ここは、期限内に与えられたテーマに沿った SS を書くスレです。
他人と腕を競いあうもよし、ネタで盛り上げるのもよし、テーマに沿っていれば何でも(・∀・)イイ!!
テーマを見て、思いついたネタがあればどんどん参加してみましょう。
このスレを育てるのは、あなたが紡ぐ言葉です。
・期間の設定や細かい変更点は告知のなかで発表します。
・テーマはこのスレの話し合いで決定され、開催ごとに毎回変更されます。
・その他、ルールや投稿方法、過去スレや関連スレは
>>2-10 あたりに。
【前スレ】
葉鍵的 SS コンペスレ 14
http://pie.bbspink.com/test/read.cgi/leaf/1088419628/
【ルール】
・テーマを決めて、それに沿った SS、シチュなどを書く。
・書き手は全員名無し(書き手の知名度で作品の評価が変わるのを避けるため)
・書き手の騙りを防ぐために、作品ごとのトリップを推奨する。
但し、普段コテでトリップをつけている人は、それとは別のトリップをつけること。
・投稿作品とそれ以外の書き込みを区別するために、投稿作品の前後には宣言をする。
・告知及び投稿期間→感想期間→総括期間、という流れ。投稿期間終了までは一切感想をつけない。
・感想期間では、参加作品について感想、評価などを行う。
なお、他の人の感想等に影響が出ないように、感想期間中は作者は身を明かさないこと。
これはコンペスレの内外を問わない。
・総括期間では、書き手の挨拶、運営への意見、次々回のテーマの決定などを行う。
また、感想期間で評価が高かったもの選び、最優秀作品として推す。
・各期間は以下のように設定する。
投稿期間: 2 週間
感想期間: 10 日(暫定)
総括期間: 1 週間+α(そのときに応じて期間は変化する)
【注意】
※必ず名無しで投稿して下さい(誰だか判らなければ良い)。
※特に、普段トリップをつけている方はご注意を。
(そのトリップと違うトリップなら構いません)
それ以外の手順は SS 投稿スレに準じます(以下に転載)。
|【投稿の手順】
|
|1:まず、投稿する旨を告知するカキコをすると良い。
| 「今から SS 投稿します。なお、××な内容です」など。
| 鬼畜・陵辱・スカなどのジャンルでは特に。読むのを嫌がる人もいます。
| (時間帯・スレの状態・信念・その他で省略可)
|2:書いた SS を 30 行程度で何分割かしてひとつずつ sage で書き込む。
| (名前欄に、タイトルと通しナンバーを入れると分かりやすい)
|3:最後に sage で作者名・タイトル・あとがきなどと共に、
| アップしたところをリダイレクトする(
>>1-2みたいな感じ)と トッテモ(・∀・)イインチョ!
【よくあるかも知れない質問】
Q.複数の作品を投下するのは OK ですか?
A.構いません。期間内でテーマに沿っていればいくつでも結構です。
Q.もうすぐ完成するから、締め切りを伸ばしなさい(`□´)くわっ
A.終了間際の混雑などを考え、締め切りは延長される可能性もあります。
その際は、一言その旨をこのスレに書き込んでください。
ただし、完成まであまりにも時間がかかりそうな場合はその限りではありません。
Q.締め切りが過ぎてから完成したんだけど、ここに投稿していい?
A.締め切りを過ぎたものについては、葉鍵的 SS Training Room や
内容に見合った別の SS 関連スレに投稿してください。
このスレは、決められたテーマと期間の両方を満たす SS を対象にしています。
Q.気に入った SS があったけど、みんな名無しだから作者がわからない。
A.締め切り後にこのスレで訊いてみましょう。教えてくれるかも知れません。
Q.投稿した投稿作品がリアルリアリティに汚染されてます。
A.ときには厳しい意見が付くこともありますが、別にあなたが憎いわけじゃありません。
良い感想職人さんはちゃんと理由も書いてくれますから、次回に役立てて下さい。
第二十七回投稿テーマ:『If』
投稿期間: 7 月 9 日の午前 8:00 から 7 月 23 日の午前 8:00 まで。
テーマを見て、思いついたネタがあればどんどん投稿してみましょう。
面白い作品だったら、感想がたくさんついてきて(・∀・)イイ!!
もちろん、その逆もあるだろうけど……(;´Д`)
※投稿される方は
>>3-5 にある投稿ルール、FAQ をよく読んでください。
※特に重要なのが
・テーマに沿った SS を*匿名*で投稿する
・投稿期間中は作品に対して一切感想をつけない
※の二点です。他の各種 SS スレとは異なりますのでご注意を。
それでは、投稿開始っ!
また、次回のテーマは『料理・食べ物』への支持が多いようなので、『料理・食べ物』に決定します。
開催時期は 8 月上旬になる予定です。
「二週間じゃ短すぎて書けない」「テーマが難しい」という方はこちらの執筆に力を
注いでもらっても構いません。ただし、投稿は次回の募集開始までお待ちください。
いちおう私も何度かここに作品投下してる立場ですので、進行人さんの代わりに立てました。
こんなのでよかったでしょうか?
>>1 乙。
俺も建てようとしたけど建てられなかった……。
落ちたスレに投稿されてたSSは、どうしよう?
即死対策の意味もこめて代理で貼り付けた方がいいのでは。
立っていたとは、落ちてほしくはないなあ
即死回避保守
>>10-11 作者さんにもう一度貼り付けてもらうのが一番いいと思うのだけど……見てないかな?
ほしゅひゅうま
保守
しばらく留守にしておりました。
その間に……
進行役として何もできず申し訳ございません。
>>1、建て直しありがとうございました。
ログを保存していなかったので、前スレに関するデータが私の手許に残っていません。
春原SSが投稿されていたように思いますが、これの補完もできない状態です。
作者さん、あるいはどなたかログをお持ちの方、どうか再投稿をお願いします。
また、即死回避のため、今夜までに30レスを突破する必要があります。
皆様、なにかしら書き込んでくださいませ。
ではとりあえず、期間告知〜
【告知】
現在、葉鍵的 SS コンペスレでは投稿作品を募集しています。
今回のテーマは『If』です。
投稿の締め切りは 7 月 23 日の午前 8:00 までとなっています。
思いつくネタがあればどんどん参加してみましょう。
その際に
>>3-5 のルール、FAQ に一度お目通しを。
また、次回のテーマは『料理・食べ物』で、開催時期は 8 月上旬になる予定です。
「二週間じゃ短すぎて書けない」「テーマが難しい」という方は、こちらの執筆に
力を注いでもらっても構いません。ただし、投稿は次回の募集開始までお待ちください。
即死回避
協力するよ〜
書かないとまずいっすね
作者さんじゃないけど、即死回避も兼ねて前スレのSSを転載します。
↓元の投稿前の書き込み。
83 名前:名無しさん@そうだ選挙に行こう [sage] 投稿日:04/07/11 07:43 ID:y9RpF9c3
今から投稿します。8レス予定。CLANNAD。ジャンルはコメディ?
「春原、俺はここにいるからな……」
一瞬、春原の顔が俺を見た。
「……」
声には出なかったけど春原は、強く頷いていた。
「頑張れ。無事に拡張して俺たちは一緒に一線を超えるんだ……」
「……始めますよ?」
「はい。お願いします……」
春原の激しい尻の穴の拡張が始まった。
何度も春原は意識を失った。
しかし、また痛みに目を覚ましては意識を失う。
これらの繰り返しだった。
穴の拡張は、目を覆いたくなるような残酷な仕打ちで……。
まるで死に至たらしめるためだけの容赦ない拷問のようだった。
頑張るも何もなかった。
ただ、無抵抗に春原は痛みを受け続けるだけだった。
(こんなことを続けていたら春原は死んでしまう……)
(死んでしまうじゃないか……! 早く……こんなの早く終わってくれ……)
心の中で俺は叫び続ける。
長く、終わりの見えない時間が……永遠に続くかと思われた。
気が付くと春原の声が聞こえなくなっていた。
「春原……」
春原は目を閉じていた。
正面には春原の憔悴した顔。
「――春原!」
俺は強く春原の手を握り名前を呼んだ。
途端、手が弱々しく握り返される。
「岡崎……」
「春原! 良かった。俺は……俺は、てっきりお前が……」
耐え切れなくて死んだんじゃないかと心配だったんだ。
涙が溢れ出してくる。視界が涙で滲んでいるのか春原の顔が良く見えない。
「僕、頑張れたか……?」
「ああ、頑張れた。もうそりゃあでかく拡張されてるぞ」
「そうかい……けど僕、疲れたよ……少し」
俺は不安になる。春原の顔が目に見えて青白かったから。
「待ってくれ春原……話しをしようぜ」
「また自分勝手なことを……相変わらずだな、お前」
春原が薄く微笑んだ。
「けど、岡崎……お前と一緒にいられて……良かったよ」
「春原……?」
ゆっくりとゆっくりと春原は目を閉じていく。
まるで俺の顔を忘れないよう必死に記憶に留めるような眼差しをしている。
ショックの余り俺の意識も遠のいていく。
「春原! 嘘だろ春原!」
涙に溢れる視界を遮りたくて、俺は春原の意識が離れないように名前を叫んだ。
いつまでも……。
いつまでも……。
俺は陽平の名前を…。
眩しい光の中にいた。
が、すぐに眩しさは薄らいで背景が陰影を作り始める。
目に見えたのはあの場所だった。
――生徒指導室前の廊下。
そこにいたのは金髪のヘンな奴だった。
でも、顔が無茶苦茶に腫れていて更にヘンだった。
俺は可笑しくなり笑おうとした。
「……」
けど、本当に俺は笑って良かったのだろうか?
俺と知り合わなきゃ良かったんじゃないのか?
……俺はどうするべきなんだろう。
目の前の金髪は鬱陶しそうに俺の横を通り過ぎようとしている。
見知らぬ俺のことなんて歯牙にも掛けてない様子だった。
でも、俺は……。
「ははは、春原! 何だよその顔は!」
あいつに笑い声を浴びせていた。
「……良かった」
ゆっくりと春原が俺の方に振り返る。
「もしかしたら岡崎、僕と出会わなくちゃ良かった、とか思ってるんじゃないかって……不安だった」
「……」
「でも、僕はお前と出会えて良かった。幸せだったよ」
「馬鹿言うなよ、春原……」
まだまだ幸せは続くんだ。あの時、俺はお前見て笑えたことが無性に嬉しかった。
小さな楽しみを見つけたんだ。
『こいつと一緒に馬鹿をやってみよう』
無くし掛けていた心に芽生えた感情……。
俺がここにいるための理由……。
馬鹿を出来る唯一の……。
……春原は、俺の友達だった。
――それなのに!
「もう迷うなよ、岡崎。僕と出会えた事を後悔なんてすんじゃないぞ。
だって、僕たちは最高の友達なんだから! ……これじゃあ駄目かい? 岡崎」
「いや、違う……」
そう。違う。
「俺たちは恋人同士だ」
「ひぃぃぃぃ!」
だから……。
「俺はお前と出会えたことを後悔しない。胸を張って生き続けるよ」
「……そっか。ありがとうな、岡崎」
春原がにっこりと微笑んだ。
「じゃ行こうか」
「おう」
俺たちはがっしりと肩を組んだ。目指す場所はすでに決まっている。
「でも少しは拡張したケツを試してみたかったぞ」
「ひぃぃぃぃ!」
「あ、今度その顔しらたらキスな」
「ひぃぃぃぃ!」
「あ、した」
ぶちゅう〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!
だが、それも束の間、見つめる春原の姿が光に埋もれていく。
春原の笑顔が光に消えていく。
……待ってくれ。
……消えないでくれ。
「陽平!」
一際、眩しい光が自分の手の中にあった。
包み込むようにして……。
温かかった。
声が聞こえ、手が引かれたような気がした。
光はもう……全身を包み込んでいた。
『お連れしましょう』
『この町の、願いが叶う場所に』
「ああ」
今、終わる。
町の想いに連れられて…。
その長い、長い旅が。
手を伸ばす。
無数の…光と共に。
「……春原!」
……掴んでいた。
消えたと思った……この手を、俺は掴んでいた。
「よう、岡崎。おはよう」
「馬鹿、もう昼間だぞ……」
「ああ……僕らにとっての朝は、いつも昼なのさ」
「また、馬鹿なこと言ってるな……」
そうだ。また馬鹿をしよう。
きっとそれは楽しいことだ。嬉しいことなんだ。
そして俺たちは、今…。
出会った頃のように笑っていた。
「どうしたの? ふぅちゃん。いきなり立ち止まるとお姉ちゃん困るよ」
「……匂いがします」
「え? ハンバーグの? ここ病院だよ」
「お姉ちゃん勘が鈍すぎます」
「今のは、ふぅちゃんに合わせたつもりなんだけど……」
「失礼です。もう一度、同じこと言いますから何の匂いが訊いてください」
「はいはい」
「匂いがします」
「なんの?」
「可愛い匂いです。でも……」
「でも?」
「何と言いますか物凄く不憫な匂いです」
「……お姉ちゃん何のことだか良く分からないよ?」
「そうです。言葉で表すなら……本気で遣り切れなくて何のための町の思いか分からなくなった、というところです」
「もう、お姉ちゃんと会話になってないね」
「どうして、驚いてくれないんですか?」
「どうか……こんな子でも友達が出来ますように……」
「お姉ちゃん何気にきついこと言ってますっ!」
「はいはい」
「しかも子ども扱いです! もう風子我慢できません! あの子と友達になってお姉ちゃんを見返してやります!」
「え? ふぅちゃんどこに行くの?」
「お姉ちゃんも会いたかったら早く来てください。あの木の下です」
「誰かいるの?」
「分からないです。でも物凄く泣いてます。こんちくしょーって感じです。だから……」
「だから?」
「風子、慰めに行ってきますー!」
「ふぅちゃん!」
『もう泣き止んでください』
『楽しいことはここから始まりますよ』
『このヒトデあげますね』
転載終了。
↓元投稿
92 名前:名無しさん@そうだ選挙に行こう [sage] 投稿日:04/07/11 08:00 ID:y9RpF9c3
以上
>>84-91です。
というか朝から何を書いてんだろうか。orz
転載お疲れ様でした。
転載乙。
んー。。あと三日かぁ。
ありがとうです〜。 助かりました。
35レスもあれば即死は大丈夫かしら。
大丈夫だと思う。あと転載乙でした。
保管所の春原SSのところでワラタ
残り二日か。最終日ラッシュの予感。
今から投稿します。KanonSSで登場人物は名雪と香里と祐一と栞。3レス予定です。
タイトルは「姉妹ごっこ」。
「あたしに妹なんていないわ」
放課後、真新しい雪の上に、ざくざくと足跡を付けながら、香里が呟いた。
祐一との会話で、少しくらいは事情は知っていた。
今まで話してくれなかったのは寂しいけど、でも、辛そうな香里を見ていると、なにも言えなくなる。
いろんなことを抱え込んで、どんどん重たくなっていっている。
ポーカーフェイスが得意な香里が、隠しきれなくなるほどに。
それは香里が選んだことなんだけど、でも……話した方が楽になることもあるかもしれない。
わたしは弱いから。すぐに人に頼ってしまうから、そう考えてしまうんだろう。
だけど今の香里は、すごく弱々しくって、痛ましかった。だから。
「ねぇ、香里」
「なに?」
うつむいたまま、香里が聞きかえす。
「じゃあ、もしも妹がいたら……香里はどうする?」
「え?」
「わたしは一人っ子だから、妹がいたら、きっとにぎやかで、楽しかったと思うよ」
「……」
「着せ替えごっこをしたり、一緒にお風呂に入ったり」
「……そうね」
「勉強を見てあげたり、お菓子を作ったり」
「……でも、時々ケンカしたりもするのよ」
香里が、雪に視線を落としたまま、呟いた。
「ノートに落書きをされたり、お気に入りの人形を壊されたりしてね」
そう言いながらも、ほんの少しだけ楽しそうな香里。
「そうそう」
「髪を引っ張り合って、思いっきり泣かせて。でも、次の日にはけろっとして、また遊んだりするんだわ」
「いいよね、そういうの」
「バカね、大変よ。本当、大変で……手間のかかる……」
言葉に詰まって、口元に手を当てる香里。そっと背中に手を当てると、立ち止まった足も、ゆっくりと動き出した。
「でも、大好きなんだよね?」
「……そうね、きっと……大好きで、大切で、どうしようもなくなるくらいに……」
そんな風に、仮定でしか本当の心が言えない香里は、かわいそうだって思った。
「それでね、きっと妹さんも、香里お姉ちゃんのことが大好きなんだよ」
「……そうかしら」
「そうだよ。わがまま言っても、甘えても、全部許してくれるし」
「そんなことないわよ。あたしは厳しいもの。学校ではやらないけど、結構ヒステリーなんだから」
「そんなことないよ。才色兼備の素敵な自慢のお姉さんだよ」
「……褒めすぎよ」
「そうかな? だってわたしも、香里みたいなお姉さんなら、欲しかったと思うよ」
「いやよ……あなたみたいな、寝坊すけで手の掛かる妹なんて……」
香里はほんのちょっとだけ笑った。
「毎朝、容赦なく叩き起こすわよ」
「わっ、それは困るよ」
「バカね……」
手慣れた仕草で、香里がわたしの頭を軽く寄せた。頬に髪が触れる。お母さんとは、また違う感じ。
少しドキドキして、でもとても心地良い感触。
もしもわたしにお姉さんがいたら、きっとこんな感じなんだろうなって思う。
だけど、香里の手はすぐに離れていった。姉妹ごっこは、これでおしまいって合図。
あまりにも短いのは、やっぱり髪の手触りとか背の高さとかが、いつもとは違ったからかもしれない。
「ねぇ……香里」
「なに?」
「イチゴサンデー食べてこ。おごるよ」
「珍しいわね」
「今日は出血大サービスだよ」
「……分かったわよ。つき合うわ」
「うんっ」
わたしたちは百花屋に入った。なんだかすごく混んでいて、空いている席があんまりない。
「おーいっ、名雪」
不意に祐一の声がした。振り向くと、遠くのテーブルには、祐一ともう一人……可愛らしい女の子。
香里の視線が、その子の上で固まっていた。
ぴんときた。
「良かったら、一緒にどうだ?」
屈託なく聞いてくる祐一。強張った表情で、うつむいたままの女の子。
「香里……」
なんとなく、袖を掴む。香里は表情を閉ざして、じっと黙っていたけれど、
「……そうね、ご一緒しましょ」
女の子の顔が、紅潮した。たぶん、喜びと、驚愕と、緊張とで。
香里が不審げにわたしの顔に目を留めた。
「……なんで、名雪がニコニコしてるの」
「え、ホント? 笑ってる?」
「これ以上ないほどにね」
「びっくりだよ」
「何を言っているんだか……」
テーブルの隙間を縫って、とっとと香里が歩き出した。
「わ、待ってよ」
わたしは慌ててその後を追った。
>>40-42 以上、「姉妹ごっこ」でした。
よく見りゃ栞一個もセリフない('A`)
ONESSで、タイトルは「Merry」
45 :
Merry:04/07/21 22:19 ID:BAxy1pp0
「かわいそうだと思う?」
「え?」
側らで座っていたはずの少女が、ぼくを後ろから抱きしめながら囁いた。
「だって、悲しそうな顔してた」
そのままくるっと膝の上に乗っかり、真剣な表情で問いかける。
「そうかな……」
心の奥まで見透かされそうなまなざしを避け、視線を海へと戻す。
そこで繰り広げられていたのは、先ほどと同じ光景。
まるでどこかのねずみのように、次々海へと飛びこむ羊たち。
「お兄ちゃんが……」
「……」
「お兄ちゃんが、望むなら、あの羊に大地を与えることも可能だよ」
「無理だよ」
少女の言葉をさえぎるようにして、呟く。
「どうして?」
子供を見守る母親のような顔で、少女は先を促した。
「さっきからずっとそう考えてるけど、全然変わらないもの」
思い通りにならない苛立ちか、ぼくは少し拗ねるような口調で答えてしまった。
「それは、お兄ちゃんが本当にそう望んでいないからだよ」
心地よい温かみが、ぼくの膝から消える。
46 :
Merry:04/07/21 22:20 ID:BAxy1pp0
「この空も」
深呼吸するように両腕を広げて、
「この海も」
そのまま海を仰ぎ見て、
「そしてこの大地も」
最後に軽く、飛び跳ねて。
「全部、お兄ちゃんの、もの。お兄ちゃんの、一部。お兄ちゃんの、世界」
後頭部に手が回された後、視界が闇に包まれた。
「だから、変わらないってことは、心のどこかでそう願っていないからなんだよ」
ゆっくりと頭を撫でられる。
自分より小さな少女に抱かれながらも、不思議と気恥ずかしさは感じなかった。
妹が。みさおが、助からないと聞かされたときの絶望。
この世に対する憎しみ。出ていってしまった母への怒り。自分に対する無力感。
そして、ぼくは望んだ。変わることのない世界。えいえんを。
少女の手が止まった。身を離そうとする気配を感じる。
「もう少し……」
機先を制するかのように口を開く。
「もう少しだけ、このままで、いさせてくれないかな?」
しばらく無言が続いた後、再び髪が撫でられた。
「うん。いくらでもいいよ。この世界も、そして私も。お兄ちゃんだけのものだから」
少女の――みさおの言葉が、少しだけ嬉しくて。そして、とても悲しかった。
【告知】
締め切りまで残り半日くらいです。
最後の追い込みがんばっていきましょう。
今回のテーマは『If』で、締め切りは 7 月 23 日の午前 8:00 です。
締め切りギリギリまたは少し越えて投稿をしそうな方は、
前もってお伝えください。それについて考慮いたします。
また、締め切りを過ぎても即、投稿期間終了というわけではありません。
締め切り間際で他の方の作品と交錯する恐れや、最悪の場合、アクセス禁止が
かかる可能性があります。焦らず、落ち着いて投稿してください。
何とか間に合いました。作品投下します。
タイトル:もしも体育倉庫イベント有紀寧編があったら
ジャンル:ほのぼの
ゲーム:CLANNAD
レス:14〜15予定
エロ:無し
「スピードノキアヌリーブスノゴトクスピードノキアヌリーブスノゴトクスピードノキアヌリーブスノゴトク……」
宮沢が持ち出してきた『閉ざされた体育倉庫にふたりきり。果たしてふたりは無事脱出できるか!?』とか言うおまじない。
二枚のギザ十は幸運にも縦に重なることが出来た。あとは閉じ込められたい人間の顔を思い浮かべるだけだ。
……が。そういえば元々春原に付き合って面白半分で始めただけだ。誰と閉じ込められるかなんて考えてなかったぞ。
考えてみよう。そもそもこちらの都合で体育倉庫に二人っきりで閉じ込めてしまうんだ。あまり迷惑のかからないやつにしないと、後で申し訳がない。
春原。却下。危険はないがこいつと二人っきりになるのだけは絶対に嫌だ。それならまだ女子が相手の方がいい。
杏。元々親しい友人のあいつなら問題はないだろうが、どうせ強気なあいつのことだ。閉じ込められたところで屁のカッパだろう。結末は見えている。
智代。悪くはない。むしろどういう反応をしてくれるのかが気になるところだが、あいつは今生徒会選挙やら何やらで忙しそうだ。邪魔をするのはちょっとまずいかもしれない。
風子。……俺と二人っきりになんかなったら、『風子ピンチです。岡崎さんと二人っきりなんて風子の貞操の危機ですっ!』とか言って騒がれそうな気がする。後が怖い。
古河。間違いは起こらんだろうが、特に何もなさそうなので面白みに欠けそうだ。
しかし、考えてみると知り合いが少ないと言うのはこういうときに損だ。体育倉庫に閉じ込めても構わない洒落の分かるやつで、二人っきりになっても変なことにならないような安心できるやつ。
おまけに、ちょっとドキドキも体験できるような女子なんてそうそう……
いや待て。
灯台下暗し。最高の条件を備えた相手が目の前にいるじゃないか。
人懐っこい笑みを浮かべ、今にも崩れ落ちそうな二枚の十円玉を微笑ましそうに見守っていてくれる宮沢が。
そもそもこのおまじないを提案したのは宮沢だ。なら体育倉庫に閉じ込められたって、おまじないだと分かってくれるからシャレで済む。混乱されたり、間違いが起こったりということもないだろう。
おまけに、俺はこの資料室以外で宮沢に会ったことがない。他の場所では宮沢がどんな反応をしてくれるのか、考えてみたら興味が沸いて仕方がない。
加えて宮沢は顔も器量も悪くない。というより、女子の中ではかなりいい部類に入るだろう。うん、たまには春原無しで二人っきりになってみるの面白い。
決定。十円玉が崩れないうちに、俺は頭の中で目の前の少女の顔をはっきりと思い浮かべた。
金属音を立てて十円玉が崩れ落ちる。その二枚の硬貨に三人の視線が重なる。
「閉じ込められたい相手はうまくイメージできましたか?」
「ああ。それじゃ行って来る」
おそらくは自分の運命など知らずに見送ってくれる宮沢。ちょっと悪いと思いながらも、宮沢を相手に選んだことを表情からばれないように背を向け、手を振って資料室を後にする。
「で、体育倉庫前に来たわけだが」
傾いた夕日。長く伸びる影。遠くからは運動部の掛声とカラスの鳴き声。放課後の体育倉庫周りは人気のない寂寥感を映し出していた。
「よく考えたら、資料室に篭っている宮沢がどうしてここに来るんだろうな」
冷静に考えればそうだ。閉じ込められると言うことは、二人ともがここにいなければならない。まさか宮沢がわざわざ俺を追ってここに来ない限り、閉じ込められる以前の問題なんだ。
まあ、元々冗談半分の遊びみたいなものだ。いくらおまじないとはいえ、宮沢がこんなところまで来るわけ……
「朋也さん、追いつきました」
……宮沢が後ろに来ていた。
「宮沢? なんでここに」
「忘れ物です」
宮沢の声がした後ろを振り返る。そんな俺に宮沢は両手で見覚えのある物体を差し出してきた。黒い飾り気のない皮製の物体。俺の財布だった。
ああ。そういえば十円玉を出したときに机の上に置きっぱなしだったな。それをわざわざ届けてくれたのか宮沢は。
「あ、サンキュ。けど、どうせ後で資料室に戻るんだからわざわざ届けなくても大丈夫だったのに」
「そんなことないですよー。もし、万が一お金を使う必要が出てきたらどうするつもりですか? 貴重品は肌身離さず持っておかないと駄目ですよ」
……体育倉庫周りで、どうやったらお金を使うイベントが発生するのだろう。屋台でも出るのだろうかこの学校は。
まあ、宮沢は俺のためにわざわざ追いかけてまで財布を届けてくれたんだ。本当、義理堅いと言うか生真面目というか、どこか抜けているというか。
けど、ありがたかった。いまどき他人のためにここまで出来る人間など少ないだろう。本当、こいつはいい奴だ。
「ところで、まだおまじないの効力は現われていないみたいですね」
「あ、ああ。たぶん失敗したんだろ。もう戻るかな」
やや不思議そうに小首を傾げる宮沢。疑うことを知らなさそうな純粋な瞳がちょっとだけ俺の良心を攻め立てる。
やっぱさっきのは無しだ。わざわざ財布を届けてくれるようなこいつに迷惑をかけるわけには行かない。閉じ込められる前にとっとと資料室に戻った方がいい。
「うーん……失敗ですか。珍しいです」
「まあ、たまにはこういうこともあるって」
「それもそうですね。あ、そうそう、これを忘れていました」
……ああ。宮沢。
お前のおまじないはもはや呪いの域に達しているよ。
「困りましたね」
あまり困ってなさそうに呟く宮沢。その声を背に、なんとか扉を開けようと入り口で踏ん張る俺。
どういう偶然が起きたら、あの状況からこうして二人で閉じ込められるんだろうな。
あの時、お前が俺に渡そうとした、机の上に忘れた二枚の十円玉が手のひらから転がり落ちて。
それが転がっていき、二枚とも体育倉庫の中に入って行って。それを取ろうとして二人で追いかけていったら二人とも倉庫に入ってしまって。
おまけに、タイミングを見計らったかのように強風が吹いて扉が閉まって、しかも扉が開かなくなるなんて。
凄いよ宮沢。お前のおまじない……。
「どうしても開かないですか?」
「ああ。いくら押しても引いても駄目だ」
ここの扉ってこんなに重かったか、と思えるほどに扉はがっしりと閉まっている。押しても引いても、それどころか叩いても蹴ってもタックルしてもびくともしない。
これはもう、最後のカギでも使わない限り開錠は不可能だろう。
「うーん、仕方ないですね。誰かが助けに来てくれるのを待ちましょう」
窓のない体育倉庫。既に日は沈みかけ、薄暗い沼の底のような世界と化したこの中に二人っきりで閉じ込められていると言うのに、宮沢は相変わらずマイペースだ。意外と図太い神経をしているのかもしれないこいつ。
とりあえず、手ごろなマットの上に腰を下ろす。硬くてボロいマットだが、扉相手に悪戦苦闘して疲れきった俺の身体はゆったりと沈んでいく。
それに倣って、宮沢も隣にやって来た。俺みたいに乱雑に腰を下ろすのではなく、その小さな身体はそっと優しく俺の隣に収まった。
「………」
緊張が高まる。鼓動が早まる。
互いの呼吸の音すら聞こえそうなほどに静まり返った狭い世界。そこに生きている人間は俺と宮沢、一組の男女のみ。
手を伸ばせば、手だろうが顔だろうが触れることの出来そうな微妙な位置関係。かび臭い倉庫の匂いなど簡単に吹き飛ばせそうなほどに俺の鼻腔をくすぐる、宮沢の女の子の匂い。
ここまでお約束が揃うと、かえってどうしていいやら分かったものではない。
宮沢は今の状況をどう思っているのだろう。
さして困っている印象は見受けられなかったが、かといって楽しめるような状況でもないだろう。おまじないだとは分かっていても、やっぱりこういう状況は女の子としては不安に感じているのではないだろうか。
それにこの状況。俺もいつまでもこの状況に耐えられる保証がない。とりあえずこのおまじないで分かったことは、宮沢はこういう状況でも割とマイペースだということだ。
よし、もう十分だろう。教わった解呪の呪文を使って早々に解放したほうがよさそうだ。
「な、なあ宮沢」
「は、はいっ、なんでしょうか」
身体を小さく震わせ、宮沢が反射的にこっちを向く。さながら小動物のような可愛い反応だった。
「もう分かっていると思うが、これは例のおまじないの結果だ」
「…………あ、そういえばそうですね」
たっぷり15秒は人差し指の先を顎に当てて考えるような仕草を見せた宮沢。それでようやくその意味を理解したのか、うって変わって落ち着いたように答える。
「悪い。宮沢ならいいと思って、閉じ込められたい相手を考えるときにお前の顔を思い浮かべちまったんだ。本当に悪かった」
真剣な目で宮沢と向き合う。これから宮沢にどんな顔をされるかと思うと不安なのは確かだ。けれど、男として自分がやってしまったことの責任はきちんと取らないといけない。
「そうでしたか。わたしを選んでくれるなんて、朋也さんは物好きです」
だというのに、宮沢は。
いつも俺を資料室で出迎えてくれるときと変わらない笑顔を見せてくれた。
この倉庫の中は薄暗く、お互いの顔も明るい光の下での様にはっきりとは見えない。けれど温かい太陽の光のような宮沢の笑顔は間違いなく、この瞬間俺に届いた。
「はは、そんなことないって。俺の知り合いの中じゃ宮沢が一番いいと思ったんだから」
「……困りました。そんなこと言われたのは初めてです」
ここに来て、初めて困ったように苦笑いを浮かべる宮沢。いや照れ笑いだろうか。俺にはよく分からない。
けど、いつも資料室でコーヒーを飲みながらしているような普段の会話に戻れた気がする。さっきまで支配していたピンク色だか灰色だか分からない空気も今は元に戻ってくれた気がする。
「あっ、ということは、もしかして私はこれから朋也さんにいけないことをされてしまうのでしょうかっ」
あははー、と笑いながら冗談を言ってくる。というか冗談だよな? 急にノリが普段に戻ったぞ宮沢。
「ああ。こんなところで男女が二人っきりと言ったら決まっておるではないか。行くぞ宮沢〜」
「あ〜れ〜」
立ち上がってクルクル回りだす宮沢。それは時代劇の姫様役だぞ。いや、ノリがよくなったというよりいつも以上のテンションだこいつ。
この状況がおまじないによるものだと知って安心したのか、それともこうした閉鎖空間が普段以上のアドレナリンを放出させるのか。いずれにせよ、こういう宮沢も新鮮だった。
「……とまあ冗談はさておき。さすがに宮沢をこれ以上閉じ込めるわけにも行かないから、そろそろ解呪するからな」
「してしまうんですか……」
「ん? なんか言ったか?」
「あ。いえ、なんでもないですよー」
今のは俺の気のせいだろうか。……まあ、気のせいだろう。
「それじゃ宮沢。お前から教わった呪文唱えるから、ちょっと向こう向いててくれ」
「?」
頭の上にハテナマークを浮かべ小首をかしげる宮沢。いや『?』じゃなくて。
「いいか宮沢。解呪するためには尻を出して呪文を唱えなくちゃいけないんだろ。だから向こう向いててくれって言う意味だ」
ようやく、ああ、と手をポンと叩いて納得したような表情を浮かべてくれる。よかった、分かってくれたか。
「わたしのことは気にしなくても構いませんから大丈夫ですよ」
「俺が気にするんだって!」
分かってなかった。というか宮沢はどこまでも天然だった。
「なら聞くが、宮沢は俺の尻を見たいのか?」
「……ちょっと恥ずかしいです」
さすがの宮沢も、あはは、と苦笑いを浮かべる。こうして俺たちがいるのが暗い倉庫の中でなければ、たぶん宮沢の顔が赤くなっているのが見えただろう。
「ということでむこう向いててくれ頼むから」
「はい、分かりました」
ズボンに手をかけ、下ろす。宮沢が後ろを向いてくれているとは言え、この状況でズボンを下ろす男と言うのはかなり危険なシチュエーションな気がする。
ほとんど拷問に近いぞこれ。とっとと終わらせてしまおう。
心の中で呪文を唱える。ノロイナンテヘノカッパ。それを三回。よし、唱え終わった。これで脱出は可能になったはずだ。
急いでズボンを上げる。誰も見てないとは言え、誰よりも俺自身がいつまでもこの格好でいることには耐えられるわけがない。
「宮沢、終わったからもうこっち向いていいぞ」
「お疲れ様でしたー」
扉の前に立つ。大丈夫。呪いは解けた。さあ、一歩を踏み出そう。光り溢れる約束の地へ……じゃなかった、騒動と安らぎの待つ、いつもの日常へ。
扉に両手をかけると、さっきまであれだけ頑なに俺たちの脱出を拒んでいた扉はいとも簡単に――
――開かなかった。
「嘘だろっ!?」
押す。引く。叩く。蹴る。ぶつかる。とどめに助走をつけての二段飛び蹴りすらその扉は無慈悲に弾き返した。というか、さっきと全然変わってねえ。
「開きませんね」
「……なあ宮沢。解呪の呪文をちょっと確認したいんだが」
「はい」
俺の聞き間違いか記憶違いだろうか。呪文が成功したのならとうに脱出できているはずなのに。
だが、確認しても間違いはなかった。確かに俺がさっきやった方法で解呪出来るはずなのに、もう一度やってみても一向に扉が開く気配はない。無論、誰かが助けに来てくれる気配もない。
「何故だ……」
「あの、次はわたしがやってみますか?」
扉の前で唸る俺に宮沢が歩み寄ってくる。なるほど、その提案はあるいは有効かもしれない。俺の代わりに宮沢が解呪の……
「ぶ――――っ!?」
「わっ」
女の子にんなことやらせられるかっ!!
……いかん、一瞬でも宮沢が解呪のためにスカートを下ろすシーンを想像して興奮してしまった自分が春原以下のどうしようもない駄目人間に思えてきた。
「駄目だ駄目! 宮沢にそんなことやらせたら俺は男として最低の道を一生歩み続けることになる」
「はぁ。よく分かりませんけど、朋也さんがそう言うのでしたら」
まあ正直、やれと言われたらかなり恥ずかしかったんですけどねー、などと呟いてくれる。ここまで来ると冗談なのか本気なのか分からない。
しかし、なぜ解呪の呪文が聞かないのか。宮沢のおまじないは効力が確かな分、解呪も百パーセント機能しそうなものなんだが。
誠意が足りないから? そんなはずはない。実を削る思いでズボンまで下ろしたんだ。少なくとも俺は本気でやったはずだ。
ああ、こういうとき春原がいれば……いれば……いや、何の役にも立たなかっただろうな。
「あの、ひとつ仮説いいでしょうか?」
「ん?」
控えめに右手を挙げる宮沢。まるで授業中に教師に質問する生徒のようだ。
「もしかしたら、これはおまじないのせいではなく、本当に偶然の事故かもしれないです」
「どういうことだ?」
宮沢曰く。
おまじないというのは、対象となる相手が知らないからこそその効果を十分に発揮できることが多いと言う。つまり、占いを信じない人間を占っても効果は薄いのと同じということだ。
だが、俺は宮沢を選んでしまった。宮沢は当然このおまじないの張本人だから、おまじないのことは全て知っている。そういう相手をターゲットに選んでも効果は薄い。
つまり、おまじないの効力は空回りし、一緒に閉じ込められることは出来ない可能性が高いとのこと。
それなのに閉じ込められたということは、これはおまじないの効果ではなくて本当に偶然が重なって起こった事故によるものではないかということらしい。
……まあ、なんとなく辻褄は合っている気もするが。
おまじないと同じ状況で宮沢と体育倉庫前で合流して、閉じ込められて、鍵が壊れるってどんな天文学的確率だよ……。
いや、それよりこれが解呪の呪文が通用しない状況と言うことは、だ。
「まさかとは思うが、つまりどういうことになるんだ?」
「偶然誰かに助けてもらうまで、出られないと言うことになっちゃいますね」
……おいおい、やっぱりそうなるのか。
結局扉が開く気配はなかった。
諦めて、再びマットの上に腰掛ける。心なしか、さっきよりもお互いの距離が少しだけ縮まったような気がする。お互いが触れるか触れないかのギリギリの位置。
手足を伸ばして半ば横たわるように座っている俺と、人形のようにちょこんと収まりながら座っている宮沢。正面から見たら俺たちはいったいどんな風に見えているのだろうか。
窓一つない閉鎖された空間。日が沈んだのか、さらに倉庫内の暗闇はその濃度を増している。
これからどうするか運動部が活動を終われば、異変に気が付いて開けてくれるかもしれない。
あるいは、いつまでも帰ってこない春原が心配して来てくれるかもしれない。いずれにせよ、いつかは出られるとは思う。それまで体力を温存して待つのが最適な行動だろう。
だが問題は、それがいつかということだ。人間は先の見えないことに関しては殊更に不安を覚える生き物だ。助けが来るまでの時間。それがたとえ実際には短い時間であろうとも、不安と焦燥から異様に長く感じられてしまうことも不思議な話ではない。
いや、俺はまだいい。問題は宮沢だ。
俺の遊びにつき合わせた挙句、こんな不安な思いをさせてしまったのは本当に申し訳ない。
宮沢は他の女子に比べたらずっとしっかりした奴だ。だから泣いたり叫んだりしないで、こうやって今も落ち着いていられるのだろう。
けど、内心がどうかは俺には当然分からない。俺だって不安なんだ。宮沢だって内心少なからず怖い思いをしているのかもしれない。
ましてや女の子と閉じ込められているという状況の俺ならともかく、男子と閉じ込められていると言う状況の宮沢の方が立場的にも不安がってもおかしくないはずだ。
守ってやりたい。それは償いかもしれないし、義務感かもしれない。それでも今宮沢が頼れるのが俺しかいない以上、俺がなんとかしないといけない。
「……宮沢、本当に悪かった」
「朋也さんが謝ることないですよ。本当に事故なんですから」
いつもの笑顔で全てを受け入れてくれる。本当、こいつはこういう奴だった。
「なら、俺に何かできることはないか?」
「そうですね……」
んー、と口元に手を当てながらしばし考える宮沢。十数秒で考えがまとまったのか、手をポンと叩きながら微笑んだ。
「それじゃあ、一つだけわたしのお願いを聞いてもらってもいいですか?」
「ああ。俺に出来ることならなんでもする」
この際だ。何をお願いされたって構わない。
「それじゃあ……」
と、その先を口に出すのを躊躇うかのように言葉を一度切る。こそばゆいように、微妙に変化する宮沢の笑顔。それでも、宮沢らしいほんわかとした表情でその先を口にした。
「もっと、そっちに行かせてください」
俺の返答を待たずに、宮沢の小さな身体がすぐ俺の傍まで近づいた。
肩が触れ合う。ズボンとスカートが触れ合う。宮沢の長い髪が俺の腕にかかる。花の匂いのするのシャンプーの香りがほんのりと薫る。
そんなささいな、けれどとても魅惑的な接触の数々に心臓が思いっきり高鳴った。
「お、おい宮沢……」
「ダメですよ〜。岡崎さんのせいなんですから、責任とって私を安心させてください」
そう言われては、突き放すことも逃げることも出来るわけがない。こんなことで宮沢が安心できるというのならば、俺は宮沢の傍にいるべきなのだろう。
下手をすれば頬ずりすらしかねない小動物らしい仕草で宮沢は俺の身体に擦り寄ってくる。しかしそういえば、ここまで甘えを見せる宮沢を見るのは初めてだ。
思わず伸ばしかけた手。このまま宮沢を抱きしめたくなる衝動。湧き上がる悪戯心と保護欲の二律背反。俺のペースは完全に乱されまくっていた。
そのままの姿勢でどのくらいの時間が経っただろう。おそらく実際には五分と経っていないのだろうが、こういう状況では小一時間は経ったような気にもなる。
止まらない夜の帳はさらに進み、すぐ傍の宮沢の姿以外はほとんどが闇に塗りつぶされてしまう。
もしや、このまま朝まで助けは来ないのではないだろうか。俺ですらそんな不安な未来が一瞬頭をよぎる。
もしこのまま一晩明かすとしたら、俺の理性は果たして保ち続けることが出来るのだろうか。正直自信がない。
今この瞬間ですら宮沢を抱きしめたいという衝動が頻繁に湧き上がってくるのに、これ以上時間を掛けられたら俺は……。
と、そんな俺の心を読むかのように。
宮沢が、俺の背中に手を伸ばしてきた。
「み、みみみ、宮沢……」
細い腕が、小さな手が、俺の身体を優しく包み込む。全身で感じる柔らかい感触。鼓動も動悸もオーバーヒートしそうなほどに跳ね上がる。
いいのだろうか。俺もこのまま本能に負けてしまってもいいのだろうか。硬いながらもしっかりと俺たちを受け止めてくれているマットの感触が俺を後押ししているような気がしてくる。
そんな俺の胸の中で。
顔は見えないけれど、宮沢は小さく呟いた。
「朋也さん……朋也さんは、どこにも行きませんよね……?」
それは俺に尋ねるというよりは、まるで自分自身に言い聞かせるかのような心細げな声だった。
その儚げな姿に、どうしようもなく昂ぶっていた心が落ち着いていく。よくよく集中すると、宮沢の腕や肩が微かに震えているのが分かる。
――朋也さんは、どこにも行きませんよね――
ああ、やっぱりそうだ。
宮沢は強い子だ。けど、女の子としての弱さを持っていないわけがない。
不安なんだ。暗いということが。寂しいということが。怖いということが。どうしようもなく恋しくなり、どうしようもなく何かにすがりたい時だって当然あるんだ。
何かを失うことを極端に恐れるような宮沢には、なにか過去に俺の知らない悲しいことでもあったのだろうか。
あるいは、過去に何かを失ったことと今の状況を無意識に重ね合わせているのだろうか。
それは今の俺には分からないことであり、今の俺が宮沢に無理に聞いてはいけないことのような気がする。
自己完結であることは否定しない。俺に出来ることは少ないけれど、それでも俺は今、何かをしなくてはいけないような気がする。
だから、手を伸ばした。
「あ……」
右手は、力なく項垂れている宮沢の頭へと。
左手は、震える宮沢の肩へと。
そっと、怯えさせないように。出来る限り優しく、不安がらせないように。
置いた手で、触れて。その手のひらで、撫でて。
不思議なことに、それだけで宮沢の震えが止まった。
「安心しろ宮沢。俺はここにいるから」
「……岡崎さんの手、大きいです」
「それが分かるってことは、俺はどこにも行かないでここにいるってことだ。分かるか?」
「はい。もうこれ以上ないほどによく分かります」
胸に埋めたままの顔を上げて。
涙はないけれど少しだけ泣きそうな顔で。でもそれ以上に嬉しそうな微笑みを浮かべて。
俺と正面から向き合ってくれた。視線が間近で交差した。
こんなに間近で見たのは初めてだった。白い肌に上気したリンゴのような頬。大きく円らな瞳。そして柔らかそうな唇。
今この瞬間、俺は初めて後輩としてでも友達としてでもなく、宮沢を一人の女の子として意識したのかもしれない。
もう、理性も道徳もどうでもよかった。
こいつを安心させることができるなら。永遠と呼べる時間を手に入れることが出来るのなら。
俺の意思とは関係なく、互いの顔が近づいていく。
いつの間にか目を閉じた宮沢の、唇が、もう目の前に――――
ガアァァァァン!!
「有紀寧ちゃん、岡崎、無事かっ!?」
突如として引き怒った轟音。乱暴に開け放たれた扉の向こうから闇を上書きするように微かに入ってくる月と星の光。
頭よりも理性よりも先に、本能がこの場に現われた乱入者の存在を感知した。
「……って、何やってんのあんたら」
一瞬にして俺と宮沢は五メートルほど離れていた。いざというときの人間の反射神経は本当に神がかっているものだ、と妙な納得をする俺がいた。
それは宮沢も同じらしく、一瞬でさっきの位置から2,5メートルは離れた位置に立って俺と春原を交互に見比べている。扉から光が入ってくるおかげで、宮沢の顔がやけに赤くなっているのもはっきりと分かる。
「よ、よう春原。久しぶりだな」
「まだ別れてから一時間半くらいしか経ってねえよ!」
なんか不満そうな顔で怒鳴ってくる春原。なるほど、やっぱり実際にはそんなに時間は経っていなかったのか。
「春原さん、どうしたんですか」
いつもの笑顔を浮かべながら宮沢が一歩前に出る。微妙に声に残念そうなアクセントが混じっている気がするのは俺の気のせいだろうか?
「やあ有紀寧ちゃん、無事だった? いつまで経っても二人が帰ってこなかったから、さすがに心配になってさ。
校内探してもいなかったからまさかまだ閉じ込められてるのかなって思ってここに来たら案の定ビンゴ! いやぁ、僕の勘も捨てたもんじゃないね」
俺なんかには目もくれず宮沢に得意げな笑顔を振りまく春原。助けに来てもらった恩人だとは分かっていてもなんか腹が立つぞくそ。
いや、決してさっきのチャンスを邪魔されたことが腹立たしいわけじゃないぞ決して。ただ俺を無視してるのが気に食わないだけだ。うん。
「おい春原。扉をどうやって開けたんだ?」
「扉? たしかにちょっと固かったけど、力いっぱい引いたら普通に開いたよ」
……もしかして、この扉って外からだと開きやすいのだろうか。
それともあるいは、本当にこれは偶然の結果じゃなくておまじないの力によるものだったのだろうか。どちらにせよ、もう分からないことだな。
「それより有紀寧ちゃん、心配したんだよ本当。岡崎みたいな猛獣とこんなところに二人っきりでいて何かされなかった?」
大きなお世話だ春原。
「はい。岡崎さんはちゃんと優しくしてくれました〜」
「……」
『冗談、だよね?』と言いたげな冷や汗を浮かべながらこっちを見てくる。宮沢が既にいつものペースに戻っているなら、丁度いい。
「とってもよかったぞ、宮沢」
「もう、恥ずかしいです」
両手を頬に当て、恥ずかしがる芝居をする宮沢。とても演技とは思えないくらい上手い。……古河に紹介してみるか今度?
「う……」
実際は何もなかった……いや、未遂に終わったことを知ってる俺ですら宮沢の演技には引き込まれかけたんだ。当然、こいつが気づくはずもなく。
「嘘だあぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――っ!!」
泣きながら、春原は何処ともなく走り去って行った。
後に残された俺たち二人を、すっかり暮れてしまった外の世界が出迎える。
「せっかく助けに来てくれたのに、ちょっと悪戯が過ぎましたかね」
「助けに来るのが遅かったんだし、いいっていいって」
「……わたしは、もう少し遅くてもよかったんですけどね」
「ん? 何か言ったか宮沢?」
「いえ、なんでもないです」
宮沢が言った言葉は小声すぎてよく聞こえなかった。まあ、深く追求するのは止めておこう。
それにしても、色々なことがありすぎた。
何気なく宮沢を選んだだけだったのに、普段は見られなかった、宮沢の色々な一面を見ることが出来た。
一瞬でも宮沢にあんなことをしそうになった自分がいたことが自分でも驚きだった。
ちょっとした選択の変化で、進むべき道、出会うべき出来事はここまで違うものなんだと大いに実感できた。
これから、俺たちの関係はどうなっていくのだろうか。それはきっと、これからの俺たちの行動と気持ちが決めるものであって、今の俺たちには分からないものなんだろう。
けど、これだけは言える。
俺は、これから何をしようとも、もっと宮沢と一緒にいる時間を増やしたい。
閉じ込められるおまじないはもう懲り懲りだが、楽しさと安らぎと、何ともいえない心地よさを与えてくれるこの小さな少女と、もう少しだけ一緒に歩いてみたい。
「とりあえず、資料室まで戻るか」
「はい。朋也さん、エスコートお願いできますか?」
「任せてください、お姫様」
そんな何気ないやり取りを交わしながら、俺たちは歩き出す。
完
>>50-64 以上です。
トリップを付け忘れていたのでここで付けますね。
それでは他の作家の皆さんも、間に合うようにラストスパート頑張ってください。
投下します
ジャンルは壊れ、ラブコメ、ギャグ、ゲームはKANON
9レス予定
「あんなこと、いいな、できたら、いいナ…」
虚ろな目で国民的主題歌を歌う、というよりは呟く、青髪の丸い少女。
「(ね、ねぇ、水瀬さんどうしたのかしら)」
「(いくら青くて丸いからって)」
「(声まで変わって)」
クラスメイトたちに動揺が広がる。
対照的に、彼女の親友、美坂香里は冷静に帰り支度を進める。
親友、水瀬名雪は、先日同棲相手を寝取られてからというもの、ずっとあの調子。
色恋沙汰に縁遠いと自覚する香里にはその気持ちはわからないが、そっとしておくのが親友のためだと思う。
決していちいち相手するのがめんどくさいわけでも、ましてや家での妹との時間を優先させたいわけのはずもなかろう。
名雪なら大丈夫。きっと自分で立ち直る。そう信じているのだ。なげやりに。
「ふーしぎーなぽっけでかなえてくれールー…」
版権的な問題も、青くて丸いし、きっとある程度は大丈夫。
「み、美坂さん、水瀬さんってばどうしたのか知らない?」
ゆえに、不安げな級友の問いにも。
「誰、水瀬って」
「ご、ごめん」
思わず質問者が誤ってしまうほどの冷徹さをもって応じるのだ。
あぁ、これこそ友情。
ビバ友情。
ああ、されども友情。
ビバ友情。
さすがに。
「空を、自由に、飛びたいナー…」
そう呟きながら、虚ろな目で窓に足を掛けられてしまっては。
横からドロップキックを炸裂させるしか選択肢はなかろう。
いくら青くて丸くても限度があるのだ。
正座。
口端から血を流している人間に正座である。
この容赦ない厳しさも友情の成せる技だろう。
ビバ友情。
「で、なにがあったの」
「香里に蹴られ」
「その前」
皆まで、はおろか有無すら言わせぬ熱い論法が荒みきった名雪の心を溶かす。
その熱源が友を思う熱意だか、友すら問わぬ殺気だかは判らない。
が、とにかく名雪の心を溶かし、彼女の閉ざされた口をこじ開ける。バールのようなもののように。
「祐一がね、あゆちゃんと」
「いつものことじゃない」
またいつもの横恋慕。そう断じて香里は名雪の言葉を切る。
名雪の瞳に危険な光が灯る。
「ねぇねぇ美坂さん、あゆちゃんって、例の、相沢くんのアレ?」
「なんで名雪に直接聞かないかわからないけれど、おそらくそのアレよ」
途端、流血に一歩引いていた級友たちが騒ぎ出す。
「(おい、アレってアレかよ…)」
「(そうそう、相沢が●学生と町歩いてたってアレだよ)」
「(●学生!? ○学生はおろか、そこまで行くか!? 獣かあいつは!?)」
本当にもう、ウザいぐらいに色恋沙汰には敏感な世代である。
ぎりぎりと。
歯が軋む音がした。
骨と骨とを摺り合わせる音。
擦り切れんばかりの執念にも似た怒りを喚起させる音。
世界ニ呪イアレ。
そう聞こえんばかりの音。
「う、あ、あ、も、もう、下校時間だっ」
三文芝居のように棒読みの台詞を吐くと、そそくさと帰る男子生徒。
「あ、わ、私も」「俺も」「ぼくも」「ミーもザマスー」
堰を切ったかのように次々と帰る級友達。
後に残るは親友たちが二人きり。
ぎりぎりぎりと狂気を軋ませる名雪に、香里は優しく言葉をかけた。
「風邪、引くわよ」
「寝てないよーっ!」
ついにはブチ切れる青くて丸い少女と対象的にお姉様はきょとん。
「じゃあ、なんで歯ぎしり?」
「ふーっ!!!」
返答の代わりに猫のように威嚇する少女。
「ラマーズ法?」
「ふーーーーーーーーーつ!!」
風に揺れていた。
大海原を往く小さな小船のように。
大きなタンコブが揺れていた。
騒音の代償はカカト落とし、いかに青くて丸かろうと受け流せるものではない。
会話が通じない相手には肉体言語。まさに優等生の解答である。
答えられる方にはたまったものではない。
精神的にも、肉体的にも傷つき、年甲斐もなくぼろ泣きする名雪。
流石に罪悪感を感じ、優しい言葉を掛ける。
「で、なにがあったの」
重く深いため息とともにそう告げるや否や。
泣いてたはずの名雪が。
待っていましたとばかりに目を光らす。
きゅぴーん。
「あのね、あのね!」
嬉しそうに自分の不幸を語りだす。
きりきりきり。
胃が痛んだ。
いつものことながら。
「でね、祐一の部屋にあゆちゃんが来てね『祐一くんの匂いがするよ』とか言ってるんだよ、あのフェチ」
「ふーん」
どうでもよさそうに流す香里にもかかわらず、名雪のテンションは高まっていく。
「それでね、急にね、喋り声が途切れたかと思ったらね、あのフェチが『…やろっか』とか小さな声でいいやがってね」
「へー」
最近、妹の寝顔を深夜にこっそりビデオで撮っているからだろうか、髪の艶が良くない。
あ、枝毛。
「衣擦れの音がしてね、『そ、そんなにくっつくと恥ずかしいよ』だとか『やだ、くすぐったいよ』とか」
「ほー」
そういえば爪の手入れもおざなりだった。
爪といえば名前覚えてないけど、この爪の根元の白いの、こんな小さくなってても何かの病気じゃないでしょうね、と不安になる。
「そのうち二人の息が荒くなってきてね、ごそごそと動く物音がおおきくなってね、
『そんなに無茶にうごいたら壊れちゃうよぉ!』とか、祐一も『もっと激しく動くんだ』とか」
それにしても今日も暑い。
日も沈もうってのにこんなに暑くちゃ、そりゃ栞も食欲無くしてアイスも食べなくなるってものだ。
「『じゃあ次は俺が前だ』とか『噛んじゃいやだよぅ』とか言っててね、ついに我慢できなくて入ったら、何やってたと思う!?」
「格闘ゲーム」
窓の外を見たまま即答する。
「違うよっ!」
意外そうに振り返る香里。どうせ安直な答えだろうとたかをくくっていたのだろう。
初めて、それこそ名雪と出会ってからこれまでで初めて、会話に興味をもったかのように問う。
「じゃあ、なに?」
「ししまい」
脳裏に下半身だけが激しく動く獅子舞や、嫌がる小学生の頭を噛む獅子舞の姿が浮かぶ。
あー、なるほどなるほど、獅子舞ね。
うっかり失念してたわ、獅子舞のこと。
そりゃ納得、獅子舞なら納得ねー。
「シュール系か」
脈絡も意味も捻りも必然性も感心もない。
心底うんざりした一声だった。
「酷いよね、祐一ってば、ししまいだけは私としかやらないって言っといて…」
「あのね、名雪」
遂には見かねて。いろんな意味で見かねて。
「いいかげんになさい」
厳しく突き放す。
「もう愚痴にはうんざり、そんなこと他人に聞かせてなんになるの?」
急な責めにうろたえながらも名雪は答える。
「だ、だって、人に話したほうが楽になるってことも」
「いつまでそれを繰り返すつもり?」
冷ややかな視線に耐えられず、うつむく名雪。
「で、でも、そんなこと言われても」
小さな拳をぎゅっとにぎりしめる。
「本当はね、自分でもわかってるよ、そんなの駄目だってこと、でも」
ぽろりと、一粒の涙がこぼれた。
「どうしようもないよ、祐一とあゆちゃんが仲良くしてるの、すごく辛い」
香里は大きなため息をひとつ。
「まぁ、さすがに惚れた男が同じ屋根の下で、お金もないからって横の部屋で彼女つれこんじゃぁね」
さらにその男に節度も見境もないとなれば、同情の余地はカルフォルニアの広大な大地ほどもある。
「でもね名雪、人生に『もし』はないの、起こってしまったこと、『過去』からなる『現在』はどうあろうと変わらない」
俯いた名雪に優しく語り掛ける。
「だからこそ愚痴るばかりじゃなくて前向きに新しい大事なものを、『未来』探すべきじゃないかしら」
「そんなことないよ!」
話の途中に割り込まれ、イラッとくる。
自分でも反吐が出るほど正論な話、更には青い春な話をしているときは羞恥心の相乗効果もあり特に、だ。
そんな香里に名雪は。
こともあろうか。
やりやがった。ぬかしやがった。吠えやがった。
でーでーでーでん。
「もしもボッ●ス〜」
台無し。
全てが台無しになる大山の●代ボイス。
青くて丸ければなにをやってもいいのか。
青くて丸いのはそんなに偉いのか。
思わず拳に力が漲る。
「『もし』で思い出したよー、よかったよー」
満面の笑みでその電話ボックス状の珍妙なひみつ道具に入り、大きな声ではきはきと告げた。
「もしもあの泥棒猫がこの世から消えていな」
蹴り倒した。
名雪が悲鳴をあげる暇も無く。
地面とディープキスしたもしも●ックスの側面が無数の鋭利なナイフと化す。
その青くて丸い体型が受け流さなければ致命傷であっただろう。
「いい、名雪、人生に『もし』なんてものはないの」
ガスガスと上になった側面を踏みながら香里が優しく語りかける。
「だからこそ愚痴るばかりじゃなくて前向きに新しい大事なものを、『未来』探すべきじゃないかしら」
泣きながらその青くて丸い体を丸め震えるしかない名雪。
だが、次の香里の言葉を聴いて。
「だから、ウジウジしてたり、ヒト一人消そうとするくらいなら寝取る根性みせなさい」
ずきゅぴーん。
名雪の目が鈍色に光る
「それはつまり、祐一と既成事実をつくってできちゃった婚やれってわけだね!」
「あまり具体的に言うと犯罪示唆になるから」
そうとだけ言って、ぐっと親指を立てる香里。
名雪も不敵に笑うとおなじく親指をぐっ。
言葉は要らない。それが友情。
ああ友情。
ビバ友情。
ハ、ビバノンノ。
人生に『もし』なんてものはない。
未来が無限だろうが、いずれはそのうちの一つ、たった一つが選ばれる。
だからゆえに、どんな現在があろうと、それは『必然』とはいえないだろうか。
どんな奇跡だって、膨大なる事象からなる『必然』であるのだ。
その『必然』へと繋がる事象は一つでも欠ければ。
『もしも』お姉ちゃんが『も●もボックス』の残骸になにやら呟かなかったら。
「も、もしも、し、しまいが一緒にお風呂に入ることが常識になったら」
『もしも』バカップルがやってたのが獅子舞でなく格闘ゲームだったら。
「あ、な、なんだか、汗、かいちゃったね」
『もしも』青くて丸い少女が好機に邪悪な笑みを浮かべなかったら。
「お母さん、祐一は? え、お風呂? …チャーンス」
きっと、最悪は免れえたのだ。
そう、だから、一つの奇跡に繋がる、現在の選択には価値があると信じよう。
大事に、大事に今を生きていこうじゃないか。
それが俺たちの奇跡なんだ!
ビバ人生!
と、まぁ、なんか適当に、かつ素敵にきれいに爽やかにまとまったとこで。
今日も水瀬家に羞恥と嫉妬と責任放棄の悲鳴が、美坂家には拒絶の悲鳴と絶望の慟哭が。
響くのであった。
勧善懲悪、因果応報。
めでたしめでたし。
酷いオチ。
<完>
投稿します。クラナド杏ED後、朋也と椋の話、18レスです。
「杏、おまえさ、なんか元気なくねぇ?」
公家のおっさんが描かれた札を出しながら聞いた。
「おいっ、岡崎おまえっ、そんなの出したら……」
「え、そう?……あ、雨四光」
杏が公家のおっさんに札を重ねて、手元に持っていった。
「クケェーッ!」
「春原、うるさい」
「陽平、うるさい」
声がハモった。
「くそっ、トップ確定じゃんかよ。岡崎はまだ役なしか。
このカスが作れれば、まだ望みはあるな」
春原は場に置かれた藤の札を凝視していた。
「こいっ!……ってこないー!?」
「悪い、俺が持ってる」
俺は場に伏せてある最後の一枚をめくると、出ている札を全て持っていく。
「これで藤占め、五タンだな。春原、おまえの負けだ」
「汚ねーぞ、おまえら通してるだろっ!」
納得行かないように春原が吠えた。
「人聞きの悪いこと言うな。たかが遊びでそんなインチキするわけねーだろ」
「そうよ。ちょっと以心伝心なだけよ」
「それはノロケっすかねぇ!……ってやっぱり組んでるじゃないかっ」
「イカサマはしてないだろ」
「大体あんたが『地元で鍛えた花札なら負けないぜ』なんて言うから、
あんたの土俵で勝負してやったんじゃない。わかったら、さっさと行ってくる」
「俺、フルーツ牛乳、カツサンド、焼きそばパンな」
「あたしも同じの」
「くそっ、おまえら憶えてろよっ!」
いつもの台詞を吐いて、春原は出ていった。
日常となった昼休みの風景。が、この日は杏の様子が少し違った。
杏は妹を中心にできた、占いの集まりを眺めていた。
その表情が、どこか憂いを持って見える。
「おまえ、藤林と何かあったのか?」
以前、俺のせいで色々とあったので、どうしても気になってしまう。
「……朋也。ちょっと前庭まで、いい?」
「椋がね、なんだか最近、元気ないのよ」
前庭でそう切り出した杏は、明らかに妹より気落ちして見えた。
「そんな風には見えなかったけどな」
実際、教室では笑顔で占いをやっていた。
「学校ではそう努めてるのかもしれないけど、家だとご飯もろくに食べないし……」
杏の様子から察するに、事態はことのほか深刻らしい。
「原因は、わからないのか?」
「わからない……勘だけど、もしかしたら彼氏のことかも。他に思い当たることないし……。
ねえ、朋也さ、それとなく椋の相談に乗ってあげてくれない?」
「はぁ?それとなくって、俺がやったらめちゃくちゃ白々しいだろっ。
おまえがやれよ。姉妹なんだし、そういうのは俺よりも姉の役目だろ」
「そんなこと言ったって、こっちにも色々あるのよっ」
逆ギレかよ……。と思いつつも、杏の気持ちもわからないではなかった。
もし本当に彼氏の悩みだったら、杏が相談に乗るのはバツが悪いのだろう。
だからって、そんなのは俺だって同じだ。だが。
「お願い。こんなこと、朋也以外に頼める人いないから……」
こうやって伏し目がちに頼まれて嫌と言える俺でもなかった。
放課後、藤林に群がる女生徒の一団を見て気が重くなった。
そんな気持ちをよそに、春原が脳天気な声をかけてくる。
「岡崎、今日は杏と一緒じゃないんだ。だったらさ、一緒に打ちにいこうぜっ」
「悪ぃ、用があるんだ」
意を決して、女生徒の輪に足を踏み入れる。
「藤林、ちょっといいか?」
ざわっ、という擬音の後、すぐに静かになる周囲。普段はあれだけやかましいのに、
なぜこういう時だけ示し合わせたように静かなんだこいつらは。
「あ、岡崎君……。は、はい、なんでしょう」
藤林も狼狽しているふうだった。
「話があるんだが、これ終わったら、ちょっと時間あるか?」
「あっ、はい、少しでしたら……」
「じゃあ、廊下で待ってる」
ぎこちない雰囲気の中、俺は輪を後にした。春原がジト目で俺を見ていた。
「……なんだよ」
「……べつにぃ?」
ぷすっ。
「ひぎぃっ!……ってなにすんだよ!」
俺は春原の目を突いた。
「おまえの『僕はもうしらないからね』って表情がムカついた。そんなんじゃねえよ」
「だからっていきなり突くなよっ!……いいさ、僕ひとりで行ってくるよ。
バカ勝ちしたって奢ってやんねーからなっ!」
春原は出ていった。
俺は廊下の壁に背をもたれて藤林を待った。教室を出る女生徒達は俺を尻目に見て
話を弾ませているようだった。双子の委員長と落ちこぼれの三角関係。
恰好のゴシップには違いなかった。
妙な感慨を憶えた。少し前も、俺はこうしていた。あの頃は西陽の射すのが早かったが、
今はまだ陽が高い。その印象が、俺に時間の断続を錯覚させた。
「あ、あの、お待たせしました」
やがて藤林が出てくる。
「じゃあ、歩きながらでいいか」
「あ、はい」
そして歩き出す。無意識に藤林の鞄に手を伸ばしそうになったのを、慌てて戒めた。
「あの、話って、なんでしょうか」
「ああ、なんだ、その……最近落ち込んでるみたいだから」
……めちゃくちゃ白々しかった。
「お姉ちゃんが、そう言ってたんですか?」
しかもバレバレだった。
「いやまあ、そうなんだが。杏も心配してるし、俺なんかでも万が一相談に乗れることも、
あるかもしれないと思ってさ。やっぱ、迷惑だったか?」
「いえ、そんなことは……。あの、岡崎君」
少し思案した後で、藤林は続けた。
「これから私、行くところがあるんですけど……もし、ご迷惑でなかったら、
向かう途中まで、話を聞いてもらえますか?」
それから俺たちは、いつもの帰宅と反対方向、駅の方に向かって歩いた。
道すがら、藤林は訥々と話した。
「私の今、お付き合いしている……柊、勝平さんって言うんですけど……病気なんです」
「重いのか、それは」
「はい。……有り体に言えば、癌です」
事態は俺の予想をはるかに上回ってヘヴィだった。
俺は渇いた口腔に生唾を飲んで、言葉を繋いだ。
「それは……もう、助からないのか」
「いえ、すぐに手術をすれば、まだ可能性は十分にあります。でも……」
その彼氏が全国レベルのスプリンターだったこと、手術には足を切らなければいけないこと、
それで手術を拒否していること。
正直、俺が相談に乗れるどころの話ではなかった。だが。
「あの、お願いがあるんです。これから勝平さんを、その……一緒に、説得していただけませんか?」
杏といい、この姉妹はことごとく人選を間違えていた。
彼女が説得できないものを、面識のない元彼が説得などできるはずがない。
が、俺から話を聞き出してしまった以上、断ることもできなかった。
「わかった。できるだけのことはしてみるよ」
「よかった……。ありがとうございます」
病院まで同行し、『柊』というプレートのドアの前に着いた。藤林がノックして、中に入る。
勝平という名前の似合わない、女のような顔立ちの男が、ベッドの上から藤林を迎えた。
「お加減はどうですか、勝平さん」
「うん、椋さんが来てくれたら、急に良くなったよ」
……ラブラブだった。重い空気を予想していた俺は拍子抜けした。
同時に、正直に言っておもしろくなかった。
「で、そこの人は?」
勝平は怪しいものを見るように俺を見やった。
「えっと、岡崎君……お姉ちゃんの、彼氏です」
勝平の表情が険しさを増した。
「ふーん。……確か、朋也クン、だっけ?」
俺のことは話に聞いているようだった。
「で、ボクに何の用?」
さっさと帰れ、という敵意がビンビン伝わってくる。藤林はこういう反応を予想して
いなかったのか、気圧されたようにおろおろしていた。
藤林のフォローも期待できなかったので、俺は半ばやけくそに切り出した。
「おまえが手術するように、説得に来たんだ」
勝平はジロリ、と椋を一瞥すると、忌々しそうに俺に向き直った。
「僕のわがままで、椋さんには本当に申し訳ないと思うけど……キミには関係ないだろ」
予想できた台詞だった。俺は食い下がる。
「そんなことはない。藤林が悲しむだろ。すると姉の杏も心配するし、俺も心配だ」
「キミにだけは言われたくないんだけど」
もっともだった。
「ぐっ……死なれるのとフラれるのじゃ、悲しみの度合いが違うだろっ」
かなり苦しい。
「あ、あの、勝平さん、私……」
藤林もしどろもどろになっていた。
「もう、ほっといてくれよ!君みたいなのにはどうせ何言ったってわからないんだからっ」
勝平はたまりかねたように首を左右に振って声を荒げた。
払拭されたように病室に静黙が訪れた。俺は落ち着きを取り戻し、諭すような口調に変えて続けた。
「……俺だってな、おまえの気持ちはわかるぞ。俺もバスケの特待生で今の学校に入ったが、
肩を壊してバスケができなくなったんだ」
「え……そうなんですか?」
藤林が驚いていた。
「ああ。それで落ちこぼれみたいになっちまってるけど、今の学校生活も嫌いじゃないぞ。
見つければいいだけだろ、他に楽しいことを」
破れかぶれだったが、我ながら含蓄のある言葉だと思った。その刹那。
「キミにとって、バスケがそれだけのものだったってことだろ」
一蹴された。
「……あァ?」
カチンときた。そりゃバスケに人生を捧げるなんて考えたこともないし、全国というレベルでも
なかったが、それでも主将としてチームを引っ張った自負があったし、練習もチームの中では
一番していた。勝つために、脇目もふらず誰よりも努力していた時期があった。
「走るのがそれほどのモンなんだったら、彼女なんか作ってねェで、
外出て死ぬまで走ってりゃいいだろうが」
「あ、あの、岡崎君……」
藤林が不安げに声をかけるが、俺はすでにキレる寸前だった。それは勝平も同じだった。
ベッドから身を起こして俺の胸ぐらを掴んでくる。その行動にとうとう俺も線がキレて、爆発した。
「さっきから好き勝手なこと……!」
「足の一本や二本で、ガキかテメーは!」
「あ、あわわわ……」
藤林は慌てふためいてナースコールを押していた。それから騒ぎを聞きつけた医師と
男の看護士がなだれ込んできて、俺と藤林はこっぴどく叱られたあげく、俺に至っては
出入り禁止をくらってしまった。危うく警察沙汰になるところだった。
ようやく解放されたとき、外はすでに暗くなっていた。
「すまん、藤林……。説得するどころか、もめ事になっちまって」
「いえ、そんなことないです。あそこまで真剣になってくれて、嬉しかったです」
表情通りの言葉は本心に思えた。
「あの……この事、お姉ちゃんにはまだ、黙っていて欲しいんです。
お姉ちゃんにはあまり、心配かけたくありませんから」
「ああ、わかった」
その台詞を当てつけのようにを感じてしまうのは、俺の負い目のせいだろうか。
駅前まで戻ると、ゲーセンのネオンが目に付いた。自然とその奥に目が行ってしまう。
ふと振り返ると、藤林も同じ方向を覗き込むようにして見ていた。
「あ……」
俺の視線に気づいた藤林が、足を止めた。俺はヤバイ、と本能的に感じた。
が、俺の動揺をよそに、藤林は優しく俺に笑いかけた。
「岡崎君は、運命って信じますか?」
「へっ?……いや、あんまり」
「私は……ちょっと、信じます。ずっと前に、占ったんです。私と、朋也君の、相性」
朋也君、という言葉に、心臓が高鳴った。
「そしたら、これ以上ないってくらい、相性ピッタリだって出たんです」
「そ、そうか……」
返す言葉に詰まった。
「当たりませんよね、私の占い」
苦笑していた。
「今でも、たまに思うんです。それでも、あの時どうかすれば、私と朋也君が上手くいく
方法があったのかなって。だけど、やっぱり思いつかないんです」
「悪い、謝って済むことじゃないけど、俺は……」
「あっ、い、いえ、違うんです、そんなつもりじゃ……その、ごめんなさい……」
頭を垂れた俺に対して、藤林は逆に泣きそうになって謝った。
「そうじゃなくて……私、伝えたかったんです。あの時、自分を変えようと思って、
頑張りました。好きな人に振り向いてもらうために何かするって、
それだけで楽しかったですし、お料理も上手くなりました。
だから、結果はついてきませんでしたけど、私は後悔していませんし、
お姉ちゃんと朋也君にも、私のこと負い目に感じて欲しくないんです」
「ああ、そうだな。……わかった」
嘘ではないだろう。藤林は本当にそう思っているに違いなかった。
それでも、俺はどこか釈然としないものを感じていた。
……もし今、俺が藤林を抱きしめたら、藤林はどうするだろうか。
ふと、そんな考えが脳裏をよぎった。
前向きに現実を受け入れた藤林の言葉の中にも、心のどこかでは未だに俺がそうすることを
望んでいるような、自惚れと言われればそれまでだが、そういう期待を感じ取った。
そしてそう思った背景には、俺の藤林に対する未練もあったには違いなかった。
だが、そういう好奇心や嗜虐心を満たそうとするほど、俺はロマンチストでもなかった。
「明日も、行くのか?」
「はい、明日も行きます」
「彼女だもんな。頑張れよ、応援するからな」
「はい、ありがとうございます」
そう言って気丈に微笑んでみせた藤林は、心なしかどこか寂しそうに見えた。
翌日の昼休み。ようやく授業が終わって背を伸ばした俺の前に、春原が立ちはだかった。
「今日のパシリを決めるのは、これだっ!」
バラエティ番組の司会者のようなウザいテンションで春原が取り出したのは、
トランプほどのカードの束だった。
「なんだこりゃ……カードゲームか。こんなんで勝負すんのか。面倒くせぇな、ルール知らねぇし」
チッチッ、と舌打ちする春原。
「勝負じゃないぜ、デュエルって言えよ。知らねーのか?最近流行りなんだぜ」
ぷすっ。
「ひぎぃっ!……ってなにすんだよっ!」
俺は春原の目にカードを突き刺していた。
「スマン、得意げな口調が妙にムカついた。でも、どうせ下級生から取り上げたんだろ?
ほら、因果応報って言うじゃん」
「あんたは僕の神様ですかねぇ!……で、どうすんの、受けるの?
まさか逃げるなんて言わないよねぇ」
挑発的な目つきで見下ろしてくる。
「いや、逃げるっつーか。俺、今日は杏の弁当だから」
「……そうですか」
泣いている春原を後に、前庭に向かった。
「どうだった?やっぱり……彼氏のことだった?」
前庭で豚カツを頬張る俺に、杏が訊ねた。俺は藤林との約束を思い出した。
「まあ……そうだな。俺の口からは、それ以上は、ちょっと、な」
「なによそれ……。はっきりしないわねぇ」
杏は納得しない。
「いずれ藤林の方からおまえに話すだろうから、それまで待ってろよ。
俺の口からも、ちょっと言いづらい」
それから杏は憮然とした表情でいたが、それ以上は詮索してこなかった。
俺はずっと考えていた。ここまで首を突っ込んで、ただ傍観しているというのも
気分が落ち着かなかった。藤林のためにも、何とかして手術を受けさせる方法はないか。
……藤林のため。別に彼氏の意志がどうだろうと、俺の知ったことではない。
俺の見たところ、あいつは直情的なバカだ。説き伏せるより、そこを突いていきたい。
さあ、どうするか。俺は昨晩の藤林の言葉を思い出した。
『岡崎君は、運命って信じますか?』『私は……ちょっと、信じます』『当たりませんよね、私の占い』
(運命、か……)
もし、そんなものが本当にあるのだとしたら。……それは、使えるかもしれない。
学校が終わると、俺は自宅に戻って私服に着替え、再び病院へ向かった。
他の来院者に混じって、見つからないように受付を通り過ぎ、昨日と同じ病室の前に立って、
そのドアをノックする。ガタガタと慌ただしい音がした。やがてドアが開いて、藤林が顔を覗かせた。
「は、はい、なんでしょう……あ、岡崎君」
「今、ちょっといいか?」
「あっ、はい、どうぞ」
藤林に招き入れられると、眉間に皺を寄せた勝平が俺を迎えた。
「またキミか。今度はなんの用?」
「昨日は、悪かったな。侘びようと思ってさ」
「……まあいいよ。ボクも言い過ぎたしさ。話って、それだけ?」
気の悪い奴ではないのだろう。それでも、眉間の皺は消えていなかった。
「いや。一緒にゲームでもしようと思ってさ。入院生活なんて、ヒマだろ?」
「ヒマじゃないよ……。キミ、よくそんなこと言えるね」
勝平は藤林と俺を見比べて、呆れたように言った。
「おまえはそうでも、藤林はヒマかもしれないぞ。なぁ、藤林」
「ええっ?……い、いえ、そういうわけでは」
俺は眉毛をピクピクさせて、藤林を促す。
「……あのでも、ゲームも、たまには、いいと思います」
なんとか通じたらしかった。藤林の同意は、もちろん勝平には不快だった。
「というわけだ。勝負は、藤林のタロットを使う」
「え、でも、タロットは本来、そういうものでは……」
「タロット?椋さんが持ってるの?」
勝平が意外そうな顔をしていた。俺はここぞとばかりに、勝平の対抗意識を煽るよう挑発する。
「フッ、知らないとは笑止。藤林と言えば占い、占いと言えば藤林。もはやこれは常識。
藤林のタロットを知らずして、一体おまえは藤林の何と付き合っているというんだ?」
「……ひどいです、岡崎君」
「す、すまん、そういうつもりじゃ……」
調子こきすぎた。が、そんなやりとりも勝平の癇に障ったようだった。
「勝負でもなんでもいいから、やるならさっさと終わらせようよ。で、どうするの?」
「勝負じゃない、デュエルだ、最近流行りなんだ、知らねーのか?」
「いちいちムカツクな……。って、キミさっき、自分で勝負って言ってたじゃないかっ」
「男が細かいこと気にすんな。ルールは簡単。藤林のタロットを交互に三枚ずつ引き、
乙女のインスピレーションによる占いの結果がよかった方が勝ちだ」
勝平は疑うような目つきで俺を見ていた。
「……別にいいけどさ、キミ、さっきからボクのこと怒らせようとしてない?
まさかと思うけど、勝負に乗せて、ボクが負けたら手術しろなんて言い出すんじゃないだろうね」
「あ……」
その言葉に藤林が反応して、俺は二人に注視される。
「……言わねぇよ。むしろ、おまえが勝ったら考えてもいいんじゃないか?
藤林の占いはクラスに行列ができるほどの評判だからな。
いい結果が出れば、足も元通りになるかもな。いわばこれは、単なるゲームのみならず、
おまえと俺の天命、宿運を暗示した勝負というわけだ。藤林、タロット出してくれ」
「あっ、はい」
藤林は鞄から木箱を取り出す。杏から、俺の手を経て藤林に贈られたタロット。
「えぅ……」
バラバラと、お約束通りカードを床にぶちまけていた。わざとじゃないのだろうが、
そんな動作も勝平を苛立たせるのに一役買っていた。
「ど、どうぞっ」
藤林は拾い集めたカードを扇状にして、真剣な面持ちで俺に差し出した。
勝平は何を言うでもなく、ただ不満げに俺をジッと見ていた。空気が変わった。
俺は息を吸い込むと、指先で札をつまんで、勢いよく引き抜いた。
そのまま手首を返し、札をベッドの上に叩きつける。
……『恋人』の正位置。多分、悪くないカードだろう。
「よし、勝平、おまえの番だ」
「あの、ど、どうぞ」
藤林がおそるおそるカードを差し出す。
「ふぅ……仕方ないな。一回だけだよ」
勝平はわざとらしいまでの俺と藤林のやりとりに諦めたようにため息をつくと、
仏頂面を多少真剣味を帯びた表情に変え、俺とは対照的に落ち着いた動作でカードを抜き、
膝の上でゆっくりとめくった。
「ぅ……」
藤林が息をのんだ。黒衣の髑髏が、鎌を担いでいた。『死神』の正位置。
いきなり引きやがった。俺と藤林はしばし、そのカードから目を離せないでいた。
「朋也クン、キミの番だろ。……早くしなよ」
勝平は悟ったような無表情でカードを見下ろしながら、落ち着いた口調で言った。
二枚目、俺は『女帝』の正位置。勝平は、『力』の逆位置。
三枚目、俺は『運命の輪』の正位置。勝平は、『世界』の逆位置。
……藤林に判断を委ねるまでもなかった。藤林の表情、カードの絵柄、その向きで、
結果は素人目にも明らかだった。占いが勝ち負けではないということを抜きにしても、
全てが、あまりに象徴的だった。
重苦しい雰囲気の中、表情一つ変えずに、勝平が呟いた。
「キミ達、グルなんじゃないの?」
あるいは、そうできればよかった。俺は開き直った。
「……もともと、おまえが勝ったらどうこうって話だったろ。
この不器用な藤林に、そんなマネができると思うか」
「……ひどいです、岡崎君」
だがそんな言葉も、勝平には聞こえてないようだった。
「だからって……嫌がらせにも、程があるだろ……」
膝に置かれた札を見つめながら、勝平は色の白い顔を一層蒼白にさせて
噛んだ唇を震わせていた。
かける言葉もなかった。俺は立ち上がる。
「ま、たかがゲームだし、あまり気にすんな。じゃあな、藤林。また明日な」
そう言い残して俺は部屋を出た。後は藤林に任せた方がいいだろう。
丸投げとも言えた。
病院の出口に向かいながら、俺の気は重かった。
当たらない藤林の占いなら、勝平はいいカードを引くと踏んでいた。
藤林が恣意的に判断を下せることも考えると、かなりの確率で勝平を勝たせることが
できると思ったのだ。
俺の思惑は見事に外れたが、藤林の占いであることを考えると、
勝平の前途もそう捨てたものではないのかもしれない。
だからといって、あそこまで挑発しておいて今更、『実は藤林の占いは当たらないから、
手術をすればいいことがある』などと言えるはずがなかった。
そもそも、たかがゲームにのせて人の生死にかかわる決意を変えようという考えが
浅はかだったのだ。
それでも、藤林は説得を続けるのだろう。俺は結局、あいつを怒らせただけだった。
夕焼けに染まった病院の外に出ると、突如、黒い物体が俺に突っ込んできた。
「ぷひーっ」
「うわっ!って、ボタンか」
直線上に顔を向けると、杏がいた。俺はボタンを抱え上げて、肩を落として俯いた
杏に歩み寄った。
「なんだ、来たのか」
「ゴメン……」
叱られたような返事だった。
「いや、俺も逆に心配させるようなこと言っちまって、悪かったな」
「ううん、元々あたしが焚き付けたことだし……。椋の彼氏とは、話したの?」
「話はしたけど、怒らせただけだったよ。元々俺にいい感情持ってるはずもねぇしな」
「そう……。それで、どうするの?」
ジッと、俺の目を見据える。
「俺には何もできねぇよ。本人が決めることだ。……手術してくれればいいと思うが」
「っ……あたし、そんなの許さないからね!」
もの凄い剣幕だった。
「はぁ?」
「あたし、椋に堕ろさせてまで、あんたと一緒にいようと思わないから!」
「大声でナニ口走ってんだおまえはっ!」
ベタベタな展開だった。何事かとこっちを見る来院者の中に、俺のクラスの女子生徒がいた。
(最悪だ……)
説明する気力も失った俺の前に、涙を流しながら杏の剣幕は一層激しくなった。
病院にも気付かれ、今度は警察を呼ばれてしまった。
事情を説明して事なきを得たが、昨日のこともあってさらに厳しく叱られ、
杏はひどく落ち込んでしまっていた。解放されてからも、杏を立ち直らせるために、
かなりの骨を折らなければならなかった。
翌日の学校は、好奇の視線とヒソヒソ声に耐えて過ごした。昼休み、俺は教室で、杏と春原の
三人で昼食をとっていた。俺が事のあらましを伝えた春原は、ひとり上機嫌だった。
俺と杏はそれを忌々しく思いながらも、あまりにくだらなすぎて話を蒸し返す気にもならなかった。
ふと、教室が静まった。何事かと思ったら、俺の前に藤林が立っていた。
「あの、岡崎君、話があるんです」
「お、おう、何だ?」
「学校が終わったら、少し時間ありますか?……いいかな、お姉ちゃん」
「へっ?……いいわよいいわよ、全然オッケーよ」
藤林が去ると、教室は喧噪を取り戻した。藤林にも話は伝わっているだろうに、
気にした様子は見られなかった。むしろ、楽しんでるようにすら思える。
なんか、大人だな、などと、藤林の背を見ながら思った。
視線を戻すと、春原がジト目で俺と杏を交互に見ていた。
「……なんだよ」
「……なによ」
「……べつにぃ?」
次の瞬間、俺と杏の指が春原の目に突き刺さった。
放課後、病院に向かう藤林に途中まで付き合うことになり、駅前に向かって歩く。
「勝平さん、手術を受けるって言ってくれました」
「マジか。よかったな」
「はい。やっぱり、岡崎君に相談してよかったです」
「俺は何もしてないだろ。怒らせただけだ。藤林の説得の賜物だろ」
実際そうだった。が、藤林はふるふると首を振った。
「いえ。あの後、『燃えてきた』って勝平さん、言ったんです」
「はぁ……そうかよ」
あいつも陸上で結果を出してきたわけだし、今までに幾度となく逆境を乗り越えてきたという
矜持があって、それを認識でもしたのだろうか。そういう心情はわからないでもない。
だが、彼女の説得より、あんなくだらないゲームがきっかけで心境の変化が起こるとは、
なんとなく馬鹿馬鹿しい。
「昨日の岡崎君と勝平さん、なんだか、運命と戦っているようでした」
意味ありげに笑う。他愛もない言葉だったが、俺は躊躇した。
「はい?どうかしましたか?」
「……いや、なんでもない」
「それで、医師の先生に聞いたんですが、新しい手術の技術があって、それなら勝平さん、
足を切らないですむそうです」
「なんか、いいことずくめだな。よかったな、本当に」
「はい、本当に……よかったです。でも……」
藤林は一瞬ためらって、続けた。
「私、勝平さんとは、別れようと思います」
唐突な言葉に、ブッ、と吹き出した。
「そりゃまた、どうしてだよ」
「それは、勝平さんは素敵な人ですし、手術まで励まして、リハビリもお手伝いしたいと思ってます。
でも、それはやっぱり、恋愛とは違いますから」
淡々とそう言った。
「……もう、伝えたのか」
「いえ、まだ……。手術が終わるまでは、さすがに」
藤林の表情が曇った。
「まぁ……俺が口を挟むことじゃないけどな。でも、いいのかよ」
「はい、決めました。私にもまだ、チャンスがあるかもしれませんから」
「チャンス?」
「先の事なんて、誰にもわからないじゃないですか。もしかしたら、朋也君とお姉ちゃんが、
別れるかもしれません」
「へっ?」
藤林は含みを持たせたような笑顔を残して、そのまま駅の方に歩いていってしまった。
俺はアホのように口を開けて立ちつくした。
多分、藤林は別れるだろう。あの時の俺に似ていた。すっかり冷めてしまっている。
一度そうなってしまうと、熱を戻すのは難しい。
勝平は、そういう藤林の心境を知らず、今は生きる決意に燃えているはずだ。
そして、俺が杏と別れるなんて事も、今の俺には考えられなかった。
(運命、ねぇ……)
人の心なんて変わりやすいものだ。が、人の気持ちを変えようとするのは、僭越だ。
偶然のきっかけに期待するほか、どうにもならないことがある。
そんなことを考えて、俺は二人に同情や罪悪感を抱かずにはおれなかった。
(あぁ、よくわかんねぇ……)
俺はどことなく陰鬱な心持ちになって、空を仰いだ。
「……ぷひーっ」
「……コラッ、シッ!」
そんな声が聞こえた。俺はため息をつくと、藤林の進んで行った道を見送って、
親しみのある声のした方にきびすを返し、足を進めた。
以上です。失礼しました。
今から投稿します。
東鳩の藤田浩之が主人公のコメディ。
20レス予定です。
「全て無意味なサジェスチョン」
朝起きたら、両手がなかった。
「……は?」
とりあえず二度寝を決め込む。
こないだテレビで丹下作善なんて見たのがいけなかったのだろうか。確かに隻眼隻腕が格好いいと思ったけれど。
いくらなんでも、いきなり両手ってのはハードなんじゃないかい?
現実問題、最近疲れてんだろな、受験勉強とか柄にもなくやってるから。なんて偉いんだ俺は。
適当に自分を騙しながら、夢の続きを見ようと努力してみる。
でも、いかんせん、理性抜きの感覚で把握する空虚さは誤魔化しが効かず。
宙ぶらりんになった二の腕が、泣き叫んでいる子供のように重かった。
ああ、可哀想な俺の腕よ。生涯の伴侶たる手を失っただけでなく、これからは指の繊細な動きをもこなさなくてはいけないなんて。
誰か恵まれない俺の腕に愛の手を。その手がないんだった。ははは。こりゃ一本取られたな。はは。
手が、ないんだった。
99 :
2/20:04/07/23 01:52 ID:fUsVtZou
「う、うっそおおおおお!?」
反射的に飛び起きようとして、身体を支えられずに布団へ再着地。頭が枕にぼすっと突っ込んだ。
その衝撃で、やっと寝起きの脳が覚醒した。
もっとも、覚醒したところで状況は変わらず、依然として俺の両手はなくなったままだったけれど。
肩から力を送ってみても、反応するのは二の腕までで、肘から先は日暮れのような切なさで虚無感が漂っている。
「え、いや、おい、ちょっと待てって、頼むよ」
俺の口からは勝手に意味のない呟きが漏れている。
きっと脳が狼狽して、舌までその制御が及ばなくなったのだろう。
言葉の垂れ流しだ。こういう時に喋ることこそ、人の本質が現れるのかもしれない。
どうでもいいことを分析するあたり、脳のキャパシティは完全に限界を迎えたようだった。
まばたきが止まらない。さっきから唾を何度も飲み込んでいる。お祭り騒ぎの心臓。
それら全てを眺めている俺がいる。動揺した俺と傍観者の俺。
災害でパニックになる人ってのも、案外こんな心理を形成しているのじゃなかろうか。
本当にキレイさっぱり、俺の両手はなくなっている。
骨が飛び出したり、血液が垂れているとか、そういうことなら俺も現状に認識をもって多少は歩み寄れた。
そんな推論の及ぶ消失ではなかった。
まるで、生まれた時から両手なんかありませんでしたよ、寝起きで忘れちゃってるんですか、とでも言いたげに、切り口は肉で塞がれており、そこの色は他の肌と何ら変わらない色をしていた。
もしや。
一番考えたくないことではあるが、俺は過去に起こった惨劇の記憶を、ハンマー投げの要領でどこかに飛ばしてしまったのか。
とっくの昔に両手は失われているのに、まだレム催眠とかから頭が抜け切ってなくて、それで、一人見苦しくじたばたしているのでは。
充分有り得そうなテーゼだった。
【目覚めの混乱で、脳内が断線してしまっている】
思いつく中で一番破綻がない。
そして何より、それを裏付けるように気付いたことがあった。気付いてしまったと言うべきか。
ここはどこだ?
100 :
3/20:04/07/23 01:53 ID:fUsVtZou
壁紙の淡い模様も、きらびやかなシャンデリアも、重厚なクローゼットも、何もかも知らない。
あんな大きな本棚、それだけで存在感に息が詰まりそうだ。
そもそも、俺が今寝ているところはなんだ。
こんな天蓋付きの、中世のお姫様なんかが御用達っぽいアンティークなベッドは、ちょっとばかし俺には似合わないんじゃないだろーか。
枕元の水差しなんて、優雅さの象徴にしか見えない。
……少し、言葉が、引っ掛かった。
俺には似合わないベッド。天蓋付き? いや、その後。
「中世の、お姫様」
仮に、俺が所持している記憶が正しいとして。その、中世のお姫様、という形容が似合う人の名前を、俺は一人だけ口に出すことができる。
俺の先輩であり、自慢じゃないが、彼女でもある。
そうとも、やっぱり夢を見ているに違いない。
まるでこの部屋は彼女の部屋みたいなんだから、はっはっは!
再び混迷の彼方に意識を飛ばしそうになった刹那。
こんこん、と。
遠慮がちなノックが、部屋の奥、これまた古めかしいドアから聞こえてくる。
思慮深い音だ。モーツァルトの間奏にでも流されそうなノック。
知らないうちに、自分がとてつもなく失礼なことをしているような気がした。
腹筋に体中の力を込めて上体起こしを試みるのと同時、ドアが静かに開いた。
礼装みたいな青いドレス――多分彼女にとっては普段着なんだろう――を身に纏った先輩は、クラシックな部屋と相俟ってか、いつにも増して中世のお姫様チックに見えた。
伏し目の視線、何故だか俺に謝っているようにも見える視線を、ベッドに横たわったままの身体で受け止める。
今しがた、さらに気付いてしまったのだが。
両手の他に、両脚もなかった。
101 :
4/20:04/07/23 01:54 ID:fUsVtZou
部屋に入ってきた先輩は、なんとも手回しのいいことにキャスター付き台車をからから引きずっていた。
「こ、ここはやっぱり先輩の部屋なのか? あのさ、俺起きたらここにいて、忍び込んだとかそういうことじゃなくて! で、なんか、もっとわけが解らないんだけど、なぜか手足が」
「……」
ロレツの回らない俺を尻目に、先輩はぺこりと頭を下げた。
「あ、おはよう……」
「……」
いくらか先輩の口元が緩まった。
「そっか、もうお昼か。こんにちは」
「……」
視線が窓に向けられる。
「うん、いい天気だな」
「……」
まばたきをして、目を細めている。
「そうだな、もう蝉の声が聴こえるんだなぁって違ーう! ペースに巻き込まれたけど、違う! なぜ俺はここに、ここはどこ、俺はなぜこんな!」
「……」
こちらに向き直って、眉を微かにひそめる。
「あ、そうか、大声は近所迷惑か、ごめんなさい――ってだから!」
「……」
若干険のある頬の膨らませ方。
「え、あ、はい、すいません……。ここは先輩の自室で、セバスチャンが俺を運んできたのか、おお、考えたら当たり前のことだな」
事実関係を述べられたところで何の解決にもなっていないのだが、先輩を見ていたらなんだかどうでもいいような気がしてきた。
正確に言うと全然どうでもよくはないのだけれど、しかし、先輩のご機嫌と俺の四肢とを天秤にかけたら、割と手足の分が悪い。
ごめんな、今は亡き手足。
蜥蜴の尻尾切りよろしく、俺は手足を犠牲にしてでも先輩には笑っていてほしいんだ。
102 :
5/20:04/07/23 01:58 ID:fUsVtZou
「……?」
俺の悲壮な覚悟を秘めた決意をよそに、ふに、と小首をかしげる先輩。
「確かに身体の調子というか身体のバランスというかはおかしいけど、そんな気分自体は悪くないかなぁ」
「……」
首を傾けたまま、ちょっと視線が落ちた。
「ああ、身体がおかしいっていうのは、そんな先輩が心配するような大したことじゃない――かもしれないこともないかもしれないけど、大丈夫だって――きっと。信じれば、いや、俺は信じてる!」
先輩が深くうなだれてしまったことに慌てて、墓穴をフルスロットルで掘っていく。
「つーかこれはたぶん天罰だから先輩がそんな……え、あ、そう。先輩、なにか関わってるの。
そっかそっか、全然オッケー! むしろ願望だった、みたいな。もうホントホント。ほら、起きることのままならない理不尽さを味わってみたかったんだ。いや、理不尽じゃないな、快感? そう、快感! 攻められたいタイプだし!」
自分でも何を言ってるのか解らなくなってきたあたりで、とりあえず先輩に陳謝した。そうするとますます悲しそうな目をする。
事態収拾がつかなくなって、せめて先輩を抱きしめてあげたいと思うのだが、そばに駆け寄る足もなければ、体を引き寄せる手もない。
というかむしろ、手足がないことゆえに先輩がそんな顔をするのではないか。
つまるところ、諸悪の根源は俺の手足? だったらなくなるのも当然だろう。なんてこった、こんちきしょう。
「……なんか面白いことになってるわね」
フクザツな悲哀スパイラルに陥った俺たちを救い上げてくれたのは、綾香の声だった。
いつから見ていたのか、苦笑いを浮かべながら扉の脇に背を預けている。こちらはTシャツに短パンと、スポーティな格好だ。
「だから言ったでしょ、姉さん。わたしも一緒に行った方がいいって」
ちょっと拗ねたようにしている先輩から台車を受け取って、綾香は逡巡もなくベッドまで歩いてきた。
「なあ、ちょっといいか綾香」
「なに」腕の柔軟運動。
「たくさん訊きたいこともあるんだが、とりあえず」
「とりあえず?」両手をにぎにぎ。
「その、オンボロでどっかネジが外れてそうな台車について、ちょっとした希望を聞いてくれ」
「聞くだけなら」よーし、とポキポキ指を鳴らす。
「できれば、他の選択肢を探して」
「無理」
103 :
6/20:04/07/23 01:59 ID:fUsVtZou
そんなに力はいらなかったらしい。
拍子抜けしたような顔で、綾香は俺の身体をベッドから台車に移した。
「なんだ、軽いのね、浩之」
「……いろいろ傷付くから言うな。まさか綾香にお姫様抱っこをされる日が来ようとは思わなかった」
「めったに出来ない体験でしょ? ま、なんにせよ、お腹空いてるわよね。ちょうどお昼の時間だし、食堂行くわよ。姉さんも」
颯爽と情勢を展開させた救世主は、足取りも軽やかに部屋を出ていく――俺の乗った台車をひきずって。
俯いていた先輩も、後を追ってくるようだった。
半分ぐらい残っている太腿で台車の上に立つと、まるっきり世界が変わって見える。
底なし沼に押し潰されるような不安が、天井の絶望的な高みに漂っていた。
滑らかなカーペットのおかげで、危惧していたように台車から転げ落ちることはなかったものの、目線が低いと随分床の凹凸が気になってしまう。
あれは陽射しの陰影で、そっちはただの模様だ、そう言い聞かせても、俺の目は自然とカーペットの弛みを探してさまよう。
「もう少しゆっくり進まないか、綾香」
「んー、どうして?」
怖いから、とはどうしても言えなかった。
それが俺の最後の砦なのか、つまらないプライドなのかは解らなかった。
「先輩が遅れがちだ」
「そうかな、そんなことないんじゃない。姉さんがぼうっと歩くのはいつものことだし、ねえ?」
腰をひねって後ろを振り返る。
本当にぼんやりしていたのだろう、話題を振られた先輩は肩をぴくりと上げた。瞳の中には、未だ躊躇いの色が浮かんでいる。
綾香と俺とを見比べて、先輩は戸惑うように立ち止まった。
「……なんでもないよ。行こうぜ」
「はいはい」綾香は、ちらりと笑ったようだった。
見上げれば、窓ガラスは初夏の大きな太陽を切り取っている。今日もまた、昨日のように暑くなりそうだった。
104 :
7/20:04/07/23 02:00 ID:fUsVtZou
「あーん」
「…」
「ほら、ちゃんともぐもぐしないと喉につっかえるわよ。あーん」
「…」
「ん、もぐもぐしたわね。あーん」
「…」
「どうしたの、元気ないわねぇ。あーん、は? あーん」
「…」
「はい、あーん」
「……」
「……」
「……ぁーん」
「言えるじゃない。あーん」
「……なあ、綾香」
「なんでちゅか?」
「――っ、いい加減にしろよこのヤロウ! 無抵抗な一般市民をいたぶってそんなに楽しいかっ!?」
「結構楽しいかも」
「……てめぇ」
かなりきらきらした目で、綾香は即答した。奴は本気だ。
口元がぴくぴく引きつるのが自分でも判ったが、いかんせん生命活動の一である食の全権を握られている以上、為すすべがなかった。
綾香の左手にはクロワッサンがあり、それを右手でちぎっては俺の口に運ぶ。
傍目からは、甲斐甲斐しく世話をしてくれる、清く正しい女の子にでも見えるかもしれない。
だが、勘違いしてはいけない。
時折――3回に2回くらいの割合で、クロワッサンが俺の鼻に突き刺さったり、上あごをぐりぐり押しのけていったりするのが偶然であるものか。
くしゃみ一つで椅子から転げ落ちる危険を抱えている俺にとって、その行為の一つ一つがタイトロープである。
食だけではなく、もしかすると生命活動全般が綾香に委ねられているとも言えよう。
105 :
8/20:04/07/23 02:00 ID:fUsVtZou
窘(たしな)めてくれるよう、最初のうちはエスケープの視線を先輩に送ってみたりしたが、彼女はどこか上の空な気分が続いているようで、こちらに注意を払う気配がない。
銀食器やら燭台やらが鎮座まします来栖川家の食卓には、俺と綾香と先輩だけが席についている。
当然いるであろうメイドさんたちは、先輩が遠ざけたのか、それとも俺が避けられているのか、誰一人として姿を見せず。
確認するまでもなく、この状況に最も適応しているのは綾香だった。
友人の手足がなくなった、なんて非常事態に遭遇したのだ。
もっと慌てふためいて可愛い涙の一粒二粒捧げてくれたっていいじゃないか。
世間ではそれが普通だ。少なくともこんな風に玩具にしたりはしない。
聞けば、綾香も今朝起きて初めて、俺が来栖川家に運ばれて先輩の部屋で寝ていること、その手足がないこと、などを知らされたらしい。
それにしては、あまりに落ち着いてはいまいか。
「浩之?」
そう、彼女はあまりのことにリアリティがないのかもしれない。
その特異な生活環境から生じた捻じ曲がった心ゆえに、接する全ての事柄へ現実感をもって対処することが不可能なのか。
ああ、罪は彼女にあらず。天を憎んで人を憎まず。なんて哀れ。
「……浩之」
朝、驚かなかったのか、と聞くと、綾香は少し考えた後にこう答えた。
『そりゃびっくりしたわよ、うん』
びっくり度合いを一言で済ませるあたり、神経の図太さというか、メンタル面での恰幅の良さが窺える。
さすがは女子エクストリームチャンピオン。
それで年頃の娘と言えるのかチャンピオン。
年を取ったら確実に恐ろしいことになりそうだチャンピオン。
「……」
近い将来、精神に即した体型へと変化するであろうチャンピオンを概則し、そのスリーサイズを割り出し、一人嘆息したあたりで、残念ながら、来栖川綾香の人生シュミレーションは店仕舞いになった模様。
俺のこめかみから冷や汗が春の雪解けみたいに流れ出る。
106 :
9/20:04/07/23 02:01 ID:fUsVtZou
「綾香サン」
「なあに、浩之」
「今後について、ゆっくり、じっくり、相談したいので、お時間をいただけるかな」
「うーん、そのご期待には副(そ)えそうにないわね」
左手にはクロワッサン――これは先刻と変わらず。
右手には、並々とお湯が注がれた大ジョッキ。
うん、あれはどこから見てもお湯だ。たぶん熱湯。テーブルがはっきり見えないぐらいの湯気が出てるから。
「パンばかりだったから、そろそろ喉を潤しましょうか」
「潤わないからっ! 無理、これは無理! ていうか勘が鋭すぎ!」
「こっちを小バカにしたような目つきで肩すくめてみせたり、ため息つかれりゃ誰だってかちんとくるに決まってるでしょーが!」
騒ぐ俺たちをテーブル越しに見る、先輩の目は柔らかかった。
多少なりとも気分を紛らわしてくれたのなら、嬉しかった。
「いや、俺が全面的に悪かったホント。今のはいやらしかったな。すまん。許してくれ綾香」
「……なに、どうしたのよ浩之? こんなの冗談だって、わかってるでしょ」
今や冷や汗が顔中から流れ出ている。
綾香も俺の異変に気付いたらしい。
訝るような口調になって、こちらの顔を覗き込むが、もはやそれを見つめ返す余裕もない。
自分の身体のことは自分が一番よく知っている。もう、限界が近い。
「綾香。先輩も。一つだけ、聞いてくれないか」
「な、なによ。改まっちゃって、どうしたの、具合でも悪いの?」
大きく深呼吸。奥歯を噛み締める。刻一刻と手遅れになりつつある。
破滅の呼び水が、体内で狼煙をあげた。
「実は」
「――実は?」
綾香が身を乗り出す。
先輩も身動きをぴくりともせず、俺の言葉に全身を耳にしている。
震える身体に鞭打って、舌が言葉を紡ぎ出す。
「おしっこがしたい」
「やめ、や、やめて、殴るな綾香ッ、あ、後生だからお腹だけは勘弁して、先輩もそんな体全体で軽蔑しないで、ホント限界近いんだっ」
主に下腹部を中心として震える身体は、チャンピオンのラッシュに決壊が秒読み中である。
「まったく、心配して損したわ」
「切実なんだって。朝からずっとトイレ行ってなかったから、そういえば」
顎をひいて、頬も硬いままの先輩。
直視もままならないほど切なかったが、もっと情けない局面にステップアップすることを思えば、背に腹はかえられない。
「食事中に言うことでもないでしょうに……。ほんっとにもう。そこの角を曲がって、突き当たりにお手洗いがあるわ」
「なるほど」
しばし無言。
「そこの角を曲がって、突き当たりがお手洗いよ」
「ふむ」
再度の沈黙。
「そこ行って、すぐね」
「ああ」
三度目の静寂。ただし、今回はこの場にいる誰もが問題点を深く理解していた。
「……それじゃ、そろそろトレーニングする時間だから。後よろしくね姉さん」
後ずさりで食堂から離れつつある綾香。
「待てこら、逃げるなっ!」
「そーいうのは、わたしがやったら不味いでしょ? 姉さんのだし」
先輩は耳まで朱に染めて、口元に手を当てる。
時と場所と手足が違えば、それはとびきり喜ばしい肯定表現なのだが、問題解決には似つかわしくない。
「姉さん“の”とか言うなっ。先輩も顔赤らめない! んなもん、最終的には自分でやるから、トイレまで運んでくれ」
「どうやって一人でやるのよ」
「洋式の上に立たせてもらえば」
「立てる? 一人で? バランス崩して口に出せないようなことになったら、二度とウチの敷居をまたげないわよ」
自分で言って想像したのか、綾香は心底嫌そうな顔をして、手振り身振りでその様相を描写する。
「む……。でも、じゃあどうすれば」
「だから、誰かが後ろから支えて、必要となればその方向も誘導して」
またもジェスチャー。それはお嬢様がやるには物凄く際どい修辞法だということに気づけ、綾香。
「誰かって誰だよ」
「決まってるでしょ。わたしは忙しいし、そうする資格を持ってないんだから、やるのは姉さんしかいないじゃない。なにもこれが初めてじゃないでしょ、見たこととか触ったこと――」
「喝ーーーーーーーーーーーっ!」
俺と先輩の、基本的に俺の悲鳴とか奇声とかを全部上から抑えつけて、気合と共に登場したるは老骨隆々鋭気充溢、要するにセバスチャン。
「嘆かわしい! 今! このセバスチャンは! 筆舌に尽くし難い心痛を味わっておりますぞ!」
「なんだ、姿見えないから、てっきり死んだの――がふっ」
この爺、アイコンタクト抜きで裏拳をかましやがる。
全ての事情を無視した、有無を言わせぬオーラが篭っていた。
「セバス、今日は下がってていいって言ったじゃない」
何故か綾香はがっくり肩を落とす。そう、まるで悪戯が実を結ぶ前にそれを発見された子供の顔。
「不肖このセバスチャン、たとえお嬢様の頼みとありましても、芹香様の貞操が危ないとなればどこからでも参りますぞ」
「貞操の危機、ねぇ。わたしが知る限りでも、それは10回ぐらい遅いかな」
あの日でしょ、それにこの時と、あ、その場所でもそうだったかな、と指折り数える綾香。
先輩も頬を染めつつ横から勘定に協力している様子。なんでやねん。
「てめ黙ってろ綾香!」
「喝ーーーーーーーーーーーっ!」
繰り返される怒号。
己の不明さをも恥じているのか、体を太鼓のように震わせて、むんずと俺を引っ掴み、足音も咆哮のごとく歩き出す。
滂沱の涙、慟哭のセバスチャンは食堂を出るあたりで足を止め、振り返って言った。
「セバスチャン、一生の不覚にてございます。あまつさえ、こやつに来栖川家の御不浄までも蹂躙されるわけにはいきませぬ。使用人専用の厠で頭から! 尻まで! 叩き込んでみせましょう、日本男児の精神を。さあ来いこわっぱ!」
さあ来いも何も、行かないという選択肢はたぶんゴミ箱に直行している。
ばいばい、と手を振る綾香と依然カウントに熱中している先輩。
カウントに付随してあれやこれや思い出しているのだろう、先輩の顔は照れ照れだったりふにゃふにゃだったり、珍しいくらい目に見えて幸せそうだった。
歩くセバスチャンの腕にわなわなと力が増している。
上下へ振られながら思った。覚えてろチャンピオン。
「いやもう気が利くな綾香は、さすが良家の令嬢だな、どうかよしなにお願いします」
「いいわよ、無理しなくて」
「無理なんて欠片もしてないとも」
昨日の仇は今日の友。
プライド? そんなもの、犬にでも食わせちまえ。
チャンピオン覚えてろ計画の180度政策転換は、ごくごく簡単なことであった。
トイレ僕らの7日間戦争は俺がすこぶる不利だと見なされていたものの、とにもかくにも、小用を足すことはできた。
綾香のジェスチャーが、夢とばら色の先輩によるものではなく、嫌な方向で実現してしまったけれど。
セバスチャンとの激戦をなんとか制し――1ラウンド7秒、芹香お嬢様の穢れなき幼少を思い、漢泣きKO――、台車ごとトイレから外に放り出された俺を捕捉したのは、先ほど俺が復讐を誓ったばかりの綾香だった。
あまりに早い遭遇に、心優しきアヴェンジャーが怒りの鉄槌を下せずにいると、彼女は『セバス?』とトイレを指差した。
嗚咽が雄々しく響いている。
『うむ』勝った、と重々しく首肯する。
『ふぅん』綾香は黙考して、言った。『浩之、汗かいてない?』
小動物の野生の勘よろしく、俺の脳髄を走り抜けるものがあった。
にこっと笑ったその表情で、底抜けに嫌な予感がしたのだ。
『……なんで?』
『プールに入らないかな、と思って』
来栖川家には、広大な屋内プールがあるという。
すっきり汗を流したら、と言うのだが、さも俺の体を懸念しているかのような仕草がまた、怪しさを醸し出している。
この小悪魔のことだ、どうせまたロクでもないことを考えているのだろう。
『悪いな、今はそんな気分じゃないんだ』
『あ、そう。残念ね』にこっ、が、にんまり、に変わった。『姉さんの誘いだったんだけど』
『え』
『久し振りに泳ぎたいんだって。あの自己主張しない姉さんが、折角、浩之と一緒にって言ってたけど、気分の問題じゃ仕方ないわね。伝えとくわ』
――ごくごく簡単なことであった。
大事の前に小事なし。血湧き肉踊る希望の未来はすぐそこだ。
「さ、行こーか」
「姉さんのことになったら、すぐ目の色変わるわよね」ため息。
「先輩の水着を見ずして、夏は語れないからな」
そういうものなの、と呟く。
台車を押してくれながら、綾香はふと思い出したように言った。
「……あのね、浩之。わたし本当にトレーニングの時間なんだけど」
「うん?」
「最近ね、心肺機能を強化しようかと思ってるのよ。終盤に余力を残すために」
「ふむ」
「高所トレーニングでもいいんだけど、移動代もバカにならないでしょ」
「まあ、なぁ」来栖川家がそんなことを気にするのか、と思ったことは黙っておく。
「だからこう、運動強度を高めたり、筋持久力を強めたりするのに、プール使うの」
「プール? ああ、水中ウォーキングとかってやつか。ふうん」
「そうそう、よく聞くでしょ。それがね、結構楽しくて意外にきついのよ。エクササイズにも使われるらしいから、最初はあまり当てにしてなかったのに、これがなかなか、体への負荷をいくらでも上げられるから、
……まぁ。水着でするのね。新作モデルのそれなりに派手なやつなんだけど。それはともかく。この頃トレーニングにちょいちょい取り入れてるんだ、でね」
「うん」
「わたしトレーニングの時間なんだけど――」
「プールはダメだかんな。俺と先輩が甘い蜜月を過ごすんだ」
きっぱりと宣言すると、綾香はちょっと不愉快そうに顔をしかめた。
「解ってるわよ。言ってみただけ」
心なしか、台車の扱いが乱暴になった。
トレーニングプランを邪魔されたのが癇に障ったのだろうが、ここはどうしても譲れない一線である。
「まったく、手足がなくても変わらないのね」ふう、と呆れたように言う。
「ぬ。そりゃ変わらないだろ。頭と心が残ってるんだから」
「そういう意味じゃないわよ。周囲への感謝っていうか、こう――」言葉に迷ったようだが、結局、綾香は吐息と共に笑った。「姉さんに、あまり変なことしないでよ?」
「しねえよ! したくてもできないっつの」
「なるほど、そのためだったのかしら神様?」
「なんでだよ」
「姉さんの純潔を守るために」
「遅ぇ」
「認めたわねエッチ」
「……ああ、俺はエッチだ。エロエロだよ! 男のサガだ、しょうがないだろ」
「うわぁ、開き直った……」
身長差、50センチ余り。台車で運ばれている非現実。
けれど、いつもの掛け合いをしていると、何もかもいつもと変わらない思いがする。
「うお、跳ねた、今俺飛んだ!」
「大丈夫だって、人間の身体は割合強いわ」
「落ちること前提に話すんな!」
「あ、曲がるわよ」
「なんでドリフトなんだよっ!」
たぶん、俺は恵まれている。
どっかの宗教が言っていた。汝、己の弱き時に真の友を知れ。
願わくば、この関係がいつまでも続いてほしい。
……一つ言わせてもらえるなら。
平穏にプールまで辿り着ければ、なおのこと幸せであります、マイゴッド。
概ね無事でよかったわ、とは綾香の弁。覚えてろチャンピオン。
やっとの思いで到着したプールサイドで、リサイクルされた復讐心をかみ締めていると、綾香はつかの間思案する風に俺を見てから、言った。
「こーいうのも、わたしより、姉さんよね?」
「へ?」
「うん、それじゃ、どうぞごゆっくり」
一人で勝手に納得すると、俺にひらひら挨拶して出て行ってしまった。
ぽかんとしてその後姿を見送った後、慌てて周囲を見回す。
来栖川家のプールは、予想を裏切らない瀟洒な代物だった。
アーチ型の天井に取り付けられた採光窓から、午後の眩しい陽が水面にきらきら反射している。
透き通った青と、大理石の床。
整えられた観葉植物の隣には、曲線美のギリシャ風彫刻、はたまた小型のお洒落な冷蔵庫が設置されている。
あそこのデッキチェアに悠々腰掛けながら、冷え切った炭酸でも飲めば、泳ぎ疲れた体にはどれほど栄養剤となることか、ってそんなことはどうでもよくて。
「つーか、先輩は?」
こちらヒューストン、応答せよ。
こちら左目、目標見当たりません、こちら右目、ダメです不明です。
期待が成り行きに失望しかけ、不審の念は邪推回路に火を点けて、小悪魔に騙された被害者の会が発足の挨拶をし始めた頃。
敗戦処理と綾香お仕置き百計とを検討していると、金属の鳴いたような音がした。
意識の外にあった奥の扉が一躍クローズアップされると共に、被害妄想の会は雲散霧消。
『備品倉庫』って書いてあったから、と言い訳する両目を叱責し、綾香に心の中で謝っておく。
「よう」
先輩は浮き輪を抱えてひょっこり現れた。手を振る感覚で、軽く二の腕を上げる。
とことこ駆け寄ってきた彼女を眺めていると、はにかむように手で水着を覆った。
オーソドックスなスタイルに、花柄の巻きスカートが愛らしい。先輩のたおやかな体のラインを損なわない装飾だ。
冬の野ウサギみたいな柔肌は仄かな朱色に刷かれて、ライラックの花の色のワンピースによく調和している。
「似合ってる、すごく」
お世辞でもなんでもなくて、パープルという色は先輩のための色だと思う。
その物静かな深み、寛容のある温もり、どの形容を取っても共通項を持っている。
先輩は恥ずかしそうに礼を言った。そして、謝る。
「いやいや、本当のことだから――って何が失礼しますなんだ?」
浮き輪を置いてにじり寄ってくる先輩に一抹の不安を感じ、努めてセーフティスペースを取ろうとしてみたが、そこは脚のない悲しさ、あっという間に射程距離。
ぎゅっとパジャマを掴まれる。
じっとしていればすぐ終わらせる旨を耳打ちして、半ば剥ぐようにしてシャツを取っていった。
何時になく積極的な先輩に、通常ならば感涙のあまり俺もすぐさまお返しを用意するのだが、今はそれどころではない。
先輩が持っている、これまで浮き輪に隠れていたものが見えてしまった。
備品倉庫はダテじゃなかった。
「あ、えと、先輩っ」
「……」
慈愛の微笑み。それは既に悟った顔か。
「パジャマでプールには入れませんから、って、それは解るんだけどさ」
ズボンに手が掛けられる。こっちはちょっとずり下げるだけで楽々と落城し、残るは本丸トランクス。
「……」
瞳が微かに上気している。厳かに俺へ合図する。
「や、や、や、見たことも触ったこともあります、だから大丈夫です、って、え、あの、先輩……?」
派手な赤の水泳パンツを高らかに構え、トランクスにそのしなやかな指を添え。
着せ替え人形の恥辱はいつしか恍惚感へ。我が生涯に一片の悔いなし。
数多の困難を乗り越え、そんなこんなでめでたくプール開きと相成った。
無論まともに泳げやしないが、浮き輪を枕代わりに、目の保養に邁進するだけで満足である。
「しっかし、よく男物の水着があったな」
「……」
先輩は俺の周りを浮き輪に沿って、ふわふわ歩いている。
「そっか、セバスチャンのお古か。……セバスチャンのお古かぁ」
「……?」
セバスチャンで思い出したのか、俺の顔を覗き見るようにして訊ねる。
「そんな大したことはなかった。むしろ向こうが、『我輩の天使は汚された! 何ゆえ!』とかなんとか咽び泣きしてたぞ」
「……」
先輩は柳眉を寄せて、口元に笑みを作った。換言すれば苦笑い。
「ああ、憎めないけどな」
力を抜いて、浮き輪にぼうっと身を任せる。
耳元で跳ねる水音の心地よさ。
清冽な感触が身体を包み、いつしか心臓の鼓動と穏やかに一体化している。
揺蕩う水の動きを聴いていると、頭の中から様々な思いが抜け落ちていきそうである。
重ねて先輩の水着姿とくれば、これ以上この楽園に何を求めたらよいのやら。
「……」
視界を塞ぐ温かさ。首筋に緩やかな息遣いを感じる。
「んー?」
優しい目隠しだった。
先輩の体温が俺の体に流れ込んでくる。
熱は共鳴し、呼吸は合致し、セイレーンにも似た水のさざめきを二人で聴いている。
この甘ったるい砂糖水のような時間は一本足で成り立っていて、どんな小さなことでも崩れてしまうことを知っていた。
だから。
ごめんなさい、と謝った先輩が、訳もなく悲しかった。
どれほど声をひそめても、大気は揺れて一瞬前の世界は決定的に変質する。
その隙間を繋ぐ力を持った目は覆われているから、独りで砂糖水に取り残されている。
「なんのこと?」
平静を装ってみたが、ぎこちなくどもってしまう。そうでなくても先輩からの返事はなかっただろう。
けれどどうしてか、いろんなことへ、いろんなことの釈明をしなければならないように感じた。
「え、っと、俺は」
――俺は。その後、何を言うつもりなのか。何かを言うべきなのか。
先輩は、消え入りそうな声のまま、普段よりも多くのことを喋り続ける。
明日になれば、手足は元通りになっているはずです。
最初に結末が述べられる。――そのことだけはまず、お報せしておこうと思いました。
事の顛末。
直接の原因は、昨夜魔法に失敗してしまったこと。
ただし発端はずっとずっと前にあること。
魔法の失敗は本来なら術者に反動の災いが降りかかるのだが、どうした弾みかその矛先が逸れてしまったこと。
集中していれば防げたはずのミスであること。
およそ現実離れしたことを、先輩は訥々と言う。
もういいと思った。そんなことはどうでもいい。
ただ、ここに俺がいて、先輩がいる。結果は自身の原因を凌駕する。
不意に、脳裏に半年前のことが蘇った。
先輩の大学合格パーティーを、ささやかながら二人きりで開いたときのことだ。
おめでとうと、はしゃぐ俺に向かって、先輩は浮かない顔で呟いた。
『浩之さんは淋しくないのですか?』
学校も異なり、これからはますます二人の時間が持てなくなる。
それでもいいのですか、と尋ねた、俺を見上げる心細い表情が気が遠くなるくらい辛かった。
あの時、俺は。真剣なその口調に気圧されて、何を言ったら安心してもらえるのか解らず、けれど何をするべきかは知っていたのではなかったか。
先輩を抱き寄せて、口を口で塞ぐだけで、きっと不安は解消されると確信し、実行したはずだ。
たとえ手足がなくとも、キスするぐらいのことをしないで何が彼氏だというのだ。
あの時の表情を今もしているならば、俺にはそれを和らげてやる義務がある。
顔に添えられた手をそっと振り払い、戻ってきた視野で先輩を捉える。
小さく動く先輩の唇を見つめ。
――見つめた、のだが。
……。以上のことから鑑みるに、やはり舞踏神シヴァはこの場に降臨するのが明らかであり、ウパニシャッドの恩恵を流水で補填した上で滅さなければならないが、同席するバラモンの双眸は光を含蔵してはだめだとかうんたらかんたら。
えっと。
……えっと?
「あの、先輩?」
俺が自己陶酔している間に、話があさっての方向にぶっ飛んでいるんですけど。
わかってもらえましたか、という風に先輩は微笑む。
いやいや、まるっきり微塵もわかってません。
予想だと、こう、泣きそうな顔をしている先輩と、これからはラブラブで甘甘なストーリーになるはずだったりするのだが。
なんでそんな勇ましい御面相をしておられるのだろう。
「……」
きっ、と空中の一点に目をやり、またしても俺の視界を遮断する。
今日は先輩の新たな一面を見れたってことで、もういいですか帰りたいんだけど帰してください我が家に。
何か来る。
禍々しい冷気が粟立った皮膚を突き刺し。
周辺には暗雲の匂いが垂れ込め。
ざわわ、と樹々の葉擦れの音が強まり。
不気味な怪鳥の鳴き声が響き渡る。
つーかここ屋内じゃないんか。
「……」
目を開けたらダメです、と先輩は言う。凛々しく、張り詰めた声。
瞼の外側に、雷鳴もろとも、神々しい気配が降りてくる。
なんだこの展開。
「――と、まぁ。そういう夢を見たんだ」
受験勉強の息抜きに来栖川家へ遊びに行った折、居合わせた先輩と綾香にそう告げる。
へぇ、と二人の気のない相槌。ずず、と綾香は紅茶を啜り、
「そんな解釈に落ち着いたのね。つまんない」
「うっさい黙れ綾香」
出来うる限り和やかにこの話を終わらせる。
真夏の夜の、つまらない夢の話。
向こうの方から工事のノイズ、瓦礫になった室内プール場を建て直す音が聴こえるのは、きっと気のせい。
不満そうな先輩の眼差しをかわし、俺も紅茶をずずずと啜る。
「それで? 何かしら示唆的で面白い“夢”だった?」
蒸し返すチャンピオンに、別に、とぶっきらぼうに答える。
「綾香もセバスチャンも、平常通りで何も変わんなかった」紅茶をもう一口。「もちろん、俺も」
「あれ、じゃあ姉さんは?」
「別に。芹香は、どうあっても芹香だから」
「なるほど」
綾香はにやにや笑って、脇の先輩を意味ありげにつついてこちらに押し出す。
ちょっと手を振り上げて、綾香に怒る真似をするのがいとおしくて、昨日、もとい夢の中でずっとやりたかったことをやろうと思った。
すなわち。
先輩を引き寄せて、膝の上に乗せて、長い長いキスをしたのだった。
>>98-117 以上、「全て無意味なサジェスチョン」でした。
長文失礼しました。
今から投稿します
タイトルは『雪世界』
Kanonの祐一、名雪、あゆSS
恐らく5〜6レス程度となります
「ねぇ祐一。もし、もしもだよ、私があの木に登って落ちた子だったら……どうなっていた……かな?」
「――思い出したのか?」
いや、違うな。
あゆの事を忘れていたのは俺だけ。
あの、あゆの3つ目の願いのターゲットは俺だけだったのだから。
――ボクのこと、忘れて下さい。
俺は、最後にあいつのことを救えたのか?
『雪世界』
今日、月宮あゆは目を覚ました。
7年間ずっと眠っていたそうだ。
「祐一、あの子ってあゆちゃんだよね」
あゆを家に連れて帰ってきた時に名雪がそう聞いてきた。
「あぁ。あ、秋子さん。すいませんが鯛焼きお願いできますか?」
あゆの目を覚ました鯛焼きパーティ。
それを賑やかに祝ってやりたかった。
7年間のあいだの溝を少しでも埋められるように。
「はい、祐一さん、あゆさん。もうそろそろ来るだろうと思ってさっき焼いておきました」
そう言って秋子さんが鯛焼きを渡してくる。
「あーずるい、私もー」
遅れを取るまいと名雪も手を伸ばしてきた。
「まぁまぁ、そんなに美味しいのでしたらもっと焼きますわよ」
そう、これが皆瀬家流。
どんな奴でも一瞬にして飲み込んでしまう家族という暖かみなんだ。
「そういえば、あゆさん。病院はもう退院されたんですか?」
「う、うぐっ……」
鯛焼きを喉につめらせながら焦っている。
そりゃそうだ、どこの病院が7年間も眠っていた少女をいくら元気だからってその日に退院させるだろうか。
「ってことはあゆ、その床屋はどうしたんだ?」
「うぐっ、うぐっ……」
ビンゴ
鯛焼き代も持ってないこいつが床屋代を持っているはずがない。
「……秋子さん、あとで商店街と病院にこいつを連れ戻してくるついでに謝ってきます」
「うぐぅ……ひどいよ、祐一君」
「じゃぁ、床屋代はいくらだった?」
「……うぐぅ」
そんな、端から見たら馬鹿なやり取りも俺は楽しかった。
本人も楽しんでくれているとは思う……多分。
「おい、名雪。手が止まっているぞ。どうした、調子でも悪いのか?」
さっきからじっとこっちを見たまま動かないでいた。
鯛焼きもまだ、1つめすら食べ終わっていない。
「……あ、ううん、何でもない。ちょっと寝てくる、ごめんねあゆちゃん」
タタタタタ……
階段を急いで上っていく。
どうしたんだろうか?
「じゃぁ秋子さん。まだ退院した訳じゃないからこいつを病院まで引っ張ってくる」
「お願いします、祐一さん。あ、それとこれ、あゆちゃんにおみやげです」
大きめの紙袋。
まぁ、中身は見ないでも大体想像はついた。
「わーい。ありがとう秋子さん」
「いえいえ」
腕一杯に鯛焼きを抱えながらあゆは喜んだ。
「それじゃ、行ってきます」
そして俺はあゆを返す足でそのまま床屋に行って謝ってきた。
床屋の主人は意外と物わかりがいい人で、お金さえ払って謝れば大体事情は飲み込んでくれた。
「7年間も眠ってたなんて大変だねぇ」
「彼女、大事に護ってやんなよ」
そんなこんなで家に着いたのはもう晩飯を用意している時間だった。
「ただいま」
「お帰りなさい。晩ご飯用意できていますよ」
テーブルを見てみると御飯からはまだ湯気がでていた。
さすが秋子さん、帰ってくる時間もお見通しのようだ。
だけど、食卓には何かが足りない。
御飯があって、お味噌汁があって、おかずがあって、そして秋子さんがいて……
名雪だけがいなかった。
「秋子さん、名雪はまだ調子が悪いんですか?」
「それが……」
秋子さんによると晩ご飯だからって読んでもいらないの一点張りらしい。
どうやら寝ている訳でもないらしい。
「祐一さんお願いします。あの子にはいま祐一さんしか必要ではないんです」
「俺ですか?」
「はい、祐一さんの気持ちは解っています。ですから、なるべく優しくお願いしますね」
俺の気持ち?
俺が必要?
俺の方が何を言われているか判らなかった。
ただ、秋子さんに名雪の事を頼まれたという事以外は。
ドンドン
「名雪、晩ご飯冷えるぞ」
「……」
中からの返事はない。
けど、秋子さんが言うように名雪はきっと起きているのだろう。
「おぃ、返事ぐらいしろよ。なんか怒っているのか?」
「……」
やはり、部屋からは無言が帰ってくる。
「くそぅ!喋ってくれなきゃお前の気持ちが解る訳無いだろっ!」
「!……」
「今日の名雪はなんかおかしいぞ!」
「……おかしいのは、祐一の方だよ……」
小さな声だったけどハッキリと聞こえた。
「あの子は、あゆちゃんは祐一の何なの?」
その声はか細く、その場の空気の重みでも潰されてしまいそうだった。
「何なのって……おさなじみみたいなもんで後は……気の合う友達ってトコ……だな」
間違っちゃいないと思う。
多分、それが今までの俺とあゆの距離だったんだから。
「……本当にそうなの?なんでも、ないの?!」
頭をよぎるはあいつの涙。
「じゃぁ、私が……私が……」
それはこいつの涙ではなかった。
「――ごめん」
ここまで来るといくら鈍い俺でも察しがついた。
「……やっぱり、嘘だったんだ」
嘘をつく気はなかった。
しかし、その言葉は口から出て来なかった。
「――ごめん」
代わりに出てきたのはその短い一言。
「ねぇ祐一。もし、もしもだよ、私があの木に登って落ちた子だったら……どうなっていた……かな?」
「――思い出したのか?」
いや、違うな。
あゆの事を忘れていたのは俺だけ。
あの、あゆの3つ目の願いのターゲットは俺だけだったのだから。
――ボクのこと、忘れて下さい。
俺は、最後にあいつのことを救えたのか?
解らない。
けど、今から救う事は、今から愛し合う事は出来るのではないか?
「――恋愛にIfなんてねぇよ。恋に落ちるのに理由なんて要らねぇ。理由なんてないんだからもしもなんてあり得ない。……おまえがあゆの立場でであゆがお前の立場だったとしても、俺はあゆのことが好きになったと思う」
二人の間には薄い扉が一枚だけ……
だけど、今はその扉の間も広く離れて感じた。
「俺はあいつに魔法をかけられてしまったんだよ。好きになってしまう魔法をな……」
――ボクのこと忘れないでください。
それは、最初の魔法。
これときに俺はもうやられていたんだ。
――祐一君と一緒にいたいんだよ
これが本当の最後の魔法。
あいつの事を忘れる事なんて出来るか。
それに、こんな魔法をかけられちゃやられない奴はいない。
「――だけどな、名雪の事も好きだったぞ」
ぽろっと口から出た。
言ってはいけなかったかも知れない。
そう思って後悔した時……
「――恋愛にはだけどもないんだよ」
そう、部屋の中から聞こえてきた。
「うー、お腹空いたなー」
そう言って名雪が部屋から飛び出してきた。
そして、振り向きざまにこういった。
「イチゴサンデー7年間分ね」
「あぁ、約束する」
彼女の気持ち、それを7年間も待たせた自分。
それを償うのには丁度よかった。
そして、ふと名雪の部屋の窓から外を見た。
そこには全ての物を覆い尽くす程の真っ白な雪世界であった。
ちょっと遅い冬の忘れ物。
嫌な事も何もかも覆ってくれる白い雪。
祐一は寒さを忘れしばしその雪を眺めていた。
>>119-126 以上が『雪世界』でした
予定よりレス数が多くなってスイマセン
失礼しました
CLANNADの椋、ことみ、杏SSを投稿します。
ことみシナリオ後の話です。17レス予定。
部室にいたのは、ことみちゃん一人でした。
「椋ちゃん、こんにちは」
「ことみちゃん、こんにちは」
お昼休み。ことみちゃんと岡崎くんが正式に付き合いだしてからも、私たちは時々ここでお弁当を食べていました。
渚ちゃんはあの後熱を出して休学してしまいましたけど、いつか戻ってきてくれることを信じて集まっています。
とはいえ私もことみちゃんもお喋りな方ではないので、二人きりになると少し困ってしまいますけど…。
「ええと…お、岡崎くんとは最近どう?」
「二人とも健康なの」
「そ、そう…」
隣に座って、何か話題を探していると、ことみちゃんの方から口を開きました。
「椋ちゃん…実は相談があるの」
「え? は、はい」
「えと…」
口を開いたそばから、言葉に詰まっています。何かあったんでしょうか。
「別に根拠があるわけではないの。ただ見ていて、何となく思っただけなの」
「そう…。大丈夫、言って」
「あのね、もしかして」
「うん」
「もしかして…」
「……」
「…杏ちゃんは、朋也くんのことが好きなんじゃないかって」
「え…!」
私はお弁当箱を手にしたまま、思わず固まっていました。
それは、妹の私ももしかしたらって思いながら、なるべく考えないようにしてきたことです。
ことみちゃんは思い詰めた瞳で、じっと私のことを見ています。とりあえずこの場は否定するしかありません。
「え、ええと、き、き、気のせいじゃないかな」
「…やっぱり。椋ちゃん、動揺してる」
「そそそんなことないよっ! えと…その…だから……あぅ」
上手いごまかし方が思いつかず、そのまま言葉が途切れてしまいました。これでは認めてしまったみたいです。お姉ちゃんごめんなさい…。
泣きそうな顔のことみちゃん。沈黙に耐えられず、私はおずおずと尋ねます。
「あの…もしそうだったら、ことみちゃんはどうするの?」
「……」
返事はありません。もしそうなら杏ちゃんを倒すの、なんてこの子が言うわけはありませんが、修羅場を予想して焦る私です。
と、事の中心人物が遠慮なく姿を現しました。
「やっほー、遅くなってごっめーん」
「お、お姉ちゃんっ!?」
「あれ、どうしたのよことみ、暗い顔して。ははーん、椋にいじめられたんでしょ?」
「そ、そんなことしないってばっ…あ、ことみちゃん!?」
お姉ちゃんの前でどんな顔をすればいいのか分からなかったのでしょう。ことみちゃんは突然立ち上がると、お姉ちゃんの脇をすり抜けるように出ていってしまいました。
後には唖然としたお姉ちゃんと、冷や汗まみれの私が残されます。
「…説明してもらえる?」
「ノ、ノーコメントで…」
「椋っ!」
「ご、ごめんなさいっ!」
結局私も、その場を逃げ出すしかありませんでした。
夜になって、お姉ちゃんが私の部屋に問い詰めに来ました。
「さあ全部吐いてもらいましょうか。さもないとあんたの恥ずかしい秘密をみんなにばらすわよ」
「あ、あの、本当に何でもないから…」
「椋は小学校のときに算数の宿題と間違えて、自作のポエムノートを提出してしまいましたーっ!」
「いやぁぁぁぁ!!」
これ以上隠し通すのは無理のようです。仕方なく、私も覚悟を決めました。
「あ、あのねお姉ちゃん」
「うん」
「その…岡崎くんのこと、どう思ってる?」
「へっ?」
きょとんとしてから、お姉ちゃんは視線をさまよわせます。
「どうって…腐れ縁の友達でしょ? まあバカで不良だけど、あたしは優しいから相手してやってるわけよ」
「……」
「何よ、その目は」
うーん…。本気のような気もするし、無理しているような気もします。
「って何っ!? まさかあたしが朋也に片想いしてるとか、わけわかんない想像してたんじゃないでしょうねっ!」
「ち…違うんだ」
「違うわよっ! だ、だいたい…あいつは、ことみの彼氏じゃない」
あ、一瞬暗い顔をしたような…。でも私がそう思い込んでるからそう見えた可能性もあります…。
「ええと…ことみちゃんは気にしてるみたい」
「バッカよねぇあの子も。いいわ、あたしがちゃんと否定しとくから」
「そ、そう…」
分からなくなってきました。ここまできっぱり言うからには、私とことみちゃんの勘違いだったんでしょうか。
でも昔のお姉ちゃんは、本当に楽しそうに岡崎くんのことを話していました…。分かりません。人の心が覗けたらいいのに。
考え込む私を見て、お姉ちゃんが反撃してきます。
「そういうあんたはどうなのよ」
「え…私?」
「そうよ。実は朋也のこと気になってたりしないの?」
「わ、私は…」
それは…お姉ちゃんの話を聞いて、憧れのようなものはありましたけど。
でも最初の会話で大失敗しました。遅刻は良くないとか余計なことを言って、帰ってきたのは無視と拒絶。すっかり勇気も萎えてしまって、その後何もしていません。
もちろんことみちゃんへの態度を見て、本当は優しい人なんだって今は知っています。
もしも、あと少し勇気を出していたら、ことみちゃんでなくて私が…
(――って、いけない)
頭を振って、よからぬ仮定を追い出しました。
「どうしたのよぉ〜。あんたこそことみを裏切ってるんじゃないのぉ〜?」
「うー…」
意地悪を言うお姉ちゃんに、私は少しむっとして言い返します。
「も…もしそうなら、お姉ちゃんはどっちを応援したの?」
「え…」
あ…意地悪すぎたかもしれません。
なんて残酷な仮定。私が慌てて撤回しようとすると、その前にお姉ちゃんはきっぱりと言いました。
「椋」
「お姉ちゃん…」
「いくらことみが友達でも、実の妹の方が優先に決まってるでしょ」
「ご、ごめんねっ。ごめんねっ」
「バッカねぇ、何謝ってんのよ。んじゃ、早く寝なさいよ」
そう言って、お姉ちゃんは部屋を出ていきました。
優しいお姉ちゃん。
私はどうすべきなんでしょうか。お姉ちゃんの言葉を素直に信じていればいいんでしょうか。
でも、もしお姉ちゃんが人知れず辛い思いをしていたなら、私は…。
朝はことみちゃんに会えなくて、ひたすらお昼休みを待ちました。
二時間目の授業が終わったところで、もう一人の当事者が姿を現します。
「よう」
「お、おはようございます…」
「なあ、ことみの奴何かあったか?」
「え! ど、ど、どうしてでしょうか…」
「何か悩んでるみたいだし、昨日も一緒に帰ってくれなかった」
「あ、あの、大したことじゃないです…」
実際は大したことなのかもしれませんが、そう言うしかありません。
「あの…女の子同士の問題なので…」
「…へえ」
「で、でも大丈夫ですから。私が何とかしますから」
「……。まあ、藤林がそう言うんなら大丈夫だろ」
岡崎くんはそう言うと、席について春原くんと漫才を始めました。
私のことを、ことみちゃんの友達として信用してくれているのだと思います。
…何の取り柄もない私が、その信用に応えられるでしょうか。
「杏ちゃん、違うって言ったの」
お昼休み。部室にことみちゃんを見つけて、隣の空き教室に誘いました。
「そ、そう…。じ、じゃあやっぱり思い過ごしだったんじゃないかな」
「でも杏ちゃんの性格なら、朋也くんを好きじゃないなら違うって言うし、好きでもやっぱり違うって言うの。論理的に判定不可能なの」
「う、うん…」
「シュレーディンガーの猫なの…。今の杏ちゃんは、朋也くんを好きでもあり、好きでもない状態なの」
「よ、よく分からないけど、それでどうしようか?」
どうといっても、実際はどちらなのかはっきりしない以上、どうしようもありません。
せいぜいどちらかを仮定して、その場合のことを考えるくらいです。といっても"好きでない"と仮定するなら何の問題もないので…。
「…もし、お姉ちゃんが岡崎くんのこと好きだったら、どうする?」
もう一度尋ねました。聞きづらいことですけど、聞かないと先に進みません。
「も、もしそうなら…」
「う、うん…」
「私は、切腹して杏ちゃんにお詫びするしかないの…」
「…あのぅ」
お姉ちゃんを倒すどころか、逆方向に疾走していました。
「しかもただ死んで終わるものではないの。杏ちゃんに地獄の火の中に投げ込まれるものなの」
「ええと…お姉ちゃんはそんなことしないと思うよ」
「だって私、ずっと杏ちゃんを傷つけてきたことになるから…」
「ことみちゃん…」
確かに、岡崎くんを別にすれば、ことみちゃんのために一番一生懸命だったのはお姉ちゃんでした。
二人をけしかけるようなことを言ったのも、バイオリンのためのカンパを集めたのも、全部お姉ちゃんです。
もし、岡崎くんのことが好きだったなら…
それら全て、お姉ちゃんはどんな気持ちで行ってたんでしょう。
「で、でもほら。もし本当にそうなら、の話だから」
「同様に確からしい感じだから、二分の一の確率でそうなるの…」
「そ、それじゃ占ってみる?」
「え…?」
私はポケットからトランプを取り出して、例によって焦ってばら撒き、ことみちゃんの手伝いで拾い集めてから扇形に広げました。
「それでは、3枚引いてください」
「はい」
「えーと…ハートの7にスペードの1にクラブの4。ハートは『好き』を表します。714は『ないよ』。つまり好きじゃないよってことですねっ! よかったねことみちゃんっ」
「そ…そんなに杏ちゃんは朋也くんが好きだったの…」
「はい?」
「椋ちゃんの占いは絶対外れるって、杏ちゃんが言ってたの」
ひどいよお姉ちゃん…。
「杏ちゃんが好きな人を私が奪ったの…。もう私は悪女で泥棒猫でルパン3世なの…」
「いや、最後のはちょっと違うんじゃ…。あの、ことみちゃんっ」
ことみちゃんはふらふらと出ていってしまいました。そのまま寺に行って尼になりかねない勢いです。
どうしたらいいんでしょう…。って私こればっかりですね…。
「…ねえ、もうお姉ちゃんが本当のことを言うしか解決の方法はないよ」
「だからずっと本当のこと言ってるじゃないっ! いい加減あたしも怒るわよ」
帰り道、スクーターを手で押しながら、お姉ちゃんは頭から湯気を出しました。
確かに、もし好きでもなんでもないのなら、いつまでもこんなことを言われたら普通怒りますよね…。
「ううぅ…」
「はぁ…ったくしょうがないわねぇ。いい? そもそも考えてみなさいよ」
「?」
「もしあたしが朋也のこと好きなら、ことみの応援なんかするわけないじゃない。何が悲しくて、好きな男がライバルとくっつく手伝いしなけりゃならないのよ。あたしだってそこまでお人好しじゃないって」
力を込めて言い切っていますが、額面通りには受け取れません。
「…お姉ちゃんは、そこまでお人好しだと思うよ」
「なっ…あ、あんたねぇ」
「だって、いつも私のこと助けてくれたもの…」
「……」
しばらく、二人とも黙ったまま歩き続けます。
「あのね、もしもよ?」
「うん」
「本当にもしもの話だからね? あたしが朋也のこと好きだとして…それでどうなるのよ」
「え…」
「朋也が好きなのはことみなんだから、今さらどうしようもないでしょ」
それは…そうです。
岡崎くんの気持ちは決まってるんですから。別の女の子が好きになったところで、かえって辛い思いをするだけでしょう。
「…でも、お姉ちゃんは本当にそれでいいの?」
「だーかーら、それで良くなかったら、何かいい未来でもあるの?」
「う、うん…そうだね」
ことみちゃんと岡崎くんが結ばれる以外のifなんてないから。
それでことみちゃんは納得してくれるでしょうか…。
「…もし私が朋也くんと別れれば、杏ちゃんの恋が叶う日も来るかもしれないの…」
いきなり別のifを持ち出されました…。
「私が朋也くんと別っ…。えぐっ…」
「考えただけで泣くくらいなら言うのよそうよ…」
ことみちゃんの頭を撫でてなだめます。
「別れるなんて無理だよね? だから現状通りで納得するしか…」
「そ、そうだ。朋也くんを半分こして…」
「だから無茶言わないで」
ことみちゃんはじっと俯いていましたが、涙目の顔を上げて、私を見つめました。
「初めてできた、女の子のお友達なの」
「ことみちゃん…」
「杏ちゃんも、椋ちゃんも、渚ちゃんも、私にとっても優しくしてくれた。なのに私は、何のお返しもできてない。
もしかしたら本当に好きじゃないのかもしれないし、好きだとしてもこんなことして杏ちゃんは喜ばないかもしれないけど…」
泣き声が混じりながら、かすれていって。
「でも、自分の幸せのために友達を踏みにじる可能性があるのなら、そんなこと絶対できないっ…」
ことみちゃんは、声を殺して泣き続けます。
その髪を撫でながら、私はただ、途方に暮れるしかありませんでした。
――私には、どうにもできません。
やっぱり、いつもお姉ちゃんの陰に隠れていた私になんて、何の力もありませんでした。
とばっちりを受けた岡崎くんは、毎日一人でとぼとぼと帰っていきます。
(そうだ…渚ちゃん)
もう一人の友達のことが頭に浮かびます。いつも前向きで一生懸命な彼女なら、何か助言してくれるかもしれません。
病気で休んでいるのに厄介事を持ち込むのも気が引けますが、他にどうしようもなく、私の足は古河家へ向かいました。
渚ちゃんの家のパン屋さんに行くと、煙草をくわえた男の人が店番をしていました。
「こ、こんにちは…」
「おう、好きなだけ買ってけ。お薦めはたくあんパンだ」
「い、いえ…。あの、渚ちゃんのお父様ですか…?」
男の人はぽかんと口を開けて煙草を落とすと、嬉しそうに破顔します。
「おうっ、渚の友達かぁっ! いかにも渚の親父様だ。あまりのカッコ良さに惚れんじゃねぇぞ?」
「え、えと…、その…、あぅぅ…」
「本当に惚れちまったかっ! まあ気持ちは有り難く受け取ってやるぜ」
「秋生さんは…、秋生さんは…」
「げ、早苗っ!?」
「私より女子高生の方が好きなんですねーーっっ!!」
「俺は大好きだーーっ!! って違うっ! 今のは早苗が大好きということであって決して女子高生が好きという意味ではぁぁぁっ!!」
二人で走っていってしまいました…。
戻ってこないので、仕方なく勝手に上がらせてもらい、渚ちゃんの部屋をノックします。
「はい、どうぞっ」
「あ、あの…。藤林椋です…」
「椋ちゃんですかっ!? いらっしゃいです。どうぞどうぞ入ってくださいっ」
扉を開けると、渚ちゃんがベッドの上に身を起こしていました。顔色はあまり良くないです。
「ご、ごめんね。急に押し掛けてきて…」
「いいえっ! 退屈してましたからすごく嬉しいです。もう大歓迎ですっ!」
お土産のゼリーを渡して、二人で食べながら世間話。
どう切り出したものか迷っていると、渚ちゃんの方から気付いてしまいました。
「椋ちゃん、何か悩み事ですか?」
「え!? あ、あの、別にそんな」
「えっと…もしよかったら、話していただけないでしょうか」
「で、でも、渚ちゃんも大変なのに」
「確かに今の私はこんなですけど、でも皆さんとお友達でいたいです。一緒にいることができないなら、せめて相談に乗るだけでも繋がっていたいんです。…ダメ、でしょうか」
その真摯な目に、私は胸を突かれました。どうして私の周りは…こんなに優しい人ばかりなんでしょうか。
一呼吸整えて、私は口を開きます。
「実は…」
「それは…困ってしまいましたね」
渚ちゃんは腕組みをして、うんうんと考え込んでいました。
「でも、杏ちゃんがそうだなんて全然気づきませんでした。わたし鈍感ですっ」
「あ、あの、まだそうと決まったわけじゃないから」
「そ、そうでしたね。それが問題なんでした」
再び、二人で悩み始めます。
「渚ちゃんは…」
「はいっ」
「渚ちゃんは…岡崎くんの隣にいるのが、もし自分だったらって思ったりしませんか…?」
つい、そんなことを聞いてしまう私に、彼女は数秒固まってから飛び上がりました。
「えええっ!?」
「ご、ごめんなさいごめんなさいっ! 変なこと聞いてっ!」
「い、いえそれはいいんですけど。で、でも岡崎さんみたいな素敵な人が、わたしの彼氏になんてなるわけないですっ。たとえ百万回生まれ変わってもありえませんっ!」
「そんなことはないと思うけど…。渚ちゃん可愛いし…」
「わわ、何を言い出すんですかっ! もう、椋ちゃんは人をからい過ぎですっ」
大困りの渚ちゃん。この人の場合、謙遜でなくて本気だから手に負えません。
「えっと…もしかして椋ちゃんは、そう思ってるんですか?」
「そ、そんな、私はっ…」
「…杏ちゃんは、そう思ってるんでしょうか」
「…分かりません…」
「ことみちゃんは…」
「…思ってるのかも。『もし自分さえいなければ、他の女の子が彼の隣にいたのかもしれない』って」
いくつもの可能性や運命を思うと、何だかやるせなくて、私たちは同時に溜息をつきました。
「…どうして人間は、『もしも』なんて考えるんでしょう」
また変なことを言い出す私に、渚ちゃんはこちらを覗き込みます。
「椋ちゃん?」
「だ、だって意味ないのに。未来のことならともかく、過去と現在なんて一つに決まっていて、他の可能性なんか考えても仕方ないのに」
「そうですね…」
そう言って、渚ちゃんは自分の膝の上の手を見つめました。
「…でもわたしは、時々考えてしまいます。もしこんな体でなかったら、みんなとずっと一緒にいられたのにって」
「あ…! ご、ご、ごめんね…」
「いいんです。それに、逆方向の"もしも"だってあります」
「え?」
「もし、岡崎さんやことみちゃんと出会えなかったら、椋ちゃんや杏ちゃんともお友達になれませんでした。
もしそんなことになっていたら、今もずっと一人ぼっちでした。だから…今はすごく幸せです。えへへ」
本当に幸せそうに笑う彼女に、私の心も少しだけ、軽くなった気がしました。
「そ、そうだよね…」
「そうです。もしもとハサミは使いようですっ」
「う…うん」
「椋ちゃん。もし私たちが本当の友達なら、本音を言い合って崩れることはないです。だんご大親友ですっ」
「…ありがとう、渚ちゃん」
渚ちゃんと友達になれて良かった。
立ち上がり、次は三人で来ることを約束して。微笑む渚ちゃんに見送られながら、私はパン屋さんを後にしました。
「えっと…ことみちゃん、3枚引いてください」
「…?」
「き、今日はことみちゃんの未来を占います」
いきなり突きつけられたトランプを、ことみちゃんはおずおずと引きます。
「ことみちゃんの未来は…。誰も喜ばないのに身を引いて、上手くいっているものもぶち壊して、結局みんな不幸になります」
「椋ちゃん…いじめる?」
「う、占いは占いだから」
ごまかし笑いを浮かべて、私はトランプをしまいました。
「でも、外れたならそれでいいって、運命を覆せる証拠なんだって、そう思ってる…。ことみちゃんは、今の未来を覆してくれる?」
「……」
ことみちゃんはうなだれたままです。でも、彼女もそんな未来は嫌はなずだって、そう思いたいから。
「行こう、ことみちゃん」
私は手を取って、お姉ちゃんのところに連れていきました。
「まだ、つまんないこと考えてるの?」
約束通り部室に来ていたお姉ちゃんは、もう聞くのも嫌なように投げやりに言いました。
「杏ちゃん…。私、朋也くんと別れた方がいい…?」
「なっ――」
こ、ことみちゃん、いきなりそんな爆弾発言は…。
「もし、あたしに遠慮して付き合うのやめるなんて言ってみなさいよ――ことみのこと、一生許さないからね!」
凄い剣幕でした。言われたのが私だったら、脅えてこくこくと頷いたかもしれません。でも…
お姉ちゃんの言うことには弱点があります。ことみちゃんは必死で踏みとどまって、言いました。
「…線対称なの」
「はあ?」
「そ、そのままそっくり、お返しするの」
「な、何がよっ」
「き、杏ちゃんがっ…。わ、私に遠慮して朋也くんを諦めたなら…一生許さないのっ…!」
「な…!」
自分の言ったことが跳ね返ってきて、さすがのお姉ちゃんもうろたえます。
その表情を見て、私の気持ちも決まりました。
結局、お姉ちゃんもことみちゃんも、同じなんです。
「だ、だからっ…。あたしは最初から朋也のことなんて何とも思ってないし、だから遠慮なんて全然…」
「お、お姉ちゃん」
私はことみちゃんに寄り添って、まっすぐ前を向きました。
「これで最後にするから。お姉ちゃんの答えが何でも、それを信じるから。正直に答えて」
「椋…」
「岡崎くんのこと……どう思ってる?」
私とことみちゃんの目に見据えられて、お姉ちゃんは立ちすくんでいました。
ごめんなさい。でもないんです。本当の気持ちを見て見ない振りをするような選択肢は、もう。
無言の時間が流れて…
「…わかったわよ。認めるわよ」
ようやく、仮説が収束します。
「そうよ、あたしは朋也が好きだったわよ! ていうか今でも好きよっ! これでいいっ!?」
悪い方の仮説だったけど、でも収束しないよりはいいはずだから。
「き、杏ちゃん…。私…」
「でもっ…!」
震えていることみちゃんに、お姉ちゃんの言葉が続きました。
「二人とも、あたしのこと買いかぶってる。別のお人好しでも、遠慮したわけでもないから。
臆病だっただけよっ…。あいつの気持ちがことみに向いてるの知ってたから、フラれるくらいなら友達のままの方がいいって…。二人をくっつけて、いい友達のポジションでいようって、そう思っただけっ…!」
ごめんなさい。
お姉ちゃんは、言いたくないことも含めて吐露してくれました。辛そうなお姉ちゃんに心の中で謝りながら…やっぱり私は、この人が大好きでした。
「杏…ちゃん」
頭の中が真っ白になった風に、ことみちゃんは立ち尽くしています。
その親友に、みたびトランプを突きつけます。
「こ、これはことみちゃんの未来です」
「椋ちゃん…?」
「選択肢はたくさんあります…。それぞれについて、もし選んだ場合にどんな結果があるか、ことみちゃんなら分かるはずです」
きっと、一番いい未来を選んでくれるって。
ことみちゃんはのろのろと、お姉ちゃんの前に歩を進めます。
「ごめんね、杏ちゃん」
一瞬、息を呑んで――
「ごめんね。…でも私、朋也くんと離れたくないの」
――私たち姉妹は、同じように息をつきました。
ことみちゃんの目から、ぼろぼろと涙がこぼれます。そんな彼女を抱きしめて……私の前で、お姉ちゃんは優しく言うのでした。
「うん――正解よ、ことみ」
次の日。一人だけ蚊帳の外だった人が、私に話しかけてきました。
「なあ。ことみの奴が真面目な顔で『これからもよろしくなの』とか言ってきたんだけどさ」
「そ、そうなんですか」
「結局何があったんだ?」
「えっと…お、乙女の秘密です」
胡散臭そうな目を向ける岡崎くんに、私はあさっての方角を向いてしらを切ります。
「…まあ、いいけどさ」
「あの…岡崎くん」
「あん?」
「もし、岡崎くんのことを好きって娘がいたら、どうしますか?」
彼は少し考え込んでから、答えます。
「相手によるな」
「あ、相手によるんですか…」
「ああ。相手がことみならOKだし、それ以外なら断るしかないだろ」
そう言って、授業をさぼって図書室に行く彼を、私は黙って見送りました。もしかしてあったかもしれない胸の痛みは、それ以上の安堵に包み込まれました。
あの二人にはもうifなんてなくて、ただ真っ直ぐな道を歩いていけること。
一方でお姉ちゃんや渚ちゃんや私には、無限のifがあって、収束するのを待っていること。
そうしてふと考えます。もし、私が私でなかったら、こんな時間を過ごすこともなかったって。
そう思うと、何の取り柄もない私でも悪くない気がして……何だか少し、嬉しくなるのでした。
>>129-145 「さまよう仮説」でした。
途中連投規制に引っかかってIDが変わってます。
CLANNADの風子SSを投稿します
ネタがかぶっているけど、体育倉庫の話です
9レスの予定です
指先に意識を集中する。つい先程喉を潤したはずなのに
口の中はカラカラだ。時計の音がカチカチと耳障りだ。
でも、今度は上手くできそうな予感がする。
俺は確信を持ってソレからそっと指先を離した。
「立ちましたね。おめでとうございます」
「ふーっ。やっと10円玉を重ねられたな。普段からギザ付き10円玉を
コレクションしておいて良かった。これが無かったらとてもとても……」
そんな俺を見て宮沢は微笑んだ。
「くすっ、朋也さんらしいですね」
「ソレどういう意味だよ。まぁいいか、今はおまじないの続きだ」
『スピードノキアヌリーブスノゴトク』
『スピードノキアヌリーブスノゴトク』
『スピードノキアヌリーブスノゴトク』
さて、肝心の閉じ込められる相手だが……そうだ、風子が良いかな。
あいつが男と閉じ込められたら、どんな反応するのか楽しみだし、
それに、あいつなら万が一にも間違いを起こす気にはならないだろうから、
タイタニック号でれっつくるーじんぐ!といった感じで安心だ。
チャリーン!
「うまくいったみたいですね」
「で、これからどうすれば良いんだ?」
「特には。あ、念のため解除法も教えておきますね。まず……」
…………。
……。
149 :
2/9:04/07/23 07:24 ID:/06jh6wT
その日の夕方。いい加減風子を探して学園中を歩き回るのにも疲れて
俺は体育倉庫前にやってきた。
「アチィ……」
普段は探さなくても向こうから現れる、神出鬼没を絵に描いたような風子が
今日に限っては中々見つからない。いい加減探し疲れた頃に、
おまじないを信じるなら体育倉庫の前にいればいい事に気が付いた。
「しかしなぁ、これじゃ俺、まるで風子と閉じ込められたがってるみたいだ」
後で気が付いたのだが、それ以外の何モノでもなかった!
「あ、岡崎さんですっ」
予想通り、風子が現れた。ま、当然の話だけど。
「岡崎さんはそんな所で何をしてるんですか!
風子を手伝ってくれるんじゃなかったんですか?」
風子がちょっと腹を立てながらこちらに走ってくる。
ああ、そんなに足元を見ないでこちらに走ってくると……。
ズテンッ!
お約束どおり、風子はたまたま体育倉庫前に転がっていたボールに
け躓き、俺は躓いた風子ごと倉庫の中に倒れこんだ。
150 :
3/9:04/07/23 07:25 ID:/06jh6wT
「あイタタタタ……」
「もう、岡崎さんのせいで風子酷い目に遭いましたっ」
俺のせいなのかよ!いや、違うとは言い切れないか。
しかし、これがあのおまじないの効力なのか?そうなると、まさか……?
ガタンガタン!
「やっぱり……」
そう、何故かあの程度の衝撃で体育倉庫の扉は閉まり、ご丁寧に
どんなに力を入れても蹴っても引っ張っても開かなくなってしまった。
「これは参ったな、今の時間にわざわざこんな所に来る奴が
他にいるとは思えないし。風子、俺達閉じ込められてしまったぞ」
頭を左手で掻きつつ制服に付いた汚れを叩きながら
黙っている風子に話しかけた。風子はうつむいていてその表情は見えない。
「これからは段々暗くなってくるし、ますます人が来なくなるなぁ……
って、風子もしかして怖くないのか?」
意外にも風子は平気そうな顔をしていた。涙ぐんでいるわけでもなく、
特に震えているようにも見えない。
「当たり前です。岡崎さんは風子を舐めてますねっ。風子レベルの
アダルトウーマンはこんな事くらいで取り乱したりしません」
「ああ、そうだな。風子は大人の女性だもんな」
俺は半ば呆れて言ったのだが、
「それに、古河さんの所に泊めてもらうまでは、学園に夜一人で泊まってました。
こんなの全然平気ですっ」
そうか、そうだったな。俺、忘れていたよ。
151 :
4/9:04/07/23 07:26 ID:/06jh6wT
「でもな、精神的にはともかく、外見は大人じゃないだろう?」
微妙な心苦しさに苛まれ、俺はつい話をそらすようなことを言ってしまう。
「そんなこと無いです。風子、近所の人に風子ちゃんは美人さんだから知らない人に
付いていったらダメだよ、ってよく言われます」
風子は自慢げに言うけど、それ絶対意味が違うと思うぞ。
「それに風子はとっても家庭的なので、近所の子供達から
よくおままごとに誘われます」
誘われるのかよ!
「でも風子は大人なので、たまにしかおままごとはしませんっ」
たまにならするのかよ!
「でも、子供達は失礼です。なんで風子が子供役なんですかっ!
倍以上生きてる人生の先輩に対して失礼です、プチ最悪ですっ」
「いや、まぁ、それはわからないでもないぞ。外見は十分に小学生だし
なんといっても精神年齢が同レベル……」
「岡崎さん、何か言いましたかっ?」
「いや、特には」
最近風子の俺に対するツッコミはやたら強気だ。
初めて会った時のおとなしそうな印象は何処へ行ってしまったのか。
152 :
5/9:04/07/23 07:27 ID:/06jh6wT
「第一、風子は子供が大好きだからお付き合いでおままごとをしてるだけで
別に楽しんでやってる訳ではないです」
「本当なのか?本当に少しも楽しんでないのか?」
風子は少しだけ顔を赤らめて呟いた。
「んー、風子、少しだけならおままごとも楽しいかもしれません」
「ははっ、やっぱりな」
俺は風子の頭を撫でながら言った。こいつって小動物的で可愛いよなぁ……。
ってマズイマズイ。そういう事にならないタメに風子を選んだはずだ。
でも、風子はそんな俺の考えを知ってか知らずか、いきなり抱きついてきた。
「お、おい、風子?一体どうしたんだ?」
情けないことに風子の行動に動揺してしまう自分。声が上ずってしまう。
「何でもありません。今になってちょっと怖くなってきたなんてこと全然無いですっ」
「そ、そうだろ、お前、前は夜の校舎に一人でいたんだろ!
こんなの全然平気なはずだっ!」
しかし、風子はさらに固く抱きついてきた。恐ろしいまでのおまじないの効果だ。
「確かに、前は平気でしたっ!でも、もう今は平気じゃないですっ。
全部岡崎さんのせいです!ヘンな人の癖に風子に優しくするなんて!」
これって、やっぱり、そういう事なのか?
そこまで言うと風子は俺から離れ、ちょっとだけ髪型を整え
俺の目をまっすぐに見つめた。もうそろそろ日が暮れるであろう時間
体育倉庫の中は暗いはずなのに、風子の真剣な表情ははっきりとわかった。
「もし、風子に好きな男の人が出来たら、その人に告白する時にはこうしようと
決めていた事があるんです。好きな人にこのかわいい……」
「…………」
「…………」
取り出したヒトデを見た途端、風子はアチラの世界にトリップしてしまった。
153 :
6/9:04/07/23 07:28 ID:/06jh6wT
俺は苦笑すると、もうこのおまじないを解呪する事にした。
そうだよな。こんな状態で告白したりされたりはお互い良くないよな?何か卑怯だし。
解除の呪文は、確か尻を出して……えっと?
その時の俺は、風子がその時に限ってアチラの世界から直ぐに戻って来ていたのに
全く気が付いていなかった。その迂闊さがあのような事態を招くとは。
風子がその時の俺の格好を見たら、どんな反応をするのかなんて容易に想像出来たのに。
「……ハッ。またちょっとヒトデに夢中になってしまいました。ではさっきの話の続きを……
って岡崎さん、いきなりソレは無いですっ!いくら風子がささいな順番の違いを
気にしない大らかな性格だからって、それは無しですっ」
「ああっ、そんなっ、男の人のアレを見てしまうなんて!そこはかとなく最悪ですっ。
風子、もうお嫁にいけません!」
ブンッ!
「ノロイナンテヘノヘノカッパー、ノロイナンテヘノヘノカッパー、
ノロイナンテヘノヘノカッパー……って、うがぁっ?!」
風子の投げたヒトデ手裏剣は見事に俺の……急所を……
俺、もうお婿にいけない……。
154 :
7/9:04/07/23 07:29 ID:/06jh6wT
ドンドンッ!ガラッ。
体育倉庫の扉が鈍い音を立てて開かれた。
「おい岡崎、こんな所で一人で何してるんだ?」
扉を開けたのはクラスメイトの男子だった。
あれ、一人って?
「一人?風子はどうしたんだ?女の子が一緒に中にいなかったか?」
「ん、だって岡崎一人しかいないだろ?」
風子はどこかに隠れたのか?辺りを見回してみたけど誰もいない。
おかしいな、隠れる暇なんてなかったのにと思っていると
「あの、いきなりで失礼ですけどっ」
風子が突然ま横に現れた。さっきまでは確かに誰もいなかったのに。
クラスメイトも突然現れた風子に驚いている。
「これ、差し上げますっ」
風子はクラスメイトに例のヒトデの彫刻を渡そうとする。彼は事態の展開に
と惑いつつもそれを受け取った。
「それで、よろしかったらですけど、今度おねぇちゃんが結婚するんです。
出来れば出席しておねぇちゃんをお祝いしてやって欲しいんです」
彼は今現在の事態は理解できなくても、風子の真剣さは理解したらしい。
「ああ、ああ、わかった。出来る限り出席するようにするよ」
「ありがとうございますっ」
クラスメイトは首を傾げつつその場を去っていった。
「なんかこれ、この辺り少しだけ変な臭いがするなぁ?」
もらった彫刻についている真新しい汚れを気にしつつ。
155 :
8/9:04/07/23 07:30 ID:/06jh6wT
体育倉庫前には俺と風子の2人だけが残された。
「な、なぁ、風子?今何が起こったのか聞いていいか?」
風子は俺の質問に寂しそうな、それでいて何か覚悟を決めたような表情で答えた。
「言えないです。言っても分かってもらえないと思いますし」
「な、何だよそれ?俺ってそんなに信用出来ないのか?」
「そうではないです。ただ、今の状態は本来ならあってはならないことなのです。
だからそれが元に戻ろうとするのは当然の事なんです」
「悪いけど、風子が何を言ってるのかちっとも分からないぞ?」
「だから分かってもらえないって思いました。岡崎さん、この事はまた今度ということに。
もう風子は古河さんの所に帰りますっ」
そういって風子は駆け出した。それ以上俺は聞くことも出来なかったし、
またそんな気力も無かった。
「……疲れた。春原の所にでも行くか」
156 :
9/9:04/07/23 07:31 ID:/06jh6wT
その後、色々とあって今は10月。ある日の昼休み、俺は一人の女の子を捜していた。
その子は事故でずっと休学していたらしいのだが、最近復帰して今日初登校してくるらしいのだ。
「あの、すみません」
見知らぬ下級生の女生徒が話しかけてくる。いや、見知らぬなんてとんでもない。
彼女こそが俺が探している女の子だった。俺は彼女に言いたいことがあるんだ。
女生徒は木彫りの彫刻を取り出すと、俺の目の前に差し出し顔を赤らめながら……
俺もその彼女に言わなければいけない事を……
「責任とって風子をお嫁さんにもらって下さいっ」
「責任とって俺をお婿さんにもらってくれっ」
「「え?」」
二人とも唖然として何も言い出せない。でもそれは長くは続かなかった。
「ぷ、何だよ、いきなり初めて会った奴に責任取れって」
「それはあなたもですっ。やっぱりあなたはヘンな人です」
「ああ、お互いにな。俺達、お似合いの二人かもな」
二人は顔を見合わせて笑った。
以上です。
トリップ記憶させるの忘れたので
こっちに変えます。
お目汚し、失礼しました。
延長希望の方はいらっしゃいますでしょうか〜
いらっしゃらないようなので、終了宣言〜
なお、お詫び。
保管所の「春原あふた〜」が、途中までしか収録されていなかったようです。
今は直りましたが、作者さんおよび読者の方にはご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした。
鍵祭り?
まあ、時期が時期だしね。
東鳩2には祭りを起こす力があるだろうか…
第21回の「なんでもあり」以来の投稿数二桁オーバーだ。
15レス以上のSSも4つあるし、これは倉等効果と言ってもいいのかな?
それとも大学生の夏休みかしら。はたまたテーマが書きやすかったのだろうか。
俺個人としては、とても気に入ったSSが1つあったので後ほど感想を書く予定。
作者め、首を洗って待っていろ(違
>>163 うちの大学は先週から今週にかけてがテスト期間のピークっすよ。
大学生の方々はよくこの時期にSS書けるな、と逆に感心したくらいです私はw
にしても今回の最終日ラッシュも凄かったですが、10作品中9作品が鍵、しかも半分がCLANNADとは。本格的にCLANNADが台頭してきましたね。
いくつか感想。
春原あふた〜:途中まではただのパロだとしか読めず流し読みしていたが最後の風子の台詞で思わず噴出した。そりゃ幻想世界の少女もやりきれないわなw
もしも体育倉庫イベント有紀寧編があったら:タイトル長っ。風景描写はよく書けているが有紀寧の心情描写がやや足りないかも。
あと「あははー」と笑ったり、ノリがやけによかったりしているこの有紀寧がなんだか佐祐理さんっぽく見えるのが気になった。
ししまい:火と水でトゥインロード!(違)冗談はさておき、不条理ギャグの典型的パターンって感じ。人は選ぶかもしれないが私は好きですこういうの。
If I were a fatalist:勝平SS自体少ないけど、勝平が朋也と仲悪いって話は初めて読んだ。よく書こうと思ったな、と素直に関心。
全て無意味なサジェスチョン:四肢切断系でありながら暗い話になってないのはひとえに浩之や綾香のキャラがきちんと立っているからだろう。
綾香よこういうときくらいはもう少し優しくしてやれとは思ったが。
さまよう仮説:今回の一押し。原作でのキャラの性格、特徴、行動などをよく生かしながら書けているために原作のアフターストーリーとしても十分な説得力を持つ。
「IF」というテーマを作品内できちんと命題として生かし、昇華できている技術もお見事。
風子in体育倉庫:SSとしての完成度は有紀寧の方が上だったが、キャラの会話の掛け合いの楽しさはこっちの方が上だった。楽しませていただきました。
今回はCLANNAD物が、数だけでなく質としても良い作品が多くて満足でした。最優秀には『さまよう仮説』を推しておきます。
あれ? クラナドSS投稿スレはどこ行った?
それでか、今回蔵等SSが多いのは
保守。人はいるのに感想は少ないな…
>>167 今悩んでるんスよ。
蔵やってないんで蔵SS全部スルーするか、やってないなりの感想書くかで。
後者の方がいいとは思うけど、なんか的外れなこと書いてしまいそうでねぇ。
期限は8/2まであるんですから待ってれば感想は来ますよ
多分
>>168見たいに蔵で悩んでいる人や作品数が多くて感想の仕方に困っている人が多いんじゃないのかな
かくいう私も書き方に悩み中
さすがに2桁あると^^;
自分も蔵やってない口だけど、原作を知らないSSって読むのに(中身を理解するのに)時間がかかるんだよね。
それが最終夜に100レス近くも殺到した日には……そりゃなかなか読みきれませんって。
俺も蔵やってないや……。
来週末あたり買ってきちゃおうかなぁ。
SS数自体は、最近の投稿数の減少を寂しく思ってたので、2桁大歓迎なんだけどね。
基本的にやってないゲームのSSは感想書けないんだよね。
一回無理やり書いて、的外れもいいとこの感想書いちゃったもんで。
ぶっちゃけ、やってなくても面白いと思わせるには、かなりの力量が必要と感じた。
ONEとClannadはやってないので後回し、とりあえず、KanonとToHeart分を。
残りの感想をどうするかは、まだ考え中。
「姉妹ごっこ」
頭が良くてしっかりした名雪を見るのは、ずいぶん珍しい気がしました。こういうのもいいと思うし、普段と逆転した名雪香里の関係も面白く、その点だけでも読む価値がありました。
さて問題は香里。中盤以降はかなり説明不足。というか、ほとんど説明してないですよね、彼女が何を考えているのか。
おそらくそのせいで、彼女の言動がいちいち突飛に思えて仕方なかったです。
地の文を増やして説明を加えるか、あるいは台詞に上手く感情を滲ませられれば、とも思いますけれど……。
「ししまい」
名雪の顔って丸いかなぁ? イメージ的には横に長くて目がでかくて鼻が潰れてて顎が(以下略
気の抜けたコメディは好きです。このSSも全体的に楽しんだのだけど、
>「もしもボッ●ス〜」
やられました。参りました。今回のテーマに正にピッタリであります。
望むことなら、これを用いてオチをつけていれば、
間違いなく最優秀も……そんなわけないですね。
1番の歌詞は「こんなこと、いいな……」だから。
「全て無意味なサジェスチョン」
これはすごいな。
ネタ自体はあんまり好きにならないものの、馬鹿丁寧に書き込まれた20レスに圧倒されました。
特に文章表現には、良くこんなの考えつくなぁ、と唸らされることがしばしば。
>破滅の呼び水が、体内で狼煙をあげた。
何を描写したのか、しばらくわからなかったぞ( ゚Д゚)ゴルァ!!
内容については……正直、感想書く気が減退中(w。
あまり好みに合わなかったというのもあるけど、最初は、どうせ魔術オチだろ、と思ってまして、実際そうだったので脱力したという……。
中盤もだらけたというか、同じようなネタが続いたところが辛く。
キャラやシチュを変えても、やってることの基本構造(要は浩之をいじって遊ぶ)が変わらないからか、途中で飽きてしまいした。
しっかりした文章力のありそうな作者さんなので、ネタ一辺倒ではなく、マジなところなど混ぜても(浩之も真剣に考えることできるだろうし)目先が変わって良かったのではと思ったり。
オチの付け方はなかなか凝っていると思ったけれど……
綾香もセバスも、あれが平常どおりなのか(´A`)
「雪世界」
伝えんとすることは分からないでもないけれど、やっぱり構成が解せないSS。
あゆと名雪のエピソードがそれぞれ繋がってないな……。
すれ違い系の心理劇を書きたいところに、家族団欒のエピソードを埋め込む必要はあったのだろうか?
いや、そもそも家族団欒を強調するのであれば、祐一と名雪の抱えるこの問題はまさに水瀬家の家庭問題として解決すべきではないのだろうか?
秋子さんもそれを望んでいるだろうし……。
それ以前に、あゆの意向はどうなってんだ? 彼女だって名雪のこと知ったら気になるはず。
読めば読むほど疑問が深まる不思議なSS。
風呂敷は広げたけれど、纏めきれなかったという感じかな?
個人的には、水瀬家関連の話をバッサリ切って、祐一名雪の二人劇に徹しても良かったと思います。少なくともその方が、まだまとまった話になったのではないかと。
小さくまとまった話なんて糞食らえ、という人もいますので強くは言えませんが。
今日はここまでです。
【告知】
現在、葉鍵的 SS コンペスレは投稿期間を終え、感想期間に入っています。
今回投稿された作品の一覧は
>>160 となっています。
また、
http://sscompe.at.infoseek.co.jp/ss/27/index.html からでも投稿された作品を見ることができます。
感想期間は、8 月 2 日の午前 8:00 までとさせていただきます。
目に留まった作品だけでもいいので、よろしければ感想を書き込んでください。
あなたの一言が、未来の SS 職人を育てるかもしれませんYO!
*次回のテーマは『料理・食べ物』で、開催は 8 月上旬になる予定です。
*早くに書き始めてもらっても構いませんが、投稿は次回の募集開始までお待ちください。
クラナドSS祭りが休止期間だから、ますます蔵SS増えそうだな。
>>177 へぇぇ……。
面白いなあ、英語のSS読むってのもw
>177
前書き後書き(゚听)イラネ
けど、本文はさゆまいの可愛い話で良かった。
あの佐祐理さんが英語特有のふわふわしたイントネーションで"Mai?"とか呼びかけるのを想像した日には、今回の最萌に推したくなっちゃいます。
>海外のSSを読む暇があるなら、このスレのSS読んで感想書きなさい
はい。
>>181 あい。
163です。俺も投稿者の一人なんで、どれくらい感想つけようか迷ったけど、
>>164氏が抜かしている3SSと、お気に入りSSの計4作品に感想書くことにしました。
つうわけで、まずは
>>40-42の「姉妹ごっこ」。
穏やかな雰囲気を持つほのぼのSSでした。名雪がいい味出してます。
俺個人としては、名無しくん、、、好きです。。。氏の言われる「香里の描写不足」もそんなに気にならなかった。
ただ、最後の5,6行あたりはじっくり描いて欲しかったかも。
>テーブルの隙間を縫って、とっとと香里が歩き出した。
ってのはちょっと風情がない。とっとと、の表現が特に。
んで、俺が一番感じたのは、このSSの状況設定がよく解らないこと。
どうして香里は冒頭のように呟いたのか? そのきっかけはなんだったのか?
>今まで話してくれなかったのは寂しいけど、
じゃあなぜ、“今”話す気になったのだろう。
そういうことを説明してくれないと、なんか突然香里が名雪に秘密を打ち明けて、そうしたら偶然その日のうちに解決しましたよ、みたいなご都合主義に思えてしまう。
別に大層な描写とかはいらない。ほんの少し、香里の呟きの前に、何かクッションを置いて欲しかった、ということです。
そういやちょっと関係ないけど、今回の10SSのうち、台詞で始まっているSSが7つもあるんだよね。
台詞はいきなり読者を展開に引き込めるから、ついつい多用しがちだけど、違うイントロを研究しても面白いんじゃないかな、とか無責任なことも思いました。
次、
>>45-46の「Merry」。
うーん、このSSは感想が書きにくいね。ある意味完成しているというか。
ラストの一文で、微かに揺れ動いている「ぼく」の心情がコンパクトに治まっているから、これはこれでいいのかも。
まあ、このままの構成で、文章的により高みを目指すことは出来ると思います。
人間の五感のうち、本SS中では視覚と触覚だけしか使われてないっぽいので、幻想的な雰囲気を出すんだったら聴覚とか嗅覚の描写は欠かせないかもしれません。
……ごめん俺自身よく解ってないこと言った。要は、はったりをカマす余地がまだあるんじゃないかな、と。
最後、
>>120-126の「雪世界」。
割と切ないお話でした。Kanonが構造上持たざるを得ない闇の部位に光を当てた印象を受けました。
えっと、これに関しては、全面的に名無しくん、、、好きです。。。氏に同意かな。
氏が的確に纏めておられるので、あんま言うことないや――ってのは味もへったくれもないだろうか。
あとは、そうだな。ちょっと誤字脱字が目立つのと、文章表現で気になるところがいくつかあったようです。
でもこういうのは、見直しを徹底するのと、たくさん読んでたくさん書いているうちに上達(あくまでも俺の主観の話だけど)するものだから、一々論うのもアレだよね。
テーマは中々重いものを含んでいると思うので、ステップアップした作者さんの次作に期待、というところ。
そして、俺的ベストの
>>67-75「ししまい」。
げはげは笑いました。大好き、こういうSS。
ネタの引っ張り具合――というよりも、ネタの手放すタイミングといった方が正確かな。ともかく、それが絶妙で、話の転換の仕方が上手いなぁと感心した。
不満を言うならば、最後のところ。
「しまい」と「ししまい」の引っ掛けがあんまり生かされてないかなぁ。
つまり、
>今日も水瀬家に羞恥と嫉妬と責任放棄の悲鳴が、美坂家には拒絶の悲鳴と絶望の慟哭が。
>響くのであった。
ってのが締めを任すには、あんまし面白くない。
水瀬家では、現場でぷっつんした名雪を描くだけでいけるだろうし、美坂家の方は、栞に拒絶されるのは目に見えていたので、今更言葉で説明されるよりはやっぱり香里の感情アップダウンを直に見たかった。
クライマックス、あっさり終わらせたいってのは解るんだけどね。俺は、上のように思いました。
けどまあ、基本的には良質のギャグSSでした。
ところで、どこらへんにラブコメがあるのか突っ込んでもいいかしら。
ん、こんなとこ。最優秀は「ししまい」推薦。
>182
力の入った感想乙。
あ、でもいちおう感想期間では、その回の評価になんらかの影響を与えないように
作者は匿名のままで……ってのがスタート時からのルールなので、
>>5 次からはそれでお願いね。
そういやクラSSスレってなんでなくなったん? SS祭りが休止期間とは…?
ざっと見たけどSS祭りの参加者はいたちんさんこんぺの主軸層とちょっと外れた人が多いみたいだね。
>どのSSの作者か特定されなければ無問題
ん〜、それでいいんじゃない?
今までもそんな感じでやってきた気がします。
つうか、いたちんさんこんぺの主軸層はほとんど開店休業中のような…
テスト
>春原あふた〜
風子の「ヒトデあげますね」とか「こんちくしょーって感じ」には大爆笑。
本気で泣いてる少女を想像してもう一回爆笑。
ただ前半部分のギャグへの徹し方が足りなかった気もします。
>姉妹ごっこ
よくまとまってて文章力もありますね。
でも前の方が指摘されてるとおり、とっとと、のあたりには違和感を覚えました。
香里がいい意味で素直で、あんまりヒネてないあたりには好感が持てます。
>Merry
心情はぼかして、描写が具体的。
結果を提示しようとするSSではなく、読者に主人公の心情を
体感させることが目的のSSなんでしょうか。
そういう点ではよくできていると思います。
>もしも体育倉庫イベント有紀寧編があったら
文章力はあるんですが、有紀寧さんと朋也の行動が唐突って気が。
過程をすっとばしているような感じです。
>ししまい
引っ張ったわりにオチが弱いかな。
「し、しまい」をもっと強調したほうがよかったかと。
風子はやっぱ恋人より馬鹿な友達の方が似合ってる気がします。
>if I were a fatalist
勝平ってこんな奴だったのかー(テキスト枠画面下に追い出してctlで、
カッペイシナリオ全部飛ばした奴)。
なのでこれを脳内公式設定にしておきます。
>全て無意味なサジェスチョン
夢オチかよっ! もとい魔術オチかよっ!
ととりあえず突っ込んでみた。
文章力はあるんですが、全体的にネタのひねりが足りないと感じました。
萌え〜、と叫ぶようなものでもないですし。
>雪世界
描写が足りないせいで、キャラクターに深みが感じられないです。
「最後の魔法」はあまりに唐突。あと、これとき、はないです。
>さまよう仮説
この四人組が友達やってるのを見るだけで幸せになれます。
そして、最後まで友達のままでよかったと思います。
技術面では文句なし、構成力は頭抜けてて文章もほどよくシンプル。
話が好みに合ってることもあって今回の自分的ベスト。
>風子in体育倉庫
おままごとあたりまではよかったんですが、
朋也の「ははっ、やっぱりな」以下からなんか違和感。
風子はやっぱ恋人より馬鹿な友達の方が似合ってる気がします。
って、コピペミスって風子がししまい下に参上してしまいました。すいません。
最優秀にはさまよう仮説推薦。
>175の続きです。
どうしようか迷った結論は、気に入ったものにだけコメントを書くということに。
別に他のSSが取り立ててダメだとか下手だとかいうわけではないのでご了承を。
「さまよう仮説」
読みやすくて、分かりやすい。未プレイの私にとってはオアシスのようなSS。
ですます調の語り口ともあいまって、全体的に、かわいい話、という印象でした。
仮説云々の理屈が上滑りした感があるけれど、それ以外は丁寧に纏められていて良いのではないでしょうか。
朋也、モテモテだなぁ(羨
「風子in体育倉庫」
風子のキャラに依る所も大きいだろうけど、台詞回しに盛り上がりがあって楽しめました。
風子も可愛かったけれど、「俺をお婿さんに〜」の台詞が激萌え(w。
何も考えていないようなアホな話と思わせつつも、オチを綺麗に纏めてくるあたり、作者さんの力量が感じられます。
……2レスに分ける必要はなかったな。
総括。鍵多いよ(w
CLANNADはなかなか感想をもらえない中、それでもこれだけの数を集めるのはさすがですね。葉っぱ系の作者さんも負けずに奮起希望。
最優秀ですけど、今回はネタを知らないSSが半分以上あるってことで見送ります。
というわけで、
私的最萌 「風子in体育倉庫」
のみを推薦。
皆様お疲れ様でした。また次回。
【告知】
現在、葉鍵的 SS コンペスレは投稿期間を終え、感想期間に入っています。
今回投稿された作品の一覧は
>>160 となっています。また、
http://sscompe.at.infoseek.co.jp/ss/27/index.html からでも投稿された作品を見ることができます。
感想期間は 8 月 2 日の午前 8:00 までとなっていますので、
まだの方はお早めにお願いいたします。
*次回のテーマは『料理・食べ物』で、開催は 8 月上旬になる予定です。
*早くに書き始めてもらっても構いませんが、投稿は次回の募集開始までお待ちください。
199 :
代理:04/08/02 08:06 ID:ylb2MpI5
【告知】
ただ今をもちまして、感想期間を終了させていただきます。
投稿された書き手の皆さん、感想をつけてくださった読み手の皆さん、
そして生温かく見守ってくれていた ROM の皆さん、どうもご苦労様でした。
引き続きこのスレでは、今回の運営への意見、書き手の挨拶、
次々回のテーマの決定などを行いたいと思います。
上記のものやそれ以外にも意見が何かありましたら、書きこんでください。
※次回のテーマは『料理・食べ物』に決定しており、開催時期は 8 月上旬〜になる予定です。
※今回決めるのは次々回のテーマです。お間違いのないように。
感想の中で、評価が高かった作品は以下のとおりです。
『さまよう仮説』
>>164 >>193 『ししまい』
>>184 ということで、第二十七回の最優秀作品は『さまよう仮説』らしいです。
おめでとうございます。
春原あふた〜 最初はコピペ改編か?と思ったけど、そんな事ありませんでした。
ごめんなさい。
もしも体育倉庫イベント有紀寧編があったら 有紀寧が有紀寧らしくない所が
あるような気がします。でも、こっちの方が可愛らしいかも。
If I were a fatalist 椋が腹黒気味で…だがそれがいい。
全て無意味なサジェスチョン 氏賀の漫画にこんな話があったのを思い出して
ちょっとガクブル。お気楽な雰囲気で話が進んでよかった…
ことみシナリオの椋視点というのが新鮮でした。話も上手くまとまっています。
さまよう仮説 が一押しです。
後、まとめサイトで有紀寧の話がちゃんと収録されてないような。
せっかく投稿が増えても感想がこれだけじゃなあ…。
ちょっと書いてみるか。
明日の税理士試験の勉強のせいで読むことすらできなかった。
蔵ばかりで読む気が起こらなかったってのが二次的な理由だな。
ときに次々回のお題は「星」でお願いしたいところ。
帰って参りました。
>>199さん、代理ありがとうございました。
>>200 >まとめサイトで有紀寧の話がちゃんと収録されてないような。
ぐあ、大変失礼……。直ちに修正しました。
>>201 書いてくださ〜い。
>>202 ガンガレ!
んじゃ感想。少し辛口だが。
>春原あふた〜
最後の1レスは面白かったが、それまでがだらだらと長く感じた。
ホモネタ自体長く続けられると辛い。
>姉妹ごっこ
会話の流れや雰囲気が良いね。ifの使い方も自然。
なのでifと関係ない3レス目はいっそなくても良かったかも。
>Merry
もしみずかでなくてみさおだったら、というifなんだろうか?
いきなりみずかの存在が消去されてるので違和感があった。なんでみさおがここにいるのかよく分からんというか。まあifなんだからと言われればそれまでだが、多少は説得力が欲しかったというか。
>もしも体育倉庫イベント有紀寧編があったら
パターンだなー…と思ったら出られなかったのは意表を突かれましたよ。
でも、個人的にはゆきねぇはここまで弱々しくはないイメージだな。
>ししまい
好みが分かれる話なんだろうが、好みに合わない方だった。
地の文がことごとく寒く感じる。自分で「酷いオチ」と言ってるところとか。
>If I were a fatalist
やっぱり椋はこんなイメージなのかよっ。
カッペと別れたのは良かったけどさ。しかしこの話のカッペも本編に劣らずDQNだ。
>全て無意味なサジェスチョン
うーん、文章は明るいんだが、絵を想像するとやはりグロいな…。
ちょっと笑えなかった。
>雪世界
祐一がキザーー!
本筋から外れた余分な描写が多かった気がするが、ifの使い方はいいんじゃないだろうか。
> 皆瀬家流
なんか免許皆伝しそうだ。
>さまよう仮説
又吉かよ!
感想は他の人と同じ。
>風子in体育倉庫
懐かないのが魅力の風子があっさり陥落しすぎ。それまでの会話は笑えたけど。
ラストはギャグかほのぼのかどっちかに統一した方が良かったかと思う。
206 :
202:04/08/04 01:09 ID:skgRp6+O
>>203 _| ̄|○
よりにもよって消費税+税効果が出るなんて……
法人税率の計算式もド忘れしたし……
とりあえず精神的に立ち直ったら一通り読んで感想書いてみます。ぐがー。
「さまよう仮説」の作者です。感想ありがとうございました。
最優秀までいただき恐縮です。
Ifと聞いてまず杏の「もしあんたのこと〜」が浮かびまして、そういや杏って朋也が好きなのに
ことみシナリオではどう思ってたんだろ、という方向で考えていたのですが…
チェックしたら、ことみシナリオに入った場合は杏のこの台詞は出ないことが判明 orz
急遽椋視点に転換しました。椋好きなのでそれはそれで書いて満足でしたが。
>>164 原作に沿えていたというのは一番嬉しい言葉です。プレイしたばかりで記憶も新鮮でした。
>>193 女の子の友情は良いですよねー。CLANNADはそのへん多くて好印象でした。
>>195 ですます調かだである調か最後まで悩みましたが、こっちで正解だったようです。
理屈はやっぱり滑ってますか…。毎回そんな感じなので精進します。
>>200 ネタが被らない自信だけはありました(w 椋はこういうサポート役が合ってる気がします。
>>205 詳しい理由は杏シナリオ等で熟知すべし。
次々回のテーマか……
今一度『家族』を推薦してみる
一見葉鍵とは縁遠そうな「パソコン」を提唱してみる。
もちプロットはありますよん。
>>209 葉鍵キャラの形をしたパソコンが流通する未来世界の話ですか?
210はエロい
お晩です。毎度お世話になっております。今回は『もしも体育倉庫イベント有紀寧編があったら』を書きました。
CLANNADでせっかくの体育倉庫イベントに風子や有紀寧がなかったので、せっかくだから自分で補完してみようとのことで今回はこのネタを選びました。
私は風子の次に有紀寧が好きなものでして、風子にするか有紀寧にするかで迷いましたが、風子の体育倉庫は以前他のサイトで読んだことがあったために有紀寧にしました。
有紀寧がちょっと弱弱しく、朋也に甘える様子を書いてみたかったということです。
風子を選んでいたら「風子IN体育倉庫」と被っていたわけですね…偶然って凄いです。
有紀寧のキャラがちょっと違う…という感想と、描写が足りなくて行動が唐突という意見をいくつかいただきました。
前者に関しては、おそらく閉じ込められたことと真っ暗になったことで朋也の姿が見えにくくなったことに有紀寧が不安を感じて弱気になったことを仮定しての有紀寧描写でした。
本当の有紀寧はこんなもんじゃないかな、と思っていましたが…受け取り方は人それぞれですね。
後者は反省の材料とさせていただきます。
正直、大学のテストでSSを書く時間がかなり削られまして、今回はかなりギリギリでの完成でした。
そのため、チェックが甘くなり、丁寧に書いていればもっとちゃんと入れられた描写も飛ばしてしまったのだと思います。
大いに反省。
とりあえず、一週間ほど実家に帰省しますのでその後にでも私のサイトに今回も載せたいと思います。
次々回のテーマはなかなか思いつきません。他の方にお任せします。
最優秀は見送るって、書いてあるぞ
いつもの形式に倣って、
私的最優秀→なし
私的最萌 →風子・・・
の意味でした。分かりにくくてごめんなさい。
>>210 1/1マルチの中に、PCを内蔵させるのですか?
ドライブはスロットインタイプにして、股間の割れ目から挿…(以下略)
次々回のお題は無難に『家族』を押してみる
家族だと、クラナドの独壇場になりそうなので、
「歌」を推薦します。
久々に痕ネタが浮かんだので「家族」を次々回テーマに推薦(´ー`)y-~~
業務連絡です。
総括期間に入ってそろそろ1週間になりますので、締めに入ります。
>次回テーマ
「家族」「歌」「パソコン」「星」が挙げられています。
今のところ「家族」が優勢のようです。
特に問題がなければ、明日いっぱいでテーマ投票を締め切り、
8 月 10 日の午前 8:00 から、第二十八回「料理・食べ物」を開始したいと思います。
感想・作者挨拶を予定されている方は、お早めにお願いします。
滑り込みでこんばんは。「全て無意味なサジェスチョン」の作者です。
感想書きのみなさん、◆2tK.Ocgon2氏、お疲れさまでした。
前回参加したのが第15回の『結婚』の時なので、約一年振りになります。
SS書くのも久し振りで、大丈夫かなぁと思ってたらこんな話になっちゃいました。
文体の悪癖とか構成の拙さとか、なんだか殆ど変わってないようで、嬉しいやら悲しいやら少し複雑な気分です。
ホントは>名無しくん、好きです。。。氏の言われているような、マジな展開を構想していたのですが、プロットを突き詰めていくうちにどうもよろしくない方向に話が進んでしまい、結局芹香さんの魔術に頼ることになってしまいました。
だらけた中盤は、要猛省ですね。
>>164 脳内綾香はいつもこんな感じです。今もにっこり笑ったままその足で俺のうわやめろなにをする(ry
>>174 魔術落ちは、そうミスリードしようかなんて最初に考えてたことがもろ裏目に。えへへ。_| ̄|○
>>破滅の呼び水が、体内で狼煙をあげた。
>何を描写したのか、しばらくわからなかったぞ( ゚Д゚)ゴルァ!!
しーしー萌えですよヽ(゜∀゜ヽ) (ノ゜∀゜)ノゴルァ!!
>>193 あぅ。反省ちう。
>>200 重いバージョンは、書いてて自分でもちょっと嫌になりました。廃棄して良かった。
>>205 IDがSS(ノ゚ο゚)ノイイナ。やっぱグロいよね……。ごめんなさい。
次はいつ参加できるか解りませんが、その時はもっと頑張りますよぅ。
今度のお題は、うーん。投稿はできそうにないので、みんなにお任せ。感想つけられたらいいな。
であであ。
とりあえず、有紀寧さんの作者が風子ネタで書かなくてよかったと思った
風子in体育倉庫の作者です。もし被っていたら色々な意味で
LANケーブルで首吊って氏ぬしかなかったです。
今回はお目汚しレベルの物を公開してしまい、何か申し訳ないのですが
少しは楽しんでくれた人もいたようなので良かったかな、と思います。
今回の話はオチを先に思いついて、後はそこにどうやって持っていくか
で書いたので、地の文が少なかったり風子があっさり陥落したりで
その辺り反省してます。
最後に……どうして世間の連中は風子の恋人EDを蛇足みたいに言うんだぁぁぁっ!!
>>22さん
転載ありがとうございました。つーわけで『春原あふた〜』の作者です。
前スレでひとりdat落ちしたのは日頃の行いかなぁ。
>>37さん私も見ましたよ。アレには笑いました。
>>164さん
今作品は読み流し必須ですよね。真面目に読んではいけません。
風子オチは卑怯ですが、活用させて貰いました。
>>192さん
前半部分はなぞる感じていきましたから…。
まとめるのが思いのほか難しくギャグになりきれませんでした。ごめんなさい。
>>200さん
コピペと思われても仕方ないです。本当コレはネタバレ大ですしね。
ネタバレ要注意と書いとくべきだと後で思いました。
>>204さん
風子(オチ)に至るまでは全体的に不評のようです。
ホモネタは確かに合わないと辛いですから。ただ合わない人の割合が1・9くらいなのが救いようないかも。
皆様、感想ありがとうございました。
次回のテーマは私も『家族』に一票入れときます。
>>221さん
多分、最初のプレイの時、渚を恋人状態で風子シナリオに入る人が多いからじゃないでしょうか。
これだと選択の余地なく友達ENDになりますから。
とか、批評家きどって言っておきながら、わしも風子恋人END賛成じゃあ〜っ!
【告知】
第二十八回投稿テーマ:『料理・食べ物』
投稿期間: 8 月 10 日の午前 8:00 から 8 月 24 日の午前 8:00 まで。
テーマを見て、思いついたネタがあればどんどん投稿してみましょう。
面白い作品だったら、感想がたくさんついてきて(・∀・)イイ!!
もちろん、その逆もあるだろうけど……(;´Д`)
※投稿される方は
>>4-6 にある投稿ルール、FAQ をよく読んでください。
※特に重要なのが
・テーマに沿った SS を*匿名*で投稿する
・投稿期間中は作品に対して一切感想をつけない
※の二点です。他の各種 SS スレとは異なりますのでご注意を。
それでは、投稿開始っ!
また、次回のテーマは『家族』への支持が多いようなので、『家族』に決定します。
開催時期は 9 月上旬になる予定です。
「二週間じゃ短すぎて書けない」「テーマが難しい」という方はこちらの執筆に力を
注いでもらっても構いません。ただし、投稿は次回の募集開始までお待ちください。
224 :
名無しさんだよもん:04/08/10 09:42 ID:y1De1Td+
待て、あわてるな
これは孔明の罠だ
めんてー
めんてだよー
免停
>>227 これを痕じゃなくまじアンこんぺに出したのか、やるなw
ほしゅ
長瀬ちゃんメンテ届いた?
ネタもないけどメンテするよ〜
【告知】
締め切りまで一週間を切りました。
作品の執筆は計画的に。
今回のテーマは『料理・食べ物』で、締め切りは 8 月 24 日の午前 8:00 です。
また、次回のテーマは『家族』で、開催時期は 9 月上旬になる予定です。
「二週間じゃ短すぎて書けない」「テーマが難しい」という方はこちらの執筆に
力を注いでもらっても構いません。ただし、投稿は次回の募集開始までお待ちください。
もまえたち もうねなさ〜い
そろそろ投下されるかな?
投下します。
ジャンル:ギャグ
ゲーム:KANON
7レス予定です。
明日の晴天が確信できるほど綺麗な月夜。
重ねてそれが満月だったりすれば、心が昂ぶるとは思いませんか?
少なくとも恋する年頃の少女にとってはそういうものなのでしょう。
切なげな声で呟きま
「祐一さぁん、ラブでぇすぅっ!!」
訂正、切なげな声で叫びます。
絶叫に釣られて近所の犬も吠え出してうるさいの何の。
隣の部屋で勉強中の姉も思わずシャープペンシルを折るほどのうるささです。
だけどおそるべきは月の魔力か。少女の愛は止まりません。
更なる愛の叫びに祝福するかのように犬達も応えます。
「ゆーいちさん、ラァブゥ!」
わんわんわんっ。
「ゆーぅいちしゃん、ルァァァブァ!」
わわわんわんっ。
「ゆぅぅぅいちすわぁん、ルァァァァァブゥァリャァ!」
わんわんわんわわわんわわわんっ。
「ユルゥウィティスゥワン、ルゥァビュウルォゥァッァァァ!!」
「何語よ」
妹のあまりのはしゃぎっぷりに、流石に姉からツッコミが入りました。
「お、お姉ちゃんっ!? ノックも無しなんて、ぷらいばしーの侵害ですっ! 乙女の秘密の呟きがっ!?」
「なら呟きなさい」
妹の頭の悪い非難に大きくため息をつきます。
「さ、さては私と祐一さんとの愛の障害になろうっていうんですかお姉ちゃん!?」
「いや、別に」
とはいえ、ここまで浮かれた妹を見ると、その愛とやらを粉微塵にしたほうが、とか思ったりもします。
まぁ、もう手遅れ感が漂っているのも否定できないところが姉として切ないのです。
だからツッコミもどこか投げやり。
「そんな、お姉ちゃんが愛の障害だなんてっ、悲劇のヒロインって感じですっ」
「人の話を聞きなさい」
「あまりの逆境! でも、だからこそ私のラブ値が高まっちゃいますよ!」
「ラブ値って何よ」
「燃え上がれ、私のラブ値! 宇宙(そら)に輝く月をも砕かんがばかりにっ!」
「だからラブ値って何よ」
「ラブ値、それは人に眠る可能性、血とともに駆け巡る命の証、愛のパゥワーですっ」
「つまり何よ」
「オチです」
「意味わからない」
「愛の呟きなのです」
「会話繋がってない」
「ユルゥウィティスゥワン、ルゥァビュウルォゥァッァァァ!!」
「だから叫ぶなっ」
最早言語体系が通じぬ妹の後ろ姿に、深いため息を一つつくと姉は自室へと戻ります。
そんな姉を追い打つように聞こえる、妹と犬の合唱。
再びため息をつくと、あきらめた表情で耳栓を手に取りました。
そこで聞こえた妹の叫び、それだけが今夜の姉にとっては救いだったのかもしれません。
「もちろんお姉ちゃんもラブですよぉぉぉっ!!」
きゅん。
「で、朝起きたら冷蔵庫の中にハー●ンダッツがあったんですよっ、やっぱりお姉ちゃんラブです! …って祐一さん?」
休日、昼下がり、公園。 今日は楽しいデートの日です。
なのに、喋っているのが自分だけなのに気がついて、彼女は彼氏に問います。
「祐一さん、どうしたんですか、さっきからずっと黙ってばかりで」
彼女の言葉に彼氏はぶんぶんと首を振ります。しかし。
「…やっぱりつまらないですか、私の話」
「い、いや、そうじゃなくて」
「じゃあ、ちゃんと私のほうを見てくださいっ」
あろうことかそっぽを向いて返事する彼氏に彼女は頬を膨らませます。
「朝からラブ値も急上昇なんですからね! 祐一さんと…ら、ラブラブしたいんです!」
「お、大声でそういうこと言うなっ… っていうかラブ値ってなんだ」
「こっち見てくれない人には教えません!」
頬を赤く染めながら彼氏の背中をを見つめます。
「その、そうも言えない事情があってだな」
「こ、恋人の顔も見れない事情なんて丸めてゴミ箱にポイですよ! こっち向いてください!」
それでも渋る彼氏に、彼女はぽつりと。
「寂しいです…よ」
切なげなその呟きに、彼氏もゆっくりと顔を向けようとします。
「先に謝っとく、ごめん、ついうっかりしてたんだ」
「なんだかわかりませんが、大概のことは今日のデートが楽しければ許してあげます。 今日はラブ値も高いですし」
「だから、ラブ値ってなんだ」
「顔を見せてくれたら教えます」
そう言って、微笑んだ彼女の顔も一瞬。
こちらを向いたその瞬間、ほのかに薫るその恐るべき臭いに笑顔が凍りました。
「気づいて、歯、必死に磨いたけど」
弁解に開いた口から激しく伝わるその刺激臭。
暴君で。
ハバネロな。
香りは。
「ブォウキュンファブァヌェルゥォォォ!?」
「何語だっ!?」
泣きながら、冷え切ったベッドに転がります。凍りついた夢を見らんばかりの悲しみです。
よりによって暴●ハバ●ロ。生命全ての敵にして悪夢そのものを食むなんて。
まさか彼氏が激辛ブームなんていう天魔外道の作り出した流行に流される自分の意思を持たぬ若者代表みたいになるなんて。
ぽろぽろと涙をこぼしながら、残しておいたハーゲン●ッツを食みます。
少しづつ、心が落ち着いていきます。
落ち込んだラブ値が少しづつ帰ってくるのがわかります。
糖分には、気持ちを落ち着ける成分があるのでしょう。よく知らないけどきっとそうに違いないと彼女は思います。
食べ終わるころにはすっかりラブ値も回復。いえ、それどころか今までよりもまだ高まっています。
なぜならば、これは神の与えたもうた試練に違いないからです。対抗してラブ値も高まらざるをえません。
この逆境を乗り越えたときこそ、二人のラブ値は最高潮を迎えるに違いないのです。
でも、どうやって乗り越えればいいのか。一番大事なそこが、彼女には思いつきませんでした。
あの負の方向に最強な地獄の辛味をどうやって打ち砕けばいいというのでしょう。
ラブの力が辛味になど負けるはずもないと確信はしています。
しかし、あのあまりに刺激的な匂いから察する辛味、知名度、普及率。
なまじな事象では太刀打ちできない予感があります。
その時、天の啓示か、彼女の脳裏に稲妻のような閃きが。
目には、目を。
歯には、歯を。
灰には、灰を。
塵には、塵を。
食には、食を!
思いついたら止まらない。窓を開け、空に叫びます。
「らぶらぶお弁当大作戦ですっ!」
「と、いうわけで、ラブ値全開のお弁当、食べてくれますよねっ!」
休日、昼下がり、公園。 今週も楽しいデートの日です。
どかんと詰まれた重箱のあまりの重量感に、彼氏は冷や汗を流します。
しかし先週の負い目もあります、平らげる覚悟を決め、重箱を手に取ります。
「まずは前菜ですっ」
そんな彼女の声も、彼氏には遠すぎます。
何故なら、重箱の冷たさに、オチがだいたい読めてしまったからです。
いや、でも、まさか。いくらこの彼女でも、そんな無茶なことはしないだろうと。
一縷の希望を、あまりに儚い希望を胸に重箱の蓋を開きます。そこには。
一面の雪景色。
いやさ、重箱一杯に敷き詰められたバニラアイス。
予想通りです。あまりにも予想通り過ぎて激しく泣けてきました。
少しは捻れよ。泣きそうな顔で彼女を見ます。そこには彼女の悪意無き純粋な笑顔が。
いっそ殺せ。胸中にそんな思いを轟かせながら、覚悟を決め、一掬いのアイスを食みます。
長い長い戦いの道を、その一歩を彼氏が踏み出した瞬間でした。
「では、メインデッシュですっ、ちょっと溶けちゃってるかもしれませんが」
その言葉に、必死に詰め込んだ前菜がリバースしかけます。
まさか、そんな。捻ってるよね、流石に。そう思いながら、彼氏の胸中は黒い不安と白いアイスで埋め尽くされていました。
そして、重箱の冷たさに天を仰ぎます。
神よ、デート前に暴君でハバネロなソイツを食ったのはそんなに罪深きものだったのですか?
深い絶望を、あまりに深遠な絶望を胸に重箱の蓋を開きます。そこには。
同上。
まったくもって同上。
「なぁ、前菜とまったく変わらないように見えるって言うか頼むから少しは捻れ土下座でもなんでもするからっ」
「何言ってるんですか、前菜は爽やかっぽいのでメインは超杯っぽいのですよっ、全然別物ですっ」
三段目も白。真っ白でした。
立ち上がる力すら抜け落ち、その場に崩れ落ちます。
「あー、もう、メインデッシュも食べ終わってないのにデザート開いちゃ駄目ですよ、めっ」
食えるか。そう叫びたいのです。でも、先週の負い目が
「食えるかっ」
いや、でももう無理です。流石に叫びます。
「…アレは食べられても、私のお弁当は食べられないんですか?」
ほんのり滲ませた涙が、彼氏の魂を震わせます。 死の領域の、さらに向こう側へと誘います。
結果、やっぱり食べきれなかった二つ目の重箱と、彼女の膝枕でぐったりする彼氏の姿がありました。
「まぁ、頑張ったのでこれで先週の件の罰は終了にしてあげます」
「罰かよ」
「普通、罰以外の何物でもないですね」
悪戯っぽく微笑んで告げる彼女に怒る気も失せます。怒る余力もないと言ったほうが正しいのですが。
「でも、罰じゃなくても今後も祐一さんには甘いものばかり食べてもらうので覚悟してもらいますよ」
「なんでだよ」
引きつった顔で問う彼氏に。
「だって」
彼女は頬を赤らめながら、微笑んで告げました。
「キスはやっぱり甘いのがいいです」
二人にとってその日一番甘かったのはきっと。
その次の瞬間の、膝枕のままでのキスだったのでしょう。
後日。
休日、昼下がり、公園。 やっぱり楽しいデートの日です。
なのに彼氏の表情は暗く、手にはなにやら紙を携えてます。
ぽつりと、どこまでも暗い声で彼氏が呟きます。
「最近、洒落にならないほど体調悪かったから、病院で健康診断受けたんだ」
「奇遇ですねっ、私もです」
にこにこしながら言う彼女に、彼氏は悲しげな視線を投げかけます。
そして無言で紙を、健康診断書を彼女に手渡します。
ふむふむと診断書を見回し、彼女は一言。
「祐一さんっ、ラブ値いい感じですねっ! 私の勝ちですけどねっ」
「あのさ」
「はい?」
「ラブ値ってさ …やっぱコレのこと?」
「はいっ、昔からこれだけは誰にも負けたことが無いんですっ!」
えっへんとばかりに鼻を擦る彼女に、彼氏はあまりの虚脱感に診断書を取り落とします。
風に吹かれ、舞う診断書。
その中で一際目立つ赤い文字。
真っ赤に印字され、危険を表すその項目は。
血糖値。
「これからも、ずっと二人でラブ値を高めあっていきましょうねっ」
そう言った彼女の笑顔は。
それはもう、体を壊しそうなほど、蕩けるような甘い笑顔でした。
<完>
245 :
◇Z7PNhdRDb2:04/08/23 14:53 ID:oyb4cha3
投稿します。
タイトルは「おべんとう」です。
CLANNADの椋視点です、杏とほんのちょっぴり朋也が入ります。
11スレあります。
宜しくお願いします。
246 :
おべんとう 01/11:04/08/23 14:54 ID:oyb4cha3
お姉ちゃんが、私にお弁当を作ってくれるのは、私の為ではないと思う。
それは、お姉ちゃん自身の為だと思う。
私は、少なくとも今まではそう思っていた。
「椋。どうしたの?」
私は、お姉ちゃんがお弁当を作っている所を眺めていた。
「ううん。なんでもない」
「そう? じゃあ、ちょっと待っててね。もう少しで出来るから」
嬉しそうにお弁当を作るお姉ちゃん。
いつもの光景。だけど、いつもと違うのは私がそれを見ている事。
私はお弁当をお姉ちゃんから貰うのが当たり前だと思っていた。
だから、その意味も価値も考えた事がないし、手伝いたいとも、教わりたいとも思っていなかった。
──だけど。
「……お姉ちゃん」
お姉ちゃんは、私の真剣な声を聞いて、手を止めて私を見てくれた。
「なに? 椋」
私はお姉ちゃんにお願いした。──好きな人の為に。
朋也くんの為に初めてお弁当を作ってみた日。
すてきなお昼休みになる筈だった。
「ぬをおおおおお〜?」
苦悶の表情の朋也くん。
「〜〜〜〜……」
恥ずかしさと申し訳なさで赤面してしまった私。
そして、その朋也くんを呆れるように見るお姉ちゃん。
「ちょっと! あたしのかわいい妹のお弁当を食べておいてソレは何?」
お姉ちゃんは、薄めの英英辞書(それでも致傷級)を右手に持って威嚇する。
「……スマン」
よろしい、とお姉ちゃんは参考書を置き、武装解除をする。
「……椋」
朋也くんは私の方を見る。
「はい……」
「なんつーかさ。ありがと、な」
その言葉は、朋也くんの精一杯の感謝と労りの言葉。
「ごめんなさい……」
「いいのよ。朋也が悪いんだからっ」
お姉ちゃんは私を庇ってくれる。朋也くんはそれ以上何も言わなかった。
最初のお弁当作りは大失敗だった。
「──まったく、失礼しちゃうわよね!」
下校中。今日は二人で帰る事にした。
お姉ちゃんは、自分が言われたように怒り続けていた。
私は、うんそうだね、と呟くように返事した。
「決めたわ。椋」
「なに?」
私の正面には、プライドを傷つけられたお姉ちゃんの顔があった。
「やるわよ」
「えっ?」
──マズイかもしれない。
「料理の特訓よ! 必ず、あのアホを唸らせるお弁当を作れるようにしてあげるから!」
「……」
「何よ?」
──ごめんなさい、お姉ちゃんの特訓って……。
「返事は?」
「ハ、ハイッ」
──成功した試しがありません。
「よーし。打倒、朋也ね! 椋! がんばるわヨ?」
──お手柔らかにお願いします。
私はお姉ちゃんが好き。
お姉ちゃんも私が好き。
私の好きはお姉ちゃん自身への好き。
だけど、お姉ちゃんの好きは、私をお姉ちゃんの一部として見ている好き。
そして、お姉ちゃんは、自分の朋也くんへ想いを、私を通して満たそうとしている。
私にはそれがわかっていた。
だから私は、朋也くんと付き合う事で、お姉ちゃんにその対価を払って貰っている。
──そう、自分に言い聞かせていた。
そうでないとお姉ちゃんの事を許せそうもなかったから。
「んじゃ、用意するわよ〜」
お姉ちゃんは嬉しそうに、途中で買い集めた食材をテーブルに並べ始めた。
知らなかったけど、お姉ちゃんは、近所の商店街では結構な顔馴染みだった。
いつもお弁当を作るのだから当たり前だけど、お店の人もお姉ちゃんを良く知っている。
行く先々でオマケしてくれたり、良いものを選んで売って貰っていた。
「ホラ、椋もいつも食べているのだから、お礼を言いなさい」
お店の人にお礼を言うお姉ちゃんは、ちょっと誇らしげな、お姉ちゃん気取りの笑顔だった。
そんなお姉ちゃんを見て私は、お弁当がお姉ちゃんと私を分ける境界線なんだな、と思った。
だから、お弁当を作るのが怖かったのかもしれない。
──好きな人が出来るまでは。
「いい? 椋」
「──あ、うん」
お姉ちゃんは真面目な顔になっていた。双子の妹が言うのも変だけど、美しい顔だった。
「ちゃんと聞いてね」
「うん」
お姉ちゃんはそのままの表情で続ける。
「お弁当に──まあ料理全部にだけど、一番必要なのものって、なんだと思う?」
「一番必要なもの……」
なんだろう? 頭の中で、お姉ちゃんの尊敬するカツヨ先生を呼び出してみた。
──けたたましく笑う声しか聞こえてこなかった。
「わからないよ、お姉ちゃん」
そう言うと、お姉ちゃんは、ちょっとだけ眉を下げて、残念そうな顔になった。
「椋、わからない?」
お姉ちゃん、私に答えを出させようと、もう一度訊く。
「うん。ごめんなさい」
「わからない?」
「うん……」
「それはね……愛情よ」
──ちょっとカッコイイかも。お姉ちゃんの自己満足の表情(かお)。
──ああ、ユウキ先生の方か。私の醒めた表情。
「なによう。バカにしているわね?」
「ううん。全然」
慌てて言う。言うけど、それが答えなら、──お姉ちゃんはウソツキだ。
お姉ちゃんは、わざとらしい溜め息をつく。
「あのね、冗談ではないのよ」
「うん。ごめんなさい」
「誰かに食べて貰いたい。その気持ちがなければ、お弁当を美味しく作れないわよ」
「うん」
そんな事、わかっているつもり。
「朋也に美味しく食べて貰いたい。朋也に喜んで貰いたい。そういう気持ちが大事なのよ」
わかっている。
「朋也はバカで鈍感だけど、椋がその想いを篭めて作ったお弁当なら気持ちは伝わるわよ」
だけど、お姉ちゃん。
「……お姉ちゃんはどうなの?」
「え?」
私のその言動に、お姉ちゃんは、一瞬だけ凍りついた。
「椋?」
「……それなら、お姉ちゃんは誰に愛情をかけているの?」
「椋……」
私はお姉ちゃんの言う事が鬱陶しくなってしまった。
それを言える資格はお姉ちゃんには無いと感じていたから。
お姉ちゃんは、そんな私を見て、ちょっとだけ驚いていたが、すぐにいつもの笑顔で言った。
「バカね〜」
お姉ちゃんのその態度に、ちょっとだけムッとする。
それは双子ではなく、年下の妹を見るような姿だったから。それは今の私には我慢ならなかった。
「あたしは、椋が好き。愛情を篭めてお弁当を作る相手は椋よ」
「でも……」
「ずっと椋の為に、椋が喜んでくれればいいな、と思って作っているわよ」
「お姉ちゃん……」
「言いたい事は何となくわかるわ。……朋也の事でしょ?」
「──うん」
「そりゃ、あのバカの為に? 作ってあげようかな、とか思う事が全く無い訳では無いわよ!」
──お姉ちゃん、日本語がめちゃくちゃだよ。
「だけど、それと椋への思いは別よ」
──別?
「椋は椋。あたしの付属物でも一部でもない、この世でたった一人の大事でカワイイ妹」
「うん……」
「お弁当作りは、あたしがその妹に姉として出来る唯一の事なのよ」
……。
「姉から妹への愛情。いつもありがとう、ってね」
お姉ちゃん、ズルイよ。
朋也くんが好きなくせに。朋也くんを私に譲ったくせに。
それでも諦められないで、私を使って朋也くんを繋ぎ留めようとするくせに。
私がお願いしたとはいえ、お弁当を使って、朋也くんへの愛を満たそうとしているくせに。
それで、私を愛していると言い切る。──そんな卑怯な愛なんてないよ。
「お姉ちゃん」
「何?」
変わらない笑顔。私より少しだけ早く生まれた人。少しだけ背の高い人。
だけど私より、とても、とても、長い髪で、──美しい人。
「……私が朋也くんを愛しても、お姉ちゃんは本当にそれでいいの?」
「──ええ、いいわ」
「本当に愛してもいいの?」
「ええ、いいわ」
「朋也くんを愛してもいいの?」
「いいわ」
「お姉ちゃん、いいの?」
「ええ」
揺るがない笑顔。それは自分を殺して言っている顔ではなかった。
「だけどね……」
ちょとだけ緩んだ、お姉ちゃんの瞳。
「椋」
「うん……」
「……ちょっとだけでいいから、あたしの事も──愛してくれないかな?」
「お姉ちゃん……」
「朋也の事は好き。くやしいけど好き。だけど椋の事は生まれてからずっと好き。妹として。だからお願い」
哀しそうな顔。
「そういう事をごっちゃにして、私を嫌わないで。お願いよ……」
それは普段、誰にも見せないお姉ちゃんの本音。
そして、私の汚れた想いに痛む、誰よりも繊細で弱いお姉ちゃんの心。
私はわかっていなかった。
私を愛してくれるお姉ちゃんもお姉ちゃん。
朋也くんを愛しているお姉ちゃんもお姉ちゃん。
肉親への愛。
異性への愛。
どんな形であれ、お姉ちゃんは私と朋也くんを愛している。
私はその純粋な想いを自分で曲解して、お姉ちゃんを悪者にしていただけだったのだ。
お姉ちゃんのお弁当は、私の歪んだ想いの形だと思っていただけだったのだ。
──お姉ちゃん。ごめんない。
「……お姉ちゃん」
「何?」
「私……お弁当作り、がんばってみる!」
「椋……」
「朋也くんを愛してあげたいの」
「──がんばって」
私達姉妹は、お弁当で隔たっているのではなく、結ばれているのだ、と思えた。
お姉ちゃんの愛情を理解せずに、当たり前のように食べていたお弁当。
ありがとう。お姉ちゃん。
お姉ちゃんのお弁当に篭めた想い。
大好きな人に愛を伝える為に使わせてください。
「朋也、喜んでくれるといいわね」
「!」
朋也くんのその表情を見て、私とお姉ちゃんは喜んでいた。
決して完璧な訳ではない。
だけど、私達の愛情を篭めたお弁当。
朋也くん。
私達って幸せです。
お弁当という、朋也くんに毎日、愛情を表現出来るものがあるのですから。
時には失敗したり、時にはうまくいったりするお弁当だと思います。
だけど、毎日、毎日、作れるのです。
こんなに幸せな事があるでしょうか?
朋也くん。
今は、私とお姉ちゃんのお弁当かもしれません。技術的にも愛情的にも。
だけど、きっと、お姉ちゃんを頼らなくても良い日が来ると思います。
朋也くん。
そうなっても、藤林椋だけの愛情を、受け取り続けてくれますか?
そして朋也くんは、毎日食べてくれる事で、私を愛してくれますか?
返事は要りません。
でも、でも──。
いつまでも、それを思い続けてお弁当を作れたらいいな、と思います。
お姉ちゃん。
私を愛してくれるお姉ちゃん。
人を愛するという事を、お弁当という、目に見える形で教えてくれたお姉ちゃん。
私、朋也くんを愛していく自信が、持てるようになりました。
ありがとう。
そして、お姉ちゃん。
許してください。
勝手にお姉ちゃんを悪者にして、朋也くんを奪おうとした私を。
ごめんなさい。
本当はお姉ちゃんが作りたかったお弁当。
私への。
朋也くんへの。
でも、
でも、
お姉ちゃんの分まで幸せになりますから、
どうか、
お姉ちゃんの想いと、
お姉ちゃんのお弁当を、
私に託してください。
私、幸せになりますから。
【告知】
締め切りまで残り半日くらいです。
最後の追い込みがんばっていきましょう。
今回のテーマは『料理・食べ物』で、締め切りは 8 月 24 日の午前 8:00 です。
締め切りギリギリまたは少し越えて投稿をしそうな方は、
前もってお伝えください。それについて考慮いたします。
また、締め切りを過ぎても即、投稿期間終了というわけではありません。
締め切り間際で他の方の作品と交錯する恐れや、最悪の場合、アクセス禁止が
かかる可能性があります。焦らず、落ち着いて投稿してください。
今から投下します。
タイトルは『何時の日か』
題材は『痕』
5スレです
「楓お姉ちゃんも、一緒にお料理作ろうよ」
初音に頼まれて、近所のスーパーに寄った帰り路。
私は両手一杯の食材を抱えていた。
「え、料理?」
すっとんきょな声を思わずあげた。
「うん。きっと楽しいよ」
楽しい……か…………。
「ちょっと無理だと思う」
「どうして?」
「あの台所に、私と初音と梓姉さん、3人もいたら狭いでしょ」
「そうかなぁ」
「それに、私がいても梓姉さんの邪魔になるだけだし………」
突然、目の前を木枯らしが吹き抜けた。
初音が驚いて、小さな声を上げる。
枯れ葉が土埃と共に舞い上がり、潮風に乗って遠くへと運ばれていく。
冬の足音が、ひたひたと近づいていた。
「明日の夕飯、わたしと楓お姉ちゃんだけで作ろうよ」
「明日?」
「うん。たまには、梓お姉ちゃんに楽をさせてあげたいし、二人で作れば問題ないでしょ?」
「う、うん。別に、いいけど」
そう、答えつつ、私の頭に不安が過ぎった。
ここ暫く、家庭科の授業以外に、料理をした記憶があまりない。
上手く、出来るかな。
「初音。今日は鶏肉で唐揚げを作るって言っていたわね」
「そうだよ。明日はお魚の料理にしようか」
魚の方が難しいような気がした。
私、綺麗に魚を3枚におろす自信がない。
一体どうなる事になるやら。
オレンジ色に染まりゆく、天高き空を見上げながら、私は溜息を一つついた。
翌日。
私は魚屋で買った食材を手にして、家の門をくぐった。
台所に入ると、ピンクのエプロンをした初音が、お釜にご飯をセットしている所だった。
「ただいま」
「ごめんね楓お姉ちゃん、一緒に買いに行けなくて」
「いいのよ初音、別に気にしなくても」
「どんな、お魚買ってきたの?」
私は買ってきた魚を見せた。
一瞬にして、目を丸くする初音。
何か変だろうか?
私は首を傾げた。
「……楓お姉ちゃん、ブリを一本買ってきたの……」
「大きいほうが三枚におろしやすいと思って」
「楓お姉ちゃん、あそこの魚屋さんは、頼めばどんな魚でも三枚におろしてくれるよ」
「え……」
「それに、最初から骨を取った調理済みのお魚でも良かったんだけど」
廊下から、梓姉さんの押し殺した笑い声が聞こえてきた。
どうやら、ちょうど今帰って来たところらしい。
「わたし、こんなに大きなお魚、おろすのは初めてだよ……」
「大丈夫よ。多分、なんとかなると思う」
まったく根拠の無い言葉を口にしながら、私は六十センチほどのブリを、マナ板の上に載せた。
やっぱり、ちょっと大きかったかな………。
包丁を手に持ち、魚に手を添えた。
梓姉さんに頼む気は、最初からなかった。
「楓お姉ちゃん、まず頭をおとさなきゃ」
私は初音の言葉に頷きつつ、ブリのカマに包丁を入れた。
……………あれ?
「大丈夫?」
初音が不安そうに私を見つめる。
思ったより、固い。
ある程度切れ目を入れ、魚を裏返し、再び反対のエラから包丁を入れる。
「多分、これで…………」
上手く行かない。
力を入れようにも、包丁が欠けてしまいそうで怖かった。
いたずらに時間ばかりが、過ぎ去ってゆく。
「楓。包丁を貸して。あたしが見本を見せてあげる」
廊下からコチラを見ていた梓姉さんが、我慢しきれずツカツカと台所に入ってきた。
私から包丁を受け取ると、手慣れた手つきで刃を魚の中に入れていく。
「ここの辺りのスジを切ればいいのよ」
ものの数秒で、見事にブリの頭を切り落とした。
「後は出来るよね」
そういうと、梓姉さんは包丁を私に手渡し、再び後ろで傍観し始めた。
なんだかまるで、姑に品定めされている新妻の気分だった。
私は梓姉さんに礼を述べると、一呼吸置き、ブリの尾びれに包丁を入れた。
とりあえず、三枚におろす。
そこから先は、思ったほど難しくはなかった。
「楓お姉ちゃん、お刺身と、焼き物と、ブリ大根も作ろうか」
初音がテキパキと他の調理を手際よくすすめる。
「ブリ大根だと、時間かからない?」
「多分、晩ごはんまで時間があるから、大丈夫だと思う」
そういうと初音は、私が取り分けたアラをざるに取り、臭みを取るため先ほどから
沸かしていたお湯に、それをくぐらせた。
「ねえ、楓お姉ちゃん」
「ん?」
「耕一お兄ちゃんがいれば良かったのにね」
少し寂しそうに呟いた。
「そうね………」
私は都会に戻った耕一さんの事を思い浮かべた。
今頃何しているのだろう。
ちゃんとご飯食べているのかな。
逢いたい………。
逢いたいな………。
耕一さんの側に行きたい。
別に、何が出来るわけでもないけど。
でも…、
「イタッ!!」
突然、鋭い痛みが走った。
カラン。
私の持っていた包丁が、まな板の上に転がる。
「楓お姉ちゃん?!」
初音が腕を止め、私のほうに走り寄る。
私は自分の指を見て、思わず固唾を飲んだ。
「血が、出てるよ………」
「だ、大丈夫。ちょっと考え事していただけ」
傷が深いらしく、血がみるみる溢れ出てきた。
「楓、刃物を扱っている時は、料理に集中しないとダメよ」
梓姉さんが、居間の方に駆けだしていった。おそらく救急箱を取りに行ったのだろう。
まな板の上に、ポタポタと私の血痕が垂れていく。
初音が青い顔をしながら、キッチンペーパーで患部を包んだ。
鋭い痛みが、断続的に襲ってくる。
赤く染まっていく紙を見つつ、私は………、
(私が死んだら、耕一さんはあの時のように、泣いてくれるのだろうか)
ふと、そんな事を思った。
愚かな考えだと自覚しつつ…………。
「いただきます」
四姉妹揃っての夕ご飯。
テーブルの上には各種、多様な魚料理が並び、炊きたてのほかほかご飯が、
食欲をそそった。
「あら、美味しいわね。このお刺身」
「千鶴お姉ちゃん、ブリのカマも美味しいよ」
皆、競うように箸を動かす。
どのオカズも、スコブル評判が良い。
もっとも、指を怪我した後、私は見ていただけで、初音と梓姉さんがほとんどの
料理を作りあげた。
「あら、楓。その指どうしたの?」
経緯を知らない千鶴姉さんが、包帯が巻かれた私の指に目を留めた。
「ちょっと、怪我しただけ」
あまり、触れて欲しくなかった。
「あぁ、千鶴姉。包丁で切っただけだよ。料理しててね」
余分な事を言わなくてもいいのに………。
ちょっぴり梓姉さんを恨めしく思った。
「珍しいわね。楓が料理をするなんて」
「でも、上手だったよ千鶴姉。包丁の裁きかたとか。楓の選んできた魚も鮮度が良くて、
物を見る目はあると思うよ」
「そうだよ、わたしあんなに大きなお魚おろせないもん。きっと、やらないだけで、
楓お姉ちゃん、料理の素質あるよ」
思いがけず二人に褒められ、私は恥ずかしくなり、目を伏せた。
「ねぇ楓。年末に耕一が来た時は、楓が料理を作ってあげたら?」
思いがない提案に、箸が止まる。
梓姉さんは本気で言っているのだろうか。それとも単にからかっているだけだろうか。
私は梓姉さんの真意を測りかねた。
「考えとく…………」
当たり障りのない解答しつつ、食後の日本茶をゆっくり啜った。
以上5スレでした
まだ書いている方々、挫けずガンバッテください。
267 :
美談:04/08/24 06:02 ID:HYLTj8hp
投下します。
タイトルは美談。AIRで5レスです。
往人は道を歩く。ひたすら、歩く。何のために?
飯を食うために。
往人は今日で断食三日目に入った。彼は坊さんでは無い。
親は方術士であったが、先祖が高野山でどんぱちやっちゃった以来坊さんとは仲が悪いら。
というより、つても何にもない他人だから、という方が近いからだが、
「俺も葬式にお経読むだけでうん百万もらいたい。」
そんな仏教に対する偏見のかかった呪い文句を言いながら、今日も霧島聖に言われた雑貨の買い付けにでる往人であった。
そして夜になった。
「お姉ちゃん。三国志って面白いねー。今日図書館で借りてきたんだけど、今、劉備って人が近くの村に立ち寄って、ご馳走振る舞われてるとこなんだ。中国の村人って親切だね。」
「なんだか、渋いもの読んでるな・・・どれどれどんなことが書いてあるんだ。・・・凄いな。佳乃」
彼女が読んでいたのは白文であった。当然医大を卒業した頭がいい(?)聖でもさすがにこれは読めない。すさまじい成長をする妹に、聖は尊敬したくなった。
「さすが、我が妹だ。」
「帰ってきたぞー。ほれほれ、医療器具。まさかあんな風に仕入れてるとは・・・」
「お、居候が帰ってきたな。ちゃんと全部あるか確かめよう。たぶんお金はぽっきりその分しか渡してないから、どれか一つくらい無いはずだ。」
「ちゃんと全部買ってきたって、夕飯があるんだから、そんなことはせん。」
我慢ができない男、往人だが、この二日間、何も食っていないのはかなり効いているらしい。あまりの空腹に脳のねじがはずれたのか、善人のような振る舞いをしてしまっていた。
しかし、不幸なことはこの女性に対して、そんな善行をしてしまったことだ。彼女は鬼であった。
「何言ってるんだ?今日も昨日も患者は来てないんだ。佳乃と私が食べるのも困ってるのにお前にやる飯などない。」
「そ、そんなばかな!?」
「いいではないか。ここに居させてやってるんだ。雨ざらしにならないだけありがたく思え。」
「お、おい!佳乃。この変なTシャツ来た極道になんとか言ってくれよ!おれぁ三日も飯食ってねぇんだ。佳乃!?」
佳乃は読書に夢中で全く往人の話を聞いていない。
「んな馬鹿なぁあああああ。こんな酷い話あるか!?こんな家出て行ってやる!」
「勝手にしろ。同情はするがな。」
「同情するなら飯をくれ!」
「嫌」
涙を流した往人はバタンと扉から外へ行き、家無き子になってしまいました。
「くっそう・・・あいつら。」
恨みつらみが彼の周りを覆う貧弱コジキオーラを増長させています。
端から見ると、かなり惨めですが、風体がでかいので周りの人々は皆避けていくばかりでした。
道を歩いていた彼。前からポテトが近寄ってきます。たぶん霧島診療所に帰る途上なのでしょう。しかし、ポテトはビクッと震えると、反対車線の道に移動し始めました。
そう、往人の貧弱コジキオーラに動物であるポテトですら、避けてったのです。
往人さんは切れました。
「てめぇ」
往人は地を蹴り、ものすごいスピードでポテトに向かっていきました。
ポテトの頭を片手で掴みます。空中でじたばた動くポテトに彼はこう言いました。
「ポシンタン。じゅる」
ポシンタン。朝鮮半島の料理で、トウガラシベースの辛いスープに、サツマイモの茎、エゴマの葉っぱや実が、入っている鍋のことである。
ポシンタン以外の呼び名として、サチョルタン、ヨヤンタン、モンモンタンなどの呼び名がある。
主に犬肉を使用する食材としても有名。
ちなみに韓国では飼い犬も、正月に食べる習慣があるそうです。
「うまー。」
1時間後、浜辺に美味しそうな鍋をつつく往人さんがいました。
彼はゴミ捨て場に捨ててあった鍋を拾ってきて、縄文人のごとく、木で火をおこしました。後はちょっと放送禁止な映像なので割愛。
とにもかくにも、往人さんは一日を生きながらえました。
「生きてるってスバラシイ。」
そして、お腹が一杯になった往人さんは、浜辺でぐっすりと眠ってしまいました。
朝、往人さんは頭垂れていました。
「やっちまった・・・やばい、絶対人を治すよりばらすのが得意なブラックジャックに殺される。」
霧島聖のことです。
こんな小さな町、浜辺でこんなことをしていたら、すぐにばれてしまいます。
現に、昨日の晩に何人かの子供に、ポテトをピーしているところを見られてしまいました。
その子供はインターネットでグロ画像を見られているおかげで、あまり騒ぎませんず、往人はビバIT革命などと思っていましたが、冷静に考えると、うわさ話として広がるのは確実。やつに知られるのは時間の問題でした。
「逃げるか?しかし、バスに乗る金なんてない。やばいって・・・」
進退窮まったことを悟った往人さんは、霧島診療所に行って謝ることにしました。
もし、ここで逃げれば、確実に殺されます。ただ、少しでも罪を軽くする、そんな邪心が彼に良心をする気を起こさせました。
それに、彼の頭には佳乃の顔がちらほらでてきました。いくらあの非道な姉が原因であったとはいえ、佳乃のペットをピーしたことには代わりありません。せめて、謝って、その罪を償おうと彼は思ったのです。
「よし、俺はいくぞ。」
その時、声が響きました。
「往人さぁん!どこにいるのー!?」
佳乃です。
「な、佳乃!?なんでここにいるんだ!?」
「外、暑いでしょ?うちならクーラーはなくても扇風機があるから。だからさ。早く帰ろ?」
そんな無垢な彼女がいました。
往人さんは浜辺にあった鍋のことは決して言えず、彼女の家へと一緒に帰って行きました。
「これは・・・鍋。」
彼が彼女の家に着いた時、すごい大きな鍋がありました。
「えへへ、往人さん。お腹空いたんでしょ?私が腕によりをかけて作ったんだから。おいしいって言わないとパンチしちゃうぞ。これは毎日の感謝の印」
本当に無垢な言葉。往人さんは、胸のずっと奥が痛くなりました。
なんで、俺は食っちまったんだろう。
3日の断食なんてよくあったことじゃないか。なのに、あんな人のペットを食うなんて、酷いことをやっちまうなんて、それを知らない彼女は俺に笑いかけてくれる。
気が付くと往人は、胸に隠していた真実を、苦しい現実を彼女に伝えていました。
しかし、彼女は少し悲しそうにしましたが、すぐに往人さんに笑いかけてくれました。
「しょうがないよ。往人さんは死ぬほどお腹が空いてたんでしょ?
ポテトとの思い出はいっぱい。本当にいっぱいあった。だけど、往人さんが飢え死にしちゃったら、やだよ。
どっちを選ぶとか私にはできなかったし、往人さんが生きてくれただけでいいと思う。それに私たちは、豚さんとか鶏さんとか、よく知らない生き物を食べちゃう。
よく知っている生き物だけ食べないなんて、やっぱり人間の歪み。エゴだよ。生き物として生まれたからには食べる権利があると思う。」
最初笑っていた佳乃。だんだんと顔がくしゃくしゃに、最後には涙を流していました。
「ごめん。本当にごめんな。」
往人さんはただ、ただ、佳乃を抱きしめてあげるしかありませんでした。
ぐー
ぐー
「あ。お腹が鳴っている音がする。」
「ああ、食おう。鶏さんや豚さんに感謝して、」
「・・・?」
往人さんと佳乃は仲良く大きな鍋を平らげましたとさ。
273 :
美談:04/08/24 06:21 ID:HYLTj8hp
延長希望の方はいらっしゃいますか〜
ギリギリだー。投稿します。
タイトルは『料理対決・極』。
予定レス数はちょっと数える暇が無くて失礼します。
某月某日、快晴吉日。
夕凪町スポーツ・アリーナを貸し切り、ある壮大な催し物が開かれることになった。
広々としたスタジアムの客席は、今日という日を待ちに待った招待客で満員御礼。
ざわめきが蒼天に響く中、一人の老人がスタジアムの中央に進み出る。それに気づいた客が、次々に沈黙する。
そんな沈黙の中、六十をとうに超えているはずの年齢を感じさせない迫力で、その人物は声を張り上げた。
「諸君! 美味いものが食べたいか!?」
完備されているはずの音響設備を一切使わず、広大なフィールドの隅々まで声が響き渡らせる。
その声の見えない圧力に、一瞬ぐ、と言葉に詰まる観客たちだったが、言葉の内容が理解できた瞬間に一斉に吼えた。
『おおおおおおおおおおおおおおっ!!』
「私も! 私もだ諸君! そして、特に強い想いの詰まった料理は……格別だ!」
熱狂の歓声の中でも、掻き消されることなく老人の声がすべての観客の耳に届く。
その老人――今回のイベントの主催者たる篁総帥の言葉に、スタジアムが揺れに揺れる。咆吼に、足踏みに、魂に。
『頂上料理人決定戦』と銘打たれたこの大会は、篁財閥主催の権威ある料理大会である。
全国各地、いや世界各地で繰り広げられた予選を勝ち抜いた超一流の料理人達が、惜しみなく腕を振るい料理を作る。
それを観客が食べ、最終的な勝者を決定する形式になっている。観客はまさに垂涎の的を射止めた幸運な者たちなのだ。
「では紹介しよう! 今回君たちの舌と胃袋を満足させてくれるだろう、超一流の料理人たちを!」
そう言って篁が指を鳴らすと、メイン・モニターに光が入り、大勢の出場者が映し出された。
BGMの演奏が始まり、新進気鋭の女性MC、DJナガオカこと長岡志保のノリにノった声が、スピーカーから流れ出す。
「この世で一番美味いものは何か! 洋の東西、和洋中! 懐石、フレンチ、満漢全席! あるいはあるいはエスニック!
いやいや各種ファーストフード! そうでなくても定番の、カレー、ラーメン、ハンバーグ! なんでもいいから美味いもの!
集めて集めて競わせて、ここに残った超一流の料理人! 食事は抜いてきたか! ベルトは緩めたか! 期待に胃を膨らませて――」
「――選手入場!」
「鬼殺しは生きていた! 更なる研鑽を積み、殺人料理が甦った!
柏木家長女! 柏木千鶴だァー!」
モニターに彼女の姿が映った瞬間、観客席から我先にと逃亡を試みる人々の阿鼻叫喚の騒ぎが巻き起こった。
「退けーっ! 俺は帰る! 後生だから帰らせてくれッ!」
「嫌ァァァッ! キノコは嫌ァァァッ!」
「ええぇぇぇぇいぃぃっ! 往生際が悪いぞぉぉ、貴様らぁぁぁぁっ!」
単なる料理大会の警備にしては、銃刀法をぶっちぎった物々し過ぎる装備が、出入口に立ち塞がる。
妙に語尾を延ばす白衣の変人の一喝と、パニックを起こした観客に向けられた刃先と銃口が、強引に事態を沈静へと向かわせた。
渋々と、肩をがっくりと落として席に戻る招待客たち。
一方で、アナウンス席の志保は志保で、片手を硬質化させた当の千鶴に詰め寄られていた。
「長岡さん、殺人料理ってどういう意味かしら?」
「あまりの美味しさに、昇天してしまいそうになるってことです」
「ならよし♪」
「……どういうことだ! 予選を勝ち抜いたのはあの女ではなく、柏木梓ではなかったのか!」
そして、いつの間にか舞台裏に姿を消した篁も、腹心の部下である醍醐にことの次第を問い質していた。
いつもの制服に身を包んだ醍醐は、雇い主の剣幕に冷や汗を流しながら答えを返す。
「そ、それがその……柏木梓が急病で倒れたとかで、その代わりに出るんだ、と強引に押し通しまして……」
「く……まあよい。多少予定に狂いがあったところで、この程度であれば最終的な結果は変わるまい」
そして、次々と選手たちがアナウンスと共に入場、モニターにその姿が映されてゆく。
「アルバイトで屋台料理は既に我々が完成している!
炎の悪魔、イビルだァー!」
「何でもいいから作りまくってやる!
霧島診療所代表 霧島佳乃だァッ!」
「素材の仕留め合いなら我々の経験がものを言う!
異世界の勇者・光の神の子、ティリア・フレイ!」
「真の節約料理を知らしめたい!
台所のヌシ、雛山理緒だァ!」
「手抜き料理なら絶対に敗けん!
料理をするのも面倒くさい! 我慢してよね……河島はるかだ!」
「エスペランサから炎の合成屋が登場だ!
鍛冶職人、マーカー!」
「冥土の土産にアイスクリームとはよくいったもの!
バニラエッセンスが今、電子レンジでバクハツする!
氷菓子愛好家、美坂栞だー!」
「俺たちは屋台最高ではない! 料理で最高なのだ!
ご存じ食い逃げ被害者、鯛焼き屋の親父!」
「甘ァァァァァいッ! 説明不要!
糖分240%! 甘さ310%! 里村茜だ!」
「料理は修羅場で食えてナンボのモン!」
超実戦料理! 本格旅館から猪名川由宇の登場だ!」
「料理は私のもの、邪魔するやつには目もくれず、思い切り食うだけ!
早食い&大食い王者、川名みさき!」
「強化兵五十年の料理が今、ベールを脱ぐ!
深海から岩切花枝だ!」
「お客の前でならオレはいつでも料理人だ!
燃える店主、江藤泰久! 娘を差し置いて登場だ!」
「執事の仕事はどうした! 戦後の炎未だに消えず!
すべてはお嬢様の思いのまま! 長瀬源四郎!」
「特に理由はないッ! フランス料理が美味いのはあたりまえ!
高級フレンチ、シェ・オガワ! 小川さんが来てくれたー!」
「己の舌で磨いた実戦料理!
味音痴のデンジャラス・タヌキ、伏見ゆかりだ!」
「家庭料理だったらこの人を外せない!
超A級主婦、水瀬秋子だ!」
「超一流芸人の超一流の料理だ!
生で囓ってオドロキやがれッ! 現代の旅芸人! 国崎往人!」
「薬膳料理はこの女が完成させた!
親の職場から持ち込んだ切り札! 月島瑠璃子!」
――頭を抱えていた。
こんなハズではない、それがその場にいた人間の、半ば以上統一された想いだった。
美味しいものを腹一杯食べられるはずじゃなかったのか。
自分たちは、高倍率を切り抜けてこの場に座っている、幸運の持ち主じゃなかったのか。
柏木梓が、神岸あかりが、高瀬瑞希が、江藤結花が、倉田佐祐理が、あるいはその他の料理自慢が。
腕を振るい、味を競う、その場に居合わせてご相伴に預かるという至福はどこへ行ったのか。
――頭を抱えていた。
「醍醐」
「は、はっ!?」
「……これは一体、どういうことか説明してもらおうか」
地の底から絞り出すような篁の声に呼応するように、ごごごごと大地が鳴動する。
拭けども拭けどもあふれ出す汗を垂れ流しつつ、醍醐はそれでも己の職務に忠実に従って報告する。
「ほ、ほとんどが本来の出場者の代理、あるいはリザーバーとして用意された者たちです。
本来の出場者はいずれも、事故や急病で出場ができなくなったと……」
「料理人ならキッチンで死ね! 愚か者共が!」
正式な出場者も確かに僅かながら残っている。残っているが、予定していたレベルにはほど遠い。
奥歯を割れそうなほどに噛み締めると、篁は目の前のモニターを睨みつける。
20人の出場者がずらりと並んだその様子に、篁は己の計画が、既に修復不可能なまでに狂ったことを確認する。
『美味い、心のこもった料理で増幅された幸福感、その心の力を平らげたあと、観客を絶望に落とし込んで負の心の力も得る』
その計画は既に潰えた。が、不幸中の幸いで、前半部分こそ消失したものの、既に後半部分は達成されつつある。
「ならばもう一つ――別の類の心の力を生み出してもらうしかあるまいよ」
呟いて、近くのマイクのスイッチをオンにする。
「それでは、決勝における勝負の方法を発表する――」
本来であれば、観客を相手に料理を振る舞い、その投票によって勝負を決する形式であったはずだ。
少なくとも、本来の出場者にはそう伝えられていた。だから、次の瞬間に告げられた言葉は、完全に予定外の決定であった。
「闘え! ただし……料理で闘うのだ! 最後まで立ち、生き残っていた一名を勝者とする! ――試合、開始!」
完全に油断しきっていた唯一の『本来の出場者』、高級フランス料理店『シェ・オガワ』のオーナー兼シェフ、小川氏は――。
次の瞬間、口の中に放り込まれたヤキソバのあまりの不味さに、一瞬で気を失った。
【残り19人】
「やったねぇ、あまりの美味しさに一撃KOだよぉ!」
黄色いバンダナを巻き付けた右腕をぶんぶんと振り回し、左手に山盛りのヤキソバを抱え、佳乃は跳び上がって喜んだ。
足下に倒れているのは、真っ白くていかにも『コックさん』という雰囲気だった男の人。
自分の料理は、こんな人にまで感動を撒き散らすのだ、と傍迷惑な勘違いをしたまま、佳乃は次の目標を求めた。
だが、次の瞬間。
「いただきます」
そんな声と、ぺろりという効果音と共に、左手に持っていたはずの山盛りのヤキソバが消失した。
重みの喪失感、そして自分の自信作であるヤキソバを一口に呑み込んで、平然としている目の前の女の人は一体――。
一瞬の混乱は、致命的な隙となった。口の中に、目の前の女性が持っていた弁当箱の中身が突き込まれる。
「ごちそうさまでした。あ、これ、お返しです。あと、ヤキソバはもっと苦いほうが好みです」
舌に届いた鮮烈な感触――激辛と激甘を合わせて煮詰めたような――に、佳乃の意識は闇に沈んだ。
【残り18人】
「なんやねん! なんやっちゅーねん! 瑞希っちゃんの代理っちゅーから来てみたら、これはあっ!」
周囲で次々と、前代未聞の料理バトルが勃発していた。見るからに危険な匂いのする料理が、あちこちで飛び交っている。
由宇は必死で逃げ回りながら、己の手にある紙製の舟をちらりと確認した。
16個入りのたこ焼きは、決して彼女――由宇の自信作ではない。いや、むしろ人に食わせては拙い類のものではないだろうか。
そもそも、旅館の次期女将といっても、旅館の料理を作るのは板前であって、彼女には関係はないのだ――。
「!」
「!」
背中と背中がぶつかり合う。ラーメンセットを後生大事に抱えた男が、油断なく由宇を睨みつけている。
「――お前も、このラーメンセットを食うつもりか!」
「いいや、ウチはやばそうな料理を食わせようとするのから逃げとるだけや」
その男、国崎往人は、由宇の持つたこ焼きに視線を移すと、よし、と一つ頷いた。
「ならばひとまず協力しないか。そのたこ焼きを食わせてくれれば、俺がお前を守ってやろう」
「それは構わんけど……このたこ焼き、作ったウチが言うのもアレやけど、やばいかもしれんで?」
「問題ない。俺の空腹は多少の不出来は凌駕する」
言うが早いか、楊枝を舞わせ、生地に突き立てて口の中に放り込む往人。もむもむと咀嚼し、ごくりと呑み込む。驚く由宇。
「……うむ、美味い。それでは、一人撃退するごとにそのたこ焼きを一つ頂く。いいな?」
しかし、その言葉に返事はなかった。
目の前の男があまりに美味そうにたこ焼きを食ってしまったため、由宇は、思わず自分のたこ焼きを口にしてしまったのだ。
その味は、由宇が己で危惧したように、かなりやばい代物だったのである。彼女はその場に倒れ伏していた。
【残り17人】
一つ、また一つと料理が消し炭に変えられて行く。
あるいは反則ではないのかと思えるその行動は、それでも一応ルールには抵触していない。
「ぜんっぜん、火力が足りねえよッ!」
時々、料理を持った選手ごと焼き尽くしているが、それがあくまで料理の一環であれば反則ではない。
そんな手段で鯛焼き屋の親父を屋台ごとリタイヤさせた彼女、イビルは、手に持った焼きトウモロコシで目前の敵と切り結ぶ。
「キサマの炎、これ以上出させはしないっ!」
「ち……面倒くせえなッ!」
目の前でサンマを二刀流で持つ女、岩切花枝の妨害で、イビルは思うように炎を出せずにいた。
丁々発止を繰り返し、進路を妨害した男の持つカレー鍋を蹴り飛ばす。なんとか持ちこたえたようだが、その隙を突いて、
また別の女が一瞬にしてカレーを平らげてしまっていた。料理が無くなった以上、戦いを続けるには新しいものを作るしかないが――。
さらに次の瞬間には、ものすごい速度でリゾットを口に放り込まれて卒倒したその男、マーカーのことなどすぐに意識から外す。
今は、眼前の敵を排除せねば。
魚肉を砕き、焦げ目が裂けるその戦いは、場所を移しながらも続いていく。
【残り15人】
――何が、起こったの?
その料理を口にしたのは、決して過信からではない。安全だ、と己の勘がはっきりと告げたからだ。
勘? いや、違う。そんな曖昧なものではなく、安全であるという確信が、頭の中に焼き込まれたような――。
不覚だった。動かない体、遠ざかる意識。そんなティリアの目の前で、また一人参加者が倒れるのが見えた。
川名みさき。他人の料理を食べ尽くすことで無力化していたようだが、ここで堕ちた。
「くすくす……みんな、私のお料理を食べてくれるよ。体によく効く、いいお料理」
月島瑠璃子。実家が病院の院長、という彼女の特製薬膳料理――というよりは薬漬け料理。
それを食べたものは、強制的に行動不能へと追いやられる。
さらに一人。雛山理緒が食べて倒れた。ここまで来れば、料理が危険なことぐらい判るはずなのに。
――そうか、電波――。
ティリアの脳裏に浮かんだ、絶対安全、という確証のない確信。それを以てすれば、他人に料理を食べさせるなどまさに朝飯前――。
「次のお客さん、いらっしゃ――あれ?」
がつん、と衝撃音がした。ゆっくりと崩れ落ちる瑠璃子の体。
その後頭部には、一匹のサンマが突き刺さっていた。
流れ弾だろうか。なんにしても不覚なことだ、自分も、彼女も。
そんなことを考えながら、ティリアの意識も断ち切れた。
【残り11人】
「料理を粗末にするでなぁぁぁぁぁぁいッ!」
一喝、激拳。吹き飛ばされるイビルと岩切。が、共に腕には覚えがある身、すぐに体勢を整える。
苦無の如くサンマを飛ばし、ヌンチャクの如く焼きトウモロコシを振るっていた彼女たちの前に、一人の男が立ちはだかった。
筋骨隆々としたその肉体をタキシードに包み、メガネを掛けた顔は、気迫も迫力も満点だ。
手にはかんぴょうが巻かれており、その拳によって殴りつけられたのだと知れた。
強敵だ。一瞬で理解したイビルと岩切は、互いに目を交わすと、警戒こそ解かないものの、揃って男に向き直った。
大男――セバスチャンの顔が、不敵に歪んだ。イビルと岩切の顔も、同じように歪む。
「行くぜェ!」
「行くぞッ!」
「行くぞォ!」
三者が同時に飛びかかり――。
次の瞬間、その場に立っていた者は誰一人としていなかった。
【残り8人】
ちりんちりーん。
やる気のない自転車のベルが、会場をあちこちを駆け巡る。
「人、減ってきたねえ」
「そうですね」
「どうする? そろそろやる?」
「めんどくさいから嫌です」
「そだね。もう少し逃げてようか」
「はい」
河島はるかが持ち込んだ自転車。後ろには里村茜の姿がある。
普通に美味しいサンドイッチと、規格外に甘いワッフルを手に提げながら――。
オレンジ色のジャムで沈黙した、江藤泰久というバンダナの男性が卒倒するのを尻目に、二人揃って逃げていく。
闘うのは、めんどくさいから一回か二回でいいや。
意見が一致した二人の、やる気のない逃走劇はもう少し続く。
【残り7人】
「アイスクリームは飲み物ですよ?」
「う……嘘です! そんなこと、信じられません!」
栞が後生大事に抱えていた、バケツサイズのバニラアイス。
その中身が、一瞬のうちに目の前の女の胃に消え去ったことがどうしても信じられず、栞は青ざめて後ずさった。
そんな栞ににじり寄るゆかり。
「ごちそうさまでした。それでは、アイスのお返しに私のお弁当を――」
「し……信じませんッ! アイスが……アイスが飲み物なんて!」
一目散に逃げ出す栞。目標は、本来の料理勝負のために用意された食材のコーナー。アイスクリームの在庫場。
「そうだな、アイスは飲み物じゃない。アイスは立派な主食の一つだ」
「ひっ!?」
地面に散らばったアイス容器の残骸。ラーメン用のレンゲで掻き出されたものだろうか。
目の前に立ちはだかった男、国崎往人が空になった最後のアイス容器を投げ捨てた。
「ち、違います……アイスは……アイスはおやつなんです……おやつ……」
そう言って栞は意識を失った。その場に残る影、二つ。
「こんにちは。そのラーメンセット、いただきます。お返しに私のお弁当を差し上げます」
「命に替えてもこれだけは渡せん。そして俺の勘は、その弁当が危険だと囁いている」
二人の間を、風が吹いた。
【残り6人】
絶体絶命。それはまさにそんな状況だった。
「ありゃー。これはちょっとまずいかな」
「脱出不能、ですね」
足下には、原形をとどめないほど歪んで壊れた自転車の残骸。
目の前には、リゾットを手ににじり寄る柏木千鶴。
背後には、背中合わせの里村茜。そして彼女の目の前に、オレンジ色のジャムを手にした水瀬秋子。
「前門のジャム、後門のリゾット、ですか」
「私から見ると逆かなあ」
そうしている間にも、彼我の距離はじわじわと縮まってゆく。
逃げ場所もなく、一歩たりと動けないはるかと茜。そしてまた一歩、一歩。
「あなたを――倒します」
「甘くないジャムですよ?」
ほぼ同時に、ほぼ同じ体格の二人が、まっすぐ、目の前の相手に得物の料理を突きだした。
それは、狙い違わず口の中に吸い込まれる。……崩れ落ちる二人。
千鶴のリゾットは秋子の口に、秋子のジャムは千鶴の口に突き込まれていた。
「……理由は簡単」
「腰が抜けただけです……」
【残り4人】
往人は、苦しんでいた。
何を苦しんでいたかって、一人でアイスを大量に平らげたら普通お腹を壊すに決まっている。
が、その常識が通じない相手の一人が目の前にいる。今は往人が持っていたラーメンセットをパクついているが。
「ぐ……」
「ごちそうさま」
ゆかりが、伸びきったラーメンと、冷めたライスをきれいに平らげた。
あとは『お返し』と称した危険物が、己の口に突き込まれるのを待つだけか――。
いいや。まだだ。虎の子のラーメンセットは失ったが、まだ往人には切り札が残っていた。
ポケットに忍ばせた、どろり濃厚ピーチ味。
目の前の女は、なんだかんだで大量に食べている。佳乃のヤキソバを食べたのも見た。
いくら無尽蔵に見えても、限界はあるはず。このどろりで、その限界を突破させることができれば――!
「……食後の一杯だ。飲め」
「あ、わざわざありがとうございます」
ぢゅうううう、と半固形物を吸い込む音が聞こえる。どうだ。限界か、限界なら俺の勝ちだ。そうでなければ――。
ううう……。と、音が途切れた。飲み終わったのか、それとも限界か。どっちだ!?
「ごちそうさまでした!」
笑顔でそう言うゆかり。賭に負けたか、と覚悟を決めた往人のまえで、その体がゆっくりと傾ぎ、ぱたりと倒れた。
――限界が来たのだ。
「はは……ははは、やった、俺は……勝ったぞ!」
「お疲れ様です。ワッフルどうぞ」
――あまりの甘さに、往人の意識は一瞬で灼き切れた。
【残り2人】
「さて……決着をつけましょうか」
最後に残ったはるかと茜。
往人にトドメを刺した茜が振り返ると、そこには既に誰も立ってはいなかった。
茜が怪訝に思うと、メモが落ちているのに気づいた。
メモにはこう書かれていた。
『お腹が空いたので、自分で自分のサンドイッチを食べた。
お腹が一杯になったら眠くなったので、昼寝することにする。起こさないでね』
こうしてここに、世にも馬鹿馬鹿しい料理対決は決着を迎えたのである。
【残り1人】
「決ッ着ゥ〜ッ! いずれも強豪二十名! その頂点に立ったのは、甘味の女王、里村茜でしたぁッ!」
志保の声が響くと、いつ自分たちの身に同じことが降りかかるかハラハラしていた観客の、歓声が響き渡った。
ありがとう! ありがとう里村茜! おめでとう! おめでとう自分たち!
生命の尊さを謳う、そのシュプレヒコールは、いつまでも、いつまでも続くのであった。
そして、すべての黒幕たる篁はというと、シュプレヒコールの声が聞こえる中、呆れた表情を隠しもせずにいた。
集めるはずだった心の力、闘争心や絶望の心など、既にどこかに消え去ってしまっている。
「醍醐」
「……はい」
「今回の計画はすべて白紙に戻す」
「……御意」
こうして、悪の篁総帥の計画は未然に防がれ、二度とこのような料理大会が開催されることはなかったという。
ありがとう里村茜! ありがとう河島はるか!
僕たちは、君たちの活躍をきっと忘れないだろう!
引き続き、延長希望の方はいらっしゃいますでしょうか〜
いらっしゃらないようなので、終了宣言〜
メンテ
今回は人少ないね…
みんなオリンピック見てるのか?
コミケもあったしね。
テーマ自体はわりと書きやすそうではあるよな?
それとも書きやすいが故に、既にSSやアンソロで食べ物ネタをやり尽くされているのか……?
なに思い付いても大抵既出なのかもね
ほしゅ
書きやすかった…と思う。
五輪見てて間に合わなかった。
どうでもいいがクラナドssスレ復活してるな
・・・荒れてるが
感想マダー(AA略
HOSYU
【告知】
現在、葉鍵的 SS コンペスレは投稿期間を終え、感想期間に入っています。
今回投稿された作品の一覧は
>>296 となっています。また、
http://sscompe.at.infoseek.co.jp/ss/28/index.html からでも投稿された作品を見ることができます。
感想期間は 9 月 3 日の午前 8:00 までとなっていますので、
まだの方はお早めにお願いいたします。
*次回のテーマは『家族』で、開催は 9 月上旬になる予定です。
*早くに書き始めてもらっても構いませんが、投稿は次回の募集開始までお待ちください。
うーん、結局1個しか書けなかったですよ。
いちおう投下しておくけど、最優秀とかは無しの方向で。
「何時の日か」
真面目に料理をやっているのが至極好印象。
他ではあまり見られない種類のSSというか、今回のテーマならではというところですね。
姉妹のやりとりがほのぼのしていていい感じで書けてると思います。
柏木姉妹は皆、善い人ですなあ…
ラストの「考えとく……」という台詞に、作者さんの楓像を見た気がします。
ところでこの作者さん、
ものすごーくベテランな印象を受けますが、どうでしょうか?
どこでそう思ったかというと、もろもろの省略具合。
痕SSが好きな人ならこのくらい当たり前でしょ、と言わんばかりの。
例えば、
>「いただきます」
> 四姉妹揃っての夕ご飯。
こういう描写とか、たった2行なのに上手く情景が想像できる。
よほど原作を掴んでいないことには書けない文章かと思います。
もちろんこの書き方には功罪の両方があって、上の例では原作をやっていない人には十分伝わらないだろうし、他にも、
>私は都会に戻った耕一さんの事を思い浮かべた。
>今頃何しているのだろう。
>ちゃんとご飯食べているのかな。
>逢いたい………。
この辺りの描写を含め、このSSでも楓の心情は、読者の側で相当に補完してやらないと追い切れないものになっている気がします。
私は楓SSは良く読んでいるので問題ないんだけど、一般的にはどうかと。
で、他のSSだけど。
まずクラナドはやってないんで申し訳ないけれどパス。
その他の壊れギャグ系には、書くべき言葉が見つからなかったです。
私自身がそーゆーのあんまり好きじゃないこともあって、まぁ面白くないわけではなくはなかったという気もしないようだけど、感想文として纏められなかった。
まぁ早い話が、他の感想人さんは何処〜??(゚Д゚≡゚Д゚)??
さすがにあんまりなので感想。
>>237-243 sweet lemonade
テンポよく読めた。三段アイスは予想できたが笑える。
6レス目の終わり方が良く、地の文の丁寧語とも合っていたので、ここで終わった方が良かったかも。
7レス目はちょっとシャレにならん。
>>246-256 おべんとう(椋)
前半は椋の理屈が理解できんつうか、弁当作ってもらっておいてその思考かよ、とオモタ。
その分、杏がいい子で泣けるなー。8レス目の台詞には胸を突かれたよ。
で、「愛してあげる」とか言ってる椋はやっぱり引っかかるものが…。
>>261-265 何時の日か(楓)
料理ネタというとたいてい他の3人なので、楓の料理というのは新鮮だった。
料理シーンがきちんと書かれ、かつ話から浮いてないのがグー。
オチがもう一ひねりほしい。え、終わり?という感じ。
>>268-272 美談(佳乃・聖)
犬食か!<`∀´>
往人の切迫感は伝わってきたので、食ったこと自体に抵抗はないけど、さすがに美談にしちゃうのはちょっと…。
佳乃りんはいいキャラに描けてた。
誤字が多い。
>>276-292 料理対決・極(色々)
半分くらい知らないキャラなので、あまり正当な評価はできんが。
アイデアは面白いし、バトルにも工夫が見られた。たださすがに長すぎてダレた。
バキネタもちょっと見飽きたかなー。
>犬食か!<`∀´>
突っ込みどころはそこよりむしろ……。
ざっとではありますが、感想を書かせて戴きます。
○sweet lemonade
栞ってこういう性格でしたっけ?(^^;
……っというのが、読んだときに受けた第一印象。
誤字脱字を注意しましょう。
> 頬を赤く染めながら彼氏の背中をを見つめます。
全体的に文章が読みづらいです。
もう少し、句読点増やした方が良いと思います。
特に下記の文章とか。
> まさか彼氏が激辛ブームなんていう天魔外道の作り出した流行に
流される自分の意思を持たぬ若者代表みたいになるなんて。
作者が栞の行動を逐一解説するという書き方になっていますが、
この方法の場合、もう少しキャラの動きなどを増やさないと、
読んでいて非常に諄(くど)い印象を受けます。
ネタ的にも、もう少し話を短くした方が面白いと思います。
○おべんとう
私はクラナドをプレイしていません。
よって、二次創作としてではなく、創作小説として読んだことを
最初にお断りいたします。
文章的には、書き慣れた印象を受けるのですが………ちょっと心情を
語る部分が多いかも。
1人称で小説を書く時に、私自身、たまにやってしまう失敗ですが、
キャラクターの心情をそのまま書きすぎると『だからどうしたの?』
という印象を読者に与えてしまいます。
手品を見ている横で、手品のタネを耳元で囁かれているような感じ
といえば良いでしょうか?
例えば、『私はAさんのことがとても嫌いだった』と書くより
『Aさん後ろ姿を知らず知らずに睨みつけていた』とか『Aさんの言葉に、
私はただ沈黙したままだった』など、行動でキャラクターの心情を伝えた方が、
読む側にとって想像がいろいろと膨らみます。
キャラクターの心情を書くときは、なるべく短く、印象深い単語を
選んだ方が良いと思います。
まあ、この辺りは、人によって好きずきがあるので、一概には言えませんが。
○何時の日か
全体的にそつなく仕上がっていると思う。
ただ、欠点をあえて言うとすれば、他の感想人も書いているように、
『痕』をプレイしていないと、このSSは楽しめないかも。
まぁ、最初から二次小説として応募されたものなので、問題ないとも言えますが。
○美談
まずは軽いツッコミを。
『仲が悪いら』ってどういう意味ですか(笑)
読み始めて数行で誤字が見つかるというのは…………読み直す時間すら無かったのでしょうか?
基本的に『〜ね。」』という書き方は一般的ではありません。
『。』を取って『〜ね」』と書いた方が良いと思います。
話の内容に関しては、ノーコメントとさせて戴きます。
個人的には「うまー。」 は「うまー(゚д゚)」 の方が嬉しかったかな(爆)
○料理対決・極
久しぶりにコメントに困るSSを見たと言いましょうか………。
お約束ネタを羅列する場合でも、起承転結や、最後のオチを上手くまとめないと
読んでいてかなり辛いです。
もう少し、キャラクターの人数を絞って、短めにした方が良いかなぁ。
>「前門のジャム、後門のリゾット、ですか」
この部分は笑わせて戴きました。
以上です。
ちょっと辛口の感想になってしまいました。
次会のコンペも皆様ガンバッテください。期待しています。
ほしゅ
sweet lemonade
読みやすく、面白いんだけど、栞が何か違うものになってます。
時々ほのかに栞らしい発言をして、いい雰囲気になりそうだったんですが、
前後の彼女があまりにもうるさすぎて・・・キャラをもう少し踏襲してください。
ギャクとかは、ラブ値→血糖値 の一連の流れは随分感嘆しました。
いや、ギャグ物って話のつながりが無茶苦茶になりやすいので、
きちんとオチにもっていくのは中々手練れだなっと。
おべんとう
椋が主人公なんだけど、なんてか、非常に性格が黒い。
>>「なによう。バカにしているわね?」
>>「ううん。全然」
>> 慌てて言う。言うけど、それが答えなら、──お姉ちゃんはウソツキだ。
とか、笑いながら、こんなこと考えてるんだよね?
> どうか、
> お姉ちゃんの想いと、
> お姉ちゃんのお弁当を、
> 私に託してください。
> 私、幸せになりますから。
杏が自分のために朋也から引いてるのに、勝手に幸せになるからって、自己中心的すぎだろう・・・
これは椋SSに見せかけた、杏SSだしょ?
杏の魅力が良く書かれているし、
その反対に椋の一途なところを使って椋を逆に貶めている感じがする。
もし、椋に愛情があるなら、もう少し椋を良く書いてくれ。
本編でも酷い扱いなんだからTT
と藤林椋再生計画に賛同している自分としては思た。
何時の日か
家族団らんの雰囲気が良く書けていたと思う。
惜しむらくは、それだけって感じがするところかなあ・・・
全体的に落ち着いて、話もしっかりしていたが、ただ、よく聞く話であったのが悲しいところ。
やっぱり、痕自体、時が過ぎて、飽きてきたのかもしれない。
美談
・・・こわいな。
というか誤字があまりにも多すぎる。
なんというかかんというか。
料理対決・極
すさまじい(笑
はたして、ここまで葉鍵キャラを出演させたSSってあるのだろうか、いやない。
キャラも立ってる。動きも良い。ただめちゃ長い。
何か一つのテーマ性を設ければ、この長さも飽きずに読めたかと。
でも、ギャグに関してはこの中で一番面白かったと思います。
最優秀は料理対決・極に一票を入れます。
【告知】
ただ今をもちまして、感想期間を終了させていただきます。
投稿された書き手の皆さん、感想をつけてくださった読み手の皆さん、
そして生温かく見守ってくれていた ROM の皆さん、どうもご苦労様でした。
引き続きこのスレでは、今回の運営への意見、書き手の挨拶、
次々回のテーマの決定などを行いたいと思います。
上記のものやそれ以外にも意見が何かありましたら、書きこんでください。
※次回のテーマは『家族』に決定しており、開催時期は 9 月上旬になる予定です。
※今回決めるのは次々回のテーマです。お間違いのないように。
感想の中で、評価が高かった作品は以下のとおりです。
『料理対決・極』
>>317 え〜これだけで最優秀を決定するのは流石にあんまりかと思いますんで……
第二十八回の最優秀作品は「該当なし」とします。
一時はどうなることかと……
「おべんとう」の作者です。投稿は初めてです。
読んで頂きありがとうございます。
感想ナシの完全スルーになるかと思いドキドキしておりました。
>>310さん
>前半は椋の理屈が理解できん
当たり前の事に、慣れてしまっているという理屈。
>その分、杏がいい子で泣けるなー。8レス目の台詞には胸を突かれたよ。
確かに杏がいい子に見える。(汗
>>313さん
>手品を見ている横で、手品のタネを耳元で囁かれているような感じ
>といえば良いでしょうか?
ありがとうございます。自分では全く気づいていませんでした。
いい勉強になりました。投稿して良かったです。
>>316さん
>これは椋SSに見せかけた、杏SSだしょ?
>椋の一途なところを使って椋を逆に貶めている感じがする。
自分、椋命です。杏から独立して幸せになる為に書いたつもりです。
>もし、椋に愛情があるなら、もう少し椋を良く書いてくれ。
>本編でも酷い扱いなんだからTT
だからこそ、ウワベでない完全決着型リアル風味にしたのですが、無茶でしたか?
>>321 うぇ、そうだったのか。めんご。
いや、全く個人的な意見だったから。感情的になりすぎたかもしれん。俺自体、リアル風味がそんなに好きじゃないから・・・鍵作品に求めるのは心温まるファンタジーなので、みんなは友達、姉妹は仲良くが好きなのです。
だから、本編のあの殺伐とした流れと同じだとどうしても・・・好きになれない。
全く個人的な意見だから。もいっかいめんご。
>>322さん
いえいえ。感想大歓迎ですよ。こちらこそエラそうにゴメンなさい。
もう少し勉強してホンワカ系書けるようにガンバリマス。
ところでさ。投稿時から気になってたんだけど、それ、トリップでないのは意図的なもの?
>>324さん
ガチでトリップ付け方わかってません。スレ違いですが教えてPLZ
>>325 >こ れ だ け は 絶 対 に 読 ん で お こ う !
説明書を読まないタイプの人間ですか?
『何時の日か』を投下した如風といいます。
実はこのSS、1年前に楓スレの『楓の日記』と称して投下した文章を
若干加筆したものです。
今回、予定は無かったのですが、投下作品が少なかったため、急遽捏ち上げ
久方ぶりに参加した次第です。
ここ数年、私は『平凡な日常生活で、どこまで面白い文章が作れるか』
という事をテーマに、作品を書いています(たまに、違う物も書きますが)。
よって、この作品も例にもれず、人が死ぬことも、鬼の力も出てきません。
どこにでもありふれた話。でも、読んだ人の心に、何か思うことや感動を
与えることが出来れば幸いです。
もっとも、切った貼ったという、ダイナミックな話や、非日常的な物語を
求める人には、不満が残りやすい内容かもしれません。
この作品は『痕』を知っている人を対象として書いてあるという指摘を
受けましたが………その通りであります。
例えば、楓が耕一の事を想うシーンがあります。丁寧に書くとするならば、
前世から現世まで説明が必要なのですが、話が間延びし、テンポが悪くなるため、
あえて、その辺りの件は全てカットしました。
あと『痕』はもう見飽きたという意見もありますが、これにつきましては、
私の技術力が未熟なだけだと思います。良い文章は、題材が何であっても、
やはり面白いのですから。
以上です。
最後に、感想を書いて戴いた皆様に篤く御礼申し上げます。
>>325さん
ありがとう。ようやく理解できました。すいません。
美談を書いた人です。
これを書いた動機は、今回あまりにも出品数が少ないので、小生の作品で少しでもスレを潤せれば、
と思った理由からです。
制限時間ぎりぎりの3時間前に書き始めたのは、少し無謀であったとは思います。
そのせいか、誤字がそこらかしこに噴出してしまいました。
えっと、内容に関しては、分かってると思いますけど、テーマは人食です。
佳乃が三国志の本を読んで、妻を料理として出された話を真に受けて、
すごい大きな鍋に聖を入れて、往人さんに差し出しちゃうというホラー物。
佳乃がしたことに比べりゃ、往人さんの犬食なんて、
カスみたいなもんだと言うことを言いたかったんですが、
本当は他の登場人物達も同じように食べさせたら、
ホラーとしてすごく盛り上がったのになぁと勝手に後悔してます。
> 分かってると思いますけど
わかんねえよっ!Σ( ̄д ̄;
聖鍋だったのか…。三国志の細かいエピソードなんか覚えてないって。
「ししまい」「sweet lemonade」を書いたものです。
遅ればせながら感想に対するレスを。
●「ししまい」の感想レス
>>164さん
>典型的
意外性を念頭においているはずなのですが、いつもオチを読まれます。
悩みどころです。
>>173さん
>こんなこと
著作権上の問題で差し替えておりますってあぁもうそうだよ天然だよ畜生。割腹。
お楽しみいただけたのなら嬉しいです。
>>184さん
高評価ありがとうございます。
オチの形式を工夫してみたのですが、付け焼刃では力及びませんでした。努力します。
>どこらへんにラブコメ
なんだかんだで他人ちの風呂に入るバカップルにラブコメを見た。
そんな残暑。
>>192さん
諸事情で情景を読み手に補完してもらう形式のオチを試みてみました。
見事失敗でした。反省します。
>>204さん
>酷いオチ
あの文は自分でも蛇足だったと反省しております。
期間的にあれで限界だったという言い訳でごまかさせてくださいな。
地の文についてはいろいろ試行錯誤してみたいと思います。
●「sweet lemonade」の感想レス
>>310さん
>ここで終わったほうが
やっぱりギャグと銘打ったからにはオチがなければ。
しかしこういわれるからにはオチが駄目だったということでしょう。反省。
>>312さん
>こういう性格でしたっけ?
本編でもきっと家で吠えてます。たぶん。少なくとも自分の中では。ラブラブ内弁慶。
>誤字脱字
毎回毎回やってます。注意します。
>文章が読みづらい
自分では文章に句読点が多いかな、とか思い込んでました。
他にもいろいろと具体的な改善案ばかりで本当に嬉しいです。
参考にさせていただきます。貴重な意見ありがとうございます。
>>316さん
本来とのギャップを狙ったのですが、本来の持ち味を殺してしまったようです。精進します。
お褒めの言葉、ありがとうございました。
最後に、拙作に感想を下さった皆様、本当にありがとうございました。
そういや、次々回のテーマ、まだ誰も書き込んでいないなぁ
「趣味」ってテーマはどうでしょうか?
336 :
名無しさんだよもん:04/09/09 08:42 ID:ZT7g8I5p
直球勝負で「恋人」!
次々回は30回目なので、何か特別なことやりたいなあ。
今回『料理対決・極』を書かせて頂きました。
葉鍵といえば、達人級の料理人&殺人級の料理人。
お約束もとうに使い古された感のあるネタをいかに料理するか。
そんな心持ちで書いてみましたがいかがだったでしょうか。
さすがに新旧取り混ぜ――と言うよりは、古今東西?
といった感じのキャラは、いくらか多すぎたようで長めになってしまいました。
そもそもテネレッツァの合成屋なぞ出して、いったい誰が喜ぶというのか。
バトルは、誰が勝つか決めていない状態で書いてました。
だから突然敗退したり、見せ場もなく敗退したり、理不尽に敗退したりしてます。
各対決末の【残り○人】は、先日最終巻が刊行されたハカロワより拝借しました。
完読・感想など重ねてありがとうございました。
今回の作品も拙作HPにUPしておきますので、気が向きましたら検索などしていただければ嬉しいです。
では、また次の機会に。
三十回目ということで「30」とか考えたが、気温が三度低下しそうなのでやめとくw
さりげなく
>>227おもろい。
次々回で30回か。なんだか感慨深いです。
クラナドも出たことだし、「過去のテーマ・再び」とかどうですかね?
>>336 >直球勝負で「恋人」!
それ、直球だけど、チェンジアップに近い
在り来たりすぎて、ちょっと書きにくいかな
過去ログ見てみたら、意外にまだ出てなかったので、
「魔法」
総括期間も1週間経過しましたましたので、週明け 9 月 13 日から次回開催を始めましょうか。
>次々回テーマ
現在のところ、
「趣味」「過去のテーマ・再び」「恋人」「魔法」
が挙げられています。
作者挨拶・テーマ投票などを予定されている方は、お早めに。
もう一回は過去のテーマがあってもよいかな。
「失恋」はどうか?
あゆED後の名雪など結構書きやすいと思うが…
>>346 なんかその手の物ばかりになりそうな予感が。
あゆが失恋とかの逆パターンとかあれば面白いんだが。
次回締め切りはいつ?
9月13日から2週間でいいの?
業務連絡です。
>次々回のテーマ
「趣味」「過去のテーマ・再び」「恋人」「魔法」
が挙げられています。
現在のところ、 「過去のテーマ」への支持が多いようです。
特に問題がなければ、今夜いっぱいでテーマ投票を締め切り、
明日 9 月 13 日の午前 8:00 より、第二十九回『家族』を開催したいと思います。
>348
その通りです。9 月 27 日朝が締切になります。
やっぱり節目の回だし、過去のテーマを推しておこう
【告知】
第二十九回投稿テーマ:『家族』
投稿期間: 9 月 13 日の午前 8:00 から 9 月 27 日の午前 8:00 まで。
テーマを見て、思いついたネタがあればどんどん投稿してみましょう。
面白い作品だったら、感想がたくさんついてきて(・∀・)イイ!!
もちろん、その逆もあるだろうけど……(;´Д`)
※投稿される方は
>>4-6 にある投稿ルール、FAQ をよく読んでください。
※特に重要なのが
・テーマに沿った SS を*匿名*で投稿する
・投稿期間中は作品に対して一切感想をつけない
※の二点です。他の各種 SS スレとは異なりますのでご注意を。
それでは、投稿開始っ!
また、次回のテーマは『過去のテーマ・再び』への支持が多いようなので、『過去のテーマ・再び』に決定します。
開催時期は 10 月上旬になる予定です。
「二週間じゃ短すぎて書けない」「テーマが難しい」という方はこちらの執筆に力を
注いでもらっても構いません。ただし、投稿は次回の募集開始までお待ちください。
保守でもしとくか
投稿期間中
今回のテーマへの投稿があるまでは、
前期投稿作品への感想も大歓迎。
完全体へ……
投下待ち
次回の為に過去のテーマを並べとくかな。
まあ「なんでもあり」の回があったんで、実質制限なしだけど。
それともそれだけ外しとく?いくらか枷があったほうがやりがいがあるだろうし。
外しとくべきでしょ
でないと、「過去のテーマ」で縛る意味がなくなる
ほしゅ
保守
そろそろ投下が始まる頃かな。
明日からかな。
【告知】
締め切りまであと2日くらいです。
作品の執筆は計画的に。
今回のテーマは『家族』で、締め切りは 9 月 27 日の午前 8:00 です。
また、次回のテーマは『過去のテーマ・再び』で、開催時期は 10 月上旬になる予定です。
「二週間じゃ短すぎて書けない」「テーマが難しい」という方はこちらの執筆に
力を注いでもらっても構いません。ただし、投稿は次回の募集開始までお待ちください。
みんながんばれ保守
身辺の事情でかけなかった。
明日は500kmぐらい遠方に行くことになるかもしれん……
あとはたのんだ
駄目だ、予備マシンのCDドライブの不調で
ゲームがインストールできない……。
こまごまと詰めたいところがあるのに。
メインマシンは三週間ばかりたつのに修理工場から帰ってこないし
今回は見送って次回にするしかないか……。
激しくコンペにはならない気がしますが、投下します。
13レス。クラナドSS。一応野球ED後です。
人生最後の学生生活も終わりに近づいた、三学期の土曜日。
俺は午前中の授業(というか補修)を終え家に戻ると、居間で放心したようにテレビを見ていた親父に話しかけた。
「親父」
「うん?なんだい、朋也くん」
前に口をきいたのはいつだったか憶えていない。少なくとも数ヶ月前である。
親父はそんな俺を不審がることもなく、人の良さそうな顔で、どこか嬉しそうに俺に応えた。
が、そんな息子の用件など、大抵決まっていた。
「金、貸してくれねぇか」
「……いくらだい?」
「五千円」
金の無心。親父の顔に困惑の色が浮かぶ。俺は早くも後悔していた。
「今すぐ、要るのかい?何に使うんだね?」
「……別に。無ぇならいいよ」
わざわざ説明する気にもならなかった。
「明後日にはお金が入るから、それまで待てるかな」
「いいって」
俺は早々に立ち去ろうとする。会話が苦痛だった。金の話なら尚更だった。
「あぁ、待ちなさい」
親父は立ち上がって俺を引き留めると、ズボンのポケットをまさぐって、手のひらを広げた。
夏目のオッサンが一枚と、小銭が少々。俺は親父の顔を見た。
親父はその金を一瞬、名残惜しそうに見つめると、少し恥ずかしそうに笑って、手を差し出した。
「これじゃ、足しにはならないかな」
手のひらには、1527円。
俺は激しい憎悪を感じて、自分の顔が紅潮していくのがわかった。
吐き気と目眩を憶えた。
いや、金の無いことは何も悪くない。他人の経済状況がどうだろうと、俺が口を挟む事じゃない。
許せないのは、俺がこの男を他人だと割り切っていたにもかかわらず、まるで父親にするように金をせびった俺自身なのだ。
高校に入ってこれまで極力、とりわけ金に関しては断じて父親を頼らずに来たというのに、就職も決まって、もうじきこの家を出ていくことで、浮かれていたのだ。
今まで続けてきた努力が音を立てて崩れた気がしたと同時に、俺がどれだけこの男を疎んでいるのかを再認識した。
俺は無言で背を向けると、家を出るなり、電柱を殴りつけた。
それから俺は、駅前のベンチに腰掛けて、空を見ていた。
羞恥。
憎悪を通り越して、哀れにすら思えてくる。俺と親父の関係は、もはや滑稽なくらいだった。
せめてあの男が憎むに足る悪人だったら、どれほどましだったか、なんてことを考える。
無能で小心なああいう人間にとって、優しいだとか善人であるとかは、むしろ悪徳なのだ。
俺への他人のような接し方が、良い例である。
これから先、まだ幾度となくこういう事があるかと思うと、俺とあいつが親子であるという世の不条理を呪わずにはおれなかった。
「やっほー、朋也ー」
うなだれた俺の上から、脳天気な声。……面倒な奴に見つかった。
「なに鬱になってんの。明日、忘れてないわよね。会費五千円、今のうち払っといて」
杏はやたら楽しそうに手を出した。
「あぁ、俺、行かね」
「今更何言ってんの。もう人数分、予約入れちゃったわよ」
「一人くらいキャンセルできんだろ。コンパだか飲み会だか知らねぇが、五千円は高すぎだろ」
高校最後の思い出に、などと乗せられたが、そもそも、俺のガラじゃなかったのだ。
「あんたねぇ、焼き肉食べ放題とカラオケよ?高校最後なんだから、せこいこと言ってんじゃないわよ」
「カラオケなんぞ興味ないし、焼き肉だって二千円で食い放題もあるだろ……。お前、ピンハネしてんじゃねぇの?」
「失礼ね、そんなことしないわよ。男の中じゃあんたが一番安いんだから、感謝して払いなさい」
「はっ?会費だろ?一律じゃねぇの?」
「なに、女の子に払わせる気?」
杏の衝撃発言。
「ちなみに陽平は1万ね。それでも飛びついてきたけどね」
「あいつこそ、そんな金ねぇだろ……」
「なんとかするって」
「カツアゲか……」
「さあ。あたしの知ったことじゃないけど。……なに、あんたまさか、お金ないの?」
「ねぇ」
「だってあんた、貯金10万くらいあったじゃない」
「ここ2週間、遊んでたら速攻でなくなった」
「バカねー」
「お前もタカってただろっ」
「そんなの奢る方の勝手でしょ。本当、甲斐性なしねぇ」
甲斐性なし、という言葉からあの親父が連想されて、ますます鬱になった。
「しょーがないわねぇ。あたしが貸したげよっか?特別に無利子でいいわ」
ちなみに、杏に奢った金額は五千円をゆうに超える。
「いいよ。借金してまで行きたくもねぇ」
「ほら、高校最後だし、コクられちゃうかもしれないわよ?」
「……春原はそれで飛びついたかもしれねぇけどな」
話が見えてきた。それを見て取った杏は、とうとう開き直った。
「あーもう、いいから来るのよ!」
「行かねーよ!」
しばし、睨み合う。やがて、杏がため息をついた。
「ふぅ……。要するに、借金しなければいいんでしょ?いらない漫画とかゲームとかCDとか、中古ショップに売りなさいよ」
「んなこと言っても、家には雑誌しかねぇな。音楽はあまり聴かねぇし、ゲームはやらねぇし、漫画は春原の部屋で読むし」
「……」
「哀れむような目で見るなっ。興味がねえだけで、そこまで貧乏じゃねえっ」
「うーん、でも雑誌じゃねぇ……。あんたは、陽平みたいにカツアゲとかしないのよね」
「俺はアイツみてぇに他人から巻き上げた金で楽しめるほど、図太い神経してねぇよ」
「ま、アイツのは図太いんじゃなくて神経無いんだけどね」
「お前はピアノ線みてえに丈夫な神経でいいな」
「あん!?」
「いや、何も」
「あたしの神経は蜘蛛の糸よりもデリケートなんだから、言葉に気を付けなさい」
「ああ、だからすぐブチキレるのか」
「……地獄に堕ちたいようね」
「……すまん」
目がマジだ。鉄拳を覚悟したとき、杏が閃いたように口を開いた。
「あ、だったら陽平の物を売れば?」
「……杏、ナイスアイディアだ」
早速寮に足を運んで、春原の部屋を物色する。今頃カツアゲに精を出しているのだろう、春原はいなかった。
「このギターなんか、五千円にはなるんじゃない?」
「ああ、そりゃ借り物だからな。勝手に売るのはちょっとな」
「でもそうすると、ロクなものないわよ?」
売れそうな物は、CDと漫画の他にはせいぜい安物のラジカセくらいだった。
「朋也ー、ベッドの下からエッチな本、発見」
「でかした、杏」
一通り漁った後、戦利品を確認していく。主にエロ本。
「……しかしコイツ、結構エグいもん持ってんな」
「うわ……これ、普通じゃないわよ。変態ね、あいつ……」
杏は素で引いていた。
いくつかは俺も借りてお世話になったこともあるので、多少後ろめたい気がしないでもない。
「こっちは……ええっ、ちょっと、これ、絶対ヤバイわよ。今のうちに息の根止めた方がいいわアイツ」
物騒なことを言っていた。
「ね、あんたも、こういう趣味なの?」
「いや、俺はもっと普通のが……ってなに言わせんだよ。あいつが帰ってくると面倒だから、さっさと行くぞ」
それから駅前の商店街に出て、古本屋、中古CD店、質屋と巡っていく。
総額4400円。エロ本が予想以上に高値で売れた。これで俺の所持金と合わせて、なんとか五千円は超えた。
「じゃ、五千円、預かっておくわ」
「ああ……」
その時、杏の後方に見知った人影。駅の方へ向かって歩いていた。
(金も無ぇのに、どこ行くんだよ……)
嫌な予感がして、俺は親父の後を追った。
………。
駅を抜け、線路を挟んで反対側へと出る。
ラブホテルや風俗など、いかがわしい店が目立ってきた。
俺は見失わないギリギリの距離を保ち、息を潜めて尾行を続ける。
「朋也っ、あんたどこに連れてく気よっ」
振り向くと、杏が狼狽していた。
「あ?お前まだいたのかよ」
「あんたが黙っていきなり歩き出すから、何事かと思うじゃない。怪しいわね、何の用よ?
……なに、あそこ歩いてるオジサンがどうかしたの?」
「お前には関係ねぇよ」
「ますます怪しいわね。……はっ、あんたまさか、お金欲しさにあのオジサンと……ホテルで……」
とんでもないことを想像し始めた。
「気持ち悪いこと言うなっ、ありゃ俺の親父だっ」
言って、しまった、と思った。
「えっ、あれ、あんたの父親?……あはは、最初に言いなさいよ。で、何してんの、あんたのお父さん、こんなところで」
案の定、杏は興味津々の様子で俺の脇に並んで尾行体勢をとった。
「さぁな」
とは言いながらも、俺は親父の行き先を薄々勘づいていた。
「愛人かしら……。朋也、お母さん亡くしてるのよね。だったら、こういうところで遊ぶのも、ほら、ねぇ」
俺に気を使っているのか、言葉を濁して、一人で照れ笑いしていた。
「そこから離れろっ。あいつにそんな金も甲斐性もねぇっ」
「……あんたそっくりね」
「お前、帰れよ」
「いいじゃない、ここまで付き合ってあげたんだから。言いふらしたりしないわよ」
どうして女はこういう話に目がないのだろう。
やがて親父は、派手な店の間にある、古びた雑居ビルの前で足を止めた。
金のない人間がこんなところに来る理由など決まっていたのだ。
サラ金。
それも見るからに胡散臭い。
親父は頼りない動作で吸い込まれるように足を進めた。同時に、俺はたまらず飛び出した。
「親父っ!何してんだよ!」
親父は少し面食らった様子だったが、それでも、まるで単なる顔見知りに会ったように俺に返事をした。
「……おや、朋也君、どうしたんだい、こんなところで」
「そりゃこっちのセリフだ!テメェ正気かよ!?金なんざ借りても、返すあてなんぞねぇだろうが!」
親父は困ったような表情で口ごもった。だが実際、もし俺の就職先にも取り立ての電話がかかってくるようなことがあったら、シャレにならなかった。
「……ああ、うん、でもね……朋也君も、お金、要るんだろう?」
まるでガキの言い訳だった。その言葉に、というよりもその顔に、俺はキレた。
「テメェ」
胸ぐらを掴んで拳を振り上げる。その時。
「朋也!止めなさいよ!」
振り向くと、杏が睨んでいた。コイツがいたことを忘れていた。
見られた。
俺は反射的に親父から手を放すと、踵を返して顔も上げずに杏の横を通り過ぎた。
「ちょっと、待ちなさいよっ」
「ウルセェ!ついて来んな!」
マジギレだった。自分でも驚いた俺の剣幕に怯んだ杏を見て、俺はばつが悪くなって、そのまま走り去った。
(はぁ……)
どこに行くともなく、夕暮れを背にトボトボと町をさまよい歩く。
こと親父が絡むと、すぐにタガの外れる自分の理性を恨めしく思いながら。
(……明日、杏に殴られるかな)
憂鬱になる。
そんな俺に追い打ちをかけるように、腹が鳴った。
(そういや、朝から何も食ってねぇ……)
財布を見る。総額112円。頭を抱えてその場にうずくまりたくなってくる。
なんとか耐えて顔を上げると、目の前に『古河パン』という看板があった。
(……パンなら買えるか)
「あ、岡崎さんです」
「よぉ、小僧じゃねえか。そうか、早苗のパンが食いてぇか。そうか」
オッサンと古河に声をかけられた。会うのはあの時の野球以来だった。
「古河……ここ、お前の家か。最近見ねぇけど、ちゃんと学校行ってるか?」
俺も人のことを言えた義理ではないが。するとオッサンが割って入った。
「テメェ、俺を無視すんじゃねぇ!」
「うおっ、なんなんだよ、あんたはっ」
相変わらずよくわからん人だ。その横で、古河は言いづらそうに口を開いた。
「わたし、学校休んでるんです。身体が弱いですから」
「そうなのか。……大丈夫なのかよ、外出てて」
「はい、今日は調子がいいので、お父さんに演劇を見てもらってました」
「演劇?」
そういや、演劇部に入りたいんだったな、こいつは。それよりも、俺の目が行ったのはオッサンの方だった。
「……なんだよ」
「アンタ、演劇なんてわかるのか」
そんな繊細な芸術眼があるようには思えないのだが。
「お父さん、昔は役者だったんです」
「……もう、昔の話だぜ」
遠い目をしていた。
「それがなんで、今はパン屋なんだよ」
「早苗がパン屋をやりてぇって言うからな。……愛の力だ」
格好つけていた。
「あんた、何でもできるんだな……」
「尊敬しやがれ。今日から秋生様と呼べ」
その顔をじっと見る。若い。
俺の親父と歳は大して変わらないだろうに、二十代後半に見える。
野球は社会人レベル、ゾリオンはヒットマン顔負け。才能とは、残酷だと思った。
「はぁ……大した親父だな、古河」
「はいっ、自慢のお父さんですっ」
嬉しそうだった。一方、オッサンは拍子抜けしていた。
「なんでぇ、気持ち悪ぃな。変なモンでも拾って食ったかよ」
「……むしろ食ってねぇ。オッサン、パン売ってくれ」
「なんだよ、腹減ってんのかよ。しゃあねぇ、早苗のメシを食わせてやる、感謝しな」
そこまでは、と俺が断るよりも早く、
「では、お母さんに伝えてきます」
古河が小走りに行ってしまっていた。
体が弱くても、陰鬱さを微塵も感じさせない後ろ姿は、俺に家庭の円満を思わせた。
またため息が出る。
「さっきから辛気臭ぇな。そうか、俺との実力の差を知って世の中が嫌になったかよ」
「俺の、っていうか、親父のな」
「あん?テメェ、親父と喧嘩でもしたのか」
「別に、喧嘩にもならねぇよ。ろくでもねぇ仕事に手ぇ出して失敗するわ、あげくにサラ金に手ぇ出そうとするわ。……無能なんだ」
思わず、愚痴ってしまっていた。
「けっ、金なんざ俺だってねぇや。そんなもんで人を判断するたぁ、俺と引き分けた男、岡崎朋也も底が知れたな」
そう言われるだろうことはわかっていた。俺とて、金が云々というのは、建前である。
「……オッサンにゃわかんねえよ」
「わかりたくもねぇや、そんなもん。……だけどな、俺が大した親父だってのは、間違いだ」
苛ついたような仕草で、煙草に火を付ける。古河の行った先をじっと見るオッサンの表情から、俺は家庭の事情のようなものを感じ取った。
(どの家も、少なからず問題は抱えてんだろうな……)
それはオッサンと同じように、俺にとってもわかりたくもないことだったので、何も聞かなかった。
多分それは、ただ親子であるというところから、必然的に派生するような問題なのだろう。
こういう考えはますます俺を暗澹とした気持ちにさせた。
……………。
「岡崎、大変だ!泥棒に入られた!」
古河の家を辞して、いつものように時間をつぶすために寮に行くと、春原が慌てていた。
「落ち着け、何を盗られたんだ」
「ラジカセとCDと漫画とエロ本だ。僕の推理だと、犯人はボンバヘッのファンでスケベな奴だが、岡崎、誰か心当たりはないか?」
そんな奴、お前しか知らない。
「あのさ、春原、俺たち、もう卒業で、お前もこの寮を出なくちゃいけないだろ?」
「ああ。だけど、なんだよ、突然」
「荷造りとか、大変だろ?」
「まぁね」
「だから、俺と杏で手伝ってやることにしたんだ」
「……へっ?」
「処分しといてやった。厚意でやったことだし、礼なんていいからさ」
「……はは、嘘だろ?」
「4400円にしかならなかったけどな。ちなみに、ボンバヘッは50円にしかならなかった」
「ふざけんなよっ、買い戻して来いよ!」
「そうしようにも、金がない」
「売った金があるだろっ」
「杏にとられた」
「…………」
固まった。
「お前、金あんだろ。買い戻して来いよ。俺の借りでいいからさ」
「うっ、でもこの金は……。仕方ないな、あきらめるよ。明日のことがあるから、藤林杏には文句言えないし。ボンバヘッが聴けないのは辛いけど、彼女ができたらエロ本も必要ないしねっ」
相当浮かれているようだ。
「それはいいけど、杏のやつ、お前のエロ本見てめちゃくちゃ引いてたぞ」
「え?……何か言われちゃうかな?」
「むしろ口きいてくれないかもな。もう情報が回ってたり」
本当は息の根を止められようとしているのだが。
「……へ、へへ」
また固まった。
「春原、ヒマだ」
「あんたらが色々売ったからでしょっ!」
深夜を過ぎてから、家に戻った。居間に明かりがついているのが見えて、俺は躊躇した。
案の定、居間では親父がパック入りの豆腐をツマミに、チビチビと大事そうに酒をすすっていた。
「まだ、起きてたのかよ」
「ああ、おかえり。朋也君を、待っていたんだ」
……つくづく嫌になる。
「朋也君、もうすぐ卒業なんだってね」
この男がそんなこと知るはずがなかった。……杏がしゃべったのかもしれない。
心の中で、チッ、と舌打ちした。
「卒業したら、朋也君は、この家を出ていくつもりかい?」
「ああ。仕事先も、もう決まってる」
「そう……寂しくなるね。朋也君は、いい話し相手だったからね。……今日一緒にいたのは、朋也君の彼女かい?」
「……関係ないだろ。話ってそんなことかよ」
部屋に戻ろうとした俺を、親父が呼び止めた。
「まぁ、もう少し話をしようじゃないか。ほら、これを渡そうと思ったんだ」
親父が差し出したのは、五千円札。
「どうしたんだよ、これ。まさか……」
「知り合いが貸してくれたんだよ。昔の、仕事の仲間がね」
照れたように微笑んでいた。俺は頭痛がして、頭を抱えた。
「はぁっ、みっともねぇ真似すんなよ……。もういらねぇよ」
「うん、でもこれは、朋也君のお金だから、朋也君が使いなさい」
「あんただって金、ねぇだろ」
「おれのことは、いいんだ。朋也君、ご飯もろくに食べてないんじゃないのかい?」
「……食ってるよ」
俺は全身の力が抜けるような感覚で、力無く応えた。もうどうでもよくなってきた。
「そうか……ご飯は、しっかり食べないと、いけないよ。人間、健康がなければ、何にもならないからね……」
それは到底親子のする会話だとは、俺には思われなかった。
が、親父の方は、自分が親らしいことをしたと思っているのか、ひどく満足した様子で、酒で顔を紅潮させ、目を細めて一人で頷いていた。
お互い、悪意があるわけではないのだろう。ただひたすら、噛み合っていなかった。
(はぁ、父親らしいなんてのは、ねぇよそんなもん……)
「……ありがと」
俺は何とかそれだけ言葉にして、稲造をつまみ上げると部屋に引き返した。
親父は赤い顔のまま軽く頷くと、相変わらず酒をチビチビとすすり始めた。
相変わらずの、頼りない顔だった。
以上です。失礼しました。
お疲れ様でした。
他に延長希望の方はいらっしゃいますか〜?
2時位まで待ってくれないか。そしたら上げるかもわからない。
まにあわないかもしれないが。
2時?
申し訳ないですが、無理です……
そうか。んじゃ辞退するわ。
他にいらっしゃいませんでしょうか?
それでは終了宣言〜
【告知】
ただ今をもって、投稿期間を終了させていただきます。
参加された書き手の皆様、どうもご苦労さまでした。
>>368-380 金のない話(CLANNAD)
えー、1作しか投稿されませんでした……
さてどうしましょうか。
正直この状態ではどうしようもない。
いっそのこと今回のコンペはお流れとし、
次回のテーマが「なんでもあり」ですので、この作品は次回の投稿作として扱ってはどうでしょうか。
もちろん、作者さんの意見を第一に尊重しなければいけませんが。
他の人も、なにか意見があればお聞かせください。
もう1つ、コンペスレそのものの存立についても話し合わなければいけないと思いますが、
まずは上記の問題を早々に。
処遇が決まるまで、感想期間には入らないことにします。
ゴメン、次回のテーマは「過去のテーマ・再び」でした。
なにをトチ狂ったんだか……
困ったねえ……
一回、このスレをいま見てる人間が
実際何人いるか点呼でもしてみようか?(´・ω・`)ノ
ノ
ノシ
ノ
もちつけー
存続とか点呼とかは次回の後にしようぜ
次もこんなだったらさすがにヤバげだけど…
私も前回、今回と休んだのであまり大きなことは言えませんが…かなり危機的状況ですね。
下手をすれば次回の「過去のテーマ」をもって最終回になる可能性も…?
いや、そんなこと言っちゃいかんな。
とはいえ最近感想も少ないし、無理に続けるよりは次回大団円でもいい気がする。テーマ的にも。
>>367 面白かった。
俺、こういうの好き。
>>395 でも、終了したらしたで寂しいね。
今の状態で終わらせるのが、一番いいのかもしれないけど。
まあ、今回のみについていうなら、
次回でフォローがきくから、と
緊張感が少なかったのは事実。
というか、最終的に落としたし。
次回まで様子を見てほしいかな。
このスレが荒み気味+かのんこんぺで書き手いなくなったかなあ?
>>367 とても良い話だった。こんな状態に出すのは勿体無いくらいでしたよ。>感想書いちゃダメだった?
ただお題の「家族」というよりは「親子」のイメージが強かった気が……。
良い作品を書く人もこの現状で投稿する気が無くなるんだろうなあ。
今回ネタは用意してあったが、見事にイベントの原稿とバッティングした(´・ω・`)
>>387 >次回のテーマが「なんでもあり」ですので、この作品は次回の投稿作として扱ってはどうでしょうか。
書いた人の意見を聞いた方がよいかも
400 :
367:04/09/28 09:41:56 ID:fan5EbfW
>次回の投稿作として扱ってはどうでしょうか。
問題なければ、そうしていただければ。
1作というのはそこはかとなく切ないですので。
>>383で間に合わなかった人も次で出品してほしいな
業務連絡〜
>
>>368-380 金のない話(CLANNAD)
では、次回「過去のテーマ・再び」の投稿作として扱います。
次回投稿期間終了までは、この作品への感想は禁止の方向でお願いします。
>>402 つーたら、つまり今は総括期間になる、ってことかね?
>403
はい、そういうつもりでお願いします。
今回の感想期間はありません。
次回開催は、いつもどおりの総括期間(1週間くらい?)を取った後に始めようかと思います。
それまでの時間を利用して、ちょっと意見を集めてみようかと。
自論のある方は是非にお聞かせくださいませ。
>今回のこと
投稿作が減ってしまったわけですが、直接の原因としては、
・次が「過去のテーマ」だから無理に仕上げなかった
・かのんこんぺと締日が重なった
・学生さんが新学期前で忙しい
辺りですかね。テーマが難しかったとも思えませんが……
>次回のこと
普通に開催する予定です。
今回感想期間がなくなったぶん、投稿開始が早まりますが、よろしいでしょうか。
投稿期間を長く取るのも手かな〜と考えられます。
>次回以降のこと
本来なら、「次々回テーマ募集!」といきたいところですが、
次回三十回の節目で区切りをつけてはどうか、という意見も出ていますのでちょっと反応を見てからにします。
他の皆さんの意見はどんなもんでしょうか〜。
感想期間がなくなった分は投稿期間に上乗せって方向に一票
次は盛り上がってくれるさ、きっと
そうだな。次回一回は通常進行で様子見でいいんじゃないって人も
けっこういるんだね。
次回もダメだったら検討してみよう。
うーん、お世話になったスレだし無くなったら残念だ。
次回も駄目だったら終了というのは悲しい。
でも、次回だけ危機的状況を回避しようと職人さんが頑張っても、
問題は持続性になるんだろうね。
SSトレの方を覗くことあるけど、あちらも閑散としてるしね。
でも、大多数の人が気軽にSSを発表を出来る場所を手に入れた、と思えば、
大団円になるのも構わないかもしんないな。
30回というのは単純計算二年半もこのスレ続けて来たと言うことだしね。
始まりあれば、終わりあり。けど、いつでも再開もありってことで。
少し休んでみるのもSS活性化のひとつの手段かな。
止めてしまうんではなくて、形態を変えて続けるのはどうかな。
例えばテーマ縛りを止めてみるとか、毎月開催を隔月開催にしてみるとか、
感想期間を取っ払って即時感想を可能にするとか、SS未満の小ネタの参加を認めてみるとか……
いずれにせよ今のコンペスレとはまた違ったものになるだろうけど、せっかくの共有財産なんだし何とかして引き継ぎたいと思う。
>・次が「過去のテーマ」だから無理に仕上げなかった
(´・ω・`)ノ
進捗度75%の仕掛品が2作ほど手元に。
>投稿期間を長く取るのも手かな〜と考えられます。
かのんこんぺの感想期間を回避するにもいいかも。
ただ、24日間は長すぎると思う。適当な長さで。
すみません、勢いで始めたFateの連載SS+AIRの連載SSが最近特に忙しくて前回今回と参加できませんでした。
以前はほぼ毎回参加出来ていたのに……。
大学も忙しくなってきたし、次回で引退するかもしれません私。
最近のコンペが段々と盛り下がってきているのは私としても心配なんですけどね。
とりあえず次々回のテーマは保留にしておいて、次回の結果次第で終わらせるか存続させるか決めてみるとか。
つーかこれだけ人がいるんだから続けてもいいんじゃないかと
ここんとこ下降気味だったのは確かだけど、
あんまりネガティブに考えるのはよくないよー
たしかに「SSを書く」「感想を書く」以外のことでは
ぞろぞろ人が集まってくるよな、このスレw
>大多数の人が気軽にSSを発表を出来る場所を手に入れた
「みんながここじゃないどこかでSSを書いている」という前提ですか。
それはどうでしょう……。どう?>みんな
>テーマ縛り
これは逆に書くためのきっかけとなり、投稿衝動を促す仕掛けとして
機能していたと思います。
「締め切り日の設定」「縛りワード」「これは競争である、という競技性」
とかが具体的に目前あったほうが人には、なんとなく
書く作品を考え始めたり意欲が湧いてくるワナ。
当時過疎化していたSS投稿スレと比べ物にならないほど
開始当初、短期間に作品数が集まったのがご存知の通り。
(SS投稿スレの活性化、が当初の1さんの目的でした)
「新鮮な面白み」が「おっ、参加してみようかな」という
動機につながってたんだよな。
ひとつ、最近投稿してない、という人もなんかあらたに
「おっ、参加してみようかな」と思うような
新しいアイディアを考えてみるのも手かもしれませんね。
あまり参加するのに面倒くさくないやつ。
で、新鮮で面白いやつ。
>SS未満の小ネタの参加を認めてみる
これは、第一回からいままでずーっとOKですよ。過去ログ参照。
一度「記名こんぺ」をやってみるのも面白いかな……
いや、匿名ルールは最後まで貫き通したほうが、美しいかな。
記名といわれてもなぁ。
コテ持ちじゃない人は、予め今までの発表作や、お気に入り自作SSを上げたりするのだろうか。
それもいいかもね。
>412
確かに以前あったSS投稿スレに比べると、このスレの敷居はかなり低いわな。
投稿スレは、そこで発表する意義みたいなものが、薄かったんだよね。
俺も当時、SS書いてもキャラスレとかネタスレとかに直接落としていたし。
などと蚕、いやさ懐古してみる。
あと、SSスレは敷居がめちゃくちゃ高かったというのもある。
卓絶した文章力は勿論、プラスアルファの何かがなければレスすらつかないという風潮が出来上がってたし。
ヘボイの投稿して、
叩きながらもどこをどう直せばいいのかまで教えてくれるのは
ここくらいのものだからね。
敷居の低さは、爽快感を覚えるほど(笑)
文字書き初級者としては、
本当にありがたいスレだよね、ここ。
もうちょっと頑張りましょう
そういうのが増えて、感想人が気合いの入った感想書く気になれなくなっていったのかもしれないね
どっちに非があるとかは思わないけど
作者と感想人がガチで向き合える、
そういう空気がちょっと薄くなったかな、とは思う
今後のことを話し合うのに昔のことばかりを話しているような気がした
だってとりあえず次回やって様子を見ようって事になってるし。
確かに昔のSS投稿スレでは、一人の書き手がスレのレベルを上げていたという印象があった。
で、同等の物が書けない書き手が排除されて過疎化したのが事実だろう。
またか
ん〜、次回の「過去のテーマ」にはある程度人が集まるだろうからそのまま開始するとして、
その次のこんぺであまりにも人の集まりが悪かったらやめるなり形式を変えるなり
考えるってのはどうかな?
とにかくこの宙ぶらりんの状態なままなのが一番良くないと思う。
討論するにしてもいつまでなのか期間をきっちり決めないと。執筆する人も座りが悪いだろうし。
ん。業務連絡。
まだ語り足りないという方もいらっしゃるかもしれませんが、そろそろ1週間になりますので、
総括期間は本日いっぱいをもって終了とし、10/4日の午前 8:00 より第三十回「過去のテーマ・再び」を開催したいと思います。
>次回投稿期間
>>406>>409あたりの意見に特に反対もないようですので、3週間に設定したいと思います。
10/4〜10/25 ということでよろしいでしょうか。
>次々回以降
様子見を希望する方も多数いらっしゃるので、次回終了後に改めて考えることにしましょう。
次回開催の間に、意見や提案を温めておくと(・∀・)イインチョ!
まぁ投稿がないタイミングなら、保守も兼ねてここで少々語り合ってもいいし
投稿最終日や感想最終日を土日や休日に限定したらどうかな。
回によって日数に差が出るけど、平日はきついよ。
曜日を固定するのは、一部の人に有利な状態を固定することだという反論が以前あった。
実際、皆が土日休みとは限らないわけだから。
けど、駆け込み投稿を増やすぶんには有効かもしれないし、
感想最終日だけ土日指定にするというのはアリかも。
【告知】
第三十回投稿テーマ:『過去のテーマ・再び』
(過去にテーマとして取り上げられたものの中から1つ以上を自由選択)
投稿期間: 10 月 4 日の午前 8:00 から 10 月 25 日の午前 8:00 まで。
テーマを見て、思いついたネタがあればどんどん投稿してみましょう。
面白い作品だったら、感想がたくさんついてきて(・∀・)イイ!!
もちろん、その逆もあるだろうけど……(;´Д`)
※投稿される方は
>>4-6 にある投稿ルール、FAQ をよく読んでください。
※特に重要なのが
・テーマに沿った SS を*匿名*で投稿する
・投稿期間中は作品に対して一切感想をつけない
※の二点です。他の各種 SS スレとは異なりますのでご注意を。
それでは、投稿開始っ!
今回のテーマとして使用できる過去のテーマ一覧です。
『花』『走る』『雨』『サッカー』『夏だ!外でエッチだ!』
『嘘』『絶体絶命』『夢』『キス』『旅』『初め』『プレゼント』
『耳』『桜』『風』『結婚』『海』『復讐』『動物』『友達』
『戦い』『卒業』『お願い』『相談』『えっちのある生活』『If』
『料理・食べ物』『家族』
※第二十一回『なんでもあり』は含まれないのでご注意を。
投稿時には、「テーマ○○を使っています」って宣言したほうがいいのかな?
テーマ処理のしかたの力量込みで感想書く人には
そうじゃないと伝わんないかと
前回の過去のテーマ時は最初に書き手が宣言していましたね。
「○○」を使いますって。複合テーマの人もいたかな?
あえて書かないで読み手の意表をつくやり方もありますが。
いろいろやり方はありそうだな。
でも自己満足にもなりやすそうだけど。
自慰子
こうも人がいなくなると、またすこし不安もある。
今回は感想側に参加します。
書き手と読み手のみなさん、よろしくお願いします。
保守。
うーむ……。
むかーし、2年くらい前に書き上げたSSでも出してみようかなぁ。。
>442
そのSS、エロが足りないよ。乳も。
444 :
送る言葉:04/10/11 14:20:19 ID:vEvXo7VC
保守側に、以前書きかけで間に合わなかった奴を投下します。
題材は『痕』
テーマは『旅』
全部で3レスです
祈る。
それしか方法がないから。
頼る神様なんていないのに、私は祈り続けた。
車のエンジン音が聞こえる。
あの人が帰ってきた。
私は立ち上がると、玄関へと急いだ。
「ただいま、千鶴」
暗い玄関に佇む叔父様。
私は『おかえりなさい』と言おうとしたが、口から出たのは別の言葉だった。
「叔父様、その腕は……」
「うん、これか?」
叔父様は、自分の左腕に刺さったナイフをチラリと見やった。
「意識を乗っ取られそうになったんでな」
白い長袖のワイシャツが、傷口から流れ出た血により、赤く染まっていた。
「今日、死ぬことにした」
まるで、他人事のような気軽さで、叔父様は自分の死を告げた。
「もう、俺の意識はもたん。車の運転中ですら、鬼になりかけた。だから今日、死ぬことにした」
私は黙って聞く他なかった。
精神の浸食を止める方法がないことは、父親を看取った経験からも判っていた。
いつか、この日が来ることも………。
「………すぐに、逝くのですか?」
「ああ、今すぐ逝く。時間が経つと決心が鈍るからな」
そういうと、叔父様は私に背を向け、玄関から外へと出ていった。
私は、急いでサンダルを履くと叔父の背中を追った。
車のエンジンは付けたままになっていた。
すぐに出発する気なのだろう。
叔父様は私が家から出てくるのを、車の側で待っていた。
「千鶴、おまえには迷惑をかけるな」
私は首を横に振った。
鶴来屋グループの社長である両親が死んだ時、叔父様は真っ先に駆けつけたくれた。もし、来てくれなかったら、
今の私は多分ここにいないだろう。
むしろ、迷惑をかけてきたのは私達姉妹だった。
激務である、父に代わり引き継い仕事が、肉体と精神を疲弊させ、寿命を縮めたのは間違いないのだから。
「本当は、黙って逝くつもりだったが、お前には会っておきたくてな」
ドアを開け、車の中に乗り込む叔父様。
止めたい。
愛しい背中に抱きついて、引き留めたい。
それが駄目なら。
私も連れて行って欲しい…………。
そんな思いを。
口から飛び出しそうな言葉を。
私はぐっと噛み締めた。
「後を、頼む」
窓を開け、私を見つめる瞳。
ゆっくりと頷いた。
「叔父様……」
「なんだい? 千鶴」
「あの………」
言葉に詰まった。
こんな時、何て声をかければ良いのだろう。
普段ならば『気をつけて』とか『行ってらっしゃい』と言えば良い。
でも、叔父様は二度と帰って来ないのだ。
「どうした、千鶴」
「……………」
言葉が浮かばない。
代わりに涙ばかり、ぽろぽろと溢れ出た。
「千鶴。こういう時はな、『GODSPEED!』って言えばいいのさ」
「……グットスピード?」
「英語で『楽しい旅を』とか『旅に神の祝福があらん事』をという意味さ」
そう言いつつ、握った拳に親指を立てながら、にこやかに笑った。
私に向けた笑顔。
とても、優しくて。
涙で、叔父様の顔が見えなくなって。
「千鶴っ! 笑えっ!!」
今、私が成すべき事。
私に、与えられた役目。
涙を拭き、私は笑った。
心の中で泣きながら、私は精一杯の笑顔を作った。
拳を作り。
親指を立てながら、私は叫んだ。
「GODSPEED 叔父様!!」
その声を合図に車は、死出の旅へと飛び出した。
運転席からつき出しだ拳。
闇に解けて消えるまで、何時までも、何時までも見続けた。
448 :
送る言葉:04/10/11 14:26:47 ID:vEvXo7VC
以上です
そういや、トップバッターで投下したのは、もしかしたら初めてかも…………。
449 :
送る言葉:04/10/11 14:29:27 ID:vEvXo7VC
>442
そのSS、野球のゲームシーンをメインに持ってきたほうが良かったと思う。
>442
戦車兵の日常も入れてくれるとさらによくなるはず
>442
>>450や
>>451に騙されるな。ただ俺ももう少し祐一の必殺技は強いほうがいいと思った。
>>450-452 お、悪いね。442です。
俺個人としては、中盤のウオクイコウモリのセックスをもっと詳しく描写したかったんだけど、ちょっと本筋から離れるよね。
君らの意見を参考にして、最高のSSを書き上げたいと思います。
追記。
>>443 乳に関しては、充分足りてるはず。エロエロだよ。
期待してる。ヒロインが一度も出てこないのに
ヒロイン萌え萌えだったSSなんて、あの時初めて読んだからねぇ。
うん。「サラマンダー殲滅」ってタイトルからは全く想像できないSSようなだった。
>>454 逆に品乳分が足りていない
あまり乳を強調しすぎると逆効果になることもあるよん
458 :
名無しさんだよもん:04/10/14 09:01:02 ID:/IGT/NaI
お楽しみのところ無粋でスマンが、投稿期間も半ばを過ぎたんで貼っとくよ。
【告知】
現在、葉鍵的 SS コンペスレでは投稿作品を募集しています。
今回のテーマは『過去のテーマ・再び』(過去にテーマとして取り上げられたものの中から1つ以上を自由選択)です。
過去のテーマの一覧は
>>431にあります。第二十一回『なんでもあり』は含まれないのでご注意を。
投稿の締め切りは 10 月 25 日の午前 8:00 までとなっています。
思いつくネタがあればどんどん参加してみましょう。
その際に
>>4-6 のルール、FAQ に一度お目通しを。
459 :
名無しさんだよもん:04/10/14 22:16:18 ID:lkCs+9UA
┌──________________________──┐
│ \.. 2CHバニラ アイスたっぷり、うまさ大満足age!!. / │
│ /. . \ .│
│ \ ____ . _ ___ . . / │
│ /. ∧_∧ | | __| |_ | | \.....│
│ \. ( ´∀`)  ̄| | ̄ ̄ | |  ̄| | ̄ ./....│
│ /. ( ) | ̄  ̄ ̄|  ̄ ̄| | ̄ | ̄  ̄| \ │
│ \. | | |  ̄| | ̄ ̄ / /  ̄| | ̄ . ./. ..│
│ /. (__)_) |  ̄ ̄| / / | ̄  ̄ | \ │
│ \  ̄ ̄ ̄  ̄  ̄ ̄ ̄ ̄ ./. .│
│ /. 希望小売価格<税別>100円 種類別ラクトアイス ..\ ..│
│ \.. /.. .│
└── ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄──┘
一本しか来てないな
ネイティブアルター最強最速の粋で往なせな兄貴が浮かんだ
ハイパーグッドスピード
ほしゅっとく
保守り。
>464
IDがなにか主張してる。
久し振りに参加します。
『ambling in the umbllera』、6レスです。
「冬弥?」
「え?」
背後からいきなり名前を呼ばれて、慌てて振り返る。
そこにはよく見知った顔があった。
「なんだ、はるかか」
「びっくりしたよ」
全然そういう感じには見えないが、驚いているらしかった。
「どうして?」
「冬弥がいたから」
俺が図書館にいたら変なのか…?
って、はるかこそそうじゃないか。
「…まあいいや。それで、これからどうするんだ?」
んー、と手をあごに当てて考えるはるか。
「帰るけど、帰る?」
「ああ、こっちも今用事を済ませた所だし」
「じゃ、行こっか」
はるかがいつものように自転車置き場に向かっていくので、
なんとなく俺もそれに付き合う。
キーチェーンが外れて、台車からメルセデスのMTBが滑り出てくる。
はるかには勿体ないくらい、いい自転車だと思う。
「なに?」
「なんでもない。ほら、行くぞ」
「うん」
電車で数駅の距離を、ふたり並んでの帰り道だ。
はるかは自転車を横手に押しながら、俺の隣を歩いている。
最近流行の海外ドラマなんかじゃ、これは結構いいシチュエーションなんだろう。
帰り道で一緒になった男女が他愛もないことを話し合いながら見慣れた景色の中を歩き、
そんなことを繰り返しているうちに二人の間に芽生える淡い恋心…
駄目だ、自分で恥ずかしくなってきた。
ま、そんな事は天地がひっくり返っても起こりえないことだ。
第一、俺の隣にいるのははるかなんだ。
こいつにヘンな気を起こすなんてあり得ない。きっと。
「暇?」
俺の視線に気がついたのかどうか、果たしてはるかは俺に話しかけてきた。
「そりゃ暇だろ、こうしてるんだから」
「んだね」
これで間が持つんだから、気が楽なことこの上ない。
向こうも向こうで、別に気を使おうとかそういうのがないし。
「あ」
唐突にはるかが立ち止まる。
どうしたと言いかけた俺を制して、はるかは上を向いた。つられて俺も空を見上げる。
と、錫色の空が視界を覆いつくし、冷たいものが顔に当たった。
「雨か…」
「傘、持ってる?」
「いや、持ってないけど…」
迂闊だった。
家を出る前に天気予報くらいチェックしておけばよかった。
こうしている間にも、雨はだんだん強くなっていく。
今から駅に戻るのと近くのコンビニで傘を買うのと、どっちがいいだろうか。
そんなことを考えていた時。
「はい」
「え?」
突然、俺の目の前に紺色の折り畳み傘が差し出された。
「いらない?」
「あ、ああ…ありがと、入れてくれ」
はるかは俺に傘を手渡すと、そのまま自転車を漕ぎ出した。
「じゃ、先行ってるから」
「…って、おい!」
慌てて呼び止める。
10メートルくらい行った先で、はるかは立ち止まってこっちを見ている。
どうかしたの?とでも言いたげな顔だ。
「早く差さないと濡れちゃうよ?」
「そうじゃなくて!」
俺ははるかの側まで近付き、傘を開いた。
そして、自転車を支える体を庇うようにそれを差し出した。
「ほら、はるかも入れよ」
はるかはきょとん、とした目で俺を眺めている。
こうしている間にも雨は強くなり、はるかは自転車を持ったまま雨足に晒されている。
「ほら、入れって」
「…うん」
俺の説得にようやく折れ、渋々という感じではるかが傘の中に入ってきた。
結局、この状況では他の選択肢はなく、一緒に歩いて家まで帰る事になったのだが、
はるかの持ってきた折り畳み傘では二人が入るには巾が少し足りない。
案の定、俺の左肩とはるかの右肩は次第に強まる雨のせいで
みるみるうちに濡れていった。
「冬弥、濡れるよ」
「別にいいよ、そっちこそ濡れてるだろ」
「構わないよ」
「いや、俺が構うから」
それでも終始こんな調子で、お互いに傘を押し付け合い続けた。
こっちは別に濡れても構わなかったんだが、はるかも何故かそこは譲らなかった。
まあ、こいつは変に強情なところとかあるからな。
そんな感じでやり合いながら、いつしか風景は見慣れたそれに変わっていった。
ようやく家にたどり着いた頃には、雨足こそ若干弱まっていたが、
すっかり俺もはるかも濡れねずみになっていた。
それでもなんとか右半身だけでも濡れずに帰れたのは、はるかの傘のおかげだ。
この際、最初から電車に乗っていれば良かった、なんてことは忘れよう。
「今日は本当にありがとな、はるか」
「ううん、何もしてないよ」
マンションのエントランスの中で、俺ははるかに礼を言った。
はるかはこう言っているが、こいつもかなり濡れてしまっていた。
「上がってくか?温かいものくらい出すけど」
しかしはるかは、俺の提案に首を横に振った。
「もったいないからいいよ」
もったいない?何が?
…俺、何か渡したりしたっけ?
あ、そうだ。傘返さないと。
「はるか、これ返すよ。本当に助かった」
「うん、嬉しいよ」
はるかは俺から受け取った傘を畳むと、バッグの中に無造作に放り込んだ。
「差さなくていいのか?まだ降ってるけど」
「いいんだ。自転車乗るときは傘差さないから」
「ふーん…ま、それならいいや。それじゃ今日はありがとな、はるか」
「風邪引かないでね」
「それはこっちの台詞だ…。ま、とにかく気をつけて帰れよ?」
「ん、今日はありがと」
今度は『ありがと』?俺、はるかに何かしたか?
傘譲ろうとしたくらいしかしてないはずなんだが…
「…とにかく、じゃあな。また明日」
「うん、じゃあね、冬弥」
はるかは言葉通り、傘を差さずに自転車に乗って雨の中に突っ込んだ。
とても雨の日とは思えない加速度で、後ろ姿は消え去っていった。
…やっぱり、あいつの考えることはいまいち理解しきれないな。
さ、シャワー浴びよ。
以上です。
最初のレスでタイトル間違えてしまいました。
『ambling in the umbrella』でした。
よろしくお願いします。
保守り。
あと三日だぞー。がんばれー。
タイトルは『りょうてにはなを』
CLANNADの椋と朋也のその後のSSです。
お題は『花』『お願い』『キス』を少しずつ入れました。
よろしくおねがいします。
玄関のドアのノックで目が覚めました。
「あ、はいっ」
私は慌ててベッドから飛び出しました。まだ寝ぼけています。
コンコン……。
パジャマのまま玄関走って行きます。そしてドアの覗き窓で確認をするとロックを外して開けました。
「よう。おねぼうさん」
朋也くんは笑いながら自分の腕時計を私に見せました。
──もうすぐ10時。
デートの待ち合わせ時間でした。
「ご、ごめんなさいっ」
慌てて謝ると朋也くんは「外で待ってるぞ」とドアを閉めてくれました。
パニックになってしまいました。目覚まし時計が鳴った事すら気付きませんでしたから。
取り敢えずテレビをつけます。天気予報を見るつもりでした。
しばらくベットの上で呆然としていたのですが、寝汗の匂いが気になりました。
シャワーを浴びる為に着替えを取り出そうとタンスを開けた時でした。
テレビのアナウンサーが清清しい声で挨拶をしたのです。
「おはようございます。8時のニュースです」
……目覚まし時計も壁掛け時計もしっかり8時でした。
私はまた玄関まで走りドアを開けます。──朋也くんは私の顔を見てニヤニヤしました。
「おはよう。椋」
「〜〜〜〜」
子供みたいな悪戯する朋也くんは、やっぱり子供のような笑顔でした。
私達は高校を卒業して1年半程経っていましたが、今でもお付き合いを続けています。
私は隣町にある看護士の専門学校に通っています。場所が遠いのでこうして一人暮らしをしています。
一人暮らしは両親には反対されました。ですがお姉ちゃんが応援してくれたのでなんとか実現しました。
朋也くんは町に残って就職しました。ですから、デートはいつも週末です。
一人暮らしを応援してくれたお姉ちゃんですが、朋也くんが平日の夜に私の部屋に来ることはきつく禁じました。
私は、その、構わないのですが、朋也くんは卒業してもお姉ちゃんには頭が上がらないようで律儀にそれを守っていました。
だから今でも一番長く二人で過ごせるのは休日なのです。ちなみに休日の夜に関しては……秘密です。
そんな生活のリズムを私と朋也くんは楽しんでいました。
「おまたせしました、でしょうか?」
支度を終えた私はバイクをいじっている朋也くんに、ちょっとだけ怒ったふりをして言いました。
「やあ椋。おはよう」
気にもしない朋也くん。ずるいです、そんな笑顔をされたら──何も言えないじゃないですか。
「さあ、行こう。今日はいい天気だから気持ちいいぞ」
そう言うとヘルメットを渡してくれました。
朋也くんは半年前からバイクに乗っています。職場の先輩のお下がりだそうです。
バイクに乗る朋也くんは高校時代の朋也くんよりも子供っぽくなりました。本当に楽そうで嬉しそうな子供の顔をするのです。
このバイクですが、今日に至るまで大変でした。
二人乗りができませんでした。私が乗ると曲がりたい方向に曲がらないのです。
バイクを乗り始めた頃は夕方になると誰も居ない川原で、二人、練習をしていました。
「右だからな」
朋也くんはゆっくりと右に身体を傾けます。私もそうするのですが、怖くなって反対方向に身体を傾けてしまうのです。
そうするとバイクは──ほぼまっすぐに進みます。そんな時、朋也くんはあの子供っぽい笑顔で私を見てくれます。
「ゆっくりでいいから俺と同じように傾けてみて」
私は何度目かの練習でようやくそれができました。──フワっと曲がれたのです。
「ひゃっほーう!」
朋也くんの声が背中の振動でわかります。嬉しくてぎゅっと抱きつく力を強めました。
「なあ、椋!」
「はい!」
背中で大きく響きました。
「やったな!」
「はい!」
今でもこの時の事は忘れられません。
あの瞬間にようやく朋也くんと一緒になれたという実感が持てたのですから。
デートのスタートはいつも決まっていました。
私は5冊目のノートに印字された占いの結果を貼り付けます。
「今日も良い結果でした」
嬉しそうに言うと朋也くんも喜びます。
「そうだな」
「悪い日はがっかりですから……」
「これからは悪い日はなかったことにしちゃおうぜ」
朋也くんの悪戯っぽい顔。
「ダメです。全部残したいんです」
今日の運勢をもう一度見ます。
願い事──叶う。
私は朋也くんの手を引いて機械の中から出ます。
「さあ、行きましょう。欲しいアクセサリーがあるのですけど──できたらプレゼントしてくれませんか?」
「ああ。いいとも」
腕を組んでアクセサリーショップに行きました。
プレゼントが願いではありません。
何時間でも何分でもこんな幸せな時間を過ごしたい。それが私の願いでした。
──いつまでも、いつまでも、幸せでいられますように。そう願っていました。
次の目的地に着くと、朋也くんはこれ以上ない落ち込みようでした。
公園のベンチで私達は途方に暮れていました。
「食い物ってイメージして期待している分、ショックでかいんだよなあ」
朋也くんのおおげさな嘆きの声にちょっとだけおかしくなってしまいました。
「椋」
「なんですか?」
「今……笑ったな?」
私が笑顔で否定すると、朋也くんは、むぅ、と唸ってしまいました。
原因はお店が辞めてしまった事でした。
私達が大好きなハヤシライスのおいしいお店がつい先日で閉店していたのです。
朋也くんはそのハヤシライスの大ファンでした。私もあの優しい味が大好きでした。
そしてそのお店で食べた後は、近くにあるこの大きな公園でキスするのがちょっとしたお約束でした。
私も残念ですが朋也くんに言いました。
「他のお店をさがしましょう」
落込んでもしょうがないと思ったのでしょうか、朋也くんはおどけて見せました。
「しょうがない。ここキスしたかったけどな」
「これで我慢してください」
頬に軽くキスをしてあげました。
確かに「実用的だけどいいか?」とは訊かれました。
ですがちょっと実用的過ぎると思います。
街道沿いのラーメン屋さん。私達はそこに居ました。
「ここのトンコツ最高なんだぜ?」
無邪気な朋也くん。
「トンコツ味のキスはちょっとイヤです」
私は一応の抵抗をしながらも、肩に手を回されてそのままお店に入ってしまいました。
「おいしいです」
あまりのおいしさに大きさで声を出してしまいました。恥ずかしいです。
「でしょ?」
店員さんが私の声に反応しました。その光景を朋也くんは笑って見ています。
「〜〜〜〜」
私は黙って食べ続けました。
朋也くんはそんな私を見て、「これを入れないと」と小瓶を渡しました。
「朋也くん」
「なに?」
「入れました?」
「いや、これから」
ノンキにそんな事を言うので、私は小瓶を没収してふるふると顔を振りました。
意図が伝わったようです。
「……だめか?」
ダメに決まっています。
私は「ニンニク」と書いてある小瓶をそっと遠くに置きました。
最近のデートはバイクで移動します。
ですから、せっかくのデートでもとっておきの服を着ることができません。
排気ガスが凄い事を知りませんでした。
以前、私の白いスカートが真っ黒になった時、思わず涙ぐんでしまいました。
その時は朋也くんが「ごめん、ごめん」と謝ってくれました。──嬉しかったですが、笑っていました。
朋也くんはデートの度に「楽しいんだ。本当に楽しいんだ」と言います。
その言葉通り朋也くんはいつも笑顔でした。学校の頃よりも子供のように見えます。
肩の力が抜けたようなリラックスした笑顔。
私はそれが一番嬉しくて大好きでした。
最後の目的地に向かいます。
「なあ椋!」
抱きついている背中から音と振動が伝わります。
「はい!」
エンジンと風の音に負けないように大きな声を出しました。
私達は同じように右に傾くと、バイクは右に曲がります。
そして、姿勢を元に戻すと大声で言ってくれました。
「─────!」
言葉は聞き取れませんが私には伝わっていました。
「─────!」
もう一度同じ音と振動を私に伝えられます。今度は言葉としても受け取れました。
私は朋也くんのバイクに乗って知りました。大切なのは言葉ではありませんでした。
大切なのは朋也くんの背中から私の胸の中に響く想いの音なのでした。
その音を言葉にすると「大好きだあ!」になるのだと思います。
今日のデートの最後の場所はお花屋さんでした。
たまに部屋に飾る花を買うお店で、店員の一人が私の知り合いなのです。
「いらっしゃいませ」
お店に入るとその店員さんは笑顔で迎えてくれました。
「あらあら」
悪戯っぽい視線を私達に向けまています。
「ども」
男の子──年齢的にはおかしいのでしょうが朋也くんにはぴったりな言葉──ですから居心地が悪いようです。
そっぽを向いて店内をうろうろし始めました。
「ねえ」
店員さんは朋也くんの方を見て言いました。
「彼氏?」
私は恥ずかしかったのですが、はい、と答えます。
「いい男じゃない」
笑顔で私の肩をポンポンと叩いてそう言いました。
「また部屋に飾るお花を見に来ました」
嬉しいのですが、店員さんの恋愛談義はかなり長くなる事を知っていましたので話を変えます。
朋也くんはうろうろするのをやめて、お店の奥でじっと何かを見ていました。
それを見ていた店員さんは私の方を向きます。
「ねえ。一番素敵な花を選ぶ方法って知ってる?」
「……いいえ」
店員さんは、それはね、とまた悪戯っぽい笑みを浮かべていました。
「好きな人が見ている花を選んであげるの」
朋也くんには私達の会話は聞こえていませんでした。
「好きな人が見ている花を選んであげるの」
店員さんは繰り返し言いました。
なんとなく恥ずかしかったのですが、そうしたくなりました。
「さあ、行って来なさいな」
私の背中を優しく押してくれました。そして──
「彼、いいセンスしていると思うわよ」
と笑ってくれました。なんだかくすぐったいような気持ちになりました。
ゆっくりと朋也くんの方に向かいます。
朋也くんは気付いていないようです。じっとその花を見ています。
やがて朋也くんの傍に行くと、私に気が付いた朋也くんは言いました。
「椋」
そして、あの笑顔。
「この花ってさ。おまえの笑顔にそっくりでいいと思うんだ」
私は店員さんが見ているのを知っていましたが、朋也くんに──キスをしてしまいました。
その言葉とその花を選んでくれたことがたまらなく嬉しかったのです。
「あらあら彼氏さん。まさに両手に花ね」
さっきのキスを見ないふりをしてくれた店員さんが、からかうように声を掛けてくれました。
私達はレジに向かいます。
朋也くんの右手には私の左手。
そして、
朋也くん左手には──ひまわりの花。
とてもとても素敵で楽しかったデートでした。
以上です。
よろしくおねがいします。
誤字訂正です。
りょうてにはなを_9の最後から2行目。
朋也くん「の」左手には──ひまわりの花。
失礼しました。
なんとか間に合いました。
投下します。CLANNADの風子SS。タイトルは「Signs Of Life」
ほのぼのとシリアスの中間くらいで、15〜6レス予定。
テーマは『結婚』がメインで、『嘘』『卒業』『家族』も少し入っています。
それは、俺が就職して二年目の夏のことであり、風子と付き合いだして二年目の夏のことだった。
「岡崎さん、風子と結婚してください」
週に一度の休日。いつものように俺のアパートに遊びに来た風子がいきなりそんなことを言い出したので、俺は自分の正気を疑った。
「……はい?」
「あっ、今『はい』と言いましたね。それは肯定という意味ですね。当然です。風子の魅力にメロメロの岡崎さんが、風子と結婚したくないなんてことはありえません」
「いや、そうじゃなくて……今なんて言ったんだお前」
風子は靴を脱ぎ、勝手知ったる俺のアパートに上がりこむ。風子には似合わない、やけに大型のスポーツバックを重そうに担ぎながら居間に入ると、ぺたん、と座布団の上に勝手に座った。
いや、風子の突拍子もない言動は今に始まったことじゃないからいい。しかし問題は、風子の口から『結婚』などというこいつにおよそ似合わない単語が突然出て来た事だ。
きっと俺の聞き間違いだったんだろう。最近も暑い中、路上での仕事が多かったし疲れてるんだろうな俺。だからきっと風子は『決闘してください』とか、『血痕してください』とか言ったに違いない。……ん?それはそれでなんかヘンだな。ともかく落ち着こう。
「いきなりの風子の登場に目を奪われてよく聞こえなかったんですか。仕方がありません。もう一度だけ言います。岡崎さん、風子と結婚してください」
どうやら俺の耳と頭は正常らしい。
「……結婚って、あれか? 男と女が夫婦になるやつか?」
すると、もしかしておかしいのは風子の方か? また何か変わったものに影響されたとか、あるいは結婚の意味を取り違えているとか……って、我ながらありえない仮説だとは思うがどうしてもそう思わざるを得ない。
「もちろんです。風子、今日から岡崎風子になります。ふつつかものですが、これからよろしくお願いします」
ぺこり、と風子が小さな頭を小さく下げる。つられて気がつくと俺も風子の正面に座り、お辞儀を返していた。
「あ、これはどうもご丁寧に…………ってちょっと待て!!」
つまり、これはあれか。
俺も風子も正常で、お互い何も間違っていなくて。
間違いなく、風子は俺にプロポーズして、俺と風子が結婚することになっているってことか?
「……? 岡崎さん、顔色悪いです。もしかして風邪でも引きましたか」
「いや、ちょっと頭が混乱しつつあるだけだから気にするな」
間違いなく、今日という日は俺が今まで二十年生きてきて一番慌しい日になるような予感がした。
「いいか、確認するぞ風子。お前は今日から俺と結婚して、このアパートに住むつもりだ」
「そうです」
とりあえず用意したのは麦茶。頭を冷やせば少しは会話も冷静に出来るだろう。
「結婚するってことは、相手と一生添い遂げるってことだぞ。その相手が俺でいいのか?」
「もちろんです。風子は岡崎さん以外にこんなこと言いません。というか岡崎さんは甲斐性がありません。普通、こういうことを女性に言わせたりしないです」
そりゃそうだ。普通は男が女にプロポーズするものだ。いきなり女が男の家に押しかけてプロポーズなんて、世間ではあまり聞かない。……まあ、風子が俺以外と結婚したくないって言ってくれたのは素直に嬉しいが。
確かに、俺は風子と結婚したいのかしたくないのかと聞かれたら、したいと答えるに決まっている。と言うか、実は風子が高校を卒業したら俺からプロポーズしようと密かに計画していたりもする。指輪を買う金も少しずつ貯めていたりもする。
その計画が台無しになったのは残念だが、しかしなんだって風子は突然こんなことを言い出したんだ。
というか、何気に風子は今すごいこと言ってくれたよな。俺としてはもちろん嬉しいが。
……と、不意に頭の中にある単語が湧き上がった。
”できちゃった結婚”
もちろん、俺には一生縁がないから一生使う事はない言葉だと思っていた。しかし女がいきなり男に結婚を申し込むのならこの単語ほどその状況に符合する単語はそうはない。
頭の中で風子と俺の今までの生活を振り返ってみる。
……思い当たる節がないわけでもなかった。
まさかとは思うが、今朝伊吹家ではこんな会話が繰り広げられていたのではないだろうか。
「お姉ちゃん、ユウスケさん、今朝は風子から重大発表があります」
「あら、何かなふぅちゃん?」
「風子、最近あれが来なくなったので昨日こっそり産婦人科に行ってきました」
「…………えっと……え? え? 」
風子の言葉の意味を理解しきれずフリーズ寸前の公子さんの理性。
「……三ヶ月だそうです。風子はどうやら岡崎さんの子どもが出来てしまいました」
顔を赤くしての風子の告白。それが公子さんにトドメをさした。
「……ええ――――っ!?」
「というわけで、風子は岡崎さんに責任を取ってもらいます。風子は今日から岡崎風子になります。お姉ちゃん、今までお世話になりました」
そう言って、バック一つに嫁入り道具(そのうち半分はヒトデグッズ)を詰めて、伊吹家を後にする風子。
残された公子さんと芳野さんは、あまりのショックに風子を引き止めるのも忘れ、真っ白に……。
……うわ、すっげえリアルすぎて怖い。
「ふ、風子……もしかして、出来たのか?」
動揺をなんとか表に出さないようにして、麦茶を一口飲んでから風子に尋ねた。意外にもというか予想通りというか、風子はよく分かっていないように小首を傾げた。
「出来たって、何がですか?」
「だ、だからその……もしかして、赤ちゃん……が出来たから、責任とって俺に結婚しろと言ってるのか?」
赤ちゃん、の部分だけかなり小声になってしまったが、こんな近くで話しているのだから風子にも当然聞こえたはずだ。
もし風子が『はい。出来てしまいました』と答えたら俺はどうすればいいのだろう。
決まっている。俺も男だ。そして今は学生じゃなく、社会にでた一人の人間だ。責任はきちんと取る。堕ろせ、なんて風子を傷つける無責任な発言は絶対にするつもりはない。
できれば風子が卒業してからの方がよかったが、このままでは風子が卒業する前にお腹が目立ってしまうだろう。風子には本当に悪いことをしたが、一年学校を休んでもらって……そうか、すると学生結婚になるんだなぁ。
気がつくと俺の想像はかなり未来にまで先走っていた。ううむ、俺も最近風子の影響を受けて妄想する癖が強くなっているのかもしれない。
「ち、違います。岡崎さんとの赤ちゃんなんて風子は出来ていません。……あっ、ご、誤解しないで下さい。別に風子は岡崎さんとの赤ちゃんが欲しくないと言っている訳ではありませんっ」
しかし風子の口から出た返事は予想外のものだった。柔らかそうな頬を真っ赤にしながら慌てて否定する風子は相変わらず可愛かった。
……けど、ならなんで風子はこんな急に結婚しようなんて言い出したんだ?
「なあ風子」
「今度はなんですか?」
確かに俺だって風子と結婚するつもりはある。けど、やっぱりこんな唐突に風子から言い出すというのは何かありそうだ。それを確認するまでは、簡単にOKしないほうがいいと思う。
「俺はともかく、お前まだ学生だろ? 少し早いんじゃないのか。第一なんでこんな突然結婚しようなんて言うんだ」
「大丈夫です。学校にはここから通います。突然来たのは、突然岡崎さんと結婚したいと思ったからです。というわけで問題はありません」
全然問題ありまくりだった。
だが、風子の顔は予想していた以上に真面目だ。冗談や単なる思い付きでこんなことを言っているとは思えない。
きっと風子は何か隠している。けれど、俺と結婚したいという気持ちは確かに本物なのだろうと思うと、それでも男としては嬉しくなってくる。
「風子の気持ちは嬉しい。けど、公子さんはいいって言ってくれたのか?」
問題は公子さんだ。まあ、公子さんなら風子と俺の関係はずっと前から了承してくれているので今更ダメとは言わないが、公子さんも元教師だ。さすがに何の理由もなく学生結婚なんてことを許すとは思えない。
場合によっては、後で公子さんに電話をしておいた方がいいかもしれない。
……などと考えを回していた思考はすぐに断ち切られた。風子が、公子さんの名前を出したとたんに視線を泳がせ、そわそわとしだしたからだ。明らかに不自然な態度だった。
「も、もちろんです。お姉ちゃんは快く風子を祝福してくれました」
「そうか。じゃあ、公子さんに電話して俺たちの結婚が決まったことを伝えないとな」
胸ポケットに手を入れて携帯電話を取り出した。
「わぁ――――っ! そ、それはいいですっ!」
それを風子は素早く奪い取った。元バスケ経験者の俺ですら見えないほどに素早い動きだった。何者だこいつ。
「いいって、なんで」
「お姉ちゃんは……そう、色々と今日は忙しいはずです。ですから、後で風子が電話しておきます」
……明らかに怪しかった。嘘をついているかどうかまでは分からないけど、どうも公子さんの話題に触れて欲しくないように頑張っているように見える。
「風子、俺の目を見て正直に言え。もしかして公子さんと喧嘩とかして、家出してきたんじゃないだろうな?」
となると、考えうるのはそれだった。風子と公子さんに限ってそんなことはないとは思う。この姉妹の仲のよさは俺も芳野さんも保証できる。しかし、風子の態度からするともしやとも思ってしまう。
「違います。どちらかというと風子とお姉ちゃんは仲良しです。近所でもあの姉妹の絆はダイヤモンドより固いと評判です」
さっきまで泳がせていた目を、今度は逸らすことなく正面から俺に向けてきた。風子の大きめの瞳が二つ、真っ直ぐに俺の視界に飛び込む。
その目は、俺と付き合いだしてからいつも一生懸命風子がヒトデを彫っていたときの表情と同じで真剣そのもの。それを嘘と言えるだけの疑い深さは俺には持ち合わせていなかった。
「……分かった」
「分かってくれましたか」
自信満々、だけどちょっとだけホッとしたように風子が満足そうに息を吐く。しかし今更ながら、これってプロポーズの場の雰囲気じゃないよな絶対。
「お前は本当にいいんだな?」
「もちろんです。風子は岡崎さんが好きです。……そういう岡崎さんはどうなんですか」
少しだけ、俺を見上げる風子の目に不安の色が見えたような気がした。
風子にしてみれば、おそらく俺が二つ返事でOKしてくれるものだと思っていたのだろう。それが俺がこんな質問ばっかりしている態度だと、自分の決断に自信が持てなくなっても無理はない。
「もちろん、俺も風子が好きだ。俺も風子となら結婚してもいいと思う」
「ありがとうございます。風子この年で結婚ですか。社会の荒波に出て行く勇気ある大人の女です。ドキドキします」
風子が嬉しそうに微笑んだ。
「けど、結婚式とか婚姻届とか、そういうのはお前が卒業してからにしよう。それまではここに住んでいいから」
「……分かりました。ここに置いてもらえるのなら風子はそれで構いません。……はっ! ということは、まだ籍を入れないのに同居ですか。同棲ですかっ。んー、風子一気に大人の階段を二段飛ばしで駆け上がってしまいました」
勝手に盛り上がる風子。確かに形式上は大人の階段を上っているようにも見えなくはないが、こういう仕草や体つきはまだまだ十分子どもだと少しは自覚して欲しいものだが。
「言っとくけど、このアパートは狭いから風子の部屋なんて用意できない。居間も寝室も俺と一緒だ。いいんだなそれで?」
「仕方ないです。早くお金を貯めて広いところに引っ越せるように頑張って風子を養ってください」
風子らしいといえばらしい言い方だったが、俺と一緒に住むのを嫌がらないのは嬉しかった。
明日から、俺は自分のためだけじゃなくて風子のためにも働くことになるのか。
たぶん、今まで以上に働かないと風子のまで稼ぐのは大変だろう。けど、それはきっと辛いだけじゃなくやり甲斐のあるものになるはずだ。
家に帰っても、一人じゃない。待っててくれる誰かがいる。それはきっと、今まで以上に幸せなものになってくれるに違いない。
とりあえずやれる所までやってみよう。さあ、まずは二人での最初の仕事、風子の荷物の整理からだな。
……ん? ということはもしかして、今日から一つ屋根の下で風子と眠るのか?
……俺、明日から仕事に遅刻せずに行けるのだろうか……?
「おはようございます」
昨夜の疲れも残らず、いつも通りの出勤。俺より早く来ていた人たちが挨拶を返してくれた。もうすっかりお馴染みの風景だが、今朝はなんだかいつもより新鮮な気がした。
しかし風子が俺より早く起きたのはちょっと意外だったな。なんだかんだでいつの間にか朝食も作れるようになっていたし。自分以外の誰かが作った朝食を食べて出勤というのは初めてだった。
今日は世界がいつもと違って見える。きっと今日の仕事も、今までとはどこか違ったものになるのだろう。
「あ、おはようございます芳野さん」
「……岡崎か。おはよう」
芳野さんは俺のちょっと前に来たのだろう。丁度着替えをしている最中だった。いつも通りの朝の挨拶。けれど、どこか今朝の芳野さんは疲れているように見えたのは気のせいだろうか。
「岡崎」
横目で芳野さんの様子を窺いながら着替えていると、着替えを済ませた芳野さんから話しかけられた。
作業着から首を出して応える。芳野さんは両腕を組み、何か考えるような体勢で俺を見る。
「はい?」
「今日の仕事は一昨日の続きだから早めに終わる予定なんだが、仕事が終わったらちょっといいか?」
「え? あ、はい。別に構わないっすけど」
芳野さんが俺を誘うとは珍しかった。飲みに行くとかだろうか? しかしそれにしては雰囲気が妙に真剣だったというか、何かすがって来るものがあったと言うか……芳野さんが疲れているように見えるのに関係あるのだろうか?
風子には予備の鍵を持たせてあるから心配はないし、いざとなったらアパートにも電話はある。遅くなりそうなら連絡すればいいから大丈夫だろう。
「ここって……」
だが、早めに仕事が終わり芳野さんが俺を連れてきた場所は予想外の場所だった。
いや、知らない所と言うわけではない。俺もよく訪ねていた家だ。今では俺のもう一つの家とも言える。けど、芳野さんが仕事帰りに俺を連れてくるなんてことは今までになかった。
「公子さんの……あ、いえ。芳野さんと公子さんの家ですよね。どうしたんですか?」
結婚した後芳野さんはここに住んでいる。つまり、ここは伊吹家でありながら芳野家でもある。もちろん、風子も昨日まではここに住んでいた。
芳野さんはなにやら腕を組み、考えるように目を一度閉じた。それから目を開けて言った。
「実は、お前に聞きたいことがあってな」
公子さんの名前を出したとき、一瞬だけ優しそうになった瞳。それで、直感的に風子の話なのだろうと思った。
インターホンを押す芳野さんに続いて、俺も何度訪れたか分からない伊吹家の玄関をくぐった
「どうぞ」
「あ、どうもっす」
公子さんはいつもと変わらない笑顔で迎えてくれた。いつものように手際よくお茶を出してくれる。だが、今朝の芳野さんと同じく、公子さんもどこか疲れているように思えた。
「それで、聞きたいことってなんですか?」
半ば風子のことだろうと予想はついていたがいちおう聞いてみることにした。俺の正面の席には公子さん。その隣には芳野さんが座っている。本来なら俺の席には風子がいつも座っていたんだよな、とふとなんともいえない気持ちになった。
「はい。あの、もしかしてふぅちゃんがそちらにお邪魔してないでしょうか?」
少し疲れたように、けれど相手に決して警戒心というものを抱かせないような柔らかい声で公子さんが尋ねてきた。
正直、予想外の質問だった。
「え? あ……はい。確かに俺のアパートに昨日きてそのまま泊まりましたが……」
「そうでしたか……」
困ったように眉を寄せ、それでも微笑みを崩すことなく公子さんは呟いた。
「それで、ふぅちゃんは何か言ってましたか?」
「え? 何かって……うちに来るなりいきなり『結婚してください』って言ってきて、そのまま勢いに負けてうちに置くことになったんすけど」
「け……結婚――っ!?」
公子さんがこれだけ声を上げて驚いたのを、俺は初めて見た。芳野さんですらこんな公子さんはあまり見ないんじゃないかと思って芳野さんのほうを見ると、芳野さんも口をパクパクさせながら驚いたように目を見開いていた。
なんだろう。なんだか、食い違いというか、話がうまくかみ合わないような気がしてきた。
「ちょっと待ってください。もしかして、風子は俺のところに住むって言ってなかったんですか?」
確か風子は、俺のところに来るのは公子さんに言ってきたようなことを言っていたはず。それどころか、まさか風子は俺と結婚することすら言ってないんじゃないかと思えてきた。あいつ、いったい何をしたんだ?
「…………あ、はい。実は昨日、岡崎さんのところに行くと言っていたふぅちゃんが夜になっても帰ってこなかったんです。
岡崎さんのところにお泊りするのはたまにあることですので私たちもあまり心配はしていませんでした。そしてゆうべ、ふぅちゃんの部屋のベッドカバーを代えようと思ってふぅちゃんの部屋に入ったんです。
そしたら、部屋がかなり散らかっていて、ふぅちゃんの服や教科書、以前海に行ったときに使った大きなカバンがなくなっていました。そして机の上にこんなものが置かれていまして」
ようやく我に返った公子さんが説明してくれた。話が進んでいくごとに公子さんの声のトーンも若干下がっていく。
公子さんが胸ポケットから一枚の髪を取り出した淡い水色の薄い紙には正しい間隔ごとに線が引かれており、それが手紙用の便箋だとすぐに分かった。
そこには、お世辞にも達筆とは言えない字で、
『お姉ちゃんとユウスケさんへ
風子はもう十分に大人です。というわけで、今日から風子はお姉ちゃんたちに頼ることなくやっていきます。
ですから、二人とも風子のことは気にしないで幸せになってください
風子』
と書かれていた。間違いなく風子の筆跡だった。
「……それで、さすがに心配になったんですね?」
「はい。岡崎さんのところにいる可能性が高い以上、本当ならゆうべのうちに岡崎さんの家に電話を差し上げるべきだったのでしょうけど。
ただ、手紙に気がついたのがけっこう夜遅くでしたから岡崎さんにご迷惑かと思いまして。それに岡崎さんならあまり心配はいらないとつい甘えてしまいまして。
でも結局今朝になってもふぅちゃんは帰ってきませんでしたので、さすがに事態を把握しないといけないと思いまして」
それで謎が解けた。公子さんと芳野さんが疲れていたように見えたのも、突然家を飛び出した風子のことが心配でなかなか眠れなかったんだろう。
俺は昨日、風子に『公子さんと喧嘩して家出してきたのか?』と聞いた。風子はそれを否定したから俺も安心していたが、風子は喧嘩どころか黙って家出してきたわけだ。確かに、公子さんと喧嘩などしてない以上はそれを否定したことは嘘にはならない。
それにしても、公子さんは優しい。というより優しすぎる感じがある。こういう緊急時くらい、俺を叩き起こすくらいしてくれても俺としては一向に構わないんだから。
……まあ、俺のことを信頼してくれていたのはちょっと照れくさいくらい嬉しいが。
けど風子の奴どういうつもりだ。確かに公子さんと喧嘩して家出したわけではなさそうだが、こんなことしたら公子さんが心配することくらい分かりそうなものだろうに。
いつの間にか、いつも笑顔を崩さないはずの公子さんの顔が不安で曇りかけていた。それほど風子は公子さんにとっても大切な存在なんだ。
とりあえず、俺がすべきことは俺の知っていることを全て話して公子さんたちの不安を和らげることだろう。
「そちらの事情は大体分かりました。それじゃあ、今度はこっちの事情を話します」
なるべく詳細に思い出しながら、俺は昨日風子が家に来た事情を話した。今朝は俺の家から学校に向かったことも。公子さんは、『それで学校から欠席の連絡が来なかったんですね』と一言呟いた。
「岡崎さん、ふうちゃんがご迷惑をおかけしました」
説明が終わるなり公子さんは申し訳なさそうに頭を下げてきた。しかし、それは俺としては困る。
「い、いえ。こちらこそ結果的に公子さんたちに心配をかけてしまって」
そう。むしろ謝るべきは俺のほうだ。風子の勢いに押されたとは言え、公子さんになにも連絡をせずに風子を家に置いて公子さんに心配をかけたのだから。
「それにしても結婚か……。確かに結婚とは人生の一つの分岐点だ。共に進むべき人生の伴侶を得るというその神聖な儀式は、単に男女が一緒になるというだけじゃない。
それまで全く違う道を歩んできた二人が共に一つの道を歩むようになるということ。そう、二つの道がどこまでも続く一つの道になる、人生で最大の分岐点……」
……芳野さんのいつもの癖が出てきたようだ。この人にかかると風子の家出も一つの詩にされてしまうからな。とりあえず落ち着いてくれ芳野さん。
「それで、その……岡崎さんは、ふぅちゃんと結婚するつもりなんですか」
風子が無事でいると分かっただけでもとりあえず大きな支えになったのだろうか。公子さんもだいぶ落ち着いたように尋ねてきた。
というか、その問いはいきなり直球すぎます公子さん。今の風子の保護者が公子さんである以上、その質問に答えることは『お義父さん、娘さんを僕に下さい』と言うようなものですよ。まあ、父親はどちらかというと芳野さんだけど。
けど、この人たちの前で嘘はつけない。何より俺が昨夜風子をうちに泊めたことが判明した時点で、半分その質問に答えているも同然だった。
「はい。風子の奴が高校を卒業したら、正式に結婚を申し込むつもりでした」
公子さんは嬉しそうに頷いた。やっぱりこの人にはちゃんとお見通しだったのだろう。
「ありがとうございます。今回はふぅちゃんがその計画を台無しにしちゃったみたいですけど、それでもよかったらふぅちゃんを貰って下さい」
「……ふっ。結婚には、金も地位も必要ない。二人の愛。それさえあればどこでだって結婚は出来る。そして結婚には愛がある。お前と風子ちゃんの結婚も、やがて世界を包む大きな愛の一つになって……」
公子さんは、娘を嫁に出す母親のような慈愛に満ちた笑顔で了承してくれた。
芳野さんは、あまり娘を嫁に出す父親というイメージではなかったけれど、俺と風子のことは認めてくれたようだ。俺は二人に出来る限りの感謝をしながら、テーブルにくっつかんとするほどに頭を下げた。
……しかし、ということは分かってはいたことだが、俺と風子が結婚すれば芳野さんとは義兄弟になるのか。考えてみればすごいことだよな……。
居間の時計が四時を知らせる音楽を鳴らした。気がつけばいつの間にか結構長い時間話しこんでいたようだ。
「もうこんな時間ですね。どうしますか?」
おそらく風子は学校が終わってそろそろ帰ってくる頃だろう。あいつは大学進学の予定もないから、早く家に帰ってヒトデでも彫ってるのかもしれない。
俺が言外に込めた意味を、公子さんも読み取ってくれたようだ。
「あ、はい。あの……もしご迷惑でなければ、一つお願いしてよろしいですか?」
公子さんは立ち上がると、テーブルの上を片付け始めた。
「ただいま」
アパートの鍵は開いていた。玄関には、サイズの小さな女の子用の靴が一つ。風子は帰ってきているようだ。と、奥からパタパタと軽快な足音が迫ってきた。
「あっ。岡崎さん、お帰りなさい」
尻尾があったら思いっきり振っていただろう、と思えるほどに勢いよく風子が飛び出してきた。俺と目が合うと、仔犬のような笑顔を浮かべる。新婚さんというより、なんだか俺のペットみたいだな、などと少し危険な想像をしてしまいそうになる。
「岡崎さん、冷蔵庫の中がほとんど空でしたので、これから買い物に行きましょう。風子はまだこの辺りのスーパーを知らな……」
俺に抱きつきそうなほどに寄りながら、嬉しそうにこれからの予定を話そうとする風子。
その気体に満ちた笑顔が、俺の後ろにいる二人を見て固まった。
「……すまん風子。お客さんだ」
「お、お姉ちゃん、ユウスケさん……」
「どうぞ」
今度は立場が逆になったので俺が公子さんたちに麦茶を出す。けれど、よく冷えたそれに口をつける者はいなかった。
公子さんと再会していらい、風子はまだ一言も話そうとしない。やはり何か風子なりの事情があるのかもしれない。今の風子はさしずめ、初めて外の世界に出て戸惑っている仔犬のようだった。
「ふぅちゃん、元気だった?」
公子さんの第一声は、怒るでも叱るでも問いただすでもない。姉として妹を心配する、慈愛に満ちた優しい声だった。何を言われるかと恐る恐る公子さんの顔色をうかがっていた風子の緊張もそれでいくらか和らいだのが、隣の俺にも分かる。
「はい。風子はここで元気にやっています。新しい生活は色々と大変ですが大丈夫です。ですからお姉ちゃんも風子のことは心配しないで下さい」
言葉を選ぶかのように、ゆっくりと風子が応える。どこかその様子には、必要以上に公子さんに気を遣っているようにも見えた。
「しかし風子ちゃん。理由はどうあれ、いきなり出て行くというのはあまり感心できることじゃない。相手が岡崎だったから大事にはならなかったが、それでも公子さんは最初とても心配したんだ」
芳野さんも、仕事で俺を叱るときとは違う。保護者として、兄として優しく諭すように風子に言葉を伝えていく。
「……ごめんなさい。お姉ちゃんなら、分かってくれると思いました。心配をかけてしまいました。でも、風子は悪いことをするつもりじゃありませんでした。それだけは本当です」
だから、今度は俺の番だ。
俺も公子さんや芳野さんと同じく、風子の保護者であり、家族になろうとしている身だ。
家族の問題は、俺も一緒になって解決していかなければ本当の家族になんてなれない。
「違うぞ風子。分かるとか分からないとか、そういう問題とはちょっと違う。風子ももう立派な……いや、もうそろそろ……違うな。そこはかとなく大人になろうとしているんだ。風子が決めたことにそれなりの意味があることくらいみんな知ってる。
ただ、公子さんも芳野さんも俺も、理由が知りたいだけなんだ。どうして突然家を飛び出して俺のとこに来るなんていう、みんなを驚かせるようなことをしたのか。
それは悪いこととか悪くないこととかじゃなく、風子がそうしようと思った深い事情があったんなら、一人でそれをやろうとしないで俺たちに相談してほしいと思っただけなんだ。
公子さんも芳野さんも、そして俺も風子の大切な家族だ。だから、何か悩んでいることがあったらちゃんと俺たちに教えてくれないか?」
意外そうな顔で俺を見上げる風子。悪かったな、どうせこういう説得は俺には似合わないっての。
けど、こいつだってきっと分かってくれるはず。公子さんや芳野さんが心配することは、すなわち俺だって心配するようなことだってことを。
「分かりました。岡崎さんがそこまで言うのでしたら本当のことをお話します」
風子はややバツの悪そうな顔をすると、正面に座る公子さんへと向き直った。
「風子は、これ以上お姉ちゃんたちの重荷になるのが嫌でした。それで、風子はお姉ちゃんたちから離れて、岡崎さんのところで頑張っていこうと思いました」
風子がポツリ、と口を開いた。その予想外の無いように、公子さんは一瞬呆気に取られたように口をぽかん、と開く。
「ふぅちゃん、どうしてそんなこと思ったの? 私も祐くんも、ふぅちゃんのことを重荷だなんて思ってないよ」
それは当然の疑問だ。一緒に暮らしている風子を公子さんが少しでも重荷だなんて思っていたなら、伊吹家はあんなに温かい空気になんてならない。
「それは分かっています。風子も悪い意味でそう思ったりしていません。
お姉ちゃんはユウスケさんと結婚して幸せになれました。でも、風子が目覚めてからはお姉ちゃんはユウスケさんより風子の方を大事にしてくれています。
それに、二人が結婚してもう二年以上になるのにまだお姉ちゃんとユウスケさんには子どもがいません。さすがの風子も、これはおかしいと思いました。きっと風子がまだ一人立ちできていないからだと思いました。
二人とも、せっかく幸せになれたのに風子に遠慮しています。このまま風子がお姉ちゃんに守ってもらってばかりでは、お姉ちゃんもユウスケさんも本当に幸せにはなれないと思いました」
それには俺たち三人も完全に言葉を失った。
何も考えていないと言えば失礼だが、風子がそこまで周りを見て、風子なりに現状を考えていたとは思っても見なかった。
それが単なる風子の思い込みという可能性もある。だが、押し黙ってしまった公子さんの様子を見ているとあながち風子の言っていることは間違ってはいないのではないかと思えてしまう。
「そうなんですか、公子さん?」
公子さんは遠慮がちに小さく頷いた。
「確かに、否定は出来ません。ふぅちゃんがちゃんと一人前になれるように、ふぅちゃんが学校を卒業するまでは子どもは作らないようにしよう、って祐くんと話し合って決めたのは事実です」
それには芳野さんも頷いた。確かに、結婚してから二年経つのに一向に子どもを作ろうとしないのはどうしてかと俺も疑問に思ったことはあった。公子さんの年齢なら、子どもは早い方がよかったはず。
けれど風子と赤ちゃん、二人の面倒を見るのはさすがの公子さんでも楽ではない。だから二人は風子のために、ずっと出産を遅らせていたのか。
それは二人の性格を考えれば、確かに風子を重荷と考えることは絶対に無いだろう。だが、その風子がそのことに気付いてしまったら。
自分のせいで二人に迷惑をかけている、と思っても仕方がないかもしれないことだった。
「……じゃあ風子。お前は、自分が家を出て公子さんの世話にならなくてもやっていけると証明すれば、二人はお前に気兼ねなく幸せな夫婦生活を送れる、とそう考えたんだな?」
「はい。そうすれば二人だけの時間もたくさん作れます。二人の子どもを育てる余裕も出来ます。これこそ風子の考えた理想のアイデアでした。
だけど、やっぱり風子は一人だけで生きていく自信はありませんでした。ですから岡崎さんのところに来ました。風子が岡崎さんと結婚すれば、お姉ちゃんも負けずにユウスケさんと夫婦になれると思いました」
やっぱり、この姉妹はどこまで言っても最高の姉妹だった。
お互いがお互い、自分のこと以上に相手のことを思いやっていた。
そしてこいつは。その妹の方は。
どこかやることがズレていて、時には空回りすることもあって、世間知らずで、危なっかしくて。
それでも、いつも姉の幸せを一番に考えて、真っ直ぐに純粋で、一生懸命で、一人で頑張って、放っておけなくて。
いつまでも性格も外見も成長しない、子どものような風子。だけど、それは決して悪いことじゃない。俺たちがどこかで無くしてきたものをこいつはずっと持っていて、俺たちの進む道に確かな光をくれる。
そんなやつだから俺も好きになったんだ、と改めて思うことが出来た。
「ごめんねふぅちゃん。私、気付かないうちにふぅちゃんを子ども扱いしていたみたい」
「いえ。認めざるを得ませんが風子はやっぱりまだ子どもです。お姉ちゃんのおかげで、風子はここまで来ることが出来たんです」
様々な感情が交じり合ったような公子さんの声。風子はぶんぶんと首を横に振る。
「ありがとう。でもねふぅちゃん。私もユウスケくんも、ふぅちゃんが思っていたほど幸せが足りなくなんてなかった。ううん、むしろ今までの二年間は今まで生きてきて一番幸せだったよ。
私にとっては、私と祐くんの子どもも、ふぅちゃんも、どちらが大切かなんて選べないくらいに大切な家族なの。だから、子どもなんていなくても、ふぅちゃんと祐くんと、それに岡崎さんもいてくれた今の生活は本当に幸せだった。
だからね、ふぅちゃんの気持ちはすごく嬉しいけど、私にとってはふぅちゃんがいきなりいなくなる方がずっと寂しいな」
「…………」
風子は応えない。
それは、きっと自分が間違っていたことを突きつけられたからではないだろう。
迷惑をかけ続けたと思っていた姉が、自分のことを本当に大切にしてくれていると分かったからこそ、それにどれほどの言葉で応えていいのか分からず、言葉が出てこないのだろう。
泣きそうなのか笑い出しそうなのか分からない表情で風子はじっと公子さんを見ていた。
「――ったく」
手を伸ばすと、手ごろな場所にあった風子の頭を右手でくしゃくしゃに撫でた。柔らかい髪の手触りが心地よかった。
「わっ!? 何するんですか岡崎さん。姉妹の世界に無断で立ち入るなんてやっぱり岡崎さんは最悪です」
乱れてしまった髪に手を伸ばし、涙目で風子が訴える。
「お前のやり方って、本当いつもズレてるよな」
気のせいか、風子と出会うはずの前にもこんなことを思った気がする。けど、それは決して可笑しなことではなくて。
風子のひた向きさが理解されにくいことへのもどかしさの方が強くて。
なんとかして、こいつの真っ直ぐな思いをみんなに分かって欲しいと思っていたような気がする。
「むっ。岡崎さんに言われたくありません。岡崎さんだって風子と結婚出切るということで満更でもなかったはずです。昨日の夜だって……あ、いえ」
昨日の夜を思い出した風子と、その言葉の意味を想像してか公子さんまでが顔を真っ赤に染める。こういうところはやっぱり姉妹だ。
だけど、今なら風子の想いはみんな分かってくれる。
風子の思いは伝わる。
だから俺たちの想いを今度は風子に伝わって欲しいと、心から今そう思う。
「そうか。俺は本当に風子と結婚できると思って嬉しかったんだけどな。でも、俺のところに来たのが一人立ちできるように見せるための芝居ってことは、風子は俺と本気で結婚する気じゃなかったのかー。
これじゃ、風子と公子さんの問題は解決できても俺は寂しいぞー」
見事な棒読みだったが、これに引っかからない風子ではないことくらい俺はちゃんと知っている。
「そ、それは違います。確かに風子は岡崎さんに黙っていたこともありますが、風子は嘘は言っていません。風子は岡崎さん以外のお嫁になんて行きたくないですっ」
「よし、だったら風子が卒業したら本当に結婚しよう」
「はい。……ってやられましたっ! 風子見事に岡崎さんの誘導尋問に引っかかってしまいました!」
さっきまでのしんみりとしたムードはどこへやら。風子の表情も、場の空気も、一瞬にしてほのぼのとしたものに戻る。
今度はそっと、風子の頭に手を載せる。優しく、ゆっくりと頭を撫でると風子の頬に赤みが差す。
「今回ので分かったろ。公子さんも芳野さんも今が幸せで、お前だって重荷だと思っていようがなんだろうが、その空間にいることは幸せだったはずだ。なら今はそれでいい。
それを無理してまで変える必要は無いんだよ。時が来れば自然と人も変わっていく。けど、今はまだその時じゃなくていいんだ。
どうせ卒業したら今までのようには甘えられなくなるんだ。その……お、俺と結婚するんだからな。だから、今のうちに思いっきり甘えておけよ」
「岡崎にしては気の利いたことを言うじゃないか。そうだぞ風子ちゃん。確かに君の事を保護すべき対象として見てしまった事は君に負担をかけてしまったかも知れんが、少なくとも俺も公子さんも一瞬でも君の存在を不必要だと思ったことなんて無い。
今回だって、君がどれだけ公子さんのことを想っていたかを知ることが出来て俺は嬉しかった。
だから君さえよければ、君の翼が巣立ちのときを迎えるまでの残り僅かな時間を公子さんのために使って欲しい」
俺の後を芳野さんが引き継ぐ。
風子は小動物のように黙ってコクコクと頷いた。それから立ち上がると、トテトテとテーブルを迂回して公子さんの元へと向かう。
しかし、俺もなんだか芳野さんの影響を受けてきたんじゃないかとマジで心配になってきた。今のセリフは俺も芳野さんも恥ずかしさで言えば大差ないんじゃないだろうか。
風子はそのまま、公子さんの胸に飛び込む。仔犬のように抱きついてきた風子を公子さんは優しく包み込む。
「……お姉ちゃん。少しだけこのままでいてもいいですか」
「……うん。久しぶりだね。ふぅちゃんをこうやって抱きしめるのって」
笑いながら、公子さんが風子の頭を優しく撫でる。
風子も頭を撫でられながら、公子さんと同じ日向のような笑顔を浮かべていた。
そして、それからどうなったかというと。
「風子、今度はどうしたんだその手?」
「なんでもありません」
「さてはまた新しい料理を教わっていて包丁で切ったな?」
「違いますっ。包丁で切るほど風子不器用じゃないです。唐揚を教わっていたらちょっと火傷しただけです……って、また岡崎さんの狡猾な誘導尋問に引っかかってしまいましたっ」
「よしよし、今度作ってくれるのを楽しみにしているからな」
風子は伊吹家…いや、芳野&伊吹家に戻った。やっぱり俺のアパートから学校に通うのはもし見つかったらまずいだろうということもあってのことだ。
それでも毎週金曜の夜から日曜の夜までの二日間は俺の家で過ごす。風子曰く、卒業後の本番に備えての練習だそうだ。
最近は公子さんに本格的に料理を教わっているらしく、俺の家に来るたびに両手に絆創膏が絶えないのが風子の努力を語っている。
俺はまた平日は一人の生活に戻ってしまったわけだが、やっぱり風子がいないとこの狭いアパートでもなぜか広く感じてしまってやっぱり寂しい。
婚姻届は風子が卒業した翌日に出すつもりだ。
指輪を買うだけの金はもうすぐ溜まる。前に公子さんにこっそり連れて行ってもらった宝石店にあるヒトデ型の指輪には予約札がかかっている。
もしかしたら、俺も芳野さんも風子の卒業と同時に子作りに精を出すかもしれない。
そうなると、風子の子どもと公子さんの子どもはいとこ同士になるわけだから、同い年のいとこが誕生するかもしれないな、と半ば本気で芳野さんと語り合ったこともあった。
俺と風子も、きっと子どもが出来たらその子を連れて毎週のように公子さんのところに遊びに行くことだろう。
名前はどうしようか。風子のことだから変わった名前をつけそうでちょっとだけ不安だ。風子とよく話し合う必要がありそうだ。って、よく考えたら気の早い話だな。
俺たちの知らないところで世界は変わっていく。
街も、人も、心も。
それでも俺たちは、変わらないものを知っている。
「それは、俺たちは今幸せってことだよな」
「突然岡崎さんが何を言い出したのかよく分かりませんが、たぶんそうだと思います」
完
>>490-509 以上です。
長くなってしまってすみません。予想以上に『本文が長すぎます』エラーが出てきてしまいました。
ONE & CLANNADのSSを投下します。
15レスくらい。お題は『戦い』
「それでは、この件はこの方針で進めることにする」
今日も働く生徒会。会長のリーダーシップで会議は滞りなく終わり、役員たちから賞賛の声が上がる。
「さすが坂上だ。どんな懸案もすぐ片づくぜ」
「坂上万歳!」
「ジーク坂上!」
(私の女の子らしさはどこへ行ってしまうんだろう…)
責務を全うすることに異論はないが、女の子らしい女の子からどんどん離れていくような気がして憂鬱な智代である。
溜息をつきながら帰り支度をしていると、生徒会室の扉が開いて女生徒が顔を出した。
「坂上さん、大変ですよー」
「どうした宮沢さん。というか、もう少し大変そうな顔をしてくれ」
「すみませんー。でも坂上さんに勝負を挑みたいという人が、校門に来てるんです」
「何っ!」
うんざりだが、放っておくわけにもいかない。沈痛な面もちで、早足で廊下に出る。
「まだこんなことが続くのか…。私の過去は消えないんだな」
「違いますよ。坂上さんが女の子らしいと聞いて、乙女勝負を挑みに来たそうです」
足が止まった。
ぎぎぎ、と機械のように有紀寧の方を向いて、そのまま壁際まで飛びすさる。
「う、ウソだっ! そうやって私をかついで笑い物にする気なんだろう!」
「そう疑心暗鬼にならないでください。わたしの兄も言っていました。坂上智代の蹴りは巨象をも倒すが、そこには女の子らしさが秘められていると…」
「全然誉められた気がしないぞ…」
「でも乙女勝負は本当ですよ。ほら」
有紀寧の指さす方を見ると、確かに窓の向こうの校門に見えるのはいかつい不良ではなく、両側に垂らした髪を大きなリボンで留めた女の子だった。
頬をつねるとちゃんと痛い。智代はにやける顔を押さえながら、とにかく急いで校門へ向かった。
一方の校門では、他校の制服を着た女生徒が不敵に校舎を見上げていた。
「ふふ…早く来なさい坂上智代。今こそ誰が本当の乙女かを証明してみせるわ!」
彼女の名は七瀬留美。乙女を目指し乙女の道を進む一介の少女である。
「で、なんで瑞佳がついてきてるのよ」
「だって乙女勝負だなんて心配だよ…。
いつものようにドジってボロ負けして落ち込むんじゃないかって心配だよー。
いつだって七瀬さんのことが心配だよー!」
「だーっ! 親切なのかコケにしてるのかどっちよっ!」
そうこうしているうちに、智代が駆け足で到着する。
「!」
一陣の風が吹く中、二人の自称乙女が対峙した。
「おまえが挑戦者か。私がこの蔵等高校の生徒会長である坂上智代だ」
「その安直な学校名やめましょうよ…」
堂々と名乗る相手に、留美も負けじと胸を反らす。
「自己紹介どうも。あたしは椀加賀谷九鬼瀬杖高校の七瀬留美よ」
「そんな名前だったんだうちの学校…」
「坂上さん! あなたが女の子の中の女の子と聞いてはるばるやって来たわ。どちらが真の乙女に相応しいか勝負よ!」
「……」
「どしたの?」
「いや、ちょっと感動が…」
そっと涙を拭い、爽やかな笑顔を見せる智代。
「いいだろう、だが私は手強いぞ。何しろとっても女の子らしいからなっ!」
「望むところよ。あたしの乙女ぶりを見て驚くことね!」
「それで勝負方法は何だ?」
「え? ええっとー」
「それくらい考えてこようよ…」
「う、うるさいわねっ。この計算と打算のなさがピュアな乙女の証なのよ」
「話はわかりました」
と、いつの間にか二人の間に小柄な少女が割り込んでいる。
「ここはこの唐突に参上した風子に任せてもらいましょう」
「何? このちっこいのは」
「子供には危険だぞ。下がっていなさい」
「わーっ、二人とも失礼ですっ! とても乙女の態度とは思えませんっ」
「な、なかなか可愛い女の子よね」
「うん、小さくて女の子らしいぞ。私の身長をあげたいくらいだ」
「欲しいのはやまやまですが、それより勝負です。二人にはこれを使ってもらいます」
そう言って風子が掲げたのは、立方体の木片である。
「芸術対決ですっ! この木を彫って、どちらが可愛いものを作れるかを競ってください」
(芸術…!)
(可愛い…!)
「ちなみにお奨めはヒトデです」
「ヒトデ…! 確かにオトメと似ているような気がするわ…!」
「トしか合ってないぞ」
とりあえず渡された木片を手に、二人はセコンドとともに美術室へ移る。
「七瀬さん、彫刻できるの?」
「あ、当たり前じゃない。いいわ、あたしがこれから彫る『高原で帽子を押さえて佇む乙女・プロヴァンス風』を見て腰を抜かしなさいよ」
「そのタイトルだけで腰を抜かしそうだよ…」
一方で、彫刻刀を握ったまま固まる智代。
「宮沢さん。私は何を彫ればいいんだろう…」
「それは自分で考えないと意味がないですよ」
「そうは言っても、木刀くらいしか思いつかないんだっ!」
「荒んだ人生を送ってきたんですねー。でもほら、この木片の大きさでは木刀は無理ですし、心に浮かぶ通りに彫ればいいのではないでしょうか」
「そ、そうか?」
そして三十分後。
「そこまで!」
風子の号令と同時に、智代は手の中の物体を見て肩を落としていた。
「し、手裏剣になってしまった…」
「ドンマイですよー」
「すごいですっ!」
「え…」
「んーっ、この肌触りはまさにヒトデですっ! 足が一本少ないのがそこはかとなく斬新です」
「そ…そう?」
「10点満点をあげますっ!」
一方の留美は…
「……」
「これ、何だか聞いてもいいですか?」
「…高原で帽子を押さえて佇む乙女・プロヴァンス風…」
「謎の物体Xにしか見えないのは仕様ですか?」
「ひんっ…」
「評価不能、0点です。それでは風子でした。ヒトデ・グッドバイ」
風子が文字通り風のように去った後には、床に両手をついた留美が残った。
「負け…? こうもあっさりあたしの負けなの? フフ、フフフ…」
「ち、ちょっと待ってくれ」
さすがに手裏剣で勝っても嬉しくないので、慌てて止めに入る智代。
「こういうものは、やはり三番勝負が定番ではないだろうか」
「え…」
「私たちの戦いはこれからだ!」
「あ…ありがとう! 次は負けないわよ!」
「すごく男らしい人だよ〜」
「それ、本人には言わないでくださいね」
次なる勝負の場を求め、一同は学生寮へ移動した。
「はぁ…いきなりそんなこと言われてもねぇ」
「頼む美佐枝さん。あなたのような理想の女性にこそ勝負方法を決めてほしい」
「確かに、その胸は乙女に相応しいわね」
「どこ見てんのよっ! まあ、料理対決でもすればいいんじゃないの? 安直だけどさ」
(料理…!)
自信に満ちた智代の表情に対し、七瀬の額を冷や汗が落ちる。が、ここはハッタリをかましておく。
「フフ…坂上さん、降参するなら今のうちよ? こう見えてもあたしはクマさんクッキーを作るほどの実力者なのよ!」
「く、クマさんクッキーだと…! 呼び方からしてラブリーだぞっ!」
「じゃ、寮の台所使っていいから」
台所の端と端に別れ、2つのグループはさっそく作業に取りかかる。
「どうしよう宮沢さん…。私は料理は得意だが、クッキーとかは作れないんだ」
「そう深く考えなくても、普通の料理でも十分女の子らしいと思いますよ?」
「そういうものか」
留美はといえばやっぱりクッキー。
「そういえば、どうしてクマさんなの?」
「え!? ほ、ほら、乙女といえばテディベアじゃない?」
「そうなんだ。女の子らしいね」
(言えない…。初めて作った日にたまたま履いてたのがクマさんパンツだったからだなんて…)
そして料理が完成。美佐枝さんが舌鼓を打つ。
「んー、どっちもまあまあねぇ」
「そんな淡泊な」
「もっとこう、『材料の風味と調理技術が見事なハーモニーを!』みたいな評はないの?」
「あたしゃ料理漫画の審査員かいっ。まあ味は似たようなもんだから、品数の多さで坂上さんの勝ち」
「えええー!?」
2連敗…! 意気揚々と乗り込んできておいて、この結果はあまりにも惨め…!
だが…
「待つんだよもん!」
持つべきものは友達だった。
「実は七瀬さんは、クッキーしか作れないんだよ」
「って、なに追い打ちかけてるのよっ!」
「ううん、それこそが乙女にしか為せない技なんだよっ。ただ乙女になりたいがために、不器用な七瀬さんがひたすらクッキーの練習だけを重ねてきたんだよ…。このクッキーにはそんな想いがこもってるんだよっ!」
「そ…そうだったのかー!」
暴露された事実に、智代は衝撃のあまりうち震える。
「ま、負けた…。私は料理とは、空腹を満たすものとしか考えていなかった…!」
「いやそれが普通なんじゃ」
「見事だ七瀬さん。この場は潔く負けを認めよう」
「そ、そう…。瑞佳、なんか複雑だけどお礼言っとくわ」
「うんっ」
かくして勝負は一勝一敗。最終戦に持ち込まれた。
「次はどうするんですか?」
「こう間接的じゃなくて、直接乙女できるものがいいわね」
「そうだな。お姫さまなんて女の子らしくていいぞ」
「そんなの無茶だよ…」
「それなら演劇部がいいよ〜」
間延びした声に振り向くと、黒髪の上級生がにこにこと立っている。
「みさき先輩!? どうしてここに」
「雪ちゃんがここの演劇部の指導をするっていうから、手伝いにきたんだよ」
「この学校に演劇部なんてありましたっけ?」
「そういえば、設立したいという要望だけ出ていたな」
みさきに案内されてぞろぞろと空き教室に向かうと、中から厳しい声が聞こえる。
「何をやっているの古河さん! その程度で演劇部を作れると思うの!?」
「ううっ…すびばせん〜」
「泣いてる暇はないわよ。発生練習千回!」
「あえいうえおあおー」
「な、なんか怖い雰囲気ね…」
「大丈夫だよ。雪ちゃんはちょっと鬼部長だけど、心の底は…やっぱり鬼なんだよ」
「聞こえてるわよ、みさきっ!」
「わあっ、冗談だよ〜」
扉が開き、中には鬼部長と本日の教え子、そして小柄なスケッチブック少女がいた。
『いらっしゃいなの』
「三人とも、実はかくかくしかじかなんだよ」
「そ、それは素晴らしいことですっ。坂上さん、七瀬さん、どうぞ演劇部の舞台で思う存分対決してください」
「それはいいけど、何の劇をやるのよ」
「そうですね。シンデレラなんてどうでしょうか」
「初心者向けには丁度いいわね」
『王道なの』
(シンデレラ…!)
その内容を思い出し、途端に二人の間に火花が散る。
「当然シンデレラはあたしよね」
「何を言ってるんだ。私に決まっているだろう」
「うーん、ちょっとヒロインが一人の劇は無理ではないでしょうか」
有紀寧が困り笑顔を浮かべていると、七瀬の腕がちょいちょいと引かれる。
「何よ瑞佳。あたしにカボチャの馬車をやれって言いたいわけ?」
「誰もそんなこと言わないよ。それよりいいアイデアがあるんだよ」
「え、何? ふんふん、なるほど…」
瑞佳に耳打ちされ頷く留美。納得したように顔を上げ、シンデレラ役を智代に譲った。
不思議そうな顔の智代だが、とにかくヒロインをできるということで断る理由もない。演劇部員たちも動きだし、即席の劇の準備が始まった。
「とりあえず人手として通りすがりの天才少女ほかに来てもらったわ」
「いじめる? いじめる?」
『こんにちはなの』
「こんにちはなの」
『なの』
「なの」
「わけわかんない会話してるんじゃないっ!」
衣装はかつての演劇部が使ったものを引っぱり出し、いよいよ舞台が幕を開ける。
『はじまりはじまり』
「昔々あるところにシンデレラがいて、継母や姉にいじめられていたの」
「どうしてあんたなのよ…! 喧嘩が強いだけの…!」
「えっと、占いをします…。シンデレラさんに彼氏なんかできません」
「ああ、なんて可哀想なこの私」(棒読み)
その様子を部屋の端で、審査員の雪見とみさきが細かくチェックする。
「ちょっと智代ちゃんは演技が固いね」
「それは初めてなんだから仕方ないわ。それよりみさきには見えないの? あの坂上さんのぎこちなさに表現される女の子らしさが…」
「見えないよ〜」
「坂上さん、恐ろしい子…!」
雪見がわなないている間にも劇は進む。
「お屋敷にお城への招待状が届けられたの」
『たの』
「あんた留守番ね♪」
「留守番です♪」
「理不尽だ! だんこ抗議するぞ」
「坂上さん。役、役」
「はっ。なんて可哀想なこの私」
一人残されたシンデレラが憤然と箒を動かす中、場面は次へ。そういえば魔法使い誰だったっけ…と皆が考えた時である。
突如始まったBGMとともに、それは華麗に舞台へ舞い降りた。
「魔法少女プリティルミー! お呼びでなくても参上よ!」
「ま…魔法少女だとぉぉぉぉ!!」
ミニスカートに大きなステッキ、可愛い髪飾りでポーズを決める留美の姿は、智代に打撃を与えるのに十分だった。
(や、やられた…。シンデレラよりよっぽどインパクトが強いじゃないかっ。
しかし悔しいが私にこの役はできん! プリティトミーなんて語呂が悪いし!)
「よくわからないけど、乙女らしい気がするよ〜」
「恐ろしい子ー!」
審査員たちにも受けて、瑞佳は嬉しそうに声援を送る。
「七瀬さん、頑張れ〜」
「ううっ…。好評なのはいいけど、この衣装は恥ずかしいわよっ」
赤面しながらも、やけくそ気味にステッキを振る魔法少女留美。
「シンデレラ、あなたにドレスと馬車をあげるわよっ。エロイムエッサイムー」
即席の劇なので衣装が替わる仕組みなどはなく、智代は部屋の端へ行ってドレスを羽織る。
念願のドレスの筈なのに落ち込み気味の智代を見て…有紀寧がそっと、その両手を取った。
「坂上さん、諦めてしまうのですか?」
「宮沢さん、それは…」
「まだ勝負は始まったばかりじゃないですか」
「…うん、そうだな」
吹っ切った顔で戻る智代。留美も油断は出来ないと気を引き締める。
ドレスを着た智代と魔法少女は、微妙な緊張感を漂わせながらお城へ向かった。
『さてさて、お城にたどりついたシンデレラと魔法少女』
「そこでは王子様が結婚相手を探していたの」
「は、はいっ。わたしですっ」
ぶかぶかの王子服を着た渚が、転びそうになりながら前に出る。
「ああ…でもわたしなんかが王子様役でいいんでしょうか。もっと相応しい人がいるような気がします。わたしなんて勉強もスポーツもダメですしっ。可愛くもありませんしっ。生まれてきてすみませんすみませんっ」
「そこまで卑屈だとかえってイヤミよ…」
「そうだぞ、産んでくれたご両親に失礼じゃないか」
「はっ、確かにその通りです。えーと、わたしは神に選ばれた人間です。わたし以外はミジンコです。って、すごく傲慢なことを言ってしまった気がしますっ」
「頼むから演技をしてくれ…」
と言われても、ヒロインが二人では王子もどちらと踊ればいいのかわからない。
「どうしましょう…。こんなのわたし、選べないです」
『そこで王様の出番なの』
「ふむ…ここはどちらかに辞退してもらうしかないの」
「な、なんだってー!」
二人の間の緊張感は膨張し、一気に破裂した。
互いにジト目を向けながら、刺々しい言葉を交わす。
「シンデレラ、誰のお陰で城に入れたかわかってるわよねぇ? 少しは遠慮したら?」
「何を言う恩着せがましい。お前の目当てはこの招待状だったんだろうが」
「…この場で決着をつけるしかないようね」
「勝負ということだな」
「いや、劇自体が勝負だったんじゃ…」
「名前対決! あたしの名前の方が何となく可愛い!」
「家族対決! 私は家族思いのいい長女だっ!」
「友人対決! 瑞佳は可愛くて優しくて折原のバカすら許すほど心が広いのよ!」
「宮沢さんだって美少女だし人当たりがいいし不良に慕われるほどの人格者だぞ!」
「話がずれていってますよー」
もはや口では埒があかぬと、二人は距離を取って身構えた。
「やはり、直接拳を交えるしかないようだな!」
「ふっ、望むところよ」
「ええー!? お、落ち着いてよ。ど、どうしよう宮沢さんっ」
「困りましたねえ」
「この人だけ落ち着いてるよっ。ね、七瀬さん。深呼吸した方がいいよ。はぁーってしてよ」
「はぁぁーーー!!」
「なんか違うー!!」
「くっ、なんという気合いだ。相手にとって不足はないな!」
もはや誰にも止められず、ついに魔法少女対シンデレラの激闘が始まった。
拳と拳、蹴りと蹴りが交錯する中、雪見が悲しそうな瞳で呟く。
「空しいものね…。けど、いつかはこうなる展開だった気がするわ」
「雪ちゃん、それシンデレラじゃないよ」
しかし留美の拳は、しょせんは浩平に血反吐を吐かせる程度である。
幾多の不良たちをなぎ倒し、春原の顔面を変形させる智代の蹴りには及ばなかった。
「きゃぁぁぁーー!!」
車田正美風に吹っ飛び、頭から床に激突する留美。
「がはっ…。ど、どうやらあたしの時代もこれまでのようね…」
「すまない…。これも時代の流れと思って諦めてくれ」
「はっ! でも喧嘩が弱いってことは、あたしの方が乙女らしいんじゃあ?」
「し、しまった! 試合に勝って勝負に負けるとはこのことかぁっ!」
「やった! 最強ヒロインとかストリートファイターとか色々つけられた汚名も、これであんたにプレゼントよっ!」
「そんなぁっ! 待ってくれもう一度戦おう! わざと負けるから!」
「醜い争いだよ…」
「あのー、ちょっといいですか?」
収拾がつかなくなっている中を、有紀寧が軽く手を挙げる。
「最初から気になってたんですけど、七瀬さんはどこで話を聞いたんですか? 坂上さんが女の子らしいって」
「どういう意味だ宮沢さん…」
「いえ、少し気になっただけですよー」
留美はきょとんとして、起き上がりながら答えた。
「そりゃあインターネットよ。乙女が集まる乙女のサイトに書き込まれてたのよ。『蔵等高校の坂上智代は宇宙一女の子らしいぞ』って」
「そうなんですかー」
「誰がそんなこと書いたんだろうね」
誰がそんな大ウソ書いたんだろうね、とは誰も言わなかったが、そんな雰囲気が場に漂う。
その沈黙に耐えかねたように、智代がゆっくりと崩れ落ちた。
「す、すまないっ…。つい出来心でっ…!」
「自作自演かい!」
「だって…だって誰も私のことを女の子らしいって言ってくれないんだもん!」
『だもん、じゃねーよ。なの』
「実際女の子らしくないんだから仕方ないじゃない」
「雪ちゃん、本当のこと言っちゃ悪いよ」
「うわぁぁぁぁぁん!!」
「あ、坂上さん!」
ドレスを翻して泣きながら駆け去る智代。
それを、留美は必死で追いかけた。自分の姿を重ね合わせるように。
ドレス姿のシンデレラは、屋上の隅にうずくまっていた。
瑞佳や有紀寧たちが扉の影から見守る中、留美はゆっくりと近づいていく。
「笑え、笑ってくれ…。私はもう坂上智代であることに疲れてしまったんだ…」
「あほっ、笑ったりするわけないでしょ。あたしにも気持ちはわかるもの…」
「え…」
「世間の偏見って悲しいわよね…。あたしもお淑やかで優しい女の子なのに、なぜか世間では漢女なんて根も葉もないことを言われてるわ…」
「……」
「何よ瑞佳その顔はっ!」
「な、何も言ってないよ〜」
こほんと咳払いして、留美は智代の肩に手を添える。
「だけどあたしは諦めないわよ! リボンをつけて、本当の乙女になるんだって決めたんだから。こんなところで立ち止まってられないわよ」
「七瀬さん…」
「だから…さ、あんたも泣き言いわないで、もう少しだけ頑張ろうよ」
「ありがとう…。あなたのその根拠のない自信が羨ましいぞ…」
「誉めとらんわっ!」
智代は立ち上がり、とても女の子らしい顔で留美と握手した。
「もう、勝負をする意味はないな」
「そうね。そもそも戦うこと自体乙女らしくないような気もするわ」
「そんなの最初から気付いとけっちゅーねんー」
ことみのツッコミはとりあえずスルーされる。
「悲しいの…」
「わかってもらえたようですね。二人とも」
そしていつもの柔らかな笑顔で、二人の近くへ歩いていく有紀寧。
「二人は誰よりも女の子らしい女の子です。だって、女の子らしくなろうと努力するその姿こそが、真の乙女の証なんですから…」
「そ、そうか?」
「そう言われればそんなような気が」
「そうですよー。お二人の素晴らしさはわたしが一番よく知っています。ですから二人とも、今のままのあなたたちでいいんですよ」
後光の差すような有紀寧の笑顔に、感激の涙を流す乙女たち。
「ああ…!」
「ゆきねぇ様…!」
「なんか洗脳されてるー!」
「くすくす…これで二人ともゆきねぇ教の信者です」
【ゆきねぇ教】もっともらしい説教とまったりした雰囲気で、不良共すら虜にする宗教。危険度A。
「な、七瀬さんもう帰ろうよっ! それじゃお邪魔しましたー!」
「あたしは乙女〜、あたしは乙女よ〜フフフ」
「また来てくださいねー」
ゆきねぇ様がハンカチを振る中、かくして遠方からの来客は元の学校へ帰っていった。
そして…
「というわけで、あたしの乙女修行の旅は終わったのよ」
「みゅ?」
「ね、前より少し変わったと思わない?」
「うー…たくましくなった」
「そんなこと言うのはこの口かぁっ!」
「みゃーーーっ!!」
「七瀬さん七瀬さんっ」
一方生徒会室では。
「どうだみんな、七瀬さんと同じ髪型にしてみたんだ。とても女の子らしいとは思わないか?」
『こわっ!』
「…もう一度…言ってみろ…」
『ひぃぃぃーーっ!!』
真の乙女への道は、どちらも険しいようだった。
(完)
えー、今から投稿します。
Kanonで、『戦い』がお題の11レス予定。
タイトルは「サラマンダー殲滅」。
健全なる男子高校生といえども、風吹きすさぶ真冬の昼休みには、暖房の効いた教室でダラダラ過ごすのが自然である。
なおかつ、健全なる男子高校生ともなれば、会話の内容は女と乳と尻に集約されるのが道理である。
時に解り合い、時に高め合い、彼らは共に成長していくものだ。
だがしかし。時にそれは、譲れないテーゼの衝突にも繋がるのであった。
まぁ、よーするに。
舞と香里の乳の大きさで揉めた祐一と北川が、どうにかして優劣を決さんと校庭に立っているだけ。
「マジありえねぇ……」
気の毒なのは、たまたまその場に居たという理由で連れ出された斉藤だった。
どちらの胸が大きいかなんて、どっちも大きいんならそれでいいじゃん、大人になろうよ、と彼からすれば至極真っ当な意見を述べていたつもりだった。
ああそれなのに、お前の目は節穴かとか、いやいやトップとアンダーの差は美坂が、とか、じゃあお前あの胸で挟めると思うのかとか、それどころか胸で肩たたきされたことあるぞとか、こっちなんか横になると余りの重さに横にずれてくんだとか、それもう垂れてんだよとか。
あっという間に議論の方向はぶっ飛んで、じゃあ勝負に勝った方のが美乳かつ大きいってことで、と2人納得していたのであった。
空っ風が体にしみる。本格的に寒い。だいたい勝負って意味わかんねぇ。
斉藤は何度も心の中で叫んだのだが、ドーパミンの放出過多な血走った眼を前にしては、遠慮がちに吐息を漏らしてみるのが精一杯。
対峙する二人の周りで、健気にホームベースと一塁ベースとバットとグローブとボールを用意していた。
太陽が頂点に達する。
ホームベース付近で入念にストレッチする北川と、のんびり歩いて塁間を往復する祐一。果たして、この時勝負は既に決していたのであった。
「規則正しい呼吸、飛び散る汗、跳ねる双乳。アグレッシブな舞にしか生じ得ないこの健康美も理解できないなんてな。残念だよ」
「……もう俺達に言葉は不要と言ったはずだ」
北川はバットを構える。とうに心は静寂。ただ香里の豊胸だけが頭を占めている。
「勝負あるのみか。それも良かろう」
グローブとボールを持って、祐一はマウンドに向かう。愛すべき不器用な剣士への想いにかけて、負けられない試合だった。
「ルールをもう一度確認しようか。審判!」
己の運命をなし崩し的に受け入れた斉藤が、ホームベースの後ろに立って、厳かに宣言する。
「相沢の投げた球を、北川が打つ。カウント2−3からの一球勝負。一塁でセーフになれば北川の勝ち。アウトになれば相沢の勝ち。細かいルールは通常の野球規則に準ずる。いいな?」
「ああ、俺に不満はない」
「こっちもいいぜ」
一見、バッター側が明らかに有利なように思えるルールだったが、祐一には勝算があった。
つまり、北川はアホの子なので、どんなクソボールでも目一杯フルスイングすることだ。たぶん、頭の高さに投げてもバットが動くのではなかろうか。
対戦相手を正確に把握していたがゆえに、持ちかけた野球ルール。死角は無い。
一陣の風が、つとマウンド上に舞う。それに合わせるようにして、祐一はボールを握る。あとは適当なところに投げれば勝ちだ。勝利を確信した瞬間になって初めて、祐一は北川の顔を直視した。
それこそが、祐一の落ち度であった。
十の机上の論理は、一の実戦によって覆される。そんなことは百も承知していたはずなのに。
北川は、笑っていた。嘲笑するように、堪えきれぬように、満面の笑みが顔中に広がっていた。
「な、なぜだ……」
どうしてあいつは笑っているのだ。思わず祐一の口から呟きが漏れる。自分の作戦は完璧なはずだ。あいつはどうしようもない扇風機バッターで、どんな球でも全部振る――全部、振るだと?
「ま、まて、ちょっとタイムだ」
「ふざけるな!」すかさず北川が吼える。闇に息を潜めていた獣が、勇躍して襲い掛かる獰猛さに似ていた。若干顎も長くなった気がする。「勝負に入ってからの中断を認めるのか審判・・・っ!?」
「勝負を宣言してからの中断は一切認められない」黒服の斉藤が無表情に言う。
「待て、何も勝負をしないなんて言ってない。ただ、」
「中断は、一切認められない」
ザワザワ・・・ザワザワ・・・と樹々がざわめく。祐一は自分の犯した大きなミスに、殴られるような思いだった。
「ふふふ、そうさ相沢。この勝負は野球ルール。振り逃げも当然オーケーってことだ」
「ばかな、ばかな・・・っ。そんなものが許されるわけあるか・・・っ!」
「ここにいる黒服がなにも言ってこないってのが、何よりの証拠・・・。つまり、奨励はしないが、禁じられてはいないってこと・・・っ。この勝負は気付いた者勝ちってわけだ・・・っ!」
祐一の目から、ボロボロと涙がこぼれる。
振り逃げありだなんて、最初から一塁が約束されたようなものではないか。こんなのは、あんまりだ。こんなのは、フェアな勝負じゃない。こんなのは、こんなのは……。
その時だった。それまで黒子に徹していた斉藤が、不意に歩き出した。戸惑う二人を尻目に、悠然と体育倉庫からグローブを取ってくる。
「……斉藤?」
北川の声が、初めて揺れた。舞台への乱入者に、どう対処すれば良いのか解らなかったのだ。
「斉藤……?」
祐一の声も震えている。だが、それは歓喜を予感してのものである。
「ふふ」ホームベースの後ろに腰を落ち着けて、斉藤は微かに笑った。「投げてこいよ、相沢――俺も川澄先輩持ちだ」
「斉藤っ!」
孤独な漂流者が船影を見つけた時のように、祐一は両腕を空に投げ上げて感情を爆発させた。状況は、ここに一変したのである。
「そんな、嘘だ……」
対する北川は、未だ目の前の現実を呑み込めない。認めたくないという意識が、彼の理性をストップさせていた。
「ははは、時代の風は舞に吹いているんだよ!」
祐一の高笑いで、彼の呪縛はようやく解ける。しかしそれは、彼の体をグラウンドに投げ出すものでしかなかった。
「お、おんどぅる……裏切ったのかーっ!」
「ふん。裏切るも何も、俺はお前の味方だと言った覚えはないがな」
「う、う、う、嘘だどんどこどーん!」
舌が思うように動かない。ロレツの回らない自分の台詞を、北川はまるで遠い世界で発せられた異界の言葉のように感じた。
「さあ、立て北川。ここまで俺を追い詰めた貴様に敬意を表して、最高の必殺技で葬ってやろう」
泥のような風の唸りを引き摺って、祐一が振りかぶる。それに追い立てられるようにして、北川はのろのろとバットを振り上げる。
再び静寂。もはや誰の目にも勝負は明らかであるようだった。斉藤は敵であるはずの北川の、哀愁漂う後姿に憐憫すらも覚えた。
「いくぞ――魔速竜覇球!」
神の如き力が体中に漲るのを知覚しながら、祐一は己の必殺技を斉藤のミット目掛けて叩き込む。
次の瞬間。
軽い金属音と共に、ボールは、緩やかに、しかし遥かな高さをもって空に舞い上がっていった。
さて、一方その頃。ドゥルガー静香(82・♂)さん宅にて。
閑静な住宅街に佇む瀟洒な一戸建て。独り暮らしの彼は、本日も居間で午睡に揺蕩っていた。
夢に見るのはいつも同じだ。太陽の熱射線。ジャングルに時たま静謐が訪れると、決まって不気味な怪鳥の影が現れた。そして、銃声音。
まるでタイプライターみたいだな。俺物書きだからこの音懐かしいよ。
そう笑った同胞は、真っ先に撃たれて死んだ。戦車を奪おうとした日本軍とたった一人で戦って、手も、足も、ゴミクズのようになった。一緒に生きて帰るんだと誓った自分は、振り返ることもせずに逃げたというのに。
――1944年、夏。その年、彼は戦車兵だった。
中米から移民してきた日系3世であったがために差別され、カリフォルニアでは収容所に送られる寸前であった。星条旗に生きる矜持を見せようとして軍隊に入営した彼だったが、なんのことはない、そこでも扱いは同じだった。
それでも、いつか日系の汚名を晴らせる日が来るだろうと、訓練に励んだ。ようやく念願叶い、激戦区であった東南アジアの最前線に派遣されたけれど、彼が属する小隊に与えられた旧式戦車は一週間もしないうちにスクラップになった。
もとより戦力になど計算されていなかった。日系ばかりが揃った己の部隊が、大隊からは「エンプティ・セット」――「空集合」と呼ばれていたことを知ったのは、ジャングルで散り散りになる折、同僚が捨て鉢気味に呟いたときだった。
「そう呼ばれたってしょうがないよな、所詮俺らはコウモリなんだしさ」
それでは。
今まで、自分がやってきたことは全て無駄だったのか。教練も反吐も傷痕も、同胞の死も、全て空っぽだったのか。
そうして、彼の心の中の、何かが折れた。理想を失った彼は亡羊とジャングルを彷徨い、一ヵ月後に味方に保護された。小隊で生き残ったのは、彼だけだった。
今でも、夢に見る。いつも同じだ。
終戦後アメリカに住まなかったのは、彼なりの同胞に対する墓標であったのかもしれない。肉親も存命しておらず、未練はなかった。
彼はうっすらと目を開ける。代わり映えのしない天井。安穏とソファーに横たわっている自分を認識する。
ふと、窓の外から聴こえた何かの羽音が、少年時代を過ごしたコスタリカで見た、ウオクイコウモリを思い出させる。飛ぶ哺乳類であり、なおかつコウモリでありながら魚を食す半端者の種。
それにも拘らず、彼らはまるで自分達のレーゾンデートルを信じて疑わないかのようで、そのセックスはひどく原始的で荒々しかった。
あの頃、彼らの傍らで釣りをしていた自分には、彼らが半端であるという意識などなかったはずだ。それが今や、自分の出生を自嘲するまで堕ちた。
ならば、一体どうすればいいのだ? 一体何をすれば、当時のような誇りを持てるというのだ? 誰でもいいから教えてほしい。
節くれ立った手で顔を覆い、呻き声を洩らす彼の耳に、なんだか若干大きくなった羽音、というか何かが風をかき分けてくる飛翔音。
まぁ要するに。野球ボールが、窓ガラスぶち破って突っ込んできましたとさ。
話は戻る。
しばらく3人は呆然と球の行方を見守っていたが、やがて、北川の瞳に光が戻った。
「や、やったーっ!」
稚児のように飛び跳ねて、まだ見ぬ香里の胸の名誉を守った祝福のダンスを舞う。
「嘘だろ……」
祐一と斉藤はぽつりと呟くが、その意味合いは大きく異なっていた。
「つーか、両手投げってどうなのよ」
斉藤は脱力してホームベースにへたり込む。祐一は割合ショックを受けているようだが、あの投げ方で本当に勝つつもりでいたらしいことの方がショックである。あとネーミングセンス。
死角はない、とかぶつぶつ言っていたけれど、あいつが死角なのではないだろうか。
昼休みの無為に過ぎていった時間を斉藤は呪ったが、途中ノリノリだったのであまり文句も言えない。
とりあえず、共に戦った仲間として慰めの言葉でもかけてやろうかと、マウンドに立ち尽くす祐一に歩み寄る。うなだれた背中を叩き、顔を覗きこんで斉藤はぎょっとした。
そこに、悪魔がいた。
祐一はにたりと醜悪な笑みをこぼしていた。肩を落としていたのは、そのためだったのか。しかし何故、今になって? 勝負の行方は誰の目にも明らかなのでは――。
「ルールを思い出してみろ」悪魔がそっと囁いた。
斉藤は言われるままに反芻する。
「カウント2−3からの一球勝負、相沢が投げて北川が打つ、野球ルールに準じる」
「違うな。一つ、大事な要素が抜けている」
「……一塁でセーフになったら北川の勝ち?」
「そうだ。一塁でセーフになったら、だ」
祐一は依然チェシャ猫笑いを崩さない。そんなことを言ってもボールはなくなってしまったのだし、後は悠々北川がベースを踏むだけではないか? 斉藤は訳が解らず、振り返る。
そうして、異変に気がついた。
ベースラインを歩く北川の肩が目に見えるほどに左右に震えている。彼から流れ出た脂汗で地面に染みができていた。一塁まで残り半歩。だが、その半歩こそが、ゼノンのパラドックス、決して詰められない半歩だった。
「くくく……我が必殺技は球にあらず!」ついに祐一の抑えきれぬ哄笑が風に乗って響き渡る。「貴様が柔軟運動など馬鹿げたものをやっている間に、勝負はついていたのだよ」
「ど、どうしたというんだ!?」
慌てて斉藤が北川に駆け寄り、そこで彼は全てを悟った。
ベースには全面香里の写真が貼られていた。微笑む香里、照れる香里、悲しそうな香里、ふくれた香里。もっともそれは北川ビジョンの話であって、斉藤からすれば全部仏頂面の、被写体となることに明らかに嫌悪を催している顔にしか見えないのだけれど、ともかく。
「大変だったなぁ、それ全部貼るのは」
「この偏執狂め……」
勝ち誇った祐一の声が北川の自尊心を刺激する。けれど、彼は反発することはできない。
これはただの写真に過ぎない――付け加えるなら、胸の大きさを比較するために彼らが無理やりポロライドで撮った写真である――。そんなことは先刻より理解している。
だが、香里の写真であるという一点のみで、北川にとってそれはただの写真ではなくなる。
こんな愛くるしい香里を、自分の足で汚していい法があろうか? そもそもこの勝負は香里の名望を保つために始まったものである。ここで写真を踏みにじるようなことがあっては、それこそ本末転倒。
そう、たとえ世界を敵にまわしても、自分だけは香里を守ってみせる! 彼女の笑顔のために!
血の涙を流しながら、北川は仁王立つ。自身のプライドを捨ててまで、彼女のために生きる。それこそが真実の愛。学名ストーカー。
「俺には踏めない……」
祐一の笑い声を背景に、北川は静かに天を仰ぎ、
「俺の、負ぶぐわぁ!?」
体ごと吹っ飛んだ。
「――え?」
事態の急変についていけず、祐一は息を呑んだ。当然、彼の発声器官は音など発していない。それなのに、未だ止まぬこの笑い声は一体どこから。
「ダメだぜ北川、漢の勝負にギブアップはないんだ」
「……どういうことだ、斉藤」
答えは一つしかなかった。北川を蹴り出した斉藤が、にこやかにコンサートを引き継いでいた。
祐一の目がすっと細まる。
「いやいや、俺は感動したんだぜ。相沢と北川、お前らの戦いに。だからさ、俺も、譲れないもんを思い出した」
「巨乳アンド美乳認定権を俺と争うと言うのか? ……ふ、ふふふふ」
「何がおかしい」
祐一は、内ポケットからゆっくりと写真を取り出すと、一塁ベース上に置いた。
「胸の大きさを比較するのには、当然両者の写真が必要だよな。馬鹿め、俺が所有しているのが香里のものだけだとでも思っていたのか」
舞の写真を、屋外、しかもベースの上に放置することは、彼女を守るためだとはいえ断腸の思いである。祐一は傍目には平静を装っていたが、その実、先程の北川に勝るとも劣らない苦しさを味わっていた。
「なるほどな、それでこの余裕か」
「香里よりも大きいことが判明した今、我らが高校における巨美乳最優秀候補であるところの舞の、しかもこの秘蔵裸Yシャツ写真はとても踏めまい」
「って既成事実にすな!」北川が顔だけ勢い良く跳ね起きる。
「負けただろ」
「まだ勝負は終わってないっ」
想い人の写真を挟んで戦う2人のやり取りに顔をしかめて、斉藤はため息をつく。
「ふぅむ。どうやら根本的なズレがあるようだ」
その、祐一と北川の熱き思いが収束している一塁ベースを、ぐしゃり、と。
斉藤は何の躊躇いもなく、踏みにじった。
「バカなーっ!」
今度こそ本心からの悲鳴の二重奏があがる。ぐしゃりぐしゃりと斉藤が足を動かすたびに、彼らには自身の血管が切れていくように思えた。
「お前、ま、舞で、舞が、舞を、なんてことをーっ!」
「かかかかか香里の顔が、顔がぁぁっ!!」
「くだらん。全くもってくだらない」
阿鼻叫喚の地獄絵図を心底不愉快そうに眺めながら、斉藤は吐き捨てるように言う。
「胸の大きさ? そんなもの、どっちだって大きいんだからいいじゃないか。五十歩百歩なんだ。もっと大人になれよ」
語尾に含まれた微妙なニュアンスを、まず祐一が察知し、次いで北川もその意味を感じ取った。
「お前、まさか――」
「掌に全部入ってしまうくらい小さな胸を、女の子自身が小さいって気にしてる胸を、こう、こう、こうするのが楽しいんじゃないか」
「ひんぬー派だったのかっ!」
「俺が相沢を支持したのは、単に川澄先輩の胸をよく知らなかったからだ。写真を見た今となっては吐き気がするな」
「ぐ……な、なんたる侮辱」
地団太を踏む祐一と、さっきの勝負がウヤムヤになりそうで復活しかけの北川、それに第三軸な概念を颯爽と顕現させた自分に陶酔中の斉藤。
彼らはこれから始まるはずの大いなる戦いの予兆に意識が奪われて、誰一人として気付いていなかった。
例えば、斉藤が未だ一塁ベース上に足を置いていること。
例えば、教室であんな大声で勝負勝負と騒いでいたら、みんな注目するに決まっていること。
ていうか、そもそもポロライド写真いきなり撮った時点で虎の尾の上でタップダンスを踊っていたこと。
ずーっと前から、コールタールのようにどす黒いオーラが辺りを渦巻いていること。
「こうなりゃバトルロイヤルだ、香里のバスト85をかけて!」
「そんなないだろ、せいぜい83だ」
「どっちにしろ気持ち悪い!」
これっぽっちも気付いていなかった。3人ともバカなので。
後に目撃者が語ったところによると、まるでハリウッド映画のサラマンダーを、リアルタイムに見ているような感じだったとか。
ついでに。
「て、敵襲じゃあああああっ!」
ボールの真珠湾奇襲攻撃にボルテージが上がっていたドゥルガー静香さん、庭に着弾した3体のボロキレのようなものに、久方ぶりにハッスル。
彼は自分の生き甲斐(復讐)を発見できたようです。
めでたしめでたし。
「……あのさ、舞。いやね、こういう文章をね、インターネットに流すのはどうかと思うんだけど。ほら、一応公共な場だから。うん。――いやマジホントごめん反省してますだから目ん玉抉るのはやめて痛いっ」
今から投稿させて頂きます。
ONE
『雨』と『友達』がお題。11レスです。
タイトルは「夕焼けロマンチック同盟」です。
「私は、そうですね。……雨が、嫌いでした」
たぶんそれは、懐かしむような声だった。
低いわりにはっきりとして聞きとりやすい。かといって明るすぎず、早すぎず、遅すぎずの。つまり言うなれば、まったりとしてコクのある、こう、まるで大人しい雪ちゃんのような声だった。
あっ。べつに雪ちゃんが大人しくないなんて言っているわけじゃないんだよ? と、胸の裡で言い訳しておく。地獄耳だなんて思ってないからー。読心術が使えるんじゃないかって思うことはあるけど。
って、それはさておき。えーと。
名前なんだったっけ、なんてようやくすこしだけ考える。わたしはこんだけ話していて今さらながら、思い出した。
そうそう。茜ちゃんだ。浩平君と一緒にいたときに挨拶をした憶えがある。
今、わたしたちは、燃えるような夕焼け空の下、屋上でふたりっきりなのだ。
キスはしない。女の子同士だから。
でもロマンチックな雰囲気が醸し出されたなら、流されるのも楽しいような気がしないでもない。
さて。どうしてこんな状況になったのか、遡ってみよう。
いつものように。放課後、夕焼け空の下にいた、そのとき。
屋上のドアがあまり騒がしくなく開いた。浩平君じゃないな、とわたしは気付いて、控えめな、錆ついた音色に耳を傾けていた。きぃぃ。いったい誰だろう。今日は……雪ちゃんに追っかけられるようなことはしてないはずだ。たぶん。
ドアの開く音。性格はこんなところにも出るものだ。なにも足音だけじゃなくて。
数歩、近づいてきた。わたしに向けて、ぺこりと礼をしたらしい。そのあとに声をかけてくる。
「――すみません、こちらに浩平来てませんか」
「うん? 浩平君のお友達?」
「……はい」
「それで、浩平は」
一瞬躊躇ったのは、なんだったんだろう。友達じゃない、って否定じゃないし。いやいや友達どころか、彼女が浩平君の恋人だったりしたら……あ、ちょっと嬉しいかもしれない。
変かな、わたし。
ま、いっか。類は友を呼ぶ、とよく言うのだし。
彼女は(わたしも、この時点ではまだ名前を思い出してないんだけど)とりあえず浩平君と親しい誰かみたいだったから、友達の友達。友達の友達はやっぱり友達。というわけで、わたしも友達ということになるんじゃないかと思うのだった。まる。
にこにこしながら答えた。
「たぶん来てないと思うよ。そこらへんに隠れてなければ」
「そこらへんというと」
「たとえば……ドアの裏とか、パイプにしがみついているとか、かな」
「いないみたいです。……ありがとうございました」
まあ、これだけで終わる話ではあったのだ。
わたしが引き留めなければの話、だったんだけど。
ちなみに放課後であるからして、もちろん、さっさと浩平君が帰ってしまった可能性は否定できない。
だけど、今日は来そうな予感がしていたのだ。こんな良い風が吹いている。ちょっとだけ寒いけど、だからきっと素晴らしい夕焼け日和なのだ。浩平君がそれを見たなら、来ないわけがないくらいの。そしてわたしのカンはよく当たる。浩平君のことなら特に。
よく当たるから、今日もきっと屋上に来る。
彼がここに来るってことは、この子はこの場所で待っていたほうが、浩平君を探すにもすれ違わなくて効率が良いと思う。
とまあ、こんなふうに、雪ちゃんばりに明確な理屈をつらつらと語ってみる。だけど、なんだか、あまり信用していない雰囲気が漂ってきた。
そう思って、雪ちゃんの極悪さもそれに手振り身振りを交えて語ってみる。彼女はくすりと声を漏らして笑ってくれた。ちょっとほっとした。
ごめん雪ちゃん。演劇部部長の真の姿を、またひとり罪もない女の子に伝えちゃったよ……。でも、許してくれるに違いない。
何故なら、雪ちゃんは雪ちゃんだからだ。
――あれ?
「よく分かりました」
「分かってくれたんだ。良かった」
「はい。雪ちゃんという方のことが、すごく好きなんだと、とても」
「うん。雪ちゃんのことは好きだけど、……ってそうじゃなくって!」
「羨ましいです」
「えっと。何がかな?」
ふふっ。
聞こえてきた彼女の笑い方をあえて表現しようとすると、こんな感じだった。楽しそうな声。何気ない、いたずらっぽい微笑みといった風。
「そうやって、素直に好きって言えることが」
「どうして?」
「私にも友達がいるんです。けど――」
滔々と語る彼女。その友達というのは、なかなか奔放な子のようだった。説明というか、その武勇伝を聞いた感じ、浩平君女の子版。
んん……えと。この学校の生徒じゃないのに、入り込んでいる、と。
人物像が形になってくると、その子とは、一昨日くらいに話したような気がしないでもなかった。たぶん澪ちゃんと食堂で偶然出会したときだろう。わたしはカレー。澪ちゃんはうどん。一緒のテーブルについて食べていたのだ。
途中に誰も介してないから、会話を成立させるのにも一苦労だった。うんうん。大変だったけど、これも良い思い出になると思えば、悪くない。
「もしかして、詩子ちゃん?」
「知ってるんですか」
聞き返す瞬間、凄い勢いで空気が凍り付いた。
「詩子、何かご迷惑をおかけしませんでしたか」
労せず思い出せる。柚木詩子と名乗ったあの子は、澪ちゃんとわたしの通訳係を買って出てくれたのだ。まあ、まともな会話が成立したかどうかはともかく。
「ううん。それどころか、ちょっと大変だったことを手伝ってもらっちゃったよ。詩子ちゃんって実は良い子だね」
「……良かった」
そう呟いてから、また、固まった。一呼吸、間が空いた。
「あの。今言った、実は、っていうのは」
「……えっと」
わたしも一呼吸。置いて。考えて。
「なんとなく、浩平君みたいな子だったよ」
主に行動などなど。
「やっぱり何かしたんですね……ごめんなさい。詩子、決して悪気はないんですが」
呆れのような信頼のような、不思議な感情の混じった声。それでだろう。さっきの彼女の話にも、なるほどなるほど、とわたしはひどく納得する。
何故なら、その口調は、よく耳にする誰かさんの言い方にそっくりなのだった。
「そういえば、浩平君。遅いね」
「来るんでしょうか」
「大丈夫。それは安心していいと思うよ。いつ来るのかまでは分からないんだけどね。そうそう。ところで、浩平君にどんな用なのかな」
「昨日、見知らぬ路地を抜けたら、とんでもなく美味しいパフェを出す喫茶店を見つけた、と」
「とんでもなく?」
「はい。とんでもなく、だそうです」
「つまり……デートかな」
「違います」
即答だった。きっぱり。
「じゃあ、浩平君が連れていってくれるって約束してくれた?」
「そういうわけでもないです」
「そうなんだ」
「はい」
そこで一端、会話がとぎれる。
沈黙。風がびゅうびゅうと空から降りてきて、わたしたちの真ん中あたりを吹き抜けてゆく。やっぱり肌寒いかもしれない。時期的には、そろそろ暖かくなりはじめのころなのに。
しばらくこうしてぼけっと突っ立っていると、寒かった風が弱まっていくのを感じられた。彼女も目の前あたりで動かないまま、考えていた以上に付き合いが良かったようだった。
「……ね」
先に近づきながら口を開いたのは、わたしの方だった。喋っているほうが楽しいからと。
「浩平君の話でもしよっか」
でも、よく分からない会話の糸口を見つけてしまったっぽい。
しかし。浩平君について、かよわい女の子ふたりがこんなふうに屋上でふたりきり。頭を突きつけ合わせて、あーでもない、こーでもないと語るというのは……
と思ったけど、それはそれで楽しいかも、などと思い直す。
ちなみに、いつの間にか、頑張ればキスできる距離になってたりする。それに気付くと、もうひとつのことに気付いた。彼女、風よけになってくれる位置に移動していた。
それでつい口をついて出たのは、
「なぜかは分かんないんだけどね、浩平君の知り合いって、みんな優しいんだよ」
「浩平は変ですから」
わたしたちも変なんだけど、と続けてしまいそうになって、ぐっとこらえる。
すごく言いたかったけど。がまんがまん。
「まあ、浩平君が変だってことは否定できない、かな」
「……私たちもきっと、どこか変です」
わたしは、何秒か、言葉に詰まった。
答えに窮していると、彼女は真摯な声で先を続ける。歌うように、そっと。
「でも、普通です。やっぱり、どこにでもいる女の子なんです」
「そうかもしれないね。……だけど」
「だけど?」
さっきと違い、今度はすっと言葉が出てきた。
「みんな、変だからこそ……ひとと話すのが、こんなにも面白く感じるんだって思うよ」
誰もが普通なのだ。どんな苦しみであっても、自分だけの苦しさなんてもの、誰もがそれぞれに持っているのだ。それこそ変な気分だった。忘れていたわけじゃないのに。分かっていたはずなのに。
自分と他人という存在が同じものではないという、ただそれだけのこと。
それを悲しいと思わなくてもよかった。孤独を感じる必要なんて、なかったんだ。人間はみんな、だからこそ、ひたすらに触れ合うことを求めるんだから。
さみしさは、理解できる。
言葉を交わすことから。手を繋ぐことから。ぬくもりを知ることから。すべてはそこから始まるのだ。
「ね。変なもの同士、仲良くしよう?」
「そうですね。……それも、いいかもしれません」
「じゃあ、新しい友人に」
「乾杯、しますか?」
「飲み物はないんだけどね」
「持ってます」
がさごそと、四次元ポケットならぬ学生鞄から、ひとつの魔法瓶が出てきたらしい。なんともノリが良い。用意も良い。きっと詩子ちゃんに鍛えられたのだろう。動揺の無い様子が頼もしいくらいだった。
「お昼の残りなので、量はそんなにありませんが。どうぞ」
「お茶かな」
「十分です」
「うん、そうだね。それじゃ――」
そこで、乾杯、とやりたかったのだけれど。
とりあえずカップというか、魔法瓶の蓋がひとつしかないので、代わりばんこに飲むことになった。
「……盃を交わしてるような気がするよ」
「気にしないほうがいいです」
というわけで、気にしたら負けらしい。
のどを鳴らしてこくこくと盃を――もとい、蓋コップを干す。彼女が仕舞うのを見計らって、お願いしてみた。
「とっくに気付いてたと思うけど、わたし、目が見えないんだ」
「はい。気付いてました」
「それでね、もし良かったら、顔をさわらせてくれないかな」
「かまいません」
浩平君にもやったことだけれど。彼女に触れて、知りたかった。
こうして知ることが、わたしには、きっと何より大切なことだった。
快諾を受けて、ゆっくりと手を伸ばす。……これじゃ本当にキスするみたいだ。妙なことを考えてしまい、がらにもなく、わたしのほうが恥ずかしさに顔を赤らめてしう。でもしっかり堪能した。
思った以上に、素敵な顔だった。
「ありがとう」
「どういたしまして」
さらりとした受け答え。こういうお願いにも慣れているようだ。そのせいか、詩子ちゃんに親近感が。でもまあ、心配する側される側は異なるかもしれないけれど。
「そうだ。今日の夕焼け、綺麗かな?」
「そうですね。……とても」
「どのくらい?」
「泣きたくなるくらいに」
淡々とした答え方。微笑ましいくらいに、正直な声。
「そっか。ロマンチックだね」
「……どうでしょう」
「いのち短し、恋せよ乙女。なーんて歌、思い出しちゃったよ」
そのとき。バタン、とドアが思いっきり開かれた。
「あのっ、ここに折原きてませんか!?」
ほら。こんなに違う。ドアの開き方。足音。その他もろもろ。
「……七瀬さん」
「あ。里村さん。どうも。それで……折原は、ここにはいないのよね?」
「はい」
「ありがと。それじゃ、お邪魔しましたっ」
だだだだだ。と激しい足音。また凄い勢いで閉まるドア。鉄扉だから余計に音が響き渡った。
遠ざかっていく七瀬さんとやら。やがて気配が階下へと消えて、もう何も聞こえなくなる。
「――浩平がなかなか現れない理由が分かりました」
「彼女に追われてる?」
「みたいです」
「うーん、困ったね」
「そうでもないです。とりあえず、まだ校内にいることだけは分かりましたから」
「えっと。どうしてかな」
「七瀬さんのことだから、靴箱くらいは確認しているはずです」
「外には出てないってことだね」
「はい。たぶん、逃げるのに疲れたか、落ち着いたらここに来ると思います」
もう少し時間が経つと暗くなってしまって、夕焼けが見られなくなる。
もったいないなあ、って思う。
仕方ないから、話を続けることにした。
「……ねえ、乙女といえばさ。浩平君は白馬の王子様、って感じじゃないよね」
「子供です」
「だけど好き?」
「……さあ。どうでしょう」
はぐらかされた。
これもまた、素直に好きと言えない、ということなのかもしれない。
案外、本人には率直に言えちゃったりもするのかもしれない。
乙女心は難しい。
わたしにだって、乙女心は分からないのだから、これはもう相当に難しいに違いないのだ。
「あの……」
わたしは先を促した。彼女が先に口を開いたから、邪魔したくなかった。
「夕焼け、好きなんですか」
「うん。すごく、好きなんだ」
それこそ、泣きたくなるくらいに。
何も映らない目を向けた。空は焼けているのだろう。真っ赤な光をほんの少し感じることが出来る。赤い世界。オレンジ色の高い空。雲は色鮮やかに染まっている。赤に紫、橙に加えて、夜の紺も混じり始める時刻。
彼女は好きなものを挙げようとして、口籠もった。やがて、おずおずと言葉にした。
「私は、そうですね。……雨が、嫌いでした」
そして、冒頭へと戻り。彼女の名前を思い出す。
茜色の空を想像しながら、茜ちゃんへ、ゆっくりと問いかけた。
「雨が?」
「はい。長いあいだ、傘を差し続けていたんです。もうすぐ晴れると信じながら」
深いところは分からなかった。
分からないように、話しているのだ。お互いに事情は知らない。誰もが自分だけの苦しみを持っていて、それは簡単に他人に見せびらかすようなものではないのだ。
いつか話してくれる日がくるのかもしれない。なんて、思いながら、聞いていた。
「でも、最近になって、雨のことがそんなに嫌いじゃなくなったんです」
で、理由。思い当たるフシ。ひとり。ピーンと来た。
「もしかして浩平君のせい?」
「もしかしなくても、浩平のせいです」
浩平君のおかげと言わないあたりが、言い得て妙だった。
ふと気付けば、茜ちゃんの抑揚のなかった口調も、どこかあたたかいものに変化していた。
「わたしも、あんまり好きじゃなかったかもしれない」
「雨が、ですか。どうして」
「雨の日は夕焼けが見られないから。……目が見えなくても、嫌なものは、理屈じゃなく嫌なんだろうね。そういうふうに感じちゃうってことは、不思議かもしれないけど」
「なるほど」
「嫌いなものって、どういうキッカケがあれば好きになれるのかな」
「好きになった気がすれば、もう大丈夫です」
「気のせい?」
「かもしれませんけど」
そんな会話をしていたおかげだろうか。
もうちょっとの時間だけ、陽が落ちきらないといった夕焼け空のこちら側で、いきなり雫が落ちてきた。息をのむ音。身じろぎひとつしない茜ちゃん。
雨の音色。それはたしかに雨だった。でも、夕陽はそのまま、真っ赤に輝いているのだ。
「お天気雨…。なんだか、嘘みたいなタイミングです」
見上げると顔を叩く雨粒たち。いくつも、いくつも。濡れることもかまわずに、わたしたちはここでぼうっと立ちすくんでいた。少しくらい濡れるのは、もう気にならなかったのだ。
「どうです? 好きになれそうですか?」
「……うん、そうだね」
まったくもって不似合いな組み合わせだ。たった一瞬の出来事だったらしく、あの雨は、すぐに向こうの方へと通り過ぎていってしまった。だけどわたしたちはちゃんと知っている。覚えたし、忘れることもないだろう。雨の中でも、やっぱり夕焼けは綺麗なのだ、と。
雨も去り、ちょうど夕陽も沈みきったころ、階段を駆け上ってくる浩平君の足音が聞こえてきた。
それを聞いているだけで楽しかった。茜ちゃんも、吹き出すのをこらえているみたいだった。耐えられたのは何秒くらいだったんだろう。
ふたりして、大きく声を上げて、目に涙すら溜めて、笑った。嬉しくて、あんまり嬉しかったから。
そして力一杯ドアを開けた浩平君の、きょとんとしたその顔が、ただ、たまらなく愛おしかった。
えっと、終了報告がありませんが、投稿させていただいてもよろしいでしょうか…?
以上です。
>>543-553 「夕焼けロマンチック同盟」でした。では、ありがとうございましたー!
連投規制かかってたんです……ごめんなさいです。
では。
あ、そうだったんですか。
こちらこそ自分の都合で無茶言って申し訳ないです…。
えっと、それでは今から投稿させていただきます。
ONEの長森END後のSSで、テーマが『もしも』。
タイトルは「Ifにもならない可能性」です。
「なあ」
「うん」
「オレ、帰ってもいいか?」
「だめ」
「そこをなんとか」
「なんともならないよ。というかこれ、浩平の仕事だよ?」
「オレは承諾した覚えはない!」
だんっ、と強く机を叩いて主張する。このままの勢いで押しきれば、あるいは…
「でも、決まっちゃったことだし」
しかし瑞佳は冷静だった。オレとの付き合いが長いせいか、全く動じた気配がない。
「それに稲城はどうしたんだ? あいつ、確かオレの相方だったはずだぞ」
「それは…」
言いよどむ瑞佳。最初は理由も聞かずに流したが、なにか事情でもあったのか?
「二人のほうがいいでしょ、って気を回してくれて…」
「…そうか」
「…」
「…」
以前のオレならここで否定の言葉なりなんなり出てきたのだろうが、今は違う。
実際オレと瑞佳は、まあ、その、なんだ。
世間一般で言う所による友達の数ランク上の関係な訳で、オレとしても長森と二人っきりになるのはやぶさかでもない。
むしろ歓迎する気持ちも少なからず存在するのは認める必要があるのだろうが、それとこれとは話が別だ。
「いや、長森。それは稲城に…」
「浩平」
咎めるような声と視線。ああ、そうか。オレは一つ咳払いして言い直す。
「いや、瑞佳。それは稲城にごまかされてるだけで…って、人の顔見て笑うとは失礼な奴だな」
恐らく憮然とした表情を浮かべているであろうオレに対し、軽く頭を下げながらもますます笑みを深くする瑞佳。
「ごめんね。照れた浩平があまりにも可愛くって」
「くっ」
名前を呼んだぐらいで照れるはずないだろう。中学生でもあるまいし。お前、一体オレをいくつだと思ってるんだ?
そう突っ込みたいのはやまやまだなんだが、あまり強く言うのも大人気ない。今日の所は勘弁しておいてやろう。
と思って近くにあった紙束を掴んだのだが、
「浩平、顔が赤いよ?」
「夕日が目に染みたんだよ!」
少しからかうような瑞佳の口調に、ついムキになって反論してしまう。
…むう、おかしい。あのときは普通に呼んでいられたのに、何で今はこんなにこっぱずかしいんだ?
クール&ビューティーを地で行くオレが台無しである。とりあえず今は話題を変えないと。
「それで、そっちは人数分揃ってたのか?」
「うん。枚数もちゃんとあったよ」
内心、あからさま過ぎるかとも思ったのだが、瑞佳もそれ以上続ける気はなかったのか、すぐさまオレの話しに乗ってくれた。
「浩平の方は?」
「オレのほうも一応、な」
とんとんとん、と手に持った紙束を打ちつけて整え、机の上に投げ出す。
まあ数のチェックだけは早々に終わってたからな。問題はその後だ。
「しっかし未だに納得できん。オレがなんで卒業文集の編集なんざしなきゃならんのだ?」
「そういう決まりなんだから仕方がないよ」
オレの激昂を苦笑いしてやんわりとたしなめる。でもオレには納得できない。
「クラス全員が一年間で必ずなにかしらの委員につく義務がある。これはわかる。
卒業文集制作委員は稲城だけだった。まあこれもわかる。だからってついこの間帰ってきたばかりのオレを任命するか?」
そう。オレはあちらの世界から帰還してまだ一ヶ月も経ってない。
なのに髭の奴がHR中に「んあー、折原はなんの委員にも就いてなかったな?」とか余計なことを言い出し、その後の民主主義に疑問を呈したくなるような数の暴力に押し切られ、オレは強制労働へと駆り出されることになったのだ。
「だけど佐織、浩平が来るまで一人で頑張ってたんだよ?」
「その間は瑞佳が手伝ってやってたんだろ?」
「うん、だから今度は浩平の番。これで二人とも同じだよ」
なら一番損をしているのは瑞佳じゃないか。お前はもう別の委員をしてたのに。そう言おうと思い、途中でそれが意味を成さないことに気付いてやめた。
コイツは昔からこういう奴だったんだ。なんの特にもなりゃあしないことを嬉しそうにやって。一時期ずっとオレから嫌がらせされてたのに、それでも変わらず世話を焼いて。
「…変なミシンとかツボは買うなよな」
「買わないよっ」
オレの優しさに溢れかえった忠告を、瑞佳は力いっぱい否定してみせた。
「だけど今時『もしも〜』なんてお題もないよな」
机に置いた原稿用紙をぱんぱん叩きながら、瑞佳に問いかける。
「そうかな? 書きやすくて良い題目だと思うけど」
困った目でオレを見ていた瑞佳は、オレの手にそっと自分の手を重ね、原稿用紙から遠ざけた。
「瑞佳はなにを書いたんだ?」
実はもう知っていたりするのだが、瑞佳がどう答えるか興味があったので、知らない振りをして聞いてみる。
「えーっと、『もしも動物が話せたら』だったかな」
迷うそぶりも見せずにあっさりと答えられた。…少しは隠すと思ったんだが。こうも普通に返されると、面白くも何ともないな。
「中身には全然自信がないんだけどね」
そう続けて、はにかむように笑う。でも見た感じ、読み手を意識した面白い読み物だったとは思うけどな。卒業文集としては少し違う気もするが。
「浩平は?」
「オレ?」
…しまった。人に聞いたら聞き返されるのは当たり前じゃないか。マズい、非常にマズいぞ。
「企業秘密だな。配布当日まで期待に胸を膨らませて待ってるがいい。きっと驚くこと受け合いだぞ」
うむ。それだけは自信が持てる。しかし瑞佳はオレの台詞に頬を膨らませると、
「そんなのずるいよ。わたしは答えてるのに…。いいもん。勝手に探して読むから」
こんなときだけ有限実行、すぐさまオレが担当した原稿の束を探り始めてしまった。
やばい。このままではバレてしまう。何とかしないと――
そうだ!
「なあ、瑞佳」
「…」
無言。でもこちらに注意を払っている様子は感じられる。
「七瀬がなに書いたか知りたくないか?」
「七瀬さん?」
答え、しまったとばかりに顔を背ける。
「おう、七瀬。あいつ隠しながら書いてただろ? たぶん瑞佳も内容知らないんじゃないか?」
「そうだけど…」
戸惑うような気配。お、揺れてるか?
「でも、本人が隠してるのに聞くのは悪いよ。それに、配布当日わかることだし」
「オレの分は悪くないのか?」
「だって、浩平だもん」
理由にならない理由を答え、再び紙の束に向き直る瑞佳。
こうなったらこいつはテコでも動かない。後は時間の問題か。
オレは瑞佳を懐柔するのを諦め、手近にあった原稿用紙をぱらぱらとめくる。
物語仕立てのもの。自分の体験談。将来への展望を交えたもの。
様々な世界がそこにはあった。そしてそのうちの一つ。一見なんでもないようなタイトルのものが、不思議とオレの目を惹いた。
『もしも、あの人が居てくれたら』
執筆者は里村。本人の人柄を反映させるような硬質で、流麗な文体。
だがそれだけだ。特筆すべき点はなにもない、はず。なのに何だ?
この奇妙な胸騒ぎは――
「浩平」
「おわっ」
目と鼻の先にまで迫った瑞佳の顔に、驚いてのけぞる。どうやら知らず知らずのうちに入り込んでいたらしい。
「それ、里村さんの?」
「…ああ」
さりげなさを装って放り出したのだが、あっさり見つかったようだ。隠すと余計に怪しまれそうな気がしたので、素直に認めておく。
「ふーん、そうなんだぁ」
何故だか少し不満そうだ。勝手に里村の文集を読んだことを責めているのか?
「なんだ、お前も読みたかったのか。なら最初っから言えばいいのに」
「ううん、違うもん」
「ほら、『もしも動物が話せたら』。編集前だから破ったりするなよ」
「これ、わたしが書いたやつだよっ」
そんなやり取りをしながらもオレは、得体の知れない焦燥感に駆られていた。
こんなことを聞いても仕方がないのはわかっている。わかってはいるのだが…
「なあ、瑞佳」
「ん?」
「これからちょっとヘンなことを聞くけど、いいか?」
「浩平はいっつもへんだよ」
瑞佳はそう答えながらも、オレの声色が変わったことに気付いたのだろう。
佇まいを正し、オレの言葉を聞く姿勢に入った。
「もしオレが…」
「うん」
「オレが…」
「浩平が?」
途中、やっぱり別の話にしようかとも思ったが、瑞佳の真剣な視線に後押しされ、そのまま先を続ける。
「もしオレが…帰ってこなかったら、瑞佳はどうするつもりだったんだ?」
オレの言葉に、瑞佳は一瞬体を硬直させ、そして、微笑みながら――微笑みながら?
答えた。
「考えてないよ」
いや、考えてないってお前。
「だって浩平、帰ってきてくれたよね?」
「それはそうなんだが…」
オレが聞きたかったのはそういうのではなくて、
「それとも、帰ってこないつもりだった?」
「それは絶対違うっ」
即座に否定する。
「だよね。だから考えてなかった。戻ってくるって知ってたから。それがいつになるかはわからなかったけど」
…あー、まいった。自分で聞いといてなんだが、こういう時ってどう反応すればいいんだ?
「浩平、だらしない顔してるー」
「幻覚だっ」
知らず知らずのうちに顔が緩んでいたらしい。意識して顔を引き締める。
元よりオレと瑞佳は好き放題言い合える間柄だったが、瑞佳側からオレに対してはどこかしら遠慮のようなものがあった。
最近はそれが徐々に薄まってきているようだ。喜ぶべきかどうか悩むところだが。
「浩平こそ」
「ん?」
悪戯っぽい瑞佳の顔。あれはまたろくでもないことを聞くつもりだな。
「もしわたしが彼氏作ってたら、どうしてた?」
「それはないな」
明らかに冗談とわかる口調。だがオレは一刀のもとに切り捨てる。
「どうして?」
「なんせ瑞佳はオレにベタ惚れだからな」
それだけは自信がある。
「浩平、しょってるんだー」
「違うのか?」
真顔で聞き返すオレに、
「違わないよ」
オレの目を見つめて、瑞佳が答えた。
がらがらがらっ
「あんたたち、差し入れ持ってきたわよ〜…って、あれ? お邪魔だった?」
と、コンビニの袋を提げて飛び込んできた稲城が、室内の微妙な空気を読み取ってか引きつった表情を浮かべる。
「邪魔だな」
「浩平っ」
思った通り口にしたのだが、瑞佳にそれを咎められた。
「でも折角だから手伝っていってくれ」
「折原らしいわね。もちろんそのつもりよ」
苦笑しながら、机の上に袋の中身を並べ始める。
「あ、そうだ」
その途中で何かを思い出したのか、ペットボトルを握ったままオレに向かって指を突きつけてきた。
「なかなか器用だな」
「どういたしまして…じゃなくてっ。折原、あんた卒業文集出してないでしょ」
「そうだっけ?」
「そうなのよっ」
とぼけてみたが無駄だったようだ。先ほどのやり取りですっかりそのことを忘れていた瑞佳も、一緒になって非難の視線を向けてくる。
「浩平、それはまずいよと思うよぉ…」
「ほら、髭からあたしまで注意されてるんだからねっ。まだ書いてないのならここで書きなさい!」
完成するまで帰さない、との決意がひしひしと伝わってくる。となるとここは、
「おお、そうだ」
「なによ」
「昨日家で書き上げたような気がする。ちょっと見に行ってくるな」
「あ、待ちなさいっ」
逃げの一手しかあるまい。
答え、教室から駆け出そうとしたのだが…
「折原、どこに行くんだ?」
「髭っ」
まるで計ったかのようなタイミングで髭が現れた。
…もしかしてこれは?
瞬間的に頭に浮かんだ人物に振り返ると、案の定してやったりとの表情を浮かべてほくそ笑んでいた。
こいつ、さっき思い出したフリをしてたのは演技だったんだな!
「こら稲城、卑怯だぞっ」
「はいはい、わかったからさっさと書きなさい」
「瑞佳からもなんとか言ってくれっ」
「浩平、頑張ってね」
「んあー、ちょうど進路指導室が空いてたからそっちでやってみるか?」
オレたちのやり取りをどこ吹く風、髭はマイペースに言い放つと、オレの首根っこを掴んでズルズルと引きずり始めた。
間に合わねえ……(;´Д`)
今から投稿致します。
『You never need me.』
To Heartの志保メインです。
突然、寂しくなった。
ベッドの上からあたしは目覚し時計を引き寄せる。
午前2時47分、真夜中だ。
眠いのにあくびも出やしない。
頭の中がぐるぐる回り続けて、おかしくなってしまいそうだった。
枕を抱えて縮こまって、毛布を頭からかぶり直して、
それでも考えつくのはやっぱりあいつの事…。
あたしがあいつと出会った頃から、もう何年も経ってる。
その時は別に意識しなかったし、友達が一人増えたくらいにしか思わなかった。
でも、今ならついさっき起こった事のように思い出せる。
耳を澄ませば、そこにあいつが――
今ここにあいつがいたら、なんて言うかな…。
笑うかな、まず。
『なにやってんだ?また新しいギャグでも考えたのか?』
『なーに真剣な顔してんだよ、変なもんでも食ったか?』
…こんなとこね。
そのあと絶対、
『お前らしくねーぞ、そんなの』
って来るのよね。
ふふ、その位の推理なんてあたしにしたら軽いもんよ!
…そうだよね、あたしらしくないよね、こんなの。
あたしはいつも笑ってて、バカなことやってみんなも笑わせて。
うるさいとかやかましいとか、悪く言われても構わなかったわ。
だって、そうやって今までやって来たんだから。
それであたしは満足できたし、みんなもとりあえず喜んでくれたから。
でも。
あたしを憎からず思ってくれたのは、長い付き合いだもん、分かってた。
でも、あたしをあいつは必要だと思ってくれてた?
『必要』って難しいから、あたしはいつもそれが出来なかった。
自分のやり方じゃそうなれないのは、なんとなく分かってたのに。
もしあたしがいなかったら、あいつは寂しい日々を過ごしてたの?
きっと、それはない。
それならそれで、どうにかやって来たはずだし。
…じゃ、あいつにとってあたしって、なんだったんだろうね。
――わかってる。あたしは、あかりにはなれない。
あいつの腕の中で眠るには、あたしは……
あたしは……
あたしは……
だから、忘れてやるんだ。
この気持ちを…そうね、ガラスの瓶にでも詰めちゃおうかな?
それで、海に流してやるんだ。
図書室で助けてくれたときも、二人でカラオケに行ったときも、
一緒にゲーセンに行ったときも、…あいつの家に行ったときも、
あたしの中に生まれた気持ちをみんな、捨ててやるんだ。
あたしの中のあいつを、捨ててやるんだ。
そして、明日から何もなかったみたいにまた学校に行って。
いつものように騒いでやるんだ。
みんなを集めて、その中心にあいつを巻き込んでやるんだ。
あたしの中のあいつを、捨ててやるんだ。
あいつが別にそんなことどうでもよくても。
CLANNADのSSです。
春原×風子という反体制的なボンバヘッなので注意。
テーマは無理やり全部突っ込みました。
タイトルは「北風と太陽」
〜プロローグ〜『If』『友達』『相談』『キス』
もしも、あの時、「友達」でなく「恋人」と言えていたなら。
もしかしたら、岡崎さんの横に立っているのは、渚さんでなく風子だったのかもしれないのでしょうか?
でも、いいんです。 風子は我慢の出来る子です。
大好きな二人が幸せになるんです。
風子はもう、そういうのには慣れてます。
おねぇちゃんのときとは違って、少しだけ心が痛みましたが、大丈夫です。
でも、たった一つだけ心配なんです。
「風子はいつもみたいに笑えているでしょうか?」
二人に気づかれてはいないでしょうか?
二人の幸せを邪魔していないでしょうか?
それだけが、心配なんです。
「いつもより頭悪そうな笑い方だと思う」
「最悪ですっ」
相談する人間を完膚なきまでに間違えました。
いくら他所には仲良し四人組で通っているとはいえ、実際は仲良し3人組+1ヘタレ(岡崎さん談)。
気の迷いとはいえ、組外のヘタレに相談するなんて、つまらない時間を過ごしてしまいました。
あかんべぇをくれて立ち去ってあげようとすしましたが。
「で、ナニ悩んでるわけ?」
面倒そうに、そう言いました。
気の迷いとはいえ、それでも相談したのは。
こういうふうに本気の相談には真剣に考えようとしてくれるからだと思います。
「あ、まさか、生理が今頃来たとか?」
「最悪ですっ」
でも基本的に馬鹿です。
578 :
北風と太陽2:04/10/25 07:16:01 ID:31sG+ktS
「ふぅん、あの二人がキスしてるとこを見ちゃった、かぁ…ってキスぅぅぅ!? 岡崎と渚ちゅわぁんが!?」
結局話してしまう風子も風子だと思いますが、それでも頭の悪い反応にため息をつきます。
「そんな馬鹿な! 渚ちゃんは僕のほうに心を傾けていたはずじゃぁ!? 岡崎と僕とじゃあ曙とエスパー伊東を乗せた天秤ぐらい圧倒的な差があったはずだよ!?」
「後半部分は風子もまったくもって同意です」
「だろ!?」
あまりにも噛みあいません。
「ま、友達二人がくっついちゃうってのはお子様にはショックだよな、元気出せよ」
自分は足に来るほどショックをうけてるくせに、そんなことを言います。
そっくりそのままお返しする上に、見当違いです。
「いいんです、風子は大人ですから、我慢するんですっ」
「…そっか」
言い切る風子に対して、何故か春原さんは頭を撫でようと手を伸ばしてきました。
うざいので払いのけます。
ちょっとむっとしたかと思うと、すぐにへらっと表情を緩め、わけのわからないことを口から垂れ流しました。
「ちなみに僕、今フリーなんだけど」
「断じてお断りですっ」
あまりの即答に春原さんが一瞬停止します。
「そ…そんな!? 人がせっかく勇気を出して幼女趣味まで暴露したのにっ!?」
「最悪ですっ!!」
すこーん。
放り投げたヒトデが春原さんの頭部に刺さります。
悶絶する春原さんを置いて風子は立ち去りました。
でも。
ヒトデはお礼に置いていく事にしました。
ちょっとだけですが、言い争ってたら、気も晴れましたから。
きっと、本当に笑って二人を祝えるはずです。
嘘でも、強がりでも、できるはずです、風子はそうしたいんです。
どうか、お姉ちゃんたちみたいに二人も幸せになりますように。
〜幸せな二人〜『花』『プレゼント』『嘘』
赤い薔薇が100本。
他の人間がやっても笑い話のタネにしかならないであろうそんな贈り物も、芳野祐介という男にはよく似合った。
「ありがとう、ございますっ」
期待以上の満面の笑顔を浮かべる妻に、少々照れながら呟く。
「いや、なんだ、そんなに喜んでもらえるとは正直思ってなかった」
「そんなことないです、女の子なら、みんなこういうのには憧れるとおもいます」
微笑む彼女の台詞に、祐介の動きが止まる。
「いま、なんていった?」
「え、そんなことないって…」
「いいや、その後」
「女の子ならみんなこういうのに憧れる、ってとろこですか?」
取り落とされた。
薔薇が。
地に。
広がる。
祐介は叫ぶ。
「う、嘘だっ! こんな可愛い人が女の子のはずがないッ!」
芸能人時代の思い出、美しい低年齢アイドルのほとんど、いや、全ては女装美少年だった事実。
水色の時代は彼の価値観に多大なる歪を与えていたのだろう。
ツッコミを通り越して同情の涙すら零れそうになる。
「で、でも生えてるんだろう?」
「それは、大人ですから」
セクハラもいいところな質問にも対応。 まさに大人の女性。
祐介はほっと胸をなでおろす。
「じゃあ、大丈夫だ! 付いてるならいける!」
公子はきょとんとした表情を浮かべたかと思うと、全てを悟り、ため息とともに告げる。
「付いてません」
「!?」
膝から崩れ落ちる祐介。
立ち直れないほどのショック。
公子はそんなにもショックを受ける夫が、もっとショックだった。
後日。
追い討ちをかけるかのように彼を待っていたのは。
彼の一番愛した花の名を持つ雑誌の廃刊のお知らせ。
芳野祐介は自分の部屋へ行き2時間ねむった…
そして……
目をさましてからしばらくして愛読書が死んだことを思い出し……
泣いた…
公子はそんな下衆な涙を流す夫に、もっと泣けた。
〜津軽海峡冬景色〜『雨』『海』『旅』
彼女の心象風景を例えるなら。
土砂降りの風雨を呼ぶ台風。
断崖絶壁に荒れ狂う北の海。
絶望の二文字が良く似合う彼女ではあったが。
それでも彼女は彼を愛していたから。
だから。
気がつくと、おねぇちゃんがカバンに荷物を積めていました。
「んーっ、おねぇちゃん、なにしてるんですか?」
「…ちょっと、旅に出ようかと思ったの」
「どこですかっ?」
するとおねぇちゃんは、ちょっとだけ困ったような顔をして言いました。
「タイか、モロッコ、かな」
意外です。おねぇちゃんはもっとよーろっぱとかそういうところに興味があると思っていました。
「なんでタイとモロッコなんですか?」
「安いところと、有名なところだからね」
何故か疲れた顔で微笑むおねぇちゃん。
心配ですが、でも大丈夫。
きっと旅行で元気になってくれるはずですっ!
だから風子は笑顔で見送りました。
「いってらっしゃいですっ!」
〜仁義無き戦い〜『サッカー』『戦い』『風』
「あれ、誰ですか?」
「春原」
脳が、理性が、岡崎さんの答えを受け付けません。
もう一度聞いてしまいます。
「あれ、誰ですか?」
「春原」
目の前にいるのは、きらきらした爽やかな笑顔で無邪気にボールを蹴る男の子。
「おかしいですっ!」
「春原がおかしいのは今に始まったことじゃないだろ」
「それはそうですがっ」
思わず納得しかけますが、それでも目の前の現実が信じられません。
「春原さんは、もっとこう、なんていうか、ドブ川が腐ったような色の目をしてるはずですっ!」
「いつもどーりしてるだろ」
「岡崎さんの目は節穴ですっ」
確かに、サッカーボールを蹴る春原さんの目は輝いています。 きらきらと、つい魅入ってしまいそうになるほどに。
あれです、風子、昔聞いたことがあります。
いつも元気で明るいいい子の北風と、ぎらぎらとうざったいだけの太陽が、旅人の好感度で勝負する話です。
がんばった北風ですが、いつもは駄目駄目な太陽がふと見せた温かみという意外性だけで旅人を騙しきるっていうお話です!
うろおぼえですが、たぶんそんなのだったと思います。
奇しくも春腹さんは名前に「陽」の字。
そして風子は名前に「風」の字。
きっと、これは北風と太陽の代理戦争で雪辱戦。
ガチでステゴロなんですっ!
負けません!
風子はナイフを握り締めました。
ナイフを後手に、決意を胸に、ゴール傍に待機します。
春原さんがシュートを決めて自分酔いしている隙に。
てててと駆け寄り。 えい。 ぐさ。 ぷしゅう。 サッカーボールがみるみるうちにしぼみます。
しばしの沈黙ののちに。
「あ…アンタなにしてるんですかぁぁぁっ!?」
いつものヘタレ口調で春原さんが叫びました。
よかった、ボールがないといつものドブ川が腐ったような色の目に戻りましたっ。
「安心ですっ」
「アンタわけわかんないっすよぉっ!」
「あぁあ、学校の備品を。 弁償だな春原」
「僕がっすか!?」
「お前が悪いし」
「どこがだよっ!?」
「頭」
膝から崩れ落ちるいつもの春原さんに心から安心してしまう風子でした。
〜ガムテープが生んだ奇跡〜『料理・食べ物』『耳』『卒業』『お願い』『初め』『桜』
「美味しいです、美味しいですっ」
お母さんの新作パンが、こういってなんですが、珍しくとても美味しかったのでついつい食が進みます。
「ん、渚、美味そうなもん食ってるな」
と、お父さんも横から一つつまむと、難しい顔をして「…美味い」と呟きます。
その呟きとほぼ同時に、お父さんからは見えない場所にお母さんが顔を覗かせました。
声が聞こえたのか、とても嬉しそうな顔をしています。
「なぁ、渚、どこで買ってきたんだ、コレ?」
お母さんがこけました。
「違います、これはお母さんが焼いたんですよ」
「む?」と、お父さんはカレンダーを睨むと。
「渚、今日は4月1日じゃないぞ?」
いつものように駆け出していくお母さんとお父さん。
一人残された私は、こっそりとその新作パンをもうひとつだけつまむことにしました。
とても美味しい、特に耳のところが美味しいそのパン。
それは、パイ生地みたいなサクサクした食パンでした。
だから、きっと名前は。
「パイパンっ」
渚が時を止めた。
「渚、いまなんてった」
「ぱいぱんですっ」
「俺、今一番食べたいものを言って元気出せっていったよな」
「はい、だからぱいぱんですっ」
真剣な顔をして言った渚は、止める暇もなく坂を上っていったわけで。
俺は途方にくれるわけで。
「春原、協力してくれ」
「で、そこでなんで僕なんすかっ!?」
「大丈夫、ちょっと下の毛を剃ってガムテで一物を尻側に張るだけだ! 男という醜い殻からの卒業だ!」
「あんた熱でもあるんじゃないですかっ!?」
「ハッピーバースデー春原子!」
「あんた悪魔っすかっ!?」
まぁ、なんといわれようが女装をさせるわけで。
「おおい、渚ぁ、連れてきたぞ!」
「? 誰ですか、その女の子は?」
「よし、下を脱げ春原子!」
「あんたド外道っすかぁ?!」
「早くしろや! こちとら剃毛は初めてなんでちょっとドキドキしてるんだぞ!?」
「ひぃぃぃ! なんで息が荒いんだぁぁぁぁ!!」
「脱げーーー!!」
「と、朋也くん、なにしてるんですかーーー!?」
「あはは、そっか、勘違いかー」
「もうっ、朋也くんはうっかりさんです」
あっさりと誤解は解けた。 おかしいと思ったんだよな、最初から。
「あんたら、ほんとに、ほんとーに、鬼っすか…」
ズラはおろか、女子制服まで着せられて泣き崩れる春原はこのさい放置である。
と、風子が通りかかる。
春原を認識すると。
手で口を押さえ、おもいっきり指差して。
大爆笑。
と、おもいきや。
「か…可愛いですっ!」
意外すぎる台詞だった。
「お前、やっぱ趣味変な」
こっちのツッコミも聞こえないのか、風子は呟いた。
「…ま、負けません!」
なんにだ。
女装っ子の、匂いがする――
芳野祐介は、学校の前で足を止めたが、頭を振り、すぐに立ち去る。
一瞬とはいえ足を止めたのは、愛する人が傍にいなくて寂しかったからかもしれない。
〜人生は長い長い道を行くが如く〜『走る』『夏だ!外でエッチだ!』『えっちのある生活』
そのころ古河夫妻は。
町内を駆け回り、その距離もなんと20kmを超えようとしていた。
ハーフマラソンのある生活っていいね!
「良くありませぇぇん!!」
夏だ!外でハーフマラソンだ!
「誰に向かって叫んでるんだ早苗ーーー!!」
〜春と修羅〜『復讐』『動物』『絶体絶命』
両手一杯のおみやげと一緒に、おねぇちゃんが町に帰ってきました。
ので、ユウスケさんと一緒に空港まで迎えにいったのですが。
「生やしてきました」
それがおねぇちゃんの帰国第一声でした。
なにを、と聞いてもおねぇちゃんは微笑むだけで答えてくれません。
ユウスケさんは鼻血を流しながらケダモノのように狂喜乱舞するばかりです。
んーっ、風子、蚊帳の外ですっ。
「で、次は祐くんの番だね」
ユウスケさんの乱舞が止まりました。
「祐くんのことは好きだけど、わたしも男の子より女の子のほうが好きなの」
おねぇちゃんは微笑みながら淡々と続けます。
「いってらっしゃい、タイかモロッコ」
真っ赤だったユウスケさんの顔が面白いほど鮮やかに青に染まっていきます。
困っているユウスケさんにお姉ちゃんは微笑みながら助け舟を出します。
「まぁ、それはともかく、とりあえず祐くん」
本当は風子にはよくわかりませんがおねぇちゃんは優しいですから、それはきっと助け舟だったんだと思います。
「お尻、出しなさい」
んーっ、やっぱり風子よくわかりませんっ!
もっと大人になればわかるんでしょうか?
いつかはきっと知りたいと思います。
大人の恋というものを。
――そして時が流れる。
〜エピローグ〜『家族』『夢』『結婚』
「もっと家族がほしいですっ」
唐突な、嫁の爆弾発言。汐を撫でる手を止める。
しばし考えた後。
「――それはなんだ、つまり浮気して来いってことか」
「絶対駄目です」
頬を膨らませて言う渚がちょっと可愛い。
「まぁ、でも、ほら、アレだしなぁ」
「でも、でもですね、家族がたくさんいたほうがやっぱり楽しいですっ」
「だからってアレだしなぁ」
言葉を濁す。 言葉にしなくても渚も自分の体のことはわかっているのだろう。
更なる爆弾発言を重ねる。
「だから、しおちゃんは早く結婚しましょう!」
汐がきょとんとした顔で母を見る。
それ以上に俺の顔は呆然としていることだろう。
「…お前はどこまでアホの子なんだ」
「失礼ですっ! きちんと計画しました! 準備も万端ですっ!」
「準備ってなんだよ」
「無論、しおちゃんの結婚相手です!」
そう言って、玄関へと手を向ける。そこに立っていたのは。
「渚、ちょっと正座しろ」
「え、え?」
「お前は冗談でも気の迷いでも発作でもなんでもいいけど、なんでよりにもよって汐にアレを宛がおうなんぞ考えるんだええ?」
「と、朋也くん、久しぶりに本気で怒ってますね!」
「あたりまえだぁ! このアホの子っアホの子っ!」
「ひ、酷いですっ! 他に頼めそうな男性がいなかっただけなのに!」
「じゃあお前は他に頼めそうな男がいなかったらアレに古河パンのレジをまかせるのか!?」
「そんな、お店が潰れます!」
言い争う俺たちに向けて、ソレはそっと呟いた。
「あの、僕、もう帰っていいっすかね?」
そもそもこんな用で来るなよこのロリコン。
と、勢い良くドアが開く。
その乱入者は荒げた息を整えると、堂々と宣言した。
「し、しおちゃんは風子のですっ!」
アホの子が増殖してしまった。
「わぁ、ふぅちゃんが家族になってくれるのは嬉しいです! しおちゃんをよろしくお願いします!」
アホ嫁が加速していく。
「日本の法律を忘れるな、このアホっ」
「じ、じゃあ春原さんの名義を借りて仮面夫婦を」
「戸籍上俺があいつの父親になるっていうのか? 死んでも御免だ」
「あんたら本人目の前にしてよくそれだけ言えますねぇ…」
泣きそうな目で春原が呟くがスルー。
「名案を思いつきました!!」
アホ毛を逆立てんばかりに叫ぶ嫁。
どんなアホ意見が飛び出すことやら、見守ることにした。
「じゃあ間を取って、春原さんとふぅちゃんが結婚しちゃえばいいんですよ」
本末転倒も生易しい素敵論理展開。
さも名案だと誇らしげに胸を張る我が嫁に、暖かく声をかける。
「ナホ」
「な…なほ?」
「渚のアホ、略してナホ」
「ひ、酷いです朋也くんっ!?」
「お前の頭がな」
渚のアホ提案に、思わず顔を見合わせる二人。
しかし、それも一瞬。 気まずさに顔を背けると、同時に叫ぶ。
「ろ…ロリータに欲情できるか!」
「最悪です、最悪ですっ、最悪ですっっ!」
その後の収拾が付くはずもなく。
投擲されるヒトデ。
他人から見たらイチャついているとしか思えない生ぬるい夫婦喧嘩。
叫ぶヘタレ。
更に飛ぶヒトデ。
喧騒の中。
汐だけがその呟きを聞いていた。
太陽の光のように優しい、北風のように切ない囁きを。
「…ぷち最悪ですっ」
きっと明日も明るく楽しいいい天気。
きっと太陽は暖かく。
きっと優しい風が吹く。
すみません、十五分ほどもらえますか。
すみません、お待たせしました。タイトルは、「一枚の思い出」。結構長いです。
イビルとエビルの話です。どっちかというと、イビルよりな話です。
なんか連続でいくつもイビエビと書いてあるので、ややこしいです。
エビルは海老だから赤い方。イビルはイビだから青い方と憶えると、分かりやすいそうです。
それでは、投稿します。
その少女には名前がなかった。
少女、と言うにはもしかしたら語弊があるかも知れない。
何しろ胸は平らで、言動はがさつで、おまけに実年齢は不詳で少女と呼んでいい歳なのか分からない。
ついでに悪魔だった。
悪魔の少女は孤独だったが、魔界を彷徨ううちに、イービルリングという一種の共同体に拾われる。
普通なら、食い扶持が増えるだけの子供など、見捨てられるか弄ばれるかするだけだが、ここは数少ない例外だった。
少女は服を与えられ、食物を与えられ、居場所と仲間を与えられた。
戸惑う少女をよそに、仲間達は遠慮なく、やや乱暴気味な暖かさをプレゼントする。
そしてもう一つ。
少女はイビルという名前を与えられた。
「てきとー」
少女は真っ先に、その名前に文句を付けた。
もう一人、似たような境遇の少女が、大分遅れて入ってきた。
イビルよりも胸はあり、物静かで、年の頃はイビルと同じように見えたが、いつも一人きりだった。
少女は死神だった。
死神は死と魂を司るものとして、魔界でも忌み嫌われている。
本来なら死神は、同族だけの小集団で行動するのだが、なぜかその少女は集団から離れ、この共同体にいた。
あるいはその集団そのものが、死の手に絡め取られてしまったのだろうか。
死神の少女の名はエビルといった。
イービルリングと名前は格好を付けてはいるが、ならず者の集団である側面に、代わりはなかった。
縄張りを巡って他の共同体と争い、時に勝利し、時に敗北して放浪し、時には傭兵となる。
拡大すれば、国になることもある。あるいは国に飲み込まれ、あるいは滅ぼされる。
そんな、典型的な魔界での生き方を実践していた。
イビルは闘えるようになったと判断される前から、勝手に戦場に飛び出しては暴れ回っていた。
最初こそ窮地に陥りもしたが、一度手柄を立てると、次の戦いからは正式に戦列にくわえられた。
炎と槍と、それらを組み合わせた力を持って、イビルは暴れ回った。
エビルは静かなものだった。
なんで戦わないんだと問い詰めても、「命を奪うのは好きじゃない」と、
およそ魔族らしくも、死神らしくもないことを口にした。
真面目に働きはするので誰も文句は言わなかったが、イビルにはそれが気にくわなかった。
――が、ある日、主戦力が戦いの場に出ている隙をつかれ、後方に残された非戦闘員達が襲撃された。
僅かな護衛が蹴散らされ、誰もが死を覚悟したとき、初めて彼女はその刃をかざした。
冷たい輝きを放つ大鎌が、静かな軌跡を描き、いくつもの死をその場に積み上げた。
主戦力が帰還したとき、エビルは数多の屍を背景に、朱色の髪を返り血で、いっそう赤く染めて立っていた。
喝采と感謝をその身に浴びながら、なお、彼女は無言でいた。
そんなことが起こっても、エビルは相変わらずだった。
その日も一人で、木の根に寄りかかりながら、果実の皮を剥いていた。
誰かと協力してなにかするよりも、一人でできる仕事を任せた方が、効率がよかった。
刃物の扱いはさすがに大したもので、瞬く間に裸になった果実が山になっていく。
次のを籠から取ろうとしたところで、別の手が、横からそれをかすめ取った。
皮も剥かずにそれにかぶりついたのは、イビルだった。たちまち顔をしかめる。
「……すっぺぇ」
「砂糖漬けにするんだ。そのままでは食べるのに向かない」
「先に言えよ」
「言う暇がなかった」
イビルはかじりかけの果実を投げ捨て、エビルを見下ろした。
エビルは気にせず、ひたすら皮を剥き続ける。と、うつむいていた視界が、急に明るくなった。
訝しげに見上げると、炎の線が、イビルの胸の前に水平に伸びていて、その中から鋼鉄の槍が現れる。
慣れた調子でイビルはその槍を軽く回すと、エビルの喉元に突きつけた。
「なぁ、あたいと勝負しろよ」
「……なぜだ?」
「弱い奴が戦わないのはしょうがねぇさ。だけどな、強いくせに、そのことを隠していたっていうのが気にいらねぇ。
ついでに、お前が本当に強いかどうか、確かめたい。それだけだ」
もう一つ。
イビルとエビルはどこか似ていた。
時に比較され、女の魅力の差でからかわれ、少なからず意識している相手ではあった。
だが、ライバル意識のようなものを自分が感じているのに、エビルは気にしている様子もない。
それがまた、腹立たしい。
無視されるのは嫌いだし、無視することもできない相手だった。
だから、喧嘩という、イビルにとって一番分かりやすいコミュニケーションを持ちかけた。
本気で殺したいとか、叩きのめしたいとかいうわけではない。
認めるためには、それなりの儀式が必要というだけだ。
儀式を行うためには、先の騒動は、イビルにとってはちょうどいいきっかけだった。
なのに、エビルは手にしたナイフの先で、槍の穂先をのける。
「そんな理由では、戦えない」
相も変わらずの、何を考えているのか分からない、気のない表情で。
「はぁ? ただの喧嘩だろ、つき合えよ」
「無理だ」
「なにが」
エビルはじっと、手の中の短い刃物を見つめた。そこに映った自分の顔は、髪も、瞳も、血の色をしていた。
嫌になるほど、赤い。
「私は、殺すことしかできない」
口調に込められたものがあまりにも頑なで、敵意以外の興味がイビルの中に生まれる。
「それってどういう――」
不意に、衝撃がイビルの頭上を襲った。
「ったーーーーっ!」
「こらイビル。エビルに妙な因縁つけているんじゃないよ。困ってるだろ」
イビルに拳をお見舞いしたのは、恰幅のいい、見た目は中年の女性。
絶え間なく動いている両腕に巻き付いた入れ墨以外は、人間となんら変わらない。
が、生死をかけた戦闘ならともかく、日常生活において、彼女に逆らおうとする者はここにはいない。
彼女はイービルリングの家事全般を取り仕切り、『姐さん』と呼ばれ、敬われ、恐れられている人物なのだから。
拾われた頃からさんざん世話になっているイビルにしても、頭の上がらない相手であった。
「因縁じゃねーよ、ちょっと喧嘩しようぜって言っただけでよ」
「それが因縁だって言うんだよ。大体エビルは仕事しているんだから、邪魔すんじゃないよ。
どうやら元気が有り余っているようだから、あんたもちっとは女らしいことを憶えな」
「あたいはそんなの必要ねーって――いた、いたいた、耳引っ張るなって!」
「今ちょうど洗濯の手が足りなくってねぇ。あんたでも手伝いくらいの役にはたつだろ」
彼女は問答無用で、イビルをずんずんと引っ張っていく。
「あたいに洗濯なんか任したら、全部燃やしちまうって!」
「だから加減を憶えなって話だろ」
喧騒が遠ざかっていき、後にはぽつんと、エビル一人が残された。
また作業に戻ろうとして、耳を引っ張られるイビルの顔を思いだし、ほんの少しだけ、微笑んだ。
「あー、ひでぇ目にあった……」
洗濯だの料理だの、慣れないことに担ぎ出され、失敗をする度に拳を落とされ、
逃げだそうとしては耳を引っ張られ、何とか一日を終え、ようやく夕食の時間となった。
いや、何よりも閉口したのは、イビルの落ち着きのなさに呆れた姐さんが思わずこぼした、
「恋人でもできれば、この子も少しは女らしくなるかねぇ」
などという一言から始まった、騒動に巻き込まれたことだった。
イビルにしてみれば、興味ないの一言で片づく問題だが、総じてこういう話題には、誰もが首を突っ込んでくる。
身体的には……まぁ、微妙なところもあるが、十分子供を作れる年にはなっている。
今まで浮いた噂の一つもないだけに、話は逆に、盛り上がっていった。あらぬ方向へ暴走気味に。
見合いなどというすっとぼけた習慣はないが、それでも余計な御世話に熱心になる人物はいるものだ。
あいつはどうだ、今誰それはフリーだから、いや、この前誰かに交際を申し込んだとか、
彼ならイビルとも合うんじゃないかとか、まるで興味の持てない情報を吹き込んで煽ろうとする。
あたいはそんなつもりは毛頭ない、と言い逃れようとしても、聞く耳を持ってもらえない。
圧倒的なおばさん方のパワーの前に、さすがのイビルも翻弄されるばかりだった。
こんなことなら、殴って終わる喧嘩の方が百倍ましだと思う。
困惑と疲労を骨の髄まで叩き込まれ、イビルは食堂のカウンターに力無い声を飛ばした。
「おっちゃーん、大盛り」
「おう、でっかくなれよ」
「うるせー」
いつものやり取りにも元気がない。
食事を受け取ったイビルは食堂を見回し、無言で食事しているエビルの対面に座った。
しばらくは、かたややかましく、かたや静かに食事を詰め込んでいる音だけが響いた。
遅れてスタートしたイビルが、エビルとちょうど同量を平らげた頃、
「……なぁ」
ようやくイビルが口を開いた。エビルが少し、警戒した視線を返す、が。
「おまえさぁ、彼氏とか欲しいと思ったことあるか?」
こちらも不意を突かれ、目を丸くした。
「……考えたこともない」
「じゃあ考えてみろよ。理想の男性像とか」
エビルはしばらく悩んでみたが、あっさりと諦める。
「想像しがたいな」
「あたいもー」
自分から持ちかけてきた話題の割には、ずいぶんといいかげんな態度だった。
エビルは少し考え――少し、飛躍した。
「結婚でもするのか?」
「しねーよっ!」
と、否定の声が響く前に、ざわりと場が揺らめく。
結婚? 誰が? イビルが? エビルが? ……物好きなやつもいたもんだ。
「聞こえたぞ、こらあっ!」
十五分ほどが、騒がしく経過した。
ようやく喧嘩も一段落付いた頃、何発かいいのをもらって顔を腫らしたイビルが戻ってきた。
「ってー」
「冷やしておけ」
避難していたエビルも戻ってきて、イビルにおしぼりを手渡した。
「おう、サンキュ」
「あまり変形しては、相手がかわいそうだからな」
相手、という謎の単語にイビルの思考が五秒ほど空回りする。
「……ちょっと待て。相手って何の話だ」
「結婚するんじゃないのか?」
「しねーっつってんだろ!」
「そうなのか」
相も変わらず、エビルは淡々としたものだった。そのくせ、どこかずれている。
ほとんど元凶のくせに、今の喧嘩の原因も理由も分かってないことに、馬鹿馬鹿しくなって肩を落とした。
「……お前、変な奴だな」
イビルはすっかり冷えた食事を詰め込みながら、行儀悪く話しかける。
「そうか?」
エビルはきちんと口の中のものを飲み込んでから、短く返事した。
「さっきも喧嘩に参加しようとしねぇし」
「喧嘩も戦うも、私には一緒だ」
イビルの脳裏に、昼間のやり取りが思い出される。
明らかに普通と違う反応なのは、エビルが死神だからなのか、違う理由からなのか。
どこか似ているのに、決定的に違うところがある相手に、イビルは興味を持ち始めていた。
「じゃあ、なんで戦かわねぇんだ?」
「必要ならば、戦うこともある」
「はっ、天使様じゃあるめぇし。必要がなくても戦うのが、魔界ってもんだ」
今もどこかで、大きな戦から小さな喧嘩まで、様々な争いがこの世界で起きている。
この食堂でも、ついさっきまでは喧嘩が巻起こっていた。
それが今では、調子外れの歌や下品なジョークなどに取って代わられている。
喧騒は、この世界の日常そのもので、起こったことに誰も驚きはしないのだ。
「お前には、そういうのが向いているな」
「あ?」
「激しくて、強く、熱く、綺麗な魂だ」
エビルは食事をする手を止め、じっとイビルを見つめた。
全てを見透かすような静かな視線に晒され、聞き慣れない誉め言葉を受け、イビルの心拍数が跳ね上がる。
「な、なに言ってんだ、おまえ」
エビルは少し笑った。
「ここの人達は、暖かい魂が多くて、安らぐ」
エビルの言葉と仲間達のイメージが重ならずに、イビルが首をひねる。
「喧嘩ばっかりしているぜ」
「喧嘩できるのは、心やすいからだ」
「……よくわかんねぇ」
「気心の知れない相手と争うときは、大抵殺し合いになる。だけど、ここの人達はそうはならない。いいことだ」
ここの住人とて、当然聖人君子でもないし、荒っぽく、時に残虐でもある。
ただ、どこか義賊めいたところがあるのは確かだ。陰湿でも冷酷でもない。
エビルが変わり者というなら、イービルリングとて、十分変わり者の集団だった。
だから、合うのだろう。
「あのよ……」
「なんだ?」
「やっぱ変な奴だ、お前」
「そうか」
なぜかエビルは、嬉しそうにしていた。
そんなことがあってから、二人は親密になっていった。
大抵の場合、イビルがエビルにちょっかいをかけるという形で。
話をしていて盛り上がるわけではない。気があって大騒ぎするというわけでもない。
ただ、互いにどこか気にかかる。
時折エビルが口にする哲学めいた話は、イビルの耳には新鮮だった。
子守歌にもちょうどいいらしく、聞きながら眠ってしまうことも多々あったが。
妙な噂が流れるようになったのは、そのころからだ。
顔立ちにそれほど差はない。耳もお揃いで尖っている。やや浅黒い肌に、貧弱気味なプロポーションも似てる。
おまけに名前まで似ているとあっては、
「生き別れの兄妹かなんかか?」
という説が流布されるのも仕方ないだろう。
「ちょっと待て、誰が兄だっ!」
「あぁ、弟だったか?」
「あたいは、女だーーっ!」
こんなやり取りが定番化するのも、そう時間はかからなかった。
あげく、恋人だの、禁断の愛だの、よからぬ噂が流れまくるとあっては、イビルの心が穏やかでいられるはずもない。
だから、男に興味を持たないのだとまで言われる始末だ。
毎日のようにからかわれては、ムキになって暴れ回り、余計に噂を煽る結果となった。
対照的に、エビルは相変わらずだった。
例の一件以来、仲間内での評判も良く、彼女は彼女で、この共同体の中でのポジションを確立しつつあった。
そんな風に、二人が異色のコンビとして認知されきった頃――風変わりな旅人が訪れた。
「画家?」
「そうらしい」
イビルがエビルに誘われ、様子を見に行ってみると、すでに画家の周りは人だかりで一杯だった。
大人も子供も、珍しいものが見られるとあって、仕事もほっぽりだして集まっている。
その中心で、ごく小さな画板を手にした画家が、筆を滑らせていた。
意外なことに、女性だった。
手頃な石に腰掛けて、その正面に座ってかしこまっている子供達を、目の覚めるような早さで描いてゆく。
好奇心旺盛な、そしてモデルから外れた子供達が後ろから覗き込んでいたが、その顔は一様に驚きと尊敬に満ちていた。
「ほい、できたわよ」
差し出された絵に、モデルになっていた子供達がわっと群がり、その上から大人達が覗き込む。
二十センチ四方ほどの小さな紙の上に、人数分の個性が、暖かいタッチで見事に描き出されていた。
「こらこら、引っ張ると破れちゃうわよ。順番に見なさい」
そして、新たな紙を画板に重ねた。空中から、音もなく取りだして。
たちまち次のモデル志望が、七人ほど彼女の正面に陣取った。
ほんの少しじっとしていれば、たちまち彼女の筆は、生き生きとモデル達を描き出す。
どこまでが画家としての力量で、どこからが魔法か分からないほどに、彼女の筆捌きは魔法じみていた。
だが、ただ写すだけでは描き出せない、ある意味単純な魔法とは違うものが、絵から伝わってきた。
あらかた周囲の人物を描き終わったところで、
「ほら、次のこっち来なさいよ」
「え、あたい?」
画家に指名され、イビルが戸惑う。
「横の赤いのもね」
イビルは戸惑いつつも興味深げに、エビルは興味はないけど拒みもしないというような感じで、正面に座り込む。
その背後にも何人か立ったところで、画家が筆を動かし始めた。
エビルが横からイビルを覗き込む。
「顔が引きつっているぞ」
「え、そ、そうか?」
「そーね、青いのもっと自然にしてなさいよ。大丈夫よ。魂を吸い取ったりしないから」
画家も苦笑して、そういった。
たまに絵の中の人物が動くのは、その中に魂を封じられてしまったからだ、などという噂もある。
泣き出したり、呻いたり、笑ったりする絵画は、ここではそれほど珍しくもない。
「別に、んなの怖がってるわけじゃねーよっ」
「んじゃ、もっと笑いなさいな。せっかくの記念なんだから、もったいないわよ」
「お、おう」
そしてイビルは思い切り引きつった笑みを作り――大爆笑が起きた。
危うく画板ごと燃やされるところだった。
それから数日後――。
縄張りの境界線近く、崖の上にイビルは一人立っていた。
暴れ回るのが大好きな性分のイビルには向いていない、見張り役。
退屈のあまりにあくびを噛み殺しながら、時折、懐から紙片を取りだし、眺める。
端っこが焼け焦げてしまったので、ほとんど完成間近だったが失敗作とされた、先日の絵だ。
その後もう一回、新しい紙にきちんとしたものを描かれたが、イビルはせっかくだからともらい受けたのだった。
引きつっていたはずの自分の顔が、いかにも楽しげな、いたずら小僧っぽい笑顔に変わっている。
見ている自分にまで、にやけが移りそうな笑顔だった。
隣のエビルも、いつもより柔らかいが、らしい笑顔を浮かべていた。
周りを囲む面々も、一様に暖かく笑い、なんだかくすぐったいような気分になる。
絵のことなどさっぱり分からないし、興味もなかったが、あの画家は大したものだと、素直に感心した。
今も、別の村かどこかで、他の人々の笑顔を描いているのだろうか。
――別の村と言えば。
噂だと、近隣の村や共同体が潰されているという話がある。
攻め落とすのではなく、潰す。そこにかつて村があったことが嘘のような、徹底さで。
この近くでそれほどの非常識な力を持っているといえば――まず、デュラル家。
今のところは一度も衝突していなかったが、このあたりではもっとも大きな勢力を誇り、
強力なヴァンパイヤが率いる不死の軍団は、敵対する者を容赦なく滅ぼすという。
さすがのイビルも「ちっと手に余るかもな」と、やや消極的な考えに支配される。
噂では、上層部は手を結びたがっているようだが、ここ魔界でそんな甘い考えが通じるものか、はなはだ疑わしい。
同盟締結の席で刺される方が、まだ確率が高いのではないだろうか。
いよいよそのデュラル家が、ここいらの制圧に乗り出したのか、それとも別の勢力か――。
そんなことを考えていたイビルの背後に、人影が一つ降り立った。
「食事だ」
「おう、サンキュ」
すっかり公認となったエビルが、名指しで指名され、差し入れを届けに来たのだった。
二人で並んで崖の下に足をぶら下げ、昼食を取りながら、考えていた事を話す。
「……驚いた」
「なにがだよ」
「少しはものを考えていたのだな」
「……おめーも言うようになったじゃねーか」
「冗談のつもりだったのだが」
「笑えねーよっ!」
姐さん譲りの耳引っ張り攻撃を行うが、エビルはほとんど表情を変えない。
頭を抱え込んで首を絞めたが、やはり無反応なことに、イビルはムキになる。
こんな風にじゃれあっているから、色々と誤解を招くのだが。
さておき。話題を戻した。
「だが、デュラル家というのも、敵対する者には容赦ないが、身内には意外に甘いそうだ」
「本当かぁ?」
「噂だが。ここもそういう傾向があるから、手を組むのも悪くないかもしれない」
「しかしよぉ、領土に差がありすぎるぜ。下手に同盟なんか組んだら、吸収されちまいそうだ」
「そういうこともあるかもしれないな」
「って、しれっと言うなよ。あたいはごめんだぞ、そんなの」
イビルは物心付いてからの時間のほとんどを、ここで過ごしてきた。
住人達はがさつで荒っぽく、時に本気で殴り合ったりもするが、全員気のいい仲間だった。
今のまま、それなりに暴れて暮らしていければ、イビルはそれで満足だった。
自覚はしていないが、何よりも大切な場所だと言うことは、言葉にしなくても分かっていた。
ふと、あの絵を思い出す。
あの絵がみんなの心をあれほど打ったのは、そういう親しさや暖かさを、描いていたからかもしれない。
家族ではないが、家族に等しい絆で結ばれていることを。
「……そうだな」
エビルも頷く。
途中から加わったとはいえ、ここの空気がエビルは好きだった。
事情を詮索もされず、真面目に働きさえすれば、無愛想な自分でも認めてくれた。
一度だけ本性をかいま見せたときも、恐れられることはなかった。
強さが絶対の基準だからかもしれない。だけど、それ以上に懐の深さというものがあるように思える。
それに、今、横にいる人物。
噂を肯定するわけではないが、たぶん、自分はこの人物が好きなのだと思う。
あまりにも率直な物言いは、時に鋭すぎるが、心地いいものを感じた。
「なに、じろじろ見てるんだよ」
「いや、なんでもない」
「……お前、まさか」
「ん?」
イビルの脳裏に嫌な想像が浮かぶ。
けして嫌いな相手ではないが、こと男女関係に関しては、イビルはまだまだ子供っぽさを残していた。
「い、いや、なんでもねぇ!」
見つめ返してきたエビルの視線に耐えきれず、慌てて目と話を逸らす。少し前のエビルと同じセリフで。
なぜか早まる動悸を押さえていると、逸らした視線の先に、土煙が立っていることに気づいた。
「……なんだ、ありゃあ」
立ち上がって、目を凝らす。普通の乗用生物なら、この距離から土煙など見えない。
つまりそれは、その物体の巨大さを表していた。
煙の隙間に、ごつごつとした、岩のような物体――巻き貝が見える。
そして、そこを依代とした生物が、下に収まっていた。
いわゆるヤドカリだが、そう呼ぶには足の数が際限なく多く、なにより、呆れるほど大きかった。
大きいと言っても、五メートルとか、十メートルとか、そういうレベルではない。
その上の巻き貝を、砦として兼用できるほどの。
貝殻にぽつぽつと開けられた穴は、窓であり、そこから武装した兵士達が乗り込んでいるのが見えた。
先端はイビル達が立つ、崖の上よりもさらに上にまで届く。まさにそれは、動く要塞だった。
巨大ヤドカリは、無数の足で地面を引っ掻きながら、半ば掘り返すようにして突き進んでくる。
轟音と砂埃を巻き上げながら、真っ直ぐこちらに向けて、突進してくる。
冗談のような理不尽な存在に、唖然と見送ることしかできないイビルの頭上に、光るものが見えた。
それが砦から放たれた矢であることを察知して、とっさにエビルはイビルの身体を岩場の影に引きずり込む。
さらには魔法の攻撃なども加えられたが、正気に戻ったイビルとエビルは、その攻撃を何とかやり過ごす。
見張り退治に時間をかけるつもりはないらしく、ヤドカリは二人の目の前を、恐ろしいスピードで駆け抜けていった。
嘲るような笑いが、その中に紛れていた。
狭い峡谷を固い殻で削りながら、本来、侵攻の障害となるべきそこを、容易くくぐり抜けてゆく。
そこでようやく、二人はその行く先に何があるのかを思い出す。
彼女らの、家だ。
現在のイービルリングの拠点は、峡谷を抜けた先、盆地の中央に設けられている。
そこまでの道のりは、途中まで上り坂になっていて、イビル達の前に悪意があるかのように立ちふさがる。
全力で走っているのに、後ろに飛んでいく風景が、苛立つほどのろい。
敵襲の合図は送った。だが、あの襲撃速度では、ろくな迎撃準備も取れないだろう。
遠くに煙が上がっているのが見える。明らかに炊事のものとは違う、黒く澱んだ煙。
せめて自分たちが着くまでは持ちこたえていてくれと、祈るような思いで走り続ける。
息が乱れる、足が崩れそうになる、鼓動がやかましいほどに響いている。
それでも疲労で倒れそうになる身体にむち打って、全力疾走を続ける。
エビルも汗を飛ばしながら、イビルの後を付いてきていた。
ひたすら走り続けて、拠点を望める崖の上にまで、ようやく辿り着いた。
丸太組みの簡単な小屋が数十軒。住居から倉庫、穀物庫、食堂兼酒場に長の館。
しばらくここに定住するつもりで作られた、小屋のほとんどが――倒壊し、炎上していた。
そしてその数倍に及ぶ数の死体が、周りに散らばっていた。
敵のものも味方のものもある。だけど数は、味方のものの方が圧倒的に多かった。
その上に無遠慮に、あの巨大なヤドカリが、我が物顔で居座っている。
もはや組織的な抵抗はできず、散発的に反撃する人々が、狩られ、蹴散らされ、踏みつぶされる。
つい今朝まで笑い合っていた仲間達が、物言わぬ肉片と化してゆく。
その肉片の中に、誰のものかはっきりと分かる、腕があった。刻まれた入れ墨は、主同様、動きを止めている。
血が逆巻くような想いがした。
無意識に絶叫し、崖から飛び降りていた。ひたすらに身体が滾るのは、全身を包んでいる炎のせいか。
足が触れた先からなにもかも炎上し、駆けた後ろに炎の道筋を作る。
砦から下りて殺戮と略奪と陵辱に興じていた連中に、槍を突き立て、そのまま炭にする。返り血すら、熱で瞬く間に蒸発した。
周囲すらろくに認識できず、わけのわからないまま、見たことのない動く者を、殺し、燃やし、灰にする。
時折叩き伏せられたが、その接触すらも反撃の炎となって、敵の武器にまとわりついて、本体まで焼き殺す。
疲労など感じなかった。ただ怒りだけで頭が染められて。
無尽蔵に力が湧いてくるようなのに、まだ足りないと思う。もっと強く、もっと激しく、全てを焼き尽くす力をと。
だが、意識していなくても限界は来る。
また一人殺し、次の敵を捜そうと振り向いた拍子に、膝が崩れ、足が滑る。
膝をついたところに、魔法と矢が一斉に放たれた。
矢は燃えたが、魔法までは防ぎきれず、氷塊が、電撃が、風刃が、イビルの身体を貫いた。
噴きだした血が、蒸発せずに、地面に染みを作る。イビルの身体を包んでいる、炎が尽きていた。
体力と魔力の最後の一滴までも、使い尽くした証拠。それを合図に、スイッチが切れたように、意識が暗くなる。
こらえようとする意識さえ、さらに追撃を喰らって断ち切られる。
闇に閉ざされる前に、自分を呼ぶ声が微かに聞こえた。
炎のような赤い髪が、遮られてゆく視界の向こうで、翻っていた。
パチパチと、薪の燃える音が、耳に優しく響く。
いつの間にか夜になっていたのか、視界が暗い。その片隅が、揺らめく炎で赤く癒される。
その赤さも暖かさも、イビルにとってはなじみ深いものだから。
やけに眠い。体の芯まで疲労が残っている感じがする。このまま休みたいという思いを、意識のどこかが拒絶する。
やらなければならないことがあるような気がする。だけど、それはなんだっただろう。
身じろぎした拍子に走った痛みが、イビルを覚醒させた。
「つっ……くぅーーっ……」
痛みに体を折った瞬間、別の所が痛む。どこが、とはっきり認識できないほど、あちこちが痛んだ。
「まだ動くな」
もう一つの赤が、視界に割り込む。
「……エビル?」
痛みと混濁に掻き回された意識に、少しずつ記憶が甦る。何があったのか、何をしたのか。
気力も体力も尽きたせいか、怒りすら湧かない。ただ重苦しさだけがのしかかる。
もっと怒るべきだと、思ってはいるのに。
だから、無理矢理に身を起こした。
「イビル」
咎める口調を無視して、近くにあった木の幹に爪を立て、えぐるように掴みながら、それを支えに起きあがる。
痛みはあった。気力はなかった。だけど、無理矢理奮い起こした。
ここで怒ることすらできなければ、自分の大切だったものが、大したものでなかったと認めてしまう。
荒い息をつきながら、痛みを怒りの糧として、立ち上がる。崩れそうな膝を、木によりかかって支える。
心の中を殺意一色で染めていく。空っぽになっている力を、無理矢理かき集める。
炎が右拳を包んだ。たったそれだけ。でも、それだけで十分だった。――戦える。殺せる。
軽く手を振って、火を散らす。ここで力を無駄遣いするわけにはいかない。
力を振るうべき場所へと、一歩踏み出した。
「どうする気だ」
エビルも立ち上がっていた。やはり傷だらけだが、イビルよりははるかに軽傷だった。
表情がいつもの硬さに覆われていないのは、なんの感情に支配されているためか。
だけど、少なくとも自分と同じ感情ではないと、イビルは感じた。それが疑念となって口に出る。
「お前が、あたいをここまで連れてきたのか?」
エビルは頷く。
「なんで戦わなかった」
責める口調と鋭い目つきに、エビルが戸惑う。
「逃げ道を作るために、何人かは倒した」
「それだけか」
「……それだけだ」
戸惑いを見せながらも、口調は相変わらず淡々としたものだった。
その冷静さを見て、また、血がざわめいた。
敵に抱くのと同じような、あるいはそれ以上の怒りが、エビルに対して湧き上がる。
「だから、なんでだっ!」
胸ぐらを掴んで、引き寄せる。目の前にある顔が自分に似ていることを、初めて嫌悪した。
「お前を助けるためだ」
「そうじゃねぇだろっ! 仲間を殺されて、なんで怒らねぇっ! あたいを助けるより先に、やることがあるだろっ!」
「お前も私も、犬死にするだけだ」
「尻尾たたんで、負け犬人生送るよりましだっ!」
「だが……」
この期に及んで、なおためらいを見せている。
自分と同じ憎悪に狩られないのが、不満だったし、ふがいないと思った。大切な人達を目の前で殺されたのに。
ましてや、この感情をぶつける唯一の行為を犬死になどと、侮蔑されるとは。
「もういい」
エビルの胸を、強く突き飛ばす。よろめいたエビルが、地面にへたり込んだ。
「お前があの時戦ったのも、みんなを助けるためじゃなくって、自分が助かりたかっただけかよ。
お前みたいな薄情者、もう仲間でもなんでもねぇ」
仲間でない、どうでもいい存在だと思ったら、殺意すら冷めた。
「一人で惨めに生きていろ」
視界に入れるのも汚らわしいと、背を向けて立ち去る。
と、腕が強く引かれた。まだつきまとうつもりかと振り向くと、破裂するような高い音が、耳元で鳴った。
頬を叩かれたのだと理解するのに、少しの間があった。
「お前こそ……」
痛みよりも怒りよりも、強く睨みつけてくる目の端から、流れている涙に目を引きつけられて。
「お前こそっ、なんで分からないっ! 同じ目にあったというのなら、お前だって、私と同じ思いに、なぜならないっ!」
初めて聞いた、エビルの感情のこもった声。
口調は明らかに怒りに満ちているのに、その向こうに透けて見えるのは、悲しみだった。
逆に胸ぐらを掴まれたが、エビルはむしろ、すがるようにして、叫ぶ。
「私があの時、お前が一人で突っ込んでいったとき、どんな思いをしたのか知っているのか!?
置き去りにされた私が、血の気の引くような思いで後を追って、倒されたお前を救い出して、
お前が生きていたと、二人で生き延びられたと分かったとき、どれだけほっとしたか……。
死んだ人達のことは、悲しい。悲しいけれど、もうどうしようもない。
だけど、お前と私は生きているじゃないか……。なんで、死に急ごうとするんだ」
エビルは、駄々をこねるように首を振った。
まるで彼女らしくない。らしくないけれど、それだけに、彼女の本質が現れているようにも思う。
触れている手から、震えが伝わってくる。思わず手を重ねると、驚くほど冷え切っていた。
背はほとんど同じなのに、自分よりも細い肩。この細い身体で、自分を助け、逃げのびるのに、どんな苦労をしたか。
それだけのことをする原動力となった、彼女の思い。
エビルがどんな思いをしていたか、なんてイビルには分からない。あまりにも思考のベクトルが違いすぎる。
だけど、痛みは伝わってくる。その痛みを上手く言葉にできず、髪に触れた。
赤い髪は、所々血で固まっていた。
「もう、一人はいやなんだ……」
慰めるような仕草に誘われ、呟いたエビルの言葉はか細く、不安に揺れて、迷子を思わせる。
イビルは黙ったまま、固まった髪を揉みほぐした。
血の塊がすりつぶされ、髪が解かれてゆくと共に、エビルの言葉が零れ出てゆく。
「この世界は、いつも戦いに満ちていて、当たり前のように誰かが死んでいって……。
大切な人が死ぬのは悲しいから、大切な人なんか、作りたくなかった。
だけど、誰もいないのは、もっと寂しいんだ。結局一人でいられなくって、ここに来てしまった。
お前が、みんながいてくれることが、嬉しくて、だけど、恐くて……。
いつかこうなるかもしれないって、ずっと怯えながら生きていた。
私は、それだけのことをしてきたから……」
「それだけのこと?」
聞かないほうがいいかとも思ったが、エビルはむしろ、語ることを望んでいるようだった。
ずっと彼女の表情を閉ざしていた呪縛から、逃れたがっているような。
「……私は死神だ。誰かを殺し、魂を奪うのが役割だと教えられ、そうして生きてきた。
命を狩れば両親も仲間も喜んでくれたし、私もそうするのが正しいと思っていた。
殺して、殺し続けて、いつしか戦いの場に立てば、敵と認識した全てをほぼ無意識に殺してしまえるようになった。
殺した分だけ、誰かに悲しみや怒りを与えていると、想像することすらできずに。
産まれたときから染まりすぎていて、自分のいる場所が狂気に満ちているなんて、思いもしなかったんだ。
そして、当然のように、私の部族は報復を受けた。まるで……」
エビルの語尾が乱れ、喉が詰まる。
「まるで、イービルリングのように、何もかも燃やされ、殺し尽くされて」
震えを静めようと、エビルがイビルに身体を押しつけてくる。
「私が気が付いたときには、全てが終わっていた。そして、全てが失われていた。
ただただ、真っ赤になった大地と人々と、そして私自身だけが残されて。
何もかも失って始めて、私は自分がしてきた行為の意味に気が付いた。
大切なものを奪われるということが、どれだけ悲しい事なのか……。
あんな狂った場所でも、異常な人々でも、あそこは私のただ一つの居場所だったんだっ」
吐き出し終えて、しばらく荒い息だけが響いていた。
嗚咽の混じる息に、どう声をかけていいか分からず、髪を指で梳き続ける。
そうしていると、少し気が落ち着いたのか、また語り始めた。
「それから、ずっと長い間、一人で生きていて、でも、一度寂しいということを知ってしまったら、
もうそれに耐えることが出来なくって、ここの人達の優しさに、甘えてしまった。
ずっと、このままならいいと願ったし、流れていく穏やかな時間にほっとしていたのに、
やっぱり私は、戦いの場になると何もかも殺して、そして、みんなを、死に引き込んでしまうんだ……」
ようやく、エビルは顔を上げた。あまりにも真っ直ぐに見つめられて、目をそらせない。
「でも、お前は生きている……。お前だけは、死なないで欲しい。
臆病者と呼ばれようが、薄情者と蔑まれようが構わない。
これが私のエゴだって言うことは分かっている。でもっ……」
また崩れそうになる紅玉の瞳を、見つめ返しながら、イビルは答えた。
「だめだ」
けれど、突き放すのではなく、抱え込む。エビルが砕け散ってしまわないように。
頬を触れあわせながら、耳元に強く囁く。
「お前の言い分は分かったけど……あたいはだめだ。
あそこはあたいにとって、かけがえのない場所だ。
イービルリングから名前を与えられたあたいには……恩とか、借りとか、そんな言葉では言い尽くせない思いがあって、
その分、同じだけの量の、恨みや怒りがある。
あいつらをこのままにしておいたら、あたいはあたいでなくなっちまう。
自分自身を失って生きるのなら、死んで何もかもなくなっちまったほうが、マシだ」
今度は、エビルがなにも言えなくなった。
二人の考えは合わない。全くの正反対と言ってもいいほどに。
だけどこの上なく、理解はできる。
止められない。イビルはきっと死んでしまう。どうしようもない未来に、胸が締め付けられる。
また涙が流れ出しそうになるところを、イビルの声が救った。
「だから、一緒に来いよ」
え? と顔を上げた先に、表情の選択に困って、苦笑したようなイビルの顔があった。
「寂しい顔して一生泣きながら生きるくらいなら、一緒に来い。
そんな思いをするくらいなら、死んで何もかもなくしちまえ。
一緒に、死んでやるから」
「イビル……」
空っぽになっていた胸が、熱くなった。ぶっきらぼうでも、乱暴でも、やはり、熱い魂の色。
その熱さは、ただそばにいるだけで、いつも自分を暖めてくれていた。
言われたことは思いもよらなかったが、答えるのに迷いはなかった。
「お前と、一緒に行く」
「いいのか? お前、本当は誰も殺したくなんかないんだろ?」
「誰かを守るためなら戦える。それに……もう、こんな風に泣くのは嫌だ」
「あたいも、こんな思いをするのは、二度とごめんだ……」
最後に、一つだけ。
「一日だけ、待ってくれ。今日は、戦えない。心も、身体も……」
「……分かったよ」
イビルは妥協した。
たった一日。それくらい弔いが遅れるのは、勘弁してくれるだろう。
そうと決めると、一気に疲労がぶり返して、イビルは木を背にしたままずり落ち、
しがみついているエビルも、それに倣った。
手を離したら、勝手に死んでしまうとでも思っているのだろうか。
エビルはよほど安心したのか、そのまま眠り込んでしまう。
――怪我人の上で寝るか、普通?
そうは思ったが、この空の下で、仲間と呼べるものが互いだけなら、こうして一つでいることが自然なようにも思えた。
やがてイビルも、エビルの体重を感じながら、心地良い眠りに落ちていった。
翌日。再び夜。
森の木々に身を潜ませながら、例の要塞が望める位置に、二人はいた。
「少し、考えてみた」
エビルはやっぱりそれが素なのか、いつも通りの淡々とした表情と口調に戻っていた。
「私達のように、運良く生き延びた仲間はおそらくいるだろうし、捕まっているものもいるだろう。
それらを探すのもいいが、血気盛んな連中だ。派手に一暴れすれば、この機に乗じようと、寄ってくると思う。
砦自体は堅固で倒すのは難しいだろうが、兵士の質は、あまり良くない。
私がイビルを連れても、なんとか突破できたくらいだ。
まずはあの砦に潜入し、内部から火を点け、騒ぎを起こす。仲間が捕まっていたら、解放し、一緒に戦う。
上手く混乱に乗じれば、砦を落とせるかもしれない」
イビルは呆れたように呟いた。
「……昨日のお前は、どこいっちまったんだ?」
「あ、あれは……」
途端、赤面する。どこもかしこも真っ赤になったエビルが、平静を装おうとする様は妙におかしい。
「まー、そんな感じのお前の方が、頼りになるな。あたいは突っ込んで玉砕しか考えていなかったし」
「それは困る」
「わーってる。あたいだって死にたいわけじゃねーからな」
ただ、死んでも叶えたいことがあるだけだ。
あの要塞は、未だ彼らの家の上に鎮座している。それを見るだけで、抑えようのない怒りが沸き立つ。
殺された人々の顔を思いだし、胸に刻み込む。死ぬ最期の一瞬まで忘れないように。
今にも飛び出したい衝動を抑え続け、細い三日月が、ようやく真上に上った。
「よし、いこうぜ」
「ああ」
二人は静かに、駆けだした。
その三日月が、照らす別の影。
二つは長身の女性。一つは小柄な少女。もう一つは、岩の塊のような老人。
イビル達とは逆側の崖の上に立って、例の要塞を見下ろしていた。
「あらま、困ったもんねぇ」
紫色の長髪が、ゆるい風になびいていた。
「どうします? もう同盟とか、無意味っぽくなっちゃいましたけど」
その傍らに立っているのは、例の画家だった。
「でもね、私の領地の目と鼻の先で好き勝手されて、放っておくのも度量が狭いと思わない? ねぇ?」
少女は同意するどころか、返事すらしない。ただじっと、眼下を見つめている。
「あんなデカブツ、ただの山賊が持つにしては、分不相応だし、どこかの国が、嫌がらせに送り込んだものね。
ちょうどいいから、同盟相手を潰した敵として、処理するわ」
「それで晴れて、ここも領地に組み込もうって寸法ですか」
「まぁ、遠からず、そうなる運命だったわけだし。大義名分もあるわ、名声も上がるわで、一石二鳥よね」
そこで初めて、老人が口を開いた。
「では、領地に戻って、戦力を整えますか?」
「そうねぇ……」
僅かに逡巡すると、状況の方が変化した。
砦の各所から、火の手が上がったのだ。
「どうもそんな暇はないみたいね。せっかくだから、便乗しましょ」
「御意」
「はいはい」
「……」
三者三様の返事が返ってくる。
紫の女性が軽く手を翻すと、闇の色をしたマントが広がり、四人を包み込んだ。
女性が軽く地を蹴ると、もう空には一つ分の影しかない。
やがてその影も、闇の中へと落ちて溶け込んでいった。
二人の襲撃は、予想外に、順調に進んでいた。
エビルの鎌は、音もなく見張りを無力化し、イビルの炎は、騒ぎの中に混乱を引きだしてゆく。
狭い通路の中で炎が渦巻けば、大概のものは狼狽する。
その隙をついて、二人の槍が、鎌が、敵を蹴散らしてゆく。
弧を描くエビルの鎌が、周りを薙ぎ倒し、イビルの槍が、急所を見つけてそこを貫く。
共に戦うのは初めてなのに、まるで生まれて以来の戦友であるかのように、二人の息は合っていた。
そして予想以上に、敵は弱かった。こんな奴らごときに、と悔しく思うほど。
内部を攪乱すれば、脆いだろうという、エビルの予想は当たっていた。
また、火を点けたことで宿主であるヤドカリが暴れ出したことも、混乱に一役買っていた。
だが期待していたような、援軍は来ない。囚われている仲間も見つからない。あるいは捕らえられてなどいないのか。
弱くても数はいる。中の構造も掴めず、闇雲に移動しているせいで、焦りと疲労が、刻一刻と募ってゆく。
イビルのふさがっていない傷から、血と痛みがにじみ出始めているのが分かった。
「ちぃっ……」
「イビル、こっちだ」
煙に紛れ、物陰に潜んで息を整える。
何人殺したか憶えていないほど、たくさん殺した。鎌が血で濡れて重くなるほどに。
たった二人でやったにしては十分すぎる戦果だが、イビルは満足していない。
全て殺すか、殺されるか。それが終わりだと分かってはいるが。
「よし、いくぞ」
僅かに休んだだけで、またイビルは飛び出そうとする。
「あ、イビル、まだ……」
もしかしたら、エビルは少しだけ、生きたいと思ってしまったかもしれない。
その躊躇いが、エビルから鋭さを僅かに奪っていた。普段なら気づいていたかもしれないのに。
イビルの足が、床に沈んだ。
「わっ!?」
エビルは逃れようとしたが、遅かった。
「っ!!」
床がそのまま泥土のようになって、二人の足を飲み込んで、捕らえた。束縛魔法の一種。
いまさら背後から詠唱が聞こえた。冷たい戦慄が背中を走る。
二人の中央で光球が膨らみ、弾けた雷が、二人の全身を引き裂いた。
一度崩れると、後はどうしようもなかった。溜まっていた疲労と、傷と、新たに与えられた傷が、力を奪う。
「っくしょう……」
自分で思っていたよりも、はるかに弱々しい声だったことに、イビルは舌打ちしたくなる。
まだこんなにいたのかと呆れるほど、ぞろぞろと敵が出てくる。
自分もろとも全員焼き尽くしてやりたいのに、首を掴んで持ち上げられても、炎の欠片すら出なかった。
下卑た顔が、笑っている。腹の傷をえぐられても、痛みに呻くのが精一杯で、唾を吐きかけてやる体力もない。
こんな奴に殺されるのか……と睨みつけた男の顔が、怪訝な、そしていやらしい笑いに変わる。
「おい、こいつ、女だぞ」
嘲るような歓声が起こった。言葉の意味に気づいて暴れようとするが、力がまるで入らない。
無遠慮な腕が、胸元から一気に服を引き裂こうとしたとき、
「ええーっ、それほんとぉ?」
心底残念そうな、場違いな女の声が聞こえた。
「あー、もうっ。ちょっと小生意気そうな男の子を調教できる楽しみにありつけるなら、
こんなむさ苦しいところに来た甲斐もあったかな、って思っていたところだったのに……どーいうこと、それ!?」
いつの間にか現れた四つの影に、誰も手を出せず遠巻きにしている。
絵筆を抱えた画家に老人、無垢な少女に、美貌の女性。
かなり奇妙な取り合わせだが、不思議と威圧感があった。
「ルミラ様。目的見失ってるって」
「だって、戦場にも一輪の花って必要じゃないの」
そう力説している女の名に、周囲がざわめく。
ルミラという名前は、このならず者達にも聞き覚えがあった。
「ルミラ・ディ・デュラル……?」
誰かが呟いた。
「ご名答」
ウインクついでに軽く返ってきた返事に、戦慄が湧き起こった。
この地一帯を支配している、デュラル家の当主、ルミラの名は、遠くまで知れ渡っている。
名門、デュラル家の名もさることながら、主に美貌と美少年好きと、恐るべきヴァンパイヤとしての戦闘力と。
そのルミラが、なぜここに?
「それじゃ、他の適当に始末しちゃって」
それが答えだった。
まるでちょっとそこのゴミ拾っておいて、と言うような軽い口調に、唖然とする間もなく三人が動き出す。
「フンッ!」
老人が全身の筋肉に力を込めた。ミシミシと音を立てて、固い筋肉がふくらんでゆく。
はち切れんばかりの園両腕を目の前に突き刺し、空間を割り開くと、その狭間から、騎士の鎧が現れた。
ガシャリと擦れる音を立てて展開した鎧は、扉を閉ざすような勢いで、老人をその中に飲み込んだ。
分厚い金属の塊が、瞬く間に分厚い老人の筋肉を覆い尽くした。
ほんの一瞬で、重装の鎧騎士と化した老人は、軽く腕を一振りした。
その一撃は、体格だけなら老人の一・五倍ほどある熊によく似た獣人を、身体ごと壁にめり込ませ、
拳がめり込んだ分の血反吐と内臓を空中にばらまかせた。
「バベルはそのまま、この暴れている生き物、止めてきてね。歩きにくいったら」
「御意」
バベルと呼ばれた老人は、重々しい音を立てて歩き出す。
向かってくるのは主に、彼より体格の大きな、無謀で知能の足りない魔物だったが、
それらをことごとく、その拳で粉砕しながら、真っ直ぐに進んでいく。
遮る者は、敵であろうと壁であろうと、例外なく砕かれて。
歩みはゆっくりとしたものであるのに、誰もその後を追おうとはしなかった。
対照的に、この場に残ったのはひ弱そうな女性三人。
中でも小柄な朴訥な少女は、いかにも与しやすそうに見えた。
ルミラの部下の一人とはいえ、これならばと、一人が巨大な斧を振りかざして撃ちかかる。
はたしてその一撃は、あっけないほど簡単に、その少女を粉砕した。
木片とバネと細い鋼線が飛び散った。
人形の少女を砕いて、その男は意気を上げるが、だが、その木片が浮き上がった。
ばらまかれた無数の鋭い部品が、唖然とする男の周囲で回転する。
小型の竜巻が生じた後には、元通りに組上がった人形の少女が男のいた場所に組み上がり、
肉片と骨と血液とが、代わりに周囲にばらまかれた。
きりりと首を軋ませて、少女が次の対象を探す。次の呪詛返しの対象を。
「さて、お次は私の番かしらね」
画家が当然のように、絵筆とパレットを手に取った。
あまりに違和感のあるその態度は、戸惑いと戦慄を呼び覚ます。
彼女は赤と紫をその筆に乗せて、パレットの上で混ぜ合わせた。
不気味に彩られた色彩が、あるグロテスクなものを描いてゆく。
「ほいと」
そこに画家は手を突っ込んだ。パレットを貫通しているほど深く。
だが、手の先は抜けてなどいない。ちゃんと、赤と紫の中に潜り込んでいる。
そして、なにかを引きずり出した。
途端、苦悶の叫びが周囲に満ちる。彼女を囲んだ兵達が、胸を押さえて苦しんでいた。
彼女がそれを投げ捨てると同時に、兵達の身体が地にくずおれた。
血にまみれたその物体は、赤と紫の混じり合った心の臓。
兵士達は血の一滴も出していないのに事切れて、画家の右手だけが無傷なのに血にまみれていた。
さすがのルミラも顔をしかめる。
「えぐいわねー」
「芸術ですよ、芸術」
「これがぁ?」
と、二人が談笑している傍らで、残った兵士達が殺し合いをしていた。
魅了の瞳に覗かれて、誰が敵とも味方とも分からずに。
軽く二十人以上が、ほんの一瞬でルミラに支配され、操られていた。
なにげなくやってはいるが、これ以上ないほど効果的に、しかも効率のよい、殺戮。
イビル達とは異なる次元の、力がそこにあった。
明らかに異質な戦場を、散歩するような気楽な表情で二人が歩いてきた。
「赤いのに青いのじゃない。久しぶり」
画家が軽く手を振った。
「あらメイフィア、知り合い?」
「前に下見に行ったじゃないですか……同盟組むのに信用できる相手か、調査するためにって」
「あぁ、そういえば」
ぽんとルミラが手を打った。
自分たちが血反吐を吐いて倒れているのに、なんでこんなに簡単にと、悔しく、情けなく思う。
格が違うのが分かってはいても、許せなかった。何よりも、無様な自分自身が。
「余計なこと……するんじゃねぇ」