スレ立て乙です!!
…さて、新スレ第一作は…
4 :
高杜学園校歌:2008/09/25(木) 23:54:43 ID:v08ZY+D+
一、朝日昇る高見山
千代に輝く気高さを 自然の教えと仰ぎつつ
集いて勤しむこの学び舎よ
ああ 高杜 高杜 高杜学園
ニ、水面輝く高杜湾
夕日映えるその深さ 父母の恵みと仰ぎつつ
集いて競うこの学び舎よ
ああ 高杜 高杜 高杜学園
三、山海四方仰ぎつつ
その目に映る雄大さ 我が身磨かん喜びに
集いて巣立つこの学び舎よ
ああ 高杜 高杜 高杜学園
新スレ乙です
久々に投下いたします。
2‐1
「えと……次、どこいきましょうか」
「あ、うん。それじゃあ……」
どぎまぎどぎまぎどぎまぎ……
「くぅ〜。たまんないわね。このピリピリとした雰囲気」
「部長さ〜ん。こういうのって出歯亀って言うんじゃないでしょうか……」
「雷堂寺君。そう言いながらしっかりついて来ているじゃないか」
……電柱の影に隠れてる雨宮さん、雷堂寺先輩、雪村部長代行の三人。あの〜、もろに
見えてるんですが……せめて変装くらいしろよと。
「く、蔵人君? どこ見てるんですか?」
「あ……ごめん、雹子さん」
うわぁなんかスゲエ照れる……下の名前で呼ぶとか……他にもルールが色々と書かれた
メモが俺の手に握られている。
ここまでのいきさつを説明しておこう。今俺の隣にいるのは数日前、我らが新聞部に
新しく入部してきた幽霊の氷川雹子先輩。とはいってもパッと見は普通の女子高生であるの
だが。水泳で鍛えられたのだろう少し筋肉質の体にスラリとのびた脚、耳に被るくらいの
セミショートの髪が風に揺れている。学校にいる時とは違い、Tシャツにショートパンツと
いうラフな格好である。幽霊であることを忘れて見とれてしまいそうだ。
で、なんで俺と氷川先輩が並んで歩いているかと言うと、やはり我らが新聞部の部長である
雨宮さんの提案がきっかけなのだが。
「ひょこたん、せっかくなんだから第二の人生をエンジョイしなくっちゃね」
「エンジョイ……ですか」
「第二の人生ってそう意味だっけ? で、いったい何なんですか?」
俺が聞き返すと、雨宮さんは無邪気な表情をしながら話を続ける。
「というわけで、決定よ。今度の日曜日、高杜モールでデート大作戦!」
「デ、デー……ト……大……作戦……!?」
何を言い出すかと思えば、何を言い出すんですか雨宮さん。
「どうせ2人とも休みはヒマなんでしょ? メガネもこんなチャンスはそうないんだから」
まあ、確かに日曜日は朝、「魔法少女ラジカルる〜な☆」を見る以外は特に予定は無いわけ
だが……いや、女児向けアニメなんだが大人が見ても鑑賞に堪えうる……げふんげふん。
「あ、でも氷川先輩は……」
「なんだか面白そうですね」
即答であった。
そして日曜日。俺にとっては生まれて初めてのデート(なのか?)である……
2‐2
「いらっしゃいませ!」
2人(+3人)は駅前の高杜モールでウチの学生に人気の喫茶店「マクガフィン」に
やってきた。テーブル席に腰掛けるとウェイターがすぐに注文をとりにくる。
「えと……俺はコーヒーでいいや。氷川先輩は?」
「雹子でしょ」
いけね。やっぱり慣れてないと難しいもんだなぁ。
「私……飲んだり食べたりできないんですけど」と、氷川先輩が呟いた。
あれ、そうでしたっけ。まあとりあえず雰囲気が出ないのでホットコーヒーを二杯
頼むことにする。
テーブル席に座り、注文の品が届くのを待つ。
「あの……蔵人君?」
「はい?」
しまった。思わず黙りこくってしまう。えと、何か言わなきゃな……
「あら。このパウンドケーキ。おいしいわね」
「あ、こっちのワッフルもイケますよ〜」
「どれどれ〜。もぐっ」
「あっ、勝手に取らないでくださいよ〜」
後ろのほうで女子高生2人がダベってるようだが無視だ。
「あ、そうそう。時々部室からいなくなりますよね。あれって……」
「あれは、消えてるだけです」
そうなんだ……ということは。
「もしかして俺が一人でいるときも……」
「……はい」
うわあああああああああ。アレとかアレとか見られたのか……。
「あの……?」
いつの間にか届いていたコーヒーを飲んで落ち着こうとする俺。ずずずず……
緊張のせいか、全然味がしない。
ふと見上げると時計の針は10時を差していた。メモによると11時過ぎから映画を
観る事になっている。あと一時間か……。
投下終了です。
喫茶店「マクガフィン」の設定使わせていただきました。
9 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/26(金) 12:00:48 ID:AH89pOTv
gj新スレ一番投下!!
10 :
普通の日常:2008/09/26(金) 18:48:14 ID:l62AVi1X
なぜか後半はバトル物です、投下します
11 :
普通の日常:2008/09/26(金) 18:49:05 ID:l62AVi1X
『学長室』
「……という訳で、退魔師、正方院 将之から連絡があった、
双方誤解が解け一件落着というわけじゃな、何か質問はあるかの?」
「確かに藤木さんに対する監視は解くべきだと僕も思いますが……
松田さんの監視まで解いてしまうのは何故なんですか!?」
「まぁまぁ、小金井、落ち着けよ」
高杜学園の学長室にて、小金井と牧田が学園長の前に立つと一部通達を告げられると、
小金井が納得のいかない様子で学園長に詰め寄り、牧田がその場をいさめる。
「松田五郎か、彼奴は既に学園から身を退いておるし、何を考えて行動しておるかも皆目検討つかぬ、
それに小金井……そなたらはあくまで学園の監視役の一員。
ある程度は見咎め無しで済まされるが、捜査権限など無いのを努々忘れるな」
「それでも、彼が危険なことに変わりはありません……」
「ほう、ではどのように危険であるのか示して見せよ」
学園長に切り返され、小金井の言葉が鈍った、彼が五郎を危ぶむ理由は彼が時折放つ殺気の質である、
小金井道場で密に行われる修練の一つ、人体を使った試し斬り。死亡した検体を使い非合法によって行われる
この修練では、殺気の質が成否を分ける。明確な殺意を持ち敵に向かって刃を振り下ろし、人という生き物を両断することで
晴れて実戦の行える剣客として認められるのである。
あえて口に出さずとも、生きた人を斬る実績は無いとは言え。殺人者と半ば同類である小金井の勘が、
五郎から放たれる殺気と血の臭いを鋭敏に感じ取っていた。
12 :
普通の日常:2008/09/26(金) 18:49:56 ID:l62AVi1X
「――それは、僕の口からは」
「ふむ、まぁよいだろう、暫くは松田五郎の監視を続けるとよい
ただし、何か問題があれば直にこちらへ報告を入れるのを怠るでないぞ」
「はい、では失礼します……おい、小金井行くぞ」
二人は学長室から姿をみせると歩み寄る一人の少女の姿があった、小金井が顔を上げるとその少女、
竹井芳乃は心配そうな表情を浮かべ小金井の顔を覗き込む。
「小金井君、何かあったんですか?」
「竹井先輩? いえ何でもありません、松田さんのことに関しては
僕の方から学園長に伝えておきましたので、すぐに行方はわかるかと……」
「いえ、松田さんのことはもう……それより長岡さんと牧田さんを誘って
御一緒にどこかへ遊びにいきませんか?」
「は、はぁ?」
芳乃は和やかな表情で小金井に微笑みかけると、手元に持っていたお弁当箱を
ついと小金井に差し出し頬を赤らめながら言葉を続けた。
「あと、それと! よければお弁当御一緒にいかがですか、
朝から少し作りすぎてしまって、二人分作ってきてあるんです」
「すいません、これから少し用があるもので
でもせっかくですから、お弁当は頂いていきますね」
「は、はい!」
芳乃の表情がひときわ輝くように笑顔を見せると、小金井は弁当を片手に持ち、
一人道場へと向かう、その思考は弁当を貰ったことなどついぞ忘れ、ある一つの思考のみに囚われていた。
誰も『彼』のことを気にかけようとはしない、誰も『彼』のことを省みない。
小刻みに手が震え、小金井は心に沸き起こる不安感を抑えるように顔に手を当てた。
13 :
普通の日常:2008/09/26(金) 18:50:44 ID:l62AVi1X
山奥の離れも昼を向かえ、表で将之が義明に対し技を教授している横で
蝶を追いかける凛を横目に見ながら志鶴が共に遊んでいる、その時不意に太陽に曇が差し込み、
辺りにはポツポツと小雨が降り始めると、三人は家の中へと避難し、空を見上げる。
「振ってきちゃいましたね、雨」
「あい」
「急に降り始めて松田君、大丈夫スかね?」
「今頃は駅についているだろう、心配は要らないよ」
薄暗い暗闇の中で一筋のライトだけが周囲を照らし出している、人工的に作られたと思しき洞窟の中を
五郎は一人歩み続け、空洞部分に差し掛かり、ライトで手元のファイル『a-33』を照らす。
「ファイルによればここで合ってる筈なんだが」
資料を確認しながら耳鳴りを抑えるように五郎は耳を押さえ、その場に立ち尽くしていると、
次第に耳鳴りの振れる音が高まり頭をもたげる、次に顔を上げた瞬間、五郎は周囲に起きた変異に戸惑った。
先ほどまで何もなかったはずの岩壁に黒い血の塊のようなものがボロボロとわきでるように剥がれ落ち、
周囲には人の油を焼いたかのような不快な臭気が立ち込めている。
「――あなたはだぁれ?」
「?」
五郎が声をした方を振り向くと、いつからそこに居たのか、少女はその場に佇んでいた
銃を抜くと少女へと銃口を向ける、その少女の姿は、今まで見たどれよりも異質な存在であった。
落ち窪んだ目にくすんだように輝きを失った眼球、灰色がかった肌に青紫の血管が浮き出ており。
少女が動くたびにボロボロと何かが崩れ落ちる音が洞窟内に響いた。
「松田五郎、君は?」
「わたし、わたし、わたし」
「で……わたしさん、いくつか質問があるけど良いかな?」
「わたしもころすの?」
少女の問いかけに五郎は若干動揺を見せると銃を降ろし顔を横に振った、
それを見た少女は頭を捻り、いぶかしそうに五郎と目を見合わせると手を伸ばす。
五郎はそれがどういう類のものであるのかを察知したのか、ただ彼女の問いかけに答え続けた。
14 :
普通の日常:2008/09/26(金) 18:51:27 ID:l62AVi1X
「あかいのはきれい、すき」
「――あぁ」
「ちはあたたかい」
「――あぁ」
「ころすのがすき」
「――そうだ」
「わたしもころすの?」
「――殺すよ」
「おとうさんとおかあさんみたいに?」
五郎は一度下げた銃を上げ、彼女の頭に近づけると二回引き金を引いた、
その瞬間、耳鳴りと洞窟内の銃声は消え、少女はその場で地面に倒れ込むと動かなくなる。
五郎はその場でたまらず噴き出し笑い出すと、うつ伏せに倒れこんだ少女を足で蹴り、仰向けに返し、その顔をよく眺めた。
「よくよく見れば知った顔だったな」
続けて引き金を引き、彼女の胴へと三発の銃弾を撃ち込む。
「これが俗界の妖の一つ……」
「わたし、わた……し」
「相手の望む姿を真似、相手の望む言葉をかけ、媚びへつらうしか能が無いのか?
竹井が彼女のことを知っていて、竹井が望む姿として投影してもおかしくはない……か、
カラクリが解ければどうということはないな」
銃口を再び彼女の顔へと移し、五郎は思い出に別れを告げる。
「――さようなら、姉さん」
最後に撃ち込んだ鉛の一撃が血を撒き散らすと五郎の体を返り血で染めた。
15 :
普通の日常:2008/09/26(金) 18:52:18 ID:l62AVi1X
次第に夜が更け、高杜駅の最終電車が駅の構内から姿を消すと、正面口から五郎が姿を現す、
小雨の止まぬ空の中を無視するようにその場から歩き出すと、目の前に現れた男に行く手を遮られる。
「小金井?」
「松田さん、少しいいですか」
小金井は松田に持っていた傘の1本を差し出すと、二人で肩を並べ高杜学園へと歩き出す。
終始、両者無言のまま雨の降り止まぬ学園の運動場の中央で睨み合う形になると小金井が先に口を開いた。
「ここなら、誰も邪魔は入らないでしょう」
「そう言われてもな、あの銃はもう捨ててしまったんで、丸腰だよ」
「生憎、妖の気配は隠しても、隠し切れませんよ」
小金井が傘を投げ捨て刀を担ぐと、五郎も傘をその場に置き口元に薄く笑いを浮かべる。
「最後に残ったのは君だけか……そういえば話したっけ、小金井君?
俺には腹違いの姉がいてね、意外と姉弟で仲がよかったんだよ」
「何の話です?」
「ここから先は最近になって知った話だが、この姉がまた引っ込み思案でね、
親から虐待を受けても、何も言えないほど気が弱かったのさ、怪我をする度に入院と退院を繰り返してたのさ、笑えるだろう?」
「……」
「そんなある日、親の行き過ぎた暴力が元で、結局は死んでしまった、
警察はろくに調べもせずに自殺ってことにしてそれでおしまい、お役所仕事なんてものは、えてしてそんなもんだろうがね。
葬式には誰も来なかったらしいよ、焼いて灰にして骨壷に入れて終わりさ、誰も姉の死を気にかけちゃいなかったんだ――この俺ですらもな」
五郎の体から湯気が立ち昇り、雨粒を弾き始めると、小金井は刀を峰から刃へと手元を返し、
正眼に構えると、ゆっくりと構えを崩し八相へと変化させる。
「君はそんなことが許せるか?」
「……いいえ」
「許すも許さないも知ればこその話、今となっては姉も親ももういない――
何より許せないのはそんなことすら知らなかった俺自身、『無知は無罪にあらず有罪である』とはよく言ったもんだな」
「復讐ですか?」
「結構役に立ったよ――あの銃」
小金井の放つ大上段の一撃を横から腕で振り払うように五郎が捌くと、開いた脇腹に回し蹴りが綺麗に入り、
横転しながら、小金井の体が泥水の上を跳ねる。空いた腕を軸に身を翻し五郎の追撃を避けると
すれ違いざまに腹部を斬りつける……が、鈍い手応えに違和感を感じ、小金井は五郎の体を注視した。
16 :
普通の日常:2008/09/26(金) 18:53:05 ID:l62AVi1X
「松田さん、まさかッ!?」
「なかなかいける味だったよ、斬れた服も直ってくれりゃ助かるんだがな」
煙を噴き上げながら五郎の体の傷がみるみる内に塞がっていくと、手元を合わせ素早く九字を切る。
「ついでと言っちゃあなんだが、こんなことも覚えた」
(術まで操るのか!?)
「五行相剋――」
五郎が印を切ると中空にセーマン(五芒星)が浮かび上がり、渦を巻きながら中央へと収束していく。
『虚空』
その刹那、五芒星の中央から五郎が放った白糸のように細い光条が小金井の腹部を貫通すると、
そのまま後方のコンクリートの壁をも穿ち、1cmほどの小さな穴を開けた。
「がぁッ……!?」
「さっき山でも試しに使ってみたが、中々の貫通力だろう?
範囲が狭いのが難点だが――」
「やはり……あなたは危険だッ!」
地面を滑り込むように逆袈裟に刀を振るい小金井が突進すると、五郎は攻撃とは逆方向へと身を捻り攻撃を避ける。
小金井は瞬時に手元を返し、斬りかかる腕を止め間合いを伸ばすと、飛び退く五郎に対し、突きへと技を変化させる。
鈍い音を立てて五郎の体に刃先が食い込み、五郎は小金井を力づくで跳ね飛ばしその場で膝をつく。
「ッ!……痛みはどうにもならんかッ、クソッ!!」
「ははッ、松田さんから、そんな言葉聞くなんて意外ですね」
(一旦間合いを離して『虚空』でしとめる……
さっきは上手い具合に急所を外したようだが今度は外さんッ!!)
(おそらくさっきの技で間合いを離し、攻撃してくる筈……
術が完了する前に叩くッ!!)
「五行相剋――」
再び五郎が九字を切ると五芒星が浮かび上がり収束するのを待たずして、小金井が間合いを詰める。
(駄目だ、間に合わないッ!? こんな状況でここまで正確に九字を切るとは……)
勝利を確信した五郎が照準を小金井の胸元へと合わせ、口元に笑みを浮かべる。
その時、雨音が消え、どこからともなく悲しげなピアノの旋律が五郎の耳元へ届くと――
五郎は姉の笑顔を不意に思い出し、その場で繋ぐ動きを止めた。
小金井の放つ剣閃が五郎の体を切り裂き、五郎はその場にぐらりと崩れ落ちる。
両者はその場で力尽き地面に臥せると、意識は闇の中へと消えていった。
17 :
普通の日常:2008/09/26(金) 18:54:33 ID:l62AVi1X
―― 一ヵ月後 ――
深夜の高見山 表参道登り口付近、学園の裏手から体を引きずるように一人の男が姿を現す。
青白い皮膚の皮一枚を隔て、何かが這い回るようにうぞうぞと蠢いている。恐怖に怯えた目をいっそう見開きながらも
高見山の結界内へと侵入し足を踏み出す。がくがくと体を揺らし、皮膚下の異物がのたうつように暴れまわる。
「――ガッ……ゲ……」
一歩また一歩と足を踏み出す男の前に幾人かの人影が立ちはだかる、
男は細かく痙攣し、眼球が蠕動運動を繰り返すと、口から松の枝のようにささくれだった黒い足がぬらりと飛び出した。
「大蜘蛛ね、どうするの義明?」
「そりゃ退治するっきゃねぇスよ……はぁ、こんな時に師匠がいてくれたら」
「僕が先行しますので、藤木さんは後方、田亀さんは彼女のサポートをお願いします」
巨大な蜘蛛が寄生した繭の内部から這い出すと、先陣を切る少年が刀を翻し、
蜘蛛の脚をすれ違いざまに1本斬り飛ばす、小金井が冷酷な殺意を持った両の眼で、大蜘蛛の目を見据えると、
本能的に危険を察知したのか、他の二人を相手取るように大蜘蛛が突進していく。
「逃げる気か?」
「志鶴さん、ち、ちょっと急いでッ!?」
「うっさいわね、印組むのって案外難しいのよ!!」
「――五行相生」
志鶴の周囲の燐粉が次第に燕の形へと型を成し『式神・三十六禽』の一つへと姿を変える、
風を切り裂くように大蜘蛛の顔へと燕が体当たりを加えると、怯んだ隙を見逃さず義明が飛び蹴りで追い討ちをかける。
バランスを崩し山道から滑落する大蜘蛛を見て気の緩んだ、義明の体に蜘蛛の糸が絡むと、
近くの岩肌へと叩きつけられた。
「義明ッ……大丈夫!?」
「今のは結構効いたぁ」
「あ、あんたって本当、馬鹿みたいに丈夫よね」
小金井が山の斜面を滑走しながら繰り出される脚を避け、必殺の間合いをはかる。
「あと二寸先、一寸半――ここだッ!!」
「キォァァッ!!」
小金井の振るう八相の大上段が大蜘蛛の頭部を寸分の互いもなく捉えると、厚い皮を水飴の如く真一文字に切り裂いた。
大蜘蛛は悲鳴を上げ、かたかたと脚を揺らしその場に胴体を沈めると、体を持ち上げながら不意をついた最後の一撃を、
怯んだ小金井に向かい振り下ろす。
(まだ動くのかッ?)
小金井が不意を突かれ体勢を崩した刹那、一条の光が大蜘蛛の胴体を貫通すると、巨大な蜘蛛の体を軽々と吹き飛ばす。
18 :
普通の日常:2008/09/26(金) 18:55:24 ID:l62AVi1X
(今のは――『虚空』)
「おーい小金井、無事かぁ?」
「流石は小金井君ね、これってボーナス級の大手柄よ!
凛に何買ってあげようかしら」
二人が小金井に走りよる中、数百m離れた丘の上から見下ろすように二つの人影が佇んでいた、一人の少女が双眼鏡を覗き込み、
大蜘蛛が息絶え動かなくなったのを確認すると、男の方を振り返る。
「どう、当たったかな?」
「うん」
「それじゃあ長居は無用だな、いくぞ山姫」
男は煙草の煙をくゆらせ、木の枝にかけてあった上着を肩にかけると、背を向けて歩き出す。
山姫と呼ばれた洞窟の少女は男の後を追うように小走りで駆けると、男に素朴な疑問を投げかけた。
「なんでたすけるの?」
「――友達いないんだよね、俺」
男は自嘲するように山姫に笑いかけると、山頂を照らし出す月明かりから逃げ出すように再び闇に紛れ姿を消した。
19 :
普通の日常:2008/09/26(金) 18:56:09 ID:l62AVi1X
人物設定追加です
小金井守
高杜学園一年 身長163p 体重52s 剣道部
性格は実直 非常に大人しく奥手な性格 時折残忍で無情な面も垣間見せる
愛刀は 打刀二尺三寸 「興亞一心刀」
藤木志鶴
高杜学園三年 身長170p 体重46s 軽音楽部
性格は傲慢 高飛車な性格で現在男性不信中 凛を実の娘のように可愛がる
正法院将之の師事のもと陰陽道を学び始めた
田亀義明
高杜学園二年 身長177p 体重76s 帰宅部
性格は熱血 努力と筋肉があれば物事どうにかなると思っている 志鶴の専属パシリ
正法院将之の師事のもと陰陽道を学ぶ 眉毛が太い
正法院将之
高杜学園OB 身長174p 体重61s
性格は仁慈 郊外の山林に住居を構え 退魔師として活動している 近視
「陰陽五行論考」 著者・正法院将之 はるか書房より出版中
投下終了です、あまり青春ぽくないですが
一応、松田と小金井の友情物ということで宜しくお願い致します
投下乙!
新スレでも、昏い高杜をあざやかに描き続けて下さい!!
投下開始
歴史はまだ始まっておらず、そしてその歴史を記すためにある『文字』の学習は、常にショウヤを苛立たせる。
あんなものを森を駆ける狩人の国である『紫の国』に広めようとする女王の意図が彼には解らなかった。
しかし、その女王の特別の計らいがなければ、こうして『キドゥ』を狩る為、三日もタカミの山に入る事を、あのおっかないユラが許すことはなかっただろう。
『キドゥ』の泥浴び場を木立の上から見張り続けるショウヤの鼻に、微かだが馴染み深い匂いが届く。
はるか後方の藪から聞こえる歩みの音も、まさしく彼女のものだった。
「ユズキ!! 何しに来た!!」
姿を現したユズキは、二日前にはなかった、女性としての成熟を示す紋様を額に描いていた。
まだあどけない彼女には不似合いに思い、ショウヤは目を背ける。
「…だって、心配だったんだもん…」
ユズキは風上に立たないよう注意しつつ、木から音もなく飛び降りたショウヤに近づいた。
「…ウロウロしてていいのか!? お前…」
「…病気じゃ、ないから… お社と、イトキリサマの河に入れないだけ。」
ユズキは恥ずかしそうに俯いて言った。
「…ガキは俺だけ、ってことだ。」
先日、ショウヤの親友であるリョウは、兄と力を合わせて、凶暴な雄鹿『片耳のトメ』を仕留めた。
リョウは同い年で一番に『村の弓』を授かり、一人前の戦士として絵師の娘ミサに契りの誓いを立てた。
すでに額に紋を染めていたミサはこれを受け入れ、二人は許嫁となった。
ショウヤはユズキをにらみ据え、再び木に登る。時間が無かった。
『村の弓』を得る為、どうしても大猪『キドゥ』の首が要るのだ。
今、麓の村には男が殆どいなかった。強大な中央政権との戦いの為、辺境の部族連合軍に参加した戦士たちは智将タカヤに率いられ、紫の国の誇りを賭けて転戦に転戦を続けている。
そんなときに『村の弓』を得ようと『キドゥ』狩りを願い出たショウヤに、臨時の若者頭であるユラは冷たかった。
すげなく却下され、危うく山羊の世話まで命じられそうになったとき、居合わせた女王の思わぬ言葉が、ショウヤにこの機会を与えたのだ。
『…猪に敗れるようでは戦に出ても役立つまい。ユラよ。そなたの待つトウヤもこうして弓を得、戦場へ征ったのではないか?』
少女のまま成長を止めた不思議な女王がショウヤに与えた時間は三日。
そして、すでに二日が過ぎていた。
悄然とユズキは、木の下のショウヤを見上げた。突然訪れた体の変化への戸惑いを持て余しショウヤを追ったものの、ユズキに出来ることは何ひとつないのだ。
彼女はあちこち汚れた白い麻の衣をパンパンと払い、山刀を外して木の根元に膝を抱え座り込む。腰が重く、熱っぽい。
ふと遠くの藪に小動物の気配がした。
『…狐の親子…三匹…』
微風がユズキの鼻と耳にそう教えたとき、狐達は慌てて向きを変え、彼女の五感から消え失せた。
『…なんで!? 気配は、絶ってたのに…』
ユズキの疑問より早く、ショウヤが再びひらりと彼女の前に降り立って怒鳴る。
「バカヤロー!! …テメェの匂いだ!! その…『女』の匂いだよ!! 失せろ!!」
ショウヤの怒号に、ユズキの目から堪えていた涙が零れ落ちる。
「ひどい… ひどいよぅ…」
なにもかも変わってしまった。
戦。そして自らの月満ちた体。
ついこの間まで共に『紫の国』中を駆け周っていた仲良しのリョウもミサも、そして誰よりも好きなショウヤさえ、遠く、遠く感じる。
出征した英雄コガネイ。ショウヤ達が憧れる女王の懐刀。
ユズキが彼から感じる昏い影は、いつかショウヤやリョウを覆うのだろうか…
顔を伏せ、泣き続けるユズキを、革と汗の匂いがそっと包んだ。
しばらく触れていなかった幼馴染みの温もり。
悲しみに曇った愛らしい顔をユズキは静かに上げる。
「…悪かった。でも、『村の弓』を授かったら、俺も…」
この二日間でかなり憔悴したショウヤが少し口ごもったとき、突然、湿地の匂いが禍々しく変わった。
「キドゥ!!」
ついに現れた怪物に、二人はすぐに山刀を抜いた。
ユズキは獣に怯えるほど脆弱な少女ではない。そして、キドゥも自分の縄張りに居座る人間を許す怪物ではない。
獣はすぐに、巨大に巻き上るたてがみを揺らし、泥を蹴って木の下の二人に突進した。
ブフォォォォォォ!!
迫り来る恐ろしい唸り。二人はひらりと宙を舞ってキドゥの最初の突進を避けた。
『ユズキ!! 木の上に!!』
戦いの場で男に従うのは『紫の国』の掟のひとつだ。
木立に駆け上がったユズキは、懐から獣の聴覚を混乱させる笛を出し、
その人間には聴こえない音を湿地じゅうに響かせる。
「来おおおおおい!!」
叫び声と共にショウヤはキドゥと真っすぐに対峙する。吼孔と突進。
しかし、両者の力の違いは明らかだった。
「ショウヤ!!」
ショウヤの体が木の葉のように舞い、ぬかるみにドサリと落ちる。
キドゥは向き直り、この手応えのない獲物を蔑んだように鼻を鳴らした。駆け下りてショウヤにすがり付きたい衝動を抑え、ユズキは笛を吹き続ける。神聖な狩りを邪魔する女は『紫の国』にはいない。
そして泥にまみれて立ち上がったショウヤは、山刀を突き出し、そのまま微動だにせずキドゥを待った。
痺れを切らしたキドゥが再び、その岩のような体躯で猛進する。
ブフォォォォォォ!!
激突の瞬間、ショウヤの山刀が宙に舞った。そして再び、彼の体も舞い上がる。鹿革の胴衣が裂け、キドゥの牙を朱に染めた。
ユズキは幹の上で静かに『寡婦の誓い』を諳んじる。
もし、ショウヤの骸を背負って帰ることになれば、すぐに社と祖先に誓いを立て、一生彼を弔って生きよう。
そのためには、涙をこらえ、この闘いを見届けねばならない。
再び深い泥に落ちたショウヤは、もがきながら上体を起こした。腰から下はぬかるみの中だ。
「キドォォォォォ!!」
この絶望的な体勢で、泥を吐きながらショウヤは声を絞り出してさらにキドゥの名を叫ぶ。
そのとき、ユズキは彼の瞳に、勝利への確信をたしかに見た。
死にゆく者への敬意にも見える動作で、キドゥは巨大な頭を低く下ろし、前足で泥を掻いてから最後の突進を始めた。
未だ、丸腰のショウヤの両手は力なく泥に沈んでいる。キドゥはいまや彼の目前に迫り、ユズキは全身全霊を込め、唇を噛み切って両目を見開いた。
「うおおおおおお!!」
「わああああああ!!」
重なる二人の叫びと共に、死神を前にしたショウヤの背中に力が漲る。
突然、泥から斜めに突き出された太く鋭利な竹槍の切っ先がキドゥの喉から背に抜けた。
二日間、ショウヤはただじっとキドゥを待っていた訳ではなかった。
グフォォォォォ!!
噴出する獣の鮮血を浴びながら、ショウヤは断末魔の獣の狂乱に耐え続ける。
泥と血の中で絡み合う両者に、我慢できずユズキが駆け寄ったとき、巨猪キドゥは虚ろな目でゆったりと自らの『泥浴び場』に崩れ落ちた。
「やっ…た…」
しばらく茫然としていたショウヤの口から、高々とした勝ち鬨が迸る。
響き渡るショウヤの勝利の雄叫びに、ユズキの高く澄んだ喜びの叫びが重なり合って、ざわざわとタカミの山じゅうの草木を震わせた。
ピョンピョンととんぼを切って湿地帯を跳ね廻るユズキの傍らで、ショウヤは湯気を立てるキドゥの肝を山の神と祖先に捧げた。
そして狩人らしい俊敏な動きで興奮するユズキを捕らえ、乱暴に抱きしめて囁く。
「…汝の炉辺と、父祖の村に糧を運ぶと、誓う。弓と弦を預け…」
せっかちな求婚の辞を、ユズキは血と泥と恍惚の中で聴いた。
火照る体と抑えられぬ疼きに、初めて彼女は『貞潔の誓い』の意味を悟った。
…羊を追っていたユリは、語り部の若き長たるツバキは、そして遠見の隠者マキハは、『紫の国』の女達は、タカミの山から澄んだ空に響く勝利の声に顔を上げた。
そしてそれぞれが、この国の永遠の安泰を信じ、静かに感謝と祈りの言葉を呟いた。
END
投下終了。原題『はじめ人間シェアードルズ』w
ふと思ったけども、高杜のキャラ達がバーチャルゲームやってるとか、
そうと知らずネットでコミュニケーションしてるとか面白そうだな。
32 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/27(土) 15:23:00 ID:XJtl2FgA
>>29 乙です、ギャートルズといえば骨付き肉
>>31 ストーリー上絡みの少ないキャラ集めて、バーチャルネトゲ
SIREN(サイレン)とかサイレントヒルのような感じで異世界に飛ばすとか……
流石にバトロワ路線は無いか
最近の高杜では、学園生徒を中心にバーチャル世界"ネラース"を舞台にした
オンラインRPGゲームが大人気。
『君と創り合うRPG』というジャンルを目指して、謎の多い世界にプレーヤーが
シナリオをちりばめていくという方式を採用、高杜学園高等部の文化系部活
『創発部』などが熱心にシナリオ構築を行っている。
ファンタジーかな?、それとも、MMOみたいにログインすると
もう一方のシェアードスレの帝都オーラムに飛ぶとか
まだサービス始まったばかりだから、次々と新パッチあたる訳だな
勉強がてら御本家を覗いてきたが、世界設定理解するの大変だったw
そうやって世界がつながるのかw
MMOっていうのは相性よさそうだな
高杜のキャラがネラースでキャラを動かすSSを誰かが書く、ってことか?
頭こんがらがってきたw
「失礼した」
一礼して学長室から出て来たのは着物姿で杖をついた男だった。
頭には白髪が目立ち始めているので相応に老齢の筈だが、真っ直ぐ伸びた背筋や鋭い眼光は老いを感じさせない。
軽く会釈をして入れ替わるように学長室に入る。
入室した直後に目に飛び込んでくるのは、年月を感じさせる大きな机。
そこに座るのは不釣り合いな体格の少女。
スーツを着ているが、それもアンバランスで何処か可笑しい。
何も知らない人間がこの光景を見たらどう思うだろうか?
少女がここに座る資格を持っていると一目で気付く人間は少ないのではないだろうか。
「先程の方は?」
「勇宗か? 私の茶飲み友達じゃが、そうか、お主は初対面か」
机の上には空の湯呑みと長方形の紙包みがあり、学園長はその紙包みを愛おしげに撫でている。
「茶飲み友達、ですか。そんな方がどんな用件で」
「生徒の防犯や来年度の予算、その他諸々について、つまらん話を小一時間な」
自宅の縁側ならまだしも、何故茶飲み友達が学長室でそんな話をするのか。
自分の抱いた疑問に気付いたのか、学園長は、
「あやつは、この学園の理事もやっておる」
「…………は?」
「何を呆けておる。高杜学園は私立の学園法人じゃから理事がおって当然であろう?」
「そ、そうですね」
額に嫌な汗が滲み出る。
一応会釈はしたものの、礼儀を十分に尽くしたかと問われると自信がない。
「そ、そういえば、生徒の防犯って、不審者でも出たんですか?」
「不審者と言えば、不審者かもしれんな」
学園長は眉根を寄せ、珍しく難しい顔だ。
「一部教員には深夜の見回りをしてもらうかもしれんから、よろしく」
どうやら、その一部に自分も含まれているらしい。
「何やら大変そうですね」
「うむ。あやつが来る時は大抵面倒事を持ち込むからのう」
深い溜息を吐きながら引き出しからドロップス缶を取り出す。
学園長にとっての精神安定剤みたいなものである。
「何でも、私を失脚させようと企む輩もおるらしいし、厄介極まりない」
……絶対口に出せない事だが、正直その人の気持ちも分からなくはない。
外見は小学生みたいだし、勤務時間中もサクマドロップを愛用していれば、それは不安に思うだろうし、付け入る隙もあると考える。
「どうした? 便秘が二週間目に突入したような顔をして」
「あ、いえ、その、あの、先程の方は大丈夫なのかなと思いまして。協力者のように振る舞って実は……という展開も」
苦し紛れで咄嗟に述べた危惧を学園長は飴を頬張りながら笑い飛ばした。
「あれは婿養子じゃから、妻には頭が上がらなくてのう。若い頃は完全に尻に敷かれておった。そして、私は妻とも懇意。つまりそういう事じゃ」
「はあ」
「それに、あれは切れ者でなおかつ小心者でな。私を陥れる等という危険な真似はせん」
学園長はからからと愉快そうに笑う。
何がどう危険なのか、気になるが世の中には知らない方が良いこともある。
「そうそう。羊羹を貰ったんじゃが、お主もどうだ?」
謎が一つ解けた。
あの長方形の正体は羊羹だったらしい。
「いえ。まだ勤務時間中ですから」
抱えていた書類を机の上に置いて学長室を後にする。
学園長は束になった書類を恨めしげに見ていた。
ババァ口調は分かんないぜ。
以前、チャットで学園理事を交えたドロドロな話を書くみたいな事を言ってましたが、ネタが思い浮かばず、書けませんでした。
なので今回はこれで勘弁を。
続けてもう一本いきます。
一言で表現するならそこは奇怪な部屋だった。
日光を取り込む為の窓は目張りをされた上に遮光カーテンがかけられ、ドアにも黒い幕が何重にも垂れ下がっている。
外部からの光を完全に遮断した室内に携帯のディスプレイから発せられた光がぼんやりと浮かぶ。
時刻は夕方の四時。
本来なら自分の活動時間ではないのだが仕方ない。
相手の用件によっては今日の仕事を欠勤する必要も出てくる。
予め登録してある番号にかけると数回のコール音の後に相手が出る。
『ロムルス』
「……レムス」
意味のない問答。
曰く、電話口の相手が本物かどうか確かめる合言葉らしいが、大方テレビにでも影響されたのだろう。
『どうやら本物のヴァルクみたいだな』
「昨日来たみたいだが、何の用だ?」
『ちょっと深刻な事態になってさー』
声の調子からは全然深刻そうには思えないが、相手はいつもこんな感じなのでおそらく深刻なのだろう。
「なんだよ」
『高杜市の近くで若い女の変死体が発見されたんだ』
死体とはまた穏やかではないが、それだけでは深刻とはいえない。
事件、事故、自殺、病気、寿命、様々な理由で一日に多くの人間が死んでいるのだから。
『発見したのが俺達でよかったよ。もし一般人に発見されてたら週刊誌やらなんやらの格好の餌食になっていただろうからね。
……全身の血を抜かれた死体なんて』
自ずと深刻さの理由が判明した。
携帯を握る手にも自然と力が入る。
「が、実は死んでいなかった?」
『ああ。発見した段階でも心臓は動いてたし、医者が検査したら脳波も確認されたらしい。なんか意識を取り戻すのも時間の問題っぽい』
確認の意味を込めて一つの単語を告げる。
「吸血鬼か」
『間違いないだろうな。犬歯が尖っていたし、発見時にはずたずたになっていたらしい頸動脈も俺が見た時には傷痕が残ってるだけだった』
「……」
吸血鬼。
現代においては空想の産物とされるそれについて語り合うのは滑稽で、とても他人には聞かせられない。
「詳しい状況を聞きたい」
『女性を保護すると同時に捜索を開始し、日の出の三十分くらい前に発見、交戦した』
「連絡寄越したって事は仕留め損なったんだな?」
『残念ながらな。で、日の出までの時間を考慮すると高杜市内に潜伏している可能性が高いって訳だ』
「面倒だな」
『たっぷり吸ってるし、一度見付かってるからしばらくは大人しくしてるだろうが、時間の問題かな』
奴がいるというなら本当にこの街にいるのだろう。
少なくとも、被害者が出たのは事実なのだから。
『俺も使い魔を放って捜索しているが、お前も協力しろ』
「報酬は?」
仮に無償でも協力するのだが、それだと良い様に使われている気がして癪だ。
こういう所がまだ若い証拠だろうか。
『俺からの感謝の言葉』
「いらん」
『父親にお前の居場所を黙っておいてやる』
「……っ」
息を飲んで携帯を握り締める。
殆んど脅迫に近い。
「分かったよ。協力してやる」
『悪いな。こうやって地道にポイント稼いでいかないと、中世みたいな吸血鬼狩りが始まっちゃうんでね』
流石に当事者の言葉は説得力がある。
容易く狩られる男ではないが、同胞意識というものはしっかり持っているらしい。
「それで、捜索ってのはどうやるんだ?」
『この街に教会があるだろ? ひとまずそこで待ち合わせだ』
「教会ってお前な……」
『夕方とはいえ、まだ日が昇ってるから、まあ、九時くらいでいいぞ』
こちらの都合も聞かず、電話は一方的に切られた。
毎度の事だと半ば諦め、仕事先に欠勤の連絡を入れ、携帯のアラームを八時にセットする。
今月のランキングは諦めるしかないだろう。
椅子代わりに腰掛けていたモノから立ち上がり、部屋の隅に置かれた小型の冷蔵庫を開けると、中には輸血パックがびっしりと入っている。
その内の一つを取り出し、爪で穴をあけてストローを挿す。
十秒足らずで飲み干し、空になったパックをゴミ箱に放り込む。
普通の人間では何も見えないのだろうが、自分には十分すぎる。
視線を椅子代わりのモノに戻す。
そこには一般的な成人男性の部屋には似つかわしくないものが陣取っていた。
所謂、棺桶と称される遺体を入れる容器だ。
爪先を棺桶の蓋に引っ掛けて蹴り上げるようにして開ける。
「お休み」
アラームがきちんとセットされている事を確認して中から蓋を閉める。
以上です。
ちなみに、「居酒屋『遊楽亭』」や「ある日の高杜学園学長室」が時系列的に1.5話にあたります。
まとめWiki更新乙!!ざっと新スレの感想
校歌
>>設定ネタは楽しい
高杜学園たぶろいど!!
>> 『マクガフィン』大繁盛。デートの顛末と、『る〜な☆』SS化に期待
普通の日常
>>眉毛w 個人的に最注目の連載。
でも土蜘蛛コワイ…
森を賭けて
>>セルフパロディ乙
でも燃えるシチュ
早朝浦観測会
>>少女連行はマズい…
はたして彼女の事情は?
死霊の盆踊り
>>まとめで読み、続編熱烈希望
Brightness Falls from the Air
>>余所からの客演とか
あってもスリリング
ある日の高杜学園学長室
>>学園長はなんか甘党決定!?
投下しますね。
第一話『白日の再会』
教室に入り、朝の日差しが差し込む窓際の席に座るや否や、白山瑞希は窓の外に視線を向けた。
澄み渡る青空を眺めるためでも、朝練を終えて校舎に入ってくる部活生を見守るためでもない。
大きな欠伸を、我慢できなかったからだ。大口を開けるその瞬間を、クラスメイトに見られては恥ずかしい。
だから口元を手で覆い、アンニュイなフリをしながら欠伸をする。それでも、脳を満たす睡魔は出て行ってはくれなかった。
瞼が勝手に閉じていく。深夜の散歩が両親にばれて叱られたせいで、まともに寝ていなかった。
いつもなら、気付かれるようなヘマはしない。
なのにばれてしまったのは、きっと、昨夜はいつもとは違ったからだ。
眠気に耐え切れず、目を閉じる。瞼の裏には、昨夜の光景が焼きついている。
意識がまどろみ、過去に飛んだ。
教室の喧騒は静かな潮騒に変わり、それに寄り添う唄声が耳の奥で響く。
唄い手は、とんでもなく神秘的な女の子。彼女のガラス玉よりも澄み切った瞳と、目が合う。
そう、確かに目が合った。
その瞬間、女の子は唐突に立ち上がると、一言の声も出さずに走り去った。それも、海水に濡れた素足のままで。
瑞希はただ呆然と、小さくなっていく背中を眺めているしかできなかった。
唄が止まった瞬間に現実感は戻ってきていたのに、突然の逃走に脳は反応してくれなかった。それは、寝起きの脳がすぐには働かないのと似た感覚だった。
我に返った瑞希の前に残されたのは、小さな白いサンダルだけだった。
そのサンダルは今、白山家の玄関に設えられた下駄箱に入っている。
持ち帰ってしまったのだ。
そうした理由は、ただ一つ。
それを持っていれば、あの少女にまた会える気がしたから。
もう一度会って、今度は話をしたかった。そして、彼女が見る世界を共有したかった。
そこは、瑞希が退屈を覚える日常とは違うはずだ。
「おはよーっ!」
不意に聞こえた元気な挨拶が、瑞希を引っ張った。
意識がまどろみから、ゆっくりと浮上していき、昨夜の出来事は記憶の底へと沈む。
いつもの教室といつもの喧騒が、戻ってきた。
溌剌な声に緩慢な動きで振り返り、瑞希は手を挙げた。
「おはよ。今日も朝から元気ねぇ……」
欠伸交じりの挨拶を、クラスメイトの雨宮つばきに返す。
「当然よ! 曇った目では、真実の探求なんてできないわ!」
胸を張るつばきはとても健康的だ。有り余る元気さを抑えられないのか、すごい勢いで瑞希の前の席に座る。
「それにしても、やっぱり窓際はいいわね。早く席替えやんないかなー」
言いながら、つばきはスクープを探そうとするように窓から身を乗り出す。
つられて、瑞希も外を見た。見慣れた制服の群れが、ぞろぞろと学校に向かってくる。
つまらないわけではないが、ちょっぴり刺激の足りない日常の気配に、瑞希は内心で嘆息した。
◆
朝食には遅く、昼食には早い時間になると、少しずつ気温が増し始める。まだ残暑が厳しいため、夏の装いをした人々が多い。
だからこそ、喫茶店『マクガフィン』の一席を陣取るその二人組みは目立っていた。
一人は、喪服を思わせる漆黒のスーツを着た眼鏡の男だ。二十代後半に見えるその男は目を閉じ、湯気を立てるコーヒーカップに口を付けた。
舌に広がる熱と濃厚な苦味を堪能すると、息を一つ吐く。
「泥水と称されるコーヒーは、なかなかどうして味わい深いですよ。一杯、いかがです?」
「結構だ。コーヒーは飲めん」
テーブルを挟んで男の向かいに座る女が、不機嫌そうに応じる。結い上げた髪にかんざしを挿した彼女の身を包むのは、濃紺の和服だった。
「そんなことよりも、手がかりはあるのか?」
詰め寄る女を受け流し、男はもう一口コーヒーを啜る。
「せっかちですねぇ。せっかく高杜までやって来たんですから、もう少しゆっくりしませんか?」
「……ふざけるな。遊びに来たのではないのだぞ」
女は眉が吊上げ、苛立ちを露にする。それでも、彼女の顔立ちはやはり美しいと男は思う。
更に機嫌を損ねるだけだと分かっているから、その感想をコーヒーと一緒に飲み込んだ。
「正直なところ、手がかりなどほとんどないと言わざるを得ませんね。それどころか、実在しているかどうかも怪しいものです」
「ほとんど、ということは、少しはあるということだろう? まさか、考えなしに来たわけではあるまい?」
「ええ、まぁ。手がかりというには随分と頼りないですが、ね」
女が、視線だけで促してくる。だから男は、コーヒーカップをテーブルに置いた。
「人魚の肉がこの町にあるというのは、僕の推測に過ぎません。その推測に至った根拠は、実のところたった二つしかないのですよ」
人差し指を、立てる。
「一つ目は、この町に人魚伝承が伝わっている点です。紫阿童子の伝承ほどメジャーではありませんが、船乗りは人魚伝承を知っています」
男は腕時計に目を落とす。アナログの文字盤に記された日付を確認し、続ける。
「丁度、今日は九月七日ですね。港には船が並んでいるでしょう。見に行くのも一興かもしれません」
「どういうことだ?」
「毎月七のつく日に、高杜の船は全て港に停泊するんですよ。
船を出してほしいと頼んだとしても、皆揃って首を横に振るでしょう。海に生きる屈強な男たちが、顔色を青くして震えながらね」
唇の端を吊り上げて男は笑う。その嗜虐心に満ちた笑みに、女は冷たい視線を送るだけだ。
「人魚が出るから、か?」
「ご明察。かつては、人魚の肉を求めて七の日に船を出す船乗りも多かったそうです。
ですが、海の藻屑となった者や死体となって町に戻ってきた者がほとんどで、奇跡的に命が助かった者も廃人となってしまっていたと言われています。
廃人となってでも生きられるのは、幸せですよねぇ?」
にやつきながらの下らない問いを無視し、女は不愉快さを紅茶で流し込む。
「そんな伝承、珍しくはないだろう。伝承があるところに人魚の肉があるのなら、苦労はしない」
「そこで、もう一つの根拠が絡んでくるわけです」
人差し指に続いて、中指を立てた。
口角を吊り上げ、手品の種明かしをするように、告げる。
「この町にはいるんですよ。老いを超越した人物がね」
女が、目を見開いた。彼女の、不機嫌以外の表情を見るのは初めてだった。
紅茶を口に含んでいるときに言ってやればよかったと、男は思う。
「確か、なのか?」
予想通りの答えに、男は笑みを深める。
「僕も実際にお目にかかったわけではないので、真実は分かりません。ですから――」
残ったコーヒーを、一気に飲み干す。強烈なカフェインの香りが、男の味覚と嗅覚を刺激した。
「会ってみようと思います。高杜学園の学園長に、ね」
◆
時間が飛んでいったと感じるのは、瑞希が放課後までほとんど寝て過ごしたせいだろう。
何度か先生に怒られて目は覚ましたのだが、覚醒を保てたのは数分だ。最終的には呆れられ放置されていたが、それをいいことに、眠気に身を預けていた。
だが学校の机で熟睡などできはしないし、突っ伏して寝ていたせいで肩が痛い。そのくせまだ頭には靄がかかっているし、欠伸は断続的に続いている。
つばきを始めとして、友人は皆部活に行っている。
だから瑞希は、一人でさっさと昇降口を潜った。シャワーでも浴びて寝直そうと思いながら、青空の下を歩く。熱い日差しも、セミの鳴き声も、眠気を払ってはくれない。
今日何十回目になるか分からない欠伸を噛み殺しながら、校門に差し掛かる。すると、門扉に背中を預けている少女が目に入った。
彼女は、去年まで瑞希が着ていた制服――高杜学園中等部の制服で身を包んでいる。青みがかった髪が、彼女を目立たせていた。
「あ……」
瑞希の口から、声が落ちた。突風が霧を吹き飛ばすように、睡魔が霧消する。
心臓が、跳ね上がった。じんわりと汗が滲んできたのは、暑さのせいだけではない。
足が止まり、視線が少女に固定される。鞄を、取り落としかけた。
昨夜浜辺で出会った少女が、そこに佇んでいたのだ。
予想外の事態に、白昼夢を見ているのではないかと思ってしまう。
まるで別世界の住人と言っても差障りのない、透き通った唄声の少女。
そんな子が、こんな日常まみれの場所にいることが信じられなかった。
彼女が、こちらを向く。水晶球を連想させる瞳が、瑞希を映そうとする。
昨夜と同じ仕草だった。
瑞希は、思わず手を伸ばしていた。
目が合った瞬間に、彼女がまた駆け出しそうに思えたからだ。
届けと願いながら伸ばした手。
それは、拍子抜けするほどにあっさりと、細い肩へと届いていた。
「……あれ?」
夏服越しの体温が、掌に伝わってくる。汗を吸った制服は、僅かに湿っぽい。
少女は眉尻を下げた困り顔で、瑞希を眺めている。それだけで、背を向ける様子など微塵もない。
「えっと……」
気まずさが溶け広がっていく。それを嗅ぎ取ったのか、下校途中の学生が疑問の視線を投げかけてくる。
瑞希は、少女の目と、彼女の肩に乗せた自分の手を見比べる。意味ある行動を取れるほど、瑞希は冷静ではなかった。
そんな瑞希を見かねてか、少女が口を開く。暑さのせいか、その頬はうっすらと紅潮していた。
「あの、昨日、会った人ですよね……? 少し、時間、いいですか……?」
「……へ? 時間? あたしの?」
肩から手を離し、瑞希は自分を指差す。
おずおずと頷く少女を見て、瑞希はようやく、彼女が自分を待っていたのだと悟った。
◆
「ごめんね、勝手に持ってきちゃって」
南部住宅街の一画にある、白山家の玄関で、ポニーテールが跳ねるくらいの勢いで瑞希は頭を下げた。
謝罪の先にいるのは、白いサンダルを手にした少女だ。彼女が瑞希を待っていたのは、サンダルの在り処を尋ねるためだった。
申し訳ないと思いながらも、持ってきてよかったと瑞希は思う。
おかげでこうして、思ったよりも早く再会できたのだから。
「いえ。だいじょうぶ、です。見つかって、よかった」
目を細める少女の顔は、透明なガラス細工を連想させるくらいに綺麗で、何処か繊細な印象を受けた。
瑞希の胸が、とくりと高鳴ってしまう。
同性の、しかも年下の子相手にときめきを覚えた事実に、瑞希は焦りを覚える。
「あ、あのさ!」
鼓動を誤魔化すために出した声は、必要以上に大きくなってしまった。そのせいで、少女がびくりと肩を震わせる。
「あ……ごめんね。びっくりさせるつもりじゃなかったんだけど」
調子が狂っているのを自覚する。だが、不愉快さは感じない。
「よかったら、上がっていかない?」
誘っていたのは、この機を逃してしまったら、二度と彼女と話をできない気がしたからだ。
もしも、夜の海で会えたとしても、もう捕まえられないように思えたからだ。
「あなたと話、したいんだ」
こんなに素直に誰かを誘うのは、初めてだった。
何故か、鼓動が速度を増す。強い緊張感が、筋肉を強張らせていた。
好きな男の子に愛の告白をした後というのは、こういう気分なのだろうかと思いながら、少女の反応を待つ。
小さな口が開くまで、時間はかからない。
「わたしも、お話、したいです」
微笑みを浮かべて告げられる声を、瑞希は確かに聞いた。
瞬間、瑞希の緊張が解きほぐれ、代わって喜びが顔を出してくる。意識せず、顔が綻んでいた。
返答は勿論、彼女も瑞希と話をしたいと思ってくれたことが、嬉しかった。
「……じゃあ、上がって上がって!」
どちらが年下か分からない無邪気さを向けると、少女がくすりと笑う。
「お邪魔、します」
瑞希に続き、少女もローファを脱ぐ。スカートから伸びる脚は、羨ましくなるくらいに細く白かった。
彼女を案内し、瑞希は居間へ入る。靴下越しに感じるフローリングの冷たさが心地よい。
エアコンのスイッチを入れたとき、少女が遠慮がちにドアを潜ってきた。
「あたし、白山瑞希。高校一年だよ。あなたは?」
「えと、わたし、深魚です。渡来深魚。中学、二年です」
「よろしくね、渡来さん。飲み物持ってくるから、少し待ってて」
グラス二つと二リットルのペットボトルを持って戻ると、深魚は肩の力を抜き、髪を揺らして冷風を浴びていた。
「お待たせ。麦茶でいいよね?」
麦茶を入れて手渡すと、深魚の表情が輝く。サンダルを手渡したときよりも嬉しげに見えたのは、熱を帯びたように顔が紅いせいだろうか。
「はい、いただきます。ありがとうございますっ」
言うや否や深魚は一気に飲み干し、幸せそうに一息吐いた。よほど喉が渇いていたみたいだ。
「もっと飲む?」
「あ、その、よろしければ……」
遠慮がちにグラスを差し出してくる。上目遣いが可愛らしい。
受け取って、注ぐ。
しつこかった眠気は、とっくに消し飛んでいる。瑞希の胸にあるのは、ただ深魚への興味だけだった。
◆
高杜学園学園長室に設えられた椅子は、大きい。正確には、大きく見える。
その立派な椅子に座るべき人物が、子供と変わらない体躯の持ち主だからだ。
幼子と相違ない容貌をした学園長は、手に持ったドロップの缶を振る。掌に落ちてきた飴玉は、白い。
「む……」
不満そうにそれを一瞥し、缶に戻す。蓋をしてもう一度振ろうとしたとき、ノックの音が響いてきた。
「失礼します」
ドア越しの声に返事をしつつ、缶を机の端に置く。
現れたのは学園の事務及び、接客を担当する女性だった。
「お客様がいらっしゃっております。如何、致しましょうか?」
女性の問いに、学園長は眉をひそめる。
わざわざこう尋ねてくるということは、少なくとも、知人の類ではないと考えていい。
色々とキナ臭い話は多い。だからこそ警戒し、慎重な応対が必要だ。
しかし、学園長は即答する。
「通してくれ」
「よろしいのですか……?」
不安げな女性に、笑みを返す。
その幼い顔つきからは想像もつかない、威風堂々とした不敵な笑みを、だ。
「案じてくれるのは嬉しい。じゃが、大丈夫じゃ。私を信じてくれればよい」
短いが頼もしい発言は、女性の不安を拭うには充分だった。だから彼女は一礼し、学園長室を後にする。
ぱたん、と音を立てて閉じられたドアから、学園長は目を離す。
もう一度、ドロップの缶を手にとって振ってみる。
出てきたのは、先ほどと同じハッカ味のドロップだ。
それはまるで、望まぬ来客を暗示しているようだった。
――続く。
以上、投下終了です。
IXTcNublQI氏の『 高杜学園たぶろいど! 』より、雨宮つばきをお借りしました。
また、七のつく日には高杜港に船が停泊する理由に人魚伝承を持ってきました。
具体的には今後、話の中で出していく予定です。
以下、簡単ですがキャラ紹介です。
白山瑞希(しらやま みずき)
・高杜学園高等部一年。ポニーテールがトレードマークの女子高生。
・やや夢見がちで、退屈気味の日常に刺激を求めている。
・夜の散歩が好きなこともあり、朝が弱い。
渡来深魚(わたらい みお)
・高杜学園中等部二年。青みがかった長い髪が特徴で、とても華奢な体つきをしている。
リアルタイム投下に立ち会えたー!
設定を上手く絡めてwktkGJです
学園長の秘密も気になるし、吸血鬼や人魚も出てきて
高杜市はおどろおどろしくなってきましたなぁ
54 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/30(火) 15:00:25 ID:fPRzmCyn
GJ!
55 :
普通の日常:2008/09/30(火) 23:52:18 ID:ZG0T+9/q
迷走してB級ホラー風になりました、投下します。
56 :
普通の日常:2008/09/30(火) 23:53:05 ID:ZG0T+9/q
高杜南市街港湾地区に隣接する雑居ビルの一室、痩せ身の男と取り巻き達が一人の男を囲み
互いに見合うようにテーブルを座り込む。痩せ身の男はオールバックの髪を撫で
薄汚れたボロを着込んだ浮浪者を一瞥すると、口を開いた。
「で? この俺に何の用なんだ、オッサン?」
「へ、へへ、この情報、ぜひとも蓼島さんに買って頂きたいと思いまして」
「情報……何の?」
「ま、まぁ、こいつを見てくださいよ!」
蓼島と呼ばれた男が語気を強め、浮浪者の目を睨みつけるとあごを撫でた、
慌てた浮浪者が傍らの紙袋から一本の棒を取り出すと取り巻き達がざわめき、蓼島は言葉を失う。
男の取り出した物は金のインゴット(金の延べ板)だった。
「なんだこりゃぁ? 本物か?」
「えぇ! えぇ! 二本ある内の一本は既に換金しまして証明書も――」
「盗みか?」
「いいえ!? こいつはある所から持ち出してきた金なんでさぁ」
浮浪者が懐から大金を覗かせると、近くにいた組員の一人が浮浪者に近付くのを蓼島が抑える、
勢い付いた浮浪者は興奮した様子で矢継ぎ早にと言葉をまくしたてる
「蓼島さんもご存知でしょ? 昔からデカイ財閥なんてのは金山や炭鉱を持ってるんです
高杜は歴史的に港での外交で栄えた土地、特に『三嶽重工』なんてのは……」
「俺ぁ歴史のお勉強なんざ、どうでもいいんだよ、オッサン
話は手短にしてくれや、出所はどこなんだ?」
「聞いて驚くなかれ、高見山でさぁ! あの山は金山なんですよ!」
「――ンな話は聞いたことねぇぞ? ここまで来て俺を担ごうって気じゃねぇだろうな?」
蓼島がソファに大きく仰け反ると片足を組み、ぶらぶらと揺らしながら浮浪者を睨むと
浮浪者は慌てた様子でその場でソファから立ち上がり、首を振りつつ否定した。
「滅相も無い、よくご覧になってください、延べ板に打たれた家紋を……『椿の花』
まだ、あの山には延べた状態で手付かずに残された埋蔵金が大量に眠ってるんです!」
「ほぅ、で……オッサンはこんな話を俺に持ち出してどうしたいんだ?」
「運び出すのには人手が必要ですから、蓼島さんのお力をお借りしようと
こうして、お願い上がったわけで、私の取り分は4割……いや、3割で!」
「いいだろう、詳しい場所を聞かせてくれ、おぅお前ら……空いてる部屋に通してやれ」
浮浪者がへこへこと頭を下げながら奥の部屋へと通される、蓼島は組員の一人を連れ
事務所の外へと歩き出すと、運転手に車を回させた。
57 :
普通の日常:2008/09/30(火) 23:53:54 ID:ZG0T+9/q
「蓼島さん、あんな浮浪者の戯言を真に受けてらっしゃるんで?
どうせ、どこかから盗んできて、足がつかないよう、俺らにあの金塊を売りつけようって腹に違いありやせんぜ」
「事実なら相応の金にゃなる、女沈めたりガキにS売って、危ない橋渡る訳でもない、
ちょっと調べりゃいいだけだ、もし事実なら組に上納する必要が無い安全な金が手に入る、損はしねぇだろ。
あのオッサンに上等な部屋でもあてがって、場所を吐かせろ」
「はぁ、その後は……」
「他にタレこまれたら面倒だ、現物の確認が取れたら黙らせろ」
目の前に止められた車に蓼島が乗り込むと静かに車は高杜の街を走り始める、
流れる景色の中、歩道を歩く一人の男と目が合うと、不快な面持ちで鼻を鳴らし取り出した煙草に火をつけた。
58 :
普通の日常:2008/09/30(火) 23:55:08 ID:ZG0T+9/q
一組の男女が南地区の街頭をさまよい、何かを探す様子で手元のメモを見返しながら歩き続ける。
男があごをさすりながら熟考する素振りをみせるなか、少女は自販機を目ざとく発見すると
指を差しながら、男の袖口を引っ張り話しかける。
「ごろう、じゅーすのみたい」
「さっき飲んだだろ? まぁ、よろしゅうございますが」
五郎は懐から小銭を取り出すと、フリルのついた厚手のワンピースを着た傍らにいる少女、山姫に手渡す、
少女は小走りで自販機にかけると、お金をいれ迷うことなくおしるこのボタンを連打した。
「山姫はおしるこ好きだなぁ、糖尿になるぞ」
「あまい」
缶に両手にそえ、こくこくとおしるこを飲む山姫をよそに、分厚いファイルを見直し一つの廃ビルへと向かう。
もう既に住人はおらず、中に踏み込むと風化したコンクリートから舞い上がる粉塵で皮靴が白く染まる、
取り壊されることなく放置されているのか、壁は意味不明な落書きで埋め尽くされていた。
「気配はするんだが、地下かな?」
薄暗い階段を降り、地下へと向かうと念入りに施錠された一枚の扉が目につく、
鎖や釘板で打ち付けられたそれは日常の中でも、ひときわ異彩を放ち、ただならぬ雰囲気が感じられた。
五郎は釘板を素手で一枚ずつ外すと、鎖を力任せに引きちぎる。
全ての施錠を解いたのち重く分厚い扉を引き開けると、暗闇の中に一歩踏み出す。
「くらいのいや」
山姫が五郎の後ろにへばりつくようにくっついてくると、五郎は懐からライトを取り出し周囲を照らし出す、
立ち込めていたひんやりとした空気が扉を開けたことで流れ出し、二人の頬に当たった。
廊下を中ほどに差し掛かったとき、散らす火花のような焦げ付いた臭いが周囲に立ちこめる。
不意にコンクリートの床が燃えた木炭のように黒ずむと、歩みを進めるたびに軋む音が響いた。
「けっかい?」
「お前さんの結界より趣味はいいな、
しかしまぁ、随分と念入りに用意して引き篭もったもんだ」
霊は長い年月をかけその場にとどまることで、外界から剥離された特有の空間を作り出す、
こうして外界から隔絶された結ばれた世界、結界の内に篭もることで外界との干渉を避け、その場にとどまり続ける。
無意識の本能の中で展開されるイメージは、結界を作り出した霊の潜在意識によってその形を変化させる。
五郎が最後の扉を押し開けると、ぱりぱりと音を立てながら天井の蛍光灯が青白い光を立て周囲を照らした、
辺りには様々な実験器具が並べられ、胴鍋の中に得体の知れない肉塊が詰め込んであり、小さな羽虫が集っている。
暗闇の中に目を凝らすと、白衣に身を包んだ男がこちらの姿を見つけ、特有の黒い眼をこちらに向けた。
五郎は懐から山間の山荘から持ち出した『a-33』を取り出し、彼に見せ呼びかける。
「ちょっと、お伺いしたいんですが、よろしいですか?」
「あぁ、構わないよ……しかし君も既に人ではないようだ、私に害を与える気が無いというなら
一体何用でここまで来られたのかな?」
「なに、あなたと同じですよ、不躾で申し訳ありませんが、山荘で日記とファイルを読ませて頂きました
是非とも詳しいお話をご本人からお聞きしてみたいと思いまして――」
「山荘……娘は、無事だったかい?」
男がその場で目を伏せ五郎に問いかける、五郎は一旦考える素振りで男に笑いかけ
懐から凛と志鶴を写した写真を見せると、娘の安否を気遣う親に対し答えを返す。
59 :
普通の日常:2008/09/30(火) 23:56:38 ID:ZG0T+9/q
「凛ちゃんならご無事ですよ、退魔師に事情を話し保護してもらっています」
「退魔師が保護? 学長の庇護下なら幾分か安全とも言えるか……
すまないね、私が把握できている分は力になろう」
「では単刀直入にお聞きします、『我々』はなんなのですか?」
五郎が男の前に質問を切り出すと、山姫が五郎の後ろから顔を出し、退屈したのか近くにあった実験器具を覗き込む。
男は後ろ向きに一冊の本を五郎に手渡すと答えを返した。
「魂魄という概念は知っているかな? 『陽魂』と『陰魄』肉体に魂が宿ることで、それは生命となり
どちらかが傷つけば黄泉へと還るものなんだ」
「しかし、俺の場合ついた傷は治ってしまいますけど……」
「人間は死ねば魂が離れ肉体のみが残留する、しかし肉体が死して魂が離れることがなければ腐りながらにでも生き続ける
結果として、肉体を傷付けて滅ぶことがなければ、また魂も不滅のものとなるんだ」
「不老不死……のようなものですか?」
男は顔を横に振り五郎の言葉を否定すると本に差し込まれた無数のしおりから一つを指差した。
「如いていうなれば『魂の不滅』だよ、皿に満たした水を刃物で切ってもまた元の姿に戻る。
我々は流れることを忘れ、いずれ乾いて消え去るまで留まることしか出来ない、行き場を失った水……魂そのものなんだ。」
「――魂の不滅」
不意に周囲にがらがらと何かが落ちる音が響くと、山姫がそしらぬ顔をしながら
落とした実験器具を足を使って見えない場所へと押し込むのを見て、五郎が歩み寄り山姫の頭にチョップを食らわせる。
「すいません、ほんとに……こじ開けた入り口も塞いでおきますんで」
「いや、丁度いい機会だ、他所に移るとしよう」
男はジャラジャラと鍵を取り出し隅においてある金庫の封印を解き、開け放つと
なかから銀の装飾が施された小さな指輪を取り出し五郎に手渡した。
「すまないが、今度娘に会うことがあればこの指輪を渡してあげて欲しい」
「これは?」
「遠い昔亡くなった妻の物だ、頼まれてくれるか?
最後に元気な凛の姿を一目見てみたかったが、肉体を失った私にこれ以上の猶予は残されていないようだ……」
「――えぇ」
男の姿がおぼろげに霞んでいくと体が塵となり周囲へと霧散していく、男は寂しげな表情をたたえながら
中空へと消えると、不意に室内の蛍光灯が消え落ちた、五郎はライトをつけ、結界の解けた部屋の周囲を見渡す。
埃と雑多ながらくたにまみれ、壁には古ぼけた白衣がかけられている。五郎は手に持った凛の写真を
白衣のポケットに入れると、山姫を従えその部屋を後にする。
『ありがとう』
不意に聞こえた男の言葉に五郎は振り返ることなく手を振ると、太陽の光が差し込む高杜の街へと歩き出した。
60 :
普通の日常:2008/09/30(火) 23:59:26 ID:ZG0T+9/q
高杜学園の教室内、小金井が朝礼の合間を縫って予習に励む。
それも夜遅くまで探索に走り、学業を怠るのが原因だが、今の世の中剣だけでは渡ってはいけない渡世である。
教師が教室に入り転校生を紹介するのをよそに、小金井はひたすら詰め込みの作業に気を取られていた。
「よろしくね」
「え? あ、はい」
小金井の隣に座った穏やかで華奢な風貌の転校生はツーテールの髪を揺らし穏やかに笑いかけながら語りかけると、
慌てた様子の小金井は彼女の名前を思い出そうと思案にふける。
「う……あ、えっと」
「銀谷美雪」
「か、銀谷さん? 僕は小金井っていいます……よろしく」
「こちらこそ」
授業が滞りなく終わりを告げ放課後になると、小金井は軽く溜め息をつきその場を後にしようと席を立ち上がり。
不意に銀谷が横から手に持った竹刀袋を見せながら声をかけられた。
「小金井君が剣道部だって聞いたから……よかったら部室へ案内してくれるかな?」
「はい、いいですよ」
小金井の後を追うように銀谷がついていくと校内の離れに建てられた剣道場へと足を向けた、
道場は幾つかの区画に分かれており、共同で使用する場合もあるもののほぼ専用の部室があてがわれている。
銀谷が設備の大きさに息を呑むと、剣道部の部員が小金井を見つけ話しかけた。
「お、誰かと思えば幽霊部員の小金井じゃないか、随分と久しぶりだな」
「こんにちわ、今日は転校生の方が入部希望ということで案内したんです」
「銀谷美雪と申します、よろしくお願いします!」
「じゃぁ、僕はこのへんで」
銀谷を置いてすり足で遠ざかる小金井を部員が取り囲み捕獲すると、道場内に引きずり込まれた。
小金井は渋々、みなが打ち込み稽古をする中、道場の隅で素振りを始めると、
歩きよってきた銀谷に声をかけられる。
「小金井君、一回手合わせどう?」
「え、でも」
「あはは、駄目よ銀谷さん、貴女国体にも出場経験があるし、中学では大会優勝経験者なんでしょう?
小金井君は中等部の頃から万年補欠だもの、相手にならないわよ」
頭を掻いて縮こまる小金井が愛想笑いをすると、その態度に気が触ったのか、銀谷は小金井の手を引くと
半ば強引に向き合い一礼すると構えを取った。
61 :
普通の日常:2008/10/01(水) 00:01:24 ID:h164vwKR
(女に馬鹿にされてヘラヘラして……悔しくないのかな?)
「えーと……よ、よろしくお願いします」
「では、本気でいきます!」
互いに見合わせ小金井が正眼に構えると、銀谷は下段に竹刀を向け、じりじりと小金井との間合いを詰めていく、
相手の腕と竹刀の長さ、踏み込みの伸びを考慮して、間合いを計るように小金井が下がると――
「場外!」
「あ、あれ!?」
反則を取られ、小金井はハッとした様子で剣道のルールを思い出した。
頭に被った面を撫でながらヘこへこと頭を下げる小金井に、ますます不満が鬱積した銀谷は再び開始位置に戻り。
相手にわざと隙を見せるように大上段に構え、僅かに上体を崩す。
(打ちかかってきたら、後の先を取って打ち崩す……)
(打っていいのかな?)
それは一瞬の出来事だった――銀谷が瞬きをした一瞬の隙を見て小金井の竹刀が視界から消えると
小金井が踏み込み渾身の一撃を空いた胴に放つ、竹刀とはいえこのまま打ち込めば防具をも打ち抜くであろう強撃。
小柄で華奢な筈の小金井から生まれる脅威的な膂力と速力により、振るう竹刀が大きく歪んだ。
「なっ!? これはっ!」
「……!」
激しい音が道場内に鳴り響くと小金井の竹刀は振るっただけで根元からぽっきりと折れ、放心状態になった小金井の頭に
銀谷の打ち込んだ面がぱしりと入る、部員の一人はまたかという顔を見せ、小金井を呼びつけた。
「また折ったな小金井、なんでお前はそうぽきぽき竹刀を折るんだ?」
「一応……気をつけてはいるんですけど」
「握りがおかしいんだよ、いいからお前は素振りしてろ! ほれほれッ!」
「はい……」
部員の一人に促され、防具を外した小金井は再び道場の隅でぴょこぴょこと素振りを始める。
その素振りはどう見ても手を抜いてるようにしか見えず、振っているというよりは竹刀に振られているといった様相。
銀谷はその様子を遠巻きで眺めながらぼそりと呟く。
「いい所は顔だけね……」
「言えてる、あはは」
他の女子部員が同意すると、銀谷は他の部員達と打ち込み稽古を始める、
小金井は今日見回る予定だった南地区のことが気にかかり、内心気が気でない状態のまま、黙々と竹刀を振り続けるのであった。
62 :
普通の日常:2008/10/01(水) 00:02:15 ID:h164vwKR
日も暮れ初め夕日が海を照らし出す頃、田亀と藤木は神社の山道付近に腰かけ沈む夕日を眺めていた。
藤木が顔を上げ田亀の横顔をちらちら覗き込むと、場の沈黙に耐えかねたのか一方的に話しかける。
「結局、今日は小金井君こないのかしらね?」
「部活が終わってから合流って、メールがきましたから、もうすぐ来ますよ」
「あっそ……ん? 誰か登ってくるわよ?」
山道の登り口から見るからに柄の悪い男達がそぞろ歩いてくると、二人を睨みつけながらその場をすれ違う。
田亀はその場で縮こまるように萎縮して目を伏せると、チンピラの一人が声を上げた。
「お、なんだカメじゃねぇか?」
「う……ぁ」
「なんだ、お前の知り合いか?」
「こいつ田亀つって、俺が高杜中退する前にパシリにしてた奴なんですよ
よぉ、カメ……こんな所に女連れ込んでなにやってんだよ?」
チンピラの一人が田亀の肩に手を回し藤木の顔を覗き込むと、ニヤニヤと笑いながら。
田亀の腹を肘でついた。
「あの……その」
「俺にもこの彼女紹介してくれよ、田亀く〜ん!
携帯の番号だけでいいからさぁ!」
「……」
「おっと、置いていかれちまった……今日は用があるからまた後でな、ひゃはは!」
田亀の拘束を外し、去り際に藤木の尻を撫でると、藤木は睨みつけるように男の顔を一瞥し、
男の姿が見えなくなると、田亀の頭に何度もチョップしながら憤慨した。
「あーもー、情けない! やられっぱなしじゃないのあんた!
あたしなんて尻触られちゃったわよ、尻!」
「だ、だって……怖いッス」
「大蜘蛛に蹴りいれて吹き飛ばす癖に、なんであんなひょろっちぃチンピラが怖いの?
おかしいでしょ、そんなの!」
「志鶴さんも怖いッス……」
田亀の余計な一言に志鶴の大きく振りかぶったチョップが唸ると、田亀は半泣きになりながらも頭をさする。
山道の下方から小金井が登ってくると状況が飲み込めず、困惑した状況で固まる。
「じ、状況がよく飲み込めないんですが、お二人ともどうかしたんですか?」
「田亀が頼りなくってしょうがないわねぇ……って話をしてた所よ、
もっとしっかり、えと……と、ともかく! しっかりしてくれないと困るでしょ」
突然意味もなくテンションの下がる藤木が、田亀の脇腹を指で突くと頬を染めてその場で俯く。
田亀は頭に疑問符を浮かべ小金井の後ろに隠れると、小金井は頬を掻きながら三人で付近の巡回へと向かった。
63 :
普通の日常:2008/10/01(水) 00:03:02 ID:h164vwKR
蓼島の命令で高見山に辿りついた組員の男達は進入禁止の柵を越え、浮浪者が話していた横穴を利用した祠の前で立ち止まる、
人が楽々と通れるほどの穴には格子の扉がはまり古臭い錠前がはめられていた。
「大丈夫か? 顔色悪いぞ……」
「ちょっと気分が悪いだけだ、鍵は外せるのか?」
取り仕切る男はよろけた様子を見せながらも部下の一人に錠前を空けさせ洞窟の内部に踏み込む、
ひんやりとした冷気が漂い足元には死骸や小動物の糞が堆積している。
「誰でも入れるような、こんな所に本当に金なんてあるのかぁ?
あるならあるで話題になってるだろ?」
「……先に進むぞ、早く」
男達の列から一人の男が先行し闇の中へ消えていくと、後を追った男達が洞窟の中を進む、
ふと洞窟の岩肌が脈動するように歪んだかと思うと、どこからともなく呼吸のような風音が聞こえてくる。
男達は顔を見合わせ先行した男に遅れまいと走りながら後を追った。
「……」
「やっと追いついた……っとなんだぁ?」
岩山のただの洞窟にしては不自然なほどの長い道のりを越えると今度は人工的に作られたかのような、
坑道内へと差し掛かる、所々に麻袋やシャベルが立てられており、不意に頭上の電灯に火が灯った。
「こっちだ……開けるんだ」
先行した男の声がする方へと男は誘い出されるように足を向けると、次第に男達の間に困惑した思考が浮かんでくる。
どう考えてもおかしい、高見山の地下に向かって伸びる道を、かなり深くまで歩いた筈だった。
そこに戦時中の地下壕を思わせる坑道内、そんな場所に電気が通っているのもおかしい。
「な、なんだか誘い込まれてないか俺達?」
「あいつが先に行っちまうから、早く連れ戻してずらかろうぜ
やばいぞ、ここは……」
坑道内を進み続けると、異様な雰囲気のする空洞へと達する、ライトで周囲を照らし出すが
空間が広い為か周囲にはただ闇だけが広がる。先行した男が扉の前で倒れているのを男達が発見すると。
男の元へと駆け寄り、話しかける。
「おい、どうした金は見つかったか?」
「開けろ! 開けろ! あけろ! アケロッ!!」
倒れた男の眼球がぼろりと顔から抜け落ちるとぼそぼそと口を動かしながら、穴から膿を垂れ流しその場を立ち上がる。
男達は異様な雰囲気を察知したのか唖然とした表情で後ずさりながら、人だったモノと距離を取る。
顔面に無数の血管が走り、頭蓋が膨れ上がる餅のように歪んでいくと絶叫を上げた。
「キァァァァッッ!!」
64 :
普通の日常:2008/10/01(水) 00:03:47 ID:h164vwKR
車のパンク音のような音が鳴り響き、膨れた男の頭が破裂すると、中から飛び散った血と触手のような虫が男たちに降り注いだ。
男達は叫びながら取り付いた虫を振りほどくが、びっしりとひしめいた虫は眼孔・耳・鼻の穴から体内へと侵入し、
皮膚下を蠢きながら脳を食らうと、憑かれた男達は体を細かく痙攣させながら地面をのたうち回る。
「なんだよ……なんだよこれェッ!」
「パニクってんじゃねぇ下っ端、とっとと逃げんぞッ!」
辛うじて難を逃れた男二人はその場を逃げ出すように走り出すと、数人の男達が後を追う、
来た道を走りながらも引き返すものの、洞窟の容貌は入り組んだ岩肌へと形を変え、行き止まりや分かれ道に当惑される。
「来た時にはこんな道はなかったぞ!? どうなってんだ!」
後ろからは喰屍鬼となった男達が鼻を鳴らしながら、生き物の臭いのする方角へと追跡してきていた。
男は銃を抜き喰屍鬼に向かい発砲するが、怯む様子すら見せることなくジワジワと間合いを詰めてくる、
ふと生き物の気配を感じ目を移すと、一匹の鼬が男達のそばへと姿を現す。
「一体どこから?」
「出口に決まってんだろ! あれの後を追うぞッ!」
辛うじて追っ手を振り切り横穴の中から夜の山林へと二人の男が逃げ延びると、後を追うように三匹の喰屍鬼が姿を現す、
鼬は傍にいた少女、藤木の体を駆けあがり、術が解けたのか元の燐粉へと姿を変え、
田亀と小金井は驚いた表情で喰屍鬼を見つめた。
(カメとさっきの女か? 丁度いいところに……)
男は田亀の腕を取ると喰人鬼の中へと背中を押して蹴り込むと、田亀が襲われている隙に全力で逃げ出す。
「あっ!? ちょっとなにすんのよあんた!!」
「五月蝿ぇぞアバズレ、テメェも一緒に餌になれや!」
二人の男はその場から逃げ去り、田亀は転倒した状態で三匹の喰人鬼に囲まれる、咄嗟に起き上がりざまに水面蹴りを放ち、
喰人鬼達の足を払うと、続けて中段の蹴りを放ち、喰人鬼の一体を蹴り飛ばす。肩に掴みかかる腕を取り肘でへし折ると。
顔面に突きを撃ち込み頭蓋を粉々に粉砕した。
「うげッ!? グ、グロイ……」
「人間相手じゃないなら……遠慮はいらないっスよね」
「元人間なんだから、少しは加減なさいよ」
蹴りのコンビネーションで喰人鬼の体勢を崩し肘を打ち込むと、喰人鬼の首の骨がぐにゃりと折れ曲がり、
その場でかくかくと痙攣し崩れ落ちる。最初に蹴り飛ばされた一体が体勢を立て直すと、
小金井の抜刀と共に翻す刃が飛びかかる喰人鬼の首を切り落とした。
65 :
普通の日常:2008/10/01(水) 00:04:37 ID:ZG0T+9/q
「これで全部かな?」
「――成仏」
「それにしても、何してたのかしらね、あいつら?
ここは落盤で道の途中が塞がってて奥には何も無いって聞いたけど?」
男達の死体から這い出してくる虫を足でぷちぷちと踏み潰しながら藤木が疑問を投げかけると、
小金井が手を上げ、頭を捻り言葉を返す。
「僕が祖父から聞いた話だと、
昔はここに『道反』(ちがえし)の封印があったとかって聞いたなぁ」
「なにそれ? また聞き覚えのない単語が出てきたわね……
しっかし色々と曰く付きの多い所ね、この高杜って街は」
「……」
「義明、いつまで祈ってるの? あんたも虫潰すの手伝いなさいよ」
両手を合わせて黙祷を続ける田亀の顔を藤木が覗き込むと、田亀の目に滲む涙を見て思わず息を呑む。
藤木も目を伏せ、田亀そばに立ち手を合わせると、喰人鬼となった男達の冥福を祈った。
(優しすぎるのよ、あんたは……)
不意に浮かんだその想いが藤木の心を締め付けると、過去の過ちを犯した時から心の奥底に
押さえ込んでいた感情が、再び燻りはじめたのを感じていた。
66 :
普通の日常:2008/10/01(水) 00:05:39 ID:h164vwKR
深夜の南街を駆け抜けながら、二人の男が蓼島組の事務所前へと辿りつく、肩で息をしながら薄暗い事務所内を見渡すと。
朝方見た浮浪者が床に倒れ死んでいるのを発見した、部屋の中にいた数人の組員達はまるで二人がいないかのように振る舞い、
不審に思った男達が蓼島の座るソファへと目を向けた。
「あの、蓼島さん?」
「よぉ、お前らか……ちゃんと開けてきたか?」
「それどころじゃないですよッ! 金があるなんて嘘っぱちで
突然ウチのもんが化け物になって、他の連中は全員そいつの虫に喰われちまったッ!」
「――んなこたぁ、どうでもいいんだよ
俺ぁよ、開けてきたかって聞いたんだ?」
蓼島のソファがゆっくりとこちらを向くと、目を充血させ顔の鼻口から血を垂れ流す蓼島の姿と二人が向かい合う。
二人は悲鳴を上げその場で腰を抜かすと、蓼島の額と頬がみりみりと裂け始め、二つの目が現れる。
血走った四つの目で二人の組員を睨みつけながら、口元を吊り上げるとゆっくりと近付いていく。
「使えねぇな、使えねぇよ……どうしてくれんだよ、テメェら
開けてこいっつったろ? そこが肝心な所だろうが」
「か……は、か、勘弁してください」
「ひ……ひぃ、ひ」
「使えねぇ奴はいらねぇよな!?」
男の一人の顔を手で固定すると、蓼島の口からぞろぞろと虫が這い出し、組員の顔にぼとぼとと落ちていく。
鬼のような形相で必死で抵抗を試みるが、次々と虫が男の体内に侵入すると痙攣を起こし、その場に倒れこみ動かなくなった。
「お前も使えねぇか?」
「ひゃぁぁぁッ!! ひゃぁぁぁぁッ!!」
「五月蝿ぇぞ、テメェは生かしといてやるよ、生きてる人間がいた方が
べ……べべッ、便利だからよ」
「ぐひッ!! ぐひははは!! ひっ……ひっ……」
半ば狂乱状態になった残りの一人は頭を掻き毟りながら周囲を見渡すと、かつて人間だった者達の視線が突き刺さる、
既にこの場にいるもの全員が人の皮一枚を被った蟲なのだ、蓼島は携帯を取ると通話ボタンを押すと
ノイズの走る電話先の相手へと連絡を繋ぐと虚ろな目を天井に向けたまま話し始める。
「俺だ……拝み屋の九頭龍だ、失敗した、また失敗だよ
だが『容れ物』は手に入った、大量にな……」
その時、事務所の表を偶然通りかかった一組の男女が通りかかると、男がその場に足を止める。
「――気のせいか」
結界ともまた違う、ただならぬ異様な空気を察知した五郎は夜空を見上げると、月明かりを拒む雲に向かい大きく溜め息をついた。
67 :
普通の日常:2008/10/01(水) 00:06:28 ID:h164vwKR
マウスが歪な挙動をしてきたので、投下終了です。
68 :
普通の日常:2008/10/01(水) 00:25:13 ID:CsAXBb6/
>既にこの場にいるもの全員が人の皮一枚を被った蟲なのだ、蓼島は携帯を取ると通話ボタンを押し
>ノイズの走る電話先の相手へ連絡を繋ぐと虚ろな目を天井に向けたまま話し始める。
すいません修正です。
>>普通の日常
うおお!!
ボリュームと迫力に惜しみなくGJ!! ゾンビに金山と、高見山がどんどん大変なことに。
とりあえず、夜読むのは怖い…
>>海の向こう側
深魚に萌えるか、気味悪がるか難しいところw
高杜の海の恐怖、期待してます。
70 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/01(水) 17:48:47 ID:6Wo7yBfI
どちらも投下乙です。
グールにギルマン、バンパイア・・・
青春組ガンガレ!!
「私、幽霊と会った事ないんですよねー」
「唐突に何の話だ」
「何って、今日は心霊スポット巡りって聞きましたけど」
「あ? ああ……ああ」
そういえば、そう言う会話をした気もする。
あの時は上手く誤魔化したつもりだったが所詮小細工だったか。
程なくして綾嶺が部室にやって来て会議が始まった。
「まずはこの学園のプール……女子生徒の霊が出るみたい」
「あっ、私も雨宮さんから聞いた事あります」
「生徒の霊ねえ……」
そういえば、七不思議の中にも幽霊の存在を匂わせるのがあった。
ってか七不思議の一番の不思議は七つ以上ある事なんだよな。
「次は港……何年か前に入水自殺した人がいるみたい」
年間の自殺者が三万人を超えているので、この付近でもそれなりの数がいるだろう。
全員が全員、この世に未練を残して留まっていられても困るが。
それからというもの、何処から調べたのか、高杜市の心霊スポットを次々に挙げていく。
なんて暇な奴。
「創発女学院でも目撃例があるみたいだけど……あそこはちょっと無理ね」
創発女学院は生徒の親族でも敷地に入るのに許可が必要な徹底ぶりなので、心霊スポット巡りと言って許可が下りる訳がない。
夜中なら尚更だし、警備も厳重なので忍び込むのも不可能だ。
御上としても、あそこの無駄に荘厳な空気は苦手なので願ったり叶ったりである。
「流石に制服は拙そうだし……一度私服に着替えてまた集合しましょう」
「はーい」
「……」
なんか、雰囲気に流されて話に乗っている内に行くのは確定してしまった。
別に幽霊が怖い訳ではないが、面倒そうだし、御上としてはさっさと帰りたいがたいが、それは可哀想な気がしてしまう。
かくなる上は手段は一つ。
「まあ、ちょっと待て」
御上は制服の内ポケットに入れていた携帯を取り出し、登録してある番号に電話をかける。
数回のコール音すらもどかしい。
やっと相手が電話に出たと思えば無機質な電子音で伝言を残すよう促される。
「俺だ。このメッセージを聞いたらすぐに折り返せ」
軽く舌打ちして最低限の内容を喋ると携帯を折り畳んで内ポケットに仕舞う。
「この大事な時に何をやってやがる」
「部活じゃないですかー?」
「……予定を煮詰めないといけないから多少の猶予をあげる」
部長の寛大さには涙が出てくる。
後輩さえいなければキスの一つでもしてやりたいくらいだ。
『何か用か?』
三十分程経った頃に待望の折り返しが来た。
「捷護、海に行かないか?」
『突然だな。まあ、構わないが、何時だ?』
「今日、これからだ」
電話の向こうが言葉に詰まり、数秒の沈黙が生まれる。
『流石に今日は無理だ。まだ部活も終わってないし、それに』
「それに?」
『水着がない』
思わず携帯を床に叩きつけたくなる衝動を御上はやっとの事で堪えた。
「誰もてめえの水着なんざ見ねえし、そもそも泳がねえよ!」
『そうか。だが、どっちみち無理だ』
「無理か」
『無理だ。今日は父親の従姉妹の旦那の遊び相手をしなくちゃならない』
「知るか!」
電話口に怒鳴り散らしてから携帯を切る。
他に来てくれそうな相手を考えていると、がしりと肩を掴まれた。
意外に強い力だ。
「御上君……ハルカちゃんもいるからあまり遅いと困る」
ハイライトの消えた目でじっと見詰められ、御上は額に汗を浮かせた。
自分本意な部長に振り回されている気の毒な役回りの筈だが、こうしていると悪い事をした気分になってくる。
「……分かったよ! 行けばいいんだろ、行けば!」
御上は殆んど自棄っぱちだった。
……この決断が後年……御上君に深い苦悩を強いる一端になるのだが……本人はまだ知るよしはなかった。
以上です
『早朝浦観測会』投下乙です。
番外編投下。鳥変わりましたw
容赦なく照りつける八月の眩い太陽の下、高杜学園初等部の教室に、ぽつり、ぽつりと生徒達が集まり始めた。
「おはよう。」
「おはよう。…今日は、授業?」
「そうらしいよ。畑、いいのかな?」
日焼けした坊主頭の少年達は窓から中庭を見下ろす。
水の出ていない噴水を取り巻いてびっしりと植えられた芋の葉は、黙々と過酷な日差しに耐えている。
「先生がみえるわよ!!」
おかっぱ頭の少女の声に、生徒達は慌ただしく席に着いた。
「起立!!」
カラカラと扉が開くと同時に響く『級長』の号令。
「あれ?」
「学園長先生だ…」
蒸し暑い教室に低いざわめきが起こり、担任の名前と、『赤紙』という不吉な単語が押し殺した声であちこちから漏れた。
「静かに。」
教壇の学園長は教室の幼い生徒達を見回し、よく通る声で話し始める。
「松井先生は風邪でお休みゆえ、本日はこの学園長が授業を行う。」
安堵の声のなか、『級長』が挙手して学園長に尋ねた。
「学園長先生。勤労奉仕は… 芋の世話は、よろしいのでしょうか!!」
「…学園付きの将校は、うるさかろうがの。今日は、もっと大切な話を、皆に聴いて貰おうと思う。」
静寂のなか、学園長は、生徒ひとりひとりの目を見つめ、ゆっくりと問いを発した。
「『未来』という言葉の意味が解る者は?」
元気の良い声と共に、一斉に小さな手が挙がる。
「はい、はい先生!!」
「僕解ります!!」
学園長は立ち上がらんばかりに元気よく手を挙げるひとりの少年を差し、彼は直立不動で大声を張り上げた。
「未来とは、即ち、神国である大日本帝国が鬼畜米英に勝利し、不滅の大東亜共栄圏を打ち立てる日であります!!」
学園長はその生徒に微笑み、彼を座らせると再び全員に問いかけた。
「…では、その日、皆は何をしているか…いや、何がしたいか? 空襲も、勤労奉仕もないその、『未来』に?」
少し動揺したざわめきのなかに、挙がる手は見当たらない。
「…遠慮することは何もない。思うたことを答えれば良い。」
「…俺、電車に乗りてぇ…」
学園長の言葉に、一番後ろの席に陣取っていた、『餓鬼大将』がぼそりと答える。
「…いっぺんだけ、父ちゃんと、高杜駅から三嶽の造船所まで、電車に乗ったんだ。早かったなぁ…」
まだ開通したばかりだった鉄道は最初の空襲で、三嶽造船所と共に焼失した。
電車を追って、糸切川の河原を走る子供の姿はもう、見られない。
「…なるほど。素晴らしい未来じゃの。電車に乗って、どこまでも行ける未来… 皆、目を閉じてみよ…」
戸惑いながらも、素直に目を閉じた子供達の瞼に突然、信じられない光景が総天然色の活動写真のように映し出された。
「うそ…」
「…すげぇ…」
見たこともない流線型の電車が、信じられぬスピードで鷲背山の山麓から、豪奢な宮殿のような高杜駅に入る。
学生や勤労者がいそいそと乗降し、華やかで活気に溢れる壮麗な商店街に消えてゆく。
男の子はその空想小説のような情景に絶句し、女の子は店頭を飾るモダアンな洋服にうっとり見入った。
「…わたしは、父様に、珈琲を飲ませてあげたい。贅沢品だけど、いつかこんな『未来』に…」
目を閉じたまま、お下げの少女がおずおずと口を開くと、生徒達はたちまち、高く芳醇な香気に包まれた。
鮮やかな鉢植えに囲まれた清潔な店内。
優雅に漂う芳香は幼い彼らをもうっとりとさせる。
流暢な書体で書かれた『マクガフィン』の看板は彼らには読めないが、続いて可愛らしい狐の意匠を見た子供達は顔を見合わせて笑顔を浮かべた。
「…でも、わたし珈琲飲めないから、曹達水かなぁ…」
お下げの少女の言葉にみんなはどっと笑ったが、別の子が口を尖らせ叫ぶ。
「何言ってんだ!! やっぱり小掠屋の大福に決まってるだろ!! …焼けちまったけどさ…」
しかし彼らはすぐ、甘い匂いに満たされた、色とりどりの和菓子の並ぶ小椋屋の店内にいた。
店の造作はちがえど、落ち着いた優しい雰囲気は、彼らが大好きな大福のある小掠屋に間違いはない。
学園長の魔法は、子供達を次々と信じられない未来に案内し、彼らは目を輝かせて高杜の街を駆けた。
未来。
彼らが思い描く未来はすべて瞼の裏に映し出されてゆく。
今年は中止であろう高見神社の祭りも、やがて起こる一中や南高の蛮カラ学生達との小競り合いも、やがて進むべき道も、そして恋も、この街での、青春の全てが。
「…皆が描いた未来は、間違いなくここにある。忘れぬようにな。本校がある限り、皆の未来は生き続けると。」
間を置いて、学園長の声が、低く哀しげな響きを帯びた。
「…さて、もう、行かねばならぬな。」
『餓鬼大将』が目を丸くして言う。
「…行くって、やっぱり学童疎開…」
「…違うよ。文太。」
寂しげな笑みを浮かべた『級長』が進み出て、『餓鬼大将』の肩に手をそっと置き、学園長に語りかける。
「学園長先生、有難うございました。僕達、毎年ここに還って来るときは、何故かあの朝に戻ってるんです。申し訳ありません。」
「…あ、そうだった。」
『餓鬼大将』は笑って頭を掻くと、学園長に一礼し、いつの間にか開いた扉から差す眩しい光の中にゆっくりと歩み寄り、そして消えていった。
名残惜しげな同級生たちも、同じように学園長に暇を告げ、彼の後に続く。
「…じゃ、失礼します。」
「うむ。…来年も、待っておる。」
最後まで彼を待っていたお下げの少女と手を繋いだ『級長』も、直視できぬほどまばゆい光の中へと振り返りつつ歩み去り、この古びて閉鎖された教室の扉は静かに閉じた。
「…毎年、この日の警護は無用と言うておる。」
ひとり教室に残った学園長の厳しい声に、学園長警護の頭にして小金井一党の重鎮、小金井弦蔵が音も無く姿を現す。
齢七十余を重ねるその厳しい表情は動かず、毎年の学園長のこの言葉に応えることも無かった。
「…軍の命令通り、畑に出しておれば、あの子らのうち、幾人かは助かっておったかも知れぬ…。」
中庭の芝生の上で、吹奏楽部が陽気なマーチの練習を始めるのが見えた。
またも弦蔵は応えない。沈黙を続ける彼が、初等部の教室に焼夷弾が命中したあの日、たったひとり欠席して悲運を免れた生徒だったことを、学園長は今年もまた、忘れたふりをする。
やがて、教卓に置いたサクマドロップの函をじっと見つめる学園長に一礼すると、弦蔵は旧友たちの後を追うように、再び音も無く教室から姿を消した。
END
『高杜学園七不思議』
夏休みに一日だけ登校する、幽霊のクラスがある。
投下終了
『普通の日常』作者様
また性懲りもなく小金井君の身内を増やしてしまいました。
ご立腹の節は『高杜フリマ』までお願いします。
>>杜を駆けて 番外参
うわあ。七不思議で切なくなってきました。
『Open the door/扉を開けて』
よく夢を見る。
窓の向こうで思いっきり走り回りたい。ただそれだけの夢だ。
生まれつき体が弱く、喘息がちな俺は同じくらいの歳の子供達が泥んこだらけになって暗くなるまで遊んでいるのが羨ましかった。
俺は外の世界を知らない。
本やテレビで知識だけは知っているけどそれだけだ。
夏の日差しの熱さ、紅葉に染まる秋の山、冬の手がかじかむ寒さ、春の草花の萌える様な匂い。
すべて聞きかじっただけの、上っ面な知識だ。
狭い暗がりの部屋の中、友達が一人もいない俺は外の世界を羨むだけだ。
悲しいけれど、悲しみたくない。
俺が悲しめば家族が悲しむ。
恨みたいけれど恨みたくない。
誰を恨めばいいのか解らないし、恨むだけ自分が惨めになる。
だから夢見る。夢を見る事は出来る。
友達と遊んで、喧嘩して、誰かを好きになって、仲間と奪い合ったりフラレたり。
普通の日常。なんて贅沢なんだろう。
いつかきっと誰かが扉を開けて、外の世界に連れ出してくれる。
だけど現実は違う。
扉を開けるのは先生。
手術の為に俺を連れ出すだけ。
扉を開けるのは家族。
俺を見舞ってくれるだけ。
日に日に細くなるばかりの俺の手は本を読む事ですらきつい。
厚いハードカバーの本ならまだしも、薄っぺらい文庫本ですら重く感じる。
多分、そろそろ、もうじき、そのうち。
夢を見る事も出来なくなるだろう。
家族や医者の先生は明るい事を言うけれど、俺の体の事は俺が一番わかる。
お迎えがくるのは決して遠くない。もう、すぐそこまで来てる筈だ。
――トントン。
誰かが扉をノックする。
「――邪魔をするぞ」
声がする。幼い女の子の声にしては物言いが古めかしい。
どうぞ、と答えようとしても声がでない。ヒュウヒュウと息が漏れるだけだ。
ギィ、と軋む音をたてて扉が開く。
半分ばかり開いたドアの向こうは光輝いていて、小さなシルエットが俺を手招きしている。
「迎えに来た、とは言えぬ」
「迎えに来てくれって言ったつもりはない」
「面白いな。皮肉だと思うのだが、そなたの言葉だと面白い」
「そうさ。せっかく扉が開いたんだから面白くなきゃ駄目だ」
空気が漏れるだけの筈だっだのに声が出る。それになんだか身体が軽い。
ひょっとしたら扉の向こうに行けるかもしれない。
俺の足で、俺の足で、俺の足で。
「儂は外で待つ。もし、そなたにその気があれば来るが良い」
「連れてってくれる訳じゃないんだな」
「ああ。外に出るのはそなたの意思でなければな」
「そうか。――すぐ行く。外でドアを閉めて待ってろ」
扉が締まり、部屋は暗くなる。
荷物なんていらない。格好なんて気にしない。
向こうに行けるなら、行けるのなら。
自分の足で歩いて、自分の手で扉を開けて。
まずは何をしよう。そうだ、海が見たい。
窓から見えた入り江に行って、海沿いを走るんだ
「タラッタ、タラッタ、タラッタ」
海だ、海だ、海だ。異国の昔の言葉を三回呟いて扉を開けると、光が、海が、外の世界が見える。
「悲しいな、とは言わぬ。そなたは今まで頑張った。見ず知らずのそなたではあるが捨て置けぬ。せめて、夢見た外の世界で旅立つが良い」
声が聞こえる。手招きしている。
――光が、広がっている。
七不思議の一つ。夜中に宙を走る少年。
真っ直ぐに宙を駆け抜ける少女は飛べないけれど、背中には真っ白な羽がある。
高杜学園小等部に入学し、一度も登校出来なかった少年の話。
謎短編投下完了。
勝手に七不思議やってしまった。
87 :
普通の日常:2008/10/03(金) 18:58:06 ID:JTIPG41i
乙です、魂に救いが有る設定はいいですよね
少し書けたので投下します
88 :
普通の日常:2008/10/03(金) 18:58:54 ID:JTIPG41i
朝靄の中、夏の暑さも薄れ秋の穏やかな空気が流れ込んでくる中央市街の『小金井道場』の軒先で
頭首である小金井弦蔵が緩やかな動きで巻き藁に構えた刀をそえる、そのそえた三寸の距離で目を見開くと
手を返し一閃、一気呵成の呼吸により、振りかぶることなく陶物を見事に両断してのけた。
小金井家次男である豊はその幻術とも見まがえるような人知を超えた技の前に言葉を失う。
「なにを締まりのない顔をしておるか」
「あ、と……申し訳ありません」
「門下の者がおらぬ所ではそう他人行儀で振舞わなくともよい、
今日呼んだのは他でもない、道場の家督を継ぐものを決めておこうとおもうてな」
「跡継ぎですか……」
「うむ、流石に年寄りの身で警護の頭と道場を取りまとめるのは楽ではなくての、
警護に関しては、御館様をこの身朽ちるまで守り通すと誓った身ゆえ退くことかなわぬ。
それゆえ道場に関しては豊、お主に任せようと思うのだが?」
とつとつ切り出す穏やかな口調に内心穏やかならぬ重圧を感じた豊は
顔を上げると、本来であるならば跡継ぎとなるはずであり、志半ばに妖に倒された父のことを思い返す。
「な、なぜ私なのですか? こういってはなんですが、私は剣の腕に関しては厳兄には敵いませんし、
守も妖を相手取り、実力に関して言えば……」
「確かに……長男の剣の才覚に関しては活目すべきものがある、まさに剣を振るう為に産まれてきたような男よ、
しかし、勇猛無比であるが故に他の者と迎合することを知らぬ、剣の腕と人を纏め上げる能力とは別だからの」
「では、守は?」
「あやつは憑かれておる――」
そう弦蔵が言葉を放つとその意味をはかりかねたのか互いが顔を見合わせると、
しわがれた手で縁側に手を着きその場で腰を下ろした。
89 :
普通の日常:2008/10/03(金) 18:59:40 ID:JTIPG41i
「両親が妖に討たれたとき、お主らは泣いておったな、
しかしわしは忘れんよ、あの時の守の顔を……余程、父を討った妖が憎かったのだろう。
幼子でありながら次の日には倉から真剣を持ち出し、血が滲むまで剣を振るっておった」
「しかし妖を討つことは、我らにとっても本分の筈……」
「あやつは妖を手にかけ祓うことに、なんら疑念を抱いてはおらん、
闇を斬るのが我らの本懐としても、憎しみだけで妖を斬るあやつの剣は闇に染まりすぎている。
場合によっては修羅にすらなりかねん……ゆえに守にはいずれ剣の道から身を退いてもらおうと思っておる、よいな?」
「――はい」
豊は腰を上げ祖父に一礼するとその場を立ち去り玄関先へと向かう、先ほどの祖父の言葉を思い返し、
鬱積した心境を吐く息で流し、先のことをとりとめもなく考えはじめると、
慌てふためきながら玄関先から一組の兄妹が飛び出してくる。
「あっ、おはよう兄さん!」
「お、おぅ!」
「もう、ちぃ兄様が寝坊するから! 早く行かないと私まで遅刻しちゃう」
「んじゃ、いってきまーす!」
疾風の如く二人が駆け抜けていくと、一転して周囲が静寂に包まれる。
豊は口元を吊り上げ薄く笑い、頭を掻きながら玄関扉を開けると、さきほどの祖父の言葉を思い出し言葉を漏らした。
「修羅……か」
90 :
普通の日常:2008/10/03(金) 19:00:34 ID:JTIPG41i
高森モールに店を構える『応龍飯店』ではランチタイムを向かえ、訪れたサラリーマンや事務所に対する大量注文をこなす為、
店員達が慌しく動き回っていた。相当の重量であるスープの入った胴鍋を一人の男が軽々と抱えあげると、
再び厨房に追加の注文が入る。
「三嶽営業所から注文入りましたー」
「おい、新入り悪いが手が離せねぇ、揚げ物の様子見といてくれ」
「はい厨房長! この松田にお任せを!」
「返事がいいのはいいんだが……まぁいい、しっかりやれよ」
大量の揚げ物を油から引き上げると、再び材料の切り分けを行い慣れた手つきで下ごしらえの終えた材料を、
ボウルの中へと放り込んでいく、さらには洗い物へと戻ったかと思うと、慌しく廃棄するゴミを持ち裏口へと捨てに向かった。
「今回の新入りさん割りによく動くわねぇ」
「なぁに、すぐに音を上げるさ。
しかし、なんでまた店長はこんな時に学生を雇い入れたんだ?」
「なんでも両親が亡くなって天涯孤独、唯一の親類である妹さんを食べさせる為に
どうしてもお金が必要だからって……店長この手の話に弱いからねぇ」
「うぅ……な、泣かせる話じゃねぇか」
「あらら、弱い人がここにも一人」
昼の嵐が過ぎ去り勤務時間を終えると、不法就労を終えた五郎が裏口からタッパを抱え歩いてくる。
不意にテコテコと迷子のようにさまよい歩いてきた山姫とばったり出会い、互いに声をかける。
「ごろうはっけん」
「なんで外に出てきてるの? ちゃんとおうちでじっとしてなさいって言っておいたでしょ、
俺みたいな人に拉致されたらどうするの!?」
「たべもの」
タッパの中のブツを凝視しながら鼻をならす妖怪にタッパを押し付け、二人は駐車していた原付に乗り込むと
住んでいるアパートの一室へと走り去っていく、辿りついた頃には日も傾き、タッパの中のブツは一つ残らず消え去っていた。
五郎は部屋に入りちゃぶ台の前に腰を下ろすと、認定試験の問題集を開きながらぼそぼそと暗記していく。
両親の残した遺産はあるものの、手を付けることを五郎が拒んだため、二人は母方の親戚が経営しているアパートに入り込んでいた。
91 :
普通の日常:2008/10/03(金) 19:01:27 ID:JTIPG41i
アニメを見ながら一人盛り上がってる山姫に目を移し五郎は深く溜め息をつく、
不滅の存在になったとはいえ、唐突に抱え込んだ姉に似た姿の少女の存在が彼にとっては億劫となっていた。
ふと目を移し銃創がついた左手を眺めていると、少女は傍らに擦り寄ってくる。
顔の血色があまりよくないのか、唇が蒼白くかたかたと震えていた。
「ごろう……さむい」
五郎が近くにおいてあったナイフを腕に押し付けると、山姫は彼の首を指差し腕を制止する。
「くびがいい」
あきれ返った表情で五郎は溜め息をつきつつ、首に刃を押し付け勢いよく引き抜き、首から赤い鮮血を滴らせた。
少女は男に抱きかかえられるように飛びつき、首筋の傷に唇を合わせ溢れ出す血液を飲み、口の中で咀嚼するように血の味を楽しむ。
見る見るうちに顔色に血色が戻ると、高潮した頬を寄せ五郎の首筋へと更に歯を立て齧りついた。
「体に悪いもんばっか食ってると腹壊すよ?」
「おいしいからいいの」
何を思って妖と血を交わしてしまったのか、五郎にも解りかねていた、気がつけば彼女に向けていた銃で掌を撃ち抜き
自らの血を与えていた、姉に似ているから? 洞窟で一人漂っていた彼女に同情したから? その答えは彼自身にもわからなかった。
次第に山姫の体から力が抜けくたりと倒れ込むと、その場で寝息を立てながら眠り始める。
「……」
「喰うだけ喰ったら寝るとか、赤ん坊か君は……」
寝室へと体を移し布団をかけてやると、枕元で女の寝顔を見つつ立ち上がる、この先探索を続けることを決めていた彼にとっては
望まれざる来訪者の存在は邪魔になるだけだろう、眠る相手が気付かぬように印を組むと静かに『虚空』を発動させた。
以前の自分であれば眉一つ動かすことなく眉間を撃ち抜いたことだろう、しかし彼の心中で葛藤が巻き起こると
印を組む手がぴたりと止まり、苦い表情をみせ汗を流す。
(何故手が動かん? こんな女の一人や二人
――俺にはやらねばならない事が)
不滅の魂に霊体をも貫き滅する陰陽の術、必要な物は揃っている、姉を妖の道へと引き込んだ者を探し出し
この手で塵に還すまでは立ち止まってなどはいられない、焦燥に捕らわれ止めた腕が震えだす。
見下ろしていた少女は柔らかな布団に包まれ、遠い昔の夢を見ていた。
92 :
普通の日常:2008/10/03(金) 19:02:16 ID:JTIPG41i
――――――
母に背におぶられた、少女が眠っている
とんびが空でくるくると回ると、村に冬がやってくる
一昨年の冬が来ると「ゆうかく」にいって、お姉ちゃんがいなくなった
昨年の冬が来ると「ほうこう」にいって、お兄ちゃんがいなくなった
そして――また冬がやってきて、少女は産まれて初めて白いお米のおにぎりを食べた
母に背におぶられていた少女が目を覚ますと、そこは山の中
冬の山中で少女は自分の身に何がおきたのかも分からず
母を捜し歩き続けた
―――――――
山姫がうっすらと目を開くと視界がぼやける、何か悲しい夢を見ていたようで、涙を浮かべた目を擦りながら周囲を見渡す。
そこには無表情の男が一人いて、その場で膝をつきしゃがみこみ、何故か自分の事を見つめていた。
「ごろう?」
少女は友達の名を口にする、色んな物が走り、色んな食べ物があって、ちかちかする綺麗な色が一杯に満ちた世界、
きっとここは母が言っていた天国なのだ、『ごろう』は天国に来て初めて出来た友達、山姫は朦朧とする意識の中で手を伸ばす。
あれからどれほどの時が過ぎたのか、どれほどの間母を探し続けていたのか――
虚空を掴もうと、もがく彼女の小さな掌を五郎はしっかりと握り締めた。
93 :
普通の日常:2008/10/03(金) 19:03:18 ID:JTIPG41i
高杜の郊外、正法院の庵に休日を利用して弟子の一人が訪れる。走りよる凛が胸に飛び込み、
志鶴が優しく抱きかかえると、見慣れない指輪を紐に通し首からぶら下げているのに気付いた。
「お師匠、この指輪は?」
「あぁそれは、ついこないだ松田君がふらっとやってきてね、
凛ちゃんの父親から譲り受けた形見を届けに来てくれたんですよ」
「え!? でも松田の奴って退魔師に追われてるんですよね?
そのまま返しちゃったんですか?」
「それはまぁ、小金井道場の人と刃を交えて相打ちで済むような人ですからね、
漬け置きのたくわんをあげたら大人しく帰ってくれました」
にこやかな笑顔を返しながら笑う師匠の行動に疑問を抱きながらも、志鶴は周辺を見渡す。
いつもはいる筈の眉毛がいないことに気付き将之に問いかけた。
「今日は……義明の奴いないんですか?」
「義明君なら、裏で打ち込みをやってますよ」
志鶴が裏庭へと足を向けると田亀は三才式站椿にて、その場で身動き一つすることなく静止している。
站椿を解くと目の前の木人と向かい合い、手足の柔軟を行いながら三戦に構え摺り足で間合いを詰め、
教授された十二形拳と空手を複合した、しなやかな筋力から繰り出される突きがうねるように木人の体を捉えた。
(――騰蛇)
その場から一歩踏み込み、木人に対し肩口から体当たりを行うと、地面に埋め込まれた木が根元から折れ
地面へと叩きつけられた。圧倒的に不利である素手の戦闘では最大火力で敵の反撃を待たずして捻じ伏せる必要がある。
深く息をついた男はその力の代償に腕に彫りこんだ刺青の文字を眺めると、その場を振り返った。
「義明どうしたのそれ? 似合わない刺青なんてしちゃって……」
「え!? あぁこれっスか、使うと出てくるんですよ
まだ二つしか入ってませんけどね、ほら……やっぱ素手だと限界あるし」
「ちょっとあんた、十二天将を全部体に刻む気じゃないでしょうね?
資質能力を持ってるあたしですら三十六禽全ては扱いきれないのに」
目を細め問い詰める志鶴に対して苦笑いをしながら男はごまかすと近場の岩肌に腰を下ろした、
凛がひょっこりと顔を出し、田亀のそばへと走りよるとポケットから飴を取り出す。
「ん……」
「あはは、どうも」
「前々から聞きたかったんだけど、なんであんた退魔師なんてやり始めたの?
やたら苦労して鍛えてるみたいだし、あたしには理解出来ないわ」
94 :
普通の日常:2008/10/03(金) 19:04:06 ID:JTIPG41i
志鶴の言葉を聞いた義明はあの日のことを思い出す、学校では虐められ居場所のない自分、
彼に対する虐めはさほど過酷なものではなかったが、それでも彼の精神を捻じ曲げ、
自分が生きる価値のない人間だと思い込ませるのにはそう時間はかからなかった。
「師匠が教えてくれたんスよ――」
不登校となり親からも罵声を浴びせられるようになると、彼はあてもなく夜の街を放浪することが多くなった。
そんな折、喧嘩に巻き込まれ、彼は偶然自分が恵まれた体躯の持ち主であることを知る。
喧嘩を売ってきた相手を返り討ちにし、馬乗りになり自らの拳を振り下ろすと、相手は鼻孔から血を噴き出して助けを乞うた、
全ての悩みが晴れたような高揚感が頭を覆い、今までに感じたことのない爽やかな気分で少年は相手の顔面を殴り続けた。
下には下がいる――そいつを潰してしまえばいい、群れの中で一番最初に死ぬのはいつだって一番弱い鶏だ。
自分より強い者に逆らう奴などこの世には一人もいやしない、自分より弱い鶏を探して縊り殺しているだけ。
いつしかそれが少年の信念となり、卑屈になった精神はますます捻じ曲がっていった。
「俺が馬鹿だったってこと」
いつもどおり夜の街に繰り出した少年は今までみたこともないような怪異と遭遇した。
強大な体躯に面妖で醜悪な顔、妖が怒号を上げ地面のアスファルトを脚で軽々と捲りあげると、
少年は死を覚悟した、弱い奴は喰われるのみ、強い奴には逆らえない、屈服する以外に道はない。
その時、一人の青年がまるで散歩をするような軽やかな足取りで、妖と少年の間に入り込むと、
真言を唱えた刹那、火を放たれた妖は一瞬にして炎に包まれ、断末魔の叫びを上げた。
吹けば倒れるような青年が振り向き、ずれた眼鏡を元に正すと、少年を気遣うように声をかけた。
(――自分より強い者を越えてこそ人間なんだ)
その時、庵の炊事場から何かが割れる音が響くと田亀は現実へ引き戻されたかのように
その場から立ち上がり、何かをやらかしたと思われる師匠に対し声をかけた。
「師匠!? 大丈夫ッスか!」
「あはは、お茶菓子用意しようと思ったんだけどね……
ちょっとばかり手が届かなかったみたいで」
「そ、そういうことなら俺がやりますって!」
一回りも背の高い少年は背中から泥を払う師匠を助け起こすと、ひょいひょいと皿を取り、
地面に散らばった皿の破片を竹箒で掃きだす。
「どっちが師匠なんだかわかりゃしないわね」
志鶴はその様子を眺めながら呆れるように眉をしかめると、二人に聞こえるようにぼそりと呟いた。
95 :
普通の日常:2008/10/03(金) 19:05:16 ID:JTIPG41i
高杜の街から遠く離れた郊外の洋館の前に一台の高級車が門の前に辿りつく、訪問者を招き入れるように扉が開くと
玄関先へと横付けされた車から一人の少女が降り立つ、給仕達が玄関を開き礼をすると
少女は脇目も触れることなく階段を上がり執務室のドアを叩いた。
「お母様、只今戻りました」
「随分と早かったわね、入りなさい」
執務室のドアをくぐるとスーツに身を纏った艶やかな容姿をたたえた女と、娘である少女とが向かい合う、
その少女『銀谷美雪』は肩にかかる髪をはね、続く言葉を紡いだ。
「お母様、いつまでこの地に留まるおつもりなんですか?」
「何を怒ってるの?」
「私にはこの街が我々にとって有用であるとはとても思えません、
件の退魔師たちとも接触しましたが、どれも取るに足らない小物ばかり……」
「我々がこの地に住まう者たちに苦汁を飲まされ続けてきたのは事実なのよ、
経済的に重圧をかけ、街を焼き払う戦火の中でも、この地に住む者たちだけは決して屈することがなかった。
数百年もの昔から……あの小娘一人の為にね」
女は窓際に立ち、延々と続く深緑の先にある高杜の街をガラス越しに指で撫でると、
目を閉じ娘に向かい語り続けた。
「盤上の駒を操るチェスとは違う、薄汚れた土地をわざわざ争ってまで手に入れる必要はないわ、
必要なのはこの場所、この高杜の地だけは如何なる手を行使してでも手に入れなくてはならない――」
「教会からの指示なのですか?」
「そうよ……この世に神は幾つも必要ない、頂点に立ち存在が許されるのはいつの世もただ一つの神のみ。
未開の蛮族共が崇める邪教の神々など滅してしかるべきでしょう。全ての人々が心を一つにし、
唯一の絶対神を信仰することにより『真の秩序世界』生まれるのよ」
「この地に住まう『神』を討て……ということですね」
銀谷が目を伏せ、机に置かれた一振りの西洋剣を握り締めると、女は冷徹で抑揚のない声で言葉を返した。
「――『邪神』よ」
高杜南地区にそびえる『三嶽工業本社』の高層ビル上にいくつもの人影が浮かび上がる、
虚ろな眼の喰屍鬼達を従えた男、蓼島の体から赤黒い血管が伸びアスファルトを覆うように展開させ始めると
深夜のネオンサインの灯りが途絶え、街並みから人が消え去り、ビルの一角のみが隔絶された結界空間。
すなわち捕らえた獲物を喰らう為の蓼島たちの胃袋と化した。
「さて、久しぶりにな、久しぶりによ……派手に暴れまわ、わるぜ」
月明かりすらも見えぬ新月の夜、狂った男の咆哮が赤く染まった空に響くと、
高杜の異変を察知した者達が長きに渡る歳月による因果に導かれ、再びこの地で合間見えようとしていた。
96 :
普通の日常:2008/10/03(金) 19:07:23 ID:JTIPG41i
投下終了です、打ち切り直前のジャンプ漫画みたいな展開で申し訳ない。
>>『普通の日常』
まさに冥府魔道…
次回が待ち遠しいです。
草木も眠る丑三つ時。
高杜学園では覇権を握る戦いが繰り広げられている。
「――これで詰みだ、カエサルッ!」
二宮金治郎像が背中に背負った無線誘導兵器――“薪【マキ】”を放つ。
幾何学的な軌跡を描いて薪はカエサル像を取り囲む様に殺到する。
「甘いな、金治郎! このカエサルは――ローマそのものなのだっ!」
顔と上半身のみのカエサル像は、圧倒的な推力で急上昇する。
薪はそれに追従するが、カエサル像が目から放つビームによって一基、また一基と撃墜されていく。
金治郎はその光景に歯噛みをして薪を呼び戻した。
「毛唐風情がっ!」
「倹約しか出来ぬ俗物が何を言うっ!」
金治郎は宙を駆けてカエサル像を追うが、胸像であるカエサルに比べると鈍重な為に近付く事すら出来ない。
「倹約は美徳だ!」
「貴様のそれはエゴに過ぎん!」
カエサル像はビームを放ち牽制する。
石像である金治郎像に比べて石膏像である為に耐久力は劣る以上、攻め手に回らなければならない。
金治郎像の一撃は容易くカエサル像を粉砕するのだ。
「お前はこの世界に何を望むっ!」
「――知れた事、カエサルの物はカエサルに!」
「民の心が解らぬ暗君が! 私には守りたい世界があるんだっ!」
「人の業、人の罪、全てを飲み干す度量がない貴様に語る舌は持たぬ!」
カエサル像の嘲笑が校庭に降り注ぐ。その威信はまさに皇帝の物であり、サッカーゴールはそれに喝采を送る。
「貴様には解るまい、金治郎! 余はカエサルなのだ!」
「戯れ言を!」
「悔しければ!」
「お前に一太刀っ!」
刹那、背負った薪の推力を利用し、カエサル像に肉薄する。
「奢るカエサル久しからずっ!」
「ば、馬鹿な……このカエサルが負けるとは……」
一瞬の交錯。鈍い音と共にカエサル像は力なく地に墜ちる。
金治郎像もまた、全ての力を使い果たし、墜落した。
両者相討ち。両雄並び立たず。
戦いは終わる事を知らない。
高杜学園七不思議(偽)
夜な夜な戦いを覇権を巡って激戦を繰り返す二宮金治郎像とカエサル像。
>>7不思議(仮)
投下乙。
夜な夜な繰り広げられるカエサル対二宮は楽しすぎますw
普通の日常
>>大物悪役登場に、続編待望!!
七不思議
>>倹約www
しかし『ensemble』も頑張って下さい…
ファンタジーとか伝奇とかと、現実的な青春物語の共存は正直ツライもんがあると思うよ
非常識な戦闘を日常的にやってるとか珍妙不可思議な武術習得してるとか、そういう人種をぽんぽん作り出したり、
やけに風呂敷広げまくった設定むくむく生み出したりしてる作品がちらほらあるけどさ、
あんまり現実味が欠けすぎてると、ごく普通の人間描いてる作品とかとのギャップがでかくなりすぎるんじゃないの
ぶっちゃけ絡ませづらいでしょ
102 :
普通の日常:2008/10/04(土) 22:54:13 ID:rxlAWEa1
探偵→ホラー→伝奇→バトル→ラブコメ→スポコン
計画では上記のようになってましたが、
バトル打ち切ってラブコメまで飛ばしますね。
Wikiの更新乙です
>>101 1.そういう話は感想スレでやんね?
2.「帝都物語」と「東京ラブストーリーも舞台一緒じゃん
3.最近、青春物語の投下少な杉
そんなところかな
>>102 その予定表見る限りかけらも普通っぽさがねえwwwwww
105 :
普通の日常:2008/10/05(日) 01:40:06 ID:MHgwOWAa
伏線を回収したい今日この頃、投下します。
106 :
普通の日常:2008/10/05(日) 01:41:05 ID:MHgwOWAa
『三嶽工業本社』での決戦を終え、退魔師四名と小金井道場の面々は『応龍飯店』で祝勝会と称し、
飲み会を開くこととなった。盛り上がる道場門下生の傍ら、兄のはしゃぎ振りに気まずい顔で微笑む
小金井に藤木が語りかける。
「兄弟なのに全く似てないわよね、あなた」
「はは、そうかな?」
「……あら? お師匠何やってるのかしら」
ふと、藤木が目を移すと師匠の正法院がチャイナ服を着た少女となにやら話し込んでいる、
師匠が一礼し少女と別れ席へと戻ってくると、藤木はにやつきながら師匠をからかう。
「お師匠も、案外やる時はやるんですね、今の人お知り合いですか、
随分と親しそうに話していらしたみたいですけど?」
「あれ? 皆さんにはお話してませんでしたっけ――」
「ご注文をどうぞ」
言葉を遮るように先ほどの少女が注文に割り込んでくる、ショートボブの前髪をわけ突き刺すような視線に潤んだ唇、
さながら志鶴が子供にも思えてしまうような色気のある容貌に、田亀が赤面し俯くと志鶴はかかとで足を軽く踏みつける。
「痛ッ! 痛いッスよ志鶴さん!!」
「僕は天心飯をお願いします」
「私は炒飯のついたランチを……」
「お、俺は師匠と同じものを、あと唐揚げも」
各々が注文を終わらせると、小金井はその場で箸をくるくると器用に回転させながら、
『三嶽工業本社』で結局見逃してしまった松田五郎について話し始める。
「なんだかこの辺りから妖気を感じるんですけど、気のせいかなぁ?」
「凛ちゃんの気配じゃないスか?」
「む……」
「いくら松田が神出鬼没と言ってもこんな所にまで来ないでしょ、
案外、その辺の公園でダンボールにくるまって寝てたりして」
「し、志鶴さん、そりゃ冗談でもさすがにキツイっスよ……」
「お待たせしましたぁ」
少女が手に持った料理を順に並べていくと、市鶴の頼んだラーメンが何故か具無しの状態で目の前に置かれた。
「ち、ちょっと……これ具が入ってないんだけど」
「とても低カロリーでダイエットに最適な、当店の隠しメニュー『素麺』でございます
若い女性の方に大人気なんですよぉ」
「へ、へぇそうなの、じゃあこれ頂くわ」
107 :
普通の日常:2008/10/05(日) 01:41:55 ID:MHgwOWAa
突然運ばれてきた裏メニューに訝しみながらも、
ダイエットという魔性の言葉に惑わされ、さほど気にすることなく会話を続けた。
「でもなんでわざわざ松田に協力したの? 蓼島とかいう男も取り逃がしちゃったし」
「取り引きしたんですよ、僕の父の仇と、彼の姉の仇……同じということもありえます
蓼島の件は単純に僕の判断ミスです」
脇で聞いていた将之が目を閉じ腕を組むと、白々しい語調で小金井に語りかける。
「そうだね、彼の姉と血を交わした妖も『女性』であることは確定事項だから、
蓼島がその犯人ということは有り得ない、祓い損ねたのは残念だけど、後は抜刀隊の人達に任せよう」
「え、それってどういう意味なんで――」
小金井が聞き直そうと振り向いた瞬間、チャイナ少女のおぼんが小金井の顔面にジャストヒットし、
男はその場で鼻を押さえて悶える。
「あぁッ! 申し訳ありませんお客さまッ!
まさかこのような事態になるとは、一生の不覚ッ!」
「さ、さっきからわざとやってない、貴女?」
問い詰められる前にそそくさと少女が厨房へと逃げ込むと、小金井は鼻をさすりながら、
志鶴の声を遮ると、続けて田亀が声を話を続ける。
「でも、どうして急に……松田さんと協力する気に?」
「彼が連れていた少女を庇った時、昔の自分と父の姿がダブった気がして
なんだか……剣に迷いが出来てしまったみたいなんです」
「ふーん、実直一途の小金井君が心変わりなんて珍しい」
「彼が僕のことをどう思ってるのかは分かりませんけどね、
でも……できるなら敵でいて欲しくはないです」
厨房に駆け込んだ少女が聞き耳を立てていると先輩の仕事仲間に声をかけられ、
勤務時間の終了を知らされる。
「松田さん、今日はもうあがってもいいわよ、
今日は注文までとって貰って助かったわ」
「ふふ……この松田に不可能などありませんよ」
「あと、妹さんが表に来てるわよ、はいこれまかない、
帰ったら妹さんと一緒に食べてね」
「これはどうも、ご親切に痛み入ります」
108 :
普通の日常:2008/10/05(日) 01:43:10 ID:MHgwOWAa
少女がタッパを受け取りチャイナ服から私服に着替えると、いつものように前髪を下ろし目元を隠す、
裏口から男に戻った五郎が姿を現すといつものように妖怪が鼻を鳴らしながら擦り寄ってきた。
「たべもの」
「本当に落ち着きないな君は、山姫からポチに改名してやろうか?」
二人で原付に乗り込みアパートへと戻ると、軽く溜め息をつき冷蔵庫からコーヒー牛乳を取り出す。
山姫が洗面器を抱え五郎の袖口を引っ張りながら風呂場へと引き込む。
「おふろいっしょにはいる」
「あぁ、はいはい……そう慌てんでも浴槽は逃げんよ」
服を脱ぎ二人が浴室に入ると、きゃあきゃあと泡で遊ぶ隙を見計らいながら山姫の体を洗う。
浴槽の中に放り込み、五郎は自らの白く伸びた肢体を石鹸で洗い落としながらふと体についた無数の傷跡を指でなぞった。
小金井に斬られた刀傷に、蓼島に撃たれた銃創が女の体に生々しく刻まれ、僅かに煙を上げているのが分かる。
「うーむ、深い傷は治りが遅いな」
「ごろう、おうたうたって」
五郎は二人で浴槽に入り、自らが作詞・作曲を手がけたテーマソングを口ずさみ、
のぼせ上がるまで風呂につかるとパジャマに着替え布団にもぐりこむ、寝つきのいい山姫はすやすやと寝息を立て眠ると。
少女は電灯を行儀悪く足で消し、そのまま目を閉じ一人ごちる。
「『スマイリー』で卵買うの忘れてた」
がくりとうなだれるように少女は枕に頭を乗せると、そのまま夢の世界へと落ちていった。
109 :
普通の日常:2008/10/05(日) 01:44:03 ID:MHgwOWAa
投下終了です。
110 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/05(日) 07:52:44 ID:Y1mZOmf1
感想レスも少ない現状、書き手減らなきゃよいが。
#8
秋の夕日は釣瓶落とし。夕日が校舎を朱色に照らしている。風は涼しく、山の木々の葉を赤、或いは黄色に塗りつぶしながらそよいでいる。
「あれ? 二宮さんの足が違ってら」
「何言ってんの、遠矢」
校庭の片隅に佇んでいる二宮金治郎像の影が細長く伸びている。
その影を踏み荒しながら二宮さんの足元に座り込んだ遠矢を見て由良は、はあ、と溜め息を吐く。
「んー。この前はさ、右足を踏み出してたのに今日は左足を踏み出してんだよ、この人」
「そんなはずないよ。遠矢の見間違いじゃない? それよりもさ、早く行かないと」
由良は携帯を取り出してディスプレイを開いて時間を確認する。
四時半の少し前。早くしないとマクガフィンのお気に入りの窓際の席が埋まってしまう、と遠矢を急かす。
「紛らわしい事するなよ、二宮さん」
遠矢は像の頭をパシンと叩く。
「そんな事するとバチが当たるよ」
「大丈夫だって。二宮さんってバチ当てるケチな神様じゃないって」
口ではバチを否定するものの、目を泳がせながら叩いた頭を撫でる遠矢を見て、由良は手を口許に寄せてプッと吹き出す。
「二宮尊徳って神様じゃないよ? 確か学者とかそんな感じの人だよ」
「金治郎じゃなくて損得? 商売人? やっぱしケチなのかな?」
「うーん、ケチ……なのかな。質素倹約の人だし」
微妙な意思のスレ違いを感じながら由良は腕を組んで考え込む。が、ハッとして遠矢の手を引いた。
「だからマクガフィンなんだよ。早く行かないと、ね」
「ちょ、由良! 引っ張るなよ、転ぶ転ぶ! 足の長さが違うんだよ!」
「大丈夫だよ、遠矢の方が回転が早いんたから」
由良は振り向かずに走り出す。遠慮なしの本気のスピードだ。遠矢も由良に負けじとダッシュする。
体格の差はあるけれど、遠矢と由良を比べれば走る速さは遠矢の方が速い。
だけど遠矢は由良の速さに併せている。
――子供の頃なら私を置いて行ったのに、今は私に併せる。小さいけれどオトナなんだな。
由良の呟きは密かに心に秘められて遠矢に届く事はない。
遠矢はそれを知ってか知らずか、由良に振り向いて子供のように無邪気に微笑む。そんな笑顔に由良は弱い。
「全く……厄介なんだから」
「ん、何か言った?」
「何でもない」
――To be continued on the next time.
人気のない放課後の学校はとても不思議です。
例えば美術室。向かい合わせになっていたカエサル像とブルータス像がそっぽを向いています。
あんなに一緒だったのに、二人の見る夕日は違う色です。
これでは二人を向かい合わせにして見つめ合うようにした私の立つ瀬がありません。
勿論浮かぶ瀬もなければ沈む瀬もありません。
兎に角。
衝撃を受けました。英語で言うとショックでなくてインパルスです。
「何してるんですか、沖方さん」
途方に暮れて自分の世界に籠ってしまった私に一条の光が差しました。
勿論、表現的に過多です。
その人は博多君でした。
「はい、カエサルさんとブルータスさんの二人が……」
かくかくしかじか。私は懇切丁寧に説明します。
恩讐を越えた二人の友情。目指す地平の違いにより道を別った二人。
巡る情勢に流されていつしか二人は憎み合い、その果てに相手を殺して永遠のモノにしようとしたブルータスは、手に握り締めたダガーでカエサルを――。
「……微妙に違うような気が……」
「あたり前です。私の脳内設定ですから」
博多君はずっこけています。
駄目ですね。空間認識能力が低いです。
「そもそもですよ、なんでカエサルとブルータスでそんな妄想が出来るんですか!」
「私は腐女子ですから。簡単な事です」
「沖方さんなら鉛筆と消しゴムのカップリングでも妄想ができるんでしょうね!」
「当然です。それは10年前に私が通った道ですね」
博多君はげんなりとしています。
大甘です。腐女子を見くびったら駄目なのです。
何故ならば。
BLは嗜好ではなくて信仰です。世界的な宗教なのです。
世間に出回っている物差しでは測りきれないのです。
「世界中の人が沖方さんみたいだったら戦争なんて起きないでしょうね」
そんな事はありません。
腐女子は世界でもっとも勇猛で残忍な民族です。
○○×□□を逆にするだけで簡単に戦争は起こります。
宗教戦争並みに激しい戦争です。
私はすっとんきょうな博多君の言葉に溜め息をバーゲンセールとして売り出してしまいます。
そんな私を見て博多君は目を丸くしています。
「博多君、貴方は私を傷付けました。そのお詫びに私に何かご馳走して下さい」
「意味が判りませんよ!」
判りませんか、判らないでしょうね。
だって博多君は本当に仕方がない人ですから。
――幕。
第三話 『飽食/倹約』
1/
憎悪の炎が静かに揺らぐ。
その朧気な光に照らされたカエサル像の顔は苦痛に歪んでいる。
薄い影の中では幾つもの怨嗟の瞳が鈍い光を放っている。
カエサルにはそれが何者なのかわかる。カエサル、否、ローマに対しての憎悪。
清廉なクラックス兄弟の手がカエサルを掴む。
勇猛なハンニバルの刃が突き立てられる。
孤独なネロの猜疑心に満ちた視線に束縛される。
「貴様ら、余をカエサルと知っての狼藉かっ!」
怯え震えたカエサルの言葉に呼応するかの様に、炎が大きく揺らめき人の形となる。
「――当然。カエサルはカエサルであるが故に地獄に墜ちる。血塗られたローマの歴史にまつわる憎悪、その身で受けるんだね」
「き、貴様! 何者だ!」
カエサル像の顔は恐怖で引きつる。全身を絶望に染め、憎悪が作り出した黒く澱んだ闇に包まれた。
「私? 夜の住人の一人。憎悪の代弁者――メストさ」
メストはクスリと微笑み、気だるげに指をパチンと鳴らした。
カエサル像の姿は夜の美術館から消え、校庭に転移された。
◆
大気を鳴動させながらカエサル像は肥大していく。発する妖気の密度は尋常な物ではない。
「なんと、どうした事か!」
金治郎像は禍々しくなったカエサル像に目を見開く。
「まずい、私の力では……!」
全ての薪を放出してオールレンジの攻撃を仕掛けるが、カエサル像は冷静に一基づつ薪を撃ち落としていく。
「……仕方あるまい。我が身に変えても、私は貴様を止める」
身を捨てる必死の覚悟を極めた時、一陣の風が吹いた。季節外れの梅の香りを漂わせた、熱い風だ。
「なんだか良くわからねえが……汚い油だな」
颯爽と現れた菅原倭斗はカエサル像の前に立ちはだかる。
「深都姫っ!」
「OK! 任せて!」
次いで現れた役深都姫は校庭に結界を張り巡らせる。
「おお、かたじけない!」
金治郎像の顔が喜色に染まる。
「質素倹約に努め蓄えた私の力、今こそ此所に解き放つ!」
第三話 『飽食/倹約』
1/
金治郎像は宙を駆け登り、全身から清澄なオーラを放つ。
その強大さにカエサル像は勿論、倭斗や深都姫、屋上から高みの見物を決め込んでいたメストですら驚愕する。
「質素倹約開墾奨励勤労勉学!カエサルよ、飽食に溺れ贅沢三昧なお前は天保の大飢饉を乗り越えた私には勝てぬ!」
メストの放つ妖気は濃密になり、姿が陽炎の様に揺らぎ、消えた。
「くそ、影だったかっ!」
倭斗はメストが幻影であった事を知ると歯噛みをする。
物質化するまで凝縮、充填した気を空に向かい解放すると、深都姫が駆け寄ってくる。
――質素倹約。
二宮金治郎像の言葉は、広く果てなく響いた。
――To be continued on the next time.
三本立て投下終了。
トリを統一しました。
キャラクター設定
沖方鼎【おきかたかなえ】
通称かなピン。スレンダーで腐女子な人。博多利敬君が気になる。
博多利敬【はかたりけい】
通称不明。せいたかのっぽで理系のオタク。初対面の時に沖方さんを冲方【うぶかた】さんと呼んでしまい怒られた。
それ以来沖方さんが気になる。
二宮金治郎像【にのみやきんじろうぞう】
学園の片隅で生徒を見守る石像。ご利益はないけどバチが当たることもない。
質素倹約を是とする昔気質。
カエサル像【かえさるぞう】
美術室に置かれている石膏像。ブルータス像とはウマが合わないけどモナ・リザの複製画には興味があるらしい。
1/
高杜アーケード街の人の流れが、まるでモーゼがエジプトを脱出したときのように、割れた。
割れた海のど真ん中を闊歩するのは、先日『南工』の一年B組を統べる、斎籐留蔵その人だ。
「おうおう、ジロジロ見てんじゃねーぞ、コラぁ!」
声の大きさに反比例して内容の薄い台詞だが、効果抜群だ。
――しかし、
「あ、ナンコーをシメてるってことで、つまりは管理人のとめさんだ、とーーーめさーーーん!」
世の中には、ガン付けの聞かないヤローが居る。
そう、例えば、グリコポーズで近づくこののっぽなどだ!
「そう言うのに限ってどうして、こう、鬱陶しいんだよ、このタコテメー!
――どぅあぐああ、近寄りすぎだってんだろーがぁあ!」
「――しゅぃどっ!」
マッハの左フックをくらって、博多利敬は宙を舞った。
「……いったいなぁ、とめさん」
二十メートルほど顔面で滑走し、ようやく停止すると、何事も無かったかのように起き上がる。
「オメーはよお、タカ! 近寄り過ぎんなって何回言ったらわかるんだよ、あぁ?」
利敬→タカの変換。トメの放つ戦慄の眼力に、そこかしこで子供達が引きつけを起こす、
「適正な距離を一桁のオーダーで指定してくれたら、そこから付かず離れず近寄りますよ、トメさん」
のが全然利かない利敬だった。
「だから、近寄るんじゃえええってんだろうが!」
「あ、そうか。とめさん桁って意味が分からな――とぅわねしっ!」
右のアッパーが腹にめり込み、利敬の口からマウスピースがこぼれ落ちる。
「ケタぐらいわかんだよ! 鼻緒の切れた下駄の事だろう。馬鹿にすんでねえ!
……このマウスピース、どこから出したんだぜ!?」
「ああ、こんなこともあろうかとあらかじめ口の中に仕込んで置いたんです。ほら」
そして、平然と立ち上がる利敬は、草を生やすように笑う口から、トランプよろしくマウスピースが
幾つも幾つも出てきた。
ノーダメージ、だ。
「すだらぁ! 気色の……悪いだるおぅーがぁ!!」
ガンッ!
留蔵のハクリキ一閃、木の葉が散るアーケードを鳩がスローモーションで舞い、豪華客船は処女航海で沈没し、
学園長のサクマドロップ缶が四連続でハッカを吐きだし、『シネマ・パラダイム』のスクリーンから二次元に
入れるチケットがこぼれ落ちた。
そのような渦巻く殺気の中を平然としていられるのは、数種類の人間に分けられる。
2/
「あ、ところでとめさんミルキー食べます?」
馬の耳に念仏を聞かせたときのエントロピー増大にしか興味のない理系人間と、
「ああ、利敬君の天然受けに対してとめさんのヤンキー攻め――コレはそそられる構図ですね」
犬も歩けば棒に掘られる妄想が湧く腐女子が、その代表例であろう。
「まあ、あえて言わせて貰うならば釘×糠なのですが」
「沖方ぁーー!? おいタカ、どうしてこの女が手前と一緒にいんだよぉ?」
「お久しぶりですね。留蔵×利敬の妄想をしに来た、そう言えばと言え気が済むのでしょう?」
留蔵×利敬はトメタカと読みます。
「いや、とめさんとハイタッチ出来たらラーメンおごってくれるっていうので来たんです。
さあとめさん……ラーメン、ラーメン!」
右手を挙げる利敬を「ネオナチか手前ぇは!」マッハの左フックで沈め、襟首を掴んで空に向けて放り投げ、
落ちてきたノッポを胴廻し回転蹴りでさらに吹っ飛ばす。地面で擦れた制服をすり切れさせながら、
利敬はマクガフィンの看板に当たって止まる。
「ちょっとこっちに来やがれ! 話がある!」
千切れかけた襟首に指を引っかけ、すり切れた襟首を引っ張って、無傷の襟首を掴んで体を持ち上げ――
「――服まで再生するんだぁ!? 何故だ!」
と、絶望的な顔で叫んだ。
「いやだなあ、とめさん。みまちがいですって」
「はっきりと見たぞ!」
「服が再生するわけ無いじゃないですか。BK」
「BK!?」
「――物理的に考えて」
利敬は、盛大に草を生やして笑った。脳はきっと膿んでいるに違いないと、留蔵は断じた。
「ああ……留蔵君が利敬君を路地裏に引っ張っていきます――これから本番なのですね。
きっとその時はリバースして。うっとり……ああ、ご飯が通常の三倍はいけますね」
沖方鼎の濃密な障気から逃げるように、留蔵は利敬を"マクガフィン"の裏手へと引っ張っていった。
路地裏。
「うわあ、凄いねとめさん。五十メートルくらい、脚が地面に着きませんでしたよ、俺」
「――マジ勘弁しろよ、腐の着く女子は苦手なんだよ!」
「そんな事言われても、俺はラーメン食べたいだけだし。沖方は確認に付いてきた訳だし――」
「は……話が通じてない」
3/3
「先刻から七回は殴ってるぞ、ダメージは無いのかお前は!?」
「ちょっとコツが必要だけど、大丈夫だよ」
「な、そりゃ一体――」
ダメージを無くす方法があるなら、喧嘩無敗の狂犬トメができあがる。
色めき立って聞く留蔵に、利敬は堂々と答えた。
「うん、とめさんの姿勢から発生するエネルギーと運動量を計算して、
違和感のない手応えを返しつつ、自分への衝撃を逃がすように……」
「できるか――!」
蹴りをたたき込む留蔵。手応えはあるが、ダメージは無いが、
「なんで反撃しねえんだっ!?」
「だってとめさん強いですし――」
「ノーダメージはその理由になんねーだろ。例の謎武術はどうしたよ、タカ」
「――高杜では戦闘しないって決めてますから。ビームの出せる巨大ロボ以外に興味ないし」
ぐ……と、留蔵の言葉が詰まった。
「ああ、どうすればいいってんだぁ!」
無抵抗のこいつをなっぐっても利かないし、このまんまじゃあ下のヤロー共にもなめられる!
苦悩する留蔵の目の前で、"きゅるるるるるるる"と、
「……お腹が空きました」
利敬の腹の虫が盛大に鳴り響いた。
――数分後、ラーメン屋"高杜亭"。
「ふー、ふー」
「何時まで吹いてんだ? この猫舌は――」
「どうしても、醤油ベースに違和感を感じてしまう、そんな高杜学園高等部二年生でありましたとさ」
「一年に奢らせて文句を言うのか、タカ!」
「大将、替え玉…………無いの!?」
「それは手前の地元のローカルルールだ……って、勝手に頼むな――!?」
ヒエラルキーや暴力の通用しない人間という者がたまには居る事を、深く深く痛感した授業料。
そして、障気から逃れるための保証料。
それらはおおよそ醤油ラーメン三杯分に相当して、留蔵の財布を直撃したという。
>> ◆NN1orQGDus さん
キャラクタを借りましたです。
お目汚し失礼しました。
1/ ヘルマン
やあ、お目覚めかい? 良い夕方だね。
何が起こったかって不思議そうな顔をしているけれど――なるほど、今の君には説明が
必要かも知れないが……そもそも君は、今日が何日で、何がある日か覚えているのか?
ああ、そうだ。我らが高杜学園で、陸上競技会が開かれた日だね。
クラス対抗戦だった……過去形なのはもう終わったからだよ。たっぷり寝ていたね。
今日の昼下がりだ、僕が屋上からグラウンドを眺めていると、君の声が聞こえたんだよ。
僕は人の台詞を忘れないから、一言一句違わずに再現してあげよう。
「あー、あー、マイクテス、マイクテス」
まあ、おきまりの台詞で、放送席の君は職務を始めた訳だ。
「…………よぉっし。皆さん、お昼ご飯は確り食べましたかあ? んー……返事が小さいですよ?
……てうるさいな! そこまで大声出さなく立って聞こえます!」
古典的なボケ方だった。
ウケもそんなに良くなかっただろうから、今度からは一捻り利かせると良い。
「ちなみにうちの姉ちゃんは重箱弁当平らげました、ドカベン女子高生がツボって人は両手を挙げて?
……はーい、今手を挙げた皆さんは明日必ず、病院で見て貰って下さいっと!」
客をいじるのを此処で止めたのは正解だった。
――まあもっとも、この時点で君は既に、放送部員としての職分から、些かはみ出していたんだろう、
というのが僕の正直な感想だったがね
「なお、実況はワタクシ、放送部所属の一年生ヘルマンがお送りいたし、ま、うー!」
僕から放送席は見えなかったが、多分君はこの前テレビに出ていた芸人のまねを為たんだろう?
こうやって右手を蟀谷の辺りに……図星か。
「第○○回目のクラス対抗陸上競技会、午後の部の一発目はクラス代表によるよる800mリレーです」
何回目だったか覚えていないのは許して欲しいね、僕は数字が苦手なんだ。800mリレーというのは、
プログラムに書いてあったから知っているんだよ。
「一人二週で四人! それでは全選手の入場ですよ、アーユーレディトゥ刮目ぅ!?」
それから君は、リレーに出る全員の紹介を、僕には不可能なくらいの早口でやったわけだけど、
実際の所はあれだ――
「六組アンカー、三年、ミヤジショウコ! お宮の地面から飛翔する女の子で宮地翔子でござんすが、
"翔"をカケルと読みまして、小学校時の渾名を"カケッコ"と言います、しかもまんま陸上部!」
――彼女の紹介をするためだけで、他はおまけだったんだろう?
2/ カケッコ
「ついでになんと、ワタクシの姉でございます! ――いやあ、睨んでます、カケッコさんがワタクシを、
氷のような目で睨んでおりますよう!」
相手にして欲しいのかも知れないけど、肉親をからかうのはほめられた事じゃないね、
宮地嶽男君――たしか、名前が一見して"地獄男"に見えるから"ヘルマン"だったのかな?
それから君はハイテンションのまま、選手の紹介を終えて、そしてリレーが始まったわけだけれど、
忘れた訳じゃなくて、正直に言って聞こえなかったから内容は話せない。
高杜学園高等部、殆ど全員の歓声だったからね。
僕が聞いた君の台詞は、こうだ。
「六組は大きく遅れておりますが、六組の皆さん安心して下さい、そして他のクラスは恐れおののけ!
学園長のドロップ一粒で三百メートル走れるアンカー。姉! 宮地翔子は恐らく、高杜学園最速の
二足歩行動物です!」
僕がここから聴き取る事の出来たのは、君の声が大きくなったからだよ、タケオ君。
え……ヘルマンの方がいいのかい?
「おおっと、姉ちゃん早い、姉上早い、お姉様――速いです! 二位を大きく引き離し、
そのさ2馬身から3馬身、その姿はまさに! 高杜の雌豹と呼ぶにふさわしい!」
じゃあヘルマン君に率直に言うけれど、自分の姉を畜生扱いする君は――それがほめ言葉だったとしてもだよ?
僕の友人達からは仕方のない人扱いされたって、やむなしと言うところだろうね。
君のお姉さんが速い、と言う事に関しては、口を挟む余地もない事だけれど。
「ですがアレでしょうか、雌豹のポーズも似合いそうなあの胸は、彼女にとってハンデに過ぎないの
でしょうか、あるいは出っ張った感じが空気抵抗を上手い事軽減しているのでしょうか、
とか言っている間にぶっちぎりでゴぉぉぉーーール!」
――した君のお姉さんが速度を落とさないまま走り続けたのが、今日、僕の見た君のお姉さんの最後だ。
見えなくなった状況の説明は、君が為てくれた。
「そして! 姉は旗も取らずに! 本部席のワタクシ目がけて迫っております! 般若の形相です……よって皆様、
ワタクシの実況は此処までです。それでは、無事でしたらばのまた明日! ――撤収うぅぅ!」
それが、僕の聞いた君の放送の最後だよ。
……何か不服そうだね。
うん、確かにその場面までじゃあ君が此処で寝ていて、しかも前後不詳に陥っている理由にも、
僕が此処にいる理由にもならないね。
それはまあ説明するとなんてこともなくて、僕が居た屋上に、君が逃げて来たからなんだ――
3/ コダマ
グラウンドの方が静まりかえったものだから、屋上で君の冥福を祈っていると、
ドアを開け放してとうの君自身が逃げ込んできた。
第一印象は……気を悪くしないでくれ、予想以上に小さいな、だったよ。
けれどすぐに君と分かった。
他に、屋上のドアを用心棒で閉めてまで逃げる必要のある人なんて思いつかなかったからね。
「一分待つわ、開けなさい」
締め切ったドアの向こうから聞こえたのは、静かな声だった。
静かで、でも、何の変哲もない屋上のドアが魔女の大鍋の蓋に変わったかのようだった。
君は僕の事も眼に入らないくらい慌てていたけど、まだ余裕があって、何かを探していた。
「後は――此処に隠したロープで、ラペリング――ハァ。するだけだ、それが最後のノープロブレム!」
君の英語の成績が忍ばれるが、どうでもいいことだね。
息は切れていたけれど、意気は軒昂だったよ。
もっともその余裕も、給水塔の真裏を漁って居る君の、
「な……無い!? 一時間もかけて此処に隠しておいたのに!」
隠したはずの切り札が、更に誰かに隠されている、なんて驚愕の事実に気づくまでだったけど。
「ふっ……アンタの場合、時間をかけるほど出来が悪くなるんだって、どうして理解できないのかしら!」
じゃーん、じゃーん、じゃーん。
「げえっ、コダマ!」
君がすぐさま犯人を特定したのは……それもさだめと言う物か。
誰かの声がしたのも予想外だったけど、直後に学校で銅鑼の音を聞くなんて思っても居なかったよ。
「ど……何処だ!」
きょろきょろとする君を僕は見ていたけど、彼女も見ていた――高みの見物をしていたんだね。
「上を見なさい……此処よ!」
そう、偉く年季の入ったおちびさんが、給水塔に立っていた。
年季の入ったっていうのは、あれだよ、普通あの身長で過ごすのは長くて二年くらいの物だからね。
高いところに立ちたがる気持ちは、納得できなくもないと思ったさ。
「十分で隠してたら、流石の私でも探し出せなかったでしょうにね!」
彼女より頭半分しか大きくない男子は高等部に君しか居ないだろうし、
君より頭半分小さいのは女子にも彼女しか居ないだろう。
まあ似たもの同士なんだね、サイズ的な意味で。
「とおっ!」
彼女はスカートを押さえて、給水塔から飛び降りた。身長に比例して、なのかな? 一回転して
着地した様子は、殆ど体重のない幽霊みたいだったよ。そうやって、僕と君との間に降り立った。
腰に懸かるまでのばした黒髪が、風に揺られていたよ。
「ろ……ロープは!?」君が聞いて、「捨てた――!」と彼女が答えた。
へなへなと膝から崩れ落ちた君の前で彼女――コダマ君かな?――は薄っぺらい胸を反らして、
あれは多分勝ち誇っていたんだね。
4/
「嘘よ、隠してあるだけ。出して欲しかったら交換条件ね、これから一年、週一でマクガフィン!」
「断る! それなら姉ちゃんの奴隷にでもなった方がましだ!」
君の抵抗なんて、彼女はお見通しだったんだろう。
「駄目、そんな程度の根性じゃ、私の心に響かないわ。ってなわけで時間切れぇ――」
あっさり引き下がった彼女はそう言って一歩、君との距離をおいた。
「お姉さんにきつぅく、お灸を据えて貰いなさい」
「一分――」
ドアの向こうから、まるで地獄のそこから聞こえてくるようだったけど、声が聞こえた。
それから、二回、音がしたんだよ。
一回目の打撃音で、ドアがショットガンを喰らったみたいにひしゃげて、用心棒がへし折れた。
二回目には、蝶番をぶらぶらさせながらドアが吹っ飛んだ。
多分、彼女の誤算は、君のお姉さんのパワーを読み違えた事だろう。
蹴り飛ばされたドアはとどまるところを知らず、君たちの間を勢いよく転がって――風を起こした。
コダマさんの着ていたのは女子の制服だったから、つまり、翻るところがあるよね?
ん、君は今、言葉にならない"ときめき"のような物を感じたのだろうけれど、これは回想なんだ。
済まないが、僕は見えなかった、君には見えていただろう――それはもうばっちりとね。
……そう、残念そうな顔をするなって。
「み……見た?」
と彼女が聞いて、
「縦縞って――ありえねーだろ……」
きみは頷いた。うん、今君がしているような、幻滅した顔だった。
「この……愚弟があぁぁぁ――!」
ドア枠の向こうにいるのが君のお姉さんだと分かったのは、君の修飾と形容が全く正しかったからだ。
三年の体操着で、長身で、胸が出ていて――般若の形相をした女子が、ヤクザキックの体勢で立っていた。
今も身震いが止まらないほど怖かった。漏らしてないか気になったくらいだよ、本当に。
「ヘルマン――」
だが、君のお姉さんすら無視して、彼女――コダマ君は君のみみたぶをひっつかみ、
大きく息を吸い込んだ。何をするかが分かった僕は耳を塞ごうとして、間に合わなかった。
彼女は君の耳元に口を寄せて、叫んだ。
「記憶を……無くせえぇぇーーー!!」
……鼓膜、破けるかと思ったよ。
5/5 シバ
「……というお話だったのさ」
「はあ、そうすか――」
コダマの怪音波を間近に浴びた所為で記憶が飛んだらしい、とヘルマンが知ったのは、
日の入り前、保健室での事だった。
「ああ――! っていう事は俺、姉ちゃんをからかった記憶はないのに、どつかれるのか!」
「そうかな? 僕は違うと思うけどね」
「え……?」
「コダマ君の近くに、お姉さんも居たということさ。やっぱり君と似たり寄ったりの
状況になっていたから、今日の事は覚えていないだろうね。明日、なぜだか周りから
笑われるかも知れないのは、僕の責任ではないさ」
はは、と、その三年生らしき男子は笑った。
「ちなみにコダマ君は、君のお姉さんを送っていって、僕が此処に残されたというわけだ」
「あ、そりゃあ迷惑かけました」
「迷惑は――お姉さんに謝る事だね。コダマ君、という名前は珍しい気がするね」
「ああ、それなら」
男子の疑問に思い当たって、ヘルマンは説明を施す。
「コダマの本名は、マコトダニサエってんです。本人は"真実の谷に住まう冴えた女!"って
お笑いな事言ってますけどね」
「真谷冴――なるほど、谷の牙で谺(こだま)か……」
小さいから、声がキンキンよく響くんです。と付け加えるのも忘れない。
「さて、僕はもう行かなくちゃいけないんだけど、君はもう少し休んでいた方が良い。
多分、三半規管が相当ダメージを被っているから、ね」
「あい……」
さっきから体をまっすぐ起こしておくのが大変だった事に、得心のいくヘルマン。
「それじゃあ……」
「あ、待って下さい!」
赤く染まった廊下に消えていこうとする影――立ち上がって分かる長身だった――に、
手を伸ばして呼び止める。
「先輩、名前聞かせて貰っても良いですか?」
「芝崎――君たちのような素敵な由来は持たないから、頭二文字で普通にシバ、で良いよ」
「分かりました、じゃあ……シバ先輩」
「うん、さようなら」
軽い挨拶を残して、シバは夕焼けを受ける学園の空気に、そっと溶けていった。
>>◆vLN9sBRUZc氏
投下おつです。とりあえず
>>121-125は『無題』(仮)でwikiにまとめておいたっす、好きなように改題してね。
投下しまっせ
1/
高杜市――高杜駅裏の繁華街。
立ち並ぶ雑多な快楽の店先/鼻腔につく微香/備考:ドラッグの匂い。
本名不明の十代/自称=サブナックという事象/忌々しげな瞳に、陶酔の光を表して/煙を吸い込む中毒者【ジャンキー】。
ドラッグを精神では拒み肉体が求める/二律背反的存在。
「ハイにゃなれねぇ、質が悪い、混ざりもんの味だけだ」
虚ろな呟き、移ろう人並みに紛れ――雑踏に踏みしだかれる。
苛立ちまぎれの言葉は/紛れてもない怒り/歪む唇は、青ざめて、顔面蒼白/発言に撤回無し。
「欲しいりゃ金を出しな」
売人は嘲笑う/胸にナイフが生える/サブナックが突き立てた/くたばる前に身ぐるみ剥がされ、怪死体。
間抜けな死に顔に/「クソ食らえ」/浴びせる罵詈雑言。
血溜まりの池は、安っぽい洗い晒したジーンズの裾と/履き潰した出来が良いの贋作のバッシュを汚した。
しでかした事の大きさよりも気になるもの=ドラッグ/ハイになれるかなれないか=狂った十代の重大問題。
その前に逃走/警察は兎も角、密売組織から/逃走>闘争。勝ち目のない闘争をする奴=馬鹿。
平行四辺形の公式よりも簡単な方程式を組み立て逃げる/走り出した。
敷かれたインターロックを蹴り/流れる人の群れを一文字に切り裂く様に駆ける。
己の生命と未来的運命を賭けた/命懸けの駈け足。
辿り着いても路地裏の闇/紛れて息を潜める/密かな息遣いは荒く、全ての細胞は/酸素を求める。
「ヤロウ、何処に行きやがった!」
沢山の怒声は鳴り響く/土星まで。
奴等が手にしているのは/トカレルフの模造品/9パラをバラ撒くだけの粗悪品。
血染めの足跡を追跡して/さ迷う追跡者は、頭に血が上り/沸騰寸前。
「おい、此方だ、小僧」
サブナックは手を牽かれ物陰から雑居ビルへ。その間、三十秒ほど。誰も気付かない/気付いた者を抜かせば/誰もいない。
†
「相変わらず無茶をするんだな、ええ!? ナップザック!」
名前という識別記号を間違われ/サブナックは猛る。
「どうしても俺をカバンにしたいんだな、アムウェイ?」
アムウェイと呼ばれた男/二十代半ばの人生に疲れはて絶望した男は苦笑する。
「ハサウェイだ。お前こそ俺をマルチ商法みたいに呼ぶな」
×アムウェイ/○ハサウェイは、気だるげにソファーに身を投げる。
「お前もそろそろ真っ当になれ。いつまでもこんな事やってると死ぬぞ?」
2/
「棺桶に片足を突っ込んでる俺に向かって言う言葉じゃないな」
手にした幻想を誘う葉っぱを器用に紙でくるみ、口にくわえて火を着ける。
その異臭に眉をしかめて/跳ね起きたハサウェイは/窓を開けて強制換気。
入り込む夜の寒気を無視した/サブナックに喚起する/極上の歓喜。
「俺が死んだって悲しむ奴なんかいねぇ」
嘯くサブナックを襲う破裂音。ハサウェイが握り締めた拳を開いて/平手打ち。
くわえていた非合法のタバコは/ハサウェイに踏みにじられ/安物のカーペットに焦げ痕を残す。
化学繊維の焼け焦げた不快な臭いは/ドラッグの匂いよりも/鼻に付く/それでもハサウェイの物言いの方が鼻に付く。
「何しやがるんだ、テメエッ!」
凄むサブナックは、ハサウェイの冷たい氷の視線に気圧され、押し黙った。
「お前に死なれたら俺が困る。俺はお前の姉さんと約束したんだよ」
「今更保護者面するんじゃねぇ! 姉貴だってお前と結婚したから殺されたんじゃねえかっ!」
鎌首をもたげるサブナックの怒りは/ハサウェイの顔を歪めるのに充分な威力を秘めた弾丸だ。
サブナックの姉=本名不明×ハサウェイ。
ハサウェイ=サブナックの義兄。
導き出された/単純明快な模範解答。
「アイツが死んだ事について、俺はお前に弁解は出来ない。だが、俺はアイツにお前を任された。それだけだ」
自分を卑下したハサウェイの言葉に/反発/磁石みたいな/S極とN極。
「俺はお前の世話にゃならねえ!」
激昂し、唾を飛ばし、例えるなら――怒りは煮えたぎる熔岩。
「俺もお前なんかに義理立てはしない。死んだアイツに義理立てするんだ」
絡み合う視線は複雑怪奇な軌跡を描く/それは奇跡と言うには程遠い輝きは/輝石のそれと瓜二つ。
「お前の仕出かした事は解決してやる」
「金の力でか?」
「そうだ。金で買えるものは金で買う。それが俺のやり方だ」
突き付けられた言葉は/矛盾のない、極めて単純な真実。
「金の亡者が」
吐き捨てた言葉は、カビ臭い共産主義者が喝采を贈る/拝金主義=資本主義の否定。
「……金で買える物は大した価値はない。例えば俺の妻、お前の姉。アイツは、そこら辺で金を出せば身体も心も切り売りする女には及びも付かない存在だ」
“俺にはな”/付け加えられた言葉は/最愛の人を失い/人生に疲れ果て絶望したハサウェイの嘆き。
3/
サブナックが思い出した/姉の顔――笑顔ではない――姉の顔。
何かを訴えるような泣き顔/何か=サブナックを案じてる心。
「お前は――姉貴の笑顔を思い出せるか?」
「今は無理だ。お前が普通にならないとアイツは笑わない」
沸き上がる疑問=不可思議な問題。
「普通ってなんだ?」
自分では答えを出せない問題の答えを聞く/カンニング。
「さあな、お前が自分で見つけろ。俺は普通と言うものを探し出すのに疲れた」
「使えねえな」
響く嘲り/→サブナック。自重しない自嘲。
†
心臓を掴んで放さないドラッグの誘惑/官能と陶酔/断ち切る苦行は――自殺を考える程辛い。
ドラッグを欲しがる肉体VSドラッグから抜け出す精神/命懸けのデスマッチ。
ドラッグに蝕まれた身体と心を取り戻す為の更生【レコンキスタ】に要した時間=約半年。
虚無と良心が訣別し、疲労困憊を披露した/フィナーレ。
健康には程遠いが回復した肉体は、心に馴染むが軋み、痛む。
その痛み≠幻視痛【phantom pain】はサブナックを苛立たせる極上の起爆剤に他ならない。
だが、それもまた良し/是非に非ず。
†
「さて、気分はどうだ、サブナック」
「朝っぱらからお前の顔を見るなんて――最悪だ」
ソファーに身を預けたサブナックは緑の瞳を瞬きさせる/アクビを噛み殺す。
ハサウェイは無造作にテーブルの上に書類を置いた。
「お前には学校に行って貰う。その中で普通と言うものを探せ。此所は普通を探すには物騒過ぎる」
此所=非合法な商売人としてのハサウェイの基点。言葉通りに物騒でガンオイル/硝煙の匂いがキツい。
「ホントに今更だな。学校に行ってどうしろってんだ?」
「俺が知るか。もう子供じゃないんだから自分で考えて自分で行動しろ」
ハサウェイは議論にする事なく言葉を切り捨てる/事務的に。
「便宜上、お前は俺の遠縁。名前は――ケイジになる。偽造した本物の戸籍も用意した。」
告げられた名前=ケイジ・イツキ【樹木荊士】。
「サブナックなんて適当に取って付けた名前を捨てろ」
「名前なんてのはただの記号だ。どんなのでも構わないが――お前が俺の名付け親【god father】になるのだけは御免だ」
当人の前である事を憚らず唾棄する。
「そう言うな。この名前は――お前の甥に付く筈の名前だったんだ。アイツが考えた、な」
4/
突き付けられた言葉は/あの日、売人に突き立てたナイフみたいに/×サブナック/○ケイジの心の穿つ。
「お前は知らないだろうがな、アイツは双子を子供を身籠っていた。――ケイジにイツキ。生まれなかった子供の名前だ」
「不満は無いだろう」/続けられたハサウェイの言葉は温かく/それでも苦い。
「姉貴の子供の名前――俺の名前」
呟くケイジの瞳に湧き出る涙/拭うことをしないで/雫となってカーッペットを汚す。
「なんで俺にその名前を?」
「アイツが――ただ一つ遺した物だ。所有者は、俺とお前――お前の方が相応しい。」
荷物を手渡したハサウェイの顔は/暗いが/明るい/抱え込んだジレンマ=矛盾。
「さて、難しい話は終りだ。全部の手続きは済ませてある、とっとと学校に――高杜学園に行け」
しかし、ケイジは嗚咽するだけで動きはしない。
「細かい事はその書類に書いてある。さっさと行け! 俺は仕事があるんだ」
苛立つハサウェイは声を荒げ/恫喝する。
「あ、ああ。すまねえ、最後に、アンタと――兄貴と、仲直りしてえ」
ケイジは右手を差し出し求める/握手を。
ハサウェイはそれに応じることはなく/スルー/落胆するケイジ。
だがハサウェイは握手には応じないが/力強く、ケイジを抱き締めた。
久し振りに感じる人の温かさ/痛いほど感じる腕の強い力。
「――俺を兄と呼ぶのか、ケイジ」
「ああ、姉貴だってそれを望んでるだろ」
氷解した心/人としての再生/空っぽの殻を内側から破る/新たなる誕生/序曲。
ケイジは旅立つ/普通の世界/ひび割れた思春期を繕う/青春時代。
探し物=普通/足取りは軽い/鳥の羽根のように/風に身を任せて。
設定
《ケイジ・イツキ》…本名不明。偽名【樹木荊士】日本人。十代
《ハサウェイ》…本名不明。国籍不明。非合法の商売人。二十代
厨二マインド全開謎青春投下完了。
タイトルは↓でお願いします
TAKAMORIC scramble
scene-1 『empty shell/空の殻』
投下乙です。
すごく独特な作風ですねぇ。
続いて自分も投下します。
重いドアを押し開けると、眩い陽光が飛び込んできた。青空から降る強い日差しが、露出した腕に突き刺さってくる。
チャイムが鳴ったばかりだというのに、屋上は既に人でいっぱいだった。喧騒が広がる屋上は、宮野先輩と出会ったときと雰囲気が全然違っている。活気がある今の屋上と、静かな昨日の屋上は、別の場所みたいだった。
多くの制服の間をぐるりと見回し、先輩を探す。髪が長く背も高い姿はよく目立っていて、すぐに見つかった。
「ごめんなさい、お待たせしました」
フェンスに背を預けてぼんやりしている先輩に駆け寄ると、手を振ってくれる。
「私も今来たところだよ。と言うと、デートの待ち合わせをしてたみたいだな」
悪戯っぽく笑う先輩に、上手い返答ができず、僕は俯いてしまう。顔が熱いのは日光のせいだ、うん。
鞄を置いて座ると、先輩も向かいに腰を下ろす。微笑ましそうな表情が、ちょっと悔しい。
「ふふ、米倉くんは可愛いなぁ」
「……からかうんだったら、持って帰りますよ」
ふてくされて言ってやる。
ささやかな抵抗だったが、それは、先輩の表情を硬直させた。
「う、申し訳ない。からかうつもりはなかったのだが、調子に乗ってしまったか……」
ばつが悪そうに、先輩は頭を下げる。からかうつもりがないなら、余計に恥ずかしい。
でも、肩を縮こまらせて僕を伺う先輩を見ていると、そんなことを言う気は失せてしまう。僕は黙ったまま鞄を開けると、用意してきた弁当箱を差し出した。
すると瞬時に、先輩の瞳が輝きに満ちて、唇が笑みを形作る。
整った顔が喜色に溢れるまで、時間はかからない。つぼみが開花する瞬間みたいな、表情の変化だった。
満面の笑顔を湛えたまま、弁当を両手で受け取ってくれる。
「――嬉しいよ、ありがとう」
まるで、大好きな人から結婚指輪を渡されたときのような言い方だった。
だから僕の心臓が大きく跳ねてしまったのは、仕方ないと思う。
「あ、いえ。そんな立派なものじゃないんで、その……」
どぎまぎして、言葉が上手く出ない。
宮野先輩の魅力的な笑顔が、胸を心地よく刺激する。
そして、その刺激が、沢口への罪悪感を呼び起こした。
「と、とにかく、食べましょう!」
その両方を誤魔化して、はぐらかして、自分の弁当箱を慌てて取り出す。
「うん、いただきます」
僕が弁当を取り出すのを待ってから、丁寧に手を合わせる先輩。その綺麗な手で蓋を開け、露になった中身に目を落とし、そして。
「美味しそう……」
ぽつりと、呟いた。
弁当箱の半分にハンバーグと卵焼き、ポテトサラダにほうれん草のおひたしが入っていて、もう半分にはご飯が詰まっている。やや少なめなのは、先輩の食事量が分からなかったからだ。
「これ、全部米倉くんの手作り?」
「一応、そうですね」
「すごいすごい! 大したもんだよ」
先輩は、ハンバーグを箸で切り取って口に入れる。僕はご飯をつまみつつ、その様子を窺った。
視線の先、先輩は目を細め、幸せそうに咀嚼している。小さく喉を動かし嚥下すると、続いて、サラダ、卵焼き、おひたし、ご飯の順で箸をつけていく。
弁当箱を一周して、先輩は息を吐いた。
陰鬱な溜息ではなく、詰まった幸福に押し出された吐息だった。
「美味しい……」
その一言に、心がじんわりと温かくなった。
本当に美味しいと思ってくれていると分かる、呟きだったからだ。
「口に合ったみたいで、よかったです」
僕の口元が自然と緩む。先輩の喜びが、嬉しく思えた。
「うん。すごく美味しい。いいお嫁さんになれるよ、キミは」
「あはは、嫁ですか……。貰い手、いますかね?」
自嘲気味に返すと、先輩は面白そうに笑う。
「引っ張りだこだと思うよ? 可愛いしね?」
今度こそからかわれた。弁当を渡してしまった以上、僕に抵抗の術はなく、そっぽを向くしかできない。
でも決して、嫌なわけじゃない。
不思議と、嫌なわけじゃ、なかった。
C
◆
「ふぅ、美味しかったよ。ありがとう、米倉くん」
「どういたしまして。喜んでもらえて光栄ですよ」
弁当を平らげた僕らは、木陰でペットボトルのお茶を飲みつつ、屋上の喧騒作りに一役買っていた。
「正直な話、本当に作ってきてくれるとは思わなかったよ」
「そうなんですか?」
「うん。だって、初対面の相手が図々しい頼みをしてきたんだぞ?」
言われて、先輩とは昨日会ったばかりだったと思い直す。忘れていたわけじゃないけど、なんだか随分前からの知り合いだったような気がしていた。
だから、からかわれても嫌な気分にならなかったんだ。
こんなに親近感を覚えられるのは、みっともないところを見られた上で、先輩が僕を受け止めてくれたからだろうか。
あるいは昨日、同じことを望んで、同じ場所へ来たせいなのかもしれない。
似ているが故の、好感。
だとすると、先輩が泣いていた理由は何なのだろう。
気になるけど、聞けるはずはない。僕だって昨日、屋上に来た理由を話したわけじゃないのだ。
ちょっと嫌なことがあったと、そう話しただけ。
話せれば楽になると思いながらも誰にも言えないのは、やっぱり僕がヘタレだからなんだろう。
最近、思考がネガティヴな方にしか転がらない。下り坂を転がっていく石が、自分自身でブレーキをかけられないのと同じだった。
「もし持ってこなかったら、どうするつもりだったんですか?」
止められないマイナス思考から目を逸らして、尋ねる。
話をしていれば、気は紛れるはずだ。昨日の屋上や、放課後と同じように。
「そのときは学食に行くつもりだったよ。普段から学食だしな、私は」
「あ、そうなんですか。僕、実は学食使ったことないんですよねー」
「料理できれば使わないだろうね。でも、それは勿体無いぞ。生姜焼き定食は、是非食べておくべきだよ」
先輩は人差し指を立て、得意げに語る。
「地味ながら、うどんも美味しいぞ。濃くも薄くもない絶妙なダシの味は堪らない」
楽しそうな語り口に、相槌を打つ。確かに、行ってみるのは悪くないだろう。色々な味の料理を食べてみるのは研究になる。
……それに、昼休みに教室から出て行けるし。
「しかし、米倉くんは毎日自分でお弁当を作っているのか?」
「毎日じゃないですよ。たまにです、たまに」
「それでも偉いよ。私もたまには作ろうとは思うのだが、どうにも面倒くさがってしまってなぁ。寮生活も三年になるのに、お昼ご飯を自分で作ってきたのは片手で数えられるほどだよ」
ちびりとお茶を飲んで、先輩は苦笑いを浮かべる。僕は、さりげなく開示された情報に目を丸くした。
「先輩って、寮生だったんですか?」
「うん。中学までは他県にいてね。高杜に来たのは高校生になってからだよ」
そこで言葉を切ると、先輩は視線をフェンスの向こうに飛ばす。その先に見えるのは広大な敷地の学園と、高杜の町並みだ。
「――来てよかったと、心から思ってるよ。いいところだよね、高杜は」
一望して、呟く。
その声はまるで、かろうじて音を立てた風鈴の鳴き声を思わせるくらいにか細くて、夏の終わりに抱く切なさで作られているようだった。
思わず僕は息を呑み、宮野先輩の横顔を見た。
その横顔はとても綺麗で、でも、触れたら壊れそうな繊細さを持ち合わせている。
切れ長の目を眼下に広がる高杜へ向けながらも、先輩は別の何処かを見ていそうだった。
憂いを孕んだ目と、綺麗な横顔。
その姿には、見覚えがある。
昨日の宮野先輩と、よく似た表情だった。
ただ今は、瞼が腫れてもいないし目も潤んでいない。
それでも、何かきっかけがあればすぐに涙が生まれそうな顔で、彼女は遠く見ていた。
先輩は、胸に留まる靄を吐き出したいんだろうか。
それとも、心に刺さった棘の痛みを見せたくないんだろうか。
考えかけて、やめる。
分かるはずがないからだ。
もし、宮野先輩が僕と同じ想いでいるとしても、分かりっこない。
だって僕は、自分がどうしたいのかすら分からないのだから。
話したいのか、黙っていたいのか。捨てたいのか、抱えたいのか。
全然分からないから、結局心の底に仕舞いこんで、目を背けている。
考えるだけでも辛いから。目に入っただけで痛いから。時間の流れだけを頼りにして、僕は隠れている。
沢口から、隠れようとしている。
だから、
「宮野先輩」
綺麗で優しくて、悲哀を湛える先輩に、告げる。
考えなくてもいいと、逃げてもいいというように。
「また、弁当作ってきますよ。流石に明日は無理ですけど、必ず、作ってきます」
約束すれば、宮野先輩は笑ってくれると思ったから。
僕にはそれくらいしかできなかった。たとえ、傷を舐めるだけだとしても。
「……ありがとう」
先輩の表情が、緩む。
陰は消えも隠れもしないけど、確かに笑ってくれる。
それだけで、充分だった。僕のやったことは、やっていることは、間違っていないんだと思えてくるから。
――本当に、僕って最低だ。
以上、投下終了です。
『TAKAMORIC〜』
『夏の残り香』
どちらもGJ!!
>>TAKAMORIC〜
投下乙です−。
エルロイ文体がとてもクールです。
141 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/08(水) 09:43:56 ID:KJ4o5YH8
>>TAKAMORIC〜
投下乙。すげえw
>>夏の残り香
なんか安心した
(1/7)
…工業団地街は今、午後一時を過ぎを迎えた。
中天の眩い太陽に照り付けられた三嶽重工の生産ラインに、時刻を告げるサイレンが高らかに響き渡た。
昼食を終えてくつろいでいた数多くの工員たちが、それを合図にいそいそと各ラインへと戻ってゆく。
ある者は咥えタバコで、また別のある者は仲間の工員達と冗談を飛ばしながら。
それはこの街の日常の風景であり、極々当たり前のいつもの日常であった…。
■
…ここは高杜市西部、尼子地区の産業特別区。古くからの工業地域として、主に重工業などの製造業が盛んだ。
軍需産業としてかつては海軍の軍船を作り続けて栄えた高杜市は、日本の近代化とともに姿を変え続けた街である。
歴史深いこの街はかつては漁業と朱印船貿易で栄え、地道な内需拡大政策と積極的な殖産興業により、
幕藩体制の時代を通じて財政黒字であり続けた珍しい地域であった。
明治政府が樹立した後、この地域の豪商であり維新の功績者でもあった三嶽家が海軍の軍工廠経営を受託する。
それが現在の三嶽重工の母体となり、高杜市周辺は急激な近代化の波にさらされることとなった。
それはこの地域の繁栄をもたらす一方で、それと同時に何か大事なものを失ってしまったともいえる。
確かに高杜市は、未だ緑の濃い高見山や、黒潮の恩恵を受けた遠浅で良好な漁場が広がっている。
しかし高度成長期以降、風光明媚でのどかな姿は徐々に薄まり、大規模な開発とともにその様相を変えつつある。
その昔、高杜の海は豊穣の海として、その美しさを万葉集にまで歌われていたほどであった。
だが現在は西の海には巨大なクレーンが林立し、鉄とコンクリートで囲まれた灰色の海が虚しく広がる…。
■
…工業地区を貫く産業道路に人影が消えてゆく。
それと入れ替わるように、倉庫から製品や機械部品等を運ぶ大型トラックが散発的に行き交い始めた。
工場ラインが動き出すのに呼応するように、トラックは各工場の工廠に出入りし、また走り去る。
そんな忙しい尼子地区産業道路から逸れた小さなわき道に、一台の小型トラックが路肩に駐車した。
明るいイエローの荷台にはジュラルミンの荷箱が積載されていた、配送用のトラックのようだ。
車体には可愛らしい犬の親子のイラストが描かれ、その絵の横に 『中島運輸株式会社』とペイントされている。
そのトラックの運転席には、一人の初老の男がステアリングにすがり付いていた。
額は汗ばみ、手は震え、血走った目は大きく見開かれている。
(2/7)
「…安心してください。こうやってあなたが命を張ることで、娘さんは助かるんですよ」
初老の男の隣、小型トラックの狭い助手席には大柄の工員服の男が座っている。
工員服の男は、大柄な肉体を窮屈そうに動かし、運転席の男の肩に手を乗せた。
「田村さん、あなたももう末期がんで長くないんです。せめて娘さんだけでも救ってあげるのもいいんじゃないですか?」
田村、と呼ばれた運転席の男は怯えきった目で助手席の工員服の男を見返した。
頬や首筋の辺りの肉は落ち窪み、顔は土気色に染まっている。
おそらく循環器系の癌の末期なのであろうか、黄疸の浮き出た顔が痛々しい。
死相の浮き出た田村の顔はしかし緊張で引きつり、血走った目で工員服の方を見つめ返した。
しばし無言のまま、二人は見つめあう。
工員服の男もその視線を見返し、顔に大きな笑みを浮かべてみせた。
わざとらしい、どこか傲然とした笑顔…しかしその視線は刺すように鋭いまま、強張った田村を見つめ続ける。
田村の額に汗が浮き上がり、それが落ち窪んだ頬をゆっくりと伝い落ちた。
カーエアコンの温度は低めに設定されているにも関わらず、車内は陽射しのせいで蒸すように暑い。
「生命保険の受け取りの名義はちゃんと娘さんになってますよ、田村さん」
工員服の男は胸のポケットから、三嶽グループの関連企業である三嶽生命保険組合の書類を取り出す。
それを広げると、指先で保険金受給者の名前欄を指差した。
そこには田村の娘、田村京子の名前が書かれている。
被保険者には自分の名前が書かれてあり、死亡時の保険金支給額は最大1億円。
「だがね、牧村さん。本当に自己扱いで処理されるのか?そう処理されなければ、私は何のためにこんなことを…」
牧村とは、工員服の男の偽名だ。もちろん田村には本名など告げてはいない。
心配そうな田村の言葉を遮り、牧村は窮屈そうに身を乗り出した。
少し目を瞑り、田村の肩を軽く叩く。肉の落ちきった肩の感触が牧村の手に伝わった。
「なに、事故調査なんぞ幾らでも誤魔化せるんですよ。何せ『三嶽生保』は三嶽グループの出資会社なんですから。」
牧村はそう言うと、緊張する田村の横顔を見つめる。
「…安心してください田村さん。全ては一瞬で終わることです。」
彼らの乗る小型トラックの目の前を大型トラックが走り抜けていった。
巨大な貨物台には大型工作機械が積載され、サスペンションの軋む音がギシギシと響き渡る。
(3/7)
トラックが通り過ぎ、騒音が止むのを待って、牧村は言葉を続けた。
「娘さんの心疾患は可哀想だと思います。まだお若いのに。だけど手術すれば助かりますよ…必ずね」
そういうと牧村は書類を鞄にしまいこみ、腕時計で時間を確認した。
「それに田村さん。あなたが頑張れば、娘さんの今後のための資産を残してあげることが出来るんですよ」
牧村は振り返るとそう言い、田村の肩を叩いた…。
■
…田村の顔色は冴えない。
田村はC型肝炎に感染し、肝臓がんを発症、検診で発覚した時点で既に全身に転移し末期である、ということだった。
さらに先天性の心疾患を患う娘の京子の治療費のために、多くの借金もかさんでいた。
近年の業績不振の煽りを受け、三嶽重工の関連下請け会社は窮屈な経営を強いられている。
そんな中、田村の勤めていた阿保製作所は、信金と三嶽銀行から融資の見返りに大幅なリストラを突きつけられた。
田村はその際に早期退職制度の適用を申請し、つい三ヶ月前に退職。
が、その退職金も治療費やそのた借財の抵当のために、殆ど底をつきかけていた。
もはや生きる気力など、残っていなかった。
己の肉体を蝕む病魔が、強靭であった田村の精神をも侵し、崩れそうであった。
唯一、残された娘だけが、田村の精神をギリギリのところで支えてた。
…そんな折に今回の話が舞い込んできたのだ。
命を張れば、借金を全額チャラにした上に、褒章金と生面保険料を娘のために残せる、と。
――娘が助かる。
そう思った田村は、迷うことなくこの話に乗った…。
(4/7)
「…しっかりしなさい、田村さん。大丈夫。娘さんは助かります。手術の見込みも今回のお金でなんとかなりましたし」
牧村は励ますように言った。
田村はハンドルに突っ伏した。
(もう、京子には会えない。しかしこれで、京子は助かる…)
目頭が熱くなる…今まで誰にも見せなかった涙が、何故こんな時に溢れてくるのだろうか、と田村は訝った。
肉の落ちて細くなった肩が震える…こんな妖しげな男の前で泣くなんて、こんな弱い自分が情けなかった。
そんな田村の背中を、冷めた目で牧村は見下ろす。
牧村にとって、田村など道具に過ぎない…こんな"仕事"など、何度も彼は行ってきたのだ。
「じゃあ、田村さんここでお別れです。ご冥福をお祈りします。あと、娘さんの快気も…」
牧村はトラックのロックを外すと、窮屈そうにそこから出た。
軽く伸びをした牧村は、それから一度もトラックを振り返ることなく足早に産業道路の方へ歩み去って行った…。
■
ついに田村は一人になった。
田村の人生は今日、尽きる。
今日の午後四時に、田村は尼崎市北部にある住宅街の中にある佼成会傘下工藤組の組長宅へと特攻をするのだ。
田村が今乗っているトラックの荷台には、実に2トンもの軍用爆薬が積み込まれている。
田村はその時間に、在宅することが確認されている工藤道隆組長を爆殺するのだ…無論田村もろとも。
…田村は懐からウォレットケースを取り出した。亡き妻が生前に誕生祝いとして送ってくれたものだ。
その中にある家族写真を取り出して眺めた。
娘の京子が中学校に入学した日に自宅前で撮影したスナップ。
隣人に頼んでカメラのシャッターを切ってもらったものだ。
そこには田村自身と、3年前に病死した妻、そしてまだ幼さが残る京子が笑顔で写っていた。
その写真の中で、春先の柔らかな陽光を浴び、3人は心から微笑んでいる。
田村はその写真を取り出し、指先でなぞった。
そのまま泣いた。慟哭した。もはや戻らないあの幸せな日々を思って泣いた。
この写真が写されたまさにこの時こそ、かれの46年の人生の中で最高に幸せな瞬間だった。
――娘の京子だけは守ってやりたい。
それが全てを失ってしまった田村の最後の願いだった。
(5/7)
…それから約2時間後の午後四時、小型トラックは工業団地内の産業道路をゆっくりと走りぬけた。
県道に突き当たると、それを右折して北上する。
私鉄の車両基地を抜け、繁華街を通り過ぎると住宅街に入った。
新開発地域にはいわゆる分譲住宅が多いが、その先に広がるエリアは古くからの旧家が多い。
その中で一際大きい屋敷が工藤組長の邸宅だ。
何度も下見を繰り返して完全にルートを憶えていたため、田村は迷うことなくトラックを進めた。
既に涙は乾いている。
憔悴しきったさきほどまでの表情は一変し、肝臓がん患者特有の黄ばんだ顔の中で双眸だけはギラギラ輝いていた。
恐怖心を克服したのではない。
大量のモルヒネを服用することで彼自身が狂気に踏み込んだのだ。
既に彼の思考の中には娘の姿は無かった。
純粋な狂気、殺意。
それだけだった。
■
…初めに異変に気付いたのは工藤組組長宅の屋上で監視役をしていた組員だった。
見慣れぬトラックが不自然なほど速いスピードでこちらに向かってきたのが見えたのだ。
閑静な高級住宅街の中で、不自然なほどにトラックのエンジン音が唸りを上げる。
異常を感じた監視役は直ぐに無線機で門番のガードに連絡した。
1〜2分後には10名を越える組員が武装を終え、所定の警備位置につく。
おのおの組から支給された小銃やサブマシンガンを携えそれぞれ自分の担当部署で警戒態勢をとる。
高杜市周辺の利権を巡り、弘済会系の組織や朝鮮系の愚連隊組織の襲撃に備えていたものだ。
一人の組員が門から出て、道路をこちらに向かってくるトラックの前方に立ちはだかり停止の合図をした。
しかしトラックは停止せず、それどころかさらに速度を増した。
全く止まる気配を見せず、工藤組長の屋敷に向かう坂道を迷いなく突き進んでくる。
危機を察した組員は逃げようとするも、トラックはまるで虫ケラのようにその組員を踏み潰した。
(6/7)
「撃てぇっ!」
警備の組員の掛け声と共に一斉射撃が開始された。
閑静な住宅街にフルオートの甲高い銃声が轟いた。
銃弾は運転手とエンジンを狙い、トラックの前面に集中する。
トラックは特攻用に前面が強化されていた。
防弾ガラスが張られグリル周りには3cm厚の鉄板が張られており、そう簡単に破られるはずがない。
暗殺を確実なものとする為に牧村の所属する組織はそこまで準備したのだ。
だが遂には7.62mm小銃弾の集中砲火で防弾ガラスは破られた。
突き抜けたフルメタルジャケットは田村の胸元に何発も食い込み、腸を滅茶苦茶に引き裂いた。
「うらあぁー!」
田村は叫んだ。この世の全てに対してあらん限りの憎悪をぶつけるように。
さらに田村はアクセルを踏み込んだ。床板を踏み抜くほどに強く。
加速したトラックは、門前の詰所から逃げ出す組員たちを次から次へと踏み潰してゆく。
トラックは詰所を吹き飛ばし、鋳鉄製の巨大な門を突き破り、広大な庭を駆け抜けた。
逃げ惑う組員たちを吹き飛ばしながら、車体はついに屋敷の中へ突っ込んだ。
■
…運転席の田村は30発近い小銃弾を受け殆ど肉体が引き千切れていた。
しかし驚くべきことに田村はまだ生きていた。
ハンドルから顔を起こすと、生まれてから一度もしたことの無いような凄まじい笑顔で笑う。
もはや何も映さない瞳は、まるでそれ自体が輝きを放っているように爛々と輝いた。
口から血反吐を吐き出しながら大声で怒鳴る田村。
その田村に向かって、生き残った組員たちはさらに銃弾を浴びせる。
全く迷いなどなかった。後悔など微塵もない。
ただ今は殺意、それだけが田村の全てだった。
田村はもう一度凄まじい笑顔で笑うと、ステアリングに仕込まれた起爆スイッチに拳をたたきつけた。
その瞬間、大音響とともに屋敷は吹き飛んだ…。
(7/7)
…周囲100mにわたって住宅街は崩壊し、死者はじつに40名を越えた。
無論その死者の中には、工藤組組長の工藤道隆も含まれていた。
もっとも、残された僅か数本の歯の治療跡で確認されてやっと判別したほど工藤は粉々に吹き飛ばされていた。
また警察発表や報道では、特攻役を務めたの田村の名前は出なかった。
その存在を初めから隠蔽されていた上に、肉体は証拠も残らないほど完全に粉々になったからである…。
■
一方、骨肉腫と診断され愛知県豊田市内の病院で入院していた田村京子は、父親の爆死に先立つ2日前、
父親が奉職していた阿保製作所の親会社三嶽グループ系列の病院に転院していた。
田村京子の心疾患は、確かに正しい処置を行えば快気可能なものであった。
田村が命を賭して得るその金で、田村京子の命を救うことは可能であったのだ。
田村京子は主治医による診察の際、自らの心臓手術について同意をした。
既に保護者である父の同意書類も用意されていたため、京子は迷い無く、手術同意書のサインをした。
それが田村京子にとって死刑宣告書であることなど、彼女には知る由も無かった。
田村京子が手術室に運び込まれ、全身麻酔処置を施された頃に、直ぐ隣の別の手術室に2人の患者が入室した。
一人は末期の腎臓障害を持つ三嶽重工の幹部、もう一人は肝硬変になった地元選出の衆議院議員だった。
京子を含めた3人は同時に手術を開始した…。
■
…数時間後、三嶽重工の幹部は生体腎移植手術に成功し、衆議院議員は生体肝移植手術に成功した。
彼らに臓器を提供した田村京子はその場で密かに殺害、解体され、遺体は濃硫酸で溶解された。
同時に田村京子の入院記録もカルテも全て消去され、既に某筋から手が回って戸籍も抹消された。
■
…また、例の工員服の男「牧村」にも”仕事”の報酬が支払われた。
数日後、彼の持つ法人口座の一つに、三嶽生保から田村幸一の保険金総額1億円が振り込まれたのだ。(了)
青春モノでも恋愛モノでもなくてゴメンね。
気に食わなければ無視してくれていいよ。
150 :
「昼休み」:2008/10/09(木) 10:04:13 ID:icopYLR9
「…こういう怪文書って、どういう奴が造るんでしょうね…」
慌ただしい昼休み、城誠一は上司である三嶽マテリアル情報チームリーダーの筑波に言った。
「ヤクザ爆殺に臓器強盗。 病んでるねぇ…」
愛妻弁当を頬張りつつ、呑気な声で筑波が答える。
「『ライン』なんて書いてる所をみると関係者じゃないな。そういや、おまえ群馬工場でライン管理やってたっけ。」
「…『咥えタバコ』とかね。…あーあ。喫煙所まで、どんだけ歩かなきゃいけないと思ってるんだ。
「ま、重要度は低い案件と。岬くんメシから戻ったら、処理して貰おう。それより、明日高小の社会見学だ。」
「…娘、くるんですよ。用度から児童用ヘルメット百二十個…と。
齢六十を数える初号煙突は、今日もモクモクと高杜の空に、のんびりと白い煙を吐き出していた。
投下終了
やまなし おちなし いみなし
なんか・・・やたらとキナ臭い街になっちゃったんだな・・・高杜市・・・
おっとスレを間違えた
「シェアード・ワールドでハードボイルド」スレでしたか
ぶっちゃけシェアードスレにする必要性皆無だったねwww
終わったなw
勝手に終わらすなボンダリン野郎
実力的にもって…
ここの書き手さんを貶めてるみたいで嫌な表現だな。
伝奇ものであれだけ人が死んでるのに今更、という気もするがな。
個人的には、都会的冷酷さに満ちた計画犯罪よりは田舎的隠蔽体質に満ちた、
陰湿な共同体犯罪の方が高杜には似合ってると思う。
いや、別に陰惨な話が読みたい訳ではないが。
いやいや青春しろよ
161 :
青春テンプレ:2008/10/11(土) 14:26:06 ID:9yWV2Me4
「遅刻遅刻〜おくれちゃう〜」
どっしーん!
「きゃっ!」
「あ、ごめん」
「転校生を紹介する」
「「あーーー、さっきの!!」」
根本的に初代スレの
>>1の思惑とは全く違う方向に進んでる気がする
血生臭い話ばっか
>>157はいろんなスレにマルチで書き込まれまくってるやつだから気にしちゃダメ
主人公に動機に基づいた目的があり。
人間同士の対立やら試練や障害を乗り越えて
人間的に成長するのがストーリーの基本でしょ。
最後はハッピーエンドだけど、
それに至る過程にはどうしても不幸はあるので仕方がない。
ストーリーとして書かないなら全篇ギャグでいい。
美男美女が相思相愛で何の障害もなく結ばれる恋愛物と
容姿普通で顔を合わせるだけで喧嘩始める犬猿の仲がふとしたきっかけで変わる恋愛物
どっち読みたいですか?という話
…投下作に碌な感想レスもつけず今ごろ能書き垂れる手前等は馬鹿かね?
感想優先だかなんだかしらないけど、問題提起をむやみに切って捨てるような方針はスレとしてどうかと
ま、そうだね。
じゃ、スレを復旧するために、なにが必要か、話し合う姿勢を持っている人いる?
此処に一人。
>>170 乙。
もうしばらく待って話しあいましょうか。
他には?
172 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/11(土) 21:35:59 ID:WC7szz7g
他に人来るのかな。
一応見てるよ。
取り敢えず何を話し合えば良いのだろうか。
175 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/11(土) 22:08:48 ID:rBk/SU9W
1.明らかに先発書き手さんの意欲は低下してる。果たして連載続行の意思はあるのか?
2.初期に議論された超現実的要素の許容度
3.明らかに悪意によって世界観に悪影響を与える作品への対応
4.その他
だとおもう。
1.自分の書いた作品の出来がトホホなのでリセットしたい気分
2.青春物キャラの知らないところで起こっているのであまり関係ない。
3.青春物キャラがテレビやニュース、もしくは事件現場を見てぶっそうだなぁ、で終わり。
4.今のところは特にない。
こんな感じ。
177 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/11(土) 22:27:44 ID:rBk/SU9W
>>176 そういう事w
…しかしながら問題は、
1.だから青春物が動いていない
2.1の理由で主流が伝奇系に傾き、そしてそれが読み手書き手の拡散につながった
3.だからそのテレビをみてる青春キャラがいない
1.動かそうと思って青春物を書いてたけど自分の筆力に絶望して破棄してしまった。
2.ごめんね、伝奇物なんて書いてごめんね。
3.倹約三本立てで許して。
みたいな。
何の作品かは言えないけど色々忙しすぎて更新できなくてごめんなさいorz
>>175さんの返答には
1.一応続ける意欲はあります
2.自分の作品にはそうゆう要素はあまりないので関係ないかも
3.特に無いかと。関わりあいはないので
1.先発書き手さんというのがどのあたりの人を指しているのか分からないけど、一応青春物書いてる身としては書く気あります。
2.とんでもなく規模が大きくない限り大丈夫。絡まないだけ。
3.明らかな悪意を持ってるのが分かるんだったら、注意を促せばいいんじゃないかな。今のところ、悪意のあるものはないと思うし。
4.できれば、感想や反応がほしいです…
個人的にはこんなとこ。
また盛り上がってほしいものです。
181 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/11(土) 23:11:40 ID:rBk/SU9W
あららららw
1.先発後発問わず、やる気のある書き手さんは、とりあえず青春物語に精力的に取り組む
2.怪奇、伝奇系は極力既成の設定に準拠の上で、普通の日常に干渉しないよう心がける。(スルー推奨の明記、批判レスポンスは相談、感想スレで、等の誠意ある共存の為の配慮を)
3.黒歴史にしちゃえ
(まとめWikiに『黒い部屋』を作成)
4.とりあえず次の投下を全裸で待つ
みたいな
たまには青春メインじゃないのもありかもしれないけど、そればっかりになると別スレになっちゃうよな
注意書きは良いと思います。
(残酷描写あり)と表示しておけば嗜好に合わない人はスルー出来るし。
先般の無題作品の問題点は、残酷描写より、書き手が共有している一企業を唐突に邪悪な権力集団として描いた点で、今後この辺りもキャラクターと同じく、設定者におけるガイドラインが必要かも。
>>175 1.続ける気はあるものの、他のスレとの掛け持ちなので投下スピードは期待出来ない
2.死者、及び建築物への被害を極力減らし、規模を小さくするよう心掛ける
3.あまりに度が過ぎるようならその作品の設定を無視するのもやむを得ない
あんまりガチガチにして人がいなくなるのは寂しいな。
決めなきゃならないことがあるのは分かるんだけどね。
>> …投下作に碌な感想レスもつけず今ごろ能書き垂れる手前等は馬鹿かね?
以上の暴言を反省して撤回します。すいませんでした。
スレ再稼働に充分な意見が出たと思います。
焦らずマターリ行きましょう。
“あねもえ”
「アイス買ってきて、ハーゲンダッツね」
人が宿題をしていようがお構いなしにベッドに寝転んで(しかも俺のだ)マンガを
読んでいた姉は、傍若無人にも俺に命令してきた。
「やだね。俺、宿題してるし」
その一言だけで姉を無視して、俺は宿題を進める。宿題を忘れて大目玉を食らうのだけはいやだ。
「ねえ、アイス食べたいー」
と、今度は間近で声がした。間近なんてもんじゃない。背中にはポニョポニョした
柔らかい二つの何かが当たっている。さらに首に手を絡められて、温かい吐息を耳に感じる。
「ちょ、姉ちゃん! 何すんだよ!」
「だからさあ、アイス食べたい」
「アイスだったら冷蔵庫に入ってるだろ?」
俺はジタバタ暴れて姉貴を振り払う。なんでこの人は俺が勉強するのを邪魔するんだろう。
多分、アイスが食べたいからだろう。姉貴はそういうヤツだ。
「ハァ? なんで私がガリガリ君なんて食べなきゃイケないわけ? あんなのアンタ専用じゃん」
怨みがましい目で睨まれる。ガリガリ君のどこが悪いんだろう。
「とにかく。私はハーゲンダッツを食べたいの。だから買ってきてよ。――バニラね」
ああ、なんでいつもいつもこの人はマイペースなんだろう。
「だ、か、ら! 俺は宿題してるんだよ!」
「だ、か、ら! アンタにサービスしたじゃん!」
姉貴は頬をぷくっと膨らませている。アレをサービスと自信を持てるのは何故なんだろう。
でも、ちょっと気持良かったから否定はしない。
仕方ないから俺はお気に入りのデニムのジャンパーを取り出して袖を通す。
「買いに行くから金出しな!」
姉はキョトンとしている。まるで信じていたものに裏切られたみたいな顔だ。
「え? さっきのサービスに料金含まれてるよ? まさか足りない?」
しなを作って上目遣いで俺を見上げて来た。
「足りるも何もない!」
「アタシ今月金欠なのよぅ……。だから出して」
「出してじゃねえよ! 社会人が高校生にたかるな!」
叫びすぎたのか喉が痛い。母ちゃんが「「静かにしろ」って怒っている。
「分かった。じゃあこうしよう。私が大声で助けを呼ぶ。そして服を乱す」
「ハァ? 何言ってんだよ」
姉貴の言っている意味が全く解らない。どうかしてしまったんだろうか。
「つまり、この部屋には飢えたアンタと魅力的なアタシだけ。そしてアンタは私に……
アンダスタン?」
ああ、どうかしちゃったんですね、姉上。本当にどうしようもなくて仕方がない。
「分かったよ、もう! そんかわし貸しだかんな!」
俺は諦めてさっさとアイスを買いに行こうとドアノブに手をかける。
「ああ、このマンガの続き読みたいんだけど、ドコ?」
「まだ出てねえよ! つか、人の本棚を勝手に漁るな!」
なんで人が隠しているマンガを好んで読むのだろうか。小一時間問い詰めたい。
いや、そんな事をしたら実も心も持たないかもしれない。
「じゃ、ハーゲンダッツヨロシクね。ラムレーズンとストロベリーだからね」
「増やすんじゃねえっ!」
ああ、なんでこんな目に遇うんだろう、俺。嘆くと一滴の涙が零れ落ちた。
「姉萌えの弟持って幸せだわぁ」
――俺は姉属性じゃねえ!
《続く》
投下終了。
【キャラ設定】
有賀丁【ありがとう】
高杜学園高等部2年。いたって普通の高校生。ややオタク気味
有賀琉那【ありがるな】
OL。幸二の姉。スタイルは結構良い。普通な美人。性格に難あり。
GJ!!
…高杜にハーゲンダッツあったんだw
え、コンビニで買えるだろハーゲンダッツ
あねもえ 姉萌え…
別方向に危険な香り… とりあえず乙です!
“ろりもえ”
「よ、犯罪者!」
風が肌寒くなる黄昏時、下校途中に背中をどつかれた。
「なんで俺が犯罪者なんすか、絵梨香先輩」
俺は犯罪者呼ばわりされた怒りをこらえながら出来るだけ笑顔で振り向く。
――安城絵梨香。俺より一つ上で、コスプレ研究会なる謎の組織の人だ。
「この前……幼女と楽しげに街を練り歩いてたよね?」
否定はしない。
確かにこの前の日曜、俺は近所の女の子にせがまれて高杜モールの萬代書店に連れていった。
しかしそれがなんで犯罪者に繋がるのだろうか。安城先輩はニヤニヤと笑うだけだ。
「まあ、幼女に手を出すのはやばいよねぇ」
「だから手なんか出して無いですよ!」
人の神経を逆撫でるのが好きな、本当に仕方のない人だ。
なんだかんだ言うクセに自分の姿を見てみろと言いたい。
高校生なのに背は低いし童顔だし幼児体型だし――アンタと歩いてる方が犯罪者に間違われそうな気がするよ。
しかし小市民な俺はそんな事は言えない。
「まあまあ。私は口が固いから誰にも言わないよ」
意味ありげに笑う先輩の目が怖い。なんか変な企みがある筈だ。違いないと俺の本能がリフレインして叫んでる。
だから、きっぱりと否定する。
「あの娘とはなんともありませんて。ただの近所の女の子ですよ」
そう返した瞬間、針みたいな視線が突き刺さった。
「お兄ちゃん……その女は誰……? 私とは遊びだった……の?」
信じられない、と泣きそうな顔で赤いランドセルを背負った女の子が叫んでいる。
件の近所の娘、菱戸理恵ちゃんだ。
「あのー、理恵ちゃん? なにか間違えてないかな?」
何かが絶対間に違っている筈だ。自信は無いけど確信はある。
兎に角、俺は理恵ちゃんに駆け寄り肩に手をかける。しかし、その手は振り払われた。
「よくも理恵をォ!! 騙したなァ!! よくも今まで!! ずっと今まで!! よくもよくも理恵をォ!!
なんで あんなに……あんなに……。よくも騙したアアアア!! 騙してくれたなアアアアア!!」
理恵ちゃんの悲しい悲しい絶叫が響く。俺はか弱い力で胸をポカポカと叩かれる。
痛くはないけど、痛くないのがかえって痛い。
「理恵ちゃん……俺は騙してないよ……
そう。俺は騙してない。騙すも何も何にもない。だけど理恵ちゃんを落ち着かせる為に力強く抱き締めた。
「ホントなの? お兄ちゃん……」
理恵ちゃんは落ち着いたのか泣き止み始めた。しかし、絵面的にどうだろうか。
「ヒューヒュー。憎いねー、この女殺しーっ!」
予想通り絵梨香先輩が囃し立てている。本当にどうしようもなくて仕方のない人だ。
「なんなの……アンタ? ちびっこのクセに」
理恵ちゃんの言葉はある意味正しい。理恵ちゃんは小学校六年にわりには発育が良くて大人びている。
下手をしなくても絵梨香先輩と理恵ちゃんが並んだら理恵ちゃんの方が歳上に見える。
「ハア? 私が……この私が、ちびっこ?」
絵梨香先輩の表情が凍りつく。まるで、周りの空間が凝固したみたいだ。
「ああ、制服……? 小さいけどオバンなんだ?」
更に追い討ちをかける理恵ちゃんの瞳は笑っていない。冷たくて俺まで寒くなる。
鼻で笑い胸を張っつ見下す視線に、女の魔性を垣間見た感じだ。
「お、オ、オバ!? 言うに事をおいてこの悪魔っ娘……」
ギリギリギリギリ。歯軋りの音が聞こえる。ダンダンダンダン。地団駄の音も聞こえる。
「……女はね、好きな人の為だったら女神にも悪魔にもなれるの。そんな事も知らないの? ……可哀想な人ね」
なんか理恵ちゃんが物凄く怖い。明らかに絵梨香先輩を見る目と俺を見る目が違う。
「行こ、お兄ちゃん。また理恵にお薦めのラノベ教えてね」
「え? ラノベかい? 勿論だとも。次はどんなのが読みたい?」
ラノベ。俺の愛読書。お勧めを聞かれたら教えずにいられないのがオタクの性だ。
しかし、絵梨香先輩を放っておいても良いのだろうか。
理恵ちゃんは俺の悩みを知ってか知らずか、手をグングン引く。その手は意外と温かく、少し汗ばんでいる。
それになんか良い香りがする。リンスの匂いだろうか。
「ド畜生ゥゥゥゥゥゥゥッ! こんガキャャャャャャャャッ!」
遠吠えみたいな絵梨香先輩の雄叫びが背中に降りかかる。本当に大丈夫だろうか。
――次の日、校内で噂が流れました。とうやら俺はロリコンらしいです。勿論、事実ではありません。
《続く》
投下終了。
【キャラ紹介】
安城絵梨香【あんじょう・えりか】
高杜学園高等部三年。コスプレ研究会所属。色々な部分がミニマムでやや性格に難あり。
菱戸理恵【ひしど・りえ】
高杜学園初等部六年。色々な部分の発育がとても良く、大人びている。どうやら丁に気があるらしい。かなり性格に難あり。
質問。
高杜学園があるのは高杜山の麓?高見山の麓?どっち?
前スレ
>>73のensembleが初出だと思うんだけど、そこでは高杜山の麓となっている。
約一時間後に投下された前スレ
>>76の月刊観光玄人では何故か高見山の麓に変わっている。
ねえ、どっちが正しいの?
>>196 現時点では高見山麓が優勢。
高杜山及び高杜神社については今後の作品で位置付けられる…かと。
そうなんだ。
個人的には初出のSSより後出しの設定が優勢って言うのはかなり疑問。
シェアードワールドだとそういうのが当たり前なのかな。
そういうもんなんじゃないのかな
学園長も最初は普通に喋ってたけど今はババァ口調だし
各メディアのシェア系作品群の、そういう不整合が大好きな俺がいる。
201 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/13(月) 20:36:32 ID:k13aAKhF
あるキャラの名前と同姓同名の知人が居るので萎える
そいつはDQN
>>あねもえ、ろりもえ
投下乙です。弟君にはぜひともがんばってほしいものだと思います。
ハーゲンダッツ、ガリガリ君、学園長のサクマドロップといい、実在する商品などの
固有名詞というものはどのあたりまで使ってよいものでしょうか。
“公式×もえ”
「なぁ、有賀。これ読んで欲しいんやけど。……俺が書いてん」
始業前に隣の席の取江ららがおずおずと紙切れを差し出してきた。
疑問に思う事が三つ。
なんで彼女の一人称は俺なんだろうか。一学期は私、夏休み明けは僕、そして今日は俺。変わりすぎだ。
それに微妙な言葉遣い。昨日までは語尾に『なり』をつけていた筈だ。
そして、この紙切れの開けるなと言わんばかりの奇妙奇天烈摩訶不思議な折り畳みかた。
あまりにも謎過ぎる。
「今読んでええんやで?」
キラキラと目を輝かせて期待されても困る。
「えーと、何々……?」
一面にビッシリと書き連ねられているのは小説のようだ。
何処かで見た事がある主人公が何処かで見たような超能力で何処かで見たような組織を叩き潰して世界を救う。
何処かで見たような話だ。しかも微妙に同性愛らしき香りがする。ひょっとしたらネタなのかも知れない。
正直な話、何処を縦読みすれば良いのか悩む。ネタに真面目に返事して良いのだろうか。悩む。
「なあなあ、俺の自信作やってん。どうやった?」
「ああ、面白いんじゃないか?」
それなりに。そこそこ。或いはそういうのが好きな人には。
付け加えたい言葉が喉まで上がって来るけどゴクンと飲み干した。
「何処が面白いと思ったん?」
ざっと読んだだけなのに、感想を強要されるのはある意味拷問だ。
それでもどうにかしないとまずいだろう。
「あー、ラストの主人公と友人の会話シーンかな」
「あー、あれな。友達じゃなくてヒロインやねん」
「ああ、成る程」
「せや。ああ、成る程の仲なんや。うれしいわぁ、有賀もわかってくれるんやなあ」
俺が何を解っているんだろうか。
ああ、なるほど。アア、ナルホド。アアナルホド……。
解りたくなかった。なんで俺はどうしようもなく仕方がないんだろう。
取江は我が意を得たりとペラペラと熱弁を振るい始めた。神聖な学舎には不適切な方程式の説明を始める
攻めだの受けだの、日本語として間違っている対義語を懇切丁寧に使っている。
クラスメートは俺たちを変な目で見ている。そしてドン引きしている。
――いったい俺にどうしろと?
投下終了。
【キャラ紹介】
取江らら【とりえ・らら】
丁のクラスメート。普通に可愛いツインテール。重度の中二病発症者。趣味は痛い創作。物凄く性格に難あり。
>>202 『プリキュア』より『るーな』優先すべきと思うけど、その辺は書き手判断では。
>>203 連投乙!!
好きなノリっす。
短編投下
天気予報は見事に外れ、見事に秋晴れとなった日曜日、高杜第一小学校では賑やかに運動会が開催された。
祖父母のチームを相手に、甲高い歓声を上げながら一年生達が玉入れに興じるなか、会場である運動場の寂しい片隅で、
栗原奈津はたった一人
声援に沸くグラウンドを眺めている。
去年の今頃、奈津はバトンを握りしめ、このトラックを疾走していた。
『…楽しかったな… あの日は…』
あの日、劇的な逆転優勝に抱き合ったクラスメイトの何人かとは、今でも高杜学園の中等部で同じクラスにいる。
でも今では、みんな他校から中等部で一緒になった新しい友達に夢中で、ずっと奈津とは疎遠だ。
玉入れの終わった会場が、恒例の目玉競技である騎馬戦の準備にざわつく。
今年の注目は、『杉登りの童子』も務めた高少悪童軍団の大将格、二組の坂田剛率いる青グループだろう。
腕を組み傲然と敵騎を睨む後輩の姿に、奈津は、同級生のガキ大将だった時田仁を思い出す。
『…仁ちゃんは浜中へ行ったっけ。相変わらず、暴れてるのかな…』
「奈津じゃね!?」
その仁の懐かしい声が、出し抜けに後ろから響き、奈津は飛び上がった。
「わ!! 仁ちゃん!!」
振り返って見た仁は少し背が伸び、髪を明るく染めていたが、人懐っこい笑顔はそのままだった。
「…弟が四年生でさ…」
弁解するように言う仁に、兄弟もいないのに小学校の運動会に一人来ている自分が恥ずかしくなって奈津は俯いた。
「おまえ附属だろ!? 洋とか里奈とか元気か?」
洋はバスケ部期待の星だ。里奈は…
どちらとも、長く話していない。
「…うん、元気。」
曖昧に答えた奈津は、仁の手足に走る無数の傷や青痣に気付いた。
「仁ちゃん、まだ喧嘩ばっかり?」
「ん。ボロボロに連敗中。」
彼の入学した浜中学校は近年市内でも有名な不良校として悪名高い。
二小の腕白小僧との抗争で名を馳せた彼も、更に大きいフィールドでは苦戦中のようだ。
「おっ!! 剛のヤロー、警告食らったぜ!! 」
例年通り乱暴な騎馬戦を楽しげに鑑賞しつつ、仁は呟く。
「…とっとと俺が一年生シメなきゃ、後から来るアイツら片身狭いからな…」
仁がヒョイと、笑える位低い鉄棒に腰掛けた。
かつてこの鉄棒で、クラスのみんなに励まされ、逆上がりの特訓をしたことを奈津は懐かしく思い出す。
「で、おまえはどうよ?」
仁の質問に奈津はまた曖昧に微笑んだ。
「うん… まあまあ、かな。」
しかし彼女は、六年間荒っぽくクラスメートを統率してきた仁の観察力を過小評価し過ぎていることに気付いていない。
「嘘こけ!! 相変わらず退屈そうに、離れてみんなを見てるんだろ。 今だってそうだった。」
退屈そうに…
仁の言葉に奈津は驚く。退屈そうに。
人には、戸惑いに立ちすくんだ自分の姿はそう映るのだ。
レベルの高い高杜学園のブラスバンド部に経験もなく飛び込んだ志織。
いきなり美貌の三年生に一目惚れして、今も無駄なアタックを繰り返しているらしい純也。
この半年、彼らの後ろで、自分はただ『退屈そうに』立ちすくんでいたのだろうか?
「…去年もそーだろ? 俺がおまえのベストタイム知って引っ張り出さなきゃ、アンカー走る気なんかなかっただろ!?」
そうだ。鉄棒もそうだった。
『出来るまで帰さねーぞ。』
仁の言葉で彼らのクラスが学年で一番に『全員逆上がり』を達成した。
「…ま、それぞれだけどな。俺も今かなりヤベぇ。二年に睨まれたら正直ツラくてさ…」
しかし彼の目は生き生きと、後輩達の大乱戦を見つめている。
騎馬たちは必死の形相で、仲間すら顧みる余裕を失っていた。
奈津は気付く。
卒業、そして入学。
それぞれの道を歩んだ同級生たちもまた、未だ拳を握りしめ、目を見開いてがむしゃらに突進を続けているのだ。
その恐ろしい突進の瞬間に後ろを振り返り、
立ちすくんだ者に握りしめた拳を開いて差し伸べてきた者こそ、今隣りで鉄棒に凭れる仁だったと気付いて、奈津は仁と懐かしいこの小学校の六年間の日々に深い感謝と、そして別れを告げた。
今、奈津は高く青い空の下、あの山の麓にある自分の戦場を心でしっかりと見つめる。
「…綱引きに出てくださぁい!! 父兄の方、お兄ちゃん、お姉ちゃん、どなたでも結構でぇす!!」
放送係の割れた声が古びたスピーカーから響いた。
「行くか!?」
悪戯っぽく笑って仁が言う。
「うん!!」
奈津は大きく答え、二人は入場門に向けて思いっきり駆け出した。
END
投下終了
…どなたかWikiいじれる方、拙作『森を賭けて』もネタ短編なんで移動お願いできませんか。
投下します。
2‐3
「ちょっとちょっと御両人っ。何を黙りこくってるのよ」
俺と氷川先輩が並んで座っているテーブル席にウェイトレス……姿の雨宮さんが。
いつの間に着替えたんだ!?
「じゃんじゃじゃーん。そんな時にはコレよっ」
自らSE(サウンドエフェクト)を発しながら雨宮さんは六面に文字の書かれている
サイコロのような立方体をテーブルの上に置いた。
「何なんですか? コレ……」
まあ、聞かなくてもわかりますけどね。
「会話に詰まったらこのサイコロを振って出た面に書かれたテーマで話せばいいのよ。
これって物凄い発明じゃない?」
それどっかで見たことありますよ雨宮さん。まあそれはいいとして。
とりあえず転がしてみた。ころころころ〜
「こんなんでましたけど〜」
古っ。いつの時代ですか雨宮さん。
「えーっと……ヨーネンモナン」
なんじゃこりゃ……?
「それだったら多分私のほうが詳しいですね」
あ、氷川先輩は知ってるのか。
「あれ? もしかして蔵人君は知らないんですか?」
ん? 有名な物なの? 知らないと恥なのかな……
「あ、ああ、知ってる知ってる。でも俺はあんまり好きじゃないかな……」
「え!? 男の人なら誰でも好きだと思ってたんですけど」
それは性的な意味で……? 違うか。
「ほら、ちょっとこう何というか。俺は苦手なんですよね」
「そうなんですか……私、自信あるんですけどね……」
え? 何で残念そうな顔を? ますますわからなくなってきたな。
「あーあ。できれば見せたかったです……私の……」
「ひ……あ、雹子さん?」
「ごめんなさい。もうこの話題はやめましょうか」
俺は自分の無知を悔やんだ。そして俺の知らない世界がある事を悟った。
「いや、俺のほうこそ食わず嫌いしてたみたいです」
ま、何の事だかはさっぱりわからないのだが。
「なるほど。上手い事言いますね」
上手い事言ったのか? どこがどう上手かったんだろ。
「あ、そろそろ時間ですね。行きましょうか」
結局何のことだったのか皆目見当がつかないまま喫茶店を後にする。俺はちらりと
振り向き、看板を見る……
喫茶店の名は「マクガフィン」
2‐4
喫茶店を後にした一行は続いて映画館「シネマ・パラダイム」へ。
「これがいいんじゃないかしら」
氷川先輩に促されるままにチケットを購入する。高校生5枚で7500円か。あ、あれ?
全部俺が払うんですか? うーむ……しょうがないか。
『愛を中心に、世界はまわる』――女子中高生に中心に"アイセカ現象"を巻き起こした
超ベストセラー恋愛小説が待望の映画化。いや、何かのパクリじゃありませんよ?
注意:以降の記述で物語・作品に関する核心部分が明かされています。
不治の病により日々記憶を失っていく恭太郎と、ある事故により感情を失った恋人由良。
2人は高校卒業を前に旅行を計画する。旅行の当日、由良を迎えに行く恭太郎の前に
白血病で死んだはずの元恋人里佳子が現れて……それからなんだかんだ色々あって
最終的にハッピーエンドという内容だ。……とてもじゃないか正視できない。何がってそこは
皆さんの想像にお任せします。氷川先輩は面白かったと言ってたからまあ良かったのかな。
続いてゲームセンターへ。クレーンゲームでぬいぐるみを取るべし。という指示に従い、
ゲーム機の前へ。
……ぬいぐるみなんて普通に買えばいいのに。俺はあっという間に500円を失った。
「これ、穴に落ちない仕様なんじゃ無いですかね」
「そんなわけないじゃない。ほら、もう少しよ」
ちゃりん。うぃーん。うぃーんうぃーん。がしっ。うぃーん。うぃーーーん。ぽとっ。
あっ、もう少しで入りそうだけど、無理か……ん? 入った。すとん。
「あれ? 今、あきらかに不自然な落下をしたような???」
「ふふっ。気のせい気のせい」
氷川先輩がぬいぐるみを取り出す。青いトカゲのぬいぐるみだ。微妙に可愛くない。これ
なら美少女フィギュアのほうが可愛いだろう。人気なのかコレ……?
「今度はあの奥の奴狙ってみようかな」
あと一回分残ってたので次は緑のイソギンチャク(っぽいけど何なんだろう)を。
うぃーんうぃーん。うぃーんうぃーんうぃーん。がしっ。うぃーん。うぃーーん。
「あ。もうちょい。いい感じよ。がんばって」
がんばれと言われても機械のクレーンは自動的にこっちに戻ってくるだけですが。などと
心の中でツッコんでいる間に穴の上に戻ってきて捕まえた獲物を放す。イソギンチャクは筒
のふちに当たった。その瞬間、ちらりと氷川先輩の手元を見ると……ガラスの中に向かって
腕を伸ばしている。ヒジから先が消え、何かに押さえつけられたようにぬいぐるみが穴へと
押し込まれた。
「器用ですね。そんな事も出来るんですか」
「ええ。このくらいは」
俺は一応、店員が周りにいないのを確認して、緑のイソギンチャクを取り出した。一応
言っておくが、こいつも微妙に可愛く無いな。
そうそう。そのあと2人でプリクラを撮ったんだが、これって心霊写真になるのかな。
投下終了です。
投下乙です!!
次回をマターリ待っております。
>>たぶろいど!
喫茶店、映画館、ゲーセンと、高杜の街を歩いている感じがしてとても良かったです。
ただ、ヨーネンモナンが何なのかがわかりませんが。
GJです。
>>DASH!!
むずがゆくなるほどの青春ss乙でした。
しかし、このままでは仁君は県立高杜南工業高校への入学が
懸念されてしまいそうな……。
GJです。
218 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/17(金) 01:58:33 ID:+8JUmluL
えらい間隔あいちゃったけど、保管庫更新です。ほいほ。
いちおうageておこう。
219 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/17(金) 08:41:39 ID:a3UOTtaQ
更新乙です!!
“やんきーもえ”
「ああ!? オメーなにガンとばしてんよ?」
「やんのかゴラァ!?」
ラノベの新刊チェックを終えて萬代書店のドアをくぐった所で人相と頭の悪い二人組に絡まれた。
「い、いえ……そんな事はないんですけど……」
弁明しようにも小市民な俺はモゴモゴとした煮え切らない返事しかできない。
兎に角両手を上げて敵意がない事をアピールする。
「あぁ!? 聞こえねーなぁ “ボクゥ” !?」
「言いてー事があんならでっけー声で言わんかい!!」
二人組は俺を威嚇しながら値踏みするように睨んでくる。
正直チビりそうだ。
怖すぎて声が出ない。金魚みたいに口をパクパクさせるのが精一杯だ。
「ンだゴラァッッ!! 死なすぞ、あぁ!?」
――ベギィッッッッ!!
視界が真っ赤に染まる。涙が溢れてくる。どうやら顔面――鼻を殴られたみたいだ。
その暴力的な痛みに耐えきれずにしゃがみ込む。
――ドグシャアッッッッ!!
耳鳴りがする。と言うよりも、耳の感覚がない。側頭部を蹴られたみたいだ。
たまらずに背を向け頭を抱え込んで丸くなる。
そこからはよく判らない。ただ、背中が痛い。
殴られているのか蹴られているのか。
それとも両方なのか。
圧倒的な暴力の渦が俺を包み込んでいる。
「――やめて! あなた達、そんな事して恥ずかしくないの?」
聞き覚えのある声がした。まだ幼さの残る声。震えてはいるけれど、凛とした意思の強い声。
見上げると――理恵ちゃんが立っていた。
「へ〜ぇ、お嬢ちゃんがこのニーちゃんの代わりに遊んでくれんのか?」
「ボクたち乱暴だからお嬢ちゃん――壊しちまうせェ?」
理恵ちゃんは泣きそうだけど、勇気振り絞っている。
俺はどうだろうか。
――勇気を振り絞ってない。逃げてるだけの臆病者だ。
「ヤメロぉッッ!! その娘には……その娘には手を出すんじゃないッッッッ!!」
朦朧とした意識でふらつく身体を無理矢理立ち上がらせる。
「カッコなぁ、ニーちゃん。でもなぁ、オメー “死んだ” ぜ?」
「コッパがイキがってどーすンよ?」
二人組に俺はサンドバッグみたいに殴られる。
だけど、倒れる事はできない。守らなければならない大事な物がある。
「ドブルウォゥッ!!」
口の中は血の味で一杯だ。赤い視界が霞んできた。もうダメかも知れない。
――それでも、俺には、守りたいものが、ある。
コメカミに力強い一撃が入り、意識が手ですくった砂の様にこぼれ落ちていく。
二三歩後ずさって、倒れそうになった時――誰かに支えられた。
「 “!?” 」
二人組の表情が凍りついている。
「――お兄ちゃんっ!」
理恵ちゃんの嬉しそうな声が聞こえる。
「テメーらぁ……俺の弟になにしてんだ…… “ああ” !?」
視界の端に映るのは――理恵ちゃんのお兄さんの菱戸健作さんだ。
「い、いえ……別に……」
「あ、遊んでただけっすよ」
二人組の顔は恐怖で歪んでいる。
「テメーらのツラ……覚えたからよぅ……イクとこまでトコトンやンぞ!?」
ヒィッッッッと奇声を上げて二人組は逃げていく。健作さんはチッと舌打ちをしてその後ろ姿を睨んでいる。
「け、健作さん……すみません……ありがとうございました」
力が抜けた俺は経たり込む。
「お兄ちゃんっ!?」
理恵ちゃんが泣きながら俺に抱きついてきた。
「すまねーなぁ、丁。あいつらには“ケジメ”つけさせるからよ……これで勘弁してくれや」
健作さんは詫びを入れる様に深々と頭を下げてきた。
「“南工”のもんはよぅ……あんなクズみてな奴だけじゃねーんだ。
分数の足し算……いや、九九もできねーバカばっかしだけどよ……
男として“格好わりーこと”は許せねー奴もいるんだ。……それだきゃー覚えといてくれ……」
「は、はい!」
俺は素直に頷く。健作さんはちょっと乱暴だけど昔から筋の曲がった事が嫌いだということを知っている。
健作さんがそう言うならそうなんだろう。
「――立てるか?」
ハイ、と答えて立ち上がろうとするけど、身体に力が入らない。
健作さんはそんな俺に文句を言わずに背負ってくれた。
着ていたシャツが鼻血で汚れたけど、何一つ文句を言わずに、俺を背負って歩き出した。
「大丈夫? お兄ちゃん」
「ああ、大丈夫さ」
「ホント?」
「理恵、“男”が大丈夫って言ってンだ。心配すンじゃねぇ」
そう言えば、一つ気になる事がある。何故健作さんは俺の事を“弟”と言ったんだろうか。
「しかしよぅ、やっぱしオマエ……根性あるじゃねーか。理恵が選んだだきゃーあるな」
――はい?
「そうだよ。お兄ちゃんは理恵を守ってくれたんだよね?――やっぱり理恵のこと……きゃッ(はぁと)」
「丁よぅ……理恵だきゃー“泣かす”なよ!?」
小さな声で続けたれた「“泣かし”たら“殺す”ゾ!?」という言葉に俺はガクガクと頷く事しかできない。
――俺の人生俺には選択肢なしですか?
投下終了
【キャラ紹介】
菱戸健作【ひしど・けんさく】
理恵の兄。南工の三年で顔役の一人で妹想いの良いお兄さん。
GJですた
次回は何にもえるのでしょう?
>>220-222 投下乙でした。
健作さんイカすな。これは丁の人生決定かもw
さて投下します。
今日も放課後がやって来る。
誰もが喜ぶはずのその訪れに、僕は鬱屈した溜息を吐くしかなかった。
二学期に入ってからは、楽しいはずの放課後が憂鬱だ。
いや、放課後だけじゃない。休み時間も昼休みも、学校での自由な時間すべてに鬱を覚える。
だから僕は、鞄を手にとって席を立つ。敦彦に一声かけてから、教室からそそくさと出て行こうとしたとき。
「よーねーくーらーっ」
僕の陰鬱な心境とは対照的な、明るい声の女子が立ちはだかった。
「今日は逃がさないわよ。ほらほら、皆で遊びに行くよー」
ショートカットがよく似合う、快活な笑顔をした深谷真奈子が、肩を叩いてくる。運動をやってるわけでもないのに妙に力が強く、少し痛い。
それに気圧されたように、深谷から目を逸らす。木目の床を見ながら落とすのは、謝罪と否定の連なりだ。
「ごめん、今日もちょっとパスさせて」
言ってから、叱られる子供のように深谷を伺う。彼女は、不満そうに頬を膨らませていた。
「えー、なんでよー? お昼もいなかったし、付き合い悪いじゃん」
「えっと、それは……」
上手い言い訳が見つからず口ごもってしまう。まごつく僕に、深谷は小声で追撃をかけてくる。
「名希と、遊びたくないの?」
息が詰まるくらいに、致命的な一撃だった。その一撃は、僕から言葉や思考を奪っていく。
気付かれていて当然だ。あんなに不自然で気まずい様子を察知できないなら、相当の馬鹿だ。
そして深谷は馬鹿なんかじゃない。
だからその指摘は、されるべくしてされたと考えるべきだと思う。なのに僕は、対策も応対も取れず打ちのめされるだけだった。
歯切れの悪い僕に、深谷は溜息を投げかけてくる。そして僕の腕を掴んで踵を返し、大股で歩き始めた。力の抜けた僕の身は抵抗できず、つまずきそうになりながら、ぐんぐん引っ張られていく。
「な、何するんだよ……!」
答えずに、深谷はあっという間に僕を連れて教室から出る。
開け放たれた窓から眩い陽光が差し込んでいて、廊下に熱を与えている。湿度の篭った風が吹き込み、外の音を伝えてくる。
人通りの多い、放課後の廊下。
その壁際に佇む二人――岸原敦彦と沢口名希の前で、深谷は立ち止まる。
「米倉とうちゃーく。連れてきたよー」
「連れてきたって、お前なぁ」
困った用に応じたのは、敦彦だ。心配そうに眉尻を下げ、僕を一瞥してから深谷に向き直る。
「無理矢理連れてくるのはどうなんだよ。啓祐にだって都合とかあんだろ」
「……都合? そんなのあんの?」
深谷が、ゆっくりと振り返った。
感情の波や気配を取り払った、驚くほどの無表情を、僕に向けてくる。
「バイトとか、あるよな?」
深谷越しの敦彦が助け舟を出してくれる。でもそれに足を掛けるより早く、深谷が口を開く。
「今日はないでしょ。牧田君からシフト聞いたよ」
切って捨てるような口調は有無を言わさない。押し黙ってしまう僕を、深谷の両目が捕まえる。真っ黒な瞳は、心を見透かしてきそうだった。
その真っ直ぐさに得体の知れない恐怖を覚える。後ずさりそうになる意思を、なんとか踏みとどまらせるのが精一杯だ。
「啓祐だって忙しいんだって。俺みたいに暇じゃ――」
「あたしは米倉に聞いてんの。岸原は黙ってて」
深谷は完全に敦彦をシャットアウトし、僕から目を離さない。圧力のある視線に不機嫌さが篭り始めていた。
「予定あるんなら付き合わなくていいけどさ。何があんのか教えてくれてもいいでしょ?」
声のトーンが低くなる。静かに責めたてるような深谷に、僕は応じられない。
さっき教室で聞いた、深谷の囁きがトゲになって心に刺さっている。
予定も都合も用事もない。なのに一人で帰ろうとしたのは、やっぱり遊ぶのが嫌なんだろうか。
浮かぶのは疑問だけで、声が出ない。答えが見つけられない。だから無言を返すしかない。深谷の視線に晒されながら、口を閉ざすしかない。
ないない尽くしに、嫌になる。
廊下の喧騒は少なくなり始めている。そのせいで強調された静寂を破ったのは、深谷でも敦彦でも、僕でもない。
ずっと俯いて黙っていた沢口だった。
「あ、あのさ。わたし、用事あったの思い出しちゃった」
上げられた沢口の顔は無理矢理な作り笑顔だった。眼鏡越しの瞳は宙に向けられていて僕らを見ていない。沢口の声は、いつものそれよりも、必要以上に大きかった。
嘘だと、丸分かりだ。
「その、だから、ごめん」
沢口の視線が動く。揺れる瞳が、僕を捕捉した。
そして、もう一言。
「――ごめんね」
魔法の言葉を投げかけられたようだった。
思考と行動が、眼鏡越しの瞳と震える謝罪によって、瞬時に停止させられたからだ。
応じられず考えられず、ただ、思う。
どういう意味の『ごめんね』なんだろう。
どうして瞳が揺れていたんだろう。
疑問に思うだけの僕をおいていくように、沢口は、肩まで伸ばした髪を揺らして駆け出した。
離れていく小さな背中。それをただぼんやりと眺めて、僕は立ち尽くしてしまう。
「ちょっと、名希!?」
深谷が慌てて手を伸ばすが、遠ざかっていく背には届かない。階段を下りる沢口に目を向けて、深谷は苛立たしげに髪を梳いた。
「あー、もうっ! 今日は解散解散!」
言い捨てると、深谷も沢口を追って駆け出した。先生に見つかったら叱られそうな勢いで、彼女は下校する生徒の間を縫って走っていく。その後姿が見えなくなったとき、敦彦が舌打ちを落とした。
「ったく、勝手な奴め」
勝手、か。
それはきっと、僕のことだ。
僕の身勝手で軽率な行動のせいで、四人の関係がおかしくなってしまったんだから。
それだけじゃない。敦彦に心配をかけているのも、深谷を苛立たせているのも、沢口を傷つけたのも、全部僕だ。
ぶち壊しておいて、何とかしたいと思いながら、何もできない僕が、勝手じゃないなら何なんだろう。
悪いのは、全部僕だ。
だったら。
僕なんていない方がいいんだろうか。僕がいなくなった方が、皆が楽しく過ごせるんじゃないだろうか。
「あいつら行っちまったし、今日も男二人で帰るか」
笑いかけてくれる敦彦。
まただ。
またこうやって、僕は気を遣わせている。
誘ってくれるのはとても嬉しい。気に掛けてくれるのはとてもありがたい。
だけどそれ以上に申し訳なくて、一緒にいる資格はないように思えた。
だから、僕は首を横に振る。すると敦彦は、寂しそうに小さく肩を落とした。
「……そっか。ま、一人がいいときもあるよな。昨日も言ったけど、何か言いたくなったらいつでも言えよな?」
哀しげな微笑みを湛えたまま、そっと肩を叩いてくれる敦彦。歩いて立ち去る背中から、窓の外へと視線を移す。
窓枠から身を乗り出してみた。
セミが鳴いている。部活に励む学生の声が空気に溶けている。空は青く日差しは強く太陽は眩しい。
力強さを感じさせるその世界は、情けない僕の居場所じゃないようだった。
だから、窓枠から身を離す。
振り返った廊下は既に閑散としている。日の光に照らされたリノリウムに、僕の影が投げ出されている。
取り残されたような感覚に、思わず笑ってしまった。
僕なんて、こうやって一人でいるのがお似合いだ。そしたら誰も傷つけない。迷惑をかけない。一番の解決策だ。
やけに広く感じる廊下を歩く。日の当たらない影をなぞるようにして。
こつり、こつりと、無意味に足音を立てる。それに耳を傾けていれば、階段まで時間はかからない。
無人の階段を降りながら、その段数を数えていく。
一、二、三、四……。
踊り場が見えてくる。日の光が届かない踊り場は、廊下に比べて薄暗かった。
無人の踊り場を通り過ぎれば、もう一度階段に差し掛かる。なんとなく手すりを掴んでみると、やたら冷たかった。
最初から数え直しながら、降りる。
一、二、三、四……。
数字が増えるたび、こつりこつりと音が響く。生まれては消え、消えては生まれていく音。それは薄暗い階段の中、一定のリズムを刻んでいく。その音を聞いているのは、きっと僕だけだ。
一人だけになったような感覚。
もしも本当に一人なら、きっと傷つかない。誰も傷つけない。迷惑をかけない。
それでいい。それがいい。
いいに決まってる。
こつり、こつり。
……八、九、十。
階段を、降り切る。
足音も、止まった。
二階から一階へ降りただけだ。いつも繰り返している、余りにも日常的な行為。それだけなのに、異常に時間を費やしたように思えてならない。
陽光に照らされた廊下が真っ直ぐ伸びている。昇降口はすぐそこだ。
なのに。
僕は、階段に座り込んでいた。
薄暗くて、誰の気配もなくて、物音は遠くから聞こえる運動部の声くらいしかない場所。
世界の端っこがあるなら、きっとこんな場所なんだろう。
そこに一人ぼっちで、膝を抱えて蹲る。立てた両膝に顔を埋めれば、視界は闇に包まれる。
真っ暗な闇の中には何もない。だから、そこに記憶を描いていく。
楽しい、記憶だ。
敦彦が、深谷が、沢口が笑っている。
晴れやかで心から楽しそうな満面な笑顔を、湛えている。
皆、いい奴だ。
敦彦はさりげない気配りが上手い。敦彦が羽目を外しすぎたときはフォローするけど、僕だって何度もフォローしてもらっている。
深谷はリーダーシップに長けていて、行動力がある。僕と敦彦が沢口と仲良くなれて、楽しい時間が過ごせたのは、深谷がいたからだ。
沢口は何事にも一所懸命で、とても優しくて献身的な子だ。どんなに下らない話も真剣に聴いてくれるし、僕が困っているときは嫌がらずに手伝ってくれた。
本当に皆、いい奴だ。
だから。
だから、僕は。
――皆と一緒にいたい。たとえ迷惑をかけても、傷つけることになったとしても、傷つくことになったとしても。
今なら確かに言える。遊びたくないはずがない、と。
また皆で楽しい時間を共有したいんだ。
皆で笑いたい。皆で馬鹿をやりたい。皆で遊びに行きたい。皆で何かをやりたい。
バーベキューだって、本当はやりたいんだ。
そうだよ。それは間違いないんだ。
心が重く苦しいのは沢口にフラれたせいだけじゃない。
皆で過ごす楽しい日常を、この手で壊してしまったことが辛かった。
元通りにしたい。皆で遊べる日常を取り戻したいと思ってるにもかかわらず。
僕はその本心からも、目を逸らしかけていた。一人でいようとしたのは、その証明だ。
一人ぼっちでいる方が、もっと苦しいのに。
でも、過ぎた時間は戻らない。告白した事実は消えない。
どうしたらいい? どうすれば元に戻れる? どうすれば?
暗闇の中で自問する。手探りで答えを求め欲する。
何度も繰り返してきた。その度に分からなくて、悩むのが辛くて、有耶無耶にして、目を背けてきた。
そんなことばかりやっているから、何も解決しないし前には進めないでいるんだ。痛くても辛くても苦しくても考えろ。
何もできないと言い訳をして、逃げて、悩み苦しむヘタレな自分に終止符を打つんだ。
また、皆と笑うために。
胸を締め付ける夏の残り香を、振り切るために。
決意をすれば、日当たりのいい廊下だって眺められる。
痛みと向き合おうと上げた顔。正面を向いた視線が、一人の女子生徒の視線と、交わった。
僕はその人を知っている。
整った顔に優しい笑みを浮かべる、長身長髪の大人びた女子生徒。今日の昼、一緒にご飯を食べた人。
宮野明菜先輩の存在を知覚した、その瞬間。
頬が、急激に温度を増した。
以上、投下終了です。
感想スレで応援していると言って下さった方、ありがとうございます。非常に嬉しいです。
オリジナルの店、出そうと思ってますがしばらく挟めそうにないので気長に待っていただけると幸いです。
啓祐の内省的な一人称が心地よく、毎回楽しみにしています。
奇しくも別板にて、良く似たタイトルで同じく青春の葛藤を書いた者からGJ!!
0/ I and You.
事前の連絡もなく彼女――田野倉空はやってきた。
「ま、相変わらずだね、この部屋」
唐突な来訪者は玄関口に立って、挨拶もそぞろに散らかった部屋に対して感想を述べる。
「少しは片付けた方が良くないか? この剣幕じゃ男だって連れ込めない」
玄関で脱いだパンプスを揃えながら、「ああ、アンタが連れ込むなら女か」などと付け加える事を忘れずに上がり框を踏み上がった。
無精をして玄関で出迎える事をしなかった私は、寝そべっていたソファから跳ね起きてコイコイっと手招きをする。
緩慢な動作で足の踏み場が出来る程度に散らかっている本やCD、DVDのケースを端に寄せ、答えた。
「前もって連絡してくれたら片付けついでに模様替えだってしたのですけどね」
空はその間にウナギの寝床みたいに狭い我が家の廊下をすり抜けて、リビングに足を踏み入れる。
「私好みのパステル調にしてくれるならメールで知らせたよ」
「それは無理ですね。私、色盲だから色彩のセンスありませんし」
手をヒラヒラ振って答え、クッションを投げ渡して座るように促すと、空は座りもせずに部屋の片付けを始める。
彼女――田野倉空は数少ない私の友人だ。
長い黒髪が良く似合う和風な美人で、切れ長の目が特徴的。
だけど外見が醸し出す雰囲気とは裏腹に、物言い、言動共に男っぽく、はそのミスマッチが好きで、昔からずっと彼女を見つめていた。
彼女はそれを知っいる。そして、私が男嫌いの女好きである事も知っているだろう。
――多分、ひょっとしたらですけれども。
◇
窓を開けると涼しい風――、どちらかと言うと肌寒い風が入ってくる。
澱が沈んだ埃っぽい空気は嫌いだ。口を尖らせて文句を言う友人兼家主――木下槙を尻目に私は片付けを始める。
散らかってる本や雑誌を整理しながらカラーボックスに入れ、CDやDVDをケースに入れておよそ実用的ではない外見重視のラックに並べる。
ちゃぶ台代わりのテーブルの上の使用済みの食器類をキッチンに運ぶと、水分が抜けてパリパリに乾いた台布巾らしきモノに気付いた。
全く、と呆れながら蛇口を捻り、水で絞って再びリビングへ。
槙は相変わらずやる気なさげにゴミをまとめている。
「少しは分別しろよ。ゴミだって資源だ」
「そう言えば空ってエコの国の人でしたね」
私は槙の言葉に反応せずに、テーブルを綺麗に拭く。
乾いてこびりついた訳の判らない汚れをゴシゴシと綺麗に落とす。
さっきまで真っ白だった台布巾はすぐに真っ黒くなり、私は何度も洗う羽目になる。
三度ばかり往復すると、テーブルも綺麗になり、槙の方も粗方カタがついたみたいだ。
「なあ、掃除機は?」
私は汚くなった台布巾を丁寧に洗いながら尋ねた。
「掃除機は――その辺に」
指差した先には、この部屋の中でそれだけ綺麗でピカピカな掃除機がある。
「使ってないだろ、コレ」
見た感じ使った形跡が見られないソレを手にして私は呆れる。
口ごもりながらも反論しようとする空を無視して、私は掃除機をかけた。
ウィィィィィンッ、と調子良く掃除機はゴミを吸う。こんな良い物を使わないなんて宝の持ち腐れだ。
ケーブルが絡まない様に気を付けながら、テーブルをどかして隅から隅まで。
クッションをはたいて埃を飛ばす。
掃除機の頭を変えてタンスの上や本棚代わりのカラーボックス、埃が溜まっている所を綺麗にする。
槙は部屋の一角に置かれたパイプベッドの上に避難して寝転がっている。
その姿はまるで――猫だ。
色素が薄くて内巻きのクセっ毛で、毛先を揃えないショートボブ。
黒目がちな大きな瞳で、飽きる事なく私をじーっと見ている。
――今も、昔も。
◇
部屋が綺麗になると、空はようやく腰を落ち着けて座わった。
もぞもぞとポケットから何かを――タバコを取り出して、口にくわえると、灰皿を探してキョロキョロと見回した。
「ウチは禁煙なんですけどね、ホントは」
喫煙という習慣がない私の家には灰皿がある訳もなく、仕方なく私は先程分別した燃えないゴミ袋からコーヒーの空き缶を取り出して手渡した。
「悪いね」
火を着けて一息吸うと、私を慮ってか窓の方に向かって煙を口から吐き出した。
彼女はタバコのフィルターを噛むクセがあるらしく、口にしていた部分が凹んでいる。
「アンタ……気になる? 吸ってみる?」
「遠慮しておきます。タバコを吸うとお酒の味が判らなくなりますし」
彼女はふーん、と相槌を打ち、タバコを消して改まって私を見つめてきた。
「あのさ、アンタ……私と同居しない?」
同居。同じ部屋に一緒に住む事。――同棲?
私の心臓の鼓動がレッドゾーンまで跳ね上がる。
「同居……いつもいきなりですね、貴女は」
空は悪びれもせずに私の反応を窺っている。私にできる事は、努めて平静をよそおう事だけだ。
「まーね。ウチのアパート、取り壊しが決まってさ……行く当てがないんだわ」
二本目のタバコに火を着け、今度は輪っかみたいな煙を吐き出した。
「実家に帰っても邪魔者扱いされるしさ、頼むよ」
彼女の乱雑に物言いは、およそ人に物を頼むそれではない。どちらかと言えば私をからかうものに近い。
それでも、私は――。
「家賃と光熱費を折半なら。ああ、新しいベッドは私が買いましょう。二人で寝れるくらい大きいのを」
頭の中でパシパシと算盤を弾く。ダブルベッドは買える。家具類を一揃えするには貯金を卸せばどうにかなる。
ただでさえ狭い我が家が狭くなるけどそれは仕方ない。
「ん、まあ、アンタが揃えてくれるなら我が儘は言わないけど……センスが良いのを選んでくれよ」
――それはもちろんですとも。二人の愛の巣になるのですから。
◇
槙の反応は面白い。百面相みたいにコロコロと表情を変えながら、頭の中で何かを考えている。
多分真面目さ30%いかがわしさ70%ぐらいな割合だろうと、槙の性癖を知っている私は推測する。
仲間内では彼女の同性愛を知らない人間はいない。
まあ、無理を言って同居を頼み込んだ私としては、多少の事は受け入れるべきなんだろう。
――例えば、身体をくれてやるくらいの覚悟はある。
槙は高校時代に友達は少なかった。その原因は彼女の嗜好によるところが大きい。
「では、詳しい話はおいおいするとして、今夜は飲みません?」
彼女はぎくしゃくとした動作でキッチンに行き、ジンのボトルとグラス、ロックアイスを手にして戻ってきた。
「本当だったら氷にも凝りたかったんですけどね」
そう言いつつロックアイスをグラスに入れて、ジンをグラスに注ぐ。
ジンは緑のボトルが特徴的なタンカレー。王道のビーフィーターよりもクセの強いこちらの方が好みだ、とは槙の弁だ。
手つきは馴れたもので、さっきまでの不自然な動きは消えている。
「ストレート? ちょっとキツくないか?」
「あいにくと割る物を切らしていまして」
水割りにするくらいならストレート。それが槙の信条らしい。まあ、確かにジンは水で割って美味い代物でもない。
「ツマミは?」
「チョコレートくらいなら。お煎餅がありますけどジンには合いませんし」
酒に拘る彼女はツマミにも拘る。なければないで気にしないクセに、合わないものはトコトン嫌う。
キューっと一杯一息で飲み干した彼女は、顔を朱に染める。決して弱くないけど、顔に出やすい質だ。
空になったグラスを私に向けて振り、カラカラと音を立てる。
「わかったよ、飲めってんだろ」
促されて私もグラスを煽る。フルーティな香り、クセのある味が私の喉を伝って胃の腑に落ちていく。
冷たいクセに熱くてキツい、そんな味だ。
◇
飲めば飲むほどぐだぐだになっていく。私も空もアルコールに強い方ではなし、ツマミもチョコレートだけだから尚更だ。
チョコレートの甘くてほろ苦い味は、ジンに合わないでもない。だけど、そんなに多く食べれる物でもないから、空きっ腹にお酒が入る事になる。
潰れる前に、自然とささやかな宴会はお開きになる。
「お冷やでも飲みます?」
私はジンの空き瓶を片付けがてら空に尋ねる。
空は暑いのか胸元を弛めてパタパタと手を団扇代りにして扇いでいた。
「ん、飲んどく」
見えそうで見えない胸元にどぎまぎしながら、お冷やを用意してトン、と差し出すと、彼女はぐいっと飲み干した。
「それで、どうします?」
「どうするって何を?」
私はそれとなく、自然に空の隣に座った。そして、寄りかかる。
「これからの事、ですけど」
彼女は私を見る。まるで風景でも眺めるみたいに、無関心に。
「ああ、これからの事は明日考える。今はそこまで頭が回らない」
そう口にした空は、寄りかかった私を拒絶もしないし、受け入れてもいない。
押すべきか、引くべきか。悩むけれど、どちらかと言えば臆病な私はつい、引いてしまう。
「そう……ですか。それじゃあ、明日の昼にでも話をします?」
明日は講義は午前中だけ。たしか、彼女もそうだった筈だ。
マクガフィンで軽食を摂りながら話をするのが妥当な線だろう。
「それでも良いけど……ごめん、今日は泊めて」
本日二回目。私の心臓のリズムは16ビートになる。
「私は構いませんけれど……良いんですか?」
私はゴクリと生唾を飲み込んだ。彼女は私の気持ちを判っている筈だ。
それでも泊まりたいと言うのなら、私には止める術がない。
「良いさ。後に回すより早い方が良い――お互いの為にも」
彼女の吐息が私の髪を揺らす。お酒とタバコの匂いがするけれど、ゾクゾクするほど心地良い。
「それはつまり――私の気持ちを受け入れてくれると考えて良いんですね」
顔がやけに熱くなり、涙で瞳が潤むのが判る。感情を抑えたつもりでも、声が上ずってしまう。
「期待には答えるさ。私だって興味がない訳じゃないしね」
淡々とした彼女の答はなんだか無機質だ。興味本位での言葉であり、私が視界に入っていない。
急激に酔いが覚める。まるで冷や水をかけられた感じに近い。
冷めてしまった心と身体は、彼女から距離をおこうとした。
――私にだってそれなりのプライドと言うものがあります。
◇
感じていた槙の体温が感じられなくなった。温かくて気持ち良かったのに、何故だろう。
視界の端に拗ねたような槙の顔がある。その姿はまるでツンとすました子猫だ。
誰が飼い主でもない、と言外に語っている。
多分、私の物言いが気に障ったのだろう。
「怒ってるの、槙」
「知りません。たとえ知っていても教えてあげません」
一旦拗れると槙は機嫌を直さない。それは槙の持つ沢山の短所の内の一つだ。
でも、慣れてしまえばそれは可愛くもある。
「まあ、別に良いけどね」
私はそう言い捨てると槙をそのままにして服を脱ぎ始める。コットンシャツを脱ぎ、ジーンズを脱ぐ。
脱いだ物を丁寧に畳んで、そのままベッドに入る。
シーツに染み付いた槙の体臭で頭がくらくらする。それは、酔ったのが原因じゃない。
――さて、どうしたものか。
◇
空はベッドに入った。私は所在なく、ただそれを見つめていた。
スタイルの良い彼女の下着姿は眼福モノだけれど、私はそれに対してさほど感慨は起きなかった。
ただ、空の物言いが淋しかった。
「――槙、一緒に寝よう」
同禽を誘う空の声は私を通り抜けるだけだ。でも、私の中で変な感情が沸き起こってくる。
――否定されたら、肯定するように躾れば良いじゃない。
まあ、それはそうだ。最初は誰だって興味本意、禁断の味を知ってしまえば病み付きになる。
むしろ、病み付きになるようにしてしまえ。
「――電気消すから待って下さい」
私はゆっくりと立ち上がり、履いていたスウェットを脱いで電気を消す。
カーテン越しに街頭の光が入るから完全な暗闇にはならず、目を凝らせばどうにか見える程度の暗さだ。
「布団は一枚で大丈夫?」
「身体を寄せ合えば寒くはないかと」
私はベッドに入ると空に背中を向けてジリジリと近付く。
ゆっくりと、危機感を持たせない様に近付く。
間近に空の体温を感じた時、いきなりぎゅっと抱き締められた。
「ひぇっ!」
突然機先を取られた私は、間の抜けた悲鳴を上げてしまう。
「槙って柔らかくて気持ち良いね」
「そ、そうですか?」
しどももどろになりながら答えると、空は腕の力を強くしてきた。
リアルに、ダイレクトに感じる空の体温、息づかい、匂い。
それらは私の思考を麻痺させるには十分なほど凶悪だ。
「うん。なんだかこうしてると安心する。槙はどう?」
私は頭がグルグルして答えられない。
お酒のせいなのか、それとも空の柔らかさ、体温のせいなのか。
私は空の微熱帯びた身体を感じながら意識を手放し、気がついた時には朝だった。
――折角のチャンスだったのに、私のばか。
――To be continued .
>>ノクターン
雰囲気良すぎ!!
視点の変化に驚いたけど期待大です。GJ!!
239 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/20(月) 11:50:40 ID:LBZKObFK
GJあげ
新参だがどうすればいい?
>>240 SSが書きたいなら是非投下を!
そうでないなら、感想を書くというのは如何だろう?
>>241 設定をだいたい読んで来た
まだある程度自由に出来るのかな?
各作品の時系列をまとめられないかな。
しばらく忙しくて読めなくて把握がきつい。
SSの中に絡めようとすると、どうしても時系列の問題が気になってしまう。
明確に時期とか書いてない作品がほとんどだしちょっと難しいと思うな
自分で他の既存の文章と照らし合わせて問題ないだろう時系列を読み取りながら絡ませるしかないよ
お互い調節し合うことも可能だしさ
確か、夏休みが終わって新学期以降の作品が多かった気がする。
『森を賭けて』 有史以前w
『杜を駆けて』 発表順に8月末〜10月
『杜駆番外編』 漠然とした最近
『DASH!!』 10月
14日
『紫阿童子祭事』は今年は9月28日と独断で決定。
番外編で書いた二つの空襲は同一の空襲という事で昭和十九年七月頃。
基本的に今のところリアルタイム進行ですね。
248 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/22(水) 18:51:21 ID:j70I7Bod
なんていうのかな
凄く童貞くさい話ばかりの気がする
非童貞くさい話って逆にどんなんだよ
もし童貞に戻れたら… 青春物語なんて書かねえよ…
あげ
投下が途絶えた……だと……
俺が参加しようとしたから過疎ったのか!?
256 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/28(火) 02:29:17 ID:5xm47YVl
確かに童貞っぽいってのはわかる
いや、わからん
だから青春物語なんだし童貞っぽいもんだろう。
つーか、青春物は童貞っぽいと言い、伝奇物はスレ違いと言うのなら、どんな物を求めてるんだろう。
“こどもえ”
クラスの男子――逢瀬呂人ほか数名がスカートめくりなんてセクハラめいた悪戯をしてきた。
異性の体に興味がある年頃だから仕方ないと思うけど、なんだかムカつく。
お子様に興味を持たれても傍迷惑な話だし、出来れば近所の“お兄ちゃん”に興味を持って欲しい。
そんな事を考えてしまう私は我ながらかなりのワガママだと思ってしまう。
「……ガキね」
ニヤニヤしてる逢瀬を一瞥して自分の席にもどる。
「菱ちゃん大丈夫?」
心配してくれるのは綿貫舞夢ちゃんだ。太い眉毛をハの字にして泣きそうなな顔をしている。
「まぁーったく。アイツラは……」
握り拳で怒っているのは那園ゆんちゃん。逢瀬を始めとした男子をキッと睨んでる。
「理恵のパンツエロパンツー!」
逢瀬の腰巾着の太田昆が囃し立てて来た。
「お前ら、いい加減にしろよ!」
ゆんちゃんは怒鳴り返してビシッと指差す。ゆんちゃんはかなり気が短い。多分堪忍袋の緒は切れやすい粗悪品なんだろう。
「菱戸のエロパンツをめくるお前らは変態だ! 菱戸がエロパンツ履いてたら悪いのか?」
舞夢ちゃんはオロオロと慌ててる。涙を浮かべて泣きそうだ。
「菱ちゃんはエロパンツなの……?」
なんか違う。論点がスカートめくりの是非からエロパンツになってる。
私が履いてるのは白と水色のしましまスキャンティだ。決してエロパンツなんかじゃない。ブラはそれに合わせたい所だけどお兄ちゃんを悩殺する為にしてない。
間違ってるかも知れないけど、私にとってはそれが正義だ。
「お前らそこまでだ。俺が――判断してやる」
キラリと歯が光るような爽やかな笑顔で仲裁に入る男子が一人。
木津根大だ。さぁ、プリーズと指をワキワキと動かしている。
――意味が解らない。
私を無視して勝手に盛り上がっている面々を無視する事に決めた。
「――変態と話す舌はないわ」
私は笑顔で返してランドセルからパステルカラーのブックカバーの文庫本を一冊取り出す。お兄ちゃんに勧められた本だ。
doブックスと言うライトノベルのレーベルの本で、新人小説家の短編集――と言うよりは、競作的なアンソロジー集に近い。
読みやすいから読んでみなよ、と勧められたけど、読みやすくて何度も読み直してしまう程だ。
夏休みに作った押し花のしおりが挟んであるページを捲ると後ろに人の気配を感じた。
振り向くと逢瀬が後ろから本を取り上げようとして来たから私は取られないように胸に抱いた。
「エロパンツの次はエロ小説かよ?」
――大好きなお兄ちゃんに勧められた本を馬鹿にされた。
パリン、と私の中で何かが音を立てて弾けた。
「逢瀬、アンタ何がしたいのよ? 人に物を頼む時は土下座でしょ? ホラ、早くしなさいよ! 床を舐めなさいよ!」
「……え? ……ああ……うん」
「何が見たいのか言ってみなさいよ!」
「え……エロパンツ?」
「パンツ見たいなんて卑しい変態ね!」
皆が私を見る視線が違って来た。教室がざわざわざわめいている。
――何だか気持いいな。罵倒するのって。
【キャラ紹介】
逢瀬呂人(おうせ・ろと)
理恵のクラスメート。エロ1号。
太田昆(おおた・こん)
逢瀬の腰巾着。通称オタ。
木津根大(きつね・まさる)
逢瀬の腰巾着2号。
綿貫舞夢(わたぬき・まいむ)
理恵のクラスメート。太い眉毛がチャームポイント。
那園ゆん(なぞの・ゆん)
理恵のクラスメート。怒りっぽくて男勝り。
投下乙&GJ!!
…投下減って淋しい中、元気が出ました。
書き手さん達頑張って下さい。
童貞って言っても中2病の童貞という感じだな
一番青春君してる時期だし
263 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/29(水) 17:47:18 ID:n/HMh+ep
ただいま保守。
264 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/29(水) 19:30:47 ID:Egp2n34W
早く民主党に政権交代しないとアルツハイマー麻生のせいで日本の経済は無茶苦茶
麻生はチンタラしすぎ。リーダーの資質に欠ける。
2000年のITバブル崩壊のときの森並みの愚鈍な宰相だな。
麻生は、この経済金融危機・株暴落の最中、本当なら土日にインパクトのある緊急政策骨子をまとめて、
月曜の朝7時に緊急記者会見をやって発表するぐらいの姿勢を国民に示してくれるのかと思っていたら、
麻生が動いたのは月曜の昼からだからなwwwww
側近が土日のとりまとめを進言しても、
「土日は休みだよ、アキバの演説で疲れてんだから、一杯やらせてよ」
とかなんとか笑い飛ばしていたんだろうwwww
自民党政権、最後の命綱がプッツリ切れました・・・ご臨終です ・・・チ―――ン
在日はどこにでも沸くな
まとめ更新乙です。
ゆっくり収録作品読んで、スレの活性化を待ってます。
ここを見て
くすくす笑ったりドキドキしたりちょっとじんときたりw
楽しんでます
書き手さんたち、いつもありがとう!
童貞?
童貞って言葉大好きだな、約一名。
遥かなる道程
童貞の妄想力を舐めるなよ貴様
272 :
名無し・1001決定投票間近@詳細は自治スレ:2008/11/01(土) 18:44:25 ID:Hj4khL4a
>>271 確かに童貞の想像力は侮れない
童貞がオナニーするときに発揮される想像力は中々なものだよ
溢れ出る欲求をどう処理していくかという童貞の悩みを昇華させるのが童貞の妄想
世間知らずだろうと、身勝手でご都合主義だろうと、現実認識能力が欠如してようと瑕疵があろうと関係ない
あの熱く生臭いドロドロとした欲求を満たすために作り上げられた童貞ワールドにはそれを乗り越える魅力がある
プロの作家の人間だってブ男やブスがむちゃくちゃ多い
おそらく一般人の中に占めるブ男&ブスの割合よりもプロ作家の中に占めるブ男&ブスの割合の方が多い
モテなかった青春時代のトラウマを埋め合わせよと、勝手に美化した青春描いたりする
童貞期に鬱積する欲求不満がその後の想像の源泉になるってことは、普遍的真理だ
えらく童貞論で盛り上がってるなw
でもね、鬱屈したパワーは童貞だけでなく、メンタルな成長より早く、駆け足で性体験を持ってしまった者にも有るんだよ。
そつない出逢い、そつない肉体関係、そして別れ。もう、魂を揺さぶる恋は今も、過去にも無い…
ま、作品からそれを読み取るのは、至難の技だけどね。
中2病童貞の美しさと儚さは心を疼かせる。
そういう青春モノは年を重ねると直視できなくなるんだよ。
一年中シモのこと考えてるほど暇じゃないだろ普通w
それにしても急に投下が途絶えたな。
結構書き手さんいたと思うんだが、どうしちゃったんだろう。
(゚Д゚)ウボァー中でございますぅ
>>274 まず童貞っぽいのはこのスレなんかに書かれている青春モノなんかもいいけど
こういうのは全然いいんだよ
数年後、ちょっと赤面するくらいが関の山
やっかいなのは、変に背伸びをして大人びたことするヤツ
それが典型的な中二病だ
尾崎豊病とも言うらしい
>>275 童貞っぽいというのは、このスレの作品への最上級の褒め言葉だよ
シモのこと書いてる作品あるか?
性根の腐った腐れ女みたいにネチネチ言わずに
どの変が尾崎豊病なのか指摘してやれよ
多分お前の思い違いだから
六海「どぅも、松田六海でっす」
小金井「あ、あれ、松田さん、女の子? 学園長これは一体?」
学園長「小金井には言わなんだが、松田家は忍びの一族なのじゃ」
六海「銃とか術とかピッキングとか、普通一般人には出来ないよねー」
小金井「犯罪じゃないですか! 盗んだバイクで走り出しますよ!」
小金井「じゃぁ、あの死闘は一体……」
六海「どのくらい不死身になったか試したかった、今では反省している」
弦蔵「剣の道を諦めさせるには丁度よいじゃろ」
小金井「かませ犬!?」
蓼島「学園長、今日もボランティアで空き缶集めましたぜ、スタンプくだせぇ」
学園長「うむ、ウサちゃんスタンプを3つ、黄泉路へ還るまで残り善行998個じゃぞ!」
蓼島「イヤッホー、1000切ったぜお前らぁ、成仏できるまであと998個だ!」
屍喰鬼「「ウォーッ!!」」
小金井「死にたかったの!?」
六海「さっきからツッコミ過ぎよ小金井君! そんなにツッコンで!……いやらしいんだから!」
山姫「すけべ」
小金井「やめてくださいよ、そういう言い回し」
六海「まぁ、君と私は一応許嫁だから、遅かれ早かれ突っ込むんですけどね」
小金井「僕の同意は無視ですか、そうですか」
六海「お前のようなイイ男をこの私が逃すわけなかろうッ!!」
小金井「せっかく復学したのに留年してまで僕と同じクラスにならなくても……」
六海「両親が学園長を裏切り、家禄没収、お家断絶になりかけ……御姉様の不幸を知り涙を流す、私は哀れなシンデレラ(目薬)」
小金井「松田さんも大変だったんですね」
六海「六海、と呼んで旦那様」
小金井「何でそうなるんですか……」
六海「ならば実力行使あるのみッ! この貧乳の前では手も足もでまい童貞めッ!」
小金井「ギャーッ!」
山姫「かぞくがふえたよ」
学園長「やったね、山姫ちゃん」
完
ここには尾崎豊的のはいないよな。
確かにおまえの勘違いだ。
童貞じゃなくて少年の真心の持ち主たちということでいいだろ。
相手の目線になって考えてあげるけど、生活に金は出さないガキ
>>280 『普通の日常』また読みたいなぁ。
伝奇嫌いな人もいるみたいだけど、『海の向こう側』とか、再開してほしい。
>>283 伝奇物お断りみたいな雰囲気になっちゃったからなぁ。
個人的には歓迎なんだけれど。
伝奇嫌いな人はスルーなり、感想スレで愚痴ればいいんだし、(書き手的には辛辣でも作品批評は有り難い)あらゆるジャンルの投下待ってます。
いやいや、一応最初っから大体の方向性が定められてるんだからさこのスレ
そういう無節操なこと勝手に言うのやめてくれよ
完全な伝奇物書きたいならそういうスレたててやりゃあいいじゃん
度が過ぎたものとか、明らかに場違いな伝奇ばかり増えたから叩かれる流れになったんだろ。
超人ばっかりバトル物とか、陰謀渦巻くダークな街高杜とか、そういうのばかり出てきて、初期作品群とのギャップが大きくなりすぎてた。
ある程度内容をセーブしたものなら普通に歓迎されてたよ。
ざっと読み返してみたけど、誰も「伝奇物は嫌い」とか「伝奇物お断り」なんていうレスはしてないぞ。
「やりすぎだ」とか「血なまぐさすぎる」とか「これ全然青春じゃない」みたいな意見はあったけど。
スレタイをきちんと意識して、他の作品や街の雰囲気との摺り合わせさえちゃんと出来てれば、伝奇物だろうが問題ないでしょ?
柔らかな夕陽が優しく高杜の街を包み込んでいる。学校の門の前で、彬は歩む足を止めて、空を仰ぎみた。遠くの
空から群青色が段々とこちらに靡いて来るのが見える。そうして茜色の空を侵食して行き、次第に色彩は黒に近付い
て行く。彬はその光景が濁っているようだと思った。夕陽が綺麗だと一般的に云われるのは何故だろうとも思った。
空はこんなに汚くなる。まるで絵具を滅茶苦茶に掻き混ぜているかのようである。彬はこの空を綺麗とは思わない。
ただ、太陽だけは、綺麗だと思っている。
行くか、と一人呟き、彬は遂に空から目を外して歩き出した。ところへ、ポケットの中に入れている携帯電話が振動
した。先刻までは委員会に勤しんでいたから、電源は切っていたのだった、と思い出し、彬は電話がかかってきたの
か、メールを受信したのか、どちらとも云えぬ携帯電話を取り出して、画面を見る。そこには、一通のメールが受信さ
れた事を示し出すように、封筒のアイコンが点滅して自己主張を続けていた。
「今日は早く帰って来なさい。理由は敢えて云わないけど、とにかく早く帰って来てくれないと困るから。どちらにし
ろ遅くなるんだったら晩御飯は作らないから、自分の身の為にも早く帰った方が好いかもね。」
メールの中の文章にはそんな事が綴られていた。差出人は云うまでもなく琴音である。彬は一人溜息を足元に落とし
つつ、何で自分が脅されないといけないのかと思案している内に、晩飯が恋しくなって、しょうがないと自分に云い聞
かせながら歩き出した。空はもうすぐ漆黒に包まれる時分である。群青の空は茜色の空を侵食する。太陽の威厳が、月
の優雅さに打ち消されようとしている。彬はその関係と同様に、自分にも大きな変化が訪れるのではないかと、人知れ
ず危惧した。が、その危惧も所詮は勘である。大して気に留めるような事もせず、飽くまで気楽な足取りで帰路を
辿って行った。
◆2
高杜神社は山の麓から、比較的長めの階段を登った先にある。その神社の離れ――とは云ってもそれなりの距離は
離れているが、それが彬が住まう家である。祖母が逝去してからは、色々と世話になっている琴音の家に近い方が何か
と都合が好かろうと、琴音の両親が提案したのである。彬もその好意を蔑ろにする事なく、その提案を受け入れた。
それから彬は神社の中の住人となった。故に、自室へと戻る前に、彼は晩飯の相伴に預かるべく、琴音の家に赴くの
である。
「ただいま」
見慣れた戸を開き、家の中に入ると、真先に迎えたのはエプロンを身に付けた琴音であった。珍しく慌てた様子で、
お玉なぞを片手に持ちながら、玄関の前に躍り出たものだから、彬は呆気に取られてしまった。
「おかえり! 早く入りなさいよ!」
云いつつ彬の手を引っ張り、琴音はどんどん歩を進める。何が何なのか分からないまま、彬は引き摺られて行く。
居間を横切った際にその光景を見た琴音の両親は互いに顔を見合せながら、穏やかな笑みを見せる。そうしてあまり慌
てるなと柔らかに注意したが、その時には既に彬と琴音は二階へと続く階段を上がっていて、注意も耳に入っていなかった。
「琴音! 琴音ったら!」
「いいから早く来なさい!」
急な階段を駆け上がりながら、漸く彬は抗議の声を上げる。が、それを一寸も聞き入れてくれない琴音はやはり彬の
手を強引に引いて行く。此処で進行を拒絶すれば事故は免れないと彬は判断し、仕方無く引っ張られるがままに付いて
行った。――そして、琴音が足を止めた時には不必要な疲労が足に溜まってしまった。目の前には見慣れた扉がある。
彬はこの扉の中が琴音の部屋だという事を知っている。だからこそ何故慌てて連れて来られたのか分からないでいた。
「はぁ……一体どうしたんだよ」
「細かい事気にしないで、取り敢えず入って」
先刻からことごとく問いに答えてくれないので、既に諦念の感を感じた彬は仕方なしに扉の取っ手に手を掛けた。
よもや害虫の類が出たから退治して欲しいなんて事ではあるまい。だとしたら何があるのだろうかと、彬は様々な
猜疑を持ちつつ、遂に扉を開けた。――果たして、そこには彬と瓜二つの顔をした一人の少年が、彬と同様に驚いた
顔をして、そこに立っていた。眉の形、目の形、鼻の通り方も唇の色も、肌の色白さまで、全てが酷似している。
ただ一つ違うのは、茶に染まり、整髪料で盛られた髪の毛である。多少の変化はあれど、彬には一目でその人物が
誰なのか察する事が出来た。
「翔! お前なんでこんな所に居るんだよ!」
「はは、色々とあって、こっちに戻る事になっちまったんだよ」
軽く笑って見せて、彬と翔は互いに抱き合った。
琴音はそんな微笑ましい光景を、微笑を湛えながら眺めている。
「全く、相変わらず仲の好い双子」
呆れたように云われた言葉も、優しい響きを持っている。
そうして、双子の弟、藤堂翔は、唐突に彬の元へと現れた。
空は漆黒に包まれている。ただただ純粋な闇は、漸く彬の情操を刺激するが、現在の彼にそんな暇はなかった。
――続
【藤堂翔(とうどう しょう)】
・彬の双子の弟。
・茶髪で髪の毛を盛っている。一見不良、というよりはチャラ男、でも彬と同じ童顔なので怖くない。
・ある理由があって高杜に戻ってきた。
物凄く久し振りなんで覚えている人居ないかも。
これからも時間が出来次第投下するつもりです。
GJ!!&お帰りなさい。次回投下、首を長くして待ってます。
…高杜もだいぶ様変わりして、翔も驚いているでしょう。
293 :
名無し・1001決定投票間近@詳細は自治スレ:2008/11/08(土) 04:58:56 ID:TheFhTkI
名前がいちいち知能低そうなのは作家のセンスか?
DQNのガキなみの名前だな
>>『Twin』 久々の投下乙です。
そういやここのテンプレ、『煽り、荒らしはスルーで』って注意事項抜けてたな…
295 :
初夢縁起:2008/11/08(土) 17:33:41 ID:ru2hO2xp
20KB短編です、投下します
296 :
初夢縁起:2008/11/08(土) 17:34:15 ID:ru2hO2xp
モテたい それは男の本能。しかし――モテる男の草葉の陰で、モテない男の存在があった。
早朝の高杜街を朝靄が包み、1人の男が自宅から現れる。
外ハネした髪に鋭い眼光、制服を着崩した端正な顔立ちの少年「鷹野」は、ピアスをつけた左耳にイアホンをつけ
ipodに流すお気に入りの楽曲をリピートする。
その時、隣家の住人、いわゆる典型的な隣のお姉さんとも言うべき女性が大慌てで
飛び出してくると、偶然 鷹野と自宅前の道路で出くわし、彼女から声をかけられる。
「お早う御座います、今日もあったね」
「お、お早う御座います」
2人挨拶を交わすと彼女は鷹野の顔を見つめ、ぽぅっとした表情でただ立ち尽くしている。
しかし、そこは彼女いない暦=年齢である鷹野が察知できる筈もなく。
一礼するとスタスタと通学路を歩き出す。
学校へ向かう途中のバス停前、一人の男がベンチへと座っている、整えたストレートの髪に柔和な顔立ち。
ラフな鷹野とは違い、高杜学園の制服をきっちりと着込む優等生「藤峯」は懐から手帳を取り出すと、さらさらと予習を始める。
バス停に同じ高杜の女生徒が現れ、藤峯の隣へと座り込む。
バス停のベンチは広いにも拘らず、藤峯に密着して座る少女は頬を染め俯いたまま、
藤峯を顔を合わせようとしない。
「相楽さん、今日はお早いですね」
「え、ぁ……はい、何で私の名前?」
「学級委員ですので、一通り同級生の名前は記憶しているんです
お気を悪くされたのなら、申し訳ありません」
しどろもどろに返答する彼女の顔が真っ赤になり俯きながら唸りだすと、藤峯はまた失敗してしまったという様子で
手帳を胸元に直す、そこは彼女いない暦=年齢である藤峯が察知できる筈もなく。
遅れて現れた鷹野と2人でバスへ乗り込み、隣同士で座る。
297 :
初夢縁起:2008/11/08(土) 17:34:48 ID:ru2hO2xp
「藤峯、モテたいよな」
「鷹野、彼女いない暦=年齢の俺達には土台無理な話なんだ
みろ、車内にいる女の子達の視線を」
「まるで珍獣を見るかのような目付きだ……
ちゃんと風呂に1時間は入浴してるのに」
「腐るな鷹野、ハートで勝負するんだ」
そういうなり藤峯は先ほどの手帳を取り出し鷹野に手渡す。”モテノート”それは勤勉な藤峯が
モテ男系雑誌を読み漁り、文章を纏めた秘密の手帳。
「”レディファースト、女を持ち上げろ”……か」
「なかなか、良い所に目をつけたな鷹野
みろ、もうすぐ高杜学園に着くぞ」
「? それがどうかしたのか」
「ふふ、バスが止まってすぐの昇降口は混雑するだろう?
彼女達に先を譲って点数を稼ぐのさ」
藤峯のセコイ作戦に鷹野が感嘆の声を上げて同意すると、バスは到着し昇降口のドアが開く。
しかし、誰も降りるものがおらず、困惑した運転手が車内を見渡す。
計画が脆くも崩れ去った男達は狼狽する様子を隠せない。
「こ、これは一体どういうことなんだ藤峯
誰も降りないぞッ!?」
「落ち着け、鷹野! 先に降りるという事は
俺達に後を尾けられるということ、彼女達はそれを嫌がってるんだ」
「クソッ! 俺達はそこまで女に嫌われていたのか」
「作戦変更だ、先に降りよう……」
2人が席を立ち上がると車内の女生徒達が釣られるように一斉に立ち上がる、
結局、混雑する昇降口から降りた2人は後ろからぞろぞろと尾けられながらも無事学校へと到着した。
モテない男達の戦いはまだ始まったばかりだ。
298 :
初夢縁起:2008/11/08(土) 17:35:20 ID:ru2hO2xp
高杜学園、鷹野と藤峯は同じクラスである、昼休み時間中2人が取り留めのないことを話していると、
横に座る1人の女生徒がデジカメを取り出した。何事かと少女の友人は目を向けるが、
これと言って珍しいものではない。
「じゃーん、見てーデジカメ買ったんだぁ」
「なにそれ、携帯のカメラで充分じゃん?」
少女は友人の言葉をさり気にスルーしつつ、周囲をパシャパシャと撮影し始めると
席で向かい合う鷹野と藤峯を撮影し、慌てた様子で言葉を切り出した。
「あっ、ごめんっ、藤峯君と鷹野君がフレームに入っちゃった
す、すぐ消すねッ!」
「いや、別に構わないけど、な、藤峯?」
「あぁその通りだ、鷹野」
鷹野のナイスな切り返しに藤峯は内心賞賛を送ると、少女は懐から前もって用意したペンを取り出し
本題に取り掛かる、いわゆる抜け目ない作戦というやつである。
「そうなんだ、じゃぁ現像したら2人のおうちに送るよー
住所と、け、携帯の……アドレス、教えて欲し――」
そこまで切り出した少女が数人の同級生に腕を掴まれ、疾風のように教室の外へと連れ出される。
2人は身動きする間もなくその光景を見つめていたが、藤峯が溜め息をつくと
苦虫を噛み潰したような表情で呟く。
「折角の女の子とお話できるチャンスが……
まるで俺達の邪魔をするように……」
「あぁ、これは奴らの仕業に違いない」
「MOS(モテない男粛清委員会)」
MOS、それは2人の勘違いと妄想が作り上げた非合法組織である、鷹野は思い起こしていた……それは忌まわしき記憶。
ある日1人の女生徒に「鷹野君溜まってない? 一発やろっか!」と聞かれ、交換日記から始めようとした矢先の出来事。
それまで髪を染め自信に溢れていたその少女は、次の日には髪を黒く染め直し、まるで怯えた子犬のような姿に変貌。
鷹野の顔を見るなり悲鳴を上げて逃げ出した。
ようは親衛隊である。
299 :
初夢縁起:2008/11/08(土) 17:35:55 ID:ru2hO2xp
「クッ! MOS相手では俺達にはどうすることも出来ないのかッ!」
「――いや、俺達にもまだ希望の道はある」
私生活、部活動であれば奴らの目を誤魔化すことは出来る、しかしMOSの目の届かぬ所ともなれば部活動では足がつく。
藤峯は懐から一枚の紙を取り出す、それは同好会開設の申込書。だが具体的な活動内容が、まだ決まっていない為
2人は書類の前で頭を抱え唸る。
「漫画やアニメとかはどうだ?」
「鷹野は好きだしな、だが既にある同好会だと重複してしまう」
「普段ありえないような同好会にしてみるか?」
「ポタリング……」
藤峯が耳慣れない言葉を放つと内約の説明を始める、ポタリングとは目的地を決めずに自転車でブラブラする
特にこれと言って特徴のないただの散歩である。2人は週に1度のポタリングを活動するポタリング同好会を開設するため、
申請書名に2人の名前を記入する途中、はたと手を止める。
「しまったッ!?」
「どうした藤峯?」
「同好会開設に必要な会員は最低3人、2人では作ることが出来ないんだ
もう1人人員を確保する必要がある、迂闊だった」
「そ、それは、お……お、女の子に声をかけるという事かッ!?」
経験のない彼らにとって女をナンパするなど、ゴロンドリナス洞窟でロープレスバンジーするがごときの無謀である。
へタレなので新聞部の投書にポタリング同好会人員募集の告知を乗せてもらうことにし、
部室には学校の最上階近くにある空き部屋を希望した。
二人は職員室へと向かい担任の女教師に手渡す。
「先生、同好会を作りたいのですが……」
「藤峯君!? 良いわよ、私が受け持ちになってあげる」
「ご迷惑おかけします」
「迷惑なことなんて無いのよ藤峯君
あぁ、これ先生の連絡先の電話番号、夜は家にいるから……いつでもかけてきてね」
女教師の絡みつくような視線を少年は軽やかにシカトしつつ、
手帳にびっしりと張られたアドレスに受け取った電話番号を収め、2人は廊下を歩き出した。
ポタリングを通して彼女を作る、少年達の表情は決意に満ち満ちていたのであった。
300 :
初夢縁起:2008/11/08(土) 17:36:59 ID:ru2hO2xp
数日後の高杜学園、とうとう同好会発足の期日がやってきた、最上階にある為ほとんど目立たず。
閉塞した空間である部室は、若干湿っぽくところどころにカビが生えている。
元来、綺麗好きの鷹野は放課後、先に到着すると手早く部屋の清掃を済ませた。
「これでよし……後は新聞部の会報に載せていた
募集を読んだ人が来るのを待つだけだ」
「流石は鷹野、お前は良い婿になれる」
パタパタと階下から足音が聞こえてくる、恐らくは会報を見た生徒の入会希望だろう。
2人の少年はドキをムネムネしつつ、ちょこんと椅子に座り手早く鏡で髪のスタイルをセットすると、
ガチャリと部室のドアが1人の少女が教室の中を覗き込んだ。
「あのー、ポタリング同好会ってこちらですか?」
個性的な寝癖ヘアに、てっぷりとしたダイコンのような足、悪い視力で眉間に皺を寄せ。
もし、ギャルゲーのヒロインに彼女が現れようものならば、ハァ?と切り替えされてしまうであろう。
化粧の仕方も知らない少女「那須」は部室へとはいってくると、しかめっ面で藤峯と顔を見合わせる。
「部長さんは……どちらですか」
「私が部長の藤峯です、
ポタリング同好会へようこそ、歓迎します」
「お、俺、俺は鷹野っていいます、あ、あの……お名前はッ!?」
「那須です、「那覇必須」と書いてナスと読みます」
那須のジョークだか本気だかわからないトークがつぼに入ったのか、
藤峯がその場で膝をつき呼吸を整えて気を落ち着かせる間、どうみてもガンをつけてるようにしか見えない
しかめ顔のナスと鷹野は目を見合わせる。
はたと鷹野は”モテノート”に書いてあった教訓を思い出す”目を合わせて逸らさない女は脈あり”
つまり、那須は鷹野に対して第一印象が良いことを示し、いつも視線を合わせるのを避けられていた
鷹野の心に喜びと気恥ずかしさが沸き起こると、耳を赤くして俯く。
「鷹野さん風邪ですか? なんだか顔が赤――」
「大丈夫! 大丈夫ですよ、こう見えても
丈夫に出来ていますので」
「具体的にポタリング同好会って何をするんでしょう?
ダイエットとか効果ありますかねぇ?」
そう言うとたくし上げた上着から、スカートの上にわずかに乗った贅肉を掴むとぽりぽりと頭を掻く。
先ほどから藤峯を見ながら会話しているのに業を煮やした鷹野は
彼女の意見を否定するように答えを返した。
301 :
初夢縁起:2008/11/08(土) 17:37:33 ID:ru2hO2xp
「那須さんはそのままでもか、かかッ!可愛いですよ」
「そうかなぁ、母ちゃんから
痩せろって言われてるんだけどな」
「ポ、ポタリングは自転車で走りますから、良い運動になります、きっと」
顔を真っ赤にし、どもりながらも喋る鷹野の声に気をよくしたのか、少女はにっこりと微笑む。
「そうかな、お世辞でもうれし、ありがと鷹野君」
その微笑を見た瞬間、2人は彼女の顔を呆けた様子で見つめ席に着くと、
第一回目のポタリング決行の打ち合わせを交えつつ取り留めのない会話を続けた。
むっちりした足が覗く度に藤峯はちらちらと覗き込み、ふにふにの胸元に鷹野の視線は釘付けになる。
「では、今日はこのくらいで……」
「そうだな、ありがとう那須さん、
来てくれて、う、嬉しかったよ」
「お2人はまだ帰らないんですか?」
「少し野暮用があるので……また明日も来てくださいね」
少女は二人の態度を不審に思いながらも席を立つと部室を後にした、那須が礼をすると
微笑みながら部室の外へ出ると、2人の男のボルテージは最高潮に達した。
男2人、机と椅子を囲み、互いに見合わせる。
「藤峯、彼女が帰ったかどうか確認してくれ」
「すまん鷹野、今はここを立てない
正確に言えば”勃っている”のだが立てないんだ……」
「な、お前!? そんないやらしい目で那須さんを見ていたのかッ!
見損なったぞ……お前がそんなHな目で那須さんが
ボタンを止め損ねた胸元のシャツの隙間から覗くブラを……なんかそんな感じでッ!」
「誤解するなッ! 私はただ那須さんが椅子に座って股の間に両手を乗せるから
なんか見えそうで見えない感じにスカートが捲れてて気になっただけだ!」
結局の所、勃ってしまい立てなくなった2人はそのまま数分の間、息子が機嫌が治まるまで待機すると、
互いに気まずいまま帰路へつく、皮肉なことは両者の趣味が一致していたことであろう。
2人はバスに揺られながらも、アドレスを交換していた女生徒から届いた
数件のメールに適当な言葉の思いつきで返事を書きながら帰路に着く。
2−1=1、牙を剥いた男同士の争奪戦が始まる。
302 :
初夢縁起:2008/11/08(土) 17:38:22 ID:ru2hO2xp
ポタリング決行当日、30分前から待ち合わせ場所に到着した男2人を物陰に潜む
MOSの刺客が目を光らせていた。手元に持つ無線機で本部と連絡を取りながらターゲットの到着を待つ。
一体どのような女が抜け駆けしようとしているのか、周囲に目を光らせる。
「……こちら会員番号096、状況に変化はありません、どうぞ」
『096了解、引き続き監視を怠るな』
「あっ……来た!?」
ワンピースを着た那須が、ちりちりとベルを鳴らしながらママチャリに乗り、のってりと現れる。
気の抜けた表情で、明らかに「今さっき起きて来ました」と言わんばかりの状況だ。
監視していた刺客の相楽は思わず無線機を取り落とし、本部へ連絡を入れる。
「なんだか女捨ててるような女が来ました、どうぞ!」
『落ち着け096、状況を詳細に報告せよ』
「えと、これは多分2人の親戚か誰かではないかと……」
校内でも眉目秀麗として名高いイケメン2人の男との待ち合わせに、すっぴんで現れる女などありえる筈がない。
身長180pに達する藤峯、178pを越える鷹野の間にわずか150cm前後の那須が並ぶとまるで大人と子供である。
相楽は半ばコントと化した、3人のやり取りを遠巻きに眺めながら、その場を去っていった。
2人が那須を女として見ることはない、そうタカをくくったのだった。
「き、今日はいいお天気ですね!」
「んだね鷹野君、ポタるには絶好のお天気だよぉ」
「しかしながら那須さん、スカートでは乗り難いのではないですか?」
「大丈夫、大丈夫、スカートの下にブルマ穿いてきてるから、ほら」
そう言いつつ那須がスカートを捲り上げると、むちむちの肢体に食い込むブルマが2人の目に入る。
現代では現存するのが難しいと言われる、生ブルマと食い込むデルタ地帯に2人はリミッターが解除され、
視線を外しながら、あらぬ言葉を唱え始める。
「ラ・ラ・ラ 言えるかな? ボキモンの なまえ♪」
「3.14159265358979323846……」
「大丈夫、2人とも?」
「ご心配なく、突然レッドアラートが出ましたが
何とか危機は回避することが出来ました」
303 :
初夢縁起:2008/11/08(土) 17:38:56 ID:ru2hO2xp
股間に潜む邪気を何とか捻じ伏せ、調伏することに成功し、気を取り直しながら適当に選んだ目的地である
高杜中央公園へと足を運ぶ。休日の為か、ちらほらと親子連れの姿が見える中で
高杜学園の学生と思われる女性に那須が声をかける。
「お、六海発見! やふぅ!」
「ありゃ、ユミコちゃんではないですか?
おしばらくぶり、今日はお友達とお出かけ?」
「ポタリング同好会に入ったの」
那須は後ろを振り返り2人を紹介すると、六海と呼ばれた女性はぺこりと会釈する、成人女性にしか見えないが
どうやら彼女も学園の生徒であるらしい、首元から覗く無数の傷痕がちらちらと見え隠れ
彼女がただならぬ者であると男達は本能的に察知し、色んな物が縮み上がった。
「六海はなにやってるの?」
「旦那と子供連れて家族サービス」
「またそういうことを……勘弁してくださいよ、松田さん」
旦那と思しき少年が怪しげな少女に頭を噛まれながら現れると、頭から血を流しながら挨拶する。
異様な光景に誰一人として突っ込まないことに恐怖を覚えた男達は、手早く公園から切り上げると松田の勧めで
紹介された国立図書館へと足を運んだ。
藤峯は物のついでにと書籍を見て回り、鷹野は那須と二人きりでテーブルを囲み、無料配給のコーヒーを啜る。
鷹野はそわそわと落ち着きがなく、藤峯の様子をちらちらと横目で窺う。
「鷹野君は本あまり好きじゃないの?」
「お、俺ですか、俺はその、ま、漫画とか読むの好きな方なんで……その」
鷹野がどもりながら挙動不審になると那須の顔から目を逸らす、
子供の頃から女の前で緊張すると出る、”どもり”は高校生になった今でも改善されず。
何気なく言葉を交わす以外、藤峯がいなくてはほとんど会話することが成り立たないほどであった。
「す、すいません、な、何か俺、すいません……」
鷹野は自分自身が情けなくなるとその場で俯いたまま那須に対し謝り、彼女は彼の手を両手で握り締める。
「大丈夫……ね?」
彼女と触れ合う手が暖かく、鷹野の緊張していた心が解れていくと顔を上げた2人の視線が交差し見つめ合う。
普段であれば焦燥するだけの状況で不思議と見つめ合っていても、焦りを感じない。
「那須さんは、好きな本とかあるんですか?」
「私も鷹野君と同じ映像派だね、活字は読んでて眠くなるし……」
「へへへ、じゃあ俺と一緒ですね」
304 :
初夢縁起:2008/11/08(土) 17:39:29 ID:ru2hO2xp
2人は手を取り合ったまま、他愛もないことを話し始めると藤峯を迎えにカウンターへ向かう。
気になる女の子と緊張した状態から会話できた事がなかった鷹野は
彼女に握り締められていた方の手を眺め、彼女の後姿へと移す。
自分から他人に触れたいと感じていたのは何時頃の事だったろうか。
部屋に篭る酒とヤニの臭いスピーカーから繰り返し流れる姦しいポップス。
病的に細い腕が少年の体を掴む、覗き込んでくる顔、吐き気を催すほど濃い化粧と香水の香り。
紅を引いた唇が口を塞ぐ……ふと思い起こす記憶に”彼”の手は止まる。
「……!?」
「どうしたの? 鷹野君」
「な、なんでも……何でもない、だ、大丈夫」
彼女へと伸ばした腕を元に戻すと、また少年は振り出しに戻る。
あの女の存在が彼の心を掴み、幾度となく繰り返し、振り出しに戻すのだった。
305 :
初夢縁起:2008/11/08(土) 18:00:51 ID:ru2hO2xp
夕暮れの高杜、自転車を押しながらポタリング同好会の3名は家路へとついた、先ほどから沈んでいる
鷹野が別れ、その場から逃げ去るように離れていくと、残された藤峯と那須は
白糸の河川敷を横目に会話を始める。
「大丈夫かな? 鷹野君」
「たまにあぁなるんです、でも悪い奴ではないんですよ
細かい所によく気が付きますし」
「ふふっ、藤峯君てば、マネージャーみたい」
「……どういう意味です?」
言葉の意味がわからず彼は彼女の言葉を聞き返す、少女は藤峯が先程から読んでいた”モテノート”を指差し、
彼女はそれを受け取るとパラパラとめくり始める。モテる為の情報収集だったが
藤峯自身が実践したことはほとんどない。
「こういうのってヒカれると思うけどぉ……」
「そうですか?」
「藤峯君はあんまり女の子とか気にしてないみたいだもんね、
……鷹野君のため?」
そう問いかける那須の言葉に藤峯はその場で足を止める、自分の本意を読み取られたことに対する
警戒心のようなものだろう。確かに彼自身ワラワラと群がってくる女といちいち向き合うことなど
時間の無駄だとしか考えていなかった。
「何故そう思うんです?」
「だって女の人を見る視線が違うし、
こんなの作る意味が分からないじゃない……」
「それはまぁ、そうかもしれませんね。
好きとか嫌いとかそういうのは……難しくて分からないので」
彼は手渡したノートを受け取り2人は再び家路へと歩き出す……藤峯には愛情というものが分からなかった。
父子家庭に生まれ母の愛情を受けずに育った彼には、無償の愛がどのようなものであるか想像がつかないのだ。
世の恋人達の付き合い自体、自分が大切にしてるのだから、相手も大切にしろという
見返り目当ての付き合いにしか見えなかった。
そういう物の考え方に悪意を感じる、藤峯は自然と人に対する興味を失ったのだ。
あと……席で座ってると女子に髪を弄られて、リボンをつけられたり、
授業中にどう折り畳んだのか見当もつかない、手紙手裏剣が飛んできたり、
蛍光ペンで書いてある解読不能な丸文字や、ギャル文字の解読に神経をすり減らし、
目の前で携帯弄ってて、何してるのかと思ったら、メールが送られてきて思考回路を疑ったり、
売店で唐揚げ弁当買ってきたのに、女の子が手作り弁当作ってきていて、最後まで食い切れず気まずい思いをしていた。
306 :
初夢縁起:2008/11/08(土) 18:01:41 ID:ru2hO2xp
「鷹野はPTSDなんです」
「ワイドショーとかでよくある? あれって男の人もなるの?」
「なりますよ、今ではあぁして普通に喋れていますが
事件後の彼は、人とまともに口が聞けないほど酷かった」
誘拐の理由は供述によると「可愛かったから」単純なものだった、女は拉致した鷹野にあらゆることを要求し
少年はただそれに従った。一方的に搾取されるだけの軟禁生活の中で少年は女が出かけた隙を見て窓から逃げ出し
警察へと通報した。鷹野の案内で部屋へと踏み込み、血に塗れたバスタブの前で群がる警察官。
まだ幼い少年だった鷹野は大人たち脚の間から、こちらを睨みつける女と目が合った。
「しかも、犯人は心身耗弱を理由に不起訴、
まだどっかにいるんです。まぁ、その辺はどうでもいいんですが
そんな女の為にあいつが人生棒に振ることもないでしょう」
「なるほど、それでトラウマ回復の当て馬として
私が選ばれたわけねぇ……」
「ぬ……別にそういう訳でもなかったのですが、
お気を悪くされたのなら、すいません」
「――でもさ」
藤峯に笑いかけながら那須は自転車のペダルに片足だけを乗せ一歩前に飛び出す。
「好きの感情は、人にあげたり、もらったりするモノじゃなくて。
藤峯君みたいに鷹野君が倒れないよう……支えるのと同じことなんだと思うな」
「そうかな?」
「そうだよ、一緒にがんばろっ……友達だもん!」
そういうと那須は親指を立てこちらへと拳を突き出す、藤峯に愛情は分からない。
しかし、胸の奥に燻る友情の心はあった、藤峯は親指を立て那須の拳に自分の拳をあわせる。
彼が抱いていた女に対する不信感など彼女からは微塵も感じられない、それは確かに彼が信じていた友情だった。
彼は微笑みながら、彼女の目を見つめる。
「藤峯君――やっと笑った」
307 :
初夢縁起:2008/11/08(土) 18:02:46 ID:ru2hO2xp
数ヵ月後、自宅で水着をバックの中へと詰める少女の姿があった、鷹野が嫌がらないよう鏡の前で化粧を薄く伸ばし、
藤峯に勧められて買った眼鏡をかける。ポタリング同好会へ入ってからかなりの減量に成功し。
傍目には同一人物だと分からないほど少女は女になった。
「うっしばっちし! おっと携帯、携帯」
携帯を手に取り、少女はマンションの一室から飛び出すと、新しく買った自転車に飛び乗り、
日差しが照りつける高杜の街を走り抜ける。学園に立ち寄り、待ち合わせの二宮金次郎の銅像の前で
2人の少年と合流すると那須は元気よく呼びかける。
「お待たせー! 間に合ったー!」
「遅刻も遅刻、もう20分経ってますよ」
「まぁまぁ、ユミも来たしササッと泳ぎに行こうぜ!」
こんな奇妙な同好会に他に参加するものなどいる筈もなく、3人の関係は次第に親密になっていった。、
”多少”の問題はあったものの、世間の常識など彼等の情熱に比べれば些細なことである。
温水プールへと続く坂道を登ると、へばる少女の左右を少年達が掴み押し上げていく。
ようやく辿りついた温水プールの更衣室で着替えを終えた2人は
カナヅチの藤峯に泳ぎ方をレクチャーしつつ談笑する。
「別に泳げないわけじゃないぞッ!
脂肪が足りないから水に浮かないだけだッ!」
「ユウジー、それだとプカプカ浮いちゃう、私の立場ないわー……」
「あれ、ということは? 俺もメタボってんのか……?」
「トシキと私でメタボコンビ結成やねっ!」
花柄ビキニの少女が拳を突き出し親指を立てると、引き攣った表情の鷹野が掌を左右に振り否定する。
那須が飛び込み台に目をつけると、一番低い所に少年達を引きつれ順番に足元のプールを覗き込む。
鷹野はわりかし冷静だが、他の2人は腰が引けているようだ。
308 :
初夢縁起:2008/11/08(土) 18:03:29 ID:ru2hO2xp
「んじゃ、飛び込む時になんか掛け声かけてこうぜー」
「では、言いだしっぺの鷹野からだな。
先に言っとくが腹から落ちるなよ……」
「いったれトシキっ!」
「I CAN FLY!」
スーパフライよろしく、思い切り腹から落ちた鷹野は水中で悶絶しながら板上の友人から冷笑される。
続いて藤峯がプールへと飛び込むが、これといって面白いリアクションはない為、はしょる。
「どうした藤峯?」
「なぜか疎外感を感じる……」
「んじゃ次、私ねー、”私の愛を受け止めてーっ!”」
那須が板上からプール内の2人に飛び掛ると、殺気を感じた二人は身を翻し、渾身のボディアタックを避ける。
自爆して頭からプールに落ちた那須が脱力したまま、水上にぷっかりと浮かび上がると
周囲の水が流れ出た血の色で染まった。
「……ガボボガバ(鼻血出た)」
「「うわぁぁぁぁッ……」」
*よいこはまねしないでね
ひとしきり貸し切り同然のプールで3人は遊び呆けた後、プールから上がりシャワー室へと向かう。
シャワーは個室になっており外からは見えない構造になっていることに少女が気付くと
男2人を呼び込み顔を見合わせて笑った。
「ほらほら、ここ 個室になってる」
「流石にシャワー室は不味いんじゃないか?
他の人が来たらどうする?」
「まぁ、そんなこと言っても今更だよな……」
「そゆこと……はい、チュー」
1人の少女を2人の少年が挟むように個室へ入り、少年達は少女の両頬へとキスをする。
扉が閉めると温水シャワーを捻り、周囲に漏れる音をごまかすよう……
<検閲削除>
309 :
初夢縁起:2008/11/08(土) 18:04:04 ID:ru2hO2xp
……を終えた3人は温水プールの施設から出る頃には、日は昼時を告げていた。
坂の上から少女は指をさし、次にどこへ行こうか2人に語りかける。しかし少年2人にしてみれば
例え何処へだろうと、さしたる問題ではなかった。
眼鏡の奥に見える綺麗な瞳、水気を帯びて風にはためく髪、熱を帯びて潤む唇、衣服から覗かせる肉感的な四肢。
男達のそばでたたずむ少女は、2人の男の生き方を変えてしまったことにも気付かず、無邪気に微笑んでいる。
左右から少女と腕を組み少年達は抱え上げる、少し歪な男女の青春。
2+1=3、これが3人が象った”好き”のカタチだった。
終
310 :
初夢縁起:2008/11/08(土) 18:05:07 ID:ru2hO2xp
投下終了です
エロ部分は飛ばしてあるので、まとめ未登録でお願いします
311 :
創る名無しに見る名無し:2008/11/08(土) 19:08:27 ID:TheFhTkI
294 :創る名無しに見る名無し:2008/11/08(土) 07:05:34 ID:4+CGNPcF
>>『Twin』 久々の投下乙です。
そういやここのテンプレ、『煽り、荒らしはスルーで』って注意事項抜けてたな…
↑
おいおい批判したら全て荒しかよw
頭悪そうな名前だからそう書いたんだよ
312 :
創る名無しに見る名無し:2008/11/08(土) 20:27:45 ID:KDXEL/xG
>>311が荒しなのは確定的に明らか
基本的に荒らしは短命タイプ裏世界でひっそりと幕を閉じる
>>310 GJでした!!
次の三人はどう揃えるんでしょうか?
楽しみにしてます。
童貞のネーミングセンスはDQNと良い勝負なんだよ
>>313 一富士二鷹三茄子だから、残りは四扇五煙草六座頭じゃね?
GJ!!
削除しちゃう方が、いっそエロいなぁ…。
言いづらいがシェアワよりエロパロ向けっていうか……
書き手だが。
エロパロ板ならこれくらい微エロでも、スレによってはもっといい反応あるよ。
マジ『シェアード・ワールドでエロパロ!!』
立ったらそっちへ行く。
いやエロパロ板にシェアードワールドやってるスレあるよ
猫耳少女と召使の物語、で検索
まぁケモナーじゃないときついかもだけど
323 :
いつか、届く、あの空に:2008/11/14(金) 22:19:55 ID:pqONjaAR
果てしなく青かった空は今いずこ。夕焼けの朱は藍と交わり、東の空には月が煌々と
輝いている。夜風が街を冷やして行くが、ここ――高杜スケートリンクは沢山の観客の
熱気に包まれている。さあ、私の闘いはこれから始まる。
私の名前は美柚子。秋山美柚子。友達からは『ミューズ』なんて呼ばれたりして、自分の
名前を非常に気に入っている。名は体を表すって言うように、見た目はそんなに悪くない。
パーソナルカラーがブルベ冬クリど真ん中なのは御愛敬だけど、艶やかに波打つ黒髪はちょっぴり自慢だ。
趣味はフィギュア。大きいお兄さん達が「萌え〜」
なんて言ってそうな奴じゃなくて、滑るスケートの方。
そう、私はフィギュアスケーター。今年の三月に世界Jr.選手権で表彰台に上り、
今シーズンからシニアに参戦しているのだ。シニアデビューの大会はフランスで開催された
エリック・ボンパール杯。断じてグランプリシリーズフランス大会ではない。成績は総合で
4位。世界のトップレベルの選手達に混じっての4位は自分でも信じられない程の快挙だ。
今日高杜市にいるのは勿論グランプリシリーズ日本大会ではなく、NHK杯出場の為。
30年という歴史を誇るNHK杯に出場出来るのは非常に嬉しい。実況と解説には愛を感じるし、
訳の判らない煽りは無いし、出場していない選手の演技を流したりも無い。
間違っても実況が「妖艶な16歳!」と連呼することはないし、「姉の魅力にまいっちんぐ!」と
叫ぶ事はない。演技中に「私に下さいメープルの勇気」とか、「おいでよエミリー、メダリスト
クラブへ」か言われたりもしない。「春も夏も冬も亜紀は元気です」などと『春夏冬にない時間』
みたいな選手紹介をされたりはしないし、「ピアノの音色に誘われて覗き見た教室に少女の
面影が舞う……」なんて意味不明なポエムを垂れ流される事はない。選手の応援バナーに
混じって「沈黙は金 塩原恒夫」と実況アナウンサーの応援バナーを掲げられる事は有り得ないのだ。
さて、NHK杯。私のプログラムはSP(ショートプログラム)では『おもちゃの兵隊』。
人によっては料理をしたくなるかもしれないし、マヨネーズが恋しくなるかも。
コミカルな曲だ。FS(フリースケーティング)は『クルスの島』という有名な合唱曲だ。
EX(エキシビション)は『All I Want』。タクシーに乗ったら大変な目に合いそう。
さあ、開幕だ!
324 :
いつか、届く、あの空に:2008/11/14(金) 22:27:53 ID:pqONjaAR
ヤッPゲンPオッパッピー!(b^ー°)美柚子ダヨン(`∇´ゞ
久しぶりにSSを書いたんダケド、やっぱりSSってムズカC〜(ノ△T)
美柚子は多忙なオンナだから一気に沢山は投下できないんダヨーン(-.-;)ごめんなCHINA(>Σ<)
そんなこんなで続きマースV(^-^)Vウシャシャ”(ノ><)ノ
てめぇ…
このスレの住人の精神年齢は大体15歳ってとこかな?
実年齢もそんなもんじゃないのか
ずいぶん間が空きましたが、投下します。
2‐5
日曜の昼下がりの高杜モールは人でごった返している。まさか幽霊を連れ歩いているとは
誰も思うまい。人ごみに紛れて気がつけばストーカー連中(嘘)からはぐれてしまったようだ。
「あっれー? 東雲君じゃない?」
「はい?」
聞き覚えのある元気な声。同じクラスの……えーっと、綾重奈美子だ。
「ちぃーす。やっぱそうだね」
「あ、綾重さん? 何で俺の名前を」
「んー? ほら、今時そんな黒縁メガネしてるの君くらいだし」
ああ、やっぱり目立つんだなコレ。ていうか休みの日なのにメガネかけてんのな俺……
「おやー? そっちの人は?」
「ああ、紹介するよ。同じ新聞部の氷川雹子先輩」
「はじめまして。氷川です」
「ふぅーん。ウチの高校の先輩なんだ。はじめましてっす」
先輩といっても十数年先輩なんだけどね。と言っても信じてもらえないだろうけど。
「あ、デートの邪魔しちゃ悪いね。それじゃあまた明日〜」
俺と先輩は手を振り、綾重さんと別れる。なんか気を使わせちゃったかなぁ。
「今の人は、お友達?」
「いや、多分はじめて話しかけられた。結構席も離れてるし」
明日になって『まさかあのメガネに彼女が』なんて噂が立ったりして。いやそれは
さすがに無いよなぁ。
ようやく緊張もほぐれてきたかな。次の目的地に向かってしばらく歩いていると二人の
目の前に交通量の多い交差点があらわれた。さすがに休日だ。大小さまざまな車が左右に
流れていく。
「あ……蔵人君……道、変えないかな」
「え? 雹子さん、どうしたんですか」
氷川先輩の様子が、おかしい??
「ちょっと……大丈夫ですかっ」
「う……うん……ごめん」
先輩が小刻みに震えながら後ずさりする。ライオンに睨まれたカエルのように……俺は
その時忘れていた。先輩が車に撥ねられて死んだと言う事を。
「じゃあ、こっちのほうへ……」
俺はとりあえず先輩の体を抱え、人の少ないところへ連れて行くことにした。
2‐6
二人は交通量の多い表通りを避けて路地裏へ。周りには誰もいない。
「本当に大丈夫ですか?」
「ええ……何とか一命は取り留めたわ」
それはギャグで言っているんですか? いまいちキャラがつかめないなこの人……
「あ……これからどうしましょうか」
「そ、そうだなぁ……そういや雨宮さん達はどうしたんだろう」
ポケットの中からメモを取り出す。ええと次は……カラオケボックス?
「先にカラオケボックスに行ったのかな。じゃあ俺らも……」
「ねぇ……どこか別の所、行かない? 2人だけでさ」
「えっ!? でもそんな事したら雨宮さんが……」
「いいじゃない。私と蔵人君のデートなんですから」
「うーん……そ、そうですね。じゃあ、どこに行きたいですか?」
「それは、蔵人君が決めてよ」
……
「ぜえ、ぜえ、ぜえ……」
「あら……もう息が切れたんですか? じゃあ少し休みますか」
……俺たちは今、高見山の中腹にいる。この山の頂からは高杜の町が一望できる。
何故、山を登るのか。それはそこに山があるからだ。と、昔のさる登山家が言った
とか言わないとか。もちろん、今の俺たちは登山ではなく舗装された山道をただ歩い
ているだけだけどね。それなのにもう息が上がってきた。普段どんだけ運動してないん
だ俺……。
「この道は水泳部の練習でよく走りました。特に冬場ってプール使えないじゃないですか」
「ああ、そうなんですか」
俺は少し足を止め、先輩の話に耳を傾けた。そういや中学でも冬場は水泳部の連中が陸上
部ばりに校舎の周りとか走り回ってたなぁ。
「そうだ、蔵人君はスポーツとか、しないの?」
え? スポーツですか……記憶を辿っていく。東雲蔵人 スポーツでの検索結果――約2件。
まず、小学生の時の休み時間のドッジボールでは最後まで逃げ切った記憶がある。単に影が
薄かったため標的にならなかったという説が有力だが。それから……これまた小学校の頃だが
50mを全力で走って女の子に負けた記憶。まぁ、こんなものか。
「俺、体動かすのは苦手なんすよ……」
「へぇ。そうなんだ。もったいないなあ。男の子なのに」
「は、はぁ……」
ようやく神社の境内が見えてきた。高見山の頂上にある高見神社だ。
「ほら、もう少しで頂上よ。がんばって」
雨宮さんならこんな時、自分にどんな言葉をかけるだろうか。叱咤だろうか。あるいは無視
して一人で先に進んでいくんだろうか。そして俺はその姿が消えないよう嘆願しつつ追っていく
のだろうか。
投下終了です。
GJでぇす!!
また気長に次回をまってます。
ほしゅ。
( ^ − ^ )
2‐7
山の頂上からは、町並みが小さく見える……まるで目に見える全てを手に入れたかのような
高揚感に満ち溢れていく。
「風が気持ちいいですね。雹子さん」
「ええ。そうですね」
見晴らしの良い広場。周りには誰もいない。本当にデートみたいになってきた。でも、ここから
何をしたらいいのかわかんねー……こんな事なら恋愛シミュレーションゲームで予習してこれば
良かった……! いきなり襲うか? それじゃあ鬼畜だ! いやいや相手の気持ちも考えて……
俺が逡巡していると、氷川先輩が口を開いた。
「ねえ、蔵人君……」
「はい(え? なんだろ)」
「蔵人君の家ってどの辺り?」
「え、ああ。うん。えっと……ほら、あれですよ」
俺が指差した先にあるのは、まあどこと言って特徴の無い賃貸マンションだ。中学二年のときに
この高杜市に引っ越してきた。親の仕事の都合だけどね。
「え、えと、雹子さんの家は……あ、すいません」
不用意に同じ質問を返そうとしてしまった。そう、氷川先輩には帰る家は無いんだった……
「ん? ああ、気にしないで。そうね。みんなのいる新聞部が私の家だから」
「その"みんな"の中に……俺は入ってるんですか?」
「??? 何言ってるの? 当たり前じゃないですか」
なんでそんな事訊いたんだろ……でもちょっと嬉しかった。
それから少しして雪村先輩から電話がかかってきた。3人は先にカラオケボックスに行った
との事。俺達が来ないことに関して雨宮さんはすっかり忘れられているらしい。入室してから
ずっとマイクを離さないそうだ。光景が目に浮かぶ。でもどんな曲を歌うんだろう。俺は誰も
知らないアニソンとかエントリーして引かれるに違いない。光景が目に浮かぶ。
「雹子さんは好きな曲とかあるんですか?」
「曲、ですか。うーん……歌謡曲とかよく知らないんですよね」
あの、今時歌謡曲って言わないですよ……先輩。
2‐8
俺達2人がカラオケボックスの前に着くと同時に建物から出てきた人影が三つ見えた。
「あーっ。どうしたのよっ。二人とも」
聞き覚えのある声。見覚えのある顔。平らな胸……我らが新聞部の部長である雨宮さんだ。
「あ、雨宮さん……」
やべえ、勝手に抜け出して怒ってるかな……?
「勿体無い事したわねー」
はい?
「せっかく私のスペシャルメドレーで盛り上がってたのに〜」
あ、そうなんですか。それは良かったですねえ。って、自分が主役ですかっ。
「じゃあ今度はまたみんなでカラオケ大会しましょうか」
「いいわねーひょこたん。それじゃあ来週の日曜はここに集合よっ」
「じゃあ俺も……」
「もちろんメガネも来てもらわなくちゃ困るわ」
「雨宮さん……」
「とーぜんメガネのおごりなんだから、ねっ☆」
ふっふっふっ。そのオチは読めてましたよ雨宮さん……。でも、そんな満面の笑みで
言われたら従わざるを得ないじゃないですか。はぁ。
その日はそれで解散した。なんか今日は色々と疲れたな……。
翌日、朝。いつもの月曜日。いつものように教室に入る俺。
「おはよーっす」
「あ、おはようございます。あま……」
あれ?
「どーしたの? 東雲君」
いつもと声が違うと思ったら。昨日会った綾重さんじゃないか。
「同級生なんだから、そんな言い方しなくていいんだよー?」
「あ。そうだね。いつものクセで……」
「クセ? まあいいや。ところで今日の放課後ってヒマ?」
「えっ……部活があるんだけど」
俺は雨宮さんのスクープ探しに付き合って学園中を回らねばならないのだ。
「ああ。そうなんだー。部活動の前にちょっとだけ時間無いかな? このメモの部屋に来て
欲しいんだけど……」
メモを渡され、両手を合わせてお願いされてしまった。え? 何ですか? こんなに頼み
込むって事はもしかして……もしかしちゃったりするんですか?
「うん。ちょっとだけなら良いかな……」
「じゃあ、よろしく。じゃ〜ね〜」
そう言うと足早に自分の机に戻る綾重さん。大丈夫かな……うーん。まあ大丈夫だろう。
その時、俺はまだ自分の身に降りかかる災難に気付いていなかったんだ……とか書くと
小説っぽいかな。多分何も無いけど……いや、何も無いのは寂しすぎるか。うーむ。
337 :
高杜学園たぶろいど! ◆IXTcNublQI :2009/02/04(水) 23:44:51 ID:UVUzqZlc
己の遅筆が憎い・・・というわけで今日はここまでで投下終了です
ageとくか
久々の投下乙
雹子さんは静かな曲を好みそうなイメージ
童謡「赤い靴」とか
…乙です
私も久々に書こうか…
おねがいしますよ
みんなで盛り上げましょう
>>339 自分も書こうかな……
でも、4ヶ月近く更新停止してると凄く続きを投下し辛いな……
投下します。
2‐9
「んー? メモによるとこの部屋だよな……?」
あの……オカルト研究部とか書いてあるんですけど。まさかここに入れって言うんじゃ
無いだろうな。
高杜学園高校オカルト研究部――通称オカ研。現代の科学では解明できない不可思議な
出来事や超常現象を日々追いかけて学園内外を探索……ん? それってうちの新聞部と何
が違うんだろ……。
「いや待て。これは罠かも知れん。落ち着け俺……」
ギギギギギギ……
「えっ! 何っ何っ何っ!?」
おどろおどろしい音を立て、目の前の扉が開く。おどろかすなよ……
「そのメガネは……東雲君ですね」
扉の向こうから顔を出した男子生徒が言う。オカ研の部員か? 頼むからメガネで
特定しないでほしい。
「何をブツブツ言ってるんですか? さあ、どうぞ中へ」
いざなわれるままに中へと足を進める。いや、入っちゃ駄目だろ俺……
部室の中にいたのは……巫女装束に身を包んだ少女……いや、この子は。
「あ、綾重さんじゃないか」
「……」
無視された。目を瞑り何かをつぶやいている。朝会った時と雰囲気が違うんだけど、
本物の綾重奈美子なのか? もしかしてそっくりな双子の姉or妹とかそういう……
ガシッ
「!?」
しまった。2人の男子生徒に両腕をつかまれた。よせ、何をするんだ。待て。俺に
そんな趣味は無い!
「あ、綾重ーーーーーっ」
とっさに叫んだが返事が無い。さみしいな……いやいや。言ってる場合か。
というわけで、俺は縄で縛られ十字架に磔にされているわけだが……っておいおい。
淡々と状況を説明している場合じゃねえ!
「おいっ、これは何のつもりだ。何か言えって……」
すくっ。俺の声に反応したのか目の前の綾重(か?)が立ち上がった。
「……静かになさい。悪霊め!」
「あ、悪霊!? どこ、どこだっ」
「……しらばっくれても駄目です。この魑魅魍魎め!」
「漢字が難しくてわからない! 何の事を言っているんだ?」
「さんてんいちよんいちごぉきゅうにぃろくごぉ……」
謎の呪文(?)を呟く綾重。
「おい。何のマネだ。……ん? 何とも無いが」
「……ということは」
「ということは?」
「やはりあなたには怨霊が取り憑いています。間違いありません」
ババーン!
な、なんだってぇぇぇぇぇぇ。いきなり何を言い出すんだ……誰か助けてくれぇぇぇ。
2‐10
十字架に磔にされ、身動きが取れない。ううううう。ここはゴルゴタの丘ではない。
オカ研(オカルト研究会)の部室だ。いや、冷静に解説している場合ではない気がする。
「それでは、除霊を開始いたします。清めの塩を」
「はいっ。こちらに」
き! よ! め! の! し! お!
……いかん。頭が混乱しているようだ。そんなことを言っている間に綾重は皿の上に
山盛りになった塩(多分市販されてるヤツ)をがばっと掴んで……ちょ、お、多いって!
力士の土俵入りじゃないんだから。シャレにならんっ。
ざぱぁ〜。大量の塩が、塩化ナトリウムが、NaClが、津波のように俺を襲う。
「しょ、しょっぺええええええええええええ。ぺっ、ぺっ、ぺっ。」
「やはり。そのしょっぱさは霊に取り憑かれてる証拠……」
取り憑く塩……じゃなかった、とりつく島も無いとはこの事か。
「では、いよいよ除霊に取り掛かるか……」
「え。じゃあ今の塩は?」
「ごちゃごちゃと煩いわね……これも悪霊のせい……そう、ツッコミの霊だわ」
「そんな霊、聞いたことねえよっ!」
「……次は、これだわ」
あ、スルー? え、その手に持ってる細長くて平べったい板はナンデスカ?
「覚悟するのです、死霊め……立ち去れぃ!」
怨霊だったり悪霊だったり、なんかコロコロ変わってる気がするんですが……せめて
統一してくれ……いやそもそも俺は何にもとり憑かれていないっ!
バシィィィィィ!
「痛てえええ! 何しやが……」
バシィィィィィ! バシィィィィィ!
「痛てっ。ぐはっ」
バシィィィィィ! バィィィィィィ! バシィィィィィ!
「ぐはっ。がはっ。げはっ。……やめてくれ、俺が変な趣味に目覚める前に」
「ええい。しぶとい奴め。かくなる上はっ」
「まだ何かあるんですか? もう勘弁して下さいよ。ねえ」
「ならぬ。そなたに取り憑いている背後霊を……」
駄目だ……何を言っても聞く耳を持たないようだ。こんな時、スーパーヒーローが助け
に来てくれたら……思わず俺はその名前を叫んでいた。
「助けてください……雨宮さんっ」
「……ごめんなさい。私で」
え? その声は……うっすらと目の前に女の人の姿が見える。
345 :
高杜学園たぶろいど! ◆IXTcNublQI :2009/03/01(日) 00:55:57 ID:ttz/mrcP
投下終了です。
さて話はどこに向かっているのでしょうか・・・。
346 :
創る名無しに見る名無し:2009/03/01(日) 05:55:53 ID:ahz7IM8n
投下します。
2‐11
「ついに出てたか……そなたが悪霊だな」
絶体絶命? の俺の前に現れたのは、氷川先輩だった。
「まだ言ってるのか。その人は幽霊だけど……怨霊じゃないから恨めしくないもん!」
あ。しまった。バラしたら……氷川先輩が祓われちゃう!?
「悪霊だろうが英霊だろうが関係ない……やっと、見つけた」
「綾重さん、なの? 昨日、街で会った時と雰囲気が違いますけど」
「昨日……そうか。あの時のそなたがそうだったのか。それならあの時に……」
「なんだかよくわかりませんが。東雲君にこんな事して……ゆるしません」
え? 何なんだ? この空気。もしかして、バトル突入ですか? いろいろな意味で
困る。非常に困る(作者的な意味で)。
「氷川先輩っ!」
あれ?
「……何でしょうか。綾重さん」
「サ、サイン下さいっ(どきどきっ)」
「はい?」
ひかわせんぱい は こんらん している。
「一度でいいから本物の幽霊さんに会ってみたかったんですよー。うわー、感激です!」
かくいう俺も何のことやらさっぱり事態が呑みこめないのだが、綾重さんは感激してる、
らしい。さらにいつの間にか雰囲気が元(?)に戻っている。一方俺は磔にされたまま放置
されいるのだが。
「どうしましょう。サインなんて書いた事ありませんので……」
「あ、えと、じゃあ握手でいいですっ。ぜひぜひっ」
頬を赤らめ声が上ずる綾重さん。そんなに嬉しいのか? 一方俺は……もういいか。
「いや、よくないよくない」
「あれ〜、東雲君。どうしちゃったんですか〜? その格好……」
いや、それはこっちの台詞だ。綾重さん、記憶まですっ飛んじゃったんですか?
「部屋に入るなりこいつらが俺を無理矢理……」
「ん〜? そうだっけ」
「もう、2度とこんなことしちゃダメですよ」
「は〜い」
氷川先輩の言う事は素直に聞くようだ。良かった良かった。後はこの縛っているのを
解いてくれれば。
と、思ったら。ヒロインは忘れた頃にやってくる。
2‐12
バターン。扉を開け、真打登場。
「事件のにおいがするわっ! 新聞部の登場よっ!」
残念ながら既に事件は解決済みです。名探偵なら懲戒免職モノですよ、と。
「って、ちょっと、何やってんのよメガネっ!」
「何やってんのってご覧の有様ですが……」
氷川先輩と綾重さん(と他数名の男子部員)が磔になった俺の拘束を外そうと悪戦
苦闘している……
「ひょこたんまでいるじゃん。あんたたち、こういう趣味があったのね」
雨宮さんにはそう見えたらしい。いやいやいやいやいや。いやらしいことなんて
これっぽっちも考えて無いですから。
「もう知らないからっ。邪魔したわねっ」
そう言って部屋を後にする雨宮さん。って、結局何しに来たんですか。
「あの〜。こういう事は……学校でやる事じゃないと思うんですけど。あ、失礼し
ます(ぺこぺこ)」
雷堂寺先輩まで……そんなそそくさと離れなくてもいいじゃないですか。
「あら? どうしちゃったんでしょうか……」
キョトンとする氷川先輩。
とにかく俺はなんとか十字架から解放され、自由の身になった。
「さてと、雨宮さんに謝りに行かなきゃな……」
「どうして謝らなきゃいけないんですか?」
と、氷川先輩。
「どうしてって……」
そう言われてみれば、そうかも。よし、俺も男だ。毅然とした態度で臨まねば。
まあ、そんな意気込みは一瞬で消えたわけですが。
「何か用なのっ?」
うわっ。新聞部の部室に入った途端、睨まれた。
「いやあ、高校生らしく部活動を……」
「(ピー)部でも作って活動したらいいじゃん」
うごっ。一応伏せておきます。完全に誤解してるよ……
「さっきのは違うんだって」
「ふーん」
「機嫌直してくださいよ。ね」
「誰が?」
「はい?」
「誰が機嫌悪いって言ったのよっ?」
「いや、だって……」
ああ、駄目だこれは。素人目に見ても解る。
投下終了です。
自分のサイトとの二重投下って問題ないよな?
ないと思うが
俺もコンテンツが寂しいから掲載しちゃおうかな
続きを書くのが先だが
なんでもいいから誰か書いて下さいよー
頭が痛い。
御上は登校するなり机に突っ伏した。
昨日行われた心霊スポット探索は特に成果が出なかった。
そのくせ市内を引きずり回された挙げ句に門限を過ぎてしまったせいで窓から部屋に戻る破目になった。
それだけならまだ良かった。
辛うじて許容範囲内だし、想定内でもあった。
むしろ御上としては成果が出ない事を望んでいた。
しかし、ベッドに入ってからが大変というかおかしかった。
妙な音が部屋中から鳴り始めたのだ。
最初は隣人が騒いでいるのかとも思ったが、耳をすませてみるとどうも違う。
どうも音源は部屋の中にあるようなのだ。
首を傾げながら一時間程部屋をひっくり返してみたが何も発見出来なかった。
諦めて寝ようとしたが音は一向に収まらず結局一睡も出来なかった。
朝になって鏡で確認すると目の下に隈が出来ていたし体が重い。
「御上、お前、どうした?」
鞄を肩から提げて教室に入ってきた捷護は御上を見るなり疑問をぶつける。
御上が頭を押さえながら事情を説明すると捷護の顔が次第に真剣味を帯びていく。
「心霊スポット巡りでは何も起きなかったのか?」
「ああ。まったく、あいつにも困ったもんだ」
「そうか……」
「そういや、途中で変な外人二人組に会ったんだが、あれって……」
「御上」
捷護の強い語調で御上の話は遮られた。
「なんだよ」
内心に僅かな怒りを覚えながら、ふと、御上はある事に気付いた。
捷護は御上の正面にいるのだが、その目は御上の顔を見ておらず、視線は肩に向かっている。
「捷護、何かお前の目線ずれてないか?」
「ん、ああ。悪い」
捷護は謝罪するが心ここにあらずといった感じで視線を忙しなく揺り動かす。
御上が再度疑問を発しようとした所で教室の扉が開いて恭華が姿を現す。
「恭華、いいとこに来た」
「何よ?」
どこか不機嫌そうな恭華は煩わしそうな目で捷護を睨み付ける。
だが捷護はそんな事どこ吹く風といった感じで御上を指差す。
怪訝な表情で捷護の指した先にある御上を見た恭華は途端に顔を曇らせる。
「どう思う?」
「私も専門家じゃないから分からないけど、多分そうじゃない? まきちゃんは?」
「まだ来てないな」
「じゃあ、まきちゃん達は私が確認するから御上は任せた」
「ああ」
二人は何やら共通見解の元に話を進めているが、訳が分からない御上は一人取り残されていた。
「おい、俺を無視して話を進めるな」
「ああ、すまない」
鞄を机に置いて教室から出ていった恭華を見送った捷護は御上に向き直る。
その顔はいつになく深刻だった。
「何なんだよ、一体」
「御上、はっきり言うが、お前憑かれてるぞ」
「いや、そりゃ疲れてるが」
「アクセントが違うな。憑かれてるんだよ、幽霊に」
「へ?」
突拍子もない捷護の発言に御上は呆けた顔になって思考を停止させた。
358 :
早明浦観測会:2009/03/13(金) 00:15:00 ID:7rcWCcWM
随分久しぶりになりますね
実質8話の続きになります
359 :
創る名無しに見る名無し:2009/03/13(金) 12:02:09 ID:hc4/AL7Y
乙です
これを機に他の作者も帰ってきて過疎から脱出できるといいな
360 :
早明浦観測会:2009/03/13(金) 18:35:13 ID:7rcWCcWM
過疎から脱出するには書き続けるしかないですね。
一応、自分のブログにまとめサイトのリンクを張って宣伝してみますがどれだけの効果があるか……
2‐13
さて、どうしたものか。まあ、雨宮さんが機嫌を悪くしたからといって俺らが異世界
に放り込まれるわけでも地球が崩壊するわけでもないのだが、かと言ってこのまま
放っておくわけにもいかないだろう。
「……今日は取材に行かないんですか」
「行きたきゃ一人で行けば?」
「え? じゃ、じゃあ雹子さん」
「はい」
あ、いけね。ここは学校だった。
「ふーん。やっぱり2人はそんな仲なのね」
急に何言い出すんですか雨宮さん?
「……じゃあ、行きましょうか。蔵人君」
ちょっと、氷川先輩まで。俺なんてメガネ君でいいですよ。
「ほら、ほっといて行きましょ」
「え、あ、はい」
というわけで。俺は逃げるように部室を出た。
「あの、氷川先輩……?」
「とりあえずはこうするしか無いでしょ」
「は、はあ」
「ふふ。つばきさんって可愛いところもありますね」
「え? まあ確かに顔だけ見れば学年でも可愛い部類に入りますけど」
「そうじゃなくて……うーん」
ん? どういう意味だ?
「そうですね、つばきさんの好きなものとか、わかります?」
「そりゃあ、まだ誰も見つけてないスクープですね。おかげでいつも振り回さ
れてますけど」
「……そういう事じゃなくて。女の子なんだから」
「は、はあ。確かに男じゃありませんけど」
俺の答えが間違っていたのか、氷川先輩は黙ってしまった。
2‐14
気がつくと、自分のクラスの教室の前に立っていた。教室にはまだ帰っていない
生徒がいる。窓際の席に座って読書をしているポニーテールの少女。そういえば、
休み時間とかに雨宮さんとよく話をしている子だ。
「あ、白山さん?」
「えと、あなたは……放課後いつもつばきの後ろにくっついてるメガネ君……」
だいたいあってる。
「東雲です。あの、雨宮さんのことで聞きたいんだけど」
聞き込みを終えた俺は、再び部室へ戻った。
「雨宮さん。取材に行きましょう」
「だから一人で行けば良いでしょ?」
「いや、俺、甘い物苦手なんですよ」
「甘い物?」
「駅前にケーキ屋が新しく出来たんですよ。うちの女子生徒に人気らしいん
ですよね。だから人気の秘密を取材しようと思って」
「ケーキ屋?」
「あ、いやいや。行きたくないなら良いんですよ。氷川先輩と行きますから」
「ちょっとっ?」
「それじゃあ氷川先輩……」
「ちょっと、ひょこたんは食べられないでしょっ」
「あ、そうですね……」
「もう、しょうがないわね。ほら、さっさと行くわよ」
「あ、はい。……って、待ってくださいよ〜」
雨宮さんは部室を飛び出していった。俺は慌てて追いかける……ま、いいか。
機嫌は直ったみたいだし。
俺は一応財布の中身を確認した。取材費はおそらく俺持ちだ。好物のケーキを
食べるその笑顔は俺にとってのスクープかもしれない……などとガラにも無い
ことを心の中でつぶやいた。
――多分つづく。
投下終了です。
第2話はココまでです。
◆jTyIJlqBpA氏の「海の向こう側」から「白山瑞希」をお借りしました。
キャラクター紹介
綾重奈美子(あやしげ なみこ)/♀
・高等部1年。オカルト研究部。心霊現象に興味有り。巫女装束を着るとキャラが変わる。
9月からはじめて半年弱か・・・最後は無理矢理終わらせた感が・・・
最初に最後まで決めずに思いついたネタを詰め込むから
こういうことになるんだな・・・
なにこいつ
荒らしか?