ラノベ・ロワイアル Part7

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1イラストに騙された名無しさん
"こ の ス レ を 覗 く も の 、 汝 、 一 切 の ネ タ バ レ を 覚 悟 せ よ"
(参加作品内でのネタバレを見ても泣いたり暴れたりしないこと)

※ルール、登場キャラクター等についての詳細はまとめサイトを参照してください。


――――【注意】――――
当企画「ラノベ・ロワイアル」は 40ほどの出版物を元にしていますが、この企画立案、
まとめサイト運営および活動自体はそれらの 出版物の作者や出版元が携わるものではなく、
それらの作品のファンが勝手に行っているものです。
この「ラノベ・ロワイアル」にそれらの作者の方々は関与されていません。
話の展開についてなど、そちらのほうに感想や要望を出さないで下さい。

テンプレは>>1-10あたり。
2イラストに騙された名無しさん:2005/10/09(日) 23:49:50 ID:70Xey5kC
ラノベ・ロワイアル 感想・議論スレ Part.16
(感想・NG投稿についての議論等はすべて感想・議論スレにて。
 最新MAPや行動のまとめなども随時更新・こちらに投下されるため、要参照。)
http://book3.2ch.net/test/read.cgi/magazin/1126365643/

まとめサイト(過去ログ、MAP、タイムテーブルもこの中に。特に書き手になられる方は、まず目を通して下さい)
ttp://lightnovel-royale.hp.infoseek.co.jp/entrance.htm

過去スレ
ラノベ・ロワイアル Part6
http://book3.2ch.net/test/read.cgi/magazin/1120488255/
ラノベ・ロワイアル Part5
http://book3.2ch.net/test/read.cgi/magazin/1116618701/
ラノベ・ロワイアル Part4
http://book3.2ch.net/test/read.cgi/magazin/1114997304/
ラノベ・ロワイアル Part3
http://book3.2ch.net/test/read.cgi/magazin/1112542666/
ラノベ・ロワイアル Part2
http://book3.2ch.net/test/read.cgi/magazin/1112065942/
ラノベ・ロワイヤル
http://book3.2ch.net/test/read.cgi/magazin/1111848281/

避難所
ttp://jbbs.livedoor.jp/otaku/4216/
3参加者リスト(1/2):2005/10/09(日) 23:51:40 ID:70Xey5kC
2/4【Dクラッカーズ】 物部景× / 甲斐氷太 / 海野千絵 / 緋崎正介 (ベリアル)×
2/2【Missing】 十叶詠子 / 空目恭一
2/3【されど罪人は竜と踊る】 ギギナ / ガユス× / クエロ・ラディーン
0/1【アリソン】 ヴィルヘルム・シュルツ×
1/2【ウィザーズブレイン】 ヴァーミリオン・CD・ヘイズ / 天樹錬 ×
2/3【エンジェルハウリング】 フリウ・ハリスコー / ミズー・ビアンカ× / ウルペン
1/2【キーリ】 キーリ× / ハーヴェイ
1/4【キノの旅】 キノ / シズ× / キノの師匠 (若いころver)× / ティファナ×
4/4【ザ・サード】 火乃香 / パイフウ / しずく (F) / ブルーブレイカー (蒼い殺戮者)
1/5【スレイヤーズ】 リナ・インバース / アメリア・ウィル・テラス・セイルーン× / ズーマ× / ゼルガディス× / ゼロス×
1/5【チキチキ シリーズ】 袁鳳月× / 李麗芳× / 李淑芳 / 呉星秀 ×/ 趙緑麗×
3/3【デュラララ!!】 セルティ・ストゥルルソン / 平和島静雄 / 折原臨也
0/2【バイトでウィザード】 一条京介× / 一条豊花×
1/4【バッカーノ!!】 クレア・スタンフィールド / シャーネ・ラフォレット× / アイザック・ディアン× / ミリア・ハーヴェント×
1/2【ヴぁんぷ】 ゲルハルト=フォン=バルシュタイン子爵 / ヴォッド・スタルフ×
2/5【ブギーポップ】 宮下藤花 (ブギーポップ) / 霧間凪× / フォルテッシモ× / 九連内朱巳 / ユージン×
1/1【フォーチュンクエスト】 トレイトン・サブラァニア・ファンデュ (シロちゃん)
0/2【ブラッドジャケット】 アーヴィング・ナイトウォーカー× / ハックルボーン神父×
2/5【フルメタルパニック】 千鳥かなめ / 相良宗介 / ガウルン ×/ クルツ・ウェーバー× / テレサ・テスタロッサ×
3/5【マリア様がみてる】 福沢祐巳 / 小笠原祥子× / 藤堂志摩子 / 島津由乃× / 佐藤聖
0/1【ラグナロク】 ジェイス ×
0/1【リアルバウトハイスクール】 御剣涼子×
2/3【ロードス島戦記】 ディードリット× / アシュラム (黒衣の騎士) / ピロテース
1/1【陰陽ノ京】 慶滋保胤
4/5【終わりのクロニクル】 佐山御言 / 新庄運切× / 出雲覚 / 風見千里 / ×オドー
4参加者リスト(2/2):2005/10/09(日) 23:54:16 ID:70Xey5kC
3/5【終わりのクロニクル】 佐山御言 / 新庄運切× / 出雲覚 / 風見千里 / オドー×
1/2【学校を出よう】 宮野秀策× / 光明寺茉衣子
1/2【機甲都市伯林】 ダウゲ・ベルガー / ×ヘラード・シュバイツァー
0/2【銀河英雄伝説】 ×ヤン・ウェンリー / ×オフレッサー
2/5【戯言 シリーズ】 いーちゃん× / 零崎人識 / 哀川潤× / 萩原子荻× / 匂宮出夢
2/5【涼宮ハルヒ シリーズ】 キョン× / 涼宮ハルヒ× / 長門有希 / 朝比奈みくる× / 古泉一樹
2/2【事件 シリーズ】 エドワース・シーズワークス・マークウィッスル (ED) / ヒースロゥ・クリストフ (風の騎士)
2/3【灼眼のシャナ】 シャナ / 坂井悠二× / マージョリー・ドー
1/1【十二国記】 高里要 (泰麒)
2/4【創竜伝】 小早川奈津子 / 鳥羽茉理× / 竜堂終 / 竜堂始×
1/4【卵王子カイルロッドの苦難】 カイルロッド× / イルダーナフ× / アリュセ / リリア×
1/1【撲殺天使ドクロちゃん】 ドクロちゃん
4/4【魔界都市ブルース】 秋せつら / メフィスト / 屍刑四郎 / 美姫
4/5【魔術師オーフェン】 オーフェン / ボルカノ・ボルカン / コミクロン / クリーオウ・エバーラスティン / マジク・リン×
2/2【楽園の魔女たち】 サラ・バーリン / ダナティア・アリール・アンクルージュ

全117名 残り61人
※×=死亡者

【おまけ:喋るアイテムなど】
2/3【エンジェルハウリング】 ウルトプライド / ギーア× / スィリー
1/1【キーリ】 兵長
2/2【キノの旅】 エルメス / 陸
1/1【されど罪人は竜と踊る】 ヒルルカ
1/1【ブギーポップ】 エンブリオ
1/1【ロードス島戦記】 カーラ
1/1【終わりのクロニクル】 G-sp2
2/2【灼眼のシャナ】 アラストール&コキュートス / マルコシアス&グリモア
1/1【楽園の魔女たち】 地獄天使号
1/3【撲殺天使ドクロちゃん系列】 井戸のイド君× / クヌギの松田君× / 地下道の壁
5ゲームルール(1/2):2005/10/09(日) 23:55:44 ID:70Xey5kC
【基本ルール】
全員で殺し合いをしてもらい、最後まで生き残った一人が勝者となる。
勝者のみ元の世界に帰ることができる。
ゲームに参加するプレイヤー間でのやりとりに反則はない。
ゲーム開始時、プレイヤーはスタート地点からテレポートさせられMAP上にバラバラに配置される。
プレイヤー全員が死亡した場合、ゲームオーバー(勝者なし)となる。
開催場所は異次元世界であり、どのような能力、魔法、道具等を使用しても外に逃れることは不可能である。

【スタート時の持ち物】
プレイヤーがあらかじめ所有していた武器、装備品、所持品は全て没収。
ただし、義手など体と一体化している武器、装置はその限りではない。
また、衣服とポケットに入るくらいの雑貨(武器は除く)は持ち込みを許される。
ゲーム開始直前にプレイヤーは開催側から以下の物を支給される。
「多少の食料」「飲料水」「懐中電灯」「開催場所の地図」「鉛筆と紙」「方位磁石」「時計」
「デイパック」「名簿」「ランダムアイテム」以上の9品。
「食料」 → 複数個のパン(丸二日分程度)
「飲料水」 → 1リットルのペットボトル×2(真水)
「開催場所の地図」 → 禁止エリアを判別するための境界線と座標も記されている。
「鉛筆と紙」 → 普通の鉛筆と紙。
「方位磁石」 → 安っぽい普通のコンパス。東西南北がわかる。
「時計」 → 普通の時計。時刻がわかる。開催者側が指定する時刻はこの時計で確認する。
「デイパック」→他の荷物を運ぶための小さいリュック。
「名簿」→全ての参加キャラの名前がのっている。
「ランダムアイテム」 → 何かのアイテムが一つ入っている。内容はランダム。
6ゲームルール(2/2):2005/10/09(日) 23:56:47 ID:70Xey5kC
※「ランダムアイテム」は作者が「エントリー作品中のアイテム」と「現実の日常品」の中から自由に選んでください。 
必ずしもデイパックに入るサイズである必要はありません。
エルメス(キノの旅)やカーラのサークレット(ロードス島戦記)はこのアイテム扱いでOKです。
また、イベントのバランスを著しく崩してしまうようなトンデモアイテムはやめましょう。

【「呪いの刻印」と禁止エリアについて】
ゲーム開始前からプレイヤーは全員、「呪いの刻印」を押されている。
刻印の呪いが発動すると、そのプレイヤーの魂はデリート(削除)され死ぬ。(例外はない)
開催者側はいつでも自由に呪いを発動させることができる。
この刻印はプレイヤーの生死を常に判断し、開催者側へプレイヤーの生死と現在位置のデータを送っている。
24時間死者が出ない場合は全員の呪いが発動し、全員が死ぬ。
「呪いの刻印」を外すことは専門的な知識がないと難しい。
下手に無理やり取り去ろうとすると呪いが自動的に発動し死ぬことになる。
プレイヤーには説明はされないが、実は盗聴機能があり音声は開催者側に筒抜けである。
開催者側が一定時間毎に指定する禁止エリア内にいると呪いが自動的に発動する。
禁止エリアは2時間ごとに1エリアづつ禁止エリアが増えていく。

【放送について】
放送は6時間ごとに行われる。放送は魔法により頭に直接伝達される。
放送内容は「禁止エリアの場所と指定される時間」「過去6時間に死んだキャラ名」「残りの人数」
「管理者(黒幕の場合も?)の気まぐれなお話」等となっています。

【能力の制限について】
超人的なプレイヤーは能力を制限される。 また、超技術の武器についても同様である。
※体術や技術、身体的な能力について:原作でどんなに強くても、現実のスペシャリストレベルまで能力を落とす。
※魔法や超能力等の超常的な能力と超技術の武器について:効果や破壊力を対個人兵器のレベルまで落とす。
不死身もしくはそれに類する能力について:不死身→致命傷を受けにくい、超回復→高い治癒能力
7投稿ルール(1/2):2005/10/09(日) 23:57:30 ID:70Xey5kC
【本文】
 名前欄:タイトル(?/?)※トリップ推奨。
 本文:内容
  本文の最後に・・・
  【名前 死亡】※死亡したキャラが出た場合のみいれる。
  【残り○○人】※必ずいれる。

【本文の後に】
 【チーム名(メンバー/メンバー)】※個人の場合は書かない。
 【座標/場所/時間(何日目・何時)】

 【キャラクター名】
 [状態]:キャラクターの肉体的、精神的状態を記入。
 [装備]:キャラクターが装備している武器など、すぐに使える(使っている)ものを記入。
 [道具]:キャラクターがバックパックなどにしまっている武器・アイテムなどを記入。
 [思考]:キャラクターの目的と、現在具体的に行っていることを記入。
 以下、人数分。

【例】
 【SOS団(涼宮ハルヒ/キョン/長門有希)】
 【B-4/学校校舎・職員室/2日目・16:20】

 【涼宮ハルヒ】
 [状態]:左足首を骨折/右ひじの擦過傷は今回で回復。
 [装備]:なし/森の人(拳銃)はキョンへと移動。
 [道具]:霊液(残り少し)/各種糸セット(未使用)
 [思考]:SOS団を全員集める/現在は休憩中
8投稿ルール(2/2):2005/10/09(日) 23:58:16 ID:70Xey5kC
 1.書き手になる場合はまず、まとめサイトに目を通すこと。
 2.書く前に過去ログ、MAPは確認しましょう。(矛盾のある作品はNG対象です)
 3.知らないキャラクターを適当に書かない。(最低でもまとめサイトの詳細ぐらいは目を通してください)
 4.イベントのバランスを極端に崩すような話を書くのはやめましょう。
 5.話のレス数は10レス以内に留めるよう工夫してください。
 6.投稿された作品は最大限尊重しましょう。(問題があれば議論スレへ報告)
 7.キャラやネタがかぶることはよくあります。譲り合いの精神を忘れずに。
 8.疑問、感想等は該当スレの方へ、本スレには書き込まないよう注意してください。
 9.繰り返しますが、これはあくまでファン活動の一環です。作者や出版社に迷惑を掛けないで下さい。
 10.ライトノベル板の文字数制限は【名前欄32文字、本文1024文字、ただし32行】です。
 11.ライトノベル板の連投防止制限時間は20秒に1回です。
 12.更に繰り返しますが、絶対にスレの外へ持ち出さないで下さい。鬱憤も不満も疑問も歓喜も慟哭も、全ては該当スレへ。

 【投稿するときの注意】
 投稿段階で被るのを防ぐため、投稿する前には必ず雑談・協議スレで
「>???(もっとも最近投下宣言をされた方)さんの後に投下します」
 と宣言をして下さい。 いったんリロードし、誰かと被っていないか確認することも忘れずに。
 その後、雑談・協議スレで宣言された順番で投稿していただきます。
 前の人の投稿が全て終わったのを確認したうえで次の人は投稿を開始してください。
 また、順番が回ってきてから15分たっても投稿が開始されない場合、その人は順番から外されます。
9追記:2005/10/09(日) 23:58:53 ID:70Xey5kC
【スレ立ての注意】
このスレッドは、一レス当たりの文字数が多いため、1000まで書き込むことができません。
512kを越えそうになったら、次スレを立ててください。

――――テンプレ終了。
10イラストに騙された名無しさん:2005/10/10(月) 07:41:02 ID:Eg0xV5nW
>>1
11霧の町 黄昏の道 (1/5) ◆685WtsbdmY :2005/10/10(月) 14:43:57 ID:IidiqXQt
「今度は、手を離さないで」
「…はい」
 差し出した手を握る少年の手を握り返し、フリウは歩き出した。
(あたしが、守らないといけないんだ)
 潤さんはいない。
 チャッピーはもとより、要が戦えるとは到底思えない。
 自分が硝化の森に初めて入ったのは十二の時。互いの身の上話などはしていないが、少年の年齢がそれにすら届かないことは容易く知れた。
 おそらく、十かそこらといったところだろうか。
(四年前くらいかな…)
 ふと、自分が少年と同じ年のころを思い出そうとしてみた。しかし、その記憶はぼんやりとかすみのようなものに覆われて、いくら覗き見ても判然としない――まるで、今の自分たちの姿のように。
 それよりも、
 父に守られ、初めて森に足を踏み入れたあの日からの二年間。追いつくことのない背中。
 “殺し屋”ミズー・ビアンカとの出会い。自分が壊し、サリオンにつれられて後にした故郷。
 牢からの脱出。差し伸べられた手。二人旅。狩り。
 精霊使い、リス・オニキス。彼に導かれて進む帝都への旅。
 そして…精霊使いになった夜。
 それらの情景が、浮かんでは消えていく。
 あの、近いようで遠い日々、自分は誰かに守られてばかりだった。
 けれど、今は違う。自分は、もう、泣くことしかできない子供ではない。
 ならば、一人の精霊使いとして…
(あたしは、あたしの役目を果たす。潤さんたちが戻るまで、二人のことはあたしが守る)
12霧の町 黄昏の道 (2/5) ◆685WtsbdmY :2005/10/10(月) 14:45:16 ID:IidiqXQt
(……汕…子)
 触れた指の感触は、自分にもっとも近しい者の名を想起させた。
(……傲濫……驍宗さま)
 驍宗。一度その名が浮かんでしまうと、わきあがる思いを抑えることはできなくなった。
 異常な状況に対する恐怖、孤独、死への不安、他者への気遣い。
 そういったもろもろの感情の下に隠されていた――いや、むしろ無意識のうちにおしこめていたのかもしれない――思いが、踏み出す一歩ごとに要の中で形をとり、大きく膨れ上がり始めた。
 悲嘆ではない。ただひたすらに驍宗の元に帰りたい、帰らなければいけないという強い意志、ただそれだけに体の全てを支配される。
 ……帰らなければ。
 でも―。

  要の額の一点――そこには麒麟の妖力の源たる角がある――に集まった熱は、得体の知れない何かに阻まれ、形をとれずに霧消する。
 
 どうやって?

  髪も、服も、空気も。湿って重くなり、体にまとわりついてはなれない。
13霧の町 黄昏の道 (3/5) ◆685WtsbdmY :2005/10/10(月) 14:46:36 ID:IidiqXQt
 名を呼ぶ声に、要はあわてて顔を上げる。いつのまにやら足が止まっていたようで、連れの二人が心配そうに顔を覗き込んでいた。
「どしたの? 何かあったの?」
「ごめんなさい。なんでもないの」
 こちらを見上げる子犬にも、大丈夫だよ、と声をかける。
 二人ともそれで納得ができたわけではないのだろう。しかし、問い詰めても無駄だと判断したのか、それ以上は何も聞こうとしなかった。
 フリウはかすかな苛立ちや、気遣い、そういった思いのない交ぜになった表情を浮かべると、要の顔から視線をそらした。
「じゃあ、行くよ。学校はすぐそこだし」
 言って、歩き出した。その手に引かれるようにして、要もまた歩き出す。

 要は深く息を吸って、吐き出した。そうすることで、気持ちを落ち着かせる。
 帰還への意志は、一向に消えることなく心の中に残っていた。しかし、一度明確に認識してしまえば、それによって周囲の状況を忘れてしまうということもない。
 たとえ一時といえど、立ち止まり、連れをも危険にさらしたことを要は恥じていた。
 自分は何もできない。それでも、自分のために。そして、ここで出会えた人々の気持ちに応えるために、しなければならないことがある。
 だからこそ、「頑張ろう」と気持ちを固め、行動に移した。それなのに、先程は……。

 戦うことのできない自分のために、二人をこれ以上の危険にさらしてはいけない。
14霧の町 黄昏の道 (4/5) ◆685WtsbdmY :2005/10/10(月) 14:47:18 ID:IidiqXQt
「わっ!! とっと」
 フリウしゃんが声を上げて、ボク、後ろを振り向いたデシ。フリウしゃん、要しゃんがいきなり立ち止まったから前につんのめっちゃったんデシね。
「要?」
「要しゃん? どうしちゃったデシか?」
 前に回り込んでボクが聞くと、要しゃんも気づいたみたいデシ。一瞬きょとんとした顔をしてボクを見ると、フリウしゃんの顔を見上げるデシ。
「どしたの? 何かあったの?」
「ごめんなさい。なんでもないの。…大丈夫だよ、ロシナンテ」
 こっちを向いて、ボクに声をかける要しゃん。けど、顔色もあまり良くないし、なんだか心配デシ。
「じゃあ、行くよ。学校はすぐそこだし」
 フリウしゃんがそう言って、また歩き出すのについてくデシ。
 さっきは要しゃん、いきなり立ち止まっちゃって、ちょっとビックリしちゃったデシ。
 本当は学校までもう少しかかるはずデシ。危険が危なくはないみたいデシけど、気をつけなきゃデシ。
 ……あれ?なんか変デシ。
 さっきの人来たとき、ボク、何にも気づかなかったデシ
 もしかして悪い人じゃなかったんデシか?ボク、よくわかんないデシ。
「チャピー、そこにいる?」
「はいデシ」
 周りは、霧で真っ白デシ。暗くなってきてるし、きっと、要しゃんのむこうを歩いているフリウしゃんからだと、ボクのことよく見えないんデシね。
 ずっと前にもこんな霧見たことあるデシ。その時は朝だったデシけど。
 あれは……たしか、復活屋しゃんのところに行く途中だったデシか?
 ……
 ……
 アイザックしゃん、ミリアしゃん、潤しゃん。
 これでお別れだなんて…ボク、いやデシよ。
 ボク、あきらめないデシから。

 だから、必ず待っててくださいデシ。
15霧の町 黄昏の道 (5/5) ◆685WtsbdmY :2005/10/10(月) 14:48:14 ID:IidiqXQt
【C-3/商店街/1日目・17:59】 

『フラジャイル・チルドレン』 
【フリウ・ハリスコー(013)】 
[状態]: 健康 
[装備]: 水晶眼(ウルトプライド)。眼帯なし 包帯 
[道具]: 支給品(パン5食分:水1500mml・缶詰などの食糧) 
[思考]: 潤さんは……。周囲の警戒。 
[備考]: ウルトプライドの力が制限されていることをまだ知覚していません。 


【高里要(097)】 
[状態]:健康 
[装備]:なし 
[道具]:支給品(パン5食分:水1500mml・缶詰などの食糧) 
[思考]:二人が無事で良かった。 とりあえず人の居そうな学校あたりへ 
[備考]:上半身肌着です 
※本人は明確に意識はしていませんが、
     「獣形への転変」「呉剛の門を開き、世界を移動」
     の二つの能力は刻印により制限されています。

【トレイトン・サブラァニア・ファンデュ(シロちゃん)(052)】 
[状態]:前足に浅い傷(処置済み)貧血 子犬形態 
[装備]:黄色い帽子 
[道具]:無し(デイパックは破棄) 
[思考]:三人ともきっと無事デシ。そう信じるデシ。 
[備考]:回復までは半日程度の休憩が必要です。


※なお、時間は「濃霧は黙して多くを語らず」の最後の段落に相当します。
16求める相手はすぐそばに(1/4) ◆5KqBC89beU :2005/10/12(水) 16:12:33 ID:TVmZlE0X
 淑芳と陸が地下通路から外に出た直後、唐突に爆発音が轟いた。
 案内板が爆破された音だ。案内板と出入口は、双方から死角になる位置にある。
 一人と一匹はそれぞれ身構え、五感を研ぎ澄ませて不測の事態に備えた。
 前触れもなく風が流れ、木々のざわめきが辺りを包む。
「ずいぶん派手なことをする人がいるみたいですね。仲間割れでもしたんでしょうか」
 つぶやく犬に、少女が小声で応える。
「手掛かりが少なすぎて、何があったのかは判断しかねますわ」
 周囲を注視しつつ、淑芳が呪符を構え直す。陸は空気を吸い込み、そして嘆息した。
「血の匂いがします。人の匂いもしますが、知らない人物の匂いばかりです」
 ここで起きた事件とシズは無縁だが、彼を探す手掛かりがないということでもある。
陸は複雑な表情をしたらしいが、笑っているような顔つきのせいでよく判らない。
「さっさと逃げた方がいいと思いますよ」
 淑芳の仲間か、味方になりうる人物が神社にいる可能性はあるのだが、この状況下で
躊躇なく様子を見に行けるほど淑芳は強くない。相手が三流の雑兵たちならともかく、
もしも一流の実力者が数人がかりで襲ってきたりすれば、敗北は時間の問題だった。
呪符を使いはたせば彼女は全力を出せなくなる。しかも今は術を完璧には使えない。
質の低下を量で補おうとすれば、それだけ早く呪符を消費してしまう。
 犬の手も借りたいような場面ではあるが、陸の戦闘力は普通の犬と大差ない。先刻の
爆発を攻撃に使われ、怪我でもさせられれば、むしろ足手まといになる。
「下手をすると、戦いを挑まれて数人を敵に回す可能性がありますわね」
 頷いて、淑芳は撤退を開始した。急ぎながらも目立たないように神社から遠ざかる。
 ここで格納庫に戻っても、禁止エリアの位置が判らない限り、神社以外の出入口は
使いにくい。ならば地上に出て海洋遊園地まで戻った方がいい。
 無言でついていくかに見えた白い犬は、すぐに彼女を追い抜いて北へ進み始めた。

 こうして、刻印解除の鍵を握る集団と、刻印解除に必要不可欠な異世界の知識――
『神の叡智』を得た神仙が、出会うことなく離れていった。
17求める相手はすぐそばに(2/4) ◆5KqBC89beU :2005/10/12(水) 16:13:50 ID:TVmZlE0X
 禁止エリアの位置が判らない今、淑芳はF-1よりも遠くへ気軽に移動できない。
 午前中に塞がれた区域は3区画、それ以外の区域は全部で61区画ある。13:00には
また1区画が禁止エリアになった。F-1・G-1・H-1はしばらく禁止エリアにならない。
既にE-1かF-2の片方が禁止エリアになっている確率は1/58。しかしA-1やF-8など
封鎖する意味があまりない区域を除外して計算するなら、危険性はあと少し高くなる。
幸運を祈りながら移動するよりは、まずF-1で情報提供者を探したいところだろう。
 方角と距離を間違えないように注意しながら、淑芳と陸は森の中を歩いていた。
 見通しのいい海岸を避けるため、あえて禁止エリアのそばを通過しているのだ。
「爆発は一度で終わりみたいですわね。一撃で決着がついたか、膠着状態に陥ったか、
 あるいは他の手段で戦っているのか……とにかくこちらを追ってはこないようです」
 神社の方を振り返りながら言う淑芳に、陸が提案した。
「どういう状況になっているのか、一応確かめておいた方が良さそうですね。いずれ
 様子を窺ってくるつもりですが、そのときは単独行動しますから、ついてこないで
 くださいよ」
「あら、偵察してきてくださるんですの?」
「神社にいるのが危険人物だとすれば、シズ様と再会したときに詳しく伝えられるよう
 確認しておくべきですから。あなたのために働こうと思ったわけではありません」
「要するに、自分の忠犬ぶりを遠回しに自慢していますのね」
「いえいえ。私の忠誠心が立派なのではなく、シズ様に人望があるだけのことです」
「親が子を褒めるのが親馬鹿なら、こういうのは犬馬鹿とでも言うんでしょうかしら。
 まぁ、あなたを見て『犬に化けた敵かもしれない』とか『犬に似ている妖怪の類かも
 しれない』とか思う人がいたとしても、眼前で禁止エリアに逃げ込んでみせたなら
 『あの犬は参加者ではない』と納得してくれますわね。そもそも、犬に監視される
 なんて思ってもみない人だっていますわよ、きっと」
「犬だからという理由で侮られるのは不愉快ですが、好都合ではありますね」
 この島には、犬にそっくりな容姿をした参加者だって実在していたりするのだが、
そんなことは淑芳も陸もまったく知らない。
18求める相手はすぐそばに(3/4) ◆5KqBC89beU :2005/10/12(水) 16:15:28 ID:TVmZlE0X
「神社も気になりますけれど、向こうで何か燃えているのも気になりますわ。ええと、
 煙の出ている場所は……E-1とF-2のあたりかしら?」
「あなたがF-1より遠くへ行こうとするなら、絶対に近づく必要がある場所ですね」
「燃えているのが死体だった場合、焼死させたのか火葬したのか、それが問題ですわ。
 ……E-1の方の炎は、神社に滞在している集団と関係あるかもしれませんわね」
「露骨に怪しすぎて罠だとは思えません。囮か、戦闘の跡なのでは? こんな非常時に
 誰かが意味もなくキャンプファイヤーを作ったりしているわけがありませんし」
 この島には、無意味に非常識なことをする参加者だって実在していたりするのだが、
そんなことは淑芳も陸もまったく知らない。
「さて、これからどうします? わたしは、また呪符を作って補充してからF-1へ向かう
 つもりですけれど」
「では、私はF-2の火元を調べてきます。禁止エリアなのかもしれない場所ですから、
 あなたは近寄らない方がいいと思います。良かったですね、私がいて」
「あー、はいはい、ありがたくて涙が出そうですわ」
「犠牲者の遺品が落ちていたら、くわえて持ってきてあげますよ。重い物は無理ですが」
「聞きそこねた放送の情報が遺品に書いてあれば、助かりますけれど……それはつまり
 発見した犠牲者がついさっき死んだばかりだという証拠ですわよ。自殺でもない限り、
 殺人者が近くにいるということになりますわ」
「殺人者が平和主義者を襲って返り討ちにされた、という状況だったら理想的ですね」
「……だんだん天気が悪くなってきていることですし、早く用事を済ませましょう」
「集合場所は、海洋遊園地の出入口で構いませんか?」
「ええ。ちゃんと無事に戻ってくるんですのよ、使いっ走りさん」
「せめて斥候と表現してくれませんか。そっちこそヘマをしないでくださいよ」
 一人と一匹は、しばし黙って睨み合い、それから同時にそっぽを向いた。
19求める相手はすぐそばに(4/4) ◆5KqBC89beU :2005/10/12(水) 16:17:29 ID:TVmZlE0X
【G-1/森の中/1日目・13:50頃】

【李淑芳】
[状態]:頭が痛い/服がカイルロッドの血で染まっている
[装備]:呪符×19
[道具]:支給品一式(パン9食分・水2000ml)/陸(F-2を調査後、F-1へ向かう予定)
[思考]:麗芳たちを探す/ゲームからの脱出/カイルロッド様……LOVE
    /F-2の調査は陸に任せる/神社にいる集団が移動してこないか注意する
    /呪符を作って補充した後、F-1で他の参加者を探す/情報を手に入れたい
    /夢の中で聞いた『君は仲間を失っていく』という言葉を気にしている
[備考]:第二回の放送を全て聞き逃しています。『神の叡智』を得ています。
    夢の中で黒幕と会話しましたが、契約者になってはいません。
    淑芳と陸は、この後しばらく別行動する予定です。

※E-1の煙は戦闘の跡、F-2の煙はドクロちゃんのキャンプファイヤーです。
20危険に対する保険 (1/5) ◆685WtsbdmY :2005/10/14(金) 13:50:21 ID:Z0DwWVHJ
 ――エリアC-4
 霧の中を歩く、小さな影があった。
 民族衣装である毛皮のマントを羽織ったその姿は、見もまごうことなくマスマテュリアの闘犬――ボルカノ・ボルカンその人だった。

 さて、彼はなぜこんなところにいるのだろうか?話は八時間ほど前にさかのぼる。
 自称“姫を救わんとする王子”から“魔王の手下”宣告を受けたボルカン。「そこに倒れている変なやつに連れられてきただけで何も知らない」と主張したら「下っ端過ぎて分からなくても手下は手下」と言われた。殴られた。気絶した。
 それでも一応手加減はしてもらえたのか、はたまた気絶することには慣れていたためか、他の連中よりは早く回復。「こんな所に居られるか」と、すたこらと城を後にした。
 当初は、とりあえず人に会わずにすみそうな場所としてG-4あたりの森に潜伏していた。
 しかし、彼は不屈の――というより懲りない――男だった。休息中に確認した地図に商店街という文字を見て、何か金目のものでも無いかと見に行くことを決心したのである。
 昼過ぎ、雨が降り始める直前にE-5に移動。D-5周辺では罠に引っかかりもしたが、木製の槍の一撃はぼさぼさの髪と地人特有の頑丈な頭蓋骨に阻まれたため軽傷ですんだ。
 雨が降っている間も森の中を移動し、暗くなるまではとD-4にとどまって出て行くのに都合のよさそうな時間を待った。
 実は、結果的に神父と似た経路を、大きく寄り道をしつつ後から追う形になっていたのだが、当の本人には知る由も無い。
 その後は、霧が出てきたところで森を抜け商店街に向かったのだが、方向を見失ってこのあたりに来てしまったのだ。
21危険に対する保険 (2/5) ◆685WtsbdmY :2005/10/14(金) 13:51:29 ID:Z0DwWVHJ
 霧のむこうに、ボルカンは黒い、大きな影を見た。
 近づいてみると、それはソファ、冷蔵庫、机など、雑多な家具や調度品でできた小山だった。
 どうやらすぐそこのビルから投げ落とされたものらしく、落下の際の衝撃で破壊されているものもいくつかある。
 何を思ったか、ボルカンはそれをよじ登り始めた。少々の運動の後に頂上にたどり着く。そして、
「はぁーはっはっはっはっはっはっはっは」
 哄笑する。特に意味はない。
 意図していたのかいないのか、西の方角を向いていたので、霧さえ出ていなければ夕日を正面から浴びていたことだろう。
「はっはっはっは…は?」
 と、そこでボルカンは笑うのをやめた。何か物音が聞こえてくるような気がしたからだ。
 耳を澄ますと、ふもっふぉふぉふぉ、と聞こえるが、くぐもっていていまいち判然としない。
「これは俺様の声ではないが、ここには俺様しかいないのであるからして、つまりは俺様の声ということに……」
 ボルカンはそこで言葉を止めた。いつのまにやら不気味な音声(?)はやみ、それに変わって足元からは激しい振動が伝わってくる。
「うむ、地震か!? まずは机の下に隠れろ!!」
 頭上に何もないのに机の下に隠れる必要など当然ないのだが、いつもならその辺を指摘するはずの弟はここにはいない。
 そして……突然
22危険に対する保険 (3/5) ◆685WtsbdmY :2005/10/14(金) 13:52:35 ID:Z0DwWVHJ
「ぬおおおおおおっ!!」
 足元で起こった爆発に、家具の残骸と一緒くたになって宙を舞う。しばしの空中散歩の末に、頭から地面に突き刺さった。
 その逆転した視界の中央――先ほどまでボルカンの立っていた場所――で何者かがゆっくりと立ち上がるのが見えた。
 “それ”は、ふもふぉ……、と何かをつぶやきかけたが、そこで動きを止めると全身に力をこめる。
 すると、ぼろぼろになったベルトやら金属部品やら、かつて“ポンタ君”と呼ばれしものの残骸は、もはや内部からの力に抗しきることもできずにばらばらになってはじけ飛んだ。
 その爆発の中から……
「おのれ、あの非国民め!! このあたくしを突き落とすだけでは飽き足らず、頭上から塵芥まで降らすとは、
 無礼千万、売国朝敵、欲しがりません勝つまでは!!
 けれど正義の味方は死ななくてよ。をほほほほほほほほ」
 青紫色の巨大な影が姿を現した。本人は「正義の味方の美しき復活」とでも思っているようだが、傍から見ればまるっきり「大怪獣出現!!」である。
 なお、彼女の身にまとうチャイナドレスは最高級の絹で織られている。そのため、哀川の置き土産である細菌兵器は文字通り単なるプレゼントと化し、疲労の回復のみを彼女にもたらした。後は右腕さえ完治すれば万全の状態である。
 謎の怪物の哄笑を聞きながら、ボルカンは勢いよく跳ね起きた。
「貴様!! この民族の英雄、マスマテュリアの闘犬ボルカノ・ボルカン様を吹き飛ばし、あまつさえ地面に突き刺すなど、言語道断問答無用!! まさしく霧吹きで吹きかけ殺されるのが必定と…」
 どうやら、妙な対抗心を起こしたらしい。支給品のハリセンをつかみ、(元)小山の上の影に向かって吼える。
 しかし、怒鳴られたほうはまったく表情を変えず、ボルカンに向かって歩き出した。身の丈は190センチメートル弱。重量にして優に100キログラムを超える巨体が、ハリセンを構える身長130センチそこそこの地人族の少年の前に立ちはだかる。
「……ええと……当方といたしましては……つまり……」
23危険に対する保険 (4/5) ◆685WtsbdmY :2005/10/14(金) 13:53:08 ID:Z0DwWVHJ
「ふんっ」
 最初の勢いはどこへやら、口ごもるボルカンを無視して怪物―天使のなっちゃんこと小早川奈津子―は鼻から息を吹き出した。
 同時に左腕を突き出し、下から掬い上げるようにしてボルカンの顔面を打つ。
 比喩ではなく殺人的な威力の拳がボルカンの顔面にめり込み、彼は再び宙へとたたき上げられた。
 身長の数倍に相当する距離を垂直に移動し、同じだけの距離を落下する。
 その体が地面に届かないうちに頭部を蹴り飛ばされ、ボルカンは大地に転がった。
「をっほほほ。マスマテュリアだかマンチュリアだか知らないけれど、ヤマトダマシイに敵うと思うてか」
 そして、ひとしきりあの奇っ怪な哄笑をあげると自分の姿をしげしげと見回す。
「さてと。この身を守る正義の鎧も壊れてしまったことだし、なにか武器が必要だわね」
 言って、何かないかと、先程自分が蹴り飛ばした相手の元に向かった。
 ボルカンを足元に見下ろして小早川奈津子は眉を顰めた。霧のせいでそれまで分からなかったが、足元に転がっているオロカモノは生きていた。
 熊すら一撃で葬り去れるような打撃を二度も頭部に受けているというのに、首の骨どころか鼻すら折れていない―もっとも、さすがに額が割れて血が流れ出るくらいのことはしていたが。
 使えそうな武器が何もないことを見て取ると、小早川奈津子はそのまま歩き出そうとして……そこで、動きを止める。
 もう一度ボルカンを見下ろして何やら考え込むようなそぶりを見せた。
 その目が怪しく光る。


 一方、危険に対する保険その一といえば、自分を待ち受ける運命も知らず、ただひたすらに気絶していた。

24危険に対する保険 (5/5) ◆685WtsbdmY :2005/10/14(金) 13:53:39 ID:Z0DwWVHJ
【C-4/商店街/1日目・17:30】 

『北京SCW(新鮮な地人でレスリング)』 
【小早川奈津子(098)】 
[状態]: 全身打撲。右腕損傷(殴れる程度の回復には十分な栄養と約二日を要する)生物兵器感染  
[装備]: コキュートス 
[道具]: デイバッグ(支給品一式)  
[思考]: これは使えそうだわさ。をほほほほ。 
[備考]: 約10時間後までになっちゃんに接触した人物も服が分解されます
     10時間以内に再着用した服も石油製品は分解されます
     感染者は肩こり、腰痛、疲労が回復します

【ボルカノ・ボルカン(112)】 
[状態]: 頭部に軽傷。気絶。 
[装備]: かなめのハリセン(フルメタル・パニック!)  
[道具]: デイパック(支給品一式) 
[思考]: …… 
[備考]: 生物兵器感染。ただしボルカンの服は石油製品ではないと思われるので、服への影響はありません。
25指し手の備え(1/4) ◆Sf10UnKI5A :2005/10/15(土) 23:26:45 ID:RffhsTR/
「ふうん、俺の以外にもこういうのが支給されてたのか……」
 公民館、死体が三つ転がる部屋の中で、折原臨也は呟いた。
 生き残った者の当然の権利として、ガユスとベリアル――不幸な二人の荷物を漁った結果、
自分の禁止エリア解除機に似た参加者探知機を見つけたのだった。
 デイパックの奥からクシャクシャになった説明書を見つけ出し、説明を読む。
(半径五十メートル以内の参加者を探知可能か)
 つまり、来訪者に怯える事無く荷物の整理が出来る。
 臨也は息を一つ吐いて、デイパックから取り出した荷物を並べ始めた。

 最終的に、臨也が持って行くと決めた荷物は以下の通りになった。
 解除機に探知機、ライターといった小物。それに救急箱。
 救急箱は、先ほどの死闘で負った怪我を治すのに使わせてもらった。
 武器は、手斧や長剣は一見頼り強そうだが、相手に警戒心を抱かせやすい。
(やっぱり本命はこっちだな)
 臨也は柄だけの剣を軽く握り、構えて言った。
「……光よ」
 すると、低い音と共に光が刃の形となって現れた。
 と言っても、長さはせいぜい二十センチほど。ナイフと同じ程度にしかならないが、
相手の不意を打つのにこれほど便利なものは無い。
 多少邪魔になるが、コートの内側に隠し持つことが出来そうだ。
 子荻の使っていたライフルは、残弾が三十発。随分と与えられていたらしい。
 手斧以上に相手に警戒されそうな代物だが、探知機と組み合わせれば狙撃も不可能ではない。
 もっとも、達人級の腕前であった子荻と違い、臨也は完全に素人なのだが。
 そして、水と食料は一食分をここで消費し、持って行く分は最初から入っていた分だけにすることにした。
 このゲームの最終局面で、万が一水や食糧不足に陥ったとしても、
(禁止エリアを解除すれば、ここまで取りに戻れるからね)
 臨也は探知機で誰もいないことを確認すると、パンを持って立ち上がり部屋を出た。
 理由は二つ。一つは、置いていく荷物の隠し場所を探すため。
 そしてもう一つは、――自称殺し屋の言葉の真偽を確かめるため。
26指し手の備え(2/4) ◆Sf10UnKI5A :2005/10/15(土) 23:27:28 ID:RffhsTR/
 鼻に付く血の臭いは、一歩歩くたびに強くなる。
 さほど時間が経たない内に、臨也はその現場を見つけることが出来た。
 公民館の奥まった所に位置するトイレの前に、二つの死体があった。どちらも女性だ。
 床に転がっている方は、剣が刺さったままだ。セーラー服を着ている彼女は、
長い黒髪や顔立ちから、どうやら日本人らしいことが見て取れた。
 一方、壁に寄りかかったまま事切れている方は、血とは異なる美しい赤の髪を持つ女性だった。
髪や顔立ちからして、こちらは日本人では無いらしい。腹に血の流れ出た跡がある。
「随分派手にやったもんだねえ……」
 知らず、臨也はそう呟いていた。
 池袋の裏側に精通している臨也でも、これほどの状況を生で見た記憶はそうそう無い。
「……ん?」
 ふと女子トイレを覗いてみると、そこにも別の死体と血溜まりがあった。
 若い――恐らく十代の、中性的な顔立ちの少女。
 血まみれにこそなってはいるが、他の二人と違って争った形跡が見られない。
(あの二人のどちらかがこっちを殺って、仇を討とうとして相打ち……ってところか)
 修羅場というのはどこにでも――こんな島なら尚更――存在しているものだが、
それにしても自分達が殺し合ったすぐそばで、また別に殺し合っていたグループがいたとは。
 感心していたのもつかの間、臨也はすぐに動き出した。
 名前の判る物や役に立つ道具は無いかと、血に注意しつつ死体のボディーチェックを行う。
 が、残念ながら刺さりっぱなしの短剣以外は何も見つけられなかった。
 短剣にしても、使い勝手はナイフの方が上だと判断。
 臨也はトイレで手に付いた血を洗い流し、その場から離れた。
27指し手の備え(3/4) ◆Sf10UnKI5A :2005/10/15(土) 23:28:30 ID:RffhsTR/
「さて、大分雨も酷くなったわけだけど……」
 死闘が終わった頃から窓を叩き始めた雨粒は、今では窓の外が見えないほどに増えていた。
 デイパックの一つに入っていた缶詰を食べつつ、臨也は広げた地図を眺めている。
(篭城が一番の愚策だな。もうちょっと探知機の範囲が広ければそれも有りなんだけどね。
ここから一番近い建物は学校だけど、こう大きく目立つ建物は単独行動の者が潜むとは考えにくい。
誰もいないか、何人かのチームが居座っているか、裏をかいて誰か隠れているか。
それとも、もうここみたいに殺戮の現場になっているかもね。
とすると、少人数、一人か二人の人間が隠れていそうで一番近いのは――)
「C-3、商店街か」
 隣のD-3がもうすぐ禁止エリアになることを考えれば、移動中の人間がいる可能性もある。
(禁止エリアに引っ掛からないようにするには、草原を抜けるしかない。
と言っても、地図を見る限り道は無いから……)
 臨也は少し悩んだが、置いていくつもりだった長剣――蟲の紋章の剣も荷物に加えることにした。
(草刈鎌の代わりにはなるかな。邪魔になったら捨てればいいし)
 剣の真の力には全く気付く事無く、臨也はそう判断した。

 臨也は食事を終えると、いらない荷物を別の場所――物置の中に隠した。
 その後、カーテンの一つを外し、即席の雨具にする。
 カーテンを被り、選り分けた荷物を持って、臨也は公民館を出た。

「さあて、まだ俺の力になってくれる、優秀な駒は残ってるのかな……?」
28指し手の備え(4/4) ◆Sf10UnKI5A :2005/10/15(土) 23:29:12 ID:RffhsTR/
【D-1/公民館の外/1日目・14:55(雨が降り出す直前)】
【折原臨也】
[状態]:上機嫌。やや疲労。
    脇腹打撲。肩口・顔に軽い火傷。右腕に浅い切り傷。(全て処理済み)
[装備]:ナイフ、光の剣(柄のみ)、ライフル、蟲の紋章の剣、カーテン(雨具)
[道具]:探知機、ジッポーライター、禁止エリア解除機、救急箱
    デイパック(支給品一式・パン6食分・水2000ml)
[思考]:商店街へ移動。
    セルティを捜す。同盟を組める参加者を探す。人間観察(あくまで保身優先)。
    ゲームからの脱出(利用できるものは利用、邪魔なものは排除)。残り人数が少なくなったら勝ち残りを目指す
[備考]:ジャケット下の服に血が付着+肩口の部分が少し焦げている。
    ベリアルの本名を知りません。

※公民館の物置に、
・子荻のデイパック(支給品一式・パン6食分・水2000ml)
・ガユスのデイパック1(支給品一式(食料・水除く)、アイテム名と場所がマーキングされた詳細地図)
・ガユスのデイパック2(パン9食分、水2000ml、咒式用弾頭、手斧、缶詰(少し)、ミズーを撃った弾丸)
・ベリアルのデイパック(支給品一式(食料・水除く) 、風邪薬の小瓶)
及び、リボルバー(弾数ゼロ)が隠してあります。
29利害の一致と利用価値(1/7) ◆Sf10UnKI5A :2005/10/15(土) 23:37:37 ID:RffhsTR/
 歯車様――観覧車の残骸から抜け出たマージョリーは、随分久しぶりに“気を失う”という経験をした。
 気絶していたのはほんの数分間だが、そのわずかな時間で三人組の『存在の力』が知覚出来なくなっていた。
「ヒヒヒ、お目覚めかい? 我が麗しき眠り姫マージョリー・ドー」
「うっさいわねバカマルコ。……それにしても、何でここまで力が落ちてるわけ?」
「歯車様の呪いじゃねえンゲェッ!!」
 口汚い本を叩いて黙らせたマージョリーは、現在の自分の能力について再認識する。
「存在の力を感知出来るのは……一エリア分の五百メートルも無いわけね」
 わずか数分の気絶で、疲弊しているはずの三人組がそれ以上遠くまで逃げられるとは思えない。
 知覚範囲に三人動かぬ人間がいるが、全て死体のようだ。
「それで……封絶は使えないのにトーガは使える。でも攻撃力・防御力共に下げられている……」
 ブツブツと呟くマージョリーの横、マルコシアスは黙って彼女の言葉を聞く。
「ねえマルコ、本当に過去こういった事件は無かったのね?」
「くどいぜマージョリー。このゲームは“都喰らい”と質は違うが、同じくらいに奇妙で危険だぜェ?
もしこんなことが起きてたら、噂が紅世を七周半はしてるだろうさ、ヒヒッ」
「ま、そりゃそうよね……」
 マージョリーはグリモアを持って立ち上がり、
「荷物を回収して、そうね……。南は考えにくいし、北の学校にでも行ってみるわ」
「当てでもあんのかい?」
「ただの勘よ、勘」
30利害の一致と利用価値(2/7) ◆Sf10UnKI5A :2005/10/15(土) 23:38:39 ID:RffhsTR/
 結果として、彼女の勘は丸外れというわけではなかった。が、
「ギャハハハハハハハッ!! どうしたってんだいマージョリー!?
戦いもせず尻尾巻いて逃げ出すなんてよぉブフッ!?」
「うっさいわねバカマルコ! あんた、どうせ判ってて言ってるんでしょ。黙りなさい」
 学校には、確かに人がいるにはいた。
 しかし目的である三人組は感知出来ず、さらに不幸なことに、
「一ヶ所に六人も集まるなんて、仲良しクラブでも作る気かってのよ」
 クエロという名の時限爆弾の存在など露知らず、マージョリーはそう評した。
 強襲しようにも、自分の状態は万全にはほど遠い。
 やむを得ず見逃すことにして移動中、先のマルコシアスの言葉が出たのだった。
 そしてまた、本から声が響いた。
「なあマージョリー・ドー」
「何よ。またぶっ叩かれたい?」
「いやぁ、生き残るっつーご大層な目標のために、少しは頭を使ったら
……イテテ、要はやり方を考えたらどうだってことだ」
「まさか私に怯え隠れて逃げ回れって言うんじゃないでしょうね」
「そんなんじゃねえさ。殺戮に付き合ってくれそうな輩を探しゃあいい。
――炎髪灼眼とかな」
 マージョリーは足を止め、グリモアを睨み、
「……本気で言ってるの?」
「本気も本気だぜぇ、ヒヒッ。ほらよ、俺らがここに来た時は離れ離れになってたじゃねーか。
炎髪灼眼と、アラストールの奴の神器も同じ状況だと思わねえか?」
「アラストールがいなければ、あのジャリをたぶらかせるってわけね」
 再び足を動かし始めたマージョリーは、少しして、
「……あまり気の進まない案ね。アラストールがいなくても坂井悠二の奴が一緒なら御破算。
第一、アレは問答無用で襲ってくる可能性もあるわ」
「ギャハハハハ、弱気なモンだなぁ!」
 マージョリーはマルコシアスの嘲笑を無視した。
(確かに、誰か協力者を作るってのは良策よね。適当に人数減った所で殺せばいいんだし。
問題は、殺人に躊躇いを持たず、そのために他人と手を組むような人間がいるかどうか……)
 空を見上げ、適当に雨宿り出来る場所を探そうか、とマージョリーは思った。
31利害の一致と利用価値(3/7) ◆Sf10UnKI5A :2005/10/15(土) 23:40:22 ID:RffhsTR/

 豪雨に揉まれ、草に足を取られながらも折原臨也は市街地に到着することが出来た。
「まずは適当に休憩したい……けれども……」
 周囲と探知機を見比べながら、臨也は商店街へと移動する。
 商店街に入ってしばらくすると、探知機に変化が現れた。臨也は店の間の物陰に体を隠し、
(一人だけか。位置は、……あの酒屋かな?)
 臨也は剣――結局持ち続けていた――とライフルを、街路からは見えないように隠した。
 邪魔な雨避けのカーテンは投げ捨て、ナイフと光の剣がすぐ取り出せるか確認する。
 作業を済ませた臨也は、特に気負った様子も無く酒屋へと向かった。

 二階建ての一階部分を臨也は音を立てずに調べたが、誰も潜んでいる様子は無かった。
 ただ、何箇所か不自然に酒瓶が抜けている、
(まさか上で酒盛りでも……そんなわけ無いか)
 レジの裏、開きっぱなしのドアがある。臨也はそちらへと足を進めようとする。

 その瞬間、不意に、ガラスの割れる音が聞こえた。
 続いて、店の外に何かが落ちた音。
(窓から外に逃げた!?)
 臨也が外へと振り向くと、そこには――
「下手な真似したら殺すから、大人しく質問に答えなさい」
 雨の中、上に向けた手のひらに炎の球を浮かべた、長身の美女の姿があった。
32利害の一致と利用価値(4/7) ◆Sf10UnKI5A :2005/10/15(土) 23:41:34 ID:RffhsTR/
「…………お姉さん、もしかしてベリアルの知り合いかな?」
「誰よそれ。とにかく、コイツを店の中にぶち込めばあんたごと店が炎上するわ。
そのくらい判るでしょ?」
 死人に口無しと思い掛けたカマだったが、どうやら外れらしい。
 『そんな小さな火の玉で……』と言うことも考えたが、一先ずは大人しく従うことにした。
 臨也はゆっくりと両手を上げ、顔に笑みを浮かべると、
「で、質問って何かな、お姉さん」
「気安くお姉さんお姉さん言うのは止めなさい。……じゃ、まず名前」
「折原臨也。お姉さんは?」
「もう一つ、質問に答えたら教えてあげるわ」
 互いに薄ら笑いを浮かべたまま、会話が続く。
「……じゃあ、どうぞ」
「何軒も店が並ぶ中で、何故この酒屋を選んだわけ?
単に雨宿りするなら他でもいいじゃない」
 臨也の表情は変わらない。
「酒好きだからね、どうせ店に入るならって良さそうな所を選んだだけさ」
「それにしちゃ、随分こそこそしてたわね」
「で、お姉さんの名前は?」
「マージョリー・ドーよ、イザヤ」
 と、そこでマージョリーは浮かべた炎を消して見せた。
「度胸と腹芸は及第点ってとこね」
 呟き、傍らに落ちていた巨大な本を軽々と拾い上げた。それを持って店の中に入る。
「イザヤ、この周辺にあんたの仲間がいないことは判ってるわ」
「どうかな? 建物の陰に君を狙う銃口があるのかもしれない」
「つまらないことを言うのは止めなさい」
 マージョリーは臨也の目を見据え、
「――私にはね、判るのよ。だから正直に話しなさい」
33利害の一致と利用価値(5/7) ◆Sf10UnKI5A :2005/10/15(土) 23:43:10 ID:RffhsTR/
(ハッタリか、超能力の類か……。ま、どっちでも構わないかな)
「おっしゃる通り、俺は一人で行動している。これでいいかい?」
「上等よ。じゃあ次の質問。
このゲームで生き残るために、他人を殺す気はある?」
 臨也は少し間を置いて、
「答えにくい質問だね。イエスノーで言うならイエスだけど」
「ならば、一人でやっていくには限界があると思わない?」
 その言葉に、臨也は笑みを濃くする。
「手を組んでほしいのなら、最初から言えばいいのに」
「生き残るために手を組むんじゃないわ。“殺すため”に手を組むの。理解出来る?」
「なるほど、参加者の中に邪魔で厄介な相手がいるんだね」
 マージョリーもまた笑みを濃くし、
「頭も切れる、と。武器は?」
「ナイフが一本。あと、近くにライフルを隠してある」
 ――目の前の女は、銃弾の一発程度でくたばる人間じゃない。
 ――セルティの様に。静雄の様に。萩原子荻が怯えた相手の様に。
「随分好条件なのが飛び込んできたじゃない。ねぇ、マルコシアス」
「何だァ、やっとお喋り解禁かい、ヒヒッ」
 新しい男の声、それも近くから。臨也は思わず周囲に目を走らせる。
「そんな怖い顔すんなって、兄ちゃん」
「……まさか、その本が?」
 初めて臨也の表情が笑み以外のものに変わった。
「そうよ。本の名前は“グリモア”。喋ってるのは“マルコシアス”」
「ヒヒヒ、ヨロシクなぁイザヤ」
(……いやはや、セルティ以上の変わり者がいるとはね)
「ヨロシク、ってことは、同盟締結ってことなのかな?」
「そっちが構わないならね。断るなら殺すけど」
「いやいや、願っても無い話だよ。ただ、条件があるんだけどいいかな?」
「言ってみなさい」
34利害の一致と利用価値(6/7) ◆Sf10UnKI5A :2005/10/15(土) 23:44:02 ID:RffhsTR/
「襲ってくる相手と、君が狙っている人間を殺すのには手を貸す。
ただし、それ以外の人間が相手なら手を貸さない。
全部の人間を狙っている、ってのはナシ。
俺の知り合い、まあ一人だけだけど、は殺さない。
相手が誰であれ戦闘中にピンチになったら、俺は自分の身を第一に動く。
残り十名前後になったら同盟は解消。これでどうかな?」
 マージョリーは、クッと低い笑いを漏らし、
「随分と調子がいいわね」
「君の方が圧倒的に強いんだから、これくらい認めてもらわないと」
「いいわよ。じゃあ私の条件は一つだけ。
――そちらの条件に挙げた以外の状況では、私の仲間で在り続けること。
裏切れば殺す。これでどう?」
 臨也もまた、笑いを噛み殺し、
「それは二つじゃないかな?」
「二つでワンセットよ。で、返答は?」
「OK、同盟成立ってことで」

 臨也はゆっくりと手を下げる。

 マージョリーがゆっくりと手を上げる。

 マルコシアスの笑い声をバックに、二人は殺人同盟締結の握手を交わした。
35利害の一致と利用価値(7/7) ◆Sf10UnKI5A :2005/10/15(土) 23:45:14 ID:RffhsTR/
【C-3/商店街、酒屋前/1日目・15:35頃】 
『詠み手と指し手』
【マージョリー・ドー】
[状態]:全身に打撲有り。やや上機嫌。
[装備]:神器『グリモア』
[道具]:デイパック(支給品一式・パン5食分・水1300ml) 、酒瓶(数本)
[思考]:ゲームに乗って最後の一人になる。
    臨也と共闘。学校組が目障りだと思っている。
    シャナに会ったら状況次第で口説いてみる。

【折原臨也】
[状態]:上機嫌。やや疲労。
    脇腹打撲。肩口・顔に軽い火傷。右腕に浅い切り傷。(両方とも処理済み)
[装備]:ナイフ、光の剣(柄のみ)
[道具]:探知機、ジッポーライター、禁止エリア解除機、救急箱
    デイパック(支給品一式・パン6食分・水2000ml)
[思考]:マージョリーと共闘。
    セルティを捜す。人間観察(あくまで保身優先)。
    ゲームからの脱出(利用できるものは利用、邪魔なものは排除)。残り人数が少なくなったら勝ち残りを目指す
[備考]:ジャケット下の服に血が付着+肩口の部分が少し焦げている。
    ベリアルの本名を知りません。

※酒屋の傍に、・蟲の紋章の剣 ・ライフル及び弾丸(三十発) が隠してあります。
36悪。鬼。泡。神。そして炎。(1/11) ◆R0w/LGL.9c :2005/10/16(日) 13:22:44 ID:wrUwP8Kh
 バイクの音がした。
 そのとき彼ら──彼らというのは便宜上で正確に言えば男2人と女1人だったが──は港にあった簡易診療所の隣の民家2階にいた。
 男2人は体の傷に包帯や絆創膏を貼り付け、時々会話が起こりかすかに片方が笑っていた。
 それが聞こえたのは髪をオールバックにしている方──佐山御言は切られた耳たぶから白い糸が出ていないか気にしていたときだった。
 雨も弱まってきていた。窓からそっと外の様子を見ると、道の向こう側に大型のバイクが止まっており、薄暗くてよく見えないが、2人降りて診療所に向かっていった。
「どう思うね?」
 佐山が近くにいる2人に問いかける。
「片方が怪我でもしたんじゃないかな?」
 ごく一般な女子高生、宮下藤花が答える。零崎とやや距離を置いて座ってるのは、まぁ当然だともいえる。
 零崎はにやにやしたまま答える。
「そうとも限らんぜ。例えば俺が殺した──坂井だったけか?──の身内かもしれねぇな。
こんなとこなんだ。兄弟の気配や世界の敵の気配が判る奴がいても不思議じゃねぇぜ」
 前半は自分の一賊を皮肉ったものだが、後半は特に考え無しに言っただけだ。
 零崎はまだ宮下藤花がブギーポップだと──都市伝説だと知らない。
「どちらにしても──行かねばなるまい。彼の家族だとしたら、零崎は──誠心誠意謝り、たとえ不本意な形でも、
わだかまりが残っても、今は許されないとしても、最終的には仲間にせねばならん」
「謝り──ねぇ。俺の一賊の話をしてやろうか?──とあるアホみたいに背が高くてアホみたいなスーツ着て、
アホみたいな眼鏡つけてアホみたいな鋏を振り回す男がいた──俺の兄貴だけどよ。
そいつにかるーくチョッカイ出した連中は、あっという間にそいつが住んでたマンションの生物全て含めて殺されちまった。
和解も誤りもわだかまりも許しも何もなかった──もし俺が殺した奴の仲間がそんな奴だったら、どうする?」
「それでもだ」
「それでもか」
 かははっ、と声を出して笑った。傑作だ。いや、戯言か?
37悪。鬼。泡。神。そして炎。(2/11) ◆R0w/LGL.9c :2005/10/16(日) 13:23:21 ID:wrUwP8Kh
「で、そいつがだ。仲間を殺した俺の言葉を一切聞かないで、俺の仲間のアンタの言葉を一切聞かないで殺しにかかったらどうする?」
「うむ。その場合は──逃げたまえ。最初に自分が殺した、と宣言したらと恐らくそちらに追いかけていくだろう。
捕まらぬように逃げて、復讐者が追っかけている間に別方面からアプローチする。
そう簡単に復讐を諦めてくれるとも思わんが──必要なことだ」
「それに例えば、だ。その復讐者が逃げ切れないほど強くて、俺を殺した後、俺の仲間のお前らも殺して、
しまいにゃあ憎くて憎くてこの世界ごと抹消してしまうような魔王的な存在だったらどうする?」
「そのときは──」
「そのときは、そう。もはやそいつは世界の敵だ──そしてぼくの敵になる。それだけさ──」
 2人は不意にあがった声の主、宮下藤花に目をやった。
 男のような表情は、次瞬きをした瞬間元に戻っていた。
「あれ? どうしたの?」
「……何でもないとも宮下君。いや、急ごう。あの2人が診療所に入った」

「───────」
 声にならないで口から抜けていく空気の音を聞きながらベルガーは立ち尽くした。
 最悪の結果だったか。音を出さずに歯を食いしばる。
 シャナは坂井悠二の体の横に座り込み、首から上を抱いて。
 その口からは喉が潰れたように声が出ず、単に空気が抜けていっていた。
「───ゅぅっじ……がぁっ。悠、二っがぁぁぁぁぁ!!」
 ようやく出てきた声は慟哭だった。泣き声をはらんだその声は今までの生意気な少女の面影を見せない。
 天井を仰いだその顔には絶望が深く刻まれていた。
38悪。鬼。泡。神。そして炎。(3/11) ◆R0w/LGL.9c :2005/10/16(日) 13:23:51 ID:wrUwP8Kh
(まずいな……このままでは吸血鬼になるのは時間の問題、か?)
「悠二が、死んでっ…誰がっ」
「落ち着け」
 シャナの嘆く声を聞きながら辺りを観察する。
 坂井悠二が死んでいる近くのドアが開け放たれて、中で騒動があったように散らかり、窓が割れていた。
 恐らく何者かが戦闘を行ったのだろう。雨の打ち込み具合から、そう古くはないようだ。
 このままここにいて、死体を目の前にしていたら、いつ吸血鬼が発露するとも限らない。とりあえず、とベルガーは声を掛けた。
「シャナ、とりあえず今はマンションに戻るぞ」
「でも、悠二が……!」
「……シャナ。そいつも連れて行く。ここに置いてても仕方ないだろが」
「悠二悠二悠二悠二悠二……」
「シャナッ!」
 乱暴にシャナの体を揺らす。シャナが驚いたように顔を上げる。
「しっかりしろ。吸血鬼になるぞ」
「でも、悠二がぁぁぁ……」
 ベルガーはかぶりを振った。これはもう理屈じゃ駄目だ。
 しかしこの場に留まったら間違いなくシャナは本当にすぐ吸血鬼になるだろう。
 この場から動きそうにない少女の姿を見ながらどうしたものかと考える。
 少年の死体を見る。血がさらさらとしている。それはつまり殺されて間もないということだ。
(まだ犯人は近くにいるか?)
 シャナに注意を呼びかけようとした、そのとき。
39悪。鬼。泡。神。そして炎。(4/11) ◆R0w/LGL.9c :2005/10/16(日) 13:24:24 ID:wrUwP8Kh
「ちょっくら悪ぃんだけどよ──」

 開け放たれたドアから男が1人上がってきた。
 その男──零崎人識は慣れないことをするように頭を掻きながら近づいてきた。
「近寄るな……敵か?」
 完全に無視して零崎はシャナのほうに指を向けて言った。
「その──坂井だっけか? やっぱりお前らのお仲間だった?」
 シャナが顔を上げて零崎を見る。
「おまえは──」
「──なんだ?」
 後半はゼルガーが補った。
「いきなり哲学的なこと聞かれてもなぁ。傑作だっつーの。
俺は零崎人識っつーんだけどよ、なんていうか? お前らに謝りに来たんだよ」
「謝りって…」
「そう、その坂井を殺してすいませんってな」
 ギシ、音を立てたように空気が一瞬で変わった。
「な……」
「そう俺がそいつを殺した。だけどよ、俺だって殺したくて殺したわけじゃないんだぜ?
まぁ殺したくなかったわけでもねぇけどな。例えば俺が、そいつは俺と会った瞬間そこに落ちてる狙撃銃を振り回してきた。
俺は撃たれるまいと必死で抵抗してそうなっちまった、つっても信じねぇだろ? 実際そうじゃねぇしな。
ただすいません、恨まないでください、それだけだ」
「それだけ……」
40悪。鬼。泡。神。そして炎。(5/11) ◆R0w/LGL.9c :2005/10/16(日) 13:24:55 ID:wrUwP8Kh
 シャナの瞳が燃え上がるようになっているのをベルガーは確認した。
(いきなり来たこいつは──なんだ? 本気で犯人が名乗り出るとは思ってなかったが)
 零崎は一見余裕に両手を広げ、しかしいつでも逃げ出せるように体重を移動させつつ再び口を開いた。
「ああそれだけだぜ。悪いとは俺も思ってるんだ。んで、埋葬手伝うかなんかするからよ、アンタらに俺の仲間になって欲しいわけ。
別に殺し同盟とかじゃないぜ、脱出&黒幕打倒同盟ってのによ。恨んでくれても憎んでくれても構わないぜ。
ただこのゲームの黒幕とか殺した後に殺し合いとかはしようって訳だ。どうよ?」
「ふざけるな!!」
 シャナが叫んで立ち上がった。
「おまえが悠二を殺した──殺される理由としてはそれで十分だ!」

「本当にそうかね?」

 奥にの階段の踊り場から悠然と見下ろしてる少年と少女がいた。
 佐山は零崎が話している間にわざわざ家をよじ登り二階の窓から侵入していた。
「例えばこう考えることは出来ないかね。零崎人識が坂井悠二を殺したのはこの企画の黒幕のせいだと。
坂井悠二は『偶然』ここに立ち寄った。零崎人識もだ。そして2人は『偶然』同じ時間帯にここに入り、零崎が『偶然』殺害した。
偶然もここまで重なると必然かと疑いたくなるね?」
「……こいつの仲間か」
 佐山は仰々しく頷いて胸を張り名乗った。
「そうとも。私は佐山御言、世界は私を中心に回るものである!
ふふふ驚いて声も出ないようだね。それはそうと零崎、君は究極的に謝るのが下手だね。全く見てられない」
41悪。鬼。泡。神。そして炎。(6/11) ◆R0w/LGL.9c :2005/10/16(日) 13:25:27 ID:wrUwP8Kh
 シャナが横目で佐山を睨む。ただし体は零崎に殺意を向けたままだ。
「おまえもコイツの仲間なら、殺してやる」
 佐山は肩をすくめながらシャナの目を見て語りだした。
「初対面からいきなり殺害宣言とは物騒なことだね。一応言っておくが、私は彼を殺害していない。
だからといって零崎が悪いわけでもないのだよ。──ふむ? 彼を殺したのは確かに零崎だ。
そう、先ほども述べたとおりいくつもの偶然で、ね。しかしその偶然を裏から操っている者がいたら?
彼が殺されたのも、君が零崎を殺そうとしているのも、全てその裏で糸を引く者の思惑どうりだとしたらどうかね?」
「何が言いたい。陰謀論者か。ガキの戯言に付き合う気は無いぞ」
「ふむ。確かに誰かが言い出す陰謀の9割は誇大妄想か何かだろう。
ただし、それはこの佐山御言には当てはまらない、とも言っておこう。
殺人犯の刺した包丁を恨む──の例えを使わなくとも分かると思うがね。
私はもはや誰かが誰かを殺すのは許可しない。その零崎もしかり、だ。
折れた包丁を恨むのはよしたまえ。殺された彼も──」
 だん、と踏み込む音がした。
 シャナが神速の抜き打ちで零崎を切り殺そうとした。
 零崎は話し出したときから予測していた切込みを、本当に紙一重で避けた。耳につけてたストラップが引きちぎれる。
「黙れ。黙れ黙れ。黙れ黙れ黙れ。コイツは殺す。悠二と同じところを切り落としてやる!」
「言ったろ? 無理だってよ。無理無理。死体目の前にして、犯人目の前にして、冷静で居られるのは──なにかしら欠陥がある奴だけだよ」
 再び首をめがけて飛んできた切っ先をバク転して外に飛び出しつつ、避ける。
 シャナも入り口の扉を切り裂いた刀を構えなおし追いかけた。
「ベルガー! 悠二を!」
「どうしたどうした? おいおい赤色ちゃんよ! 威力はバケモンだけどよ、太刀筋が見え見えだぜ?」
42悪。鬼。泡。神。そして炎。(7/11) ◆R0w/LGL.9c :2005/10/16(日) 13:25:58 ID:wrUwP8Kh
 診療所から離れていく足音と声。両方とも凄い速さでベルガーが止める暇も無かった。
「……アンタは奴を助けに行かないのか? まぁ行かせないがな」
「零崎の問題だよそれは。私がここで助力したら誠意が無い、というものだ。
彼女は零崎が説得し、君は私が説得する。少なくとも我らの誠意は本物だよ?
宮下君は下がっていたまえ。さあ──交渉を開始しようか」

 戦いの舞台は外へと移った。
 逃げる零崎と追うシャナ。逃げる殺人鬼を追う復讐鬼。
(かははっ! 意外としんどいっつーの 余裕ぶっかましてるけど避けんので精一杯じゃねえか 当たったらぜってーお陀仏だしよ!)
「だから、謝ってんじゃねぇか! こんな事は黒幕殺してからにしようぜ。殺しあいは後だ後」
「謝ったところで悠二が戻ってこない! 殺したのはお前だ、お前を殺した後黒幕とやらも殺してやる……」
 零崎はシャナの間合いぎりぎりで振り返り顔に手を当てた。
 不審に思ったシャナも立ち止まる。殺される覚悟はできたか、と声をかける。
 全然、と前置きして零崎は答える。相変わらずにやにやしたまま。
「ふと思ったんだけどさ……お前ってもしかして人を殺したいだけじゃねぇのか?」
 何をバカなことを、そう鼻で笑ってシャナは刀を構えなおす。
「断言するぜ。俺が別に坂井悠二を殺さないでも、お前は俺を殺そうとしただろうよ。
何かと理由をつけてな。例えば『悠二がコイツに殺される前に、私がコイツを殺さなければ』とかいってな。
もしかして、お前は既に何人か同じ理由で人を殺したんじゃねぇか?」
 息を呑む。確かに以前混乱して2人組みを襲った。
 殺しはしなかったが、殺しても良いと思った。
43悪。鬼。泡。神。そして炎。(8/11) ◆R0w/LGL.9c :2005/10/16(日) 13:26:30 ID:wrUwP8Kh
「それにもう1つ質問だ。さっきまで坂井の死体を抱いててお前の顔に血がこびりついてたよな。
もう雨は止んでる──口元についてた血が無くなってるぜ? どういうこった」
 その言葉でショックを受けた。
 悠二。血。飲む。舐める。吸血。鬼。殺人。復讐。血。飲む。血。血血血血血。
 今まで意識して無視してた感情が一気に噴出す。
(悠二が死んで。コイツが殺して。復讐しようと。怒って。悲しんで。血を。飲みたく…? 違う。違う違う)
「おーいどうした? 調子悪いのか?」
 零崎が近づいて顔を覗き込む。
 彼女はあ、と気合の声を出す。同時に炎が膨れ上がった。
「うおっ!?」
「お前がぁ、死ねばっ!」
 視界が一瞬炎で隠れた隙にシャナが刀を振りぬく。
 零崎は包丁で防御しようとしたが、包丁が音も無く切断される。
 それでも何とか避けきる。包丁で僅かながら速度が落ちたためだ。
「こなくそっ!」
 切り取られた包丁の半分をシャナの右手に投げつける。
 飛んできた包丁を避けもせずに、半ば折れた凶器は肩に刺さった。
 それでも一度離れた間合いを詰めようと前進してくる。
「もうこれ以上の戯言は無理かよ……後は佐山に任せるか」
「悠二の仇を果たす。殺す殺す殺してやる」
 同時に爆発するようにシャナの体が零崎に迫る。
 技量も何も関係なしの胴を両断する軌跡。ただし当たれば鋼すら切断するだろう。
 故に全力をかけた攻撃は殺人鬼に先読みされた。
 零崎はあらよっと、という掛け声と共にシャナの頭上を飛び越えていた。
 一度撃たれたら防御できずに殺される攻撃も、最初から来ると分かっていれば別だった。
44悪。鬼。泡。神。そして炎。(9/11) ◆R0w/LGL.9c :2005/10/16(日) 13:27:01 ID:wrUwP8Kh
 贄殿遮那が空を切る。零崎はシャナをすり抜け、ダッシュ。
 シャナが振り返ると、零崎は既にエルメスに跨っていた。いつの間にか元の場所に戻っていたようだ。
「じゃあな。頭が冷えたらまた謝りに来てやんよ。かははははっ!」
 どるぅん、とエンジンが点いてエルメスは走り出した。
 待て、とシャナはバイクと同じ方向に走り出した。殺してやる、と後に続けながら。
 仇を討たねば、悠二の亡骸に合わす顔が無い。ベルガーも何も、今は関係ない。
 もはやシャナは零崎を殺すことを第一目標にしていた。
 その意志だけが、心がくじけ、吸血鬼化するのを抑制していた。その意志すらも吸血鬼の憎悪だったとしても。
 もし彼を殺した後には彼女は──

「ねぇちょっと」
「あん?」
「今度は誰が乗ってるの?」
「……なんだ? 喋んのか? このバイク」
「それは喋るよ。喋らないなんて決め付けてもらっちゃあ困るさ」
「ふぅん。俺は零崎人識ってんだ」
「僕はエルメス。う〜んなんかタライ落としにされてる気分だよ」
「へぇ。今まで誰に渡ってきたんだ?」
「最初は戯言遣いのお兄さんで、次がダナティアとリナっていう人。次にあのベルガーっていうおっちゃんだね」
「戯言遣い支給品か? そういえば喋るベスパがどうとか言ってたな」
「本当の持ち主はキノっていうんだけど、君は知らない?」
「キノ? ああアイツか。さっき会ったぜ」
「へぇ〜、何か喋った?」
「あーえとな──また会おうねって言ったんだよ」
「ふーん。会えるといいな」
「……ああ『タライ回し』」
「そう、それ」
45悪。鬼。泡。神。そして炎。(10/11) ◆R0w/LGL.9c :2005/10/16(日) 13:27:33 ID:wrUwP8Kh
【C-7/道/1日目・17:40頃】

【シャナ】
[状態]:火傷と僅かな内出血。悪寒と吐き気。悠二の死のショックと零崎の戯言で精神不安定。
     吸血鬼化急速進行中。それに伴い憎悪・怒りなどの感情が増幅
[装備]:贄殿遮那
[道具]:デイパック(支給品一式(パン6食分・水2000ml))
[思考]:1-零崎を追いかけて殺す
     2-殺した後悠二を弔う
     3-聖を倒して吸血鬼化を阻止する
[備考]:内出血は回復魔法などで止められるが、体内に散弾片が残っている。
     手術で摘出するまで激しい運動や衝撃で内臓を傷つける危険有り。
     吸血鬼化は限界まで耐えれば2日目の4〜5時頃に終了する。
     ただし精神が急速に衰弱しているため予定よりかなり速く吸血鬼化すること有り

【零崎人識】
[状態]:全身に擦り傷 疲労
[装備]:自殺志願  エルメス
[道具]:デイバッグ(地図、ペットボトル2本、コンパス、パン三人分)包帯/砥石/小説「人間失格」(一度落として汚れた)
[思考]:シャナから逃亡 落ち着いたら再説得
[備考]:記憶と連れ去られた時期に疑問を持っています。
46悪。鬼。泡。神。そして炎。(11/11) ◆R0w/LGL.9c :2005/10/16(日) 13:28:05 ID:wrUwP8Kh
【ダウゲ・ベルガー】
[状態]:平常
[装備]:鈍ら刀、携帯電話、黒い卵(天人の緊急避難装置)
[道具]:デイパック(支給品一式(パン6食分・水2000ml))
[思考]:シャナを心配 佐山をどうするか
 ・天人の緊急避難装置:所持者の身に危険が及ぶと、最も近い親類の所へと転移させる。
 ※携帯電話はリナから預かりました

【佐山御言】
[状態]:左手ナイフ貫通(神経は傷ついてない。処置済み)。服がぼろぼろ。
[装備]:G-Sp2、閃光手榴弾一個
[道具]:デイパック(支給品一式・パン5食分・水2000ml) 、地下水脈の地図
[思考]:参加者すべてを団結し、この場から脱出する ベルガーと交渉 零崎の説得のフォロー
[備考]:親族の話に加え、新庄の話でも狭心症が起こる

【宮下藤花】
[状態]:足に切り傷(処置済み)
[装備]:ブギーポップの衣装、メス
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水2000ml)
[思考]:不明。(佐山についていく)

  人類が最後の三人になった。
  それでも殺し合うだろう。
  二人が一人を除け者にし結束するために仕方なく。
  人類が最後の三人になった。
  それでも殺し合うだろう。自分一人が生き残るために仕方なく。
  人類が最後の一人になった。
  そして自殺するだろう。自分一人という孤独のために、さらには自分の中の何かに耐えられず。

     イェム・アダー「混沌の言祝」 皇暦四八九年
  
 今は亡きクレスコスの椅子の亡骸を掻き抱いて、ギギナは静かに城を出た。
 木に囲まれた、人気のない城の裏手に周り、森の中へ進む。適当な所に決めると、しとしとと雨が降り注ぐ空の下で、
無表情を貫きつつ魂砕きで穴を掘った。
 雨で濡れていたせいか、土は柔らかくなっていた。小一時間かけて掘った穴の中に、布で包んだ椅子の残骸を優しく入れる。
中身が木屑と廃材であろうと、彼の身体であることに変わりはない。あのまま放置することなど、ギギナには出来なかった。
 土をかけ、やがて布は見えなくなる。少しだけ盛り上がった土の上に、墓標代わりのワニの杖を突き立てた。
「こんなものですまぬが……今は墓標を作っている時間もないのだ」
 完成した墓碑に黙祷を捧げる。手足が泥だらけになっていたが、いずれ雨で流れ落ちるだろう。前衛咒式士が風邪を引く筈も
ないから、身体の方の心配も不要だ。
 雨に濡れぬのよう木の下に置いていたヒルルカ入りのデイパックを掴む。鞄に入る大きさにまで収納出来るようにしたギギナの
技術は、一流の職人と同等だ。
 辺りを見渡し行く先を思案した時、鞄を置いた木よりおよそ二十メルトルほど離れた先に、誰かが倒れているのを見つけた。雨の
せいで薄まってはいるが、血の臭いが漂っているのにギギナは今気付いた。
 (……明らかに身体能力が弱まっているな……)
 本来、一流の前衛咒式士ともなれば不眠不休で一週間戦えるのが普通だ。そうでなくては話にならない、とさえ言われる。
 それがたった一日、ヒルルカの治療に莫大な集中力と体力を使ったのも事実だが、たった一日でへばるのは可笑しい。
(主催者への反抗を抑制するため、と考えるのが妥当だろうな)
 剥き出しの逞しい右腕に描かれた刻印を撫でる。これが弱体化に大きく関わっていると見て間違いない。咒式とは異なる未知の
法則で構築された刻印に関しては、ギギナは門外漢だ。恒常咒式の無効化と能力低下の関係を疑うことが出来ても、
具体的な解決策は浮かばない。
 雨に打たれ放題の死体、竜堂始の傍で膝を突き体を改める。硬直具合や死斑から死後十三時間前後と見て取るが、雨の影響も
考えられるため一概には断言できない。死因はどう見ても銃殺。身体のどこにも損傷はなかった。
 念の為、という題目で右腕の刻印を確かめる。
 ―――あった。
 (……死後も刻印が消えない理由。いや、そもそもの奴等の目的は……)
 思考しつつも手は休まない。関心は死体からデイパックに移行し、食料を求める手が、懐かしい感触に触れた。
 取り出してみれば、分離した金色の刃と柄。にやりとギギナは不敵に笑い、
「久しいな。戦友(とも)よ」
 重々しい金属の連結音が響き、刃と柄が合体。本来の姿―――屠竜刀ネレトーの姿を取り戻す。
「下らぬ思考遊戯は止めだ。私はただ闘争と剣戟の間に生を見いだせばよい……」
 食料以外をその場に捨て、デイパックを背負いギギナは歩き出す。びり、とパンの封を切り齧りつく。
 片手にネレトー、心にヒルルカ、口元にアンパン、背中にヒルルカを。嗚呼、嗚呼、嗚〜呼〜。



 道なりに沿って歩いた後、禁止エリアに入る前の当たりで進路を北へ。
 ギギナは闘争を求めるドラッケンの血が騒ぐのを感じつつ、獲物を求め彷徨い歩いていた。
 ネレトーを右手に持ち、魂砕きを腰に差している。デイパックは一つになっていた。食料が入っていた方は小さく纏められて、
ヒルルカと共にデイパックに入れられいた。
 暫く北に向って歩いていたギギナの足が、止まった。ネレトーの切っ先が上がり、察知した気配の方に向けられる。
「出て来い」
 短いが重い一言に恐れをなしたか、がさりと葉と枝の擦れ会う音と共に、人影が現れる。
 黒髪に吊りあがった黒瞳、全身黒尽くめの人相の悪い男。どう見ても小物面だ、とギギナは思う。
「おお、二回連続で黒尽くめに会うとはなんたる僥倖。やはり生き別れの兄弟による遺産相続が絡んだ揉め事か。
 おおーい、誰か弁護士を呼んでくれー、これ以上増える前に……ぎゃっ!」
 素早く伸びた黒尽くめの男オーフェンの手が、喧しい人精霊を地面に叩き付けた。
 ギギナのなんだそれは、と問う視線を感じオーフェンは無視して端的に告げた。
「端的に言おう、俺はこのゲームに乗る気はない。あんたとは戦う気もない。それを降ろしてくれ」
 オーフェンの提案を鼻で嗤って一蹴、ギギナが返す。
「どいつもこいつも腰抜けどもめ。この島には臆病者しかおらぬのか」
 露になった怒気を隠そうともせず、忌々しげにギギナが吐き捨てた。いい加減、鬱陶しくなってきたのだろう。
「貴様に闘う気がないのなら、私が起こしてやろう!」
 ヒルルカを優しく地面に降ろす。そしてギギナは疾風となった。

「―――ッ!!」
 ギギナの振り下ろすネレトーの刃が、オーフェンの黒髪を毟りとっていく。
(……殺らなきゃ殺られる!)
 間一髪で避けた刀刃は翻り右から迫る―――のはフェイントで下からの切り上げに瞬時に切り替わり、避け損ねた
衣服の端が斬られていく。バックステップから横っ飛びで追撃をかわし、剣の間合いから出ようとするも出口を塞がれる。
 縮めた状態の上を死神の刃が駆けていき、安心する間もなく次の斬撃が来る。避けていられるのが奇跡なら、何時までも続かない。
 そして奇跡は突然去り、バランスを崩して倒れるオーフェンが残される。脳天を目指す刃―――
「我は紡ぐ光輪の鎧っ!」
 瞬時に構成した光の網が屠竜刀の侵入を阻み、僅かな、武器を戻す間だけ隙を作る。
 それだけあれば十分だった。
 剣の間合いから飛び出したオーフェンは転がりながら、掌をギギナに向けて叫んだ。
「我は放つ光の白刃ッ!!」
 熱衝撃波と眩い光が、オーフェンとギギナの両名の視界を埋め尽くす。
 後に残るは静寂のみ。だが、立ち上がるオーフェンは油断しない。周囲の警戒を怠らず、ただ煙が晴れるのを待っていた。
 煙が晴れた先には何もない。しとめたか、と思い始めたオーフェン目掛けて、何かが飛来する!
 「ぐっ!?」
 咄嗟に庇った左手を、何かが抉りとっていった。先程までギギナが腰に差していた魂砕きだ。
 ―――後方に飛んだオーフェンの目の前で、ギギナが急角度で襲来。オーフェンの側転と同時に斬りかかってくる。
             ゲメイラ
 生体変化系咒式第二階位<空輪龜>。身体に噴射孔を作ってそこから圧縮空気を打ち出し、短時間の飛翔や体勢の維持を行う咒式。
 オーフェンは確かに、ギギナの足から噴射されているのを見た。そしてそれが何かは分からなくとも、それによって
魔術が回避されたことを悟った。
「くっ……!!」
 魔術を二回連続で使った所為ためか、酷い頭痛と吐き気がした。奥歯噛み締めて懸命に堪えつつ、回避を続ける。
「避けてばかりでつまらぬ。それとも……反撃できぬのか?」
 魔術など反撃の内にも入らぬ、と冷たく切り捨てギギナは猛攻を続ける。迅く、正確無比で、一度で浴びれば死ぬ太刀に、
オーフェンは少しずつ追い詰められていく。
「あー盛り上がってるとこ悪いが、おまえらと読者の皆さんオレのこと忘れてねっか?」
 やや拉げたスィリーが口を挟むが、ギギナは無視、オーフェンは構っている余裕がなかった。
 オーフェンはギギナの隙を窺うが、反撃の糸口を掴めずにいる。ギギナの屠竜刀も、思うように獲物に喰らいつけない。
 永遠に続くかと思われた剣舞が、突如止まる。防戦一方だったオーフェンが仕掛けた。
 相手の攻撃に合わせてのカウンター、寸打がギギナの割れた腹筋にぶち当たる。一刹那だけ、ギギナの動きが止まる。
 腹に当てた手に、さらなる力が篭る。
「我は放つ光の白刃!」
 熱衝撃波が、ギギナを吹き飛ばした―――

「ぐ……がはっ!」
 ギギナが吐血し、唇を血で彩る。内臓の幾つかを損傷したと見て、治癒咒式を発動させる。
「面白い。今までに会ったことがない類のものだ。咒式ではないな」
 にやりと笑いながら唇を拭い、再びオーフェンのもとに向おうとして、ギギナは気付いた。
 爆風の煽りを受けた鞄から、自分の娘が飛び出しているのを。
 巻いた包帯が外れて、ヒルルカがバラバラになっているのを。
「ヒ、ヒルルカーーーッ!!!」
 慌てて、ギギナはヒルルカの元に駆け寄った。
 オーフェンはギギナの反撃を警戒して、木陰に隠れていた。
 だが、幾ら待ってもギギナの追撃が無い。不審に思い、ギギナが吹っ飛ばされた方角へと慎重に近づくと
そこには―――
 懸命に椅子に包帯を巻いているギギナの姿があった。
「なにやってんだ、こいつ?」
 何時の間にか戻って来たスィリーが疑問の声を放ち、オーフェンが「俺が聞きてぇよ」と返した。
 ギギナはどうにかして取れた足を固定しようとするのだが、上手く行かずポロリと取れてしまう。その度に、
「諦めるなヒルルカ!まだ希望はある!」
 と、椅子を励ますのだ。見ていて不気味なことこの上ない。
「あれはおまえのせいじゃねっか?例えそうでなかったとしても、ここでどうにかしてしまったりすると
好感度が上がってお買い物フラグが立ったりするぞ」と、スィリー。
「立つか、んなもん」と言いつつ、オーフェンは声が届くところまで近寄り、魔術を構成した。
「我は癒す斜陽の傷痕!」
 ヒルルカが光に包まれ、ビデオテープの巻き戻しを行うように元に戻っていく。
「おお、ヒルルカ!よくぞ、よくぞ戻ってきてくれた!」
 感無量とばかりにヒルルカに抱きつくギギナを呆然と見下ろし、はっと気付いたようにオーフェンはその場を去ろうとする。
「待て」
 呼び止められてしまった。
 何時の間にかがしりと肩を掴まれ、嫌々振り返るとそこにはギギナの笑顔があった。
「よくぞヒルルカの怪我を治してくれた。我が友よ」
 ―――フラグが立ってしまった。
【E-5/森周辺/1日目・17:30頃】

【オーフェン】
[状態]:疲労。身体のあちこちに切り傷。
[装備]:牙の塔の紋章×2
[道具]:給品一式(ペットボトル残り1本、パンが更に減っている)、スィリー
[思考]:フラグ立っちゃった…。

【ギギナ】
[状態]:幸福
[装備]:屠竜刀ネレトー、魂砕き(地面に刺さったまま)
[道具]:デイバッグ一式(食料なし)、ヒルルカ
[思考]:1,ヒルルカを護る。2,強い者と闘う

*G4の竜堂始の荷物から支給品と食料とデイパックがなくなっています。
*竜堂始の遺体の傍に翼獅子四方脚座の墓とワニの杖があります。
55紅の風は何処へ吹く?  ◆CDh8kojB1Q :2005/10/18(火) 18:11:13 ID:Vje/y4dr
 無常なる雨が降りしきる中、コンクリートの路面の上に二人の男女が立っていた。
 二人の内で周囲を警戒しているのは、おかっぱに近い髪型の少女だ。
 彼女は雨や複雑な構造物によって閉ざされた視界の中、襲撃者を警戒している。
 と、その傍らに居る鉄パイプを持つ男が、鋭い目つきののまま少女に静止をかけた。
「……おい、あそこを見ろ」
 九連内朱巳が振り向くと、同行者であるヒースロゥ・クリストフがベンチを指差していた。
「何あれ? 血みたいだけど」
 そこはかつて、おさげの魔術士がベンチに横たえられた仲間の命を繋ぐ為、
 必死に魔術を紡いでいた場所だった。

 話は数十分ほど遡る。
 F-3の小屋が禁止エリアとなる前に、朱巳はヒースロゥを起こして再び移動することにした。
 最初は市街地に向かうつもりだったが、改めて地図を見ると一箇所、おもしろい物が
 目に入った。
 いま自分達が休憩している小屋以外に、人が寄り付かなそうな場所。神社だ。
 発動済の禁止エリアによって半ば隔離状態になっている上、袋小路で逃げ場がない。
 敵を警戒する者ならまず近づかない場所である同時に、すぐ上のエリアが侵入禁止になれば、
 全く身動きが取れなくなってしまう。
 その陣取るには不利過ぎる地形が、逆に朱巳の興味を引いた。
(この地図上の盲点に、あえて居座ってる奴等が居るなら……それは『動けない理由』もし
くは『他人と接触したくない理由』があるって事ね)
 そのような連中は、身ずから進んで戦闘行為を仕掛けてくる事も無いだろう、と判断した朱巳は、
 突然の針路変更に露骨な不満を示すヒースロゥに対して、
「前にも言ったけど、『禁止エリアの目的は、ある特定の地域への便利なルートを遮断したり、そ
こに長期間滞在している参加者を強制的に動かすためで、優先的に禁止エリアに指定された部分は、
移動に便利なルートか人が集まっていた場所ってことになる』って説明したじゃない」
 と、得意の口先で丸め込んだ後、二人して元来た道を引き返して来たのだった。
56紅の風は何処へ吹く?  ◆CDh8kojB1Q :2005/10/18(火) 18:12:26 ID:Vje/y4dr
 そして神社に行くついでにと、立ち寄った海洋遊園地でヒースロゥの知人を探し始めた時、
 大規模な戦闘跡を多々発見する事ができた。
 眼前の血染めのベンチもその一つだろう。
 傷ついた誰かが寝そべっていたと思われるそれは、降り続く雨の中でもひときわ目立っていた。
「何故他の参加者たちは、平気で傷つけ合う事ができるんだ……!
この状況を楽しんでいる連中がいるとでもいうのか? ――許せん!」
 かつて風の騎士≠ニ呼ばれた男から静かなる怒気が発せられた。
 しかし朱巳は動じない。
「まあ、あんたが熱く再戦を希望を抱いてるフォルテッシモなんて"楽しんでる"
最たる例なんじゃないの……?。他にも沢山居るんだろうけど」
「分かっている……! だからこそ俺はエンブリオとやらを手に入れて――」
 隣で叫び続けられるとさすがにうっとおしいので、
 とりあえず朱巳は怒り心頭のヒースロゥをなだめる事にした。
「はいはい、そんなにカッカしないでよ。ちゃんと十字架探しは手伝ってあげるから。
それより今は情報収集と人探しが第一なんじゃない? 他に何か変わったものは有った?」
 
 朱巳の問いが、ヒースロゥに以前出会った不気味な人物の台詞を思い出させた。
『顔すら知らぬ者の事情を勝手に決めつる、罪を断定する、己が断罪者になろうとする。
人である君が人を裁こうとする。これは傲慢だと思わないかい?』

(悪いが俺の心に迷いはない。世界の敵とやらになろうが、このゲームをぶち壊す)
 ヒースロゥは嫌な思いを断ち切るように首を振った後、
 ため息をつきながら朱巳に向き直った。
57紅の風は何処へ吹く?  ◆CDh8kojB1Q :2005/10/18(火) 18:13:32 ID:Vje/y4dr
「ああ、ここから50メートルほど南に倒壊した建築物があるな。――そこだ。見えるか?
瓦礫に何か埋まっている上に、周囲に鏡が散らばっていた」
「あれはミラーハウスじゃない? つまりここは数時間前まで戦場だった……」
「この戦闘跡からも、生存者もそれなりの負傷を負ったと推測できるな」
 腕を組み、血染めのベンチを見て呟いた朱巳の思考をヒースロゥが告げた。
「生存者は出来るだけ敵との接触を避けたいはずね。ならば人の集まりそうな市街地や、
見つかりやすい平原、後は……不意打ちされる可能性が高い森などを避けて休息するでしょうね」
 今度は逆にヒースロゥの思考を朱巳が告げた後、
「「故に比較的安全な神社に向かう」」
 最後に二人でそう結論付けた。
 朱巳は、暗く陰鬱な色彩がどこまでも続いている空に視線を向けて、
「そのまま神社で雨宿りしている可能性が高いわね」
「善は急げ、だな」


 その場より少し離れたアトラクションの一角。
 壁に寄りかかって半ば眠りこけている道服の少女の傍らで、
 床に寝そべって休んでいた一匹の犬がゆっくりと片目を開いた。
 F-2、F-1エリアを調査した後、雨宿りついでに休息を取り始めた李淑芳と陸である。
 隣のE-1エリアでは不審火や倒壊したアトラクションを発見したが、
 その周囲にはすでに人影は無く、遊園地(淑芳は大庭園と解釈した)は無人らしかった。
 用心ためにしばらく辺りを捜索した後、休息に手頃なアトラクションを見つけた陸が
「雨が降り出す前に休みませんか?」
 と提案したので、淑芳はそれを快く受け入れた。
 彼女の着ているゆったりとした道服は、水を吸うとかなりの重量になるからだ。
 ずぶ濡れ状態で雨の中を歩いたりしたら、とんでもなく疲れる上にきっと風邪をこじらすだろう。
58紅の風は何処へ吹く?  ◆CDh8kojB1Q :2005/10/18(火) 18:14:09 ID:Vje/y4dr
 休憩場所が決まると、淑芳は呪符を幾枚か作製してそれらを壁や扉に貼り付け、
 建物を封鎖した。これならばある程度の奇襲に耐える事ができる。
 その後、しばらく一人と一匹で神社の方向を見張っていたが、
 海岸や遊園地の入り口で特に変わった動向は見られ無かった。
 故に、神社に居るはずの他の参加者から襲撃される心配は無いだろう、
 と結論し、夜間活動のために体力の回復を図る事にして、一人と一匹は休息に入った。

 それから数十分程時間が経過し――、
 陸は今、不信な声を聞いたために、まどろむ意識を覚醒させて聞き耳を立てていた。
 淑芳は声に気付いていない。
 淑芳は雨が降り始めてから続く多大な暇と、延々と奏でられる雨音に退屈し、
 浅い眠りと今後についての思考を繰り返しているらしい。
 彼女の意識はかなり薄れている様だ。
(やっぱり誰かが付近に居るようですね……)
 ――声は男性の怒鳴り声に似てる。
 だいぶ雨音にかき消されていたが、陸にはそのように感じられた。
 それからしばらくの間、陸は様子をうかがっていたが、やがて雨が建造物を穿つ音しか
 聴こえなくなった。
 どうやら男は立ち去ったらしい。
 安全を確認した後で、陸は淑芳にこの事を知らせるべきか如何か迷った。
 自分が捜し求めるシズの声では無かったが、自分達に協力してくれるかもしれない。
 しかし、突如としてカイルロッドの死に様が脳裏に浮かび、
 見知らぬ人間に安易に声を掛けるのは危険だろうとも思った。
(さて、どうしましょうか?)
 しばらくの葛藤を経て、陸は淑芳を目覚めさせる案を却下した。
 今の自分達に必要なのは休息だ。戦闘になった場合は命に関わる。
 その後更に長い時間、陸は聞き耳を立てていたが、
 安全を確認すると再び意識を闇に沈めた。
59紅の風は何処へ吹く?  ◆CDh8kojB1Q :2005/10/18(火) 18:14:43 ID:Vje/y4dr
【E-1/海洋遊園地/一日目・17:20】
【嘘つき姫とその護衛】
【九連内朱巳】
[状態]:健康
[装備]:サバイバルナイフ
[道具]:デイパック(支給品一式・パン4食分・水1300ml)、パーティーゲーム一式、缶詰3つ、鋏、針、糸
[思考]:パーティーゲームのはったりネタを考える。神社へ向かう。
    エンブリオ、EDの捜索。ゲームからの脱出。
[備考]:パーティーゲーム一式→トランプ、10面ダイス×2、20面ダイス×2、ドンジャラ他


【ヒースロゥ・クリストフ】
[状態]:健康
[装備]:鉄パイプ
[道具]:デイパック(支給品一式・パン5食分・水1500ml)
[思考]:朱巳ついて行く。
    エンブリオ、EDの捜索。朱巳を守る。
    ffとの再戦を希望。マーダーを討つ
[備考]:朱巳の支給品を知らない


【F-1/海洋遊園地/一日目・17:20頃】
【李淑芳】
[状態]:睡眠中/服がカイルロッドの血で染まっている
[装備]:呪符×23
[道具]:支給品一式(パン8食分・水1600ml)/陸(睡眠中)
[思考]:麗芳たちを探す/ゲームからの脱出/カイルロッド様……LOVE
    /神社にいる集団が移動してこないか注意する
    目が覚めたら他の参加者を探す/情報を手に入れたい
    /夢の中で聞いた『君は仲間を失っていく』という言葉を気にしている
[備考]:第二回の放送を全て聞き逃しています。『神の叡智』を得ています。
    夢の中で黒幕と会話しましたが、契約者になってはいません。
60手札の確認  ◆CDh8kojB1Q :2005/10/18(火) 18:15:55 ID:Vje/y4dr
 島の南端、禁止エリアによって半ば隔離状態になっている神社。
 その社務所にて、お下げの科学者が刻印解除の構成式と悪戦苦闘していた。
「むう、何度解除構成式を起動させようとしても失敗するな。
やはり俺とヴァーミリオンの知識だけでは刻――おおっと。脳内の英知が溢れ出てるな」
 ぶつぶつ喋りながら刻印の盗聴機能を思い出しては慌てて自分の口を塞ぐ。
 辺りには式の記されたメモの切れ端が散らばり、刻印解除の構成式を少しでも完成させようとする、
 自称・天才科学者――コミクロンの努力が見て取れた。
「パズルを組み立てようにもピースが足りん。いつもの俺ならエレガントかつスマートに
解決できる問題のはずなんだが……そうか! 主催者は俺の輝く知性すら制限したに違いな――」
「んなわけねえだろ」
 コミクロンの背後のソファの上で、ヴァーミリオン・CD・ヘイズが上体を起こして目をこすっていた。

「お目覚めか、ヴァーミリオン」
「17:15か。I−ブレインは機能回復したみたいだ……って、結構寒いな」
 ソファから立ち上がったヘイズはジャケットを探して――向かいのソファで眠る火乃香を視界に捕らえた。
(元、重傷患者のお姫様から布団を奪う事は……できねえな)
 そのまま首をコキコキと鳴らしながら周囲を見回し、窓が無い事を思い出し、最後に雨音を知覚した。
「気温が下がってるのは雨の所為か」
 極寒の世界の住人であるヘイズにとって、シティ・ロンドン以来の降雨だ。
 ヘイズはしばしの間感慨深げに瞑目した後視線を下ろして、
 コミクロンの周囲に散らばるメモの切れ端に気づいた。
「頑張ってるじゃねえか天才科学者。成果は上がってるのか?」
 机の上のカロリーメイトが幾分少なくなった事を確認しながらヘイズは問いかけた。
 コミクロンは脳内と紙上とで、随分長い間刻印と戦闘行為を繰り広げていたらしい。
「ふっふっふっ。安心しろヴァーミリオン。この大天才に"無為"は存在しない」
 いつものごとく笑みを浮かべたコミクロンが、自分の額をびしりと指差した後、
『長期に渡る調査と思考の結果、この刻印は現時点では絶対に解除不可能ということが判明した』
 と、手元の紙に書き付け、目の前の赤髪の男へ手渡した。
61手札の確認  ◆CDh8kojB1Q :2005/10/18(火) 18:16:54 ID:Vje/y4dr
 ヘイズはしばらく沈黙した後、紙を破り捨てて厳かに宣告した。
「……よし。殴っていいな? むしろ殴らせろ」
 解除不可能? そんな事は午前中から分かってるだろうが!
 脳内でツッコミを入れながら、ヘイズは言葉どうりに拳を固める。
(I-ブレイン25%で起動)
 そのまま馬鹿を打ち倒すべく、I−ブレインを起動させて最適動作を導き出すと同時に、
「待て、ヴァーミリオン。早まるな。これは現状の再確認、言うなれば前座だ」
 動作開始ぎりぎりのタイミングで、焦燥あらわにした馬鹿が静止をかけた。
 ヘイズはコミクロンとはゲーム初期からの付き合いだが、今初めてコミクロンが言っていた
 知人――キリランシェロの悲哀に共感する事ができた。そんな気がした。
 
 とりあえず二人は机を挟んで対面し、改めてコミクロンのメモを眺めた。
 机上の紙には構成式の断片や、刻印構造の立体化に失敗した図形が乱雑に書き込まれている。
 その内の一枚、メモと化した紙の空白部分にヘイズは言葉を書き付ける。
『じゃあそろそろ本題に入ってくれ。ただ、短い有機コードをつないだまま机を見下ろすのも面倒だぞ。
かと言って、筆談すると紙がもったいねえな』
 盗聴機能を警戒してのメッセージだ。刻印については当然言及できない。
 ヘイズ問いに対してコミクロンはふっふっと笑い、
「良し、じゃあ前振り無しで言うぞ」
『無問題だ。便宜上、刻印の事を"火乃香の脳"とでも名づけて会話するか?』
 この提案に対してコミクロンは『諾』と紙に記すと、ヘイズに視線を合わせた。
 目がじゅう血してるぞ、とヘイズは言ってやりたかったが今は関係ないので保留する。
「これを見てくれ。"火乃香の脳"の構造を図式化して失敗した物なんだが……」
 コミクロンの指し示したメモには中央が空白化した図形が描かれている。
 自分達の知識ではそこまでしか刻印の図式化は不可能だったらしい。
62手札の確認  ◆CDh8kojB1Q :2005/10/18(火) 18:17:54 ID:Vje/y4dr
 ヘイズは複雑極まる刻印を図式化したコミクロンの努力に感嘆しつつ、
「真ん中が虫食い状態だな。つまり、俺達の世界の技術はこの"火乃香の脳"の根幹を
理解する事が出来無いってか?」
「その通りだ。天才を称する俺にとっては悔しい限りだが……」
「気にすんな。"火乃香の脳"の構造なんて本当は解析不可能じゃなきゃいけねえんだからな」
 大げさに肩をすくめてみせるヘイズ。
 動作につられてコミクロンも同時に苦笑し、
「ふっ、確かにな。"火乃香の脳"を解析可能な俺達みたいな存在の方が稀有ってトコか。
じゃあ次にこれを見てくれ…………」

 その後しばらく"火乃香の脳"に対しての討論と考察の結果、
 二人は"火乃香の脳"の解析には、魂自体に食い込んでいるらしいその機能を
 無力化できる人物や、生体医学に精通した人物が必要な事、その他の不確定な
 箇所の機能についてある程度の予測を立てる事に成功した。

「人体に精通した人物が発見できない場合は、俺が何とか考えてやる。
他の箇所の機能が明確になるにつれて、解読可能な箇所が増えるかも知れんからな」
「じゃあ演算と構成式の仮想の起動実験はこっちが引き受けるぜ」
 直後、気が緩んだコミクロンは吐息とともに背後の椅子に倒れこんだ。
 無理も無い。ヘイズ達が寝ている間中ずっと刻印の研究に打ち込んできたからだ。

 ギシギシと椅子の背もたれを鳴らしがら、自称・天才科学者は悲運を嘆いた。
「あー、全く何でこの天才がこんな目に……まあ、激怒したティッシに
追い掛け回されるより、当人比で1.8倍ほど楽なんだがな」
「腕を斬られてその感想かよ……そのティッシって奴の恐ろしさは良く分かった。
まあ、カロリーメイトでも食ってろよ。放送聞いたら移動するかもしれねえからな」
63手札の確認  ◆CDh8kojB1Q :2005/10/18(火) 18:18:44 ID:Vje/y4dr
 ヘイズが手渡したカロリーメイトを受け取りながら、コミクロンはなおも呟く。
「腕か……魔術に制限が無けりゃあ楽につなげたんだが」
 それを聞いたヘイズは、即座にギギナと名乗った男との闘争を思い出した。
 向けられた殺意。煌く刃。轟く咆哮。飛び散る血流。苦悶の声……。
 あの時自分は襲撃に焦り、無二の協力者たるコミクロンは重傷を負った。
 あと一歩、破砕の領域の展開が遅れたら二人してあの世行きだっただろう。
 だが、それでも、自分は謝罪しなければならない。
「……コミクロン」
「何だ? いきなり改まって」
「ギギナの斬撃、あれは俺のミスだ。あの時俺が焦っていなけりゃあ、
最初から破砕の領域でギギナの手を直接解体して、お前は五体満足でいられたんだ」
「…………ほれ」
 うつむいた視線の先にカロリーメイトが突き出されて、
「腑抜けた顔を見せるなよ。女にふられた直後のハーティアみたいだぞ。
もしくは、ティッシとアザリーの両方に詰め寄られたキリランシェロか……。
まあ、カロリーメイトでも食ってろよ。放送聞いたら移動するかもしれんからな」
 つい先ほどの自分の言葉が返ってきた。
「換骨奪胎しやがって……」
 そう呟くヘイズの顔は苦々しくも微笑んでいた。
(後悔しても始まらない……か)

 今更だが、ヘイズは己の非を悔いているのは自分だけでは無い事に気づいた。
 コミクロンや火乃香だって自身に架せられた制限によって
 苦境に立たされている事に違いは無い。
 現に、眼前のコミクロンはシャーネの死に対して今でも自分を責めているはずだ。
 きっと自分達以外の参加者も、能力制限に苦しんでいるはずだ。
 ヘイズは右手を眼前にかざし、あらん限りの力を持って拳を固めた。
 ――いつもと同じ握力だ。身体に制限は無い。
(I−ブレインの能力低化が何だってんだ? 元々俺は魔法なんか使えねえ。
生まれた時と同じ様に、世界は俺に何ら期待を抱いちゃいない。
期待外れの……欠陥品だ)
64手札の確認  ◆CDh8kojB1Q :2005/10/18(火) 18:19:18 ID:Vje/y4dr
 ヘイズは拳を開いて、ゆっくりと視線をコミクロンに向ける。
 正面に座る天才は、いまだにカロリーメイトを吟味していた。

 眼前でもそもそとカロリーメイトをかじるコミクロンに、
 ヘイズは何故か微笑さを感じた。
「"火乃香の脳"か。全く、めんどくせえ難物だよな」
 何となくもらした感想に、お下げの頭が反応する。
「同感だな。中枢に手が出せない限り進展は望めん。出口の無い迷路みたいだ」
 微妙な例え方だな、とヘイズは苦笑しながら近くのソファに腰を下ろした。
 自分が熟睡できただけあって、なかなか良い座りごこちだ。
「あとは地道に人探し……だな」
「ああ。だが、この大天才すら解析にてこずる"火乃香の脳"について、
機能を熟知している人物など存在するのか?」
(I-ブレインの起動率を35%に再設定)
「ざっと演算してみたが、5〜7人程度がいいとこだな」
「俺達が最初に出会えたのが不幸中の幸いか……"火乃香の脳"の構造解析なんかより、
人造人間を徹夜で組み立る方がまだマシってもんだぞ」

 二人は同時に吐息を吐いた。
 火乃香はいまだにソファの上で眠っているはずだ。
 もしも彼女に話を聞かれていたならば、二人とも無事では済まないだろう。
 片結びと青髪化の危機は現在進行形で存続している。
「残り80余人の内、"火乃香の脳"の構造解析が可能なのは5〜7人か。先は長いな……」
「しかも制限時間付きだ。この先もっと死ぬだろうからな」

 その時、ヘイズの脳内時計が17:30を告げた。
 休憩終了まで、あと三十分だ。
65手札の確認  ◆CDh8kojB1Q :2005/10/18(火) 18:20:02 ID:Vje/y4dr
【戦慄舞闘団】
【H-1/神社・社務所の応接室/17:30】
 
【ヴァーミリオン・CD・ヘイズ】
[状態]:やや貧血。寝起きでちと寒い。
[装備]:
[道具]:有機コード 、デイパック(支給品一式・パン6食分・水1100ml)
[思考]:放送後に移動。刻印解除のための情報or知識人探し。
[備考]:刻印の性能に気付いています。


【火乃香】
[状態]:浅く睡眠中。やや貧血。
[装備]:騎士剣・陰
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1400ml)
[思考]:"火乃香の脳"が何だって……?(微妙に話を聞いてたり、聞いてなかったり)


【コミクロン】
[状態]:右腕が動かない。能力制限の事でへこみ気味。
[装備]:未完成の刻印解除構成式(頭の中)、エドゲイン君、刻印解除構成式のメモ数枚
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1000ml)
[思考]:放送後に移動。刻印解除のための情報or知識人探し。
[備考]:かなりの血で染まった白衣を着直しました。へこんでいるが表に出さない。


[チーム備考]:火乃香がアンテナになって『物語』を発症しました。
       行動予定:放送まで休息・睡眠
        
※応接室のドアは開きません。破壊するのは可能。
カロリーメイトは凸凹魔術士が完食しました。
66傷物の風と舞闘団の邂逅  ◆CDh8kojB1Q :2005/10/19(水) 21:03:45 ID:QPnmELgG
「おい、ヴァーミリオン」 
 物思いにふけっていたコミクロンはある事に気付き、
 正面に座る赤髪に問いかけた。
「雨が止んでるんじゃないか?」
「……そうだな。特に意識してなかったが、雨音が聞こえねえ」
 しばしの沈黙の後、ヘイズは肯定を示した。

 雨が止んだのはヘイズにとってなかなかの朗報だ。
 目下の悩みは、指をはじいた音で空気分子を動かして起動する、
 彼の得意技たる破砕の領域は雨に弱い事だった。
 ランダムで落下する水滴が、論理回路形成に絶対必要な超精密演算を
 狂わすからだ。
 他人の音声などによる分子運動の誤差は、今の演算能力で十分埋められる。
 だが、多量の雨による阻害となると話は変わってくる。
 落下中の水滴一つ一つが空気に及ぼす影響を演算し、なおかつ地表に落下した
 水滴が発する音すら予測して指をはじかなければならない。

 I−ブレインの演算能力低化に苦しむ今の彼には酷な現実だった。
(破砕の領域一発のためにI−ブレインが機能停止したら、洒落になんねえ)
 知人の天樹錬は分子運動制御を使用できるので、雨の中でも問題ない。
 しかし、出来損ないのヘイズはその演算力の代償として一切の魔法を使用できない。
 故に、このまま雨が続いたならば苦戦は必至と覚悟を決めていたのだが――。
「こいつは……ついに運が巡ってきたか?」
「午前中もそう言って、現在はこーゆー状況なんだがな」
 と、お下げの科学者が眼前に数枚のメモを掲げて見せた。
(ぐ、現実的なツッコミだぜ)
 確かに森や海洋遊園地では散々な目に遭った。
 殺されかけたり、殺されかけたり、殺されかけたりした。
(命の危機が三連発かよ……もういい加減慣れてきたけどな!)
 しかも頼みの綱である刻印解除構成式は、知識不足でいまだに未完成だ。
 更には貴重な仲間を一人失い、自分達の状況は悪化する一方だった。
67傷物の風と舞闘団の邂逅  ◆CDh8kojB1Q :2005/10/19(水) 21:04:24 ID:QPnmELgG
「くそっ! "火乃香の脳"さえどうにかなりゃあ
こっちも自由に動けるってのに……!」
「憤るなよ、ヴァーミリオン。"火乃香の脳"の中枢構造が理解できん事には、
俺達は手も足も出せないんだからな」

 "火乃香の脳"とは刻印の事である。先ほどから二人は筆談や有機コードでの会話を
 放棄して、堂々と口頭会話で刻印解除について論議していた。
 会話をする上で、刻印の盗聴機能を意識する二人は"火乃香の脳"と呼んだのだった。
 これなら管理者に盗聴されても『馬鹿な仲間』について嘆きあう哀れな
 参加者としか理解されないだろう。

 その時、
 コミクロンは向かい合ったヘイズの背後で、何かが動く気配を感じた。
「ほ、火乃香……ようやくお目覚め――」
「静かに……誰かが近くに来てる」
 火乃香の目覚めに対して露骨にどもるコミクロンの台詞を断ち切り、
 彼女は閉ざされた扉の向こうに意識を集中させる。
 それにつられて、男二人も扉の方に視線を向けた。
 しばしの間、応接室に沈黙の帳が下りる。
 痺れを切らしたコミクロンが、火乃香に視線を戻そうとした時、
 ――ジャリ、
 何者かが砂利を踏んで歩を進める音が聞こえた。
 
 
「随分と霧が出てきたわね……」
 九連内朱巳は先行しているヒースロゥ・クリストフに声をかけた。
 だが、鉄パイプを片手に進むヒースロゥの足取りは衰える事無く、
 濃霧を物ともせずに突き進んでゆく。
 その心の内には、ゲームに乗った愚か者に対する怒りの炎が
 激しく燃え盛っているはずだ。
68傷物の風と舞闘団の邂逅  ◆CDh8kojB1Q :2005/10/19(水) 21:06:50 ID:QPnmELgG
 神社への道中、遊園地から続く浜辺にはくっきりと三人分の足跡が残っていた。
 更に、不安定な歩幅からして最低でも一人は負傷しているらしい事を
 朱巳は確信した。
(あの炎の魔女が死ぬくらいなら、どんな強者が居てもおかしくないわね)
 最悪の場合、三対二の乱戦にもつれ込むだろう。
 乱戦の中でヒースロゥから離れたら終わりだ。自分の本領は闘争ではない。
 万が一のために幾つか逃走経路を設定したが、禁止エリア沿いに逃げる
 ルート以外に確実な脱出法は見つからなかった。
(まあ、こんな所に逃げ込んでる奴等は喧嘩を売ってきたりしないはずよね)
 と、突然ヒースロゥがその歩みを止めた。
「何か見つけたの?」
 背後からの問いかけに対して、ヒースロゥは静かに朱巳と向き直り、
 二つの動作で答えを示した。

 一つは、人差し指を立てて己の口の前にかざした事。
 もう一つは、手に持った鉄パイプで砂利に残った足跡をなぞり、
 その切っ先を神社の社務所に向けた事だった。

 朱巳は悟った。
(負傷者は――この中に居る)


 応接室の中も緊張で張り詰めていた。
「足音から察するに……二人か?」
「当たり。そのままこっちに来るみたいだね。しかも両方とも素人じゃない」
「最悪だ。マーダー二人組みって事はねえだろうな?」
(I-ブレインの動作効率を50%で再定義)
 舌を鳴らしたヘイズは即座に最良の戦法を練り始める。まだ間に合う。
 演算を開始したヘイズの背後から、エドゲイン君を持ち出したコミクロン
 が後ろから囁いてくる。内容は予測済みだったが。
69傷物の風と舞闘団の邂逅  ◆CDh8kojB1Q :2005/10/19(水) 21:07:27 ID:QPnmELgG
「甘いぞ、ヴァーミリオン。善良な一般人が禁止エリアに囲まれた袋小路に
わざわざ出向く理由が無い」
「しかも怪我人じゃない。気の乱れが見られない」
 火乃香が続けた。もはや黙って隠れる義理は無い。
 殺られる前に、殺る。

(I-ブレインを戦闘起動。予測演算開始)
 同時にI-ブレインが最適な戦法を叩き出した。
「奴等が前に来たらコミクロンが扉を吹き飛ばせ。
破壊と同時に俺が左、火乃香が右を警戒しながら飛び出して先手を取る」
「一応、威嚇と警告はするんでしょ?」
「俺がやってやるよ」
「援護は出来んぞ。連続で魔術を使うとヘイズの頭に負荷が掛かる事は、
前々から承知だ」
 すまん、とコミクロンに告げる間もなく、相手は社務所に進入して来た。
 火乃香が予告した通りに、隙が無い歩法だ。
 直後に遠くで扉を開く音がした。
 と、言っても足音と同様にほとんど音を立てないままだが。
 あの時火乃香が目覚めないで、コミクロンと二人で話し込んでいたとしたら、
(確実に奇襲を喰らってたな)
 今一度、睡眠状態でも警戒を怠らなかった火乃香の鍛錬の度合いに
 驚嘆させられる。
 思考する間に、歩行音が近づいてきていた。
 進入者達は、社務所の入り口からどんどん扉を開きながら進んでいるようだ。
(さて、コミクロン。ここはタイミング命だぜ。お手並み拝見といこうじゃねえか)


 朱巳は入り口から四番目の扉を前の扉同様、ほとんど音を立てずに開け放った。
 瞬間、鉄パイプを持ったヒースロゥが間髪入れずに突入する。
 その背後に隠れつつ、握った砂利を投擲しようとして――人気の無さに気付いた。
 ここも無人だった。残った扉はあと一枚のみ。
70傷物の風と舞闘団の邂逅  ◆CDh8kojB1Q :2005/10/19(水) 21:08:25 ID:QPnmELgG
 数秒後に、安全を確認したヒースロゥが無言で部屋から出て来た。
 室内で警戒すべきは挟み撃ちだ、と社務所捜索前に提案してきたのは彼だ。
 見た限り露骨に怪しいのは扉が膨張している応接室だが、
 自分達が真っ先にその部屋へ突入した場合、あらかじめ他の部屋に潜んでいた第三者に
 背後を取られて、応接室の内と外からの挟撃を受ける事になる。
 相手は三人。二手に分かれて行動する余裕が有るはずだ。
 故に、朱巳とヒースロゥは時間と手間を掛けてでも
 入り口から順番に扉を開きつつ進入して行く必要が有ったのだ。
 
 しかし、その用心は杞憂に終わったらしい。
 応接室以外の部屋は全くの無人で、挟撃を仕掛けられる可能性は皆無のようだ。
 そのまま一度視線を合わせ、申し併せどうりに最後の扉の前に立つ。
 室内の相手がこちらに気付いた様子は無い。寝込んでいるのだろうか?
 どのみち、作戦は簡単だった。
(あたしが扉を開いて、ヒースロゥが殴りこむ)
 朱巳が手に持った砂利は威嚇・目潰し用であり、あくまで前衛のヒースロゥが
 敵を打ち倒すための補助に過ぎない。
(要は先手を打てればいいのよ。とことん闘う義理なんてないじゃない)
 朱巳はそう考えていた。最も、ヒースロゥは殺人者に手加減する気は無いだろうが。
 そのヒースロゥが自分の横に移動し、僅かに頷いた。突入だ。

 朱巳が眼前の扉を蹴破ろうとした瞬間、
「――罠だ!」
「コンビネーション4−4−1!」
 ヒースロゥに突き飛ばされた数瞬後、先ほどまで眼前に存在した扉が粉砕した。
(粉々に? この攻撃は……! フォルテッシモ?)
 錯乱した思考は、しかしすぐに立て直される。
(違う。あいつは隠れたりしないし、攻撃前に叫ばない)
 じゃあ何者か? と問う直前に、扉の中から二人の男女が踊り出た。
71傷物の風と舞闘団の邂逅  ◆CDh8kojB1Q :2005/10/19(水) 21:10:41 ID:QPnmELgG
 そのまま二人は、まるで定められた進路が有るかのように左右に分かれ、
 朱巳の眼前には赤髪の男が迫ってくる。
 そのニヤついた顔を見るなり、朱巳は砂利を投擲していた。
(嵌められた――)

 
 ヘイズが左に方向転換した瞬間。
 目の前の少女が床の上で体勢を立て直していた。
 見た限りは非武装だったが、
「ふざけるんじゃないわよ!」
 手首を返して砂利を投擲された。対応が自分の予測より0.3秒程速い。
(I-ブレインの動作効率を80%で再定義)
 しかしヘイズは迫り来る小石の軌道を一ミリの誤差無く予測。
(予測演算成功。『破砕の領域』展開準備完了)
 自分の顔面に命中すると思われる石は、
 指を鳴らして発動させた解体攻撃で残らず破壊。
 威嚇と警告は自分の役目だ。
 そのまま加速し、立ち上がった少女の眼前に指を突き出し、問いかけた。
「まだやるか?」
 
 ヘイズの背後ではしばらく金属音が打ち鳴らされていたが、数秒後に沈黙した。
 エドゲイン君を抱えたコミクロンが火乃香の援護に回ったために、
 少女の連れの男も形勢不利を悟ったようだ。
 横目でちらりと後ろを除くと、鉄パイプを正眼に構えた男が、火乃香に対して
 じりじりと後退していくのが見えた。
 火乃香と数回打ち合っても無傷なところを見ると、どうやら相当の達人らしい。
 確認を終えたヘイズは、再び少女に向き直った。
「で、どーするよ? 個人的には投降してくれるとありがてえんだけどな」
72傷物の風と舞闘団の邂逅  ◆CDh8kojB1Q :2005/10/19(水) 21:11:24 ID:QPnmELgG
「で、どーするよ? 個人的には投降してくれるとありがてえんだけどな」
 突き出した指の先、少女はやけにふてぶてしく答えた。
 自分に銃を突きつけられた天樹錬と、何処か似ている。そんな気がした。
「分かりきった事言わないで。投降するも何も元から選択肢なんて無いじゃない」
「理解が早くてうれしい限りだ。じゃあ……そっちの鉄パイプ持ったお前!
三対一になったがみてえだが投降してくれるか?」
 男はしばらく黙していたが、火乃香が間合いを一歩詰めると観念したように口を開いた。
 相変わらず隙の無い構えのままだったが、交渉には付き合う気があるらしい。
「一つだけ、聞かせろ。貴様らはゲームに乗っているのか?」
「いや、むしろ逆だ。俺達はマーダー共に襲われっぱなしで、いい加減辟易してる」
 ヘイズからの返答が放たれた瞬間、コミクロンが木枠を手放した。
 そのまま左手を頭の上に掲げて、無防備だぞ、とばかりに男の眼前で一回転する。
 コミクロンの前に居た火乃香も同じように騎士剣を床に置く。さすがに回転しなかったが。
 仲間に習ってヘイズも両手を頭の上で組み合わせた。
「信じて……くれるか?」
 男は少女を見て、ヘイズ達を見て、床の武器を確認したあと、吐息を吐いた。
 直後に自分の鉄パイプを投げ捨てながら、
「信じよう。俺はヒースロゥ・クリストフだ」
 後には、鉄パイプが廊下を転がる音のみが残った。


【戦慄舞闘団】
【H-1/神社・社務所の応接室前/17:35】
 
【ヴァーミリオン・CD・ヘイズ】
[状態]:やや貧血。
[装備]:
[道具]:有機コード 、デイパック(支給品一式・パン6食分・水1100ml)
[思考]:放送後に移動。刻印解除のための情報or知識人探し。
[備考]:刻印の性能に気付いています。
73傷物の風と舞闘団の邂逅  ◆CDh8kojB1Q :2005/10/19(水) 21:12:17 ID:QPnmELgG
【火乃香】
[状態]:やや貧血。
[装備]:
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1400ml)
[思考]:"火乃香の脳"が何だって……?(魔術士の話を聞いてたり、聞いてなかったり)


【コミクロン】
[状態]:右腕が動かない。能力制限の事でへこみ気味。
[装備]:未完成の刻印解除構成式(頭の中)、刻印解除構成式のメモ数枚
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1000ml)
[思考]:放送後に移動。刻印解除のための情報or知識人探し。
[備考]:かなりの血で染まった白衣を着直しました。へこんでいるが表に出さない。

[チーム備考]:火乃香がアンテナになって『物語』を発症しました。
       行動予定:嘘つき姫とその護衛との交渉。
       騎士剣・陰とエドゲイン君が足元に転がっています。



【H-1/神社・社務所の応接室前/17:35】
【嘘つき姫とその護衛】

【九連内朱巳】
[状態]:健康
[装備]:サバイバルナイフ
[道具]:デイパック(支給品一式・パン4食分・水1300ml)、パーティーゲーム一式、缶詰3つ、鋏、針、糸
[思考]:パーティーゲームのはったりネタを考える。いざという時のためにナイフを隠す。
    エンブリオ、EDの捜索。ゲームからの脱出。戦慄舞闘団との交渉。
[備考]:パーティーゲーム一式→トランプ、10面ダイス×2、20面ダイス×2、ドンジャラ他
74傷物の風と舞闘団の邂逅  ◆CDh8kojB1Q :2005/10/19(水) 21:13:21 ID:QPnmELgG
【ヒースロゥ・クリストフ】
[状態]:健康
[装備]:
[道具]:デイパック(支給品一式・パン5食分・水1500ml)
[思考]:朱巳ついて行く。相手を警戒しながら戦慄舞闘団との交渉。
    エンブリオ、EDの捜索。朱巳を守る。
    ffとの再戦を希望。マーダーを討つ
[備考]:朱巳の支給品について知らない。鉄パイプが近くに転がっています。
75そして、不運はあまりに永く(1/5)  ◆l8jfhXC/BA :2005/10/20(木) 17:39:49 ID:yN/k/sU7
  
  賛美する者は、それを知らない。
  軽蔑する者は、それを受け取れない。
  語る者は、そもそも資格がない。
  それは誰にも掴めない。

    ボラフェス・リド「狭間について、我らの認識」同盟歴三六年
  
76そして、不運はあまりに永く(2/5)  ◆l8jfhXC/BA :2005/10/20(木) 17:41:50 ID:yN/k/sU7
「これはタンスと壁の隙間の埃のことだと思うのだがどうだろう」
「知るか。そもそも何の話だ」
「俺の頭に突如響き渡ったお告げについてだが、知らなかったのか?」
「帰れ」
 黒いのが放った裏拳をマントを翻して避ける。うむ、我ながら華麗な回避。俗に言うまぐれだが。
 だが勝利の舞(360度回転)を眼前でする俺を無視し、黒いのは掴まれていた肩を振り払って背後へと向き直った。
 その視線の先には、先程まで遺産相続バトルを繰り広げていた銀髪黒服の男(仮に黒いのハーフとする)の姿。
 そいつは救いの神を見つけたような笑顔を黒いのに向けていた。やはり俺の危惧通りだったか。
「フラグが立ったか。これで争いが更に泥沼になるだろう。
まぁ人生なんて常に泥沼の中に落としたハサミを捜すようなもんだが」
「頼むからお前は黙っててくれ。
……で、あんた今、なにやらとても不穏で俺に縁がない単語を言ったような気がしたんだが、気のせいか?」
「我が愛しき娘を治療してくれた親愛なる友に感謝の意を表明しただけだが、何か問題が?」
「…………いや、何でもない」
 大きく溜め息をつく黒いの。なにやら人生に疲れたような顔をしている。
 人生に必要なのは諦念と枕を正しく膨らませることだと知らないのだろうか。
「へこたれる黒いのにはまず正しい水たまりの飛び越し方から伝授した方がいいのだろうかと悩む俺。
うむ、こうやって行動を口に出せば無視されることもないだろう。我ながらいい案だ」
「……先程から気になっていたのだが、このガユスを煮詰めて発酵させたような羽虫はなんだ?」
「ただの幻覚で幻聴だ。そういうことにしておいてくれ。
……感謝の気持ちだけは受け取っておく。だが俺は娘だかなんだか知らんが椅子を直しただけだ。このまま行かせてくれ。
頼むから、これ以上俺をトトカンタ時代に引き戻さないでくれ……」
77そして、不運はあまりに永く(3/5)  ◆l8jfhXC/BA :2005/10/20(木) 17:43:57 ID:yN/k/sU7
 羽虫と言われあげく幻扱い。いくらなんでもこれは裁判に訴えていいと思うのだが。
 精霊権侵害相談所を捜す旅路について真剣に考える俺を相変わらず無視して、黒いのと黒いのハーフの会話は続く。
「後半が理解不能だが少なくとも前半は断る。
私の命よりも大切な愛娘を治してくれた偉人に対して、恩を返さないでおくことはできない」
「そこは恩を受ける側の意志を尊重しろよ」
「おまえよりも私よりもヒルルカの意志を優先する。
何より彼女を救ったという素晴らしい行為に対して、何らかの代償を支払わなければ私は納得することができない。
現状で私の助けが必要でなければ、このまま同行して機会を待とう」
「ぐ……」
 一度立ってしまったフラグを回避するのは、ハンター共が仕掛けた残虐拘留装置を回避するのと同じくらい難しい。
 俺の言葉に素直に耳を傾けておけばよかったものを。やはり牢屋番にはこの辺りが限界なのか。
「ここはその黒いのハーフに優秀な弁護士を捜してきてもらうのが一番いいと提案する。
俺の意見を無視して黒いの一人で考え込むのは、綿の寝間着と同じほど愚かだと思う」
「ここに弁護士なんているのかよ。……あ、いや、それだ!」
 一縷の望みを見つけたのか、黒いのの表情が一転して明るくなる。どうやら弁護士に心当たりがあったらしい。
「おいあんた、ええと──」
「ギギナ・ジャーディ・ドルク・メレイオス・アシュレイ・ブフだ」
「コルゴン並に長いな。……ギギナ、恩を返したいなら俺の知り合いを捜して保護してくれないか?
俺と違って戦闘能力がないから、あんたが手を貸してくれるとありがたい」
「……一つ問うが、その人物は実在するのか?
私を遠ざけるためだけの虚言だった場合は、いかにヒルルカの恩人といえど許しはしないが」
「恩人の言い分くらい信じろって。
名前はクリーオウ・エバーラスティン。長い金髪の小柄な少女だ。名簿にもちゃんと名前が載っている。
俺の名前──ああ、そういや名乗ってなかったな、オーフェンだ──を出せば、信用してちゃんと同行してくれる」
 黒いのが名簿を取り出し、黒いのハーフに名前があることを確認させる。
 そういやなんでこれに俺の名前は載っていないんだ? 小娘は載っているのに俺が省かれているのは差別だと思う。
78そして、不運はあまりに永く(4/5)  ◆l8jfhXC/BA :2005/10/20(木) 17:46:32 ID:yN/k/sU7
「……確かに名前が掲載されているな。情報もはっきりしている。
ならばその依頼、受けるとしよう。娘一人を守ることなど造作もない。
だが、いつまでも私と同行していても意味があるまい。受け渡し場所と時間を決めておくべきだ」
「なら……ここから少し東に行ったところに小屋があるんだが、そこに0時に集合でどうだ?
もし禁止エリアになったら──そうだな、ここから北のC−5にある石段の前にしよう。そこもだめならその石段の終点のB−5だ。
クリーオウを見つけられなかった場合でも一度集合だ。それでいいか?」
 いつの間にか話がまとまってしまった。
 牢屋番が交渉上手とは思わぬ発見。いや、もしや黒いの自身が隠れ弁護士だったのか?
 少し黒いのに対する評価を改めてもいいかもしれない。7%くらい。
「了解した。……では我が友よ、再会と再戦の時を楽しみに待っている。──剣と月の祝福を」
「再戦はできれば遠慮したいが、クリーオウのことは頼んだ」
 そう言って黒いのハーフは地面に刺さったままだった黒い剣を抜き、腰に差した。
 そして愛娘とやらをデイパックに入れて背負った後、背を向けて歩き出した。
 椅子が娘ということはあの黒いのハーフは実は椅子なのだろうか? 椅子精霊? それなら納得だが。
「……なんとか、切り抜けられたか」
 その姿が霧の中に完全に消えた後、黒いのが小さく安堵の息をついた。
「だが安心するのはまだ早いぞ。
その金髪小娘が実は黒いのハーフの宿敵と一緒にいて、血を血で洗う昼下がり的展開になる可能性も否定できん」
「まさかそこまで悪くはならんだろ。考えすぎだ」
「まぁ、どんなひどい人生にも乾燥した鳥の餌よりはまともなものはあるからな。
さながらたった今お買い物フラグをお使いフラグにうまく置換できた黒いののように、必ずどこかに抜け道ってのはあるもんだ。
お、しかも今回のは知人との再会フラグのおまけつきだったな。うひょーって言ってもいいぞ」
「何でだ」
 俺の提案を拒否し、黒いのも霧の中へと歩き出す。やはり小娘時代よりも数段扱いがひどくなっている。
 そのことには大いに不満があるが、他に特にすることもないので俺もその後に続いていく。
 まあ、人生なんてこんなもんだ。
79そして、不運はあまりに永く(5/5)  ◆l8jfhXC/BA :2005/10/20(木) 17:47:05 ID:yN/k/sU7
【E-5/森周辺/1日目・17:40】
【オーフェン】
[状態]:疲労。身体のあちこちに切り傷。
[装備]:牙の塔の紋章×2、スィリー
[道具]:デイパック(支給品一式・パン4食分・水1000ml)
[思考]:クリーオウの捜索。ゲームからの脱出。
    0時にE-5小屋に移動。
    (禁止エリアになっていた場合はC-5石段前、それもだめならB-5石段終点)

【ギギナ】
[状態]:上機嫌
[装備]:屠竜刀ネレトー、魂砕き
[道具]:デイパック1(支給品一式・パン4食分・水1000ml)
    デイパック2(ヒルルカ、咒弾(生体強化系5発分、生体変化系5発分))
[思考]:クリーオウを見つけ次第保護。ヒルルカを守る。強者を捜し戦う。
    0時にE-5小屋に移動。
    (禁止エリアになっていた場合はC-5石段前、それもだめならB-5石段終点)
80犬は静かに悪と語る(1/4) ◆Sf10UnKI5A :2005/10/22(土) 15:19:27 ID:cCc1X2ur
 港の一角にある診療所。
 その内部、一階で、黒衣の青年が尊大な少年と不安げな少女を見据えている。
「……で、お前は結局の所何が言いたいんだ?」
 先に口を開いたのは黒衣の青年――ダウゲ・ベルガー。
「先ほどの零崎君も言っていたではないか。仲間になってもらいたいのだよ。
脱出&黒幕打倒同盟の一員としてね」
 答えるのは、恐らくこの島で最も尊大な存在――佐山御言。
「その言葉は――」
 ベルガーは、死体――坂井悠二の横に落ちていた狙撃銃PSG−1を素早く取り上げ、
銃口を佐山へと向けた。
「こういう行動に出る相手に向かっても吐けるのか?」
 しかし佐山は彼の言葉に態度を変えず、ただ微笑み続ける。
「私は相手が何者であれ、このゲームを打破するために協力を求める。
実際、零崎君とは少しばかり命の取り合いをした仲でね。
彼は私に負けたことで、気が向く間は協力すると約束してくれた。
君も同じ様な過程をお望みかね? ……ふむ、そう言えば名を聞いていなかったな」
「自分が世界で一番だと思ってるようなガキに教える名は持っていない。
それに、俺は零崎とやらとは違いこうすることも出来る」
 つい、とベルガーは銃口をわずかにずらした。
 それが狙っているのは、佐山の斜め後ろにいる少女――宮下藤花。
 藤花は驚きと恐怖が混じった色を顔に浮かべるが、佐山は依然平然としている。
「ふむ……。残念だ、まことに残念だよ黒衣の君。
その銃はちょっとした戯れにそこに置いておいた物でね。弾丸は全て抜き取ってある」
 その言葉を聞いて表情が変わったのは、藤花一人だけだった。
「ちょっとしたテストだよ。私に敵として向かい合う者が、どのような行動を取るのかを見るためのね。
無論誰も来なければ回収するつもりだったのだが、この島では些細な戯れすらすぐに意味あるものとなる。
――“必然”の存在を疑いたくはならないかね?」
81犬は静かに悪と語る(2/5) ◆Sf10UnKI5A :2005/10/22(土) 15:20:38 ID:cCc1X2ur
 数秒の沈黙の後、ベルガーはPSG−1を降ろした。
「なるほど、お前の言いたいことが少しは理解出来た。
だが今は協調する気は無い。少なくとも、あの零崎人識をどうにかするまではな」
「ふむ、同行者のために仇討ちの手伝いかね。私としては賛成しかねる思考だが」
「ならば尋ねよう佐山御言。君は、この島に一人連れて来られたのか?」
 ほんのわずかな間が生じた。
「……質問をされても、今はまだ答えることが出来ない。
いくら未来の仲間候補とはいえ、確定するまでこちらの事情を話す義理は無いのでね」
「そうか。俺は今更探られても痛くないから言ってやろう。
友人が一人こっちに連れて来られていたが、あっさり殺された」
 ベルガーは一度言葉を切り、前方の二人の顔を窺う。
「わりと早い時間に再会出来たんだが、その時には既に事切れていた。
刃物で首を裂かれていたよ。辺りには血が飛び散っていた」
「いたいけな女子高生を無意味に怯えさせるのは、男子の行動としてどうかと思うがね」
「寝惚けた言葉を吐くなよ佐山御言。
この坂井悠二の死体は、あいつの数倍は不幸な目に合わされている。
最も、死んでしまえばどんな目に合っていようと同じことだがな」
 悠二の死体の傍らに立ったベルガーは、刀と銃を横に置きマントを脱いだ。
「君の知り合いの名が名簿にあるなら、早くそいつらを探してやるといい。
もし君が一人でこの島に連れて来られ、それでいて自ら定めた役目を果たそうと言うなら、それはそれで立派なことだ。
だが、今の俺には君の立場など関係無い。年長者として忠告と警告を与えるだけだ」
 ベルガーは佐山達の方には目を向けず、分割された悠二の亡骸をマントに包んでいる。
82犬は静かに悪と語る(3/5) ◆Sf10UnKI5A :2005/10/22(土) 15:22:54 ID:cCc1X2ur
「まずは忠告だ。
俺はこの島で知り合った人間で、俺以上に君の言葉が、君の論が通じない奴を二人は挙げられる。
そいつらは零崎のような人間ではない。お前と同じ様に自分の信念を持っている人間だ。
そういう人間がまだ山ほどいる可能性だってある。
どうやってこの島の人間全員を仲間にするのか、よく考えておけ」
 ベルガーの言葉に対し、二人は口を挟まない。
 ベルガーは死体が包まれたマントを抱え、刀を鞘に納めた。
「そして警告だ。
自らの力量をどう捉えるのかは、各々自らが勝手に考えればいい。
だが、他を顧みずに力を振るえばいずれ何かを傷つけることになる。
この狭い島の中だろうと、そのことに例外は無い。
二度は言わない、忘れるな」


 ――“いずれ何かを傷つける”?

 ――そんなこと、言われずとも理解している。

 ――この島に来てから脇目も振らず新庄君を探せば良かったのか?

 ――それこそ今更だろう? 佐山御言。

 ――既に、私は……

「失ってしまったのだから……」
83犬は静かに悪と語る(4/5) ◆Sf10UnKI5A :2005/10/22(土) 15:23:36 ID:cCc1X2ur
 佐山の静かな呟きは、他人の耳には入らなかった。
 わずかに伏せていた目を戻すと、ベルガーは包みを抱え、片手にPSG−1を持って出て行こうとしていた。
「あの、行かせていいんですか?」
 と尋ねる宮下藤花に、佐山は、
「彼は零崎君とは違う。力でねじ伏せたところで従う人間ではなかろう。
少なくとも、彼に同行していた少女をどうにかしないことにはね。
銃のことなら、私達には必要以上の武力は必要無い。それだけのことだ」
 そこまで言った所で、どこからかバイクの排気音が響いてきた。
 ベルガーは一瞬だけ顔をしかめ、足早に診療所から出て行く。
「……どうやら零崎君は上手く逃げたようだね。
あの少女が彼を待たずに逃げ出す道理は無い」
「そうですよね。……え、でもそれじゃあ、私達は……?」
 戸惑いつつ佐山を見る藤花。
 佐山は少し考え、窓の外を見つつ、
「……彼らを尾行しよう。幸い雨は止み、日は落ちかけ霧まで出てきている。
見失う可能性もあるが、それ以上に向こうがこちらに気づきにくい。
とはいえ、あの黒衣の彼が警戒しないはずは無いがね。
しかし先ほどの口ぶりでは、どこかにいる別の仲間に合流しようとするかもしれない。
尾行するメリットは充分にあるよ」
 そう言うと佐山はペンを取り出し、零崎に宛てるメモを書き始めた。
84犬は静かに悪と語る(5/5) ◆Sf10UnKI5A :2005/10/22(土) 15:24:34 ID:cCc1X2ur
【C-7/診療所/1日目・17:45頃】
【ダウゲ・ベルガー】
[状態]:平常。少し焦っている。
[装備]:鈍ら刀、携帯電話、黒い卵(天人の緊急避難装置)
[道具]:デイパック(支給品一式(パン6食分・水2000ml))
    PSG−1(残弾ゼロ)、マントに包んだ坂井悠二の死体
[思考]:シャナを探して合流、その後マンションへ戻る。
    まさかエルメスを盗られたのか……?
 ・天人の緊急避難装置:所持者の身に危険が及ぶと、最も近い親類の所へと転移させる。
 ※携帯電話はリナから預かりました


『不気味な悪役』
【佐山御言】
[状態]:左手ナイフ貫通(神経は傷ついてない。処置済み)。服がぼろぼろ。
[装備]:G-Sp2、閃光手榴弾一個
[道具]:デイパック(支給品一式・パン5食分・水2000ml) 、
    PSG−1の弾丸(数量不明)、地下水脈の地図
[思考]:参加者すべてを団結し、この場から脱出する。
    ベルガーを尾行。
[備考]:親族の話に加え、新庄の話でも狭心症が起こる

【宮下藤花】
[状態]:足に切り傷(処置済み)
[装備]:なし
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水2000ml) ブギーポップの衣装
[思考]:不明。(佐山についていく)

 ※診療所の一階に、零崎に宛てたメモがあります。
――そこは夕焼けの学校。
「ねえ、キョン」
「なんだよ」
SOS団の部室で、涼宮ハルヒがキョンに唐突な言葉を放つ。
「退屈よ! 最近、何か変な事って無いの?」
「……そんなもん、ほいほい転がってるわけないだろ」
うんざりした様子でキョンが答える。
「みくるちゃんも何も知らないわよね?」
「は、はい。何も知りません」
矛先が向いた事に少しびくつきながら、朝比奈みくるが答える。
「古泉、有希。あんた達もなんか見つけてないの?」
「知らないな」
「同じく」
「そう、なら仕方ないわね」
――『古泉』と『長門』が答え、ハルヒは何事もなく矛先を下ろした。
キョンは何か違和感を感じ、二人を見やった。
「……何か?」
『長門』がキョンを見つめ返し、尋ねる。
「……いや、なんでもない」
何か気に掛かる様子で、しかしキョンも引き下がる。
――誰も気づかない。そういう風に決められた世界だから。
「はい、お茶をどうぞ」
「みくるちゃん気が利くじゃない。えらいえらい」
「朝比奈さんいつもありがとうございます」
「ああ、ありがたい」
「頂こう」
三者三様の返事が返り、またもキョンと、今度は朝比奈みくるも怪訝な顔をした。
「どうしたのよ?」
「…………何でもない」「……なんでもありません」
「…………?」
問い掛けたハルヒも問い掛けられた二人も首を傾げた。
――そしてすぐにそれを忘れた。

「あー、それにしても退屈ね。なんでこんなに退屈なのかしら」
涼宮ハルヒがカレンダーを見やる。
――行事の少ない6月の初めという月日が書かれていた。
期末テストは有っても、わざわざ詰め込む必要がない、あるいはする気が無い者に無関係な時期。
「……やっぱりここは、あたしが直々にイベントを起こすしかないようね!」
――時計の短針が5時を指す。
「明日にしろ。今日はもう下校時刻だ」
「……それもそーね。プランを考える時間も必要だわ。
 それじゃ、明日は召集掛けるからよろしく!
 今日は解散!」
SOS団は帰宅を始める。
――そこに時間の意味は無い。明日も来ない。

「では、また」
帰宅途中の分かれ道で『長門』はSOS団の皆と別れて、自宅へと歩く。
歩き、歩き、自分の住むマンションに辿り着き、エレベーターで階を上がると、
通路を歩き、自分の住む部屋の前に立ち、鍵を開け、扉を開けて――

「それにしても奇妙な世界だった。興味深い」
舞台裏で、サラ・バーリンは長門有希の配役を脱ぎ捨てた。
サラ・バーリンは闇色の荒野に立っている。
振り返ると、そこには明らかに周囲の光景とは隔絶した、箱庭世界へ繋がる扉が在った。
扉を閉めると扉は消えて、そこに在った世界は見えなくなった。

「しかし、これはどういうわけだろう」
彼女は学校で眠りに就く――というより瞑想に入り、ある物を捜した。
それは死の世界。
彼女が一度生身で見たあの世界は、この世界からも行けるのかどうか。
魂の抜けていた、刻印の実験体にした肉体の本来の持ち主が、ちゃんとどこかに居るのかどうか。
それを知りたくて試してみると、着いた所は奇妙な世界だった。
彼女の見た死の世界とは明らかに違う、見た事も無い世界。
最初は完全に居眠りモードに入ってしまい夢でも見ているのかと思ったが、すぐに思い直した。
そこに居た者達が、放送で名を呼ばれた死人だったからだ。
涼宮ハルヒ。朝比奈みくる。キョン。
どうやらこの三人は間違いなく本人であり、死人であるらしかった。
そして古泉ではない見知らぬ少年が古泉と呼ばれ、サラは長門有希の名で呼ばれた。
長門有希という少女とサラの類似はどうだか知らないが、
城で出会った古泉と『古泉』が似ても似つかない所からして、
どうやら先に配役が有り、そこに通りすがったサラが押し込まれたのだろう。
「あの世が劇団だという話は聞いた事が無いのだが」
首を傾げ、続けて次の疑問を考える。
「……それ以前に、ここは一体全体どこだろう」
そこは闇の荒野。
石にも、金属にも、無意味にも、重要にも。如何様にも見えるモノリスが遠方に乱立していた。
ただ、荒野……荒れ果てた印象だけが強く焼き付く。
空は暗黒の黒一色。
にも関わらず視界が妨げられる事は無く、遥か遠方の無数のモノリスが、地平線が見えていた。
さっきの箱庭の霊界よりも、こちらの方がより、彼女が以前に見た死の世界に近い。
だがここは、同じ負の方向性を持っていても……
「死の世界ではないな。闇の世界だろうか」
「ご名答。ようこそ、我が“無名の庵”へ」
背後で闇が囁いた。
「…………とんでもない怪物が出てきたものだ」
サラはゆっくりとそちらを振り向いた。
急ぐ必要は無い。
何故なら『彼』を認識した時点で、『彼』が如何なる存在かを理解するには足るのだから。
全ての人間の潜在意識に擦り込まれているかのように、『彼』はその存在を誇示していた。
長い黒髪。白い貌とそこに乗る小さな丸眼鏡。
それらを包む限りなく黒くしかし闇色ではない夜色の外套。
それはあの空目恭一にもどこか似ていた。
その白い貌が歪に捻れた三日月を浮かべて嗤っていなければ。
あまりにも圧倒的でどうしようもない程に濃密な闇と人間の負の方向の極限でさえなければ。
サラは現状の手札で『彼』に勝ちうる札が一つも無い事を正確に認識する。そして――
(まな板の上の鯉というやつか)
腹を括り――というより開き直って言葉を紡ぐ。
「ところでお名前を伺えるだろうか。わたしはサラ・バーリンという名の学究の徒だ」
「丁寧な事だ。『私』は神野陰之。“夜闇の魔王”にして“名付けられし暗黒”」
「そして、このゲームの黒幕か」
「その通り」
『彼』はあっさりと答える。
「あなたは何故、わたしの前に現れた? 正確には後ろだった事には目を瞑ろう」
「それを望まれたからだよ。『私』の友人と、そして君自身がそれを望んだ。
 その望みに応え、『私』はこのゲームで初めて参加者と言葉を交わした」
「わたしが?」
「そうだ。気づいていないのかね?」
『彼』がくつくつと押し殺した笑い声をあげる。
その声の響きもどこか歪で、空気さえもがその異質さを証明していた。
「君は自らの失われた欠片を見つけだしたいという望みを持っている。
 その為に様々な分野を修め、魔術へも手を伸ばした。
 そこに危険が有ることを知りながら、異界に続く物語すらも耳に入れた」
「………………っ」
『当然』、全てを知られている事に僅かに動揺するサラ。
「この点において、君はかの“人界の魔王”と実に近しい者だと言えるだろう」
「人界の魔王?」
「君は知っているだろう? 空目恭一だよ」
「……なるほど、言い得て妙だ」
(そうか、もしかとすると最初に出会った時に感じた同属意識は……)
上っ面の静謐さや、趣味の一致ではなく、最も根底を流れる物が似通う魂の共感だったのかもしれない。
(うむ、運命の赤い糸を感じてしまうな)
そう口に出そうとし、言った所で相手が居ない事に気づいてやめた。

「しかし、それだけではないな」
確かにサラにとってその望みは極めて重要な物だ。
だが、ゲームが始まってから『彼』が空目に逢わなかったのは何故か。
そもそもこれは、本当に他の者達が持つより強い望みだろうか。
普通では無い者達が集うこの島の中で、最初に『彼』と出会えるほどに強い望みなのだろうか。
(……否だ)
「他に理由が有るはずだ」
「冷静だね、君は」
笑い声が止まり、しかし歪な笑みは浮かべたまま神野が話す。
「君と空目恭一との最大の違いは……いや、空目恭一と他の者達との最大の違いは、
 『僅かなりとも他人に何かを期待するかどうか』という事なのだよ」
空目は人に何かを期待しない。
冷静に人を見据え、どう動くかの予想を立て、それに基づいて動くことは有る。
だが、それは単なる予想だ。期待ではない。
「そして君が最初に『私』に出会ったもう一つの理由は、『私』を求めたからだ」
「そんな覚えは無いが」
「いいや、望んだのだよ。もっとも、正確には『私』という個体ではなく役割を求めたのだがね。
 君は失われた欠片を見つけるため、記憶の闇を探る為の案内人を求めた。
 この世界に来た事によって繋がりを失った『導霊』を求めたのだ」
「――――!!」
それは彼女の知る魔術において、深層心理での導きを受けるために必要な存在であり、システムだ。
「君は古の資質をその見に受けた魔術師だ。
 君がそれを選べば、『私』は君の『導霊』となり、陰惨なる昏い記憶の奥底へ、落とした欠片へ導こうではないか」

「――謹んでお断りする。あなたの力を借りる気は無い」
だが、サラの口からは出たのは拒絶の言葉だ。

「ほう。何故かね?」
興味では無くその言葉を聞くのが目的であるように、愉しげに神野が問い掛ける。
「自らの心の奥底から、迷子になった自分の欠片を見つけだす。
 それが君の望みなのだろう?」
「その通りだ。だが」
サラは少し言葉を切って神野を見つめた。
(『刻印』の製作者は、彼だ)
彼から滲み出るものと刻印から感じられるものは同じだ。
その事がサラの答えを決めさせた。
「生憎と、わたしは何れあなたに挑まねばならない。
 わたしにも欲望は有る。欲しい物一つでは満足出来ない。
 わたしの欠片も、わたしの友人達の無事も、全て手にしてこの世界を打倒しよう。
 その為に、あなたに道を定められるわけにはいかない」
神野が笑みを浮かべる。
愉快でたまらない、心の深淵から楽しげな歪んだ笑みを浮かべ、問うた。

   「出来るのかね?」
      「とうぜんだ」

サラは断言する。
根拠は無い。
それどころか内心では言葉通りの余裕さえ無い。
だが、それでもサラはそのハッタリを張り続ける。
「このゲームの全ての障害を仲間達と共に突破する。ここに誓おうではないか」
最初にハッタリ有りき。言った者勝ちだ。
世界の前に敵を、敵の前に味方を、味方の前に自分を騙す。
そうやって世界を騙し、『彼』の闇に呑まれぬように心を保つ。
虹の谷1を自負するハッタリを武器に、サラは神野に抵抗した。

神野が笑う。
既に笑みを浮かべているのになお笑う。
笑い声を響かせず、口元をより一層歪ませて。
「魔術師の言葉は世界を変容させ、自らをも規定する。
 君は実によく魔術を理解しているね」
「そして、あなたほど魔術を知るモノも居ないだろう」
率直な称賛。
だが、互いに交わされるその言葉さえも魔術師の物だ。
「だからあなたの言葉に惑わされはしない。もう一度、問わせてもらう。
 『しかし、まだ理由が有るはずだ』」
「何の、かな?」
楽しげな笑みを浮かべたまま神野が聞き返す。
「あなたとわたしが出会った理由だ」
「君が呼んだからという理由は不満かね?」
サラは神野を睨み付ける。
それでは納得できない。
「不満ではないが些か不足だ。
 失った導きを必要とする者などわたし以外にも居たはずだ。
 たとえば……本当に神と繋がっていた聖職者、なども居たのではないか?」
「君は深層心理の奥底より我が“無名の庵”に入り込んだ。それでも不足かね?」
「ならば何故、『わたしはここに居る?』」
陰が落ちる。
静寂の帳が降りる。
無明無音の世界で、時間の間隔すら狂う場所で間が空き……笑い声が響いた。
くつくつと神野が笑い声を上げていた。
「君は実に言葉を識っている。
 だが、待ちたまえ。まだ少し早い。今は役者達の到着を待とうではないか。
 それに……そもそも全ては意味の無い“偶然”なのだからね」
不可解な答えと共に神野の存在感が薄まった。
何か言おうとしたサラの言葉は、しかし唐突に響いた声に遮られる。

「ねえ、神野さん」
それは一片の邪気も無い、どこまでも無邪気で、だからこそ異様な声。

「じゃあ、その“偶然”の裏側はどんな物なのかなぁ?」
唐突に響いた“魔女”十叶詠子の言葉が、有り得ざる出会いを証明した。

「ふふ、はじめまして『ジグソーパズル』さん。それに……」

時刻は、午後4時丁度。
この時刻に何が起きたか、何故出会ったのか。
何故、出会うのか。
彼女達はまだ知らない。

知らぬままに、“集い続ける”。

 * * *
ダナティアは目の前に現れた紅い道を歩いていた。
それは文字通りの紅い道だ。
何も無い無明の闇の中に突如散った紅い火の粉が、闇の奥へと続く道を作り上げていた。
ダナティアはその道を歩き続け、闇の底へと踏み入った。
そして自他の境界すら曖昧になる場所――テッサに言わせればオムニ・スフィアで、問い掛けた。
「これはどういう事なのかしら? “天壌の劫火”アラストール」
「伝えねばならぬ事と、話す機会が生まれた」

劫火が吹き上がり、暗天を衝き巨大な魔神が姿を顕わす。
だが、その声はどこか覇気が無く、代わりに別の感情が満たされていた。
「……機会、というのはどういう事かしら?」
「我が意志を顕現させる神器コキュートスは汝の肉体の側に有る」
「なんですって」
「文字通り、我が手の届く程度の距離だ。故に我が言葉が汝に届いた」
アラストールのその身は百数十m程だろう。
手を伸ばしてせいぜい二百。三百には届くまい。
「参加者達に与えられた地図のエリアで一つ隣、その程度の距離だ」
だが、そんな事はどうでも良い。
そう前置いて、アラストールは語った。
「皇女が離れてから合流を果たす前。契約者はその油断から傷を受けた」
「――っ!?」
(あたくしが離れた間に、シャナが……)
その幾らかを自らの責としても背負い……何も言わず先を促した。
「傷は些細な物だ。だが、傷と共に刻みこまれた呪いが身と心を蝕んでいる」
「呪い?」
「その身を心と魂すらも歪め、『吸血鬼』なる魔性へと作り替える呪いだ」
「……残された刻限は?」
会話が止まる。
……しばらくしてから、裏側に苦渋を隠した言葉が返ってきた。
「――保って、半日」
「……」
「皇女よ、もしもあの子が。炎髪灼眼の討ち手が冥府魔道に堕ちる事があれば……」
ダナティアはその続きを言わせなかった。
「救ってみせるわ」
決意を篭めた誓言でアラストールの言葉を叩き切った。

「でも訊いておくわ、アラストール。あなたはまず何を守りたい?」
「何……?」
戸惑いが波となって広がる。
「他を傷つける事も無い幸福な生か、それとも誇り有る死かよ」
「それは当然――」
――フレイムヘイズとしての誇り。
そう答えようとして言葉に詰まる。
それは彼と少女の双方が望む、満足のゆく結末の筈だ。
だが……少女に生きていて欲しいというその想いも、決して嘘では無かった。
なにより天秤の逆側に掛けられた物があまりにも大きすぎた。
だから、当然のはずの答えを紡ぐのに迷いが生まれる。
その様子を見て、ダナティアは微かに口元を綻ばせた。
「あなたは本当にあの子の事を大切に思っているのね」
「……選択肢が恣意的に過ぎる。それに皇女よ、汝はどうするつもりだ」
複雑な想いを内に、アラストールが問い返す。
「あたくしはあたくしのやり方でやらせてもらうわ。
 誇りを背負って死ぬなんてバカげてるけど、あたくしに止める権利は無いわね。
 でも、誇りが重荷になっていて手を出さない理由も無くってよ」
「誇りは、愚かか?」
「誇りが無い馬鹿は嫌いよ。でも、誇りの為に死ぬ莫迦はもっと嫌い」
その言葉でアラストールも彼女の意志を理解した。
ダナティアはその全力をもって『生かす道』を捜すだろう。
「お話はここまでかしら?」
「そうだ。皇女よ……」
……あの子を頼む。そう言い残し、魔神は去った。
ダナティアもまた、彼に呼ばれて赴いた深層意識の深い底から帰ろうとし……足を止める。
「ふふ、はじめまして『ジグソーパズル』さん。それに……『優しい女帝』さん」
唐突に響いた“魔女”十叶詠子の言葉が、有り得ざる出会いを証明した。

  * * *

“灰色の魔女”カーラは記憶の海を漂っていた。
そこは深層意識の底。福沢祐巳の奥の奥。
福沢祐巳と、それ以外の人間との境目があやふやな場所。
「ここまで潜る必要も無かったのだけれど」
カーラの知る世界において言えば、ここは夢幻界に近い。
世界は混沌から切り取られた小さな秩序に過ぎない。
その外の混沌に確固とした法則は存在せず、物質という概念すらない。
精神のみで辿り着ける世界。夢幻の世界。
その世界は夢の底、深層心理の奥底から繋がっていた。
(情報が足りないとはいえ、少し焦ったのかしらね)
ここに来る過程でカーラが得られた情報は十分とは言えない。
もっとも何も判らなかったわけではない。
まず、この肉体の本来の主である福沢祐巳は紛うこと無き一般人だった。
彼女の友人達も皆、何一つ特異な能力を持たない普通の人間だった。
魔法は存在せず、機械仕掛けのからくりだけで発展し、
その中でも平穏な時代の豊かで平和な国。暦からして『平成』という理想郷。
武術は有ったが、武道と名を変え、スポーツと精神修養の為に存在していた。
そんな国の中でも上品に育つお嬢様学校から来た者達。
この世界に連れて来られた者達の中では極めて珍しいと言えるのだろう。
だが其れは、『この世界に来るまで』という過去形で語られる事だった。
(ゲーム開始後、約一時間半……)
わずかそれだけの後に再会した彼女の頼れる先輩である友は、吸血鬼と化していた。
どうやらカーラの世界における吸血鬼とは違い、
感染者でも知能や自我自体は残っており、生命活動も終了してはいないようだ。
だが、だからといってそんな事は何の慰めにもなりはしない。

(そして、6時の放送で別の1人が名を呼ばれた)
助けられ生き残った彼女が幸運だったのだろう。
それでも彼女はそれを幸せと思える人間ではなかった。
別に恐怖を感じないで居られるほどに強かったわけではない。
彼女は平和な世界の平和な時代の平和な国の平和な学校から来たあまりにも普通の少女なのだから。
ただ、彼女はその中でも特に感情が豊かで、他人の事にも感動したり泣いたり出来る人間だった。
だから怯えるより早く、その状況を悲しみ、悔やみ、嘆いた。
どうして自分は何も出来なかったのだろう。
どうして自分に、自分を助けてくれた人達のような強さが無いのだろう。
その想いをぶちまけた。

(それを聞きつけ、奇妙な存在が姿を見せた)
500年以上前に滅びた古代王国より連綿と在り続けるカーラから見ても尚、それは奇妙だった。
その『動く血の塊』は参加者の一人である子爵だと名乗り、
彼女と彼女の仲間に瀕死の少女を預けると、少女に力を得る術を教えた。
(食鬼人(イーター)化……)
吸血鬼の血を啜る事によりその力を得る術なのだという。
カーラの世界には無いその術は確かに何か効果が有ったらしく、
少女はその途中の症状と思われる熱と頭痛に苦しんでいた。
だが、カーラと遭遇した時の奇妙な暴走やその後の不安定さは無かった。
それは更に先の、別のお人好し(変人?)達と出会った後の事だ。
熱のため寝かされていた祐巳の記憶には、その時に何が起きたかは殆ど記録されていない。
ただ、唸り声とどたばたとした足音、ガラスが割れる音がして、
祐巳の口に独特の匂いを持つどろりとした液体、すなわち血が流れ込んだ事だけだ。
その後の事は祐巳自身の表層記憶には残っておらず、深層にまで潜る必要があった。
暴走状態で同じく暴走状態にあった竜堂終と激突した事をその双方が覚えていなかったのだ。
――カーラが竜堂終の肉体で福沢祐巳と戦ったのは第二戦だった事になる。
「“偶然”……奇遇にも程が有るでしょうに」
そう呟いた瞬間。
「じゃあ、その“偶然”の裏側はどんな物なのかなぁ?」
唐突に響いた“魔女”十叶詠子の言葉が、有り得ざる出会いを証明した。
「ふふ、はじめまして『ジグソーパズル』さん。それに……『優しい女帝』さんに『悪神祭祀』さん!」
――かくして、魔女達は夜会に集った。

【場所:X-?/無名の庵/1日目 16:00】
【十叶詠子】
[状態]:睡眠中(夢を見ている)/体温の低下、体調不良、感染症の疑いあり
[装備]:『物語』を記した幾枚かの紙片 (びしょぬれ)
[道具]:デイパック(泥と汚水にまみれた支給品一式、食料は飲食不能、魔女の短剣、白い髪一房)
[思考]:????
[備考]:ティファナの白い髪は、基本的にロワ内で特殊な効果を発揮する事は有りません。

【ダナティア・アリール・アンクルージュ】
[状態]:睡眠中(夢を見ている)/疲れ有り
[装備]:なし
[道具]:支給品一式(水一本消費)/半ペットボトルのシャベル
[思考]:救いが必要な者達を救い出す/群を作りそれを護る
[備考]:下着姿

【福沢祐巳(カーラ)】
[状態]:食鬼人化/睡眠中(夢を見ている)/精神、体力共にやや消耗。睡眠にて回復中。
[装備]:サークレット 貫頭衣姿
[道具]:ロザリオ、デイパック(支給品入り/食料減)
[思考]:起床後はフォーセリアに影響を及ぼしそうな参加者に攻撃
    (現在の目標:坂井悠二、火乃香)

【サラ・バーリン】
[状態]: 睡眠中(夢を見ている)/健康/感染。
[装備]: 理科室製の爆弾と煙幕、メス、鉗子、魔杖剣<断罪者ヨルガ>(簡易修復済み)
[道具]: 支給品二式(地下ルートが書かれた地図)、高位咒式弾×2
     『AM3:00にG-8』と書かれた紙と鍵、危険人物がメモされた紙。刻印に関する実験結果のメモ
[思考]: 刻印の解除方法を捜す。まとまった勢力をつくり、ダナティアと合流したい
[備考]: 刻印の盗聴その他の機能に気づいている。クエロを警戒。
     クエロがどの程度まで、疑われている事に気づいているかは判らない。
98世界の裏側(1/13) ◆eUaeu3dols :2005/10/22(土) 20:37:33 ID:ERV87aF6
「殿下……何故ここに?」
サラは驚いていた。
「あたくしが訊きたいわ、サラ。それに……」
ダナティアが周囲を見回す。視界に入る『3人』も、居る場所も、何もかもが気に掛かる。
その中に、サラ以外の心当たりのある相手に気づいた。
「あなたが“灰色の魔女”カーラね」
「!?」
この深層意識でさえ福沢祐巳の形を取るカーラの表情が動揺に染まる。
(何故、彼女は私を知っている?)
「竜堂終に聞いたわ」
ダナティアの返答は簡潔だった。
正確には治療を受けている最中にメフィストを通じて聞き、更にかつて戦った破滅の指輪――
着用者を乗っ取る呪具と似た物を感じて正体を看破したのだが、そんな事まで話す理由は無い。
「だとしたらどうするつもり? あなたには関係の無い事でしょうに」
「ここでは何も出来ないわ。互いにね。でも、放っておくつもりはないわ。
 あなたが坂井悠二や他の幾人かを狙う限り、あなたはあたくしの敵だわ。
 そして、あなたがその体を使い潰す前にその体を奪い返す」
「それがこの子の為になるとでもいうつもりかしら?
 この子は私と出会った時、既に全てに絶望していた。
 正午の放送で『最も掛け替えのない人』の死を聞いて死を選ばないでいられたのは、
 単に私が憑依していただけと言っても過言ではないでしょう」
それはもしかすると正しいのかもしれない。だが。
「詭弁は無駄よ。それはその子が決める事だわ。あなたが決める事ではなくってよ」
相手がそれを受け容れる人間では無い事は明白だった。
(ならば、敵だ)
彼女が何者かは知らないが、カーラが自らに課した使命――
ロードスを灰色の雲で覆い続ける事――に立ち塞がるならば容赦は不要だ。
(でも、正面からぶつかるのは得策では無いようね)
彼女の実力は未知数だが、竜堂終と共に居るならばその時点で侮れる戦力ではないだろう。
情報を集め、対策を立て……大きな目的の為ならば一時妥協して見せる必要も有るかもしれない。
この危険なゲームで福沢祐巳を生かすという題目ならば、状況を選べば不可能ではないはずだ。
カーラは焦ることなく思考を走らせる。
99世界の裏側(2/13) ◆eUaeu3dols :2005/10/22(土) 20:39:06 ID:ERV87aF6

隣のピリピリした空気を気にもせず、どこか緩やかな言葉が零れる。
「うーん、『優しい女帝』さんと『悪神祭祀』さんは仲が悪いみたいだねぇ」
「先ほどから気になっていたのだが、あなたの名を聞いておきたい」
「私? 私は“魔女”だよ。“魔女”十叶詠子」
(十叶詠子……やはり空目の言っていた“魔女”か)
薄々感じていたそれを確認し、自らも名乗る。
「そうか。わたしはサラ・バーリン。“楽園の魔女”だ。
 空目から話は聞いている。
『ジグソーパズル』がわたしの“魂のカタチ”という事か」
「そうだよ、あなたは『ジグソーパズル』。
 あなたのピースはずっと前にバラバラにされちゃった。
 それじゃとっても困るから、ピースを集めて元通りにしようと捜してる。
 世界の真理を。過去の秘密を。人の想いや死のワケを。
 なにより自分自身から欠け落ちた、小さくて純粋なだいじなピースを捜してる」
「………………っ」
「だからあなたは『ジグソーパズル』。
 まだ完成していなくて歪だけれど、まだ壊れてるから壊せない。
 それに自分の手で一つ一つ組み直した物だから、補修だってかんたん。
 とっても丈夫な“魂のカタチ”」
(そうか、彼女が見ているのは……)
その人間の生き方、在り方そのものだ。
“魔女”は笑みを浮かべ、言う。
「あなた達の魂のカタチは、本当に綺麗。不完全だけれど、それは経過そのものだもの」

「それじゃ、あたくしやそこの灰色の魔女に付けられた渾名はどんな意味なのかしらね?」
「殿下……?」
「単なる好奇心よ」
怪訝そうにするサラを軽く流してダナティアが問い掛ける。
カーラもその問いに興味を感じたのか、何も言わずに返答を待つ。
それに一度頷き、詠子はそれぞれの意味を語り始めた。
100世界の裏側(3/13) ◆eUaeu3dols :2005/10/22(土) 20:40:23 ID:ERV87aF6
「あなたは『優しい女帝』。
 とっても優しくて慈愛に満ちているけれど、女帝はそれじゃ務まらない。
 大きな帝国を支配し、統治し、維持するには、力や厳しさだって必要だものねぇ。
 だから『女帝』さんは優しい想いを気高い意志に替えて、誇り高く進軍する。
 必要とあれば、大切な人達を踏み躙ってでもね」
(本質は違っても、その“いき方”は『法典』君に似てるかな)
そんな内心の感想をさておいて、続けざまにカーラへ向けて言葉を紡ぐ。
「そして、あなたは『悪神祭祀』。
 悪神は人々に害を為すかみさま。だけど、『祭祀』さんは崇拝者じゃないね。
 悪神を害為すモノだと思うから、貴きモノを捧げる事で、暴れ出すのを抑えてる。
 平和を。英雄を。正義を。そして自分自身の信仰さえも。
 ありとあらゆる全てを捧げて悪神を奉り封じ続ける、だからあなたは『悪神祭祀』」

“魔女”の言葉が闇の隅々まで染み込んで。
魔女達は見知らぬ者達の意志を知った。
次の瞬間。

「互いへの認識は済んだようだね。
 それではいよいよ、闇夜の話を始めるとしよう」

神野陰之の存在感が狂的に膨れ上がった。


「「――――!!」」
ダナティアとカーラは絶句した。
先ほどまで視界に入っていたはずなのに、まるで気づけなかった奇怪なる闇に。
「………………」
サラはただ『彼』を見つめていた。その本質を見抜こうとするかのように。
「ふふ……やっとお話ができるねぇ、神野さん」
そして、十叶詠子は笑っていた。
旧知の親友と出会ったように。いや、そのものの笑みを浮かべていた。
三者三様の様子を見せる魔女達に、神野陰之は語り始める。
101世界の裏側(4/13) ◆eUaeu3dols :2005/10/22(土) 20:41:33 ID:ERV87aF6
「そう、君達は『私』との話を。
 そこから得られる知識を、このゲームの仕組みを求めているのだろうね。
 だがね、君達に全てを知る権利は無いのだよ」
『彼』は口元を歪ませながら語る。
「そもそも、このゲームからの脱出は禁じられているのだからね。
 もし脱出の為にここに踏み込んだのなら、『私』は君達に死を与えねばならない。
 何よりもまず、その刻印をもってしてね」
その貌はどこまでも笑っている。
抗いようの無い死の言葉に4人の魔女達に緊張が、走らない。
その程度の恐怖の提示で怯える者は一人も居ない。
「ならそうすればよくってよ。どうしてそうしないのかしら?」
ダナティアがやや挑戦的に問い返す。
明らかな答えを闇が返した。
「もちろん、君達の中に脱出の為にここに踏み込んだ者が誰も居ないからだよ」

「『私』とゲームに宣戦布告をした水と探求の魔女すらもそうだ。
 君は意図せずに我が無名の庵に踏み込んだ」
「……その通りだ」
サラは肯定した。
そもそも彼女はこのような場所の存在すら知らなかったのだから。
「この場に居る者達は全て、まだ“ルールに反していない”。
 例え、このゲームを崩壊させようと虎視眈々と狙っていようともね。
 だから君達と『私』が言葉を言葉を交わすことが許される」
「ならば貴方は何を答え、語るのでしょうね」
カーラが問いかけた。
神野は嗤いながら答える。
「そうだね、ここは『彼』のやり方を真似るとしよう。
 一人に一つ、『私』に問い掛ける事を許そう。
 それが『彼』の願いと直接競合しない物ならば……『私』はそれに答えようではないか」
唐突な提示にまばらな動揺の波が走り……すぐに落ち着く。
そして、魔女と闇夜は語り出した。
102世界の裏側(5/13) ◆eUaeu3dols :2005/10/22(土) 20:42:49 ID:ERV87aF6
「神野さんがこのゲームに関わってる事はすぐに判ったんだけれどねぇ」
真っ先に口を開いたのはやはり、“魔女”十叶詠子だった。
「それは何故だろうか?」
サラの問い掛けに詠子は何事も無い風に答えた。
「だって、刻印に神野さんが視えたんだもの」
(やはり、視えるのか……)
彼女の協力を得る事が出来れば刻印の解除に大きく前進できる事を確信する。
(もっとも、彼女が安全な人間かは判らない……むしろ危険かもしれないのが悩み所か)
内心で思考するサラを置いて、詠子が神野陰之に問い掛ける。
「でも、黄泉返りを禁止されてるなんて思わなかったなぁ。
 『船のお姫様』が魔女にも使徒にもなれなかったのはとってもざんねん。
 ――ねえ、神野さん」
「なにかね?」
「あなたは全ての経過と目的を失っている。
 だからあなたは最高の魔法そのものだけれど、自分で何かを始める事も出来ないよねぇ」
「その通りだ、魔女よ」
「じゃあね。
 あなたという魔法でこのゲームを作り出したあなたのお友だちは、どんな人なの?」
神野は嗤い、答える。
「その問いは『彼』の望みと競わない。故に、答えよう。
 『彼』の名はアマワ。御使いだ。
 未だ顕れざる精霊。結果でありながら未だに経過であり結果に辿り着かない存在。
 この時間、『彼』は君達と話す事が出来ない。だから『私』が『彼』を代弁しよう。
 『彼』は君達にこう問い掛けているのだよ。
 “――心の実在を証明せよ”」

詠子が笑う。無邪気に、楽しげに、くすくすと明るく笑い、囀った。
「うーん、早く会いたいなぁ。会って、話して、遊びたいなぁ。
 『このゲームの世界』は好きじゃないけれど、ここに居る人達はみんな素敵。
 『その子』と会うのがとっても楽しみになっちゃった」
「急かずとも、『彼』は直に会いに来るだろう。その『時』を待っているのだね」
神野が嗤い、魔女が笑い、一人目の質問が終わった。
103世界の裏側(6/13) ◆eUaeu3dols :2005/10/22(土) 20:44:27 ID:ERV87aF6

残る3人の魔女達はその会話にあまりにも異質な寒気を感じた。
だが、怖じけてはいられない。与えられた機会は大きい。
寒気を振り払い2番目の問い掛けを放ったのは、ダナティアだった。
(大勢で生き残りこのゲームより脱出する為には、管理者達との衝突は避けられない。
 禍根を断つ必要も有るでしょうね。
 そして、出口に繋がるであろう場所への入り口も必要になる)
だから彼女はこう問うた。
「ここを出た後の事で質問が有るわ。
 あなたや管理者共にはどうすれば会えるのかしら?」

神野は嗤い、答える。
「残念ながら君の望みは『彼』の望みと競合してしまっている。
 だから、全てに答える事は出来ないね」
「そんな事だろうと思ったわ。
 でも、何も話せないわけではないはずよ」
嗤う神野が返答を返す。
「答える事は出来ない。
 だが、そうだね、何も話せないわけではない。
 君の望みに助言をしよう。
 『私』は時間と空間に偏在している。
 しかしこの『無名の庵』が時空に縛られれば、『私』を見つける事も叶うだろう。
 薔薇十字騎士団についてはもっと単純で、そして難しくもあるだろうね。
 彼らは危うくなってもこのゲームに留まるほどの理由は持たない。
 故に彼らを討ちたいと思うならば、せいぜい急ぐことだ。
 もっとも、彼らがゲーム上での役目を放棄したなら、
 『君にとっては』、彼らを追う望みは随分と曖昧な物になるのだろうがね」
「助言、ありがたく頂いておくわ」
ダナティアは思考を内に、言葉を吐いた。
無為な質問では無かった。少なからず収穫は有ったのだから。
二つ目の質問はその熱を内に秘め、静かに終わった。
104世界の裏側(7/13) ◆eUaeu3dols :2005/10/22(土) 20:45:36 ID:ERV87aF6
次に問い掛けたのは“灰色の魔女”カーラだった。
福沢祐巳の姿で、福沢祐巳の記憶に全てを刻みながら、灰色の魔女が問い掛ける。
「あなた達の目は何処まで見通し、あなた達の腕は何処まで届く?」
やや抽象的で謎掛けのような問い掛けに、神野は嗤い、答えが返る。
「その問いは『彼』の望みと概ね競わない。故に、ある程度は答えよう。
 『私達』は時間という概念に縛られず、同時に空間にも縛られない存在だ。
 だが、それでは君達と私が出会う事は無いだろう。
 『私』は望みに縛られて、そのルールに従って君達の前に現れる。
 『私』と君達の接点はただそこだけに存在し、全能でありながら有限だ。
 そして、君の危惧する通り……『私』自体が世界という枠に縛られる事はない」
(やはり……)
何かの原因さえ生まれれば、神野はロードスにさえ干渉しうる存在だ。
参加者の中にロードスから連れて来られた者達が居た以上、自明の理では有ったが、
この事実はカーラに新たな目的を決定付ける事になった。
(神野陰之……この存在も、危険だ)
カーラは自らのブラックリストの筆頭に『彼』の名を書き足す。
(さて、どうしたものでしょうね)
『彼』は危険だ。だが、『彼』を倒す為には必然的にゲームを破壊する事に繋がる。
そうなってしまえば他の標的を殺すのが難しくなる。
それ以前に、『彼』は強大な存在だ。おそらく『英雄達をぶつけなければ倒せない』。
(一番望ましいのは他の標的達と相打ちになる事。
 特に火乃香は神野陰之に対し有効な戦力となるはず)
灰色天秤に分銅を乗せる。
どちらにどれだけ乗せれば釣り合うか。
どうすれば適当な重さの分銅が手に入るか。
幾百年に渡り、幾千度と繰り返し、幾百万を殺し合わせた天秤が、
ゆらりゆらりと揺らめいて、カーラにとっての正答を導き出す。
灰色の陰謀を隠して、三人目の質問は終わった。
105世界の裏側(8/13) ◆eUaeu3dols :2005/10/22(土) 20:46:37 ID:ERV87aF6
そして、訊く権利は4人目へと移った。
「君が最後だ。この短い出会いのキッカケとなった君でね。
 さあ、君は『私』に何を問うのかね?」
「“偶然”の、ワケを」
神野が問い掛け、サラが問い掛ける。
「それに意味は無くても、かね?」
「その結果には意味が有る。だからその原因の理由を知りたい。
 あの『死者達の学校』は何故生まれた?
 あなたの友であるというアマワが『この時間は会えない』のは何故だ?
 わたし達は何故『ここに集った』?」
神野は嗤い、答える。
「その問いは『彼』の望みと競わない。故に、答えよう。
 悪魔と魔女達が出会うこの夜会が、何という“偶然”から発したのかをね」
そして、夜の王は語り始めた。

「全ては“偶然”なのだよ。
 自らも認識しない全能を振るう少女の肉体が砕かれて、魂を保護する霊界が作られた。
 それは彼女が慣れ親しんだ場所、つまりは学校だった。
 そうやって、この“夜会への入り口”が作られた。
 これさえも、“偶然”だ」
神野が笑う。楽しくて堪らないと笑う。
全能の少女を知る者は誰も居ない。
サラは死後のそれを見、ダナティアはその友と出会ったが、それがそれとは知りもしない。
「猛き炎の獅子が開封されたその時、彼の子達は既に失われていた。
 獅子は失った子達の喪失に嘆き、悲しみ、怒り、そして“身を削って”世界へと刃向かった。
 その抵抗はすぐに潰えたが、我が友の時間を数時間だけ焼き払い、僅かな空隙が生まれた。
 この“夜会を開く時間”がね。
 しかし、この事さえも“偶然”という名の歯車の一つでしかありえない」
神野が嗤う。可笑しくて堪らないと嗤う。
炎の獅子の顛末は誰も知らない。それは彼らの知人のそのまた知人の物語だ。
だが、『何か』が力を尽くして戦った事だけは想像できた。
「そうやって整った舞台に、役者達が“偶然”集ったのだよ」
106世界の裏側(9/13) ◆eUaeu3dols :2005/10/22(土) 20:48:08 ID:ERV87aF6
神野の言葉が闇を震わせ、世界を包む。
「“楽園の魔女”サラ・フォークワース・バーリン。
 君は“偶然”、我が友の手が塞がれている刻限に眠りに就き、
 その場所は“偶然”学校で、その目的は“偶然”死後の世界の捜索だった。
 そうやって終わらない放課後を見た君は、“偶然”にも『私』を求める者だった。
 故に君はここに居る」
その言葉は圧倒的迫力をもって世界を規定していく。
「“魔女”十叶詠子。
 君は実に君自身の“必然”に近い。だが、それでも二つの“偶然”が君を導いている。
 君は“偶然”つい先ほどまで使徒の不備に気づかず、
 それに気づき『私』を喚んだのは、“偶然”にも彼女が『私』を呼び出したこの時間だった。
 故に君はここに居る」
それは長く遠く伸びて広がる『彼』の影。
「“楽園の魔女”ダナティア・アリール・アンクルージュ。
 君は“偶然”この時間に眠りに就き、
 “偶然”意志を顕わせた炎の魔神の声に応えて夢より深い意識の底へと赴いた。
 そしてこの“無明の庵”には“偶然”にも君の友が居た。
 故に君はここに居る」
魔女達は自らが夜の囚われ人であった事を識る。
「“灰色の魔女”アルナカーラ。
 君は“偶然”その体に乗り移り、その体は“偶然”本来の持ち主にも理解出来ない不備を抱えていた。
 君はその正体を調べるため“偶然”この時間に意識の底へと潜り込み、
 そこには“偶然”にも、君の体を持ち主に奪い返すために君を捜す者が居た。
 故に君はここに居る」
そして、夜の王は高らかにそれを称えた。
「どうだね、全ては“偶然”だろう?」
サラは僅かに揺らいだ言葉で言い返す。
「……それほどに嘘臭い“偶然”は初めて聞いた」
「そうだね。では、君はこれをなんと呼ぶのかな。
 やはりこう名付けるのかね?
 古来より多くの人々が愛用した――“運命”という名を」
107世界の裏側(10/13) ◆eUaeu3dols :2005/10/22(土) 20:48:49 ID:ERV87aF6
(そんなはずは無い)
サラは思考する。
普段なら気にもしない些細な“偶然”が異常なまでに積み重なっている……ように見える。
(だが、最初の二つはむしろ“必然”だ)
あまりにも多くの世界から多くの力持つ者達を集めたこの世界だ。
世界に綻びが生まれ始めるのは変ではなく、むしろ当然だし、喜ばしい事だと言える。
(わたし達が集まった事も……あくまで“偶然”だ)
“偶然”にしては多くが重なりすぎているように思える。
だが、違う。
「……質問の仕方を間違えていたな」
「撤回は認められないのだがね?」
「答えは同じで構わない。だが、こう訊くべきだった。
 『何故、わたし達だったのか』と」
くすくすと笑いを零し、神野が言った。
「それが君の結論かね?」
これまでとまるで同じ笑い。
その笑いに『彼』の余裕を感じ、不快感を覚えながら答えた。
「そうだ」
宝くじの一等を引くのは極めて稀な確立だ。ささやかな奇跡とも言える。
だが、『どこかの誰かが一等を引いている』確立はむしろ相当に高い確率である。
これを大数の法則という。
(他にも条件を満たした者は居たはずだ)
例えばあの死者の学校において、サラが宛われた配役は『長門有希』と呼ばれていた。
彼女の名は昼の放送では名前が呼ばれておらず、今も生きているかもしれない。
その場合、雨になり出歩きにくいこの時間――あるいは濡れて低下した体力を、
休憩によって回復させている可能性は十分に有るはずだ。
そして、彼女が神懸かりじみた存在から後ろ盾を得た存在であり、それと連絡を取ろうと、
精神を意志から解脱させていた可能性だって――というのは流石に飛躍しすぎかもしれない。
だが、この世界において有り得ない程の“偶然”ではない。
(わたし達4人が集まったのは稀有な事だろう。
 しかし残っている参加者の誰かがこの場所に辿り着く可能性は“必然”だったはずだ。
 …………だが、もしも)
108世界の裏側(11/13) ◆eUaeu3dols :2005/10/22(土) 20:50:14 ID:ERV87aF6

(もしも“偶然”でないとすれば厄介なことになる)
“灰色の魔女”カーラは自らの胸の内で呟いた。
これが“必然”であるとするならば、それを操ったのは誰なのか。
それは考えるまでもない。
(私達の行動さえもが気づかない内に操られているとすれば、その糸から逃れる事は至難)
操られる側が自らを操る糸に気づくのは難しく、それを断ち切るのは至難の業となる。
自らの意志と判断で選択した道さえもが、用意された道へと変わる。
かつて“灰色の魔女”に操られ、幾百もの英雄が灰色の雲となって散っていった。
それと同じように、今度は彼女自身も……

(私も、物語に囚われちゃったねぇ)
そう考えながら、しかしくすくすと、“魔女”十叶詠子は笑っていた。
彼女は人の魂のカタチ――その在り方を視る事ができる。
(でも。魂のカタチはその人が紡ぐ物語の“必然”や“運命”を知っている)
囚われた、というのは正確ではない。
彼女達はこの“ゲーム”に囚われた時から『彼』や『アマワ』の物語の内にいる。
とっくに『囚われて』いるのだ。
(“必然”や“運命”は、自分で判っちゃったらもう“経過”にはなり得ない)
だからそのよく視える瞳でその“必然”をよおく見て、もし彼女やお友達の邪魔をするのなら……
109世界の裏側(12/13) ◆eUaeu3dols :2005/10/22(土) 20:51:40 ID:ERV87aF6
「そもそもそれが“運命”や“必然”なら、立ち塞がった所を踏み潰せばよくてよっ」
ダナティアが吼えた。
隣で詠子が目をぱちくりと瞬かせる。
神野の声が闇に響く。
「まだ抗えるかね? 朝比奈みくるとテレサ・テスタロッサを失って」
(朝比奈みくる……?)
サラが思案する。それは先ほど、死者の学校で出会った少女の名だ。
サラの思案を横にダナティアが言い放つ。
「あたくしのミスだわ。でも、あたくしは生き残った。
 なら、少なくとも失敗を悔いて死を選んだり、全てを諦めたりする馬鹿ではないつもりよ」
もう決まっている。それが答え。
「では、全てに打ち勝つとでも?」
「機は窺う。無理なら引きもする。そもそも“運命”とやらが力を貸すなら借りてやるわ。
 けれど無謀程度で諦めはしないし、“運命”が立ち塞がるなら打ち破るわ。
 管理者達から聞いてはいないかしら?
 あたくしはとっくに、このゲームに宣戦を布告しているわ」
(聞いている?)
カーラの疑問に答えたのは詠子と、サラだ。
「へえ、盗聴にも気づいていたんだねぇ」
「流石はわたしの愛する殿下だ」
ダナティア自身も確信が有ったわけではないのだが、それさえも最早些事。
「あたくしが一切合切引き連れて、このゲームを打ち壊す」
「それをただ見ているとでも? ルールに違反すれば、その時は……」
「『プレイヤー間でのやりとりに反則はない』、だったかしら。
 少なくともあたくしが仲間を集め団結する間、それを禁止する事は出来ないわ」
ルールの一部を取り上げて、ダナティアは傲然と笑みを浮かべた。
その姿、その言葉に、サラもまた笑みを浮かべた。
そして、詠子も笑った。
「ふふふ、やっぱりあなたは『法典』君によく似てる」
きっと佐山御言がこの場にいれば、彼女と似たような事を言っていただろう。
「だからこそ『法典』君とは仲良くできるかは判らないけど、でも『法典』君も同じ方向の物語を紡ぐ。
 だからね、神野さん」
110世界の裏側(13/13) ◆eUaeu3dols :2005/10/22(土) 20:52:51 ID:ERV87aF6
息を継ぎ、言葉を続けた。
「『法典』君が先に行くか、『女帝』さんが先かは知らないけれど。
 私達は少し目減りしちゃっても、きっと団結して、このゲームを壊しちゃう」
それを聞いても尚、神野陰之は笑みを浮かべた。
「では、やってみせたまえ。
 君達の望みと『彼』の望み、どちらが勝るかを見せてみたまえ。
もっとも……『私』はルールの範囲内では『彼』に力を貸すのだがね。
そして、この世界も君達には残酷だ」
その言葉が終わった瞬間、闇夜の荒野、漆黒の空に何かが煌めいた。
星一つ無い闇夜に輝く妖しい光。
それはキラキラと輝きながら降りていき……『学校が有る空間』に填り込んだ。
――世界が、歪んだ。
詠子は目を丸くして呟く。
「24時の異界が、零時に禁止されちゃう」
「零時……なんですって?」
「君達にそれを訊く権利は残っていない。さあ、帰りたまえ」
その一言で、全てが闇に包まれた。

時刻は約4時30分。
魔女の血を受け、魔女に狙われ、魔女に物語を届け、魔女の捜索の手が届かなかった少年が、
ついにその命を終わらせた。
その身に宿された秘宝は蔵から放たれ、別の“世界の傷”へと填り込む。
全能の少女が作り上げたその場所に。
その秘宝はこのゲームの世界そのものを律し、その全てを保存する。
「“魔女”の異界が世界を変える事はない」
神野陰之が笑みを浮かべて言葉を紡ぐ。
「世界の傷は、全て零時に癒される」
その笑みは何処までも楽しげで、歪で、暗い。
「しかしまだ癒えきらぬ友の時間も、零時を境に再び燃える」
闇夜が笑う。
無名の庵で、無明の闇で、夜の王は嗤う声を響かせた。
「さあ、このゲームの物語は一体どう転がるのだろうね」
111世界の裏側(報告1/2) ◆eUaeu3dols :2005/10/22(土) 20:54:16 ID:ERV87aF6
【場所:ばらばら/特殊/1日目 16:30】
【十叶詠子】
[状態]:睡眠(起床近し?)、体温の低下、体調不良、感染症の疑いあり
[装備]:『物語』を記した幾枚かの紙片 (びしょぬれ)
[道具]:デイパック(泥と汚水にまみれた支給品一式、食料は飲食不能、魔女の短剣、白い髪一房)
[思考]:????
[備考]:ティファナの白い髪は、基本的にロワ内で特殊な効果を発揮する事は有りません。

【ダナティア・アリール・アンクルージュ】
[状態]:疲れ有り/起床
[装備]:なし
[道具]:支給品一式(水一本消費)/半ペットボトルのシャベル
[思考]:救いが必要な者達を救い出す/群を作りそれを護る
[備考]:下着姿

【福沢祐巳(カーラ)】
[状態]:食鬼人化。睡眠中(起床近し?)。精神、体力共にやや消耗。睡眠にて回復中。
[装備]:サークレット 貫頭衣姿
[道具]:ロザリオ、デイパック(支給品入り/食料減)
[思考]:フォーセリアに影響を及ぼしそうな者を一人残らず潰す計画を立てる
    (現在の目標:坂井悠二、火乃香、黒幕『神野陰之』)

【サラ・バーリン】
[状態]: 睡眠中(起床近し?)。健康。感染。
[装備]: 理科室製の爆弾と煙幕、メス、鉗子、魔杖剣<断罪者ヨルガ>(簡易修復済み)
[道具]: 支給品二式(地下ルートが書かれた地図)、高位咒式弾×2
     『AM3:00にG-8』と書かれた紙と鍵、危険人物がメモされた紙。刻印に関する実験結果のメモ
[思考]: 刻印の解除方法を捜す。まとまった勢力をつくり、ダナティアと合流したい
[備考]: 刻印の盗聴その他の機能に気づいている。クエロを警戒。
     クエロがどの程度まで、疑われている事に気づいているかは判らない。

全員の[備考]に追加:黒幕の存在を知った。
112世界の裏側(報告2/2) ◆eUaeu3dols :2005/10/22(土) 20:55:23 ID:ERV87aF6
※:無名の庵(神野の世界)に零時迷子が転移しました。
  1日目と2日目の境に発動するはずだった異界が不完全になる要因となります。
  また、会場世界自体に対する干渉(世界自体の破壊など)の影響も24時に修復されます。
  逆に現時点(04:30)で受けていた影響は、例え修復されても24時に復活します
  ギーアの捨て身によるアマワの干渉力の一時的低下などが確認されています。

※:無名の庵にハルヒの力による箱庭霊界が出現しています。
  ハルヒの力による物といっても基本的に死者の魂が溜まっているだけであり、
  (普通の人間は)見れない死後の世界が多少変質している程度の物です。
  SOS団とハルヒが出会った参加者以外の魂が収容されているかは不明です。
113Stream of Light (1/8)  ◆l8jfhXC/BA :2005/10/23(日) 23:09:54 ID:GpPlZlGK
 爽やかな青い空はいつしか暗鬱とした鈍色に染まり、自分を照らしていた暖かな陽光は容赦なく遮られた。
 そのことに少し苛立ちを覚えながらも、平和島静雄は歩み続けていた。
(この分だと雨が降るか……? まあ関係ねえが)
 何が降ってこようが足を止めるつもりはなかった。セルティの無事をこの目で確認するまでは休めない。
 腹部の鈍痛が途切れることはなかったが、ただひたすら無視し続けた。
「……っと。禁止エリアか。面倒くせぇ」
 足を止めずに地図を確認すると、ここからすぐ東が立ち入り禁止になっていることに気づいた。
 動きがとりづらい森には入りたくなかったので、そのまま進路を南東へと変更する。
 周囲の平原は見晴らしがよく障害物がないため、誰かが──それこそセルティがいてもすぐにわかる。
 もちろんゲームに乗っている者に見つかりやすくなるというデメリットもあるが、そんなことは気にしなかった。
「……あれは」
 そのまましばらく行くと、広い砂浜と海が目に映った。空の色を映した黒い波が打ち寄せている。
 場違いな程穏やかな波音が耳に響き、これまた場違いな程優しい潮風が腹部の傷口を撫でた。
 これだけなら足を止めることなく通り過ぎたのだが──見覚えのある人間が、砂浜に横たわっているのが見えていた。
(朝に城で別れた子だったか? ……名前も聞いてなかったな)
 近づいていくと、目を見開いたまま倒れている黒髪の少女の顔がはっきりと見て取れた。──死んでいる。
 臨也と遭遇した後出会った一行にいた少女だった。別れる時に少し言葉を交しただけで、名前すら知らない。
 それでも少し前まで隣にいた人間がこうもあっさり死体に変わると、あまりいい気分にはなれない。
 膝をついて手を伸ばし、見開かれた瞼をそっと閉じさせる。指に涙で濡れた頬の感触が残った。
(こっちは……さすがに二連続で顔見知りじゃないか)
 少女の隣には、赤毛──だが先程の男とはまったくの別人が倒れていた。
 髪とその影に隠れて表情は見えないが、生気はまったく感じられない。
114Stream of Light (2/8)  ◆l8jfhXC/BA :2005/10/23(日) 23:12:33 ID:GpPlZlGK
(……こいつらは、どうやって死んだんだ?)
 ふと、疑問に思う。
 男の方の右胸の辺りには血痕があったが、その下の砂はきれいなままだ。ここで出来た怪我ではないらしい。
 そして少女の方は目立った外傷はないものの、皮膚が不自然なほど乾いていた。
 超能力の類でも使ったかのような、奇妙な死体だった。
(結局ここはなんでもありってことか。……やっぱりセルティが心配だ。早く見つけ──ん?)
 ふたたび立ち上がり辺りを見回すと、砂浜に座り込んでいる人影が目に入った。
 セーラー服に身を包んだ、高校生くらいのお下げの少女。
 顔を俯かせたまま動かないが、見たところ少なくとも死体ではない。
 無視して通り過ぎるわけにもいかず、声をかけて近づく。
「君、大丈夫?」
 少女が声に身体をびくつかせて反応し、こちらを虚ろな目でおそるおそる見上げる。その目には恐怖と絶望が入り交じっていた。
 その目に向けて優しげな笑みを浮かべて安心させる──といった気の利いたことは出来ず、ただ近づく。
 もともと“力”があったおかげでこういうことにはまったく慣れていないし、向いていない。
 ただ、見るからにひ弱な少女を見捨てたまま、友人を捜しに行けるほどの冷酷さを持っていないだけだ。
 そんな無駄な自己分析をする己を胸中で自嘲しながらも、少女に向けて手をさしのべる。
「──あ」
 と。
 左肩にかけていた、先程の戦闘であの男に裂かれたデイパック。
 手をさしのべるために右肩だけ傾けたせいか、その裂かれた穴から小物類が一斉にこぼれ落ちた。
 方位磁石や時計などが砂浜へと沈むのが見え、そしてさらにあの赤毛の笑みが思い出され、舌打ちする。
 ……直後その行為がまず間違いなく少女を怯えさせることに気づき、慌てて不快に歪んだ顔を元に戻し、少女の方へと向き直る。
「あ、と……」
 そしてふたたび声をかけようとして──しかし一変した少女の様子を見て口をつぐむ。
 少女はこちらに見向きもせずに、ただ目を見開いて砂浜を見つめていた。
 ──正確には、その砂浜に落ちた自分の支給品であるロザリオを。
115Stream of Light(3/8)  ◆l8jfhXC/BA :2005/10/23(日) 23:14:30 ID:GpPlZlGK

 気がつけば、人が大勢集められた部屋にいた。
 気がつけば、そこで人が二人死んでいた。
 気がつけば、砂浜にいた。

 そこに常に支えてくれていた従姉の姿はなく。
 そこに常に助けてくれていた幼馴染の温もりはなく。
 そこに常にそばにいてくれた“姉”の笑顔はなく。
 そしてそこに常にあった、彼女からもらい、一度突き返し、そしてまた戻ってきたものはない。
 ──ゆえに、絶望した。

 そしてあっけなく、死んだ。



「れい、ちゃ……」
 白い砂浜に映える深緑の石。
 それを繋げた鎖の先にあるのは、十字架とそれに張り付けられている男を象った細工。
 目に焼き付いていたそのロザリオに、由乃はおそるおそる手を伸ばした。
「……っ」
 しかしその指は十字架に触れることなく、地面の砂を掻く。
 それに納得できず砂に沈んだ指を上げ、ふたたび触れようとして、また砂に沈む。
 まるで穴を掘るように、それを何度も繰り返す。
 両手ですくい取ろうとして、石をつまみ上げようとして、鎖を手にかけようとして、何度も何度も砂を掻く。
「う……くっ……ぁっ……」
 十字架の中央に第一関節まで潜り込ませたところで、やっと指が理解して止まる。
 もう、自分は死んでいる。この身体は所詮仮初のものにすぎない。
 もう二度と、彼女には会えない。
 言葉を交すことも、姿を見ることも出来ない。
 そのことを改めて痛感し──それでも、悲しみ以外の感情が浮かんでくることに気づいた。
116Stream of Light (4/8)  ◆l8jfhXC/BA :2005/10/23(日) 23:18:06 ID:GpPlZlGK
「……令ちゃん」
 涙を拭い、じっとロザリオを見つめる。
 彼女と同じくもう二度と見ることが出来ないと思っていたものが、確かに目の前にあった。
 彼女のいない世界に放り込まれた自分が唯一の拠り所にしようとして──そしてどこにも見つからなかったものが、今こうしてここに戻ってきた。
 ……どうしようもない暗闇の中に、光がひとすじさしたような。
 まるで彼女自身が助けに来てくれて、手をさしのべてくれたような──そんな感覚があった。
 たとえ触れることが出来なくとも、その救いは確かに目の前にあった。
 それだけで、十分だった。
「……」
 ふたたび溢れた涙が地面に落ちる。
 砂を濡らすことはなく、染みは出来ない。涙すらも世界に拒絶される。
 もう何かに触れることは出来ない。誰かを助けることも出来ない。
(……でもまだ、令ちゃんに伝えたいことがある。
祐巳さん達に、言いたいことがある。それまで消えることなんて、出来ない)
 まだ、誰かに言葉を託せる口がある。
 彼女に伝える言葉を届けることが出来る、友人達が生きている。
 そして彼女達を捜すことが出来る、歩ける足がある。
 ──まだ、誰かに助けを求めることが出来る。
(しょぼくれてる私なんて、らしくないよね)
 そしてまた涙を拭い、拳を握りしめる。
 ──先手必勝。受けより攻め。いつもイケイケ、青信号。
 それでこそ、“令ちゃんの由乃”なのだから。
「……よし」
 小さく呟いて顔を上げる。
 目の前には、細身でかなり背の高い男がいた。おそらく彼の支給品として、このロザリオが与えられたのだろう。
 彼はややあっけにとられた表情で、こちらへとさしのべた手を所在なさげに下ろしている。
 ……彼がどんな人かはわからない。ゲームに乗っていない者とは限らない。
 それでも、彼は自分を心配して声をかけてくれた。それに賭けるしかない。
 彼と目を合わせ、口を開く。

「お願いします! どうか助けてください!」
117Stream of Light (5/8)  ◆l8jfhXC/BA :2005/10/23(日) 23:22:05 ID:GpPlZlGK

「それじゃあこの福沢祐巳さんと藤堂志摩子さん、それに佐藤聖さんのうちの誰かを見つけて、伝言を届ければいいんだね?」
「はい。でも、出来ればやっぱり自分の口から伝えたいから……大丈夫です、邪魔にはなりません。触れられないから」
 少し寂しそうに、少女──島津由乃が言った。
 その言葉通り彼女の名簿を指す指の先が、少し紙を突き抜けているのが見える。
 少女がロザリオを見て泣き出し──かと思えば何かを決意した表情になり、そしてこちらに助けを求めた後。
 真摯な態度で事情を説明し始める彼女を放っておくことは出来ず、静雄は立ったまま彼女の話を聞いていた。
 まだ生き残っている知り合いに、元の場所にいた親友宛の言葉を伝えてもらいたい──要約するとこうだ。
 それと死んでしまったあの黒髪の少女──キーリが夢で死者から伝えられた伝言も、当人に会えたら伝えたいとのことだった。
(遺言、か……)
 自分には無縁の言葉だと思う。
 もし実際に彼女のような状況になったならば──もしかしたらセルティや家族には何か言っておきたいと思うかもしれないが、あまり想像できない。
 そもそもこうやって誰かと関わり合う──しかも頼られるということ自体が自分にはほとんどない。
 仕事や数少ない友人からの依頼を除けば、“お願い”されることなど何年ぶりになるか。
「ただ、ついていかせてもらえるだけでいいんです。
それでもし間に合わなかったら──十七時になって私が消えてしまったら、今言った人達に伝言を届けて欲しいんです。
それに、一人より二人いた方がきっと誰かを捜すのもはかどると思うし……あ、私壁をすり抜けられるから、きっと役に立つと思います! だから……」
 切羽詰まった口調で、少女は必死に助けを求める。
 未だかつて向けられたことのなかった真剣な眼差しに、少し戸惑う。
118Stream of Light (6/8)  ◆l8jfhXC/BA :2005/10/23(日) 23:24:53 ID:GpPlZlGK
(……確かに、“邪魔”にはならないな)
 由乃の依頼を受けても、セルティ捜索の支障にはならない。
 彼女のいる場所の心当たりはないため、明確な目的地はない。ついでの捜し人が数人増えたところで特に問題はない。
 それに彼女は肉体を持っていないため、戦闘に巻き込まれたとしても守る必要はない。
 ……傷つけるおそれがない、とも言える。
 自分の“力”は、時に己の意思とは無関係に他人を傷つける。
 好意を抱いた人間を助けようとして、逆に大怪我を負わせたこともある。
 あの妖刀事件以降は制御がある程度出来るようになっていたが、怒りに囚われれば“力”は容易に“暴力”となる。
 そう言う意味でも、彼女はそばにいてもいい人物と言える。
「わかった。もし時間までに会えなかった時に、その人達にうまく伝えられるかどうかは保証できないけど、それでもいいなら──」
「あ、ありがとうございます!」
 言い終わる前に思い切り頭を下げられた。反応に困る。
 とりあえず名簿をしまい地図を出し、明確に捜索場所を決めることにする。
 本当は単純に道なりに行くつもりだったが、同行者が出来てしまったため適当に行動するのは気が引けた。
(北東に進むと港町。真北には市街地があるが……森を突っ切ることになるな)
 樹木は槍で払えばいいが、森歩き自体に慣れていないため時間が浪費される。
 どうせ行くならば、港町を訪れた後に西に進むルートの方がいいだろう。
(北西には商店街とビルか。建物が密集してる。人が集まりそうな場所だな)
 それに、この周辺は平地が多い。
 もしかしたら、地図に書かれていない何か他の建物があるかもしれない。
(で、西には学校と公民館と……遊園地? 趣味悪ぃな)
 派手すぎて誰も近寄らない気がする。
 だが他の二つ──特に最西端に位置する公民館などは、怪我人や戦えない者が隠れている可能性がある。
119Stream of Light (7/8)  ◆l8jfhXC/BA :2005/10/23(日) 23:26:50 ID:GpPlZlGK
(まあ、これくらいか? ……いや、もう一つあったな)
 ──南の城。
 部屋の数が多く、何より目立つ。遊園地と同じくやや派手すぎる感はあるが。
 自分が立ち去ってから誰かが入った──あるいは入る可能性は十分にある。何よりここから一番近い。
(港町、商店街周辺、公民館周辺、城。とりあえずはこの四つから選ぶか)
 候補を絞り、鉛筆で適当に地図に丸をつける。
 それを由乃が背伸びをしてのぞき込んできたので、少し手を下ろして見やすくさせた。
「この四つのどれかに行こうと思うんだけど……島津さんは、どこがいい?」
「え? えっと……」
 話を振ると、由乃は眉を寄せて考え込み始めた。
 真剣な眼差しで地図を睨んでいる。本当にその友人達と、ここにはいない親友のことが大切なのだろう。
 そしてしばらく経った後、彼女はおずおずと口を開いた。
「それじゃあ、ここに────」


【F-6/砂浜/1日目・14:20】
【平和島静雄】
[状態]:下腹部に二箇所刺傷(未貫通・止血済)
[装備]:神鉄如意
[道具]:デイパック(切り裂かれて小さな穴が空いている、支給品一式・パン6食分・水2000ml)
[思考]:捜索場所を決める。由乃に付き合う。
    セルティを捜し守る。クレアを見つけ次第殺害。
[備考]:由乃・クルツの伝言内容をすべて聞きました。

【島津由乃】
[状態]:すでに死亡、仮の人の姿(1日目・17:00に消滅予定)、刻印は消えている
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]:捜索場所を決める。静雄についていく。
    支倉令への言葉を誰か(祐巳・志摩子が理想)に伝え、生き残って令に届けてもらう。
    宗介・テッサ・かなめにクルツからの伝言を伝える
[備考]:恨みの気持ちが強くなると、怨霊になる可能性あり
120Stream of Light (8/8)  ◆l8jfhXC/BA :2005/10/23(日) 23:27:54 ID:GpPlZlGK
【ハーヴェイ】
[状態]:気絶。脱水状態。左腕大破(完治には数時間必要)
[装備]:なし
[道具]:支給品一式
[思考]:ウルペンの殺害
[備考]:服が自分の血で汚れてます。

※ハーヴェイはこの後「431:雨葬」に続きます。
※周囲にドゥリンダルテ、由乃のロザリオ、キーリのデイパック(支給品一式)
 静雄の支給品(方位磁石、時計等の一部の小物)、Eマグが落ちています(Eマグは431話で回収されるため拾得不可)
121red tint(1/10) ◆jxdE9Tp2Eo :2005/10/25(火) 21:28:42 ID:2igLwhXp
「ここは?」
相良宗介の目覚めた場所、そこは所狭しと機械が並ぶブリッジ。
「軍曹、何を寝ぼけている!軍曹!」
自分を叱り飛ばす声に顔を上げると、そこにいたのは彼が最も苦手とする上官、マヂューカス中佐だ。
「はっ!失礼いたしました、中佐殿!、妙な夢をみてしまいましたのであります!」
すばやく直立不動の姿勢をとる宗介。
「奇妙な夢、詳しく言ってみろ!」
「はっ!自分と大佐殿、以下ウェーバー軍曹らを含む一行が拉致…」
「そこはいい、最近の出来事を述べよ」
「はっ!正午頃謎の女性と遭遇、千鳥かなめを人質にとられ戦闘を強要された次第であります!」
「その女性は何者かね?」
「名は不明、ですが非常に美しい姿をしており、また奇怪な力を使うようであります!
身体的な特徴は長い髪で顔の半分を隠している、その程度です」
そこで黙り込むマヂューカス。

「そうか、で君は、むざむざその女の要求を飲んだのかね?」
「お言葉ながら人質を取られており、ご存知であることを前提に申し上げますが
 非常に特殊な状況下ゆえ、一時従うことが最善と判断いたした次第であります!」
「して、場所はどこかね?」
「それは…」
そこで宗介の視界が大きくぐらつく、床が揺れているようだ。
「今のは攻撃ではありませんか?中佐殿」
「話を逸らすな!続けたまえ!」
改めて姿勢を正しながらも宗介は妙な気分になっていた、この僅かな違和感は何だ。
それに…あの数々の出来事が夢だったとはやはりまだ考えづらい…。
「失礼ながら申し上げます!大佐殿はどちらに行かれたのでありますか?」
恐る恐るの質問、そのときまた大きな揺れ。
122red tint(2/10) ◆jxdE9Tp2Eo :2005/10/25(火) 21:29:50 ID:2igLwhXp
「大佐は現在別任務に就いている」
別任務?いや自分の知りうる限りこの状況でそれはありえない…。
それに考えてみれば何故中佐は自分の夢の中身を知っているのだ?
その時また大きな揺れ、そして不意に別の光景が目の前に開けた。

「おい!せんせー!せんせーってばよ!」
「何かね?治療中は邪魔をするなと」
「いいから外見ろよ!」
終の言葉に窓の外を見るメフィスト、周囲の風景が動いている。
「ほう…山が動いてるな」
「違う!動いてるのは山じゃねぇ!病院だ!雨でぬかるんで地滑りを起こしてるんだ!」
終の声と同時に建物が急速に軋みだす。
「この肝心な時に」
催眠術による尋問も佳境に入りつつあるところで何たることか。

「君は志摩子くんらを頼む、私は…」
しかしその時ベッドの上の宗介が目を開く、
(目覚めたか!いかに私の力が弱体化されてるとはいえ、なんという精神力の持ち主だ!)
だが、動揺するメフィストではない、宗介の確保を素早く行おうとするが、
床が傾き、そちらに注意が向いてしまう。
その隙に宗介は窓から外へと飛び出してしまっていた。

(逃走を選ぶか!判断力も一流だな、潜在能力は京也くんらと同じレベルと見た)
もちろんメフィストの技量ならばこの状況でも確保は容易い、だがそうはしなかった、かわりに、
「千鳥かなめを救い出したいのならば自分の心を偽るな!何が起きてもただありのままの心をもって
 彼女の全てを受け入れたまえ!」
そう声をかけると、メフィストは病院内へと戻っていき、それから数分後、病院は山肌もろとも粉砕されたのだった。。
「大丈夫かね?」
123red tint(3/10) ◆jxdE9Tp2Eo :2005/10/25(火) 21:30:51 ID:2igLwhXp
病院のガレキを軽く押しのけながらメフィストが難を逃れた志摩子らに声をかける。
「私たちは大丈夫です、でも終さんが」
「わたくしたちをかばおうとして、そしたら目の前で転んでそのまま土砂の下敷きになってしまったんですの」
「なるほど…」
まったく世話が焼ける…そういう顔のメフィストは聴診器を取り出し土砂に当てる。
「あの少年は非常に頑健な肉体を持っている、この程度なら平気だろうが…」
聴診器を当てた位置からしばらく歩いた地点を指差すメフィスト、
「あの場所だ」
みると地面が僅かに盛り上がっている、そしてしばらくたつと、泥まみれの姿で這い出してくる終。
「おい医者!場所がわかってるんならちったあ手伝え!」
「医者として君の生命力を信じたまでだ、必要以上に治療を行わないのも医者の条件の一つでね」
「うるせえ…この」
藪医者だなんていえない。

「それに自力で逃げられる者はまだいい、彼女はもはや動くことも叶わない」
メフィストの腕の中にはテッサの死体が収まっていた。
「諸君、それぞれの信じる神の元に祈りの言葉をお願いする」

テッサの埋葬を済ませた一同、
「とりあえず雨風の凌げる場所にいきませんか?」
志摩子の提案に頷く一同、それに泥まみれの終の服も調達せねばならない。
「あの…ドクター」
そうだ、伝えなけれならないことはたくさんある、しかしダナティアの言葉をさえぎるメフィスト。
「すまないが後にしてくれないかね、我々には片付けねばならぬことが多すぎる、それに会わねばならぬ者もいてね
 せめて6時まで待ってくれないだろうか?」
口調はやわらかいが、断固とした意思の表示だった。
124red tint(4/10) ◆jxdE9Tp2Eo :2005/10/25(火) 21:31:37 ID:2igLwhXp
口をつぐむダナティア、だが何としてもこの医師を自分の陣営に引き込まねば…彼ほどの逸材を自分の傍らに置ければ、
それは百万の味方を得たにも等しい。
まして分散の愚を犯したがゆえに、彼女はむざむざ仲間を失ったのだ。
同じ轍は踏まぬ、そう考えながら雨の中を歩くダナティアだった。
一方のメフィストも険しい表情を見せている。
(あの女、相変わらず不可解極まりない…まるで1人の戦士を育てているようなものだというのに)


「夢では…なかったのだな、俺としたことが」
ずぶぬれになりながらさ迷う宗介、窮地を脱出したとはいえ…もう彼に気力は残されていなかった。
(首を5つじゃ)
美姫の言葉が冷たく響く…もう間に合わない。
いや…まだ手はある、最後の手段が…
「生きていてくれさえすれば…俺はそれだけで」
いつしか雨はやみ、そして濃霧が周囲を包む中、宗介は教会へと向かっていた、が。

教会周辺の草むらには明らかに何者かが通り、そして争った形跡があった。
(そんなっ!)
心配が焦りへと変わる中、道を急ぐ宗介、途中に死体があった、見知らぬ少年のものだった。
そして墓地の中へと足を踏み入れ、祭壇へと降りる宗介。

そこには誰もいない…いや、横たわる影が1つ、
「千鳥っ!」
かけよる宗介、そしてその身体に触れようとした時だった。
「そう…すけ?」
むっくりと起き上がるかなめ、だが宗介は戸惑いを隠さない…なにかがおかしい。
「あのね、わたしおなかがすいてるの…だから飲ませて、宗介の血を」
その言葉に反射的に身構えそうになる宗介、どこかで聞いたことがあるこの状況、あれは確か?
125red tint(5/10) ◆jxdE9Tp2Eo :2005/10/25(火) 21:32:46 ID:2igLwhXp
「クルツ、なぜ俺の家でテレビを見る…」
「いやぁ、テレビ壊れててよ、みろよこの女優、すげぇ胸」
画面の中ではドレス姿の女優が、鋭い牙をむき出しにしていた。
「ヴァンパイアだってよ…咬まれたらそいつもヴァンパイアになるんだ」
「くだらん、非現実的だ」


あのときはそのままベッドへともぐりこんだのだが、今かなめの口元には確かに牙が生えている。
ということは…。
クルツの言葉がリフレインする。
(かまれたらそいつも)
「ねぇ…いいでしょ?私夢をみてたの…私が死んで宗介がテッサと結婚する夢…とてもさびしくて、悲しかった
だからね…もう離れない…宗介をずっと私のものにするの」
かなめの赤く染まった瞳から、大粒の涙がこぼれる。
「千鳥…」
宗介の手が震える、
これは俺の知っている千鳥かなめじゃない…、違う…だから…。
その手がかなめの首に伸びる、しかし
「それでも俺は…」
構えた手をおろす宗介。

「わかった…俺の命が欲しいなら全部お前にやる…それでお前の苦しみが悲しみが癒えるのならば」
「お前と同じ世界に堕ちるのならば、それでも構わない…俺の世界と時間は全てお前にくれてやる」
宗介の首筋に牙を伸ばそうとしたかなめの顔が寸前で止まる。
「そう…すけ…ありがと…でも…その言葉だけで充分だよ」
その瞳が少しずつ人間の色に戻っていく。
「私、もう人間じゃなくなったけど、今までもいっぱい危ない目にもあったけど、でも宗介にあえて本当に良かった…
だから宗介は自分のために生きて」
126red tint(6/10) ◆jxdE9Tp2Eo :2005/10/25(火) 21:34:05 ID:2igLwhXp
かなめは自分にかけられた呪縛を振り切り、宗介から離れ、そしてナイフを自らの心臓に突き立てようとする。
「さよなら…今度出会えたら、2人で生きていけたら…」
「やめろっ!今度じゃない!今だ!俺は今お前と生きていたい!だから死ぬな!」
かなめを取り押さえ必死で叫ぶ宗介。
「お前が化け物でも構わない、お前が化け物なら俺は人殺しだ!だから一緒に生きよう!頼む!
それが叶わないのならば、俺もお前の傍に行く!」

まさに渾身の叫びだった、その時かなめの身体からまた力が抜けていく、そして。
「宗介…私」
かなめの身体に人の温もりが戻ってきていた、
恐る恐る首筋を触る、傷は消えていた。

「我が呪縛に耐えるとは…ふふふそなたらの勝ちよ」
闇から抜け出してきたかのように、音もなく2人の背後にたつ美姫。
「四千年の生きてきて、そうそうあることではないわ…ふふふ」
「首は」
「皆までいうでない、そなたの叫び、1000の首にも等しいわ、ではどこにでも行くが良い、2人手を取り合っての」

だが、宗介は去らなかった。
「ほう、去らぬのか?」
「俺の目的は一つ、この島から脱出すること、そのためにはあんたのような強者につくのが戦略的に一番だ
 それに強さは抑止力にもなり得る、結果的に無駄な戦闘を避けられるはずだ」
宗介の表情はまるで代わらない、いやもう彼に迷いはない。
「ほほ…わたしを神輿に担ぐか」
それに美姫もまんざらではないようだ。
「だがわたしはお前の女を一時は魔物に変えたのだぞ」
「だが、あんたは結果的に千鳥を守ってくれた…約束を反故にしても構わない立場であっても
それにここを去ってもいずれ誰かと戦うことになる、少なくとも俺はあんたには勝てる気がしない
今ここで俺たちを殺さないのならば、傍にいても問題はないはずだ」
127red tint(7/10) ◆jxdE9Tp2Eo :2005/10/25(火) 21:34:59 ID:2igLwhXp
「ならば好きにするがよい、わたしは何も求めぬ、わたしと共にありたいのならばそうすればよかろう
 わたしが不要であれば去ればよい」
楽しくてたまらぬという感じで笑う美姫、宗介はかなめへと向き直る。
「千鳥…」
さっきとは違い、どう言葉をかけていいのかわからない。
「いいよ…それでも…」
うつむいたままのかなめ。
「本当は、だれも殺して欲しくない…」
「でも宗介はいままで私のためにいっぱい頑張ってくれたんだから…
 それにあんなことになった私を宗介は受け入れてくれた…だから私も戦う…宗介1人に苦しみを背負わせたりしないから」
もう一度宗介はかなめをしっかりと抱きしめる。

「決まったようだの…さて」
美姫は宗介らからアシュラムの方へ顔を向ける。
「おまえはどうする?もう気が付いているであろ?今のおまえはおまえであってお前ではない」
その言葉に厳しい表情を見せるアシュラム。
「知りたいか?お前が本来何を思い、何を考え生きていたかを」
「それは…」
「怖いかの?」
美姫の言葉に固まるアシュラム、確かにその通りだ。
「ほほ…無理をせずとも構わぬ、知りたくなればその内教えてやろう…まぁ」
「お前にもあの娘のように真に必要としてくれる誰かがいればまた話は変わってくるののだかの」
そして美姫は勢いよく教会の扉を開け放つ。
数メートル先も見えぬ濃霧が彼女の身体を包む、さらに陽光は西の彼方に去ろうとしている。
もう、彼女を阻む物は何もない。
128red tint(8/10) ◆jxdE9Tp2Eo :2005/10/25(火) 21:37:38 ID:2igLwhXp
「さて…行くとするかの」
その言葉に戦慄する一同、だがまたここで彼女は微笑む。
「ふふ、私は何もせぬ…言ったであろ、あのような輩に踊らされるほどわたしは愚かではない、だが
進んで踊る者もおれば、踊りたくなくとも踊らねばならぬ者もおるであろ、ゆえにわたしは何もせぬ
ただ聞きたいだけ、彼らの声をの、ふふ、彼らはいかなる正義・欲望のために他人を踏みつけているのかをの
誰も彼も己が正しいと思って事を起こすものよ」

お互いの顔を見る宗介とかなめ、美姫の言葉がのしかかる。
「どうした?来ぬのか?このような島、本来ならば一飛びだが、たまには地を歩くのもよかろうて」


【B-4/病院/一日目/16:45】
【創楽園の魔界様が見てるパニック――混迷編】
【藤堂志摩子】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:デイパック(支給品入り)
[思考]:争いを止める/祐巳を助ける

【ダナティア・アリール・アンクルージュ】
[状態]:疲れ有り
[装備]:なし
[道具]:支給品一式(水一本消費)/半ペットボトルのシャベル
[思考]:救いが必要な者達を救い出す/群を作りそれを護る
[備考]:下着姿
129red tint(9/10) ◆jxdE9Tp2Eo :2005/10/25(火) 21:43:39 ID:2igLwhXp
【Dr メフィスト】
[状態]:健康
[装備]:不明
[道具]:デイパック(支給品入り)
[思考]:病める人々の治療(見込みなしは安楽死)/志摩子を守る/宗介とダナティアの治療

【竜堂終】
[状態]:健康
[装備]:ブルードザオガー(吸血鬼)
[道具]:なし
[思考]:カーラを倒し、祐巳を助ける
[備考]:空腹、泥だらけ



【D-6/教会/1日目/17:55】

【相良宗介】
【状態】健康。
【装備】なし
【道具】なし
【思考】どんな手段をとっても生き残る

【千鳥かなめ】
[状態]:通常
[装備]:鉄パイプのようなもの。(バイトでウィザード「団員」の特殊装備)
[道具]:荷物一式、食料の材料。
[思考]:宗介と共にどこまでも
130red tint(10/10) ◆jxdE9Tp2Eo :2005/10/25(火) 21:44:34 ID:2igLwhXp
【美姫】
[状態]:通常
[装備]:なし
[道具]:デイパック(支給品入り)
[思考]:これから夜の散歩

【アシュラム】
[状態]:健康/催眠状態
[装備]:青龍堰月刀
[道具];冠
[思考]:美姫に仇なすものを斬る/現在の状況に迷いあり
131red tint(修正) ◆jxdE9Tp2Eo :2005/10/25(火) 23:12:16 ID:2igLwhXp
>>123
メフィストの腕の中にはテッサの死体が収まっていた。
以上の部分を

メフィストの腕の中にはテッサの死体が収まっていた。
その遺体を見てダナティアは首をかしげる
毛布に隠れていたので分からなかったが、その死体には左腕がなかったのである。

以下に変更します。
「じゃ、まずはそっちの事情から話してよ」
 酒屋の奥、狭いダイニングキッチンで、臨也は前に座るマージョリーに言った。
 マージョリーは眉をひそめ、
「事情って、私があんたに話すことがどれほどあると思ってるの?」
「どれほども何も、沢山さ。
現在の体調。所持品及び戦闘手段。俺と手を組んだ理由。
この島で何人殺したのか。出会った奴の名前や、知っている人間の名前。
それに、好きな酒の銘柄とかね」
 相変わらずの笑みと共に口を動かす臨也。
 それを聞くマージョリーも、口に薄い笑みを浮かべている。
「その質問、全部そっくりあんたに返すわ」
「随分とズルいことを言う」
「じゃ、公平にこうしましょ。
順番に一つずつ文章を言って、互いにそれに答える。
例えば私が、『昔、自分は――』と言う。
そしたらあんたが『鼻垂れのガキンチョだった』と答え、
私は『周りの男をたぶらかしていた』と答える。
勿論、質問も答えもこの“ゲーム”に関係することに限る。どう?」
「面白そうだね。じゃ、レディーファーストってことで、……どうぞ」
「じゃ、まずは軽く。『名簿に知っている名は――』」
「『二つもあった』」
「奇遇ね。『二人もいやがった』」
「で、俺か。『この島に来てから出会ったのは――』」
「『男が四人に女が五人』」
「『死体が六つに大嫌いな奴が一人』」
「ふーん、お互い難儀してるみたいね。次、『この島で殺したのは――』」
「『可哀想な人間を一人』」
「『調子に乗っていた馬鹿を一人』」
「気が合うね。じゃあ、『この島で見つけたい人間は――』」
「『一人だけ。ただしそいつの状況次第』」
「『一人だけ。ただしお邪魔虫がいなければ』」
 臨也が言い終わったところで、マージョリーが一息をつき、
「それじゃ、そろそろ本番と行きましょうか」
「今までのは前座? ま、質問の中身も軽かったし、当然か」
「判ってるじゃない。じゃあ行くわよ。
『この島で生き残るためには――』」
 臨也は数秒考え込み、
「……『他人を利用はしても信用しない』」
「『最後の一人まで殺し切る』」
 間髪入れずに発せられたマージョリーの言葉に、臨也は笑みを苦笑へと変えた。
「なるほど。じゃ、少し趣向を変えようかな。『もし私から刻印が消えたら――』」
「『全力でこの“ゲーム”を壊す』」
「『禁止エリアに逃げ込んで時が経つのを待つ』」
「つまらない答えね。『もし知人が殺人鬼と化していたら――』」
「『全力で逃げ回る』」
「『手を取り合って皆を殺そうと持ち掛ける』」
 臨也はますます苦笑を濃くし、
「そんなに俺を脅かして楽しいのかい?」
 対し、マージョリーはその妖艶な笑みを濃くし、
「そんなに臆病者のフリをして、私の油断を引き出したいの?」
「困ったな。俺は本心を言っているだけだってのに」
「いいからとっとと続けなさい」
「はいはい。『可能ならば真っ先に殺したいのは――』」
 今度はマージョリーが数秒の間を置き、
「そうね……、『三人と、一人と、あそこにいる人間』」
「ふうん? 俺は、『一人だけ』」
「まったく、もう少し面白い答えは言えないの?
つまらないから後一回ずつで終わりよ。いいわね」
「見事なまでに自分勝手だね。ま、そもそもキリがないか」
「判ってるなら、余計なことは言わない。じゃ、行くわよ。
『傷ついた参加者が、助けてくれ、手を貸してくれと言ってきた。そこで私は――』」
「『その参加者に質問をした』」
「……何よそれ」
「質問の答え次第で、ってことさ」
 マージョリーは怪訝そうな顔で、今までで一番妙ね、と言った。
「で、そっちは?」
「どうせ予想してるんでしょ? 『そいつを楽にしてやった』」
 臨也は曖昧に笑っただけで、その答えには何も言わなかった。
 そして、少し考えてもいいかな、と言い、
「……よし、これにしようか」
 臨也の表情は、楽しそうな、どこか意地の悪そうな笑みになっていた。

「『殺されそうになった時、私は――』」
 マージョリーの顔から笑みが消えた。正面の臨也を睨むように見る。
「ネガティブね。貴重な最後の質問だってのに」
「これも所詮はゲームだろ? いいから答えてよ」
「……『相手を殺すことで、生き延びた』」
「つまらないな」
 マージョリーの表情が、ほんの一瞬だけ歪んだ。
「……ご大層な言い分ね。何様のつもり?」
「君ほどじゃないよ。何もかもを捻じ伏せることで生き残ろうとする君よりは」
「それじゃ、あんたはどうなのよ」
 臨也は笑い、もったいぶるように間を空けて答えた。
「――『相手を絶望させることで、生き延びた』」

 テーブルの上の酒瓶がマージョリーの手に捕まえられ、そのまま彼女の口にあてがわれた。
 マージョリーは豪快に一口を呑むと、ドンッという音を付けて酒瓶を置いた。
「……なかなか有意義だったとは思わない? イザヤ」
「そうだねマージョリー。で、どうするんだい?」
「あんたを少しは信用するわ。利用するために、ね」
「それじゃ、俺もそうしよう」
 ぬけぬけとよく言うガキね――とマージョリーは思った。
「で、本題。雨が降ってる内に行きたい所があるから、着いて来なさい」
「了解」
「ああ、それと」
 マージョリーはデイパックの中から一本の酒瓶を取り出し、臨也に差し出した。
「あんたの銃を早速使うことになるかもしれないから、持ってなさい」
「……狙撃と酒瓶に因果関係があるってのは初耳だな」
「手が震えた時に必要でしょ」
「……面白いジョークだね」
 もしアル中だったとしても、スピリタスは無いだろう――と臨也は思った。
【C-3/商店街、酒屋/1日目・16:00頃】 
『詠み手と指し手』
【マージョリー・ドー】
[状態]:わりと上機嫌。
    全身に打撲有り(普通の行動に支障は無し)
[装備]:神器『グリモア』
[道具]:デイパック(支給品一式・パン5食分・水1300ml) 、酒瓶(数本)
[思考]:ゲームに乗って最後の一人になる。
    臨也と共闘。興味深い奴だと思っている。
    シャナに会ったら状況次第で口説いてみる。
[備考]:臨也の装備品をナイフとライフルだけだと思っています。
    (もし何か隠していても問題無いと思っている)

【折原臨也】
[状態]:上機嫌。
    脇腹打撲。肩口・顔に軽い火傷。右腕に浅い切り傷。(全てとも処理済み)
[装備]:ライフル(弾丸30発)、ナイフ、光の剣(柄のみ)、銀の短剣
[道具]:探知機、ジッポーライター、禁止エリア解除機、救急箱、スピリタス(1本)
    デイパック(支給品一式・パン6食分・水2000ml)
[思考]:マージョリーと共闘。 面白くなりそうだと思っている。
    セルティを捜す。人間観察(あくまで保身優先)。
    ゲームからの脱出(利用できるものは利用、邪魔なものは排除)。残り人数が少なくなったら勝ち残りを目指す
[備考]:ジャケット下の服に血が付着+肩口の部分が少し焦げている。
    ベリアルの本名を知りません。

※二人がどこに向かうかは以降の書き手に任せます。
※酒屋の傍に、蟲の紋章の剣が隠してあります(放置中)。
137Missing 〜合わせ鏡の男達〜(1/5) ◆lmrmar5YFk :2005/10/30(日) 17:25:24 ID:jKvvBe9l
この世の誰よりも大切な女を失った赤毛が一人、砂浜を行く。
ざっざっと煩く音を立てる足元の砂は、いつか彼女と見た砂の海を思い起こさせた。
そしてその彼女がもういなくなったのを、青年はよくよく分かりきっていた。
自分の側にいてくれた唯一の女がごく簡単に血に塗れて冷たくなっていく様を、彼は確認していたのだから。
生気が失せ青ざめた頬。紫色の唇。だらりと力なく垂れ下がった肢体。
それは想像するまでもなく、先刻この目で見据えた絶対の事実だった。
ついさっきだ。俺の腕の中で、彼女の小さな身体はぐったりと熱を失って唯の肉塊へと成れ下がった。
――アイツは死んだ。
あのいつもいつも鬱陶しいくらい俺にまとわりついてきた彼女は、もうどこを探しても居ない。
昔ラジオがよく流していた曲に『失って初めて分かる大切なもの』なんて歌詞があって、俺は何時もそれを陳腐だと思っていた。
もっとも「下らない」なんて呟くと、すぐさま二人して反論してくるもんだから、中々正直な感想は口に出せなかったが。
……けれど、今になって分かる。
『無くして初めて分かる大切なもの』は本当に存在するのだ。
あの小さな少女が、俺にとってのそれだった――。
138Missing 〜合わせ鏡の男達〜(2/5) ◆lmrmar5YFk :2005/10/30(日) 17:26:30 ID:jKvvBe9l
笑顔の似合う少女だったと思う。
最後に逢えたときも、いつもと変わらぬ少し怒ったような、それでいて安心したような微笑を湛えていた。
俺に逢えたから、まさかあの瞬間彼女は喜びで笑ったのだろうか。
姿が見えた刹那こちらに駆け寄ってきたのは、それほどお前が俺を想ってくれていたからなのか?
分からない。随分と長く一緒に居た筈なのに、彼女の考えていたことが分からない。
こんなことなら、面倒くさがったりせずにもっと何でも話を聞いてやるんだった。
一緒に行きたがっていた場所、見たがっていた風景。彼女が望んだものは、たくさんあった筈だ。
「その内にな」の一言で退けて、結局『その内』なんて来ないまま彼女の願いを無視し続けていた。
――――思い返して、思わず顔には出さず苦笑した。
こんなことを悔いて何になるというのだろうか。だって彼女は、もう死んでいるのに。
彼女が死んだ以上、自分にはもうしたいことなど何一つとして無いのだ。
ただ、しなければいけないことがたった一つだけ。
あの男を殺して。必ず殺して。
それさえ済んだら、一人で居るのが嫌いな寂しがりやな彼女のために――。

「……キーリ、もうちょっとだけ待ってて。すぐ、そっちに行ってやるから」

唇を動かしてぽつりと呟くと、再び水を吸った重たい砂の上を歩き始める。
その足取りは重く、その顔に映るのは無明の闇。
ふと前方に人影を感じて顔を上げれば、視線の先に見えた影は自分とどこか似ていて、けれど何かが決定的に違っていた。
139Missing 〜合わせ鏡の男達〜(3/5) ◆lmrmar5YFk :2005/10/30(日) 17:27:56 ID:jKvvBe9l
          *          *          *

この世の誰よりも大切な女を失った赤毛が一人、砂浜を行く。
びゅぅびゅぅと煩く音を立てる頬を掠める風は、いつか彼女と上った列車の屋根を思い起こさせた。
そしてその彼女がまだ無事でいるに決まっていると、青年は未だ信じきっていた。
自分が選んだ唯一の女がそう簡単に血に塗れて冷たくなっていく訳はないと、彼は確信していたのだから。
生気に満ち昂揚した頬。薔薇色の唇。はっしと地に足を付ける肢体。
それは想像するまでもなく、ずっとこの脳で信じ続けた絶対の事実だった。
あと少しだ。俺の腕の中に、彼女の小さな身体がしっかりと熱を保って嬉しそうに飛び込んでくる。
――アイツは生きてる。
初めて彼女と逢ったときから感じていた。この出逢いは運命なのだと。
ラジオからよく流れていた曲に『無くしちゃいけない大切なもの』なんて歌詞があって、俺は何時もそれを陳腐だと思っていた。
そんな誰もが分かりきっている内容、わざわざ歌にするほどのことじゃないだろうが、と。
……でも、今になって分かる。
『無くしちゃいけない大切なもの』は本当に存在するのだ。
あの美しい女性が、俺にとってのそれだ――。
140Missing 〜合わせ鏡の男達〜(4/5) ◆lmrmar5YFk :2005/10/30(日) 17:28:40 ID:jKvvBe9l
笑顔の似合う女だと思う。
再会したら、いつもと変わらぬ少し怒ったような、それでいて安心したような微笑を向けてくれるだろうか。
俺に逢えたら、お願いだその瞬間お前は喜びで笑ってくれ。
姿を見つけた刹那そちらへ駆け寄って、どれほど俺がお前を想っているのか教えてやるから。
ああ、そうだ。こんなゲームどうだっていいんだ。
俺が本気になれば、この島の百何人なんて即行で皆殺しに出来るだろう。
そんな『当然の』結末に興味は無い。俺が望むものは、たった一つだけだ。
シャーネを無傷で俺の腕の中に抱くことが出来れば、他の奴らの蟻程度の命などわざわざ無駄に刈る必要は無い。
――意気込んで、思わず大きく顔に出して苦笑した。
こんなことを決意して何になるというのだろうか。だって彼女は、無事でいるに決まっているのに。
けれど彼女が孤独でいる以上、自分がするべきことは決まりきっているのだ。
そう、しなければいけないことはたった一つだけ。
あの女を探して。必ず探して。
それさえ出来たら、二人で居るのが好きな寂しがりやな彼女のために――。

「……シャーネ、もうちょっとだけ待ってろ。すぐ、そっちへ行ってやるから」

唇を動かしてぽつりと呟くと、再び水を吸った重たい砂の上を歩き始める。
その足取りは軽く、その顔に映るのは翳り無き明かり。
ふと前方に人影を感じて顔を上げれば、視線の先に見えた影は自分とどこか似ていて、けれど何かが決定的に違っていた。

          *          *          *

――そして、この世の誰よりも大切な女を失った赤毛が二人、砂浜で遭う。
その様はまるで、合せ鏡のよう――。
141Missing 〜合わせ鏡の男達〜(5/5) ◆lmrmar5YFk :2005/10/30(日) 17:29:11 ID:jKvvBe9l
【G-8/砂浜/1日目/16:30】

【ハーヴェイ】
[状態]:精神的にかなりのダメージ。濡れ鼠。
左腕は動かせるまでには回復。(完治までは後1時間半ほど)
[装備]:Eマグ
[道具]:なし
[思考]:ウルペンの殺害
キーリを一人にしておきたくはない、と漠然と考えている(明確な自殺の意思があるかは不明)
[備考]:ウルペンからアマワの名を聞いています。服が自分の血で汚れています。

【クレア・スタンフィールド】
[状態]:絶好調
[装備]:大型ハンティングナイフx2
[道具]:デイパック(支給品一式)
[思考]:姫(シャーネ)を助け出す
142イラストに騙された名無しさん:2005/11/06(日) 08:16:15 ID:/7joV4UD
hosyu
143竜王と巨人のダンス  ◆CDh8kojB1Q :2005/11/06(日) 11:14:21 ID:Cgj6a4H2
 B-3エリアのビルの一室。
 「風雨の下で長時間行動するのは身体に障る」と主張する医者に連れられて、
 崩壊した病院から隣の区画に移動した藤堂志摩子ら一行が休息を取っていた。
 ダナティアと終は、ビルじゅうを巡った後になんとか衣服を発見し、
 その間に志摩子は水と食料を補給した。
 メフィストは静かに窓の外を眺めている。外見は余裕そうに見えるが、
 刻印や吸血鬼などの懸案すべき事項が多すぎて、一時たりとも彼が思考を停止する事は無い。
 
 更に鳳月と緑麗とは17:00の集合時間にて再開する事ができなかった。
 たとえ彼らが道に迷ったとしても、島を北上すれば行き着く事のできるA-4エリアの橋を
 集合場所に選んだのだが、どうやら神将二人にトラブルが発生したらしい。
 メフィストは、ダナティア達が服を探す間に橋を訪れ、神将の遅刻を
 信じながら三十分ほど二人の到着を待っていたが、遂に彼らは姿を現さなかった。
 それでもメフィストは周囲の市街地を探索し、そして結論した。
 ――市街地にすら到達できていないようだ……恐らく彼らは死んだのだろう。
 もし生き長らえていたとしても、彼らは活動不可能な状況に陥っているに違いない。
 メモを残すべきか考えたが、雨で濡れて用を成さないであろう事は明白だったので、
 メフィストは放送まで彼らへの対応策を保留した。
 生死は程なく明らかになるだろう。
 
 ようやく態勢が整い、一同が今後の行動を定めようと集まった時、
 真っ先に口を開いたのはダナティアだった。
「6時まで待ってくれないだろうか? そうドクターは主張しましたが、
今どうしても伝えなけれならない事が幾つか――」
「カーラの事か?」
 ダナティアの言葉をぶっきらぼうにさえぎったのは終だ。
 土砂に埋もれたり、ズブ濡れになった所為か、先ほどまで彼は不機嫌そうだった。
 服を見つけた後に「腹が減った」などとのたまい、
 志摩子が集めた食料にさっそく手を付け始め、現在は腹の虫が治まったかの様に見えいたが、
 やはり灰色の魔女の事が頭から離れなかったようだ。
144竜王と巨人のダンス  ◆CDh8kojB1Q :2005/11/06(日) 11:15:20 ID:Cgj6a4H2
 終の言葉に志摩子は息を呑み、メフィストはしばしの沈黙の後に話の続きを促した。
「ええ、彼女の事も関係しているから、しばらくの間黙って聞いていてくれるかしら?」
 ダナティアの返事に対して終は素直に手に持っていたパンを置き、
「別に良いけど……こいつはけっこう長くなるのか?」
「ええ、そうね。夢の話よ……魔王の下に魔女が集った夜会の夢。
運命と言う名の偶然に導かれ――深層心理の奥底にて招かれた“無名の庵”で出会った、
闇の世界の住人“夜闇の魔王”――神野陰之。このゲームの主催者との対話の夢よ」
「神野陰之? ぜんぜん聞かない名前――あ、悪かった。おれ、こういう性分なんだよ。
今からずっと黙ってるから話を続けてくれ」
 三方から無言の圧力を受けて終は沈黙した。
 生まれた沈黙を受けてダナティアは再び語りだす――、

 “天壌の劫火”アラストールとの約束。
 無邪気に笑う“魔女”十叶詠子。
 深層意識でさえ福沢祐巳の形を取る“灰色の魔女”カーラ。
 十叶詠子が『ジグソーパズル』と称したサラ・バーリン。
 「『私』に問い掛ける事を許そう」と厳かに告げた“夜の王”神野陰之。
 そして――、未だ顕れざる精霊“御使い”アマワ。
 神野は語った。
「『彼』は君達にこう問い掛けているのだよ。
 “――心の実在を証明せよ”」

 ダナティアが語った夜会の内容は、一同に少なからず衝撃を与えた。
「難題ですね。心の実在を証明せよ、ですか……」
「心ってのは脳の中に有るんじゃないのか? 今こうして考えてるのも脳だろ?」
「“人間”ならばそうでしょうね。でもアマワは精霊なのよ。
あの“夜の王”やアマワには実体は存在しないはずだわ。当然、脳なんて持ってないわね」
「おい! せんせーはどう思うんだよ。医者なんだろ?」
145竜王と巨人のダンス  ◆CDh8kojB1Q :2005/11/06(日) 11:16:45 ID:Cgj6a4H2
 終は目に見えて怒っていた。
 彼にとっては「心の実在」などどうでも良く、
 そんな不確定なものを証明する為にこんなくだらないゲームに引っ張り込まれ、
 結果として兄と従姉妹を失った。彼らは二度と戻って来ない。
 湧き出す感情は悲しみよりむしろ怒りが大きい。
「ったく……最初から頭でっかちな学者連中を集めてりゃあ良いんだよ」
 何故自分達が殺し合わなければならないのか?
 何故失う事で心の実在が証明されるのか?
 終には分からない。
 胸を押さえても感情は荒ぶるばかりで少しも鎮められない。

 終の怒りが弾けそうになった時、メフィストがようやく口を開いた。
 その口調には何のてらいも気負いもない。
「“――心の実在を証明せよ”か。実に興味深い……。
私も正直、確固たる名案を示す事ができん。――終君、明確な理由が有るので
憤らないでくれたまえ。まず、我々はアマワと呼ばれる精霊について何ら情報が無い。
一言に精霊と言っても実際には雑多な種が居て、まとめて括る分けにはいかない。
現在我々はアマワについて全くの無知であり、アマワはどのような性質を持ち、
どれほどの存在なのか皆目検討がつかない」
 ここまでは理解できるだろうか。と、一旦言葉を区切ったメフィストは、終と志摩子を
 交互に見渡した。特に終は感情が高ぶっているので、下手に刺激するよりは
 多少話が長くなっても、理解しやすく説明した方が安全性が高い。
 二人が了承の意を返してきたので、メフィストは話を再開した。

「先ほど、実体が無いから脳で考えている訳ではない、と言われたが
確かにそれは的を得ている。だが、我々はアマワの性質を把握していない。
人間の心と精霊の心が同一であるのかすら不明だ。
故に、現状ではアマワの問いに的確な返事を返す事が出来ない。
仮定は幾つでも立てられるが、それらはあくまで仮定であって、解決にはならない。
あいにく私は確証も無く推論を垂れ流す、愚昧な知性を持ち合わせてはいない」
146竜王と巨人のダンス  ◆CDh8kojB1Q :2005/11/06(日) 11:17:50 ID:Cgj6a4H2
「何だよ。結局アマワの事を知らないから、ハッキリと断言できないって事だろ?」
 終はのけぞってギシギシと椅子を鳴らした。
 しかし、終も精霊がどうやって思考してるかなんて事はさっぱり分からないので、
 人の事をとやかく言う筋合いは無い。
「不満のようだな? なんなら幾つか推論を述べても構わないが」
「結構ですわ、ドクターメフィスト。終君、不確定な情報から導かれた推論は
後々になって自らの首を締めるかもしれなくてよ。ドクターはそれを警戒している――」
「分かったよ。けどアマワの事をバラした神野ってのも、おれに言わせれば十分胡散臭え。
言ってる事は、全部自己申告だしな」
「でも、ゲームの裏に神野と名乗る存在が居るのは確実なんですよね?
ダナティアさん?」
「十叶詠子は彼の実在を確信していましたわ。刻印を作製したのは彼だと明言
していたわね……」
 電波ってる娘を何処まで信用して良いか分からないだろ。と、終は再びパンを
 食べ始めた。ダナティアの話を聞く限り、十叶詠子は尋常ではない。
 人格だけなら小早川奈津子の方がまだ理解し易い。

 いや、あの化け物の思考が単純すぎるのだろうか……? 少なくとも茉理ちゃんと
 比べると、十叶詠子ってのは十分変人の域に達しているはずだよな。
 パンの耳に喰らい付きながら、終はそんな事を考えていた。

「ならば、他にも参加者の中で黒幕の存在を理解・知覚している人物が居るかも
しれん。ルールに反しない限り主催者が手を出さないなら、
我々にも反撃の機会は十分有る――」
 そこまで言葉を連ねてメフィストは沈黙した。
 不思議がった志摩子が声を掛けようとした寸前に、終が彼女の口を塞ぐ。
「声が聞こえるんだ――この馬鹿みたいな笑い声は……まさか……」
 南を向いて耳を澄ませるその横顔はかなり引きつっている。
 露骨に不快の意を示す終の態度に志摩子は眉をひそめたが、
 沈黙を保ったおかげで彼の言う“馬鹿みたいな笑い声”を聞く事ができた。
147竜王と巨人のダンス  ◆CDh8kojB1Q :2005/11/06(日) 11:19:08 ID:Cgj6a4H2
「をーっほほほ……ほほ、ジタバタ……に静か……し!」
「貴様っ! 誇り……このマスマ――おごっ!」
「この……小早川……から逃げら…………って? さっさ………れておし……」

「終さん、この声は……例の?」
「十中八九、小早川奈津子だな……。気が乗らないけど、おれの出番か。
地の果てまで逃げてでも闘いたくはなかったんだけど、あんた達が居ちゃあなあ」
 そう言って終は超絶美人のメフィストとダナティアを横目で見やった。
 極端な国粋主義者の小早川奈津子にとって金髪美女のダナティアは
 目の敵であり、メフィストに至っては奈津子のストライクゾーンのど真ん中
 に直球を投げ込むようなものだ。
 『いやがる男を力ずくで征服するのが女の勲章』などとのたまう彼女には
 極上のターゲットだろう。何としてでもあの怪女から守らねばならない。
 小早川奈津子は一度目標を定めればテコでも動かず、弁舌による丸め込みが
 効かない上に物理的にも止められない。メフィストにダナティアという
 最高のエサを眼前にぶら下げれば、即座に彼女は喰らい付くだろう。

「おれが適当に走り回ってあの怪物をまいてくるから、
あんた達はここでじっとしててくれよ。放送には間に合うようにするから、
それまで今後の予定でも話し合うなりご自由に」
 珍しく早口でまくし立てるなり終は扉ではなく窓のほうへと歩を進める。
 先ほど、美男美女にはさんざん小早川奈津子なる存在の危険性を説明した。
 事態が深刻化しない限り表に顔を出すようなマネはしないだろう。

 いざ出撃せんとする終の眼前、ガラス窓の外には濃霧が立ち込めていて、
 三メートルくらいしか前方を見通す事が出来ない。
148竜王と巨人のダンス  ◆CDh8kojB1Q :2005/11/06(日) 11:20:03 ID:Cgj6a4H2
 それでも終はガラリと窓を開け、下を眺めた。
「あー、やっぱ見えないか……。上手く当てれば一撃で吹っ飛ばせるかも
しれないんだけどなあ。ま、図体がでかいから確率は半々ってトコか」
「あの……終さん? 出口は――」
「知ってるよ。あんたは少しばかりこの竜堂終を甘く見てるだろ?」
 終は得意げに長剣――ブルートザオガーを手首だけで一回転させた。
 いとも簡単に扱っているようで、この剣は使い手を選ぶ厄介な宝具だ。
 しかし、存在の力を込めれば剣に触れてる者を傷付ける便利な能力を持ち、
 使い手によっては相当な威力を発揮する。

「じゃ、元気なうちに一暴れしてくるぜっ」
 まるで散歩に行くかのように終はひょい、と窓から飛び降りた。
「終さん! ここは四階……」
 あわてて志摩子が窓辺に駆け寄るが、
「ハギス走り――!!」
 終は並みの人間ではない。ドラゴン・ブラザーズの三男だ。
 そのまま景気づけに大声を上げると、垂直な壁面を全速力で走り始める。
 かつて終は同じように叫びながら、エジンバラ城の壁面を駆け下りたことがあった。
 “ハギス”は、ハイスピードで野を駆けるスコットランドの珍獣として
 とある老人から終が教わったものだが、本来は羊の料理である。

 志摩子が窓から見下ろした時には、終の後ろ姿は霧にまみれて消え行く所だった。
「安心したまえ、彼の身体は優良中の優良だ。この程度の落差はものともしないだろう」
 背後からメフィストの声が掛る。
 志摩子は、土砂の下敷きになってもピンピンしていた終の様子を思い出し、
「行っくぜ――だぁらっしゃ――!!」
 同時に終の気合いと共に放たれた衝撃音を耳にした。
149竜王と巨人のダンス  ◆CDh8kojB1Q :2005/11/06(日) 11:20:44 ID:Cgj6a4H2
「だぁらっしゃ――!!」
 “正義の天使”小早川奈津子は頭上から聞き覚えのある声を聞き、
 とっさに跳躍して回避行動を取ろうとした。――が、間に合わない。
 しかも、先ほど入手した『危険に対する保険』は見苦しい上に五月蝿いので、
 たった今沈黙させた所だ。 現在自分を守る物は何も無い。
 もし、この玉の肌が傷ついたらどうしてくれよう?
 八つ裂きでは済まさない。
 来るべき衝撃に対して小早川奈津子は身構えたが、
「あっ、姿勢を沈めるなよ! 脳天直撃コースだったのに!」
 頭上ギリギリを飛び越えて、奈津子の見知った人物が降って来た。

 “ハギス走り”などと称してビルの壁面を駆け下りた終は、
 目ざとく女傑を発見すると垂直な壁を踏みつけて即座に飛び蹴りを放った。
 しかし、女傑もさる者、蹴りが命中する直前になんとか回避に成功し、
 おかげで終の蹴撃は、彼女の上を通過して少し離れた大地に着弾。
 凄まじい衝撃音と共に、直径3メートルのクレーターを生成した。
 そのまま両者は向きなおり、お互いの危険度を再確認する。

「をーっほほほほほほほほほ!!」
 濃霧の中に仇敵を見つけた小早川奈津子は哄笑を上げる。
 風がやみ、周囲の霧が吹き飛んだ。周囲の市街地は廃墟さながらの不毛な
 沈黙に覆われた。何か途方も無く不吉な存在が、世界の全てを圧倒していた。
「元気そうで何よりだな、おばはん」
「何度言っても分からないガキだこと! あたくしの事はお嬢様とお呼びっ!」
 ああ、夢じゃない。コイツは正真正銘の小早川奈津子だ。
 終は深く吐息を吐くと、巨体の女傑と視線を合わせた。
 最早、背後に道は無い。
「をっほほほほほ、苦節一日、ついに国賊竜堂終を発見、これを撃滅せんとす。
大天は濃白色にして波高しっ! さあ、正義の鉄拳を受けてあの世へお行き!」
「いやだね」
「そんなワガママ通るとお思ってるの? 地獄で根性を叩きなおして
おもらいっ!」
150竜王と巨人のダンス  ◆CDh8kojB1Q :2005/11/06(日) 11:22:22 ID:Cgj6a4H2
 言うなり女傑は終に突撃した。
 その拳には狂気と殺気が載せれられている。直撃すれば大ダメージだ。
「冥王星まで飛んでおいき!!」
 命中まで一秒。しかし、終は自分に急接近する禍々しい黒影を睥睨している。
 大気の悲鳴と共に、不吉の象徴が終の頭部を打ち砕かんとするその刹那、
 初めて彼の手が動いた。落ち着いた動作にしか見えないそれは、
 軽い一払いで小早川奈津子の豪腕を逸らす。
 更に、逆の手はいつの間にか長剣を手放し、女傑の腰に添えられていた。
 彼女が二発目を繰り出す前に、もう片方の手も腰に添えて――、
「おおっと、ここで終選手の巴投げだー!」
 自分で実況しながら身体を後ろに倒し、最後に脚で蹴り上げる。
 相手の図体が大きすぎる為、かなり変則的な投げだったが、
 ともかくは“天使”は宙を舞った。

 常人ならこの一投げでノックアウトだろう。
 が、相手は小早川奈津子。世界の常識は通用しない。
 たとえ、吹き飛ばされて瓦礫の山に埋もれようとも、闘志を増して
 カムバックする、日本史上最強にして最恐の称号を持つ最兇の女性である。
 地面に激突する寸前に身体を捻って、華麗に――少なくとも本人は
 そう称するはずだ――着地した。
「をっほほほ、さすがはあたくし。行動全てが美麗なり! 10.00!」
「いや、地面に脚がめり込んでる。体操競技じゃあマイナス点だろ」
 余裕そうにコメントする竜堂終は気付いていない。
 自分が今、凶悪な細菌兵器に感染してしまった事を。
 故に数分後、調達したばかりの服が崩れ去ってしまう事を。
151竜王と巨人のダンス  ◆CDh8kojB1Q :2005/11/06(日) 11:23:59 ID:Cgj6a4H2
 ともあれ比較的穏便な第一ラウンドは終了した。
 最も、彼らにとってはほんの挨拶代わりの小手調べに過ぎない。
 又、終が追撃を加えなかった事には理由が有る。
 真近で見た小早川奈津子の首下に、銀の鎖で繋いだ黒い球を
 交差する金のリングで結んだ意匠のペンダントがぶら下がって
 いるのを発見したからだ。
 つい先ほどダナティアは紅世の魔神アラストールとやらが
 意志を顕現させる神器、『コキュートス』が自分達の側に有るらしい
 と話していなかっただろうか?
「おい、おばは――お嬢様。そのペンダントは支給品なので御座いますか?」
 なんだか変な日本語だったが、とりあえず終は問いを発してみた。
 もしもコキュートスならば、途中で回収せねばならない。
「をっほほほほほ、その通り。陳腐ながら我が美貌を飾り立てる装飾品でしてよ」
「――二度目だが、ただの装飾品と一緒にされるのは不本意だ」
 小早川奈津子の嬌声を打ち消すように、
 重く低い響きのある男の声がペンダントから聴こえた。

「『なんとかなるだろう』と思っていたのが過ちだったようだな。
女傑とは言え、人間一人にまさかここまで振り回されるとは」
 さすがの“天壌の劫火”も小早川奈津子のような人間に
 出会ったのは始めてらしく、ある種の衝撃を受けたらしい。
 何とかして自身の契約者と出会う為、彼は小早川奈津子を誘導しようと試みたが、
 結局彼女は無謀・無策に暴走を続けて現在に至るのだった。
152竜王と巨人のダンス  ◆CDh8kojB1Q :2005/11/06(日) 11:25:47 ID:Cgj6a4H2
「お、喋った。おい、“天壌の劫火”アラストールってのはあんたの事か?」
「いかにも。厳密には本体は契約者の中なのだが……我が名を知る汝は
ダナティア皇女の手の者か?」
「おれの上に主人は居ないぜ。名は竜堂終、あんたの持ち主に言わせれば
人類の敵ってやつだ。ま、今は――」
「おだまりおだまりおだまり! このあたくしを差し置いて……観念おし!」
 ほんの少しの間であったが、除け者にされた事が小早川奈津子の
 癇に障った。彼女は未だ気絶する『危険に対する保険』――ボルカノ・
 ボルカンの両足首を掴むと軽々と持ち上げる。
 そして頭上でバットの如く振り回し始め、
「をーっほほほほほ! おくたばりあそばせ――!」
 そのまま終に向かって叩きつけた。

 かくして、人外対人外の第二ラウンドが始まった。

【B-3/ビル/一日目/17:45】
【楽園都市の竜王様が見てる――混迷編】

【藤堂志摩子】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:デイパック(支給品入り・一日分の食料・水2000ml)
[思考]:争いを止める/祐巳を助ける
153竜王と巨人のダンス  ◆CDh8kojB1Q :2005/11/06(日) 11:27:36 ID:Cgj6a4H2
【ダナティア・アリール・アンクルージュ】
[状態]:少し疲れ有り
[装備]:なし
[道具]:デイバッグ(支給品一式・パン4食分・水1000ml)/半ペットボトルのシャベル
[思考]:救いが必要な者達を救い出す/群を作りそれを護る

【Dr メフィスト】
[状態]:健康
[装備]:不明
[道具]:デイバッグ(支給品一式・パン5食分・水1700ml)
[思考]:病める人々の治療(見込みなしは安楽死)/志摩子を守る


【A-3/市街地/一日目/17:45】
【竜堂終】
[状態]:打撲、生物兵器感染
[装備]:ブルートザオガー(吸血鬼)
[道具]:なし
[思考]:カーラを倒して祐巳を助ける、小早川奈津子から逃げる
[備考]:約10時間後までに終に接触した人物も服が分解されます
    10時間以内に再着用した服も石油製品は分解されます
    感染者は肩こり、腰痛、疲労が回復します
154竜王と巨人のダンス  ◆CDh8kojB1Q :2005/11/06(日) 11:28:45 ID:Cgj6a4H2
【北京SCW(新鮮な地人でレスリング)】

【小早川奈津子】 
[状態]:右腕損傷(殴れる程度の回復には十分な栄養と約二日を要する)生物兵器感染  
[装備]:コキュートス、
[道具]:デイバッグ(支給品一式・パン3食分・水1500ml)  
[思考]:をーっほほほほほほほほ! 竜堂終に天誅を!
[備考]:約10時間後までになっちゃんに接触した人物も服が分解されます
    10時間以内に再着用した服も石油製品は分解されます
    感染者は肩こり、腰痛、疲労が回復します

【ボルカノ・ボルカン】 
[状態]:気絶、生物兵器感染
[装備]:かなめのハリセン(フルメタル・パニック!)  
[道具]:デイパック(支給品一式・パン4食分・水1600ml)  
[思考]:……。全てオーフェンが悪い!
[備考]:ボルカンの服は石油製品ではないと思われるので、服への影響はありません。
155力の宴  ◆CDh8kojB1Q :2005/11/06(日) 11:31:04 ID:Cgj6a4H2
 天下の女傑、小早川奈津子が竜堂終に天誅を加えんとしている頃。
「――この音は……どうやらどこぞの馬鹿が派手に騒ぎ始めたか。
当然、ゲームには乗ってるはずだな」
 185cmを超える長身にドレッドヘアに野生的な顔立ち。
 間違えようも無く、<凍らせ屋>の異名を持つ漢、屍刑四郎である。
 せっかく単独で動いているにも関わらず、 朱巳とヒースロゥと別れて以来、
 誰にも会っていない。
 わざわざ脚を運んだ島の北西エリアにも人影は見当たらなかった。
 仕方なく公民館辺りへ進路を変更しようとした時、
 東方より盛大な破砕音が聞こえたのだ。
(とりあえず、巻き込まれたヤツの保護を優先か。馬鹿の取り締まりはその後だ)
 “乗った”者を引きつけ、そして返り討ちにする当初の作戦は変更しなければ
 なるまい。取り締まりの為とは言え、今は自分から喧嘩を買いに赴くのだ。
「方角は……市街地か」
 魔界刑事の本領がついに発揮される時が来た。
 屍は濃霧に沈むパーティー会場へと歩を向ける。
 大地を踏みつける脚の動きは加速して――そして留まる事を忘れたようだ。


 一方、市街地では騒ぎ始めたどこぞの馬鹿の片方が、不気味すぎる歌声を発していた。

 ♪廃墟に独り孤高の戦士 ラララー
  愛と正義のために戦う〜
  あ〜あ〜、ナツコ・ザ・ドラゴンバスター
  あ〜あ〜、ナツコ・ザ・ドラゴンバスター
156力の宴  ◆CDh8kojB1Q :2005/11/06(日) 11:31:47 ID:Cgj6a4H2
 何羽かのカラスが気絶して堕ちていくのを逃走中の竜堂終は目撃する。
 今や、霧深き街に史上最悪の音響兵器が出現しつつあった。
「頼むから歌までにしといてくれよ……。振り付けなんか見たくないぞ」
「をーっほほほほほほ! 闇には光、悪には正義、忌まわしきドラゴンには
この小早川奈津子が大日本帝国に代わっておしおきよ! 滅びよ鬼畜!」
「人の話を聞きゃしねえ……。しかもザ・ドラゴンバスターは英語だろ……?」
 アート・デストロイヤーと化した小早川奈津子は進路に立ち塞がる障害物を
 ものともせずに終に肉薄する。
「粉骨砕身!」
 繰り出された一撃を終はかろうじて回避、大技を空振りした女傑は少しよろめいた。
 間髪入れずに脚払いを放って女傑を転倒させた終は、頭の隅に疑念を抱く。
 ――小早川奈津子がさっきから右腕を使っていない。何故だ?
 気絶した少年を掴んで振り回しているのは左腕だ。本来の彼女なら両手に花ならぬ
 両手にチェーンソーを使いこなせるパワーが有る。
 竜すら恐れぬ怪物は、どうして右手を空けるのだろう?
 終は、倒れた彼女から距離を取りつつ黙考する。
 ――もしや、おばはんは誰かを襲って手酷い逆襲を受けたのか……?
 有り得ない話ではない。現に竜堂家の長男たる始は命を失っている。
 この小早川奈津子を圧倒するような参加者が居ても可笑しくは無い。
「どの道、おれにとってもバッドニュースだな。仮にもおばはんは
最強クラスの人類だってのに……腕を一本やられるなんて。相手は何処の怪物だ?」
 走りながらちらりと後ろを振り向けば、女傑の姿は既に見えない。
「……? なんで追って来ないんだ?」
 バテたのだろうか? いや、あの怪物の体力は人智を遥かに超越している。
 世界の常識を完全に脱しているからこそ、彼女は竜堂兄弟の天敵たりえるのだ。
 立ち止まった終の背を冷水が伝わる。
157力の宴  ◆CDh8kojB1Q :2005/11/06(日) 11:33:04 ID:Cgj6a4H2
 その時、
「をーっほほほほほほほほ! 油断大敵!」
 終の真横に位置する住宅の倉庫を文字どうりブチ破り、不幸の具現が踊り出た。
「しまった!」
 叫んだ時には既に遅し、身をかがめて逃げようとする半熟ドラゴンに
 小早川奈津子は巨大な手を伸ばす。
「をっほほほ! この聖戦士にして愛の女神、小早川奈津子から
逃れられるとお思いっ?」
 それでも災厄から逃れんとする終の頭を右腕で掴み、怪女は
 ボルカンを握り締めた左手を掲げて――、
「尊皇攘夷!」
 そのまま終に叩き付けた。
 終の全身の骨格が軋み、掴まれた頭骨が悲鳴を上げる。
「忠君愛国!」
「唯我独尊!」
 続けて二発目、三発目と大地をも穿つ打撃を繰り出す聖戦士。
「天下無敵!」
 四発目で終の頭を離すとタイミングを計ってフルスイング。
 さながら人間ノックである。
 そのまま終は地面と水平にブッ飛び、
 女傑が空けた倉庫の穴へと吸い込まれていく、
 刹那の時間で衝突音が発生、倉庫が崩壊を始める。
 崩壊に巻き込まれ、竜堂終の姿は小早川奈津子の眼前から完全に消失。
 地面には先程まで彼の所有物だった長剣が転がっていた。

「をーっほほほほほほほほほほ! 人類の敵め、今更あたくしの強大さを
認めたところで、命乞いなんぞ聞き入れなくてよ! 
苦難の果てに復讐の時ついに来たり。さあ、覚悟おし! 観念おしおし!」
 待ち望んだ勝利の瞬間を目前にして哄笑を上げる小早川奈津子。
 ひとしきり笑うと、彼女は仇敵にとどめを刺さんと歩を進め始る。
 途中に落ちていた長剣を手に、悠々と瓦礫の山に迫るその姿は、
 正に大将軍に相応しい。
158力の宴  ◆CDh8kojB1Q :2005/11/06(日) 11:34:08 ID:Cgj6a4H2
 威圧感を損なわないように、ゆっくりと歩くのが彼女のたしなみである。
 途中でひしゃげたバット――ボルカノ・ボルカンを投げ捨てると、
 女傑は崩れた倉庫を睥睨した。
「ああ、お父様。憎きドラゴンを八つ裂きにする光景、
どうかお空から見届けてくださいまし!」
 亡き父の祝福を祈ると、彼女は瓦礫の山から竜堂終を引っ張り出そうと
 身をかがめ――、
「くらえ、妖怪っ!」
 打ち出された終の鉄拳が“天使”の玉肌に着弾した。

 竜堂終の反撃はそこで終わらない。
 のけぞろうとする小早川奈津子の服を左手で掴み、
「家訓曰く――」
 上体を捻って右手を大きく振りかぶり、
「恨みは十倍返し……!」
 女傑の額に戦車砲に匹敵する怒りの右拳が炸裂する。
「――――!」
 大砲の直撃と言っても過言ではない衝撃にさしもの女怪も言葉にならぬ
 悲鳴を上げて吹き飛んだ。
 それを確認した終が崩れた倉庫から飛び出す。
 倉庫に叩き込まれた衝撃と小早川奈津子の細菌兵器のおかげで、
 せっかく調達した上着はボロボロに崩れ去ってしまった。
 ちなみに下は石油製品製ではなかったので、女傑の前で全裸を晒すという
 終の人生最悪の事態はかろうじて回避された。
 最も当の本人は細菌について何ら分かっていないので、
 倉庫にブチ込まれていきなり服を失った事に若干困惑しようだが、
 ――相手は小早川奈津子、何が起きても不思議じゃないな。
 と、すぐに納得したようだ。
159力の宴  ◆CDh8kojB1Q :2005/11/06(日) 11:35:25 ID:Cgj6a4H2
「始兄貴直伝の鉄拳だ。額に当たればさすがに効くだろ」
「お、おのれこの国賊! このあたくしにだまし討ちとは……無礼者!」
 よろめきながらも不死身の戦士は立ち上がる。
 手には長剣――ブルートザオガーが握られ、その目に宿った
 強い殺意が終の身体を貫いた。
「何言ってるんだ? 無礼も何も、おれは人類の敵だぜ?」
「をっほほほほ! それでこそ竜堂兄弟の三男。実に叩き潰し甲斐があってよ」
 上等。と、終は小さく呟いた。叩き潰し甲斐があるのはこちらも同じだ。
 だが、怪女を叩き伏せる前に回収すべき物が二つほど有った。
 一つは首に下げられた神器コキュートス。
 もう一つは自身の支給品だ。

「言ったよな? 十倍返しって。あと四十発近くプレゼントがあるぜ?」
「どこまでも生意気なガキだこと……。清く正しく美しくかつ速やかに
あたくしの覇道の礎にお成りっ!」
「……御免こうむる」
「をーっほほほほほ! 問答無用。さあ、殺して解して並べて揃えて
お父様の墓前に晒してさしあげてよ!」
「――ハギス跳び!」
 小早川奈津子の哄笑が終わると同時に終は動いた。
 半熟ドラゴンとは言え、終の初速はハンパではない。
 彼が大地を踏みつけて跳躍した時、ようやく女傑は反応した。
 しかし、ブルートザオガーを装備した女傑のリーチは長大だ。
 もし、懐に入れたとしても自他共に不死身と認める小早川奈津子を
 一撃で沈めることは出来ないだろう。
 ――先手でも取らない限り、苦戦は必至だな……。
160力の宴  ◆CDh8kojB1Q :2005/11/06(日) 11:36:32 ID:Cgj6a4H2
 そう判断した終は真っ先に女傑の手首を狙った。
 怪力無双の小早川奈津子だが、無手にできればこちらが致命傷を
 受ける確率はかなり減少する。
 「借りは返す」と明言したが、正直、終はこの怪物と正面から殴りあう気は毛頭無い。
 女傑に打撃を打ち込んで一旦ひるませてから、
 支給品を奪い取ってそのままトンズラするつもりだった。
 終は本日三度目の鉄拳を振りかぶり――、
「!」
 小早川奈津子が剣の柄から手を離していた事に気が付いた。
 ――罠だ――。
「おーっほほほほ! 国賊成敗!」
 跳躍姿勢のためにまともな防御もできない終に、巨大な拳が叩き込まれた。
 
 人外対人外の第三ラウンド始まりである。


【A-3/市街地/一日目/17:50】
【竜堂終】
[状態]:打撲、生物兵器感染、上半身裸
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]:カーラを倒して祐巳を助ける、小早川奈津子から逃げる
     できればコキュートスとブルートザオガーを回収したい
[備考]:約10時間後までに終に接触した人物も服が分解されます
    10時間以内に再着用した服も石油製品は分解されます
    感染者は肩こり、腰痛、疲労が回復します
161力の宴  ◆CDh8kojB1Q :2005/11/06(日) 11:37:28 ID:Cgj6a4H2
【北京SCW(新鮮な地人でレスリング)】

【小早川奈津子】 
[状態]:右腕損傷(殴れる程度の回復には十分な栄養と約二日を要する)生物兵器感染  
[装備]:コキュートス、ブルートザオガー(吸血鬼)
[道具]:デイバッグ(支給品一式・パン3食分・水1500ml)  
[思考]:をーっほほほほほほほほ! 竜堂終に天誅を!
[備考]:約10時間後までになっちゃんに接触した人物も服が分解されます
    10時間以内に再着用した服も石油製品は分解されます
    感染者は肩こり、腰痛、疲労が回復します

【ボルカノ・ボルカン】 
[状態]:気絶、左腕部骨折、生物兵器感染
[装備]:かなめのハリセン(フルメタル・パニック!)  
[道具]:デイパック(支給品一式・パン4食分・水1600ml)  
[思考]:……。全てオーフェンが悪い!
[備考]:ボルカンの服は石油製品ではないと思われるので、服への影響はありません。



【B-2/砂漠/一日目/17:50】
【屍刑四郎】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:デイパック(支給品一式・パン5食分・水1800ml)
[思考]:市街地へ向かう、ゲームをぶち壊す、マーダーの殺害。
162地面の下で(1/5) ◆5KqBC89beU :2005/11/18(金) 14:29:09 ID:CTjPRhsW
 風見千里と蒼い殺戮者は、B-7の地下で会話していた。
「はい、アンタの木刀。私の銃は弾切れだから、ハッタリくらいにしか使えないわ。
 甲斐と再戦することになったら、またアンタに助けてもらうしかないでしょうね」
「了解した」
「さっきは気づかなかったけど、地下地図の描かれたプレートが階段の上にあったわ。
 外に向かって開いてた扉の裏側に。地下から地上へ出ただけじゃ発見できない位置に
 あるあたり、設置した連中の性根はひねくれまくってるわね」 
「そうか」
「地下地図によれば、そっちの通路は禁止エリアで行き止まりになってた。休憩したら
 地底湖に――甲斐の逃げてった方に行くしかないみたい。いつまでもここにいたら、
 この場所で食事してた誰かが戻ってくるかもしれないし。相手が平和主義者だったら
 いいけど、狭い空間でも戦える殺人者とご対面、なんてことになったら厄介だわ」
「異議はない。後で地下地図の説明を頼む。だが、まずは濡れた服を脱水するべきだ」
「はいはい。……えーと、服脱いでしぼるから、ちょっとそっち向いててくれる?」
「こちら側の通路が禁止エリアで塞がれているなら、こちら側から襲撃される危険性は
 ゼロに近いが」
「いや、だから……あー、私がそっちに行くから、アンタは逆方向を見張ってなさい」
 溜息をつく風見を見て、蒼い殺戮者は培養脳に疑問符を浮かべた。
163地面の下で(2/5) ◆5KqBC89beU :2005/11/18(金) 14:30:19 ID:CTjPRhsW
 甲斐氷太は、地下通路を西へ移動していた。
 それなりに走った後は、デイパックから懐中電灯を取り出し、なるべく足元だけを
照らすようにして進んでいる。
 通路の先で殺人者が銃でも構えて待っていれば、おそらく一瞬で殺される。しかし
後戻りはできない。傷の痛みを忘れるため、カプセルを口に放り込み、噛み砕く。
(風見とあの蒼いデカブツは、俺とは逆の方向に進むか?)
 B-7の地下で、敵の背後にも通路が延びていたことを、甲斐は確認している。
 だが甲斐は、B-7から南へ向かう通路が禁止エリアに塞がれていると知らない。
(蒼いデカブツが地下から出てこなかったのは、出入口が狭くて出られなかったから
 だろうが……俺が待ち伏せてる可能性を考えりゃあ、こっちには来ねえか? いや、
 俺を殺すために、あえてこっちに向かってくるか? 広い方が戦いやすいのは、蒼い
 デカブツも同じだろうしな)
 地下通路が途切れた。広大な空洞に水の匂いが漂っている。地底湖だ。
 いったん足を止め、デイパックの中からカプセルを取り出し、ポケットに詰めながら
甲斐は思案する。とりあえず懐中電灯のスイッチは切った。
 選択肢は二つ。ここで殺しそこなった敵を待つか、地上へ向かって他の敵を探すか。
 待ち伏せるなら現在地が最適だ。ここならば悪魔を召喚して戦えるだろう。
 地上に出るなら現時点が最適だ。まだ雨が参加者を足止めしているだろう。
(さーて、どうすっか……?)
 他の参加者がここに現れるという事態もありえる。戦闘を避ける理由はない。
 また一つカプセルを口に入れ、甲斐は狂人の笑みを浮かべた。
164地面の下で(3/5) ◆5KqBC89beU :2005/11/18(金) 14:31:24 ID:CTjPRhsW
 三塚井ドクロは、F-1の地下にある格納庫にいた。
 エスカリボルグを探してここまで来たが、トゲ付き金属バットなどここにはない。
 ここにあるのは、大きな島の模型と、デイパックと、血溜まりと、青年の死体だけ。
「ぴぴるぴるぴるぴぴるぴー♪」
 天使の力が放出され、燐光の如く煌めきながらカイルロッドの死体に降り注ぐ。
 <ぼふん!>
 青年の死体が謎の煙に包まれ、しかし彼は生き返らなかった。煙が晴れた後には、
何故か馬の死体がある。褐色の毛皮と白銀のたてがみが血に染まっていた。
「やっぱりエスカリボルグじゃないと上手くいかないよぅ……」
 がっかりした様子で、ドクロちゃんは体育座りをし、床に『の』の字を書き始めた。
165地面の下で(4/5) ◆5KqBC89beU :2005/11/18(金) 14:32:13 ID:CTjPRhsW
【B-7/地下通路/1日目・15:15頃】
『打撃少女と自動歩兵』
【風見千里】
[状態]:全身が冷えており疲労困憊(休養の必要あり)。右足に切り傷。あちこちに打撲。
    表面上は問題ないが精神的に傷がある恐れあり。濡れ鼠。
[装備]:グロック19(残弾0・予備マガジン無し)、カプセル(ポケットに四錠)、
    頑丈な腕時計、クロスのペンダント。
[道具]:支給品一式、缶詰四個、ロープ、救急箱、朝食入りのタッパー、弾薬セット。
[思考]:眠い。BBと協力する。地下を探索。仲間と合流。海野千絵に接触。とりあえずシバく対象が欲しい。

【蒼い殺戮者(ブルーブレイカー)】
[状態]:少々の弾痕はあるが、異常なし。
[装備]:梳牙
[道具]:無し(地図、名簿は記録装置にデータ保存)
[思考]:休憩を提案。風見と協力。しずく・火乃香・パイフウを捜索。
    脱出のために必要な行動は全て行う心積もり。

[チーム方針]:しばらく休憩してから地底湖へ移動する。
166地面の下で(5/5) ◆5KqBC89beU :2005/11/18(金) 14:33:07 ID:CTjPRhsW
【C-3/地底湖のそば/1日目・16:00頃】

【甲斐氷太】
[状態]:左肩から出血(銃弾がかすった傷あり)。腹に鈍痛。あちこちに打撲。カプセルの効果でややハイ。
    自暴自棄。濡れ鼠。
[装備]:カプセル(ポケットに十数錠)、懐中電灯
[道具]:煙草(残り14本)、カプセル(大量)、支給品一式
[思考]:今からどう行動する? 次に会ったら必ず風見とBBを殺す。
    とりあえずカプセルが尽きるか堕落(クラッシュ)するまで、目についた参加者と戦い続ける。
[備考]:『物語』を聞いています。悪魔の制限に気づいています。
    現在の判断はトリップにより思考力が鈍磨した状態でのものです。


【F-1/格納庫/1日目・15:00頃】

【ドクロちゃん】
[状態]:左足腱は歩けるまでに回復。右手はまだ使えません。
[装備]:愚神礼賛(シームレスパイアス)
[道具]:無し
[思考]:エスカリボルグを探さなきゃ!

※カイルロッドの死体が馬の死体に変化しました。
167新たなる魔女の襲来(1/7) ◆Sf10UnKI5A :2005/11/21(月) 00:42:22 ID:92pNJKhi
 場所は、学校の保健室。
「――あっ、サラ起きたの? もうしばらく寝てても良いのに」
 夢幻の如き異界から強制的に返されたサラは、まず始めにクリーオウの声を聞いた。
「……クリーオウ、紙とペンを取ってくれ。ちょっと予想外の事件が起きた」
「予想外の事件?」
 クリーオウは声と表情で、空目は無言の眼差しでサラに疑問符を投げかけるが、
それを一旦無視してサラはあの異界――“無名の庵”での出来事を記し始めた。
 真剣な表情で筆記すること五分強。わずかな時間で要点を整理し書き記したサラは、それを空目に渡した。
 横から覗き込んで読むクリーオウは、単純に内容の突飛さに驚いているように見える。
 一方空目は、わずかに眉根を寄せた険しい表情になっていた。
「……事実か?」
「正直な話、わたしの夢だと言ってしまいたいが、だがそうもいくまい。
クエロを起こして、少し早めに城へ移動した方が良いかもしれない。
もうこんな時間だ。ピロテースもせつらも直接あっちの方に向かうだろう、と思いたい」
「で、でもサラ、このアマ――」
 ワって、と続けようとしたクリーオウの口は、サラの手で塞がれた。
 そしてサラは新たな紙を提示する。
『この情報は、管理者、薔薇十字騎士団には伝わっていない可能性がある。
感想は全員揃ってからにしてくれ』
 サラがゆっくり手を離すと、クリーオウは固く口を閉じたまま首を上下に振った。
「さて、それでは荷物をまとめようか。クエロも起こさないとな」

 サラがそう言ってから、約一分後。
 豪雨を切り裂くかのように銃声が響き、窓ガラスの一枚が派手に割れた。
168新たなる魔女の襲来(2/7) ◆Sf10UnKI5A :2005/11/21(月) 00:44:58 ID:92pNJKhi
「――伏せろッ!!」
 四人の内、最も早く反応したのはサラだった。
 近くにいた空目とクリーオウを押し倒すようにして床に伏せさせる。
 クエロもとっさに身を伏せると、床を転がって<贖罪者マグナス>を確保した。
「まずいな。どうやら撃った奴はわたしたちが狙いのようだ。
流れ弾ならば銃声が一発ということはあるまい」
「でも、私達を狙ったとしても何故一発……まさか、狙撃!?」
 クエロの悲鳴のような声に、目を閉じ一瞬で周囲の様子を探ったサラは、
「近くには人影が無い。どうやら狙撃で正解らしいが、相手の正確な位置を探るには今のわたしでは時間が掛かる。
だが幸いなことに、その彼の腕はどうやらイマイチらしい」
 サラが指し示した先は、ガラスが無くなった窓の先の壁だった。
 銃弾が撃ち込まれているのが見て取れたが、その位置は天井近くと無駄に高い位置だ。
「わたしが“目くらまし”をするから、三人は先に廊下へ」
「判ったわ。私がドアを開けるから、空目とクリーオウが先に」
 三人が低い姿勢でドアに近寄ったのを確認すると、
サラは割れた窓から補修済みの<断罪者ヨルガ>の切っ先だけを外に出し、引き金を引いた。
 外の雨に接したサラの魔術は一瞬で伝播し、保健室周辺の水滴がわずかな時間霧へと変化した。
 室内で煙幕を使えば、こちらの行動も阻害されると考えての判断だ。
「行けっ!!」
 サラの声に促されるよりも早く、クエロがドアを開けた。
 低い姿勢を保ったまま廊下へと飛び出した空目とクリーオウ。
 だが、その時四人は奇妙な音を聞いた。
 ゴロゴロゴロ、と重い物の転がる音。
 空目とクリーオウが音の方をを向けば、何故かガスボンベが廊下をこちらへと転がってくる。
 そして、ボンベの向こう、廊下の先には何故か長身で金髪の女性が――――

「ハァーイ、正義の味方が助けに来てやったわよ。――嘘だけどッ!!」

 パチン、と女が指を鳴らすと、転がってきたガスボンベが内側から爆発した。
169新たなる魔女の襲来(3/7) ◆Sf10UnKI5A :2005/11/21(月) 00:46:22 ID:92pNJKhi
(狙撃が陽動!? 内に潜んでいた方が本命か!!)
 外に意識を向けたばかりに、学校内のチェックを怠るとは。
 サラはぎっ、と下唇を噛み、ドアの方に目を向けた。
 ドアを盾にしたクエロはほぼ無傷。ドア越しの衝撃に吹き飛ばされただけだ。
 一方、空目とクリーオウは、
「いやああぁぁぁっ!! 恭一、恭一ぃっ!!!」
 仰向けに押し倒されたクリーオウの上で、傷だらけの空目が気を失っていた。
 その体にはボンベの破片が無数に刺さり、また爆風を受けた面の服と肌が焼けている。
 破片は顔から足まで、大きいのから小さいまで無数に刺さっている。
 首や心臓こそ避けて刺さっているものの、火傷と出血多量の合わせ技は相当なダメージのはずだ。
 また、守られたクリーオウも無傷とは行かず、右手に火傷を負っている。
 だがクリーオウは、その痛みよりも空目の状態の方がよほどショックらしい。
 それらを確認したサラは、瞬時の判断でデイパックの内一つを引っ掴み、そして廊下へ向かって投げた。そして叫ぶ。
「――行け! 地獄天使(ヘルズエンジェル)号!!」
 地響きと轟音と、更に何か悲鳴が聞こえた気がしたが、それを無視して廊下の窓を叩き割った。
 そして振り向き、
「クエロ! 空目とクリーオウを連れて行ってくれ!」
「無茶言ってくれるわね。――クリーオウ、走りなさい!」
 空目を強引に背負ったクエロが、クリーオウを叱咤しつつ階段へと向かう。
 侵入者が地下への階段と逆方向にいたのは、もはや僥倖としか言いようがなかった。
 と、校内に『ブモオオオォォォォ―――――ッッッ!!!』という断末魔が響いた。
 サラが廊下の向こうを見ると、牛の丸焼きと化した地獄天使号がその身を横たえている。
 丸焼きの横を通り過ぎて、こちらに向かってくる女性は、
「ったく、ンな隠し玉持ってるならそう言いなさいよね」
「ヒャハハッ! 牛同士仲良くやれって言いてぇブゴッ!」
「私のどこが牛なのよ。――さて、そこの嬢ちゃん」
170新たなる魔女の襲来(4/7) ◆Sf10UnKI5A :2005/11/21(月) 00:47:24 ID:92pNJKhi
 今更本が喋った所で、サラは驚くようなタマではない。
 だとしても、目の前の一人と一冊からは異様な圧力を感じていた。
「自らの身を挺して傷ついた仲間を逃がそうってワケ? 泣かせてくれるわね。
でも、容赦はしないわよ」
 女の周りを群青色の火の粉が舞い、その数と勢いが段々と増して、――そして全身が炎に包まれた。
(これは魔術なのか? にしては、あまりにも異様な…………!?)
 数秒後、女を包んだ群青の炎は一つの形として定着した。
 それは、着ぐるみじみた形の、巨大な炎の獣。
 天井に頭が届きそうな大きさの獣は、キャハハハという女声とギャハハハという低い声を同時に出している。
 そして、大きく振りかぶった右手をサラへと打ち下ろしてきた。
 だが、どれほど速いパンチでも、予備動作に時間を掛けては意味が無い。
 サラはパンチを難なくかわすと、吹き込む雨をヨルガに纏わせ炎の腕へと振り下ろした。
 轟音と共に獣の拳が床に喰い込み、そして音も無く獣の右腕が切断された。
 だが獣には慌てた様子も無く、
「ヒー、ハー!! 『トーガ』の右腕を切るたぁ、ソイツもただの剣じゃあねぇな!?」
「ならっ、……これはどうかしらっ!?」
 獣は一瞬のタメを作り、そして口から廊下を埋め尽くす炎を吐き出した。
「くっ! 何ともデタラメな人だ……!!」
 かろうじて術の発動が間に合い、水の障壁が群青の炎を遮った。
(豪雨に助けられるとは思わなかったな……)
「ッあーもーしぶといガキねえ!」
「ヒャーッ、ハッハ!! 殺しがいがありそうで結構じゃねぇか! せいぜい抵抗してみろよ、嬢ちゃん!!」
 がなり声を上げる獣には、斬った筈の右腕が復活している。
(成程、炎だから水と同じ様に再構成が可能なのか)
「非常に残念だ。その姿になる前の貴方は、お姉様と慕いたくなるほどにわたしの好みなのだが。
おそらく鎖骨美人でもあるのだろう?」
「はぁ? っざけたこと抜かすんじゃないわよガキが。まあ、それでもあのチビジャリよりはマシかしらね」
「見た目の方も手応えの方もってかぁ!? ヒャハハハッ!!」
171新たなる魔女の襲来(5/7) ◆Sf10UnKI5A :2005/11/21(月) 00:48:32 ID:92pNJKhi
 ジョークに獣が乗っってくれたお陰で、サラは呼吸を整えるだけの時間が確保出来た。
(水と炎。本来なら水が圧倒的に優位だが、どうやら地力が違うらしい。
このまま戦えば力負けする可能性が高い。ならば――)
 サラは、すうっと息を吸い、――横っ飛びに窓から脱出した。
「ッ、こンのガキ、逃がさないわよ!!」
 外へ飛び出たサラは、前回りに一回転してそのまま走り出す。
(彼女を殺す必要は無い。あの炎を消して無力化すれば充分だ。
ならば、この豪雨を制御して直接叩きつければ事足りるはず。)
 サラは今、断続的な攻撃を避けつつ校舎の裏手を疾走していた。
(万全を期すには、奴がまた炎を攻撃に転じた瞬間、必ず獣に綻びが出来るはずだ。そこを突いて勝負を決める)
 地獄天使号の仇も取らないといけないしな、と心中で付け足す。
 そんなことを考えながらサラが走っていると、後ろから奇妙な節の歌が聞こえてきた。

「かえるの兄さん結婚するよッ!」
「やれやれやれよと囃し立て、ハァッ!!」

 サラが後ろを向くと、蛙――に見えなくも無い炎の群れが跳ね回っていた。
 跳ね回るといっても、獣より数段上の速度で、だ。
「まだこんな隠し玉を……!」
 サラが雨を制御し消し去ろうとすると、炎は一斉に高く飛び上がった。
 飛び上がった炎は走るサラの頭上を軽々と越え、その先にある屋根付きの、
(あれは、先程の――――)

「かえるの兄さん、お終いさァ!!」
「一、二、三と、ハイ!!」

 異形の声が、終幕の合図を唱和する。

『それまで、よッ!!』

 炎は、小さな屋根に覆われたガスボンベの保管場所に突入し、そして――――
172新たなる魔女の襲来(6/7) ◆Sf10UnKI5A :2005/11/21(月) 00:49:08 ID:92pNJKhi
【D-2/学校裏手/1日目・15:50】
【サラ・バーリン】
[状態]: 戦闘中。物語感染済。
[装備]: 理科室製の爆弾と煙幕、メス、鉗子、魔杖剣<断罪者ヨルガ>(簡易修復済み)
[道具]: 支給品一式(地下ルートが書かれた地図)、高位咒式弾×2
     『AM3:00にG-8』と書かれた紙と鍵、危険人物がメモされた紙。刻印に関する実験結果のメモ
[思考]: 獣(マージョリー)の力を封じる。
     刻印の解除方法を捜す。まとまった勢力をつくり、ダナティアと合流したい
[備考]: 刻印の盗聴その他の機能に気づいている。クエロを警戒。
     クエロがどの程度まで、疑われている事に気づいているかは判らない。

【マージョリー・ドー】
[状態]:戦闘中。
    全身に打撲有り(普通の行動に支障は無し)
[装備]:神器『グリモア』
[道具]:デイパック(支給品一式・パン5食分・水1300ml) 、酒瓶(数本)
[思考]:まずは目の前のガキ(サラ)を殺す。
    ゲームに乗って最後の一人になる。
    臨也と共闘。興味深い奴だと思っている。
    シャナに会ったら状況次第で口説いてみる。
[備考]:臨也の装備品をナイフとライフルだけだと思っています。
    (もし何か隠していても問題無いと思っている)
173新たなる魔女の襲来(7/7) ◆Sf10UnKI5A :2005/11/21(月) 00:50:04 ID:92pNJKhi
【D-2/学校地下/1日目・15:50】
【クリーオウ・エバーラスティン】
[状態]: 右腕負傷。
[装備]: 強臓式拳銃『魔弾の射手』
[道具]: 支給品一式(地下ルートが書かれた地図。ペットボトル残り1と1/3。パンが少し減っている)。
     缶詰の食料(IAI製8個・中身不明)。議事録
[思考]: みんなと協力して脱出する。オーフェンに会いたい

【空目恭一】
[状態]: 気絶中。
     全身を火傷。ガスボンベの破片が刺さっている。物語感染済。
[装備]: なし
[道具]: 支給品一式。
     “無名の庵”での情報が書かれた紙。
[思考]: 刻印の解除。生存し、脱出する。
[備考]: 刻印の盗聴その他の機能に気づいている。
     クエロによるゼルガディス殺害をほぼ確信。
[行動]: クリーオウと共に起きておき、誰か来たら警戒。

【クエロ・ラディーン】
[状態]: 打撲あり(通常の行動に支障無し)
[装備]: 魔杖剣<贖罪者マグナス>
[道具]: 支給品一式、高位咒式弾×2
[思考]: 集団を形成して、出来るだけ信頼を得る。
     魔杖剣<内なるナリシア>を探す→後で裏切るかどうか決める(邪魔な人間は殺す)
[備考]: サラの目的に疑問を抱く。
     空目とサラに犯行に気づかれたと気づいているが、少し自信無し。


[チーム備考]:学校地下へと避難中。各人の詳細な思考は不明。
「――到着よ。あの学校が目的地」
 商店街を離れたマージョリーが足を止めたのは、学校から百メートル強ほど離れた民家の軒先だった。
「目的地って、じゃあ何故ここで止まるんだい?」
「今からあそこを襲撃するからよ」
「……つまり、あの学校に君のターゲットがいる?」
「可能性があるのよ。それを確認したいんだけど、元よりまともに話せる相手じゃないわ。
だからアンタにも働いてもらう」
「具体的には? 俺、肉体労働は不向きなんだけど」
「簡単な仕事よ。――その銃で、あの窓を撃ってちょうだい」
 臨也の反応は、無言だった。それに対しマージョリーは、
「あの端から三番目の部屋の窓ならどれでもいいわ。今ならあそこに四人集まってるから。
そうね、タイミングは……」
「おいおい、ちょっと待ってくれよ」
 慌てて――といった風には見えないが――臨也は口を挟んだ。
「さっきも言ったけど、俺は一度も銃を撃ったことが無い。命中率は壊滅的だ。
そもそもその狙撃にどんな意味があるのか判らない」
 マージョリーは、はぁっ、と溜め息をついて、
「何、一から十まで全部説明しろっての?」
「説明も何も、銃声っていうデメリットがあって、しかも当たるはずがないのに撃てって言うのが問題だ」
「この近辺で誰かいるのはあの学校、あの部屋にいる四人だけよ。
心配せずぶっ放しなさい。フォローは私がするから」
「ヒーヒヒヒッ! こんな奴と手を組んでご愁傷様だブッ」
「お黙りバカマルコ」
 臨也は呆れつつ、しかしどこか楽しそうに、
「何にしても、具体的な計画を教えてもらわないと不安が残るんだけど」
「アンタが窓撃って連中の気が逸れたところで私が突入」
 マージョリーはそれっきり何も言わなかった。
「……どう考えてもこっちのリスクが大きいな。
そもそも、君が学校内の連中と手を組んでる可能性も――」
「あのねえ」
 マージョリーが不機嫌をあらわにした顔で臨也の言葉を断ち切った。
「今更なぁにをグダグダ言ってんの?
男だったら細かいこと気にしないで、ドーンと一発ぶちかましてみなさいよ」
「この島でそんなこと言われて、本気にする奴はいないと思うよ」
「だがよイザヤ、どうせお前さんはもう逃げられねえぜ?
撃たずにこの場から逃げるようなら、こいつのターゲットは向こうの連中から
お前さんに変わっちまうわけだからなぁ、ヒャハハハハッ!」
「そういうこと。じゃあ、今から10分後に撃ちなさい。それを合図に私が動くから。
二発目以降は自分で決めなさい。もし裏切ったらタダじゃおかないわよ」
 マージョリーはもう一度時計を見て、
「――3時40分、いいわね? 上手くいったら戻って祝杯でも挙げましょ。それじゃ」
「ヒャハハハ! せいぜい頑張れよイザヤぁ!」
 グリモア片手のマージョリーは、先ほど示した窓を避けるようにして駆けて行った。
 一人になった臨也は、その場に腰を下ろし、肩の狙撃銃も下ろした。
「まいったなあ……。随分予定外の事態になってきた」
 本来臨也の性質は、『指し手』であって『駒』ではない。
 しかしこのゲームは参加者全てに駒であることを強いたいらしい。
(マージョリーにしたって、自分の意思で勝ち残りを目指しても
ゲーム主催者の掌の上で踊っていることに変わりは無い。
あの態度が全部演技だったら大したものだけど、流石にそれは無いかな。
子荻ちゃんが生きていれば、ここまで面倒にはならなかったんだろうけどねえ)
 指し手は駒を動かすことは出来るが、自身が駒の力を持っているわけではない。
 強制的に盤上に上げられた指し手は、駒に比べて圧倒的に無力だ。
「多少は動かざるをえない状況ってわけか……」
 とんでもない奴と手を組んでしまったな、と臨也は改めて思った。
(まあ、敵地に無理矢理突っ込まされるよりはマシか。囮には変わりないけど……)
 時計を見ると、丁度38分を指していた。
 臨也は銃を手に取ると、目標の窓から見えにくそうな所を選び膝立ちになった。
 マンション屋上で見た子荻の狙撃姿勢を思い出し、構える。
(狙う部屋の窓が多いから、照準が横にブレたとしても問題は無し。
縦方向の角度に気を配れば、この近距離でこの的の大きさなら当てることは不可能ではない、っと)
 臨也は数時間前、萩原子荻に狙撃のコツについて尋ねていた。すると彼女は、
『コツと言うほどのことではありません。自分で決定した『策』に殉じるだけです。
敢えて言うならば、『策』に殉じるべく精神を集中させること、ですね』
 こともなげに言ってくれたが、臨也は今なら理解出来る気がした。
 臨也は一度構えを解くと、再び時計を確認した。
 時間は3時39分を少しだけ過ぎている。60秒後に撃つと決めて、臨也は射撃姿勢を取った。
 本職と比べれば不恰好に過ぎる姿だが、しかし臨也は置物にでもなったかのようにぴくりとも動かない。
(毒食らわば皿まで、か。手を組んだ以上は精々利用させてもらうさ。俺も利用されていると判っていてもだ)

 ――そして、臨也は引き金を引いた。
 臨也と別れたマージョリーは、数分後に校舎内に入った。
 多少時間がかかったのは、校舎裏である物を調達するためである。
 あまりにも人数の多いグループを残しておくと後々面倒。
 そう思って再び学校の様子を窺いに来たのだが、
「存在の力が一番デカい奴が消えてるってのは、好都合だったわね」
「しっかし、自在法が使えないからってそんなモンに頼るのかぁ?」
 マージョリーは、そんなモン――右手に抱えたガスボンベを見て、
「使えるものは猫でも使えって言うでしょ」
 その言葉を最後に、二人は口を閉じた。
 目的の部屋からすこし距離を置いて、マージョリーは立ち止まる。
(部屋の中に大きな動きは無し。後はイザヤが動けば――)

 そしてしばしの間を置いて、銃声が聞こえてきた。

「さあて、こっからはこっちの仕事よマルコシアス!」
「アイアイサーってなあ! 我が壮絶なる破壊師、マージョリー・ドー!」
 横倒しにしたガスボンベを、足で押して保健室の方へと転がしてやる。
 部屋の前で爆発させよう、――そう思っていると、先に中から人が出てきた。少年が一人に少女が一人。
 少年の方と目が合ったので、マージョリーはにっこりと笑い、

「ハァーイ、正義の味方が助けに来てやったわよ。――嘘だけどッ!!」

 そして指をパチンとならし、ボンベに仕込んだ自在式を発動させた。
 単にボンベの内側で爆発を起こすだけの、ごく簡単な自在式を。
「さぁーて、次はどう来るのかしら?」
 臨也の二発目の狙撃音は聞こえてこない。
 が、マージョリーは特にそれを気にしなかった。
「あの野郎でも、流石に窓から出るようなら撃つでしょうし。……ん?」
 保健室の中から、デイパックが一つ投げ出され、

「――行け! 地獄天使(ヘルズエンジェル)号!!」

 その声を合図とするかのように、デイパックから“それ”は現れた。
 質量保存の法則を完璧に無視し、超重量級の猛牛、地獄天使号が姿を現す。
 長時間デイパック(内の謎の空間)に閉じ込められていたことで、
地獄天使号のフラストレーションは最大級に達している。
 突進の予備動作として、彼は身を低く沈め――

「ブモオオオオォォォォオォォオオォォオォォッッッッ!!!!」

 恐ろしい勢いで突進してくる巨躯を、しかしマージョリーは恐れずに、
「……マルコシアス、先に謝っとくわ」
「あぁ? 何を――」
 と、マルコシアスの返事を受けつつマージョリーは『グリモア』を振りかぶり、

「――っはあああぁぁぁぁっっ!!!!」

 気合一閃、どんぴしゃりのタイミングで地獄天使号の額に叩きつけた。
 超重量の突撃を、マージョリーはその場から一歩も動かずに受け止めた。
 地獄天使号はといえば、マージョリーの膂力とグリモアの強固さ、
そして自らの突進力を額の一点に受け、意識を失いかけていた。
「ぶもっ! ぶもおおおっっ!!」
 それでもなお前へ進もうとする地獄天使号に対し、マージョリーは、
「黙りなさい食肉風情がッ!!」
 グリモアを持つ右手は緩めず、左手に炎を生み、――それを叩きつけた。
 さらにダメ押しとばかりに、地獄天使号の八方に炎を生み、それで彼を包み込む。

「ブモオオオオォォォォオォォォォオォォォオォッッッッッ!!!!!!」

 辺りに断末魔が響き渡り、そして生肉の焼ける匂いも漂い始めた。
 ふぅ、と一息ついてから前を見ると、先ほどは見なかった少女が剣を片手に立ち塞がっている。
 その背後、階段へと消える三人の姿をマージョリーは確認した。
(……ま、目の前のコイツを倒してから追えば良いわね。血が残ってるし)
 そう思い、マージョリーは別の方向に怒りを向ける。
「ったく、こんな隠し玉持ってるならそう言いなさいよね」
 そう言って、丸焼きと化した地獄天使号に一発蹴りを入れた。
「ヒャハハッ! 牛同士仲良くやれって言いてぇブゴッ!」
「私のどこが牛なのよ。――さて、そこの嬢ちゃん」
 前方に立つ少女には、緊張こそあれど恐怖の色は見当たらない。
 そんな様子に、生意気なガキばっかりね、とマージョリーは思う。
「自らの身を挺して傷ついた仲間を逃がそうってワケ? 泣かせてくれるわね。
でも、容赦はしないわよ」
 そしてマージョリーは、自らの最強の武器、群青の炎『トーガ』を身に纏った。
「キャハハハハ、ぶっ飛びなぁッ!」
「ギャハハハハ、ぶっ潰れなぁッ!!」
 共鳴する声をバックに、マージョリーは炎の拳を繰り出したが、大振りのそれは簡単に避けられた。
 そこまではマージョリーも構わなかった。――が、次が問題だった。
「……あぁン?」
 無音で斬り落とされた炎の右腕を見、マージョリーは怪訝をあらわにする。
「ヒー、ハー!! 『トーガ』の右腕を切るたぁ、ソイツもただの剣じゃあねぇな!?」
(ただの剣、どころか、……使い手に問題アリよ!)
「ならっ、……これはどうかしらっ!?」
 廊下を埋め尽くす群青の炎は、割れた窓から吹き込む雨、――否、それを操る少女の術で防がれた。
「ッあーもーしぶといガキねえ!」
「ヒャーッ、ハッハ!! 殺しがいがありそうで結構じゃねぇか! せいぜい抵抗してみろよ、嬢ちゃん!!」
 斬られた右腕は既に再生してある。こちらはまだまだイケる状態。
(そして、雨を利用するコイツの次の一手は……)
 考える中、下らぬ雑談を持ちかけてきたのでマージョリーはそれを流した。
 と、その直後に少女は窓から外へと飛び出た。
「逃がさないわよ!!」
 マージョリーも瞬間的にトーガを解除し、細身の体を外へと躍らせる。
 そしてまたトーガを身に纏い、
(マルコシアス! 決めに行くから合わせなさい!!)
(あいあいよーッとォ!!)
 ただの雨では、自在法で作られた炎は消えやしない。
 少女を校舎から離さないように、マージョリーは攻撃を放つ。
 獲物を罠に追い込むように、じっくりと確実に。
 そして、目的の場所が目に入った。
「鬼ごっこは終わりよチビジャリ2号!」
 マージョリーは口を動かし、自在法を紡ぎ出す。

「かえるの兄さん結婚するよッ!」
「やれやれやれよと囃し立て、ハァッ!!」

 “屠殺の即興詩”。
 マージョリー・ドーが自在法を操る時に詠う、文字通りの即興の詩。
 それを合図に群青色の炎弾が生まれ、少女を飛び越し目的地へとさらに飛ぶ。
 ガスボンベの密集するそこへ、炎弾の蛙は一斉に向かっている。
 そしてマージョリーとマルコシアスは、シメの一発を決めにかかった。
 
「かえるの兄さん、お終いさァ!!」
「一、二、三と、ハイ!!」

『それまで、よッ!!』

「……暇だなあ」
 一仕事終えた臨也は、大した時間も経っていないのにそんな言葉を口にしていた。
 最低限の仕事で良いと言ったのはマージョリーの方なのだから、
その通りにするのが賢いやり方だ、と臨也はもちろん理解している。
 しかしその理解を揺らがせる事件が起きた。
 自分が狙われたのか、と錯覚するような巨大な爆発音が辺りに響いたのだ。
(凄い爆発――っと、あれか?)
 こんな豪雨だというのに、学校の方から黒煙が上がっているのが見えた。
 臨也は銃のスコープを覗き、狙っていた部屋とその周りを確認する。
(人影は全く無し。行くにしても逃げるにしても、今しかないか)
 マージョリーの言葉を信じるなら、今この近辺にいるのは、学校から逃げた連中を除けば自分だけだ。
(あの爆発を起こしたのがマージョリーだとしたら、もうしばらくはその戦闘力が頼りになる、か)
 数十秒。それだけの時間を思索に費やし、そして臨也は学校へと駆け出した。

「っと、こりゃ随分酷いな」
 狙撃した教室――保健室の内部には、生々しい血の跡があり、また生肉の焼ける臭いが漂っていた。
(…………って、本当に生肉かよ。しかも牛じゃん)
 思わずツッコミを入れながら。臨也は血の跡を辿ってみた。
 するとそれは階段へと続いていた。しかも下り階段である。
(地下室? ……いや、マージョリーのやり方を見て、袋小路に逃げる人間がいるわけがない)
 つまり、この下には秘密の通路でも隠されているのかもしれない。
(と言っても、逃げてる連中も血を残してるのには気づいてるだろうし、簡単には追えないよねえ。
この血の量じゃ結構な深手なんだろうけど)
 それとも、まずはマージョリーの状態を確認するか。
 どうせ向こうはこちらの動きに気づいているはずだ。
 あの爆発でやられでもしていなければ、だが。

「さあて、どうしようかなあ……」
【D-2/学校裏手/1日目・15:55】
【サラ・バーリン】
[状態]: 物語感染済。
[装備]: 理科室製の爆弾と煙幕、メス、鉗子、魔杖剣<断罪者ヨルガ>(簡易修復済み)
[道具]: 支給品一式(地下ルートが書かれた地図)、高位咒式弾×2
     『AM3:00にG-8』と書かれた紙と鍵、危険人物がメモされた紙。刻印に関する実験結果のメモ
[思考]: 刻印の解除方法を捜す。まとまった勢力をつくり、ダナティアと合流したい
[備考]: 刻印の盗聴その他の機能に気づいている。クエロを警戒。
     クエロがどの程度まで、疑われている事に気づいているかは判らない。

【マージョリー・ドー】
[状態]:全身に打撲有り(普通の行動に支障は無し)
[装備]:神器『グリモア』
[道具]:デイパック(支給品一式・パン5食分・水1300ml) 、酒瓶(数本)
[思考]:ゲームに乗って最後の一人になる。
    臨也と共闘。興味深い奴だと思っている。
    シャナに会ったら状況次第で口説いてみる。
[備考]:臨也の装備品をナイフとライフルだけだと思っています。
    (もし何か隠していても問題無いと思っている)

[共通備考]:爆発後の詳細は、二人とも不明です。

【D-2/学校、階段前/1日目・15:55】
【折原臨也】
[状態]:上機嫌。 脇腹打撲。肩口・顔に軽い火傷。右腕に浅い切り傷。(全て処理済み)
[装備]:ライフル(弾丸29発)、ナイフ、光の剣(柄のみ)、銀の短剣
[道具]:探知機、ジッポーライター、禁止エリア解除機、救急箱、スピリタス(1本)
    デイパック(支給品一式・パン6食分・水2000ml)
[思考]:地下へ向かうかマージョリーを探すか、考え中。
    セルティを捜す。人間観察(あくまで保身優先)。
    ゲームからの脱出(利用できるものは利用、邪魔なものは排除)。残り人数が少なくなったら勝ち残りを目指す
[備考]:ジャケット下の服に血が付着+肩口の部分が少し焦げている。 ベリアルの本名を知りません。
184 ◆Sf10UnKI5A :2005/11/21(月) 01:07:29 ID:92pNJKhi
『新たなる魔女の襲来』及び、
『用意するものは、狙撃手とガスボンベです』の作中の時間、
“3時”及び“15時”となっているのは、全て
“4時”及び“16時”の間違いです。
185Undermined Wandering-mind(1/7)  ◆l8jfhXC/BA :2005/11/23(水) 19:00:01 ID:37t0ucGo
「……参りましたね」
 扉が壊れた部屋に一歩足を踏み入れると、目前に見慣れてしまった光景が広がった。
 鮮血をまき散らした三つの死体を前に、古泉一樹は溜め息と共に呟きを漏らした。
(まぁ、臭いで予想はしてましたが……ここもハズレですか)
 城を出てから半日が経過していたが、未だに他の参加者とは顔を合わせていない。
 放送を聴いた後北西の遊園地方面へ移動し、周辺を捜索したが誰にも会えなかった。
 雨宿りがてら近くにあった商店街も探索したが、探し人の情報も使えそうな武器も見つからなかった。
 そして雨が止んだ後にそこから離れ、北にあったこの公民館へと移動したのだが、やはり誰もいない。
 ──所々で出会うのは、生者ではなくすべて死者だった。
(運が悪いだけと言われればそれまでですが……九体と言うのは、少し悪すぎる気がしますね)
 この地域に死者が集中しているだけなのか、あるいは予想以上に殺し合いが加速しているのか。
 次の放送を聴かなければ、今の島の現状はわからない。
(もし後者だった場合、むしろ殺人者に遭わなかったことを幸運と思うべきなんでしょうね。
……朝の襲撃者や、いないはずの人物を捜す彼。それに途中で見たあの焦げ跡のついた巨大な穴。
いくら長門さんが万能に近い力を持っていても、ここには彼女の無事を保証するものは何もない。
おそらく、彼女の力は制限されているでしょうし)
 情報統合思念体との連結を遮断し、さらに情報改変能力を制限しなければ、彼女は容易にここから脱出できてしまう。
 何らかの負荷がかけられていることは確実だ。
 あの雪山合宿の時のように、無理に脱出路を開こうとして倒れてしまっているおそれもある。
(……そしてあの時と同じように、僕たちはこの場にコピーされた存在の可能性がある)
 一番始めの放送を聞いた時から、その推論はずっと思考の隅にあった。死なないはずの人間が呼ばれてしまったためだ。
 時間軸に生存が規定されているあの二人のみ──長門も入れると三人──をわざわざコピーにするくらいなら、
 彼らを最初から参加させないか、残り百人以上もコピーにした方が手間が省けるだろう。
186Undermined Wandering-mind(2/7)  ◆l8jfhXC/BA :2005/11/23(水) 19:01:45 ID:37t0ucGo
(ですが、主催者は異空間の展開や刻印システムの形成、長門さんの力の制限などが可能な特殊技術を持っています。
加えて明らかに僕の世界に存在し得ない風貌の参加者がいることから、複数の異世界に干渉出来ることは確実です。
これらの能力があれば、オリジナルを連れてこれるだけの力があってもおかしくはない。楽観的思考はしない方がいいでしょうね)
 たとえ参加者がオリジナルだった場合でも、彼らの死に関して考えられる推論は一応ある。
 “何でも思い通りにする”という力を持つハルヒが死んだのは、長門と同じく何らかの制限がかけられたと考えれば理由がつく。
 生存が決定しているにもかかわらず死亡した二人については、“過去に戻った後の二人”を引き連れてくるか──根本の規定事項をも完全に無視すれば可能だ。
 前者の場合、主催者は時間軸を超えて世界に干渉できることになり──後者の場合、時間軸に規定された事実をも覆せることになる。
 去年の十二月に長門が行った世界規模の時空改変と同レベル、あるいはそれ以上の荒技を行っていることになる。
(そもそもその長門さんを拉致出来る力があるのならば、彼女以上の力を持っていてもおかしくはない。
オリジナルだった場合、下手をすれば情報統合思念体以上の力があることになりますね。
……どちらにしろ、主催者が我々の世界に干渉できることは事実です。
たとえここにいる僕たちがコピーであろうと、オリジナルに危害が加わらないという保証はどこにもありません)
 やはり、主催者そのものを倒さなければならない。
 頼れるのはやはり長門だ。刻印と彼女の制限が解除されれば、主催者達を無力化することも不可能ではない。
 だが諸々の特殊技術を持つ者が最低一人はいること、最初の会場で剣士二人の一撃が軽くあしらわれたことなどを鑑みれば、
 彼女一人の力に頼るのは無謀と言えるだろう。そもそもその刻印と制限に関する手掛かりが一切ない。
(……やはり打倒を目指すなら、長門さん以外の第三者の協力が不可欠ですね。
問題は、この状況下で他人とうまく団結できるかどうか。
ほんの小さな諍いも、ここでは一歩間違えば殺し合いに発展する。それこそ、ここにある死体のように)
187Undermined Wandering-mind(3/7)  ◆l8jfhXC/BA :2005/11/23(水) 19:03:44 ID:37t0ucGo
 改めて、部屋の中を観察する。
 眼鏡をかけた赤毛の男とセーラー服を着た同い年くらいの少女が、血の海の中に身を沈めている。
 そこから少し離れたところでは、胸からナイフの柄を生やした銀髪の男が倒れていた。
 部屋の内部や死体に争った形跡があることから、彼らが互いに殺意を持ってこの状況をつくりあげたことがわかる。
 そしてさらに同じような惨劇の跡が、この同じ公民館の中にもう一つ存在していた。
 死体は同じく三つ。こちらは少女が二人と女が一人だった。
 一方の少女は不意打ちで殺されただけのように見えたが、もう一方の少女と女の方は明らかに争った形跡があった。
 ある程度の修羅場はハルヒを巡る組織間の争いで慣れていたが、こんな死体の山を実際に見るのは初めてだった。
(中途半端に信用しても、こういうことになるのがオチでしょうね。
ですが、たとえ自分自身と長門さん以外はすべて切り捨てる気で行動するとしても、集団の形成は主催者を倒すためには必要不可欠です。
肉親や友人を殺された者達を復讐や無意味な殺戮に走らせず、その憎悪をうまく主催者の方に誘導しなければならない。……難しいですね)
 覚悟だけでは何も出来ない。それが現実的に可能かどうかは別問題だ。
 肉体面でも頭脳面でも、ここには自分を超える存在が多数存在しているだろう。
 彼らを駒のように操るなど、困難を通り越して不可能に近い。
「前途多難ですね。長門さんの意見も聞きたいところですが、結局他に方法は……、」
 何気なく呟いて、気づく。
 ずっと戦う前提で考えていたが、条件さえ満たせば彼らとの交渉もあるいは可能ではないだろうか。
 たとえば、最後の一人として生き残れば──
「……何を考えているんですか。それこそ不可能じゃないですか」
 歪んだ思考を振り払うように首を振る。
 知人の死と無造作に転がる死体のおかげか、珍しく焦っているのが自覚できた。
188Undermined Wandering-mind(4/7)  ◆l8jfhXC/BA :2005/11/23(水) 19:05:46 ID:37t0ucGo
(戦える力は僕にはない。かといって、殺し合いが終わるまで逃げ続けるのはまず不可能です。
勝ち残りを目指すならば、必ずどこかで手を汚さなければならない。
まぁ、確かに参加者をまとめあげて主催者打倒に向かせるよりも、参加者を扇動して殺し合いを加速させる方が楽でしょうけど。
ですがそもそも僕には長門さんを見捨てる気はありませんし────あ)
 ふたたび思考を否定しようとして、逆に肯定できる推論を思いつく。
 参加者達がコピーならば、助けようが殺そうがオリジナルにはなんの影響もない。
 だが本当にオリジナルだった場合は、取り返しのつかないことになる。
 主催者にオリジナルを持ってこれる力がある可能性が十分にあることは、先程既に考察している。
 だからこそ彼女を殺すことなど出来ない──のだが。
(オリジナルだった場合、“生”という事実を覆された人間が二人も実在していることになる。
……つまり反対に、“死”という事実を覆すことも出来るかもしれない)
 時間軸に干渉し、死んでしまった人間をここに来る前の状態に戻すことが出来る力がある可能性。
 あるいは、そもそも死亡という事実を“なかったこと”に出来る力がある可能性。
 あの二人の死という事実が、そんなありえない希望論を現実的なものにしてしまっている。
(……たとえそうだとしても、交渉という行為自体が無謀です。そもそも主催者の意図自体が不明なのですから。
わざわざ百人以上も、それも複数の異世界から参加者を集めてこの“ゲーム”を開催した目的はまったくわからない。
最後に残った強者、あるいは単に運がよかった者に用があるのならば、もっと小規模で行うでしょうし。
……なら彼らが求めているのは、“最後の一人”という結果ではなく、“殺し合い”という過程、なのでしょうか)
 それならば、副賞として自らの世界の平穏や仲間の蘇生を要求しても支障がないことになる。
 むしろその“過程”で抗えば抗うほど、彼らを満足させられるのなら──
189Undermined Wandering-mind(5/7)  ◆l8jfhXC/BA :2005/11/23(水) 19:08:19 ID:37t0ucGo
「……ずいぶんと必死になってますね」
 いつもと違う余裕のない思考に、肩をすくめて苦笑する。
 自覚している以上に、彼らとの日常を取り戻したがっているらしい。
 ……最初のうちこそ、“機関”の一人としてハルヒを監視するという目的のみで彼らと行動していた。
 だが、雪山合宿の時あの彼に漏らしたとおり、いつの間にか優先順位が入れ替わってしまっていた。
 あの日常を気に入ってしまい、それをSOS団の一員として守りたいと思っている自分がいた。
(……主催者の打倒か、主催者との交渉か。結局どちらも無謀であることには変わりがない。
ですがそれまでの過程──参加者をまとめるか参加者を煽るかで考えれば、殺し合いが進んでいる現段階では後者の方が楽でしょうね。
加えて、既に死んでしまったあの三人に対して希望が持てるのならば──)
 ゆっくりと大きく息を吐き、思考を無理矢理収束させる。
 ──覚悟を決めるしかない。
 小さく頷いた後、赤黒く染まった部屋の奥へと足を運ぶ。目的は、死体に刺さったままのナイフ。
 数歩歩くと床の色が茶から赤に変わり、靴が血の中に沈んだ。ぴちゃりと嫌な音がした。
 顔を少ししかめながらも死体の前へと歩みを進め、立ち止まる。
 そして、ふと違和感を覚えた。
(あのトイレの中の死体もそうでしたが、なぜだかここにはデイパックが一つも残されていない。……それなのに)
 食料や役に立つ道具のみを持ち去るのならともかく、袋ごと六つも持って行かれている。だがそれはまだいい。
 疑問なのは、この突き刺さったままの──なぜか放置されているナイフ。
 わざわざ荷物を袋ごと持ち去るような者が、この“ゲーム”において一番重要な“武器”を見逃す理由はないはずだ。
 それなのに、まるで惨劇を強調するかのように、ナイフは死体に突き刺されたまま放置されている。
 ──まるで、惨劇を受け継がせるために残されたかのように。
190Undermined Wandering-mind(6/7)  ◆l8jfhXC/BA :2005/11/23(水) 19:10:03 ID:37t0ucGo
「……」
 趣味の悪い思考を振り切り、両手で柄を握る。血が飛び散らないよう、慎重にそれを引っぱった。
 だいぶ深く侵入しているらしく、思ったよりうまく引き抜けない。
 抉られた臓器と肉の柔らかな感触、そしてそれを切り裂く嫌な感覚が両手に伝わる。
 新たに漏れる血の臭いが鼻腔を刺激し、刃と肉とがこすれる微かな音までが耳に届く。吐き気を覚えた。
 それでも刃がゆっくりと死体から排出されるのを、目を反らさずに見続ける。
「…………」
 やがて肉の抵抗が途絶え、赤く塗れた刀身が吐き出された。無意識のうちに、ふたたび大きく息を吐く。
 死体の服で刃についた血を拭った後、改めてそれに目を向ける。
 大振りの刀身がブーメランの様に湾曲している、特殊な形状のナイフ。おそらく殺傷能力は高い。
「……犯人役には、向いていないんですがね」
 呟いて、ナイフから目を離す。
 移った視線の先には、胸部を鮮やかな赤で塗らす死体。
 まるでたった今自分がこの男を殺したかのような感覚を覚え、すぐに目を反らす。
 ふたたび湧き上がった吐き気を振り切り、諦念に似た覚悟を抱きつつも、ゆっくりと出口へと歩き出した。


                      ○


「にしても、出遭った死体が七つってやけに多いわね」
「ああ、ちょっと密集してるところがあってね」
「あっさり私と組んだのは、それに煽られたから?」
「それもあるかもね」
「……むしろあんたなら、その現場を利用して逆に他の参加者を煽りそうね」
「そうかな?」
「たとえば、武器をわざと死体の山の中に放置しておくとか」
「…………どうだろうね?」

191Undermined Wandering-mind(7/7)  ◆l8jfhXC/BA :2005/11/23(水) 19:11:06 ID:37t0ucGo
【D-1/公民館/1日目・18:00】
【古泉一樹】
[状態]:左肩・右足に銃創(縫合し包帯が巻いてある)
[装備]:グルカナイフ
[道具]:デイパック(支給品一式・パン10食分・水1800ml)
[思考]:手段を問わず生き残り、主催者に自らの世界への不干渉と(オリジナルだった場合)SOS団の復活を交渉。

【C-3/商店街・酒屋/1日目・16:00頃】
『詠み手と指し手』
【マージョリー・ドー】
[状態]:わりと上機嫌。
    全身に打撲有り(普通の行動に支障は無し)
[装備]:神器『グリモア』
[道具]:デイパック(支給品一式・パン5食分・水1300ml) 、酒瓶(数本)
[思考]:ゲームに乗って最後の一人になる。
    臨也と共闘。興味深い奴だと思っている。
    シャナに会ったら状況次第で口説いてみる。
[備考]:臨也の装備品をナイフとライフルだけだと思っています。
    (もし何か隠していても問題無いと思っている)
【折原臨也】
[状態]:上機嫌。
    脇腹打撲。肩口・顔に軽い火傷。右腕に浅い切り傷。(全て処理済み)
[装備]:ライフル(弾丸30発)、ナイフ、光の剣(柄のみ)、銀の短剣
[道具]:探知機、ジッポーライター、禁止エリア解除機、救急箱、スピリタス(1本)
    デイパック(支給品一式・パン6食分・水2000ml)
[思考]:マージョリーと共闘。 面白くなりそうだと思っている。
    セルティを捜す。人間観察(あくまで保身優先)。
    ゲームからの脱出(利用できるものは利用、邪魔なものは排除)。残り人数が少なくなったら勝ち残りを目指す
[備考]:ジャケット下の服に血が付着+肩口の部分が少し焦げている。
    ベリアルの本名を知りません。

※二人はこの後「新たなる魔女の襲来」「用意するものは、狙撃手とガスボンベです」に続きます。
192救いの糸は千切れて散った(1/9) ◆eUaeu3dols :2005/11/23(水) 21:18:14 ID:+BAJFTVD
『それまで、よッ!!』
マージョリーとマルコシアスの声が唱和し、ガスボンベの保管所に炎弾を叩き込んだ瞬間、
小柄な黒髪の女が懐から何かを取りだしてばらまいたのが見えた。
同時に、彼女が剣を構えたのも。
(何よ、悪あがき?)
そう思った次の瞬間、爆発の閃光が煌めき――
「ヤベェ、防げ!!」
「クソッタレのチビジャリがぁっ!!」
反射的に前面に集中した炎とトーガを巨大な爆発が吹き飛ばした!

その数秒前。
サラ・バーリンは、敵の放った炎弾の青蛙が自分を狙っていない事に気が付いた。
……まさか。
(彼女もあの場所を切り札にしていたのか!)
敵の炎の勢いは強く、水だけで消しきれるか難しい事には気づいていた。
ならばサラより火消しの得意な彼女の姉妹弟子を真似ればいい。
火か、風。サラに出来る手は、爆発。
だから念のためにこの場所に向かった事が裏目に出た。
まさか長居して籠城していたこちら側が地の利を利用されるとは!
炎の青蛙がガスボンベの保管所に飛び込んだ瞬間、サラは覚悟を決めた。
「これは賭けだ――!」
懐に入れていたありったけの手製の爆弾をばらまくと同時に、
“第七階位用高位咒式弾を装填した魔杖剣の引き金”を引いた。
二つの隠し玉をぶちまけたのとガスボンベのガスが引火したのは同時だった。

193救いの糸は千切れて散った(2/9) ◆eUaeu3dols :2005/11/23(水) 21:21:20 ID:+BAJFTVD
工事現場の様なやかましい轟音と共に地下室がぐらぐらと揺れ、
天井から欠け落ちた無数の石の粒が彼女達に降りかかる。
「じ、地震!?」
クリーオウが怯えた声をあげる。
既に地下室に降りている今、ここが崩れれば生き埋めになる。
いや、これはもはや仮定の話ではない。
安普請なのか、それとも爆発の位置が近いのか、これはもう……
「もう崩れるわ! 行くわよ、クリーオウ!」
クエロは空目を背負ったまま秘密の地下通路へと飛び込む。
「でも、サラが!」
「彼女ならちゃんと後から来るわ!」
もちろん――そんな根拠など全く無い。
何者かは知らないが、相手は学校の設備を利用する狡猾さとかなりの戦闘能力が有るらしい。
その上、外からの銃撃を行った誰かが手を組んでいれば……
(利用価値は高いんだから生きていてもらった方が有り難いけれど、アテにはならないわね)
この状況では諦めるしかない。
自分を疑っていると思われる奴が死にそうな事を喜ぶべきだろう。
もちろん――そんな事を口に出す事など有り得ない。
「来なさい!」
「あ!」
まだ僅かに躊躇うクリーオウの手を引いて地下通路に飛び込んだ次の瞬間、
地下通路の入り口は崩落して瓦礫に埋まった。

194救いの糸は千切れて散った(3/9) ◆eUaeu3dols :2005/11/23(水) 21:22:48 ID:+BAJFTVD
「クソッタレ……が……」
ゴボッと口から血の泡が吹き出る。
「おい、しっかりしやがれ! 我が凶暴なる恋人マージョリー・ドー!!」
「グ……言われなくったって……判ってるわよ、バカマルコ!」
マルコシアスの焦った声に怒鳴り声を絞り出す。
体の具合は最悪だ。
トーガは一瞬で吹き飛んだ。
胴体に刺さった何本かのガスボンベの破片と謎の釘は重要器官をも貫いている。
間違いなく、このままでは死ぬ。
その上、自在法による回復が間に合う傷でもない。
他に回復の技はない。
死ぬ。
間違いなく。
復讐の相手は見つからず、突如放り込まれた最高にクソッタレなゲームの中で。
「あの、クソッタレなチビジャリ二号は……クソジャリは、どこ?」
「待て、我が麗しの酒杯マージョリー・ドー! それより傷を……」
「うっさいわね、バカマルコ! カハッ!
 何処だって……訊いてんのよ!」

「わたしなら、ここだ」
背後からサラの声が響いた。
ハッと振り返るマージョリー。
「……無傷!?」
「いや、だがこいつは……!」
マージョリーとマルコシアスの驚愕が交錯した。

   * * *
195救いの糸は千切れて散った(4/9) ◆eUaeu3dols :2005/11/23(水) 21:24:48 ID:+BAJFTVD
爆弾を懐に抱えていても自分だけ自滅するだけだ。
だから、サラは全ての爆弾をややマージョリーに向けてばらまいた。
豪雨の中で少し濡れる事など殆ど影響が無い。
大量のガスボンベが爆発する衝撃と高温は導火線としては十二分にすぎる。
それどころか水場での使用を想定したマグネシウムを使用した爆弾に至っては、
防水が完璧でなければ外に出た瞬間に引火していてもおかしくなかった。
他にも念のために作っておいた釘入り爆弾は普通の人間に使うには残酷すぎる代物だ。
普通ではない相手が要る事を想定して作った物だが、まさか使う事になるとは思わなかった。
それらサラ・バーリン印の特製爆弾の連鎖爆発はガス爆発の脅威を倍増させ、
水が急激に蒸発する事による水蒸気爆発は熱を奪いしかし爆発力は更に倍増させた。
それにより膨れ上がった爆発はマージョリー・ドーの予想を超え、彼女を吹き飛ばした。

だが、当然ながらその爆風はサラ・バーリンにも襲い掛かった。
それに対抗するため、サラ・バーリンは第七階位高位咒式弾に全てを賭けた。
高位咒式弾を自在に使いこなせるというのはクエロに対するハッタリだが、全てが嘘ではない。
サラが図書室で行っていた読書は、自分の世界より数段進んだ科学知識を得る為の物だ。
(あの図書室には、よくよく見ると様々な世界の書物が僅かに混ざっていた。
 だから空目もあの図書室に惹かれていたのだろう)
そのおかげでサラは自分の世界に無い巨大ロボットなどという冗談を飛ばし、
更にサラの読んでいたタイトルを見て乗ってくれた空目の核爆弾という嘘にも反応できた。

それらの知識を元に理科室で弾丸を調べたサラは、その性質に薄々気がついた。
もちろん完璧ではない。
完璧ではないが、もう一つの偶然が彼女を助けた。
竜理使いという蔑称を持つ咒式の力と、サラの世界にある理の力の、極々僅かな近似点。
エネルギーと質量の保存則を無視しながらも更に大きな目で見れば法則に従う二つの術。
僅かでも判れば、理論より先に本質的な部分でその性質を掴むのは彼女達の得意技だ。
それは楽園の魔女達の中で一番の理論派であるサラ・バーリンにも当てはまる――
196救いの糸は千切れて散った(5/9) ◆eUaeu3dols :2005/11/23(水) 21:27:26 ID:+BAJFTVD
サラの意志を伴い理の力が魔杖剣の宝珠に流れ込む。
――意識と魔力が仮想力場を通り、魔杖剣<断罪者ヨルガ>の鍔に埋め込まれた宝珠で収斂し位相転移。
選択は一択、高位咒式弾のみ。その中に内蔵された触媒に力を注ぎ、役目を解放する。
――高位咒式弾薬莢内の置換元素を触媒に物理干渉。術式の不一致から効力の大半が消失する。続行。
理の力が刀身で増幅され、サラがかつて死の都で得た失われし秘術を編み上げる。
――紡いでいた術式が鋼線で修復された刀身を経て増幅、その切っ先の空間に輝く咒印組成式を描く。
(複雑な物を生み出す事は、出来ない)
それは分かり切っている。サラが使いこなせる物でなければ意味が無い。
(だから……!)
生み出すのは単純にH2O、水分子。
単に極低温まで冷却された高圧の氷の壁。
第七階位の高位咒式弾で生み出すには贅沢すぎる、だが効力が半減する事を含めれば十分すぎる発現。
それはこの小さなゲームの中で最高級の水使いの防御術としては十分すぎる力を発揮した。
不純物の無い透明な氷の壁が、溶けて蒸発する事で熱を抑え、その重みと強固さが爆風を受け止める。
ボンベの破片が、鉄釘が、分厚い氷の壁の中程まで食い込んで動きを止める。
氷の壁で強烈な爆発を防ぎながら、サラは確信した。
「この賭け、わたしの勝ち……」

頭に、痛みが走った。

(そうか、クエロが言っていた……この部分は、本当……っ)
咒式は元より脳に多大な負担を強いる術だ。
このゲームの制限が加わり、第七階位の高位咒式の消耗は極めて厳しくなっている。
術式の不一致による負担の増加は途中でエネルギーの大半を失う事で相殺。
クエロのように制限されたとはいえ世界最高峰の精神攻撃魔術を喰らってもいない。
それでも、体験した事の無い種類の痛みはサラの力を奪い……
(せめて爆発が終わるまで)
……意志と気合で、爆発が途絶える瞬間まで術式を維持する事には成功した。

   * * *
197救いの糸は千切れて散った(6/9) ◆eUaeu3dols :2005/11/23(水) 21:29:43 ID:+BAJFTVD
「……無傷!?」
「いや、だがこいつは……!」
マージョリーとマルコシアスの驚愕が交錯した。
サラ・バーリンは確かに無傷だった。
だが、膝を付き剣に支えられ、粗い息を吐くその姿はあまりにも無防備だった。
(やろうと思えば、簡単に……)
「殺、ス!」
マージョリーが腕を振り上げ、その中に炎を集中し始める。
降り続ける豪雨と消耗が邪魔をするが、僅かずつ炎が大きくなっていく。
「あの……素敵で奇妙な唄も、品切れ、か……」
「そんな物無くても、アンタを殺すには十分だってのよ……!」
屠殺の即興詩を編み上げる余裕すらない、存在の力をそのまま炎にした原始的な自在法。
それでも、無傷だがまともに動けない目の前の女を殺すには十分すぎる。
「……だが取引だ…………鎖骨美人なお姉……様…………」
サラはゼェゼェと粗い息を吐きながら、冗談を付け加えつつ持ちかける。
「あなたは、そのまま……だと、死ぬ……」
「それでもアンタを殺せるっつってんでしょうが!」
振り上げた腕の中でようやく、炎弾が人一人焼き殺すのに十分な大きさを持った。
それを目の前の女に振りおろ……

「……わたしなら治せる」

『なっ!!』
……寸前で止めた。

「わたしには、医術の心得も有る……」
サラは懐からメスと鉗子を取りだしてみせる。
「……取引だ。わたしを見逃せば…………治療……しよう…………」
198救いの糸は千切れて散った(7/9) ◆eUaeu3dols :2005/11/23(水) 21:31:37 ID:+BAJFTVD
「フザケんじゃないわ……時間稼げば一人勝ちじゃない、クソジャリが!」
今の彼女は腕の中の炎の塊を維持するのでさえ精一杯だ。
「5分でいい……それだけ休憩すれば…………治療できる」
「信用も出来ないってのよ!
 あたしが先に見逃して、アンタにわたしを助ける義理も無い」
治療中の力尽きた敵など幾らでも首をかっ切れる。放置するだけで良い。
それどころか、サラが今のマージョリーを助けられる保証も無い。
「だが……」
荒い息を何とか整え、サラは続けた。
「……信じなければ、あなたは確実に死ぬ」

「我が愛しの姫君マージョリー・ドー! 手はねぇぞ!」
「アンタまでッ、グ……バカ言ってんじゃないわバカマルコ!
 目の前の敵を、死にそうになってる原因を見逃せっての!?」
「だからってテメェ、このまま死ぬようなタマかよ!
 こんなに最高でクソッタレなゲームに踊らされてよ!」
「うっさい! 黙りなさい、黙れこのバカマルコ!」
怒鳴り散らす。だが、腕を振り下ろせない。
手の中の炎弾が消えればその時点で選択肢は確定する。
なのにそれが出来ない。迷っている。
「もう一度、言おう……わたしは、あなたを治療できる……」
更にサラは指差した。刻印の場所を。そして。
「…………できる」
指を取り払って見せた。
『!?』
その意味を理解し、一人と一冊は息を呑んだ。
手の中の炎が揺らめく。
「楽園は、相手を信用し手を伸ばす事と、伸ばされた手を信用し掴む事から始まる」
サラは息を整え、宣言する。
「――ようこそ楽園へ。わたしは“楽園の魔女”サラ・フォークワース・バーリン」

マージョリーの手の中で小さくなった火がゆらめき……豪雨の中で、立ち消えた。
199救いの糸は千切れて散った(8/9) ◆eUaeu3dols :2005/11/23(水) 21:34:29 ID:+BAJFTVD

「でもそれだと、助かったところでマージョリーお姉さんは足手まといになっちまうね」

唐突に響いた言葉にハッと振り向いた。
間に合わない。そして力が出ない。
ライフルの銃弾がサラの胸を撃ち抜いた。

『イザヤアァァァァァァァァッ!!』
マージョリーとマルコシアスが怒りの叫びをあげる。
「何を怒ってるのかな、マージョリー。
 同盟の規約通りじゃないか。
 『襲ってくる相手と、君が狙っている人間を殺すのには手を貸す』ってね。
 君の手札が切れてるようだから、俺が手を貸しただけだぜ」
白々しく臨也が笑う。
地下を見に行ってみると、どうやら爆発の振動で入り口があっさり崩れてしまったらしく、
諦めてマージョリーを捜しに行くと愉快な交渉が行われていた。
流石に細かい仕草までは判らなかったが、途切れ途切れに聞こえる声で状況は理解した。
元から互いに利用しあうだけの同盟など利用の価値が無ければ無いも同然だ。
だけど自分から解消する必要も無いから、わざわざ『裏切らずに敵を撃ってやった』。

「でもその様子じゃもう助からないし、同盟も自然消滅かな。
 バイバイ、マージョリーにマルコシアス。
 短い間だけど面白かったよ」
笑いながら臨也は歩み去って行った。
何も出来ない。
その背中にもう一度炎弾をぶつける力すら残っていない。
今度こそ空っぽだ。
その背中は悠々とマージョリーの視界から消えていった。
マージョリーは歯を噛み締めたまま、ゆっくりと崩れ落ちていった。
……後にはマルコシアスの絶叫だけが響いていた。
200救いの糸は千切れて散った(9/9) ◆eUaeu3dols :2005/11/23(水) 21:37:26 ID:+BAJFTVD

マージョリーは崩れ落ち、マルコシアスの絶叫が響いている。
(ここまでか……)
サラは冷静に状況を把握していた。
怒りはない。
ただただ残念で、無念で、悔しかった。
(ようやく“刻印を外す目処が付いた”というのに)
刻印の研究と、神野と出会い知った事と、魔杖剣と、第七階位高位咒式弾の力。
それらを束ねた所に……ようやく“それ”が見えたというのに。
(残念だ)
そう呟こうとしても、喉から出るのはヒューヒューという音だけだった。
どうやら肺をやられたらしい。
すぐには死なないだろうが、マージョリーを治療するほどには動けない。
そして、長く苦しむ。
(せめて、この成果を……)
耐え難い息苦しさに苦しみながら、動く。
この記録を残さなければならない。
このゲームを打破するために。
ペットボトルが良い。
あれに全てのメモと判った成果を書いたメモを入れれば、雨の中でも濡れずに…………
メモをするだけ体が動かなければ、せめて、これまでのメモだけでも……
(……殿下…………すまない……あとは……)

やがて、サラ・バーリンも力尽き、マージョリーに重なるように倒れ伏した。
雨が止んだ時、ペットボトルの一本は何処にも見当たらなかった。


【096 マージョリー・ドー 死亡】
【116 サラ・バーリン   死亡】
【残り 59人】
【D-2/学校地下/1日目・17:00】
※:学校から地下通路への入り口は崩落により塞がりました。

【クリーオウ・エバーラスティン】
[状態]: 右腕負傷。
[装備]: 強臓式拳銃『魔弾の射手』
[道具]: 支給品一式(地下ルートが書かれた地図。ペットボトル残り1と1/3。パンが少し減っている)。
     缶詰の食料(IAI製8個・中身不明)。議事録
[思考]: みんなと協力して脱出する。オーフェンに会いたい

【空目恭一】
[状態]: 気絶中。
     全身を火傷。ガスボンベの破片が刺さっている。物語感染済。
[装備]: なし
[道具]: 支給品一式。
     “無名の庵”での情報が書かれた紙。
[思考]: 刻印の解除。生存し、脱出する。
[備考]: 刻印の盗聴その他の機能に気づいている。
     クエロによるゼルガディス殺害をほぼ確信。

【クエロ・ラディーン】
[状態]: 打撲あり(通常の行動に支障無し)
[装備]: 魔杖剣<贖罪者マグナス>
[道具]: 支給品一式、高位咒式弾×2
[思考]: 集団を形成して、出来るだけ信頼を得る。
     魔杖剣<内なるナリシア>を探す→後で裏切るかどうか決める(邪魔な人間は殺す)
[備考]: サラの目的に疑問を抱く。
     空目とサラに犯行に気づかれたと気づいているが、少し自信無し。
【D-2/学校周辺/1日目・17:30】
【折原臨也】
[状態]:上機嫌。 脇腹打撲。肩口・顔に軽い火傷。右腕に浅い切り傷。(全て処理済み)
[装備]:ライフル(弾丸28発)、ナイフ、光の剣(柄のみ)、銀の短剣
[道具]:探知機、ジッポーライター、禁止エリア解除機、救急箱、スピリタス(1本)
    デイパック(支給品一式・パン6食分・水2000ml)
[思考]:セルティを捜す。人間観察(あくまで保身優先)。
    ゲームからの脱出(利用できるものは利用、邪魔なものは排除)。残り人数が少なくなったら勝ち残りを目指す
[備考]:ジャケット下の服に血が付着+肩口の部分が少し焦げている。


【D-2/学校・ガスボンベ保管所(別棟)周辺】
かなり大きな規模の爆発が起きました。
ガスボンベ保管所は完全に吹き飛んでいます。
また、周辺に以下の物が転がっています。

マージョリー・ドーの死体(死因:大爆発による火傷と無数の破片)
サラ・バーリンの死体  (死因:銃で肺を撃たれ窒息死)
神器『グリモア』
デイパック(支給品一式・パン5食分・水1300ml) 、酒瓶(数本)、
支給品一式(地図には地下ルートが書かれている)、
メス、鉗子、魔杖剣<断罪者ヨルガ>(簡易修復済み)、高位咒式弾×1

※:全てのメモと、更に鍵までペットボトルに入れられましたが、
  豪雨の中、何処かへと流れていってしまいました。
  また、刻印の解除法そのもののメモを書ききる余裕が有ったかは不明です。
203イラストに騙された名無しさん:2005/12/02(金) 23:35:06 ID:+rH+z/jw
hosyu
204クラヤミ 1/12 ◆7Xmruv2jXQ :2005/12/08(木) 23:20:14 ID:kNef2uur
 小屋の中には暗闇が立ち込めている。
 死体の冷めたさ――空虚と痛みを孕んだ暗闇だ。
 まるで霊廟のようなそこには二つの影。
 白と黒、対極の色をまとった少女が二人。
 白い少女は闇に押しつぶされ、黒い少女は闇に溶け込んでいた。
 しずくと茉衣子だ。
 茉衣子はデイパックを枕代わりに床に横たわり、眠りに沈んでいる。
 一方、しずくはその枕元に座り込み、じっと茉衣子の顔を見つめていた。 
「……茉衣子さん」
 か細い囁きとともに、しずくの指先がそっと茉衣子の前髪に分け入った。湿り気を帯びた前髪を剥がし、彼女の表情を露わにする。
 茉衣子の寝顔は穏やかだった。
 体からは力が抜けていて、規則正しく寝息を立てている。
 彼女の容態を見て、しずくは弱々しい笑みをつくった。
 選んでいる余裕などなかったとは言え、小屋の環境はお世辞にも快適とは言えない。
 腐敗した床と壁。室内にはが錆びたまま捨て置かれた工具らしきものの群れ。備え付けられた棚には埃がぶ厚い層を形成している。
 まともに使えそうなのは、中央に放置されたロッキングチェアぐらいのものだろう。
 廃屋も同然、辛うじて雨風を凌げるという程度のものでしかない。
 そんな場所では暖房施設など望むべくもない。
 仕方なく自分の服の袖を破り、水を絞ってタオル代わりにしたのだが、少しは意味があったようだ。
 心配していた体温の低下は、この分ならなんとかなるかもしれない。
 安堵とともにしずくは茉衣子から視線を外した。
 しずくの視覚センサーは闇を見通せる。
 なのに、世界が暗い。この小屋に充満している闇の濃さに胸の奥がカタく冷えた。
 一秒が一分に。
 一分が一時間に。
 小屋の片隅で膝を抱えていると、時間の流れさえも闇に堰きとめられて停止しているような錯覚を覚える。
 聞こえるのは目の前にいる少女の呼吸音と、遠くの雨音。
 二つのリズムに体を預けながら、しずくは無為な時間に耐えた。
 持て余した時間は自分を傷つける。止めることのできないない、緩慢な自傷行為だ。
205クラヤミ 2/12 ◆7Xmruv2jXQ :2005/12/08(木) 23:21:24 ID:kNef2uur
 焼きついた映像が再生される。
 叫ぶ宮野。振り下ろされる刃。
 赤い軌道。溢れ出す血液。
 ボールのように転がった――
 宮野の最後が、茉衣子の絶叫が、生々しく繰り返される。
 自分が助けを求めなければこんなことにはならなかっただろう。
 安易な希望に縋りついた弱さこそが罪。
 そう断ずることは容易い。
 しかし、例え罪であろうとも、どうしても誰かの助けが必要だった。
「かなめさん、どうなっただろ」
 ぽつりと、言葉が吐き出された。
 彼女は、殺されてしまったのだろうか。
 雨が降ったせいで日没がいつかはわからなかったが、もう過ぎている頃だろう。
 もっとも、教会の主にとっては全ては退屈凌ぎだったのだ。日没というリミットも考えるだけ無駄なのかもしれない。
 結局、教会では助けるどころか、姿を見ることすら叶わなかった。  
 宗介も未だ殺戮に身を委ねているのだろうか。
 別れたときの強い決意を固めた横顔を思い出す。
 己を切り捨て、かなめのために殺戮者になることを受け入れた横顔。
 冷たい雨の中、血に濡れたナイフを持って佇む宗介を想像して、しずくは身を震わせた。
 どうしてこんなことになったのだろう。
 どこで間違えてしまったのだろう。
 いくら考えても、答えは出ない。
 殺戮が肯定されるこの島で、出会った時、かなめは自分の手を握ってくれた。
 そんなことは簡単だと言わんばかりに。
 ただ、その強さを救いたかっただけだったのに……。
「BBと、火乃香に会いたい……」
 呟いて、しずくが深く顔を伏せた。
 弱い本音が顔を覗かせる。一人で耐えるには、この闇は無慈悲に過ぎる。
206クラヤミ 3/12 ◆7Xmruv2jXQ :2005/12/08(木) 23:22:20 ID:kNef2uur
『あー、ちょっといいか?』
 そんなしずくの心情を察したわけではないだろうが、声はすぐ傍から聞こえてきた。
 しずくの隣に並べられた自分の分のデイパックとラジオ、そしてエジプト十字架。
 声を発したのはエジプト十字架――エンブリオだった。
 慌てて顔を上げて十字架を手に取る。
 教会から飛び出した後、混乱するしずくに、ここに逃げ込むよう言ったのはエンブリオだった。
 茉衣子を抱えたまま、雨の中長距離を移動するのは不可能だったし、彼の提案は的確だったと言えるだろう。
 小屋に逃げ込んでからは沈黙を保っていたのだが――……
『おいおい、死にそうな面してるけど大丈夫なのか? ブルー入ってる場合じゃねーだろ』
「あっ、はい……大丈夫です。なんですか?」
『これからどーすんのかと思ってな。ずっとココにいるつもりなのか?』
「それは……」
 しずくはちらりと茉衣子を見た。
 周囲を満たす漆黒に、白い貌が霞んで見える。
 茉衣子はいつ頃目を覚ますだろうか。いや、例え目を覚ましたとしても大丈夫だろうか。
 あの教会で彼女が受けた衝撃がどれほどのものだったか、想像することすらできない。
 片翼をもがれる痛みなど、想像できるはずがない。
『あの黒い騎士、その内追って来るかもしれねーぜ』 
 エンブリオは正論を唱えた。
 この小屋は教会からほとんど離れていない。追っ手がかかる可能性は捨てきれない。
 追っ手の可能性を抜きにしても、茉衣子はきちんと暖がとれる場所に移したほうがいいだろう。
 タイミングは難しいが、移動は必要になる。
 しずくの思考を遮るように、エンブリオは言葉を続ける。
『だが、今まで来ないとこを見ると大丈夫なのかもしれねーな。その辺は五分だろう。
 逆に外に出て危ないヤツに見つかる可能性もある。
 今誰かに見つかるのはヤバイだろ? 隣のラジオはだんまりだし、お前さんも直ってない』
 しずくの右腕はまだ自己修復中だ。加えてその他機能の低下も激しい。
 エスカリボルグは置いてきてしまったし、戦闘手段は皆無だった。
 兵長も衝撃波の打ちすぎで気絶したきりだ。
 本人の言では数時間で目が覚めるそうだから、心配はいらないだろうが、それでも不安ではある。
207クラヤミ 4/12 ◆7Xmruv2jXQ :2005/12/08(木) 23:22:56 ID:kNef2uur
「そうですね……」
 一息分、闇を吸う。
 エンブリオの言うことは一から十までもっともだ。
 動いても動かなくてもさほど危険度は変わらない。なら、どうするべきか。
 しずくの逡巡を読み取ったかのように、手の中のエジプト十字架はにやついた声音で言葉を繋げる。
『オレとしては、ここでオレを殺して欲しいんだけどな』
「それは駄目です!」
 間髪入れずにしずくは叫んでいた。
 その反応は予想していたようで、エンブリオがおどけて答える。
『けけ、そうかい。まあ、そうだろうな。
 ……しっかし、なんでオレの声が聞こえる連中は、どいつもこいつもオレを殺してくれねーのか』
 愚痴っぽく言うエンブリオを見て、しずくは軽く眉を寄せた。
 エンブリオの殺してくれ発言は今更のものなので気に病んでも仕方がない。
 聞いていて手気分がいいものでないのは確かだが。
 形容しがたい不快感を追い払って、この後のことに思考を向ける。
 元の世界では行動方針を決めることなどなかったためか、しずくにとってこの作業はなかなかに難しい。
「茉衣子さんが起きて、雨が止んだら、どこか別の場所に移動するつもりです。
 体を暖めたほうがいいでしょうし。学校とか、あとは……」
『……商店街とかな。しかし茉衣子はいつ起きるんだ? 精神的にはかなりヤバイ状態――』
 エンブリオが言葉を止め。
 しずくが目を見開いた。
 

 *   *   *
208クラヤミ 5/12 ◆7Xmruv2jXQ :2005/12/08(木) 23:23:45 ID:kNef2uur
 目の前の空気が動いた。
 靴の裏側が弱く床板を噛み、膝が曲がる。
 腕を地面に押し当てて、肘から順に滑らかに剥がしていく。
 背中が浮いた。
 重力に逆らう動き。
 ゆっくりと、闇を掻き混ぜるように、細い体が起き上がる。
 湿った髪がパラパラと音をたてて解けた。
 黒い服、黒い髪が混ざることで、闇がいっそう密度を増す。
 ほおー……と長い息が靡き。
 放置されたロッキングチェアが、暗闇の重さにキィィと軋んだ。
 光明寺茉衣子は、起き上がった態勢のまま停止した。
 半身を起こしたまま、俯いて顔を隠している。
 その様子は、なにかを反芻しているようでもあった。
「茉衣子さん!」
 思わずしずくが喜びの声を上げた。
 茉衣子の正面に回りこんで高さを合わせ、出来るだけ声を落ち着けようとして、それでも大きくなった声で語りかける。
「体、大丈夫ですか? 痛いとか寒いとかありませんか? 
 ここには暖房設備がないので、移動しないとどうしようもないんですけど、大丈夫ですか?
 一応体は拭かせてもらったんですけど……あっ、すいません!
 起きたばっかりなのに、いろいろ言っちゃって。まだ落ち着いてませんよね」
 次々と繰り出されたしずくの言葉に、茉衣子は緩慢にだが反応を示した。
 白い繊手が、しずくの手に握られたエンブリオに伸びて、それを抜き取る。
「あっ、すいません。返しますね、エンブリオさん」
『よお、気分はどうだ?』
 茉衣子は言葉を返さなかった。
 エンブリオは握ったまま、茉衣子が顔を上げて、 
209クラヤミ 6/12 ◆7Xmruv2jXQ :2005/12/08(木) 23:24:46 ID:kNef2uur

「アナタ、ガ、コナ、ケレバ」

 
 がつりと。
 鈍い音が、した。
 しずくはえっ、と音を漏らした。
 それは反射的な動作に過ぎない。意識は白く弾け飛んでいる。
 顔面に衝撃。
 びくんとしずくの体が痙攣する。
 指先が細かく振るえ、中腰だった膝が折れた。座り込みながらもその視線は茉衣子から外れない。いや、外せない。
 エジプト十字架が、しずくの右目に突き刺さっていた。
 レンズを貫き、視神経ネットワークへとその先端をめり込ませている。
 茉衣子が両手で握った十字架を一直線に突き出していた。
 避けることは出来なかった。
 避けるという発想さえ浮かばなかった。
 あまりに迅速な破壊に理解がまったく追いついていない。
『うおっ……おい、なんだ!?』
 焦ったようなエンブリオの声。
 しかし、茉衣子はまるで聞こえていないかのように、
「…………っ」
 その腕に、力を加えた。
 止まっていた十字架が、わずかに、ゆっくりと、確実に前進する。
 より致命的な部分へ先端が埋もれる。
 十字架が眼窩にこすれて嫌な音を立てた。
 しずくの左目が大きく見開かれた。眼球をこじ開けられる衝撃に、全身が一瞬で粟立つ。
「あっ、つ……あ、あ、あ……」
 力ない咆哮。
 少しずつ、少しずつ、十字架が押し込まれていく。
210クラヤミ 7/12 ◆7Xmruv2jXQ :2005/12/08(木) 23:25:29 ID:kNef2uur
 しずくはなんとか後退しようとして、失敗した。
 後ろに下がれない。
 それで自分が壁と茉衣子に挟まれていると気づいた。
『おいおい、どうなってるんだ?』 
 混乱したエンブリオのぼやきはどちらに向けられたものだったのか。
 どちらにしろ、それは聞き入れるもののないまま闇に呑まれた。
 掠れた悲鳴は止まらない。
 まずい。
 しずくは背筋を這い登る悪寒を感じ、認めた。
 しずくの体は十分すぎる強度を持っているが、眼球部位まではそうはいかない。
 このままでは、十字架は取り返しのつかない位置にまで到達する。
 震える両手で、なんとか茉衣子の手首を掴んだ。
 掴み、抵抗しようとして――問いかけが、しずくの脳裏をよぎる。
 温度の感じられない疑問。
 心に刺さったわずかな棘。
 つまり、彼女の行為は、正当なものではないのか?
 直接の殺害者はあの騎士だが、宮野を死地へと導いたのは間違いなく自分なのだ。
 宮野が死んだ責任の一部は、自分にある。
 ならば、ここで茉衣子に殺されるのが正しくはないだろうか?
「そ、れは……」
211クラヤミ 8/12 ◆7Xmruv2jXQ :2005/12/08(木) 23:26:29 ID:kNef2uur
 ……それは、違う。
 しずくは即答した。
 それは逃げだ。諦めて死んでしまうわけにはいかない。
 自分にはまだやるべきことが残ってる。
 倒れた人たちの分も、やらなければいけないことが、残っている。
 それに。
 もしここで殺されたら、目の前の少女に入った亀裂が決定的なものにしてしまう。
 そんな予感がある。
「だか、ら、私は、まだっ……!」 
 両の腕に力を込める。修復中の右腕が心配だ。純粋な押し合いに、軋むような均衡が築かれる。
 だが、負けない。しずくが決意を込めて、無事な左目を大きく開いた。
 その時。
 ぴたりと。
 しずくは。
 茉衣子の瞳を捕らえ。
 思わず、息を呑んだ。
「…………ぁ」
 そこには暗闇があった。
 この小屋に充満するものと同じ――空虚と痛みを孕んだ暗闇だ。
 あらゆる光を飲み込んで、逃がさない。
 出てくるものなど何もない漆黒。
 感情が干からびた後に残る真性の虚無。
 しずくが声にならない声を上げた。
 茉衣子の瞳にしずくは釘付けにされた。目を逸らせない。
 見てはいけないものを見てしまい、わけもわからず泣き出しそうだった。
212クラヤミ 9/12 ◆7Xmruv2jXQ :2005/12/08(木) 23:28:19 ID:kNef2uur
「あなたが来なければ、班長は教会に行く必要などなかったのです」
 手首を強く掴まれたにも関わらず、茉衣子は顔を歪めもしなかった。
 ただただ、深く突き刺そうと全力を込めている。
 修復中の右腕が頼りない。今にも砕けてしまいそうな不安を覚える。
 しかし、地力の差か、十字架の先端が徐々に引き抜かれ始めた。ミリ単位で後退していく。
 先端が動くたびに、眼窩を擦る衝撃がしずくを苛んだ。
「あなたが来なければ班長が交渉をする必要などなかったのです」
「茉衣子、さん……」
 茉衣子の瞳には一切の感情が見えない。
 固く、脆く、薄く、厚い殻に覆われていて、その奥に渦巻くものは見えない。
 しずくは歯を食いしばって力の限り抗った。負けるわけにはいかない。
 右腕が不安定な音を立てた。限界が近い。
 だがそれは茉衣子も同じはずだ。あまりに強く掴まれたために、茉衣子の手は蒼白になっていた。
『最悪だぜ。殺してくれとは言ったが、こりゃああんあまりじゃねーか?』
 状況を把握したらしいエンブリオの声が体の内から聞こえる。
 その感覚に、ぞっとした。
「あなたが来なければ班長が力を試される必要などなかったのです」
 茉衣子を少しずつだが押し戻す。
 片方だけの視界は、茉衣子の瞳に吸いつけられていて、その表情まではわからない。
 茉衣子は闇と同化している。
 しずくが全霊を込めて茉衣子の腕を握った。
 圧迫に耐え切れず、茉衣子の指がエンブリオから離れる。十の指が花開くように宙を泳ぐ。
 十字架は三分の一ほど眼窩に埋まった状態。
 短い均衡が崩れた。
213クラヤミ 10/12 ◆7Xmruv2jXQ :2005/12/08(木) 23:29:26 ID:kNef2uur
「あなたが来なければ、班長があの騎士と戦う必要などなかったのです」
 機を逃すまいとしずくが動いた。
 茉衣子を一度無力化する。まずは話せる状態に持っていく。そこがスタートラインだ。
 どんな罵倒を浴びせられても構わない。どんな詰り誹りも当然のこと。
 茉衣子の片翼が失われたのは、自分のせいでもある。
 ただ、精一杯の言葉で自分の気持ちを伝えるだけだ。
 しずくは逸った。気持ちが先走ってしまった。
 茉衣子を振り払おうとして――ようやく、茉衣子の罠に気づいた。
 細い指先に灯った蛍火。
 茉衣子のEMP能力。想念体以外には無力な力。それは螺旋を描き、至近距離から撃ち込まれた。
 狙いは――エンブリオが突き刺さる、しずくの右目。
 指を離したのはフェイク。視界を潰すための布石。
 超近距離からの不意打ちをしずくがかわせるはずもない。
 十字架が突き刺さるその場所で淡い蛍火が輝きを増して、弾けた。
 茉衣子を振り払いながらも、眩い光にしずくの視界が真っ白に染まる。
「茉衣子さん!?」
 茉衣子の姿を見失う。
 視覚センサーが光量をカット。即座に復帰する。
 だが、遅い。
『やめろ!』
 今まで一番大きなエンブリオの声。
 回復した視界に映ったのは、古びたラジオを振りかぶる、黒衣の少女。
 消えない後悔や、固めた決意や、蒼い片翼への思いを打ち砕くように。
「あなたが来なければ、班長が死ぬ必要などなかったのです!」
 ラジオが十字架を強打し、十字架がしずくの内部を蹂躙する。
 あっ……、と小さな音を零し。
 右目に致命的な打撃を受けて、しずくは昏い世界へと落ちていった。
 

 *   *   *
214クラヤミ 11/12 ◆7Xmruv2jXQ :2005/12/08(木) 23:29:58 ID:kNef2uur

 小屋の中には暗闇が立ち込めている。
 死者の冷たさすら失った――真空を思わせる暗闇だ。
 まるで霊廟のようなそこには二つの影。
 白と黒、対極の色をまとった少女が二人。
 白い少女は闇に押しつぶされ、黒い少女は闇に溶け込んでいた。
 黒い少女は床に座り込んだまま動かなかった。
 その視線は闇を鏡にし、ただ己へと向けられている。
 彼女の視界を満たす闇はあまりに暗く――彼女の理性を圧殺していた。
 黒い少女の傍らには白い少女の亡骸がある。
 仰向けに倒れた細い体。力なく広げられた四肢。
 右目には、深く、十字架が突き刺さっている。
 十字架は多少形を歪にしながらも、砕けることなく、しっかりと自身を保っていた。
 深く埋没したその姿は、死者を弔う墓標のようでもあり、吸血鬼を滅ぼす杭のようでもある。
『……何があった?』
 声は闇の底、放り出されたラジオから聞こえた。 
 眼球に突き立ったままの十字架が答えた。
『――見ての通りだ』
 吐き捨てるような言葉を最後に、闇は閉じた。
215クラヤミ 12/12 ◆7Xmruv2jXQ :2005/12/08(木) 23:30:54 ID:kNef2uur




【024 しずく 死亡】
【残り 58人】    


【E-5/小屋内部/1日目・17:30頃】

【光明寺茉衣子】
[状態]:呆然自失。腹部に打撲(行動に支障はきたさない程度)。疲労。やや体温低下。生乾き。
    精神的に相当なダメージ。両手と服の一部に血が付着。
[装備]:なし
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水2000ml)
[思考]:不明

※兵長のラジオ、デイパック(支給品一式・パン6食分・水2000ml)二つが茉衣子の足元に放置。
※エンブリオはしずくに突き立ったままです。おまけにちょっと歪む。
216:2005/12/12(月) 19:49:42 ID:2nogZoVd
>>215
長い
217イラストに騙された名無しさん:2005/12/12(月) 19:50:02 ID:87yLTF2x
>>215
気持ち悪いね君
218イラストに騙された名無しさん:2005/12/12(月) 19:50:27 ID:26WmoyHC
>>215
しずくたんカワイソス…
219イラストに騙された名無しさん:2005/12/12(月) 19:50:32 ID:5XUnKRnh
>>215
泣いた・・・
読んでないけど
220イラストに騙された名無しさん:2005/12/12(月) 19:50:35 ID:cJ/Gip0E
>>215
正直何といっていいのかわからんね
221イラストに騙された名無しさん:2005/12/12(月) 19:50:45 ID:PllkjM/b
>>215
ぼくのしずくタンを殺すなヽ(`Д´)ノウワァァン!!
222イラストに騙された名無しさん:2005/12/12(月) 19:50:55 ID:V4GHy3sK
>>215
俺はいきりたった一物を

まで読んだ
223イラストに騙された名無しさん:2005/12/12(月) 19:51:24 ID:Gh/FiCH0
>>215
いやいや他の人がどう思うかは分からないけど
クラヤミって俺はいい名前だと思うよ
まあ他の人がどう思うかは分からないけどね
224イラストに騙された名無しさん:2005/12/12(月) 19:52:12 ID:qHEx333+
>>215通報しました
225イラストに騙された名無しさん:2005/12/12(月) 19:54:03 ID:qHEx333+
俺のIDが333
 そこは闇の中だった。
 全天が黒に包まれた、一片の光もない無の世界。何も見えず、嗅げず、聞こえない。
 その闇に身体が包まれ、深淵へと飲まれていく。
 掴めるものは何もなく、ただ沈み続ける。
 自らも黒に塗りつぶされるような感覚は心地よく、どこか懐かしい。
 それにそのまま身を委ねようとして──しかし違和感を覚え、思いとどまった。
「お前は、何だ?」
 虚空に向かって問う。発した声はすぐさま闇に紛れ、曖昧になった。
 何かがいる。
 先程まで自分しかいなかった漆黒の中に、唐突に誰かが足を踏み入れた。なぜだかそれをはっきりと知覚できた。
 そして、声が聞こえた。
「わたしは御遣いだ。これは御遣いの言葉だ、空目恭一」
 年齢も性別も判然としない、不自然なほどに特徴のない声だった。
 数秒後には本当に聴いたのか疑いたくなるほど不確かな、存在感のない音の集合。
 その中に聞き覚えのある単語があるのを知覚し、言葉を返す。
「御遣い、アマワ。神野陰之が言っていた者か」
「奴を既に認識しているか。ならば、話は早い。
ひとつだけ質問を許す。注意深く選べ。その問いかけで、わたしを理解しなければならない」
 ふたたび声が闇から生まれ、消えた。
 サラが夢の中で伝えられた通りの、“彼”のやり方。
 この世界を解くための手掛かりが手に入る、一度きりの貴重な好機。
(たった一つでこの状況を打開できる問いは何か。
おそらく“お前を倒すためにはどうすればいいか”などの単刀直入な問いはかわされる。
加えて何かの具体的な方法を聞いても、こちらが理解できないおそれがある。何せ相手は“精霊”だ。
ならばもっと簡潔な──)
 思索は数十秒。
 それで問いという名の答えは出た。
 だが、答えだけだ。式──根拠をつけてやらなければ、結論としては完成しない。
(心の証明という問いが、この未知の存在の目的だ。だがそれは、“彼が望む答え”でなければならない。
“心”という形而上学的なものを確立させる、普遍的な答えは存在しない。
だが“精霊”の思考を読み、答えを導き出すのは非常に困難だ。
おそらく、彼の打倒を目指した方が早いが……その場合、神野陰之という存在が大きな障壁となる)
 直感を先行させ、それに理屈を付け加えるいつもの思考方式。
 闇に身を任せるように瞼を閉じ、理論を組み立てる。
(神野はアマワの“心の実在の証明”という願いによって呼び寄せられ、この舞台をつくりだした。
アマワの願いがある限り、彼はアマワに協力し続ける。
しかし裏を返せば──その願い自体を彼から失わせることが出来れば神野は去り、この世界は意味がなくなる)
 答えの証明が終了し、目を開く。視界は相変わらずの黒。
 彼がいるであろうその闇に向かって、用意していた問いを投げかけた。

「俺達は、お前を失望させることが出来るか?」


「惜しいな」
 しばしの間をおいて、問いの答えではなく単なる呟きが耳に入った。
 発言の意味がわからず訝しむこちらを無視し、彼は続ける。
「わたしの力が万全であれば、君と契約を為した。だが君はもう契約者にはなれない。残念だ。
……既に死亡しているが、以前にその質問をした者がいた。もっとも致命的な問いだった。
問いの答えはこうだ、空目恭一。──出来る。
そしてお前は幸運だ。既に聞かれたことのある問いは無効にすることにしている」
 意味不明の嘆きと共に、ふたたび問いの機会が与えられる。
 だが、わずかに残っていた意識は消えつつあった。もうあまり時間がないらしい。
 闇に抗うように、新たに生まれた疑問への思案を巡らせる。
(……契約。心の証明に対する、代価の提示と保証か?
ならば、これについて聞いても意味がない。この空間からの脱出以外に、俺が望むことはない。
……だからこそ、俺は“契約者”になれないのか?
望みをほとんど持たぬがために? ……いや、彼は“惜しい”と言っていた)
 つまり自分は契約者になる条件を満たしていたが、気づかぬうちにそれを失ってしまったことになる。
 そしてそれは、彼の力が減退していなければ防げていたものだったらしい。
 ……行動を振り返っている時間も、直感で思いつく疑問もない。このことを率直に聞くべきだろう。
 手掛かりを得て、同盟中の誰かが契約者になれれば、事態の打開へと大きく前進できる。
「なぜ俺は、契約者になれない?」
 ふたたび闇に問いを放つ。
 声を発するという感覚自体が、かなり曖昧になっていた。黒に侵される感覚も、だんだんと強くなっていく。
 闇に沈みきって底に着いた後は、おそらくサラのようにこの世界から目覚めるのだろう。
 ただ問いの答えだけは聞き逃さぬよう、心地よい闇にささやかな抵抗を試みる。
 そして、ふたたび声が響いた。
「その問いの答えは簡単だ。契約者は、心の証明について思索し続けなければならない。
ゆえに契約者は、まず第一に生者でなければならない。
──君は既に死んでいる。死んで世界から剥離されている。
だからこそ、世界に影響が与えられぬ今のわたしでも接触できたが、しかしそれゆえに契約者にはなれない。
さらばだ、空目恭一」
 その声を認識し──やっと、直前に起きた出来事を思い出した。
 狙撃。金髪の女性。ガスボンベ──爆発。
(……ああ、そうか)
 何の感慨もなく納得すると、意識は勢いを増した黒に侵食されていった。
 急激に襲ってきた眠気に抵抗することもなく、ただ身を委ね、意識を閉ざした。


                      ○


 浅く掘られた土の中に、空目恭一の遺体は横たわっていた。
 身体の大半は既に土に埋もれ、頭部と肩先だけが外気に晒されている。
 その肩にも、クリーオウはゆっくりと土をかけていった。血に塗れた黒い布地が姿を消した。
 狭い地下通路からこの地底湖のある空間へと移動し、止血のためにクエロが空目を降ろしたときには、既に彼は事切れていた。
 爆発による火傷と衝撃。飛び散った破片による裂傷。そして、それらによる出血過多。
 頭が切れるという以外はごく普通の少年を死に追いやるには、十分すぎる怪我だった。
(やっぱり、何にも出来なかったね)
 せつらからもらった拳銃を使う暇もなく、空目の命はあっさりと奪われた。
 たとえ使う暇があったとしても、拳銃一丁で爆発物をどうこう出来るわけがない。
 それこそ彼に言わせれば“運がなかった”だけなのかもしれないが、やはり無力さを痛感せずにはいられない。
(……何でわたし、ここに連れてこられたんだろう)
 あらゆる面から考えて、自分が最後の一人になれる可能性はゼロだ。
 殺し合いにはまったく向いていない、ただの足手まとい。
 クエロと出会っていなければ、誰よりも先に死んでいただろう。
(あ、でも目的はそれだけじゃなかったんだよね。……心の証明、だっけ)
 サラが夢の中で会ったという“黒幕”が告げた、“彼の友”の望み。
 投げかけられたもう一つの条件は、殺し合いで生き残ることと同じくらい難解で、不可解だった。
 こちらにも、自分が向いているとは到底思えない。
(存在するに決まってるのに。わたしが今思ってるいろんなことは、確かにあるはずなのに。
でも、他の人にそれを“証明”することなんて出来ない)
 最初に名も知らぬ男二人が死んだときの衝撃。
 クエロに出会ったときに抱いた安堵。
 マジクの死を知り慟哭し、空目に諭され決意したときに、確かに感じたもの。
 そしてその空目が目の前で倒れたときに、自らを包んだ絶望。
 それらを否定することは、自分自身の存在を否定されることに等しい。
 だが、いざ言葉で説明しようとするとどうしても出来ない。
 曖昧で薄弱で、それでもあると信じたいもの。それが心なのだと思う。
(サラ達はどう思ったのかな。……オーフェンなら、何て答えるのかな)
 夢の内容が書かれたメモは空目の遺体から回収され、今はクエロが持っている。
 あれを彼が読めば、最適な答えを出してくれる気がした。
(……やっぱりわたし、誰かに頼ってるね)
 未だ会えない知人に対する期待が、時間を追うごとに大きくなっていくのを自覚する。
 いつも隣には誰かがいた。
 父は早世したが、母と姉がいた。旅の間はオーフェンやマジク、レキがいた。
 そしてここではクエロに出会った。空目がいてくれた。
 一人になったことはほとんどない。いつも寄りかかれる誰かがいた。
(一人で何も出来ないわけじゃない。でも、わたし一人じゃ出来ないことの方がずっと多い。
……ここにいた人は、どうだったんだろう)
 少し離れたところにある、かすかに土が膨らんでいる地面を見やる。その上には丸石がそっと添えられている。
 それ以外には何もないが、それだけでここに誰かが眠っているという証になっていた。
 そしてそれは同時に、仲間を弔い死を乗り越え、歩き出した者がいる証でもある。
(この人は、何か出来ることがあったのかな。それとも、何も出来なかったのかな。
大事な人が死んで、どんなことを考えて埋めてあげたんだろう。
……どんなことを考えて、立ち上がっていったんだろう)
 ──『死んだ彼の事を思うのならば、己の出来ることをすることだ』
 マジクが死んだとき、空目にはそう言われた。
 言われ立ち上がり、出来ることをして、また命を失った。
(……だめだ)
 思考が沈み、循環している。
 それに気づき、かぶりを振って何とか断ちきろうとする。
 彼の言葉を強く意識し、自らに出来る行動を必死に考える。
(今は、恭一を埋めてあげること。
それが終わったら、クエロと一緒に城の地下まで行って、みんなと話して、オーフェン達を捜して……。
ちゃんと出来るかどうかはわからないけど、やりたいことはいっぱいある。
どれも全部、ここで座り込んでいるよりはしたいこと)
 決意と言うにはあまりにもちっぽけな、ただの望み。
 曖昧で薄弱な心が生み出した、希薄で儚いただの願望。
 生きている限りは持っていられる、何かが出来るという希望。
 それを失わぬよう、それが叶えられるようにと強く願う。
「……」
 視線をふたたび空目の方に戻し、その表情をのぞき見る。
 元々白かった肌がさらに赤みを失い、その頬が裂傷と火傷に蹂躙されていた。
 刺さっていた破片を取り除き、顔に付いた血を水で洗い流しても、生々しい傷跡は残ったままだった。
 だがその表情だけはひどく穏やかで、傷跡と顔色の悪さがなければ、ただ眠っているだけにも見えた。
 その顔に、ゆっくりと土をかけていく。
 黒い髪と整った顔立ちが、土の中へと姿を消した。
 最後に手の平で土を固め、彼を大地へと帰す。そして少し考え、隣の墓と同じように丸石を添えた。
 捧げられる花もなく、刻める碑銘もない。
 小さな石と、祈りだけが残されたちっぽけな墓。
 それでも、前に進む小さな意志だけは与えてくれた。
「……行ってくるね、恭一」
 呟いてそっと立ち上がり、背を向けた。
 一歩進み砂を踏むと、湖のそばで見張りをしていたクエロが振り向き、こちらに目を向けた。
 気遣う表情を見せる彼女に、小さく頷く。
(クエロに頼りすぎてるのはわかってる。わたしも出来る限り、何かしないと)
 彼女は出会ってからずっと、自分を支え続けてくれている。
 空目の死を知って泣きじゃくる自分を、黙って抱きしめていてくれたのは彼女だった。
 また埋葬を提案し、ペットボトルを加工してシャベルをつくり、穴を掘るのを手伝ってくれたのも彼女だった。
 そして自分が落ち着くまで、彼女はずっと待っていてくれた。
「クエロ、えっと……ありがとう」
「気にしないで」
 静かに微笑みクエロが言った。
 空目の無表情とは正反対な、暖かな優しい笑顔。
 それに同じく笑みで返した後、荷物をまとめて移動の準備をする。
 と。
「……誰か来るわ」
 先程とは違う低い声でクエロが言った。床に置いてあった懐中電灯と短剣を回収し、表情を硬くする。
 注意深く耳を澄ますと、確かに誰かの足音が聞こえてきた。
 学校からこの周辺までの道には、空目の流した血の跡が残っている。誰かがそれを辿って来たのかもしれない。
(そういえば、せつらとピロテースが来たときもこんな感じだったよね)
 ふと既視感を覚え、思い出す。
 マジクの死を何とか乗り越えた直後に、彼らは図書館を訪れた。
 そしてしばしの問答の末に和解し、今の同盟が結成された。
(大丈夫。今度の人も、きっと二人みたいに仲間になってくれる)
 不安を打ち消すように自分に言い聞かせ、前方へと目を向ける。
 次第に大きくなる足音と共に、奥の薄闇が徐々に光に侵食されていくのが見えた。あちらも光源を手に持っているようだ。
「そこで止まって」
 クエロが声を投げかける。いつもよりも強い口調だった。
 そして光が漏れる場所へと、右手でさらに光を向ける。

 二つの懐中電灯の光に照らされた先には、空目と同じ黒髪の、黒いコートを着た男が立っていた。
【006 空目恭一 死亡】
【残り 57人】

【C-3/地底湖周辺/1日目・17:50頃】
【クリーオウ・エバーラスティン】
[状態]:右手に火傷
[装備]:強臓式拳銃『魔弾の射手』
[道具]:デイパック(支給品一式・地下ルートが書かれた地図・パン4食分・水1000ml)
    缶詰の食料(IAI製8個・中身不明)、議事録
[思考]:みんなと協力して脱出する。オーフェンに会いたい
[備考]:アマワと神野の存在を知る

【クエロ・ラディーン】
[状態]:打撲あり(通常の行動に支障無し)。背広が血で汚れている。
[装備]:魔杖短剣〈贖罪者マグナス〉
[道具]:デイパック(支給品一式・地下ルートが書かれた地図・パン6食分・水2000ml)
    高位咒式弾×2、“無名の庵”での情報が書かれた紙
[思考]:集団を形成し、出来るだけ信頼を得る。
    魔杖剣〈内なるナリシア〉を探す。後でゲームに乗るか決める(邪魔な人間は殺す)
[備考]:アマワと神野の存在を知る

【折原臨也】
[状態]:上機嫌。 脇腹打撲。肩口・顔に軽い火傷。右腕に浅い切り傷。(全て処理済み)
[装備]:ナイフ、光の剣(柄のみ)、銀の短剣
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水2000ml)、探知機、禁止エリア解除機
    ジッポーライター、救急箱、青酸カリ、スピリタス1本
[思考]:セルティを捜す。人間観察(あくまで保身優先)
    ゲームからの脱出(利用できるものは利用、邪魔なものは排除)
    残り人数が少なくなったら勝ち残りを目指す
[備考]:コート下の服に血が付着+肩口の部分が少し焦げている。

※空目のデイパック(支給品一式・パン6食分・水2000ml)は学校保健室前廊下に落ちています。
233Distant Thunder doesn't stop muttering 1  ◆l8jfhXC/BA :2005/12/12(月) 23:18:43 ID:/JbopFOf
(……厄介ね)
 向かってくる足音と気配に神経を尖らせつつ、クエロは胸中で嘆息した。
(誰かが来る前に移動したかったけど……仕方ないわね)
 ある懸念から、空目を置いてすぐにこの場を立ち去りたかったのだが、思ったより時間を浪費してしまった。
 クリーオウを落ち着かせ、埋葬までして空目の死を受け入れさせねばならなかったことが原因だった。
 泣き続ける彼女を無理矢理連れて行くのは難しく、もし出来たとしても、不安定な状態が続くことはこちらに何の利もない。
 一番信頼がある人物として、なにより同盟の緩衝材として非常に有用な彼女をだめにするのは避けたかった。
(まったく……いつまでこんな馬鹿馬鹿しい“ゲーム”を続けなければならないのかしらね)
 演技自体は苦にならない。時機が来れば“乗る”気もある。
 だがあのサラの夢の内容を思うと、どうにもやる気が削がれてしまった。
(心の証明、ね。そんなどうでもいいことのために、わざわざ私達をここまで連れてきたの?)
 複数の異世界から大人数を集めて殺し合いを強制する動機としては、あまりにもくだらない問いかけ。
 管理者達とは別にいたらしい“黒幕”のこの望みが、この“ゲーム”を開催した理由の一つになっていた。
(まぁ……結局私達には、奴らの期待に応えるか、奴らを倒すかのどちらかしか選択肢はない。
奴らの動機自体は、生きて帰るという目的を阻害しない。考えるだけ無駄ね)
 思考を打ち切り、再度前方へと意識を集中させる。
 足音は止まることなく次第に大きくなっていく。接触するつもりらしい。
 捜し人だったならば僥倖だが、そうでなければ警戒を強めに持たなければならない。
「そこで止まって」
 相手がちょうどよい距離に達したところで声を投げかけ、右手の懐中電灯を足音の方へと向けた。

 光に照らされた先には、黒髪で黒いコートを着た男が立っていた。
 精悍で整った顔立ちに、穏やかな笑みを浮かべている。ただ眼光だけは鋭い。
 右手には懐中電灯。見える限りでは武器を所持していない。
 見たところ顔の火傷以外の怪我はない。体格は普通。特別戦えるようにも見えない。
 特に警戒する必要がなさそうな、ごく普通の青年に見える──が。
234Distant Thunder doesn't stop muttering 2  ◆l8jfhXC/BA :2005/12/12(月) 23:19:30 ID:/JbopFOf
「こっちに争う気はないよ。ただ知り合いを捜してるだけさ」
「ええ、こちらにも敵意はないわ。──あなた、名前は?」
 一歩踏み出そうとした相手に向けて、すぐさま問いを放つ。
 質問自体にも意味はあるが、男の姿が十分視認出来、かつすぐに逃げられる距離を保つための発言だった。
「……折原臨也。君達は?」
「私はクエロ。この子はクリーオウ」
 それ以上の質問を拒絶するような口調で答えを返すと、相手は曖昧な笑みを浮かべた。
「クエロ、そんなに強く言わなくても……!」
「……彼は、さっき私達を狙った狙撃手の可能性があるわ」
 小声で非難するクリーオウに対し、同じく小声で警告を返す。途端に彼女の表情が蒼くなった。
 クリーオウを待つ間、ずっと懸念していた事項はそれだった。
 ──狙撃で内部に対する隙をつくり、襲撃。
 爆発という広範囲かつ強力な攻撃手段を用いれば、逃げられても最低一人には足手まといになる程の怪我を負わせられる。
 そこを顔が割れていない狙撃手が接触、情報を得た後殺害する──という手法は、この場では十分に考えられる。
 少なくとも狙撃と襲撃のタイミングがよすぎるため、両者が組んでいることは確実だ。
(地下通路への入口が塞がれたことはある意味幸運だったけど、追撃の可能性がゼロになったわけじゃない。
あの場には、地下の詳細が書かれた地図が残されている)
 午前中に得た地下の情報は、デイパックが開けられない空目以外の全員が地図に書き込んでいる。
 ──当然、その情報を持ち帰った当人であるサラのものにも、はっきりとルートが書かれている。
 彼女からデイパックを奪い地図を見れば、地下から逃げるルートも予想出来る。
 学校から伸びる道は二つ。
 つまり、逃亡者を捕捉出来る確率は二分の一。わざわざ足を運ぶだけの価値はある。
「でも、あの人は武器なんて持ってないよ? それなのに疑い出しちゃったら、キリがないよ」
「それはわかっているわ。……でも、また私の油断で仲間を失うわけにはいかないの」
「……」
235Distant Thunder doesn't stop muttering 3  ◆l8jfhXC/BA :2005/12/12(月) 23:21:14 ID:/JbopFOf
 表情を幾分暗くしつつ、ゼルガディスの件を引き合いに出してクリーオウを説得する。
 確かにこの男は狙撃銃やそれに類する武器を持っていないが、それがすぐさま狙撃者でないことには繋がらない。
 単にどこかに隠しておけばいいし、そもそも“武器が必要でない狙撃”だった可能性も十分ありうる。
 ここに自分の常識が通じない人間や物資が多数存在することはよく理解している。見た目で判断するのは禁物だ。
 二の句が告げずに言い淀むクリーオウから目を離し、男──臨也との会話を再開する。
「ごめんなさい。でも、あなたに敵意がないことを証明する術はないの。多少の自衛はさせてちょうだい」
「ま、警戒する気持ちはよくわかるよ。近くで大きな爆発もあったし、そうせざるを得ない状況だろうね」
「……ええ、それもあるわ。私達はその時地下にいたけれど、かなり大きい音が聞こえてきたの」
「俺はさっきまで商店街にいたんだけど、そこでもすぐ近くで起こったかのようなすごい音がしたよ。
近場にある学校から黒煙があがってたから、確かにこっちにその犯人が移動しててもおかしくないね。
あ、もちろん俺は違うよ?」
 飄々と話す臨也に対し、クリーオウの顔がこわばる。
 彼が犯人である可能性よりも、爆発に巻き込まれたであろうサラのことを気に懸けているのだろう。
 こちらとしてもサラは生きていてくれた方がありがたいが、今は彼女の生死に思考を割いている暇はない。
 それよりも、気になることは。
(……商店街?)
 特に隠すことなく言った、ここに来る前の彼の行動に疑問を持つ。
 サラの地図を見てここに来たのならば、地下通路から歩いて来たと言った方がいいはずだ。
 そうすればずっと地下にいたであろう自分達に対して、爆発の詳細を含む地上の現状について答えなくてすむ。
 加えて地下通路の大半はかなり長い一本道になっているため、そこをずっと歩いていたと答えるだけで、
 かなりの“誰とも会わなかった空白の時間”を捏造出来る。
(本当に関係がない? それとも、ここまで読んでいる?)
 現時点では彼の真意はわからない。サラ程ではないが、つかみ所がない印象があった。
 こちらの問いに対する答えと、相手が投げかける質問から推測していくしかない。
 そう結論づけ、次の疑問点を彼に問う。
236Distant Thunder doesn't stop muttering 4  ◆l8jfhXC/BA :2005/12/12(月) 23:22:46 ID:/JbopFOf
「ところで、あなたはなぜ地下に降りてきたの?
人捜しなら、純粋に人が多そうな地上から当たっていった方がよさそうだけど」
「濃い霧が出てきたから、外を出歩くと奇襲に遭うと思ってさ。
捜したい人がいても、その人に会う前に死んでしまったら意味がないよね?
だから、ちょうど見つけた地下に降りてみたんだ。
もしかしたらどこか別の、人がいる建物に繋がっているかもしれない……って考えてさ。そういう君達は?」
 言い淀むことなくすらすらと答えが返ってくる。
 霧、というのは本当だろう。そんな大規模な変化の嘘をついてもすぐにばれる。
「私達もさっきまで地上にいたんだけど、他の参加者の襲撃を受けて地下に逃げてきたの。
ここは地図に書かれていないから、殺人者に遭う可能性も少ないと思って」
「確かにここなら安全に休めそうだね。地下の存在を知っている人自体が少ないだろうし」
 意図的にぼかされた答えに対しても、臨也は笑みを保ったままだった。
 こちらが強く警戒と疑念を表に出しても、彼は態度を変えることなく受け答えをしている。
(過剰な警戒は厄介事を避けるため。
でも、それに対する相手の反応と出方から、情報を得ることも目的の一つ。
非難されればその時点で止めて、以後は友好的な態度に切り替える予定だったけど……。
ここまで態度を変えず、しかもこちらにされたような突っ込んだ質問をしてこないのは違和感がある。
もっと深く切り込んできてもいいはずなのに、あえて踏みとどまっているように感じる。
クリーオウがいる以上、あまり大きく出られないこちらとしては好都合だけど……まさか、警戒されている?)
 最低限の用心以上の疑念を、こちら側が持たれる要素はないはずだ。
 武器があるとはいえ、非力そうな少女と女という組み合わせは、何かあっても成人男性であれば簡単に対処出来る。
 もし自分と同じように、未知の異能に痛い目を見たために警戒しているのならば、
 それこそ自分と同じように、積極的に相手の情報を探ろうとするはずだ。
 ……臨也の行動に不自然さを覚え初めていると、今度は彼の方から口を開いた。
237Distant Thunder doesn't stop muttering 5  ◆l8jfhXC/BA :2005/12/12(月) 23:24:00 ID:/JbopFOf
「で、いい加減近づくだけでも許してくれないかな。
こっちは君達と違って武器を持ってない。デイパックの中に何かあっても、取り出すのには時間がかかる。
懐中電灯で手も塞がってるから、これを捨てて新たに何か持つだけで相当な隙が出来る」
「塞がってるのは右手だけ。あなたが私みたいに、左利きか両利きなら何の問題もないわ」
「あ、確かにそうだね」
 左手のマグナスを軽く振って言うと、彼は苦笑を浮かべた。特に反論はない。
 やはり反応の薄さが気になるものの、無視して続ける。
「それに、武器はデイパックに入れていなくとも隠せるわ。……そのコートとかね」
「ポケット? それならライターぐらいしか入らないけど」
「あなたの着ているコートは裾が長い。腰に差せてなおかつ短いものなら、表に出さなくてすむ」
 先程から危惧していた点を指摘すると、彼は若干笑みを薄めて口を閉じた。
 追い打ちはかけず、彼の弁解を待つ。
 若干の怯えを混ぜた視線を彼に向けたまま、無言で対峙する。
「……わかったよ。確かに俺は、武器を一つ隠してる。
そのこと自体は確かに悪かったけど、それこそ自衛の策だってことを理解してほしいな。
まぁ、そんなもったいぶるほどのものでもないけどさ」
 沈黙と共にしばしの時間が経過した後、臨也は大きく息をついた。
 そしてコートの中──腰の辺りに左手を入れ、何かを掴む。
(コート自体を脱がないのなら、まだ何かを隠し持っているおそれがある。
他に何か持っていたとしても、ここで取り出される武器は一つだけ。
まだ警戒を解いてはいけない。……内心では、ね)
 外に出す演技はいい加減警戒を緩めたものにするべきだ。
 油断を見せれば、あの態度が多少は変化する可能性がある。
 それにこれ以上続けると、クリーオウが不満を持つだろう。
 数秒の思索。
 それが終わった時、彼の左手がコート下から姿を現した。
 そしてその手にあるものを、前方の地面に向けて無造作に放る。
 視線を下げてそれを見やると、
「────!?」
「どうってことない普通のナイフ。何もないよりはマシだけど、いまいち頼りないよね」

 ──自分がガユスに刺したはずのナイフが、そこにあった。
238Distant Thunder doesn't stop muttering 6  ◆l8jfhXC/BA :2005/12/12(月) 23:25:53 ID:/JbopFOf
「あれ、このナイフってわたしの支給品の……。そうだよね、クエロ?」
「ええ……確かに、そうね」
「へえ、これって元は君のだったの?」
 クリーオウが事実に気づき、意外そうにこちらに問いかける。
 臨也の声も、偶然に対しての純粋な驚きの色があった。
(どうして、こいつがこれを……!?)
 ただ一人、自分だけが別種の動揺を感じていた。
 今はガユスが持っているはずのナイフを、なぜこの男が持っているかがわからない。
(致命傷になるような傷は負わせていない。生存し、ナイフを回収してるはず。
彼が武器を放置する理由はないから、それは確実。
……なら、ガユスが臨也と同盟を組み、その際に渡した? ……違う。
わざわざ武器を渡した後に単独行動させる程、あいつは警戒心がない馬鹿じゃない。
そうなると考えられるのは……略奪された可能性)
 焦る思考をまとめ、結論を出す。
 彼には自分が教えた格闘術があるとはいえ、あの怪我ではまともに歩くことすら出来ないだろう。
 銃器と同行者の存在から生き延びること自体は十分可能だが、隙をつかれれば武器の強奪など容易にされてしまうだろう。
「……クエロ、どうしたの?」
「大丈夫、何でもないわ」
 クリーオウから不安そうに声を掛けられ、初めて自分が動揺を外に出していることに気づく。
 すぐに微笑を返して無理矢理感情を押し込め、あくまで冷静に思考を働かせる。
(まず大丈夫だろうけど、彼らがどうなってたのかが気になる。
臨也にナイフの出所を聞いてみる? 略奪したのなら必ず嘘をつく。その嘘からうまく真実を類推したい。
でも、そうすると彼に“ナイフの元の持ち主”の手掛かりが欲しいとわかってしまう。
……いえ、とにかく何か言わせないと何も掴めない。ここで問い詰めなければ、この話はこれで終わってしまう)
 何も言わなければ和解へと流れていってしまい、問う機会がなくなってしまう。
 そう判断し、ナイフから臨也へと視線を戻す。
 相変わらずの笑みの中には、わずかだが不審の色もあった。
 そのことに胸中で舌打ちしつつも、問う。
「どうやって、これを手に入れたの?」
 自分でも驚くほどの低い声が、洞窟内に反響する。
 鋭い問いと視線を投げかけられた臨也の笑みが消え、一呼吸置いた後に苦笑へと変わる。
239Distant Thunder doesn't stop muttering 7  ◆l8jfhXC/BA :2005/12/12(月) 23:28:39 ID:/JbopFOf
「どうって、ただ落ちていたのを拾っただけだよ」
「それは、どこで?」
「ん? ただの支給品のナイフがあった場所なんて、どうして気にするのかな?」
「このナイフって確か……ゼルガディスの時に、クエロが落としちゃったものだよね」
「ええ。……つまり現在の所持者は、私達の仲間を殺したあいつらのはずなの」
「それじゃあ、そいつらに何かあったんじゃない? 現に落ちてたわけだし」
 飄々と、なぜだかどこか楽しそうに臨也は受け答える。
 このナイフが本当に落ちていたものならば、なおさらどこにあったものなのかが知りたい。
「ああ、俺もその人達の仲間だと疑ってるのか。
こんな状況で、わざわざ他人に武器を渡して単独行動させる“乗った”人間なんていないと思うよ?
いい加減、疑いすぎるのはやめてくれないかい?」
「質問を無視するのはやめて。どこでそれを拾ったの?」
「そんな言い方されると、こっちも答える気ってものが──」
「どこで」
 相手の言葉を無視し、強く問いかける。
 思ったより感情が言葉に出てしまい、クリーオウが驚きと不安が入り交じった視線を向けてきた。
 ……苛立ちと憎悪という名の感情が、己の中で勢いを増していく。
 かつて所長が長所だと言った自分の激情は、今この状況では障害にしかならない。
 その事実に歯噛みしながらも、臨也をふたたび問い詰める。
「……もう一度聞くわ。どこで、それを手に入れたの?」
「そんな今にも飛びかかってきそうな目で睨まないでくれるかな。
……やれやれ、何としてでも答えないと、許してくれそうにないね」
 そう言って臨也は嘆息し、肩をすくめた。
 その動作とは裏腹に、表情はやはり楽しそうな笑みを浮かべたままだった。
 その微笑を変えぬままこちらを見据え、もったいぶるように間を空けた後口を開き──

「あれ、クエロさん?」
240Distant Thunder doesn't stop muttering 8  ◆l8jfhXC/BA :2005/12/12(月) 23:30:16 ID:/JbopFOf
 鋭い声の方へと視線を向けると、遠目に見知らぬ男と見知った二人の姿が確認できた。
 後者の方へと歩き出しながら、せつらはその内の一人に声を掛けた。
(これは……何かあったかな)
 足を止めずに周囲を見回し、確信する。
 土の上に広がっている、学校から出た直後には存在していなかった血の跡。
 同じく血で汚れているクエロの背広と、クリーオウの左手に出来た火傷の跡。
 そして、共にいるはずの空目とサラの不在。
 そもそも二人がこの時間にここにいること自体が、何かイレギュラーな事態が起こったことを示していた。
(まぁ、時間に遅れたのは僕も同じだけど)
 広い地底湖とその地上にある商店街。そしてその周辺のビルや高架、砂漠。
 それらを調査し、直接集合場所へと向かうために商店街に戻った時には、とうに十七時を過ぎていた。
「せつら……!?」
「あ、会えてよかった! あのね、サラと、恭一が……」
 仲間の生存を確認出来た安堵と喜色を見せ、それをすぐさま曇らせるクリーオウ。
 そして、自分がここに出てくることに対する純粋な驚きを見せるクエロ。
 前者の話にも興味はあったが、後者──クエロの動揺の仕方に対し、少し違和感を覚えた。
 二人を見つける原因になった、彼女の切迫した鋭い声。
 目の前の男に対して何か疑いを持ち、それを問い質していると解釈すれば別に不審な点はない。
 だが、どことなく別れる前の彼女とは異なった雰囲気があるのを感じていた。
「あなた、どうしてここに?」
「単に探索に時間がかかってしまって。特に問題は起きてないです」
「そう、よかっ────待ちなさい!」
 歩きながら事情を話していると、突然クエロが鋭い声をあげた。
 彼女の視線の先を見ると、先程まで彼女と対峙していた男が、北東に伸びる通路へとすたすたと歩いて行くのが見えた。
 二人がこちらに気を取られた隙に動き出していたらしく、もうかなり離れてしまっている。
 彼は声に反応して振り返り、しかし足は止めずに口を開いた。
241Distant Thunder doesn't stop muttering 9  ◆l8jfhXC/BA :2005/12/12(月) 23:31:52 ID:/JbopFOf
「いつまで経っても信用してもらえないなら、ここにいても意味がないからね。
むしろ俺の方が刺されそうな雰囲気だったし。お仲間も来ちゃったし、退散することにするよ」
「…………っ」
 睨むクエロを一顧だにせず、男は通路の奥へと歩みを進める。
 詳しい事情は知らないが、無理矢理追っても話が聞ける状況ではないようだ。
 加えてこの後すぐに放送があるため、争っていては聞き逃すおそれがある。
「……とりあえず何があったのか聞きたいんですが、歩きながらいいですか?」
「……ええ」
 彼女もおそらくそう判断したのだろう、素直に男からこちらへと視線を移した。
 出来るだけ早く状況を知り、ピロテースと合流するのが最優先だ。
 メンバーが二人も欠ける事態に対して、早急に対策を練らなければならない。
 ──と。
「あ、言い忘れてた」
 なぜか先程の男の声が聞こえ、視線と光源をふたたび通路側へと向ける。
 かろうじて表情が読み取れる程度の距離に、男が微笑を浮かべて立ち止まっていた。
 そしてクエロの方を見て、

「──復讐なんて面倒なこと、わざわざご苦労様」

「…………っ!?」
 その表情を文字通り本当に悪意が滴りそうな笑みに変えて、言った。
 彼は動揺するクエロを尻目に闇の中へと姿を消していき──その足音も、すぐに聞こえなくなった。
「クエ、ロ……?」
 不安と怯えが入り交じった目で、クリーオウが彼女に声を掛ける。
 ──闇の中に叩きつけるかのような激情が、クエロから噴出しかけていた。
 彼女を取り巻く雰囲気が何か底知れないものに変わり、辺りの空気を侵食している。
「……いえ、大丈夫よ」
 不自然な沈黙の後。
 小さくこわばった彼女の声が静寂を破ると共に、激情の漏出が止まる。
「…………ええ、まだ、大丈夫」
 ふたたび、独り言のような小さな呟きが闇に混じる。
 俯いて前髪で隠された表情からは、何の感情も読むことが出来なかった。
242Distant Thunder doesn't stop muttering 10  ◆l8jfhXC/BA :2005/12/12(月) 23:33:50 ID:/JbopFOf


                      ○


(さて……距離も十分取ったし、ここでいいか)
 小走りに近かった歩みを緩め、狭い地下通路の中で臨也は立ち止まった。
 探知機で三人が追ってこないのを確かめた後、名簿や鉛筆を取り出して放送に備える。
(他に行く当てもなかったし、子荻ちゃんに習って負傷した逃亡者と情報交換でもしようと思ったら……あんなことになるとはね)
 先程までの出来事を思い出し、口元を歪める。
 確かに学校から地下への入口は封鎖されてしまい、逃亡者とは接触出来ないように思われた。
 だがそこに袋小路ではない通路があり、それが学校と同じ地下のあるどこかへと繋がっていることは推測出来る。
 加えて最低一人の逃亡者は、現場に大量の血痕を残すほどの重傷を負っている。
 どこか治療と休息が出来る広い空間、それもここからあまり離れていない場所に潜伏していることが予想された。
 学校の周辺にある、地下がありそうな建造物は五つ。
 遊園地、公民館、商店街、そして二つのビルだ。
(公民館と二つのビルはどちらも行って調べたけど、地下なんてものはなかった。
残るのはまだ行ったことのない遊園地と、あまり調査していない商店街。
この二つなら、位置が近い商店街から回った方がいい。
……もちろん、単純に歩き回るだけじゃ効率が悪すぎる。建物が多いから、隠れる場所なんて無数にある。
でもちょうど手元に便利なものがあったから、足を運ぶ価値は十分あった)
 ──ベリアルから回収した、半径五十メートルに存在する刻印を探知する装置。
 これがあれば、見た目ではわからない場所──それこそ地下に隠れていたとしても見逃すことはない。
 実際に商店街に行ってみると、ほどなく探知機に光点が二つ映し出された。
 逃亡者ならば反応は三つあるはずだが、重傷者が死亡して刻印の機能が停止したと考えれば理由はつく。
 光点のある地点へ移動してみると──誰かがいるはずのそこには、コンクリートの地面だけが広がっていた。
 そしてその近辺を捜索すると、雑貨屋の中庭に地下へと繋がる階段が見つかった。
243Distant Thunder doesn't stop muttering 11  ◆l8jfhXC/BA :2005/12/12(月) 23:35:17 ID:/JbopFOf
(……しかし、面白い偶然もあったもんだね)
 地下に降り光点を目指して進むと、思惑通りマージョリーが取り逃がした逃亡者と出会えた。
 火傷や血痕、強い警戒などからも、それはすぐに確信出来た。
 だが、一方の女が数時間前に殺害した人間の敵対者だとは、さすがに名前を聞くまで思いつきもしなかった。
(あらかじめ情報があったからよかったけど、何も知らないまま接触してたらやばかったな)
 ガユスとベリアルとの情報交換の際、危険人物として彼女の名前が出た時。
 あの時点で、クエロという人物が誰にとっても害がある人間であることはわかっていた。
 ──あの状況で名前が出せる人物は、誰にとっても“敵”になりうる者でなければならない。
 相手側が、その人物と既に出会っている可能性があるためだ。
 その場合嘘をついてもすぐにわかるし、かといって全部演技だったと言うのは強引すぎる。
 だからこそあの時こちら側は、あの時点で最大の敵だった哀川潤の名前が出せず、静雄で情報の対価を求めざるを得なかった。
(この前提がなかったら、外見や雰囲気にそのまま騙されていただろうな。
彼女の怯えや同行者を気遣う態度からは、ごく普通の女という印象しか持てなかったけど……おそらく、全部演技だろうね)
 バケモンだね、と声に出して呟く。
 この不気味な所作があったためにうまく踏み込むことが出来ず、相手に主導権を握られてしまった。
(非力そうな子と組んでいたのは、隙をつくる道具として利用して、どこかの同盟に潜伏していたと考えれば理由はつく。
後に見せたあの子の彼女に対する不安や怯えからも、元の世界からの親密な仲じゃなかったことは確かだ)
 おそらくクエロは自分と同じ、人を操り自らの意図通りに物事を運ばせようとする人間だ。
 さらにあの演技力を鑑みるに、自らも“駒”となり行動し、積極的に場を動かせる実力を持ち合わせているようだ。
(……だけど彼女には俺と違って、精神的な弱みがあったらしい。それも、憎悪なんて面倒なものが。
その辺が、あの人と同じく中途半端だよなあ。復讐なんて考えなけりゃ完璧なのに)
 わざわざベリアルを救おうとして墓穴を掘ったガユスと、焦燥に近いクエロの動揺を思い出し、くつくつと嗤う。
244Distant Thunder doesn't stop muttering 12  ◆l8jfhXC/BA :2005/12/12(月) 23:36:42 ID:/JbopFOf
 “復讐”とわかったのは、彼女がガユスと敵対しているという事実と、ナイフに対しての不自然な質問があったためだ。
 前者は同じく危険人物の話の際、話に加わっていなかったガユスが自ら口を挟み、彼女の名を挙げたことが根拠になる。
 この場で初めて敵対した相手なのか、それとも元の世界からの対立なのかはわからないが、
 この行動で個人的な因縁を持つ相手だということが推測出来る。
 後にベリアルがわざわざガユスに話を回したことからも、彼が詳しい話を知っていることは確実だった。
(ナイフに対しての動揺は、ナイフを所持しているはずの人間──ガユスが仲間を殺した奴だから、という彼女の言い分が確かに通じる。
その真偽はわからないけど、たとえ嘘だとしても、それを事実として話を伝えてあった同行者には動揺を見せる必要があるからね。
この出来事で初めて敵対したのか。それとも元の世界からの対立で、“仲間”は単にとばっちりを受けただけなのか。
どちらにしろ、ここで二人がお互いに敵意を持っていることが確実になる。
……そして次に彼女は、ナイフの出所について詰問した)
 ただ聞くだけならば、“仲間を殺した”相手の情報を知るためとして理解出来る。
 だが、彼女はなぜか執拗に自分を問い詰めた。
 単なる敵対相手ならば、不都合──持っていた武器を落とすような──があったことを知っただけで満足するだろう。
 放送が近いので、単純な生死だけなら少し待てばすぐわかる。深追いする必要はまったくない。
(それなのに彼女はある種の焦燥すら見せながら、俺を問い詰めて彼の現状の手掛かりを求めた。
必要性がまったくないから演技ってことはない。これは本当に心からの動揺だ。
……敵意はあるけど、危険が及んだり死んでたりすると困る相手。
つまり、“自らの手で”潰したい程強い敵意──憎悪を抱く存在。復讐したい人間、ってことになる。
本当、わざわざご苦労様なことだね。まぁ、だからこそ面白いことになったんだけど)
 この殺人が是認された状況下で“復讐”を欲するなど、自ら枷を嵌める行為に等しい。
 そしてそこをつけば他者を巻き込んで自滅してくれると考え、十分に距離を取った後、煽った。
 結果は予想通り──いや、予想以上だった。
245Distant Thunder doesn't stop muttering 13  ◆l8jfhXC/BA :2005/12/12(月) 23:37:51 ID:/JbopFOf
(まさか、あそこまで強い感情をぶつけられるとはね。……早めに対策を練るべきかな、これは)
 単なる動揺ではなく、“激情”と呼ぶのが相応しい負の感情の奔流。
 それが、こちらの言葉を聞いたクエロから発されたものだった。
 ……理屈も状況も顧みず、ただ激情の赴くままに行動する者がどれだけ扱いにくいかは、静雄でよく分かっている。
 彼女がそうなれば、強大な敵がまた一人増えたことになってしまう。
 実際、珍しく少し後悔などという感情も抱いていた。
(とにかくこの通路を早く抜けて地上に戻った後、また誰かを組める人を探すしかないな。
彼女に対抗するためには“仲間”は不可欠だろうし、やっぱり誰かいた方がいろいろと行動しやすい。
まぁ、まだ体調も万全だし武器も十分あるから、大抵の物事には対応出来るけど)
 クエロの仲間が商店街側から来てしまったため、雑貨屋に隠しておいたライフルは回収出来なかった。
 遠距離攻撃手段を失ったのは痛いが、まだ不意打ちに利用できる光刃を生み出す柄や毒薬がある。
 ナイフも拾う暇がなかったが、代わりの道具としては短剣を使えばいい。
 非常に軽く使い易いため、武器としても十分扱えるだろう。
(組むなら子荻ちゃんみたいな人間が一番いいんだけど、難しそうだなあ。
選り好みが出来る状況じゃない。とにかく誰か捜さないとね。────っと、そろそろか)
 思考を打ち切り時計を確認すると、予想通り十八時を回るところだった。
 土の上に広げた紙を見つめながら、意識を頭に響き出すであろう声に集中させる。
(……さて、後は何人残ってるかな?)


246Distant Thunder doesn't stop muttering 14  ◆l8jfhXC/BA :2005/12/12(月) 23:38:27 ID:/JbopFOf
【C-3/地底湖周辺/1日目・17:55頃】
【クリーオウ・エバーラスティン】
[状態]:右手に火傷。少し不安
[装備]:強臓式拳銃『魔弾の射手』
[道具]:デイパック(支給品一式・地下ルートが書かれた地図・パン4食分・水1000ml)
    缶詰の食料(IAI製8個・中身不明)。議事録
[思考]:みんなと協力して脱出する。オーフェンに会いたい
[備考]:アマワと神野の存在を知る

【クエロ・ラディーン】
[状態]:打撲あり(通常の行動に支障無し)。背広が血で汚れている。
[装備]:魔杖短剣〈贖罪者マグナス〉
[道具]:デイパック(支給品一式・地下ルートが書かれた地図・パン6食分・水2000ml)
    高位咒式弾×2、“無名の庵”での情報が書かれた紙
[思考]:…………。
[備考]:アマワと神野の存在を知る

【秋せつら】
[状態]:健康。クエロを警戒
[装備]:ブギーポップのワイヤー
[道具]:支給品一式(地下ルートが書かれた地図・パン5食分・水1700ml)
[思考]:ピロテースをアシュラムに会わせる。刻印解除に関係する人物をサラに会わせる。
    依頼達成後は脱出方法を探す。
[備考]: 刻印の機能を知る。
247Distant Thunder doesn't stop muttering 15  ◆l8jfhXC/BA :2005/12/12(月) 23:39:01 ID:/JbopFOf
【B-4/地下通路/1日目・18:00】
【折原臨也】
[状態]:脇腹打撲。肩口・顔に軽い火傷。右腕に浅い切り傷。(全て処理済み)
[装備]:光の剣(柄のみ)、銀の短剣
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水2000ml)、探知機、禁止エリア解除機
    ジッポーライター、救急箱、青酸カリ、スピリタス1本
[思考]:同盟を組める人間とセルティを捜す。クエロに何らかの対処を。人間観察(あくまで保身優先)。
    ゲームからの脱出(利用出来るものは利用、邪魔なものは排除)。
    残り人数が少なくなったら勝ち残りを目指す
[備考]:クエロの演技に気づいている。
    コート下の服に血が付着+肩口の部分が少し焦げている。

※三人から少し離れたところにナイフが放置されています。
※商店街の雑貨屋のどこかにライフルが隠されています。
248偽名閑談(死命感嘆) ◆E1UswHhuQc :2005/12/12(月) 23:57:29 ID:AhxTvev9
 十階建てのビルの屋上。
 風の吹くそこで、人の話す声が響いている。

『――というわけで、“殺し合い”というのは“日常”なんですね』
『なるほど。“日常”ですか』

「――面白いかい?」
「ええ。なかなか興味深いわ。……あなたは、なに?」
「自分がなんなのかなんて、分かってる人はあまりいないんじゃないかな。まあ――極論してしまえば、君と同じようなものだろう」
「そのようね」

『そう。ヒトは常になにかと“殺し合い”をしている。食事をするってのは、豚とか魚とかを殺してるわけだからね。
 動物だけじゃない。野菜とか果物とか、植物だって元は生きてるんだ。“殺し合い”の結果で食べる側に回っているけど、もしかしたら食べられる側にいたかもしれない』

「それはどちらについての言葉かな。ああ、意味のない問いだから答えは要らないよ」
「なら返答はしないわ……ところで、私はあなたをなんと呼べばいいのかしら?」
「これは失礼。ぼくは――そうだね。“吊られ男”だ。魔女につけられたこの名が、いまのぼくには一番相応しいだろう」
「“ザ・ハングドマン”? 妙な名前ね。でも似合ってるわ」
「ありがとう。君は?」
「自分がなんなのかを分かってる人は、あまりいないらしいわよ」
「そうみたいだね。出来れば名前を教えてくれると、今後の会話が弾むと思う」
「――“イマジネーター”と、そう呼ばれることもあるわ」
「似合っているよ」
「皮肉?」
「そう聞こえたかい? なら謝ろう」
249偽名閑談(死命感嘆) ◆E1UswHhuQc :2005/12/12(月) 23:59:02 ID:AhxTvev9

『確かにそうですね。辺境では“人を食べる”というのも聞いたことがあります』
『うん。だから“私たちは殺生をしたくないので野菜しか食べません。豚を食べるなんて野蛮です”とかいう連中には憤りを感じるね。
 野菜や果物は食べるけど、豚や牛や鶏や魚は可哀相だから食べない。これは酷い差別だよ』
『差別というのは少し言いすぎでは』

「――これで、私たちの自己紹介は終わったわ」
「君はどうす





 ○ <アスタリスク>・3

 介入する。
 実行。

 終了。





『確かにそうですね。辺境では“豚を食べる”というのも聞いたことがあります』
『うん。だから“私たちは殺生をしたくないので土しか食べません”なんて連中は尊敬に値するね。
 動物も植物も生き物だから食べない。ミミズのように土を食べて生きていく――これは素晴らしい試みだよ』
『生物として無理があるような気がしますが、食べても大丈夫なんですか?』
『母なる大地、というだろう。害があろうはずがないと判らないでも判るまい』
250偽名閑談(死命感嘆) ◆E1UswHhuQc :2005/12/13(火) 00:00:04 ID:g9LQmW8c

「無為だよ、名も知れぬ君。僕も彼女もそれの干渉は受けない」
「干渉されることすら出来ない、と言ったほうが正しいのでしょうけど」





 ○<インターセプタ>・2

 <自動干渉機>、私に機会を。





『差別……ですか』
『“豚は可哀相だから食べない”――これは一見博愛主義のように思えるかもしれないけど、違う。
 豚が食べられる側なのは常識だから、“豚は殺し合いの相手にもならない”と無視することなんだ。これは酷い侮辱だね』
『手厳しいですね』

「――御初にお目にかかるのです」
「これは丁寧に。……なんと呼べばいいのかな?」
「では、あなたたちに倣って<インターセプタ>と」
「倣う必要はないのだけどね。あなたは私たちとは違うのだから」

『少しきつい言い方かもしれないけど、大人は少しきついぐらいじゃないと理解できないからね。
 その点、子供は理解が早いよ。うちの弟夫婦が菜食主義だったんで、甥っ子は肉を食べたことがなくてね。
 先日、レストランで食事をご馳走したら、“豚さん美味しいね!”って喜んでましたよ』
『子供は純真だから、物事の本質が判るんですね』
251偽名閑談(死命感嘆) ◆E1UswHhuQc :2005/12/13(火) 00:00:41 ID:g9LQmW8c

「それで……あなたは何をしたいのかしら? <インターセプタ>」
「ここには、わたしの世界の人たちがいます。わたしは彼らを助けたいのです」
「――此処について、ある程度は分かってるんじゃないのかな。君の行動は徒労だと思う」
「……それでも」

『前々から何度か言っていると思うんだけど、食物に対する“尊敬の念”を失くしているようでは、いずれこの国は滅びるよ』
『や、それは少し大げさなのでは。たかが食べ物でしょう?』
『“たかが食べ物”すら各下に見て侮辱するのに、“たかがヒト”を同列に扱っていけると思うかい?』

「それでもわたしは助けたいのです」
「それが……あなたの“役割”なのね」
「“役割”か。ならば既にそれを終えたぼくは……なぜまだいるんだろうね」

『はい。それでは今日の結論をお願いします』
『“食べ物”に対する“尊敬の念”。これすら持てないようでは、いずれ泥沼の戦争で人類は破滅する。
 そうならないように、一食一食に気をつかわなければならないんだ』
『ありがとうございました。それではミュージックタイムに移ります。本日のリクエストはPN.不気味な泡さんより、「ニュルンベルグのマイスタージンガー」です』

「……好きね、彼も」

『――なみっだ流してあんのひっとは〜、わっかれっを告っげるっのタッブツッ』
『し、失礼しました! ええと、「ニュルンベルグのマイスタージンガー」でしたね。少々お待ち下さい』

「――じゃあ、私はやることがあるから」
「行くのかい?」
「ええ。管理者とやらの力に興味があるの」
「徒労に終わると思うよ」
「何もかも知ってると信じているものの言い草ね」
「そう感じてしまうんだ。此処で何をしようと何も変わらないし、そもそもぼくたちに出来ることはほとんどない」
252偽名閑談(死命感嘆) ◆E1UswHhuQc :2005/12/13(火) 00:01:32 ID:g9LQmW8c
『――♪ おーおー。今日もゆくゆく黄金色〜。頑張れ正義の贈賄ブツッ』
『し、失礼しました! 今日は機器の調子が悪く――マイスタージンガーだっつってんだろ無能!――少々お待ち下さい』

「それでも私はやらなければならない。それが私の“役割”だから」
「――わたしも、やらなければいけないのです」
「自分で自分の役割を決めて動かなければ、ゲームの駒にされるだけ、か……」
「……このゲーム、何のためにあるのかしら」
「――“吊られ男”さん、もしかしたらあなたは知っているのではないですか? このゲームの目的を」
「知っているよ。簡単なことなんだ。でも多分、それを達成することはこのゲームの主催者にはできない。そういうものだから」
「それは一体……」

『――ダ――ンジョンは、暗い。暗い暗い、くら――――ブツッ』
『し、失礼しました! ――だぁからマイスタージンガーだっつってんだろーがっ! テメエこの仕事何年やってんだ!』
『い、いや自分は先日入ったばっかのバイトで』
『黙れ豚』

「――心の実在を証明すること」





 ○<インターセプタ>・3
 彼らとの接触には意味があった。
 このゲームの目的を知ることが出来たのは、大きな収穫だと言っていいだろう。
 心の実在の証明。
 そのためにこの世界は創られた。巨大な実験場として。
 全ては複製であり、宮野秀策も光明寺茉衣子も偽者である。ならばわたしは何もしなくていいはずだ。
 だが、疑問が残る。
 なぜわたしまでもがこの世界に在るのか。わたしも偽者なのか。<自動干渉機>さえもが創られているのか。
 なんのために?
 疑問を解消するために、わたしはこのゲームを見届けようと思う。
253偽名閑談(死命感嘆) ◆E1UswHhuQc :2005/12/13(火) 00:02:08 ID:g9LQmW8c




『――えー、放送機器の調子が悪く、大変お待たせしましたが、「ニュルンベルグのマイスタージンガー」です。どうぞ』

『――――♪』





 ○<アスタリスク>・4
 終了する。
 実行。

 終了。

【B−3/ビル屋上/一日目・12:30】
[備考]:B3のビルの屋上から、「ニュルンベルグのマイスタージンガー」が流れています。
254姦客責(カンキャクセキ) ◆E1UswHhuQc :2005/12/13(火) 00:03:09 ID:g9LQmW8c
(ボール……?)
 行き着いた考えに疑問を持ち、おそるおそる視線をふたたび正面へと向ける。
 と。
「え……?」
 それは赤い軌道を描きながら、ボールのように転がっていく。
 それはこちらの足下まで転がり、赤い液体をまき散らしながら止まった。そっと拾う。重い。
 それはこちらに掴まれた後も、暗闇の中でもよく映える赤をぽたぽたと垂らしている。
 それは、





 ○<アスタリスク>・5
 介入する。
 実行。

 終了。





「はあああああああっ!」
 だがその思考は、憎悪に満ちた男の叫びによって遮られた。
 反射的に声の方へと頭を上げ、しかしすぐに目をそらす――刹那。
 その一瞬に目に入った光景が、網膜に焼きついた。
 憎悪と殺意で振るわれた刃が宮野の頭頂部から股間までを一気に
255姦客責(カンキャクセキ) ◆E1UswHhuQc :2005/12/13(火) 00:03:44 ID:g9LQmW8c





 ○<アスタリスク>・6
 介入する。
 実行。

 終了。





 ──すべて投げ出してやめてしまいたい。
 ここに放り込まれた直後抱いた思いが、ふたたび脳裏をよぎった。
「はあああああああっ!」
 だがその思考は、憎悪に満ちた男の叫びによって遮られた。
 反射的にそちらを見て、不思議なことが起きた。
 宮野の首が肩の上から落ち、点々と床を転がって足元に





 ○<アスタリスク>・7
 介入する。
 実行。

 終了。
256姦客責(カンキャクセキ) ◆E1UswHhuQc :2005/12/13(火) 00:04:43 ID:AhxTvev9





「く──」
 宮野の指先から放たれる不気味な光が魔法陣を描き、そこから黒い触手が顔を出す。だが遅い。
「はあああああああっ!」
 咆哮と共に、すべての不快感を叩きつけるような刃が、横薙ぎに振るわれた。
 斬られた感触すらない。
 達人の技でもって切断された頭部が宙を飛び、一瞬だけ茉衣子と目が合い





 ○<インターセプタ>・3
 <自動干渉機>、もう一度だけ。





(ボール……?)
 行き着いた考えに疑問を持ち、おそるおそる視線をふたたび正面へと向ける。
 と。
「え……?」
 それは赤い軌道を描きながら、ボールのように転がっていく。
 それはこちらの足下まで転がり、赤い液体をまき散らしながら止まった。そっと拾う。重い。
 それはこちらに掴まれた後も、暗闇の中でもよく映える赤をぽたぽたと垂らしている。
 それは、
257姦客責(カンキャクセキ) ◆E1UswHhuQc :2005/12/13(火) 00:05:35 ID:AhxTvev9




 ○<インターセプタ>・4
 <自動干渉機>が正常に作動しない。
 やはりわたしは造られた存在で、<自動干渉機>も同じなのだろう。
 ならば。
 わたしが彼らを『助けたい』と思う気持ちも、造り物なのだろうか。
 そうだとしたら――

「わたしがそれをやることに、何の意味があるのです?」
「あなたはそれを成したいのでしょう? <インターセプタ>」
「その欲求が造り物だとしても、ですか? “イマジネーター”さん」
「そんなことが、あなたの世界を妨げる理由になるの?」
「わたしの……世界?」
「そう。あなたの心はあなたの世界。心こそが、たった一つの真実」
「それすらもが造り物なのですよ?」
「造り物なのは当然のことでしょう。造られなければ、存在し得ない。同じ造られた物に真作と贋作の区別もない。それはどれもが等価で、当人にとっては真実なのだから」
「……私は――」

 助けたいと、思います。
 例え偽者でも、わたしの世界のあの二人を、助けたいと思います。
 <年表管理者>として。
 例え死んでしまっても、助けたいと思います。




258姦客責(カンキャクセキ) ◆E1UswHhuQc :2005/12/13(火) 00:06:11 ID:AhxTvev9

 ○<アスタリスク>・8
 終了する。
 実行。

 終了。





 繰り返し映る、彼の死。
 視点が変わっても、時間が変わっても、場所が変わっても、宮野秀策の死は変わらない。
 何度も映った。夢の中で宮野の死亡がリプレイされる。
 正常でない<自動干渉機>による干渉が、本来残らないはずの記憶として残る。
 夢として。
 夢として残った記憶が連鎖的に夢を作る。悪夢を作る。
 宮野が死んだ悪夢が繰り返される。
(ああ――)
 首を斬られた。胸を斬られた。触手ごと斬られた。
(い――や……あ――)
 袈裟懸けに斬られた。逆袈裟に斬られた。頭頂から両断された。胴体を薙ぎ払われた。
(ああああああああああああ)
 両腕を落とされ両脚を断たれ眼球を抉り大腸を引き摺りだし心臓を斬り破り脊髄を砕かれ脳髄を掻き回された。
(ああああああああああああ!!)
 殺されたのは宮野秀策。白衣の。厄介な。班長。
 殺すのは黒衣の騎士。名前? アシュラム。怖い。黒。薙刀。恐怖。死。
 何で死ぬ? 主。騎士の主。女。怖い。命令で。試す。試して。試された。死んだ。
(あ……あ……あぁ…………!)
 何で試された? 頼み。救って欲しい。相良宗介。千鳥かなめ。吸血鬼。しずく。しずく?
(あ……あなたが……あなたさえ……!)
 夢が――覚める。
259姦客責(カンキャクセキ) ◆E1UswHhuQc :2005/12/13(火) 00:07:48 ID:g9LQmW8c
 起き上がろうとして、足に力を込めた。磨耗した感覚が床の存在を足に伝えるのを確認して、膝を曲げる。
 床に寝ていたらしい。脱力した腕に力を入れて、肘から順に起こしていく。
 背中の触感が消えた。起き上がってきているらしい。
 重力による枷を億劫に感じながら、無理矢理に起き上がった。
 湿った黒髪が顔にかかる。暗い視界が狭められた。
 暗闇のような視界の中に、宮野は居ない。彼の声も響かない。
 悪夢は――醒めない。
 息をついた。闇を祓うかのように呼気が流れる。
 放置されたロッキングチェアが、暗闇の重さにキィィと軋んだ。
 思考が停まる。動きが停まる。
 傍らにいる彼女を――彼女の生きている様を見たくなく、顔を俯かせたまま胸中で呟く。
(あなたさえ、いなければ)
 その思考の正しさを、噛み締める。彼女が来なければ、宮野は死ななかった。
 しずくが、来なければ。
「茉衣子さん!」
 嬉々とした声音が、耳に響く。
 見たくもないものが視界に入った。しずく。宮野秀策の死因。
 あなたがこなければ。
 視線を合わせるようにして、それは言ってきた。何が嬉しいのか、やや大きな声量で、
「体、大丈夫ですか? 痛いとか寒いとかありませんか? 
 ここには暖房設備がないので、移動しないとどうしようもないんですけど、大丈夫ですか?
 一応体は拭かせてもらったんですけど……あっ、すいません!
 起きたばっかりなのに、いろいろ言っちゃって。まだ落ち着いてませんよね」
260姦客責(カンキャクセキ) ◆E1UswHhuQc :2005/12/13(火) 00:11:32 ID:g9LQmW8c
 煩わしい。
 視線を逸らす。と、それが何かを持っていることに気付いた。
 反射的に手を伸ばし、奪い取る。
「あっ、すいません。返しますね、エンブリオさん」
 何を言っている。
 これは宮野のものだ。返すというならば宮野に返せ。
 アナタガコナケレバ生きていたはずの、宮野に返せ。
『よお、気分はどうだ?』
 暗鬱とした感情が、渦を巻いている。
 顔をあげた。こちらを覗き込むように見ている顔がある。
 何で笑顔を浮かべている。何で生きている。彼は死んだというのに。何でアナタは。
 十字架を握る手に力を込め、光明寺茉衣子は感情を吐き出した。


「アナタ、ガ、コナ、ケレバ」

 
 がつりと。
 響いた音と感触は、爽快なものだった。
261姦客責(カンキャクセキ) ◆E1UswHhuQc :2005/12/13(火) 00:12:09 ID:g9LQmW8c
【E-5/小屋内部/1日目・17:30頃】

【光明寺茉衣子】
[状態]:腹部に打撲(行動に支障はきたさない程度)。疲労。やや体温低下。生乾き。
    精神的に相当なダメージ。両手と服の一部に血が付着。
[装備]:なし
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水2000ml)
[思考]:死ねばいいのに。

【しずく】
[状態]:右腕半壊(自動修復中・残り1時間)。
    激しく動いたため全体的にかなり機能低下中(徐々に回復)
    精神的にかなりのダメージ。
[装備]:ラジオ(兵長・力の使いすぎで一時意識停止状態。数時間で復帰)
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水2000ml)
[思考]:茉衣子は大丈夫だろうか

※『クラヤミ』に続きます。
262イラストに騙された名無しさん:2005/12/13(火) 19:25:16 ID:A2/L/xCF
U1作家が混じってきてるな。
263吸血鬼は何処に消えた?(1/12) ◆eUaeu3dols :2005/12/15(木) 00:42:52 ID:UIIWQ11k
「ところでドクター、訊いておきたい事が有るわ」
「なにかね?」
出発の前の準備をしながら、ダナティアはメフィストに問い掛けた。
「あなたは前にも6時までと言った。それは仲間を待つ為かしら?」
「いや。残念だが、約束していた2人はもう来るまい。
 種々の状況からしておそらくは……死んだのだろう」
メフィストは手の中の針金を弄びながら返答する。
その言葉を聞いた志摩子の表情に暗い陰が落ちた。
海を流されていた彼女を助けようとしてくれた(二次遭難者になりかけたのも愛嬌だ)袁鳳月。
彼の同僚であるという趙緑麗。
覚悟も実感も既に済んでいるし、彼らと過ごした時間はそう長くはなかったが、
それでも知り合った人が死んでしまったとすればそれはとても悲しいことだ。
だから、否定できるならば否定したかった。
「メフィスト医師。それは本当に、間違いないのですか?」
「断言は出来ないがね。
 もしかするとトラブルに遭って遅れているだけかもしれない。
 だが、この島では足止めを食うよりも殺された可能性の方が高い。
 結果は放送を待つしか無いが、覚悟はしておく事だ。
 今の私達が待っているのは仲間との再会ではなく、死の確認なのだよ」
志摩子は言葉を詰まらせる。
「そして、あの悠二という少年も命を失った可能性が高い」
「っ!!」
今度はダナティアが息を呑んだ。
「ドクター。それはどういう事かしら?」
「そのままの意味だ」
答えて掌に乗せた一本の短い針金を差し出す。
その針金は奇妙に歪み、ねじ切れていた。
「……それは?」
「あの少年に治療を施した時、これと対となる針金を内部に残しておいた。
 術後の経過を確認するためにね」
ダナティアは其の意味する所を理解した。
264吸血鬼は何処に消えた?(2/12) ◆eUaeu3dols :2005/12/15(木) 00:43:55 ID:UIIWQ11k
「生きている可能性も無いではない。だが……」
「判っているわ」
それはあまりにもはかない希望だ。
考えに入れるのは良い。だが、すがってはいけない。
「メフィスト医師、あの少年は大丈夫だと……」
「私もそう思った。見所のある少年だからうまくやるのではないかとね。
 それでも切り抜けられない危機に見舞われたのだろう」
志摩子の言葉にメフィストは淡々と残酷な答えを返した。
「時刻は四時半という頃合いだろう」
メフィストが付け足す言葉に何か思いだしかけたが、それよりも他の事が気になった。
「……シャナが危ないわ」
「君の仲間か」
「ええ。
 腹部に散弾銃の破片が残り、吸血鬼に噛まれ、
 その進行に耐える心すら折れてしまいかねない状況下に置かれた少女よ」
「それはつまり」
「治療してちょうだい、ドクター」
(吸血鬼化か。もしも完了していれば、今の私と設備で治療するのは難しいが……)
完了していなければ可能性は有る。
メフィストは軽く頷き、しかし問い返す。
「それは放送を聞いてからではいけないのかね?」
「放送を聞けばシャナの状況は悪化するわ。
 放送自体には間に合わなくても一刻も早く駆けつけなければならない」
「なるほど。それで、場所はどこだね?」
「C−6のエリアよ」
「…………ほう」
何か含みを持たされた呟きが返る。
「ドクター?」
「いや、少し考えていた事が有ってね。
 灰色の魔女も厄介な相手では有るが、居場所が分からなければ行動のしようがない。
 だが、もう一人の厄介な相手の居場所の手掛かりは掴めたようだ」
メフィストは手近に有った机に地図を広げた。
265吸血鬼は何処に消えた?(3/12) ◆eUaeu3dols :2005/12/15(木) 00:45:18 ID:UIIWQ11k
「ところで、宗介君に課せられたタイムリミットは想像がつくかね」
「……おそらくは日没という所かしら」
その言葉には僅かな焦りがある。
相良宗介と千鳥かなめも彼女が救おうとしているいわば仲間だ。
だが、千鳥かなめの居場所を聞き出す直前に宗介は彼らの元から逃げ出した。
手の打ちようが無くなってしまった、6時の放送で呼ばれる事も覚悟した名だ。
居場所が分かれば一刻も早く駆けつけたいと思うのに、手掛かりがまるで無い。
「結構。私達が対処しなければならない――正確には対処すべき相手は多い。
 このゲームを取り仕切る者達への対策。
 居場所の分からない、志摩子君の学友を操る灰色の魔女。
 放送により生死を確認しなければならない待ち合わせた仲間。
 ダナティア君の仲間との合流及びその一人の治療。
 そして、志摩子君の探すもう一つの事柄と相良宗介を人質に取った女」
メフィストは一度言葉を切り、一拍を置いて告げた。
「千鳥かなめを人質に取り宗介君を脅迫した者の名は、美姫という。
 白い衣を纏う吸血鬼の姫にして……美の化身だ」
(この男をしてそのような言葉を言わせるというの……?)
その言葉にダナティアは声を上げない程度に小さな驚きを感じる。
ダナティアは自らが絶世の美女である事を自覚している。
本人としては胸に付いている大きな脂肪の塊が目障りで仕方がないと思うのだが、
それもその美貌に何ら翳りを落とす物ではなかった。
その彼女を人の持つ美の極限だとすれば、メフィスト医師は人を超える美しさを持っていた。
その男を持ってして美の化身という言葉を使わせる美女。
人並み以上に美しさを知る故に、その言葉は衝撃的だった。

「それは……」
そして志摩子も驚きの声をあげる。
だがそれは、美の化身という言葉に対してではない。
「私や終さんが遭遇した吸血鬼、ですか?」
「そう。そして私の世界に居た、私の敵であった女だ」
「……なんですって?」
ダナティアは今度こそ驚きの声を上げた。
266吸血鬼は何処に消えた?(4/12) ◆eUaeu3dols :2005/12/15(木) 00:48:23 ID:UIIWQ11k

「午前4時。私は、H−4の海岸エリアでその人に遭遇しました。
 アシュラムという騎士の方が、心の隙につけこまれて……従えられました」
島の南端にペンで点を付ける。
「午前5時半。終君がG−8の草原エリアで美姫と騎士に遭遇した」
海岸沿いに東にペンを走らせ、G−8エリアへと繋げる。
「更に、緑麗君は午前1時半、G−2エリアで吸血鬼の被害者と遭遇している」
最初の南端の点から西へと点線を走らせる。
「それは……っ」
志摩子は息を呑む。
「これは推測だがね。位置と時間が線で繋がるのだよ」
佐藤聖が吸血鬼にされたのも、あの美姫の仕業である可能性は高い。
確証は無いが、しかし確かにその通りだった。
「さて、この推測も正しければ美姫は開始後、島の南を西から東に移動した事になる。
 ここから日の出までの30分で何処へ行ったのか。
 宗介君とその仲間が罠を作りながら森を通ったというなら、
 少なくとも西南方面に移動したような事は無いだろうが……」
流石にこれ以上は判断材料が無いと思われた。だが。

「――――午前5時50分、F−6の西端を経て北上。北の森へ」
「……何?」
ダナティアの手がペンを取り、F−6を経て北へ向かうラインを描いた。
「あたくしはこの時、周囲を警戒しながらF−5の森の北端で食事を摂っていたのよ。
 遠いし近づく様子も無いから放っておいた。だけど、間違いないわ。
 その2人は放送の直前、日の出の直前にF−6からE−6方面に移動した」
2人を見つけられる確立は有り得ないわけではない。
6時前、放送を待つダナティアがリナと共にF−5の森の北端で食事をしていた。
美姫とアシュラムは5時半から6時までの僅かな時間に寝床を探し移動した。
そして、行き先は最短距離を通らねば間に合わない島の中央の森だった。
この条件が揃えば、美姫とアシュラムがダナティアの視界内を通る可能性はむしろ高い。
だが。だがしかし。
これだけの条件が揃う可能性など、一体どれだけ有るというのだろう!?
267吸血鬼は何処に消えた?(5/12) ◆eUaeu3dols :2005/12/15(木) 00:51:29 ID:UIIWQ11k

「……偶然にも程があるわね」
メフィスト。藤堂志摩子。竜堂終。ダナティア皇女。そして逃亡した相良宗介。
そもそも一人の参加者に出会ったり見た、あるいは知っている人間が、
偶然にも一点に何人も集中している時点で剰りにも異常なのだ。
もちろん、開始位置が近い者同士があまり移動しない場合などは有り得るだろう。
だが初期にあまり動かない内に出会ったメフィストと志摩子はともかくとして、
島を縦横無尽に走り回った竜堂終、彼らと行動範囲が離れた後で出会ったダナティア、
そして全く別の時間に不幸にも遭遇してしまった相良宗介は異常だ。
更に、事態はそれ以上に広がる可能性が有った。
「もしかするとシャナを噛んだ吸血鬼も……」
「どうやらその可能性もあるようだ」
線を後に残してペンが滑り……C−6エリアで、?マークを付けて止まった。
「「「…………」」」
場を沈黙が覆う。
偶然の連なりは限りなく必然へと近づいている。
見えない力をその場にいる全ての人間に感じさせる。

「とにかく、動くべきだわ」
皇女が沈黙を破った。
「急ぐ理由がまた増えた。動かない理由は無くってよ」
「そのようだ。志摩子君、少し歩く事になるが……」
「いえ、大丈夫です。行けます」
はっきりと答えが返る。
その声には強い意志が篭められていた。
(もし、あの人がお姉さまを吸血鬼に変えたのなら……)
あの美姫という女性には、その寂しげな心に同情と悲しみを感じる。
アシュラムを従えたのも、その寂しさから来る物だったとしても、それでも。
(それでも赦すわけにはいけない。違う、許してはいけない)
憎しみのようなどろどろした感情を抱く事は出来ない。
そういった物ではなく、清く、優しく、強く。
彼女はただ純粋に、怒りを覚えた。
268吸血鬼は何処に消えた?(6/12) ◆eUaeu3dols :2005/12/15(木) 00:55:08 ID:UIIWQ11k

     * * *

「をーっほっほっほっほっほっ!」
「うおおおおおおおおおおぉっ!」
奇怪な高笑いと吼える掛け声が唱和する。
近くに居た不運な鼠が腹を見せて泡を吹いた。
「怨敵打倒っ!!」
「だりゃあっ!!」
拳と拳がぶつかり合う。
ぶつけあったベクトルでアスファルトの大地に足形が刻まれた。
「不良根絶っ!!」
「こなくそっ!!」
天使のなっちゃん、次なる一手は吸血鬼(ブルートザオガー)の一撃。
対する竜堂家の三男に武器は無い!
手近に有った物をよく見もせずにしかと掴むと、よく見もせずに叩きつけた。
「…………ぐぇっ」
ガキンッと硬い物同士がぶつかり合う音が響き、剣と未確認物体が宙に舞う。
何か声がした気もするが、2人とも相手から目を離す隙など無い。
咆哮と高笑い、拳と拳、剣と地人がぶつかりあう漢の戦い。
余計な物を見る隙など……
「……?」
フッと小早川奈津子の視線が終の後ろへと向いた。
「隙有りだぜおばさん!」
強烈な蹴りが小早川奈津子を貫き
「お退き、邪魔虫!」
当社比250%の平手打ちが終を横へと叩き飛ばした。
終はそこはかとなく人型の穴を開けて近くの建物に突っ込んだ。

「つ…………いってぇな、こんちくしょう」
埃を払いながら再び穴から顔を出す。
どういうわけか小早川奈津子の追撃は無いようだ。
269吸血鬼は何処に消えた?(7/12) ◆eUaeu3dols :2005/12/15(木) 00:56:40 ID:UIIWQ11k
「ったく、どうなってんだ?」
地面に突き立っている剣と地人の間から小早川奈津子の視線の先を見ると……
「だあっ、なんで出て来てんだよ!?」
小早川奈津子が見とれるその先にいるのは魔界医師メフィスト。
人知を超えた美貌を持つ男である。
ゆっくりと片手をあげ、小早川奈津子へと向けた。
「を……を……」
小早川奈津子の声が震え、そして――
「…………をーっほっほ! あたくしの伴侶となるがいいわああぁぁぁぁっ!」
咆哮と共にドップラー効果すら起こして加速した!
それは正にロケットスタートと言うに相応しい!
その加速度と質量は突撃する巨象の如く! 飛ぶが如く! 疾風の如く!
残像をも帯びて、弾道ミサイルの如き迫力をもってメフィストへと迫る!
しかもその速度は一瞬毎に更なる領域へと進化する!
信じがたい人外の運動能力! 化け物そのものの筋力!
危うし! 魔界医師メフィスト!!
今のなっちゃんなら戦車だって轢けるかも!?



しかしまあ、相手が悪すぎである。



「あーーーーーーーーーーーーーーーれーーーーーーーーーーーーーーーーー」
メフィスト医師の付きだした手に触れた瞬間、
小早川奈津子の進行方向は直角左斜め上方へと曲がった。
しかもその速度の殆どを維持して螺旋回転。
「おーーーのーーーれーーーお代官さまーーーーーー!?」
ギュルギュルと顔も見えない程の高速回転をしながら、小早川奈津子はビルに突き刺さった。

「【098 小早川奈津子 死亡】」
270吸血鬼は何処に消えた?(8/12) ◆eUaeu3dols :2005/12/15(木) 00:57:51 ID:UIIWQ11k
竜堂終の呟きが高笑いに引き裂かれる。
「をーっほほほほほほほ! 勝手に殺さないでちょうだい!」
小早川奈津子がビルの二階外壁から付きだした足をばたつかせて抗議していた。
「片腹痛いわ! このあたくしがこの程度で屈するものですかっ!!」
「うあ、生物学とかそういうの的におかしいだろその頑丈さっ!」
生物学なんて物が全く通用しないと判っていても思わず抗議してしまう終。
「待ってらっしゃい、すぐにまた……」
「抜けないはずだ」
「……なぬ?」
メフィストの言葉にピタリと止まる。
しばらくもがもがと暴れる始める下半身。
しかし、彼女は見事なまでにすっぽりと突き刺さっていた。
「お、おのれぇっ! よくもあたくしにこのような醜態を!」
「では、今の内に逃げるとしよう」
くるりと背を向けるメフィスト。
「待った、あいつコキュートスっていうの持ってるんだ!」
「なんですって」
ダナティアが姿を見せる。
「それは回収する必要が有るわね」
「いや、でもどうする気だよ? 近寄ったらまた……」
「いいえ、近寄る必要も無いわ」
終の言葉を切り捨てると、ダナティアはビルの二階外壁から突き出た物体を見つめる。
「アラストール! 聞こえるわね!」
一拍遅れて遠雷の如き返答が響く。
「聞こえる。ダナティア皇女か。よく……」
「今からあたくし達はシャナの居る合流地点に向かうわ! 来なさい、アラストール!」
「いや、待て、皇女よ、来いと言われてもコキュートスは器への転移機能さえ制限……」
そこで言葉を止める。
(コキュートスに何か力が働いている? これは……)
「来なさいっ!!」
その言葉と共に、コキュートスが光の粒子と散り……次の瞬間、ダナティアの手の中に出現した。
「――それじゃ、行くわよ」
271吸血鬼は何処に消えた?(9/12) ◆eUaeu3dols :2005/12/15(木) 00:58:47 ID:UIIWQ11k

「よし、それじゃ吸血鬼(ブルートザオガー)も回収……」
しようとして、見回す。
だが、無い。
「あれ、さっきここに有ったはず……」
「ハァーッハッハッハッハ!」
太い声が周囲に響いた。
「よくも人を使って殴り合いしてくれたなこの人でなしの鬼畜な人非人共めぇっ!
 だが最後に笑うのはこのマスマテュリアの闘犬、ボルカノ・ボルカン様よ!
このちょっと重いけどなんか凄そうな剣は頂いたぁっ! 地団駄踏み死ぬが良い!」
「なんだと、待て、この野郎!」
「待てと言われて待つ奴が居る物か! 見よ、我が華麗なる戦略的撤退!!」
小さな走る足音が遠ざかって……
「ギャッ! おのれ石ころめ石ころの分際でこのボルカン様の足を躓かせ……」
遠ざかって……いった。

「…………逃げられたわね。透視すればまだ追えなくもないけど」
「待ちたまえ。その前に終君に聞きたい事がある」
メフィストが終に問い掛ける。
「今、君は上半身裸でそのカモシカのような瑞々しい肉体を晒しているわけだが」
「…………」
終は無言でファイティングポーズを取った。
「いや、早合点しないでくれたまえ、そういうつもりではない。
 どうして一片残さず服が消えたのかと訊きたいのだよ」
「そういう意味か。そんなのおれもわかんねぇよ。
 あのおばさんと殴り合ってたらしばらくしたらいきなり服が溶けて……」
「やはりそうか」
メフィストは小さく頷いた。
「どういう事だよ?」
「それはだね……」
「もう終わったんですか?」
その時、志摩子が2人に遅れて顔を出した。
272吸血鬼は何処に消えた?(10/12) ◆eUaeu3dols :2005/12/15(木) 01:00:21 ID:UIIWQ11k

「志摩子君、今の私達に触れてはならない」
他の皆に近づこうとした志摩子がピタリと止まる。
「……どうかしたんですか?」
「説明は後だ。三人とも、一度病院跡に戻るのだ。急ぎたまえ」
「は、はい」
「説明はしてもらうわよ」
いつになく急かすメフィストに戸惑いを感じながらも、4人は病院跡へと駆け出した。
後には罵声を吐きながらビルの二階外壁に少しずつひび割れを増やす妙な物体が残された。

   * * *

すぐに病院跡に着くと、メフィストはまたもシーツを瓦礫の中から取りだして放った。
ダナティアはそれを受け取り怪訝な表情を浮かべる。
「どういう事かしら、ドクター。あたくし、今はちゃんと服を……」
着ている。
そう続けようとした瞬間、ダナティアの服がぽろりと溶け落ちた。
「……なっ!?」
「えっ!?」
「うわっ!?」
「おぉっ!?」
当事者のダナティアの驚愕の声の後に志摩子と終の驚愕が続いた。
ついでにコキュートスからも。
慌ててシーツを纏い裸体を包み隠すダナティア。
「こ、これはどういう事かしら、ドクター」
「バクテリアだ」
メフィストが答える。
「理由は不明だが、先ほど戦ったあれの体表にバクテリアが付着していたのだよ。
 人から人に接触感染し、体温で温められると活性化して石油化合物を分解する物らしい」
「石油化合物……?」
「ビルで調達した、君と志摩子君の服の材料に使われている」
その言葉でようやくダナティアは状況を理解した。
273吸血鬼は何処に消えた?(11/12) ◆eUaeu3dols :2005/12/15(木) 01:01:30 ID:UIIWQ11k

だが一つ腑に落ちない事がある。
小早川奈津子に触れたのは竜堂終とメフィストだ。
ダナティアは触れては……
「ああ、そういう事」
纏ったシーツの外に出して首に掛けているコキュートスを見下ろした。
「…………すまん、皇女よ。どうやら我のせいらしい」
「あなたのせいではなくってよ。運が悪かっただけ」
コキュートスはずっと小早川奈津子に着用されていた。
その表面がバクテリア満載なのはもはや語るに及ばない。
「でもどうした物かしらね。
 あたくし、シーツ一枚で行動する趣味は無いのだけど」
「安心したまえ。溶かされない素材の服は有る。一着限りだがね」
ダナティアの表情が強張る。
「……推測は出来るわ。でも、それ以外は無いの?」
「生憎と、無い。着ない、あるいはシーツで済ます選択も無いではないがね」
ダナティアの表情が歪む。
(そんな選択、出来るわけが無いでしょうに)
シーツを纏っていればいざという時に邪魔になる上、防寒機能にも不足がある。
裸では僅かな草木にさえ傷つけられる上、この霧の中では確実に体を壊す。
恥だのなんだのを捨てても、それでもまだ衣服は必要不可欠な物だ。
だが、確実に得られる衣服がそれしかなくても尚、ダナティアは戸惑いを隠せない。
「おい、代わりの服ってまさか……」
終がそれに気づいた時、メフィストは大地に腕を突き入れていた。
ずぶずぶとまるで抵抗もなく突き刺さる腕。
それを引き上げた時、その手の中に有ったのは……
「……テレサ・テスタロッサの遺体…………」
そして、彼女の纏っていたUCAT戦闘服。
ダナティアは一度だけ歯を噛み締めると。その着用を決意した。

     * * *
274吸血鬼は何処に消えた?(12/12) ◆eUaeu3dols :2005/12/15(木) 01:02:43 ID:UIIWQ11k
着替えの間、これといった事はさほどない。
コキュートスはシーツに包んで置いておき、終は埋葬の為に掘り返した穴を整え、
メフィストは病院跡で使える物を探し、宗介の残した物を見つけて終に渡したりしていた。
その間に、ダナティアは急いで着用を済ました。
掛かった時間は極僅か。
そして、二度目の埋葬もすぐに終わった。
寒くないようにとシーツで幾重にも包んだテッサの遺体は、再び大地へと埋められた。

UCAT戦闘服もこれといった問題は生じなかった。
本来ならサイズの違い(特に胸部)は大きかったのだが、
皮肉にも胸元が引き裂けていたおかげで、針金を付け加えるだけでサイズがフィットした。
少し胸元が覗いているが、メフィスト曰く機能に支障は無いようだという。
出力がそのままかは判らないが防御の概念もしっかりと有るらしい。
だからこそ宗介のベッドの間に置いて精神的のみならず物理的な障壁にした。
メフィストはそれを明言しないが、おそらくはそうなのだろう。
テッサが一度目に守った宗介が今はどうなったかは判らず。
二度目に守ったダナティアは、守ったと言い切れるかは判らない。
それでも。
「……少し、重いわね」
「重量は殆ど無いはずだがね」
「ええ。…………でも、少しだけ、重いわ」
それでも、何か遺志を感じずにはいられない。

志摩子もその意味に気づいた。
だが、何も言えなかった。
今の志摩子は彼女の手を握ってあげる事すら出来ない。
逆に助けて貰う時も、直接触れればそれだけで時間を食う足手まといになってしまう。
そして、自らの足で立ち続けるダナティアに送る言葉も思いつかなかった。
間の抜けたバクテリアのもたらす効果でこんな悩みを抱えた事が皮肉だった。

種々の想いを胸に秘め、その刻が来た。
真っ白い霧の中、残酷な現状を告げる放送が始まる。
275吸血鬼は何処に消えた?(報告1/2) ◆eUaeu3dols :2005/12/15(木) 01:03:33 ID:UIIWQ11k
【B-4/病院跡/一日目/18:00】
【創楽園の魔界様が見てるパニック――混迷編】
【藤堂志摩子】
[状態]:健康
[装備]:なし/衣服は石油製品
[道具]:デイパック(支給品入り・一日分の食料・水2000ml)
[思考]:争いを止める/祐巳を助ける

【ダナティア・アリール・アンクルージュ】
[状態]:健康/生物兵器感染
[装備]:コキュートス/UCAT戦闘服(胸元破損、メフィストの針金で修復)
[道具]:デイバッグ(支給品一式・パン4食分・水1000ml)/半ペットボトルのシャベル
[思考]:救いが必要な者達を救い出す/群を作りそれを護る

【Dr メフィスト】
[状態]:健康/生物兵器感染
[装備]:不明/針金
[道具]:デイパック(支給品一式・パン5食分・水1700ml)/弾薬
[思考]:病める人々の治療(見込みなしは安楽死)/志摩子を守る

【竜堂終】
[状態]:打撲/上半身裸/生物兵器感染
[装備]:コンバットナイフ
[道具]:なし
[思考]:カーラを倒し祐巳を助ける

[チーム方針]:放送を聞いた後、C−6へ向かう

※:メフィストと終の増加した装備について
針金はビルや病院で調達。弾薬とコンバットナイフは宗介の残した物です。
276吸血鬼は何処に消えた?(報告2/2) ◆eUaeu3dols :2005/12/15(木) 01:04:26 ID:UIIWQ11k
【A-3/ビル・二階外壁/一日目/18:00】
【小早川奈津子】 
[状態]:右腕損傷(殴れるまで十分な栄養と約二日を要する)/たんこぶ/生物兵器感染
[装備]:なし
[道具]:デイバッグ(支給品一式・パン3食分・水1500ml)  
[思考]:ビルの壁を壊して脱出したい。もがもが。
[備考]:約10時間後までになっちゃんに接触した人物も服が分解されます
     10時間以内に再着用した服も石油製品は分解されます
     感染者は肩こり、腰痛、疲労が回復します

【A-3/市街地/一日目/18:00】
【ボルカノ・ボルカン】 
[状態]:たんこぶ/生物兵器感染
[装備]:かなめのハリセン(フルメタル・パニック!) /ブルートザオガー(吸血鬼)
[道具]:デイパック(支給品一式・パン4食分・水1600ml)  
[思考]:我が華麗なる戦略的撤退を見よ!
[備考]:ボルカンの服は石油製品ではないので、生物兵器の影響はありません。

※:生物兵器について
約10時間後までに接触した人物の石油製品(主に服)が分解されます。
10時間以内に再着用した服も石油製品は分解されます。
感染者は肩こり、腰痛、疲労が回復します。
ボルカンの状態を以下に修正。

【A-3/市街地/一日目/18:00】
【ボルカノ・ボルカン】 
[状態]:たんこぶ/左腕部骨折/生物兵器感染
[装備]:かなめのハリセン(フルメタル・パニック!) /ブルートザオガー(吸血鬼)
[道具]:デイパック(支給品一式・パン4食分・水1600ml)  
[思考]:我が華麗なる戦略的撤退を見よ!
[備考]:ボルカンの服は石油製品ではないので、生物兵器の影響はありません。
278試行錯誤(思考索語)(1/5) ◆5KqBC89beU :2005/12/20(火) 18:44:18 ID:00HCLL5q
 遠くから爆発音が聞こえた。誰かが襲われているのだ。けれど、危険を承知の上で
様子を見に行けるだけの力も余裕も、今の淑芳にはない。唯一できる行動は、隠れて
体を休め、ただ歯を食いしばることだけだった。
 何か言いたげに顔を上げた陸が、開きかけた口をつぐみ、また元の姿勢に戻った。
 どんなに悔しくても、その思いだけで不可能が可能になるほど現実は甘くない。
 雨雲に覆われた空の下、海洋遊園地に潜んだまま、ぼんやりと彼女は考える。
 夢の中で御遣いは、ひとつだけ質問を許すと言った。
 御遣いが淑芳の質問に答えたのは一度だけだ。それ以外の発言は、ただ御遣いが
言いたかったから言っただけの、淑芳の問いと無関係な独り言に等しい。
 もはや御遣いは、淑芳の問いに答えを示していない。

 アマワ。

 あれは何だったのかと『神の叡智』に尋ねて、返ってきた答えはそれだけだった。
 たった一語だけの情報しか与えられなかった。
 何から何まで知ることができていたなら、その知識が夢に影響しただけだと、あんな
ものなど本当はこの島にいないのだと、そう信じられたかもしれない。
 該当する知識はないと答えられていたなら、あれはごく普通の悪夢だったのだと、
御遣いは空想の産物でしかないのだと、そう思い込めたかもしれない。
 最悪の返答だった。
 名前くらいは教えてやってもいいが、それ以外のことを教えてやる気はない、という
意思が込められた一語だ。主催者側の与えた『神の叡智』にこんな細工があった以上、
『ゲーム』の黒幕・アマワは実在しているとしか考えられない。
 淑芳は、眉根を寄せて溜息をつく。どう戦えばいいのか、彼女には判らない。
279試行錯誤(思考索語)(2/5) ◆5KqBC89beU :2005/12/20(火) 18:45:18 ID:00HCLL5q
 『神の叡智』には様々な異世界の情報が収められていた。だが、それらの知識だけで
この『ゲーム』から脱出するのは無理だ。『ゲーム』の中で役立てることはできても、
アマワを滅ぼす奥の手にはならない。呪いの刻印を自力で解除できるほどの切り札が
得られるはずなどなく、故郷へ帰るための鍵にもならない。
 『神の叡智』に収められた知識は、すべて主催者側も知っていることだ。そもそも、
『ゲーム』を妨害できるほどの情報を、主催者側が提供するとは考えにくい。敵から
贈られた知識を無条件に盲信するわけにもいかない。
 だいたい、ろくに使いこなせないような知識には、大した価値などない。
 未知なる世界の技について淑芳は調べてみたが、結果は快いものではなかった。
 彼女は術の達人ではあるが、異世界の技を何でもかんでも楽々と再現できるほどの
異常な才能は持ちあわせていない。故に、淑芳は攻撃などの難しい自在法を使えない。
同様に、カイルロッドの故郷にある魔法も難しくて使えないものの方が圧倒的に多い。
 ――高等数学の数式は、その意味を理解できない者にとっては単なる記号の羅列に
過ぎない――『神の叡智』の中には、そんな一文もあった。
 既知の術と系統の近い術はまだ比較的理解しやすいし、ごく簡単な技を習得するのは
それほど難しくあるまい。だが、習得できれば有利になるのかというとそうでもない。
やはり慣れない技は慣れた技よりも使い勝手が悪い。どういうわけか術が本来の効果を
発揮しない現状で、異世界の技を行使すれば、どんな異変が起きても不思議ではない。
制御を誤って自滅しては本末転倒だ。よほどの理由がない限り頼るべきではなかった。
 淑芳は、故郷で使われている術についても試しに調べてみた。すると、かなり複雑な
術の極意までもが詳細に解説され始めた。『神の叡智』を作った者は、天界の秘術まで
知っているのだ。あまりの衝撃に眩暈を感じ、淑芳は頭を抱えた。
 得られたものはあったが、それらを活かしきるには時間が足りなさすぎる。
 今までも使っていた術を少し改良するくらいならば可能だが、所詮は焼け石に水だ。
数十時間を術の改良に費やしても、本来の強さに遠く及ばない効力しか出せまい。
280試行錯誤(思考索語)(3/5) ◆5KqBC89beU :2005/12/20(火) 18:46:04 ID:00HCLL5q
 術関連以外の情報は、各異世界の一般常識が大半らしかった。特殊な武器や装置、
一部の者しか知らない裏事情などの知識もわずかにあるようだが、知っていたところで
どうしようもない内容がほとんどのようだった。
 さすがに『神の叡智』を隅から隅まで調べることなどできないので、これらの判断は
淑芳の故郷について、そしてカイルロッドと陸から聞いた話などについて検索して、
その上で推測した結論だ。当然だが、想像すらできないものを調べることはできない。
だから、未知なる知識が触れられぬまま隠されている可能性はある。だが、その知識を
想像できるような出来事が起きるまで、未知なる知識を得る機会はない。
 名簿に載っている名前についても淑芳は尋ねたが、該当する知識は存在しなかった。
得意技や弱点は勿論、顔や性別や背格好などもまったく判らない。
 支給品扱いの陸についても尋ねてみたら、そんな風にしゃべる犬もいるという答えが
返ってきた。陸の主であるシズに関しては、やはり何も言及されない。
 求められている茶番は、一方的な殺戮ではなく、あくまでも殺し合いであるらしい。
 『神の叡智』のおかげで、殺し合いに『乗った』者に襲われたときには多少なりとも
対処法が判るかもしれないが、戦闘中に知識をあさっていられる暇があるかは疑問だ。
それに、考えても無駄なことを考えていては命取りになりかねない。
 例えば、陸に教わったパースエイダーが他の異世界では銃などと呼ばれていること、
火薬で弾を飛ばす武器であることは理解できた。けれど、何らかの能力と組み合わせて
使われた場合、むしろ予備知識は悪影響を与える。いっそ何も考えずに逃げた方が賢い
といえるかもしれなかった。弾の破壊力を増すくらいは、いかにも誰かがやりそうだ。
弾道を曲げる程度の干渉は、意外でも何でもない。弾切れがあるという保証さえない。
 確信できない情報は、いわば諸刃の剣だった。
281試行錯誤(思考索語)(4/5) ◆5KqBC89beU :2005/12/20(火) 18:47:48 ID:00HCLL5q
 気になっていた疑問を、淑芳はさらに『神の叡智』へぶつけた。
 彼女の支給品だった武宝具・雷霆鞭は、どうやってか軽量化されてしまっており、
元の重さを感じさせなかった。天界の特殊な金属で造られた武宝具なので、神通力を
持たない者には重すぎるはずなのだが、この島で手にした雷霆鞭は、あたかも鉄製で
あるかのように軽かった。おそらくは主催者側の施した細工なのだろうが、どんな風に
そんな芸当をやってのけたのかと『神の叡智』に問うても、答えは不明の一点張りだ。
 この様子だと、神通力を持たない人間が他の武宝具を振り回して襲ってくる、などと
いった事態もありえる。事実、悪しき心を持つ者には使えないはずだった水晶の剣が、
野蛮そうな悪漢の手に握られていた、とカイルロッドは言っていた。支給品の武器には
総じて何らかの細工が施されているのかもしれなかった。
 呪いの刻印を解除する方法。弱体化の原因。この島がある空間。主催者側が持つ力。
いずれの事柄に関しても、よく判らないということしか淑芳には判らない。ある程度の
推測はできても、仮説を裏付ける証拠は相変わらず乏しいままだ。
 地下への入口にあった碑文の真意も、未だに判らない。けれど気づいたことはある。
 『世界に挑んだ者達の墓標』と書かれた石碑には参加者たちの名前が刻まれており、
第一回放送で告げられた死者の名前は、線を引かれて消されていた。
 墓標とは死者の名前を刻むための物だというのに、死者の名前が消されていたのだ。
あの犠牲者たちは『世界』に挑むことなく死んだ、ということなのだろう。『世界』に
挑めなくなった者の名前から消えていき、参加者全員が死んだとき、幾つかの名前を
残した状態であの墓標は完成するらしい。『世界に挑んだ者“達”の墓標』とあるので
優勝者の名前しか残らないというわけではなさそうだ。
 今までの犠牲者たちが挑めずに死に、これから誰かが幾人も挑むが、勝てずに死んで
いくしかない何か。あの碑文に記された『世界』とは、そういうもののことらしい。
 どんなに必死で虫けらが暴れようとも、蠱毒の壺は壊れない――そんな嘲りの意思を
垣間見たような気がして、淑芳は再び溜息をつく。
282試行錯誤(思考索語)(5/5) ◆5KqBC89beU :2005/12/20(火) 18:49:35 ID:00HCLL5q
 ゆっくりと、銀の瞳をまぶたが隠す。疲れきった心と体が、眠気を訴えている。
 薄れていく意識の片隅で、姉や友の無事を願いながら、彼女は睡魔に身を委ねた。


【F-1/海洋遊園地/1日目・17:20頃】
【李淑芳】
[状態]:睡眠中/服がカイルロッドの血で染まっている
[装備]:呪符×23
[道具]:支給品一式(パン8食分・水1600ml)/陸(睡眠中)
[思考]:麗芳たちを探す/ゲームからの脱出/カイルロッド様……LOVE
    /神社にいる集団が移動してこないか注意する
    /目が覚めたら他の参加者を探す/情報を手に入れたい
    /夢の中で聞いた『君は仲間を失っていく』という言葉を気にしている
[備考]:第二回の放送を全て聞き逃がしています。『神の叡智』を得ています。
    夢の中で黒幕と会話しましたが、契約者になってはいません。
283イラストに騙された名無しさん:2005/12/29(木) 02:27:01 ID:L1jnDJAe
保守
284イラストに騙された名無しさん:2006/01/06(金) 00:07:16 ID:f0ru4tsT
hosyu
285天使は愚神を抱き眠る ◆R0w/LGL.9c :2006/01/10(火) 20:09:36 ID:vBjAQUHS
「わあぁぁぁ☆」

「水族館だよ!」

「でもいまいち寂れてるよ」

「盛り上げればいいや♪」

 ぴぴるぴるぴる♪ ぴぴるぴるぴる♪

 ぴぴるぴ━━━━━━━━━━━♪

皆さんこんにちは。またかよっ!って突っ込まれても知りません。僕は壁君やイド君とは別物ですから。
あ、今僕のこと水族館君とか思いました?思いましたでしょ?
残念。ブー。ボッシュート。
僕にはちゃんとかっこいい名前があります。

シームレスパイアス
〈愚神礼賛〉

よく『ぐしんれいそん』と間違われますが『ぐしんらいさん』です。
そう、僕はドクロちゃんの簡易魔法バットとして活躍中の愚神礼賛なのです!
286天使は愚神を抱き眠る2 ◆R0w/LGL.9c :2006/01/10(火) 20:10:11 ID:vBjAQUHS
で、強引に話を戻させていただきます。ここは水族館。長い、トンネルを抜けるとそこは水族館でしたってやつです。
実際はトンネルではなく地下道で、出た場所は倉庫だったのですが、まあいいか。
倉庫から続くドアに入るとそこは水族館だったわけです。
そう、F-1とD-1は海洋遊園地。その地下は水族館を組み合わせた海中レジャー施設なのです。
現在ここの照明がフルに使われて楽しい音楽は鳴り響き、魚ゴーランドはくるくる回ってます。
ドクロちゃんがやりました。
ドクロちゃんは天使の力を使い、この水族館の電気系統を復活させ、アトラクションを起動させてしまったのです!
その件の片棒を担いだ──いやお手伝いさせてもらった僕も鼻高々の結果です。
ここしばらくまともな魔法が使えなかったドクロちゃんでしたが、今回は結果に満足しています。
「よぉ───し、遊ぶぞ───!!」
ドクロちゃんは早速魚ゴーランドに向かいました。
メリーゴーランドの魚版、といったところでしょうか。
回り続けているお魚さんに、搭乗口からタイミングを計って飛び乗りました。成功。
ごっとんごっとんごっとんごっとん…………
「きゃっ……この振動は……」
どどどdドクロちゃんの表情が艶っぽくぅぅぅぅ!?
その振動に一体どのような意味が!
ドクロちゃんは腰を若干くねらせながら言を紡ぎます。
「は、激しいよぉ………」
ウォぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!
あっちゃん僕もう我慢できません!
心の中で真の持ち主あっちゃんがアドバイスをくれます。
【考えるな感じろっちゃ!】
はい当てにならない。消えろ。
287天使は愚神を抱き眠る3 ◆R0w/LGL.9c :2006/01/10(火) 20:11:15 ID:vBjAQUHS
とりあえず僕に出来るのはドクロちゃんが新たな快感に目覚める前にこれから降ろすことです。
するりとドクロちゃんの掌から落ちます。ぼちゃん。
ゴーランド魚の泳ぐ水槽に落ちた僕を拾おうとドクロちゃんが身を乗り出します。

ごっちん☆

柱に頭を打ち付けました。そのまま落馬。……落魚? とにかく降ろすことには成功。
「いゃああああぁぁぁぁぁぁぁ!?」
ドクロちゃんは落馬後、さらに後続魚に轢かれました。ああああああそこまで考えてなかった……
なんとか安全地帯に這い出てきたドクロちゃんは頭の上に星と小鳥を散りばめて、要するにピヨリ状態です。
…降ろすのには成功したからいいか。僕も水槽からはじき出されます。
ピヨリから目覚めると彼女は僕を杖にして起き上がりました。目には闘志の炎が燃えてます! 中継はいります!

バッタードクロ、いま棘バットを引っさげ満員の球場に現れました!
マウンドに入ります。いやー怖いですよ解説のイドさん。何せ彼女は──イドさん? ああすいません貴方も被害者でした。
さあーバッター構えた! これは初球で来るでしょうねー外野はバックしていきます!
打ったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!
288天使は愚神を抱き眠る4 ◆R0w/LGL.9c :2006/01/10(火) 20:11:47 ID:vBjAQUHS
「服、乾かさなくっちゃ……」
ドクロちゃんは水を滴らせながら壁に貼ってある園内地図を見ます。
魚ゴーランドは、哀れ粉々に砕け散りました。原子分解とか意味消滅とかそういうレベルです。流れ出た水は排水溝へ。
一角がバイオレンスになったレジャー施設ですが、明るい音楽は絶えずに流れています。回りへの影響は無さそうです。
やおらドクロちゃんは休憩室を見つけ、中にある乾燥機に服を突っ込みましぶぁぁぁぁぁ!!
裸です! 全裸です! いやああああ僕の視覚情報かムラムラかどっちでもいいから消え去れぇぇぇぇ!
目の前でドクロちゃんの尻が左右に揺れてます。なんとエロくて丸い尻でしょうか!さらに───
-以下30行ほど削除-
あっちゃん助けて! 僕はもう棘の先から金色のキラキラした液体(イメージ)がぴゅーぴゅー飛びそうです!
【さあて、零崎を始めるっちゃ】
ああ御免取り込み中だった?

ぴぴる ぴる ぴる ぴぴるぴ〜♪

「スクール水着ぃ♪」
ドクロちゃんは僕を振り回しスクール水着を召還しました。ああよかった。
乾燥機を回したままドクロちゃんは再びレジャー区画へ。
しかしまあこういう施設に来たら彼女はてっきり『一人じゃつまんない!』って怒り出すかと思ったんですが。
なかなかどうして、工夫されてて彼女一人でも飽きない設計になっていました。
例えば。
289天使は愚神を抱き眠る5 ◆R0w/LGL.9c :2006/01/10(火) 20:12:18 ID:vBjAQUHS
〈体験コーナー〉
これは添え置きの試作型機殻剣「阿武さん」を使って次々と襲ってくる炎の矢(フレア・アロー)とか火蜥蜴(サラマンダー)とかを切り倒していくゲーム。
ドクロちゃんは持ち前の反射神経を使ってハイスコアをたたき出しました。ああもちろん怪物や炎は幻……だと思います。
二、三匹僕で殴り倒していましたが。

〈映写コーナー〉
ここは映画館を縮小したようなところです。
流れてるビデオは「SSW入門」なにやらカジキマグロやサバを担いでドツキあいしている人たちが写されています。
ああドクロちゃんドクロちゃん目を輝かしてるよ! 相手は変態だよ!
その後近くの水槽に飛び込みカジキマグロを追いかけてました。

〈ゲームコーナー〉
ここはゲームコーナー。
見ての通り、まず大きな乗り物が目に付きます。
説明をドクロちゃんと見ます。
【海中戦闘機リヴァイアサン:シミュレーション】
ゲーセンによくあるバイクマシンみたいなものでしょうか。
躊躇い無くそれに乗り込み、操作しだしました。
魚雷と単分子カッターを駆使して新型潜水艦を見事撃墜したことだけを報告しときます。
290天使は愚神を抱き眠る6 ◆R0w/LGL.9c :2006/01/10(火) 20:12:50 ID:vBjAQUHS
「あれはなにかな!」
ドクロちゃんは今度は大きなモニターに飛びつきました。
あっち行ったりこっち行ったり……遊園地に連れて行かれるお父さんの気持ちが分かったような気がします……
「ん〜なになに……沈没船宝探しゲーム、沈没船の中には豪華財宝が……あ〜! エスカリボルグもあるかな!?」
どうやら島の北東にある船の中にあるお宝を探すアドベンチャーゲームのようです。
ドクロちゃんは近くにあるスイッチを見つけます。
「【右の赤いスイッチを押すと沈没船が遊園地まで来ます※故障中です!】……直せるかな?」

ぴぴる ぴる ぴる ぴぴるぴ〜♪

しーん。
ドクロちゃんが一秒間16連射しますがボタンは直ってる気配がありません。
むー!と僕を恨めしそうに見ます。だって僕魔法のバットじゃないですもん……
諦めずにドクロちゃんは僕を振ります。あんまり無理しないほうが…

ぴぴるぴ─────!

<ガシャっ!!>っとドクロちゃんはとうとうスイッチを殴り壊してしまいました。
粉々に為ったマシンが散乱します。
291天使は愚神を抱き眠る7 ◆R0w/LGL.9c :2006/01/10(火) 20:13:27 ID:vBjAQUHS
ぴぴる〜♪

部品が動き出しました! 魔法が通じたようです!
それぞれの部品が意志があるように組み合わさっていきます。さながら巻き戻しのように。
そしてついに部品が元のマシンに戻りました。ドクロちゃんはボタンに指をかけます。
かちり。
モニターに映っていたオンボロ船が光を取り戻しました。それは黒い煙をはきつつゆっくり動き出します。
「やったぁ!」
ドクロちゃんも大満足。僕も嬉しい限りです。しかし無理やり魔法使って大丈夫でしょうかドクロちゃん。
「よぉし、じゃあこのお船が来るまでここで遊ふぉあぁ?」
ドクロちゃんは急に頭を抱え壁に手を突きました。どうしたの?
「あれ? なんか、気分が……さっきの部屋まで、戻ろ……」
ドクロちゃんはよたよたした足取りで休憩室まで向かいます。顔色は蒼白になってます。ああ言わんこっちゃ無い!
部屋に入った途端近くのソファーに倒れこみました。息も荒く、見てられないほど弱気な表情です。
292天使は愚神を抱き眠る8 ◆R0w/LGL.9c :2006/01/10(火) 20:14:03 ID:vBjAQUHS
「はぁ……なんか、疲れたね」

「おかしいな…まだまだ、遊べるのに」

「桜君、なんだかとっても、     だよ」

「なんでだろ」

「おかしいよね」

「さく、ら……く」

ドクロちゃんは瞼を閉じました。
彼女の意識はそこで途切れ────。
休憩室には天使が一人。乾燥機は相変わらずからから彼女の服を乾燥させています。
からからからからと。
293天使は愚神を抱き眠る9 ◆R0w/LGL.9c :2006/01/10(火) 20:14:35 ID:vBjAQUHS
え? なんだって?
いや別に死んでませんよドクロちゃん。天使パワー使いすぎて疲れたのでしょう。今は僕を抱いて可愛い寝息を規則正しく繰り返してます。

いてっ石投げないでっ!

【E-1/地下休憩室/1日目・17:00頃】

【ドクロちゃん】
[状態]:睡眠中。天使パワー使いすぎて眠い。足は大体完治。
[装備]:愚神礼賛(シームレスパイアス)
[道具]:無し
[思考]:エスカリボルグを探さなきゃ! zzzz…

※16:00頃から遊園地地下のレジャー施設が起動しました。
 地下の音などは地上に漏れない設計になっています。
 遊園地内から何箇所か入り口があります。
 B-8の船が島の周囲を時計回りに遊園地に近づいてきます。20:00到着予定。
294イラストに騙された名無しさん:2006/01/12(木) 14:46:57 ID:23I5NMRe
295吸血鬼、吸血姫、殺人鬼。:2006/01/18(水) 23:21:48 ID:yllIPX8k
夜の道路を走る影が一つ。闇を切り裂き、ただ一点のみを見て走り続ける。
影の名はシャナ。殺気を噴出しながら遠くに見えるバイクを追っている。万全の状態ならあるいは追いつけたかもしれないが、しかし彼女は傷を負っていた。心に深い傷と、より深刻な肉体の変化という傷を。
マンションが見える。自分が先ほどまで休んでいた場所だ。あんな、あんな、あんなことになっているなんて知らずに。
「殺す、殺す、殺す殺す殺す殺す殺す!」
シャナは咆哮しながら走る。マンションから保胤が出てくる。只ならぬ事態を察知したのか、「いったん止まれ!」などと大声をかけてくる。
一旦?そんな暇はない、あいつに逃げられたら悠二になんと謝ればいいのだ。
シャナは自分を体で止めようとした保胤を力任せに弾き飛ばし、その勢いで道路を外れてしまった。さらに加速していたので6回点半ほど地面を転がって、何か硬いものにぶつかってやっと止まった。
(すぐに引き返してあいつを――――!!?)
眼前には湖が広がっており、そして眼下には血が、男の死体が転がっていた。心臓を貫かれたようで、もうかなり血は固まっている。だが吸えないほどではない、シャナは刹那まるで宝物でも見たかのように目を輝かせたが、首を振って自分に言い聞かせる。
(今は駄目、泣き叫ぶあいつを殺して血を最後の一滴まですすりつくし、それから悠二に――)
シャナは最後まで考えずに、弾かれたように道路へと戻り、道路に仰向けになって気絶している保胤には目もくれずに走り出した。
その姿は美しい少女のままだったが、もはや心は血を見ても「吸いたい」としか思わない、吸血鬼へと変わっていた。
吸血鬼は走る。その心にわずか残した人間の一部、それを殺した者の元へ。

296吸血鬼、吸血姫、殺人鬼。:2006/01/18(水) 23:22:36 ID:yllIPX8k

「かなめ・・・何だその釘バットは」
宗介は散歩の前にトイレに行きたいと言って帰ってきたかなめの持つ物騒な凶器を見て言った。
「教会の前に落ちてたの。護身用に持っとこうと思ってね」
ぶううん!!と釘バットを振ってにっこり笑うかなめ。
「うん、ハリセンより調子いいかも」
(・・・と言うことはあれで殴られる可能性があるのか)
「どうしたの?早く行かないとおいてかれるわよ!」
「あ、ああ」
宗介はかなめを追いかけて美姫たちに着いていった。

「む?」
先頭を歩いていた美姫が歩みを止め、小さく声を立てた。
「どうした?」かなめを気遣いながら歩いていた宗介が不審そうに聞く。
「ふふ、散歩を始めてよかったわ。私がかなめと同じく吸血鬼にした者が近づいてきておるぞ」
「え、私以外にもそんな人がいるんですか?」
普段の口調が少し戻ったものの、流石に敬語で話しかけるかなめ。
「うむ、このゲームの開始直後に戯れにな。まあ、あちらから誘われてきたのだが」
「何故わかるんだ?」
宗介の言葉に、嘲笑とともに美姫は答える。
「愚か者。主語は明確にせんか。ふむ、なるほど、お前の考えているような事ではない、ただの匂いじゃ、私の血のな」
たやすく自分の心の中を読まれ、宗介はいつぞやを思いだして一瞬言葉に詰まったが、かまわずもう一つ気になっていることを聞こうとする。だが、それは轟音によって中断される。前を見ると、一台のバイクにまたがった男がこちらに向かってきている。
「アシュラム、少し待て、奴がどのような行為に出るか興味がある」
青龍堰月刀を抜いて構えようとしていたアシュラムを言葉一つで制すると、美姫はバイクを停めて此方をうたがっている男に向かって声をかけた。
「追われておるのか?」
297吸血鬼、吸血姫、殺人鬼。:2006/01/18(水) 23:23:28 ID:yllIPX8k

男、零崎人識はこの島のほとんどの人間が目を奪われるであろう美姫の美貌に、そしてオーラに呑まれることなく飄々と答える。
「ああ、今ちょっとそこで人を殺したんだが、そいつの仲間に追われてる。とある男の助言で説得を試みたんだが、ほら、えっと、なんだっけ、喋るバイク君」
「エルメスだって・・・・餅つく暇もない、だよきっと」
「そうそれ。で、ずっと追われてる訳よ。そっちに殺りあう気がないなら、通してくれねーか?殺りあう気があっても俺は逃げるけどな」
かはははっ、と嗤う男に美姫以外の3人は驚愕する。こんなゲームの中で初対面の相手に殺人をカミングアウトしたことに対してか、バイクが喋ったことに対してなのかは三者三様だったが。
「ほう、その殺した奴の仲間と言うのは女学生か?」
「ん、女だったが、可愛い可愛い学生さんって言うにはちょっと我が強いな。問答無用で殺しに来たし・・・って、こんなこと喋ってる場合じゃねえんだ、もう行くぜ」
「待て。説得したいといったな?私が協力してやろう」
美姫から出た意外な言葉に、喋るバイクに乗ろうとしていた零崎も、宗介もかなめも、アシュラムですら信じられないという風に表情を変える。
「質疑は受け付けぬ。―――――零崎とやら、この道路を道沿いに進んだすぐそこに教会がある。そこで待っておれ」
「あ?いや、でもよ、あいつは――――」
「二度は言わん、安心しろ、我が強い女をねじ伏せるのは私の得意分野だからの」
「・・・・・・・・・・・・」
これ以上何を言っても無駄だと感じたのか、言葉の端に怪しい感じを受けたのかはわからないが、零崎はじゃあ、頼むぜ
とだけ言い残して道路を走り去った。
298吸血鬼、吸血姫、殺人鬼。:2006/01/18(水) 23:25:18 ID:yllIPX8k
「―――――、どういうことだ?」
男が去った後、宗介は美姫に問いかけた。
「まあ、そなたの言いたいことはわかる。心を読まずともな」
楽しそうに笑いながら、美姫は答える。
「人助けをしている場合ではない、か?」
「ああ、メリットが期待できないどころか、仲間を殺されて怒り狂っている者を第三者が説得するなど、不可能だ。明らかにデメリットのほうが大きい」
宗介の正論を、しかし美姫は一笑に付す。
「第三者ならそうかも知れんがな、おそらくその女は私の血を受けて吸血鬼になった者であろう。そうであれば【制御】は簡単だし、そうでなかったとしても、力でねじ伏せるのみよ。かなめはお前が守ってやるがよい」
「――――ああ、わかった」
「それにしてもあの男、零崎人識。実に面白い。あそこまで闇に満ちた心を見たのは久方ぶりよ」
「闇?」
かなめがその言葉に反応する。闇と言う言葉は、どちらかと言えば美姫が他人に言うよりはその逆の、と思ったからだ。
「そう、少し心を覗いただけでも常人なら発狂するほどのな。奴の心に一刹那見えた鏡のような存在とやらにも、いつか会いたいものだ」
叶うはずもない願いを抱きながら、吸血姫はまもなく来るであろう自己と同種の存在を待ち構える。
さながら、きまぐれに谷から突き落とした子獅子が大きく成長して帰ってくるのが楽しみで仕方ないとでも言わんばかりに。
299吸血鬼、吸血姫、殺人鬼。:2006/01/18(水) 23:26:04 ID:yllIPX8k
「ねえ、教会に行かなくてもいいの?」
「ああ、初対面の人間は信用するなって大将に言われててな」
ある程度先ほどの場所から離れた、しかし美姫たちの姿はうかがえて且つあちらからは気づかれにくいと言う森の一角を容易く見つけた零崎はそう嘯く。放送が流れているが、特に気にしない。
「それに、あの女―――」
「うん、名乗ってないはずなのに君の名前を知ってたね」
エルメスは長い間キノと旅を続けてきた。キノが他の旅人や国の住人と会話しているとき、何もしてないしなにもできないので、自然と他人の話をよく聞く癖がついていたのだ。
キノも用心深いところがあったので、エルメスは目の前の軽薄そうな男とキノの意外な共通点に驚いていた。
「いや、なんか雰囲気エロかったな」
「きみをキノと一緒にしたことを謝りたい、キノと、後、善良なる読者の皆さんに」
「なんだそりゃ、戯言か?よし、お前を戯言使い2世と呼ぶことにしよう、これで解決だ」
「そんな格好悪い肩書きはいやだよ―――何やってんの?」
零崎はエルメスが講義しているのを全く聞かず、寝転がって本を読み出した。
「何か動きがあったら教えてくれ、さっきからずっと内容忘れて気になってる処があったんだ」
「・・・ボージャック夫人!! 」
「そうそれ」

――――――殺人鬼は、あくまで悪魔のように傑作だった。
300吸血鬼、吸血姫、殺人鬼。:2006/01/18(水) 23:27:15 ID:yllIPX8k

【C-6/道/1日目・17:56】


【シャナ】
[状態]:火傷と僅かな内出血。悪寒と吐き気。悠二の死のショックと零崎の戯言で精神不安定。
     吸血鬼化ほぼ完了。それに伴い憎悪・怒りなどの感情が増幅 、吸血衝動(自分の力でまだ抑えられなくもない)
[装備]:贄殿遮那
[道具]:デイパック(支給品一式(パン6食分・水2000ml))
[思考]:1-零崎を追いかけて殺し、血を吸う
     2-殺した後悠二を弔う
     3-聖を倒して吸血鬼化を阻止する (希薄)

[備考]:内出血は回復魔法などで止められるが、体内に散弾片が残っている。
     手術で摘出するまで激しい運動や衝撃で内臓を傷つける危険有り。

【慶滋保胤】
[状態]:不死化(不完全ver)、気絶(すぐに回復する程度)
[装備]:ボロボロの着物を包帯のように巻きつけている
[道具]:デイパック(支給品一式(パン6食分・水2000ml))、「不死の酒(未完成)」(残りは約半分くらい)、綿毛のタンポポ
[思考]:静雄の捜索及び味方になる者の捜索。 島津由乃が成仏できるよう願っている。
     シャナの吸血鬼化の進行が気になる。あと30分後に由乃の綿毛を飛ばす。

301吸血鬼、吸血姫、殺人鬼。:2006/01/18(水) 23:27:51 ID:yllIPX8k
【D-6/教会前道路/1日目/17:58】

【相良宗介】
【状態】健康。
【装備】なし
【道具】なし
【思考】どんな手段をとっても生き残る 、かなめを死守する


【千鳥かなめ】
[状態]:通常
[装備]:エスカリボルグ
[道具]:荷物一式、食料の材料。鉄パイプのようなもの。(バイトでウィザード「団員」の特殊装備)
[思考]:宗介と共にどこまでも


【美姫】
[状態]:通常
[装備]:なし
[道具]:デイパック(支給品入り)
[思考]:まもなく現れる同属への説得(手中に収める)。零崎に興味。
(美姫はシャナのことをおそらく聖だろうと思っています。放送3分後ほどに接触。)

【アシュラム】
[状態]:健康/催眠状態
[装備]:青龍堰月刀
[道具];冠
[思考]:美姫に仇なすものを斬る/現在の状況に迷いあり
302吸血鬼、吸血姫、殺人鬼。:2006/01/18(水) 23:28:34 ID:yllIPX8k

【c-5/教会裏の森/1日目/18:01】
【零崎人識】
[状態]:全身に擦り傷 疲労
[装備]:自殺志願  エルメス
[道具]:デイバッグ(地図、ペットボトル2本、コンパス、パン三人分)包帯/砥石/小説「人間失格」(一度落として汚れた)
[思考]:シャナが美姫たちに接触するまでは読書、事がどう運んでも一旦は佐山たちと合流しようと思っている。
一応もう一度シャナを説得しようとは思っている。

[備考]:記憶と連れ去られた時期に疑問を持っています。
303吸血鬼、吸血姫、殺人鬼。◇yllIPX8k:2006/01/18(水) 23:40:48 ID:yllIPX8k
トリップっす。
304吸血鬼、吸血姫、殺人鬼。 ◆B.KZUEhlgg :2006/01/19(木) 00:14:03 ID:iGievHCY
保胤の状態を以下に修正。
【慶滋保胤】
[状態]:不死化(不完全ver)、気絶(すぐに回復する程度)
[装備]:ボロボロの着物を包帯のように巻きつけている
[道具]:デイパック(支給品一式(パン6食分・水2000ml))、「不死の酒(未完成)」(残りは約半分くらい)
[思考]:静雄の捜索及び味方になる者の捜索。
     シャナの吸血鬼化の進行が気になる。

後トリップの意味知らなかったので改正 たびたびスマソ
305 ◆B.KZUEhlgg :2006/01/19(木) 23:46:15 ID:iGievHCY
議論版の修正スレに修正版投下しました
306イラストに騙された名無しさん:2006/01/28(土) 22:09:15 ID:2GW+E1fZ
保守
307Fake&Liar ◆jxdE9Tp2Eo :2006/02/01(水) 20:39:22 ID:0+5Df8my
「たすけてぇ!!」
密室に千絵の悲鳴が響く。
ベッドサイドには割り箸を組み合わせて作った十字架を持ったリナの姿。
「いやぁぁぁぁ、お願いこれ以上それを近づけないでえ!!」
喚く千絵の顔を見るリナの瞳が加虐に酔っていく。

「そう…でもね、アメリアはもっと…」
そう言って千絵の足に十字架を押し付けようとしたリナだったが。
「もういいでしょう」
保胤が寸でのところでリナを制止する。
「でもっ!」
「しっかりしてください、恨みを恨みで重ねればそれこそ思う壺です」
その言葉にはっ!と保胤の方を振り向くリナ。
その通りだ、憎しみを加速させることこそ奴らの狙い、わかっていたはずではないのか。
だが、それでも目の前の吸血鬼がアメリアを殺したかもしれない…そう思うと怒りを抑えることができない。
リナの拳がふるふると震え、ギリッと噛み締めた歯が軋む音がはっきりと聞こえる。
「あんたが代わりにやって…」
そう保胤に向かって呟くとリナは壁にもたれかかり、ため息をひとつついた。
「ご存知のことをすべて話していだだけますね」
保胤の言葉に、千絵は力なく頷いた。

「そんじゃアンタも噛まれたわけね」
保胤とリナの質問に千絵は逆らわず淡々と応じていく。
「はい…噛まれる前の事とかは正直覚えてないですけど」
「で、噛んだのがその聖って女ね、あいつがご主人様?」
ご主人様という言葉に嫌悪の表情を見せる千絵。
308Fake&Liar ◆jxdE9Tp2Eo :2006/02/01(水) 20:39:57 ID:0+5Df8my
「そういう意味じゃなくって、あいつが伝染源なのかってことよ」
「違うと思います…あの女も噛まれたみたいですから」
「なるほど…」
「その聖さんを噛んだ方のことは聞いてらっしゃいますか?」
「はっきりとは…でもマリア様よりも美しい方と言ってました」
「マリアってことは女?」
「はい、あの女はレズなので」
リナはシャナに牙を突き立てた聖の恍惚の表情を思い出して、頷く。

「そう…わかったわ」
それだけを言うと、リナはもう用は済んだとばかりにまた千絵の傍を離れる。
だが、やはりその握られた拳は小刻みに震えていた。
リナが部屋から出て行ったのを確認し、保胤は千絵にまた質問する。
「お体は大丈夫でしょうか?」
もうこの少女は魔物と変じている、そう知ってながらも保胤には迷いがあった。
もしかするとまだ手段はあるのかもしれないと。
「足元が寒くて…毛布ありませんか?」
だから、千絵の言葉に頷くと保胤は毛布を千絵の体にかぶせてやり、リナに言われたとおり
手製の十字架を枕元において、部屋から退出していった。
309Fake&Liar ◆jxdE9Tp2Eo :2006/02/01(水) 20:40:32 ID:0+5Df8my
「もう…こんな時間ですか…」
保胤は手に持ったタンポポの綿毛を夜風に空かす。
もう太陽は霧の中最後の一片を地平線の彼方へ隠そうとしている。
そして…淡々と死亡者の名が告げられる中…保胤は結論を出した。
もう、これ以上は無理だと…自分の気持ち一つで彼女をまだこの世界に留めてはおける。
だが…肉体を失った魂は容易く怨念に取り込まれる、それは自分自身何度も見て経験したことだ。
…摂理には従わねばならない。
「貴方は死んでいるんです…さようなら」
それだけを呟き、保胤は綿毛を夜空に飛ばした。

「急ごう、もう日が暮れる」
霧の中静雄と由乃は落ち着ける場所を探していた…だが。
由乃の動きが急に止まり、その体が小刻みに震えだす。
「おい…?」
由乃の背中をさすろうとして、ああコイツは幽霊だったなと思い直す静雄だが。
ここで重大なことを思い出す…時計を見るのを忘れていた、今の時間は…。
「もう時間が来たみたい」
苦しげな息の中で途切れ途切れに話す由乃。
それを愕然とした面持ちで見る静雄、確かに最初に出会ったときからその話は聞いていた。
だが、この3時間強の時間の中でそのことはいつしか忘れ去られていた。
310Fake&Liar ◆jxdE9Tp2Eo :2006/02/01(水) 20:41:11 ID:0+5Df8my
それほど静雄にとっては由乃の存在は有意義で、そして心地よいものだったのだ。
生まれ持った肉体と粗暴な性格のため、仲間らしい仲間もほとんどおらず。
そのやるせない気持ちを暴力という望まぬ形でしか発散できなかった、
そんな哀れな男が初めて誰かに必要とされた…今ならわかる、時間を見るのを忘れていたんじゃない、
時間を見るのが恐ろしかった、この時間を失うのが恐ろしかったのだ。
静雄はなんとか引きとめようと、由乃の手を力いっぱい握り締めようとするが、
その手はむなしく空を切る、そして…
「……!」
由乃は何かを最後に静雄に向かい叫ぶ、だがその声が届く前に…島津由乃は天に還った。

「おい…さっき何って言ったんだよ…なあおい」
由乃が消えた場所にへたり込み地面を掻き毟る静雄。
「なんで!なんで!なんで殺しやがった!!まだそこにいてまだ話せてたんだぞ!!」
確かに理屈ではわかる、だが静雄にとって由乃は体が存在しないだけで、その一点を除けば、
生々しい、まさに生きた存在だった。
どんな理由があるのかは知らない、知りたくもない。
「時間が来たらハイそれまでよか!だったら中途半端に勝手に生き返らせるな!畜生がっ!!」
怒りの赴くままに静雄は近くの大木を次々と蹴り倒していく。

この島で誓ったことを忘れたわけじゃない、誰かのためにこの力を使いたい気持ちに偽りはない。
だが…それでも由乃を生き返らせて、そしてまた殺した由乃が言うところの平安時代の男だけは許せない。
せめて一撃くれてやらんと収まらない。
(平安時代ってどんなんだったか?まぁいいや、俺がそう思えばそいつが平安時代だ。)
311Fake&Liar ◆jxdE9Tp2Eo :2006/02/01(水) 20:42:26 ID:0+5Df8my
一方のリナは来たるべき戦いについて思案していた。
セルティにも聞いたが、どうやら多少の差異こそあれ吸血鬼の弱点・習性はどの世界でもほぼ共通のようだ。
ならば…吸血鬼は強大な魔力を持ち、自らを王とまで誇っている。
…だがその強大さと引き換えに弱点の多さでも知られている、
だから奴らは隠れるように古城の中に息を潜め暮らしているのだ、正直、自分の敵ではない。
『本当に来るのでしょうか?』
「下僕同士はともかく、吸血鬼は仲間意識が強い種族よ…必ず取り戻しにやってくるわ」
セルティの質問に即答するリナ、仲間意識だけではなく、奴らはプライドも必要以上に高い、
自分の下僕が虜になったと悟れば必ず来る…、ましてその大っぴらな吸血ぶりから考えて、
自分の弱点を知るものがいないとでも思っているのだろう。
「殺すのかって?違うわ、まだ殺さない」
自分たちの世界の吸血鬼と違い、聖や千絵らはある種の呪縛のようなもので吸血鬼と化している。
親玉ならばその呪縛を解除することも出来るはずだ。
単に殺すだけでは一緒になって滅んでしまうかもしれない、それを確かめなければ。
「大丈夫よ、そいつの魔力がどんなに強くても、奴らには決して逃れ得ない弱点があるもの」

しかし…リナは思い違いをしていた。
十字架もにんにくも千絵には何の脅威にもなっていなかったのだ。
残酷なようだがリナが千絵に十字架を押し当てるところまで行っていればそれとすぐに看破できたのだが、
これも運命の悪戯だろうか?
千絵は天井を眺めながら心の中であざ笑う、リナの性格はアメリアから聞いていた。
頭は切れるが早合点で自信過剰という話はどうやら間違いないようだ。
だが、ここまで頭に血が上りやすいとまでは聞いてなかった。
おかげで聖に全責任を押し付けるという計画は取りやめるしかなかった。
あの調子だと自分まで共犯者にされてしまう、なら自分も彼女も被害者として説明し、
会ったこともないマリア様とやらに責任をかぶってもらう方がまだマシだろう。
312Fake&Liar ◆jxdE9Tp2Eo :2006/02/01(水) 20:43:26 ID:0+5Df8my
そして千絵は毛布で隠された足元をぎこちなく動かしている。
「ええと…ビデオではこうやってたかな」
最近学び始めた護身術、そのビデオの中に紹介されていた縄抜けの方法を千絵は実践しようとしていた。
そしてそんな彼女の首筋には、もう傷はなかった。

【C-6/住宅地のマンション内/1日目/18:00頃】
『不安な一室』
【リナ・インバース】
[状態]:平常
[装備]:騎士剣“紅蓮”(ウィザーズ・ブレイン)
[道具]:支給品二式(パン12食分・水4000ml)、
[思考]:仲間集め及び複数人数での生存。管理者を殺害する。
     吸血鬼の親玉(美姫)と接触を試みたい。
     

【セルティ・ストゥルルソン】
[状態]:疲労から回復
[装備]:黒いライダースーツ
[道具]:携帯電話
[思考]:静雄の捜索及び味方になる者の捜索。


【慶滋保胤】
[状態]:不死化(不完全ver)、疲労は多少回復
[装備]:ボロボロの着物を包帯のように巻きつけている
[道具]:デイパック(支給品一式(パン6食分・水2000ml))、「不死の酒(未完成)」(残りは約半分くらい)
[思考]:静雄の捜索及び味方になる者の捜索。 シャナの吸血鬼化の進行が気になる。
313Fake&Liar ◆jxdE9Tp2Eo :2006/02/01(水) 20:44:56 ID:0+5Df8my
【海野千絵】
[状態]:吸血鬼化完了(身体能力向上)、シズの返り血で血まみれ、厳重な拘束状態からの脱出を実行中
[装備]:なし
[道具]:支給品一式(パン6食分・シズの血1000ml)、カーテン
[思考]:チャンスを見計らい脱出、聖を見限った。下僕が欲しい。
     甲斐を仲間(吸血鬼化)にして脱出。
     吸血鬼を知っていそうな(ファンタジーっぽい)人間は避ける。

【H-5/砂浜/1日目・18:00】
【平和島静雄】
[状態]:下腹部に二箇所刺傷(未貫通・止血済)
[装備]:神鉄如意
[道具]:デイパック(切り裂かれて小さな穴が空いている、支給品一式・パン6食分・水2000ml)
[思考]:由乃の伝言を伝える。セルティを捜し守る。クレアを見つけ次第殺害。
    保胤を見つけてぶん殴る。(由乃からは平安時代風の男の人としか聞いてません) 

【島津由乃:成仏】
314魔剣の行方 ◆685WtsbdmY :2006/02/03(金) 22:45:41 ID:LGENxA6r
 地上への階段と、南北に伸びる通路。そのどちらにも人気が無いことを確認し、ピロテースは床に腰を下ろした。学校を出発してから三時間。結局、アシュラムの所在についての手がかりは何も得られぬまま、ただ時だけが過ぎていった。
 正直、焦りが無いわけではない。本音を言えば、今この時間も捜索に費やしたいところではある。だが、クリーオウとの約束を破る気がない以上、それは諦めるほか無かった。
 そして、いったん諦めてしまえば頭も冷える。休むといってもあと二時間も無いし、この付近で探すあてといっても城の内部しか残っていない。今は無理をせずに城内探索に備え、他の者たちが来るまでこの場所の安全を確保することも自分の役割のうちと割り切ることにした。
 それまでの間に、今回の探索行についてまとめておくのも悪くはない。
 ピロテースは鞄から水のはいったボトルを取り出してふたをひねった。すでにぬるくなった水を、少しずつのどに流し込んでいく。

 学校を出たのは昼過ぎ。南に向かってE2から森へ入り、F4への移動を急いだ。
 人の移動を見るには、F4やF5の森は都合の良い場所だ。雨が降り始める前に、そこでの探索を終えておきたかった。

                   ○

315魔剣の行方 ◆685WtsbdmY :2006/02/03(金) 22:47:14 ID:LGENxA6r
 何か、張り詰めたものが脚に触れるのを感じたときにはすでに遅かった。
 舌打ちしたいような気分にとらわれるが対処は怠らない。ピロテースはすぐさまその場を飛びのき、手近な木の陰に隠れた。全身の感覚を総動員して周囲を探る。
 風が吹いている。風に木の枝が揺れ、暗い森に木漏れ日が落ちる。その光を反射して、ほんの一瞬、視界の端で何かが光った。
 先程まで立っていた場所。ちょうど足首ぐらいの高さに一本の糸が差し渡されている。
 罠だ。幸か不幸か、罠はそれ自体が危害を与えるものではなく、この場に立入る者を察知するために仕掛けられたものらしい。
 襲撃か、交渉か。これから何者かが接触してくることをピロテースは疑っていない。下手に動いて姿をさらすことを避け、まずは相手の動きを確かめようとしているのはそのためだ。
 襲撃なら樹上から近づくか、背後に回りこむくらいのことはするだろう。無論、他の方向への注意も外さない。

 耳に届くは、ただ、風の音ばかり。

 このような場所で網を張ろうというのだ。相手は自分の腕に相当な自信があるとみえる。最悪、上位精霊の力を借りることも考えねばならないかもしれない。
 魔法による攻撃は決して回避されることが無いが、精神力を消耗するのが難点だった。なるべく使用を控えたいところだが、この場では仕方が無い。
316魔剣の行方 ◆685WtsbdmY :2006/02/03(金) 22:48:35 ID:LGENxA6r

 耳に届くは、ただ、風の音ばかり。

 こうなってみると、無手であることの不利を感じずにはいられなかった。自分も戦士としての訓練は十分につんでおり、武器の扱いや敏捷性で他者に後れを取ることなどそうそう無いが、腕力の低さは否めない。
 自分と同等以上の技量を持つ相手に組み付かれるようなことでもあれば、振りほどくのは難しいだろう。
 調理用のものを一本。それでも構わない。牽制用に、ナイフでも手に入れておくべきだっただろうか。

 耳に届くは、ただ、風の音ばかり。

 変わらない森の静けさに、ピロテースは眉をひそめた。なんの気配も感じられないことに疑念を覚え、風の精霊(シルフ)に命じ、周囲の音を探るべきかを検討する。
「スプライトよ、小さき精霊よ……」
 結局、ピロテースがとったのは、より直截な方法だった。囁く声に応え、スプライトが彼女の姿を余人の目から覆い隠した。

                   ○

317魔剣の行方 ◆685WtsbdmY :2006/02/03(金) 22:49:13 ID:LGENxA6r
「……!!」
 糸をたどった先に広がっていた惨状は、予想をはるかに超えたものだった。
 大地には深い溝がいくつも刻まれ、木々が数本、大きな衝撃を受けてなぎ倒されている。他にも、複数人の足跡や、尋常でない深さの踏み切り跡、鎚鉾(つちほこ)でも叩きつけたかのようにえぐれた木の幹などが、ここで起こった戦闘の激しさを物語っていた。
 その戦いの目撃者なら目の前に居るが、最早、何を語ることもできまい。
 様々な戦闘痕に取り囲まれるようにして少女の死体が一つ、森の中にできた広場の中央に横たわっていた。無残な傷から流れ出したおびただしい血が、大地を黒く染めている。
 組んでいる誰の探し人でもないことは明白だった。しかし、死体の様子に何か引っかかるものを感じてピロテースはその場に膝をついた。
 死因となった腹部の傷はとても深く、背にまで達している。鋭い刃物に突き刺されたためにできた傷だ。とはいえ、凶器は槍の類ではない。もっと幅が広く、肉厚の刃を持つ武器のはずだ。
(大鉈(グレイブ)ではないな……大剣(グレートソード)か? まさか!!)
 “魂砕き”。アシュラムが幾多の戦場で振るい、そして、おそらく管理者どもに奪われてしまったことだろう漆黒の魔剣。それならば、条件に合致する。
(しかし……)
 確証は無い。仔細に検分すれば、かの黒き刃の持つ独特の形状を示唆する何かを見出せる可能性もないではないが、あいにくその自信はなかった。
 もう、ここでできることは何も無い。
 最後に、鞄の中身はすでに荒され、有用なものは何も残っていないことを確認してからその場を後にした。
 自身の目にしたものに、心は乱れたままであったが。

                   ○

318魔剣の行方 ◆685WtsbdmY :2006/02/03(金) 22:49:48 ID:LGENxA6r
 口につけていたボトルを傍らに置き、ピロテースは息をついた。麺麭を包みから取り出して口元に運ぶ。
 今では、あの場所に“魂砕き”を手にした何者かが居たことをほぼ確信している。
 頑丈な古竜の鱗すらやすやすと打ち砕く強力無比な魔剣。だが、剣にこめられた魔力はそれだけではない。その刃で傷を負った者は魂を砕かれるのだ。“魂砕き”と呼ばれる由縁である。
 好戦的な者の手に渡っているのなら、現在自分と協力関係にある者たちにとっても大きな脅威となるのは間違いない。事前に魔剣の能力を知っていることで、それに対処することもできるだろう。だが、
(どこまで話したものかな……)
 ごく僅かな可能性に過ぎないが、アシュラム自身が魔剣を手にしている可能性も、これから手に入れる可能性もある。そして、あの者たちとアシュラムが敵対する可能性もまったく無いとは言えないのだ。
 警告はしよう。しかし、剣の魔力については明かさず、“強力な剣を振るう危険人物”についての話に止める。たとえ、それによって将来、彼らが危地に追い込まれようとだ。
(これは……裏切りだな)
 麺麭を咀嚼するが、味はほとんど感じられなかった。

319魔剣の行方 ◆685WtsbdmY :2006/02/03(金) 22:51:06 ID:LGENxA6r
 回想を続ける。
 F4の森の崖から南は調べず、その後は時折草原の監視も行いながら、F5の森の外縁近くを探索した。
 ここで行き逢った参加者は、大地の妖精族らしい(髭は無かったが)小男と、筋骨たくましい大男。交渉できるような相手とは思えず、いずれも樹上でやり過ごした。
 また、墓を一つ見つけたが、これには以前に見たものと違い、木の皮で簡単な墓碑が作ってあった。皮をはがされた幹の状態と、周囲の状況から日の出よりだいぶ前に作られたものであることは間違いなく、わざわざ調べるような手間はかけていない。
 他には特に収穫もなく、予想していたとおりに雨が降り出した。雨を避けて城へ向かう者がいることも考えられたが、思いのほか雨脚は強く、視界が悪化したために草原の監視は切り上げることにし、G5の森の探索に移ることにした。
 その場所は南の海岸から城へ向かう者が通る可能性が高く、また、自分自身、城に近づくには西側の森に移動する必要があるためだった。

                   ○

320魔剣の行方 ◆685WtsbdmY :2006/02/03(金) 22:52:32 ID:LGENxA6r
 G5の、島の南部の二つの森が互いに最も接近する地点。組み合ったまま動かず、不気味な沈黙を守る数体の石人形(ストーンゴーレム)の近くに転がっていた一組の男女の死体は、そのどちらもが凄まじい力で破壊されていた。
 二人とも似通った服装をしており、死因も共通することから、何があったのか大体の察しはつく。この二人は元の世界からの仲間で、下手人はおそらく一人。死体の新しさから考えると、F5で見かけた大男である可能性が極めて高い。
 男は武器を持っているようには見えなかったが、つまりは素手でもこれほどの破壊を引き起こせるということだ。いずれにしろ、この人物には今後も近づかないほうが良いだろう。
 女の死体のすぐ傍には鞄が二つ。外から見れば荒らされた形跡は無く、この分なら参加者共通でない支給品も入ったままかもしれない。
 軽い武器がいい、とピロテースは思った。所持していた者のことを考えると、細剣(レイピア)や槍(スピア)であることは期待できないかもしれないが、弓矢や毒の可能性は十分にある。
 鞄を開き、雨にぬれないように注意しながら中身をさぐった。期待通り、食料も含め、中のものには一切手がつけられていなかったが……
「これは……」
 ピロテースが取り出したのは、弾力のある弦を持つ小型の弓に、取っ手を取り付けたような武器だった。おそらく、石弾を発射するのに用いるのだろう。
 使えないこともなさそうだが、両手がふさがってしまうことと、相手の武器を受ける役に立たないことが気に入らず、数回、空打ちしてから鞄の中に再び放り込んだ。
 何から何まで期待通りといくはずもないが、水や食料は入手できたし、鞄はもう一個ある。
321魔剣の行方 ◆685WtsbdmY :2006/02/03(金) 22:54:15 ID:LGENxA6r
 そのもう一つの鞄を開いた。見れば、中で何かが鈍く輝いている。ピロテースは、それらを取り出して目の前で眺めてみた。長大な刃と、おそらくその柄となるのだろう金属棒が一対。
 組み立てれば大鉈になるのだろうが、重量がありすぎて自分には扱えないのは無論のこと、協力者たちの中にもこのような武器を好むものはいないだろう。いっそ、柄だけを杖代わりに使ったほうが良いように思える。
 そこまで考えたところで、ある部品の存在がピロテースの目に留まった。
 「これも、“魔杖剣”とやらなのか?」
 その部品はサラが“弾倉”と呼んだものによく似ている。考えてみれば、大きさこそまるで違うものの、この刀のつくりや意匠には、サラやクエロが手に入れてきた魔杖剣と共通する部分があるようにピロテースには思えた。
 ならば、説明書があるかもしれない。そう考えて差し入れた手が硬いものに触れた。鞄の中から紙箱を引っ張り出し、その蓋を開ける。
「なるほど。弾丸か」
 中には、クエロが持っていたものとよく似た形状の弾丸がぎっしりと詰まっていた。

                   ○

322魔剣の行方 ◆685WtsbdmY :2006/02/03(金) 22:55:53 ID:LGENxA6r
 結局、説明書は見つからなかった。
 無論、そのこと自体はクエロの嘘を立証するものとはならない。例えば、説明書が無い代わりに大量の弾丸を同梱したのだという話も考えられないことは無いからだ。
 だが、今頃サラあたりがクエロから聞き出しているだろう魔杖剣の用法の説明が裏付けられるということも無い。一方で、クエロの所持していた弾丸が、魔杖剣とともに使用するものであることはほぼ間違いない。
 また、クエロが元の世界から知る者の名としてあげたのはガユスとギギナの二名で、クエロ自身と合わせて三名。これまでに見つかった魔杖剣も合わせて三振り。疑い出せばきりは無いが、ここまで揃うとすべてを偶然と考えるのは難しい。
 空目たちの言うようにするにせよ、この魔杖剣をクエロに見せるのは得策ではない、とピロテースは判断した。荷物を重くしていざというときに行動が制限されるのは避ける意味でも、鞄ごとこのまま放置し、合流後にせつらかサラに回収を任せればいいだろう。
 他の参加者に奪われてしまう恐れがあるのが少々気がかりだが、天候の推移や、城や洞窟との位置関係から考えればその可能性はそう高いものではない。
 説明書の代わりに見つけた、この鞄の持ち主へとメフィストなる人物が当てたと思しき手紙(意図しない誰かに読まれる危険を考慮してか、肝心のところが欠けていた)と魔杖剣を元の鞄に戻し、ピロテースは西の森へと向かった。

                   ○

323魔剣の行方 ◆685WtsbdmY :2006/02/03(金) 23:00:27 ID:LGENxA6r
 麺麭の最後の一かけらを嚥下し、ボトルからもう一口だけ水を飲んだ。まだ水は残っているが、ボトルはふたをはずしたまま、邪魔にならない場所においておく。建物の中では自然の精霊力はほとんど働かない。
 だが、こうしておくことで、危急の際には水の精霊の助力を受けることもできるのだ。

 その後のことで役に立ちそうな情報はほとんど無い。
 G4で城の外観を観察し、北向きの門以外にも、城壁の穴が出入り口として使われる可能性があることと、G4とH4の境界付近で墓を一つ見つけたくらいだろうか。いつ作られたものかの確証が無かったためにやむなく暴いたが、幸いなことに探し人のいずれでもなかった。
 また、洞窟周辺の森と、洞窟内部、そして地下通路については、不審な点が無いか念入りに調べたが、特に異常はない。洞窟内部では大地の精霊力が働いていたから、いざとなれば封鎖も可能だ。
 そうこうしているうちに小屋まで赴く時間はなくなってしまったが、こればかりは仕方が無い。

 回想は終わった。食事を摂っている間も警戒は緩めたつもりはないが、念のためにもう一度周囲の様子を確かめ、それから持ち物の確認に移ることにした。森を探索中に手に入れたものがいくつかあるのだ。
 まず一つはすぐそばに置いてある木の枝。比較的堅く、長さと太さがちょうど良い。強度に劣る武器の扱いなら手馴れているし、相手の武器を受け流すだけなら、こんなものでも使えないわけではない。
 もっとも、これに比べれば、椅子の脚などのほうがよほど丈夫だろうから、後で城内を探してみるのもいいかもしれない。
324魔剣の行方 ◆685WtsbdmY :2006/02/03(金) 23:01:45 ID:LGENxA6r
 そして二つ目が、
「“蠱蛻衫(コセイサン)”か……」
 鞄の中から取り出した、このヴェールのような薄布だ。墓標のつもりだろうか、G4で見つけた墓の上に置いてあった鞄も中身が残ったままで、これはその中に入っていた。
 武器ではなく、とりたてて防御効果があるわけでもないようなので今までしまいこんでいたのだが、興味深い能力を秘めている。
 説明書にいわく。これをかぶっている者は見ている者とって好ましいように見えるのだという。地味だが、情報を得るために他の参加者と接触する機会があれば、それなりに有用となることだろう。
 今回は洞窟に距離が近かったので、他の支給品も鞄ごと持ってきてある。
 身軽にならなければならないような事態に備え、必要最低限のものだけを元から持っていた鞄にまとめると、付近の警戒以外にすることはなくなった。あとは、皆が来るのを待つばかりだ。


 彼女は知らない。知る由も無い。魔剣の行方も、これから起こる出来事も。


325魔剣の行方 ◆685WtsbdmY :2006/02/03(金) 23:02:22 ID:LGENxA6r
【G-4/城の地下/1日目・16:40】

【ピロテース】
[状態]: 多少の疲労と体温の低下。クエロを警戒。
[装備]: 木の枝(長さ50cm程)
[道具]: 蠱蛻衫(出典@十二国記)
支給品2セット(地下ルートが書かれた地図、パン10食分、水3000ml+300ml)
アメリアの腕輪とアクセサリー
[思考]: アシュラムに会う。邪魔する者は殺す。再会後の行動はアシュラムに依存。
    武器が欲しい。せつらかサラに、G-5に落ちている支給品の回収依頼。
(中身のうち、食料品と咒式具はデイパックの片方とともに17:00頃にギギナにより回収)

[備考]: 蠱蛻衫の形状・機能
・頭にかぶる薄い紗。視界、行動などに制限は無い。
・かぶっている者は、(自分以外の)見る者にとって好ましい容貌に見える(美しくとは限らない)。
・肌の色、髪の色、顔立ちが変化するが、背格好や性別は変化しない。
・見る者にとって大事な(好みの)誰かがいれば、それとよく似た印象を与えるが、「そっくり」にはならない。

※G4の竜堂始の墓のそばにあったデイパックはなくなりました。
※ピロテースが遭遇した参加者(死者含む)は順に霧間凪、朝比奈みくる、ボルカノ・ボルカン、ハックルボーン、袁鳳月、趙緑麗、竜堂始です。
326シスコン兄貴の憂鬱 ◆B.KZUEhlgg :2006/02/04(土) 23:37:50 ID:pLkL/PJb
出夢たちとアリュセたちが遭遇してから、既に二時間弱が経過していた。
お互い干渉する気はなかったのだが、外の雨がやむまでは倉庫に留まることにしたのだ。
二組とも目的はあったが、この大雨の中では困難だと判断し、火を囲みながら適当に雑談していた。
「なあ、危険人物の情報交換でもしないか?」
出雲は、たわいない雑談の合間に急にこう切り出した。
「ああ?いいぜ、そっちから言ってくれよ」
出夢は軽く答えると、出雲のほうに向き直った。現在、アリュセと長門は仮眠を取っている。
「わかった。・・・・・・実はよ、アリュセが起きてるときは話したくなかったんだ」
「・・・・・・へえ。そいつの身内でも殺されたのかい?」
出雲は驚いて出夢に詰問する。
「何でわかったんだ?」
「ぎゃはは、職業柄、ってかぁ!?僕、殺し屋なんだよ。元だけどな」
出雲は殺し屋、と聞いて愕然とする。
「こ、殺し屋?」
(っと、やべえやべえ。せっかくの情報交換が台無しになっちまう)
出夢は、すぐさま冗談だよ、と言おうとした。しかし・・・・・・。
「おおおおおお!殺人という退廃的な宿命を背負ったロリ!これこそ、これこそ萌だ!ぜひこれを着て真・殺し屋バニーにっ!」
「よし、一時間中二分程使うかな」
バニーを片手に今にも突貫しようとする出雲にすごむ出夢。
「いや、すいませんでした」
「本題に入れよ、危険人物」
外の雨は、既に止んでいる。
327シスコン兄貴の憂鬱 ◆B.KZUEhlgg :2006/02/04(土) 23:39:17 ID:pLkL/PJb
「―――――俺たちが遭遇したのは、まあそんなとこかな」
出雲が話し終わった。危険人物は二人。
一人は、ゲーム開始直後に襲ってきた銃を持つ男。こちらについては何の情報も無い。
そして、もう一人。
「名前はわからねえが、こいつはやばい。黒衣を着てて、妙な糸を使いやがる」
「糸?曲絃糸か?」
出夢はいつぞや出会った糸遣いを思い出す。彼女は子供で女だったし、このゲームには参加していないが。
「その曲絃糸がどんなものかはしらないが、俺はあの糸を食らって脱水症状になった。たぶん、いーちゃんって奴もな。それで――――――」
「ちょーーーーーッと待て、おにーさん。今なんて言った。」
出夢が、急に真面目な顔つきになる。
「ん?その糸を食らうと脱水―――」
「おにーさんはどっかの警部補か?その後だよその後」
「【いーちゃん】と知り合いだったのか」
出雲は、複雑そうな表情をして、言った。
「・・・ぎゃは、死んじまったみてーだな、戯言使いのおにーさん」
「職業柄、か?」
「まあな。続きを話せよ、おにーさん」
大して動じずに淡々と話す出夢に感心しつつ、出雲は言葉を繋いだ。
「で、アリュセの身内を殺したのもそいつだ」
「身内、ねえ。まさか双子の片割れ?ぎゃははははははっ!んな偶然ねーよなあ!」
「・・・・・・当たりだ」
出夢の笑い声が止まった。
見ると、かなり不機嫌そうな顔をしている。さっきまでへらへらしていたのに、殺気すら感じられる。
「双子の片割れが死んだ、ねぇ。あああーーーーーなんか苛々してきた」
理解不能なことを言いながら俯いた出夢に声をかけられない出雲。
(何で知り合いが死んだことには動じないのに、赤の他人の死にここまで動じる?)
328シスコン兄貴の憂鬱 ◆B.KZUEhlgg :2006/02/04(土) 23:40:01 ID:pLkL/PJb
「―――――あなたにも」
突然倉庫の隅から声が聞こえた。アリュセが、起き上がっていた。
「双子の姉妹が、いるんですか?」
一瞬の沈黙。
「―――――ああ、いたよ」
「自慢の、可愛い妹がな」
次の瞬間、耳障りな声が倉庫の中に、そして島内全域に響く。
三回目の放送が、始まった。



【E-4/倉庫内/1日目・18:00】
『生き残りコンビ』
【匂宮出夢】
[状態]:平常 やや不機嫌
[装備]:なし
[道具]:デイバック(パン4食分:水1500mm)
[思考]:生き残る。あまり殺したくは無い。長門と共に悠二・古泉を探す。 出雲・アリュセには不干渉


【長門有希】
[状態]:平常/僅かに感情らしきモノが芽生える/仮眠中
[装備]:ライター
[道具]:デイバック(パン5食分:水1000mm)
[思考]:現状の把握/情報収集/古泉と接触して情報交換/ハルヒ・キョン・みくるを殺した者への復讐? 出雲・アリュセには不干渉

329シスコン兄貴の憂鬱 ◆B.KZUEhlgg :2006/02/04(土) 23:40:31 ID:pLkL/PJb

『覚とアリュセ』
【出雲・覚】
[状態]:左腕に銃創あり(出血は止まりました)
[装備]:スペツナズナイフ
[道具]:デイバッグ(パン4食分:水500mm)/うまか棒50本セット/バニースーツ一式 /炭化銃
[思考]:ウルペンを追う/千里、ついでに馬鹿佐山と合流/アリュセの面倒を見る/ 雨宿り/ 出夢・長門には不干渉


【アリュセ】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:デイバッグ(パン5食分:水1500mm)
[思考]:ウルペンを追う/カイルロッドと合流/覚の面倒を見る/ 雨宿り/ 出夢・長門には不干渉
330互い違い(1/10) ◆eUaeu3dols :2006/02/14(火) 23:49:37 ID:thnTO+Ik
それは唐突な電話から始まった。
リナの携帯電話に掛かってきたベルガーからの連絡。
「どうしたの、ベルガー? 今さっき、エルメスの音がしたけど……」
『エルメスは盗られた!』
「……それで?」
冷静に先を促す。
電話の向こうから高速で駆ける音と粗い息、ベルガーの声が聞こえてくる。
『乗ってるのは零崎という男だ。坂井悠二を殺したと自己申告してきやがった』
息を呑む。
「どういう事?」
『詳しくは後で話す。とにかく零崎は今は良い!
 今はシャナを止めてくれ。追いつけっこないのに零崎を追いかけてる。
 怒りと吸血衝動が混ざっているみたいで、放っておくとヤバイかもしれん』
「判ったわ。で、坂井悠二の死は確認したの?」
『今、背中に背負ってるよ』
「……そう。それじゃ、急ぐわ」
リナは携帯電話を切ると振り返った。
「話、聞こえた?」
「はい、急ぎましょう。全員で行くんですね?」
保胤が頷き、セルティはもう動き始めている。
「ちょっと待った。あいつを放っておく気?」
リナが示したのは海野千絵だ。
今は大人しく、疲れからかまた眠りについているようだが、それもいつまでか。
「両手両足を縛っているんです。5分やそこらでは逃げられないでしょう」
「……それもそうだけど」
セルティが紙にペンを走らせ突きつける。
『迷うヒマもおしい』
確かにその通りだ。
リナはもう一度だけ千絵を振り返ると、2人と共にマンションの一室を後にした。
ガタンと音を立てて玄関のドアが閉まり――暗闇の中、赤い光点が二つ灯った。
千絵の瞳だった。
331互い違い(2/10) ◆eUaeu3dols :2006/02/14(火) 23:50:33 ID:thnTO+Ik
     * * *

ベルガーは走っていた。
シャナに追いつかなければならないし、もう一つ、佐山が尾行しているかもしれなかった。
後者はさして重要では無いが、とにかく手っ取り早い手段は走る事だった。
濃密な霧の中、姿はすぐに白に溶けて見えなくなる。
足跡とて舗装された道を通れば残るわけがない。
ならば追う手段はただ一つ、音を聞く事だけだ。
走れば音がする。これはそれだけを取れば追いやすく思える。
しかし追いかけるには同じく走らなければならない。
そうなれば水音を立てるのは避けられず、尾行はあっさりとばれてしまう
更にそもそも、悠二の遺体を背負ってもなおベルガーの走力は常人以上だ。
追いつくのは至難だと言えた。

もっとも、繰り返すが尾行を撒く事はさして重要ではなかった。
佐山は危険な人物とは言えない。
その思想が結果的に皆を危険に追いやる可能性は無いとはいえないが、それだけだ。
今は情緒不安定で不安なシャナに追いつく事が何より肝要だった。
(待て。待てよ、シャナ……!)
ベルガーはただ走り続けた。

     * * *

そして再び視点は戻る。
マンションを後にしたリナ達ではなく、そのマンションの一室へと。
電気を消された暗闇の部屋の中、千絵は布団を振り落とした。
寒いからと布団を掛けて貰った足の縄は、既に解けていた。
残るは腕の縄だけだ。
千絵は足が自由になった分だけ上体を上にずらし、縛られた腕まで頭を引き寄せる。
そして目の前に来た縄の結び目に、大口を開けて噛みついた。
332互い違い(3/10) ◆eUaeu3dols :2006/02/14(火) 23:52:15 ID:thnTO+Ik
「何とかなるものなのね」
ホッと一息を吐く。
一時はどうなる事かと思ったが、どうやらあのシャナという少女が暴走したらしい。
誰だか知らないが、その恋人を殺した奴には感謝してやっても良いくらいだ。
千絵は窓際に近寄り、そのロックに掛けてある物を見て吹き出した。
「聖じゃないんだから」
それは先ほど千絵を尋問する時に使われた、割り箸を組み合わせた十字架だった。
見ると玄関のドアノブにも同じ物が掛けてある。
聖はロザリオで火傷するようだが、何故か千絵は十字架が何ともなかった。
それが(不真面目な物であれ)個々の信仰から来た物だとは知らない。
ただ、とにかく千絵に十字架は何ともないのだ。
わざわざこんな物を更に一つ追加で作った事はご苦労様としか言い様がない。
「でも、誤解させておいた方が得になるでしょうね」
ドアノブにもロックにも十字架が有って触れないとすれば、どう動くか?
千絵は椅子を掴むと、窓ガラスに叩きつけた。


当然ながらリナ達もその音を耳にした。
ガラスが割れる音。椅子がコンクリートのベランダに転がる音。
何処か高いところから重く柔らかいものが濡れた大地に着陸する音!
「しまった!」
濃密な霧の中、方向は大まかにしか判らない。
だがそれでもそちらに向かおうとした時、別の音が聞こえ始める。
微かに聞こえるシャナを呼ぶ声、そして濡れた道を走る足音。
シャナが来たのだ。
「どうします?」
保胤が少し焦った様子で問う。
今、千絵の方にかまえばシャナを見失うかもしれない。
かといってシャナにかまえば千絵を逃すのは確実だ。
「あの吸血鬼はあたしが捕まえるわ! セルティと保胤はシャナを止めて!」
「この霧の中で一人では無理です!」
セルティも同じ意見だった。
333互い違い(4/10) ◆eUaeu3dols :2006/02/14(火) 23:53:22 ID:thnTO+Ik
その懸念をリナは鼻で笑う。
「要はこの霧を払えば良いんでしょ。
 この天才美少女魔道士リナ・インバースを甘く見るんじゃないわ!
 魔風(ディム・ウィン)!」
ごうっと音を鳴らして風が吹いた。

「……嘘でしょ?」
強風で吹き散らされた数十mの霧の奥から千絵の焦る表情が露わになる。
この霧の中なら音を立てた所で簡単に逃げきれると思ったのに大きな誤算だ。
(でも、まだ逃げ切れるはずよ!)
脚力では吸血鬼になった彼女のそれはかなりの物だ。
それにリナ達は仲間を止めるために人を残さなければならない。
千絵は再び霧の向こうへと駆け出した。

「それじゃ2人ともシャナを頼むわ!」
「待ってください、足の速いセルティさんが行った方が……」
「シャナを止める方が難しいんだから、残って。血が流れてないなら好都合でしょ」
リナは続けてもう一つ風の魔法の詠唱を始める。
風の魔法はむしろダナティアの得意技だが、リナとてバリエーションなら負けていない。
その一つがこの……
「翔封界(レイ・ウイング)」
風の結界を身に纏い高速飛行を可能にする魔法!

(いつもより結界の強度も速度も高度も比べ物にならないか。だけど、十分よ!)
リナは親指を立てて見せる。
「え?」
その意味が分からず戸惑う保胤の横で。
「………………」
セルティがいつものように声は無く、ただ親指を立てた。
リナは頷くと、千絵が去った霧の向こうを向き、そして……加速する。
追撃が始まった。
334互い違い(5/10) ◆eUaeu3dols :2006/02/14(火) 23:55:05 ID:thnTO+Ik
「そ、そんな事まで出来るの!?」
千絵は驚愕の声を上げていた。
背後から迫るのは薄い風の障壁を身に纏い地上スレスレを低空飛行で追撃するリナの姿。
そういえば確かにアメリアが空を飛んだりできる魔法も有ると言っていた。
リナさんは魔法のレパートリーがとても多いとかも聞いた気がする。
だからといっていざはっきり目にすると思う。
(こんなの相手に出来るわけがないじゃない!)
「――――!!」
風の結界の向こうで聞き取れない叫びと共にリナが突撃してくる!
「きゃあっ!!」
必死になって横に跳んで避けると、そのまま全速力で林に向かって駆け込んだ!
(小回りは効かないみたいだし、林の中なら振り切れる)
木々の間を駆け抜け、林の中を走り続ける。
これなら…………

「よっし、掛かった!」
リナは快哉を上げた。
リナとて何も考えずに林の中に追い込んだわけではない。
合流地点に向かう途中に遠目に通り過ぎたが、林を真っ直ぐ進んだ先にはアレが有る。
千絵は見た所、山歩きにはそれほど慣れていない様子だった。
ならば術を解除して走って林の中を追いかければ、アレで立ち止まった所に追いつける!

果たして千絵はリナの目論見通りのルートを通っていた。
林の中を真っ直ぐに駆け抜け、そして林の出口にある――
――巨大な十字架の架けられた教会の横を難なく走り抜けて逃げ切った。
偽装は意外な所で効果が出ていた。

「…………あれ?」
林を抜けて教会に着いた時、リナは見事に引き離されていた。
物陰に潜んでいた零崎に気づくことも無く、慌てて千絵を追いかける。
見事な裏目っぷりであった。
335互い違い(6/10) ◆eUaeu3dols :2006/02/14(火) 23:55:57 ID:thnTO+Ik
     * * *

「ハァ……ハァ……な、なんとか逃げきれたみたいね?」
不安げに振り返りつつもホッと一息を吐く。
千絵は幸運にもリナからの逃亡に成功していた。
林から出た道の向かいの林を、道沿いにそっと歩く。
歩き慣れない林の奥で方向を失うのを警戒しての事だ。
「頭は切れるが早合点で自信過剰、それに頭に血が上りやすい、か。
 助かったわ、馬鹿な奴で」
頭は切れるようだが苦手なフィールドに相手が逃げ込むのを許すようでは油断が過ぎる。
千絵はその後に通り過ぎた教会がリナの作戦だった事までは気づいていなかった。
「でも、そのおかげで面倒事も増えたのよね。
 アメリアを殺したのは聖だろうに、マリア様とやらを元凶にする羽目になったし。
 嘘では無いんだろうけど、聖を切り捨てるのはまた今度かしら」
先ほどまで追われた恐怖と不安を紛らわせる為に独り言を呟き紛らわせる。
それは予想だにしない結果を生んだ。
「まあ、罪をなすりつける相手が居なかったら殺されていたかもしれないんだから、
 マリア様には感謝しないといけないかしら」

「そうか、ならば礼の一つでも言ったらどうだ?」

凍り付いた。

「学生服を着た女で、吸血鬼。血の匂いもする上、ここに現れた。
 ふむ、さっきの男を追っていたのはおまえか? どうも迫力が無いが」
ガチガチと歯が鳴る。
圧倒的存在感が心を圧迫する。
「もう少し遠くから気配が有った気がするが……気配は無いな。
 状況としてはおまえとしか考えられんのう。どうなのだ?」
思考は恐怖に白濁していた。
「まあ、どうでも良いか」
336互い違い(7/10) ◆eUaeu3dols :2006/02/14(火) 23:56:53 ID:thnTO+Ik
「どうでも良いとは? さっきの男に引き渡すのではないのか?」
宗介が怪訝そうに尋ねる。
「そう思っていたが、やめだ」
美姫は恐怖に凍り付く千絵を見下ろす。
「私は私のものが私に盾突く事を赦さぬ」
千絵は動けない。
間に一人を通したとはいえ血の呪縛と、何より死の恐怖が彼女を縛る。
「別に止めはせぬがな。
 だが、もし盾突いた時は……それなりの代償を払ってもらわねばなるまい」
美姫がゆっくりと手を伸ばす。
千絵は動けない。
その手が千絵の胸へと伸びる。
千絵は動けない。
その指が千絵の胸に食い込み……
「待って!」
横合いから掛かる声がそれを制した。

「かなめ!?」
かなめは動揺する宗介を無視する。
恐怖は有る。目の前の美姫はそれだけの存在だし、何より一度は殺されかけた。
今の千絵と同じように、ゆっくりと。
そして、その危機から救ってくれた少女の名も……放送で呼ばれた。
(…………しずく……)
胸が悲しみで満たされる。だが。
だからこそ、必死に震える足を抑えこんで制止の言葉を投げかける。
「この人、あなたの物じゃないわ」

「ほう。何をもって私の物ではないという?」
「だってこの人、あなたが直接血を吸った人じゃないんでしょ!?」
「私のしもべの物も、やはり私の物じゃ」
傲然と言い放つ美姫にかなめは尚も食い下がる。
「だけどこの人、血を吸った人の物である事も否定してたじゃない」
337互い違い(8/10) ◆eUaeu3dols :2006/02/14(火) 23:58:16 ID:thnTO+Ik
美姫は笑った。
「ふふ、なるほど。確かにその通りじゃ。
 聖を切り捨てるやらなにやら、聖の僕でもないようじゃな。
 このような輩の血を吸った聖の咎ではあれ、この娘の責任ではないか」
安堵するかなめ。
張りつめた殺気が途切れた事により解放された千絵は膝をつく。
まだ言葉は出ない。思考は白濁している。だが。
「……しかし、ならばこの娘が億分の欠片なりとも私の力を持つのは気に障る」
その言葉の意味を理解し、千絵の思考は恐慌した。
「い、いや! 取らないで……!」
「ふむ、痕が見えなくなったのは数分前という所じゃな。毛穴のような大きさで残っておるわ」
それは最早見えない吸血痕だ。
メフィスト医師すらこの島では治せるかどうか。だが。
「貴様に私のそれは上等すぎる。返してもらうぞ」
主人のそのまた主人である彼女なら話は別だった。

     * * *

美姫と一行は道を歩いていた。
アシュラムは無言で主人の先に立ち、その後に美姫、かなめ、しんがりに宗介が続く。
辿り着いた吸血鬼が聖ではなく期待外れだった事に幻滅したのか、
零崎にもう一度会うつもりはないらしく、約束など無視して好きな方向に歩いていた。
いや、おそらく美姫は零崎が教会で待ってなどいない事にも気づいているのだろう。
「市街地の方にはまだ行っておらなんだな。何か愉快な奴に会えると良いが」
からからと笑い道を往く。
「あの……ありがと」
「何がじゃ?」
かなめの声に美姫は疑問の声を返す。
「さっきの人を助けてくれたじゃない」
「助けた? 私がか?」
戸惑いが沈黙となり場に溜まり。
「くくく、面白い奴だ。あれを助けたと思うたか?」
338互い違い(9/10) ◆eUaeu3dols :2006/02/14(火) 23:59:04 ID:thnTO+Ik
「……違うの?」
「大間違いじゃ」
美姫は笑いながら答える。
「あの娘はな、吸血鬼として人を殺し、血も何度か啜っておる」
「――っ」
言われてみれば当然の事実だ。
外傷も無いのに彼女に付着していた血は返り血に違いない。
「私はその記憶をわざわざ消してはおらぬ。どうなるか判るか?」
「そんな……それじゃ……」
「あの娘がそれを乗り越えられるかは見物じゃな。
 まあ、気分が良く寛大な処置をしてやったのも事実じゃ。
 なにせあの娘には希望も与えてやったのだから」

     * * *

美姫の与えた希望。それは二つの文から構成されていた。
「『次に私に会った時、記憶を失っていれば殺す』」
千絵は呟く。別れ際に美姫に申し渡されたその処遇を。
「『だが、おまえが私を見つけだして望んだならば、再び吸血鬼にしてやろう』」
美姫の与えた希望とは再び吸血鬼になるという道。
「『私の気分を損ねぬよう貢ぎ物を用意するのも効果的やもしれんな』……ですって」
それは本来なら希望になどなりうる筈が無い道だ。だが。
「冗談じゃないわ。あんな……あんな……っ!!」
血の渇きに従い瀕死の男を殺した事。
その血を啜った事。
アメリアに食欲を感じ、更に彼女の大切な仲間をその死をダシに毒牙に掛けようとした事。
「う……お、おえええぇっ!」
酸っぱい物がこみ上げ、たまらず地面にぶちまけた。
その中に有るのはほんの僅かな血だけで、ただ胃液だけが吐き出される。
「うぐ、げえええぇっ」
げほげほと胃液を吐き出す。
自らの行為のおぞましさと罪深さに怯え、この悪夢が醒めて欲しいと切に願って。
339互い違い(10/10) ◆eUaeu3dols :2006/02/14(火) 23:59:42 ID:thnTO+Ik
だが悪夢が醒める事は無い。これは夢が醒めた後の現実なのだから。
再び吸血鬼になるという選択肢は再び至福の夢へと帰る片道切符……
「イヤ。イヤ、イヤ、イヤ、イヤァッ!!」
どうして良いのか判らず、ただ悲鳴を霧の中に響かせる。
(ごめんなさい……)
罪悪感から謝罪の言葉を浮かべる。
だが、誰に謝っているのだろう? あのトドメを刺して血を啜った青年か?
違う、そうではない。彼にも謝らなければならない。
だが彼女が謝っているのはそれ以上に……
「…………ごめんなさい、アメリア」
一緒にゲームを打倒しようと誓いながら何も出来ず死なせてしまった、
挙げ句に彼女の親友をよりによってその死を餌に毒牙に掛けようとした仲間。
その言葉を最後に千絵の意識は途切れ……

「…………ったく、どうしろっていうのよ」
辿り着いたリナの腕に受け止められた。
「シャナの事も心配だっていうのに、これ以上に問題事を増やせっていうの?
 まあ、吸血鬼の親玉が吸血鬼化を治せるみたいってだけでも儲け物だけど」
しかし結局吸血鬼の親玉にはタッチの差で逃してしまった。
先ほどの放送であげられた死者の名前も悩み事だ。
坂井悠二の事は放送の直前に電話を受けたが、
それに加えてテレサ・テスタロッサ。更にダナティアの親友だというサラ・バーリン。
ダナティアの名は上がらなかったが、ただ事でないのは間違いない。
更にそれらを抜いても……上げられた死者の数がなんと多かった事か。
「……はぁ」
リナは溜息を吐くと、千絵を担ぎ、マンションに向けて足を向けた。

しばらくしてひょっこりと、茂みから零崎が顔を出した。
「…………あの娘、来ねえなあ」
説得してくれるかもしれなかった美姫も居なくなった事だし、居る意味も無いだろうか。
「医師の机にも三年だね!」
これからどうするか考える零崎を、エルメスが茶化した。
340互い違い(報告1/3) ◆eUaeu3dols :2006/02/15(水) 00:01:27 ID:thnTO+Ik
【C-6/道/1日目・18:00頃】
【ダウゲ・ベルガー】
[状態]:平常。少し焦っている。
[装備]:鈍ら刀、携帯電話、黒い卵(天人の緊急避難装置)
[道具]:デイパック(支給品一式(パン6食分・水2000ml))
     PSG−1(残弾ゼロ)、マントに包んだ坂井悠二の死体
[思考]:シャナを追いかけて合流、危なそうなら止める。その後は仲間と合流。
 ・天人の緊急避難装置:所持者の身に危険が及ぶと、最も近い親類の所へと転移させる。
 ※携帯電話はリナから預かりました


【C-6/住宅地のマンション前/1日目/18:00過ぎ】
【セルティ・ストゥルルソン】
[状態]:平常
[装備]:黒いライダースーツ
[道具]:携帯電話
[思考]:静雄の捜索及び味方になる者の捜索。
     すぐ近くに来ているシャナの様子を見て、止める。

【慶滋保胤】
[状態]:不死化(不完全ver)、疲労は多少回復
[装備]:ボロボロの着物を包帯のように巻きつけている
[道具]:デイパック(支給品一式(パン6食分・水2000ml))、「不死の酒(未完成)」(残りは約半分くらい)
[思考]:静雄の捜索及び味方になる者の捜索。 シャナの吸血鬼化の進行が気になる。
     すぐ近くに来ているシャナの様子を見て、止める。
341互い違い(報告2/3) ◆eUaeu3dols :2006/02/15(水) 00:02:32 ID:m1wji1az
【D-6/道/1日目/18:10】
【リナ・インバース】
[状態]:平常
[装備]:騎士剣“紅蓮”(ウィザーズ・ブレイン)
[道具]:支給品二式(パン12食分・水4000ml)、
[思考]:仲間集め及び複数人数での生存。管理者を殺害する。
     吸血鬼の親玉(美姫)と接触を試みたい。
     まずはシャナ対応組と合流する。

【海野千絵】
[状態]:吸血鬼化回復(多少の影響は有り?)、血まみれ、気絶、重大なトラウマ
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]:………………。
[備考]:吸血鬼だった時の記憶は全て鮮明に残っている。


【D-6/道沿いの森/1日目/18:10】
【零崎人識】
[状態]:全身に擦り傷 疲労
[装備]:自殺志願  エルメス
[道具]:デイバッグ(地図、ペットボトル2本、コンパス、パン三人分)包帯/砥石/小説「人間失格」(一度落として汚れた)
[思考]:これからどうするか考えている。
     事がどう運んでも一旦は佐山たちと合流しようと思っている。
     一応もう一度シャナを説得しようとは思っている。
[備考]:記憶と連れ去られた時期に疑問を持っています。
342互い違い(報告3/3) ◆eUaeu3dols :2006/02/15(水) 00:03:36 ID:icn3g49A
【D-5/道路/1日目/18:10】
『夜叉姫夜行』
【美姫】
[状態]:通常
[装備]:なし
[道具]:デイパック(支給品入り)
[思考]:零崎に興味。島を遊び歩いてみる。

【アシュラム】
[状態]:健康/催眠状態
[装備]:青龍堰月刀
[道具]:冠
[思考]:美姫に仇なすものを斬る/現在の状況に迷いあり

【相良宗介】
[状態]:健康。
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]:どんな手段をとっても生き残る、かなめを死守する

【千鳥かなめ】
[状態]:通常
[装備]:エスカリボルグ
[道具]:荷物一式、食料の材料。鉄パイプのようなもの。(バイトでウィザード「団員」の特殊装備)
[思考]:宗介と共にどこまでも
343互い違い(報告3/3)修正 ◆eUaeu3dols :2006/02/15(水) 23:08:12 ID:uXGrtRLw
主に宗介の状態について修正。

【D-5/道路/1日目/18:10】
『夜叉姫夜行』
【美姫】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:デイパック(支給品入り)
[思考]:零崎に興味。島を遊び歩いてみる。

【アシュラム】
[状態]:健康/催眠状態(揺らぎ有り)
[装備]:青龍堰月刀
[道具]:冠
[思考]:美姫に仇なすものを斬る/現在の状況に迷いあり

【相良宗介】
[状態]:左腕喪失、それ以外は健康
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]:どんな手段をとっても生き残る、かなめを死守する

【千鳥かなめ】
[状態]:健康
[装備]:エスカリボルグ
[道具]:荷物一式、食料の材料。鉄パイプのようなもの。(バイトでウィザード「団員」の特殊装備)
[思考]:宗介と共にどこまでも
344まったりとした時間(1/12) ◆eUaeu3dols :2006/02/18(土) 20:15:50 ID:1Csz2Qdx
【貴女は佐藤聖嬢で間違いはないかね?】

「その通りだけど、なんで知ってるのさ?」
子爵と名乗った謎の血文字に即答しつつ、佐藤聖は首を傾げた。
この島で会った者達にはヘンテコな奴や異様な奴も居たが、目の前の血文字はそれの極みだ。
見た感じ敵ではないようだし、もし敵だったとしても“マリア様”に頂いた吸血鬼の力をもってすれば――
(まあ、さっきはちょっと痛い、じゃない熱い目にあったけど)
――たとえ勝てずとも、逃げるくらいは大して難しい事ではないはずだ。
だから驚きはしても怯まずに言葉を続ける。
「血のおばけなんかと知り合った覚えはないんだけどな」
【それについては後で話そう。湯浴みの後で】
その言葉で聖は腕の中の少女の冷たさを思い出す。
「あ、そうだね。じゃ、後で」
手をひらひらさせて脱衣所に足を向け……ふと気づき、悪戯げな笑みを浮かべて念を押す。
「ピチピチの女の子2人がお風呂に入ってるからって覗いたりしちゃダメだからね。
 ……って、その様子だとその心配も無いかな?」
【もちろんだ! 紳士は淑女の湯浴みを覗いたりなどしない】
なんだか微妙にずれていた。

     * * *
345まったりとした時間(2/12) ◆eUaeu3dols :2006/02/18(土) 20:16:40 ID:1Csz2Qdx
ちゃぷ。
湯船に波紋が広がる。
この宿の風呂は少し豪華で、個人部屋の物まで檜風呂だ。
檜の香りに包まれた湯船に浸かっているのは、吸血鬼と眠れる魔女。
「ふー、温まるねえ」
魔女を後ろから抱き締めたまま吸血鬼は独り言つ。
心の底から心地よさそうな言葉に相槌は返らない。
今にも目覚めそうな呻きが返るだけ。
「……まだ起きないんだ?」
魔女の体の汚れはシャワーで大雑把に落とされ、冷えた体は湯船の中で温もりつつある。
血流の通った首筋はほんのりと桜色がかった綺麗な肌で、キメも細かくすべすべとしていた。
指で柔らかいほっぺたをふにふにとつつく。
「ん…………」
微かな呻きが返った。
(さっきのあの熱いけど純情そうなあの子も可愛くて美味しかったけどこの子もまた……)
残念ながら眠っているので、からかったりいたずらしても反応は無い。
しかしそれを抜きにしても可愛いし、今の聖の本能的欲望も大変刺激される。
なんといおうか、こう、たまらないのである。
「うーん、ちょっと摘み食いしちゃおうかなぁ」
佐藤聖の理性は色んな意味で危うかった。
346まったりとした時間(3/12) ◆eUaeu3dols :2006/02/18(土) 20:17:28 ID:1Csz2Qdx
やはり眠れる魔女からの返答は無い。
聖はごくりと唾を呑み込むと、大きく開いた口をゆっくりと首筋に近づけていく。
ぴちゃりと舌先が首筋に触れて、白い牙が白い肌に……

「摘み食いはダメだよ、『カルンシュタイン』さん」
「わあ!?」
いきなり掛けられた声に驚き顔を離す。
目の前の少女はくすくすと笑いながら聖を見つめていた。
「あ、起きたんだ、えーっと……」
「十叶詠子だよ、『カルンシュタイン』さん」
「カルンシュタイン?」
「そう、あなたの魂のカタチ」
聖はふと気づいた。
どうやらヘンテコなのは血のおばけだけではなく、この少女もそうらしい
「うーん、変なのを拾っちゃったかな」
「それはあなたもだと思うなぁ」
言われてみればその通りかもしれない。
そう思う聖に、しかし詠子は魔女の眼に映ったものを言葉に紡ぐ。
「あなたの魂のカタチは凄いね。
 元からそうだったわけじゃないはずなのに、あなたは違う世界に適応してる」
「そう見える?」
確かに彼女はこのゲームの中で与えられ、手にした物を否定はできない。
だが魔女の言葉はそれともまたズレていた。
「うん、だってあなたは与えられた吸血鬼というカタチを自分のモノにしているもの。
 あなたの元の名前は別なのに、同時にとても有名な吸血鬼さんによく似てるの。
 でも、あなたはその吸血鬼さん本人じゃないもんね。
 だからその吸血鬼さんの名字だけをとって、『カルンシュタイン』さん」
「ふーん。…………そのカルンシュタインっていうのはどんな子なの?」
「ジョゼフ・シェリダン・レ・ファニュって人の書いた小説の登場人物だよ。
 聞いたことないかなぁ? ――吸血鬼カーミラっていうんだけど」
347まったりとした時間(4/12) ◆eUaeu3dols :2006/02/18(土) 20:18:24 ID:1Csz2Qdx
吸血鬼カーミラ。
吸血鬼ドラキュラより27年先に世に出た、事実上吸血鬼を題材とした最初の小説であり、
その中に登場する吸血鬼がカーミラ=カルンシュタイン伯爵夫人である。
彼女は標的の少女の前に同じく美しい人間の少女として現れ、
洗練された淑やかさで接し、奔放に振り回し、そして愛を囁くのだ。
それが単なる偽装や演技ではなく紛れもない愛情表現である事は言うまでもない。
ちなみにこの小説を下敷きに、レズビアン色の濃い吸血鬼映画が作られ好評を博した。
その吸血鬼映画のタイトルを『血とバラ』という。

「あなたの吸血もやっぱり愛情表現だものね。ちょっと愛の数が多いだけで」
「世の中に可愛い子がたくさん居るのがいけないんだ。私のせいじゃないよん」
「だからって節操が無いのはあなたのせいじゃないかなぁ?」
「あれ、そう言われてみれば私が悪い気もするかな」
くすくすと笑う。温かなお風呂の中で、緊張も理性もすっかり溶けて……
「じゃあそういうわけで、悪い吸血鬼は可愛い詠子ちゃんをいただこうかな♪」
「うーん、どうしよう。それは困るんだけどねぇ」
聖の両手は詠子の体をしっかりと捕らえて離さない。
さりげなく胸とか触っている辺りはセクハラ根性の為す技か。
詠子の危機は色んな意味で増大していた。
それを止める者は誰も居ない。
【待ちたまえ! 血を吸い仲間を増やすのは良い。しかし慎重にすべきだ!
 何故なら吸血鬼が仲間を増やすという行為は重大な意味を……】
子爵もしばらくして、お風呂の外からでは文章を読んでもらえない事に気がついた。
【……これは困った】

「でも、私の血を吸うなら注意してね」
「何に?」
笑う聖に詠子が笑う。
「私は魔女だもの。魔女の血には色んな意味が有るんだよ」
魔女・十叶詠子はそれだけを告げて、吸血鬼・佐藤聖に背中を預けた。
佐藤聖はそれを単なる出任せだと思えなかった。
348まったりとした時間(5/12) ◆eUaeu3dols :2006/02/18(土) 20:19:12 ID:1Csz2Qdx
古来から血が魔術的に様々な意味を持っている事は言うまでもない。
例えばその一つが他人に血を与える事によるイニシエーションの儀式であり、
坂井悠二に使命……ある種の意志を宿らせた物だ。
だが今回のそれはそこまで大層な物ではない。
佐藤聖は魔女の言葉を聞き、幾らかはそれを信じた。
魔女の言葉は物語に等しく、それを信じれば物語を信じるのに等しい。
それはある種の暗示だ。
後は条件さえ揃えば、詠子は聖の感情を自在に操る事が出来るだろう。が。
「うーん、じゃあ出来るだけ我慢しようかなぁ。なんだか怖いし」
「諦めてはくれないのかなぁ?」
「やだ。こんなに可愛い子もその血も諦められるわけないじゃない」
ぎゅーっ。
聖の腕は詠子の裸体をしかと抱き締め、離す様子は一向になかった。
詠子が掛けた暗示の条件は聖が詠子の血を吸う事だ。
吸い尽くされて死んだり、血の呪縛で支配されたり、
そういった吸血の後に来る困った事柄に対する保険にはなるのだが、
吸血そのものやその他の危機を防ぐ手だてとしては些か不十分だったようだ。
「まあ安心しなさいって。
 ちょっと前に可愛い子から、美味しく“おやつ”を頂いたばかりだからね。
血の方はそうすぐに欲しくなったりしないよ。
 それに体はまだ弱ってるみたいだから、吸血鬼にする以外の乱暴したら壊れちゃうでしょ」
「でもちょっとしたら欲しくなりそうだねぇ、『カルンシュタイン』さんは」
「……晩御飯の時間までは持つってば」
あと3〜4時間しか持たないらしい。
「それじゃあ、私はそれまで囚われのお姫様かな?」
「そういう事になるね。それじゃあ詠子ちゃん」
聖はざばりと湯船から立ち上がり、椅子の方へと詠子に手招きした。
片手にタオル、片手に石鹸、言うまでもなくこの態勢は――
「お姫様のお体を磨いてあげるから、どうぞいらっしゃい」
「それはいいけど、あんまりくすぐったい洗い方しちゃダメだよ?」
――これでも結構危機なんです。
349まったりとした時間(6/12) ◆eUaeu3dols :2006/02/18(土) 20:20:32 ID:1Csz2Qdx
      * * *

【さて、では改めて話をさせてもらって良いだろうか?】
「うん、いいよ」
佐藤聖は詠子を背後から軽く抱き締めたまま返答した。
どうやら逃走防止という実益を兼ねたごく軽いセクハラらしい。
ちなみに、2人とも浴衣を着ている。
「私も、なんで血液のおばけなんかに名前知られてるのか気になったし」
【血液のおばけなどではないとは既に“書いた”はずだ。
 我が名はドイツはグローワース島が前領主ゲルハルト=フォン=バルシュタイン子爵!
 このような姿だが吸血鬼であり、そして紳士なのだよ】
「そうだね、『紳士』さんは紳士だよ」
詠子は子爵の言葉を証明した。
「子爵さんか。……なんでそんな姿なのに吸血鬼なのかとか、
 魂のカタチとかいうのが割と普通なのかとか訊いていい?」
【うむ、話せば長くなるのだが】
「手短にしてほしいな」
【吸血鬼の弱点を無くす研究の結果だよ。ちなみに吸血ではなく光合成が栄養源だ!】
(それは本当に吸血鬼なのだろうか?)
聖は激しく疑問に思ったが、長くなりそうなので訊かない事にした。
続けて詠子が疑問に答える。
「『紳士』さんの魂のカタチが紳士なのは……うーん、そう見えるんだよね、本当に。
 多分、『紳士』さんにとって姿形の変化は大した事じゃないんじゃないかな?」
【その通りだ!
 もちろん、この姿になった事により得た利点、得た不便は数多い。
 だがしかし、そんな事は私が紳士である事には何の関係も無い事なのだよ】
子爵は誇らしげな筆跡でその宣言を書き出す。
聖はそういう物だと納得する事にした。そうしないと話が進まない。
【さて、それはそうと話に移ろう。何故私が君を知っているのかだったね】
子爵の血文字が床に滑らかに文字を書き出していく。
続いた文章に聖は息を呑んだ。
【実は福沢祐巳という少女に出会ってだね】
350まったりとした時間(7/12) ◆eUaeu3dols :2006/02/18(土) 20:21:22 ID:1Csz2Qdx
「祐巳ちゃんに会ったの!?」
【そう、そして……】
子爵の体が次々に文章となりその出来事を綴っていく。
【私が彼女に出会ったのは、怪我をした少女を治療出来る者を捜している時だった】
そこに何が起き、何が何に繋がったのか。
【彼女は自らの無力に嘆き、苦悩していると見えた君を止めたいと願った】
どのような事が起きたか。
【その為に力を欲したのだ。それに伴う苦難や苦痛すらも覚悟した上でね!】
どのような結果を招いたのか。
【私は彼女に希望を見たのだよ。
 この残酷かつ無慈悲なゲームの中で、伴う苦痛すらも受け容れ前進を選んだ少女に】
それをつらつらと綴り終えた。
【私の話はこれで終わりだ】

読み終えた時、聖はむっすりと黙り込んでいた。
先ほどの上機嫌は消え失せ、不機嫌がその顔に満ちている。
だが、その不機嫌やいらいらを目の前の子爵にぶつける事は出来ない。
なぜなら。
「その怪我してた少女、多分アメリアって名前だよ」
【知っているのかね?】
「だって、その子に怪我させたのは私だもん」
【なんと?】
理性も有る今なら、全て自分が発端という事が判っているからだ。
聖は深い溜息を吐いた。
「『こう』なったすぐ後は凄く渇いてたんだ。
 だから襲ったんだけど、あっさり返り討ちにされちゃって……
 でも目が覚めたら、アメリアは手を光らして私に何かしてたの。
 今から思えば元に戻そうとしてたのかな?」
その後、聖は混乱と恐怖、そしてそれと同量以上の渇きに押され反撃に出た。
「で、ザックリ」
聖は手で顔を縦に切るジェスチャーをする。
その切り方は、確かにアメリアに付いていた傷と一致していた。
351まったりとした時間(8/12) ◆eUaeu3dols :2006/02/18(土) 20:22:18 ID:1Csz2Qdx

「もう一方の祐巳ちゃんに決意させた事なんて間違いなく私のせいだし。
 最初の時は渇いててほんと苦しかったからね」
人間としての自分の意志と吸血鬼としての自分の意志の葛藤も有った。
その結果、苦しみを訴えながら祐巳を逃がし……祐巳に人の体を捨てさせてしまった。
【ふむ、君は何も苦しんでいないのかね?】
「渇いてる時はどうにかして欲しいと思うよ。
 生活リズムが夜行性になるのも、ロザリオに触れないのも困るかな。
 あ、こう上げると割と不便も有るんだね」
しかし、血を吸わないと生きていけない事自体は数えない。
それは血だけで生きていけるという利点と、血を飲む事で得られる快感が付属するからだ。
「でも、救ってもらう必要はないんだよね。
 この生き方もなんか気に入ってきちゃったし。
 ……祐巳ちゃんには悪い事したかな?」
【いや、勘違いしないでくれたまえ。
 もちろん君の一件は大きな原因だっただろう。
 しかし彼女はあくまで、君の一件も含んだ大きな悲劇に抗う為に力を望んだのだよ】
「そっか。……由乃ちゃんに、祥子ちゃんまで死んじゃったもんねぇ」
聖は再び深々と溜息を吐く。
吸血鬼と人の情動が釣り合う今では、その溜息は失われた甘美な血への悔やみだけではなく、
本来の佐藤聖としての心底から死者を悼む気持ちも多分に含まれた物だった。
吸血鬼・佐藤聖は、吸血鬼であると同時に佐藤聖でもあるのだ。
もっとも、その逆もまた真だった。
殺人などに対する抵抗も薄くなっている聖は、大切な後輩達の死を悼みはしても、
それにより全てを失ったような喪失感や傷みに苦しむ事はない。
(まあ、私はそんなだけど……)
ふと心配に思う。
「志摩子や祐巳ちゃんはどうしてるのかな。生きてると良いんだけど。
 ……祐巳ちゃん、祥子ちゃんが死んだのを聞いても大丈夫で居られたかな」
「福沢祐巳さんなら、お昼の放送の前に『悪神祭祀』さんに乗っ取られてるよ」
「【…………え?】」
沈黙を守っていた魔女・十叶詠子の唐突な言葉に、聖の声と子爵の文字が驚愕を交えた。
352まったりとした時間(9/12) ◆eUaeu3dols :2006/02/18(土) 20:23:06 ID:1Csz2Qdx
「夢の中で会ったんだけどね、『悪神祭祀』さんはその福沢祐巳さんを乗っ取ってるの。
 名前はカーラっていうんだけど、名簿には載ってないよ。
 『悪神祭祀』さんは支給品のサークレットだから」
驚愕の内容。だが、聖も子爵も気づいている。
彼女の言葉に嘘は無い。
「祐巳さんがもっとも掛け替えのない人の死を聞いたのは正午の放送。
 だけど、その時にはもう『悪神祭祀』さんは福沢祐巳さんを乗っ取ってたの」
「だから祐巳さんは放送を“まだ”知らない。
 『悪神祭祀』さんが祐巳さんから外れるまでね」
「でも、祐巳さんは『悪神祭祀』さんが会った時にはもう絶望してたって言ってたな。
 多分、嘘じゃないと思うけど」

【あれだけの決意をした彼女さえもが絶望に呑まれてしまったと?】
「そう言ってたよ。『悪神祭祀』さんは嘘を吐いてはいなかったと思うな。
 あ、でも私が見たわけじゃあないよ?
 祐巳さんの魂のカタチは『悪神祭祀』さんに隠れて見えなかったもの」
それは確定ではないが極めて確定に近い答えだ。
子爵の血文字は少し、萎びる。
【……一体、何が有ったというのだ】

聖はなんとなく、何があったか予想がついた。
親しかった友達が死に、親しかった先輩(聖の事だ)が吸血鬼になった事以上の苦痛。
吸血鬼とはいえ人の死体の血を飲み干してまで進もうとした心を折る出来事。
それは自らの誓いを踏みにじってしまう行為ではなかろうか。
そう、例えば……
「……誰か、殺しちゃったのかな」
血だまりにぶるりと波紋が浮かんだ。

聖は吸血鬼である事にうまく適応したとはいえ、やはり吸血鬼だ。
倫理観は薄れ、アメリアを抜きにしても一人を殺している事に罪悪感を抱かない。
だが、祐巳がなった食鬼人とやらは吸血鬼とは違い心に影響をもたらさないらしい。
もし祐巳が完全に過ちで人を殺してしまったら、祐巳の心はその事に耐えられるだろうか?
353まったりとした時間(10/12) ◆eUaeu3dols :2006/02/18(土) 20:23:54 ID:1Csz2Qdx
「もしかすると乗っ取られたのも単純に悪いとは言えないのかもね」
もし祐巳自身の心では耐えきれない苦難の時間が乗っ取られるという形で過ぎたなら。
カーラは結果的には祐巳の心を守ったと言える。
「『悪神祭祀』さんもそう言ってたね。そんなカタチって不自然なのにな」
詠子は少し不満げだ。
詠子は“自らの目に映る有るがままの世界”がねじ曲げられているのを放置出来ない。
無邪気な善意と慈悲の心でその歪みを正そうとする。
例えその結果がその人自身の破滅に繋がるとしても、偽りの生より真実の死を求むのだ。
「不自然でもなんでも、死んじゃうよりは良いよ。
 けど一回は会いたいかな。一時的にでも祐巳ちゃんの体を預けておいて大丈夫かどうか」
【ふむ、私も確かめてみたいね。
 彼女の決意が本当に折れてしまったのか。
 彼女が本当に自らの意志でそれを選んだのか】
そして、祐巳を思う者は多かった。
例えその目的が皆で僅かずつ違っていたとしても。

【さて、そろそろ私は行かなくてはならない】
子爵にとって、会話により得られた成果は上々と言える。
聖の現状や祐巳について異変が起きている事などは重要な情報だ。
特に聖が予想したよりも理性的だった事は朗報だと言えたが……
【最後に伝えておこう。私は今、主催者と戦う為の仲間集めをしていてね。
 本当なら出会った皆に協力してもらいたい所だが……】
「可愛い子の血を貰えるなら一緒してもいいよん」
軽やかな笑顔に乗って返った返事は困ったものだ。
【残念ながらそれは約束出来ないのだよ。よって君に仲間になってもらう事も難しいようだ。
 ただ、EDや麗芳という人物に出会ったら、出来るだけ襲わないでもらえるとありがたい】
血文字が続き、2人の容姿を解説する。
「EDに麗芳ちゃんね。麗芳ちゃんは渇いてる時に会ったらごめんって事で」
微妙な返答だが、それでも御の字と言える。更に。
「ふふ、『法典』君や『女帝』さんの他にもそんな人が居るんだね」
【『法典』に『女帝』? その2人についても教えてもらえるかね?】
詠子の呟きにより、子爵の成果はおまけが付いた。
354まったりとした時間(11/12) ◆eUaeu3dols :2006/02/18(土) 20:24:56 ID:1Csz2Qdx

【おっとこうしてはいられない。そろそろ急がねば間に合わないようだ】
成果が増えるのは良い事だが、それにより時間が切羽詰まるのは困った事だ。
残念ながらデイパックとDVDは隣の家に置いて行く事になるだろう。
(なに、後で取りにくればいい)
【ではまた会おう、少女達よ!】
子爵は速やかに文字を並べると、霧の中へ飛び出していった。
急ぎ、しかしあくまで典雅な動きを忘れずに。
紳士の嗜みは例え液体になっても残る物なのであった。



「ねえ、『カルンシュタイン』さん。四つ聞いてもいいかなぁ?」
「ん、なに?」
魔女は吸血鬼と宿に残っていた。
「『紳士』さんと話してる時、隠し事してたよね?」
「うん、リナって子に会った事を隠してたよ。これでも追われる身だもん。
 子爵さんがリナに会いに行って、もしも私の居場所に気づかれたら大変だからね」
「悪い吸血鬼だねぇ」
「うん、悪い吸血鬼さんだよ」
吸血鬼は魔女に頬ずりをした。
愛情と欲情の情をたっぷり篭めて。

「あと、この紐って要らないんじゃないかなぁ?
 『カルンシュタイン』さんなら無しでも逃さないと思うよ」
「念には念を入れただけだから気にしないで良いよ。
 あと、詠子ちゃんは囚われのお姫様なんだからこのくらいしないとね」
魔女の右手は吸血鬼の左手と丈夫な革紐で繋がれていた。
宿の中を調べて偶然見つけた物だ。
余裕は十二分、血流を阻害するほどきつく縛ってもないものの、そう簡単には逃げられまい。
魔女の短剣は取り上げられていないが、革紐の丈夫さは断ち切る前に聖に脱出を報せるだろう。
冗談めかしているものの、詠子は囚われの身となっていた。
355まったりとした時間(12/12) ◆eUaeu3dols :2006/02/18(土) 20:25:56 ID:1Csz2Qdx

「三つ。気になってて言ってない事がまだ有るよね?」
「うん。さっき血を吸ったシャナちゃん、今頃どうしてるかなって思ってね」
自分の事を話していて気づいたが、最初の頃の吸血衝動はとても苦しい。
なりかけのシャナはおそらく一番苦しい時間だろう。
聖としてはそれは可哀想なので……
「血を吸って吸血鬼化を早めてあげたいんだけどね。
 見つかったら殺されちゃうし、そもそもさっきの所に居るかも判らないし」
逃げる事ならできそうだが、勝って血を吸う自信は流石に無い。
吸血鬼は吸血鬼らしく悩んでいた。

「最後。『カルンシュタイン』さんはこれからどうするのかなあ?」
「どうしようかな。
 夜は吸血鬼の時間だから、遊び歩こうとは思ってるんだけど」
シャナは気になるが、見つかると殺されかねず、手が出せない。
子爵の仲間とやらは、まあ、吸血の対象としては後回しにしよう。
祐巳とカーラの事はとても気になるが、何処に居るか見当が付かない。
「やっぱり吸血鬼らしく、可愛い子の血を求めて彷徨おうかな」
緊急食に詠子を連れて。
詠子の体調はまだ万全とは言えないが、抱いても背負っても良いだろう。
「霧が晴れたら夜に明かりは目立つだろうし、この宿で待ち受けるのも良いよね。
 ま、何にしても」
聖は自分のデイパックからパンを取りだすと、詠子に手渡した。
「詠子ちゃんのデイパックはダメになったし、お腹も減ってるでしょ。
 後でもっと体に良い物を作ってあげるから、まずはこれでも食べててね。
 放送の時間だし」


そして、時計は午後6時を指した。

356まったりとした時間(報告) ◆eUaeu3dols :2006/02/18(土) 20:27:01 ID:1Csz2Qdx
【D-8/民宿/1日目/18:00】
【吸血鬼と魔女】
【十叶詠子】
[状態]:やや体調不良、感染症の疑いあり。
[装備]:『物語』を記した幾枚かの紙片 (びしょぬれ)
[道具]:新デイパック(パン6食分、水1000ml、魔女の短剣)
[思考]:まずは放送を聞く。しばらくは無理せず大人しく。
[備考]:右手と聖の左手を数mの革紐で繋がれています。

【佐藤聖】
[状態]:吸血鬼(身体能力大幅向上)
[装備]:剃刀
[道具]:デイパック(支給品一式、シズの血1000ml)
[思考]:身体能力が大幅に向上した事に気づき、多少強気になっている。
    詠子は連れ歩いて保存食兼色々、他に美味しそうな血にありつければそちら優先
    詠子には様々な欲望を抱いているが、だからこそ壊さないように慎重に。
    祐巳(カーラ)の事が気になるが、状況によってはしばらくはそのままでも良いと考えている
    まずは放送を聞く
[備考]:シャナの吸血鬼化が完了する前に聖が死亡すると、シャナの吸血鬼化が解除されます。
    詠子に暗示をかけられた為、詠子の血を吸うと従えられる危険有り(一応、吸血鬼感染は起きる)。
    詠子の右手と自身の左手を数mの革紐で繋いでいます。半ば雰囲気。

【D-8/港/1日目/17:50】
【ゲルハルト・フォン・バルシュタイン(子爵)】
[状態]:ややエネルギー不足、戦闘や行軍が多ければ、朝までにEが不足する可能性がある。
[装備]:なし
[道具]:なし(荷物はD-8の宿の隣の家に放置)
[思考]:放送までに地下通路入り口に急ぎ、EDと合流する
    アメリアの仲間達に彼女の最後を伝え、形見の品を渡す/祐巳(カーラ)が気になる
    EDらと協力してこのイベントを潰す/仲間集めをする
[備考]:祐巳がアメリアを殺したことには思い当たっていません。
 湖のほとり、男女が息を切らして佇んでいた。
 いや、正確には息を切らしているのは女のほうだけだったが。
 佐山御言と宮下藤花だ。
 二人は港町から立ち去ったベルガーを追跡していたのだが。
「……撒かれたね」
 佐山はぽつりと呟く。
 追跡していたベルガーは充満した霧と素早い逃げ足で見事に佐山と宮下を撒いたのだ。
 ベルガーは悠二の死体を持っていたので、佐山が本気で追うなら或いは尾行しきれたかもしれないが。
 宮下を疲労で倒れさせるわけにもいかなかったため、結局彼女を気遣い追跡は断念せざる終えなかった。
「……私のせい、だね。ごめん」
「──いや、私の責任だ。申し訳が無いよ」
 息を切らした宮下の言葉に佐山は口をつぐんだ。
 以前なら、新庄と知り合う前なら「分かってくれて嬉しい」などと答えただろう。
 しかし、そう答えようとしたなら、途中で新庄が口を塞いでくることが想像できた。具体的には首を絞めて。
 胸が僅かに軋む。
 自分を変えてくれた人は奪われた。何者かによって失われた。
 男は言った。
──友人が一人こっちに連れて来られていたが、あっさり殺された。

──この狭い島の中だろうと、そのことに例外は無い。

──どうやってこの島の人間全員を仲間にするのか、よく考えておけ。

 島の人全員を仲間にするということは、或いは新庄を殺したものをも仲間にするということだ。
 或いは今この瞬間、風見を殺したものを、出雲を殺したものを仲間にするということ。
 目の前で宮下藤花を殺戮し、「僕も仲間になるよ! 一緒に頑張ろう!」などと言った者を仲間に出来るか。
 自分はそのときどうなるだろうか。それでも仲間にするのだろうか。
 彼女ならどう答えるか。自分とは逆とはどっちだろうか。
 最大の目標は失わせないことと失わないことだ。だが。
 先ほどのシャナも、男も大事なものを失った。すでに失った者はどうすればいい?
 しかし絶対に言えるのは、泣いてるものの頼みを聞き殺人幇助することでは決して無い。
 だが、どうすれば……
「あれ?」
 突然宮下が呟く。遠くを何か巨大なものが通り過ぎていくのが見えた。
「船…だね」
 それは船だった。全長300M程度の船がゆっくりと海岸沿いを移動していた。
 B-8の難破船が何らかの理由により動き出したものだろうか。船は明かりを灯して移動している。
「まさかアレに乗り込んだんじゃあ…」
 確かにあのサイズの船ならば大人数移動できるだろう。
 しかし佐山は否定した。
「それはどうだろうね。考えてみたまえ宮下君。
先ほどの男は尾行に気づいていただろう。だから我々を撒くような移動をしたのだ。
尾行されていると気づいているものが、わざわざ露骨に怪しいアジトで移動するかね? それなら沖でそっとしていたほうがいいだろう。
海岸を走る理由も無いだろうし。それに移動速度が遅すぎないかね? 以上をもってこれは連中のアジトでは無いと判断するが、どうだね?」
「……すごいね」
「ふふふ尊敬してもらっても構わんよ。──ところで、彼の移動先のことだが」
 地図を取り出す。ここはD-6か7ぐらいのはずだが。湖の側なのは間違いない。
 この辺りから建物というと、小屋、教会、マンション、海を渡って櫓、先ほど否定した船、あとは港町ぐらいだろう。
「ふむ……」
 とりあえず船と港町は除外する。港町はありえないし、船は先ほど否定したので考えないことにする。
 次、小屋はどうだろうか。あの小屋には佐山の名が書いたメモが置いてある。
……あのメモを見ているなら佐山の姓を聞いたときに尊敬や感謝などの反応が返ってきてもいいはずだが……
 よって保留。次は櫓だ。
……櫓に行くならば彼の移動経路はその方角だ。だが行くには海を渡るか、この道だと禁止エリアに引っ掛かる。
 またもや除外。消去法で残ったのはマンションと教会。幸い二つはほぼ同じエリアに位置している。
 調べに行くならまず近場の山小屋と其処だと判断し、地図を閉じる。
「宮下君。決まったよ。まず山小屋に行こう。次は教会かマンション、どちらかだが、とにかくC-6へ向かおう──宮下君?」
「いや、なんだろあの石と思って」
 宮下が指差したそこには、石で出来た簡素な墓があった。
「──宮下君退きたまえ」
 佐山は目聡く岩の陰にある少年の死体を見つけた。
 近づいていく。見るからに死人だ。片腕は無く、胸を突かれている。そしてその格好は──
──オーフェン君を劣化させたような衣装に金髪……マジク少年か……?
 ふむ、と呟き手を合わせた。宮下も死体から目を背けつつ黙祷する。
 ふと佐山は湖の岸を見る。マジクのと思しきデイパックが流れ着いていた。
 開けるとバッグの中は浸水していて、支給品一式と割り箸が入っている。
「マジク少年の遺品、ということになるのかね」

      『 さやま 』

 突然男とも女とも判別できない声が響いた。
 声の発信源は目の前とも思え、そうでないとも思えた。
「……これは、ムキチ君ではないか」
 佐山は湖に向かって話しかけた。
 それは4th-Gの概念核であり、世界そのものの竜だ。
 湖の水の一部が渦を巻き竜の姿となる。後ろから声がした。
「──ふむ。世界の敵ではなく世界そのものか。その少年から世界の敵の残滓が感じられたのだがね」
 気づけば宮下はいつの間にか黒衣装を着込みブギーポップになっていた。
 ブギーは左右非対称の表情を作り佐山を見る。Gsp-2はムキチにコンソールをむけ『ヒサシブリダネッ』と文字が出ている。
「どうもここに来てから暴発が多い。これは明らかな弊害だ」
「一応言っておくがムキチ君は敵ではない。むしろ癒し系だ。──ムキチ君。君はその少年の支給品かね? 何があったか教えてくれたまえ」
 佐山はムキチに問いかける。ムキチはゆっくりと、連続して言を紡いだ。

『わたしは その わりばしに はいってました』
『その しょうねんは まじくと よばれていました』
『まじくは わたしに きづきませんでした』
『そして まじくは うばわれました』
『まじくを くろい めつきのわるい やんきーのひとが とむらいました』
『かれも うばわれた かおを していました』

「オーフェン君か……?」
 佐山は考える。彼はチンピラのようだが常識人で、結局説明できないまま分かれてしまったが。
 そしてムキチは再びさやま、と呼ぶ。

『しんじょうは どこですか?』

 く、と胸が軋む。その痛みも回復の概念で消えるはずだが、痛みは退かず──

『ここには しんじょうの けはいが あります』
『でも しんじょうは ここには いません』
『ここいがいで しんじょうの けはいは しません』
『ここにいて ここにいないのならば』
『しんじょうは どこですか?』

「気配はすれどここには居ない……新庄君は──!」
 胸が張り裂けそうになる。実際張り裂けてしまったほうが楽だろう。
 あ、と声を上げ足が崩れる。地面に跪き脂汗をたらす。
 強制的に空気が漏れていく喉から声を絞り出す。
「──奪われてしまったよ」
 粘度の有る吐息を吐き出し、苦痛に声を震わせる。
 狭心症の所為か、或いは別の何かか。
 頭を掻き毟る。髪の毛が数本千切れた。その痛みが逆に心地よかったが。
 顔を上げる。目の前に、自分とムキチの間にブギーポップが立っていた。

「何かを成そうとするには、まず涙を止めることだ」

 実際には涙は出ていなかったが。
 佐山は無理やり笑みを作った。ブギーも左右非対称の奇妙な表情で返して、後ろに下がる。
 僅かに体を動かすことで全身に力を供給していく。
「もちろん、分かっているとも」
 胸の痛みはだんだん退いていき、佐山は起き上がる。
 脂汗で張り付いた髪を正し、泥のついたスーツを払う。
「ここで泣き叫び、動きを止めては新庄君に対する…新庄君が私にくれた想いに対する冒涜だ」
……胸は痛めど心は悼めど、新庄君の加護があれば耐えていける……!
「ムキチ君。新庄君は奪われた。多くの明日の友人も失った。
 私は奪ったものに償いの打撃を、失ったものに抗う力を与えるために君が、必要だ」
 自分独りで何とかするのは困難で。
 自分独りで仲間を集めるのは厳しい。
 それでも新庄君が居るならば。
 新庄君が私を護ってくれるならば。
 何故それが出来ないことだろうか。
 どうして出来ないことがあろうか……!
『やくそく しましょう ひとつは さやまのなかに しんじょうが ずっと いること』
 マジクのデイパックの中の割り箸を取り出しムキチに向けた。
「佐山御言は新庄の意志と永遠にともにあることを──」
 自分は人を泣かせず、泣いてる者に説こう。君を泣かした状況を作ったものの事を。
 自分は失くさせた者を奪おう。彼の理由を。そして本当に失くさせるべきは何かを問う。
 未知精霊?
 これまで私は新庄君と仲間と未だ知らぬことを見つけてきたのだ。精霊すら知らぬことも見つけよう。
 心の実在?
 心はここにある。新庄君はここにいる。これだけは、誰にも奪えぬ……!

テスタメント!
「契約す!」
 ムキチが割り箸の中に殺到する。割り箸にあいている無数の気孔にムキチの水分が含まれた。
 それでも重さはそう変わらなかったが。と、足元に。
「草の獣……」
 4th-Gの一部、六本足の、犬に似た草の獣が足元に一匹。ぼふっと酸素を吐き出しつつ現れた。
 お手元の割り箸からムキチが告げる。
『もうひとつは うばわれたものは とりかえしましょう』
 Gsp-2のコンソールに『シンプルニネッ』と文字が生まれた。
 同時に耳元でブギーの、ぞっとするような声がした。
「君は世界の力を二つも手に入れた。君は世界の敵に為り得るのか──?」
 それは確認するように、自分では分からず、困惑しているような声だった。
 振り向くとそこには学生服を来た宮下が居た。既にブギーではない。
「佐山君どうしたの?」
「いや……この獣は宮下君が持っていたまえ」
「うわ。これって?」
「ジ・癒し系&和み系アニマルだ。なんと会話機能もついているぞ!」
『みやした?』
「かわいい……」
「それを持っておくと見事に疲れが取れるステキアニマルでもある。さて、それそろ出発しようか」
「あの、佐山君」
 宮下がおずおずと告げる。前々からの疑問だったように。
 佐山はなにかね、と返した。
「どうして佐山君はこんな状況でも冷静に、無理と言われたことをやろうとするのかな?」
 佐山は宮下にまだ詳しくは説明していない事を思い出した。
……そう言えば有耶無耶になったが、詠子君と宮下君がいつの間にか入れ替わってたのだったな。
 説明したところで通じるとも思えないが。佐山は苦笑して言う。
「腐ってなどいられないよ。大事な人が私を見ま」

「うひょー」

「………」
「………」
「腐敗すると発酵するの違いは人間に役に立つか立たないかであり人生は常に発酵している。
うむ。今にも酸っぱい香りが……うぷ。この話は今度の食事のときにでも」
『さやま みやした むし?』
 いつの間にか宮下の手から降りていた草の獣がどこかで見た虫を銜えていた。ちなみに消化器官は無いので銜えてるだけだ。
 佐山はごほんと咳払いをして着衣を正し息を吸う。そして指を刺しつつ一息で叫ぶ。
「オーフェン君改めサッシー二号の友人、元サッシー二号君ではないか……!」
「俺の名前を勝手に改めるなっ! あと誰がそいつの友人だ!」
 後ろの森からオーフェンが飛び出してきた。全力否定しながら。
「真の友情とは耳掻きの綿の部分を噛まない猫と生まれる。By俺の親父の一人息子。
つまり俺を既に甘噛みしているこの生物と友情は生まれるかということだ」
 オーフェンが肩を落とし、半目になる。まあいいやと前置きし彼は佐山を見た。
「また会ったな佐山…だっけか。ここでなにし」
                          放送が鳴った。
【D-6/湖南の岬/1日目・18:00】
『不気味な悪役』
【佐山御言】
[状態]:左手ナイフ貫通(神経は傷ついてない。処置済み)。服がぼろぼろ。 疲労回復中。
[装備]:G-Sp2、閃光手榴弾一個
[道具]:デイパック(支給品一式・パン5食分・水2000ml) 、 マジクのデイパック
    PSG−1の弾丸(数量不明)、地下水脈の地図  木竜ムキチの割り箸
[思考]:参加者すべてを団結し、この場から脱出する。とりあえずオーフェンと会話。
[備考]:親族の話に加え、新庄の話でも狭心症が起こる (若干克服)

【宮下藤花】
[状態]:足に切り傷(処置済み) 疲労回復中。
[装備]:草の獣
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水2000ml) ブギーポップの衣装
[思考]:佐山についていく

※チーム方針:E-5の小屋に行き、その後マンション、教会へ。
【オーフェン】
[状態]:疲労。身体のあちこちに切り傷。
[装備]:牙の塔の紋章×2、スィリー
[道具]:デイパック(支給品一式・パン4食分・水1000ml)
[思考]:クリーオウの捜索。ゲームからの脱出。 佐山と会話。
    0時にE-5小屋に移動。
    (禁止エリアになっていた場合はC-5石段前、それもだめならB-5石段終点)

※ムキチ&草の獣:出展:終わりのクロニクル
・それぞれ装備者及びその周囲の人物の疲労を回復させます
・ムキチ(疲労回復大)、草の獣(疲労回復中)ぐらい
・草の獣はこれ以上分裂、生成できません
・ムキチは消滅、草の獣は破壊されたら再生不可です
・草の獣とムキチとの間で意思疎通が出来ます
・ムキチは他の木製道具に乗り移れます
・ムキチの冷却攻撃は[周囲の温度を徐々に0度まで下げれる]です