ラノベ・ロワイアル Part9

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1イラストに騙された名無しさん
"こ の ス レ を 覗 く も の 、 汝 、 一 切 の ネ タ バ レ を 覚 悟 せ よ"
(参加作品内でのネタバレを見ても泣いたり暴れたりしないこと)

※ルール、登場キャラクター等についての詳細はまとめサイトを参照してください。


――――【注意】――――
当企画「ラノベ・ロワイアル」は 40ほどの出版物を元にしていますが、この企画立案、
まとめサイト運営および活動自体はそれらの 出版物の作者や出版元が携わるものではなく、
それらの作品のファンが勝手に行っているものです。
この「ラノベ・ロワイアル」にそれらの作者の方々は関与されていません。
話の展開についてなど、そちらのほうに感想や要望を出さないで下さい。

テンプレは>>2-9あたり。
2イラストに騙された名無しさん:2006/10/13(金) 21:29:47 ID:gjmtPtgu
ラノベ・ロワイアル 感想・議論スレPart.18
(感想・NG投稿についての議論等はすべて感想・議論スレにて。
 最新MAPや行動のまとめなども随時更新・こちらに投下されるため、要参照。)
http://book3.2ch.net/test/read.cgi/magazin/1150964430/

まとめサイト(過去ログ、MAP、タイムテーブルもこの中に。特に書き手になられる方は、まず目を通して下さい)
ttp://lightnovel-royale.hp.infoseek.co.jp/entrance.htm

過去スレ
ラノベ・ロワイアル Part8
http://book3.2ch.net/test/read.cgi/magazin/1141434990/
ラノベ・ロワイアル Part7
http://book3.2ch.net/test/read.cgi/magazin/1128869221/
ラノベ・ロワイアル Part6
http://book3.2ch.net/test/read.cgi/magazin/1120488255/
ラノベ・ロワイアル Part5
http://book3.2ch.net/test/read.cgi/magazin/1116618701/
ラノベ・ロワイアル Part4
http://book3.2ch.net/test/read.cgi/magazin/1114997304/
ラノベ・ロワイアル Part3
http://book3.2ch.net/test/read.cgi/magazin/1112542666/
ラノベ・ロワイアル Part2
http://book3.2ch.net/test/read.cgi/magazin/1112065942/
ラノベ・ロワイヤル
http://book3.2ch.net/test/read.cgi/magazin/1111848281/

避難所
ttp://jbbs.livedoor.jp/otaku/4216/
3参加者リスト(1/2):2006/10/13(金) 21:30:24 ID:gjmtPtgu
2/4【Dクラッカーズ】 物部景× / 甲斐氷太 / 海野千絵 / 緋崎正介 (ベリアル)×
1/2【Missing】 十叶詠子 / 空目恭一×
2/3【されど罪人は竜と踊る】 ギギナ / ガユス× / クエロ・ラディーン
0/1【アリソン】 ヴィルヘルム・シュルツ×
1/2【ウィザーズブレイン】 ヴァーミリオン・CD・ヘイズ / 天樹錬 ×
2/3【エンジェルハウリング】 フリウ・ハリスコー / ミズー・ビアンカ× / ウルペン
1/2【キーリ】 キーリ× / ハーヴェイ
1/4【キノの旅】 キノ / シズ× / キノの師匠 (若いころver)× / ティファナ×
3/4【ザ・サード】 火乃香 / パイフウ / しずく (F)× / ブルーブレイカー (蒼い殺戮者)
1/5【スレイヤーズ】 リナ・インバース / アメリア・ウィル・テラス・セイルーン× / ズーマ× / ゼルガディス× / ゼロス×
1/5【チキチキ シリーズ】 袁鳳月× / 李麗芳× / 李淑芳 / 呉星秀 ×/ 趙緑麗×
3/3【デュラララ!!】 セルティ・ストゥルルソン / 平和島静雄 / 折原臨也
0/2【バイトでウィザード】 一条京介× / 一条豊花×
1/4【バッカーノ!!】 クレア・スタンフィールド / シャーネ・ラフォレット× / アイザック・ディアン× / ミリア・ハーヴェント×
1/2【ヴぁんぷ】 ゲルハルト=フォン=バルシュタイン子爵 / ヴォッド・スタルフ×
2/5【ブギーポップ】 宮下藤花 (ブギーポップ) / 霧間凪× / フォルテッシモ× / 九連内朱巳 / ユージン×
0/1【フォーチュンクエスト】 トレイトン・サブラァニア・ファンデュ (シロちゃん)×
0/2【ブラッドジャケット】 アーヴィング・ナイトウォーカー× / ハックルボーン神父×
2/5【フルメタルパニック】 千鳥かなめ / 相良宗介 / ガウルン ×/ クルツ・ウェーバー× / テレサ・テスタロッサ×
3/5【マリア様がみてる】 福沢祐巳 / 小笠原祥子× / 藤堂志摩子 / 島津由乃× / 佐藤聖
0/1【ラグナロク】 ジェイス ×
0/1【リアルバウトハイスクール】 御剣涼子×
2/3【ロードス島戦記】 ディードリット× / アシュラム (黒衣の騎士) / ピロテース
1/1【陰陽ノ京】 慶滋保胤
4参加者リスト(2/2):2006/10/13(金) 21:31:02 ID:gjmtPtgu
3/5【終わりのクロニクル】 佐山御言 / 新庄運切× / 出雲覚 / 風見千里 / オドー×
1/2【学校を出よう】 宮野秀策× / 光明寺茉衣子
1/2【機甲都市伯林】 ダウゲ・ベルガー / ヘラード・シュバイツァー×
0/2【銀河英雄伝説】 ×ヤン・ウェンリー / オフレッサー×
2/5【戯言 シリーズ】 いーちゃん× / 零崎人識 / 哀川潤× / 萩原子荻× / 匂宮出夢
2/5【涼宮ハルヒ シリーズ】 キョン× / 涼宮ハルヒ× / 長門有希 / 朝比奈みくる× / 古泉一樹
2/2【事件 シリーズ】 エドワース・シーズワークス・マークウィッスル (ED) / ヒースロゥ・クリストフ (風の騎士)
1/3【灼眼のシャナ】 シャナ / 坂井悠二× / マージョリー・ドー×
0/1【十二国記】 高里要(泰麒)×
2/4【創竜伝】 小早川奈津子 / 鳥羽茉理× / 竜堂終 / 竜堂始×
1/4【卵王子カイルロッドの苦難】 カイルロッド× / イルダーナフ× / アリュセ / リリア×
1/1【撲殺天使ドクロちゃん】 ドクロちゃん
3/4【魔界都市ブルース】 秋せつら× / メフィスト / 屍刑四郎 / 美姫
4/5【魔術師オーフェン】 オーフェン / ボルカノ・ボルカン / コミクロン / クリーオウ・エバーラスティン / マジク・リン×
1/2【楽園の魔女たち】 サラ・バーリン× / ダナティア・アリール・アンクルージュ

全117名 残り54人
※×=死亡者

【おまけ:喋るアイテム他】
2/3【エンジェルハウリング】 ウルトプライド / ギーア× / スィリー
1/1【キーリ】 兵長
2/2【キノの旅】 エルメス / 陸
1/1【されど罪人は竜と踊る】 帰ってきたヒルルカ
1/1【ブギーポップ】 エンブリオ
1/1【ロードス島戦記】 カーラ
2/2【終わりのクロニクル】 G-sp2 / ムキチ
1/2【灼眼のシャナ】 アラストール&コキュートス / マルコシアス&グリモア×
0/1【楽園の魔女たち】 地獄天使号×
5ゲームルール(1/2):2006/10/13(金) 21:31:36 ID:gjmtPtgu
【基本ルール】
全員で殺し合いをしてもらい、最後まで生き残った一人が勝者となる。
勝者のみ元の世界に帰ることができる。
ゲームに参加するプレイヤー間でのやりとりに反則はない。
ゲーム開始時、プレイヤーはスタート地点からテレポートさせられMAP上にバラバラに配置される。
プレイヤー全員が死亡した場合、ゲームオーバー(勝者なし)となる。
開催場所は異次元世界であり、どのような能力、魔法、道具等を使用しても外に逃れることは不可能である。

【スタート時の持ち物】
プレイヤーがあらかじめ所有していた武器、装備品、所持品は全て没収。
ただし、義手など体と一体化している武器、装置はその限りではない。
また、衣服とポケットに入るくらいの雑貨(武器は除く)は持ち込みを許される。
ゲーム開始直前にプレイヤーは開催側から以下の物を支給される。
「多少の食料」「飲料水」「懐中電灯」「開催場所の地図」「鉛筆と紙」「方位磁石」「時計」
「デイパック」「名簿」「ランダムアイテム」以上の9品。
「食料」 → 複数個のパン(丸二日分程度)
「飲料水」 → 1リットルのペットボトル×2(真水)
「開催場所の地図」 → 禁止エリアを判別するための境界線と座標も記されている。
「鉛筆と紙」 → 普通の鉛筆と紙。
「方位磁石」 → 安っぽい普通のコンパス。東西南北がわかる。
「時計」 → 普通の時計。時刻がわかる。開催者側が指定する時刻はこの時計で確認する。
「デイパック」→他の荷物を運ぶための小さいリュック。
「名簿」→全ての参加キャラの名前がのっている。
「ランダムアイテム」 → 何かのアイテムが一つ入っている。内容はランダム。
6ゲームルール(2/2):2006/10/13(金) 21:32:10 ID:gjmtPtgu
※「ランダムアイテム」は作者が「エントリー作品中のアイテム」と「現実の日常品」の中から自由に選んでください。 
必ずしもデイパックに入るサイズである必要はありません。
エルメス(キノの旅)やカーラのサークレット(ロードス島戦記)はこのアイテム扱いでOKです。
また、イベントのバランスを著しく崩してしまうようなトンデモアイテムはやめましょう。

【「呪いの刻印」と禁止エリアについて】
ゲーム開始前からプレイヤーは全員、「呪いの刻印」を押されている。
刻印の呪いが発動すると、そのプレイヤーの魂はデリート(削除)され死ぬ。(例外はない)
開催者側はいつでも自由に呪いを発動させることができる。
この刻印はプレイヤーの生死を常に判断し、開催者側へプレイヤーの生死と現在位置のデータを送っている。
24時間死者が出ない場合は全員の呪いが発動し、全員が死ぬ。
「呪いの刻印」を外すことは専門的な知識がないと難しい。
下手に無理やり取り去ろうとすると呪いが自動的に発動し死ぬことになる。
プレイヤーには説明はされないが、実は盗聴機能があり音声は開催者側に筒抜けである。
開催者側が一定時間毎に指定する禁止エリア内にいると呪いが自動的に発動する。
禁止エリアは2時間ごとに1エリアづつ禁止エリアが増えていく。

【放送について】
放送は6時間ごとに行われる。放送は魔法により頭に直接伝達される。
放送内容は「禁止エリアの場所と指定される時間」「過去6時間に死んだキャラ名」「残りの人数」
「管理者(黒幕の場合も?)の気まぐれなお話」等となっています。

【能力の制限について】
超人的なプレイヤーは能力を制限される。 また、超技術の武器についても同様である。
※体術や技術、身体的な能力について:原作でどんなに強くても、現実のスペシャリストレベルまで能力を落とす。
※魔法や超能力等の超常的な能力と超技術の武器について:効果や破壊力を対個人兵器のレベルまで落とす。
不死身もしくはそれに類する能力について:不死身→致命傷を受けにくい、超回復→高い治癒能力
7投稿ルール(1/2):2006/10/13(金) 21:32:50 ID:gjmtPtgu
【本文】
 名前欄:タイトル(?/?)※トリップ推奨。
 本文:内容
  本文の最後に・・・
  【名前 死亡】※死亡したキャラが出た場合のみいれる。
  【残り○○人】※必ずいれる。

【本文の後に】
 【チーム名(メンバー/メンバー)】※個人の場合は書かない。
 【座標/場所/時間(何日目・何時)】

 【キャラクター名】
 [状態]:キャラクターの肉体的、精神的状態を記入。
 [装備]:キャラクターが装備している武器など、すぐに使える(使っている)ものを記入。
 [道具]:キャラクターがバックパックなどにしまっている武器・アイテムなどを記入。
 [思考]:キャラクターの目的と、現在具体的に行っていることを記入。
 以下、人数分。

【例】
 【SOS団(涼宮ハルヒ/キョン/長門有希)】
 【B-4/学校校舎・職員室/2日目・16:20】

 【涼宮ハルヒ】
 [状態]:左足首を骨折/右ひじの擦過傷は今回で回復。
 [装備]:なし/森の人(拳銃)はキョンへと移動。
 [道具]:霊液(残り少し)/各種糸セット(未使用)
 [思考]:SOS団を全員集める/現在は休憩中
8投稿ルール(2/2):2006/10/13(金) 21:33:26 ID:gjmtPtgu
 1.書き手になる場合はまず、まとめサイトに目を通すこと。
 2.書く前に過去ログ、MAPは確認しましょう。(矛盾のある作品はNG対象です)
 3.知らないキャラクターを適当に書かない。(最低でもまとめサイトの詳細ぐらいは目を通してください)
 4.イベントのバランスを極端に崩すような話を書くのはやめましょう。
 5.話のレス数は10レス以内に留めるよう工夫してください。
 6.投稿された作品は最大限尊重しましょう。(問題があれば議論スレへ報告)
 7.キャラやネタがかぶることはよくあります。譲り合いの精神を忘れずに。
 8.疑問、感想等は該当スレの方へ、本スレには書き込まないよう注意してください。
 9.繰り返しますが、これはあくまでファン活動の一環です。作者や出版社に迷惑を掛けないで下さい。
 10.ライトノベル板の文字数制限は【名前欄32文字、本文1024文字、ただし32行】です。
 11.ライトノベル板の連投防止制限時間は30秒に1回です。
 12.更に繰り返しますが、絶対にスレの外へ持ち出さないで下さい。鬱憤も不満も疑問も歓喜も慟哭も、全ては該当スレへ。

 【投稿するときの注意】
 投稿段階で被るのを防ぐため、投稿する前には必ず雑談・協議スレで
「>???(もっとも最近投下宣言をされた方)さんの後に投下します」
 と宣言をして下さい。 いったんリロードし、誰かと被っていないか確認することも忘れずに。
 その後、雑談・協議スレで宣言された順番で投稿していただきます。
 前の人の投稿が全て終わったのを確認したうえで次の人は投稿を開始してください。
 また、順番が回ってきてから15分たっても投稿が開始されない場合、その人は順番から外されます。
9追記:2006/10/13(金) 21:34:12 ID:gjmtPtgu
【スレ立ての注意】
このスレッドは、一レス当たりの文字数が多いため、1000まで書き込むことができません。
500kを越えそうになったら、次スレを立ててください。

――――テンプレ終了。
10道は交わる(1/15) ◆eUaeu3dols :2006/10/13(金) 21:52:19 ID:gjmtPtgu
――Side|奇妙な一行

「しかし人生とは不思議なものだと思わんかね。
 一度別れてもまた出会うこのUターンっぷりは正にブーメラン。
 つまり忙しなく行ったり来たりするのに一向に進みやしねえという事だな」
「……うるせえ」
煩げに手を振って追い払おうとしても人精霊はひょいと離れてまた戻る。
「おお、今の俺様ってブーメランっぽいこれ正に人生の体現者。
 これが哲学というやつだな、うむうむ」
「やかましいうっとうしいよって早急に黙りやがれ!」
オーフェンは人精霊をがっしり鷲掴んで力いっぱい遠投した。
「あーれー」
気の抜ける声と共に人精霊は星になった。
どうせまたすぐに出てきそうな気はするが。
そう考えると、どっと肩に疲れがのしかかる。
過労だ。
「…………なんでこう俺の周りにはろくな奴がいねえんだ」
「ふむ、それはやはり類は友を呼ぶというやつではなかろうか。
 安心したまえ、ここに私という常識人が現れた。
 さあ遠慮無く私を称えたまえ! 佐山御言万歳と!」
すごく、挫けそうになった。

「えーっと……大丈夫?」
「あ、ああ、ありがとう、大丈夫だ」
宮下藤花が掛けた労りの言葉にオーフェンはようやく安堵の溜息を吐く。
しかし即座にハッとなり、表情を真剣に引き締めた。
「……一つ訊いていいか?」
「なに?」
「あんたは夜中にべんとらべんとら唱えながら踊ったり無意味に破壊活動に走ったり
 脈絡もなく天上天下唯我独尊とか言い出したりしないよな!?」
「しないわよそんな事!」
それを聞いてオーフェンは今度こそ安堵の溜息を吐いた。
11道は交わる(2/15) ◆eUaeu3dols :2006/10/13(金) 21:52:54 ID:gjmtPtgu
「……久しぶりにまともな奴に出会えた」
オーフェンに降り注ぐ視線が深い哀れみを含んだのは当然の事だと言える。

「そうなんだ。あなた達、前にも一度会った事が有ったのね」
「ああ、もう半日近く前になるな」
「一悶着有って別れてしまったがね」
オーフェンと佐山は何事もなく言葉を交わす。
先ほどまでの奇人っぷりはなりを潜め、しかし親しみすぎもその逆も無い。
少しだけ距離を置いて歩きながら、言葉を交わし互いを知り始める。
「その様子を見ると小早川嬢からは逃げきれたようだね」
「ああ、なんとかな」
「では、私の残したメモも見つけたかね?」
「いや。だが、マジクの事なら見つけた」
「そうか。なら構わない、その事だったのでね」
少しだけの間。
「そっちはどうなんだ? 連れが代わってるようだが」
「ああ、詠子君なら……少し、はぐれてしまってね。
 まだ生きてはいるはずだが、見つけたら是非とも報せてくれたまえ」
「判った」
返答をし、また間。
「それで、あんたらはこれからどうするつもりだ?」
「うむ、まずはE−5の小屋に向かう予定だ。
 その後は教会見物の後にマンションへ行く予定だが、君もどうかね?」
少し考える。
クリーオウを捜すつもりだったが、アテは無い。
それに小屋は0時とはいえギギナと待ち合わせている場所で、
教会は6時の放送で呼ばれた宮野やしずくが向かった場所だ。
気にならないと言えば嘘になるだろう。
「マンションに行く予定は無いが、教会までなら一緒に行っても良い」
「良し、では共に向かうとしよう。行こう、皆の者」
「あ、うん」
12道は交わる(3/15) ◆eUaeu3dols :2006/10/13(金) 21:53:32 ID:gjmtPtgu
藤花も頷き、歩き出そうとしたその時。
「おや待ちたまえ。これは良いタイミングだ」
バイクの音が響き、佐山は無表情に両手を広げた。
「……なんだ、この音は?」
「はぐれていた仲間の一人と感動の体面だよ。やあおかえり、零崎君!」
「ひゃははは、うまく再会できるもんだな! ただいまだ、佐山!」
バカ笑いと共にそこに現れたのは、帰還した零崎人識だった。
「イチジク果汁の想いだね」
「それを言うなら一日千秋だろう。なかなか愉快な物に乗っているね」
喋るモトラド、エルメス付で。

     * * *

――Side\大集団

マンションの一室で、メフィスト医師は自らのバクテリアを除去しようとしていた。
バクテリアの除去と一言によってもそれは容易い事ではない。
普通なら熱い風呂に入り衣服を熱湯消毒すれば大抵のバクテリアは死滅する。
しかしそれは普通のバクテリアだ。
魔界都市に居るバクテリアを思い返せば、高熱も低温も確実とはいえまい。
ならばそれよりも確実な手段とは何か? それは。
「………………」
メフィストはじっと見つめていた。更衣用の人がすっぽりと映りこむ大鏡をだ。
その中に映るのは自らの姿。
すなわち、文字通り月をも魅了する人外の美である。
メフィストは自らの美によってバクテリアを魅了しようとしているのである!
それは常識的に考えれば有り得ない光景だ。
しかしその美は常識の枠外に有る。
非常識に当てはめれば起こりえない方がおかしいのだ。
果たしてメフィストの体から、衣服から、微細な粉末が零れ落ちていくではないか。
こうして石油製品を溶かすバクテリアはメフィストの肉体から除去されたのである。
13道は交わる(4/15) ◆eUaeu3dols :2006/10/13(金) 21:54:23 ID:gjmtPtgu

「……なんだかよく判らねえけどすげえな、あんた」
竜堂終が感嘆の声を上げた。
終にはメフィストが鏡と見つめ合っているとバクテリアが除去されたとしか判らない。
いや、本能的にはその美貌がバクテリアを除去したという事を理解させられているが、
彼にも少し位は有る常識や、その他の理性、感情などがそれを理解していないだけである。
「なに、大したことはない」
そう言うメフィストは、実際機嫌が良いわけではなかった。
(予定よりも随分と時間が掛かった。
 これはつまり、容貌すらも『制限』されていると考えるべきか)
一体何をどうすればそんな事が出来るかはメフィストでさえ見当がつかない。
正確には全く手段が無いわけでは無いが、『制限』がどれか判断出来ないのだ。
そしてもう一つ、メフィストには気がかりな事が有った。
「ところで竜堂君、あの鏡を見たまえ」
「なんだよ?」
「何か気になることは無いかね?」
そう言われて終はじっと鏡を見つめた。
映っているのは自分とメフィストだけ。他の者は別の部屋に居る。ただのマンションの一室。
「……なにも無いと思うぜ?」
「そうか。では私の気のせいだったようだ」
そう、気のせいなのだろう。
メフィストにのみ見える“鏡の向こうに立っている秋せつらの姿”は。
『鏡は水の中とつながっていて、そこには死者の国が在る』
(少なくとも今はまだ……幻だ。何の根拠も無い)
例えば彼に対する『死んだのではないか』という一抹の不安が呼んだのかもしれない。
秋せつらの死を証明するものとも言えない、はずだ。
メフィストは一度目を閉じ、意識を、精神と肉体を整えて、開いた。
水面に映る像の如く、儚い“幻”は消えていた。
14道は交わる(5/15) ◆eUaeu3dols :2006/10/13(金) 21:55:04 ID:gjmtPtgu
「では予定通り、次は君のバクテリアを除去するとしよう。私と見つめ合いたまえ」
「……遠慮していいか?」
「バクテリアが付着したままで良いのならね。
 それと、君は目を瞑っていても構わない」
終は渋々とメフィストと対面になる椅子に腰掛け、腹立たしくも目を瞑った。
謎の『制限下』にあっても彼の美貌を直視し続ける事は刺激が強すぎる。
そして、治療が始まった。


「君は治療を受けなくて良いのかい?」
「終の治療の後で良いわ」
ベルガーの言葉に答えるダナティア。
「あたくしは一応、代わりの服も手に入れているもの。
 彼は……まあ、あの頑丈さなら実用的な意味ではそれほど重要じゃないわね。
 それでもいつまでも半裸だなんて見苦しいわ」
「バクテリアに溶かされない服は手に入らないのか?」
「どうやらこの島で調達できる衣服はバクテリアに溶かされる材質が多いようだわ。
 捜せば有るでしょうけど、期待は出来ない」
おそらくは支給品の一つとして、こんな悪趣味なバクテリアが用意されているのだ。
最悪、島に置いてある服は全て溶ける衣服かもしれない。
「まったく持ってタチが悪いな」
「まったくだわ」
ダナティアは“話しながら何かを記していた紙”をベルガーに向けて押しやる。
ベルガーは頷き、ダナティアが直接触れた鉛筆を避けて紙だけを受け取った。
話を打ち切りベルガーは席を離れる。
偉大なる叡智を持ちしメフィストの刻印研究。
陰陽道の観点から魂と魄を含めた保胤による刻印考察。
得体の知れない黒幕と出会ったダナティアによるメモ。
ごたごたして最後を読んでいないが、坂井悠二のレポートも有った。
ベルガーはリナに新しい紙とこれまでの紙束を手渡した。
リナは頷き、それを受け取った。
15道は交わる(6/15) ◆eUaeu3dols :2006/10/13(金) 21:56:13 ID:gjmtPtgu
(ここにこのあたし、天才魔導師リナ・インバースが推察やらの一筆を加えてやるわ。
 刻印ってのがどれ程の物だろうとこれだけの知恵者が集まれば……)
刻印を解除できればゲームのシステムそのものに刃向かう事も可能になる。
明確に仇と判っているあの“管理者ども”を殺せる。
復讐の情熱を持って現時点のレポートを眺め見て……
「………………っ」
げっ、という声を辛うじて押し殺した。
リナの知っている知識から新たな推測を立て書き加える事自体は難しくない。
だが、問題はその後だ。
今のところ集まった研究や推測の内容は多種多様過ぎて、しかも異世界の理論が絡んでいる。
これを理解して纏める事は容易ではない。
苦虫を噛み潰した気分で顔を上げると、レポートを覗き込んでいた海野千絵と目が合った。
千絵はそっと紙に書き加えた。
『手伝うわ』

ベルガーは彼女達が筆談を始めるのを見て、ひとまず元の位置に戻る。
ダナティアが目を瞑り眉を顰めているのに気がついたからだ。
「どうした?」
ダナティアは答えた。
「来客だわ」

     * * *
16道は交わる(7/15) ◆eUaeu3dols :2006/10/13(金) 21:57:14 ID:gjmtPtgu
――Side|奇妙な一行

森の中の、山小屋。
しばらくどたばたした自己紹介の末、佐山達はその場所に辿り着いていた。
そこに見つけたのは……一つの遺体。
片目を穿たれて動かなくなっている少女の姿だった。
「…………ここで死んだ、か。どういう事だろうな、これは」
「知り合いかね?」
「ああ、すぐに別れちまったがな。さっきの放送で呼ばれたしずくって娘だ」
答えるオーフェンも怪訝な様子だった。
宮野としずくが死んだとすればそれは教会だと思っていた。
こんな場所で死んでいる事は予想の外だ。
「……兵長に聞けば良い話か」
「兵長? 誰だそりゃ?」
零崎の疑問を無視してオーフェンは近くに転がっているラジオに歩み寄る。
……そして沈黙。
「……眠ってるのか? 幽霊が死んじゃいないだろうが……どうすれば良いんだ、これは」
「ああ、それはラジオという物だオーフェン君。そこのスイッチを押したまえ」
「スイッチ? ああ、これか」
オーフェンはラジオのスイッチを上げ……その瞬間、寒気を感じた。
すぐ鼻先に迫っている破滅的な予感。
(ヤベエ!!)
咄嗟にラジオを放り投げたのと空気が爆発したのは同時だった。

     * * *
17道は交わる(8/15) ◆eUaeu3dols :2006/10/13(金) 21:58:05 ID:gjmtPtgu
――Side/光明寺茉衣子

視界が揺れる。
薄闇の中、蛍火が足下を照らす。
それは暗闇を歩くにはあまりにも頼りない。
現にもう何度も躓いて転んでしまった。
愛用の黒いドレスは泥に汚れて見る影もない。
それでも彼の衣服が汚れるよりはマシだろう。
真っ白な白衣は汚れが一際に目立つ物なのだから。
既に真っ赤な染みで証明された事だが、これ以上に証明したくはないと思った。
(……まったく。重いですよ、班長)
既にもぬけの殻になっていた教会に辿り着いた彼女は、
嵩張るデイパックの中身を放り出して宮野秀策の遺体を詰め込んでいた。
少し失敗したせいでファスナーが閉じきれず、溢れた腕がぶらぶら揺れる
彼は長身な上に案外としっかりした体格の少年であり、
それよりも僅かに年若い少女が持ち歩くにはあまりに重すぎた。
デイパックに入れて滑らせ引きずるようにして持ち運んでも、なお過重だ。
よろめき、ふらつき、ぬかるみに足を滑らせ湿った地面が目前に迫る。
それでも彼の入ったデイパックを庇うから、受け身も取れずに叩きつけられる。
何度も何度もそうやって彼の“世話”を焼きながら、夜道を歩き続けた。
目的地は決まっていない。
今のところ禁止エリアにならない場所ならどこでも良い。
出来れば簡単な形で良いから埋葬をしてやりたかった。
(13時に禁止エリアとなったのがここから南のE6エリア。
 19時の禁止エリアに指定されたのが1kmほど東北東のC8エリア。
 確か、小屋を出た時にはもう19時を過ぎていましたね。
 そして今居たD6エリアは、23時からの禁止エリアに指定されている)
道なりに歩き続けたからもうC6エリアに入っただろう。
この辺りは禁止エリアが密集している。
流石にこれ以上、禁止エリアに指定される事は無いと思いたい。
というよりこれ以上はとても持ち運べない、どこか埋葬出来る場所はと見回して――
「――墓碑」
18道は交わる(9/15) ◆eUaeu3dols :2006/10/13(金) 21:59:10 ID:gjmtPtgu

すぐに認識を訂正する。
それはマンションだ。5棟も寄せ合ってそびえ立つコンクリートの塊。
だが見立てによっては墓碑にも見えた。
その前には緑地も有る。
ふらふらと近寄る。あそこなら良いとそう思って。
すると、その緑地に本当に、幾つかの墓碑が並んでいる事に気が付いた。
ごく簡単な埋葬だ、きっと参加者によるものだろう。
ここはまさに、墓場だった。
「……本当に、ここなら丁度良いのでしょうね」
茉衣子は立ち止まると、水を吸った柔らかい土を手で掘り返し始めた。
土を手で掘り返すなんて見苦しいと思うのに、それでもそれをやめる気にはならなかった。

     * * *

――Side\大集団

「来客だって?」
部屋が僅かにざわめく。
「ええ、そうよ。マンションの玄関口に少女が一人、居るわ。
 黒いドレス、黒い髪に黒い瞳……心当たりは?」
皆、首を振る。
19道は交わる(10/15) ◆eUaeu3dols :2006/10/13(金) 21:59:53 ID:gjmtPtgu
「何をしようとしているんだ?」
「デイパックから腕がはみ出ているわ。埋葬をしようとしているのかしら?
 中身は……白衣に割としっかりしたそこそこの長身、顔は……」
並べる特徴に、コキュートスが答えた。
「その少年なら出会った事が有る」
「それは何時? アラストール」
「早朝だ。小早川奈津子に追い回された」
「………………」
情景が目に浮かぶようだった。
「とにかく……埋葬を手伝いに行くわ。
 頭数は不要だし、力仕事が出来るのが一人居れば十分だけれど……」
ダナティアは立ち上がり、部屋を見回す。
メフィストと終は別室でバクテリアの除去を行っている。
リナと千絵は刻印について筆談をしていた。
保胤と志摩子は何かを真剣に話していた。絆が深まるならそれは良い事だろう。
手持ち無沙汰にしていたセルティが手を挙げる。
「……ベルガー、頼めるかしら」
「ああ、構わないが……」
『わたしは駄目なのか?』
素早く綴られたセルティの字に、ダナティアは首を振る。
「彼女、あまり落ち着いた精神状態とは見えないわ。
 出来れば警戒させないようにしたいの。
 ……埋葬しようとしている死体も、首を刎ねられている物だし」
『――――判った』
歯痒く伸びた線の末に了解の意を示す。
わざわざ良い場所に運んで埋葬しようという、おそらくは大切な人が死んだ姿。
そんなものと同じ姿がのこのこ歩いて現れれば精神的な被害は甚大だろう。
「連れて帰る可能性も有るから、悪いけど頭が有るように偽装しておけないかしら?
 普段もその姿だったの?」
『普段はヘルメットを被っていた。開始前に取り上げられてしまってね』
セルティは肩をすくめた。
20道は交わる(11/15) ◆eUaeu3dols :2006/10/13(金) 22:00:43 ID:gjmtPtgu
シャナと初めて出会った時も、彼女が元の世界で戦っていた怪物共と誤認されてしまった。
セルティはそれを気にしなかったが、シャナはそれを気にしていたようだ。
そういった事が無いようにどうにかした方が良いとは思うのだが、良い方法が……

………………あ。

とてつもなく簡単な方法が有る事に気が付いた。
考えてみたら影でヘルメットを作れば良いだけの話だ。
幾らこの島では消耗が激しいとはいえ、その位の物ならどうにでもなる。
(まったく、間が抜けた話だ)
首が有れば自省の溜息を吐いていただろう。
「何か手が有るならお願いするわ、やっておいてちょうだい。
 それじゃベルガー、同行してもらうわよ」
「ああ、判った。行こう」
そしてダナティアとベルガーは部屋から出ていった。

     * * *

――Side|奇妙な一行

一方、森にある小屋の中で、オーフェンはぼんやりと目を開けた。
「あ、起きた。ちょっと、あなた大丈夫?」
少女がオーフェンを覗き込む。
心が落ち着く。体の調子と周囲の状況を確認する。
21道は交わる(12/15) ◆eUaeu3dols :2006/10/13(金) 22:01:48 ID:gjmtPtgu
大丈夫、手足は動く。少し脳震盪を起こしただけのようだ。
何が起きたかは判らないし頭痛も有るがその程度で……

『おーふぇんは おきてくれた よかった』
佐山の手にある割り箸から声が聞こえた。

『ゲンキ ウレシイ』
佐山の居る壁際に立て掛けられた槍のコンソールに文字が浮かんだ。

「さっきはワリィ、してやられちまった」
ラジオから浮かび上がる幽霊、兵長が喋った。

「おかわり良ければ全て良しだね」
小屋の中に入れてあるバイクが喋った。

「世の中なにが起きるか判らんってもんだね、うむ、不思議な不思議だ。
 むむ、不思議が不思議って事は不思議でないのが普通なのかそれとも……
 まずなによりまた俺をくわえているこのケダモノに訊きたいのだが何故だろうか」
何故か草の獣がくわえていスィリーがいつものようによく判らないことを言い出す。

オーフェンはその全てをじっくりと観察する。
しばらく考えて、確信を持って結論を出した。
「…………幻覚が見えて幻聴が聞こえる。もう五分寝かせてくれ」
「大丈夫かねオーフェン君。そういう時は私のありがたい話を聞いて目を覚ましたまえ」
「ヒャハハハッ、また眠くなっちまうぜ!」
「安心したまえ私のありがたい話はとても面白みに満ちていると一部で大人気だ!
 まずはこの私、世界の中心たる佐山御言の生まれについて文庫本一冊程度で――」

…………………………………………なんなんだこの人外魔境は!?

     * * *
22道は交わる(13/15) ◆eUaeu3dols :2006/10/13(金) 22:02:31 ID:gjmtPtgu
――Side×大集団&光明寺茉衣子

「おいおい、誰か来たぞ」
エンブリオの声に視線を上げると、少し前方に一組の男女が立っていた。
(これほど近寄られるまで気が付かなかったのですね)
当然だった。彼の埋葬しか考えている事は無かったのだから。
「あなたは黙っていなさい」
「はっ、仕方ねえな」
エンブリオに言い含め、茉衣子は彼らを観察する。
もし彼らが高い戦闘能力を持つ過激な敵対者なら、何も出来ずに殺されるだろう。
そうでない事を祈り、死にかけの瞳で問い掛ける。
「あなた達は?」
二人は答えた。
「ダウゲ・ベルガーだ」
「ダナティア・アリール・アンクルージュよ」
二人は続けて言った。
「手伝おう」「手伝うわ」
目的は判らなかった。
ただ、たとえその目的が自分の利用であったとしても仕方がない事だと思った。
「……お願いします」
だから光明寺茉衣子は、素直に手を借りて埋葬を再開した。

     * * *
23道は交わる(14/15) ◆eUaeu3dols :2006/10/13(金) 22:03:10 ID:gjmtPtgu
――Side|奇妙な一行

「それじゃこれはあの、光明寺茉衣子がやったのか?」
「ああそうだ。あいつがしずくを殺しやがった」
しずくの遺体は整えられ、部屋の壁にそっともたれていた。
瞳を閉じて、まるで眠っているように。
兵長は語る。
「……凶器はなんだね?」
佐山が問う。
「エンブリオだ。といっても判らねえだろうな。……変な、喋る十字架だ。
 そいつでしずくの目を貫いた」
「……なんでだ?」
オーフェンが問う。
「逆恨みだ。あいつは……宮野が殺された事を恨んでいる」
「宮野を殺したのは別の奴だろう?」
更に問いを繰り返しながらも、もう判っていた。
「だから逆恨みなんだよ。
 あいつは宮野が死んだ原因も、原因のそのまた原因も憎んでやがる」
そう言ってから兵長は少し考え、訂正した。
「……いや、違うか。あれは恨みなんかじゃねえな。
 あいつは正当な代価だと言った。しずくが生きている事が疑問だと。
 あいつをここまで運んできたのはしずくだったってのに、それさえも関係無くだ」
それはもう正常な判断ではない。
その事を皆が認識した。
それはもう――コワレテイル。
沈黙。静寂。重苦しい、間。
………………。
オーフェンが口を開いた。

「それで……あいつはどこに向かったんだ?」
24道は交わる(15/15) ◆eUaeu3dols :2006/10/13(金) 22:04:33 ID:gjmtPtgu
     * * *

――Side*大集団&光明寺茉衣子&奇妙な一行

宮野秀策の埋葬はすぐに終わった。
シャベルになる物くらい、マンションには幾らでも有ったのだ。
茉衣子はただ形式のように祈りを捧げた。
心は空っぽで想いは湧いてこなかった。
それから礼を言う。
「ありがとうございます。助かりましたわ」
これで光明寺茉衣子が出来る事はもう終わったと言ってもいい。
本当はまだ生きなければならない。
いや、もしかすると死ななければならないのかもしれない。
それなのに烏滸がましくも生きたいと思っているだけだ。
その思いさえも諦めて、生き残れないと考えているだけなのだ。
「あなたはこれからどうするつもりかしら?」
「別に、アテはありませんわ」
「それなら……あたくし達に協力してもらえるかしら」
「協力……?」
だから。
「あたくし達と共に生き延びようとする。誰も傷つけずに。最初はそれだけで良いわ」
そんな言葉を聞いた瞬間には、理解すら出来なかった。
「まずは一緒に来なさい。風呂と適当な着替えくらいは用意できるわ」
茉衣子は戸惑い、やがてゆっくりと頷いた。
ダナティアは頷き、そしてベルガーと言った。

「さて。それじゃ、あなた達は何の用かしら?」
「追いかけっこの続きでもするつもりか?」

二人の言葉に、闇夜の向こうから答えが返る。
「いや、話し合いだとも。もう一度ね」
足音と共に夜闇の向こうから現れたのは、佐山達とオーフェンの一行だった。
25道は別れる(1/10) ◆eUaeu3dols :2006/10/13(金) 22:07:56 ID:gjmtPtgu
最初に佐山が口を開く。
「しかし辿り着いてみればもう引き取られた後とは少し予想外だね」
次に佐山の首に下げられたラジオから、壮年の男の声が響いた。
「手前のやる事は終わったか、茉衣子」
「ええ。……早いですね、もう再会するなんて」
答えてから茉衣子は考える。
本当にこんなにも早く追いつかれるとは思わなかった。
埋葬に掛かった時間も含めれば、小屋を出てから1時間程度は経過しただろう。
その程度の間にあの小屋に誰かが訪れて、兵長を起こして追跡し、発見された。
それはとてつもない偶然に思えた。
「また会ったな、佐山」
ダウゲ・ベルガーの言葉でダナティアも彼らが何者かを理解した。
佐山御言、宮下藤花、零崎人識、オーフェンの4人。
意志を持つラジオにモトラドに、オーフェンのポケットに押し込まれた人精霊。
槍や割り箸が意志を持つ事までは気づかなかったが、その概ねを見て取って。
「あら、これは大層な御一行だこと」
そう評価した。
佐山達は、エンブリオを所持する光明寺茉衣子を間に挟んで大集団の二人と向き合った。
そして宣言する。

「さて、交渉といこう」「さあ交渉を始めましょう」
「………………」「………………」
佐山とダナティアの言葉がハモり、二つの沈黙が訪れる。
「「まずはそちらの条件を……」」
続・異口同音。
佐山とダナティアが睨み合う。
そしてややあって……ダナティアは溜息を吐いた。
「あたくし達に接触したという事は、あなた方は何か目的が有るのでしょう。
 そちらから目的を教えてもらえるかしら」
それが交渉の始まりだった。
26道は別れる(2/10) ◆eUaeu3dols :2006/10/13(金) 22:08:33 ID:gjmtPtgu
「……良いだろう。私達の要求は三つ有る」
佐山は三本の指を立てた。
「一つ目はそこの彼女、光明寺茉衣子君をこちらで預かりたい。
 二つ目はシャナ君にこちらの零崎君が改めて謝る機会と交渉の余地の準備。
 三つ目は君達に、私達と共にこのゲームを打ち破る協力の要請だ」
ベルガーが何かを言おうとするのを制して、ダナティアが答えた。
「生憎ね。すべて『ノー』よ」
――場が張りつめた。

「何故だね?」
「一つ目。彼女はこちらで庇護するからよ。
 そもそもあなた方はどうして彼女を求めるのかしら?」
探るような瞳に佐山は答える。
「彼女が危険だからだよ。彼女は歪んだ思考の末に人を殺めた。
 保護監察が必要だと思わないかね?」
「証人は?」
「俺だ」
その言葉と共に首に掛けたラジオから壮年の男の声が響いた。
ラジオから暗緑色の粒子が湧き出てぼんやりと人の顔を作り出す。
ラジオに宿った幽霊、兵長。
「そいつは……茉衣子は言った。宮野が死んだのはしずくのせいだと」
「ええ、その通りです」
茉衣子が答える。
「彼女が助けを求めなければ班長が死地に赴く事は有りませんでした」
「宮野の奴は自分の意志であそこに行った」
「ええ、班長の性格で有れば行くのは必然でした」
「しずくはおまえをあそこから連れて逃げた」
「ええ、死んだ班長をあそこに残して」
「しずくは気を失ったおまえをよく介護していたな」
「ええ、班長の死とは何の関係も無い事ですけど」
「宮野が死んだのもあいつのせいじゃねえのにだ」
「いいえ。彼女のせいです」
27道は別れる(3/10) ◆eUaeu3dols :2006/10/13(金) 22:09:07 ID:gjmtPtgu
兵長は言葉を止めた。
茉衣子をじっと睨み付ける。
爆発寸前の怒りとどうしようもないやるせなさを篭めて。
怒りで問うた。
「もう一度聞くぞ、茉衣子。
 宮野が死んだのはあいつのせいじゃねえ。
 それでも……あいつがそれを何とも思ってなかったとでも思うのかよ!?」
「…………ええ」
歪み拗くれた憎悪が答える。
彼女は安全な場所で笑っていた。
安全な場所まで茉衣子と逃げ延びて、茉衣子が起きたのを見て笑った。

 彼はあの場所で、もう二度と笑えなくなっていたのに。

その想いが引き金。
兵長は衝撃波を放とうとした。茉衣子は蛍火を放とうとした。
空気が膨張し破裂の気配を見せた。夜闇に現れた蛍火が一直線に飛んだ。
ラジオのスイッチが落とされた。茉衣子の首筋に鈍い打撃が走った。
衝撃は放たれず、蛍火は消えた。
怒りと憎悪が交わることは無かった。

「ありがとう、ベルガー。助かるわ」
「そっちもな」
合図もなく、ダナティアは前に出て衝撃波を防ぐ魔法の準備をし、
ベルガーは茉衣子に当て身を喰らわせて意識を奪ったのだ。
倒れそうになる茉衣子の体をそっと抱き留める。
28道は別れる(4/10) ◆eUaeu3dols :2006/10/13(金) 22:09:44 ID:gjmtPtgu
「なるほど、そちらも見事なチームワークだ」
佐山も咄嗟にラジオのスイッチをオフにし、更に身構えていた。
兵長によると光明寺茉衣子の放つ光は人体に当たっても無害らしいが、
兵長が受けた時はかなりのダメージを感じたらしい。
つまり実体の無い存在にのみ通用する攻撃。そうと判れば払い落とすだけで良い。
しかしその適切な対応すらも不要だった。
両方が有能な動きをみせたおかげで。
彼ら、彼女らは再び見つめ合い、言った。
「さて、交渉を続行しよう」「それじゃ交渉を再開しましょう」
また、二人は露骨に嫌な顔をした。


「なんにせよこれで判っただろう? 彼女は危険性を秘めている」
「ええそうね、ありがとうよく判ったわ。
 それじゃこの娘とそのラジオが暴発しないよう、そちらに置いてはおけないわね」
「私達は信用に価しないというのかね?」
「当然でしょう?」
ダナティアは睨む。まるで親の仇を睨むかのように。
睨む相手は零崎人識。
「あたくし達はあなた達を信用する根拠が無いわ。
 分かり合う材料も無い。
 これが全ての問いの答えよ、佐山御言。
 あなたをシャナに会わせるつもりは無いし、あなたと今、協力するつもりも無い。
 その横の男、零崎はあたくし達からどの位の物を奪ったのかしらね?」
「あ、やっぱりオレのせい?」
悪びれた様子も無く零崎が自分を指差す。
悪びれてはいるのだろうが、彼はそれを表現するのがとてつもなく下手だ。
「そうだね、一つはキミのせいだ零崎君。
 それはつまりリーダーである私が力を貸して交渉してケリをつけねばならない問題だ。
 罪は償わねばならない。罰するのではなく」
「おまえ達は本当にそれを出来るのか?」
響く声は遠雷のように重々しかった。
29道は別れる(5/10) ◆eUaeu3dols :2006/10/13(金) 22:10:32 ID:gjmtPtgu
「坂井悠二を殺した事を。それによりあの子の心を傷つけた事を。
 本当に償えるのか?」
コキュートスから、アラストールの声が響いていた。
「小早川君の付けていたペンダントではないか。ふむ、君にも意志が有ったのだね」
それを聞いてオーフェンも思い出した。
再び着ぐるみを身につける直前、あの太い首に巻かれていたのを確かに見た。
「ええ。アラストールはシャナの……保護者みたいなものよ。
 もちろん……そこの男が殺した坂井悠二の、知己でもあったわ」
紹介をして、言う。
「あなたはそんな彼にどんな言葉を向けられるの?」
ダナティアが。
「何故殺めたとは聞くまい。だが……貴様はどうするつもりだ?」
アラストールが。
「佐山。おまえはこの怒りに、この連鎖に……“答え”を見つけられたか?」
ベルガーが問いつめる。
問いが佐山を追いつめる。
「………………」
佐山は歯を強く噛み締めた。

(そうだ、私はまだ答えを見つけていない)
目の前で仲間を殺した殺人者が『さあ仲間になろう』と言い出したらどうするのか。
新庄君を殺した誰かが『さあ仲間になろう』と言い出したらどうするのか。
その時、自分は殺人者を許容できるのか。
「――っ」
新庄運切。
その名を思い浮かべた瞬間、胸に激痛が走った。
掻きむしるかのように胸を押さえて蹲る。
呻き声を、決して弱音を漏らさずに。
30道は別れる(6/10) ◆eUaeu3dols :2006/10/13(金) 22:11:17 ID:gjmtPtgu
それを見たダナティアが言った。
「あなたも、誰かを失ったのね」
それは労りではない。
「言っておくけれど、佐山御言」
ダナティアは彼に言葉を向ける。
「あたくしは先ほどの放送で……大切な親友が殺された事を知ったわ」
「………………」
「だけど。もしその殺人者が仲間になる事を申し出て、それがほんとうに信用に値するなら」
怒りが、凍る。
「あたくしはそれを認めるでしょう」
理性が怒りを凍結する。
「だけど……判っているでしょう? 佐山御言」
凍った言葉が突き刺さる。
「たかだか自分一人がそれを出来たところで、それだけでは何一つ変わらない事くらい」
「当然…………判っているとも!」
痛みを抑え込み、切れ切れの言葉を絞り出す。
例え佐山御言が鋼の意志で新庄運切の殺人者を許容できたとしても、
しずくに逆恨みした光明寺茉衣子や、彼女に怒りをぶつける兵長に同じ事を要求はできない。
誰もが強いわけではない。
誰もが強くなれるわけではない。
例え佐山御言一人が新庄運切の死を受け止めたとしても、それで認められるのはたった一人。
もう死んでいるかもしれない一人を許す事が出来るに過ぎない。
昏き憎しみに澱む光明寺茉衣子も、彼女に怒る兵長も……零崎を怨むシャナも止められない。
だから……そんなものでは何も変えられはしないのだ。
そんな程度では誰にも届きはしないのだ。


31道は別れる(7/10) ◆eUaeu3dols :2006/10/13(金) 22:11:57 ID:gjmtPtgu
「ところで大丈夫かしら? あなた、持病でも抱えているの?」
「いや……別に、何ということはない」
佐山は立ち上がる。
狭心症の痛みは押さえ込める程度にまで収まった。
佐山は今、僅かな時間で痛みをここまで押さえ込める状態にあった。
だが、状況は何ら好転しない。
(私はまだ答えを見つけられない)
分かり合う答えを見つけなければならない。
全ての参加者と交渉しこのゲームを打破するための答えを見つけなければならない。
なのに答えはまだ見つからず、作り出せず、見当すらつかない。

「そう。それじゃ……交渉は終わりよ、佐山御言」
「……ああ。第一回交渉はそうするとしよう」
一見意外なほどにあっさりと、佐山は引き下がった。
(今はまだやむをえまい。シャナ君に会えなかったのは残念だが……)
先ほどのベルガーに加えて一人に会えた事。
光明寺茉衣子がそれなりに信用できる者に保護された事は良しとすべきだろう。
(もっとも、そんな妥協で済ませるわけにはいかないがね)
彼らとの交渉に必要とされる答えは明確になった。
一刻も早くそれを見つけなければならない。
『分かり合うすべ』を。


「待った。ちょっと良いか?」
互いに一度立ち去ろうという所でオーフェンが口を開く。
「まだ何か用が有るの?」
「俺はこいつらとは別件だ。別に組んでるわけじゃねえ」
「……ああ、確かにさっきは居なかったな」
診療所でベルガーが会ったのは佐山と、宮下、それと零崎だ。
この男は見ていない。……それを言うならラジオの幽霊もそうだが。
32道は別れる(8/10) ◆eUaeu3dols :2006/10/13(金) 22:12:46 ID:gjmtPtgu
「おまえは佐山の仲間じゃないのか?」
「違う。俺はあんたが担いでる茉衣子って娘と少しだけ面識が有ったからな。
 ちょっとばかし気になって同行しただけだ」
佐山との関係はその程度だ。
今のところは信用は出来るが、仲間というにもまだ早い。
「知り合いなのか?」
「ああ、知り合いだ。ちょっと同行して話をして別れただけのな」
茉衣子や宮野達との関係も、それだけでしかない。
それでも別れた直後に向かった先で一人死んだとなれば気になるのは当然だ。
「だが、要件はそれとは別だ」
「それじゃ、何だ?」
ベルガーの問いに答えで問う。
「人捜しだ。クリーオウって娘を知らないか? 金髪のじゃじゃ馬娘なんだが」
「クリーオウ……? あたくしは知らないわ。ベルガー」
「俺も知らないが……ちょっと待ちな」
そういってベルガーは懐から携帯電話を取り出した。
佐山がほう、と呟いた。
コール。

「もしもし。俺だ、ダウゲ・ベルガーだ」
……………。
「ああ、迷子の墓掘り娘は保護したよ。ただ、他に来客だ。
 前に話した佐山って奴らと……もう一人、オーフェンって奴が来ていてな。
 クリーオウって娘を捜してるらしいが誰か知らないか?」
………………。
「……そうか、判った」
ベルガーは携帯電話を切ると、オーフェンに答えた。
「残念だが、クリーオウって娘に会った奴は居ない」
「ああ、そうか。……ありがとよ
落胆しながらも礼を言った。

33道は別れる(9/10) ◆eUaeu3dols :2006/10/13(金) 22:14:50 ID:gjmtPtgu
佐山は思う。
(あの携帯電話は支給品か。どうやらマンションの中かどこかにもっと仲間が居るらしい)
佐山の名を知る者、例えば彼の仲間達は居ない様子だ。
だがその内実は気になるところだ。
個々の名前までは教われずとも、例えば……そう。
人数位は聞いておきたい。

「君達はどれだけの仲間を集めたのだね?」
それに対し、ダナティアが答えた。
「生き残っている者だけで10名よ。この娘で11になったわ」
僅かに息を呑む。
もしそれが真実だとすれば、予想よりもかなり多い。

ダナティアは続けて言った。
「そこの男、オーフェンと言ったわね。
 一つ助言をあげるわ。
 あたくし達は時々建物で休んだけれど、仲間集めに奔走していた。
 出会えた参加者の数は、あたくし達全員の倍くらいにはなるかしら。
 それでもクリーオウという少女には出会えていない。
 2時間少し前の放送で呼ばれていない少女にね。
 考えられる最も大きな可能性は、スタート直後から殆ど移動していない事よ」
「俺もあんたらに会ったのは今が初めてだ。偶然って事も有り得るだろう」
「ええ、とてもよく有り得るわ。あくまで可能性の話よ」
オーフェンは考え込む。
(確かに一理ある。
 もしそうだとすれば、誰か仲間と共に拠点となる場所に居たって所か。
 ここのマンションで無いなら城か港周辺、あるいは…………市街地)
確かにその可能性は高い。
捜してみる価値はあるだろう。
「……参考にはさせてもらう。世話になったな」
「ええ、この位は安いものよ」
改めて礼を言うと、オーフェンはその場から立ち去った。
34道は別れる(10/10) ◆eUaeu3dols :2006/10/13(金) 22:17:08 ID:gjmtPtgu
「さて……それでは私達も立ち去るとしよう」
そう言って。
佐山達も立ち去った。
本当にあっさりと。


間。


「……そういえば」
「ああ」
二人はほぼ同時に気づいた。
「エルメス、返せって言っておくべきだったわね」
「今更だ、ダナティア皇女」
失敗があるとすれば、その程度の事だった。
彼らと現時点で組まなかったのは選択だ。
失敗ではなく、それを選んだ。
その選択が正しいにしろ間違いにしろ。
「それにしても、あんたと佐山、妙に気が合うな」
「……まっぴら御免だわ。あんな図々しい男」
ダナティアは心底嫌そうに答える。
(……同族嫌悪だな、明らかに)
そういった点では二人はとても似ている。
ただ、選んだ道が少し違うだけ。
「次に道が交わった時も平和的な出会いになると良いんだがね」
「……あたくしも、それは願っているわ」
その願いが叶うかどうかは、きっと誰も知らない。
35道は別れる(1/報告4) ◆eUaeu3dols :2006/10/13(金) 22:18:12 ID:gjmtPtgu
【C-6/マンション/1日目・20:20】
【大集団】
【海野千絵】
[状態]:吸血鬼化回復(多少の影響は有り?)、重大なトラウマ
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]:行動する事で吸血鬼の記憶を思い出さないようにしたい。刻印解読手伝い。
[備考]:吸血鬼だった時の記憶は全て鮮明に残っている。メフィストの美貌で理性維持。

【慶滋保胤】
[状態]:不死化(不完全ver)、疲労は大分回復
[装備]:ボロボロの着物を包帯のように巻きつけている
[道具]:デイパック(支給品一式(パン6食分・水2000ml))、「不死の酒(未完成)」(残りは約半分くらい)
[思考]:静雄の捜索及び味方になる者の捜索。 シャナの吸血鬼化の進行が気になる。
    藤堂志摩子に対し『死者の声を聞けるのでは?』『恨まれた?』という疑心を抱いた。

【光明寺茉衣子】
[状態]:体温低下。生乾き。服の一部に血が付着。泥が大量に付着。気絶中でベルガー運輸。
    精神面にかなりの歪み(宮野関連以外はまだ冷静に物事を処理出来る)
[装備]:エンブリオ
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水2000ml)
[思考]:エンブリオを死守。しばらく大人しく。
[備考]:夢(478話)の内容と現実とを一部混同させています。

【セルティ・ストゥルルソン】
[状態]:平常
[装備]:黒いライダースーツ
[道具]:携帯電話
[思考]:静雄の捜索及び味方になる者の捜索。影でヘルメットを作る。
36道は別れる(2/報告4) ◆eUaeu3dols :2006/10/13(金) 22:19:31 ID:gjmtPtgu
【ダウゲ・ベルガー】
[状態]:平常。
[装備]:強臓式武剣”運命”、精燃槽一式、鈍ら刀、携帯電話、黒い卵(天人の緊急避難装置)
[道具]:デイパック(支給品一式(パン6食分・水2000ml))
    PSG−1(残弾ゼロ)
    悠二のレポートその1(異界化について)
    悠二のレポートその3(黒幕関連の情報(未読))
[思考]:シャナを助けたいが……/茉衣子をどう扱うか
 ・天人の緊急避難装置:所持者の身に危険が及ぶと、最も近い親類の所へと転移させる。

【ダナティア・アリール・アンクルージュ】
[状態]:健康/生物兵器感染
[装備]:コキュートス/UCAT戦闘服(胸元破損、メフィストの針金で修復)
[道具]:デイバッグ(支給品一式・パン4食分・水1000ml)/半ペットボトルのシャベル/メガホン
[思考]:救いが必要な者達を救う/集団を維持する/ゲーム破壊/メガホンは慎重に/茉衣子を風呂に入れる

【藤堂志摩子】
[状態]:健康
[装備]:なし/衣服は石油製品
[道具]:デイパック(支給品入り・一日分の食料・水2000ml)
[思考]:争いを止める/聖を止める/祐巳を助ける/由乃の遺言について考える
    出来るならば竜堂終の心も心配

【Dr メフィスト】
[状態]:健康
[装備]:不明/針金
[道具]:デイパック(支給品一式・パン5食分・水1700ml)/弾薬
[思考]:生物兵器駆除/病める人々の治療(見込みなしは安楽死)/志摩子を守る
37道は別れる(3/報告4) ◆eUaeu3dols :2006/10/13(金) 22:20:58 ID:gjmtPtgu
【リナ・インバース】
[状態]:精神的に動揺、美姫に苦手意識(姉の面影を重ねています)
[装備]:騎士剣“紅蓮”(ウィザーズ・ブレイン)
[道具]:支給品二式(パン12食分・水4000ml)、
[思考]:仲間集め及び複数人数での生存/管理者を殺害する/刻印解読作業

【竜堂終】
[状態]:打撲/上半身裸/生物兵器感染/メフィストの治療を受けている
[装備]:コンバットナイフ
[道具]:なし
[思考]:カーラを倒し祐巳を助ける/まず生物兵器駆除完了を待つ

※:マンションの中庭に坂井悠二、鳥羽茉理、シズ、宮野秀策の遺体が埋葬されています。


【C-6/マンション周辺/1日目・20:20】
『諦めない孤児』
【オーフェン】
[状態]:疲労。身体のあちこちに切り傷。
[装備]:牙の塔の紋章×2、スィリー
[道具]:デイパック(支給品一式・パン4食分・水1000ml)
[思考]:クリーオウの捜索。市街地など長居に向いた場所を捜す。ゲームからの脱出。
    0時にE-5小屋に移動。
    (禁止エリアになっていた場合はC-5石段前、それもだめならB-5石段終点)

38道は別れる(4/報告4) ◆eUaeu3dols :2006/10/13(金) 22:21:31 ID:gjmtPtgu
【C-6/マンション周辺/1日目・20:20】
『不気味な悪役』
【佐山御言】
[状態]:左手ナイフ貫通(神経は傷ついてない。処置済み)。服がぼろぼろ。 疲労回復中。
[装備]:G-Sp2、閃光手榴弾一個、兵長
[道具]:デイパック(支給品一式・パン5食分・水2000ml) 、 マジクのデイパック
    PSG−1の弾丸(数量不明)、地下水脈の地図  木竜ムキチの割り箸
[思考]:参加者すべてを団結し、この場から脱出する/これからどうするか
[備考]:親族の話に加え、新庄の話でも狭心症が起こる (若干克服)

【宮下藤花】
[状態]:足に切り傷(処置済み) 疲労回復中
[装備]:草の獣
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水2000ml) ブギーポップの衣装
[思考]:佐山についていく

【零崎人識】
[状態]:全身に擦り傷 疲労回復中
[装備]:自殺志願  エルメス
[道具]:デイバッグ(地図、ペットボトル2本、コンパス、パン三人分)包帯/砥石/小説「人間失格」(一度落として汚れた)
[思考]:シャナに会えたら説得したい/佐山についていく
[備考]:記憶と連れ去られた時期に疑問を持っています。
39イラストに騙された名無しさん:2006/10/14(土) 02:35:32 ID:oel3NaIX
( ^ω^)
40想いは一つも届かない(1/13) ◆eUaeu3dols :2006/10/15(日) 01:31:48 ID:sf02IhnV
(さて、ヘルメットを作らないとな)
セルティは影を練り始めた。
首の断面から溢れる影が、首の上で徐々に固まり始める。
このゲーム内では“制限”のせいか、影で何かを作る度に激しく消耗する。
しかし今回は、以前にサイドカーを作った時に比べれば1割にも満たない体積だ。
当然、ヘルメットはすぐに、殆ど消耗もなく作り出された。
(……真っ黒なのは少し残念だな)
なんというか、お洒落ではない。
ただ、それでも周囲の感想を上げるなら。
「……なんだか可愛いですね、セルティさん」
志摩子の評した通り、それはどことなく可愛らしく見えた。

なにせ、ネコミミ付きなのだから。

これがセルティのデフォルトだ。
普段は影製ではないヘルメットを使っている。
今回の影で作った物は真っ黒で、その事は大分不満がある。
『ああ、可愛いだろう』
それでも、メモで返事をするセルティはちょっと嬉しそうだった。

セルティは以前にも影でヘルメットを作った事が有った。
(静雄に被らせた事も有ったな)
それは別に猫耳ヘルメットではなかったが。
彼の顔を隠したのはいざこざが起こらないようにするためだった。
もっとも、静雄はガンを付けられたのにキレてあっさり騒動を起こしたのだが。
(まったく、あいつは血の気が多すぎる)
この島でもきっとそれは変わらないだろう。
60名も上げられた死者の名の中に、静雄が殺した物が混じってなければ良いのだが……
(また、何処かで喧嘩しているだろうしな)

     * * *
41想いは一つも届かない(2/13) ◆eUaeu3dols :2006/10/15(日) 01:35:06 ID:sf02IhnV
マンションから東南東にある港町。青年と少女が睨み合っていた。
呆然と、あるいは明確に、殺意を向け合って。
「ああそうかい、てめえはそいつの仲間なんだな」
静雄は、シャナが呆然としながらも得物を構えたのを見た。
静雄はデイパックを地面に降ろす。
「保胤っていう野郎の仲間なんだな」
「仲間……もう、私の方からそんな事は言えない」
シャナは掠れた声で返事を返す。
「でも……あの人達は傷つけさせない」
「ああそうかなら殺す」
槍の振り下ろしがシャナを襲った。
「――っ」
殆ど予備動作の無い無造作な力任せの一撃。
だがそれは圧倒的暴力に裏打ちされた予測できない高速の一撃だった。
それでもシャナはかわしきる。
暴力は止まらない。
続けざまに放たれた連撃が旅館の庭木を叩き折り。
木の塀が障子のように引き裂かれる。
大地が穿たれ倒れてきた庭木が弾け跳び庭石が砕け散る。
石灯籠が叩き割られる。
「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す――!」
(なんて怪力!?)
シャナは驚愕する。
目の前に居るのは人間のはずだ。
その外見からすればこんな怪力が有り得るはずはない。
フレイムヘイズのように超自然的力で肉体を強化しているわけでもない。
それでも目の前にある理不尽な力を否定する事は出来ない。

蹴り飛ばされた庭石を避ける。
叩き割られた庭木の破片を振り払う。
木の塀を引き裂きながら全く速度の落ちない薙払いがシャナに迫る。
だが――
42想いは一つも届かない(3/13) ◆eUaeu3dols :2006/10/15(日) 01:36:12 ID:sf02IhnV

本来、シャナは自らの肉体強化にほぼ特化したフレイムヘイズだ。
坂井悠二と出会うまではろくに炎を操る事さえ出来なかった。
その分だけ肉体能力に秀でていた。
しかしそれも制限で抑えられていた。
一方、静雄の圧倒的暴力はあくまで生物学的限界を突破した物理的限界に過ぎない。
そのため殆ど制限を受ける事がなかった。
制限下において言えば静雄はシャナを上回る驚異的肉体能力を持っていたのだ。
それに対するシャナは坂井悠二のおかげで制御しえた炎の力を使いこなし、
静雄を上回る戦闘経験と得物への慣れで戦いを制する。
そんな、シャナが僅かに優性した程度の拮抗した戦いになるはずだった。
だが――

シャナの握る刃は静雄の暴力を真っ向から受け止めた。

「なんだと……?」
静雄が僅かに驚く。自らの全力を受け止めた少女に。
シャナは気づいた。
(私は負けない)
払いのけ、刃を振り下ろした。
静雄は受け止め――ずしりと足が沈み込むのを感じた。
「チィッ!」
鋼の如き肉体はその衝撃に耐えれても濡れた土壌が耐えきれない。
沈み込んだ右足を抜きそのまま蹴りを放つ。
シャナの左腕がそれを受け止めた。
静雄は左腕で拳を放つ。
シャナの額がそれを受け止めた。
シャナは右手の贄殿遮那を払い上げ、静雄が右手だけで持った槍を払い除ける。
互いに軽く距離を取る。
シャナは確信した。
――負ける事は有り得ない。
43想いは一つも届かない(4/13) ◆eUaeu3dols :2006/10/15(日) 01:38:01 ID:sf02IhnV
静雄が一歩踏み込んだ。シャナは残りの距離を全て詰めた。
静雄の槍をシャナの刀が弾き飛ばした。
静雄が右腕で殴りかかる。左腕で殴りつける。
シャナは右拳を受け止めた。左拳も受け止めた。
「殺す!」
頭突き――!
「あぐっ」
流石に目の前に星が飛び――お返しに受け止めた両腕を力いっぱい握り潰した!
「ガアアアアァッ!!」
静雄は激痛に咆哮を上げ、更に全力の頭突きを叩き込んだ!
まるでボーリングの球同士をぶつけたような重い音と共に両者は弾かれた。

シャナは感じていた。
痛みは有る。ダメージは無いわけじゃない。だけどそれでも……
シャナは難なく立ち上がった。
痛みはすぐに消えた。目眩も殆ど無かった。

静雄もすぐに立ち上がる。立ち上がろうとした。
それなのにその足がふらつく。視界が揺れる。
脳が揺れる。
「くそったれ……」
俺の体は何をしている。
力だけは殺す殺す有り殺す余って殺す殺すいる殺す俺殺すの体殺すは殺すどうし殺すた。
殺す殺す殺すくそ殺す殺殺すす殺すぞ殺す殺す殺す殺す殺す――
「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す……」
殺意に塗りつぶされた思考が体を起動して行く。
やがて静雄も立ち上がる。限りなく危険を増していく憤怒と殺意を薪にして。
そして骨すら飛び出る程に壊れた両手で庭木の一本を掴み取る。
自らの筋肉を破損させる破滅的な力み。
全身の傷から吹き出た血がバーテン服を真っ赤に染める。
筋肉の千切れる音がする。神経を引き裂く音がする。
それは、あっさりと為された。
44想いは一つも届かない(5/13) ◆eUaeu3dols :2006/10/15(日) 01:38:44 ID:sf02IhnV
目の前でぼごりと音を立て、土の絡みついた根っ子ごと樹木が引き抜かれる。
それを見てシャナは強烈な寒気と一つの確信を固めていった。
(こいつは尋常じゃない)
もう宝具の槍だって弾き飛ばした。腕は半ば破損した。
なのにあろう事か信じがたい怪力で樹を引き抜いて武器にした。
(こいつは人間じゃない)
目の前の人間は人間であって人間じゃない。
あんな力を出せる人間が居るものか。
あんな殺意を放つ人間が人間であるものか。
(どんな力を使ってでも……倒さなきゃ、いけない)
目の前の人間の形をしたものは敵だ。
もう殺さなければ止まらない。
傷を付けて血をぶちまけて死ななければ止まらない。
そうだその内の血をぶちまけろ赤い血を赤い赤い赤い赤い血をぶち撒き散らして――

「殺す!!」
「死ね!!」

――激突。

     * * *

(……よし、こんなものか)
セルティは影で作ったヘルメットを微調整し、具合を確かめる。
静雄の事は気にはなったが、命の心配はしていなかった。
確かに静雄は無敵ではない。
不意を突かれたとはいえ、たかだか拳銃に結構なダメージを受けた事がある。
心臓を撃たれれば死ぬだろう。
蜂の巣にされれば確実に死ぬだろう。
車で轢かれれば……それは大丈夫かもしれない。
45想いは一つも届かない(6/13) ◆eUaeu3dols :2006/10/15(日) 01:39:25 ID:sf02IhnV
それでもその肉体の強度だって、例えば竜堂終という少年の方が強い。
弱点となる器官が存在しないセルティの方がタフだ。
それでもセルティは静雄に喧嘩で勝てる気がしなかった。
たとえ戦いになっても、静雄なら相手を叩きのめすだろうと信じていた。

     * * *

咆哮も悲鳴も轟音に掻き消された。
樹木が砕け散る音。旅館の壁が砕ける音。猛火が火花を散らす音。
互いに自らの叫びすら聞こえない無音の絶叫。
シャナは猛速で投げつけられた樹木を叩き斬り、焼き払い、炎を撒き散らした。
衝撃を止めきれずに吹き飛ばされるも完全に受け身を取っていた。
それだけだった。
逆に静雄の被害は甚大だった。
本来超えられない限界を常に超えて肥大し続けた暴力の行使に耐える奇跡の肉体。
その肉体が悲鳴を上げていた。
更にシャナが樹木を叩ききった業火の剣の余波が静雄の全身に酷い火傷を作り出す。
蛋白質の焦げる匂いがべとついた空気と共に広がり始めている。
「殺す…………殺……す……殺…………す殺……す…………」
立ち続けるその体は傍目から見てもとっくに限界を超えている。
そもそも彼が戦い始めたその時から、動ける容態ではなかったのだ。
絶対安静のはずの肉体が膨れ上がる殺意に呑まれ動き続ける。
だがそれもここまで。
シャナはトドメを刺すために歩み寄る。
殺す為にと考えて。啜る為にと体が語る。
しかし――
「…………?」
何かを、踏みつけた。
足下にはデイパックが転がっていた。
自分の物ではない、多分目の前の青年の物だろう。
そこから転がり出たそれは……
「……十字架?」
46想いは一つも届かない(7/13) ◆eUaeu3dols :2006/10/15(日) 01:40:04 ID:sf02IhnV
「っ! そいつを……返せ…………!!」
静雄が呻く。
「そいつを、踏むなんざ……許さねえ! おまえは……殺すぞ!」
その呻き声は殺意と怒りに満ちていて、だけど僅かな、ほんの微かな悲しい嘆きを感じた。
「これは……何……?」
だからそれを拾い上げて、問うた。シャナは興味を持った。
静雄は叫んだ。
「由乃のロザリオだ!」


それは短い平穏の時間だった。
静雄はセルティの事を話した。
他に知り合いは居ないのかと聞かれてイザヤの事もムカツク奴とだけ話した。
悪戯っぽくからかわれて反射的に怒りに駆られ、暴力を振るった。
……擦り抜けた。
「怒らせてごめんなさい!
 お詫びに……そうだ、今度は私の友達の話をしてあげるね」
由乃は驚いただけで怖がらず、謝って自分の話をし始めた。
福沢祐巳の事。藤堂志摩子の事。佐藤聖の事。
……死んでしまった小笠原祥子の事。キーリという少女の事。
この世界に来ていない、彼女の大切なお姉様の令ちゃんの事。
他人の友達の話なんて興味が無かった。
だけど友達の友達の話なら無いわけじゃなかった。
殺されてしまった身なのに。
無くしてしまった、無くしてしまいそうな友達の話なのに。
由乃は努めて笑顔で、どんな事が楽しかったか、どんな事が嬉しかったかを話して聞かせた。
「おまえ、なんでそんなに…………」
そんなに笑うことが出来るのか。言い終わらずとも伝わった。
47想いは一つも届かない(8/13) ◆eUaeu3dols :2006/10/15(日) 01:40:56 ID:sf02IhnV
由乃は笑顔で答えた。
「…………だって、この島は酷い所だから」
「この島は酷い所だから、きっと祐巳さんも、志摩子さんも、聖さまも、
 生きてはいても痛い目や辛い目に遭ったり、とても悲しい想いを感じてるだろうから」
「だから私の事くらい、ちょっとでも優しい話にしたいかなあって思うの。
 令ちゃんほどじゃないけど祐巳さんも泣き虫だもの。
 ……静雄さんも笑ってよ。私の話、そんなにつまらなかった?」
涙を零しながら必死に笑顔を作っていた由乃を、友達に会わす事すらしてやれなかった。
あんなにも優しい想いは実らなかった。
せっかく与えられた時間は誰にも届かなかった。


「殺す!」
だから許せなかった。
「平安野郎のせいで由乃がどれだけ苦しんだ!? 殺すぞ!
 命を弄んで苦しめやがってふざけるな殺す!
 百編殺してやる反省させて後悔させて殺す!
 偽善っぷりが許せねえから殺す! 殺して殺す!! 死なせてから殺す!!!」

その叫びは支離滅裂だ。
だけどシャナにも一つだけは伝わった。
目の前の男は保胤が哀れに思い気遣った少女の為に怒っている。
保胤の同情が彼女を傷つけたのだと怒っている。
誰かの為に、絆の為に怒っている!
それだけは、間違いない。

「……殺しちゃ、いけない」
彼に言った言葉ではない。
彼に言っても届かない。
だからこれは自分に言い聞かせる言葉だ。
「こいつを殺しちゃ、いけない」
48想いは一つも届かない(9/13) ◆eUaeu3dols :2006/10/15(日) 01:41:47 ID:sf02IhnV
どうしてか。
どうしてそう思うのか。
どうしてそう考えられるのか。
どうしてわたしは血に飢えて狂ってはいないのか。
わからない。
それでも。
「おまえは殺さない。みんなの所に連れていって……治療させる。
 だけど、保胤に手は出させない」
「ふざけんなよテメェ」
静雄は二本目と、三本目の庭木を引き抜いていた。
凄まじい握力で握り潰している幹の一部が『握り』となってそれを保持する。
「平安野郎は俺がぶっ殺す」
激しすぎる怒りと怒りの合間にある、ほんの僅かな、激しいけれど静かな怒りの時間。
静雄は本当に珍しく、静かに怒っていた。
「命を弄ぶような奴なんだ。
 どうせセルティの事だって、化け物だと思って利用してるに決まってる」

保胤はそんな人じゃないと言おうとして……シャナはふと気づいた。
この男は何者だ?
保胤を知っているのは幽霊であった由乃という少女に聞いたのだろう。
それならセルティの事も? そうなのかもしれない。
だけど、まさか……もしかして……
「おまえ、名前は?」
その問いに、目の前の男は名乗った。
「――平和島静雄」
セルティの友の名を。

     * * *
49想いは一つも届かない(10/13) ◆eUaeu3dols :2006/10/15(日) 01:42:27 ID:sf02IhnV
(まあそもそも、喧嘩が起きないのが最善だけどな。
 なによりこの島じゃ喧嘩で止まらず殺し合いになってしまうだろうし)
ここは池袋とは違う。
たった18時間の間に120人近い人口が半減してしまう悪夢の島だ。
静雄の喧嘩は派手で、激しく、豪快でさっぱりしていて……かっこいい。
だけどこの島の喧嘩は喧嘩で止まってはくれないだろう。
だから、戦いの火種は一つでも減らさないといけない。
(そういう意味じゃ、さっさとヘルメットを作っておくべきだったな)
シャナに初めて会った時、彼女に人喰いの怪物だと誤認されてしまった。
咄嗟の斬撃はなんとか凌ぐ事が出来たし誤解もすぐに解けた。
その後もシャナは話しかけづらそうにしていたが、その程度だ。
……その程度でさえ、シャナを追いつめる一端になっていたのかもしれないけれど。
(でも、あの子は何もわるくない)

     * * *

息を呑むシャナの目前で、平和島静雄の静かな時間は終わる。
「ああもう、うるせぇ。殺す。殺す、殺す、殺す殺す殺す殺す殺す!!!」
噴出する憤怒と殺意が暴発する。
「テメェもブッ殺す!」
静雄は叫ぶ!
再び突撃を開始する。二本もの樹木を武器にして!
「おまえは、殺さない!」
シャナは叫ぶ!
そして走り出す、炎の翼でこれまで以上に加速して!
間合いの外から振り下ろされる左手の樹木。
外れ? いやこれはさっきと同じ――
(投擲!)
視界いっぱいに広がる樹木を前に、シャナは炎を纏わせた贄殿遮那を、振り下ろした!
50想いは一つも届かない(11/13) ◆eUaeu3dols :2006/10/15(日) 01:43:15 ID:sf02IhnV
衝撃が土塊の絡まる根っ子を割り砕く。
高熱が樹木の幹を完全に燃やし尽くす。
業火が爆発し残骸を消し飛ばす。
炎の先から見える視界は……
(二本目!)
「殺す!」
静雄は両手で握り締めた二本目の樹木を振り下ろす!
隙のない攻撃に対しシャナは、炎の翼を強くはためかせた。
上へ、ではなく……前に!
フレイムヘイズと吸血鬼の、赤と紅の力が混ざり、更に速く、速く――!
「これで……」
樹木が地面を叩いた瞬間、懐に飛び込んだ小柄な少女は刀の峰を叩きつけていた。
「止まれぇ!」
「テメ……ェ………………」
静雄の肺から空気が押し出され足が地面を離れ宙に浮いて。
静雄は吹き飛ばされ、地面を転がっていった。
重要器官を潰さず、肋骨も折らず。
ただ戦う力だけを根こそぎにへし折られて。

     * * *

(あの子は何もわるくない)
本来、首が無い彼女に落ち着いて接する事が出来た保胤や、
驚いても落ち着いて話し合える状況にあった他の者達の方が貴重なのだ。
そしてシャナは、坂井悠二達から逃げる時にその心を教えてくれた。
直撃しても骨も折れなかっただろう、ただ距離を取る為の峰打ち。
心の余裕は無くなっているかもしれない。だけど。
(それでも、あの子はわるい子じゃないな)
だから今は何処かで吸血鬼化に悩まされているシャナも、親友である平和島静雄も。
二人とも、誰とも争わず、誰も殺さずに……生き延びて欲しい。
ただ、そう願っていた。
51想いは一つも届かない(12/13) ◆eUaeu3dols :2006/10/15(日) 01:44:13 ID:sf02IhnV
     * * *

(クソッタレ……)
静雄は思う。
何処かで、何かを、間違えていた。
それは判る。だけど……どこだ?
由乃の為に平安野郎に怒りを感じた事か?
目の前に現れたその仲間に怒り問いつめた事か?
戦ったことか? それとも。

怒りに流されちまうテメェ自身か?

(ハッ、それが一番……だな…………殺……す…………)

――その思いは、叶っていた。



「…………どうして?」
理解できなかった。
平和島静雄に致命傷は与えなかった。
殺さないように打撃を加えた。
あの人達の所に連れていく為に。
シャナ自身は気づいていなかったが、悠二の血に潤った吸血鬼の肉体は、
殺意を抑える事を許して力だけをシャナに与えていた。
少女は自らの全てを制御して、自らの意志で選択する事ができた。
全てが良い方に回っていた。
(だからわたしは彼を殺さなかった)
……はずなのに。
そのはずなのに!
「……どうして?」
52想いは一つも届かない(13/13) ◆eUaeu3dols :2006/10/15(日) 01:44:54 ID:sf02IhnV
理由は、明白だった。

吹き飛ばされ転がった平和島静雄は、それでもよろよろと立ち上がろうとした。
だけど、その体に…………“刻印が浮かび上がった”。
彼は全身から血を吹き出して魂さえも失って死んで壊れて徹底的に終わって、倒れた。

平和島静雄は、死んだ。

静雄は怒りに我を忘れて、その事を思い出せなかった。
シャナは悲しみに暮れて、間違いなく耳にしていたその事を覚えておけなかった。

『次に禁止エリアを発表する。
 19:00にC−8、21:00にA−3、23:00にD−6が禁止エリアとなる』

ここはD−8エリアの北端。
だけど静雄が吹き飛ばされたあそこはC−8エリアの南端で。
19時はとっくに過ぎていた。

平和島静雄は、死んだ。シャナの手によって。

「どうして!!」

殺すまいとしたのに!
彼を生かそうとしたのに!
それなのに、それなのに……どうして!!


世界の残酷は止まらない。


【037 平和島静雄 死亡】
【残り 53人】
53想いは一つも届かない(報告) ◆eUaeu3dols :2006/10/15(日) 01:45:37 ID:sf02IhnV
【C-6/マンション/1日目・20:25】
【大集団】
【セルティ・ストゥルルソン】
[状態]:平常
[装備]:黒いライダースーツ&影のヘルメット
[道具]:携帯電話
[思考]:静雄の捜索及び味方になる者の捜索/静雄とシャナが心配


【D-8/旅館の前の道路/1日目・20:25】
【シャナ】
[状態]:吸血鬼(身体能力向上)/ダメージ軽微
[装備]:贄殿遮那
[道具]:支給品一式(パン6食分・水2000ml)
    /悠二の血に濡れたメロンパン4個&保存食3食分/濡れていない保存食2食分/眠気覚ましガム
    /悠二のレポートその2(大雑把な日記形式)/由乃のロザリオ
[思考]:………………。
[備考]:体内に散弾片が残っている。
    手術で摘出するまで激しい運動や衝撃で内臓を傷つける危険有り。
    ただし吸血鬼の再生能力と相まって高速で再生する。

神鉄如意がD-8側に転がっています。
静雄の死体はC-8の南端に転がっています。
『あまり考えすぎない方がいい。どうせこのゲーム自体が狂ってるんだ』
モトラドの運転席で、ハンドルを握ったままベルガーはそう言った。
……でも私は分かっている。狂っているのは世界でもこのゲームでもなく、私自身なんだと。

『ふと思ったんだけどさ……お前ってもしかして人を殺したいだけじゃねぇのか?』
にやにやとした表情を浮かべて、悠二を殺した青年はそう訊いた。
……あの時はまだ鼻で笑えたけれど、今はそれすら出来ない。
彼の言ったことが正しかったのだと、身をもって知ってしまったから。

『貴方は吸血鬼だよ。もう人には戻れない』
穏やかな瞳で私を見つめて、きれいな髪の少女はそう告げた。
……ああ、本当に彼女の言った通りだった。
私は、吸血鬼なんだ。人にもフレイムヘイズにも、もう戻れない。

  *     *     *

シャナは呆然と木立の向こうを見ながら、その場にぺたんと尻餅をついた。
意識しての動作ではなかった。自分でも気がつかないうちに、下半身から力が抜けていた。
剥き出しの脚に、湿った土の感触がじっとりと纏わりついて気持ち悪い。
「あ……っ」
口を開いた途端、嗚咽が漏れた。
咽喉に込みあげる不快感を無理やり押しとどめて、シャナは頭を上げる。
たった今起きた事象を確認するのが怖かった。
夢ではないかと、本気で願った。
けれど、心を決めて見上げた先にあったのは、予想したとおりの光景だった。
平和島静雄の遺体は、首から盛大に血液を噴き上げて、伸びた木の枝の上に逆さまに引っかかっていた。
手足は好き勝手な方向にあっちこっちと折れ曲がり、捩れて、枝の間にぶらんとぶらさがっている。
ホースを滅茶苦茶に振り回したような勢いで溢れる血が、四肢を、頭部を、赤黒く染め上げていく。
その鮮やかな血の奥で、既に物を感じさせない空虚な瞳が、ぽっかりと、こちらを見つめていた。
「――――っ!!」
真っ直ぐにこちらを見るその瞳と、視線が合った。
シャナは恐怖で全身が強張ったが、視線の先にある平和島静雄の遺体からは一ミリたりとも目が逸らせない。
そのまま彼の躯を見つめながら、寒気に震える肩へと両腕を回した。
身体の芯がひんやりと氷のように冷えていき、腹の底から何か気色悪い感覚がせり上がってくる。
妙にべっとりとする嫌な汗が首筋から噴出し、同時にぷつぷつとした鳥肌が皮膚の上一面に立った。
「死んだ……?」
最初に口を突いて出たのは、疑問系だった。
理由が分からなかった。
確かに力は抑えていた。殺さないように加減した。あのくらいで死ぬはずなんて、ない。
そう自分自身に言い聞かせ、とっくに傾いている精神の均衡を何とか保とうとする。
けれど、何を言おうとも、目の前の事実は覆せない。
「……死んだ」
二度目は断定形でそう言って、変えようのない事実を自分自身に教えた。
水が綿に染み込むようにゆっくりと、その言葉がシャナの脳に確かな理解となって吸収されていく。
そして、その重みがすっかり脳内で情報として処理されると、三度目にシャナは言った。

「違う。死んだんだじゃなくて……、『殺した』」

身体中の空気が、するすると抜けていくようだった。
脚に力は入らず、何も思考する気にならず、泣く事すら思いつかなかった。
脳内を巡るのは、ただ『殺した』という耐え様のない現実だけだ。
シャナは全身を襲う震えに耐えながら、蚊の鳴くような声を上げた。
「どう、して……?」
唇の間から、同じ言葉ばかりが何度となく繰り返し繰り返し呟かれる。
さながら壊れたオルゴールが同じ旋律をなぞり続けるように、シャナは「どうして」と問い続けた。
「どうして」「どうして」。何度尋ねても、答えは誰も返してくれない。
当然だ。ここに居るのは自分と死体だけなのだから。返事などあるわけがない。
そう頭の端では理解しているのに、シャナはその問いを止めることが出来なかった。
その姿はまるで、そうしていればいつか目の前の死体が起き上がって返事をしてくれるのではないかと期待するかのようだ。
ただひとつの言葉を口にしながら、シャナはぼんやりと港で出遭った青年との会話を思い返していた。
『お前が悠二を殺した──殺される理由としてはそれで十分だ!』
『謝ったところで悠二は戻ってこない! 殺したのはお前だ』
自分は確かに、あの派手な刺青の青年にそう投げつけた。
だってアイツは、悠二を殺したから。私の大切な大切な、誰より何より大切な悠二を殺したから。
だから、何を言っても構わないと、そう思って、私は彼にそう叫んだ。
だったら、そう。きっと、私はセルティにこう言われるんだ。
『お前が静雄を殺した──殺される理由としてはそれで十分だ!』
『謝ったところで静雄は戻ってこない! 殺したのはお前だ』
その光景を想像して、悲しくなった。思い浮かべなければよかったと、心から思った。
或いはそんなことはないかもしれない。セルティは、私と違って大人だ。
敵と間違えて私が斬り付けた後でさえ、セルティは『こんな見た目の私にも原因はある』と、自分が悪いかのように謝ってくれた。
その後私は、バツが悪くてろくに話しかけようともしなかったのに、吸血鬼化した事を知ったら親身になって心配してくれた。
悠二の遺体を一緒に埋葬し、その亡骸に手を合わせて祈ってくれた。

――セルティは、優しい人だった。

瞳は開けたままなのに、目の前が真っ暗になった。
取り返しのつかないことをしてしまった、と今更実感した。
心の底で澱のように積もった想いがふとした拍子に舞い上がり、シャナを激しく苦しめる。
どうしよう。どうしよう。
完全に吸血鬼になってしまった時点で、皆の元には戻らないと決めていた。
今の自分は、皆と居ても、いつ欲望のままに誰かを襲いだすか分からない。
だから、一人で居ようとそう決めた。
……でも、このことを黙っていていいのだろうか?
セルティに真実を告げなくてはいけないのではないか。
許してもらえなくてもいい、殺されても仕方ない。
それでも一言、「ごめんなさい」と謝らなければならないのではないか。

シャナは、未だぼたぼたと血を垂れ落とす静雄の死体を見ながら、怯えた様に「どうしよう」と言った。
その言葉に応えるかのように、静雄の乗った枝が重さでぎしぎしと揺れた。
   
  *     *     *

――ガサリ。
背後の草叢を左右に掻き分ける音が、耳の痛くなるような静寂の中に響いた。
突然のその音に、シャナは無意識的に身体を反応させ、両足に力を込めた。
先ほどまで重石でも括り付けたように重苦しかった脚は、戦士としての矜持を保つかの如く鋭く動いた。
すぐ脇に転がっていた神鉄如意に手を伸ばし、前へと構えるのも忘れない。
すばやく立ち上がって後ろを振り返れば、一人の青年が驚いた顔でこちらを凝視していた。
いや、青年の視線はシャナの存在を素通りしていた。
彼が真っ直ぐに見つめているのは、シャナの後ろのモノ――物言わぬ静雄の死体だった。
「シズ、ちゃん……?」
どこにでもいそうな外見の、とりたてて変わったところのない平凡な青年だった。
死体を仰ぎ見る彼の、ジャケット越しの肩が小さく震えている。
動揺しているのだろう。青年は身体の震えを必死で抑えるかのように、コートの内側に腕を伸ばした。
彼は、シャナの方を軽くちらりと見てから、何か重大な決意をしたように首を頷かせた。
その姿に、それまで呆然と仁王立っていたシャナも、思わず口を開いた。
「……どうするつもり?」
手にした神鉄如意は構えたままで、シャナは青年に尋ねた。
青年はシャナに振り返り、「ちょっとね。このままだと、キツいから」と、よく分からない返答をした。
一歩、また一歩。彼はよろめくような足取りで、恐々と静雄の死体へ近づいていく。
多分に怯えを含んだ表情なのは、その死体のあまりのグロテクスさゆえだろうか。
緊張で乾燥した唇を、伸ばした舌でぺろりと湿らせて、彼は静雄の身体が引っかかった木へ身を寄せる。
その遺体をゆっくりと慎重な手つきで持ち上げると、青年は静雄の身体を横抱きにして、場所を移動させた。
シャナが立っているそばの、小さな花が幾つか咲いている場所まで運ぶと、彼は静雄の身体をそこへ横たえた。
そして、立ちっぱなしのシャナに落ち着いた声で頼んだ。
「墓を作りたいんだけど、よかったら手伝ってくれないかな? ……知り合いなんだ」

  *     *     *

水を含んだ土はやわらかく、浅い穴なら手でも割かし容易く掘る事が出来た。
静雄の遺体を身をかがめる様な姿勢で穴の中に入れて、上から再び土を被せ直す。
青年のその作業を、どうしてかシャナは手伝っていた。
無言で黙々と地面を掘るのは、心を落ち着かせるのに丁度よい。
ざくざく、ざくざく。手で掬った土を静雄の遺体にかけながら、シャナは隣にいる青年を見た。
静雄の知り合いだと名乗った青年は、シャナが静雄を殺めた事に気づいてはいないようだった。
むしろ、無残な死体を偶然目撃してしまった被害者くらいに思っているらしく、しきりに「気分は平気?」などと尋ねてくる。
その押し付けがましくない心配の仕方はセルティとよく似ていて、シャナはまた、泣きたくなった。
静雄を埋葬し終えると、青年は目を瞑り、墓の前で両手を合わせた。
シャナもそれに倣いたかったが、自分にそんな資格はないと思って止める。
代わりに、静雄が『由乃のものだ』と言った十字架を彼の墓の脇へと供えた。
黙祷から目を開けた青年は、長いため息の後、
「こんなものしかないけど、持っていこう」
と、静雄の胸ポケットに入れられていたサングラスを取り出した。
先ほどの衝撃が原因なのか、サングラスのレンズは、既に両方ともひび割れていた。
けれど青年は、壊れたそのサングラスを、包み込むように慎重な手つきで掌に乗せる。
「何で?」
「シズちゃんにはさ、俺のほかにもう一人、親友が居るんだ。
セルティって言ってね、見た目はちょっと変わってるんだけど、
シズちゃんとは俺なんかよりずっと気が合って、しょっちゅう一緒にバイクで走り回ったりしてたんだ。
……だから、シズちゃんの遺品って言うのかな。もしどこかで逢えたら、渡せたらと思って」
しんみりとした口調で、どこか寂しげに「難しいだろうけどね」と付け加えた青年を見て、シャナは思わず声を上げていた。
「……その人なら、知ってる」
「えっ?」
「多分、まだマンションに居ると思う」
言いながら、シャナはデイパックから折りたたまれた地図を取り出す。
皆が拠点にしているC-6のマンションを指で指し示して、縋るように言った。
その声は、咽喉の奥から必死に絞り出したような細くか弱い、けれどひどく切実な声だった。
「だから、行ってあげて」

シャナは、自分のしたことを正当化するつもりも、無かった事にするつもりもなかった。
けれど今、自分からセルティに逢いに行くことは怖かった。
心の準備が出来たら、必ず謝りに行く。
でも、今はまだ、セルティに逢いに行けるだけの勇気がない。
……だから、せめてもの代償行為として、この心優しい青年に、想いを託すことにした。

  *     *     *

「シズちゃんってば、最後の最後まで俺の予想を裏切ってくれちゃったねぇ?
 でも、まさか、いい方に裏切られるなんて思わなかったけど、いや、本当に」

折原臨也は、笑っていた。
腹の底から、胸の奥から、愉しくて愉しくて嬉しくて嬉しくて仕方なくて笑っていた。

まったく、神に感謝したいような偶然だった。(もっとも、彼は筋金入りの無心論者だったが。)
地下道を東に抜けた臨也は、探知機を使って人を探しつつ、このD-8の森へと足を踏み入れた。
そこで、探知機上に二つの光点を発見しのだ。
臨也は、誰かが居るはずの場所から少し離れた木々に身を隠し、そこに居る二人の姿を確認した。
驚いたことに、その片方は静雄だった。
「……探してる相手にはなかなか逢えないってのに、殺したいほど憎い相手は一日で2度も逢うんだもんなぁ」
苦笑しつつそう呟きながら、臨也は二人の観察を続ける。
静雄と赤髪の少女は、どうやら情報交換をしようとしているらしかった。
しかし少女のあの態度では、恐らく交渉決裂だろう。あれじゃぁシズちゃんは、すぐキレるに決まっている――。

臨也の予想したとおり、二人はじきに戦闘になった。
まあ、当たり前だろう。静雄相手にあんな強固な態度をとれば、争いになるのは目に見えていた。
「あの子がシズちゃんを殺してくれたら、最っっっ高なんだけど」
朗らかな笑顔でそう思いつつ見ていると、なんと少女は静雄相手に五分の戦いを始めた。
嬉しい誤算だ。
このまま目の前で静雄が死んでくれたら、これ以上の幸せはないんだけど、と、臨也は二人の戦闘に目を凝らす。

少女は、強かった。静雄の攻撃をうまく受け、流し、隙を狙って自分の攻撃を叩き込む。
剣速の鋭さ、太刀筋の正確さ、そして何より細身の身体から繰り出される圧倒的なパワー。
あれでは、流石の静雄でも殺られてしまうかもしれない。
「ああ、そうならないかなぁ」と願った臨也に、天は味方したらしかった。

少女は、本当に静雄を殺した。
その瞬間、臨也は彼女に向けて盛大な拍手をしたくて堪らなかった。
心からの賛辞と共に、彼女にバラの花束でも手渡したい想いでいっぱいだった。
けれど、少女と静雄のやり取りの中には、それ以上に考えねばならないことが存在していた。

赤髪の少女は、静雄が自身の名を答えた途端、それまでの容赦のない攻撃から一転、殺さないよう攻撃の手を加減し始めた。
即ち、交戦していた相手が『平和島静雄』という名前だと分かったことで、彼を『殺してはいけない相手』だと認識したことになる。
外見ではなく、名前で敵か味方かを判断した根拠は何か。
初めて遭遇した、それもその時点で戦闘中の相手を殺してはならないと考えた理由は何か。
それは、静雄を直接知る誰かから、彼が信頼に足る人間だと教えられていたからではないか?
恐らく彼女は、その誰かから、静雄の名前のみを聞いていたのだろう。
或いは外見や服装も教えられていたのかもしれないが、トレードマークのサングラスをはずし、血塗れでボロボロの格好だったために、そうとは

気付かなかったのだろう。
では、果たして、少女に静雄の名前を教えたのは誰か。
可能性は二つある。
静雄がこのゲーム内で出会い、信頼しあった相手か、元からの知り合いかだ。
しかし、前者の可能性は限りなく低い。
さっきの様子を見ても分かるように、静雄のあの性格では、まともな交渉や団結など不可能に近いからだ。
ならばその『誰か』とは、静雄を元から知る人間――つまり、セルティでしか有り得ない。
そう、彼女は、セルティと出逢っている――。

そう分の悪くない、賭けだった。
そして臨也は、賭けに勝ったのだ。
少女に不審を抱かれることなく、彼女からセルティの居場所を聞きだすことが、彼は出来た。

解除装置の使用は高い代償だったが、二つの点において、大きな役割を果たしてくれた。
一つは、あの赤髪の少女に、より強い罪悪感を植えつけた点だ。
交戦前後の様子から、彼女が禁止エリアに気付いていないのは明白だった。
『禁止エリアに気付かなかったため起こった事故』と『自分が力加減を誤ったことで起こった殺人』。
どちらがより罪悪感に苛まれるか、答えるのは容易い。
そして悩めば悩むほど、人は単純になり、思うまま動かしやすくなる。
もう一つの利点は、静雄の遺体を自分の手で手向けられた点だった。
あれだけ壮絶な死体を見て、怯まずにその墓を掘ってやるという行為は、『無二の親友の死を心から悼む青年』という馬鹿げたキャラクター設

定を、相手に違和感なく受け入れさせられる。
それに、一度埋められた死者を掘り起こして死因を確認出来るほど、セルティは冒涜的な女性ではない。
少女本人が事実を誤認し、目撃者も唯一自分しかいないと言う状況で、静雄の死の真相を見抜くのは誰であれまず不可能だろう。
――これで自分は、『静雄の死の真実』というセルティに対する絶対的なカードを手にしたまま、彼女に逢えるというわけだ。

それにしても、と臨也は思う。
シズちゃんの死体を見て、ちょっと興奮しすぎたかもしれない。
演技には自信があったのに、堪えきれない笑いが込み上げて、思わず肩を揺らしてしまった。
仕方ない。何せ、あの瞬間も、今も、楽しくて仕様がないのだから。

「さぁてと、セルティの居場所は分かったし、シズちゃんは死んだし、まったく幸運ってのは一気にやってくるもんだねぇ。
ああ、最高だ。 本っっっっ当に、笑いが止まらなくて困るくらい最高の気分だよ?」
【D-8/草原/1日目・21:00】

【折原臨也】
[状態]:脇腹打撲。肩口・顔に軽い火傷。右腕に浅い切り傷。(全て処理済み)
[装備]:光の剣(柄のみ)、銀の短剣
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水2000ml)、探知機、禁止エリア解除機
    ジッポーライター、救急箱、青酸カリ、スピリタス1本、静雄のサングラス
[思考]:同盟を組める人間とセルティを捜す。クエロに何らかの対処を。人間観察(あくまで保身優先)。
    ゲームからの脱出(利用出来るものは利用、邪魔なものは排除)。
    残り人数が少なくなったら勝ち残りを目指す
[備考]:クエロの演技に気づいている。
    コート下の服に血が付着+肩口の部分が少し焦げている。


【D-8/旅館の前の道路/1日目・21:00】

【シャナ】
[状態]:吸血鬼(身体能力向上)/ダメージ軽微
[装備]:贄殿遮那 /神鉄如意
[道具]:支給品一式(パン6食分・水2000ml)
    /悠二の血に濡れたメロンパン4個&保存食3食分/濡れていない保存食2食分/眠気覚ましガム
    /悠二のレポートその2(大雑把な日記形式)/由乃のロザリオ
[思考]:もう誰も殺さないよう一人でいる/覚悟が出来たら、セルティに謝りたい
[備考]:体内に散弾片が残っている。
    手術で摘出するまで激しい運動や衝撃で内臓を傷つける危険有り。
    ただし吸血鬼の再生能力と相まって高速で再生する。
     18時に放送された禁止エリアを覚えていない。
     C-8は、禁止エリアではないと思っている。


静雄の遺体が、D-8の北端に埋葬されました。また、墓の脇には由乃のロザリオが置かれています。
20:35から21:35までの一時間は、C-8の禁止エリアが解除されています。
63A red herring and red hands(1/10) ◆lmrmar5YFk :2006/10/27(金) 20:08:16 ID:we8wi/62
気絶したヒースロウを肩に担ぎ、朱巳はぶつくさと文句をいいながら彼を横に出来る場所を探した。
両肩にずっしりと圧し掛かるヒースロゥの濡れた体が、朱巳の体力と体温を奪い取っていく。
雨に濡れた足元のタイルは滑りやすく、朱巳は何度か転びかけるのを、すんでのところで押しとどめる。
「まったく、もう……何なのよ」
息を少しばかり荒くして歩道を進みながら、周囲に人気が無いか気を配る。
ぴんと張り詰めた冷たい夜の空気が、濃密な湿度と共に、朱巳の身体に纏わりついた。
懐中電灯は無く、空は曇って月も星もろくに見えなかったが、さほど問題は無かった。
周囲にあるアトラクションが、明々とネオンの光を放っていたからだ。
巨大な観覧車やジェットコースターの放つ光の下で、驚くほど長い影が朱巳の背後に伸びていた。

屋外のアトラクションが多い遊園地内では、選択肢はさほど多くない。
朱巳はメリーゴーランドのそばにある二階建ての建物に近づいて、回転ドアから中を覗いた。
煌々と灯りの点いた室内には、人の気配は感じられない。
それでも細心の注意を払い、隠れるようにして壁伝いに裏手へと回る。
前面のドアとは対照的に、簡素なつくりの職員専用ドアを発見し、そちらのドアノブを掴んで回した。
ドアは違和感無くすぅと内側へ開いたので、朱巳はそのまま屋内へと侵入した。
入ったそこはどうやら、レストランの厨房らしかった。
業務用の巨大な冷蔵庫やガスコンロがひしめくそこを、辺りに注意しながら進む。
かすかに鼻を突く食物の腐ったような臭いが、朱巳の気分を悪くした。
顔を顰めて、厨房の奥に据え付けられた狭い階段を上がる。
そこに従業員用の休憩室を発見したので、これ幸いと、朱巳はソファの上にヒースロゥの身体を横たえた。
服越しに胸に耳を近づけてみれば、規則正しい呼吸音が朱巳に『心配ない』と教えているようだった。
ほっと安堵する自分に気づいて、朱巳は苦笑する。
……別に、こいつが大事だってわけじゃない。
ただ、ほら、目の前で死なれちゃ、夢見が悪いじゃない。理由なんて、それだけよ。
無理やりひねり出したような理屈をつけて、朱巳は自分を納得させる。
64A red herring and red hands(2/10) ◆lmrmar5YFk :2006/10/27(金) 20:09:41 ID:we8wi/62
そうして、そんな思いをかき消すかのように、「そうだ」と口にした。
「どうせだから、何か武器になりそうなものを探してみようかしらね」
サバイバルナイフがある自分はともかく、ヒースロウには今、何も武器に代わるものがない。
朱巳の力では彼の身体を運ぶのが精一杯で、鉄パイプまでは回収できなかったのだ。
深く考えての事ではなかったが、その思いつきは中々悪くないように思えた。
ここはレストランだ。厨房を探せば、どこかに包丁の一本や二本残されているかもしれない。
朱巳は横になったままのヒースロゥを置いて、一人で元来た道を戻った。
先ほど上ったばかりの階段からもう一度厨房へ下りて、閉めてある戸棚や引き戸を片っ端から覗く。
白い埃が空中を舞って気道に入り、朱巳はごほごほと咳き込んだ。
だが、残念なことに彼女のその行為は徒労に終わったらしかった。
探せど探せど、包丁どころかフォークの一本すらも見つからない。
参加者が容易に現地で武器を調達できないように、主催者が事前に回収したのだろうか。
背に当たる作業台の上に両手を乗せて、深く嘆息する。
「……ったく、ほんっとーに、ついてないわ」
「そうだな、お前はついてない」

……え?
突然聞こえたその声に、朱巳の表情が一瞬固まる。
男の声だ。でも、ヒースロゥの声ではない。
そもそも、そんなにすぐ彼が目覚めるわけがない。
頭を上げ、声のした方向に視線を向ければ、しかしそこには確かに人影が立っていた。
獲物を見つけた捕食者のように暗い悦びを秘めた、黒の瞳。
全てを焼き尽くす業火のような色をした、燃え盛る赤い髪。
両腕で、長い髪の少女を横抱きにした、――それは、かつてクレア・スタンフィールドと呼ばれた男だった。

「まずは、一人目と行こう。 仕事始めは、出来るだけ素早く、正確、かつ派手に」
クレアは悠々とした態度で、厨房の入り口からこちらへと歩いてくる。
朱巳は、頭を振って左右を見渡し、対応の仕方を考えた。
話し合いで退いてくれる相手ならいいが、そうでない場合、自分には逃げる以外のすべはない。
そのときのために、逃走経路を確認する。
65A red herring and red hands(2/10) ◆lmrmar5YFk :2006/10/27(金) 20:10:32 ID:we8wi/62
ここにあるのは、ホールへと通じる大扉と、侵入したときに使った外へ出る扉、そして二階へ上がる階段の三つ。
男は恐らく、ホール側から入ってきたのだろう。今も大扉を背にしている。
あの脇をすり抜けて逃げられるほど、自分の脚は早くない。
そうなると、自ずと逃げ道は従業員用の小さなドアか、階段のどちらかに限定される。
「おっと」
その思考を遮ったのは、底抜けに陽気なクレアの声だった。
「何も考えなくていい。どうせ、そんなものは無駄になる」
「……どういうこと?」
「お前は恐らく、今、こう考えていることだろう。
こいつは、ゲームに乗っているのか? もしそうだとしたら、どうやって逃げようか。
……だが、そんなことは何も考えなくていい。どうせお前は、どうやろうが逃げることはできないんだからな」
「随分な自信家だこと」
そう、答えるのが精一杯だった。
男の口調には、一切の驕りも誇張も存在しなかった。
朱巳が見るに、彼はただ、淡々と分かりきった事実を話しているだけのようだった。
「それで? あたしをどうしたいの?」
「殺すさ。――だが、その前に、少し訊きたいこともあるんでな」
言い終わるや否や、視線の先から男が消えた。
……えっ?
そう戸惑う間すらない。
次の瞬間には、彼は朱巳の鼻先に立っていた。
両腕で抱えていた女の遺体は立たせ縦にして、左手一本に抱き替えている。
空いた右手で朱巳の左手首をむんずと掴んで、男は口を開いた。
「だから、まずは一つ拷問と行こうか」
男は、ごく事務的な口調で朱巳に尋ねる。
だがその質問は、朱巳を驚かせるのに十分な内容だった。
「ホノカかCDって名前に聞き覚えはあるか」
「……さあ?」
首を捻ってそう言うものの、頭の中では幾つもの疑問が浮かび上がる。
――『ホノカ』。さっき、別れた相手の名前だ。
どうしてこの男があのコを探す? こいつは一体、何者? 
しかし『嘘つき』はそんなことを微塵も表情に出さず、冷静な声で尋ね返す。
66A red herring and red hands(4/10) ◆lmrmar5YFk :2006/10/27(金) 20:12:19 ID:we8wi/62
「知らない、――って言ったら、それで信じるわけ?」
「いや? ……だが、心配しなくていいぞ。職業柄、相手を喋らせるのには慣れているからな」
「へぇ。あんたの職場じゃ、そういう時はどうするのよ?」
訊けば、クレアは朱巳の顔をじぃと見てにやりと口元を愉しそうに歪めた。
深い黒色の瞳が、猫のような三日月形に細められる。
「そうだな、そういうときは――――力尽くだ」
その言葉が発せられるのと、殆ど同時のタイミングだった。
クレアの右手が視認出来ないほどのスピードで、朱巳の手首に沿って滑り上がる。
「――んぅっっ!!」
突然襲い掛かった予想もしない攻撃に悲鳴をあげなかったのは、意志の力というより単なる偶然だった。
いや、相手の行為があまりに速すぎて、何が起こったのか自分でも分からなかったというのが正しい。
しかし、一瞬遅れてやってきた痺れる様な激痛が、事態を正確に教えてくれた。
恐る恐る痛みの先に視線をやれば、左の小指が通常ではありえない方向に折れ曲がっていた。
……でも、このくらいなら我慢できる。
たとえ、両手の指を全部折られたところで、そんなのはたいした問題じゃない。
このゲームに参加している以上、ナイフや銃を握れなくなるのは痛い損害だけど、構わない。
どうせ元から自分の武器は、この頭に詰まった嘘とハッタリだけなのだから。
「この程度? あんたの職場は、あたしのいる『組織』より、随分とヌルいのね」
「まさか」
クレアは声を上げて笑うと、朱巳の髪を片手で掴んで、彼女の頭を引き寄せた。
吐息がかかるほど唇を耳元に近づけて、囁く様に朱巳に告げる。
「こんなので話してもらえると思うほど、俺は楽観主義者じゃない」
にぃと口角を上げて残酷な笑みを浮かべると同時に、男の手元から乾いた音が鳴り響いた。
67A red herring and red hands(5/10) ◆lmrmar5YFk :2006/10/27(金) 20:13:19 ID:we8wi/62
ぽきん。

「もちろん」

ぽきん。

「お前だって」

ぽきん。

「こんなレベルの遊びを『拷問』だと思ってるわけじゃ、ないだろう?」

ぽきん、ぽきん、ぽきん、ぽきん、ぽきん、ぽきん、ぽきん、ぽきん、ぽきん、ぽきん。

単語を一つ口にするたびに、クレアは朱巳の指の骨を折り奪っていく。
いや、その行為はもはや、『折る』ではなく『砕く』といったほうが正確だろう。
皮膚の内側で粉末状になっているのではないか疑うほど、彼女の指の骨は念入りに捻り折られていた。C

朱巳に出来るのは、ただ、耐えることと考えることだった。
神経そのものを引き千切られた様な激痛に、気を失いそうになる。
ぶらんと垂れた左の手首から先は、もう使い物にならないだろう。
服の布地にほんの少し擦れただけで、思わず飛び上がりそうなほどの衝撃が奔る。
それでも表面上は涼しげな顔で、朱巳は左手の痛みを無視する。

……大丈夫。これだけなら、まだ平気。
脚は動く。利き手も無事。
こんなの、あたしにとっては何一つ傷ついていないのと、同じこと。
元から傷だらけのあたしには、この程度じゃ傷を負わせたことにはならないのよ。
68A red herring and red hands(6/10) ◆lmrmar5YFk :2006/10/27(金) 20:14:32 ID:we8wi/62
「さて、まずは何から始めようか?
俺の知り合いには、腕の肉を丁寧に剥ぎ取ったり、そのままその腕の骨に彫刻を入れたり、
動いている列車の車輪に頭を押し付けたりしても、生きていた奴がいたからな。
……お前の居る『組織』とやらでも、まさか、そのくらいは普通なんだろう?」
クレアは、朱巳の手首を押さえつけていた手を離して、腰に提げていたハンティングナイフを握り締めた。
それを目の高さに持ち上げ、鈍色に光る刃を朱巳に向ける。
ナイフを手に彼女を見つめる男の顔は、狂気に溢れていた。
その表情を目の前にして、対する朱巳も顔面神経を歪に強張らせ、引きつった笑みを作る。
「……救い様の無い変態ね。どっかの戦闘狂と同じかそれ以上だわ」
「そうか」
這いずるように数歩、朱巳は奥に退がる。
壁際に置かれていた冷蔵庫に、こつんと背中がぶつかり、金属特有のひんやりとした感触がした。
その冷感で、後ろを見ずとも、今立っている位置を正確に把握する。
シンク、冷蔵庫……。待って、確かこの並びの脇に、『あれ』が無かったっけ?
記憶の隅から、さっき武器になるものを探して回ったときに見た映像を引っ張り出す。
そうだ、確かに視線の端で知覚した。『あれ』は、この辺りにあったはず。
あいつに気づかれないように、『あれ』を探せば――。

男は、じりと一歩こちらににじり寄る。
「嫌……嫌よ、嫌」
朱巳はいやいやと頭を振るような動作で、顔を左右に動かした。

「……何で、あたしなの!? あたし、知らないわよ……? 本当に、何にも知らないのに!!」
近づいてくる男に対する恐怖で、ついに冷静さを失った――。男には、そう見えていることだろう。
狂ったようにそう叫んで、朱巳は動くほうの手で周囲を弄った。
身体は前を向けたまま、縋るように厨房の壁を探る。
朱巳の瞳が、掌が、必死である物を求めて彷徨う。
その視線が、一瞬、壁の一角へ吸い寄せられた。
ほんの数歩の距離。今立っている場所から、1メートルも離れていない。
あと少し手を伸ばすことができれば、『あれ』に届く。
表情には出さずに、心の中で、快哉を叫ぶ。
69A red herring and red hands(7/10) ◆lmrmar5YFk :2006/10/27(金) 20:15:25 ID:we8wi/62
でもまだ、喜ぶには早い。やらなきゃいけないことは、まだ、ある。
まずは、あれに触れられる位置まで近づかなければ。
純粋な速さ比べで、あたしがあいつより先に、あそこまで行くのは、まず不可能。
けど、一瞬、隙を作ることなら、きっとあたしにだって出来る。

「ねえ、……見逃して。そうしてくれたら、あたしも何もしないわ」
「どういう意味だ、それ? お前が俺に何が出来るって言うんだ?」
面白そうに尋ねるクレアに、怯えたような声音を唐突に崩して朱巳は告げる。
「そうね。……鍵を、かけられるわ」
いきなりのその不可思議な言葉に、クレアが刹那、意味が分からないという様な顔を見せた。
その一瞬を、朱巳は逃さずに捉える。
「――がちゃん」
言いながら、右手を胸の前に伸ばして虚空で捻る様な動作をした。
まるで、空中にある不可視の鍵をかける様に。
「今、何をした?」
「あんたの心に、見えない鍵をかけたの。
あんたが今一瞬感じた『戸惑い』。それを、鍵はあんたの精神に縛り付ける。
これからずっと、あんたの心はその『戸惑』った感情に支配され続けるわ」
ぺらぺらと、立て板に水を流すような饒舌さで、朱巳は話し続ける。
今はなんとしても、こちらが会話の主導権を握らなければならない。
自分のペースに、相手を巻き込むのだ。

あたしの鍵にかからない相手はいない。
それは、これまで生きて来た環境や世界の違いなんて些細な物には、左右されない。
あのギギナ・シャー何とか……っていう戦闘馬鹿にも成功したのだ。
この男相手だって、絶対に上手くいく。
あたしの嘘に乗せられて、焦ってくれれば、この男もきっとペースを乱すはず。

しかし、朱巳の思惑は脆くも破れた。クレアは平気な顔で鼻を鳴らして、言った。
「ふん、……下らないな。
俺には、想像力が欠如しているらしくてな、『感じない』ものは存在すると思えないんだ」
「……あら、随分とお粗末な頭と心なのね?」
70A red herring and red hands(8/10) ◆lmrmar5YFk :2006/10/27(金) 20:16:12 ID:we8wi/62
朱巳が、語尾を跳ね上げて挑発する。
しかしクレアは彼女の軽口を気にせずに、頭を振った。
「そんなことはない。俺には視覚も聴覚も触覚も存在しているからな。
お前の死に顔を見て、断末魔を聞けば、お前の『死』は俺の中で存在したことになる」
「ふうん? それじゃあ、『あたし自身』を認めてもらうにはどうしたらいいのかしら」
「そうだな……、かすり傷でも付けてみるか?
世界の中心であるこの俺に、傷をつけられるようなら、それは、お前が存在する確かな証だ」
「あなたに傷を付けるのは、随分と難しいように思えるけど」
その言葉にはじめて、クレアはそれまでと違った反応を見せた。
「ああ、お前には無理だろうな。今までに出来たのは、女じゃ一人だけだ」
何かを思い出すように遠い目をしてから、クレアは片手で抱えたシャーネの遺体に愛しげな視線を向けた。
それを見て、もしかして、あの抱いている女こそがその『一人』なのかもしれない、と朱巳は思う。
けれど、そんなことは彼女にとってどうでもよかった。
男が一瞬、そちらを向いた隙を狙い、朱巳はずりっと右に一歩動いた。

――その瞬間、掌が、壁のある一点に触れる。
どくん、と心臓が跳ねた。
血液が沸騰しているかのように熱くなって、朱巳の体内を駆ける。

――――やった。これさえ見つけられれば、あたしの勝ちだ。
あとは、時間を稼げればいい。多く見積もっても三十秒。それ以上は必要ない。
それさえ出来れば、――逃げ延びられる!

「へぇ、その人、凄いのね」
「ああ、俺が認めた唯一の女だ。俺と世界を共有する、俺の一部だよ」
クレアが、誇らしげに告げる。
けれどその瞳には、どことなく、怒りと哀しみが交じり合っているように思えた。
朱巳は、その姿を真っ直ぐに捉えながら、脳内で時間をカウントする。

……あと、15秒。
71A red herring and red hands(9/10) ◆lmrmar5YFk :2006/10/27(金) 20:17:09 ID:we8wi/62

「……そう。でも、あたしを傷つけるのだって、そう簡単じゃないわ」
ゆっくりと時間をかけるようにして、その台詞を告げる。
クレアは、奇妙なものでも見るような顔で、朱巳をねめつけた。

……あと、5秒。

「へぇ? たいそうな自信だな。だが――」

――――チン。

クレアの言葉は、場違いに明るい機械音に、途中で遮られた。
その音が鳴ったと同時に、突如、朱巳の背後にぽっかりと小さな空間が口を開く。
転がり込むように、朱巳はその中に己の身体を押し込めた。
食品運搬用の小型エレベーター。
屈んで小さくなれば、どうにか人一人入ることが出来るほどの、窮屈な立方体。
厨房の最奥にあるそれに無理やり乗り込んで、内側から伸ばした腕で開閉ボタンを押す。
閉まっていく重い鉄扉の奥で、朱巳は僅かに笑いながら呟いた。

「だってあたしは、『傷物の赤』だもの」

激しい駆動音を響かせて、エレベーターはするすると地下へ降りていく。
その音は、さながら勝利のファンファーレのように聞こえた。
72A red herring and red hands(10/10) ◆lmrmar5YFk :2006/10/27(金) 20:18:02 ID:we8wi/62
【F-1/海洋遊園地内レストラン地下/1日目・19:40】
『嘘つき姫とその護衛』
【九連内朱巳】
[状態]:左手全体を粉砕骨折(治療不可)
[装備]:サバイバルナイフ/鋏/トランプ
[道具]:支給品一式(パン4食分・水1300ml)/トランプ以外のパーティーゲーム一式
    /缶詰3個/針/糸/刻印解除構成式の書かれたメモ数枚
[思考]:クレアから逃げる/クレアと火乃香の関係を考える/ヒースロゥをどうにかして起こしたいが…
    /パーティーゲームのはったりネタを考える/いざという時のためにナイフを隠す
    /ゲームからの脱出/メモをエサに他集団から情報を得る
[備考]:パーティーゲーム一式→トランプ・10面ダイス2個・20面ダイス2個・ドンジャラ他。
    もらったメモだけでは刻印解除には程遠い。

【F-1/海洋遊園地レストラン内二階休憩室/1日目・19:40】」
【ヒースロゥ・クリストフ】
[状態]:気絶中(身体機能に問題はない)/水溜まりの上に倒れたせいで濡れている
[装備]:なし
[道具]:支給品一式(パン5食分・水1500ml)
[思考]:朱巳を守る/マーダーを討つ/エンブリオ・ED・パイフウ・BBの捜索。
[備考]:朱巳の支給品が何なのか知りません。
[チーム方針]:エンブリオ・ED・パイフウ・BBの捜索。右回りに島上部を回って刻印の情報を集める。

【F-1/海洋遊園地内レストラン一階厨房/1日目・19:40】
【クレア・スタンフィールド】
[状態]:健康。濡れ鼠。激しい怒り
[装備]:大型ハンティングナイフx2/サバイバルナイフ/鋏/シャーネの遺体(横抱きにしている)
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水2000ml)、コミクロンが残したメモ
[思考]:この世界のすべてを破壊し尽くす。/朱巳を追う
    “ホノカ”と“CD”に対する復讐(似た名称は誤認する可能性あり)
    シャーネの遺体が朽ちる前に元の世界に帰る。
[備考]:コミクロンが残したメモを、シャーネが書いたものと考えています。
73イラストに騙された名無しさん:2006/10/29(日) 05:22:37 ID:6oOgB0Xr
ageときますね
74イラストに騙された名無しさん:2006/10/31(火) 05:33:44 ID:a42Nsu5a
 
75イラストに騙された名無しさん:2006/11/09(木) 22:26:17 ID:PBWEnSQm
保守
76イラストに騙された名無しさん:2006/11/18(土) 00:29:37 ID:v69DtRM7
保守
折原臨也はあまりに上機嫌で笑いだしそうだった顔を引き締め、慎重に歩き始めた。
そろそろ誰かが見ているかもしれないし、目的とした以外の相手が居るかもしれない。
あるいはセルティやその仲間に至近距離で遭遇して攻撃されるかもしれない。
この島において事故で人を殺してしまう前例は、呆れる程の数になっているはずだ。
先ほどのシャナという少女も意図せず静雄を殺してしまったわけだし。
また笑い出してしまいそうなのを必死に堪えて、臨也はコツコツと足音を立てて歩く。
もう目的のマンションに入り、目的の階層まで辿り着いている。
セルティと、居るならばその仲間に早く見つけてもらった方が得策だ。
自分は見たところ“無力な普通の人間”なのだから。
果たして、すぐにお目当ての人物は現れた。
「やあ、セルティ。会えて嬉しいよ」
臨也はにこやかに声を掛ける。
目の前にいるのは影でヘルメットを作っているセルティと、欧州系の男女が一組。
セルティと、ベルガーと、ダナティア。
臨也は大集団と接触した。

     * * *

シャナは項垂れていた。
あの心優しい青年にセルティの居場所を教えたけれど、シャナの状況は何も変わらない。
――これから、どうすれば良いんだろう。
坂井悠二を失った。
誇り高い肉体は穢された。
フレイムヘイズの誇りさえ失ってしまった。
最後に残った絆の為に戦って……その仲間の親友を、殺めてしまった。
心に残るのはただ痛みだけ。
ズキズキと響く鈍痛が心を次第に弱らせていた。
ふと、シャナは自分の居る場所に気が付いた。
D−8エリアの北端、悠二が殺されたC−8エリアのすぐ近くだ。
(悠二……)
胸が締め付けられる想いがして……悠二の何かを求めて、デイパックから保存食を取り出した。
悠二の血をたっぷりと含んだそれを口に入れて咀嚼する。
悠二を失った悲しさと悠二の何かを体に取り入れる喜びが。
人から外れてしまったおぞましさと餓えが満たされる幸福感が交差する。
……もう、自らを慰める意味しか無い。
(ダメだ、こんなの……)
悠二が殺された場所を、もう一度だけ見に行ってみようと思った。
そこに何かがあるような気がしたから。
この堂々地獄を吹っ切ってくれるような何かが。
だからシャナはC−8エリアに足を踏み入れた。
シャナはそこが禁止エリアであった事を知らない。
臨也の禁止エリア解除装置により僅か1時間だけ解除されている事を知らない。
現在時刻は午後9時10分。
禁止エリア再発動まで、残り25分である。

     * * *

謎の青年がセルティの名を呼んだ事にベルガーは怪訝な表情を示した。
捜し人の平和島静雄……とはどうも人相が違う。
「知り合いなのか?」
『まあな。折原臨也という奴だ』
彼の問いにすらすらと答えの文を返す。
「静雄という奴の他にも知り合いが居たのか。どうして捜さなかったんだ?」
『あまり信用できない奴だからな』
「ひどいなあセルティ。少なくともシズちゃんよりは話が通じるつもりだよ」
セルティは少しだけ考えた。
確かにそれは事実だ。静雄はふとしたキッカケで激昂して殴りかかってしまう。
臨也はそれに比べれば会話は可能だ。可能なのだが。
『それとおまえが信用できるかは別の話だろう』
臨也は言葉が通じるだけにタチが悪い人間だ。
静雄と比べてどちらが危険かとは一概には言えない。
『どっちも危険が有るなら、友人の方を先に捜すさ。
 それにおまえと静雄は仲が悪いからな。両方とも見つけてしまったら事だ』
(イヤだな、よく判ってるじゃないかセルティ)
臨也は内心で苦笑する。
静雄と自分が顔を合わせっぱなしで居なければならない状況なんて嫌すぎて危ない。
嬉しいことにもうそんな危惧をする必要は無いわけだが。
「それよりも、おまえは誰からこの場所の事を聞いたのかしら?」
ダナティアが臨也に問い掛ける。
「知っていた? 違うよ、たまたまさ」
「嘘おっしゃい。おまえはこのエリアに入ってから一歩も迷わずここに来たじゃないの。
 エリアに入って、5つもあるマンションの一つを選んで、目的の階まで一直線。
 これをたまたまだなんてよく言えたものね」
(やっぱりどこかから見ていたわけだね)
ここは既に相手の陣地なのだ。監視下に有るのはむしろ予想通りと言えた。
しかしマンションの外は暗い。少なくとも夜目が効かなければ見えないだろう。
あるいは……
(マージョリー・ドーと似たような能力を持っているのかもしれないな)
もしそうなら随分と厄介な相手だ。
一方的に情報を得る能力を持っているなんて情報屋にとっては天敵にも等しい。
といってもそんなマージョリーも別の敵と“共倒れになってしまった”わけだが。
そう考えるとやっぱりそこまで警戒する必要も無いのかもしれない。
「答えなさい。誰に聞いたの?」
「ああ、シャナって子に聞いたんだ」
「「『どこで?』」」
三人から重なった問いが返ってきた。
(……しまったな)
臨也は内心で舌打ちした。
彼女達は皆、シャナを捜していたのだ。
それはある程度までは予想通りだ。
だがマージョリー・ドーと似たような“感知能力を持った奴が捜しに行く事”は想定外だ。
(それも今すぐ行かれると、少しだけどまずいじゃないか)
シャナと普通に会った所で状況は変わらない。
問題はシャナがC−8エリアを彷徨っていた場合だった。

     * * *

シャナは坂井悠二の殺された場所を再び訪れた。
別に、何もなかった。
まだ乾ききらない悠二の血痕が血の匂いを漂わせているだけだった。
近くに零崎の出刃包丁が転がっていたりはするが、その程度だった。
悠二の死体は持ち去ったし、悠二の霊が語りかけてくれるなんて幻想的な事も無かった。
セルティに謝りに行く勇気をくれるような物も、無かった。
シャナはただ、虚ろさと悲しみを胸に立ちつくしていた。
現在時刻は午後9時15分。
禁止エリア再発動まで、残り20分。

     * * *


(さて、どう答えようかな)
特殊な感知能力を持たない者なら、隣のエリアを彷徨う誰かを発見する事など不可能だ。
だが感知能力を持つ者が隣のエリアからC−8を彷徨うシャナを発見すれば、
禁止エリアが解除されている事が露呈してしまう。
もちろん後になってシャナが誰かと禁止エリアについて話せばその矛盾に気づくだろうが、
それはあくまで人伝の話で、禁止エリア内を歩き回るなど突拍子も無い話は信じられない。
それに対してC−8でシャナを発見された場合、明確な証拠が突きつけられ、
更にシャナの話と総合すれば臨也が何らかの手段で禁止エリアを解除した事も推理可能だ。
切り札の禁止エリア解除装置の事がバレてしまうし、信用を得るのにも支障が生じる。
つまり、禁止エリアが再発動するまではシャナの居場所を教えない方が良いのだ。
幸い禁止エリア再発動までもう30分も無かったはずだ。
問題はシャナの所に行かせない方法だ。
偽の位置を教えても良いが、もし後にシャナと再会する事が有った時に不都合が出るし、
そもそも嘘を吐いて相手を操るなんていうのは情報屋としてスマートではない。
そう、そんな事をしなくても……

「シャナちゃんの居場所? 悪いけれど今は教えられないなあ」
「なぜ?」
険悪な雰囲気の中で臨也は情報を流し始めた。
「彼女は自らの意志で君達から離れたんだろう?
 その居場所を勝手に教えるわけにはいかないよ」
「ええ、シャナが悪い方に悪い方に考えすぎての事よ」
ダナティアが傲然と言い放つ。
「あたくし達は彼女の抱える多くの問題に対処する術を既に手に入れているわ。
 今ならまだ彼女を連れ戻せば済む話よ」
「君達の知らない場所で問題が増えてしまっていたとしても、かい?」
臨也は不吉な言葉を告げた。
「例えばそう、彼女が罪を背負ってしまっていたら?
 それに対する答えもなく彼女を連れ戻せるかな?」
『何が言いたい、臨也』
セルティの問いに臨也はあっけらかんと答えた。

「そのシャナって女の子がシズちゃんを殺しちゃったよ」

     * * *
シャナはいつしか、周囲を彷徨い歩いていた。
そこは言うまでもなく、C−8エリアの範囲内だ。
一時的に解除された禁止エリアを歩いて、彷徨って……見つけたのは二つの死体だった。
「この女……」
確かゲーム開始直後に出会った自称サムライガールだ。
いきなり人の武器をよこせと言ってきて、挙げ句の果てに襲い掛かってきた。
(私も同じじゃない……)
その後になってシャナはベルガーに同じ事をした。
その時のベルガーと同じように、シャナは冷静さを失ったその女を軽くあしらった。
そして、殺さなかった。
そんな事をしたら悠二が悲しむと思ったから。
「……でも、死んだ」
その女と、そのすぐ近くにもう一人男の死体が転がっていた。
女の手の中には柄だけのナイフが有り、男の胸には刃先だけのナイフが突き刺さっていた。
あの女はシャナが見逃した直後にこの男を殺して、そして自分も誰かに殺されたのだ。
(殺しておくべきだったんだ……)
シャナが見逃してもこの女は結局死んだ。
もしシャナがこの女を殺しておけば、少なくともこの男は死なずに済んだ。
殺そうとしなかったのに女は死んで、女を殺さなかったせいで男が死んだ。
あまりに皮肉な連鎖だった。
手向ける言葉すら思い浮かばず、ただじっと死体を見つめる。

――そして、シャナはそれに目を奪われた。

殺された男、ヤン・ウェンリーのデイパックから幾つかの装飾品が転がっていた。
まるで血のように紅い宝玉の付いた、4つで1セットの装飾品。
「……きれい……」
それは吸血鬼である為か、それともその内なる力がシャナの魂を震わせたのか。
シャナはその場に座り込み、その“タリスマン”を手に取っていた。
血色の輝きに呪縛されたかのように。
現在時刻は午後9時20分。
禁止エリア再発動まで、残り15分。

     * * *

「ぐっ!」
喉元に鈍い衝撃が走った。
臨也の襟元をセルティが掴み、廊下の壁に押しつけていた。
「………………!!」
「そう興奮……しないで欲しいな、セルティ……」
絞まる喉から切れ切れの声を絞り出す。
「話を、聞いて欲しいな……」
「落ち着け、セルティ! そいつの言うとおり、話を聞かないと始まらない」
「………………」
セルティはしばらく沈黙した末、ゆっくりと臨也の襟元から手を退けた。
紙に言葉を殴り書く。
『どういう事だ、臨也』
臨也は安堵の息を吐いて呼吸を整える。
それからじれったくなる程にゆっくりと、答えた。
「今言った通りだよ。シャナって女の子が、シズちゃんを殺した」
『なぜだ?』
「さあね。色々あると思うよ? 判る分だけでもね」
言い聞かせるように、落ち着かせるように、動揺させる言葉を吐く。
「例えばシズちゃんは服がボロボロだった。服装で見分ける事は出来ないだろうね。
 シャナちゃんは乱暴な物言いだった。キレやすいシズちゃんを起爆するには十分な程。
 それから……ああ、そうそう。
 シズちゃんは由乃のロザリオと言った小さな十字架を大事そうに持っていたな」
(まさか……!!)
セルティが息を呑む気配を確かめると、臨也は切り札の一枚を出した。
「シズちゃんは平安野郎をぶっ殺すって叫んでた。
 君の仲間にそんな奴が居るんじゃないか?
 シャナちゃんはなんて呼んだっけ……ああそうそう、保胤って言ってたね」
「――――!!」
慶滋保胤。
彼は紛れもなく善意で行動した。
しかし彼の行動が、間接的に一人の死を生みだした。
「あと、これがシズちゃんの遺品さ。
 シズちゃんと俺は憎んでも憎み足りない仲だったけど、それでも知り合いだからね。
 君に渡そうと持ってきたんだ」
そう言って臨也はセルティの手を取って、そこにつるの折れたサングラスを置いた。
静雄のサングラスを。
――もう、否定する事は出来なかった。

「…………臨也と言ったわね。シャナは、相手が静雄である事に気づかずに殺したの?」
ダナティアの問い掛けに臨也は口元を歪ませて聞き返した。
「そうだとしたら? 引っ張ってくるのかい? 静雄の親友だったセルティの目の前に」
「ええ、片方でもまだ生きているなら助けたいわ」
臨也は悲しげに深々と溜息を吐いてみせる。
「だけど残念。あいにくとシャナちゃんは戦いの最中に静雄の事に気づいちゃったのさ。
 それで手加減しようとはしたみたいだけど……できなかった」
救いは無かった。
「シャナちゃんは君達に会いに来れないってさ。だから俺が代わりに来たわけだ」
それはつまり。
「もしシャナちゃんを見つけた所でどうするんだい? 追いかけ回して捕らえるかい?
 罪の意識に怯えている、なのにとんでもない力を持った相手をさ」
下手につついてシャナが錯乱でもすれば、最悪被害を拡大させる危険が有る。
そうでなくても彼女を死に追いやってしまうかもしれない。
遭遇した時に言葉が届くかも判らない。
セルティやその関係者に会うだけでどんな反応をするか予想ができない。
今、彼女に会いに行くことは危険だった。

     * * *

シャナは地べたに座り込んでそれを手に取っていた。
血を固めたような宝玉が填め込まれた、ネックレスと、バックルと、二つのブレスレット。
別に大した意味が有るわけではなかった。
確かにシャナはその“タリスマン”から強大な存在の力を感じてはいた。
使い方だって、感じ取れた。
だけどそれが力になるから持っていこうとか、美しいから身につけたいなんて理由じゃない。
血を感じさせるその紅さが吸血鬼の本能を刺激したとしても、それさえ直接の理由じゃない。
ただ、シャナの弱った心がふと、美しく力強いタリスマンの輝きに見とれていた。
山登りで疲れた登山者が風景に見とれるように。
……そうしていれば、辛いことを考えなくて済むから。
現在時刻は午後9時25分。
禁止エリア再発動まで、残り10分。

     * * *

「……そう。それじゃ、今シャナを捜しに行くのはやめた方が良いようね」
「どうする気だ?」
沈黙しているセルティの事も気にしながら、ベルガーは訊いた。
この皇女なら見捨てる、という選択肢では無いはずなのだが。
「シャナも罪の意識は感じているのでしょう。いつか、セルティに謝りに来るわ」
「独りぼっちでか?」
「………………」
ダナティアは答えなかった。
ただ、言った。
「“計画”を早めましょう」
ベルガーの表情に緊張が走る。
「確かに準備は終わったな。だが、今すぐか?」
「今すぐよ。色々あったとはいえ時間を掛けすぎたわ」
(“計画”……ね)
臨也は意味深な言葉に興味をそそられた。
どうやらこのゲームに抵抗しているらしき集団の“計画”。
少なくともこの三人の他に保胤という男と、単独行動を避ける為に一人以上は居るだろう。
最低5人ともなれば相当に有力な集団だと言える。
分散した隙の襲撃で半壊してしまったが、あの学校に居た集団のように。
「その“計画”、俺も乗せてくれないかな?」
一瞬の沈黙。
セルティが『知人だが信用できない奴』だと書いた折原臨也。
彼を招き入れるのは本当に正解か?
「……言っておくけれど、危険はたっぷり有って、しかもあなたは信用は出来ないわ。
 武装解除くらいは要求しても良いのなら」
(願ってもない位だ)
元々、正面からの殺し合いに巻き込まれれば自分は不利だ。
それなら武装解除した被保護者という人道的な人間が護ってくれる立ち位置の方が有利だ。
少なくともセルティはそういった人間(人ではないが)に含まれる。
しかも彼はシャナとセルティと保胤に絡んだ情報を持っている。
もしかするともっと効果的な相手も集団の中に居るかも知れない。
武装解除で少なからずでも信用を得られるならむしろ安い物だった。
(情報は武装解除出来ないんだからね)
武器だって集団の中で自分の地位を確立すれば幾らでも取り戻せる。
ただ、危険があるというのは気にはなったが。
(彼女達は間違いなく勝算を持っている)
ならば乗ってみれば良い。危なくなったら逃げ出すだけだ。
「…………判ったよ。その位は仕方がないからね」
武器を失う不安を迷いながら乗り越えた、そんな表情と声で答えた。
もちろん、内心では爆笑してしまいそうだった。
「……セルティ、行けるかしら?」
少し間があって。
『ああ、私の割り当ては大した事じゃないからな。私は、大丈夫だ』
しっかりとした文字が返る。
内心の動揺は察するに余りある。
「それじゃ、いきましょう」
だから、何かしら行動していた方が気持ちを落ち着かせるには良いだろう。
彼らはマンションの中を歩き出した。

     * * *

シャナは地べたに座り込んだまま、立ち上がらない。
萎えた心が全身の力を奪ってしまっていた。
もう何も考えたくない。
考えてしまえばその思考の先は一つしかないのだから。
(ごめんなさい……ごめんなさいセルティ……ごめんなさい…………)
なのにそれをセルティに告げに行く勇気は無くて。
罪の意識を紛らわそうとタリスマンの輝きに心を奪わせる。
現在時刻は丁度午後9時30分を指した。
禁止エリア再発動まで、残り5分。
現在位置、依然C−8エリア。
【C-8/港町/1日目・21:30】
【シャナ】
[状態]:吸血鬼(身体能力向上)/ダメージ軽微/精神的にボロボロ
[装備]:贄殿遮那 /神鉄如意
[道具]:支給品一式(パン6食分・水2000ml)
    /悠二の血に濡れたメロンパン4個&保存食2食分/濡れていない保存食2食分/眠気覚ましガム
    /悠二のレポートその2(大雑把な日記形式)
[思考]:もう誰も殺さないよう一人でいる/覚悟が出来たら、セルティに謝りたい
    タリスマンを見ている。
[備考]:体内に散弾片が残っている。
    手術で摘出するまで激しい運動や衝撃で内臓を傷つける危険有り。
    ただし吸血鬼の再生能力と相まって高速で再生する。
     18時に放送された禁止エリアを覚えていない。
     C-8は、禁止エリアではないと思っている。

【C-6/マンション1/1日目・21:20】
【大集団】
【ダナティア・アリール・アンクルージュ】
[状態]:健康/生物兵器感染
[装備]:コキュートス/UCAT戦闘服(胸元破損、メフィストの針金で修復)
[道具]:デイバッグ(支給品一式・パン4食分・水1000ml)/半ペットボトルのシャベル/メガホン
[思考]:救いが必要な者達を救う/集団を維持する/ゲーム破壊

【ダウゲ・ベルガー】
[状態]:健康
[装備]:強臓式武剣”運命”、精燃槽一式、鈍ら刀、携帯電話、黒い卵(天人の緊急避難装置)
[道具]:デイパック(支給品一式(パン6食分・水2000ml))
    PSG−1(弾薬0)
    悠二のレポートその1(異界化について)
    悠二のレポートその3(黒幕関連の情報(未読))
[思考]:シャナを助けたいが……
 ・天人の緊急避難装置:所持者の身に危険が及ぶと、最も近い親類の所へと転移させる。
【セルティ・ストゥルルソン】
[状態]:平常
[装備]:黒いライダースーツ+影のヘルメット
[道具]:携帯電話/静雄のサングラス
[思考]:………………。

【折原臨也】
[状態]:脇腹打撲。肩口・顔に軽い火傷。右腕に浅い切り傷。(全て処理済み)
[装備]:光の剣(柄のみ)、銀の短剣
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水2000ml)、探知機
    ジッポーライター、救急箱、青酸カリ、スピリタス1本、静雄のサングラス
[思考]:クエロに何らかの対処を。人間観察(あくまで保身優先)。
    ゲームからの脱出(利用出来るものは利用、邪魔なものは排除)。
    残り人数が少なくなったら勝ち残りを目指す
[備考]:クエロの演技に気づいている。
    コート下の服に血が付着+肩口の部分が少し焦げている。
残酷なゲーム。
無惨な殺し合い。
疑心は消える事無く、争いは終わらず、憎悪は広がり続ける。
誰しも闇夜に惑わされる。
絆を隠され、想いを惑わされ、擦れ違い、ぶつかり合って殺し合う。
彼女は殆ど風が流れない曇天を見上げ、続き暗闇に覆われた地上を見下ろした。
どちらにあるのもただ漆黒の闇だけだ。
希望の光は何処にも見えない。
見えないから信じられない。
信じられずに殺し合う。
それが今、このゲームを支配しているルール。
このルールを打ち破らなければ文字通り明日は無い。
……今、この島の何処かで一人の少女が全てを失い、そして奪ってしまったように。
「『ゲームに参加するプレイヤー間でのやりとりに反則はない』、ね。
 それはつまり、あたくし達を縛るものは思ったほど多くはないのよ」
自嘲するように彼女は呟き、そして宣言する。

「世界には光が必要だわ」

その為に彼女はここに立った。
背後に、協力を頼んだ二人だけが居ることを確認する。
今から行う事はとても危険な綱渡りだから、無駄の無い重要な要素だけを積み重ねた。
頭の中でもう一度だけ手順を再確認して、それから彼女はスイッチを入れた。
時計の針は丁度9時半を指した。
雲は所々に切れ目を作りながらも未だに島の空を覆い隠し、光無き夜が島を包んでいた。
彼女の言葉が島に響いたのは、そんな時だった。
「この愚かしいゲームに連れてこられた者達よ」

朗々とよく澄んだ声が響いた。

「忌まわしき未知の問い掛けに弄ばれる者達よ」

力強い声が響く。

「聞きなさい。あたくしの名はダナティア・アリール・アンクルージュ」

その言葉は絶大なる自信と共に響きわたる。

「今よりあなた達に告げる者の名です」

彼女は自らの存在を宣言した。
――光無き夜に。

     * * *

「あたくしはこのゲームに宣戦を布告します」

世界の中心を自認する佐山御言はそれを聞いていた。
(私と彼女はその点においては同じだ。だから往く道を定めなければならない)
決めるために、考えるために、知るために、彼は言葉の続きに耳を傾けた。

「手伝えとは言いません。逆らうなとは言いません。
 それはあなた達が決める事でしょう」

相良宗介と寄り添って、千鳥かなめは聞いていた。
(それじゃあなたは何をするの。テッサを失い失わせて、それでもあなたは何処に進むの?)
続く言葉がその疑問に応えた。
「あたくしはただ、二つのルールを定めるだけ。一つの事実を告げるだけ」

この時間、とある場所、とある状態で。ウルペンはそれを聞いていた。
「おまえの言葉は確かな物か?」
続く言葉はただ高らかに存在を叫ぶ。

「喪った者として告げましょう。奪うな、喪うな、そして過つなと」

全てを喪って、自分以外全てが正しくあるために自分が過った李淑芳はそれを聞いていた。
(わたしとは正反対の道を往きますのね。それでも、目的は同じですの?)
――――そして。

「奪う事は憎しみを繋ぎ、喪う事は悲しみを繋ぎ、そして過ちは過ちを繋ぎます。
 あたくしはそれを許さない」

そして、シャナはそれを聞いていた。
最初に思ったのは絶望だった。
ああ、私はもう何をやっても赦される事は無いのだと。
だけど。

「過ちを犯した者として告げましょう。悔い改めて進みなさい」

(ダナティアも誰かを……そう、テッサと、それとサラを喪って。
 そして過ちを犯したんだ)
シャナは不思議だった。
ダナティアはどうしてまだ立っていられるのだろう。
赦されない罪を犯して、どうしてまだ前に進めるのだろう。
「喪われた者達の想いから目を逸らしてはいけません。
 彼らはあなたや誰かを赦さないかもしれません。
 最早、何も考え想う事は無いかもしれません。
 それでも尚、道を見失う事は愚かです」

言葉は刃となって突き刺さる。
シャナの喪ったものが、奪ったものが問い掛ける。
坂井悠二が、彼女に問うた。
『シャナはそれで良いのかい?』
(……良くなんか、ないよ)

「そして――」

続けようとして。
――銃声が鳴り響いた。


「ダナティア!!」

少年の焦りを含んだ叫びが響きわたる。
この時に何人が思っただろう。

『――ああ、またか』

期待は裏切られた。
皆がそう思い――

「そして、進む者として告げましょう」

――強い言葉が絶望を裏切る。


「ダナティア、やめろよ! あんたまで殺されちまう!
 ――茉理ちゃんの時みたいに!!」
何処からともなく飛来した銃弾はすぐ近くのフェンスに当たって外れた。
だが第二射もすぐに来る。
終は焦る。どうしてこんな時に皆が居ないのか。
狙撃の時に被害を減らす為なのか? 彼女を犠牲にして!?
「焦らなくてもいいわ、あたくしは大丈夫」
不遜な笑みを崩す事無く、ダナティアは断言する。
同時に彼女の周囲に風が逆巻く。
――第二射は見当違いの場所に逸れた。
「あそこよ、行きなさい」
ダナティアは言葉少なに闇の先を指差した。それは隣のマンションの屋上。
――第三射は風の隙間を貫き彼女の髪を数本散らした。
「〜〜っ。くそ……絶対だからな! もう、あんなに大きな悲鳴なんて聞きたくない!」
終は駆け出した。

幾秒かのやりとりの最中もその後も、間断無く銃声が響きわたる。
その全ては島中に響きわたっていた。
銃声は止まらない。
――第四射が風で逸れるもすぐ近くのフェンスを穿って火花を散らし。
――第五射が言葉が掻き消されないよう最小限に留めた風の壁を貫き掠めても。
それでも、告げる言葉は止まらない。

「あたくしは進撃します」

ダナティアは告げた。
――第六射は目と鼻の先を通り過ぎた。銃弾が風を裂く音が拡声器に乗って響きわたる。

「あたくしは怒りに身を任せない」

それでも怯む事すらなく言葉を紡ぐ。
――第七射は胴体を直撃。防護服で止まるも少しよろめき、僅かな呻き声が響く。

「あたくしは諦めに心を委ねない」

それでも言葉の力は失われない。
――第八射は暴風に平伏して足下を穿った。コンクリートが砕ける音がした。

「あたくしを動かすのは……」

その言葉と同時にダナティアは手を振り上げ。
第九射が放たれようとするその間際。

「……決意だけよ!!」

――号令は為された。

     * * *

それは島の何処からでも見えた。
マンションの屋上から曇天の夜空へと赤い柱がそそり立っていた。
煌々、轟々と迸る閃光は上空の雲を貫いていた。
その下に在る何者かを誇るかのように。
やがて閃光は消え。

「刻みなさい。あたくしの名はダナティア・アリール・アンクルージュ」

再び朗々たる言葉が響き渡る。
赤い閃光が消えた夜空には一筋の光が射し込んでいた。
上空の曇天を貫いた閃光は強い風を生んでいた。

「あなた達に告げた者の名です」

風が雲に生んだ小さな空の切れ目。
そこから差し込む月光の中、一つの人影が空に浮かびあがった。
いまや闇夜に姿を隠す事すらせずに、堂々とその姿をさらけ出す。
銃声は止んでいた。きっと少年が狙撃手を抑えたのだろう。

「あたくしはこのゲームに宣戦を布告しました」

その言葉を合図に、彼女の眼下のマンションの全ての部屋から光が漏れた。
夜闇に煌々とマンションが浮き上がる。
――我、此処に在り。
誰でも撃ちたいならば撃てばいい。私は殺されなどしない。
「手伝えとは言いません。逆らうなとも言いません。
 頭を垂れるなら庇護してあげてもよろしい。
 けれど、それはあなた達が決める事でしょう」

如何なる行為も強制しない。
たとえ他の参加者全てが敵に回っても好きにすればいい。
それでもやる事は同じ事。

「あたくしは12の仲間達と共に生きて進撃しましょう。
 あたくしはあなた達の道を縛りはしません。
 あたくしがあなた達に求めた事はたった一つ」

彼女はただ告げただけだ。

「――あたくしのルールに従いなさい」

奪うな、喪うな、そして過つな。
もしも過ちを犯したならば、たとえ赦されずとも悔い改めて進め。
それが彼女が定めたルール。
たったそれだけのシンプルなルール。
もしそれでも道がぶつかるならば。
――彼女は“進撃”するだろう。
たとえ犠牲を払っても。たとえ誰かを踏み躙ってでも。
そして、放送を聞いた者達は彼女の告げるもう一つの言葉を感じとる。
言葉に出さず、明確な態度で示したもう一つのルール。
“決して絶望してはならない”
それが彼女の要求する第三のルール。
その意志を告げて、参加者による二度目の放送は終わった。
9時半丁度から、たったの三分。
それだけの、しかし限りなく濃密な時間が――――終わった。
     * * *

シャナはそれを聞いた。
想いを感じ取った。
余韻を何度も噛み締めた。
9時34分。
だけど、思ってしまう。
「でも、ダナティア。悠二。アラストール、ベルガー。みんな。
 正しい道は、どっちに行けばいいの……?」
開始直後に出会った女を殺さなかった。
だけどそれでもその女はすぐに死んで、その前に一人の男を道連れにした。
自分があの女を殺していれば、男は少なくともそこで死なずには済んだ。
シャナが悠二に出合う機会は幾つも有ったのに、そのどれもを間違えてしまった。
そして……平和島静雄を殺してしまった。
あの掛け替えの無い人達の一人、セルティの親友を殺してしまった。
彼女が道を過ち、間違えたせいで。
9時34分30秒。
「私にはもう、正しい道なんて判らない!」
痛切な悲鳴を上げる。
シャナの心は痛みに塗り潰されて、誇りは失われ、正しい道までも失われた。
ダナティアの言葉は致命的なまでに遅かった。
シャナの心はあまりにも深く傷付いて、全てを失い、歪められ、壊されてしまっていた。
9時34分50秒。
ダナティアの放送はあまりにも遅すぎた。
シャナの心を救うには。
9時35分。

折原臨也の禁止エリア解除装置により解除されていたC−8の禁止エリアが再起動する。
刻印が発動する。
ヤン・ウェンリーの死体も、御剣涼子の死体も、発動した刻印に砕かれる。
既に失われた命が、肉体が冒涜され、魂さえも失われる。
そして――

――シャナの刻印は、発動しなかった。

シャナはC−7エリアに立っていた。
ダナティアの放送を聞いて、それをよく見るため、よく聞くために近づいた。
たったそれだけの数十メートル。
それを果たしたのは一つの約束だ。
かつてアラストールはダナティアに問い、そして彼女は答えた。
「…………皇女はかつて、あの子を生かすと言った。だが、まだあの子を……」
「当然よ、アラストール。少なくとも命と魂は救うわ。例えそれが残酷な事でも」
その約束が果たされたのは偶然だ。
だがその約束と偶然は、決定的な距離となってシャナの命と魂を救っていた。

     * * *

彼女のところにはシャナとアラストールを除いても尚10名もが集っていた。
ダナティア・アリール・アンクルージュは演説する。女王のように。
竜堂終は鳥羽茉理の様な悲劇を防ごうと必死になる。騎士のように。
リナ・インバースはその最大の魔術、竜破斬を放つ。魔王の力が天を裂く。
「それがこの演説の為に用意されたカードってわけだ。最後の一枚はなんだと思う?」
ダウゲ・ベルガーの問いに竜堂終は困惑する。
「オレ、トランプは詳しくないぜ」
「……ポーカーくらい知っておくと、役に立つ」
ダウゲ・ベルガーは降参とばかりに“銃を持った両手を上げて”、笑みを浮かべた。
「格好付けるネタにはなるからな」

10のカード。ジャック、クイーン、キングの絵札。
そしてエース。
この5枚のカードを一つのスート(柄)に揃えた手札はポーカーで最強の役とされる。

その役の名は――ロイヤル・ストレート・フラッシュ。
【C-7/平地/1日目・21:35】
【シャナ】
[状態]:吸血鬼(身体能力向上)/ダメージ軽微/依然精神的にボロボロ
[装備]:贄殿遮那 /神鉄如意
[道具]:支給品一式(パン6食分・水2000ml)
    /悠二の血に濡れたメロンパン4個&保存食2食分/濡れていない保存食2食分/眠気覚ましガム
    /悠二のレポートその2(大雑把な日記形式)/タリスマン
[思考]:もう誰も殺さないよう一人でいる/覚悟が出来たら、セルティに謝りたい
[備考]:体内に散弾片が残っている。
    手術で摘出するまで激しい運動や衝撃で内臓を傷つける危険有り。
    ただし吸血鬼の再生能力と相まって高速で再生する。
     18時に放送された禁止エリアを覚えていない。
     C-8は、禁止エリアではないと思っている。


【C-6/マンション/1日目・21:35】
【大集団】
【ダナティア・アリール・アンクルージュ】
[状態]:健康/生物兵器感染
[装備]:コキュートス/UCAT戦闘服(胸元破損、メフィストの針金で修復)
[道具]:デイバッグ(支給品一式・パン4食分・水1000ml)/半ペットボトルのシャベル/メガホン
[思考]:救いが必要な者達を救う/集団を維持する/ゲーム破壊

【ダウゲ・ベルガー】
[状態]:健康
[装備]:強臓式武剣”運命”、精燃槽一式、鈍ら刀、携帯電話、黒い卵(天人の緊急避難装置)
[道具]:デイパック(支給品一式(パン6食分・水2000ml))
    PSG−1/弾薬(メフィストから委譲)
    悠二のレポートその1(異界化について)
    悠二のレポートその3(黒幕関連の情報(未読))
[思考]:シャナを助けたいが……
 ・天人の緊急避難装置:所持者の身に危険が及ぶと、最も近い親類の所へと転移させる。
【竜堂終】
[状態]:健康
[装備]:コンバットナイフ
[道具]:なし
[思考]:カーラを倒し祐巳を助ける

【リナ・インバース】
[状態]:精神的に動揺/疲労困憊。しばらく魔法はほぼ使えない。
[装備]:騎士剣“紅蓮”
[道具]:支給品二式(パン12食分・水4000ml)、
[思考]:仲間集め及び複数人数での生存/管理者を殺害する/刻印解読作業
[備考]:美姫に苦手意識(姉の面影を重ねています)

【各地/1日目・21:35】
【佐山御言】
【千鳥かなめ】
【ウルペン】
【李淑芳】
[状態]:状況、状態、装備など一切不明。
「どういう事だよ、ダナティア!?」
竜堂終はダナティアに詰め寄った。
ダナティアはそんな竜堂終を正面から見つめて。
「ごめんなさい、竜堂終。少し、利用させてもらったわ」
素直に謝った。
意外な対応に怒気を削がれながらも問いつめる。
「……利用って、どういう事だよ」
「言ってみれば、放送の演出よ」
ダナティアは舞台裏を語る。
「打ち合わせ無しでああいう事をやると、あなたは必死になるわ。間違いなく」
「そりゃそうだけどよ……」
「本気だと思って行動する人が欲しかったのよ」
「………………」
「悪かったとは思っているわ」
そう言って頭まで下げられると、終としては何も言えない。
「……判ったよ。仕方ないんだろ」
「ええ、そうよ」
終は怒りをぶつけるのはやめた。

ダナティアは、本当は更に一歩踏み込んで考えていた。
竜堂終は昼間の放送の事を気に病んでいるはずだ。
鳥羽茉理の事を思いだし、その悲劇の再来を防ぐために必死になる。
それはこれ以上無いほどの本気の言葉となるだろう。
その本気は放送に乗って島に響きわたる。

「だけどそれじゃ、こいつの……」
「ダウゲ・ベルガーだ」
「ベルガーの銃撃、本気じゃなかったっていうのか?」
「そんなの決まってるじゃない」
ダナティアは当たり前だと答える。
「本気で撃たせたに決まってるでしょう」
「正気かよ!?」
「それは俺も言ったよ」
驚く終と呆れるベルガー。
ダナティアに言わせればその位は当然だったのだが。
ダナティアは本気だった。
あの演説に騙しは有ったが演技はなかった。
単に撃ち始めるタイミングを決めておいただけだ。
風の守りとUCAT防護服の強固な防御力が有ればそう簡単に死にはしない。
もちろん当たり所が悪ければ死んでいたかもしれない。
しかし死を利用して人を駆り立てるなら、自身も命の一つくらい賭けなければ気が済まない。
そして話にもならない。
「一発だけ銃弾が当たったが、骨折などはしていない」
ダナティアを診たメフィストが言う。治療の必要は無いと。

「後は知っての通り、事前に打ち合わせた予定通りに進んだわ。
 再確認をしようかしら。まずはリナが……」
「タイミングを見計らって、とっておきの大魔法で雲を散らしってわけね」
憔悴した様子で、しかし笑みを浮かべてリナが言う。
制限で大幅に威力が落ちていても、雲のような大量だが軽い物なら少しは吹き散らせた。
もっともこれでしばらくはろくに行動できないほど消耗してしまったわけだが。
(ま、仕方ないわ。どうせ気が滅入った状態で動いてもろくな事にならないんだし。
 この機会にじっくり休んで……落ち着かないと)
リナは自らにそう言い聞かせる。
美姫に圧倒されたリナは自信を挫かれ、激しく動揺してしまった。
空元気で平気な顔をしてはいたが、空元気は空元気だ。
命を掛けた局面では、ほんの僅かな動揺が致命的な隙を生む事は想像に難くない。
だからしばらくは待機組に回る事になる事を選んだのである。
「その後のマンションの明かりは、セルティがやったのだったわね」
セルティは――勿論無言で――肩をすくめて見せる。
マンションの明かりを付けたのは彼女だった。
事前にブレーカーを落とし、一つ一つの部屋の電気をONにして回った後で、
再び真っ暗なブレーカー室で待機し、タイミングを見計らって“上げた”のである。
「演出はそんな所ね。
 銃撃について黙っていたのは必要だったからだけれど、本当にすまないと思うわ」
少々派手にやりすぎた感は有るが、あまりに真に迫った放送がそれを否定する。
更に言うなら、極端な話バレてしまっても良いのだ。
例え銃撃が嘘だと思われても、そこまで真に迫った舞台装置を整えられるという事が
彼女の元に集った人々の力とその意志を証明するのだから。

『しかし随分と派手に明かりを灯したな。良いのか?』
「言ったでしょう? 影を作るにはあの位で良いのよ」
そして、その演出はそのまま策にも繋がっていた。
『明かりの漏れないように細心の注意を払った部屋』で彼女達は話を続ける。
煌々と全ての明かりが灯ったマンションは、隣だ。
午前中の放送で使われ、シズと鳥羽茉理が死に、かつて佐藤聖と海野千絵が潜伏したマンション。
そこに明かりを灯し、放送の舞台としていた。
「あちらで来客、こちらで潜む。窓口は判りやすくしておくものだわ」
人は多くなったが、庇護している光明寺茉衣子など隙も多い。
その隙を別に分けて隠しておけば、どちらにとっても安全性は増す。
地下駐車場を経由する事で外の人間に知られる事無く行き来できる五つのマンション。
それはある種の要塞だった。
吸血鬼であった時に海野千絵がここに潜む事を提案したのもむべなるかな。
更に透視を最大の得意技とし転移術も使えるダナティアが居る。
ここは正に彼女のフィールドと化していた。

「でもよ……そういえばどうして、仲間を集めなかったんだ?」
放送をすると聞いた時、終はてっきり参加者に集結を呼び掛けるのだと思った。
だから演説の内容は他の奴らに任せて、気にしてはいなかった。
しかし放送は強壮たる力と意志を見せつけ、同時に我々だけでもやり抜くと言い放った。
島中に放送を流して参加者に呼び掛けるなら、どうして集まれと言わないのか?
「力を見せつける事は必要よ。
 出る杭を打とうとする奴らに対抗する為にはね。
 『ゲームに参加するプレイヤー間でのやりとりに反則はない』のよ。
 この放送はルールには違反せず、ゲームの管理者に直接手を出す権限は無いわ。
 だけど……」

「だけど『ゲームに参加するプレイヤー間でのやりとりに反則はない』。
 ゲームのプレイヤーならこの放送に手を出す権利を持っている。
 つまり君はこの機会にゲームに乗った奴を誘き寄せて始末するつもりなわけだ」

軽快な言葉が場を緊張の極限に叩き込んだ。
「その為に余計な被害が出ないよう、仲間より敵が集まる演説を打ったわけだね。
 やあ凄いな。流石はこれだけの大集団を集めてゲームと戦おうとする人間だ」
軽い調子で、しかし尊敬を含めた声色で横槍を入れたのは折原臨也だった。
武装解除を条件に受け入れられた“信用できない”セルティの知人。
武装解除の前に荷物は丸ごと一時預かりとなり、それにさえ同意した男。
それでもその言葉は信用できない。だがそれでも、ダナティアに視線が集まる。
――そういう意味なのか?
「穿ちすぎよ、折原臨也」
ダナティアはその疑惑をあっさりと切って捨てた。
「確かにさっきの放送でゲームに乗っている参加者、あるいはゲームを維持しようとする参加者が、
 あたくしの命を狙い奪おうとするであろう事は想像に難くないわね。
 午前中の放送の時にそうだったように」
終は鳥羽茉理の悲劇を思い出して体を強張らせる。
あんな事を二度と起こさせてはならない。
「だけどそういう輩が来るのはどんな演説を行っても同じ事よ。
 それならまずは少しでも相手を絞りたいわ。
 ここに来いと行ったらみんな集まってきてゲームに乗った者達と遭遇、殺し合いが加速しました。
 なんて事になったら目も当てられなくてよ」
だがそれは完全な否定というわけではない。
「つまりゲームに乗った連中が来る事は想定済って事かい?」
「ええ、もちろんよ。
 誰とでも話し合いはするけれど、来るのはゲームに乗ってない者の方が少ないかもしれないわ。
 臨也、急いでいたけどあなたにも伝えていてよ。危険は有ると」
皆が頷く。
この放送の発案と実行の中心はダナティアだ。
だが、ダナティアは集団を強引に巻き込んで混乱と動揺を招くほど愚かではない。
ベルガーに自分を撃たせる事を一部に話していなかったりはしたが、それ以外は話し合った。
結果として、庇護対象に入る気絶中の茉衣子を除いた全員の同意を得る事に成功した。
殺し合いを止めるために。
親友を捜し、救うために。
あるいは前に向かって逃げる為に。
状況を進めながらも自らを整える時間を作るために。
保胤などから危険すぎるという論も有ったが、それでも結局は反対派が折れた。
……時間が無かったのかもしれない。
わずか18時間で人口が半減してしまったこの島は、一刻の予断すらも許さないのだから。
第四回放送の様子を見てからという予定さえも早める事になったのだ。
「でもあくまで、それが目的ではなくてよ。話し合えない相手はただの障害だわ」
障害は踏み潰して突き進む。
「あの演説が僅かでも確かな希望となるのに十分な、朝の放送が終わるまで。
 それまでの間、あたくしは必ず生き延びてみせるわ。
 あんな演説でゲームに喧嘩を売っても生き延びる者が居る事を証明してみせる。
 恨まれても。そして、傷つけても」
このゲームに立ち向かう事が無謀ではなく勇気である事を証明する。
その為に自分が傷付くより誰かが傷付く方が嫌いなダナティアが宣言した。

午前6時の放送まで、どんな手段を使ってでも生き残ると。

     * * *

「話は終わりよ。動きましょう。
 まずは臨也の荷物から武器を取り上げて、装備の配分。
 それから向こうに行く者とこちらに残る者の組分けよ」
「私とセルティさんがこちら、でしたね」
そう言うのは保胤だ。
(ヘルメットでマシにはなったが)外見の第一印象が悪いセルティと、
ゲーム開始当初から居て最も信頼できる保胤とのコンビを待機組の戦力として残す。
そう取り決めていた。
……シャナと静雄が戦い静雄を殺してしまった事は、まだ皆に話していない。
臨也にもまだ話すなとは言っておいた。
『何かあったらすぐに電話してくれ』
何事もないようにセルティが返答を書く。
動揺の様子を見せないしっかりとした字で。
「ええ、誰か来る度に携帯電話で連絡するわ」
……不安は有る。だがセルティを信じる事にした。
感情に駆られて暴走したりはしない事を。
静雄の死の責任を保胤に逆恨みしたりはしない事を。
「そうですね、出来れば交渉にも参加したい所ですが、こちらも重要です」
保胤も引き下がる。
志摩子の真意を探っておきたかったからだ。
もし彼女が能力を隠していて、そして保胤を恨んでいるとすれば……。
(……考えすぎだとは思うのですが)
保胤は既に疑心に捕まりつつあった。
組分けは続く。
「私は向こうだな。君のバクテリアも除去しなければならない」
「ええ、お願いするわ。メフィスト医師。それから……」
「ああ、俺と……」
「オレも行くぜ」
オレオレ詐欺のように連呼したがベルガーと終である。
「4人、これが限界かしらね。捜し人が来たらその時はそっちに連絡するわ」
これ以上は動きが鈍くなる。
それも保胤を残した理由の一つだ。
むしろあと一人待機組に残しておきたかった位だ。
「後は臨也の武装解除ね。
 あたくしの透視によればまだ誰も来ていないけれど、あまり時間は無いわ。
 さっさと済ませましょう」
「そうだね、それじゃあ御披露目といこうか」
臨也は軽い調子で、広げられる自らのデイパックを見守った。
探知機は透視使いのダナティアが居ないこちら側に置かれるだろう。
そして禁止エリア解除装置は……このマンションに持ち込んではいなかった。
(すぐに使う物じゃないし、武装解除も予想の内さ。
 青酸カリを捨てられそうなのは勿体ないけど、案外使いにくいからねぇ、あれは。
 ああ、出来れば光の出る剣は残しておきたかったけど……これは無理か)
リナが光の剣を見て目の色を変えている。
どうやら彼女が知っている武器らしい。
彼女があれを持つなら、彼女が持っている剣は……どうやら“舞台組”に回るようだ。
代わりに短剣はこちらに残るようだった。
臨也は光の剣を失って、代わりにそれを使うリスクも失った。
(危ない所だったな。不意を突けるから持ってきたのに知ってる相手が居ちゃ話にならない)
そしていざという時に自分を守らせる事の出来る武装した参加者達を手に入れた。
笑いそうな口元を抑えるのに苦労しながら、臨也は大集団の一員となった。

ああ、なんて素敵な位置だろう。
【C-6/マンション1(マンション2に移動予定)/1日目・21:50】
【大集団/舞台組】
【ダナティア・アリール・アンクルージュ】
[状態]:健康/生物兵器感染
[装備]:コキュートス/UCAT戦闘服(胸元破損、メフィストの針金で修復)
[道具]:デイバッグ(支給品一式・パン4食分・水1000ml)/半ペットボトルのシャベル/メガホン
[思考]:救いが必要な者達を救う/集団を維持する/ゲーム破壊

【ダウゲ・ベルガー】
[状態]:健康
[装備]:強臓式武剣”運命”、精燃槽一式、鈍ら刀、携帯電話、黒い卵(天人の緊急避難装置)
[道具]:デイパック(支給品一式(パン6食分・水2000ml))
    PSG−1/弾薬
[思考]:シャナを助けたいが……/
 ・天人の緊急避難装置:所持者の身に危険が及ぶと、最も近い親類の所へと転移させる。

【Dr メフィスト】
[状態]:健康
[装備]:不明/針金
[道具]:デイパック(支給品一式・パン5食分・水1700ml)
[思考]:ダナティアの生物兵器駆除/病める人々の治療(見込みなしは安楽死)/志摩子を守る

【竜堂終】
[状態]:健康
[装備]:コンバットナイフ
[道具]:なし
[思考]:カーラを倒し祐巳を助ける

#誰かが騎士剣“紅蓮”を所持。
#マンション2は全ての明かりが煌々と付いています。

【C-6/マンション1/1日目・21:50】
【大集団/待機組】
【慶滋保胤】
[状態]:不死化(不完全ver)、疲労は大分回復
[装備]:ボロボロの着物を包帯のように巻きつけている
[道具]:デイパック(支給品一式(パン6食分・水2000ml))、「不死の酒(未完成)」(残りは約半分くらい)
[思考]:静雄の捜索及び味方になる者の捜索。 シャナの吸血鬼化の進行が気になる。
    藤堂志摩子に対し『死者の声を聞けるのでは?』『恨まれた?』という疑心を抱いた。

【セルティ・ストゥルルソン】
[状態]:平常
[装備]:黒いライダースーツ+影のヘルメット
[道具]:携帯電話/静雄のサングラス
[思考]:………………。

【藤堂志摩子】
[状態]:健康
[装備]:なし/衣服は石油製品
[道具]:デイパック(支給品入り・一日分の食料・水2000ml)
[思考]:争いを止める/聖を止める/祐巳を助ける/由乃の遺言について考える
    出来るならば竜堂終の心も心配 /祐巳や聖が舞台組に来たなら駆け付ける。

【リナ・インバース】
[状態]:精神的に動揺/疲労困憊。しばらく魔法はほぼ使えない。
[装備]:光の剣(柄のみ)
[道具]:支給品二式(パン12食分・水4000ml)、
[思考]:仲間集め及び複数人数での生存/管理者を殺害する/刻印解読作業/落ち着く
[備考]:美姫に苦手意識(姉の面影を重ねています)
【海野千絵】
[状態]:吸血鬼化回復(多少の影響は有り?)、重大なトラウマ
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]:行動する事で吸血鬼の記憶を思い出さないようにしたい。刻印解読手伝い。
[備考]:吸血鬼だった時の記憶は全て鮮明に残っている。行動する事でトラウマから逃れている。

【光明寺茉衣子】
[状態]:気絶中/お風呂終了
    精神面にかなりの歪み(宮野関連以外はまだ冷静に物事を処理出来る)
[装備]:エンブリオ
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水2000ml)
[思考]:エンブリオを死守。しばらく大人しく。
[備考]:夢(478話)の内容と現実とを一部混同させています。

【折原臨也】
[状態]:脇腹打撲。肩口・顔に軽い火傷。右腕に浅い切り傷。(全て処理済み)
[装備]:なし
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水2000ml)、
    ジッポーライター、救急箱、スピリタス1本、
[思考]:クエロに何らかの対処を。人間観察(あくまで保身優先)。
    ゲームからの脱出(利用出来るものは利用、邪魔なものは排除)。
    残り人数が少なくなったら勝ち残りを目指す
[備考]:クエロの演技に気づいている。
    コート下の服に血が付着+肩口の部分が少し焦げている。
    禁止エリア解除機はマンションの外に隠してきた。

#悠二のレポートその1(異界化について)とその3(黒幕関連の情報(未読?))が
#こちら側に残されています。
○アイテム移動纏め
悠二レポート1  :ベルガー→待機組
悠二レポート3  :ベルガー→待機組
ベルガーの弾薬 :メフィスト→ベルガー
騎士剣“紅蓮”   :リナ→舞台組
光の剣(柄のみ) :折原臨也→リナ
銀の短剣      :折原臨也→待機組?
青酸カリ      :折原臨也→廃棄?
静雄のサングラス:折原臨也→セルティ
探知機       :折原臨也→待機組の共有財産化?
禁止エリア解除機:折原臨也→マンションの外
113イラストに騙された名無しさん:2006/11/26(日) 17:35:03 ID:IfWd7fga
h
114イラストに騙された名無しさん:2006/11/29(水) 22:22:53 ID:hkWG2OuQ
ageときます
115Dodger's TriggerFinger(1/8)  ◆l8jfhXC/BA :2006/12/03(日) 19:25:48 ID:y33RTv2b
 カーテンが閉められた真っ暗な部屋に、セルティは影を纏った身体を滑り込ませた。
 わずかな明かりをつけると、室内が橙に染まる。椅子と机しか置いていない、殺風景な部屋だった。
 その椅子に腰掛け、机に持ってきた筆記用具を放る。
 左手に持っていたものも置こうとして、しかし目を留めた。
(どうして、こうなった?)
 問いかけても、壊れたサングラスは当然答えを返さない。
 決定的な証拠を見せられても、セルティは未だに静雄の死を受け入れられなかった。
 人外の能力者が多いここでは、確かに彼は不利だったかもしれない。
 それでも彼が負ける──死ぬという想像自体が出来なかった。何よりその相手が──
「しかし、偶然って起きるときは起きるもんなんだねえ。
会った直後には、まさかシャナちゃんが君の知り合いだなんて思いも寄らなかったよ」
 軽い口調の見知った声が室内に響く。
 視線を正面に向けると、扉を閉めて椅子に座る臨也の姿があった。
 彼が告げた最悪の事態は、共に聞いていたダナティアとベルガー以外は知らない。
 まだ公には出来ず、携帯電話も他のメンバーに任せてこうして別室で話さなければならなかった。
「というか、もう話しても大丈夫なのかな?
俺の武装解除の時も、君はずっと動揺していたようだったけど」
 感情が伴っていない気遣いの言葉を無視し、セルティは筆談用の紙を準備する。
 臨也の指摘は図星だった。実際、自分がこの場に残ることが決定した後は、ほとんど話を聞いていなかった。
 しかし、付き合いの長い彼に動揺を悟られるのは予想済だ。わざわざ狼狽えて彼を喜ばせる気はない。
『とにかく、こっちの質問に答えてもらう。嘘をついたらそれなりのペナルティを与えるからな』
「まるで尋問みたいな言い方だね」
『その通りだが何か?』
「ひどいなぁ、仲間なのに」
 笑みのまま吐かれる嘆きも無視。
『さっきお前は、一部始終を見てきたような物言いをしていたな』
「うん。探知機で反応があったから、隠れて近づいてみたらあの二人だったのさ」
116Dodger's TriggerFinger(2/8)  ◆l8jfhXC/BA :2006/12/03(日) 19:26:22 ID:y33RTv2b
『つまりお前は、静雄が死ぬところを黙って見ていたんだな?』
「当たり前じゃん。なんで俺がシズちゃんを助けなきゃいけないのさ」
 即座に返された答えに一瞬怒りを覚えるが、堪える。
 こいつは、これが普通だ。
『もういい、次だ。静雄と会う以前に、シャナとの面識はあったのか?』
「ないよ。シズちゃんが死んだ後に話したのが初めてさ」
『何を話したんだ?』
「動揺している彼女を落ち着かせただけだよ。もちろん、シズちゃんを殺したことについては言及してない。
多分あっちは、偶然死体を発見した被害者として扱われたと思ってるんじゃないかな」
 あんな状況で殺人を指摘されれば、彼女は最悪錯乱して、さらなる被害を出してしまうだろう。
 彼の行動は適切だ。言葉通り本当に“落ち着かせた”だけならの話だが。
『話した後は?』
「俺はまっすぐマンションへ。シャナちゃんはその場に座り込んだまま動かなかったよ。
何とかしてあげたかったけど、連れて行くわけにはいかなかった。
……にしても、さっきからシャナちゃんのことばかり聞くね」
『何か問題でも?』
「ないけどさ。
……ああ、もしかして、俺がシャナちゃんを丸め込んで、シズちゃんにけしかけたとでも思ってるのかな?」
『そうだ』
 あえて開き直ると、臨也は薄い笑みをみせた。
 彼から静雄の死を告げられたときに、一番最初に抱いた疑念がそれだった。
 吸血鬼化し精神不安定なシャナの心の隙に入り込むことは、人心掌握に長けた彼ならば容易だろう。
 臨也はしばし沈黙した後、蔑みを含んだ視線をこちらに向けて、
「つまりわざわざ俺のせいにしないと、シャナちゃんが許せないんだ?」
 鉛筆を掴む手の動きが止まり、震えた。
 机ごと穿たんばかりに、紙に芯が押さえつけられる。
 しかし、それだけだった。
『言いたいことはそれだけか?』
 感情を抑えつけ、セルティは文字を綴った。
 確かにシャナのことについては、未だに心の整理が出来ていない。恨んではいないが、許せてもいない。
 彼女と再会したとき、平静でいられる自信がまだなかった。彼女の謝罪を、素直に受け入れられないかもしれない。
117Dodger's TriggerFinger(3/8)  ◆l8jfhXC/BA :2006/12/03(日) 19:27:12 ID:y33RTv2b
 それでも、臨也の挑発に乗ってはいけない。感情的になればなるほど、彼はそれを利用する。
「……意外と落ち着いているんだねえ。安心したよ」
 筆圧は強いがしっかりとした筆跡を見て、臨也は眼を細める。
「でも俺にわざわざ濡れ衣を着せるより、もっと責任が明確な人を責めた方がいいんじゃない?」
『誰のことだ』
「解ってるくせに」
『……保胤を逆恨みするほど、私は落ちてない』
 彼に対しては、自信を持ってそう言えた。
「さっき聞いたけどさ、彼はその由乃ちゃんを幽霊にして、一時的に復活させちゃったんだってね?
こんな状況じゃ、そんな行為は二度殺すようなものじゃない?」
『それは否定しない。だが双方が同意して行ったことだ。私が非難出来る立場にない。
もしそれが二人の争いの原因だったとしても……あくまで引き金だ。あいつに責任はない』
 保胤の行為は、本当に善意からのものだ。
 彼が由乃の墓前で真剣に話す姿をセルティは見ているし、開始当初から行動を共にして、彼の人柄は十分理解していた。
 彼を恨むことは、助けられた由乃の心も踏み躙る行為だ。
「引き金、ねぇ。
その引き金がうぬぼれや悪意から引かれたものだったとしても、君は同じことが言えるのかい?」
 もったいぶるような言い方に、一瞬手が止まる。
『何が言いたい。根拠のない中傷は止めろ』
「根拠はあるよ。
ここでは、特殊な能力が制限されている。俺はそれを人づてに聞いただけだけど、君なら自覚してるよね?」
『ああ』
 何気なく肯定の文字を書き──気づく。
「そう。それなら当然、由乃ちゃんに使った保胤の能力も制限されているはずだ。
そしてシズちゃんは“平安野郎は由乃を苦しませた”と叫んでいた。
これが戦いの原因だとしたら?」
 己の力量が分からない術者によって、心情の問題以外で由乃が苦しんでいたとしたら。
 静雄がそう言ったこと自体は嘘ではないだろう。後でシャナに聞けばすぐにバレることだ。
『だが制限の有無と度合いは、実際に能力を使ってみないと分からない。私だってそうだった。
始めから制限を予想して使うことなど不可能だ』
118Dodger's TriggerFinger(4/8)  ◆l8jfhXC/BA :2006/12/03(日) 19:28:06 ID:y33RTv2b
「可能だよ。
……よく考えてみなよ? これは、負けイコール死の殺し合いゲームだよ?
“死んだ人間を霊体として生き返らせる”なんて反則技、厳しく取り締まらないわけないじゃないか」
『────』
 とっさに言い返せず、歯噛みする代わりに鉛筆を強く握る。
(静雄のその発言自体が、誤解から起こったのかもしれないが……)
 彼は常人と比べて短気すぎる。単なる思い込みという可能性は十分にあった。
 だがそんなことを書けば、また臨也が揚げ足を取るだけだ。
 一人の少女のためにそこまで怒ってくれた静雄を、出来る限り信じたいという思いもあった。
 と。
『ちょっと待て。確かお前は、静雄が“由乃のロザリオ”を持っていたと言ったな?』
「うん。シズちゃんはそう言ってたよ」
『なんであいつが持っていた?……いや、“持つことが出来た”んだ?』
 静雄の言から、彼が幽霊化した後の由乃に出会っていたことはわかる。
 志摩子から、由乃が制服の下にロザリオをかけていたことも聞いていた。
 しかし、あくまで彼女は霊体だ。身体も着ている服も実体ではない。無論、付けているアクセサリーも。
「シズちゃんに霊感があるなんて話聞いたことないし……やっぱり、“持つことが出来た”間にもらったんじゃない?」
『……静雄が、生前の由乃にも会っていたと言うのか?』
「偶然ってあるものだねぇ。いや、俺も出来すぎてるとは思うよ?」
 由乃の墓をセルティと保胤が見つけたのは朝の七時で、その名は六時の放送で呼ばれている。
 彼女が殺される前に、静雄と出会っていた可能性は否定出来ない。
 臨也はやはり完全には信用出来ないが、彼がロザリオのこと自体を捏造するには、さらに出来すぎた偶然が必要になってしまう。
『由乃の遺体は埋葬され、墓が作られていた。彼女を思う誰かが存在したのは確かだ。
だがそれが静雄だったのなら、保胤が知らせてくれたはずだ』
 生前の由乃が静雄と出会っていた場合、保胤が墓前で彼女と会話した際に当然話題に出るはずだ。
 しかし臨也に出会うまで、セルティは保胤をはじめ誰からも静雄の情報を聞いていない。
「そう、そこなんだよ」
 珍しく真面目な声で、臨也は続ける。
119Dodger's TriggerFinger(5/8)  ◆l8jfhXC/BA :2006/12/03(日) 19:28:52 ID:y33RTv2b
「あの二人の前では言わなかったけど……シズちゃんはね、こうも言っていたんだ。
“保胤はセルティを化け物として利用している”、と」
(……なんだと?)
 鉛筆を動かす前に、思考が停止する。
 なぜ静雄がそんなことを考えたのか。
 “由乃を苦しめた”結果から来る思いこみにしても、度が過ぎている気がした。
 それとも、静雄にはそれほどまでに由乃が苦しんでいるように見えたのか。
「シズちゃんにしては珍しく、真剣な口調だったよ。
ぶちキレた状態の中、そこだけ純粋に君のために怒ってた」
『……確かに私は化け物だ。だが出会ってから今まで、保胤は対等に接してくれている』
「そう思い込みたいだけってことはないかい?
出会って一日も経たない他人の言葉よりは、同じ世界の友人の叫びを信じた方がいいんじゃないかな」
 保胤の弁護を書こうとした鉛筆が、紙の上を滑る。
「由乃ちゃんは、保胤のそばにいた君を確認できたよね? 彼女はそこで、何かに気づいたんじゃないかな。
一番最初の、彼女が幽霊になる前の会話におかしなところはなかったかい?
たとえば彼女が死ぬまでの行動の話は、君に何て伝えられた?」
 ──開始直後に錯乱し、通りすがった男に攻撃したところを返り討ちにされた。
「いくらでも言い訳が付く話じゃなかったかい?」
 思考を読んだような声に、答えを書きかけた手が止まる。
「死者の声を聞けるのは、慶滋保胤ただ一人だろう?
彼を通して伝えられた遺言の内容は、彼以外には証明出来ない。
その中に不都合な情報があれば、彼はそれを揉み消したり捏造することが出来る」
『確かにそうだが、しかし私は保胤を』
「信頼してるだろうね。でもあっちは君のことをどう思っているのかな?
……ねぇ、セルティ。慶滋保胤は、本当に君が思っているような人物か?
その行動の中にある悪意を見逃していることはないかい?
──彼は本当に、“ただの引き金”でしかないのかな?」
 反論の代わりに、椅子が倒れる音が響いた。
 セルティは立ち上がっていた。
 全身の影がわななき、口があれば肩で息をするほどに感情を露わにする。
120Dodger's TriggerFinger(6/8)  ◆l8jfhXC/BA :2006/12/03(日) 19:29:56 ID:y33RTv2b
 見下ろす先には、ただ静かにこちらを見る臨也の姿がある。
 その笑みの中には、わずかな哀れみがあった。
「これは同じ世界の旧知としての忠告だよ? 今の君にとってはただの暴論だろうけど。
でも、すべてを鵜呑みにせずに、もう一度君自身がよく考える必要はあると思うんだ」
『お前にしては随分と殊勝な助言だな』
「そりゃあ、君が心配だからさ。君が死んだら俺は悲しむよ?」
『池袋がつまらなくなるからか?』
 胡散臭い言葉に立ったまま走り書きすると、彼は心外そうに肩をすくめ、
「それもあるけど、単に君に死んで欲しくないだけだよ? 俺は人間が好きだからね」
『私は人間じゃないぞ』
「人間くさい化け物も含めてさ。もちろんシズちゃん以外だけど。
あ、でももうシズちゃんは死んじゃったから、これで晴れて俺は全人類を愛せるのか。素晴らしいね!」
『だったらもっと自己犠牲に励んだらどうだ』
「馬鹿だなぁ、自分が死んだら愛せなくなるじゃないか」
 当然と言った口調に、呆れる気すら失せる。
 やはりいつもと変わらず、臨也は自分の利でしか動いていない。
 彼の発言こそ、一番鵜呑みにしてはいけないものだ。
(だが、確かに考えてみなければいけない)
 静雄のこと。彼を殺害してしまったシャナのこと。
 そして、開始直後から今までずっと行動を共にしていた保胤のことを。
 その内容はどれも重い。疑うことは辛い。だが、目を背けるわけにはいかなかった。
(……本当に、どうしてこうなった?)
 胸中で呟き、セルティは結局握ったままだった左手を開く。
 壊れたサングラスのレンズの破片が、影に強く食い込んでいるのが見えた。


                            ○


121Dodger's TriggerFinger(7/8)  ◆l8jfhXC/BA :2006/12/03(日) 19:30:59 ID:y33RTv2b
(しかし、本当にここは何でもありだね。“死人に口なし”っていう常識さえ通じないなんてさ)
 武装解除後にダナティアに聞いた保胤と由乃の関係は、早急に手を打たねばならない問題を臨也に突きつけていた。
 保胤の持つ死体と会話が出来る力は、関係が悪化した末に死んだ知り合いがなぜか多い臨也にとっては、天敵に等しいものだった。
 大半の死はただの保身の結果なのだが、死者の心証はどれも最悪だろう。
 集団が行動を再開した際、彼が公民館や学校に足を運ぶとまずいことになる。
 また、この集団内で殺人を犯さなければならない状況に陥った場合、彼は最大の障害となりうる。
 保胤の力は、こちらの行動をかなり制限させてしまう。かと言って、今は彼を殺せる状況にない。
 ゆえに、彼の情報の信頼を殺すことにした。
(これだけは、シズちゃんに感謝してもいいくらいだね?)
 彼が保胤に対して疑念を抱いてくれたおかげで、保胤の能力を知るきっかけが生まれ、さらにセルティを誘導出来た。
 実際のところ臨也は、静雄が幽霊になる以前の由乃と共にいたとは考えていない。
 二時頃に自分に出遭い速攻でキレた彼が、六時までに他の参加者と親密になれる可能性は皆無だからだ。
 加えて、開始から六時間の間に殺されるような人間に、込み入った事情があるとは思えない。
 臨也が最初に殺した少女のように、“いくらでも言い訳が付く”死に方をしたのが大半だろう。
(この集団は今までシズちゃんの情報を持っていなかったようだし、理由なんてどうとでもなる)
 一番始めに顔を合わせた際、ベルガーと名乗った男は臨也を見て、“静雄という奴の他の知り合い”と言った。
 彼の手掛かりを得ているのなら、こうも持って回った言い方はしない。
 その時点では静雄のことを、“ここにいるはずのセルティの知り合い”としか認識していなかったのだ。
122Dodger's TriggerFinger(8/8)  ◆l8jfhXC/BA :2006/12/03(日) 19:31:38 ID:y33RTv2b
(さて、後はセルティが適度に悩んで引っかき回してくれればいいんだけど)
 疑心というものは、考えれば考えるほど深まるものだ。
 動揺されすぎても困るが、戦いが起こった際に冷静に対処出来る程度ならばいい。
 セルティが引き金となり保胤が集団内で孤立してくれれば、こちらに不利な死者の言葉を伝えられても反論が可能になる。
(思ったほど楽じゃない集団だけど……これはこれで、面白いことになりそうだね?)



【C-6/マンション1・小部屋/1日目・22:00】
【セルティ・ストゥルルソン】
[状態]:動揺を押し隠す。臨也を警戒。保胤に僅かな疑念。
[装備]:影で作ったヘルメット
[道具]:静雄のサングラス(破損)
[思考]:静雄とシャナの顛末、保胤との今までの行動について考える。
※携帯電話は待機組の誰かに受け渡した。

【折原臨也】
[状態]:平常
[装備]:なし
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水2000ml)、
    ジッポーライター、救急箱、スピリタス1本
[思考]:保胤を集団内で孤立させたい。
    クエロに何らかの対処を。人間観察(あくまで保身優先)。
    ゲームからの脱出(利用出来るものは利用、邪魔なものは排除)。
    残り人数が少なくなったら勝ち残りを目指す
[備考]:クエロの演技に気づいている。
    コート下の服に血が付着+肩口の部分が少し焦げている。
123イラストに騙された名無しさん:2006/12/12(火) 06:13:53 ID:KpuZg5Yp
保守
124イラストに騙された名無しさん:2006/12/15(金) 16:06:34 ID:rXSY6Y5D
保守
125殺戮島事件(1/11) ◆5KqBC89beU :2006/12/21(木) 17:15:29 ID:qb83LdCe
 事態は緊迫しており、状況は最悪に近かった。
「これから問うことに答えろ。拒むなら今すぐ殺す」
 EDの眼前にいる人物が──肉体のあちこちを欠損させた男が、EDの喉元に銀色の
糸を巻き付けながら、静かに告げる。“答えれば殺さない”とは言わなかった。
 厳かな声が、鋭い眼光が、不可蝕の細い糸が──そのすべてが殺意を滲ませている。
 逃走は不可能だ、とEDは瞬時に断定した。
 諦めたというわけではない。ただ事実を正確に認識しただけだ。
(最善の結末は“彼が僕らと手を組む”、最悪の結末は“怒った彼が僕を殺して灯台へ
 向かう”、といったところか。最善の結末は期待できないかもしれないな)
 現在地はA-8、島の北東の最果てだ。EDたちの拠点である灯台はすぐ近くにある。
(せめて次善の結末を掴み取らねばならない。是が非でも、彼を灯台へは行かせない)
 今ここでEDがしくじった場合、ED一人が死ぬだけでは済まないかもしれない。
 失敗は決して許されない。
 自分を殺そうとしている相手の眼を、EDは真っ直ぐに見た。

                   ○

 仮面の男に問いかけながら、ウルペンは不可解な思いを抱いていた。
(何故、こいつは動じない?)
 数多くの敵を見てきた経験と観察眼が、“この男には武力がない”と判じている。
 見たところ、致命的な現状を理解できていない、というわけではなさそうだ。
 武器を持っている様子も、精神を病んでいる様子もない。起死回生の秘技を隠して
いそうにも見えない。もしも奥の手があったとしても、念糸を結びつけ終わった時点で
ウルペンの方が有利だ。念糸が効力を発揮するまでにやれることなどそう多くはない。
 それなのに、相手はまったく臆さない。
 ほんの少しだけ念糸に意思が込められ、獲物の喉から水分をわずかに消した。
 仮面の男は念糸を一瞥し、相変わらず平静を保ち続けた。
126殺戮島事件(2/11) ◆5KqBC89beU :2006/12/21(木) 17:16:55 ID:qb83LdCe
 ゆっくりと、非力そうな両手が挙げられる。明らかに攻撃の予兆ではなかった。
「逆らう気も逃げる気もありませんし、抵抗できるような能力や道具もありません。
 脅しても脅さなくても同じですから、乾かすのは最後だけにしてくれませんか」
 常人だとは思えないような、風変わりな発言が聞こえてきた。
 絶望のあまり開き直っているような醜態ではなく、ごく普通の話を当たり前に語って
みせたと言わんばかりの雰囲気だ。死を覚悟した者に特有の悲愴感など漂っていない。
 あまりにも異様だった。
「では、いくらでも質問してください。答えを信じるかどうかは好きなように判断して
 いいですよ。さぁ、どうぞ、ウルペンさん」
 初対面だというのに、仮面の男はウルペンの名前を知っていた。
(こいつは何者だ? 誰から俺の名を聞いた? いったい何を考えている?)
 仮面の男を凝視して、ウルペンは戸惑う。
 名前を呼ばれた以上、もう“何者でもない黒衣の怪物”を気取ることさえできない。
(まさか)
 そして、疑念が不意に生まれた。
「契約者か?」
 殺したと思っていたのに平然と生きていた青年の顔が、ウルペンの頭をよぎる。
「お前もアマワに選ばれたのか?」
 つぶやきが口から漏れる。
 もしも“自分は絶対に死なない”という確信があるなら、この窮地においても普段と
大差ないような言動になるはずだった。

                   ○

 己の死が間近に迫っている程度のことで、EDの探求心は消え失せたりなどしない。
 この『ゲーム』の謎に関わるかもしれない情報があるなら放っておく手はなかった。
(容貌と能力の特徴、それに、さっきの反応……彼がウルペンなのは間違いないな)
 子爵がハーヴェイから聞いた情報は、当然ながらEDも知っている。
127殺戮島事件(3/11) ◆5KqBC89beU :2006/12/21(木) 17:18:26 ID:qb83LdCe
 相手の名を呼ぶのは、交渉術の基本だ。それは、“あなたを確かに認識しています”
という暗示を与えて信頼感を植えつけるための布石なのだから。
 例え唾棄すべき人物が相手でも、必要ならEDは懐柔しようとする。たった一人の
参加者しか生き残れなくなるくらいなら、殺人者と手を組んででも『ゲーム』の打破を
目指して足掻く。
(彼は少なくとも一人を殺し、その後で左腕を奪われるほどの激戦を生き残っている。
 ……悪化してはいるのかもしれないが、根本的な傾向は変わっていないのだろうな。
 殺すことに慣れていないと、あそこまで殺気が似合うようにはならない。この島に
 連れてこられる以前から、彼は殺人者だったに違いない)
 傷ついた危険人物は、手負いの獣のように厄介な相手だ。和解は非常に難しい。
 友好的に、冷静に、できるだけ刺激しないように言葉を選んで話しかけて、それでも
上手くいくという保証はなかった。
(契約者、か……それは何と契約した者だ? アマワというのが契約の相手か?)
 参加者名簿の中に、アマワという名は記されていない。EDが他の参加者たちから
教わった情報の中にも、その名はない。
(では、アマワは『ゲーム』の外側にいるのか?)
 参加者の別称や通称だという可能性も一応あるが、ウルペンの様子からして尊称では
なさそうだ。ウルペンは、ひどく忌々しげにアマワの名を呼んでいた。
(どう頑張っても、僕が彼を力ずくで殺すことはできない。それは彼も理解している。
 敵の力量が判らないほどウルペンは愚かではない。しかし、それでも彼は驚いた。
 アマワと契約した者ならば、戦闘能力がなくても注視すべきだと見なされるらしい)
 圧倒的に有利な状況で殺人者が動揺するような理由など、限られている。
(心情的には格上の者として扱いたくないが、能力的には上だと認めざるをえない――
 ウルペンにとってのアマワはそういう存在のはず。これだけの殺意と殺傷力とを持つ
 強者が警戒するような相手か……)
 実際にウルペンがアマワを殺せるかどうかは問題ではない。“自分の力ではアマワを
殺せないのではないか”とウルペンが考えていること、その一点が重要だ。
(アマワが主催者側に属する者なら、こんな風に恐れられていてもおかしくはないな)
128殺戮島事件(4/11) ◆5KqBC89beU :2006/12/21(木) 17:19:30 ID:qb83LdCe
 予想していなかったと言えば嘘になる。
 主催者側が『ゲーム』に何らかの介入をしている可能性は高い。そうとでも考えない
限り、たった18時間のうちに60名も死んでいるという情報は受け入れ難い。
 少し前に、EDは盟友たちに仮説を語った。“一部の参加者たちを主催者側が直々に
殺して回っているのではないか”という想像を非合理的だという理由で一蹴し、“参加
していない人物を参加者であるかのように扱い、知人と再会できないまま死んだという
ことにして、参加者を自暴自棄にさせようとしたのではないか”、と。
 詭弁だった。
 可能性の一つとしては充分にありえることだろう。しかし、EDが一蹴してみせた
想像の方が、ひょっとしたら正解なのかもしれなかった。
 この『ゲーム』の目的が遊戯や実験や儀式だと仮定するなら、一見すると無駄にしか
思えないようなことをされていてもおかしくはなかった。
 合理的か否かは、真実を見極めるための根拠にはならない。
 無論、“主催者側が一部の参加者と接触し、殺人の手助けになるようなことをした”
という事態もありえなくはない。主催者側が一枚岩であるという確証はないのだから、
例えば、“複数の派閥がそれぞれ別の参加者に金か何かを賭けていて、肩入れしている
参加者を優勝させようと各派閥が暗躍している”と考えることもできる。
(契約者とは、人殺しを躊躇しない代わりに主催者側の助力を得た参加者のことか?
 そうだとすれば、僕を契約者だと思い込ませておいた方が好都合だな)
 どうとでも解釈できる曖昧な言動を続け、バレるおそれがあるような嘘はつかずに、
ウルペンの思考を誘導して上手く誤解させる――それ以外に方法はない。
 挙げていた両腕を徐々に下ろし、身振り手振りも交えてEDは言う。
「主催者側の掌の上で踊らされているかどうか、ということならば、それを承知の上で
 僕は踊っているつもりです。ああ、そういえば自己紹介がまだでしたね。僕の名は
 エドワース・シーズワークス・マークウィッスルといいます」
 軽く会釈し、改めて視線を合わせる。
「EDと呼んでください」
 そう告げて、深読みさせるために微笑んでみせた。
129殺戮島事件(5/11) ◆5KqBC89beU :2006/12/21(木) 17:20:37 ID:qb83LdCe

                   ○

 ウルペンは苛立たしげに顔をしかめる。
(この出会いも……この『偶然』もアマワの思惑通りなのか?)
 冷静すぎるEDの態度は、どうにも薄気味悪い。
(あの仮面の下には、本当に人間の顔が存在しているのか?)
 そんなことまで頭の片隅で考え始めてしまう。
 今もどこからか見ているに違いない精霊を、ウルペンは胸中で罵った。
(アマワめ……! どこまで俺を弄ぶつもりだ……!)
 混乱を煽るように、EDが飄々と語りかけてくる。
「さて、ウルペンさん、他に何か訊きたいことはありますか?」
 次の瞬間には殺されるかもしれないというのに、声はまったく震えていない。
(やはり、この男も契約者なのか?)
 自問するたびに、疑念は少しずつ膨らんでいく。
 アマワの考えていることなど、ウルペンには理解できない。理解するつもりもない。
だからこそ、ウルペンは、契約者が増え続けていたとしても不自然だとは思わない。
 御遣いの身勝手さを知るが故に、きっとEDは契約者なのだという気がしてくる。
「遠慮はいりません。同じ境遇の者として、僕は、できる限りの力添えをしますよ」
 EDの言葉を耳にして、ウルペンの疑念はより大きく成長していく。 

                   ○

 どんなに小さな手掛かりでも、EDは見逃さない。
 表情の変動、呼吸の緩急、些細な仕草、そのどれもが心理の投影だ。
 ついさっき“同じ境遇の者”とEDが言ったとき、ウルペンの態度に表れた変化は、
非常に穏やかなものだった。あの発言に関して、ウルペンは反感を抱いていない。
130殺戮島事件(6/11) ◆5KqBC89beU :2006/12/21(木) 17:21:27 ID:qb83LdCe
(彼にとっての“自分と同じ境遇の者”とは、契約者のことか)
 ウルペン自身は契約者ではなく、契約者から情報を引き出しただけの一般参加者だ、
という可能性はない――そうEDは結論する。
 相手のことを正しく知らねば、情に訴えて連帯感を意識させることなどできない。
 ウルペンが契約者ではなかったなら、同じ『ゲーム』の参加者だという立場で会話を
続けるべきだったが、そうする必要はなくなった。“僕も契約者だからこそ、同じく
契約者であるウルペンさんの気持ちはよく判ります”という演技で接するべきだ。
「お前は……」
 ウルペンが沈黙を破った。
「チサトという女を知っているか?」
 驚愕は一瞬、逡巡も一瞬、そして決断も一瞬だった。
「ああ、風見さんのことですね。会いましたよ」
「何だと……!?」
 EDの返事を聞いて、ウルペンは隻眼を大きく見開いた。

                   ○

 EDがチサトを知っていたとしても、それは驚くほどのことではなかった。
 この島にはアマワがいる。この程度の『偶然』ならば、よくあることだ。
(ガザミ・チサトではなかったのか……!)
 ウルペンの動揺をどう解釈したのか、EDはさらに言葉を重ねていく。
「髪の長さは肩のあたりまで。年齢は十代後半。太りすぎても痩せすぎてもいない。
 身長はこれくらいの高さ。僕が会った彼女は、そういう姿でした」
 まったく知らない人物について語っているとは思えないほど細かい情報だった。
 チサトの外見についてウルペンは何も知らなかったが、本当なのだろうと判断した。
反射的に「お前はチサトの仲間なのか?」と尋ねかけて、やめる。そんなことを相手に
訊いても、否定以外の答えは返ってこないだろうと気づいたからだ。仲間でないならば
当然「違います」と言うだろうし、仲間だったが裏切ったという場合も「違います」と
言うはずだった。実は仲間だがそうではないように見せかけたいのだとすれば、答えは
「違います」に決まっている。どういう理由で言った「違います」なのか、聞けば判る
と思うほど、ウルペンは交渉術に長けていないし自信過剰でもない。
131殺戮島事件(7/11) ◆5KqBC89beU :2006/12/21(木) 17:23:01 ID:qb83LdCe
「僕としては仲間になりたかったのですが、彼女は僕を完全には信用してくれません
 でした。まぁ、こんな状況ですから、初対面の相手を疑うのは当たり前ですよね。
 彼女にとっての僕は、敵ではないけれど仲間でもない人物といったところでしょう」
 まるでウルペンの頭の中を覗いたかのように語り、EDは苦笑してみせた。
(これも『偶然』か? いや……思考を読まれている? もしや、マギの使い手か?
 この男はマグスなのか?)
 相手がマグスだとするならば、隙を見せるわけにはいかない。マギは弱い力だが、
だからといってマグスが無力だということにはならない。
 ウルペンは、鬱陶しげに歯噛みする。

                   ○

 あえて“仲間になろうとしていた”と教えたのは、説得力を増すための策だ。自分に
とって不利になるような情報を伝えることで、“僕は何でも正直に言いますよ”という
様子を見せ、“こいつは嘘をつかない”と相手に錯覚させることが目的だった。
 無論、風見を裏切るつもりなどEDには微塵もない。
「風見さんと出会った場所について、ここで説明しましょうか? それとも、その場所
 まで案内しましょうか? ウルペンさんは、どちらの方がいいですか?」
 わざわざ選択肢を二つだけ用意して、どちらか片方を選ぶように仕向ける。
 こうすると“自分の意思でどうするのか決めた”と思い込ませることができる上に、
“EDの話を無視して灯台へ向かう”という選択肢をさりげなく排除できる。
 風見がウルペンの仲間だとは、少しもEDは考えていない。仮面の下にある両眼は、
節穴でも飾りでもなかった。
(おそらく、風見さんの仲間と接触したときに名前を聞いて興味を持った、というのが
 彼女を捜す動機だろう。彼は会えば殺すつもりだ。間違いない)
 このまま地下通路に誘導すれば、とりあえずウルペンを灯台から遠ざけられる。地下
通路の存在を殺人者に知られるのは少し厄介だが、背に腹は代えられない。ウルペンが
どこでどんな情報を入手しているか判らない以上、下手に嘘をつくわけにはいかない。
(彼と我々との共存は、諦めるしかないようだな。こうなったら、いっそのこと……)
 打算を胸に秘めたまま、EDはにこやかに微笑し続ける。
132殺戮島事件(8/11) ◆5KqBC89beU :2006/12/21(木) 17:24:12 ID:qb83LdCe

                   ○

「この中です」
 そう言って、EDが懐中電灯で照らした先には、地面に四角く開いた穴があった。
 B-7にある地下通路の出入口だ。出入口の扉は、外側へ向かって開いていた。
 負傷のせいで方向感覚も距離感も怪しくなっていたため、ウルペンはEDに道案内を
させて、この場所へ来た。
(本当にチサトがここにいたというならば、ここを起点として行き先を決めればいい。
 だが、もしもチサトがここを訪れていなかったとすれば、それは何を意味する?)
 地下へと続く階段を前にして、ウルペンは足を止める。
 肩越しに、EDの仮面がウルペンの方を向いた。
(この男が契約者だとするなら、ここは、決闘のために整えられた舞台ではないのか?
 ここでなら、『偶然』に妨害されることなく殺し合えるということではないのか?)
 ほんのわずかに、ウルペンは笑った。
(そうだとすれば、むしろ望むところだ)
 鬼気迫る笑みを、EDが無言で見つめている。
「先に入れ」
「はい」
 ウルペンの命令に従い、EDは階段を降り始めた。少し離れて、ウルペンはその背を
追う。淡い光を階段そのものが発しており、足を踏み外す心配はなさそうだった。
 階段が途切れた先では、通路が左右に延びている。階段と同じく淡い光を発している
以外には何の変哲もない、ただの通路だ。階段から遠ざかるほど光は薄くなっていき、
通路の奥は闇に隠されて見えない。
 地下通路は静かだった。どうやら、ここにはEDとウルペンしかいないらしい。
「第三回放送の少し前、ここで、僕は風見さんに会いました。僕はあちらから、彼女は
 こちらから、それぞれここへ来たわけです」
133殺戮島事件(9/11) ◆5KqBC89beU :2006/12/21(木) 17:25:59 ID:qb83LdCe
 懐中電灯を片手に、EDは証言を続ける。
「いろいろありましたが、双方とも無益な争いを避けたがっていましたから、平和的に
 解決できましたよ。それから、僕は地上に出ました。風見さんは地下から出ようとは
 しませんでした」
「……話はそれで終わりか?」
 無表情に、ウルペンは問う。
「あ、そうだ、地下の地図を見せましょうか? こんなこともあろうかと、僕が調べて
 あらかじめ描いておいたものですが」
「見せてみろ」
 大袈裟に手を叩いて提案するEDに対し、ウルペンは冷ややかに応じた。
「はい、どうぞ」
 出入口を表す×印と、通路を示す直線や曲線――それだけで構成された地下地図が、
デイパックから取り出された。
「ちなみに、現在地はB-7です」
 そう言いながら、地下地図の右上に位置する×印をEDは指さす。
「欲しければ、これは持っていってください」
 地下地図を差し出し、EDは口を閉ざした。もう言いたいことは全部言ったらしい。
(手足の一本でも乾かして骨と皮だけにしてやれば、もっと話を聞けるか?)
 無表情のまま、ウルペンは物騒なことを検討する。
 相手が契約者だとしても、殺さずに苦しめることは容易だ。
(いや……この手の変人は拷問しても口を割らない。これ以上の情報は引き出せまい。
 もはや、問うべきことは一つしか残っていない)
 ここには余計なものがない。邪魔者が現れそうな気配もない。
 今、この場所でなら、契約者同士の殺し合いでさえも可能かもしれない。
「最後の質問だ」
 決別の意思を視線に込めて、ウルペンは宣言する。
「お前に、確かなものは……信じるに足るものはあるか?」
 妄執の色に染まった声が、地下通路に反響した。
134殺戮島事件(10/11) ◆5KqBC89beU :2006/12/21(木) 17:27:00 ID:qb83LdCe

                   ○

 ウルペンの眼を見て、EDは悟る。
(やはり、僕は殺されるようだ)
 途中でウルペン以外の参加者と遭遇できていれば結末は違っていたかもしれないが、
とうとう二人は誰とも出会わなかった。
(やり残したことは多いが……こればかりは、どうしようもないな)
 既にEDの死は確定している。
 だからこそ、本心を偽ることなく答えようとEDは決めた。
「この島に、友がいます。幼い頃から知っている友も、今日初めて出会った友も」
 つまらない答えだと言わんばかりの口調で、ウルペンは吐き捨てる。
「それが、お前にとっての確かなものか?」
 演技ではない苦笑を浮かべて、EDはかぶりを振った。
「いいえ。僕の友は皆、まだまだ成長していける者ばかりです。未完成であるが故に、
 必ずしも素晴らしいものであり続けるとは限りませんね」
 ウルペンの眉間に、しわが寄る。
「ならば、信じるに足るものではないな」
 自分を殺そうとしている相手の眼を、EDは真っ直ぐに見た。
「確かでなければ、信じられないのか」
「な……!」
 EDの言葉が、呆然とするウルペンの耳朶を打つ。
「揺るぎない証拠だとか、誰もが認める判りやすさだとか、そういうものがなければ、
 お前は信じたいものを信じることすらできないのか」
 ウルペンの表情が、怒りと驚きによって歪む。
 哀れむように、蔑むように、深奥を衝く一言を、EDは容赦なく叩きつける。
「未来永劫、お前は何も信じられまい」
 そして、ウルペンの絶叫と同時に、念糸がEDの全身から水分を奪い取っていった。
135殺戮島事件(11/11) ◆5KqBC89beU :2006/12/21(木) 17:27:48 ID:qb83LdCe

                   ○

 B-7の地下通路へ続く出入口には扉があり、それは外側に向かって開いていた。
 扉の裏には地下地図の記されたプレートがあるが、ウルペンはそれを見なかった。
 EDがウルペンに見せた地下地図には、方位も座標も縮尺も描かれていなかった。
 故に、地図の向きが正確か否かは、地下の地形を知る者にしか判別できなかった。
 EDが指さした右上の×印は、実はB-7の出入口を意味するものではなかった。
 手描きの地下地図は、恣意的に逆転させられていた。
 右上にあったのは、H-1の出入口を表す×印だった。
 地上には出ず、地下通路を西に進みもせず、逆転した地下地図を頼りにして行き先を
決めたならば、D-7の辺りに出入口があると思い込んだまま、C-8の禁止エリアへ侵入
することになるはずだった。


【092 エドワース・シーズワークス・マークウィッスル(ED) 死亡】
【残り 52人】


【B-7/地下通路/1日目・21:29頃】
【ウルペン】
[状態]:疲労/絶望
[装備]:なし
[道具]:支給品一式
[思考]:参加者全員に絶望を。アマワにも絶望を。
[備考]:第二回放送を冒頭しか聞いていません。黒幕はアマワだと認識しています。
    第三回放送を聞いていたかどうかは不明です。
    チサトの姓がカザミだと知り、チサトの容姿についての情報を得ました。

※仮面、支給品一式(パン3食分・水1400ml)、手描きの地下地図、下剤、下痢止め、
 胃薬、花粉症の薬(抗ヒスタミン薬)、青酸カリを、EDの死体が所持しています。
※解熱鎮痛薬、ビタミン剤(マルチビタミン)、睡眠薬は、灯台に残されています。
136Know Mercy 1:Resister's Telling (1/14)  ◆l8jfhXC/BA :2006/12/22(金) 23:20:52 ID:5auzV9r0
「だーっ!」
 限界に達した頭をかかえて、リナは机の上に突っ伏した。
 様々な筆跡で書かれた紙片の山が散らされ、床へと舞い落ちる。
「少し休憩しましょう。無理をしても仕方がないわ」
 その紙を拾い集めながら、千絵が声を掛けてきた。片手にはペットボトルを持っている。
 それを受け取り一気に飲み干すと、パンクした頭が少しは落ち着く。
 刻印の解読はもとより、研究結果の内容の把握自体に時間がかかっていた。
 多種多様な異世界の理論をまとめる以前に、その理解に難航していた。
(色々同時進行だと、なかなか進まないわねー……)
 筆者のうちダナティアとメフィストは別棟に、保胤は志摩子と重要な話があるらしく別室に、それぞれ移動済だ。
 特異な人外の存在であるセルティも、臨也と何か話すためにやはり別室に移動している。
(まぁ、この子はこの子で十分役に立ってもらってるけど)
 隣に視線を向けると、てきぱきと書類を整える千絵の姿があった。
 彼女には異能の知識こそないものの、頭の回転が早く、細かな論理の綻びや相違点によく気がつく。
 複雑な理論を読み解く助手として最適といえた。
「睡眠も取った方がいいと思うわ。確かに“カーラ”の対策は早めに打つべきでしょうけど、先は長いもの」
 カーラ、というのはここでは刻印の隠語だ。
 筆談ばかりで沈黙し続けるのは、盗聴している管理者達を怪しませる。
 そこで同じ“対策を考え”、“呪縛を解く”ことが必要な支給品の名前を使っていた。
「次の放送が終わったら休むつもりよ。こんな中途半端なところで止めたら、気になって眠らんないわ」
『つーか、オレを殺してくれれば一発じゃねえか?』
「ややこしくなるからあんたは黙ってて」
 机の上の十字架──エンブリオから響いた声を、リナはぴしゃりと拒絶する。
 茉衣子が持っていた“彼”が物騒なことを喋り出したのは、ダナティア達が移動した後だった。
 ──自分の声を聞ける者が自分を殺せば、潜在的な力を完全に引き出すことが出来る、と。
 本人も殺されたがっているのだが、しかし持ち主である茉衣子は彼を死守したいらしい。
 ゆえに彼女の意識がない今のうちに殺して欲しいと、彼は語りかけてきたのだ。
137Know Mercy 1:Resister's Telling (2/14)  ◆l8jfhXC/BA :2006/12/22(金) 23:21:31 ID:5auzV9r0
「あいにくだけど、あたし達もあんたは殺せない。今はまだ、ね」
『けっ、何でどいつもこいつも渋るかねえ』
 そんな強大な力があるならば、調査が進んでいる刻印よりも、この世界からの脱出などのために温存するべきだ。
 そんな結論を、先程携帯電話でダナティア達と出したところだった。
 ただ精神不安定な茉衣子の元にあると、何かの拍子に壊される可能性があったため、ひとまずリナの元に退避することは同意された。
「あんたに役に立って貰うのは、もっと重要な問題にぶち当たった時よ。
“カーラ”はあたしと千絵で十分。──よね?」
「……え? あ、ごめんなさい、よく聞いてなかったわ」
 自信を持って同意を求めた先の少女は、しかしぼんやりと紙片を眺めていた。まだリナが見ていない、他とは異なる紙質のものだ。
 彼女は慌てて視線を戻すが、その表情は硬いままだった。
「こんな奴の手を借りなくとも“カーラ”は倒せるって言ったのよ。あたしを誰だと思ってるのよ?」
「……ええ、そうね」
 あえて軽い調子で宣言しても、千絵は暗い表情のまま答え、
「ごめんなさい」
「……なによ、いきなり」
 なぜか謝罪の言葉が続けられた。反応に困り、思わず強い口調を返してしまう。
 千絵との関係は未だに修復されていない。
 刻印関連以外の話となると、双方共に遠慮がちになっていた。
 また、話をする暇がないほどに、彼女が刻印解読に積極的だったとも言える。
 単純にレポートを読んだ量ならば、リナよりも多いだろう。
「私は、何かしなければって思って……でもそれが結局、現実から目を反らしてるだとは理解してるの。
あなたには特に償わなければいけないのに、何も出来ていないことも。
でも今は、どうしても立ち向かえるだけの気力がないの」
「…………」
 千絵の素直な告白に、リナは驚きとわずかなを戸惑いを覚える。
 確かに彼女の必死に何かを成そうとする姿は、罪滅ぼしというより一種の逃避に見えていた。
 しかしそれを本人が自覚して、その上わざわざ告げてくるとは思わなかった。
 彼女の言は、ただ率直に自身の行動を咎めていた。
138Know Mercy 1:Resister's Telling (3/14)  ◆l8jfhXC/BA :2006/12/22(金) 23:22:18 ID:5auzV9r0
「……いいんじゃない? 逃げれば」
「え?」
 それゆえにリナは、あえて素っ気なく答えを返した。
 あっけにとられた表情で見返す千絵に対し、淡々と言葉を続ける。
「頑固に立ち止まって何もしてないよりは、ずっといいじゃない。
そういう風に自分の状態をちゃんと理解して、素直に話せるなら十分よ」
 おそらく、彼女は真っ直ぐすぎるのだ。
 たとえ自分自身であろうと、間違っていると思ったものは容赦なく糾弾してしまう。
「だから、逃げるんなら謝ってないで全力で逃げなさい。
うじうじしてる暇があるんなら、あたし達に協力してくれた方が助かるわ」
「……リナさんは、私を恨んではいないの?」
「当たり前よ。あんたはアメリアと同じ被害者側の人間だってわかったもの。
恨むのは主催者だけにするって、もう決めたから」
 彼女と、そして自身の迷いを断ち切るように断言した。
 確かに千絵は被害者だったが、負の感情がまったくないと言えば嘘になる。
 アメリアを殺した聖の義妹である志摩子に対しても、その事実を知って以来気まずくなっている。
 そんなわずかに残る私怨も主催者に向けなければ、集団内にいらぬ波風を立ててしまうだろう。
(でも、あいつだけは許せない)
 吸血鬼騒動の原因であり、現在の気落ちした状態をつくり出した女だけは、発言とは異なり恨みを捨てる気はなかった。
 彼女が引き金となって死んだ人間と、心を壊された人間が多すぎる。
 直接手を下したことはないらしいが、間接的な被害が甚大すぎた。
(……そうだ、エンブリオを使えば、あいつも倒せる?)
 先程は気圧されてしまったが、これさえあればアメリアの敵を討てるかもしれない。
 もちろん勝手に使いはしないが、この十字架の有用な使い道の一つとして候補に入れておくべきだろう。
「あの、リナさん」
 思考に沈んでいると、千絵がふたたび口を開いた。
 その表情はやはり暗いが、声は幾分かしっかりとしている。
139Know Mercy 1:Resister's Telling (4/14)  ◆l8jfhXC/BA :2006/12/22(金) 23:23:25 ID:5auzV9r0
「……ありがとう。私はまだ、あなたに何も返せていないのに」
「いーのよ。今は、こっちを片付けるのが先でしょ?」
 明るく返すと、千絵はわずかに口の端を緩め、ふたたび紙に手を伸ばした。
 作業を再開させる彼女を見ながら、リナは手元の十字架を引き寄せる。
 ひそかに強く握ると、決意が固くなった気がした。

                            ○

「──来たわ」
 来訪者を告げるダナティアの一声で、場の空気が一瞬にして張りつめた。
 バクテリアの治療を終了し、全員が万全の準備を整えたところだった。一定の緊張はあるが、恐れはない。
 視線を集めるダナティアは、目を閉じたまま魔術の視界に映る人物の特徴を羅列する。
「二人組ね。一人は長い黒髪の若い女性。細身の長身。白い外套を羽織っているわ。
武器は見たところ持っていないわね。もう一人は……」
 言いかけて、彼女は眉をひそめた。
「何かあったのか?」
 終の問いかけにも、ダナティアは黙り込んだままだった。
 しばらく何かを考え込むように動きを止めた後、彼女は口を開く。
「深緑色の……ブレザーって言うらしい制服に、薄い茶髪の少年。
手にはナイフ。背負っているデイパックからライフルらしき銃口が覗いているわね。
……彼はあたくしが知っているわ。あたくしの知り合いの探し人よ」
「ってことは、危険な奴じゃないのか?」
「その知り合いはどこからどう見ても人畜無害だったわね。
でも、油断は禁物よ。準備はいいわね?」
 目を開いて透視を終えると、ダナティアは他の三人の意思を確認する。
 と、おずおずと一人の挙手があった。
「何か問題があって? 終」
「おれの準備はいいんだけど、ちょっと気になってさ。
……今更遅いけどよ、ダナティア。あんたは少し休んだ方がいいんじゃないか?
ずっと魔法使いっぱなしだろ? さっきも弾丸を防ぐために、派手なの使ってたじゃねえか」
「ええ、少し辛いわ」
 強がることなく、彼女は即答した。
140Know Mercy 1:Resister's Telling (5/14)  ◆l8jfhXC/BA :2006/12/22(金) 23:24:05 ID:5auzV9r0
「だからこそ、万全の戦力をこちらに集めたのよ。あなたも含めて、ね。
それに、放送を流した張本人が隠れてるなんてみっともないわ」
 疲れをまったく見せず、それどころか傲然と振る舞うダナティアに、終は口を噤む。
(……親友を失ったばかりだってのに、どうしてこうも落ち着いていられるんだ?)
 ダナティアと違い、終は兄と従姉の死に対して未だに強い怒りを持っていた。
 始の死を知った直後には、中途半端な竜化という事態にも陥った。彼女のように怒りを凍結させることなど出来やしない。
「そんなに心配なら、彼女の護衛はキミがやれ。マンションの入口で出迎えるんだろう?」
「ええ、ベルガー。もちろん待つだけなんて真似はしないわ。
そもそもあたくし達がどの部屋にいるか、普通はわからないでしょうし」
 言うとダナティアは立ち上がり、迷いなく出口へと歩き出した。
 半ば強引に連れられる形になったが、仕方なく終もそれに続く。
 使い慣れないナイフは置いてきて、いつでも彼女を守れるように気を引き締めて進む。
「そんなに心配しなくても大丈夫よ」
 と、一階に下りた直後、彼女は立ち止まらずに告げた。
「悲劇は繰り返させない。あたくしは死なないわ。
少なくとも、あなたのいる間は絶対に。そうでしょう?」
「……ああ」
 否定を許さない強い口調に、決意を込めて返事をする。
 彼女が茉理のようになってしまうことは、絶対に避けなければならない。
「絶対に……させるもんか」
 呟き、終はダナティアの背後を追いかけた。
 どんなことが起きようと、絶対に挫けぬことを強く決意した。

「先程の放送を流した方々ですね? ──降伏します」
 さすがにいきなり両手を挙げた少年に、にこやかにこんなことを言われると気が抜けたが。


                       ○
141Know Mercy 1:Resister's Telling (6/14)  ◆l8jfhXC/BA :2006/12/22(金) 23:24:57 ID:5auzV9r0
 一番奥の部屋の扉を開けると、先程と変わらぬ二人の少女の姿があった。
 柔らかな笑みを浮かべて出迎える志摩子に、保胤もまた微笑を返す。
「あ、保胤さん。エンブリオさんの話はもう終わりましたか?」
「はい。リナさんの方で一時預かることになりました。
茉衣子さんから直接話を聞ければよかったのですが……」
 エンブリオの持ち主の少女は、湯浴みが終わった後も意識を失ったままだった。
 今は代わりの服を着せられて、隣の寝台で寝息を立てている。
(……あんな話をする分には、都合がいいと言えるんでしょうか)
 少しでも人の不幸を喜んでしまった自分に嫌悪感を覚えながら、保胤は部屋の中へと上がり込む。
 志摩子と向かい合うように床に座り、右手に握っていたものも隣に置く。
「その短剣は、保胤さんが使うのですか?」
「いえ、ただ余ったから持っていろと言われまして……」
 短刀に似たその武器は、臨也の武装解除時に出てきたものだった。
 扱える者は既に十分武装しており、かといって彼に返すのは躊躇われたらしく、消去法で保胤に渡されていた。
 リナ曰く“魔力を感じる”有用な品らしいが、技術のない保胤に取っては無用の長物だった。
「ところで……志摩子さんに少しお話があるのですが、よろしいですか?」
 落ち着いたところで、意を決して本題を切り出した。
 そもそもこちら側に残った理由は、志摩子の真意を探るためだった。
 強い疑念は早めに払拭しておかなければ、彼女を含めた集団に迷惑を掛けるだろう。
 しかし、もし彼女が本当に自分を恨んでいるのならば──
「ちょうど良かったです。私も、保胤さんにお話ししたいことがあるんです」
「え? 僕に、ですか?」
「はい」
 予想外の答えにあっけにとられる。告げた志摩子の表情は、ひどく真剣だった。
 こちらの動揺に小首をかしげながらも、彼女は先に話を進める。
「先程のダナティアさんの放送のことを、どう思いますか?」
 至極簡潔な問いだった。だが、それを聞く理由がわからない。
 ただの雑談ならば、わざわざ先に断らないだろう。
 ともかく黙り込むのが一番悪いと考え、ゆっくりと慎重に答えていく。
142Know Mercy 1:Resister's Telling (7/14)  ◆l8jfhXC/BA :2006/12/22(金) 23:25:58 ID:5auzV9r0
「素晴らしい宣言でした。彼女の力強い言は、多くの参加者の支えになるでしょう」
「私もそう思いました。
でも、ダナティアさんのルールを遵守するのは、とても難しいとも感じました」
「ええ、残念ながら、彼女のように前を向き続けられる方は多くありません。
それに、彼女の存在自体を許せないと思う方もいるでしょう」
 奪うな、喪うな、過つな。そして、絶望するな。
 彼女の定めた規定はとても単純だ。しかしそれを守ることは、志摩子の言うとおり簡単ではない。
(彼女が放送の内容を聞いたら、どんな思いを抱くでしょうか)
 寝台で眠る少女に、一瞬哀れみの視線を向ける。
 彼女が殺人を犯したことは知っていた。
 あの放送の後にダナティアから伝えられ、面倒を見て欲しいと頼まれていた。
 このことは彼女以外にはベルガーしか知らず、また口外無用とも言われた。まだ全員に話せる時期ではないらしい。
 大役を任されたことに改めて責任を感じながら、本心からの考えを志摩子に告げる。
「ですが、どんな悪鬼の心を持った人間にも、必ず仏は住んでいます。
それがささやかなものであろうと、否定することは出来ません。
だから僕は、そんな人たちでも戦わずに、まずは話し合いたいと思っています」
 甘すぎる考えだとは自覚していた。
 しかしこんな状況下だからこそ、分かり合おうとする努力を惜しみたくはなかった。
 その見解を聞いた志摩子は、表情になぜか悲哀の色を含ませて、
「……保胤さんは、あの吸血鬼の女性の話を聞きましたか?」
「ええ。だいたいのところはメフィストさんからお聞きしました」
 志摩子の義姉である聖を吸血し、そこから千絵とシャナという犠牲者が生まれた。
 さらに志摩子が知り合ったアシュラムという青年を支配し、かなめを人質に取り宗介を脅迫したこともあった。
 この集団が関わった、ほぼすべての悲劇の原因の女性は、今もまだこの島を闊歩している。
「私は、彼女に悪意はないと思います。
ただ自分の欲望とわずかな悲哀の赴くままに、好きなことをしているだけなんでしょう。
それが鬼に当たるのかはわかりません。
でも……いえ、だからこそ、私は彼女を許してはいけないと思うんです。強い怒りを覚えるべき相手だと」
143Know Mercy 1:Resister's Telling (8/14)  ◆l8jfhXC/BA :2006/12/22(金) 23:28:16 ID:5auzV9r0
 いつになく強い口調の発言は、同意を求める主張というよりも糾弾に近かった。
 それに保胤に対する訴えと言うよりも、独白と言う方が相応しい。
(彼女は僕に、何を伝えたいんでしょうか)
 未だにその意図がわからず、ただ、頭の中で彼女の話を反芻する。
 ダナティアを引き合いに聞いた自分の意見、悪意のないまま利己的に動く女性、それを強い怒りで糾弾する──
(……まさか、これは、僕のことでしょうか?)
 ずっと抱いていた疑念が頭をもたげ、思考に絡みついた。
 由乃を殺害した青年の懺悔を志摩子に隠したのは、紛れもない善意からだった。
 また彼女を成仏させる前に、仮の姿を与えたのも哀れみからだった。
 どちらも本心から、彼女らのためを思って行ったことだ。
「あの人は、人の命を弄んでいます。元から悪気がないため、悔いることもありません。
だから、誰かが怒るべきだと思うのです。ひょっとしたら、恨むべきなのかもしれません」
 ひどく真剣な眼差しから、目を反らすことが出来ない。
 今の一言は、完全に自分に向けられたものだった。そうとしか思えなかった。
 もちろんその女性のことも言っているだろう。どちらにも当てはまることだと、疑心が言う。
 ──保胤の行いはあの女性と変わらない。
 そう、志摩子は糾弾しているのだ。
「ですが、……保胤さん、どうしたんですか? 顔色が悪いですよ」
 こちらの身を案じた言葉も、もはや皮肉にしか聞こえない。
 既に疑心は確信の域に達していた。彼女は、自分を恨んでいる。
(それなら僕は、彼女に何をすればいいんでしょうか?)
 まず、精一杯の謝罪をすべきだ。どんな非難も受け入れなければならない。
 しかしその程度で、彼女の怒りは収まるだろうか。
 もし、彼女に保胤を許す気はなく、謝罪以上の何かを求めているとしたら。
 たとえば彼女は、由乃を──

「返して!」

 思考を呼んだかのような叫びに、ぎょっとして背筋を伸ばす。
 声の方を向くと、志摩子ではなく、寝台から飛び起きてこちらを睨み付ける少女の姿があった。
144Know Mercy 1:Resister's Telling (9/14)  ◆l8jfhXC/BA :2006/12/22(金) 23:29:13 ID:5auzV9r0
「エンブリオをどこにやったんですか!?」
 わめきながら、茉衣子は志摩子に詰め寄った。
 その右手は、かきむしるように胸元に当てられている。「まさか──殺したんですか!?」
「そんな、殺すなんて……」
「あの十字架には、傷一つ付けていません! どうか落ち着いてください!」
 慌てて割って入ると、茉衣子はすぐに直垂の襟に掴みかかった。
「別のところって、ここにはないんですか!?」
「今は別の部屋に置いてあります。ここからすぐの、安全な場所です」
「…………」
 それだけ聞くと、彼女は襟を掴む手を緩めた。
 その視線は、未だ焦燥と疑念に満ちている。
「そもそも、ここはどこなんですか?」
「あなたがダナティアさんと出会った場所にあったマンションの一室です。
彼女や一部の方々は、現在は別の棟に移動しています」
「では今は、ここにはあなた達しかいないのですか?」
「いえ、別の部屋に何人か待機しています。
何が起きてもすぐに対応できますので、安心してください」
「…………」
 そこまで言い終わると、茉衣子は詰問をやめてうつむいた。
 何かを考え込むように口を閉ざし、しばらく沈黙が続く。
「……わかりました。お騒がせして申し訳ありませんでした」
 彼女はそれだけ言うと、その場に座り込んだ。
 先程の激情が嘘のような、ひどく平静な声だった。
「……あの、保胤さん。エンブリオさんを茉衣子さんに返すことは出来ないのですか?」
 その様子を見た志摩子が、保胤に提案する。
 単に茉衣子を気遣っての発言のようだったが、あんな話をした後では、何か裏があると思えてしまう。
 彼女をこれ以上傷つけぬよう──恨ませぬよう気をつけながら、答える。
「リナさんに一言伝えれば、大丈夫だとは思いますが……」
「いえ、かまいません」
 しかし当の本人が、なぜかそれを遠慮した。
145Know Mercy 1:Resister's Telling (10/14)  ◆l8jfhXC/BA :2006/12/22(金) 23:30:35 ID:5auzV9r0
「でも」
「どうせエンブリオが、わたくしが眠っている間に殺してくれとでも仰ったんでしょう?
今のところ無事ならば、問題ありません」
「ですが……どちらにしろ、茉衣子さんが目覚めたことは報告しなければなりません。
やはり、僕がリナさんのところに行って交渉してきます。そこで待っていてください」
 そう告げると、返事も聞かずに保胤は廊下へと足を踏み出した。
 一見彼女は冷静に見えるが、底知れない何かを抱えているようにも思えた。
 何より彼女は、既に人を殺めている。違和感を覚えたのなら、積極的に行動した方がいいだろう。
(それに志摩子さんは、もう僕とは一緒にいたがらないでしょうし。
……いえ、僕の方が合わせる顔がないだけですね)
 扉を閉める一瞬志摩子と目が合ったが、すぐに逸らしてしまった。
 今この部屋を出ることは、茉衣子をだしに彼女から逃げることにもなるのだろう。
 明かりのない、居間へと繋がる薄暗い廊下が、保胤にはひどく澱んで見えた。

                            ○

「下腕骨の半ばから、捻るように折れているな。しかし周囲には余計な力がかかっていない。
加害者はどんな能力を?」
「実体のない銀の糸。それを巻き付けられたらこうなったわ」
 訪問者二人に戦う意志がないことと、その片方が大怪我を負っていることを知り、ダナティア達はメフィストの治療を勧めた。
 武器とデイパックの一時没収にあっさり承諾し、彼らはダナティア達が詰める部屋に入っていた。
「実際に見てみないことには何とも言えぬな。加害者の特徴は?」
「十代前半くらいの女の子。短い茶髪で、左眼が白いわ」
 午後のときと同じく、メフィストは話しながら易々と、彼女の怪我を治療していった。
 元々ほとんど道具に頼らずに、両腕切断という大怪我を二十分で済ませた実力だ。
 パイフウ自身も特殊な力で治癒を促進出来るらしく、治療は相当なスピードで進行していた。
 情報交換の方も、それなりに順調だった。
 内容の好悪を別にすれば、だが。
「ところで、あなたは最初会ったとき、僕のことを知っていると言いましたよね?」
「ええ。あなたのことは朝比奈みくるから聞いていたわ」
146Know Mercy 1:Resister's Telling (11/14)  ◆l8jfhXC/BA :2006/12/22(金) 23:31:19 ID:5auzV9r0
「……朝比奈さん、ですか」
 既に死んでいる知人の名を言うと、古泉が表情を硬くする。
「開始当初にあの子と出会い、少しの間同行したわ。
……そして、あたくしが油断した隙に死なせてしまった」
 みくるのことを、ダナティアは今も悔いている。
 あの時もっと慎重に動いていれば、彼女は殺されずに済んだ。
「彼女が仲間と言っていたあなたに謝らせてもらうわ。本当に、ごめんなさい。
彼女の遺体はF−5に埋葬したわ」
「開始当初の話ですから、彼女もあなたも、運が悪かったとしか言えないでしょう。
そんなに気に病まないでください。彼女を葬って下さったことには、本当に感謝します」
 こちらを気遣う古泉の苦笑には、若干疲労の色があった。
 彼は参加していた四人の仲間の内三人を、第一回目の放送時点で失っている。
 それがどんなにつらいことかは、想像に難くない。
 彼はしばし黙り込んだ後、表情をふたたび微笑に戻すと、
「実は、僕もあなたのことは他の方から聞いていたんですよ。サラ・バーリンさんという女性から」
「……サラから?」
 予想外の名前に、ダナティアはわずかに驚く。
 彼女とは、“夢”以外では再会はもとより、目撃情報さえ聞くことがなかった。
「それはいつ、どこで?」
「昼の放送前にG−4の城で会いました。秋せつらさんという方と一緒でしたよ」
「……秋せつら?」
 割り込んできた声の主は、治療の手を止めぬまま視線だけを向けた。
 確かにその名前は、以前メフィストから聞いていた彼の知人のものだった。
(よくもこう、“偶然”が続くこと)
 手を組んだ参加者の知人と、自分の無二の親友とが同じく手を組んでいた。
 これがどれくらいの確率なのか、もうあまり考えたくない。
「ええ、確かにそう名乗っていましたよ。集団で人を探している、と言っていました」
……そういえば、今回の放送でサラさんは」
「死んだわ」
 その言い切り方で、彼はこちらの心情を察してくれたらしい。
 無用な同情を示すことなく、ただ一言、
147Know Mercy 1:Resister's Telling (12/14)  ◆l8jfhXC/BA :2006/12/22(金) 23:31:51 ID:5auzV9r0
「あまりお役に立てずに申し訳ありません」
「いいのよ。気にしないで」
 短い応答だったが、互いに気遣いは感じられた。
「ダナティア。パイフウについての情報はなかったが、古泉一樹の名前を聞いたと言う奴がいたぞ」
 と、待機側と話していたベルガーが声を掛けてきた。
 携帯電話を机に置くと、音量を上げて全員に聞こえるようにする。
 連絡した直後の話によると、保胤とリナ、志摩子と目覚めた茉衣子がそれぞれ重要な話をしており、受話器の前には出られないらしい。
 前者が話す声は、確かに受話口からわずかに漏れていた。
『や、そっちの調子はどうだい?』
「まだこれからよ、臨也」
 そしてはっきりと聞こえてきたのは、予想通りの人物の声だった。
 元から集団にいたメンバーからは、十分に話を聞いている。
 新たな情報を持っているとすれば、今は出られない茉衣子と、この“信用できない”セルティの知人だけだった。
「それで、古泉についての情報があるというのは本当なんでしょうね?」
『既に散々セルティに念押された後なんだけど? いつになったら俺の信頼度は上がるんだろうね』
「そういう態度を止めた時じゃないかしら。とにかく、知っていることを話してちょうだい」
『はいはい。……昼に俺がある同盟にいたとき、女の子の二人組に出会ってね。
その一方が、古泉一樹って名前の参加者を捜してたのさ』
 淡々と告げられた情報に、古泉の顔色が変わった。
「その一方というのは、もしや長門有希と名乗っていましたか?」
『うん。短めの黒髪でセーラー服を着ていたね。自分の名前しか喋らない無愛想な子だったよ』
 それは、ダナティアがみくるから聞いていた少女の特徴と同じものだった。
「あ、そいつならおれも知ってるぞ。メフィストも聞いただろ?」
「ああ。悠二君から聞いた名だな。シャナ君と同じく、その少女も探していたようだった」
「……奇遇ね」
 追加された証言に、ダナティアは半ばげんなりと呟く。
 情報が多いのはいいことだが、多すぎてあの黒幕達の思惑を疑ってしまう。
148Know Mercy 1:Resister's Telling (13/14)  ◆l8jfhXC/BA :2006/12/22(金) 23:32:23 ID:5auzV9r0
「にしても、古泉の方はこれだけ引っかかってるってのに、あんたの方は誰も知らないなんて運がないな」
「わたしはさっき言ったクルツって男以外とはまともに会話もしてないし、仲間もいないわ。
ずっと城に潜伏して、これとは別の怪我を治していたもの」
「……城?」
 と、終のパイフウへの問いに、なぜかベルガーが割り込んだ。
「ええ。でもさっき名前が出たあなた達の知り合いには会っていないわ」
「そうか。……しかし、城か」
「何かあるの?」
「いや……」
 彼は引き下がるも、何かが引っかかっているような表情をしていた。
 気にはなったが、ひとまず臨也の話を優先させる。
「話を元に戻すわ。もう一方の少女の特徴は?」
『匂宮出夢っていうややこしい名前の、長い黒髪に革ジャケットを羽織った、その有希ちゃんと同年代の女の子。……知ってる?』
 問いかけに一瞬会話が止まるが、返ってくるのは沈黙だけだった。
『誰も知らない、か。やたら騒々しくて目立つ子だったんだけどね。
……俺が知ってるのはこれで全部。
その二人は、捜し人のことだけ聞くとすぐに行っちゃったからね』
「場所はどこですか?」
『D−1の公民館だよ。時間は昼頃』
 簡潔な答えだったが、問うた古泉の表情が一瞬固まった。
「どうかして?」
「……いえ、ちょうど僕も夕方に訪れた場所だったんですよ。
入れ違いになってしまったようですね。手掛かりもありませんでしたし」
『それは運が悪かったね。
そういや、俺、確かあそこにナイフを置き忘れたんだけど、君が拾ってくれた?』
「……ええ。今はダナティアさん達に預けてありますが。返した方がいいですか?」
『いや、いいよ。ちゃんと状況を見誤らずに分別を持って使える人ならね』
「ええ、それはもちろん」
 話を聞く限りでは、彼は問題ないだろう。
 どちらかというと気になるのは、
「あなたが“置き忘れる”なんて、珍しいこともあるものね?」
149Know Mercy 1:Resister's Telling (14/14)  ◆l8jfhXC/BA :2006/12/22(金) 23:32:55 ID:5auzV9r0
『それは過大評価ってもんだよ。
まぁ、正確には“逃げるのに夢中になって”置き忘れたって言った方がいいかな。
その子達が来た後に色々あってね。危なそうだったから離脱したのさ』
 確かに彼ならば、厄介ごと対しては立ち向かうよりも、こっそり抜け出しそうではあった。
 なんにしろ、これは後で詳しく聞く必要があるだろう。
「あなたにはまだ色々と聞く必要がありそうね。後で時間を取らせてもらうわよ」
『容赦ないねぇ。まぁ、覚悟しておくよ』
 覚悟と言った割には余裕がある声に呆れつつ、ダナティアは通信を切断した。
「長門、か。確かに我が着ぐるみごしに奴と再会したときに、そんな名前を叫んでいた覚えがあるな」
 軽く息をついていると、胸元のコキュートスから声が響いた。
「悠二と長門はここで知り合い、しかし何かがあって別れざるを得なかった。
あなたやドクター達が匂宮出夢の名前を聞かなかったのは、はぐれた後に長門だけが出会ったからかしら」
「危険な人間だと思ったから、ってのもあるぜ」
「ええ、その可能性も忘れてはいけないわ。
それにしても、何かと悠二が話題にあがるわね。一度彼の行動をまとめた方がいいんじゃないかしら。
……そういえばベルガー、あなたセルティ達とシャナを捕まえたとき、彼の日記を……ベルガー?」
 呼びかけても応答はなく、彼は黙り込んだままだった。
 なぜかその表情には、彼にしては珍しい、はっきりとした驚きの色があった。
「……ああ。さっきの臨也との会話で少し気になったことがあってな。ちょっといいか?」
 硬い表情のまま、ベルガーはダナティアを部屋の隅へと呼び寄せる。
「何か信用できない情報があったかしら?」
 小声で話しかけても、彼は答えない。
 ただ置いてあったデイパックから紙と鉛筆を取り出し、壁を下敷きに何かを書き付ける。
「──っ!」
 提示されたのは、短い一文だった。

“パイフウはゲームに乗っている。主催者に人質に取られたところを悠二が聞いていた”


150Know Mercy 2:Savior's Whispering (1/20)  ◆l8jfhXC/BA :2006/12/22(金) 23:33:28 ID:5auzV9r0
『三時頃。城の中を歩いていると、突然争うような声と銃声が、廊下の奥から聞こえてきた。
声は男女二人分。途切れ途切れだったけど、何を話しているのかはだいたい分かった。
どうやらパイフウという女の人が、ほのちゃんという人を主催者に人質に取られてしまったらしい。
そして返して欲しければ殺し合いを盛り上げろ、と──』

『ずっと引っかかっていた名前だったんだが、今思い出した。
三人ともあのレポートは流し読み程度しか読んでいない。セルティは単に気づかなかっただけだろう』
 硬い表情のまま、ベルガーは鉛筆を走らせる。
『この後その主催者と鉢合わせして“警告”をされ、さらに何者かに襲撃されたという記述もあった。彼女である可能性は高い』
『古泉の方は? 長門関連の描写に何か書いてなかった?』
 新たに鉛筆を取り出し文を加えると、彼は少し考え込んで、
『長門の仲間についての描写自体がなかった、と思う。
古泉も城にいたと言っていたが、このことを知っている“共犯”なのか、大怪我ゆえの“囮”なのかは不明だ』
「……そう。わかったわ」
 口に出して返答すると、ダナティアは鉛筆を置いた。そして、目を閉じた。
 透視で周辺と待機側に危険が無いことを確認すると、そのまま思考に沈む。
 人質を取られて殺人を強制される人間に出会うのは、二度目だ。
 その時はダナティアの仲間であった、その者を想う少女を死なせてしまった。
 そして今回は、同じく自分のミスによって死なせてしまった少女の仲間がそばにいる。
(たとえこれが仕組まれた偶然だろうと、やることは変わらないわ。今度こそ──)
 決意を固め、ゆっくりと目を開けた。ベルガーの眼が、こちらをじっと見据えている。
 サングラス越しのその青は、失った友のものと似ていた。
『救うわ。もちろん二人とも』
 それをまっすぐに見つめ、意志を込めて文字を刻んだ。
『主催者側に完全に取り入った可能性も考えておけよ。
あんな派手な放送だ、“粛清”として送り込んできたのかもしれない』
『上等よ。初っぱなから大物がかかってくれて嬉しいわ』
『初っぱなだからこそもっと慎重に』
「あたくしを誰だと思って?」
151Know Mercy 2:Savior's Whispering (2/20)  ◆l8jfhXC/BA :2006/12/22(金) 23:34:08 ID:5auzV9r0
 鉛筆を動かすベルガーの腕を掴み、声量を抑えることなく宣言した。
 集まる視線を気にも留めず、歩き出す。
 パイフウのそばまで辿り着くと、適当な椅子に座り、紙と二本の鉛筆を彼女の前に置く。
 内一本を手に取ると、二つの問いを同時に投げかけた。
「もう一度あなたの開始当初の行動について聞きたいのだけど、いいかしら?」
『“ほのちゃん”はまだ無事?』
 無表情に一変して動揺が走るのは、ある意味壮観だった。


                            ○


「本当に、大丈夫なんですか? どこか痛むところはありませんか?」
「ありません。……この身体は、洗っていただいたのですか?」
「はい。泥だらけだったのでお風呂に」
 不安を滲ませた声で問うと、素っ気ない返答が戻ってきた。
 目覚めた直後の錯乱が嘘のような茉衣子の態度に、志摩子は戸惑いを覚えていた。
「わたくしの服はどこですか?」
「そこに置いてありますが、まだ生乾きなので……」
「かまいません。自分の服を着ます。
お気遣いは感謝しますが、こちらの方が落ち着きますので」
 淡々と告げて、茉衣子は湿った私服へと手を伸ばす。
 ここで調達していた簡素な服を脱ぐと、黒一色のゴシックロリータ一式に、慣れた手つきで着替える。
「──喪服」
「え?」
「いえ、ただの独り言です」
 彼女はそれだけ言うと、口を閉ざした。
 着替え終わり、最後に黒のヘッドドレスを長い黒髪に付けると、動きも止める。
(……この人も、大切な方を失っているんですよね)
 視線を虚空に漂わせる茉衣子に、志摩子はただ哀れみを覚える。
 元々ここを訪れたのも、遺体を埋葬するためだったという。
 闇の中、動かなくなった仲間を背負って彷徨う孤独を志摩子は知らない。
152Know Mercy 2:Savior's Whispering (3/20)  ◆l8jfhXC/BA :2006/12/22(金) 23:34:59 ID:5auzV9r0
 しかし、それがどんなに辛いことなのかは容易に想像できた。
「……あの」
「何でしょう?」
 思い切って話しかけると、茉衣子はふたたび視線をこちらに向ける。
 感情のない瞳に一瞬躊躇いを覚えたが、すぐに振り切って続けた。
「今までのことを、話してくれませんか? もちろん辛いのならば、かまいません。
でも、外に出した方が楽になることも多いでしょうから」
 彼女の苦しみを理解したいと、志摩子は心から思っていた。
 志摩子自身もこの島では辛い思いをしてきたが、他者と比べれば相当ましな部類だとわかっていた。
 大半の時間を、誰かに庇護されて過ごしていた。
 知人を殺されることはあったが、自身が被害を受けたのは、開始当初に海に突き落とされたことくらいだ。それも、すぐに助けられた。
 ゆえに、他者に降りかかった不幸を嘆く“余裕”があった。
 それを自覚しているからこそ、少しでも多くの人々の苦しみを共有したかった。
 問われた茉衣子は、しばらくぼんやりとこちらを見つめていた。
 吸い込まれそうなほど深い黒瞳に、志摩子の顔が映っている。
「……最初に、嫌になりました」
 ようやくぽつりと告げられた言葉は、ひどく弱々しく聞こえた。
「いきなり殺し合いをしろと言われ、逆らった方々が惨殺されて。
気がつけばどこかわからない建物の中にいて……自暴自棄になりかけましたわ」
「……私もそうでした。ただ怖くて、不安だけが募りました」
 海岸で人影を見つけるまでの孤独の時間は、本当に怖かった。
「でも、支給されたラジオ──兵長が話しかけてきて、少し気を持ち直せました。
彼は主催者への怒りをわめいたかと思えば、何かとわたくしを気遣い……わたくしよりもよく喋っていました。
良くも悪くも落ち着きのない方でしたけど、彼のおかげでわたくしは平静になれましたわ。
それでも外に出る気にはなれなくて、ずっとその場にいたのですが……しばらくすると、班長──唯一の知人がそこを訪れました」
 “班長”と言ったとき、茉衣子の瞳がわずかに揺らいだ。
153Know Mercy 2:Savior's Whispering (4/20)  ◆l8jfhXC/BA :2006/12/22(金) 23:35:42 ID:5auzV9r0
「本当にすんなりと、わたくしを見つけてくれましたわ。
いつもと何も変わりなく、殺し合いゲームのまっただ中だと言うことを忘れているんじゃないかと思うくらい、何も。
本当に最後まで、いつも通りの班長でした」
「……とても、強い方なんですね」
「ええ。だから、死んでしまった」


                            ○


「……さっきも言ったけど、城にいたわ」
 沈黙を挟んだ後、パイフウは嘆息混じりに返答した。鉛筆には手も触れない。
「一番最初に飛ばされた場所がそこだったの? 近くに他の参加者は?」
『無事と判断して話を続けるわよ。“ほのちゃん”は今ここにいるの?』
「最初に着いたのは城の東の雑木林。気がついたらさっき言ったクルツって男が目の前にいたわ」
 やはり筆談に対する答えはない。
 しかしかまわず、ダナティアは会話を続ける。今はまだ一方的でかまわない。
 鉛筆を走らせながら、ベルガーに視線を送った。
 彼は頷き、書かれた内容に疑問符を浮かべる終達に、先程の筆談の紙を見せる。
 古泉に対しては逡巡したようだったが、かまわず目で促した。
「……ふむ」
「ちょっ……おいダナティア、なんだっ」
「情報交換中は静かにな」
 声を荒げる終の口を、予想通りベルガーが手で塞ぐ。
 メフィストの方は紙をちらりと見ただけで、そのまま治療を続けている。既に右脚は終了し、左腕に移っていた。
『せめて治療は止めるべきだろ!?』
『途中で患者を放置するなど、医者の風上にもおけぬ行為だと思わんかね?』
 殴り書きされた抗議もあっさりと無視された。
 確かにこの時点で万全の状態に戻されるのは困るが、いきなり中断しても管理者に怪しまれるだけだ。
「…………」
 問題の古泉は、息を呑み、素直な驚愕の表情を見せていた。
 そのまま沈黙し、何かを考え込み始める。
154Know Mercy 2:Savior's Whispering (5/20)  ◆l8jfhXC/BA :2006/12/22(金) 23:36:43 ID:5auzV9r0
(白ね)
 今までの情報から、これほどの演技が出来る人間ではないと判断する。
 ふたたび視線をパイフウに戻し、今度は口だけを動かす。
「クルツは、誰か知人を捜していた?」
「ええ。でも名前はあまり覚えて──」
 言いかけたパイフウを手で制し、名簿を机に広げて指で示す。
 一瞬眉をひそめた後、彼女は仕方なく羅列された名前を目で送る。
 やがて鉛筆を取ると、三つの名に疑問符を書いた。
 ──千鳥かなめ、相良宗介、テレサ・テスタロッサ。
 嫌と言うほど見覚えがあるその名前をひとまず無視し、わざわざ彼女の手から鉛筆を取り上げて、
「何を──」
 彼女が名前を探す間に見つけた、本題の名前に丸を付ける。──火乃香。
 やはりあからさまな反応を見せる彼女に、あえて微笑を送ると鉛筆を彼女の手元に戻した。
「あまりこの言葉は使いたくないんだけど、偶然ね。
その三人は全員顔を合わせたことがあるわ。特にテレサ──テッサは長い間あたくし達と組んでいたわ」
『あたくしに心当たりはない名前ね。ただ知っているかもしれない人間が二人いるから、後で連絡を取ってみるわね。
自力では、何か手掛かりがあって?』
「そう。でもすぐに別れたし……わたしには関係のない名前だわ」
 最後の言葉だけ、一方的な筆談の紙を見て告げられた。
 初めて得られた反応に、ダナティアは目を細める。
 そしてやや長い文章を綴ると、パイフウの前に突きつけた。
「クルツ・ウェーバーは一回目の放送で呼ばれていたわね。彼の死に、あなたは立ち会っていたのかしら?」
『関係ない? 身勝手にも程があってよ。
あなたが殺した命はあなただけじゃなく、その“ほのちゃん”にものしかかるわ。
あなたが自己犠牲に陶酔している間にも、彼女は“自分が生き残るために”殺された業を感じなければならない。
彼女が犠牲者の知人に“お前のせいで友が死んだ”と弾劾されたら、あなたはどうするつもり?』
 あえて強い口調で書いた文章は、昼に宗介に言ったこととほぼ同じ内容だった。
 もちろん、結果まで同じにする気は毛頭無い。
 周囲に視線を送ると、紙を覗き込んでいた終とベルガーが身構えるのが見えた。
 激昂した彼女が攻撃してきても、十分に対抗できる。
155Know Mercy 2:Savior's Whispering (6/20)  ◆l8jfhXC/BA :2006/12/22(金) 23:37:14 ID:5auzV9r0
「……?」
 しかし返ってきた彼女の反応を見て、ダナティアは訝しむ。
 彼女の表情にあったのは、動揺でも怒りでも自責の念でもなく、
「ええ。確かに彼が殺されたとき、その場にいたわ」
『ちょっと遅かったわね』
 微笑して、彼女は初めて文字を綴った。
 意外に可愛い片えくぼが出来た、しかしどこか歪んだ自嘲の笑み。
 その表情と文の意味がわからず手を止めていると、彼女は鉛筆を置き、なぜか筆談の紙を手に取って、
「わたしが殺したから」
 言うが早いが、彼女は紙を破り捨てた。


                            ○


 ひどくあっさりと、茉衣子は身内の死を告げた。
 悲しみも憎しみも表さず、無表情のまま志摩子を眺めている。
 かける言葉が思いつかずにいると、茉衣子はふたたび口を開き、
「そう、班長は死にました。あの男が殺したから。
首を斬られて死にました。あの女は姿さえ見せなかったのに」
「あ、え──」
「袈裟懸けに斬られ頭頂から両断され死にました。あの子は生きているのに
両腕を落とされ脳髄を掻き回されて死にましたあの子は笑っているのに。
そう班長だけが死にました両脚を断たれ心臓を斬り破りあの子は」
 数学の公式を並べ立てているような声だった。
 呪詛と呼ぶには熱が無さ過ぎる、感情の伴わない言葉の羅列が延々と続く。
 恐怖より先に混乱が思考を満たした。
 そもそもあの女とは誰か。あの男は何故殺したのか。あの子が生きていると何がだめなのか。
 具体的に何が起きたのか、まったくわからない。
 ただとにかく何か返さねばと、疑問を一つ、おずおずと切り出した。
156Know Mercy 2:Savior's Whispering (7/20)  ◆l8jfhXC/BA :2006/12/22(金) 23:37:49 ID:5auzV9r0
「あの、あの子、というのは」
「殺しました」
「え?」
 まったく的を射ない答えに、思考が追いつかない。
 ただ“あの子”のことを聞こうとしただけなのに、なぜ殺したになるのか。そもそもころしたとはどういういみか。
「彼女はわたくしが殺しました」
 加えられた言葉も、やはりひどく短かった。
 彼女はそれだけ言うと口を閉ざし、ただ無を宿した眼でこちらをじっと見つめる。
 何の意志も感情も存在しないそれは、すべてを飲み込んでしまいそうな虚無に満ちていた。
(……殺した? 茉衣子さんが、その子を?)
 やっと理解すると、背筋を悪寒が這いずった。
 恐怖と疑問と何かとが順繰りに頭の中を回り、思考が追いつかなくなる。
「なんで、そんな」
「だから班長が死んだからです。それなのにあの子が生きているのはおかしいでしょう?」
 平然と茉衣子は即答した。理解できない方が異常だと言わんばかりに。
 彼女が何を考えているのか、まったくわからなかった。
 目の前にいるのは同年代の少女のはずなのに、得体の知れない化け物に見えた。


                            ○


「!? おい──!」
 唐突な殺人告白に動いた終の身体を、ふたたびベルガーが取り押さえた。
 その彼も緊張の色を張り付かせて、パイフウを睨み付けている。
 しかし当人は、散り散りになった紙片を邪魔そうに払いのけただけだ。
 その所作は極めて平静で、ここに来た直後よりも落ち着き払っているほどだった。
「確かにわたしは、管理者に脅迫されて殺人をやっているわ」
 淡々とした、どうでもよさそうな声も変わらない。
157Know Mercy 2:Savior's Whispering (8/20)  ◆l8jfhXC/BA :2006/12/22(金) 23:38:50 ID:5auzV9r0
「あなたに指摘されたことは、ついさっき自覚したの。
だからもう、迷っていないわ」
「じゃああんた、わかってて背負わせるのかよ!」
 開き直るパイフウに、終には怒りしか湧いてこない。
「背負わせることなんてさせないわ。ほのちゃんには、そのままで生きていて欲しいもの。
何も知らずに、笑っていてくれればいいの」
「……知られる前に終わらせる、ということかね?」
 一見矛盾する論理に、メフィストが推論を加えた。
 彼は未だに治療の手を止めず、その指は彼女の右腕に溶けている。
「どういう意味だよ?」
「……おそらく、自分のために殺しをしていることを本人に知られる前に、管理者を満足させればいいってことだろうな。
世界で二番目に現実的な考え方だな。後ろから数えてになるが」
「んな無茶な!」
 こんな島の中でも、情報は伝わるときは伝わる。先程の古泉に関する繋がりがまさにそうだった。
 それが危険人物の情報ならばなおさらだ。名前はともかく、彼女の目立つ容貌はすぐに覚えられてしまう。
「そんな姑息な手段で、本当にその娘を救えると思っているのか?
奴らが約束を守る証拠なぞどこにある?」
「少なくとも、わたしが奴らを満足させている間は無事よ。
ここまでわたしがバラして、あいつらが何もしないってことが最大の証拠」
 アラストールの重い言葉にも、パイフウはあくまで淡々と返す。
 確かに自分達の手先がばれたというのに、彼女の刻印は発動しない。
 これも“ゲームに参加するプレイヤー間でのやりとりに反則はない”からなのか。
「それにわたしは……わたしの住んでいる町も脅迫手段にされているもの」
「細菌兵器でもばらまかれたのかね?」
「そうよ」
 こともなげに、彼女は絶望的な状況を告げた。
「……だからって、なんで屈するんだよ!
あいつらの思い通りに動いたって、使い潰されるだけだろう!?」
 弱みにつけ込んでの誘惑に救いなどない。
 それをカーラによって痛感していた終は、パイフウを絶対に認めたくなかった。
 動揺していたとはいえ、あの時サークレットに手を出したことは、今でも強く後悔している。
158Know Mercy 2:Savior's Whispering (9/20)  ◆l8jfhXC/BA :2006/12/22(金) 23:39:27 ID:5auzV9r0
「そうなる前に殺し尽くせばいいわ」
「だから、そんな無謀な──」
「あなた達がそれを言うの? あんな放送をしたあなた達が」
 あくまで淡々とした糾弾に、反論が思いつかず黙り込む。
 彼女もそれ以上何も言わぬまま、しばし沈黙が続いた。
「……あの子はここでも、きっと自分の進む道をちゃんと見つけられている。
だからわたしは、それを邪魔したくない」
 ふたたび口を開いたとき、彼女の表情にわずかに陰が差した気がした。
 しかしすぐに無に戻すと、あれから沈黙を続けているダナティアの方へと視線を向け、
「わたしはあの子を悲しませたくない。あの子を汚したくない。あの子を死なせたくない。
そしてわたしの街を──わたしの日常を取り戻したい」
 一息ついて、続ける。
「わたしを動かすのは、その決意だけよ」
 ダナティアが放送で告げた言葉を、彼女はそのまま返した。
 たとえそれが頭に悲壮と付くものであっても、彼女の意志はダナティアと同じく強かった。
「つまりあなたは、元の生活を取り戻すために、その火乃香さん以外の全員を殺すつもりなんですね?」
 と、ずっと黙っていた、彼女の同行者である古泉が口を挟んだ。
 その声に非難の色はない。ただ単に、真意を確認するような口調だった。
 その反応にパイフウはわずかに怪訝の色を見せた後、短く返す。
「ええ」
「……やれやれ、ここで少しは平穏にすごせると思ったんですが、うまく行かないものですね」
 肩をすくめると、彼はそれ以上何も言わずにダナティアへと視線を向けた。自然と全員がそちらを向く。
 未だに沈黙を保っている彼女は、唇を引き結び、何かを考え込んでいるようだった。
 そして。
159Know Mercy 2:Savior's Whispering (10/20)  ◆l8jfhXC/BA :2006/12/22(金) 23:40:04 ID:5auzV9r0
「あなたの言い分はよくわかったわ」
 それだけ言うと、彼女はふたたび口を閉じ、なぜか腕を足下のデイパックへと動かした。
 取り出されたのは、新たな白紙だった。
 先程と同じように、ダナティアはそれをパイフウの手元に置く。
 これ以上管理者に隠すべきことなどないというのに、彼女は鉛筆を動かしていく。
「このままあなたが主催者側につくというのなら」
 そして何かを書き終えると、それを先程と同じようにパイフウへと提示した。
「あたくしはあなたを殺すわ」
『あたくしはあなたを救うわ』
 同時に告げた言葉と正反対のことが、そこには書かれていた。


                            ○


 身体中が凍える。心臓の音がうるさかった。
 首筋を撫でるのは脂汗か。何度呼吸をしても息苦しさを覚えるのは何故か。
 恐怖が限界を超え、喉が助けを呼ぼうとする。
 それを何かが押しとどめ、何かを茉衣子に伝えようとする。
 と。
「──これでわたくしの話は終わりです。つまらないものだったでしょう?」
 何事もなかったかのように、淡々と茉衣子が告げた。
 話がまだ平穏だった頃の雰囲気に唐突に戻り、志摩子は混乱する。
「あの……」
「同情など求めていません」
 とにかく何かを言おうとしたが、すぐに彼女は遮った。
「ただあなたが話せと言ったから話しただけです。反応は必要ありません。
わたくしに危害を加えるならば対処しますが、それ以外はどうでもいいです。
わたくしはただ、班長の遺志を長く継いでいたいだけですから」
 そこまで言うと彼女は一息ついて、僅かに眼を伏せ、
「どうせ、今のわたくしの感情は、誰にも理解できないでしょうし」
「…………」
160Know Mercy 2:Savior's Whispering (11/20)  ◆l8jfhXC/BA :2006/12/22(金) 23:40:50 ID:5auzV9r0
 その呟きも、やはり他と同じ無感情な声だった。瞳にも未だに虚無がある。
 彼女は壊れていた。
 一見理性的に見えるが、その理性が狂気を肯定してしまっている。
 捻れた思考を異質だと自覚しながらも、それが異常すぎることには気づいていない。
 それはもう、修復不可能な域にまで達しているのかもしれない。
(……それなのになぜ、悲しそうだと思えるんでしょうか)
 ふと気づいた自分の思考に、志摩子は疑問を持つ。
 今まで恐怖の隅に追いやられていた感情が、今になって自覚できた。
 彼女のために何かがしたかった。
 しかし共感は出来ない。同情は彼女が望んでいない。
 他に、力のない自分に出来ることは何か。
「……私は、今の私には、あなたの気持ちが理解できません。
班長という方や“あの子”が何故そうなったのかまったくわかりませんでしたし、とても怖いと思いました」
 意を決して、志摩子は口を開く。
 未だに考えはまとまっていない。
 ただ彼女を虚ろなままにさせてはいけないと、漠然と思っただけだ。
「でも私は、あなたを拒絶したくありません。あなたのことを理解して、受け入れたいんです」
 失うことはとても痛い。戻れないことはとても悲しい。
 そう思うのは、誰でも同じだ。
 その感情から行ってしまった凶行を許すことは出来なくても、その感情自体を否定することは誰もしてはいけないと思った。
「先程あなたは、わからないと言ったばかりではありませんか」
「はい。今は、わかりません。
でも、理解しようと思い続けたいんです。差し伸べようとした手を、引っ込めたくはないんです」
 志摩子は考え続けている。
 由乃の遺言のことを。聖を討つことを。心の証明のことを。そして、茉衣子のことを。
 未だそのすべてに結論を出せていない。それでも、答えを探り続けること自体に躊躇いはなかった。
161Know Mercy 2:Savior's Whispering (12/20)  ◆l8jfhXC/BA :2006/12/22(金) 23:41:32 ID:5auzV9r0
「私は戦えません。守る力も奪う力もありません。
私は恨めません。そう言った強い感情を持つことが出来ません。
それでも、失いたくないと思っています。私の見えるところにあるすべてを」
「それは……ただの欲張りではありませんか?」
「……同じことを、義妹にも言われました。以前は、だから欲しがらないようにしてきました。
でも、だめでした。
気がついたら、周りに大切なものがたくさんあって、孤独に耐えることが出来ませんでした。
誰も悲しませたくないと、誰にも消えて欲しくないと、思ったんです」
 最後の言葉を言ったとき、茉衣子の目がわずかに揺らいだ。
「その気持ちは、ここでも変わりません。
……ここに連れて来られた私の友人のうち半分が、既に亡くなってしまいました。
誰が殺したのか、どうして殺してしまったのかはわかりません。
でも私は、その人ともわかり合いたいと思っています。
その人に後悔があるのなら許しを。どうしようもない理由があるのなら理解を。
たとえどちらもなかったとしても、否定したくはありません」
 その感情は、一度は迷い、保胤に問おうとしていたことだった。
 ──恨むという強い感情を抱く前に悲しみを覚えてしまう自分は、殺された友人達に対する愛が足りないのか。
 ──そして、そんな自分に許すだの受け入れるだのと言える資格はあるのか。
 そう聞きたかったのだが、話が終わる前に茉衣子が起きてしまった。
 部屋から出て行く彼は、ひどく暗い顔をしていた。もしかしたら質問を見越されて、失望されたのかもしれない。
 それでも今はもう、その思いに迷いはなかった。
「私はこれ以上、悲しみを繋げたくはありません。
もう、誰かが目の前から消えるのは嫌なんです」
 そう言って、茉衣子の方へと手を伸ばす。彼女はこちらを見つめたまま、動かない。
 その手に触れた瞬間、彼女の肩が震えて強張った。しかしかまわず、ゆっくりと包み込む。
 冷たい手だった。だから少しでもこちらの体温が伝わるよう握りしめた。
「私は、あなたを救いたいんです」
 その瞬間、確かにその眼に何かの感情が映った気がした。
162Know Mercy 2:Savior's Whispering (13/20)  ◆l8jfhXC/BA :2006/12/22(金) 23:42:23 ID:5auzV9r0


                            ○


 絶句したパイフウを真っ直ぐに見据え、ダナティアは口と鉛筆を同時に動かしていく。
「街ごと人質になっているですって? そんなの誰でも同じよ。
複数の異世界の人間を、まるごと別の場所に移せる技術があるんだもの。
ここにはいない仲間や故郷をどうこう出来ることは、最初から言外に提示されていてよ」
『だからその技術を利用出来れば、あなたの街を救うことが出来るわ。
能力制限さえどうにかなれば、メフィスト医師が治療出来る』
 横目でパイフウの向かいを見ると、治療を終えた彼と目が合った。
 何も言わずに首肯する彼に微笑むと、ふたたび彼女に視線を戻し、
「そもそもそのご大層な決意の一番前に、あたくし達が立ち塞がっていることはわかっていて?
不確かな約束に縋るだけで、隙を見て取り返す気力すらない人間に、あたくし達は倒せなくてよ」
『不確かな約束しかできないのはあたくし達も同じ。
でも、悪意からと善意からの違いは大きいと思わない?』
 紡ぐ言葉は、どちらも本音だ。カモフラージュではない。
「確かにあたくし達の行いも無謀と言えるのでしょうね。
でも苦痛しか生まない無謀よりも、苦痛を消そうと抗う無謀の方が価値があってよ!」
『それにあたくし達は、あなたの苦痛を肩代わりできる。“ほのちゃん”のことも含めてね』
 他人の犠牲を許さず己の犠牲を厭わない意志だけは、何があろうと曲げるつもりはない。
「あたくしの前に立ちはだかるというのなら、容赦なく撃ち破ってあげてよ」
『あたくしの前で声もあげずに泣いているのなら、遠慮なく手を差し伸べるわ』
 その声だけは、パイフウではなく右手に浮かぶ刻印に向けて放った。
 手の届くすべてを見捨てはしない。それが自分の進む道だ。
 そこに塞がるのがたとえ管理者だろうと主催者だろうと、やることは変わらない。
 勢いよく机に手を叩きつけ、告げる。

「あたくしは道を遮る者達を、一人残らず叩きのめして突き進む!」
『あたくしは救いを欲す者達を、一人残らず助け出して突き進む!』
163Know Mercy 2:Savior's Whispering (14/20)  ◆l8jfhXC/BA :2006/12/22(金) 23:43:01 ID:5auzV9r0


                            ○


 緊張も痛みも伴わない、ただ静かなだけの沈黙が部屋に満ちた。
 何も言わない茉衣子を優しく見つめたまま、志摩子はゆっくりと切り出す。
「それでは、今度は私の話をしましょう」
「…………」
「悲しいことが多いですが、その中にあったわずかな希望を、あなたにも話したいんです」
 たくさんの人と出会い、別れたまま二度と会えなくなった人間も多かった。
 それでも、かけがえのない人を救えたこともあった。確かにこの手に残ったものはある。
「私も、一番始めに出会った人に助けられました。
その人は中世の騎士に当たる方で、その騎士としての苦悩を、ここに来る以前からずっと抱えていました」
「騎士……?」
「ええ。茉衣子さんは、最初の会場で中世のおとぎ話に出てくるような恰好をした方々を覚えていますか?
その方は、本当にそんな世界から来たそうです」
 無感情だった茉衣子の表情に、わずかな興味の色が見えた。
 話に乗ってくれたことに安堵を覚えながら、回想を続ける。
「その後、とある女性に出会いました。
……彼女はその苦悩につけ込んで、彼を支配してしまいました」
「支配?」
「催眠術のようなものだと思います。
後で話しますが、その女性は、それとは別に肉体ごと変化させる力も持っているんです」
「…………」
 眉をひそめた茉衣子に対し、慌ててフォローを加える。
「でも、その彼女も苦しそう……寂しそうだったんです。
たとえ傷の舐め合いだとしても、それが救いになるのならかまわないと思い、私は彼女を止めませんでした」
(でも、結局あの人は苦しんでいて……今は、どうしているのでしょうか)
 数時間前に再会した男は、支配と苦悩の呪縛が解けても彼女に同行することを選んだ。
 彼ともう一度話をしたかった。出来れば、その隣にいるであろう彼女とも。
 そのことも話そうと口を開き、
164Know Mercy 2:Savior's Whispering (15/20)  ◆l8jfhXC/BA :2006/12/22(金) 23:43:33 ID:5auzV9r0
「その騎士の特徴を教えてください」
 茉衣子の声が遮った。
 有無を言わせない、鋭い視線が志摩子を貫いている。
 態度の変化に戸惑いながらも、言われるままに特徴を並べていく。
「三十代半ばくらいの、色白で長い黒髪の男性です。黒い甲冑を着ていて、名前をアシュラムさんと言い」

 ぱし、

 と、乾いた音が言葉を遮った。
 思わずえ、と声が漏れた。
 続いて、右手にじんわりとした痛みを感じた。
 握っていた手をはたかれたと気づくまでに、随分と時間が掛かった。
「あなたも……?」
 呟く茉衣子の表情が一変していた。
 目覚めたときと同じ、怒りと怯えに満ちた目でこちらを見つめ、
「あなたも、そうなんですの?」
「え……?」
「あなたも仲間で、操られていて? 確かにあの男も、自覚したまま認めていた……」
「…………」
「でもなぜ……まさか、エンブリオを? あの男が……いえ、あの女が能力に気づいて欲しがった?」
 わけのわからない呟きに、疑問符だけが浮かびあがる。
 それでも彼女を理解しようと、志摩子は必死に頭を回す。
 彼女はアシュラムの詳細を聞いた瞬間に、こちらの手を振り払った。
 そういえば、最初に“騎士”という言葉を聞いたときにも彼女は反応していた。
 彼女とアシュラムは知り合いだったのか。それも、印象が最悪の。
165Know Mercy 2:Savior's Whispering (16/20)  ◆l8jfhXC/BA :2006/12/22(金) 23:44:10 ID:5auzV9r0
「ここは教会の北……そう、教会には誰もいなかった、禁止エリアを考慮してこちらに移動した?
じゃあ、わたくしはあの女の庭に、班長を埋めたんですか……?」

『──宮野という少年だった。奴は美姫と交渉を行い、俺は美姫に従い戦い、その男を切り捨てた』

「あ……」

『その男の……親友かそれ以上である少女と、仲間達は退いた。おそらくは心に傷を残しただろう』

「……そんな?」
 やっと気づいた。
 脳裏に浮かんだ最悪の可能性に、思わず声が漏れる。
 うつむいて何かを呟き続ける茉衣子に、頭が真っ白になった。
 それでもとにかく、もう一度手を伸ばそうとして、
「来ないでっ!」
 拒絶の言葉と身体を突き飛ばす両腕が、志摩子の心を砕いた。




 壁に叩きつけられた少女が意識を失ったことを確認すると、茉衣子は大きく息をついた。
 油断していた。
 ダナティアの言葉に、ここでなら生き延びられるかもしれないと思ってしまった。
 エンブリオも、集団の中にあり奪回が難しい状況でも無事ならば、機会が出来るまで待てばいいと思っていた。
 ゆえに、最悪の可能性に気づけなかった。
 この集団は、あの女の“巣”だ。
(まだ、生きていますよね……)
 少女の胸が上下するのを見て、茉衣子は歯噛みする。
 彼女はあの女を知っていて、かつ肯定していた。
 操られていることを自覚しながらも、忠誠だけは認めたアシュラムのように。
 外見や簡単な話から掴める性格だけでは、支配の有無は区別出来ない。
 この集団にいる全員が、そうなっていると考えた方がいいだろう。
166Know Mercy 2:Savior's Whispering (17/20)  ◆l8jfhXC/BA :2006/12/22(金) 23:44:54 ID:5auzV9r0
(どうすれば……!)
 エンブリオを奪回し、この地域から脱出しなければならない。
 だが、先程部屋を出て行った男の発言が事実ならば、エンブリオがある場所には複数の“同類”が集まっていることになる。
 早く手を考えなければ少女が目を覚ましてしまう。
 彼女だけ殺しても意味がない。男が帰ってきてこの状況を見られれば終わりだ。
 手元にあるのは、役立たずな光球を出すだけの能力。目くらまし程度にしかならない。
(……でも、兵長には効いている気がしました。
それに、もし役立たずなことを伝えられていなければ、はったりが可能です)
 焦る思考を抑え、ゆっくりと深呼吸する。
 出来る限り冷静に。あくまで論理的に戦術を。宮野ならばどうするか。
「……あ」
 ふと、視線が部屋の隅にある何かを捉えた。
 銀色の美しい刃を持つ短剣を見たとき、茉衣子に一つの案が浮かんだ。


                            ○


「大丈夫じゃない? かまわないって言ってるならさ」
「ですが目覚めた直後の茉衣子さんは、錯乱と言ってもいいほどに動揺していました」
「目覚めた直後、でしょ? 今は落ち着いてるってあんたが自分で言ったじゃない」
「それはそうなんですが……」
『だいたい、こういうのはもっと本人の意見を尊重すべきだよな。まず第一にオレをよ』
「だからあんたは黙ってて」
 必死に説得を試みる保胤を、若干苛立たしげにリナが拒絶。たまにそれをエンブリオが擁護。
 そんなループする議論を端から眺め、セルティは胸中で嘆息した。
 臨也との会話を打ち切って立ち会った、舞台側との情報交換が始まる前だった。
 別室から戻ってきた保胤がエンブリオを返すようにと言い、それをリナが即座に拒否した。
 以後、ちょうど情報交換が終わった現在まで、口論が延々と続いていた。
 セルティの隣に座る臨也は最初こそ口を挟んでいたが、今は刻印のレポートの方に興味を向けていた。
 唯一千絵だけは積極的に場を収めようとしていたが、あまり効果はなく、少し前に顔を洗いに行くと言って席を外していた。
167Know Mercy 2:Savior's Whispering (18/20)  ◆l8jfhXC/BA :2006/12/22(金) 23:45:29 ID:5auzV9r0
(どうにかしたいのは山々なんだが……)
 “口”論に筆談は割り込みにくいという点もあったが、自分のことで精一杯なのが実情だった。
 臨也と話してから今までずっと考えていたが、自分が抱えるどの問題にも結論は出なかった。
 保胤の件も行動を思い返しては見たが、怪しい点など一つもなかった。
(すべてが静雄の勘違いであってほしいが……とにかく由乃のことは、保胤に直接聞く必要があるな)
『そういや、あんたはさっきからずっと黙ってるな?』
 と。
 思いを巡らせていると、机の上から声がかけられた。
『喋れない体質なんだ。なかなか話に割り込めなくて困っている』
『そりゃ難儀だな。……で、あんたはオレを殺したくねえか?』
 十字架をつまみ、文字を書いた紙と対面させるように持ち上げると、物騒な問いが発された。
『今のところその気はない。どちらかというと保胤派だ』
『何だよ、つまんねぇなぁ。リナの奴も茉衣子に返さないだけで、“今は”殺さないって言いやがるし』
 エンブリオについてはあちら側とも協議して、一時的にリナが預かることに決めていた。
 しかし、それにしても彼女は少し強情すぎる気がした。絶対に使いたい目的があり、それを譲りたくないように見える。
 確かに茉衣子の手元に戻ってしまえば、肝心なときに殺しづらくはなりそうだが。
 そこでふと、疑問が湧いた。
『そもそもなぜ茉衣子は、お前を殺させたがらないんだ?
お前の嫌がり方からすると、可哀想だから、ではないよな』
 文字を見て、エンブリオはしばし沈黙を挟んだ後、
『……形見みてえなもんだからかねぇ』
『そんな重要なものだったのか!?』
『あーいや、いつも身につけていた物、ってわけじゃねえぞ?オレの本来の持ち主は別にいる。
ただ一番最初にオレを見つけた奴が、茉衣子の身内だったってだけだ』
「……そなの?」
 と、エンブリオの解説に、不思議そうなリナの声が割り込んだ。
 議論の途中でこちらの会話に気づいたらしく、保胤も注意を向けていた。
168Know Mercy 2:Savior's Whispering (19/20)  ◆l8jfhXC/BA :2006/12/22(金) 23:46:06 ID:5auzV9r0
「あれ、詳しい話はまだ聞いてなかったんだ?」
「ずっと“カーラ”の方に集中してたからね。あんたもさっきの情報交換が初めてだったでしょ」
 レポートから目を離した臨也も話に乗ってくる。
 全員の注目を集めた十字架は、視線に促されるままに境遇を語る。
『お前らと一緒で、あいつもオレをなかなか殺してくれなくてな。
最初は弟子──茉衣子に使わせるって言ってたんだが、あいつ話を聞いた直後に誇りがどうのとかで拒絶しやがってな。
で、結局殺してくれそうな奴に取引材料として渡すことになったんだが……』
「そこで何か、あったんですね?」
 察した保胤の声に、場の空気が重くなる。
 エンブリオの語る茉衣子の身内は、既にこのマンション手前の緑地に埋められている。
『ああ。やっと殺してくれると思ったのによ。そいつがまた面倒な奴でな。
そもそも取引ってのは、そいつがとあるグループに人質とって脅迫を──』

 ぎぃ、

 と、何かが軋む音が声を遮った。
 音の方へと振り返ると、内開きの扉が押され、ゆっくりと開かれていくのが見えた。
 ほのかな室内の明かりが少しずつ廊下に差し込み、その先を照らす。
(……茉衣子?)
 そこには少女がいた。
 髪も身体もすべて黒に包まれ闇に溶けた、小柄な人影がそこにあった。
 うつむかせた白皙の容貌と、長袖から出た白い手だけが、闇から浮き出ている。
 右手には刃があった。わずかな光を反射させて銀色に輝く、美しい短剣。
 左手は廊下の奥に伸びていた。背後にある何かを掴んでいる。
 そのまま彼女は一歩、部屋へと足を踏み入れる。ブーツが床を叩く足音と、何かを引き摺る音が響く。
 続いて二歩、三歩。
「……っ!」
 誰かが息を呑む音が聞こえた。
 茉衣子の背後には志摩子がいた。制服の襟を掴まれ、ぐったりとしている。
 四肢に力はなく、その身体は床に倒れ込んでいた。
169Know Mercy 2:Savior's Whispering (20/20)  ◆l8jfhXC/BA :2006/12/22(金) 23:47:05 ID:5auzV9r0
「ちょっとあんた、志摩子に何を……!」
 リナの鋭い声にもかまわず、さらに一歩彼女は進む。
 その瞬間漏れた志摩子の呻き声に、保胤が安堵の気配をみせた。
 そして、もう一歩。
「…………」
 そこで茉衣子は止まり、志摩子を盾にするように回り込むと、立ち膝をついた。
 そしてゆっくりと顔を上げると、初めてこちらに視線を送る。
 その目には、暗闇があった。
 廊下に広がる闇と同じ、虚ろな黒の色が部屋の奥に向けられている。
 一瞬その視線が何かに合わせられ、瞬いた。
 その直後。
 何の躊躇いもなく、銀の刃が志摩子の脚に振り下ろされた。





170No Mercy 1:Dead's Calling (1/20)  ◆l8jfhXC/BA :2006/12/22(金) 23:48:48 ID:5auzV9r0
 蛇口から流れて指を滑る水は、やけに冷たく感じられた。
 すくい上げて口に含むと、胃液の味と粘りけが少しは薄らぐ。
 何回か口をすすいだ後に蛇口を閉めると、千絵は大きく息をついた。
「……何をやっているのかしら、私」
 落ち着いて考えられるようになったとは言っても、気を抜けばすぐにこれだ。
 リナと保胤の会話中に頻出する“殺す”という単語に耐えきれなくなったのは、口論が始まって間もなくだった。
(全力で逃げろ、か……今の私には、難しすぎるみたい)
 数時間前に欺こうとした人間から、そんなことを言われるとは思ってもみなかった。
 絶対に足を止めてはいけないことはわかっていた。
 しかし理解したところでどうこうできるほど、人殺しの罪は軽くない。
 少しでも償おうと手伝っている刻印研究も、知識がない自分が役に立っているのかは疑問だった。
「……だめ」
 沈む思考を必死に否定する。
 負けてはいけない。挫けてはいけない。諦めることなど許されるものか。
 進むことで過去の自分が傷つけたものが少しでも救われるのならば、その過去を投げ捨ててでも動かなければならない。
 もう一度、千絵は大きく息をする。
 胸中で精一杯自分を叱咤した後、正面は向かずに頬を緩めて笑みを作ってみる。
 多少はいびつでも、暗いまま戻るよりはましだ。
「行きましょう」
 はっきりと声が出せたことに安堵を覚えながら、千絵は個室のドアノブに手を掛ける。
 悲鳴が響いたのは、その直後だった。


                            ○

171No Mercy 1:Dead's Calling (2/20)  ◆l8jfhXC/BA :2006/12/22(金) 23:49:26 ID:5auzV9r0
「ぃっ──ああああああああああっ!!」
 腿に刃が突き刺さり、志摩子の絶叫が響き渡った。
 刃の合間から鮮血がはね、床と肌と制服に赤黒い染みを作っていく。
 しかしそれを気にも留めず、茉衣子はすぐに刃を抜くと、今度はそれを左腿に突き刺した。
「あぁあぁぁ、ぃぎっ、あぁぁあああ!」
「何してんのよあんたっ!!」
 リナが叫び駆け、その隣で保胤が符を取り出して足を踏み出し──そのさらに先を、セルティの影が滑った。
 ライダースーツから溢れた黒が、包み込むように茉衣子へと迫る。
「動かないでください」
 それを阻んだのは、蛍火のような無数の光球だった。
 茉衣子の指から放たれると、一直線に影へと走り──直後、大爆発を起こした。
「──っ!」
 激しい衝撃が室内を包み、黒がはぜ飛ぶ。
 よろめくセルティに、さらに爆風を越えて走る一つが迫り、その腕を掠めた。
「セルティさん!」
 保胤の叫びは爆音に遮られた。
 バランスを崩したセルティが床に倒れ込む。
 光球を受けた部分の影は消え、白い肌が覗いていた。
「こちらの用件は、エンブリオの速やかな返却です」
 暴れる志摩子の両腕を、茉衣子はさらに穿つ。
「ああああ、ぁあああぁあぁぁあああ!」
 悲鳴を無視して刃を左腕に放置すると、踏みとどまる面々を見回して、
「それ以外の行動は、すべて彼女を傷つけるものと理解してください」
「あああ、ぐ、ぁやめ、やめて、ぁあああああああ」
「特殊能力の使用と疑わしき行為をした場合、即座に殺します」
「いたい、いたい痛い痛い、んですやめやめて痛いぁああああ」
「少しお黙りなさい。これでは聞こえにくいでしょう」
「いたいからっぁああああ…………っぁ」
 腕から刃が無造作に抜かれ、とす、と志摩子の喉元の床に短剣が刺さると、悲鳴は唐突に終わった。
 途端に、重い沈黙が部屋を満たす。
 誰も意識する暇がなかった血の臭いが、今更鼻につき始めた。
172No Mercy 1:Dead's Calling (3/20)  ◆l8jfhXC/BA :2006/12/22(金) 23:49:59 ID:5auzV9r0
(なんてことに……!)
 倒れたセルティを抱き起こしながら、保胤は胸中で己の過失を呪った。
 志摩子への疑念に捕われすぎていなければ、茉衣子の亀裂の大きさを見逃すことも、短剣を部屋に放置することもなかっただろう。
「あんた、自分が何やってるのかわかってんの!?」
「あなたの仲間を人質に取っていますが何か?」
 声を荒げるリナとは対照的に、茉衣子はあくまで平然としていた。
 まるでこれが、当然の帰結だと言わんばかりに。
「無理な要求ではありません。少なくとも、五人分の首よりは安いでしょう」
「五人分の……首? それって千鳥かなめの……」
「ええ、そうです。
知っていると言うことは、やはりあなた方もあの騎士と同じなのですね」
 言って、茉衣子はわずかに眼光を鋭くする。
 かなめにあの騎士、と言われて思い当たるのは、志摩子がこの島で最初に出会った男だ。
 彼は美姫に心を支配され、彼女に従えられてしまったが、数時間前に志摩子と再会して正気に戻ったと聞いた。
 しかし、その間に彼は人を──
「あなたは、操られたアシュラムさんが殺した、宮野さんという方の……!?」
「ええ。千鳥かなめを助けるために助けを求めたあの子の助けに応じて班長は死にました」
 判明したのは、最悪の偶然の一致だった。
「……でも、それでなんであたし達が、あいつの下僕になるのよ!」
「その下僕のことを親しそうに話すのは、下僕の証ではありませんか?」
「だからあいつは操られて──」
「操られて親しくなった? わざわざ認めるなんて殊勝ですこと」
「ちが、そっちじゃ──」
「あからさまな失言を取り消すのは見苦しいですわ。
あの女は下僕の人選を間違えたようですね。わたくしにとっては幸運なことです」
 温度のない挑発めいた言葉に、リナは口を噤む。
 何を言っても、彼女の思い違いを悪化させるだけだ。誤解を解くのは至難の業だった。
173No Mercy 1:Dead's Calling (4/20)  ◆l8jfhXC/BA :2006/12/22(金) 23:50:52 ID:5auzV9r0
「……ちが、うんです、私は、ただ……」
 と。
 考えあぐねていると、茉衣子の側から、嗚咽混じりの否定の声が響いた。
「ほんとに、アシュラム、さんは……悪くないんです……あやつられた、のもあるけど、彼は、苦しかっただけで……」
 四肢を穿たれ動けない志摩子は、それでも視線だけを茉衣子に向けていた。
 叫びすぎで枯れた喉から、絞り出すように言葉を紡ぐ。
「あのひと、も、かわいそうな、だけなんです、そう、私は……思ったんです。
私が自然に、感じた……感情なんです。誰かに押し付けられ、たものじゃない……」
「志摩子さん……」
 彼女の瞳からは涙が溢れていた。身体は小刻みに震え、四肢からは流れる血は止まらない。
 どんなに傷つけられても、彼女は他者への思いを捨てなかった。
(……彼女は、恨んでなんかいない)
 その瞬間、保胤の疑念が自身への恥に変わった。
 志摩子は確かに、死者の言葉を聞けるのかもしれない。それで保胤の嘘を見抜いたかもしれない。
 しかし、彼女は保胤を恨んでなどいない。そんな感情を持てる人間ではない。
 あの彼女の言葉は、やはり完全に美姫に向けられたものだった。
 そしてその彼女にすら、志摩子は慈悲を与えようとしている。
「彼らを……にく、むななんて、いえません、でも、……でも理解してあげて、ください……」
 そう言って、志摩子は右の手首をゆっくりと持ち上げた。
 何かを掴むように、茉衣子へと手を伸ばす。
 その指が、短剣を持つ彼女の手に触れ、
「黙れと言っているでしょう」
 刃を振われ吹き飛んだ。
「ぃぎいいいいいいいっ!?」
「血が出すぎても困るので指にしましたが、次は手首ごと切りますよ?」
 一拍おいて切断された五指が血を吹き、志摩子の喉がふたたび震えた。
「彼らが哀れまれるような人格だったとして、それが何になるのですか?
班長を殺したことには変わりありません。感情論で行為を正当化しないでください」
 反論する彼女の声には、何の感情も宿っていない。
 単に志摩子が無駄に喋ったから切った──本当に、ただそれだけらしい。
174No Mercy 1:Dead's Calling (5/20)  ◆l8jfhXC/BA :2006/12/22(金) 23:51:24 ID:5auzV9r0
「話がかなり逸れましたね。
もう一度言います。こちらの要求は班長のエンブリオを引き渡すこと。
それと、わたくしを無事にこの巣から返すことも加えねばなりませんね。
対してこちらが支払うものはこの子の命。
制限時間はこの子が出血多量で亡くなるまでの間です。
残り……どれくらいでしょう? 残念ながらわたくしにその手の知識はありません」
 悲鳴を漏らし続ける志摩子に一瞬視線が向けられるが、すぐに戻された。
「“時間切れ”の場合、わたくしは全力でエンブリオの強奪を試みます。
先程の光球の威力をゆめゆめお忘れ無きよう。
こんな島の中ですから、平穏に終われるならその方がいいでしょう?」
 平穏とは程遠い状態の志摩子の喉元に、茉衣子はふたたび刃を突きつける。
 今度は皮膚にぎりぎり触れない程度の位置で、短剣を握った手を止めている。
 こちらが少しでも不審な行動を取れば、即座に志摩子は死ぬ。
(どうすれば……!)
 エンブリオを返せば、彼女はおそらく素直に志摩子を引き渡すだろう。
 多少手遅れでも彼女の怪我を治す方法はあったし、それが一番無難だ。
 しかしここで茉衣子を見逃せば、さらなる被害者が出ることは確実だ。
 疑心は疑心しか生まない。彼女がすべての善意を“操られている”と解釈すれば、悲劇が繰り返されるだけだ。
 何か方法はないかと、保胤は周囲を見回す。
 歯噛みするリナには茉衣子への怒りと、自分への悔恨があった。彼女のエンブリオに対する拘泥も、引き金の一つになっていた。
 臨也の表情は硬かったが、保胤自身よりは冷静に見えた。この状況をどう打開するか考えているのだろう。
 セルティに顔はない。だが身体を包む影が小刻みに揺らめいていることから、強い感情を抱いているのはわかった。
 と、気づく。
(……千絵さんは、どこに?)
 部屋のどこにも、彼女の姿がない。
 顔を洗いに行くと言って席をはずしてから、ずっと見ていなかった。
 もう一度視線を巡らせた後、ふと開いたままの扉の奥に視線を向け──思わず息を呑んだ。
 茉衣子の背後、薄暗い廊下の奥に、小さな人影が立ちすくんでいるのが見えた。
175No Mercy 1:Dead's Calling (6/20)  ◆l8jfhXC/BA :2006/12/22(金) 23:52:03 ID:5auzV9r0




(何よこれっ!?)
 元いた部屋の惨状の衝撃に、千絵は震える身体を壁に押し付けることで耐えていた。
 せり上がる吐き気と悲鳴を、両手で蓋をして必死に抑える。
(だめ、思い出させないで……)
 正確には眼前の惨劇ではなく、脳裏によぎる過去の情景に、千絵は追いつめられていた。
 遠目にもはっきりと見える鮮やかな赤と、濃厚な臭い。
 それが奥底に押し込めた記憶を、まざまざと蘇らせようとしている。
「ぁ……」
 と、ちょうど扉の正面に立っていた保胤と目が合い、小さく声が漏れてしまった。
 しかし茉衣子が気づく様子はなく、思わず胸をなで下ろす。
 彼は一瞬驚きの色を見せたが、すぐに表情を消して目を逸らした。
 仲間が背後にいることがわかれば、その瞬間に志摩子の命は絶たれるだろう。
 今はまだ注意が前方にあり気づかれてないが、もし何かの拍子に後ろを向かれれば──
(……それなら、気づかれていない今なら、助けられる?)
 今更思い至り、心臓が大きく跳ねた。
 そう、まだ彼女は気づいていない。背後に注意を向ける仕草もまったくない。
 部屋の奥にいる保胤は、茉衣子に注意を向けながらも、こちらにそれとなく視線を送っていた。
 視線の意味は明白だった。ゆえに、ふたたび目があった瞬間大きく首を縦に振る。
 すると、彼はわずかに微笑した。
 千絵を頼り、かつ何かを頼らせる笑みだった。
 それに同じく笑みを返し、決意する。
(……行かないと)
 呼び起こされた過去は、未だに千絵を恐怖と罪悪感に縛り付けていた。
 だがそれに足を取られたままでは、過去ではない今このときに一人の少女の命が失われる。
(私が、やらないと……!)
 志摩子を助けるために、過去から逃げるために、千絵は最初の一歩を踏み締めた。
176No Mercy 1:Dead's Calling (7/20)  ◆l8jfhXC/BA :2006/12/22(金) 23:52:37 ID:5auzV9r0



 千絵の決意を確認すると、保胤も覚悟を決めて口を開いた。
「茉衣子さん。一つ、お話ししたいことがあります」
「あら、時間稼ぎなどこの子の命を削るだけですよ? 隠語めいた言葉を発しても殺しますが」
「宮野さんの残した言葉についてです」
「……え?」
 初めて茉衣子の表情に、感情──驚きらしきものが浮かんだ。
 それは、セルティ以外の他の仲間も同じだった。
「僕には死者の言葉を聞ける力があります。
少し前に、僕はあなたが作った墓を訪れ、彼の遺言を聞いてきました」
 死者の言葉を聞く力は、本当にある。
 しかし新たに緑地に作られた、宮野の墓はまだ見ていない。
 志摩子の疑念への対策や放送の計画などに没頭して、そもそも外に出るという考えさえ思いつかなかった。
 だからこれは、大嘘だ。
 メフィストづてに聞いたアシュラムの顛末と、途中で中断されたエンブリオの話。
 それに、脅迫が始まってから茉衣子が漏らしたいくつかの言葉。
 それらから推測して、会話を繋げ、千絵の援護を待つ。
 ただそれだけの、綱渡りの作戦だ。
(ごめんなさい……あなたの大切な方を止めるために、僕はひどい嘘をつきます)
 外の緑地で眠る、彼女の仲間に胸中で謝罪する。
 死者の遺言の捏造など、その遺志の侮辱に等しい。
 先程シズの遺言の一部を隠したときも、情報を言わなかっただけで、嘘はつかなかった。
 もちろん今では、その行為もとても後悔している。
 悔いた矢先からこんなはったりをすることにも、強い罪悪感があった。
 それでも。
(僕は、これ以上誰も失いたくありません!)
177No Mercy 1:Dead's Calling (8/20)  ◆l8jfhXC/BA :2006/12/22(金) 23:53:09 ID:5auzV9r0



(何だと……!?)
 保胤の唐突な発言に、セルティは感情を外に出せぬまま驚愕した。
 彼は茉衣子がここに運ばれてから、一度も外には出ていない。
 少なくとも臨也がマンションを訪れるまでは──静雄の死を知るまでは、ずっと同じ部屋にいたと確信出来る。
 その後も“計画”の議論などがあったため、彼が宮野という少年の声を聞くことは出来ないはずだ。
 茉衣子を説得するためだとしても、少ない情報から彼女の望む遺言を捏造するのは不可能だ。
(彼女の言うように時間稼ぎなのか? こんな状況で何のために?)
 志摩子の状態は、一刻を争う。
 瀕死の状態から助ける方法はあったが、その前に出血多量で死んでしまえば終わりだ。
(それに……何だったんだ、あの表情は?)
 嘘をつく前に彼が一瞬笑みを浮かべたのを、セルティは見ていた。
 いつも通りの柔和な笑顔だった。この状況ではまったく異質の。

『彼を通して伝えられた遺言の内容は、彼以外には証明出来ない。
その中に不都合な情報があれば、彼はそれを揉み消したり捏造することが出来る』
『その行動の中にある悪意を見逃していることはないかい?』

(まさか……)
 臨也の言葉を思い出し、湧いた疑問が疑念へと変わろうとする。
 保胤とは開始当初からの付き合いだ。その人柄はよく理解している、つもりだ。
 しかし一瞬浮かんだ推測が、頭にこびりついて離れない。
 ──無意味な時間稼ぎをすれば志摩子は死ぬ。つまり、
(保胤は志摩子を……見殺しに、するつもりなのか──?)
178No Mercy 1:Dead's Calling (9/20)  ◆l8jfhXC/BA :2006/12/22(金) 23:54:21 ID:5auzV9r0



 保胤の発言に茉衣子はしばし沈黙した後、溜め息をついた。
「そんなその場しのぎの嘘をついて、何をしたいんですか?
あなたは先程わたくしとあの騎士の繋がりを知って、驚いていたではありませんか。
それこそ、今までわたくしの素性を知らなかった証拠でしょう」
「ええ。あなたとアシュラムさんとの関係は、あの時まで知りませんでした。
残念ながら、具体的に何があったかは聞けませんでしたので」
 出来るだけゆっくりと、保胤は言葉を紡ぐ。
 実際のところ、会話を出来るだけ引き延ばし、遺言を語る前にすべてが終わるのが一番いい。
 結局、千絵に期待するしかない。
「僕はここでは、あまり長い間魄と話せません。あ、魄と言うのは……」
「どうでもいいですわそんなこと。
ようするにあなたは、わたくしを説得したいのですね?
“こんなことをすれば班長が悲しむ”、と。──馬鹿馬鹿しい。
死者は何も感じません。わたくしは、わたくしが望んだことを行うのみです。
そこに班長の感情や意志は介在出来ませんもの」
「しかし、生前に伝えられた言葉は確かな遺言──遺志として、その伝えられた方に残るものです。
亡くなった方がより大切であるほど、そして言い残した時間がより死に近いほど、それは顕著なものとなるでしょう」
「…………、確かにそうですわね。
班長が最後に叫んでいたのは、あの騎士が操られていることでしたもの。
だからあなたがたの言葉も、まったく信じられないのでしょう」
 何を言っても、茉衣子は冷ややかな態度を崩さない。
 しかし彼女は、先程の志摩子のときのような過激な行動には出ていない。
 保胤が無駄口を叩くことを黙認している。“時間切れ”は、彼女にとっても不利な状況であるにもかかわらず。
 茉衣子は、保胤の嘘に食いついている。
 やはり彼女は知りたいのだ。彼が最後に伝えたかった言葉を。
179No Mercy 1:Dead's Calling (10/20)  ◆l8jfhXC/BA :2006/12/22(金) 23:54:54 ID:5auzV9r0



 一歩一歩、ゆっくりと確実に茉衣子に近づきながら、千絵は保胤の言葉を聞いていた。
(物部くんは、誰かに何かを残せたのかしら……)
 ここで確実に信頼できる唯一の仲間は、再会できないままに死んでしまった。
 彼が最期に思うのは、恋人である姫木梓のことだろう。
 彼の遺言を聞いた人間はいるのだろうか。いたとしたら会いたい。会って、それを聞かなければならない。
(そして、必ず無事に帰って梓さんに伝える……!)
 確固たる目的が前方にある。振り向く暇など微塵もない。
 強く先をまっすぐに見つめ、千絵は邁進する。



(私の疑念が真実だとでも言いたいのか……!?)
 保胤の言葉に、セルティはさらなる驚愕を覚えた。
 静雄が最期に残した言葉こそ、保胤への疑念の原因だった。
 もちろん、そんな示唆を彼が出来るわけがない。
 静雄の死は、自分とダナティアとベルガーしか知らない、はずだ。
(もし、何か知る方法があったとしたら……いや、それこそ言いがかりだ。くそ、落ち着け……!)
 膨れあがった疑心を押し込めるように、さらに強く拳を握る。
 保胤は未だに茉衣子と会話を続けている。
 その所作はやはり穏やかで、仲間を人質に取っている脅迫者相手に話しているとは思えない。
(本当に志摩子のことを、何とも思っていないのか?)
 このマンションに来てから、保胤の志摩子に対する態度が少し変わったことは感じていた。
 どことなくよそよそしく、何か後ろめたいことでも隠しているような印象があった。
 もし二人の間に軋轢が生じていて、保胤が志摩子を目障りな人間だと考えていたとしたら。
 そこまでいかなくとも、隙をつくためならば志摩子の命などどうでもいいと感じているとしたら。
(……声が出せれば、この会話を止めることも出来るというのに!)
 自分に首がないことを、これほどまでに呪ったことはなかった。
180No Mercy 1:Dead's Calling (11/20)  ◆l8jfhXC/BA :2006/12/22(金) 23:55:42 ID:5auzV9r0



「ところであなたは、何のためにエンブリオさんを守ろうとするのですか?」
「それは……あなたには関係ないでしょう」
「宮野さんの言葉の意味を理解するために、知りたいのです」
「そうやって情報を引き出して、班長の遺志をでっち上げるつもりですの?」
「そんなつもりはありません。ですが、どうしても信用できないのならば、聞き流してくださって結構です」
 図星を指されるが、動揺は内心だけにとどめて冷静に対応する。
 茉衣子の背後では、千絵が一歩ずつ着実に彼女へと近づいている。
 彼女が茉衣子を止められるまで、注意をこちらにひきつけておかなければならない。
 途中でリナと臨也も彼女に気づいたようで、先程こちらに一瞬視線を向けた後、静かに黙り込んでいた。
 ただ、内開きの扉で死角になっているセルティのみ気づけない状態にあり、臨也もそれを気にしているようだった。
 しかし彼女ならば、こちらの意を汲んで冷静に対処出来ると踏んでいた。
 茉衣子はこちらの言葉に沈黙を挟んだ後、
「……随分自信がありますのね。ならば今すぐ仰ってみてください」
「え?」
「あなたを一時的に信じると言っているのです。何か不満がありますか?」
 詰問するような口調で、結論を要求した。
 一方的に会話が打ち切られ、すぐに“答え”が出てこない。
 そもそも、千絵がまだ茉衣子を抑えられる位置に達していない。
 十分な隙を得られる遺言を、この場で捏造しなければならなかった。
(とにかく今までの話の中から、宮野さんのことを推測して……)
 赤の他人を救い出すために、強大な力の持ち主に交渉を持ちかけようとする人間。
 おそらくダナティアのような自信家で、それを裏打ちする実力が十分にある人物だ。
 加えて正義感が強く、仲間思いなのだろう。
 さらに彼は、茉衣子のことを“弟子”と言っていたらしい。
(茉衣子さんの師匠に当たる方、なのでしょうか)
 茉衣子も宮野のことを、“班長”という役職らしき名前で呼んでいる。
 彼が最初茉衣子にエンブリオを使わせようとしていたことから、彼女を大切に思っていることもわかる。
 そして茉衣子は、こんな手段を取ってしまうほど、エンブリオを大切にしている。
181No Mercy 1:Dead's Calling (12/20)  ◆l8jfhXC/BA :2006/12/22(金) 23:56:29 ID:5auzV9r0
(単なる形見としてではなく、師から託されたものとして考えているのならば……)
 一つの“答え”を作り出し、保胤は覚悟を決めた。
 胸中でふたたび宮野と、そして茉衣子に対して謝罪すると、
「……彼は、茉衣子さんの現在の状態をいくつか質問すると、一言、こう言い残しました」
 ゆっくりと、出来る限り千絵のために時間を稼ぎながら、思いついた嘘を口に出す。
「無理に継ぐ必要はない、と」


「え……?」
 瞬間、彼女の表情が一変した。
 無感情だったそこに、驚きと戸惑いと、そしてはっきりとした恐怖が浮かんでいた。
「班長が、そんな、ことを……?」
 ぽつりと漏れた呟きは、ひどく弱々しかった。
「そんな、そんなの嘘です……そんなこと言われたら、それじゃあわたくしは他に何をすればいいのですか……!?」
 泣きそうな声と共に、刃が床に落ちる音が部屋に響いた。
 それが合図だった。
 怯える茉衣子に、千絵──ではなく、セルティが飛びかかっていた。




 茉衣子に決定的な隙が出来た瞬間、セルティは床を蹴って走り出していた。
 溢れた影をそのまま放つのではなく、手で掴むと小さな鎌をつくり出す。
 諸刃を共に“峰”にした、いわばただの長い鈍器だ。まだ殺す気はない。
(あの光は確かに痛いが……それだけだ!)
 普段セルティは、肉体や臓器を傷つけられても鈍痛しか感じない。
 だがあの光球が影に当たったときには、痛覚が明確な悲鳴を上げた。
 しかし、それだけだ。かき消されたライダースーツの一部分も、会話中に復活させられた。
182No Mercy 1:Dead's Calling (13/20)  ◆l8jfhXC/BA :2006/12/22(金) 23:57:16 ID:5auzV9r0
(保胤の思惑がどうであれ、早く志摩子を助けなければ……!)
 鎌の間合いに入ったところで、茉衣子の注意が初めてこちらに向いた。
 彼女は咄嗟に指を差し向けて光を灯らせるが、遅い。
 横たわる志摩子の真上、彼女の肩を狙って横に振ろうとして、
(千絵!?)
 その背後に、見知った少女が立ち尽くしているのが見えた。ひどく驚いた顔でこちらを見ている。
 その位置は茉衣子にかなり近く、鎌の軌道に踏み込んでしまっている。
 仕方なく寸前で鎌を消すと、無理矢理慣性を殺して立ち止まる。
 しかし体勢を立て直す前に、漆黒のヘルメットへと光球が吸い込まれ、
「──!」
 激痛と爆発がセルティを襲い、その身体を壁へと叩きつけた。




「──いやあああああああああああっ!」
 光球を受け、白い肌の肩と、何もない頭部を露出させたセルティを見て、茉衣子が絶叫を上げた。
 錯乱する彼女を今度こそ千絵が止めにかかるのを見て、保胤も駆け出す。
(本当に、ごめんなさい……)
 彼女にとっては首がないというのは、純粋な異常に対する恐怖に加えて、“仲間の死体の再現”という意味も持っていた。
 先程の保胤の遺言も、確実に彼女の心に傷を付けただろう。
(それでも今は、志摩子さんを……!)
 彼女を抱えると、すぐにその場を離れる。
 その意識は既に無い。か細い息とかすかに動く胸だけが、彼女の生を証明している。
「臨也さん! 僕のデイパックから不死の酒を出してください!」
「不死の……!?」
「瓶にそう書いてあります!」
 彼の近くには、四人分のデイパックがまとめてあった。
 “不死の酒”は保胤の支給品だ。“未完成”と注釈があったが、保胤自身の重傷を一瞬で治療させた実績がある。
 首肯する彼を確認すると、すぐに志摩子に視線を戻す。
 肌からは血の気が失せ、ぐったりとしている。焼け石に水だろうが、止血の符を取り出して術を展開させた。
183No Mercy 1:Dead's Calling (14/20)  ◆l8jfhXC/BA :2006/12/22(金) 23:57:58 ID:5auzV9r0
「保胤!」
 永劫とも思える時間の後、声と同時に酒瓶が床を転がってきた。
 すぐにそれを手を伸ばして受け取ると、素早く栓を抜いて志摩子の口に付ける。
(あなたは、こんなところで死んでいい人間ではありません……!)
 その優しさは、失われてはいけないものだ。
 何より保胤には、志摩子に伝えなければならないことが山ほどある。
「……っ!」
「志摩子さん!」
 わずかに反応した志摩子を見て、保胤に喜色が満ちる。
 セルティの話では半分ほどで効果が出たらしいので、瓶の口をなだらかに傾け続ける。
 状態は、確かに一変した。
「ぁぐ、……げ、がぁっ!?」
「……志摩子さん!?」
 突然彼女は目を見開くと、酒を戻し始めた。
 慌てて瓶を離した後も、嘔吐するように必死に酒を吐き出そうとしている。
 怪我が治癒する兆候はまったくない。
 それどころか、咳き込んで肩が大きく動くうちに、傷口が大きく開き始めた。
「そんな、僕の時はちゃんと……」
「これ、かなりまずいよ? 逆効果にしかなってない」
 強張った臨也の声に、背筋が凍るのを感じた。
 彼は保胤の手にあった酒を取ると、
184No Mercy 1:Dead's Calling (15/20)  ◆l8jfhXC/BA :2006/12/22(金) 23:58:36 ID:5auzV9r0
「他に、方法は?」
「リナさんの治癒術か、メフィストさんを呼べば……」
「ぐ、かはっ……」
「志摩子さんっ!」
 絶望的な志摩子の声に、思わず叫んだ。その表情には、もはや苦痛しか見られない。
 焦点の合わない瞳で保胤を見て大きく息を吐き出すと、その全身から力が抜け落ちた。
 開いた傷口からこぼれた血が手に落ちて、どろりと指を撫でた。

「そんな、なぜ……」
 疑問だけが頭をめぐり、そんな言葉しか漏れなかった。
 ただ臨也の手に移っていた酒に、ゆっくりと視線を送る。
 彼の手にあったのは、確かに“不死の酒”と書かれた瓶だった。




「このっ──!」
 光球が放たれた直後、千絵は茉衣子へと踏み込んでいた。
 セルティが突然飛び出してきたときには立ち止まってしまったが、今はもう躊躇う必要はない。
 床に突き倒し、暴れる彼女の手首を押さえて身を乗り出す。
 見るからに非力な少女を抑えるのは、ジャンキー相手に立ち回ってきた千絵には容易い。
 はずだった。
「離しなさい!」
「……っ!」
 目に付いた黒衣を濡らす赤に腕の力が緩み、平手を喰らう。
 最大の問題は、茉衣子ではなく彼女が纏う色と臭いだった。
 その身体に染みついた志摩子の血が、否が応にも過去の凶行を思い出させる。
(少なくとも今だけは、全力で逃げるんだから……!)
 強く心に言い聞かせ、彼女の手首を床に倒す。
 鼻が思い切り血の臭いを吸い込んで一瞬目眩を覚えるが、歯を食いしばって耐える。
 脚を膝で強く押さえつけ、覆い被さる形になってそのまま全体重を掛け、
185No Mercy 1:Dead's Calling (16/20)  ◆l8jfhXC/BA :2006/12/22(金) 23:59:09 ID:5auzV9r0
「え……!?」
 突然押さえていたはずの右脚ですねを蹴られ、うめく隙に思い切り突き飛ばされた。
 床を転がり、視界が天井を向く。
 簡単に拘束を解かれたことに、痛みよりも先に疑問が湧いた。
 拘束に向かった直後から感じていたが、身体が重くなっている気がした。動きが鈍くなっている。
 なにより、以前はもっと力があったはず──
(……最悪!)
 気づくと同時に湧き上がった“過去”を、無理矢理振り切って起きあがる。
 そう、以前は──吸血鬼だった頃は、もっと身が軽く膂力があった。
 精神が忘れようとしても、身体はしっかりと覚えていたのだ。
 それに極大の嫌悪感を感じつつも、茉衣子を止めようと床を蹴る。
「いい加減にしなさいっ!」
 と、横から伸びた別の人間の足が、彼女の腹部に吸い込まれた。
 見事な蹴りを決めたリナは、転がる茉衣子に駆け寄ると俯せに押し倒し、さらに腕の関節を固めて彼女を拘束する。
「千絵、怪我は?」
「大丈夫。……ありがとう」
「あんたもよくやったわよ」
 向けられた言葉と穏やかな笑みに、思わず涙腺が緩みそうになった。
 過去が消えたわけではない。
 それでも、千絵は何かから解放された安堵を感じた。
「ちょ、何よそんな顔して。あたしはなんもしてないわよ」
 拘束をはずさぬまま、リナは気恥ずかしそうに視線を逸らす。さらに照れを隠すように、
「あ、それ、一応回収しといて」
 扉辺りの床に転がったままになっている、茉衣子が使っていた短剣を指さした。
 その態度に頬が緩むのを感じながら、一応取りに行こうと歩き出す。
186No Mercy 1:Dead's Calling (17/20)  ◆l8jfhXC/BA :2006/12/22(金) 23:59:55 ID:5auzV9r0
 近づき手に取ろうとして、その柄と刃の不思議な紋様に、一瞬目を奪われた。
 こびりついた血すら、過去を連想させるよりも強く、その美しさを際立たせていた。
 部屋の照明を受けて銀色に輝き、その表面にまるで鏡のように千絵を映し出し、
(……鏡?)
 思いついた単語に既視感を覚えた。
 どこかで見た、妙に印象深かった文字。刃から目が離せないまま記憶が引き出される。
 リナに告白する直前、刻印解読のレポートを整理していた時に見つけた、ひどく薄汚れた島の地図。
 その裏側に書かれた、怪談のような内容の──

“鏡は水の中とつながっていて、そこには死者の国が在る”

「あ……」
 思い出した瞬間、確かに“鏡”は繋がった。
 刃の奥に、一人の男が現れた。
 胸部を血で濡らし、両脚が折れ曲がり、右腕をなくし、首に裂傷があり、全身が血塗れだった。
 千絵が浅ましく血を啜った、死んだはずの男の姿がそこにあった。
 逃げ切ったはずの過去が、いきなり眼前に回り込んでその姿を見せていた。
「そ、んな……」
 肘で切断された右腕がするすると伸び、赤黒い断面が鏡を塗り潰す。
 さらに中心からはみ出した白い骨が壁を突き破るように迫り、

「────いやああああああああああああああああああっ!!」
 千絵は、逃げられなかった。




「千絵!? ──っ」
 突然の絶叫にリナの注意がそれた瞬間、その腕に強い痛みが走った。
 思い切り噛みつかれたと気づいたときには、さらに肘打ちで胸を打たれる。
187No Mercy 1:Dead's Calling (18/20)  ◆l8jfhXC/BA :2006/12/23(土) 00:00:31 ID:5auzV9r0
「待ちなさいっ!」
 よろよろと抜け出た茉衣子は、さらに無数の光球をこちらに飛ばしてくる。
 咄嗟に伏せるが、うち数個は避けきれず眼前を白く染め──
「……!?」
 それだけだった。爆発など起きない。
(効くのはセルティだけで、今までのははったりだったってこと!?
……ああもうむかつくけど今は後回し!)
 光球に気を取られていた間に、茉衣子は短剣を掴んで駆けていた。
 机の上のエンブリオも回収すると、カーテンで閉ざされた窓へと向かう。
 茉衣子の足はそれほど早くなく、走れば十分捕まえられる距離だ。
 しかし視線をずらせば、短剣の刃を目で追いながら絶叫する千絵の姿がある。
 なぜこうなってしまったかはわからないが、彼女を放っておけるわけがない。
 保胤達も未だ隅で志摩子を介抱しているように見えた。
(なら……後は任せたわよ!)
 一瞬思考を働かせた後、リナは部屋の扉付近へと視線を向ける。
 ゆっくりと立ち上がりつつある黒一色の身体を見定めると、すぐに目をつむり、
「ライティング!」
 持続時間ゼロ、光量最大の明かりを天井に展開させた。




 茉衣子のものとは比べものにならない程の強い光が、セルティの視界を閉ざした。
 光量に耐えきれなかった者達が呻き、千絵の絶叫も止まる。
 すぐに光は収まったが、目を灼かれた痛みに彼らは目を閉じたままだ。
 リナは瞬きながらもすぐに動いていたが、千絵の介抱に回っていた。
(さっきは先走ってしまったが……今度は止めてみせる!)
 唯一“目”を持たないセルティだけが明瞭な視界の中、茉衣子へと駆ける。
 保胤のあの嘘が、この場にいなかった千絵のためだと気づかなかったのは、疑念に塗れた自分のミスだ。
 今こそ挽回しなければならない。
 茉衣子もやはり目を閉じたままだったが、短剣を振り回し、光球を自分にまとわりつかせている。
188No Mercy 1:Dead's Calling (19/20)  ◆l8jfhXC/BA :2006/12/23(土) 00:01:11 ID:5auzV9r0
(それなら──!)
 身体よりも先に染み出した影を、茉衣子を包むようにぶつける。
 当然光球は反応し、直後爆音が響いた。
 悲鳴と共に衝撃に飛ばされた茉衣子へと、痛みに耐えながら肉薄する。
 すぐに彼女の意識を奪わなければ、また光球にやられる可能性がある。
 しかし今の一撃で、当分まともに影は出せそうにない。
「そんな姿まで再現できるなんて──退きなさい化け物!」
 わずかに目を開けて、茉衣子は両手に握った短剣を向けてくる。
 近距離で光球を撃てば、先程のように彼女も巻き込まれる。
 それを彼女が躊躇っているうちに、何とかその動きを止めなければいけない。
 チャンスは両手が完全に塞がっている今だけだ。
(確かに私は化け物だ──だからこそお前を止められる!)
 茉衣子は身体を縮め、駆けるこちらの脇に潜るように突進してくる。
 刃の先が狙うのは心臓だ。
 確かにセルティにも心臓はあった。しかし、あるだけだ。
 動いていない心臓など、急所にはならない。
「──!?」
 避ける動作をせず、それどころか突っ込んでくる相手に対し、茉衣子はわずかに躊躇う。
 かまわずセルティは両手を伸ばし、短剣ごと彼女を受け止めるように抱きしめた。
 短剣が影と肉と肋骨を破り、臓器を貫く。
「……っ、離しなさい!」
「セルティ!?」
 焦燥に満ちた茉衣子と、そしてなぜか臨也の声が聞こえた。
 視線を後方に移すと、他の全員が目を開けて、こちらを見ていた。
 大丈夫だと首を振ろうとして、今は頭に何も乗っていないことを思い出す。
 胸中で苦笑しつつ、せめて早く仲間のところに戻ろうして、
189No Mercy 1:Dead's Calling (20/20)  ◆l8jfhXC/BA :2006/12/23(土) 00:01:55 ID:MMYxmT8/
(……あれ?)
 身体が動かなかった。
 いや、正確には動いていた。茉衣子を抱いている腕と、身体を支える脚が震えている。
 影が一切出せなかった。
 それどころか、はがれ落ちていくように全身から消えていく感覚がある。
 そして、何より。
(なんで、こんなに痛いんだ……?)
 刃が刺さる心臓を中心に、身体中が激痛に見舞われていた。
 光球など比較にならない、今まで感じたどんなものよりも激しい、致命と呼べる痛み。
「あの場であたしが注意したの、聞いてなかったの……!? とにかく、早くその剣を抜いて!」
 よくわからないことをリナが言った。
 注意、というのはこの短剣のことか。あの場とはいつのことか。
 そもそもこの短剣は、どこから出てきた物だった──?
(あ……)
 ようやく、気づいた。
 これは臨也の武装解除時に、彼のデイパックから出てきた物だった。
 その時確かにリナが何かを言っていた気がするが、内容はまったく覚えていない。
(自分のことで、静雄が死んだことで頭がいっぱいだったから……?)
 理解した瞬間、力が抜けた。
 咄嗟に茉衣子が腕を振りほどき、刃を勢いよく引き抜いた。
 その刃は銀色に輝いていた。よく物語で、異形の者を倒すのに使われる物質だ。
(つまり、私は化け物だから……死ぬのか?)
 思いついた単語に戦慄を覚え、即座に拒絶する。
 ここで終わっていいはずがない。シャナのことも静雄のことも、まだなにも解決していないのに。

 しかしそんな未練を挽き潰すように、痛みはセルティの意識を飲み込んで、ぷつりと消えた。



190No Mercy 2:King's Howling (1/28)  ◆l8jfhXC/BA :2006/12/23(土) 00:03:53 ID:5auzV9r0
 叫んだ後静かに椅子に掛けると、ダナティアはそのまま黙り込んだ。
 誰も何も語ることはなく、ただ静寂だけがマンションの一室を満たしていた。
 それを破ったのは、唐突な電子音だった。
「……そう言えば、ずっと透視が出来なかったわね。
ドクター、悪いけど電話はまかせたわ」
「了解した」
 鳴り響く携帯電話の呼び出し音を聞いて指示を出すと、ダナティアは静かに目を閉じた。
 その横で、メフィストは立ち上がって音の方へと向かう。
 机に置かれたままになっていた、携帯電話の通話ボタンに指を伸ばすと、
「……なんてこと!」
 驚きと自責を含んだダナティアの声が、部屋に響いた。
 その一言で、手元の端末が絶望的な状況を伝えてくると理解する。
 しかし躊躇いは一切生まれず、全員の視線を受ける中、メフィストはボタンを押して口を開いた。
「私だ」
『志摩子とセルティが死んだわ』
 ひどく端的に、最悪の状況が知らされた。
『説明は後。今は千絵を診てほしいの。
臨也が持ってた短剣を見たら、いきなり泣き叫んだの。
今は落ち着いたけど、会話が出来る状態じゃない。あんたなら声ごしでもわかると思って』
『嫌、もう、助けて、だって、逃げて、ごめんなさい、血が』
 言うなり、ひどく怯えた声が受話口から漏れ始めた。しゃくり上げるような単語の羅列が続く。
「千絵君かね? 私だ」
『あ……』
 電話越しに声を伝えると、唐突に嗚咽が止まった。
「何を見たのか、話してくれないかね? 辛い部分は省いていい。
ゆっくりと、思ったままを伝えてくれたまえ」
 出来るだけ優しい口調で告げながら、メフィストは窓の外を覗く。
 別棟のマンションの一室の状態は、カーテンで遮られていて見えない。
 しかしそのカーテンが緩やかに波打っているのを見ると、窓は開いているらしい。誰かが飛び降りたのかもしれない。
191No Mercy 2:King's Howling (2/28)  ◆l8jfhXC/BA :2006/12/23(土) 00:04:39 ID:5auzV9r0
『あの人が、手を伸ばしてきて』
「あの人とは、どんな人物だね?」
 視線を窓に留めたまま、彼女との会話を続ける。
 ダナティアもカーテンに気づいたらしく、同じ方向を睨んでいた。
『名前は、わからない。……刃に、鏡に、向こう側から、こっちに、映って』
「……鏡?」

“じっと鏡を見ていると、そこにはきっと厭なものが映る”

 いくつかの千絵の言葉に、ふと、そんな一説を思い出す。
 坂井悠二から聞いた、“物語”の一片。
 それと認識した瞬間、確かに電話の向こうから何かが“来た”。

 数時間前に見た幻がわずかに尾を引いていたのか。
 あるいは、死んだサラ・バーリンと共に行動していたという情報を聞いて、ふたたび一抹の不安が生まれたためなのか。
 なんにせよ、メフィストの視界に映ったものは、その物語にとても忠実だった。

 不可視の糸で首を吊られた無数の秋せつらの死体がまるで屠殺場の動物のようにぎっしりと窓ガラスを埋め尽くしていた。

「……っ!?」
 ダナティアの息を呑む音を聞いて、彼女も同じものを見ていることを知る。彼女の場合、サラになっているのかもしれないが。
 思考は冷静なままだった。
 しかしわずかに揺らぐ感情が、何かを訴えている。
 それを感じ取ったかのように、異質な気を纏った、無数の彼ではない“彼”が、一斉に頭を上げてこちらを向く。
 そして、にぃぃっ、と笑った。
「…………」
 異様としか言えない光景だった。
 携帯電話からの声は既に聞こえない。ただきぃぃと言う耳鳴りだけが響き、聴覚を埋め尽くしている。
 恐怖はなかった。ただメフィストは、一つの事実を理解する。
 物語の意味と、ここに“彼”が現れる理由を知り、わずかな悲哀と諦念を抱く。
192No Mercy 2:King's Howling (3/28)  ◆l8jfhXC/BA :2006/12/23(土) 00:05:17 ID:5auzV9r0
 そして、目を閉じた。同時に携帯電話へと、ふたたびゆっくりと指を伸ばす。
 ボタンに触れ、何かを押し込めるように、あるいは断ち切るように指を沈め、メフィストは会話を切断させた。
 幻は、消えた。


「おい、どうした?」
「……後で話すわ。ドクターも、見たのね?」
「ああ」
 ベルガーの五度目の呼びかけに、ダナティアはやっと反応を返した。
 相変わらず平然としているメフィストとは対照的に、なぜか彼女はひどく青ざめていた。
「一体何があったんだよ?
突然何も言わなくなったと思ったらいきなり……あの子の切羽詰まった声、聞いてなかったのか!? ──ほら!」
 終の非難に答えるように、ふたたび呼び出し音が鳴った。
 彼らが硬直している間も、受話口からは千絵の声が響いていた。
 メフィストが喋らなくなると徐々に落ち着きをなくしていき、わけのわからないことを騒ぎ立てていた。
(千絵の話がきっかけで、何かが窓の向こうに見えた……のか?)
 そう考えてベルガーが窓の外を覗いても、遠くに夜風になびくカーテンが見えるだけだった。
 メフィストはともかく、ダナティアをあれだけ動揺させるものが映ったとはとても思えない。
「それはすまないことをした。
謝罪と治療を兼ねて、私が向こうに行くとしよう。ここからでも転移は可能かね?」
「ええ、問題ないわ。念のため、ベルガーも同行してもらえるかしら」
「俺もか? だがこっちもこっちで大変だろう」
 人が死ぬ状況になっている待機側も気になるが、こちらもこちらで重要な交渉の真っ最中だ。
 その渦中の人物も今は大人しくしているが、危険であることには変わりなく──
「──!?」
「どうしたの、ベル……!」
 パイフウへと視線を向けようとして、異常に気づいた。
 彼女がいたはずのそこには、椅子しか存在していない。
 白い外套を羽織った黒髪の女は、忽然と姿を消していた。
193No Mercy 2:King's Howling (4/28)  ◆l8jfhXC/BA :2006/12/23(土) 00:05:50 ID:5auzV9r0
「おれ達が気を取られている隙に、どこかに逃げたのか!?」
「…………、いえ、このマンションのどこにも彼女の姿は見えないわ」
 素早くダナティアが透視するが、やはりパイフウの姿は捉えられない。
 ダナティアとメフィストが窓の向こう、そして残りの人間がその二人に注意を向けていたとはいえ、逃げることは極めて困難だ。
 しかし現に彼女の姿は見えず、気配など微塵も感じられない。
「おい、あんたは何か知ってるんじゃないのか!?」
「あいにくと、こんな消失トリックは聞いていませんね。後ほどぜひご教授願いたいものです。
ところで、外の方は確認したのですか?」
 素知らぬ顔の古泉を胡散臭そうに眺めた後、ダナティアはふたたび目をつぶった。
 しばらくした後、眉をひそめ、
「茉衣子ならいたわ。でも、パイフウの姿はどこにも……いえ、ちょっと待って。
別の人間がいたわ。短い茶髪の……」
 彼女の声を聞きながら、ベルガーはもう一度周囲を見回す。
 確かに建物内にいないのならば外しかないが、ここから短時間で脱出できるとは、どうしても思えなかった。
 何らかの方法で気配を絶って、まだこの部屋のどこかに潜伏している可能性もある。
 そう考え、積極的に歩き回って室内を調査する。
「……?」
 と。
 立ち止まり、食卓の下を覗いたときだった。
 ふいに、今まではなかったかすかな気配を感じた。
 それも敵意に満ちた、殺気と呼ぶにふさわしいものを。
「──っ!」
 同時に、背中に何かが触れた。押すというより撫でるような、軽い感触。
 それに形容しがたい寒気を感じ、右手の“運命”を背後に振ろうとして、出来なかった。
 一瞬で放たれた何かが、ベルガーの右肺を破壊した。
194No Mercy 2:King's Howling (5/28)  ◆l8jfhXC/BA :2006/12/23(土) 00:06:35 ID:5auzV9r0
 さらに彼の手から落ちた柄が、硬質な音を立てて部屋の隅へと滑っていくのが見えた。
 まるで、誰かに蹴られたかのように。
「くそ、あの女か……!?」
 辺りを見回すが、やはりパイフウの姿は見あたらない。
「ぐ……、かはっ」
「無理に喋る必要はない。治すのが先だ」
 すぐにメフィストが向かい、ベルガーの治療を開始していた。
 彼の腕ならば助かりはするだろう。しかし、これで二人の動きが止められたことになる。
 と、
「──くぅっ!」
「皇女!」
 やはり何の前触れもなく、今度はダナティアの右腕が裂かれた。咄嗟に身を引いていたが、その傷はかなり深い。
 それでも彼女は、左腕でそこにいるはずの人間を掴もうとする。が、空を切った。
 しかしその虚空に、一瞬わずかな歪みが生まれたことを、終は見逃さなかった。
「あんまり高速だとバレるってことか!」
 一歩目から全力で、終は歪みの見えた部分へと駆ける。
 勢いを殺さぬまま右の拳を虚空へと放つと、新たな歪みがそれを受けた。
 さらに下方からもう一つ歪みが走ったかと思うと、突然暗色のタイトパンツが虚空に現れた。
 その蹴りを腕で受け、続く拳も流した。どの一撃も速く、重い。
 割り込むように放ったフックは、外套らしきものに触れるだけに終わった。
 追撃の暇なくカウンターで来た貫手を紙一重で避けると、間髪入れずに刃のような下段蹴りが続いた。
 膝の皿を打つ動き。まともに当たれば、達人でも座ることさえ難しくなるだろう。
 そう、人ならば。
「……!」
 あえて受けた蹴りは終の皮膚を破り、その下の白い鱗にひびを入れた。かなり痛いが、それだけだ。
 わずかに息を呑んだパイフウに向けて、渾身のストレートを放つ。
 後退され、さらに両腕らしきもので受け止められるが、骨が軋む音が響いた。
 右腕には確かな手応え。ヒビくらいは入っているだろう。
 が、それを気にもせず、彼女は鋭い手刀を胸部へと放ってきた。
 先程の致命打で焦ったようにも見える、終の追撃を無視した無謀な動き。
 やはり自分の硬さを信じて受けようとして、しかし直感で後退に変更。
 繊手が浅く入っただけで痛みを覚え、連動する左脚を避けてそのまま間合いを開く。
195No Mercy 2:King's Howling (6/28)  ◆l8jfhXC/BA :2006/12/23(土) 00:07:24 ID:5auzV9r0
 視線を下に送ると、皮膚が裂かれて血が滲み、わずかに鱗が見えていた。
 ダナティアの腕を切断したのと同じ技らしい。彼女の腕は、血が飛び散らないほど鮮やかな切り口をしていた。
 しかし、その程度で終は怯まない。すぐにもう一度攻勢に転じようとして、
「またか!」
 ふたたび彼女の気配が消えていることに気づく。
 舌打ちして、ダナティアの方へと戻る。自分か彼女が狙われる瞬間に、もう一度捕捉するしかない。
「ダナティア、怪我は」
「大丈夫」
 素っ気なく言うが、彼女の息は荒い。
 戦闘服ごと斬られた腕は、魔術で裂いたらしいカーテンで縛られていたが、応急処置に過ぎない。
 ベルガーがひとまず安定しなければ、メフィストの治療も受けられない。
「どうやら、あの外套に身を隠しているようね。それなら──」
 呟くと、ダナティアは突然机の上に左腕を伸ばした。
 掴んだのは、なぜか白紙の束。
 訝しむ終を気にも留めず、彼女はそれを床に出来た血溜まりに染み込ませる。
「これでどう!?」
 叫びと共に、紙束が風の刃で一気に切り裂かれた。続いて生まれた突風が、散り散りになった紙を室内にばらまく。
 強風が部屋中を暴れ、血染めの紙片を高速で循環させる。
 やがてそのいくつかが、風の流れからはずれ、空中で動きを止めた。
「そこ!」
 声よりも早く、終はダナティアの血が示した位置へと駆けていた。
 一拍おいて風が止み、紙片が床に落ちる。虚空に赤い斑点が浮き上がった。
「破!」
 パイフウはもはや気配を消さなかった。
 それどころか、急襲する終に“気配”のある不可視の何かを飛ばしてきた。小さいが、恐ろしく速い。
 しかも、狙いは心臓。
「ぐっ……!」
 間一髪で直撃は避けた。
 しかし肺に当たり、鱗にひびが入ると同時に強烈な衝撃を受ける。
 眼前には、距離を詰める歪みが見えた。位置はわかるといえど、外套ごしの挙動は読みにくい。
 何とか体勢を整えたときには、五指を揃えた繊手が見え、
196No Mercy 2:King's Howling (7/28)  ◆l8jfhXC/BA :2006/12/23(土) 00:08:08 ID:MMYxmT8/
「…………?」
 なぜか、止まった。
 歪みが完全に停止して、白い手がはみ出たまま虚空にとどまっている。
 ゆっくりと終が後退しても、腕を戻すことさえしない。
 よく見るとその腕は、何かに強く掴まれているかのように赤く腫れていた。
「少し遅くなった」
 内容の割に落ち着いた、美しい旋律の声が響く。
 食卓の向こう側に座るメフィストが、静かにこちらを見つめていた。
 その右手は未だにベルガーの胸部に沈んでいるが、左手には短い針金を持っていた。
「とんだ藪医者」
 白い腕の先から呟きが漏れた。その声は、わずかに震えている。
 おそらく彼は、悠二のときと同じように、あの針金を彼女の体内に残していたのだろう。
 術後の経過を確認し、必要ならば拘束するために。
「なら最初からやれよ!」
「患者の処置が先だ。君ならば彼女をも抑えられると思ったのだが、何か問題があったかね?」
「…………」
 咄嗟に反論が思いつかず、ただ真顔の彼を睨み付ける。
「……医者の癖に患者を傷つけるのね。やっぱり男なんて信用するんじゃなかったわ」
「勝手な判断で君の身体を害したことは謝ろう。
だが、ここにいる者すべてが私の患者だ。ゆえにその安全は守らねばなるまい」
 険のあるパイフウの声にも、彼の態度は変わらなかった。
「……そう」
 返された呟きは、やはり短かった。なぜか先程よりも落ち着いているように聞こえる。
 何が起きても対応出来るように身構えていると、
「じゃあ返すわ」
 声とともに、何かを叩きつける音が響いた。同時に白い手が虚空に潜り、赤い斑点が流れるように動き出す。
 音はパイフウではなく、食卓からのものだった。
 白衣が宙に舞い、部屋の隅へと叩きつけられていた。
「……やはり、劉貴将軍と似た力か。逆に伝う威力も予想以上だ。だが──」
 呟きをまともに聞く暇などなかった。
 予想外すぎる展開に気を取られ、避けきれなかった高速の掌底が顎にかすり、終の視界が揺らぐ。
 それでも何とか反撃の拳を放つが、あっさりくぐられ、
197No Mercy 2:King's Howling (8/28)  ◆l8jfhXC/BA :2006/12/23(土) 00:08:46 ID:MMYxmT8/
「ぐぅっ……!」
 伸びた腕を掴まれたと思った瞬間、世界が反転した。
 投げられたと認識したときには、歪みは既に視界から消えていた。
 歯噛みしながら辺りを見回すと、赤い点が今度はダナティアへと走っていた。
 もはや止めるものはいない。それでも諦めまいと起きあがろうとして、

《運命とは報いるもの》

 どこからともなく、誰のものともつかない声が響いた。
 刹那、歪みを黒い光が貫いた。
 一拍おいて虚空に白い外套が現れ、崩れ落ちる。
「行為自体は予測済だ」
「……あいにく、世界で二番目に諦めが悪いんで、ね」
 若干息の荒い声と、切れ切れの声が奥から響く。
 一方は壁にもたれ、もう一方は床に倒れたままだったが、どちらもまっすぐ外套を見つめていた。
 後者──ベルガーの手に、一番最初に飛ばされていた“運命”が戻っていた。精燃槽も装填済だ。
 おそらく、メフィストから渡されたのだろう。一番最初に彼女がやったように、床を滑らせて。
 そして。
「終わりよ!」
 とどめとばかりに発現したそよ風の繭が、パイフウの動きを完全に封じた。




「もう一度、言ってあげるわ」
 荒い息を抑え、ダナティアはパイフウへと声を投げる。
 彼女の脇腹は“運命”に浅く貫かれ、加えてその身体を空気の檻が拘束している。
 ベルガーは重傷を負い、メフィストも未だ壁にもたれたままだ。ダナティア自身もかなりきつい。
 まともに動けるのは終のみという状態だが、それでも彼女の命は完全にこちらが握っていた。
「あたくしは、あたくしの道を遮るものを許さない。障害は踏み潰して突き進むわ」
 もはや裏の意図もない率直な言葉を、彼女に向かって告げる。
198No Mercy 2:King's Howling (9/28)  ◆l8jfhXC/BA :2006/12/23(土) 00:09:18 ID:MMYxmT8/
「これでもまだ、あなたが主催者側につくというのなら」

「あたくしがあなたを殺すわ」
「それは困るんじゃないですか?」

 唐突に挟まれた緊張感のない声に、思わず息を呑んで振り向いた。
 そこにいたのは、パイフウの同行者の古泉だった。何をするでもなく、ただ部屋の隅に立っている。
 戦闘能力がなく、素性が明らかな彼が援護に回ることはないだろうと、彼にはほとんど注意を払っていなかった。
「ダナティアさんが殺すのは、止めた方がいいと思いますよ」
「……どういう意味かしら」
「簡単なことです。どうせ同じことなら、より溜飲を下げる方法を取った方がいいかと思いまして」
 もったいぶった言い方に、わずかな苛立ちを覚える。
 時間稼ぎを疑ったが、彼にもパイフウにもこれ以上抗う術はないはずだ。
 と、よく見ればその左手には、没収して近くに置いていた彼の荷物があった。しかしそばにあったはずのナイフはどこにもない。
「何が言いたいんだよ!」
「あなたは、“終くん”ですよね?」
「……だからなんだよ!」
 奇妙な質問に、終が声を荒げる。
 まるで誰かの口調を真似るような言い方だった。
 そんな呼び方をするのは、ここではメフィストか保胤だけだが、わざわざ似せる理由がわからない。
(……ちょっと待って)
 ふと、何かが引っかかった。
 二人以外の別の誰かが、そんな呼び方をしていた気がした。
 おぼろげな記憶に残っているのは、見知らぬ女の声。
「やはり“終くん”でしたか。ならばやはり、ご自分でやった方がいいと思いますよ」
「何をだよ!」
「もちろん、仇討ちです」
「な……」
199No Mercy 2:King's Howling (10/28)  ◆l8jfhXC/BA :2006/12/23(土) 00:10:02 ID:MMYxmT8/
 当然のように言い返す古泉に、終が絶句する。
 その瞬間、ダナティアの疑問は氷解した。

『いや…やめて…こないで…始さん…聞こえているんでしょう?、なんできてくれないのよお!
始さんっ!続くん!終くん!余くんっ!』

「仇討ちって、誰の……」
「それはもちろん」
「やめなさい!」
 最悪の符号に気づいて割り込むが、パイフウの拘束に割かれて魔術は使えない。
 ただの叫びを気にも留めず、古泉はあっさりと事実を告げた。
「午前にここで放送をかけた、あなたの仲間です」

「なんだって……?」
 こぼれた言葉は、ダナティア達以上に愕然としていた。
 肩を震わせながら、ゆっくりとパイフウの方へと視線を向ける。
「あんたが、茉理ちゃんを……?」
「落ち着け終!」
 その表情が驚愕から憤怒に変わるのは、ものの数秒もかからなかった。
 しかし糾弾された当人はやはり平然としたまま、肯定も否定もせずに黙り込んでいる。
 その反応にますます怒りを強め、終はパイフウへと歩み寄る。
「終……!?」
 そこから先の変化は劇的だった。
 彼の露出した部分の肌が真珠色に輝き、爬虫類のそれに変わっていく。
 憎悪に近い怒気が溢れ出し、人のものではない瞳孔がパイフウを射抜く。
(こんなときに……!)
 終の正体は当人から聞いていた。
 兄の死を告げられた直後、数時間意識を失い、その力が暴走していたことも知らされていた。
 今の彼の状態は、まさにその再現だ。
「茉理ちゃんを、あんな風に……!」
 絞り出すように呟くと、終は勢いよく床を蹴った。
 直後、人外の咆哮が部屋中に響き渡った。
200No Mercy 2:King's Howling (11/28)  ◆l8jfhXC/BA :2006/12/23(土) 00:11:18 ID:MMYxmT8/


《運命は暴走を許さない》
 その叫びをかき消すように、ふたたび虚空から声が発された。
 ベルガーの手首がひねられ、パイフウの脇腹にあった長い黒刃が、彼女と終の間の床から天井を一気に走った。
 “接近”という運命を斬られ、終の軌道が外れる。
 しかし、それだけだった。
 すれ違って数歩走ると、即座に彼は反転する。一層勢いをまして、パイフウの元へと駆けた。
 その結果に歯噛みするベルガーに、しかし“運命”はそれ以上答えなかった。
 竜王を一時的にでも妨げた刃は、跡形もなく消えていた。
 精燃槽を再装填する暇はない。もはや彼らの間に障害は存在しなかった。
 このままいけば、回避できずにパイフウは死ぬ。
(……いけない!)
 確かにダナティアは、パイフウの態度が変わらなければ本当に殺すつもりだった。
 結果から見れば同じだろう。しかし、意味は大きく違う。
 復讐で繋がる恨みの連鎖こそ、ダナティアが一番止めたいものだ。
 彼をこんな形で、殺人者にしてはいけない。
「……っ!」
 一瞬の逡巡の後、ダナティアはパイフウの拘束を解いた。
 突然の解放に体勢を崩しながらも、彼女は肉薄する終を横に転がってかわす。
 彼の全力の一撃は、壁にめり込んで終わった。
 確実に当たるはずだった攻撃がはずれ、その表情に驚愕が浮かぶ。
 鱗の輝きが徐々に収まっていく中、ゆっくりとこちらに視線を向けた。
「…………」
 そこには、復讐を阻止された恨みの感情はなかった。
 助けを求める手をはたかれた子供のような、ひどく悲しそうな視線がダナティアを射抜いていた。
201No Mercy 2:King's Howling (12/28)  ◆l8jfhXC/BA :2006/12/23(土) 00:12:00 ID:MMYxmT8/
「おい、何を──!」
 ゆえに、すべての原因である少年から、完全に注意がそれていた。
 振り向いたときには、古泉がポケットから出した何かを投げた後だった。
(あれは……?)
 風でさらう暇もなく、ただ思考を走らせることしかできない。
 それは、ベルガーの持っていた精燃槽によく似ていた。
 放物線を描いて飛ぶそれの一方の端には、短く切られた針金がついている。
 落ちる先には誰もいない。ただ、他とは離して置かれていたベルガーのデイパックがあるだけだ。
 ──開いた口から弾薬の山が見える、デイパックが。
「……!」
 その意図を理解したときには遅かった。
 ばち、と音がした刹那、デイパックから閃光が煌めき、耳を突き破らんばかりの爆音が響いた。



「この──!」
 膨大な熱量が迫る瞬間、ダナティアは左手を伸ばし、力の限りの魔術を放った。
 灼熱が仲間に届く前に、周囲の風精霊を逃がして真空状態にし、勢いを殺す。
 消火はダナティアの得手だ。普段ならばこれほどの勢いでも数秒で消せる。
 そう、普段ならば。
(ぐぅっ……)
 思い通りに働かない魔術に歯噛みしながら、耐える。
 杖の不所持。能力制限。疲労。失血。腕の痛み。
 積み重なった不利な条件が負担になり、文字通り身を削っていく。
(……それでも、あたくしだけの犠牲で助けられるのなら安いものよ!)
 手の届くすべてを救い出す。そのためならば、自分の命などいくらでも支払える。
 爆風と逃がした空気の衝撃に、誰かがうめく声が聞こえた。時間をかけてはいられない。
 ──言葉の持つ力を高めなさい。
 一番最初に師からもらった助言を噛みしめ、叫んだ。
「道をお開けっ!!」
 意志と魔力をこめた声が、爆音を遮るように響き渡った。
202No Mercy 2:King's Howling (13/28)  ◆l8jfhXC/BA :2006/12/23(土) 00:12:36 ID:MMYxmT8/



 声に押されたように急激に炎が縮まると、やがて爆発は収まった。
 後にはただ、視界を塞ぐ熱と煙だけが残った。
(よかった……)
 呟きは声にならず、ただ大きな息が漏れた。
 目がかすんでいる。意識は間もなく途切れるだろう。
 それでもまだ生きていられると、ダナティアは確信していた。
 ここにいる彼らならば、きっと助けてくれる。
 心から安堵したまま、前方へと身体が崩れ落ちる。視界に床が迫り、

 突然それが天井に変わった。

(え……)
 やはり声は出せず、短い吐息だけが漏れた。
 何が起きたのかわからない。ただ、身体が何かに抱えられている感覚だけを理解する。
「貴様──」
 アラストールの声だけが、何か切羽詰まった状況を知らせていた。
 それに抗うことはもはや出来なかった。ただ緩慢に、先を見つめる。
 上を向いていた視界は瞬く間に下がり、黒い壁が眼前に迫る。
(……黒?)
 新たな疑問が浮かんだ直後。
 ガラスの割れる鋭い音と共に、ダナティアの身体は夜の空気に投げ出されていた。
203No Mercy 2:King's Howling (14/28)  ◆l8jfhXC/BA :2006/12/23(土) 00:13:09 ID:MMYxmT8/



「──ぐぅぅっ!」
 マンション下の緑地に叩きつけられ、それでも勢いを殺せず芝生の上を転がった。
 その衝撃と痛みに、ダナティアの意識は強制的に覚醒された。
「……!」
 少し遅れて落ちてきた二人組を見て、初めて投げ落とされたと理解できた。
 古泉を抱きかかえたままきれいに着地を決めたパイフウは、こちらに目もくれずに夜の闇へと消えていく。
「皇女!」
 ペンダントから焦燥に満ちた声が響く。
 喘ぎながら芝生を握りしめて意志を示すと、今度はわずかな安堵が漏れた。
 まだ大丈夫だ。まだ死なない。まだ死ねるものか。
 待機側で起こった出来事を解決しなければならない。
 逃げた二人を追わなければならない。
 終の心を救わなければならない。いや、彼だけでなく、手の届くすべての者達を。
 歯を食いしばって、生き抜く意地だけで這い上がる。
 と。
「ねえ」
 ダナティアでも、アラストールのものでもない声が響いた。
 ざっ、と芝生を踏み進む音がする。
 視線を上げると、こちらに歩いてくる人影があった。
 マンションの明かりに照らされて見えるのは、短い茶髪にマントを羽織り──全身を血で濡らし、左眼が白く染まった少女の姿。
「……ぁ」
 パイフウの姿が消えた直後、外を透視したときに見かけた少女だった。
 その時はまだ、マンションからある程度離れた場所にいたのだが、明かりを頼りにここまで歩いてきたらしい。
 ──先程の爆発を恐れもせずに。
「あなた、さっきの放送をかけた人?」
 ある程度近づくと、彼女は足を止めて問いかけてきた。
 明らかに瀕死のダナティアを見ても驚きもしない。ただ疑問に対しての応答を、じっと待っている。
 不審を抱きながらも、ダナティアは首を縦に振って答えた。
204No Mercy 2:King's Howling (15/28)  ◆l8jfhXC/BA :2006/12/23(土) 00:14:08 ID:MMYxmT8/
「よかった。あたし、伝えたいことがあってここに来たの」
 少女は微笑みを浮かべた。
 そして諭すように、どこか嬉しそうに語り出す。
「ルールなんてないの。
もしかしたらあったかもしれないし、さっきあなたが言った瞬間に生まれたのかもしれないけど、ないのと同じなの。
どんなに頑張っても、全部無駄になっちゃう」
 笑んだまま、一息ついて、
「だって、あたしが全部壊すから」
 同時に何かが虚空から放たれ、ダナティアの首に巻き付いた。
「貴様は、パイフウが言っていた……」
 眼前に張られた銀の糸を見て、アラストールが代弁する。
 それはメフィストの診察時にパイフウが述べた、自らに大怪我を負わせた少女の能力だった。今思えば、特徴もまったく同じだ。
 だがその力よりも、ダナティアは彼女自体に寒気を感じていた。
 その話し方は、まるで──
「あなたは、何?」
「え?」
 会話を終わらせまいと、頭に浮かんだ問いを放った。
 質問を受けた少女は不思議な顔をした。小首をかしげて眉根を寄せ、考え込む。
 その隙に、文字通り力を振り絞って魔術を練る。
 こんな状態でも確実に成功できる、使い慣れた転移の術を。
 痛みに耐えて土を掻き、最後に見た黒煙混じりの光景を強く思い浮かべ、
「教えてあげない」
 素っ気ない拒絶が、その意志を捻り切った。



205No Mercy 2:King's Howling (16/28)  ◆l8jfhXC/BA :2006/12/23(土) 00:14:40 ID:MMYxmT8/
 叫ぶ男の声をかき消すように、ねじ切れた女の首から大量の血液が噴き出した。
 脚にかかったそれを不快に思いながらも、フリウは死体へとゆっくりと近づく。
 止め処なく溢れる鮮血の中から、声を響かせ続けるペンダントを見つけると、それにも念糸を伸ばす。
「貴様──っ」
 しかし意志を込めたところで、全身に痛みを覚えて咄嗟にほどいた。
 精霊相手に使ったときのような、強い抵抗。
 どうやらこのペンダントの中には、それに類する力が働いているらしい。
(……いいや、どうせ後で壊れるし)
 すぐに思考を打ち切ると、フリウは死体に背を向ける。
 声はまだ聞こえていたが、すべて無視する。
 新たに眼前に映ったのは、かなりの高さを誇る、五棟の建造物。
 うち一棟を見据えて、フリウは開門式を唱えだした。
 嬉々として、唄うように。


                            ○


(まったく……ここでなら少しはゆっくり休めると思ったのになぁ)
 部屋の隅で、臨也は胸中で溜め息をついていた。
 一連の騒動が終わった待機側の一室は、未だに重い空気に包まれていた。
 騒乱の原因の少女は、あの直後に正面の窓から飛び降りて既にいないが、彼女の爪痕はあまりにも大きすぎた。
 何かを延々と呟き続ける千絵と、それを宥めながら携帯でずっと連絡を試みる保胤。
 先程音信不通にしびれを切らしたリナは、様子を見るために武器だけ持って、地下経由でダナティア達のマンションへと向かっていた。
 そして足下には、横たえられた二つの死体。
(……あーあ。まさかあんなにあっさりやられるなんてなぁ。君まで予想を裏切らなくたっていいのに)
 その一方──影を失った肌をシーツで隠されたセルティの方をみて、今度は本当に息を吐く。
 彼女が過剰な疑念を持った末に死んでしまったことは、臨也にとって大きな損失だった。
 互いの性質をよく理解しているため、彼女が行動の障害になる可能性は確かにあった。
 だがそれを差し引いても、状況によっては全幅の信頼が置ける、付き合いの長い人間を失ったことは痛すぎる。
206No Mercy 2:King's Howling (17/28)  ◆l8jfhXC/BA :2006/12/23(土) 00:15:19 ID:MMYxmT8/
(セルティの心理状態を甘く見た俺のミスが大きいけど、元はと言えば……くそ、なんで死んでも俺を煩わせるかなあいつは)
 静雄の疑念を利用してセルティを扱いやすくしたつもりが、逆に死に至らしめてしまった。
 死体になっていようが、彼に関わるとろくなことがないのは変わらないらしい。
 彼の死亡により生まれていた高揚感は、今では苛立ちに変わっていた。
(まぁ、慶滋保胤への対抗策は、一応残ってるけどさ)
 もう一方の死体──藤堂志摩子の方へと視線を向ける。
 彼女も身体をシーツで覆われ、苦悶の表情はハンカチで隠されていた。
(めった差しにされた上に最後にあんなもん飲まされたんだから、苦しかったろうねぇ)
 疑心暗鬼の末に殺された少女には、若干の哀れみがあった。
 止めを刺したのは、他でもない臨也自身だったが。
 あの時“不死の酒”と聞いて、臨也は咄嗟に自分のデイパックに入っていた“酒”──アルコール度数九十六度のウォッカ、スピリタスを転がしていた。
 取り出した際には、彼の注意は完全に志摩子に向いていた。
 そして焦燥に駆られる彼に、よく似た形の酒瓶のラベルを確かめる余裕などない。
 もちろん彼女が苦しみ出して、彼が酒に疑問を持てばすぐに発覚するだろう。
 ゆえに、コート下に“本物”を忍ばせて近づき、注意が向く前に“偽物”を回収、“本物”と持ち替えた。
(“不死の酒”なんて言う貴重なもの、ただの足手まといに使えるわけないじゃないか)
 彼の言からすれば、相当な大怪我でも治せてしまうものなのだろう。
 ならばもっと有力な人材に使うべきだと考え、咄嗟に入れ替えを思いついた。
 唯一の懸念材料は保胤の霊能力だったが、いくら幽霊になっても失血と高アルコールに苦しむ最中の出来事など説明できないと踏んでいた。
 この結果とシャナの情報をうまく利用できれば、うまく彼を追いつめられるだろう。
 後者のために、セルティとの静雄関連の筆談に使った紙も回収してあった。
 もちろん、今回の失敗をふまえてより慎重に立ち回るべきだが。
207No Mercy 2:King's Howling (18/28)  ◆l8jfhXC/BA :2006/12/23(土) 00:16:04 ID:MMYxmT8/
(……でも、この集団自体雲行きが怪しそうなんだよねぇ)
 ダナティア達のいるマンションから爆音が響いたのは、リナが出ていった直後だった。
 万全の戦力を集めた“舞台”があの程度で沈むとは思えなかったが、何か不穏な事態が起こったのは確かだろう。
(牽制は無意味だったみたいだね。元からあまり期待してなかったけど)
 情報交換の際、訪問者の片割れである古泉一樹に対して、互いに手を汚す覚悟があることと、集団に手を出さないことを言外に伝えていた。
 彼は臨也が公民館にいたことに反応し、自分も訪れたことを発言した。
 しかし、その場所──死体が六つもある状況については一切触れなかった。
 その示唆に対し、臨也がナイフ──“あえて放置した”ナイフを“置き忘れた”と言い替えることで返しても、彼は何ら不審を示さなかった。
 死体に刺さっているナイフを、“置き”忘れたとは絶対に言わないにもかかわらず。
 その後それとなく釘を打っておいたのだが、どうやら無駄だったらしい。
 このことがダナティア側にばらされてなければいいのだが。
(相方ともども、電話越しに伝えられた情報は覚えてる。
……まぁ、再会しても、その時の状況次第では水に流すことも必要だね)
 あくまで柔軟に対応しなければ、この島では生き残れない。場合によっては組むことも考慮に入れるべきだ。
(既にこっちは二人減ってる。あっちに起きたこと次第では、逃げることも考えた方がいいかもね。
……確かに面白いことになってきたけど、もう少し平穏に行きたいなぁ。何せ自分の命がかかってるし)
 カーテンをわずかにめくって見えた黒煙は、未だに不穏の象徴のように湧き上がっていた。


                            ○


 市街地北の林の中で、茉衣子は身を縮めて潜伏していた。
 緑地へと飛び降りた後、慣れない衝撃に数分はうずくまっていたが、幸い追手は来ず、怪我もしなかった。
 そして用事を済ませた後に、ここまで逃げて来た。
 ひとまずは休息を兼ねて放送を待ち、次の禁止エリアの情報を掴むつもりだった。
『しかし……本当によかったのか?』
「何がでしょう」
 ぼんやりとしていると、首にかけ直したエンブリオから声が響いた。
208No Mercy 2:King's Howling (19/28)  ◆l8jfhXC/BA :2006/12/23(土) 00:16:50 ID:MMYxmT8/
『あんなことして出ていってよ。
オレはずっと雑談してたが、あいつらがあの女の仲間だとはまったく思えなかったぞ』
「あの騎士のことを知っていて、しかも弁護していたのです。間違いありません。
おまけにあんな、班長の……っ」
『あの男……いや女か? は単にああいう種族なんじゃねえか? オレと普通に筆談出来てたぞ』
「筆談出来るくらいが何だというのですか?
わたくしに嘘を伝えて隙を作った男だって、とても穏やかな方だったじゃないですか」
(そう、あんな言葉……嘘に決まっています)
 動揺した瞬間にあの首無しが来たことから、時間稼ぎの嘘だったことは確信していた。
 元々あの女の下僕なのだ。信用できるわけがない。
 そう強く自分に言い聞かせ、手元にある口の開いたデイパックに視線を移す。
(……班長が前言を翻すことなんて、ありえませんものね?)
 見慣れた頭部が返事をすることはなかったが、そこにあるだけで安心できた。
 緑地へと飛び降りたのは、宮野の遺体を掘り返すためというのもあった。
 あの女の仲間の近くに、彼を埋葬しておくなど我慢出来なかった。
 しかし全身を掘り起こす余裕はないため、切り離された頭部だけを回収していた。
 安心して埋葬できるところは、この先見つかりそうにない。このまま持っているしかないだろう。
 デイパックは、眼前に転がる死体のそばにあったものだ。
 さすがに抱きかかえたままでは動きづらかったので、ちょうどよかった。
(食料も残っていましたし、抵抗できる武器も手元にあります。生き延びられる時間が増えました)
 同じくそばにあったスタンロッドらしきものはデイパックに収めてあり、さらに先程の短剣を右手に握っている。
 後者は首無しの化け物すら屠れた代物だ。切れ味が非常によく、何より軽くて使いやすい。
 先程の無力な状態よりも、生存の可能性がはるかに高くなっていた。
(……これを使えば、帰れる?)
 諦めたはずの夢物語にも、わずかな希望が見えてきた。
 もちろんそれを叶えるには、不必要な殺人に手を染めなければならないが──
209No Mercy 2:King's Howling (20/28)  ◆l8jfhXC/BA :2006/12/23(土) 00:17:44 ID:MMYxmT8/
『もしかしてお前、誰も信じられないから皆殺しにするつもりなのか?』
「……出来るわけないでしょう」
 突然思考を指摘され、わずかに言い淀む。
 精神を自在に操れる者の暗躍を知った今では、とても赤の他人を信用する気にはなれなかった。
 確実に信頼できるのは自分自身。
 それと、喋ることしかできず、操っても意味がないエンブリオだけだ。
「信用できるかどうかは、実際に会ってから判断します。彼らが敵なのは明確でした。
……それにしても、先程からあなたにしては妙に絡んできますね」
『ラジオの旦那ほどじゃねえが、オレにも情ってもんぐらいあるからな。
……目の前で破滅されんのは寝覚めが悪いんだよ』
「…………」
 意外な言葉に、二の句が継げなくなる。
 言い方はどうであれ、気を遣われるのには慣れていない。
 だからあの少女にあんなことを言われたとき、心を許しそうになってしまった。
 彼女には、日頃若菜に対して感じているものと似た、暖かさがあった気がした。
(でも、そんな方でさえあの女の人形になっているんです。もう二度と油断はしません)
「……あなたの考えがどうであろうと、判断するのはわたくしです。
いちいち口を挟む必要はありません」
『あー、そうかい。ならいっそ、早く消した方が静かになるんじゃねえか?』
「あなたは誰にも殺させません」
 数時間前と同じように即答し、しかし少し考えて言葉を加える。
「でももし、またあなたがあの女の手に渡りそうになったのなら……そのときは、わたくしがあなたを殺します」
『……そりゃ楽しみだ』
 呆れが混じった声を最後に、十字架は喋るのを止めた。
 途端に、周囲が沈黙に包まれる。木々の音だけがやけに大きく耳に響いた。
 一人だけこの世界に取り残されたような錯覚を覚え、茉衣子は強くデイパックを抱いた。
 血が染みついた生乾きの布地が肌に張り付いて、ひどく寒かった。
210No Mercy 2:King's Howling (21/28)  ◆l8jfhXC/BA :2006/12/23(土) 00:18:25 ID:MMYxmT8/


                            ○


 時間を稼ぐためにダナティアを投げ落とし、自らも飛び降りた後、パイフウは西にあった長い石段の前まで逃亡していた。
 そこで抱えていた古泉を下ろすと、彼のデイパックからナイフを取り出し、石段に座り込む。
 右脚に念入りに気を当て、埋め込まれた針金を探ると、そのナイフで躊躇無く抉り出した。
 痛みはあるがそれだけだ。思いを巡らせる余裕さえある。
(迷いが取れても、あれだけ苦戦するなんて最悪ね)
 “以前の仕事”でよく使っていた発勁は、やはりかなり制限されていた。
 微妙な力加減が不可能なため、以前のように心臓麻痺を狙うことも出来ない。殺気を消せないのも痛すぎる。
 思ったよりも消耗が激しかったこともあり、結局一度しか使わなかった。
(それでも、ほのちゃんのために……いえ、結局はわたし自身のためなんでしょうね)
 ダナティアに宣言したとおり、確かに彼女に背負わせたくないというのもあった。
 だがそれ以上に、彼女に自分の殺人を知られるのが怖かった。
 過去に二度、火乃香はパイフウのために人を殺していた。どちらの時も、彼女は泣いていた。
 二度目のときには、本当にどうすればいいかわからなかった。文字通り彼女に合わせる顔がなかった。
 それが逆の立場になれば、火乃香はどう思うか。
 きっと、その二度以上に強い感情を抱くだろう。どんな感情かは想像できなかった。したくなかった。
(それでもわたしは……あの子を、エンポリウムを取り戻したい。あの子に、知られる前に)
 動揺は内心だけに抑え、淡々と作業を続ける。
 両腕からも針金を抜き出すと、気で二つに断ち切った後、西の森辺りに投げ捨てた。
 次に外套の下に羽織っていたジャケットを脱いで、ナイフで切り裂く。
 細く裂いたそれを、抉った部分と脇腹の怪我に縛って止血した。
 どれもそれほど深い怪我ではない。気を練ればすぐに治る。
 これとは別に両腕の骨に若干ヒビが入っていたが、同じだ。
 最後に穴が空いてしまった外套の動作を確認するが、迷彩は起動しなかった。
 再起動に必要な十分が経っていないためか、穴のため使用不能になったのかは今のところ不明だ。
211No Mercy 2:King's Howling (22/28)  ◆l8jfhXC/BA :2006/12/23(土) 00:19:43 ID:MMYxmT8/
 どちらにしろ血痕がついてしまっているため、使う機会は限られる。
 なにより、起動までの十分を稼ぐのが面倒だ。
 それさえなければ、あの時紙を破り捨てて注意を引き、心情を吐露する必要など無かった。
 しかし、防刃と防弾、加えて耐熱の機能は役に立つだろう。
 結局、怪我の上からふたたび着込んだ。フードだけは邪魔なので垂らしておく。
 すべての行程を手際よく終わらせると、横から手を叩く音が聞こえた。
「さすがですね。文字通り僕とは住む世界が違うようです」
 称賛の言葉を放つ古泉の表情は、マンションに入る前と変わらぬ爽やかな笑みだった。
 あの放送が終了した直後から、マンションへ行くことは決めていた。
 彼には特に何も話すつもりはなかったのだが──同じ場所で行われた、十一時の放送のことをぽつりと呟いたのがまずかった。
(いえ、今となっては、幸運と言えるんでしょうね)
 彼にその情報が伝わっていなければ、今パイフウはここに立っていない。
 どうやら彼は、あの男女の放送をまったく聞いていなかったらしい。
 しつこく食い下がるのが鬱陶しかったので、適当にその内容と、自分がその二人を殺害したことを告げてやると、彼はわずかに驚いた。
 古泉とまともに会話をしたのは、その放送のことくらいだ。無論管理者のことなど話してない。
 後は潜伏状態から殺戮に移る際の合図を“やれやれ”にすることを彼が一方的に告げ、実際そうなってしまったが、了承した覚えはない。
 一方的と言えば、機転の後の行動もそうだ。
(あの状況であんなものを投げられたときには、一瞬自棄になったのかとも思ったけど)
 彼が弾薬の詰まったデイパックに向かって投げたのは、片方の端子に針金を繋いだ、支給品の懐中電灯に取り付けられていた乾電池だった。
 金属に端子が強く擦られ、さらに針金で金属越しに両端子が繋がれば、ショートして過大な電流がそれに流れ込む。
 不自然に膨らんだ──懐中電灯などに逆装填して、発熱するまで過充電したらしいものならばなおさらだ。
212No Mercy 2:King's Howling (23/28)  ◆l8jfhXC/BA :2006/12/23(土) 00:20:22 ID:MMYxmT8/
 ──金属である弾薬の薬莢を利用して、内部の火薬を爆発させ、それをあえて防がせることによって隙をつくる。
 今思えばそのような作戦だったのだろう。もちろん事前説明などない。
 銃弾を何度も防いだ技術があるのは放送で確実なため、今思い返せばそれほど無謀な策ではなかった。
 あの状況でならば、賭ける価値は確かにある。
(自分を殺そうとした人間に協力を持ちかける無謀に見合う、度胸と頭はあるってことね)
 文字通りの“暗殺”が行いにくいこの場では、彼のような見た目無害な人間がそばにいた方が楽かもしれない。
 そう考えたことも、彼を助けた理由の一つだった。
 ただし、あくまで一つだ。
「ところで、一つ疑問があるのですが、お聞きしてもいいですか?」
 黙り込んだまま座っていると、ふたたび声が掛けられた。
 特に答えずにいると、それを肯定と取ったらしく言葉を続ける。
「なぜあなたは僕を助けたんですか?」
「なぜあなたはわたしを助けたの?」
 予想していた質問に、即座に質問で答えを返した。
 その答えを知りたかったというのが、古泉の問いに対する一番の答えだった。
 ただ単に、なぜあんな状況で自分の側についたのかが気になった。言うなれば気まぐれの割合が多い。
 問い返された彼は、わずかに驚きを見せて黙り込んだ後──郷愁のような感情をわずかに含ませて、ぽつりと呟いた。
「共感したものですから」
「え?」
 意外すぎる言葉に、あっけにとられる。
 咄嗟に何に、と聞こうとして、
「まぁもちろん、あなたのように割り切っている方のほうが利用しやすそうというような利己的判断や、
大人数は何かと問題が多そうだからという消去法的な判断もあるかもしれませんがね?」
「…………」
 爽やかな笑みを浮かべたまま、そんな言葉が加えられた。
 先程とは別の意味で唖然とし、今度はすぐに気を取り直すとすと、嫌なものを払うように髪をかき分けた。
 彼の言葉は、考えるだけ無駄だ。
213No Mercy 2:King's Howling (24/28)  ◆l8jfhXC/BA :2006/12/23(土) 00:20:57 ID:MMYxmT8/
「……あんな風に助けるのは今回だけよ。男を抱きかかえるなんて二度としたくないわ」
「ということは、“あんな風”でなければ今後も助けて下さるのですか?」
「揚げ足を取ったところでわたしの感情は変わらないわ。男はみんな嫌いなの」
「……心に留めておきます」
 一方的に告げても、帰ってきたのは苦笑だけだった。
「少し休んだ後、零時の放送が終わったら動くわ」
「怪我の方は大丈夫なんですか?」
「そのうち治るからどうでもいいわ。狙撃くらいは出来るもの」
「あのマンション自体もそうですが、どこかにいるもう一方の集団にも立ち寄らない方がいいですよ」
「言われなくても、もうあの同盟には関わりたくないわ」
 矢継ぎ早に紡がれる言葉に、短く淡々と答えを返す。
 行動を共にしてまだ短いが、彼は無視した方がうるさくなることを既に理解していた。
 適当にあしらうと強制的に会話を打ち切るために、立ち上がって行動で示し、
「……!」
「? 何か……!」
 見回した視界に、嫌と言うほど見てきた白い影が映った。
 逃げてきた市街地の中心、すべての明かりが灯ったマンションの隣に、音もなくそれは現れていた。
「どうやら僕達は、かなりタイミングがよかったようですね」
「……行動を変更するわ。ここであれから逃げてきた人間を狙撃する」
 一瞬強張った身体を振り切るように、彼の荷物からライフルを引き抜いて歩き出す。
「視界と足場が……いえ、あなたには杞憂でしたね」
 彼の言葉を最後まで聞かずに、石段を登り始めた。
 歩くたびに刃で抉った脚が痛んだが、いくらでも我慢できる。
(わたしは、あれと同じものにならなければならない)
 もう一度白銀の塊を振り返り、改めて決意する。
 すべての行動を殺人のみに帰結させなければ、火乃香を守ることは出来ない。彼女に再会することも諦めた方がいいだろう。
 ただ脳裏に浮かんだ彼女の笑顔を強く心に刻んで、パイフウは眼前の闇を踏み締めた。


 そして、破壊の王の咆哮が、市街地全域に響き渡った。
214No Mercy 2:King's Howling (25/28)  ◆l8jfhXC/BA :2006/12/23(土) 00:22:02 ID:MMYxmT8/
【036 セルティ・ストゥルルソン 死亡】
【062 藤堂志摩子 死亡】
【117 ダナティア・アリール・アンクルージュ 死亡】
【残り 49人】


【C-6/マンション2・2F室内/1日目・23:30】
【大集団/舞台組】
【ダウゲ・ベルガー】
[状態]:右肺損傷(一応傷は塞がったが、激しい運動は不可能)
[装備]:強臓式武剣”運命”、単二式精燃槽(残り四つ)、黒い卵(天人の緊急避難装置)
[道具]:なし
[思考]:現状の把握を最優先。シャナを助けたいが……
[備考]:天人の緊急避難装置:所持者の身に危険が及ぶと、最も近い親類の所へと転移させる。

【Dr メフィスト】
[状態]:物語に感染
[装備]:支給品不明、針金
[道具]:デイパック(支給品一式・パン5食分・水1700ml)
[思考]:現状の把握を最優先。病める人々の治療(見込みなしは安楽死)

【竜堂終】
[状態]:激しい動揺
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]:不明

※黒煙が部屋に充満しています。
・コンバットナイフ、騎士剣“紅蓮”、鈍ら刀、PSG−1(残弾20)、メガホン
 ダナティアのデイパック(支給品一式・パン4食分・水1000ml)
 が、部屋の隅にあります。
・携帯電話(呼び出し中)が机の上に置かれています。
215No Mercy 2:King's Howling (26/28)  ◆l8jfhXC/BA :2006/12/23(土) 00:22:43 ID:MMYxmT8/
【C-6/マンション1・2F室内/1日目・23:30】
【大集団/待機組】
【慶滋保胤】
[状態]:かなりの精神的ダメージ。不死化(不完全)
    ボロボロの着物を包帯のように巻きつけている
[装備]:携帯電話(呼び出し中)
[道具]:デイパック(支給品一式(パン6食分・水2000ml))、不死の酒(未完成、残り半分)
[思考]:舞台組の連絡を待つ。千絵を落ち着かせたい。
    静雄の捜索及び味方になる者の捜索。シャナの吸血鬼化の進行が気になる。

【海野千絵】
[状態]:物語に感染。錯乱中。かなり精神不安定
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]:不明
[備考]:吸血鬼だった時の記憶は全て鮮明に残っている。

【折原臨也】
[状態]:不機嫌(表には出さない)
[装備]:なし
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水2000ml)、
    ジッポーライター、救急箱、スピリタス1本(少し減った)、
    セルティとの静雄関連の筆談に使った紙
[思考]:保胤を集団内で孤立させたい。危なくなれば集団から抜ける。
    クエロに何らかの対処を。人間観察(あくまで保身優先)。
    ゲームからの脱出(利用出来るものは利用、邪魔なものは排除)。
    残り人数が少なくなったら勝ち残りを目指す
[備考]:クエロの演技に気づいている。
    コート下の服に血が付着+肩口の部分が少し焦げている。
216No Mercy 2:King's Howling (27/28)  ◆l8jfhXC/BA :2006/12/23(土) 00:23:27 ID:MMYxmT8/

・悠二のレポートその1(異界化について)、
 悠二のレポートその3(黒幕関連の情報(未読?))
 刻印研究をまとめた紙束
 探知機
 が、机の上に置いてあります。
・セルティの死体のそばに静雄のサングラス(破損)があります。
・リナのデイパック(支給品二式・パン12食分・水3000ml)
 志摩子のデイパック(支給品一式・パン3食分、水2000ml)
 が、部屋の隅にあります。


【C-6/マンション・地下駐車場/1日目・23:30】
【リナ・インバース】
[状態]:疲労困憊。魔法は一切使えない。
[装備]:光の剣(柄のみ)
[道具]:なし
[思考]:舞台側と接触する。千絵が心配
    美姫に苦手意識(姉の面影を重ねています)
    仲間集め及び複数人数での生存。管理者を殺害する。美姫を許す気はない


【C-6/マンション前/1日目・23:30】
【フリウ・ハリスコー】
[状態]:全身血塗れ。右腕にヒビ。正常な判断が出来ていない
[装備]:水晶眼(眼帯なし、ウルトプライド召喚中)、右腕と胸部に包帯
[道具]:デイパック(支給品一式・パン5食分・水1500mm)、缶詰などの食糧
[思考]:全部壊す。

※コキュートスがダナティアの血に埋もれています。
UCAT戦闘服(右腕部分に裂傷、胸元部分破損をメフィストの針金で修復)はダナティアが着用したままです。
217No Mercy 2:King's Howling (28/28)  ◆l8jfhXC/BA :2006/12/23(土) 00:24:08 ID:MMYxmT8/
【C-5/石段/1日目・23:30】
【古泉一樹】
[状態]:左肩・右足に銃創(縫合し包帯が巻いてある)
[装備]:グルカナイフ
[道具]:デイパック(支給品一式・パン10食分・水1800ml)
[思考]:ひとまずパイフウと共闘。出来れば学校に行きたい。
    手段を問わず生き残り、主催者に自らの世界への不干渉と、
    (参加者がコピーではなかった場合)SOS団の復活を交渉。
[備考]:学校にハルヒの力による空間があることに気づいている(中身の詳細は知らない

【パイフウ】
[状態]:両腕・右脚・脇腹に浅い刺し傷(すべて止血済)。
    両腕にヒビ(ヒーリングによる治療中)
[装備]:ライフル(残弾29)
    外套(数カ所に小さな血痕が付着。脇腹辺りに穴が空いている。
    偏光迷彩に支障があるかは次の人におまかせ)
[道具]:なし
[思考]:ウルトプライドから逃げてきた人間を狙撃する。
    ひとまず古泉と共闘。主催側の犬として火乃香を守るために殺戮を。
[備考]:外套の偏光迷彩は起動時間十分、再起動までに十分必要。
    さらに高速で運動したり、水や塵をかぶると迷彩に歪みが出来ます。


【B-6/林の中/1日目・23:30】
【光明寺茉衣子】
[状態]:体温低下。服が生乾き。強い疑心暗鬼。精神面にかなりの歪み
[装備]:銀の短剣、エンブリオ
[道具]:デイパック(支給品一式・パン4食分・水1500ml)、スタンロッド、宮野の首
[思考]:ひとまず放送を待つ。
    エンブリオを死守(美姫の仲間とおぼしき人物に取られそうになった場合は壊す)。
    帰りたい。
[備考]:夢(478話)の内容と現実とを一部混同させています。
218イラストに騙された名無しさん:2006/12/30(土) 19:00:02 ID:1+60DLD1
保守
219イラストに騙された名無しさん:2007/01/01(月) 00:17:58 ID:kGu4zF9y
新年保守
220イラストに騙された名無しさん:2007/01/01(月) 20:30:27 ID:kGu4zF9y
試験スレに置いといたの投下します
わけあって長時間放置になりました。すいません
221宣告は響く 1  ◆CDh8kojB1Q :2007/01/01(月) 20:33:09 ID:kGu4zF9y
『この愚かしいゲームに連れてこられた者達よ』

 突如として響いた澄んだ声。
 それはマンションを中心に波紋のように伝播していく。

『聞きなさい。あたくしの名はダナティア・アリール・アンクルージュ』

 森を越えて市外を越えて届いた言葉に対して、
 ゲームの参加者達は力強い響きに静かに耳を傾ける。
 そして、声はマンションから遠く離れた貨物船にも届いていた。

『あたくしはこのゲームに宣戦を布告します』

 貨物船の三人は確かに届く宣言を受け取った。
 一人はブリッジで、一人は船長室で、一人は船倉で。
 そして、三人全てが等しい思いを胸に宿した。
 この言葉を待っていたと。
 抗う叫びを待っていたと。
 そして感じた。快いと。
 離れた場所で、同じ境遇の誰かが自分達の意思を代弁してくれたのだから。
 脱出への望みはまだ絶たれていない。
222宣告は響く 2  ◆CDh8kojB1Q :2007/01/01(月) 20:34:25 ID:kGu4zF9y
「誰だか知らねぇが、ずいぶんと大胆だな……」
 船内に歩を進めたヘイズは一人こぼした。
 つい先ほどまで、彼は仲間と分かれて船長室の調査をしていた。
 机を引っ掻き回して積み荷の目録を探し当てたところで放送を耳にしたので、
 とりあえず作業を中止し、仲間と合流しようとして外へ出たのだ。
 目に映るのは長い通路とその端まで連なる船室、船室、船室。
 木造の外装から旧式の船だと侮っていたが、中身は外側ほど単純ではなさそうだ。
 その証拠に分岐した通路や、間隔を空けて設置された階段が見受けられる。
 どうやら船の上階には船室などが配置されていて、
 下部には船倉などがあるらしい。
 それらを適当に確認しながら進むと、

『――それでも尚、道を見失う事は愚かです』
 
 ダナティアなる人物の強い意志を感じさせる主張が耳に届いた。
 悪意は連鎖する、過ちは繰り返す。だから、ここで終わりにしよう。
 そしてゲームに乗る者は許さないと、ダナティアはきっぱりと宣言したのだ。

(不戦を説く、か。半数の参加者が死んでる現状じゃあ、まぁ当然だろうな。
 でもよ、忘れてないか? 午前中にお前と同じ事をした連中、
 そいつらに一体何が起こったのか。あの銃声を聞いてたはずだろ?)

 思案しつつ進むと通路にほどこされた装飾や、
 ルームナンバーしか変化しない左右の船室が、
 ヘイズの視界の内を後ろに向かって流れていく。
 周囲に響く、もう聞きなれたはずのたった一人分の靴音が、
 妙に無機質に感じられるのは気のせいだろうか。

『そして――』
223宣告は響く 3  ◆CDh8kojB1Q :2007/01/01(月) 20:35:23 ID:kGu4zF9y
そこで終わりだった。 
 中途までつむがれた言葉は雑音によってあっけなく崩壊していく。
 ダナティアの声は銃声によってかき消されてしまったのだ。
 あまりにも非情な終焉としか言いようが無い。
 やはり、和平を快く思わない参加者が存在していたようだ。

「クソッタレ! やっぱりこうなるのかよ!」
 予想しうる事態だった。
 それでも、ヘイズの期待は一時の間ダナティアへと向けられていた。
 もしかしたら、という僅かな期待が。
 しかし、その思いは無惨にも引き裂かれ、砕けて消えた。
 参加者が呼びかけに応じて集い、脱出への道を歩むというシナリオも
 所詮、かなわぬ夢だったのだろうか。
 そうヘイズが意気消沈する直前――。

『そして、進む者として告げましょう』

 消失したはずの言葉が再びつむがれ始めた。
 ダナティアは無事だったのだ。
 だから、ヘイズは思わず指をはじいた。

『あたくしは進撃します』

 宣告は続く。
 より力強く。
 より明朗に。
 同時に、銃声が連続して伝わってくる。
 ヘイズにはその音が宣言を打ち砕かんとする絶叫に聞こえた。
 しかし言葉は止まらない。
 ダナティアは脅威に対して屈していない。
 それはまぎれもなく、ゲームに乗った者達と主催者に対する
 明確な意志の表れだった。
224宣告は響く 4  ◆CDh8kojB1Q :2007/01/01(月) 20:36:22 ID:kGu4zF9y
銃声が九射まで連ねられた時、ヘイズは解した。
(なかなかの覚悟じゃねぇか。この女は――強い)
 宣言のもたらす効果は計り知れない。
 だが、ダナティア・アリール・アンクルージュの言葉は確かに伝わった。
 彼女は島の全参加者に対して、こっちを見ろと言い放ったのだ。
 現実に対して絶望するな、そして私のルールに従え、と。

 ヘイズ達を観客として、彼女は舞台に立った。
 もはや無視できる状態ではない。
 この放送を火乃香もコミクロンも聞いたはずだ。
 やはり、一旦集結しての意見交換が最優先だろう。

(整理するとこうか? ダナティアその他十二人が参加者に対して不戦を告げる。
 続いて、ゲームに対して反抗を宣言した。
 対する管理者の連中は沈黙。って、ずいぶん寛容じゃねぇか……?
 何か裏があるのか、脱出不可能とタカくくってんのか分からねぇな。
 ……保留すっか。で、反抗するに従い協力者を募るから乗ってないやつらは
 自分の所に来い、とまあこんなもんか)

 ダナティアの言葉を全面的に信用するなら、ヘイズ達にとって
 喜ばしい事に違いない。
 逆に邪推すると、反抗宣言につられてやってきた和平を望む参加者を
 仲間と共に一網打尽にしてしまう凶悪な罠ともとれるのだ。
「信憑性が低いっつう致命的事実を除けば、ツイてる展開なんだけどな……」
 一方的な放送ゆえに、こればかりは仕方が無い。
 参加者が激減しているこのタイミングでの放送、そして内容。
 対応は慎重にならざるをえないだろう。
225宣告は響く 5  ◆CDh8kojB1Q :2007/01/01(月) 20:37:20 ID:kGu4zF9y
ヘイズがつかつかと通路を進むと、階段に突き当たった。
 今までの下層だけにしかつながっていないものとは別で、
 上層へとつながる階段だ。
 ヘイズがその階段を半ば登りかけたところで、
『あー、テステステス。聞こえる? って言ってもあんた達の返事は
 こっちに聞こえないんだよね』
 頭の方から船内放送が聞こえてきた。

考えるまでもなく、火乃香の声だ。
 どうやら彼女も集合して意見交換を行いたいらしい。
 もっとも、ヘイズは火乃香からのお呼びがかかる事を
 五分ほど前から予測していたので、先に行動を開始していたわけだが。

『あんた達さっきの放送聞いてたよね? なんかえらそーな口調で
 宣戦布告してたやつ。んで、あたしとしては何らかの
 リアクション返してやりたいから非常事態宣言出すよ。
 さっさとブリッジへ来い、以上』
「……アイ、サー」 
 集合をせかす火乃香の声に対して、
 いつものやる気の無い態度でヘイズはぼやいた。
226宣告は響く 6  ◆CDh8kojB1Q :2007/01/01(月) 20:37:54 ID:kGu4zF9y
【G−1/難破船/1日目・21:35】

『戦慄舞闘団』
【ヴァーミリオン・CD・ヘイズ】
[状態]:健康。
[装備]:
[道具]:有機コード、デイパック(支給品一式・パン6食分・水1100ml)
    船長室で見つけた積み荷の目録
[思考]:仲間と相談、船の調査報告
[備考]:刻印の性能に気付いています。ダナティアの放送を妄信していない。


【火乃香】
[状態]:健康。
[装備]:騎士剣・陰
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1400ml)
[思考]:仲間と相談、船の調査報告


[チーム備考]:火乃香がアンテナになって『物語』を発症しました。
[チーム行動予定]:EDとエンブリオを探している。左回りに島上部を回って刻印の情報を集める。
227修羅の街 1  ◆CDh8kojB1Q :2007/01/03(水) 22:54:52 ID:XKPipUVg
 ひとけの無い路地を一人の男が疾走していた。
 その走法は一般人のものとは若干異なっていて、見る者次第では男が武術の
 達人だと看破することができるだろう。
 男が一歩踏み出すたびに、ドレッドヘアがばらばらと音を立てた。
 その特徴的なヘアの動きとは無関係に、男のジャケットも揺れている。
 端的に表すと、異様の一言に尽きるだろうか。
 ジャケットは丈が長いダークグレーで、なぜか花柄模様で飾られていた。
 男が花壇を背負うかのように見せているそれらは、単なる刺繍ではない。
 色とりどりの花々、その一枚一枚が高性能の爆薬なのだ。
 この花柄の上着とヘア、そして左目を刀の鍔で覆い隠した精悍な顔立ちは、
 魔界都市<新宿>の犯罪者達に対する赤信号だった。
 男の名は屍刑四郎。
 人呼んで――主に男と敵対する連中が用いる呼称なのだが、
 『凍らせ屋』という。

 <新宿>きっての敏腕刑事である屍が急いているのはなぜか。
 単純である。人命がかかっているのだ。
 ゲームと称された殺し合いで多くの命が散ってしまっている現状、
 もはや手の届く場所での殺人を見逃すことはできなかった。
 しかし屍が向かう先、一直線の路地には彼の目指す人物はいない。
 どうやら短時間で相当距離をつめなければならないようだ。

 屍は、ボルカンと名乗った少年を見失って後悔していた。
 保護を怠ったのは完全に屍自身の失策だ。
 ボルカンから聞いた話では、怪物は凶悪かつ乱暴者らしい。
 一度手放した獲物であるボルカンを見て、怪物が無事に済ますとは思えなかった。
 すでに悲鳴が上がっていることからして、二人は接触してしまったのだろう。
 もはや一刻の猶予も無い。
 屍は肩からずり落ちそうになったデイパックを担ぎなおして
 進足のスピードを上げた。
 その時、屍の右手の方角から二度目の悲鳴が聞こえた。
228修羅の街 2  ◆CDh8kojB1Q :2007/01/03(水) 22:55:33 ID:XKPipUVg
「あぁぁぁぁ! お許しくださいっ! 
もう逃げません抵抗しません欲しがりません勝つまではっ!?」
「をーっほほほほほほほほほほ! 殊勝な態度を示したところで
あたくしの決定は覆らなくってよ。男らしく潔くおし!」
 こわもての刑事から距離を取ったのもつかの間の安全だった。
 ボルカンは曲がり角でばったり小早川奈津子と遭遇し、
 あっさりと捕らえられてしまっていた。

 身も心も巨大な小早川奈津子といえども、自分を置き去りにした上に
 武器まで奪って逃げ出した下僕、すなわちボルカンを見逃すことはできない。
 出会いがしらにむんずと捕らえて長剣を取り返し、ついでに脚をつかんで
 逆さ吊りにしてしまった。
 ボルカンは手足を振り回して必死に抵抗していたが、
 相手は規格外の大女。さすがにどうしようもない。
 芋虫のような太い指につかまれて揺れるその姿は、
 まるで釣り上げられてもがくサンマかニシンのようであった。

 憎き竜堂終に逃げられて、美男の医者に投げ飛ばされて、
 おまけに武器まで奪われて不機嫌の絶頂だった小早川奈津子も、
 今はボルカンを捉えた達成感で満たされていた。
 そして、さあお仕置きの時間に入ろうか、と鼻息あらく腕を振り上げる。
 凶器といえる太い腕を見たボルカンは引きつった悲鳴をあげた。
 正義の天使は小悪党が狼狽するその様子を満足げに眺めると、
「をっほほほ。あたくしの機嫌を損ねた罪は重いぞよ。
今からたっぷりとオシオキしてあげるから覚悟おしっ!」
 一般人にとっては死刑宣告に等しい叫びをあげた。
229修羅の街 3  ◆CDh8kojB1Q :2007/01/03(水) 22:56:48 ID:XKPipUVg
 哀れボルカン。恐怖の具現、マスマテュリアの闘犬といえども
 小早川奈津子にぶっ叩かれ、人間バットにされ、
 この上さらにぶっ叩かれたりすれば気絶は免れない。
 いや、気絶で済むその強靭さを称えるべきだろうが、
 人生には耐えられるが故の苦痛というものも存在するのだ。
 このような虐待が続けば、ボルカンは今に増してオーフェンを恨むことだろう。
 どれもこれも全てオーフェンが悪い、と。
 うめき声をあげる地人の心情を小早川奈津子が察してくれるわけが無い。
 いざ、百叩きの刑に処してくれようず、と意気込んだところで、
「やめときな」
 どこからともなく声がした。

 小早川奈津子が声の主を探すと、ボルカンを捕まえた角のすぐ先に、
 一人の男が立っていることに気づいた。
 男は続ける。
「現行犯は問答無用で叩きのめすぞ」
 声の主は屍刑四郎。雨がしたたるその顔が、うすく笑みを浮かべていた。
 その容貌から発される警告は、並みの人間には恐喝に等しい。 
 スパイン・チラーの異名どおりに、相手の背筋を凍らすほどの凄みがある。
 しかし、相手はドラゴンにすら立ち向かう希代の女傑・小早川奈津子だ。
 『凍らせ屋』と真正面に向き合っても全く物怖じしていない。
「このあたくしに意見するとは、いったい何者だえ?」
 せっかくのお仕置きタイムに水をさされた正義の天使は、
 まるでごみくずを投げるかのように地人を放り捨てた。
「ぬおっ!」
 発した声は、突如として怪物から開放されたことに対する驚嘆か、
 それとも更なる不運を予期しての抗いの叫びか。知る者はいない。
 もしも彼がこの場から無事に逃走できたのならば、
 次の悲劇に巻き込まれること無く自由の時を謳歌できたのかもしれない。
 だが現実は非情。
 虹の如き放物線を描いて飛んでいくボルカンは、まるで狙い済ましたかのように
 路地の塀に後頭部を強打し、ぐっという呻きとともに昏倒した。
230修羅の街 4  ◆CDh8kojB1Q :2007/01/03(水) 22:58:32 ID:XKPipUVg
 図らずとも、小早川奈津子の理想どおりの展開になってしまった。
 路地を包む沈黙の中を鈍い衝突音が波紋を描いて広まっていく。
 そして塀にもたれかかったまま、ずるずるとへたり込むボルカン。
 少しでも意識が残っていたならば激しい抗議の声をあげただろうが、
 今はそれすらも叶わない。
 そんな下僕には一切の関心を払わない小早川奈津子は、
 すっかり興が冷めたといった表情で屍に一歩踏み出した。
 だが、次の瞬間に彼女の表情は一転、好奇を示す。
 まるで仮面を取り替えたかのような豹変ぶりだった。
 無骨者ともとれる屍の面構えが、どうやら眼鏡にかなったらしい。
「近づいてみたら、これはなかなかいい男。あたくしの下僕にしてあげましょう」
 万人がおののく威圧感、いや巨体ゆえの圧迫感、
 悪く表現すれば目障りなまでの存在感を振りまいて、女傑は屍に歩み寄った。
 だが魔界刑事は動じない。
 これまでやくざの威圧・恐喝は何度も打ち破ってきたし、
 区民を脅かす妖物達と相対したこともある。
 巨人が詰め寄る程度では動揺すらしない精神の持ち主なのだ。
 何より、彼は犯罪者になびく気などさらさら無い。
「お断りだ」
 と鉄の響きで一刀両断、あっさりと切り捨てた。
 
 予想外の返答――あくまで小早川奈津子個人の予想であり、
 十中八九の人間には当然といえる返答に対して、
 巨大かつ繊細な乙女心は大きな衝撃を受けたようだ。
 女傑の思考は単純であるがゆえに、直球の拒絶反応は受け入れやすい。
 心のダメージが身体にフィードバックして、小早川奈津子はよろめいた。
231修羅の街 5  ◆CDh8kojB1Q :2007/01/03(水) 22:59:21 ID:XKPipUVg
「あたくしの誘いを断るとはなんたる愚行……たっぷりと反省おしっ!」
 良き男 征服するのも また一興 心躍りし 秋の夕暮れ
 そんな歌を脳裏に浮かべ、相手に向かって走り出す。
 小早川奈津子は今の季節がよく分からなかったはずだが、
 性欲の秋とも評されるので秋にしたのだろう。 
 つまり、無理やり押し倒して事を成そうと考えたのだ。
 体当たりをくらった相手が多少の怪我を負おうが、構わない。
 乙女心が受けた傷に比べれば浅いのだから。
 そんな御前イズムを全開にして、小早川奈津子は屍目指して突撃した。

 一方、屍は小早川奈津子の内心などつゆも知らない。
 ただ単純に相手が襲ってきたものと了解する。
 ボルカンからは「怪物」と報告されているので、もはやためらいは無い。
 巨体の突撃に対して寸前まで相手を引き付け、
 丸太のような両腕が左右から押さえ込もうとする
 その動きを読んで横へ飛び退く。
「をーっほほほほ、観念したようね――なんとっ!?」
 直前まで動じなかった屍をそのまま押し倒せると思っていたのだろう。
 怪物の声には感嘆の響きがあった。
 次の瞬間、目標を失った巨体が路地の塀へと突っ込んでいった。
 屍は相手がそのまま塀にぶつかって昏倒するだろうと予想し、
 ボルカンの方へと踵を返す。
 しかし、その耳に届いたのは壮大な破砕音だった。
 小早川奈津子の体当たりを止めるどころか、逆に塀が崩壊してしまったのだ。
 まさに人外魔境の破壊力。
 あんな体当たりをまともに受ければ『凍らせ屋』とて無事では済むまい。
 最悪、打ち所が悪ければ命にかかわる。
「暴行罪・刑事に対する殺人未遂――もう十分だな」
 この瞬間、小早川奈津子は屍刑四郎に犯罪者と認定された。
 屍にとっては凶悪犯であるほど、命の価値が反比例に下がっていく。
 この犯罪者に対する苛烈さも魔界都市<新宿>ならではであった。
232修羅の街 6  ◆CDh8kojB1Q :2007/01/03(水) 23:00:00 ID:XKPipUVg
 ふっ、という独特の呼吸音と共に屍は小掌を放った。
 屍が扱うジルガと呼ばれる武術の型にのっとったもので、
 本来ならば手榴弾並の衝撃を相手に叩き込む技だ。
 制限によって劣化していても、並の人間は一撃で再起不能になる威力。
 だが、あくまで相手が並の人間だったのならば、という場合である。
 屍が並みの刑事でないのなら、小早川奈津子も並みの大女ではなかった。
 塀を打ち崩したばかりの巨大な肉体に小掌が命中する。
 完璧なタイミングと完璧な威力。
 さすがの女傑も塀の向こうに吹き飛ばされる。
 だが、一旦の間を置いてから即座に立ち上り、けろっとした様子で復帰してくる。
 屍は眉をひそめた。

 確かな手ごたえはあった。しかし肉を打っただけで体の芯までダメージが
 入っていなかったのだろうか。
「をっほほほほ! ちょこざいな」
 小早川奈津子は腰の辺りのほこりを手ではらった。
 その隙を見て、屍は間髪入れずに蹴りを放つ。
 それは正確に小早川奈津子のみぞおちを捉える。
 再び吹き飛ばされる巨体。
 しかし、
「をーっほほほほほ!」
 あいも変わらぬ様子で女傑はカムバックしてくる。
 屍は悟った。
 これは自分が蹴りを打ち損したのではなく、相手が頑健すぎるのだと。
 相手が塀を破壊した時点で、その妖物並みのタフネスに気づくべきだった。
 愛銃であるドラムが手元に無い今、ジルガを用いて相手を打倒しなければならない。
 幸いにもジルガには装甲を無視し、内部にダメージを与える技がある。
 急所を的確に狙えば2、3発で決着するだろう――。
233修羅の街 7  ◆CDh8kojB1Q :2007/01/03(水) 23:00:46 ID:XKPipUVg
 そこまで思考した時、屍は背後に殺気が迫るのを感じた。
 直後、魔界刑事の本能が告げた。
 この場は危険だ、すぐに立ち退けと。
 それは純然たる死の警告。屍の対応は迅速だった。
 肩のデイパックを即座に握り締め、塀に向かって全力で飛びのく。
 だが、塀の横まで飛んだ瞬間、屍は再び直感した。
 ここも、やばい。
 それはギロチンの刃の下にいるような感覚に似ていた。
 しかも既に刃が落下しているギロチンだ。
 もはや考える暇すらなかった。屍は純粋な反射行動によって塀を蹴りつける。
 その蹴りによって、移動中だった屍の進行ベクトルが大きく変わった。
 そこにきて思考が追いついた。ギロチンのイメージ元は鋭く研ぎ澄まされた殺気。
 攻撃は二発来ていたのだ。

 屍の体が塀から離れた直後、さっきまで身体が存在した空間を幾本もの刃が通過した。
 その正体は鈍く光る鮫の歯だった。
 地獄の虚に似た大口が閉じられる姿は、まさに断頭台を超える必殺の光景。
 一撃を回避させておいて、身動きのとり辛い緊急回避中に二発目を放つ。
 それは相手の生存を許さぬ非情なコンビネーション攻撃だった。
 <新宿>の刑事でもなければとっさに回避できなかったかもしれない。
 しかも大半の参加者は最初の一撃で葬られていただろう。
 なぜなら、攻撃の主は悪魔そのもの。
 出現するまで姿も気配も無いのだから。
234修羅の街 8  ◆CDh8kojB1Q :2007/01/03(水) 23:01:19 ID:XKPipUVg
 三発目が来ないのを確認して、屍はゆっくりと立ち上がる。
 隻眼は真剣の如き鋭さを持って乱入者を貫いた。
 その視線の先には、先ほど屍が置いてきた少年が悠然と立っていた。
 彼の放つ殺気が無ければ、屍は鮫に呑まれていただろう。
 甲斐氷太――この男もまた、ゲームに乗った殺戮者だ。
 屍は内心、不快を感じていた。
 追ってきているのは知っていたが、まさかここまで詰められていたとは――。
 だが、この男をここまで近づけたのは屍のミスではなく、
 制限による各種感覚の能力低下が原因だった。
「掃除すべき屑がまた一つ。ジャンキー風情が手間を掛けさせやがる……」
「あぁ!? 俺の方が先客だろうが。それを無視して走ってったのはお前だぜ? 
ったく舐めた真似しやがって」
「あたくしを――」
 火花を散らす男二人に対して、蚊帳の外に弾き出された小早川奈津子が
 憤慨する。
 しかし、
「参加者の保護が優先だ。おまえ如きに構ってられるか」
「……じゃあ、次はそこに寝てるガキを悪魔で食い千切ってやるよ」
「あたくしの――」
 正義の天使は全く相手にされていない。
 それどころかまるで眼中に無いかのような扱いだ。
 甲斐氷太はボルカンの方へと目を向け、屍は相手の出方を伺っている。
「つけ上がるなよ、小僧。俺はそれほど気の長いタチじゃない」
「はっ、三流の脅し文句だぜそりゃあ。
さっきみてえに睨んでるだけの方がよっぽどスゴ味が利いてたぜ」
 さすがの甲斐も『凍らせ屋』と真っ正面からガンを付け合えば、
 背筋が凍って行動不能にならないまでも、相手に一歩譲らざるを得ないようだ。
 屍が放つ気は並の強者のものではない。
 魔界都市において実力でスジを通してきた者のみが放てる覇気なのだ。
 その気に押されて、大抵の人物は屍の格を知る。
235修羅の街 9  ◆CDh8kojB1Q :2007/01/03(水) 23:02:01 ID:XKPipUVg
 だがその場にはただ一人、徹頭徹尾に空気を読まない人物がいた。
 その名は小早川奈津子。
 人呼んで北京の女帝etc……。
 彼女は今、度重なる凡夫の無礼によって心底怒りを蓄えていた。
 二人の背後で怒鳴ったり手を振り上げたりしていたが、一向に反応が無い。
 ゆえに懐広く、慈悲深い正義の天使と言えども、もう我慢の限界だった。
 裁きの鉄槌を放たずにはいられない。
 彼女は、静かに腰を落として路地のマンホールに手を掛けた。
 怒りで手が震えるが、芋虫と形容されるその指はなんら抵抗無く鉄塊を
 地面より掴み上げる。
 負傷した右腕が少し痛むが、怒りはそれを押し流した。
 そして相変わらず無視を続ける男二人の方へと向き直り、
「あたくしの話をお聞きっ!!」
 巨体に似合わないステップで勢いをつけてから、
 まるで円盤を投げるかのような軽やかさでマンホールの蓋を投擲した。

 甲斐は視界正面にその鉄塊を捕らえ、屍は持ち前の直感力で危機を察した。
 二人がかろうじて屈めた頭上を洒落にならない速度でマンホールの蓋が飛び去って行った。
 直撃して頭が吹き飛ばない人類は存在しないであろう威力を誇るその円盤は、
 男二人の数メートル後ろの塀に衝突。
 ビル破砕機のようにその壁面を打ち抜いて、奥の住宅に悲鳴を挙げさせた。
 頭を上げた甲斐が、直ちに現状を理解して罵倒の叫びをぶつけた。
「おいっ! いいかげん空気読めよ肉ダルマ!!」
「に、に、肉……!」
 もはや小早川奈津子は言語を用いて返すことができない。
 女傑の怒りは頂点に達したのだ。
 彼女の脳内で壮大な富士山噴火のエフェクトが立ち上がり、
 それは徹底的な破壊衝動を呼び起こした。
 もはや止められる者は存在しない。
「――っ、覚悟おしっ!!」
 長き険しき努力の末にようやく一言捻り出すと、
 小早川奈津子は傍らの長剣を手に取り、一人の修羅となって突撃した。
236修羅の街 10  ◆CDh8kojB1Q :2007/01/03(水) 23:04:42 ID:XKPipUVg
【A-3/市街地/一日目/18:45】
【屍刑四郎】
[状態]健康、生物兵器感染
[装備]なし
[道具]デイパック(支給品一式、パン五食分、水1800ml)
[思考]できる限りボルカンを保護し、怪物と甲斐を打ちのめす
[備考]服は石油製品ではないので、影響なし

【ボルカノ・ボルカン】
[状態]たんこぶ、左腕骨折、生物兵器感染、現在昏倒中
[装備]かなめのハリセン(フルメタル・パニック!)、
[道具] デイパック(支給品一式、パン四食分、水1600ml)
[思考]とにかく逃げたい
[備考] 服は石油製品ではないので、影響なし

【甲斐氷太】
[状態]肩の出血は止まった、あちこちに打撲、最高にハイ
[装備]カプセル(ポケットに十数錠)、煙草(湿気たが気づいていない)
[道具]デイパック(支給品一式、パン五食分、水1500ml)
煙草(残り十一本)、カプセル(大量)
[思考]屍や怪物と戦う、怪物うぜぇ
[備考]かなりの戦気高揚のために痛覚・冷静な判断力の低下

【小早川奈津子】
[状態]右腕損傷(完治まで二日)、たんこぶ、生物兵器感染、大激怒
[装備]ブルートザオガー(灼眼のシャナ)
[道具]デイパック(支給品一式、パン三食分、水1500ml)
[思考]甲斐は殺す、屍は下僕にしたいが場合によっては殺す
[備考]服は石油製品ではないので、生物兵器の影響なし
   約九時間後までなっちゃんに接触した人物の服が分解されます
   九時間以内に再着用した服も、石油製品なら分解されます
   感染者は肩こり・腰痛・疲労が回復します
237イラストに騙された名無しさん:2007/01/11(木) 19:47:45 ID:K7EM35kK
☞保守
238イラストに騙された名無しさん:2007/01/13(土) 11:19:56 ID:S2IdWvGK
2ちゃんねる閉鎖騒動まとめ
http://home.kimo.com.tw/dontclose2ch/
239イラストに騙された名無しさん:2007/01/18(木) 17:20:19 ID:DdH+Cy6J
あげ

ダナティアの宣言は島中に響きわたった。
それは多くの者達に意思を届け、波紋を広げ、思索を巡らせる。
様々な者達に。


シャナは悩んでいた。
ずっと悩み、迷い、彷徨い、藻掻いていた。
「ダナティア……もう、正しい道なんて判らないよ」
少女は思いつく限りありったけの物を喪っていた。
喪い、奪い、誤って、正しい道さえも見失ってしまった。
大切な優しい、仲間(と言う事も烏滸がましい)セルティの親友を殺した。
それに悔いて殺さなければ良いのだろうか。
だけどシャナが殺さずに見逃した者によって殺されてしまった誰かが居た。
そしてその見逃した者と同じように、ベルガーが殺さなかったシャナは、人を殺した。
殺す事は死を振りまく事なのか。
それとも殺す事は誰かを助ける事なのか。
そんな事にさえ答えを出せず、シャナは彷徨い続ける。
それなのにダナティアは言ったのだ。悔い改めて進めと。
「それじゃわたしは、どっちに進めばいいの……?」
殺さなければいいのか。殺せばいいのか。
当然のように確かだった答えさえもが失われた。
力強いアラストールの声は聞こえず、弱くとも心強い坂井悠二の言葉は手紙だけに遺される。
ベルガーの言葉もシャナを救うには足りなくて、届けられたダナティアの言葉は遅すぎた。
もう正しい道は、判らない。
……だけど。
どれだけ考えていたかも判らない、長い永い思索の末に。
シャナは唐突に閃いた。

「あの人達はきっと、正しい道を歩んでいる」
ダナティアは。ベルガーは。セルティは。保胤は。
きっと正しい道を進み続けているはずだ。
今もきっと、正しい道を進み続けているはずだ。
だから思いついた。彼らの道を助けようと。
それは独立独歩を尊び何者にも縋らないフレイムヘイズの思考ではなかった。
フレイムヘイズの誇りもまた、少女が失ってしまった物の一つだったのだから。
ただの少女としてのシャナにとって、それは掛け替えのない閃きだった。
「セルティに、謝りに行こう」
ようやくその事を決められた。
そして聞こう。償いの為、前に進む為に自分がどうすれば良いかを聞こう。
その答えを胸に、シャナは前を向いて歩き出した。
その先に見える理想郷の住人達を信じて。


ダナティアの宣言は島中に響きわたった。
それは多くの者達に意思を届け、波紋を広げ、思索を巡らせる。
様々な者達に。


「で、あの放送に対してあたしらが何をするかだけど」
火乃香は未だ船上で、ヘイズとコミクロンを集めて話し合っていた。
「ところでその前に一つ訊きたいんだが」
「何?」
「なんか……さっきより空が明るくなってねえか?」
ヘイズの言うとおり、彼らが船を探索する前より空が明るくなっていた。
少し前まではまだ残っていた雲が吹き消され、星々や月の明かりが差し込んでいるのだ。
更に北東の方、演説の有った方角では地上からの明かりによって空がうっすらと照らされていた。
「ああ、それ? そっか、中に居たからわかんないよね。
 それもさっきのあいつらの放送の時。ほんと凄かったんだから。
 空に向かって紅い光がびーっと伸びて、どーん。起きた風で雲がぶわわーっと吹き散らされてさ」
微妙に頭の悪そうな表現と共に身振り手振りでそれを表現する。
「ってちょっと待て、確かに轟音はしたが……空の雲を吹き散らしたのか!?」
「むむ、それは興味深いな。もっと話せ」
ヘイズとコミクロンが迫る。
「話せって言われても……多分威嚇か力の誇示だろうとは思うけど、それ以上はあたしにもわかんないよ。
 あの辺りがちょっと明るくなったのもそれからかな。高い建物の明かりでも付けたみたいに。
 ここからじゃ殆ど点だったけど、あの辺の上空に飛んで姿を見せたおまけ付きで」
「まるで明かりに照らされた舞台だな。くっ、なぜこの天才コミクロン様が居ない場所でそんな派手な事をっ!」
ちょっとズレたベクトルで悔しがるコミクロンを後目にヘイズは考え込む。
今の時点で判った情報から推測できる事はそう多くはないが……
「…………なんつー無茶苦茶な奴らだ」
「うん、それは間違いないね」
殺し合いの島であれだけ堂々たる演説をし、自らの力を示し、来るなら来いと姿を現した。
それだけを見ると信じがたい暴挙だ。
「だが……」
「うん。それだけじゃないね」
その裏に有るのは自分達の力に対する絶対的自信だけ、ではないような気がする。
殺し合いを否定し仲間を集めるようでいて、高圧的なまでに自らの道を宣言し。
如何なる力にも屈せぬ気高き強さと共に、畏怖を与えるように力を振るう。
所々にある僅かな矛盾に精緻な計算が潜んでいるように感じられるのだ。
「現時点で推測できるケースは大雑把に分けて三つって所か」
ヘイズはまず一本目の指を立てる。
「一つはあのダナティアが実はゲームに乗っていて誘き寄せた奴を皆殺しにする陰謀というケース。
 けど、これなら力を誇示する必要は薄いな。油断させて甘い顔で誘き寄せた方が利口だ」
続けて二本目の指を立てる。
「二つ目は本気で仲間を集めてこのゲームに抗するケース。
 あの演説の迫力からして、内容が全部嘘とも思いにくい。
 素直に信じても外れを引く可能性はそう高くねえ。……もし違ってたら最悪の賭けになるけどな」
そして、三本目の指を立てた。
「三つ目は、一つ目と二つ目の融合。ゲームに抗するのが目的なのは同じ。
 ただし“乗った奴を誘き寄せて始末するつもり”ってケースだ。
 これは割と有り得る上に、のこのこ出向いたらやばい話だな。
 何かの理由で勘違いされて殺されたらシャレにならねぇ」
それで終わり、と思いきやヘイズは五指の全てを広げた。
「あと、現時点で完全に憶測となるケースが幾つか有るな。
 演説に別の目的、例えば人を集めて知り合い捜しや誰かへのメッセージが有るとか、
あの目印を置いて離れる事で生き延びるつもりだとかな」
(あの最初の意味の判らない一文も何だか気に掛かるからな)
ヘイズは演説の内容を回想する。
『この愚かしいゲームに連れてこられた者達よ』
この一文は言うまでもない。だが次の一文。
(『忌まわしき未知の問い掛けに弄ばれる者達よ』っていうのはどういう意味だ?)
一文目に重ねる形で続けられた謎の第二文。
それは愚かしいゲームという一文目と同じ事を指しているように思えた。
([愚かしいゲーム=この殺し合い=忌まわしき未知の問い掛け]って事か?
 ダナティアは一体何を伝えようとしたんだ?)
判らない。結局の所、現時点の材料でこれを考えた所で……。
「まあ、結局推測だが」
「なにそれ」
憶測にしかならない。
ヘイズと火乃香は二人して溜息を吐いた。
あの放送が何を意味するのか、信じて良いのか不味いのか。
熟考を要する判断に思われた。
――しかしここの天才空気読まない。
「だがなかなかに興味深いな。それでどうする?
 天才的には迷わず行ってみる事を勧めるが」
「……あんた、話聞いてた?」
あんまりすぎるコミクロンの発言に火乃香は思わずジト目になる。
この状況、危険かもしれないから慎重に行動しようという結論に行くのが当然である。
コミクロンの提案は一段か二段跳ばしの内容に聞こえる。
だがコミクロンは何を当たり前の事をと言わんばかりに答えた。
「結局、調べに行かないと何も判らんのだろう?」
「「………………」」
沈黙するヘイズと火乃香。
その様子にコミクロンの方が怪訝な顔になる。
「何か変な事でも言ったか?」
「いや、正しい。おまえは全くもって正しいよ」
「そだね。真剣に悩んでも答えは出ないだろうし」
考えるには材料が少なすぎる。それなら調べに行くのは当然の帰結である。
だからといって迷わずにそれを選択するのは単純なのか優れた決断なのか判断に迷う所だ。
「よっし、それじゃ船中で見つけた事を纏めたら出発だね。
 あんた達、何か見つけた?」
「ああ、少しはな。後で調べに来た方がいいかもしれねえ」
「フッ、聞いて驚くな! この天才も……似たようなものだが」
そんなこんなで。
三人はその後もしばらく話し合うと、幽霊船を後にした。
目指すは放送の源、煌々と輝くマンションがそびえ立つC−6エリア。
理想郷を示した気高い女の待つ場所へ。


ダナティアの宣言は島中に響きわたった。
それは多くの者達に意思を届け、波紋を広げ、思索を巡らせる。
様々な者達に。


『彼』がダナティアの演説を目にしたのは『女』を取り逃がし苛立っていた時だった。
その『女』はしたたかだった。
『彼』の僅かな油断と哀惜を、ただの口先と怯えた演技だけで長い時間と小さな隙に換金し、
遂には世界の中心である『彼』の目の前から逃げ延びたのだ。
それだけではなく『女』は続く『彼』の追跡を振り切って見せた。
片腕を完全に粉砕しただけだったとはいえ、信じがたい結果だ。
やってくれる。そして赦せない。
世界の中心が、この世界の全てを壊し尽くしてやろうと決めたのだ。
にもかかわらず『女』は『彼』から逃げ延びた。
有り得ない奇跡を起こして見せた。
この世界は有り得ない事ばかりが起こる。
腕の中の、冷たい肉の塊に変じてしまった『彼女』がその極みだ。
何もかもが有り得ない。有り得ない。有り得ない!
……だからその放送も有り得ない事の一つだった。
世界の中心である彼に対して居丈高にルールを命じた『女』。
『女』はまるで自らこそが世界の中心であるかのように振る舞った。
だがそのルールは、『彼』の心を何一つ変えはしない。

『喪った者として告げましょう。奪うな、喪うな、そして過つなと』
ああ、何も奪いはしない。ただ壊すだけだから。
ああ、何も喪いはしない。最早世界の全てを壊しても喪う物は何も無い。
ああ、何も過ちはしないとも。
最早言葉は『彼』の心を変えられない。
『喪われた者達の想いから目を逸らしてはいけません。
 彼らはあなたや誰かを赦さないかもしれません。
 最早、何も考え想う事は無いかもしれません。
 それでも尚、道を見失う事は愚かです』
そう、だからこそ。
『彼女』の無念を晴らすのだ。
騙し討ちで殺された『彼女』を、『彼女』を喪わせたこの世界を。
全て叩き壊して『彼女』の供養にするのだと。
それでも『彼』の心に一瞬だけ、ほんの一抹の疑問は浮かんだ。
『彼女』が生きていたら、『彼女』はそれに喜んでくれただろうか。
『彼』の贈るプレゼントに喜んでくれるだろうか。
(喜ぶに決まっている)
そうでなければどうしてこんな事を書き残す。
『彼女』はその無念を『彼』に書いて遺したのだ。
だから『彼』の憎しみは消えず、ただ前に突き進む。
憎悪のままに。憤怒のままに。激情のままに。
裏返ってしまった想いを受け取って過ちの道をひた走る。
(ああ、おまえは運が悪いな、ダナティア)
『彼』、クレア・スタンフィールドは心の中で独り言つ。
(当たり前のことを宣って、俺の勘に障ったんだからな)
破壊の塊と化した男は次の標的を見定めた。
もう何もなくなったこの世界で嘘っぱちの理想郷を謳った女へと。


ダナティアの宣言は島中に響きわたった。
それは多くの者達に意思を届け、波紋を広げ、思索を巡らせる。
様々な者達に。


「……佐山みたいな奴だわ」
風見千里はダナティアの演説を見て真っ先に彼を連想した。
何処が、というのを上げていけばキリが無い。
むしろ違う所を上げていけば、両手の数で何とか足りる程度で収まりそうだった。
【なるほど、彼女がダナティア皇女か。十叶詠子が語った人柄は間違ってはいないようだね】
子爵はそう綴りながら演説の締めとして上空に浮かび上がった彼女の姿を回想した。
といっても特別見上げていたわけではない。
ここは灯台の頂上であり、ダナティアは上空に浮揚して月明かりの中にその姿を見せた。
更にこの灯台とマンションとの距離はそれほど離れてはいるわけではない。
彼らは島の中でも有数の特等席に座して放送を目撃したのだ。
といってもそれでもダナティアの顔を判別する事すら難しい距離が有ったのだが。
「さて、どうしようか。放っておくには気になりすぎるんだけど、さっきの」
【確かにその通り。あの銃撃の最中でも続けられた演説など感動の大スペクタクルだ!
 いやはやこの年でハラハラと手に汗を握らされた物だよ】
手も汗も無い子爵だが、風見はわざわざツッコミを入れずにスルーする。
子爵の言葉にはそういった文面が山ほど有るから全てにツッコミを入れてはいられない。
「あの演説、演技だと思う?」
【もしあれが演技だとすればアカデミー賞間違い無しだとも。
 もっとも、彼女がアカデミー賞を受けた女優だったとしても矛盾は無いのだがね】
「少なくとも銃撃は本物みたいね。一緒に居た少年らしい声も凄い緊迫感だったし」
【あれも演技という可能性も0ではないが、確かに名優が二人とは考えにくい】
あの臨場感が、あの緊迫感が、高らかに主張している。
この演説は本物だ。私達は本気だ。この言葉は本当の言葉だと。
【少なくともあの演説は生半可な物では無い。
 例えあの言葉に嘘や隠し事が有ったとしても、彼女はそれを真実として押し通すのだからね】
「子爵は、彼女を信じるに足ると思ったの?」
【まだそうは言わないとも。しかし評価するに能う人間なのは間違いない。違うかね?】
「……まあ、そうね」
もしも彼女が悪党で演説が全て嘘偽りで有ったとすれば、彼女はただの悪党ではない。
後世に名を残す大悪党だ。
【何にせよ一目会いに行く意味は有るだろう。彼女を見極めねばならない】
「はいはい、やっぱりそうなるのね。じゃあ二人が帰ってくるまで待ちましょ」
EDとBB。出払っている二人を待たなければどうにも動きようがない。
【うむ、彼らも放送を見たら一度帰ってくるはずだ。それ、噂をすれば一人戻ってきた】
重く甲高い金属的な足音が灯台の中に帰ってくる。
ブルーブレイカーが灯台に帰還したのだ。
しかしそれからいつまで待っても、EDが灯台に戻ってくる事は無かった。


ダナティアの宣言は島中に響きわたった。
それは多くの者達に意思を届け、波紋を広げ、思索を巡らせる。
様々な者達に。


「うーん、誰も通らないなぁ」
「そうだねぇ」
魔女を連れたわるい吸血鬼は茂みの中で……ぼーっとしていた。
彼女にとって放送はありがたそうな物では有ったが、特別何か感じる物ではなかった。
ただ、C−6エリアのマンションに人が沢山集まりそうだという判断は出来た。
C−6エリアは5つもマンションが有って地下駐車場で繋がった要塞のような場所だが、
周囲も禁止エリアや自然の要害が散らばりちょっと近づきづらい位置にある。
その限られたルートの一つがここ、南から向かう時に通る道が有るE−8エリアなのだが。
「南の方、人が少ないのかなあ」
大正解。
今この時間、島の南には殆ど人が居なかったのだ。
その人口密度は過疎村にも匹敵せん程である。
残った者もC−6の大集団に会いたくない者やら地下通路を使う者やらばかりで、
必然的にこの道を通る者などまるで居なくなっていたのだ。
今のところの成果と言えば、D−8の道に転がっていた女の子の死体が一つだけ。
気丈そうで割と可愛い娘だったようだが、如何せん頭が半分吹き飛んでいてエグかった。
しかも半日以上放置され、野ざらしで雨に打たれて色々と嫌な感じになっていた。
ちなみにその近くには胴体が雷撃で焼き斬られ泣き別れた少年の遺体も転がっていた。
そっちは眼中にも入らなかったが。
女の子の血だからと少し飲んでみたが、予想通り不味かった。
少しは腹の足しにはなったけれどその程度で、結局の所はそろそろ限界である。
「もうすぐ飲めそうだからって我慢してたんだけど……ねえ、詠子ちゃん」
「なにかなあ、カルンシュタインさん」
平然と返事をする詠子だが、実は少し引いている。
血に飢えた聖は吸血鬼の衝動に呑まれ――というより身を委ねて理性がアッという間に空っぽになる。
事実、聖の瞳は欲望に呑まれてギラギラしだしたし、気のせいか牙もより鋭く尖って見えてきた。
もういつ襲い掛かってきてもおかしくない緊急事態である。
「ちょっぴり荒っぽくなりそうだけど許してね?」
すごく色んな意味で。
「マンションのエリアに近づいてみたら、誰か見つかるんじゃないかなあ?」
「でもあそこ、苦手な人が多そうなんだよね」
「マンションまで行かなければ良いと思うよ、カルンシュタインさん」
血だけのみならず貞操だとか、割と真面目に命の危険も感じた詠子が聖を説得する。
聖もその言葉に一理あるなと考えて。
「じゃあそうしてみようかな。まあ、お腹減った方がごはんは美味しいものね」
もう少しだけ我慢する事にした。
「でもあまり夜更けに物を食べると美容に良くないんだよね。
 日が変わる前くらいまでにしようかなあ」
ちなみに現在時刻は10時半を回ったくらい。
制限時間はあと1時間と少し程度である。
端から見ると緊迫感はまるで無いが、詠子の色んな危機はまだ継続中であった。
(楽園から来た魔女、優しい女帝さんは理想郷を築いてくれているかなあ)
そこに楽園が有れば次第に人々が集まっているだろう。
この世界を打倒する為に必要な人々は集まっているだろうか。
……ついでに目の前のわるい吸血鬼の目に止まりそうな女の子は居るだろうか。
色々な命運は、まだ見ぬ理想郷へと託された。


ダナティアの宣言は島中に響きわたった。
多くの者達に意思を届け、波紋を広げ、思索を巡らせた。
そして――様々な者達を呼び集めた。

人々の独立を謳ったユートピアに。

運命の圧政に苦しむディストピアに。

全ては一点に圧縮される。


【C-7/平地/1日目・23:00】
【シャナ】
[状態]:吸血鬼(身体能力向上)
[装備]:贄殿遮那/神鉄如意
[道具]:支給品一式(パン6食分・水2000ml)
    /悠二の血に濡れたメロンパン4個&保存食2食分/濡れていない保存食2食分/眠気覚ましガム
    /悠二のレポートその2(大雑把な日記形式)/タリスマン
[思考]:大集団に縋る形で僅かに持ち直した。前に進みたい。前が判らない。
[備考]:体内に散弾片が残っている。
    手術で摘出するまで激しい運動や衝撃で内臓を傷つける危険有り。
    ただし吸血鬼の再生能力と相まって高速で再生する。
     18時に放送された禁止エリアを覚えていない。
     C-8は、禁止エリアではないと思っている。


【G−1/難破船/1日目・22:00】
【戦慄舞闘団】
【ヴァーミリオン・CD・ヘイズ】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:有機コード、デイパック(支給品一式・パン6食分・水1100ml)
    船長室で見つけた積み荷の目録
[思考]:様子を見に行く。ただし慎重に。
[備考]:刻印の性能に気付いています。ダナティアの放送を妄信していない。

【火乃香】
[状態]:健康
[装備]:騎士剣・陰
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1400ml)
[思考]:様子を見に行く。ただし慎重に。
【コミクロン】
[状態]:右腕が動かない。
[装備]:エドゲイン君
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1000ml) 未完成の刻印解除構成式(頭の中)
     刻印解除構成式のメモ数枚
[思考]:様子を見に行く。ただし慎重に。
[備考]:かなりの血で染まった白衣を着ています。

[チーム備考]:火乃香がアンテナになって『物語』を発症しました。
[チーム行動予定]:EDとエンブリオを探している。刻印の情報を集める。
         大集団の様子を見に行く。ただし慎重に。


【F-1/海洋遊園地/1日目・21:40】
【クレア・スタンフィールド】
[状態]:健康。激しい怒り
[装備]:大型ハンティングナイフx2/サバイバルナイフ/鋏/シャーネの遺体(横抱きにしている)
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水2000ml)、コミクロンが残したメモ
[思考]:この世界のすべてを破壊し尽くす。/
    “ホノカ”と“CD”に対する復讐(似た名称は誤認する可能性あり)
    シャーネの遺体が朽ちる前に元の世界に帰る。
[備考]:コミクロンが残したメモを、シャーネが書いたものと考えています。

【A-7/灯台/1日目・21:50】
【灯台組】
【ゲルハルト・フォン・バルシュタイン(子爵)】
[状態]:やや疲労/戦闘や行軍が多ければ、朝までにエネルギーが不足する可能性がある
[装備]:なし
[道具]:なし(荷物はD-8の宿の隣の家に放置)
[思考]:アメリアの仲間達に彼女の最期を伝え、形見の品を渡す/祐巳のことが気になる
    /盟友を護衛する/同盟を結成してこの『ゲーム』を潰す
    /いろいろ語れて嬉しいが、まだDVDの感想については語り足りない
[備考]:祐巳がアメリアを殺したことに気づいていません。
    会ったことがない盟友候補者たちをあまり信じてはいません。

【風見千里】
[状態]:風邪/右足に切り傷/あちこちに打撲/表面上は問題ないが精神的に傷がある恐れあり
[装備]:懐中電灯/グロック19(残弾0・予備マガジンなし)/カプセル(ポケットに四錠)
    /頑丈な腕時計/クロスのペンダント
[道具]:懐中電灯以外の支給品一式/缶詰四個/ロープ/救急箱/空のタッパー/弾薬セット
[思考]:早く体調を回復させたい/BB・ED・子爵と協力/出雲・佐山・千絵の捜索
    /とりあえずシバく対象が欲しい
[備考]:濡れた服は、脱いでしぼってから再び着ています。
    EDや子爵を敵だとは思っていませんが、仲間だとも思っていません。

【蒼い殺戮者(ブルーブレイカー)】
[状態]:精神的にやや不安定/少々の弾痕はあるが、今のところ身体機能に異常はない
[装備]:梳牙、エンブリオ
[道具]:なし(地図、名簿は記録装置にデータ保存)
[思考]:この島で死んだという“しずく”が、己の片翼たる少女だったのか確認したい
    /風見・ED・子爵と協力/火乃香・パイフウの捜索/
    /脱出のために必要な行動は全て行う心積もり
全ては圧縮される。
参加者達は一点に圧縮される。
悲劇もまた一点に圧縮される。
時間すらも一点に圧縮される。

23時10分。
大集団の待機組で起きた惨劇が一つの終わりを迎えた時刻だった。
23時13分。
ダナティアの透視と、待機組から舞台組への電話。そしてパイフウが姿を消した。
23時15分。
緑地に飛び下りていた茉衣子はようやく立ち上がり、よろよろと逃げ始めた。
23時16分。
一人の少女が、徐々にマンションへと近づいていた。
23時17分。
ダナティアはパイフウを見つけだすためにもう一度透視を使った。
23時18分。
一人の少女が、徐々にマンションへと近づいていた。
23時19分。
パイフウが奇襲を仕掛け舞台組の一室では目まぐるしい激突が繰り広げられていた。
23時21分。
一人の少女が、舞台組のマンションに近づいていた。
一人の少女が、待機組のマンションに近づいていた。
23時23分。
待機組に居たリナは部屋を飛び出し地下駐車場を経由して舞台組の部屋へと向かった。
――23時24分、マンション。
舞台組で、爆発が起きた。シャナは待機組の居る一室に到着した。
途中から、何かがおかしいと思っていたのだ。
遠目にあの人達のマンションから飛び下りる誰かの姿が見えた。
気になって近づけばそれはシャナの知らない黒いドレスの少女で、
たまたまシャナには気づかずよろよろとどこかへ走って行ってしまった。
(あんなのに、あの人達を殺す事なんて出来っこ無い)
その確信を持っていて、だけど誰かが傷つけられているかもしれない。
隣のマンションで爆発が起きたけれど、この場所じゃない。今は、後で良い。
だから急いでマンションに駆け込んであの人達と使っていた部屋に向かった。
シャナは知る由も無かったが、待機組の部屋はそこから移動していなかった。
彼らがそこに居るのを知っている者は居なかったから、
どこかに行ってしまったシャナが迷わず帰ってこれるように、そこを移動しなかった。
その気遣いは功を為し、シャナは迷うことなくその部屋に帰り着いた。
部屋の前に立ち、少し言葉に詰まる。
どう言えば良いのだろう。何をすれば良いのだろう。
それは判っている、だからそれをするだけ。
今のままじゃいけないから、どこかに進まなければいけないから。
ほんの欠片だけど持つ事が出来た決意を篭めて。
大きく息を吸い込んで。言葉に出来ずに吐いて。もう一度吸い込んで。
…………………………言った。
「ごめんなさい」
部屋の中で複数の気配がびくりとなる。
精一杯の勇気を振り絞って、怯える子供の震える指でドアのノブを掴む。
夜気に冷やされたドアノブは氷のように冷たくて、心が凍えてしまいそうになる。
脈拍は早鐘の様に早まり、呼吸は粗く安定しない。
やる事はそう難しい事じゃない。ドアを開けて、謝って、どうすれば良いか教えてもらう。
それだけの事なのに足が挫けて腕の力が萎えてしまう。
それでも、それでも腕に力を入れて必死にドアノブをゆっくりと回す。
「ごめんなさい。もう会わせる顔なんて無い。正しい道も判らない。
 だけどそれでも……もう一度、会いに来た。
 正しい道を捜したいから。……あなた達を、信じてるから。
 だから、セルティ」
罵倒されるだろうか。憎まれるだろうか。怨まれているだろうか。
それとも許してくれるのだろうか。それはとても都合の良い解釈にしか思えないけれど。
(私は誇りを失った化け物で、体は穢れ、心は穴だらけで、もう何も残っていない)
残っているとすればそれは自分自身と、ダナティアの言葉だけだ。
ダナティアは言った。悔い改めて進め。奪うな、失うな、過つなと。
悔い改めろと言った。
(それは正しい事なんだ)
だから悔い改めなければならない。勇気を持って。
それが正しい事は判っている。
だから迷ってはいけない。悩んではいけない。進まなきゃいけない。
それはほんの少し体を動かすだけの事なのに、千里を進むよりも苦しく思える。
それでも進まなきゃ、進まなきゃ、進まなきゃ、進まなきゃ…………
「ごめんなさい。お邪魔します」
吸血鬼になって強まった筈の全身に渾身の力を込めて、ゆっくりとドアノブを押していく。
鍵は掛かっていなくてドアと壁との隙間は少しずつ少しずつ開いていく。
ドアを押し開ける1秒にも満たない時間が長く永く長く長く感じられてられて…………
そこに開かれた光景は。
何かを延々と呟き続ける千絵。こちらを呆然と見つめる保胤。立ちつくしている臨也。
そして床に横たえられた、シーツを掛けられた二つの……

「…………………………………………………………え?」

――23時25分、灯台。

灯台の頂上から唐突に血の塊が流れ落ちた。
灯台の壁面を伝い、灯台の足下にぱしゃん。
勢いをそのまま利用して飛び散った血が見る見るうちに血文字を速筆した。
【動きが有った。なにか爆発が起きたようだ】
「戦闘か?」
【おそらくは】
ブルーブレイカーの問いに素早く答える。
EDは、帰って来ていない。
いや。
EDは、帰ってこない。
【放送まであと30分と少しだが、動いた方が良いかもしれない】
「そうね。戦闘まで起きてしまったなら、グズグズしてはいられない」
「危険だが」
「判ってるわよ、そんなの」
風見とブルーブレイカーは灯台の一階で待機していた。
EDの予定は『放送までに帰る』、だ。放送までで考えればまだ帰って来るかもしれない。
だが今から2時間ほど前にあったあの放送を見て、EDは寄り道をするだろうか?
“予定を早めて”帰って来る、そう考えるのが普通だ。
それから2時間。EDは“予定通り”まだ帰って来ていない。
【……彼の名は、放送で呼ばれる可能性が高いだろうね】
子爵は断腸の思いで宣言する。
彼の生存を期待するのは希望的観測に感じられた。
そもそも彼が行っていた事は危険な綱渡りだ。
話が通じない相手に遭遇してしまう危険を敢えて呑んで、歩き回って仲間を集める。
帰って来れなくなる可能性は何時でも有ったのだ。
【もし帰って来た時の為にメモは残しておいた。
 放送で君の名前が呼ばれなければすぐに灯台に戻るとね。
 だから今は、あちらの事について考えるとしよう。さあ、出発だ!】
「……ええ」
「了解した」
彼らは渦中へ向かって歩き出す。
――23時26分、マンション。

―――――――――――――――――――――――――。
「おかえりなさい……シャナさん」
保胤の声が聞こえる。
ああそうか、わたしはマンションに帰ってきたのだ。
謝るために。前に進むために。
帰ってこれたのだ。この場所に、みんなの集まるこの場所に帰ってこられたのだ。
――それじゃみんなは、何処に行ったの?
「ダナティアやベルガーは仲間達と共に、あっちのマンションに移ったよ。
 リナも今、あっちに向かってる。
 俺達は居残りさ。そしてセルティは……」
臨也の優しい声は詰まり、そっと屈み込んだ。
そして手を伸ばし、そこに有るシーツの一枚を、はだける。
ゆっくりと開かれたシーツの下には、白い裸体が見えた。
意外と起伏の有るその体が誰の物か、考える必要は無かった。
首の有る場所に何も無くて、そこからは何も流れ出していない。
首を切り落とされたのなら流れ出ている筈の血が、当然の様に一滴すらも流れ出ない。
ずっと前から、生まれた時からそうだったように。
――どうして?
「黒い服の女の子を、見なかったかな? 元は保護していた女の子なんだけどね。
 突然暴れて志摩子……ああ、由乃ちゃんの友人だったらしいよ。
 それを殺して、飛び下りて逃げて行ってしまったんだ。
 その時にセルティまで、殺されてしまった……」
臨也の声は深い悲しみと落胆に包まれた静かな物だった。
あの少女が……黒いドレスの少女が彼女達を、殺した?
どうでも良いと見逃した、あの少女が?
――ウソだ。
「本当だよ。そうだろう、保胤?」
「…………ええ」
………………。
………………………………。
「そして千絵さんは、奇妙な恐慌状態になって……
 向こうに電話を掛けているのですが、一向に繋がらないのです」
――繋がらない?
「そうだよ。……見てみなよ、あれを」
臨也はカーテンの隙間から外を指し示す。
ふらふらと靴を脱ぐのも忘れて部屋に踏み入り、窓際に歩み寄った。
その外には、ある一室から黒煙を上げているマンションが有った。
「あれが舞台組、ダナティア達の居る部屋なんだけどねぇ。
 今さっき、凄い爆発が起きた」
言葉が頭に入らない。声が耳に届いているのに、それ以上が聞こえない。
ダナティアとベルガーの居る筈の一室からは黒い煙が上がっていて、下を見ると。
吸血鬼の夜目はそこで起きた事を、全て捉えた。
……逃げ去る二人の影。転がるダナティア。起きあがったダナティアに近づく少女。
「――っ!!」
「シャナさん!?」「シャナ!?」
制止の声も耳に入らず反射的に飛び下りる。
――少女から伸びた銀色の糸がダナティアの首に巻き付く。
大気が逆巻く。夜の風が。地面が迫る。夜の大地が。膝を曲げて、着地。
――少女とダナティアが何かを話す。数言。
声を出そうとするが着地の衝撃で息を吐き出している。
――少女がにっこりと笑う。
息を吸って立ち上がり酸素を全身に送り込み足を動かし走り出そうとした目前で。

ダナティアの首が、ねじ切られた。

――23時27分、石段。

彼らはその場所まで辿り着き、言葉に詰まった。
「……随分と派手にやってるじゃない」
「ライトアップの次は狼煙を上げたか。目立ちたがりな奴らだ」
「ンなわけねえだろ! “何か”が起きてるんだ!」
火乃香が、コミクロンが、ヘイズが声を上げる。
場所は石段。マンションを見晴らす事が出来る場所。
彼らは焦り、しかし同時に期待もしている。
放送の時にあれ程の力を見せたダナティア達なら何ともないのではないか。
あんな爆発が起きる戦闘でも平気で生き残っているのではないか。
「……下手に突っ込めば無駄に巻き込まれたりするかもしれねえな」
「そうだね。放送まで、あと30分か……」
放送まで待って、生死を確認。それからでも良いはずだ。
そもそも自分達はダナティアと少年の声しか知らないのだから。
下手に突っ込めば敵も味方も判別が着かない。
「待て、向こうから誰か来たぞ」
「……隠れろ」
三人が茂みに隠れてから少しの後。
その場に現れた二人を見て、火乃香は思わず声を上げそうになった。
(先生!?)
パイフウと古泉が石段に現れた。

――23時28分、外灯と月明かりの隙間。

…………………………………………………………どうして、だろう。
どうして、この世界はこんなにもひどいのだろう。
どうして、みんな死んでいくのだろう。
どうして、なにもかもが失われていくのだろう。
どうして。
どうして。どうして。どうして?

「どうして。そう、『どうして』だ。問い掛けろ。捜せ。答えを探せ」
ハッと反射的に顔を上げる。
マンションの足下。明かりの届かない闇。未知の底。

そこに……『坂井悠二』が立っていた。

「悠二――!?」
シャナの驚愕の声に、しかし『坂井悠二』は反応を返さない。
『坂井悠二』は一方的に、坂井悠二の声で語り始めた。
「かつて地図の上には空白が有った」
少年の声で不可解な言葉を語り始めた。
「人々は地図の空白にある未知の領域には怪物が住まうと信じていた」
「悠……二……?」
「だが地図の空白は埋められていき、やがて全てが埋め尽くされた。
 人々が信じていた怪物は何処にも見つからない」
「悠二……何を、言ってるの…………?」
「ならば怪物は何処へ行った? 未知に住まう怪物は何処へ行った?」
違う。
当たり前の事だけど、こいつは違う。
坂井悠二の体をして坂井悠二の声をしているのにまるで違う。
当然だ、坂井悠二はもう居ないのだから。殺されてしまったのだから。
シャナは埋めるところは見ていない、けれどもう埋葬されている筈なのだから。
「この島にも、怪物は居る」
別のモノ、違うナニカ。
「それなのに地図の空白が埋め尽くされても怪物は見つからない。
 怪物は何処へ消えた? 人を喰らう怪物達は何処に行った?」
そう、こいつは。
「おまえたちが自ら以外の全てを死で埋め尽くした時、そこには何が見えるだろう?」
人の姿をした怪物だ。
「私は御遣いだ。これは御遣いの言葉だ」
唐突に、ソレは別の言葉を始めた。

「――心の実在を証明せよ」

怪物の問い掛け。
未知の、問い掛け。
『忌まわしき未知の問い掛けに弄ばれる者達よ』
突如、全てが繋がった。

「おまえが」

ダナティアの演説の冒頭にあった不可解な言葉と。

「おまえが」

薔薇十字騎士団がビジネスと言った背後に居る誰かと。

「おまえがっ!」

目の前の存在が。

「元凶かあっ!!」

一瞬でソレの目前まで踏み込み、刃を振り下ろそうと、して。


「…………ずるい」
ソレは何もしていない。
「ひどいよ……」
ソレは何も起こしていない。
「どうして」
ただ、ソレは人として、存在としてあまりに冒涜的な存在だった。

「どうして、悠二の姿を使うの!!」

ソレが坂井悠二の姿を冒涜し、使っていただけ。
怪物は冒涜的な笑みを浮かべて、ただ繰り返した。

「心の実在を証明せよ」

その言葉を最後に。
そこにはまるで最初から何も居なかったかのように、坂井悠二の姿は消えていた。
理解できない悲劇。
理解できない意思。
理解できない物事。
理解できない元凶。
理解できない怪異。
理解できる、絶望を植え付けて。

(わたしは、この怪物と戦うことすらできない)

抗う事すら叶わない絶望がシャナを打ちのめした。
――23時29分、フリウ。

「通るならばその道」
少女は唄う。
「開くならばその扉。吼えるならばその口」
軽やかに、しかししめやかに。
「作法に記され、望むならば王よ、俄にある伝説の一端にその指を、慨然なくその意思を」
甘美な絶望に心を浸して。
「もう鍵は無し」
より多くの絶望を撒き散らす為に。
「開門よ、成れ」
世界を破滅で埋め尽くす為に。

突如現れた銀色の巨人に、ダナティアが落ちた部屋の住人達は俊敏に反応した。
部屋の奥に退いたのだ。
耳を澄ませば騒がしく部屋の奥に逃げる足音がする。
いや、これは逃げる足音ではない。物々しい装備の音が、騒がしい音がする。
(こっちに攻めて来るんだね)
窓から飛び下りて来るほどに無謀ではないらしい。
足下を見下ろすとそこには無惨に首をねじ切られた死体と、その血に埋もれた喋る石が有る。
安否の確認をしないのだろうか? それとも、遠くから一瞬でそれを済ましたのだろうか?
――ダナティアの死体から一本の針金が飛び出ているのは、目に映る物ではなかった。
それはかつてメフィストが坂井悠二に仕込んだ針金と同じ物だった。
(じゃあそれまでにさっきの喋る石を、死体ごと……)
そう思ったその時、混ざる別の、近い足音を聞いた。
音の先に立っていたのは、赤い髪の一人の少女。シャナ。
シャナを見つめると、フリウはくすりと笑い、破壊精霊に命じた。
壊せ、と。


そして、23時30分。
シャナは駆ける。一直線に。炎髪灼眼を燃やして、赤い髪を翻して。
「壊れろ!」
フリウはその瞬間、襲い来る少女の双眸に――
少女の右眼に――
銀色の巨人が笑う姿が映るのを確かに見た。
デジャ・ヴュ。
シャナは“偶然”にもフリウの回想を再現する。
黒いマントのような夜傘で体を包み、後方に飛び退いた。
一瞬前までシャナがいたその場所に、銀色の柱が突き刺さる。
衝撃はただ一度だけ。
たった一撃の拳が踏み石を粉塵に砕き潰し緑地を赤茶の土で抉り返し大地の深くまで貫く。
――外れた。
それはかつてフリウが歯が立たなかった赤い髪の剣士を、殺人精霊を彷彿させる。
(でも今は、わたしも怪物だ)
ならば壊せる。壊せるはずだと言い聞かせる。
この殺し合いの渦中、マンションの前の緑地に立ち――破壊精霊ウルトプライドが上体を起こす。
床に突き刺さった右腕を引き抜き、天になにかを差し出すように両腕を掲げ、破壊の王たる精霊は雄叫びをあげた。
そして炎に包まれた。
「嘘……」
何から何まで同じだった。
シャナが放った幾重にも束ねられた紅蓮の光跡が破壊精霊に叩きつけられていた
気温が上昇し、抉られ宙に舞う緑地の草花に次々と火が灯る――眩しい吹雪のように、
火の粉が激しく渦巻く気流の中、さらに烈火のごとく輝く巨人は突き上げた拳を強く固めた。
(この後、あの時は小さな音と共にアレは破壊精霊を飛び越えて来た)
だからそれを警戒しフリウは破壊精霊の肩を見上げ。
――あの時と同じように、想像もしない現実が迫った。
轟っと音がして。
シャナは小柄な肉体と信じがたい速度で破壊精霊の足の間をくぐり抜けて、迫った。
銀色の柱が、巨大な拳が穿った穴は彼女に追いつけない。
(……勝てない……また、勝てない!?)
フリウがそれを認識した次の瞬間。
シャナは一瞬で、フリウの懐まで踏み込んでいた。

     * * *

「チクショウ! チクショウ、チクショウ!」
少年は怒り悔やみ嘆き、走る。
「メフィスト! ダナティアは……本当に死んだのか!?」
「彼女が首だけで生きでもしない限り、間違いない」
併走するメフィストは淡々と答える。
「あの巨人……足下に一人、少女が居た。彼女にやられたのだろう」
「あの二人じゃねーのか!?」
「おそらくはまた別だ」
投げ落とされた衝撃は防護服の加護もあって大した損傷にはならなかったはずだ。
だが、態勢が崩れ完全に無防備な状態となってしまう事は避けられない。
「この島では誰も彼もが死の危機に脅かされている。何者さえも死に呑まれうる」
無力でありながらも機知に長けた少年、坂井悠二のように。
新宿の魔人、秋せつらのように。
「判るだろう?」
「……ああ。チクショウ!!」
竜堂家の長兄であり東海竜王とも呼ばれる竜、竜堂始のように。
そして……ダナティア・アリール・アンクルージュのように。
悲劇はまたも起きてしまった。それどころか終がそれに一役を買ってしまった。
(おれのせいだ……!)
さっき怒りに任せて暴走しなければダナティアはパイフウを解放する必要が無かった。
古泉が隙を作ろうとも逃げる機会は無く、あの二人はそのまま捕らえられたはずだ。
そうなればダナティアが投げ落とされる事も、そこで殺される事も無かった。
パイフウは許せない。鳥羽茉理を無惨にも殺したパイフウは絶対に許せない。
だけどその憎しみを止めるために、ダナティアが死んだ。
(おれが……!)
「前を向け……竜堂終。君らしくも、ない……!」
ゼェゼェと粗い息に混じった叱責が終を打つ。
併走するベルガーはまだ片肺を失ったままだったが、それでも走り、話してみせる。
「ベルガー……?」
「今回は不運すぎる偶然が悪魔的に重なった……君に有る責任なんて……一部だ」
「だけど……!」
「それに!」
ベルガーは片肺だけから酸素を全身に送り、その余剰で言葉を紡ぐ。
「忘れたか? ……ルールを。ダナティアの言葉を!」
「…………っ」
終は息を呑む。
嘆きを呑み込む。憎しみも今は我慢する。
そして、ゆっくりと答えた。
「『過ちを犯した者として告げましょう。悔い改めて進みなさい』」
「やれるか……?」
「……当然!」
終には悲しむ事も悔やむ事も落ち込む事も山ほど有る。
だけどそれでも、竜堂家の三男は単純であり続ける。
「なら、どうする? 竜堂終!」
「ごちゃごちゃ考える前に走ってやる!」
前に。未来に。光に。
振り向いて折れるよりも前に走って突き破る。
それが竜堂終の出した、単純にして明朗な結論だった。
少年はひたすら前に走り続ける。
廊下を駆け抜けて階段を駆け下りる。
その時、下からも駆け上がってくる足音が聞こえた。
「誰だ!?」
「あたしよ! リナ・インバース! 一体何が起きているの!?」
「パイフウと古泉は逃げ、巨人を使役する少女が襲撃を行い、ダナティアが死んだ」
駆け付けたリナにメフィストが答え、息を呑む音がした。

     * * *

石段に現れたパイフウは、焦燥して落ち着かない様子だった。
火乃香達に気づく事もなくナイフを取りだすと、右足を刺した。
それから両腕も刺して何かを抉り出して、よく見もせずに森に向かって投げ捨てた。
火乃香達が隠れる茂みにそれは転がってきた。
(二つに切られた……針金? 何、これ)
火乃香は気になったが、それよりも冷静に様子を見る事にした。
何か様子が可笑しい。
「さすがですね。文字通り僕とは住む世界が違うようです」
パイフウと居た青年、古泉が拍手と共に賞賛する。
パイフウはそれに応えず、黙って座り込んでいる。
「ところで、一つ疑問があるのですが、お聞きしてもいいですか?」
パイフウはそれにも応えようとしない。それを肯定と受け取ってか、青年が質問した。
「なぜあなたは僕を助けたんですか?」
「なぜあなたはわたしを助けたの?」
(助けた?)
火乃香は考える。それはつまり、マンションの方で危険な目に遭ったという事だろう。
(何が有ったの?)
胸騒ぎが広がっていく。
「共感したものですから」
「え?」
「まぁもちろん、あなたのように割り切っている方のほうが利用しやすそうというような利己的判断や、
 大人数は何かと問題が多そうだからという消去法的な判断もあるかもしれませんがね?」
「…………」
前半はドライだがこの状況なら常識的な信頼関係だ。
だけど……後半は、どういう事なのか?
ちょんちょんとヘイズの指が火乃香の肩を叩く。
(何?)
ヘイズは指を口に当てて静かにとジェスチャーをしてから、有機コードを繋いだ。
『どう思う?』
『どうって……』
『あの女の方、おまえの知り合いなんだろう? 何だかきな臭いぞ』
『………………』
火乃香は応えずにパイフウを観察し続ける。
「少し休んだ後、零時の放送が終わったら動くわ」
「怪我の方は大丈夫なんですか?」
「そのうち治るからどうでもいいわ。狙撃くらいは出来るもの」
「あのマンション自体もそうですが、どこかにいるもう一方の集団にも立ち寄らない方がいいですよ」
「言われなくても、もうあの同盟には関わりたくないわ」
その会話を聞きながら考える。
『先生は、あの放送を行った集団と敵対した?』
『みたいだな。だが、どっちが原因かはさっぱりだ』
『………………』
火乃香はパイフウの方を信じたかったが、彼女の様子はどこか怪しい。
その時、パイフウが立ち上がって。
「……!」
「? 何か……!」
『見つかった!?』
『違う、方向が逆だ! あのマンションの所に……!』
ヘイズが示した通り、マンションの隣に、音もなくそれが現れていた。
銀色の、巨人。
それはゆっくりと拳を振り上げ、一室に叩き込んだ。
「どうやら僕達は、かなりタイミングがよかったようですね」
「……行動を変更するわ。ここであれから逃げてきた人間を狙撃する」
『な……っ!?』
『無差別攻撃かよ……?』
火乃香とヘイズが驚愕し、更にこれまで仕方なく黙っていたコミクロンも小声で呟いた。
「……どう見てもそこの女が相棒共々極悪人に見えるのだが。本当に知り合いか?」
「………………!」
『お、おい、待――』
止める間もなく、火乃香はコードを引き抜いて茂みから立ち上がった。
ガサリと茂みから立った音は石段を登っていこうとしたパイフウ達の耳にも届く。
「なっ!?」
反射的にパイフウは振り返りライフルを構え引き金に指を掛けて――
「…………ほの……ちゃん……?」
――凍り付いた。

「先生……どういう事なの?」

マンションの手前で破壊精霊が上げた雄叫びが、一拍を置いて石段に届く。
茂みが震え木々が鳴る。
風が咆哮を叫ぶ。

「どういう事なの!? 先生!!」



楽園だったはずのその場所で。
その周辺で。
詰め込まれた絆が絡まり、もつれ合い。

そして――
【C-6/マンション前/1日目・23:35】
【決着、そして――?】
【シャナ】
[状態]:吸血鬼(身体能力向上)/????
[装備]:贄殿遮那/神鉄如意
[道具]:支給品一式(パン6食分・水2000ml)
    /悠二の血に濡れたメロンパン4個&保存食2食分/濡れていない保存食2食分/眠気覚ましガム
    /悠二のレポートその2(大雑把な日記形式)/タリスマン
[思考]:????
[備考]:体内に散弾片が残っている。
    手術で摘出するまで激しい運動や衝撃で内臓を傷つける危険有り。
    ただし吸血鬼の再生能力と相まって高速で再生する。
     18時に放送された禁止エリアを覚えていない。
     C-8は、禁止エリアではないと思っている。

【フリウ・ハリスコー】
[状態]:全身血塗れ。右腕にヒビ。正常な判断が出来ていない
[装備]:水晶眼(眼帯なし、ウルトプライド召喚中)、右腕と胸部に包帯
[道具]:デイパック(支給品一式・パン5食分・水1500mm)、缶詰などの食糧
[思考]:勝てない……!?


【C-6/マンション2・1F/1日目・23:35】
【大集団/舞台組+】
【Dr メフィスト】
[状態]:物語に感染
[装備]:支給品不明、針金
[道具]:デイパック(支給品一式・パン5食分・水1700ml)
[思考]:現状を把握し、収拾する。病める人々の治療(見込みなしは安楽死)
【竜堂終】
[状態]:健康
[装備]:騎士剣“紅蓮”、コンバットナイフ
[道具]:なし
[思考]:前へ! 前へ! 考えるな!

【ダウゲ・ベルガー】
[状態]:右肺損傷(行動の合間のメフィストの治療により、なんとか戦闘をこなせる程度)
[装備]:強臓式武剣”運命”、単二式精燃槽(残り四つ)、黒い卵(天人の緊急避難装置)、
    PSG−1(残弾20)、鈍ら刀
[道具]:携帯電話(呼び出し中)、コキュートス
[思考]:現状を把握し、収拾する。
[備考]:天人の緊急避難装置:所持者の身に危険が及ぶと、最も近い親類の所へと転移させる。

【リナ・インバース】
[状態]:疲労困憊。魔法は一切使えない。
[装備]:光の剣(柄のみ)
[道具]:メガホン
[思考]:!!
    千絵が心配、美姫に苦手意識(姉の面影を重ねています)
    仲間集め及び複数人数での生存。管理者を殺害する。美姫を許す気はない

【C-5/石段/1日目・23:35】
【戦慄舞闘団+パイフウと古泉】
【ヴァーミリオン・CD・ヘイズ】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:有機コード、デイパック(支給品一式・パン6食分・水1100ml)
    船長室で見つけた積み荷の目録
[思考]:警戒
[備考]:刻印の性能に気付いています。ダナティアの放送を妄信していない。

【火乃香】
[状態]:健康
[装備]:騎士剣・陰
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1400ml)
[思考]:先生、どういう事?

【コミクロン】
[状態]:右腕が動かない。
[装備]:エドゲイン君
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1000ml) 未完成の刻印解除構成式(頭の中)
     刻印解除構成式のメモ数枚
[思考]:警戒している。
[備考]:かなりの血で染まった白衣を着ています。

[チーム備考]:火乃香がアンテナになって『物語』を発症しました。
[チーム行動予定]:EDとエンブリオを探している。刻印の情報を集める。
【パイフウ】
[状態]:両腕・右脚・脇腹に浅い刺し傷(すべて止血済)。
    両腕にヒビ(ヒーリングによる治療中)
[装備]:ライフル(残弾29)
    外套(数カ所に小さな血痕が付着。脇腹辺りに穴が空いている。
    偏光迷彩に支障があるかは不明)
[道具]:なし
[思考]:激しく動揺
[備考]:外套の偏光迷彩は起動時間十分、再起動までに十分必要。
    さらに高速で運動したり、水や塵をかぶると迷彩に歪みが出来ます。

【古泉一樹】
[状態]:左肩・右足に銃創(縫合し包帯が巻いてある)
[装備]:グルカナイフ
[道具]:デイパック(支給品一式・パン10食分・水1800ml)
[思考]:ひとまずパイフウと共闘。出来れば学校に行きたい。
    手段を問わず生き残り、主催者に自らの世界への不干渉と、
    (参加者がコピーではなかった場合)SOS団の復活を交渉。
[備考]:学校にハルヒの力による空間があることに気づいている(中身の詳細は知らない


【C-6/マンション1・2F室内/1日目・23:35】
【大集団/待機組】
【慶滋保胤】
[状態]:かなりの精神的ダメージ。不死化(不完全)
    ボロボロの着物を包帯のように巻きつけている
[装備]:携帯電話(呼び出し中)
[道具]:デイパック(支給品一式(パン6食分・水2000ml))、不死の酒(未完成、残り半分)
[思考]:シャナの事が気になる。千絵を落ち着かせたい。味方になる者の捜索。
【海野千絵】
[状態]:物語に感染。錯乱中。かなり精神不安定
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]:不明
[備考]:吸血鬼だった時の記憶は全て鮮明に残っている。

【折原臨也】
[状態]:不機嫌(表には出さない)
[装備]:なし
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水2000ml)、
    ジッポーライター、救急箱、スピリタス1本(少し減った)、
    セルティとの静雄関連の筆談に使った紙
[思考]:保胤を集団内で孤立させたい。危なくなれば集団から抜ける。
    クエロに何らかの対処を。人間観察(あくまで保身優先)。
    ゲームからの脱出(利用出来るものは利用、邪魔なものは排除)。
    残り人数が少なくなったら勝ち残りを目指す
[備考]:クエロの演技に気づいている。
    コート下の服に血が付着+肩口の部分が少し焦げている。
閑話休題。
これはある一連の流れの傍流である。
殺した者も殺された者も罪深い、ただの復讐劇である。
それが何から始まり何に繋がるかという事を考えなければ大した悲劇では無いだろう。
この殺し合いの中で言うならば幾つでも転がっている、そんな出来事である。
そう、大した悲劇じゃない。

ただの惨劇だ。

     * * *

23時30分を、過ぎる。

光明寺茉衣子は夜闇の森の中、身を縮めて放送を待っていた。
24時に始まる第4回放送をだ。
今更死んで悲しい者など居ないが、禁止エリアと殺し合いの進行状況は気になっていた。
もしも上手くすれば彼女は生き残れるかもしれない。
元の世界に帰れるかもしれない。
(……けれど、そこに班長は居ないのですね)
そう思うと自分が何を望めばいいのかすら判らなくなる。
ただ死にたくないとは思うけれど、それ以上に望むことは――何も無いのだ。
閉塞した未来へ向かって歩いているだけ。果ての有る今を歩いているだけ。
それは何の意味も無い事に思われた。
(考えるのはよしましょう)
今はただ時を待とうと、茉衣子はそう思った。酷く寒く静かな夜を、ただ超えようと。
だが。
『おい、茉衣子……』
「……わかってます」
誰かが木々を掻き分け近づいてくる音がする。数は1人と……
(なんなんです、この足音は……?)
まるでロボットが歩いているような重々しい足音。
どういうわけか水を零しながら歩いてでもいるのか、奇妙な水の音が絶えず続いている。
(隠れなくては)
静かに這い回り、木に隠れて近づく者達をやり過ごそうと試みる。
問題ない、この暗闇ならやりすごせる。やり過ごせば……
『おい、茉衣子』
「わかってます」
だから喋らないで欲しい。この声が聞かれたら……
『違う、そっちじゃねえ後ろだっ』
(え?)
エンブリオの警告に首を傾げたその先に……二人の女が立っていた。
「わお、かわいこちゃん発見♪」
「なっ!?」
更に振り返り驚愕する茉衣子の背、さっきまでの前方からも声がかかった。
「さっきからそこでこそこそ隠れてるけど……何者なの?」
(二組居た――!?)
茉衣子は自らの不運を、呪った。


茉衣子は冷静に、目の前に出てきた者達を観察する。
まず目の前に居るのは二人の女だ。どういうわけか互いの片腕を長い革ひもで繋いでいる。
どこかで衣服を調達したのか、それとも同じ世界から来たのか、二人とも旅館っぽい雰囲気の服を着ている。
小さな方の女……というより少女はこちらをじっと見つめて、しばらくして呟いた。
「“ウィルオウィスプ”、それから“金の針先”かな」
(何……?)
怪訝な表情が表に出たのだろう。少女はにっこりと笑って答える。
「あなた達の今の魂のカタチだよ、“ウィスプ”さん」
「何を言って……」
「ウィルオウィスプは彷徨う鬼火。森の中を彷徨って、旅人達を破滅に誘ってしまう」
その言葉が茉衣子の蛍火の力と重なる。
(この女、私の能力を知っている!?)
何故? どうして!?
「でもウィルオウィスプは旅人達を迷わせるけれど、それは自分も彷徨っているから」
少女は唄うように教える。
「可哀想な“ウィスプ”さん。元は夜に舞う蛍だったのに、傷を負って変わってしまった。
 自らの後ろに有るべき夜を失って、暗澹たる闇に踊る鬼火になってしまったんだねぇ」
(後ろに有るべき夜……班長の事!? この女どうしてそれを知ってるの? まさか、あの女の……!)
驚愕し後ずさり……背後に居る者達を思いだし、茉衣子はゆっくりと振り返った。
目に蒼い壁が映った。
「ひっ」
そこに夜闇にも浮かび上がる蒼いロボットが有った。
そのロボットはじっと茉衣子を見つめているだけで、何も言おうとはしない。
だがその威圧感は殺意にも感じる程だ。
その横には女が足下を懐中電灯で照らし、何か頷いている。ここからは見えないが、何が有るのか?
女は顔を上げて言った。
「奥の二人は子爵の知り合いなのね」
「ああ、子爵の仲間なんだ。よく見るとそこに居るんだね。
 知り合いだよ、ちょっと話しただけの。
 ねえ、子爵はなんで姿を見せないの? それじゃ話せないよ」
背後から背が高い方の女の声がした。
前に居る女の足下、茂みに隠れたそこに誰かが居るというのか? 子供が入るのがやっとの空間に。
(小人でも居るのですか? それなら、上手くすれば……)
敵対しても隙を見て捕まえれば人質に使えるかも知れない。
目の前に居るロボットはとてつもない脅威だろうが、上手くすればなんとかなるかもしれない。
「この状況で知らない相手に姿を見せるのは良くないってさ。まあ判るでしょ?」
「“紳士”さんは紳士なのにねぇ」
少女の方がまるで意味不明な事を言う。
「……姿を見せてもらえませんか? 隠れて話すような相手は信用できません」
茉衣子は慎重に要求する。
彼女達の出方は判らないが、少なくともここで遭遇したのは予定にある事では無いらしい。
そのせいか馴れ馴れしく話し合いながら、どこか牽制しあっているような雰囲気も感じられる。
上手く話し合えば交渉できるかもしれない。
「……………………判ったわ。その前に私達も名乗っておくわね。
 私は風見千里。こっちはブルーブレイカー」
千里という女が自己紹介をするが、横にいる人型のロボットは微動だにしない。
「それからこっちが……」
ぶわりと。
千里の持つ懐中電灯の明かりの中に赤い液体が躍り出た。
――血飛沫が文字を為す。
【先程までは失敬。我輩はゲルハルト・フォン・バルシュタイン!
 子爵の位を賜り、グローワース島の元領主であり現在は隠居の身にある吸血鬼である!】
(吸血鬼――!?)
息を呑む茉衣子の背中を別の言葉が追い打ちをかけた。
「というかほんと、その姿で吸血鬼っていうのは信じがたいんだけど」
「“カルンシュタイン”さんはオーソドックスな吸血鬼だものねぇ」
(こいつらも!?)
茉衣子は直感した。

――ここはまだ、あの女の庭だ。

無数の蛍火が輪舞した。
閃光。爆光。爆裂。炸裂。
「子爵!?」
誰かの叫びが聞こえる。
(どうやらあの血の塊には私の力が効くようです)
今が好機と全力で走り出した。その首に。
何か細い物が絡みついた。
(しまった――!!)
「だーめ、逃がさないよ」
くすくすとカルンシュタインと呼ばれた吸血鬼がほくそ笑む。
次の瞬間、絡みついた紐が引き締まる。
「――っ!」
「あれ、反応早いね」
くすりと茉衣子の背後で吸血鬼が笑う。
茉衣子は辛うじて首と絡みつく革ひもの間に左手を滑り込ませていた。
「だけど」
「ぁ――!!」
ぎゅうっと。紐に掛けられた力が強くなる。
(なんて、力ですか――!?)
とても未成熟な女の力で抑えられる物ではない。
手に、掌に食い込んだ革ひもが、諸とも首を絞めつける。このままでは絞め殺される!
「さ、さっきの、光を、見なかったのですか」
「何が?」
「あの、吸血鬼と名乗った血の塊に当たった光の事です」
ああ、と聖は笑う。
「脅し? でも、私に当たったのは何ともなかったんだけどなぁ」
「っ!!」
聖にはその理由がよく判らなかったが、目の前の少女の素直な反応で理解した。
どういう理屈かはさっぱり判らないが、あの無数の蛍火は聖には効かないのだ。
「別に子爵は仲間ってわけじゃないけど、あなたは美味しそうだし。
 お腹ぺこぺこの私の前に姿を見せたのが不運と思って諦めてね」
(そんな勝手な――!!)
蛍火の脅しが利かないなら、他は――
「で、あたしらにはそれを見ておけっていうわけ?」
唐突に千里の言葉が掛かった。
その言葉に聖はオーバーなくらいに意外だと驚いて見せる。
「子爵の仇でしょ?」
【かってに  ころさないで くれたまえ】
その言葉を否定する血文字が浮かび上がった。
【すこし――きいたのはたしかだがね――】
ひらがなばかりになって少しよれた字ではあった。
それでもしっかりと書き綴る。
【もっとも こわがらせてしまうことは わかっていた から
 ――よみぐるしくて すまない。 いきをととのえる】
しばし、間。血の池に幾つもの波紋が浮かび波打った。
まるで粗い息の様に浮かび上がる波紋は深呼吸のような物だろうか。
やがて子爵は元気を取り戻した様子で改めて話し始める。
だがそれでも樹にもたれかかった随分と萎びた字だ。ダメージは大きい。
【怖がらせてしまってすまない。だがそういう可能性は考えていたとも。
 だから文字の部分は言うならば腕の部分だけを使っていたのだよ。
 重いボディブローでも受けてしまった気分だがね。いやはや良いパンチだ】
子爵は慎重で、用心深く、奥の手を残しておく事に長けている。
子爵の強さはその肉体の高い不死性よりも、その紳士としての人格と知恵にある。
(それならどうすれば殺せるのです?)
茉衣子はもう対話という可能性を考えてすらいなかった。
こいつらは吸血鬼であり、即ち『あの女』の僕であり、そして既に交戦を開始した敵だ。
『落ち着いた方がいいぞ茉衣子』
囁きが――茉衣子以外にはくっついている聖にしか聞こえないくらいの囁きが聞こえる。
エンブリオの声だ。
「私は……冷静ですっ」
だから冷静に二つの事を考えているのに。
どうやってこいつらを殺すか。あるいはどうやってこいつらから逃げ延びるか。
彼らを殺しうる武器は一つしかない。あの首無し女を仕留めた銀の短剣だ。
ならばどうやって隙を作りこいつらを殺すか、あるいは傷つけるのか。
首を絞められるのを左手を挟んで少しは防いだが、このままでは左手が使えない。
背後の女が子爵とやらに気を取られて力を抜いているから手を抜く事だってできるが、
その状態で勢いよく紐を絞められれば一瞬で意識が飛ぶだろう。
『で、そうやって破滅する気かよ?』
「あなたは黙っていなさい、エンブリオ! あの女の僕共にあなたは渡しません!」
「エンブリオ? 今話してるのが詠子ちゃんの言った“金の針先”っていう人かな?」
「ひ――っ!」
首に掛かった紐が緩み、チャンスと思う間も無くゾクリと寒気が走る。
背後の聖が悪戯半分に耳に息を吹きかけながらその左手で胸を鷲掴んでまさぐってきたのだ。
だけど問題は性的な事などではない。
確か、吸血鬼と一緒に居た少女は自分ともう一人の誰かに話しかけていた。
「“ウィルオウィスプ”、それから“金の針先”かな」
謎の名前、金の針先。
――気づいているのだ。エンブリオの事に。
彼女の胸元に下がるエジプト十字架に秘められた意思に。
(あの女の僕にエンブリオが奪われる!?)
それは絶対に避けなければならない事だ。許されない事だ。
エンブリオは班長から遺された唯一の物だ。絶対にあの女に渡してはならない物だ。
それ位なら――壊さなければならない。
「あ、有った、指に何か……あつっ!?」
何故か聖の力が一瞬抜けたその隙に、茉衣子は右手で聖の手を払った。
同時に首から抜いた左手で首もとに下がっていたエンブリオを手に取る。
後は一瞬だ、蛍火をエンブリオに叩き込んでその炸裂と閃光の隙に右手で短剣を抜いて
密着している吸血鬼の腹でも胴でも刺してその後で革ひもを切って逃げれば――!!

「カ……ハ…………ッ!?」
その全ての達成は困難でもほんの僅かな勝算の有った目論見は、最初の一手で崩れ去った。
裂帛の気勢を叫ぼうとした喉に巻き付いた革ひもが締め上げられて一瞬視界が白くなる。
(どう――し――て――――!?)
革ひもの片端は聖の右手首に繋がれている。
聖はそれを絡みつけもう片方の左手で締め上げていた。
だが聖は茉衣子の胸をまさぐる為に左手を革ひもから放していたはずだ。
その手の力が抜けた隙を狙ってその手を払った。革ひもは片端だけしか繋がれていない。
それならどうして――
「ごめんね、“ウィスプ”さん」
――茉衣子はようやく“吸血鬼と革ひもで繋がれていた少女”の事を思いだした。
次の瞬間、改めて聖が握り直した革ひもが蛇の様に首を締め上げていた。
「――――!!」
思考が飛んだ。

【待ちたまえ、殺すのは】
「大丈夫、殺さないよ」
子爵が綴ろうとした言葉に先んじて聖が言う。
「お腹減ったから血は貰うけど、こんな可愛い子は殺さないってば」
その理由は徹頭徹尾欲まみれであったが。
なんとも吸血鬼らしい欲深さである。
その欲望に対してブルーブレイカーは無関心を、風見は不快感を示す。
特に風見は子爵が話し合おうとしていなければ一撃入れていたかもしれない程に不快だった。
人として吸血鬼の餌食を放置するのかとかそういう問題も有る。
だがそれは一部で、それ以外の言葉を集約するならこの一言だろう。
(覚並のエロ魔人だ、この女)
……割と本気である。
色んな意味がその一言に集約されて、風見千里は腹を立てていた。
「あとそれと、『あの女の僕共にあなたは渡しません』って胸元のに言ってた事が気になってさ」
こっちは真面目な理由だった。
「胸元の触ったらちょっとだけ熱かったんだけど……詠子ちゃん取ってくれない?」
「うん、良いよ」
朦朧となっている茉衣子はそれを聞いても何もできない。いや、聞こえすらしない。
詠子は易々と茉衣子の胸元をまさぐり、エジプト十字架を取りだした。
「こんばんは、“金の針先”さん」
『……ケッ。さっきからなんなんだよ、その呼び名は』
「“金の針先”さんは人を目覚めさせる金の針の名残だもの」
『ハン、全部お見通しって事かよ』
「名残になってしまっても、それでも綺麗だよ。あなたの魂のカタチは」
喋るエジプト十字架にも驚くことなく、詠子はにっこりと笑って言葉を交わす。
詠子にはエンブリオと人を差別する理由も、区別する理由さえも有りはしないのだ。
といっても子爵というとびきり変な者と一緒に居る一同も特に驚きはしないのだが。
「ああそっか、ロザリオだったんだ。道理でちょっと熱いと思った」
聖は茉衣子が完全に窒息しないように締め付けを緩めながら、苦笑する。
リリアン女学院のロザリオに触れた時に比べれば大した事は無いが、驚く程度の熱さは感じた。
「でも“カルンシュタイン”さんとは宗派が違うんじゃないかなあ?」
「十字架だったらどれも似たような物じゃない?」
そんなアバウトだから火傷するのだ。
「それであの女って……そのロザリオに訊けば判るかな?」
『茉衣子に聞け……いや良い、オレが話してやるよ』
茉衣子に話させるとややこしい事になる。
そう考え、エンブリオは少しだけお節介を焼いた。

『教会に居た吸血鬼の女のせいで、茉衣子の仲間が死んだんだよ。
 で、オレは元々はそっちに支給された支給品だったってわけだ』

茉衣子は朦朧としながらもエンブリオの言葉を聞いた。
(余計な事を……いえ、援護ですか? これは……)
結果として聖の視線は詠子の手にあるエンブリオを向いていた。
聖の紐もまた窒息はしない程度に緩んでいるし、詠子もまた動こうとしたら、判る。
今なら隙がある。
エンブリオはそんな事の為に彼女達の気を引いたわけではなかったが、結果は同じだ。
茉衣子は再び一撃を狙う。今度は聖を殺すために短剣を掴み――!
「いや、流石にもう油断しないってば」
――掴んだ指ごと握られた。
万力のような力が手を締め上げる。痛みが走り、茉衣子は顔を歪めた。
『バカが……』
エンブリオの呟きが闇に溶ける。
「この短剣、血が付いてるね。そういえば服も返り血だらけじゃない。誰の?」
「……あの女の僕の血です」
「だからそのあの女ってのは誰なのさ?」
「教会に居た、美姫という女です!」
ああ、と聖は笑った。
「そっか、私の血を吸ったマリア様だ。私は僕っていうのに当てはまるのかな?
 そんな自覚無いんだけどね」
「自覚が無くとも操られている事だって有るでしょう!
 あのアシュラムという騎士だってそうだった! 志摩子という女だって――」
――――――。
「今、なんて言った?」
ぞくりと寒気がした。まるで吹雪の中に裸で投げ出されたような寒気。
いや、雪女に抱き締められているような寒気だ。
茉衣子は聖の顔を顧みる。
さっきまでの情欲に濁った紅い目とは違う、業火のように熱くそれなのに冷え切った目が見つめていた。
全てを見通そうとするかのように。
聖はゆっくりと、茉衣子の手ごと短剣を自らの口元に近づけると。
そっと舌を伸ばして短剣に残った血を舐め取って、その味を確かめる。
猛獣が獲物の匂いに涎を垂らすのではなく、猟犬が獲物の痕跡を嗅ぎ分けるように。
「ちょっと変な血も混じってるけど、可愛い女の子の血の味がするな。
 ねえ。……この血は、誰の?」
茉衣子は直感し、感覚し、覚知し、知悉した。
(答えれば、殺される)
なのにその理性を超えた激情が沸き上がっていた。
(志摩子はやはりあの女の僕で、そして目の前にはあの女から直接血を吸われた僕が居る。
 そしてこいつは、カルンシュタインというらしいこの女は志摩子の事を大事に思っている)
あの女の僕にも大切な者が居た。そしてそれを茉衣子が殺した。
(班長はあの女の僕に殺された。何度も何度も切り刻まれ徹底的に殺された。
 私はあの女の僕を殺していた。何度も何度も切り付けて、きっと今頃は死んでいる。
 あの女の僕にとって大切な者を何度も何度も切り付けて徹底的に殺してやった)
今や彼女はその事に歓喜していた。
殆ど絶望の底で全てを諦めて投げ捨てていた過去が嘘のように光に満ちる。
代償は命を、即ち未来を投げ捨てる事。
迷うことさえない。
エンブリオが彼女に叫ぶ言葉も聞こえない。
(こんなに嬉しい事はありません)
だから茉衣子は未来を代価に過去を一つの達成へと変えて。
聖を見つめ返すと。
最高の満面の笑みを浮かべながら。
復讐の言葉を、告げた。


「ええ、藤堂志摩子の血です。
 両足を短剣で刺したら豚か蛙みたいな声を上げて無様に泣き叫んだから、
右腕も左腕も刺して放って置いたら悲鳴が続いてもうやかましくてしかたなくて、
 だから喉に突きつけて黙れって言ってやったらぴたりと黙って面白いくらいでしたけど、
 その内にまた耳障りな事を言いだしたから指を全部切り飛ばしてあげたらまた叫びだして、
 もう無様で滑稽で可笑しいくらいにのたうち回った挙げ句に死んでいきました、ピエロみたいに」

――――――。









指が全て砕ける音は案外小気味よい音だった。



「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
「ふうん、ほんと無様な声をあげるんだ、女の子って」
つまらなさそうに聖は茉衣子の手を離す。
転げ落ちる短剣を落とさないように掴むと、茉衣子の足が目に入った。
踏み砕いた。
「あがっ、あ、あぐあきゃああああああああああああっ」
「可愛い女の子だから優しくエスコートしてあげようと思ってたんだけどな」
聖は茉衣子のゴシックロリータ風の黒い服に手を掛けて、一息に引き裂く。
そして、引きちぎった布地を口に含んだ。
噛み締める。
じんわりと広がったのは濃密で甘い、志摩子の血の味。
全身に掛かった志摩子の返り血をたっぷりと吸い込んだドレスを口にはむ。
口腔から胸一杯に愛しい義妹の味と香りが広がっていく。
「甘い。味も、香りも……」
聖はくすりと笑う。
怒りと憎しみと怨みと悦びと苦しみと悲しみを込めて。
それから自立さえ出来なくなった茉衣子を押し倒して、唇を奪った。
「ん、んむ……!?」
舌で口腔を犯し尽くし、牙で彼女の舌を噛み裂いて、唇の味も舌の味も血の味も嫐り尽くす。
「んぐっ、ん、んー!!」
腕の下で藻掻く少女の姿が体と心を満たしてくれる。
だが、それでも。
(ああ、足りない)
まだまだ渇きは癒えない。癒える側から怨嗟の業火が渇かしてしまう。
(これじゃ、まるで足りないじゃない)
この渇きを紛らわすのは僅かな血程度ではとても足りなかった。
「ねえ、茉衣子って言ったっけ」
だから、聖は告げた。
「茉衣子の体も肉も心も魂も血も生も死も■も■も■も――」
昏い情熱と共に。

「ぜんぶ、犯してやる」

復讐の言葉を。

     * * *

「……あんたは、やる気なわけ?」
それを見た千里達は……少なくとも千里は、止めようとしていた。
だがその目前に、『魔女』十叶詠子が立っていた。
「ううん、私は止めないよ」
魔女は微笑む。背後から響く悲鳴を気にもせずに。
「私は止めない。だけどね」
千里はその視線が自分ではなく背後のブルーブレイカーに向いている事に気がついた。
ブルーブレイカーに魔女の言葉が贈られる。
「ただ、渡しておく物があるんだ。
 これは“蒼空”さんをまた堕天させてしまうかもしれないけれど、
 知らないでいるのはかわいそうだものね」
「俺に……?」
彼にはそもそもこの争いを止める気も、介入する気もなかった。
あの少女、茉衣子も危険な人物のようだ。助ける意味は無いはずだ。
やる事など、弱っている子爵と風見千里が危なくなれば護る事しかない。
「そう、これをね」
『おい、何しやがる……?』
魔女はエジプト十字架を天に捧げるように投げ放った。
それは確かにブルーブレイカーの手に吸い込まれる。
(喋る十字架は奇妙だが、それ以外に何か有るのか?)
ブルーブレイカーは怪訝にその十字架を観察する。
形状は多少特殊な形状の十字架。十字の一端が長く伸びた……その先に、見つけた。
切っ先とも言うべき尖った先端に奇妙な汚れが多少付着している。
血……では無い。それとは全く別物だ。
機械的な油、機械的な液体、機械的な……血?
(これは……)
それはブルーブレイカーにとってよく知る液体だ。
ブルーブレイカーの体にも僅かなら使われている液体。
機械化歩兵が破壊された時に一部に付着しているそれに、似ていた。
(機械化歩兵、特に精密な形状の機体に多く使われる衝撃緩衝液……)
だとすれば、それは何を意味する?
何があれば、それが付着する?
この切っ先を何に突き刺せばそれが付着する?
この島において、ブルーブレイカー以外の誰に突き刺せばそれが痕となる?
「…………まさか」
『…………まさか』
ブルーブレイカーとエンブリオの声が唱和する。
魔女は哀しげに、優しげに、慈しみと悲しみを、慈悲を湛えて真相を告げた。
「“蒼空”さんは、片翼を折られてしまったんだねぇ」
『そうか、テメェしずくの……』
「いぎっ、ええええああああああきゃあああああああああがっあぎいいいいいいいい」
背後では声ともいえない悲鳴が響き続けていた。
風を裂く音が、した。
………………。
「……ブルーブレイカー。あんたの要求は、何?」
「アレを見殺しにしろ」
それが、彼の復讐の言葉。
突きつけられた木刀は千里の動きを奪っていた。
如何に木刀とはいえ、ブルーブレイカーの出力で振るえばそれは十分な凶器と化す。
「子爵、おまえにも要求する」
【………………】
(これは、まずい…………)
子爵も、動きを奪われていた。
そもそもやせ我慢はしたが、ついさっき茉衣子に叩き込まれた蛍火のダメージは重い。
腕(?)だけで文字を綴ったのは二度目以降で、最初の一撃は直撃していたのである。
なんとか文字を綴って見せたが、正直完調するには30分は掛かるだろう。
「いあああっぎああああああああああぎぎぎっひあああああぁあぁあああぁあああはあぁっ」
凄惨な悲鳴が響きわたる中で、魔女は一人朗らかだった。
「気に病む事は無いと思うな」
微笑んで、笑みを浮かべて、静かに笑って言葉を紡ぐ。
「これは正当な復讐であり、正当な報復であり、正当な捕食だもの」
魔女は手を広げて、くるりと踊るようにその陵辱を振り返る。
「だから私は祝福するの。この惨劇を」
「あきゃあああっあっぎひきいいいいぃいぃいぃやあああああぁあぁあぁあぁあああぁ」
悲鳴は延々と夜の森に響きわたっていた。
僅か十分程度の永遠、ずっと響き続けていた。

     * * *
――怪物が悲鳴を耳にした。
(誰かが愉快で馬鹿な事をやっている)
怪物が認識したのはそれだけだった。
(つまりそこには愉快で馬鹿な奴らが居る)
怪物が理解したのはそれだけだった。
(獲物は狩る物だ)
怪物が判断したのはそれだけだった。
(待ってろ、バカな獲物共)
怪物が進路を変えた――

     * * *

ブルーブレイカーは、ゆっくりと木刀を下ろした。
「………………」
もう悲鳴は響いていなかった。
茉衣子の居た場所には亡骸が残るだけだったから。
それがついさっきまで生きていた事を連想するのは難しい。
だが茉衣子が完全に息絶えたのは僅か十数秒前でしかなかった。
「まあ、私のむかつきは収まったかな」
復讐者にして捕食者は独り言つと、立ち上がった。
手に持っていた短剣と、茉衣子のデイパックから奪い取ったスタンロッドをしまい込む。
それからすぐに屈み込んで、亡骸を掴んで、拾い上げて……掲げた。
その場にいる者達全てに見せつけて晒し者にするかのように。
(こいつ……!!)
風見はそれを見て、思わず歯を噛み締めた。
千里から見ても光明寺茉衣子の死に様は自業自得だと言える。
同情の余地はまるで無い。だが。
如何なる罪人で有ったとしても、どうしようもなく哀れに思える死に様というのは有るものだ。
その亡骸は正にそれだった。
人として。
人類として。
そして女として。
ここまで酸鼻を覆う亡骸を見たのは、その場に居る殆どの者にとって初めてだった。
子爵に限り長い人生の中で似た光景を見た事が有ったが、結末の一場面としてはそれをも超えた。
(たった十分程度で行われた殺人が、か)
子爵はただ哀れだと思った。
「……それで、悪趣味な劇を無理矢理見せられたあたしのむかつきはどうすればいいわけ?」
「ああ、ごめんごめん。でも……」
聖は千里の背後に立つ彼を見て、更に言う。
「そっちの彼のむかつきはまだ終わってないんじゃないの?」
「………………」
「ブルーブレイカー!」
千里の非難の声の間隙に。
「もう死んでるけど、あなたも壊す?」
そう言って、聖は茉衣子の遺体を放った。
「っ!!」
千里の横を抜けてブルーブレイカーへと飛んでいく亡骸を千里は振り返り。
「――――!」
ブルーブレイカーは木刀を振り上げ。
『やめたまえ!』
樹の側面に乱れた子爵の文字が浮かび。
茉衣子の遺体はそのまま別の立木に叩きつけられた。
木刀は振り下ろされなかった。……別の理由で。

「むかつきは、晴れたんだけどさ」
千里はぞくりとした寒気を感じていた。
「やっぱり、穴は開いちゃうんだね」
背中に胸が当たる。押しつけられた胸がひしゃげ柔らかな感触を帰る。
首筋にひんやりとした腕が巻き付いている。冷たい、ほっそりとした腕が絡みつく。。
フッと、耳に優しい息が掛けられた。
「……なんのつもり?」
「うん、ちょっと寂しいかなって思ってさ」
志摩子を奪われた事に対する憎しみは全て纏めて吐き出した。
残ったのは志摩子を失った事による深い、悲しみ。
胸に開いてしまった虚ろな穴だ。
「だからあたしで自分を慰めようって腹?」
「……そういう事」
BBが動く。敵対者に向け木刀を構える。
子爵の文字も踊る。
『それは認められない』
だが、千里は目でそれらを制した。
(要らないわ)
この身勝手な女に対してそんな物は要りはしない。要るのは一つだ。
「子爵から聞いた所だと……聖って言うんだっけ、アンタ」
「うん、そうだよ」
「じゃあ聖。一つ言っておくわ」
風見千里は大きく息を吸うと。首を振った。
身につけていたクロスのシルバーペンダントがくるりと回り聖の顔面に直撃。
「あちゃあっ!?」
そして、千里は言った。
「甘えんな!」
言葉と同時に熟練の裏肘が聖の脇腹を抉る。
「あたしはそんなに安くない!」
振り解いた僅かな隙間に振り返り滑り込ませた膝蹴りが聖の股間に直撃。
「ついでにそういう趣味も、無い!」
トドメに渾身の正拳突きが聖の顔面に炸裂した。

「…………き、効いた」
聖はよろよろと後ずさる。
その鼻からは鼻血が流れ始め、肘の直撃を受けた脇腹は大層痛んでいる。
幸い女性のおかげで股蹴りの被害は少なかったが、男性なら急所攻撃だった。
激しく容赦がない。
「最初の十字架以外は対覚用必殺コンビネーションよ。アンタには勿体ない位ね」
「……その覚ってのとどういう交際してるのか、ちょっと気になるんだけど」
「普通の交際」
凄く嘘臭かった。
「あと、一つって前置いて三つ言わなかった?」
「気のせいよ」
大嘘だった。
「………………」
「まだ、何か?」
「ううん、別に。ただ……」
聖は少し黙り。すぐに言った。
「迷惑かけたわね。それと……ありがと」
「………………」
千里は何も言わなかった。
そもそも彼女を“殴ってやった”のだって勢いだ。
千里は聖の起こした過剰すぎる惨劇を許すつもりはない。
ただ、孤独を訴えてきた彼女が見ていられなくなっただけで。
……狡いと思った。

「それじゃ行くよ、詠子ちゃん」
聖は振り向いて声をかける。
「何処に行くのかな? “カルンシュタイン”さん」
「志摩子の遺体を捜しに」
「そっか。良いよ、付き合ってあげる」
魔女はくすりと笑う。
「魔女はかつては悪役に誑かされて、今は吸血鬼に囚われの身だもの」
まるで怖れない様子でそう唄う。そして。
「ああそうだ、一つ聞いておこうっと。
 “カルンシュタイン”さんとは関係がないわたしの用事」
そう言って、呼んだ。彼女の魂のカタチで。
「――ねえ、“鬼嫁”さん」
「………………」
沈黙。
「…………ねえ。あたしの魂のカタチって、本気でそんな形なの?」
「うん、そうだよ。お嫁さんが鬼だなんて心強いよね。とても頼もしいと思うな」
心底から善意で言っている辺りタチが悪かった。
(これが悪意有ったりエロ意あったりすれば対処法は色々あるのに。
 殴るとかどつくとか殴るとか叩くとか殴るとかこづくとか殴るとかしばくとか)
千里の物騒な思考を知る由も無く、魔女は真面目に話を続ける。
「もう子爵さんから聞いているかもしれないけれど、“法典”君は前進を選んだ。
 “欠けて”しまっても尚、前に向かって進撃する事を選んだ」
囁くように、魔女は言葉を伝え始める。
それは何処か不吉な響きを持っていた。
「……何が言いたいの?」
「“鬼嫁”さんはまだ“欠けて”いない。つがいの翼もきっとまだ生きてるよ。今はまだ」
いや、何処かではない。それは。
「でもね。“鬼嫁”さんとそのつがいは、きっと共には死ねないよ。
 あなたが失うか、あなたが失わせるか。そのどちらかが待っている」
それは何処から何処までも不吉な言葉だった。
「その時“鬼嫁”さんとその夫は、何か変わってしまうかな?
 鬼であってもお嫁さんは、つがいを無くしても変わらずに居られるのかな?
 “法典”君のように傷を受け入れて前に進むかな?
 “カルンシュタイン”さんのように膿を吐き出す事で変わらない事を選ぶかな?
 それとも“蒼空”さんのように……ううん、これはわたしが言う事じゃないか」
「……未来を見たみたいな事を言うわね」
「わたしにそんな力は無いよ。これはただの魔女の不確かな予言の言葉。
 当たるかもしれないし当たらないかもしれない、それだけのものだもの」
「………………」
それでも魔女の言葉は浸み入る。脳裏に響き奥底まで浸透し足の先までどす黒い血が流れるように。
それを待って、魔女は微笑んで手を振った。
「それだけ。じゃあね、ばいばい」
魔女は吸血鬼と共に歩き出した。
闇の奥に。

     * * *

結局、彼女達は完全に、完璧に場を振り回して去って行った。
自らに必要な事を全て行い、必要な物を全て持っていったのだ。
聖は自らの憎悪を思う存分吐き出した。
そしてその後に心に開いてしまった大穴を、千里の拳で穴埋めした。
身勝手にも千里を利用して……甘えたのだ。見も知らぬ相手に。
千里には自分を殺すほどの理由が無いことを知っていて。
おかげで詠子は餓えた聖にも欠けた聖にも襲われる事は無くなった。
聖の血の渇きは癒されて、憎しみは吐き出され、悲しみもひとまずは誤魔化したのだから。

「“カルンシュタイン”さんは残酷だねぇ」
魔女はまるで敬意を払うかのように言う。
「ん? さっきの事?」
吸血鬼は何事もなかったかのように聞き返す。
それに対し魔女は微笑みと共に答えた。
「違うよ。そういう所だよ」
「うーん、詠子ちゃんの言うことはほんとよく判んないな」
そう言って佐藤聖は……笑った。
ついさっき自らの手で引き起こした惨劇も、茉衣子にぶつけられた憎悪も忘れて。
「さあ、志摩子の遺体は何処にあるのかな。やっぱりマンションかな?
 血を吸うかお墓を作るかは……どっちもしてあげればいいか」
藤堂志摩子を失った悲しみは、抑えているだけだ。
だけど志摩子を殺した光明寺茉衣子への憎しみは、早くも忘れつつあった。
それを見て詠子も笑う。その完成された魂のカタチの美しさに。
「何も変わらないで居られる事こそが“カルンシュタイン”さんの一番大きな変化なんだね」
聖は何も変わらなかった。吸血鬼になっても。誰かを激しく憎んでも。
相手からぶつけられた憎悪と相手に向かってぶつけた憎悪を、すぐに忘れて流してしまった。
「そんな事より早く行こう。詠子ちゃん」
それこそが佐藤聖が光明寺茉衣子に向けた、最も残酷な復讐の言葉だった。

     * * *
「………………」
千里は闇の中に去り行く二人の姿を見送った。
彼女達と戦うには理由が無くて、説得するにも通じる論拠が無かった。
だけど。
「ブルーブレイカー」
振り返ったそこには、何も変わらぬ様子で……表情の見えない機械化歩兵が立っていた。
彼には、一つ言わなければならない。
「どういうつもり?」
「どういう?」
「さっきの事よ!」
千里はブルーブレイカーの首もとを掴み寄せて怒鳴った。
そのまま押し込んだ腕と気迫はブルーブレイカーを一歩後退させ、背後の木に背中が当たる。
「あんな胸糞悪い見せ物を見物するのが趣味なわけ?」
「……そうらしいな」
ブルーブレイカーは平然と答えた。
「この……!」
「だがおまえもそういう面は有るのではないか? 魔女の言った通りの事が起きれば」
小さく子爵の水音がした。
「EDの仮説は間違っていた。しずくはこの島に居た。そして殺された。
 ……そうなんだろう? 金の針先」
『オレの名はエンブリオだ。その呼び名でも間違ってるとはいえねぇけどな。
 それとその通りだよ。しずくとは短い間だが、一緒に居たのさ』
「………………」
子爵の飛沫の音が少し大きくなるだけの静寂。
そう、EDの仮説はBBを落ち着かせる為の虚説だった。
「俺の片翼は失われた」
子爵が弱々しく木を這い上がる音がするだけ。
BBは喪失を噛み締め。
千里は彼を責める言葉を失った。
場の雰囲気を変えようとするかのようにエンブリオが軽い口調で喋り出す。
『最初にオレを持った奴は死んで、受け継いだ茉衣子は何人も巻き添えにして破滅しちまった。
 まったく、大した疫病神っぷりだと思わねえか?』
子爵が流れ落ちて形になる音が……
『なあ。ちょっくらオレを壊して――』
『気を付けろ!』
「!?」
自ら浮き上がる力が出ず、子爵は木に登って張り付く事で警告の文字を作りだした。
その僅かなロスが決定的な差を作り出す。
「イーディー、いや、シーディーだな。そうか。つまり俺は、ようやく見つけたって事だ」
ぞっとするほど近くから男の声がした。
振り返ると、周囲に警戒を払っていれば絶対に気づけた筈の距離に、怪物が立っていた。
その背後の足下には少女の亡骸がそっと横たえられている。
雨に打たれ青白く変色し背中には死斑の浮き出ている死体が。
「そしておまえらは運が悪い。俺を敵に回してしまったんだからな」
風見千里はブルーブレイカーに詰め寄り二人揃って態勢を崩してしまっている。
子爵は先程受けた攻撃のダメージが思いの外大きいのかまともに動けない。
そして怪物は、彼にとっては一息の間合いに立っていた。
(ヤバイ……!)
赤い青年、クレア・スタンフィールドは口を歪め劫火のような笑みを浮かべて、告げた。

「さあ、狩りの始まりだ」

復讐の言葉を。



【077 光明寺茉衣子 死亡】
【残り 48人】
【B-6/森/1日目/23:50】
【灯台組(出張中)】
【ゲルハルト・フォン・バルシュタイン(子爵)】
[状態]:やや疲労/グロッキー状態(物にもたれて文字を綴るのと移動しかできない)
[装備]:なし
[道具]:なし(荷物はD-8の宿の隣の家に放置)
[思考]:クレアに対応したい
    アメリアの仲間達に彼女の最期を伝え、形見の品を渡す/祐巳のことが気になる
    /盟友を護衛する/同盟を結成してこの『ゲーム』を潰す
[備考]:祐巳がアメリアを殺したことに気づいていません。
    会ったことがない盟友候補者たちをあまり信じてはいません。

【風見千里】
[状態]:風邪/右足に切り傷/あちこちに打撲/表面上は問題ないが精神的に傷がある恐れあり
[装備]:懐中電灯/グロック19(残弾0・予備マガジンなし)/カプセル(ポケットに四錠)
    /頑丈な腕時計/クロスのペンダント
[道具]:懐中電灯以外の支給品一式/缶詰四個/ロープ/救急箱/空のタッパー/弾薬セット
[思考]:クレアに対応
     早く体調を回復させたい/BB・ED・子爵と協力/出雲・佐山・千絵の捜索
[備考]:濡れた服は、脱いでしぼってから再び着ています。
    EDや子爵を敵だとは思っていませんが、仲間だとも思っていません。

【蒼い殺戮者(ブルーブレイカー)】
[状態]:精神的にやや不安定/少々の弾痕はあるが、今のところ身体機能に異常はない
[装備]:梳牙、エンブリオ
[道具]:なし(地図、名簿は記録装置にデータ保存)
[思考]:????
    /風見・ED・子爵と協力?/火乃香・パイフウの捜索?/
    /脱出のために必要な行動は全て行う心積もり?

【B-6/森/1日目/23:50】
【クレア・スタンフィールド】
[状態]:健康。激しい怒り
[装備]:大型ハンティングナイフx2/サバイバルナイフ/鋏
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水2000ml)、コミクロンが残したメモ
[思考]:この世界のすべてを破壊し尽くす/目の前の奴らをCDの仲間と誤認
    “ホノカ”と“CD”に対する復讐(似た名称は誤認する可能性あり)
    シャーネの遺体が朽ちる前に元の世界に帰る。
[備考]:コミクロンが残したメモを、シャーネが書いたものと考えています。
    シャーネの遺体は足下に置いています。


【B-6/森/1日目/23:50】
【吸血鬼と魔女】
【佐藤聖】
[状態]:吸血鬼(身体能力大幅向上)/満腹/良いパンチ貰った
[装備]:銀の短剣/剃刀/スタンロッド
[道具]:デイパック(支給品一式、シズの血1000ml)
[思考]:志摩子の遺体を捜す。
     身体能力が大幅に向上した事に気づき、多少強気になっている。
     詠子は連れ歩いて保存食兼色々、他に美味しそうな血にありつければそちら優先
     詠子には様々な欲望を抱いているが、だからこそ壊さないように慎重に。
     祐巳(カーラ)の事が気になるが、状況によってはしばらくそのままでも良いと考えている。
[備考]:詠子に暗示をかけられた為、詠子の血を吸うと従えられる危険有り(一応、吸血鬼感染は起きる)。
     詠子の右手と自身の左手を数mの革紐で繋いでいます。半ば雰囲気

【十叶詠子】
[状態]:やや体調不良、感染症の疑いあり。
[装備]:『物語』を記した幾枚かの紙片
[道具]:新デイパック(パン5食分、水1000ml、魔女の短剣)
[思考]:聖が満腹状態でしばらく危険も無い為、同行する。
[備考]:右手と聖の左手を数mの革紐で繋がれています。
「……どうして?」
シャナは静かに問い掛けた。
「おまえはどうして、こんな事をしたの?」
刃を突きつけて、命を質に問い詰めた。
フリウ・ハリスコー。
彼女にとってそんな問いに何の意味が有るというのか。
それでも答えざるを得なかった。突きつけられた刃に脅され、破壊精霊は収納した。
生き残るには相手の気まぐれを狙うか、念糸で絡め取る隙を作り出すしかなかった。
そうしなければ全てを壊すことが出来ないなら、そうするだけだろう。
「答えろ!」
「破壊に、理由なんて無いよ」
だからフリウは答えた。
目の前の少女は何故か髪が黒くなり、遂に涙も枯れた瞳で、悲鳴のように問い掛けていた。
戦いの刹那に感じた“彼女”の面影は欠片も残ってはいなかった。
少女はフリウがかつて見た絶対殺人武器でも、絶対者でもなかった。
無傷で制されたと思った数秒も、実は違う。
避けられたと思った最初の一撃は、避けきられてはいなかった。
シャナが飛び退いたのは確かに破壊精霊が拳を振り下ろす一瞬前だ。だが完全な回避には僅かに遅い。
それでもその巨大な腕に纏われた篭手の一端が、シャナの腹部を大きく抉っていた。
腹部からだくだくと流れ落ちた血流は足下に大きな血溜まりを作っている。
それでも、フリウには喉元に突きつけられた刃を防ぐ術は無かった。
少女の機嫌を損ねればフリウは容易く殺されてしまうだろう。
だけど小細工を弄した虚言を吐けるような器用さもなかった。
この傷なら時間を稼げば好転するかもしれなかったけれど、それさえも思いつかない。
だから目の前の少女にどんな反応を与えるか想像する事も出来ず、ただ答える。
「破壊には良いも悪いも無いよ。全てを壊し尽くす。ただそれだけだもの」
(やっぱりこいつは……敵だ)
シャナは少なくともその論理が“正しい道”とは相反する物だという確信を得る。
刃に力を篭めようとして、しかし。
「でも何が正しいのかというのなら、壊すことは正しいこと。
 壊すことは正しくて、だから生きるのを許される」
その断言に生じた迷いに更に言葉が連ねられる。
「もう潤さんもミズー・ビアンカも居ないんだ」
少女が信じた二つの名前。
「アイザックとミリアも、要も死んでしまった。ロシナンテを壊してしまった」
少女を救った幾つもの優しい名前と、壊してしまった名前。
「『──お前は間違っていない。もし間違っていたのなら、ここまで生きられるはずは無い。だから嘆くな悔やむな謝るな』
 そう言った潤さんは、正しいはずのあの人は死んでしまった。
 何もかもを壊してしまうあたしだけが生き残った」
遺された言葉。
「誰かを護るために戦ったから死んでいき、誰かを壊さなかったから死んでいった。だって――」
与えられた現実に少女は狂い。
「誰かを壊す事は自分が生きる事だから」
壊す者が生まれおちた。

『耳を貸すな、シャナ!』
「アラストール!?」
足下に横たわるダナティアの遺骸から、コキュートスからアラストールの言葉が響く。
これまでアラストールはシャナに話しかけようとはしなかった。
ダナティアを殺した少女、フリウはシャナの隙を狙っている。
だからシャナに隙を作らせまいと、シャナに話しかけはしなかった。
それでも見るも無惨な程に喪心するシャナを見ていられず思わず叫んでいた。
しかしアラストールの不安は、杞憂だった。
シャナの刃はぶれる事無く、驚きコキュートスを捜しながらもフリウから警戒を外さない。
シャナはすぐにダナティアの血に埋もれるコキュートスを見つけた。
それでもフリウを視界の外には出さなかった。
「……そっか。ダナティアはコキュートスを見つけてくれていたんだ」
『そうだ。皇女は我を見つけだし、おまえを治療できる者も見つけだしていた』
その言葉にまた、シャナはダナティアへの信頼を強めた。
(ダナティアはわたしを助けようとしてくれていたんだ)
暖かく、大きく、厳しくも優しさと慈しみにみちた、アラストールすら入りうる“偉大なる者”。
坂井悠二の母親の坂井千草を思わせる包容力を持っていた、大切な人。
――失われてしまった人。
『今ならまだ間に合う。傷は治り吸血鬼の呪いとて解ける。だから……!』
「もう遅いよ、アラストール」
シャナはその言葉を断ち切って、空いている片手で首もとの服をずらした。
曝け出されたそこには何の変哲も無い白い肌が有った。ただそれだけだった。
つまりそこには何もなかったのだ。有るはずの物さえも。
吸血鬼化がまだ終わっていない事を示す吸血痕は、失われていた。
『まさか……!』
アラストールは息を呑み、更に気づく。
先程あ深く傷つけられた筈の腹部から流れ広がっていた血の池が、広がるのを止めていた。
シャナは夜傘をまくりそこも見せる。そこでは泡立つほどに異様な速度で再生が始まっていた。
『再生が早すぎる……!?』
「そう。存在の力で再生もしているけれど、それだけじゃない。
 “魔女”に言われた。わたしはこれを望み、選んでしまったんだって。
 それからは……一瞬だった」
その声は、言葉は、全てが痛みに満ちていた。
シャナは傷の痛みを感じてはいないのに、聞いている方が痛々しくなる程の痛み。
聴覚から脳を蝕まれるようなじくじくとした疼痛に満ちていた。
「でも安心して、アラストール。
 わたしは人喰いの化け物には、なってやらない。
 喰うために殺しはしない。絶対に」
『シャナ……』
その意思は理想の形なのに。
「無理だよ。破壊する事こそが正しい。過ちはただ淘汰される」
「うるさい、そうじゃない。おまえは間違っている」
フリウの言葉を否定するその言葉は正しいのに。
何故か、感じるのだ。
(どうして胸騒ぎが収まらない!?)
それはアラストールがこの島に居る誰よりもシャナを知っていたからだ。
誰よりも長くシャナと共に居て、それなのにずっとシャナと言葉を交わせなかった。
だから誰よりもシャナの変化を感じ取った。
だから、気づいたのだ。

「もう坂井悠二もダナティアも居ないんだ」
少女が信じた二つの名前。
「セルティも、テッサも死んでしまった。平和島静雄を殺してしまった」
少女を救った幾つもの優しい名前と、殺してしまった名前。
「『――あたくしのルールに従いなさい』……そう言ったダナティアは失われてしまった。
 でもルールは残っている。正しい道を進まなければならない。
 ……ようやく、わたしがやるべき事が判ったんだ」
遺された言葉。
「殺そうとしなかった甘さが相手を殺して、敵を殺さなかった事で別の誰かが殺された。だって――」
与えられた現実に少女は狂い。
「誰かを殺す事は誰かを生かす事だから」
殺す者が生まれおちている事に。

「殺した者が生き延びるんじゃない。殺した事で誰かが生き延びるんだ」
それがシャナの見つけた誤った真実。
「ダナティアは何も奪わず殺さずに進もうとした。それは正しい事。
 だけどそれじゃダナティアが殺されてしまうから、別の誰かが殺さなきゃいけなかったんだ」
正しい道を見失った少女はそれでも前に進もうと走り続け。
「それはわたしがしなきゃいけなかった。わたしがダナティアの敵を殺さなきゃいけなかったんだ」
いつしか踏み入ってはならない場所へと迷い込む。
「セルティが死なないように、静雄を殺さなくて済むように、他の敵を殺さなきゃいけなかったんだ」
それでも少女は進み続けていた。
「ベルガーや保胤、リナや臨也が死なないように、彼らの敵を殺さなきゃいけないんだ」
正しい道を見失い夜に迷い。
「ぜんぶ……そうして来なかったわたしのせいなんだから!」
地べたを這いつくばって闇を行く。
「………………」
フリウはシャナの言葉を、否定できなかった。
全てを破壊する。ただそれだけを考え、他に考える必要は無いと思っていた。
誰の言葉を聞いても考えを変える気なんてなかった。
だからあの演説を行ったダナティアだって壊して、ルールを否定した。
それなのにどうして目の前のシャナの言葉を否定できないのだろう。
(筋が通っているから?)
殺す事により誰かが生き延びる。その理論でもフリウの辿った悲劇は説明出来る。
きっとフリウが生きていたのはフリウが自分のために、あるいは誰かがフリウの為に、
人を、敵を殺していたからなのだろう。
(潤さん……)
そう、哀川潤がフリウや皆を護るために襲撃者と戦って殺したように。
それにより潤は死んでしまった。
殺さなかったフリウの代わりに潤が死んで、フリウが壊そうとした襲撃者は逃げ延びた。
(あたしが、ロシナンテを壊してしまったから)
だから代わりに襲撃者が生き延びた。
あの時、襲撃者を壊せた筈の一撃は、ロシナンテを壊してしまった。
「ぜんぶ……あたしのせい……?」
だけど。
(どうして、あたしはこの子の言葉を聞いているのだろう)
その疑問の答えは理屈じゃなかった。
どんなに理解できる答えでも、言葉が心に届かなければ通じない。
なのにシャナの言葉はフリウの心に届いていた。
その理由に唐突に気づき、フリウは思わず声を漏らした。
「…………そっか。あたしと、同じなんだ」
それはフリウとシャナの心が一つの想いで繋がっていたからだ。
二人の少女の心を繋げた想い。
その想いの名は、絶望といった。
絶望が絆を結んでいた。
『シャナ!!』
アラストールの言葉は最早届かず、シャナは結論に辿り着く。

「そう、わたしとおまえは同じなんだ」

シャナはフリウを見つめていた。
正しく強く優しかったダナティアを殺した、忌まわしい怨敵を見つめた。
そして言う。
「おまえは殺す。必ず殺す。もしもわたしが死んだ時、絶対におまえを道連れにしてやる」
切っ先を進めずに。
「だけどまだ殺さない。わたしはおまえを利用するから。
 わたしと同じおまえを利用するから。
 ダナティアを、セルティを、みんなを傷つけた敵を一人残らず殺す為に。
 この人達の告げたルールに従わない敵を一人残らず殺すために。
 その為に壊させてやる。
 おまえに思う存分壊させてやる。
 わたしが示した敵を思う存分壊させてやる。
 
 ――おまえは、何かを壊せればそれで満足なんでしょう?」

その言葉はどこまでもその通りだったのだ。
だからフリウは、ゆっくりと頷いて。

殺人の意思と。
破壊の意思が。

絶望によって結ばれた。

     * * *
「ダナティアが……死んだ? あの傲慢女王様が!?」
「この島では誰もが死に呑まれうる」
メフィストの言葉にリナは驚愕し……歯を食いしばり、嘆く前に思考する。
ギリッという音が微かに聞こえて、それだけだった。
(どうすればいい?)
「…………どうするの?」
焦燥と動揺に満ちるのを歯痒く思いながら、問う。
「どうするの? 旗は、もう無いわ」
「……継ぐ。それしかねえだろ」
「誰が?」
「全員でだ!」
ベルガーは断言する。躊躇を振り払うように。
やる事は依然、山のようにある。
悼みたい。嘆きたい。悲しみたい。悔やみたい。痛みたい。想いたい。
失われた者達とこれまでの多くの事。
そのどれもが今は振り返る間さえ無い。
「リナ、君はこのメガホンを持って一度戻れ。
 こいつは最悪に危険な代物だが……それでも意味はある。壊すわけにはいかない。
 俺達は迎撃に出る。追撃になるかもしれない」
「千絵の事はどうする気? 尋常な状態じゃないわ」
「必ず戻るとも」
メフィストは断ずる。
「約束する」
誰もが死に呑まれうるこの島で、それでも約束には意味がある。
それは誓いなのだから。
「一つ忠告しておく。彼女の錯綜は坂井悠二の残した物と同じ『物語』によるものだ。
 努々、呑まれるな」
「……判ったわ、ありがとう」
リナはメガホンを受け取る。
同じく意志を伝える道具、携帯電話はベルガーのポケットで鳴り続けていた。
「こっちはまだ俺が持っている。事が終わったら連絡をする」
「おいみんな、それより早く行かないと!」
終が焦るように叫ぶ。
「あんなのに殴られ続けたらこのマンションだっていつまで保つか判んねえだろ!?」
「……いや、待ちたまえ終君」
メフィストが制止する。
ベルガーも、リナも、そして終も気づいた。
いつの間にか、巨人の拳がもたらす地震のような激震は終わっていた。
周囲は、痛いほどに静かだ。

     * * *

少女は拗くれた意志を胸に進み出す。

「……ダナティア、少し血を貰うね。血が足りなくなったから、人を襲って喰わない為に」
 それからアラストール。コキュートスは置いていくよ」
シャナは痛みに満ちた言葉と共に体を動かす。
ダナティアの血の中からコキュートスを避け、そして少しだけ血を汲み取った。
それからダナティアの死に顔を見ているのが辛かったから、そっと目を閉じて寝かせた。
「わたしは死ぬつもりは無いけれど、もしもわたしが死んだ時に誰かが望んだなら、契約して。
 ダナティアには12人も仲間が居たのなら、きっと誰かが居るでしょう?
 あなたを容れる事の出来る偉大なる者も」
『……その12人には我と、そしておまえも含まれていた』
シャナは一瞬だけ静止した。
息を呑んで、それから。
もう枯れたと思っていた涙が、またもう一滴だけ零れ落ちて。
それが地面に辿り着くより早く。
シャナはフリウの首根っこを掴み、夜空へと消えた。
全ての優しさから逃げ出すように。

「……わたしにはもう、そんな権利は無いよ」
如何にシャナに仲間が残っていたとしても。
大切な人がまだ残っていたとしても。
仲間と言ってくれたとしても。
シャナの心はもう、救いを受け入れるには傷付きすぎた。
どれだけ赦しを注いでも、そこら中に開いた穴から全て零れて消えてしまう。
フリウ・ハリスコーと同じように。

     * * *

「シャ……」
その時になってようやくベルガーは、メフィストと終はそこへ辿り着いていた。
リナとの遭遇と連絡、会話は僅かな遅れを生みだした。
シャナとフリウの戦いも、その後の問答も、あまりにも早くて短かった。
それでもベルガーは飛び去る前のシャナと彼女に掴まれた少女を目撃していた。
だが、声が出なかった。
片肺を損傷していたベルガーは再度の全力疾走の直後にシャナの名を叫ぶ事が出来なかったのだ。
リナとの会話の合間のメフィストの処置により損傷した右肺から空気が漏れる事こそ無くなっていたが、
それでも酸素不足は全力の運動中に言葉を紡ぐ事を禁じてしまう。
「今のがシャナ君かね?」
「ゼェ……ゼェ……ああ、そうだ! また、届かなかった。…………だが」
ベルガーはシャナが飛び去った方を見る。
煌々と明かりの付いたマンションから離れ、炎の翼は夜空を行く。
「……今度は、追いつくさ」
今度だって言葉が届くかは判らない。
それでもベルガーは遠ざかるシャナの姿を睨む。
今度こそ言葉を彼女の心まで届けるその為に。
「痕跡から見て、どうやらダナティアを殺した少女とシャナ君が戦ったという事のようだ」
「ちょっと待ってくれ、一体何が起きたんだよ!? どっちが勝ったんだ!?
 シャナって奴はどうして、何処に行ったんだ!?」
メフィストの分析に動揺する終。それに答えたのは。
『勝ったのはシャナだ』
「コキュートス!」
ダナティアの遺体の横にそっと置かれたコキュートスだった。
『誰か我を持って、そしてシャナを追ってくれるならば急いでくれ!』
アラストールは緊迫した様子で嘆願を叫ぶ。
『シャナはダナティアを壊した少女を“使って”我らの敵を全て討ち果たすつもりだ!
 倒すべき敵だけでなく、話し合いも歩み寄りも無く立ち塞がる者を平等に!』
「!?」

     * * *

少女達は闇夜を舞っていた。
そこに在るのは少女達だけだった。
他には誰も居ない。誰も見えず、誰も聞こえない。
二人だけの世界。
「ねえ、あなたはどうして進めるの?」
そこでフリウは疑問を呈した。
「全てが破滅に帰結するこの島で」
眼下に見えるのはこの島の姿。
闇に包まれたこの島は市街地に僅かな明かりが灯るだけ。
「どうして誰かの為に殺すの。
 どうして奪われた事を恨まないの?」
シャナは答えた。
「何が正しい事なのかなんて、ほんとはもうわからない」
フリウの疑問に返す言葉はどこか唄うようだった。
「だけどあの人達は正しかった。奪われたあの人達は正しかった。
 だからあの人達を助けたい。奪われたあの人達を認めたいの」
「もう死んでしまったのに?」
「まだ消えてはいないもの」
合唱は自己の発露で有りながら同時に他者と自らを同一化していく。
そこに生まれるのは自己でも他者でも有り得ない新たな一つ。
「正しい破壊は誰かを助ける」
「あたしには出来ない事だよ。あたしは全て壊すだけ」
「わたしはおまえの破壊で殆どを奪われた。だけど一つの傷を癒された」
「そんな事起きるはずがない」
「起きた。おまえの破壊はわたしの腹に残った傷跡を抉り出して消し去った」
問いはピアノ。答えはフォルテ。悩みはビブラートで確信はスタッカート。
合唱の音色はいつしか合奏となって曲となる。
「わたしは殺す。あの人達が生き残るように。
 そうすればきっとあの人達が元凶を殺してくれるから」
「元凶って何?」
「未知の精霊。わたし達が失った者達の姿を被るモノ」
「!!」
動揺が不協和音となって、それさえも合奏は自らの音とする。
「おまえは何か知ってるの?」
「アマワにもう意味はない。
 あたしはアマワを意味なくしたはずなのに」
「だけどアレは現れた。そしてわたしはアレを殺せない。
 アレが悠二の姿を被るそれだけで、戦う事すらできはしない」
「そもそもアマワを壊す事に意味はない」
「じゃあどうすれば滅ぼせる?」
「わからない。あたしにはもうわからない。前はわかったはずなのに」
「……良いよ。きっとあの人達が答えを見つけてくれるから」
「……良いよ。きっとあたしにはもう関係出来ない事だから」
多くを失い終末と化した二人の少女は眼下に広がる闇に包まれた、未知に包まれた島を見下ろして。

「わたしは生かす為に誰かを殺す」
「あたしは生きる為に誰かを壊す」

一つの楽曲の最終楽章を奏で始めた――

     * * *

パイフウは絶句していた。
沈黙し、言葉を失っていた。
それは心の底では望んでいた再会のはずだった。
彼女の笑顔が、彼女があの街で生きる姿が好きだったから、パイフウはゲームに乗った。
そして再会を諦めた。
彼女と再び会える事はもう無いと諦め、彼女と会わないと心に決めた。
そんなついさっきの信念を、彼女は容易く打ち破った。
「ほのちゃん…………」
火乃香はじっとパイフウを見つめて、もう一度、訊いた。
「…………どういう事なの? 先生」
火乃香にとってはまだ確信できない事だった。
ゲームに乗っているのがパイフウなのか、それともマンションに居るダナティア達なのか。
あるいは不幸な擦れ違いで全面対決になってしまったのか。
だからパイフウが冷静になれば言いくるめる手段も有ると気づけたはずだ。
だがパイフウにそんな事を考える猶予など有りはしなかった。
この島における彼女の思考の基底には常に火乃香の存在があった。
彼女に報せず、彼女以外の存在をひたすらに殺し尽くす。
管理者達が満足するまで。し続けるように。
それがパイフウの目的だったのに。
(ほのちゃんに、ゲームに乗った事を知られてしまった)
そう思いこんでしまった時点で、それは事実と決定した。
(私は、どうする? どうすればいい? ……どう答えれば良いの?)
思考が回る。廻って迷う。
(……まだゲームに乗ったことしか気づかれていないなら)
それなら身勝手な理由で乗ったフリをすれば……?
(いいえ、それでもやっぱりほのちゃんは、泣く……)
どうすれば、いい?
「先生……何とか言ってよ」
いつの間にか火乃香はすぐ近くまで歩み寄って、肩に手を掛けていた。
彼女の背後では男が二人、油断の無い様子でこちらを見ている。
彼女の仲間なのだろう。
もしも敵対すれば、古泉は戦力にならない以上1対3では逃げる事も出来るかどうか。
(どうする……?)
「旧縁を暖めるのもいいですが」
古泉の声が自体の変転を伝える。
助かったと、パイフウがそう思う暇も無く。
「空から、何かが来ます」
焦った様子の声が敵の来襲を告げた。

合唱が聞こえてきた。
唄が響いた。

「通るならばその道。開くならばその扉」
「四界の闇を総べる王」

彼女達は唱っていた。

「吼えるならばその口。作法に記され、望むならば王よ」
「汝の欠片の縁に従い」

自らの内より沸き上がる魔性の詩を。

「俄にある伝説の一端にその指を、慨然なくその意志を」
「汝等全員の力もて」

その歌声は絡み合って。

「もう鍵は無し」
「此に更なる魔力を与えよ」

合唱となった。


「ぁ……くああああああぁっ」
シャナの身につけたタリスマンが生みだした強大な力が、密着するフリウに叩き込まれる。
その無理矢理な使い方と初めての力の奔流にフリウは叫び。悶え。
目を見開いて絶叫した。
「開門よ――成れ!!」
その視界の中に、白銀に輝く破壊の化身が産声を上げた。
流れ込んだ暴力的な力を受けてか、まるで制限の鎖から解き放たれたが如き力を秘めて。
破壊精霊は降臨した。
そして尚も二人は唱う。
シャナは腕の中のフリウに告げる。
「あの二人はあの人達の敵だ。
 あの二人は敵で、あの二人の仲間も敵だ。
 だから」
シャナは指差す。
あの人達を襲った女と、その女の肩に手を掛けている少女。仲間なのだ。
それにそれらの仲間らしい三人の男。待っていたらしい二人は茂みの中に立っている。
戦いを終えた後で待っていた仲間と落ち合ったのだ。
シャナの思考の中で、それは他に考えようもない程に確かな事だった。
その全てを示して言った。
「あいつらは、全部殺していい。ううん、殺さなきゃならない」
「判った。それなら」
少女達は合唱する。
「殺す!」
「壊す!」
その叫びが届くよりも早く、破壊精霊は拳を叩き込んでいた。

――怪物はここに居る。

     * * *

パイフウはそれを見た瞬間、全身に寒気を感じた。
あの少女がこれまでに無い絶叫と共に呼び出した銀の巨人。
(あれは危険だ)
そんな事は判っている。これまでだって危険すぎる程に危険だった。
それなのに何かが違う。
あれを言葉に表すならそれは文字通り……
「……破壊」
破壊精霊である事は、破壊というそれそのものである事だ。
パイフウは初めてそれを感じ取っていた。
初撃は全員の中央に叩き込まれた。
一撃で石段を粉々にして粉塵を巻き上げた。
人が数千数万回と勢いよく体重を乗せても砕けない石の塊があっさりと粉砕された。
誰も直撃を受けなかったのは幸運か、偶然か、それとも意図したものか。
火乃香が叫ぶ。
「先生! みんな! ……下に向かって!」
それは間違ってはいない。
破壊精霊はその巨躯から拳を振り下ろしてくる。
坂の上から下に向けてそれをするのは難しく、少なくとも攻撃の一つは凌ぎやすくなるだろう。
だが当然、シャナとフリウもそれを止めるために動く。
石段の下側に舞い降りたシャナは刀を構え、彼女達を睨む。
片腕は依然フリウを掴むのに使われて、もう片手は炎に包まれた刀を握っている。
「くそ、待て! どういう理由で俺達を」「うるさい!」
ヘイズの問い掛けをシャナは完全に無視した。敵の言葉に惑わされてなど居られない。
パイフウがライフルを構えて射撃する。シャナはその銃弾を残らず刀で叩き落とした。
「コンビネーション――」「危ない!」
コミクロンが攻撃魔術を放とうとする。
火乃香が彼を抱えて横っ飛びした次の刹那に全てを踏み砕く足が降ってくる。
ヘイズが指を鳴らそうとする。今のシャナの前には遅すぎた。
パイフウは動揺していた。
火乃香は困惑していた。
ヘイズもコミクロンも一瞬だけ把握が遅れた。
連携などできる筈もない。
そこには大きすぎる隙が生まれていた。
「敵は!」
フリウを置いて、音が放たれるより早くシャナが踏み込んだ。
「全部!」
フリウの視界の中で、音すら砕く破壊の拳が振り下ろされた。
絶望で繋がれた二人は完璧に息を合わせて終末を合唱する。
「殺す!」
「壊す!」
逃れえない破滅が迫り。

「させねえ!」
体勢を崩した火乃香とコミクロンに迫るシャナの剣戟を、真紅の長剣が。

「もちろんだとも」
降りかかる破壊精霊の拳に潰される筈だった者達を、美しき繊手が。

殺される筈だった者達を守りぬき、壊される筈だった者達を救いだした。

彼らは駆け付けた。
竜堂終とメフィストが。
それならば勿論――

     * * *

少し時間は戻る。
それは彼らがそこに辿り着くまでの時間だ。
メフィストは走っていた。終も走っていた。そしてベルガーも、走っていた。
だがその走りは他よりも僅かに遅れていた。
今、ベルガーの体に行き渡る酸素の量は半分程度になっている。
これは標高5000mの高地で走っているような物だ。
その状態で超人的な肉体能力を誇るベルガーと同等以上の仲間と併走出来ているのは、
メフィストと終が周囲を警戒しながら走り、且つ会話をこなしているからだった。
「……それで結局、どうするんだよ? あの二人は」
「どちらの事かね?」
「パイフウと古泉って二人の事だ!」
メフィストはふむと頷き答えた。
「もう一度だけ降伏を迫るとも。
 それが受け入れられなければ安楽死。それが妥当な処置だろう。
 だがそれは、憎しみによってではならない」
「そんな難しいことは考えねえ!」
心地よい答えが結ばれた。
意志はまだ絶えず。意志はまだ止まらず。
人は進む意志さえあれば前に進めるのだ。
腕を、足を無くしても。心の支えが折られても。
例え“命を落としても継いでくれる者が居る限り”、人の意志は前へと進むのだ。
(いいね……爽快だ)
ベルガーは楽しげに唇を歪めた。不格好な、満足げな笑みを。
笑みは一瞬で崩し、口と鼻で呼吸を再開する。
酸素はどれだけ有っても足りない程だ。
片肺に詰め込めるだけ夜の冷たい酸素を取り込んで、肺から全身の血管へと送り込む。
冷やされた血が全身を流れるのにまるで冷える気はしない。
沸き起こる激情が未だに全身を駆けめぐる。
怒りと悲しみ。それに怨みや憎しみだって無いと言えば嘘になる。
前に進めるのはただ、ダナティアの仲間だった自分の想いの為ではなく、
自分の仲間だったダナティアの想いの為に何かをしたいと考えたからだ。
どっちにした所で、それは生きている自分達の為にもなる。
(それならこの方が、前向きだ)
だからベルガーも選ぶ。前進を。
だがベルガーが気になるのはパイフウと古泉よりも……。
「それじゃもう二人の方はどうするつもりだ?」
終はベルガーの問いを代弁した。
『……シャナ』
コキュートスが呟きを漏らす。愛し子に付けられている名を。
「見てから判断という所だろう。私よりも君が決める事かもしれないがね」
「……判ってる、よ」
粗い息の中から最低限の言葉を発する為の呼吸を工面する。
「今度こそ……シャナを…………救う!」
これまで届かなかった分まで。ダナティア達の失われた手が届かなかった分まで。
ベルガーとてシャナがどれだけの傷を負ったかは知らない。
たった6時間足らず別れていたその間にどれだけ心が痛んだのかを知らない。
何がどう転べばダナティアを殺した少女を武器にダナティアの敵達を皆殺そうなどと、
そんな無茶な結論と行動に至るのかも判らない。肉体の事すら知らない。
『だがあの子は……もう完全に、吸血鬼となってしまった』
だが。
「人を喰らう……かい?」
『それは無い。あの子の最後の矜持だ』
「なら一つは解決だ。ヒビだらけにはなっていても……魂は、死んじゃいないさ」
『フレイムヘイズである事も、我と共に往く事も捨てたというのに?』
ベルガーは粗い息で笑い、溜め込んでいた息を使った。
「全てを失ったってだけなら、また一から取り戻せば良い。それだけの事だろ」
『…………!!』
「それには心を救うって条件が有るけどな。皇女の次は俺が約束する。
 ……シャナの心を、救う。俺は世界で二番目に粘る男だぜ?」
前に進む気持ち。
それさえあれば何度だってやり直せる。どんな所からだってやり直せる。
ベルガーはそう言ってのけた。
それは希望や勇気とも呼ばれる想い。絶望に打ち勝つ切り札。
ベルガーはそれを持ってして、絶望に挑む。

「見えた、あそこだ」

メフィストが指し示すそこは石段だった。それとそびえ立つ……
「さっきの巨人!」
シャナと名も知らぬ少女が、巨人を従え戦っていた。
気のせいか巨人は先程見た時よりも遥かに強大に見える。
その場にいるのはあの二人に……3、4、5人!
「なんであんなに居るんだよ!?」
「知るか!」
彼らは足を速める。
「敵は!」
叫びと共にシャナが神速で踏み込んだ。
「全部!」
シャナと居た少女の叫びと共に巨人が拳を振り上げる。
「殺す!」
「壊す!」
振り下ろされる死。それを食い止めるために。
ベルガーより呼吸に余裕の有った終とメフィストが地を蹴った。
「させねえ!」
終の知らない者達に迫るシャナの剣戟を、終の握る真紅の長剣が。
「もちろんだとも」
降りかかる破壊精霊の拳に潰される筈だった者達を、メフィストの美しき繊手が。
殺される筈だった者達を守りぬき、壊される筈だった者達を救いだした。

彼らは駆け付けた。
竜堂終とメフィストが。
それならば勿論――ベルガーも辿り着く。そのはずだ。

シャナは目前に現れた少年を睨んで脇目を振る余裕が生まれなかった。
フリウはそうではなく、反射的に彼らが来た方向に脇目を振った。
破壊精霊の居場所は常に少女の視界の中にある。
瞬時に破壊精霊は消え去り新たな場所にその身を顕現させた。
無音で瞬時に走り来るダウゲ・ベルガーの目の前に。
その巨大な拳が振り下ろされる。
これまで走り続け保っていた速度は転進も停止も許さない。避けられない。
逃れ得ぬ滅びの運命を前に、尚もベルガーは不敵な笑みを浮かべた。
彼の手の中に有る武器の名は“運命”。
運命は彼の手に握られている。
素早く単二式精燃槽を連結し振り上げる。
正面から。
《運命とは切り抜けるもの》
滅びの運命を切り抜ける刃を振り下ろしそして――

     * * *

マンションの一室。
「おかえりなさい、リナさん。向こうはどうなっていました?」
早口で、それでも丁寧な口調は崩さずに保胤は問い掛けた。
「メフィストは終とベルガーを連れて出ていったわ。
 逃した奴らの追撃に向かったみたい。……それから、必ず帰ると」
「そうですか。それでは携帯電話は切っておきます」
そう言って保胤は掛けっぱなしになっていた携帯電話を切った。
そして、出なかった名前を聞いた。
「……ダナティアさんは?」
保胤の続く問いに、苛立ちながらも答える。
「ダナティアは死んだわ。殺された」
「なっ……!」
「なんだって!?」
保胤は息を呑む。臨也も驚いた様子を見せた。
「一体……何故?」
「向こうに来てた二人との戦いの隙を、更に現れたもう一人に突かれたのよ」
「……それが巨人を使っていた者ですか」
「巨人? さっきの振動はそれ?」
「ええ、さっき……」
保胤は話す。リナが地下を経由した為に見る事の無かった銀色の巨人の事を。
それは突如現れ舞台組のマンションを攻撃した。
(それにやられた……?)
マンションが激震していた程だ。その破壊力たるや想像を絶する。
それも隙を突かれてとなれば、彼女が殺された事も理解出来る気がした。
……考えるだけで胸がざわつくが。
「その巨人はどうしたの? ベルガー達が出る時にはもう揺れは収まってたわ」
「おそらく、シャナさんが倒したものかと」
「……え?」
「戻ってきたんです、シャナさんが! リナさんと入れ違いに、ここに」
リナは息を呑む。
「どういう事!? それじゃシャナは何処に行ったの!?」
「多分、巨人を操っていた者を倒して……それからは判りません」
「どうして?」
「千絵さんを置いて見に行けるわけが無いでしょう」
内心の焦燥や動揺を押し込めて、言った。
保胤の側には譫言を呟くばかりの千絵が居る。臨也がからかうように言った。
「ああ、俺は数に入ってないわけだね」
「それは……」
臨也の言葉に気の良い保胤は言葉に詰まる。
リナにも保胤の言い分は判る。既に信用を得ていたセルティが信用できないと言った人物に、
精神的に錯乱している仲間を預けるのは勇気の居る決断だ。
「そんな事より……それで、シャナは帰って来ずに行っちゃったわけ?」
「はい」
「あんの馬鹿はぁ……!」
歯が軋んだ。怒りと不満と苛立ちの音が鳴った。
(……ムカツクわ)
手を握り締め、歯を食いしばって怒りの噴出を抑える。
(ダナティア。あたしにあんなに説教して、力を見せつけて、その挙げ句に勝手に逝くんじゃないわ。
 ダナティアを殺した巨人使い。許さない。絶対に。
 シャナ。大馬鹿。折角帰ってきたのにどうしてまた出ていったのよ?
 千絵。『物語』だかなんだか知らないけど前に逃げるんじゃなかったの? 逃げ切りなさいよ!
 保胤。こんな状況にも澄まし顔? 何を考えてるのよアンタは。
 それに……あたしも)
一度は茉衣子を取り押さえたのに一瞬の隙を突かれて逃げられて、セルティが殺された。
向こうの舞台組を地下を経由で見に行けばシャナと擦れ違った。
やった事が裏目に出るのは歯痒くて、そして憎らしかった。
保胤はその噴出する怒りを感じ取り止めようとする。
「リナさん、怨念に捕らわれてはいけません」
「……アンタはこんな時でも冷静ってわけ?」
「こんな時だからこそです」
それは正論だ。
保胤とて焦りや後悔、動揺で一杯になっている内心を抑え込んでいた。
少し冷静になって考えればリナにも保胤の心が判っただろう。だが。
今のリナには仲間が何人も死んで尚も動揺の様子を見せない保胤が気に障って仕方がなかった。
「光よ」
「リナさん!?」
ヴン、と音を立ててリナの持つ柄から光が噴出し、収束。光の剣を生成する。
疲弊しているせいで刀身はそれほど長くなかったが、安定していて丁度良い。
それを一振りして、保胤の首もとに突きつけた。
「何をする気です」
保胤は思わず一歩後ずさった。
一歩詰めた。二歩後ずさった。
「怨念怨念って、アンタにはあたし達の気持ちが判るの?
 一人でこの世界に連れて来られたあんたに!」
これじゃ八つ当たりだとリナは思う。
情けなくて腹立たしい程なのに、だから余計にむしゃくしゃした気持ちが止まらない。
「同じ世界から連れて来られた仲間が。親友が。大切な人が。
 目の前で。あるいは知りもしない場所で知りもしない時間に殺されていく。
 それが判るとでもいうの!?」
「………………」
保胤は俯き、唇を噛んだ。
(何をしているのです、私は。リナさんが怒るのも当然です)
これは彼の失敗だった。
保胤にはこの島に連れて来られる前からの友や仲間は居ない。
少なくとも放送の度に知らない何処かで友や仲間が死んでいく不安は殆ど無かった。
ある意味、安全な場所に立っていたのだ。
そこから発せられた説法を誰が聞けるというのだろう。
(ですが……私も、もうとっくの昔にそんな場所から出てしまっているのです)
全ては過去形で括られる。
リナの言葉は誤解と勢いに基づいた物でしかない。
だからその答えを伝えようと、顔を上げてリナと目を合わせて。
「答えなさいよ!」
リナは大股に一歩で二歩を詰め、光の剣を振り下ろした。
切り裂くわけではなく、ただ保胤の眼前に勢いよく突きつける為に。
保胤は目を逸らさずにそれを見つめそして――

     * * *

破壊精霊の拳が大地に着弾。
「ベルガー!!」
終の叫びは訪れた破壊の轟音に掻き消される。
それでもメフィストは終が紡ごうとした音を理解する。
「彼は死んでいない。どこかへ消えた! それよりもシャナ――」
再びメフィストを狙って破壊の拳が振り下ろされる。
如何に魔界医師とて当たれば命が無い攻撃をひらりひらりと避け凌ぐ。
絡みつこうとする銀色の念糸――如何にしても千切れない筈の思念の通り道さえも、
針金で絡み取り、メフィストの代わりに針金がねじ切られる。
その手から放たれた雷光は圧倒的な力を秘めた巨人の腕にさえ傷を付けて見せた。
「そんな……!?」
フリウは目を疑う。有り得ない光景に。有り得ない強さに。
メフィストは強大化した破壊精霊の攻撃に他の者達を巻き込まないように跳ね回る。
その光景はメフィストが一方的に破壊精霊を封じ込めているかのようだ。
だがそれでも、破壊精霊は壊していた。
メフィストの言葉を壊していた。
「――――――」
メフィストの声が届かない。
「――――――」
メフィストの言葉が届かない。
「――――――」
メフィストの意志が届かない。
「――――――」
メフィストの救いが届かない。
シャナへ。そして――

竜堂終に届かない!

終がそれに気づいた時にはもう遅かった。

(敵が、増えた)
シャナはそう考えた。
(マンションから逃げてきた最初の二人は敵で、その仲間の三人も敵。こいつらは敵。
 更に何処からか来た二人もこいつらを守った。つまりその仲間で、敵だ。
 もう一人、誰か居たみたいだけど見えなかった。フリウの攻撃を避けて逃げたのかな?
 名前は……目の前の終というこいつは、なんて呼んだんだろう?
 こいつの声は聞き覚えがあるような気もする。
 だけどどうでも良い。敵であるなら名前に意味はあまり無い。
 相手を逃しもしなければ顔すらも意味が無い。
 必要な事はただ一つ。たった一つ。
 “あの人達の敵を全て殺す”。
 それだけがわたしがやる事。やるべき事。やらなければならない事。やりたい事。
 それだけが、それだけが、それだけが――!!)
「危ない!!」
終が膨れ上がる殺気に気づいたのはすぐ背後に居た火乃香の声を聞いた時だった。
終は一つ考え違いをしていた。
終はこの戦いを、先走った仲間が敵を殺すのを止めて交渉する為の戦いだと考えていた。
それは正しかったはずだ。……ダウゲ・ベルガーが辿り着いていたならば。
如何なる理由か何処かに消えてしまった彼の存在が、全ての歯車を狂わせる。
噛み合った刃をシャナが跳ね上げる。
「シャナ、違う、オレ達はダナティアの――」
シャナは敵の言葉を聞かず、その技と速さは終よりも上だった。
閃く刃が炎を纏う。
瞬間。
シャナの握る贄殿遮那は竜堂終の強靱な胴体を両断した。

     * * *

ダウゲ・ベルガーには幾つか予想外だった事がある。
それは致命的なまでに幾つもの、誤算だった。
まずシャナが絶望の底でも尚、前に進もうという意志を奇跡的に持ち続けていた事。
それにより別の絶望と繋がり増幅しあい、破滅が連鎖的に拡大しはじめていた事。
何より最大の誤算は、自分自身が持っていたある支給品の事だった。
黒い卵。
天人と呼ばれる強力な魔術士種族の作り出した緊急避難装置。
それは既に一度だけ発動し、ハックルボーン神父の裁きから彼とテッサを救っていた。
不可解な空間転移という形で。
その後に見た親友の死体の衝撃もあって、彼はその事を忘れ、思い出せずにいた。
彼はそれを忘れるべきではなかった。彼はそれを思い出すべきだった。
それが救いで有ったのは単なる結果でしかないのだから。
致命的な攻撃の前に発動し、強制的な緊急避難を行わせる空間転移現象。
それこそが黒い卵の機能であり、それ以上でも、それ以下でもなかったのだ。
黒い卵はベルガーが滅びの運命を切り裂こうとした事を感知しなかった。
それが感知したのは目前に迫る圧倒的破壊の力。

致命的危険を感知した瞬間、黒い卵は起動する。

黒い卵はその持ち主を、持ち主の縁者の元へと転移させる。
だが彼と同じ世界出身の唯一の参加者、親友ヘラード・シュバイツァーはもう死んだ。
ダウゲ・ベルガーがその事を認識している為に、彼は縁者と見なされなかった。
テレサ・テスタロッサも死んだ。
ダナティア・アリール・アンクルージュも死んだ。
そしてその事をダウゲ・ベルガーは知っていた。
シャナは転移先として近すぎた。黒い卵はこれを除外した。
セルティ・ストゥルルソンも死んで、それを耳にしたダウゲ・ベルガーはその死を認めた。
――慶滋保胤は、死んでいなかった。
黒い卵は慶滋保胤の元を転移先に決定し、ダウゲ・ベルガーと共にその地へと転移した。
黒い卵にはその場所がどんな状況に有るのかを感知する機能も、考慮する機能も無い。
如何に保身に高い効果を持っていても、それはどこまでいっても道具だったのだ。
使いこなせない道具は、害悪でしかない。
そしてダウゲ・ベルガー最後の、どうしようもない誤算。
それは丁度この時、彼と仲間達が運に見放されていた事だ。
道を歩いていれば暴走車に突っ込まれるような、とにかく最悪の運勢。
仲間共々“事故死に遭ってしまうほど”の不運の下に居たのだ。
それが最大の命取りとなった。

だから、その偶然の悲劇はある意味では必然だったのかも知れない。
困惑と驚愕の声が混ざった和音が響くマンションの一室で、
ダウゲ・ベルガーの握る“運命”の刃はリナ・インバースを切り裂いて、
リナ・インバースの握る光の剣はダウゲ・ベルガーの左肺を貫いていた。
破滅の転輪が廻る。

     * * *

竜堂終が刃を受ける僅か十秒前。
そこは轟音に満たされていた。
左右が林で囲われた石段の途中。
破壊の王の咆哮が、拳による破壊が、それに掻き消されながらも幾つもの怒号が飛び交った。
舞い上がる石片や粉塵がそれらを複雑に反響させる。
8人に及ぶ人間の激しい動きや声や息づかいが更に響いて打ち消しあって風が乱れる。
「……クソッタレ」
ヘイズはほぞを噛んだ。
激化する戦闘の中でこの空間における空気分子の動きの複雑さは最悪の域に入った。
ただでさえ空気分子の正確な計算は常識離れした超々演算力を要する神業だ。
この島に来てから性能が低下しているIブレインではこの状況を演算できない。
つまり、破砕の領域が使えない。
ヘイズは周囲を見回し状況を瞬時に判断する。
(あの鍔迫り合いをしている女のガキはヤバイ。
 最初の攻撃速度から算出して、身体能力を制御した騎士みたいなスピードだ。
 横から現れた男のガキと競っている今は良いが、解放されたら手に負えなくなる。
 少なくとも俺じゃ相手にできねえな、動きが読めても避けるのが間に合わねえ。
 それより先にもう一方を解決するって事になるが……あの巨人は最悪だ。
 あれをあしらえてるメフィストって奴も化け物だな。
 それを操ってるらしき少女はフリー、あいつをどうにかすれば勝負は決まる。
だが火乃香はコミクロンを庇って跳んで体勢が崩れて回復して行動まであと数秒。
 コミクロンも咳き込んでいる。叫んで魔術ってのを発動しようとした瞬間だったからな。
 パイフウって奴はなんでか動かない。
 結論、俺が行くしかねえ! 間に合え!)
ここまでの思考と結論と判断はIブレインにより一瞬で行われた。
だが鍛えた人間の身体能力しかないヘイズにとって、少女までの距離は致命的なまでに遠かった。
戦いが膠着したのはほんの僅かの間しか無かったのだ。
パイフウはその間も『迷って』しまった。
(メフィストと竜堂終、もし彼らが殺されれば……)
そうすれば自分がゲームに乗った理由を火乃香に知られる事は無くなる。
自分のせいで火乃香を泣かしてしまう事が、少しだけ減る。
それは大きな安心感を得られる選択に思えた。一瞬だけ。
「……何を考えているの、私はっ」
だがそうなれば残るのは“どうやら自分を狙ってきた火乃香を巻き込む強力な敵”だ。
自分のせいで火乃香を死なせてしまうかもしれない。
それは沸き上がった安心感を一瞬で吹き飛ばし恐怖へと変えた。
(あの二人を死なせるわけにはいかない)
パイフウは駆け出そうとした。
だが戦いが膠着したのはほんの僅かの間しか無かったのだ。
パイフウの躊躇いは有った筈のほんの僅かな時間を致命的なまでに削り取った。
「危ない!!」
轟音に満ちた中で、何故かパイフウはその言葉だけは聞き取れた。
一瞬自分に掛けられた言葉かと思い立ち止まり、それから火乃香の方を見た。
そこには火乃香の目前で胴体を両断され跳ね飛ばされる少年の姿があった。

(まずい――)
メフィストは破壊精霊の拳をかいくぐり跳躍し、一息でその場に降り立つ。
だがそこは破壊精霊とは別の危険地帯だ。
「死ねえ!」
何も知らないシャナの刃は容赦なく翻り、メフィストへと襲い掛かる。
……間一髪、飛び退くのが間に合う。
その腕の中に有るのは上下に両断された竜堂終。
そして目の前に有るシャナの刃は火乃香の剣によって受け止められていた。
メフィストは更に跳躍し距離を取りながら手の中に針金を踊らせる。
コミクロンは腕を構えいつでも黒魔術を使う容易を整える。
迷っていたパイフウも火乃香を守る為に銃を構える。
ヘイズも一瞬僅かな静けさが訪れたのを見て取り、立ち止まり指を構えた。
(一人は仕留めた、だけど……)
思考は一瞬。シャナは飛び退く。
吹き出た炎の翼で一羽ばたき、それでシャナはフリウの下へと帰り着く。
破壊精霊が彼女達とその敵達の間に立ち塞がる。
シャナは常になびかせていた黒い外套、夜傘へと贄殿遮那をしまい込む。
破壊精霊にも今少しは攻撃させる気が無いのか、フリウはやや俯き加減になっていた。
視界に映るのは登り石段。彼らの姿ではない。
更にシャナは片腕でフリウを抱え込み翼を大きく広げ、そして強く羽ばたいた。
生み出された揚力が見る見るうちに二人を上空へと運んでいく。
何故かフリウも森へと視界を逸らし、破壊精霊は彼らの頭上に現れない。
(逃げるつもりか?)
不意を突かれ撹乱されたとはいえ、少女達の強さは身に浸みていた。
態勢を整えてから再戦、それも手だろう。
だがそれでも警戒は解くまいと、彼らは二人の少女を睨み付ける。
……果たして、火乃香達の背後からメフィストが警告の声を上げた。
「まずい、止めるのだ」
僅かに聞こえたのは微かな呟き。
「汝……縁に……」
「汝等…………力……」
二人の少女の破滅の言葉。
ぞくりと、一斉に寒気が走った。コレは、ヤバイ物だ。
「撃ち落とせぇ!!」
誰かの叫び声と共にパイフウの銃弾が放たれた。
「コンビネーション2−7−5!」
コミクロンの叫びが魔術となり光球が発生、瞬時に転移してシャナの目前に出現する。
火乃香の攻撃は届かず、ヘイズの魔法はコミクロンと競合してしまう以上これが限界だ。
そしてこの一瞬にその程度の攻撃しか放てなかった時点で、勝敗は決した。
シャナは銃弾を叩き落とした。
贄殿遮那ではなく取りだした神鉄如意で、フリウと急所に当たる物だけを。
変幻自在に曲がって飛来する銃弾を全て止めようとはせず、体の節々に着弾を許す。
コミクロンの放った光球が目前に出現し破裂。電流を撒き散らした。
人を倒すには一瞬電流を流し神経を麻痺させるだけでも十分。洗練された攻撃手段だ。
その電流がシャナを打ち、しかしシャナは倒れない。
シャナは夜傘でフリウと自らの体を包んでいた。
夜傘は武器を収納する鞘であり、そして攻撃を遮断する盾ともなる黒い外套。
シャナの中に在るアラストールの翼の皮膜。
それでも多少はダメージを受けただろう。だが、シャナは人間では無い。
フレイムヘイズであり吸血鬼でもあるその肉体は多少の傷を無視して突き進む。
シャナはそれを理解して、それを最大限に利用していた。
シャナとフリウは地上からの攻撃を、凌ぎきった。
そして天空より高らかに滅びを唱った。
「「我らに更なる魔力を与えよ」」
シャナの身につけたタリスマンが一度の詠唱につき一度だけの強大な力を、与える。
眼下にいる6人の敵を粉砕する為に。
フリウはここになってようやく、彼らを見つめた。
その視界の中の空中に、あまりに唐突に音もなく破壊精霊ウルトプライドが出現する。
シャナは手の中の神鉄如意にありったけの力を篭めた。
神鉄如意は存在の力を注ぎ込む事により巨大化し、一撃必殺の破壊の槍と化す。
劫火に包まれながら一瞬の内に巨大化するその槍が小さな手で握れなくなるその前に、
シャナはそれを、フレイムヘイズにして吸血鬼にもなった剛力の極みで。
フリウは破壊の王を、破壊の意志を篭め重力に乗せて大地へと。
「死ねぇっ!!」
「壊れろっ!!」
少女達の全力を持って、天より死と破壊が投げ落とされた。

死の魔槍が。
破壊の拳が。


地に殺戮と破壊の渦を撒き散らした。

それは、何だったのだろうか。
その泡は人々を信頼させ、賭けに誘い、大きく弾けた。
その砂上の楼閣は人々を招き寄せて、崩落した。
その絆は人々を癒し励まし、死によって壊れた。

その集団は集まり、信じあい、信じさせ、強く存在を叫んだ。

その崩壊は、全てを巻き込み始めた。

     * * *

火乃香の視界の全てが殺戮の炎の紅と、破壊の拳の銀に塗り潰されて。
意識が飛んだ。
(しまった――)
嘆く間も無かった。怨み憎む間ももちろん無かった。
残ったのは僅かな悲しみと、悔しさだけだった。
それは一瞬で訪れたから。
(……ううん、違うか)
彼女達の瞳があまりに悲しかったから。
全てが抜け落ちて、悲しみさえも空っぽになって、死と破壊が残ったような。
最後に残った終わりへの希望だけが残っているような。
そんな瞳があんまりに悲しかったから、だけど悲しみに負けた事が悔しかった。
そんな悲しみなんかに全部無茶苦茶にされた事が腹立たしかった。
だけど判った。ようやく感情に状況の認識が追いついた。
(やっぱ死んだのかな……あたし……)
最後に見えたあの殺戮の巨槍と破滅の巨拳。
それは両方ともどうしようもない程にヤバイ物だった。
あんな代物が迫って来て対処しきれずに意識が飛んだという事は、どうしようもない。
死んだか、その前だ。
火乃香はそれを認識した。
(……先生、どうなったんだろう。ヘイズとコミクロンは無事かな。
 あたし達を守ってくれたあの少年は……真っ二つにされて生きてるわけないか。
 あの綺麗な……メフィストって呼ばれてた人は?
 みんな、どうして……)
『どうしてこんな事になったのか、かね?』
突如声が響く。安らかでそして美しい声が。
「だれ……?」
『魔界医師メフィスト』
声が答える。救いの名を。
何から何まで、おかしな程に美しく、美しい、美しさに溢れた言葉を紡ぐ。
『君はまだ死んでいない。死ぬまではまだ少しある』
「………………」
それはつまり、もうすぐ死ぬという意味の言葉だ。
『死にたくないかね?』
「……当たり前じゃない」
死ぬのは嫌だ。死ぬのは怖くて恐ろしい。
何より。
「当たり前じゃない。あたしはまだ生きたい!
 やるべき事もやりたい事も、気になる事もどうにかしたい事も、何もかもが山ほど有る!
 こんな所で投げ出して死ぬなんてまっぴらだね!」
死んだら生きられない。
火乃香はまだ生きたかった。みんなと共に生きたかった。
その叫びに返ったのは好ましい意志だ。
『奪うな、喪うな、過つな。
 もしも過ちを犯したならば、たとえ赦されずとも悔い改めて進め。
 そして何より――“決して絶望してはならない”』
「それってダナティアの演説の……」
『今回の治療の代金はこの想いを捨てない事だ。
 もっとも、わざわざ言わずとも君が絶望する事は無かったのだろう』
「やっぱりあなたは」
ダナティアの12人の仲間の一人なのか。
それを聞く暇は、無かった。
闇が渦巻き火乃香の意志は呑み込まれる。
メフィストは急いでいたのだ。
彼の奥義を持ってしても、この島で万能にはほど遠い。
目覚める火乃香を待つものは――

     * * *

「……やり損ねた」
シャナは粗い息を吐いた。
露出した地面の上で体を解し、痺れが収まるのを待つ。
コミクロンの球電を生み出す魔術はその大半を夜傘で防いだが、
それでもその性質上、全て完璧に防ぎきれたわけではない。
特にパイフウの銃弾を受けた部位には銃弾を経由したせいか微弱な痺れが残った。
だがそれも、消えるまでに掛かった時間はごく僅かだった。
末端部位に受けた銃弾のダメージも大した物ではない。
フリウと戦った時に破壊精霊が掠めた腹部の方がまだ痛む位だ。
タリスマン・ブーストの力を借りた必殺の一撃による疲労も無視出来る範囲だった。
フリウに至ってはもっとなんという事もなかった。
最初にブーストしたウルトプライドを召喚する時にはかなりの消耗が有った。
だけどそれ以降は殆ど破壊精霊に任せていたのだ。
メフィストに念糸による攻撃を試みた事は有ったがそれだけでしかない。
更にフリウは、シャナに守られたおかげで怪我をする事もなかった。
フリウはシャナにとって大切な一人を殺害した仇だったが、それでもシャナはフリウを護った。
(でもそれは、単にあたし達が一人だからに過ぎない)
フリウとシャナは対話と戦いを経て、より一層互いを同一視しつつあった。

シャナはフリウであり、フリウはシャナである、と。
それは必ずしも事実ではなかった。
客観的にみれば二人はその機能だけではなく思考すらもあまりに違う。
フリウは自らが生きる為に破壊を行い、潜在的には破滅を望んでさえいる。
シャナは誰かを生かす為に殺戮に走り、しかし破滅を望んではいない。
シャナを想う者はまだ居り、フリウを想う者はもう居ない。
同じ部分の方が少ない程だろう。
だがそれでも、互いが自らを同じ存在だと考えている事は事実だった。
それは心に開いた大きすぎる傷が結んだ、奇妙で歪んだ絶望の絆。
フリウは傷が繋いだ絆を通して、シャナの心を感じていたのだ。
(脆い部分を庇うのは当然だもんね)
心が繋がるなんて錯覚に過ぎない。
それでもフリウが感じた通りにシャナは考えていた。
シャナはフリウが思った瞬間にフリウを振り返る。
「行こう。あいつらは階段の下の方に逃げたみたいだ」
「うん、判った。今度こそ」
「敵は」「全部」「殺す」「壊す」
言葉が混じる。意志が混じる。
殺意と破壊の意志が絡み合い一つの巨大な敵意と変わる。
少女達は石段を降りていく。
奈落の底へと降りていく。
地獄を作りに降りていく。
………………。

     * * *

全身を何か強烈な、しかし爽快な衝撃が駆け抜けた。
彼女達はその瞬間、澄み渡る青空を見た。
あるいは壮大な潮の音を聞いた。
大地を吹き抜ける風を感じた。
それは一瞬の幻想。
「ここ……は……?」
火乃香は起きあがった。
目覚めれば、周囲はやはり先程と同じ夜の闇と夜の音、そして夜の風。
だが先程よりも更に薄暗く、葉の擦れる音が大きく、大地の匂いがした。
ここは茂みだ。石段を降りた森の中。
「目覚めたようだね」
聞こえるのはやはり旋律のような音色の声。
「あなたは……」
「改めて自己紹介しよう。私は魔界医師メフィスト。
 おはよう。君はもっとも軽傷だった」
「軽傷? ……どうして?」
そもそもあの状況で何がどうなれば助かるというのか。
メフィストはゆっくりと火乃香の横の地面、そこに倒れている女性を指差した。
「君は的確に防御態勢を取った。何より、そこの彼女が守った」
「先生が!? それで、先生は? 大丈夫なの!?」
慌ててパイフウの様子を見る。
そしてすぐに安堵の息を吐いた。パイフウの胸はゆっくりと上下している。
「彼女は私の治療を受ける事に随分と迷いが有ったようだ。
 我々が危機を脱していない事を伝えるとすぐに掌を返したがね」
「迷い? そんな、どうして?」
「おそらくは責任を感じて君のために」
「言わないで!」
目覚めたパイフウの叫びがメフィストの言葉を遮る。
「先生……一体どうして?」
「………………」
パイフウは沈黙しか出来ない。
「そうだ、ヘイズは? コミクロンは!?」
「その二人も無事だ。そこに」
指差した暗闇の中にもぞもぞと動く二つの影がある。
「う……なんだってんだ、一体……」
「ふ、ふははー……この、天才がこの程度で死ぬものかあ…………ぎゃふん」
「ヘイズ! コミクロン!」
「生還の感動は後にしておきたまえ」
メフィストは彼らと話す。言葉を紡ぐ。それは珍しく、急いでいた。
「状況を説明しておこう。あの二人は今、ここに向かっている」
「!!」
シャナとフリウの脅威、あの死と破壊を思い起こさせる。

「あの内の一人は、本来私の患者となるはずの者だった。
 だが私が治療を施す事はもう出来ない」
その言葉は平静を保ち、偉大なる神々しさに包まれてすらいた。
そして言った。
「逃げたまえ」
まるで託宣のように、医師は患者達に処方を告げた。
「この森を南へは抜けられない。東は禁止エリアに塞がれた。西へと抜けるのだ。
 ――急いで」
「あなたはどうするの!?」
火乃香の叫びに医師は応えず、ただ答えを返した。
メフィストはその顔に苦渋を浮かべたのだ。
美しい顔に浮かぶ苦渋はやはりそれさえも美しく、そして無惨だった。
「失われた命のみならず失われていく命さえ治しきれないとは……魔界医師も堕ちたものだ」
平然と堂々と紡がれていた美しい言葉はその一文を最後に終わりを告げる。
そう、その言葉が最期だった。
後に遺されたのは沈黙だけだ。
「まさか……」
火乃香がメフィストに駆け寄る。
そして絶句した。
「おい、どうなったんだ火乃香! まさか……?」
ヘイズの言葉に、火乃香はゆっくりと頷いた。
「ま、待て! たとえ心臓が止まっていた所で停止直後ならこの天才の手に掛かれば……!」
コミクロンが慌てて駆け寄り……そして、またも絶句した。
「一体どうしたって……」
パイフウも流石に気になってメフィストに近づき……それに気づいた。
心臓は止まっていた。
当然だ、もうそんな物は壊れていたのだから。
心臓欠損。脊髄損傷。両腕の複雑骨折。両肺の損傷。大量失血。体内気脈の全損。
どれをとっても生きているはずの無い致命傷。
動けるわけが無い、治療など絶対に叶わない筈の現実。
「……嘘でしょう? これでどうやって、私達の治療をしたっていうの……?」
魔界医師はもう確定しきった筈の死すらも遅らせて、彼女達を治療するまで動き続けた。
最期の医師としての仕事を、自分の治療以外全てやり終えた末に果てたのだ。
地響きが、した。

身を翻し彼女達が振り返ったそこには――銀色の巨人が迫っていた。

     * * *

「……見つけた」
シャナは夜闇の向こう、石段を下り終えた先の森に入ったすぐの茂みに敵を見つけた。
失った血と体力の補給の為に飲んでいた、汲み取ったダナティアの血をしまい込み、
坂井悠二の血の付いた保存食を飲み込んだ。人を喰い殺さない為に受け入れた忌まわしい食事。
それを見てもフリウはそれを許容して、ただシャナの索敵の結果を待った。やがてシャナが言う。
「あそこに居る」
「そう。あたしには見えないけど、あそこに居るんだね」
フリウはシャナに応えて、そこを睨んだ。
そして二人は唱う。
死と破壊の前奏曲を。
「四界の闇を総べる王」「汝の欠片の縁に従い」
「汝等全員の力もて」「我らに更なる魔力を与えよ」
本来、タリスマンはこの規程の呪文を知らなければ使いこなせない。
だがシャナはなんとなく使い方が分かっていた。何故かこの呪文の事も知っていた。
この島に来てから何時か、何処かで聞いていたのだ。
『偶然』にも。
(何処で聞いたんだろう)
思いだそうとしても、シャナには思い出せない。
そもそも知らない武器の話をする時間など有っただろうか。
誰かと意味の無い話をした事など有っただろうか。
『あたくしは特に不自然とは思わなくってよ。
 貴方と同じ年頃に、法学者として最高の地位に着いた女を知っているもの』
シャナにそんな時間はずっと無かった気がする。
信頼できる人達と一緒に居ても悠二の事ばかり考えていた気がする。
『ンなこと言ったらあたしだって、可憐な少女時代には既に数々の魔法を習得し』
シャナの事を大切に想ってくれていた人達はたくさん居たのに。
どうしてそれを遠ざけて、次々と失ってしまったのだろう。
『それにしても、シャナさんよく寝てますね……』
シャナが意味の無い雑談を耳にしていたのはきっとあの時だけ。
彼女達はあの時、思い出しても苦痛にならない範囲で少しだけ、自分達の事をさらけ出していた。
『そういえばゼロス……ああ、放送で呼ばれた奴だけど仲間じゃないから気にしないで。
 そいつから買ったタリスマンって物があれば、もっと力を振るえたのにな。
 使い方? もう壊れたんだけど、基本は呪文を唱えて――』
だから聞いて、だけどシャナは思い出せない。
『偶然』にも耳にしたそれが何時何処で聞いたのか思い出せない。
どのみち、そんな事に意味なんて無かった。
今、シャナとフリウに意味が有る事はただ一つ。
自らに漲る強大な力だけ――!
シャナは紅い炎の翼を作り出す。
タリスマンの力を借りたこの翼ならば、フリウを担いでも尚、高空を自在に飛び回れる。
さっきもそうやって襲撃を行った。そして今度も。
「D−6は禁止エリアになっているから、あそこに居るなら逃げ道は南と西だけだね」
フリウが言うその言葉にシャナは確信する。
「わたしは三回目の放送の禁止エリアを聞き逃してた。後で教えて。
 それから逃げ道は、西だけ。奴らは南に逃げられない」
「どうして?」
「罠が有るから。D−5の森の奥はたくさんの罠が仕掛けられている。
 わたしは道を作るために解除しながらそこを通ったけど、その道以外はまだ残ってる。
 その道を知っているのはわたしと、リナだけ。あいつらは知らない」
「そう。それじゃ、逃げ道はもう無いね。あたし達はあいつらをそこに追い込める」
シャナはフリウが自分の足りない物を埋める物だと確信する。
フリウはシャナが自分の足りない物を埋める物だと確信する。
幾つもの喪失で繋がれた一つの終末は宣言した。
「「絶対に逃さない」」
フリウが開門式を唱え、現れた白銀の巨人と共に、シャナとフリウは上空から彼らを襲った。
北西から、北へも西へも逃すまいと。
破滅の空、来る。

     * * *

マンションの一室。
あまりにも不幸な『偶然』の事故により倒れた二人と保胤、そして折原臨也がそこに居た。
「死なないでください、リナさん! ベルガーさん!」
焦る保胤の声は虚しく響く。
リナとベルガーには無数の治癒の符が張られていた。
だが吹き出す血は僅かに勢いを緩めただけだった。
既に破壊された器官はそんな物では治らない。
例えばメフィストの様な超常の秘技でなければ、失われゆくこの命には届かない。
リナの目がゆっくりと、保胤を見つめる。
それが問いのように思えて、保胤は応えた。
「確かに私には同じ世界から連れて来られた仲間も親友も居はしません。
 ですが1日に満たない間でも、あなた達は私の大切な仲間であり、友だと思っています。
 だから……お願いです。死なないでください」
リナはうっすらと微かに、笑みを浮かべる。
“運命”の黒い刃に切り裂かれた胸から、寒気がするほどの勢いで血が零れていく。
「…………ヒュー……す…………ヒュー…………ね…………」
ベルガーが掠れた息を漏らす。
保胤は青くなる。ベルガーは両方の肺を損傷していた。
このままでは確実に死ぬ。
『死ぬな、ダウゲ・ベルガー! 先程の約束はどうした!?』
コキュートスから焦燥に満ちた激励が飛ぶ。
ベルガーは腕で自らの胸の傷を抑え込んだ。酸素を逃すまいと。
そんな事をしても大して変わらない。その小さな差で言葉を紡いだ。
「……やす……た…………ね…………シャ……ナを……」
「シャナさんが、どうしたのです!?」
「ヒュー……ヒュー…………たの…………だ」
「――――っ!!」
『ベルガー!!』
保胤の見立てでは二人は両方とも致命傷だった。
保胤の符術では助けられず、どうなっているか判らないメフィストを待つのは間に合うまい。
そもそもこんな事故が起きるなど想像もしていないはずだ。
助ける方法が有るとすればそれは……
「さっきの“不死の酒”とやらを使うしかないね」
「!!」
臨也の声が保胤を揺さぶる。
「で、ですが先程志摩子さんに飲ませた時は……」
保胤は志摩子に飲ませた時の事を思い出す。
志摩子は激しく悶え苦しみ、症状は悪化し、保胤の目の前で死んでしまった。
「たまたま体質に合わなかったのかもしれない。そうだろう?」
「それは……」
「他に手段は有るのかい?」
保胤は考えた。急いで、思いつく限り全ての選択肢を天秤に掛ける。
だが、確かに方法はそれしかない。
「……判りました」
保胤は心を決めると、すぐ側に出したままだった不死の酒の瓶を手に取った。
栓に手を掛け、そして……
「そうだ。それを二人の内のどちらかに飲ますんだよ」
「え……?」
臨也の言葉が再び保胤を揺さぶる。
激しく動揺する保胤に臨也は究極の選択を突きつけた。
「まさか両方に飲ませるつもりだったのかい? そうだね、それも手かもしれない。
 だけど半分こにしてしまって、本当にその傷から二人を助けられるのかな?
 その“不死の酒”とやらがどれほどの力を持つのか知らないが、難しくないかい?
 それよりも片方だけに飲ませた方がまだ確実ってものじゃないか」
「で、ですが、片方を見捨てるなどと……」
「片方だけでも助けられる事を神様に感謝しなくちゃあ。俺は信じてないけどね。
 それに狩りに両方とも助けられても、半死半生になってしまったらどうするんだい」
臨也は最も無難な選択肢を吊して、嗤った。
「それだと、『助かったところで二人は足手まといになっちゃう』ね」
その言葉に保胤の頭にも血が上った。
「あなたは、仲間を利害でしか見ていないのですか!?」
「当然だよ。今の状況を何だと思っているんだい?
 追撃に向かった方は二人になってしまった。
 あの二人はとても強いそうだからそれでも生き残るかな?
 だけど二人じゃ全てをカバーするなんて出来ないよね。敵はこっちにも来るかもしれない。
 さっきだって戦いの後の隙を突然の乱入者に突かれてしまったんだろう?
 このマンションを憎らしく思っている、ゲームに乗った奴は他にも居るはずだよ。
 それらが隠れて手ぐすね引いて隙を待っている、そんな可能性は高いじゃないか。
 なにせ爆発まで起きて危険を露呈してしまったんだからね。
 今はとてつもなく危険な事態なんだ。一人でも多くの戦力が要る。
 その千絵って子だって護らないといけないんだろう?」
臨也は目の前の危険を積み上げて見る見るうちに保胤を追い込んでいく。
「ここは確実な戦力の確保を取らなきゃあいけない。そういう物だろう?
 ほら、リナの顔色がどんどん悪くなっていく。ベルガーももう喋れないじゃないか。
 痙攣もしだしている。これはもう5分も持たないね。
 さあ、早く! 二人の内のどちらか片方に、“不死の酒”を使うんだ!」
「私は…………私は……!!」
「早く!!」