1 :
イラストに騙された名無しさん:
"こ の ス レ を 覗 く も の 、 汝 、 一 切 の ネ タ バ レ を 覚 悟 せ よ"
(参加作品内でのネタバレを見ても泣いたり暴れたりしないこと)
※ルール、登場キャラクター等についての詳細はまとめサイトを参照してください。
――――【注意】――――
当企画「ラノベ・ロワイアル」は 40ほどの出版物を元にしていますが、この企画立案、
まとめサイト運営および活動自体はそれらの 出版物の作者や出版元が携わるものではなく、
それらの作品のファンが勝手に行っているものです。
この「ラノベ・ロワイアル」にはそれらの作者の方々は関与されていません。
話の展開についてなど、そちらのほうに感想や要望を出さないで下さい。
テンプレは
>>1-10あたり。
3/4【Dクラッカーズ】 物部景× / 甲斐氷太 / 海野千絵 / 緋崎正介 (ベリアル)
2/2【Missing】 十叶詠子 / 空目恭一
3/3【されど罪人は竜と踊る】 ギギナ / ガユス / クエロ・ラディーン
0/1【アリソン】 ヴィルヘルム・シュルツ×
1/2【ウィザーズブレイン】 ヴァーミリオン・CD・ヘイズ / 天樹錬 ×
2/3【エンジェルハウリング】 フリウ・ハリスコー / ミズー・ビアンカ× / ウルペン
2/2【キーリ】 キーリ / ハーヴェイ
1/4【キノの旅】 キノ / シズ× / キノの師匠 (若いころver)× / ティファナ×
4/4【ザ・サード】 火乃香 / パイフウ / しずく (F) / ブルーブレイカー (蒼い殺戮者)
1/5【スレイヤーズ】 リナ・インバース / アメリア・ウィル・テラス・セイルーン× / ズーマ× / ゼルガディス× / ゼロス×
4/5【チキチキ シリーズ】 袁鳳月 / 李麗芳 / 李淑芳 / 呉星秀 ×/ 趙緑麗
3/3【デュラララ!!】 セルティ・ストゥルルソン / 平和島静雄 / 折原臨也
0/2【バイトでウィザード】 一条京介× / 一条豊花×
4/4【バッカーノ!!】 クレア・スタンフィールド / シャーネ・ラフォレット / アイザック・ディアン / ミリア・ハーヴェント
1/2【ヴぁんぷ】 ゲルハルト=フォン=バルシュタイン子爵 / ヴォッド・スタルフ×
4/5【ブギーポップ】 宮下藤花 (ブギーポップ) / 霧間凪 / フォルテッシモ / 九連内朱巳 / ユージン×
1/1【フォーチュンクエスト】 トレイトン・サブラァニア・ファンデュ (シロちゃん)
2/2【ブラッドジャケット】 アーヴィング・ナイトウォーカー / ハックルボーン神父
3/5【フルメタルパニック】 千鳥かなめ / 相良宗介 / ガウルン ×/ クルツ・ウェーバー× / テレサ・テスタロッサ
3/5【マリア様がみてる】 福沢祐巳 / 小笠原祥子× / 藤堂志摩子 / 島津由乃× / 佐藤聖
0/1【ラグナロク】 ジェイス ×
0/1【リアルバウトハイスクール】 御剣涼子×
2/3【ロードス島戦記】 ディードリット× / アシュラム (黒衣の騎士) / ピロテース
1/1【陰陽ノ京】 慶滋保胤
4/5【終わりのクロニクル】 佐山御言 / 新庄運切× / 出雲覚 / 風見千里 / ×オドー
2/2【学校を出よう】 宮野秀策 / 光明寺茉衣子
1/2【機甲都市伯林】 ダウゲ・ベルガー / ×ヘラード・シュバイツァー
0/2【銀河英雄伝説】 ×ヤン・ウェンリー / ×オフレッサー
5/5【戯言 シリーズ】 いーちゃん / 零崎人識 / 哀川潤 / 萩原子荻 / 匂宮出夢
2/5【涼宮ハルヒ シリーズ】 キョン× / 涼宮ハルヒ× / 長門有希 / 朝比奈みくる× / 古泉一樹
2/2【事件 シリーズ】 エドワース・シーズワークス・マークウィッスル (ED) / ヒースロゥ・クリストフ (風の騎士)
3/3【灼眼のシャナ】 シャナ / 坂井悠二 / マージョリー・ドー
1/1【十二国記】 高里要 (泰麒)
2/4【創竜伝】 小早川奈津子 / 鳥羽茉理× / 竜堂終 / 竜堂始×
2/4【卵王子カイルロッドの苦難】 カイルロッド / イルダーナフ× / アリュセ / リリア×
1/1【撲殺天使ドクロちゃん】 ドクロちゃん
4/4【魔界都市ブルース】 秋せつら / メフィスト / 屍刑四郎 / 美姫
4/5【魔術師オーフェン】 オーフェン / ボルカノ・ボルカン / コミクロン / クリーオウ・エバーラスティン / マジク・リン×
2/2【楽園の魔女たち】 サラ・バーリン / ダナティア・アリール・アンクルージュ
全117名 残り81人
※×=死亡者
【基本ルール】
全員で殺し合いをしてもらい、最後まで生き残った一人が勝者となる。
勝者のみ元の世界に帰ることができる。
ゲームに参加するプレイヤー間でのやりとりに反則はない。
ゲーム開始時、プレイヤーはスタート地点からテレポートさせられMAP上にバラバラに配置される。
プレイヤー全員が死亡した場合、ゲームオーバー(勝者なし)となる。
開催場所は異次元世界であり、どのような能力、魔法、道具等を使用しても外に逃れることは不可能である。
【スタート時の持ち物】
プレイヤーがあらかじめ所有していた武器、装備品、所持品は全て没収。
ただし、義手など体と一体化している武器、装置はその限りではない。
また、衣服とポケットに入るくらいの雑貨(武器は除く)は持ち込みを許される。
ゲーム開始直前にプレイヤーは開催側から以下の物を支給される。
「多少の食料」「飲料水」「懐中電灯」「開催場所の地図」「鉛筆と紙」「方位磁石」「時計」
「デイパック」「名簿」「ランダムアイテム」以上の9品。
「食料」 → 複数個のパン(丸二日分程度)
「飲料水」 → 1リットルのペットボトル×2(真水)
「開催場所の地図」 → 白紙、禁止エリアを判別するための境界線と座標のみ記されている。
「鉛筆と紙」 → 普通の鉛筆と紙。
「方位磁石」 → 安っぽい普通のコンパス。東西南北がわかる。
「時計」 → 普通の時計。時刻がわかる。開催者側が指定する時刻はこの時計で確認する。
「デイパック」→他の荷物を運ぶための小さいリュック。
「名簿」→全ての参加キャラの名前がのっている。
「ランダムアイテム」 → 何かのアイテムが一つ入っている。内容はランダム。
※「ランダムアイテム」は作者が「エントリー作品中のアイテム」と「現実の日常品」の中から自由に選んでください。
必ずしもデイパックに入るサイズである必要はありません。
エルメス(キノの旅)やカーラのサークレット(ロードス島戦記)はこのアイテム扱いでOKです。
また、イベントのバランスを著しく崩してしまうようなトンデモアイテムはやめましょう。
【「呪いの刻印」と禁止エリアについて】
ゲーム開始前からプレイヤーは全員、「呪いの刻印」を押されている。
刻印の呪いが発動すると、そのプレイヤーの魂はデリート(削除)され死ぬ。(例外はない)
開催者側はいつでも自由に呪いを発動させることができる。
この刻印はプレイヤーの生死を常に判断し、開催者側へプレイヤーの生死と現在位置のデータを送っている。
24時間死者が出ない場合は全員の呪いが発動し、全員が死ぬ。
「呪いの刻印」を外すことは専門的な知識がないと難しい。
下手に無理やり取り去ろうとすると呪いが自動的に発動し死ぬことになる。
プレイヤーには説明はされないが、実は盗聴機能があり音声は開催者側に筒抜けである。
開催者側が一定時間毎に指定する禁止エリア内にいると呪いが自動的に発動する。
禁止エリアは2時間ごとに1エリアづつ禁止エリアが増えていく。
【放送について】
放送は6時間ごとに行われる。放送は魔法により頭に直接伝達される。
放送内容は「禁止エリアの場所と指定される時間」「過去6時間に死んだキャラ名」「残りの人数」
「管理者(黒幕の場合も?)の気まぐれなお話」等となっています。
【能力の制限について】
超人的なプレイヤーは能力を制限される。 また、超技術の武器についても同様である。
※体術や技術、身体的な能力について:原作でどんなに強くても、現実のスペシャリストレベルまで能力を落とす。
※魔法や超能力等の超常的な能力と超技術の武器について:効果や破壊力を対個人兵器のレベルまで落とす。
不死身もしくはそれに類する能力について:不死身→致命傷を受けにくい、超回復→高い治癒能力
【本文】
名前欄:タイトル(?/?)※トリップ推奨。
本文:内容
本文の最後に・・・
【名前 死亡】※死亡したキャラが出た場合のみいれる。
【残り○○人】※必ずいれる。
【本文の後に】
【チーム名(メンバー/メンバー)】※個人の場合は書かない。
【座標/場所/時間(何日目・何時)】
【キャラクター名】
[状態]:キャラクターの肉体的、精神的状態を記入。
[装備]:キャラクターが装備している武器など、すぐに使える(使っている)ものを記入。
[道具]:キャラクターがバックパックなどにしまっている武器・アイテムなどを記入。
[思考]:キャラクターの目的と、現在具体的に行っていることを記入。
以下、人数分。
【例】
【SOS団(涼宮ハルヒ/キョン/長門有希)】
【B-4/学校校舎・職員室/2日目・16:20】
【涼宮ハルヒ】
[状態]:左足首を骨折/右ひじの擦過傷は今回で回復。
[装備]:なし/森の人(拳銃)はキョンへと移動。
[道具]:霊液(残り少し)/各種糸セット(未使用)
[思考]:SOS団を全員集める/現在は休憩中
1.書き手になる場合はまず、まとめサイトに目を通すこと。
2.書く前に過去ログ、MAPは確認しましょう。(矛盾のある作品はNG対象です)
3.知らないキャラクターを適当に書かない。(最低でもまとめサイトの詳細ぐらいは目を通してください)
4.イベントのバランスを極端に崩すような話を書くのはやめましょう。
5.話のレス数は10レス以内に留めるよう工夫してください。
6.投稿された作品は最大限尊重しましょう。(問題があれば議論スレへ報告)
7.キャラやネタがかぶることはよくあります。譲り合いの精神を忘れずに。
8.疑問、感想等は該当スレの方へ、本スレには書き込まないよう注意してください。
9.繰り返しますが、これはあくまでファン活動の一環です。作者や出版社に迷惑を掛けないで下さい。
10.ライトノベル板の文字数制限は【名前欄32文字、本文1024文字、ただし32行】です。
11.ライトノベル板の連投防止制限時間は20秒に1回です。
12.更に繰り返しますが、絶対にスレの外へ持ち出さないで下さい。鬱憤も不満も疑問も歓喜も慟哭も、全ては該当スレへ。
【投稿するときの注意】
投稿段階で被るのを防ぐため、投稿する前には必ず雑談・協議スレで
「>???(もっとも最近投下宣言をされた方)さんの後に投下します」
と宣言をして下さい。 いったんリロードし、誰かと被っていないか確認することも忘れずに。
その後、雑談・協議スレで宣言された順番で投稿していただきます。
前の人の投稿が全て終わったのを確認したうえで次の人は投稿を開始してください。
また、順番が回ってきてから15分たっても投稿が開始されない場合、その人は順番から外されます。
9 :
蛇足:2005/05/21(土) 05:10:25 ID:7FPpDxu5
【スレ立ての注意】
このスレッドは、一レス当たりの文字数が多いため、1000まで書き込むことができません。
512kを越えそうになったら、次スレを立ててください。
____
テンプレ終了。
11 :
彼女の哲学 (1/2) ◆MXjjRBLcoQ :2005/05/21(土) 10:42:10 ID:2Q7C9suy
竜人により崩壊した遊園地の一角で、人知れず回り続けるメリーゴーランドがある。
「ハハ、アッハハハ!」
破砕音を伴奏に、悲鳴と笑い声を織り交ぜながら、歌い踊るメリーゴーランド。
その名をマージョリー・ドーと言う。
「ねずみよ回せ、ハッハッハアァ、♪」
伸ばした両手の先には画板ほどの本、グリモア。マルコシアスの意思を表す神器。
今はただの鈍器となって、回転のたび、何がしかと衝突し、それらをことごとく破壊する。
そのつどマルコシアスは、相方の所業に悲鳴を上げた。
「長身、短針、時計の針、♪ ……っとぉ」
相方は足元をふらつかせ、スピードを落とす。片手がこちらから離れグラスへ。
「逆さに順に、回しておくれ、♪」
コインの代わりに、琥珀色の液体の飲み干して、またもメリーゴーランドは回りだす。
元はバーであろう店内は、ほぼ全ての椅子が薙ぎ倒され、机や壁は傷だらけ。まさしく戦闘の後のような様相を呈
している。
飲んでは回り、回っては飲む、それを幾度となく繰り返すマージョリー。
その様はどこか遠心分離機を髣髴とさせた。
押さえの効かない切迫感、その身を焦がす殺戮衝動。それらを搾り出すかの様に、彼女は踊り、回り続けている。
マルコシアスは黙ってそれに付き合っていた。
この島での彼女は少しばかり異常だった。“炎髪灼眼の討ち手”に負かされる前の様に、誰彼かまわず喧嘩を売る。
かと思えば、最後までその態度が続かない。相手が断ればあっさり退く。逃げる敵は追わない。
だからマルコシアスも、そんな彼女をからかいはしたものの、酒を飲みたいという意向には逆らわなかった。今も
為すがままになっている。
(回せ回せ、全部吐き出しちまえば楽にならぁ。我が苦悩する迷い子、マージョドブゥ!)
グリモアがまた一つ、机の脚をへし折った。
「ハハッ、もろ〜い、足一本で倒れるよ〜じゃ、フレイムヘイズは務まらないわよ〜」
倒れる机に向いケタケタ笑いながら、マージョリーは三つ目のビンを空ける。
「せめてこ〜れぐらいは、丈夫でなきゃ〜、アッハハ!」
そのまま加速をつけ、大きく一回転し、
「!」
グリモアをつかむ手を離した。
「んギャァ!」
回転から開放されたマルコシアスは、しかし勢いだけはそのままに、ドアへと叩きつけられる。
「おいおい、いくらなんでもこれはあんまりだろうよ、我が呑んだくれの暴君、マージョリー・ドー」
思わず不平が漏れた。
「……」
しかし返ってきたのは静かな寝息。それを聞いて、“蹂躙の爪牙”は群青色のため息をつく。
(次の放送は十二時か。それまでは静かに寝かせてやるさ)
相棒が、在るが儘にいられるよう、今は静かに眠らせる。“蹂躙の爪牙”と言う名からは、およそ想像もつかない
気使いである。
群青の炎が、本の隙間からかすかにけぶる。
「安き眠りを、我が愛しの眠り姫、マージョリー・ドー」
彼の最後のつぶやきは、相方に届くことなく虚空に散じた。
【E-1/海洋遊園地/1日目・09:30】
【マージョリー・ドー(096)】
[状態]:熟睡中、酔っ払い、二日酔いは確実、怪我は完治
[装備]:神器『グリモア』
[道具]:デイバッグ(支給品入り)
[思考]:胸の内にたまったものを吐き出してから、これからのこと考える。
耳障りな放送の中にミズー・ビアンカの名を聴いた瞬間、鼓動が跳ね上がった。
「……馬鹿な」
耳がいかれたか管理者どもの虚言だろうと、思い込む。
森の中に吹き込む風が枝葉を揺らし、ざわめいた。
風が、吹いている。
虚ろなざわめきを響かせ、嘲笑うように吹いている、
「……っ!」
黙れ、と意志を込めて傍らの樹に拳を打ちつけた。だが木々のざわめきは止まらない。結局その行為は、数枚の葉を視界の中に散らせただけだった。
どうしようもない不愉快さが、じわじわと蝕んでくる。
風が、吹いている。
周囲の木々が嫌に高く見えた――まるで手の届かないところから、こちらを観察しているかのように。
いつだって――
「……いつだって、その瞬間はこともなげに訪れる……」
呟きを音に漏らして。
ウルペンは膝をついた。脱力した手が地面につき、土とは違う何かに当たる。
何気なく手にとって見たそれは、蝉の抜け殻だった。
掌中にあるそれを見て、く、と一息だけ苦笑を漏らす。
風が、吹いている。
木々のざわめきに混じって、足音が響いていた。足音の主は身を隠すことなど知らぬように、全力でこちらへ向かってくる。
叫びが来る。
「お――――!」
憤怒のこもった、雄々しい叫びだ。森の中に吹く風を消し飛ばすように、それは響いていた。
木々に邪魔される視界に、見覚えのある青年の姿が見え隠れしている。
(俺の殺した娘の身内の……庇護者か)
青年は――恐らく先ほどの連中から譲ってもらったのだろう――ナイフを一本、手にしていた。
それでいい。
胸中で呟いて、ウルペンはまだ掌中にあった蝉の抜け殻を握り潰した。
(もう……いや)
落ち葉を潰したような感触が手に来る。それは港町で――リリアという娘を殺した時の感触と似ていた。
(“また”――俺にはなにもない)
ウルペンは炭化銃を放り捨て、ナイフを手に取った。慣れた鋼の輝きが目に映り、意識を――感覚を鋭くさせる。
(俺にはなにもない)
青年との距離が近付いていた。
木々が根を張っている森の中は足場が悪い。青年は何度か根に足を引っ掛けかけるが、それを強い踏み込みでねじふせていた。
風が、吹いている。
風はこちらへ向かって吹いていた。追い風を受ける青年の足取りは森の中とは思えないほどに疾い。
ウルペンはただ黙して鋼の刃を構える。念糸は要らない。
ただ、青年との距離を測る。
(殺害を可能とするのは、すべて距離にかかっている――)
人を殺す距離。人と触れ合う距離。距離。距離。距離……
青年の表情を直視出来るまでに近付いて、気付いた。
彼の放つ怒りの半分は、彼自身に向けられている。
(奪われたのか)
直感した。それは恐らく正しいだろう。そして、奪われたものは取り返せない。
青年の叫びに呼応するように、ウルペンも口を開いた。
風が、吹いている。
口の中に吹き込んでくる風を吸い込み、それを声に変えてウルペンは叫んだ。
「決闘だ――」
馬鹿なことを叫んでいると思う。
“観客”の嘲笑を予想しつつ、ウルペンは叫びを続けた。
「――戦いを終わらせよう。二度目の最後すら奪われた俺を、逆吊りの世界から叩き落せ!」
「お――」
返って来たのは。
「おおあああああああぁっ!!」
風を噛み千切る獅子吼。
獣の絶叫だった。
「は――――!」
絶叫に絶叫で返し、ウルペンは刃を投げた。
左の胸、心臓の部位を狙ったそれは、狙いを違えず真っ直ぐに飛んだ。
なんの偶然も無ければ、刃は確実に青年の臓器へ突き刺さり、そして青年の刃がウルペンの胸に突き刺さっていたはずだった。
なんの偶然も無ければ。
風が、吹いている。
その刹那、一際強く吹いた風が青年の身体を圧し、それによって青年の足取りはわずかに崩れた。
青年の足は木の根に取られ、彼は体勢を崩してこちらに倒れこんだ。
偶然によってウルペンの刃は青年を超えて樹に突き刺さり。
「……これが」
青年の刃は、ウルペンの左肩に突き刺さった。
即座に馬乗りになって拳を振りかぶる青年に構わず、ウルペンは絶叫した。
「これがお前の結果か――――!?」
拳が頬を打った。頭蓋を揺さ振る打撃に意識が弾ける。
と――
ぼやけた視界に、火が映った。
人の頭ほどの大きさの火球。死んでからの記憶にある炎と、酷似している。
(あの娘の……術か)
炎。イムァシアを滅ぼした炎。帝都を滅ぼした炎。殺人精霊の炎。絶対殺人武器の炎。
それらを思い浮かべながら、ウルペンは嘆息した。まだ、意識が揺れている。
(確かなものなどない。帝都は崩壊した。俺は一度死んだ。ミズー・ビアンカも死んだ)
火球が迫る。己を焼き尽くすであろうそれを、静かに――待ち望む。
(流す涙も、遺す言葉もない)
揺れていた意識が纏まり、暗闇の静謐さを取り戻す。
風が、吹いている。
忌々しい風は、まだ吹き続けていた。
火球の熱波が肌を焦がすほどに近付いたその時、
「――アリュセ!」
頬を打つ音が。
「…………!?」
自分を焼き尽くすだったはずの火球は左肩に直撃し、焼き落とした。
それだけだった。
まだ終わっていない。
「……なんだと」
気絶するはずの激痛すら、感じなかった。
脱力した身体で、樹に寄りかかるようにして立ち上がる。
青年の方を見て――状況を理解する。
(俺を殺そうとしたあの娘を……止めたのか)
殺人者にはしたくなかったからだろう。
娘は頬を打たれた衝撃で術の制御を失い、命を奪うはずの術で左腕だけを奪っていった。
「これが……」
口から零れた声は、震えていた。
爪が皮を突き破るほどに拳を握り、ウルペンは叫んだ。
「これが貴様の偶然か」
薄闇の森の中を、どこともしれないところにいるなにかへと、叫ぶ。
「まだ……続くのか、アマワあぁっ!」
その絶叫を最後に、零れるものはなくなった。
風が、吹いている。
奥歯が砕けるほどに噛み締め、指がへし折れるほどに樹を掴む。
「いいだろう。続けてやる……お前の好むように、このゲームを引っ掻き回してやる」
「――待て」
踵を返した刹那、右の肩を掴まれた。
「行かせねえよ。アリュセを人殺しにはさせねえが、……俺ならいい」
「――お前には」
「あ?」
ウルペンは青年の目を見据えて、問いを放った。
「信じるに足るものが、あるか?」
「ある。俺のオンナだ」
青年の即答に苦笑を浮かべ、ウルペンは言った。心の底から。
「それは、――幸いなことだな」
「ああ」
肩を掴む青年の手に、力が入った。
見れば、青年のもう片方の手には、先ほど投げて外れたナイフが握られている。
青年の背後には、青くなった頬を押さえた娘が、視線に殺意と憎悪を込めてこちらを見ていた。
風が、吹いている。
風を受けながら、青年が言う。決意の表情で。
「――ソイツのためにも、お前みたいなのは生かしちゃおけねえ」
「一つ、言っておく」
青年の持っていたナイフはウルペンの左肩とともに失われている。
ウルペンは生気の失せた顔で、青年に告げる――
その刹那。
青年の背後で頬を押さえている娘が、叫んだ。
「糸が――!」
「念糸能力者とは、片腕を失った程度で無力になるものではない」
娘の叫びに青年が反応するよりも早く、既に繋いでいた念糸に思念を通した。
「がァ――ッ!?」
一瞬で脱水症状を起こして膝を付く青年に踵を返し、ウルペンは疾走した。
「――逃がしませんの!」
その背に向かってアリュセが放った火球は、木々に阻まれてウルペンにあたる事無く爆裂した。
彼女は木々の合間を縫うように狙ったが、折り悪く吹いた風がそれを邪魔したのだろう。
風が、吹いている。
二人の視界から抜け出す前に、ウルペンは呟いた。
「――チサト。だったな」
『――――!?』
声にならない疑問の意思を肌で受け止め、呟きを続ける。
「お前の幸いは、俺が奪う」
呟いた言葉は、風に流されて二人に伝わった。
風が、吹いている。
【G−3/森の中/1日目・12:24】
『覚とアリュセ』
【出雲・覚】
[状態]:左腕に銃創あり(出血は止まりました)
[装備]:スペツナズナイフ
[道具]:デイバッグ(支給品一式)/うまか棒50本セット/バニースーツ一式
[思考]:ウルペンを追う/千里、ついでに馬鹿佐山と合流/アリュセの面倒を見る
【アリュセ】
[状態]:健康/気絶中
[装備]:なし
[道具]:デイバッグ(支給品一式)
[思考]:ウルペンを追う/カイルロッドと合流/覚の面倒を見る
『ウルペン』
【ウルペン】
[状態]:左腕が肩から焼き落ちている。行動に支障はない(気力で動いてます)
[装備]:なし
[道具]:デイバッグ(支給品一式)
[思考]:チサトの殺害。
『血を分けた者の死神と』で名前を聞いていた、ってことで。
でも容姿知りません。
「……」
ざく。
枝を土に突き刺し、土を抉り、涙を拭う。
「……」
ざく。
疲労と倦怠感に耐えながら、それを繰り返す。
「……」
ざく。
頭の大きさ程度の穴でも、枝一本で作るのは効率が悪すぎた。
だが、止めるわけにはいかない。どうしても彼を弔いたかった。
「……」
ざく。
「……」
ざく。────『諸君、これより二回目の死亡者発表を、
「……!」
突然、頭の中に見知らぬ声が響く。
おそらく、死者の名を告げるという放送だろう。
手を止めて、声に集中する。
「大丈夫……、あの人は大丈夫。あたしは、信じてる」
枝を強く握りしめ、フリウ・ハリスコーはつぶやいた。
信じるとはどういうことか。
もし信じているというのなら、それは確かめる必要すらない。
もし確かめるというのなら、それは信じていないのと同義である。
そして。
そこにあと一つ何かが加わる前に、最後の偶像は崩れ去った。
──014ミズー・ビアンカ。
「え」
これは人の名前。知っている名前。探している人の名前。
「……え、と」
これは放送。死者の名を告げるための放送。そこで彼女の名前が呼ばれたと言うことは、
「…………ぁ、ぁあああ、あ」
理解した刹那、すべてが崩れ落ちた。
叫ぶような心臓の音が鳴り響く。
かすれた声が口から漏れる。
生温い涙が頬を撫でる。
身体が寒い。
痛い。
「ぁぁぁあ、あああああああああああああああ!」
なぜ。
なぜ彼女なのか。
なぜ彼女が死ぬのか。
なぜ彼女が死ななければならないのか。
なぜ彼女が殺されなければならないのか。
「ああああああああ、あ、ぁ、ぁぁあ」
──ミズー・ビアンカ。
念糸使い。精霊使い。殺し屋。契約者。
自分と同種の力と、痛みを持つ者。
彼女の存在は、ここでの唯一の救い──だった。
「なんで」
ざく。
「なんで、なんで、」
ざく。
「なんで、なんで、なんでなんでなんで!」
ざく。
行き場のない思いを大地に向ける。
怒りや憎しみを向ける相手はいない。
言葉を伝えるべき相手はもういない。
彼女が抱いていた言葉は、もう自分には伝わらない。
「なんで……なん、で…………」
涙だけが際限なく流れていく。
彼女の死は、掴みかけていた希望を完全に打ち崩してしまっていた。
「あたしは……、ちゃんとなにかを選んで、アマワを倒して、それでまたみんなと一緒になれたのに……。
なんでまた、こんなところにひとりでいて、こんなことをしてるの……?」
父が死んだときと同じように、答えの出ない問いかけを繰り返す。
答えがないことは分かっている。答えを求めても意味がないことは分かっている。
「……なんで、あの人が殺されなくちゃいけないの?」
それでも、問わずにはいられなかった。
答えを求めずにはいられなかった。
まるでそれはあの精霊のようだと、しばらくしてから気づいた。
「……」
ざく。
枝を土に突き刺し、土を抉る。涙は止まらない。
「……」
ざく。
疲労と倦怠感に耐えながら、それを繰り返す。
「……」
ざく。
彼を弔う気持ちは変わっていなかったが──墓を作るという行為は、現実逃避の道具にもなっていた。
「…………」
ざく。
そして頭を埋め終わり、フリウは枝から手を離してそのまま大地に横たわった。
帰りたいという気持ちは変わっていない。
死にたくないという気持ちも変わっていない。
ただ、何もする気が起きなかった。
「奪われたものは取り返せない……」
うわごとのように、呟く。
──数ヶ月前に伝えられた彼女の言葉を覚えている。だから、彼女は生きていられる。
それでも、ミズー・ビアンカが死んだ──生命が終ったことは覆らない。
奪われたものは、取り返せない。
「……」
視界に映る空をぼんやりと見つめた。
嫌みなくらいきれいで澄んだ青い空。元の世界とまったく同じ空。
──ふと、ここにはいない仲間のことを思う。
「サリオン達、どうしてるかな……」
きっと、突然いなくなってしまった自分を探している。
……もし自分がここで死んでしまったとして、それを彼らが知ったらどうなるだろうか。
今の自分のように、泣いてくれるのだろうか。
「…………、あたしにはまだ、言葉をくれた人たちがいる。言葉を伝えたい人たちがいる」
幼かったとき、八年前のとき、数ヶ月前のとき。
今までに関わり合った人たちのことを追想する。
本当の父と母。
本当の父のようだった、ベスポルト。
彼が消えた後、自分を支え続けてくれたサリオン。
戦う術と守る術を教えてくれたリス。
スィリー。マリオ。ラズ。アイゼン。マデューとその父。
──そして、ミズー。
「……あの人にも、言葉を伝えたかった人たちがいるよね」
数ヶ月前に彼女が見せた、あの眼を思い出す。
帝都で再会したとき、彼女には仲間がいた。
その後どうなったかは知らないが──きっとひとりではない、誰かがいるはずだ。
「……決めた」
つぶやいて、ゆっくりと立ち上がる。
涙はまだ止まっていない。怪我もまだ治っていない。
彼女の死の衝撃も悲しみも収まっていない。
それでも。
「あの人の仲間に会って、伝えよう。
……奪われたものは取り返せないけど、でも。
あの人をなかったことなんかにしたくない人たちが、あたし以外にもきっといる。
その人たちに、伝えないといけない」
靴跡と涙をぬぐい、胸に強く決意する。
埋葬された死体にしばし黙祷した後、フリウは森の外へと歩き出した。
【A-5/森の中/12:40】
【フリウ・ハリスコー】
[状態]: 精神的ダメージ。右腕に火傷。肋骨骨折。
[装備]: 水晶眼(ウルトプライド)。眼帯なし
[道具]: 支給品一式
[思考]: 元の世界に戻り、ミズーのことを彼女の仲間に伝える。
[備考]:第一回の放送と茉理達の放送を一切聞いていません。
第二回の放送を冒頭しか聞いていません。
ベリアルが死亡したと思っています。ウルトプライドの力が制限されていることをまだ知覚していません。
※ガウルンの死体が頭だけ埋葬されました。
「……」
「……」
殺し合いが行われているとは思えないほど静かな学校の中。
読書にふける空目恭一を、クリーオウはぼんやりと見つめていた。
(……暇)
彼の持ってきた本を読もうともしたのだが、三ページで挫折した。
他の五人が帰ってくるまで、することがない。
「……みんなまだかな?」
「放送まで後二十五分だ。問題が起きていなければ、もうまもなく帰還するだろう」
「問題……。大丈夫、だよね」
「皆戦闘能力があるものばかりだが、五体満足でいるのは難しい。無事に帰ってくることを願うしかない」
断言して、恭一はふたたび本に視線を戻した。
静寂がふたたび訪れる。
(……会話も続かないし)
恭一がいてくれるおかげで不安と恐怖は抑えられているが、やはり沈黙は寂しい。
彼にしてみれば、自分との会話よりも読書の方が面白いのだろう。
隣に人がいるときくらい、その人の方に興味を持ってほしいのだけれど。
(悠二ともっと話せばよかった)
せめて放送まで引き留めておけばよかったと、今更後悔する。
(あ、そういえば缶詰をもらったんだっけ。)
ここに来て以来何にも口にしていないことに気づき、今更空腹感を覚える。
……食欲には勝てず、クリーオウは缶詰とペットボトルをデイパックから取り出した。
「ね、もらった缶詰食べていいかな? みんなと一緒に食べた方がいいけど、お腹がすいちゃって」
「かまわない」
「あ、恭一も食べる?」
「……もらおう」
「はい!」
恭一に缶詰を手渡し、自分も一つ手に取る。
パッケージはない。中身は悠二も知らないらしいが、さすがに毒ではないだろう。
底にあるプルタブをひっぱり、缶を開けた。
「あ、桃だ」
中にはおいしそうな二つ割りの黄桃が入っていた。ここで甘いデザート類が食べられるのは嬉しい。
「そういえば、わたしの住んでる町に爆安缶詰市っていうのがあってね。
一人十個だから、昔マジクが誰かの買い出しに付き合わされて、わたしの約束すっぽかされて……」
まだ旅に出てもいない──彼と同じ学校に通っていたころを思い出して、少し心が沈んでしまう。
(……わたしまた暗くなってる)
自分で話題を出しておいて自分で沈むなんて滑稽すぎる。
その気持ちを振り切るようにかぶりを振り、
「……とにかく食べよう!」
ぬるっとしている桃を、手でつかんで食べた。
恭一も同じように口に運ぶ。
刹那。
「…………!?」
明らかに桃ではない感触と味が口の中に広がった。
──たとえるなら、筋だらけの硬い肉。
焼肉のタレのような濃い味と、汗くさいような味もした。
「…………うー」
「…………」
口からそれを吐きだして、ペットボトルの水を一気に飲んだ。
恭一も珍しく複雑な感情を顔に浮かべている。同じ味だったのだろうか。
彼も自分と顔を見合わせた後、その謎の物体を缶詰に戻──そうとして、止まった。
見ると、缶詰の底に目を向けている。
「……?」
彼の隣に行き、同じく底を覗いてみる。
──そこには、毛筆体でこうかかれていた。
『非情食第一弾・筋肉であそぼう』
「……」
「……」
「他の八つが同じものであるという確証はないが……食べない方が無難だな」
「……うん」
なにせ“第一弾”だ。これより奇妙なものが入っているかもしれない。
「本当に、どうしても、お腹がすいてしょうがなくなったときまでは食べたくないね……」
口直しのパンをかじりながらつぶやく。最初から缶詰でなくこっちにしておけばよかった。
恭一は、こちらのペットボトルから水を一口飲んだ後、すぐにまた読書を再開していた。
(……あんな顔するなんて意外だったな)
恭一があれを食べたときに見せた表情を思い出し、顔を緩ませる。
……彼も、完全に無感情というわけではないようだ。
話しかけたときも、こちらを無下にはされたものの嫌がられたことはなかった。
──素っ気なく返されても積極的に話題を振り続ければ、もう少し親しくなれるかもしれない。
「……恭一!」
「何だ?」
「あのさ、恭一が元の世界にいたときのことを話してくれない……?」
「……ああ、わかった」
少し沈黙した後、あっさりと彼は了承してくれた。
(“物語”に関わることを省けば、問題はないだろう)
そう考え、空目はクリーオウに元の世界の生活のことを話し始めた。
興味津々で質問してくる彼女同様、自らもまた異世界の文化には興味があった。
──彼女の世界とは、文化自体にはかなりの違いがあったが、学校の体系自体はそれほど相違が見られなかった。
(根本的なところでは同じ部分がいくつもある。やはり、平行世界のようなものか)
……おそらくここには、大きく分けて二つの類似した世界から呼び出された参加者達がいる。
クエロ、せつら、そして自分のような、主に科学が発達した世界から来た者達。
サラ、クリーオウ、ゼルガディス、ピロテースのような、主に魔法などの超常現象が発達した世界から来た者達。
(一体、どれくらいの世界から引っぱってきているんだ?
──そもそも、多数の世界から多数の参加者を拉致した目的はなんなのか?)
疑問は次から次へと湧いてくる。余裕があれば、集合したときに議論してみたい。
(……“殺し合う”という条件さえなければ、より多くの世界の住人から知識が得られたのだが──仕方がないな)
異世界の知識の一端に触れることができただけでも、幸運だと考えた方がいい。
──と。
廊下を歩く足音が、耳に入った。
「……」
「……誰か、来た?」
(足音をまったく殺していない。仲間か、殺し合いを望んでいないか……誘い出そうとしているのか)
どちらにしろ、覚悟はしておいた方がいい。
「逃げる準備をしておこう」
「うん」
二人で窓の近くに寄る。鍵は最初に部屋に入ったときに外してあった。
自分のデイパックを手に取り、いつでも開けられるようにジッパーに手を掛けておく。
「……」
クリーオウが不安そうにこちらを見る。
自分も彼女も、戦闘には向いていない。頼れるのはこのデイパックの中身しかない。
──そして、足音が保健室の前で止まった。
「クリーオウ、空目、そこに、いる?」
「──クエロ!」
その声は、確かにあの女性のものだった。
「……! 大丈夫!?」
そして戸が開かれた刹那、クエロが保健室の床に倒れ込んできた。
──外傷は見られないが、相当疲労しているようだ。
それに、顔には涙の跡が見られた。
「ごめん、なさい、少し……休ませて」
「あ、うん……。今、毛布持ってくるから!」
言うなりクリーオウは保健室のベッドへと向かい、クエロに人肌で暖まった毛布をかぶせた。
「……ありがとう」
「怪我はしてない? 包帯とかもあるから」
「……ゼルガディスは、どうした」
「……!」
クリーオウを押しのけ、一番気になっていたことを問う。
──予想は、なんとなくついているが。
「……ごめんなさい。私のせいで、彼は…………殺されたわ」
かすれた声でクエロは言った。
彼女の目から、涙がこぼれ落ちていった。
【D-2/学校1階・保健室/1日目・11:45】
【はぐれ罪人はMissing】
共通行動:学校を放棄する時はチョークで外壁に印をつけて神社へ
【クリーオウ・エバーラスティン】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:支給品一式(ペットボトル残り1と1/3。パンが少し減っている)。缶詰の食料(IAI製8個・中身不明)
[思考]:みんなと協力して脱出する。オーフェンに会いたい
【空目恭一】
[状態]: 健康。感染
[装備]: なし
[道具]: 支給品一式。《地獄天使号》の入ったデイバッグ(出た途端に大暴れ)
[思考]: 刻印の解除。生存し、脱出する。詠子と物語のことを皆に話す
[備考]: 刻印の盗聴その他の機能に気づいている
【クエロ・ラディーン】
[状態]: 精神的に相当の疲労、気を抜くと意識を失うレベル
[装備]: 毛布。魔杖剣<贖罪者マグナス>
[道具]: 支給品一式、高位咒式弾(残り4発)
[思考]: ゼルガディスを殺したことを隠し、ガユスに疑いを向ける。
集団を形成して、出来るだけ信頼を得る。
魔杖剣<内なるナリシア>を探す→後で裏切るかどうか決める(邪魔な人間は殺す)
[備考]: 高位咒式弾の事を隠している
※食べかけの缶詰二つが保健室に放置されています。
「きゃあぁぁっ!」
手持ちぶたさにぼんやりと立っているカイルロッドの元へ、突如井戸の方向からあられもない叫び声が響いた。
それが同行者の少女が発した悲鳴だとは容易に想像がつく。
誰かに襲われでもしたのだろうか。非力な女性を一人にした自分の迂闊さを悔やみつつ、カイルロッドは一目散にそちらへと走った。
「淑芳!?」
木々をかき分け、焦った声でそう叫ぶカイルロッドが見たものは、産まれたままの状態で一人立っている淑芳だった。
――それこそ上から下まで。
裸の少女はそのままの格好でがばっと腕を広げると、カイルロッドへと走り寄り、その胸元にしがみついた。
「むむむむ虫が…そこ、そこにっ!」
指された方向に視線をやれば、淑芳の肩越しに芋虫のような緑色の幼虫が幾匹もうねうねと蠕動しているのが見えた。
ゲームに乗った参加者の襲撃でなかったことにほっとしつつ、しかしそれ以上に困ったことになった現状にカイルロッドは戸惑いを隠せない。
一糸まとわぬ姿の少女に抱きつかれているのだ。これはまあ、お年頃の正常な男性には色々とまずいものがある。
上着にまわされた腕はか細くて、少し力を加えれば折れてしまいそうなほどに儚いし、
そのくせ指先は震えながらもしっかと握り締められていて、無下に振り払うことも出来ない。しかも……。
(こ、これは……この何ともいえない感触は……)
お世辞にも豊満とはいえないバストサイズの淑芳とはいえ、そこはやっぱり女の子。
ほの白い皮膚の表面は傷一つなく艶やかで、肌をはじいた水滴が表面に丸く玉を作っている。
むちむちぷるるんっと柔らかな感触が、女の子! って感じの少し高めの体温と共にカイルロッドへ伝わってきた。
視線を下げれば形よくツンと上向きな二つの乳房がばばんと自己主張しているし、かといって顔を見るのも気恥ずかしい。
淑芳がいつも焚き染めている香の甘い香りが鼻腔をさわさわとくすぐって、カイルロッドの理性をますます誘惑する。
「しゅ、淑芳、その……離れてくれないか……」
湯気が出そうなほどに真っ赤な顔でしどろもどろにうろたえながらそう言うカイルロッド。
しかし、相手は恋にかけては百戦錬磨の淑芳ちゃんである。
何とか雑念を払おうとするカイルロッドの思惑なんぞ、とっくのとうにお見通しだ。
「もう少しだけ、こうさせて下さいませ……」
熱い声でそう囁いて、回した腕にぎゅっと強く力を込める。
そのせいで、淑芳の胸が更にカイルロッドの身体へと押し付けられ、互いの心臓の鼓動まで聞こえそうに密着する。
プリンみたいなそれはぷにぷにっと弾力的で、水浴びをしていたばかりだというのにほんわか温かかった。
淑芳の体温がこちらの身体にゆっくりと移っていくのと同時進行で、下半身の一部に血液が集まっていくのを自覚する。
もっとも、それを気にしているのは当のカイルロッドばかりで、胸を押し付けた当人はまったく頓着していない。
抱きついた体勢のまま、くすんくすんと涙につまった声でカイルロッドへと語りかける。
「私、カイルロッド様に申し訳なくて……。星秀さんのように優秀な神将でさえ、やられてしまう状況ですわ。
私のようなろくに戦えもしない小娘、カイルロッド様にとってただの足手まといですもの」
顔を思い切り伏せてさめざめと泣き始めた淑芳に動揺したカイルロッドは、つい腕を伸ばして彼女を抱きしめてしまった。
彼女の頭へと手を回し、濡れて滑らかに光る銀の髪をそっと梳く。
「そんなことない。俺は君がいてよかったと思ってる。俺一人だったら何をすればよかったかさえ分からなかっただろうから……。
だから、君には感謝してる。俺には、誰か守りたいと思わせるような相手が必要なんだよ」
「……カイルロッド様」
顔を上げた淑芳が、カイルロッドを熱っぽく見つめる。その瞳に涙の跡が微塵もなかったのに、しかしカイルロッドは気付かなかった。
とろりと蕩けた淑芳の視線に射抜かれ、カイルロッドもまた無言になってしまう。
見詰め合う男と女。その均衡を打ち破り、先に動いたのは女の方だった。
淑芳は心持ち顎を上向きにすると、潤んだ双眸をそっと閉じた。踵を持ち上げて背伸びすると、ちゅうっとやるのに何とも丁度よい高さになる。
突き出された唇は桜貝のように愛らしいほんのりピンク色で、紅潮した色っぽいその表情に、カイルロッドも思わずどきんと胸が脈打った。
髪を梳いていた指の動きが止まる。
緊張に揺れる腕を少女の背へとまわすと、その動作に、腕の中の淑芳が少しばかり身体を強張らせるのが分かった。
二つの唇が、熱い吐息と共にそっと重なり合――
――いはしなかった。
「いつまで下らない恋愛ごっこを続けるつもりですか」
二人からすっかり存在を忘れられていた陸が、カイルロッドの足元で声を上げた。
その台詞に正気を取り戻したカイルロッドが、ぱっと淑芳から両手を離す。
一方の淑芳は、一瞬、邪魔しやがってとでも言いたげな憎々しげな顔をしたあと、思い出しように手で身体を覆って大声を上げた。
「きゃぁあっ! この出歯亀っ! 盗撮! 覗きっ!」
「そんな格好でいる自分が悪いんでしょう。まったくこんなときに男漁りだなんて、一体何を考えているんです」
淑芳は、井戸の脇の枝に掛けてあった着物を素早く羽織ると、冷ややかな目の陸に怒り心頭で声を荒げた。
「お、男漁りですってぇ!? 崇高で神聖な恋愛をそんな下劣な行為と同一視してほしくありませんわっ!」
「何が『崇高で神聖』ですか。下らない」
「下らない!? まぁ、そりゃーあなたはいくら喋れても所詮犬畜生。人間様の愛の営みが理解できるとは思えませんから」
「犬畜生!? 」
口論を始めた二人の間で、カイルロッドは気まずそうな顔をして立ち惚けていた。
今のは不可抗力だ。世の中には、据え膳食わぬは何とやらとの格言もあるくらいだし、あんな状況で逃れられる男はそういない。
だから、この胸を高鳴らせる感情は、ただの動揺と興奮だ。
そう己に言い聞かせて、はぁと短く吐息する。
――銀髪の少女に、少しだけ、本気になってしまいそうな自分がいた。
【F-2/井戸の前/一日目、06:55】
【李淑芳】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:支給品一式。雷霆鞭。
[思考]:井戸の水で身を清める/海洋遊園地地下の格納庫にある存在を確認する。兵器ならば破壊
/雷霆鞭の存在を隠し通す/カイルロッドに同行する/麗芳たちを探す
/ゲームからの脱出
【カイルロッド】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:支給品一式。陸(カイルロッドと行動します)
[思考]:井戸のの周りを見回る/海洋遊園地地下の格納庫にある存在を確認する。兵器ならば破壊
/陸と共にシズという男を捜す/イルダーナフ・アリュセ・リリアと合流する
/ゲームからの脱出
[備考]:二人の間に恋愛フラグが立ったり立たなかったりしています。
目を覚ますと、木製の天井が映った。
(ああ……戻ってきたのだったわね)
朦朧とする意識を引きずって、クリーオウと空目の待つ保健室へ辿り着いたところまでは覚えている。
道中、他の参加者に出会わないかどうか気が気ではなかったが。
毛布を被せて貰い、一言二言話をして……そこで安堵してしまったのか、どうやら私は気を失ったらしい。
床に倒れていたはずだが、いつの間にかベッドに寝かされていた。
身体の横に重みを感じる。涙でぐしゃぐしゃになった顔のクリーオウがしがみついていた。
他に、サラとピロテースの姿が見える。彼女達も無事戻ってきたようだ。空目とせつらはどうしたのだろう。
「クリーオウ……」
手を伸ばして頭を撫でてやる。
「クエロ! よかったぁ……気がついた……」
泣き笑いの顔で安堵の声を漏らすクリーオウに、こちらも弱弱しく笑いかける。
図らずも少し睡眠をとったというのに、身体の疲労は取れていなかった。
ゼルガディスの出したあの青白い炎に触れてからだ。いまいましい。
……そう、彼――ゼルガディスのことをごまかさなくては。
「だから言ったろう。気を失っているだけだと」
「だ、だって……!」
枕元にやってきたサラとクリーオウの会話。
この調子では、私が気を失ったことでこの子は大騒ぎしていたに違いない。
「サラ、今の時刻は……?」
「12:10。今さっき、放送でゼルガディスの名が呼ばれた。……何があった?」
ゼルガディスの名が出た瞬間に、服の裾を掴むクリーオウの手がびくっと震えた。
ごめんねクリーオウ、恨むなら彼の用心深さと運の悪さを恨んでね。
「……ええ、話すわ」
精一杯沈痛な表情を浮かべ、私は皆に『事の顛末』を語りだした。
――周辺エリアで、二人の参加者の死体を見つけたこと。
その参加者の支給武器と思われる、"魔杖剣・贖罪者マグナス"を発見したこと。
魔杖剣についてはマニュアルがあったことにした。今後、彼女達の前でこれを使う場面はきっとある。
そして、元いた世界での敵――ガユスとの遭遇――
「なるほど、相手を騙し油断させて寝首を掻くのがその男のスタイルか」
「ええ、でもそれを知っている私がいたから……」
――友好的態度で接してきたガユスと連れの男――彼は緋崎と呼んでいた――は態度を豹変。
私は緋崎の魔術を不意打ちで食らってしまい、今のこんな状態に――
「体内の精霊力に乱れがある……というより、酷く弱っているな。私も精神を磨耗させる精霊を呼べるが、それのさらに強力なものを受けたのだろう」
「そんな……それ、大丈夫なの?」
「しっかりと、まとまった時間の睡眠をとれば問題ないはずだ」
――戦闘が始まった。
だが、私はほとんど前後不覚の状態で、実質二対一。
ゼルガディスは私を足手まといと断じて逃げろと命じ、自身は私が逃げる時間を稼ぐためにそこに残った。
そして、微かに聞こえた、彼の断末魔の声――
「ごめんなさい……私が、もっと注意を払っていれば……こんなことにはならなかったのに……!」
「クエロ……」
嗚咽し、取り乱す私をクリーオウが抱きしめてくれる。
声を出すと自分も泣き崩れそうなのだろう。身体を小刻みに震わせ、必死に声を殺しているのが分かった。
「――それは彼が自分で判断して取った行動の結果だ。あまり気に病まないことだね」
扉を開けてせつらと空目が入ってきた。
せつらはバケツを、空目はポットとトレイを携えている。載ってるのは……インスタントコーヒーの瓶?
「二人ともごくろう。……自分で探せと言っておいて言うのもなんだが、よく見つけたな。空目」
「職員用の給湯室で見つけた。ガス――火種も生きていた」
サラが指示を出して持ってこさせたらしい。
何に使うのかと思ったが、バケツになみなみと入ったお湯を見て、私の汚れを落とすためだと気づいた。
転がって服の炎を消したり、ここへの道中幾度か転倒していたことで、かなり薄汚れてしまっているはず。
……というか、今気づいたけど下着姿じゃない。毛布で見えないけど。
「僥倖だな。さあ、男性陣は向こうを向いているのだ。こちらを向いたら同盟破棄とみなすのでそのつもりで」
「それは大変だ。お湯は水道水を暖めたものだが、よろしいんですね?」
「一応私が浄化する。そこに置け」
ピロテースがなにやらよく分からない言葉を紡ぎながら湯に触れる。
一瞬それを興味深そうに眺めて、せつらはおとなしく窓の外に視線を移した。
「――ギギナ? それも危険人物か」
「ええ。ガユスの仲間で、こっちは戦闘狂よ。……そういえば放送では?」
「呼ばれていない。容姿を詳しく教えてほしい」
保健室に常備されていたタオルで身体を拭きつつ、私はサラの疑問に答える。
汗と土で汚れた身体が綺麗になっていくのはやはり心地よい。
擦り傷や軽い火傷もあったと思うが、それらはピロテースが治したらしい。
もっとも、「精霊を呼ぶ際の消耗が普段より大きいので多用はできない」そうだが。
「はじめに危険人物のリストも作っておくべきだったか」
ギギナの特徴をメモしたサラがそう漏らした。
今回のはリストがあっても避けられなかったと思うけど、それには賛成。
それに、魔杖剣は手に入ったし、邪魔な男も始末できた。
結果オーライとはいえ、悪い展開ではなかったわ。私にとってはね。
「誰か他に危険人物に心当たりのある者はいないか?」
「……特定の個人としてではないが」
サラの言葉に、そう前置きしてピロテースが口を開いた。
「実は、森でゼルガディスの探し人らしき人物を見つけた。死体だったが」
「というと……つまり、アメリア・ウィル・テスラ・セイルーンか」
サラが呟いた。ということは、そのアメリアも放送で呼ばれたのか。
そうなると、残る彼の知り合いはリナとかいう女性一人。
精神的に強いかどうか分からないけど、下手をすると自棄になってゲームに乗りかねないわね。
ピロテースがデイバッグから何かを取り出した。
腕輪とアクセサリー。つまりは、彼女の遺品だろう。
「今となっては当人と断定はできないがな。彼女の死因を探ってみたのだが、どうやら参加者の中にヴァンパイアがいるらしい」
窓際で空目と缶詰談義をしていたせつらが反応した。
「詳しくはな……」
「同盟破棄」
「……振り向いてませんよ。詳しく話してくれませんか」
せつらとピロテースの話を要約すると、こうだ。
曰く、美姫という参加者がヴァンパイア――吸血鬼である。
曰く、咬まれた対象はその眷属となり、血を求める危険な存在となる。
曰く、アメリアには咬み跡があったにもかかわらず、眷属となってはいなかった。
少ない情報だが、ここから導き出される結論は。
「ピロテースが見つけた女性を殺害したのは美姫ではない。他の吸血鬼か似たような存在が殺害した、ということか」
美姫とその何者か。警戒すべき吸血鬼、もしくはそれに酷似したものが、最低でも二人以上いるということ。
魔法、精霊、それに吸血鬼。本当に何でもありね、この世界は。
「ガユス、緋崎正介、ギギナ、美姫、謎の吸血鬼……最後のは容姿が分からないが、判明している危険人物はこんなところか」
サラがまとめつつコーヒーを差し出してくれた。
礼を言って受け取り、一口飲む。……甘い。
クリーオウはこれくらいが丁度いいのか、美味しそうに飲んでいる。
どうやら少しは落ち着いたようだ。
「糖分を摂取して眠るといい。起きたらまた行動開始だ」
「え、私は起きてるよ。皆が寝てる間、見張りを……」
「いいから寝るのだ。今のあなたに必要なのは休息だぞ、クリーオウ」
「それは皆のほう!」
二人が口論しているうちに一気に飲み干し、ベッドに横たわる。
疲れた身体と精神に暖かい飲み物とくれば、次に来るのは眠気だ。
案の定、急激に眠くなってくる。
(悪いわね、ベッド一つ占領させてもらうわよ)
言葉にするつもりだったが、それすらも億劫だ。
心の中でだけそう言って、二人の声をBGMに私は意識を手放した。
【D-2/学校1階・保健室/1日目・12:25】
【魔界楽園のはぐれ罪人はMissing戦記】
共通行動:学校を放棄する時はチョークで外壁に印をつけて神社へ
【クリーオウ・エバーラスティン】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:支給品一式(ペットボトル残り1と1/3。パンが少し減っている)。缶詰の食料(IAI製8個・中身不明)
[思考]:みんなと協力して脱出する。オーフェンに会いたい
【空目恭一】
[状態]: 健康。感染
[装備]: なし
[道具]: 支給品一式。《地獄天使号》の入ったデイバッグ(出た途端に大暴れ)
[思考]: 刻印の解除。生存し、脱出する。詠子と物語のことを皆に話す
[備考]: 刻印の盗聴その他の機能に気づいている
【クエロ・ラディーン】
[状態]: 疲労により睡眠中
[装備]: 毛布。魔杖剣<贖罪者マグナス>
[道具]: 支給品一式、高位咒式弾(残り4発)
[思考]: ゼルガディスを殺したことを隠し、ガユスに疑いを向ける。
集団を形成して、出来るだけ信頼を得る。
魔杖剣<内なるナリシア>を探す→後で裏切るかどうか決める(邪魔な人間は殺す)
[備考]: 高位咒式弾の事を隠している
【サラ・バーリン】
[状態]: 健康
[装備]: 理科室製の爆弾と煙幕、メス、鉗子、断罪者ヨルガ(柄のみ)
[道具]: 支給品二式、断罪者ヨルガの砕けた刀身、『AM3:00にG-8』と書かれた紙と鍵
[思考]: 刻印の解除方法を捜す/まとまった勢力をつくり、ダナティアと合流したい
[備考]: 刻印の盗聴その他の機能に気づいている。刻印はサラ一人では解除不能。
刻印が発動する瞬間とその結果を観測し、データに纏めた。
【秋せつら】
[状態]:健康
[装備]:強臓式拳銃『魔弾の射手』/鋼線(20メートル)
[道具]:支給品一式
[思考]:ピロテースをアシュラムに会わせる/刻印解除に関係する人物をサラに会わせる
依頼達成後は脱出方法を探す
[備考]:せんべい詰め合わせは皆のお腹の中に消えました。刻印の機能を知りました。
【ピロテース】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:デイバッグ(支給品一式)/アメリアの腕輪とアクセサリー
[思考]:アシュラムに会う/邪魔する者は殺す/再会後の行動はアシュラムに依存
――――それでは諸君等の健闘を祈る」
二回目の放送が終った。
放送が終わるとセルティはベルガーに紙を差し出した。
『一応確認しておく。今の放送で名前を呼ばれたアメリア、ゼルガディスの2人は
そちらが捜索を依頼してきた2人のことで間違いはないのだな?』
「間違いない。2人ともリナとかいう女の仲間だ。俺も捜索を頼まれた。」
沈痛な空気がその場を流れる。
『メールか電話で悔やみの気持ちを伝えたほうが良いのだろうか。』
「今はそっとしておいたほうが良いだろう。彼女もかなりのショックを受けているはずだ。
こちらの気持ちを汲み取る余裕はないはずだ。」
『そうか、わかった。残念だ。』
「ああ」
「会話」はそこで止まった。2人ともしばらく「無言」でその場に立ち続ける。
エルメスも今回は珍しく、空気を読んで静かにしている。
(どんどん、人数が減っていくな。私も誰かを殺してしまう時がくるのだろうか。)
セルティはこれからについて考えていた。
自分は保胤ほど平和主義者ではない(つもりだ)
必要であれば、人を殺すことも厭わないだろう。
自分が生き残るために他人を殺す、これは生存原理からすれば当然のことなのかもしれない。
だが無理やりこういう状況におかれて殺し合いをすれば、管理者の思う壺だ。
奴らの狙い通りに行動するつもりはない。
今まではその場その場でどう行動するかを保胤と話し合って判断してきた。
これからは長期的に何をすべきかを決める必要がありそうだ。
しばらく考えた後、セルティは再びベルガーに紙を差し出した。
『とりあえず我々は協力体制をとっている。そちらの目的を教えてくれ。』
ベルガーはセルティの言わんとしていることが良くわからなかった。
「当然、生き残ることだ。それは君も同じはずだ。」
セルティは今度は少し苛立たしげに紙を渡す。
『それは当然だ。質問の仕方が悪かったみたいだな。
生き残るために、そちらは最終的にどう行動するつもりなのか。それを知りたい。』
「ああ、そういう意味か。こちらも全員が全く同じ考えを共有しているわけではない。
このゲームに乗らないらない、という点では一致しているようだがな。
先ほどのリナという女は主催者を殺すことに執着しているようだ。
俺はこの世界から脱出することを最終目標と考えている。
だが、具体的に何をすべきかはまだわからないのが実情だ。
今は地道に各メンバーの仲間を探しながら、情報収集をしていくしかないだろう。
この呪いの刻印もどうにかしなければならないしな。」
ベルガーが首筋の刻印を指差しながら答える。
『なるほど、良くわかった。保胤の話ではこの刻印は魂自体に食い込んでいるらしい。
私もこの刻印をまずはどうにかしなければ、とは思っているのだが・・・
何にしても、保胤が起きたらこれからどうすべきか話し合ってみようと思っている。』
ベルガーは肯く。
「刻印についての情報は重要だ。俺も彼が起きたらもう少し詳しい話を聞いてみるとしよう。」
――――それから程なくして、慶滋保胤が目を覚ました。
【A−1/島津由乃の墓の前/1日目・12:20】
『ライダーズ&陰陽師』
【ダウゲ・ベルガー】
[状態]:心身ともに平常
[装備]:エルメス(停車中) 贄殿遮那 黒い卵(天人の緊急避難装置)
[道具]:デイパック(支給品一式+死体の荷物から得た水・食料)
[思考]:保胤に刻印について聞く。 ムンク組の知人捜し。
・天人の緊急避難装置:所持者の身に危険が及ぶと、最も近い親類の所へと転移させる。
【セルティ(036)】
[状態]:正常
[装備]:黒いライダースーツ
[道具]:デイパック(支給品入り)(ランダムアイテムはまだ不明)、携帯電話
[思考]:静雄の捜索及び味方になる者の捜索。ベルガーとの情報交換。
長期的には何をしていくべきか保胤と話し合う。
【慶滋保胤(070)】
[状態]:不死化(不完全ver)、疲労している(+貧血状態)
[装備]:ボロボロの着物を包帯のように巻きつけている
[道具]:デイパック(支給品入り) 、「不死の酒(未完成)」(残りは約半分くらい)、綿毛のタンポポ
[思考]:静雄の捜索及び味方になる者の捜索。 島津由乃が成仏できるよう願っている
[チーム備考]:しばらくしてから『目指せ建国チーム』と連絡をとる予定。
時計で大まかに二十分。
それだけの時間を置き、ベリアルは部屋に戻る。
新庄とミズー、そして名も知らぬ少女の支給品。そして隠されていた咒式用弾頭を左手に抱えて。
「なんか、壁際で膝抱えてるのがエラい似合ってるけど――どや、落ち着いたか?」
うずくまっていたガユスに声をかける。
「ほっとけ。……ああ、そっちは何とか……な」
言うものの、ガユスの顔色は悪い。失血のためだけでは無いだろう。
ベリアルはガユスの隣に腰掛け、数人分のデイパックを置く。
そしてその中の一つに手を突っ込み、取り出したのは小さな瓶。
「――死にたいんか? なら飲んでもええで」
ひょいと投げ渡すと、ガユスは眼鏡越しにその瓶を見て顔をしかめた。
「青酸カリか。どこにあったんだ? こんなモン」
放置されたデイパックの中だと説明しつつ、新たなデイパックの中身を整理する。
重複する地図や名簿を捨て、ついでに六時の放送分も確認。
「んで、まだ死にたないんやったら手伝ってくれ。十二時の放送も聞いてないやろ?」
小瓶を懐に収め、ガユスがその言葉に頷く。
親しい者の死というショックから虚脱状態に陥った人間には、まず時間を与えて落ち着かせる。
そうして落ち着いた人間は、やるべきことを与えてやると意外に動くのだ。
一種の逃避なのだろうが、それでも気が紛れはするらしい。
しばらくの間、延々とデイパックの整理を続ける。
「武器類も全部頼むわ。他の参加者との交渉材料にもなるし」
不要になったデイパックと名簿、地図は小型の火の玉を使って燃やす。
地図に書き込まれたアイテム情報は、やる気になっている参加者にとっては危険な品だ。
「ともかく、お互いこの怪我や。ろくに動きもとれへん……駆け引きは抜きで、一時休戦。同盟といこうやないか」
「ああ。了解……する以外に無いな」
ちなみに。無論この二人は知らぬ事ではあるが、これほど怪我だらけのチームはこの剣呑な島でも有数である。
「さて、武器の分配はこれでよし、と」
と、ベリアルの言葉に分別の済んだ武器を見――ガユスは溜息。
「思いっきり偏っている気がするのは気のせいですか馬鹿野郎と、お前の右隣の左隣の奴に言ってくれ」
「不満でもあるんか? 戦えるの俺だけやん」
光の剣、蟲の紋章の剣がベリアルの側に。
残りの、ある意味で重いだけな刃物類や現在使用不可能な咒式用弾頭が、ガユスの側に。
「――いや、妥当な選択だ。足を汚した人間に荷物持ちをさせようと言うその心根を除いてはな」
「荷物持ち、兼索敵手や。虎の子の探知機やるんやから、その眼鏡と合わせてしっかり調べてくれな」
とどのつまりは荷物持ちさせるんじゃねえか、と呟きながらも、ガユスは再び回転を始めた頭脳で思考。
我が身の危険は置いておくにしても、新庄やミズーのような状況を二度見るのは勘弁して欲しい。
それが今の正直な気持ちだ。
……となると、やはりクエロを含む危険人物たちをどうにかする必要がある。
色々と思うところがある。が、何をするにもどうするにも、戦力が足りない。
ベリアルという男は、まだ裏切りはしないだろう。
理由として挙げられるのは怪我と先程の戦闘を目撃したこと。
クエロや石ほどの岩の肌の男のような、魔人蠢くこの島の状況。
そこでこの怪我を負ったまま立ち回れるほどの能力は、恐らく今の彼には無い。
となれば、まずはさして使えぬにしろ手近な人間を味方として確保しておきたい……と考えるはず。
こちらはそれに乗り、こちらの目的を達成するのが正しい選択と言うものだろう。
そしてまずは戦力を――そう、場合によってはあのクソ忌々しいギギナを含めて――確保する。
その上でクエロと対峙し……自分は、どうしたいのだろう……そう、自分は、
「ま、ともかく食事といこか。休まんと治る傷も治らへんし」
と、ベリアルの言葉にとりとめもない思考を中断させられ、ガユスは溜息。
苦笑を浮かべ、ペットボトルとパンを取り出す。
「まだ未配布アイテムの記載された地図がある。体力が戻った時点で調べてみるか」
……何とか、しないとな。
【D-1/公民館/1日目/12:52】
『されどDクラは竜と踊る』
【ガユス・レヴィナ・ソレル】
[状態]:右腿(裂傷傷)左腿(刺傷)右腕(裂傷)の三箇所を負傷、及びそれに伴い軽い貧血。
心身ともに疲弊の極みだが、休息によって徐々に回復する見込み。
[装備]:知覚眼鏡(クルーク・ブリレ) 、グルカナイフ、探知機
[道具]:デイパックその1(支給品一式。ナイフ。アイテム名と場所がマーキングされた詳細地図)
デイパックその2(食料二人分、リボルバー(弾数ゼロ)、咒式用弾頭、手斧、缶詰、救急箱)
[思考]:1.休息。 2.戦力(武器、人員)を確保した上で、クエロをどうにかする。
【緋崎正介(ベリアル)】
[状態]:右腕と肋骨の一部を骨折(処置済み)。心身ともに疲弊の極みだが、休息によって徐々に回復する見込み。
[装備]:光の剣、蟲の紋章の剣
[道具]:デイパック(支給品一式) 、風邪薬の小瓶、懐中電灯
[思考]:1.休息。 2.とりあえずガユスと組んで最低限の危機対応能力を確保。 3.カプセルを探す。
*刻印の発信機的機能に気づいています(その他の機能は、まだ正確に判断できていません)
保胤とセルティを追う事は無く、フォルテッシモはそぞろ歩きながらも閃光にやられた目の回復を待つ。
「そろそろ、か?」
立ち止まる。
目頭を抑えて暫く俯き、眼を見開いて周囲を見回すともう視界は元の通りだった。
「……!?」
と、唐突にその足から力が抜け、在り得ない事にフォルテシモはその場に膝をついた。
「どういうことだ?」
あまりにも異様な事態に、フォルテッシモの心が僅かに揺らぐがそれも一瞬の事。
油断ができない気質から、即座に周囲を見渡し攻撃の有無を確認。
――気配は無い。
というよりこれは、
「疲労、だな。心身両面に及んでいる」
いつの間にか、身体が鉛でも詰め込んだかのように重い。
このような状況になる理由に心当たりが無い以上、
「管理者の仕業、だろうな」
考えられる事だ。
自分の能力はあまりに強力すぎる。
手に余ると考え、何らかの制限を設けていたのだろう。
フォルテッシモは自己の肉体の状況を確認し、幾度か空間を裂いて実験を繰り返す。
暫しして、ち、と舌打ち。
「そういう事か……これでは二分も戦えない」
恐らく、空間の罅割れを広げるたびに体力と精神力が奪われる仕組みだ。
万全の体調でも三分以上継続して使い続ければ意識を失ってしまうだろう。
持久戦となる、または波状攻撃を受ければ不覚を取る可能性がある。
「――しかし、なぜ気付かなかった?」
そもそもそのような制限が設けられていれば、もう少し早い段階で気付いても良かったはずだ。
見知らぬ場所に連行されたことによる動揺、殺し合いを強制される事による精神への圧迫。
いずれも自分には無縁のはずだが、どうしてか気付かなかった。
「まさか、つまり」
自分の精神性や意識のありようにさえも若干の制限が生じている、ということか。
「どうする? いや――変わらないか」
ほんの少しばかり油断や隙が生じる可能性が出たところで、大した問題ではない。
第一、そもそも自分と三分以上まともに渡り合える存在など、それだけでも珍し……
「ああ、そうでもない」
あの風の騎士ならば、あるいはそこまで達するやも知れない。
――この面倒な制限、解除する方法を考えてみるか。
【B−2/砂漠の中/1日目・08:41】
【フォルテッシモ(049)】
【状態】心身に疲労(二分以上の戦闘は不可能)
【装備】ラジオ
【道具】荷物ワンセット
【思考】休息を取りつつ強者探し。風の騎士と満足のいく戦いをするため、制限解除の方法を探る
【行動】適当に移動し、安全そうな場所で休息を取り、また移動、という行動を繰り返します
【備考】保胤の隠れた力に気がつく
注:体力が回復しても三分以上は連続して戦えません。稀に、微かな油断をするやもしれません
(なにをやってるのかしらね、私は……)
心が暗く沈んでいくのを自覚しながら、パイフウはその長い髪を掻き分けた。
黒髪が水のように空を滑る。
ただそれだけの動作が絵になるほど、彼女の美貌は際立っていた。
もっとも、唯一のギャラリーは見惚れるような迂闊さとは無縁だったが。
パイフウの物憂げな黒瞳が自身の手元を注視する。
117人の名前が連なった名簿。
その内の36個は斜線が引かれ、この世界から削り取られている。
パイフウ自身が削った名前は――彼女の認識とは一人分違い――わずかに二つ。
彼女の背景を考えるなら、間違いなく少ないといえる。
(……歯車が狂ってる。重症ね)
パイフウは静かに認めた。
森では素人と大差ない二人相手に骨を折られ、逃亡し、どちらか片方さえ殺せなかった。
少女の催眠術に手を焼いたのは確かだが、普段なら少女の接近にわけなく気づいたはずだ。
少年とあわせて、瞬きする間に殺せる程度の障害。
それを越えられなかった理由はなにか。
(技が鈍っている以前の問題。今の私じゃ素人ですら殺せない。
……そんな私がこの男を相手にしたら、一分と持たないでしょうね)
黒衣の騎士は堰月刀を握ったまま、黙して地面を見ている。
休んでいるようでその実隙がない。
こちらが動けば刹那の間に対応するだろう。
さらには、地下に行けばこの男の主とやらがいる。
思い出すだけで背筋が冷たくなるあの威圧感。
見えざる棘のように肌を、肉を刺し貫く鋭利な冷気。
心臓を鷲づかみにされたような感触がパイフウに警鐘を鳴らしている。
地下にいる化け物に、関わるべきではないと。
もちろん自分から関わる気はなかったが……
「そんなことを気にする時点で、らしくないんでしょうね」
空気に溶けるほど淡く、パイフウは自嘲の笑みを浮かべた。
会話すらなく教会内で時間が過ぎる。
大雑把に推測して、放送から一時間といったところか。
左の鎖骨はいまだに繋がらない。
もともとそう簡単に治るものでもないが、治癒が遅いと感じるのも事実だった。
(気が弱まってるのかしら)
ヒーリングにはいつもと同じだけの厚みを持った気を練っている。
それにも関わらず、作用する効果自体は弱まっているようだった。
(こういった違和感の積み重なりが歯車を狂わせている。
気がつかないうちに、他の身体能力も下がっていたのかもしれない)
この島に来てからの戦闘を回想する。
軟派な金髪の男は動けないところを蜂の巣にしたので除外。
城での乱戦、住宅街での奇襲、森での遭遇戦。
なるほど。
あらためて考えてみれば、普段の自分と比べて動きがわずかにずれている……ような気がする。
まあ、とっかかりになればなんでもいい。
パイフウは一つうなずくと、自身の能力を下方修正して思考を打ち切った。
後は骨折が治るまでやることがない。
黒衣の男と地下を含め、周囲への警戒は怠らないが。
ステンドグラスをくぐった陽光が、柔らかくパイフウを包んでいた。
その光の暖かさは、彼女の職場たる保健室で感じるそれに似ている。
(エンポリウム、か。あの子ならどうするのかしらね)
家ともいえる街を人質に取られて、殺人を強要されたとしたら。
火乃香がどうするか、パイフウにはわからなかった。
エンポリウムを見捨てられるとも思えなかったし、マーダーとして暗躍するとも思えなかった。
ディートリッヒらを倒そうとするのが一番ありえそうではあるが、現状では不可能だ。
パイフウの視線が自身の左手に注がれる。
殺し合いにおいて致命的なハンデを負った左腕。
動かそうとして生じた激痛に眉一つ動かさずに耐え、パイフウは胸中で苦笑した。
(やっぱりあの子に汚れ役をやらせるわけにはいかないわ)
そもそもディートリッヒが約束を守るかも怪しいが、そこは相手を信用するしかない。
自分を見限ったディートリッヒが火乃香に接触することだけは、絶対に避けたかった。
なんせまだ三人しか殺していないのだ。
残念ながらこれ以上休んでいる時間はないだろう。
不安要素を残したまま、パイフウは行動を決意した。
「行くわ」
「そうか」
唐突なパイフウの台詞に、黒衣の騎士は短く答えた。
パイフウの肩が完治していないのは見抜いているだろうが、特に言及してくることはない。
アシュラムにとっては主の眠りさえ妨げなければどうでもいいのだろう。
パイフウは長い黒髪を手でかきあげると、入り口に向けて歩き出す。
いまだ肩は治っていないので、ウェポン・システムを右手で扱えるようホルスターはずらした。
一流を相手に格闘戦はつらいかもしれないが、早撃ちと組み合わせれば切り抜けられるだろう。
(ディートリッヒは気に入らないけれど……仕方ないわ。尻尾を出すまで待ちましょう)
もう余計なことを考える必要はない。
主催者も参加者も関係なく、一人を除いた、この島にある全ての命をただ摘み取ろう。
最高性能の殺人機械として。
文字通りの“生き人形”として。
いつもどおり無感情に、この世界を俯瞰するだけだ。
淡い陽光の中扉に手をかけて、美しき死神は笑いもせずに囁いた。
「次に会うときは、あなたの主も含めて殺すわ」
アシュラムは動じず、沈黙を保った。
パイフウは揺るがず、扉をくぐった。
教会が、再び静寂に沈んだ。
【D-6/教会/1日目・13:10】
【アシュラム】
[状態]:健康/催眠状態
[装備]:青龍堰月刀
[道具];冠
[思考]:美姫に仇なすものを斬る
【パイフウ】
[状態]左鎖骨骨折(多少回復・処置中断)
[装備]ウェポン・システム(スコープは付いていない) 、メス
[道具]デイバック(支給品)×2
[思考]1.主催側の犬として殺戮を 2.火乃香を捜す
サラとせつらが地下連絡通路から出ると、そこは城の地下室だった。
争いの様子が無い――そもそも人が居ない――事を確認し、慎重に調査を始めると、
しばらくして彼らは、僅かに漂う血の臭いに気づいた。
そして、その臭いの元となっている部屋を見つけ、踏み込んだ。
「――またも死体か」
開け放たれた扉からは鼻をつく濃厚な血の臭いが漂っている。
これが僅かにしか感じられなかったのは、単に距離が遠かったからにすぎない。
この部屋の中でなら、例え嗅覚が塞がっていても舌で血の味を感じるだろう。
「これは酷いな、殆ど抵抗できずに撃ち殺されている。
最初に足を撃たれ、その後に蜂の巣にされたようだ」
サラは、金髪の男の死体を見下ろしながら言う。
「死後硬直は殆ど完了している。8時間近く経っているな」
「ドッグタグが付いています。軍人さんかな? クルツ・ウェーバー、だそうです」
「その名前なら6時の放送の時に名前が有った」
淡々と会話をかわしながら検屍を終え、遺留品を纏める。
まずは廊下に落ちていた粉々になった謎のアンプル。
サラは匂いを嗅ぎ……心当たりを感じて一舐めすると、呑み込まずに吐いて、言った。
「揮発性の強い興奮剤だ。アンプルが割られた時に、対処無しにそれを吸い込めば、
動揺して冷静な判断がしづらくなるだろう。戦闘か交渉に使われたのかもしれない」
次に、クルツ・ウェーバーの物と思われるデイパック。
水はこれ以上要らないとしても、パンはもらっておくに越した事は無い。
そして、最後に……
「さて。……なんだろうな、これは?」
おそらくはクルツの支給品と思われる奇妙な筒を手に取る。
「なんでしょうね。実験してみたらどうですか?」
「そうだな、そうしよう」
即決実行。サラは筒を壁に向けると、迷わずスイッチを押した。そして――
「これは良い物ですね。僕にピッタリだ」
――せつらの声に思わず喜色が混じった。
今、この超人は、この島で得うる支給品の中でも最高の物に出会ったのだ。
すなわちそれは、秋せつらにブギーポップのワイヤーである。
「やたらと物に恵まれてきたな、わたし達は。とんとん拍子が過ぎる」
「生きている人間にはとんと会えませんけどね」
一つ目の死体でのリサイクル。二つ目の死体の遺留品。
この二つの死体との出会いにより、彼らの装備は万全となった。
だが、裏を返せば、彼らはまだ死者にしか出会えていなかった。
「さっきの放送の人達も死んでいる公算が高いですし。物騒な事です」
11時になる少し前の、おそらくは何らかの支給品か、あるいは放送施設で行われた、
非戦の呼びかけ。それを遮った銃声。そして、悲鳴と断末魔。
それにより得られた情報も有ったが、同時にまた、(確定ではないが)人が死んだのだ。
「この調子で生者に会えなければ、人を捜そうにもどうしようもないな」
上級魔術師と魔界都市一の捜し屋が揃っても、人に会わずして捜し人を見つけるのは困難だ。
「この城、他にも人が居そうなんですけどねぇ」
「時間があれば念入りに調べるのだが」
時刻は11時を回った。
幾ら地下通路により安全且つ一直線の移動が出来るとはいえ、
そろそろ帰還を考えなければいけない時刻だ。
「この部屋を見たら最後にしよう」
扉を開いた。
その部屋は、またも血の臭いが漂っていた。
だが、そこには生者が居た。
彼は傷を負い、その上に意識を失っていた。
それは危機的状況だった。
もちろん、その状況自体が極めて危険な事は言うまでもないが、
それに加え、彼の倒れていたエリアは半日足らずでゆうに5回もの殺し合いが発生した、
いわばこの殺人ゲームの過密地と言えるとんでもないエリアだったからである。
その割に死者が2人に納まっている事はむしろ幸運だろう。
他に歩く死者が出入りしたり、普通なら死ぬ瀕死人が転がっているが、それはさておき。
そんな、とんでもなく危険で不幸中の僅かに幸運な場所で、
半日足らずで二度目の気絶に陥った不幸な青年は、今回も生きたまま目覚める事が出来た。
正しく地獄に仏と言うべき事であった。
ただ、その目覚めは強烈な刺激臭を伴っていたが。
「〜〜〜〜っ!?」
ツーンと鼻に来る強烈な刺激臭に無理やり夢から引きずり起こされ、
思わず飛び起き――
その時、彼は確かに「カーン」という澄んだ音と共にキラキラ星を目撃した
――もう一度石床に逆戻りし、頭を打ち付け呻き声を上げた。
(な、何ですか一体!?)
必至に状況を把握しようと試みる。
今、どこで、自分は、どうなっている? 何が起きた?
しばらく目を瞬かせていると、徐々に目が慣れてきた。
……そこには、一組の美しい男女が立っていた。
一人は息を呑む程に美しい青年。
彼自身、整った美形と甘いマスクで同性には疎まれる人間だったが、
目の前の青年はそれとは別、同性でさえ文句の付けようがない美形だった。
しかし、その表情は茫洋と緩んでおり、そのおかげでバランスが取れていた。
もう一人はそれよりは劣るが、整った容姿の女性。
綺麗な白い肌。黒い髪には艶があり、瞳は深く神秘的な色合いの藍色をしている。
その表情はまるで感情の見えない鉄面皮であり、
左手には刺激臭の根源らしき薬品の浸みた脱脂綿を。そして、右手には――
そして、右手には――フライパンが握られていた。
おそらくこれが真っ昼間に星を見た原因だろう。
(……な、なぜ?)
その視線を受けて、彼女は「ああ、これか」とフライパンに目を落とした。
よく見ると彼女の足下にはおたまも転がっていた。
「いや、地球という世界ではフライパンをおたまで叩いて起こすのだと読んで」
「それで、やってみようと?」
隣の青年が少し呆れた調子で尋ねると、彼女は重々しく頷いた。
「この殺伐とした世界で円滑にコミュニケーションを取るには、場を和ませる必要が有る。
まず気付け薬で起こした後にフライパンをおたまで叩くつもりだったのだが……
急に起きあがってきて頭がぶつかりそうだったので咄嗟にガードしてしまった。いや、すまない」
この場にツッコミ人種が居れば全力で色々とツッコミを入れただろうが、生憎とこの場には居らず、
無表情無感動鉄面皮な確信犯的ボケ役を止める者は居なかった。
「僕は古泉一樹と言います。誰かは知りませんが、初めまして」
「僕は秋せつらです。それにしても災難でしたね」
更に他2名、鮮やかなスルーに成功。
「わたしはサラ・バーリンだ。よろしく頼む」
冗談が滑る事に慣れているサラも、流れるように話に付いていった。
話は流れた。
「ところで、あなたはアシュラムという人に会った事は有りませんか?」
「アシュラムさん、ですか? 少なくとも名前を聞いた事は有りませんね」
「そうですか。外見は黒い髪で……」
せつらはピロテースから聞いたアシュラムの外見を伝えたが、古泉はやはり首を振った。
「ではアメリアやリナ、オーフェン……あと、ダナティア殿下に会った事も無いだろうか?」
サラの言葉にも、古泉は首を振った。これもまた、どれも知らない人だった。
「お役に立てず、残念です。ところで僕の方からもお訊きしたいのですが……」
そして、古泉の捜し人もやはり、せつらもサラも知らなかった。
「出会ったら、あなたが捜していると伝えておきましょうか? 僕達は集団で人を捜している」
目の前の青年が危険人物でないという保証は無い。だから、言付けだけを提案した。
それに対し、古泉は少し考えて言った。
「……そうですね、お願いします。それと『去年の雪山合宿のあの人の話』と伝えて下さい」
古泉の奇妙な言付けを預かると、サラはデイパック一つ分のパンを取りだした。
「どうか受け取って欲しい」
「はあ、これはどうも」
首を傾げながら受け取る。
少し血の臭いが付いているが、薬品を染み込ませたような様子は無い。
「だけど、何故です?」
「荷物が思ったより多くなったので、やはり少し減らそうと思ったのだ」
判らないでもない理由だ。パンは重さこそ無いが、体積が有る。
「さて、わたし達はそろそろ戻らないといけないな」
「そうですね。それでは僕達は行くとします。
そうそう、捜し人もまた僕達の仲間と言えます。貴方が敵対する事にならないと良いですね」
裏を返せば、捜し人と敵対すれば、彼らとも敵対する事になると釘を刺したわけだ。
「だけど、生きた捜し人の発見に繋がる情報を提供して頂けたなら、相応の謝礼はしますよ。
僕の支給品の銃をあげてもいい」
「飴と鞭ですか。判りました、次に会った時に僕が何か情報を得ていたら差し上げますよ」
(この島で銃器を頂けるとは豪気な話ですね。僕の持っていた銃は取られてしまいましたし。
最も、鉛玉だけくれてやる、という事になる事も考えられます。警戒はしなければ)
敵でないからといって利用して捨てられる危険性は有るのだ。
古泉はまだ少しだけ警戒していた。
「ではごきげんよう。あと、自力で銃弾を摘出したのはあっぱれだが、包帯はキチンと巻くべきだ」
「はい、さようなら。あの時は、余裕が有りませんでしたから」
苦笑しつつサラに返事を返す。我ながらよくやったものだ。
肩を見てみると、そこには……キチンと巻いてある新しい包帯が見えた。
もしも彼が物を透視する事が出来たなら、その下の銃創まで縫合してあるのが見えただろう。
「これは……」
あなたがしてくれたのですか? そう言おうと振り返った時、二人は既に居なくなっていた。
(長門さんのように、何らかの手段で高速で移動する事が出来る人達なのか?)
少なくとも、ただ者ではない。
「敵に回したくはありませんね。さて、僕も行かないと……」
また気絶したせいでかなり時間が経ってしまったが、今度こそ長門有希を捜さなければならない。
怪我をした肩を庇いながら立ち上がると、古泉は歩き出した。
「今の時間は……11時40分か。この通路が無ければ帰りが間に合っていないな」
「だからこそ縫合までしたんでしょう? あの治療は10分以上も掛かりましたよ」
「すまない。医術は専門でない事が祟ったか」
サラの治療は特別遅かったわけではなく、むしろ開業医になれる程の手早さだったのだが、
世界最高――いや、ここに連れてこられた者達の元居た世界全ての歴史を全て掘り返しても、
一人とて居ないほどの超人的医者を親友に持つせつらから見れば、稚拙に映った事は否めない。
だから、流石に『そうでもない』等という言葉は掛けず、ただ歩き続けた。
しばらく、無言で歩き続ける。
所々に付けられた光量の低い照明に照らされ、薄暗い通路は延々と続いている。
十数分歩けば出られるというのに、永遠に歩き続けるような錯覚すら感じる。
「ところで、あのワイヤーの具合はどうだった?」
唐突にサラが訊いた。
「ああ、良い物でしたよ。僕の本来の妖糸ほどでは無いにしても、かなり質の良い物です。
ただ……少々頑張って洗わないといけないでしょうが」
ワイヤーが有った場所が場所だ。
ワイヤーは入れ物である筒ごと、べっとりとクルツ・ウェーバーの血に沈んでいた。
他の武器ならいざ知らず、細く軽く鋭くしなやかなのが売りの金属ワイヤーはそうは行かない。
「帰ったら、化学室から金属を腐食させずに凝固した血液を溶かせる薬品を出してこよう。
水で薄めてバケツに入れて、部屋の隅において2〜3時間。それで使えるようになる」
「それじゃ、そうする事にします。助かります」
彼らは地下通路を歩き続けた。
彼らの仲間の一人は、彼らのように幸運な成果を得られず、命を落とした事を露知らずに。
【G-4/城の地下・隠し連絡通路(学校へと移動中)/1日目・11:40】
【サラ・バーリン】
[状態]: 健康
[装備]: 理科室製の爆弾と煙幕、メス、鉗子、断罪者ヨルガ(柄のみ)
[道具]: 支給品二式、断罪者ヨルガの砕けた刀身、『AM3:00にG-8』と書かれた紙と鍵
[思考]: 刻印の解除方法を捜す/まとまった勢力をつくり、ダナティアと合流したい
[備考]: 刻印の盗聴その他の機能に気づいている。刻印はサラ一人では解除不能。
刻印が発動する瞬間とその結果を観測し、データに纏めた。
【秋せつら】
[状態]:健康
[装備]:強臓式拳銃『魔弾の射手』/鋼線(20メートル)/ブギーポップのワイヤー(備考に注意)
[道具]:支給品一式
[思考]:ピロテースをアシュラムに会わせる/刻印解除に関係する人物をサラに会わせる
依頼達成後は脱出方法を探す
[備考]:せんべい詰め合わせは皆のお腹の中に消えました。刻印の機能を知りました。
ブギーポップのワイヤーは帰ったら洗浄液入りバケツに漬け込み、部屋の隅に置きます。
※:この二人はこの後、真実と事実に続きます。
【G-4/城の中/1日目・11:40】
【古泉一樹】
[状態]:左肩、右足に銃創(縫合し包帯が巻いてある)
[装備]:なし
[道具]:デイパック(支給品一式) ペットボトルの水は満タン。パンは2人分。
[思考]:長門有希を探す
チサト ――あの青年が確かだと思うもの、彼の幸い、彼の真実。自分はそれを、奪う。
アストラ ――己が確かだと思いたかったもの、己の妻。殺人精霊はもう居ない。
そして彼女の対なるミズーもまた――
( ――俺にはまた 何も無い)
一歩、また一歩を踏みしめながらは、ウルペンはひたすらにその言葉を繰り返す。
信じるに足る物など何も無い世界。
帝都、契約、絶対殺人武器。
それらは風のようにすり抜けていき、手の中には何も残らなかった。
心の奥に虚しさだけが募る。
信じるに足るものなど何も…
「…いや、一つあるか」
思わず声が漏れ、唇が皮肉に歪む。
それでも歩みはとまらない。
――死――
彼がもたらし、彼に訪れ、彼の真実を奪い去った事もある。死。
この世界において唯一信じるに足る、必ず果たされる約束、いや、契約。
かつて信じていた契約、己の不死を保証するそれとは違う。
「契約者」の死、彼はそれを目撃した。
また「契約者」であった自身の死、それもこともなげに訪れた。
しかし、その死によって証明された事もある。
『奪われないものなどなにもない』
それだけが、唯一絶対の真実。
(皮肉なものだな…。逆吊りの聖者には相応しい)
おそらく、それは絶望なのだろう。
規則性に欠けながらも途切れる事の無い歩調の中で自覚する。
俺は絶望しているのだ――と。
唐突に、先ほどの青年の決然とした表情が浮かんだ。
信じるものがあるかと言う問いに、即座に答えたその表情。
――彼にも絶望を。
絶望した心中に生まれた願望――チサトを殺し、彼から奪う。彼に絶望を教える事。
それは何か儀式めいた意味を持つように感じられた。
例え倒錯であったとしても構わない。
いや、あの青年だけでは飽き足らない。
参加者の全て。
絶望を知らない者の全て。
既に死したはずの自分と出会う生者の全て。
このゲームという名の殺しあいに否応無く飲み込まれた全てに。
思い知らせてやるのだ。死と喪失だけが人に約束された唯一のものだと。
そして―― やがては自身にも再び死が訪れるだろう。
だが、それまでに、果たしたい望みがある。チサト――
「これで…」
自然と歩調が早まる。
確かなものはなにもない、それが答え。自分はそれを証明する。
「これで満足か、アマワァあああああ!」
いつしか彼の内、出血に喘ぐ男の内は外見も知らぬ女と異形の怪物の姿に占められつつあった。
やるべき事は決まっている。
チサトを殺し、全てを殺し、アマワに答えを突きつけるのだ!
この島のどこかにいるアマワに…
彼は歩みをとめない――
『地図の空白が失われた時、怪物はどこにいくのだろう?』
【G−3/森の中/1日目・12:30】
『ウルペン』
【ウルペン】
[状態]:左腕が肩から焼き落ちている。行動に支障はない(気力で動いてます)
[装備]:なし
[道具]:デイバッグ(支給品一式)
[思考]:1)チサト(容姿知らず)の殺害。2)その他の参加者の殺害3。)アマワの捜索
『――今一度言っておくが、これは己が生死を賭けたゲームだ。勝者はただ1人のみ、例外はない。
その事をよく考えて、殺し合いに勤しむといい。それでは諸君等の健闘を祈る』
この状況を甘く見ていたわけではない。
殺し合いが冗談でも何でもないことは、ガウリイが死んだあの時から解りきっている。
リナ自身もも二人、ズーマと、あの哀れな女――自分と同じ境遇の女を殺した。
誰であろうと簡単に死するこの環境。
それはリナやアメリア、ゼルガディスとて例外ではない。
それでもリナは、心のどこかで信じていたのだろう。
あの二人が、そう簡単に殺されるはずがないと。
自分やガウリイと共に旅をし、幾度となく死線を潜り抜けてきたあの二人が、簡単に死ぬはずがないと。
そして、あの二人の戦闘力ならば、主催者と渡り合うのに充分すぎるという期待もあった。
見ず知らずの人間ばかりが集められた中の、たった二人だけ残った心から信頼出来る人間。
都合の良い考えと言えば、それまでかもしれない。
しかし、こんな状況で何かに期待するというのは自然なことだ。
その信頼が、その期待が、どれほど不確かな足場の上に立っていたとしても。
ムンクの中は沈黙に包まれていた。
顔を伏せ、うつむくリナ。ダナティアとテッサは彼女を静かに見守っている。
「おはよう。放送があったみたいね。……どうかした?」
沈黙を破ったのは、放送で目を覚ましたシャナだった。
「えっと、その……」
「今の放送で名前の挙がったアメリアとゼルガディス。二人ともあたしの仲間だった」
言いよどむテッサを無視するように、リナが告げる。
「ふーん、そう。残念だったわね」
「残念なんてもんじゃないわ。二人とも相当の実力者だし、主催者を倒すのに強い味方になる、……はずだった」
――それに、ガウリイ以外に背中を預けられるのなんて、あの二人くらいしか……。
そんなリナの感情をよそに、シャナは自分の言葉を吐く。
「死んだならしょうがないでしょ。それよりあの男はまだ帰ってこないの?
人の物勝手に持って行って、どこに寄り道してるんだか」
「ちょっと、シャナさん」
「何よ」
「何、って……」
シャナの短い反応に、テッサの言葉が一瞬詰まる。
「……リナさんの仲間が死んだんですよ? なのにそんな言い方――」
「人ならもう死んでるじゃない。私達が集められた時からずっと」
「ッ!? それは……」
「もう、誰が死んだっておかしくない。そういう状況なんでしょ?」
「確かにその通りね」
低く抑えた声でリナが呟いた。
「でもね、クソガキ。その台詞、あんたの探してた悠二ってのが放送で流れてても言えた?」
「……言える。私の目的はこの島からの脱出。悠二は、……そのついで」
表情を全く変えずに答えるシャナ。リナは、はあっ、と溜め息をつき、
「ご立派ご立派。でも、あたしはそんなに割り切れてないから」
言いつつ、リナは自分の荷物を掴み、
「――ちょっとぶっ殺してくる。んじゃね」
「え、リナさん? 何を一体……」
テッサの声を無視し、外へ向かうリナ。しかし、
「お待ちなさい、リナ・インバース」
沈黙を保っていたダナティアが、その口を開く。
言葉を聞いた、否、聞かされたリナは、足が地面に張り付くのを感じた。力を込めても動く気配がない。
「へぇー。これもあんたの力?」
「そんなこと今は関係なくてよ。リナ、あなた、……どういうつもり?」
「どうもこうもないわよ。アメリアとゼル殺した奴を見つけて、同じ目にあわせてやろうってだけ」
「そんなの無茶ですよ!」
「無茶? 誰に向かって物言ってんのよ。
このあたし、天才魔道士リナ・インバース様が、その程度のことが出来ないって?」
「落ち着きなさいリナ。一時の感情に流されるのは愚の骨頂よ」
しかしダナティアの言葉を無視し、リナは感情と共に言葉を吐き出した。
「ンなこた知ってるわよ。じゃあ聞くけどね。この馬鹿みたいな島で、これから一人も殺さず脱出するつもり?
ダナティア、あんた、人を殺せるの? このゲームに乗った馬鹿野郎を殺す勇気はある?
あたしを殺さなかったあんたが、殺人野郎に会ったその時躊躇いなくそいつの命を奪える?」
反論させる間も与えずに、リナは言葉を続ける。
「――あたしは殺す。迷わずに殺せる。
ゼルでもアメリアでも、誰を殺してたとしても、そいつの命を奪わない限りこの島を出るつもりはないわ。
ガウリイを殺した主催者連中だけじゃない。腐れゲームを楽しむ馬鹿も、……全員殺してやる」
「それがあなたの新しい目的かしら?」
睨みつけてくるリナの視線を真っ向から受け止め、ダナティアはそう尋ね返した。
「そうやって互いが憎み合い、殺し合うことこそがこのゲームの狙いでしてよ」
「……間違ったことを言ってるつもりはないわ。
脱出するなら、いずれは糞馬鹿共の相手することになる。主催者だけじゃない。参加者も含めてね」
「呆れたものね、リナ。
あたくし達にとっての殺人は、馬鹿を諌めるための行動の一つに過ぎないと解ってらして?
そうやって恨みの連鎖で殺人が続けば、それこそ主催者の思うツボよ」
冷たく告げるダナティア。
「でしょうね。でも、あたしはその連鎖が途切れるまで待てるほど悠長じゃないの。
あたし自身その鎖に捕まっちゃってるからね。結局、早いか遅いかってだけの話よ」
ダナティアが反論しようと口を開くが、その前に割り込む声があった。
「でもリナさん。その違いが大きいんじゃないですか」
「何よテッサ。あんたもお説教?」
「説教じゃありません、簡単な理屈です。
まだ多くの参加者が残っている今、あえて殺人者を探すなんて非効率的です。
今は受け身で充分です。必要以上に動かず、敵を避け、仲間を増やし、もし襲われたら抵抗する。
これからも参加者は減り続けるでしょうし、それはもう簡単には止められません。
その過程で殺人者が殺されたら、それを喜べばいいんです。不謹慎な言い方ですけどね」
外見からは想像出来ない少女のその言葉に、リナはわずかに驚いた。
「……それじゃ、誰がゼルやアメリアを殺したのか解らないじゃない」
「開始から十二時間。ここまで生き続けるような人間が、何も考えずに人を襲っているとは思えません。
猫を被って仲間を作ったり、あるいは殺人者同士手を組んでいる可能性もあります。正直に殺したなんて言うはずが無いです。
誰が誰を殺したかなんて、確実に解るのは一つだけですよ」
「……何?」
「このゲームの主催者が、ガウリイさんを殺した。そして、私達を殺そうとしているということです
リナさんの目的は主催者を倒すことですよね? 今はそれだけを目標にするべきです」
室内に静かに響く声。しかしそれには、有無を言わせぬ迫力があった。
リナはテッサを見、そしてダナティアを見て、
「……わーったわよ。こーさん。あたしがわるーございましたー」
両手を上げて、わざと砕けた口調で言った。
「たださ、ダナティア。一つだけ聞いとくけど」
「何かしら?」
「もし誰かを殺した奴、あるいは殺す気マンマンの奴と戦うことになった時、あんたはそいつを躊躇せず殺せる?」
その言葉は、先ほどのリナの叫びの回答を求めるものだった。
短い間を挟み、ダナティアが答える。
「言ったはずよ、殺人は手段の一つに過ぎないと。
まず他の手段を全て試し、それ以外に取る方法が無いなら……そうするでしょうね」
「オーケー。じゃあテッサ、はいいとして……」
「え、何で飛ばすんですか?」
「ベルガーの言った通りの運動神経なら、あんた戦闘なんか論外でしょ。
で、シャナはどうなのよ」
「殺すことと動きを封じることに大した差は無いと思う。
でも、この島の状況を考えたら殺した方が安全だし、そいつが誰かを殺しているなら躊躇う理由は存在しない」
「ふーん。ありがと」
気づけば足の拘束も消えていた。リナは元いた場所に戻りつつ心中で思う。
――しっかし、いくらなんでもキレやすすぎよね、あたし……。
保胤と電話越しに話した時も、感情を抑制出来ずに声を荒げた。
ダナティアとの出会い、それに、夢の中でのルークとの会話で考えは決まっていたはずなのに。
――もうちょい冷静にいかなきゃダメね。他の連中にも迷惑かかるし。
かつて苦楽を共にした三人の仲間は、もう誰も残っていない。
しかし、行きがかり上手を組んだだけの、真に信頼出来る仲間でなくても、この島を出るという目的自体は同じだ。
島を出る上で、主催者は避けては通れない障害となるだろう。
その時が来たら、三人の仇を取ればいい。
――それまでは協力し合っときますか。
生き残るために協力し合う。それはごく自然なことだ。
そして各人が足手まといにならない実力を持っていることは確認した。
ならば、協力という形でせいぜい利用してやればいい。
そんなことを考えながら、いびつな形の土の椅子に座るが、
「――ところで、あの生意気な泥棒男はどうしてんのよ」
「あの、シャナさん。他に言うことないんですか……?」
「そういうわけで、ベルガーさんは今A−1にいるんです」
「じゃあなんで電話しないのよ」
その言葉に、場の空気が一瞬止まった。
「……あたしがショック受けてたからよ。悪かったわね」
「ま、まあまあ。今かけますから……」
なだめるようにそういうと、テッサは携帯電話を取り出した。
「なるほど、そういう事情でしたか。私達にとっても有り難いことです。礼を言います」
「いや、こっちだって仲間は多い方が良い。利益は一致している」
目を覚ました保胤は、セルティとベルガーから自分が気を失っている間のことを聞かされていた。
セルティの話を聞く、もとい読む限り信用出来そうな人間だったし、負の感情に囚われている様子も無い。
保胤はベルガーを信じ、そして行動を同じくすることに賛成した。
「それでだ。ちょっとこの刻印について――」
考えを聞きたいんだが、という後半部は、携帯電話の呼び出し音に遮られた。
出てもいいか、と保胤に断りを入れ、ベルガーは電話を手に取る。
「はいよ」
『もしもし、ベルガーさんですね。テレサです』
「おう。そっちの状況はどうだ?リナの調子は……」
『大丈夫です、もう落ち着いています。それでですね……きゃっ』
「どうした?」
『――どうしたじゃないわよ! 早く『贄殿遮那』を返しなさい!!』
「……シャナか。刀は合流し次第返す。ひとまず今は許してくれ」
『そう。こっちで相談して合流地点はC−6になったわ。文句ある?』
「文句も何も、こっちの事情も聞いてから決めるものだろ」
『道沿いには人がいなかったんでしょ?
禁止エリアからも適当な距離だし、何か役に立つものがあるかもしれないってことで決まったから。
じゃ、そっちでも納得したらかけ直してちょうだい』
「おいシャナ!」
怒鳴りつけるも、会話は一方的に打ち切られ、残ったのはツーという音だけ。
「……何とも個性的なお嬢さんでしたね」
保胤の言葉に、ベルガーは深い溜め息をつき、
「すまん」
『気にするな。一方向にしか会話が出来ない人間はどこにでもいる』
身も蓋も無いセルティの慰めは、ベルガーにとっては大した効果を生まなかった。
しかし、実際にはどうであろうと、自分はあの四人の代表としてここにいるのだ。
「それよりも、リナさんが落ち着いてらっしゃるようで安心しました。
最初お話した時には、怨みに囚われかねない雰囲気がありましたから」
「まあ、そっちは問題がないようでなによりだったな。それで行動方針なんだが……」
そう言うと、保胤はかすかに表情を曇らせる。
「私達は始まってからほとんど移動していないのですが、そのC−6への道中に問題はありませんか?」
「俺がこっちに来る時に使った道を戻るルートになるな。来る時は特に問題無かったんだが、しかし……」
「何ですか?」
「いや、どうやって移動したものかと思ってな」
そこで言葉を切り、後ろを振り返る。
「そこにある単車、エルメスっつーんだが」
「どうもね」
「? ベルガーさん、何かおっしゃいましたか?」
「いや、……あのアレが喋ってるんだ」
「よろしく」
ベルガーが指し示したのは、黒い金属のボディーにタイヤを履いたエルメスだ。
「はあ。ですが……?」
疑問を述べようとする保胤の肩をセルティが叩いた。
『深く考えない方が良い。私と似たようなものだと思ってくれても構わない』
「そういうものですか。解りました」
保胤はおとなしく引き下がった。元より、自分の生きる世より千年後のことを理解し切れるとは思っていない。
「で、だな。あのエルメスは二人乗るのが精一杯だから、移動速度に差が――」
『ああ、それなら大丈夫だ』
セルティはそう書いた紙をベルガーに示し、エルメスに近寄る。
「おい、何を…………!?」
セルティは己の手から『影』を生み出し、漆黒の小さなサイドカーを作りエルメスに繋げた。
「すごいね、これで排水量アップだ!」
「いや積載量だろ」
エルメスの無邪気な言葉を、ベルガーが短く指摘する。
ほんの数秒でその作業は行われたが、終えると同時にセルティは膝を着いた。もし口があれば呼吸を荒くしているだろう。
「おい、大丈夫か!?」
慌てて二人が駆け寄ると、セルティはまた紙に記した。
『すまない、いつもならこの程度で疲れることはないんだが……。
私はこの影から鎌を生み出して武器としているのだが、この状態ではそれも難しそうだ。予想外だった』
「いや、充分だ。もし戦闘になったら俺と保胤で対処しよう。それくらいは出来るんだろ?」
問われた保胤の脳裏に、先のffとの戦いが思い浮かぶ。
「……ええ。争いごとは好みではありませんが、避けられるとは限りませんからね。
もしそうなったならお手伝いします」
その答えを聞き、ベルガーは満足そうに頷いた。
「決まりだな。それじゃ、保胤はそのサイドカーに荷物と一緒に座ってくれ。セルティが後ろで、俺が運転をしよう。
向こうにも連絡するから、その間に準備してくれ」
何度も使用する内に慣れたのか、ベルガーは携帯電話を手早く操作する。
「……ああ、俺だ。こっちも面倒が一つなくなってな。C−6で問題無い――――」
電話をかけるベルガーの後ろで、保胤は島津由乃の墓に手を合わせた。
――あなたに残された時間はそう多くはないでしょう。ですが、どうか怨み無く成仏せんことを
『――そっちも充分気をつけろよ』
「あんたに言われなくても解ってる。それじゃ」
『……そんなんだから不安だと』
シャナは無視して携帯を切ると、三人の顔を見て、
「向こうもC−6で納得したみたい」
三人が大きく息を吐く。
「あんたねー、もうちょっと丁寧に言えないの? 勝手に決めといて……」
シャナが口にしたC−6というのは、事前の打ち合わせも無しに、彼女が地図を見て一瞬で決めた場所だった。
返事の電話を待つ間に相談したが、確かに互いの現在地から離れすぎておらず、
それに禁止エリアとの距離も遠すぎず近すぎずといったところだ。
ベルガーが市街地を避けたいと言っていたこともあり、結局はそこに落ち着いたのだった。
「別にいいじゃない。用件が伝われば充分でしょ?」
しかし、当のシャナは他の三人の感情を気にすることも無い。
「その口調はもう結構でしてよ。それよりも、向こうはエルメスに乗って動くのでしょう?
こちらも早く移動した方がよろしいですわね」
「ええ。禁止エリアも近くになりますし、急ぎましょう」
元から荷物が多いわけでもない。四人は手早く準備を整え、五分後には外に出ていた。
「それじゃあ、森を草原寄りに歩いて、途切れたら後は一直線にC−6まで向かうってことで」
ルートも決まり、四人は合流と捜索のために歩き始めた。
……もっとも、テッサはすぐに転んだのだが。
【G−5/森の南西角、ムンクの外/1日目・12:35】
『目指せ建国チーム』
【リナ・インバース】
[状態]:平常。わずかに心に怨念。
[装備]:騎士剣“紅蓮”(ウィザーズ・ブレイン)
[道具]:デイパック(支給品一式)
[思考]:仲間集め及び複数人数での生存。管理者を殺害する。
【ダナティア・アリール・アンクルージュ】
[状態]:左腕の掌に深い裂傷。応急処置済み。
[装備]:なし
[道具]:支給品一式(水一本消費)/半ペットボトルのシャベル
[思考]:群を作りそれを護る。シャナ、テッサの護衛。
[備考]:ドレスの左腕部分〜前面に血の染みが有る。左掌に血の浸みた布を巻いている。
【テレサ・テスタロッサ】
[状態]:平常
[装備]:UCAT戦闘服
[道具]:デイパック×2(支給品一式) 携帯電話
[思考]:また歩き始めていっぱいいっぱい。宗介、かなめが心配。
【シャナ】
[状態]:平常。体の疲労及び内出血はほぼ回復
[装備]:鈍ら刀
[道具]:デイパック(支給品一式)
[思考]:今は三人に同行。悠二を見つけたい。
[備考]:内出血は回復魔法などで止められるが、体内に散弾片が残っている。
手術で摘出するまで激しい運動や衝撃で内臓を傷つける危険有り。
[チーム備考]:セルティの依頼で平和島静雄を捜索。
島津由乃を見かけたら協力する。定期的に『ライダーズ&陰陽師』と連絡を取る。
【A−1/島津由乃の墓の前/1日目・12:35】
『ライダーズ&陰陽師』
【ダウゲ・ベルガー】
[状態]:心身ともに平常
[装備]:エルメス(サイドカー装着) 贄殿遮那 黒い卵(天人の緊急避難装置)
[道具]:デイパック(支給品一式+死体の荷物から得た水・食料)
[思考]:保胤に刻印について聞く。 仲間の知人探し。
・天人の緊急避難装置:所持者の身に危険が及ぶと、最も近い親類の所へと転移させる。
【セルティ・ストゥルルソン】
[状態]:やや強い疲労。(鎌を生み出せるようになるまで、約6時間必要です)
[装備]:黒いライダースーツ
[道具]:デイパック(支給品入り)(ランダムアイテムはまだ不明)、携帯電話
[思考]:静雄の捜索及び味方になる者の捜索。ベルガーとの情報交換。
長期的には何をしていくべきか保胤と話し合う。
【慶滋保胤】
[状態]:不死化(不完全ver)、疲労は多少回復
[装備]:ボロボロの着物を包帯のように巻きつけている
[道具]:デイパック(支給品入り) 、「不死の酒(未完成)」(残りは約半分くらい)、綿毛のタンポポ
[思考]:静雄の捜索及び味方になる者の捜索。 島津由乃が成仏できるよう願っている
[チーム備考]:エルメス(サイドカー装着)に乗ってC−6へ移動。
「おや?ここは・・・」
保胤が気がつくと、そこは島津由乃の墓の前だった。
自分は確かフォルテッシモという人物と戦っていて・・・
そうだ、攻撃されそうになったセルティさんを突き飛ばして自分が攻撃を受けたんだ。
はっきりと記憶に残っていたのはその場面までだった。
どこか暗闇の中を歩いていたような気もするが、そのあたりの記憶は曖昧だ。
夢でも見ていたのかもしれない。
「起きたようだな。」
背後から声がかかる。
起き上がるとそこにはセルティと見慣れない男がいた。
「おや、貴方は・・・うがっ!?」
謎の人物に保胤が話しかけようとしたその時、突然セルティが保胤の顔面を殴りつけた。
セルティは一応手加減していたのだが、突然のことに保胤は反応しきれず軽く吹っ飛んでしまう。
「お、おい、突然どうした?」
予想外のセルティの行動に思わず声をかけたベルガーだったが、セルティは無視した。
セルティは文字を乱暴に紙に書きなぐると倒れこんだ保胤の目の前に掲げる。
『なんであんな無茶をした!?そんなに死にたいのか!
平安京のお前の家にはお前を待ってくれている人がいるのだろう!
そいつのためにも、もっと自分の命を大切に扱え!』
保胤とセルティは昨夜の砂漠で、お互いの身の上を話しあった。
その中で、セルティは恋人である岸谷新羅と同棲をしていることを半分ノロケながら話したことがあった。
平安時代の住人である保胤にとって、それは衝撃的なことだった。
当時の平安貴族社会では結婚ですら男が妻のもとへ通う妻問婚が主流である。
ましてや、婚前の男女が同じ屋根で住むなど通常では考えられない。
通常では考えられないのだが・・・
実は保胤も現在、一人の女性と同じ屋根の下で暮らす事態となっていた。
もっとも保胤の場合、その同居人とは恋人ではないし、その同居人の従者も一緒で二人きりというわけではない。
そもそも、仮住まいとして転がり込んできているだけでセルティのケースとは全く違う(と保胤は考えている)。
保胤はこのことを話の流れでついセルティに話してしまっていたのだ。
もちろん、上記のことを特に強調した上で。
セルティは保胤の同居人と自分とを重ね合わせていた。どうも人事には思えなかったのだ。
保胤は恋人ではないと強調していたが、女が好きでもない男の家に転がり込むとは思えない。
保胤にしても、話をしている様子からその女性のことを少なからず思っているようである。
それなのに、保胤は身を挺して赤の他人のはずの自分を助けようとした。
もし仮に、自分の恋人である岸谷新羅が他の女性を身を挺して守り死んでしまったとしたら・・・
想像するだけでも恐ろしかった。自分はその時、正気を保っていることができるだろうか。
保胤は殴られた時に口を切ってしまったが、不死者の効果ですぐに傷は癒えた。
「・・・ご心配をおかけして申し訳ありません。あの時は無我夢中だったのです。」
セルティは今度は殴りはしなかったが、再び乱暴に書きなぐった文字を保胤に見せる。
『お前が死ぬのは勝手だ。だが、お前には帰りを待っている人といるのだろう!そのことを忘れるな!』
セルティはかなり怒っているようだ。
顔がないので怒りの形相は見えないのだが、纏っている雰囲気だけでもかなりの迫力だ。
「申し訳ありません・・・」
保胤は再び謝った。謝るしかなかった。
「もうその辺にしておけ。この男も十分理解しているはずだ。」
ベルガーの声に、セルティはやっと冷静さを取り戻した。
セルティは今度は静かに文字を書き、保胤に紙を渡す。
『もう二度とこんなことはするな。・・・まあ、お前に助けてもらったのは事実だ。
礼は言わせてもらう。ありがとう。』
保胤もここでやっといつもの微笑を取り戻した。
「いえ、セルティさんも無事で何よりでした。しかし、私は攻撃を食らってしまったはずです。
服はボロボロなのになんで無傷なのでしょうか? あと、そちらの方はいったい?」
保胤は自分のボロボロの服装とベルガーを交互に見やりながら疑問を口にした。
『そうだった、あの後のことを説明しよう』
セルティとベルガーは保胤が気を失っていた間にあったことを説明し始めた。
(『集結に向けて』に続く)
【A−1/島津由乃の墓の前/1日目・12:25】
『ライダーズ&陰陽師』
【ダウゲ・ベルガー】
[状態]:心身ともに平常
[装備]:エルメス 贄殿遮那 黒い卵(天人の緊急避難装置)
[道具]:デイパック(支給品一式+死体の荷物から得た水・食料)
[思考]:保胤に刻印について聞く。 ムンク組の知人探し。
・天人の緊急避難装置:所持者の身に危険が及ぶと、最も近い親類の所へと転移させる。
【セルティ・ストゥルルソン】
[状態]:正常
[装備]:黒いライダースーツ
[道具]:デイパック(支給品入り)(ランダムアイテムはまだ不明)、携帯電話
[思考]:静雄の捜索及び味方になる者の捜索。ベルガーとの情報交換。
長期的には何をしていくべきか保胤と話し合う。
【慶滋保胤】
[状態]:不死化(不完全ver)、疲労は多少回復
[装備]:ボロボロの着物を包帯のように巻きつけている
[道具]:デイパック(支給品入り) 、「不死の酒(未完成)」(残りは約半分くらい)、綿毛のタンポポ
[思考]:静雄の捜索及び味方になる者の捜索。 島津由乃が成仏できるよう願っている
気が付いた時には周囲には誰もいなかった
どれだけの時間気絶してたのかも分からない、平和島静雄はよろよろと身を起こし外へと向かおうとするが
刺された腹の激痛で動けない。
それでも何とか前に進もうとはするのだが
「畜生」
そう呟くのがやっとだった。
「うん?」
「どうした?」
エルメスの声に怪訝な何かを感じたベルガー
「いや・・・燃料が乏しくなってきたようでな」
そんな馬鹿な、出発した時は充分と思いながらメーターを見たベルガーは納得してしまう
確かに残量が乏しくなってる、しかも減り方ががさっきと比べてかなり速い。
「これもあいつらの仕業かな」
自分たちの力も制限されているのだ、アイテムにも制限を加えられて不思議ではない
それはそうとしてどうする?
このまま進めば目的地に付いた頃にはスッカラカンもありうる、今後を考えるとどこかで補給をする必要がある
幸いにも市街地がすぐ近くだ
あまり立ち寄りたくなかったが・・・いたしかたない
ベルガーらは進路を市街地へと向ける。
「すまん」
「気にするな、満腹のときに空腹のことを考えられるやつはそう多くない」
目的の市街地についた時には、もう燃料はほとんどそこを尽きかけていた
寄り道の距離を計算しても多分途中でガス欠を起こしていただろう
「ここで待っていてくれ、15分で戻る」
サイドカーをくっつけたモトラッドは目立つ、ベルガーは茂みの中にエルメスを偽装して隠すと
そのままセルティと保胤を伴いビル街へと向かった。
「大丈夫か?」
未だに足元がおぼつかない保胤に声をかけるベルガー
微笑を浮かべる保胤だがやはりまだ辛いのだろう、実際セルティの肩を借りながらでないと
まだ上手く歩けないようだ
と、目当ての目的地、モータープ−ルありと看板がついたビルの前にたどり着く3人
こんなにあっさり見つかるとはなかなか順調かもしれない
期待しながら3人はビルの中に入り地下へと降りていく、だが期待に反して狭い駐車場の中に車は無く
変わりに荷物のようなものがいくつか搬入されているだけだった。
「空振りか」
そうつぶやき地上に戻ろうとしたベルガーだったがそこである物に気がつく
自分たちが下ってきた階段の逆サイドにあるもう1つの階段の真下に小型乗用車が放置されていたのだった。
「見つかったのはいいが、これは・・・」
乗用車の中を見てため息をつくベルガー、運転席はめちゃくちゃに壊されている
ドアに鍵がかかってるのでおそらくあらかじめだろう
しかも壊れ方が絶妙だ、努力すれば直るかもと期待してしまいたくなるレベルだ
「まぁ燃料さえもらえればいいか」
そうつぶやくとベルガーはさっそく作業を開始したのだった。
「しかし暑いな」
空調が止まってる地下は蒸し暑い、ベルガーはジャケットを脱いで路上にまとめておいてある荷物の上におく
セルティはベルガーを手伝っている、保胤は壁にもたれかかって作業をじっと見ていた
道具も満足に無い中だが2人は手馴れたものだった、しかしそんな状況の中、事態は一変したのだった。
「お前は右から、俺は左から行く」
そうキノにハンドシグナルを送る宗介、彼らも車を求めてつい数分前にここにやってきていたのだった
「壊れかけの車も役にたつな」
彼らはベルガーらと違い見切りは速かった、そのまま立ち去ろうとしたのだったが上からの気配に身を隠したのだった
キノが所定の位置についたようだ、宗介はそれを確認しすかさず物陰から飛び出しベルガーらへと発砲したのだった。
ベルガーがサイドミラーに写った何者かに気がつくのと同時に銃声、セルティをかばって押し倒した彼の背中を弾がかすめた。
「敵襲か!」
さらにもう1発、今度は別の方向だ。
「しかも複数か、まずいな」
狭い空間でしかも相手の数もわからない、こんな状況では戦えない。
「逃げるぞ!」
ベルガーはセルティと保胤を連れて地上へ戻ろうとする、しかしその時セルティのポケットから携帯電話が落ちた。
慌てて拾おうとするセルティ、それを止めようとするベルガー
バランスを崩して荷物を一手に持っていたセルティの手から荷物が落ちる、そこを狙って発砲するキノと宗介
だが、そのときにはもう彼らの姿は消えうせていたのだった、携帯電話とバックを残したままで。
彼らがついた場所は高い壁に囲まれた場所だった、ここはどこなのだろうか?
血の匂いがする・・・身構える3人、壁際に誰かが倒れているのが見えた。
『静雄っ!』
セルティはベルガーらを押しのけ、気絶している彼にすがりつくのだった。
【C−4/ビル街地下/一日目・13:00】
【キノ】
[状態]:通常
[装備]:カノン(残弾無し)、師匠の形見のパチンコ、ショットガン、ショットガンの弾2発。
:ヘイルストーム(出典:オーフェン、残り5発)、折りたたみナイフ
[道具]:支給品一式×4
[思考]:最後まで生き残る。
【相良宗介】
【状態】健康。
【装備】ソーコムピストル、コンバットナイフ
【道具】荷物一式、弾薬。 かなめのディバック
【思考】かなめを救う…必ず
(エルメスは街郊外に放置)
【G-4/城の中/1日目・13:00】
【平和島静雄】
[状態]:下腹部に二箇所刺傷(貫通はせず)気絶中
[装備]:山百合会のロザリオ
[道具]:デイパック(支給品一式)
[思考]:不明
『ライダーズ&陰陽師』
【ダウゲ・ベルガー】
[状態]:心身ともに平常
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]:ここがどこなのか確認する
【セルティ(036)】
[状態]:正常 、動揺中
[装備]:黒いライダースーツ
[道具]:デイパック2つ(自分とベルガーの支給品入り)(ランダムアイテムはまだ不明)、贄殿遮那 黒い卵(天人の緊急避難装置)
天人の緊急避難装置:所持者の身に危険が及ぶと、最も近い親類の所へと転移させる。
[思考]:静雄を助けたい
(携帯は駐車場に落としました)
【慶滋保胤(070)】
[状態]:不死化(不完全ver)、疲労している(+貧血状態)
[装備]:ボロボロの着物を包帯のように巻きつけている
[道具]:なし、駐車場に放置 綿毛のタンポポ
[思考]:まずは状況の確認 島津由乃が成仏できるよう願っている
海洋遊園地の地下格納庫を目指すカイルロッドと陸、淑芳の一行は
幸か不幸か誰とも接触することなく(まぁ、ちょっとした桃色ハプニングがあったりもしたのだが)、
遊園地の入場ゲート前までやってきていた。
入場門のアーチの前に立ち、その異様を見上げてカイルロッドは感嘆の声を上げる。
「すごいなぁ、こういう建物は初めてみるよ。俺の世界の街と同じくらいの広さがある。」
「平時ならば、ここでいろいろと遊んでみたいものですわね。
……残念ながら今はそういうわけには行きませんけれど」
淑芳も本気で残念そうに言う。
そして彼女も物珍しそうに遊園地を観察していた。
「おや?これは……」
その時、陸が何かに気付いたようだ。地面に鼻を近づけ、しきりに臭いを嗅いでいる。
「どうしたんだ?」
「いえ、我々以外の人間が遊園地の中に入り込んでいるようですね。それも複数です」
一行に緊張が走る。
淑芳は不安そうに辺りを見回し、カイルロッドは警戒の念を周囲に飛ばす。
「どうしますか、カイルロッド様?
陸の鼻ならもしかして相手より先に接触できるのでは……」
そしてそれは麗芳かも知れない――。そんな期待を込めて淑芳はカイルロッドを見る。
カイルロッドはその問いに一瞬、逡巡し……歯を食いしばって答えた。
「相手の動向がわからない今は、地下へ行くことを優先しよう。
仲間や温厚な相手だったらいいが、もし危険人物だったら格納庫のことを知られた場合、
最悪の事態に陥るかもしれない。悔しいが……堪えてくれ、淑芳、陸」
「私はシズ様の臭いでないことがわかっているので構いませんが」
「わたしもカイルロッド様についていくと決めた以上、従いますわ。
それに麗芳さんだったら、このような遊戯所に入った途端馬鹿騒ぎして
ここまで声が聞こえてきそうなものです。それがない以上、麗芳さんはここにはいないのでしょう」
陸は淡々と、淑芳は強がりながらも同意する。
「すまない、行こう!」
そうしてカイルロッドたちは海洋遊園地の中へ足を踏み入れた。
「陸、どうだ?」
「ええ、大丈夫です。このルートは誰も通っていないようですね」
慎重に周囲を警戒しながら遊園地の中を進む一行。
しばらく進むと視界が開け大きな広場に行き着いた。中央には大きな噴水が設置されている。
「淑芳、隠し扉って言うのはどのへんにあるんだ?」
「ええと、少しお待ちください」
淑芳は噴水の水に地図を浸し、もう一つの地図を浮かび上がらせる。
地下への入り口を示す矢印と、その傍に書いてある文を確認する。
「やはり、ここですわ。この噴水の正面に石碑がございますでしょう?
あれが入り口となっているようです」
見るとなるほど、まるで噴水と対面するかのように石碑が鎮座している。
カイルロッドはその石碑に近づき碑文に目を通してみる。
「この石碑のことか……、『世界に挑んだ者達の墓標』?
その下に続くのは……これは俺たちの名前か!くそ、ふざけやがって!」
「名前に線が刻まれて消されている者がありますね。
放送で名前を呼ばれた人たちでしょうか?」
陸と淑芳も近づいて碑文に目を通す。
「どうやらそのようですわ。星秀さんの名前が消されていますもの……」
淑芳の沈痛な声を聞いてカイルロッドは改めて主催者に対する怒りがこみあげる。
「何が世界に挑んだ者達だ!
勝手に集めて、無理矢理こんなゲームに挑ませているくせに!」
思わず石碑を叩く。
その時、噴水に異変が起きた。
泉の中から巨大な石柱が流水を割って現れたのだ。
それは3m程の高さまでせり上がると、今度は縦に割れていく。
中は空洞になっており、完全に開ききったそのあとには地下への階段が現れていた。
唖然としてそれを見つめる一同。
淑芳がポツリと呟く。
「何て大掛かりな仕掛け……完全に遊んでいますわね」
カイルロッドは拳を震わせ、必死に感情を抑える。
「行こう。向こうが遊んでいるつもりなら、そこに付け入る隙があるはずだ。
後悔……させてやる」
そう言って地下階段へと踏み込む。
そのカイルロッドの様子に淑芳と陸は不安そうに顔を見合わせ、後を追った。
【F-1/海洋遊園地 地下階段/一日目、07:15】
【李淑芳】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:支給品一式。雷霆鞭。
[思考]:海洋遊園地地下の格納庫にある存在を確認する。兵器ならば破壊
/雷霆鞭の存在を隠し通す/カイルロッドに同行する/麗芳たちを探す
/ゲームからの脱出/カイルロッド様LOVE♪
【カイルロッド】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:支給品一式。陸(カイルロッドと行動します)
[思考]:海洋遊園地地下の格納庫にある存在を確認する。兵器ならば破壊
/陸と共にシズという男を捜す/イルダーナフ・アリュセ・リリアと合流する
/ゲームからの脱出/……淑芳が少し気になる////
>>83-87の【逢魔】(◆P.3t8wTlhQ作)は、
感想・議論スレでの協議の結果、NGとなりました。
ご了承下さい。
フリウ・ハリスコーは歩く。
すでにその細い足の先は棒になり。
すでにその小さな手の先は枝になっている。
何も動く気がせず。
何も動かせる気もしない。
それでも足は止まらない。止められない。止まってくれない。
フリウ・ハリスコーは歩き続ける。
その目は乾き睡眠を要求し。
その耳は赤く静寂を渇望する。
何も見る気はせず。
何も聞ける気もしない。
ただ歩き、ふらつき、蠢き、息を切らす。
手足は森の木で擦りむき。
腕はちりちりと痛み。
脇腹はきりきりと傷み。
頭はずきずきと悼む。
「はっは……は…っは」
息が荒くなってきた。苦しい。
休めるところ──そもそもこの狂った所にそんな場所があるのかはともかく──を探そうとする。
目の前には巨大な──建物があった。
地図を見る。
ここは、よく分からないがB-3かC-4の建物だろうと検討をつけた。
そんなに歩けた自分に驚いた。中に入って休憩しようと思う。
はっとし、瞼を閉じかけている自分に気がついた。
「……まだ、駄目。もうちょっと……目立たないところに」
入り口らしきところから入り込む。
「誰も、いない……よね」
緊張からか、息が大きい。必死で息を止めようとする。
気のせいか息をするたびに苦しくなっていく。
床に倒れこもうとすると、赤くて長い髪を見つけた。
「っ……!」
一本。
その赤い髪は否応無くミズー・ビアンカを連想させた。
あの人──正確に言うとあの人の死体──は。
あの女性──正確に言うとあの女性の死体──は。
ここに在るの…?
にじみ出る涙をこらえて立ち上がった。
その乾いた目はどうにか赤い髪の毛を確認した。
その赤い耳も辛うじて奥から聞こえる話し声を捕らえた。
その枝のように細い腕は少女を立ち上がらせた。
その棒になった足もなぜか勢いよく走り出した。
奥のドア。
運良く隙間が少し空いてたことに感謝しながら覗き込もうとする。
「は…っは…ぜっ…」
息が大きい。黙れ。お願いだから。
隙間を覗き込んで──中を見る。
がたんっ!
「っきゃ……!」
「おいおいどこの素人鼠さんかと思ったら……可愛らしい女の子じゃねぇか」
ドアを──体重を掛けていたドアを──引っ張られ、転倒した。
見上げるとそこには背の高い。片手に子犬を抱いた。
赤いスーツに赤い──とても紅い髪をした女性が立っていた。
「グリーンあんまり脅かしたら駄目だよ!」
「そうだねアイザック!」
若い男女がこちらに言ってくる。それをもはや聞ける状態じゃなかった。
息が。息が。息が。
苦しい。苦しい。苦しい。
それでも声をひねり出した。
「ミズーじゃ…無かった……」
再び涙がこぼれ。目の前はぐしゃぐしゃになり。
再び足は崩れ。頭の中はぐしゃぐしゃになり。
そして気を失った。
「お、おい! 少女! どうした!? いきなり倒れるな! リアクションに困るぞっ。
<世界の中心で愛を叫ぶ、ただしボーイズラブ>みたいなっ!」
「ちょっと潤さん! その娘、すごい息が荒いですよ!」
「見てアイザック!腕も火傷してるよ!」
「大変だグリーン!」
「…デシ!」
「うるせぇてめぇら!」
とりあえず少女を仰向けにして容態を見てみる。
息が速く浅い。これが一番やばそうだ。
これは、過呼吸…ぽい。
「ビニール袋はないか?」
過呼吸は酸素の吸いすぎで、急な運動をしたりすると起こる。
簡単な症状だが放っておくと以外に危険だ。
ビニール袋に吹き込んだ二酸化炭素の多い空気を吸ってると治る。
「無いです!」
それを聞いて、にやりと──邪悪な笑みを浮かべた。
「な〜るほどぉ。それじゃ、しょうがないな。うん。
ここは『やむおえなく』この人類最強のおねぇさんが介抱してやろう」
がっしと少女の肩を掴み息しやすそうな位置に固定。
「…潤さん?」
「「グリーン?」」
「それでは」
にやりと笑みを深めて──さらに深めて。
「いただきます」
ちゅう。
哀川潤は、人類最強は。いたいけな、気を失った少女に、大義名分の下、ちゅうをした。
ふぅぅぅっと息を吹き込む。二酸化炭素の多い空気を。
吹き込む。吸い込む。さらに吹き込む。繰り返す。
しばらく。あるいはほんの数秒後。
ぱちくり。
フリウは、目を覚ました。完全に。謎の感覚と共に。
目の前には──本当に目の前には真っ赤な髪をした、ミズーじゃない女性。
口には違和感。むしろ異物感。
「〜〜〜〜!!」
だっと突き飛ばして──いや自分が下がったが──距離を置いた。
「はっ…へっ? は、ええ!?」
「いいなーそういう初々しい反応。思わずお姉さん萌えちゃったよ」
「元気になったね!」
「グリーンのキスで目を覚ます、かぐや姫だね!」
「いやそれは白雪姫じゃあ…」
どくどくした鼓動を押さえ、状況が掴めずにいるフリウ。
そのフリウに近づいていき、手を差し伸べた。いつもと同じ皮肉な顔で。だが少なくともフリウには優しく見えた。
「悪い悪い。いやしょうがなかったんだって。
疲れてるし、怪我もしてるだろ? お前ぼろぼろだぞ。大丈夫だから休めっていうか休ませるぞ」
その言葉と、初めて出会った優しい人と、紅い髪が重なり。
もう一度フリウは泣き出したのであった。
【C-4/ビル一階事務室/13:30】
『人類最強で天使な世にも幸せバカップル国記』
【フリウ・ハリスコー】
[状態]: 精神的ダメージ。右腕に火傷。肋骨骨折。
[装備]: 水晶眼(ウルトプライド)。眼帯なし
[道具]: 支給品一式
[思考]: 元の世界に戻り、ミズーのことを彼女の仲間に伝える。 この人たちはいったい? 休憩。
[備考]:第一回の放送と茉理達の放送を一切聞いていません。
第二回の放送を冒頭しか聞いていません。
ベリアルが死亡したと思っています。ウルトプライドの力が制限されていることをまだ知覚していません。
【哀川潤(084)】
[状態]:怪我が治癒。創傷を塞いだ。太腿と右肩が治ってない。
[装備]:錠開け専用鉄具(アンチロックドブレード)
[道具]:生物兵器(衣服などを分解)
[思考]:祐巳を助ける 邪魔する奴(子荻)は殺す こいつらは死んでも守る この娘を休ませる&怪我の治療をする。 事情を聞く。
[備考]:右肩が損傷してますからあまり殴れません。太腿の傷で超長距離移動は無理です。(右肩は自然治癒不可、太腿は若干治癒)
体力のほぼ完全回復には残り10時間ほどの休憩と食料が必要です。 若干体力回復しました。
【トレイトン・サブラァニア・ファンデュ(シロちゃん)(052)】
[状態]:前足に深い傷(処置済み)貧血 子犬形態
[装備]:黄色い帽子
[道具]:無し(デイパックは破棄)
[思考]:お腹空いたデシ 誰デシ?
[備考]:回復までは多くの水と食料と半日程度の休憩が必要です。
【アイザック(043)】
[状態]:超健康
[装備]:すごいぞ、超絶勇者剣!(火乃香のカタナ)
[道具]:デイパック(支給品一式・お茶菓子)
[思考]:すごいぞグリーン!休ませよう!
【ミリア(044)】
[状態]:超健康
[装備]:なんかかっこいいね、この拳銃 (森の人・すでに一発使用)
[道具]:デイパック(支給品一式)
[思考]:そうだねアイザック!!
【高里要(097)】
[状態]:健康
[装備]:不明
[道具]:デイパック(支給品一式・野菜)
[思考]:この女の子をどうしよう
[備考]:上半身肌着です
※昼ごはんに野菜とパンを食べました。残った野菜は要が持ってます。
薄氷か、張り詰めた糸か、或いは綱渡りか──。
この脆き同盟を如何なる形に形容すべきかと両者は思案する。
しかし程なくして、その行為が無為である事に気付いた両者は、その裡を語る事なく沈黙を深めていった。
仲間と呼ぶには余りにも信用出来ない相手と手を組んだキノと宗介は、あのあと僅かばかりの時間をかけて情報の交換を行いいくつかの取り決めと今後の方針について話し合った。
両者の関係性ゆえか、共に必要最低限の情報しか提供しなかったが、それでも幾許かは両者に益となる情報はあった。
例えば先程の放送であった天候を変えるという話。
それを如何なる方法で行うのかは不明だが、その意図は『ゲームの進行を早める為』であると容易に知る事が出来た。
ならば、その意図さえ分かってしまえば後は簡単だった。その意図を果たす為に必要な条件を推測、更にその条件を満たす気象状況を予測する。それだけで、およそ何が起こるのか予想する事は可能であった。
管理者の起こす気象変化、それはおそらく大雨や台風といったものであると二人は推測した。
管理者の目的をゲームの進行を早める為だと仮定した場合、それを最も効率的に行うには参加者をある1エリアに集中させる事だと二人は考える。
しかしあからさまにそれを行えば、逆に参加者の不信を買って目的の達成を困難にしてしまう。
ならば、参加者を半強制的に移動させて、意図的に参加者をいくつかのエリアに集中させる事ができれば目的は達成されるのではないか。
そしてその為に管理者は気象操作を行って、意図的に参加者を幾つかの場所に集めようとしているのではないのか──それが2人の立てた予測であった。
この予測が正しいかどうか、それを判断する術は2人にはない。しかしもしこれが真実ならば、このゲームに乗った2人にとってはまたとない好機であった。
そして2人は移動を開始する。目的地は雨風をしのぐ事のできる場所の多い島の北西部。そこで他の参加者達を待ち、雨宿りにきた者達を、狩る。
片方は他者の意志に縛られた、自意識なき傀儡人形。
もう片方は他者を救う為に、他者の手で踊る自動人形。
哀れな人形達は、人の作り上げた虚構の街へと向かう。
そして、それは必然か偶然か、2人は虚構の街の中で最初の獲物と出会う。
だが、2人はその考えをすぐに改める事になる。
「ほう……、2人とも少しは出来るようだな」
彼──フォルテッシモがその2人を見た時の感想がそれだった。
学生服を着た男と一見男の子に見える女、そのどちらもが等しく殺人者である事を彼は一目で見抜いていた。
二人はすぐに動き出せるように油断なく彼を警戒し、同時にすぐに拳銃を撃てるようにその手をグリップの近くに添える。
(その技量も高く即座に攻撃してくるほど馬鹿ではない、戦う相手としては文句はない。だが──)
その拳銃で戦う限りお前達に勝機はない、そう心の中で付け加えた。
もしこの二人の内どちらかが『イナズマ』の様な力を持っていれば、そんな無意味な空想が頭をよぎる。
技と力、その両方において敵として相応しい相手ではある。だが使う武器の所為で、既に戦わずして彼の勝利は見えていた。それ故にフォルテッシモの心は苛立たずにいられなかった。
だが、こういった敵に相応しい相手とまみえる事が稀であるとフォルテッシモは知っているので、その苛立ちを己の裡へと押し隠した。
(少しは楽しめればいいんだがな……)
軽く息を吸って精神を切り替える。それだけで雑多な思考は掻き消え、今から始まる戦いにだけ意識を集中する事ができた。
好戦的な笑みを浮かべ、フォルテッシモの口が開く。
「ならばちょうどいい、お前らにはここで俺の相手をしてもらうぞ。もっとも、それも僅かな時間のこととなるがな!」
フォルテッシモの怒号と共に、二人の方へ真空の刃が疾駆する。
そして闘劇の幕が上がった。
真空波がくると同時に、二人は荷物を捨てて左右へと別れた。宗介は傍らにあったビルの中に、キノは反対側にある細い路地へ。
フォルテッシモは迷わず宗介の方を追い、僅かに遅れてビルの中に侵入する。
1階のフロア中央に差し掛かった時に乾いた声が鳴った。
響く銃声は3つ。2発は直接フォルテッシモに、1発は跳弾として間接的に。だがフォルテッシモは銃弾の姿を捕らえずに、3つの銃弾全てを自身の能力で弾く。
銃弾の飛んできた方向から相手の位置を予測、そこにあったコンクリートの柱に力をぶつける。
「そこかっ!!」
コンクリートの柱が内側から爆ぜた。だがそこに敵の姿はない。
宗介の姿は既に、柱に隠れて見えなかっった奥の階段のところにあった。
銃弾のお返しと言わんばかりに、フォルテッシモが真空波を飛ばす。
タイミングと射線を微妙にずらした3つの真空波。しかしそれを紙一重で宗介は躱して2階ロビーへと向かう。
追撃するフォルテッシモも、程なくして2階ロビーに到着する。ちょうど反対側にある階段の手前、そこに宗介はいた。
フロアの両端で静かに対峙する二人。
フォルテッシモが踏み込むと同時に真空波を放つ。それと同時に3方向からの銃弾がフォルテッシモを襲った。
1つは宗介の狙って撃った銃弾、もう1つは同じく宗介の放った跳弾。では最後の1つは?
その答えは階下にあった。
階下の柱の影にある小柄な人影。その人影は先程宗介と別れたキノのものだった。
フォルテッシモが軽く舌打ちをする。
二人の放った銃弾を躱しながら、同時に二人にカウンターの真空波を打ち込む。
しかしそれが目標点に到達するころには、既にその射線上に相手の姿はない。二人はもう階下に逃れて、合流を果たしていた。
二人を逃がすまいと、フォルテッシモも階下に飛び下りた。しかしそこに二人の姿はなく、金属の擦れる音と共に非常階段の扉が閉まるのみであった。
「くそっ、面倒な事を……」
フォルテッシモは悪態を漏らしながらも、非常階段へと近付いてゆく。
階段のステップを叩く音が響き、その音が突然途切れた。そして金属の擦れる音と、その後に響く低めの金属音。おそらく非常階段の扉の閉まる音だと考えられる。その音の大きさから考えて4、5階あたりに二人はいると、フォルテッシモは当たりをつけた。
そして彼は追撃を再開する。その口元には僅かに笑みが浮かんでいた。
【B-3/ビル内/1日目/13:00】
【キノ】
[状態]:健康体。
[装備]:カノン(残弾無し)、師匠の形見のパチンコ、ショットガン(残弾2) 、折りたたみナイフ
ヘイルストーム(出典:オーフェン、残弾8)
[道具]:支給品×4(ただし路上に放置)
[思考]:最後まで生き残る
【相良宗介】
[状態]:健康体。
[装備]:ソーコムピストル(残弾不明)、コンバットナイフ。
[道具]:支給品一式、弾薬、かなめのディバック(ただし路上に放置)
[思考]:かなめを救う…必ず
【フォルテッシモ】
[状態]:戦闘に心を踊らす
[装備]:ラジオ
[道具]:支給品一式
[思考]:ブラブラ歩きながら強者探し。早く強くなれ風の騎士。
フォルテッシモの状態を下記に変更。
【フォルテッシモ】
[状態]:戦闘に心を踊らす
[装備]:ラジオ
[道具]:支給品一式
[思考]:今はこの戦いに全力を傾ける。
>>99-103の『めしいた眼に見える光明は、されど』はNGにさせていただきます。
大変迷惑をおかけしました。
タイムリミットがあるからには、最大限に時間を有効利用する必要がある。
自分の持てるあらゆる技能を駆使し、効率良く人を殺さねばならない。
「どこまで歩くんです?」
傍を歩くキノが訊く。
「あの森に着いたら小休止しつつ作戦を話す。引き続き警戒を緩めるな」
言われるまでもない、といったふうにキノは頷いた。
森の中。二人は当面の安全を確保し、話を始める。
「おまえはトラップ作りは得意か?」
「……いえ」
唐突な質問に、とりあえずは首を振っておく。
「そうか。ではおまえの役割は、適当な木を見つけその先端を尖らせる事だ。できる限り鋭利な槍を作れ。
そのナイフで支障があるようなら、こちらのサバイバルナイフを貸してやる」
「何をするつもりなんですか?」
大方の想像はついたが、詳しく尋ねる。
「俺達だけではカバーできる範囲に限界がある。獲物を探しつつ罠を仕掛けていくのが効果的だ」
「なるほど。それで、どんな罠を?」
小動物を捕獲するならば、スネアが最適だ。
スネアとは、釣り糸・ワイヤ等で作った輪を動物の首や足に引っかける罠である。
だが、人間相手では効果が弱い。徒党を組んでいるとなると、なおさらだ。
デッドフォール――餌を取った動物に上から重量物を落とす罠――は手間が掛かりすぎる。
ならば、今回使う罠は。
「スピアトラップを仕掛ける。手早く生産でき、効果の高い罠だ」
ジェスチャーを交え、宗介はその罠の詳細について説明し始めた。
スピアトラップの構造は単純だ。
先端を尖らせたスピアを、曲げられた枝等に固定する。
獲物が餌を取ったり、ピンと張られた『ライン』に引っかかったりすると、
即座に槍がその身体に突き刺さる、という罠である。
「――――以上だ。付け加えるならば、ベトナム戦争でベトコンが使った罠として有名でもある」
と、宗介は説明を締めくくった。
「べとこんとかは良く分かりませんが……分かりました。それで、どこにその罠を仕掛けるつもりですか?」
「今の所、禁止エリアは南に集中している。南に居た参加者が北上する、もしくはしている可能性は高い。
さらにここ一帯の森林は島の中心部に当たり、水場もある。人の行き来は多いと推測できる。
以上の理由により、この辺りに広がる森林内で人が通りやすい箇所に、いくつかの罠を仕掛けるつもりだ」
あの地下墓地に近い事もここに罠を仕掛ける理由の一つだったが、話す必要は無いので黙っておく。
「水を求めてやってきた人、見晴らしの良すぎる平原から避難して来た人にグサリ、という訳ですか」
「肯定だ」
無感情なキノの声に、こちらも無感情な声が応える。
「質問等無ければ、早速作業を開始する」
「……ボクの作業には関係無いですけど、トラップに使うワイヤーとかはどうするつもりですか?」
二人ともワイヤーや釣り糸のたぐいは持っていない。疑問に思ってキノが問うと、
「それには、これを使う」
むっつり顔のまま表情を変えず、宗介はデイパックを指し示した。
見つけた木の先端を削りつつ、横目で宗介を見やる。
彼は器用にデイパックを解体し、トラップ用の『ライン』を作っていた。
確かにこのデイパックは頑丈だ。
どんな支給品が入っていても耐え得るよう設計されているのだろうか。
何の繊維を使っているのか分からないが、よっぽどの事が無ければ破れそうにない。
この生地を使って獲物を引っかける『ライン』を作る。
罠を看破されないよう細くかつ強靱なものを作らねばならないが、彼ならば可能だろう。
何気なさを装って作業をしつつ、
宗介にとって死角になる地点へとキノは足を進める。
(この人は、危険だ)
罠も作り慣れている。そして、戦い慣れている。おそらくは自分よりも。
先程の戦闘では張り合えたが、次はどうだろうか。
今はまだバレてはいないようだが、自分の性別が彼に知られたら?
男女の力の差が目に見える形で現れる接近戦、それも武器を使えない状況での格闘戦に持ち込まれたら?
その時点で自分の負けだ。
いつどのように彼の気が変わるかは分からないのだ。
火力ではおそらくこちらが勝っているが、安心などとてもできない。
いっそ、今の内に――
地面に木を立て掛け、キノは片手で作業を続ける。
先程までの風景と変わらないよう、シュッシュッと木を削る音もそのままに、
もう片方の手で『銃』を用意する。
何気なく、本当に何気なく宗介に『銃』を向け――
引き金を、引いた。
木を削る様子がなかなかサマになっている。
両手で作業を進めるキノを、宗介は目の端に映していた。
一時的に同盟を結んだとはいえ、全く油断はできない。
いつどちらとも寝首を掻かれるか分からない、砂のように脆い同盟関係なのだ。
その同盟相手が作っている鋭い木の槍。
それを凶器として使用するスピアトラップ。
地下墓地の女のような化け物には効かないかもしれないが、並の人間がこの罠にかかればひとたまりも無い
十中八九、命を落とすだろう。
並の人間――
かなめは、地下墓地に囚われている限り大丈夫だ。
もっとも、あの女が約束を守るのかどうかという根本的な問題もある。
あの女からかなめを奪還、もしくはあの女を斃す方法も考えておかねばならない。
今の所は全く妙案が浮かばないのだが……。
テッサは、ウィスパードの知識を扱えるとはいえ、宗介やクルツのようなサバイバル技能は無い。
それどころか、何の障害物も無い道で突然すっ転ぶほどの運動音痴だ。
もし彼女が単独で行動しているのなら、この罠に掛かる可能性は十二分にある。
テッサの命を奪うかもしれない罠。
テッサが罠に掛かっていたなら、自分はその首を切り取ってかなめを救いに行くのだろうか。
(それでも、俺は……)
あの日あの時、<アーバレスト>の掌の上で。
自分は確かに一方を選び、もう一方を見捨てた。
最後の最後、このゲームで生き残って欲しいのは――
刹那、懊悩する宗介をぞくりとした感覚が包む。
戦場に生きる兵士だからこそ感じられるもの。
だが、感覚に対する身体の反応が、一拍遅れた。
(間に合うかっ?)
咄嗟に飛びずさるが、銃口は既に――
「……ぱぁん」
「……何のつもりだ」
油断なくソーコムピストルを構え、宗介が誰何する。
じとり、と冷や汗が背を伝った。
「何って、ちょっとした冗談じゃないですか」
キノが楽しそうに言う。
『銃』の形を模した指を宗介に向け、もう一度『ぱぁん』と指鉄砲を撃った。
「笑えん冗談だ。……次に紛らわしい真似をした場合は容赦無く撃つ」
忌々しく吐き捨て、宗介は銃を下ろした。
「怖いなあ……」
溜息を吐いて、キノは呟いた。
(やはり、この人は強敵だ。決定的な隙が出来るのを待つしかない)
(少年のような態をしているが、この男は危険だ。機を待ち片を付ける)
二人が似た考えを抱いていたことは、互いに知るべくもなかった。
ミッション開始より約58分が経過。
「時間だ。今完成した罠で最後にする」
森の中を短距離移動・罠設置を続ける間、幸か不幸か他の参加者には出会わなかった。
刻一刻と、タイムリミットが近づく。
焦りは失敗を生む。それを経験から知っている宗介は、冷静さを維持しようと努める。
そこへキノが、
「罠の設置も終わった事ですし、早いうちに人が密集してる場所を狙いませんか?
ボクとあなたがいつまで共闘できるかも分かりませんし」
抜け抜けと物騒な話を持ちかけた。
「同意する。では、作戦の詳細を検討しよう」
情動の感じられない声で、宗介が答えた。
時間が無い宗介にとって、それは願ってもいない提案だ。
二人は互いの持つ情報を擦り合わせ、狙うべき場所を協議する。
多くの人が集まっていそうな場所。二人での挟撃に適した場所。
学校、海洋遊園地、商店街……。
「じゃあ、最初のターゲットは学校という事でいいですか?」
「肯定だ。距離もここから近い。……では、直ちに作戦を開始する」
そして、二人の殺人者は学校へ――
【D-4/森の中/1日目/13:35】
【キノ】
[状態]:通常 。
[装備]:カノン(残弾無し)、師匠の形見のパチンコ、ショットガン、ショットガンの弾2発。
:ヘイルストーム(出典:オーフェン、残り7発)、折りたたみナイフ 。
[道具]:支給品一式×4
[思考]:最後まで生き残る。 /行動を共にしつつも相良宗介を危険視。
【相良宗介】
[状態]:健康。
[装備]:ソーコムピストル、コンバットナイフ。
[道具]:荷物一式、弾薬。
[思考]:かなめを救う…必ず /行動を共にしつつもキノを危険視。
[備考]:D-5の湖周辺の森林内、人が通りそうな場所に罠(スピアトラップ)有り。数は不明。
設置された時間は12:30〜13:30頃。
「あー、あれだ……迷った」
人間失格は本日二度目の迷子になっていた。
景色はいつの間にか住宅街からビルなどになっていた。
「まいったな、一度来た道だと鷹をくくってたが。くそっ傑作だぜ」
人間失格が迷子になっていたころ、戯言使いは人生最大の危機に面していた。
「や、やった!勝ったぞ!やっとドクロちゃんに――」
シュッ!
高質量の物体が、勢いよく突き出される。それは、ぼくの頬をかすって――
ズドン!
ぼくがもたれていた木の幹に衝突。太くて頑丈そうな木の幹が、ミシミシと今にも折れてしまいそうに悲鳴を上げる
頬についた、鋭利な刃物で切り裂かれたかのような傷口から、真っ赤な鮮血が流れ出る。
「……ど、ドクロちゃん? ぼ、暴力はいけないなぁ」
ぼくがそういうと、木の幹からゆっくりと鉄の棒――シームレスパイアスが引き抜かれる。
額に浮くのはいやな感じに粘ついた脂汗。
なすすべもなく、幹にもたれるぼくを見下ろすのは、金属鉄バットを構える撲殺天使。
たすけてっ!凪ちゃんっ!
そう思って回りを見渡すも、凪ちゃんは見回り(といっても、零崎が帰ってこないので少し探しに行っただけだ)
に行っていて、近くにはいない。しまった!計画的犯行かっ!
「わかった、わかったよドクロちゃん。換える、換えるから」
ぼくはそう言って、○と×と△が描かれた地面から×をひとつ消して、その隣に×を移動させる。
するとドクロちゃんはにっこり笑って、
「やったぁ!ボクのかちっ!」
二つ並んだ○の横に△を描いて言った。
「ん?どうしたんだ戯言遣い」
見回りから帰ってきた凪ちゃんが、僕の顔を覗き込むようにしていった。
「いや、なんでもないよ、凪ちゃん」
「そうか、とりあえず零崎はまだだったが……」
凪ちゃんは木下で調子はずれの歌(ドクロちゃんのテーマだそうだ)を歌っているドクロちゃんを見て言った
「なんであんなに上機嫌なんだ?あいつは……」
「……なんで、だろうね」
ぼくは先ほどのことを思い出し、ぶるりと体が震えた。ぼくはこれまで、何人もの頭のねじが二、三本外れている女の子を見てきたが、
これほどの娘は……
「いるか、姫ちゃんとか、崩子ちゃんとか」
なんで僕の周りにいる女性はおかしな人が多いのだろうか。これではまるで――
ぞわり
唐突に、先程の震えとは比べ物にならないような悪寒が、ぼくの背筋を駆け抜けた。
これは、殺気。
純粋に殺すことだけを望む、殺気。
殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す
視線を伝わって、ただそれだけの感情が僕の体にまとわりつく。
ぞわり
僕の体は、半ば自動的に凪ちゃんを突き飛ばし、それに続くように自らも身を投げていた。
同時に風を切り裂く鋭い音が、ぼくの元いた場所に突き刺さり、続いて地面をえぐるような振動が、ぼくの元に届いた。
振り返る。
「ほう、あの一撃を避けるとは。今度はなかなか楽しめそうだ」
土煙が舞う中、ゆっくりと地面に突き刺さった剣を抜くのは、片手に椅子をぶら下げた銀髪の美男子。
「かっこいー! おにーさんだれー?」
「私はギギナ・ジャーディ・ドルク・メレイオス・アシュレイ・ブフ。ドラッケン族の戦士だ」
「戯言遣い、ドクロをつれて逃げろ! はやく!」
凪ちゃんが、半ば叫ぶようにぼくに言う。
その指示を実行することを、ぼくは躊躇する。
凪ちゃんの判断は的確だ、足手まといのぼくとドクロちゃんがいるより、二人を逃がして身軽になったほうが、勝てる確率も逃げられる確率も格段にあがる。
それでもぼくは一瞬ためらった。
これでもし、もし凪ちゃんが死んでしまったら、みくるちゃんに続いて凪ちゃんもぼくが殺したことになる。
そんなことはない。分かっている。でも――
「戯言だ」
ぼくはその一瞬のあと、ドクロちゃんの腕をつかんで走り出した。
「商店街だ!そこで零崎と合流しろ!オレもすぐに行く」
後ろから凪ちゃんの声が聞こえてくる。
「! ――まてっ」
銀髪の声も聞こえたが、無視。
ぼくは走る。
走って走って走って走って走って走って走って
森の出口近くまで走ったところで、引きずられるようについてきたドクロちゃんが口を開く。
「いたい、いたい、いたいよおにーさん。どうしたの?」
「逃げるんだよ、足手まといのぼくたちがいたってしょうがない」
そうだ、生き残れる可能性があるのにわざわざ死ぬなんてのは馬鹿のすることだ。
ぼくはまだちゃんと走れないドクロちゃんを背負い、全速力で駆け出した。体力には自信がある。
走って走って走って走って走って走って走って――――落ちた。
「あ、崖があったんだ」
ぼくは本日二度目の落下を味わった。
【残り81人】
【F−4/森の中/1日目・13:00】
【戯言ポップぴぴるぴ〜】
(いーちゃん/(零崎人識)/(霧間凪)/三塚井ドクロ)
【いーちゃん】
[状態]: 健康
[装備]: サバイバルナイフ
[道具]: なし
[思考]:商店街に行って零崎と合流
【ドクロちゃん】
[状態]: 頭部の傷は全快。左足腱は、杖を使えばなんとか歩けるまでに 回復。
右手はまだ使えません。
[装備]: 愚神礼賛(シームレスパイアス)
[道具]: 無し
[思考]: このおにーさんたちについていかなくちゃ
※能力値上昇中。少々の傷は「ぴぴる」で回復します。
【霧間凪】
[状態]:健康
[装備]:ワニの杖 制服 救急箱
[道具]:缶詰3個 鋏 針 糸 支給品一式
[思考]:こいつ(ギギナ)をどうにかして、いーちゃんたちと合流
【ギギナ】
[状態]:若干の疲労。興奮。
[装備]:魂砕き、ヒルルカ
[道具]:デイバッグ一式
[思考]:自分の攻撃をよけたいーちゃんに興味あり。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【B-3/1日目・13:00】
【零崎人識】
[状態]:平常
[装備]:出刃包丁 自殺志願
[道具]:デイバッグ(ペットボトル三本、コンパス) 砥石 小説「人間失格」
[思考]:惚れた弱み(笑)で、凪に協力する。 F-4の森に帰る
[備考]:記憶と連れ去られた時期に疑問を持っています。
11時45分
‘影’と別れ、‘彷徨う宝物’は『答え』求めて道をゆく。
その『問い』は……
「うーん、どこから話したらいいかな」
詠子は再び小首をかしげた。
「そうだね、まずは向こう側について語ってくれないかね。状況整理といこうではないか」
長くなるよ、そう前置きして、詠子は佐山に向き合った。
「うーん、向こうはね、ほんとはこっちと変わらないんだよ。
見れば分かるんだけど、誰も見ることは出来ないからそれを理解できないの。
居るのに無視されたら誰だって悲しいよね。だから彼らはいつも“こっち”に来たがっている。
でもやっぱり皆はそれすらも理解できないの」
悲しいね、つぶやきながら詠子は佐山に額を寄せた。
「じゃあ、見えないものと向き合ってもらうにはどうすればいいかな」
楽しそうに、尋ねる。
「ふむ、何故だかデジャヴを感じる質問だね」
佐山は腕組みをして、思考する。
デジャヴ、とはいったものの、2nd−Gとは状況は全く異なる、そもそも立場も逆だ。
こちらは交渉がしたいのに、相手にそれを理解してもらえない。
対等とすら思われていない?
違うな。佐山は思考をリセットする。似たケースと混合してはいけない。応用と混合は異なる。
問題は全く別なところにある。交渉以前の段階で、ファーストコンタクトが困難なのだ。
そもそも我々は、見えないものとどう向かい合ってきた?
見えない、未知のものに遭遇して、まず我々がすることは何だ。
「仮定してもらう、ということかね」
存在すると仮定する、理解できる理論として構築し、当てはめることで、人類は病原菌を、電波を、
過去や未来さえも可視してきた。
佐山の目の前にある笑みが強くなる。
11時30分、
草原と森の境目で、刀を携えたバンダナ少女、其処に無いものを捉える少女は、
枝に括り付けられているそれを見つける。
白い紙、びっしりときこまれた文字。彼女が好奇心のままに手に取ったそれは……
「そう、それが物語。人は『そう言うもの』と想うことで、それが存在するかのように振舞うことが出来る。
絆も、血縁も、社会も、命も、そうやって人は仮定してきたんだよねえ。
同じように、物語に触れれば、人は彼らに触れることが出来る。向こうに行くことも出来る。
向こう側に行けば、私みたいに‘魔女’になれるの。
今まで見えなかったものが見えるようになる、世界が新しい方向へ広がる」
「君のように世界の背景が見えるようになると?」
人類の革新だね、佐山はシニカルに笑う。
「んー、ちょっと違うかな? やっぱりそれは人それぞれだよ」
「ふむ、では質問を変えよう。何が能力の差異をもたらすのかね?」
「皆にそれぞれの物語、‘魂の歪み’があるから、かな。自分の物語に近いほうが理解しやすいもの」
佐山はそこであごに手を当てる。一拍の間。
「それが私は‘裏返しの法典’というわけなのだね」
詠子は笑みを絶やさない。顔はまだ近づいたままだ。
会話のたびに、お互いの呼吸が頬をくすぐり前髪を揺らす。
11時、
魔女を危険視する‘魔術師’は、仲間とともに道を行く。
ディバックの中には黄ばんだ地図。その裏には……
「君の話から推測するに、君が今までばら撒いてきたのは、向こうに行くための物語ではないのかね。
読めばその物語に則って、向こうに行けるようになる。そして向こうでその人の物語に近しい突出を得ることになる」
そして佐山も笑みを浮かべ、
「しかし君はこうも認めた、『コンタクトは友好なものではない』と。
そして君のような能力者は異端といっても差し支えない、
そういったものたちの登場する物語なんて限られてくる。それらから導かれる結論は」
糾弾の言葉を告げる。
「物語とは‘怪談’なのだろう。そしてほとんどの者が向こう側に耐えられない。
神隠し、百物語、こっくりさん、そういった、登場人物の狂気か死で終わる物語。
多くのものが突出を得ることなく、または得たもののために、向こう側の犠牲になる」
詠子は静かに、ただ変わらぬ笑みを以ってその言葉を肯定する。
恐ろしい、と佐山は思う。彼女は感情より思想に殉ずる人間だ。
その思想は、どうしようもなく、美しいまでの黒一色。
佐山は、彼女に抱いた第一印象の正しさを確信する。
それが許されるのなら、彼女は牢獄たる病院に死ぬまで、いや、遺体や遺品までも幽閉しておくべき人間である。
しかし同時に、この上なく有能な人物。そして佐山は正義の味方ではない。悪役だ。
「それは人を屠殺場に送ることに等しい、まさしく虐殺行為だ。いやはや、詠子君も中々に大した悪役だね。
ハハハ、この腐れ外道が」
言葉と同時に、鉛筆を持つ佐山の指が踊った。
『しかし同時に、一部の者は自身の物語にふさわしい突出を得る、
中にはこの現状を打破し得る能力者が生まれる可能性がある。違うかね』
「だとしたら本物の悪役君はどうするのかな」
沈黙。言葉のエアポケット。
その間を縫うように、佐山は小さな、しかし確かに聞き覚えのある飛来音を耳にした。
一瞬逸れそうになる視線。
詠子はそっと両手を佐山の頬に。
触れそうで触れない両手が、確かに佐山を詠子に縛る。
10時30分
水を求めて道に迷う、‘鏡に出会った殺人鬼’は、風に舞う一枚の紙片を拾う。
ただ短い一文が書かれたそれは……
「私が播いたのは『合わせ鏡の物語』、
4時44分、誰彼、死と生、昼と夜が混在する時間、死んだ人の顔が鏡に写る、四次元の世界に引き込まれる。
零時、今日と明日が混ざり合う時間、鏡に未来の自分の姿が見える。結婚相手がみえる、死に顔が見える。
二時、丑三つ刻、全ての境界があいまいになる時間、鏡は違う世界につながってる、鏡と現実が入れ替わる。
いろいろなカタチがあるけれど。みんな『違う世界』を望むもの。
ここに集められた人たちも、みんな『違う世界』を望んでた。
だから私は種を播いたの。鏡の向こう、違う世界にいけるように」
詠子の言葉が、徐々に佐山を浸していく。
「私はみんなの‘望み’を叶えたあげたいだけ。そのために物語を広げるの」
詠子は、もう一度佐山に尋ねる。
「だとしたら本物の悪役君はどうするのかな」
見詰め合う二人。
口元を引き結ぶ少年と、蕩けるような笑みを浮かべる少女。
佐山はその端を歪めて、笑う。
体をわずかに前倒しに。それは前髪がかすかに触れる距離。
「戯言だね」
12時45分
四人の少女は一路を北に。そして意識の底に触れる少女はまた転ぶ。
地面を這うその視線の先に、ちぎれたメモの一部を見つける。
それは……
「いいかね、詠子君。それは大義名分だ。一般人が相手ならそれもよかろう。
しかし大事を成す私は知っている、大事を成す人間は根本的に自分の思想にしか拠らないことを。
皆がそれを望むから? へそが茶を沸かす。
私に向かってそんな言葉を吐くことは、腹の底を隠しています、と宣言しているようなものだよ。
敢えてもう一度言おう、戯言だね」
クリアな思考、湧き上る自信、そこに佐山は確固たる自己を確認する。
「ああ、気にすることはないよ、詠子君。悪役に本音を隠して相対するのは魔女の宿命だが、
それを見抜かれるのもまた宿命だ。私は配役を弁えているのでね。安心して嘘を吐くがいい、
ことごとく見破って差し上げよう」
詠子は、ほぅ、と溜息を吐いた。二人の前髪がかすかに揺れる。
「本当に君はすごいね。魔女の言葉に耳を傾けて、それでもなお自分を保てるなんて」
「なに、相手の欲するところを悟るのも交渉のうちと言うことだよ」
触れ合う前髪の心地よさに目を細め、佐山は魔女と『交渉』する。
「契約書だ」
『魔女が悪役にその瞳を差し出し、世界の脱出に協力するなら……』
佐山は一息に書き連ねた。
『悪役は魔女に、この世界の物語をお見せしよう』
13時
守るべき主を奪われて、罠を拵える‘番犬’は、木に刻まれた一文を認める。
それは……
互いの額が触れ合う、唇が触れ合いそうなその距離で、詠子はくすくす、その喉をならす。
「魔女は悪役にすっかり誑かされちゃったからね」
その目を瞑って、おかしそうに笑う。
「でも、皆を‘魔女’にして、みんなが望みを叶えられるようにしてあげたいのも本当だよ」
「それも承知している。そちらにも協力しよう。了承なら、テスタメントと言って欲しい」
そう言って、佐山は眼前の彼女を見つめた。
ふ、とその目が開かれる。
彼女の瞳に、佐山の顔が、佐山の目が映る。
その目に映るのは、またも彼女の瞳。
それは擬似的ながらも、二人を映す合わせ鏡。
佐山は認めた。彼女の瞳の一つ、そこに映るのは、懐かしき新庄運切の顔……
7時50分
‘世界のカケラ’は‘欠けた双子’とともに、その超聴覚に唄をとらえる。
それは……
額を外し、うずくまる様にして、佐山は軋む右胸を抑える。
彼女といる限り、この胸の苦しみは幾度となく自分を襲う。
そういうことだ。彼女と組むということはそういうことなのだ。
佐山は苦しみの合間を縫って、そう呟く。
違う世界を見る過程、何度もの蘇るであろう彼女の幻影。
詠子は悲しみながらも、佐山を‘魔女’にするためならば、それを平然と突きつける。
やさしく佐山の背中をさすりながら詠子は、テスタメント、と囁いた。
背中に伝わる感触から、彼女の裏表のない優しさがわかる。
それゆえの矛盾。自身が原因でありながら、一切の後ろ暗さをもたない、矛盾。
「今はこれだけ。『洗礼』にはもっとふさわしい時間と場所が必要だから。
私は祈ってるよ、君が‘できそこない’にならないことを」
詠子は佐山に微笑みかける。佐山は背中越しにそれを見た。
年上なのに愛らしく、どこまでも邪気のない、狂ったようなその笑顔。
全てが朽ちゆく森の小屋。
錆のにおいの満ちる部屋。
拾われるのを待ちわびる、黄ばんでかすれた古い地図。
それは魔女の夜会の招待状。
【C-6/小市街/1日目・12:15】
『Missing Chronicle』
【佐山御言】
[状態]:精神的打撃(親族の話に加え、新庄の話で狭心症が起こる可能性あり)
[装備]:Eマグ、閃光手榴弾一個
[道具]:デイパック(支給品一式、食料が若干減)、地下水脈の地図
[思考]:1.風見、出雲と合流。2.詠子の能力を最大限に利用。3.地下が気になる。
【十叶詠子】
[状態]:健康
[装備]:魔女の短剣、『物語』を記した幾枚かの紙片
[道具]:デイパック(支給品一式、食料が若干減)
[思考]:1.佐山に異界の『洗礼』を(佐山がどう覚醒するかは不明)
2.物語を記した紙を随所に配置し、世界をさかしまの異界に。
追記:行間の人間は次のとおり、上から順に
坂井悠二、火乃香、宮野秀策、零崎人識、テレサ・テスタロッサ、相良宗介、長門有希
公民館の一室では、ガユスとべリアルが水とパンのみの簡素な食事を取っていたところだった。
ベリアルがふと足元に置いた探知機に目をやると、自分たちを示す物以外に二つの光点がこちらに接近しているのが見て取れた。
途端、窓の外を睨む目つきが鋭くなる。
「おい、誰かこっちに来てる。多分、中に入るつもりや」
「味方になるような人間だと思うか?」
「さあな。二人ってことは、とりあえずその二者間では協力関係が成立しているはずやから、問答無用でってことは少ないやろうけど」
「まあ、一応は話を聞くべきだろ。いざとなったら裏口から逃げることになるだろうけど」
言って立ち上がったガユスに、ベリアルは呆れ顔で己の側に置いていた光の剣を差し出した。
「お前、さすがに丸腰はあれやろ。今のその手じゃ使えんでも、これあったらはったりくらいにはなる。
お荷物が一人いるんと二人とも十分戦えるのとやったら、明らかに後者のほうが相手にプレッシャーかけられるからな」
ベリアルの言葉にガユスは少しばかりにやっと笑い、腰に差していたリボルバー手の中でくるりと回した。
「いや、はったりならこれで十分」
いまだリボルバーに弾が込められていない事を知らない彼は、素直にああそうかと言って、渡そうとした剣を己の右手に握り込んだ。
画面の中の光点が、残り十数メートルの距離にまで近づく。
重いガラス扉の軋む音がして、点の正体である二人の人間が館内へと入ったのが分かった。
床を歩く二つの足音がぱたぱたと鳴り響く。その確かな足音は殺人者のそれとは言いがたかった。
「あれ、誰もいないのかな?」
「いえ、確かに人の気配がしましたが」
言い合う声は男女のものだ。どうする? と一瞬顔を見合わせた後、ガユスとベリアルは意を決して内側から扉を開けた。
ガユスは銃を、ベリアルは剣をそれぞれ目深に構え、とりあえずは見せ掛けだけでも戦闘ができるポーズをとる。
「ちょっと止まれや」
その声に反応した一組の男女が、驚いたように顔を上げた。
「随分と物騒だなぁ。こっちは敵意なんてないっていうのに」
「それが本音だって、どうやって証明できるんだ?」
言いながらガユスは現れた二人の姿を凝視する。ぱっと見た限りでは二人ともこれといった負傷が無いようだ。
今まで特に戦闘に巻き込まれなかっただけなのか、それとも何か遠方からの攻撃手段を持っている相手なのか――。
「証明はできませんね。心中が読めるような人間でもいれば別ですが」
「だね。あ、でもできたら信頼してほしいかな。俺たち、人を探してるだけだし」
飄々と話す二人に、ガユスはしかし疑念を抱いていた。その理由は当然、少女の持っているライフルだ。
自分とミズーを襲った銃弾は一般的な拳銃から発射される弾とは大きさが違うものだった。あれは、おそらくライフルの射撃弾だ。
そう、ちょうど眼前の少女が握っている位のサイズの。
「人探しか。相手の名前は?」
「そんな状況のままで聞かないでよ。せめて、銃は下ろしてくれない?」
言われても銃口は向けたままに会話を交わしながら、ガユスは素早く視線を動かす。
己の右腿の銃創、子萩の手にしているライフル、そして――。
そして、デイパックに無造作に放り込んであった、先刻ミズーの肩に撃ち込まれた銃弾。
あの時、抉り取った銃弾を何気なしに保管しておいたのが、まさかこんなところで役に立つとは。
ミズーは「気味が悪いから捨ててしまいなさいよ」と言っていたけれど、彼女の言葉の通りにしなくて良かった。
眼鏡に載せられた情報群を照合。一瞬遅れてレンズに映し出された結果は―― 一致。
つまり、この銃弾はあのライフルと同一サイズの銃から放たれたもの。俺たちを撃ったのはこいつらか!?
顔には出さぬように、ポーカーフェイスを心がける。
「分かった、この武器は下ろそう。その代わりに、おまえらも持ってる支給品を置いてくれ。 ああ、そっちのライフルは分かってるから、もう一人のほう」
これで女が否定しなければ、あの武器は最初からの支給品。つまり、自分やミズーを撃ったのがこの二人だと確定できる。
しかし女は、ガユスにとってまったくもって予想外の言葉を吐いた。
「それは構いません。ただ、訂正させていただくならこのライフルは私の武器ではありません。少し言いにくいのですが、死んだ方から……」
子萩も馬鹿ではない。ガユスの姿を見た瞬間から、彼が先ほど自分の撃った人間であることには気づいていた。
偶然の悪戯を呪うが、幸い、あの距離なら相手に自分の顔が見えていたとは思えない。
先制して予防線を張ることで、それ以上の疑惑を回避しようとしていた。
「どこでや?」
「C-2の辺りになりますね」
「うん。あの辺りはちょっと物騒なみたいだったね。こんな武器を持っててもやられちゃうんだから」
重ねて問うた緋崎の質問に、こんな時ばかりは共闘するのか臨也も子萩の嘘言に乗って作り物の言葉を饒舌に語る。
ちなみにC-2を選んだのは、ここまで歩いてくる道のりで一人の少女の死体を発見したエリアだったからだ。
手探ったデイパックには何も入っていなかったから、おそらく彼女の支給品は実際に誰か襲撃者に奪われたのであろう。
中身のないデイパックと遺体。この二つが揃っていれば、もしその場に案内しろと言われた場合でもとりあえずは何とかなる。
その上、硬直の進行具合から考えるに、その死体は既に死後12時間近くは経っているようだった。
開始直後に死んだ可能性が高いため、殺害者以外の他者とコンタクトを取っていた可能性は少ない。
目の前の二人が彼女を襲った当人でさえなければ、騙し通せる――。
賭けに出た臨也と子萩のその言葉に、ガユスは一見友好そうな顔で尚の質問を重ねる
「そうか。じゃあ、あんた自身が支給された品は?」
「それは……」
一瞬だけ声を詰まらせた子萩の台詞に気づかせぬよう、臨也が割って入る。
「彼女の支給品はこれだよ。で、俺のがこっち」
言って、愛用のジッポーライターと同じく愛用のコートとをばさりと床に投げ置く。
もちろん、コートは臨也自身が最初から着用していた物だ。
「お恥ずかしいことに、俺達二人とも『ハズレ』でね。まあ、初めに敵意のない相手に会えたのが唯一のラッキーだったかな?」
「ええ、本当に」
「ほんまやな……。その支給品で生きてこられたのが不思議なくらいや」
「商店街の店の中にずっと隠れてたんだよ。でも俺にはどうしても探したい人がいたからね」
「危険を冒してでも外に出ようと決めたんです。その途中でこれを見つけたので、本当に幸運でした」
ぬけぬけとそう言う二人を、ガユスは三度じっと見直す。
嘘を言っている風には見えない。だがあのライフルを持っている以上、100パーセントの信用をするわけにはいかない。
騙し合いの手口に長けた人間が、相手の懐まで入り込んでからぐさりとやることは容易に考えられる。
だが、その一方で彼らがあの狙撃者である可能性は、やはり低いのではないかとも思われた。
先刻あの狙撃手は、こちらからは視認すらできない遠方から明確に自分たちを狙って発砲していた。
もし彼らが同一人物なら、それだけの腕前を持っているのにわざわざこんな面倒くさいことをするだろうか。
この公民館から出たところを、どこか遠くから待ち伏せているほうがよっぽどリスクが少ない筈だ。
そこまで考え、ガユスはこの二人組ととりあえず行動を共にしようかと思った。
もちろん油断はできないが、自分はもちろん緋崎も決してまともな戦いが見込める状態ではない。
目の前の二人は、見る限り戦闘能力的には良くて一般人レベルといった所だが、怪我も無く体調は良好そうだ。
「どうする?」
「んー、ええんちゃうか」
そう言って、相手はちらりと自身のデイパックに視線を向けた。
(いざとなったら、これだけあるんやしな。――何とでもなるやろ)
(……ああ、そうだな)
口には出さず目だけで短く物騒な会話を交わすと、ガユスは向き直って二人――折原臨也と萩原子萩に声を掛けた。
「そうだな。それじゃ、良かったら一緒に行動してくれるか」
「うん。こちらこそ喜んで」
【ざれ竜デュラッカーズ】
【D-1/公民館/1日目/13:10】
【ガユス・レヴィナ・ソレル】
[状態]:右腿(裂傷傷)左腿(刺傷)右腕(裂傷)の三箇所を負傷、及びそれに伴い軽い貧血。
心身ともに疲弊の極みだが、休息によって徐々に回復する見込み。
[装備]:知覚眼鏡(クルーク・ブリレ) 、グルカナイフ、探知機
[道具]:デイパックその1(支給品一式。ナイフ。アイテム名と場所がマーキングされた詳細地図)
デイパックその2(食料二人分、リボルバー(弾数ゼロ)、咒式用弾頭、手斧、缶詰、救急箱、ミズーを撃った弾丸)
[思考]:1.休息 2.戦力(武器、人員)を確保した上で、クエロをどうにかする。3.子萩達には未だ疑念を抱いている。
【緋崎正介(ベリアル)】
[状態]:右腕と肋骨の一部を骨折(処置済み)。心身ともに疲弊の極みだが、休息によって徐々に回復する見込み。
[装備]:光の剣、蟲の紋章の剣
[道具]:デイパック(支給品一式) 、風邪薬の小瓶、懐中電灯
[思考]:1.休息。 2.とりあえずガユスと組んで最低限の危機対応能力を確保。 3.カプセルを探す。
*刻印の発信機的機能に気づいています(その他の機能は、まだ正確に判断できていません)
【折原臨也(038)】
[状態]:正常
[装備]:不明
[道具]:デイパック(支給品入り)ジッポーライター 禁止エリア解除機
[思考]:1.セルティを探す&ゲームからの脱出? 2.萩原子荻達に解除機のことを隠す 3.ガユス達にライフルの真実を隠し通す
【萩原子荻(086)】
[状態]:正常 臨也の支給アイテムはジッポーだと思っている
[装備]:ライフル
[道具]:デイパック(支給品入り)
[思考]:1.セルティを探す&ゲームからの脱出? 2.哀川潤から逃げ切る 3.ガユス達にライフルの真実を隠し通す
暗く、狭い地下への階段を進むカイルロッド一行。
頼りになるのは入り口から漏れ出る陽光だけ。それも下るほどに薄くなっていく。
――――ゴゴォォン――――
しばらく進むと、突然重い音と共に光が遮られた。
「!扉が閉まってしまいましたね」
「え?もしかして閉じ込められたのか!?」
暗闇の中、罠に嵌ってしまったのかとカイルロッドは焦り、上に戻ろうとする。
「お待ちください!今から灯りを作りますわ!」
淑芳が懐から呪符を取り出そうとするが、その必要はなかった。
扉が閉まってからそう間もなく、灯りが点ったのだ。
灯りは遥か地下の方まで続いている。
「お、驚いたな。まるで第二の神殿に掛かっていた魔法みたいだ……
同じ術なのかな」
「術の灯りとは何だか雰囲気が違うようですけど……」
驚いているカイルロッドと淑芳だが、陸は特に感嘆した様子もなく再び階段を降り始めた。
「魔法ではなく、機械による灯りですよ。恐らく我々がある程度降りたところで
センサーが感知し、ライトが点く仕掛けだったようですね。
扉が閉まったのも同様でしょう。オートロックという奴です」
「せんさあ?」
「おおとろっく?」
陸の説明に間の抜けた声で鸚鵡返す二人。
意に介した様子もなく陸は説明を続ける。
「入り口の大仰な仕掛けを見るに、後に戻るのは不可能でしょう。
地図を見れば他にも出入り口があるようですし、帰りはそこを探しましょう。
それより今は格納庫の確認を急ぐべきですね。
このようなことはさっさと済ませてお互いの仲間を探しにいきたいですし」
軽快に階段を下りていく陸を見て、カイルロッドは思わず淑芳と顔を見合わせ苦笑する。
「陸が頼りになって良かったよ」
「深刻な状況でなくて良かったですわ。
ま、たまたま世界の違いから 知識に差があっただけでしょうけど」
「いちいち棘がありますね、あなたの言葉も」
淑芳の負けず嫌いな言葉に陸は流石に不機嫌そうに顔を向ける。
「棘があるのはお互いさまでしょう?
でも安心してくださいな。わたしはあなたが嫌いではありませんわよ?
この島を脱出したらわたしとカイルロッド様が住まう新居で飼ってあげてもいいですわ。
庭付の一戸建てに犬が一匹。ああ、理想の新婚家庭になりますわね……」
「お、おい……淑芳」
流石にカイルロッドが冷や汗を垂らして口を挟もうとする。
淑芳はうっとりとした目で虚空を見つめていた。
「神仙と名乗るわりには、何故だか妄想が非常に俗っぽいのですが……
ありがたいお話ですけど遠慮させて頂きます。
私には他に忠誠を誓うべき素晴らしい主がいらっしゃいますから。
だから私には構わず、あなた方は新婚性活を楽しんでください」
その陸の言葉に慌てるカイルロッド。
「お、おい……陸」
しかし有無を言わさず淑芳がカイルロッドの腕にしがみ付き、甘える。
「まぁ、陸も中々わかってきましたわね♪
そうですわカイルロッド様ぁん、幸せな家庭を築きましょうね♪」
カイルロッドはげんなりして、反論する気力もなくされるがままになっている。
というより、淑芳の積極的なスキンシップを以前より拒めなくなってしまっていた。
『幸せ、か。俺は……幸せになってもいいのかな……』
シャオロン、パメラ、グリュウ、ミランシャ、レイヴン……その他にも大勢……
いくつもの命が自分の掌から零れ落ちていった。
だからカイルロッドは誰かを救おうと懸命に戦っていた。
「あの方」との戦いを前に自分の運命を知っても受け入れることが出来た。
それで救われる人々がいるのだから。
今のこの残酷な現状でもカイルロッドはできるだけ多くの人を救いたいと思っている。
すでに何十人もの命が失われてしまっているが、それで残りの命を諦めるつもりは毛頭ない。
必ず、主催者を倒しこの島から脱出する。そう決意している。
そして……それが成功したら。彼女たちと共に生きて帰ることができたのなら。
自分は、幸せになってもいいのだろうか。幸せになることを考えてもいいのだろうか。
淑芳を見る。彼女はこの状況でもカイルロッドを信じて、笑っている。
陸も力強く歩いている。まるで自分の幸福を疑っていないかのように。
彼女達は自分達が大切な人に会えなくなるという恐れを抱いていないのだろうか。
志半ばで倒れることを恐れていないのだろうか。
違う。淑芳は既に知人を失っている。
陸もこの現状を甘く見ているわけではあるまい。
しかしそれでも会えることを信じているのだ。自分の大切な人と。
甘い考えではない。それは希望だ。生きるための力なのだ。
それはカイルロッドも同じ。イルダーナフやリリア、アリュセに会えることを疑いはしない。
そして……生き残るんだ。皆で。
『やってやろうじゃないか。皆を助けて、今度は俺自身も生き残ってやる。』
【世界に挑んだ者達の墓標】
入り口にあった石碑の文章が思い浮かぶ。
「世界に挑む、か。
敵はこの世界。なら、俺たちは『世界の敵』というわけだ」
陸と掛け合いを続けていた淑芳だが、突然カイルロッドの口から生まれ出た言葉にきょとん、とする。
陸も振り向いてカイルロッドを見ていた。
「どうしたんですか突然、カイルロッド?」
「世界に……上にあった碑文ですわね」
突如として集まった視線にカイルロッドは思わずうろたえてしまう。
「ああ、いや。考え事をしていたんだ、いろいろとね。
気にしなくても良い。それよりも先を急ごう」
顔を真っ赤にしてカイルロッドは急ぎ足になり陸を追い抜いていく。
「あぁん、お待ちくださいなカイルロッド様ぁん」
淑芳もカイルロッドを追いかけ、陸も後についてくる。
その時、追いながらも淑芳の頭にはカイルロッドの呟いた「世界の敵」という言葉が
こびりついて離れなくなってしまっていた。
碑文の意味は淑芳も話をしながら考え続けていたことだったからだ。
『世界の敵、ですか。何故だかこの言葉が気になって仕方ありませんわね。
この殺人遊戯。百人以上の常人、超人を異世界から集める程の大掛かりな仕込み。
わたしたちを一箇所に集め、殺し合わせて最後の一人を選ぶ。
ここまでの情報で推理すると答えは邪法「蠱毒」としか思えませんわ。 しかし……』
世界に挑むとはどういうことなのか。淑芳たちが強制させられていることは殺し合いだ。
それが世界に挑むということなのだろうか?
自分達は世界の敵。しかし自分達は主催者によって無理に挑ませられているのだ。
ならば『世界の敵』なのはむしろ主催者の方ではないのか。
そして……世界とは一体何を指すのか。
すでに世界を超越して自分達を集めた主催者が敵とするほどのものということか?
蠱毒の完成が世界に勝利することなのか?
主催者が世界の敵ならば世界は自分達の味方となり得るのか?
それともこのバトルロワイアルを突破し、蠱毒となった者こそが……。
『いえ、この段階で答えが出るはずもありませんわね。
何とかして情報を集めませんと……』
淑芳の思考に一段落がついた時、ついに長い階段が終わりを告げ、広々としたフロアに出る。
北と東へ二本の通路が延びているが、その間には巨大な扉があった。
それはさも異様な妖気を放っているように感じられる。
中から感じる威圧感に気圧されながらカイルロッドは呻いた。
「これが……格納庫」
【F-1/海洋遊園地地下 格納庫前/一日目、07:30】
【李淑芳】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:支給品一式。雷霆鞭。
[思考]:海洋遊園地地下の格納庫にある存在を確認する。兵器ならば破壊
/雷霆鞭の存在を隠し通す/カイルロッドに同行する/麗芳たちを探す
/ゲームからの脱出/カイルロッド様LOVE♪
【カイルロッド】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:支給品一式。陸(カイルロッドと行動します)
[思考]:海洋遊園地地下の格納庫にある存在を確認する。兵器ならば破壊
/陸と共にシズという男を捜す/イルダーナフ・アリュセ・リリアと合流する
/ゲームからの脱出/……淑芳が少し気になる////
食事をしている最中に、いきなりガユスが停止した。また顔色が悪くなってきている。
「そういえば……お前の仲間も死んだんだよな」
ようやく本当に落ち着いてきたらしい。物部景を探していた参加者が目の前にいる、
と思い出せる程度には立ち直ったようだ。
「やっと、それに気ぃついたか……お前、大丈夫かいな? 主に頭とか」
「やかましい。でも、悪かったな。お前だって辛いだろうに」
物部景は仲間ではなかったが、個人的には、とりたてて嫌いだったわけでもない。
だが、この島では、自分の敵になりうる参加者だった。
(哀れやとは思うけど、それ以上の感慨はあらへんな。俺、悪党やし)
ミズーの死体を見た時も、正直、好都合だとさえ思った。
そんな本音を隠したまま、ガユスに向かって演技する。
「……あんまり実感あらへんねん。あのガキが死んだやなんて」
「……そうか」
静かな部屋に、飲み食いする音だけが響く。
(できれば悲しんどるフリをせなあかんけど……これで不自然やないやろ)
さすがに、嘘泣きを見破られない自信まではなかった。
悪魔狩りのウィザードは、もう、この島に居ない。
カプセルを手に入れられず、悪魔を召喚できないまま殺されたのか。
それとも、悪魔をもってしても勝てない相手と敵対してしまったのか。
あるいは、仲間だと思っていた相手に裏切られて不意打ちされたのか。
とにかく、殺し合いと無関係な事故で死んだ、という可能性は低そうだ。
(まぁ、この島で死んだ『物部景』が、本物やとは限れへん。
『悪魔の俺』が消滅した後で死んで、俺みたいに生き返らされたんかもしれへん)
隣に居るガユスも『本物のガユス』なのかどうか、分からない。
今、本人に「ここに来る前は死んでへんかったか?」と尋ねる気はないが。
ただでさえガユスは精神的に不安定だ。これ以上、余計に刺激したくない。
自分が生き返ったらしいことも秘密にしておきたい。元々が眉唾な話でもあるし、
仲間を失ったばかりのガユスが冷静に聞ける内容だとも思えなかった。
(ガユスは、俺みたいな奴とは決定的に違う)
禁止エリアを避けながら情報を得たかった。だから同行した。他に理由はないと
思っていた。けれど今では、これが真の理由だったような気がしないでもない。
(なんとなく一緒に歩いてた、って表現するんが正解なんやろな、多分。
……無意識のうちに、こいつを善人やと思ったから、ついてったんや)
出会って数時間の他人が死んだくらいで泣ける人間は、とても利用しやすいだろう。
(【権謀術数騙しあいロワイヤル】に続く)
【残り81人】
【D-1/公民館/1日目/13:00】
『Bad Luck Brothers』
【ガユス・レヴィナ・ソレル】
[状態]:右腿(裂傷)左腿(刺傷)右腕(裂傷)の三箇所を負傷、及びそれに伴い軽い貧血。
心身ともに疲弊の極みだが、休息によって徐々に回復する見込み。
[装備]:知覚眼鏡(クルーク・ブリレ) 、グルカナイフ、探知機
[道具]:デイパックその1(支給品一式。ナイフ。アイテム名と場所がマーキングされた詳細地図)
デイパックその2(食料二人分、リボルバー(弾数ゼロ)、咒式用弾頭、手斧、缶詰、救急箱、ミズーを撃った弾丸)
[思考]:1.休息 2.戦力(武器、人員)を確保した上で、クエロをどうにかする。
【緋崎正介(ベリアル)】
[状態]:右腕と肋骨の一部を骨折(処置済み)。心身ともに疲弊の極みだが、休息によって徐々に回復する見込み。
[装備]:光の剣、蟲の紋章の剣
[道具]:デイパック(支給品一式) 、風邪薬の小瓶、懐中電灯
[思考]:1.休息。 2.とりあえずガユスと組んで最低限の危機対応能力を確保。 3.カプセルを探す。
*刻印の発信機的機能に気づいています(その他の機能は把握できていません)
女3人いればかしましいとは言うけれど、C-6に進む道中、女4人はただただ無言。
天候まで曇りになり、今にも雨が降りそうになり、雰囲気がさらに殺伐としているようだ。
しかし、そんなことは気にもとめずシャナは歩き続ける。
そして目的である場所まであと少しになったとき、ふとシャナは探し人の気配を感じ取った。
(これは……悠二の気配?)
今、進む方向に確かに感じる。それは悠二の気配。
ふと、隣で黙々と歩くリナの言葉を思い出す。
『でもね、クソガキ。その台詞、あんたの探してた悠二ってのが放送で流れてても言えた?』
あのとき、シャナはその内心は激しく動揺していた。
(もし悠二が殺されたら自分はどうなってしまうのだろう)
と。しかし、今、見つけた。今度こそすれ違わない。
(悠二は私が守るから……)
そう心に決め、一気に加速する。
(悠二、待ってて! 今行くから!)
「あ、シャナ! 待ちなさい! ああ、もう! ダナティア、テッサをよろしく」
「わかりましたわ」
後ろで声が聞こえるが気にはしない。シャナは全速力で走る。
「うわ、もうすぐ雨がふりそうだ。港からこっちに移動して良かったな」
坂井悠二はそう呟きながら、住宅地のマンション内に侵入した。
物陰が多く一応警戒はしているがしょせん素人。零時迷子の力もほとんど使えない今、
その外見はただ怯えるように見回すぐらいにしか見えなかった。
「シャナ……大丈夫かな」
二回目の放送を聞いてシャナの無事を確認しているが、それでもなお不安は付き纏う。
「早くシャナと合流しないとな」
早くシャナの顔が見たかった。早くシャナの言葉が聞きたかった。早く──
ふと、顔を上げる。目の前から5mほどの暗がりに気配が二つ。……ここまで近づいてようやく分かった。
悠二は気配を確認後すぐに銃を持ち直し、警告の声をあげようと口を開く。
──その直後、左右の暗がりから二つの人影──佐藤聖・海野千絵──が飛び出した。
飛び出した二人のうちの一人にポイントしながら、襲撃者達の顔を見る。
(二人とも女性?!)
それは血まみれの少女達。狂気と美しさが融合した姿。
その一瞬、悠二は撃つことに躊躇し、それゆえ戦う機会も逃げる機会をも失った。
悠二は千絵に組み付かれ、銃を手放し……その見た目とは異なる強い力に押し倒された。
「ガッ!」
悠二は声にならない声を上げ、その状態でもう一人の女性を見る。
そして聖は悠二の視線を直視したまま、何の躊躇いもなく正確に悠二の首を掻き切る。
そしてその直後
「悠二!」
シャナは悠二の姿を見つけた。
「悠二!」
シャナはようやく悠二を見つけた。
そこにいるのは悠二以外に二人。一人は悠二を地面に叩きつけ、一人は悠二の首を掻き切っていた。
「あんたたち……悠二に何をしてるの!」
シャナの怒りとともに紅蓮の焔が撒き散らされる。
シャナの気配、そして焔を目にした二人は逃げに転じた。
「悠二……悠二!」
シャナは二人を追うこともなく悠二に駆け寄る。
「今、治してあげるから……」
その小さな唇がすぼめられ、悠二に鋭く息を一吹き掛ける。しかし……
「どうして……どうして治らないの!」
治らない。自在式が霧散する。修復の自在式を悠二に掛けることができない。
悠二についた呪いの刻印が干渉し、シャナの自在式を打ち消していた。
それはシャナにとって絶望的な状況。シャナは悠二を仰向けに寝かせ、自在式を掛け続ける。
シャナにはその行為が意味のないことは分かっていた。それでも止めることができなかった。
すでに悠二の体はところどころ輪郭が薄れ、その存在を保つことができなくなりつつあった。
悠二の頬に水が落ちる。シャナはそれが自分の涙だと気がつかない。
悠二はそれを見、しかし声が出せず、ただ右手を持ち上げる。
「悠二」
シャナはその手を掴む。大事なものを話さないために。顔面を涙でくしゃくしゃにしながら……
対照的に悠二の顔は微笑。それは泣く子供をあやす様に……
そして……悠二からシャナに存在の力が流れ込む。
悠二の存在を感じながらシャナは問う。すがりつき泣きじゃくる子供のように
「悠二……どうして……」
その問いに悠二はただ一言。声にならない声は唇の動きだけで言葉を紡ぐ。
『イ……キ……テ……』
悠二の存在の欠片、最後の火の粉が散る。そこに零時迷子を残して──
「悠二──────────!!」
声にならない絶叫。 シャナは悠二を、本当に大切な物を失う。
「大丈夫なんて聞かないわ。どう? 失うということが分かった?」
後ろからリナの声、その声にシャナは振り返る。その顔には表情はない。
「……うん。悠二を殺した奴を追いかけ殺す。あなたたちとはこれでサヨナラ」
その言葉にリナはため息。あれがさっきまでの自分だったのかと思う。
「このクソガキ、私に言った言葉は何だったの?」
「うるさいうるさいうるさい! 私が悪かったわ! それでいいでしょ!
私は分かってなかったの! 大事なものを失うって事が……その意味が!」
シャナはかんしゃくを起こしたように言葉を放つ。しかしそれでも顔は無表情のまま。
その様子にリナは危険を感じる。このままではこの子は暴走する。
誰かがついていなくては……さっきまでの自分のように、誰かがいなくてはただ破滅する。
「……私もついていくわ。あいつらと一緒にいると、いつまでたっても仇を討てないし」
リナはそう言ってシャナをみる。シャナは無言でリナを見る。10秒が過ぎ、シャナが一言
「……なら、その剣私に貸して」
「まったく、それは虫が良すぎるわ……」
リナは思わずあきれる。本当に我侭にしか見えない。ただシャナの言葉には続きがあった。
「これを貸すから……悠二の形見、無くさないで」
「……これは?」
一見なんの変哲もないアクセサリー。それを渡されリナは困惑した。
「零時迷子。難しいことは追いかけながら説明する。今は消耗をほとんど考えず力を振るえるアイテムと考えて」
リナはその意味を考える。少なくてもシャナは私の同伴を許すらしい。しかもこれは……
「それは疲労なく魔術を使えるってこと?」
「そういうこと。でも威力が上がる訳じゃないし、ここではどれくらい効果出せるかわからない」
シャナはリナの魔術を認めている。それぞれの力を出すには理想的な配分だった。
「なるほど。多少でも効果があるなら私が持っていたほうがいいわね」
シャナは無表情のまま肯定する。
「適材適所、これからは効率的に殺しにいくから」
雨の中、テッサとダナティアがマンションに到着した時、すでに二人はいなかった。
【095 坂井悠二 死亡】
【残り80人】
【C−6/住宅地のマンション/1日目・14:40】
*場所備考
坂井悠二の持ち物は、零時迷子以外マンション内に残っています。
『目指せ建国チーム』
【ダナティア・アリール・アンクルージュ】
[状態]:左腕の掌に深い裂傷。応急処置済み。
[装備]:なし
[道具]:支給品一式(水一本消費)/半ペットボトルのシャベル
[思考]:群を作りそれを護る。シャナ、テッサの護衛。
[備考]:ドレスの左腕部分〜前面に血の染みが有る。左掌に血の浸みた布を巻いている。
【テレサ・テスタロッサ】
[状態]:平常
[装備]:UCAT戦闘服
[道具]:デイパック×2(支給品一式) 携帯電話
[思考]:また歩き始めていっぱいいっぱい。宗介、かなめが心配。
[チーム備考]:セルティの依頼で平和島静雄を捜索。
島津由乃を見かけたら協力する。定期的に『ライダーズ&陰陽師』と連絡を取る。
『復讐者達』
【リナ・インバース】
[状態]:平常。わずかに心に怨念。
[装備]:鈍ら刀、零時迷子
[道具]:デイパック(支給品一式)
[思考]:仲間集め及び複数人数での生存。管理者を殺害する。
シャナの面倒を見る。
【シャナ】
[状態]:平常。激しい怒り。体の疲労及び内出血はほぼ回復
[装備]:騎士剣“紅蓮”(ウィザーズ・ブレイン)
[道具]:デイパック(支給品一式)
[思考]:悠二を殺した人間(佐藤聖・海野千絵)を殺す(顔を見てます)。管理者を殺害する。
[備考]:内出血は回復魔法などで止められるが、体内に散弾片が残っている。
手術で摘出するまで激しい運動や衝撃で内臓を傷つける危険有り。
『No Life Sisters』
【佐藤聖】
[状態]:吸血鬼化(身体能力向上)、シズの返り血で血まみれ
[装備]:剃刀
[道具]:支給品一式、カーテン、
[思考]:移動。己の欲望に忠実に(リリアンの生徒を優先)
吸血鬼を知っていそうな(ファンタジーっぽい)人間は避ける。
【海野千絵】
[状態]: 吸血鬼化(身体能力向上)、シズの返り血で血まみれ
[装備]: なし
[道具]: 支給品一式、カーテン
[思考]:移動。景、甲斐を仲間(吸血鬼化)にして脱出。
吸血鬼を知っていそうな(ファンタジーっぽい)人間は避ける。
死にたい、殺して欲しい(かなり希薄)。
修正
零時迷子の威力については次の書き手に任せます。
>138-144
『フレイムヘイズ』はNGにさせていただきます。
ご迷惑をおかけしました。
赤い液体が身体を浸している。粛々と衣服を侵蝕していくそれは、自身の血液だ。
……寒い。
新庄は寒さを感じていた。痛覚は既に超過し、寒さが身体を犯していく。
失血による体温の低下。
暗い闇が視界を包んでいく。黙々と閉じられていくそれに抗い、新庄は見た。
……ミズーさん。
血溜まりの中に倒れた佐藤の向こう、赤髪の剣士が壁にもたれかかっている。動きはない。
死んでいる。右手で腹を押さえた姿勢で。
……ごめんなさい。
彼女を見て、新庄は意思だけで謝った。
物腰を見ていた限り佐藤聖は素人だ。戦闘訓練など受けた事のない、ただの民間人だろう。
ミズー・ビアンカなら、苦も無く無力化できていたはずだ。
だが結果は、閉じかけた視界に映る通り。
佐藤聖もミズー・ビアンカも死に、そして新庄・運切も死を迎えている。
足手まといだった自分のせいで、彼女は死んだ。
だから新庄は謝った。声は出ず、聞くものもいない為に、意思だけで。
ごめんなさい、と意思を送る。同時に思うのは、この場には居ない彼の事だ。
……もし、佐山君だったら。
ミズーと同行していたのが自分ではなく佐山・御言であれば、突発的な佐藤の行動にも対応でき、
……ミズーさんも佐藤さんも、無事だったのかな。
と考え、否定する。もし、を語るのは無為だ。
新庄はほぼ閉じかけた視界の中、血溜まりに眠る少女と、赤髪の剣士の姿を目に焼き付ける。
これが、新庄・運切の選択の結果なのだから。
……佐山君は。
なにをしているのだろうか、と思いを馳せる。
この状況を打破しようと悪役として行動し、無茶な交渉で参加者達を説き伏せる彼の姿を容易に脳裏に浮かべ、新庄は苦笑。
……ボクがいなくても……大丈夫、かな。
視界が閉じた。何も無い、凍った暗闇だけがそこに在る。
死を覚悟した刹那、声が来た。
この場にいない者の声であり、先ほど思い浮かべた者の声であり、自分と正逆の存在である悪役の声だ。
……新庄君。
それは聞き慣れた、そして聞きたかった声だ。
聞こえるはずのない声だが、幻聴だとは思わなかった。
……ボクは……
新庄は沈んでいく意識を留め、彼の事を思う。
……ボクはもう逝くけど、一緒だから。……悪い運は、断ち切るから。
強く、思う。誰よりも強く、何よりも強く。
新庄はただ純粋に、彼の事を思った。
……運切の加護が君を、……護る……から。
意識が切れ切れになり、走馬灯のように過去が走る。
彼との出会い。引き金を引けなかった事。正逆の者としての誓い。
身体の事。名前の事。親の事。自分の記憶の事。
まだ調べなければならない謎がある。やらなければならない事がある。
ごめんね、と新庄は思った。薄れていく意識の中、彼に謝る。
一息。
最期だ。もう何かを思うだけの意識が残っていない。
最期に、彼の名前を声に出そうとする。
しかし肺に空気は残っておらず、喉を震わせるだけの力も残ってはいない。
だが、新庄は叫んだ。声にならずとも、それはきっと、
……佐山君――――――
彼に、届く。
【D-1/公民館/1日目11:52】
【072 新庄運切 死亡】
『佐山・御言に運切の加護が付与されました』
追記:
『運切の加護』は2nd-G系列の概念空間以外では、考慮する必要はありません。
ただの気分、誓約の類だとお考え下さい。
「ふふ」
闇に包まれた地下で美姫は笑う、その腕の中にはぐったりと気を失ったままのかなめ
「のう、かなめや、宗介は今何処であろうな?」
その顔を撫でてやりながら、話しかける美姫…かなめの顔が僅かに歪む。
「ほほ、案ずるな…所詮は塵芥に過ぎぬ人間風情、期待など最初からしておらぬ、要はあの男がお前のために何ができるか、それよ」
楽しげに美姫は笑う。
「律儀に首を5つ狩るのも良し、例えそれに及ばずともわたしと再び会うまでの間どれほどの奔走をしていたかは目を見ればわかること…
わたしはそれが知りたい、愛や恋とやらのためにどこまで人は己を犠牲にできるのかをな」
少しだけ懐かしい目を見せる美姫、思い出したのだろう…彼女もまた全てを捨てて一人の男をその手中に収めんとした日々があったことを、
「ゆえにうらやましいぞ、お前が…ふふふ」
焼け焦げた己の半顔を撫でる美姫…それはもはや叶わぬ遠い夢であるが。
「たとえ首を狩れずとも、その時は我が前で這いつくばり、自らの首を差し出す度量あらば、我が心も動くかもしれぬ、だが」
そこで美姫は意地悪く、そして凄惨な表情を見せる。
「卑しくも死体の首を狩ろうなどと墓盗人のような真似をした時は、断じてお前を帰してやるわけには参らぬの、
お前の器量ならば他に相応しき男いくらでもおろう、のうかなめや…ふふふ」
そう思いながら、それでも少しだけ宗介に何かを期待している自分に気がつき、
また美姫の口元は緩み始める。
そういえばあのカラクリ娘はどうしているだろうか?
美姫はしずくの顔を思い出す、今ごろ彼女もまた宗介を、そしてかなめを救うため
奔走しているのだろうか?
「お前たちが約定を守る以上わたしもこの娘を守ろう、これもまた座興よ…だが他言の末にこの娘を救う目的で踏み込まば、
それが誰であろうと、わたしは躊躇無くかなめを殺す…よく考えよ」
空気が湿り気を増しているのが地下でもわかる、そろそろ雨が降るかもしれない。
「おおそういえばわたしが戯れに悦びを与えた娘がおったの、いまごろ何処におろうかの?」
そしてそのころ
「曇ってきたわよ…これなら大丈夫なんじゃないの?」
マンションの一室から空を見上げて千絵をせかす聖。
「だから昼間は様子見だって」
「でも、ぐずぐずしてたから祥子まで死んじゃったじゃないの、勿体ない」
限りなく食欲と性欲の入り混じった、そんな感じの言葉を吐く聖、それをなんともいえない奇妙な表情で眺める千絵。
「それに…千絵ちゃんの友達も死んじゃったんでしょう」
「うん…」
聖の声に言葉少なく頷く千絵…物部景の死は確かに残念だった…。
だがその残念さが何によっての残念なのか、彼女にももはや分からなくなっていた。
(私は彼に欲望以外の何かを求めていたような…もう思い出せないけど)
「ねぇ、行こうよお?」
甘えるように千絵にすがり付く聖、その上目遣いの瞳が思わず同性でもため息を付きたくなるほどの
美しさと愛らしさを醸し出している。
それに押されてかどうかは知らないが、千絵は千絵で考えをめぐらせる、だがまずは、
「これでも飲んでしばらく我慢してて」
ペットボトルに取っておいたシズの血を口に含み、それを口移しで聖に与えてやる。
「はぁん…おいしいぃ…」
うっとりとした喘ぎを口にする聖、これでしばらくは大人しくしててくれるだろう。
だが、彼女自身も実を言うと疼くような渇きをまた覚えつつある、
このまま吸わなければいざという時正常な判断が出来なくなる可能性もある。
しかもたっぷりと補給した自分はともかく、聖はシズの血をあまり飲んでいない…。
だとするといつまたあの高架下のように暴走するかもしれない、今ですら欲望過多の彼女だ、そうなるともう抑えきれない。
互いの血を啜りあうことも手の一つだがこれは渇きを満たせても、今度は体力が落ちてしまう。
やはり2人では何かと効率が悪い、なら偵察がてら狩りに出るのもいいかもしれないが。
それに…正直な話いいかげんこの女がウザくなってきた。
もともと欲望過多だったのかもしれないが、こうやってしょっちゅう纏わりついて身体を求めてくるのには辟易する。
そのくせ事に至れば自分の名前すら呼んでくれない、栞、栞とそればかりだ。
そんなに栞が欲しければ本屋にでもいけばいいのだ。
心の中でひそかに聖殺害のプランを練る千絵
当然クリアせねばならぬ問題は幾つもある、平常時の彼女はセクハラを繰り返すが、それに反してその頭脳は明晰といってもよく、
さらに彼女はこの島のどこかにいる「主」(聖いわくマリア様だそうだ)に、
直接洗礼を受けており、その力は今の自分を凌駕している。
何よりも今殺せば自分1人になってしまう、それは絶対に避けたかった。
やはり仲間が必要だ、それもこんな扱いにくい奴ではなく、従順な。
千絵は昨夜からの自分の心境の変化を敏感に察していた、あの時…聖の手首から流れる血潮を飲んだとき、
脳裏のもやが晴れ…あそこで自分を取り戻せたような気がする、だとしたら。
彼女が達した結論、それは吸われるだけではなく自分の主の血を吸って初めて自我を取り戻し、自立型の吸血鬼になれるということ。
ただ吸われただけでは主に従うだけの下僕に過ぎないのだ。
ならば狙うならやはり男か…不本意だがこれならレズビアンである聖に邪魔されず、自分だけの下僕を作ることができる。
(私にこの悦びを与えてくれたこと、そしてこんなにすばらしい生き物へと生まれ変わらせてくれたこと、それだけは感謝してる…だから
なるだけ苦しまない方法で死なせてあげる)
「一応聞くけど例のものは出来てるわね?」
聖は千絵が先程の仕掛けをしている間に作っておいた物を取り出す。
それは明け方に被って逃げたカーテンを利用して作った砂漠の民が身につけるような巨大なマントだ。
急ぎの仕事ゆえにあちこちいびつな出来だが、当面は身体全体と口元が隠れればそれでいい。
かなり奇異な格好と思われるかもしれないが 、突っ込まれれば土地の風習とでも言えばすむ。
千絵は空模様を見る、おそらく1時間もしない内に雨が降り出すだろう。
雨が降ればこの近辺の参加者はここに集まってくるはず、それをチャンスと見るかピンチと見るか…。
(ここが分かれ道…)
【D-5/地下/1日目/13:30】
【美姫】
[状態]:通常
[装備]:スローイングナイフ
[道具]:デイパック(支給品入り)
[思考]:座興を味わえて上機嫌
【千鳥かなめ】
【状態】吸血鬼化?
【装備】鉄パイプのようなもの。(バイトでウィザード「団員」の特殊装備)
【道具】荷物一式、食料の材料。(ディバックはなし)
【思考】不明
【C-6/住宅地のマンション内/1日目/13:30】
『No Life Sisters』
【佐藤聖】
[状態]:吸血鬼化(身体能力向上)、シズの返り血で血まみれ
[装備]:剃刀
[道具]:支給品一式、カーテン、
[思考]:六時の放送まで待機。己の欲望に忠実に(リリアンの生徒を優先)
吸血鬼を知っていそうな(ファンタジーっぽい)人間は避ける。
【海野千絵】
[状態]: 吸血鬼化(身体能力向上)、シズの返り血で血まみれ
[装備]: なし
[道具]: 支給品一式、カーテン
[思考]:行動するかどうか思案中、聖がウザい、下僕が欲しい。
景、甲斐を仲間(吸血鬼化)にして脱出。
吸血鬼を知っていそうな(ファンタジーっぽい)人間は避ける。
死にたい、殺して欲しい(かなり希薄)
この殺伐とした島にそぐわぬ施設、海洋遊園地。
その一角、飲食店街の中に一軒のバーがあった。
外見はいたって普通なのだが、今その中は戦闘があったのかと思うほどに荒れ果てている。
その原因、マージョリー・ドーは、テーブルに突っ伏して寝息を立てていた。
「ったく、いつまで寝てやがるんだか……」
床に投げ出された巨大な本――グリモアから呟きが漏れるが、それを聞く人間はいない。
少し前に外から放送のような声が聞こえたが、マージョリーはそれにも反応せず寝こけていた。
そして、時計の針が十二時を指した。
「…………頭、痛ぁ……」
脳に直接響く声に起こされたマージョリーは、頭を抱えてそう呻いた。
「ヒヒヒ、やーっと起きたか。我が泥酔女王、マージョリー・ドー」
「うっさいわねバカマルコ。そんなに飲んじゃいないわよ……」
そう言い返すと、デイパックからペットボトルを引っ張り出し、直接口にあてがった。
豪快に水を流し込むと、改めて口を開く。
「どうやら、チビジャリもおまけのガキも元気にやってるみたいね」
酔ってはいるものの、放送を聞き逃さない程度には落ち着いていたらしい。
「元気かどうかはわかんねぇぜ? 半死半生でのたうち回ってるかもな、ヒヒッ」
「ま、そりゃそうよね……」
フレイムヘイズである炎髪灼眼はともかく、坂井とかいうあの少年まで生き延びているとは思っていなかった。
――意外とあっさり合流出来たのかもしれないわね。
「ところでマージョリー・ドー」
思考に割り込む声は、マルコシアスのものだ。
「何よ?」
「ちょいと聞くがな。――これからどうするつもりだ?」
彼にしては珍しい曖昧な質問に、マージョリーはかすかに眉をしかめた。
「どうもこうもないわよ。酒はあるんだし、適当に時間潰せば……」
「そうじゃあねえさ。まだ一人も殺してないんだろ?」
その言葉に、マージョリーは眼を細めグリモアを睨む。
「殺すのか殺さないのか、そろそろ決めてくれってこった。
死ぬまで付き合う間柄っつっても、これ以上振り回されちゃたまんねえからな。ヒャッハッハ」
「…………」
――確かに、今の私はおかしいわね。
つまらない挑発に乗って二人を相手に戦闘し、結果肋骨を負傷。
今度は戦う気の無い少女を追い回し、逆に向こうが逃げたなら追わない。
そして、殺人者がうろつく状況下で酒を飲んで居眠り。
「……まずは状況把握ね。どう動くかはその後決めりゃいいわ」
二人は話し合い、そしていくつかの異常を改めて確認した。
まず、マージョリーの身体能力全般の低下。
これは、ただの人間にすぎないはずの黒ずくめのパンチでダメージを負ったことが証拠になる。
次に、存在の力の感知能力の大幅な低下。
接近しないと他人の存在の力を感知出来ず、しかも同じフレイムヘイズである『炎髪灼眼』の位置すら特定出来ない。
これはマージョリーだけでなく、『王』であるマルコシアスすら同じだった。
聞けば、契約者であるマージョリーですらおおまかな位置を把握出来る程度だったそうだ。
そして最後に、
「封絶を張れねえってのは、こりゃどういう事情だろうな?」
「自在法が使えないってわけじゃないみたいね。炎は使えるし――――?」
そこまで言って、マージョリーは一つの推測を得た。
――まさか、殺し合いを円滑に行わせるための制約!?
理屈は理解出来る。しかし、自在法自体ではなく封絶に限定して力を封じるというのは、
「どこのどいつよ、そんな馬鹿なこと考えるのは……」
数百年をフレイムヘイズとして生きてきたが、そんな自在法は見たことも聞いたこともない。
自在法・自在式には造詣の深いマージョリーだが、それは全く想像すら出来ぬことだった。
――でも、
「それが可能かどうかってことより、現実にそういう対処がなされていることが問題ね」
「ヒヒッ、随分と頭が回るようにじゃねえか。やっぱアル中女はブヘッ!?」
「黙りなさいバカマルコ。今ちょっと考えてるんだから……」
――この『ゲーム』の主催者ってのは、それを成すだけの力を持ってるっての?
それに、どうやら人ならざる力を持っているのは自分や炎髪灼眼だけではないらしい。
光の刃を放った黒ずくめ。
謎の力で自分の攻撃をいなした眼鏡の少女。
腕の一振りで木を薙ぎ倒した奇妙な笑い声のガキ。
――もし、全く異なる種類の力を持った参加者全員に、それぞれ異なる制約を掛けているとしたら……。
バーの中に、久しくなかった完全な沈黙が訪れる。
数十秒後。マージョリーは思考をまとめ、結論を出した。
「……このゲーム、乗るわよ。マルコシアス」
「そりゃあ、どういう風の吹き回しだ? 我が冷静な復讐者、マージョリー・ドー」
復讐者。そう、彼女の目的は、あくまで――
「“銀”にもう一度会うまでは、くたばるわけにはいかないわ。
でも、この制約を受けた身で主催者に刃向かうのは、……『死』でしかありえない」
「それで、見ず知らずの人間を殺して回ろうってのか?」
その言葉に、マージョリーは軽く嘆息し、
「見ず知らずの人間と共に主催者と戦おうってよりは、よっぽど現実的よ。
敵になるのはせいぜい『炎髪灼眼』くらいだろうし、あのチビジャリはいくらでも対処のしようがある」
自らの力の源であるマルコシアスとともに在る今、苦杯を舐めたあの二人と再戦しても負けはしないだろう。
能力が落ちているといっても、フレイムヘイズは元々が人間を遥かに超越した存在だ。
それに、彼女を壮絶な戦いの中生き残らせてきた“頭脳”までが制約を受けたわけではない。
どれほどの強敵であろうと、どれほど大人数が集まってようと、騙し討ってしまえばそれで終りだ。
残り八十名強の中の、最後の一人になる。それは、彼女にとって決して不可能な話ではない。
準備をしようと立ち上がったマージョリーに、また声が掛けられた。
「だがよマージョリー・ドー。その選択に、抵抗も後悔もないのかい?」
心の隅の引っ掛かりを見透かすかのように、マルコシアスが問いかけた。
マージョリーはしかし、グリモアを叩くでもなく静かに口を開く。
「――人も徒も同じよ。“守るべきもの”なんてのは、この島には存在しない」
「守るべき人間は、あの二人だけってかブッ!?」
「お黙りバカマルコ」
なんでぇ図星じゃねえか、と呟く本を無視し、マージョリーは出立の準備を進める。
地図をしまい、水を戻し、適当に酒瓶を掴んで放り込む。
マージョリーの顔からほんの一瞬険が消えた。自分を慕う二人の少年を想ってだろうか。
しかし、その表情はすぐに元へと戻る。
そこにいるのは、『炎髪灼眼』と戦い、御崎市に留まり続ける選択をする前の彼女。
ただ復讐のために敵を討滅し続ける、冷酷な『弔詞の詠み手』だった。
【E-1/海洋遊園地/1日目・12:15】
【マージョリー・ドー】
[状態]:軽い頭痛(二日酔い)、怪我はほぼ完治
[装備]:神器『グリモア』
[道具]:デイバッグ(支給品) 、酒瓶(数本)
[思考]:人の集まりそうな所へ移動、ゲームに乗って最後の一人になる
辺りに騒音が鳴り響く。その音源はサイドカーを装着したエルメスだ。
運転手はベルガー、その後ろにはセルティ、サイドカーには荷物と一緒に保胤が乗っている。
ベルガー達はA-1から走り、道もなだらかだったので三分程度でかなりの距離を進んでいた。
その速さに保胤が驚いて言った。
「もう橋のところまで……。いやはや、速いものです」
「一人だけならもっと速いんだけどね」
エルメスの言葉に保胤はさらに驚く。
「未来はそんなには発達しているのですか……」
「橋ってことは、後十分ってところか」
二人の会話の途中でベルガーは言った。
橋は砂利などがまったくなく、ゆれも少なく安定している。
「何だ……?」
橋の中間地点まで来たところで、ベルガーが前方に橋の中央に仁王立ちする不審な者を見つけた。
保胤もエルメスとの会話を中断し、前方の人物に注目する。
その姿は、異様だった。この殺し合いの場で完全に場違いな着ぐるみを着用していて、中にいる人物が太っているのか、着ぐるみがぱんぱんに張っている。
「ふもーーーーーっふもっふもっふもっ!!」
天使のなっちゃん、登場である。
「……あれは?」
保胤が疑問を口にするが、その疑問に答えれる者はいない。
ベルガーはエルメスを停止させ、着ぐるみの男(?)に呼びかけた。
「戦意はない。道を開けてくれ」
だが着ぐるみは動かない。それを見てセルティが紙を差し出してきた。
『言葉が通じないのではないか?』
「……そうかもな」
ベルガーは再びエルメスを発進させようとしたとき、着ぐるみは動きを見せた。
ふもっふと叫びながら、こちらへと走ってきたのだ。
「やる気のようだな……」
「戦わずに済みませんか?」
保胤がベルガーに問いかける。
『相手はかなりの力量だ。逃げた方が良さそうだと思うが』
セルティもそう書いた紙を見せた。
「軍師は綾取りに似合わずだね」
「そうだな」
そう言うと一気に加速、着ぐるみの右側を抜けて道を通った。
バックミラーに着ぐるみをベルガーは確認した。
しかし、執念深いのか走って追いかけようとしている。
「単車に追い付けれるわけ…………?!」
「ふもーっ!」
着ぐるみは叫ぶと同時にいきなり猛スピードで駆けてきた。
「来ますよ!」
保胤が後ろを見ながら言った。そのころには着ぐるみは驚くべき速度で保胤の後ろまで来ていた。
そして着ぐるみは異常な速度で左の拳を保胤に放った。
「保胤!」
間一髪、伏せた保胤の上を拳が通り過ぎた。
そのまま着ぐるみは保胤の頭を掴もうとするが、流石に速度を上げたエルメスには敵わなかったのだろうか。
掴んだのは保胤の後ろに置いていたデイバッグだった。
着ぐるみは疲れ果てたのか、その場に座り込んでしまった。
「支給品が……」
「あれはセルティのだな……」
すぐさまセルティは紙に書く。
『中には大した物はなかった。降りてあの着ぐるみと戦って奪い返すほどの物ではない』
「そうですか……。何が入っていたのですか?」
『ハズレだ。気にするな』
「はぁ、そうですか」
その言葉に納得したのか、それ以上保胤は聞こうとしなかった。
ベルガーはバックミラーを気にしながらも、運転に専念している。
「あの……、誰か突っ込んでよ」
エルメスが言ったが、誰も答えなかった。
「……ちょっとは反応してよ」
「ふもーーーふっ!」
地面に座り込みながら、着ぐるみ――小早川奈津子は悔しそうに叫ぶ。
(以下は着ぐるみ内の生の声をお届けします)
「この小早川奈津子、不覚ですわ……! あの悪の集団に天罰を与えられず逃してしまうとは……」
悪の集団というのは、首のないセルティを見て悪魔に味方する者達と勝手に判断したからである。
だが、いつまでもここで落ち込んでいても仕方がない。そう思い奈津子はあの集団から奪ったデイバッグを開ける。
そこには一着の服があった。それを奈津子は取り出して広げる。
それが何なのか理解した奈津子は愉快そうに笑う。
「をーっほほほほほっ! このような者を支給品にするとは主催者もなかなか“粋”なことをしますわ!」
それは健全な日本男児ならば喜ぶであろうメイドさんが着用する、エプロンドレスであった。
「もしや……お主それを?」
「をーっほほほほほ。何を当たり前なことを! この服が似合うのはこのあたくししかいなくてよ!」
奈津子のエプロンドレス姿を想像してしまったのか、コキュートスは「げえっ」と声をあげた。
コキュートスには構わず、エプロンドレスを身に着けるためボン太君を脱ごうとする。
「……脱げませんわ!」
一人では脱げないことに気付き、奈津子は叫ぶ。
「何たること! これではあたくしのメイド姿で色男達を魅了できませんわ!」
「…………」
もはやコキュートスは突っ込む気力もないらしい。
「仕方がありませんわね……」
残念そうに奈津子は言った。諦めるのかと思いきや、奈津子はボン太君の上からエプロンドレスを着始めた。
バッグの中に入れては邪魔になると考えてのことである。かなりキツそうだが、奈津子は時間を掛けてエプロンドレスを着用した。
「をーっほほほほほ。では行くわよ、コキュートス」
もう、どうにでもなれ。そんなことを思い始めるコキュートスであった。
――――こうして変人最凶のメイドさんが誕生した
【A-4/橋/1日目/12:45】
【小早川奈津子】
[状態]:全身数箇所に打撲。右腕損傷(殴れる程度の回復には十分な栄養と約二日を要する)
[装備]:コキュートス / ボン太君量産型(やや煤けている) / てる子のエプロンドレス
[道具]:デイバッグ二式
[思考]:1.竜堂終への天誅 2.ボン太君を脱ぎたい
【A-4/平地/1日目・12:40】
『ライダーズ&陰陽師』
【ダウゲ・ベルガー】
[状態]:心身ともに平常
[装備]:エルメス(サイドカー装着) 贄殿遮那 黒い卵(天人の緊急避難装置)
[道具]:デイパック(支給品一式+死体の荷物から得た水・食料)
[思考]:保胤に刻印について聞く。 仲間の知人探し。
・天人の緊急避難装置:所持者の身に危険が及ぶと、最も近い親類の所へと転移させる。
【セルティ・ストゥルルソン】
[状態]:やや強い疲労。(鎌を生み出せるようになるまで、約6時間必要です)
[装備]:黒いライダースーツ
[道具]:デイパック(支給品入り)(ランダムアイテムはまだ不明)、携帯電話
[思考]:静雄の捜索及び味方になる者の捜索。ベルガーとの情報交換。
長期的には何をしていくべきか保胤と話し合う。
【慶滋保胤】
[状態]:不死化(不完全ver)、疲労は多少回復
[装備]:ボロボロの着物を包帯のように巻きつけている
[道具]:デイパック(支給品入り) 、「不死の酒(未完成)」(残りは約半分くらい)、綿毛のタンポポ
[思考]:静雄の捜索及び味方になる者の捜索。 島津由乃が成仏できるよう願っている
[チーム備考]:エルメス(サイドカー装着)に乗ってC−6へ移動。
「俺はベリアル。よろしゅう――ああ、名簿では別の名前で乗ってる。で、こっちの幸薄そうなのがガユス言うんやけど……」
「こっちの髪の綺麗な可愛い娘が萩原子荻さん。で、俺は折原臨也。よろしく」
愛想良く関西弁で話すスラブ系の美男子、ベリアルこと緋崎正介。
やや俯き気味に、くたびれた印象の――そうしていると本当に幸薄そうに見える――男、ガユス。
にこにこと人の良さそうな笑みを浮かべる、田舎塾のインテリといった風情の男、折原臨也。
見るものにやや冷たい印象を与える、日本人形のような美しさを持つ少女、萩原子荻。
外面ではともかく、内面では誰一人としてよろしくしようとなど思っていない取り合わせである。
「で、とにかく組む以上は相互に情報を共有したいんだけど、多分そっちもまだこっちを信用できない。違うかい?」
臨也が子荻に目配せを一つ。
この場の交渉は自分がやるよ、と。
「ああ、正直その通りや。銃声や悲鳴は何度か聞こえたし、それがアンタらのものでないと証明もできへんし」
ベリアルがガユスに目配せを一つ。
今回は俺がやったるわ、と。
「せやから信頼関係が構築されるまでは、お互いに情報も物資もギブ・アンド・テイクてとこでどや?」
ベリアルが臨也に口を挟む間を与えずに言葉を放つ。
「でも、どちらかが偽の情報を口にしたら?」
「偽情報と判明した時点で同盟破棄。あとは戦闘なり追放なり何なりと……やな」
つまり逆を言うならば、見抜けないものならば限りは偽の情報を流しても良い、ということになる。
更に、見抜いたからといって同盟を破棄できる状況になるとは限らない。
同盟の破棄が危機を生むような状況となれば、見え透いた嘘に付き合わされる可能性すらある。
……見た目と口調はミスマッチだが、コイツはなかなか食えない相手だな。
どれだけ嘘を混ぜてくるか分かったものではない。情報の信頼度は低めに見ておくべきだろう、と臨也は判断。
しかし、それは臨也たちにとっても悪くはない状況と言える。
頭脳戦こそが彼らの本分なのだから。
「分かった。しばらくはそれで良――」
「ところでさっきから気になってたんやけど、何でそのけったいな銃、そっちの娘が持っとるん?」
ベリアルのタイミングを計った唐突な問いかけ。
素人の男女二人の組み合わせならば、男が武器を握るものではないだろうか、とそういった意味合いだろう。
「ああ、それに答えるにはそっちの情報を貰いたいな。――そうだね、そのデイパックの中身とか」
その問いを予め予測していたかのように、さしたる動揺も見せずに臨也がガユスのデイパックを指差す。
かなり重たげで、明らかに様々な物資が入っていると思しきそれ。中身によっては強奪も考えられる。
そしてベリアルとガユスの視線がデイパックに向かったその一瞬に、臨也は子荻に目配せ。
「けど、その娘がライフル使えるんは大体予想できるしな。見ての通り色々入れとるし――流石に駄目やな」
暫し考えてのベリアルの返答に、臨也は苦笑。
「そうだね、それじゃあ知人や危険人物の情報とかは?」
「ええで。交換条件は――こちらの知っとる危険人物の情報や」
「そのデイパックの中に、知られたくないものでも? たとえば生首とか」
「まさか。できるだけ等価の交換をしたいだけや」
和やかな、微笑みと共に交わされるやりとり。
しかしその場の空気は刀槍煌く戦場のもの。
「平和島静雄って危険人物の情報。それなりに細かいとこまであるけど、そっちは誰の情報を?」
「――クエロ」
ふと、これまで黙っていたガユスが口を開いた。
「そいつの情報を教えてやる。引き換えにそいつの情報だ、いいな?」
……まだまだ、先は長くなりそうだ。
【D-1/公民館/1日目/13:32】
『ざれ竜デュラッカーズ』
【ガユス・レヴィナ・ソレル】
[状態]:右腿(裂傷傷)左腿(刺傷)右腕(裂傷)の三箇所を負傷(処置済み)、及びそれに伴い軽い貧血。かなり疲労。
子荻たちには疑念。
[装備]:知覚眼鏡(クルーク・ブリレ) 、グルカナイフ、探知機、リボルバー(弾数ゼロ)
[道具]:デイパックその1(支給品一式、ナイフ、アイテム名と場所がマーキングされた詳細地図)
デイパックその2(食料二人分、リボルバー(弾数ゼロ)、咒式用弾頭、手斧、缶詰、救急箱、ミズーを撃った弾丸)
[思考]:1.休息。 2.戦力(武器、人員)を確保した上で、クエロをどうにかする。3.子萩達はとりあえずベリアルに一任。
【緋崎正介(ベリアル)】
[状態]:右腕と肋骨の一部を骨折(処置済み)。かなり疲労。
[装備]:光の剣、蟲の紋章の剣
[道具]:デイパック(支給品一式) 、風邪薬の小瓶、懐中電灯
[思考]:1.休息しながら子荻たちと交渉。 2.とりあえずガユスと組んで最低限の危機対応能力を確保。 3.カプセルを探す。
*刻印の発信機的機能に気づいています(その他の機能は、まだ正確に判断できていません)
【折原臨也】
[状態]:正常
[装備]:不明
[道具]:デイパック(支給品入り)ジッポーライター、禁止エリア解除機
[思考]:1.セルティを探す&ゲームからの脱出? 2.萩原子荻達に解除機のことを隠す。
3.ガユス達にライフルの真実を隠し通す 4.ベリアルから情報や物資を引き出す。場合によっては強奪。
【萩原子荻】
[状態]:正常(臨也の支給アイテムはジッポーだと思っている)
[装備]:ライフル
[道具]:デイパック(支給品入り)
[思考]:1.セルティを探す&ゲームからの脱出? 2.哀川潤から逃げ切る。
3.ガユス達にライフルの真実を隠し通す 4.ガユス達についてはとりあえず臨也に任せる。
>>165-168の題にトリップを付け忘れていました。
作者は◆a6GSuxAXWAです。
失礼を致しました。
どれだけ歩いたのだろう。
どこをどう歩いたのかも、もう覚えていない。
この島が危険な場所で、誰かに殺される危険はあると承知していて――そして、そうなっても良いと半ばまで考えていた。
「……くそッ!」
吐き捨てる。
考えれば考えるほど苛立ちが募る。
まるでマグマのようにどろどろとした暗い灼熱感が胸に渦巻き、こびりついて離れようとしない。
――狂犬――――――十円玉――こ、ろ、し、て――――魔法使い――――――堕落――3B――――反撃するぞ――
――――白鮫――――――ドア――――落下――――イヴの決闘――鏡――――大蛇――――――黒い炎――煙草――
――王国――――女王――――鮮烈なブルー――黒犬――――蔦の繁茂する――――――僕の悪魔の違う一面――――
――DD――――――ツーパターン――――超ド派手なデビル・バトル――――影――甲斐氷太は、物部景に決闘を――
手近にあった木の幹を、思い切り殴りつけた。
痺れるような痛み。
それも、一瞬だけだった。
「くそ、くそ、くそッ!」
胸の灼熱感が、徐々に脳髄を侵していく。
苛立ちばかりが募り、解消の手段は見つかりそうもない。
怒りのままに黒鮫を召喚し、周囲の木々を薙ぎ倒し、噛み砕く。
黒鮫が、ひときわ大きな木に激突する。
たわむ大樹。黒鮫が身を捩る。
脳を直接殴りつけられたかのようなダメージのフィードバック。
ふらつくままに、無造作にバッグから掴み出したカプセルを咀嚼する。
噛み砕き、啜り、嚥下。
「……っく」
浮遊感。
無駄な思考を押し流す、圧倒的な快楽の奔流。
日常の汚泥を残して意識が宙に浮く。
精神と肉体の一体感。
己の血管の一本一本を巡る血潮の流れすら自覚できそうな開放感。
爽快?
爽快なのか?
これが? これが? この程度が?
「――ふざけんなッ!!」
折り損ねた大樹を、いともたやすく黒鮫が叩き折った。
次いで召喚された白鮫が、その幹を粉々に噛み砕く。
「っくしょ……どうしろってんだよッ!?」
叩きつけられる木片すら無視し、甲斐氷太は絶叫する。
ぱらぱらと木片が地面に落ち、鮫たちが姿を消し――そうして、
「もう、いい。もう知った事か」
カプセルの効果でハイになった意識が。
自暴自棄になった理性が。
そして戦いを求める巨大な空虚が、最悪の決断を下す。
「遊びでも何でも良い――くたばるまで戦ってりゃ、無駄な事も考えずに済むか」
カプセルも量さえ摂れば、燃費が悪かろうが悪魔との同調が鈍かろうが、ある程度は補える。
浮かべた笑みは獰猛で、酷薄で、怜悧で――そしてひどく、空虚だった。
【B-6/森の中/一日目/12:59】
【甲斐氷太】
[状態]:左肩に切り傷(軽傷。処置済み)。カプセルの効果でややハイ。自暴自棄。
[装備]:カプセル(ポケットに数錠)
[道具]:煙草(残り14本)、カプセル(大量)、支給品一式
[思考]:とりあえずカプセルが尽きるか堕落(クラッシュ)するまで、目についた参加者と戦い続ける
※『物語』を聞いています。 ※悪魔の制限に気づきました。
※現在の判断はトリップにより思考力が鈍磨した状態でのものです。
※森の木が十数本ほど折り砕かれています。
森の輪郭に沿って移動しながら北へ、そして西へ抜ける。
当初の計画どおり、四人は森と草原の境を北上し始めた。
隊列はシャーネ、ヘイズ、コミクロン、火乃香の順。
近接戦闘力と索敵力に優れた火乃香が殿を務める格好だが、この隊列が逆効果だった。
「ん?」
ふと見た先にあったのは枝に結ばれた一枚の紙片。
表面には文字が書かれており、誰かのメッセージのようだった。
火乃香は隊列からわずかに外れ、枝に手を伸ばした。
他の三人は火乃香の離脱に気づかなかった。
刀使いの名を冠する彼女の身のこなしは尋常ではなく、森に踏み入っても足音を立てない。
背後での出来事という点も考慮すれば、他の三人が察知できなかったのも無理はないだろう。
火乃香は長い刀身を揺らしながら枝に近づいた。
わざわざ紙を取りに行ったのは好奇心としかいいようがない。
わずかにかかとを浮かし、固く結ばれた紙を器用に解いて手のひらで広げる。
瞬間、視界に踊った文字は妙に火乃香の心に残った。
『1日目と2日目の境。狭間の時間。鏡の中と外が入れ替わる。そうして、もう二度とは元の形に戻らない――』
「なんだろ、これ……」
『1日目と2日目の境』。これはわかる。
だが次の『鏡の中と外が入れ替わる』とは一体どういうことなのだろう?
加えて『もう二度とは元の形に戻らない』とは……。
生理的な悪寒を覚えて、火乃香はぐらりと体を揺らした。
立ち眩みに似た感覚。
体の内側から汗が滲みでる感覚に、思わずジャケットの前をかきあわせる。
額の天宙眼が、小さく明滅を繰り返した。
火乃香が片膝をついたところで、後方の異常に気づいたコミクロンが二人を伴って戻ってくる。
「どうした火乃香?」
「大丈夫か?」
火乃香が顔を上げれば、子分二人だけでなくシャーネも心配そうにこちらを見ていた。
無様な様は見せられない。
プロとしての意地が、火乃香に無理やり笑みを浮かべさせた。
自身に活を入れて立ち上がる。
「ごめん、なんでもないんだ。ちょっとこれを見つけて――――」
そう言って紙片を見せようとして、火乃香は再びバランスを崩した。
転びそうになったところをヘイズとコミクロンが素早く支える。
「おいおい、ほんと大丈夫なのか?」
「いや、今のは剣になんか引っかかって……」
呆れ顔のヘイズに火乃香が右手の剣を持ち上げると、シャーネが険しい顔で辺りを見回した。
火乃香の周囲の空間を素早く確かめる。
ものの数秒で、金色の瞳が滲むように光を弾くそれを捉えた。
「…………ッ」
「……糸か!」
シャーネの視線を追ったヘイズの叫びに場の空気が緊張を孕む。
火乃香が魔杖剣を引っ掛けたのは足元にはられた細い糸だった。
おそらくは外敵の察知を目的としたもの。
森の中に誰かが潜んでいることは覚悟していたが、ここまで慎重に潜伏しているとは予想外だった。
それ以前にふらりと火乃香が隊列から外れたのがチームにとっての誤算だった。
見慣れぬ緑の洪水が少女の緊張を緩めたのか。
それとも魔女の囁きに心を犯されたのか。
「ごめん、あたしのミスだ」
「謝るのは後でいい。どうする?」
「走るのか? あいにくと荷物が重いんだが……そもそもエドゲイン君の鉄球だけで何キロあるんだ……」
ヘイズが問いかけ、コミクロンは愚痴りながらもバックを背負い直す。
判断を仰がれた火乃香はわずかに黙考すると、森の中央を見据え、告げた。
「真っ直ぐ進もう」
「いいのか? きっと相手は警戒してるぞ」
「うん。この森は敵のフィールドだからね、見える位置までこっちから近づく」
ヘイズに答えると、紙片をジャケットのポッケにしまい、火乃香は先頭に立って歩き出した。
失点を取り返すのに必要なのは平常心だ。
そしてそれは居合い使いにとっては当たり前の心得に過ぎない。
火乃香は短く呼気を吐き、体内の熱を追い出した。
額の天宙眼の感覚を徐々に広げていく。
気による探知能力は精度を落としているが、それでも遮蔽物の多い状況では視覚以上に頼りになる。
自分たち四人の位置関係とその周囲の植生を超感覚で捉えていく。
慎重な足取りで進む四人。
二分ほど進んだところで、その歩みは止まった。
「いた……北西、二十メートルくらい先」
不明瞭な感覚がもどかしい。
火乃香は内なるナリシアを強く握りしめて、シャーネに視線をやった。
赤いドレスは緑に馴染まず、くっきりとその姿を浮きだたせている。
右手に握られているのは騎士剣・陽。
このパーティーで最も小回りが利くのはシャーネだ。
シャーネの機動力を特殊な知覚能力を持つ火乃香とヘイズがフォローするのが最良だろう。
「シャーネ、先頭をお願い」
「……」
無言のまま、赤いドレスが森を滑る。
いくつかの枝を避け、根を乗り越えて。
一行は腕組みして佇む、一人の少女と対峙した。
「相互不干渉がこちらのスタンスだ。
お前たちがここを通るだけならこちらは何もしない」
口火を切ったのは相手――――48番、霧間凪だった。
見慣れない奇妙な服装、手には金属製の棒のようなものを持っていた。
違和感……だろうか。
火乃香は眼前の少女の佇まいに不自然さを感じた。
実際それは火乃香だけの感覚だけではなく、シャーネにヘイズ、コミクロンまでもが訝しげに眉を寄せていた。
木に寄りかかったまま腕を組んだ、戦闘状態とは言い難い体勢。
本来相手に敵意がないのなら情報交換ぐらいはしそうなものだが、そういった気配さえない。
その上一対四という状況にも関わらず、凪の様子には余裕さえ窺える。
(一対四……ほんとに?)
額がちりちりと痺れる。
火乃香は周囲に薄く気を放射した。
気が触れたときの感触から周囲の状態を把握する生体ソナーだ。
ほどなくして凪と自分たちの中間、その左右の茂みにそれぞれ誰かが潜んでいるのを天宙眼が捉えた。
「ただで行かせてくれるってなら伏せ札を明かすぐらいはして欲しいね。
みんな気をつけて。そこ、左右に一人ずついるよ」
火乃香の注意を受けてヘイズが右に、シャーネが左に向き直る。
コミクロンは凪に注意を向けたままでいつでも魔術を放てるよう意識を整える。
露骨に警戒した火乃香たちの態度に、しかし凪は眉一つ動かさなかった。
「確かに二人隠れているがそれは護身のためだ。
その二人も含めて俺達は何もしない。
見たところお前らも無差別に襲ってるわけじゃないようだし、通るならさっさと通ってくれ」
そこで言葉を切って、今度ははっきりと苦笑を浮かべ、
「別行動中の仲間にやっかいなのがいるんだ。
どこで油売ってるのか待ち合わせ時間を過ぎても帰ってこないが、そいつが帰ってきたらややこしいことになる。
そうなる前に行って欲しいんだよ」
「……わかった」
あくまで神経を張り詰めたまま、四人は凪の方へと進んでいった。
歩きながらヘイズがコミクロンに小さく囁く。
「コミクロン、相手が動いても初撃は俺が止める。その後の防御は頼んだ」
「了解だ。ところでヴァーミリオン、鉄球を一つ持ってくれ。重くて仕方がない……」
「自分の荷物だ、自分で担げ」
「……なんかあんたたち見てると緊張感がなくなってく気がするよ」
「…………」
女性陣にじと目で睨まれて黙る男二人。
いささか情けない構図ではあるが、現在のパワーバランスを如実に表した光景だった。
結局、四人は何事もなく凪の横を通過した。
そのまま言葉を交わすこともなく距離を空けていく。
森を抜けて再び草原に出る頃には、火乃香の天宙眼でも感知できない距離になった。
息苦しい空間が消え、ヘイズが大きく伸びをする。
「まあ、当初の予定より近道できたんだ。多少ぴりぴりしたが、運が良かったかもな」
「うん。でも落とし前はつけとかないとね。
――――みんな、ごめん。
あたしが勝手に動いたせいで危ない橋を渡ることになっちゃって」
気落ちしたように火乃香が言った。
火乃香はキャラバンで育てられた。
子供の頃から集団生活が当たり前だった彼女は、個人の勝手な行動がチームに与える損害の大きさをよく知っている。
プロとして独立してからも、そんな迂闊な行動をすることはなかったのだが。
「ま、気にすんな。今後気をつけりゃいいだろ」
「失敗は成功の母というしな。かくいう俺もキリランシェロとの聖戦においては――――」
「…………」
三者三様、全員が火乃香に許しを告げ、対する火乃香も頷いて再び意識を引き締める。
地図で現在位置と方向を確認したところでコミクロンが思い出したように問いかけた。
「そういえばなにか拾ってたな? なにを拾ってたんだ?」
「ああ、そういや途中で話を打ち切ってたね。枝に結んであったんだけど……ってあれ、ない?」
確かにジャケットのポケットにしまったはずだが、どこかで落としたのだろうか。
あの奇妙な文章が書かれた紙がなくなっていた。
「うーん、どこで落としたのかな」
「手紙なんだろ? 何が書かれてたんだ?」
「…………」
ヘイズとシャーネの問いかけに、火乃香を困ったように頭をかく。
「変な文だったよ。確か……」
火乃香は青い空を見上げ、その“物語”を諳んじた。
合わせ鏡の怪談が、三人へと広がっていく。
全員が夜会の招待状を受け取った。
狭間の時間まで残りは半日。
魔女の撒いた小さな種が、今、静かに芽を吹き始めていた。
【E-3/草原と森の境目/1日目・11:45】
【戦慄舞闘団】
【火乃香】
[状態]:健康
[装備]:魔杖剣「内なるナリシア」
[道具]:
[思考]:1、シャーネの人捜しを手伝う 2、子分が出来た
【シャーネ・ラフォレット】
[状態]:右手負傷
[装備]:騎士剣・陽
[道具]:
[思考]:1、クレアを捜す 2、子分が出来た
【ヴァーミリオン・CD・ヘイズ】
[状態]:左肩負傷、子分化
[装備]:騎士剣・陰
[道具]:支給品一式 、有機コード、火乃香のデイパック(支給品一式)
[思考]:1、刻印解除構成式の完成。 2、もうどうにでもなれ…
[備考]:刻印の性能に気付いています。
【コミクロン】
[状態]:軽傷(傷自体は塞いだが、右腕が動かない)、子分化
[装備]:未完成の刻印解除構成式(頭の中)・エドゲイン君一号
[道具]:シャーネのデイパック(支給品一式)
[思考]:1、刻印解除構成式の完成。2、クレア、いーちゃん、しずくを探す。
3、この大天才の有能さを気づかせてやる 4、片結びの危機
[備考]:服が赤く染まっています。
[チーム目的]:1、海洋遊園地に向かう。2、情報収集
[チーム備考]:全員が『物語』を聞いています。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【F−4/森の中/1日目・12:40】
【戯言ポップぴぴるぴ〜】
【いーちゃん】
[状態]: 健康
[装備]: サバイバルナイフ
[道具]: なし
[思考]:かくれんぼ中。
【ドクロちゃん】
[状態]: 頭部の傷は全快。左足腱は、杖を使えばなんとか歩けるまでに 回復。
右手はまだ使えません。
[装備]: 愚神礼賛(シームレスパイアス)
[道具]: 無し
[思考]: かくれんぼ中。
※能力値上昇中。少々の傷は「ぴぴる」で回復します。
【霧間凪】
[状態]:健康
[装備]:ワニの杖 制服 救急箱
[道具]:缶詰3個 鋏 針 糸 支給品一式
[思考]:なんとかやり過ごせたか…。
※【戯言ポップぴぴるぴ〜】 は『375:剣舞士、襲来』に続きます。
──休息するか否かの議論はひとまず後回し。まずは情報交換と大まかな行動指針を立てるのが先。
そう言ってクリーオウを宥めた後、空目達は保健室のソファに座ってふたたび議論を始めようとしていた。
そして、彼女にお湯の補給を頼み給湯室に行ってもらった後。
せつらが何気なく、声を潜めて話を振った。
「──どう思います?」
「何かを隠しているような印象を受けた。全てが嘘ではないと思うが」
「ゼルガディスはクエロを疑っているように見えた。……どちらかが裏切ったということはありえる」
「その可能性は少し低い。集団から別れた途端殺すのは怪しすぎる。
互いが互いを監視する拮抗状態にはなっていただろうが、それをどちらかが崩すのはまだ早すぎる」
皆何の話題かはすぐに察したようだ。
この議題は、クリーオウには刺激的すぎる。
「参加者──片方はここに来る前の敵──に出会った、とクエロは言っていた。
見ず知らずの人間の名前を二人も出すとは考えにくい。ガユスという人間とは本当に知り合いで、敵同士なのだろう。
こちらにクエロがいる以上、彼を敵に回すのは間違いない。……だが、緋崎という名前の参加者を敵に認定するのは早い。
確かに名簿に名前はあったが、“ガユスが銀髪の男をそう呼んだ”だけだ。
──元の世界の敵の目の前だ、咄嗟に偽った可能性もある。……あるいはクエロがその名を偽った可能性は──ないか。
わたしやせつら、そしてピロテースと出会っているかもしれない状態では危険すぎる賭けになる。
どこかで名前と姿を聞いたことは確実だ」
サラが“敵”の特徴をまとめた紙の、緋崎の名前がある所に小さく三角をつける。
確かに、警戒を怠らず、なおかつこちらが優位な状況に持ち込めるのならばひとまず話を聞いた方がいい。
「だが、それだけでクエロが本当に襲われたことを確定してはまずいのではないか?
確かに空目の言うとおり、拮抗状態を崩すことは双方にとって害でしかないが──相手を排除できるチャンスを逃すことはしまい。
こんな状況だ、様子見を続けて対策を後回しにすれば、いつ相手に殺されるかわからないからな。
二人きりになった途端──というのも、怪しすぎることを逆手に取ったのかもしれない」
声を潜めたまま──しかし、鋭さは隠さずにピロテースは言った。
「でもその場合、殺されるのは逆にクエロさんの方ですよね。
剣と魔法で近距離、遠距離ともカバーできるゼルガディスさんに──ああ、そう意味か」
「──クエロが拾ったという魔杖剣。あれを拾ったことを好機と見なし、実行したおそれがある。
詳しい説明は聞いていないし信用できないが……あれが、ゼルガディスの持っていた剣を凌駕する力を持っていたらどうなる?
そして、彼女は咒式というものを使えると言っていた。特殊な武器がないと使えないらしいが──それが嘘だったとしたら。
──あるいはその魔杖剣こそが、その“特殊な武器”だったとしたら? ……これは穿ちすぎかもしれないが。
そもそも緋崎とかいうのはともかく、ガユスとは実際に会っていなくとも罪をなすりつけられる。
たとえ私達がそいつと出会っていたとしても──“相手を騙し油断させて寝首を掻く”スタイルの男と言ってしまえば、どんな真実も嘘と捉えられるからな」
強い口調でピロテースが断言した。確かに、筋が通っている。
ひとまず探し人が見つかるまでの協力体制とはいえ、裏切る可能性が少しでも高くなってしまった彼女を内にはおいておきたくないのだろう。
だが、その推論を確定させるのはまだ早すぎる。
「現段階では、そこまで疑いを持たない方がいい。──俺達はまだ、死体すら見ていない。
情報元は彼女の証言のみ。確実なのは、放送でゼルガディスの名が呼ばれたということだけだ。
信じすぎることも、疑いすぎることもよくない。もちろん、可能性として考慮しておくことは大切だが。
……そういえば、あの短剣には弾倉のような部分があったな」
一瞬しか見ていないが、クエロが持ち帰った剣には弾丸が入りそうなスペースがあった。
──彼女が持っていた、奇妙な弾丸が入りそうな。
「ふむ。それなら────いや、後にしよう。これは特に隠すことではない。二度説明する手間は省こう」
廊下からクリーオウらしき足音が聞こえ、サラが何かを言い淀んだ。
「そうか。……もしも彼女が潜伏型の殺人者だったとしても──ただ手段が違うだけで、結局目的は俺達と同じ、“脱出”だ。
殺人を犯すリスクと、主催者に反抗し脱出を試みるリスク。後者の方が低くなれば、嫌でも協力するだろう」
声を更に潜めて付け加える。
別に自分は、クエロのみを疑っているわけではない。ここにいる誰かが、いつ他の誰かを殺してもまったく不思議はない。
機会と手段があれば誰だって容易く隣人を殺す。人とはそういうものだ。
「事実が判明しても殺人者を身内に置いておくのか? 危険すぎる」
「少なくとも、彼女は積極的に殺す人じゃないでしょう。利害が一致していれば、手は出さないはずです」
「お互いに利用し合おうではないか。……もちろん、害しかもたらさなくなってしまったのなら、丁重にお引き取り願うことになるがな」
ピロテース以外は、現状(もちろん、警戒は強めるだろうが)のままで不満はないようだ。
彼女の気持ちは分かるが、今ここで波風を立てて集団を分断されてしまうのはまずい。
もし本当にクエロがゼルガディスを殺していたとしてそれを指摘すれば、あっさりこの集団に見切りを付けるだろう。
だが、ただでは立ち去るまい。出来る限り引っかき回し疑念と不安をばらまくはずだ。
この状況で、無駄な諍いと疑心暗鬼に時間を割くのはやはり避けたい。
「お湯、いれてきたよ」
──と。
両手でポットを持って、クリーオウが保健室に戻ってきた。
各自でコップにお湯とインスタントコーヒーを入れてソファに座り直す。
「ありがとう。……では、一服しつつ各自収穫と今後の行動について話し合おうではないか。
クエロはそのまま休ませておいて、後で伝えるとしよう」
議事録をまとめるため、サラが一人机の前に座った。
──そうして、このゲームに反抗する者達がふたたび向かい合った。
一人は志半ばで息絶え、一人は重傷を負ってしまった。
それでも彼らは、今自らが出来ることを探して抗っていた。
「まず俺から一つ話す事がある。“物語”と“異界”という事象についてだ」
挙手をして、一番に話すべき事を提議する。視線がこちらに集まる。
──十叶詠子。
彼女の名は、二回目の放送でも呼ばれなかった。
信じ難いが、彼女の思考をある程度理解し、行動を共にしている者がいるようだ。
これは危険だ。
坂井が小屋で発見したものの他にも、物語が広範囲にばらまかれている可能性がある。どこで目に入ってしまうかわからない。
そして自分はもう既に感染してしまっている。いきなり姿を消してしまったときのためにも、予備知識を話しておかなければならない。
────“怪談”という概念すらない世界の住人もいるので説明はやや困難だったが、空目は異界や坂井、そして詠子のことについて説明した。
「ふむ。つまり他人に依存せず自己を確立でき、なおかつそれに関する知識があれば問題はないのか」
『それに、刻印が一時的に無効化できる可能性もある』──そう紙に書き皆に見せながら、サラは言った。
そしてしばらく何かを考えるように黙り込んだ後、
「空目、その物語の内容は覚えているな? ──わたしに教えてくれ」
──こう言った。
「サラ! 大丈夫、なの……?」
クリーオウが不安げに彼女を見つめる。
確かに利点はある。だが、危険なことには変わりはない。
「うむ。知識なら今得た。自我にも自信がある。リスクは高いが得るものも多そうだ。
それに、行くときは空目も一緒なのだろう? ならば心強い」
「……わかった。今ここに書く」
皆から離れたところで、紙に物語を書く。
おそらくサラなら問題はないだろう。だが、次の放送で彼女の知り合いが呼ばれれば、少し心が揺らぐかもしれない。
この場合はどうしようもない。呼ばれないことを願うだけだ。
書き終わると、彼女を呼び寄せて紙を見せた。
「………………なるほど。ありがとう」
それだけ言ってサラは元の席に戻った。そして何事もなかったかのように、
「それでは、改めて議論を始めようか」
変わらない無表情のまま、そう言った。
「探索の収穫は、私とクエロは既に話したな。どちらもいい報せではなかったが……。お前達はどうだったんだ?」
「僕達はかなり恵まれましてね。まず、あのワイヤーと──この、剣の残骸」
せつらが部屋の隅にあるバケツを指さし、サラが柄と刀身に別れてしまった剣を取り出す。
“糸”はせつらの得手だ。剣の柄は魔術の増幅具になり、刀身は魔法生物とやらの材料になるらしい。
「ワイヤーは今あのバケツの中で血を落としている。使えるようになるには後二、三時間といったところだ。
剣は、おそらくクエロのものと同じ魔杖剣というものだろう。少し型は違うが、弾倉もある。
何かに使えるかもしれないため、詳しく調べたい。できれば、弾丸も」
刻印解除に使える可能性もある。
──それに、預かることによって弾丸を使用した何らかのアクションをクエロに控えさせることができる。
「それと禁止エリアについて少し調べました。死体を使って発動させ、正確な位置を把握しました」
「これでうっかり足を踏み入れてしまうこともなくなったというわけだ」
飄々とした言い方をするせつらとサラに、クリーオウが顔を暗くする。
確かに普通の少女には受け入れ難い行為だ。だが、この状況では使えるものは使った方がいい。
……実験の真意はすぐに理解できた。死体の刻印を発動させてデータを採取したのだろう。
せつらもそのことを理解して協力したはずだ。サラは彼に刻印のことを話したのだろうか。
「あのカードキーの先は地下通路だった。島の四方八方に道が伸びているようだ。
抜け道として、また身を隠す先としても最適だろう。各自道と出入り口をメモしてくれ」
そう言ってサラとせつらが自分の地図を皆に見せた。
出入り口は全部で七つ。これはかなり有用だが……一つ気になることがあった。
「……禁止エリアは地下にも適用されるのか?」
「それはわからない。実験できる条件が揃わない限り、通らない方が無難だ」
実験──つまり、死体が見つかれば放り込むということだ。
「実験って……また?」
「ああ。……クリーオウ、確かに死者を無礼に扱うことは褒められたことではない。だが、この状況だ。理解してくれるな?」
「…………うん」
不承不承にクリーオウが頷いた。その表情はまだ暗い。
「そして城で古泉一樹という青年に出会った。長門有希という少女を捜しているらしい。奇妙な言付けも頼まれた。
その少女を積極的に捜す必要はない。情報交換をして言付けを伝え、別れる程度でいいだろう。
話が通じるとはいえ、彼らが危険人物でないという保証はないのでな。
そういえば、空目達が会った坂井という少年からシャナという人物への伝言もあったか。こちらも出会えば伝えることにしよう」
──『去年の雪山合宿のあの人の話』と『港のC-8に行った』。
前者の意図は、当人以外には婉曲的でわからない。
「わかった。……本当に恵まれているな。武器も入手できて行動範囲も広がった。これでゼルガディスが生きていれば完璧だったが」
「それだけは本当に残念だ。……ああ、まだ終わりではない。──最後に、これだ。神社にあった死体の持ち物から見つけた」
そう言ってサラが取り出したのは、何かが書かれた紙片と、鍵だった。
「『AM3:00にG-8』……? 櫓があるところだよね」
「おそらく、わたしの支給品と同じタイプのものだ。
わたし達の利になるかどうかはわからないが……そこでその時間何かが起きることは確かだろう」
「距離が離れているな。行くつもりなら明るい内に近くに移動した方がいい」
「──今度の集合場所を城にするというのはどうですか?」
せつらが提案した。
確かに、城ならばここからも櫓からも近い。
「そうだな。……ああ、今思い出したが、放送を聞くに天候が変わるようだ。
わたし達はともかく、空目やクリーオウは遠回りでも地下から行くべきだ」
「放送か。フィールドに多少の変化を与えると言っていたな。
変化と言っても、人が死ぬようなものではないはずだ。あいつらは私達自身に殺し合いをさせたいのだからな。
ならばやはり天候……それも直接的な被害が出る雹や雷は考えづらい。雨や雪などか?」
「でしょうね。どちらも空を曇らせ参加者達の体温を奪い、建物に移動させる。
吸血鬼達が跋扈し、半強制的に密集させられた参加者達による諍いを誘発させる。
ただ、学校や商店街は部屋がたくさんあって一つの所に密集しないので、他の建物よりも危険は少ないですね」
「だが、天気がよくなるのを待っていては夜になる可能性がある。禁止エリアも増えてしまう。
学校という設備が一通り揃った場所を手放すのは痛いが、やはりメモも気になる」
もちろん罠という可能性もある。だが、情報や手がかりは多い方がいい。
罠だとしても、ピロテースが言うように直接死の危険があるギミックはないはずだ
「城は崖と禁止エリアに囲まれていて、無理に避難する参加者達もいない。
十分に動き回れる広さもあり、キッチンもあった。拠点としては申し分ない」
「ああ。ただ目立つ分殺人者が罠を張っていたり待ち伏せしている可能性がある。
集合場所自体は城の地下、城内に踏み込むのは全員で、というのはどうだろうか」
「それがいいな。……やはり地下を発見したことで、かなり楽になったな」
サラが同意し、特に異論もなく集合場所は決定した。
「では今後の行動を決めるとしよう。集合時間は放送が流れる18:00でいいだろうか?」
全員異議なしのようだ。サラが頷いて先に進める。
「わたしは理科室で剣と弾丸について調べたい。
空目、助手を頼めるか? 専門的な知識はいらない。雑用だけ手伝ってくれれば大丈夫だ」
「わかった」
おそらく、その時に刻印についてのデータを見せてくれるのだろう。
どうせ外に出ても足を引っぱるのみだ。このまま自分はここで待機した方がよい。
「クリーオウはクエロの世話を頼む。起きたらこの議事録を見せてくれ。
精神面はもう落ち着いていると思うが……彼女を支えてほしい」
「あ、うん!」
実際はこれも建前だろう。彼女がいれば怪しい行動は取れないし、邪険に扱うわけにもいかない。
「では、私は引き続き単独行動を取る。
城周辺の森を中心に、余裕があれば小屋なども見て回る。時間になれば洞窟へ赴き、地下で待つ」
ピロテースが続けて提案した。
城の周辺には森が多い。彼女が行動するには最適な場所だ。
「それなら僕は、ワイヤーが使えるようになるまで地底湖周辺を探索しよう。余裕があれば地上の周辺も」
商店街を中心に、せつらは大きく指で地図をなぞった。前回クエロが探索したところの上部から北にあたる。
──おそらく、その辺りにゼルガディスの死体がある。せつらもそのことを承知してこの場所を選んだのだろう。
現状維持で行くとしても、やはりクエロの発言の真偽を確認するために、出来る限り情報を集めることは必要だ。
「ふむ。割とすんなり決まったな。クエロはそのまま休ませておきたいが、せつらが戻って来たら移動のために起きてもらおう。
では……ん、どうしたクリーオウ」
クリーオウが挙手していた。真剣な、何かを決意したような表情でサラを見つめている。
「……やっぱり、みんな少しは休むべき。
わたしと恭一は放送前にここで眠ったからいいけど、他のみんなはずっと歩きっぱなしでしょう?
クエロみたいにちゃんと睡眠を取った方がいいと思う」
「僕はまだ大丈夫。疲労を取ることは重要だけれど、まだやることが残っている」
「私も、将軍を見つけるまで休むわけにはいかない」
「でも……!」
二の句が継げず、クリーオウは言い淀んだ。
すべきこと、というより出来ることが増えすぎて、休む暇がなくなってしまっているのだ。
──このまま空気が重くなるのはまずい。そう考え、彼女を援護する。
「……確かに、昼の間に出来ることはやった方がいい。だが、夜になれば殺人者達が積極的に行動し始めるだろう。
“出来ること”ではなく“すべきこと”が圧倒的に増える。疲労が原因で殺されてしまうことも十分に考えられる。
いつ何が起きるか分からないこの状況で、休みたいと感じたときには、既に休める状況でないことの方が多い。
余裕がある今に少しでも身体を休めた方がいい」
「…………そうですね、わかりました。なら僕は、サラさんの調査が終わるまでここで休みます。
そして、それが終われば今度はサラさんが休んで僕が地底湖周辺に調査に行く。その時にクエロさんには起きてもらいましょう。
その後に皆で城の地下へ。これでどうですか?」
「了解した」
せつらが少し考え込み、譲歩した。サラもそれを受け入れた。
自然と、視線がピロテースに集まる。
「……私はやはり、今は森を捜索させてもらう。
地下から侵入すると見えない城の外観と周辺を確認しておきたいし、人の流れが抑えられてしまう夜までに捜し人を見つけておきたい。
……ただ、少し早めに切り上げて地下で待機することにする。
そして城に無事到着した後に少し眠らせてもらおう。……それでいいか?」
溜め息混じりに、ピロテースが言った。
「……ありがとう!」
重くなった空気を一気に吹き飛ばすように、クリーオウが満面の笑みを浮かべた。
「──準備は整った。それでは行動を開始しよう。皆の武運長久を祈る」
そして、サラが朗々と宣言した。
【D-2/学校1階・保健室/1日目・13:20】
【六人の反抗者】
共通行動(クエロにはまだ伝わっていません)
・18時に城地下に集合
・オーフェン、リナ、アシュラムを探す
・古泉→長門(『去年の雪山合宿のあの人の話』)と
悠二→シャナ(『港のC-8に行った』)の伝言を、当人に会ったら伝える
【クリーオウ・エバーラスティン】
[状態]: 健康
[装備]: なし
[道具]: 支給品一式(地下ルートが書かれた地図。ペットボトル残り1と1/3。パンが少し減っている)。
缶詰の食料(IAI製8個・中身不明)。議事録
[思考]: みんなと協力して脱出する。オーフェンに会いたい
[行動]: クエロが起きたら議事録を見せる。
【空目恭一】
[状態]: 健康。感染
[装備]: なし
[道具]: 支給品一式。《地獄天使号》の入ったデイパック(出た途端に大暴れ)
[思考]: 刻印の解除。生存し、脱出する。
[備考]: 刻印の盗聴その他の機能に気づいている
[行動]: サラを手伝う。刻印の実験結果についてサラに聞く
【クエロ・ラディーン】
[状態]: 疲労により睡眠中。下着姿
[装備]: 毛布。魔杖剣<贖罪者マグナス>
[道具]: 支給品一式、高位咒式弾(残り4発)
[思考]: 集団を形成して、出来るだけ信頼を得る。
魔杖剣<内なるナリシア>を探す→後で裏切るかどうか決める(邪魔な人間は殺す)
[備考]: 高位咒式弾の事を隠している。
【サラ・バーリン】
[状態]: 健康。感染。クエロを少し警戒
[装備]: 理科室製の爆弾と煙幕、メス、鉗子、断罪者ヨルガ(柄のみ)
[道具]: 支給品二式(地下ルートが書かれた地図)、断罪者ヨルガの砕けた刀身
『AM3:00にG-8』と書かれた紙と鍵、危険人物がメモされた紙。刻印に関する実験結果のメモ
[思考]: 刻印の解除方法を捜す。まとまった勢力をつくり、ダナティアと合流したい
[備考]: 刻印の盗聴その他の機能に気づいている。刻印はサラ一人では解除不能。
[行動]: ヨルガと弾丸を調べる。空目に刻印の実験結果を話す。実験後は休息。
【秋せつら】
[状態]: 健康。クエロを少し警戒
[装備]: 強臓式拳銃『魔弾の射手』。鋼線(20メートル)
[道具]: 支給品一式(地下ルートが書かれた地図)
[思考]: ピロテースをアシュラムに会わせる。刻印解除に関係する人物をサラに会わせる。依頼達成後は脱出方法を探す
[備考]: 刻印の機能を知る。
[行動]: 休息。サラの実験が終ったらクエロを起こして地底湖と商店街周辺を調査、ゼルガディスの死体を探す。
【ピロテース】
[状態]: 健康。クエロを警戒
[装備]: なし
[道具]: 支給品一式(地下ルートが書かれた地図)。アメリアの腕輪とアクセサリー
[思考]: アシュラムに会う。邪魔する者は殺す。再会後の行動はアシュラムに依存
[行動]: 城周辺の森を調査。早めに城地下に行って待機。城に着いた後は睡眠を取る
※保健室の隅にブギーポップのワイヤーが入った洗浄液入りバケツがあります(血が取れるには後2〜3時間かかる)
路地には、耳鳴りがするほどの静寂。
邪気の無い、純粋な、純粋すぎる狂気の笑み。
軋む胸。過去。痛み。
魔女。洗礼。悪役。法典……
――がた、と外から物音が聞こえた。
と、その音を契機にしてふっとあたりの空気が緩む。
「ああ、私が見てこよう。詠子君はここで待っていてくれたまえ」
言うと、片手は胸を押さえたままに、拳銃を携えて佐山は立ち上がる。
「大丈夫?」
声を潜めて尋ねる詠子に、佐山は笑みを返して歩み去る。
その足取りに、一切の隙は無い。
「うん……やっぱり法典君は強いなあ」
無邪気な微笑みを浮かべて佐山を見送り、詠子はくるりと振り向いた。
「でも、君はもっと強いのかな? “ストレイト・ジャケット”さん?」
詠子の背後には、逆光に立つ棒のようなシルエット。
その口元が、左右非対称の奇妙な表情を浮かべた。
佐山は歩む。路地の影を縫い、先程の音の元となった気配を探り、十字路に差し掛かる。
光と闇が交錯し、アラベスクの布を思わせる風景のその路地に、一歩――
「何者かね?」
「あんた、誰?」
佐山の眉間に、槍の穂先。
赤毛の男の眉間に、銃口。
「私は佐山御言、世界の中心に立つ者だ。ゲームに乗っていないのならばそれを下げたまえ」
「……ハーヴェイ」
佐山の奇言にも、赤毛の男、ハーヴェイは僅かに眉を動かしただけの無関心な対応。
「なかなか新鮮な反応だが、無関心は現代人の悪癖と――」
「女の子を捜してる」
更には相手の言葉をぶった切っての質問。
かなり淡白で執着の無い性格なのだろう、と佐山は思いつつ、
「どんな女の子なのかね?」
「…………」
言葉を探しているようだが、なかなか見つからないようだ。
女の子、という以外に年頃の女性を形容する文句を殆ど知らないらしい。
語彙が貧困、というよりは性癖に根ざした問題だろう。
「……髪が肩の前後まではあったはず。あと、幽霊なんかが見える」
暫し考えてのハーヴェイの台詞に、佐山は黙考。
肩ほどまでの髪で霊能力者。――詠子君の言っていた知人か?
ならば会わせるべきだろう。そしてここはやはり感動の再会を演出せねば。
「それは私と同年代の女性だね?」
確認をとると、ハーヴェイはたぶん、と頷く。
「心当たりがある。ついてきたまえ」
そう言うと、佐山とハーヴェイは歩き出す。
互いに盛大な勘違いを抱えたまま。
「君は掛け値なしに危険だ。無自覚に、悪意無く、無邪気に――世界に狂気と破滅をもたらす」
「そう言うあなたは世界の拘束衣かな? 歪まないように、壊れないように、膨張していくセカイを抑制する箍」
都市伝説に謳われる死神、ブギーポップ。
都市伝説をその掌中に弄ぶ魔女、十叶詠子。
「そうして君が重ねようとしている世界に、どれだけの人々が命を失い、どれだけの人々が狂気に侵される?」
「ストレイト・ジャケット君の魂のカタチは、今まで見た中でもすこぶる変わってるね」
路地にしん、と闇が堕ち、静寂が音という音を排除して耳を圧する。
「それを一種の環境の変化と捉えるにしろ、その環境に適応できてしまった存在は、もはや人間ではない」
「私は“できそこない”になってしまう人たちが可哀想なだけなのに。あなたも融通が利かないねえ」
異形と異形。
狂人と死神。
夜会の魔女と自動的な泡。
歪みに狂う娘と、歪みを刈る者。
「こんな場でも、いや、だからこそ断言できる」
「うん、確かにあなたは“物語”の存在だけど、そうして人の身体を借りてる以上は私を殺せる」
互いの言葉は噛み合わない。
そもそもどちらも会話をしようという気すら無い。
「君は、世界の敵だ」
微笑みを浮かべた詠子は、仰々しく両手を広げる。
「そう、私は世界の敵。でも私は、」
一息。
「“この世界”の敵にもなれる。――それでも殺すの?」
「ああ。殺す――僕は自動的だからね」
答えはひどく、無感情だった。
「なら、なぜまだ殺さないの?」
「佐山君に気兼ねしているからさ。彼には恩義があるからね」
冗談めかして言の葉を紡ぐブギーポップ。
確かに大概の殺し方では、僅かな痕跡から佐山は感付くだろう。
「そう、なら隣のエリアに湖があるし、そこに突き落としたら? 証拠は残りにくいよ?」
「それでも放送で伝わってしまう……彼まで世界の敵になってしまうと、面倒だ」
「大丈夫。しばらくは行方不明の扱いになるから、法典君も心の準備ができると思う」
彼は強い子だよ、と微笑みを浮かべ、詠子はブギーポップの手を取る。
「さあ、私は抵抗しないよ? 縛って括って殺してみせて? ストレイト・ジャケットさん」
路地の向こうから、二人分の足音が聞こえる。
判断は一瞬だった。
それらが到着する前に、音も無くブギーポップは走り出す。
「速い速い。流石だねえ」
抱きかかえられた詠子は、笑みを浮かべて無邪気にはしゃぐ。
静謐な瞳――その狂気の前には、死すらも映っていないのか。
ブギーポップは、違和感を感じていた。
地下から戻り、見つけた敵の気配は知人と行動を共にしていた。
その知人が、世界の敵となりうる要素を持っていたことも事実だ。
彼を刺激しないよう、隙を見て彼女を殺そうとして――相手の言葉に従って殺し方を選んでいる。
……何故?
島の制限?
魔女の言?
分からない。分からないまま、湖の縁、崖じみた高所にブギーポップは立っている。
「下は深い淵だ。デイパックと衣類を身につけた君の運動能力では、確実に助からない」
抱えた詠子に言うと、詠子は微笑んだ。
「ん。じゃあ、最後に一言だけ良いかな?」
すとんと地面に降り立ち、詠子は崖の縁に立つ。
「遺言かい? 伝えられるならば伝えるが……」
と、詠子はふるふると首を左右に振る。
そのまま魔女の短剣を取り出し、手首を浅く切る。
「……万全だったら、ストレイト・ジャケット君の勝ちだったんだけどな」
手首から滴り落ちる鮮血が、やけに紅い。
詠子はざんねんでした、と悪戯めいた囁きを残し、流れる血の雫と共に――崖の縁から身を躍らせた。
「……!」
ブギーポップが、即座の判断で包丁を投擲。
落下する詠子に包丁が迫るが、湖から湧き出た手のような何かがそれを振り払う。
どぼん、と。
いともあっさりとした音と共に、詠子は湖に沈み――そうしてもう、泡沫一つ上がってはこなかった。
「してやられた……? 僕が?」
流石にこれ以上は追えないだろう――本当に調子が狂っている。
と、ブギーポップの身体が僅かによろめく。
「もう時間か……単独行動ばかりさせていては、藤花君にも悪い。佐山君と合流といこうか」
気を取り直して、とばかりに頭を一振り。
ほんの少しだけ楽しげに、ブギーポップは来た道を引き返した。
――戻ったその場には、居るはずの人が居なかった。
「いない!?」
「いないのか!?」
慌てて探すこと数分。
「こちらにも詠子君はいないようだ」
「こっちにもキーリは――」
…………ようやく、気付いたようで。
「キーリ?」
「詠子?」
きょとんと顔を見合わせた二人は、ふと感じた気配に振り向く。
そこに立っていたのは、同じ高校三年女子でも、別の人。
「あの、お久しぶりです……宮下藤花ですけど、覚えていてくれてますか?」
【十叶詠子・消失?】
【C-6/小市街/1日目・12:36】
『ブギりのクロニーリ』
【佐山御言】
[状態]:精神的打撃(親族の話に加え、新庄の話で狭心症が起こる可能性あり)
[装備]:Eマグ、閃光手榴弾一個
[道具]:デイパック(支給品一式、食料が若干減)、地下水脈の地図
[思考]:1.詠子を捜索 2.風見、出雲と合流。 3.地下が気になる。
【ハーヴェイ】
[状態]:生身の腕大破、他は完治。(回復には数時間必要)
[装備]:G−Sp2
[道具]:支給品一式
[思考]:まともな武器を調達しつつキーリを探す。ゲームに乗った奴を野放しに出来ない。特にウルペン。
[備考]:服が自分の血で汚れてます。
鳥羽茉理とカザミを勘違いしています。
【宮下藤花(ブギーポップ)】
[状態]:健康
[装備]:ブギーポップの衣装、包丁。
[道具]:支給品一式。
[思考]:世界の敵を探す。
【D-6/湖/1日目・12:36】
【十叶詠子】(消失中)
[状態]:???
[装備]:魔女の短剣、『物語』を記した幾枚かの紙片
[道具]:デイパック(支給品一式、食料が若干減)
[思考]:???
注:詠子が死亡するか、湖の岸に流れ着くか、異界に入るか。
またはそれ以外のどのような道を辿るかは、次の書き手さんにお任せします。
「あまり死にたくはないな」
というのが、ヤン・ウェンリーが死に際に思ったことだった。
まさかセーラー服の少女に殺されるとは思ってもいなかったが、考えてみればこのようなゲームに招待される人間がまともなはずはない。
迂闊に話しかけた自分にも落ち度はあった……と、ヤンは結論を出し、胸からどくどくとあふれ出ている自身の血液を観察するのをやめ、目を閉じた。
やはり自分には荒事は向いていないな、とヤンは意識の片隅で苦笑する。その意識が途切れるのに、さして長時間はかからないだろう。紅茶を一杯飲むほどの時間も、ヤンには残されていないようだった。
忌々しい痛みだけが、ヤンを現世に繋いでいた。この痛みが消えた時、自分はあの世とやらに逝くのだろう。艦隊司令官として何千何万もの兵を――敵も味方も含めて――殺した自分が、天国とやらにはずはないだろうが。
魔術師だの奇蹟だのと自分を祭り上げていた人々に、現在の状況を見せたいところだ。魔術だの奇蹟だの、そんなものが使えるなら、ここで二度目の終わりを迎えることもないだろうに。
そう――二度目の。
まさかこんなものを二度も味わうとは思わなかった、と思った瞬間、痛みが消えた。
死んだのかな、と軽く自問したその時、視界に少女が映った。見覚えのない少女だが、記憶力にはまったくもって自信がないので「どこかであったかな」とヤンは頭をひねった。
「なにをしているの?」
少女の質問に一瞬だけ思考し、苦笑を浮かべたヤンは答えた。
「死んでいるところさ」
「そのようね」
至極あっさりと頷いた少女に、ヤンは拍子抜けして言う。
「君は参加者かな? だとしたら、これから一日ぐらいは誰も殺さないようにしてくれないかな」
管理者達の言ったペナルティは、『24時間のうちに一人の死者も出なかった場合』。
ヤンが死ねばそれで一日保つのだから、これ以上の犠牲は少ない方がいいと思っての言葉である。
だが少女はヤンの言葉を無視して問いかけた。
「何が、心残りなの?」
その言葉は、彼の胸にぐさりと突き刺さった。
胸に二本目のナイフを突き立てられた気分でヤンが沈黙していると、少女は言葉を続けた。
「あなたの“死”はもうほとんど無くなってる。でもまだ少し――ほんの少しだけ、こびりつくように残ってる」
「人間、心残りがあると死ににくいのかな」
ヤンはぼやくように言って、ようやく気付いた。
視界に映る少女――だが、自分は先ほど目を閉じたはずだ。
「君は――」
少女が――“イマジネーター”は、静かに笑った。
「わたしは人が“死”を扱えるようになる可能性……死神に殺された、“世界の敵”よ」
それはとても綺麗な微笑みだった。その顔を直視できずに視線を逸らし、ヤンは小さく呟く。
「神なんてのは想像の産物だよ」
呟きが大気に消え失せると同時、ヤンは立ち上がった。
背後を見ると、血塗れの自分が家の壁にもたれかかって骸を晒している。頭に被さっているベレー帽のずれを直そうとして手を伸ばし、素通りした。
溜息をついて、ヤンは少女に言う。
「人間は、いや生物は生まれた時から“死”を扱えてるさ。誰かの、または自分の命を奪うことができ、そして新しい命を生むことが出来る――というのは女性に限るけどね」
「そういう意味ではないの。わたしが言っているのは、“死”をエネルギーとして自在に使えるようになること」
「よく分からないなあ」
幽霊になっても収まりの悪いベレー帽をかぶるのをやめてポケットに突っ込み、ヤンはぼやく。
「つまるところ、君はなにをしに私の前に来たんだ」
「あなたの“死”が不自然だったから」
「死ぬことに自然も不自然もないと思うんだがね」
「いいえ。あなたのはそれはとても不自然よ」
言い切って、少女はずいと顔を近づけた。
「あれほどの傷なら“死”はとっくに使い切って、こうして会話することもできないはず」
「それはこちらが聞きたいんだが、私が想像するに……一度死んだから、耐性ができてるんじゃないかな。抗体反応のように」
「面白い考えね」
少女は一瞬苦笑を浮かべて、即座に表情を切り替えた。
真剣な眼差しでヤンを見つめて言う。
「“一度死んだ”? ではあなたは……」
「蘇えった、ということになるのかな。その方法は、私は知らないよ。管理者という連中にでも聞いてくれ」
「……そうなの――ありがとう。参考になったわ」
「それは良かった」
言って、ヤンは空を見上げた。
まだ陽の出ない闇空が――見慣れたものとは違う銀河が、そこに広がっている。
「そろそろ……ね。一つ、聞いていいかしら?」
「なにかな?」
「あなたがもし、造り物だったとして」
そこで少女は一拍置いて、言う。
その声音は、周囲の雑音を淘汰して静寂に満ちたものに変えてしまうような、そんな音だった。
「そこに心はあると思う? 記憶も感情も意識もなにかもが造り物だったとして、それでもあなたであると自信を持って言える?」
「哲学問答はよく分からないんだけどね」
ヤンはポケットからベレー帽を取り出し、目深に被って視線を隠すと空を見上げながら言った。
「君はそう聞かれたとき、どう答えるんだい」
「わたしの心は――わたしのものだわ」
確信に満ちて、悩みも迷いもなく、ただまっすぐに――少女は言った。
「わたしの心はわたしの世界。それがたとえ造られたものだと造物主に否定されても、わたしの世界にとっては何の意味もない。ただそれは誰もがそうなのだから――心がすれ違って互いを否定しあえば、たった一つの真実である心同士が互いを嘘としてしまう」
「それは――」
身体が消失していくのを感じながら、ヤンは答えた。
「とても、切ないことだね」
「そう。とても切ないことだわ、心を持っているということは」
もう身体の半分以上が消えているヤンに、少女は訊いた。
「それで――あなたの答えは?」
「君の答えをそのまま返そう」
「……詐欺じゃないかしら、それは」
「生前から、魔術より詐術の方が得意でね」
と、ヤンは皮肉げに言って――
「さようなら――御嬢さん。良い夢を」
「さようなら――詐欺師さん」
不器用な敬礼と不器用なウインクを一つ、イマジネーターの少女へ残し、ヤン・ウェンリーは二度目の眠りについた。
【C-8/港町 /1日目・1:03】
【080 ヤン・ウェンリー 死亡】
from the aspect of ULPEN
ざく ざく ざく…
森の中に、ただひたすら自らの足音のみがこだまする。
それは心地のいい音だった。
風で葉の揺れる音も帝都の我が家を思わせて心をおちつかせる。
妻の眠るあの小屋を。
いったん草原へ抜けたのだが、暫く歩いてから引き返して正解だった。
また、見晴しの良い草原では、片目を失った視界は酷く不安でもあった。
ここにはそれがない。
どれほど歩いたのだろう。30分、あるいは1時間か。
(無心のあまりに時の概念すら忘れたか)
唇を歪ませて苦笑しつつ、彼、ウルペンは胸中でそうつぶやいた。
が、ふと気付いて笑みを消す。
長く仮面で表情を覆ううちに付いてしまった癖だった。
一人で歩きながら唐突に笑みを浮かべる男など気味の悪いものでしかないだろう。
見ている者は居ないはずだ。少なくとも彼の気付いてるなかでは。
それでも直した方がいいに変わりない。
しかし彼は気付いていなかった。
彼が見当違いな方向へ進んでいる事も。
左目を失い左腕の焼けおちた体は、酷くバランス感覚にかけており、まっすぐに歩く事は困難だ。
知らぬ間に蛇行し、同じ場所を彷徨っていても不思議は無い。
勿論いく場所に目的があったわけではない。が、それでも現在地を見失う事はリスクになりうる。
しかし彼は気付いていなかった。
森も、極限を超えた心身も、驚くほどに平穏だ。
しかし彼は気付いていなかった。
変化はいつもこともなげに訪れる。
from the aspect of MONKEY TALK
ざざぁぁぁ!
「っ!!」
本日二度目の落下感。こんなものは一日に一回で十分だ。
一日一回落下感。なんだか標語みたいで語呂が良い。
…いや、普通は一回もないのか?
「て、そんなことよりも… ドクロちゃん!!」
眼前に迫ってくる地面を後目にぼくは腕の中の少女を抱き寄せた。
目をつぶって衝撃に耐える。ついでに舌を噛まないように。生物として当然の防御反応だろう。
ずざぁぁああああん
ゆっくりと目を開ける。よし。特に怪我をした様子はない。
「ふわあーん ひははんひゃっはよー(舌噛んじゃったよー)」
なんだかものすごい涙目だ。砂埃でも目に入ったか?
「………」
まあこの娘にそんな事期待するのは無駄だよなぁ。
しみじみと感心して辺りを見回す。
あの銀髪が追ってこないとも限らないし、今の大音響で他の参加者に気付かれないとも限らない。
上方の気配を伺ってから、前方に視線を延ばす。
そこにあったのは…黒い影。
最初ぼくはそれを怪物だと思った。
なんだか酷い違和感がある。
なぜだか凄い危機感がある。
いや、よく見ればそれは知っている人物だった。
小屋にやってきて、娘を探していたあの男。
女の子を殺した、と言っていた。危険人物と見て良いだろう。
そして違和感、その理由は――すぐに分かった。男には左腕が無い。
たった一つそれだけが彼のシルエットに怪物じみた印象を付加していた。
でも、本当に――それだけなのか? ぼくの脳が危険信号を送る。
「ドクロちゃん!逃げるんだ!」
これもまた、本日二度目。
しかし当のドクロちゃんは目をこすっていて何も気付いていない。
「ドクロちゃん、といったか」
黒尽くめの声。肌が泡立ち、皮膚が戦慄する。
その言葉に反応したのはドクロちゃん。
「そうだよ。おにいちゃんの名前は?」
小首を傾げる仕草には危機感というものが全くない。
先ほど傷つけられたというのに忘れてしまったのか。
何故――気付かないんだ。
このぼくが、こんなに恐怖していると言うのに。
あの娘は、あんな目にあったというのに。
何故――この恐怖に気が付かない。
「俺の名前か」
面白そうに、男。
「俺の名前など、もうないも同然だ。もとより、多くの者が知っていたわけでもない。そして、それも皆死んだ」
ああ、そうか――
「今の俺は黒衣だ。空白を跋扈し人の世を蹂躙する怪物だ。
さて黒衣に名前がいるか?存在の全てをこの衣のうちに隠す存在に?
答えは否、だ。」
これは、この恐怖は――
「今の、俺に、名前は、ない」
今分かった。この恐怖はぼくの恐怖だ!!
物語を歪ませ、結末を狂わせる無為式へのジョーカー。
他人に成り代わろうとする彼女、雑音。そしてこの男。
怖い、恐い。恐ろしく、恐怖している。
「終わりを始めようじゃないか」
見た事のある糸がどこからとも無く現れ、ぼくのひざの上の、少女の首に巻き付いた。
「う あ、いやぁあ」
さっきの牽制とは違う、本気の攻撃。男は、ドクロちゃんを殺す気だ。
なんだか、少女の体重が軽くなっていくみたいだ。急速に、乾いていく。
「っやめろぉおお!」
ぼくはできる最善の事をした。つまりドクロちゃんを放り投げた。
木々の向こうに小柄な少女の影が消える。
…今度はちゃんと目をつぶってくれる事を祈ろう。
とりあえず、男の意識はドクロちゃんから逸れたようだった。
そして、逸れた意識が次に向かう対象は――
「つまり身を挺してあの娘をかばう、というわけだな」
やっぱり、ぼくですか。
「――別に、身を挺したつもりなんて、ないですよ。ぼくはこう見えても薄情なんです。後であの子にいろいろと恩を着せるという下心がありありなわけで」
戯言だ。分かっている。
それでも喋るのをやめられない。
足が震えて動かない。
足が竦んで動けない。
それを知ってか知らずか男は一歩、こっちに近付いてきた。
気が付けばぼくの首筋にも銀色の糸。
「では一つ質問をしよう、少年。問いはこうだ。
『お前に確かなものはあるのか』」
は は、とぼくは笑った。
かすれて、悲鳴じみて聞こえていたかもしれないけど、それでも確かに笑った。
なんと、滑稽じゃないか。
今まで、ぼくは望まれもしない戯言を語ってきた。
それは物語を狂わせ、結果多くの死者が出た。
本当に、多くの人がぼくの戯言で死んでいった。
この島に来てからも一人。もしかしたら凪ちゃん、ドクロちゃんも。
戯言じみた質問だ。答える事も、戯言。
男はぼくにそれを要求している。名前の無い男。戯言の効かない切り札。
効く相手のいない戯言なんて、虚しい独り言。
「そんなもの、あるわけないじゃないですか。
壊して、眺めて、逃げて、近寄って、憎んで、愛して。
そのどれもが半端だ。
ぼくは「生きて」なんかいなかった。ただ、「いる」だけだった。
徹底的に、何もしなかったんだ。
生きたいのに、生きられず、死にたいのに、死ねず。
そんな、戯言使いです」
多分、これが最後の――
「さしあたって、確かなのはぼくはあなたに殺されるだろうと言う事ぐらい…ですよ」
最後の、戯言。
「お前は賢明だ」
ああ…喉が乾いた。
誰か、僕に水を下さい。
【F−4/森の中/1日目・13:10】
【戯言ポップぴぴるぴ〜】
(いーちゃん/(零崎人識)/(霧間凪)/三塚井ドクロ)
【いーちゃん 死亡】
【ドクロちゃん】
*生死不明。 次の書き手に任せます。生存なら脱水状態。
【霧間凪】
[状態]:健康
[装備]:ワニの杖 制服 救急箱
[道具]:缶詰3個 鋏 針 糸 支給品一式
[思考]:こいつ(ギギナ)をどうにかして、いーちゃんたちと合流
『ウルペン』
【ウルペン】
[状態]:左腕が肩から焼き落ちている。行動に支障はない(気力で動いてます)
[装備]:なし
[道具]:デイバッグ(支給品一式)
[思考]:1)チサト(容姿知らず)の殺害。2)その他の参加者の殺害3。)アマワの捜索
李麗芳は夢を見ていた。意識を失う少し前の光景が、夢の中で再現されていた。
その時、呉星秀が死んだと放送で聞いて、麗芳はショックを受けていた。
「どうしよう……他のみんなも、いつ殺されてもおかしくないよ」
泣きそうな顔をした彼女に、宮下藤花が言った。
「“人間にとって最大の快楽とは未来を視る瞬間にある。そのとき人は世界すら
征服したような気がするものだ”――とか書かれた本があるくらい、人は未来を
予測したがる。けれど、そうした予測を無条件に盲信するのは、とても危険だ。
はたして、君の憂いている未来は、本当に実現してしまうのかな?」
「え?」
呆然と藤花を見つめる麗芳。しぐさも、口調も、まなざしも、まるで藤花ではない
別人のようだった。左右非対称な表情には、人間らしさが欠けていた。
「未来が現在になる時まで、答えの出ない問いだ。そうは思わないかい?」
藤花の顔をした“それ”が何なのか、麗芳には判らなかった。
「と、藤花ちゃん?」
「あ……はい、なんですか麗芳さん? わたしの顔に何かついてます?」
小首をかしげた藤花の姿が、闇の中に溶けて――夢が終わった。
目が覚めた時、麗芳は硬い床の上に寝かされていた。周囲は薄明るい光で
照らされていて、この場所が通路の中だと、見れば判る。
「おや、お目覚めですか」
声の主は、奇妙な姿の男だった。彼の足元には二つのデイパックが置いてある。
片手の指でこつこつ仮面を叩きながら、もう片方の手にスタンロッドを持ったまま、
彼は彼女に歩み寄ってきた。これから戦おうという態度には見えない。
「……それ、素敵な仮面ね」
麗芳は、男に道具と武器を奪われていた。だが、意識がなかった間に殺されても
いないし、拘束されているわけでもない。彼は話し合いを望んでいる、と判断し、
麗芳は友好的に話しかけてみたのだ。変な仮面だとか思っているが口には出さない。
「どうも。社交辞令だとは思いますが、その思いやりには感謝しておきましょう」
そう言って、男は麗芳から離れた位置で止まり、スタンロッドを床に置いた。
「あなたのデイパックも、ここに置いて離れます。勝手に取ってください」
怪訝そうな麗芳を気にする様子もなく、男はデイパックを一つ移動させ、もう一つの
デイパックが置いてある場所まで遠ざかった。敵ではない、と態度で示したのだ。
「失礼だとは思いましたが、あなたが寝ている間に武器を調べさせてもらいました。
退屈だったし、興味があったものですから。あなたのデイパックは開けていません」
しかし麗芳は、男を完全には信用しない。何か細工をされた可能性があるからだ。
「……このデイパックが唐突に爆発しても、あんたは離れてるから無事でしょうね」
裏切って苦しませて殺すのが大好きな男だったりしたら最悪だな、と彼女は思う。
「それでは、近くまで行きましょうか。ああ、心配しなくても大丈夫ですよ。
もしも戦闘になった場合、僕は絶対に、あなたに勝てない」
仮面の男は、自慢にならないことを自信たっぷりに断言した。どう見ても変人だ。
「へぇ? あんたは確かに弱そうだけど、わたしだって、か弱い乙女なのよ?」
「あなたが武術の達人だというのは知っています。だいぶ鍛えられているようですね」
麗芳に向かって歩きながら、男は苦笑したようだった。
「おっ、よく判ったね」
「気絶していたあなたを背負って、ここまで運んできましたから。大変でしたよ」
つまり、直に触れれば筋肉の状態くらい素人でも判るということだ。
「つまり、わたしの胸やら太腿やらの感触を楽しんだわけね。高くつくわよ?」
微妙に赤面しつつ、麗芳は男を睨む。半分本気で半分冗談だ。男が平然と答える。
「できるだけ紳士的に行動したつもりです。まぁ、証明するのは不可能ですが。
放っておいたら誰かに殺されていたかもしれませんね。その場に留まるのは論外。
あなたを守りながら素手で戦ったら、僕は負けてしまいます。それとも、いっそ
引きずられて移動した方が良かったと? 僕らは泥の上も通ったんですが」
男の靴が泥だらけになっているのを見て、麗芳は首を左右に振った。
「貸し借りは無しでいいわ。ところで、ここはどこなの? 何かの通路みたいだけど」
「水がなくなった元湖の、湖底だった場所で発見した地下通路ですよ。敵がいないと
確認できていて、他の参加者が来なさそうな場所に、戻る途中で発見しました。
この地下通路に入れたのは幸運でしたよ。ここは、隠れて休むのに最適な場所だ。
ちなみに、僕のいる方に背を向けて進めば、僕らが入ってきた出入口があります。
扉がありますが、閉じ込められてはいません。いつでも自由に地上へ出られます。
出入口の近くには、地下の地図が描かれていました。確認しておくと良いでしょう」
麗芳の間近で、男は足を止めた。彼女の技量なら、一瞬で彼を攻撃できる位置関係だ。
「さて、こうして情報を提示した理由は、あなたと手を組みたいからです。
僕は、この企てを叩き潰したいと考えています。というわけで、これから僕は、
島中の参加者たちと交渉し、ありとあらゆる方法で、殺し合いを妨害します。
その為には、同盟を結成しなければならない。まず、あなたの力が必要です。
あなたは気絶させられていた。現在の状況に、何の不安もないとは思えない。
こうして話してみた印象からして、僕を殺したいと思っているようでもない。
利害は一致しているはずです。違いますか?」
不思議な男だ。善人のようにも悪人のようにも見える。信じるのも疑うのも難しい。
麗芳は、迷った末に、その迷いを正直に伝えることにした。
「違わない。でも、お互いに、信用できるっていう証拠がないんじゃない?」
「共通の敵が、あなたと僕とを結束させてくれるように祈るばかりですね。
そもそも今も、あなたを怒らせたら、僕は死ぬかもしれないわけですから」
緊張感のない言い方だったが、仮面の男が危険な賭けをしているのは事実だった。
太白さまみたいな話し方だな、と麗芳は思う。太白というのは、彼女のよく知る
天界のお偉いさんで、舌先八寸だとか五枚舌だとか言われて親しまれている二枚目だ。
「……そうね。とりあえずは、できる範囲で協力し合いましょう」
そう言って麗芳が微笑むと同時に、謎の轟音が響いた。思わず二人は身構える。
「何だ? 今のは」
「さあ? 何だか判んないけど油断は禁物ね。えーと……あんた、名前は?」
「エドワース・シーズワークス・マークウィッスルといいます」
「うわ、長い名前……憶えにくいし、舌噛みそう……」
「EDと呼んでください。どうぞよろしく。で、あなたの名前は?」
「李麗芳よ。麗芳でいいわ。よろしくね、EDさん」
しばらく待っていると、今度は謎の声が聞こえてきた。
『皆さん聞いてください、愚かな争いはやめましょう、そしてみんなで生き残る方法を考えよう』
二人は顔を見合わせたが、声に続く銃声と悲鳴を聞いて、口を閉ざした。
「あれはピストルアームの発射音でした。この島にも、あれが存在しているとは……」
「何なの、そのピスなんとかって? とにかく物騒な武器だってことは想像つくけど」
二人は食事をしながら情報交換をしていた。麗芳は常人の倍くらい食べていたが、
あえてEDは指摘しなかった。賢明だ。
これでも麗芳としては、ものすごく食欲が落ちている状態だったりするのだが。
二人とも、教えても無害そうな情報は隠すことなく話している。当たり障りのない
話題から語っているのは、序盤の会話を、その後の判断材料にできるようにだった。
自己紹介。自分のいた世界について。竜について。魔法と術について。
EDが一通りの情報を話し終わった後で、麗芳が情報を教える。そういう順番だ。
「まずは信用を得るのが第一ですからね。僕は、あなたを信用できると判断しました」
などとEDが主張したからだ。おかげで麗芳は、隠し事をしづらい気分になった。
情報交換は順調に進んだ。どれもこれも、互いにとって驚くべき内容の連続だった。
魔法や術に関しては二人とも専門家ではないこと、故に呪いの刻印をどうにかする
手段がないこと、麗芳の能力に制限がかかっているらしいことなどが確認された。
二つのデイパックが二人の手で開けられ、ランダムに渡された道具の把握も済んだ。
次の話題は、この島にいる知人について。
EDは躊躇なくヒースロゥのことを説明し、最後にこう言った。
「あいつなら、ちょっとやそっとのことで殺されたりはしないでしょう」
少し悩んだが、結局、麗芳は妹や知人について詳しく話した。
「神将の二人は、そう簡単には死なないと思う。でも、淑芳ちゃんは腕力ないし……
術の力が封じられてたりしたら、ただの運動オンチになっちゃうから……」
藤花のことも教えた。夢に見ていた会話についても、できるだけ正確に伝えた。
「もう一度、彼女に会って、事情を話してもらいたいの」
そう言って遠い目をする麗芳に、EDは小さく頷いてみせた。
「“人間にとって最大の快楽とは未来を視る瞬間にある。そのとき人は世界すら
征服したような気がするものだ”――か。偶然なのか、それとも必然なのか、
その少女は、どうやら“霧の中のひとつの真実”について何か知っているらしい。
個人的にも興味がわいてきましたよ。ああ、ぜひとも会ってみたい」
さらに次の話題は、今後の行動について。
「次の放送が終わったら単独行動しましょう。ここを拠点にして、仲間を探すんです。
そして、第三回の放送が始まる頃に、この場所で合流したいと思います」
「え? どうして? なるべく一緒にいた方が良いんじゃないの?」
「皆殺しを目的にする場合、最も厄介なのは同盟です。放っておけば、どんどん人数を
増やし、手がつけられなくなる。単独行動している敵を後回しにしてでも、早めに
始末しておかなければならない。――だから、集団行動をしそうな者から狙われます。
二人組など、『他の誰かが加盟する前に襲ってくれ』と言っているようなものです。
同盟を結成するなら、一気に何人も集めないと危険なのですよ。手分けして仲間を
探し、一斉に集めるんです。合流した時点で、まだ戦力が足りないようなら、また
手分けして仲間探しを再開しましょう。異議はありますか?」
「ある。それでも襲われるかもしれないじゃない。わたしはともかく、EDさんは
襲われたら殺されそうじゃない。そんなのダメよ」
「僕は、あなたほどタフじゃありません。間違いなく足手まといになりますよ。
僕が休憩したいと言ったせいで、妹さんが襲われている場所への到着が遅れたり
したら、麗芳さんは僕を嫌いになってしまうでしょう?」
「そんなこと……」
ない、とは言いきれなかった。うつむく麗芳に、EDが声をかける。
「気にする必要はありませんよ。なにしろ、僕らは仲間なんですから。ね?」
――こうして麗芳は、EDの奇妙な冒険に巻き込まれた。
【B-7/湖底の地下通路/1日目11:30】
『反戦同盟エドレイホウ』
【エドワース・シーズワークス・マークウィッスル(ED)】
[状態]:健康
[装備]:仮面
[道具]:支給品一式(パン5食分・水1700ml)、手描きの地下地図、飲み薬セット+α
[思考]:同盟の結成(人数が多くなるまでは分散する)/ヒースロゥ・藤花・淑芳・鳳月・緑麗を探す
[行動]:第二回放送後から単独行動開始/第三回放送までに麗芳と合流
[備考]:「飲み薬セット+α」
「解熱鎮痛薬」「胃薬」「花粉症の薬(抗ヒスタミン薬)」「睡眠薬」
「ビタミン剤(マルチビタミン)」「下剤」「下痢止め」「毒薬(青酸K)」以上8つ
【李麗芳】
[状態]:健康
[装備]:指輪(大きくして武器にできる)、凪のスタンロッド
[道具]:支給品一式(パン4食分・水1500ml)
[思考]:淑芳・藤花・鳳月・緑麗・ヒースロゥを探す/ゲームからの脱出
[行動]:第二回放送後から単独行動開始/第三回放送までにEDと合流
保守
森の中で、四人の女性が車座になっている。
その内の一人、金髪の女――ダナティアが、目を閉じたまま口を開いた。
「……移動を始めたわ。どうやら西へ向かうようね。
これ以上はこっちも移動しないと姿を追えなくってよ」
そこで一度言葉を切り、ダナティアは目を開けた。そして改めて問いかける。
「テッサ、どうするつもりでいて? 追うのか、それとも避けて移動を続けるのか」
テッサはその言葉に対し、自分の選択を話そうと口を開く――。
時刻は少し遡る。
平野部を誰とも遭遇する事無く抜けた四人――ダナティア、テッサ、リナ、シャナは、
森に入ってすぐに小休止をとっていた。
ダナティアは透視で周囲の確認をしていたのだが、しばらくして二人の少年を発見した。
一人は、全身を黒の服で覆った小柄な童顔の少年。
もう一人は、頬の十字傷が目立つ短髪の少年だった。
距離は自分の透視の限界、三百メートル近くまで離れている。すぐに接触することはないだろう。
特に警戒する必要はないと思いつつダナティアが報告すると、
「……まさか、サガラさん……?」
ただ一人顔色を変えたテッサが言うには、頬傷の少年は探している相良宗介らしい。
他に特徴を聞いても、全てが合致していた。
しかし、どうやらすぐに会いにいける状況ではなかった。
その理由は、
「何で罠を仕掛けて回ってんの? まさかゲームに乗ってるんじゃないでしょうね」
そう問いかけるリナに対し、テッサは答える。
「彼はプロの傭兵です。見かけ通りの少年ではありますが、幼い頃から戦場で過ごしてきたと聞いています」
「あっそ。でもそれにしたって、罠を仕掛ける理由にはならないわ。あんたのこと探してるんじゃなかったの?」
「それは……」
口ごもりつつ、テッサは思う。
――サガラさんは、私や、かなめさん以外の人を殺すつもりなのかもしれません……。
しかしテッサは、それを口には出来なかった。
宗介の真意は解らないが、自分が関わりを持った人間と敵対させることだけは避けねばならない。
共同して脱出のために動いてくれればいいが、もし互いに争えばどちらもただではすまないだろう。
「ちょっとテッサ。何とか言いなさいよ」
「あ、は、はい、えーっとですね……」
誤魔化しの相槌を打ち、そして考える。
もしこの機を逃してしまえば、再び宗介を見つけるのは至難の業だ。
ならば選択肢は一つしかない。
そのはずだが、
――皆さんの迷惑になるようなことを……。
ここで宗介と会うために移動すれば、ベルガー達との合流までにさらに時間がかかるだろう。
ただでさえここまでの道のりで自分一人が遅れていたというのに、これ以上面倒を掛けて良いのか。
でも、と思う。
どうせ足手まといの自分ならば、ここで別れた方が良いのではないか、と。
――ごめんなさい、ベルガーさん。
自分をここから逃がすと約束してくれた男を思い出し、胸が詰まる。
彼の言葉を裏切るようなことを、自分はしようとしているのか。
――違います。絶対に、違います……!
見ず知らずの人間にただ頼るよりは、自分を良く知る宗介と共に行動した方が良いはずだ。
そうすれば、脱出への道も開けるかもしれない。
唐突に、思考に割り込む声が聞こえた。二人の動きを追っていたダナティアが口を開いたのだ。
「また移動を始めたわ。どうやら西へ向かうようね」
西。それは自分達の移動先とは反対方向だ。
「これ以上はこっちも移動しないと姿を追えなくてよ」
そう付け足すダナティア。
テッサとダナティアの目が合った。
厳しさを含んだ視線と共に、ダナティアは問いかける。
「テッサ、どうするつもりでいて? 追うのか、それとも避けて移動を続けるのか」
答えはもう決まっている。
「――私はサガラさんと合流します。ですから、ここで皆さんとは別れましょう」
言葉の内容がもたらす沈黙は、しかしテッサ自身の声ですぐに打ち破られる。
「彼に同行している方は存じませんが、手を組んでいる以上私を殺すことはないと思います。
ですからここで別れましょう。私は、皆さんにとって足手まといですし……」
最初に言葉を返したのは、意外なことにシャナだった。
「いいんじゃない? 私だって、悠二を見つけるまでのつもりで一緒にいたんだもの。
好きにさせてあげれば?」
「そうね。あたしらみたいな行きずりの仲間よりは、その男のが信頼出来るでしょ。
テッサを守れる実力があるんだったらなおさらね」
そうリナが追従した。
残る一人、ダナティアは――
「……駄目ね。行かせられなくってよ」
「ど、どういうことですか!?」
思わず声を荒げるテッサ。
「信頼出来ないのよ、その相良宗介という男が。
彼を『視』続けていて解ったのだけれど、罠の仕掛け方が容赦無いわ。
あれは命を奪うための罠。ただ単に行動を妨げるようなものではなくってよ」
「ですから、彼は傭兵で――」
「人を殺すのが当たり前だからそうしているだけだ、とでも言いたいの?」
テッサは、何も言えずに口を閉じた。
「……あたくしに関わった人間には死んでほしくないの。
エゴと言われようとも、あたくしは可能な限り大勢で脱出するために行動するわ」
わずかな間を置き、ダナティアがまた口を開いた。
「――つまり、あたくしは仲間を増やそうと思っているのよ」
「え、ダナティアさん? それって……」
三人の顔に浮かぶ疑問符を無視し、ダナティアは続けた。
「テッサ、あたくしも同行いたしますわ。リナ、シャナをよろしく」
「ちょっ、待ちなさいよ……」
「テッサ、携帯電話をシャナに渡して。あたくしの透視があれば合流は難しくないわ。
それとそのデイパックも渡しなさい。ベルガー達がどうなっているか解らないから――」
「――ダナティアッ!!?」
大声を上げるリナに向けて、ダナティアは一言だけを返した。
「リナ、順番を間違えてはならなくってよ」
その言葉を受けたリナの息が詰まる。
心を読んだのではないか、というダナティアの言葉に、
「……わぁったわよ、この巨乳タカビー女王様」
そう罵声を返した。
話し合いの結果、リナとシャナは携帯電話を持ってベルガー達と合流。
ダナティアとテッサは、相良宗介と合流後にC−6へ移動することに決まった。
ダナティアは二人に罠に充分注意するように、テッサには聞こえないようにして告げた。
そして、四人は二手に別れて歩き出す。
暗雲が立ち込める空から、既に水滴が落ち始めていた。
「……降り出したか」
「もし学校に人がいたら、これで外には出なくなりますね」
「肯定だ」
段々と強まる雨の中、二人の少年――正確には片方は少女なのだが――が歩いている。
宗介とキノは、最小限の会話のみを交わしていた。
元々が無口な二人なので、当然と言えばそうかもしれない。
雨が木の葉にぶつかる音が、絶え間無く響いている。
そんな中、宗介は異音を耳にした。
自分達の足音と、雨の音以外の音。それは、ぬかるむ道を駆ける音だ。
かすかに聞こえた音をキノへ知らせようとするが、彼は既に足を止めていた。
「……聞こえましたか?」
「肯定だ。ひとまず索敵を」
ゆっくりと体勢を低くし、手近な木に背を預ける。何も言わずともキノは反対側に回った。
降りしきる雨の中、目を凝らすと、
――金髪の女か。それに、もう一人いるか?
目立つ髪をしているな、と思いつつ銃を取り出す。
「二人こちら側から来ている。他方向への警戒を怠るな」
「解ってますよ」
金髪の女に比べ、もう一人はやや小柄だ。
白い変わったデザインの服を着たそれは、三つ編みを揺らしてこちらに駆けてくる。
近づくにつれはっきりとなるその人間の正体は、
――あれは、いや、彼女は、まさか……!?
宗介の戸惑いは、それが近づくごとに大きくなっていく。
そしてそれが、間違い無く彼女であると気づいた時、
「サガラさぁーんっ!!」
――何故、今来られるのですか……大佐殿……。
宗介は、苦悩を心中でのみあらわにする。
千鳥かなめを救うための殺人行。その覚悟を決めた宗介にとって、
恐れ、しかし無視していた最大のイレギュラーが遂に訪れてしまった。
【E−5/森林部/一日目・13:30】
『二人の唯我独尊』
【リナ・インバース】
[状態]:平常。わずかに心に怨念。
[装備]:騎士剣“紅蓮”(ウィザーズ・ブレイン)
[道具]:デイパック×2(支給品一式)
[思考]:仲間集め及び複数人数での生存。管理者を殺害する。
【シャナ】
[状態]:平常。体の疲労及び内出血はほぼ回復
[装備]:鈍ら刀
[道具]:デイパック(支給品一式) 携帯電話
[思考]:今はリナに同行。悠二を見つけたい。
[備考]:内出血は回復魔法などで止められるが、体内に散弾片が残っている。
手術で摘出するまで激しい運動や衝撃で内臓を傷つける危険有り。
[チーム備考]:罠に注意しつつC−6へ移動。ベルガーたちと合流する。
【D−4/森林部/一日目・13:50】
『目指せ建国チーム』
【ダナティア・アリール・アンクルージュ】
[状態]:左腕の掌に深い裂傷。応急処置済み。
[装備]:なし
[道具]:支給品一式(水一本消費)/半ペットボトルのシャベル
[思考]:群を作りそれを護る。シャナの護衛。
[備考]:ドレスの左腕部分〜前面に血の染みが有る。左掌に血の浸みた布を巻いている。
【テレサ・テスタロッサ】
[状態]:森林部の移動でやや疲労
[装備]:UCAT戦闘服
[道具]:デイパック(支給品一式)
[思考]:宗介に会えて嬉しい。
『殺人聖者と師を超えし者』
【キノ】
[状態]:通常 。
[装備]:カノン(残弾無し)、師匠の形見のパチンコ、ショットガン、ショットガンの弾2発。
:ヘイルストーム(出典:オーフェン、残り7発)、折りたたみナイフ 。
[道具]:支給品一式×4
[思考]:最後まで生き残る。 /行動を共にしつつも相良宗介を危険視。
【相良宗介】
[状態]:健康。
[装備]:ソーコムピストル、コンバットナイフ。
[道具]:荷物一式、弾薬。
[思考]:突然出てきたテッサに困惑。/かなめを救う…必ず /行動を共にしつつもキノを危険視。
「つまり、クリーオウ、ボルカン、キーリ、ハーヴェイ、この4名は確実に安全ということか」
宮野は先頭を歩きながら聞く。
『ハーヴィーはほっといても死なんな、だがキーリはただの女の子だ。こちらは早く頼む』
「クリーオウは何かしでかさないか心配だ、できるだけ早く合流したい。
ボルカンは叩っ殺しても死なねぇだろ、これは放っておいていい」
放送の後、3人プラスαはぶらぶらと歩きながらお互いの探し人や、今まで起こってきたことの確認をしていた。
すると突然オーフェンのポケットがもごもごと動き、中から青いものが飛び出した。
『ぷぁっ。俺が人の道について語っている時に、いきなりひっつかんで暗く狭い場所に押し込む。
思うにこれは逮捕監禁罪ということで、お前さんは10年ほど牢屋に入ってみてはどうか、意外と穏やかな人生が送れるかもしれん』
ポケットから飛び出てきたスィリーが、オーフェンの周りを浮遊する。
「だから出てくるなっつーの、お前がいると余計混乱するんだよ……」
「あら、そうですわ、先ほどはすっかり忘れていましたが、そちらの青い妖精のような方は一体」
茉衣子は興味津々なようで、スィリーを両手で包み片手に乗せる。
「驚かないのかね? 茉衣子くん、兵長どのを見た時は茉衣子くんらしからぬ反応だったというではないか」
「それはそれ、これはこれですわ、班長。わたくし一度妖精というものに会ってみたかったのです。
わたくしは可愛らしいものが大好きなのですわ、お名前は何と?」
『スィリーさ、好きに呼んでくれても構わないが』
茉衣子の手の中で答える。
「スィリーさんですか。参加者にその名前はありませんでしたから、支給品、なのでしょうか」
「おそらくそうだろう、エンブリオや兵長どのの様な支給品もあることだしな、だが本当に妖精か?」
『妖精じゃなくて精霊。似ているようで埋めがたい溝が存在する間柄だと思う俺』
茉衣子の手のひらから飛び立ち、3人のやや前方で浮遊しながら言う。
『俺がいた世界では幽霊なんて別に珍しくも無かったけどな、だが妖精は見たこと無いな』
『けけっ、幽霊も妖精もいてもおかしくはなかったぜ、なんせ死神がいるくらいだからな』
茉衣子と宮野の胸元からそれぞれ声がする。
「っと、話が逸れちまったが、状況の確認をしておきたい」
目の前に浮いているスィリーを摘まんで横に放りだす。
『ここでも俺は邪険に扱われているような兆しを見せ始めたのは気のせいでは無いと公言しておく』
オーフェンの付近ではまた摘ままれると思ったのか、スィリーは茉衣子の左肩に座り込む。
「そうだな、先ほどの続きになるが、逆に危険人物はキノという少年、マージョリー・ドーという女性、小早川奈津子という女性か。
その小早川なる人物だが、私は一度会っているかもしれん、あまり良い思い出では無いが」
宮野の台詞の後、オーフェンは手で額を押さえ、首を振りながら呟く。
「俺もだ……、今は灰色の変なきぐるみを着てるからな、すぐ判るはずだ。
その時に佐山御言っつーエラそうなヤツと、詠子って言う女の子もいたな」
「佐山御言? なるほどな! オーフェンどのは彼奴に会っていたか」
「知ってるのか?」
「我々が休憩した小屋に、彼の残した食料と自己主張の激しすぎるメモ書きがあってな、それを読んだだけだ」
しかし、残されていたのは佐山のメモと、物語。
「あいつらもここから出る方法を捜してるっぽかったな。
今ふと思ったんだが、お前ちょっと佐山御言に似てねーか? 容姿っつーより物腰か」
言いながらオーフェンは宮野の上から下までを改めて見る。
「何? それは良くない、実に良くないな! オーフェンどの!
そこに明確な悪が存在するというならば、私は何一つ迷うことなく善の側の戦士となり、
悪の手先を千切っては投げ千切っては投げの大立ち回りを演じるであろう。私としてはその少女というのが気になるのだが……」
宮野はデイバックから参加者名簿を取り出し確認する。
「ヨミコ、というのは恐らくこの十叶詠子くんのことであろう」
「どうしてその方が気になるのですか? まさか班長にそんな趣味があるとは知りませんでしたわ」
「何を勘違いしているのかね? 茉衣子くん。その少女の言動について思うところがあるというのだ」
「どうでしょうか。まぁ、班長がどのような女性に興味を持たれてもわたくしの関知するところではありませんけど」
肩をすくめながら、何故か最後の方を少し早口でまくしたてる茉衣子。
2人のやり取りを眺めた後、オーフェンは思い出したように、
「確かにちょっと変わってる感じはしたな。そういや、良く解らねぇけど本性解読とか言ってたか……。
あいつによると俺は"二つ目の刀子"ってことになるらしい。何で解ったんだろうな」
「本性解読か、まるで魔女の様な少女だな! いやはや、一体私はどんなカタチをしているのか」
宮野は腕を組み、深くかぶりを振る。
「その方に見てもらう必要もありません、きっと曲がりくねった盆栽か何かですわ」
「つまり気高く活き活きとしているということか! さぞ美しい盆栽なのであろうな、老後の趣味にしたいものだ」
老後の人生設計でもしているのか、宮野は顎に手を当て考え込む。
「それにしても悪役と魔女か、全く解り易い構図をしてくれる。いずれ相対することになるだろう。
その時こそ悪役と魔女は年貢の納め時であると、ここに宣言しておく。
それまでは毒にでも薬にでもなってもらうとしよう。我々は我々で仲間を保護して脱出の道を」
「あぁ、そうだな」
(一番用心しなきゃいけないのは見た目ヤバそうなヤツじゃないけどな)
とオーフェンは独りごちる。が、不意に何かに気付き周囲を警戒する。
「宮野、森を抜けた所に白い服のヤツがいる、女……の子だな」
オーフェンの警告を受け、身を隠すのかと思いきや宮野は意外な行動に出る。
「案ずることは無いぞ!そこな娘っ子よ!
我々はこのケッタイなゲームから脱出しようという目的を持つ、正義の魔術師なのだ!
キミも良かったら我々の同志にならんかね?」
「班長、いきなり声をかけるとはどういう了見でしょうか。
先ほどの放送はお聞きになったでしょう? もう既に30人を超える方々が亡くなっているのです。
ということは、それに近い殺人者が潜んでいる可能性がありましょう?
もしかしてお忘れになったのですか? それとも聞いていなかったのでしょうか?
でしたらやはり班長の脳ミソの中にはホンモノの代わりに蟹ミソでも詰まってらっしゃるのでしょうね」
突然の宮野の奇行に、即座に非難の声をあげる茉衣子。
まず「いきなりか」という思いに駆られつつも「正義の」というフレーズに多少の違和感を覚え、
(まあ、なるようになるか)
と、二人の掛け合いを聞きながらオーフェンは苦笑するのだった。
【黒色スリーとメカ娘】
【D8/海岸/一日目/12:40】
【しずく】
[状態]:右腕半壊中。激しい動きをしなければ数時間で自動修復。
:アクティブ・パッシブセンサーの機能低下。
:メインフレームに異常は無し。
:服が湿ってる。
[装備]:エスカリボルグ
[道具]:デイパック一式。
[思考]:火乃香・BBの詮索。かなめを救える人を探す。
【宮野秀策】
[状態]:好調。
[装備]:エンブリオ
[道具]:デイパック一式。
[思考]:刻印を破る能力者、あるいは素質を持つ者を探し、エンブリオを使用させる。
:この空間からの脱出。
【光明寺茉衣子】
[状態]:好調。
[装備]:ラジオの兵長。
[道具]:デイパック一式。
[思考]:刻印を破る能力者、あるいは素質を持つ者を探し、エンブリオを使用させる。
:この空間からの脱出。
【オーフェン】
[状態]:好調。
[装備]:牙の塔の紋章×2
[道具]:給品一式(ペットボトル残り1本、パンが更に減っている)、獅子のマント留め、スィリー
[思考]:クリーオウの捜索。ゲームからの脱出。
勘違いが解け、お互いにゲームに乗る気がないこと、探している人物がいることを確認し合った後。
佐山の知り合いらしい藤花も含めて、ハーヴェイは二人と情報交換をしていた。
「……風見?」
「この槍がそう言ってた」
そう言って佐山に槍もどきを見せる。コンソールには、『ヨバレタヨ!』と言う文字が表示されていた。
ここまでどうやって飛んできたかを説明していたのだが──どうやら、屋上にあった死体が佐山の知り合いだったようだ。
槍も“カザミ”の得物らしい。
「その死体の外見を教えてくれないかね?」
「…………髪が肩の前後まではあったはず。たぶん、あんたと同じくらいの年だった」
「……」
表情をわずかに硬くして佐山が黙り込む。その隣では、藤花が二人を不安そうに見つめていた。
「……ならば、私は屋上に行って死体を確認してくることにする。君達は、どうするかね?」
「私も行きます! ハーヴェイさんも──」
「俺はいい」
用意していた答えを伝える。
今は一刻も早くまともな武器を調達して、キーリを捜したかった。
二人には悪いが、奇言を弄する少年とごく普通の少女といても捜索がはかどるとは思えなかった。
「あんたらの探している奴にあったら伝えとく。じゃ」
言い終る前に、彼らに背を向けて歩き出し──
「待ちたまえ」
「なに」
なぜか、佐山に呼び止められてしまった。
「先程も言ったが、その槍は私の知り合いが所有していたものでね。返却してくれると有り難いのだが」
「嫌だ」
「実に簡単明瞭な回答に感謝する。だがそれは少々困るのでね。この銃器と交換ではどうだろう」
そう言って、彼は手に提げていた銃をこちらに見せた。
──大口径のリボルバー。これなら、失った炭化銃の代わりは十分に務まるだろう。
「……わかった」
「有り難う。では、縁があればまた会おう」
「ああ」
槍を渡し銃を手に入れ、ふたたびハーヴェイは歩き始めた。
「きれい……」
白い砂浜の向こうには、白い雲の空と相対するような青い水の大地が広がっていた。
本の中でしか見たことのなかった光景に、キーリは思わず溜め息をついた。
「海、見たことなかったの?」
「うん。私の住んでるところには流砂で出来た海しかなくって。……すごいなぁ、ほんとにこれ、水なんだね」
砂を濡らす波にそっと手を伸ばす。ひんやりとした感覚が、指から伝わった。
元いた世界にあった<砂の海>とはまったく違う。これが本当の“海”というのだろう。
──延々と続く流砂の海。
あの海の終着点に、亡き母は眠っている。
「キーリ?」
「……あ、ごめん。ちょっといろいろ思い出してた」
由乃に呼びかけられて現実に戻る。……海に見とれていられる状況ではない。
「行こう。早くみんなを捜さないと。私はまだいいけど、由乃にはもう時間がないし」
「……うん」
顔を曇らせながら、しかし力強く由乃は頷いた。
──先程の放送で、由乃の友人が一人呼ばれてしまった。
元軍人のハーヴェイや、黙っていればただのラジオである兵長はまだしも、由乃の知人達はみんな普通の女の子だ。
戦う力はなく、いつ殺されてもおかしくないのだ。──現に、由乃は開始数分で殺されてしまっている。
それに加えて、由乃は17:00には消えてしまう。それまでに彼女らを探さなければならなかった。
「後、あの男の人の言ってた人たちもやっぱり探したいの」
「私みたいに、誰かに会えずに死んじゃったんだよね……。
名前しか知らないから、積極的に探すことは出来ないけど──あ、キーリ! あっちから誰かが……」
──言われて由乃の指さす方を見ると、北西の平原の方から、誰かがこちらに向かって歩いてくるのが見えた。
「……」
スタンガンを振って棒を伸ばし、握りしめる。
いきなり攻撃してこないとはいえ、殺し合いに乗っていないとは限らない。
実際に戦う技術は持っていないし、戦えそうな外見もしていないが、警戒ぐらいはしてくれるだろう。
もし本当に乗っている人物だったなら、普通の少女である自分にはまったく打つ手はないのだが。
(どうか、ちゃんと話せる人でありますように……)
神さまにではなく、幸運に祈った。
人影は、立ち止まることなく歩いてくる。
だんだんと、外見もはっきり見えてきた。
──赤っぽい色の髪の長身。濃灰色のハーフコート。ぼろぼろになっている左腕。
「…………ハーヴェイ?」
「え、あの人が、キーリの探してる人?」
あの、赤銅色の髪を見間違えるはずがない。
彼は右腕がないはずだが、そんなことは気にならなかった。
「ハーヴェイっ!」
「あ、ちょっと待ってよキーリ!」
由乃の声も気に留めず、気づいたときには足が勝手に動き出していた。
森を抜けて平原を歩き、そして今度は森に沿って歩く。離れすぎると禁止エリアに引っかかってしまう危険があった。
途中には廃屋があったが、期待していた人物はいなかった。
「曇ってきたな」
この分だといつ雨が降り出してもおかしくない。
雨くらい不死人にとってはどうでもいいことなのだが、濡れるのは面倒だった。
(普通の奴らは雨を避けてどこか建物に逃げ込む。あの小屋で待機した方がよかったか……いや)
戻る時間と何もせず待機している時間が惜しい。
このまま歩いて、地図に載っていた城か櫓に向かった方がいいだろう。
少し迷った後櫓の方のルートを選び歩いていくと、間もなく青い海が遠目に見えてきた。
「……海か」
流砂ではない、水の海。
とくに驚きも興味も湧かない。あの液体子爵と比べたらどうでもいいレベルだ。
──そしてそのまま歩き続けていると、砂浜に二つの人影が確認できた。
「……」
警戒を強めつつ、立ち止まらずに歩き続ける。
そこにいたのは、二人の少女。だが、外見がどうであろうと、油断は出来ない。
──と。少女の一人がこちらに向かって走り出してきた。
「…………あ」
距離が近づくにつれ明らかになる少女の顔を見て、気づく。
────かなり成長して感じが変わっていたが、間違いなく、キーリだった。
「ハーヴェイっ!……わっ」
彼女はそのまま砂浜を走り──そして転んだ。握っていた棒が手から転がり落ちる。
「……」
無事見つかったことを内心で安堵しつつ、あきれを含んだ溜め息をつく。
見たところ怪我はない。何とかこの半日を無事に過ごせたようだ。
(あの幽霊は……また何かに首つっこんだのか)
転んだキーリに駆け寄ろうとするもう一方の少女は、どうやら幽霊のようだ。
こんな状況だ、どうせ知り合いを捜してくれとでも言われて憑かれたのだろう。
(まぁ、どうでもいいか)
再会できただけでも幸いだ。
そう結論づけて、ハーヴェイはふたたびキーリの方へと歩き出した。
思えば、ここで気を抜いてしまったのが間違いだった。
「転ぶくらいなら走るなよ。別に俺逃げるてるわけじゃないし」
「だってっ……! やっと会えたし、嬉しかったから……、あ、その腕大丈夫なの? 義手も何か直ってるし」
「左腕は色々あってこうなった。こっちはもともと壊れてないけど?」
「え、でも……」
無事に再会できた二人の会話を、由乃は少し離れたところから聞いていた。
(……いいなぁ)
寂しさを含んだ笑みが、自然にこぼれる。
(私も、生きて令ちゃんと会いたかったな……ううん)
このかりそめの身体をもらうことができただけでも幸運なのだ。
彼女に、言葉を伝えられる可能性が出来ただけでも。
(祐巳さんや志摩子さんは、大丈夫かな……)
──祥子の死を知ったときには、目の前が真っ暗になった。
彼女ももう、元の生活には決して戻れないのだ。そして多分、自分のような幸運には見舞われていない。
(二人もきっと悲しんでる。私が祥子さまの分まで励ましてあげないといけないんだ)
残り時間はあと四時間を切っている。
それでもなんとか、彼女らと会って話がしたい。ここにはいない大切な人に、自分の口から伝言を頼みたかった。
「──あれ?」
再び固く決意した後、ふたたびキーリ達の方へとふたたび歩き出そうとして──何か、奇妙なものが目に入った。
「……糸?」
──銀色の細い糸。
それは海の反対側にある、近くの森の中から伸び、
「────っ!」
二人が気づいたときには、もうそれはハーヴェイの首に巻き付いていた。
とっさに彼は、銃口を森に向けて引き金を引き──
「が──ぁっ」
「ハーヴェイ!?」
「あ……」
声すらまともに出せずに、倒れた。銃は義手からこぼれ落ち、放たれた弾丸も地面を穿つだけに終わった。
「ハーヴェイ、やだ、ハーヴェイっ……」
倒れたハーヴェイと彼にすがるキーリを、ただ呆然と見る。映像だけが頭の中を駆けめぐる。
彼の鋭い視線の先には、黒衣を着た隻腕の男がいた。
「やはり、先程の男か。何故生きている? …………いや、そういうことか」
男は何かつぶやきながら、こちらへと近づいてくる。
「何故生きている、か。そんな質問は奴がいるここでは愚問だったな」
男が更に近づく。
キーリは変わらず泣いている。ハーヴェイは未だ倒れたままで、生きているかすらわからない。
ただ自分だけが、呆然と立ちすくんでいる。
────状況をやっと理解できると、男に対する怒りが一気に湧き上がった。
「ぅああああああああああああっ!」
後先考えずに男に向かって走る。
男の方は顔色も変えずに、身体をずらしてただ足を蹴り出すのみ。
「ぁぁぁぁああああっ!」
「──!」
そして、男の足が由乃の身体をすり抜け、由乃の伸ばした腕が男の身体をすり抜けた。
「このぉっ! 当たれええっ……!」
それでも、繰り返し繰り返し男に向かって突進する。
しかし、当たらない。
「お前は何だ? 幻影……精霊、か? ……まぁいい」
男はしばし訝しんだが、無視してふたたび二人の方へと歩き出し──ふたたびその足を止めた。
「……」
その視線の先には、震える両手で銃を男の方に向けているキーリがいた。
恐怖と銃器の重さに耐えながら、ただ歯を食いしばって、涙目で男をじっと睨んでいる。
「忠告しておこう。その系統の武器は、使い慣れていない者でなければまず当たらない」
「…………っ!」
男の言葉にキーリの表情が一瞬消える。が、すぐにまた男を睨み返した。
(そうだ、あの棒なら!)
スタンガンのようなものだとキーリは言っていた。あれなら使える。
思いついたときには、足が砂浜を蹴っていた。
そして一気にその棒のところに駆け寄り────
「……!」
掴めない。
いくら手を伸ばしても、感触はない。
砂の地面が叩かれ、砂塵が宙を舞うのみ。
「……」
──だってもう、自分は死んでいるのだから。実体がないのだから。
そんなことは、さっきからわかっていた。
わかっては、いた。
それでも、何もせずにはいられなかった。
「う……ぁあ……」
何もできない。
それを痛感してしまい、こらえていた涙が目からこぼれ落ちてしまう。
この状況を打開できる術など、自分もキーリもまったくもっていなかった。
──そして、キーリの首筋に銀色の糸が巻き付いた。
「娘、一つ質問をしよう。──お前に確かなものはあるか?」
「……」
奇妙な質問だった。
──確かなもの。
そんなものが、このゲームの中にあるわけはなく。
キーリはしばしあっけにとられた後──再び表情を引き締めてこう言った。
「…………そんなもの、ない。神さまだっていないのに、そんなもの、あるわけがない。
……でも。でも、私は生きたいって思ってる。 ハーヴェイと一緒に、ここから出たいって思ってる!
その私の意思だけは確かで、信じられる!」
「……そうか。ならば、俺はその意思を奪うとしよう」
そして男の言葉と銃声が、由乃の耳に入った。
「……」
目を見開いたまま死んでいる少女を、ただ石でも見るかのようにウルペンは眺めていた。
何の偶然も起きないまま、弾丸は彼を大きくはずれ、そして彼の念糸は彼女から命を奪った。
(この娘は契約者ではなかったか)
この男と旧知の仲だったようなので、あるいは、と思ったが。
「…………の……」
「念糸の威力を抑えたのは俺だ。偶然ではない」
まだ意識を保っている──いや、保てるように威力を抑えた──ハーヴェイに向かって言う。
あのとき自分は、確かに彼にとどめをさしたはずだ。なのに、生きている。
考えられることは、ただ一つ。
──契約者。
このゲームの中でアマワと会い、新たに契約を交したのだろう。
奴がなぜ新たに契約者を増やしたのか、そして同じ契約者のミズーはなぜ死んだのかが気になったが、あの未知の精霊の真意など考えても分かるわけがない。
ともかく現時点では、彼はアマワによって生かされているのだろう。
だから今は、死と喪失だけが人に約束された唯一のものだと、彼に理解させてやるだけにした。
……少し離れたところでは先程の奇妙な少女が呆然と座り込んでいたが、こちらも無視していいだろう。
物質を透過する謎の力は危険だが、自身の攻撃も透過してしまうのならば無害だ。放っておけばいい。
「……ろ……、や……」
とぎれとぎれに紡ぐ言葉は聞き取れないが、意味はその殺意に満ちた眼から理解できた。
その眼を見て、苦笑する。確かなものなど、なにもないのだ。
「奴に伝えておけ。必ず俺が答えを────!」
言い終わる前に、咄嗟に身をよじった。
ほぼ同時に、銃声。熱い空気が頬をかすめた。
──彼の義手だけがまるで別の生き物のように動き、落ちていた銃を回収してその引き金を弾いていた。
舌打ちしつつ二発目が来る前に義手を蹴り上げ、銃を手放させる。
(……いくら手加減したとはいえ、行動不能に陥る程度には攻撃したはずだ)
なのに、落ちていた銃を回収し、こちらに向けて発砲して見せた。
銃は確かに、彼の手が容易に届く範囲にあったが……それでも、不可解だった。
──ならば、考えられることは。
「アマワめ……!」
思わず、口に出して叫んだ。
やはり、まだこの男は殺せないようだ。契約者を殺すには、舞台を整える必要がある。
「……せいぜい、奴に飽きられないようにするんだな」
「がっ────」
ハーヴェイの腹部を蹴り上げ、気絶させる。
銃も離れたところへと蹴っておいた。左腕もなく右手も使えないこの状態では、念糸と脚以外は使えない。
──そしてふたたび、顔も知らぬ女と異形の怪物を追い求め、ウルペンは歩き出した。
【キーリ 死亡】
【残り 79人】
【F-6/砂浜/1日目・13:30】
【島津由乃】
[状態]:茫然自失。すでに死亡、仮の人の姿(一日目・17:00に消滅予定)、刻印は消えている
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]:支倉令への言葉を誰か(祐巳・志摩子が理想)に伝え、生き残って令に届けてもらう。
宗介・テッサ・かなめにことづて(内容もキーリから伝えられているかどうかは不明
[備考]:恨みの気持ちが強くなると、怨霊になる可能性あり
【ハーヴェイ】
[状態]:気絶。脱水状態。左腕大破(完治には数時間必要)
[装備]:なし
[道具]:支給品一式
[思考]:ウルペンの殺害
[備考]:服が自分の血で汚れてます。
【ウルペン】
[状態]:不愉快。左腕が肩から焼き落ちている。行動に支障はない(気力で動いてます)
[装備]:なし
[道具]:デイバッグ(支給品一式)
[思考]:参加者の殺害(チサト優先・容姿は知らない)。アマワの捜索
[備考]:第二回の放送を冒頭しか聞いていません。
※超電磁スタンガン・ドゥリンダルテとEマグが海岸に落ちています
【C-6/小市街/1日目・12:50】
『悪役と泡・ふたたび』
【佐山御言】
[状態]:精神的打撃(親族の話に加え、新庄の話で狭心症が起こる可能性あり)
[装備]:G-Sp2、閃光手榴弾一個
[道具]:デイパック(支給品一式、食料が若干減)、地下水脈の地図
[思考]:屋上の死体を確認。詠子を捜索。風見、出雲と合流。地下も気になる
【宮下藤花】
[状態]:健康
[装備]:ブギーポップの衣装
[道具]:支給品一式
[思考]:佐山についていく
「サガラさぁーんっ!!」
テッサが声を上げ、駆け寄ってくる。
今にも転びそうになりながら、雨でぬかるみ始めた地面を走ってくる。
宗介は思わず硬直していた。
(何故……)
問うまでもない。彼女が自分を捜す事は十分に考えられた。
考えるまでもない。彼女が生き残り、自分を捜しているのなら、いつか出会うのだ。
(何故……こんな時に来るのです!? 大佐殿!)
だからこの迷いと焦りに満ちた問い掛けは理不尽だ。
それでも、内心では問わずには居られなかった。
気の置ける仲間達が居れば、こんな事にはなっていなかったのではないか。
例えば、優れた指揮官である彼女と一緒であれば何かが違ったのではないか?
クルツの死は避けようがなかったかもしれない。
だが、無為に人を殺したり、オドーが強敵と一対一で戦って死んだりするような、
そんな選択ではないもっと適切な判断が出来たのではないだろうか。
かなめを人質に取られて5人もの人を殺さなければならない現状が、
何か違う物になっていたのではないだろうか。
(――何を甘えているのだ、俺は)
いつの間にこれほど疲れていたのか。そんな事を考えても意味が無い。
かなめの命が彼の双肩に掛かっている現状も変わらない。
だから、彼女の足下に銃弾を撃ち込んだ。
降り始めた雨の中でも銃声は大きく鳴り響き、早くも出来始めていた水たまりが弾ける。
「サガラさん!?」
「大佐殿、戻ってください。自分はゲームに乗りました。
自分は、大佐殿を殺したくありません」
単純で残酷な宣言。それだけで十分だと宗介は考えた。
「……嘘」
「嘘ではありません」
もし現実を認めずに信じようとしないならば、撃たなければならない。
それだけだと自らに言い聞かせる。
「いいえ、嘘です」
だが、宗介はテッサが断言した事に気づいた。
テッサは俯きも、目を逸らしもせず、正面から宗介を見つめていた。
その瞳には強い怯えが有ったが、同時に確信も宿っていた。
テッサはその確信を宗介へと投げかけた。
「もし、サガラさんがゲームに乗っていたなら、私を帰す理由が有りません。
ゲームの勝者は一人だけ。無力な者も力を得るかもしれない。
今、勝者になる為に動いているなら、サガラさんは最初に私を殺そうとしたはずです」
「……………!!」
もちろん、例外はある。
例えば、愛しい誰か一人を勝ち残らせる為にそれ以外の全ての人を殺し、
その上で自殺する……そういった道も有り得るだろう。だけど……
(サガラさんがその道を選ぶとしたら、それは……それはきっと)
――それはきっと、千鳥かなめの為に選ぶ道。
「俺を惑わせるつもりなら……貴方を撃ちます、大佐殿」
僅かに震えながらも、銃口をしっかりとテッサに向けて食い下がる宗介。
「必要なら、私を殺せるのですね?」
「……そうです」
宗介がテッサを殺せる。それが事実だとすれば、テッサ自身が深く傷つく事。
テッサはそれを――
「それなら、どうしてさっきは撃たなかったのですか!?」
――それを認める事で宗介を返り討った。
「!?」
必要であれば殺せるにも関わらず殺さなかった。
それは勿論、先ほどの状況が必ずしもテッサを殺さずとも良い状況だったという事だ。
ゲームに乗ったと前提するなら、それは有り得ない。
つまり、相良宗介はゲームに乗っていない。あるいは、テッサを殺す事が出来ない。
「サガラさんはゲームに乗っていない」
その二択を、敢えて一方と確定する事でテッサは宗介を追いつめた。
(私は、サガラさんにとって私が殺せない人間であると信じるよりも、
サガラさんがこんなゲームに乗るような人間ではない事を信じたい!)
自らの心に激痛が走るのを感じながら、決定的な問い掛けを突きつける。
「かなめさんに、何かあったんですね?」
相良宗介が殺傷力の高い罠を仕掛け、人を殺そうとしていたのは紛れもない事実だ。
そして、相良宗介にとって殺人はそう大した禁忌では無い事もまた事実だ。
だからといって彼は意味も無く人を殺せる人間ではない。
ゲームに乗る以外にその理由が有るとすれば、誰かに強要された事が考えられる。
テッサは最初、相良宗介の後ろにいる少年かと思ったが、どうやら彼の武器は銃らしい。
得体の知れない魔法の類ではない。彼を殺す事は出来ても脅迫は難しい。
よって、少年以外の誰かが、宗介以外の命を盾に彼に殺人を強いていると推測する。
クルツが死に、テッサが目の前に居る以上、最も可能性が高いのは誰か?
解答を導き出すには十分な根拠が存在していた。
(つまり、この人は誰かに良いように使われているわけか)
少年――実は少女である――キノは冷静に話を聞き、思考していた。
(罠を仕掛けていた事から、相手は無差別だ。
他の参加者全員を殺せというわけではないみたいだ。
かといって、一人だけというわけでもない。
そうだとしたらもっとボクを襲おうとする素振りが有るはずだ)
冷静に、冷酷に、どの程度利用できるかを考える。
おそらく自分が『一人分』としては見られている事も考え……
(まだ役に立つ。だけど、手を切る時は近いかな)
そう結論付けると、背後方向への警戒を止め、宗介と来訪者達に目を向けた。
雨音が響く中、背後の茂みが微かに揺れた。
強い風が吹き、役者達に強まり始めた雨と泥水を浴びせかける。
「……肯定です、大佐殿」
最早隠しておく事は出来ない。宗介は苦悩しつつも、言った。
「チドリを人質に取られ、自分は参加者達の殺害を余儀なくされています」
銃口を向け、デコッキングレバーに指を掛ける。
「自分は如何なる手段を取ってでもチドリを助けます。それを止めようというのなら……」
「ええ、ここからはあたくしから言いたい事が有るわね」
テッサのすぐ後ろから、金髪の若い女性――ダナティア皇女が歩み出た。
「守られるかすら判らない約束に縋って身を落とすより、隙を見て取り返しなさい。
あなたの為に何人もの人が死んだのだ……そんな業を勝手に背負わせるつもり?」
ぞくりと、宗介の背中に寒気が走った。
「それは……」
「あなたが罪を被れば良いとでも思っていたの? 滑稽だわ。
ただでさえ、自己を犠牲にして大切な人を助ける事は救いにならない。
助けられた者は、助けた者の受けた犠牲を自らが受けたかのように感じるでしょうね。
傷も、罪も。時には実際にそれを受けた者以上に」
「――っ」
それは、相良宗介がしているやり方では、例え千鳥かなめを救えたとしても、
その過程で相良宗介が受けた以上の痛みを千鳥かなめに与えてしまうという事。
「それで助けるだなんて烏滸がましい。
自分こそが、その過程で受ける傷や罪から助けられている自覚は有って?」
更にダナティアは続ける。
自らもそうしてしまう愚か者である事を自嘲しながら、宗介を止めるために。
「もし、誰かを助ける為に死にでもしたら……」
しかし、その言葉は同時に――
「それは、助けようとした人の心を殺す、自己満足の愚かな行為でしかないわ」
――キノの根底を揺るがした。
「ッ!」
それは正に神速。
刹那の間にキノはへイルストームの銃口をダナティアの額に定め引き金を引いた。
音速の鉛の塊がダナティアへと……放たれない。
「……ぇ!?」「これは……!!」
宗介はその瞬間にようやく、自分の握るソーコムのデコッキングレバーに、
雨露を宿して輝く針金のような硬質な糸が絡んでいる事に気がついた。
キノの銃にも絡みついているそれは、薄暗い雨空の下でも黄金に輝いている。
ハッと、ダナティア皇女に視線が集まる。
「髪……!?」
「ええ、そうよ。先ほど、風に乗せてあたくしの髪を巻き付かせました」
強風に乗せ、雨水と泥水に混じった一房の毛髪に気づく事など出来るはずがない。
「勝負は戦う前に決しておくものよ。あたくしと戦うなんて、百万年早くってよ!!」
裂帛の気合を篭めた叫びはそのまま暴風となり、泥を巻き上げて二人に襲い掛かった。
「下がっていなさい、テッサ!」
「でも……いいえ、判りました。だけど……」
「判っているわ。出来る限り殺さないつもりよ」
その言葉にホッと安堵の息を洩らし、テッサは茂みの中に隠れた。
それに伴い敵対するものから見えにくくする防護服の概念がテッサを隠蔽する。
ダナティアは敵へと向き直った。
キノは咄嗟に左に跳んで暴風の塊を回避した。
隠れもせずに真っ向から相手を睨み付ける。
(許さない)
手持ちは封じられた銃と、弾の無いカノンと、パチンコと、散弾2発のみのショットガン。
それに折り畳みナイフが一丁だけ。
(ボクはあなたを許さない……)
敵との距離はざっと20m。この近距離でのショットガンは必殺の武器となる。
取り出し、構え、正確に狙いを定める。ここまでを一瞬でこなし、引き金を引いた。
「師匠の死は、ただの自己満足なんかじゃないっ」
宗介はギリギリで右に転がり暴風圏から逃れた。
暴風と水たまりが泥を全身に塗りたくり、宗介の姿を包み隠す。
(どうせ戦いは避けられないのだ。むしろ悩む必要が無くなり好都合だ)
いつの間にか姿が消えているテッサに一抹の疑問を抱きながらも、状況を視認する。
キノが瞬時に武器をショットガンに持ち替え、散弾を撃ち放つ。
(武器は封じられたソーコムとナイフが一つ、目標の武装は……!?)
既に攻撃に備えていたダナティアは暴風を呼び、全ての散弾が叩き落とされた。
宗介はナイフを握ると、茂みを駆け抜けた。
ダナティアはぞくりと寒気を感じた。
それは数十回と暗殺の危機に晒され鍛え上げられた危険の感知。
(透視で場所を……いえ、遅い!)
音も気配も無かったが、直感を信じて右前方に跳びながら振り向く。
それと同時に左後方の茂みから宗介が飛び出していた。
宗介のナイフが虚しく空を切る。――かわした。
(流石にやるものね……)
ダナティアは内心で冷や汗をかいていた。だが、同時に順調だった。
彼女は超常の力を見せつけるために戦っていた。
圧勝すれば、その力をもって相良宗介に戦いを強要する誰かとの戦いに従わせる。
劣勢になれば、超常の力への恐怖が失われる事で、彼に戦いを強要する者を対処可能と考えさせる。
(問題はあの少年……いえ、ファリスと似た感じがするわ。女ね)
相良宗介からは僅かに距離を置いた。攻撃にも反応できる。もう一人は……
「なんですって!?」
相良宗介も確実に巻き込まれる射線。
にも関わらず、キノは二発目の散弾の引き金を引いた。
「しまった!?」
宗介は跳びすさりながら腕を上げて顔面を防御する。
しかし、幸運なのか散弾は思ったより飛来しない。
そのまま距離を取り、腕を下ろして状況を確認すると、負傷した目標がそこに居た。
(してやられた!)
咄嗟に暴風を起こしはしたが、相良宗介に当たる銃弾も防いだため、風の壁は最小限となる。
左の二の腕を抉られる。右足首を貫く。脇を掠め、頬を裂き、全身に傷が刻まれる……!
よろめき、木に持たれかかったその目に映るのはソーコムを構えた宗介の姿。
レバーに絡みつかせた毛髪は、既にナイフで切り裂かれ力を失っている!
「まずい――――!!」
銃と魔術の両方を知る事で作り上げた優位性は既に失われ、遂に戦況は五分となる。
宗介がレバーを上げると同時に、ダナティアは全力で風を呼んだ。
宗介が引き金を引くのと同時に、ダナティアは必殺の風の槍を放っていた。
その瞬間に『少女』は気が付いた。
追いつめられたダナティアの表情と余風の強さから、恐れていた事が起きてしまったと。
「!? この馬鹿!!」
ダナティアは失敗に気づき、自分が投じた風の槍を操ろうとする。
既に放った風の槍を曲げるだけ、簡単な事だ。――いつもの彼女なら。
世界の制限を受け、英知の杖を持たないで使う魔術は、決定的な場面で彼女を裏切った。
風の槍は、二人の間に飛び込んだテレサ・テスタロッサを貫いた。
ゴポリと、口から血の泡が溢れる。
見下ろしてみると、胸にポッカリと握り拳くらいの大きさの穴が空いていた。
真っ赤な血が雨に流されて、でも絶える事無く、後から後から溢れている。
(ああ……やっぱりこうなったんですね)
二人の間に飛び込んだテッサは、背後から銃弾に、前から風の槍に撃たれた。
背後からの銃弾は防護服の概念により止められたが、風の槍はどうしようもなかった。
(なのに変ですね。サガラさんに撃たれた背中の方が……ずっと、痛いんです……)
全身から力が抜け、ガクリと膝が落ちる。
「大佐!」「テッサ!」
二人の腕が支えてくれた。
見上げるとそこには宗介の顔が有る。
「良かった……サガラさん…………死ななく……て…………でも……」
テッサは泣いていた。
「ごめ……なさいっ。勝手に…………こ…な……事……」
先ほど、ダナティアは言った。この行為は助けた相手を傷つけてしまう行為だと。
それが悲しかった。
助けたかった。本当にその想いだけでやった事が、同時に相手を傷つけてもしまう。
「構いません、大佐! 構いませんから……」
(構わないから……何と言えばいい?)
死なないで欲しい? せめて泣かないで欲しい?
宗介は、続く言葉を掛けられなかった。
「……ぁ…………」
降りしきる雨の中……テッサの瞳から、光が消えた。
――ダナティアは、テッサを支える宗介の手を振り払った。
「何を……?」
答えず、ダナティアは印を切り……次の瞬間、二人の姿がフッと消えた。
「!?」
そこには大量の血痕だけが残され、それさえも降りしきる雨で、次第に薄らいでいく。
「何を……何故……?」
まるで判らなかった。
風が吹き、茂みがガサリと音を立てた。
「まだよ……まだ、足掻く時間は残っていてよ」
ダナティアはテッサを背負い歩いていた。
右足首に散弾を受けたため、びっこを引きながら、泥の中を歩いていた。
「まだ、死んではいないわ!」
そう、『まだ』死んではいなかった。
テッサの瞳は、もう何も映さず、しかしその唇はぶつぶつと何かを呟いている。
その内容は聞き取れないが、それ自体が生きている証だ。
ダナティアにはこんな致命傷を受けた人間を救う術は無いし、
その術を持っている者と出会える可能性も殆ど無きに等しい。それでも、『まだ』だ。
「フゥ……フゥ……くっ」
躓き、地面に叩きつけられる。
自分から下敷きになって衝撃を和らげると、すぐに立ち上がり、また歩く。
もう、テッサは何も呟いていない。それでもまだ、歩く。歩く。歩く。
また、何かに躓いた。だが、転ぶ前に誰かの腕が二人を抱き留めた。
「誰?」と尋ねると……誰かは答えた。
「魔界医師メフィスト」
(俺は……どうすればいい!?)
宗介はダナティアの言った通り、自分を庇ったテッサが受けた痛みを感じていた。
自分のせいで、自分を慕ってくれる誰かが傷つき、時には死ぬという痛み。
それがどれ程に心に傷を付けるのかを噛み締め、恐れていた。
(大佐……!!)
そして……どうしようもない悲しみを感じていた。
また、同盟を組んでいるキノも、自らを犠牲にして死んでいったテッサと師の姿が重なり、
更にダナティアの揺さぶりにより、激しい動揺状態にあった。
だから、気づいた時には少しだけ間に合わず――宗介の両腕は宙に舞っていた。
「かはははっ、落とした小説を取りに来たらこんな様とはな。首を狙ったんだぜ?」
宗介の絶叫と血飛沫を浴びながら、零崎人識は自殺志願を弄んでいた。
教会の地下礼拝堂で、千鳥かなめが悲鳴を上げる。
何かが失われた事を感じながら。
救われた……何の根拠も無いが、ただそう感じた。
目の前にいる男ならば、救えると、そう思った。
「メフィスト医師。あなたに看てもらいたい患者が……」
だが、メフィスト医師はダナティアの口に手を当て、言葉を遮った。
(何故……!?)
視線が合い、気づいた。……その美しい貌が、自らへの怒りに満たされている事に。
「今の私には、死者を甦らせる事は出来ない」
「――――っ!!」
テッサは、今度こそ事切れていた。
宗介は逃げていた。
偶然口に向けて落ちてきた自らの右腕を銜え、腕の無い両肩から血を迸らせながら。
(逃げてなんになる――!?)
判っている。どうせもう、意味が無い事くらい。
銃を失い、両腕を失い、同盟すら失った自分に、最早五人の殺害など出来る筈がない。
キノも、両腕を切り落とされた宗介に銃口を向けた。
いや、それ以前に……両腕を切り落とされてまだ生きている事が不思議なのだ。
あの場から逃げきれた事も、出血多量で意識を失ったりショック死していない事も。
(だが、俺は彼女に命を救われてしまった)
それなら、せめて少しでも生きなければ申し訳が立たない。
しかし、冷たい雨と壮絶な出血が高速で余命をカウントダウンしていく。
アドレナリンの大量分泌か、痛覚が完全にマヒしているのが唯一の救いだろう。
(かなめ……テッサ…………すまない…………)
朦朧となる意識の中で……視界が開けた。
「あなたは……!?」
驚愕の声。目の前にいるのはダナティア皇女。
その姿と声を感じて、途切れかけた意識が再び灼熱と化した。
(そう、どうせ死ぬのならば……せめてこいつを……!!)
銜えていた腕を落とし、腰のサバイバルナイフを歯で掴み、引き抜いた。
「フウゥゥゥゥゥッ!!」
雨の中、最後の余力を使い、宗介はダナティアに突進した!
だが、その突撃もまた、ダナティアの転移と同じ悪足掻きに終わった。
ダナティアに辿り着く事すら出来ず、泥水に足を取られ、倒れ伏す。
そこで彼の余力は尽きた。
「……メフィスト医師。せめて、彼の治療を頼めるかしら?」
メフィストは頷き、答えた。
「まだ生きている者ならば、全て治療してみせよう。
この島の参加者全てが私の患者だ。……君は良いのかね?」
ダナティアも散弾を止めきれずに傷を負い、ドレスは紅い襤褸のようになっていた。
その上、雨に体温を奪われ、それ以外の要因も有って、血の気の失せた青白い顔をしていた。
だが、ダナティアは首を振る。
「彼の後でお願いするわ」
「そうか。大手術になるな、志摩子君や終君にも準備は手伝って貰わねばなるまい」
呟きつつ、メフィストは幸運にも彼が運んでくる事の出来た利き腕を拾い上げた。
「では行こうか。この近くに病院を見つけてね。私達はそこで雨宿りをしているのだよ」
そう言ってメフィストは宗介を背中に担ぎ上げた。
ダナティアはテッサを背負ったまま歩き出す。
「何故……だ?」
歩きながら、宗介が問い掛ける。
「何故、俺を生かす……?」
ダナティアは、それには答えず――青ざめた表情で唇を噛み締めながら、告げた。
「あたくしを憎みなさい、相良宗介」
教会の地下礼拝堂。
美姫に抱かれながら、かなめは泣いていた。
「どうしたのかえ? あの男が死んだのか?」
かなめは首を振る。彼女が知りえたのはその事ではなかった。彼女が知りえたのは……
(……テッサが死んだ。最後に偶然、共振が繋がって……最後に少しだけ話して……)
そして、かなめの中で消えていったのだ。
(でも、どうすればいいのよ! 今の私に出来る事なんて、それは……)
それは……吸血鬼化に伴い沸き上がる、自らの黒い欲望と戦い続ける事くらいしかなかった。
【B-4/病院/一日目/14:30】
【創楽園の魔界様が見てるパニック――混迷編】
【藤堂志摩子】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:デイパック(支給品入り)
[思考]:争いを止める/祐巳を助ける
【Dr メフィスト】
[状態]:健康
[装備]:不明
[道具]:デイパック(支給品入り)
[思考]:病める人々の治療(見込みなしは安楽死)/志摩子を守る/宗介とダナティアの治療
【竜堂終】
[状態]:健康
[装備]:ブルードザオガー(吸血鬼)
[道具]:なし
[思考]:カーラを倒し、祐巳を助ける/カーラの支配下時に対峙した宗介に???
【ダナティア・アリール・アンクルージュ】
[状態]:全身に無数の傷/体力消耗/精神的にダメージ/[メフィストの治療が施される]
[装備]:なし
[道具]:支給品一式(水一本消費)/半ペットボトルのシャベル
[思考]:群を作りそれを護る。
[備考]:ドレスがボロボロになっている。
【相良宗介】
[状態]:両腕切断/貧血/気絶/[メフィストの治療が施される]
[装備]:コンバットナイフ。
[道具]:荷物一式/弾薬/右腕
[思考]:半ば絶望/かなめを救う?/テッサに報いるため長生き?/ダナティアを憎む?
【テレサ・テスタロッサ 死亡】
[遺品]:UCAT戦闘服(胸部分に穴が空いている)/デイパック(支給品一式)
【残り 78人】
【D−4/森林/1日目・14:30】
【キノ】
[状態]:精神的に動揺している。
[装備]:ソーコムピストル(残弾10)/ヘイルストーム(出典:オーフェン/残弾6)/折りたたみナイフ
カノン(残弾無し)/師匠の形見のパチンコ/ショットガン(残弾無し)
[道具]:支給品一式×4
[思考]:最後まで生き残る。/目の前に居る人識にどう対処するか。
【零崎人識】
[状態]:平常
[装備]:出刃包丁/自殺志願
[道具]:デイバッグ(ペットボトル三本、コンパス)/砥石/小説「人間失格」(一度落としで汚れた)
[思考]:惚れた弱み(笑)で、凪に協力する。/落とし物も拾った事だし、凪の所に戻ろうかな
[備考]:記憶と連れ去られた時期に疑問を持っています。
【D-6/地下/1日目/14:30】
【千鳥かなめ】
[状態]:吸血鬼化進行中?精神に傷
[装備]:鉄パイプのようなもの。(バイトでウィザード「団員」の特殊装備)
[道具]:荷物一式、食料の材料。
[思考]:吸血鬼化進行による黒い欲望や妄想に抗う
【美姫】
[状態]:通常
[装備]:なし
[道具]:デイパック(支給品入り)
[思考]:上機嫌
存外に早い逃げ足で戯言遣いとドクロは離脱した。だが。
「逃げられると思うな……!」
突然の襲来者、ギギナは獣のように低い姿勢で追撃の意志を見せる。
引き絞られた弓のごとくその体躯が弾ける刹那。
「待てよ。あんたどこに行くつもりだ?」
よく通る声がその動きを止めた。
隙無くワニの杖を構え、凪がギギナの前に立ちはだかっていた。
「失せろ女。あの少年に興味が湧いたのでな。少々遊んでもらうだけだ」
「そんな物騒な剣持って遊びもないだろ。あいつらに手は出させねーぞ」
鋭い石突きを槍のように向ける姿は、その一般的な服装とどこまでも相容れない。
軽く眉をひそめたギギナも、対峙する相手が見た目通りの存在でないことを即座に感じ取った。
「愉快な闘争ができるならば貴様でも構わぬが……女の身で私と殺り合えるつもりか?」
押しつぶされそうな威圧感が発汗を促す。
人外の生き物でも相手にしてきた凪にとってさえ、その剣舞士の迫力は異常に過ぎる。
それでも皮肉な笑み一つで緊張を殺し、言い放つ。
「はっ、あの面子の中じゃオレが一番強いさ。嘗めてると足元掬われるぜ」
「……確かに戦士の目だな。非礼は詫びよう」
ギギナは喜悦を隠そうともせず、標的を改めた。
「待っていろヒルルカ。軽い運動程度だが……見守っていてくれ」
愛しげにそう呟くと、木の横に椅子をそっと立てかけた。
(……? なんだ、椅子に……?)
凪の訝しげな眼差しなど意にも介さず。
(零崎のときと一緒だ。捕らえて、説得する。やれるか?)
目の前の男はどうやら強敵と戦うのが目的らしい。
それならば、どうにか言いくるめて殺人者や管理者達に矛先を向けさせることは可能だろう。
(交渉はオレの領分じゃないんだけどな。ったく、肝心なときにあの戯言遣いは)
自分が逃がしたことはとりあえず置いておき、杖を強く握りしめて震えを消した。
「さて準備はいいか女」
「凪だ」
「では凪、始めようか。我らだけの闘争を」
不敵な笑みと斬撃は一呼吸の間に生じた。
(っ! 速……!)
弾かれるように後ろへ飛んだのが幸いした。
横薙ぎの一撃は相当な範囲の空間を切断していた。横に逃げたら腹を裂かれていただろう。
もはや出し惜しみする理由はない。凪は杖を軽く振った。
刻まれた魔術文字が即座に発動。二つの小さなワニのストラップが巨大化し、2mもの大口を開いた。
その強靱な顎が地面を食い破りながらギギナへと殺到する。
「むっ!?」
さすがに動揺を見せ、大木さえ噛み砕きそうなその一撃を大きく回避。
それを隙と見て二頭目が正確無比に逆から飛びかかる。
「くっ……おぉぉぉ!」
鼻先に左手を乗せ、勢いに乗るようにワニの背を転がった。
(ちっ……こいつも合成人間とかの類か!?)
悪態をつきながら、凪もスカートを翻してその狂騒の中に飛び込んでいった。
空中で猫のように身を丸めつつも、ギギナは刃を放さない。
その右手へ石突きを突き入れようとし、強い悪寒がそれを止める。
それを証明するように、剣舞士は鮮やかな着地と同時に斬撃を繰り出していた。
風圧だけで死に至りそうな斬撃は、切っ先が制服の襟元を切り裂くに留まった。
こちらが一歩踏み出していれば即死だ。
嫌な汗が噴き出すのを感じ、後ずさる。
「……あながち大言壮語というわけでもなさそうだな。やるものだ」
あまりに近くを通り過ぎた死に歯を食いしばる凪に対し、ギギナは笑みさえ浮かべていた。
人の姿で獣のごとき運動。
かつての恐怖喰らいの女医をどうしても思い出してしまう。
「……あんた、そんなに戦いたいんならイカれた管理人達を相手にしたらどうだ」
「それもいいな。同じ土俵に上がることがあれば迷わずそうするだろう。――だが、今私は貴様とのみ戦っている!」
言葉と破壊力が飛び込んでくる。
流れるように繰り出される刀身を、両手で構えた杖で受け止めた。
「ぐっ……うぅ……っ!!」
対魔術士用に作られた天人の遺産の強度は、その破壊力にさえ耐えきった。
しかしそれを受け止める身はそうもいかない。
骨をのこぎりで削がれるような痺れを伴いながら、全身で衝撃を下へ逃がす。
取り落としそうになりながらも脇に抱えるように保持した杖は、報うように効果を表す。
木へと突っ込んでいたワニが、再びギギナへと襲い掛かる。
後方から凄まじい勢いで食らいつこうとする二頭のワニ。
ギギナはそちらを振り向こうともしない。避けられないはずだった。
「初手はいささか面食らったが……二度はない」
跳んだ。
一見舞うように緩やかな跳躍だったが、足があった地面には陥没したような足跡が残る。
残像を喰らうワニの鼻を踏み付け、背に飛び乗る。
一度だけその頭頂に剣を叩き付けたが、破壊できないと見るともう一頭へ振り返る。
命令のままにギギナへと向かうそれの軌道は当然最初の一頭と交錯する。
轟音。
ワニがワニを喰らい、一瞬その動きを停める。
その時には既に剣舞士は凪の眼前に飛び込んでいた。
体重を乗せた踵落としが杖に絡まり、容赦なく地面へと叩き落とす。
その衝撃で、ワニが掻き消えるように元の小さなストラップに戻る。
凪はすかさず距離を取ったものの、当然無手。
デイパックから鋏を取り出したところでどうにかなる状況でもない。
だというのにギギナはゆっくりと歩み寄ってくる。
これまでの攻防で、体術だけでも楽しめるとでも判断したのか。
(殺すのが目的じゃなくても……死んでも全然構わないって感じだな)
何とか体術で凌ぎ、杖を回収し、隙をついて捕獲か離脱。
それは嫌というほど見せられたギギナの実力相手には無理難題に等しかったが。
(――覚悟を決めるしかない)
呼吸を止め、離した距離を一息に詰めた。
(あのサイズの得物なら密着すれば無効化できる!)
迎撃される覚悟はしていたが、敢えて受けて立とうというのかギギナは悠然と構えている。
嘗められることに怒りはない。
最大限に利用するまでだった。
がら空きの鳩尾に全力で掌底を叩き込む。
全身を使い、自重を十分に乗せた一撃。
「っ。筋もいいし鍛えてはいる。ガユス程度なら悶絶するのだろうが……足りんな」
理想的な一撃も、軽く息を詰めさせることしかできなかった。
厚い筋肉の壁が、常識的な打撃など吸収してしまう。
(だけどそれは予測できてる……!)
返礼とばかりに剣を持ったままの右肘が打ち下ろされる。
体格差から、肩を砕きかねない肘打ちを前に凪は不敵に笑って見せた。
受け止め、掌を砕こうとするその威力を利用した。
「ぐっ……!?」
合気を応用した、極めて技巧的な投げ。
単車並と言われるギギナの体が、夢幻のように孤を描いて飛んだ。
投げられたという事実の認識が遅れ、受け身を取り損ねた。
轟音と共に地面へ落下。己の剣で腹を刺すような無様はさすがにしない。
軽い脳震盪に視界が揺らぐ。
その痛みさえ心地よいというのか、口の端に怒りと喜びの混ざった笑みが浮かぶ。
(まったく楽しい島だ。ことごとく予想を裏切ってくれる)
満足げに頷くと、木と木材を掴んで立ち上が
(……木材?)
違和感に手元を見下ろす。
木材。落下したときへし折れたのだろう、完全に砕けている。
問題はそれに見覚えがあることだ。この手触りは。この色合いは。この匂いは。
「な……な……」
変わり果てた愛娘の姿だと気付くのに時間を要した。
「ヒ、ヒルルカーーーーーーーーーーッ!!」
即死だった。
「……?」
先ほど置いていた椅子の残骸に向かい、ギギナが絶叫している。
異常なほどの取り乱し方だった。
ともあれ、隙は今しかない。今なら捕獲も可能かもしれない。
落ちているワニの杖まであと五歩。
あと四歩。
三歩。
二歩。視界が前方へと一瞬で流れていった。
「え?」
風景が前に飛ぶということは、自分が後ろへ吹き飛んだということ。
地面に強く頭を打ち付けて霞む視界には、ぞっとするほどの憎悪の視線で睨むギギナ。
前に突き出されたその右手に剣はない。
何故。確かに剣ごと吹っ飛んだはずなのに。
その答えを、凪は見下ろした。
己の腹部に。
「あ……ああ……?」
腹から、あの大剣の柄が生えている。
投げた? ナイフじゃあるまいしあの剣を? 投げて、それが何でここに?
混濁する意識をたしなめるように、一つの感覚が凪の体を包んだ。
激痛。
「うあ……ああああああぁぁ!!」
ギギナの、その筋肉が軋むほどの全力で投げ放たれた魂砕きは、墓標のように凪を地面へと縫い止めた。
幅広の刃は慈悲無く重要器官を貫通。温かな体液が流れ出ている。
もはやギギナは凪を見ず椅子の残骸を抱えて慟哭する。
もはや凪はギギナを見ず壊れ行く体を抱えて絶叫する。
記憶にある感覚。
一人の後輩がかつてもたらした感覚。
臨死の感覚。
そしてこの島に、エコーズはいない。
世界は最後だけ凪に優しかった。
意識が朦朧とするにつれ、痛みも溶けるように流れ落ちていく。
それを心地よいと、凪は感じてしまった。
――何だかな。オレは結局正義の味方になれなかったんだろうな、黒田さん。
思う。関わってしまった色んな顔が浮かぶ。
…親父も、こんな半端な気持ちで逝ったのかな。
……戯言遣い、男ならちゃんとドクロを守れよ。
………零崎、殺さないって約束守るんだろうな。
…………正樹、綺。……お前らは幸せになれよ。
……………健太郎。厄介ごとに首突っ込むなよ。
………………和子。敬に先生……結構浮かぶな。
…………………それと九連内に……アイツ、か。
……………………お前らは何とかなるだろうさ。
………………………ああ、眠く、なってきたな。
…………………………まさかあんたがお迎えか。
……………………………久しぶりだな……直子。
【048 霧間凪 死亡】
【残り77人】
【F−4/森の中/1日目・13:10】
【ギギナ】
[状態]:疲労。軽い脳震盪。精神的ショック。
[装備]:魂砕き
[道具]:デイバッグ一式、ワニの杖、ヒルルカの残骸
[思考]:1.休息と食料確保。 2.ショックで自暴自棄。
※ワニの杖の使用により周囲に音と衝撃が伝わっています。
(な、なんなんだ!? 『あれ』は!)
恐怖を感じることなく人を殺し、最後の一人になるまで戦おうと決意したキノ。
彼女は今、師匠を殺して以来初めて、恐怖した。
黒帽子に殺されかけたときも、宗介と殺しあったときも、テッサ、ダナティアと対峙したときも、動揺こそしたが、恐怖はしなかった。
なのに、それなのに今。たった一人の少年を目の前にするだけで――
(ボクは……恐怖している!?)
黒帽子のときのように包丁を突きつけられているわけでもなく、
宗介の時のように向かい合っているわけでもなく、
ダナティアのときのように言葉をかけられたわけでもない。
ただ、少年を見ているだけなのに、怖い。酷く、恐しい。
少年が何ということなく宗介の腕を断ち切ったから?
少年の持っている鋏(本当に鋏なのか?)が禍々しい雰囲気を放っているからか?
――ちがう。そんなことではない。そんなことではない。
あの少年の存在自体に、あのどうしようの無いものに――
(恐怖、している)
ふと、少年がこちらを見た。
顔全体を覆う刺青。耳にはピアスのように携帯電話のストラップをぶら下げている。
はっきりいって異様だ。
どうしようもなく、現実味がない。
しかし、それよりも異様なもの。
深い、深い、不快感を感じるほどに深い、瞳。
まるで闇を切り取ってそこにはめ込んだかのように暗い、昏い、真っ暗な瞳。
もう、終わってしまうかもしれない。
旅を続けているとき、何度と無く思った言葉。
しかし、師匠を殺してから絶対に思わないと決めた言葉。
それを今、彼女は思っていた。
「おい、そこの坊主。F-4ってのはどっちか、教えてくれねーか?」
少年は口を開く。
キノはその問いに答えない。
否、答えることができない。
冷や汗が、体中から吹き出る。
シャワーを浴びたい。とびきり熱いやつ。
「あ? あー……そうか、お前も『質問するならまず自分から名乗れ』って口か? そりゃぁ悪かった。俺は――」
キノは、その決定的な一言を聞いた。
それは、彼女に意味の無い恐怖を――
「人間失格・零崎人識。殺人鬼だ」
「ぜろざ……き?」
キノは無意識のうちに呟いた。
「そ、零崎。かはは、傑作な名前だろ」
で、お前は?
零崎が問う。
「ぼ、ボクは――
――ボクは、キノ。で、こっちが…………あっ」
キノは自分の横を指差して動きが止まった。
「こっち?」
零崎が怪訝そうな顔で首をかしげる。
そうだった。
キノは思い出す。
今ここに、エルメスはいないのだった。
すっかりわすれていた。いつもいるのが当たり前だったから。
(今ボクの隣に、エルメスはいない)
あのいつもうるさい相棒。
空気の読めないポンコツモトラド。
(僕がここに連れてこられてしまって、エルメスは何をしているのかな? 早く戻らないと、今ボクたちがいたところは――
――あれ?どこだっけ? シズさんと別れてからの記憶がない?)
確かにあそこまでは覚えている。でも、それからは?
思い出せない。まったく思い出せない。なぜ?
まさか、記憶まで奴らに、あのふざけた優男達に――
「おーい、どうした? キノっつたか? 殺してもいいのか?」
そこでキノはハッとなる。いつの間にか零崎がキノの眼前で手を振っていた。
「あ、いや。何でもありません。殺すのは、やめてください」
「ん、わかった」
驚くほどに、零崎はあっさりと手を引いて後ろに下がった。
「すいません、ボクはキノ、キノっていいます」
「じゃぁ早速だけどよキノ、俺はF-4の方向を教えてほしいんだが」
零崎がニヤニヤしながら、フレンドリーに聞いてくる。
それでもキノの恐怖は消えない。
「地図とコンパスがあればもっといい」
「地図、ですね」
キノは恐怖を覚えながらも、零崎の言葉に素直に従う。
片手にぶら下げていたショットガンをベルトに挟み、デイパックから地図を取り出す。
零崎との遭遇ですっかり忘れていたが、今や叩きつけるように降り注ぐ雨に案の定、地図はびしょびしょだ。
キノはコンパスも出すと、それと照らし合わせるように地図を見て、
「あれ?」
「ん? この地図、俺のと違わないか?」
確かに、その地図に描かれている物は零崎の記憶にあるものと違った。
そして、キノの記憶にあるものとも。
「これは……地下の地図、ですかね」
「あ?『ですかね』ってことは今まで気付かなかったのか?」
「いえ、雨にぬれるまでこんなことにはなっていませんでした」
「ってこたぁ、こりゃ雨に濡れれば浮かび上がる仕組みってことか?」
「そう言うことですね」
恐怖を押し殺しながらもそう答えるキノ。
(この男には勝てない)
そう判断したキノは、零崎が未だ自分に殺意を抱いていないうちに、零崎から離れることを考えていた。
そのため会話に応じ、問いや要求にも素直に答えることにした。
「気になるが、まず先に凪のところまでもどらねぇとなっと。あー、こっちが北だからF-4は――」
そう言って、キノの地図とコンパスを交互に見出した零崎。
「と言うことは、F-4はこっちに進めばいけるのか、おっと、禁止エリアも考えなくちゃな。…………ん、じゃぁなキノ。縁が『会ったら』、また会おうぜ」
それを聞いて、キノはほっとする。これで、もう恐怖から開放されるのだ。
しかしそれは、彼女のぬか喜びに終わる。
「そうですね、それでは――」
そこまで言いかけたところで、キノの言葉は遮られた。
零崎の握った、あの禍々しい鋏がキノを襲う。
(っ! そんな! 殺気は感じなかったのに)
驚愕しながらも、首を狙って繰り出される鋏を身体をそらして避ける。
その切っ先は、キノの額をかすめ、縦に深い傷をつける。
「ん?すまねぇ、殺しちまったか?」
零崎が問いかけたときにはすでに、キノは倒れながら腰から折りたたみナイフを引き抜く。
手持ちの銃を使わなかったことに対し、その判断の正誤を問われれば、それは正と答えるしかない。
この距離で射撃を行うことは無駄だし、そもそも零崎に狙撃以外の銃撃は通用しない。
しかし零崎相手に立ち向かおうとすること、それは判断する余地も無く誤りだった。
かなわない相手からは逃げる。それは危険に身を置く者にとって当たり前のことだ。
それを解っていたのに、キノは零崎の恐怖に耐え切れなかったのだ。
キノは倒れかけていた身体を支えるために左足を下げ、大地を踏みしめ、
そのまま体重を前面に移し、突き出した手を引っ込めた零崎に向かって全体重をかけたナイフを繰り出す。
零崎はそのナイフを、引き戻した鋏で受け止めた。甲高い金属音が響く。
キノはそのままナイフを滑らし、下から突き上げるように零崎の眉間を狙った。
それに対し零崎は、キノが先程そうしたように身体をそらしてナイフを避ける。額を切られるようなへまはしない。
「かはは! やるじゃねぇか!」
零崎はそう言うと、鋏をホルスターに戻し、そのままバック転の要領で後ろへと跳ぶ。
すかさず宗介のソーコムピストルを構えたキノは、着地した零崎に向けて発砲。しかしそのときすでに、零崎はキノの視界の外に消えたあとだった。
「っ!? どこに!」
「こっちだぜ!」
キノが右を向いたころには、零崎はとび蹴りの要領でショットガンをキノの手から蹴り飛ばし、同時に伸ばした手でキノ首を叩き切らんとしていた。
キノは紙一重でしゃがみ、それを避ける。
鋏が空を切り、零崎が離れたところに着地した隙にキノは走り出す。
恥も外聞もかなぐり捨てて必死で走る。後ろから殺気。少々減速して、転がるようにキノはそれを避ける。同時に頭上を鋏が通り過ぎた。
遠くに鋏が落ちる音。
キノは立ち上がり、再び走り出そうとしたところで――
「遅い!」
――背中に重い衝撃。
「う、ぐぅっ!!」
零崎の蹴りが決まり、キノは仰け反るようにして数メートル吹っ飛ぶ。
頭から着地した後にもさらに数メートル転がって、仰向けに、止まった。
つかつかと歩み寄ってきた零崎が、キノの胸の上に足を乗せ、タクティカルジャケットの中から包丁を取り出す。
包丁がキノに突きつけられ、ギラリ、と鈍い光を放つ。
「さぁて、捕まえたぜ。殺して解して並べて揃えて晒してやんよ」
零崎がにやり、とシニカルに笑った。
(殺される。)
(彼は、零崎は、何のためらいも無く、さも当たり前と言うように、まるで呼吸をするように、ボクを殺す)
キノは、なぜかそれを確信できた。
これはもう、どうしようも無いということが、はっきりと確信できた。
キノは息を吸う、吐く。また吸う、吐く。死を覚悟し、息を止める。
(死ぬのは、痛いかな)
そんなことを思う。
(ボクが殺してきた人たちは、どんな気持ちだったのかな)
旅の先々で出会った人々の顔が、走馬灯のように駆け巡る。
(恐い、恐いです師匠。死ぬのは、恐いです。ボクはまだ、死にたくない。)
師匠の顔が、師匠の穏やかな死に顔が、脳裏に浮かび、消えた。
(いや、ボクはまだ、死ねない。師匠が助けてくださったこの命を、無くすことは、できない!)
「ボクはまだっ! 死ねないっ!」
半ば叫びとなったその声と共に、キノは起き上がる。
「おっ?」
急に動き出したキノに、零崎は少々驚きながらも少しだけ浮いた身体を容赦なく再び押し付けた。
「く、はぁっ!」
そこは女であるキノが、人外の力に勝てるはずも無く、先程より強く地面に固定される。
肺の空気が外に搾り出され、キノの口から息とも声とも付かない音が漏れ出した。
「なんだぁ? お前、死にたくないのか。あぁ、そうか、そりゃぁそうだよな。誰も死にたくねぇもんな」
まぁそれならよ。零崎が続ける。
「見逃してやってもいいぜ。生憎殺しは凪に止められてるからな。だがよ、俺が殺そうとして未だ殺せてねぇのは、とある戯言使いと、とある人類最強だけなんだ。
だからよ、今度会ったら、殺すぜ」
そう言うと零崎はキノの胸から足をどける。
「それじゃぁな、縁が『会ったら』また会おうぜ。 って、この台詞は二回目か。」
かはは、と笑いながら、鋏を拾った零崎は、すたすたと森の中に消えて行った。
ゆっくりと起き上がるキノ。額から流れる血で、顔は真っ赤だ。
「どこかに包帯は、無いかな。商店街に行けば救急セットくらいあるかな」
こうしてキノは、世の中にはどれだけ足掻いてもどうしようもない物があることを知った。
立ち向かうことも、逃げることも、ましてや殺すことも、同じステージに立つことすらもできない、そう言う存在。
それがもたらすものはただ、死。
【残り77人】
【D−4/森林/1日目・14:50】
【キノ】
[状態]:体中に擦り傷。
[装備]:ヘイルストーム(出典:オーフェン/残弾6)/折りたたみナイフ
カノン(残弾無し)/師匠の形見のパチンコ/ショットガン(残弾無し)
[道具]:支給品一式×4
[思考]:最後まで生き残る。/怪我の治療
[備考]:ソーコムピストル(残弾9)がキノの前に落ちています。
地下の地図に興味を持っています。
記憶と連れ去られた時期に疑問を持っています。
【零崎人識】
[状態]:平常
[装備]:出刃包丁/自殺志願
[道具]:デイバッグ(ペットボトル三本、コンパス)/砥石/小説「人間失格」(一度落として汚れた)
[思考]:惚れた弱み(笑)で、凪に協力する。/落とし物も拾った事だし、凪の所に戻ろうかな
[備考]:記憶と連れ去られた時期に疑問を持っています。
地下の地図が気になっています。
島の西端にある海洋遊園地、その観覧車の一室にて。
一人の男が泰然と腰を下ろしていた。
男は少年といっていい年齢でありながら、そう呼ぶことを躊躇わせる雰囲気を持っていた。
どこから調達したのだろうか。
男はピーチコンボのクレープを、特にうまそうな様子もなく食べている。
「これはどういうことだろうな?
あの保胤という男……確かに致命傷だったはず。
そこから生き延びるなにかを奴は持っているということか?」
最強・フォルテッシモはクレープを齧り、モゴモゴと呟く。
二回目の放送の中には保胤の名はなく、それは彼の生存を意味している。
咄嗟に仲間をかばった勇気と胆力、そして隠されているだろう実力。
自分と対等の存在を求めるフォルテッシモとって、強敵は歓迎すべきものだ。
そういう意味ではこの島は都合がいい舞台といえた。
フォルテッシモが思考していると、観覧車は頂点に達し、海洋遊園地全体を見下ろせるようになった。
そして。
「ん? アレは……」
フォルテッシモの優れた視力が、入り口のゲートをくぐる四人組の姿を捉える。
その内の一人の赤い髪が印象的だった。
獲物が網にかかった。
そもそも彼が観覧車に乗っている理由のは敵の発見のためだったのだ。
「ヒースロゥに慶滋保胤。
ユージンの奴こそ駄目だったが、この島には骨のある奴が多い……」
果たして、あの四人はどこまでできるだろうか。
フォルテッシモの手の中から、食べかけのクレープが消える。
瞳の奥に暗く光を宿し、最強は観覧車が地上へ着くのを待った。
「凄い、こんなのあたしの世界にはなかったよ」
「オレも記録映像で見ただけだ……」
周囲に広がるアトラクションの群れを眺めながら、火乃香とヘイズは驚きに目を丸くした。
コミクロンにいたっては歯車様がどうたらと叫んで興奮状態だ。
放っておくと何処かへ走り去りそうなので、ヘイズが襟首を掴んで引きずっている。
四人の中でシャーネだけはアトラクションには目もくれず、探し人を求めてするすると進んでいく。
「で、だ。クレアだったか? シャーネの探し人は」
「そ。ついでにあんた達も探してたのはすごい偶然だよね。勘で選んだにしてはさ」
「まあ、そうだな。しずくは火乃香の知り合いだし、おまけに騎士剣にも巡り会えたしな」
「ふっ、この天才の閃きをぐえっ! おい、ヴァーミリオン! 襟を引っ張るな!」
コミクロンは無視し、一行はシャーネを先頭に遊園地を進んでいく。
シャーネは目指すところがあるようで、足取りに迷いがない。
「この際聞いとくが、しずくとクレアってのはどういう奴なんだ?」
「しずくは……説明しにくい。
あの子がどういう状態なのかわからないからはっきり言えないけど、この島じゃ狙われる方だと思う」
しずくの現在の姿、戦術戦闘電子偵察機を思い出しながら火乃香は告げた。
偵察機のまま参加しているということはないだろうから、機械知性体の体と考えるのが妥当だろう。
ならばしずくに戦闘力はないに等しい。
「クレアは?」
ヘイズがシャーネに問いかける。
その問いにシャーネは頬を染めて目を伏せた。
白い耳まで薄桃色に染まり、目を伏せても瞳がうれしそうなのがわかる。
喋れないシャーネに明確な答えを期待したわけではないが、この反応を見れば関係は一目瞭然だった。
「まあ、そういう関係みたいだね」
「なるほど」
正直、この刃物娘の恋人というからにはかなり危険人物な気がするが、
――どう考えても言わないほうがいいよな。
己の賢明さを称えつつ、コミクロンを引きずりながら、ヘイズはあたりを見回した。
この海洋遊園地、建物が密集しており死角が多い。
誰かが潜んでいても気づくのは難しいだろう。
禁止エリアになる予定はないのでその点では安心だが……。
「シャーネもなかなかわかっているじゃないか。
迷わず歯車様に向かうとは、科学者としての才能がなきにしもあらずにもなき」
「結局どっちなんだよ。って歯車様?」
「うむ。あれだ」
ずりずりと引きずられたまま、コミクロンが指差した先には巨大な観覧車がそびえている。
シャーネも観覧車を目指しているようで、早く来いとばかりにヘイズたちを見た。
「あれか」
「なんなの、あれ?」
「オレも知らないな」
「ふっ、無知の極みだな。アレこそはすべての科学ぐへ! ちょ、おいヴァーミリオン!」
ヘイズが襟を強めに引っ張り、コミクロンが悲鳴を上げたとき。
火乃香がヘイズの袖を引き、顎で前方を指し示した。
海洋遊園地の中央、入り口ゲートと観覧車の中間地点。
メリーゴーランドのすぐ傍に、薄紫の服に身を包んだ男が立っていた。
隠れる様子は微塵もなく堂々と姿を晒している。
男はポケットに手を突っ込んだまま、物色するように四人を睥睨して、
「まずは一対一、次は一対二、そして一対四か。悪くはないな」
男の言葉に火乃香とシャーネが迷いなく獲物を抜いた。
ヘイズもコミクロンの襟を放して視線を鋭くする。
男の体から滲みでているのは戦意だった。
話し合う余地など存在しない、あきれくらい明快な戦意だ。
男は――――最強と怖れられるフォルテッシモは、心底面白そうに笑った。
「さて、お前たちは俺と対等足りえるのか?」
火乃香が、シャーネが、ヘイズが動くよりも速く。
「コンビネーション2−5−3!」
いつの間に起き上がったのか、口火を切ったのはコミクロンだった。
突き出した左手の先から白い光芒が放たれる。
熱衝撃波は石畳の地面を溶かしながら疾走、フォルテッシモを飲み込んで辺りを眩く染め上げた。
「ふっ、いきなり出てきて偉そうに。この天才にかかれば礼儀知らずの愚か者など――――」
「終わってないぞ、コミクロン!」
ヘイズが叫ぶと同時、膨れ上がった光と熱が消滅した。
破壊そのものが折り畳まれたかのような一瞬の出来事。
そして傷一つ負っていないフォルテッシモが、無造作に間合いを一歩詰める。
フォルテッシモの顔にあるのはただ打ち倒すという意志一つ。
四人に走る動揺を意に介さず、最強は間合いを侵略していく。
コミクロンの魔術を無効化した能力は何なのか。
その答えはわからないが後手に回れば容易く全滅するだろう。
幾つもの死線を越え培われた直感に逆らうことなく、二つの刃が同時に前進した。
右にシャーネが、左に火乃香が回り込み、わずかにタイミングをずらして剣を振り抜く。
「……っ!!」
「……斬!!」
腕を狙って斬り上げられたシャーネの斬撃。
足を狙って振り下ろされた火乃香の斬撃。
一流のナイフ使いと一流の剣士の連携は、それ自体が完成された演舞だった。
速く、鋭く、強く。
二つの斬撃が最強を斬り捨てようと迫り……
……それでも、届かない。
騎士剣の刀身が歪み、魔杖剣の刀身が半ばから消えた。
間髪入れずに二人の少女が切り刻まれて、付属する衝撃波に弾き飛ばされた。
ゆっくりと、わずかな時間滞空して。
言葉を失うヘイズとコミクロンの足元に、二人の体が転がる。
肉が打ちつけられる鈍い音。
石畳の溝に沿って、赤いラインが広がっていく。
時間が静止したような錯覚。
「今のはなかなかだった。純粋な剣技で比べるならイナズマといい勝負だ。
もう少し速ければ、さすがの俺も防げなかっただろうな」
本心から出た言葉なのだろう。
フォルテッシモは感心したように何度も頷き、視線を残りの二人へ向けた。
次はお前たちの番だ、とでもいいたげな表情で、ヘイズたちに歩み寄る。
金縛りから解かれたように、二人は急速に動き始めた。
「くそったれ、コミクロン!」
「わかってる!」
コミクロンの声を背後に、デイバックを捨ててヘイズは前へ出た。
半身の体勢で片腕を突き出す。
(システム起動。稼働率を90パーセントに設定)
焦燥を帯びたヘイズの表情に、フォルテッシモは目を細める。
「お前のその表情から察するに、俺を足止めするつもりか」
「決まってるだろうが。あいつらの所へは、一歩だって近づけさせねぇ」
治癒の時間だけでなく、三人が離脱する時間も稼がなければならない。
魔法と魔術は互いに干渉しあって効果を弱めてしまう。
それでは二人を治癒しきれない。
ヘイズは無理やりに口元を吊り上げた。
「手品の種は割れてるんだ。油断して噛み付かれねえように気をつけろ!」
「おもしろい。……来い!」
ヘイズが叫び、フォルテッシモが吼え、
(予測演算成功。『破砕の領域』展開準備完了)
指を鳴らす乾いた音が、空間の断裂と激突した。
戦いが始まり破砕音が響き始めるが、コミクロンに気にしている余裕ははなかった。
まずはこの場所から離れなければならない。
左腕一本で二人を運ぶのに要する時間を考えて眩暈を覚える。
それでも、今は考えている時間すら惜しかった。
デイバックを捨ててシャーネを左腕で抱き上げる。
少女の細い体は見た目以上に軽かったが、片腕で扱うのは重労働だ。
白衣が瞬く間に赤く染まっていく。
ほとんど引きずるような形だが仕方がない。
コミクロンは歯を食いしばって歩き出そうとし……裾を掴まれて立ち止まった。
火乃香だった。
「おい、無理は――――」
「あたしは大丈夫。咄嗟に飛んだから、まだ動けるよ」
これのおかげでね、と言って火乃香はバンダナをむしり取った。
額の中央で第三の眼が、弱々しく蒼光を放つ。
コミクロンが息を呑むのに苦笑しながら、火乃香は自分の力だけで立ち上がった。
本人の言葉に嘘はなく、咄嗟に横に飛んだのだろう。
全身を切り裂かれたシャーネに対して火乃香は傷が左半身に点在するにとどまっていた。
「といっても、今のままじゃ足でまといか。……どっちへ行くの?」
火乃香はシャーネの片腕を肩に回して横から支えた。
これならコミクロンの負担は軽減されるが……
「怪我を治せるのはあんたしかいないんだ。へばってもらっちゃ困るしね」
険しいコミクロンの視線に、火乃香は軽く片目を閉じて応えた。
火乃香の顔色は青ざめ、肩は大きく上下している。
決して余裕はない。隠しているが、左のわき腹、背に近い部分はシャーネ以上の重傷だ。
ここで無理をすれば傷は間違いなく悪化する。
下手をすれば治癒できる範囲を超えるかもしれない。
だが、それでも、この状況で、二人を救おうと思うのなら。
――これは賭けだ。
状況を正確に把握し、コミクロンは、わずかな躊躇を噛み殺して頷いた。
「……こっちだ」
メリーゴーランドを背景に、赤と紫がぶつかりあう。
流れる甘ったるいBGMがヘイズにとっては邪魔で仕様がなかった。
――くそったれ、演算がややこしくなるんだよ!
宣言どおり、ヘイズはフォルテッシモの攻撃を見抜いていた。
ほんの些細なものではあるが、空間構造が書き換わり生じた変位をIブレインは見逃さなかったのだ。
フォルテッシモが裂いた空間が盾となって斬撃を防ぎ、剣となって使い手を切り伏せた。
騎士剣が折れなかったのは刀身に刻まれた論理回路のおかげだろう。
そこから得られる一つの事実が、ヘイズにとって唯一の武器だった。
――論理回路は、奴の空間操作に対抗できる。
ひたすらに演算を繰り返し、未来を予測し、音を刻み、回路を作り、空間の変位を解体する。
低下した演算能力に苦しみながら、それでもヘイズは途切れることなく踊り続けた。
「……しかし、お前のような男が存在するとはな。
俺の能力を知覚し、打ち消す能力の持ち主。この島は、俺を退屈させないな!」
フォルテッシモが笑い、即座に間合いを詰めた。
二人の間の距離はわずか二メートル。
制限を受けたフォルテッシモでも、十分に射程範囲だ。
フォルテッシモが罅割れを広げ、それより速くヘイズが踵を地面に打ちつける。
罅割れが元通り塞がれる様を視界におさめ、フォルテッシモの戦意が加速する。
ヘイズが距離を離そうとするがフォルテッシモが追いすがる。
ヘイズが指を掲げ、同時に顔を歪めた。
予測演算の結果――――論理回路の生成が間に合わない。
今度はフォルテッシモが速かったのだ。
構わず指を弾き、論理回路が空間の歪みを一部消去。
「が、ぐっ!」
肩口を大きく裂かれ、衝撃波に薙ぎ払われ、ヘイズが苦痛に声を上げる。
それでも、倒れることなくステップを踏み、続く攻撃を消し飛ばす。
――このままじゃジリ貧だな。
熱が狂ったように脳を駆け、発せられる電気信号が棘となって神経を貫く。
どこまでも続く激しい舞踏。
壊れたように踊りながら、ヘイズは暗澹たる絶望を感じていた。
ベンチに白衣を敷いてその上にシャーネを横たえる。
「シャーネを先に。あたしは気を循環させれば多少はもつから」
火乃香のその言葉を聞いて、コミクロンはなにか言いたげな顔をした。
しかし、結局コミクロンは何も言わず、呪文を唱えシャーネの治療を始めた。
火乃香は隣のベンチに腰掛けて、治療を見守ることにした。
ヘイズたちとはそれなりの距離を離れたらしく、戦闘音は聞こえない。
足止めをかってでた仲間は心配だが、それより自分のほうをなんとかするのが先だった。
強がってはみせたが火乃香の傷も浅くはない。
左のわき腹、背に近い部分は深く切り裂かれていて、その部分だけならシャーネより重傷だろう。
バンダナを使って止血を試みたが、どうしてか血は止まることはなかった。
力を失ったシャーネの体重も、火乃香にずっしりと食い込んでいる。
血を流したせいか寒気がひどく意識がぼんやりとし始めていた。
「……コミクロン、どう?」
集中を妨げるとはわかっていたが、半ば自分の意識を保つために火乃香を口を開いた。
対して、コミクロンは小さく首を振る。
「もう少し待ってくれ。あと十分……いや、五分でいい」
「わかった。それじゃあ、あたしももうちょいがんばりますか」
火乃香の気楽な口調は、空元気以外のなにものでもなかった。
圧倒的な眠気に、徐々に瞼が下がり始める。
――シャーネ、こんなとこで死ぬんじゃないよ。
血まみれで横たわる少女に微笑んだのを最後に、火乃香は暗闇に沈んだ。
その瞬間まで、無言に隠されたコミクロンの真意には気づかなかった。
目を開いたとき、傷はあらかたふさがっていた。
眠っている間にコミクロンが治療したらしい。
血が足りないのでくらくらするが、そこまで望むのは贅沢だろう。
隣を見れば、当のコミクロンがぐったりとベンチに沈んでいた。
肩を揺すると、コミクロンが人形のように首を回した。
二人の視線が合う。
「サンキュー。おかげで命拾いしたよ」
「うむ、まあこの天才にかかればこんなもんだ」
火乃香が礼を言うと、幾分覇気がないが、コミクロンは不遜な軽口を叩いた。
自然と火乃香に笑みが浮かぶ。
「そういや、あたしどれくらい寝てた?」
「十五分程度」
「あれ、そんなもんか」
「まぁな。……ヴァーミリオンは、どうなったかわからん」
「そっか。行かないといけないね」
「言っておくが、治りたてで激しい運動はやめろよ。天才の手をこれ以上煩わさないでくれ」
「疲れてても偉そうだよね、あんた」
「うむ」
軽い応酬を交わし、沈黙する。
そして、コミクロンが疲れたように切り出した。
「……天才、か。俺の力なんてたかが知れていた」
「……え?」
「俺では、先生みたいにはできなかった」
コミクロンがかぶりを振った。
意味がわからず、火乃香は沈黙するしかない。
「俺は賭けに出たんだ。
わき腹の傷には気づいてたから、気を失ってすぐ、火乃香の治療を始めた。
シャーネは後に回した。ぎりぎりで、間に合うと思ったんだ」
火乃香が弾かれたように隣のベンチを見る。
そこには少女が眠っていた。
金に瞳は瞼に閉ざされ、体温は失われつつある。
傷口こそふさがってはいたが、そこに生気は存在しない。
火乃香の顔が白く色を失くす。
白衣を失った小柄な背中が、目を背けたい現実を、搾り出すように言葉にした。
「シャーネは、死んだ」
【042 シャーネ 死亡】
【残り 77人】
【E-1/海洋遊園地/1日目・12:20】
【フォルテッシモ】
[状態]:ご機嫌
[装備]:ラジオ
[道具]:荷物ワンセット
[思考]:戦闘に熱中。早く強くなれ風の騎士。生きてて良かった保胤。
【戦慄舞闘団−1】
【ヴァーミリオン・CD・ヘイズ】
[状態]:左肩負傷・悪化、子分化、疲労困憊
[装備]:騎士剣・陰
[道具]:有機コード
[思考]:1、戦闘中。ピンチ 2、刻印解除構成式の完成。
[備考]:刻印の性能に気付いています。
【火乃香】
[状態]:貧血。しばらく激しい運動は禁止。
[装備]:
[道具]:
[思考]:…………。
【コミクロン】
[状態]:疲労、軽傷(傷自体は塞いだが、右腕が動かない)、子分化
[装備]:未完成の刻印解除構成式(頭の中)
[道具]:
[思考]:1、無力さを痛感 2、刻印解除構成式の完成。3、クレア、いーちゃん、しずくを探す。
[備考]:白衣はシャーネの下。
[チーム備考]:全員が『物語』を聞いています。
騎士剣・陽(刀身歪んでる)、魔杖剣「内なるナリシア」(刀身半ばで折れてる)、
全員分のデイバック含むエドゲイン君が海洋遊園地中央に放置されてます。
カイルロッドたちの正面に立ちはだかる巨大にして重厚なな扉。
複雑な紋様が表面に施されており、何かの魔方陣のようにも見える。
地図にあるとおり、これが格納庫の扉なのだろう。
しかし、格納などと近代的な響きと裏腹に岩肌にめり込んだその偉容は正しく魔境への扉に見えた。
「我々の他に生き物の臭いはしません。また、中からも生物の気配はしませんね」
「扉から漂う妖気以外に感じ取れる力もありませんわ。少なくとも扉までの床や壁には
何も仕掛けられていないようです。……機械的な仕掛けだった場合お手上げですけど」
陸と淑芳が周囲を観察し、そう報告してくる。
カイルロッドは頷き、静かに扉へと近づき始めた。
淑芳と陸も後に続こうとするが、それをカイルロッドの腕が遮る。
彼の真剣な表情に従い、立ち止まる淑芳たち。
「お気をつけください、カイルロッド様。何か嫌な予感がしますわ」
「わかってる。大丈夫さ、淑芳」
カイルロッドは扉に後一歩のところまで近づくと注意して観察し始める。
扉には取っ手も何もついていない。
しかし、カイルロッドの腰あたりの高さに鍵穴にしては大きな穴が開いていた。
その上には文字の書かれたプレート。
【神の怒りを鍵としてこの扉を打ち据えよ その者、神の叡智を授かるであろう】
わけがわからない。
試しにカイルロッドは扉に手を掛け、押してみた。
開かない。そして、何も起こらない。
まさか引っ掛けで引き戸や上げ戸になっているわけでもあるまい。
やはり鍵が必要のようだ。
カイルロッドはげんなりした。相当の決意を込めてここに来たのに、鍵がなくて入れないときた。
これではまるで道化だ。全くの無駄足になってしまった。
扉に触れてからかなりの時間が経っているが何も起こる様子はない。
とりあえずは安全のようだ。
「淑芳、陸!来てくれ。この扉、鍵がないと開かないみたいなんだ!」
二人が小走りに駆け寄ってくる。
穴の上にあるプレートを見て陸は呟いた。
「神の怒り……素直に読めば雷のことでしょうね。
機械式の扉でどこかに電流を流す仕掛けが施してあるのかもしれません」
「いや、でも『鍵として』だぜ? それにこれみよがしに穴が開いているし……
やっぱり、何らかの道具をここに差し入れるんじゃないか?」
あれやこれやと推測を並べ立ててみるが、結論は出ない。
「いっそのことカイルロッドの力で破壊してしまうというのはどうでしょう?」
それを聞いてカイルロッドは腕を組み唸る。
「う〜ん、できるかな?これで結構俺の力も制限されてしまってるし……」
難破船のマストを焼き切れなかったことを思い出す。
勢いよく折ってしまわないように手加減したとはいえ、思った威力の1/3も出なかった。
扉に目をやる。材質は判らないが、かなり頑丈そうな金属でできている。
巨大にして重厚。全力で放ったとて現在の自分の力が通用するかは怪しかった。
「でも、ここまできて無駄足も悔しいしな。やるだけやってみようか。
淑芳の術と同時に放てば何とかいけるかもしれない。なぁ淑芳、……淑芳?」
ふと淑芳を見やると淑芳は真剣な表情でプレートと穴を凝視し、何やらブツブツと呟いている。
そこにきてようやく、カイルロッドは今まで会話に淑芳が参加していなかったことを思い出した。
「気に入らない……非常に気に入りませんわ……」
「どうしたんですか、淑芳?何かこの扉に関して心当たりでも?」
陸の質問にも無反応。ただ怒った様な表情で扉を睨み付けている。
「これは主催者の仕組んだこと?偶然にしては出来すぎですわ……
ならば何を狙っているのか……このまま踊らされるのも癪ですわね、しかし……」
「淑芳?どうしたん「いや、待て陸」
淑芳に声を掛けようとした陸をカイルロッドが遮る。
「淑芳は何かに気付いたみたいだ。ここは彼女の結論が出るまで様子を見よう」
「そう……ですね。いつになくシリアスですし、そうしましょう」
「いえ、その必要はございませんわ」
見ると、淑芳が冷や汗を垂らしながらこちらを見据えてきていた。
「もう、いいのですか?淑芳」
「はい」
「何を考えていたのか聞かせてくれないか?」
カイルロッドのその問いに淑芳はいきなり頭を下げた。
ぎょっとして後じさってしまうカイルロッドと陸。
「話す前に私、カイルロッド様に謝らなければなりません」
「な、何を?」
「ずっと欺いていたことをです」
そういって淑芳は顔を上げ、デイパックから何かを取り出そうとする。
謝罪する相手に私は数には言っていないのでしょうね、と陸はその間諦観の念で淑芳を見つめていた。
淑芳がデイパックから取り出したのは長さ1m程の金属製の棒だった。
柄に紅い房がついている。
それから放たれる凄まじい威圧感にたじろぐカイルロッド。
「そ、それは一体?」
「これが私に支給された武具。私の師にして最古の神仙。玉帝と並ぶ力を持った天界の重鎮。
しかしてその実体は喰うことと寝ることにしか興味のない、長く生きすぎて脳みそが耳から
だぶだぶ垂れて無くなってしまったのかの如きぐーたら老人なのですが……いえ、話がそれました。
ともかく、わが師太上老君が八卦炉の火で鍛え上げた天界最大の武宝具、「雷霆鞭」なのですわ!」
「「おお〜〜〜〜〜〜」」
淑芳の口上に思わず喚声を上げるカイルロッドと陸。
「私如きが使っても大地に大穴を空けることが可能な武器です。
邪悪な者にわたれば一体どれだけの悲劇を生み出すのか……考えたくもありませんわ。
だから私はこの武器を封印することに決めました。奪われぬように、存在を気取られぬように。
その為とはいえ、私はカイルロッド様をずっと欺いてきたのです。
本当に、申し訳ありませんでした……」
そういって淑芳は俯き、袖口で涙を拭う振りをする。
「そんなことを気にする必要はないよ淑芳。君の判断は間違っていない。
さあ、元気を出して」
「ああ、有難うございます、カイルロッド様……」
淑芳はカイルロッド胸にすがりつく。
『あー、いい様に操られてますねー』
陸は彼女の嘘泣きに気付いてはいたが、とくに口を挟むこともなくおとなしくしていた。
「そしてその武器こそがこの扉の鍵というわけですか?
すごい偶然ですね」
その陸の言葉を聞いた淑芳は顔を上げ、神妙な表情になる。
「私はまさしくそのことを考えていたのですわ。
偶然、地図の秘密に気付いた私達が、偶然、何の障害もなく格納庫にたどり着き、
偶然、扉の鍵を持っていた。しかも偶然、それは私の良く知る道具だった。
ここまで揃うとこれはもう作為的なものと考えざるを得ません。
私達は主催者の掌の上で踊らされているのですわ」
拳を握って力説する。余程腹に据えかねているようだ。
しかしカイルロッドはそれに異を唱える。
「だが淑芳。確かにそこまで偶然が重なると必然のようにも思えるが、
その中で主催者が介入できそうなものといったらその武器を淑芳の支給品にすることくらいだぜ?
後は全て本当に偶然か俺たちの意志による行動だ。考えすぎじゃないのか?」
「そうかもしれません。しかし……」
淑芳は手の刻印に目をやる。
「私達がそう行動するように仕向けられていた、という可能性もあります。
この忌々しい刻印からの介入によって」
ハッとしてカイルロッドも刻印を見る。
「例えば、地図が火に近づきすぎていることに気付かない。
わずかに焼けただけなのに水筒の水を全てかけてしまう。
他の参加者が通らない道を選ばせる。
それが刻印からのわずかな信号によって私達の意志が操作された結果、だとしたらどうでしょう?
そしてこれは恐らくですが私達以外の参加者の地図に水をかけても
地下空洞の地図は出てこないのではないでしょうか?」
「全ては推論に過ぎませんね。しかし主催者の力を考えればあり得なくはない説です。
仮にその通りだとして、主催者の目的は一体何なのでしょう?
我々に格納庫を確認させてどうするつもりでしょうか」
「わかりません。
罠なのか、主催者にとって必要なことなのか。それとも偶然の重なった結果なのか。
私達にはこの扉を開けないという選択肢もあります、しかし……。
カイルロッド様……」
淑芳はカイルロッドを見つめる。主催者に対する怒りと決意を持った目だ。
陸もカイルロッドを見つめた。決断を促す、試すような目だ。
淑芳は参謀であり、陸は補佐であり、カイルロッドは指揮官だった。
いつの間にか決まっていた役割。
今、カイルロッドに決断が迫られている。
しばらく黙考した後、カイルロッドは口を開いた。
「開けよう。
こちらのカードは全て相手に筒抜けだ。
それを相手にしようとするのならわずかでも相手の手の内を知る必要がある。
掌の上から抜け出すには掌の大きさを知らないといけない。
淑芳、やってくれ」
「はいっ!」
淑芳は力強く頷き、雷霆鞭を扉の穴の中へ挿入する。
かちり、と音がしてぴったりとはまり込んだ。
「カイルロッド様、ついでに陸。下がっていてください。
とばっちりが行くかもしれませんわよ」
忠告を受けて、カイルロッドたちは淑芳の背に回り身構える。
「打ち据えよというなら打ち据えて差し上げますわ!
神の怒り、とくと喰らいあそばせ! はぁーーーー!!」
雷霆鞭に力を送り込み、その威力を炸裂させる。
淑芳と扉の周囲を電撃が迸り、縦横無尽に走り抜けた。
それが収まった後、扉に刻まれた紋様が輝きだし、ゆっくりと扉が左右に開き始める。
ゴォン
完全に扉が開ききった後、雷霆鞭はそこにもう存在しなかった。
武器として使用するか鍵として使用するかの二者択一だったらしい。
そして淑芳は……その場に崩れ落ちる。
「淑芳!」
カイルロッドは倒れた淑芳に駆け寄って抱き起こした。
「しっかりしろ、淑芳。どうしたんだ!?」
淑芳は弱弱しく微笑む。
「ふふ、私の力が制限されていたことを忘れていましたわ。
雷霆鞭に力の殆どを持っていかれてしまいました。
私は今から少し眠らせていただきますね。私を……お護りくださいカイルロッド様……」
そういい残して淑芳は目を閉じた。
「ああ、安心して眠ってくれ。必ず護る。」
そしてカイルロッドは淑芳を背に負い、格納庫の中へと足を踏み入れる。
その後を陸が静かについていった。
格納庫の中には広々とした空間が広がっており、
その真ん中に空間の1/3は占めようかという巨大な箱庭が置かれていた。
「これは……この島の全景か?」
蛍光色の光に照らされた箱庭は驚くべき精巧さで島の全域を擬していた。
「物凄く細かい部分まで再現されていますね。
私達が淑芳と出会った難破船や、灯台はもちろん。
森の木々の一本一本まで作りこまれています。よっぽど暇だったんでしょうか」
「一体誰が作ったんだろうな」
カイルロッドは淑芳を箱庭の脇に横たえ、様々な角度から模型島を観察する。
陸は箱庭の中に降り立ち、中を歩き回りはじめた。
「お、おい陸。大丈夫か?」
「ええ、かなり頑丈に作ってありますね。
多少踏んだくらいでは壊れることはないようです。
いえ、気をつけないとこちらが怪我をしてしまいますね」
陸は平然と中からの観察を続ける。
「うーん、本当にただの模型みたいですねぇ。
起動に必要なスイッチやそれらしきものも見当たりませんし……」
「いや、この模型からは何らかの力を感じる。
わずかだが、魔法のような力を」
陸は箱庭の中から出てカイルロッドに近寄る。
「魔法ですか。それでは私の知識ではお手上げですね。
カイルロッドなら動かせそうですか?」
「いや、俺では無理だな。俺の力は魔法じゃなくて親から受け継いだ能力だからな。
魔法や術なんて大層なものじゃない。
多分だが、これを動かすには力の流れを制御する術が必要なんだと思う。
俺たちの中で曲りなりにも術が使えるといえば……」
カイルロッドと陸の視線が眠り姫のもとに注がれる。
「やれやれ、彼女が目覚めるまでは待ちぼうけですか」
「そういうなよ。急ぐ気持ちもわかるが俺たちも動き通しだ。
休息する時間ができたと思おう。
いざ仲間と出会えても疲労困憊で護れませんでした、じゃ話にならないからな」
そういってカイルロッドは腰を下ろした。
「確かに灯台で少し仮眠を取っただけですしね。わかりました。
この場なら他の参加者が訪れるというような事態もそうそうないでしょう
灯台に代わる新しい拠点が出来たと思うことにしましょう」
陸も少し残念そうだが素直に身体を伏せる。
「おやすみ陸。良い夢を」
「悪夢でないといいのですが」
そしてそれから4時間ほどが経過した後、淑芳は目を覚ました。
「ここは……格納庫の中……のようですわね」
ヨロヨロと立ち上がって辺りを見回す。
すると大きな箱庭とそれにもたれて寝入っているカイルロッドと陸を見つけた。
何者かにやられたのかと慌てて駆け寄るが、単に寝ているだけと悟って安堵する。
「全く、見張りもおかないなんて無用心な」
微笑み、カイルロッドの鼻先をちょいと指で突付いて今度は箱庭を観察する。
この島を模した模型であること、何らかの力が働いていることまではわかったが
どう動かせばいいのかがまるでわからない。
「一体何なのかしら、これ?」
『玻璃壇』
「え?」
突如として頭の中に浮かび上がった単語に淑芳は戸惑う。
耳を澄ましてみるが、もう何も聞こえない。
「淑芳、起きたのか」
ギョッとして振り向くと目覚めたカイルロッドが欠伸をしていた。
涙を拭いながら笑いかけてくる。
「心配したんだぜ」
「それにしては熟睡なさっていたようですけど」
淑芳も笑って返す。
「おはようございます。お二方。
まぁ異常なかったようでなによりですね」
陸も起き出してきた。
「それで淑芳、この模型を見て何か判るか?」
カイルロッドの言葉に淑芳は無念そうに俯く。
「いいえ、何も判りませんわ。
どう動かせばいいのかすら……」
その時、淑芳の頭の中にこの『玻璃壇』の起動方法が流れ込んでくる。
「え? え? い、一体なんなんですの!?」
頭を押さえてうずくまる淑芳を見てカイルロッドが駆け寄る。
「どうしたんだ淑芳、しっかりしろ!」
「う、うう」
彼女が疑問を頭に浮かべるごとにその答えとなるべき情報が流れ込んでくる。
その未知の情報に淑芳は翻弄されていた。
苦しむ淑芳を前にカイルロッドはどうすることも出来ずに淑芳の身体を支えている。
「くそ、一体何が起こっているんだ」
その時、淑芳が大きく息を吐き出した。
そしてそのまま呼吸を荒げたまま立ち上がる。
「し、淑芳?」
「わ、判りましたわ。この箱庭の名前は玻璃壇。
存在の力によって編まれる自在法という術によって起動するようです」
大量の汗に顔面を蒼白にして、今にも倒れそうな状態だが淑芳は屹然と玻璃壇の前に立つ。
陸は怪訝そうに尋ねる。
「そのことをどこで知ったのですか?」
「私が疑問に思ったことの答えが脳裏に浮かび上がってしまうのです。
私が何故こんな状態になってしまったのかは判りません。
しかし心当たりはあります。おそらくは……」
「神の……叡智」
淑芳の言葉を陸が受け継ぐ。
【神の怒りを鍵としてこの扉を打ち据えよ その者、神の叡智を授かるであろう】
カイルロッドが得心が行ったように叫ぶ。
「あの扉に書かれていた言葉か! 扉を開けた淑芳にその叡智とやらが宿ったんだな?」
「多分、間違いありません。
最も、なんにでも答えてくれるというわけではありませんけれども。
主催者の都合のいい部分だけでしょうね。
ある世界には異界黙示録(クレアバイブル)と呼ばれる知識の泉があり、
これはその力を模しているようです」
突然溢れ出てくる知識の奔流にも慣れたのか、淑芳は大分落ち着いてきている。
「大丈夫なのか、淑芳」
「ええ、最初は次々に疑問を浮かべてしまいパニックになりましたけど
今はもう慣れましたわ。さぁ玻璃壇を起動しましょう」
「自在法とやらを扱えるのですか淑芳?」
「ええ、存在の力は全てのものが持っています。
私の仙術を使うための力やカイルロッド様の力も
その源は存在の力から派生したものなのです。
それさえ判れば簡単な自在法なら私にも可能ですわ、攻撃などの難しい物は無理ですけど」
そういって淑芳は踵を打ち鳴らし、玻璃壇に力の供給を始める。
「起動を願う」
格納庫の中に淑芳の声が朗々と響き渡った。
【F-1/海洋遊園地地下 格納庫/一日目、011:50】
【カイルロッド】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:支給品一式。陸(カイルロッドと行動します)
[思考]:玻璃壇の力を確認する/イルダーナフ・アリュセ・リリアと合流する
/ゲームからの脱出/……淑芳が少し気になる////
【李淑芳】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:支給品一式。呪符×20。
[思考]:玻璃壇を起動する/カイルロッドに同行する/麗芳たちを探す
/ゲームからの脱出/カイルロッド様LOVE♪
「おまえは俺の敵だ!」
紫の男が吼えた。
(違うな)
ヘイズはそう一人ごちする。
ヘイズはいつも絶望と戦ってきたと自負している。
決して致命傷を与えられない『砕破の領域』、ただを告げるだけの予測演算、使えば終りの切り札。
能力は完全にサポート向き。だから敵を打ち破るのも、敵の攻撃をかわすのも、全てヘイズ自身がしなければならない。
当然彼の戦記に楽勝なんてものはない。常に綱渡り、常に紙一重。
耐えて、凌いで、待つ。ただひたすらにワンチャンスを追い求め。確実にそれを掴む。
自分との戦い。ヘイズは、そんな不器用な戦いしかできなかった。
暗澹たる絶望がヘイズの心を蝕む。その上で、彼はワンチャンスへの道を作り続けてきた。
ヴァーミリオン・CD・ヘイズはこの男の敵。それは間違い。相手のミス。
そこに、へイズはワンチャンスを見た。
<I−ブレインの動作効率を120%に再設定>
同時に紫の男が吼える。
「宣言する! 俺は俺の全力の一撃を以ってお前を叩き潰す」
広げた罅が閉塞される。
数十回目の光景。
所狭しと並べられたファンシーグッズが、その衝撃波に煽られる。
笑顔を振りまくグッズたちを踏み越えて、フォルテッシモは赤髪を追った。
戦闘は続いている、土産物屋で。
何故こんなところに、と眉をひそめたフォルテッシモだったが……。
棚の向こうに回り込む赤髪、直接は狙わない。進路上にある棚をなぎ倒す一撃を放つ。
乾いた指音とともに消える亀裂。数十プラス1回目の光景。
見えてなくとも、向こうは確実にそれを打ち消してくる。
舌打ち一つ。そのまま彼を追って回り込み、ぎりぎりで次の棚に回りこむ奴を視線で捕らえる。
フェイントをかけてその隣の列に先回り。しかし赤髪はこちらを見ることもなく棚の間を走り抜けて行った。
進路を塞ぐよう放つ一撃はあるいは同様にかき消され、あるいは見越して迂回しそれを避ける。
ジグザグに走っているからこそ射程内に捕らえてはいるが、徐々に距離が開いているのにフォルテッシモは気づかされる。
答えは明白だった。
「はは、俺の行動を完全に読んでるな!」
高い運動能力、そして予知にも近い先読み能力だった。
「逃げてると思ってたぜ……。撤回しよう、お前は俺と戦っている」
まさしく強敵。フォルテッシモはにやりとに笑った、不敵に。
「おまえは俺の敵だ! 宣言する! 俺は俺の全力の一撃を以ってお前を叩き潰す」
叫んで、フォルテッシモは赤髪と棚を挟んで横並びになり、立て続けに二本の亀裂を走らせた。
一つが進路を、棚をなぎ倒して塞ぎ、一つは奴を直接狙う。
どちらも掻き消されることはなかった。今までの比でない空間破砕が巻き起こる、進路を塞ぐ一撃は見事その役割を果たす。
一瞬遅れて本命が、空振りした。
直前、赤髪が二人を挟む棚に体当たりをかけた。衝撃波にも後押しされ、叩きつけるような勢いで倒れてくる。
空間の罅を広げ防御しようとし、はっ、と気づいてフォルテッシモは横に飛びのいた。
防御するはずの断裂が、乾いた指音とともに消える。直前まで彼のいた空間を棚がそのまま叩き潰す。
転がるように避け、ひざを突くフォルテッシモ。棚の上にあった品々が少し遅れて降り注ぐ。
「あー、今のを余裕で避けるのかよ」
少し離れて、赤髪がぼやきが聞こえた。
フォルテッシモは、久しく感じなかった戦慄に心を奪われた。
フォルテッシモでさえ今のはまさしく間一髪で、そしてこれは同時に度し難いスキだった。
立ち上がって詰め寄る、それは時間にして3秒弱。その間赤髪が、彼の攻撃範囲から離脱する。
後悔に顔をゆがめ、断裂による衝撃波を放ち、距離を詰めに駆けるフォルテッシモは、赤髪の手を凝視する。
衝撃波に叩かれる赤髪、今までとより明らかに長い準備期間、その指が、くっと矯めて、ぱちんと弾いた。
激痛。
歴戦のフォルテッシモも、呼吸を忘れる痛みが脳内を駆け回った。
「っがああああぁぁぁ!」
一拍遅れて上がる自分のものとは思えない悲鳴。右足が一瞬でぼろ屑と成り果てた。
靴が、服が、皮膚が、等しくずたずたに裂かれ、融合したように張り付いていた。
空間断裂に裂かれ、散らばった数々の破片が、容赦なく足に突き刺さっていた。
血が一瞬にして沸きあがり、あるべき姿を思い出して、その皮膚を汚していた。
走るどころか、立つことすら侭ならない。赤髪との距離を縮められない。
フォルテッシモは初めて、戦いの最中に自身の敗北を確信した。
「これが本来の使い方か!」
距離を置いて構える赤髪に、フォルテッシモは痛みを忘れんがために吼えた。
「いや、どっちかっていうと今までが本来の使い道。こいつは人体に効きが弱いんでな」
赤髪はそれだけ言うと、たっぷり時間をかけて指を弾いた。
左足も同じ運命をたどる。フォルテッシモには、もはや悲鳴すらかなわなかった。
「ま、それなら俺達を追うことは出来ねえだろ」
フォルテッシモは、ぎり、と歯噛みする。
もうこいつは自分と戦う気がない。その事実がひたすらに感情を逆なでする。
気だるそうにその真紅の髪を掻き、赤髪はフォルテッシモに背を向けた。
徐々に遠くなるズタボロの背中に、
「――待て!」
フォルテッシモはまたも叫んだ。
このままでは納得がいかなかった。ダメージ量では圧倒的こちらが勝っている。向かってさえ来ればまだ戦える。
封じられていた挑戦者としての己が、痛みより強くフォルテッシモの胸を焦がした。
それでも去っていく赤髪。
フォルテッシモは三度叫んだ。
「貴様の名前は!」
赤髪はやはり振り向くことはなかった。ただ一言、
「人喰い鳩――Hunter Pigeon」
それだけを残し、ブチ破られた壁を抜けて、赤髪はフォルテッシモの前から姿を消した。
どこからか漏電したのか、売り物のライターから失火でもしたのか、徐々に煙が回り火の粉が舞う。
両足のそれは致命傷ではない、すでに痛みも引きつつある、しかし戦線から取り残されるには十分な傷だった。
初めての敗北のときと重ね、フォルテッシモは、
「馬鹿馬鹿しい」
吐き捨てた。
立ち上がろうとして失敗する、しりもちをついた格好で、初めは己を嘲る様に、しかし次第にその笑みが晴れ晴れとしたものになる。
「生き残れ。俺がお前の挑戦者と……」
唐突に言葉を切り、目を細めた。体が心なしか震えている。思考が無意識に臨戦態勢へと移行する。
気がつけば、火の粉が群青色に染まっていた。
空気が、空間すら震える殺気で染まっていた。
殺気は四方八方から等しく注がれている。
「誰だ」
フォルテッシモの苛立たしげな誰何の声に、物陰からずんぐりムックリの獣達が取り囲むように姿を見せた。
「はじめに言っとくわ。あたしはあんたを負かしたあいつを追わなきゃいけないのよ、だから速やかに殺されなさい」
「ま、そー言うこったッ! 楽しませてくれる必要はねえ。ヒッアハァー!」
獣の中から、女と男の声がひどく軽薄な死刑宣告を告げる。
フォルテッシモの本能に火がついた。
じりじりとにじり寄るひどく滑稽な死の表現。フォルテッシモは口元をゆがめ、前方の三匹を薙ぎ掃った。
「ハ・ズ・レ!」
三匹の獣は亀裂に裂かれ、次を狙う彼の目前で、真っ二つになった獣が爆発する。
同時に、吹き散る火の粉から顔を庇うフォルテッシモめがけて、残る四匹の獣達が殺到した。
舌打ちどころではなかった。油断なく張っていた全周囲の空間断裂で、完全に外部と遮断。
一旦阻まれた獣達は、その周りを踊るようにぐるぐると回りだす。
獣の中央、口のような裂け目がガクガク揺れる。
笑っているのだろうが、断裂にさえぎられ、フォルテッシモにはその声が聞こえない。
「とんだメリーゴーランドだ、くそったれッ!」
獣の数はいつの間にか七匹に戻っている。フォルテッシモの頬を汗が伝った。熱気ではなく、焦りで。
押し固められ、両足はまだ歩けるほどには回復していない。
敵の狙いを思考するフォルテッシモに群青のもやが視界を蔽う。
「酸欠か!」
獣の口元が動く、ハ・ズ・レ、と。眼前でより最悪な事態が展開された。
もやが収束する。紛れもない群青に火の玉に。
「!」
空間を操作する間もなく、火の玉はフォルテッシモの眼前で炸裂した。
今度は悲鳴もなかった。喉を、肺を、目を焼かれ、空間断裂が解除される。
眠りよりも深く、気絶よりも迅速に、フォルテッシモの意識は闇へと消えた。
【049 フォルテッシモ 死亡】
【残り 75人】
【E-1/海洋遊園地/1日目・12:20】
【ヴァーミリオン・CD・ヘイズ】
[状態]:左肩負傷、全身に擦過傷すぐにでも治療が必要、疲労困憊 I−ブレイン3時間使用不可
[装備]:騎士剣・陰
[道具]:有機コード
[思考]:1、火乃香達のところへ 2、刻印解除構成式の完成。
[備考]:刻印の性能に気付いています。
【マージョリー・ドー】
[状態]:健康
[装備]:神器『グリモア』
[道具]:デイバッグ(支給品) 、酒瓶(数本)
[思考]:赤髪を追う。 ゲームに乗って最後の一人になる
地下通路を通って人の多そうな場所まで行く、という手もあったが、結局、
麗芳は地上を移動することにした。途中で殺人者が待ち伏せているかもしれないが、
それは地下通路を通っても同じ。あちこちに出入口がある以上、地下通路の存在に
気づいた参加者が他にいても不思議ではない。敵と出会ったなら、隠れる事もできず、
狭い一本道を逃げねばならないかもしれない。
さらに、もし途中で崩落でも起きていれば、それこそ無駄足になる。
まず地下通路で行けない場所から探そう、と麗芳は考えた。
「よし、とりあえず灯台に行こう。で、その次は難破船を探してみようっと」
彼女が最優先で探す相手は、淑芳だ。麗芳を気絶させるほどの実力を持つ藤花
(の中にいる誰か)、神将である鳳月と緑麗、ED曰く剣の達人らしいヒースロゥ、
この四人は急いで探さなくても平気そうだが、淑芳は少々危険かもしれなかった。
「淑芳ちゃんだったら、どこか人の来ない場所に隠れててもおかしくないし」
だからこそ、いかにも人がいなさそうな場所から調べるわけだ。
淑芳以外の人物が隠れていたとしても、それはそれで構わなかった。弱いせいで
殺し合いができないか、あるいは単なる平和主義者か――他に理由は考えにくい。
温厚そうな相手なら、同盟に誘う。そうでなくとも、情報交換くらいはできる。
小娘一人だと侮って襲いかかってくるようなら、返り討ちにすればいい。麗芳は、
そんじょそこらの軟弱者くらいなら簡単に倒せるのだから。
「何も収穫がなければ、またその時に考えよう」
デイパックから地図と方位磁石を取り出し、麗芳は北へ向かって歩いていく。
湖岸と湖底の境界だった場所は、急な斜面になっており、無理に登れば滑って
転びそうだった。おかげで緩やかな坂を探さねばならず、移動に時間がかかった。
湖底だった場所を離れ、やっと草原に出られた頃には、靴が泥まみれになっていた。
「うーん、誰もいない。喜ぶべきなんだか、哀しむべきなんだか」
そう言いながら彼女は周囲を見回し、近くの手頃な岩に腰を下ろし、靴を脱いで
泥をぬぐい始めた。靴に付いた泥から移動経路を推理されては困るからだ。
天気はだんだん悪くなっていくようだったが、雨が降ると断言できない以上、
泥だらけの靴を見られた時に、水場から来たと見破られる可能性があった。
地下通路の存在は伏せておくべきだ。だから麗芳は手掛かりを消す。
雑巾がわりのメモ用紙が、泥色に染まっていく。やがて作業が一段落した頃、
どこか遠くから、何かが暴れているような音が聞こえてきた。
「南西の森で、バケモノが木々を薙ぎ倒してる――としか思えないなぁ……」
破壊の響きは、すぐにおさまった。けれど、騒音の元凶は謎のままだ。
靴を履いて立ち上がり、金色の瞳に森を映して、麗芳は静かに自問する。
(確認しに行く? それとも無視する?)
危険な場所に近づくのは得策ではない。けれど彼女は、森へ向かって走りだした。
(あの森で、誰かが襲われてるのかもしれない)
その誰かは、麗芳の探している相手かもしれない。見知らぬ誰かでも、罪なき人が
死にかけているのなら、なるべく助けるべきだろう、と麗芳は思う。
森から出てきた相手は、黒い革の上着を着た男だった。ポケットに手を突っ込み、
麗芳を無表情に眺める視線は、まるで路傍の石でも見るかのようだった。
対峙した瞬間に、麗芳の背中を悪寒が走った。本能が、今すぐ逃げろと言っている。
「俺を殺すか、お前が死ぬか。選択肢はそれだけだ。……さぁ、どうする?」
彼の顔が歪んだ。猛々しく、禍々しく、ひたすらに空虚な笑みだった。
男の目を見て、麗芳は悟る。説得は無駄で、戦闘は不可避。彼は狂っている。
周囲のすべてを巻き込みながら、際限なく暴力を撒き散らす。そういう目だった。
(放ってはおけない。こいつは、ここで倒さないと……!)
もしも彼が、淑芳に会えばどうなるか――そう考えただけで覚悟は決まった。
デイパックを投げ捨て、麗芳はスタンロッドを構える。ここは、森と森の間にある
林の中。戦いの邪魔になるほど、木々は多くない。
「名前を訊いてもいいかしら?」
返答を期待しない問いだったが、男は短く名を告げた。
「甲斐氷太だ。いくぜ」
言うと同時に、甲斐がポケットから手を出す。その時には、既に麗芳も動いている。
一直線に近づいて、思いっきり殴る。ただそのための動きだ。しかし、接近する速度が
尋常ではなかった。あっという間に二人の距離が狭まっていく。
だが、甲斐には一瞬の時間があれば充分だった。カプセルを口に入れて噛み砕き、
瞳を真っ赤に輝かせる。漆黒の鮫が、麗芳の眼前に出現した。
「!」
慌てて麗芳が跳びのいた空間を、鋭い牙が通過する。木々を薙ぎ倒しながら、黒鮫が
追撃を開始。空中を泳ぐ怪魚に対し、彼女は防戦一方だ。
(何よこれ! あの男が操ってるの!?)
木々を盾にしても、黒鮫は平気で襲ってくる。牙から逃げ、尻尾を避け、突進を
かわして、麗芳は駆け回る。黒鮫にスタンロッドを叩きつけようとするが、なかなか
隙をつくことができない。甲斐自身は攻撃してこないが、そちらを完全に無視する
わけにもいかない。飛び散った木片が、起伏だらけの足場を余計に悪化させていく。
徐々に麗芳は追い詰められていった。周囲の木々は、大半が木片と化している。
接近しないと攻撃できない彼女にとって、甲斐の悪魔は難敵だ。相性は最悪だった。
普段の麗芳なら、黒鮫を殴り倒せたかもしれないが、今の彼女にそれは不可能だ。
「ぐぅっ!」
黒鮫の突進をくらい、麗芳の身体が地面を擦りながら転がる。受け身は失敗した。
右手のスタンロッドを放さないようにするだけで精一杯だった。
(術を使える仲間がいれば、こんな鮫に苦戦なんかしないのに……)
鈍痛を堪えて彼女は立つ。もはや満身創痍だ。まだ辛うじて動けるが、あちこちの
骨にヒビが入っている。当然、内臓も無傷ではない。
麗芳に勝機があるとすれば、それはたった一つ。
(どうにかして、あの男を殴る!)
甲斐は不機嫌そうに顔をしかめている。楽しんでいるようには見えなかった。
「けっ、憂さ晴らしにもなりゃしねえ」
カプセルを幾つか再び嚥下し、甲斐は黒鮫に「とどめを刺せ」と命じた。
主人の許可を得て、悪魔が大きく顎を開き、空気を裂いて襲いかかる。
間近に迫る黒鮫を、麗芳は睨みつけた。身構え、見据えて、拳を握る。
左手を大きく振りかぶって、麗芳は、密かに握っていた石を投げた。
石は黒鮫の右目に向かって飛び、当たる寸前で避けられた。
だが、石は囮だった。次の瞬間、黒鮫の口の中へ、麗芳の指輪が投げ込まれる。
ただの指輪ではない。大きさを変えて鈍器にできる武宝具だ。それ故に、応用すれば
こういう使い方もできる。
「なっ!?」
甲斐が思わず驚きの声をあげ、硬直した。黒鮫の口の中で指輪が巨大化し、
直径1メートルほどの輪となって、顎を閉じられなくしてしまったのだ。
その隙に、麗芳は黒鮫の横を駆け抜け、甲斐にスタンロッドを振り下ろす。
「ちっ!」
甲斐の反撃が間にあった。麗芳の右腕を拳が打ち、スタンロッドが落とされる。
けれど、スタンロッドも囮だった。最後の力を込めた麗芳の左拳が、容赦なく
甲斐の腹に命中した。
「が……!」
腹を押さえて、彼はその場にしゃがみこむ。黒鮫が、力を失い地面に落ちた。
「まだ、死ぬわけにはいかないのよ」
そう言って微笑した麗芳を、真横から出現した白鮫が一撃で噛み殺した。
ごきり、と骨の折れる音が聞こえ、白鮫の口から赤い血が流れ出す。
痛みや苦しみを感じる時間すらなかったはずだ。それが唯一の救いだろう。
ゆっくりと甲斐が立ち上がり、不愉快そうに腹を撫でてつぶやく。
「……次は、最初から全力でいくか」
二匹の鮫を消し去り、甲斐は死体に背を向けて歩き出した。
【032 李麗芳 死亡】
【残り74人】
【B-6/林の中/一日目/13:25】
【甲斐氷太】
[状態]:左肩に切り傷(軽傷。処置済み)。腹部に鈍痛。カプセルの効果でややハイ。自暴自棄。
[装備]:カプセル(ポケットに数錠)
[道具]:煙草(残り14本)、カプセル(大量)、支給品一式
[思考]:とりあえずカプセルが尽きるか堕落(クラッシュ)するまで、目についた参加者と戦い続ける
[備考]:『物語』を聞いています。悪魔の制限に気づいています。
現在の判断はトリップにより思考力が鈍磨した状態でのものです。
※森の木に加えて、林の木も十数本ほど折り砕かれています。
※林の中に、支給品一式(パン4食分・水1500ml)、凪のスタンロッド、
武宝具・圏(金属の輪、今は直径1メートル)が落ちています。
※麗芳の所持品を甲斐が拾ったかどうかは、続きを書く人に任せます。
北斗揺光破軍星君、そして、北斗天枢貪狼星君。
彼らは、北斗七星の名を冠する神将であり、天軍でも屈指の精鋭たちである。
まぁ、要するに、偉くて強い神仙だ――ということになっている。いや、本当に。
さて、その偉くて強い神将サマが、今まで何をしていたのかと言うと……。
「おい鳳月。ここは以前通った場所ではないか。知らない間に戻ってきているぞ」
「なっ、何だよ緑麗、俺のせいだって言うのか!?」
「うるさい。叫ぶな。大声を出して、無駄に体力を消耗するな」
「ぐっ……」
「やれやれ。またしても、やり直しか」
「うぅ……俺たち、ここから出られるのか……?」
二人そろって思いっきり道に迷っていた。
では、何故こんな情けないことになっているのか、回想シーンで説明しよう。
時は、メフィストや志摩子と別れ、二人が島の中央に向かって歩き始めた直後。
鳳月と緑麗は、なんと、森の中で遺跡を発見した。
「ほとんど地下に埋まっちゃってるけど、なんとか中には入れそうだな」
「おそらくは、殺し合いのために用意された舞台装置だ。無視しよう」
興味津々の鳳月と、どうでもよさげな緑麗。二人の意見が食い違った。
「待て待て緑麗! せっかくの遺跡なんだぞ? 俺と一緒に中を調べようって」
「馬鹿か鳳月。宝探しをしているヒマなどないだろう。さぁ、仲間を探しに行くぞ」
「だから待ってくれってば! そういう意味で言ったんじゃないんだよ」
「ほう、そうか。だったら説明してみろ。くだらない理由だったら鉄拳制裁だが」
「隠れ家に使えるかどうか、確認したいんだ。中が安全そうなら、戦闘能力のない
参加者を避難させてやれるだろう? どうやら腕自慢ばっかり参加させられてる
わけでもなさそうだし、怪我をした参加者に会うかもしれないしさ」
「……なるほど。一理あるな」
「だろう?」
「それで、先客がいたらどうする気だ」
「隠れてるなら、『乗りたくない』か『乗れない』かの、どっちかじゃないか?」
「殺し疲れて眠りに来ている、という動機も考えられる。油断はするな」
「そういう時こそ、なんとか説得してやらないと」
「もしも、救いようのない悪党が隠れていた場合は?」
「……とりあえず生け捕りにしとこうか」
「その後で尋問だな。あるいは拷問になるかもしれないが」
というわけで、二人は地下遺跡に足を踏み入れた。
「罠も、その他の危険物もないみたいだな。それに、誰もいない」
「誰かがいた痕跡もない。我々が最初の発見者だったようだ」
――びしっ!
「ええと緑麗。今、なんか、足元から不吉な音が」
――びしびしっ!
「諦めろ鳳月。もう既に手遅れだ」
――びしびしびしっ!
「……星秀に会えるかもしれないな」
――びしびしびしびしっ!
「しゃべるな。舌を噛むぞ」
――どがしゃがらがすごすばらどどーんっ!
こうして二人は、崩れた床と一緒に、地下遺跡の奥へと落下していった。
全身あちこち怪我だらけになったが、二人とも、どうにか命は無事だったりする。
「なぁ緑麗。ご自慢の鼻で、出口から吹く風の匂いとか、感知できないのか?」
「いいか鳳月。少しは考えてから口を開け。無理だからこそ、困っている」
ひたすら似たような通路が続く。単調極まる光景が、容易に座標を間違えさせる。
立体的に絡み合った坂道が、今いる深度を忘却させる。そこは、まさしく迷宮だった。
はてさて、迷子の神将たちは、はたして脱出できるのか?
「だから、今度は、さっきの分岐を右折だって」
「どの分岐だ? 5分前の丁字路か? それとも、8分前の十字路か?」
頑張れ鳳月! 負けるな緑麗! どっちを右折しても行き止まりだけどな!
【G-6/地下遺跡の迷宮/1日目・11:55】
『破軍と貪狼』
【袁鳳月】
[状態]:全身あちこち怪我だらけ、疲労困憊
[装備]:不明
[道具]:支給品一式(パン5食分・水1500ml)、メフィストの手紙
[思考]:地上を目指す/仲間を探す
【趙緑麗】
[状態]:全身あちこち怪我だらけ、疲労困憊
[装備]:スリングショット
[道具]:支給品一式(パン5食分・水1500ml)
[思考]:地上を目指す/仲間を探す
[チーム目的]:他の参加者と接触して、争いを止めたい意思を伝える。
また、刻印について調べている参加者を探し、話を聞く。
ただし、マーダーらしき単独行動者や、多人数のチームは避ける。
[チーム備考]:この後、17:00に某所(詳細不明)でメフィストと会う予定あり。
※地下遺跡のどこかに、迷宮へ続く大穴が開いています。
力を与えられたそれが、静かに律動を開始する。
その宝具が起動された姿は圧巻だった。
半透明にぼやけた小さな人型達が、各々の動きを自由気ままに続けている。
島の全土から地下までを精巧に模して作られた模型には、百近い人型の数で溢れていた。
「凄いな、これがみんな参加者なのか」
驚いた声で嘆息したカイルロッドの横で、起動した本人の淑芳もまた首を立てに頷く。
知識の奔流が脳に直接流れ込んできたとはいえ、実際に己の目を介して見てみたことでその凄さが実感できた。
これがあれば、求める人を探すのも容易になるだろう。
唯一の難点は、人の形が簡略化されているためにそれが男か女かすらまともに分からないことだが、
その点を差し引いてもこの道具は大いに彼らを手助けしてくれるだろうと思われた。
その巨大な箱庭で蠢く人影をぼんやりと見つめていた淑芳は、不意にあっと小さく声を漏らした。
突如硬くなったその表情を目敏く見とがめ、カイルロッドが声をかける。
「どうした、淑芳?」
「今、影が消えましたわ……」
言って白い指で指し示したのは、ここから程近いエリアにある公民館の一室だった。
彼女は見てしまったのだ。
壁に寄りかかって腰を下ろした一つの影が、ふっと掻き消える瞬間を。
それはすなわち、誰かがその命を落とした瞬間であった。
――その影の主が麗芳や鳳月でないと言い切ることは、起動をした彼女にすら出来ない。
淑芳の言葉が何を意味するのか気付いたカイルロッドは苦々しげに秀麗な顔をしかめた後、一瞬遅れて吐き捨てた。
「くそっ、何が格納庫だ。誰かが死ぬのを黙ってみていることしか俺には出来ないのか!?」
焦ったように苛々と長い髪を掻き乱すカイルロッド。そこには無力な己に対する自虐の念があった。
痛いほどに歯を噛み締めながら、カイルロッドは悔しげに下を俯いていた。
所詮自分には誰も助けることは出来ないのかと。ミランシャ、パメラ……多くの人間を未熟さゆえに失った自分には。
放心したように棒立つカイルロッドを正気に戻したのは、横にいた淑芳の放った声だった。
「カイルロッド様、こちらに誰か来ます」
緊張した面持ちでそう言った淑芳の言葉は正しく、確かに彼らがいる格納庫へと向かう一つの影が模型の上で忙しなく動いていた。
人影は、この地下通路をゆっくりと南下していた。
しっかりとした足取りでこちらへと降りてくるそれは、このままなら恐らく確実にこの場所に気付くことだろう。
これだけでは誰なのかは全く分からないが、その人影がこの場の三人のうち誰かの探す相手である可能性はあった。
「カイルロッド様、どういたします?」
「とりあえず、君は俺の後ろにいてくれ。対応は俺がするよ」
「そんな、危険ですわ。もし相手がゲームに乗った者だったら……」
身体をくねらせて上目使いで言う淑芳に、カイルロッドは心配要らないと笑いかけた。
その笑みはとても優しくて、まるで春の野を照らす暖かい陽光のようだ。
ぽっと頬を赤くした淑芳には気付かないのか、カイルロッドは手を振って彼女を後ろに下がらせた。
そうして、少しずつこちらへ近づいてくる足音に耳をそばだたせる。
その歩調は幼い子供のようにぱたぱたとうるさく響き渡り、己の存在を隠そうとする殺人者のそれとは似ても似つかなかった。
……無用心すぎる。それとも、それすら計算に入れての行為なのか?
どちらか分からない限りは、精々最大限に気を引き締めてかかるしかない。
だが、次瞬、微塵の油断もせずに仁王立っていた彼の元に現れたのは、ひょろりとしたひどく気の弱そうな青年だった。
彼のおどおどと頼りない目つきを見て、カイルロッドはほっと胸中で深々と長く吐息する。
その瞳は、どう見ても殺人者のそれではなかった。
おまけに、腿にはぼろ布を不器用に巻きつけている。一応血はもう止まっているようだが、おそらく誰かに襲撃された名残だろう。
青年はその場にいたカイルロッドの姿を見て、少しだけ嬉しそうに顔を綻ばせた。無邪気な表情には、期待の色が浮かんでいる。
「あの、ミラっていう女の子を見ませんでしたか?」
どこかびくついた口調ながらも精一杯真剣な目をして尋ねる青年に、申し訳なさそうにカイルロッドが首を振った。
「いや、悪いけど知らないよ」
「そうですか。……知らないんですね……」
閉じた口の中で小さく声をあげた彼が次の瞬間にとった行動は、その場の誰にも予想のつかぬものだった。
「……何で、みんな知らないのかなあ」
言い放って再び顔を上げたときには、その表情は先ほどまでは打って変わっていた。
さながら血を求める悪鬼のような形相に変化した青年が、かちゃりと横に提げていた銃を構える。
その銃口の先に在るのはカイルロッドではなく、少しばかり後ろの――。
「危ない!」
何の躊躇いもなしにその狙いの先へ向かったカイルロッドが、大きな掌を精一杯に伸ばして淑芳を突き飛ばす。
呆然と立ち竦んでいたその小柄な体躯を後ろへと逃したカイルロッド。しかしその結果、凶弾の射線上に残されたのは彼自身の身体だった。
青年の手にする狙撃銃から放たれた弾丸は、スローモーション映像のようにゆっくりと接近する。
それは淑芳のまさに目の前で、カイルロッドの胸部へ吸い込まれるように消えていく。
「に、逃げ……」
必死に声を上げる淑芳の頼みを耳の端で触れてなお、カイルロッドは回避しようとはしなかった。
彼の反射神経ならば、迫る弾丸を交わすことは決して不可能ではなかったろう。
しかし、今自分がここを退けば、背後で尻餅をついた少女に傷を負わせてしまう。彼にはその確信があった。
カイルロッドはしかと了承していた。
信頼できる者達と合流し、主催者を打倒しなければならないと。
そしてそのために、自分はこんなところで死ぬことはできないと。
だが彼は、自分の命のために目の前にいる少女を平気で見殺しにできるほど利己的な男ではなかった。
彼は、誰かを守りたかった。
「――ぃ、ゃあぁぁぁあっ!!」
瞬間、少女の叫びが地下を支配する。
着弾の音と共に、カイルロッドの胸へ巨大な穴が穿たれた。
酷い量の血液が流れ出し、赤黒い海を床に作る。
重大な血管を何本も破砕されたそこからは、滝のように血が流れ落ちた。
がくりと冷たい床に倒れこむ彼に、淑芳が疾風のごとく取り縋る。
憤怒の目で狙撃手を見つめた彼女は、手にした雷霆鞭を狙撃手へと真っ直ぐに振り構えた。
ひらりと一閃されたそれから走った雷撃は、格納庫の壁面をしたたかに打ち鳴らし、その威力にがらがらと入り口付近の壁が崩れ落ちる。
しかし、逃げる相手は落ちてくる破片を物ともせずに、寄り添う二人に向けてもう一発銃声を唸らせた。
「何でですか? 何でみんな、ミラを知らないっていうんですか?
咆哮しながら放たれた弾丸は、今度こそ淑芳の眉間を打ち抜くかと思われた。
だが、着弾の音と共に血液が吹き上がったのは、またもやカイルロッドの胸部からだった。
彼は、最期の力をもって今にも倒れそうな上半身を起こし、再度全身で淑芳を庇いたてたのだ。
びしゃぁっとおびただしい量の血が撃たれたそこから噴出し、彼の全身を汚していく。
穴の開いた胸からは薄弱に律動する心臓が微かに覗き、いつ止まってもおかしくない速度で不安定に遅々とリズムを刻む。
そこから流れ出た鮮血が、グロテスクに赤々と床面を濡らし、海の面積を増やした。
ひくひくと小刻みに痙攣しながら、今度こそ完全にその身を倒れ臥せる。
「カイルロッド様!」
淑芳は、最早去って行く相手を追うことができなかった。
腕の中で徐々に体温を失っていくカイルロッドからは、一瞬たりとも離れたくなかったから。
もし一度でも彼を置いて出て行ってしまえば、それはきっと永遠の別れを意味するだろうと予感出来たから。
淑芳は、着物の間に挟まれた呪符を慌てて取り出した。焦る指先が震え、呪符はばらばらと床面に舞い落ちる。
その内の一枚を手で拾い上げようとして、しかし既に全てが遅すぎたことに彼女は気付いた。
咽せながらごぼごぼと血の塊を吐き出したカイルロッドに最早生気など無く、その顔は新雪のように白ざめていた。
それでも何かを告げようとする彼の口元に耳を近づけると、カイルロッドは満足そうに笑った。
こんな時だというのに、彼は、笑った。
にっこりと浮かべた笑みは、先刻のそれと変わらない暖かなもの。
春の日差しのような、あの柔らかい笑顔だった。
「……ほう、きみ……を――」
血塗れの赤い唇を微かに震わせて搾り出した弱弱しい声は中途で虚空へ途切れ、もう二度と続きが紡がれる事は無かった。
――同時に、彼らのすぐ傍に置かれた巨大な模型から一つの影が霧散する。
もう握り返されることのないその手を自身の掌で包み込む淑芳は、悲嘆に暮れる顔を伏せた。
青年の死に顔を見つめながらぽつりと呟く。
「……馬鹿な殿方ですこと」
その言葉に、傍らで沈黙していた陸が目を見開く。信じられないとでも言いたげな声で、淑芳へと尋ね返す。
「……何ですって?」
「馬鹿だから馬鹿と言っただけですわ。何か不満でもおありかしら」
「カイルロッドはあなたを守っ――」
「だから!」
陸の怒声は、それを上回る音量で覆い被さった淑芳の叫声によってかき消された。
重ねて絶叫する淑芳の台詞に、聞いていた陸が顔を固く強張らせる。
「だから馬鹿なのですわ! 会って半日も経っていないのですわよ? なのに……それなのに、そんな相手を庇って命を落とすなんて――」
淑芳の握り締めた拳が、硬い床を激しく殴りつけた。静寂の中で、驚くほどに大きな音がかつんと響いた。
必死で耐えようとする努力も虚しく、引き攣った顔には一筋の涙が伝う。
故意に流したわけではないそれを手の甲で荒々しく拭い取ると、彼女は刹那だけ愛したその人に向け、しゃくり上げながら言葉を放った。
「――本当に、なんて馬鹿な人」
【カイルロッド 死亡】
【残り73人】
【F-1/海洋遊園地地下 格納庫/一日目、12:05】
【李淑芳】
[状態]:呆然自失
[装備]:なし
[道具]:支給品一式。呪符×20。 陸
[思考]:麗芳たちを探す /ゲームからの脱出/
カイルロッド様……LOVE。
[補足]:12:00の放送を全て聞き逃しました。
[備考]格納庫の入り口付近の壁が、一部破壊されました。
【アーヴィング・ナイトウォーカー】
[状態]:情緒不安定/修羅モード/腿に銃創(止血済み)
[装備]:狙撃銃"鉄鋼小丸"(出典@終わりのクロニクル)
[道具]:デイバッグ(支給品一式)
[思考]:主催者を殺し、ミラを助ける(思い込み)
アーヴィーがどこへ逃げたのかは、次の方にお任せします。
ピロテースが捜索に出掛けた後。
眠りこけるクエロから魔杖剣<贖罪者マグナス>と弾丸を拝借し、サラは空目と共に理科室に来ていた。
サラが淡々と2本の魔杖剣や弾丸を調べる傍らで、空目が黙々と刻印についてのデータを読み進めている。
「クリーオウが前向きになっていたように見えたが、きみの仕業か?」
手を止めること無く、不意にサラが訊ねた。
「俺は何もしてはいない。単に事実を告げただけだ」
目を止めること無く、直ちに空目が答えた。
「その事実こそが彼女に必要だったと解っていたから告げたのだろう。なるほど、きみも中々良い男ではないか」
地獄の無表情のままサラが言うと、
「そうか」
同様に無表情のまま空目が応えた。
とことんまでに、感情を顔に出さない二人であった。
そこで会話は一旦途切れ、器具を扱う音とページを捲る音だけがしばらく部屋に響いていた。
「大きさや材質等から推察するに、この弾丸がこれらの剣専用の物である可能性は極めて高い。
用心して実際に装填こそしていないが、計測したサイズから言って両者がぴったりと嵌るのは間違いない」
調査を終えたサラが結果の重要な部分のみを告げた。
「…………」
同じく書類を読み終えた空目が、沈黙を以てサラを促す。
「空目。きみは、我々が戦力を確認した時の事を覚えているか?」
ああ、と軽く頷いて肯定の意を示す空目。それを確認し、サラが続ける。
「あの時クエロは“ハズレよ。何に使うのか分からないけれど、弾丸だけ貰ってもね”と残念そうに言って、奇妙な弾丸を見せた。
皆が納得した後すぐに仕舞われたが、弾丸は何個在っただろう?」
「5個だ」
空目が即答した。
「私の記憶とも合致する。だが、今は4個しかない。これはどういう事だろうか」
「偶々1つだけ落としてしまった、という事もある」
「そうだな。偶然という事はある。この偶然だけではどうという事も無かったかもしれない。しかし――」
「偶然が重なり過ぎている」
空目がサラの言を引き継いで断じた。
「クエロが魔杖剣を拾ったのは偶然。その剣に偶然クエロが持っていた弾丸が、偶然にも嵌った。
偶然二人はガユスと緋崎に出会い、クエロを疑っていたゼルガディスはクエロを逃がす為に死んだ。
そして、5個在った弾丸の内、1個だけを偶然落としてしまった。クエロの話を鵜呑みにすればこうなる。
だが、偶然も3つ重なれば必然と云う。全てを偶然で片付けるには無理がある。
この偶然の中には必ず繋がる線があるはずだ。あるいは、全てが繋がっているのかもしれない」
空目は完全に聞き役に回ったらしい。
口を挟まずサラの話を無表情に聞いている。
「また、警戒されるので言わなかったが、
私達魔術師は他人のオーラを見ることができ、その色から当人の感情をある程度判別できる。
制限されているせいか、今は激しい感情を表した時にほんの少し見えるくらいだ」
黒髪の佳人は更に続ける。
「クリーオウなどは感情の動きが激しく、見えやすい。正直者なのだな。
対してクエロは、嗚咽していた時でさえオーラが全く見えなかった。
あの涙すらおそらくは演技だ。感情のコントロールに習熟しているのだろう。恐るべき嘘吐きだ」
サラ自身も嘘は吐くが、あのような演技はとても出来ない大根役者である。
「クエロが迫真の演技をしてまで通したかった嘘に、『偶然』の数々――
やはり、クエロ・ラディーンがゼルガディス・グレイワーズを殺害した可能性極めて高い」
低めのアルトの声で、サラは言い放った。
「魔杖剣と共に使うと思しき弾丸の用途は分かるか?」
突然、脈絡の無いような質問を空目が放った。
「残念ながら分からない。専用の実験室でも在れば変わってくるが、
どのみち異世界の理に基づいている物なら手が出せない。
……何故そのような質問をしたのか、聞かせて貰えるかな?」
興味深げなサラの質問に、空目が言葉を返す。
「もしクエロを殺害するならば眠っている今が好機だが、クリーオウを説得せねばならない。できるか?」
「クリーオウはクエロに懐いている。盲目的に信頼しているようにさえ見える。決定的な証拠でも無いと難しいな」
「殺さないのなら結局の所クエロに対する扱いはあまり変わらない。警戒を強めるだけだ。
疑いを強めている事に気付かれさえしなければ、クエロは今まで通り協力的なフリを続けるだろう。
管理者や無差別殺人者のような敵に対しては共闘すらできる。
だが、弾丸と魔杖剣がどれほどの威力を有するかは分からないが、
万一クエロの力が俺達全員の戦力を上回るような事になったなら、状況は厳しい。クエロに俺達の生殺与奪権を握られる事になる」
先程とは逆に、今度はサラが聞き役に回ったようだ。黒衣の少年が続ける。
「そこまでの威力は無いにせよ、魔杖剣と弾丸を共にクエロに持たせるのは危険すぎる。
これらが揃った事とゼルガディスの殺害とは、関連している可能性は高い。
今クエロの殺害が出来ないとしても、後々の為に戦力を削いでおく必要がある。それもクエロに疑念を抱かせないようなやり方で」
「空目。きみはまるで……」
“あらかじめ結論を手にしていたかのようだ”とは口に出さず、サラはかぶりを振る。
「いや、分かった。クエロへの対処に関しては私に考えがある。大船に乗ったつもりで任せたまえ」
自信に満ちた口調で変わらぬ無表情のまま、サラは言った。
「あの二人にも折を見て話そう。特に、煎餅屋の美形主人にはもうひと働きして貰わねばならないな」
言い終わってから、ふう、とサラは一息吐く。
「やはりきみは頼りになる。二人で話せて良かった。おお、そういえば今私達は二人きりなのだな。
先生と助手。年頃の男女が薄暗い部屋で二人きり。なんとも蠱惑的なシチュエーションではないか」
僅かに頬を染め――ることも無く、サラがのたまった。
「バーリン、あなたの――」
「サラで良い。……いや、きみは今私の助手だから、“バーリン先生”と呼ぶべきだな」
サラの言葉に空目の表情が一瞬固まった、気がした。
「バーリン先生、あなたの冗談は、時に解し難い」
律儀に言い直す空目に、サラは満足げに頷いた。
「ところで空目、パンを食べないか?」
突然何を――
手中のパンはどこから取り出した――
無意味な思考が渦を巻く。
必要無いので断ろうとした所に、次のような文言が記された紙が差し出された。
『いま一度、刻印についてのきみの見解を聞きたい。とりあえずパンを食べるフリでもしながら書いてくれたまえ』
「年上の女性の好意は素直に受け取っておくものだ。空目くん」
色気の無い表情で言う。
じっ、と深い藍色の瞳が空目を見つめた。
「いただこう」
察して空目はパンを受け取り、筆を走らせ始めた。
『前に話してから今までに得られた新しいデータは、死体への刻印の影響だ。
このことから分かるのは、刻印は禁止区域に入ると自動的に発動する可能性があるという事』
「はむはむ」
『俺達の動きを監視し、操られた死体の刻印を律儀に発動させたのかもしれないが、
それよりは自動的だったという方がまだ説得力がある。魂それ自体は既に失われていたようだしな』
「んぐんぐ」
『また、レポートによると刻印は“魂の在る場所”に刻まれていると推測され、魂の器と中身を破壊するようだ。
やはり魔術的処置で除去するしかない。少なくとも、俺の居た世界の科学力では除去は不可能だろう』
「ふもっふふもっふ」
『なるほど、ありがとう。刻印を解除するには魂・刻印を視る力や刻印のみを除去する力が必要な訳だが、心当たりは?』
「うむ、4文字は語呂が悪いな」
『魔女――十叶詠子は魂のカタチが視えるらしい。その能力に関して詳しくは分からない。本人に聞いても理解は困難だろう』
「もふもふ」
『魔女、か。私達も“楽園の魔女”だが、きみの世界の魔女とは性質が異なるようだ。
親愛なる殿下は魔女であり透視が得意だが、魂を視ることはできないだろう。……一筋縄ではいかないな』
「はむはむ……これが最適か」
『刻印の力を生み出す“要”があるならば、それを壊せば済む』
「では、実際に」
『あるならば、な。分かっていた事ではあるが、現段階では情報がまだまだ足りないようだ』
「空目、実験を少し手伝って欲しい」
文を書きつつ独り鉄面皮で奇声を発していたサラが、空目を見据えて言う。
「簡単な事だ。そのままパンを食べながら言ってくれないか? “はむはむ”と」
意図が全く分からない。
情動に乏しい空目の表情にも、怪訝そうな色が出ていた。
「何を目的とした実験だ?」
「擬音とイメージに関する実験だ。さあ、“はむはむ”を」
ずずい、と詰め寄るサラの迫力に負けたのか、微妙に嫌そうな雰囲気を纏いつつも空目は従った。
「はむはむ」
機械的にパンを囓りながら、空目が言う。
「頬張りながら続けて」
サラは容赦しない。
「はむはむ。はむはむ」
機械的にパンを頬張りながら、空目が言う。
「さあ、最後は飲み下しながら“ごっくん”だ」
最後までサラは容赦しない。
「はむはむ。はむはむ。はむはむ。……ごっくん」
空目の目の端に涙が浮いて――いたような気もしたが、幻だったようだ。今はもうない。
こんな状況に追いやられても表情を変えない空目は、まことに天晴れな漢(おとこ)であった。
「ああ、擬音の効果は素晴らしい。奥が深いな。
機械的に、あたかも味が無いかのように食物を摂する空目の姿が存外に愛らしく見えたではないか。
さて、次の実験は――」
サラが言い終える前に、
「断る」
決然たる態度で空目は拒絶した。
【冷たい理科室と博士たち】
【D-2/学校2階・理科室/1日目・14:00前後】
【空目恭一】
[状態]: 健康。感染。クエロによるゼルガディス殺害をほぼ確信。
[装備]: なし
[道具]: 支給品一式。《地獄天使号》の入ったデイパック(出た途端に大暴れ)
[思考]: 刻印の解除。生存し、脱出する。
[備考]: 刻印の盗聴その他の機能に気づいている。
[行動]: サラの人体実験を回避。
【サラ・バーリン】
[状態]: 健康。感染。クエロによるゼルガディス殺害をほぼ確信。警戒。
[装備]: 理科室製の爆弾と煙幕、メス、鉗子、断罪者ヨルガ(柄のみ)
[道具]: 支給品二式(地下ルートが書かれた地図)、断罪者ヨルガの砕けた刀身
『AM3:00にG-8』と書かれた紙と鍵、危険人物がメモされた紙。刻印に関する実験結果のメモ
[思考]: 刻印の解除方法を捜す。まとまった勢力をつくり、ダナティアと合流したい。
[備考]: 刻印の盗聴その他の機能に気づいている。刻印はサラ一人では解除不能。
[行動]: 休息を取る。せつら・ピロテースと話を。 クエロになんらかの対処。
その少年があっけなく地面に倒れるのを、ウルペンは何の感情も抱かずに見ていた。
意志を込めるだけで、念糸使いは人を殺せる。いつも平然と、その瞬間は訪れる。
「……」
戯言遣いと名乗った彼との、最期の会話を思い返す。
道化のようなことをしゃべる少年だった。まるで、自らが放った言葉でさえ信じていないような。
──まるで、自分を含めた世界すべてに嘘をついて存在しているかのような。
「……戯言、か」
苦笑する。
数ヶ月前まで自分が信じていたものは、まさにその戯言ではなかったか。
帝都は容易に崩壊し、アストラは自分の手から離れた。
自らを、そしておそらくアストラをも殺したミズーですら、確かなものではなかった。
望んでいた二度目の最後は、もう訪れない。
そして後に残ったのは、このゲームに絶望を振りまくという役割のみ。
「……」
どこにいるともしれないあの精霊に憎悪を向けながら、歩き出す。──逃がされた少女を探さなければ。
あの少年にかばわれて姿が見えなくなってからそう時間は経っていない。
意識があるにしろ、脱水症状で遠くには行けないだろう。
──と。
「……終わったか?」
先程から聞こえていた、崖の上で何かが暴れる音が途切れた。
参加者同士が精霊などの破壊力のある怪物を使役して──あるいは自身が怪物である参加者が争っていたのだろう。
勝利した隙をついての攻撃は可能だろうが、あそこまで暴れられる者達の運動能力を考えると、念糸発動までのラグが心配だった。
──放っておいて、逃げた少女やチサトの捜索を始めた方がいい。
そう結論づけ、木々をかき分けながら奥に進み、
「ヒ、ヒルルカーーーーーーーーーーッ!!」
何かの名を叫ぶ声が耳に入った。
若い男の声だった。おそらく崖上の騒音に関わる者だろう。……仲間を奪われたようだ。
かまわずにその場から離れようとすると──また、新たに二つの絶叫が響き渡った。
「……」
怒りのこもった慟哭と、何かに苦しむ絶叫。
どうやら崖の上には、仲間を失って憤怒する若い男、“ヒルルカ”を殺して報復を受けた若い女、それと“ヒルルカ”という死体があるようだ。
女の方は、あの絶叫からしておそらく再起不能だろう。
「男の方は……危険だな」
何かを奪われ獣になった者は、どんなに怪我を負っていても油断できない。
騒音も、聞こえなくなったとはいえ、原因になったものがなくなったという証拠はない。
放置と言わず避けるべきだろう。この周囲から離れた方がいい。……あのドクロちゃんという少女は諦めるしかない。
「……は」
そこまで思考して、自嘲が漏れた。
──すべてなくした自分が、今は必死に生き延びようとしているではないか。
あの男からチサトを奪うために。ここにいる生者すべてに絶望を与えるために。
すべてなくしたために残った最後の願望が、自分に生を求めている。それがたまらなく滑稽だった。
「……行こう」
ひとしきり嗤った後、ふたたび表情を消した。今はこんな道化の真似をしている時ではない。
出来る限り足音を抑えながら、ウルペンは森の方へと歩き出した。
【ウルペン】
[状態]:左腕が肩から焼き落ちている。行動に支障はない(気力で動いてます)
[装備]:なし
[道具]:デイバッグ(支給品一式・パン6食分・水2000ml)
[思考]:参加者の殺害(チサト優先・容姿は知らない)。アマワの捜索
[備考]:第二回の放送を冒頭しか聞いていません。
※いーちゃんの死体のそばにサバイバルナイフが落ちています。
この後「砂の上の黒い踪跡」に続きます。
──私はもうだめだろう。
ぼんやりと、そんなことを思う。
衝撃波に身を切り刻まれ、シャーネ・ラフォレットの意識は深く沈んでいた。
五感は既に感じられず、ただひとかけら残った命が心をつなぎ止めていた。
ただ血が──命がこぼれるように失われていくのだけは、はっきりと感じていた。
──私はここで死んでしまう。
自分は父のような不死者ではない。
首を斬られれば死に、息を止められれば死に、血を多く流せば死ぬというただの人間だ。
……他の三人も同じだ。
──火乃香は大丈夫だろうか。
咄嗟に横に飛んでいたから自分よりはひどくないはずだが、心配だった。
……ゲートをくぐり飛ばされた先で初めて出会い、初対面の自分を信頼してくれた少女。
ジャグジー達と会うまでは父だけがすべてだった自分には、なぜそんなことができるかわからない。
──でも、嬉しかった。
他の二人もそうだ。最初こそ敵として戦ったが、今では“仲間”として共に行動していた。
彼らと一緒にいる間は、ここにはいない仲間達と同じような温かさを感じられた。
そう、とても温かかった。
クレアと会うまで孤独な戦いを覚悟していた自分を、優しく包み込んでくれた。
……だが、それもあの男によってずたずたに切り裂かれてしまった。
──彼らには生き残って欲しい。
何とかあの男を倒すか逃げるかして、生き延びて欲しい。それが最後に抱いた、たった一つの願いだった。
…………いや、もう一つあった。
──クレア。
あの列車の屋根の上で出会った、真っ赤な男。こともあろうに、いきなり自分に結婚を持ちかけてきた男。
父を取るか彼を取るかと問われ動揺していた自分に、あっさり両方取れと言ってくれた男。
そして、広い会場の中で真っ先に自分を見つけて抱きしめてくれた男。
彼は強い。この島の中でも十分生きていける。
……だが、自分を八つ裂きにしたあの男と出会ってしまったら、危ないかもしれない。
彼が死ぬところなど想像したくないし、見たくなかった。
死んで一緒になるというのは──やはり、嫌だ。彼には生きて欲しかった。だからもう一つだけ、強く願い────
『俺は、不死の力が無かろうが絶対に死なない。俺がそう信じているからだ。だから、お前も黙って俺を信じろ』
……思い出した。初めて会ったとき、彼はそう言っていた。
──決して死なない男だと。
彼は、そう言っていた。いや、“彼が”そう言っていた。世界の中心と豪語する、彼が。
──ならば、信じよう。
願望ではなく、確信を持とう。彼が、絶対に死なないと。
────クレア。
既に失われてしまった声を求めるように。
想い人の名前を紡ぎながら、シャーネは意識を閉ざした。
【042 シャーネ 死亡】
この殺伐とした島にそぐわぬ施設、海洋遊園地。
その施設は縦に長く、二つのエリアにまたがる敷地を有する。
そして、その路面を一人の男が全力で疾走していた。
「あー、クソッたれ! 何でこう逃げまくんなきゃならねーんだ?」
オレがちらりと後ろを見ると七匹の獣が自分を追走していた。
何だよありゃあ? 新手の大道芸人か?
ただの猛獣使いならサーカスに帰れ。ここは遊園地だ!
思えば出会う敵全てが超人クラスだった。
とんでもない身体能力を誇る名前のクソ長い美形の戦闘狂。
見た目とは大違いの実力を誇る二人の女剣士。
四対一にもかかわらず喧嘩を売ってきた空間使いのガキ。
どいつもこいつも自分が本気を出して、紙一重で死を回避するのが限界の実力者達だ。
今、自分を追いかけてくる奴も人外の存在に決まっている。
しかも体力は限界で、フォルテッシモから与えられた傷には血が滲んでいる。
このまま動き続けると、あと五分でオレはぶっ倒れる。
I−ブレインが使えないのにどーしろってんだ!?
オレの心からの叫び、しかし誰にも届かない。
「鬼ごっこかぁ? ま、せいぜい楽しませてくれよッ。ヒャハハァー!」
背後からの声には緊張感のカケラも感じられない。
アル中か? 薬中か? それともただの異常者か?
あいにくオレには、殺し合いを楽しむ神経はねーんだよ。
だいたいさっき会ったフォルテッシモとか言う奴はどうなったんだ?
死んだのか?
それともこいつの仲間でオレを挟撃しようとしてるのか?
I−ブレインが起動できれば演算で様々な回答をたたき出せるのだが、今は逃げることだけを考える。
次の瞬間、背後に熱気を感じたオレは加速したまま横っ飛びに跳躍した。
そのまま身を捻って飛び前転の体制に繋ぎ、勢いを保って立ち上がる。
ヒュッ!
横を見ると、さっきまで自分がいた場所を火球が飛び去っていった。
……危ねえ危ねえ、こんなところでステーキに成るのは御免だぜ。
日頃から体鍛えてたのはビンゴだな。
「見苦しいわよ。戦う気がないならさっさと死んで頂戴」
今度は女の声が聞こえた。どうやら敵は複数らしい。
フォルテッシッモとは嗜好が違い、完全に殺しを目的としているようだ。
好き勝手言われるのも癪なので、オレは取りあえず言い返した。
「うるせえ! 本日におけるオレの戦闘に対する許容量は限界なんだ。他を当たれ!」
更にコミクロンの台詞を引用して、
「これ以上オレを怒らせると、歯車様の鉄槌が下るぞ?」
言ってやった。苦し紛れのハッタリだが、それっぽく言ったので威嚇にはなるはずだ。
「上等よ。やってみなさい!」
……逆効果だった。背中に研ぎ澄まされた殺意が刺さる。
ヒュバッ! ヒュバッ! ヒュバッ!
振り返ったオレが見たのは、先ほどより幾分速度を増した火球だった。
炎弾を連射できるのかよ!
やばい。コミクロン、火乃香、シャーネ、誰でもいいから助けに来てくれ。
迫り来る死を回避する為、オレは手近なアトラクションに飛び込んだ。
ヘイズが助けを切望していた三人は花壇に居た。
もっとも、すでに一人は死んでいたが。
シャーネの墓を作る時間が無かった火乃香とコミクロンは、
彼女を花壇に寝かせて花葬にした。
コミクロンの治療によりシャーネの体に外傷は無く、生前の美しい容姿を保っているものの、
彼女が再び立ち上がり、微笑む事は無いだろう。
「すまんシャーネ。俺の未熟と驕りのせいで……」
「あんただけの責任じゃない。今は気持ち切り替えていくしかないよ、コミクロン」
「ああ、クレアに謝罪のメモも残したし、とっととヴァーミリオンを助けて退散するか。
火乃香、あいつの位置は分かるか?」
「ん、こっから南西へ50メートル。あのアトラクションの中っぽいね」
火乃香の額の中央で蒼光を放つ第三の眼を見た後、コミクロンは周囲を見回す。
そして、遊園地の入り口近くに止まっているある物に目をつけた。
「なあ、お前はあれを動かせるか?」
「できないことは無いけど、一体どうすんのさ? この距離じゃ走るのとそう変わらないよ?」
火乃香の視線の先、余裕顔を取り戻したコミクロンは顎に手を当て、
――やっと、俺の天才的思考能力が役立つ時が来たようだな。
休憩中にまとめ上げた計画を告げた。
アトラクションに飛び込んだ先、周りには五人のオレが居た。
「何だ?」
自分が眉をひそめると相手も表情を変えた。
びびったぜ、ただの鏡か。しかも通路全面に……何なんだここは?
一瞬だけ追っ手の術かと思ったが、ここは鏡で人を惑わすアトラクションだとオレは気づいた。
うまく立ち回れば逃げ切れるかもしれない。
三秒後、オレは群青色の火の粉を散らした獣が突入してきたのを知覚する。
「ふん、ミラーハウスに逃げ込むとわね。数の多いこっちが自分の鏡像で混乱するとでも思ってるの?」
唐突に獣の身体がはじけ飛び、獣が居た位置には小脇に巨大な本を抱えた女性が立っていた。
……大道芸人だったのか。それにしてもずいぶんとグラマーな姐ちゃんじゃねえか。
「私は "弔詞の読み手"マージョリー・ドー 。消し炭になる前に覚えておきなさい」
弔詞の読み手、か……大した貫禄だぜ。
それにこの隙の無い動き、かなりの場数をふんでやがる。
「オレは "Hunter Pigeon(人喰い鳩)"ヴァーミリオン・CD・ヘイズ。翼をもがれた空賊だ」
入り組んだ鏡の通路の中、オレは名乗りながらもじりじりと"前進"する。
実際は出口に向かって進んでいるのだが、マージョリーには鏡像に映ったオレの姿が
用心深く接近して来るように見えるはずだ。
試しに騎士剣を手に持つと、マージョリーは身構えた。
「ただのヘタレかと思ったけど……戦う気は有るようね」
良し、マージョリーは策にはまった。後は距離を稼いでトンズラするだけだ。
「ここで停車、と。準備できたよコミクロン」
火乃香の声にコミクロンは満足げに頷いた。
目の前には『ミラーハウス』と書かれたアトラクションが建っていて、
自分の横には園内の送迎用バスがいつでも発進可能な状態で待機している。
「ふっふっ、後はヴァーミリオンが出てくるのを待つだけだな」
フォルテッシモの防御は硬く、並大抵の攻撃力では打ち破れない。
ならば防御できても行動不能な状態にしてしまえば良い。
では大質量物体をぶつけて埋めてしまおう。
これがコミクロンの立てた計画だった。
「バスをミラーハウスに突撃させればフォルテッシモが直撃を免れたとしても、
ミラーハウスの倒壊に巻き込まれてしばらく出てこれないだろう。戦闘は力押しが全てじゃない。
戦術面ではこのコミクロンが上だ!」
「あたしはこの計画も十分力押しだと思うんだけどな」
「むう、小さいことは気にするな火乃香。それよりヴァーミリオンは何分後に出てきそうなんだ?」
「けっこう遅めに進んでるから……あと二分かそこらはかかるね。
けどあたしがバスぶつける間の敵の足止めはどうするのさ?」
「ふっふっふっ、任せておけ。今とっておきの構成を練ってる」
「タイミング命なんだから肝心な所でスカさないでよ?」
「ふっ、この天才には愚問だな」
コミクロンの返事を聞きながら、火乃香はハンドルを握り直した。
「ねえ、あんた本当に私と戦う気があるの?」
「そーやって誘っても無駄だぜ。お前の火力は半端じゃないからな」
オレはマージョリーの鏡像の一つを睨み付けた。
強がってはいるものの、オレの足は着実に出口へ近づいている。
このまま行けばあと一分位で脱出できるはずだ。
しかし、ハッタリとフェイントでマージョリーを牽制するのももう限界に近い。
もしも彼女が痺れを切らして飛び掛かられた場合、こちらはもう何もできない。
くそっ、そろそろ手詰まりか。血も出過ぎてくらくらするし、
ちと早いがここらで賭けに出るしかねえな。
コミクロンの治療が終わっているなら味方と合流して反撃。そうでないなら死だ。
他人任せってのは好きじゃねえが……!
出口に向かってオレは全力で駆け出した。
例え全面鏡張りの通路であっても、床と壁の継ぎ目に沿って走れば自然と出口にたどり着く。
「嵌めたわねっ!」
オレの加速を攻撃と捉えて防御体制をとった分、僅かに反応の遅れたマージョリーが、
オレの意図に気づき炎を纏った獣に変身して追走してくる。
外見と違って、ずいぶん頭に火が付きやすいじゃねえか。
しかも結構走るの速ええぞ。怒らせたのはやばかったか?
今まで稼いだ距離が一瞬にして詰められる。だがそこを曲がればもう出口だ!
「避けてヘイズ!」
鏡の通路から飛び出たオレが見たのは、
「バス!?」
と運転席に座る火乃香だった。
バスの急発車とともに耳をつんざくほどのクラクションが鳴り、
「走れヴァーミリオン! ぼけっとすんな!」
横からコミクロンの声が聞こえた。
――そういうことかっ!
二人の考えを理解したオレは、火球を回避した時のように全力で身を投げ出す。
それとほぼ同時、バスの運転席の火乃香も開け放たれたドアから飛び出した。
バスは速度を保ったままオレを追って駆け出てきたマージョリーに、
「遅いわよ!」
突っ込むことはできない。獣の姿の彼女の回避が一瞬速いはずだ。
だが、
「コンビネーション2−7−5!」
その回避を止める物があった。
オレが視線の先、コミクロンの突き出した左手の先端に光球が出現し、
キュンッと音を立てて、鏡の通路から飛び出そうとするマージョリーのすぐ眼前に転移した。
その後に続くのは刹那の破裂音と僅かな閃光。
「ぅあ!」
あまりにも突然過ぎる上にバスの回避に集中していたマージョリーは、
コミクロンの魔術の直撃を受ける。
そして――、
ズドォォン!
バスはマージョリーを吹き飛ばし、アトラクションに激突した!
こりゃあ常人なら即死、何かしらの防御を発動してもまず行動不能だろうな。
随分とむごい倒し方だが……自業自得って言えばそれまでか。
一息着いたオレは仰向けになり、
「危ねえ!」
横にいた火乃香を押し倒して、その上に覆い被さった。
数瞬後、衝撃によって舞い上がった鏡片が雨のように降り注ぐ。
「うおっ、鏡か?」
火乃香と同様に落下物に気づかなかったコミクロンが叫び声を上げるが、
そちらまでかまっている暇は無かった。まあ、ぎりぎりで回避できるだろう。
しばらくしてバス衝突の二次災害も収まったので、オレは火乃香の上から立ち退いた。
「いきなり押し倒して悪かったな。無事か?」
「あたしは平気だけど……ヘイズは? 結構な量みたいだったけど」
あたりを見回すと一面に鏡片が飛び散っている。
だがオレは厚手の服のおかげで全く無事だった。
「問題ねえよ。実際大したでかさじゃ無かったしな」
「おい、何故俺の存在をスルーするんだ?」
心配も何も無傷じゃねえかよ、お前。
取り敢えず別の話題で誤魔化すか。
「おおコミクロン、さっきの魔術凄かったじゃねーかよ」
「あれの凄さを分かってくれるかヴァーミリオン!
なに、簡単な事だ。転移する小型雷球を使って一瞬だけ電流を流し、神経を麻痺させたんだ。
やはり分かる奴には分かるのだな、この天才の偉大さというものが。キリランシェロとは大違いだ。
それにあのエレガントな役回りこそこの俺に……」
良し、誤魔化し成功。
後は適当に聞き流すか。
「そー言えばヘイズ、あの獣は何だったのさ?フォルテッシモは?」
「あれはマージョリー・ドーとか言うゲームに乗った大道芸人で、本体は美人の姐ちゃんだ。
フォルテッシモは図に乗り過ぎてたんでオレが成敗しといた。
おかげでI−ブレインが停止しちまったがな……ところでシャーネは何処だ?」
ん、この火乃香の顔色……まさか。
「シャーネは……死んだよ……」
くそっ、最悪の予想が当たっちまったか。
オレは又、別の話題で誤魔化そうとしたが、
「あたしは平気だよヘイズ。だけどコミクロンは……多分そのことで今も――」
「分かった、もう言うな。医療魔術の能力低下は今に始まった事じゃねえ。
これ以上はあいつ自身の問題だ」
「おい、何話してんだそこ。俺が大いなる大陸魔術士の歴史を紐解いて説明してやってるのに……
聞いてるのか?」
おいおい、どーしてエレガントが大陸魔術士の歴史にまで発展してんだよ。紐解きすぎだ。
あとオレはお前の魔術を褒めはしたが、講義を聞かせてくれなんて言ってねえぞ。
そこまで心中でツッコミを入れたオレは、これ以上話させるのは不毛と判断して話題を変えた。
「その話はもっと時間が有る時にしてくれコミクロン。
今は二つばかり質問が有るんだがいいか?」
「どんと来い。この天才が答えてやろう」
「一つ目は武器をどうするか。二つ目は今後どうするかだ」
どんと来いと言うので、ストレートな質問をぶつけてみた。
「壊れた剣はバスのアクセルとハンドルの固定のためにあたしが使ったよ。
つまり今はヘイズの持ってる騎士剣とコミクロンのエドゲイン君しか武器は無し。
あと今後どうするかだけど、今あたしは猛烈に休みたい」
「俺も休憩には異議無し、だ。ゲームが始まって以降寝てないしな」
そう言えばそうだな。
実を言うとオレの疲労も限界なので、正直この提案はありがたい。
「じゃあ取り敢えず休憩するか。だがこの場じゃあだめだ、
さっきの音を聞き付けた奴に襲われる可能性がある。まずは近くの安全そうな場所に避難すべきだ」
「距離的には公民館が近いね。神社も捨てがたいけど」
「俺は神社に行くべきだと思うぞ。
袋小路だが、それ故に人が集まりにくいはずだからな。休むには持ってこいだ。」
「分かった。まずは神社に行くとするか」
目的が決まったならば長居は無用だ。
オレはコミクロンから荷物を受け取ると空を見上げた。
元居た世界とは違い、一カケラの雲さえない広々とした蒼天が続いている。
……天樹錬、お前はこの空さえ見れずに死んだのか?
ハリー、オレは絶対帰るからな。スクラップになんか成るんじゃねえぞ。
親父、オレは今精一杯走って生きてるか?
「空を見上げて何やってんだヴァーミリオン? 治療してやるから早く来い」
「青春に浸ってたんだ。今行く」
オレは止まらない、止まれない。
死んでいった奴等のため、帰りを待ってる奴等のため。
「ま、せいぜい足掻いてやるか」
ヘイズ達が立ち去った後、崩れたミラーハウスから一本の手が生えた。
"弔詞の読み手"マージョリー・ドー である。
「ヒャハハ、鬼ごっこは負けみてえだな。我が麗しのゴブレット、マージョリー・ドー」
「黙りなさいバカマルコ。ったく、午前のガキ二人といいふざけた連中しかここには居ないの?」
愚痴る彼女の前をバスのギアーが転がっていく。
「……歯車様の鉄槌、だな。ヒャハハハハ。あの赤髪やるじゃねぇか」
バスが激突する直前、マージョリーは背後の壁を吹き飛ばして後退し、直撃を防いだ。
しかしコミクロンの予測は的中し、防いだ所で無傷では済まなかったが。
「今度会ったら全員炭の柱にしてやるわ」
「ヒャッハッハッハー!まだまだやる気満々だなぁ。我が怒れる美姫マージョリー・ドー」
「当たり前よ」
【E-1/海洋遊園地/1日目・12:25】
【戦慄舞闘団】
【ヴァーミリオン・CD・ヘイズ】
[状態]:左肩負傷、疲労困憊 I−ブレイン3時間使用不可
[装備]:騎士剣・陰
[道具]:有機コード 、デイパック(支給品一式・パン6食分・水1500ml)
[思考]:1、休みたい 2、刻印解除構成式の完成
[備考]:刻印の性能に気付いています。
【火乃香】
[状態]:貧血。しばらく激しい運動は禁止。
[装備]:
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1800ml)
[思考]:休みたい。
【コミクロン】
[状態]:疲労、軽傷(傷自体は塞いだが、右腕が動かない)、能力制限の事でへこみ気味
[装備]:未完成の刻印解除構成式(頭の中)、エドゲイン君
[道具]:デイパック(支給品一式・パン5食分・水1200ml)(パンは砂浜で食べた)
[思考]:1、休みたい 2、刻印解除構成式の完成。3、クレア、いーちゃん、しずくを探す。
[備考]:かなりの血で染まった白衣を着直しました。へこんでいるが表に出さない。
[チーム備考]:全員が『物語』を聞いています。遊園地までの道中で水を飲みました。
騎士剣・陽(刀身歪んでる)、魔杖剣「内なるナリシア」(刀身半ばで折れてる)が、
ミラーハウスの中に埋まっています。
シャーネの遺体が花壇に横たわっています。デイパックも放置されています。
遺体の横にクレア当てのメモがあります。
【マージョリー・ドー】
[状態]:全身に打撲有り、ぷちストレス
[装備]:神器『グリモア』
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1300ml) 、酒瓶(数本)
[思考]:ゲームに乗って最後の一人になる。
[備考]:酔いをさますために水を飲みました。
島全体を突然覆った黒雲は、それが役目だと言わんばかりに豪雨をもたらした。
参加者の誰もがその影響を受けることとなり、海岸傍の草原を歩いている二人も例外ではなかった。
「げげっ、ついに降り始めちまったか。おねーさんは大丈夫かい?」
「……問題ない」
匂宮出夢と長門有紀の二人は、マージョリーから逃げた後に市街地に隠れて体力を回復。
その後、SOS団最後の生き残りである古泉と、行方不明になった坂井悠二を探して歩き続けていた。
しかし、かなりの距離を歩きはしたが、結局二人以外の誰かにすら会えずにいた。
そして、戯言遣い達と分かれてから大分時間が経ち、そろそろ一度戻ろうかと出夢が考えたところで雨が降り出したのだった。
雨は激しさを増し続け、降り止む気配を全く見せない。
「この雨じゃあ、森に戻ってもおにーさん達と合流出来るか…………んっ?」
出夢の目が捉えたのは、雨に打たれる建物の姿。
「ちょっと雨宿りしてこうぜ、おねーさん」
出夢の言葉に、長門は頷いて同意を示す。
海岸からほど近いD−1にある公民館の中では、頭脳派四名による情報交換が続いていた。
「――とまあ、ありえないほど馬鹿らしい話だったけれど、それが平和島静雄って男なんだよね」
「自販機投げてナイフを腹筋で弾き返す、か。今更どんなバケモンが出てこようと疑わへんわ……」
溜め息をつく緋崎ことベリアル。
自分の怪我が、正真正銘の化け物によって負わされたものだとまでは言わない。
「それで、そっちのクエロって――」
「しっかし、なんや急に降りよってきたなあ。さっきまでのええ天気はどこ行ったんや?」
質問を遮る唐突なベリアルの言葉は、しかし不自然なものではない。
ぽつぽつと窓を叩く雨粒は瞬く間に大粒になり、量と激しさを増しつつある。
(おら、次はお前の番やで! 大丈夫なんやろな!?)
窓外へと視線を向けるベリアルだが、心中はガユスがヘマをやらないかという不安に満ちている。
数時間前のビル内での会話は、頭の回る人間のものに思えたのだが。
窓と外壁に激しく叩きつけられる雨粒の音。
それにより、公民館の入口が開かれる音は四人に届かず遮られる。
「これだけの雨なら参加者の動きも鈍るんじゃないかな? 良い事だよ」
「せやな。しばらくはこっちも動かんですみそうやし……」
「で、そっちの情報は?」
「……あーっとなぁ……」
ベリアルは発言を促そうとガユスを見る。
それにつられ、臨也と子荻の視線も自然ガユスへと移った。
その時、強烈な激突音と共に部屋の扉が破壊された。
――いきなり何や!? これ以上の面倒は御免やで……!
ベリアルを初めとし、全員が疑問を顔に浮かべ、鍵と蝶つがいの壊れた扉を見る。
そこに立っていたのは、
「どぉ――もこーんにーちはーァッ! 何か話し声が聞こえたから、不っ法侵入してみましたぁ!!
まことにお騒がせしておりますぅ――って選挙カーかっつーのっ! ぎゃははははっ!!!」
「…………」
けたたましく騒ぎ立てる少年と、眼鏡をかけた無言無表情の少女だった。
「あんたら、何もンや一体……」
闖入者に対し、ベリアルは呆れと警戒が入り混じった声をかける。
「あーん? お兄さん、『殺し屋』に向かって名前を聞くのかい?
どうなっても知らねーぜ? もっとも『元・殺し屋』だけどな――ぎゃははっ!」
「…………」
返ってきたのは、物騒な内容の叫びと無言だった。
「つ――――っかっさぁー、みんなそんなに僕に注目しないでくれるかなあ?
そんな風に見つめられたら、いやあん出夢ちゃんは体の芯の奥まで
火照って震えて痺ッれちゃうぅーううううう……イエーっ!!」
『…………少し落ち着けそして黙れ』
ベリアル、臨也、ガユスの声が見事に重なった。
「……で、出夢君? 君はゲームに乗っているのかな」
たまたまドアの一番近くにいた臨也が問いかけた。
「生憎ながら、殺戮は一日一時間って決めてるのさ。
大事な一時間をあんたらみたいな弱そうな人に使う気は無いね」
微妙にズレた回答が返ってくる。
「そっちの少女は?」
「……長門有紀」
今度は意外なことに、ここに来て初めて長門が口を開いた。
しかしその口はすぐに閉まり、また出夢が話し出す。
「おいおいおいおいお兄さん。一方的な質問はちょーっと卑怯じゃないかい?」
「まあ、それもそうだね」
「だろ? つーわけでっ質問ターイム。三つ受けたからこっちも三つな。
まず、坂井悠二って男を知ってるか?」
答えはノー。
「んじゃ、古泉って男は?」
これもノー。
「なんでぇ外れかよ。そいじゃ、最後の一つだけどさあ――」
一拍の間が空き、
「そこのお姉さんの名前、教えてほっしいなあー」
その言葉の意味を真に理解していたのは、問いかけた出夢と質問対象の子荻だけ。
(何故、話し相手の俺じゃなくて子荻ちゃんを……?)
疑念を持った臨也の返答が遅れる。そして、
「――確か、萩原子荻やったなあ」
臨也のわずかな変化を見たベリアルは、横から素早く口を挟んだ。
その言葉を聞いた出夢の表情は、ニヤニヤ笑いを浮かべたまま深く頷く。
「なっげえ髪に、その物腰、その眼……間違いねえか。
にしても、『策師』の萩原子荻までいやがるたあな。
哀川潤だけでも僕ちゃん震えて漏らしちゃいそうなのにさあ……」
ぶつぶつと一人呟く出夢。
「おいガキ、何の話しとるんや?」
「お兄さん達とは違う世界の話さ。関わらない方が身のため――つってもとっくに手遅れか。
こんな島まで連れてこられちゃあなあ……」
出夢は、ゆっくりとした手の動きで長門を廊下へ下がらせた。
「その肩の物を撃つなよ『策師』。今お前が撃ったら、僕は全身全霊全力をかけてここの全員を殺戮しなきゃならねえ」
物騒なことを言いながら、出夢もゆっくりと下がった。
「お兄さん達に大サービスで、つまらないことを話してやるよ。
そこにいる『策師』は、殺戮奇術集団である匂宮雑技団と、
殺人鬼集団の零崎一賊を敵に回して対等に渡りあったっつー唯一の存在だ。
僕がその雑技団でさんざっぱら言われたことはなあ――」
一拍の間が空いた。
「――『死色の真紅・哀川潤と策師・萩原子荻には関わるな』」
沈黙は長くは続かず、打ち切ったのは出夢自身。
「こんな島でゲームなんかに巻き込まれてなきゃ勝負してるんだけどな。
血の臭いはするし、戯言遣いのお兄さんのことも気になるし、僕は逃げさせてもらうぜ。
そんっじゃあ、アッッディオ―――― ォォォスッ!!」
「ちょっと待――」
既に廊下を走る出夢に、静止の言葉は届かない。
結局出夢は、突然現れ好き勝手喋りあっという間に消えてしまった。
部屋に残ったのは、困り顔の臨也と、無表情を貫く子荻と、
その二人をあからさまな疑念の目で見るベリアルとガユスだった。
「いやぁ、悪いなおねーさん。まさかあんな化け物がいるとは思ってなくてな、ぎゃははっ!」
「…………」
豪雨をものともせずに二人はまた歩き始めた。
既に彼らの戻る場所には、誰も残っていないと知らぬままに。
【D-1/公民館外/1日目・14:00頃】
『生き残りコンビ』
【匂宮出夢】
[状態]:平常
[装備]:シームレスパイアスはドクロちゃんへ。
[道具]:デイバック一式。
[思考]:生き残る。あまり殺したくは無い。長門と共に悠二・古泉を探す。
子荻から距離を置く。
【長門有希】
[状態]:平常/僅かに感情らしきモノが芽生える
[装備]:ライター
[道具]:デイバック一式
[思考]:現状の把握/情報収集/古泉と接触して情報交換/ハルヒ・キョン・みくるを殺した者への復讐?
[チーム備考]:F−4の森林部を目指して移動。
【D-1/公民館/1日目・14:00頃】
『ざれ竜デュラッカーズ』
【ガユス・レヴィナ・ソレル】
[状態]:右腿(裂傷傷)左腿(刺傷)右腕(裂傷)の三箇所を負傷(処置済み)、及びそれに伴い軽い貧血。かなり疲労。
[装備]:知覚眼鏡(クルーク・ブリレ) 、グルカナイフ、探知機、リボルバー(弾数ゼロ)
[道具]:デイパックその1(支給品一式、ナイフ、アイテム名と場所がマーキングされた詳細地図)
デイパックその2(食料二人分、リボルバー(弾数ゼロ)、咒式用弾頭、手斧、缶詰、救急箱、ミズーを撃った弾丸)
[思考]:1.休息。 2.戦力(武器、人員)を確保した上で、クエロをどうにかする。3.子荻と臨也に強い疑念。
【緋崎正介(ベリアル)】
[状態]:右腕と肋骨の一部を骨折(処置済み)。かなり疲労。
[装備]:光の剣、蟲の紋章の剣
[道具]:デイパック(支給品一式) 、風邪薬の小瓶、懐中電灯
[思考]:1.休息しながら子荻たちと交渉。 2.とりあえずガユスと組んで最低限の危機対応能力を確保。
3.カプセルを探す。 4.子荻と臨也に強い疑念。
*刻印の発信機的機能に気づいています(その他の機能は、まだ正確に判断できていません)
【折原臨也】
[状態]:正常
[装備]:不明
[道具]:デイパック(支給品入り)ジッポーライター、禁止エリア解除機
[思考]:1.セルティを探す&ゲームからの脱出? 2.萩原子荻達に解除機のことを隠す。
3.ガユス達にライフルの真実を隠し通す 4.ベリアルから情報や物資を引き出す。場合によっては強奪。
5.子荻の正体にひそかに興味を持つ。
【萩原子荻】
[状態]:正常(臨也の支給アイテムはジッポーだと思っている)
[装備]:ライフル
[道具]:デイパック(支給品入り)
[思考]:1.セルティを探す&ゲームからの脱出? 2.哀川潤から逃げ切る。
3.ガユス達にライフルの真実を隠し通す 4.この状況をどうしたものか。
「……ヒル……ルカ……」
ギギナ・ジャーディ・ドルク・メレイオス・アシュレイ・ブフは、膝を地面につき天を仰いでいた。
その頬に流れるのは涙か、それとも一滴の雨粒だったのか。
ギギナは、その腕に抱かれる廃材――今は亡きヒルルカの遺体を握りしめた。「くっ」と漏れる嗚咽。
身を折り額を地に付けた。背中を吹き付ける風が、ギギナを責める。
――何故守ってやれなかったのか、と。
「くっ……う……う、うるぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
ギギナが上半身を仰け反らして叫んだ。風音を掻き消すような慟哭。愛する物の死を嘆き、苦しみ、悼む者だけが叫ぶことのできる絶叫。
絶叫は長く長く尾を引いて、森に響き渡った。梢を揺らし、木々を揺らし、森を揺らす。
「……何故だ?……何故、お前が死ななければならぬ?何故だ?」
ギギナの口を突いて出るのは疑問の嵐。世の理不尽さに憤り、己の無力さに何時しか唇を噛んでいた。
犬歯が唇が食い破り、紅い口唇が血で彩られた。ヒルルカを握る手が僅かに震えていた。
それは凄絶な光景。まるで絵画のようなワンシーン。題名はさながら「天使の慟哭」とでもいったところか。
ギギナの銀嶺の視線がヒルルカに注がれる。
「……いや、まだだ。まだ死んでいない。まだ……助かる」
言い淀みつつもギギナは立ち上がっていた。ヒルルカの亡骸をデイパックにそっと仕舞い、左手に抱く。
視線は巡り凪の死体を捕らえる。いや、正確に言えばその死体を貫く剣を。
ゆっくりと、だがしっかりした足取りで凪に近づき、右手が柄を掴む。一気に引き抜いた。
しゃん、という音、傷口から溢れ出る血潮、がくりと崩れる凪の遺体。それに一瞥をやり、ギギナは歩き始める。
銀嶺の瞳には、決意と狂気の焔が、静かに燃え上がっていた。
森の中を彷徨い歩いていたギギナは、不意に森が途切れたのに気付いた。
その右手に血塗られた大剣、左手にヒルルカの入ったデイパックを後生大事そうに抱えている。
(どこか、どこかに……ヒルルカを治療できる場所は……)
ギギナが立ち止まった。銀嶺の双眸がまたも天を仰ぐように空を見上げる。
(あそこなら、あるいは……)
その視線の先に、西洋風の城があった。
ギギナは城を目指して真っ直ぐ歩き始めた。
その先にあるのが、希望にせよ絶望にせよ、そう大差のないことであった。
何故ならギギナは既に大切な物を失っているのだから。
ギギナは城の中を探索していた。部屋の一つ一つを確認し、ヒルルカを治療(修理)できる設備がないか探していたのだ。
途中、鍵のかかった部屋もあったが敢えて扉に触れようとはしなかった。人の気配を感じたからである。今は人と事を構えている暇はない。
(……?)
ある部屋に入って、いや部屋に入る前からギギナは違和感を覚えていた。おかしい。何かが食い違っている、と。
内装は至って普通の客間だ。西洋の趣きではあるが、別段おかしいところはない。
それは些細なことだったかもしれない。普通なら見逃してしまうことだったかもしれない。だがギギナは気付いた。
「……壁、だな」
違和感の発生源、それは一部が変色した壁だった。
単なる染みか何かと思うことも出来たろう。しかしギギナはそうではなかった。彼の念頭にあること、それ即ちが「ヒルルカを助けること」なのだから。
藁にも縋る思いで、ギギナは壁の染みと思われる部位を押した。案の定、染みはかちっという音とともに沈んだ。
ごごご、と何かと何かが擦れ合うような音と、がこん、となにか重たいものが落ちる音がギギナの耳朶を打つ。
目の前の壁がスライドし長方形の穴が開く。その先はほの暗く、僅かな光と僅かな闇が入り混じったような空間があるばかりだ。
「隠し扉、か。……陳腐だ」
鼻で嗤うギギナは恐れない。この先に感じるモノ、ギギナが求めるモノがある。それは直感であり、事実でもあった。
「待っていろヒルルカ。今、助けてやるぞ」
扉を潜った先は薄暗い通路、直ぐに左に曲がり、少し長い通路があって更に左に曲がる。今度は少し短い通路があって、次に長い通路。
ギギナはこの通路が城をぐるりと囲んでいると気付いた。先程の違和の正体はこれだった。外から見た大きさと、部屋数が合っていない気がしたのだ。
事実、ギギナの居る階は、上下の階より部屋が二つ少なかった。
通路を進みギギナはまた扉に出くわした。鋼鉄製の、所々が錆びた扉だ。
開け放った扉の先、室内の現状にギギナは驚愕した。
「なんだ……これは……!」
薄暗い室内でギギナの目を釘付けにする物。それは整然と居並ぶ家具の群れであった。
一組のソファと机、壁にぴたりと据え付けられた棚、奥に置かれた豪奢な椅子。。
一般人から見れば、古惚けた家具が置いてある部屋、くらいの認識しかもたないだろう。
ギギナからすれば、それは至福の光景だ。自らの求めて止まないものが、ここにあるのだから。
「これは……!イェム・アダーの『混沌罪脚・弐式』?長い間行方が分かっていなかったものが何故ここに?」
錯乱気味にキギナは叫ぶ。それは街角で憧れの芸能人と偶然出くわした者のそれと似ていた。
頭を抱え、信じられない物を見たようにギギナは当惑した。次から次へと家具と製作者の名を羅列しては、細かいエピソードを語る。
ギギナの目が、部屋の奥の豪奢な椅子を捕らえた。
「……まさか、そんな」
ギギナの一際狼狽した声。目を見開いて眼前に佇む物の影を見つめ、はっと息を呑む。
部屋の奥に鎮座する物。それは以前依頼を受けたクレスコスの店で見かけた三本足だった椅子だ。
三本足だった。過去形である。つまり今は三本足ではない。
クレスコスの椅子は、完全な四本足となって再びギギナの前に現れた。
ヒルルカの亡骸が入ったデイパックを優しくソファ、『混沌罪脚・弐式』に寝かせ、魂砕きを床に置く。
ゆっくりと王に謁見する騎士のような所作で椅子に近づき、膝を折る。
どんな貴人や権力者を眼前にしても屈しなかった誇り高きドラッケンの膝が、再び折られたのだ。
傷付けてしまうことを恐れる手が、おずおずと椅子に伸びた。以前は足がなかった部位に。
ギギナの繊手が足の付け根を優しく愛撫する。見ればギギナの頬が薄桃色に紅潮していた。
そこに、後から繋いだ形跡は見られなかった。
完全だ。
ギギナの肩が絶頂を迎えた女のようにびくりと震える。目尻に溜まる一粒の涙。やがてそれは熱を持った頬を冷ました。
膝を折ったギギナがゆっくりと頭を垂れた。土下座のような体勢とったかと思えば、その額が床についた。
膝だけでなく額までもが!
この時ギギナの頭にはある邪な考えが浮かんだ。まるで床の汚れがギギナの頭に吸い込まれていくかのように。
(彼の身体をヒルルカに移植すれば、ヒルルカは助かるかもしれない。だが―――)
冒涜だ。芸術と神と作者に対する、最悪の侮辱だ。娘を失いたくない一心で他物を犠牲にするなど、許されまい。
自分の考えを否定しながらも、ギギナは己の手が魂砕きに伸びるのを抑えることが出来なかった。ついに指先が柄に触れると、
それを手繰り寄せて頭上に掲げた。ゆっくりと頭を上げ、立ち上がる。
風切音一つでついた凪の血を払うと、刀身は目の眩むような美しさを取り戻した。
「赦してくれ、とは言わぬ。これは罪だ。死を以て贖うほか無い大罪を、私は犯す」
一呼吸の間の瞑目は、物言わぬ椅子への黙祷だったか。
「剣と月の祝福を」
目を開いたギギナが、魂砕きを振り下ろした―――
数時間後、薄暗い室内で、銀髪の美男子がまどろんでいた。
床に散らばる無数の木屑は紛れも無く椅子の血で、余った廃材は椅子の亡骸なのだろう。
酷い疲労と達成感と罪悪感を混ぜ合わせたよく分からない感覚に身をまかせつつも、美男子は思考した。
何故ここにクレスコスの椅子があったのか。しかも完璧な状態で。
思考をまとめようにも、睡魔がそれを阻む。アルター級の竜を倒した後でもなければ味わえぬような、濃い疲労。
結論を出す前に彼の目蓋は閉じ、深い眠りの底へと意識は埋没していってしまった。
すぐ傍には、所々に身を覚えのある椅子が鎮座しているばかりである。
その接合部には、しっかりと包帯が巻かれていた
【ギギナ】
[状態]:睡眠中。
[装備]:魂砕き
[道具]:デイバッグ一式、ワニの杖、ヒルルカと翼獅子四方脚座の合体した椅子(今のところ名称不明)
[思考]:1.休息 2.食料探し
【G-4/城の中/1日目・14:30】
hosyu
学校を後にした悠二は、市街地を北東に向かっていた。
自分に戦う術は無い以上、誰かに襲われれば逃げるしかない。
出来るだけ、物陰に隠れて逃げきれる可能性の高い町中を通りたかった。
それに市街地は人が集まりやすく、『物語』を広めるにも、人を捜すにも適している。
問題は……
(今の僕は、殆ど存在の力を感じ取れない)
ただでさえ強者と戦う力は無く、相手の企みを見抜く機転を最大の武器とする彼にとって、
探知の力が殆ど失われているのは致命的と言ってもよかった。
悠二は耳を澄ましながら物陰を歩き続け。唐突に爆発音を耳にした。
「…………!?」
音は角を曲がった先から聞こえてくる。
駆け寄り、そっと覗いてみると……目の前で戦いが繰り広げられていた。
豪奢なサークレットを身につけた少年が呪文を唱え、次々と火球を撃ち放つ。
だが、対する男が指を鳴らすと不可視の重圧が空を裂き、全ての火球が叩き潰される。
「甘い、甘い少年!!」
男の声が響きわたる。
少年も負けじと信じがたい機敏さで動き回り、火球を乱れ撃っていた。
目の前まで飛び散る火の粉が悠二の髪をチリチリと焦がす。
(まずい、ここに居ると見つかるかもしれない!)
おそらく片方はゲームに乗った人間だ。ここに居るのは危険だろう。
悠二は少し離れた建物に逃げ込んだ。
(しばらくはここに隠れていよう)
戦いが終わっても彼らがすぐにこの近辺を立ち去るかは判らない。
そして、幸いにもここは食料に不自由しない。籠城にうってつけだ。
「スーパー。それも、ちゃんと冷蔵庫の電源が入ってるのか」
人が居ない事を除けば、概ね本来の機能を維持している市街地。
もしかすると、この事にも何か意味が隠されているのだろうか。
「……考えるには材料が少なすぎるか」
メモに機能しているスーパーの事を書き込むと、悠二は食料を見繕い始めた。
お総菜コーナーからコロッケや野菜サラダを取り、
ペットボトルのお茶とコップを用意すると、
レトルトの御飯を備え付けのレンジで温める。
チンという音にすこしびくつきつつ、奥にある従業員控え室に引っ込んだ。
ここなら外から見られても見つかる事はないし、
それどころか店舗に備え付けられた監視カメラで入り口付近を見張る事が出来る。
「いただきます」
こうして、悠二はそれなりにまともな食事を摂る事ができた。
(シャナや長門さんも、ちゃんとした食事を出来ているのかな)
それが少し不安だった。
「そういえば、缶詰も有ったんだっけ」
IAI製と書かれたプルタブ式の缶詰を一つ開けてみる。
「……水? いや、水飴か?」
中には並々と水飴が満たされていた。
しかし問題はその特異な匂いだ。何処か懐かしい食欲をまるでそそらない奇妙な匂い。
恐る恐る少しだけ指に付け、舐め「うぇっ!?」即座に吐いた。
「な、なんだこれ……!?」
少なくとも水飴の味ではない。それだけは全身全霊を持って断言できた。
よく見ると缶詰の底に、毛筆体で何かが書いて有った。
『非情食第三弾・健康みずあめ〜みみず味〜』
「……………………」
悠二は全ての缶詰を部屋の隅に放置し、お茶でよく口をすすいだ。
悪夢は去った。
「……いや、去ってないか」
何を考えているのだろう。
自分が最悪の悪夢の住人である事を突きつけられ、自分に呆れてしまった。
第二回放送が始まっていた。
『075オドー、081オフレッサー、099鳥羽茉理、103イルダーナフ、05リリア……』
「……シャナと長門さんは無事か」
挙げられた名前は、どれも悠二の知らない名前ばかりだった。
だが、今もどこかで誰かが死んでいる。
少し前に見た二人のどちらか片方の名も、今の放送に含まれていたのかもしれない。
(早く物語を広めて、二人も見つけないといけない)
地図に禁止区域を書き込むと、眠気覚ましのガムとお茶と保存食、
ついでに幾つかのメロンパンをデイパックに詰め込み、店を出る。
今の位置はC−3の南寄りだ。
(もう少し東寄りに進もう)
再び歩みを再会し……今度は唐突に声を掛けられた。
「ああっ! そいつだ、間違いない!」
「え!?」
声の方を見ると、そこに先ほど火球を放ち男と戦っていた少年が居た。
「くそ!」
相手が何者かは知らないが、五割の可能性でゲームに乗った人間だ。
先ほどの戦いを覗いていたのに気づき、口封じをしようとしているのかもしれない。
物陰に飛び込もうとしたが、背後から伸びた腕が肩を掴んだ。
(しまった、仲間が居たのか!)
焦り逃れようとする悠二。
だが、信じがたいほど美しく優しい声が彼を縛り止めた。
「待ちたまえ。我々は君に危害を加えるつもりはない」
ドクター・メフィストが彼を止めた。更に彼の後ろから志摩子が顔を出し、言った。
「あなたは狙われているのです」
「人に憑依する古代の魔女が、僕を狙っている……?」
「そうだ。何か心当たりは有るかね?」
悠二は首を傾げた。
「どうしてそれを知られたのか、どうしてその魔女が僕を狙うかは判らないけど、
誰かに狙われる理由なら心当たりはあります」
危険人物では無いようだと判断し、悠二は自分に蔵された物について語り始めた。
トーチとミステスの事。零時迷子の事。そして、自らに掛けられた制限の事を。
「あと、制限については色々考えてみたんだけど……」
悠二は裏面に考察を書き込んだ地図を差し出す。
「なるほど、興味深いな」
メフィストは一瞬でその内容に目を通すと、即断した。
「では診てみよう。脱ぎたまえ」
「え゛!?」
「私は医者だよ。診察のために服を脱ぐのは当然だろう?」
理屈は判る。判るが……
悠二は理屈では説明不能な本能から来る根元的寒気が背中を音速で走り抜けるのを感じた。
その様子を見て、メフィストの口からレア度の高い失言が爆発する。
「安心したまえ。診察の間は何もしないと私の誇りに賭けて誓おう」
「「つまり、診察が終わると……」」
志摩子と終のハモった茶々入れに、寒気が急速に現実味を帯びて恐怖となって凍りつく。
「うわああああああぁっ!!」
悠二は悲鳴を上げて回れ右して走り出した。
「逃さぬよ。しっかりと捕縛し、とっくりと診察してやろう!」
メフィストが神速もかくやと言うほどの高速で手を伸ばした。
「待てよこの野郎!」「止めてください!」
悠二にとって幸運だったのは、彼を止める者達がここに居たことだ。
きっと、居なかった場合のifストーリーではヤバイ目に遭っていた事だろう。
「気を取り直して、今度こそ診察といこう。安心したまえ、本当に診察だけだ」
二人の制止により真面目になったメフィストが言う。
「だが、やはり上は脱ぎたまえ。何、重ねていうが誓って診察だけだ」
「…………はい」
悠二は不安げにしていたが、志摩子と終と見つめ合い、信じる事にした。
(……って、二人に見守って貰うって事は、志摩子さんにも見られるって事じゃないか)
上半身だけ、水着姿のようなものだと思っても、肌を注視される事には変わりない。
誰かは知らないが、同年代位の異性に半裸を見られると思うと、それはそれで気恥ずかしい。
しかし、目の前にいる美形の医師から感じる不気味な敵意ではない謎の感情を思うと、
一人でも多くの人に見守っていてほしいのもまた事実だった。
悠二は恐る恐る上着を脱ぎ、上半身を露わにした。
「では、始めよう」
美しき声の主の美しき繊手が胸に触れ……悠二は息を呑んだ。
メフィストの指が、まるで水面に沈むようにずぶずぶと悠二の中に沈み込んでいくのだ。
(これは……零時迷子を暴かれた時の!?)
直接悠二の中の零時迷子に触れる事により、それに掛けられた制限を調べようというのか。
「待った、零時迷子には元から戒禁という防備の仕掛けが……」
「いや、そこまで調べる必要はあるまい」
メフィストの手がピタリと止まる。
「……有った。君の構造が幸いしたな。
いや、それともこの仕掛けは刻印とは別口なのか。
何にせよ予想は当たり、そして……よく、私の診察を受け容れてくれた」
胸に潜ったままのその手がぐるりと半回転したかと思うと、何も持たずに引き抜かれた。
次の瞬間。
「――!!」
悠二は、声も無くビクンと体を折り曲げる。
「大丈夫ですか!?」
志摩子が倒れそうになる悠二の体を支える。荒い息を吐く悠二。
それを見た終が血相を変えてメフィストに噛みつく。
「おい、あんた何したんだ!?」
「落ち着きたまえ」
「これが落ち着けるかよ!」
何か危険な事をしたのではないか。そう思う終に、メフィストは淡々と告げた。
「彼専用の制限を取り外しただけだ」
世界が激変していた。いや、本来の色を取り戻していた。
封じられた、かつて時間を掛けて徐々に慣れていった感覚が、一瞬で目覚めていた。
(存在の力が感じ取れる!?)
だが、その次の瞬間、世界全体に強烈な違和感を感じた。
更に次の瞬間、違和感は異物感にまで拡大し、視界が白く染まり、奔流が全てを……
ぴたり。
額に指が当たる感触と共に、感覚の爆発は止まった。
「……何か見えたかね?」
「…………何も」
悠二は青ざめた表情で答える。
「存在の力が全部見えたけど……一瞬だけだったし、鮮烈すぎて何も判らなかった」
「そうか。今はどうだね?」
「今は……」
ハッと目を見開く。
「……判る。完全ではないけど、朧気に力を感じ取れる」
メフィストが宣した。
「術式は完了した」
「凄いな、制限を外せるのか!?」
終が目を丸くする。
メフィストは少し沈黙し、首を振った。
「…………生憎、この少年に掛けられた制限が他より多く、その分が外せただけだ。
何故かは判らないが、彼に掛けられた制限は他よりも徹底的だった。
だが、何重にもなっていれば一つは綻び、判りやすい物が出来てしまう。
私はそれを外しただけだ。他の制限が何処に掛けられた物かもまだ判らない。
彼の魂に元から鍵穴が有った事も幸いしたな」
今の彼の心霊手術は殆ど使い物にならない。
だが、元から蔵として作られた、開ける事を前提とされた魂なら話は別だ。
「これで他と同条件という程度だろう」
「それでも、ありがとうございます!」
思わず敬語になる。
朧気ながら力を感じ取れるようになった今なら、
すぐ近くまで行けばシャナにもコキュートスにも気づくことが出来るだろう。
「せめて何かお返しを……」
「何、君の体を隅々まで……」
それは代償が怖ろしく高く付く気がしてならないので何か別のお返しを……!!
そこまで考えて、本来の目的をまだ果たしていない事に気が付いた。
「……お返しに、物語についてお話します」
メフィスト、志摩子、終の三人は、悠二と別れた。
一通り情報を交換すると、悠二はシャナと長門という少女を知らないかと訊いた。
そして、シャナという少女に出会ったら『C-8の港に行った』と伝えて欲しいと言い残し、
三人と別れて港に向かったのである。
もちろんカーラに狙われている彼を一人で行かせるのは何かと不安も有ったし、
せめて武器を渡そうとしたのだが――
(特に終は、支給品の魔剣が半ば彼の物だったと知り、押しつけようとさえした)
悠二は制限の緩和をしてもらった上、自分にも銃が支給されているからと断ったのである。
「……大丈夫かな、あいつ」
終が心配そうに呟く。
「何、力は弱くともなかなか機転が効く、見所の有る少年だ。無事だろう」
「メフィスト医師の太鼓判が押されれば安心ですね」
志摩子がにこりと笑った。
「ところで、先ほどの『物語』という物はお話いただけないのですか?」
「うむ。少し様子を見てから決めるつもりだ」
「そうですか」
物語の法則を聞き、メフィストだけは『鏡の物語』そのものも耳にした。
それは単なる意志の強さで耐えられる物かはまだ判別が付かない。
だから、メフィストは志摩子にも、終にさえ物語を伝えないでいた。
「ところで、俺も気になる事が有るんだけど……」
「何かね? 終君」
メフィストはその言葉に敵意が篭もっている事に気づいた。
終は目に疑念と警戒をたっぷり湛えながらいった。
「あの坂井って奴と話してる時、不穏当な発言が幾つか有った気がするんだけど……
おまえ、やっぱり『そういう趣味』なのか?」
「……なに、ただの冗談だ、そう気にしないでくれたまえ」
あっさりと受け流す。
「そ、そうか、それなら良いんだけどよ……」
「うむ。君に警戒されるのはとても悲しい事だ」
「………………」
何処か間の抜けた緊張感が漂っていた。
一方、3人と別れた悠二は更に北東に向かっていた。
「右手には長い階段か。……ちょっと危なそうだな」
階段は見晴らしが良く、足場が不安定な場所だ。
彼の支給品である狙撃銃が最高の性能を発揮する場所だろう。
だけど、逃げるのに向かないのは致命的だ。
万全の状況を整えても尚、自分が弱者である事は知っている。
どれだけ悔しくてもそれが事実だ。今はそれを前提にするしかない。
「えーっと……前進すれば川があるのか」
川沿いに進む事にし、直進する。
周囲に気を配りながら、緩やかな下り坂を進んでいく。
すると……死体を見つけた。
「――――っ」
息を呑む。
2mにも届こうかというその巨漢は、首をねじ切られ、死んでいた。
(これが、死体……)
死斑を浮かべ、血の池に沈んだ無惨な死体。
紅世の従との戦いの犠牲者はそれさえも残せない。この島の犠牲者は見ていない。
だから、これが悠二が初めて見た、人間の死体だと言える。
(……少し、気持ち悪い)
でも、それだけだった。
(大きすぎる。埋葬はしてあげられないな)
冷静に周囲を見回す。血の海の中には美しい剣が。その少し遠くには眼帯が落ちていた。
「……すみません。もらっていきます」
自分でも気づかない内に、恐怖も罪悪感も麻痺した心が、冷静に遺留品を拾わせる。
悠二は水晶の剣を拾い上げた。
そして、死体に背を向け、川に向かって歩き出した。
森の入り口の川で洗おうと、そう思って。だけど……
「……水が、無い?」
地図に記されているはずの川は枯れていた。
仕方なく川を渡って、森との境目を上流に向かう事にした。
上流の湖に行けば、少しは水も残っているだろうと思って。
しばらく歩いて、悠二は遠くから近づいてくるバイクの音を耳にした。
(そんな物を支給された人も居るのか?)
何にせよ、人が来るなら話をしよう。
物語を伝えて、シャナと長門を知らないか訊いてみよう。
そう思った時……二つの事に気づいた。
「って、こんな物を持っていたらまずいじゃないか!」
血の池から拾い上げた水晶の剣は当然のように真紅に塗れていた。
更に拾い上げた手までも血で汚れていたのだ。
こんな様を見たら、間違いなくゲームに乗った人間だと思われる。
そしてもう一つ……
「なんだ、この気配!?」
ぞくりと寒気が走る。
バイクの音が近づくと共に強まる、何か異様で奇怪な気配。
悠二は慌てて森に駆け込み……数十秒後、バイクが通過した。
「それにしてもおっかないよね。
さっきも死体が転がっていたし、剣山生け花ってこの事かな」
しばらく沈黙が続き……ベルガーがツッコミを入れた。
「もしかすると、屍山血河か?」
「そう、それそれ」
難易度高すぎである。
「ところで、揺れが激しくなっていますけど、サイドカーは大丈夫ですか?」
『ああ、大丈夫だ。支障はない』
影で出来たサイドカーに乗る保胤に、首無し騎士(デュラハン)のセルティが返答を返す。
「それより、さっきの『ふもふも』言う怪物は来てないだろうな?」
「大丈夫ですよ。橋から……直接追っては来ても、回り込まれはしないはずです」
自分達が南に行ったからそれを追ったかもしれないというだけの返事を返す。
丁度その瞬間、バイクは坂井悠二の目の前を通り過ぎていった。
「やれやれ、あいつのおかげですっかり時間を喰っちまったぜ」
そして、最後に呟いたベルガーの愚痴は……
「合流したらシャナって嬢ちゃんと刀との事も有るのに、疲れる事ばかりだな」
悠二の耳に、届かなかった。
(まずは、少しでもいいから血を落とさないと)
悠二はデイパックから水が1000ml入ったペットボトルを取り出して、水晶の剣に注いだ。
「……あれ?」
こびり付いていたはずの血糊が異様なほど早く水に溶け、洗い流されていく。
ペットボトルの水を使い切る頃には、手に付着した血飛沫まで綺麗に洗い流せていた。
首を傾げつつ、これからの事を考える。
(今のバイクは何だったんだ? それにふもふも言う怪物って……あの怪物か?)
セルティと、彼女が生み出した影のサイドカーの気配を警戒し、隠れていた茂みから出ると、
バイクの走り去った先と、バイクの来た方向を見渡した。
「あの化け物がここを通る可能性も有るのか。それに、あのバイクも不気味だったし……」
現在地点はB-6の最西端の辺りだ。
ここから川沿いにC-6、C-7、C-8と進むつもりだったが、
このルートが危険となると……
「森の合間を北沿いに抜けて、海岸沿いに向かうか」
A-6、A-7と灯台へ抜けて、そこからC-8に向かうルートを選ぶ事にする。
「よし、行こう」
悠二は北に向けて歩き出した。
こうして、彼は知らず知らずの内に……
自らを狙う魔女の手からも、自らの救いとなる少女の手からも擦り抜けた。
【B-6/森沿い/1日目・13:10】
【坂井悠二】
[状態]:健康(感染)/制限並程度に緩和
[装備]:狙撃銃PSG-1、水晶の剣(オフレッサーの遺留品)
[道具]:デイパック(支給品一式、地下水脈の地図 (かなり劣化)、
保存食10食分、茶1000ml、眠気覚ましガム、メロンパン数個)
[思考]:1.シャナ、長門の捜索。2.異界に耐性ある人に物語を知らせる。3.北回りに港C-8に移動
[備考]:悠二のMAP裏に零時迷子のこと及び力の制限に対する推論が書いてある。
ただし、制限の推論が正しいかは不明。
IAI製缶詰はC-3のスーパーの奥に放置されました。
水晶の剣が、魔女の水により洗い浄めらた事による影響の有る無しは不明。
制限が他の参加者と同程度に緩和され、感知能力がある程度復活しました。
【C-4/一日目/13:10】
【藤堂志摩子】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:デイパック(支給品入り)
[思考]:争いを止める/祐巳を助ける
【Dr メフィスト】
[状態]:健康
[装備]:不明
[道具]:デイパック(支給品入り)
[思考]:病める人々の治療(見込みなしは安楽死)/志摩子を守る
[備考]:物語とその仕組みを聞きました。
【竜堂終】
[状態]:健康
[装備]:ブルードザオガー(吸血鬼)
[道具]:なし
[思考]:カーラを倒し、祐巳を助ける
[チーム備考]:この後、[395:今、一人が死んだ]に続きます。
物語本体を聞いたのはメフィストだけです。
【B-6/枯れた川沿い/1日目・13:10】
『ライダーズ&陰陽師』
【ダウゲ・ベルガー】
[状態]:心身ともに平常
[装備]:エルメス(サイドカー装着) 贄殿遮那 黒い卵(天人の緊急避難装置)
[道具]:デイパック(支給品一式+死体の荷物から得た水・食料)
[思考]:保胤に刻印について聞く。 仲間の知人探し。
・天人の緊急避難装置:所持者の身に危険が及ぶと、最も近い親類の所へと転移させる。
【セルティ・ストゥルルソン】
[状態]:やや強い疲労。(鎌を生み出せるようになるまで、約6時間必要です)
[装備]:黒いライダースーツ
[道具]:デイパック(支給品入り)(ランダムアイテムはまだ不明)、携帯電話
[思考]:静雄の捜索及び味方になる者の捜索。ベルガーとの情報交換。
長期的には何をしていくべきか保胤と話し合う。
【慶滋保胤】
[状態]:不死化(不完全ver)、疲労は多少回復
[装備]:ボロボロの着物を包帯のように巻きつけている
[道具]:デイパック(支給品入り) 、「不死の酒(未完成)」(残りは約半分くらい)、綿毛のタンポポ
[思考]:静雄の捜索及び味方になる者の捜索。 島津由乃が成仏できるよう願っている
[チーム備考]:エルメス(サイドカー装着)に乗ってC−6へ移動。
結局のところ、心配していたような襲撃もなく、ヘイズ一行は神社へたどり着いた。
階段を上り鳥居をくぐる。玉砂利と石畳が敷き詰められた広い敷地。木々に囲まれ点在する木造建築。
神社というのは厳粛で、なのに穏やかな雰囲気で満ちている。
宗教に不慣れなヘイズと火乃香は圧倒されながらも、土足で社の中に踏み入った。
「うーむ、なんというか……存外に退屈そうな場所だな」
コミクロンはこの宗教的な静けさに光速で飽きたようだ。
興味なさげに辺りを見て、そのままその場に座り込む様子はいつもより一割り増しでふてぶてしい。
いや、それよりも気になることをこいつは言った。
「お前、神社が何かも知らないで休憩場所に決めたのかよ」
コミクロンは、何を当たり前な、という顔をして首を縦に振った。
頭痛がひどくなる。無意味に自信満々だったときに気付くべきだった。
わずかな後悔とともに、どさり、と腰を下ろしてヘイズは柱にもたれかかった。
体をはともかく、人を寄せ付けない空気で気疲れしそうだ。
「そういうあんたは知ってたの? いや、あたしも知らないけどさ」
ごもっとも。
向かいに座る火乃香に、ヘイズは黙って頭を振った。反対しなかった時点で文句を言う資格はない。
「だが休むには問題ないだろう。天才の直感に間違いはないはずなのだからな!」
自慢げに高笑いするコミクロンだが、この場でリラックスできるような神経をヘイズは欲しいとは思わない。
「さて、とりあえず神社に着いたわけだが。これからどうしたい?」
会話を不毛と判断し、ヘイズは強引に話題を変える。
反論があるかと思ったがコミクロンは素直に口をつぐんだ。
「ここの探索が定石だろうけど、正直体力がもうないね」
そう言って、火乃香は実に投げやりな感じに両手を挙げる。
「俺もだ、はっきり言って正直限界に近い」
ため息一つ、ヘイズも小さく『お手上げ』、そしてどんなトンでも発言や無理難題を出すのかとコミクロンを見やる。
フム、と彼はあごに手を当てて、
「俺も医者としてこれ以上の行軍には反対だな。休憩もかねて食事にしたい」
続くコミクロンの珍しくまともな提案。
ヘイズはそれに少々面食らった。さっきから妙に態度が殊勝だ。
何故か? その理由に首をひねって、ああ、と唐突に理解するヘイズ。
(お前、自分の責任だ、って柄じゃねぇだろう)
何か言ってやろうとして、躊躇。
結局ヘイズは黙って頷いた。
さて、無論食事といっても手持ちの食べ物は一種類。全員ディパックからパンを取り出しほおばる。
空腹でさすがにパン一個では心もとなく、ヘイズはあっという間に平らげ、さらにもう一つ袋に手をつけた。
火乃香も同じらしく、男二人の視線に少し顔を赤らめながらも、同じく二つ目を口にする。
「解っていると思うが……」
一つで済ませ、手持ち無沙汰になったコミクロンがまたも口を開く。
「こんなパンをいくら食べても血はもどらんし、傷も塞がらん。そもそも人体に必要な栄養素は……」
「次の行動は決まりだな、食料武器探索とここの調査だ、それから改めて休息・睡眠ってことで」
ヘイズは講釈を始めるコミクロンを完全に無視した。
ジッとしていられんのか、と突っ込みかったがそれは我慢した。
べらべらと唾を飛ばし続けるコミクロンを横目に、ヘイズは空袋をディパックに放り込み、ついでに中から騎士剣を取り出し、
一瞥して、自嘲する。
火乃香、と声をかけて
「持っててもしゃーねぇ、無手よりはマシだろ」
ヘイズは火乃香にそれを差し出した。
最初は目を丸くして受け取った火乃香だったが、それをまじまじと眺め、ははぁ、と頷く。
「ああ、さすがに女の子にはっきり『守ってください』とはいえないね。いいよ、任された」
完全に見透かされていた。
なんかだんだん落ちるところまで落ちてるなぁと思いつつも、ヘイズは苦笑いで軽口に応える。
「んじゃ、いきますか、っとぉ」
準備を終えて、立ち上がり伸びをした弾みにくらっときた。身体は本格的に血液不足に陥ってるらしい。
長引くとI-ブレインの回復に影響が出る。
どうにもジリ貧だなぁ、ヘイズは急く心を呼吸一つで落ち着かせた。
口角泡まで飛ばし始めたコミクロンを小突き、社の奥へ視線を向ける。
格子戸の向こう側、廊下が次の社へと伸びている。
探索を始めてまず目に付いたのが看板の多さだ。
各建物を渡す廊下のあちこちに「順路」が並び「立ち入り禁止」が立ちふさがっている。
どうやら神社とは観光施設の一つらしい。
各建物の入り口には金属製の案内板が鈍い光沢を放つ。
ヘイズは試しに一つ読んでみた。知らない単語が多すぎる。由来やら遺産の文字が堅苦しい。
建物自体に関する考察を放棄して、ヘイズは案内板から目をそらす。と、
――――――――さあぁぁぁああぁぁぁぁ
雲が流れ、木漏れ日が揺れる。一房だけの青い髪が風の中を心地よく泳いだ。
「のどかだな……」
どこか懐かしい初めての感覚。おそらく一生触れることもなかったであろう景色に自然目が細くなる。
「あたしも元いた世界が世界だからね」
いつの間にか横に並んだ火乃香が、両手を添えて耳を澄ましていた。
――――――――さあぁぁぁああぁぁぁぁ
木々のざわめきが、辺りを包む。
「こんなゲームは真っ平だけどさ、その気持ちはわかるよ」
振り返ってはにかむような火乃香の笑顔が、
「え」
凍る。汗が一筋、その頬を伝って落ちる。
顔面は蒼白で、身体は小刻みに震える。
「おい、貧血か」
尋常ではないその様子にヘイズはあわててその肩を支えた。
あ、と火乃香の小さな一声。視線が定まり震えも止まるが、唇は紫色をしたままだ。
問いたげな二人の視線にさらされて少し悲しい火乃香を、コミクロンとともにヘイズは無言で待つ。
目をそらし逡巡する火乃香が、
「今……シャーネがいた」
とだけ、告げた。
空白。
ヘイズは途切れた思考を回復するのに2秒近くかかった。
「どういう意味だ、説明を要求するぞ」
呆然とするヘイズを押しのけて、コミクロンが火乃香につかみかる。
「今そこの案内板にシャーネが映ってて……」
「まてまてまてまて」
戸惑いながらもまくし立てようとする火乃香と明らかに興奮気味のコミクロン。冷や汗を覚えてヘイズは二人を制した。
「シャーネがいた、てのはどういう意味だ。シャーネは死んだんじゃなかったのか」
「あ、うん、ちょっと待って、あたしもよく解らないんだよ」
ヘイズの問に答えようと、火乃香は額を押さえ、黙考する。
バンダナの上からでも解る天宙眼の明滅。
あまりに強いか輝きに気圧されたのかコミクロンは、火乃香を掴んでいたその手を離しあとじさった。
「向こう側、これの向こう側があったんだよ」
ふ、と顔を上げ、熱を帯びた口調で火乃香は語る。その指が『鏡』に添えられる。
「これが『鏡みたいだ』て思った瞬間にさ、繋がったんだ。そこにシャーネが居たように見えた」
ごくり、と飲み込む唾がヘイズの腹の底に響いた。
「ごめん、ちょっと混乱してる。あれは間違いなくシャーネだと思うんだけど、でもシャーネじゃないんだよ……」
森で、火乃香が見つけたという“物語”が思考の海にぬらり、と浮かぶ。
曰く、歪んだ鏡は現実を映さない、そこには違う世界が広がっている。
曰く、じっと鏡を見ていると、そこにはきっと厭なものが映る。
曰く、鏡は水の中とつながっていて、そこには死者の国が在る。
固まったままのヘイズとコミクロンを置き去りに、火乃香の熱弁は続く。
「――鏡の中に映ったんじゃなくて、これを境に向こうにも世界があったんだ、これがガラス窓ってイメージ……」
「もういいぜ、そのへんにしとけ」
これ以上はきりがない、とヘイズは口元で人差し指を立てた。
はっきり言ってさっきから火乃香の説明は支離滅裂だ。事実と推測の区別がついてない。
緊張ではらわたが、ごろり、と蠢く。
危険だ。火乃香でさえ、「こう」なる。
そんな直感が、ヘイズの理性をじりじり蝕む。
本能ともいえる部分が頑なに思考を拒否する。理解を拒む。
(くそったれ!)
それでもヘイズは拳を握り締め、腹をくくった。
知らなければ予測は出来ない。知らなければ回避できない。
死んでしまってからでは、「知らなかった」では済まされない。
相手を知って、分析する。それはI-ブレインが止まっていても関係ない、ヘイズの原理だ。
口を噤んだ火乃香が、鏡に向き直る。ヘイズも、コミクロンもそれに倣う。
そうして『鏡』を凝視する三人。淡く映る景色の中で、偽者の世界はあまりにも静かだった。
変化の乏しい景色が、ヘイズの思考力を徐々に蝕む。
集中力が切れ、意識が途切れだす。
瞬間、唐突に隣で息を呑む気配。
――何がある?
活をいれ、ヘイズは鏡を凝視して、
みつけた。
――――――さあぁぁぁああぁぁぁぁ
風はあくまで優しくヘイズの首を、背筋を、腿を執拗に撫ぜる。
熱を奪われた汗の感触が、研ぎ澄まされた神経にひやり、と障る。
案内板にぼんやり映った、ひどくあいまいで頼りない世界。
現実の投影であるはずの風景に、現実にないものが存在している。
鳥居の影に「それ」が在った。金色の瞳と、目が合った。
――確かにシャーネに似ている。いや、背丈、体格はそっくり同じといっていいな。
ヘイズは少しだけ気を緩め、そしてすぐに、一瞬でも「それ」をシャーネと認識したことを後悔することになった。
鳥居の影から一歩踏み出し、「それ」が笑う。
その笑顔に、そのどうしようもない異物感に、ヘイズは心底慄いた。
いつの間にか風が止んでいた。耳が痛いほどの静寂にようやく気づいた。
わななく腕を押さえて立っているしかない自分にようやく気づいた。
それに関わってしまった時点でもう後戻りは出来ないことに、ヘイズはようやく気づいたのだ。
三人の前で奇妙に細い腕が、伸びる。
骨格も筋肉も忘れたように曲がる。人間の尊厳すらも忘れたように、歪む。
虐殺劇のように冒涜的で吐き気がする。
解剖実験のように冒涜的で肌が粟立つ。
ヘイズの右足が半歩、下がる。左足が半歩、下がる。右足がこつんと、欄干にあたる。
腕は確かめるようにぐるりと巡って、
こちらに向けて、にゅうっと伸びた。
【戦慄舞闘団】
【ヴァーミリオン・CD・ヘイズ】
[状態]:貧血 I−ブレイン3時間使用不可 (残り2時間ほど)
[装備]:
[道具]:有機コード 、デイパック(支給品一式・パン6食分・水1300ml)
[思考]:……
[備考]:刻印の性能に気付いています。
【火乃香】
[状態]:貧血。しばらく激しい運動は禁止。
[装備]:騎士剣・陰
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1400ml)
[思考]:……
【コミクロン】
[状態]:軽傷(傷自体は塞いだが、右腕が動かない)、能力制限の事でへこみ気味
[装備]:未完成の刻印解除構成式(頭の中)、エドゲイン君
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1200ml)(パンは砂浜で食べた)
[思考]:……
[備考]:かなりの血で染まった白衣を着直しました。へこんでいるが表に出さない。
[チーム備考]:火乃香がアンテナになって『物語』を発症しました。
シャーネの食料は全員で分けました。
行動予定:1、神社で食料武器探索 2、休息・睡眠
埋め