【島根】高麗時代に発達したお茶を中心に韓国文化に触れてもらう交流会 [06/27]
民族主義の高まりって・・・・その結果がこの似非サドウだろう?
悲しい国だな・・・・。
299 :
東夷 ◆43eKv.KwIo :2006/06/28(水) 02:00:08 ID:lzNOq7Tz
>>298 問題は、「民族の栄光の歴史」のモデルが日本だということですよね。
なんで宗主国の真似をしないかなw
惨めな歴史を覆い隠そうと必死で歴史をクリエイト。
嘘に嘘を重ね続けた結末は…
301 :
野人:2006/06/28(水) 02:02:53 ID:BCZYcuZ9
NHK、電波酷過ぎます。
韓国の電波教授の主張そのままです。
本当に(ry
並木真人ですね。覚えておこうか。
302 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2006/06/28(水) 02:05:09 ID:JC4817we
>>301 確認してきましたが、ひどいものでした。
303 :
東夷 ◆43eKv.KwIo :2006/06/28(水) 02:05:30 ID:lzNOq7Tz
304 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2006/06/28(水) 02:11:57 ID:+dgOhZf4
外国の日本旅行案内HP見ると朝鮮人がたくさんいるよ。
文化の話になるとやけに日本が作り出した物ではないとかみついてるよ。
お茶も中国と朝鮮から来たものといってたな。
何度もくり返して。
全員ラーゲリに送られました。ここからは中帰連の提供で引き続きNHKをお楽しみください。
306 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2006/06/28(水) 02:19:16 ID:s/Mzq7d8
どうせ捏造するなら、さっき教えて貰った生姜に橘(陳皮)、
柿の皮を干した物も加えて、身体を温め利尿作用のあるお茶に仕立てて、
「韓国美女は昔からこのお茶を飲んでいたのでほっそりスリムで美肌」
とか言えば、韓流オバサマ方が信じて人気も出そうなのにw
韓国茶道の動画みたけど、ありゃ笑えた。
靴下のような布で包んだ茶葉をアルミ鍋で煮出して、それをオタマですくって湯飲みに分けてた..
で、その鍋を囲んで周りの女が方膝立てて茶飲みながら雑談してるだけ。
焼肉屋で鉄板囲んでるのとほとんど変わらない光景だったw
朝鮮にお茶の文化など無いのは明白なのに
今時こんなのに騙される奴いるのかよw
309 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2006/06/28(水) 15:37:26 ID:n+o5fGIL
>1
糞茶でも飲んでろバカチョン
高麗時代は、中国から輸入した茶か自国で採れたマズイ茶を飲む風習はあったが
茶道と呼べるモノはなかった
李朝時代は、崇儒廃仏により茶を飲む風習は絶滅に瀕し、代わりに色んなモノを
煮出して飲む風習があったが、やはり茶道と呼べるモノはなかった
日帝時代に茶道が日本から伝わり、今日、茶道が世界的に知られるようになり
「茶道は韓国起源」を騙るに至る
この流れであってますか?
竹添井井も京城公使館に駐在した際、宮本小一同様、
「茶は葛根湯に類似するものを用いる。もとより茶樹はない。砂糖も無い。」
と記録しています。
ttp://f48.aaa.livedoor.jp/~adsawada/siryou/060/resi037.html 公使ですらありつけないわけですから李朝晩期において一般人はもはや絶対といっていいほど茶葉による
喫茶の習慣はありませんね。
かつてはほどほどに輸入していた団茶も李朝晩期には枯渇していた、ということかも知れません。
「茶は(一応)あった(しかもマトモなものは輸入品)」
「しかし限りなくなかったといっていい(ありつけるのは王宮人か一部の文人のみ)」
といえるのではないでしょうか。
さてこれで果たして茶文化が形成されるか否か、疑い無きを得ません。
312 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2006/06/28(水) 16:56:38 ID:CilzP7dA
発達したのか本当に
>>289 ◆歴史模造◆ 只今李氏朝鮮時代の歴史模造工作進行中
○【 NHKのチャングム大辞典(特別番組) 】
「チャングムを観て、朝鮮の歴史や文化を知ってください」(主演女優 イ・ヨンエ)
「チャングムを観て、朝鮮の素晴らしい歴史や文化を知りました」(NHK視聴者レター)
○【 豆辞典(ドラマ終了後流される解説コーナーより) 】
「朝鮮は明の属国ではありませんでした」
「文献の途中から女医と記述されており王の主治医となったことが分かります」
「朝鮮では韓方という独自の医術が発達しました」
○【 NHKが「世界美術館紀行」で韓国を取り上げた時に予定されていたタイトル 】
2chの電凸により放送直前に、タイトル変更 ↓↓↓
変更前:「韓国五千年の美の宝庫 〜ソウル・国立中央博物館」
変更後:「韓国・壮大なる美の殿堂 〜ソウル・国立中央博物館」
○【 NHK教育の高校講座 】
世界史:「朝鮮通信使は日本にさまざまな文化や技術を伝承をしました」※
「朝鮮通信使は日本の民衆から大歓迎を受けました」※
「元寇の時、高麗は日本を攻めるのに消極的でした」※※
○【『チャングム展』で『独島』表記の地図を勝手に配布】
去る2日から14日まで、東京日本橋の三越本店で開催された『宮廷女官・チャングムの
誓い(大長今)』に訪れた大勢の日本人達は、『独島』と書かれた地図を手に持っていた。
併催された韓国物産展にて韓国観光公社が三越とNHKに無断で入場者全員に
韓国観光地図を無料で配布し、三越とNHKはそれを黙認していた。
※※高麗王の上申で日本侵攻が決まったのにね。
何処をどう考えれば、騎馬民族が渡洋侵攻を企てようと思うのか問いつめてみたいなw
※朝鮮通信使?朝貢団?
http://photo.jijisama.org/Ttsusin.html
315 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2006/06/28(水) 19:21:52 ID:Ple1j+kA
日本は平安初期に茶の文化が到来しました
どう考えても高麗より古いです
本当にありがとうございました
>>314 NHK高校講座日本史は、韓国については電波だからな。
新井白石とか申維翰とか読むと、教科書の歴史とは全然違う。
柚子茶もマーマレードって言えよ。
砂糖の無い国で文化と言えるほど根付いていたのか?
318 :
東夷 ◆43eKv.KwIo :2006/06/28(水) 20:38:34 ID:lzNOq7Tz
>>310 私の見解としてはこれでおおよそ適切だと思いますが、少し訂正させていただくと
高麗時代は、中国から輸入した茶か自国で採れたマズイ茶を飲む風習はあったが
茶道と呼べるモノはなかった
李朝時代は、崇儒廃仏により茶を飲む風習は絶滅に瀕し、代わりに色んなモノを
煮出して飲む風習があったが、やはり茶道と呼べるモノはなかった
日帝時代に日本風の喫茶が日本から伝わるものの、
光復後に日帝残滓として殲滅される
今日、茶道が世界的に知られるようになり
「茶道は韓国起源」を騙るに至る
この日帝残滓として、自らで再度滅ぼそうとしたという点が重要だと思いますね。
319 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2006/06/28(水) 20:51:19 ID:HrugDuD/
320 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2006/06/28(水) 22:06:19 ID:thnQVUxm
超ウルトラスーパーマックス高級品の『茶』を半島が生産できるはずがない
321 :
東夷 ◆43eKv.KwIo :2006/06/28(水) 22:30:50 ID:lzNOq7Tz
ビジネス板で拾いました
【資格】 全茶連、「日本茶鑑定士」資格制度を創設 [06/06/28]
http://news18.2ch.net/test/read.cgi/bizplus/1151501611/1 1 名前:いちφ ★[] 投稿日:2006/06/28(水) 22:33:31 ID:???
日本茶の専門店やメーカーで構成する全国茶商工業協同組合連合会(全茶連、静岡市、大石哲也理事長)は、
茶の資格制度「日本茶鑑定士」を導入する。競技大会の上位入賞者を対象に、主要産地の特徴など研修を実施し、
系統立った知識の普及を目指す。価格と品質の違いを説明できる人材を養成して消費者の信頼感を高め、
シェアトップの静岡をはじめとする茶の振興を図る。
茶鑑定士は1956年から毎年実施されている全国茶審査技術競技大会(闘茶会)の上位入賞者から選ぶ。
これまで単に表彰するだけだったが、トップクラスの目利きにさらに総合的な知識を身につけてもらい、
業界全体で知識の普及を図る。
現在、検討しているのは、過去10年間の競技大会で3位まで入賞した人と、今後の入賞者に研修を受講してもらい
「鑑定士」の資格を授与するもの。
研修に先立ち、玉露や煎茶(せんちゃ)など品目や品質の違いについて業界で新たに統一基準を作る。
<ソース> 日経:2006年06月28日
http://www.nikkei.co.jp/news/retto/20060627c3b2704227.html
323 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2006/06/28(水) 23:15:13 ID:s7xp6lXg
てか柚子もあの寒い国で作れたんだろうか?
324 :
東夷 ◆43eKv.KwIo :2006/06/28(水) 23:28:16 ID:lzNOq7Tz
>>323 許筠の『屠門大嚼』(1600年前後)によれば、
「柚子 済州と両南(全羅道と慶尚道の南方)の海辺で産出する」
だそうです。
325 :
東夷 ◆43eKv.KwIo :2006/06/28(水) 23:33:36 ID:lzNOq7Tz
>>315 東大寺大仏開眼に際して茶がふるまわれたらしいですが、
この喫茶の系譜は遅くとも室町時代までには消滅しています。
また喫茶は統一新羅にもあった可能性が高いので何ともいえませんね。
もちろん
>>1の喫茶は高麗とは全く関係ないですけど。
326 :
310:2006/06/29(木) 01:44:37 ID:enc0jiKV
>>318 310です 東夷さん訂正ありがとうございます
確かに
>日帝時代に日本風の喫茶が日本から伝わるものの、
>光復後に日帝残滓として殲滅される
この部分があると、茶道が世界的に知られる以前は日帝残滓として
日本風の喫茶を迫害しておきながら、茶道が世界的に知られるようになると
日本の茶道をパクって韓国伝統の茶道と言い出す支離滅裂さが浮き彫りになりますね
327 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2006/06/29(木) 02:10:47 ID:Lg3dX9pH
>>325 ピラニアさんの間違いも、
きっちり直してくれるところが心強いです。
さて、私は放火野郎がいた高校出身で神社仏閣ヲタですが、
何度も大仏さんは見に行きました(入場料タダ)。
一度、大仏に表千家さんが献茶法要しているのを見ました。
デカイっすね...道具が全て。
献茶にはどこの流派もいらっしゃるようですが、
道具は同じなんでしょうね...大仏さん用の。
開眼の際も、あんな感じだったんですかね。
328 :
東夷 ◆43eKv.KwIo :2006/06/29(木) 03:14:58 ID:K3K3KrwR
>>325 「らしい」とぼかしたのは俗説だからなんですよね(汗)。
岡倉天心が『茶の本』でこのように言及しているのですが、
確実な文献史料では大仏開眼で茶がふるまわれたと証明することが出来ないというのが現状です。
しかし正倉院文書に茶を意味すると見なされる「荼」の文字があり、
「当時の平城京にすでに喫茶の風習があったようである」という落ち着きつつあります。
で喫茶法としては、鼎か釜のようなもので湯を沸かし、
これに茶葉(一説では他の薬草をあわせて)を入れて煮出し、
碗に分けてふるまうというものでしょう。
まあ仮にあったとしても大きな道具を作るような余裕はなかったでしょうから、
道具は当時の東大寺の什物を使ったのでしょうね。
329 :
東夷 ◆43eKv.KwIo :2006/06/29(木) 03:16:04 ID:K3K3KrwR
>>326 訂正:5行目
「当時の平城京にすでに喫茶の風習があったようである」という見解に落ち着きつつあります。
>>328 表千家さんのホムペにも、
開眼の際に献茶したらしいと書いてありました。
さて、現代での献茶の話ですが、
あの、でっかい茶筅は自前なのでしょうか?
やっぱり東大寺のものなんですかね。
まあ、あれで立てているというより、
単に飾りというか入れているだけでしたが。
331 :
東夷 ◆43eKv.KwIo :2006/06/29(木) 03:36:30 ID:K3K3KrwR
>>330 東大寺は知りませんが、西大寺にも大きな道具を使って茶をふるまう儀式があって、
こちらの道具は確実に西大寺の什物ですね。
17種類の十七茶〜♪
>>323 柚子って華北や満州では育たないけど、どういう経路で伝来したんだろうね。
まさか日本→韓国南部なのかな?
334 :
東夷 ◆43eKv.KwIo :2006/07/01(土) 04:11:16 ID:QWAdOKjW
>>330 千家の主張が歴史として正しいわけではないんですよね、
それどころか歴代の主張を守るために意図的に偽りの史実を流しますよ。
335 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2006/07/01(土) 04:39:49 ID:+q8u3tFM
お茶というのは温暖な気候でないと育たない植物。
冬場は氷点下にまで気温が下がる寒冷な朝鮮半島では育たない。
品種改良の技術もない昔、朝鮮半島で茶の栽培は不可能。
338 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2006/07/02(日) 07:05:26 ID:ot52zO18
福沢諭吉 「脱亜論」(明治18年)
日本の不幸は中国と朝鮮である。
この二国の人々も日本人と同じく漢字文化圏に属し、同じ古典を共有しているが、
もともと人種的に異なるのか、教育に差があるのか、 日本との精神的隔たりはあまりにも大きい。
情報がこれほど早く行き来する時代にあって、近代文明や国際法について知りながら、
過去に拘り続ける中国・朝鮮の精神は千年前と違わない。
国際的な紛争の場面でも「悪いのはお前の方だ」と開き直って恥じる
こともない。もはや、この二国が国際的な常識を身につけることを期待し
てはならない。
「東アジア共同体」の一員として その繁栄に与ってくれるなどという幻想は捨てるべきである。
日本は、大陸や半島との関係を絶ち、 欧米と共に進まなければならない。
ただ隣国だからという理由だけで特別な感情を持って接してはならない。
この二国に対しても、国際的な常識に従い、国際法に則って接すればよい。
悪友の悪事を見逃す者は、共に悪名を逃れ得ない。
私は気持ちにおいては「東アジア」の悪友と絶交するものである。
339 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2006/07/03(月) 12:41:33 ID:lDHL5pR1
340 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2006/07/03(月) 12:47:35 ID:UawpQXUR
>>1 >高麗時代に発達したお茶を中心に韓国文化
こうやって捏造したものを元にして一体何が友好か?
これほど相手を侮辱した行為もないだろうに・・。
>>340 朝鮮だから。相手を侮辱すること、起源を捏造すること、
それが彼らにとって「生きる」ということなのかもしれない。
342 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2006/07/03(月) 14:13:19 ID:QbFKXN+/
韓国に文化なんてあったっけ?lol
343 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2006/07/03(月) 15:25:37 ID:Amfs6Htl
よーくソース嫁よ
>オミジャ茶や柚子(ゆず)茶、ナツメ茶
これは韓国伝統の野草茶(いわゆる薬湯のようなもの)なので、
いつもの”高麗茶道ニダ”じゃないぞ。
>高麗時代に発達した
わけではなく、シナ伝来なんだけどね。
344 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:2006/07/03(月) 20:58:05 ID:9UIFNcjm
茶を緑に保つ技術を確立したのは日本人(名前は忘れた)って日本史の教科書に書いてあった。
ということは、中国の茶はウーロン茶みたいに茶色のみ?
345 :
東夷 ◆43eKv.KwIo :2006/07/03(月) 21:20:42 ID:6+4c6g0w
>>344 >茶を緑に保つ技術を確立したのは日本人(名前は忘れた)
上林掃部のことかな?
もしくは永谷宗円か…
>>344 緑茶もあるよ…ただし日本のように濃いエメラルドグリーンじゃないが。
緑、白、黄、青(烏龍)、紅、黒(プーアル)…と六色あるらすぃ。
(どれも同じお茶の木から加工したもんだがよ)
姦国の"お茶"は茶外茶といって、ホンモノのお茶じゃにゃ〜のにね。
347 :
<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん:
世界中探してもおそらく朝鮮人ほど恥ずかしい民族はいないでしょう。
朝鮮人は紀元前2世紀の考古学的に立証できる衛氏朝鮮の建国以来、常に中国(当時は漢)の支配下にあり
その衛氏朝鮮が100年足らずで漢の武帝に滅ぼされると漢が楽浪郡などの直轄地を置いて漢民族の直接
支配を受け、その後独立国家を造った新羅は唐の属国であり、その後を継いだ高麗は宋に朝貢してその
庇護を受けざるを得なかった。しかも高麗末期にはモンゴル国家である元に征服され代々の国王は元の
皇女を妃としその間に生まれた皇子は、元の宮廷で養育されると言う惨めなありさまであった。
その後モンゴルからの独立に成功するが、その為の戦に功のあった李氏が政権を簒奪して李氏朝鮮を
成立させた。しかしこの李氏朝鮮も国家を維持する為には当時の中国の国家である明に服属せざるを得ず
明から冊封されてようやく朝鮮王として認められた。しかも中国に対する忠誠心を表わすために前政権の
高麗の国教であった仏教を排撃して中国の土着の教えである儒教を国教とした。16世紀末には豊臣秀吉の
侵攻により滅亡寸前にまで追い込まれたが明の援助によりかろうじて生きながらえたが国力は疲弊しきっていた。
そして17世紀初頭に満州の女真族に破れ女真族を兄、朝鮮を弟とする条件を飲んで降伏した。
ところが10年もたたないうちに清と国号を変えた女真から明への出兵を命じられると、これに逆らって
清と交戦しあっけなく敗れる。この時の清との講和の条件は次のような悲惨なものだった。
1 明と断交して清に服従すること
2 朝鮮王子を人質として送ること
3 莫大な賠償金を支払うことと毎年清に対し貢物を贈ること
4 朝鮮国王自らが清の使節を土下座して迎えること
しかもこの敗戦の証としてソウル近郊に建立された三田渡碑には、「 愚かな朝鮮王は偉大な清国皇帝に逆ったが
清国皇帝はこの大罪を許してやった。朝鮮国王は、自らの愚かさを反省し、清国皇帝の臣下になることを誓った。」などと刻まれ、
この碑は日清戦争で日本が清を破って朝鮮を解放するまで立てられていた。
朝鮮人が好んで引用する儒教の教えに基づく父子、兄弟関係などというのは17世紀以後、満州族などに蹂躙され
その満州族から弟分扱いされた自国の恥ずかしい歴史を誤魔化してあたかも漢民族との間で平穏な冊封関係の下で国王として
品位を保ってきた振りをする為の寝言に過ぎない。