山への信仰

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51問題提起@燃料投下
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/min/1097186173/945-

945 :天之御名無主 :2005/06/12(日) 00:22:32
よく山の神は女性と言われているけれど山の神である大山津見は男神のはず。
では、この女性の山の神って何者なのでしょう?
52問題提起@燃料投下:2005/06/12(日) 18:19:22
946 :山野野衾 ◆a/lHDs2vKA :2005/06/12(日) 01:16:34
>>945
日本国民のほぼ全員が記紀を読み、理解出来る様になって、まだ一世紀足らずでしょう。
中世〜近世にかけては記紀神話は(オリジナルの形では)ほとんど知られておらず、仏教
と習合した「中世神話」ほかが語られていました。
記紀に登場する神とは別な観念の方が、広がりを見せていた筈です。
近代になって原典回帰主義になり、名無しの女神を無理矢理大山津見神ほかに当て嵌め
た例もありますが、早い話が既存の信仰の破壊でしかありませんでした。
「何者」というのが記紀に典拠をお求めの上でのご発言だとすれば、無理だと申し上げる
より他にありません。


947 :ライダーマン ◆VQKJgiezS6 :2005/06/12(日) 01:22:58
>>945 イザナミ説が有力。リンクの上から3番目。
http://www.google.co.jp/search?q=%E5%B1%B1%E3%81%AE%E7%A5%9E%E3%80%80%E3%82%A4%E3%82%B6%E3%83%8A%E3%83%9F&hl=ja&c2coff=1&rls=GGLD%2CGGLD%3A2005-02%2CGGLD%3Aja


948 :山野野衾 ◆a/lHDs2vKA :2005/06/12(日) 01:28:54
しかし、類似しているという理由で、記紀のイザナミに直結させる事には、
躊躇してしまうのですが・・・。


949 :天之御名無主 :2005/06/12(日) 02:34:25
山にだって男と女があるでそ。


950 :天之御名無主 :2005/06/12(日) 02:46:03
うん、「有力」ってほどじゃないよな。
民俗学の山の神研究でも記紀と結びつけるのはあまり知らない。
53問題提起@燃料投下:2005/06/12(日) 18:21:05
951 :ライダーマン ◆VQKJgiezS6 :2005/06/12(日) 13:34:24
「有力」という言葉使いは撤回しようか。
俺の中で「有力」という意味で、学会で「有力」というわけではない。

まず雛型があったと仮定。
山の神(機織などをしている)がタブーを犯した男(性交を迫る?)を追っかけてくる話型があって、
これ自身は「マンが日本昔話」なんかでも取り上げられていた。
その雛型からイザナミ・ヤマンバその他の類話へ進展したのかもしれない。
当然、その可能性もあるわけだが。

俺自身としては、口伝よりも文書になったときの伝承力のほうが強力だと思うので、
雛型はいったん記紀にとりこまれ、イザナミの話になり、
記紀が複製され伝播する過程で、各地の文書の保有者から口伝的に広まり、
ヤマンバなどに変形したものと推測したい。


952 :天之御名無主 :2005/06/12(日) 13:38:40
正直言ってその考えには賛成できないが、
個人的な仮説の展開はこのスレとは相容れないので

>>945ほか
山への信仰
http://academy3.2ch.net/test/read.cgi/min/1113922400/
こっちあたりへ。
54問題提起@燃料投下:2005/06/12(日) 18:21:35
953 :山野野衾 ◆a/lHDs2vKA :2005/06/12(日) 15:01:48
ここまでにしておきますが、質問スレですから、回答者の為にも、こちらで
はっきりさせておく事にしましょう。

>追っかけてくる話型があって、
「まんが日本昔話」というのは、「牛飼いと山姥」の事でしょうが、それが古代
から存在したという証拠はありません。
年神信仰との関り(大晦日に峠の神に供え物をして通った)に由来するという
説が妥当でしょうが、それも冥界とは直接の関係は見出せません。

>その他の類話へ進展したの『かもしれない』。
>その『可能性もある』わけだが
>口伝よりも文書になったときの伝承力のほうが強力だと『思う』ので、 (これには同意)
>記紀が『複製され伝播』する過程で、『各地の文書の保有者』から『口伝的に広まり』、
『 』内は、いずれもあなたの想像の産物であって、検証に耐えられません。
最後の段にある記紀の伝播についても、相当する写本やその影響を受けて成立
した史料の歴史的・地理的な積み重ねが確認出来ない事には、どうにも。
中世に流布していた神話・縁起を見た限りでは、時代・地域ごとにかなりの変遷
が見られ、またイザナミの冥界譚を扱ったものもありませんでした。
偶々これらの推測が全て的中しており、関連する史料も偶々現存していないが、
かつては存在したという「可能性」は皆無ではありません。
勿論、あなた個人が自説を展開される事自体は自由です。
しかし、初心者向けにそれを伝授されるのは、如何なものかと思われます。


954 :山野野衾 ◆a/lHDs2vKA :2005/06/12(日) 15:11:38
>回答者の為にも
質問者の為にも、です。失礼。こんな失礼な事は申しません。
55天之御名無主:2005/06/12(日) 23:17:43
963 :天之御名無主 :2005/06/12(日) 21:32:14
>記紀と山の神を結びつけた研究
『昔話の考古学』吉田敦彦著 中央公論社
http://members.jcom.home.ne.jp/tn_delamancha/sankou/ma-gyou/mu_013.html

文化人類学には吉田と大林がいるわけだが、正統派の民俗学から見ると異端だろうな。
ライダーマンと山野の違いってのはそういうことだろ。
56天之御名無主:2005/06/13(月) 01:03:35
>>51-55 おつ

>>54
>「まんが日本昔話」というのは、「牛飼いと山姥」の事でしょうが、それが古代
>から存在したという証拠はありません。

たぶん、違うタイトルだと思う。
ヤマンバよりもう少し普通っぽい機織の娘が化け物になって、
自分を犯した男を、無限に伸びる髪の毛をつかって追っかけてくる。

>年神信仰との関り(大晦日に峠の神に供え物をして通った)に由来するという
>説が妥当でしょうが、それも冥界とは直接の関係は見出せません。

そのへんもう少し詳しく教えてください。
57天之御名無主:2005/06/13(月) 04:45:47
>>55
吉田敦彦は>>53みたいな説ではないだろう。
58天之御名無主:2005/06/13(月) 22:15:22
位山の男神、川上岳の女神、舟山の女神
59天之御名無主:2005/06/14(火) 02:44:07
>>57 「昔話の考古学」読んだか?
伝播の方法論を直接説いているのではないが、類似点を指摘するのは伝播を念頭においているから。
同時多発説にしてしまうなら、わざわざ類似点を指摘する必要がない。
60天之御名無主:2005/06/14(火) 06:24:53
>>50
ヒマーラヤは男神だ
61天之御名無主:2005/06/14(火) 12:01:54
>>59
吉田敦彦は縄文時代から日本に殺される女神信仰があったと
説いているわけだが。その信仰がかたや記紀神話に文字として定着し、
かたや民話のなかに生き残っている。
記紀神話の神々が民話に入り込んだなどとは言ってない。
62天之御名無主:2005/06/14(火) 12:04:01
ついでに吉田の説は野本寛一のような民俗学者も支持している。
正統派(民俗学、山野)vs異端(文化人類学、ライダーマン)のような
妙な構図を創出するのはやめれ。
63天之御名無主:2005/06/14(火) 22:20:19
>>61きちんと読んでるようですな^^
吉田をちょっと離れて。

取り込まれて伝播する構図はもっと複雑なはずだが、紙と筆、文字の広がり方、識字率・
学僧といったものの増え方を決して無視できないものだと思っている。
寡聞にして、話型を方言のように地図の上に落としていく研究の成果があるのかどうか知らんが。
64天之御名無主:2005/06/15(水) 06:59:07
思うのは勝手だが。
まずは中世の文献あたりを渉猟することだな。
65天之御名無主:2005/06/15(水) 16:59:22
丸山顯徳は、沖縄で採集された、記紀神話に類似した民話の一部は
戦前の神話教育によるものだろうと推測している
66天之御名無主:2005/06/16(木) 00:15:54
>>61 そうそう、縄文の遺跡から壊された地母神の土偶が出てくる。
しかし、縄文人が弥生人に「殺される地母神の話」を伝えたかといえば、そうではあるまい。
縄文人とイコールかどうかはしらんが、原日本人たるアイヌの民話と、後世の倭人の民話は似て非なるもの。
話型の伝播は同一民族の広がり、同一文化の広がりに負うところが多い。

>>65 逆に言えば、もともと明治以前の琉球人がもっていた民話には記紀の影響が薄かったってことかな?
そこまで言うといいすぎか。
67天之御名無主:2005/06/19(日) 02:29:02
元々は山から来るイノシシやクマが怖かったが海から来る侵略者には足元にも及ばなかったわけだ
68がいやまん:2005/09/22(木) 10:50:53
日本の甕棺の歴史を見ると博多湾の「オノゴ」島辺りから始まり、「セブリ」山の朝日の
当る山麓を囲んでBC800-AAD200年の約千年、弥生文化の中心として栄えている。
「弥生時代甕棺墓の分布とその変還
http://www.rekihaku.ac.jp/kenkyuu/kenkyuusya/fujio/kyushu/kamekan.html#3
ところが古墳時代の到来と共に甕棺は消滅している。が、古代で1000年も続いた
文化とAD200-AD700年程度の古墳文化では神話の中味にもその衝突の痕跡が
残っているはずである。こうしたことを背景に山への信仰というこのスレタイを考える
とまず、「セブリ」山から英彦山、その先の宇佐という辺りで新旧文化の接触が
あったのかなと考えられる。山を信仰したのは旧勢力であったはずである。
69がいやまん:2005/09/22(木) 11:02:05
英彦山の祭神 は天忍穗耳命 配祀 伊弉諾尊、伊弉冉尊
http://kamnavi.jp/toyo/hikosan.htm
この天忍穗耳命の子孫が神武、《旧事本紀》には天忍穂耳(あめの
おしほみみ)尊の子とあり,降臨のようすが記されている。     
70がいやまん:2005/09/22(木) 11:55:28
「セブリ」はソホリの元となった言葉で、現代韓国語では新羅の古名であり、ソウルの
語源になっている徐伐(ソボル)等というが、甕棺は松菊里の時代なので、徐市の感じ
がする徐伐(ソボル)ではなく、ソシモリ(牛頭)か、または、園(田園)の神かなと思う。
はっきりしたことは解からない。
71がいやまん:2005/09/22(木) 19:38:04
記紀では天孫は日向の高千穂に降臨して東遷、大和に入ったと言う風に日本的
規模の話になっているが、日向の古墳時代が始まるのは甕棺時代の後であるから
話としてはセブリ山脈周辺の方が古いはずであり、これは大和を中心とする古墳
文化が九州に及び九州の伝承を取り込んだことによるものであろう。
72がいやまん:2005/09/22(木) 19:49:39
三韓を征圧しなくてはならない大和朝廷としてはセブリ山を高千穂とするより、
日向の高千穂を聖地とした方が対外略上、熊襲、沖縄などへの政策上有利と
判断し、あえて、日向神話を採用したんじゃなかろうか。
73がいやまん:2005/09/22(木) 20:03:46
神武の足取りが不明となる遠賀川流域から宇佐にかけての地方こそセブリ山脈および
洛東江の各種部族が集結していたのではないかという感じだ。あの辺は石炭産業に
おいて見られたように古代においても大陸の鉱山で食い詰めた連中が集中したのでは
ないかと思われる。そして山陰の出雲等に追い払われる。こうしたことがあったのかなー。
カグツチの神は生まれる時にイザナミのホト(タタラ用語にもある)を火傷させ、死に至ら
しめ、生まれるととすぐにイザナギに切り殺される。鉱山関係者入国禁止令なのか。
74がいやまん:2005/09/23(金) 08:16:25
オルドス、遼寧方面から半島南西、半島東南、九州北部、山陰、琵琶湖南部、
河内、大和へと移動する冶金文化の移動の背景には半島で始まった水田との
結合による農業生産力の飛躍的拡大がその何十倍もの規模で環境破壊をもた
らした、つまり、インダス文明とかインカ文明を崩壊させたものである可能性のある
環境破壊による各種の災害、洪水、水不足、疫病などがあった。イザナミの産道
火傷、カグツチの現在による処刑、スサノオの放逐、流刑、また、流刑地における
ヤマタノオロチ(足尾鉱山鉱毒事件と同じ)退治、等は余りにも急激に拡大する
自然破壊の結果の天災にに民衆が神の怒りを感じていたのではなかろうか。
ハリケーン・カトリーヌ、リタの来襲を目の当たりにしていまわれわれは新たな
神の怒りを受けつつあるのではないかと思う。
75がいやまん:2005/09/23(金) 08:19:39
神話学は考古学に正しい道を示すブレーンストーミングとして極めて重要である。
但し、選挙のようなもので所詮政治を動かすのは代議士というか、考古学者なので
あろうが。
76がいやまん:2005/09/23(金) 08:26:16
環境を大量消費する青銅器文明が列島に引き寄せられたのは木曽から紀伊半島
にかけての非常に生産性の高い木材資源にあったのではなかろうか。スサノオは
樹木の苗をもって北方から韓国を通過する際に韓国に苗を渡さずに日本に持ち込
んだというのは、半島南部の木材の成長力に限界があるということを言っているような
感がする。
77がいやまん:2005/09/23(金) 13:09:58
夜臼 -日田、野洲-飛騨、河内-紀州こうした冶金木材コンビナートと竜王山らしい
河内トミヤマ-初瀬川のトミヤマなどを見ると古代人が地名にこだわっていたのが
よくわかる。飛騨高山の鉛、滑川、三韓のナメリ御津などというのは黒曜石、翡翠
時代から三韓と倭国には国境がなかった、共同体であったことを物語るようだ。
九州のコンビナートは夜臼 から吉野ヶ里にでたが厳しい住民の攻撃を受け、東方
香春-日田(筑豊炭田のようなものか)の方に撤退、一部は出雲、近畿へと東進
したのであろう。
78がいやまん:2005/09/23(金) 18:30:51
漏れの考えでは、狗奴国というのは西郷隆盛と薩摩藩士等の勤皇倒幕の下級武士
のようなものが、纒向新体制でポストを得られず、東国に向けて進んだのではないか
と思う。現代の世の中もそうだが、稲作中心のモノカルチャーは毎日が偏差値テスト
であり、満州浪人のような特殊技術者などには白樺、青空、せせらぎの東北は夢の
大地であったに違いない。
79天之御名無主:2006/06/23(金) 12:51:34
保守
80天之御名無主:2006/06/23(金) 17:14:44
山中村 部落
81天之御名無主:2006/07/03(月) 09:30:38
暑いな
82天之御名無主:2006/10/31(火) 21:53:00
山岳信仰なんて民俗学の基礎中の基礎なのに何故にこんなに寂れているんだ?
83天之御名無主:2006/11/01(水) 11:48:33
日本史板のはもりあがってなかった?
84天之御名無主:2007/02/23(金) 14:47:51
御岳信仰について語りたい
85天之御名無主:2007/02/23(金) 14:54:34
ミタケ、オンタケ、八ヶ岳、白馬岳。○○タケ、○○ダケ。
「タケ」「ダケ」が、含まれる山名は、日本にどれくらいあるのだろう。

沖縄の御嶽(ウタキ)は、大和詞の古語なのか?
86天之御名無主:2007/10/31(水) 21:55:49
富士山の神様が家の近所の神社の神様と同じって聞いたんですが、その神様の話を聞いたときに疑問に思ったこと

短命の象徴みたいな神様が何で不死山の天辺に?
87天之御名無主:2007/11/01(木) 01:13:20
>>86
コノハナサクヤヒメ大神のこと?
88天之御名無主:2007/11/01(木) 01:19:09
>>87
あさまじゃない浅間神社です
89天之御名無主:2007/11/01(木) 01:58:40
>>88
コノハナサクヤヒメ大神は火口の神よ。
富士山山頂には三つのピークがあり
それぞれの神様が立っておられます。
90天之御名無主:2007/11/03(土) 03:25:07
西駒ケ岳では役小角が刻んだという石仏が発見された
91天之御名無主:2007/11/09(金) 16:32:33
【長崎】3度立ち止まり「ホー」神を送る 対馬の山本神社大祭「七日祭」

対馬市美津島町今里で七日、山本神社大祭「七日祭」があり、「当番」に選ばれた
農家の家長らが一年の収穫を感謝し、山から里に下りてきていた神を山に見送る
「山褒め行事」があった。

 当番は今里地区に昔から居住する農家の戸主で、忌中でない年長者が一生に一度
選ばれる。今年は西山義典さん(54)。自家の畑で収穫した農作物などでごちそうを
こしらえ、集落の氏子ら大勢を招いて祝宴を開いた後、行列をつくって集落を練り歩き
氏神の山本神社へ。

 行列は宮司、西山さんの後に親族ら総勢約二十人。供え物を運ぶ早乙女役は、市立
今里中三年の吉村智美さん(15)、同二年の服部亜梨沙さん(14)が務め、「ユリ」と
呼ばれる楕円(だえん)形の盆を頭上に載せ、甘酒や赤飯などを運んだ。

 行列は神社近くで三度立ち止まって「山褒め行事」。宮司が「元山の太郎坊、次郎坊、
みやまに見送り申す」と奏上すると、一同が「ホー」と声を上げた。

 神社では五穀豊穣(ほうじょう)や家内安全などを祈願、来年の当番家を決めた。
西山さんは「皆さんの手助けで無事終えることができた。今年は病害虫の影響で収穫が
悪かった。来年は豊作を願いたい」と話した。

 同祭は、九日朝に宮司が神社を参拝するまで神社方向の山への立ち入りが禁止される
ため、「山止祭(やまどめのまつり)」とも呼ばれている。

http://www.nagasaki-np.co.jp/kiji/20071109/14.shtml
92天之御名無主:2007/11/12(月) 02:32:28
柳田が、聞いたら、ズイキの涙を流しそうな祭りだな。

春、山から里に下りてきた神が、田の神・農耕神となって豊作をもたらし、
秋に、村人から感謝されながら、山に戻るなんて、
柳田理論そのままの祭りじゃないか。
93天之御名無主:2007/11/12(月) 10:25:07
福島市の真ん中に信夫三山という信仰の山がある。
ピラミッドのように山が三あり、人工的に石を組んだような場所もある。
94天之御名無主:2007/11/14(水) 12:26:27
>>92
ポスコロ民俗学的に言えば、柳田理論を具現している祭りではなく、
柳田理論が、現場に流入し、祭りがそれに沿って再解釈されているだけという可能性もある。
95天之御名無主:2007/11/14(水) 19:41:35
>>94
「生成の語り」みたいな文脈なんでしょうか

関係ないですけど、自らが「侵食」した場所が、その影響で変わってしまっても「これも変化の過程だ」とか言えるもんですかね
96天之御名無主:2007/11/14(水) 22:05:18
そりゃあ言えるだろう。倫理的な問題はあるだろうが、自爆覚悟で行けば。
97天之御名無主:2007/11/14(水) 22:06:12
つーか、英米人類学方面だと、近年はフィールドワーカーが積極的に介入してもよい雰囲気になっているらしい。
98天之御名無主:2007/11/15(木) 01:30:06
日本でも、芸能分野には、昔からあるよ。
M氏は、民俗芸能を利用した地域振興に、アドバイザーとして引っ張りだこ。

というか、自治体の民俗の学芸員は、それが業務の一部だけどね。
地域の伝承文化による村おこし・町おこし。
99天之御名無主:2008/05/18(日) 07:45:59
関係ないけどボキは富士山を拝み続けていたら霊感が強くなりますた
100天之御名無主:2008/10/04(土) 12:51:50
狭いムラ社会の農耕民族にとっての山って、先祖の住処なの?
21 :天之御名無主:2005/04/25(月) 23:55:49
山にご先祖様が帰っていくというのは、
定住民族が先祖の魂すら自分の近在に留めたいという執着心つーか、
狭いムラ社会に特有の窒息してしまいそうな閉塞感みたいのを感じる・・・・
海への信仰
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/min/1113922634/21
101天之御名無主:2009/11/05(木) 16:10:04
dat落ち防止のためage
102天之御名無主:2009/11/06(金) 21:18:06
「山の神」への信仰なのか「山」そのものへの信仰なのか
まぁ日本の「山の神」ってのはだいたい森の神なんだけどさ
103天之御名無主:2009/11/30(月) 01:48:19
やってやるってー


誰か天狗の話ない?
104天之御名無主:2009/11/30(月) 17:58:55
>>103
岩手の某地方では天狗が山から山へ高下駄を履いて飛んでいくという
出発地が早池峰山でその間、ある森を訪れるという。しかし信仰の対象にはなってないな

不思議なことにこの話はその森と早池峰山の間の地域では全く語られない
そっちの方には天狗は飛んでいかないからだと保育園の父兄が言ってたらしい
105天之御名無主:2009/12/01(火) 02:39:44
山への信仰=木地師
106天之御名無主:2009/12/01(火) 12:47:02
今月7日は山の神の日なので山に入れません。
山師の人も仕事休み。
107天之御名無主:2009/12/08(火) 02:18:27
>>105
山神への信仰は木地挽きが人一倍強かったろうな
108天之御名無主
>102
ヒント:山≒森

○○森とかいう名前の山もある