1 :
創る名無しに見る名無し:
______ *'``・* 。
´> `ヽ、 `*。
_,.'-=[><]=.,_ きらーん *。+゚
( 皿 ) ☆ きらーん*。+゚
(
>>1乙 ) │ 。*゚
/│ 魔 女 │/ `・+。*・ ゚
< \____/
┃ ┃
= =
3ゲット魔女っ子だよ
自動で3ゲットできる魔法を使えるすごい魔女っ子だよ
3 :
創る名無しに見る名無し:2010/08/11(水) 22:35:30 ID:LQF3zOiL
保守
ほしゅ
まじかるほっしゅ
保守
保守保守
hosyu
11 :
創る名無しに見る名無し:2010/08/29(日) 19:35:07 ID:5YB1pJzu
保守
12 :
baton ◆Qm5TZesUl2 :2010/09/06(月) 20:28:34 ID:QASlcWYK
初投下します。
一分間隔ぐらいで間を空けた方が良いのでしょうか?
13 :
baton ◆Qm5TZesUl2 :2010/09/06(月) 20:32:12 ID:QASlcWYK
;;;;;;;;;;;;;;:;:;;:,,,.,:;;:;.:;:..:;;:;:.::,,::...,.. . .. .、... .:.. .. ,. .... ., .. ..:. ... ,.. .. . ..,...::,,::.:;:;;:..:;:.;:;;:,.,,,:;;:;;;;;;;;;;;;;;;;;;;
;;;;;;;;;;,;:;:;,,;,:;;:;;:;::;.;.,,:;;:.:,..;:;.,.::....,..::..:. .. .. .:..::..,....::.,.;:;..,:.:;;:,,.;.;::;:;;:;;:,;,,;;;;;;,;,;;;;;;;;;;
【魔法少女プリティサミー・懸隔の庭】
;;;;;;;;;;;;;;:;:;;:,,,.,:;;:;.:;:..:;;:;:.::,,::...,.. . .. .、... .:.. .. ,. .... ., .. ..:. ... ,.. .. . ..,...::,,::.:;:;;:..:;:.;:;;:,.,,,:;;:;;;;;;;;;;;;;;;;;;;
;;;;;;;;;;,;:;:;,,;,:;;:;;:;::;.;.,,:;;:.:,..;:;.,.::....,..::..:. .. .. .:..::..,....::.,.;:;..,:.:;;:,,.;.;::;:;;:;;:,;,,;;;;;;,;,;;;;;;;;;;
) /\ \ \
‐- .、.._ tV^、\ .\=..\-∀\
`ヽnrt、 _、-"∠, -- .\ \ \ \
,,,,,,,--‐一r弋ヽ,, -''" _ ヽ\ \ \ \
」、 У / / V^ャ`ヽ\ `.i \ \ \ /{
ヾ、y ∧ ∧ンA 'ニ〉)ノ 弋>_ 弋
~{ V Vl '' ニ,, lj | Y \ \
ヽ、 } イ,j;} 、`' j....,,,, V⌒メノァ
rγ⌒ ー' , --ァ ノ `ヽ _、ト イヾ
`i-、 /`ヽ^ン ∠_____,,,,,-‐'''´i、 彳ノ−、
/`' '‐-、/ / ̄ ( ,,,,,,,--''ー-く }
/ / | `''--ァ `''‐-、  ̄`i
/ ,.'{ | \ ゝ }
{ { i | \ `''‐-"
`i、 ヾ弋 'i `i
入 ,. '´(八`''‐-〈 ̄'''''一‐-、 }
/ `''У ム 〉 `i ) j
`i、 r' ノ λ / / ノ
ゝ f /_ /l_、-" / /
.
14 :
baton ◆Qm5TZesUl2 :2010/09/06(月) 20:33:04 ID:QASlcWYK
________________________________________
【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
【序章・魔法少女作戦第一号】
________________________________________
【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
.
15 :
baton ◆Qm5TZesUl2 :2010/09/06(月) 20:35:33 ID:QASlcWYK
魔法の国、ジュライヘルムは神官長の代替わりの時期を迎えていた。
最終選考に残った候補者は二人。
「神官長第一候補、津名魅」
「神官長第二候補、裸魅亜」
厳かに、退位を控えた神官長が宣告した。
・
・
・
.
16 :
baton ◆Qm5TZesUl2 :2010/09/06(月) 20:36:36 ID:QASlcWYK
ジュライヘルムの居住区の一角。
小学生ぐらいの少年が自分の部屋で机に向い勉強をしていた。
名は留魅耶という。
整った顔立ちに、地球の住人には見られないタトゥーを施している。
翠を基調とした服に、鳥の羽を模した様なマントを纏っていた。
細見の体躯と服装から、少年の容貌は見る者に鳥をイメージさせた。
「なぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ津名魅が第一候補なのよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!??」
静寂だった部屋に響く絶叫。
防音魔法が掛かっていなければ、ジュライヘルム中に響き渡る様な大音量だ。
「おかえり、姉さん」
そんな騒音公害に馴れ切ってしまった様に、少年は振り返った。
「どうやら神官長の件、ダメだったみたいだね」
姉と呼ばれた女性の鉄拳が空を裂き、少年の鳩尾に的確にヒットし、身体ごと壁に叩きつけた。
「なぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ津名魅が第一候補なのよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!??」
再び姉と呼ばれた女性・・・裸魅亜は絶叫した。
部屋に備え付けられたサンドバッグに向かい、世界が狙えそうなラッシュをお見舞いする。
留魅耶は、破損した壁を魔法で修復しつつ、あのサンドバッグを買ってよかったと心底思った。
(たぶん性格からだろうなあ…)
留魅耶は溜息をついた。
彼女の姉、裸魅亜はジュライヘルムでも一、二の実力を持つ魔法使いだった。
能力だけなら、津名魅よりも姉の方が確実に勝っているだろう。
しかし、その実力とは反比例して性格は完全に破綻していた。
傲慢で自分勝手で、エキセントリックで暴走暴力特急トレインで・・・。
(ハア…)
黙っていれば裸魅亜は完璧な人間だった。
目を見張るような見事な赤毛に、これまた息を飲ませるような美貌、抜群のプロポーション。
頭脳明晰で身体能力も超人レベル、行動力も余りある程ありすぎる。
(また余計な事をして墓穴を掘ったんだろうな・・・)
長い付き合いから、留魅耶は姉の行動パターンが嫌になるほど理解できた。
のめり込み過ぎて、やり過ぎて、破綻する。
彼女のいつものパターンだろう。
.
17 :
baton ◆Qm5TZesUl2 :2010/09/06(月) 20:38:18 ID:QASlcWYK
「留〜魅〜耶〜・・・」
「な、なに、姉さん?」
ギギギギ・・・と首を180度回転させて、裸魅亜が振り返る。
半端なホラー映画など問題にならない恐さだ。
「何をしれっと突っ立ているの!? アンタは悔しくないの、津名魅なんかに神官長の座を掻っ攫われて!!」
「いや、掻っ攫わられたのは姉さんじゃないか・・・」
ボク関係ないもんね、という弟を再び閃光の左で壁に叩きつける姉。
「何を悠長な!! 私が神官長に成れば傾いた我が家を復興できるのよ!!」
「そ、それは・・・」
裸魅亜と留魅耶の実家は元はジュライヘルムの名家だったが両親が急死してから、急速に没落していった。
財産目当ての厭らしい親戚やら、両親の政敵の復讐やら、世間の理不尽な悪意は残った幼い二人に容赦なく降り掛かった。
そんな悪意から弟を庇い、女手一人で家名を守ってきたのが裸魅亜だった。
(神官長襲名は、姉さんの昔からの夢だったからな・・・)
実質的なジュライヘルムの最高権力者になる事。
そうすれば、家を復興させる事ができる・・・。
今まで、私達を嘲笑ってきた連中を見返す事ができる・・・。
裸魅亜の願望は、最早妄執となって彼女の心を支配していた。
「いいじゃないか、姉さん。第二候補だって充分名誉な事だよ。津名魅様と協力して、親友二人でジュライヘルムを・・・」
気持ちを切り替えて前向きに、という弟を再び閃光の左で壁に叩きつける姉。
「じょぉぉぉだんじゃぁぁぁぁないわぁぁぁぁぁぁ!!!! 何で私が津名魅なんかの下に付かなきゃならないのよ!!!!」
.
18 :
baton ◆Qm5TZesUl2 :2010/09/06(月) 20:39:24 ID:QASlcWYK
津名魅は裸魅亜の唯一の友人だった。
エキセントリックという言葉を擬人化した様な裸魅亜の友人に成れたのは、おっとりという言葉を擬人化した様な津名魅しかいなかった。
幼少時からの長い腐れ縁なのだ。
(なのに・・・何故・・・何故なの・・・津名魅・・・)
裸魅亜には、親友に裏切られたという気持ちがあった。
小さい頃から、自分の夢を津名魅は知っていた筈だ。
なのに、何故それを横取りする様な真似をするのか・・・。
「親友? ハッ! あんな裏切り者の泥棒猫、最初から友達だなんて思ってないわよ! 退屈だから構ってやってただけ!」
「ね、姉さん?」
姉の様子がおかしい、と留魅耶は鋭敏に感じた。
確かに、今までも津名魅への愚痴を垂れ流す事はあったが、そこには愛着の様なものがあった筈だ。
今の言い方には、歪んだ純粋な悪意しか感じられない。
(そうよ、私は津名魅の事なんて・・・嫌いだった・・・大っ嫌いだったわ!)
それは、彼女の心の奥底に封印していた感情だった。
苦労と悪意の中で生きてきた自分にとって、無垢な存在であった津名魅の笑顔は眩し過ぎた。
努力家で秀才タイプの自分にとって、天才肌の津名魅の存在が理不尽に感じられた。
ただ、唯一の友人を失いたくなかったから、実力で津名魅よりも優位に立つ事で精神の均衡を保ってきた。
(なのにアンタは・・・私の最後の心の拠り所まで奪っていくのね・・・)
裸魅亜は寂しそうに口元を歪めて嗤った。
「邪魔しちゃる・・・」
「ね、姉さん?」
「どんな手段を使ってでも、アンタの邪魔をしちゃるけんねぇぇぇぇぇぇぇ!!!!津名魅ぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」
「ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!??」
裸魅亜と留魅耶の絶叫が、小さな部屋で混ざり合って鳴り響いた。
・
・
・
.
19 :
baton ◆Qm5TZesUl2 :2010/09/06(月) 20:41:23 ID:QASlcWYK
所変わって、ジュライヘルムの神官長の部屋。
「神官長様・・・何故です? 何故、裸魅亜ではなく私が第一候補なのですか?」
心底困り果てたという表情で津名魅は、神官長に尋ねた。
実力では裸魅亜の方が遥かに勝っていた筈だ。
津名魅自身、この選定に納得できなかった。
「津名魅よ・・・そなたの友人である裸魅亜は・・・」
「は、はあ・・・」
膨大な人生経験と共に、深い皺を刻んだ顔を曇らせながら神官長は答えた。
「アホだ」
「は、はあ・・・」
津名魅の首がカクッと45度傾いた。
「能力はずば抜けているのだが・・・底が抜けているというかマヌケというか・・・」
「は、はあ・・・」
言い抜くい事をズバリと言ってのける老人だった。
津名魅は初めてのデートで、パジャマ姿で待ち合わせ場所に来てしまった学生時代の裸魅亜を思い出した。
あの後、魔法居酒屋で裸魅亜に付き合って閉店になるまで飲んだ。
.
20 :
baton ◆Qm5TZesUl2 :2010/09/06(月) 20:42:43 ID:QASlcWYK
「それに彼女からは、何か邪なものを感じる・・・」
「裸魅亜に限ってそんな事はありません!」
普段温厚な津名魅にしては珍しく声を張り上げた。
彼女にとって裸魅亜は憧れの存在だった。
賢く、美しく、自分には無い強さや行動力を備えた女性。
そんな彼女の友人である為に、のんびり屋の彼女も必死に努力を重ねてきた。
彼女の友人として釣り合う存在になる為に・・・。
(神官長の件だって・・・)
津名魅は当然、裸魅亜が選ばれると思っていた。
彼女が立候補したのは、裸魅亜の補佐官になるつもりだったからだ。
規定では、神官長の側近になる人材は次点の候補者達から選ばれる。
(裸魅亜とこれからもずっと一緒に居たかっただけなのに・・・)
裸魅亜は怒っているだろうか?
怒っているだろう。
もしかしたら、これで二人の友情は終わってしまうのかもしれない・・・。
「津名魅よ・・・」
「・・・・・・」
表情を曇らせて俯く津名魅に神官長は儀礼的に、選任の最終試練を説明する。
それは異世界・地球において津名魅と「魂を同じくする少女」に魔法の力を与える事。
そして、その少女が魔法によって世界を正しく導く事であった。
・
・
・
.
21 :
baton ◆Qm5TZesUl2 :2010/09/06(月) 20:43:48 ID:QASlcWYK
津名魅は重い気持ちを抱えたまま、自分の部屋に戻った。
彼女の個室には、様々の種類の花が魔法の力で一年中咲き誇っていた。
しかし、そんな華やかな光景も今の彼女の心には何も響かなかった。
「御帰りなさいませ、津名魅様」
津名魅の付き人である少年・・・魎皇鬼が主を向かい入れた。
白と青を基調とした検非違使の様な服装。
ライオンのたてがみを思わせるような髪形に、強い意志を秘めた眼。
どこか猫科の獣を連想させる容姿だった。
「魎皇鬼・・・私どうしたら良いのでしょうか?」
「はあ・・・」
神官長の第一候補に選ばれたというのに、津名魅の顔は曇っていた。
忘とした表情で、そっと薔薇の花を指でなぞる。
怪訝な顔をした従者に、津名魅は答える。
「ぶっちゃけ、私には神官長の地位よりも裸魅亜との友情の方が大事なのです」
「は、はあ・・・」
ジュライヘルム中の魔法使いが卒倒しそうな爆弾発言をブチかます津名魅。
「それと、この御花畑♪ らーらーらー♪」
津名魅は御花畑の中心でクルクルと廻り始めた。
これが本当のクルクルパー・・・などと魎皇鬼は遂思ってしまった。
(やっぱり、この人には神官長なんて似合わないよなあ)
魎皇鬼は素直にそう思った。
確かに主が、この国の最高位に就くのは名誉な事であったが、それ以前にジュライヘルムの未来が心配だった。
「も、もし神官長になったら、津名魅様は何を為さいますか?」
「ジュライヘルムをお花で一杯にします♪」
疑念が確信に変わった。
絶対にこの女性を最高権力者にしてはダメだ。
裸魅亜様は性格はアレだが、もっと現実的な女性だ、あっちの方が遥かにマシだろう。
(それに・・・)
彼は親友でもありライバルでもある留魅耶に、裸魅亜の良い所を何度か聞かされていた。
あれだけ虐待を受けながらも、留魅耶は姉を慕っていた。
単なる暴君ではなく、彼女は面倒見の良い姉でもあった。
.
22 :
baton ◆Qm5TZesUl2 :2010/09/06(月) 20:45:07 ID:QASlcWYK
「魎皇鬼・・・私、やっぱり辞退しようかしら・・・」
「それは・・・」
いきなり辞退という形は不味いと魎皇鬼は思った。
新しい神官長の選定には多くの時間と人手が関わっている。
辞退するにも、それなりの理由が必要なのだが・・・。
「裸魅亜とお友達でいられなくなるなんて嫌ですもの」
「それ、絶対に他言しないで下さいね」
誰も納得しそうにない説明に魎皇鬼は頭を抱えた。
「じゃ、じゃあ、選任の最終試練を、わざと不合格になっちゃえば宜しいのでは?」
「は?」
津名魅が45度首を傾げる。
「ですから、津名魅様と魂を同じくする少女が試験期間中に何もしなかったり、失敗続きだったりしたら、第一候補から外れるでしょう」
「成程」
ポンッ、と津名魅は両手を合わせた。
「しかし、私と魂を同じくする少女がアクティブで優秀な子だったらどうします?」
「その可能性は低いと思われますが・・・」
たぶんゼロに近いだろうと魎皇鬼は思った。
.
23 :
baton ◆Qm5TZesUl2 :2010/09/06(月) 20:46:07 ID:QASlcWYK
「何なら、いっそ目的をはっきりと教えないで魔法のバトンだけ渡してしまえば良いでしょう。魔法の国からのサービスとか何とか言って」
「流石は魎皇鬼です。ナイスアイデアですね」
またクルクルと御花畑の中心で廻り出す津名魅。
「らーらーらー♪ こーれーでー♪ 裸ー魅ー亜ーとー♪ なーかーなーおーりー♪」
更に回転を速める津名魅。
「うっ!?」
「ど、どうかなさいましたか、津名魅様!?」
御花畑の中心で急に蹲る津名魅に、魎皇鬼が駆け付ける。
「酔っちゃいました・・・」
魎皇鬼の首が90度程傾く。
「ううぅぅ〜・・・魎皇鬼、魔法薬局でパンシロン買ってきて下さいぃ・・・」
「津名魅様・・・パンシロンは便通の薬です・・・」
このミッションは絶対に成功・・・いや失敗させねばならない。
ジュライヘルムの未来の為にも。
少年は自分の双肩に、この国の運命が圧し掛かって来るのを感じた。
・
・
・
.
24 :
baton ◆Qm5TZesUl2 :2010/09/06(月) 21:00:19 ID:QASlcWYK
「どんな手段を使ってでも、アンタの邪魔をしちゃるけんねぇぇぇぇぇぇぇ!!!!津名魅ぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」
「ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!??」
・
・
・
「絶対に、この試練はボクが失敗させて見せます!」
「頼みましたよ、魎皇鬼」
・
・
・
こうして二人の魔法使いと、二人の魔法少女の物語は始まった。
様々なボタンの掛け違いが、数多の喜劇と悲劇を巻き起こしながら。
しかし、今は誰もその先に待つ結末を予想する事はできなかった。
___________|\
[|[|| To Be Continued....! >
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|/
.
25 :
baton ◆Qm5TZesUl2 :2010/09/06(月) 21:07:34 ID:QASlcWYK
,.ィ:::::::`´:::::::::::::::::::::::::::`ヽ
/ ....::::.... ..... :::::::..
、_. ィ'..::.....::::::::::::::::::.........:::::::::::::....::::::::::ヽ
ヽ、_,:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::,:::::::::::::::::::::':,
/::::::::::::::;':::::::::,i::::::::::::::::::::::ハ::::::::::::::::::::::}
,'::::;:::::::::::!:::::::/_!:::::::::::::/::/--l、:::;i:::::::::::::::!
{::::i:::::::::::l,v'::!´ V、::::::/j/ ヽノ }::::,::::::::!
';::ト、::::::::{ ヾ{_ ヽ;/ ===x ノイ:::::::::}
ヽ }ヾ、:ゝ/ ̄` ヾ l::::::::;'
l::::::ハ ,、, ,、 , ' '`'` /}::::::::! 次回もまうまう!
l::::::l、{ __ , ノ^L;::ノ
L_::{::ヘ、 /::::::::/
V:::::`> .ィ::::::::::::::::{
V::::::::::::: }` ー ´ l、:::::::::::::::::!
}:::::::::::ノヽ、_ / ヽ、:::::::::::l
_/::::_/ ,. 介 、 》、:::::::::l
/ `7 {_/ l^l ヽ, r'^{ l ̄`ヽ、
/ / / {、_/} {ヽ、ソ l l ',
/ ,' / / / l { i ! ヽ
.
まさかのプリティサミー第二段ktkr
彼女らの姿がありありと思い浮かぶような生き生きとした表現が素晴らしいです
オリジナル設定の数々も興味深いものが多く、
これらがどのように活用されて行くのかとても楽しみです
特に津名魅をこれっぽっちも敬っていない魎皇鬼はありそうでなかった新しい解釈だと思いました
二人の魔法少女もどのような設定になっているのか、今からその登場が待ちきれません
とにかく応援しています、続きも頑張ってください!
投下乙!
原作サブタイの「大地に立つ」に対して、「作戦第一号」を持ってくる辺りオイシイなあ
それにしても津名魅陣営の駄目っぷりがすごいw
ここまで前途多難なパターンは目新しいかもw
砂沙美と美沙緒がどういう感じになってるのか、これは超気になる……!
次回にも期待してます
28 :
baton ◆Qm5TZesUl2 :2010/09/08(水) 00:00:32 ID:i14MCcyz
________________________________________
【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
【第一話:プレリュード・サミー】
________________________________________
【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
.
29 :
baton ◆Qm5TZesUl2 :2010/09/08(水) 00:01:57 ID:i14MCcyz
海の星小学校4年3組、河井砂沙美は覚醒した。
噛み砕いて言えば、ベッドから起き上がった。
少女は、ゆっくりと目覚まし時計に顔を向ける。
【 7:30 】
「ちこくだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??」
河井砂沙美は、文字通り跳ね起きる。
腰まで届く水色の髪を二つに分けて、ツインテールにする。
鞄の中身を慌ただしく詰め込み、一階に駆け降りる。
「ママ!! どうして起こしてくれなかったの!?」
キッチンで皿を当たっていた母・・・河井ほのかに抗議の声を上げる。
「あら〜? 目覚まし時計が鳴ってたから、とっくに起きてたと思ったわ〜」
「ママ! また砂沙美の潜在能力が発動して、眠りながら目覚まし止めちゃったんだよ!」
あらあら〜と、母は娘のダメダメな言い訳を聞く。
「ともかく行ってきます! 美紗緒ちゃんが待っているから!」
「はい、砂沙美ちゃん!」
ほのかママがフリスビーの様に投げ渡したトーストを、砂沙美はチャンピオン犬の様に空中で口でキャッチ。
「ふぁんきゅー!! みゃみゃ!!」
「車には気をつけるのよ〜」
バタン!と勢いよく玄関のドアを開け放って、河井砂沙美は出撃した。
・
・
・
.
30 :
baton ◆Qm5TZesUl2 :2010/09/08(水) 00:03:07 ID:i14MCcyz
いつもの待ち合わせ場所に、その少女はいた。
腰まで届くロングの黒髪に、儚げな表情。
河井砂沙美の一番の親友、天野美紗緒だ。
「砂沙美ちゃん・・・良かった・・・先に行っちゃたんじゃないかって・・・」
「ひょれはひぇったいない!!(それは絶対無い!!)」
トーストを頬張りながら、砂沙美は絶叫した。
「ご、ごひゅんね、みひゃおひゃん! げほっ!? ごほぉっ!?」
「砂沙美ちゃん・・・ともかく急ごう・・・」
気管支に小麦の塊を詰まらせた親友に対して、即時の出発を促す美紗緒。
「ひょ、ひょんとに、ご、ごひゅんね、みひゃおひゃん! ばほっ!? げほぉっ!?」
「・・・速く行こう」
学校まで全力疾走する二人。
しかし運動の苦手な美紗緒のペースに合わせている為に、とても間に合いそうにない。
「ハアハア・・・さ、砂沙美ちゃん・・・わ、私に構わずに行って!」
「だ、駄目だよ、美紗緒ちゃん! 遅刻する時は二人一緒だよ!」
涙目に成りながら必死に訴える砂沙美。
「さ、砂沙美ちゃん・・・」
砂沙美の熱い友情に、美紗緒の眼頭も熱くなる。
勿論、砂沙美が寝ぼうした事など、アルファケンタリウス星よりも遥か遠くに追いやってしまっている。
「あー、でもマンガやアニメだと、こんな風に食パン咥えて走っていると、運命的な出会いがあるんだけどな〜」
「運命的な出会い?」
砂沙美の両親と違い、厳しい教育ママに躾けられている美紗緒はマンガもアニメも禁じられていた。
「そうそう、こんな風に角を曲がった所でバーンと!」
バーンとトラックが突っ込んできた。
.
31 :
baton ◆Qm5TZesUl2 :2010/09/08(水) 00:04:51 ID:i14MCcyz
「ほえええええええええぇぇぇぇぇぇ!!??」
運動神経の良い砂沙美は間一髪の所で横に跳び、トラックを交わした。
「え?」
しかし、砂沙美のすぐ後ろを走っていた美紗緒は僅かなタイムラグの差で、トラックに突っ込みそうになる。
「美紗緒ちゃん!」
あわや、美紗緒が鉄塊の犠牲と為ろうとする時、疾風の様に小さな影が割り込んできた。
「きゃっ!?」
その影を避けようと、反射的に美紗緒は後ろに倒れ込む。
おかげで間一髪、トラックは美紗緒の鼻先を孟スピードで通りすぎていった。
「美紗緒ちゃん、大丈夫!?」
「う、うん・・・で、でも・・・」
美紗緒を庇う様に、トラックとの間に割り込んだ小さな影が目の前で蹲っている。
きっと、さっきのトラックに引っ掛けられてしまたんだと美紗緒は思った。
「・・・鳥さん?」
それは翠色の小さな鳥だった。
普段、目に掛けない様な珍しい種類だ。
シャープなフォルムをしているが、顔立ちは鳩の様に優しいものだった。
.
32 :
baton ◆Qm5TZesUl2 :2010/09/08(水) 00:06:21 ID:i14MCcyz
「・・・助けてくれたの?」
美紗緒が近づこうとすると、その鳥はギョッとした様に羽ばたいて逃げだした。
「あ!? 待って!!」
美紗緒が珍しく大声を出して呼び止めると、鳥はヨロヨロと地に落ちてきた。
どうやら、先ほどのトラックとの接触で羽を痛めてしまったらしい。
「ケガしちゃったみたいだね・・・」
「うん・・・」
美紗緒は、そっと鳥を拾い上げ、優しく両腕の中で抱きしめる。
奇妙な鳥はビクッと跳ねると、美紗緒の胸の中でジタバタともがき出し、しばらくするとグッタリと沈黙した。
「ど、どうしよう!? 鳥さん、気絶しちゃった!!」
「い、いや、気絶したっていうか、美紗緒ちゃんがオトしたっていうか・・・」
最近、とみに発育の良くなった親友の胸の中で、その鳥類は真っ赤になってピクピクと悶絶していた。
「チッ・・・!」
「さ、砂沙美ちゃん?」
限りなく平面に近い、自分の胸板を眺めながら河井砂沙美は舌打ちした。
・
・
・
.
33 :
baton ◆Qm5TZesUl2 :2010/09/08(水) 00:07:34 ID:i14MCcyz
暫く後の、海の星小学校の保健室。
「あ〜、大丈夫、大丈夫。ちょっとした打撲と興奮のし過ぎだわね、こりゃ」
鷲羽・フィッツジェラルド・小林博士は、気絶した鳥に聴診器を当てながら診断した。
「しっかし、打撲はともかく動悸がハンパないなわね? 一体どうしたの?」
千年に一人の天災・・・もとい天才科学者と呼ばれながら、何故か小学校の保険医などをやっている鷲羽が尋ねた。
「美紗緒ちゃんが・・・美紗緒ちゃんが・・・」
「さ、砂沙美ちゃん?」
先程から、砂沙美の様子がおかしい。
天真爛漫なお子様美少女ヒロインから一気に黒化したような感じだ。
「ま、暫く安静にしてれば良くなるわよ。心配してないでとっとと授業に行っといで」
鷲羽は、そそくさと二人の少女を保健室から追い出そうとする。
「う、うん・・・鷲羽先生、宜しくお願いします。その鳥さんは美紗緒ちゃんの命の恩人なんだから」
「よ、宜しくお願いします・・・」
深々と何度も頭を下げならがら、二人は保健室から去って行った。
.
34 :
baton ◆Qm5TZesUl2 :2010/09/08(水) 00:08:43 ID:i14MCcyz
「さてと・・・」
鷲羽はカチリとドアに鍵を掛けた。
「あんな鳥は、この地上のどこにも存在する筈がない。新種? それとも地球外生物?」
フッフッフと、鷲羽は、マッドサイエンティストの本性を剥き出しにしながらメスを取りだした。
「ま、どっちにしろ解剖してみりゃわかるこったねぇぇぇぇぇぇ!!!! ってなわけで覚悟ォォォォォ!!!! っていない!!??」
鳥を寝かせていた寝台はもぬけの殻だった。
「おっっのれぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!! この天才の実験を妨げるとは、どこの誰さんなのよぉぉぉぉぉ!!!!」
鬼神と化した鷲羽の絶叫が海の星小学校に響き割ったが、いつもの事なので誰も気にしなかった。
・
・
・
.
35 :
baton ◆Qm5TZesUl2 :2010/09/08(水) 00:10:43 ID:i14MCcyz
「ぜーぜー・・・あ、危なかった・・・!」
見事な赤毛の女性の肩に留まっている鳥が人語を喋った。
赤毛の女性は、学校の屋上のフェンスの上に立っていた。
「全く・・・何をしているのよ、アンタは」
赤毛の女性・・・裸魅亜は呆れ顔で鳥の顔を眺めた。
「ご、ごめん・・・姉さん・・・」
翠色の鳥・・・留魅耶は間一髪のところで自分を救い出してくれた姉に詫びた。
何故、彼が鳥に変化しているのかというと、魔法の力の弱い地球ではジュライヘルムの住人は常に身体に負担が掛かるからだった。
それを防ぐ為に、一時的に鳥などに変化して環境に適応しているのだ。
「本当に昔から、どこかヌケてるんだから、アンタは」
無論、裸魅亜クラスの魔法使いには、そのような変化の必要はなかったが、それでも地球上の活動時間は限られていた。
貴重な時間を愚弟の為に無駄にしてしまった、と裸魅亜は眉をしかめた。
「本当にゴメン・・・姉さん・・・」
「・・・余計な心配させるんじゃないわよ」
裸魅亜の指が優しく鳥の喉を撫でる。
留魅耶の胸が熱くなった。
.
36 :
baton ◆Qm5TZesUl2 :2010/09/08(水) 00:12:52 ID:i14MCcyz
「フン・・・私と魂を同じくする少女の命を救う為だったからって無茶のし過ぎよ」
「へ?」
赤毛の女性と、肩に乗った鳥の目がゆっくりと合う。
「姉さんと魂を同じくする少女って、水色のツインテールの元気娘じゃないの?」
「何言ってるのよ、私と魂を同じくする少女って、黒髪ロングの賢そうな子よ」
再び長い沈黙。
「ウ、ウソだぁぁぁッ!!!! あんな儚げで良い子で優しくて大人しそうな子が、姉さんと魂を同じくする少女だなんてーーーー!!!!」
「ちぇいっ!!」
裸魅亜は小学校の時計盤に留魅耶を投げつけた。
留魅耶は、時針と分針の間に挟まりながら悶絶する。
キ〜ン〜コ〜ン〜カ〜ン〜コ〜ン〜♪
間の抜けたチャイムの音と共に、一時間目の授業が終わった。
美紗緒と呼ばれた少女の胸の狭間の感触を思い出しながら、留魅耶の意識は闇に落ちて行った。
___________|\
[|[|| To Be Continued....! >
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|/
.
37 :
baton ◆Qm5TZesUl2 :2010/09/08(水) 00:14:42 ID:i14MCcyz
/ :!. / . .:/ ヽ
,' i. .:!:. / .:.:::./:. ,.' .: .,./´ /´ ',
i |:. .:.:!::.. ,::.:. ..:.:.::;.イ::.:.:/.:.::.:..:.:;// .:/.: !
| l::. .. :.::.!:.:..i::.:...:.:::/ {_,,厶-─ァ-' ,'/ハ::.:. ' : ;
| .:、::.:. . ::.:.丶:ヽ:.:.::/ V__ヽ/ i `7.:;':. .:/ ,: /
| . :.\::.:..:.::.:.:.\:.、| /、_)} ` ,ィTノ:/.:.:;:':., イ:./
| :..:.::ハ\::.::.::.:.:.:.ヽj.(-へ._ノ /7/:ノ;∠/ ,ノ'′
j ..:.::/.::.丶ゝ:._::.:._;ゝゝ-‐'´ {-y::.:. \ ´
,' .:.::/.::.::.::.::.:j`\ u """""""'''''ノ''j::.:_:.:.. . ,>
. / .:.:/.::.::.:.::.:.:/、 丶 -一 /ー-一'´ じ、次回も・・・
. / .:.:/.::.::.::.::.::/ 丶.._ `> 、_ _,.. ´
/, ´ ̄`丶:_;ノ `T{__,∠ へ、 まうまう・・・です・・・
,. / ,. -─- 、\ `丶.._ /リ、 \ \
/ //,. -−- 、 ヽ. \ /イヘ.\ `、 \
/ :/ V \,〉 ヽ / | \\', ヽ
..:.::{ 〉{ / \〉, ,'
..:.::.::.:ヽ / V 丶. /
.
投下待ってました!
こんな姉弟でも原作よりはよほど仲が良く見えるから困るw
黒砂沙美の片鱗がちらほら見えるのも気になる気になるw
全体的にTV版ベースみたいですね
ならば是非ともパパの登場に期待したいところw
ところで名字が『河井』なのは仕様ですか?
39 :
baton ◆Qm5TZesUl2 :2010/09/08(水) 00:43:15 ID:i14MCcyz
>>38 やってしまった・・・。
河合砂沙美ですね・・・。
× 河井
○ 河合
>>29 訂正
× キッチンで皿を当たっていた母・・・河井ほのかに抗議の声を上げる。
○ キッチンで皿を洗っていた母・・・河井ほのかに抗議の声を上げる。
× 「ママ! また砂沙美の潜在能力が発動して、眠りながら目覚まし止めちゃったんだよ!」
○ 「また砂沙美の潜在能力が発動して、眠りながら目覚まし止めちゃったんだよ〜!」
こんなスレがあったのか……
ところで「魔法少女がへ〜ん☆しん♪で人外生物に、しかも犬猫とかじゃなく蜘蛛とかゴキブリにクトゥルフなエッセンスの入ったキモ生命体」という電波の発信源はここかね?
41 :
時空想士アリス ◆4EgbEhHCBs :2010/09/08(水) 21:53:51 ID:e1J34YhR
久々です。アリスの続きを投下します
時空想士アリス 第五話『まなみ見参!炎の女侍再び』
日も暮れ、辺りを闇が包み込んだ頃……とある草原を一台のバイクが走っている。
乗っているのは長い黒髪の女。凛とした表情で先を見つめながら、ただ疾走を続ける。
しばらくすると、彼女の瞳には二人の下卑た感じの男たちが映り出す。
「待っていたでござるよ…!」
「あんたを倒して名をあげさせてもらうで!」
エセ関西弁を使う緑色の肌をした男と、時代が掛かった口調の鬼顔の男が少女の前に立ち塞がった。
女の方は無言でバイクを停車させ、彼らを一人一人確認するように見据える。
「あなたたちね…最近、この辺りの街を襲う下劣な輩と言うのは」
「下劣とは失礼なことを申すでござる。弱いものは強いものに従えばよい」
「そうや。踏み台にされて然るべきやで」
「……そう。あなたたちのような下衆如き、変身するまでもなさそうね。きなさい!」
女は冷静に、だが怒りを露にするように叫ぶ。
「変身もせんと戦おうやなんて、いくらあんたでもワイらに勝とうなんて甘過ぎでっせ!」
関西弁の男が蹴りかかってくるが、女は黒髪を翻しながらそれをサッと避けるとその脚に炎を纏わせる。
「な、なんやぁ!?」
「火炎閃光キィィック!!」
炎を纏ったその脚で、回し蹴りを放ち、緑の男を一撃で吹き飛ばし、燃やし尽くした。
「なにっ!?お、おのれ…!」
「まずは一人……次は時代劇男さん、あなたね」
相棒が一撃で倒されたことに驚きを隠せない鬼面。一方、女の方は、まだ余裕がある。
二人が睨み合いながら、その場でゆっくりと二人で円を描くように移動する。
そして、動きが止まると同時に鬼面の男は手にした刀を黒髪の少女に振り下ろす。
「死に逝け…!」
「はっ!」
振り下ろされた刀を回避すると少女は、一瞬の隙を突いて男の腹部目掛けて拳を放つ!
「ぐぅ!?」
思わぬダメージに鬼面の刀を握る手が緩む。
「死に逝くのはあなただったわね!」
「や、やめろ!!ぐあああああああ!!」
刀を奪い取った少女は、素早く袈裟懸けに斬り倒し、絶叫を止めるため、一瞬で首を刎ねた。
「新兵揃いの軍隊の方がマシな相手ね」
刀を捨て、汗を拭う真似をすると、死体から目を離し、別の方向を見つめる。
「そこにいるんでしょ?出てきなさい!」
「……ふっ、気配まで読み取れるとは流石だなぁ、新堂まなみ!」
一筋の雷が落ちたかと思うと、そこにはゴールドカラーの鎧を着た男が
少女の名を呼びながら、その姿を現した。
「あら、知っていてもらえるなんて、光栄だわ」
「かつて、次元鬼一族を倒し封印した炎術剣士…この世界の覇権を握ろうとするもので
貴様に興味が無い奴はいないだろう」
そういうと、男は剣を握り、構えを取る。
「俺の名は…そう、雷神だ。新堂まなみ!変身して俺と戦え!」
「雷神?……いいわよ。雷神だかなんだか知らないけど、あなたでは…私には勝てない!」
気合を放ち、一瞬強風が吹き荒ぶと、まなみの周りから炎が上がる。
「炎心変幻!!」
炎がまなみの肉体を包み込み、その身に和風なコスチュームが纏われ、腰に刀が現れる。
さらに白い鉢巻が額に巻かれ、閃光を放ちながら、まなみは大地に降り立った。
「自分の欲望のために街を襲う悪しき者ども…炎術剣士!新堂まなみが成敗します!!」
勢いよく決め台詞を叫ぶと、まなみも抜刀して雷神と対峙する。
「くらえ!!」
「はぁっ!!」
斬りかかってきた雷神の剣を捌くと、素早く回し蹴りを放つ。だが、それは紙一重で避けられる。
「炎流……!」
「おっと、そうはいかん!」
まなみが炎術を放つために気を練ると、雷神の方は腕を振り下ろす。
すると、先ほどまで天候は良かったのに、突然どしゃ降りとなり、一気に大地を湿らせ
二人の衣服も濡らしていく。
「単純なことだ。所詮、火は火。この雨の中なら…」
「波ッ!!」
だが、まなみが躊躇せず放った炎は、雨の中でも関係なく怒涛の勢いで雷神へと伸びていく。
「なんだと!?くっ!」
多少使えたとしても、威力は確実に落ちているはず…そう踏んで雨を降らしたがまるで意味はない。
雷神は炎にすっぽりと飲み込まれてしまう。
「水のあるところで術が使えないんじゃ意味が無い。私の炎は、例え深海の中であろうと
威力が衰えることを知らないわ!」
「……お、おのれ新堂まなみ!」
炎に飲み込まれながらも、それをなんとか払いのけ、雷神は怒りの表情に。
「……しつこいわね。まるでインターネットの荒らしだわ」
歯軋りをする黄金鎧の男。しかし、すぐに怪しく笑みを浮かべ始める。
「くっくっく……だが、雨を降らしたのはそれだけが目的ではない!走れ稲妻よ!!」
再び腕を上げ、振り下ろすと、稲妻がまなみの周囲を飛び交い、ついに命中する!
「ふふふ…濡れた身体は電気をよく通すもの」
雷が降り注ぐ中心へとゆっくり雷神は歩みだした。
「さて、新堂まなみの死体を確認するか……がはっ!?」
だが、その歩みは、突然の腹部への衝撃により止まってしまう。
視線を下へと移すと、傷一つ負っていないまなみの拳がめり込んでいた。
「何が雷神よ。あなたの雷はデタラメだわ。こんなの、伊織のそれと比べたら静電気レベルね!」
「き、キサマァ!!」
「それとも、うわぁぁって悲鳴を上げてあげれば満足したのかしら?
……雷神並びにその一味。罪無き人々の街を襲い、略奪と殺戮を行った行為、
天が見逃しても、我ら剣士は見逃しはしない!暁一文字!!」
その怒りを雷神にぶつけ、愛刀に炎を纏わせていく。その炎の凄まじさは
これまでの比ではない。本能的に危険を察知した雷神は後ずさる。
「火炎大破斬!!逃げられはしない!!」
猛烈な勢いで飛び上がり、雷神に向かって炎の刀を振り下ろすまなみ。
「ぐっ…危ない危ない…逃げねば!!」
44 :
時空想士アリス ◆4EgbEhHCBs :2010/09/08(水) 21:56:14 ID:e1J34YhR
まなみの必殺技が直撃する前に、雷神は別空間へと移動し、それを回避した…。
歪みを抜け、別の時空へと逃げのびた雷神は息を切らし、その場で休憩を取る。
「はぁ、はぁ…くっ、新堂まなみ…あれほどの力があるとは…だが、俺はここで再起を
図り、必ず奴を倒して世界の覇権を……ん?な、なに!?」
逃げ延びた。だからこそもう何者の攻撃も受けまいと安堵し、休息を取ろうとしていた雷神。
しかし、突如空間が裂けるとそこから炎の波が飛び出し、雷神を襲った!
「う……ぎゃああああああああああっ!!!」
断末魔を上げ、その炎によって塵一つ残らず雷神は焼き尽くされてしまった。
草原に佇むまなみは、立ち上がり、刀を一振りする。
「言ったでしょ?火炎大破斬からは逃げられないって」
―――火炎大破斬。炎術剣士最大の技。その威力は刀の部分のみならず周囲にも発生し
時空をも越えて敵を必ず倒す。
懐から紙を取り出し、刀を拭うとそれを空高く放り投げる。少し間を置いて
ひらひらと紙が桜吹雪のように舞いながら落ちてきた。
「それにしても……世界が融合してからきな臭い連中が増えたわね…
この先のサンフランシスコにも何かありそう」
そう呟くと、まなみは何事も無かったかのようにバイクに乗り再び走り出した。
───サンフランシスコ。今日はジャンヌの所属しているプロレス団体・SASの興行が行われていた。
会場は熱気に包まれており、そのボルテージは今、アリスと鈴音を中心に最頂点に達している。
「いっけぇぇジャンヌ!そのままぶっ飛ばせー!」
「素敵ですわー!」
二人の声援が届いたのか、ジャンヌは対戦相手のレスラーに背後から掴みかかる。
『ジャンヌ!エレナを捕らえ豪快なジャーマンスープレックスだぁー!!
これは鮮やかな人間橋!!そのままフォールに移る!!』
実況のフーク・ワザットも白熱し、饒舌に試合内容を語り、盛り上げていく。
そしてカウント3が入り、ジャンヌは見事、今日の試合の勝利を手にした。
『決まったぁー!もうアイドルレスラーとは言わせないぞジャンヌ・シャルパンティエ!
いやぁ、このところのジャンヌの成長は著しいですねぇ、解説のチーター上田さん?』
『そうですねぇ、最近は正義の味方もやってるらしいですから、戦い慣れしてきたのかも
しれないですね。彼女、デビュー当時は逃げ回っていじめられてばかりでしたから』
実況と解説の話もそこそこに、ジャンヌはリング上で腕を挙げ、手を振り勝利したことを
アピールしていた。
「ジャンヌ!お疲れ様!」
「なかなかかっこよかったぜ!」
試合が終わり、ロッカールームに戻っていたジャンヌが汗を拭っていると、そこに
アリスと鈴音が入ってきて彼女を労う。
「ありがとう、アリスちゃん、鈴音ちゃん」
ジャンヌは笑顔で返すと、持っていたスポーツドリンクを飲みだす。
「それにしても、あんなに弱虫だったジャンヌがこんなに活躍するなんて、ちょっと前では
考えられなかったことねぇ」
アリスが手を頬に当てながら、彼女を見つめると、ジャンヌはペットボトルを口から放し苦笑を浮かべる。
「あはは……だってIKOの人たちとかの怪物とかと実際に戦うより、人間相手なら
全然マシだと思えるようになったから…」
「ふふっ、違いないね」
鈴音も同じように苦笑しながら、彼女に同意する。
「さあ、連勝祝いにジャンヌの好きなものをわたくしが奢ってあげますわ!なんでもおっしゃい」
「ええ、いいの?う〜ん…じゃあ牛丼メガ盛りで!」
「はい、わかりましたわ。それじゃあ、明日行きましょう」
「ありがとーアリスちゃん!」
満面の笑みでアリスに抱きつくジャンヌに、アリスも抱き返す。
「まったくこいつらは…うちも混ぜんかい!」
ガバっとジャンヌに抱きつく鈴音。だがその時、アリスの瞳が怪しく光った。
「あら鈴音…あなたにも良いものをあげますわ!」
と、彼女が懐から取り出したものが鈴音の視界に入ると、ギョッと焦りの表情を浮かべた。
「ゲゲッ!?や、やめろ!それを近づけるな!!」
「ふふ〜ん、あー面白いですわぁ、尻尾を振りながら逃げ惑う化け狐の姿…」
アリスが取り出したのは唐辛子。辛いものが大の苦手な鈴音はその見た目だけで
もうお手上げであった。飛び出した狐の尻尾を収める余裕もなく、ロッカールームの端っこまで逃げてしまう。
「もう…アリスちゃんったらぁ…鈴音ちゃんをいじめるのはよくないよ」
「さすがジャンヌは良い奴だなぁ…おい、アリス!ジャンヌがああ言ってんだから、
その唐辛子仕舞えや!頭がクラクラする!」
「ジャンヌがそういうなら仕方ありませんわねぇ。でも、ジャンヌは渡しませんわよ!」
「くっそぉ…覚えてろぉ…!」
鈴音はアリスを睨むが辛味というアドバンテージを得てるアリスには抵抗出来ずにいたままだった。
───翌日。アリスは約束通り、牛丼屋にジャンヌを連れて行った。
「で、鈴音…あなたまで着いてこなくてもよろしかったのに。ジャンヌのことはわたくしにお任せなさい」
「そうはいかねぇ!ジャンヌと一緒になるのはうちだ!」
アリスはあくまでジャンヌに奢ると言っただけで、鈴音にまで奢るとは当然言っていない。
だが、鈴音は仲間外れにされることを…というよりジャンヌを取られるのが嫌で無理やり着いて来たのだ。
「ふん!ジャンヌになら10万ドルでも奢りますけど、あなたには一銭も払う気はありませんわ!」
「ちっ、けちんぼが!10万ドルぐらい、ポンとくれや!」
何気に鈴音も理不尽なことを言っているが、そんな二人に呆れた表情を浮かべているジャンヌが
割って入ってくる。
「ま、まあまあ。二人とも抑えて抑えて…あたし、もうお腹すいちゃったから話は後にしようよ」
「まぁ、ジャンヌがそう言うなら…」
「しょうがねぇなぁ。ま、今回はうちは自腹でいいか、ジャンヌの連勝祝いだし」
自分がいない場で二人が喧嘩したら止めない限り永遠にやっていそうだなぁとジャンヌは
ため息を吐いた。
赤い看板の牛丼屋に入店すると、まだ三人以外の客はほとんどいない。
「いらっしゃいませ!ご注文は?」
「えっとぉ、牛丼のメガ盛りで!!」
「わたくしはハンバーグカレーでお願いしますわ」
「うちはまぐろたたき丼で頼むわ」
それぞれの注文を受け取ると店員は店の奥で調理を始め、しばらくしてそれぞれの
元に注文された料理が届き、それぞれのペースで食べ始めた。
三人揃って食べ終わり、鈴音はふと、奥の方に座って牛丼を食べている黒髪ロングの少女に視線を移らせる。
「どうしたの?」
「ん、いや、あいつどっかで見たような気がして……」
しばらくして、視線に気づいたのか、黒髪の少女がこちらに振り向く。
「あ……あなた鈴音じゃない!」
と、黒髪の少女は鈴音の姿を見て、嬉しそうな声をあげる。
「お、お前、新堂まなみ!?」
何故か、よくない奴に出くわしたかのように弱り目となる鈴音。
「お知り合いですの?」
「知り合いも何もあいつは、うちと同じ世界出身の奴で、まあ何回か世界が
ごちゃ混ぜになる前にあったことがあるんだよ」
アリスの問いに答える鈴音。お忘れかもしれないが、アリスのせいでこの世界はいろんな時空が
融合してしまった新世界である。大きな混乱がないのが不思議だが、気にしてはならない。
「鈴音、あんたアメリカになんてどうして来てんの?」
「うちにもいろいろあるの!そういうお前こそ、なんでこんなとこにいんだよ?」
「ああ、世界がしっちゃかめっちゃかになってから、魑魅魍魎の類の活動が活発化してね、
それでその始末で旅をしてるの」
「相変わらずご苦労なこってぇ……留年してもしらねぇぞ」
「…う、うるさいわね。いざとなったら裕奈や伊織のノート借りるからいいの!」
「戦い以外では相変わらずちゃっかりしてるなぁ」
鈴音の隣の席に座り、軽々しくまなみは話しかける。
「あっ、初めまして!あたし、鈴音ちゃんのお友達のジャンヌ・シャルパンティエです」
「わたくしはアリス・ブロウニングですわ。お見知りおきを」
「ああ、ごめんごめん。自己紹介してなかったね。私は新堂まなみ。鈴音とはちょっとした友達で…」
「友達ってなぁ……」
「あら……なんだか訳ありっぽいですわね、鈴音?」
珍しく弱弱しい語気の鈴音に、これは何か新たな弱点が見つかると踏んだアリスは
彼女を問いただす。
「いや、こいつはうちの世界だと次元鬼っていう化け物を封印した剣士だけど…」
「照れるなぁ、当然のことをしたまでよ」
自慢するような真似はせず、ただ謙遜するまなみ。
「ええ!?じゃあ、まなみちゃんも悪いのと戦ってるの?」
瞳を輝かせて彼女を見つめるジャンヌ。
「ま、まあそういうことになるかな。でも、正義がどうとかより、さっきも言った通り、
当然のことをやってきただけだから」
「でもやっぱりすごいよ!どんな戦いだったの?」
「そうね…最初に戦ったのは爆弾を使ってきたなぁ…」
ジャンヌがまなみと話し込み出すと、アリスは苦笑を浮かべながらボソっと呟く。
「ふふ、すごいですわね…でもわたくしには及びませんでしょうけど」
「いや、まなみの方が強い」
根拠の無いアリスの自信を粉砕するように間髪いれず鈴音が言う。
「す、鈴音ぇ!あなた昨日のことを恨んでますの?」
「そんなんじゃねぇよ、事実を言ったまでだ。お前、生身で宇宙出れるか?」
「馬鹿おっしゃい!パワードスーツを着た状態ならともかく、生身で出れるわけないでしょう」
「……まなみとお仲間二人は生身で出れるんだよ」
それを聞いただけで、アリスの表情が固まる。
「…………まったくつまらない冗談はよしてくれませんこと?」
「冗談なんかじゃねぇよ!あいつは生身で宇宙に行くわ、大気圏突入するわ、死に掛けても
一日で復活するわ、惑星破壊するわ、ギャグみたいな強さなんだよ。しかもあれでまだ
本気じゃないらしいんだ……妖狐のうちが言うのもアレだけど、あいつら剣士は化け物だぜ!」
「そ、そんなにですの…」
「うち、昔、あいつと喧嘩した時、まるで歯が立たなかったからなぁ…だからまさか
こんなとこで会うなんて…」
ジャンヌと話し込んでたまなみは、一度、話を切り上げると、鈴音の方へ振り向く。
「ねぇ鈴音、この辺りもIKOっていう宇宙人が迷惑三昧してるんだって?」
「ああ、そうだけど……でもあいつらオトボケ集団だからなぁ、お前からすれば拍子抜けするぜ」
「ふ〜ん……まあ人に危害を加えるようなのはどちらにせよ見過ごすわけにはいかないけどね……!」
と、まなみの眼光が鋭く光る。それと同時に突然、外からドカンと爆発音が鳴り響いた。
四人が驚き、外の様子を見ると、等身大サイズの人型ロボの大軍が持っている光線銃で
街を破壊し、さらに後方には一際大き目のロボットが仁王立ちしている。
「おほほほ!この辺りを更地に変えて我らIKOのあったらしい城を築くのよ!イチリユ!」
「ほい、了解!ミサイルぶっ放せ!!」
オハミルの命令でイチリユがボタンをポチっと押すとロボット軍団の腹部ハッチが開き、
無数のミサイルが街中へと放たれ大爆発を起こす。
「きゃっほー!解体作業っていうのもなかなか楽しいなヒユロカ?」
活発そうな少女は大人しそうな少女に言うが、彼女は苦々しい表情でいる。
「ああ……そんなにミサイルを使って……ロボット作るだけで予算オーバーなのにぃ!」
「いいじゃないですの、破壊した建造物をリサイクルすれば」
「その作業だって私がやるんじゃないですかぁ!人の苦労も考えてください!」
口論しているIKOであったが、次の瞬間、彼女たちの正面のロボットたちが一斉に破壊された。
「やいやい!オトボケ集団のIKO!」
「勝手なことをしないでください!あたしの牛丼タイムを返して!」
「そうですわ!主役のわたくしがあなたたちを叩き潰してあげますわ!」
ちゃっちゃとそれぞれ、パワードスーツ、リングコスチューム、巫女服姿に変身した
アリスたち三人がIKOの前に姿を現した。
「で、出ましたわね、お邪魔虫三人娘!許しませんことよ!」
彼女たちの姿を見て、オハミルは怒りを露にする。
「それはわたくしの台詞ですわ!行きますわよ、ジャンヌ、鈴音」
戦闘に突入しようという寸前、ジャンヌはつんつんとアリスの肩を突く。
「ねえ、アリスちゃん。本当にまなみちゃんの助けを借りなくていいの?」
「わたくしたち三人で十分ですわ。それに……主役はわたくしですの」
何とも言えない威圧感を感じ取ったジャンヌはそれ以上言わずに、敵の方に向き直る。
そして一斉に、駆け出し攻撃を仕掛けていく。
「ディメンジョンメーザー!!」
アリスがレーザー剣で次々に襲い掛かるロボットたちを切り伏せ
「もう!あっち行ってくださぁぁ〜い!!」
ジャンヌはジャイアントスイングでロボットの足を掴み、振り回し、周りの敵を
巻き添えにしながら、次々に撃破していく。
「超必殺!!狐火覇王拳!!」
巨大な火の玉を作り出すと、鈴音は勢いよく、それを両手で撃ち出す!風圧だけでも
次々に撃破され、直撃を食らったものは跡形も無く消え去った。
「むむむ…!よくもよくも私の遊びの邪魔を!!」
「何がむむむですか…お金もないのにロボットを量産するからですよ」
ヒユロカの言葉に、彼女をぎろりと睨みつけるオハミル。その視線に耐えられないヒユロカは
それ以上は何も言わなかった。
「ああ、もう!くたばりやがれ!ですわ!!」
乗っていた巨大ロボの指から無数のビームが放たれ、辺りを襲った。
一方その頃。まなみは自分も戦おうとしていたが、アリスにすごく無理やりに三人で
大丈夫だと告げられ、今は大人しく、外の様子を見ながら牛丼を食べている。
「でも、三人とも強いわね。本当に私無しでも大丈夫そう……」
と、その時。一筋の閃光が牛丼屋に向かって飛んできた。それは窓ガラスを破壊すると、
上手い具合にまなみの持っていた牛丼に命中し、一瞬にして灰に変えてしまった。
「あ……あ…?」
一瞬、何が起こったのかわからなかった。だが、起きたことを理解すると、まなみは
すぐに立ち上がり、店を出て行った。その拳は強く握られている。
「や、野郎…無茶苦茶な攻撃しやがって!」
鈴音が伏せながら地面を叩く。無数に放たれているビーム砲により三人はIKOに近づけないでいた。
「おーほっほっほ!これでIKOの勝利は間違いなしですわ!」
と、その時。まなみがまっすぐIKOに近づいていた。彼女の瞳には炎が宿っている。
「ん?なんですの、あなたは?」
「私の牛丼をあんなにしたのはあなたたちね…許さない!炎心変幻!!」
まなみの周囲から炎が巻き起こり、一瞬にして彼女の身を和服が包み込んだ。
「し、新堂まなみさん?ここはわたくしたちだけで十分だと…」
「そうも言ってられなくなったのよ…人の食べ物を灰にしたIKO…炎術剣士新堂まなみが成敗します!!」
勇ましく名乗りを上げながら、IKOのロボットに目にも留まらぬ速さで接近し
「ふん!!」
パンチ一発で量産型ロボットたちを吹き飛ばし
「はああああ!!」
キック一発でIKOの乗っているロボットを転倒させた。刀も抜かず、炎の術も使わずに戦っている。
「うわわわ…オハミル様ぁ!」
「くっ、なんなんですのあのサムライガール、突然現れて!と、とにかくもう一度立ちあがりなさい!」
「駄目ですぅ!さっきのキックで自律回路がイカれちゃいましたぁ!」
ヒユロカが泣きながらそう答える。
「食べ物の恨みは恐いのよ……お金ないけど、たまには奮発しようとして牛丼食べてたのに
あなたたちは…!」
「ふわぁ、本当にまなみちゃんって強いんだぁ」
「い、意外と動じないな、ジャンヌ……」
まなみの強さに瞳を輝かせているジャンヌとそれを見て苦笑する鈴音。
「こうなったら最後の手段ですわ!ブラックホールスマッシャー発射ですわ!!」
「ええー!?もう今月の食費全部、カップ麺になりますよぉ!?」
「いいんですの!ほら、イチリユ!発射ボタンを押す!」
「へ、へーい!ブラックホールスマッシャー発射!ポチっとね」
ボタンを押すとロボットの腹部から黒い球状のエネルギーが放たれ、それはまなみに
向かって突き進み、彼女を包み込んでしまう。
「くっ、これは!?」
「いくら強かろうと、これでさよならですわ!」
光弾はまなみを完全に飲み込むとそのまま、彼女もろとも消え失せた。
「ま、まなみ!!」
「ふふっ、あのサムライガールも次元の狭間で永遠にお昼寝ですわよ。それじゃ、次は
あなた方の番ですわね」
身構えるアリスたちと、彼女たちを同じくブラックホールで狙おうとするIKO。
「いきますわよ!…な、なに!?」
攻撃しようとしたその時、空に亀裂が走り、そこから炎がIKOのロボットに降り注いだ!
「あっつ!な、なんなんだよ、いきなり!?」
「ああ、あれは…」
空の亀裂がさらに大きくなると、そこから先ほど消え去ったはずのまなみが飛び出してきたのだ。
「そ、そんな馬鹿な……あなたは今、ブラックホールに飲み込まれたはず…!?」
「確かに私はブラックホールに飲み込まれたけど…残念ね、時空を切り裂いて戻らせてもらったわ。
あんな何もない空間でお昼寝だなんてつまらないわ!隼!!」
まなみの叫びに呼応し、独りでに彼女のバイクが突っ走ってくる。そしてそのままロボットに
体当たりを仕掛け、足の部位を破壊した。
「もう容赦はしないわ!隼、ミサイルとレーザー同時発射よ!」
バイクにまなみは飛び乗る。そして命令すると、前面が開き、一斉にミサイルとレーザー砲が
放たれてIKOのロボットを破壊していく。こんな魔改造は出来るくせにお金はない。
「撤退!撤退ですわぁ!!」
IKOが逃げようとするが、まなみの瞳が鋭く彼女たちを睨みつける。
「だったら手伝ってあげる!一点集中!!炎流波!!!」
まなみが腕を十字に組むと立てに構えた右腕から粒子状の火炎光線が放たれ
IKOに直撃、大爆発を起こし、敵を一気に空高くに吹き飛ばした。
「お、覚えてなさぁぁ〜いっ!!」
キラッ☆と星になったIKOをまなみは見つめていた。そしてそんなまなみを
呆然と見つめるアリスたち三人。鈴音はボソりと呟いた。
「もう全部、あいつ一人でいいんじゃないかな」
だが、その言葉を聞いて、アリスは彼女を睨む。
「いいえ!駄目ですわ!!ほら、今回の一番上を見て頂戴!」
「ああ?一番上?えーと…『まなみ見参!炎の女侍再び』だって。なんだやっぱ主役じゃねぇか」
「違いますわ!その左側!!」
鈴音が左に視線を移すとそこには『時空想士アリス』と書いてある。
「そう、主役はわたくしですのよ!あんな一年ぐらい前に主役張ってたような
おば様に負けるわけにはいきませんの!」
誰に言ってるのかわからないが、とにかく目立ちたがり屋のアリスにとって
このまま空気でいるわけにはいかない。彼女はまなみの方へと歩み、口を開く。
「新堂まなみさん!わたくしと勝負してくれませんこと?」
「……どうして?私とあなたが戦う理由なんてないじゃない」
「どっちが本当の主役か、わからせるためですわ!」
「そんなことで……」
「そんなことですって?わたくしには重要な問題なのですわ!さあ、早く刀を今一度抜きなさい!」
勝手な理屈を捏ねるアリスに、まなみはやれやれと首を振りながらも暁一文字を再び抜く。
「いいわ、だったら教えてあげる。自惚れは身を滅ぼすって」
「ごちゃごちゃ言ってないでかかってきなさい!」
アリスもディメンジョンメーザーをソードモードに切り替え、レーザーが剣型で飛び出す。
その二人の様子をジャンヌはオロオロとしながら見つめていた。
「あわわ……鈴音ちゃん!二人を止めなきゃ!」
「無駄だよ…うちらの力じゃ、アリスはともかく、まなみは止められない」
そんなジャンヌと鈴音を脇に、アリスはまなみを睨みつけ、瞬間、彼女に向かって駆け出す!
「やあああっ!!」
そして勢いに任せてディメンジョンメーザーを振り下ろす!だが、まなみはあっさりと
暁一文字を横にしながら防ぐと、軽くアリスを振り払ってしまう。
「ぐうっ!」
「もう、やめましょう…敵同士じゃないんだからこんな戦いは無意味よ」
「そんなの知りませんわ!はあぁぁっ!」
今度はディメンジョンメーザーをガンモードに切り替えて、光弾を撃ち出す!
しかし、まなみは刀を持っていない左手で一振りにかき消してしまう。
「……っ…!」
「ねぇ、アリス。戦いって遊びじゃないのよ。いつ死ぬかもわからないし、目立ちたいだけのつもりなら
悪いことは言わないから、もう止めた方がいいわ」
まなみがそういうと、アリスは苦虫を潰したような表情に。
「こ、こんな一年ぐらい前に主役やってたようなサムライガールに負けるなんて…
認めませんわ!主役はわたくしですの!!」
アリスが理不尽な咆哮をあげると、彼女の身体の底から凄まじい勢いで黄金色のオーラが
放たれ、包み込まれていく。
「な、なんだぁアリスの奴…!ぐっ!」
「あうあう……どうしちゃったの!?」
そのオーラの力の前にジャンヌも鈴音も容易に近づくことが出来ない。まなみも無言のままだが
その力に危険性を感じたか、身構える。
「はああああああ!!!」
「ぐっ!?くっ、なんて力なの…」
アリスのレーザー剣を刀で防ぐが、先ほどとは比べ物にならないほどの力の前に
流石のまなみも、驚き、焦りの声を上げる。
「こうなれば……火柱ストォォーム!!」
大地に手を当てると、アリスの周辺に火柱が次々と発生する。
「……!?」
突然のことに、アリスは判断力が鈍り、動きが止まってしまう。
「ごめんね、アリス!」
そしてその隙をまなみは逃さない。一瞬にしてアリスの背後に回ると彼女の腕を掴み、
極めてしまう。そして後頭部に刀の峰をぶつけるとそのままアリスは倒れた。
「まなみ!アリスは?」
鈴音とジャンヌがまなみとアリスのもとに近寄ってくる。まなみはアリスをいわゆる
お姫様抱っこをしながら二人のほうに向き直る。
「ええ、大丈夫。気絶してるだけだから。それよりも……びっくりしたわ。あれだけの
力を突然発揮するだなんて」
「アリスちゃん、主役に拘りがあるみたいだから…いわゆる火事場のクソ力って奴じゃないかなぁ。
まなみちゃんに主役を取られたくなかったんだよ♪」
「そ、そんなもんかしらねぇ…私は、アリスには何かあると思うのよね」
まなみはどこか険しい表情でアリスを見つめながら呟いた。
「ジャンヌ、鈴音、これからアリスは何かヤバイことになるかもしれないわ…
私でも止められなくなるほどの力を持っているかも……」
まなみが深刻そうに言うが、鈴音はあっけらかんとして
「おいおい、そんな冗談はよしとけよ。お前でも止められなくなるほどの力がアリスにあるだなんて」
「でも、十分ありえることよ。さっきの見てたでしょ?何にせよ気をつけてね」
「う、うん…」
まなみが再度忠告すると、ジャンヌは素直に頷いたが、鈴音だけはどうも訝しげの様子であった。
───夕方。4人はサンフランシスコの海岸まで来ていた。
「それじゃ、またね、アリス、ジャンヌ、鈴音!」
「ああ、お前も元気でな、まなみ」
「ところで、まなみちゃん、なんでこんなとこに?帰るなら空港に行くべきじゃ…」
ジャンヌの疑問にまなみは軽く手を振る。
「いやぁ、だって私、貧乏だもん。そんな飛行機に乗るお金はないのよ」
「じゃあどうやってここまで…まさか」
鈴音が何かに感づいた。彼女はまなみのバイクを見つめている。
「じゃ、みんなも頑張って!バイバイ!」
まなみが隼に乗り、エンジンをかけ走り出すと、彼女はそのまま海のほうへと突っ走る。
普通ならそのまま海にボチャンだが…まなみのバイクはそのまま海上を地面を走ってるのと
同じようにスピードを落とさずに走行していた。
その光景にジャンヌも鈴音も呆気に取られ、瞳をパチクリしている。
「まなみちゃんって、結構変な人だね」
「あいつが変人なのは、能力とか以前の問題なのかもなぁ」
二人が苦笑いしながら話しているなか、アリスは結局終始無言であった。
その瞳にはまなみの姿がしっかり焼きついている。
「新堂…まなみ……!いつか必ずあなたを追い越して見せますわ!」
「はい、解説お姉さんですよ♪今回は新堂まなみちゃんについて。『炎術剣士まなみ』の主人公で、
文字通り、炎の術を扱う女侍よ。異世界から現れた次元鬼族と戦い、最後には仲間の
水無瀬裕奈、姫倉伊織と共に次元鬼を封印したわ。
剣士はアリスちゃんのせいでごっちゃになった世界ではトップクラスの強さを誇っているの。
そのパワーは最大で銀河を滅ぼして、新たな銀河系を生むほど……
明らかに収拾がつかないせって…強さね。
なお、彼女は貧乏のくせに胸だけは年々豊かになってるとか。それじゃ、またね!」
次回予告「もうアイドルレスラーとは呼ばせない!ジャンヌです!まなみちゃんに負けちゃった
アリスちゃんは何やら大特訓をするとかしないとか…?でも、世間では大統領暗殺予告で大騒ぎ!
といっても、あたしたちにお呼びはかからないみたいだけど…。
次回『出動プラズマフォース!何が始まるんです?』そりゃもちろん第三次…じゃなくて大惨事だよね」
53 :
時空想士アリス ◆4EgbEhHCBs :2010/09/08(水) 22:12:03 ID:e1J34YhR
というわけで投下完了。今回出てきたまなみはパラレルの人とかじゃなくて
正真正銘、『炎術剣士まなみ』の新堂まなみですw
ぶっちゃけ、どれぐらいの人が覚えているのか…
投下が前回からかなり間が空いてしまいました。でも、今後もしばらく
こういうペースになりかねない…
54 :
プリティサミー・懸隔の庭 ◆Qm5TZesUl2 :2010/09/11(土) 01:39:41 ID:6UfaipW3
________________________________________
【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
【第二話:サミー、大地に立ったり、立たなかったり】
________________________________________
【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
.
55 :
プリティサミー・懸隔の庭 ◆Qm5TZesUl2 :2010/09/11(土) 01:42:09 ID:6UfaipW3
チャイムが鳴り、海の星小学校の二時間目の終了を告げる。
「河合さん〜、天野さん〜、遅刻するなんて校則違反よ〜!」
クラス委員長、伊達映美が二時間目から授業に参加した砂沙美と美紗緒に注意を促す。
実に単純明白な論理であった。
「ご、ごめん〜。いやあ、道中馬が混んでさあ!」
「ご、ごめんなさい・・・」
そんな女子の遣り取りを、少し離れた場所で二人の男子が観察していた。
おっとりした糸目の小山田健二と、熱血スポーツ少年である真嶋広人だ。
「河合さんはともかく、真面目な天野さんまで遅刻なんて珍しいね〜」
「ふん・・・どうせ河合に付き合って遅刻したんだろ・・・」
だから何だよ、と言う口調とは裏腹に真嶋広人の視線は、美紗緒の困り顔に向けられていた。
そんなスポーツ少年を更に凝視する少女が一人。
(何よ、何よ、何よ、何よ!! 広人ってばあんな根暗なぶりっ娘なんか気にしちゃって〜!!)
小学四年生とは思えない程の嫉妬の炎を燃え上がらせているのは、女子の中心人物の灰田このはだ。
大好きな真嶋広人が美紗緒の事を気にするのが、心底気に入らなかった。
.
56 :
プリティサミー・懸隔の庭 ◆Qm5TZesUl2 :2010/09/11(土) 01:44:59 ID:6UfaipW3
「ちょっと天野さん!! 二時間目から登校なんていいご身分じゃない!! 何様のつもり!?」
「え・・・? あの・・・その・・・ご、ごめんなさい・・・」
いきなり現れて詰ってくる灰田このはに、気の弱い美紗緒はしどろもどろに為って頭を下げる。
周りに居たこのはの取り巻きの女子も、リーダーを援護するように美紗緒を非難し始める。
「ちょっと、このは!! 美紗緒ちゃんは悪くないよ!! 寝ぼうした砂沙美を待っていて遅刻しちゃったんだから!!」
「河合さん、威張って言う事じゃないわよ〜」
激高した砂沙美に映美がツッコミを入れる。
「フン! 何よ、また河合さんの影に隠れるの? 天野さんて本当に河合さんが居なきゃ何も出来ないのね〜」
このはは、嫌味ったらしく二人の関係を揶揄した。
辛そうに美紗緒は俯く。
「もしかして天野さんて、オムツも河合さんに替えて貰ってるんじゃないの? ヨチヨチって〜♪」
「・・・・・・ッ!」
ビクンと硬直していた美紗緒が震える。
周囲から大きな笑い声が巻き起こる。
「ちょっ!? いい加減にしなさいよ、この・・・」
「グダグダうっせえんだよ!! いつまでやってるんだお前ら!!」
砂沙美がこのはに詰め寄るのを遮る様に、広人が大声を出す。
砂沙美達の周りに群がっていた連中は、ばつが悪そうに席に戻っていく。
(何よ、何よ、何よ〜!! 広人ってば、あんなグズ女を庇って〜!!)
きっ、と美紗緒を睨みつけて、このはも席に戻った。
残された美紗緒はガクガクと震えていた。
不和になった両親の激しい口論を思い出してしまったのだ。
「美紗緒ちゃん・・・私達も席に戻ろう・・・」
「う、うん・・・」
美紗緒は縋るように、砂沙美の腕をぎゅっとつかんだ。、
.
57 :
プリティサミー・懸隔の庭 ◆Qm5TZesUl2 :2010/09/11(土) 01:46:11 ID:6UfaipW3
放課後、海の星小学校の保健室。
「ええ!? あの鳥、逃げちゃったんですか!?」
「いやあ、メンゴメンゴ♪」
今朝の鳥を見舞いに来た砂沙美と美紗緒は、誰もいないベッドを見渡す。
「鷲羽先生・・・まさか食べちゃった?」
「食うか!! 解剖しようとして逃げられちゃったのよ!!」
「余計悪いわ!!」
砂沙美と鷲羽がコントをやっている脇で、美紗緒が心配そうに開いた窓を見ていた。
グランドではサッカー部が練習を始めていた。
「鳥さん・・・大丈夫かしら・・・羽、怪我してたのに・・・」
「美紗緒ちゃん・・・きっと大丈夫だよ。賢そうな鳥だったもの」
顔を曇らせる親友を元気づけようと、砂沙美は明るく励ます。
「ね? だから元気だして!」
「う、うん・・・」
美紗緒の顔はまだ硬かったが、親友に気遣いに応える様に無理に笑顔を作る。
そんな二人を、鷲羽は複雑な表情をして眺めていた。
.
58 :
プリティサミー・懸隔の庭 ◆Qm5TZesUl2 :2010/09/11(土) 01:48:31 ID:6UfaipW3
それから二人は下校し、交差点で別れた。
「はあ・・・」
砂沙美は一人になってから盛大な溜め息を付いた。
(このはの奴、また今日も美紗緒ちゃんにつっかかって!)
今日こそ色々と言ってやろうかと思ったが、真嶋広人の介入で不完全燃焼に終わってしまった。
(このはも、前はあんなじゃなかったのになあ・・・)
三年生までのこのはは、やはりエキセントリックな性格だったが、きっぷも良くサバサバした性格だった。
だから同じ女子に人気があり、クラスの中心に居るのだ。
でも、今のこのはは陰険に大人しい美紗緒を虐めている。
(どうしちゃったんだろ・・・)
お子様な砂沙美は、このはと広人と美紗緒が微妙な三角関係になっている事がわからなかった。
ただ、このはが豹変して美紗緒を目の敵にしているとしか見えなかった。
(皆変わっていっちゃうのかなあ・・・なんか嫌だな、そんなの・・・)
砂沙美は、上級生と呼ばれる存在にいつのまにかなっていた。
今までは、周囲の状況と生まれ持った自分の性格に、何となく流されるままの存在だった。
しかし、自我の芽生えの様なものがあちこちで感じられた。
それは、乳歯が永久歯に生え換わる時の様な痛さと痒さを、砂沙美達に齎していた。
(何だろう・・・このモヤモヤした感じ・・・)
無論、今の砂沙美は感覚的に周囲や自分の変化を感じている過ぎない。
ただ、漠然とした不安と期待なような物が、心の中で混じりあっていた。
.
59 :
プリティサミー・懸隔の庭 ◆Qm5TZesUl2 :2010/09/11(土) 01:50:14 ID:6UfaipW3
河合家の一階はレコードショップ「CD-Vision」になっている。
店長は、ほのかママだ。
「ただいまー!」
「砂沙美ちゃん、ちょうどよかったわ。砂沙美ちゃんをスカウトしたいって人が来たのよ♪」
「は?」
砂沙美は首を傾げた。
ほのかママが突拍子の無い事を言い出すのには慣れていたつもりだったが、今日のはいつにもまして唐突な展開だった。
「あ、それから銀ちゃん、そろそろ帰って来れそうよ♪」
「ホント!」
河合家の大黒柱である河合銀次は、時折家を空ける。
某国の特殊部隊に属していた銀次は、時折ダイハードでミッションインポッシブルな仕事を請け負っていた。
なんでも今は某国に、地球破壊爆弾を破壊する為に赴いているそうだ。
TRRRRRRRR・・・
ほのかママの携帯電話が鳴る。
「やあ、最愛の妻のほっきゅんと最愛の娘の砂沙美。元気にしているかい?」
「銀ちゃん!」
ダンディな声が響く。
ダンディなパパ、河合銀次だ。
「ところでほっきゅん、君は赤と青どっちが好きかな?」
「ええと、赤かしら」
「じゃあ赤のコードをパチンと・・・よしOKだ。これで日本に帰れるよ。砂沙美に愛していると伝えてくれ」
「銀ちゃんの好きな物を作って待ってるからね♪」
なにか尋常ならざる事態が進行していた気がしたが、砂沙美はお子様だから気にしない事にした。
自分をスカウトに来たという人物に会う為に、リビングにそそくさと移動する。
.
60 :
プリティサミー・懸隔の庭 ◆Qm5TZesUl2 :2010/09/11(土) 01:52:08 ID:6UfaipW3
ズズズズ・・・。
その人物はリビングのソファに正座で座り、お茶を飲んでいた。
全体的に白っぽい服を着ていたが、その装いは和服の様でもあり、どこか知らぬ外国の民族衣装の様でもあった。
「ええと・・・海の星小学校四年生の河合砂沙美です・・・あの、どんなお話しでしょうか?」
ほのかママの漠然とした説明しか受けていなかった砂沙美は、困った顔をして来訪者に尋ねた。
すっく、と白衣の女性は立ちあがった。
と思ったらステンと転んだ。
「・・・足が痺れました。」
「・・・ハア」
マヌケな空気がリビングを支配する。
「私の名前は津名魅といいます。ニコリ♪」
「・・・・・・」
白衣の女性は立ち上がれないのか、横になったまま話し始める。
マヌケ空間のマヌケ濃度が更に増した。
「砂沙美ちゃん。あなたには、これから魔法少女プリティサミーとなって、私と裸魅亜の友情回復の為に牛馬の如く働いて貰います!」
「何なのよ、それってーーーーー!!」
真横に倒れているマヌケ発生装置に、砂沙美は全力でツッコんだ。
___________|\
[|[|| To Be Continued....! >
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|/
.
61 :
プリティサミー・懸隔の庭 ◆Qm5TZesUl2 :2010/09/11(土) 01:58:27 ID:6UfaipW3
─-、 , -─
ヽ _ _ /
, -─ヽ( )--─- 、, -─--( ), -─-
(γ r ⌒ ヽ/ ⌒ヽ `、_)
//´ //⌒` ´⌒ヽ 、 ヽ ヽ
(' // ./( ( ヽl7 )ノ)ノノ)ヽ)
( l/(レ -─ ─- )ノl |
(ヽ'ヽ γ⌒ヽ.: :γ⌒ヽ ノ レ) 次回もまうまうだよ!
ー/ ヽ l /、ー'
, -- (─-ヽ ワ /- )-- 、
/ l ヽ \` ー ´/ ノ / ヽ
/ l ` \.V / / ヽ
.
サミー来てたー
そして銀ちゃん来たあああああ!!
クラスメイトも勢揃いだし、役者は揃ったって感じですね
残すは金色の彼女だけ…
うーん、まちどおしい!
銀次パパキタコレ! 今回の仕事はまたハードだw
つうか、毎回サブタイ凝ってるなあw
それにしても、セリフも映像も脳内再生余裕過ぎるw
次回にも期待!
凝った作りとサミーらしさがよく出てる文章、素晴らしいです
最後にはAAも張って、脳内で上手く再生されますw
いや本当、面白い。もうサミーだけでも十分なぐらいだw
65 :
げまず作者:2010/09/12(日) 12:53:04 ID:XXq0zKiU
6月とか言っといてこんな時期になってしまって申し訳ない・・・
ていうか数ヶ月スレが動いてなかったのにどうしていつも投下時期が被るのかw
実は密かに必ず9レス以内に終わらせるという縛りを作っていたのですが、
今回の話では軽く超過してしまいました・・・
それも含めて今回はゲーマーズとしてはかなり異質な話ですが、お付き合いくだされば幸いです
◎GAMER'S FILE No.11
『樋口佳奈美(ひぐちかなみ)の経歴』
至って平凡な家庭に生まれる。妹が一人いる。
幼少の頃、TV中継で見た空手の選手に憧れ、
オリンピック選手になることを志すも、運動能力の低さから断念。
小学校高学年の頃、社会現象を起こした大ヒット格闘ゲーム、
ストレートファイターと運命の出会いを果たす。
あっという間に格闘ゲームに見せられた彼女は、これを切っ掛けに、
リアルファイター、鋼拳、サイコキャリバー、ダッドオアワイフ等、
数々の格闘ゲームに挑戦し、最終的に大会を総ナメにする。
彼女の強さの秘密は、その動体視力やセンスももちろんだが、
脇目もふらずに道を追求する姿勢にこそあると関西弁の関係者は言う。
そんな一途に格闘ゲームを極め続けてきた彼女ゆえ、
ゲーマー歴の長さの割りに、他ジャンルに関する知識は著しく少ない。
この猛暑にも関わらず、今日もゲーマーズはアンチャー討伐に狩り出されていた。
「……無理……死ぬ……」
言葉少なに力無くつぶやいたのは亜理紗……ではなく、汗だくで今にも倒れそうな八重花である。
ゲーマーズになるまで暑さも寒さも家に引き篭もってやりすごしてきた彼女には、気温40度近くはちょっとした拷問であった。
「……八重花……私の真似やめて……」
「そういう亜理紗もええ感じにヘバっとるなー。ウチはアウトドア派だから一応まだ踏ん張れるけども」
「……っていうか……何であの二人はあんなに元気なのよ……?」
八重花のぐったりした瞳の先には、アンチャー相手に大暴れする佳奈美と、それにハツラツと指示を出す昌子の姿があった。
「いいんちょは自宅にエアコンが無いから暑さには慣れとる言うとったな」
「じゃあ佳奈美は……?」
「……バカだから……」
「バカだからやな」
などと言いたい放題されつつも、佳奈美の奮闘によりアンチャーはもう死に体だった。
「今です、佳奈美さん! 大技で一気にしとめてください!」
「めくり春巻からコパコパに繋いで目押しで中P、双龍カビキャンから遠立ち大Kで拾ってミラクルコンボで〆っ!!」
「フグワァッ!?」
目にも留まらない佳奈美のコンボの直撃を受けたアンチャーは、たまらず消滅した。
アンチャー討伐を完了し、変身解除して背伸びをする佳奈美。
「なるほど、最後のところにあえて間を置くことで補正切りを行ったのですね」
「おっ、昌子も分かって来たじゃないか」
「格闘ゲーム素人ながら、色々と勉強させていただきましたから」
「よーし、なら次は実践だな! ゲーセン行こうか!」
「え、ええっ!? あの、わたくし夏季休み明けの実力試験の勉強をしないと」
「ちょっとぐらいいいだろ? これも勉強、勉強!」
「ほな、ウチらは先帰っとるで。チビ二人がバテきっとるし」
「ええええええ!? ちょっとお待ちになってええええ!!」
助けを求める昌子をスルーし、千里は四輪に変形させたマシンに亜理紗と八重花を放り込み、走り去っていった。
昌子はそのまま、佳奈美に半ば無理やりゲーセンに連れて行かれてしまった。
ゲーセンに到着し、格闘ゲームの対戦を始める二人。
昌子の方ももう観念し、愚痴交じりにガチャプレイを行っている。
「全く、こう連戦続きではロクに勉強する時間も取れませんわね!」
『K.O!!』
「わたくし、このままこんな状態が続くようなら、いっそゲーマーズをやめようかとすら思ってしまいます!」
『K.O!! PERFECT!!』
「……って、佳奈美さんは相変わらず容赦ありませんね! というかわたくしの話、聞いてます!?」
「聞いてるよ。いいじゃんやめれば」
「!」
「昌子が大事だと思うものを優先すればいいじゃないか。いつかみたいに無理強いはしたくないし、昌子がそのつもりなら引き止めないよ」
「わ、わたくしは勉学もネトリスもファイエムもゲーマーズも大事です! みんな捨てたくありません!」
「なら、頑張るしかないんじゃないの」
「で、ですよねー……」
少々疲れた様子で黙りこくってしまった昌子に、佳奈美は冗談めかしてこう言う。
「ま、あたしは格ゲーが今最も打ち込める物だからやってるだけだし。他にもっと大事な物ができたら、乗り換えるかもね」
「あはは、またご冗談を」
佳奈美の発言に思わず笑いを漏らす昌子。
格ゲーと佳奈美は切っても切れない関係だ、格ゲーをやらない佳奈美なんて想像すら出来ない。
そしてそれは、きっと自分にとってのネトリスやファイエムも同じなのだろう。
少し気持ちが軽くなった気がした昌子は、100円を追加しようと小銭入れをまさぐるが、ふと腕時計に目が行く。
「あっ、もうこんな時間! 佳奈美さん、申し訳ありませんけど今日はもう帰りますね!」
「そっか、あたしはこのゲームが終わってから帰るよ」
「はい、それではまた次の機会に!」
塾の予定でもあるのか、昌子は何度も時計を確認しつつ、慌てて走り去っていった。
一方の佳奈美は、黙々と一人プレイを続ける。
ふと気が付くと、昌子が居た反対側の筐体に誰かが座ったようだ。
続いて100円が投入された音がする。
『New Challenger!!』
「ん、乱入なんて久しぶりだな」
『Fight!!』
試合が始まり、相手の技量を推し量ろうと様子を見る佳奈美。
崩しを考えないガン攻めタイプ。
こういう相手は佳奈美の最も得意とするタイプだ。
ブロッキングやフェイントで振り回し、軽くあしらっていく。
(なんだ、大した腕じゃないな。流れのライト層か)
見切りをつけた佳奈美は、相手の大振りをカウンターヒットしてからのコンボを決め、圧倒的な勝利を得る。
『K.O!! YOU WIN!!』
「悪いね、手加減はしない主義でさ」
『New Challenger!!』
「ん、連コか? しょうがないな……」
あまり面白い相手ではなかったので連戦は遠慮したかったのだが、挑まれてしまったからには仕方ない。
当然、結果は先ほど以上の圧勝だった。
しかし挑戦者は一向に諦める気配が無く、再びの連コイン。
そうして気が付けば対戦回数はもう二桁を突破しており、佳奈美もいい加減にウンザリしてきた。
……が、向こうの方のイラ立ちはそれ以上だったようだ。
ガァン!!
突如として、激しい衝突音が店内に響く。
業を煮やした対戦相手が、筐体を蹴り飛ばしたのだ。
「おい、勝てないからって筐体に当たるなよ。壊れたら弁償する金あるのか?」
見かねて立ち上がって対戦相手に詰め寄る佳奈美だが、相手は濁った瞳で佳奈美をにらみ返す。
「はっ、あんたアタイが誰だか分かって喧嘩売ってんの!?」
その見るからにガラの悪いヤンキー娘は、佳奈美の前に立ち上がって指をバキバキ鳴らした。
「あたしゃ空手大会の高校生部門で4位入賞したアガサアミコだよ!?」
「へぇ……そりゃすごいね」
まさかこのヤンキー娘が空手の実力者だとは思わずに驚いた佳奈美だったが、同時に無性に腹が立ってきた。
それほどの腕前がありながら、どうしてこいつは空手を汚すような真似をしているのか。
「すごいけど……4位なら、4位なりの態度を取るべきなんじゃないのか?」
「はぁ!? 何言ってんの!?」
「4位の空手家として、恥ずかしくない振る舞いをしろって言ってんだよ!」
「4位4位うっせーよ! つーかあれか、要するに4位の鉄拳を味わいたいって言ってんのか!?」
アミコは空手の構えを取った。
その目はキレており、本気で佳奈美に殴りかかって来そうだ。
「おい、リアルファイトはやめろよ。折角ゲーム内で決着ついたのに無粋だろ」
「今更ビビってんじゃねー、ゲームオタクがっ!!」
激昂したアミコは、とうとう佳奈美に襲い掛かってきた。
(……あれ? こいつ、意外と動き遅い……?)
アンチャーとの戦いで実戦慣れしていたせいか、アミコの動きは佳奈美にはスローモーションに見えた。
アミコが放つ右ストレート、ローキック、大振りな回し蹴り。その全部が手に取るように見える。
……問題があるとすれば、ただ見えるだけだったことだろうか。
ドガッ! バキッ! バンッ! ドサッ!
いくら相手の攻撃が止まって見えようが、運動神経の鈍い佳奈美には避けることは叶わず、全ての攻撃が佳奈美の体に叩き込まれていく。
瞬く間に、佳奈美はアザだらけになって地に伏していた。
「口ほどにもねー奴だ、思い知ったか!」
「いてて……だからリアルファイトは嫌いなんだよ、勝てないから……」
「これに懲りたら喧嘩を売るときは相手を見て……。……あっ!?」
アミコが何かを見てピシッと固まった。
いつの間にか佳奈美の後ろに誰かが立っており、アミコの視線もその先だ。
その視線の先に、佳奈美も目を移してみる。
そうしてそこに居た人物の姿を認めると……佳奈美は、目を丸くした。
そこにいた小柄ながらしっかりした体躯の中年女性は……。
「すっ……」
「須藤さん!? ど、どうしてゲーセンなんかに!?」
須藤武美―――佳奈美がかつて目標にしていた、空手のトップ選手だった。
「あんたを探しに来たに決まってるじゃない! 練習をサボってこんなところで何やってるかと思ったら……」
須藤は、身体中にアザができている佳奈美を一瞥すると、鬼の形相でアミコを睨む。
「あんたねぇっ、一般人に暴行だなんてどういうつもり!?」
「す、須藤さん、ち、違うんです!」
「何が違うっての!? この子に蹴りくれてるところをはっきり見てたわよ!」
「す、すんません……で、でも、こいつが喧嘩売ってきて……」
「どっちが売ったかとかどうでもいいの! あんたは自分が武道家の端くれだって自覚がないの!?」
「そ、それは……」
須藤の怒声に、アミコはしどろもどろになるばかりだ。
「こんなことを仕出かして、まだウチの道場に居られると思ってないでしょうね!? あんたは破門よっ、今ここで!!」
「そ、そんなぁ!! 勘弁してください!!」
必死に自分に追いすがるアミコを振り払い、須藤は目を白黒させている佳奈美に近づき、抱き起こした。
「あなた、大丈夫?」
「は、はい! ……いてっ!」
慌てて立ち上がったものの、頬に痛みが走り、思わず手で押さえる佳奈美。
「やっぱり手当てしないとダメね……。私の道場がすぐそこだから、そこまで行きましょう」
「そ、そんな! そこまでしてくれな―――い、いただかなくても……」
「私の後輩がやらかした結果なのよ、ちゃんと責任取らせて欲しいわ」
須藤はそう言ってニコッと笑った。
結局、佳奈美はそのまま須藤の肩を借り、彼女の道場まで行くことになった。
スポーツジムの隣に存在する小さな道場。
そこの軒先で、佳奈美は須藤の手によって薬を塗られていた。
練習中なのであろう、中からはセイ、セイといった掛け声が間断なく聞こえてくる。
「本当にごめんなさいね、うちの門下生が酷いことを……」
「い、いえっ……あの程度、慣れてますから……」
「まぁ、おてんばなのね」
「そうじゃなくて、ちょっとバイト絡みで……」
そうして雑談しながらの治療を受けながら、稽古の風景をぼんやりと眺める佳奈美。
「空手……あたしも昔はやってました」
「あら、ホント?」
「それもその……子供の頃にTVで見た、須藤選手に憧れて空手始めたんです」
「まぁ……嬉しいわ!」
佳奈美の言葉を聞いて、子供のように目を輝かせる須藤。
「でも、どうしてやめちゃったの?」
「あたし……運動音痴ですから……」
「そうかな、私から見て、あなたはセンスがあると思うけど」
「そんな、お世辞なんて……」
「ううん、確かに身体を動かすのは苦手みたいだけど、そんなのは訓練次第でどうにでもなるわ」
「そういうものですか?」
「ええ、トップレベルになると、一瞬の判断力―――言うなれば、野生の勘みたいなものが一番重要になってくるの。
そういう感覚ばっかりは人に教えられてどうこう出来るものじゃない」
「はぁ、そうなんですか」
「そして、あなたはその感覚を持っている。私には分かるの」
「はは、まさか。買いかぶりすぎですよ」
「……………………」
須藤は急に真剣な目つきになる。
「さっきのアミコとのケンカを見てたけど……あなた、あの子の攻撃を全て見切っていたんでしょ?」
「えっ!」
「避け切れてはいなかったけど、あの子の攻撃に対して完璧な回避を試みていたように私には見えたんだけれど」
「……………………」
佳奈美は無言ではあったが、その瞳が一瞬輝いたのを、須藤は見逃さなかった。
「空手、もう一度始めてみない? 私がみっちり指導してあげるから!」
(そんなまさか。もう散々分かっているだろう、自分には無理だって)
そう静止する冷静な心の声。
しかし今の佳奈美には、それより胸が高鳴ってウズウズする身体の声の方がよほど大きかった。
「……やります。いえ、やらせてください!」
自分も空手選手として開花することができるのかもしれない!
それも、憧れの須藤武美の下で!
「さ、それじゃ早速稽古を始めましょ!」
須藤はニッコリ笑って、佳奈美の手を取った。
――――――――――――――――――――――ー―――――――――――――
佳奈美が須藤と出会ってから、一週間の時が経った。
アンチャー出現の報を受けた佳奈美(とゲーマーズ)は、今日も変わらずアンチャー討伐に精を出している。
「正拳中段突き!!」
「足刀外廻し蹴り!!」
空手の技を駆使して、アンチャーを蹴散らしていく佳奈美。
今日のアンチャーは弱いものばかりだったこともあり、そうかからずに討伐完了する。
一息つく佳奈美に、目ざとい千里が声をかける。
「なんや、どうしたんや佳奈美? いつもとプレイスタイルちゃうやん」
「へへへっ、実はさ……」
佳奈美は、空手を再び習い始めたことをゲーマーズ達に説明する。
「ええーーーっ!? あの須藤選手にスカウトされたんですのーーーっ!?」
「ああ、だからこれから空手の練習と二束の草鞋になりそうなんだ」
「ええやんええやん! 空手で鍛えれば、アンチャー戦ももっと有利になるんとちゃうん?」
「……佳奈美……よかったね……!」
「サンキュ、亜理紗!」
「……………………」
素直に驚きと喜びを表現するゲーマーズの面々を他所に、八重花一人がいやに険しい表情をしていた。
「おっと、そろそろ稽古の時間だ。あたし、もう行くから!」
それだけ言うと、佳奈美は面々に手を振りながら颯爽と駆け出していった。
その晴れ晴れとした表情は、どこか影のあった以前の佳奈美とはまるで別人のようだ。
一方、何かを考え込んでいた八重花は、そっと昌子の後ろに近づくと、トントンと肩を叩く。
「……昌子さん、ちょっと付き合ってくれない?」
「あら、どうしたんですか?」
「少し特訓がしたいの。昌子さんが居れば色んなパターンで出来るからね」
「特訓? どうしてまた急に……」
「いいから」
そうして変身も解かないまま、八重花は昌子を連れてどこかに行ってしまった。
「……八重花……佳奈美が強くなって、悔しいんだ……?」
「う〜ん、そうなんかなぁ?」
八重花の不可思議な態度に、亜理紗と千里は首を捻るばかりであった。
「佳奈美、なかなか腕を上げてきたじゃない」
稽古の休憩中、タオルで汗を拭いている佳奈美に須藤が話しかけてくる。
「いや、武美さんの指導がいいからですよ!」
「指導がよくても結局は本人次第なのよ。佳奈美はもうちょっと自分を高く評価してもいいと思うわ」
「こ、光栄です!」
「あ、そうそう」
何かを思い出したように、ポンと手を打つ須藤。
「来週の大会、あんたの出場登録しておいたから」
「え、大会ですか?」
「今の佳奈美の実力なら、優勝も夢じゃないかもね」
「そんな、あたしが優勝……?」
言うほど簡単なことではないだろう。
しかし、しかし……もしもそれを成し遂げることができるのなら、
自分はやっとコンプレックスを克服し、自分に自信が持てるようになるのかもしれない。
「大丈夫、佳奈美は強いって。もっと自分に自信を持ちなさい」
「……よっしっ、やっるぞぉーーー!!」
気合を入れなおし、空手の練習を再開する佳奈美であった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「手刀鎖骨打ち……くっ!?」
「上段受け……うわっ!?」
今日もアンチャー討伐に精を出す佳奈美だが、どうにも様子がおかしい。
繰り出す技が全く決まらず、反撃を受けてばかりなのだ。
結局、見かねて援護にやってきた他メンバーの活躍でアンチャーは撃退される。
「どうしたんですか佳奈美さん、今日はいやに調子が悪いじゃないですか」
「うーん、どうしたんだろうなぁ。なんかよく分かんないんだけどしっくり来ないんだよ」
昌子に疑問を呈されても、当の佳奈美自身も首を捻るばかりだ。
「いや……これは調子が悪いんじゃないよ」
「八重花?」
やっぱりね、と言った様子で佳奈美を見下ろす八重花。
更に千里も八重花の言ってる意味を悟ったようだ。
「ヤエちゃんの言うとおりかもしれん。これは確かに調子が悪いんとちゃう」
「なんだよ千里まで。どういう意味だ?」
「それは……」
少々口ごもる千里。
しかし意を決し……口を開いた。
「おそらく佳奈美は…………空手を再開したことにより、弱なったんや」
「…………えっ?」
「あの、おっしゃっている意味がよく分からないのですけれど……」
「……身体を鍛えて……弱くなるって……?」
佳奈美本人はもちろん、昌子と亜理紗もよく意味が分かっていない様子だ。
千里の言葉を補足するように、今度は八重花が口を開いた。
「簡単なことだよ。空手は『普通の人間』が『普通の人間』を倒すための技術なんだ。
パワードアーマーでアンチャーみたいな怪物と戦うための技術じゃない」
「あ……」
「要するに、空手にうつつを抜かしてる佳奈美は…………ゲーマーズとして戦力にならないってこと!」
シーン……。
ゲーマーズの間になんともいえない静寂が流れる。
そんな中、昌子がそっと口を開いた。
「……そうですね。思えばわたくし達が長官様に買われたのは、超常的な非常事態に関する対応力です。
ありふれた現実的な危機しか想定していない一般の格闘技では、対アンチャーにはまるで使い物にならないのは自明の話でした」
再びの静寂。
「そんなっ……。あたしは……あたしはっ……!」
佳奈美が呻くように声を上げる。
「あたしは、空手を……!」
「……佳奈美……」
「……………………」
誰もが次の言葉を躊躇う中……八重花は、キッパリと言い放った。
「やめなよ、空手。それしかないでしょ」
「……ッ!」
うつむいて唇を噛む佳奈美。
「夢だったんだ……小さい頃からの夢だったんだよっ!!」
キッと顔を上げて八重花を睨む。
「その一度捨てた夢が、また叶うかもしれないんだ……簡単に諦められるかよっ!!」
「じゃあゲーマーズをやめるっていうこと!?」
「それはっ……!」
「どっちを選ぶのかハッキリ決めなさいよ!
ゲーマーズは半分ぐらい遊びみたいなもんだけど、それでもみんなその遊びに命賭けてんのよ!
そんな覚悟も無い生半可なゲーマーなんて……ゲーマーズにはお呼びじゃないのよ!!」
「ぐっ……」
言い方はともかく、八重花の言葉は正論だ。佳奈美は言い返せない。
それを見かねたのか、昌子が柔らかい物言いで割って入った。
「佳奈美さん……前にゲームセンターでおっしゃいましたよね」
「え……?」
「ゲームよりも大事な物が出来たら、ゲームを捨てても後悔はしない、と……」
「…………」
「わたくしは佳奈美さんの選択を尊重いたします。 ゲームでも、空手でも……佳奈美さんが本当に大事だと思う方を選んでください」
しばらく押し黙っていた佳奈美だったが……。
「一晩…………考えさせてくれ」
搾り出すようにこれだけ言うと、重い足取りでその場を立ち去っていった。
「なんや、とんでもないことになってきたなー」
ぽりぽりと頭をかく千里の腰に、亜理紗がしがみついてくる。
「ん、どした亜理紗」
「……佳奈美が……ゲーマーズをやめたらどうしよう……」
「……………………」
亜理紗の言葉に、千里は何も答えることが出来なかった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
『エマージェンシー! エマージェンシー!』
「アンチャー出現です! みなさん、行きますわよ!」
「らじゃっ!」
「了解!」
「……うん……」
『『『『プレイ・メタモル!!!』』』』
「千分の一秒を削るのに命を賭ける。
音すら置き去りにする光速の戦士……『G・ドライバー』!!」
「狙った獲物は逃がさない。
視界に映る全てを射抜く戦慄の戦士……『G・シューター』!!」
「あらゆる死地を活路に変える。
フィールドを駆け巡る躍動の戦士……『G・アクション』!!」
「全ての謎は、ただ解き明かすのみ。
真理を究明する英知の戦士……『G・パズラー』!!」
『『『『四人揃って、メタモル・ゲーマーズ!!』』』』
変身した四人の戦士は、アンチャー出現の現場に向かって走り出した。
【ゲーマーズをやめる】
それが一晩の間、悩みに悩んだ佳奈美の答えだった。
誰も……何も言わなかった。
ただ、千里一人が「そうか、頑張ってな」という言葉を振り絞り、佳奈美を送り出した。
アンチャーの群れに臨む4人のゲーマーズ達。
今日に限っていやに数が多い気がするのが不思議だ。
それでも敵の戦力を分析し、素早く戦術を組み立てる昌子。
「ここは前衛二人が盾になって持ちこたえて―――あっ、今は前衛は八重花さんしか……」
昌子の指令を聞いた八重花は既に飛び出していたが、彼女一人で持ちこたえるのは難しいだろう。
すぐに作戦を撤回しようとする昌子だが……。
「あ、亜理紗!? どないした、前線に出たりして!?」
「えっ!? 亜理紗さん!?」
八重花から少し遅れて亜理紗が飛び出し、アンチャーの群れに突撃したのだ。
「……佳奈美の代わり……私が勤める……」
「あ、亜理紗さん、下がってください! あなたの能力で前線を支えるのは無理です!」
叫ぶ昌子だが時既に遅く、亜理紗はアンチャーの群れに囲まれて逃げ出せなくなってしまった。
しかし次の瞬間、群れの中心から無数の閃光が放たれ、バーストモードになった亜理紗の姿が露になる。
「……私だって……戦える……。佳奈美の代わりぐらい……できる……!」
「アホゥ、無茶苦茶や!! シュータータイプは一撃もろうたら致命傷なんやぞ!!」
バーストモードでの零距離射撃を繰り返し、何とか前線を支えようとする亜理紗だが、
そんな刃の上を渡るようなギリギリの戦いがいつまでも続けられるわけが無い。
徐々にバーストモードによる疲労が色濃くなってくる。
そうしてできた一瞬の隙を突き、アンチャーの一匹が亜理紗の後頭部に殴りかかる。
「うぅっ!?」
あっけなく吹き飛び、地面に何度か跳ね返る亜理紗。
「ぐっ……まだまだ……っ!」
頭から血を流しながらも何とか立ち上がり、再びアンチャーの群れに接近戦を挑む亜理紗。
しかし多勢に無勢、オマケにダメージは大きく、
動きに精彩を欠く亜理紗の腹部、背部、両手足……あらゆる部位にアンチャーの攻撃が襲い掛かる。
「うぇっ!!」
「うがっ……」
「ガァァっ」
既に全身見る影も無いほど血まみれ、アザだらけであるが……。
だが……それでも亜理紗は立ち上がって銃を放ち続けた。
「亜理紗さん、もう十分です!! お願いですから退いてください!!」
「……いやだ……私にだって、前衛ができることを証明する……」
「どうしてそこまで!?」
「……だって……そうじゃないと……佳奈美が心置きなく夢を追えないからっ!!!」
「…………!」
しかし亜理紗の必死の想いも虚しく、力尽きて立ち上がれない亜理紗に、アンチャー達の無情な攻撃が振り下ろされる。
「亜理紗っ!!」
千里が救出に向かうが、アンチャー達に阻まれて到達できない。
絶体絶命か……と思った寸前、駆けつけた疾風がアンチャー達を吹き飛ばす。
八重花だ。
「亜理紗、あんたは下がってて」
「……八重花……」
「勘違いしないでよ。前衛みたいな美味しい役、あんたには勿体無いってだけなんだから」
再び陣形を組みなおすアンチャー達に向き直り、八重花はウィップソードをビュビュッと振ってみせる。
「前衛はあたしのフィールド! 佳奈美がいなくなって、あたしの独占! あー、すっきり!」
言うが早いか、一瞬でアンチャー達の視界から消え去り、狼狽するアンチャー達の死角をついて次々にナマス切りにしていく八重花。
アンチャーが反応したかと思うとその瞬間にはもうそこには居ない。そして気が付いた時にはもう真っ二つにされている。
それも一方向だけではない。神速の機動力を生かして単独で広範囲の制圧を実現している。
正に、前衛二人分の活躍だ。
「……八重花……私にできなかったことを……」
「亜理紗、無事かっ!?」
「……千里……」
「なーにションボリしてんねん! 亜理紗の役目はこっちやろ!」
狙撃用の席を親指で指し示す千里。
そうだ、もう足は動かなかったが、手先ならまだ動く。
「……うん……私、まだ戦える……」
「せや、移動はウチに任せてアンチャーのドタマふっとばしたれや!」
千里に抱えられて、亜理紗はマシンに搭乗した。
そうして無理をせずに自分の役目に専念した亜理紗、そして何より八重花の獅子奮迅の活躍により、アンチャーの群れは全て殲滅された。
「ほーらね、あたし一人の力でこの有様! 佳奈美なんて最初から要らなかったのよ!」
そう豪語する八重花だが、彼女があえて尊大な物言いをしている理由はゲーマーズ達にはすぐに分かった。
「ヤエちゃん、相変わらず素直やないなぁ」
「友を心より想っているからこそ、あえてつっけんどんに振舞う友情もあるんですのよねっ!」
「きっ、気色悪いこと言わないで昌子さん!!」
「……ありがとう……八重花……」
「ぎゃー!? 亜理紗があたしにお礼を言ったー!?」
ともすればポッカリと空いてしまう胸の穴を誤魔化すためか、大げさに騒ぎ続けるゲーマーズ達。
そんな中、新たな邪悪な気配に気付く。
「まだ居ましたのね!」
「大丈夫、さっきみたいにあたしが全部制圧してあげるから!」
「ウチらも万全に援護するで、いったれヤエちゃん!」
「……八重花……お願い……」
「まっかせなさい!」
胸を張って再びアンチャーの群れに突撃していく八重花だったが……。
「……あづい……」(バタッ)
「あぁっ!! ただでさえ暑さに弱い八重花さんがノンストップで走り回ったものですから、すっかり熱中症に!!」
限界以上の力を振り絞った八重花は、力尽きて倒れてしまったのだ。
「あっちゃー、無理しとるのは亜理紗だけじゃなかったんや!」
「……どうしよう……」
アンチャーの群れは、すぐそこまで迫っていた。
少し時間は巻き戻る。
樋口佳奈美はぼんやりとした喪失感を抱えたまま、空手の稽古に向かっていた。
途中、いつも入り浸っていたゲーセンの前を横切る。
つい横目で追いつつも、何とか視線を切って歩を進めた。
「……大丈夫、格ゲーに未練は無いよ」
自分に言い聞かせるように一人ごちる佳奈美。
「空手も格ゲーも、あたしにとっては同じことだ。一瞬の時間に、自分を燃やし尽くすだけ」
うんうんと一人で頷くが、その後姿はどこか頼りない。
それからも独り言は止まりそうで止まらなかった。
「それに……完全に格ゲーと断絶したってわけでもないし」
「そうだよ……息抜きにちょろっとワンプレイするぐらいならできるし」
「でも……そうすると、ヒリ付くような一瞬のやり取りとは程遠いレベルになっちゃうんだろうな……」
そうこうしている内に、道場に到着する。
気持ちを切り替えて軒先をくぐろうとする佳奈美だったが……。
『エマージェンシー! エマージェンシー!』
「あ……ブレスレット、返すの忘れてたな」
今頃、ゲーマーズ達はアンチャーの出現場所に急行しているのだろう。
「……ああやって、みんなでワイワイやるの……楽しかったな」
目を閉じると、今でもありありと思い出せる。
昌子が指示を出し、
八重花が切り崩し、
亜理紗が援護し、
千里がオールマイティに立ち回る。
…………………………………………。
なんだろう。
無性に格ゲーがやりたい。今やりたい。
まだ稽古が始まるまでは時間がある。
佳奈美は来た道を戻ると、ゲーセンに飛び込んだ。
見慣れた画面。手馴れたスティックにボタン。
だが……。
「あ、あれ……?」
何故だろう。ちっとも面白くない。
(そうだ……あたしが格ゲーが好きだったのは……!)
・ヒリつく駆け引き
・コンボの爽快感
・バリエーション豊かで奥深いゲーム性
もちろん、そういうところも好きだ。
だけど……それだけじゃなかったはずだ。
『……鍔迫り合いだけは……負けない……』
亜理紗には結局、連打では一度も勝てなかったな。
『へっへっへー! どや、今の目押しコンボ!』
千里の攻撃のタイミングはいつも完璧だった。それだけに読みやすくもあったけど。
『ああっ!? 閉点以外で佳奈美に負けたーっ!?』
スカシスで八重花に初めて勝てた時は嬉しかったな。勝ててあんなに嬉しかったのは何年ぶりだろ。
『え、ええっと、大抵の格闘ゲームでは一秒間は60フレームで構成されており……』
必死に暗記してた昌子の格ゲー知識、いつの間にかあたしも舌を巻くほどになってたな。
そう、あたしは……みんなと一緒に自分を高めて行けたから、格ゲー……いや、ゲームが大好きだったんだ!!
もう迷わない。
自分が居るべき場所。自分が求めるべき道は……あそこにしか無い!
佳奈美は走り出した。
一方、ゲーマーズ達は戦力が欠けた状態でアンチャーの群れに囲まれ、死闘を余儀なくされていた。
八重花は戦闘不能、亜理紗も重傷で射撃に精彩を欠く。
そんな状態で全員を乗せた千里のマシンは、何とか突破口を開こうとアンチャーの群れを掻き分けている。
「えーい、美しくない戦法ですがこの際なりふり構っていられませんわ! 必殺・火薬直当て!!」
マシンの上から本来トラップ用の火薬をバラ撒き、爆破させる昌子。
しかし激しく逃げ回っているマシンの上から的確に火薬を撒けるはずもなく、効果は薄い。
「あーもう、ウチの愛機もボコボコや! こんなん修理代いくらかかんねん!」
千里の言うとおり、マシンももう限界だ。
アンチャーの攻撃によって装甲が剥がされ、煙を噴き始めている。
「…………大丈夫……まだイケるよ…………あっ」
強がる亜理紗だが腕に力が入らず、群れの中に銃を落としてしまった。
「絶体絶命……なんかね?」
「千里さん、諦めてはなりません! どんなにクリア不可能に見えるMAPでも、必ず勝機はあるのです!」
「ほーん、例えばどんなん?」
「え、えーっと……ほら、敵の援軍があったのですから味方にも援軍とか!」
「そんなフラグ、どっかに立ってたかいな?」
「……フラグなら……立ってる……」
「うん?」
「……立ってるよ……ほらっ!!」
亜理紗が震える腕で指差す方向からは、何者かがアンチャーを吹き飛ばしながら向かってくるのが見えた。
「ストライカーアタック!!」
無敵状態の飛び蹴りで現れたのは……。
「欲するは強敵、そして勝利のみ。
道を追い求め続ける孤高の戦士……『G・ファイター』!!」
「佳奈美さん!? どうして……」
「キャラ交代だ。みんなさがってな!」
それだけ言うと、佳奈美はアンチャー達の向かって構えを取る。
股を割って腰を落とし、右手を突き出し、左手を腰の辺りに置いた構えを。
「こ、これは空手の構えじゃありませんか! これじゃまた前の二の舞―――」
「いや……これなら大丈夫かもしれない」
茹る頭を何とか起こした八重花だ。
「えっ、でも空手ではアンチャー達には対抗できないはずでは……」
「見てれば分かるよ、多分ね」
次の瞬間……佳奈美は大きく上体を逸らした。
「万殴!!」
勢いをつけた右拳を先頭に、アンチャーの群れに飛び込んでいく佳奈美。
そのオーラを纏った拳は、次々にアンチャーの身体を貫いていく。
「春巻千頭脚!!」
続いて竜巻が起こるほどの激しい空中回し蹴りで、アンチャーを纏めて吹き飛ばしていく。
「なるへそ……これは空手やない。ただ似とるだけなんや」
「どういうことですか?」
「佳奈美の戦い方は、あくまで格闘ゲームのそれなのよ。バトルスタイルのモチーフが『空手』であるだけでね。
言うなれば、今の佳奈美は『空手使い』という設定の格闘ゲームキャラクター!」
「……佳奈美……」
亜理紗の目から見た佳奈美は、空手を再開した当初よりも更に生き生きして見えた。
「これが格ゲーマーの戦い方……。そして、これがあたしの道、目指す高みを貫く拳だっ!!」
アンチャーを前方に集めると、佳奈美は大げさに両腕を回してエネルギーを溜めるような動作をする。
「はぁっ!! 佳道標高拳!!!」
大きく突き出した佳奈美の右掌から、光弾が放たれる!
太く、貫通力のあるその光弾は、多くのアンチャーを貫いて爆散させた。
「ははっ、こんなビーム飛ばす技が空手にあるわけあらへんな」
佳奈美は一息つくと、ゆっくりと残ったアンチャー達に向き直る。
「まだやるか? あたしは何度でも受けて立つよ」
ギラリと鋭い眼光でアンチャーの群れを射抜く佳奈美。
そんな佳奈美の気迫に恐れをなしたアンチャー達は、そそくさと撤退した。
「さて、と……」
「佳奈美さぁーーーん! ありがとうございます、佳奈美さんが戻ってきていただけたおかげで助かりました!」
「うわっぷ!?」
恐る恐る振り向こうとした佳奈美だったが、その前に感激した昌子に飛びつかれる。
「よう帰ってきたな、佳奈美」
いつもと変わらぬ軽い笑顔で迎える千里。
戻ってきた佳奈美を温かく迎えるゲーマーズの面々。
しかし、亜理紗だけはやや沈痛な面持ちだった。
「……佳奈美……空手は、いいの……?」
「……………………」
少しだけ寂しそうな顔を見せる佳奈美だが、すぐにフッと笑顔を取り戻す。
「あたしはゲーマーだ。空手家にはなれない」
「佳奈美……」
「……だけど、空手が大好きなゲーマーなんだ。それじゃ……駄目かな?」
「ウダウダ言ってんじゃないわよ、佳奈美のクセにっ!」
「いてっ!?」
前のめりに転倒する佳奈美。
いきなりニヤケ面の八重花に後頭部を蹴飛ばされたのだ。
「八重花、テメェっ! おまえがヘコんだ時は優しくしてやったのに!」
「そんな昔のことを恩着せがましく覚えてるんじゃないわよ!」
「……きっとこれが……八重花の優しさ……」
「せやな、ヤエちゃんが優しすぎて涙が出るわ」
「八重花さんって本当は私達の中で一番優しいのかもしれませんね」
「あ、あれっ!? 何これ、褒め殺しのターン!?」
素直に褒められるのに慣れておらず、逆に慌てる八重花なのであった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
後日、佳奈美は改めて須藤に挨拶に行った。
そして空手をやめること、別の道を追求することを伝えた。
「武美さん、ごめんなさい……あたしは……」
「自分が心の底から好きなことをやるのが一番だと思うわよ。その才能はちょっと勿体無いけどね」
内心思うところが無いでは無かったろうに、須藤の笑顔は全く曇りがなかった。
おかげで振り返ることなく道場を後に出来たことを、佳奈美は心から感謝した。
強くなろう。今まで以上に。そう硬く決心した夏だった。
チャララララララン♪
『あたし、宇崎八重花! ねぇ、みんな知ってる?
ゲーマーズのパワードアーマーって、沢山の民間企業が開発に関わってるんだって。
それで何でかは知らないんだけど、
その中核となってる大会社の社長さんがあたし達に会いたがってるらしいの。
……はっ! もしや、あたしのサインが欲しいから!?
やっば〜い、今の内に書き文字の練習しておかないと!』
次回、ゆけゆけ!!メモタルゲーマーズ
Round13「すれ違う親子のクロスゲーム!」
ジャジャーン!!
『百万回やられたって、負けないから!!』
82 :
創る名無しに見る名無し:2010/09/13(月) 19:13:38 ID:yjmgROvi
一週間来ないうちに
作品が大量に投下されていた
投下お疲れ様
83 :
プリティサミー・懸隔の庭 ◆Qm5TZesUl2 :2010/09/15(水) 03:21:05 ID:ZKkDg24X
________________________________________
【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
【第三話:魔法の価値は】
________________________________________
【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
.
84 :
プリティサミー・懸隔の庭 ◆Qm5TZesUl2 :2010/09/15(水) 03:22:39 ID:ZKkDg24X
「んじゃま、手始めにドーンと東京タワーでも爆破して下さい♪」
「だから何なのよ、それってーーーーー!!」
いきなり現れた訪問客の女性は、至極物騒な事を小学四年生に要求した。
曰く、魔法少女になって破壊活動をしろ・・・と。
「ですから、私と魂を同じにする貴女が悪い事をガツーンとすれば、神官長候補からスコーンと外れて、裸魅亜とチュドーンと仲直りです♪」
「・・・黄色い救急車呼んでいい?」
身の危険と、精神的な不衛生を感じた砂沙美はドアの方にじりじりと身を寄せる。
バタン!
津名魅が右手を光らせると、ドアが勝手に閉まった。
「あ、開かない!?」
ガチャガチャとドアノブを必死に動かそうとするが、凍りついた様に微動だにしない。
「フッフッフッフッ〜・・・逃がしませんよ〜・・・砂沙美ちゃん〜・・・」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??」
貞子ばりに、津名魅はカーペットを這いずり砂沙美に接近する。
その表情には、能面の様なのっぺりとした笑顔が張り付いていた。
「どげげげげげげげげげげげ!!??」
ガシッと貞子もどきは、いたいけな小学四年生の女児の足首を掴む。
砂沙美は死を覚悟した。
.
85 :
プリティサミー・懸隔の庭 ◆Qm5TZesUl2 :2010/09/15(水) 03:23:53 ID:ZKkDg24X
「ああ、砂沙美呪い殺されちゃうんだ・・・さようならパパママ、先立つ不孝をお許し下さい・・・美紗緒ちゃん来世でも友達になってね・・・」
腰が抜けて、砂沙美はその場にへなへなと倒れ込む。
両親と親友に最後の別れを告げ、そっと眼を瞑る・・・。
「津名魅様、何やってるんですかぁぁぁぁぁ!!??」
唐突にブラックホールの様な穴が開いたかと思うと、中から小動物が叫びながら現れた。
そのまま急降下電光ライダーキックを津名魅の後頭部に食らわす。
「ほげえ!!??」
マヌケな断末魔を発すると、マヌケ発生装置はそのまま沈黙した。
「・・・た、助かったの?」
砂沙美が恐る恐る眼を開く。
「御免ね砂沙美ちゃん、この人ちょっとアレなんだ」
「ウ、ウサギが喋ったーー!!??」
「魎皇鬼はネコですよ♪」
「また甦ったーー!!??」
ビックリしっぱなしの砂沙美は、後方回転でソファの後ろに緊急退避。
ガクガクと震えながらも、顔を僅かに出して津名魅達の様子を窺う。
「津名魅様・・・あんなに怯えさせてどうするんですか・・・」
「そんな・・・私は只、魔法少女になって景気よく東京タワーを吹っ飛ばせと言っただけです・・・」
「何言っちゃんてんですかぁぁぁぁぁぁ!!??」
それは、こっちが聞きたいよ、と家具の後に隠れている砂沙美は天井を仰ぎ見ながら思った。
.
86 :
プリティサミー・懸隔の庭 ◆Qm5TZesUl2 :2010/09/15(水) 03:24:47 ID:ZKkDg24X
「砂沙美ちゃん、おめでとう! ジュライヘルム建国百周年を記念して、普段良い子にしている君が魔法少女に選ばれたんだよ!」
「わー♪ ぱちぱちぱち♪」
思いっきり白々しい空気が流れる。
「・・・さっきと言ってる事が全然違う。何で良い子の魔法少女に東京タワーを爆破させるの?」
僅かな期間で、深い人生経験を積み上げた砂沙美は容易には納得しなかった。
「私、子供騙しに騙されないお子様は大嫌いです♪」
「津名魅様!!」
魎皇鬼はペタリと津名魅の口に魔法絆創膏を貼りつける。
むーむーと喋れなくなる津名魅。
「・・・益々怪しいよ」
「と、ともかく、この魔法のバトンを受け取って!」
砂沙美と魎皇鬼の間に、パアアアアと光が溢れ出し、その中から魔法のバトンが現れた。
「・・・カッコ悪いね」
「うっ・・・」
そのバトンは、ピンクの羽子板状のもので、先端にハートのエンブレムが付けられていた。
更に、羽子板には祝儀袋に用いる飾り紐・・・紅白の水引が撒き付けられている。
盆と正月が一遍に来たような、大変おめでたいデザインであった。
「ともかく、このバトンで魔法少女プリティサミーに変身すれば、君は魔法の力が使えるようになるんだ!」
「魔法の力?」
先ほどからロクでもない会話と展開ばかりだったが、ようやく有益な情報が提示された。
魔法の力があれば、電子手帳も洋服もゲームも何でも手に入る。
(それに・・・)
魔法の力で美紗緒を助けられるかもしれない。
魔法少女になったら、虐めっ子のこのはを改心させられるかもしれない。
.
87 :
プリティサミー・懸隔の庭 ◆Qm5TZesUl2 :2010/09/15(水) 03:26:52 ID:ZKkDg24X
「砂沙美やってみる!」
「変身の呪文はプリティ・ミューテーション・マジカルリコールだよ!」
おまかせ!と砂沙美はバトンをサッと振る。
「プリティ・ミューテーション・マジカルリコール!」
光が渦巻き、砂沙美がクルクルと廻り、髪飾りや衣装がポンポンと身体に装着していく。
最後に誰にも教わった事の無い筈の決めポーズ・・・小指を頬に付けて見栄を切ると、変身は完成した。
「へえ・・・これが魔法少女になった砂沙美なんだ」
再びクルクルと回りながら自分の装束を確認する。
派手なピンクの和服調の上着、翠の袖、白のミニスカ。
黄色いリボンの帯に、黄色のブーツ。
頭部には蓮の花をモチーフにした髪飾り、額には逆三角形のタトゥー。
「これいらない」
砂沙美は魔法のバトンを突き返した。
何故なら、超カッコ悪かったからだ。
「ど、どうして?」
「だって超カッコ悪いんだもん」
砂沙美の脳裏には、大笑いするクラスメイト達の姿がありありと思い浮かんだ。
美紗緒までも、それって新しいギャグ・・・? などと電信柱の影から複雑な笑みを漏らしていた。
このままでは明日からご町内の笑い者だ。
.
88 :
プリティサミー・懸隔の庭 ◆Qm5TZesUl2 :2010/09/15(水) 03:27:50 ID:ZKkDg24X
「大丈夫です。変身すればプリティサミーになるのですから」
「本当?」
魔法絆創膏を引っぺがして会話に参加してきた津名魅に、砂沙美は不安そうに尋ねる。
「まあ、騙されたと思って♪」
「全然信用できないよーー!!!!」
涙を滝の様に溢れさせながら、砂沙美は必死に抗議する。
が、それを遮るように津名魅の額のタトゥーが、ウルトラマンのカラータイマーの様にピコンピコンと鳴り出した。
「あら! もうこんな時間だわ・・・」
津名魅の地球での活動時間が切れた。
これ以上、人間の形態のままで地球上に滞在し続ける事は不可能だ。
「魎皇鬼。後は巧く丸め込んで下さいね」
「とっとと帰って下さい!」
津名魅は最後まで朗らかなスマイルを崩さずに、畳の様な乗り物に乗って去った。
砂沙美は窓から塩を撒いた。
.
89 :
プリティサミー・懸隔の庭 ◆Qm5TZesUl2 :2010/09/15(水) 03:28:43 ID:ZKkDg24X
場面は変わって砂沙美の私室。
「ハア・・・新作のゲームでも魔法で出して、アンニュイな気分を盛り上げよう・・・」
「うん、それ無理」
砂沙美がゆっくりと魎皇鬼の方に振り替える。
「何で!?」
「複雑な機械とかは魔法で複製しにくいんだよ。砂沙美ちゃんが仕組みを理解してイメージできるものじゃないと」
ガクンと砂沙美は膝を付いた。
わなわなと肩を震わす。
「そんな・・・タダで好きなだけゲームができると思ったのに・・・」
「まあ、普通に違法行為だからね。クリエイターさん達に謝れ」
ゲーマーの仁義をウサギネコはお子様に説いた。
皆が皆、そのような行為を働けばゲーム業界は衰退するぞ、と。
「じゃ、じゃあ、何だったら取り出せるのよ!」
「だから砂沙美ちゃんがイメージできるものだけだって」
そういって津名魅に出されていたお茶菓子のクッキーを魎皇鬼は差し出す。
砂沙美は目の前に出されたお菓子に、バトンをかざしてみる。
ポン!
「あ! 増えた!」
「ね?」
嬉しそうに砂沙美はクッキーを頬張る。
「・・・あんまり美味しくないなあ。というか、前に砂沙美が失敗したクッキーの味にそっくりだよ」
「繰り返し言うけど、砂沙美ちゃんのイメージや知識から導き出されるものだからね」
う〜ん・・・と砂沙美が微妙な味のクッキーを口に放ろうとすると、魔法のクッキーはフッと消えた。
.
90 :
プリティサミー・懸隔の庭 ◆Qm5TZesUl2 :2010/09/15(水) 03:30:10 ID:ZKkDg24X
「あれれ? 消えちゃった・・・」
「うん、地球には魔法の力が少ないからね。今の砂沙美ちゃんの力じゃ短い時間しか、維持できないんだ」
何だか思っていたより大分違うな、と砂沙美は落胆した。
バトン一振りで、何でもできる様になる訳ではないらしい。
「はあぁぁぁぁぁぁ〜・・・。じゃあ、ジュライヘルムに行けば、何でも取り出せる様になるの?」
「う〜ん・・・。確かに地球と違って、ジュライヘルムは魔法の力に満ちているけど・・・」
魎皇鬼の説明では、ジュライヘルムは物質文明の代わりに精神文明を発達させた。
その為、物質面では地球の中世から近世ぐらいの生活レベルなのだそうだ
だから大昔の大魔導師などが創り出した装置を除いて、極めて素朴な生活を送っている。
物質文明は、ジュライヘルムでは徐々に衰退しているらしかった。
「でも精神文明の観点から見れば、君達地球人は僕たちの中世レベルだよ。僕達の世界には、戦争も凶悪犯罪も公害もないからね」
えっへん、と魎皇鬼は胸を張る。
「地球人が精神文明を重んじていた頃には、魔法の力がたくさん残っていたそうだよ。でも今は微々たるものしか存在していないんだ」
「ふ〜ん・・・」
小難しい話しはよく分からないが、どっちにしろゲームや電子手帳は手に入らないらしい。
ちぇっ、と魎皇鬼に聞こえないように砂沙美は舌打ちした。
.
91 :
プリティサミー・懸隔の庭 ◆Qm5TZesUl2 :2010/09/15(水) 03:31:29 ID:ZKkDg24X
「じゃあさ、魔法の力で虐めっ子を改心させちゃダメ? 意地悪な子が居て、どうにかしたいんだけど・・・」
「それは絶対にダメ!!」
魎皇鬼が大声で吠えた。
砂沙美はビックリして後ろに一歩後ずさった。
「ご、ごめん、大きな声を出して。でも人の心を操る魔法は、ジュライヘルムじゃ最大のタブーの一つなんだ」
精神文明が発達したジュライヘルムでは、心の問題に多くの解答を出した。
しかし、それと併行して、悪い心を操る邪法をも発達させてしまった。
「例えば、砂沙美ちゃんが誰かに勝手に心を操られたらどう? 好きでも無い相手を好きにさせられたり、好きな相手を嫌いにさせられたり」
「うっ・・・それは絶対に嫌だなあ・・・」
砂沙美は悪い魔法使いによって、パパやママや美紗緒と喧嘩をさせられている自分を想像して、胸が痛くなった。
確かにそんな事になったら、心が死んでしまう。
「だから、悪い心を操る魔法を使った奴は厳罰に処されるんだ。これだけは、刑罰の観念が薄いジュライヘルムでも絶対なんだよ」
魎皇鬼は大昔の物語を話し始めた。
かつてジュライヘルムに禍因(カイン)と呼ばれる邪悪な魔法使いが生まれ、人々の悪しき心を吸い尽して超新星並みの力を得てしまった事。
禍因はジュライヘルムに残る全ての魔法の力をも吸収しようとしたが、時の神官長の手によって封印された事。
現在に至るまで次元の狭間・・・暗密(クラミツ)の牢獄に幽閉されている事を。
.
92 :
プリティサミー・懸隔の庭 ◆Qm5TZesUl2 :2010/09/15(水) 03:32:56 ID:ZKkDg24X
「それに、地球じゃ魔法の力が薄いからすぐに効果が切れちゃうよ。ずっとその子に魔法を掛け続けるのかい?」
「うん、そうだね・・・魎ちゃんの言うとおりだよ」
砂沙美は素直に頷いた。
「でも、そうなるといよいよ微妙な味のお菓子を増やすぐらいしか使い道がないなあ」
「まあ、魔法の国の楽しいイベントだからね。ボチボチ色々な魔法を覚えていこうよ」
魎皇鬼は、明るく砂沙美を励ます。
「ハア、正義の魔法少女になって悪と戦うとか、そんなカッコいい展開もちょっとは期待してたんだけどなあ」
「・・・砂沙美ちゃん、君は何も考えずに僕の敷いたレールの上を走ってればいいんだ。それがお互いの為だよ」
急に男の背中で語り出す魎皇鬼。
その手に葉巻を持っているような気がしたが、イメージ映像だろう。
(な、なんか騙されてるような気が・・・)
マカロニ刑事のテーマを口ずさむウサギネコの背中に、砂沙美はありったけの不信の目を向けた。
.
93 :
創る名無しに見る名無し:2010/09/15(水) 07:30:00 ID:j/Cg7au5
ハイヌウェレ信仰少女漫画つくってほしい。
94 :
プリティサミー・懸隔の庭 ◆Qm5TZesUl2 :2010/09/15(水) 07:41:46 ID:ZKkDg24X
場面は変わって高級マンションの一室。
趣味の良い家具や調度品に囲まれて、美紗緒が母親からの留守電のメッセージを聞いていた。
『美紗緒、ママは仕事で今夜遅くなります。塾には遅れないよう早めに家を・・・』
ピッ。
美紗緒は、最後までメッセージを聞かずに、電話のボタンを押す。
(いつも同じメッセージばかり・・・。ママはいつもお仕事・・・。パパはもうここに帰ってこない・・・。)
美紗緒の小さな身体は、俯く事で更に小さくなっていく。
キャリアウーマンとして深夜まで働く母親とは生活がいつもすれ違う。
父親は、海外で活躍するピアニストだったので、一年に会う日など数えるぐらいしか無かった。
.
95 :
プリティサミー・懸隔の庭 ◆Qm5TZesUl2 :2010/09/15(水) 07:45:07 ID:ZKkDg24X
(パパもママも私をかまってくれない・・・。私なんかどうでもいいのかな・・・)
一人で居ると、悪い方へばかり考えが行ってしまう。
しかし、美紗緒にはどうしようもなっかった。
現実に、この部屋にはいつも一人だったのだから。
「砂沙美ちゃん・・・」
孤独に耐えかねた美紗緒は親友の名を呼んだ。
もし唯一人の友人にまで見捨てられたらどうしよう?
美紗緒の心に恐怖心と絶望が広がる。
死ぬまで、この暗い部屋で独りぼっちの自分を想像してしまう。
(魔法か何かで人の心を繋ぎとめられればいいのに・・・そうすれば、こんな嫌な気持ちにならないで済むのに・・・)
気持ちはどこまでも沈んでいく。
なのに底はなく、苦しみだけが増していく。
美紗緒の心が拉げて悲鳴を上げた。
(いや・・・いや・・・もう、一人はいやあ・・・)
その時、何かが頭上で羽ばたく音がした。
この部屋の、果てしない静寂を引き裂くように。
「あ・・・? 鳥さん・・・?」
そこには、今朝の翠色の見慣れない鳥が居た。
___________|\
[|[|| To Be Continued....! >
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|/
.
96 :
プリティサミー・懸隔の庭 ◆Qm5TZesUl2 :2010/09/15(水) 07:45:52 ID:ZKkDg24X
| .:| .:.:.|.:| | :| .:.:ト .:.:.:.|\_ .:.| \ .:.:.:.|.:.:.:.:.i :.:.:|
| ::| .:.:.:.:|:.| | ト、 | 「 ̄ ̄| \.:.| \ .:.:.:.|.:.:.:.:ハ.:.:.l
'. ! :.:.:.:.|:.| :八 l \| x= ,尓ミ. ヽ! ´`!.:.:.:.|.:.:.:,′:./
ヽ .:v' :.:.レ′'.:.:.:\ { 〃 /:::ハ /テミi:.:.:./:.:./ /
\ .:v .:.: :.:.:.\ {i i:::::トr| ir| '.:.:/.:/
\ .、 .:.:.:.: :.:: :.\___ ゝ:::::ソ iJレ'"
. ゙. .\ .:.: :.:..:.:.:...  ̄ フ ─ - L ..___ ノ! じ、次回も・・・まうまう・・・
i .:.:./. ヽ = ニ 二  ̄ j V.:.:.:/
| .:.:/.:... \‐ . .___ ノ l_/ です・・・
l .:./.:.:.. \__ ( フ /二フ
. / .:./:.:.:.::.. / /
/ .::/:..:.:.:.:.:.:. / /
. / .:.:/. :.:.:.:.:.:.:.:.:. .ヘ ァ ─,- ‐‐
. / .:.:./.:. :.:.:.:.:.:.:.:.:.:. / ` ‐- . __/.:..:.:/
. / .:.:/:.:.:..:.:.:.:.:.:.:.:.:.:./ /.:.:.:.:.i
.
97 :
創る名無しに見る名無し:2010/09/24(金) 23:13:55 ID:8LFFdcCg
保守
98 :
プリティサミー・懸隔の庭 ◆Qm5TZesUl2 :2010/09/25(土) 22:53:08 ID:SjfYJdMw
________________________________________
【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
【第四話:黒い魔法少女】
________________________________________
【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
.
99 :
プリティサミー・懸隔の庭 ◆Qm5TZesUl2 :2010/09/25(土) 22:54:26 ID:SjfYJdMw
「鳥さん・・・無事だったのね・・・」
美紗緒の顔がパアッと明るくなる。
鳥を刺激しないように、ゆっくりと近づく。
翠の鳥は、別段動じる事もなく、その場に佇んでいた。
「良かった・・・心配してたの・・・」
美紗緒の手が優しく鳥の頭を撫でる。
鳥は美紗緒のされるままに身を委ねている。
「あれ・・・? でも、どこから・・・?」
家の窓は全て閉じられている。
唯一、外と繋がっているのは、今しがた美紗緒が通ってきたドアだけだ。
美紗緒は首を傾げた。
「美紗緒! 逃げるんだ!」
「え!?」
誰もいない筈の部屋から人の声がした。
正確には、鳥の嘴から人語が発せられた。
「そんな・・・?」
「詳しく説明している暇はないんだ! 今からここに悪鬼羅刹の地獄の悪魔がやって来る! 早く逃げ・・・」
ビビビビビビ!
きゅうっ!
謎の怪光線が何処からか発せられ、翠の鳥は焼き鳥になった。
.
100 :
プリティサミー・懸隔の庭 ◆Qm5TZesUl2 :2010/09/25(土) 22:55:46 ID:SjfYJdMw
「留〜魅〜耶〜!」
空中に漆黒の半円が出現し、中から赤髪の美女がヌッと這いずり出てくる。
スタッと軽やかにカーペットの着地すると、金色の瞳を美紗緒に向ける。
「ひっ・・・!?」
「あらあ♪ 怯えた顔も素敵ね♪ 流石、私と魂を同じくする者だわ♪」
じりじりと赤髪の女性・・・裸魅亜は美紗緒に迫っていく。
裸魅亜の威圧に押されるように美紗緒は後退していくが、すぐに壁に追い込まれてしまった。
「い、いや・・・! こ、来ないで・・・!」
目に涙を浮かばせながら、いやいやと美紗緒が首を振る。
何が起きているのかさっぱり理解できなかったが、恐怖心だけはどんどん膨らんでいく。
がくがくと膝が震えて、立っているのも覚束なくなる。
「姉さん、やめようよ! 可哀想じゃないか、こんなに怯えて!」
謎の怪光線攻撃から回復した鳥が、二人の間に割って入る。
鳥は美紗緒を守るように、翼を羽ばたかせて怪女に向かい合う。
「鳥さん・・・守ってくれるの・・・?」
「チェイッ!」
一瞬で鳥は怪女のデコピンを食らって壁に叩きつけられた。
力なき正義は無力だった。
これでもかっていう位、無力だった。
.
101 :
プリティサミー・懸隔の庭 ◆Qm5TZesUl2 :2010/09/25(土) 22:57:22 ID:SjfYJdMw
「鳥さん!」
美紗緒が壁に叩きつけられ、床に落ちてきた鳥に駆けよる。
ボロボロとなりボロ雑巾になった留魅耶の身体に優しく手を置く。
「まったく! 私が無力でいたいけな小学生を虐めてるみたいじゃないの!」
まさしくその通りであった。
「鳥さんを虐めないで!」
カチャッ・・・!
「カチャッ?」
冷たい金属音が部屋に鳴り響いた。
美紗緒の手に鈍い光を発するトカレフが握られ、裸魅亜の額に向けられた。
「へ!!??」
「パパ、ママ、砂沙美ちゃん! 私に力を貸して!」
ぱきゅーん!
寸分の狂いもなく人中に弾丸が撃ち込まれる。
が、弾丸は寸前で宙に留まる。
裸魅亜の魔力が、黒ヒゲ危機一髪的な危機を回避したのであった。
「クッ!」
「あっ・・・!」
裸魅亜の瞳から催眠光線が放出され、美紗緒の意識を奪う。
ガクンと少女の膝が折れ、身体が床に倒れた。
「姉さん! 酷いじゃないか! こんな人畜無害な女の子を虐めて!」
「オノレは今、この姉に旧ソ連の軍用自動拳銃がハジかれたのを見とらんかったのかい!」
裸魅亜は嫌な脂汗を流しながら、弟にストンピングを喰らわせた。
ゲシゲシッ!
.
102 :
プリティサミー・懸隔の庭 ◆Qm5TZesUl2 :2010/09/25(土) 22:59:03 ID:SjfYJdMw
(う〜む・・・。大人しそうな娘かと思っていたら、追い詰められると暴発しちゃうタイプみたいね・・・。取扱注意だわ・・・)
頭を掻きながら、裸魅亜は空中に留まっている弾丸を指で抓む。
流石の裸魅亜でも近代兵器の鉛玉を顔面に撃ち込まれれば死ぬ。
死ぬったら死ぬ。
(まあ、これくらいでなきゃ、私の計画の役には立たないか・・・)
余り深く考えないタイプの裸魅亜は深く考えるのを止めた。
代わりに両手を掲げ、目の前に倒れている少女の心の奥に魔法を掛ける。
「フフフフフフ! いいわよ! この子の悲しみが深い程、強力な魔法少女が誕生するのよ!」
「やめるんだ、姉さん!」
裸魅亜は聞く耳を持たず、美紗緒に魔力を放出し続ける。
「ピクシィ・ミューテーション・マジカル・リコール!」
美紗緒の漆黒の髪が、徐々に金髪に変わっていく。
シックなワンピースが黒のボンテージ調の過激な服装に変化する。
最後に羽の髪飾りが装着され、変身は完了した。
ドッーン!
「ハーロゥ、エーブリバーディ! 全国百兆百億百万とんで百一人のファンの皆様! お待たせぶっこいちゃったわねー!」
いきなり跳んだ。
「あたーしの名前は、魔法少女ピクシィ・ミがーんッ!!??」
そして天上に頭をぶつけた。
.
103 :
プリティサミー・懸隔の庭 ◆Qm5TZesUl2 :2010/09/25(土) 23:01:01 ID:SjfYJdMw
「アウチ! アウチ! アウチ! アウチ! いってー! 死ぬ! ロミオ・マスト・ダイ!」
誕生したばかりの魔法少女はもんどり打ち、ゴロゴロと床を転げまわる。
裸魅亜と留魅耶の目が点になる。
「だ、大丈夫? ピクシィ・ミガーン?」
「オー! ノー! ミステイク! マイネーム・イズ・ピクシィミサ!」
怪しげな英語で自己紹介をし直す。
その目に涙が滲んでいる。
「・・・姉さん?」
「・・・失敗か」
ガクンと裸魅亜が肩を落とす。
何か間違ったらしい。
致命的に。
「ノーノー、お姉さまったら♪ ミサはパーフェクトでグレートでクレイジーな魔法少女よん♪」
「そのクレイジーが失敗だっっちゅうねん!!!!」
しれっとウインクしながら自己弁護する魔法少女に、裸魅亜が激しいツッコミを入れる。
「ま、細けぇ事はいいんだよ♪ 要はアレでしょ♪ 河合砂沙美ことプリティ・サミーをイジメ倒して泣かせちゃえばいーんでしょ♪」
「おっ・・・」
意外と目の前のクレイジー魔法少女は、話しが早かった。
深く物事を考えない裸魅亜は、細かい事はどうでも良くなった。
「じゃ、留魅耶をサポートに残していくから後ヨロシク♪」
「オーケー♪ オール・ライト♪ オン・ザ・ロック♪」
適当極まる会話の遣り取りで、留魅耶の地球残留が決まった。
何もかもが適当であった。
.
104 :
プリティサミー・懸隔の庭 ◆Qm5TZesUl2 :2010/09/25(土) 23:02:22 ID:SjfYJdMw
「ちょっ!? 姉さん!?」
「結果出すまで戻ってくんじゃないわよ。んじゃま、そういう事で」
異空間へのゲートが開き、裸魅亜はジュライヘルムに帰っていく。
帰って昼寝をするつもりだった。
「そんな無責任な〜・・・」
取り残された留魅耶は途方に暮れる。
結果を出せと言われても、何をどうしたらいいのか・・・アバウトすぎる指示だった。
「るークン! タイム・イズ・マネーなのよん! 早速、ラブラブモンスターを呼び出して、サミーをヘルにシューティングよ!」
「何を言ってるのか、さっぱりわからない・・・」
出鱈目な言語と無意味なハイテンションに、留魅耶は当惑する。
これが本当に先程までの儚げな少女なのだろうか?
これではまるで・・・。
(姉さん、そっくりだ・・・)
しかし、よくよく考えてみると、昔の裸魅亜も深窓の令嬢といった趣があった。
両親との死別などの人生の荒波を経験して、今の様な性格になってしまったのだ。
その事を思い出すと、少年はズーンと沈みこんだ。
(美紗緒も、成長すればいずれこうなるのか・・・)
この世には神も仏もいないのか、といった面立ちで少年は窓から空を見上げた。
無論、天は何も答えなかった。
___________|\
[|[|| To Be Continued....! >
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|/
.
105 :
プリティサミー・懸隔の庭 ◆Qm5TZesUl2 :2010/09/25(土) 23:03:18 ID:SjfYJdMw
,、- ''"´  ̄,二 ー- 、
/ ハヽf;}>x ヽ
/ ハ、ミ ニ´ イ }
, イミV レ'7フ| ̄,' ̄`!
//^ ノ ';:.,. l∨' l!;,:′ /
./,′ ,'; ': ; ,.. メヾ,リ′ / 次回もまうまうだよ!
ノ,.′ イ l ム イ
/ ムイ ; ,! , {
{ l ; ソ リ ;. ハ
ソ V-く ノ| 、 :, |、|
/ | l |/∨ l |
,! |! ハ| ,: |l ,|
ゞ, l l | リ ノ'り
lリノ l l 、 /、/
| | ノ / i, / Y′
|ノ { Y ノ /-V
| i | リ ; / /
.
106 :
プリティサミー・懸隔の庭 ◆Qm5TZesUl2 :2010/09/28(火) 20:17:27 ID:zDSyOiXh
________________________________________
【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
【第五話:戦場までは何マイル?】
________________________________________
【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
.
107 :
プリティサミー・懸隔の庭 ◆Qm5TZesUl2 :2010/09/28(火) 20:20:42 ID:zDSyOiXh
ぱきゅーん! ぱきゅーん!
物騒な音が空に鳴り響き、平和ボケ日本の平和はブチ壊された。
「レッツゴー、トカレフ女! ご町内の皆様を恐怖のズン底に叩き込むのよ!」
「イエスサー、ミサ様!」
ピクシィミサの魔法によって疑似生命を与えられモンスター・・・ラブラブモンスターと呼ばれる怪物であった。。
チャールトン・ヘストンばりに銃の携帯は市民の権利だと言わんばかりのモンスターであったが、生憎とここは日本であった。
ちなみに出身は共産圏のどこかだろう。
「ちょっとミサ! 洒落になってないよ! そもそも何でトカレフなんか持っているの!?」
「オー、るークン! それには深い事情があるのよん・・・」
ヨヨヨ・・・とわざとらしく目に涙を浮かべながらミサは語り出した。
「昔々、ロンリーガールな美紗緒は、ぼっちで塾から帰る途中に謎の人身売買組織に拉致られちゃったのでした♪」
「ぶっ!?」
留魅耶は噴き出した。
「あわや外国へ売り飛ばされそうになった時、砂沙美ちゅぁんのパパりんがヘルプしてくれちゃったの♪」
「・・・・・・」
留魅耶はダラダラと嫌な汗を流しながら聞いていた。
幸の薄そうな子だと思っていたが、まさかそこまで不幸な星の下に生れていたとは。
「で、悪漢共は全部退治されたんだけど、親にネグレクトされてる美紗緒は、落ちてたトカレフを自殺用に黙って持って帰っちゃったのよん♪」
「もういいよ!」
あっけらかんと事情を説明するミサだったが、それ以上は痛々し過ぎて聞いていられなかった。
姉の見ている魔法昼メロの三十倍は重い内容だった。
.
108 :
プリティサミー・懸隔の庭 ◆Qm5TZesUl2 :2010/09/28(火) 20:23:17 ID:zDSyOiXh
『海の星商店街で、謎の魔法少女の手下が銃を発砲しています! 早急に非難して下さい!』
避難勧告がスピーカーから発せられる。
パトカーのサイレンが鳴り響き、町は一気に非日常空間に突入した。
「魎ちゃん! 謎の魔法少女だって! プリティサミーに変身してやっつけないと!」
「無茶だ、砂沙美ちゃん! お菓子を増やす能力でどうやって戦うの?」
砂沙美に町を案内されていた魎皇鬼がもっともな事を言った。
「で、でもお・・・」
「トカレフだって、貫通弾を使えば防弾チョッキでも撃ち抜くよ? ここは警察に任せるんだ、砂沙美ちゃん!」
「そだね」
砂沙美はあっさりと同意した。
まだまだ人生にやり残した事が多かったからだ。
「あらん♪ そういう訳にはいかないのよん、砂沙美ちゅぁん♪」
「トカレフー♪」
振り向くと、黒のボンテージ調の衣装を纏った少女と、トカレフを携帯している怪女がいた。
「どげげげげげげげげ!!?? な、何て恥ずかしい格好・・・」
「どシャラップ!!!! さあ、さっさと魔法少女プリティサミーに変身してバトルスタートよ!」
ビシッ、と砂沙美の鼻先に人指し指を突き立ててミサが言い放った。
不退転の覚悟であった。
「・・・変身したら砂沙美をどうするの?」
「ぱきゅーん♪」
「・・・変身しなかったら?」
「ぱきゅーん♪」
僅かな沈黙の時間が流れる。
「絶対、変身なんかしないもん!」
「ホワーイ!? 何故!?」
オーマイガッとミサは頭を抱えた。
.
109 :
プリティサミー・懸隔の庭 ◆Qm5TZesUl2 :2010/09/28(火) 20:25:13 ID:zDSyOiXh
「あんな恥ずかしい格好で死んだら、お嫁に行けなくなっちゃうよ!」
「そりゃそーだ」
確かに、死んだら嫁には行かれまい。
正しいようで正しくないような答えだった。
「・・・いやさ、ミサも流石に魔法少女モノで射殺ってのはどうかなあって思い直しちゃったりして」
「・・・・・・」
また、気不味い沈黙の空気が流れる。
その静寂を打ち破るように、トカレフ女が空中に向けて発砲する。
ぱきゅーん!
ぱきゅーん!
「・・・どうしよう?」
「知らないよ!」
絶対、この子思いつきだけで行動しているよ! と砂沙美は思った。
実際に、ミサは思いつきだけで行動していた。
「ここは僕に任せろ、砂沙美!」
「その声は・・・パパ!?」
振り返ると、自動販売機の上にダンディな男が立っていた。
ダンディな砂沙美のパパ、河合銀次だ。
「ジョニー、奴はトカレフに悪い魔法を掛けられて造られたラブラブモンスターよ!」
逆に振り返ると、ポストの上に髪型がカニ状の女性が立っていた。
天才科学者、鷲羽・フィッツジェラルド・小林だ。
「銀次です。ではキャサリン、どうやって倒せばいい?」
「鷲羽よ。思いっきりブン殴れ!」
互いの謎のアメリカンな名前で呼び合う二人。
そして両者は、共にそれを認めていなかった。
「とう! 当たったら痛いぞパーンチ!」
銀次は思いっきりブン殴った。
ドカーン!
トカレフ女は倒された。
携帯小説の様な最期であった。
.
110 :
プリティサミー・懸隔の庭 ◆Qm5TZesUl2 :2010/09/28(火) 20:27:11 ID:zDSyOiXh
「オー、ノー!? ・・・と言いつつ、この歳でヘビーなクロスを背負わなくて済んで、ちょっとホッとしちゃったわん!」
「ミサ・・・」
最早、留魅耶の口からは溜息しか出てこない。
「次回はこうはいかないわよん、砂沙美ちゅぁんのパパりん! 首を洗ってウェイテングよ!」
「待ってよ、ミサ!」
捨て台詞を残してミサは撤退した。
脱兎の如き逃げ足で駆けるミサを、必死に留魅耶が追いかける。
「魔法少女ピクシィミサ・・・何者なのかしら、ジョニー?」
「銀次です。キャサリン、相手が例え何者だろうと、この町の平和は僕が守る!」
銀次は、ダンディに親指を自分の顔にビシッと指す。
不敵な笑みから漏れた歯が、キラーンとダンディに輝く。
「おすてき、銀ちゃん♪」
「やったねパパ! 明日もホームランだよ!」
駆けつける愛する妻と娘。
二人に抱き付きられながら、銀次は守護神のように雄々しく立ち聳える。
「た、助かったよ河合さん、いや最近は日本も物騒になったねえ・・・」
町内会長の井上が銀次に礼を言った。
周辺にいた住民も、わいわいと銀次を取り囲む。
そんなラストアクションヒーローみたいなパパを、砂沙美は心の底から誇らしく思った。
.
111 :
プリティサミー・懸隔の庭 ◆Qm5TZesUl2 :2010/09/28(火) 20:31:43 ID:zDSyOiXh
事の顛末を津名魅はジュライヘルムで見守っていた。
無論、善悪を量るジェミニの天秤はピクリとも動いていない。
津名魅と魂を同じくする少女・・・砂沙美は全く活躍していないからだ。
(やりましたね、魎皇鬼♪ 何もやってないけどやりましたね♪)
実際、彼女も魎皇鬼も砂沙美も何もしていない。
(オ〜ノ〜レ〜! 津名魅の奴、ニコニコしやがって! 河合銀次め〜! 次はこうはいかないわよ!)
裸魅亜は、打倒・河合銀次に闘志を燃やした。
神官長の審査とは全く関係ない筈だが燃やした。
ともかく何となく燃やした。
・
・
・
「あ、あれ? 私、どうして?」
高級マンションの一室で美紗緒は目を覚ました。
手に持っていたトカレフがない。
いや、そもそも何故トカレフなどを持っていたのか、その記憶さえ消されていた。
「あ・・・? 鳥さん・・・?」
バサッと鳥の羽ばたく音。
美紗緒がいつのまにか開けられた窓を見ると、一羽の鳥が飛び去った。
(やれやれ・・・でも、これで美紗緒が銃刀法違反で捕まる事もなくなったか・・・)
留魅耶は溜息をつきながら、悲しみが染みついた顔を自分に向ける少女に視線を落とした。
二人の眼が一瞬だけ合ったが、変身によって得た羽はどんどんと両者の距離を遠ざけていった。
・
・
・
こうして二人の魔法使いと、二人の魔法少女の最初の戦いは終わった。
四者の思惑も行為も、全然交わっていなかった。
これっぽっちも全くカスリもしなかった。
しかし物語は無情にも進んでいく。
ご町内の平和を守る為に、戦え、河合銀次!
頑張れ、ボクらのプリティサミー!
___________|\
[|[|| To Be Continued....! >
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|/
.
112 :
プリティサミー・懸隔の庭 ◆Qm5TZesUl2 :2010/09/28(火) 20:33:16 ID:zDSyOiXh
, - ──── - 、 \ `ヽ l ヽ
, - ' ´____ ` ‐ 、ヽ ヽ l ',
' ´ ̄ ̄ 二ニ=- ─- 、 \ ', l i
, - ' ´ , - ───- 、 ', ノ l
, - '´ i / /
, -'´ , - '"´__ ___ ノ /
/ , - ´ ´`ヽ ヽ' ´:::::::::::::::::::::`ヽ ‐ '´∠
/ , -' ´/ ,-'"´二 \∠:::::::::::::::::::::::::::::::::', , -‐ー ヽ 鷲羽よ!
/, -'´ / /_ , -/ > `` ‐-、 ', -ー-ヽ
/ / , -イ / , -r-、 / 、_ 「 `r 、 ヽ-、 \ 次回も、まうまうだかんね!
/ / / / イ /l ヽ.` -、 ゝ、_, 〉 ノ、 ',
/ / / // ヽ_ ', l  ̄ ` ィイヽノ、 l
/ / / / / /::::\l l _ '  ̄ /、ヽl
/ / / / /:::::;::イ l ! ,. イ l , ┐
// / ,.イ , -──':::::::ト l ,' ` r<´l l l _ //
/ // _ /:ヽ:::::::::::::::::::::l lノ  ̄ノ:::::::` ー-リ-ーァ──ァ/───────rァ'´ -rイ
/ /::::::::::::`ヽ:::';:::::::::::::::::::::\ /:::::::::::::::::::::::::::::::::/ / l::l ニユ、!
/r '´ \:::::::::::::::::::i::::::::::::::::::::::::::rー ァ::::::::::::::::::::::::::/ / , -' ´ ` ‐-‐'´
/ \ ヽ:::::::::::::::::l::::::::::::::::::::::::::ヽノ::::::::::::::::::::::::::;' / , - ' ´
/ ヽ ヽ:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::/::::::::;' ,' ァ--- ‐ ' ´
l l ', ';::::::;イ::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::/::::::::/__//
.
ええええええ、何この超展開w
想像以上にカオス寄りの展開みたいですが、果たして収集つくのでしょうかw
不安と期待を抱えつつ、次回をお待ちしております!
114 :
プリティサミー・懸隔の庭 ◆Qm5TZesUl2 :2010/10/04(月) 20:58:15 ID:gllQwODV
________________________________________
【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
【第六話:月に吠える】
________________________________________
【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
.
115 :
プリティサミー・懸隔の庭 ◆Qm5TZesUl2 :2010/10/04(月) 21:00:36 ID:gllQwODV
「やってやるぜーーー!!!!」
チュドーン!
河合銀次の全力パンチの前に、野球賭博女は倒れた。
「やったわね、ジョニー!」
「銀次です、キャサリン。相手が例え何者だろうと、この町の平和と、お相撲さんの未来は僕が守る!」
銀次は、ダンディに親指を自分の顔にビシッと指す。
不敵な笑みから漏れた歯が、キラーンとダンディに輝く。
「おすてき、銀ちゃん♪」
「やったねパパ! 明日もホームランだよ!」
「た、助かったよ河合さん、いや最近はスポーツ観戦も物騒になったねえ・・・」
「鷲羽よ」
駆けよる愛妻と愛娘。
礼を言う町内会長の井上。
名前を訂正する鷲羽。
「お〜の〜れ〜! 次回こそ年貢の納め時よん、砂沙美ちゅぁんのパパりん! アイ・シャル・リターン!」
「待ってよ、ミサ!」
捨て台詞を残してミサは撤退した。
神速の逃げ足で駆けるミサを、必死に留魅耶が追いかける。
最早、日常風景になってしまったピクシィ・ミサと河合銀次のバトルが、今日も終わった。
.
116 :
プリティサミー・懸隔の庭 ◆Qm5TZesUl2 :2010/10/04(月) 21:02:48 ID:gllQwODV
河合砂沙美は正義の魔法少女プリティサミーである!
しかし、本人には伝えられていない。
何故なら、もし砂沙美が正義の魔法少女の自覚を持って頑張ってしまうと、脳みそ御花畑の津名魅が神官長になってしまうからだ。
「魎皇鬼、この前、ジェミニの天秤にぶら下って悪の方に傾けようとしましたが、徒労でした♪」
「・・・・・・」
「あ♪ でも、背筋が伸びてちょっと健康になった様な気がします♪ 棚からボタ餅ですね♪」
「大人しく昼寝でもしていて下さい!」
魔法携帯電話で、津名魅との定期連絡を取っていた魎皇鬼は声を荒げた。
「魎ちゃん? 誰とお話ししているの?」
「さ、砂沙美ちゃん!? つ、津名魅様とだよ! 砂沙美ちゃんと楽しくやっていますって!」
魎皇鬼はとっさに嘘を付いた。
目の前の純粋な少女を騙し続けるのは気が重いが、ジュライヘルムの未来の為だった。
「ふ〜ん・・・。それより、エクレアができたよ! バトン出してよ、魎ちゃん!」
「うん、わかった!」
何も無い空間から魎皇鬼は魔法のバトンを現出させる。
そのバトンを受け取った砂沙美は、魔法少女プリティサミーに変身する!
「プリティ・ミューテーション・マジカルリコール!」
光が渦巻き、大変おめでたい衣装とおめでたいバトンを身に付けた魔法少女が現れる。
「えいっ」
ぽんっ!
エクレアが二つに増えた。
「どうかな・・・」
砂沙美は魔法で増やしたエクレアを口に運ぶ。
ぱくん・・・むしゃむしゃ・・・。
「うん、百点満点♪」
「やったね、砂沙美ちゃん!」
砂沙美はニッコリと笑顔を魎皇鬼に向け、Vサインを突き出す。
現在、魔法のバトンはお菓子複製機として河合家で活躍していた。
.
117 :
プリティサミー・懸隔の庭 ◆Qm5TZesUl2 :2010/10/04(月) 21:05:02 ID:gllQwODV
一方、こちらは魔法の国ジュライヘルム。
「もう嫌だ! 二度と美紗緒をミサに変身させないからね!」
「留〜魅〜耶〜!」
チュドーーーン!!!!
爆発音が狭い部屋に響く。
焔螺爆龍滅覇と呼ばれる厨ニ病的ネーミングセンス全開の、裸魅亜の最強魔法が実の弟に炸裂したのだ。
「・・・・・・ぜ、絶対に嫌だ!」
「こ、このッ!?」
しかし黒焦げになりながらも留魅耶は、己が意志を曲げなかった。
愛する少女の為とはいえ、何とも立派なジュライヘルム男児であった。
「大体、河合砂沙美の父親と戦い続けて何になるのさ!? ジェミニの天秤とは何の関係もないじゃないか!!」
「だから、あのダンディ親父を倒せば、プリティサミーが出てくるでしょ!? そんな事もわからないの!!」
呆れた顔で姉に意見する弟を、姉は更に呆れた顔で諭す。
しかし留魅耶は納得しなかった。
(あのダンディなオッサン、強すぎるよ・・・!)
前回の野球賭博女だけでなく、政治献金女、円高女、領土問題女などのラブラブモンスターが次々と倒されていった。
おかげで砂沙美のご町内の平和だけでなく、極東の島国の未来も明るくなった。
しかし、どれだけ世の中が良くなってもジェミニの天秤はピクリとも動かない。
しつこい様だが津名魅と魂を同じくする少女・・・砂沙美は全く活躍していないからだ。
津名魅はブラーンとジェミニの天秤にぶら下っている。
(ジョニーだけじゃなくって、あのキャサリンとかいうマッドサイエンティストも一緒だし・・・)
ジョニーこと銀次と、キャサリンこと鷲羽・フィッツジェラルド・小林の完璧超人タッグ。
人は、二人をブラックエンジェルズと呼んだが本人達は嫌がった。
ネーミングセンスが厨ニ病的だから。
.
118 :
プリティサミー・懸隔の庭 ◆Qm5TZesUl2 :2010/10/04(月) 21:07:17 ID:gllQwODV
「あんな完璧超人コンビをいつまでも相手にしていたら、美紗緒がもたないよ!」
「あっ!? 待てや、コラッ!!」
留魅耶は鳥に変身して、裸魅亜が作っていた異次元ゲートに飛び込んだ。
ほとぼりが冷めるまで地球に避難するつもりだった。
(姉さんも、そろそろ頭を冷すべきなんだ!)
悪しき魔法を使って、地球の少女を悪い魔法少女に無理やり変身させ、神官長の審議を妨害する・・・。
事が露見したら失脚どころでは済まない重罪だ。
下手をすれば、永久に魔法の国の牢獄に閉じ込められてしまう程の・・・。
(いい加減にしないと、津名魅様との友情も失っちゃうよ、姉さん・・・)
心配そうに後ろを振り返る留魅耶だったが、すでに姉の姿は見えず、代わりに眼前に地球の光景が広がっていた。
・
・
・
周囲が暗い。
太陽はとっくに沈んでいる様子だった。
ジュライヘルムと地球には時差があるので、思った通りの時間帯に訪れる事ができない。
(まいったな、夜か・・・)
もう美紗緒は眠ってしまっているだろう。
留魅耶は落胆した。
最後に美紗緒の顔を一目見て、お別れしたかった。
(つくづくツイてないな、ボクは・・・)
美紗緒をミサに変身させないのならば、もう地球を訪れる事はない。
それが分かっていたから、今まで裸魅亜に対して切り出しにくかった。
しかし、別れが辛くともいつかは決断しなければならない事・・・留魅耶は、そう自分に言い聞かせた。
(せめて最後に、美紗緒の住んでいるマンションだけでも見て置こう・・)
夜に弱い鳥目を魔法で補助しながら、留魅耶は美紗緒のマンションを目指して飛んだ。
.
119 :
プリティサミー・懸隔の庭 ◆Qm5TZesUl2 :2010/10/04(月) 21:11:25 ID:gllQwODV
夜の十一時。
美紗緒の部屋には明かりが点いていた。
(アレ? おかしいな・・・)
マンションの近くまで飛んできた留魅耶は訝しく思った。
砂沙美との登校を数少ない楽しみとしている美紗緒は、待ち合わせ時間に遅れないよう早寝早起きだ。
だから、とっくの前に就寝している時間の筈だった。
(・・・様子が変だ? ・・・咳をしている!?)
カーテン越しに見える美紗緒は、苦しそうに咳き込んでいた。
華奢な身体が壊れそうに揺れていた。
「キィィィィィィ!」
留魅耶はそのままベランダに急降下し、嘴で窓を叩く。
コンコンッと窓ガラスが鳴ると、しばらくしてカーテンがゆるゆると開いた。
「コホッ・・・! と、鳥さん・・・?」
衰弱しきった美紗緒がびっくりした顔を出す。
持病の喘息が夜中に起きてしまったらしい。
目には涙が溜まり、額には汗が滲んでいた。
(美紗緒・・・!)
声にはならない声で留魅耶が叫ぶ。
しかし、それはやはり鳥の鳴き声にしかならなかった。
(鳥さん・・・心配して・・・来てくれたの・・・?)
辛そうに咳をしながらも、美紗緒は笑顔を翠色の鳥に向けた。
今日もママは帰って来なかった。
どんなに苦しい思いをしても、朝までは一人ぼっちだと思っていたのに・・・。
“誰か”が来てくれた。
それが美紗緒には、本当に嬉しかった。
かつて、同じように喘息で苦しんでいた時に、砂沙美が手を差し伸べてくれた時の様に・・・。
.
120 :
プリティサミー・懸隔の庭 ◆Qm5TZesUl2 :2010/10/04(月) 21:13:40 ID:gllQwODV
(ど、どうしよう!? どうしたらいい!?)
留魅耶は混乱していた。
美紗緒が苦しんでいる。
何とかしなければ、何とかして彼女の苦しみを取り除かないと。
(そ、そうだ・・・!)
留魅耶の眼から魔法の光が放たれる。
その光に吸い寄せられるように、美紗緒の意識が失われていく。
代わりに現われたのは・・・。
ドッーン!
「ハーロゥ、エーブリバーディ! 全国百兆百億百万とんで百一人のファンの皆様! お待たせぶっこいちゃったわねー!」
いきなり跳んだ。
「あたーしの名前は、魔法少女ピクシィ・ミがーんッ!!??」
そして天上に頭をぶつけた。
「アウチ! アウチ! アウチ! アウチ! いってー! 死ぬ! ロリコン・マスト・ダイ!」
変身したばかりの魔法少女はもんどり打ち、ゴロゴロと床を転げまわる。
留魅耶の目が点になる。
「だ、大丈夫? ピクシィ・ミガーン?」
「オー! ノー! ミステイク! マイネーム・イズ・ピクシィミサ!」
軽い既視感。
留魅耶は、前にもこんな遣り取りがあった気がした。
天井には二つ穴が開いてるし。
「サンキュー、ルー君! ライフがデンジャラスだったのがリカバリーよん♪」
「う、うん・・・良かったね・・・」
どうやら留魅耶の狙い通り、ミサに変身した事で喘息は納まったらしい。
代わりに頭部に巨大なタンコブができていたが。
「じゃ、今からサミー抹殺にレッツビギン!」
「ええ!?」
真夜中で良い子のお子様はお寝んねしなくてはいけない時間だったが、悪い子ちゃんな魔法少女のミサにはノープロブレムだった。
夜討ち朝駆けは、悪の魔法少女の華なのだ。
.
121 :
プリティサミー・懸隔の庭 ◆Qm5TZesUl2 :2010/10/04(月) 21:17:46 ID:gllQwODV
「プリティ間接固め!!」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??」
砂沙美の私室に忍び込んだミサは、ベッドの上で関節技を極められていた。
魔法とは何ら関係ない、砂沙美の肉体言語だった。
大魔法峠よりも数年早い、サブミッション系魔法少女・・・それがプリティサミーだ!
「むにゃむにゃ・・・もう食べられないよ、魎ちゃん・・・」
「マイガッ!? ベタな寝ぼけ方してんじゃないっつーの!!!!」
砂沙美は寝惚けていた。
何しろ、夜の十一時といえば、良い子のお子様はお寝んねしなくてはいけない時間だったからだ。
眠りは砂沙美の筋力に制御という文字を失わせ、身体能力の100パーセントを引き出させる。
「ギブギブギブッ!! マジにジョークにならないってばサミー!! ・・・・・・カクン」
ミサは落ちた。
白眼を剥きながら、泡を吹いて。
ベッドの上で二人の少女が寝息を立てる。
それは見ようによっては、仲の良い親友同士が寄り添って眠っている様に・・・・・・・・・見える訳がなかった。
・
・
・
翌日の放課後、学校を休んだ美紗緒のマンションに、砂沙美はお見舞いに行った。
「美紗緒ちゃん、心配したんだよ。休むのに学校にも連絡が来なくて・・・」
「うん、御免ね、砂沙美ちゃん・・・階段から転んじゃって・・・」
美紗緒の体中に、ミイラ男の様に包帯が巻かれていた。
「・・・どういう風に階段から落ちたらそうなっちゃうの?」
「ご、ごめんなさい・・・私、運動苦手だから・・・」
まさか、眼の前の親友に間接を全て極められたとは、夢にも思わない美紗緒であった。
窓の外では、留魅耶が変身させるんじゃなかったという顔で二人を見ていた。
・
・
・
ガクンッ!
ジュミニの天秤が善の方に傾いた。
ゴキンッ!
ぶらさがっていた津名魅の背骨が嫌な音を鳴らした。
___________|\
[|[|| To Be Continued....! >
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|/
.
122 :
プリティサミー・懸隔の庭 ◆Qm5TZesUl2 :2010/10/04(月) 21:20:06 ID:gllQwODV
_ 、-─-、 ,. -‐ァ
/ ` 丶 、 ___ `ヽ ヘ / / -──‐‐-- .._
/ -,.-─‐- ∠___二 -─ ─- ..____ ___`丶
/ / / ヽ/ 丶 `ヾ `ヽ ``\
. / // / / l lヘ. ,イ 、\ \ \ ヽ\
/ // / _/ ! l |` '´ | ,イ ! ヽ ヽ \ ヽ\
/ // // / | ,L -、| /‐ァ=ト、 ィ′ }\ヘ \ ヽ
// ´ { /´ト/ | \ゝ // :| / |ヽ ,′ ` ' ヽ
// 、 /、 ハ \|_ _レ' /_,ハ /
// 、' レ',fv'" ̄`゙ " ̄`ヾム ヽ V _,.
/  ̄{.fゝ、 ''"" _'_ ""''' /_ハ | ̄ 次回もまうまうだよ!
リ ‐ ._ ` ‐ ´ _,. ′ リ
_ (`ヾニニフ' ) _
/ ` ´ ヽ
/ l
i .:/ }. |
.
関節技をここで持ってくるとは・・・
あと津名魅さまワロタw
>>122 反応遅くなったけど、投下乙です!
まさかのトカレフ吹いたw
つうか津名魅様ww背骨www
この容赦のなさがすげー好きだw
着実に原作とは異なる明後日の方向へ話が逸れていってるのに、なぜか違和感ないのがすごいw
サミーの定番キーワードや言い回しから、禍因なんかの天地ネタまで原作把握度が高いからなせる業だろうか
125 :
創る名無しに見る名無し:2010/10/19(火) 07:31:24 ID:aUBgusNc
保守
アリスやゲーマーズの作者を見かけない
ちょっと興味を惹かれているスレだ……
近々投下するやも知れないけどその時はよろしくね!
おう、待ってるぞ
129 :
プリティサミー・懸隔の庭 ◆Qm5TZesUl2 :2010/10/20(水) 22:06:59 ID:w+iOYddY
________________________________________
【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
【第七話:高気圧少女襲来!】
________________________________________
【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
.
130 :
プリティサミー・懸隔の庭 ◆Qm5TZesUl2 :2010/10/20(水) 22:08:09 ID:w+iOYddY
カポ〜ン・・・。
ここは魔法有馬温泉。
ジュライヘルムの次期神官長候補、津名魅は湯治に来ていた。
前回、ジェミニの天秤にぶら下って背骨を痛めたから。
「はあ〜〜びばのんのん♪」
鼻歌を奏でながらご機嫌で湯に浸かる。
「こう良い気持ちですと、何を悩んでいたのかも忘れてしまいますね♪」
湯煙に桜色の肌を晒しながら呟く。
「・・・そういえば、本当に私は何を悩んでいたのかしら?」
津名魅の首が左に傾く。
自分には悩み事があったような気がする。
あと、何か人に頼んでいた気がする。
「まあ、思いだせないなら大した事ではありませんね♪」
津名魅は、いきなり物語の主題を忘却してしまった。
おポンチにも程があろう。
「津名魅さまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??」
ドカン! ドドドドドド・・・! ツルンッ! ボシャーーン!!!!
「・・・まあまあ」
いきなり現れた少女は、津名魅に向かって突貫し石鹸に滑って湯船にダイブした。
盛大に湯柱が立ちあがった後に湯煙りが納まると、湯船に少女がプカプカ浮いていた。
.
131 :
プリティサミー・懸隔の庭 ◆Qm5TZesUl2 :2010/10/20(水) 22:09:23 ID:w+iOYddY
「・・・大丈夫ですか?」
「リョー君を返して下さい!!」
ガバッと少女は起きあがり津名魅に詰め寄る。
「リョー君?」
「貴女の付き人の魎皇鬼の事です!!」
少女は更に顔を突き出して津名魅に詰め寄る。
「魎皇鬼・・・誰でしたっけ・・・思い出せない・・・」
「貴女が神官長の審議の為に、地球に生かせた少年の事です!!」
少女は更に更に顔を突き出して津名魅に詰め寄る。
「神官長の審議・・・地球・・・何の事でしたっけ?」
「トボケないで下さい!!」
少女は更に更に更に顔を突き出して津名魅に詰め寄る。
すでに二人の額はゴッチンとぶつかり合っていた。
「・・・それに・・・私は誰? ・・・ここはどこ?」
「・・・・・・」
オロオロと辺りを見回す津名魅。
おポンチにも程がありすぎる。
「もういいです!! リョー君は私が絶対に連れ戻すんだからぁぁぁ!!!!」
と絶叫して、少女・・・魎皇鬼の幼馴染の樋香里は、湯船から飛び出した。
ツルンッ! カコーーン!!!! コロコロコロ・・・
そして再び石鹸で足を滑らせ、魔法ケロヨンの桶の山に突っ込んだ。
.
132 :
プリティサミー・懸隔の庭 ◆Qm5TZesUl2 :2010/10/20(水) 22:11:03 ID:w+iOYddY
場面は変わって裸魅亜の部屋。
「留〜魅〜耶〜!」
「ね、姉さん・・・!」
有無を言わせぬ迫力の裸魅亜が弟に迫った。
つい最近、留魅耶は勝手に美紗緒をミサに変身させ、サミーに勝ち星を与えてしまったのだ。
「ね、姉さん! 話しを聞いて!」
そのような可能性は有り得ないと知りながら、弟君は言わずにはいられなかった。
だってすさまじく怖かったから。
「よくやったわ、留魅耶!」
「へ?」
案に反して姉は上機嫌だった。
ポカーンとする弟を尻目に裸魅亜はまくしたてた。
「ま、結果は残念だったけど、アンタもようやく打倒サミーに本気になってくれた訳だし!」
「い、いや、姉さん?」
全くの誤解だった。
留魅耶が美紗緒をミサに変身させたのは、彼女の喘息を抑える為で、サミーと戦わせる為ではない。
「それに、おポンチな津名魅が背骨を痛めやがったわ! ざまー!」
「・・・それがご機嫌の一番の理由だね」
津名魅の方は、裸魅亜と仲直りをする為に、ジェミニの天秤にぶら下っていたのだが。
心底、噛みあっていない二人であった。
「異次元ゲートの暗証番号を教えてあげるから、これからもバリバリ美紗緒をミサに変身させて・・・」
グッと拳を握り締める裸魅亜。
「ビシバシ、サミーをイジメ倒して津名魅を失脚させるのよ!」
「ね、姉さん! 話しを聞いて!」
そのような可能性は有り得ないと知りながら、弟君は言わずにはいられなかった。
だって全く話しが噛みあっていなかったから。
「問答無用! ちゃっちゃと行って、ちゃっちゃと何とかしてきなさい!」
「何とか何なのさーーー!!??」
弟の胸倉を掴むと、裸魅亜は豪快に異次元ゲートに投げ飛ばした。
.
133 :
プリティサミー・懸隔の庭 ◆Qm5TZesUl2 :2010/10/20(水) 22:12:40 ID:w+iOYddY
場面は変わって海の星小学校。
「今日から四年三組に転入する事になりました、朝日奈ひかりといいまーす♪」
樋香里は愛の力で、強引に地球に降り立ち、書類を偽造し、制服を調達し、海の星小学校に潜入していた。
げに恐ろしきは愛の力であった。
「じゃあ、ひかりちゃんは砂沙美ちゃんの隣の席に・・・」
「ちぇすとーーーー!!!!」
ガキンッ!
樋香里はいきなり担任の美星先生に延髄切りを喰らわせた。
美星先生は昏倒する。
「どげげげげげげげ!!??」
ビックリする砂沙美たちを尻目に、朝日奈ひかりと名乗った少女はチョークを手にして黒板に向かう。
カツカツカツカツッ!
『自習!!』
ウォォォォォォォォ!! と教室から歓声が巻き起こる。
バトルロワイヤルな少女に対して惜しみのない拍手が送られる。
「ちょっと!! 先生を昏倒させて勝手に自習にするなんて校則違反よーー!!」
「ちぇすとーーーー!!!!」
ゴキンッ!
樋香里はいきなり学級委員長の伊達映美にバックドロップを喰らわせた。
映美は昏倒する。
「な、何なの一体・・・」
「河合砂沙美さん! ちょっと屋上まで一緒に来て貰おうかしら!」
砂沙美は素直に従った。
昏倒したくなかったからである。
.
134 :
プリティサミー・懸隔の庭 ◆Qm5TZesUl2 :2010/10/20(水) 22:15:13 ID:w+iOYddY
場面は変わって海の星小学校の屋上。
「・・・という訳で、私のリョー君を返して頂戴!」
「・・・エラく色々と端折ったね」
砂沙美は樋香里から魎皇鬼の返却を要求されていた。
(この子、魎ちゃんの飼い主さんだったのかあ・・・津名魅さん、ちゃんと許可取ってなかったんだろうなあ・・・)
当の津名魅は魔法有馬温泉で記憶を失い、魔法警察のお世話になっていた。
「でもでも、勝手に砂沙美が決めちゃってもいいのかな? 魎ちゃんだってお仕事で来てるんだろうし・・・」
「そんな事言って、リョー君を返さないつもりね!? リョー君の事が好きになっちゃったんでしょう!?」
樋香里は顔を突き出して砂沙美に詰め寄る。
「うんまあ、実のところ魔法のバトンより、魎ちゃんを貰えた方が嬉しかったよ」
「ななななななななななッ!!??」
砂沙美にしてみれば、お菓子を増やすしか使い道の無いバトンより、喋るペットの方がよっぽど嬉しかった。
勿論、魎皇鬼の正体が少年で、ウサギネコに変身している事は知らなかった。
「だって一緒にお風呂に入ったり、一緒にお布団で寝たり、凄く楽しいんだもん」
「い、一緒にお風呂!? 一緒にお布団!?」
樋香里の足元がグニャリと揺れた。
なんて羨ましい・・・もといけしからん真似を・・・!
げに恐ろしきは地球の爛れた性の文化と、地球を恨んだ。
「汚されちゃった・・・私のリョー君が汚されちゃったよう・・・」
「だ、だから毎日魎ちゃんと一緒にお風呂に入っているから綺麗だってば!」
「それが汚されたって言ってるのよ!」
「わけわかんないよ!」
二人の意見は平行線を辿っている。
最早、戦いは避けられそうになかった。
___________|\
[|[|| To Be Continued....! >
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|/
.
135 :
プリティサミー・懸隔の庭 ◆Qm5TZesUl2 :2010/10/20(水) 22:17:17 ID:w+iOYddY
\ \....::::::ヽ
「 \ \:::::::」- 」:::...
l ,'lヽ 7'"´ 丶
ヽ i / ヽl l l ヽ- ‐' ´:::l
', -──┴- 、 l l_l \l::::::::l
` - /:::':::::::0:::::::;':::/::':.l l、 ヽ、 ヽ、::」
/:::::::; -、::::::; - 、:::::::l l:::\ ` ‐ 、
/::;:イ:/....:::l::::::::l ....:::ヽ:::l l`ヽ::\ ` ‐ 、
,:':::/ ノ└=ソ::ェ::ヾ二ソ::::l l \::\ , -‐┐ `i ー- 次回もまうまうだよ!
-─/::::/ ;':::::''':::::、_人__;:::::::'''::::l l, -ー、ヽ:::/ /ヽ、 l
ー/::::/ ヽ、::::::::::::::::::::::::::::::::::ソl l:::::::::::::/ __ //「 ̄\
/:::::/ l`` ー‐r-- ‐ァ'´:::::l l::::::::/:::::/ ) / l
/:::::/ ,i l::::::::::::::l'" ´/::::::::::::l l ̄ ̄ ` ‐ <.__ノ
/:::::/,イ ,':l ト、:: ::l ,' :::::;:イ l /
/:::::;'/:l ,'::::',」:::;ゝ、_i_l」 L、_,_ノ l ', /
/:::::::i/:::l i::::::::::/ l / ', ', /
/:::::::::::::::::';:::::::::l l / ', ', /
,'::::::::::::::::::::::::::;:イ! l / ヽ.'.,
i:::::::::::::::::::::::::;' l / \
l::::::::::::::::::/ヽi l /
l::::::::lヽ、;' l_/
ノイ:::l \ l
l:ノ \ l
/\ \ l
.
このスレ的にはなんか違うんじゃね
138 :
創る名無しに見る名無し:2010/10/28(木) 07:55:47 ID:0JutEBTX
保守
139 :
創る名無しに見る名無し:2010/11/01(月) 21:15:20 ID:WFamnoBC
スレ違いスレスレっぽいけど、試しに投下してみます。
ドンとこい
タイトル「天使ノ要塞」
定義
AMS:アーマード・マテリアル・スーツの略。ようするに機械式の強化服で医療や土木作業などを目的に製造・販売されている。
容姿は様々だが人間が着込んで操作するため人型で、汎用性を重要視してコンパクトに作られている。
各パーツには規格があって、別の機体のパーツを付け替えたりというのもできる。
発動機(ジェネレータ)にはバッテリー式と発電機を直接据え付けているタイプがあり、一般に発電機式の方が馬力が出ると言われている。(逆に言えばバッテリー式はパワーは無いが静音性に優れている)
重量はだいたい200キロ(大型では1トン近い物もある)。でも2トンくらいの物を持ち上げる馬力がある。
AMSの所持・運用に免許は必要無いが、その整備や改造等には専門的な知識が必要となる。
第1話(1)「流れ星、大地に立つ」
それは穏やかな昼下がり。
国内でも屈指の資産家である如月家の午後はいたって慎ましく、テーブルの皿に盛られた焼き魚やお味噌汁、ついでにのりたまを掛けたホカホカご飯が周囲の風景――たとえば食卓の置かれている部屋は三十畳もある洋風造りで、
白い壁にはいかにも値の張りそうな絵画やらブロンズ像やらが置かれている――とどうにもミスマッチな様相を呈しており、傍らに立つ黒服執事も年季の入ったというよりは疲れ切って老けて見える顔を席に腰掛ける少女へと向けるばかり。
如月家のご令嬢、如月雫(しずく)は限りなく庶民的な感性を持つお嬢様だった。少なくとも本人はそう思い込んでいた。
だから昼食なんて、極端な話数百円の牛丼でも構いやしないのだ。
だけど、それじゃあ執事さんはもとより厨房を預かる専属シェフだって立場がない、というわけで焼き魚定食よろしくの献立に決まったワケですがそれでも焼かれた魚は極上の鮎だったし味噌汁に使用されている味噌とか米も一級品だったりする……。
そんな雫ちゃんは近所にあるお嬢様学校に通う二年生。今日は祝日といった理由から家でのんびりしているが、本当ならばかでかいリムジンの後部座席に揺られて登校し、非常識なお嬢様方と机を並べて学業に励んでいるハズなのです。
雫は学校があまり好きではなかった。なぜなら話の合う友達が居ないから。
ブランド物の洋服やバッグには興味が無いし、どこそこの社交会で素敵な男性と話をしただとか聞かされたって「それはよろしゅうございましたわね」
としか返しようがない。まったく本当にウンザリする。
とはいえ。アニメや漫画にプラモデル、ラジコンカー(ヘリ含む)といった趣味に最近ではインターネットもだけど、そういったモノにどっぷり浸かっている雫と歩調を合わせられるお嬢様など当然ながら皆無。
かといってネットで友達を募集するというのも怖いし恥ずかしいから、結果としてお宅のお子さんは友達とも遊ばないで部屋に引きこもってとかなんとか言われてしまいそうな今日この頃なのです。
粛々と焼き魚をついばむ雫。やるせない溜息はご愛敬、いつものことだ。
そんな少女の所へ凄い勢いでやって来た一人のご老人。名は如月源八。雫の祖父にして如月家の当主たる御仁である。
オイルと鉄の匂いの染みついた白衣を着込んだまんま、源八は少女の前に立った。
「雫よ! 喜べ! ついに完成じゃ!」
「落ち着きなよ爺ちゃん。青筋立てた顔で孫に迫ってこないで。ってか臭すぎてご飯が不味くなるからあっち行ってよね」
「うむ、さすがは我が孫! 素晴らしい毒舌っぷりじゃ! よしほっぺをスリスリしてやろう」
「消えて無くなれ変態っ!!」
執事の黒田さんが素早く冷水の入ったコップを差し出し、源八爺さんは引ったくるとゴクゴク喉の奥へと流し込む。
「ぷは〜」といった息の後、爺様は目を輝かせてこう言った。
「ついに完成じゃ! これでヤツをぎゃふんと言わせるのじゃ!!」
「……全然落ち着いてないわね。まあ、らしいっちゃらしいのだけれど」
雫は溜息を吐いて催促する。
「それで、何が完成して、誰をぎゃふんと言わせるのよ?」
「おお、そうじゃった。雫よ、ついてくるのじゃ!!」
爺様が登場した瞬間には雫の向かい側に昼食を並べ終えていた執事さん。
けれどズズッと胃袋に流し込む様子を見てどこか消沈気味だった。
味わう暇もなく食事を終わらせた源八爺さんは次に孫を無理矢理立たせると引きずって部屋を出てしまう。
執事は途方に暮れてコップに水を注ぐと一気に飲み下していた。
第1話(2)
爺様に連れられてやって来たのは如月邸の地下に設置された研究所。
そこでは白衣を着込んだ人々が慌ただしく行き来しており、爺様とすれ違う際には必ず会釈する。如月源八はこの研究所にあって一番偉い人なのだ。
「普通のAMSを作ろうと思うなら苦労などせん。メーカーに図面と金を渡して作らせれば済むだけの話じゃ。
じゃが普通でないAMSを作ろうとすれば、そりゃあもう苦難と挫折の連続じゃったわい。
エンジンは軽量小型で大出力。俊敏性を引き出す丈夫で強力なモーター。装甲とて耐電耐熱耐水対放射線は当たり前。ユンボのシャベルでどついても歪まない強度と軽さが要求される。
そして最も重要なのはシステムとそいつを機能させるためのドライバ。
ヤツはこれらをたった一人で作りよった。ワシには逆立ちしてもできん事じゃ。じゃが、並の天才でも数を集めて年月をかければ追い抜ける。ヤツに一泡吹かせられるはずじゃて」
コンクリート敷きの床を歩きながらご老体は朗々と語ってくださるけれど、雫ちゃんにはワケわかめ。
もちろん雫は家に地下室があって多くの人達が務めていることを知っているし、遠巻きながらにでも見ていればAMSの開発に携わっていることも分かる。
「それで、さっきから言ってる【ヤツ】って誰よ?」
「ワシより30は若い男じゃ。元は国立の科学研究所におったが追放されての。ってかワシが難癖つけて追い出してやった。じゃがヤツめ、今になって組織の最高幹部として返り咲きよったわ」
「で、なんで爺ちゃんはそんな人と張り合ってるのさ」
「ふん、決まっておろう! 嫉妬じゃ! ついでに言えばワシがツバつけとった女をかっさらいよったからじゃ!」
「……完全な私怨じゃない」
「何を言う! ワシは正しい! ワシの欲求は全て叶えられねばならんのじゃ!!」
「相変わらず良い性格してるわよ爺ちゃん」
身内がこんなのだと家族が苦労する良い例だった。
でもこんなのでもいくつも賞を貰っているし百以上の特許を取得していて年収は数十億円ときたもんだ。
如月家の豪邸も一人で建てたし、それでも有り余る財力を使って百貨店とかいくつも買収しているし。もちろん地下で働くこの人達も爺様の個人資産で雇用しているわけだし。
元々面倒見の良い性格だから雇われてる人達は新興宗教ばりに源八さんを崇拝しているけれど、そのお孫さんとしては複雑な心境だったりするのです。
源八爺さんは長い廊下を突っ切って、エレベーターでさらに地下へ。案内表示を見る限り地下5階まで来たらしい。止まった箱から飛び出すと、そこは薄暗い一室だった。
「え、何コレ……?」
壁は全て金属らしき材質で、床も同じ色合いだった。照明器具が見当たらないのに部屋はそれなりの明るさを保っている。
部屋の奥には機体を据え付けるデッキが三つ。その真ん中に赤い塗装の人型機械が固定されていた。
「AMS−HD3000。機体名【シューティングスター】。
動力源は電池と小型発動機による混合型。見た目は華奢で貧弱そうじゃがこれでも1200馬力は出る。
従来のパワーモーターや油圧式ではなく人工筋肉を採用したから敏捷性ではどこにも負けん。
素晴らしい機体に仕上がったわい」
う〜ん。そんな細かいこと言われたって理解さえ出来ないのだけれど。
とりあえずそういった物をこしらえたエンジニアの人とかSEの人は素直に凄いと思える。
爺さんは赤い塊の袂まで近づくと、流線型の目立つそのボディを愛おしそうに撫でた。
「ワシら技術屋の意地と知恵の結晶じゃ。そしてコイツは今日から雫、お前のモンじゃ」
「………は?」
「お前はコイツと共に愛と平和と正義のために戦うのじゃ!」
「……いや、ちょ、それは」
唐突に話を振られて挙動不審になっちゃう雫ちゃん。
そうなのです。爺様は別段、孫娘に自分の仕事っぷりを見せたくて連れてきたわけじゃあなくて。
作った試作機のテストパイロットにするために、というか機体の微調整(雫の体に合わせたりとか)するために連れてきたのです。
もっと分かりやすく言うと、雫ちゃんは機体が完成する前からパイロットとして登録されていたという悲劇。
普通の娘さんであることを誇りとする雫は脳みそがフリーズして言葉も出ない状態になった。
「なんじゃ、嬉しさのあまり言葉も出んか。大変よろしい!!」
かっかっか。どこぞのご隠居様よろしくの笑い声は、少女にしてみれば平穏な日常が脆くも崩れ去る音に聞こえた。
第1話(3)
如月邸の地下にはAMSを作ったり修理したり格納したりするドックの他に管制室が置かれている。
ようするに作戦司令室。
前面には巨大なスクリーンがあって、国内のあらゆる情報――天候から交通状況、果てには株価まで――が映し出されている。
話を聞く限り衛星に専用チャンネルを設けて二十四時間繋いでいるらしい。
またそこにはオペレーター達が詰めていて、警察や消防といった機関といつでもコンタクトできるようになっている。
というか、一体何と戦うんだってなくらいの物々しさだ。
「じゃあ雫ちゃん、今のをもうワンセットやりましょうか」
『え〜、まだやるんですか〜?!』
スクリーンの中ではAMSを装着した雫がいて、こちらに向かって腕でバッテンして見せている。
ワリと冷たい音色の女性が苦笑しながら一番高いところでふんぞり返っている源八爺さんを一瞥した。
「だめよ。耐久テストなんだから長い時間動かないとデータが取れないもの。
でも、そうね。テストが終わったら何か甘い物でも食べに行きましょう。如月指令の奢りでね」
『え、ホント? あたしルリエのモンブランが食べたい!』
「だ、そうですよ司令」
話を振られた源八爺さんが渋い顔で「うむ、しゃあないのう」と答えた。
この女性は名を御神楽節子という。
すらりとしたモデル体型に女性用の紺色スーツを身に付け、縁の四角い眼鏡を掛けた立ち姿は如何にも仕事に生きるオンナってな
感じを醸し出している。
彼女は優秀な科学者であり、作戦司令室にあっては副司令の肩書きを持っている。
次々と送られてくるデータを熱心に見つめているはずの源八爺さん(ここでは如月総司令と呼ばれている)がいつの間にか節子の
後ろに回り込んでいてそのお尻を撫で回した物だから、いつもの調子で振り向きざまの肘鉄を爺様の脳天にお見舞いした節子さん。
それでも彼女の平静そのものといった表情が変化することはなかった。……慣れているのだろう。
所内で囁かれる源八の愛人説を、彼女はキッパリと否定していた。
とはいえことある毎にセクハラ攻撃を受けても辞表を出す素振りを見せないから、それほど嫌っているワケでもなさそうだ。
「ぐはっ!」
『え、なに? どうかした?』
「いいえ、なんでも無いわ。ちょっとお爺さまの持病が出ただけだから」
『え、お爺ちゃん持病なんてあったの?』
「ええ、極楽浄土が見えちゃう病気。でも気にしなくても良いわ。すぐに治るから」
『そ、そうなんだ……』
サラッと返した節子は、次に地べた這いつくばって頭を抱えている源八総司令に涼しい顔で仰った。
「真面目にお仕事してくださいね司令。でないと次は身体半分くらい三途の川を渡ることになりますから」
「う、うむ。心得た……」
息も絶え絶えの総司令が呻いて返す。
実のところ節子さんは何とか言う武術の達人であり、AMSを着込んだ人間とも素手で渡り合えるほどなのだ。
二人に背を向けて座っているオペレータ達の肩が震えるのを見つけたが、節子は小さな溜息だけで済ませた。
144 :
創る名無しに見る名無し:2010/11/01(月) 21:44:04 ID:WFamnoBC
第1話(4)
そんなこんなで一通りの動作試験を終えたある日のこと。如月家の地下研究室にけたたましいサイレンがこだまし、レッドランプが点灯する。
急に慌ただしくなった館内。如月邸の庭の一角が開いて輸送用のヘリがヘリポートごと迫り上がってくる。
ヘリにはすでにパイロットと私服姿の雫ちゃんが乗り込んでいた。
「お嬢様、目的地へは10分ほどで到着します」
「いや、それは良いんだけど、なんで黒田さんが運転席に……?」
毎朝の送り迎えで雫を乗せているリムジンは黒田さんが運転している。
そんな初老の執事が今はヘルメットと革手袋を装着してポートの周囲にいるスタッフに指示など出しているというのだからヘンな感じがするのは当たり前。
聞けば如月家の執事はパーフェクト執事を目指した結果、ありとあらゆる乗り物を操縦できるようになったらしい。
+++
というわけで現場上空に到着したヘリ。
地表から500メートルだから超高層ビルの中ほどの高さになる。
ここからは雫ちゃんが単身ダイブすることになるのだけれど、パラシュートも無い普通の人間が飛び降りたら普通に考えてスプラッタ的な状態になっちゃうワケで。
なのにそんな少女が持たされたのはゴテゴテしたベルト一本。
なんでもこのベルトのスイッチを押すことで瞬時にAMSを転送・装着することができるらしい。
そして如月財閥の総力を結集して作ったAMSであれば500メートルからの落下衝撃など問題にもならないとのこと。
『ほれ、さっさと飛び降りんか!』
耳に付けたインカムから源八爺さんの声がする。
とはいえ500メートルから飛び降りろと言われれば誰だって足が竦むし、パラシュートではなく怪しげな機械ベルト一つ持たされただけじゃあ、そりゃあキツいでしょうよ。
でもだからといって如月邸に務める科学者達の期待を一身に背負わされている身では嫌とは言えなくて。
側面ハッチを開いて催促するスタッフにガックリ肩を落として応じる雫ちゃんです。
『よいか、合言葉は【変身!】じゃ! さあゆけ! お前の勇姿をお披露目するのじゃ!!』
「うっさい! ちょっと黙れクソジジイ!」
インカム越しにご老体の興奮した声が響いて涙目で怒鳴り返す。
「分かったわよ! やりゃあ良いんでしょ!」
それから深呼吸してヘリの羽音に掻き消されるくらいの声で自分に言い聞かせる。
「大丈夫、あたしならできる。あたしならできる。あたしは強い。あたしは死なない……!」
そしてついに意を決してハッチから身を躍らせた雫。
真下には玩具みたいに煌めく街頭の粒と、断続的に散る赤い光、濛々と立ち上る黒い煙。
夜空の向こう側には消防だか報道だかのヘリが現場の周りと旋回している。
雫は飛んだ。ビュオと風が鳴くのが聞こえる。何も考えられなかった。地面が凄い勢いで迫ってくる。そんな中でベルトのスイッチを押す。
「変身……!」
本当は大声で気合いを込めて叫べと言われていたけれど、そんな囁きほどの言葉しか口に出来なかった。
でも後ろに何か大きな気配が現れて、それが自分の身体を包み込む感触が起こると雫は妙な安心感を覚えた。
【網膜照合クリア。声紋認識クリア。脳波パターン正常。各回路、正常。――システム・オールグリーン。AMS−HD3000、シューティングスター、起動します。】
耳元で合成音が囁いて、次の瞬間にはアスファルトの上に着地していた。
道路は陥没して一部めくれ上がっていたけど足腰に痛みは無くて、まるで数十センチの段差を飛び越えるような気安さしか感じられない。
『どうじゃ凄かろう! 500メートル程度の高低差など問題にもならんのじゃ!』
インカム越しに老人の得意げな笑い声がする。
雫は確かに凄いとは思ったけれど、賞賛や少しばかりうざったい爺様に毒舌を吐いてみたりを行うより先にとてもとても重要な事に気付いた。
第1話(5)
「ねえ、一応確認しておきたいんだけどさ。この任務って、要するに酔っぱらいが乗ってる土木作業用AMSを動けないようにしろって事よね?」
『うむ、それがどうした?』
「じゃあさ、そのAMSが三機いても内容は変わらないわけよね?」
出撃前に聞いた話では工事現場の作業員が酔っぱらってAMSを運転、民家を壊して暴れているとかいう内容で、重装備の機動隊が到着するまでの時間稼ぎとして如月家にお鉢が回ってきた次第なのだとか。
けれどこの時の説明では酔っぱらいは一人だったし武器らしい物は何も持っていないからということで、こちら側も素手でどうにかなるだろうくらいにしか考えていなかった。
けれど。
実際に酔っぱらいAMSは三体居て、空から降ってきた乱入者を取り囲んでいる。
しかも彼らは手にそれぞれバールとか大型ハンマーとか自動釘打ち機を装備していて、とても丸腰だなんて言えた格好じゃあない。
『ひゃっは〜!』
『世の中が全部悪いんじゃ〜!!』
『ジェッ○ストリームアタックだってばよ!』
口々にワケの分からない怒声をほざきつつの三人組。
彼らが装着している機体は建築作業用なので動きは遅いが馬力が出る。爺様の説明では三千だか四千は出るらしい。
ということはつまり、捕まったらかなり危険な状況になっちゃうってことです。
初陣早々、絶体絶命の大ピンチの雫ちゃん。
しかし少女は意外と落ち着いていた。
「――え〜と。選択武器は電磁警棒と煙幕弾ね。まあ、相手はトロくさそうだし、何とかなりそうな感じだけど、どうでしょ?」
『このタイプの機体はだいたい発動機で電力をまかなっているわ。
だからバックパックと機体とを繋いでいるコードを切断すれば動きは止められる。
プランとしては煙幕で目を眩ませて、警棒で攻撃するのが最も効率的だと思うけど、どうする?』
御神楽副司令が状況を見ながら指示を出す。
シューティングスターのカメラは作戦司令室ともリンクしていて映像とかデータを送ったり送られたりできるのだ。
「じゃ、そのプランで行きます」
与えられた指示に応答した雫。
少女は手首から伸びた折りたたみ警棒の柄をジャキリと引き抜いて、空いた手で腰に据え付けている握り拳大の筒を取り外す。
数字の上では敏捷性で圧倒できるはずだけど油断は出来ない。なぜなら相手は三体なのだから。
146 :
創る名無しに見る名無し:2010/11/01(月) 21:49:23 ID:WFamnoBC
第1話(6)
赤い輪郭を取り囲むのは崩れ落ちたビルディングと逆巻く炎、途切れることなく立ち上る黒煙。
そして三機の人型機械。
他に人影は見当たらない。パトカーの気配は間近にあったけれど、警官が犯人を取り押さえにやって来ることはない。
なぜなら人間の力では、警官が持つ貧弱な銃ではAMS1機の足を止めることさえ出来ないのだから。
だから雫はやって来た。
少女の皮膚を守るのは鉄より固い装甲。少女の目はサーモグラフィも赤外線暗視装置もそつなく取り付けられた真っ赤な瞳。
その鋼鉄の手が掴むのは電磁警棒と煙幕弾。背中のブースターに火を灯せば十数秒の加速跳躍が可能だった。
「いちおう注意だけはしておくわね。
え〜と、あんた達。無駄な抵抗は止めて大人しく投降しなさい!」
雫はどちらかといえば確認の意味で声を掛ける。
呼び掛けに応じてくれない方が心置きなくボコボコに出来るから。
そして期待通り酔っぱらい達の駆る機体からは嘲笑じみた返事しか帰ってこなかった。
『なんだ女かよ。裸にひん剥いてやんぜ!』
『この政府の犬め! 売国奴は地獄に落ちやがれ!』
『オッパイ! オッパイ!』
「予想していたとはいえ、ちょっとムカつくわね……」
ちょっぴりやかましい酔いどれ作業員共を相手に舌打ちする雫は、先制攻撃とばかりに手にした煙幕弾を地面に投げつける。
ピキーン、と音がして筒から白い煙が飛散する。
この弾の本来の使い方としては口径の大きな銃に装填して打ち出すものだが、銃刀法違反で捕まるわけにもいかないので改良して今はそのように使っている。
機体の中の人は最初から酸素ボンベで呼吸する仕様なので煙幕を吸い込む事も無い。
そして何より、温度感知方式の目があれば、煙幕だろうと何だろうと見通すことが出来る。
つまり、相手との距離さえ分かっていれば楽勝で叩きのめせるといった算段だった。
『マッシュ! オルテガ! アレをやるぞ!!』
ところがだ。
彼らの名前が実際にそうであるかどうかは分からないが、一人が叫んだかと思えば視界が閉ざされているにも関わらずそれぞれ規則的な動きを見せる。
きっと彼らは同じ現場の同僚として十年以上の付き合いがあって、阿吽の呼吸が成立するほどのチームワークを持っているのだろう。
彼らは雫に向けて縦一列に並ぶとそのまま突っ込んできた。
「うそ、なんてヤツら!!」
サーモグラフィレンズを通して見れば、機体1台ぶんの輪郭しか見えない。
加えて彼らの向こう側には燃えさかる炎があって、その高温がよりいっそう視界を邪魔する。
ここで盲目になったのは誰あろう雫の方だった。
「くっ、この!!」
視界が真っ白に染まる瞬間。咄嗟に背中のブースターに火を灯した。一番手前のAMSがバールを構える。
その攻撃をかいくぐったとしても、二番手、三番手がどう攻撃してくるのか読めない。だったらいっそのこと考えるのを止めてしまおう。っていうか考えられるほどの余裕は無い。
地面を蹴った。すぐ傍にプレッシャーを感じた。思わず足を出して蹴っ飛ばす。ベコリと感触があった。蹴っ飛ばした足で機体のてっぺんを踏みしめて、そこからさらにジャンプする。
『俺を踏み台にしたぁ?!』
声がしたように思ったけれど無視する。
足元を見ると釘打ち機を構える二番手の姿。
ここでブースターの火を落とす。慣性の法則に従って自由落下する機体。
落ちてゆく中で思い切り足を振り上げて、そこにある踵ごと振り下ろす。
ゴスッと甲高く鉄が鳴く。ソイツは突っ込んできた勢いと上からの衝撃で崩れ落ちながらも滑って視界から消えてゆく。
三人目はすでに大型ハンマーを振り上げていた。
こちら側の襲撃で幾分慌てていたのかも知れないけれど、それでも今まさに鉄塊を振り下ろそうとしている。
手に持つ警棒を逆手に持って、勢い任せに振り抜くとソイツの腕が鉄塊ごともげ落ちた。
警棒もひしゃげていたが、でもあと少しくらいは保って欲しい。
そんな祈りと渾身の力を込めて、着地した瞬間に腕を前へと突き出した。
147 :
創る名無しに見る名無し:2010/11/01(月) 21:53:12 ID:WFamnoBC
第1話(7)
――ドスン。
見事に突き刺さった警棒。
ほとんど同時に画面がブツンと途切れる。
真っ暗になった機体の中で、ドクンドクンとがなりたてる鼓動の音を聞く雫。
恐怖は感じない。怒りも悲しみも無い。
頭の中が真っ白になっていた。喉がカラカラだった。
自分がどういった状態になっているのか皆目見当も付かない。
けれど願わくば自分にとって良い結果になっていますように。
必死の中で待っていると、やがてモニターが回復した。
煙幕が風に掻き消された事件現場には、スクラップと化した三体のAMSと、折れた警棒を握り締めたまま呆然と突っ立っている赤い輪郭が残されていた。
+++
酔っぱらい達は駆け付けた警官隊に取り押さえられ、救急車に押し込まれる格好で去っていった。
AMSでの戦闘が行われたと言うのに彼らは打撲や捻挫といった軽傷で済んでいたが、それは作業用AMSの装甲が思っていたより分厚かったおかげなのだろう。
スクラップになった三台は建設会社の所有物なのだけれど、当然ながら保険は掛けられていたから会社側の損害も最小限に抑えられそうだ。
でもって、帰りは輸送用のトラックで機体共々家路に就いた雫ちゃん。
少女は最初の頃こそ放心状態だったけれど、如月邸に到着する時には大興奮だった。
彼女の中で世界が変わったらしい。
元々オタク的な趣味と男の子らしい感性を併せ持っていた彼女は、生きるか死ぬかの一瞬に快楽を見出してしまったらしいのだ。
「お爺ちゃん、次はいつ出動したらいいの?!」
なんて目をキラキラ輝かせてせがむものだから祖父としては苦笑半分、嬉しさ半分といったところ。
「まあ、なんにしても装備も開発せにゃならんし、調整も必要じゃ」
採取した実戦データとワリとダメージを負っていた機体内部とを見比べつつ源八爺さんが答える。
御神楽女史も内心では「こいつニュータイプなんじゃねえか?」とか思いつつも買ってきたケーキで時間稼ぎするばかり。
如月邸に退屈だけど平穏な日々が帰ってきた。
しかし気を抜いてはいけない。
悪の芽は今もどこかで根を伸ばしているのだから。
戦えシューティングスター。
負けるなシューティングスター。
僕らの平和は君の頑張りに掛かっているのだ!!
おわり
というわけで投稿終了。
もののついでと言うことで裏設定(?)も出しておきます。……第二話書くことがあったらコレがベースになると思いますんで。
時代背景:別に読まなくても問題無いけど……的な説明
世界は二度の危機をくぐりぬけていた。
最初の危機は「獣魔」と呼ばれる巨大な甲殻昆虫の大群が異世界から押し寄せてきたとき。
二度目のは別の異世界からやってきた侵略者達が世界全土に宣戦布告したとき。
それらの危機を戦う変身ヒロインと、政府と、世界征服を企てる悪の秘密結社が異例の共同戦線を張ることでどうにか乗り越えてきた。
とはいえ日本国の指導者はそのほとんどが命を落とし、国家の指導権は今や世界に名を轟かせる大組織『サクセス』の手中にあり。
今や国家元首の座はサクセスの首領をも兼任する少女が握っている。
全議員の顔を整形によりコピーしたサクセス隊員達が票を投じれば、少女は労せずして総理大臣に就任できた。
もちろん「こんな子供が総理だなんて」という世論もあったが、見事なまでの手腕で特亜三国を封じ込め、西欧諸国とも対等に渡り合い
『亜細亜の大首領』と呼ばれるようになれば批判の声など無きに等しく。
一方、AMS(アーマード・マテリアル・スーツ)と呼ばれる機械式の強化服を開発し、サクセス帝國の主力兵団「As(エース)」
を造り上げた稀代の科学者は幾分かグレードを落としたAMSの開発コードを米国陸軍に提供。ライセンス契約を結んでいた。
そういった経緯から、後にドン亀と呼称され親しまれる事となるAMS−k6、機体名『ブロッサム』が近々米軍の製造ラインに乗る予定。
日本国(首脳陣及び関係者各位はすでに『サクセス帝國』として認識していたが、表面上はまだ日の丸を掲げていた)の国内では
徐々にではあるが医療用もしくは土木建築用の名目でAMS技術が普及してきており、パーツ毎に規格化されたことも手伝って
各メーカーが開発競争に参加しはじめるなんて事態になっている。
なお、これは余談ではあるが、その科学者が自ら開発したAMSは特殊な規格であり、「Xシリーズ」と呼ばれるそれらには
オリハルコン合金の装甲と、これを機能させるため膨大なエネルギーを生み出す霊子力発動機なるものが使用されているが、
その技術は超極秘事項であり、ゆえに一般に出回っている発動機は自動車部品の改良型だったりする。
なので当然ながらこれに付随する機能(AMフィールドを展開してみたり必殺技を使ってみたり)は付加されない。
(AMフィールド:厚み数ミリの異次元空間を形成することで不可視の盾とする技術:同質のフィールドで相殺するしか無力化する方法は無い)
Asで運用されている機体はAMS−J602。機体名『ミヅチ』。10機ほどあるらしい。
群青色の装甲とスマートな外観が特徴的な機体で、搭載火器より機動性を重視して作られている。
(火力で制圧するだけなら戦車なり高射砲なりを引っ張ってきた方が早いし、何より国内の治安維持を目的にしているから武装も限られる)
肝心なのは、情報規制によりサクセス帝國の存在を知る一般人がほとんど居ないこと。
AMS関連の技術も「ロボット先進国の日本であればいつか誰かが開発するだろう」とかいう説明で誰もが納得した。
ネットなどで囁かれはするものの、その実情は闇の中。
人々は未だ当たり前と思っている平和な日常の中にあった。
149 :
プリティサミー・懸隔の庭 ◆Qm5TZesUl2 :2010/11/03(水) 00:02:36 ID:YTSNN8ah
________________________________________
【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
【第八話:決戦、海の星小学校屋上】
________________________________________
【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】【】
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
.
150 :
プリティサミー・懸隔の庭 ◆Qm5TZesUl2 :2010/11/03(水) 00:03:22 ID:+MkC2q3M
海の星小学校屋上に、二人のマジカルガールが対峙する。
片方の名は、樋香里。
地球に送られた魎皇鬼の幼馴染であり、彼を深く愛する少女である。
もう片方の名は、河合砂沙美。
地球に送られた魎皇鬼の飼い主であり、彼をペットとしか思っていない少女である。
事情を知らないので。
「貴女との爛れた関係からリョーくんを、私が救いだすんだから!」
「ただ・・・れ?」
噛み合うという事を知らぬまま、少女達は火花を散らす。
わりかし一方的だが散らす。
「さあ、さっさとサミーに変身して、私と決着を付けるのよ!」
「・・・魎ちゃんがいないからバトンを取り出して貰えないよ」
カー、と間の抜けたカラスの鳴き声が屋上に響いた。
「き、気合いと根性で何とかしなさいよ!」
「そ、そんな無茶な・・・それに変身したって、砂沙美はお菓子を増やす魔法しか使えないよ〜」
アホー、とバカにしたようなカラスの鳴き声が屋上に響いた。
「あ、貴女、魔法少女になってから何やってたのよ!? そんなだから、いつまで経ってもリョーくんが戻れないんじゃない!」
「いやだから、お菓子増やしたり、魎ちゃんと一緒にお風呂に入ったり、一緒にお布団で寝たり・・・」
「ムキー! それはもういいっちゅうねん!」
「そっちが聞いてきたんじゃない!」
全くもって物語は進展していなかった。
.
151 :
プリティサミー・懸隔の庭 ◆Qm5TZesUl2 :2010/11/03(水) 00:04:43 ID:YTSNN8ah
「砂沙美ちゃん・・・」
そんな二人の遣り取りを屋上の入口から覗き見ている少女がいた。
砂沙美の大親友であり、薄幸の美少女でもある美紗緒だ。
キィィィィィィィ・・・。
そんな薄幸の美少女に近づく鳥が一羽。
鳥に変身した留魅耶だ。
(何をやっているんだ、美紗緒! ここは危険だから早く教室に戻るんだ!)
と言いたかったが、鳥が喋ると不味いので、必死のジェスチャーを慣行する。
「と、鳥さん・・・慰めに来てくれたの?」
鳥は、違っーーーーう!! とジャスチャーしたが、通じなかった。
「砂沙美ちゃん・・・あんなに転校生の女の子と仲良さそうに・・・」
留魅耶の鳥目には、二人は激しく言い争っている様にしか見えなかった。
砂沙美の事になると、美紗緒は著しく判断能力が低下する。
「もう、砂沙美ちゃんは私なんかとは・・・あの転校生の女の子と・・・」
転校生の女の子は、砂沙美に跳び蹴りを放った。
間一髪でかわす砂沙美。
「二人とも、楽しそう・・・」
「・・・・・・」
留魅耶は両方の羽を大きく広げた。
お手上げのジェスチャーだった。
.
152 :
プリティサミー・懸隔の庭 ◆Qm5TZesUl2 :2010/11/03(水) 00:06:24 ID:+MkC2q3M
「変身できない貴女に攻撃を仕掛けるのは、気が引けるけど、これもリョーくんの為なんだから!」
息も尽かさぬ連続攻撃が樋香里の体躯から繰り出される。
ジュライ古武術柊流の黒帯の腕は伊達ではない。
「そう思うんなら止めてよ!」
などと言いながらも、砂沙美も何とか攻撃をさばく。
ダンディな父親、河合銀次がしこんだ謎の総合格闘技が、砂沙美の命を救っていた。
「くっ! このままじゃ埒が明かないわ!」
バッ!
樋香里は後ろに跳び下がり、両手を前にかざし詠唱を始める。
「ま、魔法の力!?」
格闘ゲームなどでよくある気の塊を打ち出す必殺技・・・!
ゲームと違うのは、一般小学生の砂沙美にはガード不可能という事だけだ。
「吹き飛びなさい、河合砂沙美!」
樋香里の両の掌が光って唸る!
恋敵を抹殺しろと、轟叫ぶ!
「どげげげげげげげげげげ!!」
唸りを上げて迫るエネルギー弾を、砂沙美は間一髪でかわした。
的を外して飛んで行ったエネルギーの塊は・・・。
「え?」
薄幸の美少女、天野美紗緒に向かっていた。
.
153 :
プリティサミー・懸隔の庭 ◆Qm5TZesUl2 :2010/11/03(水) 00:08:15 ID:YTSNN8ah
「危ない、美紗緒!」
留魅耶はとっさに、その両眼から魔法の光を発した。
美紗緒の心のベクトルが180度引っ繰り返り、悪しき魔法少女が現れる!
チュドーン!
爆音と共に、砂煙が巻き起こる。
そして、その粉塵が風に流された時、黒い影がそこに立っていた。
「ハッローー!! 授業をエスケープぶっこいちゃって、屋上でバトルってるマジカルガールズ!!」
頭の悪そうな出鱈目な英語を駆使して登場したのは、悪の魔法少女ピクシィミサだ。
「ヘイ! そこのハリケーン少女! サミーを倒すのはあたーしのワークなのよん! 邪魔はしないでくれるかしーら?」
ビシッと樋香里を指さすミサ。
サミーはあたーしの獲物だと言わんばかりの宣戦布告だった。
「何よ! 邪魔をするんならアンタから先にやっつけちゃうんだから!」
「ああ、ありがとうミサ! 今日だけはミサが天使に見えるよ!」
激昂する樋香里と、感動する砂沙美。
チチチッ、とミサは人差し指を振った。
「そこのハリケーン少女を倒したら、次は砂沙美ちゅぁんを虐めまくって泣かすんだから!」
「何なのよ、それって!?」
砂沙美は、少しでも感謝した自分がバカらしくなった。
やはりミサはミサだった。
「うっさいわね! あたーしが受けたハートブレイクは、こんなモンじゃなかったもんね!」
「何の事だかさっぱりわかんないよ!」
樋香里をほっぽいて言い争いを始める二人。
・・と見えたが。
「隙あり! マジカル・シュート!」
ミサのバトンが変形し、マジカル・カノンと化し樋香里を狙撃した。
「うげ!? 何て汚い!!」
「にょほほほほほ♪ 卑怯でケッコー、コケコッコー! あたしゃ、悪の魔法少女だもーん♪」
汚い、流石ミサ汚い。
・・・が。
「バリアーッ!」
樋香里の秘密能力・・・マジック・ミラーが発動した。
これは樋香里が持つ特有の能力で、神官長クラスの攻撃魔法でも跳ね返すという、リフレクな魔法だった。
「ほげげげげげげげげげげげげ!!??」
ミサのマジカル・カノンから放たれたマジカルなビームが、そっくりそのままミサにお見舞いされる。
お陰でミサは、へにょへにょのぷーになってしまった。
.
154 :
プリティサミー・懸隔の庭 ◆Qm5TZesUl2 :2010/11/03(水) 00:09:34 ID:YTSNN8ah
「ミサ!」
へにょへにょのぷーになってしまったミサを庇おうと、留魅耶が急降下して樋香里の前に立ち塞がる。
その鋭い視線が、目の前のマジカルガールに注がれる。
風が殺意を呼んだ・・・。
「あれれ? 貴方、留魅耶君?」
「どわわわわわわわわ!!??」
いきなり正体がバレた。
まあ、留魅耶も魎皇鬼と同じく、樋香里の幼馴染で古い付き合いだったので無理もないが。
「地球なんかで何を・・・ハハーン、わかった!」
(不味い!)
裸魅亜が悪しき魔法を使って、地球の少女を悪い魔法少女にしているなどとバレたら・・・。
お家再興どころか、魔法の国の牢獄に永久に幽閉されるかもしれない・・・。
そうなったら、もう美紗緒とも・・・。
「留魅耶君、その子の事が好きになっちゃったんでしょう!」
コケッ、と留魅耶はコケた。
この様な時だけ、樋香里は恐ろしく察しが良かった。
「ふーん、そうなんだ・・・リョー君に言ってもいい?」
悪戯っぽい笑顔を貼り付けながら、樋香里は尋ねた。
ちなみに二人は念話で話しているので、砂沙美には会話の内容は聞こえてなかった。
「そ、それは勘弁して・・・」
しどろもどろになりながら、留魅耶は懇願する。
樋香里はフットワークは軽いが口は堅い性質なので、バレる心配はなさそうだが。
「でも意外ねー。留魅耶君って、絶対お姉さんと正反対の性格の子が好きになると思ってたのに」
「・・・ハハハ」
留魅耶の口からは、もう渇いた笑いしか出ない。
「・・・留魅耶君って、やっぱりシスコンなの?」
「・・・・・・」
チーンと翠色の鳥が灰色になった。
演出の効果とはいえ、見事な灰色っぷりだった。
.
155 :
プリティサミー・懸隔の庭 ◆Qm5TZesUl2 :2010/11/03(水) 00:10:55 ID:YTSNN8ah
「ミサ!! 大丈夫!?」
へにょへにょのぷーになってしまったミサを、砂沙美が介抱する。
何故か砂沙美を目の敵にする悪い魔法少女とはいえ、庇ってくれた相手に対する礼儀であった。
「砂沙美ちゅぁん・・・ソ、ソーリーね・・・弱っちいミサを許して・・・」
「ミサ・・・! いいよ・・・! もういいの・・・」
二人の目が潤む。
それは、心が通じ合った証拠であった。
人は分かり合える・・・それさえ理解できれば、この世界から哀しい争いごとを無くす事だってできる・・・。
「あのハリケーン少女をダウンさせて、砂沙美ちゅぁんをイジメ倒せなくて・・・」
「てい」
砂沙美のチョップがミサの額にクリティカルヒットする。
ポクンとミサの首が折れる。
見事な止めであった。
・
・
・
ガクンッ!
ジュミニの天秤が善の方に傾いた。
___________|\
[|[|| To Be Continued....! >
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|/
.
156 :
プリティサミー・懸隔の庭 ◆Qm5TZesUl2 :2010/11/03(水) 00:12:20 ID:YTSNN8ah
、
` ‐、 ヽ ___ ___ / , -‐
ー- 、 ,-'"ヽ::、0::;;::/::`‐、'´__
,イ:::,- ' ト;:::::::,-‐r 、::'´::\
/::/:::ト -' ノ:__:ト、_ノ )::::';:::::ヽ
, -‐ー/‐::i-:::` "´:、l_,::`‐-‐'´_:i:::::::::ヽ 次回もまうまうだよ!
, - /''"/ ';二:::::::::::''::::::::::::::ー-、:ノl:`:::‐、`、
'´ /,::-/ ´ ゝ、:::::::::::::::::::::::::_, -'、` l‐、::::::::::',
___ '´/::::::/,' i /::::::`:::‐-:::::::::::::::::::レリl l、:::ヽ:::::::',
_,、-‐'"´:::::::::::::::::::::::` ノ::::::::/イノ l::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::レ l\:::::::::::i
三::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::/_ノ l:::::::::::::l:::::::::::/:::::::::::::::::::::l l::::::::::::::::l\__
` ‐ 、_:::::::::::::::::::::::::::::/ , -'´:::l::::::::::::l:::::::::/:::::::::::::,-‐':::ヽ':;::::::::::::::::::::::::::::::: ̄ ̄`` ‐-、
`` ー--‐'"´, -'´:::::::::::;l'"´ ',-ノ`‐- 、/i::::::::::::::',ヽ::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::ミ
/ `ヽ / ヽ_)ノ )( ( (__ノ l::::::::::::::ヽ\:::::::::::::::::::::__,-'"´
`「_r_ / l '"´ ', ` ‐--ー'"´
l l
ヽ、人.ノノ
.
157 :
創る名無しに見る名無し:2010/11/10(水) 16:51:57 ID:SN9ier3w
保守age
みんなどこへ…
158 :
創る名無しに見る名無し:2010/11/18(木) 23:45:14 ID:ToBZVRl7
寂しいな
魔法少女モノ書きたいけど敵役がいまいち決まらん。
異世界の悪の帝王とか、悪の魔法少女とか王道なのは何かしっくりこないしなぁ……
『自己の利益のために戦う魔法少女』に適した敵役ってどんなのだろう?
そりゃおまえ、正義厨しかねえだろ……
偽善者がいいかな
表面上は利他的だけど実態は利己的みたいな
162 :
創る名無しに見る名無し:2010/11/29(月) 07:09:47 ID:Ri/gl58X
アリス作者もゲーマーズ作者もサミー作者も来なくなった
寂しい
そりゃあ、こんだけ投下されてもほとんど何のリアクションもなきゃな・・・
俺も人のことは言えんが
164 :
創る名無しに見る名無し:2010/12/05(日) 11:49:30 ID:+4vPtLcV
165 :
創る名無しに見る名無し:2010/12/12(日) 18:36:54 ID:JjL3/jeb
保守
>>164 続編希望とか言うぐらいなら感想の一つでもつけてやれよ…
感想も何もないのに続き書けとか言われても作者はモチベーション上がらないと思うぞ
>>164 ここ最近リアルが忙しくてスレの存在を忘れてたw
すまんです。
つづきはボチボチと書き始めているけど、時間掛かりそう。
ってかどんどんスレの主旨から離れていく内容だけど、このままここに貼り付けて良い?
168 :
天使ノ要塞:2010/12/22(水) 08:03:16 ID:Uo1wAg3L
登場人物
如月雫 ……本編の主人公。お嬢様なのに普通の人、と本人は思い込んでいる。オタク趣味。女子高生だが友達づきあいは無い。
如月源八 ……雫の祖父。大金持ちで科学者。AMS−HD3000シューティングスターの開発に成功する。変わり者。
弥生美香子……雫のクラスメート。友達。おっとり系。雫のことが好き。色んな意味で。
黒田さん ……如月家の執事。あらゆる乗り物を運転できる。
マリィ ……政府特務機関Asの現場主任。見てくれ15歳の美少女。AMS−GTX01『シャドーナイト』の乗り手。
稲垣孫六 ……Asの隊員。副主任としてマリィの傍に付いている。二十代後半。AMSはJ602『ミヅチ』。
高橋 ……田嶋署の刑事。役職は警部補。定年前の初老だががっちりした体格。
前原 ……同署の刑事。高橋の部下。三十代前半の風貌。体格はもやし。機械系に強い。
第2話「正義の味方は犯罪者?」
(1)
それは建設現場からほど近い住宅地の一角。
三人の酔っぱらいがAMSを無断操縦、民家を破壊する事件の起きた現場だ。
今、そこには火災鎮火に奮戦した消防署の人々と、事件の詳細を調べるためにパトカーで駆け付けた警察関係者と、そして背に『As』とプリントされた群青色作業服を着込む男達の姿。
まだ一般での認知度は低いが、As(エース)はAMS使用による犯罪を取り締まる、もしくは鎮圧する組織であり、ことAMS犯罪に関しては警察よりも権限が大きいエキスパート部隊である。
「稲垣、どんな感じかしら?」
作業服の男が路上に転がっている金属の破片を拾い上げていると背中から凛とした声が掛けられ、彼は慌てて振り返り敬礼する。
As隊員の前に立っていたのは年の頃15くらいの、髪の長い少女だった。
「おはようございます、主任」
「ええ、おはよう」
「この事件に関して現在出ている資料です」
「ありがとう」
少女は隊員達と同じ型の作業服を羽織ってはいるが、色合いは群青色ではなく紫がかった青。
なので他との区別も付きやすいはずなのだが、体格が小柄なせいで個性が埋もれてしまっている。
駆け寄ってきた別の隊員が小脇に抱えたファイルを少女に手渡し、受け取った彼女は早速開いて目を通す。
ファイルには周辺住民から聞き込みした目撃情報や容疑者の供述が記載され、また事件当時に通行人が撮影した写真が添付されていた。
少女は元々鋭い目をさらに細めて写真に映し出された影を凝視する。
「見た事のない機体だけど、これの情報は?」
「いえ、各メーカーに問い合わせてみましたが規格の一致する機体は存在しませんでした」
「つまりオーダーメイドってことね」
事件の全容をいえば、酔っぱらった土木作業員3名がAMSを拝借して暴走、民家を破壊して回るところから事件が始まった。
機動隊に出動要請が出て、彼らが装備を整えて現場に到着したのは事件発生から20分ほど経ってから。
しかしこの時にはすでに暴走AMSは三台とも大破していただなんて状況が広がっていたという次第。
警察側としての事件は容疑者を確保し、彼らを立件するための証拠を押さえた時点で終わりなのだけれど、Asとしては暴走AMSを破壊したAMSの出所を突き止めこれを処断しなければ終わらない。AMSを使用しての戦闘行為は法律で禁止されているのだ。
「それで、機動隊は何て言ってきてるの?」
「今のところは何も」
「ナメられたものね私たちも……」
Asは元々は前政権が擁していた特務機関に端を発する組織であり、ゆえに権限はあるが警察や機動隊との連携という意味ではまだ十分に機能していない。まあ、要するに頭の固いジジイどもと少なからぬ軋轢があるってこと。
おかげで事件に関わっていると目される赤いAMSについての情報が回ってこないなんて事態に陥っている。
少女は舌打ちして、向こうからやって来る2人の男に注意を向ける。
男達はそれぞれ地味なコートを着込んでいて、鋭い眼光や発している雰囲気から察して刑事か何かだろうと思われた。
169 :
天使ノ要塞:2010/12/22(水) 08:04:42 ID:Uo1wAg3L
(2)
「どうも田嶋署の高橋です」
「ああ、所轄の刑事さんですか。初めまして、主任のマリィ=カンザキです」
「おお、あなたが。お噂は聞き及んでいますよ」
一体どんな噂なんだか。マリィと名乗った少女がふんと鼻を鳴らす。
高橋と名乗った刑事は定年前といった風貌だが体格は良い。少女の視線で物言えば直立したヒグマといった趣だ。
また高橋の後ろに従っている男は前原と名乗ったが、そちらは見るからに軟弱そうなモヤシだった。
「なんにしても、この事件は我々Asの管轄になりそうです。そちら側の全面的なご協力を期待しますわ」
「ええ、そりゃあもう」
情報が回ってこない現状を嫌味ったらしく吐き出してみるマリィだったが、刑事は言葉の意味を知ってか知らずかニッコリしてみせるだけ。
現場の人間に毒づいても無駄と悟った少女が溜息を吐いても初老の刑事が慰めることはなかった。
「当面私たちが追うのは赤い機体ということになります。ですから関連性のある情報は逐一こちらに回してくださいね」
「心得てますよ、お嬢さん」
「ああ、それから。部下も見ている手前、お嬢さんと呼ぶのは止めてくださいな」
「これは失言でしたな。マリィ主任殿」
刑事は飄々と笑い声をあげるけれど。周囲の作業服達の目には殺意の光が宿っていた。
少女は見てくれ中学生の美少女だが部隊内では大尉の肩書きを持っている。
またAMS乗りとしては他の追随を許さないエースであり、その戦闘能力は一個中隊に匹敵するとすら言われている。
隊員達にとって彼女の存在は愛すべき上官であり、出来の良すぎる妹であり、絶対の信頼を置く仲間だった。
部隊内で密かにマリィ・ファンクラブなるものが活動しているほどだ。
なので彼女を侮辱する行為や発言は、そのまま隊員達の怒りに直結しているわけさ。
手近にいた隊員が少しばかり引きつった笑顔で腰からぶら下げている拳銃に手を這わせたが、それをマリィは目で制した。
「では我々はこれで」
ここまできてようやく周囲に充ち満ちている悪意に感づいた高橋刑事が会釈して踵を返す。
前原刑事は可哀想に終始青い顔で、足早に上司に倣った。
「使えますかね、あの二人」
稲垣が少女の耳元で囁くと、彼女は含み笑いして答えた。
「アテにはならないでしょうけど、まあ、好きなようにやらせておけば良いわ」
その答えを聞いて稲垣の口元にようやく笑みが浮かんだ。
現政権の関係者はどこにいっても嫌われている。
なぜなら大規模な改革により、それまで日常的に行われてきた警察と暴力団との癒着や、政治家と官僚との繋がり、または裏金など違法な金の流れを強引な手段で断ち切ったからだ。
凶悪犯罪を起こした容疑者は裁判など飛び越えて公開処刑されてしまうし、隣国の国籍を持つ妙な人権団体が独裁政治だとか第二のヒトラーだとか喚き散らしたが、そんな人々さえも国家反逆罪の名目で強制労働所送りにしてしまったし。
おかげで国の財政は回復したし長らく続いた不況にも光明が差して、一般市民からは高く評価されてはいるものの、未だ国に巣くう守銭奴と売国奴は数多存在しお役所の人々を悩ませている。といった現状がある。
それはともかく、マリィは誰にも見られないよう小さな息を吐いて、もう一度ファイルに納められている写真に目を移す。
そこには燃えさかる炎と立ちのぼる黒煙に混じって、紅の人影がぼんやり映し出されていた。
170 :
天使ノ要塞:2010/12/22(水) 08:05:55 ID:Uo1wAg3L
(3)
AMS−HD3000『シューティングスター』の華々しい初陣からちょうど一週間。
如月さんチの雫ちゃんはといえば相も変わらず休みがちの学校と部屋でのゲーム・アニメ・漫画三昧とを繰り返す日常にあった。
雫に与えられた機体は前回得られた実戦データを元に微調整が行われていて、触れる機会は二日に一度、それも数分間とかいう体たらく。
おかげで彼女のモチベーションはすっかり冷めてしまって、また自称お嬢様で普通の人へと逆戻りしてしまったのです。
で、本日は土曜日。学校が半日授業だったので放課後のチャイムを聞いた瞬間には教室を飛び出した雫は、校門に黒塗りリムジンをつけて待っている執事の黒田さんに見つからないようにこっそり裏門から脱出。財布の中身を確認しつつ足は電気街へと向いていた。
「今日は♪ ゲームの♪ はっつばいび〜♪」
このはしゃぎようである。
ウキウキと改札口で切符を買って、早足に電車へと乗り込む。
本当はこの電鉄も如月グループの傘下で駅長に話し掛ければ運賃すらタダになっちゃうのだけど、それをすると現在位置が執事さんにバレてしまうのでここは一つ隠密に動く。
というか、お目当てのゲームというのが萌え系の、少なくともお金持ちのお嬢様が買い求めるような代物ではなかったので、極力誰にも見つかりたくないというのが本音です。
十数分ほど電車に揺られて、やって来ました電気街。
高層ビルディングの外壁に貼り付けられた巨大な液晶ディスプレイには雫が買おうとしているゲームソフトのコマーシャルが流されていて嫌が応にも購買意欲を掻き立てられる。何かに取り憑かれたように早足で予約している店へと向かう雫ちゃん。
その目は、なんというか、某カルト宗教にすっかり洗脳されてしまった信者さんそのものだったりします。
帰り際に同人誌専門店にでも寄って何か物色しようかな、とか何とか考えつつ急ぎ足の女子高生。
しかし彼女の望みはそう簡単に叶えられやしなかった。
『きゃあぁぁぁぁ!!』
誰かの絶叫する声が聞こえた。
後ろの方で爆発する音とショウウィンドウのガラスが飛散する音がこだまする。
半ば駆け足だった雫ちゃんとしては、そういう如何にも荒事っぽい面倒に関わりたくないのが本心だったのだけれど、だからといって素通りするのも気が引けてついつい振り返ってしまうのです。
「……え〜と」
振り返った先には異様な光景が展開されていた。
泣き喚く子供。地べたに踞りながら胸に抱いた物言わぬ赤ん坊をあやそうとする若い女性。
男も女も見境無しに倒れている。
爆発は貴金属店から起こったらしく砕けたガラスが盛大にぶちまけられていた。
そして、そんな地獄絵図の真ん中に佇む大きな人影。
AMS。アーマード・マテリアル・スーツを装着した人間。
その鋼の指には金属の筒が握られていた。アクセサリーの類ではないようだし弾頭のない薬莢っぽい造形で、どうも普通の貴金属店で扱っている商品とは別系統っぽく思えるけれど。
それでも他人の店から何かを強奪すれば、それは立派な強盗だ。
機体は鉛色で光沢があり、肩の装甲に『神威』と記されている。
反対側の手にはショットガンとおぼしき銃が握られていて、呆然と見つめている雫へとゆっくり銃口を向けた。
171 :
天使ノ要塞:2010/12/22(水) 08:07:19 ID:Uo1wAg3L
(4)
『俺の前に立つな。死にたいのか?』
とても冷静で無感情な音色だった。
雫は慌てて道を開けようとしたけれど、ところがどっこい、血塗れで転がっている誰かの手が助けを求めてガッチリ足首を掴んだじゃあないか。
これじゃあ身動きできない。
泣きそうになりながら「あはは」と愛想笑いしてみる。
『ならば死ね』
「え、ちょ、ま……」
一気に血の気が引く。
引き金に掛かっている指が、ゆっくり引き絞られるのが見えた。
私はこんなところで死んでしまうの?
悪い事なんて何もしていないのに。
まだ目的のゲームを手に入れてすらいないのに……!
「お嬢さまあぁぁぁ!!」
そんな絶体絶命の瞬間。
聞き覚えのある声がしたかと思えば真上から真っ赤な光が落ちてきたじゃあないか。
「黒田さん……?!」
それは如月家に絶対の忠誠を誓う万能執事、黒田さん。
彼はランドセルタイプのジェットブースターを背負った格好のまんま、遥か頭上からかっ飛んできて少女の前に着陸した。
黒いタキシードに真っ赤なランドセルという出で立ちは、何とも言えないシュールさを醸し出している。
初老の執事は降り立つと懐から銀色の金属ベルトを引き抜いて差し出した。
「お嬢様、これを」
「っていうか助けに来たんじゃないの?」
「何を仰います。生身の人間がAMSに太刀打ちできるわけないでしょう」
そのベルトは、分かりやすく言えば機体を転送する際の座標を発信するだけの代物だった。
転送装置は遥か頭上、大気圏のさらに向こう側に浮いている衛星だったりする。
ベルトの変身スイッチを入れることで機体は如月邸地下から衛星を経由して雫の所までやってくるのだ。
「わかったわよ。やりゃあ良いんでしょ!」
なんで電気街にいることがバレたのだろう。疑問を抱えつつ金属ベルトをひったくる。
黒田は「では、わたくしめはこれで」とか言って再びランドセルに火を灯す。
なにがなんでも私に戦わせたいのね、とは可哀想な雫ちゃんの感想だ。
こうして再び現場には制服姿の雫と銃を構えた鉛色AMSとが残された。
しかし、それまでと違うのは少女の腰にはベルトが巻かれているということ。
ジェットブースターの煙が立ちのぼった隙に巻いておいたのだ。
もちろん、小さくて細い指はすでにベルトの起動ボタンを押していた。
「――変身」
【網膜照合クリア。声紋認識クリア。脳波パターン正常。
――ジェネレータ駆動値を7に設定。バッテリー残量、99%
――システム・オールグリーン。AMS−HD3000、シューティングスター、起動します。】
小さく呟いた瞬間に視界は暗転、次に鮮明になった。
172 :
天使ノ要塞:2010/12/22(水) 08:13:17 ID:Uo1wAg3L
(5)
『機体を転送しただと……?!』
神威(カムイ)――見たところ色々な部品を組み合わせた自作機のようだし、きっとそれが機体の名前なのだろう。――は面具から籠もった声をあげる。
でも、どれだけ驚愕の音色を弾き出したところで銃口の狙いが逸れることはなく、それどころかより慎重により正確に射撃できる体勢を整えている。
中の人はよほど冷静な性質の持ち主なのだろう。
『貴様、何者だ』
神威が尋ねる。雫はちょっと考えて答える。
「私は普通の女子高生よ。ときどき正義の味方もやってるけどね」
すると神威は気に食わないとでも言わんばかりに鼻を鳴らす。
『正義だと? 笑わせるな。正義など存在しない。あるのは欲望と、それが振るう力のみ!』
言ったそばから動く神威。
真っ直ぐ突っ込んできたかと思えば真横に跳んで引き金を引く。ゴウンッと銃口が火を噴く。
咄嗟に反対側へと逃げてやり過ごしたシューティングスターだが、それでも小さな鉛玉を幾つか食らってしまった。
痛みや衝撃は感じなかったが、コンディション・モニタでは左肩の辺りにダメージがあるらしい。相手の銃はショットガン。つまりは散弾銃なのだ。
反撃にと警棒を引き抜こうとした少女は、しかし機体の収納に目当ての得物が入っていないことに気付いた。
「うそ、なんで!?」
『電磁警棒は前回の戦闘で破損したまんまじゃ!』
耳元のインカムからジジイ――もとい。総司令・如月源八の声が響く。
その間にも神威は回り込もうと動きつつ、得物に次の弾薬を押し込んでいる。
『じゃが気を落とすにはまだ早い。今回、機体に新しい武器を積んでおる。両腕に装備しておるから早う使え!』
言われてから気付いた。確かに碗部装甲の内側に棒状の物が差し込まれていて、選択武器の項目にも何か追加されてるじゃあないか。
そこには【電磁トンファー】と記されている。
「なんでそんなシブいモン積んでんのよ!?」
トンファーって、棒に取っ手をつけたみたいな形の、あのトンファーよね?
そんなことを考えながら武装を切り替える。
盾のように腕をカバーしている装甲が一度開いて、そこから鉄の棒が飛び出して。装甲が閉じたときにはすでに両の手にそれぞれトンファーが握られていた。
「あうぅ。これがライトセイバーとかだったら格好良かったのに……」
『馬鹿チンがぁ! トンファーは攻守のバランスに優れた打撃武器じゃ! ブンブン鳴るだけの蛍光灯と比べるでない!!』
雫ちゃんの愚痴に爺様が力説する。
ひょっとしたらこのジジイ、武器マニアの気質も持ち合わせているのかも知れない。
「でも、これなら何とかなりそうね」
乾いた唇を舐めてニヤリとする雫。
ここまでの一連の動作を見るに、神威は動きこそトリッキーで捕まえにくいがやはり機械部品の寄せ集め。
人工筋肉で駆動するシューティングスターの方が瞬発力と応用力で分がある。
もちろん、相手の動きを完全に捕捉しているカメラやセンサーも優秀だ。あとは私の頑張り次第。
ショットガンは単発式のようだからギリギリのタイミングで散弾をかわし、懐に入れば一瞬でカタがつくはず。
雫は意を決してトンファーを構え、銃口と対峙した。
「あなたが何者かなんて知らないし興味もない。けどね、罪もない人達を傷付けて、あまつさえ私の密かな楽しみまで邪魔したのだから、きっちり教育させて貰うわ」
『小娘がよく吠える。しかし機体の性能だけでは俺には勝てない』
そして動き出した二つ。
神威の機影が横へとブレた。雫は体の向きだけを変えつつ、タイミングを計っている。
心臓が痛いくらい高鳴っている。引き金に掛けられた指先を凝視する。互いに絡み合い旋律を奏でるモーター音。
横移動から急に縦の移動へと切り替えて突っ込んできた神威。
――来る!
本能的な直感で真横に跳躍した刹那、ゴウンッと銃声が轟く。跳んで着地した瞬間にはもう相手めがけて突っ込んでいた雫。
もう何も考えられなくなっていた。ガラ空きになっている懐。そこへ辿り着くまでの軌跡が、白い筋が通っているようにくっきり見える。
173 :
天使ノ要塞:2010/12/22(水) 08:15:33 ID:Uo1wAg3L
(6)
「あああぁぁぁぁ!!」
雄叫び。意味のない、誰に向けられているのかも分からない音が、少女の喉元から絞り出される。
そして――。
ズンッと手に衝撃が走った。
荒い息を吐きながら見上げる。
突き出した拳とトンファーの先っちょが神威の腹に突き刺さっていた。
衝撃に電気系統がやられたのか、神威の指からスルリと銃が抜け落ちてアスファルトに音を立てた。
――勝った。
自分の吐息と鼓動以外しんと静まり返る中でそう思った。
『ククッ。やるじゃないか小娘。名を聞いても良いか?』
動かない機体の面具から含み笑いが漏れ出す。
雫もちょっと楽しくなっちゃって、思わず口を開いてしまう。
「シューティングスター」
『……流れ星か。良い名だ』
雫が自分の名を言わないのは、別に正義の味方が正体を明かさないお約束を守ろうとしたからではなくて、平和な日常から切り離されたくなかったから。
名乗って色々と面倒な事になるのは御免被りたい。
そして、神威もその辺りのことは理解している様子だった。
『ではシューティングスター。またどこかで会う事もあるだろう。その時こそ決着をつけよう』
ライバル認定したとでも言うような台詞があって、次に脇腹に衝撃が走った。
「きゃあ!」
神威が素手になった手を握り、トンファーを突き立てた格好のまんま固まっている機体の腹を殴りつけたのだ。
おかげで雫は機体ごと吹っ飛ばされて、地面に叩き付けられた時には軽く意識が飛んでしまった。
流れ星がどうにか立ち上がったときにはもう手の届く範囲にいない神威。
鉛色の機体の背中からはいつの間にやらロケットの噴射口が迫り出しており、見つめていると真っ赤な炎を巻き上げ始める。
最初から逃走手段を確保していたのね。
そう雫が理解したとき、ドカンと轟音を撒き散らしてヤツは空へと飛び出した。
「神威……また会っちゃうんだろうなぁ。ヤダなぁ……」
面倒臭い手合いにライバル認定されると何かにつけて絡まれるだなんて事になる。
とてもとても憂鬱な気持ちで、すでに雲の向こうへと飛び去っている光を見つめる雫だった。
――この後の事を言えば。
何食わぬ顔で迎えに来た黒田さんのリムジンに揺られて帰宅。
帰宅してから予約していたゲームソフトをまだ購入していない事に気付いた雫ちゃんが半狂乱で爺様に文句を言おうと詰めかけたところ、
このクソジジイ、すでに部屋に引きこもってフライング・ゲットしていたそのゲームに夢中。「萌え萌えじゃ」とか何とか言われて殺意を覚えずにはいられない孫娘でしたとさ。
とりあえず要塞の第2話を更新しました。
年末年始は忙しいから3話目にしても時間は開くと思いますがご容赦を。
待ってるよー
>>174 ポップでライトでリリカルな投下作品が多い中でシリアスな作風GJ
変身ヒロイン物からよりは特撮作品からのリスペクトを強く感じた
>>176 感想ありがとう御座います。
ご推察の通り、かなり特撮的な流れを意識しています。
それは、まあ、リリカルも良いけどライダーも捨てがたい、みたいな。
だから話が進めばエグい描写も出てくるかと思われます。(レッドアイズなんてマイナーな漫画誰も知らないだろうなとか思いつつ)
まだまだ下手な部分も目立ちますが、大目に見てやっていただければ幸いです。
178 :
天使ノ要塞:2010/12/31(金) 19:12:16 ID:DNVobiii
登場人物
如月雫 ……本編の主人公。お嬢様なのに普通の人、と本人は思い込んでいる。オタク趣味。女子高生。
如月源八 ……雫の祖父。大金持ちで科学者。AMS−HD3000『シューティングスター』の開発に成功する。変わり者。
弥生美香子……雫のクラスメート。友達。おっとり系。雫のことが好き。実家が神社で行事の時には巫女になっている。
御神楽節子……源八の助手。クールビューティー。なんとかいう武術の達人。ツッコミは鋭い。
黒田さん ……如月家の執事。あらゆる乗り物を運転できる。神出鬼没。
マリィ ……政府特務機関Asの現場主任。見てくれ15歳の美少女。AMS−GTX01『シャドーナイト』の乗り手。
稲垣孫六 ……Asの隊員。副主任としてマリィの傍に付いている。二十代後半。AMSはJ602『ミヅチ』。
高橋 ……田嶋署の刑事。役職は警部補。定年前の初老だががっちりした体格。
前原 ……同署の刑事。高橋の部下。三十代前半の風貌。体格はもやし。機械系に強い。
179 :
天使ノ要塞:2010/12/31(金) 19:13:39 ID:DNVobiii
第3話「流星と騎士」
(1)
神威と戦った日から3日が経った。
この間はとても平和で、雫ちゃんは大人しく学校と家とを往復する毎日を過ごしていた。
源八爺さんと助手の節子さんはといえば朝から晩まで機体の修復で大忙し。とても雫になんか構っていられないといった風だ。
神威との戦いで受けたダメージが思いのほか深刻で、交換しなければいけないパーツもあったし、内部のシステムにも手を入れなければいけなかったらしい。
まあ、当人としては束の間の平和も捨てがたいから、これはこれでよろしいといったところか。
「――それでね雫ちゃん」
如月さんチの雫ちゃんが通っているのは私立二ツ橋女学院高等部。でもって教室は2のB。
女学園と銘打つくらいだから30ほどある席は全て女子で占領されている。
とはいえ、全国でも有名なお嬢様学校なので、女子校にありがちな男とナニした話だとかはほとんど聞こえてこない。
そもそもママゴトじみた恋愛すらしたことのない温室育ちに性的な会話が通用するはずもなく。
そんな人々に萌えとか燃えが理解出来ようはずもなくて、ゆえに雫ちゃんには話し相手がいないといった結論になるワケです。
とはいえ、雫は学校では粛々としているのかといえばそうでもない。
中学生の頃から付き合いがある弥生美香子は今でも仲の良いクラスメートで、今だって教室の廊下側から対角線上にある窓際の席までお喋りに来ている。
「今度ねぇ、見たい映画が封切りになるの〜。良かったらぁ一緒に行かない?」
「うん、良いよ」
トロくさそうな喋り方をする美香子ちゃん、雫はミカと呼んでいるけれど、彼女はお嬢様学校にあって唯一と言って良いほど庶民的な感性を持ち合わせている。まあ、家庭的な女の子という、雫とは真逆の方向性ではあるけれど。
「あ、そういえばミカの家、正月はまたバイト募集するの?」
「うん。でも雫ちゃんは確定なんだって〜」
「……ほんと赤紙よね」
180 :
天使ノ要塞:2010/12/31(金) 19:14:20 ID:DNVobiii
彼女の実家は由緒正しい、だけど外観はこじんまりした神社だったりする。
なので神事の際には巫女装束で境内を駆けずり回っている美香子ちゃん。
でもって、神主であり美香子のお爺さんでもある虎太郎さんは、雫が大のお気に入り。
毎年猫の手も借りたくなる初詣シーズンともなると強制労働的に引っ張り出されてしまうのです。
なお、虎太郎爺さんと源八爺さんは碁打ち仲間で飲み仲間といった間柄なので、徴兵を回避する術などありません。
「正月と言えばモチ食って、お年玉貰って、後は夜中までゲームかアニメの鑑賞会ってのが理想なんだけどな〜」
「そんな生活したらブタさんになっちゃうよぉ」
「良いのよ体重が5キロや10キロ増えるくらい。どうせ冬休みが終われば元に戻るんだし」
「考えが大雑把すぎだよ雫ちゃん」
(2)
端から見れば仲良くお喋りしているように見える二人。
けれど実のところ美香子の喋り方に時々イラッとくることもある。
だから友達と言うよりは腐れ縁と呼んだ方が適切なのかも知れない。とはいえ、だったら他に話し相手が居るのかと問われれば全力で否定せざるをえなくて、なので少なくとも高校三年間はこの子と付き合いすることになるのだろうな、なんてぼんやり考えてしまう雫だった。
やがて授業開始を知らせるチャイムが鳴り響いて、上の空で過ごしていると放課後のベルが鳴った。
時が経つのは早いものだと思いつつノートやら教科書やらを鞄に詰め込み席を立つ。
そんな雫の所にトテテなんて軽い足取りでやって来た弥生家のお嬢さん。
「ねぇ、たまには一緒に帰ろ?」
「そうね、良いよミカ」
校門前にはやっぱり黒塗りリムジンで迎えに来ている黒田さんがいて、お嬢様がやって来るのを今か今かと待ち構えている。
なので普通に考えると二人してリムジンの後部座席に乗り込み、十数分間の道のりをお喋りで費やすのが上策に思える。
でも待てよ、とは雫ちゃんの考え。
美香子をダシにして時には歩いて帰るというのもよろしいのではないか?
途中の商店街で買い食いなどして帰るのも、健全な女子高生のたしなみとしてはごく普通の事。
っていうか毎日リムジンではさすがに飽きてしまうというか、何かこう、刺激が欲しいというか。
思いついたら即行動の雫としては早速そのプランの実現を目指す。
「ねえミカ。今日は歩いて帰らない? 途中でサ店に寄ったりしてさ」
「うん、いいよぉ」
と美香子ちゃんが答える。
この子はこの子で厳格な家柄に育っているわけだし、やっぱりガス抜きは必要でしょうよ。
というわけで一致団結した二人は校舎一階の下駄箱で靴を履き替えて、待っていた執事に事の次第を話して、意気揚々と家路に就いたのです。
まあ、お目当ては商店街の近くに新しく出来たという喫茶店。ケーキが凄く美味しいと評判らしいお店なんだけどね。
+++
181 :
天使ノ要塞:2010/12/31(金) 19:15:31 ID:DNVobiii
(3)
こうして歩くこと二十分と少々。
そろそろ夕暮れ時の迫る商店街の片隅にその店はあった。
ショウウィンドウの内側には他の学校の女子生徒や若いカップルが詰めかけていて、店内がそれどほ広くないことも手伝い空きは少ない。
店には『喫茶KAMUI』と記された看板が立て掛けられており、小さく休業日は毎週土曜だなんて書かれている。
「へ〜、凄く流行ってるわね」
「わ〜い、ケーキだぁ!」
何気なく流行具合をリサーチする雫と、ショウケースの奥に見える美味しそうなケーキに心奪われている美香子。二人の性質の違いがそこにあった。
美味しかったら爺ちゃんに頼んで店ごと買って貰おうかな、なんて愚にもつかないことを考えつつ、木製の扉を押し開けるとカランコロンとベルが鳴って奥にいるマスターが二人を出迎えた。
「ああ、いらっしゃ――?!」
喫茶店のマスターは男性で、雫の年代から見ても「お兄さん」と呼んで差し支えない若さだった。
ルックスは悪くない。チャラチャラした格好良さではなく、内側に強さを秘めているような精悍な面立ち。
そんなマスターが雫を見てほんの一瞬だけ驚きの表情を見せたものだから、少女としては訝しく思うばかり。
とはいえマスターの変化はすぐさま手慣れた接客態度へと修正され、最後に残っていたテーブルへと二人を案内するとメニューを持ってきた。
「ご注文がお決まりになりましたらお呼びください」
「は〜い」
元気に答えたのは美香子で、雫は釈然としない面持ちのまんま頷くだけ。
店の名前はカムイ。三日前の電気街で出くわしたのは神威。
出くわしたのは土曜日で、この店の定休日も同じく土曜日。
そして雫を見たときのあの驚きよう。
「――まさか、ねぇ?」
全く可能性がないとは言えない。
だけど、断定できるほどの確証が無いし、いくらなんでも都合良すぎる展開のようにも思われるし。
悶々と思い悩むのは性に合わないからと直接聞いてみたいけれど、実は全くの無関係でしたなんてオチがついてしまったら恥ずかしくて二度とお店に入れやしない。
いやいや、それ以前につい今しがた会ったばかりの彼に対して人としての尊厳を踏みにじる発言など、どう考えてもNGだ。
雫は悩んだ挙げ句、溜息一つと引き替えに全てを忘れることにした。
彼が強盗犯であろうとなかろうと答えが同じになるのなら聞くだけ無駄だろう。
それならいっそ自分が疑った事そのものを忘れてしまえばいい。
神威と次に対峙したとき、無理矢理に面具を引き剥がしてしまえばそれで解決する話なのだから。
雫はメニューに目を落として、ご丁寧に写真添付までされている特製ケーキセットを注文することにした。
+++
182 :
天使ノ要塞:2010/12/31(金) 19:21:35 ID:DNVobiii
(4)
「ケーキおいしかったねぇ」
「そうね、ってかアンタが注文したのはパフェでしょうが!」
「おんなじだよぉ」
「はいはい、どうせ洋菓子は全部ケーキだとか言うんでしょ?」
喫茶店で甘い物をついばみつつのお喋りは意外と時間を要し、店を出たのは1時間ほど後のこと。
二人は夕闇と蛍光灯の光とが入り交じる商店街を並んで歩く。すれ違う人々は皆急ぎ足だった。
買い物カゴをさげた主婦。会社帰りで疲れた顔のオジさん。ゲームセンターの中を覗き込めば同年代の人々が画面の中に没頭している。
パチンコ屋の前を通ればジャラジャラと神経を逆撫でする音がひっきりなしに響いているし。
そんな中を歩きつつ雫はなぜだか納得してしまう。人が生活するってのはこういうことなのね、と。
美香子は終始ニコニコと楽しげな顔で雫の横顔を見つめていた。不意に目が合って微笑み返すと、彼女の顔にはパアッと一際色鮮やかな笑顔の花が咲く。
平和って良いよね、なんて言葉にしてみると相方は「そうだね〜」と間延びした返答をよこした。
そんな夕暮れ時の一幕。しかし満喫していたはずの平和は、たった一発の銃声によって脆くも崩れ去ったのだ。
「――え、なに今の?」
「わかんない」
銃刀類の所持と使用は法律で禁止されていて、なので平和なこの街に銃声が轟くこと自体が異常な出来事なのです。
にもかかわらず、騒然となった商店街では逃げ惑う人々のシルエットが右に左に踊り狂っている。
腰を抜かした老人が地面にへたりこんで押し寄せる人の波を見つめていた。
玩具を抱えた子供は最初キョトンとしていたが、やがて事態の深刻さを悟ったようで泣き喚き始めた。
若い男女は必死の形相で走っていたが、女性の方が足をもつれさせてしまい転倒、男性の方も助け起こせば良いものを腕にしがみつく足手纏いを振り払い、それでも縋ろうとする女性の顔を蹴り上げて一人逃げ出していた。
地べたに這いつくばる女性は他人の足にも踏まれ小さな悲鳴を上げたが誰も彼女を助け出そうとはしなかった。
そんな地獄絵図。
視界の奥では銃を構えたAMSが突っ立っているのが見える。大手銀行がそこにあったから。
AMSの隣には仲間なのか黒ずくめの男達が居て、内一人の手には重そうなボストンバッグがある。
最近の銀行強盗は銃だけでなく機械甲冑まで所持しているらしい。全身がモスグリーン色に塗装された機体は、いかにも頑丈そうな装甲に覆われていた。
「止めなきゃ……」
AMSを駆っての戦いは嫌いじゃない。
だからといって愛とか平和とか、そういうのを大切に思っているワケじゃあない。
ただ、眼前で繰り広げられている光景に心底から嫌悪感を覚えた。こんな景色を形作ろうとする身勝手な人々に言い知れない怒りを覚えた。
『正義など存在しない。あるのは欲望と、それが振るう力のみ』。神威の言葉が脳裏に浮かんで、それを打ち消したい気持ちでいっぱいになった。だから――。
「黒田。――黒田さん!」
ギリリッと歯を食いしばり、神出鬼没の執事を呼びつける。すると少女の影がヌラリと迫り上がり、人の輪郭へと形を変えた。
「お呼びでしょうか。お嬢様」
「ベルトを出しなさい。持ってるんでしょ?」
「もちろん」
急な執事の出現に驚きへたり込む美香子ちゃん。そんな友人に困ったような微笑みを向けつつ、恭しく差し出された金属ベルトに手を掛ける雫。
「ワケは後で話すから、今は大人しく避難してて」
「うん……」
「黒田さん、彼女をお願い」
「承知致して御座います」
深々と腰を曲げた執事は、次に腰を抜かしている少女に手を差し伸べ立たせる。
その間に腰を捻る反動だけでベルトを装着する如月嬢。二人が戦場から背を向けるのを確認して、雫は強盗犯へと向き直った。
「――変身!」
刹那、少女の背後に真っ赤な炎の塊が出現した。
炎は急速に人型へと形を変え、少女を背中から包み込むようにその輪郭を溶かしてゆく。
凝固して金属の鈍い光を照り返す装甲。アスファルトに付いた足裏からズシリと質量を感じさせる音が鳴る。
その全身は紅く。背負ったバックパックから獣の咆吼じみた駆動音が鳴り響く。流星と呼ばれる機体が、そこにあった。
183 :
天使ノ要塞:2010/12/31(金) 19:22:40 ID:DNVobiii
(5)
【網膜照合クリア。声紋認識クリア。脳波パターン正常。
――ジェネレータ駆動値を8に設定。バッテリー残量、99%
――システム・オールグリーン。AMS−HD3000、シューティングスター、起動します。】
戦闘行動に移った機体はさっそく主力武器となる電磁トンファーを装備して構えた。
『聞こえてるわね雫ちゃん』
「あれ、節子さん?」
敵の動向を観察していると耳元のインカムから聞き慣れた声があった。
副司令の御神楽節子女史だ。
前回の戦いの時には他に用事があって居合わせられなかったが、今回はちゃんと司令室で仕事をこなしている。
節子さんはシューティングスターのカメラを通して敵AMSを識別した。
『その機体は本田技研の医療用をカスタマイズした物みたいね。気をつけて、パワーは無いけど精密な動きには定評があるわよ』
本田といえば自立型のロボット開発にかけては世界屈指の技術力を持っている。
医療用のAMSを造っているだなんて知らなかったけれど、節子さんが言うのだからその通りなのだろう。
そのカスタム機体は新たなAMSの出現に驚いたのか数秒ほど動きを止めていたが、周囲の仲間達が「あれは敵だ」と叫んだ後は素早く銃口を向け、きっかり1秒間だけ狙いを絞ると引き金を引く。
辺りにズダダダダッと発砲音が鳴り響いた。
「やってくれるじゃない。こちとら民間人背負ってるっていうのに……!!」
雫は回避行動をとることができなかった。
チュンチュンと弾丸の跳ねる音が耳に痛い。
コンディション・モニタは一気に黄色と赤のオンパレードだ。
機体は俊敏性を重視した結果として戦闘用にしては装甲が薄い。
背後の一般人を守ろうとすれば当然ながら自分が盾になるしか手だてはないのだけれど。
それにしたってこの状況はあまりに不利が目立っていた。
『なにをやっとる!! 早うかわして反撃せんかっ!!」
「できるわけないでしょ!!」
インカムからの怒鳴り声を同じように怒鳴って返す。
そりゃあ雫にだって分かっているさ。
せっかく出てきた正義の味方があっけなく瞬殺されましたでは格好悪すぎるってことくらい。
相手の銃は精度の高い自動小銃のようだし、きっと次の射撃でこちらは装甲を砕かれ、その内側にある人工筋肉も破壊されるだろう。
そうなれば、もはやサンドバッグ。雫は何もさせてもらえないまま生身の体に銃弾を浴びることになる。
でも、だからといって盾であることを放棄するなんてできない。
だって、それをやってしまえば、力で欲望を叶えようとしている彼らと同種の人間になってしまうから。
「本当にお馬鹿な娘ね」
そんな時に声があった。
声は最初後ろにあったけど、間もなく流れ星の前へと姿を現した。
それは髪の長い、年端もゆかない少女だった。
少女は背に『As』とプリントされた青紫色のジャケットを着込み。
その小さな手には光の筋が幾何学模様を刻む黒いスクエアがあった。
「――凝結」
小さな呟き。
すると足下に青い六芒星が浮き上がり、次に原油にも似た黒々とした液体が吹き上がり彼女の身を覆い隠したじゃあないか。
液体が再び路面へと吸い込まれたとき、そこには黒い光沢を放つ人型の機械甲冑があった。
漆黒の人型は手にランスを持っており、同色の表面には淡く光の筋が描かれている。
厳めしい面具は、どちらかといえば悪の組織の幹部みたいな趣だ。
『――AMS:GTX−01、シャドーナイト。スターティング・オペレーション!』
184 :
天使ノ要塞:2010/12/31(金) 19:24:18 ID:DNVobiii
(6)
『っ!?』
インカム越しに爺の驚愕の声が聞こえた、ような気がした。
雫はといえば後からしゃしゃり出てきて美味しいところをかっさらいそうな勢いの黒AMSにちょっぴりジェラシーを感じたけれど、それよりも外観的にダークヒーロー的な格好良さすら漂わせているシルエットが腹立たしい。
そのAMSと自分のを取り替えて欲しいくらいだ。
『あとで事情を聞くから、あなたも動かないように』
銀行強盗一味に向けてランスを構えつつ、振り返りもしないで雫を牽制するシャドーナイトさん。
周囲にはいつから居たのか群青色の機体が三体、シューティングスターを取り囲み銃を向けている。
つまるところ、雫ちゃんも敵と見なされているワケですね、分かります。
敵AMSは雫の機体を取るに足らない存在と判断したのか、迷うことなく新たに出現した機影に銃口を向ける。
しかし、鋼の指先が引き金を絞るより先に黒騎士は動いた。
『遅い!!』
凄まじいスピードで突進したかと思えば、輪郭が左右にブレる。
遅ればせながらズダダダッと吠え立てた銃口。
しかし当たらない。機械甲冑は文字通り影の如く目にも止まらぬ弾頭をかわしきる。
銃声が止むのと同じ瞬間に、騎士のランスが敵の腕を付け根から刺し貫いた。
『ぎゃあぁぁぁ!!』
持っていたライフルもろとも宙を舞って、アスファルトに墜落する鋼鉄の腕。
大量の血液がぶちまけられていた。
たぶん、強盗犯の腕も一緒にもげたのだ。
苦しみのたうつAMSに向けて、騎士は抜き取ったランスをさらに引いてトドメを差そうと構え直す。
血塗れのランスに青白い光が灯る。
『殺しはしないから安心なさい。けれど、死ぬより辛い苦痛は与えるから覚悟なさい』
――スプリッド・ダークネス・ブレイク!!
声高に呼ばわったのは技の名称だったのかも知れない。
灼熱の風が渦巻いた。足下のアスファルトが風圧でめくれ上がってゆく。
突き出されたランスがモスグリーン色の装甲にめり込んだかと思えば、機体は吹っ飛ばされて宙を舞った。
強盗犯の悲鳴は甲高い風切り音に掻き消される。
――バースト・エンド。
そんな中であっても少女の呟きだけは鮮明に耳に響く。
路面に激突したAMSは、すでに身動きできる状態では無かった。
焦げ臭い匂いと仄かに漂う白い煙。
装甲はひしゃげて原形を留めてはいなかった。
185 :
天使ノ要塞:2010/12/31(金) 19:28:19 ID:DNVobiii
(7)
「凄い……」
役立たずの傍観者は、そんな事件現場の幕切れに茫然自失の声をあげるしか知らない。
インカムの向こうでは何やら慌ただしい雑音や怒鳴り声が飛び交っている。
強盗団の周囲にわらわらと警官隊が集まってきて、黒ずくめ達は次々と確保されてゆく。
黒こげになったAMSの装甲に専用バールを突っ込んで力任せに引っぺがすと、中の人が血塗れで現れた。
腕は失っていたし意識不明の重体ではあったけれど、微かながら息はあるらしい。
雫を取り囲んでいた群青色の機体達は、雫がすっかり戦意喪失しているのを看破してか銃口を降ろして次の指示を待っている様子だった。
『さて、あなたには事情聴取が待っているわ。じっくり聞かせて貰うからそのつもりでいてちょうだい』
事件に終止符が打たれたのを確認した黒機体は、敵を撃破した余韻に浸ることもなく振り返って静かな音色を紡ぎ出す。
雫は成り行きに身を任せたい気持ちでいっぱいだったけれど、AMSを使用しての戦闘行為が法律で禁止されている現実に思い至って青くなる。
だって。このままだと、戦闘用AMSを開発して実戦投入している如月家はもとより、その関係者も、雫ちゃんもが一様に刑務所送りだから。
いやいや、悪くすれば国家反逆罪の罪に問われて公開処刑なんて目もある。なぜなら現政権は違法行為にはとことん厳しいからね。
いやでも待てよと微かな希望にすがる雫ちゃん。
一番最初の出撃は確か機動隊の応援みたいな形で行われた。
ということは少なくとも源八爺さんは機動隊と、もっと言ってしまえば警視庁の内部の人と何らかの繋がりがあるって事じゃないか。
つまり、Asの文字を背負っているこの人達とは少なくとも敵ではない間柄になるんじゃあないかい?
その辺りのことを尋ねようと口を開き掛けた雫は、しかし周囲に起こった異変に言葉を出すことができなかった。
プシュゥゥゥ。
そんな音がどこかであったかと思えば、辺り一面がピンク色の煙で包まれてしまったじゃあないか。
『煙幕?! 小癪な!!』
「え、なに、なんなのよ一体?!」
視界はピンク色。熱源センサーも赤外線スコープも全て真っ白に染まってしまった中で、『ガコン』という音と微かな振動を感じた雫。
視界が晴れたときになってはじめて少女は自分の身がどうなったかを悟った。
『お怪我はありませんかお嬢様!』
「……うん、大丈夫。ありがとう」
シューティングスターは輸送用ヘリに吊り上げられる格好で宙に浮いていた。
さっきの音の正体は強力な磁石を取り付けたクレーンで、機体はUFOキャッチャーの景品よろしく運ばれているのだ。
いち早く現場を去った黒田さんは、すでにこちらに向かっていたヘリと合流、そのまま機体回収作業に回っていたという次第。
機体をこんなにしちゃって、爺ちゃん怒るだろうなぁ……。
一方で少女はそんな事を考えつつ、やがて如月邸の地下施設へと到着するのです。
出迎えた総司令、如月源八はまず孫娘を抱き締めて安堵の息を吐く。
機体を大破させてしまったことを謝ると、爺さんはこともなげに仰った。
「AMSは所詮は道具じゃ。壊れたなら直せばええ。じゃが人間はそうはいかん。お前が無事で何よりじゃ」
「いや、っていうか加齢臭が……」
真面目な話をいつもの調子ではぐらかしてしまう雫ちゃん。
だけど発明に命を賭けるこのクソ爺であれば激怒するに違いないと踏んでいた少女にしてみれば正直意外だった。
なお、友人の美香子ちゃんは他の人間が家まで送り届けたとのこと。
明日になったら延々と説明させられるんだろうなあ、なんて。
ついつい溜息を零しちゃう雫さんなのです。
+++
186 :
天使ノ要塞:2010/12/31(金) 20:26:57 ID:DNVobiii
――その夜は気味が悪いほど静かだった。
交通渋滞が無いおかげで苛ついた運転手がクラクションを鳴らすこともなく、暴走族が爆音を轟かせることもない。
そんな街のどこかで女性が死んでいた。
女性は五体を引き裂かれ物言わぬ肉の塊と化していた。
その傍で、グチャリグチャリと咀嚼する輪郭。
それは人の身の丈などゆうに越える昆虫だった。
ネズミ色の甲羅を持つ、巨大な蜘蛛。
蜘蛛は殺した女性の肉を喰っていたのだ。
「――ひっ!」
ガタンと音がして動きを止めた蜘蛛は、いくつもの瞳孔に新たな獲物を発見する。
そこには居酒屋帰りの中年サラリーマンの姿があった。
中年男は異様な光景に腰を抜かしたらしく、持っていた鞄をも取り落として路面に尻餅をついていた。
蜘蛛はかじっていた血塗れの腕を一気に飲み込むと、巨大な体躯からは想像も出来ない俊敏さで獲物の前までやって来る。
男の瞳に振り上げられる鋭い前足が映り込む。
「ぎゃあぁぁぁぁぁ!!!」
断末魔の悲鳴が辺りにこだまし、やがてその声も夜の空気に掻き消されてしまう。
誰も知らないところで。深い闇の中で、「それ」は蠢き始めていた。
おわり
187 :
天使ノ要塞:2010/12/31(金) 20:30:17 ID:DNVobiii
案外と作業がはかどったんで第三話を更新します。
まあ、見ての通りグロい描写も多々ありますが、こういう話なのだから仕方が無いということでw
投下乙
189 :
天使ノ要塞:2011/01/03(月) 17:48:00 ID:0VwiGGMB
AMS:アーマード・マテリアル・スーツの略。
ようするに機械式の強化服で医療や土木作業などを目的に製造・販売されている。
容姿は様々だが人間が着込んで操作するため人型で、汎用性を重視してコンパクトに作られている。
各パーツには規格があって、別の機体のパーツを付け替えたりというのもできる。
発動機(ジェネレータ)にはバッテリー式と発電機を直接据え付けているタイプがあり、一般に発電機式の方が馬力が出ると言われている。
(逆に言えばバッテリー式はパワーは無いが静音性に優れている)
重量はだいたい200キロ(大型では1トン近い物もある)。でも2トンくらいの物を持ち上げる馬力がある。
AMSの所持・運用に免許は必要無いが、その整備や改造等には専門的な知識が必要となる。
登場人物
如月雫 ……本編の主人公。お嬢様なのに普通の人、と本人は思い込んでいる。オタク趣味。女子高生。
如月源八 ……雫の祖父。大金持ちで科学者。AMS−HD3000『シューティングスター』の開発に成功する。変わり者。
弥生美香子……雫のクラスメート。友達。おっとり系。雫のことが好き。実家が神社で行事の時には巫女になっている。
御神楽節子……源八の助手。クールビューティー。なんとかいう武術の達人。ツッコミは鋭い。
黒田さん ……如月家の執事。あらゆる乗り物を運転できる。神出鬼没。
マリィ ……政府特務機関Asの現場主任。見てくれ15歳の美少女。AMS−GTX01『シャドーナイト』の乗り手。
稲垣孫六 ……Asの隊員。副主任としてマリィの傍に付いている。二十代後半。AMSはJ602『ミヅチ』。
高橋 ……田嶋署の刑事。役職は警部補。定年前の初老だががっちりした体格。
前原 ……同署の刑事。高橋の部下。三十代前半の風貌。体格はもやし。機械系に強い。
ここまでのあらすじ:
オタク趣味の女子高生『如月雫』は強欲な発明家である祖父『源八』からAMS−HD3000『シューティングスター』を託され、平和のために戦うことになる。
初戦は三機の酔っぱらいであり、『神威』なる自作AMSとも戦った。しかし三度目の出撃では強盗犯から狙い撃ちされ絶体絶命の危機に瀕する。
『シャドーナイト』の乱入により辛くも危機を脱した雫ではあるが、同時に対AMS犯罪のエキスパートとして組織された『As』からマークされている事実を知ることになった。
190 :
天使ノ要塞:2011/01/03(月) 17:49:12 ID:0VwiGGMB
第4話「戦う理由」
(1)
騒々しい朝だった。
救急車と数台のパトカーがサイレンを鳴らし、普段は閑静な住宅地の裏手を占領している。
路地裏は黄色いテープで関係者以外の立ち入りを拒んでいた。
慌ただしく駆けずり回る警官と、路面に薬品を吹き付けている作業員の姿。
おびただしい血液の跡に「A」とか「B」とか記された立て札が置かれていて、しかしチョークの白線はあちらこちらに描かれていた。
被害者は会社帰りの中年男性が一人と、スナックを経営している若い女性。
事件の第一発見者は早朝のジョギングに励んでいた初老の男性。付近の住民だった。
男性が通り掛かったときにはすでに現場は血塗れのスプラッタ状態で、彼は気持ち悪さに嘔吐したあと警察に通報したという次第だ。
「――しかし、こんな凄惨な現場は初めて見るぞ」
「大型犬が人を襲ったんでしょうか?」
「どうだろう。俺にはもっとこう……。いや、今はへたな憶測よりも聞き込みだ」
高橋と前原。所轄の刑事二人は事件現場にあって、その想像を絶する光景に息を飲んでいた。
被害者である女性には手足を引きちぎられた跡があり、その肝心の両手足は喪失している。
またもう一人の中年男性も胴体の半分が失われていた。
そこかしこに血溜まりが浮いていたが、二人ぶんの血液が撒き散らされたと言うには少々分量が足りないようにも思われる。
「鑑識の結果待ちだが、人間が犯人、という線は薄そうだ」
まだ断定はできないが被害者の二人に共通点はなく繋がりもない。
男性の鞄も、女性のショルダーバッグも、そこに入っている財布もがそのまま残されている事から物取りの犯行とは考えにくい。
また怨恨による犯行だとしたら全く無関係の人間まで同様の手口で殺害する理由がない。
というか、出刃包丁を振り回そうと、金属バットやゴルフクラブで叩きのめしたところで、こういった死に方にはならないはずだ。
AMSを使用すれば人間の体を引きちぎることもできようが、そうすると今度は引きちぎった部位を隠蔽する理由が分からない。
やはり普通に考えるなら、大型の肉食獣がたまたまそこに居合わせた人間を襲って食い散らかしたと思わざるを得ない。
しかし立地上、付近に動物園は無いし、獣が生息できそうな森や山も見当たらない。
不可解な、そして凄惨極まりないこの事件。
刑事達はこれがとてつもなく難解な代物になるであろうことを直感していた。
+++
191 :
天使ノ要塞:2011/01/03(月) 17:51:25 ID:0VwiGGMB
(2)
「Asは政府内で組織された、AMS犯罪を取り締まる機関よ」
「だったら、べつに私たちが出撃する必要なんて無いんじゃないの?」
それは如月邸での遣り取り。
地下の格納庫では大破した機体の修理が行われていて、源八爺さんはスタッフと一緒にてんてこ舞い。
司令室としても当面は戦力がないということで情勢監視に明け暮れる日が続いている。
そこで雫ちゃんは前回から引きずっている疑問を解決しようと御神楽副司令のもとへ詰めかけたってワケさ。
節子さんは司令室の仕事をオペレータに任せると少女を連れて談話室と表札の掲げられた一室へとやって来た。
「コーヒー飲む?」
「あ、いただきます」
談話室というよりは取調室といった雰囲気の個室。
部屋の角にはコーヒーサーバがあって、いつでも美味しい珈琲・紅茶が飲めるようになっている。
副司令は琥珀色の飲み物を両手に机の前までやってくると、一方を雫の前に置いた。
「今のこの国について、雫ちゃんはどう思う?」
「どうって、どういうこと?」
「確かに国の経済は発展したわ。治安も良くなったし外交上の問題も解決された。
無能と売国奴の巣窟と言われた民主党政権と比べれば遥かに良い政治をやっていると思うわ」
「はあ……」
「けれどおかしいと思わない?」
「何が?」
「だって、それまでゴタゴタの絶えなかった特定アジアも、戦争したくてしようのない米国も、他の紛争地域にしたって、
今の日の丸を前にしては何も言えない状態なのよ? それどころか彼らにとって不利な条約が次々と結ばれているわ。
一体裏でどんな工作をしているのかって、私でなくても疑うわよ」
「ええと、政治批判とか、そういうことですか?」
落ち着いた節子さんの音色とは対照的に、雫ちゃんの声はどこか裏返っていた。
無理もないことだ。少女は青春時代の大半をゲームやらアニメやらに費やしており、政治に関してはとんと疎い性質なのだから。
珈琲を啜った副司令は、子を諭す親のように、あくまで穏やかな口調で話を続ける。
「いいえ。問題なのは現政権のトップに君臨している娘さん。彼女個人の影響力が並外れているってこと」
そういえば何年か前の政権交代で、年の頃10歳くらいの女の子が首相になったって事で騒がれてたっけ。
雫は記憶の糸を手繰り寄せる。あの当時、報道機関はどのチャンネルを回してもそればっかりで、楽しみにしていたアニメが潰された苦い思い出がある。
もちろんアニメはブルーレイになってから特典付きで購入したけれど、やっぱりリアルタイムで見る番組というのは修正とか色んな都合で貴重なのだ。
「あなたのお爺さま。つまり如月総司令は真実を知ってしまったの。だから独自にAMSを開発し、大がかりな司令室まで造ったのよ」
「真実って……?」
「世界征服を目論む悪の秘密結社。その総帥が、現政権の首相になっているってこと」
大まじめに語る節子さん。けれど雫ちゃんは思わず吹き出しそうになった。
192 :
天使ノ要塞:2011/01/03(月) 17:55:35 ID:0VwiGGMB
(3)
「ここまで来て冗談はやめてよ、もう! 悪の秘密結社なんて在るわけないじゃない」
笑い飛ばそうと声を荒げる雫。ところが彼女の目は笑っていない。真っ直ぐに少女を見据えたまんま至って冷静な声色を紡ぐ。
「本当にそう思う? だったらAMSって何?
アーマード・マテリアル・スーツを製造する技術も、その概念も、現政権が誕生するまでは存在しなかったのよ?」
「え、ちょ、でもホンダとかは造ってたじゃない、ロボットとかそういうの」
「ええ。でも大手企業が造ろうとしていたのは自立型のロボット。人間が装着することを前提とした強化服ではないの。
確かに医療用として一部研究されていたのは事実だけれど、今のAMS技術が可能にしている汎用性には程遠い代物よ」
少女が言葉に詰まっている様子を確認して、節子さんはさらに続ける。
「繰り返すけれど、AsはAMS犯罪を取り締まる、もしくは鎮圧する組織。現政府の私設軍隊と言い換えても良いわ。
そして、Asが発足したのは政権交代が行われた翌月。
つまり彼らはAMS技術が普及して、これによる犯罪が行われることを最初から知っていたということなの。
ついでに言うと、現政府は発足して今に至るまでに莫大な資金を政策に充てているけれど、その額は前政権が保有していた金額を
遥かに越えているわ。政府は一体どうやって資金繰りしたのかしらね?」
「えっと、つまり、AMSを造る技術を世界中の企業に売って儲けたってこと?」
この頃になるとさすがの雫ちゃんも真顔になっていた。
もしこれが事実だとするのなら、オカルトとかミステリーなど軽く超越した国家の陰謀論になってしまう。
少女はついに頭を抱えて、苦い珈琲を飲み下すしか能がない。
「じゃあ、その目的は何なのよ?」
「世界征服を目論む悪の秘密結社に、世界征服以上の目的があるとでも?」
至って簡潔な答え。
じゃあ、と結論を述べようとした雫の唇に指を当てて、副司令は仰る。
「だからといって現政府が私たちの敵という、そんな簡単な話ではないの」
「それってどういう……」
「政府の企てはともかく、実際に行っている政策はある意味これまでのどの政権よりも真っ当なのよ」
現政府はそれまで日常的に行われていた警察組織と暴力団と政治家による裏取引を強硬な手段によって是正。
これに関わっていた人間達を裁判など行わせないままに強制労働所へと送りつけ、代表格ともなれば即刻の公開処刑を執り行った。
また密入国したにも関わらず我が物顔で街を闊歩する在日外国人に対しては、それまでの過剰な優遇措置を全て撤廃し、祖国に帰るか強制労働所に行くかの選択を迫った。
もちろん、これに反対する人権団体がテロまがいの抗議行動に出たが、政府は武力で鎮圧、首謀者は国家反逆罪で公開処刑された。
ここで没収した多額の資金は全額政策に回したワケだし、それら一連の流れを大々的に公表もしている。
確かに幾ばくかの情報統制は行っているし、第二の中国と呼ばれたって仕方が無いほど強引に施策しているけれど。
反面、国内の治安は驚くほど良くなったし、経済的にも過去のバブル全盛期を凌ぐ勢いで盛り返している現状を鑑みて。
『政治家にはその国の主権と国民の生命財産を守る義務がある』という前提に照らし合わせるのなら、これ以上なく正しい政治を行っているワケだ。
そして源八総司令はそんな政府の政治理念に反対しているわけじゃあない。
かなりやり過ぎな感もあるものの、身内の不祥事を一切許さず諸外国に対しても全く媚びない政府の姿勢はむしろ清々しいまでに高潔で好感すら覚えている。
でも、どこかきな臭いのだ。
早すぎる、的確すぎる対応。反対勢力を簡単に潰してゆく手際の良さ。
諸外国との連携も、まるで政府の発足前から申し合わせていたかのような緻密さと迅速さをもって消化されてゆく。
まるで地上のあらゆる国をすでに掌握してしまっているかのような動き。
だから信用できない。
ある日突然、全ての国旗がある一つの組織の色に変わってしまうんじゃあないか。そんな危惧が付きまとう。
だから源八爺さんは組織を作った。
政府にとっての皮肉は、警視庁や法務省から腹黒い守銭奴を追い出してしまったがために、後に残ったのが体制に不信感を抱く正義に溢れた人々だったというところだ。
193 :
天使ノ要塞:2011/01/03(月) 17:56:55 ID:0VwiGGMB
(4)
つまり、当面の雫たちの敵は憎むべき犯罪であって、政府や、その子飼いであるAsではないということ。
だからといって味方でもない。
雫にとって味方と見なすべきは警視庁や法務省、もしくは防衛省。つまりは裁判官と警察・機動隊・自衛隊の人々、ということになる。
そして現政府、もしくはAsなどが反旗を翻した瞬間になってはじめて彼らは雫らの敵になるのだ。
と、御神楽副司令が懇々と説明した内容を要約すると、こんなカンジだった。
+++
「あうぅ……ワケわかんないよ〜」
地下の談話室から自室に戻った雫は、あまりの話の大きさに頭を抱えていた。
というか、ぶっちゃけ良く分かっていなかった。
お嬢様だなんて言ったって所詮は普通の人である雫ちゃんに、政治やら何やらといった小難しい話はハードルが高すぎる。
現実逃避気味にお気に入りのアニメを観賞してみるけれど、その顔はどこか虚ろだ。
そういえば今日は精密検査ということで学校を休んでいるけれど、やっぱり行っとけばよかったかな、なんて都合良く後悔してみる。
玄関口のチャイムが押されたのは、そんな夕暮れ時のことだった。
『お嬢様、美香子お嬢様がいらっしゃっております』
「ああ、黒田さん。ありがと」
インターホンから執事の連絡が入って応えた雫はいそいそ見られる格好に着替えて、お見舞いの名目で訪問した友人を出迎える。
応接室までやって来た美香子ちゃんは、再開した雫にいきなり抱きついた。
「雫ちゃん無事だったのね!! ……良かったぁ!」
「うあっ、ちょ、いきなり抱きつかないで!!」
「だってぇ」
今になって思いだしたけれど、昨日の戦いで機体をボロボロにして帰った後、美香子については家まで送り届けはしたものの結果までは告げてなくて。
今日だって念のための精密検査だなんてこと一切教えていなかったりします。
というか、コイツの事など完全に忘却の彼方にありましたですハイ。
美香子さんは目にいっぱい涙を溜めつつ、苦笑いの雫から離れる。
友人をなだめつつソファに座らせた雫ちゃんは、しかし次の瞬間に詰め寄られることと相成った。
194 :
天使ノ要塞:2011/01/03(月) 18:00:30 ID:0VwiGGMB
(5)
「それで、何がどうなって雫ちゃんが危険な目に遭わなきゃいけなくなったのか、説明してくれるよね?」
普段のトロくさい喋り方から一変、静かだけど有無を言わせぬ迫力の美香子さま。
っていうかコイツ、普段の喋り方とかおっとりした仕草は全部演技だったのかよ?!
ツッコミ入れそうになる雫だけれども、ここで妙な遣り取りを差し挟んで会話を長引かせたくない身としては黙っているより他はない。
少女はちょっと考えて口を開いた。
「――というワケなんよ」
「ふむふむ」
政府がどうこうって話は差し引いた。雫としてもまだ半信半疑というか、実感が湧かないから。
ただ、爺様から機体を貰って、世にはびこる犯罪と戦うことになった簡単な経緯だけを述べる。
所要時間、約五分。
美香子ちゃんは黙って聞いていたけれど、説明が一段落付くと何か思い至ったらしくソファから身を起こし、半ば駆け足で応接間から出て行った。
何事かとしばし呆然とする雫。ややあって部屋に戻ってきた美香子は親友の前で手を腰に当てて、このように宣った。
「あたしも『え〜えむえす』貰っちゃった!」
えへっ☆ なんて可愛らしく笑ってみせる美香子。
けれどその友人としては「ちょ、おまw」と返すしか知らない。彼女は断りもなく雫の隣に腰を落とすとその手を握った。
「雫ちゃんが危険な目に遭うなんて耐えられないの。だからあたしも一緒に戦うの!」
ってオイ!
頭ん中どういう構造しているのかと問いたい気持ちでいっぱいの雫。
いや、っていうか子のこの場合、何やら面白そうだから自分も混ぜろって事なのかも知れない。
まったくなんて女なのかしら。ボコボコにされた私の姿を見ているはずなのに。
雫がどうにか思い止まらせようと台詞を考えていると、応接間の扉がバンッと勢い良く開いて見慣れた姿が入ってきた。
「AMS−RH2800『アルティザン』。火力制圧型の機体じゃ! 武装は17oチェーンライフルに電磁誘導ミサイ――」
「うっさい、黙れクソジジイ!」
というか銃刀法のあるこの国で火力なんて持たせて大丈夫なのか?
とか思いつつの雫がピシャリと黙らせる。
美香子ちゃんの身に万一のことがあったら虎太郎爺さんが怒り狂うことは必定。初詣シーズンの巫女さんバイトができなくなるじゃない!
いやいや、そうじゃなくて。大切な友達を切った張ったの戦場に連れ込むなんて彼女の両親が許しても私の良心が許さない。
「世間知らずのこの子に危ない玩具持たせるなんて、私は反対だからね!」
「……いや、お前も人のことは言えんじゃろが」
勢いづいて言い放つ雫と負けじとツバを飛ばす爺ちゃんの図は端から見れば子供同士のケンカです。
美香子ちゃんは「くすっ☆」と笑って、突っ掛かっている雫を後ろから抱き締めた。
「心配しないで雫ちゃん。あたしは大丈夫だから」
「ミカ……」
女の子同士なのにちょっとドキッとした。でもって反抗心がみるみる萎んでゆく。
雫は溜息を吐いて、背中の友人を振り払うと「もう、勝手にしなよ!」なんて捨て台詞を吐くと一人で自室に帰って行く。
「もう、素直じゃないんだから」
うふふっ。なんて含み笑いしてみる美香子ちゃんに、ちょっぴりジェラシーを覚える源八爺さんでしたとさ。
ちなみに言えば。この時点ですでに虎太郎爺さんには話が通っていて了承を貰っている。
なんでも真の巫女になるためには多少の修羅場もくぐらなきゃいけないそうだ。
まあ、何にしても。こうして雫に心強い仲間が現れた。
戦えシューティングスター。負けるなシューティングスター。明日の未来は君たちの双肩に掛かっているのだ!!
おわり
195 :
天使ノ要塞:2011/01/03(月) 18:07:27 ID:0VwiGGMB
というわけで、第4話を更新しました。
まあ、ぶっちゃけ説明回です。
主人公の立ち位置が分からないまんま話を進めるのが作者的に気持ち悪かったからなんですけど。
それにしても情勢が複雑怪奇です。他の要素もそろそろ絡んできます。
……っていうかこんな話だけどスレ的にええの?
と問わずにはいられない今日このごろ。
こちらシューティングスター、あとは任せろ!
197 :
天使ノ要塞:2011/01/07(金) 21:15:29 ID:LDItwrS9
登場人物
如月雫 ……本編の主人公。お嬢様なのに普通の人、と本人は思い込んでいる。オタク趣味。女子高生。
AMS−HD3000改『シューティングスター』の乗り手。
如月源八 ……雫の祖父。大金持ちで科学者。AMS−HD3000『シューティングスター』の開発に成功する。変わり者。
弥生美香子……雫のクラスメート。友達。おっとり系。雫のことが好き。実家が神社で行事の時には巫女になっている。
AMS−RH2800『アルティザン』の乗り手になる。
御神楽節子……源八の助手。クールビューティー。なんとかいう武術の達人。ツッコミは鋭い。
黒田さん ……如月家の執事。あらゆる乗り物を運転できる。神出鬼没。
室畑 ……政府の特務機関Asの局長。冷酷非情。でもマリィ大好きなオッサン。
柊川七海 ……Asの隊長。元変身ヒロイン。元気だけどおっかない女性。19歳。たいていは海外出張(主に米軍基地)している。
AMS−GTX00/SLI『アレンデール』の乗り手。白い悪魔の異名を持つ。
マリィ ……Asの現場主任。見てくれ15歳の美少女。AMS−GTX01『シャドーナイト』の乗り手。七海を尊敬している。
稲垣孫六 ……Asの隊員。副主任としてマリィの傍に付いている。二十代後半。AMSはJ602『ミヅチ』。
高橋 ……田嶋署の刑事。役職は警部補。定年前の初老だががっちりした体格。
前原 ……同署の刑事。高橋の部下。三十代前半の風貌。体格はもやし。機械系に強い。
198 :
天使ノ要塞:2011/01/07(金) 21:23:42 ID:LDItwrS9
第5話「それぞれの日常」
(1)
数日前にロールアウトしたAMS−RH2800『アルティザン』は火力制圧型の機体である。
出力の高い発動機を使用し、駆動部は人工筋肉と油圧の混合型。そうすることで、それなりの俊敏性と積載力を維持しているのだ。
搭載火器は当初、17oチェーンライフルと、肩にミサイルを二本装填するポッドを一基据え付ける予定だったのだけれど。
銃刀法とか、市街地戦で犯罪者相手にそんな殺傷力の高い得物が必要なのかって観点から、そして何より搭乗者となる弥生美香子ちゃんがどうにも要求されている射撃精度を出せないといった都合から急きょ変更。
手に特殊金属で作られた弓と、先端に火薬を詰め込んだ矢を装備し、肩に対象物を絡め取るネットや煙幕弾の射出装置を据え付けた。
ちなみにもう片方の肩には盾型の追加装甲を装備している。
元々の製作意図が撃ち合う事を前提とした機体なので盾が無いと味方どころが我が身さえ守れないわけさ。
でもこの機体の本当の価値はそこではない。
アルティザンは背に発動機を背負っているわけだけど、そのバックパックの底部にはコンテナが備え付けられており、つがえる矢だけでなく機体の修理キットまでも搭載できるようになっている。
つまり、どうしたって最前線で戦うことになる仕様のシューティングスターを補助する事を最優先事項としたオールラウンド・プレイヤーなのである。
それゆえに乗り手には多様なスキルと臨機応変さが要求されるのだ。
『ふえぇぇぇん! そんな動きできないよぉ!』
「泣きごと言わない! ほら、サクサク動く!!」
とはいえ、ほんの数日前まで普通の女子高生だった美香子にそんな技術を求める方が酷というもので、親友のお見舞いに出向いた先で分厚いマニュアルを受け取った翌日から地獄の猛特訓が始まっちゃったという次第。
今もこうして如月邸の地下施設で仮想的を相手に四苦八苦しています。
「ミカ、射撃は横移動が基本よ。弾は真っ直ぐ飛んでくるんだからね!」
『そんなこと言われたってぇぇ!』
雫は過去の経験から銃撃戦の際には横に走りつつの動作が基本になることを理解していた。
もちろん動きながら撃てば精度は極端に落ちるのだけれども、だからといって殺傷力の高い武器を前にするなら一発でも貰えば終わってしまうわけで。
攻撃に関しては数打ちゃ当たる的な発想で構わない。というか斜め前に走れば、互いの距離が近づけば標的も自然と大きくなるのだから命中精度はあまり気にする必要が無いというわけなのさ。
とはいえ、アルティザンの武装は中の人の都合で弓矢だから、銃と比べて当てるのは格段に難しい。
でも、まあ。それも本人の事情やら法的な都合やらを考慮した上でのチョイスなのだから、出来ませんでは通らないのです。
美香子は例によってトロくさい言葉遣いで通算三十回目になる弱音を口にした。
『もうらめぇ。もう帰るぅ!』
インカムの音声を聞かなくても息が荒いのが分かる。
でも、弱音は吐くけどそう簡単に投げ出さないのが美香子ちゃんの凄いところだった。
「じゃあこれが終わったら何か甘い物でも食べましょ」
『ホント? じゃあ頑張る〜☆』
目の前ににんじんをちらつかせば俄然やる気になる巫女さん。
ほんと単純な子よね〜。と司令室の雫は呆れ半分なのだけど、そういえば自分も似たようなものだったわねと思い返して苦笑い。
いやいや、人間は希望が無ければ頑張れない生き物なのですよ。
ところで雫は司令室にいるわけだけど、肝心のシューティングスターはといえばまだ修理中だったりする。
開発スタッフの皆さんは連日徹夜で作業しているようだけど、フレームを一新するとかいう無茶な企画を源八爺さんが思いついたがために作業の終わりが見えてこないなんて事態に陥っちゃったのだ。
「だけど確かに凄いわよね彼女。弥生、美香子ちゃん、だっけ?」
雫の隣でずっと静観していた節子さんが、ふとそんな言葉を漏らした。訝しく思って聞き返す少女に彼女は答える。
「アルティザンは雫ちゃんのと違って多機能な機体よ。あなたも見たでしょ、あの分厚いマニュアル。
あの子、一日で読破してるのよ。機体の簡単な修理と整備だって、やり方はもう分かっているみたいだし。
数日前まで普通の女子高生やってた女の子にしては順応性が高すぎるわ」
「え、そうなんですか?」
199 :
天使ノ要塞:2011/01/07(金) 21:29:07 ID:LDItwrS9
そういや雫が貰ったマニュアルは数ページほどの代物で、しかも雫はそれすら目を通していない。
源八爺さんに言わせれば『シューティングスターは感覚で扱う機体』らしいから孫娘としてもあまり気にしなかった。
修理や整備に関しては優秀なスタッフの皆さんが居るから心配も無いし。
でも、美香子に関してはそうはいかなかった。
攻撃支援と最前線へのバックアップ。目まぐるしく変化する状況にも対応しなきゃいけない。
ただ面白いからというだけでは為し得ない事を彼女は行っているわけよ。
それはもしかしたら愛のなせるワザなのかも知れないけれど、雫としてはなるべくそういった方向には考えたくなかった。
「やっぱり家が神社で巫女さんなんてやっているから、なのかな?」
疑問符を口走る雫ちゃんに、御神楽副司令は苦笑を返すばかり。
気が付けば監視モニタの向こう側で、どうにか仮想的を全部撃ち落とした美香子ちゃんがこちらに向けてVサインしているのが見えた。
+++
ここはAsの本部が置かれている高層ビルディングの一室。
部屋の一番奥には『一撃打倒』なんて毛筆で描かれた看板が額縁に収められ、壁に張り付いている。
その手前にはどこぞの大統領室にでもありそうな高級感漂う木製机があって、革張り椅子に腰掛ける輪郭が一人。
政府特務機関Asの局長だなんて肩書きを持つ室畑という男だった。
これから葬式にでも出かけるのかといった服装を身に纏い、40手前のミドルガイは訪れた少女と言葉を交わしていた。
「それで、調査の方はどうなっている?」
「はい、赤い機体に関する調査報告書です」
年の頃15といった容貌の美少女が小脇に抱えたファイルを手渡すと、局長はおもむろに目を通す。
マリィ=カンザキはあくまで現場主任だ。
本来なら局長への報告は隊長が行うべきものなのだけど、マリィの上司は今のところ海外出張で本部に居ない。
そういった事情から現場指揮を任されているマリィがわざわざ局長室まで資料を持って出向いている次第なのです。
局長はファイルを閉じると少女に返して溜息を吐いた。
「やれやれ、警視庁はよほど我々がお嫌いとみえる」
「どうにか改善できないものでしょうか?」
「現段階では望めまい。マリィ。君には苦労をかける」
「いえ、オジサマ」
マリィにとって局長は大切な人間の一人だった。
少女が培養液の中で産声を上げたときに室畑はそこに居合わせ、そこから今に至るまでの付き合いがある。
少女は真っ当な、人間の子供ではなかった。
人間らしい名前も無く、実験動物よろしく扱われる少女を、だから男は愛そうと思った。
『マテリアルナンバー40』、それが少女の本当の名前。
『M.A.R.Y』とはシステムの名称であり、ゆえにそのように名付けられているだけだ。
「そういえば、あの男には会ったのか?」
「いえ、お父様は多忙なご様子ですし。……それに私は嫌われていますから」
マリィの父親。つまり科学者は今や政府の中軸にあって、兵器開発から政治に至るまでを影から操っている。
その男はマリィにあまり愛情を抱いていなかった。
マリィが誕生する前に命を落としたという姉、マテリアルナンバー30を彼は今でも愛している様子だった。
だからマリィが家まで押しかけていっても父親は会ってもくれない。
数年前まではそれが不満の種だったけれど、今はもう何とも思わない。
いや、思いはするけれど、諦めた。
もう顔も思い出せない。そういえば、最後に彼を見たのはいつのことだったろう?
200 :
天使ノ要塞:2011/01/07(金) 21:31:48 ID:LDItwrS9
「そうか。不憫だな……」
「いえ。私にはオジサマも居ますし、七海さんも居ます。だから――」
「逆に気を使わせてしまったか。仕事には慣れたかね?」
「はい。色々と勉強させていただいてます」
「辛いか?」
「いえ、楽しいですよ」
ようやく少女の顔に笑顔の花が咲いた。室畑は微笑んで退室を促した。
「それでは、私はこれで」
「うむ。くれぐれも無茶はするなよ」
「はい、局長」
木製扉の先にある長い廊下へと去ってゆく小さな背中。取り残された男はどこかやり切れない表情で革張り椅子に深く身を預けた。
+++
Asの本部が置かれているビルディングには大小様々な店舗が入っている。
喫茶店はもとより美容院、銀行、コンビニ、定食屋、さらに社員寮もあって関係者は格安の料金で3LDK並の部屋を借りられるのだ。
自分の部屋に戻ろうとしていたマリィは長い渡り廊下を歩きつつ、ふと甘いお菓子が食べたくなって体の向きを変える。
エレベータに乗り込んだ少女は、そこで見覚えのある顔に出くわした。
「あ、七海さん!!」
「あら、マリィ。元気してた?」
「いつ戻ってきたんです?」
「たった今。ちょっと早いけど休暇取ったの」
「言ってくれたら空港まで迎えに行ったのに!」
「マリィを驚かそうと思ってね☆」
七海さんと呼ばれた女性は明るく言って少女の頭を撫でた。
白いダウンに膝小僧まである灰色スカート、でもって動きやすそうなスニーカー。柊川七海さんはAsの隊長であり、マリィの格闘術の師匠でもある。
来年で二十歳になる彼女には、実は戦う変身ヒロインとして幾多の修羅場をくぐり抜けたという戦歴があって、今なお『白い悪魔』といえば世界中のテロリストが恐怖に打ち震えるほどに知名度が高い。
とはいえ魔法少女よろしくの変身からAMSに乗り換えただけだから、その知名度は今も上がり続けているわけだけど。
彼女はダウンジャケットのポケットに手を入れると、何やら白い箱を取り出した。
「はい、これお土産」
「ありがとうございます!!」
リボンの付いた包み紙。それを差し出す手は金属の義手だった。
七海さんはかつてライバルとの戦いに敗れ、右手の肘から下を失ったそうだ。
そこへくっつけたのは機械式の腕であり、腕は戦闘用に造られていた。だから大の男よりも腕力は強かったりする。
そんな七海さんからのプレゼントはペンダントの付いた銀色ネックレス。
値が張るのか安物なのかマリィには判断できなかったけれど、尊敬する女性からの贈り物は純粋に嬉しい。
「七海さんはこれからデートですか?」
「デートは夜。それまでブラブラしてようかと思ってね」
「あ、じゃあ一緒にケーキ食べに行きませんか? おいしいお店知ってるんです」
「うん。じゃあ行こっか」
彼女には彼氏さんが居る。
マリィとしては大好きな姉を取られるみたいでちょっぴりヤキモチを妬いてしまうけれど、その人はとても優しい男性だった。
過去に何度か会って、彼が本気で七海さんを想っているのを理解して、だから二人が一緒になることに抵抗はなくて。
まあ、裏世界の住人達から相当恐れられているような人を伴侶にしたいと思う人間なんて、そうはいないだろうけれど。
だからこそ、七海さんには幸せになって欲しいと願う。
マリィは人工的に造られた人間だから、正直なところあと何年生きられるかも分からない。だからこそ、少女の愛する人々全員に幸せになって欲しかった。
+++
201 :
天使ノ要塞:2011/01/07(金) 21:33:50 ID:LDItwrS9
――夕暮れ時。
弥生神社の境内に人の気配は無く、雫と美香子は並んで砂利の上に敷かれた石畳を歩いていた。
「ねえ、雫ちゃん」
「ん?」
空は濃いオレンジから薄闇色へと移り変わろうとしていて、顧みた街の景色はすでに人工の光で煌めいている。
どこかでカラスの鳴く声がしたけれど、空の色と同化しているのか見分けが付かない。
突然駆け出した美香子は賽銭箱の前で立ち止まると、自分が巫女だということを忘れてしまったのか懐から小銭を取り上げて投げ込んだ。
「もしもあたしが死んでしまったら、悲しんでくれる?」
「なによいきなり」
友人がどういった表情をしているのか、小さな背中から察することはできない。
怪訝に思いながら追いかけた雫は、急に振り返った美香子がとても真面目な顔をしていて驚いた。
「あたしは悲しいよ。雫ちゃんが居なくなってしまったら」
「居なくなんてならないよ」
「武器を持って戦うのだから、続けていたらいつかは必ず死んじゃうよ」
とても静かな音色だった。
でも確信に満ちた言い回しだった。
二の句を継げずにいると、美香子ちゃんは、とても同い年とは思えない大人びた瞳で雫を見据える。
「だから約束するね。あたしは雫ちゃんの後に死んだりはしないよ」
ドキリとした。
それは言い換えれば雫の盾となって死ぬと誓っているようなものなのだから。
雫は腹が立ってきて、怒鳴った。
「バッカじゃないの? 私は死なない。あんたも死なない。それ以外の結果なんて欲しくもないわ!!」
「……だったら、神様にお願いしてみる?」
冷静に切り返されて思わず唸っちゃう。
ようするに賽銭箱に小銭をお供えして帰れと、そういうわけですか。
渋々ながら財布を取り出してみると、中には千円札と一万円札しか入っていません。
普段からカードで買い物しているとこうなるって話です。
雫ちゃんは迷ったけれど千円札を一枚だけ引き抜いて賽銭箱に突っ込んだ。
手を合わせはしたものの、どうにも勿体ない感が否めない。
「これで良いでしょ?」
「叶うと良いね。そのお願い」
「じゃあ、もう帰るから、風邪とか引かないようにしなさいよ!」
「は〜い」
夕闇の中で、こうして二人は別れた。
小高い丘の上にあるせいか境内を吹き抜ける空気は冷たくて、いよいよ本格的な冬の到来を感じさせていた。
おわり
202 :
天使ノ要塞:2011/01/07(金) 21:43:14 ID:LDItwrS9
というわけで第5話の更新です。
まあ、この話自体が『天使ノ創世』の何年か後の話ってことになっているので少しばかり意味深な設定が出てきますが
前作を読んでいないと分からないって事は無いようにするつもりなのでご安心を。
(前作は作者から見ても読みにくい代物なのであまりお勧めできない)。
んで、戦闘シーンも次の話辺りから入れていくつもりですので、そこんとこヨロシクです。
203 :
天使ノ要塞:2011/01/08(土) 19:02:04 ID:1YLOLyIX
第6話「流星と職人」
その日、如月邸の地下施設にアラームが鳴り響いた。
『エマージェンシー。第16ブロックで複数のAMSが暴動を起こしている模様。各員は速やかに所定の位置についてください』
館内アナウンスが響き渡り、コンクリート敷きの床を慌ただしく靴音が駆ける。
土曜日で半日授業だった雫と美香子は学校帰りで制服のまんま。お茶した後に訓練を行う予定で屋敷の応接間に居たけれど、一杯目の紅茶を喉に通す直前になって呼び出されてしまい慌てて地下へと降りていったという次第。
なので地下の昇降式ヘリポートを訪れたパイロット二人はセーラー服とかいう、とても戦場に赴くような出で立ちではなかった。
「お嬢様、せめてお召し物を着替えなさってからでも……」
「うん、私もそうしたいのは山々なのだけど」
「あたしは大丈夫だよぉ。家に制服の予備があるしぃ☆」
「いや、そういう意味でもないのだけれど……」
黒いタキシードに革手袋を履く黒田さんと、げんなりした様子の雫と、脳天気な美香子ちゃん。
輸送用ヘリの後部座席には鉛色に輝く機械ベルトが二本、すでに準備されている。
他愛ない愚痴を零しつつ少女達が乗り込む頃合いには天井ハッチが開いて床が迫り上がっていた。
「では参りましょうか」
「うん、お願い!」
ヘリの羽が風切り音を撒き散らし、徐々に空へと引っ張り上げられてゆく。
AMSの転送システムは、つまるところ機体搬入の時間を短縮するために考案された苦肉の策だった。
もちろん重量がかさばらないぶん、ヘリの行き足を鈍くする事も無いしね。
兎にも角にも空の人となった少女達は、その十数分後には現場の直上800メートルにあって、それぞれにベルトを装着していた。
「じゃあ、行くから。後の回収はヨロシク!」
「畏まりました」
そしてベルトの起動スイッチを押してダイビング。
パラシュートなんて背負っていないから転送に失敗したら路面に叩き付けられて即スプラッタは確定なのだけど、初陣での成功を思い返せばさほどの恐怖もなくて。
また初めての飛び降りとなる美香子ちゃんは当初怖がるかと心配したけれど、雫の思い切りよい動作を見れば意を決して後に続いた。
「「――変身!!」」
204 :
天使ノ要塞:2011/01/08(土) 19:03:43 ID:1YLOLyIX
【網膜照合クリア。声紋認識クリア。脳波パターン正常。
――ジェネレータ駆動値を8に設定。バッテリー残量、97%
――システム・オールグリーン。AMS−HD3000改、シューティングスター、起動します】
【網膜照合クリア。声紋認識クリア。脳波パターン正常。
――ジェネレータ駆動値を6に設定。電圧、安定。各シリンダー内圧力、正常。
――システム・オールグリーン。AMS−RH2800、アルティザン、起動します】
昨日の夜遅くに機体の修理は終わっていた。
そして、修理ついでに大がかりな改装を行ったとも聞いている。
アルティザン。山吹色のゴテゴテした機体もちゃんと転送が行われたらしく、雫の真上に見慣れた輪郭はない。
派手な音と多少の土埃を巻き上げて着地した二機は、周囲の様子を一瞥、だいたいの状況を把握した。
「ようするに、こいつらを動けなくすればOKってことね?」
『飲み込みが早くて助かるわ』
インカムから副司令の声が聞こえた。
そこはオフィス街のど真ん中。すでに警察が避難させているのか、それとも単に昼休みを終えて誰も彼もがデスクワークに没頭しているのか民間人の姿は見当たらない。
数台のパトカーがこの暴走AMS集団を取り巻いているけれど、だからといって警察官はピストルを構えるでもなく傍観している。
まあ、彼らのお粗末な武装ではAMSを動作不能にすることなんて出来ようはずもないのだけれど。
二人の前には5体の大型AMSがあって、内3体は単発式のショットガンを手にしていた。
『敵の機体はイスヅの2トンタイプね。パワーも装甲も戦車並みよ。捕まったら最期だから注意して』
「りょ〜かいっ!」
なるほど確かに5つの輪郭はどれもゴテゴテしていて、背にある巨大なバックパックから軽油を焚いたと思わせる黒煙を噴き上げている。
機体は全てダークグレーを基調とする迷彩柄に塗装されている。
ややあって流れた節子さんの説明に元気よく返事して、まだ乾いてもいない唇に舌を這わせる雫ちゃん。
俊敏性ならシューティングスターの敵ではない。
この、狩りの時間だと言わんばかりのドキドキ感がたまらない。
美香子は紅機体の数歩ぶん後ろに控えて矢をつがえている。
雫は迷うことなく碗部から電磁トンファーを出して構えた。
「じゃあ先行するからミカはバックアップお願い!」
『あ、ちょっと待っ――』
言ってから返事も待たずに飛び出した雫。
敵の機影は建物を破壊したり路上駐車しているワゴンを転がしたりしていたが、雫達の登場から素早く隊列を組んで応戦の構えを見せていた。
「このぉ!! 沈めぇぇ!!」
少女は何も考えずに突っ込んでいた。
一番手前の機体に接触するか否かの瞬間、目端に黒い影が映り込んで咄嗟にブレーキ&バックステップ。
目の前を巨大な鉄の塊が横切った。知らない間に別の機体が回り込んできて、そのぶっとい腕で薙ぎ払ったのだ。
「うへぇ、危ないなぁ!」
危険を感じてかわさなければこの一瞬で中身ごとスクラップだ。
背筋を粟立たせながら、それでも迫ってきた一体の懐へと体をねじ込みアッパーカット。
ライフラインとおぼしきバックパックから伸びる太い線を引きちぎる。すると機体はすぐさま膝を付き、動かなくなった。
205 :
天使ノ要塞:2011/01/08(土) 19:05:12 ID:1YLOLyIX
「まず一つ!」
動かなくなった機体の影から最初に狙い定めた輪郭が躍り出てきて腕を振り上げる。
雫が突っ込もうかかわそうか逡巡していると、敵の装甲に爆発が起こり真後ろに吹き飛ばす。
振り返って見ると矢を放った後の山吹色機体が一つ。
『飛び込んだ後は迷っちゃダメだよ、雫ちゃん!』
「あうぅ、ミカに諭された……」
司令室での遣り取りを思い返すとどうにも気まずい瞬間だけど、そこはそれ。
気を取り直して、吹っ飛ばされて転んだにも関わらず起き上がろうとしているAMSめがけて跳躍するとその土手っ腹に装甲付きの膝を落とす。
派手な金属音をがなり立てて、そいつは動かなくなった。
「二つめ。次は――?!」
次の獲物を求めて顔を上げた雫は、しかし旋律に顔を強張らせることになる。
ショットガンを構えた三機がそれぞれ雫に銃口を向けているじゃあないか。
これじゃあどちらに逃げても散弾の餌食だ。
『伏せて!』
そんな時にこだまするのは美香子の声。
咄嗟に体が反応した。一も二もなく路面に突っ伏したシューティングスター。
と同時に巻き起こる爆音。
仲間の放った矢が真ん中の一体に命中したのだ。
そして続けざまに投げ込まれた煙幕弾。
「パシュゥゥ……」なんて気の抜ける音があったかと思えばやがて視界がピンク色に染まる。
『今のうちに体勢を立て直して!』
「う、うん。分かった」
どうにか難局を凌いだ瞬間だ。
起き上がって大きく後ろに跳躍するとスモークが晴れて、前方でまだ煙っている一団とすぐ隣のアルティザンを発見する。
『ネットを出すから、突っ込むのは後にしてね』
「……は〜い」
この子は実は物凄く頭が良いんじゃなかろうか。
そういえば爺ちゃん同士が碁を打っている隣で美香子と将棋を指すことがあったけれど、雫は一度だって彼女に勝てた試しがない。
つまり詰め将棋的な段取りに強いということだろう。
そう雫が理解する頃になって煙幕が薄れてきた。輪郭への距離を目分量で計って、肩からネットを射出する美香子さん。
『うわっ、なんだこりゃ!』『動かなく――!!』
ワンテンポ間を空けて機体の搭乗者のものと思われる悲鳴が上がって、ガクンと地べたに崩れ落ちるのが薄ぼんやりと見えた。
『そのネットには高圧電流が仕込まれているわ。電気量は知れているからスタンガン程度の威力しか無いけれど、耐電処理されていない機体なら一発で内部配線が焼き切れるわね』
ナイスなタイミングで武器の説明などかまして下さるのは司令室の御神楽さん。
おお、なるほど。と唸るのは雫ちゃん。
耐電処理されていない機体なんてあるんだ、と半ば呆れているのは美香子さん。
どうやら撃ち込んだ本人としては動きが鈍くなればいいやくらいの考えだったらしい。
ドラ○エUの二人目は中途半端さが目立っていたけど、それも遣りようによっては素晴らしいスペックになるのね、なんて誰にも分からない感想を述べる流れ星の中の人だったりします。
それは置いといて、ネットで行動不能に陥ったのは2体。残り一体は形勢が逆転したのを悟ってか煙幕が完全に晴れた後になってもすぐには動かず。
かといって逃走を開始するでもなく次の言葉を言い放った。
206 :
天使ノ要塞:2011/01/08(土) 19:07:08 ID:1YLOLyIX
『ええい、役立たず共め! 先生、お願いします!!』
どこぞの時代劇にでもありそうな台詞だった。
訪れた沈黙、そしてドスンッと落ちてきた物体。
『久しいな、シューティングスター』
「え、っとその声、神威くん?!」
『気安く呼ぶな、小娘が!』
それは鉛色の機体だった。
肩の装甲には『神威MkU』と記されている。
そのAMSは全体的に繊細な外観で、前に見たときと各部位の造形が違う。おそらくパーツを取っ替え引っ替えしたのだろう。
手にはそれぞれライフルとショットガンが握られていた。
『前回は楽しませて貰った。今回も楽しませてくれるのかね?』
うあぁ〜。とあからさまに嫌そうに呻いた雫ちゃんは、肩越しに仲間を見遣る。
「まだやれそう?」
『うん、平気』
前回は機体の俊敏さで圧倒していたからどうにか勝てた。
でも「マーク2」とあるくらいだからきっと機動力を上げてきているはず。
しかも中の人は冷静で、動きに合理性を求めるタイプ。
今回はこちらにも射撃手は居るけれど、機体の特性はまるで違う。1対1なら、きっと美香子では対応できない。
そう考えて一歩前に踏み出す。
「ミカ、あんたは向こうのヤツを足止めしておいて」
『雫ちゃんは?』
「私はアイツとサシでヤるわ」
『気をつけてね。手強そうだよ』
「うん。知ってるよ」
心配そうな仲間に応えて腕を回してみせる。
挟撃されなければ、相手の機動をよく観察して動けば遅れを取ることはない。そんな気がした。
『雫よ、聞いておるか』
「うん、爺ちゃん。どうしたの?」
『今回、シューティングスターには特殊な装置を積んでおる』
「毎度の事じゃない」
トンファーを構える少女に、司令室から爺様の声がした。
雫はせっかくの決闘に水を差されてちょっぴり煩わしく思う。
しかし源八総司令は、緊張した声で言葉を続けるのみ。
『武器の類ではない。一時的に機動力を上げる装置じゃ。よいか、良く聞け。
その装置を発動させるためにはジェネレータ出力を臨界値まで上げなければならん。
そしてタイムリミットは3分間じゃ。制限時間を過ぎると人工筋肉が崩壊するし何よりお前の身が保たん。
死にたくなければリミット内で片付けるのじゃ!』
207 :
天使ノ要塞:2011/01/08(土) 19:09:00 ID:1YLOLyIX
「……わかった。コードは?」
発動キーを静かに尋ねる孫娘。
深呼吸して質問に答える爺様。
言葉少ない遣り取りの後、二つの戦いは始まった。
まず神威はライフルの単発撃ちで精密射撃する。銃口の向きから弾道を予測してどうにかかわす流れ星。
とにかく懐に入らなければ、そう思い突進する雫に、今度はショットガンが向けられた。
『コイツがかわせるか?』
この距離で無数の散弾をかわすことは不可能に近かった。
ゆえに、少女は発動させた。
「――オーバードライブ!!」
カコンとギアの入る音があって、次に火を噴いた銃口とそこから弾き出される無数のパチンコ玉が見えた。
真横に飛ぶ、そして散弾をやり過ごした後に、さらに前へ跳躍する。
「ぐぅっ!」
メキリと体が軋む。吐き気がする。意識が飛びそうになる。
どれだけ機体の機動力が上がったところで中身は普通の女の子、宇宙飛行士でもなければプロボクサーでもない。
敵機の懐に入ったシューティングスター。しかし腕を突き出そうとした矢先に相手は真後ろに跳び、と同時にライフルの引き金を引く。
ズドン、ズドン、ズドン。
連射モードに切り替わっているのか銃声は連続していたが、それにしては火を噴くタイミングが遅い。
雫の感覚が加速しているのか、それとも神威が自分の得物をそのように改造していたのか。
分かりはしないが、迫り来る銃弾をかわしきらなければいけないと本能的な部分が叫んでいる。
「当たって、たまるかあぁぁっ!」
かわす。かわす。軌跡を描きつつ迫り来る弾頭をどうにかかわしてゆく。
三発目の弾丸が肩の装甲を弾き飛ばした。
四発目の弾丸が視界のすぐ横をかすめ、目端に亀裂が走るのが見えた。
五発目の弾丸は、ちょうど機体の脇腹に突き刺さって、衝撃と痛みにつんのめりそうになる。
でも堪える。耐えて足をさらに前へと繰り出す。
鼓動が痛い。視界が霞がかってきた。でも止まらない。
やがて手を伸ばせば届く距離まで追いついた。
銃口が胸の装甲に添えられる。必死の思いで身を捻り、吐き出された弾丸をかいくぐる。
そして――。
「墜ちろおぉぉ!!!」
208 :
天使ノ要塞:2011/01/08(土) 19:11:43 ID:1YLOLyIX
突き出した腕にズンと手応えがあった。
明滅するモニタの先で、装甲にめり込む拳とトンファーの先っちょが見えた。
荒い息遣いは自分の物か、それとも相手のものか判断がつかない。
『――ククッ。やはりお前は最高だ』
くぐもった呼吸音に混じってヤツはそのように囁いた。
『お前は俺の獲物だ。俺が狩る。誰にも渡さない』
「だ、だれがアンタなんかにっ!」
双方とも荒い息遣いの中でそんなこと囁かれると、どうにも別の意味に捉えちゃうお年頃の雫ちゃん。
機体の中で怒鳴ってみるものの、これは愛の告白なのかしらと思うと急に顔が熱くなってくるのです。
『まあいい。次こそ決着をつけよう。さらばだ流れ星!』
そして紅機体を蹴り上げ突き刺さった拳ごと引き剥がすと、前回と同様に背負ったジェットブースターに火を灯す。
いや、っていうか思い切りトンファーで突いているのに動けるのですかアンタは?
いやいや、そもそも何しに出てきたんだお前は。仲間のAMSは矢に狙われたまんま身動きできない状態なのに。
思う所は色々あったけれど、体力的にも機体のダメージ的にも動けない少女はただ呆然と見送るしか手立てが無い。
打ち上げロケットが雲の中へと消えた頃、間近で爆発が起きて、それが友人の放った矢が憐れな敗残兵を直撃した音なのだと理解した。
『雫ちゃんは渡さない。あたしのモノよ!』
美香子が怒気のある声を空に放ったけれど、当の雫としては聞かなかったことにした。
+++
――その後。
機動隊が装甲車で駆け付ける頃合いになって迎えのヘリがやって来た。
機動隊の皆さんは一応に敬礼して少女達を見送ってくれた。
ああそうか。彼らはヘリが機体を搬入して出立するまでを護衛するために来ているのね、と政府絡みの話とセットで思い出す。
こうして悠々自適な空の旅。
十数分ほどの空中遊泳の最中に、雫は脇腹の痛みに気付いた。
「あらら……」
自分で触れてみて、手にべっとり血が付いている事を知った少女。
雫はちょっと困った顔で笑い、そして意識を失った。
おわり
209 :
天使ノ要塞:2011/01/08(土) 19:29:42 ID:1YLOLyIX
というわけで第6話の更新です。
本当はマリィも登場させて次の強敵を呼び込む予定だったんですけど尺が長くなるからスッパリ切り捨てることに。
というわけで次回は戦闘無しの話に、なりそうだなあ…。
210 :
天使ノ要塞:2011/01/10(月) 21:14:32 ID:dM4oIKSy
第7話「少女が見た幻影」
雫は自分の姿を見下ろしていた。
集中治療室では医師が数名、手術台を取り囲んでいる。
彼らは医療ドラマでよく見る薄いゴム手袋をはめていたけれど、そこに自分の血液がべっとり付着しているのを見ると、どうにも変な気持ちになる。
心拍数を計る計器が、ピコッ、ピコッと規則正しいリズムを刻んでいたけれど、そのワリにお医者様方の表情は苦しそうだった。
(ひょっとして私、死んじゃった?)
疑問を口にしたはずなのだけど、音にはなっていない。
いや、でも手術が行われているということはまだ台の上の自分には息があって。
ということは、いわゆる臨死体験か、そうでなければ単なる夢を見ているのだろうと結論づける。
(うぁ、血塗れ……)
自分の身体をよく見ようと雫は身を乗り出してみる。
するとそこには呼吸器を口に当てられた如月さんチの雫ちゃんが居て、彼女の脇腹は紅く染まっていた。
医師はピンセットのような器具で脇腹から何か引き抜いている。金属の類と思われる。
つまり雫は神威との戦いで被弾したわけだけど、その銃弾はAMSの装甲を砕いて体に到達したと。
でもって砕かれた破片も巻き込まれて一緒に突き刺さったと。そういうワケなのね。
一人納得してみるのは空中に漂う雫ちゃん。
見たところ内臓破裂とかは無いみたいだし、だったら金属片を全部引っこ抜いて、消毒して縫えば問題無い。
時間は掛かるだろうけど死の危険性は低いだろうと勝手な解釈で安心してみます。
その後、退屈な集中治療室を飛び出すことにした。
いや、だってホラ。手術が終わって意識も回復してから美香子に『あんた泣いてたでしょ』なんて得意げな顔で言ってみたいじゃない。
せっかくの臨死体験、一生に一度あるか無いかの珍事件なのだから目一杯に楽しまなきゃ損というものよ。
そんなポジティブ思考の娘さんなのです。
治療室の外には廊下があって、床はぴかぴかに光っていた。
その脇に長椅子があって、見慣れた輪郭がぽつねんと座っている。
それは上下とも白い和服。巫女服というよりは死に装束に身を包んだ美香子ちゃんだった。
彼女は泣きはらしたのか赤く腫れぼったい目で、瞬きもせず廊下の隅を凝視している。
ぶつぶつと何か囁いているように見えて耳をそばだてる雫。すると――。
「殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる……」
コエーよお前!
本気でドン引きした雫ちゃんです。
いや、きっと生きるか死ぬかの友人を前に錯乱しているのだろうけれど、憎い仇を殺して自分も死にますみたいな、そういった悲壮感溢れる態度を見せつけられるとどうにもツッコミ入れられないというか、対応に困るというか。
これは私が死んだらシャレにならない事になるだろうな、なんて。頭を掻くばかり。
これ以上同じ場所に留まっているのが気まずくて、なのでとりあえず病院を抜け出した雫。
抜け出したと言っても『外に出たい』と思った次の瞬間には屋上にいて、遠くに広がる街並みをぼんやり見渡していた。
(ふ〜ん。幽霊って意外と便利なのね)
移動手段を考えなくても良いってのは確かに利便性に満ち溢れているのだけど、だけど誰にも気付かれないし何も出来ないって所を差し引くとプラスマイナス0ってな感じだ。霊なだけに。
下手な駄洒落はさておいて、次に何をしようかと考える。
211 :
天使ノ要塞:2011/01/10(月) 21:17:36 ID:dM4oIKSy
(あ、そうだ!)
ここで思いついた事は神威くんの中の人について。
自分をこんな目に遭わせた人物が何者なのかちょっと興味が湧いてきて、どうせだから覗き見してやろうなんて考えたわけさ。
幸運にも怪しいと思える人物に心当たりがあって、その面立ちを思い浮かべる雫。
ご町内に新しく出来たケーキの美味しい喫茶店『KAMUI』。オーナーなのか単なる従業員なのかは知らないけれど若いニーチャンだ。
前に訪れた風景を思い浮かべるとすぐさま景色が移り変わって、モダンな店内の様子が視界一杯に広がった。
「ああ、いらっしゃ――?!」
あ、居た。
年の頃二十代前半の喫茶店マスターはこちらを見て口を開いたが、すぐに黙り込んで「ちっ」と舌打ちする。
(なによ、もうちょっと愛想良くしなさいよ!)
口を尖らせてみる雫。
でも待てよと思い直す。今、この人、私のこと見てた?
その疑問を解消すべく彼の近くまで寄っていってバーテンダーよろしくの制服の裾を引っ張ってみる。
すると男は目も合わせず口も開かず、何気ない仕草で掴んだ手を振り払うばかり。
あ、コイツ、シカトしてる!
ちょっとムカッときて、短く切り揃えられた後ろ髪をバシバシ叩いてみる。
すると彼は溜息を吐いて、店の奥へと引っ込んでしまった。
慌てて追いかけた雫。店の裏手で背を向けた彼は懐からタバコを一本取りだし火を付けていた。
(ちょっと、そのむかつく態度どうにかしなさいよ!)
「金も払わないヤツを客と認めるほど、俺は寛大ではない」
(なんてヤツ!)
この人、やっぱり私が見えてるんだ。憤るフリをしながらもその実ちょっぴり安心していたり。
「というかお前、死んだのか?」
壁に背付けて、彼は幽霊になっているはずの少女を見つめる。
鋭い眼光と愛想の欠片も無い面持ちは、働いているときの表情とはまるで別人だった。
(生きてるわよ! 手術中なの! 誰かさんのおかげでね!!)
彼が神威の中の人だなんて確証は無いけれど、なんとなく自分の推理が的中しているような気がして怒鳴ってみる。
なのに青年は煙草を吹かしたまんま、それらしい答えをよこしもしない。
(ってゆうか、アンタ私のこと見えてるじゃないのさ!)
「昔から、こういう嫌な物を見てしまう体質だ」
言って、煙草を持ったままの手で雫を指差すお兄さん。
『嫌な物』呼ばわりされてほんのり傷つく雫。
「それと一つ忠告しておくが、あまり体を放置していると本当に死んでしまうぞお前」
(え、うそ?)
「長時間の幽体離脱は本体の衰弱を招く。手術中なんだろう?」
(っていうか何でそんなに詳しいのよ)
「見える体質の人間がそれについて勉強しないとでも思っているのか」
お兄さんは小さく煙を吐き出して言った。
雫はワリと納得して帰ろうとはするけれど、もう少しだけ話をしてみたくて口を開く。
(ねぇ、聞かせてよ。アンタはなんで悪い事してるの?)
すると男はやや躊躇った後にこう答えた。
「金のためだ。俺には金が必要だ。
それに、俺は依頼された仕事をこなしているだけだ。関係のない人間に良い悪いを説かれる筋合いはない」
212 :
天使ノ要塞:2011/01/10(月) 21:18:45 ID:dM4oIKSy
(じゃあさ、私がアンタを雇うってのも有りなわけね?)
ここで思いも寄らない提案をしてみた。
自分でも何を言っているのだろうと思ったけれど一度口を吐いた言葉はもう撤回なんてできやしない。
お兄さんは少し驚いた顔を見せたけれど、すぐさま冷静な顔になった。
「1億だ。1億円持ってきたら考えてやる」
(うあ、それ吹っ掛け過ぎ)
「出来ないなら帰れ。お前に怪我をさせたのが誰かは知らないが、少なくとも俺には女子供の戯れ言に付き合っている暇はない」
ここに来てシラを切るお兄さん。
あ、でも彼はまだ自分が神威の正体だとは一言も言ってないんだよね。
しかもこの場面では何を言ったところで証拠にすらならない。
コイツ、けっこうしたたかじゃん。とは雫ちゃんの感想です。
(分かった。1億円あれば、良いのね?)
自分の身をこんなにされてムカつかないと言えば嘘になるけれど。
それでも彼にはお金を積んででも雇うべき価値があると思った。
それに彼の言葉から重要な部分を抜き出すのなら、彼はお金を必要として出資者からの依頼をこなしているだけ。
つまり犯罪者の仲間と言うよりはむしろ傭兵なんかに近い立場にあるという事になる。
何度も絡まれて痛い思いするのも嫌だし、だったら雫、というか如月家が彼の出資者になってしまえば問題が解決するだけでなく心強い仲間が増えるのではなかろうか。そんな考えだ。
我ながら合理的で素晴らしいアイデアのように思えるけれど、爺様が聞いたらどんな顔をするだろう?
「では楽しみにしているとしよう。せいぜい頑張って稼いできてくれ」
ククッ。よく聞く薄ら笑いを吐き出して、喫茶店のお兄さんは店の中へと入っていった。
一人取り残された雫ちゃんはと言えば、爺様から1億円引っこ抜く算段を考えていたり。
まあ、とにかく話はついたから、これが単なる夢や幻覚で無いことを祈りつつ集中治療室に戻ろうと意を決する雫だった。
+++
213 :
天使ノ要塞:2011/01/10(月) 21:20:11 ID:dM4oIKSy
――夜の闇の中を少女は歩いている。
それは煌びやかな繁華街の裏手。表通りとは対照的に昼間でも光に乏しく殺伐とした空気の流れるスラム。
少女は黒いコートを着用しており、首に掛けた銀色ペンダントが時折差し入る明かりを僅かながら照り返している。
マリィは所轄の刑事、高橋から得た情報を頼りにここまでやって来た。
それはコンビニの監視カメラが一瞬だけ捉えた映像であり、もしかしたら巷を賑わせ始めている連続殺人事件の犯人かも知れなかった。
人間の体を引きちぎり、咀嚼したとしか思えない犯行現場を残しうる生き物。
監視カメラに映し出されたそれは、どこからどう見ても人間ではなかった。
蜘蛛のような造形。しかし通行人や店内の商品棚と比較して常識を覆すほどの大きさ。
高橋は警察の手にあまると直感して、上司に内緒でダビングした記録動画をマリィの所に持ってきたのだ。
中年刑事の言い様では「化け物を退治するには化け物の力を借りなければいけない」のだとか。
彼の言う化け物がAMSそのものを差しているのは明白だったけれど、マリィとしては自身を指しているように思われて良い気分ではなかった。
あの刑事は飄々とした態度ではあるが、節々で少女の癇に障る物言いをする。
だから好きになれない。
『主任、こちらの網にはまだ何も引っ掛かってませんが、そちらはどうですか?』
「こっちも異状はないわ。でも気は抜かないで」
『了解』
耳には小さなインカムがあって、その向こう側には稲垣――少女の補佐役が張り付いていた。
Asはこの事件の犯人を殺害するつもりだった。
それは先日休暇と銘打って本部に帰ってきた柊川隊長の提案であり、局長が受諾した案件だ。
獣魔。――As内部、もしくは政府上層部でそのように呼ばれる存在がある。
いつ、どのように発生したのかは分からない。
異世界からやって来たという人間もいれば、環境汚染により変質した地球上の生物と説明する人間も居る。
ただ、それらは一貫してどう猛な肉食生物であり、地中に巣を作っては大量発生するといったことだけが分かっている。
今回の事件は、その獣魔が犯人だということで局内の見解は一致していた。
「……稲垣、いつからこんな物騒な世の中になっちゃったのかしらね」
「さあ。でも、戦争は世界中のどこでも起きているわけですし、ただ相手が人間ではなくなったという、それだけの話なのかも知れませんね」
超小型の無線機で遣り取りする現場主任と副主任。
七海隊長は何かにつけて出張しているが、その行き先が主に米軍の駐留地だということはマリィも聞き及んでいる。
彼女は米軍内でのAMS部隊の教育指導と、現地に発生している獣魔の討伐を任務として派遣されているのだ。
情報統制により公表されていないが、アメリカ国内でいくつかの町が、すでに全滅していた。
運悪く獣魔の巣が近くにあったがために、民間人の全てが害虫のエサになったのだ。
獣魔は、どれだけ知能が発達していようと所詮は虫けらだ。ヤツらには軍人も民間人も、女も子供も関係無い。
ただエサとなる肉に襲い掛かり捕食する。
問題なのは数だった。アメリカ国内で大規模な巣(ネスト)が発見されたが、そこから這い出してきた虫けらは推定150万匹。
米政府は空爆とミサイルによる攻撃で徹底的に破壊したが、そんな巣が世界中の至る所にあって、今も闇に潜みながら個体数を増やしているといった信じがたくも恐ろしい現実がそこにあるのだ。
214 :
天使ノ要塞:2011/01/10(月) 21:22:22 ID:dM4oIKSy
新政権の発足から組織・再編成されたAsはAMS犯罪の鎮圧を主任務としている。
しかしこれと平行して『人類にとって脅威となりうる存在を駆逐・排除する』といった曖昧な任務も課せられている。
末端の人間であれば何のことだかサッパリ分からないだろうが、それが獣魔を指す言葉なのだと理解出来れば、政府の科学技術班がワザワザ犯罪の火種になりそうなAMS技術を世界中にばらまいた理由も察することができようというもので。
もちろん現場主任であるマリィごときに事の真相が明かされることは無かったが、隊長が漏らした断片的な愚痴と、自分のような人間を製造する技術、そしてAMS関連の情報を重ね合わせると嫌でも見えてしまう物があった。
「ところで稲垣」
「どうかしましたか?」
暗がりの中で突然に立ち止まるマリィ。
その囁き声からはインカム越しでも緊張が見て取れる。
「どうやら仕掛けた針に獲物が食いついたみたい」
「了解です。至急、部隊を回します」
「うん、おねがい」
クモ型の獣魔がこれまで行ってきた手口は同じ。
人気のない暗い路地裏で、単独で歩いている人間に襲い掛かり、これを捕食する。
ゆえに、隊員全員で探し回っても暗がりに潜んで出てこないのは自明の理。
だからマリィ自らが囮になった。
稲垣などは当初猛反対していたが、外見的に襲いやすい方が好ましいのと司令塔は不可欠といった理由で今は繁華街に停車する作戦指揮車両に詰めている。
現場の周囲にはすでに十名の部下が配置されており、こちらからの指示を今か今かと待っている。
後方に待機するスタッフだって準備は万端。あとは事が始まるのを待つばかりといった段階だ。
――そして賽は投げられた。
「……凝結!」
少女の足下に魔方陣が描かれ、コールタールにも似た黒い塊が迫り上がってくる。
粘りけのある液体が華奢な体を飲み込み、再び大地に還ったとき。
そこには漆黒の装甲とランスを持つ輪郭が立っていた。
『AMS−GTX01:シャドーナイト。スターティングオペレーション』
黒い機械甲冑が見上げた先、古びた三階建てビルディングの壁面に、巨大な蜘蛛が張り付いている。
シャドーナイトは背負った跳躍ブースターに火を灯して、これと対決する。
誰の目にも止まらない闇の中で、その戦いは起こった。
おわり
215 :
天使ノ要塞:2011/01/10(月) 21:31:54 ID:dM4oIKSy
というわけで第7話を投下しました。
着々と最終話に向けての舞台造りを行っているわけですが、1話に挿入する情報量が多すぎて読むのはかなりキツいと思います。
だからといってあんまりダラダラ進める物でもありませんし、難しいところです。
まぁ、ついて行けない人は非表示にすれば良いだけ(そのために名前を統一しているわけだし)みたいな強引な態度で行こうかと。
次は少し時間が開きますんで。
216 :
創る名無しに見る名無し:2011/01/12(水) 18:08:42 ID:FDw7MvGf
投下乙
217 :
天使ノ要塞:2011/01/19(水) 20:35:43 ID:rz5BMKRI
第8話「それぞれの立場」
「――お嬢様、黒田です」
「うん、入って」
手術の行われた日から一週間が経った。
雫は脇腹を15針ほど縫っていて、おかげでまだ病院から抜け出せないでいる。
といっても、医者に言わせれば驚異的を通り越して神がかり的な回復を見せているようで、あと数日もすれば愛しの如月邸へと帰還できるといった算段。
友人の弥生美香子ちゃんは、あれから毎日お見舞いに来ている。
意識の戻った雫に抱きつき泣きじゃくった初日と比べると幾分か落ち着いていて、今は学校帰りにやって来て果物やらお菓子やらをご馳走して帰ってゆくとか、そんな感じ。
とはいえ当初は病院に泊まり込みで付き添う腹づもりだったみたいだし、友情は有難いけれど重すぎるのも考え物だ。
雫としては幾らかの雑誌とネット接続できるノートPCがあれば何の不都合も無いというのに……。
この間に、雫は爺さんから退院祝いに一億円よこせとおねだりし、執事にはある人物の身辺調査を依頼していた。
個室で優雅に女性誌など開いていた少女は扉をノックする音にページをめくるのを止めた。
「調査結果をお持ちしました」
断りを入れて真っ白な空間にやって来たのは黒いスーツの初老男性。
彼の小脇には薄っぺらいファイルが挟み込まれていて、パイプベッドの傍までやって来た黒田はあくまで丁寧な物腰で脇の物を開く。
「調査対象は喫茶店KAMUIのウェイター。名前は卯月冬矢、23歳、独身。
住所などは報告書に記載されております。所有資産は店舗が一軒、諸々を現金換算して一千五百万円、と言ったところでしょうか。
職業は表では喫茶店の経営者ですが、裏でAMS関連の依頼を請け負っており、また米国の武器商人とも繋がりがあるようです」
「ふ〜ん。犯罪者の片棒担いでたってワリには貧乏なのね」
「お嬢様。AMSのパーツは見かけ以上に高価なのです」
「つまり機械に相当なお金を注ぎ込んでいるのね」
「いえ、それだけではないようですが」
「というと?」
前回の戦いで深いダメージを負った機体は如月邸の地下で修復作業が行われていて、修理が終わったのはつい昨日のこと。
源八爺さんは『毎度壊しよってからに』なんて見舞いがてら愚痴を垂れたけれど、確かに最先端技術の結晶であるAMSは、たとえ自社製であっても修理を一回するだけで数百万円が軽く飛んでしまう。
戦闘なんて壊しあいなのだから仕方が無いでしょと返しておいたけれど、内心では申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
各部のパーツを揃えて動くよう組み立てたり調整したりを考えると高級車が十台くらいは買えてしまうお値段になっちゃうわけだし。
最高級ブランドであってもたかだか数百万円でワンセット揃ってしまう洋服とはえらい違いだと嘆かずにはいられない雫ちゃんです。
「卯月冬矢の肉親、妹の卯月香苗は難病を患っており、長期間入院しております。
調べたところ世界中で数件しか発症例のない難病で、その治療費には一億円ほど掛かるようです」
「ああ、だから一億円なのね」
雫は考え込んで、なんとなく納得する。
彼の両親は他界していて、受け継いだ財産はお店が一つ。そんな中で唯一の肉親である妹が難病を患ったとあらば、お兄ちゃんとしては裏家業に精を出すしか手立てが無い。
そりゃあまあ、店を売り飛ばして足りないぶんを借金するなんて考えが通用しないのであれば、他に手段は無いわな。
地価が下落し続けている今、土地を建物ごと売りに出しても二束三文だろうし。長期に渡るこの不況で銀行は個人なんぞに金を貸さないし。
だからといってヤミ金に手を出せば病魔から逃れた妹が今度は借金取りに追われ、風俗嬢か、へたをすれば海外の変態貴族に売り飛ばされてしまう。
いやいや臓器提供の名目で五体をバラされてしまうだろうか?
何にしても、お兄ちゃんとしては最善の策として喫茶店を隠れ蓑に荒稼ぎするしか道が無かったという、そういう次第なのです。
雫はちょっと考えて、黒田に別の用件を言い渡した。
「じゃ、お願いね」
「かしこまりました」
黒田は必要以上のことなど何も聞かずに部屋を出て行った。
壁も床も天井も、全てが真っ白な中ではためくレースのカーテン。
窓から覗き見た外界には、灰色の街並みが広がっている。
「お金でゴリ押しってのは正直好きじゃないけれど、この場合は仕方ないよね?」
誰にともなく囁かれた呟きが、この季節には珍しい暖かな風に溶けていった。
+++
218 :
天使ノ要塞:2011/01/19(水) 20:36:43 ID:rz5BMKRI
クモ型獣魔との戦闘から一週間。
As本部のとある一室、――手術室にあるような台と大小様々な計測機器が設置された白い部屋では十名ほどの科学者が、それぞれノートに何か書き綴りつつ手術台を凝視している。
そんな部屋の様子をマジックミラーで仕切られた隣の部屋から見守る面々。
「こんなモノが街に潜んでいるのかと思うとゾッとしますね」
「まったくだ」
囁き合うのは情報を提供した所轄の刑事二人組。高橋と前原だ。
その隣にはマリィと副主任の稲垣がいる。少女は今後の仕事を遣りやすくする考えで刑事二人をこの部屋に呼んでいた。
手術台の上に固定されているのは前回の戦いで屠った獣魔。
巨大な甲殻昆虫の死骸を解体・調査するのが本日の主旨だった。
「主任、顔色が悪いですよ。気分が悪いなら部屋の外で――」
「私は大丈夫。そういう稲垣だって血を見るのは苦手だったんじゃないの?」
「自分はまだ平気です」
マリィは戦いの光景を思い返す。
クモ型獣魔にランスをかざして突撃した機体は、その後ワリと苦戦していた。
獣魔はその巨大な体躯からは想像も出来ない俊敏性で少女の攻撃をかわしたのだ。
一撃必殺の槍が獲物を捉えたのは五分以上が経過してから。
しかし、と思う。
なぜか獣魔はマリィを攻撃しなかった。ただ逃げ回るばかりで黒装甲に傷一つ付けようとはしなかった。
なぜ、反撃してこなかったのか。マリィはどうしても腑に落ちない。
獣魔はどう猛な肉食獣で、これまでいくつもの人間を捕食している。なのにマリィに対しては敵意も殺意も食欲も抱いていなかったように見受けられる。
まるで。
――そう、まるでマリィを同種の仲間と認識していたような。
マリィは確かに培養液の中で生成された人造人間だ。
でも、だからといって昆虫から仲間扱いされる謂われは無い。
獣魔の四肢がおっかなびっくりに解体されていく様を、複雑な表情で見遣る少女。
その面持ちは隣の部下から見ても蒼白で、僅かながら震えていた。
+++
219 :
天使ノ要塞:2011/01/19(水) 20:37:56 ID:rz5BMKRI
深夜2時。
とある場所に敷設されたヘリポートに十機にも及ぶ大型輸送ヘリの編隊が降り立っていた。
闇に乗じての着陸のため見えにくいがヘリには全てステルス材が使用されており、おかげで光沢のないダークグレーの機体になっている。
降り立ったヘリからは小さな人影が数名と、後部ハッチから駆動音を鳴り響かせるいくつもの輪郭。
そしてコンクリート敷きの床で待ち構えている幾つかの人々。
ヘリから降りてきた小柄な影は後に従う一回り大きな影達を整列させて、待ち人に敬礼する。
その部隊の隊長は16歳くらいの少女であり、待ち人は自衛隊の制服を身につけた初老の人々だった。
「クレール=サツキ准尉以下16名、ただいま到着しました」
クレールの背後に整列するのは『AAMST−13』と記されたワッペンを貼り付ける屈強の男達。
第13アンチAMSトルーパー。通称で『地獄の壁』などと呼ばれ恐れられる人々。
そのワッペンを貼り付ける前は中東辺りを駆け巡っていたが、上層部の命令により新たに編成された部隊へと揃って転属になった。
そんな人々を束ねるのは波打つブロンド髪を掻き上げた少女。
彼らのさらに後方では5つの巨大なシルエットがヘリの光を遮っている。
少女は小脇に挟んでいた茶封筒を取り上げて、対岸の人々に手渡した。
「資料では、たしか『GMA900』と言ったか」
「お嫌いですか、こういうのは?」
「無人の殺戮兵器が、ですか? 大変結構。今の戦場に美学を求める方がナンセンスだ」
制服姿の男は皺だらけの顔を歪ませて笑む。
確かに米国内ではライセンス提供された開発コードを元にAMS−k6『ブロッサム』の生産体制を確立しつつある。
しかし、日本国政府からAMS技術が提供される前から戦闘兵器の開発は行われていた。
人工知能により敵味方を判別し、また『指揮官』からの命令に素早く対応する無人攻撃機。
それらの機体は逆向きに稼働する足とカニの甲羅みたいな胴体で構成されていて、胴体の左右側面には大口径の機関砲、上部にはミサイルポッドが据え付けられている。
対人、対獣魔、そして対AMS。あらゆる殺戮行動を想定して造られた機械。そこには米国の出した答えが集約されていた。
「クレール准尉。後の事、よろしく頼みます」
「お任せ下さい」
僅かに頭を下げながら少女は『祖国を売り飛ばす豚どもが!』なんて内心で毒づく。
防衛庁は現政権が日本国を統治する事を良しとせず、米国軍の介入を求めたのだ。
前政権は中国に国土を売り飛ばそうとしたが、防衛庁内部は米国に身売りする思惑で固まっていた。
米国としては、すんなりと話を呑んだ。
なぜならば彼らには『日本国の再占領と、そこに巣くう地下組織の殲滅』という裏の目的があったから。
現日本国首相の発言は米国内にも多大な影響力を与えているが、これに賛同しない人間も多い。
「あらあら、こんなへんぴなところでパーティの打ち合わせかしら?」
220 :
天使ノ要塞:2011/01/19(水) 20:43:50 ID:rz5BMKRI
と、そんな時に声があった。
男達は、自衛官も米軍も声の主を探す。ただ一人、ブロンド髪の少女だけは僅かな目の動きだけで目標を捕捉していた。
「あなたは?」
「柊川七海、といえば分かるかしら?」
「Asの白い悪魔が一体何の用かしら」
その女は暗がりの向こう側から、たった一人で歩いてくる。
ようやくその存在を見つけた米兵達が、背負っていたライフルを彼女に向けて構える。自衛官らは懐から拳銃をその華奢な身体に向けた。
周囲に人影はなく、しかし彼女の足取りに怯えや恐れは全く無い。
「あたしはね、オジさん達と違って嫌いなのよ、そういうの」
七海さんがクレール准尉の問いかけに答える。
白いジャケットに同色のスカート。青い縁取りがアクセントになっている。胸にはAsのラベル、肩口には猫を象ったワッペンが縫い付けられている。
答えながら彼女の機械義手がポケットから銀色の石を取り出した。
「――コードネーム『アレンデール』、セットアップ」
【Set Up】
合成音が彼女の呟きに応え、その足下に光の魔方陣が描き出される。
魔方陣の中から翼を背負った女神像が迫り上がってきて、彼女の背後で分解、その身体を包み込むように再構築される。
白い羽が舞い散る。それは白い装甲を持つ機体だった。
背には折りたたんだ翼のような突起がある。右手の装甲は竜の頭を象っている。
フレームに走る光の幾何学模様が、そのAMSがただの機械ではないと告げていた。
AMS−GTX00/SLI『アレンデール』。それが白い悪魔と呼ばれ恐れられるモノの名。
彼女はなおも悠々と歩き、互いの姿が十分に確認できる距離までやって来た。
「この子達の実力を試す良い機会だわ」
『試すことができれば良いわね』
クレールが手をかざすと五台のモンスターマシンが一斉に動き始める。
機関砲に弾丸を装填する音とエンジンをふかす音とをがなり立てて、標的を狙い定めるGMA900。
しかし。
『――オーバー・クロック!』
【OVER Clocking】
合成音があったかと思えば、その機体は残像を残して消え去り。
次の瞬間、クレールのすぐ後ろに背中合わせの格好で立っていた。
『せっかくなのだけど、戦場にオモチャはいらないの』
え、と思った瞬間。五台の殺戮機械達が一斉に爆発炎上、コンクリート敷きの床へと崩れ落ちた。慌てて振り返る少女が驚愕に目を見開く。
『AMSは元々、普通の人間が魔法少女と戦うために造られたそうよ。だから最初の頃はアンチ・マジスティック・スーツって呼ばれてたの。知ってた?』
それから白い機体が天に手をかざす。すると周囲に無数の光の球が浮き上がり、それらは収束して十本あまりの棒になった。
『マジック・ミサイル、――ファイア!』
アレンデールが腕を振り下ろすと、宙に浮いていた棒が一斉に飛んで、ポートの上のヘリに突き刺さる。
『帰りの便は自衛隊にでも用意して貰いなさいな』
冷徹なその言葉と、ヘリが爆破炎上するのはほぼ同時のこと。クレールはもちろん恐怖に言葉もない。
『じゃ、あたしはもう行くわ。せいぜい頑張りなさい』
アレンデールはそれだけ述べると背にある突起から光の翼を生やし、宙に浮いたかと思えば一筋の閃光が如く尾を引いて街へと帰って行くのだ。
一部始終の顛末を拝むこととなった防衛庁の方々も、地獄の壁の面々も、誰も彼もがただ呆然と見守るしか手立てが無い。
「飛行型のAMSって……、あんなのを作る組織って何なのよ!」
クレールは半泣きで呟いてみたけれど、彼女の問いに答える者は無く。
もちろん、この後に訪れる数奇な運命など知る由も無い。
おわり
221 :
天使ノ要塞:2011/01/19(水) 20:54:58 ID:rz5BMKRI
というわけで第8話の更新です。
登場キャラの一人である七海は思い切り何かをパクった仕様のチート性能ですが、
まあ、話の腰を折る邪魔者の露払いを目的としているので主人公チームとの絡みはありません。たぶん。
とにかく主人公を退院させて、部隊編成を終えないことには話が始まらないので、今回はちょっと短めになってます。
何にしても結末に変更はなく、途中経過をどう組み立てるかってな段取りで書いているからあんまりまったりとした話は挟めません。
というか、他の作者さんも投下して下さい。いやマジで。
222 :
創る名無しに見る名無し:2011/01/20(木) 16:11:31 ID:j76zUvmx
投下乙です!
白い悪魔w 突き抜けたチート性能はいっそ清々しくてイイです!
これからも頑張ってください
他の作者さんは忙しいのかなぁ。でもここってあまり感想がつかないから
モチベーションが続かなくなったとかいうこともあり得るかも…嫌な想像ですが。
ロボスレぐらい人がいたり、感想つくならまた話も別でしょうが…w
某SSの作者だけど、今はコンテストがあるRPGツクールDSを優先してる
こっちに投下してる奴もモチベが無くなった訳じゃないが、
感想ない(=待ってる人がいない)なら別に後回しでも良いかと思ってるのもまぁ事実
一応、予定では新年度ぐらいからぽつぽつ執筆再開するつもり
224 :
創る名無しに見る名無し:2011/01/21(金) 12:01:39 ID:dkprfQ/I
225 :
天使ノ要塞:2011/01/28(金) 19:20:56 ID:2Y6pvJ2Q
第9話「三人目の仲間」
――ドン。
閉店前のカウンターに黒いアタッシュケースが置かれ、無造作に開かれる。
そこには札束が入っていた。
金額は、きっちり一億円。
「このお金で、あなたを雇うわ」
丸椅子に腰半分を引っ掛けて雫が声を張り上げる。
ウェイターのお兄さんは大きく目を見開いて札束を見つめ、しかし雫の上に置かれた視線は鋭い。
黒服姿の執事は店の前に停めたリムジンに残している。
だからここには如月雫と彼しか居ない。
「驚いたな。本当に持ってくるとは」
卯月冬矢。裏家業で神威MkUを駆る戦闘請負人。
彼は拭きかけのグラスを置いて札束の一つを手に取ると大雑把に開いて確かめる。
「悪いけど、あなたのことは調べさせて貰ったわ。卯月冬矢さん」
「ああ、あの間抜けな尾行はお前が雇ったのか」
尾行……。雫が調査を頼んだのは黒田さんだったけど、彼は仕事として探偵にでも依頼したのだろう。
間抜け呼ばわりするくらいだから何度か追跡をかわしたのだろうけれど、結果として彼の身辺情報をきっちり持ってきたのだから言われるほど能力は低くない。
後で連絡先を教えて貰って色々と頼もうとか考える雫お嬢様です。
「まどろっこしいのは性に合わないから先に条件を出すわ。
まず、あなたには病気の妹さんがいるらしいけれど、ウチで経営している病院で治療することができるわ。
退院までの全てをこっちで見させて貰うつもりよ。この一億円とは無関係に。
その上であなたには私の仲間として働いて貰いたいの」
「随分と買われていたんだな」
「今のところはね。だけどあなたに課せられる仕事はこれまでよりずっと厳しい物になるわ。
だって、事件を起こすのではなくて、起きた事件を解決しなきゃいけないのだからね。
いつだって先頭を切って出る私を援護しつつ、かつ被害が拡大しないよう全体を見てなきゃいけないし。
事件が無くても私たちの訓練とかAMSの改造にも付き合って貰わなきゃいけない。
喫茶店の経営がダメだとは言わないけれど、呼び出されたらすぐに駆け付けなきゃいけないから相当ハードよ?」
226 :
天使ノ要塞:2011/01/28(金) 19:21:58 ID:2Y6pvJ2Q
鋭い双眸でお嬢様の言葉が終わるのを待つ冬矢さんは、落ち着かない風に木製カウンターの盤面を指で叩く。
雫はこれだけの条件を出して断られたら格好つかないなとか不安になったけど、でも一度決めたことだから無理でも押し通すと自分を奮い立たせて言葉を続ける。
「仕事内容を考えると破格ではないかも知れないけれど。それでも、これが私に出せる精一杯の条件なの。どうかしら?」
「もし、俺が断ったら?」
「何もしないわ。ただ、次に事件現場で会ったら容赦はしない」
「……そうか」
溜息を吐いて、眉間に皺を寄せて、ケースに収まった札束とお嬢さんとを見比べる。
本当は彼に考える時間を与えるべきなのかも知れない。
けれど、前回の戦いで分かったのは雫自身がいつ死んだっておかしくない最前線に立っているってこと。
自分が死んでしまった後に交渉もへったくれもない。そして彼にしてみても妹さんの事もあるし、あまり悠長なことを言ってられる時間はない。
お互いに時間が惜しいなら即断即決で話を進めなければ全てが無駄になってしまうのです。
だから決断を迫る。イエスなら味方。ノーなら敵。分かりやすくて丁度良い。
じっと見つめていると、彼は大きな息と共に答えを吐き出した。
「良いだろう、今からあんたがクライアントだ。好きなだけ命令してくれ」
「交渉成立ね。じゃあ早速なんだけど、美味しい珈琲を煎れてくれないかしら。喉がカラカラなの」
「了解した」
閉店時間を過ぎた喫茶店はすでに貸し切り状態。いやいやこの場合は丸ごと買い取ったと言うべきかしらん。
雫ちゃんは我ながらバブリーなことやってるなぁ、とか思いつつ。
よく見れば神威くんってば身長も高いしルックスも悪くないし、格好良い男の人だよね、とか思いつつ。
しばらくして置かれたコーヒーカップからは芳醇な香りがあって、ひとときの幸せを噛み締めてみたりします。
まあ、病院も一億円も爺様の所有物であって、雫ちゃん自身は何も持ち合わせてはいないのだけれど。
とにかくこんな経緯で仲間になった神威くん。いいえ、卯月冬矢さん。
彼には翌日から屋敷の地下施設に来て貰うという段取りだけ告げて雫は席を立った。
+++
227 :
天使ノ要塞:2011/01/28(金) 19:23:16 ID:2Y6pvJ2Q
翌日、オートバイにまたがって我らが如月邸までやって来た冬矢くん。
彼は雫の待つ応接間に案内された後も唖然とした面持ちだった。
「なによ、人の家がそんなに珍しいの?」
「如月財閥の令嬢だったとは」
しきりに家の壁やら装飾品を見回す冬矢くん。そんな彼をちょっと可愛いとか思いながら雫は何枚かの書類を机の上に広げている。
そういや名前は教えたけど家が裕福だなんて一言も言っていない。
手渡した紙切れにも簡単な地図を書いただけだし、数千坪の広大な敷地に立っている豪邸に住んでいるだなんて分かるはずもないだろう。
本日彼を呼び寄せたのは施設内を案内する目的もあったけど、何より契約書の類を全部片付けておきたかったから。
妹さん絡みの手続きも含めて口約束だけでは事が始まらないワケよ。まあ現代社会ってのはそういうものだから仕方ない。
冬矢君は出された書類にいちいち目を通して手際よくペンを走らせ、印鑑を押す。
字も上手だし事務的な仕事を任せても問題無いくらいだ。
「他に書類は?」
「え、うん。それで全部」
「そうか。じゃあ次は施設見学か」
「うん、そうね。案内するよ」
思わず魅入っていた。
なぜだか顔が熱くて、誤魔化すようにソファから立ち上がる雫ちゃん。
対する青年はどうにも落ち着かない様子だ。
屋敷の奥にある専用エレベータで地下に降りると、そこはもう別世界。
鉄とコンクリートで固められた廊下と、どこぞの強盗団が束になって押し寄せたってびくともしない安全性抜群の自動扉。
最先端技術の粋を結集した作戦司令室まで来れば冬矢君でなくてもビックリ仰天の連続だったろうさ。
「何なんだ、ここは? というか一体何と戦ってるんだお前らは?!」
「そんなのはお爺ちゃんに聞いてよ。ってかお前って言わないの。これでも一応雇い主なんだからね!」
「それは済まなかった。ではボスと呼ぼう」
「禁酒法時代のマフィアみたいでやだなぁ……」
「なんだ、それも不満なのか。ではどう呼べばいい?」
「もう面倒臭いから普通に雫って呼んでくれて良いよ」
「分かった、雫」
「……呼び捨てかよ」
作戦司令室から格納庫に向かう途中の会話です。
並んで廊下を歩いていると男の人と自分とでは靴音からして違うものなんだなぁ、とかしみじみ感慨に浸りつつ。
目的地に到着するとそこには三つの台座があって、赤と山吹色のAMS、シューティングスターとアルティザンが据え付けれられている。
退院した日に小耳に挟んだところ両方とも若干の改造が行われていて出力が上がっているらしい。
雫としては久しぶりの愛機を前にちょっぴりセンチメンタルな気持ちになっちゃいます。
「おぉ、雫よ。機体が気になって仕方ないんじゃな! 可愛いヤツよのぅ!」
そんな感傷をぶちこわしにするのは聞き慣れた爺様、――ここでは如月総司令の声。
228 :
天使ノ要塞:2011/01/28(金) 19:24:32 ID:2Y6pvJ2Q
ジジイはそれまでアルティザンのバックパックを弄っていたらしく、騒々しい金属音と一緒に輪郭の裏側から這い出してくる。
でもって愛しい孫娘を見て、その隣の青年を見て、目を見開いた。
「なんじゃその男は! ワシは認めんぞ! そんなチャラチャラした奴との交際なんぞ!!」
「ちげ〜よジジイ。ってか黙れ」
雫はなぜだかカッとなってツカツカ爺様の所までやって来るとツバを飛ばす口元にローリングソバットをお見舞いする。
完治したはずの脇腹に微かな痛みを感じたけれど、どちらかといえば床に転がっている老人の方が痛そうだ。
鼻血出しながらどうにか起き上がった爺に少女は説明する。
「一応紹介しておくと、彼は卯月冬矢さん。神威に乗ってたヒト。私が雇ったの」
「ぬ。そうか、ならば仕方が無い」
と、雇い主と総司令が遣り取りしているのなんて他人事のように、吸い寄せられるように赤い機体の前に立った冬矢さんは、鋭い目でその全体像を眺めた後でこう言った。
「ところでこの機体、もっと重心を落とした方が良くないか?」
「ぬ、どういう意味じゃ」
来た早々にワシの作品にケチをつけるとはけしからん。
青筋立てて怒鳴るジジイ。
冬矢さんは冷たい目で一瞥した後、攻撃的なこの老人に無感情な言葉を浴びせかける。
「シューティングスターは相手の懐に入ることを第一として機動力と瞬発力に特化させた機体なのだろう?
ならば踏み込んだ時、動力が伝達されるときには重心が低くなければ力が乗らない。
この状態だと飛んだり跳ねたりはしやすそうだが相手に致命傷を負わせることが出来ない。
現に、こいつの攻撃を受けた俺の機体は、装甲を薄くしているにも関わらず軽微な損傷しか受けなかった」
とてもとても饒舌だった。もしかしたら技術屋の性質があるのかも知れない。
冬矢さんの無機質な言葉は怒りに我を忘れそうな爺さんを冷静にさせたらしく、開発者は喉を鳴らして考え込んでしまう。
「地に足が付かない、フワフワした操作性は操縦者に落ち着きを与えない。これから先も運用していくつもりなら仕様を変えた方が良い」
「ぬぅ……おぬし、ただ者ではないな?」
「別に。自作する人間にとっては初歩的なことだ」
ああ、だから過去二回の戦いでもあっさり逃げられたんだ。
だって普通に考えて土手っ腹にトンファー突き刺さっているのに蹴り上げて相手を吹っ飛ばすなんて出来るはずがないもん。
と、端で納得するのは雫ちゃん。
彼の言葉に唸った総司令は冬矢さんの前に立ってその双眸を見上げる。
229 :
天使ノ要塞:2011/01/28(金) 19:26:13 ID:2Y6pvJ2Q
「お前さんならどう変える?」
「関節部を支えるシャフトを短くするのもテだが、全体のバランスを崩すのは美しくない。
腰回りを強化して駆動部の自由度を上げた方が後々の装備変更に対応しやすい。
システム的にはバランサーを弄らなければならないだろうが、その辺りの調整は運用試験の中でやってしまえば問題無いだろう」
すると老人はニヤリとした。それまで仏頂面だった冬矢さんが微かに笑うのが見えた。
「うむ。ウチの連中にも聞かせてやりたいくらいの答えじゃ」
「ああ、ところで俺の機体を持ち込んでも良いか? 転送装置とか、あるんだろ?」
「好きにせえ。いや、ワシの方から頼みたいくらいじゃ。是非お前さんの機体を見せて貰いたい」
「ああ。その代わり修理と改造には手を借りる」
「勿論じゃ」
かっかっか。どこぞのご隠居よろしく笑い声を立てる如月爺様。
……あれ、なんで?
祖父の変わりようを間近に見て拍子抜けの雫ちゃん。
どうやら殿方達は分かり合ったらしいのです。
「うむ、落ち着いた物腰。顔も悪くない。雫よ。婿を選ぶならこういった男にせえ!」
「さっきと言ってる事が違うじゃないのさ、このクソジジイ!」
なんて言い返してみるものの、雫ちゃんの顔は心なしか赤らんでいた。
+++
弥生さんチの美香子ちゃんが訪れたのは夕刻になって間もなくの頃だった。
彼女は雫の入院中、毎日お見舞い帰りで如月邸地下施設へと足を運び、特訓に明け暮れていた。
『あたしは約束を果たせなかったから』。
口癖のように呟いて尋常じゃない訓練に挑む姿は、御神楽副司令に言わせればとても見てられない代物だったらしい。
そんな彼女がやって来て、雫の前に立ってまず発した第一声はこのようなものでした。
230 :
天使ノ要塞:2011/01/28(金) 19:27:28 ID:2Y6pvJ2Q
「あ、あああ貴方!! 雫ちゃんの何なの!?」
それは施設内見学でヘロヘロになっていた冬矢さんへの言葉であり、雫が『神威の中のヒト』と説明すると今度は憎さ百倍の剣幕でどこからか持ってきた薙刀を振りかざす。
「そこへ直れ!! 成敗してくれるのっ!」
「……お前の周りにはこんなのしか居ないのか?」
「私に言わないでよ」
疲れた顔の冬矢と苦笑混じりの雫ちゃん。
ここに至るまでに数限りなくスタッフの方々から特別な関係とからかわれて、同じ数だけ誤解を解いて回った身としては物凄く疲れる展開だ。
お前呼ばわりされても、もう大して反応もしない雫ちゃんです。
「俺は雫に雇われてここにいる。気に入らないならクライアントに掛け合ってくれ」
冬矢さんはそう言って美香子を黙らせたけれど、その雇い主である雫が次の標的になるのは目に見えていて、食って掛かる友人をなだめるのに一苦労。
美香子ちゃんが一応の納得を見せる頃には時間は夜の10時を過ぎていて、おかげで晩ご飯とお風呂を済ませる頃には日付が変わってしまっていた。
「でも一日は27時間だもんね」
なのに深夜アニメをリアルタイムで視聴するお嬢様です。
冬矢くんは店の仕込みがあるからとバイクで帰ってしまったし。美香子はといえば時間が時間なのでお泊まりするって事になって、今は雫のベッドで寝ている。
部屋には大画面テレビと特注のスピーカーがあって普段なら堂々とオタクライフを満喫しているのだけれど、寝た子を起こして邪魔されるのは気にくわないから渋々ヘッドフォンを装着している。
真っ暗にした部屋の中で体育座りしながら見る深夜アニメってのも趣があって悪くは無いのだけれども。
「雫ちゃん」
じっと画面を見つめているとふと後ろから抱き竦める腕があって、それが友人の回した手だと分かると溜息を吐かずにはいられない。
「あんたまだ起きてたの? さっさと寝なさいな」
「……」
ヘッドフォンからはお気に入りのアニメの音声が垂れ流されている。
背中越しの友人が何か囁いたようにも思えたけれど、テレビの音で掻き消されている。
コツンと、後頭部に感触。どうやら美香子がおでこをくっつけたらしい。
「……ごめんね」
首筋に吹きかけられる吐息がこう言ったように思われた。
気のせいなのかも知れないし、単なる独り言なのかも知れないけれど、どちらにしても意味は分からない。
ただ背中に感じる体温と鼓動、自分の身体を包み込むか細い腕が僅かに震えてるのを見て友人の手の甲にそっと自分の手を重ねてみる。
「私は平気だから」
ヘッドフォンを剥ぎ取るつもりはない。なぜなら美香子の言葉を聞きたくないから。
きっと彼女は雫が思うよりずっと真剣に友達を守ろうとしてくれているのだろう。
だけど、その想いが重く感じるときだってある。
だから今はまだ美香子の声を聞かない。
やがて細い腕が離れていって、アニメが終わっても雫はそのまんまの格好でいた。
気が付けば液晶画面は真っ黒になっていて、ようやくヘッドフォンを外した少女が窓縁から夜空を見上げると、すでに白みかけた街並みがうっすら朝靄に化粧されて広がっている。
「……眠い」
大きな欠伸を一つ。
とりあえず寝よう。そう決心してベッドに潜り込んだ雫ちゃん。
もちろんこの日も休むつもりだ。学校には長期入院による病欠を申請していて、当然ながら休みは多めに取っている。
隣り合う友人は心地よさそうに寝息を立てていた。
おわり
231 :
天使ノ要塞:2011/01/28(金) 19:30:16 ID:2Y6pvJ2Q
登場人物
如月雫 ……本編の主人公。お嬢様なのに普通の人、と本人は思い込んでいる。オタク趣味。女子高生。
AMS−HD3750『シューティングスター』(機体色は赤)の搭乗者。
如月源八 ……雫の祖父。大金持ちで科学者。『シューティングスター』の開発・改造に着手する総司令。変わり者。
弥生美香子 ……雫のクラスメート。友達。おっとり系。雫のことが好き。実家が神社で行事の時には巫女になっている。
AMS−RH2870『アルティザン』(機体色は山吹色)の搭乗者。
卯月冬矢 ……喫茶店『KAMUI』のウェイター。23歳独身。難病を煩う妹(香苗)の治療費を稼ぐため、裏家業に足を突っ込んでいた。
自作(各パーツを自分で組み立てた)のAMS『神威MkU改』(機体色は鉛色)の搭乗者。
御神楽節子 ……源八の助手。クールビューティー。なんとかいう武術の達人。ツッコミは鋭い。
黒田さん ……如月家の執事。あらゆる乗り物を運転できる。神出鬼没。
室畑 ……政府の特務機関Asの局長。冷酷非情。でもマリィ大好きなオッサン。魔装『鬼鴉』の所有者。
柊川七海 ……Asの隊長。元変身ヒロイン。元気だけどおっかない女性。19歳。たいていは海外出張(主に米軍基地)している。
AMS−GTX00/SLI『アレンデール』(機体色は白)の搭乗者。白い悪魔の異名を持つ。
マリィ ……Asの現場主任。見てくれ15歳の美少女。AMS−GTX01『シャドーナイト』(機体色は黒)の搭乗者。七海を尊敬している。
稲垣孫六 ……Asの隊員。副主任としてマリィの傍に付いている。二十代後半。AMSはJ602『ミヅチ』(機体色は群青色)。
高橋 ……田嶋署の刑事。役職は警部補。定年前の初老だががっちりした体格。
前原 ……同署の刑事。高橋の部下。三十代前半の風貌。体格はもやし。機械系に強い。
クレール=J=サツキ
……米国、第13対AMSトルーパー『地獄の壁』の隊長。16歳で階級は准尉。ブロンドのウェーブ髪の少女。
GMA900の指揮権搭載機、A−GMA3『グラディウス』(機体色は黄色)の搭乗者。
232 :
天使ノ要塞:2011/01/28(金) 19:39:02 ID:2Y6pvJ2Q
というわけで第9話を投下してみました。
ようやく主人公を復帰させて、部隊編成、各機体の性能底上げが完了。
これでどうにか戦えるかな?ってな感じの構成です。
さて、次回は地獄の壁とAsの連戦だから相当に長くなる予定です。
たぶん、上中下の3編に分けての投稿になると思いますが……。
どうでもいいけど、まどか☆マギカみたく、っていうか仮面ライダー龍騎みたいなバトルロイヤル的なの書きたいな〜とか思いつつのこの頃。
234 :
天使ノ要塞:2011/01/30(日) 19:31:55 ID:3LjKOYAH
第10話「地獄の壁 −接敵−」
ここ数日間は修羅場だった。
というのも冬矢くんが少女達の訓練メニューを考えてきて、二人に強要したからだ。
雫に課せられた訓練は足腰が立たなくなるほどのスクワットと反復横跳び。
美香子には自身に対して撃ち込まれてくるピンポン球を全てかわしつつの射的。
雫はただスクワットするだけではなくて、木人拳よろしく次々押し寄せる棒をかわしながらの運動だったし、
美香子を襲うピンポン球だって相当な圧力で発射されたもので、初日の後半にはすでに二人の身体はアザだらけなんて始末になっておりました。
「うえぇえん!! 痛いよぉ! 腕上がんないよぉ!!」
『泣きごとを言う暇があるなら手を動かせ』
美香子ちゃんが泣き喚いたけれど司令室の冬矢さんは至って冷静に返すばかり。
雫はといえば、すでに愚痴を零すだけの元気もなく死にそうな息を吐きつつスクワットをしている。
それまではAMSを使用しての訓練が主だった二人だが、今は生身の筋力トレーニングがメインになっていてAMSに乗り込むのはせいぜい十五分程度。
しかも運動量は二倍以上に膨らんだものだから普段から優雅な生活に慣れ親しんでいるお嬢様方としてはたまったモノではない。
雫に至っては冬矢さんが悪魔に見えてきて、深夜アニメを見ることさえ出来ずに就寝した後は悪夢にうなされるだなんて日々に陥っている。
『AMSは所詮は道具だ。道具を扱うのは君たちで、使いこなせるかどうかは君らの身体能力に掛かっている』
だからこれくらいの筋トレは日常的に行わなければいけない。
というのが冬矢さんのお言葉で、節子さんなどが「ちょっと厳しすぎるのでは」と反論したけれど
「彼女らは殺し合いが行われている戦場に武器を持って出かけているのだから、可能な限り生存確率を高めておくのは当然のことだ」
なんて突っぱねられると納得して引き下がるしか手立てが無い。
やがて二人が疲れ切って動きが緩慢になってきた頃合いを見計らって、彼はやや軽い調子で仰った。
『もうワンセットが終わったら休憩にしよう。ケーキを焼いてきたから食べると良い』
「ほんと? やった〜☆」
「……ケーキにつられて元気になる私たちって」
ケーキが美味しいと評判のお店を経営しているマスターなのだから、彼の焼いた洋菓子はそりゃあ美味しいだろうよ。
冬矢の隣で見守っている節子さんが『子供の扱いが上手いわね』なんて感心して見せると『年の近い妹がいる。あいつには手を焼かされたからな』なんてぶっきらぼうに答えるお兄さんです。
+++
235 :
天使ノ要塞:2011/01/30(日) 19:32:54 ID:3LjKOYAH
そんなある日の夜。
日常になりつつある地下施設での仕事を終えた卯月冬矢は弥生神社にほど近い公園へと足を運んでいた。
「まったく。お嬢様の考える事はよく分からん……」
寒空の下、近くの自動販売機で買った缶コーヒーを啜りつつ男が呟く。
バイクでの帰宅途中に非通知の着信があって、誰だろうと取ってみると受話器の向こう側から弥生美香子の声がした。
『お尋ねしたいことがあるので、少しお時間を下さいな』
軽い調子のワリには音色が堅い。
弥生美香子は雇い主の友人であり、目的は知らないが雫に協力してAMS乗りになった奇特な少女だ。
この娘、冬矢と一対一の場面ともなれば、なぜだか能面のような面持ちを見せる。
雫の居る場面ではおっとりした脳天気娘を演じているが、時折、殺意にも似た目の光を感じることがある。
もしかしたら雇われる前に雫を病院送りにしたことを根に持っているのかも知れないが、それにしたって当人同士が納得して手を組んだ現状で恨み節は無いだろう。
またそれ以外に恨まれる理由については何度考え直しても思い当たる節がない。
だからといってAMS関連の質問、というわけでもなさそうだ。
もしもそうなら休憩の頃合いを見計らって聞いてくるだろうし、そもそも必要な事柄はだいたいマニュアルに記載されているはずで、
トレーニングの意味合いもすでに述べているから今さら質問するような事もないだろう。
白い息を吐きながら、そんなことより病院を移された妹にお見舞いに行かなきゃなぁ、とか思い巡らせる冬矢くんだった。
「来てくれたのね」
それから数刻。
凛とした声を響かせてやって来た小さな足音。
用件を尋ねようとした冬矢は、しかし少女の出で立ちに言葉を飲んだ。
「卯月、冬矢。あなたに尋ねたいことがあるの」
普段からは想像も出来ないほど静かな物腰。
典型的な巫女さんルックで、しかし手には長い弓と、先端に刃物じみた矢じりの付いた矢がある。
その整った面立ちが野外電灯と僅かな月の光に照らされて、白い輪郭を浮かび上がらせている。
年齢以上に大人びて見えた。
「随分と勇ましい格好だが、その理由を聞いても構わないか?」
「まずはこちらの問いに答えてもらうわ」
「一方的だな」
少女の音色に友好的な響きは無かった。
警戒心と敵意。そんな言葉が似つかわしい。
彼女は射貫くように冬矢を見据え、口を開いた。
236 :
天使ノ要塞:2011/01/30(日) 19:34:13 ID:3LjKOYAH
「雫ちゃんに近づいた貴方の目的は?」
「前に言ったはずだが。俺は雫に雇われた。俺が任された仕事はお前達のバックアップと調整だ。そのためにわざわざ店を閉めて出向いている」
「誰もそんなことは聞いていない」
「というと?」
思わず眉根を寄せてしかめっ面の冬矢に、美香子は矢をつがえて言った。
「前に貴方は言ったよね。『お前は俺の獲物だ。俺が狩る。誰にも渡さない』……って」
「つまり途中で裏切るのではないかと疑っているワケか」
確かに、前にシューティングスターと戦ったときにそんなことを言ったような気がする。
冬矢は自作AMSを操って戦場を駆ける戦士であり、その前に見惚れるほどに美しく優れたAMSが立ちはだかるというのであれば、一戦交えてみたいと思うのは当然のサガだ。
だが、と冬矢は冷静に返した。
「それは個人的な感情だ。依頼された仕事は私情抜きで当たる。それがプロというものだ」
「でも、まだ狙ってるんでしょ。雫ちゃんのこと?」
「仕事の枠外で挑んでくると言うのであれば、もちろん受けて立つ」
「そんな事じゃない! 好きなんでしょ、雫ちゃんが!」
「……お前は何を言っているんだ?」
それまで噛み合っていると信じていた会話が根底から覆される瞬間だった。
外気の寒さも手伝って軽く目眩すら覚える。
冬矢は矢じりに狙われていることも忘れて手にしたまんまの缶コーヒーを喉に押し込んだ。
「貴方は雫ちゃんを押し倒すつもりで近づいた。そうでしょ?!」
ブハッ。と温く甘ったるい飲み物を吹いてしまう青年。
口からジュースを滴らせつつ、なんて冗談を言うんだこの小娘はと思って見上げると、そこには至って大まじめな表情がある。
「雫ちゃんに口では言えないあんな事やこんな事をして、お嫁に行けなくするつもりなんでしょ! この変態!」
美香子はワナワナと震え、唇をキュッと噛み締めて冬矢を文字通り射貫こうとする。
対して変態呼ばわりされた身としては適当な言葉が見つからず、それでも思考停止しそうな脳みそを奮い立たせる。
「妹と歳の近い小娘に俺が欲情するとでも思っているのか?」
「襲った挙げ句に『お兄ちゃん』とか呼ばせたいだなんて、なんて穢らわしい!!」
「聞け! ヒトの話をっ!!」
思わず怒鳴ってしまう冬矢さん。
どうやら美香子お嬢様の中では彼が雫にいかがわしい行為を行うことは確定しているらしい。
まさかこんな切り口で襲撃されるとは思っていなかった男としては、とにかく誤解を解こうと一歩足を前に出す。
237 :
天使ノ要塞:2011/01/30(日) 19:35:09 ID:3LjKOYAH
「近づかないでケダモノ!!」
そんな手合いの動作に叫んだ美香子さんなのだけれど、勢い余ってつがえていた矢を離してしまう。
あっと思う間もなく放たれた白線。
青年はすんでのところで身を捻って回避した。
「危ないだろう! 死んだらどうする!!」
「う、うるさい!」
すると今度は弓を両手に持って振りかぶり襲い掛かってきた。
もう支離滅裂だ。
「よさないか!」
そして押し合いもみ合い、組んずほぐれつ。
冬矢としては少女から弓を取り上げて固めてしまえばお終いだと考えていた。
しかし狙ってかたまたまか美香子の足払いにひっくり返って、しかも掴んでいた手を引き寄せてしまったものだから地面に転がったときには二人重なって、ということになる。
「……」
「お、おい。怪我は無いか?」
「…………あ、あわわわ」
青年のすぐ上で胸に抱かれる格好のお嬢様。
吐く息は白く、でも衣服越しにお互いの体温を感じる。
肩を抱き竦められて彼女は声にならない声を上げ、それから我に返ったように手を振りほどいて立ち上がる。
遅れて立ち上がる冬矢の視界に信じられないとでも言わんばかりの顔で泣きそうになっている美香子さんの姿が映った。
「汚された……こんな、こんなケダモノに……!!」
せっかく転んで怪我をしないよう抱き止めてやったのに、なんて失礼な奴だろうか。
ムッとして、それでも大人の対応をと平静を努める冬矢さん。
なのに今度は怒りに顔を赤らめるお嬢さんだ。
「お、覚えていなさいよ!!」
どういった脈絡なのかは知らないが、何もかもお前のせいだとでも言いたげな捨て台詞を吐いて踵を返した少女は、他に何か言うでもなく凄い勢いで駆け去ってしまうのだった。
「まったく。お嬢様の考える事は分からん……」
一人きりになって、とうとう愚痴を零す青年。
店に帰り着いたら明日の仕込みもしないといけないワケで、それを考えるとどうしたって大きな溜息が出てしまう。
彼の溜息が冬の夜空に溶けていっても、暖かい言葉をよこしてくれる人間なんてただの一人も居なかった。
+++
238 :
天使ノ要塞:2011/01/30(日) 19:36:14 ID:3LjKOYAH
如月さんと弥生さんの修羅場的なトレーニングが十日ほど続いたある昼下がり。
けたたましく鳴り響くサイレンの音が施設内いっぱいにこだまして、働いていたスタッフの皆さんは一斉に慌ただしく駆け回ることになる。
この頃には長期休養から脱して登校していた雫ちゃんも、丁度お昼休みになってさあ弁当箱を開けようかという頃合いで携帯から呼び出しを受けた。
『お嬢様、黒田です』
「え、黒田さん、どうしたの?」
『エマージェンシー・コールです。迎えのヘリを出しましたので、美香子様とご一緒に準備なさって下さい』
「あうぅ……」
せっかくのランチタイムに水を差されてガックリ項垂れる雫ちゃん。
前の席を陣取って包みを開いている対面の美香子ちゃんが素早く弁当箱を包み直すのが見えた。
「じゃあ屋上で待っていれば良いのね?」
言って電話を切った雫は溜息一つと引き替えに立ち上がる。この時にはすでに二人の包みを両手にスタンバッてる親愛なる友人です。
「お弁当はヘリの中で。ね?」
「食べる時間あるかなぁ……?」
ヘリで食べると直後の戦闘で吐いてしまうかも知れない。そうなったら機体の中でゲロまみれだなんて惨状になってしまうワケだし。
だからといって食べないままというのもお腹の虫が許してくれそうもない。
そんなことを考えながら廊下を走り、途中で体育の先生から注意されて謝罪の言葉を述べつつも階段を登りきって屋上へ。
真っ青な空の向こうからやってくるのは如何にも軍用といった趣の輸送ヘリで、床に足を付ける前にスタッフが少女達を機内へと引っ張り込むのです。
そして再び空へと舞い上がった輸送ヘリは、現場を目指して一直線にカッ飛んでゆく。
スタッフから手渡されたインカムを耳に当てると、慌ただしい司令室の喧噪が聞こえてきた。
『雫ちゃん、聞こえてる?』
「節子さん、状況は?」
尋ねながらいつもと少し違う空気を感じ取る少女。
そりゃあ事件が起きたともなれば司令室が慌ただしいのは当たり前なのだろうけれど、それにしてはオペレータ達の怒声とか電話の呼び出し音みたいなのがひっきりなしに飛び交っている。
司令室が混乱している……?
インカム越しに感じた不穏な気配に雫の面持ちが厳しくなってくる。
239 :
天使ノ要塞:2011/01/30(日) 19:39:05 ID:3LjKOYAH
『情報が交錯しているから、今分かっていることだけを提示しておくわね。
まず現場は市街地。オフィス街のど真ん中。そこで所属不明の機体が暴れているの。
機体はデータベースに無いタイプの物で、確認されているのは三体。いづれも大型の銃火器で武装しているみたいね。
それらは民間人に対し無差別に発砲、救援に向かった消防と救急も狙撃されて深刻な事態になっているの』
「私たちはその三体を撃破すれば良いのね?」
『そうなんだけど、状況が不透明過ぎるのよ。まず、これだけの騒ぎなのに自衛隊には出動要請が掛かっていないの。
機動隊は大型の武器に換装しているから到着まで時間が掛かるし……。
現場の目撃情報から考えて、AMSの他に武装した兵隊が紛れ込んでいる可能性があるわ』
「Asが反乱を起こしたってこと……?」
以前聞いた政府がどうのこうのが頭を過ぎる。しかし御神楽副司令はやや間を置いてその疑問を否定した。
『その可能性は低いわね。だってAsに出撃命令が出ているもの。今から五分前に非常事態宣言が発令されているワケだし。
政府側が事を起こしたという考えは頭から消した方が良さそうよ』
「冬矢さんは?」
『彼ならもう現場に向かっているわ。バイクの足だからあなた達と同じくらいに到着すると思う』
「うん、分かった。こっちも現場が見えてきたから……」
冬矢の名前が出た途端に美香子ちゃんがムッとした顔になったけれど、理由が分からないので無視の一手を決め込んでみる。
現場の様相はヘリから見下ろす格好でもよく分かった。
立ち並ぶビルディング群の一角に火の手が上がっていて、黒ずんだ煙が朦々と逆巻いている。
その中で、断続的に瞬く光。光を吐き出しているのは黒々とした塊。
必死で逃げようとしている幾つもの輪郭を、しかし殺戮者は執拗に追いすがり簡単な発砲音で踏み潰してゆく。
「酷い……。あんなの犯罪とかそんなレベルの話じゃないわ!!」
それは事件現場ではなかった。戦場ですらなかった。不特定多数の人間を敵と見なした者による、ただの虐殺だった。
平和なハズの街は今、目を覆うばかりの地獄と化していた。
「お嬢様、これを」
「うん、ありがとう」
機内のスタッフが二人に金属ベルトを手渡し、少女達は力強く受け取る。
お弁当は、結局食べる余裕さえ与えられなかった。
「行くよ、ミカ!」
「うん!」
開いたハッチの向こう側から強烈な風と焦げる臭いが吹き込んでくる。
『ここから先、現場での指示は冬矢くんに一任しておくから、分からない事があれば彼に聞いてちょうだい』
「分かった。そっちも頑張ってね」
『ええ、ありがとう』
司令室は情報の収集はもとより警察・消防・救急隊との連携に集中しなきゃいけなくて、現場への冷静な指示なんて望めるはずがない。
だから現場のことは現場サイドで切り抜けろ。副司令の言いたいことはこれだし雫にも理解出来た。
少女達は腰にベルトを巻き、大空へと飛び出してゆく。
恐怖はない。戸惑いもない。でも怒りがある。焦りもある。
そんな中で、だからこそ二人は落下していてもなお咆吼するのだ。
「「変身!!」」
赤い流星と山吹色の職人。
鋼鉄の天使達が舞い降りたそこは、すでに瓦礫の山と数え切れない骸とで埋め尽くされていた。
おわり
240 :
天使ノ要塞:2011/01/30(日) 19:43:07 ID:3LjKOYAH
我ながら恐ろしいペースですが。
とにかく第10話を投下しました。
241 :
天使ノ要塞:2011/02/03(木) 20:36:17 ID:80lxdrLH
第11話 「地獄の壁 −速攻−」
地獄の中に居た。
ビルディングは軒並みガラスが砕け、中では赤い炎が渦巻き空へと昇る黒煙が見て取れる。
被弾した乗用車がそこかしこで煙を噴いている。
路上の至る所に人型の肉片が倒れていた。それらは真っ赤な体液に浸されたまんま、えぐれたアスファルトの上に突っ伏している。
どこからか赤ん坊の泣き声がして目を先に向けた。
交差点付近で倒れている女性の傍らで泣き喚く物があった。けれど次の瞬間に、重圧感のある発砲音と共に、それは血飛沫を上げて肉塊と化した。
「……なんてことを」
雫は舌打ちして、吐いてしまいそうな胸の気持ち悪さを飲み込んで突進する。
『ちょ、雫ちゃん、待って!』
後ろで美香子が叫んだけれど聞いちゃいねえ。
電磁トンファーを握り締め、腹の底から湧き上がる黒い感情もそのままに突っ込む雫。
交差点を曲がった先に複数の駆動音と無機質な気配を感じている。
ビル一つを挟んでヤツらが居る。それは直感と言うよりは確信に近いものだった。
「……なに、コイツら」
勢い良く交差点に差し掛かった赤機体は、しかし振り向いた矢先にギョッとして立ち竦むことになる。
黒い影がそびえていた。
それはAMSのように人型ではなくて、鳥の足の上に無理矢理カニの甲羅を乗っけて、さらに砲門でデコレーションしたような造形だった。
シューティングスターの身長では足の駆動部までしか届かない体躯。
とてつもない重圧感。
三体の敵機は新たに出現した雫をすぐさま敵と認識したようで、40oは下らないとおぼしき銃口を、その紅い装甲へと向け直した。
「やばっ!」
あんな砲身から射出される弾丸であれば、少女の機体なんて紙切れのように貫通し中身ごと破壊してしまうに違いない。
ゾッとして思い切り真後ろにバックステップする。
コンマ数秒前に居た場所のアスファルトが爆発音と共に粉砕されて穴が穿たれる。
着地して、それでもバランスを崩しかけたのでもう一度跳躍、完全にビルの影へと飛び退いた。
『37o対AMS徹甲弾。お前の機体では一発貰えばそれまでだ』
「神威くん?!」
と、インカムを通してとても冷静な音色があった。
雫は咄嗟に名前ではなく機体名称で呼んでしまったけれど、相手はさして気に止める様子もない。
仲間の存在を確認しようと顧みたが、見慣れた鉛色の機体は見当たらなかった。
「ちょ、どこにいるのよ?!」
『狙撃ポイントに移動している。敵の機体は恐らくGMAとか言う奴だ。前に米国の武器商人から聞いたことがある』
通信の向こうで荒い息を吐く音がしているから、きっと一生懸命に駆け足しているのだろう。
彼は抑揚のない声で話を続ける。
『そいつらは半自律型の無人攻撃機だ。装甲は最新型の戦車より厚い。だから狙うなら関節部分ということになるが普通に突っ込んだら蜂の巣だ。
そこで作戦を立てる。美香子はまず相手が顔を出した瞬間に煙幕弾を投下、続けて矢を放て。これでヤツらの動きは止まるはずだ。
敵の動きが止まったら二人は後退して建物の隙間に入って身を隠せ。その間に俺が狙撃して足なり火力なりを潰す。
動きが止まるのを待ってから攻撃開始だ』
242 :
天使ノ要塞:2011/02/03(木) 20:37:02 ID:80lxdrLH
「分かった。じゃあタイミングはそっちで計って」
『了解した』
「ミカもそれで良いよね?」
『うん。良いけど……』
どうにも釈然としない美香子お嬢様の返答だったけれど、そこは無視する。
何にしてもと思うのは、現場に指揮する人間がいるとそれだけで周りは楽なんだなぁってこと。
特に彼の言葉は司令室からの指示よりも細かくて説得力がある。雫としては全体の動きまで考えなくて良いから大助かりだ。
と、そこまで考えて自分がそれまで感じていた怒りがかなり薄まって、冷静さを取り戻していることに気付いた。
「ねえ、神威くん」
『どうした』
「君はどうしてそんなに冷静でいられるの?」
目の前で人が殺されれば、それがたとえ赤の他人であっても平静ではいられないのが人間という物だ。
なのに彼の言葉からは動揺が見受けられない。
雫達の位置とか敵の武装について見当を付けられるくらいなのだから現場の様子だって見ているはずなのに。
それが不思議だった。理解出来なかった。
『戦場では冷静さを失う事が死に直結する。立場や思想に関係無く、だ。
それが嫌なら無理でも平静を保っているしかない。ただそれだけのことだ』
冬矢さんの言葉は多少の沈黙の後にあった。
雫はふと思いついた疑問をぶつけてみる。
「そういえば神威くんてば、戦場って言葉をよく使うね?」
『ん、言ってなかったか? 俺は元傭兵だぞ』
「……は?」
『両親が中東ゲリラと繋がっていてな、その都合で5年ほど戦場にホームステイしていた』
なによその衝撃の新事実は!
さらっと語る冬矢さんだけど、雫ちゃんとしてはビックリ仰天の内容だ。
前に報告を受けた彼の身辺情報を思い出す。
そういえば小学校を卒業する頃から海外に留学していたみたいな記述があったけれど、その行き先までは載ってなかった。
だからといって家族ぐるみで裏家業に全身どっぷり浸かっているだなんて思わないでしょ普通。
彼の経歴を根掘り葉掘り聞いてみたい心境の雫ちゃんだけれど、それを問い掛ける前にビルの影からステルス色の装甲がにゅっと出てきた。
『狙撃ポイントに到着した。作戦通りに頼む』
「オッケー。――ミカ!」
『うん、わかった!』
そして事を始める人々。
雫は手近にビルの隙間を見つけると軽い足取りで駆け出す。
その間にアルティザンの肩に搭載された三連筒が白い筋を吐き出す。
発煙筒から飛び出した玉っころは敵機の足下に転がって、猛烈な勢いでピンク色のガスを吹き上げた。
朦々と上がる煙が脚部を覆い隠すタイミングで美香子は矢をつがえ放つ。
炸薬をしこたま詰め込んだ矢が敵の分厚い装甲にぶち当たった瞬間に、真っ赤な炎が炸裂した。
『これより狙撃を開始する。流れ弾に気をつけてくれ』
それからゴウンッゴウンッと発砲音が鳴り響く。
何度も何度も繰り返される轟砲。
チュンチュンと金属を弾く音が混じるけれど、それでも射撃は止まらない。
やがてデカブツ三機のうち先頭の一台が脚部から火を噴いて崩れ落ちる。
後続の砲塔が引火爆発を起こす。
ここで最後尾の一体が射撃手の姿を捉えたのか反撃とばかりにミサイルを射出し、ビルの壁面が爆発、フロアの一角が崩れ落ちた。
243 :
天使ノ要塞:2011/02/03(木) 20:41:28 ID:80lxdrLH
「神威くん!!」
『大丈夫だ、問題無い。それより攻撃を開始してくれ。時間がない』
彼の声色は冷静そうだが、心なしか苦しげに思われた。
でも確かに最初の煙幕は風で晴れてきたし、炎も立ち消えている。
ああそうか。ビルの谷間で風が吹き下ろしているから、この類の戦術は僅かな時間しか通用しないんだ。
悟って雫は飛び出した。美香子はすでに射撃に丁度良い位置まで移動していて二本目の矢をつがえている。
――この後の数十秒間はとても長く感じられた。
アスファルトの上を全力疾走して、黒い体躯が迫った来たらジャンピング・ニードロップ。
僅かに装甲を陥没させつつも着地したら今度は砲塔の隙間に拳ごとトンファーの先をねじ込んで引き抜く。
足を破壊され銃の可動部分をねじ切られても動こうとする黒塊。
そこで足下に見えた真っ赤なレンズらしき物を手で掴んで引っこ抜き、えぐれたところにさらに得物を突き入れた。
ここまでしてようやく機体は動かなくなった。
「見た目以上に頑丈じゃないの」
確か神威くんは『無人攻撃機』と呼んでいた。それが本当なら徹底的に破壊したって構わないだろう。
装甲板から降りて次の獲物へと向かう際、ふと目に止まった『GMA900』の文字。
どうやら彼からもたらされた情報は的確だったらしい。
雫はちょっとだけ安心して二番機に向けて走り出す。
最後尾の機体はまだ斜め上に向けて発砲していた。標的にしている機体の底部にあった機関銃が旋回するのが見えた。
「……ちっ!」
舌打ちして横に跳ぶ。地面が弾の数だけ弾ける。
雫は体勢を低くしながら、円を描くように突っ走ってGMAの真下、足の間に身をすり込ませる。
「もらったぁ!!」
めいっぱいに突き上げた拳。メキョッと嫌な音を立てて装甲にめり込むトンファー。
甲高い駆動音にヤバイと感じて、得物を引き抜きざまに通り抜けると真後ろで鉄塊の崩れ落ちる音が響いた。
三台目はと見れば崩れ落ちた建物の奥から発射された一発のミサイルに直撃されて粉々に吹っ飛ばされる光景が広がっていた。
「ミサイルって……、そんな物騒な物よく積んでたわね」
『AMSは本来こういった武器を積んで戦うための兵器だ。特別な事情でもない限りトンファーだの弓矢だのは使わない』
「それを言っちゃあお終いでしょ」
兎にも角にもこれで凶悪な虐殺者達は退治されたというわけだ。
安堵のためか軽口なんて叩いてみる雫ちゃん。だけど次にあった美香子の声で我に返った。
『ヘリコプター……、こっちに向かってる』
見上げると黒々した煙の向こうから近づいてくる機影。その数は5つ。
「敵の増援?」
モニターのレンズ倍角を上げて見る。
ヘリはどれも輸送型、塗装は群青色。翼の部分に日の丸とは違う別の紋様が描かれている。雫はそのエンブレムに見覚えがあった。
「あれはAsの……!!」
『雫、問題が発生した』
ここで冬矢さんから通信。音色は至って冷静だ。
『どうやらGMAを操っていた連中が動き出したようだ。歩兵部隊が俺達を取り囲む格好で展開している。AMSの影もちらついているし、気をつけろ』
「いや、気をつけろとか言われたって……」
歩兵部隊って事は、たとえ防弾チョッキとか着ていても生身の人間ってことだよね?
そんな人達が銃を持ってやって来るって事だよね?
ってことは、人を殺めなきゃ生きて帰れないってことでは?
雫は逃げ出したい気持ちでいっぱいになった。
+++
244 :
天使ノ要塞:2011/02/03(木) 20:42:25 ID:80lxdrLH
クレール准尉は恐れおののいていた。
どうして、こんなことになってしまったの?
どれだけ自問自答しても答えは出ない。部下に聞いても誰一人答えられる者が居ない。
Asの白い悪魔にせっかく輸送したGMA900を破壊されてしまった地獄の壁の面々。
彼らはそれでも任務の途中だからという理由で本国に帰ることを許されなかった。
――追加で機体を送るから、これで任務を続行せよ――。
これが本国からの返答だった。
それでGMAが再び搬入されたわけだけど、今度は海路で、タンカーの貨物に紛れて上陸。
陸路になれば輸送用20トントレーラーに積み込んで、市街地に用意していた建物へと運び込んだ。
今回は無人攻撃機と一緒にAMSもあった。
A−GMA3、機体名『グラディウス』。
全身が黄色に塗装された機体で、両肩に円盤状のレーダーサイト。背に仰々しい通信装置とパラボナアンテナを据え付けた機体だ。
取扱説明書を読むに、どうやらGMA900と同時開発された機械服で、それらに対して命令を下したり遠隔操作するための機体らしい。
というのもGMA900は半自律型の機体で、簡単な命令を下すだけであとは人工知能が勝手に判断して動くように作られているけれど、より精密な命令を実行するためにはどうしたって指揮権搭載機の存在が不可欠になっちゃうから。
まあ、そんな次第で。三体の無人攻撃機と、A−GMA3と、その周囲を固めるためのAMSが4体。
護衛用に送られてきたのは『ブロッサム』と呼ばれる機体で、本国で大量生産が始まった軍部の正式採用機だ。
ともかくこれが地獄の壁、第13対AMSトルーパーに与えられた武装。
もちろん生粋のAMS乗りとして訓練を受けたわけではない彼らとしては、むしろ付随して送られてきた対AMSライフルだとかロケットランチャーの方が嬉しかったのだけれど、そこはそれ。
使えと言われた武器は有り難く頂戴するしかないのです。
彼らに与えられた任務とは、自衛隊と連携してAsの本部を襲撃するというものだった。
これに伴ってGMAの実戦テストも兼ねていたけれど、邪魔者の排除こそが主な目的だ。
で、自衛隊の幹部連中と念入りなスケジュール調整を行って、いざ決行の時になって重大な問題が発生した。
GMAが突如として暴走、勝手に動き回って建物から出た挙げ句に、民間人に向けて無差別な発砲を始めたのだ。
クレールは慌てて黄色い機体を装着。作動停止の命令を送ったが効果がない。
対応策を求めて本国に連絡を取ったけれど、上官に繋がらないなんて危機的状況に陥っていた。
本当はこの時、不穏な計画の存在に勘づいた内偵機関が大統領の指示のもと、それら計画に関わっていた将校を根こそぎ逮捕、拘束していたのだけど現場の軍人ごときに知らされるはずもなく。
それで仕方なしに全員で武装してGMAを破壊しようと追いかけた。
裏ではどうあれ、米国と日本は友好国ですから。米国軍が日本の民間人を虐殺したとなれば重大な国際問題に発展してしまうだろうし、ヘタをすればこれを引き金として世界大戦が勃発してしまう。
いやいやそれ以前に、このままでは本国に逃げ帰っても命令未遂行で罰せられてしまうし、居残っても大量殺人の首謀者として逮捕される。
いや、もしかしたら口封じに消されてしまうかも知れない。
クレールとしては恐怖を感じるばかりだ。
245 :
天使ノ要塞:2011/02/03(木) 20:43:09 ID:80lxdrLH
そんな危機的状況の中で新たに出現した三体のAMS。
それらは鮮やかな手際で暴走GMAを破壊してしまった。
見た事のない機体と、その性能。どう考えても素人ではない連携。
遠巻きに見つめながら、それらがAsに所属する部隊と判断したクレールは作戦を軌道修正して部隊を展開させることにした。
最低限、襲撃する予定だった相手に最新鋭機のデータを渡さないことが米国軍人としてのクレールに課せられた使命だと思ったからだ。
「フォックス1より各員へ。状況はどう?」
『――もうじき展開が終わる。でもお嬢、敵さんの増援も見えているし、どう考えてもマズイですぜ』
「分かってる。でも最低でも自爆装置に火を入れないことには帰ることもできないわ。泣き言なら後にしてちょうだい」
『イエス、マム』
ちょっと投げやりな部下の返事を聞き流してクレールはレーダーの敵機に目を移す。
地獄の壁はAMSを破壊することを目的とした重装歩兵部隊だ。
そして装甲の厚い人型戦車を相手にするのだから、作戦としては進行方向にトラップを仕掛けたり目立たない所から狙撃したりが定石になってくる。
そんな彼らにとって市街地での戦闘は決して不利なものではなかった。
隠れる場所も多いし射撃ポイントも豊富。難を言えば地雷を埋める場所が無いといった事ぐらいだが、それも遣りようで克服できる。
問題なのは今回の目的だ。
GMAには仕様上、自爆装置が取り付けられている。
証拠隠滅を計る際に起動させるものなのだが、今回はこれを三台に対して行わなければいけない。
取扱説明書に目を通した限りでは遠隔操作でも自爆させられるはずなのだけど、ついさっき試してみて通用しないことが分かった。
だから手動で行う。
でもその周囲にはまだ三体のAMSがいて、さらに上空からはAsの物とおぼしき輸送ヘリが迫ってきている。
少なく見積もって十数機にも及ぶAMS部隊を相手にし、かつ起爆コードを入力し、その上で撤退しなければならない。
それは言うなれば奇跡にも近い神業だった。
「それでも、やるしかないのよねぇ……」
『お嬢、全員移動完了しやしたぜ』
「そう、じゃあ、始めてちょうだい」
『ヤー(了解)』
無線の向こうで部下の声があって、次にどこかで発砲音がこだまする。
祈るのは任務の達成より仲間の無事。
少女が彼らの隊長になったのはつい一年ほど前のことで、個人的に深い付き合いがあるわけでも無いけれど。
でも、自分の言葉に応えて死地に赴く彼らには傷を負って欲しくない。死なないで欲しい。
願いを胸に、クレールの乗った機体が足を前に出す。
前後左右を囲む部下達も呼吸を合わせて前進を始める。
グラディウスはその仰々しい指揮機器のためにライフル一丁くらいしか持って行けない。
その火力不足を補うための護衛達は一様に深緑の軍隊色で、小型の対空ミサイルや対戦車ロケット弾などを搭載している。
これだけの火力があれば問題無さそうにも見えるけれど、いずれの機体も機動性に欠ける事を考慮すれば不利な条件に変わりがない。
頼れるのが歩兵の重火力とは、なんとも情けない限りだ。
「フォックス1より各員へ。……みんな、死なないでね!」
言ってから少女は速力全開で駆け出した。
護衛達も陣形を乱さないよう必死で付き従う。
さらに混迷を深める戦場へ。様々な想いが今、集結しつつあった。
おわり
246 :
天使ノ要塞:2011/02/03(木) 20:48:56 ID:80lxdrLH
というわけで11話を投下。
どんどんスレタイから離れた内容になっていきますが、
設定上全くの無関係というわけでもないから仕方が無いということで。
投下乙
期待しています
248 :
天使ノ要塞:2011/02/05(土) 01:52:50 ID:KVzciOtR
第12話 「地獄の壁 −咆吼−」
マリィは眼下に広がる光景を前に渋い顔をしていた。
すでに戦闘の始まっている市街地には三つの黒い鉄くずが転がっており、その周囲で三体のAMSが鈍く光を照り返している。
また、それらを包囲する歩兵部隊と、そこへ後詰めとしてやって来るAMSの一団が濃い影をアスファルトに落としている。
もう何が何やら分からない状況だった。
ヘリの中から見下ろしていると確かに布陣の様相は手に取れるが、自分がどれを敵とすべきかまでは見当が付かない。
視線を感じて顔を上げると、隣を陣取る副主任がこれまた眉間に皺を寄せてマリィを見つめていた。
「主任、我々の攻撃目標はどれにしますか?」
「そうね。最終的には全部と交戦しなくちゃいけないだろうけれど、赤いのは後回しでも良いわ。場合によっては見逃すことになるかもだし」
少女の肉眼はシューティングスターの姿を捉えていた。
他に山吹色のと鉛色の機体も捕捉している。
この前見たときより一体増えているのは仲間を募ったからだろうけど、何にしても報告のあった無人攻撃機を仕留めているのだから、その戦闘能力は大幅に上昇しているに違いない。
もう取るに足らない武装集団と放置していられる存在ではなくなった、ということなのだろう。
一方で、この三体に迫る歩兵部隊&5機のAMS。こちらは歩兵の動きから考えて現役の軍人だと思われる。
数日前に小耳に挟んだ情報では無人攻撃機が国内に運び込まれており、一度は破壊したものの次発のある可能性が高いとのことだったが、今の現状から察して受け皿はすでに完成しているようだし後続が無いという方が逆に不自然と言えるだろう。
どことは言わないが国外の反体制勢力と国内の不穏分子とが共謀した結果だ。
ということは、普通に考えれば兵士達は最初から街を襲撃するつもりで出てきたと言う事になる。
陽動か、それとも虐殺そのものが目的なのかは分からないけれど、どちらにせよAsが出向いて叩くしか解決の糸口がないことに変わりはない。
そういった事情を見越して本部には七海さんをはじめとする攻撃部隊が居残っているワケだし、マリィとしても後顧の憂いなく戦場へと乗り込んでいけるのだけれども……。
眼下では大勢の民間人がその骸を晒している。
これは対応を間違えるともっと死人が出るなと考えつつ、マリィは手の中の黒色スクエアを撫でた。
「まずは後ろから5機のAMSを叩きましょう。鈍そうだし……。歩兵部隊の方は赤いのに頑張って貰って、後でまとめて確保するのが上策と思うわ」
「では着陸は黄色の後ろで構いませんね?」
「ええ、そうして」
お葬式が大変なことになるな、とか。
この事件がきっかけで世界情勢が一気に塗り替えられるな、とか。
思う所は色々あったけれど声には出さない。
操縦桿を握るスタッフに指示が飛ぶのを横目にマリィはもう一度ビルディング密集地帯へと目を落とす。
眼下に広がる地獄絵図を見つめていると、何やら炎をまとった物が迫っていることに気付いた。
「――まずいっ!! みんな脱出して!!」
弾かれたように立ち上がって側面扉に手を掛けるマリィ。
何事かと少女の行動に目を向けた隊員達。
その数秒後、輸送ヘリは空中で大爆発を起こした。
+++
249 :
天使ノ要塞:2011/02/05(土) 01:53:58 ID:KVzciOtR
クレールの部下が操る機体、――ブロッサムから射出されたのは対空ミサイルであり、炎の柱を吹き上げて飛び去ったそれが先頭の輸送ヘリを撃墜したのは数秒後のこと。
クレール自身は命令を下していないが、だからといって無断で敵を撃墜した部下を責めることもしない。
というか一発でも発射した以上は後になって戦意はありませんでしたなんて言葉は通用しないワケだし、ここは一つ全機撃墜して「戦場に出てくる方が悪い」みたいな顔してるのが一番だ。
そう考えたクレールが他の人間にもミサイルをぶっ放すように命じる。
命令を聞いてすかさず対空ミサイルに火を灯した護衛達。
先頭のヘリが撃墜されたのを見て回避運動に移る輸送編隊だったけれど、その攻撃でさらに三機が宙に爆炎を放つ。
どうにか射出された物をかわしたのは一機だけ。
輸送ヘリはあの大きさならAMSを4体くらいしか積み込めないはずだから、これでかなり可能性が見えてきたといったところか。
「まあまあね。――フォックス1よりラビット1へ。そっちはどう?」
すでに前線で火蓋を切っている歩兵に通信を繋ぐ。
『クソったれ! コイツらただのAMSじゃねえぜ!!』
『だめだ、全滅しちまう!!』
『なんだあの動きは!! 銃弾をかわしてやがる!!』
対AMSライフルの火を吐く音に部隊員の「ファック、ファック!」とかいう声が合いの手を入れる現場模様。
どうやら中東に出回っているポンコツと日本の最新鋭機とでは天と地ほどの性能差があるらしい。
前線部隊の思わぬ苦戦ぶりに舌打ちを返すクレール。
伊達にロボット技術では世界の十年先を行っている国とか呼ばれてはいないワケだ。
……いや、まてよ?
クレールはとても嫌な可能性に思い至って足を止めた。
仲間達が怪訝な声を上げながらも倣って立ち止まる。
少女は常に展開されているレーダーの出力を、手動で最大値まで引き上げる。
「そりゃあ、ステルス処理くらいは当たり前にやってるでしょうよ」
更新されたレーダーマップ。
クレールの小さな唇が憎々しげに歪む。
グラディウスの後方30メートルに点が5つ。
前方に十数個の点。
対空ミサイルでヘリが撃墜されても、搭載されていた機体はほぼ無傷のまんま地上に降り立っていた。
あと10メートルも進めば、きっと両脇を固めたAMS部隊の一斉掃射を受けて全滅していただろう。
ロボット先進国で作られたAMSがそう簡単にくたばるわけがない。
飛行型でかつ魔法にも似た攻撃手段を持つAMSすら存在するというのに、ミサイルの一発や二発でどうにかできると思う方が間違っている。
黄色機体で得られた情報はすぐさま味方機に伝達されるので、周囲を固めている人々もその異常事態は把握しただろう。
「防御陣形を敷くわ。それから前線と合流、そのまま突破するわよ!!」
250 :
天使ノ要塞:2011/02/05(土) 01:58:36 ID:KVzciOtR
叫んで少女は振り返った。背にとてつもないプレッシャーを受けたから。
振り返った先にソイツはいた。
全身を漆黒色の装甲で覆うAMS。手にするのは白銀色のランス。禍々しく思えるほど厳めしいフォルム。
ソイツは声の届く距離までやって来ると、少女の声でこう言った。
『AMS−GTX01、シャドーナイト。スターティング・オペレーション』
――来る!
クレールが身構えるのと同時に仲間の一人が大口径機関銃をぶっ放す。
黒機体の輪郭がぶれたような錯覚。
銃身が焼き付くまで吐き出された弾丸は、しかしそれでも一発として敵影を捉えることがなかった。
どんどん迫り来る黒いシルエット。恐怖に立ち竦むしか知らない少女は、それでも手の中のライフル銃を敵に向け引き金を引く。
僅か3メートルしか互いの距離は開いていないというのに、それでも銃弾は黒騎士をすり抜けてゆく。
悪魔……。
クレールの脳裏に過去の記憶が再生される。
遠く鳴り響く重苦しい鐘の音。石畳に膝を付いてロザリオを握り締める幼い自分。
隣には母。陽の光がステンドグラスを透過して色鮮やかにキリストを描き出していた。
聖書にあった記述とか、母や神父さんから聞かされた話で、悪魔とはこのようなものじゃあないかなんて想像したこともあった。
自分の妄想した悪魔に怯えて眠れない夜だってあった。
その悪魔が、目の前に居る。絵本の御伽噺よりずっとリアルで恐ろしい悪魔。
暗黒の騎士が手を伸ばせば届いてしまう距離まで迫ってくる。手にした禍々しいランスが心臓めがけて繰り出されるのを見た。
『お嬢……!!』
刹那、聞き慣れた声がして我に返る。
目の前に深緑色の輪郭が飛び出してランスに刺し貫かれていた。部下の一人だった。彼の乗ったAMSの背中から血塗れの矛先が飛び出していた。
「どうして……」
『ぐふっ――。お嬢、あんたには、俺達の家族に戦死を告げる、責任が……』
無線はそこで途切れた。
クレールは息絶えて動かなくなった機体を強引に押し退けると、その奥にいる黒い輪郭に向けてライフルを突き出し射撃する。
「ああああぁぁぁぁあああ!!!!」
腹の底から絞り出した雄叫び。呼応して弾き出される銃弾。
しかし、当たらない。弾倉の中身が空っぽになって、グラディウスはライフルを投げ捨てる。殴りかかろうと拳を握り突進する。
彼には大切な家族が居た。愛する奥さんと子供。その人達に彼の死を伝えなければいけない責任。
頭の中が大洪水になった。恐怖も怒りも押し流して、ただ生きたいと本能が訴えていた。
軍人だから。隊長だから。女だから。人間だから。いくつものそれらしい理由が思い浮かんだけれど、全て否定する。
理由なんていらない。ただ生きたい。私は生きたいんだ!
黒騎士が部下の身体から引き抜いたランスをこちらに向け直すのが見えた。
ドカンと音がして黒いボディに火柱が突き刺さる。仲間達の援護射撃がようやくその禍々しい輪郭を捉えた瞬間だ。
『ちっ。 ――ザコがっ!』
しかし少女の声で舌打ちがあったのと同時に左右とすぐ後ろで爆発の衝撃を感じたクレール。
黒騎士の向こう側に目をやると群青色の機体が4つ、銃を構えて佇んでいた。
『主任の邪魔はさせない』
男の言葉を聞いた。ふと目を元の場所に戻せば、すでに体勢を立て直した騎士の姿。
『殺しはしない。でも死ぬより辛い苦しみを与えます』
とても静かな声だった。しかし何者にも覆すことの出来ない強い意志が感じられた。
少女の声が言い終えた瞬間に、全身がバラバラになってしまうかのような衝撃がクレールを襲う。
目の前が真っ赤に染まった。クレールの意識はここで途切れた。
+++
251 :
天使ノ要塞:2011/02/05(土) 01:59:53 ID:KVzciOtR
防弾チョッキと大口径のライフルとで武装した兵士達は、AMSの姿であってさえ手強かった。
本当は誰一人として死なせたくはなかったけど、手加減できる余裕なんて無かった。
アルティザンの左肩に装着された盾は、何度か銃弾を受けて吹っ飛んでしまっている。
ひょっとしたら中の人も被弾しているかも知れない。
また神威君の装甲だって所々へこんで黒ずんでいる。攻撃はどうにか回避したけどミサイルや手榴弾の破片を食らっているからだ。
まだ冷静な音色なのでこちらは大丈夫そうだったけど、でも持っていた弾薬を全て使い果たして残すは長めのナイフ一本きり。
これでは次の戦闘は行えない。そんな有様だった。
『雫ちゃん……』
「分かってる。アイツだよね、あの黒いの」
美香子の声に反応する雫。
疲れ切った三人の前方、立ち並ぶビルディングの上に群青色の機体が見える。
輪郭は少なくとも十機以上。左右に展開して道路の歩行者をいつでも狙撃できるよう布陣している。
また視界の奥では黒いAMSを筆頭に4つの群青色機体がこちらに向けて迫っていた。
「これじゃあ、迎えのヘリも降りられないよね」
沸々と怒りが込み上げてくる。
仲間二人を残して足を前に出す雫。
『おい、雫!』
「あんた達はここにいて。サシでケリをつけてくる」
神威もアルティザンも戦力としては著しく疲弊している。
そういった事情を踏まえても、ここは決闘に持ち込むのが妥当だろう、なんて都合良く考える。
やがて流星と騎士は一本の道路の中で対峙した。
『今日こそは大人しく捕まって貰うわよ』
「その前に一つ聞いておくけれど、街の中で勝手に戦争始めたの、あんた達でしょ?」
黒騎士の中の人が年の頃もあどけない美少女であると雫は知っている。
でも、だからといって彼女が善良とは思っていない。
『だとしたら、どうだというの?』
「兵隊でもないのに殺された人達と、そのご遺族に、土下座して謝りなさい」
雫の声は低かった。
その装甲の赤さよりも激しい怒りの炎を滾らせていたからだ。
少女――マリィはその怒りに思わずランスを構え腰を落としていた。
「あっそう。謝る気は無いってことね。わかった。よ〜く分かった。もう何も言わなくて良いよ。
もう何を言っても許さない。ボコボコにブチのめす。ただそれだけ」
252 :
天使ノ要塞:2011/02/05(土) 02:01:08 ID:KVzciOtR
赤い機体がトンファーを構え、いつでも飛び出せる体勢になる。
空気が鋭く冷たく張り詰めてゆく。
一発の銃声もない。誰も彼もが引き金に指を掛けることができない、そんな背筋の粟立つ空気が漂っていた。
「――オーバードライブ!」
そんな空気を切り裂いて、唐突に、突然に赤い残像を残して突進したシュティングスター。
呼応するかのようにシャドーナイトの輪郭がブレる。
「このぉっ!!」
ドカンッ。
雷鳴にも似た音が響いた。瞬く間に迫った両者が、トンファーとランスをそれぞれ振り抜いたからだ。
「赤ん坊が死んだ!」
ドカンッ。
「会社勤めのおじさんも、買い物に行く途中だったおばさんも、みんな殺された!!」
キュン……ゴンッ。
「あんた達が好き勝手に戦争なんて持ち込んだからっ!!」
ゴスンッ。
「全部あんた達のせいだっ!!」
ズズンッ。
「お前らなんか勝手に殺しあって、自分勝手に死んでしまえ!!」
ゴファッ。
超高速の戦いだった。
空気との摩擦のせいかトンファーに青白い炎が宿っていた。
雫は体中に痛みを感じたけれど、それでも攻撃を止めることをしない。
次から次へと得物で殴りかかり、回し蹴りを放ち、ランスをかいくぐって膝を飛ばす。
シャドーナイトが変則的な動きで距離を開けようとするけれど、流星の勢いは止まらない。
一撃。そう一撃で構わない。
年端のゆかない少女に、それでも己の罪の深さを思い知らせてやりたかった。
その結果として殺してしまうのなら一向に構わない。
すでに雫の両手には殺した敵兵の血がべっとり付いているのだから。
「オラァッ!!」
そしてついに騎士のランスを弾き飛ばした。
ガラ空きになった黒い胴体。
シューティングスターはさらに一歩踏み込んで、必殺の一撃を放とうとする。
その瞬間、騎士が拳を引くのが見えた。
『――スプリッド・ダークネス・ブレイク!!』
ふぉん、という奇妙な音。
瞬間的に危機を察知した雫は左手のトンファーを離すとめいっぱい身を捻って突き出された腕に自分の腕を絡め、その反動に合わせて右手を突き上げた。
ガキョガキョッと気色悪い音色がこだまし、トンファーを持つ手に確信にも似た手応えを感じた。
253 :
天使ノ要塞:2011/02/05(土) 02:03:00 ID:KVzciOtR
『か、はっ……!』
黒騎士の苦悶の声。面具の隙間からなのか血が滴り落ちる。
しかし彼女の放った拳の威力は消えていなかった。
次の瞬間に恐ろしいまでの熱風が渦巻いたかと思えば、一撃を入れたはずの雫を機体ごと吹っ飛ばしたのだ。
宙を舞ったシューティングスターは墜落してアスファルトにぶち当たる。
「ぐぅぅぅ……!!」
一瞬だけ意識が飛んだ。
立ち消えそうになる視界をそれでも引きずり戻してどうにか立ち上がろうとする赤機体。
黒いヤツはこちらに顔を向けるのが精一杯の様子で膝を付いた後は動かなくなった。
やけに動きづらい事に気付いた雫が左側に目を向けると、そこには付け根からもがれて大量の血液を吐く左腕があった。
「でも、もう一発……」
怒りのせいか痛みなどは全く感じない。せめてもう一発、あと一発。あいつをぶん殴らなければ気が済まない。
『雫ちゃん!!』
『それ以上はよせ、雫!!』
のろりのろりと立ち上がる少女の耳元に仲間達の声が響く。
でも怒りは治まらない。ぼとり、ぼとりと血の塊を落としながら、それでも前へと足を出す。
何かに行く手を遮られてふと目を落とすといつの間にか胸元に突き付けられている銃口。群青色のAMSが4つ、少女を取り囲んでいるのだ。
『お前を逮捕する』
男の憎しみに満ちた声がした。雫の怒りが沸点をさらに超える。
「人殺しが警察を気取らないでよ!!」
一本しかない腕で振りかぶろうとする雫。
僅かに怖じ気づいたのか群青色AMSは銃口を引いたが、それは逃避ではなく射撃の合図だったらしい。
鉄の指先が引き金に掛かるのが見えた。
『雫ちゃんはやらせないっ!!』
その瞬間、世界の全てがスローモーションになった。
力強い手に押されて地面に転がる視界。
そこに山吹色の機体が居て、じっと雫の方を見ている。
『約束、これで果たせたかな?』
声があって、周囲で炎が瞬いて、友人を中に入れた容器が火を噴いて、彼女の至る所が破壊されてゆく光景。
雫は友人の名前を叫ぼうとしたけれど、声にならなかった。
耳をつんざく轟音だけが意識いっぱいに広がる。
やがて銃口の叫び声は色を失い、辺りに静寂が訪れた。
群青色の機械人形達は銃を降ろして、それ以上何をするでもなく立ち尽くしている。
雫は声を殺して泣いていた。
周囲では群青部隊をさらに包囲する人々の姿があって、それは百名近い武装した機動隊の隊員達だったのだけれど。
また警官達も貧相なピストルを構えてAsの動きを制していたけれど。
それでも無残に崩れ落ちた友人の機体はピクリとも動かない。
【だから約束するね。あたしは雫ちゃんの後に死んだりはしないよ】。
脳裏に忘れかけていた言葉が甦って。
そんな彼女の笑っている姿を思い出しながら、雫の意識は途切れた。
おわり
254 :
天使ノ要塞:2011/02/05(土) 02:10:09 ID:KVzciOtR
というわけで第12話を投下しました。
地獄の壁編はここまで。次の13話目で前半、1クールが終わります。
(26話の2クール予定)
勢いに任せすぎて燃え尽きた感もありますが、とにかく残りも頑張りますんでw
255 :
創る名無しに見る名無し:2011/02/16(水) 23:17:29 ID:NAeXSl64
てすと
256 :
天使ノ要塞:2011/02/16(水) 23:19:15 ID:NAeXSl64
第13話 「うつろいゆく世界」
雫は病院のベッドに寝かしつけられていた。
肩口から根こそぎ失われた左腕は、高温で熱せられたために細胞が壊死して云々で、結局くっつけることさえ出来なかった。
雫を押し退けて蜂の巣にされた美香子は、機体が頑丈だったおかげで何とか一命は取り留めたものの、全身に深い傷を負っていて医者の話では完治したとしても日常生活は送れないらしい。
歩くこともままならないし、手の神経もボロボロなんだとか。
如月グループの経営する病院へと搬送された二人は緊急手術&集中治療室入りのコンボを食らって、今は隣り合う病室に押し込められているのです。
「学校のみんな、どうしてるかな?」
思ってもいないことを口にしてみる。
考えてみれば、あの激戦から一ヶ月しか経っていなくて、戦場の舞台となった街では今も復旧のためか封鎖が続いている。
情報規制があるのか新聞とかニュース番組に目を通してもそれっぽい記事は無くて、だからといって人の口に戸は立てられないせいかネットで色々な情報とか映像が飛び交っている。
ネットでは街を襲撃したAMSが米軍所属の機体だという見解でほぼ統一されている感じだった。
米軍が日本再占領に向けた足がかりとして街を襲撃したんじゃなかろうかって。
でも、それにしては政治的な雲行きがおかしいってところ。
米大統領が1500兆ドルという、国家予算を遥かに上回る資金援助を申し出て、こちらの首相がごく当然のように受諾したなんて事件が数日前にあった。
資金援助は100年だか200年だかの間、継続して行われるらしい。
米国が攻撃したのであれば次は「攻撃されたくなければ要求を飲め」とか言ってくるハズ。
少なくとも、たとえば中国が攻撃を仕掛けたなら必ずそういった外交を展開するだろうし、だったら米国のこの対応はなんだといった疑惑が持ち上がっていた。
信憑性の高い情報では、そもそも米国軍の攻撃は国内にあってさえ予測不可能な物で、反政府団体が勝手に行った行為らしい。
いや、というか米政府はこの攻撃が行われることを事前に知っていて、団体を一斉検挙するためにワザと見逃した。という説まである。
まあ、何をどうしたところで失われた命が戻ってくることはないし。
死に物狂いで戦った現場の人々の死が全く報われないものであることに変わりはないのだけれども。
窓の外では幾分か寒さの和らいだ風が吹いていて、春の到来を予感させる。
雫は四苦八苦しながらベッドから起き出すと、片方しかない手で窓を全開にしてみる。
この時期の風が一番好きだった。春ほど湿っぽくなく、運動したって汗をかくほど暑くないから。
コンコン、とドアをノックする音が聞こえて振り返ると、そこに見慣れた青年の顔があった。
「元気そうだな」
「うん、腕がないのを除けば肋骨のヒビも治ったみたいだし、調子は良いよ」
卯月冬矢はこの一ヶ月間、毎日ここに顔を出している。
同じ病院で治療を受けている妹さんの見舞いついでと、あと雇い主の容態が気になるからってのと。
年頃の雫ちゃんとしては妹さんの次ってのが悔しいところだけど、まあ、雇い主より身内が大事ってのは当たり前だししょうがないよね。
冬矢は手にした見舞い用の花束を病室の脇にある花瓶に差した。
「ああ、そうだ。お前の爺さんからの伝言だ。腕が出来たから数日以内に手術になるだろうとの事だ」
「うん、分かった」
257 :
天使ノ要塞:2011/02/16(水) 23:20:54 ID:NAeXSl64
この一ヶ月で源八爺さんが訪れたのはたった一度きりだった。
しかも生還した孫娘に泣きつくでも安堵の息を漏らすでもなく、淡々と残っている腕の大きさとか重さを計測して去っていくなんて変態ぶり。
爺様の話ではAMS技術の応用で機械の義手を作って雫の左腕の所にくっつけるつもりらしい。
雫としてはか弱い乙女の左手が鋼鉄の機械って、どんだけ中二病全開な流れだよって言いたくもなったけれど、それで日常生活の不便が無くなるのなら仕方が無いかなあ、なんて納得するしかない。
とはいえ、肝心の美香子に関してはベースになる生身の損傷箇所が多すぎるために手術を延期せざるを得ない状況だった。
最終的に身体の7割を人工的な物にすげ替えることになるらしいけど、部分ごとの手術ともなればそりゃあ膨大な時間を要するだろうし躊躇いもするさ。
美香子の祖父。虎太郎爺さんはちょくちょく孫娘に会いには来ているけれど、そんな彼女を見るのがつらいと雫に愚痴った。
虎太郎さんは美香子の願いを全て叶えるつもりでAMSに乗って戦うことを許していたけれど、傷つき倒れたとなれば話は別で源八爺さんを相手に怒りを顕わにする一面もあって、今は険悪な関係になっている。
「そういえば私の機体は?」
「もうじきロールアウトの予定だ」
「そう……」
一方で、雫の機体であるシューティングスターは修理もされずに格納庫の肥やしになっていた。
限界値を遥かに超えた機動を可能とするオーバードライブは、タイムリミットを越えると内部の人工筋肉が崩壊を起こす。
また黒機体の放った必殺技は超高温の熱波と衝撃を放出する物であり、これを食らっている機体は電気系も含めて全て動作不能に陥っていた。
つまり、手の施しようがない鉄くず状態なのです。
なので、源八爺さんは新たな機体の作成に取りかかった。
AMS−HD9870EXP『シューティングスター・エクスペリエンス』。
完成すればそのように銘打たれる機体。これまでの実戦データを元に根底から改変・再構築されるシステムと内部機構。
新たに実装される駆動炉は常識を覆す膨大なエネルギーを機体に供給する。
それはもはや、次世代型と呼び習わしても遜色のない代物だった。
「美香子はあんなだし、私たちは一体いつまで戦い続けたら良いのかな?」
「それを決めるのはお前だ、雫」
とはいえ雫は戦うことに嫌悪するようになっていた。
銃弾に身を晒し打ちのめされたされた友人の姿。もぎ取られて宙を舞う自分の腕。
何度も何度も脳裏にフラッシュバックする戦場の光景。
普通の女子高生として学校に通ったり、部屋に引きこもってアニメとか観ていたあの頃に戻れたらどれだけ素晴らしいか。
けれど、それは許されないこと。
美香子が再起不能の重体になった今。そしてこの手が知らない誰かの血で赤く染まっている今となっては、自分だけ何事もなかったかのように平穏な日常に戻ることなんてできるワケがない。
もちろん終わらせることはできる。
でも、そうしてしまえば自分の為に傷ついた人も、この手で失われた命も、その全ての行為が否定されてしまうように思える。
だから今さら降りるなんてできない。死ぬことさえ許されない。
それが今ここに在る如月雫なのだ。
「お前は俺の雇い主だ。だからお前の決めたことに俺は口を挟まないし、やれと言われたことは必ず実行する。
だが、それらを決定するのは他の誰でもなく、お前の意思でなければいけない。それが最低限のルールだ」
「そっか、そうだよね」
卯月冬矢さんは、自分にも他人にも厳しい人だった。
雫は今さらながらに痛感して、弱気になっている心を奮い立たせる。
「冬矢くん、……ありがとね」
「気にするな。クライアントが心置きなく戦えるようサポートするのも仕事の内だ」
礼を述べれば返って来るのはこんな言葉で、雫は思わず苦笑いと溜息を零してしまう。
彼がバカの付く真面目人間だってのは分かったし、その真面目さと冷静な対処能力がどれだけ助けになるかも知っている。
けれど仕事仕事と一本筋なのは、年頃の娘さんとしては息が詰まるというか何というか。
「明日、また来る」
「うん、じゃあケーキとか持ってきてよ。病院のご飯は不味いのよ」
「了解した。では焼きたてのアップルパイを出前しよう」
「うん、とびっきり美味しいのをお願いね!」
258 :
天使ノ要塞:2011/02/16(水) 23:21:52 ID:NAeXSl64
冬矢さんはこの後、喫茶店の仕込みがあるからと部屋を出て行った。
時間外ともなれば如月邸の地下であれやこれやしなきゃいけないみたいだし、本当に忙しい男だ。
雫は誰も居なくなった病室で一人身震いし、思い出したように開けっ放しだった窓を閉めた。
+++
マリィはAsの本部ビルと軒を連ねる医療施設、その病室の一つに収容されていた。
前回シューティングスターとの戦いで負ったのは肋骨の骨折と右手の火傷だったけれど、それも今では完治に近づいている。
本来なら全治三ヶ月のハズなのだけど、マリィの身体は異常なまでに怪我の治りが早いのです。
身体の具合が良ければ動き回りたくなるのが患者というものだけれど、マリィの場合は何かと暇を見つけてやって来る副主任が「完治するまでは安静にして下さい」と押さえ込むものだから息苦しくて仕方が無かった。
その日、ベッドの上でぼんやり長い髪を弄んでいた少女は急な来客に驚くことになる。
スライド扉を開けて病室へと入ってきたのは背の高い、白衣ならぬ黒衣を身に付ける男だった。
男の顔は死人のように真っ白で、そのくせ眼にはギラギラとした光が宿っている。
「……お父様?」
「許可は取ってある。少し付き合え」
その男の顔を少女は知っている。
これまで何度会おうとしても会ってくれなかった父親。
現政府、つまりはすでに世界を掌握している組織の最高幹部であり、そして狂気の科学者としてマリィを造ったヒト。
男はマリィにめかし込む時間さえ与えないまま連れ出すと、いかにも高級そうな黒塗りリムジンに押し込めて自分もその向かいに座る。
車の走行中、男は何度も咳き込んでいて、顔色と合わせて心配したけれど気遣う言葉は出てこなかった。
やがて車は地下に向かうトンネルに入り、しばらくすると巨大な鉄製のゲートが出現。
門は自動認識なのか独りでに開くとリムジンを迎え入れて再び閉ざされてしまった。
「お父様。どこへ、向かっているのですか?」
「俺の研究所。いや、SXS……サクセスの要塞基地とでも言うべき所だ」
男は咳き込みながら答える。
その姿が、なぜかとても痛々しいものに見えた。
ゲートの奥には斜め下に向けて稼働する巨大な昇降機があって、リムジンが停車するのを見計らって下へ下へと降りてゆく。
昇降機が停止したとき、男はリムジンから降りて少女を促した。
259 :
天使ノ要塞:2011/02/16(水) 23:22:51 ID:NAeXSl64
「お父様は、ずっとここで……?」
「ああ。家に帰るのは年に一度、妻の墓参りの時だけだ」
壁も床も天井も、全てが金属で覆われた廊下を迷うことなく突き進む黒い背中。
マリィが尋ねると、だからどうしたとでも言わんばかりに答える男。
それまで気付かなかったけれど、科学者の後頭部はかなりの割合で白髪が混じっている。
彼の家に何度出向いても門前払いを受けたのは、そもそも家の主が不在だったから。
これまでの不満が少し溶けるのを感じた。
それから男は一つの鉄製扉の前で立ち止まった。
ID式でカードキーを通すとスライドする扉。
足を踏み入れた先は、緑色の液体の詰まった円柱形の水槽がどんと真ん中を占拠する部屋で、辺りには何に使うのかも分からない機材や書類の束が無造作に積み重なっている。
時折見かける空の缶ビールがなんとも哀愁を漂わせていたけれど、そこはさておき。
男はさらに奥へと続く鉄製扉を押し開き、中に入ってしまう。
慌てて追いかけるマリィ。
「――ここだ」
入った先は真っ暗だったけれど、男がスイッチを入れると照明が眩しいくらいの光を放ち、部屋の全容を描き出す。
そこには二つの台座があって、それぞれにAMSが鎮座していた。
AMSは双方共に漆黒色の装甲を持ち、赤い筋が仄かに瞬いている。
「左の機体は俺の専用機。お前のは右のヤツだ」
「これを、わたしに?」
「AMS−X05、ファントムナイト。Xシリーズとしては最後の機体になる。
GTXは魔法少女専用機として試験的に開発した物だが、そのシステムを再構築して搭載したのがソイツだ。
駆動炉に双極魔導動力炉『α2500』を搭載しているから必殺技はもとよりAMフィールドの展開も行える。
装甲はオリハルコン合金。中身にも繊維式オリハルコンを編み上げた人工筋肉が入っている。パワーも耐久力も折り紙付きだ。
お前が使っていた機体とは造形も操作手順も似ているから戸惑うことは無いだろうが、出力はケタ違いに上がっているから気をつけろ」
淡々と解説してから男は機体と同じ色のスクエアを手渡した。
受け取ったマリィに彼は告げた。
「こいつはM.A.R.Yシステム搭載機として、お前と同時に産まれたお前の半身だ。……乗りこなしてみせろ」
男の眼はずっと黒機体に注がれている。
いや、それ以外は何も見ていない瞳。
マリィは悲しくなって、スクエアを握り締めたまんま俯く。
「お父様は、私のことがお嫌いですか?」
ずっと考えていた。
父親は亡くした姉を愛するあまり、同じ血を持つ自分を嫌悪しているんじゃないかと。
さっき妻の墓参りがどうとか言っていたけれど、彼の言動から奥さんに対する愛情はあまり感じられないから、やっぱり姉であるミリィこそが彼にとっての最愛のヒトなのだと思う。
科学者はマリィの問いかけを受けて初めて少女を真っ直ぐ見据えた。
「なぜそう思う? お前は最高傑作だ。嫌いになる理由がない」
なるほど、科学者らしい物言いだ。でも、と思う。
「娘としては見ていただけませんか?」
産まれた時から実験動物のように扱われてきた。
人間らしく扱われたのはAsに放り込まれてからのことだし、それでも部下の幾らかは今でも彼女に化け物でも見るような目を向けてくる。
だからせめて、父親にくらい普通の女の子として見て欲しい。娘として接して欲しい。そう願う事がそんなに悪い事なのか?
なのに創造主は懐からタバコを取り出すと悠長にくゆらせるばかり。
260 :
天使ノ要塞:2011/02/16(水) 23:24:52 ID:NAeXSl64
「俺はとうの昔に悪魔に魂を売り渡している。普通の父親であることを望むな」
それからこうも言った。
「お前の身体には戦う変身ヒロインとして無数の命を刈り取った妻の遺伝子情報と、獣魔の体細胞と、そしてミリィが命を賭けて奪い取った延命技術が組み込まれている。そんな生き物を造った俺に父親を名乗る資格があるとでも思っているのか?」
え、今なんて――?
言葉を詰まらせる娘さん。
蒼白な顔の科学者はあくまで冷たい物腰だった。
「お前は産まれる前から普通の人間ではない。俺がそのように造った。分かるか、その意味が?」
いつしかマリィの面持ちも蒼白になっていた。
過去に戦った獣魔がどうして攻撃してこなかったのか。なぜ長い間実験動物として扱われてきたのか。
それら全ての疑問が氷解してゆく。けれどその奥にあるのは底知れない絶望感だけ。
自分の身体には、昆虫の細胞が入っているんだ。
なぜ、と問い掛けようとするマリィは、しかし男が大きく咳き込んで血を吐くのを見て言葉を失う。
タバコの火が自分の血液で消されてしまうのを無感情に見下ろしながら、呼吸を整えて黒衣の男が口を開いた。
「俺には時間がない。だから俺という存在が消えて無くなる前に伝えておく。
――数年前、異世界から大型の肉食昆虫が大量に湧いて出てくるという事件があった。
当時は変身ヒロインも数多く居てな、SXSは彼女らと協力することで撃退に成功した。我々はこれを獣魔大戦と呼んでいるが……。
その後、我々は肉食昆虫『獣魔』の再来を予期してAMSの本格的な開発に乗り出した。
米国に劣化版AMSの開発コードを流したのも、獣魔に対抗しうる戦力を期待したからだ。
もちろん『M.A.R.Yシステム』の研究もこれに準じている。
――ほどなくして、組織が保有している監視衛星が隕石群の落下を観測した。
異世界からではなく地球外からというのが予想外だったが、概ね睨んだとおりになった。
隕石内部から這い出してきたヤツらは地中深くに巣(ネスト)を形成し、今も繁殖を続けている。
この国は、いや世界はもうじきヤツらとの全面戦争に直面するだろう。
どちらかが完全に死に絶えるまで続く、長い戦争だ。
――しかし、今のままでは人類は滅ぶ。なぜなら個体数が圧倒的に違うからだ。火力も弾数も全く足りていない。
そもそもヤツらがどういった社会を構成し、どういった目的を持ってここに存在しているのか、全く分かっていない。
地表を覆い尽くす数の虫けら共と張り合うには、足りない物が多すぎる。
――マリィ、お前はその人類に足りない部分を穴埋めするために造られた。
Asは最終的に、ヤツらの巣に乗り込み掃討する先兵となるために組織されている。
だが、今の戦力ではAsは壊滅する。戦力比は推定で1500倍。勝てる道理が見つからない。
だからマリィ、仲間を募れ。優秀な人材も兵器も、形振り構わず全て掻き集めろ。
時間が無いという点では俺もお前も、人類全てにも共通している事だ」
長い説明を終えて科学者はもう一度咳き込んで血を吐いた。
マリィは思わず駆け寄って、崩れ落ちそうな体を支えようとする。
そんな少女の頭を男は愛おしそうに撫でた。
261 :
天使ノ要塞:2011/02/16(水) 23:25:55 ID:NAeXSl64
「機体は朝イチで本部に届けておく。怪我が治り次第、試運転と微調整に取りかかると良い」
「お父様……」
「俺が憎いか。お前に理不尽で過酷な責任を押しつけている俺が恨めしいか?」
「そんなこと」
「憎んで貰って結構だ。それでお前の生存確率が少しでも上がるのなら、俺は喜んで憎まれよう」
「憎くなんか、ないです」
黒衣の科学者は半身をマリィに支えられ、もう半身を黒い機体にもたれかけて、ヒューヒューと苦しそうな息を吐きながら言った。
「次の仕事が終わり次第、俺は自分の機体に身体をくれてやるつもりだ」
彼はデッキの左側に鎮座する、見るからに禍々しい悪魔的造形の機体を拳で小さく叩く。
「ルシファーは人間の血と肉を喰い、脳と神経組織を取り込むことで起動する生体兵器だ。
コイツを目覚めさせることが科学者としての俺に残された最後の仕事になる」
そして少女を突き放す。
「もう会うことも無いだろう。……さあ、行くんだ。行って、お前に与えられた仕事を全うしろ」
だけどマリィはすぐには立ち去らなかった。
患者服の裾をギュッと握り締めて、今にも泣き出しそうな顔で父親を見つめている。
彼は娘に優しい言葉なんて掛けたことがない。愛情たっぷりに抱き締めることさえ無かった。
それでも、少女にとって彼は大切な人だった。だから、せめてその最後の輪郭を瞼に焼き付けておこうと思った。
科学者は蒼白な顔で、口端から血の筋を垂らしながら、それでも微笑んでいる。
「では、行って参ります、お父様」
「ああ。達者でな」
「はい、お父様も……」
数分か、数十分かも分からない時間の中で交わされたのは、たったこれだけの会話だった。
やがて意を決して踵を返したマリィ。
少女は自分が何者で、何を成せばいいのかを理解した。
だから一歩を踏み出す。
振り返ることはしない。泣きじゃくって踞ることもしない。ただ前へ、前へとつま先を押し出す。
「父親らしいことなんて何一つしてやれなかった。本当にダメな男だな、俺は……」
他に誰も居なくなった部屋で、そんな戯言が微かに空気を震わせていた。
+++
262 :
天使ノ要塞:2011/02/16(水) 23:27:07 ID:NAeXSl64
その日。田嶋署の刑事、高橋と前原は地下を走る巨大な下水道に足を踏み入れていた。
主に殺人事件を取り扱っている刑事課の二人がなにゆえこんな所にいるのかと言えば、それは逃走した容疑者が下水道に逃げ込んだとの情報を掴んだから。
強烈な臭気のおかげで鼻は麻痺しているし、ヌメった床に足を取られて何度も転んでいたしで、若い前原だけでなくベテランの高橋だってウンザリしていた。
「クリーニングで臭い落ちますかね? このスーツ高かったんですよ」
「諦めた方が良い。俺も帰ったら背広を捨てるつもりだ。しかしこれは手当付けてもらわんとワリに合わんぞ」
口々に愚痴を垂れ流す。
いや、というか、本心ではスーツの汚れや薄給なんてどうでも良かった。
ただ、懐中電灯がなければ足下さえ見えない暗闇に薄気味悪さを感じていたから、何か喋っていないと不安に苛まれてしまうわけだ。
特に人食い巨大昆虫の解剖場面を見学していた二人であれば尚更のこと。
「――しかしアレは、一体何だったんだろうな?」
「獣魔、とか呼ばれていたアレですか」
「生物学なんぞサッパリだが、あれは素人が見てもこの世の物じゃないって事くらい分かる代物だったな」
「エイリアンとか、そういった類では?」
「映画の見過ぎと言いたいところだが、残念ながら俺もお前と同意見だ。どちらにせよ街の中で会いたくない物であることに違いはない」
「そのためにAsがいるじゃあないですか」
若手刑事にしてみれば、人外の相手はもうAs頼みの一択になっていた。
年の頃もあどけない少女が鋼の装甲を身に纏い戦うなんて格好良いじゃないか。なんて思いもしている。
懐中電灯で足下を照らしながら、今年で勤続20年のベテランはしばしの沈黙の後に呟いた。
「……前原、お前は不思議に思わないか? 十年前まではAMSなんて機械服は無かったし、化け物が街を闊歩することもなかった。
それが今じゃどうだ。米軍だかAsだかが街ん中で戦争やってるわ、片や化け物が人間を喰ってるわで地獄の窯が半分開いてるような状態だ」
「世界の終わり、という事なんですかね?」
「それが自然な流れっていうなら納得もするんだが」
「不自然な流れ、ですか。……もしかしたら政府は最初から虫の存在を知っていたのかも知れませんね。
だからAMSなんてロボットを作って、その技術を向上させるための実戦テストとして戦争が起こるよう仕組んだ」
「政府が裏で糸を引いている、か? 本当にSFじみた話だな」
「そういえば、前の一件で動いていた赤いAMSはどこの所属なんです? Asと揉めていたみたいですけど」
「ん、お前あの現場に居たのか、休暇中だったんだろう?」
「ええ、家内と買い物に出かけて、その途中で」
「それは運が悪かったな。奥さんに怪我は無かったのか?」
「ええ、物陰に隠れてやり過ごしましたから」
前原は半年前に結婚した新婚ホヤホヤだった。
高橋は仲人を務めた手前、嫁さんが無事だと聞いてホッとせずにはいられない。
「あの赤いAMSは一般企業の物だ。色々と事情があって警察に協力している」
「企業の機体がAsとやりあっているんですか? そいつは凄いですね」
「しかもパイロットは女子高生ときたもんだ。まったく、子供に戦争させるとは世も末だな」
「マジですか?!」
「これは一部の関係者しか知らない事だから他には言うなよ。といっても大概の人間は知っている事だが」
街で戦争が行われたあの日。
Asに包囲されたシューティングスターを助け出したのは機動隊の方々だった。
おかげで中の少女達は一命を取り留めたし、機体のデータを渡さずに済んだとも聞いている。
けれど、その引き替えにAs、つまり政府側と警察側との激しい軋轢が浮き彫りになってしまった。
政府側は警察に情報の開示と機体の引き渡しを要求したが警察は断固としてこれを拒否している。
とはいえ、この騒動に関わったと目されている防衛庁の人間は根こそぎ連行され尋問を受けているから如月の情報が長く守られることは無いだろう。
もしも一般企業にも関わらず戦闘行動に荷担している如月の事が政府に知られれば、彼らは武力で押し包んで殲滅しにかかるに違いない。
相手が老人であろうと年端もゆかない子供であろうと、気に入らなければ殺してしまおうというのが今の政府のやり口だった。
「まあ、俺達みたいな所轄は黙ってホシを挙げ続けるしかないってこった」
「本当に嫌な世の中ですね」
「それが気に入らないなら成り上がって根本から変えてみろ」
263 :
天使ノ要塞:2011/02/16(水) 23:30:51 ID:NAeXSl64
軽口でも叩く勢いで会話にオチを付けた高橋は、懐中電灯の先に照り返しとは違う妙な光を見つけた。
後輩と顔を見合わせてそちらに足を進める刑事。
側溝を流れる汚水を無視して歩くうちに、ふと足下を照らした前原が「うっ」と顔をしかめる。
「なんだコレ。ネズミの死骸が……!」
「多いな。野犬でも住み着いているのか?」
床の上におびただしい数の食い散らかされた小動物が転がっている。
麻痺しているはずの鼻が、汚物の臭いに混じって肉の腐敗臭を嗅ぎ取っていた。
吐きそうになるのを堪えてさらに通路の奥へと進む二人は、そこで想像を絶する光景を目の当たりにする。
「これは……!!」
床にも天井にも、薄緑色に発光する卵が無数に張り付いていた。
どれもこれもが人間の子供くらいの大きさで、中でカブトガニみたいな幼虫が胎動している。空気は生ぬるく、しかし二人は恐怖から寒気を感じていた。
「おい、帰るぞ」
「しかし容疑者が見つかってません」
「アレを見ろ」
高橋刑事が言って懐中電灯を壁の一点へと向けた。
壁を伝う鉄管の開閉弁に何かが引っ掛かっている。よく見るとそれは血塗れになった人間の上半身だった。
「ここは危険だ。早く出よう」
「マリィさんに連絡しましょう!!」
至る所に転がっている小動物の死骸も、衣服を着た肉の塊も、おそらく全て昆虫に咀嚼された跡なのだろう。
ということは、この下水道には今もって肉食昆虫が住み着いていて、肉を喰いつつ卵を産み付けているということになる。
小さな拳銃くらいしか携帯していない二人にとって、その場所はあまりにも危険すぎた。
「――ひっ!」
慌てて振り返った二人は、しかしすぐには身動きすることが出来なかった。
彼らの前に一匹の巨大な甲殻昆虫が立ちはだかっていたからだ。
解剖ショーで見たのと同じクモ型の獣魔。そいつは顎からシャキシャキと奇妙な音を立てていた。
「……前原、お前射撃の腕は上がったか?」
「いえ。銃はどうも苦手で」
「そうか、じゃあ俺が囮になるから、お前は脇を抜けて行け」
「え、でも、それじゃあ!」
「奥さんを泣かす気か?」
小声で囁き合う男達。泣きそうな前原に、中年刑事はニヤリと笑って見せる。
「幸い、こっちはおふくろも死んじまってるし、女房も逃げている。悲しむ家族は居ない」
「高橋さん……」
「お前も男だろ。覚悟決めろ!」
「……分かりました。絶対に、仇は取ります」
「ああ、後は頼んだぞ」
高橋が懐から取り出したのは、所轄に配備されている拳銃だった。威力が小さいから、見るからに堅そうな甲羅を抜くことは出来ないだろう。
でも、それでも相手の気を引くには十分な刺激になるはずだ。刑事は両手でゆっくりと構えて、引き金に指を掛ける。
264 :
天使ノ要塞:2011/02/16(水) 23:34:59 ID:NAeXSl64
「行けっ!!」
鋭い掛け声と同時に反響する銃声。
同時に駆け出した若い刑事。
今まさに襲い掛かろうとしていた巨大昆虫は思惑通りに高橋へと飛び掛かり、その隙を縫って前原は駆け出す。
二発目の銃声が響いても彼は振り返らなかった。
何度か転びそうになったが踏ん張って堪えた。
少ししてから野太い叫び声が堂内の空気を震わせたが、だからといって足を止めることをしない。
悔しさからか恐怖からか、目に涙が伝う。
それでもただひたすら出口を求めて走り続ける。
そんな前原の前に、やがて外界の光が見えてきた。
おわり
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
設定
【AMS:アーマード・マテリアル・スーツの基幹概念】
開発初期の頃はアンチ・マジスティック・スーツと呼ばれ、絶対守備領域であるAMフィールドと合わせて対魔法少女戦闘を想定した物だった。
それは当時、まだ悪の秘密結社として活動していたSXS(サクセス)が敵対する魔法戦士を駆逐するために行った研究開発であり、ゆえに対人もしくは対獣魔戦闘は想定されていない。
しかし、結果としてAMSを使用することなく彼女らを取り込むことに成功した組織では、同時期に出現した獣魔を新たな仮想敵として開発を推し進めるより他に手段が無い。
なぜなら其処に至るまでに費やした膨大な資金に大義名分を与えなければ開発者が責任を負わされてしまうからだ。
それから様々な戦闘データを蓄積し、新たに判明したのは当の魔法少女に装着させると機体性能が飛躍的に上昇するという事だった。
名称を現在の呼び方に改訂したのも将来的に魔法少女を搭乗者とする機体(GTXシリーズ)の製造を考慮してのこと。
また、開発中期からは中央処理装置にラピッド・ストーンと呼ばれる物質が採用されたが、この派生としてM.I.R.Yシステムが研究されていた。
これはSLI技術により複数個のラピッド石を並列に接続することで機体性能と搭乗者の魔力レベルを極限まで乗算することを目的としており、機体と、これに適合する素体(搭乗者)をワンセットで生成する事を基本概念としていた。
とはいえ、研究対象であったマテリアルナンバー30『ミリィ』が戦闘中に死亡したため、この計画は一時凍結になっている。
M.A.R.Yシステムはこの後継として立案・着手された計画である。
【AMSと『魔装』の関連性】
魔装とは別次元世界にて製造された、ラピッドコアを組み込んだ鎧甲冑を指している。
魔装の製造技術がこちら側に渡る前から組織はAMS開発に着手していたが、
内部システムの構築や次世代型ラピッドの生成には多大な影響を与えている。SLI技術もその一端である。
注釈)SXS内ではラピッドストーンをデバイスと呼び、これを連結させる技術を『クロスファイア』と呼んでいた。
魔装の開発者はエリファス=プレシアス。別次元世界で『黒竜』と呼ばれる戦闘部隊に所属していた。
当組織がこちら側の世界に宣戦布告するという出来事があったが、殲滅・解体後はAs内の開発局長に収まっている。
彼女は魔装の他に高度なクローン生成技術を研究しており、その技術がMARYシステムに反映されている。
265 :
天使ノ要塞:2011/02/17(木) 00:13:54 ID:z/egG/5w
【AMS:Xシリーズ概要】
SXSの最高幹部である科学者が作ったAMSは、それ以外とは性能的にも規格的にも逸脱しているため『Xシリーズ』と呼ばれている。
ちなみにマリィや柊川七海の操るGTXシリーズは魔法少女専用機として作られた試験機体であり、Xシリーズに近い構造ではあるがオリハルコン合金を装甲とはしておらず、また駆動炉として霊子力機関も搭載していないため同シリーズには含まない。
(天使ノ要塞の時点での各機体の状態)
X01『ダークナイト』 ……科学者自らが駆った機体。度重なる改装を経て『ダークナイト・アサルト』となった。今はお蔵入り。
X02『デスサイズ』 ……ダークナイトの欠点だった機動性を強化し、静音性に特化させた機体。現在は組織内の人間が運用している。
X03『メテオランサー』 ……規格外の大きさを持つ機体。重装鬼神の名を冠する最終決戦兵器として開発された。近々改装予定。
X04『ルシファーナイト』 ……一応の完成はみたものの未調整のまま放置されている。Xシリーズの集大成的な要素を持つ。
X05『ファントムナイト』 ……ロールアウトしたばかりの機体。性質的にダークナイトの正統後継機に当たる。
X00『セイタン』 ……最初期のAMS。組織内の使われていない格納庫に封印されている。細胞浸食型の機体。
【天使ノ同盟&天使ノ創世(天使ノ学園を含む)の登場キャラの現状】
片瀬姫乃(エンジェル・ランス)
半狼半人のSXS幹部ウォルフ師匠と共に山ごもり。妖怪を倒しつつの日々ではあったが、ある日師弟の一線を越えてしまい、これを発端として結婚。
今は上京して主婦になっている。子供は二人。それぞれ犬耳、犬尻尾がついている。
蒼井聖(エンジェル・ハープ)
姫乃が山ごもりで居なくなった後、何者かの手により家族が惨殺され、聖は行方不明。現在、事件の重要参考人として全国指名手配されている。
景山日和(EXレイヤー)
獣魔大戦後、父である景山宏明と共にSXSの研究機関に移籍。現在は博士号取得のため猛勉強中。
ヒカル(魔法少女)
SXS最高幹部Dr.カンザキの助手として活躍中。個人では魔法と科学の融合についての論文を発表。博士号を取得し、カンザキの後釜と目されている。
綾並静佳(ラファエル・ブルー)
営んでいる薬屋は今も繁盛しており、また現在に至っても裏ルートで劇薬を取り扱っている。変身ヒロイン家業からは完全に足を洗っている。
Dr.エビル(科学者)
繊維式オリハルコン・スーツの開発後、諸々の特許を持って渡米。GMA900とA−GMA3の開発に成功する。
高岡水瀬(ミスティ・アーク)
魔法戦士養成学校であるミルフィールを卒業後、女神近衛騎士にならずに行方を眩ませている。
風の噂では黒竜騎士団の残党に招集をかけているらしい。
幾島真琴(ドラグナー)
ミルフィール学園の三年生。12匹のドラゴンと契約を結び、女神近衛騎士団に反旗を翻す機会を窺っている。
スコット=レイヤード ハインツ=オックスフォード アキーム=ブルダニン(リュンクスの隊員達)
リュンクスは解体されたもののAs所属であることに変わりは無く。今も柊川七海を隊長として世界を飛び回り、AMS部隊の育成に務めている。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
なお、これらの設定は今作に関してはほとんど意味を成さない。
266 :
天使ノ要塞:2011/02/17(木) 00:22:35 ID:z/egG/5w
というわけで13話を投下しました。
冗長な設定を付け足したのは、半分は単なる自己満足で、もう半分は最終シナリオへの布石です。
まあ、今のところは作者はこんな設定でキャラを動かしているんだくらいに思っていただければ十分です。
後半の13話は如何にして獣魔の巣を叩くかっていうのが主軸になるから
キャッキャウフフな展開はまず有り得ないので、そこんとこはヨロシクです。
投下乙
268 :
天使ノ要塞:2011/02/22(火) 18:07:04.36 ID:DypvaHts
第14話 「仄暗き戦場」
息も絶え絶えの刑事がAs本部の玄関口に辿り着いたのは午後5時の事。
そろそろ帰り支度を始めようかという頃合いに雪崩れ込んできた刑事は汚臭を放っていることなんてお構いなしに受付嬢の前に立ち、半べそかきながらマリィとの面会を求めた。
受付の局員はあからさまに嫌な顔で彼女が入院中である旨を告げたが、前原は必死で食い下がり、そんな押し問答が続く中で現れたのは局長の室畑だったという次第だ。
「一体何の騒ぎかね?」
「あ、局長」
その呼び名を耳にして、弾かれたように顔を上げた若い刑事は襲い掛かる勢いで室畑に詰め寄った。
「あんた、マリィさんの上司なんだよな? 頼む! 話を聞いてくれ!!」
汚物まみれの手で掴み掛かってくる前原をさらりとかわして、ついでに足を引っ掛けてみる局長。
彼は不機嫌そうに襟元を正して、みっともなく転んでそれでも立ち上がろうと藻掻く男を見下ろした。
「それは話をする側の態度ではないだろう。さらに言わせて貰うなら身だしなみに気を使った方が良い」
あくまで冷たく鋭い双眸の局長。それでも前原は立ち上がって、睨み付けるような態度で行く手を阻む。
彼は息を整えると懐から警察手帳を取り出して突き付ける。
「下水道に獣魔がいた。先輩が死んだ。あんたらが動かないのなら機動隊と自衛隊に頼むだけだ!!」
それ以上の言葉なんて思いつかなくて、一歩も通さない姿勢を崩しもしない。
冷静に考えてみれば、所轄の刑事一人に機動隊やら自衛隊やらを動かす権限はないし、また動いてくれたとしても準備を整える時間が必要になってくる。
でもそれは、どちらかといえばそれらと軋轢のある組織への脅しの意味合いが強い。
機動隊と自衛隊で獣魔絡みの事件が解決できるようであれば、Asそのものの存在意義が大きく失われるのだ。
彼の必死さが伝わったのか、室畑局長の顔がみるみる厳しい物へと変わってゆく。
「……話を聞こうか」
建物から出ようとしていたつま先を翻して室畑局長は刑事を促し、同じエレベーターに乗り込んだ。
ヘドロに塗れたスーツからは絶えず臭気が滲み出しており、目的の階に到着するまで局長は吐き気と戦っていたが、どうにか耐え抜いたらしい。
大企業の会議室を彷彿とさせる部屋に案内された刑事は、そのあと二十分程度話し合うことになる。
「――事情は分かった。後は我々に任せてもらおう」
「お願いします」
一通りの話を聞き終えて局長は席を立った。
促されて前原刑事もそれに倣った。
「高橋刑事の殉職についてはこちらから警察庁に話を回しておく。署内での事情聴取は免れないだろうが、一般の人間にはこういった話はしないよう頼む」
「ええ、分かっています」
獣魔の存在は一般には全く公表されていないことだし、だからといって迂闊に口を滑らせてしまえば最悪で国を挙げての大パニックを引き起こす結果に繋がる。
刑事としてもそれくらいのことは理解していたし、だから局長の刺した釘にもあっさり頷いた。
「では私はこれで失礼する。これから緊急のミーティングを開かなければならないからな」
「じゃあ自分は帰ります」
「ああ、そうしてくれ」
そして部屋を出た二人は別々の方へと歩き出した。
刑事には刑事の仕事があって、同様にAsにはAsにしか出来ない事がある。
だから別々の道を征く。ただそれだけの話。
前原にしても、室畑にしたって、互いにもう会う事はないだろうと決めてかかっていた。
+++
269 :
天使ノ要塞:2011/02/22(火) 18:09:10.99 ID:DypvaHts
こんな経緯があって、午後六時のAs本部は喧噪に包まれていた。
退院間近のミリィも緊急の呼び出しを受けて馳せ参じている。
直接戦闘に関わる実働部隊は元よりオペレータや救急班といったバックヤードスタッフの皆さんも準備を整えていたし、警察や消防への協力要請で地下下水道への侵入口は全て封鎖。
突入体勢は着々と進んでおり、問題が起こらなければ深夜0時が作戦開始時刻となる段取りだった。
「主任、そのお体で大丈夫ですか?」
「問題無いわ。私の身体は特別製なのよ、機体と同じでね」
人員の輸送は装甲車両で行われる。
その先頭車にはマリィと副主任の稲垣、それから四人の隊員が乗り込んでいて出発の時を今か今かと待ち侘びていた。
「稲垣のおかげでベッドから出られなかったから、余計に怪我の治りが早かったしね」
白いワンピースの上からAs仕様のジャケットを着込んだミリィと軍人を思わせる出で立ちの稲垣。
二人居並ぶとどうしたって違和感ありまくりなのだけれど、今さらといった感じにしか周囲の目は向けられていない。
というよりも、少女が部隊にやってきてからずっとこのスタイルが続いているものだから仲間達としてはごく普通の景色でしかなかった。
「それより作戦のおさらいをしましょう」
マリィは下水道の見取り図を取り出して示唆する。
もちろん後続車両に積み込まれているAMSにもマップは入っていてモニタで自分の居場所まで明示されるのだけれど、戦場ではいつ何が起こるか分からないから操縦者の頭の中にも入れておかなければいけない。
少女の膝の上に乗っている紙切れを覗き込む稲垣副主任だけど、その顔は僅かに赤みを帯びていた。
なぜだか分からなくて問い質そうとしたけれど、彼は曖昧な咳払いで誤魔化してしまうのです。
今回の作戦は部隊を4つの班に分けての行動となる。
3機を1班とする攻撃隊が3部隊、加えて出入り口を封鎖する機体が2機。合計で11機での出撃だ。
作戦では、攻撃班はそれぞれ別ルートから侵入し、遭遇する獣魔を排除しつつ目的地を目指す。
獣魔は一匹とは限らない、むしろ複数いると考えられている。
また一匹でも残すといくらでも増殖するから、やるときには残らず駆除しなければならない。
地下下水道は迷路のように入り組んでいて、しかも狭苦しい空間内での機動が前提になるから大所帯では返って足を殺してしまう。
なので指揮する人間と、前と後ろとをカバーする人間がいればそれで十分。
上手くいけば挟み撃ちする格好で合流できるワケだし、限りのある機体を効率よく運用しようと思うならこれ以外の作戦など考えられなかった。
「でも本音を言えば、私の班は私だけでも十分なのだけれど……」
「ダメですよ主任。一人で突っ走ってまた怪我でもされたら困りますから」
溜息混じりのマリィと渋い顔でたしなめる稲垣くん。
マリィとしてはまだ慣らし運転さえしていない新機種で遊んでみたくて仕方が無い。
機体と一緒にやって来た取扱説明書によれば、スペック的に隊員の操るJ602『ミヅチ』の十倍以上の性能ということになっているし、それが本当なら稲垣ともう一人の隊員をそれぞれ他の班に振り分けてもまだ余裕がある。
ミーティングの席でもそういった発言はしたが、今の稲垣の主張と全く同じ理由で却下されていた。
とはいえ確かに伝説とすらされる『Xシリーズ』の攻撃能力はとても魅力的なので、班の指揮は稲垣が担当してマリィは先行するといった並びになっている。
少女はジャケットのポケットから漆黒色のスクエアを取り出して愛おしそうに撫でてみたり。
「お父さんとの確執は無くなりましたか?」
「うん」
頷くお嬢さんの顔は柔らかくほころんでいた。
やがて出発の時間になって、準備も万端、各車両が発進する。
下水道への侵入口は繁華街の外れにあるけれど、距離にするとそう遠くはないから予定の一時間前には到着できた。
工業地帯に差し掛かる場所という事も手伝って車の流れも無ければ人通りも無いわけだし、隊員達は急かされることなくAMSを装着して、さらに一服までする余裕があった。
270 :
天使ノ要塞:2011/02/22(火) 18:11:54.56 ID:DypvaHts
『CP(コマンドポスト)よりアルファ・ゼロへ。――作戦予定時刻になりました。速やかに所定の位置について下さい』
そして指揮車両のオペレータが時刻を告げるのと同時にその作戦が幕を開けた。
「――凝結」
不気味に口を開ける侵入口の前に立ち、黒いスクエアを手に少女が囁く。
足もと一杯に展開される青い魔方陣。そこから溢れ出した原油よろしくの液体が彼女の肢体を包み込み、まるで影が蠢くように赤い筋を描き出す。
液状の影が床に吸い込まれたとき、残されていたのは銀色のランスを手にした漆黒の機械甲冑。
その造形は以前の物と比べてさほどの違いしかなかった。
しかし前機体とは比べものにならない力が隅々まで漲っているのが分かる。
【Multitask.
Active.
Rapid.
Yeager.
SYSTEM.........Drive Ignition】
「AMS−X05、ファントムナイト。スターティング・オペレーション!」
モニタの中で踊る文字を見つめながら、マリィが宣言する。
周囲にはAMS用の大型自動小銃を提げる群青色の機体達が彼女を取り巻き、現場主任の命令を待っている。
いかにも悪の幹部といった趣の凶悪な面具の下でつい微笑んでしまうマリィは、それでも次の瞬間には表情を引き締め声を張り上げた。
「作戦を開始します。総員、突撃!」
こうして少女を先頭に疾走を始めた狩人達。
征く先は戦場。生と死が交錯する地獄のような戦場。人々の目はどれもこれもギラつき、ただただ引き金を引く瞬間を欲していた。
+++
下水道へと侵入した9体のAMS部隊は、その後、作戦通りに三方向へと分かれて前進する。
敵、――クモ型獣魔はやっぱり一匹だけではなくて、10メートルと進まないうちに孵化したばかりの子蜘蛛も合わせて100匹以上がお出迎えしてくれた。
「くぅ、このっ!」
自慢のランスで、もう何匹目かも分からない敵を刺突するマリィ。
少女の後方では群青色の機体が絶えず銃口を轟かせている。
『主任! 弾倉が尽きそうです!!』
稲垣が泣き言を口にする。
そりゃあそうだろう。獣魔の情報が入ったのは本日の夕刻であり、そこから6時間ほど後にこの掃討作戦は開始されている。
情報にあった目撃報告では一匹の親と無数の卵だったから、仮に最初から十数匹の群単位で下水道に住み着いていたとしてもこの短時間で増殖した数というには不自然すぎる。
通信の相手先も同じくらいの数を相手取っているようだし、さすがのマリィも事態の深刻さに気付き始めていた。
「まさか……」
可能性の一つ。というか一番ありえそうな話として。
そもそも獣魔は下水道で繁殖していたわけではなくて。獣魔の巣が地下下水道の下にあって、拡張しきれなくなった巣の住人達が壁面を食い破って下水道に侵入。そこを第二の繁殖場所としたという可能性がある。
もしそうだった場合。下水道内に産み付けられている卵を処理するだけでは問題は解決しない。
侵入した人々はさらに下層にあるネストの中心まで潜らなければいけないし、そうなると頭数だけでなく弾数も全く足りないとかいう状況に陥ってしまうのだ。
少女は血の気が引いていく思いで、それでも襲い掛かって来た一匹に得物を突き立てる。
「アルファ1よりCPへ。敵の数が予想を遥かに上回っている。作戦の中止と即時撤退を提言します!」
突っ込めと言われたらどんな状況でも行かなきゃいけないのが兵士というもの。
けれど、だからといって犬死にして良いはずがない。人間を限りある資源の一つと考えるなら尚のこと、この状況下での突撃は完全な無駄と言えよう。
だったら引くべき時には潔く引く。それがマリィの結論だった。
『CPよりアルファ1へ。作戦の中止は認められない。繰り返す、作戦の中止は認められない』
「くっ!」
271 :
天使ノ要塞:2011/02/22(火) 18:14:05.49 ID:DypvaHts
返ってきた血も涙もない回答に少女は呻き声をあげる。
『クソッタレ! 地獄だぞまるで!!』
『ひぃ! 死にたくない! 死にたくないよぉ!』
『泣きごと言ってんじゃあねぇ! さっさと撃ちやがれ!!』
『ファック!! ファック!!』
別ルートを行った仲間達の怒声が鼓膜を震わせる。
彼らも持ってきた弾薬のほとんどを失っているようだ。
このまま愚直な前進を続ければ、ほどなくして全滅するだろう。
そう思った少女は手近にいた一匹を刺殺して身を翻した。
「アルファ1より各機へ。ポイントAまで後退しましょう。合流して体勢を立て直すのよ!」
『『了解っ!!』』
ランスを逆手に持ち直して、背中に向けて飛び掛かってきた巨大蜘蛛へと突き立てる。
仲間達からの返答は待ち侘びていたかのように愛想が良くて少女はつい笑みなど浮かべてしまう。
「アルファ1よりCPへ。現場の判断により作戦を修正します。異論は認めません」
『こちらCP。了解しました。では修正案を提示して下さい』
語気が荒かったせいか、それとも中止を修正と言い換えた効能か、今度は許可が下りた。
そこでマリィは戦闘中に思いついた戦法を試そうと試みる。
「侵入口で待機している機体に補給物資を持たせてポイントAまで前進させて下さい。それから彼らには火炎放射器を装備させて下さい」
『CP、了解しました。ただちに手配します』
よし、上手くいった。
来た道を全速力で返しながらマリィ主任は密かに拳を握る。
やがて、来るときに三隊が別れた分岐点ポイントAに到着した三人は他の面々とも合流して、そこへ加わった待機要員から補給の弾薬を受け取った。
「ここからの作戦だけど、B班とC班はそれぞれ火炎放射器を装備した機体を先頭にして再突入。
私たちはこのまま行きます。卵を発見したら爆薬をセット、周囲に味方が居なければそのまま起爆して構わないわ。
全ての敵と卵を処理したら、次は周囲に異状がないか確認して。もしもネストへの入り口があったら、その座標を送って待機。
中から虫が出てくるようなら爆薬を活用して凌いで下さい。何にしても最重要事項は全員の生還だから、そこを履き違えないで」
てきぱきと指示を下す。
当初指揮系統を一任されていたはずの稲垣はちょっぴり不満そうだけど、だからといって反対意見を述べることなどしない。
少女の主任としての能力は間違いなく優秀で、今や誰よりも厚い人望を獲得しているのだ。
だから稲垣としては溺愛する妹を見守るお兄ちゃん的な心境で、少女の言葉に聞き入るより手立てが無い。
やがて通路の奥から微かにカサカサと音がこだまして、辺り一帯に戦闘再開の臭いが漂い始める。
装備を調えた人々は返り討つために陣形を整える。
まずは三叉路から溢れ出した虫けら共に、炎の洗礼を食らわしてやろう。
漆黒の機械甲冑がかざしたランスは、奥から這い出してきたおびただしい蜘蛛の群が二メートル手前まで迫った瞬間に、振り抜かれた。
「攻撃開始!!」
272 :
天使ノ要塞:2011/02/22(火) 18:15:35.10 ID:DypvaHts
ヴァッと横一文字に炎柱がそそり立つ。
一番手前にいた数匹が瞬間的に火だるまになってつんのめる。
後列は突然の火の手に驚いたのか急ブレーキを掛けようとしたけれど、後から後からやって来る波に背中を押されて次々と焼かれていく。
火炎放射器は、人間に対して使用するのならとても残忍な凶器だ。しかし、人食い昆虫に使用するのであればそれはとても効果的な道具だった。
辺りに何とも言えない臭気が漂うが、有毒ガスの充満する中での活動をも考慮して設計されているAMSにとっては大した問題ではない。
大小合わせて50匹あまりの虫けらを駆除した頃になって、獣魔の群は文字通り蜘蛛の子を散らす勢いで逃げ出した。
焼き焦げた骸を踏み分けて追いかける人々。
彼らは少女の下す号令を待っている。
「アルファ1より各機へ。――入り口に門番は居ないわ。だから一匹も逃がしてはダメ。全て駆除するのよ。……突撃開始!!」
そして三叉路から再び各々の戦場へと舞い戻った兵隊達。
Asのプライドに賭けて今度はもう引かない。命尽きる時まで、敵を殺して殺して殺しまくる。
瞳に灯った決意の光が、腕の中で鈍く光を照り返す銃身が、機体の足を前へ前へと押し上げている。
彼らはもう狩人ではなかった。そこに居たのは本物の戦人達だった。
+++
――約20分後。
今度こそ迫り来る巨大甲殻昆虫共の殲滅に成功した人々は、通路のそこかしこに卵が産み付けられている一角に到達。
そこへ持ってきた爆薬をセットして、避難すると同時にこれを起爆。巣の一掃に成功した。
『……主任の読み通り、ありましたね』
「そうね。みんな、弾薬はどれくらい残ってる?」
『火炎放射器のおかげでかなり温存できました。あと一戦はやれそうな感じです』
起爆の轟音が過ぎ去って15分。一行は重大な問題に直面していた。
壁面の一部が崩れ落ちており、奥には下層階へと続く急な斜面がポッカリと口を開けている。
マリィの睨んだ通り、下水道の真下に獣魔の巣があったのだ。
「アルファ1よりCPへ。ネストの入り口を発見した。指示を請う」
『CPよりアルファ1へ。……しばらくお待ち下さい』
指示を仰げばこんな回答が返ってきた。
各AMSのカメラは指揮車両とも繋がっていて、隊員の見ているのと同じ映像を車両の人々も見ている。
今回、室畑局長は車両に乗り込んで指揮を執っているワケだけど、突き付けられた光景に何を思うのか答えが出ない。
随分と待たされた後になって、無感情なオペレータさんの声がやって来た。
『こちらCP。突入を開始して下さい。ただし、データを持ち帰ることを最優先とし、無駄な戦闘は極力避けるようお願いします』
「了解しました」
少女は答えて仲間達を見渡した。
隊員達は面具の下でそれぞれに頷いている。士気は高い。
これならいけそうだ。そう判断したマリィは、やはり火炎放射器を装備している二機を先頭とする隊列を組ませて前進させた。
マリィは元より、隊の全員がネストへの侵入なんて始めての経験だ。
ここから先は何があるのか皆目見当も付かないから、部隊を分散させるような事もしない。
そういえばアメリカでは大規模な空爆で巨大ネストを処理したそうだが、内部構造に関する情報は全く伝わっていないワケだし、だからAsとしては今回撮れる映像がとても貴重な資料になるハズ。
これは何としてでも生きて返らないと。そう堅く心に誓う少女。
『こちらC――。映像が途切れ――、状況を報告し――い』
そんな中でインカム越しに寄せられた言葉。
指揮車両からの声だけど、どうもノイズが混じって聞き取りにくい。
自機の無線が壊れたのかと心配になったので確認してみる。
273 :
天使ノ要塞:2011/02/22(火) 18:16:40.47 ID:DypvaHts
「みんな、無線機は大丈夫?」
『ええと。……我々の物は問題無いようです』
「じゃあ、向こうの故障? でもそれにしてはタイミングが良すぎるわね」
仲間達との遣り取りだって無線で行われているから、無線機が破損したら会話もままならないはず。
でも仲間の声は明瞭に聞こえているワケだしこちら側の故障を疑うのはナンセンスだ。
『主任! この壁なんですが、何か特殊な液体が付着しています!』
「分かったわ。一応採取しておいて」
部下の一人が指で壁面を削いで、何やらヌラヌラした緑色の物体を小さなガラス瓶に詰め込んでいる。
ひょっとしたら、その液体には電波を遮断する特性があるのかも知れない。
考えて少女は不安になる。
指揮車両との通信が閉ざされるだけならまだ良いが、索敵レーダーが通用しなくなれば一気に不利な状況になってしまうのだ。
「もう少し進んで敵と一戦交えたら帰りましょう」
本当なら今の時点で回れ右するのが一番賢いのかも知れない。
だけど、これから先もネストに侵入する機会があるというのなら、敵の本拠地でどれだけ戦えるのかを知っておく必要がある。
そうしないと作戦の組み立てができない。それが現場を任される立場としての意見だった。
隊列を維持したまま人々はさらに下へと突き進んでゆく。
穴の中は下水道内と同じくらいの広さで、輪っかを連ねたチューブ状の廊下が奥まで続いている。
視界は悪くない。どうやら壁面が僅かに発光しているらしくて赤外線暗視カメラを使えばさらにバッチリ周囲の光景が見て取れる。
歩き続けて二十分ほどが経過したが、ここに至るまで一匹の獣魔とも遭遇することがなかった。
「おかしいわね。敵が出てこないわ」
『下水道で全て駆除してしまったのでは?』
「どうかしら。ネストの広さで考えるともっと居たって不思議ではないのだけれど」
『主任は心配のしすぎなんですよ』
少女の不安をよそに隊員達が軽い調子で笑う。
いや、彼らも不安は感じているのだろう。ただ声に出して否定しないと押し潰されそうだから。
構内には絶えず地鳴りにも似た音が僅かに響いていて、これが余計に人々の不安を煽る。
押し寄せる不安に急き立てられる人々は、そこからさらに十分ほど進み廊下の終点へと行き当たった。
「……これは!?」
274 :
天使ノ要塞:2011/02/22(火) 18:17:57.95 ID:DypvaHts
息を飲んで立ち尽くす面々。
廊下の向こう側は開けた空間になっていた。
天井までの高さは十メートルと少しと言ったところだろうか。
ドーム状の部屋には下水道にあったものなど比較にならない、おびただしい数の卵がそこかしこに産み付けられている。
それらが全て孵化したとしたら、幼虫だけでも五千匹は下らないだろう。
部屋全体が淡く光を帯びているから分かるが、それら卵の群生地帯の隙間を縫うように黒く蠢く影が点在していた。
黒い塊達は侵入者の気配を察知したのかこちらへと向かってくる。
そうか。とマリィは悟った。
この場所は獣魔達にとって公共の揺りかごで、そこにいるのは卵を守るガーディアン。
私たちは彼らにとってとても重要な場所に足を踏み入れてしまったんだ。
「ひっ!!」
誰かの切羽詰まった悲鳴を聞いて振り返る。
するとどこから湧いて出たのか、先ほど通った道から無数のクモ型獣魔が押し寄せてきているじゃあないか。
視線を前に戻すと、こちらはこちらで蜘蛛とは型の違う甲殻昆虫が集まってきている。
そいつは見るからに堅そうな殻で覆われていて、そのワリに動きが俊敏そうだった。
『オオエンマハンミョウ……』
仲間の一人が茫然自失気味に呟くのが聞こえた。
隊員達はどちらに向けて攻撃して良いのか分からないと言ったふうだ。
「火炎放射器は二機とも後ろに回って! 火力を後ろに集中させて退路を確保するわ!」
今回持ってきた武装は、火炎放射器や爆薬を除けば標準的な自動小銃しか無く、それらにも徹甲弾だの劣化ウラン弾だのは詰め込まれていない。
だったら表皮の硬そうな前方の敵より確実に通用することが分かっているクモ型に向けた方が効率が良い。
前からやって来る昆虫に対しては自分がどうにかするしかないと判断してマリィはランスを構えて前に出る。
『援護します!』
「うん、お願い」
後ろで銃を構えるのは稲垣と、最初から一緒だったもう一人の隊員。
他の戦力はすでに後ろ向きに得物を構えている。
「攻撃開始!!」
こうして第3回戦の火蓋が切って落とされた。
堂内いっぱいに鳴り響く銃声。吐き出された炎が肉を焼く臭い。
飛び出したマリィは甲殻昆虫の足の隙間を縫って懐に入り込み、手にしたランスで突く。
ガキンと手に感触が伝わった。
「やっぱり、堅い……!!」
275 :
天使ノ要塞:2011/02/22(火) 18:19:05.18 ID:DypvaHts
稲垣たちも射撃は行っていたが、その銃弾はオオエンマハンミョウとやらの堅い殻に弾かれるばかりで相手にダメージを与えることが出来ない。
振り下ろされた前足をかいくぐりながら、少女は甲羅の隙間に狙い定めて突き上げる。
「関節部分を狙って! それ以外の部分だと弾が徹らない!」
『承知!』
遣り取りしつつ二匹目を始末するマリィ。
副主任は銃の構えを狙撃重視に切り替えたのか手数は減ったが命中精度は上がっていた。
前足を吹っ飛ばされた一匹が少女に迫ったとき、ふとした疑問が脳裏を掠めていく。
――私の身体には獣魔の体細胞が組み込まれているのに、なぜこいつらは攻撃してくるの?
そうだ。戦いによる興奮で気にもならなかったけれど、前に市街地で獣魔を攻撃したとき、相手は自分を仲間と思ったかのように反撃してこなかった。
なのに今回は、最初の突入から迷うことなく攻撃してきている。
前回と今回、一体何が違っているのだろう。
乗り込んでいる機体が違うから?
でも金属の装甲に覆われている事には違いはないから、それは理由にならない。
私自身の体質が変化した?
どう考えてもそれはない。食生活や一日の運動量だってさほど変わってはいないし、体調だって変わらず良好だ。
だったらなぜ?
考えて一つの可能性に思い当たる。
もしかすると獣魔はテレパシーか何かで情報を共有し合っているんじゃあないか、といった推測。
前回クモ型を仕留めたときに、そいつからマリィという個体が敵であるとの情報が出回ったんじゃあないか。
だから今回、敵と見なしている私に対して躊躇いもせずに襲い掛かっている。
つまり、極端な話、獣魔には構造こそ人間とは違うけれどちゃんとした社会構造があって、明確な意志と目的を持って行動しているといった話になる。
だとしたら戦いの長期化はマズイ。戦えば戦うほど相手にこちら側の情報を与えることになってしまう。
社会性があるなら問題には具体的な打開策をもって対応してくるだろうし、そうなると益々人類に勝ち目が無くなってしまうじゃない!
何匹目になるかも分からない敵にランスを突き立てながら、マリィは戦慄を覚えた。
『クソッタレが! キリが無え!』
『オーマイガッ!! ファッキン!! シット!!』
『イヤだ死にたくない、死にたくないんだ!!』
『弾が足りない、誰か持ってこい!!』
後ろの方では尚も銃撃が続いているけれど人々の声を聞くに限りなく劣勢らしい。
これは何としてでも早期に終わらせなければ、挟撃される格好のまま押し潰されるのは御免被りたい。
「くっ……。こんなことなら」
もっと早くに回れ右して帰るべきだった。
少女は自分の判断ミスを悔やむ。
新しいオモチャを手に入れて、遊んでみたいだなんて子供じみた欲求が今の結果に繋がっている。
父親がとにかく高性能な機械甲冑を作ろうとしていたのは、娘に喜んで欲しいからとかそういった理由ではなくて、単純にそこまで高レベルな機体を使わなければ恐るべき数の暴力を跳ね返すことができないと踏んでいたからだ。
それが理解出来なかったから窮地に立たされている。
こんなんじゃあの人の娘だと胸を張ることさえできやしない。
『ギャアアァァ!!』
やがて誰かが断末魔の悲鳴を上げ、レーダーから味方機の反応が一つ消えた。
今すぐ方向転換して仲間達の矢面に立ちたい。でもそれをすれば今戦っている甲殻昆虫たちが堰を切って押し寄せてくる。
だから、誰の命が失われようとも振り返ることは許されない。
少女は現場を預かる者に課せられた責任の重さを実感して、自分の無力さを痛感して、泣き出したい気持ちでいっぱいになった。
276 :
天使ノ要塞:2011/02/22(火) 18:33:14.62 ID:DypvaHts
【設定言語:日本語 ――搭乗者との生体リンク最適化を完了しました。フル・パフォーマンス・モードに移行します】
そんな時に、急にモニタの真ん中に文字が出現して視界を遮る。
え、と思っていると急に身体が重くなって、思わずその場に踞ってしまう。
視界の真ん中に表示されていた文字は一度消えて、次にこのような羅列が浮かび上がった。
【双極魔導動力炉の駆動力を臨界値に設定。高次物質化システムの運用を開始します】
何が起きたのか分からない。
すぐ目の前に居る敵は、なぜだか恐れおののくように後退っている。後ろの射撃陣も何をしているのか援護を止めてしまった。
カコンッ、とギアの入る音がして、周囲に熱風が渦巻き始める。
【アルティメット・フォームを起動しました。――残360秒】
機体の装甲が瞬間的に黄金色へと染まった。背にある発動機は「キュゥゥゥ……ン」と甲高い悲鳴を上げている。
モニタからでは分からなかったけれど、機体の背に後光にも似た光の輪が出現していた。
何のカウントなのか分からないが数字がどんどん減っている。黄金の機体はマリィを乗せたまま立ち上がって、そして消えた。
『主任……?!』 稲垣の呟きが灼熱の空気に溶けてゆく。
いや、機体は消えたのではなく輝く軌跡を残して光の筋になったのだ。
証拠に、ファントムは瞬きほどの時間でドーム中央に立ち黄金色の光を纏っている。
その機体が手にする得物は、いつの間にか青く巨大な槍へと変化していた。
――スプリッド・シャイン・ブレイク!!
少女の声がそう告げた。
機体が手にした槍を天に向けて掲げると、そこへ光の粒子が集まって、一気に弾ける。無数の光の筋が弧を描いて現場にあった物体をことごとく撃ち抜いた。
少女はいつの間にか意識を失っていて、気が付けば辺りは静寂に包まれていた。突入時から続いていた地鳴りに似た音もすでに止んでいる。
少女の機体は気絶した搭乗者を中に入れたまんま、槍を掲げた格好のまんまで固まっていたのだ。
周囲を見渡すと朽ち果てた卵の残骸がドーム一杯まで広がっていて、所々に煙を立てる虫の死骸が転がっている。
機体の真の能力がこの光景を作り出すとこだったとするなら、それはとても陰惨な代物だと言わずにはいられない。
――仲間達は?
正気に返って通路の奥へと目を凝らすと、すでに戦闘を終えた人々がこちらの様子を窺っている。
なんだか妙に気まずい空気を感じつつ、マリィは声に出した。
「アルファ1より各機。被害状況を報告して下さい」
『主任!!』
声に反応して首を傾けると、そこにはAMS姿の稲垣が少女の機体を支える格好で立っている。
支えられている鋼の指を振りほどいて足を前に出そうとしたけれど機体が思うように動かなくて、転びそうになってまた支えて貰う事になってしまう。
どうやら先ほどの動作でファントムナイトの駆動電力はすっからかんになってしまったらしい。
『部隊の被害ですが、死者は2名、重軽傷が5名。弾薬はもう残っていません』
「そう、爆薬は?」
『全て合わせればこのドームを破壊することはできそうですが……』
「じゃあ、動ける人間で爆薬をセットして、速やかに待避しましょう」
『はい。了解しました』
遣り取りを聞いていた部下達は、一度命令があれば素早く行動に移した。
爆薬がセットされている間に、マリィは死者の機体のバッテリーと自機の物とを繋いで充電しておく。そうしないと脱出もままならないからだ。
やがて全ての準備が終わって、隊員達は獣魔に出くわさないことを祈りつつ来た道を返す。死者の身体は、その乗り込んでいる機体ごと引きずって持って帰ることにした。
誰も彼もが疲弊していたから万が一にも敵集団に襲われたら手も足も出ないまま全滅していただろう。しかし幸運にも帰り道で敵の集団には出くわさなかった。
行軍速度は来た時より遅くなっていたけど、人々はそれでもどうにか下水道まで辿り着く。CPが状況を聞いてきたけれど、返答は簡潔に済ませた。それから仕掛けていた時限式の爆薬が点火して、その轟音が下水道内を震わせる。
『終わりましたね、主任』
「うん。なんとか帰ってこれた……。みんな、ありがとうね」
少女がしおらしく礼なんて言うものだから、隊員達はちょっぴり照れた仕草で苦笑するばかり。
帰り道の空気は軽く、もうじき朝を迎える街並みと同様にその心も晴れやかだった。
おわり
277 :
天使ノ要塞:2011/02/22(火) 18:38:47.37 ID:DypvaHts
というわけで14話を投下しました。
一見ただの戦闘シーン詰め合わせみたいな感じですが、意外と重要な部分だったりします。
というか、毎度の事ながら「改行が多すぎます」のエラーと格闘しておりますが、他の作者さんはそういうの無いのかな
とか思わずにいられない…。
278 :
天使ノ要塞:2011/03/02(水) 12:00:16.03 ID:9Fu/JGBk
第15話 「強襲の夜」
その日は桜が舞っていた。
つい先日咲き始めたと思ったら、もう散り始めている。
街はどこもかしこもがピンク色にお化粧されていて、今も清掃業の人を困らせているに違いない。
「うん、良い調子!」
雫ちゃんは声を張り上げて、無骨そのものといった金属色の左手を閉じたり開いたりしてみる。
最初はどうなるものかと思ったし激痛と疼きとで眠れない夜が続きもしたけれど、この数日間はすこぶる快調だった。
完成した左腕を手術というよりはむしろ改造といった手順で肩の付け根にくっつけたのは半月以上も前の話。
今はリハビリと称した筋肉トレーニングで元の身体に戻しているところ。
機械の腕もそろそろ体に馴染んできて、痛みなどの感覚は無いけれど思うように動かせるようになってきた。
いや、というか、慣れると利き腕より扱いやすいのですけれど。
難点を言えば軽量化に限界があった都合で右腕よりも若干重たくて、おかげで普通に歩いているはずなのに左肩が下がっちゃう事くらいでしょうか。
あと二週間ほど様子を見て日常生活が送れそうだったらそのまま退院の運びになっていた。
「雫ちゃんは元気だね〜」
「まー、それだけが取り柄ですから」
お隣の病室に出張して、ベッドの上の美香子ちゃんとお喋りしてみる。
彼女は、傷そのものは治っているけれど一生ベッドの上で過ごさなければいけない寝たきり状態。
雫としては自分の身代わりになっての事だから後ろめたい気持ちもあるのだけど、そんな友人に「気にしないで」と笑ってみせる気丈さには感心を通り越して呆れ返ってしまう。
逆の立場だったらきっと恨んでいたに違いない。
……いや、自分で決断して砲火に飛び込んでの結果だから、それほどでもないのかな?
どちらにしても、小型の液晶テレビとブルーレイプレイヤー、そしてノートPCを執事に言って持ってこさせている雫ちゃんに死角は無いのです。
「ねえ、ミカ」
「ん〜、なあに、雫ちゃん」
「あんた、なんか幸せそうだね」
「うん、幸せだよ。雫ちゃんと一緒にいられるから」
怪我人のベッドに腰を落ち着けての遣り取り。
開けっ放しにしている窓から春の香りが差し入ってきて、ついつい眠くなってしまう。
でもここで寝入ってしまうと、寝たきりのハズの友人に襲われそうな気がしないでもないので、欠伸だけして我慢する。
平和だねぇ、なんて笑い合ってみるものの平和でない世間の実情を誰よりも知っている二人です。
――数日前。
長い黒髪の少女が二人の病室を訪れた。
お人形さんみたいに綺麗な肌と瞳の美少女だった。
黒いワンピースの上からAsと記されたジャケットを着込む、14か15の女の子。
雫はかつて一度だけその少女を見ている。例の黒いAMSの操縦者だ。
彼女は見舞いの花束も果物も持たずにやって来て、代わりに持ってきた写真入りの封筒を手渡した。
――私たちは獣魔と呼ばれる怪物と戦っている。手を貸して欲しい――。
要約するとそんな感じの話をされた。
手渡された封筒には『最高機密』なんて大げさな印が押されていて、入っていた写真にはこの世の物とは思えない巨大な昆虫が映し出されていた。
最初はSF映画から切り取ったのかとか勘ぐりもしたけれど、部隊の人間二人が胴体を食いちぎられて殉職したとか淡々と言われちゃうと、どうにも疑いきれなくなっちゃう少女達。
手渡された封筒は黒田さん経由で総司令の爺ちゃんの元まで届けられていて、今は真偽の確認中。
というかそれ以前に、雫や美香子がAMSのパイロットで、その素性や居場所が正確に知られているってのは物凄くマズい状況なのでは?
どういう経緯で漏洩したのかは分からないけれど、Asの人間が雫の病室まで足を運んでくるって事は、つまりそういう事でしょ?
マリィと名乗る少女も言っていたけれど、もしも協力を断ったとしたらAsをはじめとする政府の特殊な機関が出張ってくる可能性がとても高い。
雫としては不条理もいいところだし、上から物を言うその態度も気に入らない。
でも確かに政府が直々に潰しに掛かれば民間人なんてひとたまりもないわけだし、何より雫自身が戦える状態では無いから今は要求を飲んでおくのが正しい選択のようにも思われる。
ま、どちらにせよ物事の決定権は総司令にあるのだし、その孫娘としては流れに身を任せるしかないというのが実情です。
279 :
天使ノ要塞:2011/03/02(水) 12:01:52.27 ID:9Fu/JGBk
「さて、と」
回想もそこそこに雫は友人のベッドから腰を上げた。
それからまだ春のそよ風の差し入っている窓を閉めて、入院患者の袂まで戻ってくると右手でその髪を撫でる。
「ちょっと行ってくる」
「腕の調整?」
「うん。それもあるし、機体の方も見ておきたいしね」
昨日、如月邸の地下施設から連絡があって、新しい機体が仕上がったのでその微調整に来いとのことだった。
また、装着している機械義手の検査。拒絶反応とかそういう数値的なデータを取るのは病院では出来なくて、だからどちらにしたって家には行かなきゃいけない。
もちろん、執事に頼んで仕入れておいた初回限定版のアニメを堪能するという、ごく個人的な用事も含まれていたけれど。
友人の部屋から出るとそこには黒服執事が立っていて、お嬢様に向けて慇懃に頭を下げる。
「じゃあ、行こっか」
二人して廊下を歩く際、執事はどうして分かったのかと聞いた。
そういえば彼はまだ扉をノックしていないし、声にも出していない。
雫はちょっと考えて「何となく分かったの」と告げる。
ここ最近、理由は分からないけれど感覚がとても鋭くなっているように思う。
冬矢くんなどが見舞いに来るときだって、彼が階段を登っている頃にはすでに到来を確信していたし、病院の前で車の衝突事故が起こった日などはその半日前からとてもイヤな空気を察知していたし。
別に超能力とか、そんな大層な代物ではないのだろうけれど、それでも今ならどれだけ銃弾の飛び交う戦場に放り込まれたって無傷で生還する自信があった。
「黒田さん、安全運転でお願いね」
黒塗りリムジンの後部座席に腰を落ち着けて、運転手に厳命する雫お嬢様。
しかし彼女は、実家の門をくぐるのと同時に物凄くイヤな感じを覚えるのだった。
+++
如月邸の地下施設では相も変わらず見慣れた面々が働いていて、久しぶりに訪れたパイロットにいちいち言葉を掛けていく。
「怪我はもう大丈夫?」と尋ねようとするスタッフの皆さんは少女の機械義手を見ると一様に言葉を詰まらせるけれど、それでも元気な笑顔で返せば納得の面持ちで去っていった。
黒田さんの随伴で司令室までやってきた雫は、そこで御神楽副司令と再会。
彼女に促されるままメディカル・ルームへと足を運び、予定されていた義手のメンテナンスを行って、計測結果が出るまで格納庫で過ごす事にした。
「冬矢くん!」
「ああ、来たのか」
格納庫のデッキには鉛色の機体を弄る卯月冬矢の姿があって、その隣にはフォローを被せた輪郭がある。
どうやらそちらが出来立てほやほやの雫ちゃん専用機らしい。
「お爺ちゃんは?」
「今朝早くに屋敷を出てそれっきりらしい。政府側と交渉しに行ったと聞いている」
「そう」
先日訪れたAs主任の言葉を思い返しつつ、雫が頷いてみせる。
視線を戻した先には『神威MkV』と肩装甲にペイントされた機体があって、その輪郭は以前ものより一回り大きくなっていた。
興味津々に覗き込んでいると、踞っていた青年が油まみれの顔を上げる。
「また改装してるの?」
「近接戦闘もこなせるよう厚めの装甲に切り替えた。抜けた穴を埋めるためには仕方が無い。
モーターも油圧シリンダもワンランク上の物に換装したが重くなるぶん機動性の低下は否めない。
爺さんに小型レールガンの開発を頼んではいるが、まだ少しかかりそうだし、しばらくはコレでやっていくしかないだろうな」
抜けた穴、というのは美香子の事だろう。
それにしたってと思うのは、レールガンと言えば電磁投射砲のことだけど、平均的な成人男性より一回り大きい程度のAMSにそんな物が積めるのかなんてことだった。
280 :
天使ノ要塞:2011/03/02(水) 12:03:54.56 ID:9Fu/JGBk
「前回の戦いで分かのは、デカブツを仕留めるにはどうしても火力を重視しなければならないということだ。
とはいえAMSの積載能力は戦車のそれに遠く及ばない。ならばよりコンパクトな道具を新たに開発するしか手が無い。
幸い、この施設には技術屋が多く在籍している。時間は掛かるだろうが武装の開発は可能だ」
アメリカの武器商人とも繋がりがある彼の話では、AMS専用の武器というのはまだ発展途上の段階で、口径を大きくしただけの自動小銃や個人携帯のミサイルやロケットランチャーを無理矢理据え付けるのが精一杯といった感じ。
そこで彼が提案したのは腕に据え付けるようなレールガンの実装であり、これを最大限に生かす格好で装備を固めるという方向性だった。
「まあ、お前のは今回も近接格闘戦に特化させた機体だからあまり関係ないのだが……」
「そりゃあ、まあ、そうよね」
「それから、雫」
「ん?」
ふと冬矢さんは言葉を切った。彼の目と雫の目が重なり合う。
けれど青年は気まずそうに目を逸らし「何でもない」と言う。
「何よ、気になるじゃない」
「俺の口から言う事ではない。悪いが爺さんの口から直接聞いてくれ」
作業服の肩口を掴んで揺さぶってみるが、彼は口を閉ざしたまま。
けっこう頑固なところがあるのねと渋々ながら聞き出すことは諦めて、雇い主は自分の機体の方へと向き直る。
覆っている布きれを思い切りよく引っ張ると、見るからに鋼の装甲で覆われた彼女自身の機械服が鎮座している。
「あれ、まだ塗装してないの?」
それは隣に立て掛けられている神威より幾分か光沢のない鉛色で、しかし全体像は前の機体より少しばかり厳めしい。
連絡では完全に仕上がっているとの事だったけれど、後継機ともなればやっぱり紅色のはずだからこれはまだ塗装前の段階なのだろう。
ちょっぴり残念そうな娘さんに、油まみれの冬矢さんが言葉を添えた。
「塗装は終わっている。起動させたら色が変わる仕様だ」
「あ、そうなんだ」
どこぞのロボットじゃあるまいし…。
機械仕掛けの左手で装甲に触れてみる。
神経は繋がっているけど痛覚が無いので表面の冷たさも重厚感も感じ取ることが出来ない。そのはずなのに、なぜだかは分からないけど温もりを覚えた。
「そいつはお前のために造られた機体だ。他の誰にも使えないし、使いこなせもしない」
ふ〜ん、なんて曖昧な相づちを打って、ハッチを開けて体を収めてみる。
ぴったりフィットしていて居心地が良い。
早く動かしてみたいけれど起動テストともなれば色々とややこしい手順が必要になるだろうし、不具合があったとき対処するためにも源八爺さんの立ち会いは不可欠な要素だろう。
そう考えて差し入れた四肢を引き抜こうとする。
「ねえ冬矢くん、この機体とアンタの機体、戦ったらどっちが強いの?」
苦戦しつつもどうにか体を引っこ抜いた雫がふと聞いてみる。
それぞれ性質が違うから比べようもないのだろうけど、それでもやっぱり気になるじゃない。
なのに作業服の彼はあっさり言ってのけた。
「残念ながら俺の機体では手も足も出ない。レールガンを実装しても難しいだろう」
「そんなに違うの?」
「運動性は元より、耐久力も持続力も、さらに言えば武装もケタ違いの代物だからな」
「あんたの機体も同じようにしたら良いのに」
「それは無理だ。これ以上物を載せるには発動機の出力が足りない。何より俺が求めている美しさとは方向性が真逆だ」
「うあっ、美学語り出したよこのヒト……」
「けっこう重要だぞ。そういうの」
281 :
天使ノ要塞:2011/03/02(水) 12:06:06.74 ID:9Fu/JGBk
だったらアンタの求めてる美しさって何なのさ。
問い質したい気持ちになったけど、へたに質問してしまうと彼の事だから難解な言葉を並べ立てて悦に入ってしまうに違いない。
なので軽はずみな問いかけは慎む。
「じゃあ、もう行くわ」
「ああ、アニメばっかり見てないで早く寝ろよ、まだ怪我人扱いなのだからな」
「は〜い」
軽口を叩き合って、元あったように自機にフォローを被せる。
冬矢さんは明日が喫茶店の休業日ということもあって今夜は貫徹で機体の整備をして、それから帰るような事を告げた。
そんな彼の元に、時間が合うようならサンドイッチの差し入れでも持っていこうかなんて画策しつつ背を向けた雫ちゃんです。
+++
深夜1時を過ぎた頃合い。
雫は録り溜めていた番組を消化して、明日病院に持ち帰る物品の選定などしていた。
病室は個室ではあるけれど、やっぱり大きな音を立てられないのでお気に入りのヘッドフォンは欠かせない。
その上で限定版のソフトを何本かチョイスしてリュックに詰め込んでおく。よし、これで完璧。数日間は持ちこたえることができる。
冬矢さんはああ言っていたけれど、やっぱり健全なオタクっ娘としては欠かせないプロセスなのよ。
そんな次第で一息入れた雫ちゃん。
時計を見て、ふと格納庫で四苦八苦している青年の姿を思い浮かべる。
「しょうがない。ひと肌脱ぎますか」
渋々といった表情を作ってみるものの、その動作は待ち焦がれていたかのように機敏だった。
パジャマ姿はとてもお見せできないので、それなりに見られる格好に着替える。
いそいそと部屋を出ると一階の厨房へと足を運び、巨大な冷蔵庫からパンとか卵とか、てきとうに引っ張り出して手際よく調理していく。
所要時間15分で完成したのはレタス多め、卵焼き多めのサンドと眠気を吹っ飛ばすブラック珈琲。
商用とまでにはいかないけれど味はそこそこイケるはず。トレイに載っけて向かった先は、お馴染み地下格納庫だった。
「やっほ〜」
「ん、なんだ、また来たのか」
「そこで溜息を吐くな!」
エレベータで下層階に降りたって長い廊下を進んだ雫ちゃんがいただいたのは、従業員のやれやれといった溜息だった。
半ば憮然として、それでもずっと手に持っていたトレイを差し出すと彼は驚いた顔で少女の前までやって来る。
作業服姿の体は、しかしあちらこちら油で黒ずんでいて、鉄の臭いがつんと鼻についた。
「あんまり根を詰めると体壊すよ」
青年に手を洗うよう指示してから、手近にあった折りたたみ椅子に腰を落ち着ける雫ちゃん。
対する冬矢さんは壁際の水道で手と顔を洗って雇い主の隣にもう一脚の椅子を立てる。
簡素な台に置いたトレイから珈琲の湯気が仄かに立ちのぼるのが見えた。
「他のスタッフさんに手伝って貰ったりはしないの?」
「自分の命を預ける機体だからな。なるべく触らせたくない」
「ふ〜ん」
「それに、彼らは爺さんの指揮で新装備に掛かりっきりになっているからな、こちらに回る余裕なんて無いんだ」
「そっか。大変だね」
他に誰も居ない格納庫は静寂に包まれていて、嫌が応にも二人っきりの状況を意識させる。
なのに冬矢君はあくまで淡々と珈琲を啜るだけ。
なぜだか小さな溜息が漏れてしまう。
「あ、そういえば妹さんの具合はどう? 私その辺のこと全然知らされていないから分からないの」
「ああ、おかげさまで順調だ。このぶんなら来月には手術を受けられるだろうと医者が言っていた」
「そっか、良かったね」
「ああ。お前には感謝している」
282 :
天使ノ要塞:2011/03/02(水) 12:09:09.74 ID:9Fu/JGBk
感謝してるならお前呼ばわりすんな。とも思ったけれど、今さらと言ってしまえばその通りなので言葉にしない。
それに、不思議とイヤな気持ちにならないし。
そんな微妙な乙女心なんて知ったことかと言わんばかりの冬矢君は、サンドウィッチを一切れパクついて雫の顔を見た。
「ところで、何日か前にAsの服を着た人間がお前の所に来ただろう?」
「なんで知ってんの?」
「見かけたんでな。それで、何の話だったんだ?」
彼の言い様では、マリィが訪問したとき、その病室の表にはもう一人Asの人間が立っていたらしい。
冬矢さんは無関係を装ってその前を素通りしてみたそうだけど、その時気付いたのは、どうやらその男、懐に拳銃を隠し持っているということ。
これはただ事ではないと携帯電話で執事に連絡はしたが、結果として雫は無事だったし、関係者に危害が及ぶこともなかったので深く追求することをしなかった。
彼が今になって尋ねているのは、単なる興味本位といったところだ。
「あれ、聞いてないの?」
でも雫としてはその質問の方が意外だった。
というのも少女から受け取った写真入りの封筒は真偽を確かめるためにと執事に手渡しているし。
だったら作戦司令室に話の全てとはいかなくてもある程度の情報は行ってなければおかしい。
あ、そういえば封筒には極秘扱いを示す印鑑が押されていたし、だから黒田さんは源八爺さんや節子さんくらいにしか話を通していないのかな。
なんて都合良く解釈してみる。
卯月冬矢くんはあくまで雫個人の部下って位置付けになるし、だったらその上司から事の次第を告げるのが筋だろう。
そう考えて、雫は自分が見聞きしたことを彼に告げた。
「……なるほど。人食い巨大昆虫か」
「うん、冬矢君はどう思う?」
「かなりマズイ状況だな」
意見を求められて出した答えはコレだった。
「爺さんは朝に屋敷を出て、まだ戻っていない。
こんな夜中まで政府と何を交渉しているのかと疑問だったが、その情報に関わる内容であったならおおよそ見当が付く。
つまり情報の性質が国家機密に相当しているなら、拘束されている可能性が高いということだ」
「ちょ、いくらなんでも大げさなんじゃ……」
「封筒には最高機密とあったんだろ? Asは政府の特務機関だ。となれば、ここでいう機密とは国家の中枢に関わる情報ということになる。
もしお前が政府側の人間だったとして、ただの民間人が極秘情報を持っていると知ったらどうする?」
言われてから初めて気付いた雫ちゃん。
そりゃあそうだ。もしも自分が相手の立場だったら、そんな人間は不穏分子としてとっとと捕まえるに限る。
捕まえて尋問して、情報の出所を吐かせるのはスパイ映画じゃなくてもセオリーだし、だとしたらこの地下施設だって襲われる可能性があるじゃん!!
雫ちゃんの顔色がどんどん青ざめていく。
冬矢さんは顎を手でさすって、壁際まで駆け寄ると館内連絡用に察知されている受話器を手に取った。
「……ちっ」
苦々しげに舌打ちして受話器を叩き付ける冬矢さん。
彼はお嬢さんの所まで戻ってくると、低い声で告げる。
「回線が切断されている。最悪の状況を想定しておいた方が良い」
「そんな……」
言葉を失って立ち尽くす少女。
彼女を我に返したのは、どこかで鳴り響く爆発音だった。
「時間は無いが手立てはある。雫、俺は迎撃に向かうからお前はどこかに隠れていろ」
「どこかってどこよ!」
「見つからない場所ならどこでも良い。それから隙を見て逃げるんだ」
283 :
天使ノ要塞:2011/03/02(水) 12:10:13.89 ID:9Fu/JGBk
そう言って彼の手が雫の頭を撫でる。
手の平の感触はとても繊細で、それでいて力強い。
見上げると、ハッとするほど優しい微笑みとかち合った。
「妹のこともあるし、お前を死なせるわけにはいかない。怪我人を戦わせるわけにもいかんしな。
……ああ、それと。サンドイッチ、美味かった。ありがとな」
言うだけ言って自分の機体へと乗り込む冬矢さん。
神威MkVと記された鉛色の機械甲冑が低く駆動音を響かせる。
「まずは武器庫、それから迎撃だ」
カシャリ、カシャリ。軽快な足音を鳴らしつつ、神威の背が遠ざかってゆく。
雫は遠ざかる輪郭にとても不吉な気配を感じたけれど、引き留めることができなかった。
「冬矢くん、絶対に、帰ってきてよね!」
声を張り上げると、出撃する背中が腕をかざして応えた。
+++
『ブラボーリーダーより各機へ。突入を開始する』
『ブラボー1、コピー(了解)』
『ブラボー2、コピー』
その夜は月もなく、夜襲には絶好のコンディションだった。
部隊は一個中隊、4機ひとくくりで2つの小隊といった編成だ。
作戦の指揮を執っているのは全身を黄色い塗装で包み込むAMS。A−GMA3『グラディウス』と銘打たれる機体。
女の抑揚のない声がそこから発せられていた。
『武装の有無に関わらず射殺せよ。掃討が完了し次第、爆薬を仕掛けて施設を破壊する。証拠は一切残すな』
『ヤー』
彼らは政府が創設したAMS部隊だった。
Asのような治安維持や人類の存亡をかけて戦う表舞台の人々とは違う、暗殺や破壊工作を主任務とする集団。
洗脳処置と薬剤の投与により痛みも悲しみも忘れ去った無敵の殺戮部隊。
部隊名『ヘルハウンド』。
今回彼らが命じられたのは、如月邸の地下にあるとされる秘密基地の破壊と、そこに携わる人間の抹殺だった。
つい先日、隊長の入れ替わった部隊としては最初の作戦だ。
部下の一人が照明弾を打ち上げたのが戦いの狼煙で、ロケットランチャーで鉄柵門を破壊した後は素早く突入する。
出迎えとばかりに短機関銃を手に黒服男達が駆け付けたが、機械甲冑を身に纏う人々は躊躇うことなく自動小銃をぶっ放しこれを排除した。
『ブラボー2は地上階を制圧しろ。ブラボー1は私と共に地下の制圧に向かう』
言った先から靴裏にくっついている小さな車輪を回し、火花を上げて前進する黄色。
深緑色の機械人形達が無言で後を追う。
部下が肩に掛けているバズーカで分厚い木製扉を吹っ飛ばすと、人々は勢い良く正面玄関内へと躍り出た。
284 :
天使ノ要塞:2011/03/02(水) 12:12:25.67 ID:9Fu/JGBk
「襲撃だ!!」
フロアの奥で男が受話器を握り怒鳴るのが聞こえた。
黄色機体は何か言うでもなく、手にした小銃で狙い定めると引き金を引く。
屋敷を警備する人間なのだろう。男は頭部から盛大に血と脳漿を撒き散らして絨毯敷きの床に崩れ落ちる。
辺りに警報機が鳴り響いたが、そんなことはお構いなしに兵隊達は突き進む。
彼らは途中で出くわしたメイド姿の女性も、住み込みで働いている中年男性も、無差別に、瞬間的に殺害して奥へ奥へと輪郭を追いやる。
やがて一般の物と比べれば少しばかり仰々しいエレベータが彼らの前に出現して、そこで部隊は二手に分かれるのだ。
乗り込んで昇降ボタンを押すと、鉄の箱はほとんど無音で下層階へと降りてゆく。
チンッ、と音がして開いた先には上層階とは異なる趣の廊下が延びている。人の気配は無く、物音もしない。
前に出ようとした黄色機体は、しかし何を考えたのか部下を一人先行させた。
『――?!』
キュンとどこかで音があった。何か糸の切れるような音。
次の瞬間に壁から筒が迫り出して火を噴いた。
ドカンと音を立てて、先行させた機体が粉々になる。粉々に砕けた後に盛大に爆発した。
『対AMS徹甲榴弾……』
黄色機体の中で女の声が呟く。
しばらく対策を考えていると、いつからか廊下の先に人が立っているのを見つけた。
それは女性用のスーツを着込むスラリと背の高い輪郭で、彼女は豊満な胸の下で腕組みしつつ歩いてくる。
戦火にあっても涼しげな瞳が、襲撃者達を見つめていた。
「人の家で随分と派手なことやってくれてるじゃないの」
その音色は冷静だった。
AMSが銃口を向けてそのまま引き金を引く。
しかし女には当たらなかった。当たる寸前で赤い軌跡を描いた弾丸はそのまま床に突き刺さる。
兵隊達が驚きに目を見張ろうとも、女の歩調は変わらない。
「雫ちゃんには乗るようにけしかけたけれど、私はAMSって好きじゃあないのよ。だって、醜いじゃない」
女はそう言って立ち止まり、ついと指先を彼らに向ける。
すると足下にあった影が不自然なまでに伸びて、床から飛び出したかと思えば深緑色の機体を刺し貫く。
黒い塊が引き抜かれた機体は、腹の所から切断されて血飛沫と共に転がった。
『……』
「修羅の技、という物なのだけれど。こうも無反応で返されると逆にこっちが困るわ」
部下の死骸を一瞥しただけの黄色機体に苦笑して、女は次の攻撃を仕掛けようとする。
しかし黄色が銃を捨てるのを見て思い止まった。
「何のマネかしら。降参ってワケじゃあないわよね?」
『――ラピッド発動。リミット30秒』
何を言ってるのか問おうとした女は、しかし次の瞬間に身構えることになった。
機体の輪郭が青黒く色付いたかと思えば、瞬き一つの時間で女のすぐ目前まで迫って来たじゃあないか。
――オーバードライブに類似する高速移動。
女がそう理解する前に、鋼の拳がみぞおちを打った。
「かっ……!!」
軽く吹っ飛ばされ壁に激突する肢体。
床に墜落した後は敵機を憎々しげに見上げるしか能がない。
黄色は他に何か言うでもなく金属の掌を女にかざす。
するとそこに数珠繋ぎになった光の塊が出現して、気味の悪い甲高い音をがなり立てながら回転し始める。
見た事も聞いたこともないその攻撃手法に女の顔が歪んだ。
285 :
天使ノ要塞:2011/03/02(水) 12:13:53.39 ID:9Fu/JGBk
『マジック・ミサイル。ファ――』
直後の事だった。
黄色の肩口が火を噴いて、真横から殴りつけられでもしたかのようによろめいた。
ハッと廊下の奥へと目をやると、そこに銃を構えた鉛色の機体が立っている。
『目標を捕捉した。戦闘行動を開始する』
肩の装甲には『神威MkV』の文字。
とても冷静な音色を紡ぎつつ、見慣れた機体は次にスプレー缶のような物を投げてきた。
缶は女の倒れている辺りまで転がると、ピンク色の煙を放出する。
それは改良に改良を重ねた如月のお家芸とも呼ぶべき煙幕弾であり、視界は元より赤外線も熱もレーダーに使用される電波さえも遮る優れ物だ。
『隙は作った。自分の足で離脱しろ』
まだ足下がおぼつかないであろう女に向けて、鉛色の青年が声に出す。
女は苦笑を漏らしつつ、這うようにして廊下の奥へと移動する。
彼女の輪郭が煙幕から抜け出す頃には天井のスプリンクラーが水を撒き始めており、煙は急速に沈静化していた。
「エスコートしてくれると嬉しかったのだけれど」
『俺が行っても格好の的にしかならない。共倒れは御免だ』
みぞおちを思い切り殴られると大の男でもそう簡単には動けない。
なのに彼女は神威のすぐ隣まで来る頃には普通に歩いていて、すれ違いざまに軽口まで言ってのける。
たぶん殴られる瞬間に自ら後ろに飛んだのだろう。そう考えなければ説明がつかない。
もちろんそんな芸当、冬矢にはできっこないが、でも彼女はやってのけた。ただそれだけの事なのだ。
『御神楽副司令』
「ん?」
『格納庫に雫を残してきている。最悪の場合、あいつを連れて逃げろ』
「あら、彼女には優しいのね。惚れちゃった?」
『馬鹿なことを。彼女は雇い主だ。雇い主の生命を第一に考えるのは当然のことだ』
「素直じゃないわね」
『というか、あいつは無鉄砲だからな。キレて出てきた挙げ句に殺されでもしたら、こちらとしても良い迷惑なんだ』
「ああ、そういう意味ね。納得したわ」
去り際に振り返ると、弾倉の数を確かめる後ろ姿が目に入る。
煙幕が取り払われた直後に両手のライフルで一斉掃射する腹づもりなのだろう。
「気をつけなさい。相手は魔法みたいな攻撃を仕掛けてくるわ」
『そのようだな。だが、それならそれで遣りようはある』
「じゃ、私たちが逃げ出さなくて済むよう、しっかり働いてちょうだいな」
『了解した』
青年の音色は淡々としている。
大丈夫、彼は十分に冷静だ。
女は安心して踵を返した。
+++
286 :
天使ノ要塞:2011/03/02(水) 12:15:37.75 ID:9Fu/JGBk
下層階で戦闘が行われている頃、地上の如月邸では戦闘が終結しつつあった。
屋敷で働いている警備班の人達も、メイドさんも、使用人も、そのほとんどが射殺されて今は床に転がっている。
小隊としては一通り屋敷を巡回して動く物が無ければ、地下の援軍に向かう計画だった。
「おやおや、随分と好き放題やってくれたものですなあ」
その声は、4機が如月家頭首の書斎に足を踏み入れた際に起こった。
見るからに重厚な木製机は空席で、しかしその傍らに慇懃な物腰て立つ初老の男性。
黒いスーツを着込むのは執事の黒田だった。
小隊の面々は無感情に銃口を向け、引き金を引こうとする。
しかし弾丸が発射される瞬間、執事の輪郭が溶けて、次に背後からの声を聞いた。
「そのような無粋なオモチャで如月家の執事が肉片になるとでもお思いですかな?」
急いで方向転換した兵士達。
しかし振り返った先に執事の姿は無く、代わりに後ろの方から「コキリ」と骨の折れる音が立つ。
慌てて向きを返した人々。
黒服執事は先頭に立っていたAMSのすぐ背後にいた。
兵隊の首はへし折られたのかあらぬ方を向いている。
『こ、殺せ!』
残された三機が弾かれたように銃をぶっ放す。
銃口から飛び出した弾丸が死者の装甲を叩き、次々に破壊してゆく。
「おやおや。味方を撃つとは仲間意識の足りない兵士諸君ですな」
執事は銃声が止むのを待って、盾にしていたAMSを離した。
小隊の面々は急いで小銃に新しい弾倉をねじ込んでいる。
その隙に懐から十字型の手裏剣の束を引き抜いて無造作に投げる。
次の瞬間に、人々の間で無数の爆発が起きた。
『に、忍者だ……』
『ひっ、殺される!!』
「おや。ようやく人間らしい悲鳴を聞かせてくださいましたな」
洗脳によって恐怖を忘れ去っていたはずの兵士達。
しかし彼らは目の前の爆発をきっかけに軽くパニックに陥っていた。
執事はポケットから長くて細い針のような武器を取り出して、流れるような動作で手前にあったAMSの手首と喉元に突き立てる。
針は管状になっているらしく先端から真っ赤な筋を噴射しつつ、そいつは仰向けに倒れた。
「AMSといっても所詮は人が着る物。関節部分などは生身のそれと変わらない。つまりそういう事です」
恐怖に泣き叫ぶ兵士達とは対照的に、執事の物腰はなおも礼儀正しく冷静極まりない。
二人目の犠牲者を前にして銃を投げ捨てた一人が腰からナイフを引き抜いて迫る。
しかし突き出された腕は関節を極められて、手放したナイフはそのまま自分の首根っこに突き立てられた。
287 :
天使ノ要塞:2011/03/02(水) 12:17:10.47 ID:9Fu/JGBk
『に、逃げ……』
血塗れで床に崩れ落ちたAMS。
ほんの数分間でAMSを着込んだ人間が三人も殺害された。
その事実から逃げだそうとした生き残りに、執事は冷たく言い放つ。
「残念ながら貴方には恐るべき拷問を受けていただかなくてはいけません。もちろん自殺も逃亡も許しません」
執事がくいっと指を折り曲げると、逃げだそうと回れ右した兵士の動きが止まった。
いつの間にか書斎の廊下側には無数の糸が張り巡らされており、やってきた兵隊を絡め取ったのだ。
「鋼鉄製のワイヤーです。そう簡単には切れません」
そう言って悠々と歩み寄る執事。
彼はAMSの腰にあったナイフを断りも無しに引き抜くと、背負っていた発動機と本体とを繋ぐケーブルを断ち切ってしまった。
「さあ、喋っていただきましょうか……」
そして被害者にとっては地獄にも等しい拷問が始まるのだった。
+++
地下施設の廊下は至る所に銃痕があり、三体のAMSが中に死体を収納したまま床に転がっている。
黄色機体は壁にもたれ掛かる格好で脱ぎ捨てられており、その近くには動かなくなった鉛色機体が、時折バチバチと電気ショートの火花を散らせている。
冬矢の機体は手合いの魔法攻撃で発動機を破壊され、また内部のコンピュータも深刻なダメージを受けていて戦闘続行が不可能な状態になっている。
中の人の安否など外側から見ただけでは分からない。
一方の黄色、グラディウスだって無傷では済んでいない。
何十発と弾丸を浴びていたし、直撃こそ免れてはいるが何度もミサイルの爆風と衝撃を食らっている。
おかげでレーダー機器は完全に動作不能。駆動部分も破損していて歩くことさえままならない状態だ。
だから操縦者は機体を捨てて廊下を進んだ。
数週間前にGMA900を暴走させ、挙げ句壊滅の憂き目に瀕した地獄の壁。
その生き残りであるクレール=J=サツキ。
彼女は捕虜となった後、洗脳され、脳に何かを埋め込まれ、気が付けばヘルハウンドの隊長として戦場に立っていた。
自分が何者で、何をしていたか。
全く思い出せないし、また考えようとする気持ちも無い。
ただ、言われたように殺害するべき相手を最速最短で殺す。そのための兵器、それが今のクレールなのだ。
「……」
無感情、無表情のまま、延々と続く廊下を歩き続けるクレール。
少女の脇腹からは大量の血が滲み出していて、時折床に血痕を残している。
それでも自身の怪我など気遣う様子もなく足を前に出すのは、打ち込まれた薬品が痛覚を殺しているから。
人間兵器として作り替えられた少女としては、手や足がもぎ取られでもしない限りは何の障害にもならない。
そんなクレールが行き着いた先。
長い廊下の終着点は広くて四角いフロアだった。
入り口には『格納庫』と記された表札が貼り付けられていて、その奥には一台のAMSが佇んでいる。
それは全身が鉄色をしていて、先ほど戦った神威よりもさらに繊細な容姿を持つAMSだった。
少女がフロアの中まで足を踏み入れた頃になって、そいつは目に光を灯し数歩前へと出てきた。
288 :
天使ノ要塞:2011/03/02(水) 13:04:32.34 ID:9Fu/JGBk
『ついさっき上から連絡があってね。あなたの部下、全滅したそうよ』
「……」
『降伏してお爺ちゃんの居場所を教えてくれるなら危害は加えないけど、どうする?』
「……」
『そう、投降の意志は無いのね。私としてもその方が嬉しいわ』
部屋の隅っこでは次期頭首を逃がすことに失敗した節子さんが、苦笑い半分で見守っている。
館内の各所に設置されている監視カメラのおかげで侵入者が今は少女一人だということは先刻承知している。
そして冬矢君が激しい銃撃戦の末、敗れ去り動けない状態であることも。
過去に友人が目の前で蜂の巣にされた光景が脳裏にフラッシュバックして、だから雫は逃げ出すことを拒否した。
節子さんとしてはそんな武闘派な娘さんが心配でならない。
けれど機体性能と合わせて生身の少女にやられてしまうなんて事はまず有り得ないワケだし、
たとえ相手が魔法じみた攻撃を行ったとしても、これに相当する能力をこちらも有しているのだから問題無いと雫の出撃を許可したわけさ。
『じゃ、アンタのこと、今からボコボコにするけど、良いよね?
……私、本気でキレてるから、手加減とかはしないけど、それで良いよね?』
雫ちゃんの言葉は淡々としていた。
抑揚のない、けれど無感情ではない、噴出する怒りを腹の底に貯め込むような口調。
こうなってしまった彼女を止める術など地球上のどこにも存在しない。
【網膜照合クリア。声紋認識クリア。脳波パターン正常。
――ジェネレータ駆動値を9に設定。バッテリー残量、100%
――システム・オールグリーン。AMS−HD9870EXP『シューティングスター・エクスペリエンス』、起動します】
キュオォォォォ……。
背にある薄型バックパックが柔らかな音色を響かせる。
鉛色だった機体装甲が見るも鮮やかな紅色へと染まった。
腕の装甲が開いて手に得物を握らせると閉じた。
その輪郭が、体躯の色よりも赤い光沢に包まれる。
『――オーバードライブ』
真っ赤なAMSがそう呟いて、次に残像を残して消え去った。
次に出現したのは生身の少女のすぐ真ん前。
突き出したトンファーは、しかし少女の手の平に受け止められていた。
少女は、クレールは感情のない瞳で敵の目を見上げている。
「無駄よ。現行のAMSでは魔力シールドを破れない」
『ふ〜ん。これが魔法の力ってヤツなんだ。……で、それがどうかしたの?』
受け止められていた腕を、それでもさらに前へと押し出す雫。
ガラスの割れる音があって、驚いた顔の少女がそのまま吹っ飛ばされる。
『魔力シールドとかいうものが鉄より固いって言うのなら、それ以上の力をぶつけるだけの話よ』
「……ちっ」
289 :
天使ノ要塞:2011/03/02(水) 13:05:48.02 ID:9Fu/JGBk
腕は振り抜いたし相手の体も宙を舞ったけれど、だからといって手傷を負わせるには至らなかったようだ。
無事に着地したクレールは舌打ちして、指先をシューティングスターへと向けた。
「マジックミサイル、セットアップ。――ファイア!」
数珠繋ぎの光弾が出現して、間髪入れずに敵機へと襲い掛かる。
しかし繰り出された攻撃は赤い残像を射貫くだけだった。
機械甲冑は次の瞬間には少女のすぐ目の前に立っていて、握り締めたトンファーで殴りつけていた。
ベキリツ。
身を守ろうとしたクレールの腕が、至極あっさりへし折れる。
ズンッ。
思い切り蹴りつけた足裏が華奢な腹にめり込んで、少女は血を吐きながら吹っ飛ばされた。
ズシャ。
地面に激突する前の身体をさらに追いかけて上から殴りつけると、小柄な身体が床でバウンドして、もう一度落ちる。
クレールはそれっきり、ぴくりとも身動きしなくなっていた。
しかし攻撃は終わらず、トンファーの先っちょを動かない頭部に押しつけると、トドメとばかりに全体重を乗せて押し潰したのだ。
傍で見ていた御神楽副司令が、そのあまりに壮絶な光景に思わず目を伏せた。
少女は身体のあちこちを砕かれ、頭蓋を叩き割られて死亡している。
ここまでやれば、魔法とかいうものがどれほど強力であったとしても関係無いだろう。
立ち上がったAMSは同色の液体で濡れていた。
『……亡くなった人達のお葬式、やらなきゃね』
血塗れのままデッキまで戻った雫は、そこでAMSを脱ぎ捨てて格納庫から去っていった。
向かう先は、まずは冬矢君の所であり、次に屋敷の敷地内に転がっている亡骸を集めなければいけない。
彼らの遺族に連絡して、お葬式の準備もしなければいけない。
なぜなら源八爺さんが不在の今、実務的な事は全て雫が執り行わなければならないからだ。
雫は壊れそうな心を必死で抱きかかえながら長い長い廊下を突き進む。
朝の光が顔を出すまでにはまだ少し時間があった。
おわり
290 :
天使ノ要塞:2011/03/02(水) 13:11:16.42 ID:9Fu/JGBk
というわけで15話の投下を完了しました。
291 :
天使ノ要塞:2011/03/15(火) 15:05:15.07 ID:SGiy5ovQ
登場人物
如月雫 ……本編の主人公。お嬢様なのに普通の人、と本人は思い込んでいる。オタク趣味。女子高生。負傷により左腕が機械義手になった。
AMS−HD9870EXP『シューティングスター・エクスペリエンス』(機体色は赤)の搭乗者。
中盤以降、かなり攻撃的な性格になっており、敵と見なせば容赦なく殺しに掛かる。精神感応力が異常に高い。
如月源八 ……雫の祖父。大金持ちで科学者。シューティングスターの開発・改造に着手する総司令。現在、敵拠点にて軟禁されている。
弥生美香子……雫の友達。おっとり系。雫のことが好き。巫女さん。AMS−RH2870『アルティザン』(機体色は山吹色)の搭乗者だった。
戦闘で受けた怪我で再起不能状態だったが如月邸の襲撃と時を同じくして何者かに拉致された。消息は未だ不明。
密かに精神干渉能力を持っている。
卯月冬矢 ……喫茶店『KAMUI』のウェイター。23歳独身。自作AMS『神威MkV』(機体色は鉛色)の搭乗者。沈着冷静。
最初は難病を煩う妹(香苗)の治療費を稼ぐため裏家業に足を突っ込んでいたが、雫に雇われてからは重要な彼女の右腕となる。
御神楽節子 ……源八の助手。クールビューティー。なんとかいう武術の達人。ツッコミは鋭い。
黒田さん ……如月家の執事。あらゆる乗り物を運転できる。神出鬼没。忍者の一族として訓練を受けており、暗殺技術は突き抜けて高い。
室畑 ……政府の特務機関Asの局長。冷酷非情。でもマリィ大好きなオッサン。魔装『鬼鴉』の所有者。
柊川七海 ……Asの隊長。元変身ヒロイン。元気だけどおっかない女性。19歳。たいていは海外出張(主に米軍基地)している。
AMS−GTX00/SLI『アレンデール』(機体色は白)の搭乗者。白い悪魔の異名を持つ。
高岡水瀬 ……七海の親友。正確は温厚で生真面目。素性は明かされない。
マリィ ……Asの現場主任。見てくれ15歳の美少女。AMS−X05『ファントムナイト』(機体色は黒)の搭乗者。七海を尊敬している。
M.A.R.Yシステムのコアとして製造された人造人間であり、システム発動中は超次元的な戦闘能力を発揮する。
稲垣孫六 ……Asの隊員。副主任としてマリィの傍に付いている。二十代後半。AMSはJ602『ミヅチ』(機体色は群青色)。
高橋 ……田嶋署の刑事。役職は警部補。定年前の初老だががっちりした体格。下水道内で獣魔に襲われ死亡。
前原 ……同署の刑事。高橋の部下。三十代前半の風貌。体格はもやし。機械系に強い。
クレール=J=サツキ
……元『地獄の壁』の隊長。16歳で階級は准尉。ブロンドのウェーブ髪の少女。A−GMA3『グラディウス』(機体色は黄色)の搭乗者。
捕獲後、強化人間化。ヘルハウンド部隊の指揮官として如月邸を襲撃するものの、戦闘により死亡する。
マリア ……15歳。生き別れの姉を捜している。現在は傭兵部隊『アローヘッド』に所属している。
性格は大人しく、いつも何かに怯えている。でも長距離からの狙撃では神がかり的な命中精度を誇る。
水無月千歳……マリアの同僚で大親友。17歳。クールになりきれない性格。戦場では刀一本を手に突撃する戦闘狂。
一途で思い込みの激しい激情家。かつての同僚である卯月冬矢を今でも慕っている。
キース=ハワード
……同じく傭兵。25歳。老け顔の男。千歳に惚れている。隊内ではサブリーダー的なポジション。
292 :
天使ノ要塞:2011/03/15(火) 15:07:01.54 ID:SGiy5ovQ
第16話 「傭兵たち」
如月邸が襲撃を受けてから数日間が経過した。
ライフル掃射は元より、ロケットランチャーや対戦車砲がぶっ放されているのだから、屋敷が半壊程度で済んだのはむしろ不幸中の幸いだったのだけれど。
一方で人的被害は最悪と言っていいレベルだった。
地下に居残っていた技術スタッフは避難していたから無事で済んでいるけれど。
地上階の警備スタッフは詰めていたほとんどが死亡したし、住み込みで働いていたメイドさんや庭の手入れなど敷地を管理していた使用人さんも、休暇などで屋敷から離れていた人間以外はほとんどが殺されていた。
だからお葬式ともなれば五十名以上の遺影を並べる合同葬儀になったし、参列した遺族の方々も百名近くの大所帯になっちゃったし。
遺族への連絡に始まり、彼らの食事など葬儀に関わる一切を取り仕切るハメになった雫ちゃんは、一段落付く頃には虚ろな目をしていた。
「どうしたら良かったのかな?」
犠牲者の親族は、よってたかって頭首代理である雫を責め立てた。
きっと彼らの中では極悪非道なブラック企業を束ねる大悪党。そんな図式で彼女に食って掛かったのだろうけれど。
だったら街の平和のために戦った行為は一体何だったのかと問わずにはいられない。
戦いの中で人を殺すことを覚えたし、左腕も失った。友人は再起不能になったし、もう普通の女子高生としての生活だって見込めない。
そんな雫が、何故さらに「お前が死ねば良かった」だの「一生恨んでやる」だのと言われなきゃいけないのか。
人の死を見るのも、誰かを殺すことも何とも思わなくなってしまったけれど、だから余計に疑問を感じる。
身内に起こった悲劇については鬼の首を取ったかのように糾弾するけれど、そんな彼らを守ろうと命懸けで戦っている人間がいることには知らないフリ。
安全なところから文句ばかりを言う、自分に都合の良い人々。
命を賭けてまで救う価値があるの?
文句を言われるためにわざわざ戦場に赴くなんてバカみたいじゃない。
「なんだ、お前は感謝されるために戦っていたのか?」
少女が問い掛けると、腕にギブス、頭に包帯を巻いた冬矢さんが答える。
前回の戦いで彼もまた傷付いていた。
本人曰く大した怪我ではないとの事けれど、彼を看た医者の話では少なくとも二週間は安静にしていなければいけないらしい。
「別に感謝を求めてるわけじゃないけど。でも、私ってそんなに悪い事してるのかなあ、って」
ここ数日間、地下の格納庫は雫ちゃんの逃避場所になっていた。
地上階だとどこにいても落ち着かないし、窓の外に目を遣れば報道関係の人間が絶えず張り込んでいて鬱陶しいことこの上ないから。
逆に鉄と油の臭いが漂うこの場所が、引き籠もり場所になっちゃったわけです。
「どんな理由があったとしても人間を殺しているのだから悪い子には違いないだろ」
「でも、ねえ……」
「この国では生き残るためであっても相手を傷付けてはいけない。殺人鬼が襲ってきても大人しく殺されなければ罰せられる。
警察に頼るにしても彼らが駆け付けるまでのあいだ被害者は何もしてはいけないのだから結果としては同じ事だろう。
もちろんそれは法律を遵守するならの話だし、死ぬのがイヤなら法律など無視して戦うのが真っ当な思考だと俺は思うが。
どちらにしても『死ね』という法律を無視して生きるのだから、善悪でいえば悪人ということになる。違うか?」
前回の戦闘で大破している自機を、それでも修理しようと躍起の冬矢君。
彼の言い分はぶっ飛んでいるようにも思われるけれど、でも現状を鑑みるにあながち間違いでもないのが恐ろしいところだ。
屋敷から運び込んだ小さな丸型テーブルには電動ポットとティセットあって、雫は木製机に腰掛けながらぼんやり自分の機体を見つめる。
神威MkVはパーツをあれこれ交換すればどうにか動けそうだったし、自分の機体に至っては装甲に血糊が付着しただけなので拭き取りで十分だった。
如月家の執事さんは襲撃者の一人を拷問して如月家の現頭首が軟禁されているであろう場所を特定していた。
しかし爺様を救出するにしても頭数が足りないし、装備の類も調達しなければならない。
なので雫が葬式を執り行っている間、黒田さんには別の方向で奔走して貰っていた。
救出は、こちら側の準備が整ってからという段取りで話が進んでいる。
293 :
天使ノ要塞:2011/03/15(火) 15:09:16.21 ID:SGiy5ovQ
「こんな時にミカが居てくれたら……」
ふと愚痴を垂れてみる。
弥生神社の娘さんが五体満足であったなら貴重な戦力になったろうし、病院のベッドで寝たきり状態であったとしても友人の心の支えにくらいにはなってくれただろう。
だけど、彼女の姿は病院に無かった。
襲撃の行われた夜に何者かの手によって拉致され、今に至っても行方が分からないのだ。
当直の看護師に聞いたところ黒ずくめの男達が銃を手に押し入ってきて、抵抗も出来ない少女を連れ去ったらしい。
もちろん誘拐犯達が撤収した直後に如月邸に電話したけれど、この時すでに回線が全て切られていて繋がらなかった。
だから事後報告という形でしか分からなかったという次第だ。
「助けなきゃね、絶対に」
でも、と雫達は思う。
一連の動きから察して美香子は敵の本拠地に監禁されている可能性がとても高い。
だったら爺様を救い出すのと同時に友人の身柄も確保すればいい。
問題なのは美香子が重要人物ではないことだった。
客観的に見て、少なくとも爺様は人質としての価値がある間は無事で済む。
けれど利用価値が無いにも関わらず拉致された美香子に関しては身の安全は保証できない。
犯人らが心底極悪非道だったなら、身動きできない彼女を散々嬲った挙げ句に殺害すること請け合いだ。
だから雫ちゃんとしては一刻も早く黒田さんに戻ってきて欲しい。
全てが手遅れになってしまう前に。
+++
如月邸の面々があれやこれやと忙殺されている頃。
遥か上空、高度3000メートル地点では白い筋を引く航空機が一つあった。
全面をステルス色で塗り潰された角張った飛行機体。
それは輸送機であり、地球の反対側から一直線に目的地を目指している。
搭乗者は十名あまり。操縦桿を握るのはある機関に所属する軍人であり、乗客は傭兵だった。
「千歳ちゃん。……気持ち悪いよぉ」
「お、おい。こんな所で吐くなよ!」
どこからどう見ても日本刀とおぼしき棒きれを杖代わりに、黒髪の少女が慌てふためく。
真っ青な顔色で、それでも必死で嘔吐感と戦っている少女は見るからに小さな肩を震わせる。
飛行機酔いで苦しんでいるのはマリア。
ポン刀を傍らに置いて心配そうに隣人の背をさすっている少女は水無月千歳。
二人はつい先ほどまで戦場のど真ん中にいて兵力差十倍の敵部隊と交戦、これを殲滅していた。
「けどよぉ、良いのか千歳? 戦場ほったらかして来ちまったけど、行き先は平和なニッポンなんだろ?」
「キース。詳しい話は私じゃあなく、そこのオッサンに聞いてくれ」
キース=ハワード。小隊の中じゃナンバー3に当たる老け顔の男が尋ねると黒髪少女はぶっきらぼうな返事を投げてよこすばかり。
彼の視線の先には黒いスーツに身を固めた初老の男が座っている。
「ミスタークロダ、だったか? それで俺たちゃ何のために平和な国に向かってんだ?」
彼らは傭兵で、傭兵が必要とされるのは戦場だけ。
なのに執事を名乗るこの男は8人で構成される小隊を丸ごと金で買い取って祖国に持ち帰ろうとしている。
冗談めかして声を掛ける男に黒服執事は小さく笑みを返す。
「ニッポンは貴方が考えているほど平和ではないのです」
Mr.黒田のごく端的な話。
現政府は政権を握る以前から根っから悪の秘密結社であり、公に出来ない軍事施設を多数所有しているらしい。
そして黒田の雇い主であり国内でも有数の資産家である如月源八はこれに対抗しようと極秘にAMSの運用機関を設立したものの、市街地でのイザコザが原因で発覚、軟禁状態に陥った。
傭兵の皆さんが請け負う業務はたった一つ。
屋敷に残されている装備と新たに買い付けた武器弾薬を駆使して捕らわれた老人を救い出すことだった。
294 :
天使ノ要塞:2011/03/15(火) 15:11:12.14 ID:SGiy5ovQ
「詳細については屋敷に戻ってからブリーフィングを行いますので、その折に」
ひとしきり話して口を閉ざした執事さん。
けれど話を聞くうちに真っ青になったのは千歳ちゃんとキースくん。
「って、ちょっと待ってくれ。それじゃ何か? 俺たちゃ十人にも満たない小隊で大隊規模とやり合わなきゃいけないってのか?!」
キースくんの言葉はもっともだ。
雇われ隊員達はそこまで詳細な仕事内容について聞かされていなかった。
元クライアントの説明では今現在請け負っている仕事とさして変わらない内容とのことで。
このステルス輸送機が彼らを迎えに来たときにはすでに元クライアントと黒田との間で全て話がついていたから疑問にも思わず乗り込んだけれど。
だけど今の執事さんの話をまとめると業務内容からして全く違う種類の物なのです。
いや確かに銃を手にぶっ殺したりぶっ殺されたりの中へと飛び込んでいくことには違いないのだけれども、でも相手の性質がまるで違う。
今回の相手はAMS技術では世界の十歩くらい先を独走する国で編成された機械化歩兵部隊だ。
それはつまり私設であろうと公の物であろうと政権内で編成された軍事組織と事を構えるってことで。
さらに言ってしまえばその性質が独裁であろうと何であろうと一国そのものに反旗を翻すって所に違いはない。
どこぞ特殊部隊ならいざ知らず、こちとら旧式の小銃やら手榴弾やらで命を遣り取りしてきた真っ当な傭兵で。
最初から無謀と分かっている話に乗っかれるほど命知らずじゃあないのだ。
「俺は嫌だぜ? こんなつまんね〜事で人生を棒に振るなんてよ!」
キース君はとうとうそんな結論を口にして機内ハッチを手動でこじ開けようとした。
ところが彼はいつの間にか背後に忍び寄ってきた執事に首筋をチョップされてあっけなく崩れ落ちる。
仲間への攻撃を察知した千歳が腰を浮かせるが、その動きを冷静に制する執事さん。
「眠っていただいただけです。機内で暴れられると困りますので」
また黒田はこうも言った。
「あなた方を引き抜いたのは、あなた方に実績があるからです。
そして私どもにはあなた方に自らの命運を託す覚悟がある。ただ、それだけの話なのです」
「それは随分と自分勝手な話じゃあないか?」
「はい。自分勝手な話です。しかしそれを言い出すのなら、ご自分の都合で戦場を選り好みするというのも、また随分と勝手な話では?」
無表情で対峙する千歳嬢と黒執事。
「あなた方には素晴らしい戦績があります。しかし味方部隊を囮に敵を殲滅したり、行きたい場所にしか行かなかったりとかなりの我が儘ぶり。
雇い主としても扱いに困っていたようですね」
「私らは正規の軍人じゃあない。自分の生存を優先させて何が悪い?」
「ええ。何も悪くはありません。私どもも正規の軍人ではありませんから主人の生存を最優先にさせていただいております。
つまりは、あなた方には二つの選択肢しか無いということです。全員を死なせるか、全員を生かすか。お分かりですか、ミス千歳?」
「良い性格してるじゃないか。執事にしておくのは勿体ないな」
「お褒めにあずかり恐悦至極」
このオッサン、大マジだ。
千歳さんは直感して、思わずニヤリと口端を歪める。執事は会釈して自分の席に座ってしまった。
青い顔のマリアちゃんが涙目で口元を押さえるのが見えた。
それまで中東の反政府ゲリラに雇われて独裁政権に銃を向けてきた傭兵部隊。
そのやり口は狡猾にして残忍。
敵にも味方からも恐れられるその小隊の隊員達は皆、肩口に矢を象った部隊章を貼り付けている。
『アローヘッド』。
それが、その小隊の通り名だった。
+++
295 :
天使ノ要塞:2011/03/15(火) 15:13:02.24 ID:SGiy5ovQ
自衛隊が保有する滑走路に降り立ったステルス型輸送機。
航空機は燃料を補給するとそのまんまトンボ返りしてしまった。
降ろされた人達はここで如月グループの所有するトレーラーに乗り換えて、駐屯地内に保管させてもらっていた武器弾薬と一緒に屋敷を目指す。
五台にも及ぶ貨物運搬車が目的地に到着したのは、夜の十時を過ぎた頃合いだった。
「ただ今戻りました、お嬢様」
「お帰りなさい、黒田さん!」
地下の格納庫で慇懃に頭を下げた執事と、木製椅子から立ち上がって出迎えた雫ちゃん。
機体の修理をどうにか終わらせた冬矢君も、それまで別の業務に明け暮れていた節子さんもやって来て、久しぶりに関係者各位が顔を合わせる。
執事さんの後ろには海の向こうから引っ張ってきた三人の傭兵がいて、再開を喜び合った後はすぐさま彼女らの紹介に入る。
「彼女は傭兵部隊のリーダー、水無月千歳様。その後方の方はマリア様とキース様でございます」
「うん、分かった。ご苦労様」
他の隊員達は武器弾薬の搬入作業に手を貸していたし、その後は各々に割り振られた部屋で待機する予定でこの場には来ない。
でも今は主要人物と顔合わせするだけで十分なので問題は無い。
雫はちょっとだらしのない敬礼をしてよこす傭兵達とそれぞれに握手を交わした。
「じゃあ皆さん。私が頭首代理の如月雫です。よろしくね」
明るく笑いかけてみるけれど、そこにくっついている鋼鉄製の機械義手を目の当たりにして、三人はどうにも微妙な表情を返すばかり。
そんな中で、ふと視線を他所に向けた千歳嬢が急に大きな声を上げた。
「卯月……少佐?!」
「ああ、久しぶりだな」
え、知り合いなの?
肩越しに尋ねる雇い主に卯月冬矢は「傭兵時代の同僚だ」と答える。
キースが「チッ」と舌打ちするのが聞こえた。
「どうして、ここに?」
「成り行きだ。今は彼女に雇われている」
冬矢君は少佐と呼ばれることに抵抗があるのか、ちょっと顔をしかめている。
でも千歳さんは、どうにも切なそうな表情で駆け寄ろうかどうしようか逡巡している様子だった。
それは傭兵として戦場を駆け抜けた人間の顔とは思えない、どちらかといえば恋する乙女の目だ。
雫ちゃんはなぜだかムッとして二人の視線を遮る格好で身体を割り込ませる。
「とにかく。これで準備は出来たのだから、いつでも出られるわね?」
「はい。では細かい打ち合わせは明日の朝に行い、当日中に出撃するように致しましょう」
「うん。面倒な手続きなんかはお願いするわ」
「畏まりました。お嬢様」
きっとこの後、冬矢君と千歳さんは二人してどこかに行ってしまうだろう。そんな雰囲気が漂っている。
それは気にくわないけれど、これ以上人々を引き留めたところで大した言葉も出てこないし、何より自分自身が一刻も早く一人になりたいからという理由で話を終わらせる。
雫ちゃんは、腹の底に何やらモヤモヤした物を感じたけれど力ずくでねじ伏せた。
+++
296 :
天使ノ要塞:2011/03/15(火) 15:16:10.81 ID:SGiy5ovQ
日付の変わる頃合い。
如月邸の庭はしんと静まり返っていて、梅雨を目前にしているにも関わらず肌寒い風が通り抜けていた。
少しだけ雲が出ているけれど、煌々と光を放つ満月と少しばかりの星が出ていて、周囲の野外電灯の光と合わせればさほど暗さを感じさせない。
そんな中で佇むのは卯月冬矢と水無月千歳。
青年はまだ僅かに血痕の残る石床に立って煙草など吹かしている。その数歩後ろを、鞘に収めた日本刀を胸に抱いて少女が追いかける。
会話はなかった。地下施設の廊下を歩くときも、エレベータに乗り込んでいるときも。
しばしの沈黙の後、最初に口を開いたのは千歳だった。ポニーテールにした長い黒髪を風に遊ばせたまま、少女は躊躇いがちに声を出す。
「お久しぶりです。少佐」
「そうだな」
「あの、少佐は今までどうしていらしたのですか?」
実のところ、冬矢はかつて傭兵部隊アローヘッドのリーダー役などやっていた。
千歳は戦災孤児で、彼に拾われて小隊の一員になった。もちろん戦い方を少女に叩き込んだのも彼だ。
だから千歳は6つ年上の青年を心底信頼していたし、それ以上の感情さえ持ち合わせていた。
ところが彼はある日突然居なくなってしまった。千歳に小隊を任せるだなんて身勝手な書き置きを残して。
仲間達は平和な故郷が恋しくなって逃げ帰ったのだろうとか噂していたし、裏切り者だなんて罵りもしたが。
少女としてはきっと止むにやまれぬ事情があったのだろうと信じ、ずっと彼の復帰を期待していた。
それが何年経っても戻ってこなくて、半ば諦めた頃になって思わぬ形で再開を果たしたのだ。
たくさん話したいことがあったはずなのに、いざ目の前に居るとどんな顔で何を話せば良いのか分からない。
千歳が返答を待っていると、かつてのリーダーは抑揚のない声を投げてよこした。
「俺のクライアントは如月雫であり、君の雇い主は如月源八だ。だから、同じ目的で動くにしても上下関係は発生しない。俺を少佐と呼ぶな」
「ごめんなさい」
「……妹が難しい病気になってな。悪いとは思ったが抜けさせて貰った」
「そう、ですか……」
指に挟んだ紙タバコが白い筋を描いている。作業服の背中はどこか疲れているように見えた。
「戻ってはいただけないのですか?」
「雫は……、雇い主からは十分すぎる報酬を貰っている。妹の治療にも手を貸してくれている。彼女を裏切ることはできない」
そう言って煙を吐く。千歳は衝動的に日本刀を床に落として、駆け寄ってその背中にすがりついた。
「私には貴方が必要です。戻ってきて、冬矢!」
激情が爆発したのか、少女の声は上擦っていた。
青年は煙草を床に落として振り返り、そして千歳の両肩を優しく掴むと引き離す。
「それはできない。なぜなら君以上に俺を必要としている人間がいるからだ」
「あの女のせいなのね?! だったら!!」
フルフルと首を振って、男から距離を離した千歳さん。彼女は一度は取り落とした日本刀を拾い上げると凄い勢いで踵を返した。
「ま、まて、君が何を思ったかは分からないが、その考えは恐らく間違いだ!」
慌てて叫んだ冬矢君。けれど彼女には届かなかったらしい。
身体半分だけ振り返った千歳の瞳には爆発寸前といった趣の光が宿っているじゃあないか。
「少しだけ待っていて下さい。障害を排除してきます」
「おい、ちょ――!!」
そして駆け出したお嬢さん。
冬矢君としては多少乱暴でも引きずり倒して言い聞かせようと足を前に出したのだけれど、肉食獣よろしく駆け出した身体を捕まえる事なんてできやしない。
「……まずい。非常にマズイ」
腕のギブスを吊っていた布を首から外して投げ捨てた青年は、青い顔で彼女の走り去った跡を見つめる。
元々大した怪我では無かったから多少の痛みしか感じないけれど、だからといって本気で刀を振り回す人間に太刀打ちできるのかと問われれば、実のところ全く自信がなかった。
とにかく千歳を取り押さえないと大変なことになる。どうにか阻止しなければ。ただその一念で来た道を駆け抜ける冬矢だった。
+++
297 :
天使ノ要塞:2011/03/15(火) 15:18:14.58 ID:SGiy5ovQ
そんな次第で、日本刀を手に地下格納庫まで舞い戻ってきた千歳嬢。
一方の雇い主、雫ちゃんは木製椅子の上に三角座りして、テーブルに置いた小型液晶テレビで深夜アニメの観賞中。
自分の世界に浸りたいからとヘッドフォンを耳に掛けていたから、背後に忍び寄る影にも気付かない。
「如月雫。お前を殺す!」
声に出して日本刀を鞘から引き抜く。
本当は恐怖に目を見開く姿を期待していたけれど、何のリアクションも無い事が腹立たしくて、つい頭に引っ掛かっていたヘッドフォンを払いのけてしまうのだ。
ガシャリと音を立てて、雫ちゃん愛用の音響装置が床に落ちる。
「……私の唯一の楽しみを台無しにするなんて、アンタさ、根性あるじゃない」
落ちた塊をやけに緩慢な手つきで拾い上げた雫ちゃん。
椅子から立ち上がった少女の目は、この時点ですでに座っている。
「少佐の自由を奪っておいて、自分はアニメ観賞かよ! 許せんっ!」
「そう、謝罪も反省もしないワケね。分かった。よ〜く分かった。もう泣いて謝っても許さない。ボコボコにする。ただそれだけ」
プチンッ。
どこかで何かの切れる音があった。
少女の瞳に狂気じみた光が宿る。
千歳は恐怖を感じて咄嗟に飛び退いてしまった。
「お前、何者だ?」
尋ねながら、相手の出方を窺う千歳。
少女の考えでは、相手は戦うことなど知らない小娘で、何不自由なく育てられた非力で無力な温室育ちのお嬢様のハズだった。
機械義手の左腕だって、単なる飾りか何かだと思っていた。
けれど、怒りを顕わにするその姿は人間の輪郭を象った何か別の生き物。
どう猛で凶悪な一匹の獣を思わせる。
なんなのコイツは?!
背筋を這い回るのは銃弾の嵐をかいくぐった時よりも強烈な恐怖心。
中段に構えた刀の刃先が我知らず震えている。
ライオンの檻の中に放り込まれたような錯覚に陥りながらもすり足で距離を詰めていく。
「何してんのさ。殺すんでしょ? だったら早く掛かってきなよ」
挑発の言葉を投げかけるお嬢様は、武器らしい物も持たず、空手とか合気道とか武術的な構えをとるでもなく千歳と対峙している。
やがて、緊張の糸が切れたのか斬り掛かる暗殺者。
ガチンと火花が散って、千歳は信じられない光景を目の当たりにした。
「アンタさ、人のことナメてんの? そんなナマクラで私が殺せるワケないでしょ!!」
日本刀の刀身が、機械の手で掴み取られていた。
刀そのものが名刀とか呼ばれるほどの物ではないけれど、だからといって素手で掴めるほどの凡刀ではないし、何より素人ではかわすのも難しい速度で振り抜いたはず。
なのにあっさりキャッチされている。
この信じられない光景に一瞬だけ我を忘れてしまう千歳嬢。
しかしこの隙を相手が見逃すはずはなかった。
恐ろしい力で引っ張り込まれたかと思うと、間髪入れずに強烈な衝撃が腹部を直撃したのだ。
298 :
天使ノ要塞:2011/03/15(火) 15:20:28.58 ID:SGiy5ovQ
「――がっ!!」
それから足を払われて、手で側頭部を押さえつけられながらコマのように一回転する四肢。
受け身を取る暇もなく床に転がされたのだと気付いたときには、相手はすでに奪った刀を持ち直して振り下ろす体勢に入っていた。
「そこまでだ!!」
殺されると思った瞬間、両者の間に見慣れた輪郭が割って入ってくる。
振り下ろされた刀はギブスの中に埋没している。
荒い息で雫を見上げるのは冬矢君だった。
「落ち着け二人とも!」
冬矢としては千歳に殺害され掛かっている雫ちゃんを想像していたから、形勢逆転しているこの構図はにわかに信じられないものがあったのだけれど。
それはさておき、二人を強引に引き離した後は説教タイムと言う事で千歳に向き直った。
「雫は俺の雇い主だ。彼女を傷付けるようなことがあれば俺が許さない。分かったか!」
一方のクライアントに対しても厳しい表情で声を掛ける。
「千歳は貴重な戦力だ。作戦前につぶし合ってどうする!」
少女二人は彼の剣幕に押されて我に返ったのかそれぞれ溜息を吐いていた。
「なんだかシラケちゃった。もういいわ。彼女には君の方から言い聞かせておいて」
そう言って背を向ける雫ちゃんは、背を向けて椅子に腰掛けると再びヘッドフォンを頭に引っ掛けてテレビを前にまた溜息。
「あ〜……。終わってる」
いや、まあ。放送は自室で録画しているから、見ようと思えばいつだって見られるのだけれども…。
座り直して膝を抱く雇い主の背中にはどこか哀愁が漂っている。
「お前は自分の部屋だ。異論は認めない」
「……はい」
この間に千歳をあてがわれている部屋へと連行する冬矢君。
黒髪の少女はしおらしく肩を落として彼の後を付き従っている。
長い廊下を歩く中で、不意に男は口を開いた。
「雫はああ見えて、とても繊細で心が弱い。それでも戦いに身を投じ、多くの命を奪ってきた。
街の平和のため、罪なく虐殺された人々のため、自分の命を守るため。理由は様々だったが、それでもどうにか生きて帰ってきた。
まあ、かく言う俺も最初は彼女とやり合ったクチだからあまり偉そうなことは言えないが。
今はクライアントにはなるべく平穏に過ごして欲しいと思う。だから、無闇なちょっかいは掛けるな」
千歳は聞き入るばかりで何も答えない。
冬矢は部屋の前までやって来ると少女を押し込めて自分は背を向けた。
「明日には奪還作戦が行われる。作戦が始まれば休む暇はあまりないから、今はゆっくり休んでおけ」
「冬矢、あの……」
「なんだ」
「あの子の事、そんなに大切なの?」
か細い声で呼び止めた千歳さん。
青年は背を向けたまま、疲れたように溜息を吐いた。
「大切だ。だが、君の考えているような感情とは違う。彼女は雇い主であり、無条件で守らなければいけない存在だ」
「じゃあ、恋人とかではないのですね?」
「……しつこいヤツだな君は」
299 :
天使ノ要塞:2011/03/15(火) 15:22:45.40 ID:SGiy5ovQ
念を押されて辟易する冬矢さん。
どこかホッとした息を吐く千歳さん。
『もちろん君に対しても恋愛感情など持ち合わせていない』などと怖くて言えない男は、それ以上の会話を避けて格納庫への道を引き返す。
冬矢としては彼女の一本気なところは買っていたが、その感情的というか恋事を優先させたがる所が苦手だった。
「よぉ、裏切り者。調子はどうだい?」
愛機の最終調整に向かう途中、待ち構えていたキースに声を掛けられた。
筋肉質で金髪の青年は冬矢より2つ年上で気の合う仲間だったが、小隊を抜けた今となっては友好的な関係は望めないだろう。
冬矢は再三の溜息を吐いて、彼の前で立ち止まった。
「まあまあだ。……それより、見ていたのならなぜ彼女を止めない?」
「面白そうだったからな。ま、そんなことは俺にとっちゃどうだって良い事さ。それよりお前、アイツの気持ちも少しは考えてやれよ」
「どういう意味だ?」
「どうもこうも。昔っからお前に惚れてたってことくらい知ってただろ」
「お前はどうなんだ? 好きなんだろ、千歳が」
「お、俺の事なんざどうだって良いんだよ」
「押し倒してでも自分のモノにするとか言ってたのにか?」
実のところ、冬矢が傭兵小隊を去る前日、キースとは幾ばくかの話をしている。
この時、ちょっとした殴り合いの喧嘩になっていて、彼は悪態つきながら見送ったものだ。
キースは千歳の事をとても大切に扱っていたから、今では良い仲になっているものとばかり思っていたが、どうやらそうではないらしい。
「何度か口説きに掛かったんだが、斬り殺されそうになったから止めたんだ。お前でないとダメなんだとよ。一途というか何というか」
「胃がキリキリしてきた……」
いや確かに千歳は拾った当初から整った顔立ちだったし、数年ぶりに会ってみれば長くて艶やかな黒髪とか均整の取れた体つきとか美女と呼んだって差し支えないまでに成長していたけれど。
だからといって心がときめくというほどではなくて。ひょっとして俺って同性愛者の気があるんじゃあなかろうかと疑ってみたりするほどだ。
思わず胃を押さえてしまう元同僚に対して、キースは舌打ちをしてみせた。
「贅沢なヤツだぜ。……ええと、雫ちゃん、だっけ? あの子もお前のこと気にしてるみたいだし、両手に花だってのによ」
「クライアントが俺を? まさか、何の冗談だ」
「お前って本当に、ぶっ殺してやりたくなるくらいニブいんだな」
「というか、お前はそんな事ばかり考えているのか?」
本気でストレスを感じている冬矢は会話を切り上げようと歩き出す。
そんなかつての戦友に、背中から追い打ちする言葉があった。
「まあいいや、本題はそっちじゃねえし」
「?」
「ちょいとばかり頼まれて欲しい事があるんだ」
「千歳に関する事ならお断りだ。話がややこしくなりそうだからな」
「そうじゃねえ、マリアの事だ」
「ああ、あの小さい子か。俺が部隊に居た頃には居なかったが、新入りか?」
「まあな。あいつは生き別れの姉を捜していてな。まあ、この国に居る可能性なんてほとんど無いんだが、それでも一応捜索してくれないか?」
「分かった。俺の方から雫に頼んでおこう」
それからキースは胸ポケットから一枚の写真を取り出し、振り返る冬矢に手渡した。
300 :
天使ノ要塞:2011/03/15(火) 15:23:49.59 ID:SGiy5ovQ
「名前はクレール=J=サツキ。日系人で年齢は、今は16になっているはずだ」
「この写真はどうしたんだ?」
「本人から頼まれてな。預かってんだよ」
話によるとマリアは廃墟になった街の中を彷徨い歩いていたらしい。
で、千歳達に拾われる際に写真を手渡して探して欲しいと泣きついたんだそうだ。
しかし受け取った写真に目を通した男はさらに陰鬱な気持ちになった。
如月邸を襲撃し、雫の手により殺害された少女。
魔法にも似た攻撃手法で冬矢を苦しめたあの女が、綺麗な顔で収まっているじゃあないか。
襲撃者達の遺留品はまだ地下の保管室に保存されている。
その中には認識票も含まれていたはずだ。
「分かった。結果はなるべく早く出すようにする」
「ああ、頼んだぜ」
まずは名前を確認しなければいけない。
他人のそら似ならそれに越した事は無いが、最悪の場合、狙撃の能力が高いという彼女を作戦から外さなければいけないし、万が一に備えて監視も付けなくてはいけなくなる。
いやいや、最も効率が良いのは「姉は見つからなかった」という結果を本人に提示して、あとは知らぬ存じぬを貫くことだ。
本人が知らなければ雫に危害が及ぶ心配も無いし、全てがすんなりいくだろう。
あれやこれやと考えながら、暗い顔の青年は廊下に靴音を響かせた。
おわり
投下と新スレ乙
ウメ子は魔法少女である。
使命はスレを埋めること。
彼女は今、フラストレーションが溜まりに溜まっていた。
「前スレは途中で落ちてしまって登場できなかった上に、このスレもあと1レスが限界じゃないのよっ!!
この女傑美少女メガネ才女淑女魔法少女美女のウメ子さまの出番がこれしか無いってどういうことなの!?」
「女女うるせぇよ! あと俺を肘掛けにするなっ!」
ウメ子にもたれかけられて、ペチャンコになりながら文句を言うのは使い魔子羊のメウたんだ。
「うっさい、このモコモコ枕が! 逆らうならこうよっ!」
「メウっ」
ウメ子が弱点の尻尾を捻り上げると、途端にメウたんは大人しくなった。
「あーあ、なんか面白いことないかなー」
缶麦茶をグイッと飲み干し、次なる缶に手を伸ばそうとするウメ子だったが……。
「ええっ!? 嘘、もう品切れ!?」
ヒマに任せてガブガブ呑みまくっていた彼女の命の水は、無数の空き缶を残してすっかりエンプティーになってしまった。
「ちっ、メウたん買って来なさいよ!」
「メウぅ」
しかし尻尾へのダメージですっかりフヌケになってしまったメウたんはまるで身動きができない。
「ちぃっ、使えないわね! 仕方ない、ウメ子さま自ら買いに行くとしますか!」
しぶしぶ近所のコンビニに繰り出したウメ子だったが……。
「な、なんでよ!? どうしてどこに行っても品切れなの!?」
時節柄、どこの店も缶麦茶がすっかりソールドアウトだったのである。
「そうよ、飲み屋に行けばいいんだわ! あそこならまだ缶b……麦茶があるはず!!」
ウメ子の目論見通り、近所の飲み屋はそれなりに営業しているようだった。
「へーい、マスター! 酒蔵で寝かせた梅酒をググッと!」
「はいはーい、梅ジュース一杯ね」
「ぬぐぐ……」
年々と厳しくなる法律の網が、モコモコ赤毛の小柄な魔法少女の前に立ちはだかる。
「こうなったら、大人の女性に変身よ!」
そう店中に叫び声を響かせながら、ウメ子はトイレに駆け込む。
「ショーチクバイショーチクバイ、ソーダワリハウススギルカラロックハッ!!」
懐から取り出した携帯小枝を振りかざし、ウメ子は呪文を唱える。
そうして軽い爆発の後に現れたのは、いかにも横柄そうなメガネ魔女(大人)。
赤毛もモコモコからモッサモサにバージョンアップだ!
「さぁマスター、今度こそ梅酒をよこしなさいっ!」
「ごめん、もう閉店の時間だよ。スレも終わるし」
「えっ!! ちょっと待t