1 :
日本@名無史さん:
ではどうぞ
2 :
日本@名無史さん:2007/06/25(月) 03:57:09
>日本史版
>>1 原作の井上靖「風林火山」は、歴史の真実を語るとか、
史実に沿った評伝ものというよりも
戦国歴史絵巻、乱世に生きる人々の愛憎ロマンを描こうと
書かれたものなので、時代背景を戦国乱世において
人間ドラマを重視した作品なんだよね。
「捏造」「史実と違う」って騒ぎたいなら、
創作」に対してすごくナンセンスなことだと思うけど。
ストーリー進行に必要有る「創作」なら敢えて突っ込む野暮も居ないだろうが、
小道具なんかで当時の時代考証を無視したものが有れば今後の改善の為にどんどん突っ込むべきでは?
NHKもせっかく時代考証の先生雇ってるんだからさ
例えば大河ドラマの「秀吉」において戦国時代の庶民が超高級品である豆腐食ってるシーンとか萎える人も多かったろう
大河板にあれだけ多様なスレがあり
史実薀蓄のレスも花盛りなんだから、
突っつくのはそれで充分じゃん。
スレ立て人の意向も不鮮明だしね。
8 :
日本@名無史さん:2007/06/30(土) 01:10:30
ガクトが不自然w
9 :
日本@名無史さん:2007/07/02(月) 10:52:35
>>8 あの上杉謙信だろ気持ち悪いよな。
仏教徒とはとても思えない、どちらかと言えばキリスト教系のオカルトだな。
10 :
日本@名無史さん:2007/07/02(月) 11:18:48
ナニあの影虎?
天草四郎系狙ってんのかな。
稚児みたいな派手な垂冠なんか着ちゃって。
倒錯の世界?
11 :
日本@名無史さん:2007/07/02(月) 11:53:11
笠原夫人 めちゃ美人だな
12 :
日本@名無史さん:2007/07/02(月) 12:20:58
天文23(1554)年>
正月、織田信長と連携した北条氏康軍が駿河東部に侵入。
2月、義元は甲斐・武田晴信に援軍を求めるが3ヶ国は膠着状態に入る。
7月、ここで義元の軍師・太原崇孚の尽力で3ヶ国の間に同盟が成立する。
いわゆる「善徳寺の会盟」である。
既に今川義元の娘は武田晴信の嫡男・義信に嫁いでおり
武田晴信の娘を北条氏康の嫡男・氏政に嫁がせ
北条氏康の娘を今川義元の嫡男・氏真に、
嫁がせることにより姻戚関係、即ち強固な同盟関係を結んだ
しかし政略とは言え凄いねこりゃ。
13 :
日本@名無史さん:2007/07/02(月) 14:27:06
学ちゃん(まなぶちゃん、がくちゃん=ガクト)が出ると、あまりにも痛々しいので、チャンネルを変えた。
あれじゃ、魔界転生か、稚児服のオカマ(昔の男娼は、そういう格好もしたらしい。女はダメという伏線か?)
ちょっと奇抜な学芸会程度の、演出センスと演技レベル、・・・。
特に、今回の衣装とメイクは、「義経」に匹敵するぐらいひどいんじゃないか。
「義経」はどいつもこいつもツンツルテンな衣装・冠だし、伊藤淳史(喜三太)の武装とか少女マンガ以下のメチャクチャだった。
「功名が辻」は良かった、特にメイクがうまくて、どの女優(含:ケロヨン乙葉とオバン・フーミンと五十路山村)もきれいに見えた。(ズベ長澤は除く)
仲間は当然として、浅野や永作があんなに美人に見えたのにはビックリした。
今回は、ベビー池脇とか三白眼柴本とかの素材の悪さもあるけど、メイクは塗り壁のようで、ドヘタ糞。
さらに衣装やカツラもひどい。ほとんどの武将が月代も剃らないし。
もっとも、脚本と演出のひどさに比べれば、気にもならないか。
川越夜戦をあんな表現しかできないとは、・・・。センスを疑うわ。
月代が徹底されたのは江戸時代以降だし、どうせ鬘なんだからいらないよ。
15 :
日本@名無史さん:2007/07/02(月) 18:53:17
しかしガクトのPVを見てみなよ。(youtubeで見られる)
どうみても長尾影虎です。これじゃあ便乗商法でっせ。
PVの中でガクトは鎧を着て武士を斬りまくっているのですが、何故か最後は死ぬw
ガクトのナルシズムいっぱいのPVだ。
ガクトの出演シーンは何故か演出がかっていておかしい。
燃える焔の中から現れたり、稲妻が光った瞬間に弾いていた琵琶の弦が切れたりw
額にかかる髪の毛一本にまでこだわるというガクト。
撮影ではモニターチェックを厳しく行い、「なんか引きのシーンが多くない?
もっとアップが欲しい」などと注文をつけることもあるという。
ガクト専用カメラがあるって聞くし。
ネタとして見る分には楽しいのだが。
戦国時代は強盗集団の歴史。
喰っていけないから他国へ略奪に行く。
上杉謙信が敬虔な仏教徒として描かれていて心外だ。
栃木や群馬に毎年秋になると略奪遠征に出てたくせに。
信玄が信濃に略奪遠征してたのと同じ。
甲斐,今の山梨県民の祖先は最低だった。
信濃へ略奪に行って農作物や鉄器,女,子供,老人,金になるものは何でも奪った。
貧農にいたるまで信濃から奪ったもので得た金と奴隷の労働力で
豊かになったって文献に書いてあるぞ。
不労所得で喰ってるようなもんだ。
そしてそれが尽きてくると武将を突き上げて遠征させる。
今の東南アジア人と同じ。
昼間は普通の漁民,夜は海賊。
これの陸上版。
17 :
日本@名無史さん:2007/07/03(火) 10:23:47
>>13 そこで「功名が辻」を引き合いに出す時点でお前のレベルもたかが知れてるわけだが
清水演出の回の演出はやや難ありは同意。
18 :
日本@名無史さん:2007/07/03(火) 12:10:43
>>17 衣装とメイクの話な。
ヘタなメイクだと浅野の顔は凸凹ガサガサでアップに耐えられないし、たいていのドラマでは永作は貧乏ったらしく写ってしまう。
功名が辻ではきれいに撮れていたと思うよ。
ただし、演出、例えば永作(淀)のラストなどは、コントみたいで笑っちゃうけど。
242 : 必殺名無しさん : 平成19(丁亥)/07/02(月) 20:59:06 HOST:61-25-42-102.rev.home.ne.jp
削除対象アドレス:
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/history/1182709890/ 誘導
>>6 削除理由・詳細・その他:
5. 掲示板・スレッドの趣旨とは違う投稿
・日本史とは無関係なスレッド
※ローカルルールで時代劇の話題は禁止されています。
>●板の主旨に合うスレッドをたてましょう。
> ここは「学問・文系」の日本史板です。
> 時代劇の話題→時代劇板
日本史板は学問カテゴリの板であり、ドラマのスレは掲示板の趣旨に相応しくありません。
20 :
日本@名無史さん:2007/07/04(水) 21:06:39
謙信公祭にGacktさん参加
上越市で8月25日に行われる「謙信公祭」の出陣行列に、現在放送中のNHK大河ドラマ「風林火山」で、上杉謙信役を演じるGackt(ガクト)さんが謙信役として参加することが4日、明らかになった。
同祭のメーンイベントである出陣行列は、Gacktさんの出演に合わせ、例年の150人からこれまでで最多の400人規模に参加人数を拡大。
上杉軍の武将らに扮(ふん)し、武者姿をした参加者が春日山城跡の周辺を練り歩く。
同祭には昨年、4万6700人の観光客が訪れたが、市では「最低でも7万人を超える人出を見込んでいる」と「Gackt効果」に期待している。
近年では俳優の辰巳琢郎さんが謙信役で登場した2001年の8万3000人が最高だった。
同祭実行委員会の渡辺勲委員長は「願ってもない朗報。ドラマ『風林火山』を追い風に、これまで以上の祭りにしたい」と話している。
同祭実行委は、中学生から65歳までを対象に出陣行列の参加者を募集している。
定員は380人で、申し込みの締め切りは7月17日。
問い合わせ、申し込みは実行委事務局の市観光振興課、025(526)6901。
新潟日報2007年7月4日
http://www.niigata-nippo.co.jp/pref/index.asp?cateNo=1&newsNo=972
21 :
日本@名無史さん:2007/07/05(木) 02:26:39
学徒効果かwまあいいや
22 :
日本@名無史さん:2007/07/05(木) 09:36:15
安末風邪
まさかガクちゃん毎回五分位の細切れ登場じゃないだろうね
24 :
日本@名無史さん:2007/07/07(土) 13:07:22
学徒は「風林火山」を自らのPVとして利用しているのだ。
25 :
日本@名無史さん:2007/07/07(土) 18:12:12
>>24 大河出演者は皆そうしているよ。
歌手の紅白出場と俳優の大河出演はマイナーからメジャーへの登竜門だからね。
現におれもガクトなんてゆう役者を初めて知ったし。
>>10 水干と狩衣の違いが分からない奴とか
>>16 小氷期真っ只中で暮らす越後の民が
どれだけ追い詰められてたか分からないとか
厨二病臭いレスが目立つな
大河に出てるガクトって、磯野貴理と見分けがつかない。
28 :
日本@名無史さん:2007/07/09(月) 14:28:50
謙信は情緒不安定みたいに言われてるけど、この前のあれはハイテンションだったのかな
30 :
日本@名無史さん:2007/07/14(土) 12:54:24
学徒が出るシーンを心待ちにしています
百足の旗って名誉なんだっけ?
甘利…板垣…(><;)
32 :
日本@名無史さん:2007/07/15(日) 20:57:28
次は甲陽に隠れなき名誉の侍、初鹿野伝右衛門も討死にするわけか。
国が滅んだあと徳川幕下士として武蔵国土呂村・他上総国にて七百石か。
馬場美濃守と血縁でもあり、大目付や町奉行も出るわけだよな。
33 :
日本@名無史さん:2007/07/15(日) 21:05:50
34 :
日本@名無史さん:2007/07/15(日) 21:23:00
上田原、村上方、武田方では誰が出てたんだ?
35 :
日本@名無史さん:2007/07/15(日) 21:24:28
36 :
日本@名無史さん:2007/07/16(月) 07:16:32
上田原って板垣のヘマに甘利が巻き添えくらったんだろ
あれじゃ逆だな
_ _
ドドドドドドドドドドドド!! |其| _ |不|
|疾| _ .|侵| |動|
|如| |其| .|掠| |如| コッペパ〜ン
|風| |徐| |如| |山| ジャム塗ったらあ〜んパ〜ン♪
_∧ ∧(oノヘ| ̄ .|如| |火|(oノヘ| ̄
(_・ |/(゚∀゚ )|\. |林| ._∧ ∧(oノヘ|/(∀゚ )|\
_∧ .∧(oノヘ |\Ю__∧ ∧(oノヘ| ̄(_・ |/(゚∀゚ )|\ ⊂)_|√ヽ
(_・ |/(゚∀゚ )\ ( (_・ |/(゚∀゚)|\ |\Ю ⊂)_|√ヽ~∪ )^)ノ (´⌒(´⌒;;
|\Ю ⊂)_ √ヽ| || |\ Ю ⊂) |√ヽ(  ̄ ~∪ )^)ノ( | ( |(´⌒(´⌒;;
(  ̄ ~∪ )^)ノ '~ ~ (  ̄ ~∪ )^)ノ .|| || ~( | (´⌒(´⌒'~ (´´
||` || ( | ( |(´⌒(´ ||` || ( | ( | (´⌒(´⌒;; (´⌒ '~ (´⌒(´⌒;;
38 :
日本@名無史さん:2007/07/22(日) 20:32:48
風林火山なぁー
なんでこうも、まとまりが無い感じがするのか
39 :
学徒出陣 ◆ETKIPSKPs. :2007/07/22(日) 20:39:30
うん??
三戦板の覇者、オレ様、学徒出陣のことを言っているのか?
40 :
日本@名無史さん:2007/07/22(日) 20:46:35
題名を「信玄と勘助」にしてたほうが楽だったんじゃないかな。今より自然に見えると思う
内野聖陽はよく演ってると思う
41 :
日本@名無史さん:2007/07/22(日) 21:59:40
勘助のネームバリューがねー。
知らないのが普通だし。
それよりもゆう姫にしろ震源の母親にしろ女が出しゃばるのが気に触るな。
命を懸けて戦っている男に幾ら親でも妻でも忠告できる立場じゃないだろ。
諏訪勢の忠誠が幟で決まるなんてのもあほらしいし。
42 :
武陽陰士 ◆ATDF4vFZys :2007/07/22(日) 22:26:47
歌舞伎好きの私が至近距離から実見(花道そば)したところでは、
亀治郎ほどキュートなお尻をした役者は
いないということです(自慢じゃないですが私の発見です)。
風林火山には亀治さまのお尻が(そんなに観てないのですが)出てくる機会が
あんましないようです(皆無か?)。
これは損失ではないでしょうか?
この事実をお尻学の権威山田五郎先生が聞かれたら、
さぞお嘆きになることでしょう。
命が懸かってんのは女も同じだべ
それに大井夫人は晴信の領分、戦の策に口出ししたわけではないしな。一々腹を立てるなってw
江戸時代の女性の感覚で戦国時代を見たらダメだよな。
戦国時代の女性は男と同じ権利を持っていたし、ずっとたくましく暮らしていたし。
「もののけ姫」のエボシ御前とか、あの時代の女性像としては
結構近いものがあるんじゃないかと思う。
46 :
日本@名無史さん:2007/07/23(月) 16:05:34
47 :
日本@名無史さん:2007/07/23(月) 17:15:17
>>42 山田五郎先生w
「和尻の黄金比でスな(スは舌足らず)」懐かしー
48 :
日本@名無史さん:2007/07/23(月) 18:14:20
>>46 戦国時代の女性は貞操を求められてなかったよ。
ルイス・フロイスも著書でそう言ってる。
まあ、しかし、大名の奥方は、
夫が戦に負けたら、敵の慰み者にならぬよう、
自害を強制されたがな。
49 :
日本@名無史さん:2007/07/23(月) 19:17:35
史実にもとづくのなら 男色についても ちゃんと描くべし
50 :
日本@名無史さん:2007/07/23(月) 20:04:56
信玄の男色 まさに大河のタブーだな
大河は史実ではなく、歴史に取材した物語。
山本勘助すら、実在はあやしいのだから。
51 :
日本@名無史さん:2007/07/24(火) 14:18:52
52 :
日本@名無史さん:2007/07/24(火) 16:38:41
大河ドラマで男色なんて見たくないわな
>>50 香坂の初登場シーンではそれをにおわせる雰囲気が有ったがw
54 :
日本@名無史さん:2007/07/25(水) 05:12:36
55 :
日本@名無史さん:2007/07/25(水) 05:14:20
56 :
日本@名無史さん:2007/07/25(水) 06:06:21
58 :
日本@名無史さん:2007/07/25(水) 20:50:12
しかし、『風林火山』は本当に迫力の無いドラマだな。
合戦では何万もの兵士が戦ってるはずなのに、数十人しか居ないのが
バレバレの映像。
どっかの牧場で撮影してんだろーけど、あれは酷いな・・・。
エキストラが少ないなら少ないなりにもっと撮影を工夫しろよ・・・。
高い場所から撮影したら誰もいない後方が丸見えだっつー事くらい考えろよ。
合戦の場でも、城や館の場でも、兵士が10人もいないよーな酷い風景。
ありゃー無いだろ・・・。
>>58 合戦のシーンはひどかったね・・・。
板垣が死ぬ時なんて、特にひどかった。。。
いや、百足の旗を立てて疾走してた馬は偉い
61 :
日本@名無史さん:2007/07/26(木) 01:16:57
62 :
日本@名無史さん:2007/07/26(木) 02:33:40
>>59 酷かったよな・・・。
誰もいない向こうが丸見えの状態。
ありゃー酷いよな。
せめて、板垣が死んだ時なんか本当に大規模合戦なのか?
って程じゃん。
板垣を囲む敵のすぐ後ろは誰もいない状態だ。
エキストラが少ないなら少ないなりにアングルをもっと考えて
後方が写らず、人が多く感じるよーに撮れよな。
63 :
日本@名無史さん:2007/07/26(木) 02:37:01
つー事で、反町やサトエリが出てた戦国自衛隊のドラマの
迫力はやっぱ風林火山なんかよりよっぽどだったんだな。
自衛隊の戦車に迫る小早川軍とか徳川軍は結構凄かったし。
犬HKはその時歴史は動いたの再現VTRは結構良いのに
金掛けてる大河はイマイチなのは何故じゃ?
64 :
日本@名無史さん:2007/07/27(金) 15:19:00
ガクト専用カメラ発見したぞ
>>15 携帯NHKストリートで晴信差し置いて更新の早いガクトコンテンツ用だな。
大河のバレスレのレポによれば、化粧直しは担当まかせ
演技については緒形拳がついて直々に指導してるようだ
イメージはアレだが案外取り組み方はまともなようだ。
運が悪いのか、清水演出に当る回が多いというのが一番の難所だな。
>>58-64 スレ違いです。ここは学問板です。
エキストラが少ない等撮影がどうだの演出がどうだのの話題は専門の大河板がありますので
そっちでして下さい。
勘助が側室の子供を武田の跡取りにしようとしてるのって
どうなのよ・・・って思ってみてる。
この当時正室の子供差し置いて、側室の子が跡取りになれるわけないのに。
結果的に太郎は謀反をおこし、正室の男子は全て盲目や早世で跡取りにはなれなかったので
四郎に家督がまわってきたけど、実際太郎がいる時点で四郎を跡取りにしようと
する事自体が、武田家に対する謀反なのに。
67 :
日本@名無史さん:2007/07/28(土) 10:58:27
風林火山、歴史の裏に勘助ありってなってますな
景虎の家出騒動にも関わってくるみたいだし
>>66 >勘助が側室の子供を武田の跡取りに・・・
何か大前提となるものを忘れてませんかwww
あれはあくまでも戦国ロマン小説世界の創作なんですけど?
69 :
名無しさん@そうだ選挙に行こう:2007/07/29(日) 02:43:43
貧しい農民が封建領主に鞭で滅多打ちにされたり勘助が障害者で口減らしのため
強制的に出家させられそうになり養子先でも実の子供が出来て追い出されたり、
当時は骨肉の争い凄くて兄弟親子といえども戦い勝者が生き延びる世の中で
勘助は兄の介錯し養父先を捨て義元は兄弟を殺て家督奪い、晴信は父を追放し妹の夫を
殺し景虎は兄から家督奪う。
戦国時代の弱肉強食の厳しさや庶民の垢抜けない泥臭さもよく描かれていると思う。
みつが床にこぼした粥すくって食べるとこや主人公のぼろぼろの衣装など。
志賀城攻めの虐殺や奴隷売買も始めて知ったし男色も雰囲気は描いてるし(香坂登場のとき)
最後は武田家家臣ほとんど討ち死にで最終的に滅亡だけど困難な内乱時代を
精一杯生きた愛した人間ドラマ描くの目的だからいいと思う。
ハングリーで禁欲的で求道者的な主人公も魅力的。
皆聖人君子でなく等身大の弱さや狡さ持った人間で描いてるところもいい。
このドラマみて戦国時代の庶民生活とか風俗に興味持って「雑兵物語」読んだ。
≫13みたいな女優の化粧には興味ない。
上田原はいまいちだったけど海ノ口の山城の攻防戦は良かった。
「墨子」呼んでみようかな。
70 :
名無しさん@そうだ選挙に行こう:2007/07/29(日) 10:54:32
四郎勝頼は後見で甲斐武田家の家督は子の信勝じゃないの?
>>69 大河板に時代劇板でも助詞なしの句点なしに長文、
読んでてすっごく気色悪いんだけど?
その文章の書き方、頼むから止めてくれない?
>>70 いわゆる、勝頼陣代説を説いているのは「甲陽軍艦」だけ。
まともな研究者はその件についてはほとんど否定している。
勝頼は武田の当主でいいんだよ。
信勝が天目山での戦いを前に元服の式をして、家督を譲られた、
なんて逸話も軍艦にあるけれど、
信勝はそれ以前に元服式をしており、裏付ける書状も残っている。
勝頼が跡目を継承した旨を了承した北条家や本願寺からの
書状も残っているからね。
>>69 土間にこぼれた粥をミツが食べるのに感動とか
志賀城落城後の人身売買や男色の話
他でもよくしてるよね。
なんで「てにをは」の無いカキコすんの?
白い蝋燭って輸入もの?
74 :
15:2007/07/30(月) 18:43:16
>>64 ガクト専用カメラを見つけましたか、凄いです。
ガクト自身は正面アップよりも仰角からの4分の3面観が好みだという。
カメラマンも大変だが編集者も大変。
編集にも色々と口を挟むらしい。あと顔を白くみせるため(笑)の
演出も大変みたい。レフ板使ったり、ライティングも大変らしい。
あと顔を動かしても髪の毛が乱れないのは、カツラをスプレーで固めているから。
75 :
日本@名無史さん:2007/07/30(月) 22:41:41
>>69 ボロボロの衣装?
俺にはパッチワークみたいで貧乏を判ってないなーと思えたよ。
まこれまでの大河よりは良く書かれているとは俺も思ったが。
76 :
日本@名無史さん:2007/07/30(月) 23:38:28
単なる貧乏と違って兵火と大飢饉に見舞われたらね
77 :
日本@名無史さん:2007/07/30(月) 23:39:41
>>74 実はカツラ、肩にかかる部分や脇にチョロッと出る部分は糸使ってるんだよな。
糸の方が動いて乱れた後の手入れが簡単だから。
ガクトで大変なのは肌が白すぎて他出演者と同じメイクすると
濃く見えるって事がだろ?ライティングがむしろ逆効果だ。
編集はスタッフがかなり上手いコマ割りしてるよ。口を挟んだ結果が
あれならそりゃ凄い成功だ。
演出は清水が抑えたから特に何も変わったことはない。
今週の大河見りゃわかるだろ。
風林のカメラワークは斬新だよな
ただ戦になると途端しょぼくなるんだよな
Gacktは清水が手を出さなきゃ髪型以外の違和感は感じないな
80 :
日本@名無史さん:2007/07/31(火) 09:53:13
ガクトが出演し始めて、戦はともかく、全体的なカメラワークが変わったに気がついたか?
あれはガクト専用カメラに触発されて他のカメラマンも色々なカメラワークを試し始めた
からだという。ここでもガクト専用カメラが色んな意味で他のカメラマンを刺激している
らしい。
ちなみにガクト出演シーンに流れる琵琶の音は平家琵琶、薩摩琵琶でもなく
あえて筑前琵琶を使っているという。ガクト直々の演出らしい。
>>80 筑前琵琶ってどんな物?
指導受けて琵琶生弾きだったんだよな
>>80 初耳にも程があるw
景虎専用だけじゃなく勘助専用もちゃんとある
勘助25回、景虎7回の動画がそれぞれ某所で更新されてる
メイキングやオフショットがあり中々貴重
カピがなくて可哀相。ちなみに要会員登録315円也
>>81 >筑前琵琶ってどんな物?
って、琵琶の種類です。
どっかで検索して実物写真でも見てください。
平家や薩摩の古調とは違い、
近世になって福岡で発生した楽風でお座敷楽としても流行、
女性初の人間国宝が選ばれたのも筑前琵琶の奏者。
84 :
日本@名無史さん:2007/07/31(火) 21:45:38
208 名前: 投稿日:2006/06/18(日) 11:21:19
【あるテナントの歴史】
くるまやラーメン⇒ちゃんこ両国⇒台湾料理⇒ビックリドンキー
さあどこでしょう?
86 :
日本@名無史さん:2007/08/04(土) 09:54:00
>>63 その時歴史は・・・ 劇団の無名俳優ばかりでギャラいらねえ。
風林火山・・・有名俳優でギャラたくさん必要。 そのぶんエキストラは少なくだろうね。
まあ、答えは充分わかっていると思いますがカキコしました。
87 :
日本@名無史さん:2007/08/04(土) 11:04:39
>その時歴史は・・・
昔の大河ドラマの合戦シーンの使いまわしばかりだが。
だから時々、全然違う時代の場面(衣装でわかる)が使いまわされて萎えることがある。
それから、幕末の合戦シーンだと「花神」の映像がしつこいくらい使われてるな。
88 :
日本@名無史さん:2007/08/04(土) 12:18:06
合戦シーンの軍勢の少なさが気になる人が多いみたいだけど、
やはり「武田信玄」の時のように小淵沢町のみなさんの力をもっと借りる必要があるな。
>>88 人は足りてます。
受信料(予算)不足で着せる衣装がない。
必要なのは、受信料w
ガクトの総髪は時代考証的にみてアリなんですか?
91 :
日本@名無史さん:2007/08/05(日) 22:19:56
たかが侍女の分際で四郎丸を人質にしろなんぞと、僭越な発言して、
良く首が飛ばないな(笑)
平蔵って、後に火盗改めの長官になる長谷川平蔵か?
だんだん風格が出てきた。
93 :
日本@名無史さん:2007/08/06(月) 00:35:52
>>90 93 名前:可愛い奥様 投稿日:2007/08/05(日) 21:35:52 ID:CDvSkmK70
>>84 出家っていうか…正確には出家したのは今川の坊ちゃんの方。禿げだったでしょ?
景虎は七つで寺に入れられて、その後十四歳で連れ戻されたから、まだ剃髪なんてしてないのですよ。
寺では十四、五歳になると、それまでの間に女子のように髪を長く伸ばしておいて、
化粧を施され、綺麗な着物を着てお坊さんに抱かれる時期だから、
景虎はお坊さんのお手つきになる直前に帰ってきたことになります。
坊さんに食われると名前が「〜丸」に変わるけど、景虎はそのままでした。
97 名前:可愛い奥様 投稿日:2007/08/05(日) 21:45:18 ID:ck7HYfNn0
寺は女子禁制だしね
髪を伸ばして綺麗なべべを着た男の子は、男でも女でもなくて
神様に最も近い中性的なものとして扱われていたとかなんとか
あんまり小さいと危険だから、大体15歳前後の子が坊さんから性の手ほどきを受けていたそう
若木のような肉体の少年を愛でることは、当時はまぁ美しいものとされていたようだから
景虎のあのある意味奇抜な格好も、雅なものを愛した気質と
寺に未練タラタラだった心情を一緒に表したものと言えなくも無い
という事らしいです
94 :
日本@名無史さん:2007/08/06(月) 02:24:21
>>90 ナシです。
黒の狩衣着用もありえません。
>>93 〜丸の呼称の経過も、男色の絶対性も
「そういう決め付けは如何なものか」というレスも
ちゃんとついてたわけですがね。
越後武士で戦に狩衣着てきた奴がいて、
みんなが「おしゃれー!かっこいい!」と感嘆した話がなかったっけ。
謙信の遺品にも狩衣があるという噂を聞いたけどこれはガセ?
97 :
日本@名無史さん:2007/08/17(金) 11:44:49
多分ガクト氏の要望だと思われ
98 :
日本@名無史さん:2007/08/17(金) 11:54:36
無帽に黒い狩衣はGacktの発案か
99 :
日本@名無史さん:2007/08/17(金) 16:33:45
勘助の自慰(手淫)シーンは第何話ででてくるんだろ?
101 :
日本@名無史さん:2007/08/17(金) 18:48:04
ガクトのオナニ−シーンなら次回あるよ。
>>101 マジデ?童貞君が勘助に手解きでも受けるわけか?
103 :
日本@名無史さん:2007/08/17(金) 22:05:43
たぶん毘沙門堂で一人籠ったガクトが異常な心理状態、トランス状態に陥り、神がかり的な速い手つきでせつなくマスターベーションだろ
104 :
日本@名無史さん:2007/08/17(金) 22:26:12
『手ほどき』
Gackt「これを・・・どうすればよいのじゃ」
勘助「まあ見ていて下され・・・コレを、このようにいたします」
Gackt「な、なにをするのじゃ・・・クッウ 」
勘助「長尾様、いかがなされたかな?」
Gackt「そちはこのような事をどこで覚えた?なぜこのようなことを・・・」
勘助「采配を預るほどの武者ならば、皆やっております。武田も北条も、戦場では必ずやりまする」
Gackt「武田も北条も・・・?勘助、よい。手を休むな・・・続けよ」
勘助「ほう、まさに天を駆ける龍のごとき勢いでこざいまするなぁ」
以前、社内旅行で温泉に逝って、何気なく先輩の背中を流したら
オーストラリア人社員が驚愕していた。
オーストラリアで男同士で体を洗い合うのは、ゲイなんだってさ。
戦国時代の男色も、今の時代の男同士で背中流し合う程度の“習慣”だろ。
その時代で習慣となっていることを、
違う時代や国から「おぞましい」と言ったり、揶揄するのは、傲慢だと思うぜ
リンカーンがあったり股おっ開げや褥話盛り沢山、珍しくエッチな大河だからな
勘助が高坂の腕や顎掴んだ以上にアッー!なシーンあったら大森は神
107 :
日本@名無史さん:2007/08/17(金) 23:38:20
陣中、草むらに身を潜めセンズリで一息つく軍師・山本勘助
夏休みの宿題はお早めに
1年中が休みのひきこもりには、宿題はないそうです。
110 :
日本@名無史さん:2007/08/17(金) 23:41:38
川中島とか、甲越合わせてかなりの数の軍勢がいたんだから、
実際にオナニーしたやつもいたんじゃないか?
111 :
日本@名無史さん:2007/08/17(金) 23:54:44
武将のヲナヌーって自分でしてたんか?
それとも小姓が手を貸してた?
112 :
日本@名無史さん:2007/08/18(土) 00:01:18
113 :
日本@名無史さん:2007/08/18(土) 00:33:41
陣中でのオナニー作法(雑兵物語より)
1、甲冑は着けたままペニスだけを露出させる。
2、槍を小脇に横たわりペニスをシゴク。
3、川や池が近くにあれば、ペニスに焼味噌(糞で代用も可)を塗りたくり、
岸辺から槍の石突を川面に刺し、それにもたれかかりながら水面ギリギリの角度まで体勢を倒し(スキージャプの如き姿勢)ペニスを水面に垂れさせて魚に突っつかせる(木つつき戦法)。
4、イク寸前に体勢をもどし己の陣笠に放出する。これを飲むと鉄砲傷によく効く。
114 :
日本@名無史さん:2007/08/18(土) 00:45:02
115 :
日本@名無史さん:2007/08/18(土) 01:11:19
116 :
日本@名無史さん:2007/08/18(土) 01:47:54
夏だからってくだらなすぎ!
男色とかオナニーとか大河であるわけねーだろ!
117 :
日本@名無史さん:2007/08/18(土) 01:50:58
>>116 男色を彷彿とさせるシーンで風林実況がアッー!で3スレも
消費したのを知らんのか!!
118 :
日本@名無史さん:2007/08/18(土) 02:02:24
でもオナニーはねーだろ
119 :
日本@名無史さん:2007/08/18(土) 02:16:09
中出しはあるよ
あの時代にガクト景虎みたいなのいたら
肛門決裂とかでとっくに氏んでるよな
勘助の越後スパイは無い方が面白いような…
間者と分析力を駆使したまへ!
信大生はそこそこ真面目に勉強しつつもしっかり趣味を満喫できる
バランスの取れた人間達なのだよ
すまん、誤爆った
最近勘助がただのバカに思えてきたんだが…
思った事すぐに表情に出まくりだし
そりゃ上杉に負けるわ
125 :
日本@名無史さん:2007/08/23(木) 01:48:58
当時の鉄砲って一丁どのぐらいするの?
126 :
日本@名無史さん:2007/08/24(金) 02:26:35
3kgくらいはしたらしいよ!
100丁なんて、すぐに買えるのかね?
129 :
ゆうき:2007/08/25(土) 07:22:04
裏切り過ぎだと思う。
信長に負けた時も、勘助の、せいに、されるが、負けたのは、信玄、
勝頼
132 :
日本@名無史さん:2007/08/25(土) 10:42:58
今日から開催
【来てね\(^O^)/】NHK大河「風林火山」出演中のGacktが新潟県上越市の「謙信公祭」出陣行列に参加決定
長尾さんが白馬に乗るのってありなの?
歴史の裏に勘助あり。
鉄砲も誰よりもはやく勘助が使えると見切っていた。
砥石も勘助がいなかったから負けた。
四郎が跡を継ぐのも、勘助が幼い頃より支持していたから。
('A`)
>>136 今後はエンディングで「これはフィクションです。
実在した団体・人物とは一切関係がありません。」
と、テロップしてくれるはずですw
138 :
日本@名無史さん:2007/08/27(月) 14:53:22
>>136 フィクションじゃないドラマなんかありえんだろ
>>139 有り得ないけどね。
でも・・・まー大河ドラマの主役は毎回
捏造されまくり歪曲されまくりになるからしょうがないんだけどさ。
真田好きだからちょっと複雑な気持ちになってしまったw
141 :
日本@名無史さん:2007/08/27(月) 16:14:15
上杉謙信って女だったらしいねー。一部には婦人病で
死んだ、と言われてるみたい。
142 :
日本@名無史さん:2007/08/27(月) 17:01:27
>>141 上杉謙信が女だったとしたら、
幼少の頃、僧坊に入れられていたことと辻褄が合わない。
僧坊は、女は汚らわしいとされて、出入りが禁止されていたからね。
謙信は普通に男だった。
家督の継げない三男坊だったからこそ寺に入れられていたわけで、
女だったら、謙信と仲の良かった姉のように、
寺へ入れられることもなく、他家へ嫁がされていただろう。
>>140 ねつ造も歪曲も、井上靖自身山本勘助の不透明さを承知のうえで
創作したの『風林火山」で、井上の時代物のなかでは
娯楽に傾いた時代ロマン小説の部類にはいる作だ。
とにかく「これは『物語だ』」って思いながら見ることだな。
主役でもそうだが、脇が逸話を適当に流されるのは毎回のことだし。
>>141 女説なんて昔からただのヲタの妄想ネタだろ。
今さら話題にするのも馬鹿らしい。
砥石城(現地では米山城と言われてる)跡に逝ってきたけど、
そんなに「堅固な山城」という感じでもなかった。なだらかで低い山で拍子抜け。
それよりも松尾城(現地では真田山城)はすごかった。
遺構がしっかり残っていて、砥石城と比較にならないぐらい堅固でカッコイイ。
いや〜感動したよ。あれはお勧め。
葛尾城も急峻な山にあるが遺構は残ってなくて、景色がいいなあ、ってだけ。
ちなみに砥石城・真田山城・葛尾城も全く観光地化されていない。
砥石崩れの戦いの際に、武田軍が陣取って砥石城の村上軍と対峙していた
玄播山という場所が観光地化されていて、大きな公園になっていた。
大河でのイメージと、現地での実際の様子・呼び方・捉え方は
かなり違う事がわかった。やっぱり実際に行くべき。
東京から車で3時間だから、ドライブがてら行ける。
いまいち分からないんだけど、城と館の違いって何?
雰囲気
147 :
日本@名無史さん:2007/08/30(木) 14:52:33
よく漢字に変換出来たな、ふいんき
148 :
日本@名無史さん:2007/08/30(木) 17:06:25
相木市兵衛がなぜ武田24将に入っていないんだ?
149 :
日本@名無史さん:2007/08/30(木) 21:49:13
甘利も経産大臣に留任してよかったね。先祖も大喜び。
ガクトのシーンには突っ込みどころが多いな
>>144 いい行動してるなあ。
彼女にして欲しい、と思ったくらい。
151 :
日本@名無史さん:2007/08/30(木) 23:29:46
相木能登守
152 :
日本@名無史さん:2007/08/30(木) 23:39:59
ふーんwww幸陽軍艦だったのかー
実在相木はそんなに著名な将ではない。
甲陽軍鑑だからって、一概に全否定すれば良いって
もんじゃないけどね。笹本正治氏のような戦国武田
家研究の第一人者にも、軍鑑を基にした記述や論も
見受けられるし。最近じゃ、少なくとも勘助の実在
を疑う人は史学界でも少数派なんじゃないの?
板違いを指摘するレスがあるのは理解できるけどw
甲陽軍艦を見直そうという機運はすでに起こっているけどね。
157 :
日本@名無史さん:2007/08/31(金) 09:44:14
>>154 でも無名ではないよな。川中島合戦では必ず名前が出る。
158 :
日本@名無史さん:2007/08/31(金) 11:12:28
真田の次男と相木の娘がケコーンしているらしい
159 :
日本@名無史さん:2007/08/31(金) 11:44:13
川中島合戦絵屏風で妻女山に相木の旗印あるよな
>>159 真田や相木は、高坂らと一緒に妻女山に向かった別働隊だったからな。
161 :
日本@名無史さん:2007/08/31(金) 23:01:28
須田も渋いよな
油川家って小山田の遠縁なんだよね
小山田が武田の親戚だからなw
普通は、油川氏は武田の一族とかいうのでは
165 :
日本@名無史さん:2007/09/02(日) 23:56:25
油川家w
仁科家
海野二郎
仁科五郎
葛山十郎
安田三郎
168 :
日本@名無史さん:2007/09/03(月) 09:42:25
実際は三条・諏訪・油川夫人の地位や立場はどうだったの?
戦利品だった諏訪氏より親族の油川氏のほうが上だろう
169 :
日本@名無史さん:2007/09/03(月) 11:52:25
昨夜も勘助の自慰シーンなかったな(T_T)
諏訪に向かう途中でやったはずなんだけど・・・
諏訪へ抜ける還道には今も
「勘助の抱き岩」とか「勘助のガマン地蔵」とか「勘助の竿洗いの池」とか
勘助自慰の事実を示す旧跡も多く残ってるのに!
170 :
日本@名無史さん:2007/09/03(月) 12:51:37
山梨県小淵沢町○○地区
ここは、かつて甲斐信濃を結ぶ往還の要衝として栄えた地です。
この地には、軍事道路として晴信が整備したと云われている甲斐府中へと続く棒道が今も残り、
甲斐信濃の武士たちが行き交っていた往時を偲ばせています。
諏訪への道中、峠を越えて一息ついた勘助が、自らを慰めて安堵した所といわれている「いじり坂」。
そのすぐ脇には、勘助が男性自身を清めたと伝わる「竿洗いの池」が今も水をたたえ、
村人たちの生活水として家々や田畑へと注いでいます。
村の外れにある「勘助のぶっかけ岩」・・・
この岩は、子宝のご利益があるといわれ、今も多くの人の崇拝を集めています。
生涯妻帯しなかったと云われる勘助の営みを、今に伝えている村です。
いじり坂…JR中央本線小淵沢駅より徒歩40分
竿洗いの池…JR中央本線小淵沢駅より徒歩40分
ぶっかけ岩…JR中央本線小淵沢駅より徒歩25分
172 :
日本@名無史さん:2007/09/03(月) 13:16:35
原作にもオナヌーなんてなかったし
>>168 正室の三条夫人が頭ひとつ分どころか一人抜きん出て地位が高い状態。
側室は正室の管理下に入って、基本的には立場は一律。
実家や信玄の寵愛によっては上下するかもしれないけど。
正室の三条夫人の地位が、側室より高かったのは問題なし。
諏訪氏よりも、油川氏の地位が高かったということもなさそう。
三条氏腹の長男切腹後、兄弟順に諏訪氏腹の勝頼に家督が回ってきているからね。
(厳密にいえば、家徳相続者は勝頼の息子だが)
諏訪氏は、永らく甲府から離れた諏訪に置かれていたけれども、
息子の扱いは他の側室の子たちより劣っていないので、
側室同士の間で序列があったと見るべきではない。
え、三条夫人って貴族出身なのを自慢しまくってて
信玄に嫌われてたんじゃないっけ?
んで諏訪御寮人が一番愛されていたから、息子の勝頼が後継いだって聞いたよ。
表向きの地位は三条夫人が高いかもしれないけど(貴族出身だし)
信玄の内心では、諏訪御寮人の方が三条夫人より重んじてたんじゃないか?
>>175 三条夫人が貴族出身なのを自慢しまくって云々は、新田次郎原作「武田信玄」に出てくる描写で、
当時の史料で確認できるものは何もない。
信玄は、死ぬ3年前に亡くなった三条夫人の菩提寺に、仏像2体を寄贈していて、
夫婦仲は普通に良かったとされる。
信玄の生前、武田家の嫡男として甲府で養育されていたのが、あくまでも三条腹の長男義信だった。
勝頼が、正室腹の嫡男を押しのけて家督相続者に収まったという事実はない。
事実、勝頼は当初、母方の諏訪家を継ぐべく諏訪で養育されていたために、
義信没後も家臣たちがついてこず、やむなく信玄は勝頼の子を家督相続者とした。
(勝頼はあくまでもその後見人)。
諏訪御料人が勝頼の母であることは事実だが、
諏訪御料人のことは当時の武田家の史料にほとんど記述がなく、多くは後世に作られた話。
仏像を寄贈したくらいで夫婦仲がよかったとするのはいかがなものか?
逆にないがしろにしてきたから怨霊になられるのが怖くて死後丁重に扱った可能性もあるわけで。
178 :
日本@名無史さん:2007/09/03(月) 18:43:25
晴信の正室三条に対する心情なんて誰にも量れないよな、本人に訊ねないとね。
その点は、新田先生が自分の憶測以外に史実に何等根拠ないのに晴信が正室三条をそれほど
嫌っていたと描くことも、良くも悪くも作家特有の自分の世界に入り込んでる部分だな。
あくまで晴信も正室三条も実在の人物なわけで。
信玄の子女たちの待遇としては、
三条>>>諏訪=油川=その他側室だろう。
仮に油川が諏訪より先に男子を産んでいたら
そちらに家督が行っていただろうし。
信玄が誰を一番寵愛していたかは不明。
>>175-176 義信は信玄に対して、守役の飯富と共にクーデター未遂事件起して
廃嫡されたのは有名な話。事件後、動揺する家臣団を押さえるために、
信玄が家臣団に書かせた、多くの起請文が残っている。
義信が廃嫡されたら、四郎勝頼しかいない。
勝頼の子、信勝に家督が渡ったと言うのは、甲陽軍艦の全くのでっち上げ。
義信廃嫡後、信玄は足利将軍家に対して、勝頼に官職(叙爵)と偏諱を求めている。
これは四郎勝頼が正当な後継者であることを、将軍家や天下に宣誓している。
第一、戦国乱世に6才の幼児を後継者にするほど、信玄は馬鹿じゃない。
甲陽軍鑑の信勝後継者説は、信玄が死の直前、西上の軍を上げた際に
信勝が躑躅ヶ崎で「お留守番役」になってるのが根拠らしいが、
勝頼が信玄と一緒に出撃したから、信勝が「お留守番役」になっただけの話。
実にバカバカしい根拠だ。
>>168 中信の要所であり、名族の諏訪家の娘を
>戦利品、とはまた単純乱暴な物言いだな。
自分は仁科盛信好きだが、油川氏といえど
晴信のこの時代では影響力などないに等しいだろう。
>>173 一応史板のここで、今さら正室の位置について説かれてもなw
>>174 側室諏訪氏の住いがどこであったかなんて史料はないだろ。
推測もできないと思うが。
175は釣りっぽいな。
179みたいな対応が大人だ。
182 :
日本@名無史さん:2007/09/03(月) 20:06:56
勝頼の場合、兄貴三人が特殊な事情で家督候補から消えたために、
家督を継げる一番年長の信玄の子息ということで、出番が回って来たんでしょ?
あと、勝頼陣代説は、どうも本当じゃないみたいだな。
183 :
日本@名無史さん:2007/09/03(月) 20:33:08
当時勝頼が家督を表立って継いだとして、
信勝を信廉の養子にして世継ぎ信勝の陣代(事実上の当主)って話しは完全に
崩れるけど、ぞれなら信玄亡き後信廉本人と信廉を担ぎたい重臣がいたって話しも
ハナからなかったのだろうな。
それにしても、武田家の家督って色んな幻のパターンがあるよね。
Aパターン
晴信駿河の今川に追放を信虎が成功させ、数年後年老いて隠居した信虎を信繁が継いだパターン。
Bパターン
義信がクーデターに成功して信虎に続き信玄も二代そろって追放&隠居
Cパターン
四朗勝頼が完全に諏訪のみを継ぎ、武田本家は信廉が継いだあと穴山や血族で
たらい回し(このパターンが一番有り得ないけどね)
Aは信虎、信繁ラインだが、信玄と同様に諏訪、信濃を攻略した大大名になれたかは判らん。
Bの場合は駿河を攻めて切り取る可能性が低下するから、信玄の時みたく甲斐、信濃、駿河が
領国の巨大大名にまではならないが、信玄ー勝頼ラインみたく滅亡って末路だけは
回避できた可能性も。長篠敗戦の可能性も低下
Cも長篠の大敗だけは回避そた可能性があるがA、B,Cとも武田一門が空中分解の
可能性が出る(信繁、義信、信廉その他の統率力は不明)
全部、単なる妄想なんで左に受け流してくださいね。
184 :
183:2007/09/03(月) 20:42:52
訂正
信勝を信廉の養子にして世継ぎ信勝の陣代(事実上の当主) ×
信勝を信廉の養子にして世継ぎ信勝の陣代が勝頼(事実上の当主) ○
スマソ
>>180 >甲陽軍艦の信勝後継者説は
単に、信玄の美化と崇敬をあおるためには、
武田を崩壊の当主であった勝頼を貶めて書くのが簡単だから。
>>182 >>183 まっとうな研究者の書く本なら、
勝頼陣代説なんて支持していないよ、元々。
跡目継書の件なら「定本武田勝頼」にだって記述がある。
186 :
日本@名無史さん:2007/09/03(月) 21:40:29
勝頼って位階受領の叙目はあるの?
187 :
日本@名無史さん:2007/09/04(火) 00:28:38
どの側室のおまんこが気持ちよかったんだろう?
それが一番重要なのでは?
>>186 > 勝頼って位階受領の叙目はあるの?
ない。
丁度、信長が義昭を追放する時期だった。
それで義昭が信玄に信長追放令を出し、信玄が出陣する訳だ。
信玄の命があと1年あれば、歴史は変っていたな。
勝頼が天下人になっていたかもしれない。
189 :
日本@名無史さん:2007/09/04(火) 02:38:22
御旗楯無は勝頼に相伝されたの?
自分で調べず聞くだけの厨房、
少しはクグルなり、図書館に行け。
191 :
日本@名無史さん:2007/09/04(火) 07:14:21
信繁が生きていたらどちらが当主になったのだろう?
信繁
193 :
日本@名無史さん:2007/09/04(火) 08:14:31
義信に男子があったら、そっちに家督が行っていただろうな
義信は死んだのに氏真は長生きした。なんか可哀想な人だな
195 :
日本@名無史さん:2007/09/04(火) 11:08:56
国主であり父信玄の意向に背き、クーデターまで画策した義信に非があるのか、
嫡男の心情を退けた上に死に追いやった信玄に非があるのかは個人的には何ともいえないが
国主信玄の意は絶対なのが当時の掟だろうね。
義信達兄が全員継げないなら必然的に四朗勝頼が家督を継ぐんだが、
勝頼の武名をいくら評価しても長篠の失態は大きすぎる上に、その後も織田徳川の
破格の条件を拒み四面楚歌に陥って滅亡の末路を辿った訳だし、勝頼が継いだ事で家臣団の結束が
崩壊していったのも事実だし。信玄→義信から信玄→勝頼にせざるおえない状況にしたもの信玄。
名将と名高くて評価も高い信玄だけど、滅亡の要因をしっかりこしらえて死んだ行ったのも信玄だよな。
勝頼も父の偉大さがコンプになって”自分の代で上洛”→”名実とも信玄の後継者+天下人で信玄超え”と
功を焦っての無謀な長篠戦だったし、その後の国の建て直しも後の祭りだった。
「3年は甲斐を守り、いつか必ず孫子の旗を京に立てろ」なんて余計な事を
言って死んだのも信玄だしな。信玄は甲斐武田を歴代で一番でかくして、同時に
滅亡の種も作った良くも悪くも存在感が絶大な武将ですね。
まあ史実の本当の床は当時の人間しか知らないからアレだけど
長篠の時の武田側の得ていた織田徳川連合の情報の度合いとか、どれだけの
反対を押し切っての戦だぅたのか?勝頼は敵方が鉄砲三千挺を千挺ずつ“三段撃ち”
っての把握していないにしろ、どこまで情報があったのでしょうね?
自分で調べろ厨めって怒られそうだけど・・・
>>195 何か後半文章めちゃくちゃだけど、とりあえず
3000挺の鉄砲で三段撃ちとか恥ずかしいこと書かないで下さい。
ついでに「せざるを得ない」です。「せざるおえない」じゃないです。
>>196 195です、汚い文章ですみません。
三段撃ちも信長公記とか史実書にも根拠がないから空想だということを
おっしゃりたいのですね。
198 :
日本@名無史さん:2007/09/04(火) 12:35:05
>>147 雰囲気
ふいんき×
ふんいき○
すでに解決済みならスマン
ただの通りすがり
>>195 とりあえず、義信事件は「風林火山」の物語世界の外なんで
他所で長文買いてね。
義信事件の真実は未だにわかっていないことなんで、
厨房が嬉しそうに語ると嘘寒いよ。
>>199 天目山までいいんじゃないか。勝頼は風林火山の中心人物なんだから。
義信事件は、 義信が今川義元の娘である正室を溺愛していたため
1.いつまでも子がないのに側室を置かず、信玄の不興を買っていた
2.桶狭間後の武田の駿河責めに、義信が反対し、父と反目した
等の理由で発生した、というのが定説だね。
父の信玄が信虎を追放して家督相続したことも、義信の頭にはあったろうな。
義信は重臣の信頼が厚くて、義信事件が武田滅亡のカギになったのは間違いない。
信玄にすれば、長男にクーデター未遂起されたら、追放するしかないよなあ。
信州人で武田家臣団と馴染みの薄い四郎と、甲州の重臣達がギクシャクしたのは
容易に想像できるけどね。
201 :
日本@名無史さん:2007/09/04(火) 14:27:33
>>200 定説では、信玄が息子義信を切腹に追いやったんじゃなかったっけ?
信玄自身、親父を駿河に追いやった過去があり、
自分に似てくる息子が我慢ならなかったと・・・
理由のうち、1は関係ないだろう。
子がなければ、弟を養子にするとか、いくらでも方法はあるから。
周囲の戦国武将でも、弟や甥を養子とした例はあるし。
>>200 四郎は「風林火山」の中心人物ではないしw
>義信は重臣の信頼が厚くて
そういう見解はあまり聞かないな。
だったら、何故(謀反がもし実際にあったとして)
クーデターが露見し、死に追いやられたのかな?
あの当時の戦の頻繁さで家臣団が疲弊してたことは
多数の研究者も指摘することだが、
もし義信に人望があったら、家臣たちはみな義信についたのでは?
でも、ついてないよな?
それに、1の理由なんで誰の本にそんなことが載ってるのかW
風林火山の時の晴信の政治的選択が、後の武田家の末路に影響してる訳だし
川中島以降の武田や上杉の事と川中島以前(風林火山の範囲)との因果関係
を語るのは別にかまわないと思うけどな。
諏訪を滅ぼした時に由布姫を側室に迎えた事もその後に影響を与えてるし、滅亡まで
繋がってるから義信や勝頼の話がNGとは思わないな。
204 :
日本@名無史さん:2007/09/04(火) 18:58:49
まあ、諏訪御料人は、息子が武田を継ぐことも知らず、
亡くなっているわけだが。
実際は長男が謀反を起こしたから、結果的に四男だった勝頼が跡を継いだわけだけど
このドラマでは勘助が晴信を説得し、長男が生きてようと死んでようと
勝頼を跡目にする・・・と言いそうだなーと思った。
206 :
日本@名無史さん:2007/09/04(火) 19:53:43
風林火山は、山本勘助が、自ら人間的に惚れ抜いた、
主君晴信とヒロイン由布姫に命がけで忠誠を尽くすという物語だからね。
三条夫人や義信はただの脇役だし。
粛清した後付理由なんじゃねえの
今川から貰った嶺松院を大事にしていたり義信は信玄より慈愛は多少深い性格かもしれないね。
今川攻略に異を唱えた辺りの義理堅さも、信玄とは違うだろうな。
信玄なら三条家が邪魔になったら速攻で滅ぼすだろうし。
信玄は武田一門結束と領土拡大や上洛の為なら誰でも何でも犠牲にしちゃうが
義信は途中で挫折しそうな感じだ。
それにしても父親と嫡男の間で「殺さなければ、自分が殺される」って、やだやだ・・・
210 :
日本@名無史さん:2007/09/04(火) 23:21:45
信玄と義信の確執の原因なんて、そんなことじゃないだろうがね。
義信が妻を愛するがゆえに今川氏と敵対することを嫌ったなんて、根拠がない。
そもそも、一発触発の敵対関係の大名同士が婚姻関係を結ぶのが戦国流、
平和的な結婚などありえないのは戦国大名の子息ならば知り尽くしていたはず。
211 :
日本@名無史さん:2007/09/04(火) 23:33:37
>>207 ウキィwwwなんぞに頼らず、
自分の考えをまとめたらどうかな。
こちらも、「wikiに書いてあるからこうなんだ」なんて
ありがたがるほど素人じゃないよ。
それと、wikiの内容をみな信じてるわけ?
小説ネタや、個人の私観もない交ぜなのがwikiなんだけどね。
>>209 >信玄なら三条家が邪魔になったら速攻で滅ばすだろうし
はぁぁぁ?呆れてモノも言えない。
武家が公家を滅ぼす?
七清華の転法輪三条家を、どうして滅すんだよw
太政大臣従一位が極位極官の家だぜ。
ほんとに正気で書いてる?
212 :
日本@名無史さん:2007/09/04(火) 23:34:18
愛情云々以前に織田徳川が勃興しているときに
北条を敵に回してまで駿河を併合する意味があるかどうか
賛否は割れていたんではないのか?
今川を守りますと宣言して実質的に属国にする方法もある
>>209 三条家を滅ぼすって、どうやって滅ぼすのさ。
言葉の意味、わかってる?
214 :
日本@名無史さん:2007/09/05(水) 00:24:43
多分、信玄なら娶った奥方の実家でも場合によれば容赦しないとか言いたかったんだろうが、
今川とか余所の武家、豪族ならいざ知らず、三条家を滅ぼすのは不可能だよ実際。
>>209 慈愛とか義理堅さとか、推測にすぎないあやふやな事だと思う。
それに左大臣家を滅ばすって、そのために上洛して
洛中で合戦でも始めるのか・・・。
経済逼迫で戦国大名家からの寄進が頼りの朝廷といえど、
黙っちゃいないよね。本願寺も敵に回すぞw
って、>214の言う通りに、実際不可能すぎることだけど。
誰も考え付かない凄い発想だよな。
216 :
日本@名無史さん:2007/09/05(水) 01:47:14
三条家を滅ぼすかぁ・・・
実際あり得るとしたら信長くらいだだろうな、アイツは天皇、朝廷、院も
自分の配下にすえて信長及び織田家が国王に君臨するって本気で考えてたしな。
本能寺も失敗して織田が全国制覇したあとなら、たとえ清華家だろうが
太政大臣や天皇でも意に背いたらなで斬りしちゃいそうな基地外だ。
信玄はそこまで基地外じゃないし、朝廷,公家との繋がりを大事にする事はあっても
滅ぼすとかは無い。
218 :
日本@名無史さん:2007/09/05(水) 09:53:15
織田信長でも、公家は滅ぼさないよ。
信長は、自分が建てた二条邸を儲君に献上したり、ときの天皇に御所を献上したり、
養女を公家の二条家に嫁がせるなど、朝廷や公家社会とは仲良しだったんだよ。
そもそも、信長は、将軍足利義昭ですら殺さずに追放しただけだったのに、
なんで武力を持たない公家を殺戮する必要があるんだ。
219 :
日本@名無史さん:2007/09/05(水) 10:44:23
社会人になるまで川中島での謙信と信玄の一騎打ちもマジでおこったと思ってた。
日本史を使った小説、映画等の武将美化は凄まじいな。
と、同時に桶狭間で信長が今川に降伏して油断させておいて騙し討ちした説や
浅野長矩が吉良義央に刀抜いて切りつけたのも、普通に諭してる吉良に浅野が逆ギレしたという
浅野がただ短気で切れやすかっただけで、赤穂の復仇事件そのものがお門違いな説も
まったくTVとかで紹介しないのも、信長や赤穂浪士のカリスマを保ちたい部分があるのかもね。
そういう説を使った映画とかドラマもたまには観たい気もするけど。
220 :
日本@名無史さん:2007/09/05(水) 11:15:34
>>218 信長は利用できる者を意味無く滅ぼす気は無かっただろ、
だが、天皇を自分より格下と見ていたことは間違いない。
安土城で天皇の部屋を下にしていたし、
自分が自由に行けるようにしていたからな。
信長は自分が伸してく過程で信玄や謙信に貢物&ゴマスリを連発していたが、
機が熟すと手の平返したしな。天下の統一を果たして全権を握った時は
公家に対しても雑な扱いをしただろうな。
222 :
日本@名無史さん:2007/09/05(水) 11:38:27
義経ジンギスカン伝説は政府が満州移民を奨励していた時期に
起こったものだったり、立身出世主義の時代に太閤神話が
発生したり、都市伝説と同じで英雄伝説って、当人の史実よりも
「無学な大衆が信じたいこと」と「無学な為政者が信じ込ませ
たいこと」が一致した時にイナゴのように発生するんだな。
信長の、ほとんど一から十まででっち上げの虚飾と言っていい
「栄光の伝説」の数々も、信長自体を見ているよりも、なんで
そんな神話が生まれたかという「伝説が流布した時代の状況」
を調べる方がいろいろ見えてくると思う。
「兵農分離」なんていう神話も、文民統制を嫌ってこれを
潰したい勢力の「独自に動ける軍隊を作るべきだ」という
要請に応える形で広まったとか、いろいろ下世話で面白い
話も見えてくるよ。
223 :
日本@名無史さん:2007/09/05(水) 11:42:18
>>222 秀吉が立身出世したこと
信長が乱世を勝ち抜いたこと
当時の人が信玄・謙信を名将だと思っていたこと
これはら事実だよ
兵農分離ってそれに近いこと晴信もやってたよな若い内から。
信長が色んな政策、戦術のパイオニア扱いされてるけど、実際はそうでもないかもな。
225 :
日本@名無史さん:2007/09/05(水) 13:02:13
>>220 天皇が安土城を行幸したことは一度もないんだが、
安土城に天皇の部屋なんてあったっけ?
>>225 行幸を迎える部屋の準備があったという事だよ
227 :
日本@名無史さん:2007/09/05(水) 19:33:03
敵を見張る天守閣が、最も高い場所にあるのは当たり前。
天皇を迎えるために作られたとされる本丸が、
それより低い位置にあったとしても問題はない。
本丸の2階に信長の部屋があったわけではないし。
徳川家が天皇を迎えた二条城にだって、
天守閣はあったわけだしね。
武田関係のwikiはトンデモ記述が多い
>>228 北条夫人が輿入れ前に勝頼の子を産んでたりするよなw
231 :
日本@名無史さん:2007/09/08(土) 19:53:17
232 :
日本@名無史さん:2007/09/08(土) 20:13:33
233 :
日本@名無史さん:2007/09/08(土) 22:56:41
あの亀の大げさでもったいぶった演技のせいで1年間がつまらん
早く来年の大河ドラマ始まって欲しいよ
もっとうまくて華がある俳優使えよ
234 :
日本@名無史さん:2007/09/08(土) 23:06:35
235 :
日本@名無史さん:2007/09/08(土) 23:36:57
風林火山は信玄没のかなり前で終わっている。信長との接触はほとんどない
んでいいですか?
桶狭間あるらしい
237 :
日本@名無史さん:2007/09/10(月) 10:27:36
信長は描く必要ないが今川義元の最期はある意味見せ場だからな
中村勘九郎演じる今川の最期はちょっとしたトラウマ
アレ超えられるかなぁ
難しいだろうなぁ
239 :
日本@名無史さん:2007/09/10(月) 20:44:42
雨の中で豪華な衣装に身を包んだ義元が泥の中を逃げ回る
信長・毛利信介・服部小平太などが奇声を発しながら斬りつけて
そのたびに義元の手足や首が宙に舞う
それはステレオタイプの吉本の場合だな
新喜劇だなw
昨夜のテレ東「何でも鑑定団」のカンスケ書状は、
ただの客寄せだったな。
あーんなねつ造偽造バレバレの書状、
テレビに出す前に、地元の先生か何かに見てもらえばいいのに。
いい恥晒しで、かえって気の毒。
243 :
日本@名無史さん:2007/09/12(水) 17:27:25
245 :
日本@名無史さん:2007/09/16(日) 10:43:04
史実の義元は最期までけっこう奮戦してたみたいだけどな
必ずしも時代劇の話題に完結しない
そのドラマに関連した歴史なり背景について語る場合
その条項は適用できませんのであしからず
248 :
日本@名無史さん:2007/09/23(日) 12:48:29
北条氏綱は本気であんな家訓残したの?
毛利元就と言っていることがだいぶ違うな
村上の反撃・・・あっと言う間に終わってしまった
>>248 戦国大名の価値観が一つきりな訳でもないだろうに。
というか、むしろ「他国の凶徒」たる北条らしいと言うべき。
>>248 >本気であんな家訓残したの?
本当に書いたのかどうかも実は不詳なのに、
本気だったのかどうか、なんてわかんねーよ。
少しは自分で考えろ。
252 :
日本@名無史さん:2007/09/29(土) 13:14:24
>>248 氏綱は2代目だから、あざといことはする必要なかった
むしろ早雲が成り上がりで正統性がないため義を口にする必要があった
と思っている
253 :
日本@名無史さん:2007/09/29(土) 13:32:25
亀もガクトも最終回までに坊主になるのか?
中井貴一は最後まで坊主にならなかったが。
254 :
日本@名無史さん:2007/09/29(土) 14:15:33
勃起した
255 :
日本@名無史さん:2007/09/29(土) 14:46:01
風林火山は川中島の戦いで終わるんだぞ
川中島で勘助が戦場死して終わり
亀もガクトも出家前だ
演劇として見れない香具師は、見て欲しくないね。
三国志演義とか、仮名手本忠臣蔵と同じで、脚色がないと逆につまらん。
今回の脚本は神だと思ってる。
戦国アットホームドラマ「山内」などと比べ物にならん面白さ。
257 :
日本@名無史さん:2007/09/29(土) 15:23:23
演劇として見てもツマラン
・画面が暗すぎる(真っ暗闇)
・衣装が貧乏たらしい
・台詞が大仰でクサい上、いつも怒鳴ってばかりの印象
テレビがホコリだらけなんじゃない?
亀も内野も頭ツルツルにしたよ
260 :
日本@名無史さん:2007/09/29(土) 17:49:19
リアリティ出そうとして室内を薄暗くしてるのはヤメテクレ。
所詮、お芝居なんだから、そこは割り切って明るい室内にしてほしい。
あと、衣装もキンキラにしろとはいわないが、やっぱり小汚い印象はぬぐえない。
大河の中途半端なリアル志向は見ていて鼻につく。
そのくせガクトにはロン毛で公家みたいな格好させてるのはどういうことw
画面が明る過ぎるのも、リアル過ぎるのも嫌だ。芝居だからこそイメージが大事
262 :
日本@名無史さん:2007/09/29(土) 18:30:56
リアル志向にこだわってるわりに、ガクトのメイクや衣装は・・・
腐女子好みのアニメキャラかゲームキャラみたいだw
昔の時代劇なんてカツラの線がバッチリ見えてて、芝居だと割り切れない許せないモノがあったwあれに比べたらガクトは許せるような…
許せないような…w
264 :
日本@名無史さん:2007/09/29(土) 19:10:23
モビルスーツの出ない実写ガンダムだと思いなさい
265 :
日本@名無史さん:2007/10/01(月) 00:09:41
それでセイラさんが脱がなかったら最低ですな
267 :
日本@名無史さん:2007/10/01(月) 10:44:33
亀って、コロッケに似てるね。
ガイシュツだろうが、亀のせいで見る気がしない!
殴ったらすぐ泣きそうなこのヘタレ餓鬼が信玄だと!!
山梨県民はなぜNHKに一揆を起こさない!!!!!!!!
山梨県人だが信玄は貴一や松岡より亀の方がハマってると思う
一度は勝新にやってもらいたかったけどね
270 :
日本@名無史さん:2007/10/01(月) 22:06:42
271 :
日本@名無史さん:2007/10/01(月) 23:32:37
272 :
日本@名無史さん:2007/10/01(月) 23:38:31
273 :
日本@名無史さん:2007/10/02(火) 02:46:01
たかがTVに幻想を抱きすぎだ
>>268 日テレ「風林火山」の舘ひろしとか、
テレ朝「風林火山」のジャニ松岡ならw、文句ないわけ?
>>257 暗い方がリアルだろ。ろくな照明が無い時代なんだから。
画面が明るい時代劇を見たけりゃ韓国の時代劇でも見とけ。
韓国は明るすぎるよな
フルハウスみたい
ジャニも嫌だけど歌舞伎役者もちょっと勘弁だ
言い回しがきつすぎる
278 :
日本@名無史さん:2007/10/02(火) 22:02:25
>>275 別にドキュメンタリーでもなんでもない、ただの娯楽ドラマにそこまでリアルを要求する必要はない。
昼でも真っ暗な室内は勘弁してくれ。
279 :
日本@名無史さん:2007/10/02(火) 22:04:09
所詮、お芝居なんだから虚構があって当然。
どうせ虚構があるのなら、ガクトにアニメキャラみたいな格好させる演出より、
普通に室内を明るくしてほしい。
>>218 完全に滅ぼしてはいないが、六代将軍足利義教は妻の実家である日野家を没落させた。(日野義資の官位剥奪、暗殺)
秀吉も、豊臣家の関白職世襲に異を唱えた近衛信伊を薩摩へ追放している。
>>255 勘助も主君武田信玄が仏門に入った時に同行する形で仏門に入って『道鬼(どうき)』と名乗っている
俺は1月の終わりに山梨に旅行に行ったんだがその時に武田信玄ゆかりの和菓子があったのを覚えている
=『信玄桃』『風林火山』
信玄餅が旨いよ
確かに信玄餅旨かった
自分は8月に信州から山梨へ回った。
風林火山の風呂敷に包んだ甲斐の純米酒4本セット買って帰って呑んだ
ほとんど郡内の酒だったが、富士の水の恵みかね、どれもうまかったよ
甲斐は米が取れなかったみたいだから酒は贅沢品だっただろうね
庶民はどんな酒飲んでたんだろう
焼酎なんかは傷の消毒も出来るし、戦には便利かも
>>267 ロッテの里崎に似てる
四月前に見るのをやめたのは「武蔵」以来になる
志村けんが白塗りして「ばぁ〜かぁや〜ろう」て出てきても違和感ない大げさなコント芝居
考証はダメだし、会話はそれっぽい言葉を並べてるだけで登場人物に生命感がない
ストーリーに物語的な面白さもないからドラマとしてもつまらない
映像化されるのが珍しい時代、題材でもないから我慢してまで見る価値はない
信玄が「春日弾正虎綱を名乗るがよい(キリリッ)」とか冗談
仕官して20年以上経ってから今更、山本家の行く末を案じてもねーだろう
今川氏親の正室(後室)=権大納言中御門宣胤女=義元生母
今川氏当主の官途=治部大輔、受領=上総介(八省の輔と同格/『大館常興書札抄』)
北条氏綱の正室(後室)=関白近衛尚通女
北条氏当主の官途=左京大夫、受領=相模守(四職大夫と同格/『大館常興書札抄』)
どちらも北条のほうが格上、そもそも
北条氏康の正室=今川氏親女=義元姉妹=氏政生母
>>286 知識をひけらかしたいだけにしか見えんぞw
そもそも勘助が武田に仕官したのは信虎追放後、でもって縁談が
上がってるのは第一次川中島の直前くらい。
それから、今川の「上総介」は上総が親王任国だったから
だろ(=上総国司の中では事実上の最高位)?
国自体のランクでは、上総は大国に対して相模は上国だし。
そもそもが北条の左京大夫は僭称じゃなかったか?それに対し
今川義元は三河支配の権威つけのために正式に叙任している。
あと、正室の家格を持ち出せば、細川京兆家<北条になるが?
さらにいえば、丹波の豪族の赤井氏ですら近衛前久の妹を妻に
迎えているわけで。
>>286 閨閥書いて喜んでる、面白くもない厨坊だな。
>考証はダメだし、って
じゃあ時代考証の確かだった大河作品名を挙げてみそ?
それに、どんなに歴史通説に沿った映像化をしても、
「ドラマはドラマ」なんだよ。
そんなに史実が見たけりゃ、タイムマシンを発明して
好きな時代に逝ってしまえ。
やっぱ史実厨て糞だなw
290 :
日本@名無史さん:2007/10/14(日) 21:06:19
むしろ今までの中では割とマシな方>考証
291 :
日本@名無史さん:2007/10/14(日) 21:57:47
都内〜大月〜富士吉田あたりでスゲー美味いほうとう屋教えて!
292 :
日本@名無史さん:2007/10/14(日) 22:20:25
今川家そのものが足利将軍家の分家で伊勢平氏の末流とされる
後北条家より武家社会においては家格が上。
そもそも後北条家の始祖の早雲が今川家の食客だった。
293 :
日本@名無史さん:2007/10/14(日) 22:45:53
来週は勘助と謙信の一騎打ちですよ
は〜くだらね
関東甲信越の『風林火山』キャンペーンはすごい
>>293は何だかんだ言いながら毎週欠かさず見てるツンデレさん♪
>>291 オーナーがDQNなことで有名な「宝刀屋敷」とかねwww
個人の好みで評価は色々だが、支店が多く便利なのは「小作」か。
勝沼地域にも、よくガイドブックに載るほうとう屋があったはず。
>>295 いや毎週見てるんだけどさすがにこれは蛇足
なんか他になかったのかと
298 :
日本@名無史さん:2007/10/15(月) 16:43:58
>>293 だからモビルスーツのでないガンダムなの
長尾影虎はシャー
長尾影虎はシェー
300 :
日本@名無史さん:2007/10/15(月) 21:59:59
>>298 いや、
晴信=ラインハルト
勘助=オーベルシュタイン
信繁=キルヒアイス
景虎=ヤン・ウェンリー
だろ。
景虎=ラインハルトなら
桃姫=アンネローゼだが
301 :
日本@名無史さん:2007/10/15(月) 23:21:48
景虎=ラインハルトなら
桃姫=アンネローゼだが
上杉謙信はキルヒアイスのいないラインハルトだろうな
しかも関東管領というブラウンシュバイク公まで抱え込んでいる
宇佐美がオーベルシュタインかな
302 :
日本@名無史さん:2007/10/16(火) 09:47:41
なにこのキモいスレ
303 :
日本@名無史さん:2007/10/16(火) 14:30:04
>来週は勘助と謙信の一騎打ちですよ
なんでそんな捏造を放送するのか理解できない。
基本的に史実に立脚したシナリオをお願いしたいものだ。
視聴率とか一部の視聴者に媚びているとしか思えない。
史実に忠実にだけで作ったら軍師山本勘助主役って時点で放送できんなw
まあな
シックスセンスみたいにみんなに見えない山本勘助でも良かった
主役は雪斎に譲ろう
>>303 ドラマだから良いじゃん。
で、済むことなんだよ、僕ちゃん。
いくらドラマだとしても限度がなぁ
こんな事したら謙信が安っぽく見えてしまう
川中島で信玄と謙信の一騎打ちはドラマだしいいじゃんと思えるけどさ
309 :
日本@名無史さん:2007/10/17(水) 10:06:41
>>308 「川中島で信玄と謙信の一騎打ち」は「一応」、史実なんじゃない。
>>308 wどういう謙信なら安っぽくないのだろうか?
311 :
日本@名無史さん:2007/10/17(水) 15:14:46
今回主人公は信玄ではなく勘助なのだからしょうがない
勘助に華を持たせてやらないと
一騎打ちとはいっても、由布姫を失って傷心旅行に出た勘助が
偶然謙信と出くわせるというだけだろ
別段、武田のために単身乗り込んだとかいう政治的意図によるものではないし
一騎打ちと呼べるほどのものでもないんだが
312 :
日本@名無史さん:2007/10/17(水) 17:41:31
百式に載って出奔した影虎を勘助・真田・相木のハンブラビが襲撃
あわやのところをキュベレーの桃姫が助ける
>>287 ってことは、それでも遅いと思うが仕官から10年ちょっと後か、50歳過ぎる前に考えてやれってw
・相模守>上総介は武家官途の格式(朝廷内でも大国、上国なんて有名無実で伊予守、播磨守あたりが最上だけどね)
この格式を書き記した大館常興は1540年代の生存が認められる、一応は同時代の人物
・今川が上総介なのは足利上総介家の子孫だから
・僭称だったら中央の記録に「左京大夫」で出ないよ、叙任の記録が残ってるかどうかじゃね
・正室の格は都鄙で比べても意味ない、したら若狭武田主従が最強だもの
レス乞食っぽく過激に書いたが、ようは今川はあそこまで偉そうにするほどの格じゃない
(15世紀の『旦那名字注文』でも別格なのは吉良、石堂で今川はどうってことない)
>>288 ・閨閥を書いたのは氏真の無能を表現するために殊更に北条、今川の敵対関係を強調してたからだよ
・終始考証がまともだった大河なんてない、そのくせドラマとしてもつまんないから見るに価しない
後段の小学生みたいな捨て台詞は見なかったことにしてあげる
信虎を追放した晴信が家臣に「虎綱」を名乗らせるとか
最低限のふいんき、ディテールてのは気ぃつけてほしいね
三者三様に狩衣だなんだと衣装替える意味もわからん、長尾づれの狩衣はもっとわからん
>>313 しかし左京大夫は伊達稙宗や武田信虎、そして氏綱が任官した後
岩城・大宝寺・結城それから斎藤義竜や六角承禎などがみんなして
叙任されており、実際程の価値はないと見て良いと思う。
(ちなみに信虎は従五位下で左京大夫となっているし、北条氏康も
従五位で左京大夫だったはず)
一方今川義元は従四位下で治部大輔になっているし、どっちが格上とか
そこまで問題でなかったと思うんだが。
もっとも、大内義隆のように、太宰大弐になる事で少弐氏を
滅ぼした例もあるから一概には言えないだろうけど。
正室の格については貴方が言い出したのでは?
それを北条の方が格上という材料として挙げてきたから、
細川京兆家の細川晴元の妻が三条氏であること、国人にすぎぬはずの
赤井も近衛氏を妻に迎えていることがあるけどどうなんだ?と聞いた
んじゃないか。
>>313 しょせんドラマは創作だと云うのにw
しかも亀レス
>>313 あおりでなく、博識な貴方にお聞きしたい。
>>・相模守>上総介は武家官途の格式
というのが、全国の武家の共通認識を得ていたとして
そう成さしめたモノは何とお考え?
鎌倉北条氏得宗家の代々の職だったから?
朝廷や室町幕府の公式見解ってわけではないでしょ?
公式見解ってなにをもって公式見解?
大館は幕府の役人だよ
あの景虎の公卿の衣冠を意識したような狩衣のカラーリングが
まるで平成仮面ライダーのようだ COOL COOL COOL
異形の彼はどうやって越後から高野山まで移動したんだろう、飯綱の法かな?
勘助は勘助で、政情不安もいいとこの美濃や近江を通って高野山までいったんだろうか
で、極めつけは1対1でチャンバラした挙句に、仲良く朝飯w
>>318 衰微した時期だからこそ、幕府の役人がそういう格式をまとめ
たんだろうな。左京大夫なんて一体何人いるんだと。
しかし、お前ドラマはドラマで楽しめんとはな。
いかにもオタクっぽいなあ。
320 :
日本@名無史さん:2007/10/28(日) 20:32:55
亀の台詞回しがくどくてうざい
321 :
日本@名無史さん:2007/10/29(月) 01:17:55
貫禄を出す為か前より一層、歌舞伎調になってきたなw
322 :
日本@名無史さん:2007/10/29(月) 04:31:29
昨日放映の全員禿げワロタW
323 :
日本@名無史さん:2007/10/29(月) 13:58:53
関東管領に無帽に黒染めの狩衣で対面、しかも緋色の袖紐なんて異形はアリなの?
普通に考えて直垂に侍烏帽子姿だよな
次回に寅王丸が出てくるね。
ウィキでは1546に死んだことになってるが
諸説あるだろ
つーか史実厨ならウィキなんてあてにすんなよw
326 :
日本@名無史さん:2007/10/29(月) 16:07:22
女色を断ってござる
327 :
日本@名無史さん:2007/10/29(月) 23:35:26
あんな短い小説を1年近いドラマにするが間違い。
だから捏造ばかり。
うけりゃいいという姿勢丸見え。
どうせ話は中途半端で終わる。
328 :
日本@名無史さん:2007/10/30(火) 00:29:13
>>327 はげどう
なんであんな幼稚な作品が絶賛されてるのか理解できん
くだらん捏造ばっかしやがって
そんな無理してエピソード追加するなら、別の原作使えと。
329 :
日本@名無史さん:2007/10/30(火) 02:04:23
長尾氏発祥地は相模にあるのに
相模の北条を討とうとするGacktに無礼を指摘したい
330 :
日本@名無史さん:2007/10/30(火) 22:37:04
北条は長尾の旧主筋の三浦を滅ぼしている、元主筋の上杉の敵でもある
戦う大義名分はいくらでもある
>>330 マジレスしてどうする?
あと伊勢といわんか!伊勢とw。
332 :
日本@名無史さん:2007/10/31(水) 02:51:38
いいドラマだとおもうけとまな
>>324 信憑性のある文献史料には、寅王丸の没年等の記録は何もなく
何年まで生きたとか、成長して○○と名乗って云々・・・等々は
しょせん地域の伝承止まりなんだ。
wikiなんて鵜呑みにするなよ。
334 :
日本@名無史さん:2007/10/31(水) 09:33:00
おまえの言うことよりましだけどな
ここは文芸作品の創作を捏造とか言うもの知らずが多いのなw
寅さんは幼い頃に密かに殺されたのかね?
>>333 つーかWikipediaだって 1546?となっているけどね・・・・
> 長岌(ちょうきゅう、天文11年(1542年) - 天文15年(1546年)?)は、戦国時代、
> 諏訪氏当主の諏訪頼重と武田信玄の妹・禰々の嫡子。幼名・寅王丸、後に千代宮丸と改名。
>>337 だから、ウィキの情報を鵜呑みにする事はないって話だろ
>>338 だから、
>>324 は Wikipedia の情報を鵜呑みにする以前に、Wikipediaの
内容を理解していないんだよ。
長笈って名も、裏づけとれてないことだよなw
341 :
日本@名無史さん:2007/11/04(日) 20:45:34
やっぱり桶狭間の黒幕はカンスケだったようですね
ん?今川に酒でも送るのか?
やぱっり地方豪族の話は今ひとつもりあがらなんあ
桶狭間で義元が落命したことによって三国同盟は事実上瓦解することになるが
345 :
デブ専:2007/11/05(月) 17:14:28
でぶじゃない義元では抜けない
同じ創作の世界の人物設定とはいえ
自分的には「武田信玄」での山本勘助像のほうが好きだな。
戦国の悲哀や人生の過酷さを背負ってるような雰囲気で。
まあ、主役と(重要だけど)脇役の違い、
ドラマ全体の作品の風潮が違うから当然なんだけど。
つまり勘助が信長を助けなければ、長篠の敗北もなかったってこと?
なんてこった。勘助のばかー。
別に桶狭間を場所に選ばんでも結果はかわらんだろ
実戦経験の乏しい義元に待っているのは同じ結末
349 :
日本@名無史さん:2007/11/07(水) 00:34:32
なぜ田楽狭間と言わん
350 :
日本@名無史さん:2007/11/07(水) 01:32:22
過去ログを読んだが
>>71 >>72 は
>>69 の文章に「てにをは」が無く気持ち悪いとの指摘だが
どこが?? と俺は思う。
きっと
>>71 や
>>72 のような腐女子には
>>69の論旨を理解出来ないのだろう。
大河の醍醐味はメイクや衣装では無く、女性主軸のホームドラマ描写でも無く、
血湧き肉踊るダイナミックなストーリー展開である。
351 :
日本@名無史さん:2007/11/07(水) 02:13:31
よく分からんのだが、腐女子って女だろ。
その腐女子の書き込みがあるってことは、なんだ。
日本史板にも女がきてるつー理解で良いのか。
信じられない。お、おれはいっこうにかまわんよ。
うん、うん、ガクト景虎、いいよね。
腐女子は戦国/幕末が大好き
これはガチ
なればこそじゃ……あまり
川中島の戦いの後今川家は武田家によって滅ぼされるのだが
勘助は草葉の陰でにやりと笑ったと思われる
357 :
356:2007/11/10(土) 20:59:56
桶狭間で義元が打ち取られるのが勘助の謀略ならば勘助の真の目的は今川家への復讐
その様にはなったかも知れん
勘助の謀略が義信を死に追い込んだのか。
武田家への復讐ができてよかったね、勘助。
更に信長を生かしたことで武田家ごと無くなります
いえ、勘助は明智光秀を焚きつけて本能寺の変の遠因を作るのであった
361 :
日本@名無史さん:2007/11/12(月) 00:08:27
原作の「風林火山」に忠実にキャスティングするなら
山本勘助=芦屋小雁
由布姫=宮沢りえ
でオk?
信玄=内山君
今日ちょっと見てないんだが桶狭間だったっしょ?
織田信長役の俳優は誰がやってたの?親切な人おせーてm(_ _)m
踊っておった
次回の景虎さんムチ乱舞に吹いた。
367 :
日本@名無史さん:2007/11/12(月) 11:37:41
おれも影虎のムチ乱舞に強い関心あり。
ついに越山したGackt氏の関東平野を舞台にした北条との全面対決に期待。
368 :
日本@名無史さん:2007/11/12(月) 16:37:04
>>361 原作の由布姫は美人だが高飛車だからな
清楚なイメージのある宮沢りえはちと違う
沢尻エリカとか
由布姫は20代半ばで死んだようだから
30代の宮沢りえでは落ち着きすぎていると思う
370 :
日本@名無史さん:2007/11/12(月) 19:10:18
勘輔スゲー
信長利用して天下取ろうと思ったんだろ
だけど信玄の寿命までは予期できなかったな
理論では勝っても運に見放されたところが諸葛孔明みたいだよな
勘助は武田家と織田家が同盟を組むことを画策していた様に思える
実際三国同盟が破棄された後勝頼と信長の養女との政略結婚が成立している
勘助の唯一の失策は自分が死んでしまったこと。
長生きしていれば、調略していた明智光秀や羽柴秀吉がもっと早く決起して、信長は滅んでいたはず。
たった一つの書状に山本菅助の名が確認されているだけというのに
織田や明智や羽柴も無いもんだwww
早くなったら光秀秀吉は決起できるだけの兵力や地位はないんだが
それと調略されるのは武田のほうで・・・
真田のくのいち、葉月つおい。
伝兵衛なんかと所帯もったら、しょうちしないぞ。 ><
明日の風林火山はSMか・・・
「ギャ!グッワ!待ってくれ!待ってくれ!」
長泰は、叫んだ。
「許してくれよ!下馬しなかっただけなんだから」
「バキッ!ボコッ!」
政虎はかまわず殴り続ける。
「ヒッー!助けてー!助けてー!」
長泰が悲鳴に近い叫び声をあげた。
「お前みたいな奴がいるからいけないんだ!」
政虎が叫びながら殴り続ける。
「ギャー」
長泰の血があたりに飛び散った。政虎のコブシも血で染まっている。
「世の中!狂ってんだよ!狂ってんだよ!」
政虎の形相は、もうフツウではなかった。その様子を見ていた、関東衆も上杉家中も言葉を失ってしまっていた。思わず藤氏が言った。
「弾正!それ以上やったら死んじゃう!」
「ガッシ!ボカ!」
政虎には、まったく聞こえていない。長泰も失神したのか動かなくなった。
「キャー、やめて!」
藤氏が叫んだ。
「あっ……はい」
宇佐美が後ろから政虎を押さえた。
なんだ色恋沙汰の話にしちゃうのか。
ダビデ王じゃん。
379 :
日本@名無史さん:2007/11/18(日) 20:48:43
成田長泰は奥さんが見てる前で政虎のムチで射精しちゃったの?
380 :
日本@名無史さん:2007/11/18(日) 20:50:17
, -───-= 、
./ \
,. ..:;:;:;:;:;;;;;;;;;;;;;;:;:.、 / \
/,;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;:;;:.、 ./ ヽ
,'.;;;;;;;;;r'"´ ̄``''''゙゙゙`ヾ;;;;、 / ヽ
j;;;;;;;, ′ ヾ;', 丶
,j;;;;;, ′- 、 u ! | u リ 、----ヽ、 ヾ- ' ' ';'' ` 、 l
」;;;;;,′ -≧y__j _,._ 、',、__ ; ;、__,_ `` | 武田信玄は高坂弾正を愛しています。
ハ;;;′ { ゞ 、 ', _| /
いリ ` |,, ', / 世界中の誰よりも
(_ノ ´ y、ュ .! / | ヽ、///// /
i ,T三ゝ| .! └- /
l .:;;;' ニニ´';:;, ! i_,i /、
, イ', .:;:.:;:.:; '゙゙゙゙゙''. :;:;.:;.. ,′ ∨ /ノ.:.\
''"´ ヽ .:.:;:;:;:;;;;;;;;.:.:;:;:;;;;' /'ヘ ,//.:.:.:.:.:.:.\
ゝ、、 .:;:;:;:;:;;;;;;;;:;::'′, ':.:| `ー-= - /.:.:.:.:.:.:.:.:.:.\
``ー-----‐'''゙゙´.:.:.::| `ヽ /.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.::ヽ
大河ドラマでチ〜ンていうのは初めてじゃない?
382 :
日本@名無史さん:2007/11/18(日) 23:59:55
下馬しないほうも悪い
関東管領に
織田に義元を討たせる→織田家台頭、後対立→肩入れした四郎が突っ走り織田に滅ぼされる
→信長死亡→桶狭間を機に独立した家康、甲信接収。
384 :
日本@名無史さん:2007/11/19(月) 09:32:08
>>382 成田には下馬しない理由があって
昔、源義家が八幡宮に参拝したときも成田の祖先が下馬しなかった
その故事にしたがったまで
伝統という意味では成田は上杉や長尾より名門なのだろう
いまでも成田山や空港がある
385 :
日本@名無史さん:2007/11/19(月) 10:20:52
大織冠鎌足の末裔で源家譜代の成田家っていってもすでに小田原の分国みたいになってるのにな。
長泰は関東管領の存在自体にむかついてたのかな?
>>384 成田氏の発祥と不動信仰の成田山は直接関係ないだろう。
関東武士のお約束で、地名を家の名にしただけなんじゃ
>>384 こじつけでも成田山はアリかもしれんが、空港は関係ねえだろw
>長泰は関東管領の存在自体にむかついてたのかな?
これは関東武士のほとんどに当てはまりそうw
成り上がり北条のほうがもっとむかついてただろ
つか成田長泰の正室は白井長尾氏だから、謙信とは縁戚になるはずなんだが・・・
日本史板的に見るなら
長泰は鎌倉での就任式直後、息子を人質に差し出してるし
太田が国府台で大敗して岩槻城が落ちた後も上杉方だった
392 :
日本@名無史さん:2007/11/19(月) 19:04:18
太田三楽とも親戚だよな
伊勢庶流、でも幕臣を若年で務めた宗瑞に始まる北条はそれほど成り上がりなんだろうか
ただよそ者ではあったけど
だな。
「他国の凶徒」とは言われても、「成り上がり」とは言われてない…はず。
>>394 「凶徒」と「京都」を掛けているのかな。
誰が上手い事を言えとww
397 :
日本@名無史さん:2007/11/21(水) 18:21:55
早雲時代は守護でも守護代でもない者が国持ちになるのは前代未聞
斎藤道三以降はありふれてしまったが
>>397 つ国司
つ寺領
どっちも代々で守護よりも伝統あるけどな
399 :
日本@名無史さん:2007/11/21(水) 20:29:27
成田って藤原氏じゃなくて武蔵七党の末裔って聞いたけど。
401 :
日本@名無史さん:2007/11/21(水) 22:43:46
成田氏って名門って割りには戦国時代以前の来歴は不明らしいよ
だいたい源義家の前で下馬しなかった話も上杉謙信に打たれた話も江戸時代に作られたフィクションらしい
そりゃそうだ。
成田程度の家なら結構ゴロゴロ転がってるだろ。
長尾だってそれなりに由緒正しい家だし。
長康はこの後、謙信に従ってるのに辱めを受けて恨んでいたというのも辻褄が合わないし
403 :
日本@名無史さん:2007/11/21(水) 23:59:54
海無し国の甲斐、そして信濃を領有し後は悲願の海へ到達する為に
日本海の越後、太平洋の駿河を目指した。
南米のボリビアやパラグアイと同じ立場だな。
404 :
日本@名無史さん:2007/11/22(木) 09:42:08
>たった一つの書状に山本菅助の名が確認されているだけ
そんなこと言ったら関羽が戦闘に参加したという記録も二つしかないぞ。
>信濃を領有し後は悲願の海へ到達する為に
最近は川中島の戦いは第三回までは善光寺経済圏の掌握が、その前後からは
直江津港の貿易権益の奪取が目的だったというのが定説になってるね。
「秀吉が川中島の耕地を見てこんな狭い土地を争ってつまらぬ戦いをした
ものよと笑った」などという「そんなことあるわけねーだろ」っていう
ヨタ話を聞かされてきた俺らの過去は何だったんだという感じだな。
なにしろ織田家さえも見下ろすほどの莫大な利益を上げていた直江津交易。
そりゃ農地の経営なんていう実入りの少ないことに謙信が興味を持たなく
なるのも道理。軍神どころかソロバン片手のビジネス管領だったわけだ。
そして武田がその直江津まで直線距離であと50キロに迫った時に、
義元が頓死して信玄は急激な南進政策に転換…
ほんと歴史って何が起こるかわからない。
405 :
日本@名無史さん:2007/11/22(木) 10:05:44
上杉政虎が小田原まで攻め込めたのは
北条に従いたくない関東武士の間に雪崩現象が起きたからなの?
地理的にはあり得ないくらいの距離だ
406 :
日本@名無史さん:2007/11/22(木) 11:18:10
上杉が越山してくれ越後に降り、戻れば小田原に従うのが関東武士
謙信は関東武士の北条への抗議行動に担がれただけだな
関東武士の労使交渉みたいなもんだし
408 :
日本@名無史さん:2007/11/23(金) 21:10:28
姫さまぁ
409 :
日本@名無史さん:2007/11/24(土) 13:08:05
このドラマでは、ガクト謙信は成田の奥さんに食指を動かしてるのか?
410 :
日本@名無史さん:2007/11/24(土) 13:10:33
直江(西岡トクマ)が謙信(ガクト)のアーッの相手?
411 :
日本@名無史さん:2007/11/24(土) 14:39:48
はげどー
そういえば勘助がこの間、高坂になんでお前はそんなに出世が早いんだ?何かあるのか?みたいなことを聞いて、高坂がちょっとかを赤らめるシーンがあったな。
流石に天下のNHKは「ウホッ!の関係なのであります。」と放送することはなかったが。
415 :
日本@名無史さん:2007/11/25(日) 10:40:05
高坂は元々は農民の出なのになぜ譜代の重臣がなる侍大将で原や勘助より格上なの?
山県はオブの弟なので当然だが
416 :
日本@名無史さん:2007/11/25(日) 11:09:04
ヒントは寵愛
第2ヒント、アーッ
418 :
日本@名無史さん:2007/11/25(日) 12:51:07
高坂は甲斐国一番の金持ち春日大隅の息子
信玄「ウホッ!いい男!」
高坂「やらないか?」
420 :
日本@名無史さん:2007/11/25(日) 20:39:20
碁石金三つかみとはどのくらいの価値?
特別ボーナス1500万円くらいかな
最近村上出てこなくなったね
あと数回を川中島で引っ張るのか
422 :
日本@名無史さん:2007/11/25(日) 20:56:49
勘介の養女(原の娘)役を演じてる子なんていう女優?
強い関心ありです(^-^)b
424 :
日本@名無史さん:2007/11/25(日) 21:17:01
元チャイドルの前田亜季(前田愛の妹)
>>421 ひょっとしたら川中島で出るかも。実際いたはず
イロハニ…
いい紙使ってるな。蝋燭も使ってたし金持ちだな
越後は信長もびびるほど貿易で利益あげてたらしいからな
蝋燭は景虎が奨励した越後の特産品だしな
これで為景、晴景時代の超赤字体質を改善した
景虎が商人に対して施した、数々の優遇政策によって裕福な国に生まれ変わった
世間の謙信のイメージって戦神だけど
実際はビジネスマンって感じだな
似たようなことは信玄にも言えるが
>>429 戦馬鹿のようなイメージを持たれがちだけど、
謙信はすごい経済感覚に長けているからな。
431 :
日本@名無史さん:2007/11/26(月) 03:26:09
まぁーー
派手に散れや
糞軍師 わろてやろう
432 :
日本@名無史さん:2007/11/26(月) 13:04:12
謙信が経済感覚あるのは当たり前。
乱世で領国経営してんだから当然だろ
433 :
日本@名無史さん:2007/11/26(月) 17:12:18
>>425 村上は川中島では大活躍
信繁と諸角討ち取ったという説もある
434 :
日本@名無史さん:2007/11/26(月) 17:22:30
当然村上も出るだろうな
435 :
日本@名無史さん:2007/11/26(月) 19:00:50
謙信時代の越後の主要産業は略奪。
関東に毎年繰り出して、手当たり次第に略奪してきた。
越後では奴隷市場が軒を連ね、世界中に奴隷が出荷されていた。
>>435 そのかき集めた奴隷によって佐渡の金山も採掘されてたらしい・・・
って嘘はイカンよw
いったいいつになったら直江は愛兜を被るのか
西岡さんが拒否してんのか?まぁ気持ちはわかるが・・・
>>437 はあ?
西岡は直江景綱だよ。愛は兼続。兼続は景綱没後に婿養子入りしたんだよ。
すまん、宇津井健が被ってたから勘違いしてた
>>435 >関東に毎年繰り出して、手当たり次第に略奪してきた。
根拠がまるで無い説なんだと
>越後では奴隷市場が軒を連ね、世界中に奴隷が出荷されていた。
何の史料に書かれてるのw
謙信と奴隷市の関係は「越佐史料」に見られるのみ
しかも一人あたり20文と超格安
身受けが許されていた日本の奴隷市を考えたら、実質解放
>>440 こんなはした金ではとても元は取れんからねw
「甲府の人買い」の話もそうなんだけど、実質「親族に引き取り料を
支払わせて解放」なんだわな。「これに懲りてよく目を付けとけよ」
という。血で血を洗う戦国時代、といった後世の勝手なイメージが
無駄に妄想を膨らませておおげさな話に仕立ててしまった感はあるな。
実は金持ちのお坊ちゃまだったという説まである吉村貫一郎を
明治大正の「迫害される東北民」のイメージで勝手に貧困剣士に
しちゃったようなものか。
443 :
日本@名無史さん:2007/11/28(水) 21:30:48
高山右近を大川ドラマの主役にしてほしいです
444 :
日本@名無史さん:2007/11/28(水) 23:11:09
マジ…スレ?
446 :
日本@名無史さん:2007/11/28(水) 23:48:39
必殺必中仕事屋稼業を大河ドラマでやって欲しい。
大旗本のドラ息子が善良な御家人の一人娘をレイプしたり
いい庄屋の母娘を悪い代官が側女に差し出せと強要したりの
エロシーン満載でやってくれたらNHK視聴料払ってやってもいい。
年頃ですなw
448 :
日本@名無史さん:2007/11/29(木) 00:12:44
上杉謙信が武田信玄に塩化ナトリウムを送る話は出てきますか?
そういやその回は信玄死ぬまでやるんだっけ?
家康はともかく信長でるかなぁ
>>450 「風林火山」って作品の概要を全く理解していないw
453 :
日本@名無史さん:2007/11/29(木) 10:55:32
最後の10分で天目山までやる、10秒ごとに人が死ぬ
天目山はたぶん再来年の超絶駄作「天地人」でやるのだろう。
実家壊滅の報を聞き、泣き崩れる菊姫。
(原作では菊姫は変な女に書かれているが)、きっとやる。
運は天にありぃ \(^o^)/
鎧は胸にありぃ ⊂⌒~⊃。Д。)⊃
手柄は足にありぃ ⊂二( ^ω^)⊃ ブーン
死なんと戦へば生き、 ∩( ・ω・)∩ ばんじゃーい
生きんと戦へば必ず死するものなりぃぃぃ (`・ω・´)ノ シャキーン!
第四次川中島戦争はどっちが勝つんだろう。手に汗にぎるね。><
457 :
日本@名無史さん:2007/11/30(金) 22:13:53
井川遥と結婚したい!
3流書下ろし小説家・火坂は菊姫にあやまれ!
459 :
日本@名無史さん:2007/12/02(日) 21:07:09
つうか素人の素朴な疑問
何故に武田はあのまま上杉勢を妻女山に押しこめて
そのまま兵糧攻めできなかったの?
麓で乱捕りつっても限界あろうに。
>>459 答え:上杉勢は妻女山に陣ひいてなかったから
461 :
日本@名無史さん:2007/12/02(日) 21:10:39
462 :
日本@名無史さん:2007/12/02(日) 21:17:34
鞭聲粛々夜過河
暁見千兵擁大芽
遺恨十年磨一剣
流星光底逸長蛇
>>461 そのまま
第四次川中島合戦で上杉勢は妻女山にはいなかったって事
上杉勢が陣をひいたのは西条山、現在で言うと浅川西条の山の事
合戦の経緯は詳しくはわからない(というより講談などの脚色が多く含まれすぎて詳細がわからなくなってる)が、
甲陽軍鑑にあるように啄木鳥を見破られ云々というのと違うらしく、一ヶ月以上川中島・善光寺平周辺で戦い続けていたと思われる
464 :
日本@名無史さん:2007/12/02(日) 23:01:42
>>463 西条山説もかなり無理が有る〜と某サイトで検証されてたな
もっとも川中島で上杉軍が乱取りしたとされる話も江戸時代に成立した本が元ネタ
あの「北越軍談」なんて軍記物を書いた宇佐美の末裔(自称)が携わった本
>>464 西条山は三箇所あるが、その中で一番可能性が高いのが浅川西条
そこには若槻城という陣城があり、その城の別名が「西條」城で周辺が「赤坂」と呼ばれていた
これは「謙信公御代御書」にある上杉勢が陣を構えたとされる場所と一致する
そのサイトが何を検証したのか知らないが、そういう事
466 :
日本@名無史さん:2007/12/03(月) 00:25:31
467 :
日本@名無史さん:2007/12/03(月) 01:48:16
一応見た。昔殿様やってた家の子孫と、川中島の戦いゲームをしたのを思い出した、懐かしいなあ。
468 :
日本@名無史さん:2007/12/03(月) 01:59:29
川中島か・・・
俺の地元では体育祭でやる騎馬戦のことを川中島って言ってたな
470 :
日本@名無史さん:2007/12/03(月) 02:17:56
海軍ちゃうか(笑)
471 :
日本@名無史さん:2007/12/03(月) 02:41:38
九州では?
そもそもドラマって最初から銘打ってあるのに、何故必死なのかわからんね。
三国志演義って銘打ってあるのに正史と違うとか、
仮名手本忠臣蔵と書いてあるのに史実と違うとか言ってたら馬鹿でしょ。
473 :
日本@名無史さん:2007/12/03(月) 06:18:20
だから、大河ドラマで必殺やったほうがいいって言ってるだろ。
あれなら史実と違うとか言う馬鹿は出てこないから。
虚構だから、どんな滅茶苦茶もオッケーとは
NHKのひとも考えないだろうね
史実をまる無視して歴史ドラマが成立するはずがない
ドラマは細部に宿るともいうし
だから時代考証の監修者が専門にいたりするんでしょう
そもそも成田が関東管領を前が下馬しなかったのはね
うんぬんかんぬん、と言い出すのも
ひとつのドラマの愉しみ方
475 :
日本@名無史さん:2007/12/03(月) 16:52:52
じゃあ「きつつき戦法」なるものは後世のフィクション?
実際は数ヶ月に渡る消耗戦で武田は大将クラスがバタバタ死んで行ったと言う事なのかな?
まあ講談のネタとかにするにはイマイチ盛り上がりに欠けるわなw
>>473 暴れん坊将軍が、女色に興味が無くて
大奥にいっても女と夜を過ごさず、かといって男色もせず
御台所どころか側室さえいないという設定に、
文句を言うやつは居なかったのだろうか?
477 :
日本@名無史さん:2007/12/04(火) 11:08:17
>>475 消耗戦で武田信繁・諸角虎定らの武田も大将クラスが死ぬなどということは考えにくい。
「予期せぬ遭遇説」というのもあるが、それだと武田側にだけ大将クラスの死者が出ている理由
がよく分からない。
478 :
日本@名無史さん:2007/12/04(火) 12:11:46
忍びの者だな
479 :
日本@名無史さん:2007/12/05(水) 02:00:33
>>473 >「予期せぬ遭遇説」
霧が晴れたら敵が目の前!ってやつ?
謙信の「車掛り」ってのもいきなり遭遇したから
ああ言う形になっちゃたのかな?
でも武田側の被害の甚大さを単に上杉と武田の実力差と言ったら
「謙信厨」とか言われそうだなw
でも以前NHKの「その時歴史が動いた」でやってたのは
世に聞こえた武田の最強騎馬軍団が完成の形を見たのは信玄の生涯晩年も晩年だったとか。
戦国時代の騎馬隊って、
馬に乗って戦う部隊なのか、荷物を馬に背負わせて高速移動する
歩兵部隊なのかがあいまいだよな
481 :
日本@名無史さん:2007/12/05(水) 11:00:14
対陣中に濃霧発生
上杉は霧に紛れて山を降りてきた
武田も霧に紛れて陣地の移動中だったので遭遇戦に
というのが自然な気がする
車掛かりは攻撃には遊兵を作り不合理
撤退時なら交互に殿を務めて追撃を防ぐという意味で合理的
482 :
日本@名無史さん:2007/12/05(水) 15:51:45
川中島にすんでます。先日 朝霧がすごくて 急に霧が晴れて視界がよくなって
こんな感じだったのでしょうか。妻女山からは川中島が一望できます。
近所の小学生の女の子ですが、つるっぱげのオヤジが家に入り込んだそうで
お母さんにはそれが見えなかったんだよ。霊?
長い棒を持っていたらしいです。スレチガイですみません。
483 :
日本@名無史さん:2007/12/05(水) 16:31:10
良い信玄 「駿河・駿州」
普通の信玄 「今川」
悪い信玄 「んまぐわ」
>>469 先月、朝日新聞の記事で読んだんだが、福岡(北九州市だったっかな)では川中島っていうらしい
壇ノ浦が近くにあるから騎馬戦の呼称は避けたとか、よくわからん説明がされてたように思う
福岡の他にもう一ヵ所あったような気もするけど、それもおもいっきり忘れた
・・・てなわけでググってみたところ、朝日のウェブ記事はないようだが個人サイトに一部引用がなされてた
福岡教育大学の教授のコメント
「川中島と呼ぶのは明治40年代の資料に登場している。当時は全国的には、競技を源平合戦になぞらえることが多かった。
北九州は壇ノ浦が目と鼻の先。ゆかりが深すぎて避けたのだろう。川中島だと、決着がつかなかったという意味でも、子どもに期待を持たせるのにぴったりなのでは」
もう一ヵ所の「川中島」ってのも姫路のほうらしい
霧の山道って歩いた事ないが迷わないものなのか?
足下が見えないと速度はどんなもんだろ
普通は迷うが、地元の人は変化を熟知してるから
新田次郎の「武田信玄」でもそこらへんを勘助が聞きまわってた
そっか。地元の人なら危険個所とか霧がいつ頃晴れるか判るわな
488 :
日本@名無史さん:2007/12/09(日) 04:19:00
川中島かあ…
まあ馬上から振り下ろされた刀を軍配で払うなんてありえねえよなw
でもやるんだろうな、最大の見せ場だろうし
謙信に篭手で銃弾をはじかせたNHKなら躊躇する理由は無いwww
でも正直ムチャクチャ楽しみかも。
一年掛けてじっくり「大名として」パーソナリティを描いてきた人物二人がかち合う瞬間なんだぜ。
>>488 ありえないも何も、「お約束」なんだから
受けいれて見ればよいんだよ。
馬は小さいし、軍配は厚さ10センチあったと妄想する
492 :
日本@名無史さん:2007/12/09(日) 20:28:12
お約束
鞭聲粛々夜過河
キタ―
493 :
上杉謙信:2007/12/09(日) 20:52:52
ふふふつ、圧倒的じゃないか我が軍はwww
494 :
日本@名無史さん:2007/12/09(日) 21:00:17
古典厩、采配も持ってないし
槍も携えてない・・・
そりゃ討たれるだろw
いい加減にしろよNHK
495 :
日本@名無史さん:2007/12/09(日) 21:01:03
古典厩、槍も携えてない・・・
そりゃ討たれるだろw
いい加減にしろよNHK
496 :
日本@名無史さん:2007/12/09(日) 21:03:59
『車懸』って言っても別にぐるぐる回ってた訳じゃないんでしょ?
497 :
日本@名無史さん:2007/12/09(日) 21:04:37
>>488 「軍配で払う」まではないかもしれないが、一騎打が100%ないとは言えないだろう。
謙信は近衛前嗣の書簡では「自身太刀討ちに及ばるる段、比類なき次第、天下の名誉に候」
とあるように軍の先頭にたって戦うことが珍しくなく、3万の敵軍のなかを僅か23騎で突破するなど、
常識外の武将なので敵本陣に自ら突撃することもないとは言えない。
498 :
日本@名無史さん:2007/12/09(日) 21:06:45
499 :
日本@名無史さん:2007/12/09(日) 21:14:52
それって自らの軍兵に馬で駆け入って分けるってアレ?
500 :
日本@名無史さん:2007/12/09(日) 21:16:49
>>499 そうそれ。本当かどうかはわからないけど
501 :
日本@名無史さん:2007/12/09(日) 21:26:23
まあ結局は両雄合い対し決着つかずだもんな
502 :
日本@名無史さん:2007/12/09(日) 22:04:21
きつつきの戦法などない。
きつつきは長い舌を木の穴の中に入れて虫を取る。
穴の反対側をつついたりはしない。
歴史家はそんなことさえ知らないのだ。
503 :
日本@名無史さん:2007/12/09(日) 22:44:52
甲陽軍鑑とか北越軍談とか創作だから
>>496 善光寺方面へ進んでいた越後軍の進路を急に変更したフェイント作戦である〜
なんて説を読んだ
謙信は縦に隊列を並べ、普通に通り過ぎる振りをして、いきなりターンして襲い掛かった
武田から見ると、新手が次々に同じ場所へと(信繁隊、諸角隊、義信隊)殺到してくるから
そこは際限の無い攻撃に晒され、同じ敵と延々戦ってる錯覚に陥ってしまうとか
あと謙信の統率力が際立っていて、越後軍諸隊の出し入れがスムーズ
疲弊した隊と力を温存していた隊との交代、運用が素早かったんだそうな
それを見た敵が諸隊を回転してるのではと勘違いしたとか
ヨーロッパの戦史にはそんな陣形例ってないのか?
無いんだろうな。あったら「だれも実態がわからない幻の戦術だ」なんて言われてないもんな。
最初から「物語」なんだもの。
脚色や巷説満載でもいっこうに構わない。
ただ、つまらない、緊迫感がない、臨場感が無い、のだらだら作
ドラマとして単に面白くないんだよ。
506の言う面白い、緊迫感がある、臨場感があるドラマって何?
『ドラマとして単に面白くない』
これが日本史板的にみる見解かね?( ´,_ゝ`)プッ
逆にこれだけ講談を盛り込まれると気持ちいいなw
まあ朝日の「天と地と」には既に絶望してるが…
>>509 まあ所詮は「ドラマ」だしな。実も蓋もないようだが、
そこで重箱の隅をつつくような真似するのは正直無粋。
むろん、許容範囲はあるけどな。
511 :
日本@名無史さん:2007/12/11(火) 08:14:02
講談にある話元にしてるのはセフセフ。赤マフラーとかどこでもまつタン千代タンはアウアウ
>>505 同じような名前の戦術はヨーロッパにもある。
ただしヨーロッパの方のは騎兵戦術で、三十年戦争くらいまで使われてた。
513 :
日本@名無史さん:2007/12/11(火) 14:44:09
要するに謙信の強さが異常だったんでしょ、単純に。
1強に対して武田・北条が同盟を組んだと。
514 :
日本@名無史さん:2007/12/11(火) 17:17:19
川中島の合戦なんて最初から本気じゃない威嚇の為の睨み合いだろ?
第四回は偶発戦だし、そのまんま描写したらドラマとしてつまんない物になる。
515 :
日本@名無史さん:2007/12/11(火) 17:57:34
城の魅力と言えば天守や櫓群と共に、累々と連なる高石垣だろう。
日本の石垣は扇の勾配などの様式美をを備え、天守や櫓とマッチングは絶妙で、実に魅力的な景観を醸し出す。
しかしながら、桜を大量に植えた場合、石垣が隠れてしまい、城の持つ魅力が減退してしまう。
もし大量の桜が満開になった景観を楽しみたいのなら、別に城でなくても公園に密植された桜を楽しめば良い訳だ。
また、単に美観の問題だけでなく、文化財保護の観点からも好ましくない面がある。石垣の際に植えられた桜は発達すると根が拡大し、やがて石垣を圧迫し、崩壊させる要因にもなるからだ。
もっとも、桜を全て伐採しろとか、一切植えるなとか、そういった極端な意見を述べるつもりは無い。
咲き誇る桜は美しく、位置を考慮して少数存在するならば、それは景観上のアクセントとなり、城の景観をより美しく際立たせる効果を持つだろう。
桜は無闇矢鱈と植えるのではなく、数を抑制した上で、景観にプラスになるよう慎重に位置を考えて植えるべきではないだろうか。
516 :
515:2007/12/11(火) 18:04:52
誤爆スマソ
517 :
大河が消える日:2007/12/12(水) 21:25:31
NHK最大の危機…囁かれる「大河ドラマが消える日」(夕刊フジ)
ねじれ国会に、NHKが戦々恐々としている。NHKの予算は衆参両院の議決が
必要な国会承認案件のため、国会同意人事同様に民主党が反対すれば予算が組めず、
受信料徴収や放送自体にも影響を及ぼす可能性があるからだ。
永田町では「お茶の間から、大河ドラマが消える日がくるかもしれない」といった声まで囁かれ始めた。
(以下略)
[夕刊フジ:2007/12/12 17:20]
http://blogs.yahoo.co.jp/y_nakatani666/51001822.html
519 :
日本@名無史さん:2007/12/14(金) 12:12:12
520 :
日本@名無史さん:2007/12/14(金) 23:24:30
TBSはこうして在日朝鮮人に乗っ取られた。 窓際社員の独り言です。
(1)1960年代
テレビ放送が始まってまもなくの頃、放送中のちょっとした言葉づかいの問題(例えば「朝鮮民主主義人民共和国」を"北朝鮮"と呼んでしまった、など)に対して、
朝鮮総連から会社及び経営幹部の自宅に対して脅迫に近い抗議行動が繰り返される。抗議行動に対する「手打ち」として、採用枠に"在日枠"が密かに設けられる。
総連幹部の子弟を中心に入社試験無し(カタチだけの面接)での採用が毎年続く。
在日枠の密約を所轄官庁に対して内密にしてもらうよう局側から総連に「お願い」をしてさらに弱みを握られ身動きがとれなくなっていく。
(2)1970年代
政府を叩きさえすれば世論が喝采する狂った時代。
在日社員の「反日番組」を「権力に対するペンの戦い」「調査報道」と勘違いした経営幹部が社内で在日を積極登用。
「日本人社員と在日社員に昇進の差別があってはならない」などと理想論を述べたのは良かったが、
しかし昇進差別をしなかったのは甘い日本人幹部だけで、課長、部長と昇進した在日社員は、帰化した在日二世を理不尽なまでに優遇する逆差別人事を徹底。
異を唱えた日本人社員は徹底的にマークされ、営業や総務など番組制作の第一線から退けられる。
(3)1980年代---90年代
昇進した在日社員が主要な報道番組のプロデューサーや報道局長など、決定的なポストを占める。
某サヨク週刊誌の在日編集長をキャスターに迎えたニュース番組が、
学生時代に学生運動に没頭した団塊の世代の視聴者の支持により高い視聴率を得る。
1989年の参議院議員選挙では「土井社会党」「マドンナブーム」を援護。あからさまな社会党支持。
521 :
日本@名無史さん:2007/12/14(金) 23:25:07
(4)1990年代---2000年代
偏向報道、捏造報道、取材情報を特定の勢力に提供するなど、報道機関として存在を否定されかねない不祥事が続発。
朝日新聞、系列のテレビ朝日が、どちらかといえば「北京の意」を汲んだ報道が多い。
バブル崩壊以降の景気低迷でただでさえ厳しい広告収入が、「サラ金」と「パチンコ」に大きく依存。まさに、在日朝鮮人の資金で在日朝鮮人が運営しているのがウチの放送局。
在日の局長が在日のスターを「作り上げる」ような番組制作が為され、その証拠に「筑紫哲也の番組名」が未だに存在する。
最終回とてつもなく糞だな
くそだが泣いた
ベタなネタでも丁寧に作られると泣けるな・・・
戦場なのに周囲に人影が消える、死ぬ死ぬ詐欺ばりになかなか死なない、本陣に大将1人きり、甲斐・信濃の太守が足軽と円陣組んで勝ち鬨
近年稀に見るクソ大河だけあって流石の最終回
角川版「天と地と」
謙信「柿崎」
柿崎「オウ」
謙信「武田の前備えを突け。左右に目をくれるな。典厩信繁が首、お前にくれてやる!」
柿崎「心得ました!」
謙信「信玄 参るぞ」
謙信「皆の者、よく聞けい! これより武田勢本陣を突く。目指すはただ一つ、信玄が首。よそ目をくれるな!」
将士「オォー!!!」
太刀を抜き
謙信「遅れをとるな!!」
信玄と謙信が馬上で河の中、水飛沫をあげながら切り結ぶなんてのも、同じバカ設定でも、勘助と謙信が高野山で一緒に飯食ってるとのは天と地ほどの差がある
BSの特番でみた大河版「天と地と」の石坂浩二も良かったけど、この謙信はカッコよすぎる
髷も結わねー異形の人なんて問題外
526 :
日本@名無史さん:2007/12/17(月) 10:04:22
あの気持ち悪いやつを謙信役に抜擢した時点で興覚め
527 :
日本@名無史さん:2007/12/17(月) 10:24:02
脇も正面もガラ空きで信玄公一人ぼっち・・・
あの本陣はないよな〜
あとロケ地(ゴルフ場?)の広さに比べてエキストラの数が圧倒的に少なすぎる
少数での合戦シーンなら真田太平記の方がはるかに優れていた
>>526 禿同
あいつが出てくるようになった後半、全て風林の雰囲気を壊した。
前半はよかったのに・・
>>527 同意。
本陣の幔幕のなかに、誰もいないって何よ。
また、喋り始める人物の周囲には敵兵が居なくなるしさ。
なのに、信繁や諸角の首を取返した石黒五郎兵衛や
成瀬吉左衛門をちょっと出しして名をあげたり、
「巷説ネタも描いたけど、実はちゃんと調べて書いてるんですよ!」
って主張が見え見えの感じがしていた。あざとい。
本陣の内と外に人が沢山いたら、突っ込まれる武田が無能って事になっちまう
531 :
日本@名無史さん:2007/12/17(月) 12:37:22
近習も旗本もいない武田の本陣にも笑ったけど
勘介の一騎駆けで斬り込み→落馬→討ち死にも笑った
ところで内野は極厚の肩パットでも入れてるのか?
肩がいかつくてモビルスーツみたいなシルエットで可笑しかった
532 :
日本@名無史さん:2007/12/17(月) 17:38:42
山本勘助・・グフ
上杉正虎・・百式
平蔵・・・・ザク
>>532 自分はこうだと思う↓
平蔵・・・・ジム
変な反戦意識、が入るから興ざめ。
謙信の甲冑の胴の模様が双頭の鷲?韓国時代劇じゃねーっ通の
535 :
日本@名無史さん:2007/12/17(月) 21:16:14
Gacktで台無し。
肩パッチわろた
536 :
日本@名無史さん:2007/12/17(月) 22:07:27
西洋馬使うのやめれ!
馬はザクを運ぶドダイと一緒な。
537 :
日本@名無史さん:2007/12/17(月) 22:12:19
勝鬨のシーンを見て、うちの母ちゃんが、
バレーボールの試合か?と言っていた。
信玄のアップで何度ゲロったか
539 :
日本@名無史さん:2007/12/17(月) 23:10:56
勝ちどきシーンは変な汗がでた。
途中まで面白かったのに。残念。山勘がモビルスーツ化したのは
赤マフラー以来の伝説になったよ。
あの最終回は予算不足かい
あのガクト謙信の鎧は、利家とまつで、利家壮年のころ使われていた
やつだよ、たしか。ちなみに小笠原様の鎧も秀吉や秀家が使ってた筈。
へんな反戦意識とか入ってたか?・・宇佐美のこと?
あの程度でぐちぐち言ってたら功名など見れたもんじゃないぜw
やはり日本史板の連中では駄目か
利家とまつなんて、朝鮮出兵の時だけまつが完全にサヨになったしな
泣き叫びながら戦争の悲惨さを語ってた
いやお前の旦那は戦争で手柄稼いでここまで出世したし、
お前も旦那や信長秀吉に入れ知恵してたじゃん、と
544 :
日本@名無史さん:2007/12/18(火) 03:54:36
最終回の録画予約時間間違えてた/^o^\
545 :
日本@名無史さん:2007/12/18(火) 06:46:27
合戦シーンは昔の角川映画の方が良かった。あれも随分評判の
悪い映画だったが。
天と地と?見てないけど一騎打ちが長かったとか…
547 :
日本@名無史さん:2007/12/18(火) 11:20:32
なんつーか城攻めはそれなりに出来てたけど野戦は全然だったな。
まあ主要人物の周りに誰もいないってのは勘助達の内面にスポットを当てたかったから
ってのもあるかもしれんが結果として最大の見せ場が変なシーンになった
548 :
日本@名無史さん:2007/12/18(火) 11:27:32
ただ
>>534みたいにあの程度で、反戦キモいとか言ってる奴は厨2病やな。
信玄の母ちゃんは仏門に入ってるんだからああいうのもしゃーないし
勘助はそこで「こんな世の中じゃ仏さんだって戦とは無縁じゃないッスよ」って反論してるし
宇佐美のあれは「ちょwwwwこのままいったら共倒れwwww
おまい軍師だからわかるだろwまだ続けるとかテラ基地外wwwww」
ってことで反戦とは全然違う
549 :
日本@名無史さん:2007/12/18(火) 11:51:46
緒形拳は元就の尼子経久役が一番好きだった。
550 :
日本@名無史さん:2007/12/18(火) 12:51:56
たぶん勘助は肩パット入れてたと思う。
旗指し物や甲冑がショボかったよな
551 :
日本@名無史さん:2007/12/18(火) 20:16:22
緒方拳は弁慶役が一番好きだった
緒方拳は蘇我馬子役が一番好きだった
553 :
日本@名無史さん:2007/12/18(火) 20:53:30
緒方拳は赤尾根子島共和国大統領役が一番好きだった (大河ではないが・・・)
554 :
日本@名無史さん:2007/12/18(火) 20:55:58
緒形拳は大石内蔵助役が一番好きだった
緒方拳は直人のオヤジ役が一番よかった
556 :
日本@名無史さん:2007/12/18(火) 21:11:05
緒方拳は出ないほうがよかった
557 :
日本@名無史さん:2007/12/18(火) 21:29:40
緒形拳はやる気なさそうだった。
Gacktはいってるし。馬で駆けてるGackt謙信。ワロタ。
話すとき顔がいつも傾いてる。
あれは決め顔?
558 :
日本@名無史さん:2007/12/18(火) 21:41:02
緒方拳は、やっぱり阿倍麻鳥だろ。
559 :
日本@名無史さん:2007/12/19(水) 01:22:34
>緒方拳
藤原純友(風と雲と虹と)がまだ出ていないなw
しかし騎乗で槍持っている武将が少なかったなあ。。
何故か皆刀を振りかざしてるんだよね。
やっぱ槍を持つと馬に乗りにくかったり、馬に乗れない役者は槍だと
槍の先まで見えるように引いて撮ると単に台に乗っているだけなのがばれちゃう?w
560 :
日本@名無史さん:2007/12/19(水) 01:42:31
馬上、槍も持たずに太刀で斬り込むなんておかしいよな。
戦国の武士が槍下の働きしかしないなんて
Gacktに引っ掻き回されたNHK
562 :
日本@名無史さん:2007/12/19(水) 03:09:05
>>560 「自身太刀打ちに及ばるる段、比類なき事」と近衛前久の書状にあるが、
謙信の場合は一般の武将の常識と違い、軍の先頭で戦うことも珍しくなかった。
上洛時には堺で鉄炮、羅紗の陣羽織、ビードロのマントなども購入するなど
米沢藩に残る謙信の衣装は派手な女ものと見紛うようなものも多く、案外Gackt謙信は実態に近いかも。
563 :
日本@名無史さん:2007/12/19(水) 04:44:18
>>560 同意。大河ドラマの騎馬戦ではいつも刀でちゃんばらしてるけど、
ものすごく違和感を感じる。馬上からなら槍をぶんまわして、足軽
の頭を叩きまわったり、馬上の武士を叩き落としたりするほうが
理にかなってる。あんな短い刀を振り回してたら簡単に槍で突き
殺されるだけだろう。
槍は扱うのが難しいんだろう
んだ。あんま長いもの振り回したらバランス崩して馬から落ちそう
ところで実際はどうだったんだ?
本物の槍って相当重いよな。馬上で振り回せんの?
馬上で持つのは手槍といってだな・・・
>>566が普通という槍よりは短くて軽い、馬上とかで使うサイズのもあった
568 :
日本@名無史さん:2007/12/19(水) 09:26:23
日本の武士って槍持ってる時は下馬して突撃してたんじゃね?
太刀は馬上で扱い易いように作られてるけど。
なんかの記録には「馬上で槍を振るい突撃したというのは戦を知らない奴が言うこと」とすら書いてあったし。
少なくとも西洋のランサーみたいなチャージはしなかっただろうな
569 :
日本@名無史さん:2007/12/19(水) 09:28:05
野太刀構えたときのGacktはどう見てもセフィロスです。本当に(ry
570 :
日本@名無史さん:2007/12/19(水) 09:53:47
合戦図などでも馬上の武士は槍携えてている。
馬上で槍をしごくのは武士として当たり前の事。
槍の代わりに鉄線を芯に通した棒で敵を叩き殺す者もいた。
572 :
日本@名無史さん:2007/12/19(水) 10:21:01
川中島合戦図屏風だろ
もっと古い時代だと、馬上で長刀振り回してたりしてたよな。
574 :
日本@名無史さん:2007/12/19(水) 10:45:39
馬上で太刀しか使えないなんて騎馬武者の資格ないよ
575 :
日本@名無史さん:2007/12/19(水) 15:34:41
前田利家なんかは馬上で槍かまえて首たくさんぶら下げてる絵も残ってる
から(後世の作だが)当然馬上で槍ぶん回して首たくさん取ってたんだろうと
想像できる。でもそれで槍の又座といわれるぐらいだからみんながみんな
そんな事ができたわけでもないんだろうなと思える。
576 :
日本@名無史さん:2007/12/19(水) 16:31:38
筋金入りの棍棒振り回してたのは太田康資だな
真壁氏幹もそんなの振り回してたな。
578 :
日本@名無史さん:2007/12/19(水) 17:22:38
清水太郎左衛門は太刀の名人であるが国府台では樫の棒を愛用
鉄のこん棒なら、長谷堂合戦図屏風の最上義光がぶん回していたな。
樋口角兵衛も・・・
581 :
日本@名無史さん:2007/12/19(水) 22:09:51
棍棒は武士にとってかなりポピュラーな武器なんだなw
そういえば大阪夏役最上絵屏風にも棍棒持った騎馬武者が描いてあった
棍棒などの打撃武器は純粋に破壊力高いからな
というか役者に馬上で槍を振るえってのは無理がありすぎる
戦国時代なんかの戦死者の死因で、刀によるものってかなり低いよな
棍棒なんかの打撃系の方が多かったと思う
刀よりも実戦向きだったんだろうな
584 :
日本@名無史さん:2007/12/19(水) 23:45:04
なあ、軍配って鉄で出来てるの?
木製だと刀受け止めたら折れるよね?
真田太平記ではちゃんと馬上で槍使ってたよ
一番槍!
588 :
日本@名無史さん:2007/12/20(木) 02:47:55
伝兵衛が主役の方がよかったんじゃね?
589 :
日本@名無史さん:2007/12/20(木) 03:29:40
妻夫木が直江役だってな・・・
590 :
日本@名無史さん:2007/12/20(木) 08:38:15
直江が大河の主役w
オワッテル
591 :
日本@名無史さん:2007/12/20(木) 09:29:16
状況に応じて武器を使い分けるのだろう。
例えば、熊手は、騎馬武者を引き摺り下ろすのに有効だが、徒歩兵にはあまり効果がないとか。
息のある武者を組み伏せてとどめをさしたり、首を切るには、短い刀のほうが使いやすいとか。
僕らが複数のパソコンを使い分けるのと同様に、いやそれ以上に、いろいろ武器を使い分けたと思うよ。
命がかかっているのだから、めんどうくさがる奴もおらんだろ。
592 :
日本@名無史さん:2007/12/20(木) 09:35:46
結論
大河ドラマの合戦シーンでの騎馬武者はおかしい
593 :
日本@名無史さん:2007/12/20(木) 09:49:45
>>591 ごめん、俺はPC一個しか使ってない。あとは携帯だ
594 :
日本@名無史さん:2007/12/20(木) 09:51:28
>>583 一番死者が多かったのは弓と投石だよね。
そういや今年は投石部隊出てきたっけ?
595 :
日本@名無史さん:2007/12/20(木) 09:53:56
西洋のランサーだって最初に槍で突撃した後はメイスに持ち替えてたし
信長の足軽は5メートル位の槍で、敵をバンバン叩いていた
597 :
日本@名無史さん:2007/12/20(木) 10:05:35
武器の使い分け
通常時集会:木刀
抗争時集会:金属バット・サバイバルナイフ
族狩遭遇時:ゴルフクラブ・金属バット
引退集会パレード走行時:模造刀
こんな感じか?
馬上より槍で雑兵を叩きまわるor突いく
↓
手柄になりそうな武者と渡り合う
↓
接近して組討ち
↓
首級を挙げる
>>568 「センゴク」って漫画にそんな描写があったな。主人公が馬上槍で戦うのを見て周りが驚く、みたいなのが。
600 :
日本@名無史さん:2007/12/20(木) 11:50:39
が、リサイクル可能な地球に優しい武器だ。矢なんか羽根が沢山必要だし
602 :
日本@名無史さん:2007/12/20(木) 12:36:48
>>600 むかし平三いま平蔵
大河武田のヘイゾウはいらない子!
以前聞いた話では刀で一度斬りつけると、刃に人体の脂が付着して
次から切れ味が格段に落ちるらしい
そんな理由もあるのだろう
馬上の敵に対しては熊手の他に、馬の脚に引っ掛けたり打ったりして落馬させる長い鎌みたいな武器があったと思う
そういうのを足軽とかが普通に持ってると、むしろ馬上にいた方がリスクが高いよな
604 :
日本@名無史さん:2007/12/20(木) 13:37:47
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07年度国家公務員1種試験合格者 私立大学別(10人以上合格)
早稲田大 85 さすがは早稲田の一言に尽きる
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中央大学 35 さすがは資格試験でも早慶に次ぐ実績を誇る中央
東京理科 32 さすがは理系私大NO,1の王者の風格
立命館大 31 さすがは関西私大NO,1の実力を披露
法政大学 13 さすがは東京六大学の実力校
上智大学 10 さすがは早慶上と並び評されるエリート校
606 :
日本@名無史さん:2007/12/20(木) 14:59:14
東大や京大じゃないと出世できないよ。
607 :
日本@名無史さん:2007/12/20(木) 17:24:38
>>604 東大京大・・・一門衆・譜代
私立・・・・・先方衆・新参者
私立卒は足軽大将止まり
608 :
日本@名無史さん:2007/12/20(木) 17:30:07
609 :
日本@名無史さん:2007/12/20(木) 18:44:30
篤姫って面白そうか?
衣装に予算取られそうだよなw
篤姫のおかげで日本は開国できたって感じになりそう・・・
>>604 コピペに文句言うのもなんだが、
関西の私大のaE1は新島穣先生の同志社だろーが。
>>611 江戸城無血開城も、江戸が火の海にならなかったのも
みーんなロリ顔篤姫様のおかげです! にマジでなるだろうね。
>>612 和宮が天皇家へ、篤姫が島津家へ、手紙を書いたのは事実だがな。
それにしても、篤姫が江戸城へ輿入れするのは4月って、遅くね?
それまでは実家(島津分家)、養家(鹿児島藩島津家)、
さらに養家(島津家の江戸邸に移り、近衛家の養女となる)が
舞台らしいが・・・
614 :
日本@名無史さん:2007/12/21(金) 23:46:24
幼馴染が江戸城に火をつけ、幼馴染と火事の中でばったり出会い、
幼馴染と逃げるかどうかで葛藤したりするんだろうなぁ。
615 :
日本@名無史さん:2007/12/21(金) 23:53:11
おい、おまえら。
俺様が大好きな稲森いずみ様が滝山だぞ。
浅野ゆうこよりずっといいぞ。
そうかぁ、だから医龍2に出なかったのか。
616 :
日本@名無史さん:2007/12/22(土) 08:56:41
稲森も薩摩ッポ
617 :
日本@名無史さん:2007/12/22(土) 13:37:05
なぜ稲森が篤姫ではいけないのか?
618 :
日本@名無史さん:2007/12/22(土) 13:48:22
篤姫の実年齢との絡みらしいよ。
史実の篤姫は21歳で将軍家定の御台所して大奥入り、
23歳で未亡人となり、
27歳で姑として10歳年下の嫁和宮を大奥に迎え入れる。
32歳で大政奉還。
稲森いずみの実年齢は36歳だしな。
619 :
日本@名無史さん:2007/12/22(土) 18:30:51
成田氏って名門てことで、
源義家の前で下馬しなかったから、
関東管領フゼイに対してももちろん下馬不要ということなんでしょうか。
関東管領上杉氏は、源氏たる足利氏に臣従しているくらいだから。こういる理屈でオーケーかな。
すると、源氏嫡流八幡太郎に下馬しないくらいだから、
鎌倉公方にたいしても、そして、室町将軍に対しても、
下馬不要ということになるのだろうか(上杉関東管領は問題外)。
620 :
日本@名無史さん:2007/12/22(土) 18:41:57
「両角豊後守」、「高坂弾正」、これらは百官名かと思う?
ということは、
信玄が、朝廷に勝手に与えたもの?
それとも、信玄が朝廷に口利きしてやった?
本人が、自分で金だして公家に口利き頼んだ?
どうなんだか、詳しい人頼みます!
621 :
日本@名無史さん:2007/12/22(土) 18:45:55
さあ 盛り上がって参りました!!!!!!!
>>620 ただの自称。戦国時代はごくごく一般的にこのようの自称がまかり通っていた。
623 :
日本@名無史さん:2007/12/22(土) 20:11:14
名乗ったもの勝ち。
>>619 299 名前: 人間七七四年 [sage] 投稿日: 2007/12/15(土) 14:22:12 ID:Dx71UaHp
鎌倉時代の成田も
頼朝の前、執権北条氏の前、長崎親子の前でも馬上で居られたんでしょうか
三浦、安達、金沢、足利などの名門が下馬する状況で
成田一人、馬上で居る光景は奇異ですよね
それは何らかの記録が残ってないと逆に変だと思います
さらに室町時代
成田は始め、南朝に属していたとの事
それを赦してくれた足利、上杉の前でも馬上から挨拶をしてたのかな
これもちょっと信じ難い話だし
それを示す一級史料が有ってしかるべきだと思われます
義家の頃の話が室町後期になって突然出てきたというのが、不思議でなりません
>>619 300 名前: 人間七七四年 [sage] 投稿日: 2007/12/15(土) 14:29:03 ID:cPSjwNUb
鎌倉年中行事にも書いてないの?>成田のこと
道ですれ違った時に管領の前で下馬しなくていいのは足利一族だけらしいけど、
顕定の頃には管領上杉も御一家化されてるからどこまで有効なんだか
301 名前: 北条景広ってどお? 投稿日: 2007/12/15(土) 17:07:01 ID:WId43QpK
>>299さんへ。
史料で見ると
鎌倉時代の成田氏は、
>>188&
>>286で終わり…
次に出てくるのは南北朝時代から…
名和長年を後醍醐天皇に接近させたらしい。
(ただし、この出典元(ド忘れ!!)は、あの幸田露伴が疑問符をつけている)
史料による室町時代の成田氏の登場は…
永正七年、上杉氏の被官上田政盛が北条早雲に内応して管領上杉憲房に叛した。
憲房は政盛が籠る権現山を攻め叛乱を鎮圧したが、親泰は嫡男長泰および藤田虎寿丸らとともにその寄せ手に参陣し戦功をたてた。
このころ、小田原を本拠とした後北条氏が勢力を拡大しつつあり、関東は本格的な戦国時代に移行していった。
そして、居城を忍に構えたこの親泰のころからが戦国大名成田氏としての歴史にあたっている。
>>300さんへ
それってアレだったっけ?
千葉と小山氏が関東公方の屋敷の廊下まで入ってもイイよ。
でも、それ以外の関東の守護&奉公衆は、地べたで挨拶するんだよ。
ってヤツだよね?
それには成田氏は乗ってないみたいだ!!
>>626 この301に書かれてる188のレス
『(成田は)武蔵七党の横山党の説が確実。
家系図では…藤原北家の子孫と自称しているけどね。』
286のレスは
保元物語〜平家物語〜吾妻鏡における成田氏の記載
馬上の礼が許されたなんて一言も出てこない
↓が結論
303 名前: 人間七七四年 [sage] 投稿日: 2007/12/15(土) 17:24:26 ID:cPSjwNUb
>>301 つまり管領に対し馬上の礼を許された例外の中に成田は入っていなかったと、そういうことですね。
--------終了-------
304 名前: 北条:景広ってどお? 投稿日: 2007/12/15(土) 17:32:52 ID:WId43QpK
>>303さんへ。
そういうことです。
628 :
日本@名無史さん:2007/12/22(土) 21:21:13
622 名前:日本@名無史さん :2007/12/22(土) 19:40:04
>>620 ただの自称。戦国時代はごくごく一般的にこのようの自称がまかり通っていた。
623 名前:日本@名無史さん :2007/12/22(土) 20:11:14
名乗ったもの勝ち。
・・・そうか、名乗ったのが速ければいいのか。
武田がもしどんどん膨張したら、ほかの守護大名の下の豊後守や美濃守を併
呑する自体もあったんだね。
629 :
日本@名無史さん:2007/12/23(日) 14:45:37
>>615顕定の頃には管領上杉も御一家化されてるからどこまで有効なんだか
山内家出身だけが、御一門ということでしょうか。初代管領憲顕の子孫が全部?
というより、顕定とその兄弟、子孫ということでしょうか。
詳しくお願い。
630 :
日本@名無史さん:2007/12/26(水) 22:52:45
「風林火山」の川中島の戦いで
学徒出陣の場面があると聞いたのですが、
テレビで見たら、Gackt出陣でした。
〃〃∩ _, ,_
⊂⌒( `Д´) < 啄木鳥失敗なんてヤダヤダ!
`ヽ_つ__つ
ジタバタ
_, ,_
(`Д´ ∩ < 信繁討ち死になんてもっとヤダヤダ
⊂ (
ヽ∩ つ ジタバタ
〃〃
〃〃∩ _, ,_
⊂⌒( つД´) < 越後になんか負けたくないもん
`ヽ_ ノ ⊂ノ
ジタバタ
⊂⌒( _, ,_) < もう勘助の責任でいいよね……
`ヽ_つ ⊂ノ
ヒック...ヒック...
⊂⌒( _, ,_)
`ヽ_つ ⊂ノ zzz……
632 :
日本@名無史さん:2008/01/06(日) 20:39:20
信玄カワユスwwww
深海320から無事浮上
634 :
日本@名無史さん:2008/01/19(土) 09:30:00
篤姫より義弘だろ!
635 :
日本@名無史さん:
所詮
田舎のケンカ話!