どのくらいの時間泣いていたのだろう。
わたしの居る建物のドアが乱暴に開けられる音がした。
ドアを開けたのは金髪のポニーテールの女の人。
両手には豪華な銃を持っていて、そのうち片方がゆっくりとわたしにむけられる。
ああ、わたし殺されるんだ。
首輪を爆発させられそうになった時、あんなにも怖かった死が今はもうそれほど怖くない。
それよりもタカくんやタマお姉ちゃんの居ない世界で、1人で生きることの方が怖い。
タマお姉ちゃんにはせっかく助けた命を無駄にするなって起こられてしまうかもしれないけど。
だいじょうぶ、許してくれるよね。
タマお姉ちゃんやさしいもん。
タカくん、タマお姉ちゃん待っててね。
もうすぐそっちに行くから。
ちゃる。よっち。おかあさん。
ごめんなさい。わたしはこれから命を捨てます。
ユウくん。
がんばってね。わたしやタカくん、タマお姉ちゃんのぶんも生きて。
そうしてわたしは目をつぶった。
祈るものの居ない、寂れた教会。
血まみれの少女に向けられた銃の引き金に指がかかり。
僅かな逡巡の後、銃声が鳴り響いた。
銃声を聞きながら、タカくん達との思い出をふりかえる。
みんなで遊んだ幼い頃。
タマお姉ちゃんが帰ってきてくれた春休み。
タカくんと同じ学校に通えるようになったことが嬉しかった入学式。
タカくんとの幼馴染という関係から一歩踏み出したあの日
楽しかった過去を思い出して枯れたはずの涙がこぼれた。
ああ。
やっぱりわたし、死にたくないな。
みんなのいない世界で生きるのはつらいけど。
みんなとの楽しかった想い出を思い出せなくなるのはもっとつらい。
でも、もう手遅れ。
すでに引き金は引かれてしまった。
わたしは──
「おい」
予想していた痛みは一切無かった。
頭を一瞬で打ち抜かれたら、痛みを感じる暇も無いのかな?
だったらタカくんもタマお姉ちゃんも痛みを感じなかったのかな?
だったら少しだけ───
「聞いてんのかてめぇっ!」
首元を掴まれ、いきなり揺さぶられた。
不思議に思ってゆっくりと目を開けると目の前にはわたしを殺したはずの女の人が。
女の人は舌打ちを一つすると。
「聞きたいことがあるだけだ。別に殺しゃしねーよ」
と言い捨て、乱暴にわたしを放り投げた。
しりもちをついたわたしはその痛みでようやくまだ死んでいないことに気づいた。
◆◆◆
「で、落ち着いたか?」
返事をしようとしたけど、さっきのショックで震えてうまく声が出せない。
しかたなく首を立てに振って意思表示をする。
「さっきも言ったが聞きたい事がある。吾妻怜司って男かアインって女を見なかったか?」
言い終わると同時に銃を突きつけられる。
たとえ銃なんて無くても、睨まれただけですべてしゃべってしまいそうになるほど鋭い眼光。
体の震えが更に大きくなるが必死に首を横に振って知らないことを伝える。
すると女の人は舌打ちをしながら、
「ちっ。まあてめえみたいな温い餓鬼があいつらにあって生きてるはずもねえか」
そして彼女の右手にある銃の引き金に指がかかる。
嫌だ。
さっきまで死にたがっていたわたしはもうどこにも居なかった。
幸せだったあの日々を忘れたくない。
死にたくない。
死にたくない、死にたくない。
死にたくない、死にたくない、死にたくな───
「やめだ、やめだ。下らねえ。抗うそぶりも無しかよ」
その言葉と同時に突きつけられた銃が下ろされる。
助かった───の?
「お前、さっき殺されかけたやつだろ?」
───っ!?
あの光景がフラッシュバックする。
音を発する首輪。
永遠にも思えた数十秒。
そしてわたしの身代わりをかってでたお姉ちゃんのうしろすがた。
「そんなやつがさっさと諦めてんじゃねえよ。胸糞わりい」
金髪女の罵倒は止まらない。
「知り合いの命を奪ったあいつらが、せっかく助けてもらった命を奪おうとするあたしが憎くねえのか?」
憎くないはずが無い。
私の大切な人たちの命を奪ったあの男達が。
大切な人に守ってもらったこの命を散らそうとする眼前の女が。
───憎くないはずが、ない。
「命捨ててまで助けた餓鬼がこの様じゃ、あの女も無駄死にだな」
金髪の女はそう言い捨てると背中を向けて去って行く。
このまま黙っていたら見逃してもらえるのかもしれない。
タマお姉ちゃんに救ってもらった命を無駄にしなくてすむのかもしれない。
なのにわたしの口は勝手に言葉を紡ぎだしていた。
「───憎い。憎いよ」
それは心の底から響く怨嗟の声。
「だったら殺せよ」
歩みを止め、髪をなびかせつつ振り返った女は事も無げに言い放つ。
「殺して、殺して、殺して、この島にいる奴ら、全員ぶち殺して最期ににやけ面したあの野郎共に鉛玉ぶち込んでやればいい」
そう言って女の人は獰猛な笑みを浮かべる。
でもそれは強い人の理屈。
「私だって───私だってタカくんやタマお姉ちゃんの仇が討ちたいよ!でも無理、私なんかにそんなこと出きるはずないよ!」
私なんかがこの殺し合いに生き残れるわけが無い。
仮に生き残ったとしても首輪がある。
タカくんとタマお姉ちゃんの命を奪った首輪が。
これがある限り、仇なんて討てるはずが無い。
そんなことは目の前の女性も分かっているはず。
「あの二人以外の連中には大して興味も無かったが、こいつがあるなら話は別だ。いいぜ、乗ってやるよ」
心底楽しそうな笑みを漏らしながら、彼女がわたしの鞄から引き抜いたのはただの懐中時計だった。
彼女は懐中時計を首から提げ、胸の谷間に仕舞い込むと、変わりとばかりに弾丸を何発か取り出してわたしに向かって投げた。
「こいつの代価にその銃ひとつじゃ安すぎる。それもやるよ、とっときな」
そう告げると彼女はわたしに背を向けて去っていく。
わたしに注意を払っている様子は全く無い。
もう一度銃を向けてみる。
その瞬間に彼女は振り向いた。
───また?
「そういえばまだお前の名前を聞いてなかったな。おい餓鬼、お前の名前は?」
偶然?
「ん?」
彼女は訝しげにこっちを見つめる。
しまった!銃を構えたままだ!
「ゆ、柚原このみでありますっ!」
急いで銃を下ろす。
ばれて───無いよね?
彼女は特に不審に思った様子も無く、
「そうかい。あたしはドライ、ただのドライだ。」
そう言ってまた私に背を向ける。
もう一度ドライさんに銃を向ける勇気は私には無かった。
再び歩き始めた彼女が付け加えるかのように呟く。
「これは復讐者の先輩としての忠告だが───」
ドライさんは振り向くことなく続ける。
「銃を持ったら躊躇うな。ありったけの殺意をこめて標的を撃ち殺せ」
最初みたいに銃を向けられている分けじゃない。
ただこっちに背中を向けて歩いているだけ。
怖がる理由はどこにも無い。
その筈なのに。
そう告げたときのドライさんが一番怖かった。
「三度目は期待してるぜ」
今度こそ本当にドライさんは去って行った。
やっぱり気づいてたんだ。
その姿や立ち振る舞いは映画に出てくる殺し屋さんみたいで本当に格好良かった。
そんなことを思った直後、そんなことを思えるまで元気になっている自分に驚いた。
とても一時は死のうとしていた人間とは思えない。
もしかして───あれはあの人なりの励ましだったのかな?
彼女が本当に殺し合いに乗っているのなら、わたしを殺さない理由なんて無い。
よく考えればわたしを殺せるチャンスなんて、いくらでもあった。
TVでこんなお話を見たことがある。
大切な家族を失い、生きる気力を失った少女に、「君の家族を殺したのは僕だ」そんな悲しい嘘をつく事で少女に『復讐』という生きる目標を与えた少年のお話。
数年後、少女は少年の嘘に気づき、少年の優しさに恋をする。でも少年に酷いことをいっぱいした自分は少年の傍に居る資格は無いと思い悩む。
それでも幼いころに交わした約束をよりどころに少年の傍に居て罪滅ぼしと恩返しを続ける。
そんな切ないながらも幸せな日々の中、突然その少年に思いを寄せる別の女の子が現れて───
どうなったんだっけ?
思考が横道に反れたけど、とにかく復讐という感情は生きる意志を失った少女を蘇らす魔法にもなる。
もしかしてドライさんはその事を知っていて敢えてあんな態度を?
これはあくまでも現実で、TVみたいに優しいお話じゃない。
私の大切な人達を奪った悪魔は存在する。
でもタマお姉ちゃんの優しさで命を繋いだ。
ドライさんの優しさで生きる気力を貰った。
その優しさに気づけた私はTVのヒロインのように優しくされた人に尽くそう。
『……このみ。駄目だよ、あなたは生きなくちゃ』
ありがとうタマお姉ちゃん。
『このみ、雄二――頑張って生きてね』
私もユウくんも絶対に死なない。タマお姉ちゃんの分も精一杯生きるよ。
返事は出来なかったけど、泣きじゃくるしか出来なかったけど。
私もユウくんも頑張って生きる。
それは私とタマお姉ちゃんが交わした約束。
そう決めた。
タマお姉ちゃん。最期まで心配かけてごめんね。
でももう大丈夫。
私頑張るから。この約束があれば頑張れるから。
だから見守っていてね。
そうと決まればいつまでもこんなところに居られない。
今までの時間を取り戻すように、急いで鞄を確認する。
中を確認して驚いた。
そこにあったのは地図やコンパス、名簿、食料などの当たり障りの無いものを除けば3つ。
説明書、そして防弾チョッキ、そして時計だった。
説明書は銃の取り扱い方について簡単に書かれたもの。私が銃を扱えないことを見越してドライさんが入れて置いてくれたんだろう。
そして防弾チョッキ。
私の鞄の中で銃とつりあう価値のあるものといえば精々これ位だろう。なのにドライさんはあえて時計を選んだ。
ううん。それどころか、ここに時計があるということはそれすらも持って行ってない。多分あれは最初からドライさんの鞄に入っていた時計。
それを敢えてわたしの鞄から持って行ったように───
ドライさん、良い人過ぎるよ。
ドライさんにもちゃんと恩返し、しなきゃ。
この殺し合いに集められた人たちの中でわたしが知っているのは4人、タカくん、タマお姉ちゃん、ユウくん、ドライさん。
みんな良い人ばっかりだ。
みんなで力を合わせれば、殺し合いなんて起こらない。
最初あれだけ絶望していたわたしの心は、いつの間にか希望に満ち溢れていた。
【B-1 教会 深夜】
【柚原このみ@To Heart2】
【装備】イタクァ(5/6)、防弾チョッキ
【所持品】支給品一式、銃の取り扱い説明書。銃弾(イタクァ用)×12
【状態】健康
【思考・行動】
基本:頑張って生きる。
1:ユウくんとの合流を目指す。
2:ドライさんにももう一度会いたい。
【備考】 制服は血で汚れています。
◆◆◆
「───らしくねえな」
このみと別れ、当ても無くうろつきながら先ほどの行為を振り返る。
……あの時の自分を殺したくなるほどむずかゆい。
最初に放った銃弾。
あれは殺すつもりの一発だった。
だが放たれた銃弾に気づいて居るはずなのに避けようともしない、あの餓鬼を見て、
───下らねえ。
そう思った瞬間に銃弾は逸れていた。
外したのではない、勝手に逸れたのだ
あの説明書に書かれていた「銃弾をある程度操作できる」という馬鹿みたいな説明はどうやら本当だったらしい。
「本当に───らしくねえ」
そこまではまあよしとしよう。
あたしがしたいのはあくまでも殺し合い。
こっちに反撃したり、必死で逃げようとするのならともかく、無抵抗の子供1人殺したところで面白くもなんとも無い。
あの餓鬼に銃をくれてやったのも問題無い。
「銃弾をある程度操作できる」面白い玩具ではあるが、そんな玩具に頼ってあいつらを殺しても仕方ない。
アインを、怜司を、ファントムを殺すのはあたし自身の力でやる。
幸い銃はもう一丁ある。こっちも怪しげな銃だが、変な誘導機能はついてないみたいだし問題ないだろう。
───だが。
だがあの態度は何だ?偉そうに説教くれやがって。どの面さげてほざいてんだよ。
思い出すだけで苛立ってくる
まあ良い。
何も悪い事ばっかりってわけでもなかった。
手のひらに収まる懐中時計を眺めて思う。
オルゴールが中に仕込まれた想い出の一品。
出来れば怜司に会う前に入手したかったこいつを一発で手に入れたのだ。
それに比べればあの程度の恥、何てこと無い。
「ったく調子狂うぜ」
あの餓鬼───たしかこのみとかいったか。
あんな餓鬼が殺し合いを生き残るとも思えない。
だがあの小娘の憎しみが本物なら。
もしかしたら、もう一度あたしの前に現れるかもしれない。
その時は───
「こいつを聞かせて殺してやるよ」
胸の懐中時計の感触を確かめつつ呟く。
その事を思えばむしろあの場はあれで良かったのかも知れない。
「ま、精々頑張んな。期待してるぜ」
【B-2 深夜】
【B-2 深夜】
【ドライ@Phantom 】
【装備】クトゥヴァ(10/10)@デモンベイン
【所持品】支給品一式、マガジン×2、懐中時計(オルゴール機能付き)@Phantom
【状態】健康
【思考・行動】
基本:殺し合いを楽しむ。
1:アインと怜司を見つけ出して殺す。
2:見つけた人間を片っ端から襲う。
※クトゥヴァ、イタクァは魔術師でなくとも扱えるように何らかの改造が施されています。
以上で投下完了です。
多数の支援ありがとうございました。
感想、指摘等お待ちしています。
GJ!投下お疲れ様でした!
キャルカッコイイよキャル。
そしてこのみ。踏みとどまれて良かったなぁ。
……まぁ、この場合、果たして踏みとどまってよかったは不明だがw
投下乙でした
このみ……踏みとどまったのはいいけど次の放送で……
投下乙です。
このみ持ちこたえたのは良かったけど、雄二はもう……
一つ疑問。
>>928と
>>932のつながりに違和感を感じるのですが、シーンが抜けていませんか?
>>951 指摘ありがとうございます。
思いっきり抜けてましたorz
「出来るさ。出来なきゃお前の憎しみはその程度だっただけの話だ」
なのに眼前の彼女は簡単に言ってのける。
そして手に持った銃をわたしのほうに向け───
そのまま放り投げた。
「そいつはくれてやるよ。そいつと相手を殺したいって怒りがあれば───誰だって殺せるさ」
もっとも無料って訳にはいかねえがな。
そんなことを呟きながら近くに放置していた私の鞄を漁り始めた彼女を尻目に手の中にある銃を見つめる。
人の命を奪う凶器の筈なのに、その銃はとても美しかった。
でもこれは紛れも無い凶器。
銃口を向け、引き金を引くだけで人を殺す武器。
───たとえば、鞄を物色するのに熱中していて私のことを気にしていない、彼女だって殺せる。
そう思って銃を持ち上げていった瞬間、彼女の動きが止まった。
───気づかれた?
「───へえ。確か言峰とか言ったっけ?あの野郎も中々粋な真似するじゃねえか」
どうやら違うみたい。
安心して胸を撫で下ろす。
わたしに配られた道具の中に何かいいものでもあったのかな?
>>901 投下乙です
まさか岡崎までマーダー化とは……これは悲劇の予感
千早の一般人らしい動揺っぷりも良かったです
>>948 投下乙です
このみ……立ち直ったのは良いけど、更なる不幸フラグが幾つもw
次の放送で雄二が呼ばれるし、ドライと会ったら襲われるし
早くもカワイソス過ぎる……w
>>nr氏
投下乙です
しょっぱなからマーダーvsマーダーのバトルが見れるとは
これは目が離せない。
それにしても知名度の高いアイドルも大変ですね
>>GW氏
こちらも投下乙です。
ファントム全然知らないですけど、ドライがかっこよすぎる
このみにイタクァが渡るとは…これは面白くなってきました
それと誤字報告ですが、デモンベインでは「クトゥヴァ」ではなくて「クトゥグア」という名前です
>>957 素で間違えてましたorz
wikiに登録するときは修正お願いします。
ここは地図でいうところのF-7にある駅。
駅の構内には寂れた宿舎があり、その中には一人の男がいた。
彼の名は如月双七、この理不尽なゲームに巻き込まれた参加者の一人である。
「あいつら……言峰と神崎ってやつらもやっぱり人妖なのかな」
人妖――正式呼称「後天的全身性特殊遺伝多種変性症(ASSHS(アシュス))」、
通称「人妖病」と呼ばれる遺伝性とされる原因不明の奇病に罹患した人々を総称する言葉である。
彼らは例外なく科学では説明できない人智を超えた能力を持っている。
あの神崎という男の戦闘力、言峰という男が最後に使った参加者たちを瞬間移動させた能力。
やはり、あれも人妖としての能力なのだろうか?
それに巨大な蛇に化けた双子の女の子たち、あれは人妖どころではない、まるで本物の妖のようだった…。
「考えてもきりがないな。まずは、自分にできることを試してみよう…」
すでに二人の人間を死に至らしめたこの首輪―
主催者に逆らうにしても、脱出を狙うにしても間違いなくこの首輪がネックになるのは間違いない。
自分の人妖としての能力を使えばこの首輪について少しでも何か分かるかもしれない。
如月双七、彼の人妖としての能力は金属との意思疎通・対話である。
もちろんこの首輪も金属でできている。
もしこの首輪の協力が得られれば、うまくいけば首輪の解除、最悪でも首輪の構造くらいは分かるだろう。
自分の右腕に埋め込まれている爆弾―手負蛇は完全に体内に埋まっているのでどうしようもないが、
少なくともこの首輪は体外にある。きっと外す方法はあるはずだ。
双七の手から何本かの“赤い糸”がでてくる。この赤い糸は双七にしか認識することができない。
この糸を金属と接触させることにより金属と心を通わせることができるのだ。
そうして糸を引っ張ることで手元に引き寄せたり、また金属の形状を無理やり変えたりすることもできる。
もちろん首輪を無理に外そうとすると首輪が爆発するらしいので、そんなことはできないのだが。
(おい…首輪…首輪よ…)
彼は、首輪に語りかける。しかし、
(おかしいな…全く反応がない?死んでいるわけじゃなさそうだけど…)
それでも諦めずにずっと首輪に語りかけてみる。しかし全く反応がない。
あえて無視されているといった感じだった。
ためしにこの場にある他の金属を適当に探して能力を使ってみたがやはり何の反応もなかった。
彼の能力は金属を操ることであるが、それは金属の協力が得られるという大前提に基づいている。
これでは何もできそうにない。
考えてもみれば、この首輪は敵側が用意したものだ、自分達に協力的である道理はないだろう。
それに能力が制限されると神崎という男が言っていた。
能力が制限されているのか、ただ非協力的なだけか、あるいはその両方か、どちらにしろ使えないことに変わりはない。
確かに自分の能力はこういった殺し合いの場では驚異的だと思う。
たとえ敵が現れて、その敵が銃や剣を持っていても自分の手元に引き寄せるか使用不能にしてしまえば勝負にさえならないだろう。
「はぁ、そうそううまくはいかないってわけか…」
とりあえず首輪に関しては一端保留とすることにし、デイパックの中身を確認することにした。
◆◆◆
――――コンコン
ドアから控え目なノックの音が聞こえた。
誰かが来た?ノックをするということは中に誰かいるということを知ってるということか?
なぜ?自分は最初からここに飛ばされて、中に入るところを見られるはずもないのに…
そうこう考えているうちにドアがゆっくりと開かれた。
大丈夫だ。少なくともノックをするということは、すぐにでも殺し合いをする可能性は低い―
「こんばんわ。私は風華学園一年の深優・グリーアと申します。殺し合いには乗っていません」
あからさまに緊張している双七とは対称的にその少女はとても落ち着き払っていた。
「―あ、俺は神ざ…、いや…か、神北学園二年の如月双七です、俺も殺し合いには乗っていません」
あやうく、神沢学園と言ってしまうところだった。神沢市は人妖都市と呼ばれるほど人妖が多いという特徴を持つ町である。
昨日まで普通の人間だと思っていたのに、いきなり人妖病だと判断される、あるいは発覚することがある。
そういった人間、いや人妖はほぼ強制的に人妖都市神沢市に行かなくてはならなくなる。
つまり神沢市は人妖を閉じ込めるための監獄都市といってもいい。
この国で起こる凶悪犯罪のほとんどは人妖が起こしていて、人妖のせいで家族や親しい人を失った人はごまんといるのだ。
だから悲しいことに、一般の人は人妖に対して憎悪や畏怖といった感情しか持っていない。
この国に住む者なら神沢市を知らないはずはない。
せっかく殺し合いに乗っていない人物に出会えたというのに、わざわざいらぬ警戒心を抱かせる必要はないだろう。
嘘をつくのは気がひけるが、双七は自分が人妖であることは隠すことにした。
◆◆◆
「そういえば、今ドアをノックしてから入ってきたけど、中に誰かいるのを知っていたの?」
「はい。物音が聞こえましたから、中に誰かいるのは明確でした」
確かに金属を探して歩き回ったりしていたかもしれないが、そんなに大きな音を立てていたのか。
次からは気をつけよう…双七はそう思った。
実を言うと、深優の正体はアンドロイドで人間の何倍も聴力がいいだけなのだが、双七はそのようなことは知るよしもなかった。
そんなことよりも今は、せっかく殺し合いに乗っていない人間に出会えたのだ。
情報交換をするべきだろう。そう思い二人は、参加者名簿で知り合いの情報を交換することにした。
「玖我なつき、杉浦碧、藤乃静留…この3人がグリーアさんの知り合いなんだね?」
「はい、ですが殺し合いに乗っているかどうかまでは分かりません。それと私のことは深優で構いません」
「わかったよ、深優。俺のことも双七でいい。ところで、あの神崎という男とも知り合いというのは…?」
「私の通っている学園の生徒会副会長を務めているだけですので直接の面識はありませんが…」
どういうことだろう?神沢市には神沢学園と金嶺学園しかないはず。風華学園だなんて聞いたこともない。
神崎という男が人妖という考えは間違っていたのだろうか?
やはり、考えても分からない。残念だけど、どうやら自分は考察キャラではないようだ…
気を取り直して、今度は双七が知り合いの名前を挙げていく。
「俺の知り合いは、一乃谷刀子、一乃谷愁厳、アントニーナ・アントーノヴナ・ニキーチナ、加藤虎太郎、
それと、九鬼…耀鋼の5人だよ。この5人はこんな殺し合いには乗らないはずだ」
九鬼耀鋼――如月双七に戦い方、そして生き方を教えてくれた彼の人生の師とも言うべき存在。
彼の人格形成に多大な影響を与えた人物である。
もう何年も会ってはいないが、彼は今人妖追跡機関ドミニオンに所属しているらしい。
ドミニオンは人妖の犯罪者を取り締まる軍隊のような機関だ。
もしかしたら、人妖を収容する病院から脱走した自分のことを追っているかもしれない。
殺し合いに乗っていないと信じてはいるが、もし自分が九鬼耀鋼と出会ったら一体どうなるのだろうか。
やはり、戦いになるのか?でも、もしも九鬼先生が協力してくれるならこれ以上ない味方になってくれるはず…
「…双七?どうかしましたか?」
「あ、いや…何でもないよ」
九鬼耀鋼のことを考えていてぼーっとしていたようだ。
話題を逸らそうと、双七はあたりを見回してみる。
視線が深優にぶつかった。
無機質で冷たさを感じる顔立ちをしているが、全体的に見てもとても奇麗な少女だと思う。
しかしそんな少女の首にもやはり無骨な首輪が確認できた。
(首輪か――あ、そうだ…)
双七はここにきて、深優の首輪にも自分の能力を使ってみようと思った。
先ほどと同じでほぼ無理だろうが、もしかしたらということもあるかもしれない。
それに大した手間でもないし、試してみる価値はあるだろう。
早速双七の右手から、双七にしか認識できない“赤い糸”が深優に向かって伸びる。
「ここにずっと留まっていても仕方ありません。私は出発しますが、双七はどうしますか?」
そう言って深優が立ちあがる。その結果赤い糸は首輪を大きく外れ深優の体に思い切り突き刺さってしまった。
慌てて引き抜くが、この赤い糸は“人体には”何の影響もないので、双七は気にも止めなかった。
だが―――
“…アリッサ様もいませ…無理に戦う必よ…―れより今は情報…―”
(――えっ…?今、この娘の声が聞こえた…?)
「どうかしましたか双七?」
「あ…ああ、ごめん。考え事をしていた。俺も一緒に行くよ」
果たしてこの先、彼は信頼しあえる“金属”に出会うことができるのだろうか?
【F-7 駅/1日目 深夜】
【如月双七@あやかしびと −幻妖異聞録−】
【装備: なし】
【所持品:支給品一式】
【状態:健康】
【思考・行動】
1:今、この娘の声が聞こえた…?
2:一乃谷兄妹、トーニャ、虎太郎を探す
3:九鬼耀鋼にはできれば会いたくない
[備考]
:自分が人妖であることは話すつもりはありません
:深優の知人の情報を入手しました
:能力に制限がかかっています。よほど自我の強い金属でないと能力が使えないようです。
【F-7 駅/1日目 深夜】
【深優・グリーア@舞-HiME 運命の系統樹】
【装備: なし】
【所持品:支給品一式】
【状態:健康】
【思考・行動】
1:アリッサのもとに帰る。
2:そのために、優勝すべきか脱出すべきか最も効率のいい方を選ぶ。
3:そのために、まずは情報(首輪について、脱出について)を集める。
4:双七と一緒に行動、今は様子見に徹する。
[備考]
:自分がアンドロイドであることは話すつもりはありません
:双七の知人の情報を入手しました
:ヒメ同士のバトルが激化する前からの参戦、エレメントは使えません
:これからどこに行くのかは後続の方に任せます。
投下終了です。
タイトルの元ネタはfateの「体は剣でできている」です。
修正点等ありましたら、ご指摘お願いします。