1 :
名無しさん@お腹いっぱい。:
明治の軍人、乃木希典について。
2 :
1:2006/02/08(水) 16:00:02 ID:Qst9iUxkO
色々と話題に事欠かない人物ですが、主に旅順攻略戦について語りましょう。
3 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/08(水) 19:36:49 ID:QaBBpK7iO
明治天皇を愛した乃木将軍。
4 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/08(水) 21:12:34 ID:nOvp4ZBb0
日露戦争が終わってから、戦没者の遺族の前で、みなさんの家族を
殺したのはこの乃木でございます、と言って遺族の前ではらはらと涙を
ながして謝ったらしい、戦前は国語の教科書にのってたが、戦後消えたね
5 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/08(水) 21:36:06 ID:oWnbmZfw0
無能な善人という評価でよいですか?
6 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/08(水) 21:56:33 ID:ZI6rsnmlO
さあみんなも切腹!
7 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/08(水) 22:11:31 ID:QaBBpK7iO
乃木将軍は西南戦争で明治天皇の旗を賊軍に奪われた?
なんとなく、無能でも善人でもない気がする…。
乃木式武士道は玉木文之進仕込み?乃木って解りにくい。
伝記本の出版が世界一といわれる。
そのぶん脚色された話も多いので、事実検証が困難になっているとも言える。
去年だかに、ぶ厚い本が出版された。
良書ではあるのだが、伝記の真偽の考察が甘く、なんでもかんでも詰め込んだ
印象が否めない出来だった。
11 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/09(木) 14:09:47 ID:CTiYhHiO0
>>7 連隊旗は喪失したけど遅滞防御任務は達成できているので問題なし。
12 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/10(金) 01:12:59 ID:IPYqQUp70
乃木無能説は司馬遼太郎が広めた妄説。当時の軍事的常識からすると旅順攻略は誰がやってもあんなもんだった。
神格化された乃木へのアンチテーゼか。
浅田次郎が「輪違屋糸里」で芹沢鴨を美化しても、読者は<それは創作や憶測だ>と認識するが。
司馬の場合、社会的影響が強すぎて創作を創作だと認識できない輩が多数出現する、と。
14 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/10(金) 17:44:52 ID:eQLnpS+D0
むしろ乃木は永久要塞といわれた旅順を
あれだけの期間でおとしたということで世界から驚かれた。
15 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/11(土) 05:05:21 ID:w16pNIJ20
>>14 素人なんだけど、そうすると
「坂の上」とか「二百三」あたりの
児玉が落したって解釈は嘘八百?
17 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/11(土) 08:13:49 ID:w16pNIJ20
そんなことないよ。
こいつら馬鹿だから、いっつもこんな小と言って
お茶濁すだけなんだよ。自慰行為なのさ。
通でいたいのかな。
>>16 それらは非常に強く脚色されています。
児玉は、彼が落とした、と言われる程に関与していません。
詳細は去年の歴史群像に纏めて載ってました。
無能だけど近代史上の名君「明治帝」や
日露戦争の立役者「児玉」、はたまた外国の従軍記者や
敵将にまだ好かれた「愛すべき無能の人」って事でFA?
軍人として有能で実績もあり、人格面でも良し。
普通に好かれるでしょう。
21 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/11(土) 13:46:33 ID:w16pNIJ20
乃木擁護論を見聞きするたびに乃木が嫌いになっていく。
いい人が有能の基準にはならいよんだ。
乃木神社と中央乃木会の提灯記事がどんな効用があるのやら。
あれらの出版社に対するクレームを知っているのか?
その理由は「乃木希典は神」だの一点張りだ。
そしてあれらはそれでめしを喰ってるんだぞ。しっかりしろ。
22 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/11(土) 13:47:26 ID:0GCDbqKk0
ポーツマン条約ってなかったのか?
ゴーグルで2件なんだけど
>あれらの出版社に対するクレームを知っているのか?
>その理由は「乃木希典は神」だの一点張りだ。
ソースは何ですか。
24 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/11(土) 19:14:44 ID:w16pNIJ20
>あれらの出版社に対するクレームを知っているのか?
>その理由は「乃木希典は神」だの一点張りだ。
何という出版社がクレームを受けたと言われるのでしょう。
クレームが一点張りというのもご存知のご様子ですが、肝心の所があやふやで
いただけません。
26 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/12(日) 00:42:22 ID:/xp3A0ftO
坂の上の雲、殉死しか
読まずに乃木大将をバカにするやつらの恥ずかしさに乾杯www
バカにはしてないけど・・・
旅順に対しては、擁護論として初の本格要塞攻略戦だったとか
児玉がこなくても203落す予定だったとか、幕僚のせいとか色々
あるらしいけど、本人が「超優秀・天才(名将)」って訳でもないんじゃね?
それこそ「坂の上」だけど、志岐とかって中将に
「当時は今日人が崇拝するような司令官ではなかった・・・。云々」って講演で
言われてるらしいし・・・、旅順のババ引いちまった『いい人』じゃね?
乃木大将の戦略・戦術面での同時代の将校・専門家の擁護論ってあんの?
勉強不足だから本とかあったら買う!教えて誰か・・・
28 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/12(日) 05:22:21 ID:gAVYMzXR0
>>27 あるわけないじゃん。あったらとっくに引用して錦の御旗ってなもんですよ。
重箱の隅を突っついて、なんとか体裁をつくりたいんだ。
別なスレでその「坂」の捏造部分ってなんだとやったけれど
大したものは出てこなかった。結局、贔屓の引き倒しなんだよ。
逆にその辺はふれてほしくないんだろう。しかし、
>坂の上の雲、殉死しか
>読まずに乃木大将をバカにするやつら
って、いるのかね?
29 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/12(日) 05:39:13 ID:gAVYMzXR0
坂の上の雲、殉死、実は
読んでないけど乃木大将を名将にするやつら
って、いるんだよね。意外に
(汚らわしいという気持ちは理解できなくもないのだけれど)
坂の上の雲は小説ですよ。でっちあげが書かれていてむしろ当たり前。
児玉が落としたように書いてもいいのです。
この場のような所では、小説作品の中身など不要、いやむしろ有害な知識です。
>「超優秀・天才(名将)」
例えば誰が該当するのですか。
司馬は戦車兵の時に朝鮮の狭い道をタンクころがして
ウンザリしたんだよ。
日清戦争時の乃木旅団の、蓋平また太平山の戦いは、戦略持久態勢において少数
兵力で優勢な敵の攻勢に対し長期持久の任務を完遂した戦例として高く評価され
たそうです。
>>33 旅順中心らしいぞ!そこ褒めてどうする。
>>27が聞きたいのは、旅順攻略戦に関する擁護論じゃないの?
でも、みんな乃木が有名になっちっまったんで嫉妬して
褒めなかったんだよ!旅順でも乃木のいい点はあったんだよ!多分・・・
旅順での話なら、正攻法への転換の決断、難戦を完遂したという事、降伏した敵の扱い。
いずれも高く評価されるところ。
上で名がでた志岐は、乃木が突撃する部隊に憲兵を付けたことに「人心を得た
処置であろうか」と不満を述べています。
判らない人には判らない、評価できない処置なのでしょう。
昨日愚将論者が言っていた出版社へのクレームの事ですが、まだ出てないのですね。
事実かどうかをはっきりさせたいのです。
第三者にも検証出来るように、出版社名を書いてください。
つ
ttp://homepage1.nifty.com/SENSHI/study/nogi.htm ノギの、そして日本の不幸は、普通の能力しか持ち合わせていない軍人に、
旅順という世界最大最強級の要塞を、それが最強クラスであることさえ知らずに、
ろくな支援を与えることなく、攻撃させたことにあります。
旅順の苦戦の責任は間違いなく希典にもあります。
しかし全ての責任が大将にあるわけではないのです。
今のNOGIに対する一般的な評価は、あまりにも不当と言わざるを得ません。
だって、まぁこれは擁護論じゃないみたいだけど!
乃木は連隊長、旅団長、師団長、軍司令官と全部実戦の経歴を持ちます。
かような人材が普通の能力の持ち主とは、日本陸軍恐るべし。
40 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/12(日) 17:26:42 ID:gAVYMzXR0
>>37 馬鹿だなお前。書き込んだ人間は関係者だろ。
そんなこと言うはずないじゃないか。
もし、確認したいんだったら、自分で関連する書籍をだしてる
出版社(どこでも)に聞いてみることだな。つ
まり、どこの出版社と限定しなくても
対乃木神社ってことでどこでも同じだということじゃないの。
犯人探しよりも、事実確認したかったらそのほうが確実。
つまり具体的な話になるとあやふやになるというケースだった訳ですね。
つ
ttp://itomaj.hp.infoseek.co.jp/nogijinjya.htm 戦後、NOGI大将は、「人徳は素晴らしいが軍事手腕は無能であった」
といった評価があるが、それはすべてまちがいであり、後知恵だ。
(略)〜
そして『3年間』は絶対に落とせないと言われた旅順要塞をわずか半年で
落としたのである。
ってよ!本当か?
まぁ、『遺族を慰めて歩き、少しでも生活に苦しんでいる者があれば、
惜しげなくお金をあたえたという。』この辺は立派だよな。
でも、3年間は絶対に落せないって何処で言われてたんだ?
43 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/12(日) 19:01:48 ID:/ttSoZcS0
児玉が203高地を落とした云々といわれているが、確かなのは、
203高地が落ちると、児玉は帰っていったということ。
自然に落ちた説と児玉が識見を奪取して陣地を変えるなどして落とした説あり。
いずれにせよ、旅順要塞を攻略したのは乃木。
陸軍に海軍のような維新功労者のクビ切りリストラが
あったとしたら(山県/寺内はしなかったけど・・・)、
乃木はリストラされていた?
やっぱ運が良かっただけじゃね?(反対に旅順の将兵は不運だが・・・)
45 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/12(日) 19:46:30 ID:/xp3A0ftO
旅順要塞を攻撃して
陥落させるのにまるでパズルを解くかのような感覚で語るな!
やむを得ない犠牲を「乃木が無能だったから」
と結論づける馬鹿助は戦史に興味持つのはやめたまえ。
乃木大将だから旅順を陥落できた。
乃木大将の軍歴は名将の範疇に入る。
という簡単な理屈がわからんちょっと頭が可哀想な方は
ゴミ問題にでも頭使ってなさいよ!
邪魔邪魔!!
現代の藩閥!
山口県人会・乃木神社関係者が集うスレはここですか?
旅順と一緒でなかなか落ちねェなぁ・・・、このスレ
48 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/12(日) 20:39:40 ID:gAVYMzXR0
>>46 まあまあ、そういうなうよ。彼らはそんなスタンスじゃないよ。
しかしさ、
>と結論づける馬鹿助は戦史に興味持つのはやめたまえ。
の「たまえ」には笑うな。
どうも、戦史に精通してるのは自分達の特権だといまだに思っている。
だから、乃木が不憫でならないんだよ。
旅順の苦戦は乃木だけのせいではないことはみんな知っている。
にもかかわらず、こんなテンションでわめきちらすから
ついつい意地悪したくなっただけさ。
邪魔邪魔って、いったいどんな話がしたかったんだ?
もう、こないよ。あっ、ときどきのぞくかな。
こうみえても、俺、一応、乃木嫌いじゃないんだけどなあ。
49 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/12(日) 20:49:10 ID:7uQjlmuj0
>>44 乃木は辞めてたのを引っ張り出されたんだけど。
>gAVYMzXR0
>書き込んだ人間は関係者だろ。
可能性しかありません、唯の人かも知れません。
>そんなこと言うはずないじゃないか。
保身を考えて自己の発言の信用性を損ねる選択をしたという可能性はありますね。
同様に全くの嘘の可能性もありますが。
>犯人探しよりも、事実確認したかったらそのほうが確実。
犯人?何のですか?
今の所、何処の誰かも判らない人が真偽不明の書き込みをしてそれっきりなのです。
事実確認するとしたら、書き込み者が信頼に足る根拠を添えて主張した後ですね。
読むところ乃木擁護論におかんむりの様子、言ってる事が事実ならば擁護論者に
はダメージですね。しかし今の所、彼は確認も無視しています。言い出した側の
無責任発言に過ぎません。放言の類です。
51 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/12(日) 21:32:00 ID:/xp3A0ftO
>>49 尚更だっつうの!
荒神じゃねぇんだから担ぎ出すな!そっとしとけよ!
藩閥政治の弊害だよな!
>>52 言いすぎだ!
でも、まぁ何で無能の善人じゃダメなんだろ?
>>2で旅順中心って事になって
るから、まぁこうなるわな。「坂」だって作戦面の批判だけで、むしろ乃木に
親しみ湧いたけど・・・。詩うまかったり、侍チックで!
戦後の美談も多いしいい人だよ!無能論も一つの見方。
それに将器と各個の作戦は別々に批評されるべきでしょ。旅順は運悪かった!
追加
それより漫画の『日露戦争物語』だと旅順攻略は
どれで書かれるか予想シネ!
@坂の上踏襲の無能論で書かれる。 A初の近代要塞戦遭遇の同情論
B肉弾戦法等の鉄の意志で旅順を落したって言う象徴論
Cあんまり乃木には触れずに話を進める D全編ロシア側の視点
E旅順には触れない F旅順の前に打ち切り Gびっくり新解釈!
まぁ@・Aだろうけど
「坂の上の雲」での書かれ方がどうだこうだ、という話と全く同じの、不毛な
話題ですね。
>>55 不毛な話題を提供してスマソ。
突撃してきます。サヨウナラ。もう会うこともないでしょう!
、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、\;;_‖☆_‖;;;;;、、 / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、│(゚Д゚ ;);;;;;;;;;< 白襷隊!突撃〜〜!!!!
、、、、、、、、、、、、、、、、、、━=i≡i∩ヰ⊂lロ)、、、;;;; \___________
57 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/13(月) 01:40:08 ID:EP5728vCO
単純に一回の突撃で一万6000だっけ?の死人を出したらしいよ。第一次大戦の実験場と言われ、大量殺戮を歴史的に未経験な日本の世論は耐えられず、誹謗中傷が耐えなかった。
58 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/13(月) 02:00:56 ID:eUQfSU1r0
59 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/13(月) 03:52:09 ID:+33Xsyzp0
乃木って別に神様になりたかったわけじゃないだろう。
昭和天皇が人間宣言したてから半世紀、本人の知らないところで神様あつかい。
人間乃木希典と神に社に祀られた乃木には結構な差があると思う。
ちょっと言い方が悪かったかもしれないが、伝えたかったのは
社としては本音と建前は別でとしても乃木は神でなければいけないってこと。
乃木ファンには人間乃木に引かれる方々も多いし、俺もそこに魅力を感じる。
だけど、あんまり擁護しすぎると遠くなっていくんだよね。
司馬の小説云々もそのひとつ。また、名将にするから話がややこしくなるんでねえか。
アンチテーゼの堂々巡りだぞ。
60 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/13(月) 13:13:47 ID:c7UowB8kO
ファンなら神で
異存なかろう。
お前ウッサイ!
____
>☆‐<
ミ゚Д゚ 彡
(i :ヘi) 鰯の頭も信心から。感心、感心。
| ̄~|\
U U
つーか・・・・第一次大戦で列強は、乃木がやったことと同じ事をしているしなあ。
しかも、乃木という前例があったにもかかわらず。
第一次大戦時の列強の将軍達は、乃木以下なのかも知れない。
つ『それまでの戦闘(日露戦争など)以上に機関銃が効率的に使用された戦場』
65 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/14(火) 14:17:19 ID:cBqJLEj10
局地戦の日露戦争に比べれば死傷者の数が桁違いだからな。
俺一昨年くらいに東京赤坂の乃木神社行ったんだけど、その時理事くらいの人と話をした。
>>21がいうような、独善的、排他的な感じはなかった。坂の上の雲などの愚将論
に反対の立場なのは当然だが、研究のために神社に来る人というのは結構いて、
たとえ批判側であっても応対する、と言っていた。
少々批判側寄りの意見を言ってみたが、ちゃんと調べればわかりますよ、って感
じの対応だった。
67 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/17(金) 20:49:48 ID:c/YhCIQ80
なんだよ、枯れてるじゃないか。
せっかく乃木でスレたてたんだったらシャキッとしろよ。
ところで、>66氏よ君の書き込みに対して
ソースを示せと問われたらどうする?
俺自身だ。とするのか?そこがつらいんだよ。
>ちゃんと調べればわかりますよ、
っていっても「いなされた」としか受け取れないしね。
ちょっと意地悪な感じだけど。法人という立場もあるしね。
68 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/17(金) 21:10:15 ID:d+OqS4sQ0
乃木愚将論は別に司馬の独創ではなく参謀本部編・機密日露戦史が出典
>>67 個人の体験と明言しているのに、ソースを示せ、というのは愚問に属するものです。
>>54 やっぱ流れからすると@だろうな・・・
>>1は旅順中心にして、何がやりたかったんだ?
当然、愚将論や無能説が出るのを予想してたんだろうが
論破できないなら立てなきゃ良かったんじゃない?
『坂』その他の書物の脚色部分て何処?反論は?
203が戦略的価値が無い・・・etcとする根拠は?(このスレでは言われてないが)
ここは、神社の関係者と出版社の社員がいがみ合うスレですか?
まずは具体的個所で『坂』や『二百三』の捏造/脚色部分と
その反論が見たい!(詳しくないから見たかったのに・・・)
ダメなら
>>1はもっと勉強してからスレ立てれば?リア厨か?
>>62『乃木』は軍服に凝ってたらしいところがイイ(・∀・)!
旅順はお腹いっぱいだから、奉天メインにすりゃ良かったのに。
役者も多いし。
72 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/18(土) 00:59:26 ID:d2pmcAZh0
思うんだが、司馬って乃木をいくさ下手とは書いているけど、
同時に人間として(武士として)の精神の凄さも充分すぎるくらいに書いてるよな。
だから、「殉死」「坂の上の雲」読んだだけでも、乃木を馬鹿にする人っていないと思うがな。
つまり何が言いたいかというと、ヲタが勝手にあーだこーだ騒いでいるだけじゃないか、ということ。
73 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/18(土) 01:19:26 ID:DTgJamHz0
長州人は好かんが、彼は良い。
74 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/18(土) 01:32:43 ID:ZTWbhx3r0
73=人の良し悪しのわかる好漢。
75 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/18(土) 02:10:29 ID:Dan5uSSm0
わたしも長州や薩摩は大嫌いだ。
しかし、乃木将軍は明治天皇とともに殉死したという立派な尊王主義者で、それを実行せしめた。
だから義に殉ずるのは新撰組と通ずるところがある。
彼は割と好感が持てると思う。
坂の上の乃木愚将論は可哀想だと思う。
ただ、そのおかげで日のあたらなかった
立見・黒木・野津・一戸・梅沢なんかにスポット
が当たったのは嬉しい。乃木は素晴らしい
人物だが、戦後の評価を一身に集めすぎ。
もちろん乃木の責任じゃないけど。
77 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/18(土) 07:55:24 ID:jVOFPtB90
>>11 >遅滞防御任務
そんな任務を受けていません。命令もありません。
>>14 >むしろ乃木は永久要塞といわれた旅順を
>あれだけの期間でおとしたということで世界から驚かれた。
英紙では長期間にわたる要塞攻略と書いてある。
言葉を取り違えてるのでは?
世界で、とあるのだから、英紙という一例を挙げても否定にならないでしょう。
「乃木連隊、征討軍団の先遣兵団として、その隘路進出援護の任務に就く」
新編西南戦史186P
『よいか?決して途中に立ち止まって、射撃などをするじゃないぞ。
五尺の体を砲弾だと思って、いきなりあれへ飛びこむのじゃ。頼んだぞ。
どうか、しっかりやってくれ』・・・」(芥川龍之介著の『将軍』より)
軍人勅諭にあるように、乃木は兵隊達を人間として見てはいなかったのでは
なかろうか?『五尺の体を砲弾だと思って』と、
言うように人間をただの砲弾の代わりとしてしか見てはいない。
(略)〜
だからそれを湯水の様に使用すれば要塞を占領できると思う発想。
こんな人が将軍だとは?まさに『馬鹿な大将、鬼より怖い』状態である。
>
http://homepage2.nifty.com/ kumando/mj/mj010821.html
「坂」の書き方があながち酷いとは思えん。
>坂の上の雲は小説ですよ。でっちあげが書かれていてむしろ当たり前。
でっち上げでも、乃木の描写に愛情感じるけど。そもそも明確なでっち上げ
部分て何処?軍ヲタ戦史ヲタじゃないので教えて欲しい。
小説「坂の上の雲」の書き方が酷いかどうかの参考に、小説「将軍」を持ってくるとは。
とてもユニークな発想ですね。
>>80 >だからそれを湯水の様に使用すれば要塞を占領できると思う発想。
>こんな人が将軍だとは?まさに『馬鹿な大将、鬼より怖い』状態である。
要塞を攻める側だからしょうがないよ。
>>『坂の上の雲は小説ですよ。でっちあげが書かれていてむしろ当たり前。』
>でっち上げでも、乃木の描写に愛情感じるけど。そもそも明確なでっち上げ
>部分て何処?軍ヲタ戦史ヲタじゃないので教えて欲しい。
>そもそも明確なでっち上げ 部分て何処?軍ヲタ戦史ヲタじゃないので教えて欲しい。
⇒でっちあげに反論して、乃木の有能を証明するんでは?
>>81 小説『将軍』はただの参考だよ!見りゃわかんだろう。
近年著しい国語読解力の低下か?知らないならいいよ、他で聞くから。
>>82『将軍』を元に別のサイトでそう書かれてるだけ!俺が思ってる訳じゃない。
>>83 その例(小説)を持ってくる考え方が問題なのです。
そのページの作者、見た人からメール貰って釈明してます。
>>79 その本にはその命令の日時はいつと書かれているのですか?
86 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/18(土) 20:38:00 ID:kT0VMWVO0
芥川の父親って、長州人だよね。生粋の江戸っ子のふりをしてるけど。
彼には生涯長州の血を引いていることが、コンプレックスとなったようだ。
>>85 22日、木葉退却のあとに書かれています。
88 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/18(土) 22:02:58 ID:g7Mobgo3O
>>80小説土台に乃木さん腐すな!
どうせ批判するなら歴史書、戦史書を土台にせよ!
お前みたいな馬鹿は即刻死ね!!
>>84が本当に読解力が無いのか、それとも論理のすり替えを
狙ってるのか判断つきかねる件について。
>そもそも明確なでっち上げ部分て何処?軍ヲタ戦史ヲタじゃないので教えて欲しい。
⇒まぁいいや、自分で調べます。所詮2Chだし・・・。それでも読めよなorz
【脚色部分一例】
28サンチ榴弾砲とかが言われてるほどロシアの陣地を破壊してないetc・・・だと
全然まともな擁護論がでないので、
今後は『【贔屓の】乃木大将・大好き!!【引き倒し】』のスレにします。
>>94 ここはアカデミー板なので、それに相応しいスレを立てて下さいね。
小説にこう書いてあるが云々、という話に何の意味があるのだろう。
>そもそも明確なでっち上げ部分て何処?軍ヲタ戦史ヲタじゃないので教えて欲しい。
具体例を一つ挙げるなら、伊地知の「28cm砲送るに及ばず」の返電。
資料としてはそのような電報は存在しない。
長岡の談話をヒントにでっちあげたか、司馬の創作。
94 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/19(日) 01:53:19 ID:xGhAVdixO
>>93その話は専門家でも誤認してる人ちらほらいるね。
島貫重節(陸大卒戦後陸将)の書いた
戦略日露戦争に伊治知がいらないと言ったと書いてあった。
だから旧軍でも相当定着してる誤認みたいだね。
95 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/19(日) 05:50:48 ID:0PZ6IvW90
逆になんで「28cm砲送れ」という伊地知の電報もしくは記録が残ってない。
海岸砲として配備された28cm砲が朝鮮に送られることだって知っていただろう。
一応、参謀本部にいた人間なんだろう。それも砲術の専門家だ。
彼は必要としなかったんだよ。
つまり、第二回総攻撃で攻略できる確信があったんだろ。いや、都合が。
28cm砲はそのスケジュールに間に合わないんだね。
自前の最大15センチの口径で旅順要塞を粉砕できると信じてた。信じたかった。
奧が南山を攻める前に参謀本部に重砲要求している。それがダメで海軍の助っ人が
入っているわけじゃない。伊地知が自軍の火力が不足と考えれば
海岸砲だろうがなんだろうが初段階で「なんでもいいから送ってね」としないかな。
そのすべての記録を抹殺してしまう陰謀とは何?
まさか伊地知を日露すべてのスケープゴートに仕立てたとでも?
マンガだよ。そりゃ。
>>87 >22日、木葉退却のあとに書かれています。
あのぉ、遅滞防御任務 と隘路進出援護の任務 これは全く違う物です。
さらに、合流するまで、遅滞防御任務なんて命令はなかったという点は問題
ないですね。君は的外れな資料を出してきてますが、それは時期も違いますよ。
>遅滞防御任務と隘路進出援護の任務これは全く違う物です。
どう違うのか、説明してみてはどうですか。
>合流するまで、遅滞防御任務なんて命令はなかった
22日は、まだ合流前です。
99 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/19(日) 10:02:15 ID:xGhAVdixO
>>95マンガだよってwww
送るに及ばず説が流布して問題で
何で送れと言わなかったから云々って話になるんだ?馬鹿くさっ!
だいたい司馬が飛びついた旧軍内で存在した乃木愚将論の発生過程もおさえずにとぼけた事ぬかすなよ。
真相は伊治知は自分から「クレ」とは言わなかったが「内地から送ろうか?」と言われそれに対して「なら送って」と言ったわけよ
送ろうか→イラネじゃないわけよ。
送ろうか→なら送って…で十分じゃない?
クレクレと言わなかったからやはり伊治知は問題だってw
朝から笑かしてもらったよ。
そういう感覚なら「そんなものイラネ」説を信じていれば?
>>95 機密日露戦史にはこうあります。
「二十八珊榴弾砲はその到着を待ち能わざるも、今後のために送られたし」
別にいらないなんていってません。
「送るに及ばず」という返電は、長岡の日記の中にしかありません。
>>95 28サンチを送るという大本営に対し、伊地知は第三軍の砲兵司令に意見を求めたところ、
砲をすえつけるだけでも1、2ヵ月かかる、という答えが返ってきました。
当然第二回総攻撃には間に合いませんので、「到着を待ち能わざるも…」としたのでしょう。
旅順攻略には時間制限があり、長々と待ち続けるわけにもいかないのです。
一応付け加えておくと、第二回総攻撃からは正攻法を採用しているので、
第一回総攻撃と同じように攻撃したわけではなく、損害も激減しています。
102 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/19(日) 12:28:15 ID:xGhAVdixO
>>100つかぬ事を伺いますが…
桑原氏の冊子をお読みですか?
あれは勉強になりました。
やはりプロの軍人の研究は参考になりますね。
>>aDRUfcxmO
進出と遅滞という言葉が一緒なのですか?
結局遅滞任務や 命令はなかったという事で問題ないですね。
>mJ28AZvy0
>進出と遅滞という言葉が一緒なのですか?
その二語が一緒ではない事で、何を言わんとしているのでしょう。
進出援護のための遅滞防御任務、でよろしいではないですか。
訂正。
進出援護任務のために遅滞防御を行った、と。
隘路進出援護のための遅滞防御任務って?
君の意見を詳しく聞きたいね。隘路進出するのを援護するのはわかるけど、
それが防御を意味するものではないんだけどね。
>>100-101 ところでその機密作戦日誌の記事ですが、どこに書いてあった
記事かご存知ですか?
>>106 本隊が到着するまで、敵の進撃を抑える、という事ですから、「防御」との言葉
で差し支えないでしょう。
隘路進出援護というのは、本隊が到着するまで、敵の進撃を抑える、という事?
違うだろ。勝手に命令の意味を取り違える愚将にしたいのか?
進出援護命令を受けているのに、遅滞防御にすり変わっているんだからね。
進出援護と遅滞防御 これは全く意味が違います。
違うといいたいなら、どこがどう違うのか説明を添えなくては。
そもそも本来意味がどうだなんて話ではありませんで。
乃木先遣隊は、本隊の進出援護の任務に付き、そのために遅滞防御を行った、と
いう話でした。
この点は納得してもらえたのでしょうか。
113 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/21(火) 08:01:53 ID:lyY+O5hD0
なは、ここは本当に宗教団体勧誘の場だったのか。
まあ、オモシロイ本だから購読はおすすめするけど。
「坂」と「名将」は必須アイテムというのは事実じゃ。
どちらの道にすすむかは読者の資質の問題だな。
小説など、この場では何の役にも立ちません。
むしろ邪魔。
とあるサイトでの乃木評価。
・長州閥だから出世した、軍功なし
・ドイツに留学して、身に付けてきたのは騎士道精神だけ
・だから旅順で無策に突撃ばかりして死者続出
乃木カワイソス。
116 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/21(火) 16:06:08 ID:3fVc7ylBO
桑原氏は司馬と電話でやり取りしたらしいな。
司馬がいきなり電話してきたと。
司馬は誤認を自覚し引け目を感じていたんだね。
117 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/21(火) 16:23:45 ID:lyY+O5hD0
でも、それ桑原さん自身の談じゃない。
まあ、いいけどさ。
ドイツ語堪能で優等生的な乃木だと擁護したくなくならないかな?
乃木はカワイソス。だから味わい深いのでは。
118 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/21(火) 16:46:20 ID:3fVc7ylBO
>>117余談だが阿川弘之にも小説の事実誤認を指摘した手紙送ったんだって。
そしたら
「ご指摘ありがとうございます。機会があれば訂正いたします。」
という丁寧な返書がきたと…。
まああれだよ
小説のみの乃木大将しか知らずに大将の事を論ずる事ほど滑稽な事はないね。
まあ、我慢の人だね。
120 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/21(火) 22:44:02 ID:Qt2+5he5O
学者になれる人生だったら良かったのにね
121 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/22(水) 00:07:20 ID:aqX+Hcs9O
はは
馬鹿がおる!
両軍が精鋭なら犠牲者も増える。
世界最強の要塞を攻めれば犠牲も増える。
激戦ゆえに犠牲が増える事を指揮能力に求める馬鹿がおる。旅順を陥落させたにも関わらず愚将とこき下ろす馬鹿がおる。
学者になれば良かったと戦史に疎い馬鹿がほざく。
122 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/22(水) 03:51:51 ID:+NhcQfDY0
だれも、愚将だなんていってないだろう。
だれがやっても旅順は同じだったっていってるそうじゃないか。
名将と愚将の二極論じゃ拉致があかないといっている。
なにかというと小説しか知らないともちだすが、なんでそんなに
了見が狭いに?
>違うといいたいなら、どこがどう違うのか説明を添えなくては。
>>11 >遅滞防御任務は達成の反論として
そもそも遅滞防御任務という命令はありませんと答えたら、
官軍の隘路進出援護任務に就いたという返答があった。
遅滞防御任務と隘路進出援護任務が同じという意見を貴方がしなければ
なりません。質問を質問で返すなんて論拠がないのですね。よくわかりました。
遅滞防御任務と隘路進出援護任務が同じと言い張りたいのでしょうけど、
時期の説明もまったくありませんし、詭弁を振るわれても何の解決にも
なりませんよ。植木から木葉の戦いの遅滞防御任務の命令は
なかったというのはわかりますね?木葉の戦いの後合流したあとの
隘路進出援護任務も田原坂を取られて援護できなかったのば
わかりますね?
隘路進出援護任務 が
>>108 ID:aDRUfcxmO
によれば 「本隊が到着するまで、敵の進撃を抑える、という事」
と述べていますが、全く違います。
本隊が隘路を進出する際に援護するという事です。
君の言うのは進出路を防衛任務であり、全く違います。
WW2のマーケットガーデン作戦のパラトループは君が言うと遅滞防御任務に
なりそうですねww
遅滞防御任務とは敵の進撃路を予想し、陣地を”あらかじめ用意しておいて”、
敵が第一陣を突破したら、、第二、三陣地に移動して
継戦して時間を稼ぐことです。
根本的な質問ですが、乃木は任務に失敗したのですか?
>>124 乃木連隊は熊本城入城を断念した後、植木・木葉で抗戦しつつ、
薩軍の行動を遅滞しながら組織的な退却を続けています。
そして、高瀬の陣地の第二線で援軍を得て薩軍を退けています。
これは遅滞防御といえないのですか?
22日の植木戦ののち、乃木先遣隊は官軍本隊の隘路進出援護の任務に就く。
当時乃木先遣隊は熊本県内にあり、官軍本隊は福岡から南下中。
「隘路進出援護任務」とは、官軍本隊が熊本福岡県境の要地「南関」を越えて
熊本入りするのを援護することに他ならない。
22日に任務に就く。
23日に木葉の戦い。
25日に高瀬の戦い(第一日目)。
この後官軍本隊と合流を果たし、乃木先遣隊はこの指揮下に入る。
木葉〜高瀬戦は、「隘路進出援護任務のために遅滞防御を行った」のであり、
これによって任務は達成された、25日の合流によりその任務は終了した。
田原坂を一旦占領したのち放棄したのは、終了後の話。
遅滞防御任務という命令はない、という主張に何の意味があるのか。
22日の状況で隘路進出援護任務を達成しようとすれば、遅滞防御で対処するのが当然である。
>>123-124 >遅滞防御任務と隘路進出援護任務が同じ
任務達成のために、取られるべき当然の行動である。
>時期の説明もまったくありません
22日と最初に書いている。
>植木から木葉の戦いの遅滞防御任務の命令はなかった
植木戦の後に任務を受けた。木葉戦の時は任務中。
>隘路進出援護任務も田原坂を取られて援護できなかった
25日の本隊合流により、任務は終わっている。
>遅滞防御任務とは〜〜
木葉戦、高瀬戦と、全くそのままの行動をしている。
乃木先遣隊の行動が、まさに遅滞防御任務であることを示してくれたのは感謝する。
>>125-126 >薩軍の行動を遅滞しながら組織的な退却を続けています。
組織的な抵抗か・・・木葉、植木の戦いでの乃木連隊は何名参加したと
把握しておられますか?
植木戦では最終的に200〜300名。木葉戦では700〜1000名。
>>129 博多から南関に至る道程、です。
文面から汲み取れませんでしたか。
>ところで 君の言う隘路ってどこ?
あなたはどうやら田原坂と考えているようだが、その根拠は何か。
乃木先遣隊の隘路進出援護任務は、22日夜〜25日の期間とされているので、隘路
進出援護とは、本隊の熊本入り(南関通過)の援護と考えるのが妥当である。
軍旗紛失以外にたいした損害のない植木戦はともかく、木葉戦では乃木連隊は危機に陥っています。
木葉から高瀬への退却中、山鹿方面から山中を強行進撃してきた薩軍に側背を突かれ、
乃木連隊は壊乱。戦死者を100人以上を出してしまいます。
もともとが圧倒的に不利な情勢下とはいえ、この失敗で極めて重大な危機に陥った事は否定できません。
>>134 >戦死者を100人以上
戦死者は20人くらいですが。
優勢な敵軍に対し寡兵を持って遅延持久を目論む側は、極力人員の損害を避けなければなりませんし、
もし薩軍が乃木連隊の追撃に出ていた場合、疲労困憊の乃木連隊では高瀬、石貫でも支えきれず、
一気に南関陥落の事態に陥る事になったでしょう。
結果から言えば、22日〜25日にかけての乃木連隊は任務を完遂しましたが、上記の点は指摘せざるを得ません。
損害の多寡はともかく、遅滞防御による隘路進出援護任務は完遂されたという
結論でよろしいのではないでしょうか。
>>129と:jVmzxWZ5O 39VWON4UO WFgyosPW0 LW5T5pzNO aDRUfcxmO
隘路 :山間部など険しい道という意味
君の言う 博多から南関に至る道は隘路なんだね?
その根拠は?
田原坂というのが”隘路”という言葉に相応しい地点で
砲車が通れる唯一の道と重要地点というのはわかってるよね。
君の論理では
博多から南関までの道程を指すなら、無理をして木葉で戦う
道理はありませんね。菊池川まで撤退して橋で守ったらいい。
そして菊池川を渡河されて、大宰府まで攻められても、
博多から大宰府までの”隘路”を守ったといえるからw
いくらでもいいわけできる。
詭弁の典型なんですけどね・・・・。129の博多から南関まで
と言った時点でダウトですわ。どうしようもない。
>>131 乃木は木葉の戦いで 1000名の内、死傷者 行方不明 75名
そしてスナイドル銃 360丁 弾 1万数千発 馬1頭という大損害を
受けて、兵員の1/3以上の戦闘力を失っています。
これは壊滅と言い切れますね。組織的抵抗ができないほど打ちのめされたと
言うべきでしょう。
>>137 だから 遅滞防御と 進出援護任務は言葉も性格が全く違うって。
君の言う論理だとマーケットガーデンの空挺部隊は遅滞防御を行うのが
当然という事になり、あれは達成されたということになるね。(ほぼ確保できたし)
そんな空虚な妄想を言い通されても説得力はまったくないし。
自慰史観に陥るだけですよ。
隘路進出援護任務というのは田原坂の隘路を確保すること。
でなければ、橋で守るよ。木葉植木で陣を張ったのは田原坂を
確保する目的以外に考えられないね。
そして 木葉で大損害を受けて、組織的抵抗はできなかったが、
本隊の到着への時間稼ぎにはなった。
遅滞防御任務なんて命令はないし、隘路進出援護という任務も
達成できなかったが、時間稼ぎにはなったという結論だね。
>>140 >乃木は木葉の戦いで 1000名の内、死傷者 行方不明 75名
>そしてスナイドル銃 360丁 弾 1万数千発 馬1頭という大損害を
>受けて、兵員の1/3以上の戦闘力を失っています。
>これは壊滅と言い切れますね。組織的抵抗ができないほど打ちのめされたと
>言うべきでしょう。
高瀬陣地では乃木連隊単独で本隊到着まで持ちこたえています。
組織的抵抗はできていますよ。
>>141 >隘路進出援護任務というのは田原坂の隘路を確保すること。
>でなければ、橋で守るよ。木葉植木で陣を張ったのは田原坂を
>確保する目的以外に考えられないね。
田原坂確保ですか?
木葉・植木の陣は退却が前提の陣地です。
それに、隘路確保と言うのは南関確保の事だと思いますが。
>そして 木葉で大損害を受けて、組織的抵抗はできなかったが、
>本隊の到着への時間稼ぎにはなった。
損害を受けたのは高瀬への退却中です。
ちなみに、木葉での損害は100名以上ではなく、死亡22名、負傷49名だそうです。
隘路を田原坂とする考えでは、隘路進出援護任務が25日で終了した事の説明がつかない。
隘路進出、とは、南関までの道程を意味すると考えるべきである。
>>143 隘路進出、とは、南関までの道程を意味すると考えるべきである。
>>127 官軍本隊が熊本福岡県境の要地「南関」を越えて
熊本入りするのを援護することに他ならない。
いい加減な人ですね。もっとまともな人かと思ったけどどうやら
自慰史観者らしい
乃木連隊の任務が田原坂確保であるとする理由は何ですか?
>>145 127によれば 隘路進出任務とは官軍が南関を越えて熊本入りを
するのを援護することなんですとw
隘路というのは山間部などの険しい道で、当時、南関から熊本入りできる
道で一番重要な地点は 田原坂だった。ここの地点以外には考えられないけど?
他にどこがあるのかな?隘路進出任務=遅滞防御と考えている人は
隘路が博多から南関までというが、こんな詭弁を弄する位に追い込まれている。
127では南関からとかしっかり書いてるのにね・・。
>>142 >高瀬陣地では乃木連隊単独で本隊到着まで持ちこたえている
2/24に物資、第一旅団の一部の増援を受けているでしょ?
>隘路確保と言うのは南関確保の事だと思いますが。
南関の防御でしたら別に菊池川を渡河させないように防御陣を張ればいい。
木葉に物資を蓄積しておく必要はありません。木葉に物資を蓄積して
奪われた以上、遅滞防御任務という命令は無いし、あくまでも、熊本城
救援のために動いていたと考えるべきでしょう。
>損害を受けたのは高瀬への退却中です。
損害というのは追撃戦にて一番損害がでるのですよ。木葉の戦いで破れ
追撃戦にて物資、負傷者、落伍者が出る。これらは常識として把握して
置いてください。
>>146 隘路確保というのは南関確保でしょう。
乃木連隊が植木、木葉、高瀬で遅滞行動を続けたことで、
官軍主力の熊本県下への侵入(南関入り)は全く抵抗を受けずに済みました。
逆に聞きますが、22日〜25日までの乃木の行動に、田原坂確保を目的とした行動があるというのですか?
>>147 >2/24に物資、第一旅団の一部の増援を受けているでしょ?
第一旅団は高瀬戦にも間に合っていません。
25日の段階で到着するのは第二旅団です。
>南関の防御でしたら別に菊池川を渡河させないように防御陣を張ればいい。
高瀬の陣地は菊池川沿いにあります。
>木葉に物資を蓄積しておく必要はありません。木葉に物資を蓄積して
>奪われた以上、遅滞防御任務という命令は無いし、あくまでも、熊本城
>救援のために動いていたと考えるべきでしょう。
植木からの退却戦のあとでも乃木連隊が熊本城救援を目的としていた、というのですか?
>損害というのは追撃戦にて一番損害がでるのですよ。木葉の戦いで破れ
>追撃戦にて物資、負傷者、落伍者が出る。これらは常識として把握して
>置いてください。
木葉では損害を出しながらも持久戦を行い、終日陣地を維持しています。
銃器、弾薬を奪取されたのはその後の退却戦ですね。
それで、
>>141の「組織的な抵抗はできなかった」とは何を根拠に言われるのですか?
>>148 >隘路
南関から熊本と書いている
>>127と同じ人物が何をいってるのかねw
いい加減な人ですね。博多まで遅滞防御を行っても、それは任務を
達成できるような論を振られても説得力はまったくありません。
>熊本城救援を目的としていた、というのですか?
官軍の目的は熊本城の救援ですが?何が言いたいのですか?
そして、乃木連隊の目的も熊本城入城ないし救援でしょうに。
>木葉〜終日陣地を維持しています。
木葉での損害の後、組織的抵抗ができるほどの物資がどこにあったの?
700名の内、半数以上の人間銃を投げ出し、一人あたり20発の携行弾薬も
使い果たした上で、物資を奪われた木葉の戦いで、どこにあるの?
大体、会戦の後の話をしているのに、会戦中の話にすりかえる詭弁を
どうにかしてくれませんか?
高瀬にしても物資 兵員の増援を受けています。(西南紀伝より)
>>149 >南関から熊本と書いている
>>127と同じ人物が何をいってるのかねw
>いい加減な人ですね。
私は127ではありません。
>博多まで遅滞防御を行っても、それは任務を
>達成できるような論を振られても説得力はまったくありません。
博多まで下がれば南関を放棄する事になります。
それが不可だからこそ、乃木は薩軍の北上を遅滞していたのですが。
>官軍の目的は熊本城の救援ですが?何が言いたいのですか?
>そして、乃木連隊の目的も熊本城入城ないし救援でしょうに。
そうですよ。
しかし、熊本城包囲の情報を得て、本来の入城目的が果たせなくなりました。
植木戦〜高瀬戦にかけての乃木の目的は南下する官軍主力のために、薩軍の行動を遅滞し、南関を確保することです。
>木葉での損害の後、組織的抵抗ができるほどの物資がどこにあったの?
>700名の内、半数以上の人間銃を投げ出し、一人あたり20発の携行弾薬も
>使い果たした上で、物資を奪われた木葉の戦いで、どこにあるの?
木葉の後も、高瀬戦で本隊到着まで薩軍と戦闘を継続していますと、前から言っているのですが。
>大体、会戦の後の話をしているのに、会戦中の話にすりかえる詭弁を
>どうにかしてくれませんか?
>高瀬にしても物資 兵員の増援を受けています。(西南紀伝より)
どこでどこからどれだけ兵員と物資の増援を受けているというのですか?
24日、25日では官軍本隊はまだ到着していません。
兵員と物資を先発させた、という事でしょうか。
>>150 >24日、25日では官軍本隊はまだ到着していません。
おっと、25日の夕刻には官軍本隊は到着していますね。
彼らの援護を得て薩軍の撃退に成功しています。
官軍本隊の到着まで乃木連隊は耐えているので、
木葉のあとで組織的な抵抗ができなかった、とはいえないと思います。
>>144 143隘路進出、とは、南関までの道程を意味すると考えるべきである。
127官軍本隊が熊本福岡県境の要地「南関」を越えて 熊本入りするのを援護することに他ならない。
同じ事を言っているのですが。
乃木先遣隊の任務は、官軍本隊の隘路進出援護任務。
これは植木戦の後から始まって、25日の本隊との合流によって終わった。
つまり、本隊が福岡から南関に至り、熊本県入りした事で果たされたのです。
隘路進出援護任務が終わった状況から見れば、隘路とは南関つまり福岡熊本県境
の要地を意味することは明らかです。
田原坂が確保できればそれに越したことはありませんが、隘路を田原坂と考える
のは状況にあわない解釈です。
既に木葉に退いた先遣隊に命じられる任務ではありません。
>>150 127に対して問答をしつづけているのですか?
都合が悪くなったら他人の振りですかw
そもそも127の隘路進出援護任務に就くという根拠も まったくありません。
そういう命令が2/22以降 2/25とあるが、そういう命令文書は発行されていません。
南関 確保が明らかになるのは 2/24 渡辺中尉が本隊と会ってからの話です。
さらに君の隘路進出援護任務の 隘路の説明も不十分(博多から南関?)であり
進出援護=遅滞防御という 違う任務を同一に考えている時点で詭弁の典型です
博多まで遅滞防御を行っても、任務は達成できるという論が成立できます。
こんな詭弁を言われても説得力は全くありません。
博多までさがればとアホな事を書いていますが、南関の確保ならば
石貫、高瀬でも充分であり、木葉で連隊物資を集積して戦う必要はありません。
>熊本城包囲の情報を得て、本来の入城目的が果たせなくなりました
>薩軍と戦闘を継続
救援のための入城はできなくなりましたが、熊本城の救援自体は消えていません。
目的と目標を入れ違えて話をしてますね。木葉の戦いで戦力が半減し
隊伍を整える事もままならない状況で敗退した後、本隊に副官を派遣し
物資と先遣隊の増援を受けたというのが真実。
持ちこたえたわけではなく、西郷の戦場拡大抑止命令によって
助かったというのが真実ですよ。
>>151 官軍本隊じゃなく、官軍の一部と述べているでしょ・・。
>>153 南関までの道程 と 「南関」を越えて 熊本入り
この二つの日本語が一緒?
はいはい君は 電車もまともに乗れないようですね。
そもそも 隘路進出援護任務=遅滞防御なんて
成り立っていません。
>隘路を田原坂と考える
では隘路というのはどこ? 山間部の険しい道というのは南関から博多まで
どの地点を言うの?
わたしが127を書いた者だが、他人と混同しないでください。
もっとも、その混同されてしまった人とは、主張する意見はだいたい同じですが。
同じ内容を別の言い方で表わしただけです。
>隘路進出援護任務に就くという根拠もまったくありません。
新編西南戦史に書いてある、と明記しましたが。
なのに根拠全くなしと言われる理由は何ですか。
>>157 おいおいw 新編西南戦史の根拠を示した人に
質問してたら 127の意見が出てきた。
127の人は地「南関」を越えて熊本入りするのを援護することに他ならない と述べ
132で博多から南関に至る道程、です。
と述べてる。そこからIDが日付が変わったので変更になったが
同じことを述べているね。 言い訳もいい加減にしたら?
嶽原さん
別人です。間違えられた人もそう言ってるでしょう?
混同しないで下さい。
また、ここで文の適不適について議論するつもりはありません。
その二つの文は、同じ事を説明しようとして書いた文です。
広辞苑第四版より
隘路
1:狭い通路。狭くて通りにくい道。
「山間の隘路」
2:支障となるもの。障害。難点。
「販路拡大の隘路」
南関も充分に隘路と呼べます。
隘路とは南関であり、隘路進出援護任務とは官軍本隊がそこに至る道程を安全ならし
める任務と解釈するのが自然です。
官軍本隊が南関に至った25日に隘路進出援護任務が終了していることも、これを
裏付けます。
隘路を田原坂とするのは、以下の点で無理があります。
まず、任務に就いた時点で田原坂よりも南関側に位置している事。
任務間に田原坂を固守しようとする動きがないこと。
田原坂に至らないうちに任務が終了している事。
>持ちこたえたわけではなく、西郷の戦場拡大抑止命令によって
>助かったというのが真実ですよ。
でもそれいったら日露戦争のときも同じなわけで。
黒木、野津、奥も、ロシア軍た後退戦術を採用してたから
実際は大したことないともいえてしまうわけで。
>>160 >文の適不適について議論するつもりはありません。
>その二つの文は、同じ事を説明しようとして書いた文です。
127の人は地「南関」を越えて熊本入りするのを援護することに他ならない と述べ
132で博多から南関に至る道程、です。
ダブルスタンダードの人に何を言っても無駄かな。何がいいたいのやら。
また IDが二つだけなのは携帯とPCから交互にやっているから。
嶽原の常套手段ですよ。
肝心の話題については一言もなくなってしまったのでしょうか。
>>165 ダブルスタンダードの人に何を言っても無駄と思うけど、
22日午後に隘路進出援護任務に就くというのも根拠はまったくありません。
遅滞防御任務といっても、突撃をしまくって大損害を出しています。
旅団長より南関確保命令も木葉戦の後の2/24が最初。(葦原中佐の回顧談より)
>遅滞防御任務といっても、突撃をしまくって大損害を出しています。
どこで? 植木? 木葉? 高瀬?
>旅団長より南関確保命令も木葉戦の後の2/24が最初。(葦原中佐の回顧談より)
熊本城入城断念以後、遊軍と化した乃木連隊の行動は乃木の独断だから。
しかしまあ、南関確保命令をもらったところを見ると、乃木の判断は正解だったわけだ。
>>168 その命令というか話を聞いた後、乃木は疲労の極みの兵士に
いまから進軍すると言って、敵を攻撃しにいったのですがね。
遅滞防御なんてことはないっすよ。
だからそれはどこの話よ。
植木戦? 木葉戦? それとも高瀬進出?
>>170 木葉の戦いの時、吉松大佐が死んだ状況。20名が吶喊していたっという。
南関で旅団長からの話を聞いた乃木は疲労の極みの兵士達に進軍を命令している。
遅滞防御って進軍するの?
名将乃木希典のいかさま論理を間に受けたらだめですよ。視点をかえる為の
本であるだけ。内容は結構いい加減だし。
>木葉の戦いの時、吉松大佐が死んだ状況。20名が吶喊していたっという。
激戦中だな。だが状況次第ではありうるだろう。
敵の頭を叩いておかないと時間が稼げないとか、味方が撤退できないとか。
>南関で旅団長からの話を聞いた乃木は疲労の極みの兵士達に進軍を命令している。
時間的には24日〜25日の高瀬への再進出かな。
するとあなたの意見は、高瀬には進出するな、放棄して兵を休ませろってこと?
>>172 いずれにせよ遅滞防御任務という命令も無いし、隘路進出援護任務というのも
2/22に発行されていないことは自明。
また隘路進出援護任務も命令としてはない。 2/24の南関保持命令も南関の保持であって
これをもって隘路進出援護任務というのもおかしい話。
実際の行動も遭遇戦で対処するのが精一杯で負けまくってたという状況
>22日午後に隘路進出援護任務に就くというのも根拠はまったくありません。
新編西南戦史に書いてあると、何度も書いたのですが。
ページナンバーは既に書きました。ページ全体が時系列の図になっています。
こちらも質問。
>葦原中佐の回顧談
この出典名と記載ページを示して下さい。
こちらは文面も引用して示していますので、そちらにも該当箇所の文面を引用し
て示していただきたい。
>>176 >ページナンバーは既に書きました
>>79 >>87の人 このP186の記述をみて不思議に思わなかった?
木葉に退却したのは2/23に日付は変わっていたし、その時は
連隊旗を獲んとしようとしていた。とても官軍の進出掩護任務と
呼べる状況ではありません。
2/22に任務を受けたとすると、植木の戦いの前になる。
新編 西南戦史P192では 植木に進出した後の乃木連隊の行動には明瞭で
ない点が少なくない・・・ とある。
p186で隘路進出掩護任務を受けると確定しているのはおかしな話。
全く信用できません まぁ昭和36年と古い研究書ですから仕方の無い事かも
しれませんね。
おっと木葉に退却したのは2/22 PM11:00頃 (橋本 田原坂)という考えもあるね。
いずれにせよ、西南戦史の植木に進出した後の乃木連隊の行動には明瞭で
ない点が少なくない とあるとおり、仮説でしかない。
100歩譲って隘路進出掩護任務の隘路ですが、
新編西南戦争P193 津森大尉に七本の隘路口を
抑えと記述より、隘路というのは田原坂と考えるのが自然です。
いずれにせよ、隘路進出掩護任務というのはおかしな話。
もともと熊本鎮台の部隊が勝手に命令系統が変わるのですから。
質問の回答はまだですか?
南関はその名の通り、熊本内に進出するための交通の要衝。
南関=隘路と言える。
そもそも乃木連隊の戦力だけでは、官軍到着まで田原坂を確保するのは不可能。
乃木と東郷 戸川幸夫 P66に葦原中佐(中佐は最終)の回顧談が
まるまる引用されています。 その引用中に 「よし!援兵はやらんから乃木、
青山に戦死しろと伝えろ! ただし南関は明日まで敵に渡すなと言え!」
というのを葦原氏が乃木に報告したと書いてますね。
当時の伝令が残した回顧談を元ですから、かなり信憑性があります。
これは新編西南戦史の記述からも矛盾するものではありません。
というかそもそも7CybrZu7Oの隘路進出掩護任務に拘っている人は
乃木連隊の行動が明瞭でないという記述を無視しているのでどうしょうも
ありません。
>そもそも乃木連隊の戦力だけでは、官軍到着まで田原坂を確保するのは不可能。
隘路進出掩護任務という任務がない という事で決着しますね。
というかこのとき(2/22夜半から2/23にかけて、薩軍の状況を乃木連隊は
把握していませんし、官軍が何時、到着するのか把握していません。
乃木連隊の戦力だけで”不可能”と判断するにはあまりにも情報が
ありません。後知恵の結果論でみると不可能と判断できますがね。
南関を薩軍に渡さないという目的のために、乃木は遅滞行動という手段を採った。
しかし、要所要所で抵抗しながら後退していた史実でも、高瀬陣地の第一線が突破されているわけで。
なにもせずにいきなり高瀬に下がれば、官軍本隊の到着まで持ちこたえられないだろう。
>>182 では、熊本城入城失敗以後、最前線で遊軍と化した乃木連隊はなにをやるべきだったと思う?
>>181 確認したいのですが。
小説が根拠ということですか?
186 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/26(日) 19:33:57 ID:6KuZrc8Q0
隘路進出掩護任務に拘っている人は一人だけだろ。
普通は乃木連隊の行動には明瞭な点が少なくないという記述とその後の2点の
提示資料でもって (恐らく一方は乃木日記) 参考程度に考慮するくらいで、
遅滞防御任務を達成=隘路進出掩護任務と 答えるわけが無い。
こんな間違いをするように記述されてもないし。
敢えて、↑のように意見を偽造しているんだろう。
187 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/26(日) 19:35:30 ID:6KuZrc8Q0
>>183 >南関を薩軍に渡さないという目的のために、乃木は遅滞行動という手段を採った。
あのさ ソースを示してくれない?新編西南戦史ではそういう事は書いていませんし、
名将乃木希典はいい加減な本だから資料としてはありえません。
>>185 では 葦原中佐の回顧談とやらを確認して 間違っているという事を
示してくれませんか? 名将乃木希典という批判本では 司馬の坂の上を
資料を提示して批判していますしね。
隘路進出掩護任務の隘路が 南関から博多という意見は
間違いという事をとっとと認めてくれないの?
さらにそんな任務の命令はないということで 問題ないですね。
そして遅滞防御任務なんてものも 命令も存在しませんね。
>葦原中佐の回顧談とやらを確認して 間違っているという事を 示してくれませんか?
あなたの方こそ、それを確認して間違いないという事を示さなくてはならないの
ではありませんか?
>>189 別に?ちょっと色々な本を調べたけど矛盾していませんしね。
それよりか、2/22に南関の確保の命令を受けたとか、しっかり
しめしてくれませんか?君が出した新編西南戦史に書いていますか?
私が調べた限り、隘路進出掩護任務が南関の確保なんて書いてませんよ。
ウソとか捏造としか思えませんね。
また 新編西南戦史の隘路進出掩護任務も 乃木日記から仮説した意見と
私は断定できます。しかし新編西南戦史は 乃木連隊の行動には明瞭でない
点が少なくないと書いているところから、事実としてはグレーとしか思えません。
さらに橋本氏の田原坂でも隘路が南関なんて指摘はなかったと思うしね。
>隘路進出掩護任務が南関の確保なんて書いてませんよ。
田原坂とも書いてませんね。
新編西南戦争P193 津森大尉に七本の隘路口を
抑えと記述より、隘路というのは田原坂と考えるのが自然です。
それで?南関から博多という根拠は? 大体なんで博多なんだよW
久留米や小倉は何処に行った・・。早く根拠を示してね。(示すことはできないだろうけど)
隘路進出掩護任務がはっきりと 命令系統が変わったとか伝令が
あったとかそういうのも示してくださいね。
また遅滞防御任務という命令もしっかりとね。
後知恵で適当なウソや捏造を繰り返して偶像崇拝なんてすんなよ。
>別に?
そうですか。
間違いないと示さなくてはならないのは、出した側です。
>ちょっと色々な本を調べたけど矛盾していませんしね。
具体的に、何を参考にしましたか。こちらでも当たってみますので、示して下さい。
>>187 乃木の行動から。
適当な箇所で陣地を築き、撤退の時間を決めて抗戦していること。
>新編西南戦争P193
>津森大尉に七本の隘路口を 抑えと記述
そして、木葉まで退いたのです。
隘路を田原坂と考えるのは不適当です。
>>193 まず 君がやるべきことは、
新編 西南戦史を元に出した隘路進出掩護任務は根拠がないということ。
隘路というのが 南関から博多までのこと
遅滞防御任務というのがあり それが達成されたこと
この3点を調べてきたら?
隘路進出掩護任務というのは 新編西南戦史に明瞭でない点が少なくない
と書いてある以上、明瞭ではなく、仮説でしかない。
新編西南戦史を読んでも 隘路が南関なんて書いてないし、逆に
七本の隘路口を抑えるという所から 隘路が田原坂と考えるのが自然。
遅滞防御任務というものは新編西南戦史でも書いていない。
>>194 君はまずソースを示してね。名将乃木希典はソースとしては不適ですからね。
>「ただし南関は明日まで敵に渡しなと言え!」
それ以前に南関確保という伝令がなかった、という証拠にはなりませんね。
>>195 そもそも 乃木連隊の行動は明瞭でない点が少なくないということですから、
隘路進出任務はあるかないかわからない。証明されてもない。
田原坂という隘路を確保するのは木葉からでも可能です。
実際 翌日は植木まで進出しています。
携帯、PCとやって多人数の振りをしようとしても無駄ですね。
もっとID変えてみたら?
>>198 >それ以前に南関確保という伝令がなかった
伝令があったの? 192でも質問しているんだけど 早くソース付きで
出してよ。
>>196 そちらが参考にしたという、色々な本とは、何ですか。
>>197 では名将乃木希典の間違ってる記述を挙げてくれ。
22日〜25日までの間のだけでいいから。
>>199 >田原坂という隘路を確保するのは木葉からでも可能です。
>実際 翌日は植木まで進出しています。
これ25日より後の話じゃないか?
22日から25日までの乃木の行動の是非を論じてるんじゃなかったの?
>>201 まず君が述べるべきじゃないの?
西南戦史、西南記伝、乃木と東郷、等かな。
で君は? 新編西南戦史とソース出してきたからどんな内容か確認したら
かなり曖昧な程度でがっかりしたよ。
隘路が博多から南関までとか書いてあるのかなってオモタケド 全然
書いてなかったし、逆に田原坂辺りの隘路口を抑えるとあるしね。
津森大尉は木葉の戦いの時は植木まで行ってるし。
>>202 名将乃木希典がソースなの? それ以外の書籍を読んでないの?
だったら参加しないでとりあえず ちょっとした歴史本を読んでから来てくれませんか?
23日の木葉の戦いで植木に進出している部隊があるよ。頼むからそういうのは
当時の事を書いてある本を読んでから来てくれ・・。
>>200 新編西南戦史186Pの、22日のところ。
「乃木連隊 征討軍団の先遣兵団としてその隘路進出援護の任務に就く」
任務に就く、というのは、そういう命令があった事と捉らえるべきです。
>>205 新編 西南戦史P192では 植木に進出した後の乃木連隊の行動には明瞭で
ない点が少なくない・・・ とある。
行動が明瞭ではないので その隘路進出掩護任務に就くという事自体は
根拠はない。
津森大尉らが前にでている時、本隊は何処に陣を張っていますか?
それは田原坂確保のためではありません。
>>207 津森大尉がどこで殿の陣地を張っていますか?
そこはどこの隘路口ですか?
植木に送った宇川大尉・渡辺中尉の部隊は偵察隊に過ぎない。
彼らは薩軍の前衛と接触してからは、戦闘しつつも木葉に後退。
その後に乃木連隊主力と薩軍との戦闘が開始され、夜には高瀬方面に撤退。
どうやったら田原坂を確保できるのかな?
明瞭でない点は少なくないが、隘路進出援護任務に就いた点は、纏めとして書い
た作戦一覧表に載せるに足る出来事だったという事でしょう。
あと、どうでもいいが名将乃木希典の記述の間違いは指摘できないの?
>7CybrZu7O
どんな本を読んでいるのですか? 人に聞いて自分は述べない人ですかね。
>>211 どうでもいいんでしょ。
君はどんな本を読んでいるの?
>>213 私はそもそも隘路進出掩護任務なんてのは存在しない。と思っていますから
別に木葉で戦っても、高瀬で青山大尉が陣を張っても、南関に連隊本部があっても
問題ありません。実際の行動と色々な本から隘路は田原坂だと考えていますし、
橋本氏を含め山本氏も隘路は田原坂と考えています。
では 隘路が 南関から博多という根拠はどこにあるの?
そして隘路進出掩護任務なんて命令は何時発行されたの?
そもそも 遅滞防御任務なんて任務はどこで命令を受けたの?
大体 遅滞防御任務と 隘路進出掩護任務は全然違う。
名将乃木希典では進出掩護と書いてあるが、新編西南戦史では
隘路進出掩護であり、意味が変わってくる。
実際ここの二人は勘違いしまくっているし、どうしようもない。
>>209 宇川大尉・渡辺中尉の部隊は偵察隊に過ぎない。
これのソースは?ネットじゃないよね?
小説「乃木と東郷」の63Pに、23日の木葉戦の最中のところで、「南関の死守はおろか」
という記述がありますが、小説を持ち出してきた人は、これをどう思いますか。
木葉戦の時に、南関固守を意図していたと読めますが。
>>215 >私はそもそも隘路進出掩護任務なんてのは存在しない。と思っていますから
あなたがそう思っているのはわかりました。
現実は、乃木連隊は22日に官軍本隊の隘路進出援護任務に就いているのです。
>>212 大体一緒です。あと山下郁夫の「研究西南の役」。
>>215 橋本氏とは橋本昌樹氏のことですか。
橋本氏は「田原坂」29Pで、木葉戦のあと石貫まで退却を命じたところで
「今、一日を支え通すことによって、十四連隊はその使命を果たした。」
と印しています。
田原坂固守という意見の方ではありません。
>>217 主力でもなければ植木に攻め込むための前衛でもない。
さらに薩軍と接触したら木葉まで後退している。
俺は偵察隊と判断するが、君の意見は?
>>216 >そもそも 遅滞防御任務なんて任務はどこで命令を受けたの?
受けてない。独断。
しかし目的と照らし合わせれば必要な手段。
>大体 遅滞防御任務と 隘路進出掩護任務は全然違う。
そりゃ目的と手段は違うよ。
>>221-222 >>宇川大尉・渡辺中尉の部隊は偵察隊に過ぎない。
>これのソースは?ネットじゃないよね?
>主力でもなければ植木に攻め込むための前衛でもない。
>さらに薩軍と接触したら木葉まで後退している。
>俺は偵察隊と判断するが、君の意見は?
君は日本語が通じてないのかな?
ソースは?
>そりゃ目的と手段は違うよ。
手段と別の手段は違うよ。 任務という文字が見えないのか・・。
>>218-220 >現実は、乃木連隊は22日に官軍本隊の隘路進出援護任務に就いているのです。
それを書いた、新編西南戦史では 乃木連隊の行動は明瞭でない点が少なくない
とある。現実で隘路進出掩護任務についたかどうかは不明瞭です。あくまでも仮説です。
しかもいままで半世紀近く経っても立証されていません。
>橋本氏は田原坂固守という意見の方ではありません。
研究西南の役 山下郁夫 P271
田原坂を放棄してよいなら、そもそも14連隊は22日植木で戦う必要は
なかったのだ薩軍の北進を阻止するだけならだけならはじめから山鹿・
南関などの要地に兵力を配置し、守りを固めていればよかったのだ。
田原坂は熊本平野の喉元である。 この坂の北西から熊本に向かって
進撃しようとすれば 迎撃のかたちとなり極めて困難である。
あの日 乃木が強行を続けて植木まで進出したのは、熊本連絡の
攻め口を確保するためであった。
と「橋本氏の田原坂」からの引用していますね。
田原坂固守という意見の方です。
適当な資料を用いて ウソをつく癖は止めてください。
しかし植木に進出したときは、未だに熊本城入城の命令は活きています。
この辺りの山下郁夫氏、田原氏の意見も眉唾ですよね。
つまり不明瞭な点が多い。神様だから批判的な研究はできなかったのでしょうかね。
さらに新編西南戦史が書かれた昭和36年と未だに旧軍の影響を受けた人が
自衛隊に入っていますので、批判的な仮説にはなりえなかったかもしれませんね。
新編西南戦史 P194 別の資料によれば乃木連隊は夕刻、植木に進出した際
薩摩軍に好意を有する土民は村田三介の掩撃準備の情報を知らせず。連隊は
為に行軍縦隊のまま村田の陣前に近接して急襲火力を浴び、さらに本道西側
ナタツカ方面からの連隊右翼方面に出撃され敗退のやむなきに至ったと言われて
いる。
と紹介しているが、こちらが真実であれば乃木はウソの戦況報告を書いている
ことになる。こういう資料がおなじ新編西南戦史にもかかれているにも
関わらず、参考程度に留めておかず 【現実】と決定ずけるのは
余りにも拙論ですね。
新纂西南戦史は本文中では、「別の資料によれば」として諸論を紹介している
わけです。
そのような明瞭でない点もある。
が、作戦経過の一覧表に明記できるような点も、当然あるわけです。
22日に官軍本隊の隘路進出援護任務に就いた、という点は、下のに属するわけです。
>>223 まず、君がこっちのソースを出してくれよ。
「23日の木葉の戦いで植木に進出している部隊があるよ」
この部隊が、田原坂という隘路を確保するために植木に進出した部隊だってことをね。
>>224 前半については
>>226。
後半について。
山下氏が引用している橋本氏記述の文は、読めば判るとおり、22日の植木戦についての話です。
官軍本隊の隘路進出援護任務についたのは、植木戦のあとからです。
この任務に就いたのちの木葉戦では、
>>220で記したように、田原坂固守という
意見ではないのです。
石貫まで退却する状況でいて、「十四連隊はその使命を果たした」と書いている
のですから。
>>225 >別の資料によれば〜
>こちらが事実であれば
いずれにせよそれは植木戦についての話です。
何度も書いた事ですが、隘路進出援護任務に就いたのは、植木戦のあと、木葉に
退いたのちの事です。
西南戦争で盛り上がるのもいいですが、一段落しましたら旅順の話に戻したいです。
長岡、井口あたりが唱えた西方攻撃についてはどうですか。
第一回総攻撃前からロシア軍のコンドラチェンコ少将に見抜かれていて、
そもそも奇襲など成り立たなかったそうですが。
>>226 >NU99hvVEO
>「別の資料によれば」
別の資料によれば、乃木の日記は信用できないということになる。
相違点が多すぎるからね。その結果、乃木が独断で決定したという
隘路進出任務という事も極めて怪しいとなります。
そしてそんな命令はでて来ません。よく言われている、
長岡の送るに及ばず電報と一緒です。
そして隘路進出任務が 遅滞防御任務になるというのは仮定以外の
何者でもありません。
>>228 >、22日の植木戦についての話です。
どう読めば 22日の植木戦の話なの?これは吉次2/26の会戦の話ですよ?
どんな根拠でそう決定ずけたのですか?自分で誤りを直そうという意図もないのですか?
>>230 >隘路進出援護任務に就いたのは、植木戦のあと、木葉に
>退いたのちの事です。
いいえ。 2/22深夜 植木からの話です。そして西南戦史では
乃木連隊の行動は明瞭でない点が少なくないと書いてある。
そして100歩譲って隘路というのは
研究西南の役 山下郁夫 P271
田原坂を放棄してよいなら、そもそも14連隊は22日植木で戦う必要は
なかったのだ薩軍の北進を阻止するだけならだけならはじめから山鹿・
南関などの要地に兵力を配置し、守りを固めていればよかったのだ。
の通りです。
>>227 >>221-222 >>宇川大尉・渡辺中尉の部隊は偵察隊に過ぎない。
これのソースをまず聞いているのですけど? どんな根拠で
話をされていますか?
>>233 >そもそも14連隊は22日植木で戦う必要は
>なかったのだ薩軍の北進を阻止するだけならだけならはじめから山鹿・
>南関などの要地に兵力を配置し、守りを固めていればよかったのだ。
薩軍の進軍ルートはートは植木→千本桜→七本→木葉→高瀬。
山鹿・南関に兵力を分散するなんて各個撃破してくださいといってるようなもんだな。
>>233 >別の資料によれば、乃木の日記は信用できないということになる。
>相違点が多すぎるからね。
乃木の日記によれば、その別の資料は信用できないということでもあります。
さて、では、どちらの方により妥当性があるのか、という事になります。
「別の資料」によれば、植木戦は「乃木連隊は行軍縦隊のまま村田の陣前に近接、
火力を浴び」たということですが。
多くの人が、この説に妥当性を認めることが出来ないのでしょう。これを事実で
あると説明している西南戦争関連書物は多くはないと思います。
この新纂西南戦史もそうです。
依った資料での戦況説明は193Pほぼ全体を使い、19行に及びます。
かたや「別の資料」での戦況説明は194Pのたった3行のみ。こんな説もあります
よ、という説明に過ぎません。
>>233 >別の資料によれば、乃木の日記は信用できないということになる。
>相違点が多すぎるからね。その結果、乃木が独断で決定したという
>隘路進出任務という事も極めて怪しいとなります。
隘路進出援護任務、でしょう?
別の資料に依るのならば、怪しいとなりえますね。
しかし「新編西南戦史」は、それに依っていないということです。
その「別の資料」に依って西南戦争を描いた文献もあるとは思いますが、新編西
南戦史は違います。
>>233 >>22日の植木戦についての話です。
>どう読めば22日の植木戦の話なの?
吉次戦時に出された撤退命令は誤りである、という著者の見解を説明している所
ですね。
つまり、22日植木戦の意味について説明している文なのです。
撤退命令が出された吉次戦の時に語られる話題ではありますが、吉次戦の話をし
ているのではありません。田原坂を確保しないでよいのなら22日に植木で戦う必
要はなかったではないか、といっているように、植木戦の話をしているのです。
>>233 >>隘路進出援護任務に就いたのは、植木戦のあと、木葉に
>>退いたのちの事です。
>いいえ。 2/22深夜 植木からの話です。
植木からの話、というそちらの主張の根拠を示して下さい。
新編西南戦史186Pの一覧表によれば、任務に就いたのは、植木戦のあと、木葉に退いたのちの事です。
>>233 >隘路というのは
既に田原坂よりも後退している部隊が行う任務なのですから、その任務(隘路進出援護任務)の「隘路」が
田原坂ではないという事は当然のことです。
>>fU2F+vtMO
>>236 その新編西南戦史の19行の前に明瞭でない点が少なくないと
うたってから例示しています。相反する2例を提示する時点でグレー
といわざるを得ません。又 木葉の戦いの時点でスナイドル銃160丁
と書いているが、西南記伝では360丁であり、これは間違って記載
したと思われる。 そして付図第8の戦史地図には鉄道が書かれているが、
当時、鉄道は敷かれていません。
参考程度に読むのならともかく、こういういい加減な記事を書いている
資料のみの論拠である、隘路進出掩護任務はいい加減なものと
もしくは 明瞭でないと断定できます。
>>239 名将 乃木希典P30-31に跨って 当時の戦況報告書から
植木が持久できないので千本桜に撤退し〜進出掩護任務に独断変更したとある。
つまり植木が持久できないから進出掩護任務に独断変更したとある。
この説を取った桑原氏は新編西南戦史を読んだのでしょうけど、
新編西南戦史では木葉に退いた後と普通は読むのに、植木から判断を
決したとある。 こういういい加減な論拠というのがわかる。
そして遅滞防御戦を書いているところでは、千本桜から木葉と書いているのです。
いずれにせよ、遅滞防御戦はいい加減な論理というのがわかりますね。
防御戦なのに、吉松少佐は突撃して負傷して全滅するのですから。
>>238 君の意見が微妙に変わってるけど?
>>228 >山下氏が引用している橋本氏記述の文は、読めば判るとおり、
>22日の植木戦についての話です。
>官軍本隊の隘路進出援護任務についたのは、植木戦のあとからです。
>【この任務に就いたのちの木葉戦では、
>>220で記したように、田原坂固守という
>意見ではないのです。】
>>224の研究西南の役 山下郁夫 P271
これは吉次会戦の時には田原坂を固守したかったという意見ですが?吉次会戦は
木葉の戦いのあとですよ。植木戦のみの事を語っているわけではありません。
●遅滞防御任務に成功したという論拠は名将乃木希典しかない。
そしてそれは植木〜千本桜〜木葉〜南関で 吉松は突撃で戦死したが
突撃とはどこにも書いていない。
●隘路進出掩護任務の 隘路が南関から博多というソースはない。
さらに当時の書籍、戦況報告などでは隘路進出掩護任務に変更等
命令があった資料は未だに出てこない。
●新編西南戦史もこの項目については明瞭でない点も少なくなく、
完璧な資料ではない。(該当資料のほかにスナイドル銃160丁、鉄道等)
以上から隘路進出掩護任務、遅滞防御任務というのは仮説程度
と考えるべき。(下手をしたら妄想)
245 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/07(火) 09:21:48 ID:djRsSCqB0
>防御戦なのに、吉松少佐は突撃して負傷して全滅するのですから。
防御側でも突撃はあり得る。
例えば旅順要塞戦。
防御側のロシア軍は、203高地を占領した日本軍に対し突撃をかけている。
246 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/07(火) 14:51:40 ID:DQw8CmNv0
たまには突撃することもある。
名将コンドラチェンコに合掌。
>>241 >相反する2例を提示する時点でグレー
どちらの説が、より事実であるか?という判断をする事になりますね。
19行に及んで解説している側に、より妥当性があるのでしょう。
対する説はわずか3行、単なる「こんな説もある」という補足に過ぎませんね。
>木葉の戦いの時点でスナイドル銃160丁と書いているが、西南記伝では360丁
西南記伝か示す数値は明らかに間違っている実例があります。「田原坂」29P
どういう理由で、360丁が正しい数と思ったのでしょう。
>鉄道が書かれているが、当時、鉄道は敷かれていません。
>参考程度に読むならともかく、こういういい加減な記事を
現在の鉄道を書きこんでいるだけの事でしょう。
これが資料の信憑性を損なうとは思いませんが。
>>242 独断変更のようですね。
桑原氏の説に賛成します。
薩軍の前で遊軍になった部隊の指揮官として、適切な判断と思います。
>>243 書き方を変えただけです。意見は変わってません。
同じ事を書くにしても、書き方は幾通りもあるのはご存じですね。
橋本氏は、木葉戦での退却を「石貫まで退こうという計画である。今、一日を支
え通すことによって、十四連隊はその使命を果たした」と書いています。
「木葉戦の目的は田原坂固守」という意見の持ち主ではないのは明らかです。
乃木先遣支隊の征討軍団隘路進出援護任務は25日で終了しています。
吉次会戦は26日です。
>>244 >突撃とはどこにも書いていない。
遅延行動において、突撃が有り得ない行動ではありません。
突撃があった事をもって、遅延防御任務ではなかった、ということにはなりません。
>隘路
歴史群像「西南戦争」42Pに、「筑肥山地の隘路を塞げば、まだ博多を発ったば
かりの征討旅団は立往生しただろう」とあります。
「官軍本隊の隘路進出援護任務」の隘路とは、南関ということです。
官軍本隊は福岡県博多に上陸し、そこから南関に至り熊本県入りを目指しています。
この道程を援護するということです。
>明瞭でない点も少なくなく
本文中では、相反する二説を挙げていますね。
しかし「乃木連隊、征討軍団の先遣兵団としてその隘路進出援護任務に就く」と
あるのは「本文」ではありません。「官薩両軍初期攻勢一覧表」です。
ここには、相反する説など載っていません。
40万部のベストセラー『嫌韓流』の第2弾
『嫌韓流2』発売中
意外とおもしれーぞ
結論でたの?
結論がでないという結論はでた。
徳間書店の日露戦争人物烈伝から、乃木評価。
・長州閥だから出世した
・軍才無し、ゆえに精神主義・規律主義に走る。またこれを無能の隠れ場所とする
・突撃ばっかしてたのが無能の証拠
・「急ぐなよ 旅順の敵は〜」の詩を出し、戦略が分かってないアホ
・てか、旅順落とせたのは第三軍司令官のおかげ
・乃木の統率力を評価するものは、参謀本部ではいなかった
・最近乃木名将論が出てるけど、理解できね
ヒデェなおい。
乃木は軍歴の初めに薩摩の黒田清隆の支援を受けており、長州閥とは距離がある。
256 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/16(木) 07:26:37 ID:Sjxbjps50
>>254 >・てか、旅順落とせたのは第三軍司令官のおかげ
では、おかしいのじゃない?
第三軍の「師団長」のことかな?
257 :
254:2006/03/16(木) 07:39:44 ID:qSvf42AO0
あー、そうだ。
×司令官
○師団長
で、読んでくだされ orrz
258 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/16(木) 07:56:04 ID:Sjxbjps50
ありゃりゃ、お早い対応で恐縮至極。
興味をそそられるので帰りにでも本屋によってみます。
>乃木は軍歴の初めに薩摩の黒田清隆の支援を受けており、長州閥とは距離がある。
乃木自身は長州閥を利用したわけではない。
ただ、黒田の支援というのは、ちょっと話の筋立てとして
違うような気もするんだけど、(確か親戚から黒田へ)
出社前で時間がないので、また、次回。
259 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/16(木) 13:52:07 ID:MI3L4YTl0
乃木が無能?
馬鹿か、乃木じゃなきゃ旅順は落とせんかったってのが常識。
旅順を落としたのは児玉源太郎。乃木は死体の山を築いただけ。
261 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/16(木) 19:19:38 ID:tvHPEpqR0
旅順攻撃軍の司令として乃木は適任だったのでしょうか?
仮にそこに配置されたのが黒木や奥や野津だったとしたら?
そういえば川村は影が薄いよな。
262 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/16(木) 20:03:23 ID:Sjxbjps50
>>254
結局本日は入手できなかった。四、五軒まわったのだが残念でした。
>>225
従兄弟の御堀耕作兄さん(当然長州)は明治初期に高官であり、
その知り合いに黒田清隆(薩摩)に就職斡旋を頼む。その後、
御堀は急逝してしまうが、黒田はその約束を守った。
だから、黒田の斡旋が長州閥うんぬんには関係ない。
むしろ、酒乱と北海道官物払い下げ批判される黒田が相手の死後も
約束を履行した好漢としてみるエピソードかも。また、酒乱からの妻惨殺も
捏造ではとの指摘もあるが、酒乱自体は動かしがたい事実のようじゃ。
それで、軍隊で再出発した乃木の階級が少佐からだったというのが
長州閥の恩恵といわれるひとつの要因。
この頃の児玉はまだ少尉ぐらいなのかな。
かといって、乃木に長州閥を利用して軍隊で出世しようという気持ちはなかったと
思うよ。周囲は利用したとは思うけれども。
>>261 当時の日本軍は近代要塞に対する攻撃築城の経験がないので、
乃木以外では正攻法をとらない可能性がある。
>>262 昇進は早いが何度も辞任しているので、閥として当てになる相手とはいえないな。
まあ、乃木がなにかやらなくても、日露戦争あたりまでは長州閥花盛りだったんだけど。
264 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/16(木) 21:55:40 ID:Sjxbjps50
いや、周囲が利用したというのはその意味ではなく、
なんというか頭数にいれたとか。のニュアンス。
乃木になにか依頼して斡旋を頼んだとしても、決して応じなかったと思う。
説明がうまくなくて申し訳ない。それより、正攻法の件。
これは旅順論争の大きなテーマとして時折登場するが、
それ自体の作業内容は理解できるのだけど、正攻法というネーミングのせいか
あたりませの戦術のように思われがち。自分もそのくちなのかもしれない。
このバーボン法というのを乃木以外の司令官がとらなかったという点を
もうすこし聞かせていただけないですか。
乃木の起用のって、山県が長州人が派遣されてネーヨっていう意見から起用されたってのはどうなの?
あと、軍功無しなのに出世したっていうけど、桂と寺内はどうなんだろうか。
既に出征している第一軍、第二軍師団長6名のうち半数が山口県出身者で占められている。
乃木の抜擢は序列と能力。
各軍司令官は大将が務めることになっているのだが、開戦時の大将での適格者は黒木、野津、奥しかいなかった。
(大山、山縣は元帥なので別格であり、桂は現役総理大臣、佐久間は病弱で野戦不適)
従って、中将の古参者を昇進させて司令官を任せることになる。
候補としては、乃木、児玉、岡沢、西、山口、長谷川の6名(ちなみに西を除いて全員山口県出身)。
この中から選ばれたのが乃木。
ていうか、乃木が第三軍司令官に任命されたときは、まだ総司令官も任命されてないし、第四軍も編成されてないんだけど。
まだ全部決まってもいないのに、なんで「1人ぐらい長州人を入れろ」なんて言うんだ?
270 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/17(金) 09:59:49 ID:2a13lDxxO
乃木将軍は明治大帝を愛していました。
271 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/17(金) 10:20:09 ID:1Z32K99L0
乃木はなぜ奥さん道ずれにしたの?マザコンは分かるけど評価下げたよ多分に!倅2人も殉死したのは気の毒だけど。1人で逝けよ。
272 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/17(金) 16:37:27 ID:39Hyg/Te0
乃木の台湾征伐でなんか特筆すべき事ってある?
273 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/17(金) 16:57:19 ID:RSc2tpBJ0
若いころは女房ほったらかして連日の芸者遊び茶屋から出勤もしばしば、
さんざん泣かせた嫁を死ぬ時は一人じゃ淋しいと道連れにするとは言語道断
274 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/17(金) 19:44:54 ID:d/4EMAluO
正攻法って何?
他の司令官が旅順担当だったらもっとマシになっていた見込みはあるのかね?
乃木は無能でいたずらに天皇の赤子を死なせた。
276 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/18(土) 05:36:30 ID:XxrULMtV0
>>254 「日露戦争明治人物烈伝」ようやく入手。この週末にでも読んでみます。
それにしても、ありゃりゃ、乃木批判のオンパレードだね。
なんかこうなると擁護派にまわってしまいたくなるから不思議だ。
まさか釣りじゃなよね。
旅順攻略は他の司令官が担当しても(黒木・奥・野津)
そう結果は変わらなかったのではないかな。
正攻法は要塞攻めに効果はあっても、それが特効薬ではない。
結局、最終的には突撃しなければならないのだからから、
損傷が少なくした可能性はあるけど、その対比の数字をここでだせない。
問題は戦術よりも戦略にあったと思います。
●絶対的な火力が質・量ともに劣っていたこと。
●情報というか認識のあまさが戦術を誤らせた。
旅順攻略の被害のすべてを乃木のせいにしてしまうのは可哀想かな。
その最高責任者という立場ではあるけど、本質を見失うというか
たんに臭いものに蓋をするに等しいのではないでしょうか。
司馬のせいにするのと、乃木のせいにしてしまうことは
結局、同じことなのではないでしょうか。釣られたかな。
>>265 >山県が長州人が派遣されてネーヨっていう意見から起用されたってのはどうなの?
>>266 >司馬のでっち上げ。
司馬がでっち上げたという根拠が全くでてきていません。結局司馬がでっち上げた
という266の奴はうそつきでいいよね。
278 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/18(土) 07:52:27 ID:EBiacdUg0
>>277 黒木と奥しか決まってない時点で山県がさびしがる理由はありません。
279 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/18(土) 08:05:14 ID:EBiacdUg0
>>265のは坂の上の雲が出典だと思うが、その中では、総司令官が大山、第一軍が黒木、第四軍が野津という風に、
薩摩閥で固められている事を見て、さびしがった山県が「一人ぐらい長州人を入れてもいいのではないか」
と言い出した事になっている。
しかし、乃木が第三軍司令官に任命されたころは総司令官も第四軍司令官もまだ決まってません。
280 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/18(土) 09:13:56 ID:EBiacdUg0
まず山県がいつどこで誰に対してそんなことを言ったのか、
それがどのようにして乃木の第三軍司令官任命に繋がったのか、
>>265か
>>277に説明してもらいたいところだ。
281 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/18(土) 10:01:13 ID:yv3lGeM+0
(自殺関与及び同意殺人)
第202条 人を教唆し若しくは幇助して自殺させ、又は人をその嘱託を受け
若しくはその承諾を得て殺した者は、6月以上7年以下の懲役又は禁錮
に処する。
現刑法は明治40年公布施行だから法的に言えば、乃木は犯罪者に該当・
何か?
日露戦争明治人物烈伝、山県有朋の項から抜粋。
日本軍は二軍に分けて満州でロシア軍と決戦する、というのが主題であり、兵力、火力、戦費に最初から
ハンディがある日本陸軍にとって旅順など相手にしている必要性を認めなかったのだ。
しかし、海軍の主張するように全体の戦局からこのロシア太平艦隊を始末しておかないと大陸への
兵員輸送や兵站において重大な問題が生じてしまう。否応なく陸軍は当初の二大軍団構成から四軍を
編成しなおした。
大一軍の黒木為禎、第二軍奥保鞏、そして野津道貫までは比較的に順当に決まった。
それぞれが歴戦の戦上手と認める名将だったからだ。
そこに一人の老人から意見具申が出た。
「長州人がいないのは寂しい」
元老で長州閥の陸軍にあっての最大の実力者、山県有朋がその人である。
山県のその一言から、那須野で納付となっていた退役寸前の予備役将軍が現役復帰する。
283 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/18(土) 10:26:50 ID:XxrULMtV0
>乃木が第三軍司令官に任命されたころは総司令官も第四軍司令官もまだ決まってません。
以前もこの主張があったけれど。この場合第四軍司令官はおくとして、
総司令官が決定されていなかったとするのはどうだろうか。
実質、参謀総長の大山巌が存在しているわけで、
その時点では総司令官なんてものは自体存在しない。
満州軍総司令部が誕生する経緯をここでは省略するが
参謀総長=総司令官 であるのだから詭弁と受け取られるかもよ。
「野戦の」総司令官なんであって。
「野戦」とあるのを省いて論じるのはまったくの詭弁と思います。
285 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/18(土) 16:17:05 ID:XxrULMtV0
「野戦の」総司令部、総司令官という記載はどこにありましたか?
満州軍総司令部は現地大本営としたかったのが児玉の考えであり、
それに抵抗したのが山県だったはずです。
結果はうやむやになったけれど、内地の大本営は天皇に近くあっただけで
現地の満州軍総司令部のほうが結果的として権限は強かったのは事実。
大本営がかりそめの組織でなければ、遠慮することなく第三軍に対しても
命令したはず。山県も長岡もそれができなかった。
大山はそれをしている。明治天皇にさえ拒絶をしめしている。
実質的に大山は日本陸軍の総司令官であり、そこに「野戦の」と付けるのは
おかしいのではないでしょうか。
例外は川村の鴨緑河軍だけ。かな。長谷川の朝鮮守備隊(名称忘却)もかな。
>>285 >「野戦の」
今、話題になっている「坂の上の雲」に書いてあります。
287 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/18(土) 17:07:41 ID:XxrULMtV0
ぐっ、そうなの!
しょうがないな司馬さんも、今度、注意しておきます。
でも、ケンカ強いんだよね。
あっ!あれは大木凡人か。しょうがないな俺も。
288 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/18(土) 17:18:04 ID:yikhD91Q0
乃木は馬上から入れ歯落として、将校に笑われて辞任した・・・・
289 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/19(日) 06:21:00 ID:TEb8ai8j0
>大一軍の黒木為禎、第二軍奥保鞏、そして野津道貫までは比較的に順当に決まった。
>それぞれが歴戦の戦上手と認める名将だったからだ。
>そこに一人の老人から意見具申が出た。
>「長州人がいないのは寂しい」
時系列をとしては以下の通り。
1904年2月5日 黒木為禎 第一軍司令官
1904年3月6日 奥保鞏 第二軍司令官
1904年5月31日 乃木希典 第三軍司令官
1904年6月20日 大山巌 満州軍総司令官
1904年6月30日 野津道貫 第四軍司令官
山県の意見具申とはいつの話なんだろうか?
とりあえず 268はうそつき決定でいいよね。
開戦時の大将適格者 第一軍黒木、第二軍 奥はいいとして 軍事参議官であった
野津を飛び越えて中将の乃木が軍司令官に抜擢されたのは 藩閥以外の何者でもない。
師団長の話をしているのではない。師団長の話をするならば、軍全体の出身地を
確認しなければならないが、だれもそんな話題を求めてない。
軍司令官の任命時の藩閥の関係を述べているのみ
山県は2月中旬、会議において、乃木を軍司令官にならしめることと
漏らしている。3月14日に成案になった第3軍戦闘序列に影響を与えたことは
間違いない。これは司馬の本には書いていない。つまり司馬のでっち上げ
というのはウソです。
つーことは、
>>282の本の記述は乃木を貶めるようにわざと書いたって採ってもいい?
野津は高齢。
293 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/19(日) 11:27:00 ID:TEb8ai8j0
二月の中旬なら決まっているのは第一軍の黒木だけじゃないか。
「坂の上の雲」では、そのころには総司令官、第一軍司令官、第二軍司令官、第四軍司令官が決まっていた事になっているぞ。
それで山県が「長州人が1人くらいいてもいいのではないか」とさびしがった事になっている。
294 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/19(日) 11:59:48 ID:TEb8ai8j0
>開戦時の大将適格者 第一軍黒木、第二軍 奥はいいとして 軍事参議官であった
>野津を飛び越えて中将の乃木が軍司令官に抜擢されたのは 藩閥以外の何者でもない。
論拠不足。
能力と実戦経験での抜擢もありうる。
>能力と実戦経験での抜擢もありうる。
例示も出さないで論拠不足とは片腹痛いw
296 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/19(日) 17:45:10 ID:TEb8ai8j0
乃木は藩閥人事で抜擢されただけの無能であるって意見ですか?
297 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/19(日) 17:52:08 ID:KgUuT3/y0
乃木は入れ歯や隊旗を、落とす!!
298 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/19(日) 17:55:32 ID:xIuQbPug0
>>254 「日露戦争明治人物烈伝」完読しました。
あれは単なる乃木批判と解するよりも、
ロジックというか書き手の思い入れがあるのではないかなぁ。
根底に乃木と児玉の友情の絆の立証があるように思います。
また、旅順攻略で柘植氏がその「名将伝」で批判したのに対して
「師団長の苦肉と過酷な戦い」として描いている点もうれしかった。
>・乃木の統率力を評価するものは、参謀本部ではいなかった
は、結局、最後に児玉が参謀たちに宣言する。
「それでは問う、あの難攻不落の要塞をおとす極限の苦戦を
乃木以外に勝てる男はいたか!」の一言に集約させたかった
のではないのでしょうかね。続く雨の坂のくだりも
司馬「坂」の最終章「雨の坂」に重ねて秋山兄弟ではなく、
児玉の葬儀と乃木の後ろ姿を描き、ついつい見守ってしまった。
イントロで乃木の死で終えることを記していることから
批判的な記述から中盤、後半にかけて乃木への感情移入を
目論んだとも考えられるが、それより、
「乃木は現在の私たち以外の何者でもない」は
福田和也の乃木本にある「児玉は沢山いるが乃木はいない」の
主張と比べて興味深かった。あくまで個人的意見として
愚将名将の狭間で戸惑う乃木希典の後ろ姿を垣間見た
ような、気がしたけれども。どうでしょう。
299 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/19(日) 17:56:49 ID:TEb8ai8j0
日露戦争までに、連隊長、旅団長、師団長時代のすべてに実戦経験を持ち、
秋月の乱、西南戦争、日清戦争、台湾征討で功績を挙げている。
その上ドイツ留学までしているエリートですよ乃木さんは。
当時、これ以上の経歴持っている人はなかなかいないよ。
>>299 TEb8ai8j0
早く ”能力と実戦経験での抜擢もありうる。” の根拠を示してください。
どこの資料に実力で抜擢されたとあるの?
実力でいけば野津がまず第3軍司令官というのが普通。それを飛び越えたのは
藩閥以外なにものでもありません。
>>300 299に書いてあるじゃん、根拠。
日露戦争の少し前ころの、軍人としての知名度も高い。
>>294 著者不明の、坂上雲を百倍楽しむ本、と堂々と謳う本は読む気にならなかったが、
298を読んで少し興味が湧きました。
303 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/20(月) 06:41:42 ID:MXYee0fD0
軍旗を失えば、昭和の御世では普通、連隊長は自決、旗手も当然自決
乃木が活躍するのは明治ですよ。
時代が違うのにそのまま当てはめないでくださいね^^;
305 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/20(月) 11:57:08 ID:ACoXFWYj0
>>302 「楽しみ方」にも色々あって、あの本のベースはむしろ「児島本」のようですね。
さりげなく司馬を批判してもいます。「宿題を忘れて」等。
また、児玉の活躍うんぬんで物議を呼ぶ「203高地陥落」も
「・・・ただそれだけ」とさらりと流している。
肝心の「公刊日露戦史」にその部分が削除されている以上、この件は
まったく藪の中であり、28砲の移動うんぬんも記載もしていない。
また、稀代の戦略家として観戦武官やメッケルの絶賛に対して
それとは別に相反するふたつのものを握りしれていた児玉。
片方は「日本」であり、もうひとつが「乃木との約束」
これは島村速雄が秋山真之を怒鳴りつけた「優先順位考察」のヒントと
日本軍がその後の戦いで「デュアルパスポート」という誤った
戦術論と指摘させるそれと比較してみると面白いところです。
そこまで児玉をかりたてた乃木は愚将などではなく、良将であり、
時代が違うといえば、明治の日本人はそのように戦った。だけですかね。
306 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/20(月) 12:26:48 ID:ACoXFWYj0
山県が言ったとされる「さびしい」発言は、これまでも2ちゃんねで論争には
なりましたが「いつ、どこで」の記述公式記録は残っていないようです。
そりゃ、そうでしょうね。こちらも藪の中。だからといってそれで「無し」に
するのもどうかとは思うところなのですが。たとえば、その後の陸軍人事を
ヒントに推理するのですが、軍団長は大将。師団長は中将。旅団長は少将です。
開戦前夜、大将が黒木、奥、そして、野津であればこの三人が順当に決まったことは
想像するに無理はありません。なんたって年功序列の世界ですから。
このとき、乃木は那須野で予備役中将からの大将昇進で児玉は中将だったはず。
二階級降格人事ですから。(時間軸にずれはご容赦)
まあ、児玉も大将に昇進しますが、それ以外にも繰り上げ昇格は
開戦後、西は師団長であいながら大将昇格。物議を醸す鴨軍団の川村も大将昇格。
これは乃木大将昇格に対しての組織矛盾是正の一例と考えるヒントにはならいですか。
それと、山県が鴨緑江軍(川村は薩摩だけど)を
大本営直属(第三軍も直属にしたかった)にした事実。
山県は軍人というより政治家です。
307 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/21(火) 09:06:33 ID:24uzJObN0
たとえば、学研の「図解ひと目でわかる!日露戦争」
38頁に第一回旅順総攻撃の解説本文で
「(省略)強襲と呼ばれ、代表的な要塞攻略法である。」と
記載してる。
あれ?「正攻法(バーボン法)」じゃないの? また、
「(省略)約十一万七千七百発撃ち込んだが、
その大半は最初の二日間に集中した。
世界の戦史でこれほど集中した砲撃が行われたのは、この時が初
めてだった。四十年後の太平洋戦争でも、日本軍は長時間、大砲撃
を集中したことはない。」としている。
「集中」ということを強調させようとしているようだが、なぜ?
初めての本格的近代戦争要塞攻略でそれまでの歴史で最大記録を
誇るというのはおかしいのではないだろうか。しかも砲弾物資は
不足している負け戦で。
また、第三軍が有する最大15センチ砲(全体の三割)じゃ歯が立
たない。(後講釈じゃないよ、結果、事実として)
二日の後はもう撃つべき砲弾がなかった。前記の強襲も後先のな
い二日間の集中攻撃もすべて「旅順三日間攻略、五日で落城入城」
計画に基づくだけのことではないのか。
太平洋戦争で日本軍は旅順要塞を攻略していなし、後半は弾薬不
足で撃ちたくても撃てなかった。また、戦いの次元が違う。
資料の数字も比較するステージによって意図的に違った結論を導
き出すことは可能。これはPHP文庫「日露戦争がよくわかる本」
でも同じ。「正す」のはいいとしても、この辺を著者や読者が見
誤ると、とんでもない誤解が生じてしまう。
天下の学研、PHPの主張はなに?
「だからしょうがなかった。」とでもいいたいの?
308 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/21(火) 09:17:30 ID:+a97qXn80
第一回総攻撃ではヴォーバン方式は使ってない。
空前絶後の規模の砲撃を行い、後に突撃をしているという事実を説明しているわけで。
何の問題が?
旅順要塞には効果がなかった、というのは、結果論以外の何物でもない。
空前絶後の規模の砲撃を行い、後に突撃をしているという事実を説明しているわけで。
何の問題が?
旅順要塞には効果がなかった、というのは、結果論以外の何物でもない。
orn
312 :
さようなら:2006/03/21(火) 17:27:21 ID:24uzJObN0
誰が第一回総攻撃に正攻法を使った使わないっていっている。とほほ。
当時攻城攻めにはバーボン法が効果的である。が常識だったんでしょ。
それを、「強襲が代表的な要塞攻略法」と書いてあったんで、あれ?と
思わないかと。第一回目に正攻法なんてやってないは周知の事実じゃないですか。
なぜ、第三軍が正攻法をとれなかったかとつなげるんだったらまだしも。
絶句。
それと
>>310も意味不明。同じ書き込みを二度読まされても?
orn ?なにかの暗号か?ドイツの武器メーカーのロゴ?
旅順攻略にはそんなに砲弾いりません。これくらいで十分ですといった
クッルプル社だったっけなんだったけ、K?C?Q?
ぜんぜんあてはまらないな。
いやあ、参りました。白旗です。これが私の結果論以外の何物でもない。
強襲法は当時の代表的な攻城方法ですよ。
バーボン法が出来たのは何世紀です?
いかん、つられた。
バーボンじゃなくてボーバンだよねorz
奇襲、強襲、砲撃、正攻 いずれも堡塁への攻撃方法です。
316 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/22(水) 20:19:32 ID:HV+fvrM90
単なる突撃じゃん。
露スケにはとまって見えたんじゃない。
それが被害の数字にあらわれいる。だけ。
だから、乃木はダメだっていわれるの。
317 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/22(水) 20:35:11 ID:lNWG3mGc0
事前に大砲打ち込んでから突撃というのは立派な近代的戦術ですよ。
弾薬が尽きた時点で攻勢中止してるし。
>>316から、乃木以外の誰がどうやって旅順を落とせたかのご高説を聞かせてもらおうではないか。
乃木が連隊を指揮すると・・・
連隊旗を取られる。
乃木が台湾の政治を行うと・・・
飼馬に蹴られて逃げ帰るような状況
乃木が不祥事を成敗すると・・・
公平な判断で対処できなくて 不満が尚募る
乃木が旅順を攻略すると・・・
色々手を尽くすが、最後は兵糧が切れて相手が降伏。
乃木が第2次世界大戦時のドイツ軍を指揮したら・・・・
マジノ線に突っ込んで泥沼戦に突入。
乃木がノルマンディ上陸作戦の連合軍側を指揮すると、
オマハビーチに戦力を集中して自軍を損耗
ノルマンディから直接アントワープに向かってスチームローラ作戦
乃木が湾岸戦争を多国籍軍を指揮すると、クェート奪回に尽力を尽くし
迂回作戦などは行わなず、大損害を自軍に強いる。
320 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/23(木) 09:32:05 ID:Z7itMyUP0
たとえば、一門につき60発の砲弾を配備している。
これは陸軍の一日50発より120%多い。(大判振る舞い?)
3日で攻略で×3の180発。突撃用2回分が60発。
これが3泊4日のトータル一門平均約300発。
(誰だぁ。こんな計画立てたのは。)
第一日目AM6時砲撃開始。突撃。ダメ。
日没砲撃中止。しからば、得意の夜襲で。ダメ
第二日目同じことの繰り返し。弾うち尽くす。
(その間、歩兵は突撃している。)
それでも6日間攻撃は続く。残りの4日は?
死傷者10,823名。戦死者5,317名。
損害は第三軍全体の31%。
成り行きで撃ってたら2日で底をついただけ。
第一回総攻撃は6日間。
(後の4日は強襲法じゃないんじゃない)
それじゃあ、これが強襲法の実体を伴わない結果。
>空前絶後の規模の砲撃を行い、後に突撃をしている
って、どうやればそう解釈できるのか理解不能。
で、旅順攻略の乃木の最大の功績を(第一回じゃないよ。念の為に)
「正攻法」採用とする。は、なぜ?(乃木ファンクラブのみなさん)
強襲法>正攻法 だっら一世紀も古い先方を選択したの?
各師団は反対の意見のなかで「鶴の一声」で決まった正攻法。
それも次の砲弾が貯まるもでの期間限定の条件付き。
321 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/23(木) 09:34:24 ID:Z7itMyUP0
120%じゃない20%多いの間違いでした
50発→60発ね。
ID:Z7itMyUP0 こいつ何で一人で喚いてるん?
323 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/23(木) 12:30:09 ID:Fj2z9JLyO
>Z7itMyUP0
二日で打ち尽くしていませんが?
324 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/23(木) 17:48:50 ID:Z7itMyUP0
ええーん。(泣)
だったらなんで二日間の集中砲撃ってなるの?
ということは二日後に歩兵部隊の突撃なの?
強襲法って「まず、要塞を破壊し、そこへ歩兵が突入して占領」とありますが、
要塞は破壊されてなかったじゃん。だったら強襲法じゃないじゃないか。
二日で撃ち尽くしてなかったらなかったで問題じゃないの?
325 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/23(木) 17:55:12 ID:LKZHNYU+0
乃木 イクサ嫌い、だから下手。文学者なの!可愛そうな閣下!
>要塞は破壊されてなかったじゃん。だったら強襲法じゃないじゃないか
……泣きたいのはこっちですが。
ID:Z7itMyUP0なんでそんなに必死なん?
328 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/23(木) 20:50:41 ID:Z7itMyUP0
私は必死ですか?そう感じますか?
それは、失礼しました。なんで、ここはID持ち出すの?
なんで、泣きたいの?
主張したいことがあったらちゃんというべきです。
体に悪いですよよよ。
早くしないと乃木が戦下手にななな。
330 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/23(木) 21:17:36 ID:Z7itMyUP0
おk?
はははは。
言葉遊び?
さえないね。
>>328 引用部のあまりのひどさに泣きたくなったんですよ。
せめてそれくらいは理解して下さいな。呆れて泣く気も失せました。
332 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/23(木) 21:48:20 ID:Z7itMyUP0
それぐらいのことで泣いてどうする。
みんな友達だ。がんばれ!
引用部分の苦情は出版社にいいなさい。ね。
今度は5行ぐらいにチャレンジしてみよう。
やれば、できる。もっと自分をさらけだすんだ。
おめーのやってることは転載とは言わん。
ほぼ改編。
あなたが書いたところを引用したんですが。
あなたとは日本語の会話が成り立ちませんね。
335 :
おめー:2006/03/23(木) 22:08:44 ID:Z7itMyUP0
なんで、書名と頁数も記載してるじゃない。
手元になくても、買わなくても、本屋で立ち読みでもいいよ。
改編?ほぼが付いてるから可愛らしいけど。
ははあ、もしかするいと、司馬の捏造って連呼するのも
その類なのかなあ?
さあ、正攻法よりも一世紀もすすんでいる強襲法。
当時の代表的な攻城法をその通りに運用しなかったのはなぜ?
第二回総攻撃に一転「正攻法」に切り替えたのはなぜ?
第三軍の強襲法の、どこがまずいのか。
与えられた砲と弾で出来ることをしているではありませんか。
「強襲法とあるのはおかしい」という最初の所から、誤解と無理解が甚だしい。
337 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/23(木) 22:57:42 ID:Z7itMyUP0
わからに人たちだね。
だれも強襲法がおかしいとは書いてないでしょう。
それをなぜ正しく運用しなかったのか?と問うているだけです。
誤解してた?無理解だった?
日本語の会話が成り立たない。なんて、失礼な。
ちゃんと会話してるじゃない。自分以外の考えを持つ者と会話することは
努力と忍耐が必要です。お馬鹿な私にも理解できるように御指導ください。
そんなに警戒しなくても変なこと妄想してませんよ。
だから、どこがまずいのか、と尋ねているのですが。
日本語の会話が成り立っていないとしか言いようがありません。
>>323 12:30:09 ID:Fj2z9JLyO
お前も昼間からずっと粘着してるのか・・・
341 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/24(金) 21:30:10 ID:37i99/2d0
なあんだ、なににも進展していないんじゃないか。
がっかり。成立しないとか云々、上っ面をナゾルってるだけで、さっぱりだね。
野次ばっかり飛ばしてるだけだよ。それも御下劣。ひらき直り。
品格、品性なし。臆病者、卑怯者といわれても仕方ないよ。
言葉も汚いしね。あとさ、周囲に迎合するナナナとかネネネという
論法も馬鹿っぽいよ。一応こっちはひとりで相手してるんだし。
ギャラリーもみているんだから考えて書き込むんだね。まあ、別にいいけど。
乃木希典を擁護するのなら精神誠意本気でやらないとダメだと思うよ。
その熱意があるの?揚げ足ばっかりとても知性の裏づけにはまったくなりません。
そんな私が目障りだったらペシャンコにしてみて、ね。
では、貴方が考える旅順攻略の手法を教えてください。
バンカーバスターぶち込むなんていわないで下さいね。
343 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/24(金) 22:15:00 ID:37i99/2d0
おお、来たね。
だけど、日本語が通じてないよ。
あなたが仰ったかどうか知らないが
私の問いかけは
>当時の代表的な攻城法をその通りに運用しなかったのはなぜ?
>第二回総攻撃に一転「正攻法」に切り替えたのはなぜ?
まず、これだけ。これが日本語として理解できないかですか
これを最初に主張した人に問うているんです。
議論のすり替えには今のところ応じられないのです。
ごめんね。それとも、これあなたがの述べたの?
>>309、310>>313
あと、過去スレッドの調べてみますね。
344 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/24(金) 22:17:48 ID:T9M6fajb0
341&342
もちつけ!!
喧嘩はヤメレ!!
345 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/24(金) 22:24:04 ID:rZFMJWsl0
この人は明治を代表する軍人さんですね
当時の代表的な攻城方法とやらを先に述べてもらおうか。
347 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/24(金) 22:54:15 ID:37i99/2d0
おおやっとみつけた。
>>263
>当時の日本軍は近代要塞に対する攻撃築城の経験がないので、
>乃木以外では正攻法をとらない可能性がある。
これだったかな?
正月はとうに過ぎたのに餅などつきません。
代表的な城攻方法?強襲法だっていってましたよ。最新だって。
それなのになんでちゃんと運用しなかったのかと聞いているのです。
こちらが質問してる側なんですよ。
オメーよばわりしやがって適当な揚げ足とりでお茶濁すんじゃないぞ。
下手に出てりゃあいい気になりやがって、
今度という今度は絶対白黒つけてやるから。
348 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/24(金) 22:56:46 ID:7zyhcl2d0
乃木希典の男色相手として有名な人は誰ですか?
強襲法のちゃんとした運用ってなーに?
どういうのが「ちゃんとした」って言えるのー?
350 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/24(金) 23:06:00 ID:37i99/2d0
>>346 どこの社長だ。馬鹿かお前は
ちゃんと読んでから書き込め。
>>313が説明しているよ。
だから問題にしているんだろ。
351 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/25(土) 06:43:54 ID:v6cM1OnM0
大砲ぶち込んでひたすら突撃するか、
弱いと認識されていた西方から奇襲するか、
攻撃塹を掘って要塞に近づいて突入するか、
坑道を掘って要塞を爆破するか。
>大砲ぶち込んでひたすら突撃するか、
南山戦において、砲撃の支援の無い突撃は無謀という戦例ができている。
にも関わらず、南山戦での堡塁の状況も確認した上で、一番強固な堡塁に
攻撃をしかけたのが乃木首脳部
>弱いと認識されていた西方から奇襲するか、
間違ってるよ。包囲して西方からも強襲か、奇襲か 砲撃か 正攻のどれかを
行う。 一つの攻撃方法に拘る必要はまったくない
>攻撃塹を掘って要塞に近づいて突入するか、
>坑道を掘って要塞を爆破するか。
まず包囲するという点がまったくありません。その後 一番弱い個所に対して
4種の攻撃をミックスさせるのが普通。
一番強固な場所に強襲をかける 攻城法は当時の常識ではありません。
もしそういうのが常識というのであれば是非 例を示していただきたい。
第一軍参謀 藤井茂太 (砲兵)
遼陽会戦にて、敵の正面を迂回して攻撃。
第二軍参謀 落合豊三郎 (工兵)
「首山堡にロシア軍が強固な陣地を構築している」
との報告を受け
「強固だと分かっている陣地へ損害の多い正面突撃はできない。」
と、はねつけた。
第三軍参謀 伊地知幸助(砲兵)
旅順において、強固と分かっている陣地に攻撃を繰り返した。
第四軍参謀 上原勇作 (工兵)
戦前の工兵監 工兵技術の第一人者
鴨緑江軍 参謀 鋳方徳蔵(砲兵)
この人って旅順で西方攻撃案を持っていた人だよな。
354 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/25(土) 08:37:40 ID:v6cM1OnM0
>間違ってるよ。包囲して西方からも強襲か、奇襲か 砲撃か 正攻のどれかを
>行う。 一つの攻撃方法に拘る必要はまったくない
西方からと言うと双島湾・鴻湾方面からの攻撃になるが、
その方面は地形が悪くて砲列の展開が難しいし、補給のための鉄道末端線からも遠すぎる。
砲力が期待できないとなれば攻撃の成功を歩兵の奇襲に頼るしかないが、
そもそもロシア軍には西方面からの攻撃がありうるとして見透かされていた。
>まず包囲するという点がまったくありません。その後 一番弱い個所に対して
>4種の攻撃をミックスさせるのが普通。
要塞の一箇所に集中攻撃って防御側の思う壺じゃないか。
篭ってる側が兵力と火力を集中してきたらどうするの?
>>353 攻城戦のはなしをしているのに、野戦の例を出しても無意味、無駄。
というか、議論の上では無利益、有害。
要塞戦のようなものという言い方もできるが、これは裏を返せば、しょせんは
野戦であるということ。
356 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/25(土) 10:14:05 ID:rU3oN7P40
「まず、要塞を破壊し、そこへ歩兵部隊が突撃して占領するのだ。」
強襲法を正しく運用していないのは要塞が破壊されていないのに
歩兵を突撃させてしまたことですかね。
第一日目から突撃しています。
二日で砲弾は打ち尽くしたとありましたが、
実際にはまだ残っていたそうです。
第三軍は30%以上の損傷を受けました。
強襲法自体に効果がなかったのか
その運用に問題があったのか。と指摘するのはこの点から。
357 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/25(土) 10:26:46 ID:rU3oN7P40
三日間で旅順要塞を攻略するという計画自体が
誤っていたと思います。
当初の一日60発の割り当ても
そのほとんどを二日で消化したのならば
見積もりも怪しいところです。
歩兵部隊の突撃は占領のためでなく、砲撃効果の確認とされても
否定できないのではありませんか。
責任者の乃木が批判される要因のひとつがここにあります。
>歩兵部隊の突撃は占領のためでなく、砲撃効果の確認とされても 否定できないのではありませんか。
あなたがそう思うのは勝手ですが、突撃は敵陣地占領のためです。
あなたは個人的な思い込みを根拠に批判しているのです。
359 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/25(土) 12:49:55 ID:rU3oN7P40
いいえ、個人の思い込み云々で話をそらしてはいけません。
結果として敵陣を占領するに至ったのですか。
第一回総攻撃は失敗したのですよ。
その被害も全体の30%を超える甚大なものです。
これが強襲法が効果的になされなかったという結論ななりませんか。
発言者への個人的な思い込みは無駄です。
そんな稚拙な書き込みよりもちゃんとした意見というものを
聞きたいものです。私は事実をもとにしているのですが
それを思い込みで片付けてしまうことは問題ですよ。
>結果として敵陣を占領するに至ったのですか。 第一回総攻撃は失敗したのですよ。
あなたが言っているのは結果論に過ぎない、ということです。
361 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/25(土) 14:27:31 ID:rU3oN7P40
結果という事実ですよ。
やっと思い込みとかの表記をかえてくれて有難う。
ところで、結果という事実以外になにを求めるのですか?
考察とはそこからスタートするのですよ。
まさか、乃木の男色の相手が伊地知だったとか
そこに大庭と津野田が絡んで司令部が混乱したなんて誰もいってないよな。
強襲法失敗という結果からその目的を推し量る、という事の馬鹿馬鹿しさには
もうお気付きでしょうか。
363 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/25(土) 15:08:36 ID:rU3oN7P40
ぜんぜん。
弾が足らなかっただけ。
強襲法を効果的に実行できる
銃砲も砲弾もすべて足らなかっただけですよ。
それ以外なにかあるの?
あったら、教えてください。
あとさ、日本語が通じないないとか馬鹿馬鹿しいとか
お高くとまってる感じで変ですよ。
なんかふれられる不味いことでもあるの?
結果論だと何回言われても理解できない鮮人には、何を言ってもダメか。
365 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/25(土) 17:29:45 ID:rU3oN7P40
また、訳のわからない。福州の人ですか?
大体明治の話で結果でてる歴史の話じゃないか。
それを結果論ってなにいってるの。それにくどいよ。
まさか、日本語会話の練習にしてるんじゃないだろうね。ノバにいけ。
そんなこと何回も書き込んでも意味ないよ。なんで無意味なチャレンジするの。
その都度、落胆してみせて同情でもかううもりなのかい。おあいにく様。
その結果論以外というものを是非聞かせてほしいものだね。
いえよ、はやく、こっちはちゃんと聞く姿勢はあるから。
また、ちんたらごまかしかますなよ。ぶりっ子ちゃん。
366 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/25(土) 17:45:14 ID:rU3oN7P40
結局さ、なあんも意見なんてないんだよ。
誰かが書き込めば、まってましたとばかりに揚げ足とるか
野次とばすか、それも卑劣、御下劣で「鮮人」ときたもんだ。
IDこれ見よがしに出したって意味ないじゃん。なんなの
アカデミックな場?ここは2チャンネルだぞ。
これじゃ、乃木もうかばれないよ。
>歩兵部隊の突撃は占領のためでなく、砲撃効果の確認とされても
>否定できないのではありませんか。
歩兵部隊の突撃は占領のためであるということは、ご理解いただけたでしょうか。
砲撃効果の確認でないことはご理解いただけたでしょうか。
>責任者の乃木が批判される要因のひとつがここにあります。
あなたは個人の勝手な想像を、乃木批判の根拠としているのです。
>>355 都合の悪い事実に目を背けたいのはわからないでもない。
でも 戦の進め方の話をしているのであって、これは野戦 攻城戦の区別はありません。
というか反論できないからそう仕向けたいんだろうね。
369 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/25(土) 20:11:45 ID:rU3oN7P40
だめです。
私は想像などしません。
話の論点を私個人の理解力に置き換える論法ではなんら進展しません。
強襲法は火力によって相手陣地要塞を破壊するか攻撃能力を低下させて
歩兵による占領を行うべきものなのでしょう。
にもかかわらず、十分な効果のないままに多大な損害を記録させて、
第一回総攻撃を失敗させた点は第三軍司令部の責任です。
実際に計画して遂行したのは参謀長伊地知幸介ですが、司令官の立場として
乃木希典大将の責任は弁解の余地がありません。
旅順攻略はこの後も続行されますが、この結果だけでも
彼を名将とすることはできません。
仮に、第一回総攻撃第一日目の日没までに中断か中止か
同日の夜襲攻撃から翌日の夜明け前の撤退中止であれば
その限りではないとも考えられますが、事実はそうではないようです。
旅順は乃木第三軍が陥落しましたが、この事実を深く受け止めて
かるがるしく乃木を名将としないことですね。
私は決して乃木を愚将とするものではありません。あしからず。
>西方面からの攻撃がありうるとして見透かされていた。
あのね。あらゆる事を想定するのは当然のこと。
君の中では想定されてなかったと思いたいのだろうけどね。
問題は西方から東方からかどちらが重点かを読まれないように
することが重要。
>要塞の一箇所に集中攻撃って防御側の思う壺じゃないか。
東北正面の一番 敵が攻めてくるところにキルゾーンを設定するのは
当然のこと。防御側の思う壺だった 史実を批判しているのに同意して
頂いているのはわかった。
>戦の進め方の話をしているのであって、これは野戦 攻城戦の区別はありません。
野戦と攻城戦で戦の進み方が違うわけで、結局無意味な比較なのです。
>私は想像などしません。
歩兵部隊の突撃を砲撃効果の確認と見ているのは、あなたの「想像」でしょう?
>野戦と攻城戦で戦の進み方が違うわけで、結局無意味な比較なのです。
きみにとっては違うのはわかるが、どう違うのかい?
375 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/26(日) 05:14:31 ID:XY6PAL+f0
>東北正面の一番 敵が攻めてくるところにキルゾーンを設定するのは
>当然のこと。防御側の思う壺だった 史実を批判しているのに同意して
>頂いているのはわかった。
では、どこを突けばよかったのですか?
要塞陥落の主要因となった望台は東北正面からしか突けませんが。
>>374 貴方は違うといってるのだから 説明してくれないか?
それとも何も考えずに批判だけする 日教組みたいな方ですかね。
>>375 >要塞陥落の主要因となった望台
要塞陥落の主要因は兵糧がなくなったこと。
二百三高地攻防戦による兵力の損耗です。
ナージンによれば 二百三高地陥落が主な要因と説明しています。
逆に問いますが、望台が落ちたからロシア軍は降伏したという
ロシア側の誰が述べていたかを説明してくださいな。
>>354 その方面は地形が悪くて砲列の展開が難しいし
もともとの計画案は西方からの攻撃案が主でした。
放列にしても展開できるというのが参謀本部の案でしたが?
参謀本部案を理解してない伊地知や歩兵科出身の大庭が
間違ったとしても仕方がありません。
379 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/26(日) 09:38:32 ID:BPNMQpfF0
旅順要塞には食料は十分あったて話だったね。
以前、違うスレッドでその話題になったときに
食料とか動員可能兵員数、砲弾の数字が記載されていた。
陸軍が入城した際に調査したもののようです。
残念ながら私は今現在手元にありません。
どなたか、お持ちでしたらご提示いただけますか。
380 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/26(日) 15:49:20 ID:XY6PAL+f0
>>378 その大本営の案はいつどこで策定されたもの?
381 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/26(日) 16:11:56 ID:XY6PAL+f0
>>377 203高地陥落後はロシア軍はまだまだ健在です。
その後一ヶ月近く戦闘が続けられ、当初からの目的であった東北正面の主防御線、
すなわち望台の陥落後にようやくロシア軍降伏となったのですが。
203高地争奪戦の兵力消耗が効いたのは事実でしょうが、それだけでは降伏には至ってません。
>>381 逆に問いますが、望台が落ちたからロシア軍は降伏したという
ロシア側の誰が述べていたかを説明してくださいな。
>>375の根拠はないわけですね。よくわかりました
大本営の案なんて知りません。
参謀本部の案は知っていますし、そういう話をしているのですが?
大本営の案って、意見がいきなり変わるのはどういう頭の仕様ですかね。
384 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/26(日) 21:05:12 ID:BPNMQpfF0
確かに大本営とは言ってませんね。
参謀本部という表記が東京の参謀本部と解釈されて
大本営となったのでしょう。そんなことより
(満州軍)総司令部(参謀本部)なんですか?
総司令部が西方からの攻撃案が初期段階に
あったというのは本当ですか?
385 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/27(月) 05:19:28 ID:Jac5Fkdg0
>>382 何でロシア側の意見にこだわるのかは知らんが…
当時のロシア軍上層部が望台陥落をどのように受け止めたかぐらいは知ってるよね?
>>384 満州軍参謀の井口省吾の話じゃないか?
参謀次長の長岡から西方奇襲案を吹き込まれて、
西から攻めるか東から攻めるかで伊地知と大揉めしたという。
386 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/27(月) 09:38:40 ID:Lbe4ZFmJ0
乃木を軍人として評価するのは無理!学者になりたかった人なんだから。天皇もだから可愛がった。尊敬されたのは、博識、歌の才があったから。
387 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/27(月) 10:01:15 ID:popEoIMi0
>>385 ああ、やっぱりそうですか。
いや、もしかして、当初はそんな意向が総司令部にあったのかなぁ。とか
それが強気な第三軍の姿勢で「それなら」となったのかなぁ。とか
ちょっと、期待したのですが、残念でした。
学者になりたかろうが、いまじゃ立派な高級軍人、しかも大将。
言い訳は通用しないのです。
388 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/27(月) 12:26:35 ID:rVZnuJkX0
軍人として評価した場合、愚じゃねぇ??
>>376 本気で同じと思ってるのですか?
野戦と攻城戦では、戦法も兵器も異なるのです。
それでいて戦いの進め方が同じなわけありません。
どうしても同じと言い張りたいのなら、そちらこそそれを説明して下さい。
>>389 戦法も兵器も異なる?どう違うかも説明できないの?
そういう説明すらできないのに 野戦と攻城戦も違うとよく言い張れるよなw
391 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/28(火) 07:15:49 ID:Yf1uOTPL0
兵器?違う?
だっらなぜ、第三軍は第一回総攻撃で野砲の要塞砲撃を行ったのか
野砲からは榴散弾しか発射できない。この時点では。
これは野戦で効果を発揮するもので攻城用には適しません。
兵器の用途云々といってもそんなもの当時の日本では使い分けできる
余裕がなかったという現実ですかね。(海軍も悪い)
その後、有坂成章によって野砲からからも榴弾が発射できるようになりますが。
むしろ、第三軍が撃った量よりも質と伊地知幸介の見識が問題となる。
花火じゃないんだから派手にやればいいということではない。
これも、強襲法を効果的に運用してないところだ。
結果論で済ますなよ。
>>385 >当時のロシア軍上層部が望台陥落をどのように受け止めたかぐらいは知ってるよね?
だから誰がそう述べたか説明もできないの?つまり根拠薄弱なわけですね。
妄想で話を組み立ててるから結局 空中楼閣の出来上がりっと。
敵将ステッセルは、望台失陥の報に接するやいなや、
12月末の作戦会議で下された抗戦継続の決定を独断放棄し、
日本軍に対し開城の軍使を送っている。
ロシア軍幕僚もそれに異を唱えることなく降伏した。
>>391 何を言っているのですか。
攻城戦にだって野砲は必要です。
>>390 同じという説明をどうぞ。
この説明が添えられて初めて、各軍参謀長を羅列した文は意味を持てます。
396 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/28(火) 13:14:29 ID:Yf1uOTPL0
攻城戦にだって野砲は必要でしょうよ。
でも、野砲の榴散弾じゃ要塞の壁は粉砕できませんよ。
そう思いませんか。
>野砲の榴散弾じゃ要塞の壁は粉砕できませんよ
要塞の壁だけが目標ではありませんよ。
そこまで考えが及びませんか。
398 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/28(火) 15:23:18 ID:Yf1uOTPL0
>>397 ありがと。いつのナイスなツッコミ・ボケだね。
>そこまで考えが及びませんか。
には、感動しましたよ。
ところで、敵はどこにいるのかな?
野戦の話じゃなくて攻城戦の話なんだろう。
その要塞の壁に守られているのではなかったのか。
で、被害が拡大して、総攻撃は失敗したんじゃなかったのか。
せっかくの強襲法を非効率にしたのが
>要塞の壁だけが目標ではありませんよ。
と伊地知君も宣ったのかもしれないね。
でも、堡塁の塹壕のなかにもいますよ。とは言わなかったかもね。
さあ、次はどういう詭弁を弄するのかい。
砲弾は残り少なくなってきたよ。
ああ、私はそこまで考えが及ばない必要としない者です。
>>398 皆が隠れられるとでも言うつもりですか?
増援部隊の事とかに考えが及びませんか。
攻城戦にだって野砲は必要なんですよ。
話がずれてきてますが、野戦と要塞戦は、使う兵器等相違点が多く、戦の進め方
も当然違うという事です。
>>391 >野砲からは榴散弾しか発射できない。
第一回総攻撃の時、野戦砲兵第17、18連隊は榴弾、榴霰弾ともに消費しています。
何に書いてあったんです?野砲からは榴散弾しか発射できないというのは。
>>400 多分榴弾と榴散弾の区別が付かない人か、脳内ソースのどちらかだと思います。
402 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/28(火) 21:18:30 ID:Yf1uOTPL0
えええええええええええええええええ、
野砲から榴弾、撃てるんですか!
>>402 例えば
31年式速射野砲主要諸元
砲身長2200mm
放列重量908kg
弾丸重量
・榴弾6.1kg
・榴霰弾6kg
撃てるんじゃないんですか?
で、何に書いてあったんですか?
>>395 違うっていってる 君から説明してくれよ。
野戦と攻城戦は違うといって、いきなり否定したんだからね。
ずーっとまってるのだが、全くでてこないよ。ヤレヤレ
>>404 既に389で、戦法も兵器も異なる、と説明してますが。
では、今度はそちらの説明をどうぞ。
だいたい、真っ先に説明しなくてはならないのは、野戦と攻城戦が同じとする側
ですよ。
>>353は、野戦と攻城戦が同じという説明が添えられて初めて意味を持つのですから。
>>405-406 君は何もわかってないことがわかるけどな。
正攻と強襲は違う、戦法も兵器も異なる。
突撃と砲撃は違う。戦法も兵器も異なる。
色々な攻撃、防御方法があるけどみんな戦法も兵器も異なると
言い切れるんですよ。そんな詭弁を弄しても 何の意味もありません。
基本がしっかりあるんだけどお前はその基本が分かってない。
分かっていたら、説明は簡単にできる。
>>396 >敵将ステッセルは、望台失陥の報に接するやいなや、
>12月末の作戦会議で下された抗戦継続の決定を独断放棄し、
うそですね。乃木が望台がなしくずしに攻撃追認をしたのが 1/1正午
PM2:30頃では未だに総攻撃中です。その後3:30に陥落するのですが、
軍使がくるのは4:30。この時点で↑の意見は怪しくなる。
しかし、正午に海岸防衛司令官ロスチンスキー海軍少将
はレイス大佐から降伏に関する準備の書簡を得ています。
>ロシア軍幕僚もそれに異を唱えることなく降伏した。
ステッセルは3:05分に陥落の報を聞いて、陸海幹部に相談せずに
軍使を派遣しました。多くの市民はそれが降伏の軍使とは気づいてません。
もちろん陸海幹部も知らない内に使わされています。
これで2つのウソ。その曖昧な記述はどんな本に書いてたのですか?
>>407 あなた、異なる、という事しか言ってませんよ。
「同じ」という事の説明になっていません。
異なる、という事で同意いただけたわけですね。
410 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/29(水) 11:13:55 ID:o7xHDf/j0
>>400>>401>>403 このテキストは、数年前に某所で講演した内容とほぼ同じものである。
さいきん日露戦争に興味を持った人たちのために、何かの参考になれば幸いです。
(兵頭二十八)
野砲用砲弾における町工場の動員)
省略)当時の野砲の仕事は、榴霰弾という、バラ弾を発射する砲弾を撃つのですが、
このバラ弾は決して頭上から降ってくるのではなくて、ほぼ水平に飛んでいくものなのです。
この辺は今の人はほとんど知識のないところであろうかと思います。
水平に敵兵を捕捉する砲弾ですから、敵兵が地面に穴を掘ってその中に入ると、
もうまるっきり効果がありません。そこで、野砲から榴霰弾を発射していてはもう時代遅れで、
野砲からも榴弾を発射しなければならないと気付かれ出したのが日露戦争中のことでした。
榴弾というのは地面に当って爆発する弾薬で、これなら塹壕陣地を攻撃できるわけです。
今の大砲にとっては、榴弾を発射するのはいうまでもない当たり前ですが、第一次大戦以前は、
榴弾は榴弾砲という少し重い大砲から発射するものでありまして、
軽量の野砲から撃ち出すようなものではありませんでした。
それを有坂は、野砲から榴弾を発射できるように、75ミリの鋳物の榴弾を開発しました。
これに対してロシア軍は、ついに戦争の最後まで、野砲から発射できる榴弾は開発できませんでした。
>>408 >うそですね。乃木が望台がなしくずしに攻撃追認をしたのが 1/1正午
>PM2:30頃では未だに総攻撃中です。その後3:30に陥落するのですが、
>軍使がくるのは4:30。この時点で↑の意見は怪しくなる。
午後三時半ごろに陥落して、その一時間後に降伏の軍使が送られてきたのなら別に矛盾はしてないが。
>しかし、正午に海岸防衛司令官ロスチンスキー海軍少将
>はレイス大佐から降伏に関する準備の書簡を得ています。
要塞の死命に関わる重要拠点が陥落しそうになっていたら降伏の準備もするさ。
もはやクロパトキンの南下もありえないしな。
>>ロシア軍幕僚もそれに異を唱えることなく降伏した。
>
>ステッセルは3:05分に陥落の報を聞いて、陸海幹部に相談せずに
>軍使を派遣しました。多くの市民はそれが降伏の軍使とは気づいてません。
>もちろん陸海幹部も知らない内に使わされています。
「それ」とは旅順降伏のこと。
203高地と違って、望台を奪われれば要塞降伏やむなしとロシア軍上層部は認識していたのだろう。
>>401 昨日の人が参考にしたのも、それなんでしょうか。
光人社文庫の「日露戦争の兵器」を読んでも、31年式速射砲で榴霰弾は撃てると
考えます。
有坂と戦時急造開発という組み合わせから察するに、銑製榴弾開発の話と混乱し
ているのではないでしょうか。
>>401 また、榴霰弾のバラ弾がほぼ水平に飛ぶというのも、どうなんでしょう。
児島「日露戦争」の文庫表紙が榴霰弾の炸裂シーンですよね。
水平というイメージではないと思います。
414 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/29(水) 19:17:16 ID:maZOswsf0
今日、古本屋で乃木将軍詩歌集買ってきたお。
415 :
連合艦隊:2006/03/29(水) 19:33:14 ID:z5slXaSV0
旅順作戦については、司馬先生より兵頭・別宮両先生のお説を信用します。
司馬イニシエーションから解放されましょう!
416 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/29(水) 20:00:31 ID:o7xHDf/j0
兵頭先生は野砲から榴弾は撃てなかったと述べているようですが
第一回総攻撃で放たれた榴弾とはなんですか?
有坂が開発した銑製榴弾の試作品ですか?
>光人社文庫の「日露戦争の兵器」を読んでも、31年式速射砲で榴霰弾は撃てると
考えます。
の考えます。は、そう書かれたいたのですか?
それともそう解釈できるという個人的見解ですか?
>31年式速射砲で榴霰弾は撃てると 考えます。
訂正。
榴弾でも榴霰弾でも、ですね。
銑製榴弾の試作品、とは聞いたこともありません。
そんなのあるんですか?
418 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/29(水) 21:24:11 ID:o7xHDf/j0
では、兵頭先生がいう野砲で榴弾は撃てないというのは誤りなのですか。
誤りと思います。
420 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/30(木) 00:33:53 ID:HHjhczN80
>>415 連合艦隊氏よ、
せっかく、司馬イニシエーションから解放を宣言した途端に
兵頭二十八は捏造作家に決定してしまったぞ。
いや、風説の流布というやつで、現在は犯罪行為だ。
小説じゃないところがもっと悪質だ。
諸君、兵頭二十八の化けの皮が剥がされたぞ。
次は、誰だ。
>>419 xO7WrJKfO 有り難う! あなたは偉い。万歳!
421 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/30(木) 00:44:40 ID:HHjhczN80
だいたい、
榴霰弾のバラ弾が、
ほぼ水平に飛んでいくものなのです。
という説明からして怪しいと感じていたんだよな。
危ない危ない。
422 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/30(木) 01:11:13 ID:HHjhczN80
あれぇ?
野砲から榴霰弾も榴弾の撃てるんだったら
野戦でも攻城戦でも兵器の使い方なんて関係ないね。
戦法は知らないけど、兵器は同じ。ということで
半分は決着ついたよ。万歳!
>>409 戦略戦術レベルの攻撃点の選定計画において 野戦と要塞戦の区別
はありません。こういうのは常識です。
陣地にぶつかった場合、攻撃点と計画は相手が要塞だろうと
野戦築城だろうと塹壕だろうと 歩兵線だろうと関係ありません。
目的と目標と手段を理解していない人がここにはいるみたいだけどね。
手段の違いが目標の違いとなるんだからw
レベルが低い話または 蟻の視点程度の理解しかないから野戦と要塞戦は
違うから全部違うという意見が出てくるんだろうね。
>要塞の死命に関わる重要拠点が陥落しそうになっていたら降伏の準備もするさ。
ロスチンスキー海軍少将はまさか いま、降伏するなんて思わなかったそうです。
また正午には日本軍の正式攻撃も発令されておらず陥落しそうになっていません。
矛盾していまし、あなたの説明は破綻しています。
>望台を奪われれば要塞降伏やむなしとロシア軍上層部は認識していたのだろう。
認識していません。軍使が派遣されたとき上層部は納得していたというソースを
示してくれませんか?
3時にガリツンスキー大尉が望台の守備状況を説明したとき、スミルノフ中将は
奪回するので貴官は休息をとるようにと説明している。203高地の戦いも
何度も争奪戦が繰り広げられたがその奪回準備を行うまえに軍使が派遣された
>>423 攻める相手が要塞か野戦築城か、この違いが戦の進め方に影響しないわけがあり
ません。
戦略戦術、など、言葉は立派ですが、残念ながら説得力がありません。
>また正午には日本軍の正式攻撃も発令されておらず陥落しそうになっていません。
>矛盾していまし、あなたの説明は破綻しています。
31日夜半から、第九師団、次いで第十一師団が望台へと独断で攻撃を仕掛けています。
それまでに攻略した東北正面三堡塁がいずれもごく短期間で陥落していることをみれば、
前日夜半から正午までにかなり攻略が進んでいたと見るべきでしょう。
実際、その約3時後に陥落しているのだし。
>>378 参謀本部の案は、203高地などの前衛陣地がないという前提での案なので、実現
不可能なのです。
伊地知、大庭が採用しなかったのは当然のことです。
>>426 戦の進め方はいわゆる 手段であり、目標 目的とは別個のもの
というのが理解できていませんね。攻撃点選定と計画(目標)においては
相手が野戦築城だろうと、ベトン陣地だろうと関係ありません。
おっとアンカーミスですね429の426は 425の間違いです。
>>426-427 >東北正面三堡塁がいずれもごく短期間で陥落していること
数ヶ月以上かかっていますが?望台なんて8月にも一度占領しかけてましたが
奪回されていますよ。どういう根拠で進んでいたなんて妄想に至ったのですか?
>>428 もともと、公刊戦史では野戦築城程度という認識であったと記載されていますから、
前衛陣地がないとかは関係ありません。
そもそも大庭は歩兵科であり、要塞攻略戦などはまったくの無知に等しいです。
伊地知も実際の攻撃が不成功に終わってるのを鑑みたら これも無知に等しい。
乃木は言わずもがな。
結局 3人がそれぞれ無知に等しいので当てずっぽうになるのは当然です。
>>431 高崎山、203高地、老虎溝山、などなどの激戦が繰り広げられた前衛陣地を無い
ものとして考えた案など、実現不可能です。
正攻法を選択した軍司令部が無知とは、言いがかりの類ですね。
>>430 >数ヶ月以上かかっていますが?どういう根拠で進んでいたなんて妄想に至ったのですか?
実際に戦闘していた期間はそう長くありません。
第一回総攻撃は8月19日〜24日、第二回総攻撃は9月26日〜31日、第三回総攻撃は11月26日〜1月1日(203高地11月27日〜12月5日)となっています。
203高地奪取後は、東北正面の堡塁に対して坑道爆破戦術が採用されますが、この戦術変更が効いています。
東鶏冠山 12月17日攻撃開始。翌日陥落。
二竜山 12月28日攻撃開始。翌早朝陥落。
松樹山 12月31日攻撃開始。当日陥落。
と、いずれの堡塁もごく短期間のうちに攻略できています。
望台も夜半から正午の攻撃で大方が攻略されていたものと判断します。
>望台なんて8月にも一度占領しかけてましたが奪回されていますよ。
一戸旅団は第一回総攻撃で望台に到達はしましたが、そのとき一戸少将が掌握していた兵力は寄せ集めの一個大隊弱に過ぎません。
この兵力では占領したとて維持できるわけがありませんし、そもそも第三軍には投入できる予備兵力は残っていません。
それに対して、ロシア軍はまだまだ多数の予備兵力を有しています。
撤退は妥当な判断だと思いますね。
>第二回総攻撃は9月26日〜31日
9月の総攻撃総開始は19日で、中止は23日でした。
あと10月30日〜31日の総攻撃も抜けてました。
「日本海大海戦」では、笠智衆が、「二百三高地」では、仲代達矢が演じていたが、俺は仲代派だ。
436 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/31(金) 15:57:47 ID:gJazBNRq0
風貌からすれば笠智衆も似てるのう。
しかし、仲代の乃木は絶品じゃったな。
NHKでやる「坂の上の雲」では是非また仲代で
乃木を再演してもらいたいものじゃ。
はたしていつになることやら、
それまでわしは生きておるじゃろうかのう。
3月32日記念カキコ
438 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/03/32(土) 23:43:36 ID:WjSuneJI0
NHK平成19年大河スペシャル制作決定速報!(共同通信・本日22時05分)
演出/行定勲・三谷幸喜(共同)
脚本/宮藤官九郎
キャスト
秋山真之/香川照之 秋山好古/役所広司
乃木希典/渡部篤郎 伊地知幸介/竹中直人
大山巌/中村梅雀 児玉源太郎/玉木宏
福島安正/小林薫 松川敏胤/中村獅童 井口省吾/中井貴一
山県有朋/石坂浩二 長岡外史/イッセー尾形
伊東祐亨/中尾彬 山本権兵衛/松平健 上村彦之丞/渡瀬恒彦
黒木為禎/菅原文太 奥保鞏/渡哲也 野津道貫/加山雄三 川村景明/前田吟
藤井茂太/佐藤浩市 落合豊三郎/堤真一 上原勇作/阿部寛
伊藤博文/津川雅彦 桂太郎/北野武 井上馨/山城新吾
広瀬武男/照英 加藤友三郎/加藤茶
それ坂の上の雲?
エイプリルのネタが許されるのは午前中、てのは覚えとくように。
441 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/02(日) 16:00:45 ID://6MwCQY0
03/32(土)てのもなんたらフールか?
443 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/04(火) 20:50:53 ID:EvVrrSqI0
これ本当?
児玉がまだ、数えで29歳のとき、…乃木の連隊と紅白にわかれて対抗演習をしたことがあったが、
そのとき児玉は、かるがると乃木を破った。
乃木は負けたが、しかし自分が負けたことさえ知らず、演習場でぼう然と馬を立てていた。
児玉は乃木の顔をみてふとそのころを思い出した。
坂の上の雲
乃木が負け惜しみを言った、という話なら読んだことはある。
うろ覚えだが…
児玉隊に中央突破された状況だったが、「予備隊を配置してあるので、児玉隊の突破は無効」
と返した、とか。
たしか「天辺の椅子」だったと思う。
いずれにしろ小説の中のオハナシ。
本当かどうかなんて無意味で野暮な事気にしなさんな、阿呆らしい。
445 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/05(水) 10:27:57 ID:IaAzT5tCO
明治大帝を寵愛した乃木将軍。
ちょうあい 0 【▼寵愛】
(名)スル
上の人が下の者を非常にかわいがること。
「―を受ける」「深く―する」
――こうじて尼(あま)にする
かわいい一念から、来世の幸福まで願って娘を尼にする。かわいがるのも度を過ぎると、本人のためにならないたとえ。
447 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/05(水) 22:10:05 ID:QSKZBcaJ0
明治天皇は結構迷惑していた。
名将側が
>>433の妄想に突っ込みを入れないってことは
どうしようもないな・・
>203高地奪取後は、東北正面の堡塁に対して坑道爆破戦術が採用されますが
はい 10月から坑道爆破戦術を行っています。↑はウソです。
>東鶏冠山 12月17日攻撃開始。翌日陥落。
>二竜山 12月28日攻撃開始。翌早朝陥落。
>松樹山 12月31日攻撃開始。当日陥落。
>と、いずれの堡塁もごく短期間のうちに攻略できています。
それまでの坑道を掘る時間や争奪戦を無視して成功した攻撃開始時間から
陥落までで短いなんて詭弁を弄されてもなんの意味もありません。
それを言うならw二百三高地なんて12/5の攻撃で数時間で落ちましたよ。
>撤退は妥当な判断だと思いますね。
だれも判断が誤っているかとかそういう話をしていません。一度占領しかけたが
その後数ヶ月に渡って争奪戦が行われたという事実を述べている。
>>426-427の東北正面の三堡塁が短期間で陥落しているなんて
妄想はいい加減なものです。こういう現実から乖離した妄想は止めた方が
いいですね。
そもそもここは名将か愚将か議論するスレか?
450 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/06(木) 11:38:06 ID:0+g4TiZq0
>>448 >はい 10月から坑道爆破戦術を行っています。↑はウソです。
嘘つき。やってないよ。攻撃塹なら掘ってたがね。
>それまでの坑道を掘る時間や争奪戦を無視して成功した攻撃開始時間から
>陥落までで短いなんて詭弁を弄されてもなんの意味もありません。
では聞くが、坑道を掘りはじめたのはいつ?
争奪戦にかかった期間はいつからいつで、合計何日?
>だれも判断が誤っているかとかそういう話をしていません。一度占領しかけたが
>その後数ヶ月に渡って争奪戦が行われたという事実を述べている。
望台への攻撃は8月の攻勢以降、最後の攻勢まで手をつけられてない。
451 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/06(木) 14:19:50 ID:84E97fSP0
乃木=厨的性格
>>450 やれやれ 己のウソを貫き通したいのかい?
だったら10月末に工兵第11大隊が東鶏冠山堡塁の爆破戦術はなんなんだ?
この戦術がウソという根拠を示して頂戴ね。
8/31に命令が下されているのでこっからずーっと 坑道を掘っていますけど?
453 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/07(金) 23:43:20 ID:sM8aJa/A0
その日に命令されても
宿題なんとかしないといけないから
手に付かなかったんじゃない。
第三軍の戦いは過酷だ。
454 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/08(土) 17:29:26 ID:0V2XZYHB0
>>452 10月末の攻勢では、砲撃と攻撃築城を行っていたという旨の記述はよくみるのだが、
坑道爆破戦術を採用していたというのはみたことがない。
どこの本に書いてあるのか教えてくれないか。
>砲撃と攻撃築城を行っていたという旨の記述はよくみる
どんな本をよんでいるの?
456 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/10(月) 15:06:03 ID:mkK4+d8D0
桑原先生の「名将乃木希典」じゃ。
457 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/10(月) 23:08:32 ID:B+ABzMdFO
乃木将軍は西南戦争で明治大帝の旗を西郷軍に奪われた?
458 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/11(火) 12:10:57 ID:95QE8VOl0
それは司馬の捏造です。
由々しきかな。
日本人物伝のような、小説ではない本でその記述(旗を奪われ…)見たことあるぞ。
著者は司馬氏の呪いにやられていたのか?
>明治大帝の旗
一介の連隊長が、どうして天皇旗を持てるのか?
461 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/11(火) 16:55:42 ID:UrjlJND8O
マテマテ。
大正元年に発行された楽譜「乃木大将の歌」の四番に
「遺言十条読みて見よ、ただ責任を重んじて」
とあるので調べてみたら、
自分此度御跡を追ひ奉り自殺候処恐入候儀其罪は不軽存候然る処
明治十年役に於いて軍旗を失ひ其後死処得度心掛候も其機を得ず皇恩の厚に浴し
今日迄過分の御優遇を蒙り…
という遺言が当時の新聞かなんかシランが掲載されたとか。
坂は昭和40年ごろに連載…。
本当に司馬氏の捏造ですか?
まさかこうゆう遺言も呪い…??ガクブル。
明治大帝の旗って大帝から賜った軍旗(=連隊旗)の事じゃなくて天皇旗の事だったのか。天皇旗…てようワカランが。
司馬氏の捏造とは天皇旗≠軍旗のところを
天皇旗=軍旗であるように書いた事なのか?
もしや乃木ヲタの方から見ればトンチンカンな事を口走っているのか自分は。
463 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/11(火) 17:41:50 ID:cxBqyvoe0
2月22日、薩摩軍に軍旗(連隊旗)を奪われた経緯、乃木の率いる小倉連隊は
熊本城に入城しようと南進していたが植木付近で西郷軍の先鋒部隊と遭遇し、薄暮から
戦闘開始、一進一退、遂に乃木軍敗れては退却する。連隊旗手の川原林少尉に軍旗を
巻いて背負わせたが少尉は激戦の中、行方不明に。乃木の日記
「愕然驚嘆ニ耐ヘズ。軍旗ヲ失シ生還スル何ノ面目ゾ、返テ戦旗ヲ獲ント欲スル者ハ
我ニ随ヘト令シタガ、〈随フ者一半、村松曹長、櫟木軍曹等泣テ我ヲ抱擁シ、後事ノ措ク
可ラザルヲ責ム)」これで乃木も、思いとどまって堺木に露営した
この軍旗は後に西郷軍によって熊本城北面の花岡山に翻され、官軍を嘲笑する種にされた
軍旗というのは天皇から直々に連隊長に手渡されるもので失った場合普通は自決するが・・・
464 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/11(火) 18:46:24 ID:8sD8uCOsO
乃木将軍は旗を奪われた為に明治天皇に忠誠を誓い崩御と同時に自決された?
465 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/11(火) 18:55:44 ID:95QE8VOl0
連隊旗だって、大砲だって、みんな、恐れ多くも!
天皇陛下から賜ったものなんじゃ。とか
いったい、いつから、こうなっちゃったの?
原点は乃木様から? もしかすると、
乃木の責任云々は連隊旗自体じゃなかったんだじゃないのか?
『明治大帝の旗』と言うなら『天皇旗』が相当する。
坂を引っ繰り返して件の記述を探してみたが見つからん…。(因みに文春)
ググル先生によると司馬氏は「連隊旗」と書いているようだ。
468 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/11(火) 20:20:48 ID:95QE8VOl0
>>457 の
>明治大帝の旗
って記述が問題なんでしょ。
>>459 の
>日本人物伝 ってなに?
呪いってなに?
軍旗=連隊旗
以上でも以下でもない。以上。
次、いこ。
469 :
徳川宗家:2006/04/11(火) 20:34:11 ID:BtabsPJE0
乃木って戦術しっていたのかなぁ?
こいつ知らないで戦争していたと思うよ。
>>469 知ってたに決まってます。ずっと隊将として歩んできた人物ですよ。
今信玄といわれた川上と較べても遜色しません。
>>468 >明治大帝の旗
って記述が問題なんでしょ。
ご名答w薄々そうだと思ってた。
日本人物伝とは日本を作った有名人100 みたいな本です。
現物が手元に無いので詳しく書けない・・・
呪いとは、捏造(創造)があるとして、それを信じてしまって
影響を受けている人、という程の意味です。
472 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/11(火) 22:50:15 ID:95QE8VOl0
川上って操六さんですか?
小川でも田村なく、あえて、川上操六と比べる。
そりゃ、自爆、自殺行為だよ。
第一、会社も違うし、素材も、原子構造から違うじゃん。
乃木は好んで戦争する人間ではありまっしぇん!
473 :
徳川宗家:2006/04/11(火) 23:41:00 ID:BtabsPJE0
はっきりいって
大迫中将のほうが乃木よりもレベルがうえ
乃木は人の命をなんだとおもってたんでしょうか
乃木の悪いところ旧日本陸軍は引き継いでしまったような気がする。
自軍の損害を抑えて相手に甚大な被害を生ませる
これが戦術の基本でしょ
乃木はしっていたのかねぇ
おれは尊敬できない、東郷とかと一緒にするな
474 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/11(火) 23:56:56 ID:95QE8VOl0
>>473 正論だよね。
だけど、昨今の関連本の著者さんたちが、そうじゃないって売り出してるから
これまた厄介なことになってしまう。出版社としてはそれも戦略なんだろうけど。
旅順を消耗戦って位置づければいくらでも解釈云々どうにでもなろうし、
その責任の所在だって、どの方向にでももっていける。
いやしくも担当司令官だったんだから乃木がそれは負うべきだとも思うし、
乃木が弁明したわけでもない。
ただ、旅順がああいう状態になっちゃったらしょうがないよね。
司令官が戦術、作戦練るわけじゃないから。
乃木より知恵の働く司令官だったら逆にケツ割った可能性大かもね。
乃木はすべての面で貧乏くじ引いて生け贄にされたようなものだ。
本人が望む望まないは別に、
だから、今でも祭られているんでしょ。乃木は可哀想だよ。
475 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/12(水) 00:43:38 ID:NsSVZLXD0
>自軍の損害を抑えて相手に甚大な被害を生ませる
>
>これが戦術の基本でしょ
それだと第一次大戦では誰も戦術を知らなかったことにならんか?
476 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/12(水) 00:47:51 ID:vkjVXg1b0
第一次世界大戦の話じゃない。
日露戦争の旅順の話。
乃木が戦術を知らない、なんていう主張の根拠は?
あと、誰かと比較するのは、根拠あっての事?
俺はそう思うという決め付けレベルの話でしょ。
川上を比較に出したのは、彼と較べて遜色ないというのは根拠があるので出した。
一緒に渡欧したときの戦術講義の答解が残ってるんだ。
>乃木はすべての面で貧乏くじ引いて生け贄にされたようなものだ。
>本人が望む望まないは別に、 だから、今でも祭られているんでしょ。
ムーかなんかに載りそうな主張ですね。
乃木神社の真実、なんて。
479 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/12(水) 07:05:53 ID:NsSVZLXD0
旅順では戦前の甘い予想ですら一万の損害を見込まれていた。
これは第三軍の戦力の5分の1に当たるわけで、やはりかなりの貧乏籤と言える。
480 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/12(水) 08:53:48 ID:QN+bj+Ar0
参謀総長が無茶な攻略、要望したからじゃないの?
481 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/12(水) 09:06:25 ID:vkjVXg1b0
川上だったら言っただろうね。
「この爺!戦を知らん!」と。
しかし、川上操六と比べるあたりから、また、話がムーだよ。
そういえば桑原君も主張してたな。語学も堪能で希代の戦術研究家だったと。
だったら、だったで、また、問題だぞ。
そんな屁みたいなことを宣っているから「長州閥」云々と叩かれるんだよ。
ああ、乃木が可哀想。
>>481 川上との比較は根拠のある話なんだが、どこが話がムーなのかね。
>>474のが、まんま話がムーってもんだ。
根拠に基づく話って出来ない?
483 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/12(水) 11:09:56 ID:vkjVXg1b0
そうでした。私の誤りです。
乃木希典は川上操六に匹敵する軍事能力を有する逸材です。
これはすべて根拠に基づく立証からなるものです。
以後、乃木希典の栄光を汚すことを謹みます。
484 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/12(水) 11:39:57 ID:6gykV5TcO
日清日露戦争……世界に栄光を華った帝国陸海軍も昭和に入ると暴発し1945年に壊滅した。
485 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/12(水) 19:37:19 ID:vkjVXg1b0
すべて、乃木のせいだったのか
合掌
>川上を比較に出したのは、彼と較べて遜色ないというのは根拠があるので出した。
えっと 問答を全部比較せず、一問 程を比較して川上よりよい解答を
答えたから 川上より戦術眼があるとかそういう主張はやめてね。
またソースがブレジデントなんてこともやめてね。
>一問程を比較して川上よりよい解答を答えたから 川上より戦術眼があるとかそういう主張はやめてね。>またソースがブレジデントなんてこともやめてね。
根拠なしに決め付けるのは批判せずにソース付きの主張を批判か、面白いね君。
プレジデントに何の問題が?理由なしにソース批判?面白いね君。
>>487 おいおいw 結局ブレジデント? あれって一問程度の解答だよな・・
根拠って書いている人(ID:erIpZU66O)がいるから、明治期の素晴らしい資料を
みてたのかとおもったけど・・・
図星だったのか? これでムーとか訳分からん事をよく言えるよな。
>>488 で、いつになったら、決め付けの根拠は出るのかな?あとプレジデントのどこが問題なのか説明はまだ?
>>486 遜色ないとは書いたけど「川上より戦術眼がある」なんて言ってませんよ。
人の主張は正確に把握しましょう。ついでにソース名も正確に書きましょう。
491 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/13(木) 09:57:20 ID:eEkGcfDF0
川上操六と比べて遜色のない乃木希典が存在したとする。
その乃木が演じた旅順攻略は陥落させたとはいえ物議を醸している。
陥落させたから名将だと主張する意見もあることにはあるが。
なぜ、乃木は川上操六と遜色のない戦術をもっていたにもかかわらず
白襷隊などの愚直な肉弾戦を選択したか?
乃木のバックにはフリーメーソンの存在があったからだろうか、ムー。
英国はロシア、日本両国の国力消耗を望んだということか、ムー。
乃木の天才的な語学力は家庭教師に、ムー。
白襷ん時はノイローゼだったんじゃないの?
493 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/13(木) 10:43:22 ID:eEkGcfDF0
川上操六と比べて遜色のない乃木希典が存在したとする。
そんな、現場でノイローゼになんかなるわけないじゃん。
それだけで、指揮官失格。
いざ、というときに使えない司令官なんって、、、。
きっと仮病だよ。裏に何かあるな、ムー。
乃木が川上と較べ遜色ない戦術答解を残している事実。
部分抜粋ではあるが、それを否定できないのも事実。
「とする」とかじゃなく、まず事実を認めるところから始めるべきでは。
プレジデントのそこんとこ書いてるのが大濱徹也ってのもポイントだね。
495 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/13(木) 14:01:41 ID:eEkGcfDF0
なんか一昔前の
「拉致は存在しない」みたいな論理だね。
いいじゃん、乃木優秀でいいから、次いこ。
13 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/12(水) 00:14:54 ID:z5DZUbfJO
乃木はかっこよすぎて
乗ってる馬までかっこよくみえます。
あんなジジイになりたい。
I love 乃木
>>495 >なんか一昔前の 「拉致は存在しない」みたいな論理だね。
491や493とかが似てるかな。
事実を認めず、頑なに「として」などと言い続けるあたり?
498 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/13(木) 15:17:05 ID:eEkGcfDF0
ははは、俺のことじゃん。
まいったなあ。
じゃあ、事実を認めるって
乃木様は川上様と遜色ない軍事能力があったってこと。
一昨日から認めているじゃい。何が不満なの?
その上で、そうだとする不思議だなあとの疑問から
「とする」となぜ?ってお聞きしてるんでしょう。
「として」なんて言ってませんませんよ。何が不服なの?
499 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/13(木) 16:07:11 ID:8KZRi6huO
乃木はなぜ大帝のあとを追って自殺したのか?
>何が不満なの?
>なんか一昔前の 「拉致は存在しない」みたいな論理だね。
こんなこと言って、「何が不満なの?」とかいう人がいるとはね。
501 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/13(木) 19:44:34 ID:eEkGcfDF0
自分自身に辻褄を合わせたかったんでしょ。
自分自身の辻褄合わせのためには、相手を拉致否定者呼ばわりするのも厭わない
とは、度し難い。
503 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/14(金) 00:28:24 ID:7XySh6Is0
あらら、また、ずれてる。
なかなか咬み合わないもんだね。
>>490 ソース名も正確に書きましょう。
おいおい お前はソースも未だに出してないんだよ?
まさかブレジデントのソースなんていわないよね?
あれは一問程度の問答で全問を比較しているわけではないんですよ?
成績のいい子の悪い解答がたまたま成績の良い子のよい解答だった
という事が否定できない記事。
戦術の知識が川上と遜色の無いと主張するからには もっと解答の大半とか
実際の戦術、企画等を比較してからすべきだろ。そういう資料を
もっているから
>一緒に渡欧したときの戦術講義の答解が残ってるんだ。
なんて解答をしているんでしょうけどね。 まさか一問程度のブレジデントが
ソースとは・・考えたくないなー・・
ブレジデントなんて知らないな。
プレジデントって、もう書いているんだけど。
そこを担当した大濱徹也が、「全体として」甲乙なく作業している、と評価しているのは
読みましたか?
写真で写ってるのは一部だけど、遜色ない、甲乙ない、との評価は「全体として」なの。
506 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/14(金) 15:12:59 ID:7XySh6Is0
小柳ルミ子の元旦那がなっていったか知らないが
そんなことで乃木と川上操六が同じって主張するなよん。
結局、いつもの贔屓の引き倒しになってるんだよ。
頼むからこれ以上、乃木を貶めないでくれ。
>>506 頼むから、意味の通じる文を書いてくれませんか?
乃木は戦術を知らないのでは?などという貶めに、根拠を添えて反論したのです。
貶めてるのがどちらかくらいは把握していて下さい。
乃木の方が川上より冗漫であるという文言を抜いて主張しているんだから
君の言う意見は当てにならないね。
抑も戦術とは何ぞや、一軍人の威厳を正しくして一歩の前進を為すに始まり、
終に敵国の非望を断念せしむる者にして学芸、器材の如きは 皆その補助を為す
に過ぎざるなり。
これが戦術らしいよ。
509 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/14(金) 22:05:35 ID:7XySh6Is0
>>507 俺はさ、乃木が戦術を知らないとか言った人間じゃないからそんなこと知らないよ。
意味の通じるとかじゃなくて川上と比べること自体がオカシイと言っている。
川上は戦術家というより軍令家であって、参謀総長やった人間だろ。
そのころ乃木は旅団長で現場にあり戦術家かもしれないが、川上は戦略担当じゃない。
どちらかというと政治家に近いのかもしれない。乃木を川上と比べるのはおかしいと
思わないか。軍政家の桂太郎と比べるようなものだ。ましてや、川上は積極的に
日清戦争を牽引していった人物じゃないか。日露戦争当時の軍司令官と比べるのなら
ともかく、一緒に留学しただけで川上と比較することが変だ。ということが分からない。
プレジデントとか関係なく根本の出発点がおかしいんだよ。
乃木を愛するものとして非常に迷惑しているんだよ。
乃木の良さはそんな薄っぺらい優秀さとかじゃない。
乃木の戦術云々を批判されたからといって、川上なんかを出すんじゃないよ。
アンチ乃木派にはかっこうのネタで笑われているんだぞ。
510 :
徳川宗家:2006/04/15(土) 00:49:08 ID:N3Y45Ipi0
乃木の戦術は正面突破あるのみ!
それ以外は考えられず!
こんなの部下になったら哀れだよ・・・
「馬鹿な大将、敵よりこわし」
まさにこれは 乃木と牟田口に当てはまる
>>508 「全体として見れば、両者甲乙なく作業している。」
ここが要点であることは一目瞭然です。
川上より冗漫であるものの、の部分に気を取られて文意を見失ってはいけません。
>>509 川上を出したのは、単に乃木との比較が可能だったから。
根拠なしに、戦術を知らない、いや知ってる、なんて話しあっても無意味でしょ。
>そのころ乃木は旅団長で現場にあり戦術家かもしれないが
留学時、乃木も川上も両者ともに旅団長です。
比較対象として何ら問題ありませんね。
乃木を愛するとかなんとか、知ったこっちゃありません。
単に、
>>510みたいな根拠なしのおかしな意見に、それは違うと反論しているだ
けですよ。
こういう議論の最中に、愛するとかなんとか感情を絡めるあたり、議論が薄っぺら
になるのでやめたらどう?
513 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/15(土) 01:46:26 ID:glnNRK8G0
お見合い「川上家」「乃木家」冗漫の間
困ったから「の」の字を書きました。
まるで生娘のようです。かしこ
破談
514 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/15(土) 01:56:01 ID:glnNRK8G0
この縁談は相手方と格違うんで最初から無理があったんじゃよ。
(仲人/山県有朋/談)
玉が足りないじゃないですか!
(仲居/伊地知幸介)
この爺、戦を知らん。
(川上操六)
伊地知はよくやってくれている。
(乃木希典)
泣
515 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/15(土) 02:01:43 ID:glnNRK8G0
解説しよう。
お見合いではずかしいと「の」字を書く風習が古来日本にはある。
生娘と操がポイントね。
あとはわかるよね。
我ながらうまくまとめた。
満足だー。
516 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/15(土) 02:12:24 ID:glnNRK8G0
ああ、あああああ、い、いいいい、言い忘れたたたた。
その、議論、最初から、薄っぺらいいいいいい。
>>516 そりゃ、最初(戦術を知らない)がどうしようもなくペラペラに薄いからねえ。
それを愛だのなんだの、より薄くしてどうすんの、ってね。
518 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/15(土) 05:31:51 ID:JYfYC2j80
しかし、乃木は伊地知を使い続ける以外にどんな選択肢があったの
>>518 ドイツから帰ってきて
抑も戦術とは何ぞや、一軍人の威厳を正しくして一歩の前進を為すに始まり、
終に敵国の非望を断念せしむる者にして学芸、器材の如きは 皆その補助を為す
に過ぎざるなり。
戦術は↑だ と言った将軍に任せるのがよかったのか?
520 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/15(土) 09:54:17 ID:glnNRK8G0
建前原則論にこだわりすぎたんだね。
司令官とはそうあるべきだと。
決して間違いではない。
戦術を練るのは参謀。選択を決するのが司令官。
確立50% つづーく。
521 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/15(土) 10:39:31 ID:glnNRK8G0
愛なんてほざいている輩には理解できないね。まったくだ。
乃木じゃなくても他の司令官でも変わらない
死傷者2290名の差かな
多くても2〜40000名ぐらいの差だよ。
50歩100歩だね。
522 :
徳川宗家:2006/04/15(土) 12:38:19 ID:SwA9TsVh0
こんなのの部下になったら哀れだよ・・・
「馬鹿な大将、敵よりこわし」
まさにこれは 乃木と牟田口に当てはまる
(のが抜けてた。のがないだけで意味が全然違う。日本語はむずかしい)
両方に共通するのは
「天皇の名の下に・・・」
こんな理由で人の命を無駄に捨てさせていいのでしょうか?
馬鹿な大将でいいのではないでしょうか。
>「天皇の名の下に・・・」 こんな理由で人の命を無駄に捨てさせ
なんの事でしょう?
そんな理由で戦ってます?
524 :
徳川宗家:2006/04/15(土) 14:15:23 ID:SwA9TsVh0
>523
知らなかったの?
じゃだれが戦争を決定したの?
525 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/15(土) 14:18:41 ID:QJD0ku2A0
そりゃ国務責任者と統帥責任者だろ?
526 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/15(土) 15:23:50 ID:dNW9xz1YO
では桂や小村、山県や伊東の責任ということで
527 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/15(土) 17:47:07 ID:glnNRK8G0
いやあ、乃木大将は人格者ですから
死んでいった兵士たちも幸せだったことでしょう。
心残りがあるとすれば
麦飯が食べたい。かな。
528 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/15(土) 17:53:32 ID:DgWiZgU60
乃木は無能。天皇の赤子を大量に犬死させた。
529 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/15(土) 18:15:51 ID:glnNRK8G0
なんたる!
川上操六と比べて遜色ない乃木閣下を無能とは。
あの中小企業ご用達のプレジデントにも掲載され
立証済みですぞ。
そんな戯言は司馬氏の捏造です。御覧なさい
右からも左からも叩かれているでよう。
これが戯言の証明です。
旅順攻略の総死傷者は奉天会戦より少ないんですぞ!
530 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/15(土) 18:40:12 ID:DgWiZgU60
息子は乃木に殺されたんだ。乃木が憎い。息子を返せ!
531 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/15(土) 18:42:37 ID:DgWiZgU60
白ダスキで機関銃に突撃させたんだよね
532 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/15(土) 18:45:26 ID:hAv7i8hgO
だいたい乃木無能論の発祥は陸軍内の『反長閥』感情から出たものなので
それがすなわち後の昭和の軍閥(この言葉大嫌いだがなんだが便宜上使う)に繋がるものだが(昭和の軍人達全員が乃木さんを馬鹿にしてたという事でもありませんが。)
昭和陸軍を『政治的発狂集団』とか罵倒しながら、それらの先輩格の捻り出した『乃木無能論』を利用し拡大させた司馬の節操のなさ頭の悪さって言ったら…
それを土台に乃木大将を馬鹿にする奴ってのは馬鹿の極地だな。
533 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/15(土) 18:52:46 ID:glnNRK8G0
そうだ、白襷隊なんて馬鹿司馬の捏造だ。
川上操六と比べて遜色ない乃木がそんなこと
許可するかけがない。そうは思わんかね。
534 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/15(土) 18:53:38 ID:DgWiZgU60
535 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/15(土) 19:13:02 ID:glnNRK8G0
必死!?
第三軍は皆必死でしたぞ。
ただ、乃木大将は心優しい仁者であり
高利貸しの金利の如く膨れ上がる死傷者の数に
心を痛め、痛んだ心は必然として病んだ。
その感性は陸海軍随一、秋山の電文など足元にも及ばない。
なんたって、仁者ですから。嗚呼、爾霊山。
536 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/15(土) 19:13:05 ID:6IoGRxum0
537 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/15(土) 19:17:01 ID:glnNRK8G0
そう、乃木大将は川上より秋山より
オンナにモテた。
これ以上の戦術家の立証があるのだろうか?
乃木!最高ー。
538 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/15(土) 19:47:41 ID:hAv7i8hgO
>>537よう極左(^O^)/
さっさと死ねよ!
お前みたいな糞馬鹿が大将養護とは片腹いたいんじゃ!
肥だめに顔つっこんで死ね
o(^▽^)o
539 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/15(土) 19:57:08 ID:glnNRK8G0
ぐっさーっつ、肥溜めから復活したぞ。
だけど俺は右翼なんだよ。頭山好き好き。
しかし、頭山は右翼でない。がちょーん。
乃木万歳。
540 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/15(土) 20:01:11 ID:hAv7i8hgO
頭山さんまで馬鹿にすんのか?
酷い人間だな。
最近の極左の性根の腐りようはここまで来たか(とわざわざ驚くまでもないか)
541 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/15(土) 20:08:46 ID:glnNRK8G0
だれが頭山満を馬鹿にした。
頭山が好きだと言っているじゃないか。
お前は日本語が理解できない不良外国人だな。
それと、死ねとか簡単にほざいてるんじゃないよ。
だから薄っぺらってなるんだよ。そんなんで人間は簡単に死なん。
乃木大将をみよ。何万人という人間を死なせている。偉業だ。
まさに英雄。凄いね。
俺はこれから風呂に入るから、俺をぎゃふんと言わせる
殺し文句書き込んでちょ。
542 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/15(土) 20:16:53 ID:hAv7i8hgO
乃木大将を皮肉って頭山さんを好きとか有り得ない。
よって貴様は極左。
豚に風呂は不要。
543 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/15(土) 20:46:48 ID:DgWiZgU60
息子は乃木に殺されたんだ。息子を返せ!
544 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/15(土) 21:42:19 ID:glnNRK8G0
不言実行 立雲 成
と評したのは古島一雄だったが
杉浦重剛も犬養毅も好きだけど頭山が最高に好きだよ。
なんで、それを有り得ないって言われなきゃならんの。
だいたいなんで俺が左翼になるんだよ。
書き込みのID確認してね。
生憎、ハンバーグと日教組は大嫌いなんだ。
歯磨いたか?風呂入って寝ろよ。はーあ、びばのんの。
545 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/15(土) 21:50:09 ID:n6PRB8wl0
なんだこの流れ
546 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/15(土) 22:09:20 ID:glnNRK8G0
川上操六と比較して
乃木を優秀とする詭弁を労すれば
これは必然の流れだ。な
547 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/15(土) 22:18:02 ID:DgWiZgU60
乃木は愚将
548 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/15(土) 22:21:13 ID:glnNRK8G0
違う。
549 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/15(土) 22:37:46 ID:hAv7i8hgO
犬養が好き?
じゃ池沼だ。
政権奪取のために崇高な海軍軍備の論議を弄んだ糞馬鹿ね。
頭山さんが好きで乃木さんを皮肉る自称右翼の『極左』らしいや
550 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/15(土) 22:43:18 ID:glnNRK8G0
なんで頭山だけが「さん」付けなんだ。
知り合いか?それとも弱みでもあるの?
いいとこ付きするんじゃないよ。
池沼?
>>546 >川上操六と比較して乃木を優秀とする詭弁を労すれば
比較対象として何か問題が?
遜色ないという主張に反論出来ないからって、相手を詭弁呼ばわりですか。
詭弁を弄しているのはそちら。
552 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/15(土) 22:58:22 ID:glnNRK8G0
違うね。
君らの比較対照の出発点が間違っているんだよ。
うんこと味噌を比べているようなものだ。
形状が似てるといって。
近くにいって臭いかいでごらん。人差し指で突付いてごらん。
その指をなめてごらん。ああ、こんなこと最初からやるんじゃなかったなあ
と思うかもしれな。でも、それをやったから分かったということもあるかもしれない。
だけどさ、うんこはうんこ、味噌は味噌。
それを胸をはってやる神経がわからんね。やるのはいいけいいけど
乃木以外でやってね。誤解が拡大するだけだから。
553 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/15(土) 23:05:51 ID:zMLEzCTJ0
>>551極左にかぶれる人種ってのは
ああいう手合いなのでしょう。
ほっとこうよ。
554 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/15(土) 23:24:05 ID:glnNRK8G0
「マトリックス」もそろそろ終わりなので私も手仕舞いじゃ。
最後はちょっとまじめに終わります。
右とか左とか関係ないと思うんだよね。
なんかさ、極論すぎちゃって無理があるよ。で、ちょっと噛むと
乃木は愚将となってしまうのも頭が痛いし。
乃木を語るスレッドならもっと違ったアプローチもあるだろうし
第一、名将か愚将かの二者選択というのも無理がある。
もっと割り切れない複雑なものだと思うけど、これは私見。
俺は司馬にはなんの義理もないが乃木をちょっと批判すると
司馬信者に仕立てられる風潮にも閉口する。
せっかく立てた乃木のスレッドなら意義あるものにしようよ。
少々斜に構えた論調は謝るとして、死ねとか安易に書き込まないようにしよう。
言葉には言霊が宿っている。楽しくいこうよ。まったねぇ。
>>552 意味不明かつ下品、最凶ですね。
反論なしならお呼びでないのだが。
>言魂
味噌とうんことかいう言葉には、どれほどの言魂が込められているのかね。
自分自身を省みて欲しいものだ。
557 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/16(日) 08:38:05 ID:hrB5WWwd0
いいこと教えてあげようか
日本は八百万の神を有する国で
小便、大便にも神が宿っているんだよ。
558 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/16(日) 09:16:17 ID:AHRjOS/Y0
乃木は機関銃を知らないで、ロシア兵が太鼓を打ってると思ってたんだよ。
559 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/16(日) 09:19:40 ID:AHRjOS/Y0
旅順を落としたのは児玉源太郎だ。乃木の功績は死体の山を築いたこと。
>>558 それはウソ。
台湾戦で乃木は電流鉄条網を装備した陣地に機関銃を据えて、台湾現地人と
戦っていた。
・・・・台湾戦でここまでしておきながら、あの体たらくか・・・
>>557 だから何だと?
神様が宿ってるから、言ってもいいってか?
言うだけドツボだぞ、自省しろ。
>>560 攻める側と守る側の違いというのもあるかな。
にしても、機関銃の誤ったウワサは、いつから言われ出したのだろうか。
それが訂正されずに未だに受け継がれてきているのは、理解しがたい。
誤った説が再生産されていなければ、とっくに根絶されているだろうに。
563 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/16(日) 13:18:25 ID:AHRjOS/Y0
万骨を枯らしながら功を成さなかった乃木って・・・
564 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/16(日) 13:24:15 ID:ebAB6DVVO
>>563功を成さなかった??
えーと
要塞を陥落させた事が功績に当たらないという事は…
あんたロシア人?
ロシア人であるあんたから見れば『旅順要塞陥落』は功績にはカウントできんわな。
納得!
565 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/16(日) 13:29:00 ID:AHRjOS/Y0
旅順を落としたのは児玉源太郎。
566 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/16(日) 13:39:06 ID:ebAB6DVVO
>>565え?
まだ日本語に不慣れなんだな
当時児玉源太郎は満州軍総参謀長で、旅順要塞の攻略に従事してた第三軍の司令官は乃木希典大将なんですよ。
まだ日本語に対する理解が低いようだから、日露戦争なんて難しいところの勉強ではなく、
『子犬のが歩いてる』とか『ひまわりが咲いている』とか小学生レベルの文章の反復して読み書きしなさい。
そこから始めないから乃木と児玉の役職を取り違えてしまうんだよ。
567 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/16(日) 13:50:22 ID:hrB5WWwd0
おいおい、またそんなこと書き込んで煽るから
俺の児玉が「美化された虚像の英雄」にされてしまう。
旅順を落としたのは第三軍。
児玉源太郎は膠着、自信喪失、閉塞して煮詰まった軍団を
揉み解しに、整理整頓に、激励に、監督しにいっただけ。
そして、親友乃木を救いにいったんだ。
自らの責任問題も省みず、ああ、児玉最高!
こんな人物、なかなかいない。な。
568 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/16(日) 14:02:44 ID:ebAB6DVVO
別に煽ってないが
今日は日本語に不慣れな外人さんが多いようだ。
日本語覚えたての人に日露戦争はまだ早いよ。
役職を誤読してるんだから話にならん。
569 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/16(日) 14:15:31 ID:hrB5WWwd0
なんかさ、ちょっと書き込むと細かいところの
揚げ足とりで話の流れが妙なところに行っちゃうんだよね。毎度。
これを高等テクニックって解釈してよいのか
はたまた、ふれてはいけない禁断の真実に対して
大いなる警告なのか、単なる知力の問題なのか、いと不思議。
570 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/16(日) 14:23:43 ID:ebAB6DVVO
>>569ずいぶんお悩みのようだが…
お前が知力に何らかの問題を抱えてるのは乃木大将擁護派からは非常に良く分かる。
571 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/16(日) 14:34:53 ID:hrB5WWwd0
別に俺のことなんかどうでもいいよ。かまわんでくれ。
で、お前は乃木擁護派なんだ。そこでちょっと質問。
乃木擁護派って、乃木をどの辺まで擁護するの?
その擁護目標地点っていうのを一度聞きたい。
教えて。それによって基本姿勢を明確にします。
572 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/16(日) 14:44:47 ID:ebAB6DVVO
坂の上の雲、殉死程度で乃木大将を知った気になっている『怠け者』に
教える事など何もない。
まともな戦史書も読んだ事も無い奴がたかだか2ちゃんの書き込みで知識を得ようなんて、甘い。
だいたいそれ位の努力を怠る糞野郎が乃木大将批判など聞いて呆れるわ!
全く戦後民主主義なんていうのは貴様みたいなゴミ助がゴロゴロ増えただけで、そんなゴミ助には『司馬小説(ねつ造歴史)』がお似合いよ!
573 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/16(日) 16:06:25 ID:AHRjOS/Y0
夜間に白襷で突撃させて死体の山を築いたのが乃木の唯一の功績。
574 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/16(日) 16:25:03 ID:hrB5WWwd0
>>572 まったくいつでもワンパターンだね。
ちょっと突っつかれるヒステリーというかヒキツケを起こすテンカン患者だ。
言葉も汚いし、品性品格もまったく無し。何様のつもりなんだろうかね。
訳のわからん屁のような議論でなにが民主主義だよ。鼻血がでそうだよ。
どんな戦史を読んで自慢をしたいか知らないが
お前らがどんなに頑張ったって乃木は愚か者以上の何者でもないぞ。
なぜか?お前らみたいなシンパがいるからそうなるんだよ。
いくら屁理屈をいったって白襷隊を決行させた以上乃木は馬鹿大将なんだ。
いいか、これから徹底的に乃木を愚将にしてやる。
575 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/16(日) 16:33:19 ID:QpaCMsBu0
>>573 日本は工兵軽視だったからな。太平洋戦争でも飛行場設営で遅れとる。
576 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/16(日) 16:46:39 ID:hrB5WWwd0
なんで、第三軍参謀部が反対するのに白襷隊を独断で決行させた。
司令官としての権限でか。だったら愚将決定じゃないか。
だいたい軍人として職務を遂行できないような
体調管理さえできない馬鹿司令官がどこにいる。
いったいドイツで学んできた最高戦術とはなんだったんだ。
机上の倫理じゃ敵は倒せないないんだよ。
伊地知が使えないならなんで更迭しない。
司令官の職務として怠慢じゃないか。
577 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/16(日) 16:59:21 ID:rw+XKbSG0
アメリカのなんたら大学で経営学を学んできたエリートと称する輩が
実際の実務ではクソの役にも立たん木偶の坊という例はよくあるがな
578 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/16(日) 17:03:00 ID:hrB5WWwd0
現場最高司令官として現場師団から命令遂行を拒絶されている。
司令官のどこが名将なんだ。
ノイローゼの司令官と神経痛の参謀長
それで現場離脱する旅団長
たのむから擁護してやってくれよ。
川上と遜色ない戦術能力があったんだろう。
その能力を存分に発揮しないことは祖国に対しての裏切り行為ではないのか
官費で留学しているんだからな。
軍法会議だぞ。
>>574 テンカン患者とか言う口で相手の言葉汚さを批判するな。
自省しろ。
580 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/16(日) 17:22:13 ID:hrB5WWwd0
だいたい、第三軍が総司令部に報告した報告内容と
次回攻撃内容とその見込み。
そのギャップな何か。
三日で攻略するといってできなかっただけでも問題とされれば大問題。
死傷者という被害がでている以上結果がだせなければ責任は生じる。
また、第二回以降の総司令部に対する現状報告こそ捏造ではないのか
やるやる、できます、今度こそは希望的観測でしかなし。
それも第二回総攻撃では二〇三高地を主目標とするとして報告しておいて
実際には多重目標のなかのひとつに変え、その二〇三高地は失敗している。
それを担当したのは第一師団のみ、その第一師団の目標は
水市営、南山坡山、そして、二〇三高地
その二〇三高地担当は後備第一旅団のみ。しかも「後備」。
これを、兵力の分散といわずしてなんという。二〇三高地を最大目標といいながら
龍眼北方への助平心見え見え、第一回総攻撃のリベンジにあり。
東北正面からの旅順市内突入に意欲満々。
それならばそれでなぜ二〇三高地への攻撃を作戦に入れたか。
海軍への気遣い?笑止千万。だったら最初からやれ。
二兎を追うもの一兎も得ずの例えまさにこれ、愚将これにあり。
581 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/16(日) 17:22:47 ID:ebAB6DVVO
>>574>乃木を愚将にしてやる
馬鹿だなぁ
世界的に『名将』と認められてる人物をお前ごとき池沼が『愚将』とわめきまくったところでお前自身の馬鹿さをアピールするのみ!
そして旅順攻略の戦況の推移の真相からも遠のくわけだ!
貴様の頭の中にある『司馬物語』は旅順攻略戦の真相とは全く関係ない。
嘘話を抱いて墓場まで行け!
583 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/16(日) 17:34:55 ID:hrB5WWwd0
誰が自省するか馬鹿。
何万人も殺しておいて人格者面するんじゃない。
この希代の愚将が率いる軍団兵士、まさに死兵。
各現場指揮官意見具申してもただただ「攻撃強化」を命ずのみ
限られた兵力にも関わらず旅順要塞全体を攻囲するその魂胆は
ただただ旅順要塞正面突破入城にあり、そこには創意工夫もみたれず、
屍の山ただ築くのみ、それに痺れて漢詩を吟ずるのみ。
何が二霊山だばっかやろうー。俺の曾祖父さんも死んでいるんだぞ。
弾がなければ攻撃中止、出たとこ勝負の成り行き勝負じゃ浮かばれない。
児玉の意見も聞き入れず、とにかく精神論で突撃を命ずる。
古今東西最強のナルシスト。それが乃木希典であり。
飯喰ったらまだ続けてやる。風呂入ってからも続けてやる。
>>583 あなたねぇ……品性品格とか言った口はどの口よ。
585 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/16(日) 20:22:11 ID:hrB5WWwd0
俺の口がどうした。
ナニ言ってるんだ。
はやく乃木を擁護しろよ。
優秀なんだろ。俺の口にいちいち合いの手入れてどうする。
乃木はな、凱旋式で一人だけ軍服着て騎乗して
自己陶酔にしたったウツケ者なんだよ。
586 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/16(日) 20:28:36 ID:ebAB6DVVO
そうやってどんどん恥かきなよ。
久々に笑わしてもらったわ。
587 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/16(日) 20:36:09 ID:hrB5WWwd0
そうやって皮肉ってばかりいないでさ、
なんか乃木の名将の事実を述べてよ。先生。
もう、プレジデントはダメよ。
588 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/17(月) 00:11:37 ID:4B9Cwq570
589 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/17(月) 20:50:31 ID:+koDysF00
誰がプレジデントなって読むかよ。
そんな広告やって一件いくらになるんだ?
590 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/23(日) 07:14:40 ID:TcsH8S+R0
大山巌の言うとおり、誰が旅順をやったって大変な犠牲は避けられない。
なら、人心を掌握している乃木が司令官をやるのが最良。
乃木が神様にふさわしいとは思わぬが、明治陸軍の立派な軍司令官の一人である。
>人心を掌握している乃木
根拠は?乃木の為に死のうっていう説を沢山披露しないと
だめだよ?
志賀氏のようにどうでもいいと思ってたのが大半だと思うが。
大山司令官が、そう認識していたというのは大きいですね。
明治天皇もそうか。
谷が講義録を書くにあたり意見を聴きに行った大将?元帥?も同意見だった。
…志賀氏って誰?なんかの司令官?
593 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/23(日) 21:59:33 ID:TcsH8S+R0
>>591 乃木のために死のうって人が沢山いたなどと、一言も言っていないのだが…
その妄想力に敬服。
>なら、人心を掌握している乃木が司令官をやるのが最良。
も大山元帥の意見。 ソースはそこらで本買って嫁。
>>592 上原元帥ですかね?
594 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/23(日) 22:14:29 ID:9oADM1RH0
根拠は論拠は別として
>乃木の為に死のうっていう説を沢山披露しないと
>だめだよ
旅順攻略が失敗し続ける段階で厭戦気分が乃木に向けられたわけで
乃木自体の人心掌握は十分あったのでは
旅団長だけど中村覚とか友安とかイマイチだよね。
595 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/24(月) 05:26:25 ID:uz8Dragd0
谷講義録って第三軍側の人間の意見はないんだよな。
長岡とか井口とか文句つけてた側のはあるんだが。
596 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/04/30(日) 18:04:08 ID:Tme/0i2w0
保守
革新
フッ、そしてアゲる俺
>>575 そうでもない。
機械化装備を殆ど欠いた状態で臨んだガダルカナルの飛行場設営は6月中旬の上陸以来
6週間程度で周辺施設をも完成し戦闘機の発着を可能にしていますし、
土工用機械の若干の充実をみた18年のハルマヘラ島では上陸後15日で密林を切り拓き滑走路が概成、
周辺施設も逐次完成し上陸25日目には零戦の発着が始まっています。
高度に機械化された米軍の設営部隊が密林を切り拓き飛行場を完成させるのに
2週間前後掛かっているのと比較しても、実に頭の下がる実績と言えます。
昭和18年頃の海軍設営隊の飛行場造成能力は平地の密林を切り拓く場合、
通常20日程度で概成といったペースが標準と見て良いのではないかと思います。
陸軍の場合も条件は異なりますが、同一の設営部隊が2ヶ月に3箇所の飛行場を設営した記録などがあります。
こうした記録は「日本軍は飛行場造成期間が非常に長く、それが戦局に大きく影響した」といった表現が正しくないことを語っているのですが、
それよりも、むしろ装備から見て米軍と比較にならないとされる陸海軍の設営部隊の優秀さと苦労の大きさをこの数字から読むべきであるように思います。
600 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/07(日) 22:30:32 ID:8GVssqHf0
なんか乃木とジーコが最近だぶって見える・・・
601 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/08(月) 07:19:14 ID:ks7Od+AYO
明治天皇を溺愛した乃木将軍。
602 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/14(日) 05:05:44 ID:dX+ye1Y50
明治天皇はそうでもなかった乃木将軍。
御製の句をもらったり昭和天皇の教育係に命じられたりしていたけど。
604 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/15(月) 13:57:16 ID:3pwjrS2Y0
殉死ってさあ、大正天皇に失礼だよな。
微力でも支えてやれよ。
605 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/15(月) 18:52:59 ID:JFANEyDQ0
606 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/15(月) 19:27:50 ID:/d08zBI30
そうだね。
肝心のところで思慮に欠けてる。
本人は純粋というか天然なんだろうけれど
周囲は当惑、迷惑した。
自分のことしか眼中になかったんだろう。
明治天皇は心が広い。
山岡鉄舟とは異質の者だね。
存命していたならば、教育係として
はたして、「宮中某重大事件」でどのような姿勢をとっただろうか。
興味は尽きない。
607 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/17(水) 20:29:28 ID:DHe+wna3O
ID:/d08zBI30=
608 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/17(水) 22:31:50 ID:7K9p5sDM0
>>607 一昨日の ID:/d08zBI30
俺がどうかしたか?
並木路子に歌わしてみたい。
609 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/18(木) 00:34:59 ID:XgrYLUHkO
もしも、最初から黒木大将が(株)旅順攻略のCEOだったら、結果…もしくは結果に至までの過程は大きく変わってたか??
610 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/18(木) 07:04:17 ID:HDACfhlI0
えっ?なんで此処でそのネタふるの?
「旅順白兵戦」でやってるでしょ。
敢えて、ここで、なぜ?
江戸の敵を長崎でか?それとも誘き出し作戦ですか?
611 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/18(木) 16:26:02 ID:t7PWc+zhO
612 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/18(木) 20:59:15 ID:r3hjHxo70
>>609 それよりも乃木が第一軍司令官だったら?
結果に至る過程はかなり変わったとおもうぜ。
613 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/19(金) 08:35:27 ID:TfMYAPe60
そりゃ乃木よりマシだった。
なあんて書き込んだら大変なことになっちゃうよ。
その過程と結果を知りたい者は「旅順白兵戦-4」を見よ。
赤裸々な近代板の現状がそこにある。
名将乃木希典万歳!
旅順を語れば乃木を語る。タブーを犯す非国民よ知識に目覚めよ。
基本的な歴史知識なく乃木を語るべからず。だとさ
>>613 乃木を批判する側がダメダメなヤツね。
西太陽溝北砲台に20日で攻路が掘れた、30日で爆破可能、とか。
そんな砲台ねぇよ、どこの世界の旅順だか。
615 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/19(金) 09:14:16 ID:kfugykOBO
613=614
あからさまな自演を久しぶりに見た
>599
敵ではなく自分の過去の記録を更新したから早いなんて無意味だと思うんだが。
お宅の文章は、要するに「ぼくちゃんはこんな事知ってるんだよ」と無意味に語りたいだけの
すごい無内容が多いな
617 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/19(金) 12:32:59 ID:TfMYAPe60
>>615 強く、同意。
乃木の誹謗中傷を簀巻き、じゃなかったカッパ巻きじゃない
嗚呼、喝破するためには手段は選らないぞ。これが姉妹いや指名だ。使命だ!
今日はパソコンの調子が割る悪い。
>そんな砲台ねぇよ、どこの世界の旅順だか。
砲台もと暗し。ここは2ちゃんねる。赤いミックスナッツのバナナじゃないよん。
乃木万歳!伊地知漫才!夫婦善哉!ぼくちゃん天災!
あ、アカデミックな場じゃ な のねのね 意味、悟れー!くれー!
618 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/19(金) 12:43:38 ID:TfMYAPe60
>乃木を批判する側がダメダメなヤツね。
そう、ダメダメ、ダメ。絶対ダメ。
大体「公刊日露戦史」も持ってなくて旅順を語ろうなんて言語横断
俺はまだローンが残っているというのに、なんたるんだ腹
読めないけれど高い所のものを取るときには役に立つぞ。積んで。
二百三高地はこうやって取ると悟れー!くれー!
読めねー。買うんじゃなかった。誰か買って?くれー!
619 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/19(金) 12:48:31 ID:TfMYAPe60
不公平だろ
620 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/20(土) 01:44:53 ID:c65hbMsS0
どんな本ですか?
621 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/20(土) 06:33:24 ID:oCnPFEbS0
>>614 他者の西方攻撃案を考察してたら、乃木を批判する側?
思い込みもここまで来たら天晴れだな。
623 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/20(土) 11:48:07 ID:oXmnqr1MO
ID:TfMYAPe60=廃人
624 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/20(土) 13:22:00 ID:c65hbMsS0
廃人がキーボード打てるか?
バレバレはあなたの魂胆
ひとのことばっかり気にしてると
本質を見失っちゃうよ。
さーっ!(愛ちゃん風)
625 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/20(土) 13:56:28 ID:oXmnqr1MO
ID:c65hbMsS0=釣られたイタい廃人
626 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/20(土) 15:47:13 ID:oCnPFEbS0
廃人かー
釣りとか言ってるけど、結局 相手されたいだけなんだよね。
>西太陽溝北砲台に20日で攻路が掘れた、30日で爆破可能、とか。
>そんな砲台ねぇよ、どこの世界の旅順だか。
第7師団の人間には存在する砲台だね。
闇雲に否定されてもな 全然説得力ねーよ
627 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/20(土) 16:13:18 ID:oXmnqr1MO
ID:oCnPFEbS0=『釣りとか言ってるけど、結局 相手されたいだけなんだよね。』
とか言いながら、わざわざ割り込んで釣られる恥ずかしい奴。
628 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/20(土) 16:30:04 ID:oCnPFEbS0
oXmnqr1MO
特徴ある[『]を使う人が、昔いたんだよ。嶽原といってな、
糞論者だった。
そいつを思い浮かべる。
釣りというのはもっとネタを使うもんだよ。
>>628 『が何かの特定になるという考え自体が問題ですね。
630 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/20(土) 16:58:21 ID:oCnPFEbS0
>>629 A48vk2hOO oXmnqr1MO
と交互に使われてもね それ以外のIDを是非使ってみてください。
嶽原憎しの人か…
そんで、西太陽溝北砲台ってどこの史料にあるの?
632 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/20(土) 17:24:37 ID:oCnPFEbS0
>>631 色々あるよ。日露大戦史、軍閥興亡史の第7師団25連隊第3中隊の兵士の日記にも
出てきた。東小山=西太陽溝北砲台 というのは間違いないようだけど
誰かさんの頭の中では 西太陽溝北砲台は ないものらしい。
脳内想定乙 ってところでしょ。
>東小山=西太陽溝北砲台
東小山に砲はないが。
634 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/20(土) 19:45:20 ID:oCnPFEbS0
>>633 東小山の戦いは12/23辺り
日露大戦史では日時は書いてないが、西太陽溝北砲台という名目は出てくる。
第7師団25連隊第3中隊の兵士の日記にも西太陽溝北砲台を12/23に攻略する
様子が描かれている。
ネタになったのも確か 第7師団関連の記述ですよね。
西太陽溝北砲台に対する攻撃はあったというのは間違いないですね。
どっかに誤爆してない?
だからどこが砲台なのかと。
砲台、て何か、という話からするの?
637 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/20(土) 20:05:33 ID:oCnPFEbS0
>>635-636 あぁ君の脳内解釈よりは軍閥興亡史の伊藤氏の意見や
日露大戦史の解釈、第7師団の日記を信じるよ。
しっかり悶えてくれ。
東小山が西太陽溝北砲台であるという根拠は何?
そちらの解釈こそ、脳内推定に過ぎませんね。
>そちらの解釈こそ、脳内推定に過ぎませんね。
第7師団の日記や記念の記述 、日露大戦史など複数以上の
記述にて 西太陽溝北砲台を攻撃したとある。
公刊戦史ではこのときに攻撃した場所は東小山となっている。
つまり東小山=西太陽溝北砲台と解釈するのが自然。
>>614 >西太陽溝北砲台に20日で攻路が掘れた、30日で爆破可能、とか。
>そんな砲台ねぇよ、どこの世界の旅順だか。
↑のような脳内世界では無いという結論みたいですがね。
では第7師団の兵士の日記、記念、日露大戦史は皆間違ったのかな?
そして日記を引用した伊藤氏も間違ってたのか?
せいぜい悶えてくれや。
間違いですね。
その理由。
一、西太陽溝北砲台など、ありません。
二、東小山には砲は据えられておらず、砲台ではありません。
それら資料を鵜呑みにしたために生じた誤りです。
では百歩譲って、仮に東小山=西太陽溝北砲台としましょうか。
主防御陣地線から数百メートル離れた小山を30日かけて爆破する、と。
それは一体何のため?
>それら資料を鵜呑みにしたために生じた誤りです。
ゴメン 、君の脳内想定よりは 第7師団の日記や記念、伊藤氏
や日露大戦史の方を信じる。
残念だね。
第7師団の日記や記念記述には西太陽溝北砲台ってあるんだって?
軍閥興亡史にもそういう記述があるよねー
さらに旅順要塞背面備砲一覧表(服部砲兵大尉)世界史としての日露戦争より
西太陽溝北堡塁って砲が配備されているよね。
∩___∩ ∩___∩
♪ | ノ ⌒ ⌒ヽハッ __ _,, -ー ,, ハッ / ⌒ ⌒ 丶|
/ (●) (●) ハッ (/ "つ`..,: ハッ (●) (●) 丶 今、どんな気持ち?
| ( _●_) ミ :/
>>640 :::::i:. ミ (_●_ ) | ねぇ、どんな気持ち?
___ 彡 |∪| ミ :i ─::!,, ミ、 |∪| 、彡____
ヽ___ ヽノ、`\ ヽ.....::::::::: ::::ij(_::● / ヽノ ___/
/ /ヽ < r " .r ミノ~. 〉 /\ 丶
/ /  ̄ :|::| ::::| :::i ゚。  ̄♪ \ 丶
/ / ♪ :|::| ::::| :::|: \ 丶
(_ ⌒丶... :` | ::::| :::|_: /⌒_)
| /ヽ }. :.,' ::( :::} } ヘ /
し )). ::i `.-‐" J´((
ソ トントン ソ トントン
>>643 落ちつきなさいな。
>西太陽溝北堡塁って砲が配備されているよね。
話してたのは西太陽溝北「砲台」でしょ?
堡塁じゃなくて砲台。
落ちついたら、IDの事も説明して下さいね。
>>644 誰かがコピペしただけでしょ? それがどうかしたの?アンカーもなくそのまま。
>>645-646 一、西太陽溝北砲台など、ありません。
これの根拠はまだ? 全然出てこないんだけど?
A48vk2hOOの脳内想定で決定でいいっすね。
>>648 公刊戦史付図に、そんな砲台などありません。
第7師団の日記や記念記述には西太陽溝北砲台ってあるんだって?
軍閥興亡史にもそういう記述があるよねー
さらに旅順要塞背面備砲一覧表(服部砲兵大尉)世界史としての日露戦争より
西太陽溝北堡塁って砲が配備されているよね。
∩___∩ ∩___∩
♪ | ノ ⌒ ⌒ヽハッ __ _,, -ー ,, ハッ / ⌒ ⌒ 丶|
/ (●) (●) ハッ (/ "つ`..,: ハッ (●) (●) 丶 今、どんな気持ち?
| ( _●_) ミ :/
>>649 :::::i:. ミ (_●_ ) | ねぇ、どんな気持ち?
___ 彡 |∪| ミ :i ─::!,, ミ、 |∪| 、彡____
ヽ___ ヽノ、`\ ヽ.....::::::::: ::::ij(_::● / ヽノ ___/
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ソ トントン ソ トントン
>>647 コピペする理由がないな。それっきりでなんの進展もない。
無意味な事をする馬鹿ということか。
はたまた複数IDの同時使用でトチったか。
いずれにしろ、愚かな粗忽者ということだ。
砲台と保塁の区別もつかないみたいだし。
653 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/20(土) 23:18:35 ID:oXmnqr1MO
挙げ句の果てに言葉につまると
>>630のように
他人に自演のレッテルをはったり
ID:oCnPFEbS0は…まったくww
654 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/20(土) 23:26:23 ID:c65hbMsS0
>>647 あっ、ごめん。コピーしたの俺。
いい書き込みだったので、むこうも解決するかなと思って
悪気じゃなかったのですが、なんかご迷惑をかけたようです。
ふたつのIDじゃないよ。
必要があればいつでも呼んでください。
明日、移行ID変わっても応じますから。
>>654 残念ながら、資料の間違いに気付かなかった人による、誤った解釈です。
「保塁にも砲がある。だから砲台でも間違いじゃない」
という反撃があるに一票。
657 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/21(日) 00:42:17 ID:wQjhuYfN0
軍閥興亡史を読んだ。
上等兵大野氏の日記が掲載されている所に「西太陽溝北砲台」なる記述はたしかにある。
がしかし、彼が述べている内容、ことに地名が正しいかどうかは、甚だ疑問。
例えば、二百三高地攻略後休養を命じられ二キロ後方の部落に下がる、とあるが、
その地名を太陽溝部落と記している。
しかしそんな部落はない。
該当する距離にある似た地名の部落、大東溝部落の間違いだろう。
この場合、けして『太陽溝部落=大東溝部落』とはならない。
『太陽溝部落は大東溝部落の誤り』としなくてはならないのは自明。
「西太陽溝北砲台」なるものについても、同じように捉らえるべきである。
日記では、件の「西太陽溝北砲台」は旅順新市街から七百メートルの距離にある
と書かれているが、これは全然間違い。その距離では、既に主防御陣地線を突破
している事になる。
本来この時点で、距離や地名については誤りが多い、西太陽溝北砲台とは実在
するのか、と注意してしかるべき。
しかし好意的に判断して、主防御陣地線から七百メートルという意味としよう。
ここには東小山なる名の小山がある。
公刊戦史にも、日記に符合する日付で、東小山で戦闘があったと書かれている。
「西太陽溝北砲台」なるものは、東小山の誤りであろう。
この場合も先と同じく、けして『西太陽溝北砲台=東小山』とはならない。
『西太陽溝北砲台は東小山の誤り』としなくてはならないのは自明。
まとめ。
・日記にある「西太陽溝北砲台」とは、東小山の誤り。
・日記には、他にも地名や距離に誤りのある点が認められる。
・「西太陽溝北砲台」なる名は、公刊戦史付図には存在しない。
・日記の中に存在する。
>>658 >彼が述べている内容、ことに地名が正しいかどうかは、甚だ疑問。
彼一人がそう述べてたら、勘違いもあるだろうね。しかし、他にも西太陽溝北砲台
という記述があるのだで君の意見は説得力はありません。
>該当する距離にある似た地名の部落、大東溝部落の間違いだろう。
それこそ 君の思い違い。太平溝部落かもしれないね。
当時の日清戦争後に書かれた地図を見て話をしたら?
>「西太陽溝北砲台」なるものは、東小山の誤りであろう。
誤り?w 誤りなの? 陥落させたあと、東小山に名前が代わったという
発想にならないの?赤坂山や二百三高地とか高地から山に代わった
地名もあるというのに。
これから 二百三高地 とか 赤坂山とか地名が出てきたら、そんな所は
攻撃してないとか言い切られるよ。 ここまで来たら天晴れだよね。
ちなみに東小山へは西太陽溝堡塁から射撃できるほどの距離に
あります。
余談ですが…
西太陽溝砲台への攻撃築城は12/26に軍司令官が訓令しているね。
西太陽溝堡塁以南の本防御線の防備堅固ならざるを知り
本攻撃正面の攻撃進捗とともに第七師団をもってこの方面を
攻撃せんことを計り…
西太陽溝堡塁に対して極力攻撃作業を継続してもって該堡塁
将来の攻撃をよういならしめ…
この時点で堅固ならざる を知るのですね。
>他にも西太陽溝北砲台という記述がある
どれですか?
日露大戦史なんていう、ありふれた名だけでは何もわかりませんね。
>>大東溝部落の間違いだろう。
>太平溝部落かもしれないね。
いずれにしろ太陽溝部落ではないという事
>陥落させたあと、東小山に名前が代わったという 発想にならないの?
発想?根拠なしの妄想の間違いでは?
>赤坂山や二百三高地とか高地から山に代わった地名もあるというのに。
そういうのは、きちんと明記されます。またそれぞれ理由もあります。
上の妄想には、そういうのがありません。
>いずれにしろ太陽溝部落ではないという事
君のように勝手な妄想で大東溝部落なんて決定づけられても説得力はありません。
なぜ 大東溝部落としたのですか?
>発想?根拠なしの妄想の間違いでは?
根拠はあるでしょ?西太陽溝北砲台と記載している資料は多々ある。
第7師団の複数の意見、日露大戦史 高安亀次郎編 第七十四章 各方面の活動
他には、日露大戦史 富岡福寿郎(如夢)編 第廿九章 旅順降伏
にも西太陽溝北砲台が出てきますね。
色々出てきます。
>>614 >西太陽溝北砲台に20日で攻路が掘れた、30日で爆破可能、とか。
>そんな砲台ねぇよ、どこの世界の旅順だか。
614の脳内世界の旅順にはないそうですが、仕方ないですよ。
○○だもの。
第7師団の日記や記念記述には西太陽溝北砲台ってあるんだって?
軍閥興亡史にもそういう記述があるよねー
日露大戦史 高安亀次郎編 第七十四章 各方面の活動
日露大戦史 富岡福寿郎(如夢)編 第廿九章 旅順降伏
にも西太陽溝北砲台って出てくるんだってー
さらに旅順要塞背面備砲一覧表(服部砲兵大尉)世界史としての日露戦争より
西太陽溝北堡塁って砲が配備されているよね。
∩___∩ ∩___∩
♪ | ノ ⌒ ⌒ヽハッ __ _,, -ー ,, ハッ / ⌒ ⌒ 丶|
/ (●) (●) ハッ (/ "つ`..,: ハッ (●) (●) 丶 今、どんな気持ち?
| ( _●_) ミ :/
>>614 :::::i:. ミ (_●_ ) | ねぇ、どんな気持ち?
___ 彡 |∪| ミ :i ─::!,, ミ、 |∪| 、彡____
ヽ___ ヽノ、`\ ヽ.....::::::::: ::::ij(_::● / ヽノ ___/
/ /ヽ < r " .r ミノ~. 〉 /\ 丶
/ /  ̄ :|::| ::::| :::i ゚。  ̄♪ \ 丶
/ / ♪ :|::| ::::| :::|: \ 丶
(_ ⌒丶... :` | ::::| :::|_: /⌒_)
| /ヽ }. :.,' ::( :::} } ヘ /
し )). ::i `.-‐" J´((
ソ トントン ソ トントン
そろそろ:/3m9DoVwOが書き込むな
>陥落させたあと、東小山に名前が代わったという 発想にならないの?
まずはこの発想の根拠をどうぞ。
根拠なしなら単なる妄想です。
赤坂山や二百三高地とかは、名称変更は明記されていますので、何の根拠にも
なりません。
戦後に出された本は、間違いが多いのです。
二百三高地陥落を12月6日としていないなどが例。
西太陽溝北砲台と書かれているのは、そういう類の誤りです。
昨夜に較べ、砲台と堡塁の区別がつくようになったらしいのは喜ばしい。
進歩してますね。
>>666 >>東小山に名前が代わったという 発想にならないの?
>まずはこの発想の根拠をどうぞ。
>根拠なしなら単なる妄想です。
では貴方は二百三高地や赤坂山、ナマコ山などは名前が代わらなかったと
言い切るのですね。明記してあると話をそらしていますが、代わったか
代わらなかったかといえば 代わっていますね。
それよりも 西太陽溝北砲台というのが俺の脳内だけでなく、たくさんの資料から
出てくるわけだが、>西太陽溝北砲台と書かれているのは、そういう類の誤りです。
と、君の脳内だけで留めておけばいいものを、公開したら己のアホさを
出すだけですよ。
>>614は
>西太陽溝北砲台に20日で攻路が掘れた、30日で爆破可能、とか。
>そんな砲台ねぇよ、どこの世界の旅順だか。
と言い切ったし、貴方は擁護しているようだがw
>>666 >戦後に出された本は、間違いが多いのです。
日露戦争に関する評価のありとあらゆる 本は 戦後に書かれた物ですよ?
貴方の持っている本だけが正しいという理由は?
夜郎自大もここまで来れば天晴れ 天晴れw
>>669 地名陣地名などは、公刊戦史が最も信用出来るものと考えてよいでしょう。
公刊戦史にはない地名が載っている幾らかの書物の方が正しいとでも?
もはや無茶苦茶ですあなたの言う事は。
>>670 又話を逸らす。
>西太陽溝北砲台に20日で攻路が掘れた、30日で爆破可能、とか。
>そんな砲台ねぇよ、どこの世界の旅順だか。
これが東小山=西太陽溝砲台じゃないの?って誰かが言ったら
783 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2006/05/07(日) 22:56:26 ID:haXxg9XtO
>>781 北砲台だの西砲台だの散々な事を言っていた人の考えでは説得力ないが。
東小山は東小山。
と言い切った人がいたわけだ。
だけどここのスレの
>>658 で
この場合も先と同じく、けして『西太陽溝北砲台=東小山』とはならない。
・日記にある「西太陽溝北砲台」とは、東小山の誤り。
と矛盾した事を述べている。
むちゃくちゃというのは 658の事を言うんだよ。
658 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2006/05/21(日) 01:31:07 ID:/3m9DoVwO
のIDは:/3m9DoVwO
なんだ 矛盾した事をツラツラと述べて何をいいたいのだが。
>>671-672 西太陽溝北砲台なんてないんです。
そう書いてる日記とかもあるが、それは東小山の誤り。
別に話をそらしてないし、矛盾してるわけでもない。
「西太陽溝北砲台=東小山」ではなく、「西太陽溝北砲台と書いてあるのは、東小山の誤り」、
この違いがわからないとでも言うの?
674 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/21(日) 15:40:20 ID:0A7FeEip0
万骨を枯らして功を成さなかった乃木さんは最低
なったじゃん。東郷と並ぶ名将として知られたぜ。
676 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/21(日) 17:03:42 ID:vdgveBaNO
677 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/21(日) 23:32:35 ID:0A7FeEip0
旅順を落としたのは児玉源太郎。乃木の唯一の功績は陛下の赤子で死体の山を
築いたこと。
678 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/22(月) 00:05:34 ID:vdgveBaNO
ID:0A7FeEip0=池沼死馬厨
679 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/22(月) 08:05:23 ID:lc6T4Wxs0
天下の愚将・乃木閣下を讃える板ですか?
板とスレの違いがわからん奴がなんか言ってますな。
681 :
兵士の母:2006/05/22(月) 14:33:21 ID:Mf1eNrW40
息子は乃木に殺されたんだ。乃木が憎い。息子を返せ!
>>675 それは切腹してからじゃないか?
生前は叩かれまくってたみたいだし。
683 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/22(月) 16:59:03 ID:ttTLbR/80
司馬以上に、吉村昭は乃木を無能扱いしれるぞ。
なぜ、吉村を糾弾しない?
684 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/22(月) 17:02:19 ID:odqqgtUUO
明治大帝を愛した乃木将軍…
明治大帝に忠誠を誓った乃木将軍…
685 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/22(月) 17:55:13 ID:lc6T4Wxs0
司馬の日露戦争モノの種本は谷寿夫中将の纏めた「機密日露戦史」
司馬の乃木観が左翼なら谷中将もサヨ。その中将が南京虐殺の当事者として
中国で死刑になったというのも妙なハナシ
686 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/22(月) 20:05:41 ID:4eeOa1QP0
>>683 「海の史劇」?
あれは酷かった。
吉村は乃木に私怨でもあるんじゃないかと思った。
687 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/22(月) 20:21:07 ID:sKP4Caf90
>>681 一人息子を と泣いてはすまぬ 二人なくした方もある
>司馬の乃木観が左翼なら谷中将もサヨ。その中将が南京虐殺の当事者として
>中国で死刑になったというのも妙なハナシ
それは自称右翼の妄想だからこそなせる技
689 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/05/25(木) 19:31:08 ID:ZsDVohbW0
結局、物事っていうのは思い込みで動くのよね。
腹切らなかったら忘れられただろう。
こがヘンだよ「機密日露戦史」
その一
大本営から旅順に参謀が来て、「なぜ毎月26日に攻撃するのか?」と問い質し、
伊地知があれこれ理由をつけて説明するところ、おかしいと思う。
このやり取りが成立するためには、以下のような信じがたい事柄が全て事実でな
ければならない。
一・大本営は八月の総攻撃の開始日、九月の攻撃開始日、を誤って記録している。
二・派遣された参謀は勿論、大本営でその誤りに気付いた人は皆無。
三・問い質された伊地知は、開始日が違う事に反論しない。
ありえない。
「ここが」ね。スマソ
君が変だよ
>>691 なぜ毎月26日に攻撃するのか?なんて質問はしていません。
第3回の総攻撃に23日に定めたるや、これは従来各回の攻撃日が
常に26日なるを以ってこれを他の日に改めんとせしむるにあつた。
もっと別の日取りで攻撃をかければどうか?と問い掛けにいったの。
>>693 >なぜ毎月26日に攻撃するのか?なんて質問はしていません。
>もっと別の日取りで攻撃をかければどうか?と問い掛けにいったの。
そうでした。
でも、疑問は変わらないな。
大本営が総攻撃時日を間違えているのは変わらない。派遣参謀も含めてね。
また、それに伊地知が反駁しないで答えるというのも変わらない。
やはりありえない話だね。
あと、そこの所の、この文。
「第三回の総攻撃を、何故に二十三日と定めたるや」
二十三日ってのは、何のことなのだろう。
>>695送信ミス、以下追加。
二十三日と定めて、二十六日ではなくなっているのに、なぜ他の日に改めさせようと
いうのか。話が繋がらない。
誰か、説明できる?
23日に攻撃開始としているのに、なぜ、これまで26日ばかりという理由をもって
開始日の変更を奨めるために大本営は参謀を派遣したのか。
アンチは旅順スレでやれよ。
乃木にとって、旅順攻略はただ一つの仕事にすぎないだろ。
ここが変だよ「機密日露戦史」その一
大本営参謀が旅順に行って第三回総攻撃の予定日の変更を求めた、ってのは変じゃね?
は、結論として、説明がつかない、おかしい、という事でいいですね。
700 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/02(金) 18:31:05 ID:IlFKiXZXO
変といえば、軍幕僚の言がほとんどない事自体がヘン。
701 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/02(金) 19:37:25 ID:iTKqRNBW0
兵站幕僚のならあるぞ。
702 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/02(金) 23:19:55 ID:IlFKiXZXO
だからほとんどと書いた
703 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/03(土) 14:21:33 ID:08A5aCYQ0
いい人だったけど軍人には向かなかったのね
704 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/08(木) 20:43:33 ID:p0kOMmHC0
自らが突撃の駒だったんでしょ?
705 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/08(木) 21:00:02 ID:UrYucH2sO
残念だが軍人の心をもった文人だ。
706 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/08(木) 21:16:13 ID:tKa/AzBI0
軍人の心をもちたかった文人だったろうけど、残念でもなんでもない。
ここ最近とみに愛想が尽きた。
707 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/08(木) 21:33:58 ID:UrYucH2sO
706
本人からしてみればって話だ。
708 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/08(木) 21:59:53 ID:Tj7fDWCpO
旅順は大村益次郎にまかせるべきだった。
歴とした軍人で文才もあった、という事実を直視できない面々がおわします。
710 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/08(木) 23:46:48 ID:QkC4lz8nO
711 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/10(土) 12:21:01 ID:M3j3afZV0
>>710 >うぜ〜んのはお前だよ。福洲に帰れ!!
712 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/10(土) 14:22:36 ID:kuiRwdau0
乃木の唯一の"功績"は天皇の赤子で死体の山を築いたこと。
713 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/10(土) 17:54:01 ID:M3j3afZV0
なにが軍神だ、馬鹿!
台湾総督も満足にできないスチャラカじゃねーか。
当時の台湾銀行は今の社会保険庁と同じ。国家存亡の危機ならまさに是。
あのまま乃木に任せていたら旅順の前に日本滅亡沈没だったろうね。
大倉喜八郎もそりゃ、あきれて日本に帰るよ。
統治者としての才能と軍人としての才能は別。
715 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/10(土) 22:28:50 ID:THsy5iWqO
まただよ。
乃木の悪口を言うと キムチ臭くて、火病だってよ。
まったくどっちが火病ってるか鏡みせたいよ。
717 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/10(土) 22:47:43 ID:M3j3afZV0
そんなことかあるかい、馬鹿は馬鹿。
そんなこと知らないのか?
相手を朝鮮人と罵倒しようがなんの効果もないね。どんどんやってくれ。
屁でのなよ。キムチは臭いけど旨いよ。お前焼き肉や絶対行くなよ!
味噌汁飯にぶっかけて脚気にでもなって見せてくれ。拍手喝采だ。墨田川ー。
718 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/10(土) 22:52:00 ID:THsy5iWqO
乃木大将の悪口を喜んで語る人種とは何か?
乃木大将を尊敬する支那人と朝鮮人は一人もいない。
乃木大将を尊敬する日本共産党員、社民党員も絶対にいない。
乃木大将を憎む動物は上記の中のみに存在する。
719 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/10(土) 22:52:20 ID:M3j3afZV0
あとさ、軍人に文才なんて不用意。
本筋を見失うなよ。馬鹿が増長するだけなんだから。
一度乃木はトコトン貶めなきゃダメだね。
供養はその後だ。
720 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/10(土) 23:16:20 ID:THsy5iWqO
ID:M3j3afZV0は
>>718で素性がバレてだんまり。
そして逃亡ww
721 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/11(日) 17:17:11 ID:igPkmQv90
ちょっと悪口言われると喚き散らかしてヒステリックこの上ないから
暇になるとからかわれる面白い存在と腫れ物のような偶像
乃木の悪口なんて面白くもなんともないよ。
お前らの馬鹿さかげんが面白いの。たのむよ、ハッスルハッスル
だけど、その価値は「焼き肉」より低いという真実に大爆笑!
明日は学校だ、また宿題やってかないと先生に怒られるぞ。
義務教育なんだからちゃんとやれよ。
722 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/11(日) 18:29:08 ID:WJFUIsQC0
ほんと
>>721のオバカさ加減はヒマつぶしの玩具として最高ですな。
724 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/11(日) 19:26:21 ID:93OuTbQ/O
司馬遼太郎はウンコ以下
725 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/11(日) 20:44:16 ID:igPkmQv90
↑ははサンバか対象
宿題終わったのか?また、先生に怒られるぞ。
726 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/11(日) 21:11:45 ID:93OuTbQ/O
igPkmQv90=世界的に偉大な軍人を罵倒して喜びを感じるマルクス主義者。(しかも朝鮮人)
司馬の悪口を言われると発狂して激怒する人間産廃。
727 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/12(月) 04:20:37 ID:D8DHC42R0
いまだに司馬か
進歩ないね。
相変わらず
死んで記憶から消えた人→司馬
死んで名を上げた人→乃木
729 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/12(月) 22:50:50 ID:D8DHC42R0
死んで汚名を残すことを余儀なくされた者→乃木希典
司馬?そんなもんどうでもいい。勝手にどうぞい
730 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/13(火) 00:06:33 ID:u4sbJWKmO
729=歴史の知識0の糞野郎。
司馬?どうでも良い!とほざきながら司馬を庇う馬鹿助。
731 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/13(火) 14:53:33 ID:sBv7lL6g0
わからん馬鹿だな。誰が司馬庇ってるのん。
やれ、やれ、どんどんやれ、
だけど乃木は許さんからね。
あれ、司馬出したら少し手加減すると思ったの?
はは、相変わらず甘いね。相変わらず馬鹿か
732 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/13(火) 17:04:56 ID:XfP8rqkD0
乃木とジーコ監督って昔から何かイメージ被るんだよね
無能な人格者で、指揮能力以外の点が尊敬されている
733 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/13(火) 19:59:23 ID:XTKauQAp0
734 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/13(火) 22:08:25 ID:sBv7lL6g0
いんや、もっと間抜けなのはここの乃木信者だ。
ヘンな原理主義でテロでも起こしかねない。
そいで、人質とってるみたいな大勘違い!それが司馬だと。
「坂の上の雲」文庫本第一巻つかんでこれが見えないとずーとやってる。
んでさ、俺が有坂28マグナムでぶち抜いてやる。
全員貫通、後ろの神社までぶっ壊してやる。
朝鮮、中国、役人より、お前らが日本国家の恥骨じなんだよ。馬鹿
735 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/13(火) 23:14:02 ID:7AS4xt3H0
と、言っている734がもっともっと間抜けなのであった。
つーか意味わかんねえよその文。ラリってんのか?
736 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/15(木) 14:36:41 ID:x9AESPqA0
意味わかんねえ?
はは〜ん。お前、朝鮮人の工作員だな。
もっと日本語勉強しないと偉大なる将軍様からお仕置きだぞ。
737 :
735ではないが:2006/06/15(木) 17:25:28 ID:5rNQsZrDO
734の文の意味分かる奴いんの?
734が頭おかしいのは良く分かる文章だが…。
738 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/16(金) 11:43:26 ID:1JFmXWCO0
↑あっ、自演みつけた。
739 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/16(金) 17:44:12 ID:p3oP1KEFO
>>731勤労放棄のゴミ野郎の分際で
乃木大将批判か?ww
740 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/16(金) 23:56:41 ID:rblMoQzR0
水師営の会談で有名なステッセル将軍が戦後敗戦の責任を問われて裁判に掛けられた
時、乃木が新聞などに弁護の談話をしてやったのは余程もらった馬が良かったんだろ
うな。
741 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/17(土) 02:06:25 ID:UT0MViSh0
日本は神の国である。
742 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/17(土) 11:32:44 ID:3UY5741c0
乃木は無能。
743 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/17(土) 15:55:46 ID:jL9M8dxNO
↑チョソ曰わく
乃木はチョン
745 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/17(土) 19:16:25 ID:jL9M8dxNO
>>744へ〜
坂の上の雲にそんな馬鹿な事が書いてあるの?
坂の上の雲…
とんでもないウンコ小説だなww
746 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/17(土) 20:20:37 ID:eB5vlJeK0
朝鮮野郎が戦後責任を問うように小説「坂の上の雲」をたてに
馬鹿乃木を擁護しているよ。
お前らが擁護する乃木は徹底的に糾弾してやる。
国家の恥じなんだよ。
「坂」も司馬の一緒に燃やして結構、それで本望じゃない。司馬さんもせいせいするよ。きっと
チョンと発言するだけでは 馬鹿でもチョンでも のチョンかもしれないし、
乃木はチョンと発言するだけで、乃木=朝鮮人となるわけではない。
748 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/17(土) 20:25:33 ID:jL9M8dxNO
749 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/17(土) 20:36:08 ID:AK3IY3JZ0
乃木が軍神として過大評価されていた部分に一石を投じたのは凄いでしょ。
乃木が無能か有能か、それは今じゃ知る由もないけど、司馬さんは乃木の人柄は評価してたね。
おらぁああいう不器用だけど生真面目なキャラって好きだな。
無能論は司馬さん発祥ではないけど広まったのは事実だよね。
でも203高地等の映画の方が広める要因としてはでかくない?
日露だと乃木ばかりで黒木、奥、野津ら他軍の将がかわいそう。
750 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/18(日) 16:37:51 ID:nMVKhYNu0
いや、司馬は大きな過ちを犯したね。
糞みたいな乃木信奉者の絶好の隠れ蓑を提供してしまった。
乃木とかとうに忘れ去られてよかんたんだよ。
それをネタに金儲けしている奴らや利用されている馬鹿が
日本をダメにする。
751 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/18(日) 17:07:26 ID:R4DLvpPwO
>>750そうですね
司馬は過ちだらけでどうしようもない馬鹿ですよね。
まぁ乃木大将は世界的に尊敬されてる名将でまさに神!!!
で、あなたは司馬同様に『糞馬鹿』ですがww
752 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/19(月) 23:27:33 ID:67m39WRXO
兵を死なせ過ぎだら!乃木は突撃戦法以外知らないのかね?知恵がないアホ
753 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/20(火) 20:07:04 ID:YhgBakxC0
そうだね、空爆とかミサイルとか戦車とかなんで使わなかったんだろうね。
君はトーチカに戦車で立ち向かうのか?
755 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/25(日) 21:37:01 ID:RFiadQs00
馬鹿な乃木を馬鹿だと真っ当に評価する者を
「糞馬鹿」と指摘する意義と利害を知りたいものだ。
本当のところはあんまり興味ないんだけれど。
答えは「馬鹿」だからだろう。
3年後にあなたの書き込みを読み返させてみたいものだ。
そんなサービスがあったらなあ。でも進歩ないんだろうなあ。死んで直らないしなあ。
756 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/26(月) 06:13:26 ID:q9BUffSAO
757 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/28(水) 22:39:05 ID:Yp15247O0
いや、お前だ。
758 :
最強の馬鹿は:2006/06/29(木) 06:57:40 ID:mdI2aQ8OO
乃木は突撃しか知らない愚将軍
黒木・奥・野津あたりは別に薩長閥でなくても実際大将になれたと思う
一方で、乃木は愚将とまでは思わないけど戦歴見る限り・・・ね
軍司令官(=大将)には不適格でしょ
これが全てじゃないの?
乃木以外の軍司令が全員高レベルの軍人だからな。乃木が微妙に見えるのも無理は無いが
762 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/30(金) 01:49:01 ID:iqiL24j60
>>760 乃木は戦歴を見る限り、かなりの将軍だが。
日清戦の戦歴に鑑みて、野戦が得意な将軍という評判があったという。
>>761 黒木、奧、野津と較べ少し年代が下がるから、まあ比較的見劣りする感が
あるかもしれないが、彼らに続く野戦軍司令官として相応しいのは、乃木。
763 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/30(金) 19:06:08 ID:9hmR2vdr0
↑ほらほら最強の上をいく馬鹿が登場するよ。
こんな奴がゾロゾロだからこのスレは救われないんだよ。
↑具体的な反論もせずに、何煽ってるんだか。
763みたいな奴がゾロゾロだからこのスレは救われないんだよな。
乃木は確かに優秀な将軍だとは思うが他に居なかったのかな?
軍司令官として相応しそうな軍人。
あと個人的には日清戦争当時
旅団長だった人間は基本的に日露で師団長やってるけど休職も多かった
乃木がなんであんなに出世が早かったのかも若干疑問
> 旅団長だった人間は基本的に日露で師団長やってる
kwsk
>>765 乃木は少将で10年足踏みしてるよ。
もっとも黒木は8年、奥は9年少将やってるけど。
768 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/01(土) 04:04:50 ID:KExQJ5aC0
戦争ないと軍功もたてられないのちがいますか。
少将と中将の間は大きいんでしょう。
769 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/01(土) 07:27:53 ID:WENFX9hfO
乃木は、日清戦のあとに台湾征討もやってるのが他との差になってんでしょうか。
>>766 近衛師団 長谷川好道→第十二旅団
第一師団 伏見宮貞愛親王→第四旅団
第二師団 西寛二郎→第二旅団
第三師団 大島義昌→第九旅団
第七師団 大迫尚敏→第五旅団
第八師団 立見尚文→第十旅団
第九師団 大島久直→第六旅団
第十師団 川村景明→近衛第一旅団
第三軍司令 乃木希典→第一旅団
とまあかなりの数の旅団長が師団長やってるんだけど一人浮いてる感はある
ただ今俺も調べたところ乃木は今あげた中で少将任官が一番早かった。
だから台湾出兵なんかも手伝って順当な昇格だったのかもしれない
>>771 明治37年六月に大将に昇進した人材の中からしか選べない状況だったのでは、と思う。
その内の長谷川、西は、開戦早々に師団長として大陸に出征ずみ。
後に編成された旅順要塞攻略軍の軍司令官として任命されるのは、この点でも
難しかったんだと思う。
まあ「軍司令官」にはなってるんだけどね、二人とも。
>>771 名将だ愚将だといまだにシンパとアンチが途切れない一因だろうね
宮様はともかく長谷川、大迫、西、大島、立見、大島、川村、乃木の中から
乃木チョイスかよっ・・・とまあ乃木は愚将ではないと思う俺がみても乃木以外なら
もう少しなんとかなったのでは?と正直思える一覧ですな
席次でいけば順当。
乃木は岡沢と並んで明治28年組の中将最古参者。
乃木の上にいるのは大山、山縣、野津、黒木、奥、佐久間、桂。
岡沢は侍従武官なので除外。
>>771 ていうか乃木の少将昇進は黒木と一緒だし。
江川漫画、漸く旅順ですよ。
ここは、小説かマンガで徹頭徹尾乃木名将論に立脚した作品を読んでみたいところだな。
「銘木先代萩」対「樅ノ木は残った」、「権現様史観」対『関ヶ原』対『戦雲、関ヶ原へ』、「信長公記」対「武功夜話」に
続く「坂の上の雲」を全否定するような名作の出現が待たれるよ。
>>774 佐久間は病欠って確か聞いたことがある
同じ長州だし佐久間がどの程度かはよく知らんけど
佐久間だったらどうだったかは気になるところだな
山縣は大本営参謀総長、桂は総理大臣、大山は満州軍総司令官、佐久間は病弱で野戦不適。
これで乃木以上の地位の人材は種切れ。
乃木と同期の岡沢は侍従武官長やってるから駄目。
明治29年組の中将は児玉、長谷川、西、山口だが、長谷川と西はそれぞれ出征済みで、児玉は参謀次長。
最後の山口は病臥中(同年病没)なので、人事としては乃木が選ばれて当然だったと言える。
780 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/04(火) 06:47:10 ID:b4XkYjkl0
川上、田村、野津兄など結構死んでいるなあ、実は人材難?
妄想だが大村が殺されずよって山田も干されず立見が長州生まれだったら・・・
そこで目が覚めて、ご都合主義の虚しさを噛みしめる、と。
谷干城・・・とか言ってみる
>>781 立見が長州だったら魅力半減だろw
784 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/05(水) 23:28:50 ID:KI5UT6fg0
名将乃木希典大将を冒涜するバカどもは漫画と諸説と妄想してろ
冒涜なんかしてませんらい!!
786 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/06(木) 10:18:27 ID:jgogBZeI0
司馬とか「坂の上の雲」を読んで感化されているバカどもに
名将乃木大将を語る資格なし。
787 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/06(木) 10:24:03 ID:pxUh/75gO
まだ他に寺内や長岡がいるじゃないか?
788 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/07(金) 14:52:12 ID:8H8zqu1T0
寺内はバカ、長岡はビリ
乃木は世界に誇る名将。
それだけ。
モラトリアムな無知と司馬信者、朝鮮人は書き込み禁止
790 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/09(日) 22:43:49 ID:eSh0UDhm0
乃木は希代の愚将
洗心
792 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/16(日) 22:53:25 ID:B5n9wJac0
洗剤
793 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/19(水) 04:19:17 ID:afREdWgQ0
黄金山 東鶏冠山 盤龍山 二龍山 松樹山 椅子山 爾霊山 老虎溝山
白銀山 饅頭山 五頂山 龍眼 大狐山 小狐山 大案子山 小案子山
老頭山 白銀山 大頂子山 小坡山 大坡山 南山坡山 望台
黄金山 蟠桃山 東北斗山 南北斗山 郭巨山 役行者山 鷹山
黒主山 鯉山 布袋山 山伏山 白楽天山 八幡山 北観音山南観音山
岩戸山 鈴鹿山 孟宗山 蟷螂山 霰天神山 油天神山 太子山 浄妙山
橋弁慶山 占出山 伯牙山 芦刈山 木賊山 保昌山 長刀鉾 函谷鉾
月鉾 四条傘鉾 放下鉾 大船鉾 船鉾 菊水鉾 鶏鉾 綾傘鉾
もうたく山
795 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/19(水) 16:35:16 ID:M4ahuikVO
明治大帝を愛した乃木将軍
796 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/21(金) 12:10:47 ID:MQ9xO67R0
797 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/21(金) 13:56:35 ID:OJX4QxP5O
野戦配備だったとしてもそこそこ活躍したろうか?
798 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/22(土) 17:56:04 ID:p6EEgP7C0
正体が露見されてせいせいするよ。
799 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/23(日) 14:31:19 ID:thTR92NDO
そこそこ活躍したかもね。
800 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/25(火) 14:11:08 ID:aUh/TO360
そこそこね。底の底、大底。
802 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/29(土) 01:11:37 ID:4ywvcEuH0
乃木を誹謗中傷する非国民に天誅を!
803 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/29(土) 07:50:46 ID:rv0mWXt60
>>797 野戦配備
奉天があるではないか
事実上の新兵集団のような部隊
要塞化は進んでいないとはいえ
露軍防衛の要というべき四方台での戦線突破
そして当時としては異常な移動スピード
最前線での部隊転換
それも次から次へと続けて行く
8D、3Dと他軍団も引きずりながらだ
だから、次々と増援が来るような雪崩のような用兵になっている
そして連隊が最期は数個中隊まで減少し
一部の部隊では敗走さえしながらも
兵をまとめ、目標を明示して志気を落とさない
さらに
ころころ変わる松川の非情な命令までついてくる
だいたい命令が着た時には情勢は全然違ってしまっている
松川が最初から全面包囲を目指していたわけではないことは明らかだ
乃木の展開に乗ったんだ
まるでW2のドイツ機甲軍団のような用兵をしている
革命的といってもいい
途中で乃木は死地を求めてさまよい歩くんだが
部隊運用は乃木を必要としないほど進んでいたし
戦力なんて残っていなかった
おかげで松川の命令を受けずに済んだ
これは認めて欲しい
804 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/29(土) 22:19:34 ID:4ywvcEuH0
結果論だろ。
いったい誰に認めてもらいたいのかね。お笑いだ。
そんなことどうでもいい。
乃木を誹謗中傷する非国民に天誅を!
愛知のキチガイ脳糞古川は神だと思っている。
半年ほど前の正月休みに両親と愛知のキチガイ脳糞古川の実家(もんじゃ焼き屋)に 食べに行った時の話。
両親と3人で鉄板を囲んで食事をしているといきなり脳糞古川が玄関から入ってきた。
もんじゃ焼き屋に似合わない勝負服ないでたちで。
脳糞古川が「私いつもの〜」と言って二階へ上がろうとすると、
店内にいた高校生集団が「脳糞古川さん!」「脳糞古川さんかわいいー!」などと騒ぎ出し、
脳糞古川が戻ってきてくれて即席サイン会になった。
店内に13、4人ほど居合わせた客全員に店内にあった色紙を使い サインをしてくれた。
高校生達が脳糞古川の母校愛知のキチガイ高校トラウマ部だとわかった脳糞古川は いい笑顔で会話を交わしていた。
そして脳糞古川は「またね〜」と二階に上がっていき、店内は静かになった。
私と両親は脳糞古川の気さくさとかわいさに興奮しつつ食事を終え、会計を済ませようとレジに向かうと、
店員さんが階段の上を指差しながら 「今日のお客さんの分は出してくれましたから。また来てくださいね」と。
あれには本当にびっくりした。
中学校の同窓会に行こうとしたら
「中学の時のクラスメートや先生に、愛知のキチガイ脳糞古川だなんて、わかったらどうする。
みっともない。
愛知のキチガイ脳糞古川の身で、同窓会なんかに行くな!」
と怒られた。
「同窓会くらい、いいだろう」と反論したら
「親の言うことが聞けないのか!」と玄関先から、家の中に
押し倒された。
脳糞古川だと、同窓会にも行けないのか?
806 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/06(日) 23:51:22 ID:H/0z0JBXO
明治大帝を寵愛した乃木将軍
807 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/13(日) 20:25:29 ID:m48k3qh60
何万人も殺しておいて、何の面目あって生きてたんだ?
808 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/13(日) 22:50:06 ID:2x6DCVonO
明治天皇を愛した乃木将軍
809 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/14(月) 11:52:09 ID:fbOX9/4/0
なんで乃木軍の参謀に伊地知が選ばれたの?
坂の上の雲では、山県が薩摩閥にバランスを取ったなんていう意味がわからん理由だったけど
>>809 砲術の専門家
当時は薩長が政府も軍も牛耳っていたのだから、
そもそも人材の大半が薩摩か長州だし、均衡も何も無い罠。
811 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/14(月) 18:15:27 ID:1CP5Z4cD0
司馬は妄想で書いてるからな
>山県が薩摩閥にバランスを取ったなんていう意味がわからん理由だったけど
>そもそも人材の大半が薩摩か長州だし、均衡も何も無い罠。
これ全く答えになってない。
813 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/15(火) 00:13:03 ID:JXvGxutI0
伊地知って薩摩がねじ込んで来た人事じゃね?
山形がバランス取るためよりも、そっちのほうが説得力ありそうなんだが
814 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/15(火) 00:26:13 ID:YZXzII1w0
イッチーは、日清戦争で旅順攻撃を体験してるはず。
あと、砲撃・要塞の専門家と見なされていた。洋行経験があるのも乃木の補佐に相応しいと思われていた。
なぜだか知らんが、伊地知をはじめ第三軍司令部はエリートだらけ。
エリートがいない軍って他に何があったのかなぁ。
817 :
810:2006/08/15(火) 08:02:22 ID:tDi6swkl0
>>812 何で?
優秀な人材が薩長で占められている以上、
優秀な参謀長を選んだ場合、それが薩摩or長州である可能性は高いと思うのだが。
元老や総理大臣が薩長で占められていたのも、
藩閥政治に加えて、薩長以外に人材が無かったのもあると思うけど。。。
818 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/15(火) 10:59:10 ID:AwTpO9vo0
>>814 だとするとなぜ司馬は執拗に藩閥人事だと非難するんだろう?
あの時点では妥当な人事だよな
819 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/15(火) 11:20:59 ID:fn1KL5mC0
だって藩閥人事としてしまった方が小説書くとき楽じゃん
嘘だろうが妄想だろうが、司馬は一度も「ノンフィクション」なんて言ってないしw
820 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/15(火) 13:12:10 ID:tufJqi/W0
善悪をきっちり決めた方が読むほうはカタルシスがあって楽しいじゃないか。
現実的で有能な正義の近代日本軍の足を引っ張る悪役として、藩閥人事や愚将乃木といった悪を対置する。
昔からよくある手だよ。
第三軍参謀部の人事についても
他のとこでいらないとされた人材が集められたみたいな書き方があったが、全くの嘘。
第三軍の参謀は洋行帰りが多かった。当時のエリートたちだよ。
822 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/15(火) 13:18:04 ID:fn1KL5mC0
砲の専門家では伊地知が一番最新知識と技術を持っていた
要塞攻略は砲撃でダメージを与えつつ一歩一歩前進するのが常道
823 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/16(水) 05:05:29 ID:n8HTyWHL0
その常道がダメだった。残念でした。
824 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/16(水) 06:17:52 ID:TwiwPI91O
n8HTyWHL0の脳みそと貧弱な知識こそが駄目でした。
残念!!!
(^O^)/
愚将乃木
826 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/16(水) 06:29:01 ID:TwiwPI91O
愚物死場
824 名無しさん@お腹いっぱい。 New! 2006/08/16(水) 06:17:52 ID:TwiwPI91O
n8HTyWHL0の脳みそと貧弱な知識こそが駄目でした。
残念!!!
(^O^)/
828 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/16(水) 12:07:46 ID:n8HTyWHL0
なんか乃木をちょっと「いじる」と腫れ物に触られるように
反応してくるが面白くてついついちょっかいを出してしまいます。
反省はするのですが暇なときついつい悪いイタズラです。
これは一生続きそうです。
いつも有り難う乃木信者諸君。
829 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/16(水) 15:24:44 ID:sc1dvemK0
>>823 砲力が足りなかったのか、そもそも堅固な要塞には砲撃自体が効果的ではないのか。
830 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/16(水) 17:04:37 ID:gOIKvAT30
>>829 当時の砲では、要塞に対して効果的なダメージはないねぇ。
28サンチ砲ですら兵舎にダメージを与えても、貫通はできなかったし。
まして、それ以下の砲では…
---
偵察機も無い時代じゃ、砲撃後の相手の損害など確認する手段もない。
乃木司令部は10万発の砲撃で旅順要塞を十分破壊したと信じた。
831 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/16(水) 23:48:09 ID:sc1dvemK0
砲が駄目なら工兵爆破。これだね。
半端じゃなく時間がかかるけど。
832 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/17(木) 00:18:14 ID:3RHszI7LO
>>734なんだ?コイツ…
狂ってるのか??
全く芝ファンってのは基地害ばかりだな!
>>734氏んだら?
たちの悪い煽りが出てきたな。イタズラと自覚あるんだから処置なしだ。
旅順乃木関連スレから離れられないストーカー。
ある意味可哀相なお人。
834 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/17(木) 01:48:09 ID:REIobp020
日本人の多くが、なんというか一種のすり込みから
抜け出せない。知識人、学者も含めて。
203高地を最初から攻撃しなかったから
乃木は愚将だという話しが横行するが、
いったい最初から攻めたとして
どうなったかなんて誰にもわからない。
クロパトキンの軍事散歩と同じように、歩いていって
とれたと思い込んでいる。
明治37年の乃木の家に石を投げた群衆心理が
そのまま現代にも継続する。そこに問題がある。
835 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/17(木) 21:33:52 ID:StPNSQ0e0
いや、俺はお前たちに石投げたいよ。
836 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/17(木) 21:43:35 ID:3RHszI7LO
734:名無しさん@お腹いっぱい。 2006/06/13 22:08:25 sBv7lL6g0
いんや、もっと間抜けなのはここの乃木信者だ。
ヘンな原理主義でテロでも起こしかねない。
そいで、人質とってるみたいな大勘違い!それが司馬だと。
「坂の上の雲」文庫本第一巻つかんでこれが見えないとずーとやってる。
んでさ、俺が有坂28マグナムでぶち抜いてやる。
全員貫通、後ろの神社までぶっ壊してやる。
朝鮮、中国、役人より、お前らが日本国家の恥骨じなんだよ。馬鹿
石投げる前にこれ翻訳してくれ。
837 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/19(土) 20:47:23 ID:TdVCf+si0
>>734 最高じゃないか!
靖国問題もようやくまじめに語られる環境になったことだし、
乃木の評価もまじめに語られるいい時期じゅないの。
すばらいい提言だね。
翻訳しないとわからないの?
日本人か?
838 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/19(土) 20:56:59 ID:TdVCf+si0
あっ、言い忘れたけど、俺は乃木はそれほどもないのね。
あの神社と信者の馬鹿が嫌いなの。
前者には火着けたいし、後者には石投げたい気持ち
よ〜く、わかるな。うん、わかる。うん、うん。
839 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/19(土) 22:24:09 ID:RmbgL9xqO
>>837どこが最高なんだwww
お前が書いたんだろ?
そんなだからリストラされるんだよ!
このバカオヤジ!!!
840 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/20(日) 08:39:11 ID:dc88BeD50
ははは、喚け、叫べ、苛まれるがいい。
これが2ちゃんねるの実態だ。
嫌なら退場することだな。
馬鹿信者諸君。
841 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/20(日) 09:14:57 ID:MgSnQz28O
と廃人が申しております。
乃木嫌いで下品な人がいるということはよくわかる。
843 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/21(月) 04:46:33 ID:6QfqGHUq0
しかし、平行線だね。
>>837 だから まじめに考えりゃいいじゃないか。
神社とか信者とか関係ないだろ
司馬も関係ない。もとネタは長岡なんだから。だいたい「機密」では、乃木だ
けじゃない。軒並み司令官の批判しまくりじゃないか。こんなので戦争できた
ら誰も死なない。
だいたいメチャクチャだろ
艦隊を先に攻撃しろ、203高地を攻撃しろというのならそういう命令を出せば
いいじゃろが。要塞すぐ落とせ、大連絶対守れと命令出して総力で迂回攻撃を
して艦隊攻めないから乃木はだめだとか。オレの命令を聞いたからこいつはダ
メだと言っているようなもんだ。
しかるに、今の日露戦争サイトはほとんどコレばっかり。一億総地図を読めな
いアフォなのか深刻に考えるよ
乃木に与えられたスペックと露軍の戦力を見たら、なんで落ちたかわからない
今、85歳以上の年寄りの中に、親が日露戦争を体験した人がいるんだよ
真実を知るラストラインなわけだ
>>844 てか、乃木を日露戦争でしか語れないのも、どうかと思う。
辻占い少年の実話は有名だが、これほど高徳な人が近代以降いたか。
高い文化的教養もあったわけで、この人は深い。
旅順スレじゃなくて乃木スレなんだから、このあたりを話す御仁はいないのかな。
・大本営が何から何までしなくてはならない と言ってるのがうんざり。
・問題点といっても 当時の日本の国力を問題にしても何も解決しないのに
それを主張して前線指揮官の責任を回避しようとするのがうんざり。
・落としたのは乃木の素敵な能力じゃなくて戦略的な兵力差であり、ロシア軍の
善戦を称えるべきで、乃木を称えるべきじゃないのにうんざり。
国力に限りがあるのに大兵力を展開させた満州軍の指導は無視しているのが
面白い。
・当時の要塞戦の平均的攻略期間より長いのに あの短期間で落としたといいはる人にうんざり。
・乃木軍の情報収集や乃木が増援を断ったりしたのに 最後はその増援で落とした。
結局彼の行った事は根本的な事で作戦域全体を見てなかったのは明白だが
それを理解してないのにうんざり。
847 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/26(土) 13:19:18 ID:nVjgyjv60
・何か書き込むと乃木を批判したとヒステリックを起こすのにうんざり。
・そこで必ず司馬とか「坂」と読んでいないと決めつけるのにうんざり。
・乃木シンパ(これは認めるが)と乃木神格者、乃木名将原理主義者(ああ嫌だ嫌だ)と切り離せないのがうんざり。
・原理主義者が意外にというか正真正銘馬鹿(かなりおかしい)なのにうんざり。
・だから乃木をまじめに語りたいのにいつもチャチャが入ってうんざり。
・なんか利権でも絡んでいるのかと疑心暗鬼に陥ってうんざり。
・結局、知識自慢、文献自慢のオタクの自己顕示欲の場でうんざり。
・議論するんでも段階とか順番とか整理能力がなくていつも言葉尻の取り合いで空中分解をくりかえすのでウンザリ!
・なんだ相手をうち負かすだけが目的か、と。度量の狭さにうんざり。
・こんな連中とやりあっても意味無いなあと納得してしまうから結局うんざり。
・だったら徹底的に乃木をダメにしてしまおうかと一瞬思ってしまう自分が憂鬱。
・精神的に不衛生なので極力みないように務めてみるが、たまに冷静でまともな意見に出会うと書き込んでしまう自分が悲しい。
・でも、待ってましたとそれをネタにする奴がいるからうんざり。
・此奴らは自分の意見よりも他人の意見をネタにするしか能がないのが現実だからうんざり。かな
まあ、うんざりってことですね。
方策としては
品格のない書き込みより、
ちゃんとした書き込みの絶対数が勝ればなんとかなると思います。かな
848 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/26(土) 17:15:39 ID:BaOevXQF0
乃木御大、変な川柳?作ってるw
饅頭を食ふにつけても思ふかな まんじゅう山の取れぬ悲しさ
明治37年11月
まんじゅう山とは203高地のこと
849 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/26(土) 17:24:39 ID:GK5BKY/20
乃木希典の男色相手として最も著名な人物といえば誰でありましょうか?
850 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/26(土) 17:30:55 ID:GQaoqMAf0
うんざりさんが駄目だという意見は冷静じゃないし品格がないそうですw
うんざりさんか。ワラタ。
読んでみると、結局のとこうんざりさん自身の問題だろ。
そーゆーのは日記にでも書いとけ。
>>846 >・大本営が何から何までしなくてはならない と言ってるのがうんざり。
どこで誰がそんなことを言ってるの?
>・問題点といっても 当時の日本の国力を問題にしても何も解決しないのに
>それを主張して前線指揮官の責任を回避しようとするのがうんざり。
てかさ、前線指揮官の責任がどうこう言う問題とは違うだろ、という話でしょ。
>・落としたのは乃木の素敵な能力じゃなくて戦略的な兵力差であり、ロシア軍の
>善戦を称えるべきで、乃木を称えるべきじゃないのにうんざり。
>国力に限りがあるのに大兵力を展開させた満州軍の指導は無視しているのが
>面白い。
彼我讃えつ、という考えにはならないのね、うんざりさんは。 面白いね。
>・当時の要塞戦の平均的攻略期間より長いのに あの短期間で落としたといいはる人にうんざ>り。
比べてとか平均とかって考え、それがそもそもおかしいんですよ。
>・乃木軍の情報収集や乃木が増援を断ったりしたのに 最後はその増援で落とした。
>結局彼の行った事は根本的な事で作戦域全体を見てなかったのは明白だが
>それを理解してないのにうんざり。
増援を断ったって、八月末の話だと思うが、総攻撃失敗して再起を図りつつある状況で、
かつ北方戦線では兵員が必要な状況であるのだから、むしろ当然でしょ。
うんざりさん、もちっと全体を見て評価しようよ。
・乃木は現場にいて、現有兵力で落とせる判断して 大本営からの増援を断った。
大本営や満州軍としても旅順を落として欲しかったので、増援を送った。
一介の地方軍が現場を判断して増援を断るのはわからんでもない。
その時点で乃木は後一月程度で落とせると思ったのでしょう。
そんな事も悟らないのかとうんざりうんざり。
・大兵力で過小の兵に当たり、過小の敵が善戦して称える事はある。
しかし大兵力で攻撃ししているのに攻撃側の善戦を称えるなんてことは他にあまりない。
昭和20年頃、アメリカ軍が攻めてきている時にアメリカ軍の善戦を称えそうな人がここにはいるな。
今川軍が桶狭間で奇襲を受けた時も今川軍の善戦を称える人がいそう。
善戦って日本語を理解してないのかうんざりうんざり
・他の要塞戦と比較しないと短期(時間)という比較がでてこないのに、平均とか比べてとかを
おかしいと言う人にうんざり
全体を見てと言って、結局、一個人のほんの一部分しか見てない人にうんざり。
いい加減、旅順ネタをここで語る椰子にうんざり
>>854 >単にあなたの知識がいいかげんなだけ。
増員を断ったのは、正攻作業にはいるから、って話をなんでそう悪意をもって
歪曲するかなあ。
あなたの存在にうんざりです。
だから、旅順スレ逝けよ。
池沼。
>>853-854 うんざりだね
乃木の批判を旅順で言ってるのに旅順を書くなと言ってるんだから。
いちいち反論できるが、結局、乃木が多数の兵士を殺したからいけないという
ことだろう
しかし、203高地を初期に攻撃したら損害が少ないとどうして言えるのかね
そんな根拠は全くない訳で、予測というよりそれこそ信仰だ
今週号の日露戦争物語でもわかるとおり、日清戦争で第一師団はそこから攻め
たんだから、乃木は誰よりも熟知していて、別の判断をしたわけだ。
いま道がわかれていて右か左がどっちがいいのかわからない場合、とにかくそ
の場で考えて、どっちかに決めなければならない。それで決めたらそこへ行く
しかない。決めないのが一番悪い。だから後で何を言っても始まらない。
別の見方もできる。例えば、12月18日に東鶏冠山北砲塁は地下坑道からの爆
破で落としている。そして観測所を203高地から東鶏冠山に移している。
この攻撃は防ぎようがない。わずかに12日をかせぐために、203高地で多く
の兵士が死んだ。そういうことも言えるわけだ。
別に乃木を正当化しようとしている訳じゃない。
間違った見方に基づいた結論だから指摘しているだけだ
奉天でも乃木は明らかに誤った判断をいっぱいしている。兵隊もほんの数日で
旅順に匹敵する兵士が死んでいる。兵士にしたら乃木は災難だが、戦争はここ
で終わっているから、もっと多くの死を阻止したのかも知れない。
>>858 てか、旅順専用スレあるんだから、そっちでやれよ。
乃木を旅順でしか語れない、見識の無さにうんざり。
ちなみに、奉天ではそもそも乃木軍は陽動の仕事しか与えられておらず、
そのため11師団を抜かれた。
が、正面が全くダメだったので、急遽乃木にロシア軍の退路遮断の命令が下った。
この状況で、10万のロシア軍相手に4万の乃木軍が撃退されず進軍を続けたのは
賞賛に値すると思うが。
コレは満州軍総司令部の作戦ミスで、それを補ったのが乃木。
860 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/28(月) 03:47:04 ID:ag7uGh9+0
牽制運動ならともかく、退路遮断となればまさしく決戦。
包囲されまいと死に物狂いで攻撃してくる敵を相手にしなければならない。
事実、クロパトキンが正面から兵力を引き抜いて乃木第三軍にぶつけてきた。
861 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/28(月) 03:51:57 ID:hpKHEy4s0
>>860 当初のとおり、4師団+砲兵を乃木は要求したが、司令部が11師団を抜いた。
兵力が減らされれても、遮断一歩手前まで頑張ったのは、評価されるべきと思うが。
これは明らかに、3軍の師団数を減らした総司令部の判断ミスであって、
乃木の過失ではない。
862 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/28(月) 04:20:33 ID:ag7uGh9+0
総司令部も、さすがに第三軍の戦力で退路遮断は難しいと思ったのか、
作戦変更時に総予備隊から三個旅団を増援している。
しかしこれは全部後備歩兵部隊で、ロシア軍の猛攻を支えるにはあまりにも脆弱だった。
>>862 同感。
後備旅団では現役師団の代わりにはならないし。
現役師団の代わりにすらならない部隊で二百三高地を攻めつづけた乃木くん。
やっぱ アホだな。
他にないんだからしょうがないじゃない。
866 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/29(火) 20:20:10 ID:15yX7OKR0
消耗戦に現役師団を使うのはもったいないと考えたのかもしれないじゃん。
203高地争奪戦の後でも戦闘は続くんだぜ。
当初の計画で西方面は助攻だったから、東京師団やら後備旅団が爾霊山攻撃を
担当することになったのでは?
てか、結局は乃木が当初から考えていたように、
望台こそが要塞の命運を握っていたわけで、
203高地など重要な戦略拠点ではない。
まず後備部隊で攻撃したところ、ロシア軍が予備兵力を投入して何度も反撃してきたので取り合いになった。
日本側からすれば、亀みたいに閉じこもってた敵の兵力を消耗させる唯一のチャンスである。
それはロシア軍にとっても同じで、ここで大損害を与えれば第三軍の攻略作戦を遅延させられる。
両軍の意図が一致して大激戦になってしまった、ということか。
>>869 意外と新しい学説かもな。
漏れはその見解に賛意を表明
妙な学説を根拠もなく語る・・。
それに対して根拠もなく賛同する・・。
色々な人物がいるな。
>>871 突っ込むのは「学説」ってとこだろ? 何学なんだっての。
誰かが意見を語る、それへの賛同者がいる、いいんじゃない?なんの問題が?
873 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/01(金) 12:43:54 ID:kDq3qJyn0
学説というより仮説だろ。
874 :
870:2006/09/01(金) 21:11:50 ID:p/yA2rfw0
>>873 そうだな、仮説だな。
203高地の死闘って何で発生したか、
正確に言えば、何故ロシアがあの山にこだわったかよく分からないんだわさ。
旅順艦隊は砲も外され、水兵は陸で戦ってたあの段階で、
港を見渡される高地を取られたて、どうって事ないと思うし。
>>869氏の説はそれなりに説得力をもってる気がした。
875 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/01(金) 23:48:25 ID:kDq3qJyn0
ロシア軍はフネより市街地への砲撃を恐れていたんじゃあるまいか。
871の言う通り、
根拠が全く出てこない仮設をづらづら述べているな。
根拠の無い仮設=妄想 思い込み、夢
>>876 仮説だろ。もっと冷静になれや、な。
個人的には、その仮説もアリだと思ってる。
「根拠」を求めてるが、いったいどんな根拠なら気が済むのかね?>876
どこで見たか覚えてないが後備旅団の中でも
第一旅団は特別に強化された部隊だと書いてあったと思うが
少なくとも装備は近代化されているし、兵はペテランが揃っていた
1Dは南山、高崎山などで大打撃を受けていたから
後備第一旅団は乃木の持っている最強の部隊だったと考えていたんだが
てんぷら珍説になったら悪いが
奉天の後備57連隊は
普通の後備旅団のそのまた上の世代で、それこそ老人の部隊だから
第一線に投入すること自体ありえない話で全滅して当然だった。
ただ囮のようになり、3Dは少し助かったのではないか
>>875 これは正しい
12月28日まで徹底抗戦を掲げていた露軍が降伏するのは
望台を占領して、野砲を前進させ、市街地を直接砲撃した2時間後
家族を連れて来ていた司令官達が動揺して、降伏してしまった。
露軍の兵士達はそのあと、大酒盛を始めている。
>後備第一旅団は乃木の持っている最強の部隊だったと考えていたんだが
その論理だと8月時点で乃木の持っている部隊で最強なのは第9師団だろ。
最強の部隊を一番の弱点と思われていた東北部に指向したと考えるのが自然だろうに。
>879
>12月28日まで徹底抗戦を掲げていた露軍が降伏するのは
>望台を占領して、野砲を前進させ、市街地を直接砲撃した2時間後
>家族を連れて来ていた司令官達が動揺して、降伏してしまった。
ここのスレの下記レスとは全く違う意見ですが、どういう資料が
元になっているのでしょうか。
>>408 うそですね。乃木が望台がなしくずしに攻撃追認をしたのが 1/1正午
PM2:30頃では未だに総攻撃中です。その後3:30に陥落するのですが、
軍使がくるのは4:30。この時点で↑の意見は怪しくなる。
しかし、正午に海岸防衛司令官ロスチンスキー海軍少将
はレイス大佐から降伏に関する準備の書簡を得ています。
ステッセルは3:05分に陥落の報を聞いて、陸海幹部に相談せずに
軍使を派遣しました。多くの市民はそれが降伏の軍使とは気づいてません。
もちろん陸海幹部も知らない内に使わされています。
>>424 ロスチンスキー海軍少将はまさか いま、降伏するなんて思わなかったそうです。
また正午には日本軍の正式攻撃も発令されておらず陥落しそうになっていません。
矛盾していまし、あなたの説明は破綻しています。
>望台を奪われれば要塞降伏やむなしとロシア軍上層部は認識していたのだろう。
認識していません。軍使が派遣されたとき上層部は納得していたというソースを
示してくれませんか?
3時にガリツンスキー大尉が望台の守備状況を説明したとき、スミルノフ中将は
奪回するので貴官は休息をとるようにと説明している。203高地の戦いも
何度も争奪戦が繰り広げられたがその奪回準備を行うまえに軍使が派遣された
要塞司令官は、望台が陥落必至と判断して降伏を決定した、ということだね。
>>883 望台攻撃命令が出る前に降伏の準備をしているので、
望台が陥落必須なので降伏というのは時系列上の破綻した論理です。
と>881の内容から見えるけど。
根拠がない意見を言うのも自由だし、夢を語るのもいいけど、
現実から目を逸らすと面白い意見になるという例だと思う。
>>884 意味不明。
防御側に、攻撃側にどんな命令が出ているかなんてわからないでしょ。
攻撃を受けて、もう抗しきれないと判断したから、降伏を決断したのだろう。
>意味不明。
>攻撃を受けて、もう抗しきれないと判断したから、降伏を決断したのだろう。
3時にガリツンスキー大尉が望台の守備状況を説明したとき、スミルノフ中将は
奪回するので貴官は休息をとるようにと説明している。
881と書いているのに、抗し切れないと判断したなんて憶測はどうかと思う。
望台が抗し切れないから降伏を判断したなんて資料はいままで見たことないし、
ソースで出てきたこともない。
望台を陥落させたから降伏したという、時系列上の話をする人がいますが、
そういう人に限り、二百三高地が陥落したから旅順艦隊が全滅したという説を
無闇に否定します。
もしロシア側が望台を奪回不可能とて降伏であれば、1/2以降に
上層部の会議を開いた後にそう判断するという経緯から考えられる。
しかしそういう痕跡はありません。
伊地知ですら、あと一月はかかると判断してたのは、ロシア軍の内線陣地を攻略
するのにそれ位かかると判断したからなのですが。
>>886 >望台を陥落させたから降伏したという、時系列上の話をする人がいますが、
>そういう人に限り、二百三高地が陥落したから旅順艦隊が全滅したという説を
>無闇に否定します。
旅順艦隊は黄海海戦で壊滅したのは、史実。
>伊地知ですら、あと一月はかかると判断してたのは、ロシア軍の内線陣地を攻略
>するのにそれ位かかると判断したからなのですが。
ステッセルが旅順を守りきるには、
1.攻囲軍に大打撃を与えて、攻城をあきらめさせる
2.ロシア軍主力の到着まで粘る
のどちらかで、東北正面が抜かれた状況では、もう1ヶ月頑張っても、
どちらも達成できず、あとは時期の問題のみで、いずれ降伏するしかない。
とステッセルが判断し、降伏を決断したんだとおもう。
>旅順艦隊は黄海海戦で壊滅したのは、史実。
壊滅した旅順の艦隊がなぜか出撃して日本軍の触雷したりしているのは
なんだろうな。
ちゃんと指摘してあげないとどんどん曲解してとんでも人間になっちゃうよな。
>ステッセルが旅順を守りきる。
そのためには何が必要かといえば、
1 海上、陸上輸送による兵、物資の補給、バルチック艦隊来援後 ウラジオからの輸送含む。
2 そのために日本艦隊の解囲 もしくは陸軍の解囲
3 そのために.輸送に対する掩護の艦隊、部隊が必要。
887の考え方が間違っている。大打撃を与えなくても撤退してくれればいいし、
ロシア軍主力が到着しても補給が続かなければ意味はない。
軍隊において一番重要な補給概念が欠落しているのに軍事を語るのは愚かだな。
889 :
887:2006/09/06(水) 09:28:14 ID:7Fe0EszO0
>>888 1 海上、陸上輸送による兵、物資の補給、バルチック艦隊来援後 ウラジオからの輸送含む。
コレは全く意味が無い。
海軍が来たって、攻囲する陸軍には影響なし
そもそも、ウラジオ艦隊が旅順に補給なんてやったんですかね?
>887の考え方が間違っている。大打撃を与えなくても撤退してくれればいいし、
>ロシア軍主力が到着しても補給が続かなければ意味はない。
そもそも、攻囲軍が自発的に撤退するには、これ以上作戦を続けるのが
難しい状況にする必要がある。
そのような打撃を受ければ、攻囲軍は包囲するだけしか出来なくなる。
>ロシア軍主力が到着しても補給が続かなければ意味はない。
ぶちゃけ、輸送は馬でやるのか鉄道を修復してやるのかは分からない。
ただ、主力が旅順に着る状況では、日本の主力は満州で粉砕されている状況で
攻囲軍は退却以外の選択しかない。
>軍隊において一番重要な補給概念が欠落しているのに軍事を語るのは愚かだな。
喪前さんもトンチンカンだ罠。
>887=889
>>海上、陸上輸送による兵、物資の補給、バルチック艦隊来援後 ウラジオからの輸送含む。
>コレは全く意味が無い。
>海軍が来たって、攻囲する陸軍には影響なし
>そもそも、ウラジオ艦隊が旅順に補給なんてやったんですかね?
海上や陸上からの補給が意味が無い???目の前の戦いにしか目がいってない。
あぁ だめだ、こいつ。
>>ロシア軍主力が到着しても補給が続かなければ意味はない。
>そもそも、攻囲軍が自発的に撤退するには、これ以上作戦を続けるのが
>難しい状況にする必要がある。
>そのような打撃を受ければ、攻囲軍は包囲するだけしか出来なくなる。
打撃しか考えてないやww
>>ロシア軍主力が到着しても補給が続かなければ意味はない。
>ぶちゃけ、輸送は馬でやるのか鉄道を修復してやるのかは分からない。
そっか海上輸送を全く考えてないのか。そういう人と話しても全くスレ違う意見だし
議論する意味はないわな。
>>軍隊において一番重要な補給概念が欠落しているのに軍事を語るのは愚かだな。
>喪前さんもトンチンカンだ罠。
・・・・・ここまで酷いとは・・・。
数日ほったらかしにしておいたが、どっちでもいいから指摘したらええのにな。
9月13日は乃木将軍の命日だぞ。
ガタガタいっとらんで、乃木邸に逝け。
892 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/10(日) 21:13:10 ID:Az3ACj4x0
乃木の漢詩は神がかってるね。マジで
>>892 漢詩の教養は全く無いが、皇師百万…特には好き。
894 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/10(日) 23:34:27 ID:wyZ/BHWS0
とりあえず、陸軍軍人としての孫弟子筋の昭和天皇を見るに、メッケル的着眼主義から程遠いオーソドックスな軍事学の信奉者だったのは間違いなさそうだが、乃木将軍。
(東宮御学問所のトップレベルは第三軍出身。あと奈良侍従武官長。自分が自決した後でも、昭和天皇が思う通りの将官に育つよう手配してから自決した節がある)
当時メッケルの教えを受けた人ってのは、参謀になる人じゃないの?
司令官や軍政やる人はみな、メッケルとは関係ない道を進んだと思うが。
896 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/13(水) 00:07:01 ID:TTlb/0cq0
今日は乃木閣下殉死の日age
ご冥福をお祈りします。
897 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/16(土) 06:58:17 ID:mXAnUwn70
あんな無能な奴に冥福なんか祈るか ( ゚д゚)、ペッ
無能な面が多いのは認めるが、慕っている人も多いからなぁ・・・。
乃木は無視するに限るし、信者は大人しく信じればいい。
日本では信教の自由を保障されているのだから。
でも布教活動をすると鬱っとうしい
罵倒する自由なんてないぞ。
乃木無能論は、色々な誤解、意図的な曲解に基づく。まあ人生経験積めばわかるようになるよ。
>罵倒する自由なんてないぞ。
ははははは こちらは信教の自由を認めてあげてるのに、
言論の自由は認めないってかw
まったくこういう輩が鬱陶しい
言論の自由≠罵倒の自由
あははは 批判≠罵倒だぜ?
大体声が大きいのは信者達だろ。
あぁ鬱陶しい 鬱陶しい。
罵倒だろ、あれは。
うっとうしいと思うのは確かに自由なんだが。
しかしこうも何度も何度も鬱陶しい鬱陶しいと書かれると、
それ自体が鬱陶しいってことに気付いてないな、この人、と思う。
己の行いを見ろ、と。
それに、鬱陶しく不快に感じるならここに来なければいいだけのこと。
この人の本質は、つまり、かまってクンなのだ。
乃木将軍の冥福を祈ったら、今更罵倒されたか…
彼を無能と言える人間は、どれほど素晴らしい人生を歩んでるのだろうか。
┏━━━ / |━━━━━┓
┗┳┳━ |_| ━━━┳┳┛
┃┃ / ヽ ┃┃
┏┻┻ |======| ━━┻┻┓
┗┳┳ ヽ__ ¶_ ノ ━━┳┳┛
┃┃ (/) ┃┃
┃┃ (/) ┃┃
凸┃┃ (/) ┃┃凸
Ш┃┃ (/) ┃┃Ш
.|| ┃┃ (/) ┃┃.||
∧_∧ (/) ∧_∧ / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
( ・∀・) (/)(´∀` ) < 897に天罰がくだりますように
(つ つミ (/)(⊃⊂ ) \_____________
|_|_|_I(/)_|_|_|__
/////ノ,,,,,,ヽ ////|
//////////// |
| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄| |
| 乃 木 神 社 |
天罰と神罰の区別位つけような。
信じるのはええけど ええ加減な奴等だな。
908 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/18(月) 07:53:18 ID:4d4JWul90
世界で、日本の軍人は、と聞かれれば、
たいていの人はノギとトーゴーの名前をあげるらしい。
日本で、ノギが無能扱いされてると聞いたら驚くと思う。
909 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/18(月) 09:56:52 ID:7aMFuPkG0
乃木は旅順で二度も大虐殺をやったんだ。日清戦争では中国人を、
日露戦争では日本人を。
>>908 東郷だって、日本では能力で褒められてたわけじゃないし。
おいおい、軍人を能力と戦歴で評価しないで何で評価するのよ。
その上で、人格、余技が評価されるんだよ。
>>909 今どき、旅順虐殺事件を信じてるとはね。
まずは江川漫画でも読め。
>>912 流石に釣だろ。
ちなみに中国語のwikiの乃木のページには、しっかり書いてある。
>>911 東郷は運がいいから司令官に選ばれたってのは有名でしょ。
>>914 それは有名な「ウソ話」なんで。
諸将に日露戦を想定してのレポートを書かせたところ、東郷のが良かったとか。
司令官の資質として、東郷のそれが選択されたとか。
916 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/18(月) 21:05:05 ID:E8QqPLjGO
乃木大将を批判する人種は特亜人だけだから…
ほっときまひょ
(´∀`)
918 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/19(火) 18:48:50 ID:1EG2v8+6O
>>917てか
奴らに言わせると日本人=元チョソだから…
司馬史観って結構危ういのかねやっぱ
>>919 司馬史観なんて、一時的なものでしょう。
事実、司馬がカタキにした乃木希典は近年名誉を回復しつつある。
921 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/23(土) 00:33:29 ID:GwjBnD8J0
この板で今900超えてるのはここだけだ・・・
922 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/06(金) 01:51:18 ID:rR5R8G8F0
まだやってるのかはやく終われよ
なにが900超えだアホ
923 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/06(金) 03:36:28 ID:517PNHTn0
>>922 喪前が責任もって1000まで埋めろや。
この馬鹿チョンが
>>920 > 事実、司馬がカタキにした乃木希典は近年名誉を回復しつつある。
前人未踏の名将乃木将軍閣下の名誉は永遠不滅のものであって、回復どころか少しも損なわれたことなど一時もありませ
んが何か?
所詮司馬ごとき大学生崩れの予備将校の妄言など信じるに値しない。乃木が名将でなかったら、日本陸軍に名将の名に
値する者など存在しなくなってしまう。
925 :
↑:2006/10/06(金) 20:40:19 ID:xgm9jvu80
ドッカーン!
(⌒⌒⌒)..
|||.
_______
/::::::::::::::::::人::::::::\〜モワーン
/:::::::::::::::::::::/ ヽ::::::::\〜モワーン
|:::::::::::::;;;;;ノ ヽ::::::::| 〜モワーン..
|;;;;;;;;;;ノ∪ ,,\,) ,,/,, ̄>〜
|:=ロ∪; ( 。) ( 。)〜
|::::::| ;;∴ (●●)∴)〜
|::::::|∪< ∵∵ || ∵> ムッキー!
|::::::|、 .皿 ノ______
|::::::| \____^/::| | ̄ ̄\ \
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|:::::::/ \___ \| | |__|....
|:::::::| \____|⊃⊂|__|__/ /
|:::::/ | ̄ ̄ ̄ ̄| 〔 ̄ ̄〕
927 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 05:45:51 ID:8YhphoaG0
えっ?乃木が名将?
そりゃ戦争負けるよね。やぶ蛇じゃん
928 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 07:08:15 ID:wJ1uhBYSO
734:名無しさん@お腹いっぱい。 2006/06/13 22:08:25 sBv7lL6g0
いんや、もっと間抜けなのはここの乃木信者だ。
ヘンな原理主義でテロでも起こしかねない。
そいで、人質とってるみたいな大勘違い!それが司馬だと。
「坂の上の雲」文庫本第一巻つかんでこれが見えないとずーとやってる。
んでさ、俺が有坂28マグナムでぶち抜いてやる。
全員貫通、後ろの神社までぶっ壊してやる。
朝鮮、中国、役人より、お前らが日本国家の恥骨じなんだよ。馬鹿
馬鹿な書き込み
>>927 乃木将軍は、関わった全ての戦争・内乱で勝者に位置してる訳だが…
釣られた?
>>929 フランスやオランダやポーランドが第二次大戦の戦勝国だっていうんだから、間違いあるまいwwww
931 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/11(水) 23:03:41 ID:cm9hP/H80
乃木は朝鮮人。
今まで黙ってたけど、お前さんの祖先は・・・
933 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/12(木) 10:29:17 ID:h93I3FQF0
遺言条々
第七
父君祖父曾祖父君の遺書類は乃木家の歴史とも云ふべきものなる故厳に取纏め真に不用の分
を除き佐々木侯爵家又佐々木神社へ永久無限に御預申度候
www2a.biglobe.ne.jp/~kimura/nogi.htm
佐々木氏(ささきし)は平安時代に起こり近江を地盤とした武家。
名称
沙沙貴神社=ささきじんじゃ 商標登録
註=沙々貴神社・佐々木神社の文字は公式には使用しません。
別名
佐佐木大明神=ささきだいみょうじん 商標登録
御祭神
御本殿・四座五柱の神々を「佐佐木大明神」と申し上げます。
@少彦名神=すくなひこなのかみ(ササキ・鷦鷯郷の祖神)
A大毘古神=おおひこのかみ(*沙沙貴山君の祖神)
B仁徳天皇=おおささきのすめらみこと(幼名=大鷦鷯尊)
C宇多天皇=うだのすめらみこと(宇多源氏の祖神)
敦実親王=あつみのみこ(佐佐木源氏・近江源氏の祖神)
*沙沙貴山君ー沙々城山君とも書く。
蒲生郡・神崎郡の大領であったが、中世以降の佐佐木氏と融合した。沙沙貴神社の神主家は系譜を継承している。
沙沙貴神社
〒521-1351 滋賀県蒲生郡安土町常楽寺1番
http://www.biwa.ne.jp/~skk/rekishi/index2.htm
934 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/12(木) 10:37:42 ID:h93I3FQF0
宇多源氏流佐々木氏の子孫に乃木希典大将
敦実親王(あつみしんのう、寛平5年(893年) − 康保4年3月2日(967年4月14日))は、宇多天皇の第8皇子
。母は藤原高藤の娘胤子。醍醐天皇の同母弟にあたる。室として藤原時平の娘を娶り、
子の雅信、重信、寛信は源朝臣の姓を賜って臣籍に下り、宇多源氏の祖となった。他の子に、寛朝、雅慶らの僧がいる。
六角氏
隅立て四つ目結
(宇多源氏佐々木氏流)
六角氏は佐々木氏の嫡流といわれる。宇多天皇の皇子敦実親王が子の源雅信の子扶義を養子とし、
その扶義の子成頼が近江国蒲生郡佐々木庄に居住し、佐々木氏を称したのがはじまりといわれる。
しかし、佐々木庄には大彦命の後裔といわれる佐々木貴山氏という古くからの豪族もあり
両者の間には錯綜したところがあって、確実なところは分からないというのが実情である。
http://www2.harimaya.com/sengoku/html/rokkaku.html [14] 日本の苗字七千傑さんからのコメント(2005年07月28日 02時17分52秒 ) パスワード
URL=
http://www.myj7000.jp-biz.net/index.htm 源六位さんへ
近江国蒲生郡沙々貴神社の祭神は大彦命、少彦命、仁徳天皇、宇多天皇、敦実親王である。
祭神は佐々木氏族の先祖を暗示している。
ササキは仁徳天皇の御名代部である雀部(サザキべ)に由来するものと思われ、近江国蒲生郡
は雀部朝臣、雀部臣、佐々貴山公、佐々貴山君などの本貫地である。
平安中期に宇多源氏流の佐々木氏が佐々木庄の下司と佐々木(沙々貴)神社の神主を兼務するあたりから、
佐々貴山氏が衰えて佐々木氏が蒲生郡に次第に繁衍する。
蒲生郡に共住した佐々貴山氏と佐々木氏の関係は不明だが、多くの地方豪族の祖が中央から下向
した貴族の庶子を婿養子にして源平藤橘に改姓した様に、佐々木氏の多くも古代の雀部氏や佐々貴山氏の末裔
であることも真実である。
佐々木氏の全てが佐々木成頼の末裔と考えるのはナンセンスであるが、佐々木神社神主や鎌倉守護に
系譜を持つ様な由緒正しい佐々木氏の末裔であれば宇多源氏と考えて良さそうである。
935 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/12(木) 10:46:29 ID:h93I3FQF0
Yagiken Web Site: 湖東の渡来人
しからば当時の琵琶湖の東岸はどうであったのだろう。
「日本書紀」天智8年(669年)には、百済人男女7百余人を近江国蒲生(がもう)郡に移住させた
という記載があり、愛知(えち)郡や神前(かんざき)郡も含めた湖東地域にも、当時既に
百済系の豪族が住み着いていたとされている。行ってはいないが、蒲生郡日野町小野(この)には、大津京の学職頭
(ふみのつかさのかみ、当時の文部大臣)を努めた百済人、鬼室(きしつ)氏を祭る鬼室神社があるらしい。
ひょうごの遺跡21号
用途は荷札と考えられ、乃木出羽守が受取人である可能性が高いものです。なお、乃木氏の名前は、惣
持寺(宮内にある寺院)本尊造立奉加帳(天文3年−1535)に乃木日向守、乃木丹後守が見られ、出羽守も
当地の武士と考えられます。
www.hyogo-c.ed.jp/~maibun-bo/iseki21.htm - 41k
奉加帳(ほうがちょう)
奉加帳(ほうがちょう)とは、本来は、社寺の造営などに財物を寄付・寄進する際、目録や姓名を記入す
る帳面のことです。転じて、旅行・行事などに寄付してもらい姓名・金額を記す寄進帳のことをいいます。
例えば但馬の開拓神は伝承の最も古いもので大永4年(1524)の出石神社蔵惣持寺文書「
沙門某勧進状」に見られるように
天日槍(あめのひぼこ)とするものであり、それゆえ本書は江戸以前には遡り得ない。
www.d1.dion.ne.jp/~s_minaga/myoken41.htm
936 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/12(木) 10:48:57 ID:h93I3FQF0
天日槍(あめのひぼこ)を祀る重要文化財 義経も参拝した
この神社の主祭神は、新羅(しらぎ)国の王子、天日槍(あめのひぼこ)で、相殿神が天津彦根命
(あまつひこねのみこと)及び、天目一箇神(あめのひとつのかみ)が奉斉されています。
天日槍は、この鏡の地で陶器に適した土をみつけ従人達を、この地に留め、新羅の優れた製陶技術
を伝え広めたと日本書紀に記述されています。
www.town.ryuoh.shiga.jp/yoshitune/kagami.html
但馬国(たじまのくに)は、かつて日本の地方行政区分だった国の一つで、山陰道に位置する。
現在の兵庫県北部にあたる。但州と呼ぶこともある。延喜式での格は上国、近国。
ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BD%86%E9%A6%AC%E5%9B%BD
937 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/12(木) 10:50:42 ID:h93I3FQF0
境内に乃木大将の石碑があった。
石碑には次の如く書かれていた。
乃木さんのお言葉
私は沙沙貴神社に、度々参詣するが、
この神社には私のお祖父さん、
その又お祖父さん
又ずっと先のお祖父さんが祭ってある。
この村の方々、
皆さんのお父さんや、お兄さんは、
お宮の祭りを盛んにしてくださるので
私は非常に喜んでいる。
我々人間は祖先が本である。
その本を忘れてはならぬ。
本乱れて末治まるものはない。
祖先の大恩忘れるようではだめである。
是非、祖先をうやまうようにしてほしいと
この爺が言ったと、よく覚えて貰いたい。
938 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/12(木) 11:05:47 ID:h93I3FQF0
602 :名無しさん@七周年:2006/10/02(月) 14:41:33 ID:8rGYY++a0
徳富蘇峰の『近世日本国民史』の初版に、秀吉の朝鮮出兵従軍記者の見聞録がのっている。
『キリシタン大名、小名、豪族たちが、火薬がほしいぱかりに女たちを南蛮船に運び、
獣のごとく縛って船内に押し込むゆえに、女たちが泣き叫ぴ、わめくさま地獄のごとし』。
ザヴィエルは日本をヨーロッパの帝国主義に売り渡す役割を演じ、
ユダヤ人でマラーノ(改宗ユダヤ人)のアルメイダは、日本に火薬を売り込み、
交換に日本女性を奴隷船に連れこんで海外で売りさばいたボスの中のボスであつた。
キリシタン大名の大友、大村、有馬の甥たちが、天正少年使節団として、
ローマ法王のもとにいったが、その報告書を見ると、キリシタン大名の悪行が世界に及んでいることが証明されよう。
『行く先々で日本女性がどこまでいっても沢山目につく。ヨーロッパ各地で50万という。
肌白くみめよき日本の娘たちが秘所まるだしにつながれ、もてあそばれ、
奴隷らの国にまで転売されていくのを正視できない。鉄の伽をはめられ、
同国人をかかる遠い地に売り払う徒への憤りも、もともとなれど、白人文明でありながら、何故同じ人間を奴隷にいたす。
ポルトガル人の教会や師父が硝石(火薬の原料)と交換し、インドやアフリカまで売っている』
※※
キリシタン大名の小西,高山、宇喜多、畠山高政、毛利重政 、大友氏は渡来人系家系
純粋日本人に冷酷。
939 :
933:2006/10/12(木) 11:30:19 ID:h93I3FQF0
933のつづき
沙沙貴山君というのは、陵戸(みささぎのへ)、つまり、天皇や皇后の御陵の番人を指したものという。
『続日本紀』の称徳天皇天平神護元年(七六五)に佐々貴山公人足と見えるのも一族であろう。
仁徳天皇を挙げているのは御陵の大きいことから大雀命(おおささぎのみこと)と称えられ、その御名代部
(みなしろべ)を雀部(ささきべ)といって日本各地にあった。近江蒲生郡篠笥(ささき)郷も雀部郷の転じた
ものであろうとされている。しかし、佐々貴山公と佐々木氏と直接のつながりはなさそうで、篠笥(ささき)郷を所領と
した敦実親王(宇多天皇の子)の後裔(源氏)が佐々木を称したということではあるまいか。
佐々木氏といえば家紋は四つ目結と知られているが、近江へ来てみるとほとんど平四つ目である。
。勝楽寺の寺紋もそうであったし、六角・京極両家も、この沙沙貴神社の神紋も平四つ目である。
またこの平四つ目も古くは加世貴四つ目といって、中央に的のようなものがあり、さらにこれから四つ目の間を
カギテのようなものが通っていたらしい。全国の佐々木さんのほとんどが○に隅み立て四つ目であるのは後代の加工で、
かえって本家から遠ざかるものかもしれない。
(つけたし)
安部氏概観というサイトの蒲生佐々木氏は佐々貴山君が正解だろうと書かれていた。
安倍総理大臣就任直前削除された。
940 :
933:2006/10/12(木) 11:40:48 ID:h93I3FQF0
【勝楽寺の寺紋もそうであったし】
高麗神社から、2、3分の所に聖天院があるので訪ねてみた。
ここは王若光の没後、王の侍念僧勝楽が王の冥福を祈る、菩提寺とした所である。
だが完成をまたず没したため、王の第3子であり勝楽の弟子であった聖雲と王孫・弘仁
により落成されたと伝えられる。本尊には王が守護仏として故国より持ってきた聖天
尊を祭ったところから聖天院勝楽寺と言う。
http://www.threeweb.ad.jp/~hando/torai1.htm
941 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/12(木) 11:49:33 ID:h93I3FQF0
坂の上の雲より
「第一回の総攻撃だけで日本軍の死傷は1万六千にのぼるというすさまじい敗北におわり、しかも旅順をおとすどころか、その大要塞の鉄壁にはかすり傷ひとつ負わせることができなかった・・・
:ロシアの若い陸軍中尉は語る「日本軍がなぜこうも死ぬのか、理解に苦しむ。たとえば九月十四日、狭い土地に日本兵の死体二千六百がうず高くかさなっているのを発見した。ロシア軍司令部も、なぜこれほどむざむざ殺されたのか、その作戦上の理由を見出すのに苦しんだ」
:兵を送れ。
と際限もなく兵員の補充を要求してきている。送ればかならず敵の要塞前の壕のうめ草になってしまう。乃木軍の司令部は人間を殺すということ以外に作戦を知らぬようだ、という声が大本営でも高かった。
「日本軍はくりかえし同じ方法でやってくる」というのはロシア側の資料にある。(以上)
この国の屈折した外交と安全保障は、今に始まったことではなかったという事実。
さらには決して誉められたものでない乃木が、その作戦の大失態をもみ消され、日本のあちこちに神社を建立されて崇拝されるという怪、当時の体制そのものがすでに侵されていたと私は見ています。
942 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/12(木) 11:57:35 ID:93p4MoHY0
乃木とは西南戦争で軍旗を奪われた人。日清戦争で旅順市民大虐殺をやった人。
日露戦争で日本兵を大虐殺した人。切腹して自分を虐殺した人。これが乃木の"功績"のすべて
埋め立て乙
945
旅順大虐殺って。。。
中共の犬ですか?
948 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/13(金) 12:29:46 ID:UUosHNJD0
乃木将軍の故郷、蒲生郡について
*近江商人 代表格としては、琵琶湖東部に位置する、八幡商人、日野商人、五個荘商人ですが、
それぞれ商いが違いました。
*保内商人 日野・五個荘の狭間にあって、特に呉服、塩相物、紙等を商いの主としていました。
行商先は若狭国の小浜と伊勢国の桑名だったと聞いています。発祥は、中世(1400年頃)蒲生郡
の延暦寺領、保珍保(荘園)中野、今崎●●、今堀、小今、市辺、三津屋、蛇溝、柴原、下二俣、尻無、大森の11ヶ
村から成る領内のうち、畑作地帯の野方といわれる住人が結集した商人団です。
Yagiken Web Site: 湖東の渡来人
司馬遼太郎は、「歴史を紀行する」の近江商人を創った血の秘密(滋賀)の章で、この塔のことを
、「塔などというものではなく、朝鮮人そのものの抽象化された姿がそこに立っているようで
をかぶり、面長扁平の相貌を天に曝しつつ白い麻の上衣を着、白い麻の朝鮮袴をはいた背の高
いある。朝鮮風のカンムリをかぶり、面長扁平の相貌を天に曝しつつ白い麻の上衣を着、白い
麻の朝鮮袴をはいた背の高い五十男が、凝然としてこの異国の丘に立っているようである。」と表現している。
http://yagiken.cocolog-nifty.com/yagiken_web_site/2005/12/post_44bf.html
734:名無しさん@お腹いっぱい。 2006/06/13 22:08:25 sBv7lL6g0
いんや、もっと間抜けなのはここの乃木信者だ。
ヘンな原理主義でテロでも起こしかねない。
そいで、人質とってるみたいな大勘違い!それが司馬だと。
「坂の上の雲」文庫本第一巻つかんでこれが見えないとずーとやってる。
んでさ、俺が有坂28マグナムでぶち抜いてやる。
全員貫通、後ろの神社までぶっ壊してやる。
朝鮮、中国、役人より、お前らが日本国家の恥骨じなんだよ。馬鹿
951 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/13(金) 16:07:48 ID:rQB/sFCRO
明治大帝を愛した乃木将軍
952 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/13(金) 16:37:43 ID:oKxL9qb+0
画像掲示板(エロ画像可)
動画と画像のサイト☆
無料サンプルも見れるだお!( ^ω^)ノ
ハァハァ...(;´Д`*)
http://odoruakachanningen.dyndns.info/imgbbs/
953 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/13(金) 19:45:41 ID:M7CpmShz0
734:名無しさん@お腹いっぱい。 2006/06/13 22:08:25 sBv7lL6g0
いんや、もっと間抜けなのはここの乃木信者だ。
ヘンな原理主義でテロでも起こしかねない。
そいで、人質とってるみたいな大勘違い!それが司馬だと。
「坂の上の雲」文庫本第一巻つかんでこれが見えないとずーとやってる。
んでさ、俺が有坂28マグナムでぶち抜いてやる。
全員貫通、後ろの神社までぶっ壊してやる。
朝鮮、中国、役人より、お前らが日本国家の恥骨じなんだよ。馬鹿
偉い!よく言った。感動した。
粉砕乃木神社。爆破、児玉神社の山本白鳥!
954 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/14(土) 08:43:10 ID:KkY4lcSj0
乃木が悪いわけじゃないの 許してあげて
利用する奴と利用されている馬鹿がいけないの
乃木は旅順大虐殺の首謀者
旅順大虐殺、それは清国のプロパガンダ。乗せられる馬鹿がいけないってのはまさにこのこと。
957 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/14(土) 14:41:10 ID:FlidO8toO
M7CpmShz0=在日池沼
コピペにレスする携帯厨
959 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/15(日) 19:56:55 ID:XVHKnhny0
957>>
おまえ、山本白鳥って知ってんのか?
カルト教団のボスだぞ。
よく
>>M7CpmShz0=在日池沼
こんなこと言えるな。
乃木も児玉の利用されてるってことだろ。
960
965
966 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/16(月) 06:20:20 ID:lzS3Xr2Q0
安倍晋三 - 現人神、皇太子御一家の応援団、368からすの開運予言
http://wiki.livedoor.jp/niwaka368/d/%B0%C2%C7%DC%BF%B8%BB%B0 ● 蒲生郡佐々木庄より起る近江の大族佐々木氏は、宇多源氏敦実親王後裔として源姓を称
するが、実際にはやはり佐々貴山君の流れであろう。佐々木一族は近江・出雲などに大いに繁衍し
江南の六角を宗家とし、江北の京極(苗字はともに京の居館の地名に因る)がこれに準じて、多くの苗字
を輩出したが、ここでは詳細は省略。(中略)
塩冶〔塩谷〕−出雲佐々木氏の宗族、神門郡塩屋に起る。野木〔乃木〕、乃白〔野白〕以下略
☆★このサイトでは乃木氏は安倍氏族に・・・
ドウデモイイ
うめ
970
の
ぎ
ま
れ
す
こ
978 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/16(月) 19:04:46 ID:jDVWuhyp0
旅順大虐殺
産め
埋め
988 :
あるウンコ左翼の雄叫び:2006/10/17(火) 20:41:11 ID:+QjFNABIO
734:名無しさん@お腹いっぱい。 2006/06/13 22:08:25 sBv7lL6g0
いんや、もっと間抜けなのはここの乃木信者だ。
ヘンな原理主義でテロでも起こしかねない。
そいで、人質とってるみたいな大勘違い!それが司馬だと。
「坂の上の雲」文庫本第一巻つかんでこれが見えないとずーとやってる。
んでさ、俺が有坂28マグナムでぶち抜いてやる。
全員貫通、後ろの神社までぶっ壊してやる。
朝鮮、中国、役人より、お前らが日本国家の恥骨じなんだよ。馬鹿
. ∧_∧
(´;ω;)
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. \\ \ ( ) オマエ完全にスレ違いなんだよ
. \\ \ / ヽ
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( )しかもツマンネ‐んだよお前 .∧_∧
_/ ヽ \ ( ) ギャハハ泣かすなよオメーら
| ヽ \ / ヽ、
| |ヽ、二⌒) / | |
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このスレッドは1000を超えました。
もう書けないので、新しいスレッドを立ててくださいです。。。