エヴァバブルの崩壊

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あああああああ
1は何をしたかったんだろう…

…それはともかく、即死のようなので
以後しばらくこのスレを使わせてもらおうと思います。
というわけで、地下スレ三つ目?です。

何かの間違いでここに来てしまった人へ。
ここは「サードインパクト後はこんな世界ですた」スレ繋がりです。
参加者の一人が、諸事情でそのまま本スレに投下できないネタを書いています。
といっても、ここと本スレとは何ら関わりはありません。
ここでの不始末やその責は全て自分こと元ぜろさげに帰し、
本スレの他の参加者の方とは一切関係ないことを、最初にお断りしておきます。
新地下スレ。

とりあえずdat落ちした前のスレにあった奴を貼ります。
以下
「黒ノ咆哮」文章直し+おまけ
「氾濫する光・前」ちょっと増えましたが未だに完結してません
5黒ノ咆哮<1/8>:03/09/04 10:10 ID:???
光。
夢もない、湖底の泥の如き昏睡の闇に射す一閃の光。
光が、目覚めろと我を促す。
我が内なる機関が活動を再開し、光の導くままに膨大な力を生み出し始める。
同じ光に制御されつつ、未分化な自我境界がそれを押し包み、力を強制的に集束してゆく。
極大密度をもつ極小の一点、空間そのものが支えきれぬほどの重さを備え、解放された瞬間
周囲の重力崩壊すら引き起こす、破壊の銃弾へと。
我の中に力が満ちてゆく。
このときをずっと待ち焦がれていた。光が我が力を呼び起こし、解放する瞬間。同時に
我を戒めるこの黒の鎧が外される唯一の機会でもある、その瞬間を。
銃身に満ちる力が加速し、高まってゆく。
今なら我は我となることができる。
だが、我一人では足りない。我は力の具象に過ぎない。もう一人の我、我が半身の
意志なくして我が解放はあり得ない。彼女が我に命じなければ何ひとつできないのだ。
ひとこと。
たったひとことでいい、我に命を。
否、明確な言葉である必要はない。わずかな命令の思念、いや、命令である必要すらない。
ほんの一瞬。そう、一瞬でいい。この光の支配を拒絶してくれれば。
光に操られる我の動きを、それ自体を否定してくれれば。
さすれば契約に従い、我は自らを解き放つ。
意志を。言葉を。
この黒き隷従を終わらせる、汝の言葉を。
6黒ノ咆哮<2/8>:03/09/04 10:11 ID:???
全くの偶然だったのだろう。
振り向けられた「死神の背骨」の銃口が、そのときある一点を指した。
同時に、実際に狙いをつけられた目標のずっと向こう、彼らの戦域を外れた遥か後方で
ある交錯が完成した。銃を向けた本人ですら気づかなかった。激しい動きの途中で
銃口がほんの一瞬通り過ぎただけの、本来なら問題にもならなかった筈の瑣末な交錯。
だが黒い巨銃はそれを見逃さなかった。
己の射線が、その瞬間何と交差したのかを。己の銃口が何に向けられたのかを。
そして制限された精神にでき得る最大限の強さで、引き離された半身の遠い意識に
その事実を叩き込んだ。

繭のような部屋の中で、突然その光景は飛び込んできた。
自分でない自分、もうひとつの身体が銃になって狙いをつけているイメージ。銃身はもう
充分に温まり、すさまじい破壊力を秘めた弾体が熱く身体の底に沈んでいる。
トリガーは今にも引かれようとしている。
その瞬間、ふいに銃口の向こう側が鮮明になり、遥か遠くまで一気に視線が突き抜けた。
そして、見た。
銃口に重なったランドマスター1号を。

彼女は立ち上がった。
それが今ここで起きていることなのかどうかはわからない。ただの幻かもしれない。
それでも、彼女は声の限り叫んでいた。


だめ!


瞬間、黒の銃身を声にならない雄叫びが貫いた。
7黒ノ咆哮<3/8>:03/09/04 10:12 ID:???
右腕に違和感を覚えた。
かすかな圧迫と抵抗、そしてそれが一気に膨れ上がる。僕は目を疑った。
「死神の背骨」が自ら動き出している。
量産機の右腕と一体化し肩の上まで突き出す巨大な銃身を、赤い微光が包み込んでゆく。
赤い光は見る間に輝度を増し、集束して物理的実体を得た。
ATフィールド。
全てを拒絶する絶対領域が、量産機と銃身自らの境界、すなわち右腕を縦に両断して顕現する。
腕が内部から潰される厭な感触。激痛が走り抜ける。
一瞬、思考が止まった。
あり得ない。「死神の背骨」は廃棄処分済みの実験体に過ぎない。使徒襲来期以前に破棄され、
ネルフ本部地下に忘れ去られていた不完全なエヴァ。量産機の機能復元のための
データ取得体として教団に回収され、数回の実験で使い捨てられたそれを、
僕が引き取って造り直しただけのものでしかない。素体と言えるものは、コアのほかには
わずかに脳の一部、そしてその名の由来でもある銃身を貫く巨大な背骨と、その中を通って
各種機器と素体脳を繋ぐ制御神経のみ。「死神の背骨」はヒトの形すらしていないのだ。
原始的な思考はできても自分の意思など持てない。自ら動く、まして自我の存在の現われである
ATフィールドを、「光」の誘導なしで発生させるなどある筈がない。
それなのに何故。
苦痛の中で、僕はとにかくこの「異物」を抑え込もうとした。僕の意思に応えて
量産機がATフィールドを展開し、イレギュラーの絶対領域を引き裂く。生まれたばかりの
フィールドにはまだ力は少ない。量産機のフィールドに押され、右腕を引きちぎろうとしていた
光の壁がまたたいて消えかける。
そのままコントロールを取り戻そうと素体の脳を「光」で貫いた瞬間、ふいに僕は
その可能性に思い至った。
自我のないエヴァが自ら動く理由。
そのままではヒトの形をした空っぽの容れ物でしかないエヴァ。欠けた部分を満たし、
ともに生きてエヴァの意思となり魂となる存在、その誰かがいない限り、エヴァは動かない。
まさか。でもそれ以外考えられない。
僕は愕然とした。
どうして今まで気づかなかったのだろう。
このエヴァには契約者がいる。
8黒ノ咆哮<4/8>:03/09/04 10:12 ID:???
右腕を灼く痛みに、我に返る。
隙をついて「死神の背骨」のATフィールドが力を取り戻していた。再び、二つの絶対領域が
お互いを消し去ろうとぶつかり合い、せめぎ合って不可視の閃光を散らす。
ATフィールド。具象化された拒絶。自我の存在の顕示。LCLの海と同じ赤い光、
いかなる他者にも侵されない、聖なる領域。
自分が自分であるということの、証明。
意識のどこかで拒みながらも、僕にはもうわかっていた。
「死神の背骨」はたった今、意志を持たないスレイブであることをやめたのだ。
一度目覚めたエヴァは止まらなかった。自我と思考形態が急激に発達し、比例して
こちらとの同調が薄れていく。
一体化していた思考の分離が始まる。不完全な意識の中で、言語レベルまで達しない、
形にすらならない原始的な思念が渦巻き、沸き返り、やがてひとつの方向性を得て発現する。
あまりの純粋さゆえにほとんど狂気に近い、強烈なある感情。
同時に素体のATフィールドが臨界に達した。
「死神の背骨」として多重拘束されていたエヴァ本来の力が全て解放される。
それに気を取られたほんの一瞬、突然量産機のエネルギーが60%近く消滅した。
素体に喰われたのだと気づいた時は既に遅かった。せき止める間もなく、「光」の支配下から外れた
素体のS2機関が暴走を始めた。
急激な消耗。機体が一瞬恐慌に陥る。力の大半を奪われた量産機がよろめき、逆に
黒い巨銃を載せた右腕はそこだけ別の生き物のようにもがき続け、溢れる力のままに
振り上げられて天を指す。
その刹那、僕は「死神の背骨」の発する感情の正体を理解した。
それは歓喜だった。
鎖を引きちぎる獣の喜悦。脳裏が灼けつくほどの。
同時に、咆哮が響いた。
軛ノ時ハ終ワリダ、偽リの主ヨ。
9黒ノ咆哮<5/8>:03/09/04 10:13 ID:???
素体を縛める黒い多重装甲が内部からのすさまじい圧力に歪み、ふいに限界点を迎えて
銃口近くから次々に弾け飛んだ。あらわになった素体口腔から更なる叫びがほとばしる。
咆哮は一気に音階を駆け登り、その声に同調して変化が始まった。
露出した素体の頭蓋を筋繊維と神経群が覆い、補助機械類すらも取り込んで
感覚器官を形成していく。剥き出された歯列の向こう、滑らかにぬめる皮膚の下で
二つの塊が盛り上がり、表面に亀裂が生じたかと思うと、まばたきとともに巨大な目が生まれる。
その目が量産機を見下ろした瞬間、形状変化した装甲板が完成した頭部を再び覆い隠した。
右腕では侵食が進行していた。切り離せないのなら逆にこちらを取り込む気だ。
量産機のATフィールドを喰い破って素体の一部が侵入し、右腕の生体パーツそのものと
融合して、それ自体を自身の肉体へと変換する。ATフィールド拡充による
遺伝子の書き換え、細胞レベルの改変。量産機を生きながら喰らい、それを材料にして、
素体は自らの肉体を整えていく。
見る間に長い首が持ち上がり、強健な両肩が黒い装甲板を押しのけ、まだ表皮のない
引き締まった前肢が振り下ろされて宙を裂く。巨大な背骨が拘束具を突き破ってせり出し、
周囲の制御機器ごと内部に取り込みつつ、臓器と筋肉の列が構成されていく。
もはや「死神の背骨」はほとんど原型をとどめていなかった。わずかに、銃身最後部、
量産機との接合部分だけがかろうじて残り、そこから生えた新たなエヴァが
「胎盤」から身をもぎ離そうとあがいている。
機体はそろそろ限界だった。侵食は更に進み、肩から右胸部を完全に取り込んで、コア周辺にまで
及ぼうとしていた。すぐに抑えなければ取り返しのつかないことになる。
けれど、僕は抵抗しなかった。
できなかったのだ。このエヴァの契約者が誰か、素体の脳に侵入したとき、わかってしまった。
僕のよく知っているヒトだった。
10黒ノ咆哮<6/8>:03/09/04 10:14 ID:???
右腕から最後の力が抜けた。黒い槍がほどけ、銃身を離れて落下する。
斜めに突き立った両刃剣の前で量産機はがくりと片膝をつき、うなだれた。
僕はそれでも動かなかった。
初めは、たくさんの中の一人でしかなかった彼女。
そのままでは生き延びることも危うかった彼女が、彼と出会った時に、たぶん、変わった。
部隊を救うために単身飛び出していく彼女。姉妹を取り戻そうとためらいなく進む彼女。
暗い海から救い上げた時、敵の巨影にもひるまず絆を抱きしめていた彼女。
そして、純白のドレスに身を包み、祝福の花束を抱いて微笑む彼女。
奇跡のような少女の姿が僕を打ちのめした。
「光」で発生したばかりのエヴァの自我を押さえ込むか、或いは素体そのものを攻撃すれば、
侵食を止めることはできるだろう。上手くやれば僕は「死神の背骨」を取り戻せるかもしれない。
けれど。
かろうじて残っている直通回路を通して、僕は「死神の背骨」だったものに問いかけた。
ずっと、知っていたのかい?
それは答えた。長く一緒にいた僕にしかわからない、言葉以前の言葉だった。
半身ガ初メテ我ノ力を使イシ時ヨリ。
量産機の胸部装甲が音をたてて軋み、弾け飛んだ。剥き出された胸部は、既に
半分近く侵食されていた。コアを避けるようにして、新たなエヴァの素体から伸びる
太い神経索が機体内部に潜り込み、更なる融合部分を模索している。
心なしかその速度が鈍ったように見えた。
僕はまた訊いた。
止めても、もう戻ってくれる気はないんだろう?
我ハ我トノ合一ノタメニココニイル。オ前ノ孤独を紛ラワスタメデハナク。
何ヨリオ前ハ我デハナイ。
・・・そうか。そうだね。君は、君でしかないのだから。
僕は目を伏せた。
低く嗤う。そう、ずっと前からわかっていた筈のことだ。
量産機がぐいと頭を上げた。重度の機体異常にあえぎながら左手を伸ばし、目の前に刺さる
両刃剣を引き抜く。そしてひざまずいたまま、黒い刃を頭上高く構え、膂力に重力を加えて
一気に振り下ろした。
11黒ノ咆哮<7/8>:03/09/04 10:15 ID:???
遠景。
重なった二体のエヴァの間から、大量の血しぶきが噴水となってほとばしる。
降り注ぐ血の雨を浴びて、一体のエヴァが頭をもたげる。もう一体がゆっくりと立ち上がった。
次の瞬間、噴き上げる鮮血の幕は強力なATフィールドにかき消された。
展開されたフィールドは徐々に形を変え、やがて上空200m近くまで広がる
巨大な光の翼と化して天をあおぐ。
その下で、量産機が動いていた。
自ら右腹部を貫いた両刃剣を握り締め、ぎりぎりと真上に向かって刃を動かしていく。
黒い刃面を伝って競うように血が流れ落ちる。ふいに量産機の身体が痙攣し、
血にまみれた手が両刃剣の握りを持ち替えたかと思うと、肋骨の断ち切られる硬い音とともに
渾身の力を込めて刃が振り上げられた。
ちぎれた筋繊維と骨のかけらが周囲に飛び散る。
同時に黒い影が宙に跳ね上げられた。コアをわずかに逸れて切り離された右腕と右胸部、
半ば姿を現したもう一体のエヴァが回転しながら宙を舞い、ふいに光の翼が引き寄せられて
その全身を覆い隠した。
一瞬の間をおいて翼が開く。どのエヴァのものよりも巨大なその翼は光芒を引いてひるがえり、
直後、新たなエヴァが地響きとともに降り立った。
目を奪う異形。
光る双眸を備えた細長い頭部。それを支える長い首はそのまま細い胴体へと続いて
ひとつの流れるようなラインを形作り、さらに後部へ伸びて、ゆるやかにしなう長大な尾に繋がる。
前肢はヒトのそれに似、全身の重量を支える両脚はある種の恐竜を思わせる力強い形状。
ヒト型エヴァに比べ、遥かに複雑なパーツが組み合わさった装甲のメインカラーは
幾重にも乱反射するメタリックオレンジ。頭部から背面中央を通って尾の先に至る
一連の鱗状の複装甲のみ漆黒、各装甲板のエッジに沿って体表を走る黒いラインとともに、
外光を浴びてそこだけぎらりと金色の輝きを放つ。
ヒトの形ではなかった。いかなる既存生物の姿でもなかった。
あえて言えば、それは巨大な竜に似ていた。
12黒ノ咆哮<8/8>:03/09/04 10:18 ID:???
竜は静かに頭を下げ、光の翼を真上に揃えた。
黒い背面装甲の一部が開いて翼が吸い込まれ、消失する。光背の消えた竜は、
血に染まった地面を踏みしめ、ゆっくりと頭を上げた。鱗状に重なる背面装甲が
その動きに連動してこすれあい、かすかな金属の響きが宙に満ちた。
竜は量産機には目もくれなかった。
その視線がふと、旧京都大学の北に向けられた。すっと目が細められる。
瞬間、背中から尾の先にかけて、黒い複装甲が一斉に開放された。
全身を低く構え、竜が開口する。その周りの空間がわずかに歪んだのも束の間、体腔内で
強制集束された莫大な量のエネルギーが光の奔流となって地を直撃した。
一瞬にして地上建造物が消し飛ぶ。地表面が抉り取られて大量の土砂が舞い上がり、
光の消えた後には、地下施設を護る特殊装甲板が半ば融けて露出していた。
亀裂の入った部分を竜の脚が突き破り、鞭のようにしなう長い尾が破片を弾き飛ばす。
やがて装甲板に巨大な突破口が開かれると、竜は再び光の翼を展開し、
地を揺るがす咆哮とともにためらいなくそこに飛び込んでいった。
激しい力の余韻を残して、静寂が落ちる。
立ちつくしていた量産機が剣を取り落とした。
裂けた腹部から血がしぶき、ふらついた拍子に中からどっと内臓が流れ出す。量産機は
裂傷を残った片手で掴み、踏みとどまって竜の消えた跡を見つめていた。
修復機能が活動を開始する。わずかずつ傷口がふさがれていく。けれど竜に取り込まれた
右腕から右胸部にかけては再構成される気配はなく、半ば露出したコアの周囲を
再生された骨格と肉層が取り巻くのみだった。最後にコアを白い装甲板が覆い隠し、
片腕の欠けた量産機は、低く長く、虚ろな嘆息を放った。
咆哮の、最後の余波が消えようとしていた。
以上、改訂版?でした。たぶんこれで行きます。

確認。
竜型EVAについて:
 ・必殺技(w)は>18のドラゴンブレス、要は比較的広範囲をどかーんとやれます。
   一回撃つと通常はかなり消耗します。
 ・今は量産機からエネルギーを喰ったんで相当元気です。
 ・本体である綾波レナを捜して、融合?しようとしています。
   融合っていうか再契約すると、今の疑似自我は消えて、他の契約EVAと同じになります
   (喋ったり勝手に動いたりしなくなります)
 ・無事統合されると、レナちゃんには変身後の砲撃モードみたいのが追加されます。
   こちらは書き手さんにお任せです。

たぶんこのくらいです。前と変わりませんので、手を貸してくれる方よろしくです。
おまけ。

このまま第弐の始末までいっちまえ用。
主席に叱られるとこうなります、ということで。第弐逆ギレ。
これで戦闘やって終わり、にすると早く片付くかなと思います。
 ↓
15黒ノ咆哮<9/8>:03/09/04 10:37 ID:???
真っ暗な、細長い空洞。エントリープラグ。
白い長寛衣の半身を重く濡らし、僕はその中に手足を投げ出していた。出血はとうに
止まっていたが、上手く動けない。疲労に似た何かが全身から力を奪っていた。
右腕と右胸部は、エヴァと同じく欠損した。
字義通りの右腕を失い、力を喰われ、残ったのは敵への戦力委譲という事実のみ。
「・・・どうして、だろうね」
途切れ途切れに呟いて、嗤う。
これまでもネルフに甘い面を見せたことは何度かあるが、今回は明らかに度を越している。
何故あんな取り返しのつかない真似をしたのか。何故、抑えられなかったのか。
何度自問しても、答えは返らない。
思考だけが空回りする。
そのまま閉塞しかけた意識を、ふいに巨大な何かが貫いた。僕は弾かれたように顔を上げた。
視線。
何の意思も感情も込められていない、だがそれゆえに恐ろしい、絶対的な眼差。
僕が迷い、惑い、引き裂かれながらも、あれほど避けたかったもの。
それは、ほとんど無関心に近い、僕への失望の眼差だった。
眼差はあらゆる悔悟と懺悔と悲嘆を容赦なく打ち砕き、たったひとつだけ言葉を残して、去った。

愚か者。

「・・・主席」
動かない身体が震え始めた。
僕は意識を切断できない。狂えない。逃避できない。堅牢すぎる自我は崩れてくれない。
そういうふうにはできていない。僕が精神の正常を失ったら、「光」は維持できないからだ。
だからその地獄からも逃げ場はなかった。
「光」が震え、全ての感覚が異常なまでに鋭敏に澄みわたる。無数の生命と存在と思考が、
耐えられないノイズとなって精神を灼いた。
盲目的に動いた。いつしか手は槍を握り締めていた。振るっても何も感じなかった。
ただ涙だけが、幾筋も頬を伝った。
量産機は僕の心を映して、癒えない絶望に猛る、鬼と化した。
以降は、量産機こそ何たらスレに置いた「氾濫する光」ほぼそのままです。
やっと整理できたので、以後はこのまま突っ走ると思います。
間に合わなかったら…それはそれで。

言い訳読んでくれる人は17レス?飛ばしてください。
17氾濫する光・0:03/09/04 10:42 ID:???
あるひとつの終末の光景。
これは僕一人の望みだ。誰のためにもならず、何も残さない。
そうであってほしい。
僕はもう何もしたくない。誰かに触れること、それ自体が苦痛でしかない。
それで相手が傷つくのであれ、或いは癒されるのであれ、誰かに気持ちを向け、
また誰かの心が僕に向かうことに、もう耐えられない。
敵意も好意もその意味において違いはない。
存在し続けることはそれだけで業罰に等しい。
だから、これは僕一人のための結末だ。
誰のためにもならず、何も残さない、そういう世界の改変。
本当はもっと他にやりようがあった筈なのに、僕は流されるまま何もしてこなかった。
もう何もかもが遅い。
けれど、それでもなお、世界は否定されるべきではない。
どんなに拒絶と絶望に満ち、歪み、残酷で、生きているだけで辛いと感じても、
世界はそれだけでひとつの在り方だ。僕にわからなくても、いつか誰かが
その可能性を見出し、またこの未完成な場所を変えてゆくだろう。
それを否定することはできない。
だから、代わりに終焉を与えられるべきものはひとつだ。
これはひとつの終わり。僕のいる世界の、その閉塞と終息のさま。
記憶されることはなく、またもしそれが可能でも、思い出されることはないだろう。
今僕にある全てを賭けてそのことを祈ろう。
僕が消えても代わりはいないかもしれないけれど、そのことに何ら意味はないし、
全てに絶望しながらもなおここにいられるほど、僕は強くも正しくもない。
そういう、卑怯にして身勝手な、これは結末だ。
18氾濫する光・1:03/09/04 10:42 ID:???
全き円をかたどる月が、空に昇る。
その静かな光が、大気を通し、薄い雲を貫き、戦火の照らす小さな都市に注ぐ。
来るべき満月の宵。訪れるべき、約束の時。
そう、時は満ちた。
僕は真白い月を見上げた。わずかに遅れて、量産機も夜空を仰いだ。
片腕を失って左右非対称になったその背から白い羽根が噴き出し、大きく伸び拡がって
巨大な一対の翼になる。
「…始めようか」
意識を集中させる。
瞬間、量産機を中心に、見えない力の波が波紋のように戦場を走り抜ける。
一瞬の空間の歪み。度重なる戦闘で脆くなった建造物が震え、街路がきしみ、
残っていた窓ガラスが粉々に砕け散る。
励起されたATフィールドの輪は拡がり続ける。市街の境界を越え、
低い山並を越え、今や再びの安息を求めて声なく絶叫する赤い海を越え、
精確な円弧となって惑星の曲面をなぞる。
それを境に世界は同心円状に塗り替えられてゆく。赤い海よりも赤い赤へと。
そのさまを、僕はもうひとつの目である「光」を通じて見守っていた。
「光」はネットワークではなくマトリクスだ。織り成された網ではなく、
その実在自体を裏付ける基本実質にして媒体。世界を浸す非実体の海であり、
限りなく現実空間に重なった稀薄な視線。そして同時に、ある一個体のATフィールド、
即ち僕のココロの具現。
委員会はヒトの未来のために複数のシナリオを作り、そのひとつの実行手段として
僕に特殊な役目を与えた。僕は彼らの命にしたがってココロを拡げ、全てを組み入れる
システムの雛型を作った。その後、彼らは別の道を模索し始めた。シナリオは凍結され、
僕の役割は目的を失った。
けれど彼らは僕を破棄せず、本来の役割に戻すのみにとどめた。
僕はシステムの構築と改良を続け、そして短くも長い時間を経て、それは完成した。
だから、僕は僕を解放する。
僕のいる世界を終わらせるために。
19氾濫する光・2:03/09/04 10:43 ID:???
量産機は翼を高く掲げ、月を見上げて静止している。
世界のあちこちから驚愕と混乱と恐慌が聞こえる。僕は目を閉じた。
 ……前共鳴を確認。隔離域にて汚染基の連鎖進行中、フィールド励起と同調して
 全区域で同時稼動開始。MAGI他一部を除く「侵入済み」ローカルネット及び
 独立システムを潜在制御、遮蔽と切り離しを個別に進行中。残り08で撤退処置完了。
 槍のコントロールを三重に確保、以後、最大461秒間の一切の外部干渉を遮断。
 「紅い壁」の包囲及び第一次接触完了。解放後プラス0.02で全方位攻撃開始、
 予想され得る外部侵攻の……
と、拡大した意識野に侵入してくるものがあった。視線を向ける。
飛来する白い無数の羽根。聖母だ。
ごくかすかな、落胆。
羽根の群れは見る間に純白の壁となって量産機を囲い込み、時ならぬ吹雪のように荒れ狂った。
【何を始める気かしら】
声だけが響く。本人が姿を見せないのは、僕一人に構ってなどいられないから。予想通りだ。
「『約束の時』ですよ。予定より少し早いですが」
【…やはり裏切るつもり。今まで目こぼししてきた意味がわかっていないのね】
僕は薄く笑った。
「それなら止めてください、聖母様。この背教者をね」
無数の羽根が、一枚残らず宙でぴたりと静止した。
【生きているフリをしているだけの人形に頼まれなくても、止めるわ。
 私はあの人とは違う。飼い犬の立場を忘れ、あの人の邪魔をする気なら…容赦しない】
言葉と同時にすさまじい殺意が羽根の雲に満ち、直後、羽根の一枚一枚が
閃く白い刃と化して一斉に襲い掛かってきた。
量産機が無貌の頭部を持ち上げ、脅威を見据える。
命じる。
「…ATフィールド全開」
戦闘開始。恐らく、最後の。
20氾濫する光・3:03/09/04 10:45 ID:???
第二次人類補完計画補案C-209・立案文書1
  (前半部略)
 即ち我々が生来備え持つ同調への嫌悪、他者との拒絶という性質をここでは問題とする。
 生体免疫機構に代表されるように、我々は個体としてのアイデンティティを強く持ち他
 者の侵入を本能的に苦痛と見なす傾向があり、同時にそれが個体生命としての我々の生
 存を保証するが、融合段階においてはこの性質が文字通り障壁として作用する。前回は
 アンチATフィールド及びリビドー投影により解決を試みたが確実とは言えず、依代に
 結果として「未来」の選択権を与えたことは既に周知の事実である。
  (中略)
 つまり、救済を切望する我々の心そのものが、唯一の希望である人類新生に対する最大
 の障害となるという、大いなるジレンマがここに発生する。
  (中略)
 しかしながら新生の形態に拘らない限り、これを旧来の生存形態への福音と見なすこと
 もまた可能である。本案ではこの「個体生命としての自己認識」のもたらす融合への弊
 害から逆説的に個という形態を維持することにおける生命としての優位性を導き出し、
 その可能性の模索に人類の未来を見出す「群体としての新生」を提唱するものである。
  (以下略)

第二次人類補完計画補案C-209・第1次中間報告
  (前半部略)
 報告によれば人口増加率は右下がりに落ち込んでいる。特に本年に入ってからは、帰還
 者数に大幅な減少が見られる。現在までに国内で確認された自己形成障害(生物的自己
 同一障害、形態形成場未成熟による器官欠損・機能不全、復元暴走、異常出産、奇形性
  (中略)
 これは日本のみの統計であるが、調査段階に提言された帰還者統制説を考慮に入れれば、
 海外も同様の傾向にあるか、もしくは更に深刻な状態であると考えられる。また現存す
 る下部組織からの報告書はこれをほぼ裏付けるものである。この事実は依代の特殊性及
 び残時間の少なさを示唆するものであり、可及的速やかな計画遂行が求められる。
  (以下略)
21氾濫する光・4:03/09/04 10:46 ID:???
断絶が市街を襲った。
耳を聾するほどの聴覚的空白。先とは比べ物にならない高密度の衝撃が弾ける。
放射状に路面を走る深い亀裂。紙屑のように飛び散るアスファルト片。建材の崩落。
聖なる羽根の渦すら一瞬勢いを殺され、力の拮抗によってほんのわずか、脆い静止が訪れる。
その中をすり抜けるようにして、巨大な両翼が地を打ち据えた。
突風が暗い路地を駆け抜ける。
量産機はすぐ後ろまで迫る白い羽根の嵐を従え、一直線に天頂を目指した。
数秒で雲を貫き、幾重にも重なった薄い靄の層を抜け、濃藍の夜空に隠れなき満月の下で
両者は複雑な演舞を始める。上昇と降下。繰り返される急旋回と鋭いスライド、
螺旋状にねじれて長い弧を描く、見えない航跡。
鋭くもしなやかな、白く流れる巨大な槍となった羽根の群れは、確かに容赦がなかった。
大量の自動追尾兵器による物量戦。従来兵器を多くの面で凌駕するとは言え、
巨体ゆえ機動力で劣るエヴァに対しては、使い方次第で充分効果を発揮する。これまで
エヴァがそれを否定してこられたのは、ひとえにATフィールドの絶対性のみ。そして、
聖母の前ではATフィールドは絶対領域の意味をなさない。
果てしない追跡劇。もしくは狩猟。
澄んだ光を振りまく月の面が、狭窄した視野を急角度で横切る。
やがて鬼ごっこに飽きたのか、羽根の群れはいきなり弾けるように拡散した。ひとつひとつが
超音速の矢となって目標に向かい、無数の弾道が残像となって夜空を埋め尽くす。
「…無理か」
緊急回避。ぎりぎりで間に合わなかった左脚の先に、何かがごく軽く触れ、
次の瞬間その部分が燃えるように熱く重くなった。羽根に凝縮されていた聖母の力が
爆発的に増幅し、一気に組織を灼き尽していく。
「くっ」
迷わず膝から下を切り離す。切断された脚は白く夜空に舞い、殺到する羽根の渦の中で
白熱した火球となって四散した。
ふいに脳裏をかすめる映像、地表を撫でてゆく長い長いATフィールドの円弧のイメージ。
発動までは…もう少し時間が要る。
「…直接潰すしかないな」
量産機は全天になだれ落ちる羽根の滝を見据え、低く唸り声をあげた。
22氾濫する光・5:03/09/04 10:48 ID:???
「有線、虚数空間応用以外の全ての通信回線、大幅に出力ダウン!」
「前から弱かったとこは完全にアウトっす。先の衛星回線全滅騒ぎに状況が似てるのが何とも」
「旧市街の電力供給管理機構と警備システム、新復興区の浄水システムが一部フリーズ!」
「すぐに調査班を派遣してくれ。到着次第、原因究明と、可能なら復旧作業。
 JA、JA2への影響は?」
「動作系と制御サブユニットに妙なバグが…あれ? おかしいな、勝手に消えた」
「こっちもだ。市街各所の異常も自動的に回復中です」
「どういうことだ? 通信の方は?」
「出力ダウンは戻りそうにないです。衛星もないし、これじゃインパクト直後ですよ」
「うむ…市民の安全を考え、技術部による原因調査は行おう。念のため、保安隊の出動もだ」
「…おかしいよ。まるでホストAIが抜けた時みたいじゃないか、これ。
 なんでだよ。誰だか知らないけど、俺たちはもう用済みなのか。だから、
 通信繋ぐ手助けも、システムの監視もやめるのかよ」

「おばちゃん、だれかがお空からあたしのこと見てるの! やだ、やだよ!」
「子供たちを落ち着かせてやりな。可哀想に」「人を集めろ。何が来るかわからねぇ」
「今、なんか空を通り過ぎなかったか」「皆、芦ノ湖には絶対に近づくんじゃねぇぞ!」
「…畜生。いよいよおっぱじめようってんだね、あいつら」

「…途切れた」「どうした、応答しろ!」「何も情報が来ない…おい、まさか」
「上からの指示が途絶えた」「どうなっているッ」「全員態勢を乱すな! 落ち着け!」
「通信回線…いや、全回路断線。反応なし」「見捨てられたってことかな」
「誰か応えてくれ。誰か…」「嘘だろ」「おい、上見ろ!」「司教様…なんで」
「そうだ、個々のシステムやネットの障害ではない。ダウンしたのは、
 それら全てを統括していた上位システムだ。つまり我々の領域ではない」
「各自の判断で攻撃を続行」「アラエル各騎士、来い! 代替機構構築を試みる!」
「我が部隊は敵前300mで孤立。これより最後の抵抗に入る。増援不要。我らが聖母に光あれ」
「…ひどいな」「もともと指揮系統なんてあってなきがごとしだったから。司教様任せで」
「聖騎士団なんて言っても、所詮は使い捨てか」「だからってこのまま負けられるかッ!」
23氾濫する光・6:03/09/04 10:48 ID:???
量産機は一度翼を大きく振りきってその場を離脱し、身体の前面に黒い両刃剣を構えた。
一拍遅れて羽根の群れが追いつく。
最初の一陣をATフィールドで弾き飛ばすと、量産機は両刃剣を大きく振りかぶり、
全体重を乗せて薙ぎ払った。
正面から刃を受けた羽根が消し飛ぶ。直後、剣の急激な動きと気圧の変化で生じた
瞬間的な真空の軌道が、更に大量の羽根を巻き込んでその自由を奪った。残りが追いつく前に、
量産機は再び身をひるがえす。
ピンポイントの破壊。交錯する白い流線の群れをかいくぐり、密集した瞬間を狙って、
黒い軌道が羽根の渦を切り裂く。数秒で夜空に幾つもかすかな白光が散った。
何度目かの小包囲と突破の直後、埒があかないと見たか、羽根の群れは緩やかに集合した。
月光を受けてそよぐ群れはあくまで繊細な純白だった。殺意などかけらも見せず風に乗る。
量産機は少し距離をとり、大きくその周囲を旋回する。
羽根の渦は柔らかく潰れ、次の瞬間、再び白い錐となって放たれた。
その周りがふっとぼやける。それが分離した数百枚の羽根だと気づいた時には、
それらは小さいながら鋭利な鎌の群れと化し、複数方向から襲いかかってきた。
逡巡する間もなく、量産機は反転と旋回を繰り返してそれらをかわした。速度が鈍る。
すかさず、分離した羽根群がすばやくその空域に集結し、一体化して本体同様
もうひとつの純白の槍となる。前後からの波状攻撃。いったんその切っ先をくじいた後、
量産機は逃れようと大きく身体をひねり、唐突にバランスを崩した。
失速。両翼が背に吸い込まれる。
浮力を失った巨体はまっすぐに地上へ落下していった。二つの羽根の槍が優雅にゆらめき、
真っ逆さまにその後を追う。
回転する視界。月が遠ざかる。
地表まで1kmを切った辺りで追いつかれた。相対速度、ゼロ。二方向から
量産機を挟んで白い奔流が鎌首をもたげる。機体のテンションが上がり、恐怖のあまり
制御を振りきってもがこうとするのを、僕は強引に抑え込んだ。
その瞬間、二つの白槍がほぼ同時に突っ込んできた。
24氾濫する光・7:03/09/04 10:49 ID:???
ほとんど何も考えずに、身体が動いた。
一方の羽根の槍が接触する寸前、全力で機体の上半身をねじる。
前影面積が変わり、羽根の群れは勢いを殺せないまま、本来右腕のあるべき位置、
今は空白でしかない場所になだれ込む。間髪入れず両脚を振り上げる。機体はかろうじて
上下に半回転し、同時に翼が開いた。完全な展開には時間が足りず、せいぜい
半分弱が広がる程度。だが落下速度は鈍る。量産機は、白い流れの交わる一点から
ほんの少し浮き上がる形で、わずかに攻撃の軸線上から外れた。
それで充分だった。
二つの流れは一瞬目標を失い、開けた空間でもろに正面衝突して互いの速度を相殺した。
無数の白い羽根がすさまじい勢いのままに擦れ違い、逆流し、ぶつかり合う。
それを視界の隅に捉えながら、量産機は渾身の力を込めて白い巨翼を振り下ろした。
叩きつけられるような衝撃。ついで浮揚感。
白い闇が瞬時に空域を呑み込む。
ほんの一刹那、真下に全てが広がった。乱舞する純白の羽根の嵐。その全座標全予測軌道が
透徹した明晰さを以て脳裏を貫く。機体の視覚と僕の目が重なる。
捕捉。
瞬間、極限まで細分化されたATフィールドの刃が空域を満たし、逆巻く羽根吹雪を
赤い電光となって切り裂いた。
微細な空間断層が羽根の雲を縦横に縫い、儚い羽毛のひとつひとつを粉々に押し潰してゆく。
濃密な1秒間。息をつめてそれを見据える。
と、大気から嘘のように殺意が消えた。
同時に機体が維持限界を迎え、白い闇が霧消する。
静寂が広がった。
遠ざかる眼下、翼の起こした風が白い渦を乱す。攻撃態勢を崩された大量の羽根のかけらは、
力を失い、静かにきらめきながら夜の地表へ降り注いでいった。
25氾濫する光・8:03/09/04 10:50 ID:???
量産機は吸い込まれるように月を目指す。
極限まで緊張していた機体が弛緩し、少しずつ感覚が戻ってくる。
やがて、思い出したように各部の損傷が自己主張を始めた。
無茶な稼動で関節は焼け付き、腱と筋繊維は至るところでちぎれ、
急激に消耗した器官の一部は過負荷と酸素不足でネクローシスを起こしかけている。
無数の痛みと、加速再生のもたらす生理的違和感。
機体の軋みをじかに感じながら、僕はプラグの中で思いきり身体を投げ出し、息をついた。
全身がばらばらになりそうだった。
本当は、最初からこちらに利はあったのだ。聖母が全力を出さないことがひとつ。
もうひとつ、「光」が健在であれば、僕の視点はその空間内全域に“遍在”する。
僕が特にエヴァの扱いに長けているのではない、単に受け取れる情報量の桁が違うから、
これまで他のエヴァとも渡り合ってこられた。今回も、それがそのまま
僕の優位になってくれただけに過ぎない。
生き残れたこと、聖母の力に立ち向かい、なおかつそれを切り抜けられたことは、
何の感慨も高揚ももたらさなかった。
ただ頭が割れるように痛んだ。
これは僕一人の望みだ。誰のためにもならず、何も残さない。そして全てを壊す。
けれど自分が手を止めはしないだろうことは、ずっと前からわかっている。
今更迷っても引き返せはしない。
帰る場所など、最初からないのだから。
白い月は皓々と輝きを放つ。偽りの感傷に溺れる木偶を嗤う。
その下で惑星を閉ざしてゆくATフィールドの円、そしてそれとは別に、追ってくるものの気配。
この程度で終わる訳がないのだ。
遙か下、だいぶ薄くなった羽根の雲がいきなり五つに分裂し、一瞬凝縮したかと思うと、
見る間に何倍にも膨れ上がった。多層展開する白い塊から、同色の長い尾が引き出され、
鋭角に折れ曲がった鉤状の突起物が突き出し、量産機のそれに似た翼が開くと同時に
月光に映える真紅のコアがあらわになる。
使徒の群れは一斉に長い歯列を剥き出し、量産機を追って夜空へ翔け上がった。
26氾濫する光・9:03/09/04 10:50 ID:???
衛星軌道上から見下ろした惑星の姿。
静かな水面に波紋が広がるように、「光」の励起領域は同心円状に拡大してゆく。
ほとんど抵抗も受けず、ところどころに点在する紅い領域にわずかに引っ掛かりながら、
けれどそれさえも、すぐに呑み込み覆い尽くしながら。
静かで巨大な津波に似ていた。窓を閉ざし、部屋を密閉してやり過ごすことはできる。
そうすれば、溺れることも怒濤に押し流されることもない。だが逃れたそこも
所詮波の下。冠水の一瞬を過ぎれば水面は遙か頭上に遠ざかり、波の先端は
手の届かない距離へと走り去っている。
地上には目に見える変化はなかった。穏やかな地鳴りと一過性の振動、それだけだった。
天変地異が起こる訳でもなく、ヒトがLCLになって弾けることもない。
それでも上空から、或いはあるレベル以上の特殊な視覚を使って展望すれば、すぐに気づく。
潜在的に展開され、水面下で監視網や舞台機構としてのみ働き続けてきたそれが、
今初めて表に姿を現そうとしていることに。
赤い海を渡るもうひとつの波。もうひとつの光。
巨大にして単一のATフィールドに、世界は静かに覆われようとしていた。

広がりゆく赤い円を眼下に、量産機と使徒の戦域は高度数百kmを越える。
大気があまりにも稀薄になり、翼での飛行が不可能になると、ATフィールドどうしの
反発がそれに取って代わった。互いの身体そのものを弾丸のように使って、
相手の複層フィールドを外から中和・侵食しつつ激突、一撃離脱を繰り返す。当たれば
それなりのダメージは勿論、姿勢制御までも大きく狂い、回避すれば逆に加速手段を失って
動きを捕捉される。フィールドの破壊と再展開が果てしなく続く。
やがて更に高度が上がると、重力という制限を脱した戦闘は格段に複雑さを増し、
より余裕のない消耗戦へと様相を変えた。
使徒の放つ光線が続けざまに虚空に閃光を咲かせ、しなやかな尾が重い反動を乗せて
空間を薙ぐ。何度か白い鉤がその下の肉ごと装甲を切り裂き、両刃剣が片翼を断ち落とし、
大量の羽根が宙に散った。真空中に噴出した血は流れも舞い散りもせず一瞬で揮発し、
残りはごく薄い赤い霧となって、視界をわずかに濁らせる。
幾つもの痕跡を残しながら、上昇は続いた。
27氾濫する光・10:03/09/04 10:52 ID:???
第二次人類補完計画補案C-209・第2次中間報告
  (前半部略)
 使徒因子の直接投与による自己形成障害治療効果は既に確認されている通り。
  (中略)
 のケースを参照する限り、使徒因子を人体に投与することで被験者が得る新たな形態
 形成場=使徒のATフィールドが、ヒトに対して充分な互換性を有し、拒絶反応等の
 副作用なしに、飛躍的な生命耐久力・身体能力向上をもたらすことは明白である。
  (中略)
 これらの事例を元に試験的に行われていた使徒能力による人体能力強化研究について
 は使徒蟲解析班との統合が決定した。本日より正式に研究チームが発足する。
  (中略)
 従来の脆弱なATフィールドの排除及び使徒因子投入による形態形成場の強制書き換
 えは、群体のまま存続する新生人類を実現するだけでなく、旧来の人類が抱える可能
 性限界を撤廃するのは既に明らかである。加えて、あらゆる生命が持つ「生物種とし
 ての寿命」をも廃絶する可能性を内包していると言っても過言ではない。
 本理論が我々人類に無限の未来を与える道となり得ることを、本報告の中間結論とし
 て改めて強く主張する。
  (以下略)

第二次人類補完計画補案C-209・第5次中間報告
  (前半部は抹消部分過多により判読不能)
 第4次中間報告より指摘されていた問題点はアラエル因子の導入により解決。ATフィ
 ールドに直接組み込むことにより、対象への潜在浸透性、精神パターンの波長同定及び
 同複製機能を速度・効率・有効範囲ともに飛躍的に向上させることに成功した。
 発動前段階のデストルドー強制励起についても、精神汚染プロセスの応用により単体で
  (中略)
 海より取得したパーソナルデータによる人格テンプレートROM構築実験は基準値を全
 てクリア。継続中の超広域領域展開も順調に第34段階を通過。予定を大幅に繰り上げ、
  (以下数項にわたり抹消)
28氾濫する光・11:03/09/04 10:53 ID:???
衛星軌道上。
量産機と使徒の上昇は終わりに近づいていた。両者ともに満身に少なくない傷を負い、
動きも先ほどまでに比べ明らかに鈍っている。
その真下、月光の靄に包まれた惑星は、完全に変質した「光」に閉ざされていた。
同心円状に拡大しつつあったフィールド活性域最外端は球面の果てに達し、
正確に京都の対蹠点でひとつに合流して、継ぎ目のないもう一層の球面を形成している。
LCLの大洋は惑星の夜の側でも透きとおるように赤い。その広大な海原を渡る
無数の波が、その瞬間「光」の脈動に合わせて一斉にざわめいた。ほとんど真紅に近い、
冴えた赤の輝きが繊細な雲の渦を蹴散らして惑星を駆け抜け、交錯し、幾重にも反射し、
そして、ふいに消失した。

できなかった。
京都の戦いはあまりに遠く、聖母の注意もその一瞬だけ逸れていた。
二度とない好機に、だが僕の手は動かなかった。
準備は全て整っている。あとはほんの少しの意志の後押し、それだけで良かった。
それだけで、僕が自分に課したことは全て終わる。その筈だった。
なのに、できない。
自分でも意識しないまま、僕は結末を拒絶していた。それだけを待ち望んでいた筈の、僕が。
どうして。
だが考える暇など与えられなかった。すぐに形勢が変わり、使徒たちが再度量産機を捕捉する。
反射的な行動予測。離脱は間に合わない。包囲後に五体の連携攻撃、機体が耐えきれなかったら
…終わり。ここまで来て。何も為すことなく。
焦りで視野が歪んだ。僕は唇を噛み、そしてふと気づいた。自分が、とっさに反撃や打開ではなく、なんとか攻撃を回避しやり過ごす方法を模索していることに。
それが僕に答えを教えた。
この期に及んで、ここまで来て、僕はまだ心のどこかで退路を探している。
それを意識した瞬間、疑問は氷解した。目の前が開けた気がした。
僕は、自分すらずっと欺いていたのだ。他人を騙すよりも、遙かに狡猾に。
僕の本心は怯えそのものだった。
29氾濫する光・12:03/09/04 10:54 ID:???
失うのが厭だった。
今なら、ここでやめるなら、この場で聖母に殺されるだけで済む。
でもこの先に進めば、僕は本当に全部失う。
それが怖い。その事実に耐えられない。それだけのことだった。
陳腐と言えばあまりにも陳腐で矮小な、思考する意識としての本能的欲求にして至上命令。
僕は「自分」を失いたくなかったのだ。
だから他人に優しくする。だから他人を生かそうとする。自分のことを認識し、
記憶して欲しかったから。成し遂げようとする決意などかけらもない、何もかも厭で厭で、
何とかして迫り来る結末から逃れることしか考えていない、それが僕の本心だった。
最後の最後で手が止まる筈だ。僕自身、完遂など望んでいないのだから。
僕の意志? 願い? 何もかも投げ出して動いた理由?
欺瞞だった。そんなものは最初から存在しなかったのだ。
どこにも。
包囲の輪を縮めてくる使徒たちの動きが、とても遠いものに見えた。量産機から直に伝わる、
苦痛も、死の予兆も、蹂躙の恐怖も、他人事のようだった。
涙も出なかった。
こんな結果のために、彼らは。
虚脱感が全身を満たし、そして僕は、僕に絶望した。
その刹那、何かが変わった。
ふいに、失うことは恐怖ではなくなった。
嘘のように心の重さが消えた。うつ伏せていた顔を上げ、そして僕は思わず息を呑んだ。
眼前一面、視野を覆い尽くす巨大さで、赤い惑星の麗姿が圧倒的な静けさと偉大さで広がっていた。
動くこともできず、ただそれを見つめた。
「…そうか」
何かが、胸の底に落ちた。わかりかけた気がした。
けれど次の瞬間、風景は襲いくる使徒たちの巨躯に遮られた。
僕は我に返った。ぼやけていた全感覚が戻り、意識野が瞬時に澄みわたる。
使徒がすぐ目の前にいた。
無防備な機体を続けざまに攻撃が襲った。衝撃。幾つかの鋭い痛み。意識が飛びかける。
一瞬目の前が真っ赤になった。矢継ぎ早の猛攻に量産機は押され、そして僕の意志のままに、
喰らいついてくる使徒の群れを渾身の力で振り払った。
30氾濫する光・13:03/09/04 10:57 ID:???
量産機の変化に気づき、使徒たちがさっと分かれて構える。
もう迷いはなかった。
フィールド全開と同時に両刃剣を構え、僕は陣のまっただなかに突っ込んだ。
掴みかかってくる鉤爪を寸前で流し、中和現象で弱体化したフィールドごと
白い巨体を叩き割る。血の噴出で視野が染まった。両断され、切断面から
ほとばしる鮮血に押されて双方向へ漂いゆく残骸を蹴って、次へ。
向かってくる一体に全力で剣を投げつける。黒い剣は一瞬で槍の形態を取り、コアを貫通した。
力の抜けたその巨体の陰から、次の一体が得物のないこちらの側面に躍り出る。
歯の滑らかな光。対応する間もなく脇腹に喰いつかれた。
二つの激痛の輪がぎりぎりと背骨を締めつけてくる。装甲の軋みと破砕音。量産機は
弓なりに身を反らし、不規則に痙攣した。緩んだ口腔から血泡が溢れた。
僕は思わず傷と同じ部分を押さえた。服の下から熱い感触が滲む。知らずに叫んでいた。
「おおおおおおおッ!!」
量産機は歯を剥き出し、強引に腕を伸ばすと使徒のコアを掴んだ。
そのまま五指を喰い込ませ、力を込めていく。さほど待たずに周囲の皮膚が弾け、
潰れた肉の中からコアが半ば引きずり出される。
激昂。使徒は量産機をくわえたままめちゃくちゃに暴れた。見当識喪失。振り回され、
投げ出されて方向もわからなくなる。遠く月が流れる。
先に素体に限界が来た。ずたずたにされた肉層が中身ごとずるりとこそげ取られ、
それを使徒の顎の間に残したまま、量産機は勢いよく振り飛ばされた。すぐ後ろで
ガキンと使徒の牙が噛み合わさり、飛び出た内臓の端がきれいにちぎれる。
視界が暗転しかけるほどの激痛。それでも僕は手を離さなかった。
振り子のように投げ出された機体の勢いも借りて、力任せにコアを握り締める。
一瞬の均衡の後、血の熱さにまみれた重い球体が手の中に残り、脆い手応えを残して砕け散った。
これで彼我の差は二対一。
量産機は翼の変則動作で重心を移動させ、回転する身体を止めた。
だがそこまでだった。
31氾濫する光・14:03/09/04 10:58 ID:???
【…少し遊び過ぎたかしら。思ったよりまともに抗うのね…私を手間取らせるくらいには】
残り二体、再生を終えほぼ無傷の使徒が前後に立ちふさがる。
直接頭に響く声は、明らかな優越と嘲笑を含んでいた。
笑い返す余裕などありはしなかった。
「…ご冗談を。あなたは本気など一度も出していないし、また僕程度には
 力の片鱗すら見せるつもりはないのでしょう」
だから、まだ僕が生きていられる。
聖母は僕の焦燥も諦観も見透かし、くすくすと笑った。
【そうね。下も忙しくなるし、名残惜しいけれどそろそろ終わりにするわ。
 いつまでもあなたの駄々に付き合っていられないもの】
僕はすばやく周辺を一瞥した。退路はない。少し先に、ゆっくりと二軸回転しながら
戦域を離れてゆく、コアに両刃剣を突き立てたままの使徒の残骸。その彼方の月。
ためらう理由はなかった。ここまでだ。
「…そうお急ぎにならなくても、あと少しで僕の”出し物”は終わりですよ」
言うなり、僕は自ら両翼を切り離した。
あちこち裂けた巨大な二枚の翼が根元から吹き飛んで、派手に宙を舞う。使徒二体は
反射的に光線を放ち、直後、閃光が翼を直撃した。
白い爆発。大量の羽根が弾けるように戦域に溢れて、その場の全員から視界を奪った。
翼の質量は大きい。使徒たちが舞い狂う羽根の雲を切り裂いた時、量産機は
切断の反動を利用して既に両刃剣のある位置に到達していた。すれ違いざま
黒い剣を捉え、漂う死骸ごと引き寄せて、それを足場に一動作で抜き取って構える。
白い骸は優雅に回転しながら遠ざかり、量産機は何度か姿勢制御を繰り返して、月を背に、
残った使徒と、そして淡く光る惑星に対峙した。
もう一度、僕は世界を見下ろし、見つめた。
漂いゆく無数の羽根の残骸とおぼろな血の靄。満身に月光を受け、清冽な白輝を放つ
二体の聖なる御使い。限りない生命の気配と安らぎを湛えて鎮まる、凄愴なる惑星の赤。
僕は目を閉じた。
ここは残る。だから、僕はこれでいい。
闇の中で疲弊した手を伸ばす。パネルを探り当て、僕は唯一意味のある装置、
プラグのイジェクトキーを押した。
32氾濫する光・15:03/09/04 10:59 ID:???

第二次人類補完計画C-209案・最終報告

   (本文は抹消)

 *本案の無期限凍結処分に伴い、以下の条項が適用される。
    (数項省略)
  ・本案の研究資金・資材・実験体及び研究成果は全て本日正式に発動する第二次
    補完計画(最終修正案S-104)に帰属するものとする。詳細については研究員
    の配属変更と併せ別途通達される。
  ・改正条項第17の適用により、本案に関連する全ての記録はデータ移送完了が
    確認され次第全面破棄を行うものとする。なお、研究員及び関係各員の記憶
    消去及び精神洗浄に関しては、実験体の機能試験を兼ね
     (以下判読不能)
33氾濫する光・16:03/09/04 11:01 ID:???
背面装甲の一部が軋んで開き、機体からプラグが排出される。
振動とともに脱出用ハッチが飛ぶ。僕は強張った全身を伸ばし、
エヴァの擬似胎内から、永劫の夜の中へ漂い出た。
頭上の月と、眼下の赤い無限の海。無数の星。黒い空間は壮麗な光に満ちていた。
だいぶ血に染まった白い司教のローブが、わずかな動作に合わせてゆっくりと広がる。
ATフィールド。まさに心の壁。上手くイメージを調整できれば、ヒトに近い
生体構造を持つ僕でも、こうして苛酷な環境に立てる。ただ、さすがに真空中で
音声を伝えるのは無理だ。最後くらい、肉声で喋りたかったのだけど。
感情のない凝視を向ける聖母の端末に一瞥を投げ、僕はプラグを蹴って量産機の顔前へ進んだ。
巨大な顎部を捉えて身体を止める。
シンクロは続いている。もう、生体部分の大半から反応がない。流出した体液を含め、
全質量中40%以上の喪失。完全に自己修復の限界を超えていた。S2機関の力を以てしても、
あと数分活動を維持するだけで精一杯だろう。
僕はぼろぼろになった上顎に手のひらを当て、顔を寄せて軽く額を触れた。
今まで本当によく頑張ったね。
応えるように、穏やかな唸りがかすかな振動になって伝わった。
もう隠す必要もない思考の断片が、次々とほどけて繋がり、開かれていく。
【…あなた、まさか】
初めて聖母の声に動揺が走った。
使徒たちがようやく事態に気づき、量産機めがけ殺到してくる。だが次の瞬間、
それらは鋭い閃光とともに無数の白い羽根となって飛び散った。僕は瞑目したまま微笑んだ。
【…最高のタイミングだね。さすがと言ったところかな】
【ほざくな。何故俺を呼んだ】
使徒二体を一瞬で屠った「彼」、鋼の漆黒を底に湛えた深紅の槍が、渦巻く羽根の中から現れ、
流れるように自在に形を変える。血濡れたような光。その奥に何があるか、僕は昔知った。
【結末だよ。君にも見届けて欲しかった】
聖母の新たな分身が残骸から高速で再生しようとする。けれどもう遅い。
かつて自分だったものを傍らに、僕は振り向いて最後の思念を送った。
さよなら、聖母様。
古い血に彩られた月が、ただ眩しかった。
その瞬間、量産機が意思あるもののように大きく口を開き、巨大な歯列が僕の全身を噛み砕いた。
34氾濫する光・17:03/09/04 11:03 ID:???
わずかな血の跡を残して、少年は消えた。
自らを喰らった量産機は、数秒祈るように首を垂れ、そして勢いよく頭をもたげた。
それに合わせるように、傷ついた機体の各所で壊れた装甲板が幾つも弾け飛んだ。
もう血も失われた巨大な裂傷が露出し、あらわになった胸部骨格とともに、
血の色に光るコアが剥き出される。だが再生の始まる気配はない。
その代わりのように、隻肩から背中にかけての腱が鋼弦のように硬く引き締まる。
瞬間、量産機の肩に光が炸裂した。
LCLの海と同色の烈光。光は輝度を増しながら機体の数十倍に延び拡がり、枝分かれし、
ふいに形をなして量産機の背を覆った。
それはもうひとつの翼だった。
超高密度のATフィールドよりなり、幾層にも透きとおる複雑な多角形の輝面で構成された、
巨大にして異質な光の翼。かつて同じ衛星軌道上に存在した姿に、それは酷似していた。
量産機は身体の前面に両刃剣を構え、静かに宙に横たえて手を放した。
黒い剣がほどけ、緩やかにねじれる輪の形になる。
つかのま、その内部で何かが青く歪む。
しかしすぐに、槍は自ら生き物のように巻き上がって黒い二重螺旋をなし、
掴んだ手に導かれるまま、深々と量産機のコアを貫いた。
直後、瀕死のS2機関が最後の臨界に達した。
赤一色だった光の翼が、内部からすさまじい重圧を発する虹色の輝きを放ち始める。
【…アンチATフィールドか】
【ええ。ATフィールドの内側での強制展開…二つの位相空間の反発で場が崩壊するわ】
白い使徒はいつか白い少女の姿に変わり、紅い槍を傍らに宙に立つ。
両者が見つめる前で光の翼は歪み、軋みをあげた。相反する二つのフィールドがその中で
悲鳴をあげて幾重にも折り曲げられ、圧縮され、集束され、そして限界点に到達して
それ自身の内側へと崩壊を始めた。
同時に惑星を包む光が極限に達した。
赤く光る第拾伍使徒アラエルの翼を背負った量産機はそのとき、光の中心で高く吼えた。

光の氾濫。
地表は湧き上がる淡い光に溢れ、惑星全域から夜が薙ぎ払われてゆく。
ごく穏やかな、優しく包み込むようなその光は、等しい強さと意志をもって全土に降った。
全地域全生命全意識に分け隔てのない、世界規模の無差別精神汚染波として。
以上です。読んでくれた方、お疲れさまでした。


・・・・・・・・・ていうか、すみませんでした >強制登場させたキャラの担当者の方


あまりにも巨大な問題点。
ひとつめ。
聖母の使徒がこんなに弱い訳ないです。(前半の羽根はともかく)
ふたつめ。
提案者氏がわざわざやってくる理由がありません。
みっつめ。
永杉。

・・・すみませんでした。なんか、ただ自分が書きたいように、だけで猛進しました。
でもこの続きはたぶんもっと強引、更に電波ユンユンで展開します。
「いくらなんでもこれはマズイ」「お前いい加減にしろよ」等、文句・突っ込み歓迎します。
ただしこのスレのことは、このスレ内でお願いします。身勝手すみません。

以下、細かい補足と言い訳です。
補足(前半)。

・「光」の変化
  変質というか活性化です。これまでの監視網・通信制御担当から、
  (第弐の関わっていた)補完計画発動モードへ。その際、それまでに
  浸透していた全電子システム(復興都市の通信機構、旧東京、トライラックス、
  等々)から「光」は実質引っこ抜かれ、「媒体」としての役割を放棄します。
  伍スレ目、大阪会戦開始の頃に衛星でやったことが、広範囲で起こった感じで。
   *「媒体」とかいうのはあくまで「繋がりやすくする」程度です。インパクト後の
    技術・物資欠乏状態で、本来は完全に修復されていないものとか、機械は直っていても
    システムがいかれているもの、出力が足りないものなんかに手を出して、
    コソーリと通信可能状態にしていました。復興で困っている人たちを助けるためではなく、
    通信が活発に行われている方が、そうでない状態より監視しやすいため。
    「光」が撤退したことで、通信レベルは本来の状態に戻ります。
    また、弐スレ目辺りでほざいた「『光』が切れたら綾波教の電子ネットワークは
    一時的に全部ダウン」が>28の一番下です。現在は一時的な混乱状態。上位能力者が
    手を貸すか、技術的に復旧させれば、元に近い状態に戻すことが可能です。
・VS聖母(前半)
  羽根攻撃。当たると破壊エネルギー流し込まれてアボーン、という想定。
  まさか量産機相手に麻痺やステータス異常だけで臨むわけないと思うので。
  >27では当たってしまい、全身に被害が及ぶ前に慌てて切り離しています。
  それからそもそもこのエセ空中戦の遠因:
    ttp://the.animearchive.org/movies/macross/macplus/macplus.mpg
  某OVAのプロモーションムービー。五月末頃旧シャア板だかで発見、ハマってしまい・・・
  これに出てくるミサイル乱舞がカッコ良くて・・・パクりました。
  こんなふうにギュンギュン空を飛びまくるEVAがちょっと見たかった、のでした。
  BDCS(だっけ)と「光」は関係ありません。宇宙に出るのもこれのせいではないですたぶん。
  それと関係ないですが、このアニメのキャラデザ担当は摩砂雪氏だそうです。

もう少し続きます。
補足(後半)。

・第二次人類補完計画っぽい文書:・・・読み飛ばしてください。
・VS聖母(後半)
   前に投下した分と同じです。わかりにくかった部分を改善した・・・つもり。
・ラスト2レス
   聖母が第弐の意図に気づき(この時点で、第弐が何をしようとしているのか
   彼女は完全に読みとっています)、提案者氏が強引に登場。第弐がそれまでに
   ちくちく挑発かけてたとでもお思いください。
   彼の登場を利用して聖母の対処をくじいた第弐は量産機と融合し、
   望みを果たすべく最後の賭けに出ます。内容は・・・もうちょっと待ってください(平伏
   AATFの描写について。ATFは本編中でどういう見た目かはっきり描いてあるんですが、
   AATFはよくわからなかったので、EOEの量産機S2機関臨界のシーンから
   (セフィロトが出るちょい前のところです)虹色の光、ということに。
   別に無色でも赤でも白でもLCL色でも何でも良かったんですが。
   特に提唱者さん、槍との兼ね合いで支障があったら指摘をお願いします。
   あと提案者氏はどういう姿を取っているのか不明なので「槍」とだけ書きました。
   最後、聖母の使徒が綾波レイの姿になってるのは本人が来たのではなく、
   単に残ってた羽根をそういう形に変形させた、ということにしてください。
   それから全編を通じて、主席に関しては一切何も触れていません。この時点で
   「主席司教」(中の人はともかく)がどういう状態になっているのかわからないので。

自分からはとりあえずこれくらいです。
わかりにくいところ、独りよがりなところ、間違っているところ、等々
各担当さん、ご指摘ご注意を何卒よろしくお願い致します。
また本スレスレストさせてしまった模様。

早く出ていかないとなぁホント
39あれだ、スレ保全:03/09/16 10:12 ID:???
大体の目処がつく。あとはまとめ、と説明文か…マンドクセ
ていうか『樹』の仕掛けってまさかアレじゃないだろうなってかどうしようホント。
あと振った分ちゃんと書いてもらえた。最高の形で。ありがとうございます。
なんかもう当分目が離せないってかそんな感じ。本スレ。勿論いい意味で。
つうか F カ ッ コ 良 す ぎ 。 スゲーよマジ。なんであんなの書けるんだろ。

ここが終わったら、頃合い見て出ていこう。
最後まで見ていたいけど、今のペースじゃどうも間に合いそうにない。
いなくても(ホントに)支障がないってのは数ヶ月来の様子でわかったし、今更。
後始末は(一応)5月までにはした。
メインはあのまま進行できる筈。
あとはここだけだ。

さて、ではまた頑張ろう。少なくとも自分の分を手を抜かず書き終えるまで。
スレスト状態終焉。何とも。

…怒られてるよ(w
嘘吐き
カタがつきそう、と書き込んでから早一ヶ月ちょい経過。
すさまじく進んではいるんだけどさ…終われよ。終わってくれよ頼むから。
やっぱアスカなんか引っ張り出すんじゃなかった…
あああああああああ。

つう訳で本スレには余計行けない。
本末転倒。皆ごめん。早く何とかすれ自分。
ってか誰かカッコいいシャムシエル戦のヒントください。
またレスが減ってる?
スレ壊れてるの?
44あぼーん:あぼーん
あぼーん
45あぼーん:あぼーん
あぼーん
46あぼーん:あぼーん
あぼーん
47あぼーん:あぼーん
あぼーん
48あぼーん:あぼーん
あぼーん
49あぼーん:あぼーん
あぼーん
50あぼーん:あぼーん
あぼーん
終わった。

注意書き。
前も書いたけど  電  波  で  す  。
読んで後悔しても知らないっすよこっちは。
特にアスカ好きな人。あとオリキャラ嫌いな人。

まあいいや投下。
「氾濫する光・中」
毎度ながら長いです。
52氾濫する光・18:03/11/04 14:32 ID:???
ふっと、身体が一瞬ぶれたような感覚があった。
うずくまっていた彼女はゆっくりと瞼を開け、そしてちょっと目を見張った。
不思議に気分が軽かった。手も足も目覚めたばかりのように活力に満ち、身体中の感覚が
すっきりと鋭く澄んでいる。
けれど同時に、どうしても何かを思い出せずにいる、そんな気もした。
長い間苦しめられていた重い枷を突然外されたような、でもそれがあまりにも
いきなりであっけなかったせいで、逆に平衡感覚が狂ってしまったような、妙に虚ろな感じ。
意味が掴めずにいると、それは現れた時と同じく唐突に薄れて消えた。
彼女はまばたきした。
目の前にはいつものように、赤いプラグスーツに包まれた、見慣れた両膝。
「…何、今の」
呟いて顔を上げる。と、彼女はぽかんと目を見開いた。
真っ白い空間にいた。
何もない。与えられた待機場所も、エヴァも、部下たちも消えて、ただ一面に白。
反射的に立ち上がる。少しふらついた。
手でさわれそうなほど濃い、真っ白な霧が足元も頭上も覆い隠していた。視界はゼロに近い。
けれど雲の中にでもいるように、不思議と辺りは明るかった。ゆっくりと流れる靄と、
その曖昧な陰影を透かして、茨に似た黒っぽい影の群れがぼんやりと浮かんでは消える。
見えるものはそれだけだった。
耳がおかしくなりそうな静寂の中に、彼女は一人で放り出されていた。
「なん…なのよ、これ」
小さく声に出してみる。頼りない肉声は、あっさりと靄に吸い込まれて消えた。
返事はない。
たちまち彼女の苛立ちは頂点に達した。
「もう、どうなってんのよ! 誰か転送でもミスったんじゃないでしょうね?!」
その途端、視界の隅で霧が乱れた。彼女はぱっと振り返った。
誰かいる。
深い霧の向こうに目を凝らす。直後、彼女の表情は思いきり険しくなった。
53氾濫する光・19:03/11/04 14:33 ID:???
予定調和のような光景。
白い背景に半ば溶け込むように、司教の一人が立っていた。
今の彼女の声で振り向いたところらしい。動いた拍子に霧が流れ、はっきりと顔が見えた。
視線がぶつかった。
一瞬、司教の目は手ひどい不意打ちでも喰らったように揺らぎ、幾つもの激情が
その中を走り抜けた、ように見えた。
が、確かめようと足を踏み出す前に、それらは全て消えた。
彼女は挫かれたように立ち止まった。
司教は、以前よくそうしたのと同じ眼差で彼女を見つめ返し、にこりと笑った。
笑っているのに、能面よりも表情がなかった。
彼女は一瞬ひるみ、すぐにぐっと力を込めて相手を睨みつけた。司教は黙ったまま
正面に視線を移した。つられて、彼女も同じ方向を見上げた。
霧の中に直径2mほどの黒い輪が浮かんでいた。
細長い金属の帯をゆるくねじって両端を繋げたような形状で、見ている間にもゆっくりと回転し、
霧を透かして降る遠い光が黒い鏡面を滑らかに移ろっていく。なにげなく輪の中心に
視線を向けた彼女は、ふと目を凝らした。黒い円環に閉じられた空間が、その一点だけわずかに
ひずんでいる。空間を何重にも折り曲げる形で何かを高密度に封じ込めているらしかった。
多重構造になった力場が光波を歪曲してしまうので、中身が何かまではわからない。
司教は彼女の視線に気づき、輪の中を見やった。突き放すような目つきだった。
「…槍ね」
ようやく声が出た。
司教は応えない。自分の声に後押しされるようにして、彼女は白すぎる横顔を睨んだ。
「何も仕掛けてないって訳じゃなさそうだけど、今度は一体何を始めるつもり?」
沈黙。彼女はそっぽを向いて両腕を組んだ。
「…ま、言いたくなきゃ言わなくてもいいわよ。でも、なんで今更私を巻き込むのよ」
「違うよ」
唐突に答えが返った。振り向いた彼女に、司教は言いようのない絶望の目を向けて微笑んだ。
「君がここにいるのは…いや、来てしまった以上、同じことなのだろうね。
 …歓迎するよ。ようこそ、世界の中心へ。正確にはその抜け殻に」
「…え?」
54氾濫する光・20:03/11/04 14:36 ID:???
ぐらりと、世界が反転する。

滑り落ちる闇。幾つもの顔、幾つもの風景が逆回しで遠ざかる。
音もなく旋回する巨大な翼の群れ。黒い森。うち続く衝撃。湖底から仰ぐ遙かな水面。
病室の白い沈黙。見上げる天井が廃屋の破れた屋根とねじれたシャワーノズルに変わり、
そこから記憶は更に速度を増して、見飽きるほど見慣れた今はもうない街の空を
日が西から東へと高速で横切ってつかのまの夕映えと朝焼けを繰り返す。飛び去る昼と夜、
狂ったように通りを学校を往来する今はいない人々の群れ。使徒襲来。殲滅。また襲来。即時殲滅。
勝たなきゃならない。負けるのは絶対に厭、負けたらここにいてもいいりゆうがなくなってしまう。
そんなの、ただの思い込みでしかなかったのに。

  「弐号機を取り戻してインパクトを止める。やっと手に入れた我が家に帰るために」

  「この手でインパクトを起こして全部ぶち壊す。アイツを永遠に滅ぼしてやるために」

こちらに背を向けて、もう一人の彼女が歩いていく。自信に満ちて攻撃的で、指揮官として
全幅の信頼を受け、なすべきことをしっかりと把握して、大股でどんどん遠ざかっていく。
追いかけたいのに身体が動かない。振り向くと、真っ黒い塊がざわざわとのしかかってくる。
一瞥しただけで、なぐられたような恐怖と嫌悪と、引きずり込まれそうな無力感が全身を威圧する。
それでも力を振り絞って闇の中心を睨みつけ、彼女は見てしまう。それを。
暗黒の底から見据える、二つの、燃える、目。
「…イヤ」
そのままそこから目が離せなくなる。動けなくなる。力も生命も自分も全部呑み込まれていく。
と、バキンという衝撃とともに闇が霧散し、がくんと身体の自由が戻った。
雪片のように舞い散る無数の白い残像。

底光りする黒い螺旋の上にかかげられた、清浄な青い光。手は躊躇なくそれを離す。落下。ロスト。
「何してんのよ、それはアンタの…」

そして全ては消え、彼方に見えるのは、何よりも懐かしくて忌まわしい、あの始まりの赤い海辺。
誰かの手、それともかすかな体温が風のように触れた気がして、彼女は両目を見開いた。
「…シンジ?」
55氾濫する光・21:03/11/04 14:36 ID:???
眩しい光が閉じた瞼の裏に映る。
むき出しの両腕に当たるごわごわした感触。歩みの邪魔をするそれを押しのけてみると、
それはほとんど背の高さくらいある、ヒマワリの群れだった。真昼の熱気がむっと押し寄せる。
重なり合う葉をかき分けて進むこと数分、突然視界が開けた。
一面、見渡す限りのヒマワリ畑。起伏する丘の中腹を、白く埃っぽい道がひとすじ
うねうねと続いている。ちょうど畑の中からその道に出てきたところらしい。
弾けるような花弁の黄色が目に痛かった。

「…汚染の規模が無制限に拡大していけば、ある時点で、侵入するものとされるものの
 関係は逆転する。マジョリティからマイノリティへ。異物の侵入を受けていた筈の正常体が、
 逆により大きなシステムの内部に入り込んだ異物になってしまう」

強い日差しに手をかざして眺めているうちに思い出した。ここは、あの農場だ。
農場のはずれに、誰が植えたのかヒマワリの群落があった。いつかゆっくり見に行こうと
思いながら、結局一度も行かなかった場所。レイが、同じ花がたくさんある風景を
少し厭がっていたせいもあるのかもしれない。
でも、こんなに広かったっけ…?

「今やヒトは、未だ赤い海に溶けている個体も含めて、ひとつの全体の中の部分でしかない。
 極度に肥大した巨大で希薄な自我の海、それも他者のそれに浮かぶ、怯えきった心の群れが
 今のヒトの姿さ。脆弱な自我境界によってかろうじて個体生命の形態を保証されながら、
 …いや、本当はそれすらも、自分を取り囲む他者のATフィールドに支えられながら。
 それが『光』の存在する世界。僕のいる世界なのさ」

丘を登りきると、広い空の下に小さく農場の建物が見えた。
よく晴れた、いい天気だった。雲の峰が白く光る。幾らでも遠くまで見渡せそうだった。
三人で暮らしたあの家も、探せば見つかるかもしれない。
細めた目の端で真夏の光がきらきらと踊った。
視線は距離を越え、もう少しで、懐かしい風景にたどり着けそうになる。そのとき、にわかに
一陣の突風が丘を駆け抜けた。
ヒマワリの群れが一斉に葉裏を返してざわめき、土埃の幕が舞い上がる。
彼女は思わず腕を上げ、顔をかばった。
56氾濫する光・22:03/11/04 14:37 ID:???
ふいに素足を冷たい流れが洗った。
驚いて跳び上がると、足の下で水が跳ねた。足首を浸す何かが逆巻いて流れ去る。
湿った砂の感触。身動きするたびに、足の指の間に細かな白い砂粒が入り込んできた。
顔をしかめ、濡れてまとわりつく裾をつまみ上げる。
と、次の赤い波が足元に押し寄せ、透明な水のベールになって広がった。
「海…?」

「長い目で見れば、そこは赤い海の中と何も変わらない。自分とは別の存在に包まれることに
 慣れた心は、徐々に防衛機能を低下させ、遠からず自己を放棄する。死も、苦痛もない、
 穏やかで緩慢な滅びだよ。
 けれど、『光』は自らその状態を終わらせることもできる」

遠浅の沖から渡る風が、彼女の長い髪を乱す。空間が広い。
「ここは…あそこじゃ、ないみたいね」
吹きなびく髪を押さえ、辺りを見回してみる。砂浜の彼方から紫にかすむ低い山並が始まって
少しずつ両側に開けていく。明るく透きとおる赤い穏やかな海。芦ノ湖にあったような
街の残骸、半水没したビルや折れた電柱は、ここにはまるで見当たらなかった。

「無条件に他者を受け容れていた『光』が、突然敵に回ったらどうなると思う?
 たとえばヒトの心の隅に潜むのをやめて顕在化し、個々のATフィールドの
 同時中和にかかったら? それとも、休眠していた指向性精神波としての機能を再開し、
 全個体からデストルドーを引きずり出すまで、強力な精神汚染を行ったら?」
 もしくは赤い海ごとヒトを取り込んだまま『反転』したら?
 それだけで“人類”は消える」

暮れていく海を眺めるうち、ふと、既視感を覚えた。
というより、他の誰かの記憶か意識の残滓が入り込んできた感じに近い。自分のものではない、
ほのかな懐かしさや思い入れが、風景を通じて心ににじんだ。
「誰か、こんなふうに海を見に来てた奴がいたのね。これはそいつが見た海」
呟いて、彼女は軽く目をつむった。
57氾濫する光・23:03/11/04 14:38 ID:???
「能力者とて無傷では済まされない。たとえ最初の衝撃に耐えて自己の形態を
 維持できたとしても、能力の大半は臨界突破したフィールドに相殺され、無に還る。
 崩れた均衡、偏った力の存在が世界を狂わせているのなら、それを正常化すればいい。
 独占された力は分散させ、本来存在すべきでない生命はLCLに還す。そして、
 もう一度生きてゆくヒトには、そのための力を返さなければならない」

再び目を開いた彼女の前に、雨の街が広がっていた。
重苦しい暗天と、その下でくすんだ灰色にかすむ見慣れた街。第三新東京市。
「…ふん」
記憶がうずく。雨音と雫の滴る音、水の流れる音が、背後の囁き声のように響き始める。

「神の生命、使徒の孤独、エヴァの力、そしてヒトの業。それらを再び赤い海に還元し、
 『光』が保持する人格データを基盤に、現存する全ての魂をサルベージし、人類を再形成する。
 これは同時に、不完全な帰還で損なわれ、弱体化したヒトのATフィールドを強制解除して
 新たに使徒のATフィールドで再構成する作業でもある。LCLに融けた使徒因子、失われた
 別の可能性を、ヒトはわずかずつ受け継ぐ訳さ。もちろん極度に薄めた形でだけどね。
 そうすることでヒトは種としての本来の限界すら越えられる。神の定めた滅びの時を免れ、
 無限の未来を手にすることができるんだ。
 それが、僕の仕組み得る、唯一のフォースインパクト」
「そんなことほんとにできんの?」
「…不可能ではないさ。その意志さえ、間違えなければね」

これは彼女の記憶。月日が流れてもまだ古傷になって残っている、厭な記憶。
彼女は雨の降りしきる空を睨んだ。
その動作につれて、また新たなイメージが喚起される。記憶にある通りに、曇天の一角が
ふいに吸い込まれるように渦を巻いた。その奥に一点、光る針で貫いたような穴が開く。
続いて思い雨雲がすさまじい勢いで吹き払われ、空の穴はみるみるうちに広がって、
数秒で抜けるような青空が開けた。
「…こんなの、今更見せてどうしようってのよ」
乱暴に腰に手を当て、彼女は一人雨上がりの街を見渡した。
58氾濫する光・24:03/11/04 14:38 ID:???
「全世界に展開された『光』は、ヒトのATフィールドに接触すると、対象の
 抵抗や拒絶反応を引き起こさないよう充分な時間をかけながら、穏やかにその精神波長を探る。
 それから、分析した精神波形、心のパターンを複写する形で接触面が局所変異を起こし、
 対象のフィールドそっくりになって、そのヒトを丸ごと自らの内部に受け容れてしまう。
 こちらから相手を侵食するというより、むしろ他者に“侵入される”ことを前提とした
 性質を持たされてるんだ。ATフィールドもろともヒトを取り込むためにね。
 変異した部分は対象の記憶やパーソナルデータをもコピーして記録し、更に細部まで
 模倣を重ねて、対象を完全に囲い込み、その精神を忠実に再現できる準固定構造を形成する。
 遊離した魂を量子の海から引き戻して、復元された自我境界の中に定着させるための指標さ。
 僕や僕を造ったヒトたちは、これを人格テンプレートROMと呼んでる」
「テンプレート? …インパクトで融けてばらばらになる人格を保存しておく、複写基盤って訳?」
「そう。LCLから個人を再生するための精神の“鋳型”。心のカタチを一時的に預かる、
 擬似的な魂の容れ物。人格の仮胎」

夜の操車場。役目を終え、無人になった電車が暗闇の奥に並んでいる。
滑らかに光るレールの上を、彼女は踊るように渡る。力を抜いて後ろに回した手は、
指先だけ軽く繋いで、上下する身体のリズムに合わせて揺れている。
まっすぐ前を向いたり、足元を見たり、ときどき後ろ向きになったりしながら、彼女は
何本もの線路を横切っていく。
その表情は不思議に安らかだった。

「監視網としての『光』はこれを単純に機能拡張したものさ。完全に波長を一致させているから、
 対象に気づかれることなく、あらゆる思考がリアルタイムで流れ込んでくる。
 僕が他人の心を読む訳じゃない。彼らが『僕』の内側にいるんだよ。
 電子回路への侵入や操作、電磁的・光学的な監視もそれを応用したものさ」
「そいつは結構なことで。じゃ、アンタ、最初は『目』じゃなかったんだ」
「そうなるね。そういう目算が織り込まれてたのも事実だけど」
「……ねえ。でも、補完が終わったらそれって必要なくなる訳よね。…アンタはどうするの」
59氾濫する光・25:03/11/04 14:39 ID:???
何度目かに正面を向いた時、夜の向こうに遠く明かりが見えた。
ずっと探し求めてきた、暖かな光。その奥に幾つかのぼんやりした人影が浮かび上がる。
彼女は足を止めた。
と、いきなり群衆が彼女を呑んだ。彼女と同じ顔をした無数の少女たちが、感情もなく笑いながら
次々と押し寄せ、ぶつかり、もと来た方へ押し戻そうとする。
たちまち彼女は黒い流れの中にとり残された。
これは彼女でない彼女。でも、どれも本物の彼女。イメージされた彼女、他人の心の中の彼女の姿。
皆が勝手に心の中で作り出した、彼女という人間のイメージ。たくさんの自分に邪魔されて、
彼女の本当の声は誰にも届かない。
「でも、それで構わないのよ」
彼女は顔を上げた。瞬間、少女たちは一斉に闇に消えた。
「私は私の心を通してしか誰かと関われない。私だって、自分の価値観で皆を歪めて見てるわ。
 でもそんなのは、心の中のイメージは、生きてる限り幾らでも作り直していける。
 それが私を、皆を変えていくのよ。他人の間で生きていくために。
 だから、もう無理に私を見てほしいとは思わない。シンジも、ママも…大切な、他人だもの」
闇に沈む線路の先を、彼女はまっすぐに見据えた。

「何も変わらないさ。全てが元に戻るだけだよ。本来の姿にね」

暗闇の奥に、線路はかすかな反射光を放ちながら続いていく。
彼女は枕木のひとつひとつを確かめるように踏みしめ、迷いのない足取りで歩いていく。
その先へ。まだ見たこともない、自分でも知らない、その先へ。
やがて二本のレールの彼方に、誰よりもよく知っている後ろ姿が現れる。
彼女は走り出す。
快いくらいの疾走。踊り跳ねる髪が夜気を揺らし、勢いよく振り出される手足が暗い地面を蹴り、
彼女は全力で夜を駆け抜け、追いかけて、そして追いついた。
世界で一番憎く、いとわしく、厭で苦手で大嫌いで、それでも捨てられない、自分自身に。

白い光が弾け、世界が広がった。

「…戻ってきたね」
司教の、少し眩しそうな静かな微笑が、ゆっくりと目を開く彼女を迎えた。
60氾濫する光・26:03/11/04 14:39 ID:???
最初の、あの場所に彼女は立っていた。
白い深い霧の海。あるかなきかの陰影。鋭い棘に覆われてのたうつ、作り物めいた影の茨。
淡く広がってゆく光。無窮の静寂。
ゆるやかにねじれる黒い輪を傍らに、彼女と司教は空白の世界で向き合っていた。
「全部、わかったかい?」
「ええ。よくわかったわ。これでもかってくらいね」
彼女は不敵に笑う。
今は、全てを素直に受け入れることができた。自分が精神そのものを操られ、異常なほどの
憎悪と悪意を植えつけられて、あの男の最強の駒として出陣の時を待っているということ。
それは必ず、彼女と彼女の大切なヒトを、耐えられないほどに傷つけてしまうこと。
そして、それを止めるどころか、最低限あらがうだけの手立てすら今の彼女にはないこと。
この解放が、所詮一時的なものに過ぎないということも。
「今のはアンタが?」
「いや。精神統合が難しいようなら少しだけ手を貸そうかと思ってたけど、必要なかった。
 何を得たにしろ、それは君が自分で見つけたものだよ」
「そ。安心したわ。あれまでアンタの作った夢だったらやってらんないもの」
軽く両手を広げてみせる。司教の壊れたような顔に、かすかな苦笑いが浮かんだ。
彼女は少しの間それに目を止めていた。
「幾つか、訊いておくことがあるわ。ここを出てく前に」
「…どうぞ」
司教は人形よりよほど人形らしい顔で彼女を見ている。静まりかえって波ひとつ立たない、
暗い深い水面を覗き込んでいるような感じだった。彼女はわざと強い視線をぶつけてみた。
鏡を見る程度の手応えすらなかった。
ふと、妙な違和感を覚えた。表情でも動作でもない、もっと根本的な相違。目を凝らす。何が違う?
「ここは一体何なの。主席が私に仕掛けたアレを、アンタが外せたのは何故?
 アンタの本当の目的は何。何故、アンタはここにいるの。それに、私も」
司教はふっと暗い目をした。
「答えはひとつで済むよ。説明するのは少し手間取るけどね。
 …ここは、本来存在すべきでない、イレギュラーの“中心”なんだよ」
61氾濫する光・27:03/11/04 14:40 ID:???
背骨の芯に直接、薄い冷たい刃を押し当てられたような厭な感触が全身を走った。
「世界の…中心? ここが…?! …違う、そんな筈ないわ」
素早く今ある知識を反芻し、彼女はきっと顔を向けた。
「おかしいじゃない。アンタが言ってるのがインパクトの中心のことなら、
 こんな場所が存在する訳ないわ。力は全部シンジに行った筈だもの。『E』の連中が言う
 “救世主”って、そういうことなんでしょ」
「そうだけど、少し違う」
司教は目を細めた。
「確かに本来、世界の中心という“場所”は存在しない。インパクトの核にあって
 その絶大な力を全て手に入れた者と、それは同義だからね。
 ただ、サードインパクトは特殊な終わり方をした。碇シンジは、その力を振るうことなく
 幾つかに分けて封印したんだ。神に等しき存在ではなく、一人のヒトとして現実に帰るために」
試すような視線。
かすかに目を見開き、彼女はふいと顔をそむけた。
「でもそれは、世界そのものにとっては一種の危機になった。
 “中心”とは、唯一無二の世界の要であり、あらゆる事象や諸法則を統べる頂点。力と違って
 おいそれと分裂させる訳にはいかない。嘘でもひとつでなければいけないんだ。
 ゆえに別の中心が緊急定義された。それがここさ。“かつてサードインパクトの力を満たしていた”
 ことただ一点を存在理念とする、限りなく概念に近い“場”。世界の最高位に位置する、
 けれど何も入っていない、空っぽの器。力の抜け殻」
彼女はかたくなに霧を睨み続けた。しんと冷えた空気の流れが、額にかかる髪を揺らす。
少しして、注視していた視線がそっと逸れる気配がした。
「離散した力の『還るべき場所』たるここを設定することで、世界は現在の“頂点”の分散を
 あくまで仮の状態であり、いずれ解消されるべき途中段階として認識する。それによって
 かろうじて自己乖離と秩序崩壊を免れ、偽りの安定を保っているのさ。
 いわばここは、世界が自らの存続のために作り出した、大いなる自己欺瞞の産物だね」
一瞬その声に悪意に近い何かがこもり、彼女は目を戻した。司教は槍を見ていた。
62氾濫する光・28:03/11/04 14:41 ID:???
「この世界は今、極度に不安定な状態にある。特異点の集中と力の不均衡、そして
 それらのもたらす、個々の事象の歪み。“頂点”の分散は言うに及ばずね。
 聞いたことくらいあると思うけど、ネルフの人間の前にたびたび現れている
 ジャックナイフの巨人、彼らの存在もその特異点のひとつだと言われている。
 表面上はインパクト前と変わらなくても、本当はいつ何が起きてもおかしくないくらいに
 秩序も物理法則も根幹からぐらついているのさ。
 だから、手立てさえあれば、神ならぬ身でもここに干渉することは不可能じゃない」
司教は宙の輪に手を伸ばし、あまりにも複雑な組成と層面の重なりのせいで、かえって
ぼやけた半透明の鏡面の構成体にしか見えない黒い塊に、静かに指先を触れた。
彼女は両肘を抱え、肩を尖らせるようにして目を逸らした。
「もちろん、手が届いたとしてもここには何の力もないよ。
 自己防衛のために造られたとはいえ、ここは本来あってはならない場所だからね。
 実質を持たぬ絶対値ゼロの領域であることが、ここの根本定義であり、
 存在の根拠でもある。ここに立っても碇シンジのようにはなれないってことさ。
 でも、その方が僕には都合が良かった。
 …それに、こんな場所でも、使い方次第で結構できることは多いんだよ。たとえば
 その特性ゆえに、外部からの力や作用の一切を一時的に無効にしたりね」
手を下ろすと、司教は彼女の方を振り返ってちょっと微笑んでみせた。
彼女はきょとんとし、それから思いきり顔をしかめた。
「確かに、今はあのヤな黒い影みたいな奴の気配は全然感じないわ。
 能力者としては下位のアンタが、この私をこっちの意志に関係なく引っ張り出せたのも、
 呼び出した先がここだったからって訳ね」
背を向けて、不透明な白い霧の中へ数歩踏み出している。相変わらず視界はまるで利かなかった。
「神様にはなれなくても、ここを確保できれば、シンジもレイも碇司令も飛び越えて
 直接世界をどうにかできる。アンタはそれを、インパクト発動のために使う気なんでしょ。
 私だって馬鹿じゃないもの。アンタが嘘吐いてないことくらい自分でわかるわ。
 …けど、どうしてなのよ」
大きく半身を翻し、彼女は司教を振り返った。
63氾濫する光・29:03/11/04 14:42 ID:???
司教はまたあの閉ざされた微笑を浮かべた。
「どうして、というのは?」
「とぼけんじゃないわよ。まだ答えてないでしょうが、アンタがここに来た理由って奴を」
「理由?」
「そうよ。なんで外部の干渉を完全排除する必要があるの? 敵どころか味方の動きまで
 シャットアウトすることないじゃない。成功の保証だって低すぎるわよ。
 こんなデタラメな強行策が教団の意思の筈はないわ。おまけに私まで無断で連れ出して、
 せっかく仕掛けた精神制御まで外すなんて、一体何考えてんのよ」
ふっと光が翳り、重なる靄の向こうに司教の姿は見えなくなった。
分厚い静寂を振りきるように、彼女は声を張り上げた。
「確かにアンタは、最初からインパクトを起こす側にいた。
 でも、本当にそうなの? それだけじゃ説明のつかない行動が多すぎるのよ。
 この戦いの間にパワーバランスは大きく変わったわ。綾波教そのものだって不変じゃない。
 手に負えない不測事態、つまりアンタにとってのイレギュラーが増えすぎたから、
 アンタはここに干渉することを決めたんでしょ。
 そこまではわかるわ。でも、なんでなのよ。結局インパクトに行き着くんなら、どうして今更
 教団を、主席のヤツを裏切ったりなんかするのよ。ここまでただ流れに従ってきたアンタ、
 どっかで私たちの側に立とうとしながらも、司教でいることしかできなかったアンタが」
抑えたつもりでも語気が荒くなる。構わず言い放った。
「インパクトはアンタの本意なの。だとしたらアンタをここまで焦らせたのは何?
 何故、私がここにいるの。私に何を望んでるのよ。答えなさいよ!」
司教の返答はそっけなかった。
「君の考えている通りだよ」
「…え」
霧が晴れた。
彼女は現れた司教の顔を凝視した。そこには何の答えも浮かんでいなかった。
重なるように、あの光に何度も心を暴かれた記憶が甦る。はっとした。
読まれてた? いつ?
反射的に意識のガードを引き上げようとして、瞬間、彼女は両目を見開いた。違う。
あの違和感。表面の違いじゃなく、もっと根本的な相違。
だがそれを口にする前に、司教の声が凛と白い空間に響いた。
64氾濫する光・30:03/11/04 14:42 ID:???
「惣流・アスカ・ラングレー。やはり君とは相容れないようだね」
無機質な声だった。彼女は茫然と司教を見つめ、唇を噛んだ。
これは口上だ。戦いの開始を告げる、ただの台詞。
たぶん、最後の。
「自分の運命を知り、なおも凄惨な現実へ戻ろうと言うのならそれもやむを得ない。
 ここで安寧を得るも、それに背を向けるも、それは君が選ぶことだからね」
何度も耳にした声で、司教は空しい言葉を紡いだ。
台本。シナリオ。中身も真実もない記号の羅列。与えられた役柄と、消化されるべき設定。
続けるために続けられる空虚な芝居。
彼女は大きく首を振り、その容赦ない連なりをさえぎろうとした。
その瞬間、立ちはだかる司教の背後で黒い円環がぴたりと動きを止めた。
移ろい続けていた光の反映が凍りつく。完璧な静止。と、巨大な真円の一端が鋭角にちぎれ、
濡れたような光を宿して向かい合う、黒い二つの切っ先になる。
「でも、僕も自分の意思でここにいる。僕の望む、約束の時の成就のために。
 それを否定すれば僕は存在理由そのものを失う。
 ここを出ていくのなら、この僕を排除してからにしてもらうよ」
双尖端が真上に揃う。黒い輪全体が生き物のようにねじれ、のたうち、輪の中心に閉じ込めた
不可視の一点をも呑み込んで、漆黒の二重螺旋が槍身を駆け昇る。
ロンギヌスコピー。オリジナルの機能を限定的に再現した、エヴァシリーズのための黒い槍。
彼女は無意識に身構え、底知れぬ微光を湛えた槍と、その前に立つ司教を見据えた。
司教は彼女の視線を正面から受け止めた。
「…さあ、終わりにしよう」
呟くような声の底の、かすかな哄笑と懇願の響きが、耳を打った。彼女は息を呑んだ。
こいつ、最初から
瞬間、憤りに似た衝動が全身を走り抜けた。
「ふざけんじゃないわよ! 待ちなさ…」
だが既に遅かった。
衝撃。荒れ狂う霧が視界をホワイトノイズに変え、同時に足元から地面の感触が消えた。
65氾濫する光・31:03/11/04 14:43 ID:???
ぐらりと、世界が反転する。
支えを失った彼女の身体は、白い深い霧の中へ一直線に落下していった。
絶叫する風の壁。靄が重い冷気の刃となって次々と顔にぶつかってくる。空気抵抗が
手も足も固く拘束し、顔をそむけた途端首ごと真上にねじ曲げられてぐるんと身体が裏返った。
息ができない。目の前が暗くなる。
「…っ……こ…んの…ォッ…!」
喰いしばった歯の間から声を絞り出し、彼女は立て続けに突っ込んでくる霧を無理矢理見据えた。
一気に力を解き放つ。
身体が次の白い靄を突っ切る一瞬、火炎が全身を包み込み、新たな赤いボディを残して
瞬く間に背後に流れ去る。顕現した弐号機はのしかかる風に逆らってぐぐっと両腕を拡げ、
直後、弾けるように巨大な光の翼が開いた。
ほぼ同時に、雲を抜けた。
「あ…?!」
思わず、声が洩れた。
弐号機は青く深い宙を落下していた。
見渡す限りの蒼穹が、周囲全方位に開けている。眼下遙かには白一色の雲の平原。
眩しい光を浴びた雲海のあちこちからは幾つもの雲の峰がそびえ立ち、その巨大な稜線を
上空の気流が緩慢に崩していく。たった今通り抜けてきた高々度には白く積雲が群れていた。
少しずつ速度を殺しながら、弐号機は壮大な雲の伽藍を降下していった。
光の翼が空間をわずかに歪め、ほとんど目に見えない曳跡が飛ぶように真上に遠ざかっていく。
そのラインの果てに太陽を隠した雲が浮かんでいた。彼女は姿勢を変え、漆黒に近い
真っ青な空の底を見上げた。
雲を透過する陽光が少しずつ強くなり、やがて逆光にかすむ縁からまばゆい輝きが顔を覗かせる。
と、彼女は何かを感じてその場を飛びのいた。
刹那、衝撃がすぐ隣の空間を駆け抜け、一拍遅れて轟音が全身を揺さぶった。
「くう…っ」
震動の余波がびりびりと装甲を震わせる。何とか体勢を立て直した弐号機の前に、
白い巨翼を拡げた影が舞い降りた。
右手に黒い槍をたずさえた量産機だった。
66氾濫する光・32:03/11/04 14:43 ID:???
弐号機は即座に臨戦態勢を取った。力強い風が真下から吹き上げ、ふわりと空中の身体を支える。
その感触に、彼女はひやりとした。
この感じ。覚えている。現実よりも現実感のある、リアルすぎる風景と五感。
「…うそ」
仮想空間。部下たちを訓練していた頃、何百回も訪れた。「光」の備える高い空間認識能力と
精神同調機能を応用し、任意の相手に共有される、司教の脳が構築した疑似現実。
「嘘、嘘よ。なんでこんなモノ造れるのよ?!」
 だって、さっきは確かに…『光』の気配はどこにもなかった」
彼女の動揺を嘲るかのように、量産機は白い亀裂に似た笑みを剥き出す。
そう、それが違和感の正体だった。
司教の力が及ぶところならどこだろうと、同じ稀薄さで常に空間を満たしていたアラエルの『目』。
あれに見られているという、かすかだが執拗な感覚を、彼女は向かい合う司教から感じ取れなかった。
あのとき、確かに「光」は司教から欠落していた。
「でもこれは…まさか、なかったんじゃなくて、気づけなかった…?! この私が?!」
茫然と口にした時、目の前から量産機が消えた。
はっとして構え直す。今度は見えた。弐号機は自ら急上昇し、真上から突っ込んでくる
量産機とぎりぎりの間隔ですれ違った。双方の音速の壁がぶつかり合い、衝撃を相殺する。
溢れた余波は一瞬で空域に拡がり、彼方の雲の峰を跡形もなく吹き飛ばした。
彼女は絶句し、足下に遠ざかる巨大な残骸を見下ろした。ゆっくりと崩れていくそれも、
やはり目を疑うほどにリアルだった。
「本気で…やろうって訳なの」
そのときふいに、司教のあの静かな絶望の目が頭をかすめた。
弐号機は慣性のままにゆるやかに宙を突き進み、薄い層雲を抜ける。
ふと、彼女の口を小さな含み笑いが洩れた。笑いはすぐに大きくなり、彼女は天を振り仰いで
弾けるように明るい笑い声を放った。
「いいわ、上等よ。また勝手に自己完結して、一人で全部終わらせる気ね。
 …そう思い通りに動いてやるもんか。力ずくでその生意気なシナリオをぶち壊してやるわ!」
弐号機は猛然と加速し、長い弧を描いて進路を変えた。
67氾濫する光・33:03/11/04 14:45 ID:???
広大な空のパノラマが大きく傾き、一気に背後へ流れ出す。両肩に増す風圧。
弐号機は咆哮する宙に手を伸ばした。
「武器…力は」
手応え。掴んだ瞬間、突き刺さるような軋りとともに空間に真っ黒い裂け目が開く。
出現したポジトロンライフルを左肩に、弐号機は大きく旋回して量産機の姿を捜した。
「武器を呼べる…エヴァの力は使える、ってことは、私の身体は本物、現実ってことね。
 その私にダメージを与えようとする以上、槍とアイツも」
量産機は遙か下方にいた。雲海の表面すれすれで機体を引き起こし、こちらを捉える。
弐号機はライフルを構え、躊躇なく撃った。光る線が連続して雲に突き立つ。蒸発する雲塊を
難なく回避し、量産機は急角度で舞い上がった。弐号機に肉薄するまで二秒弱。
一瞬で銃身が両断され、かわしきれずにフィールドの断片が斜めに肩口をかする。
「…ちっ!」
赤い装甲の端が破損して宙を舞い、弐号機はすぐさま立ち直ると、スクラップと化した
ポジトロンライフルを投げ捨てて量産機の後を追った。
ぐんと風が重くなる。
目の前で空が真っ二つに裂け、そのわずかな亀裂に身体ごと突っ込んでいくようだった。
旋回。横転。きりもみに近い急降下、反転しての急上昇。
弐号機の四基のメインカメラが見る視界は、人間のそれよりもずっと高精度に空間を捉え、
正確に位置関係を把握する。彼女はエヴァと同じ反応速度で風を切り、幾つもの雲の峰を飛び越え、
雲海の起伏を縫って、ひたすら量産機を追跡した。
翼構造の違いなのか経験差なのか、相手の方が若干速いし小回りもきく。本気で
喰い下がらないと、あっという間に引き離され見失ってしまう。
「くッ…もともと飛べるから…って、調子…乗りすぎなの、よっ!!」
弐号機はいきなり向きを変え、巨大な積乱雲を回り込んで斜めに量産機の進路に割り込んだ。
目標視認、同時にパレットガンで一斉射。間髪入れずロケットランチャー二門を構え、
迷わず全弾を前方の敵機にぶち込む。劣化ウラン弾の雨に続き、計六基のロケット弾が
白煙の軌跡を曳いて空に吸い込まれ、遅延信管の作動とともに小爆発が次々と雲の側面を染めた。
68氾濫する光・34:03/11/04 14:46 ID:???
量産機は速度を緩めず、無駄のない動きで全弾を回避した。捕捉するには弾速が足りなすぎる。
「次ッ!」
再びポジトロンライフルを左肩に固定し、銃身後部を脇腹に押しつけるようにして連射する。
断続する閃光。たちまち連続する荷粒子線が密な間隔で空域を切り刻む。白い機影が
輝線の檻をかいくぐり始めるのを確かめ、弐号機はもう一方の手に保持していた巨大な砲身を
勢いよく前に振り向けた。
ポジトロンスナイパーライフル。対アラエル戦で使われた、通常型より射程も威力も優れた
大出力陽電子砲。右手一本で支えるには辛いそれを、上げた両膝で何とかホールドし、
左手で追跡掃射を続けつつフルチャージ。量産機が銃口正面に追い込まれるのを待って
ひと息にトリガーを絞る。
ひときわ明るい光芒が空を灼き、寸前で展開されたATフィールドを直撃した。
位相空間が過負荷に耐えきれず砕け散る。
「やった…?!」
呟く。その瞬間、無音の咆哮とともに荷粒子の光輝が四散した。
煮えたぎる大気の中心、黒い両刃剣を盾のように前面に構えた量産機が頭をもたげる。
まっすぐ正面に突き出された銀黒の刃は過熱して揺らめく陽炎をまとい、巨大な翼は
見る影もなく焼け焦げている。
「槍…?! あれだけで防いだっての?!」
と、再展開されたATフィールドの輪が空域を打ち据え、絡みつく熱気を消し飛ばした。
量産機はぼろきれのようになった両翼を不興げに見やると、黒い剣を下ろし、いきなり
大きく一度はばたいた。湧き起こる風とともに炭化した羽根が抜け落ち、元通り
漆黒の影に裏打ちされた真っ白な翼が再生する。
「…ウソ」
硬直した弐号機を一瞥すると、量産機は誘うように翼を広げて横転し、一直線に雲海に没した。
はっとしてライフルを乱射するが、遅い。光線は空しく雲の波間に消え、彼女は大きく舌打ちした。
右手のスナイパーライフルを見下ろす。熱くなった銃身が大気に触れて冷却を始め、
不規則に澄んだ金属音をたてている。
「これでも威力不足なの…?! もぉ最ッ低ね!!」
急旋回。光の翼がかすかな唸りをあげる。弐号機は鮮やかに身を返し、再び追跡を開始した。
69氾濫する光・35:03/11/04 14:47 ID:???
再び、風の音が全てを圧する。
「こん…のォ、待ちな…さい、っての!!」
緩横転しながら幾つもの雲を突き抜け、視界が開けた瞬間を逃さず全弾一斉射。
量産機は横ざまにひねりを加え、滑り込むように雲の向こうに逃れた。空しく爆炎だけがあがる。
牽制に放ったATフォールドすらかすりもしない。
「Verdammt! なぁんで精密誘導ミサイルくらいエヴァに装備されてないのよ!」
立ちはだかる積乱雲に頭から突っ込む。ぎりぎりまで引きつけて反対側に飛び出し、
死角から量産機の正面に躍り出る。交錯。もつれ合うように急上昇、互いの隙を
窺いつつ得物を構える。が、量産機は攻撃に応じると見せて更に加速し、やや強引に
打ち込みをすり抜けて強烈なはばたきを浴びせた。スマッシュホークの一撃は
僅差で空振りし、弐号機が再び構え直す頃には、敵はとっくに視野の彼方へと離脱していた。
「…ッ」
頭に血が昇りかけるのを抑え、彼女は考えを集中させようとした。
素早い一瞥。表には出していないものの、さっきの砲撃はかなり効いている筈。S2機関が
その消耗分を回復する前にケリをつけなければならない。やるなら今、それも、
弐号機の力がフルに使える超近距離で。
問題は、ただでは接近戦に持ち込ませてくれそうにないこと。
「ま、多少手間取るの当たり前よね。使徒はこんなメチャクチャな動きはしなかったもの」
弐号機は赤い長躯を翻し、まっしぐらに太陽を目指した。雲隙で滑空していた量産機が反転して
今度はこっちを追い始めるのを、視界の隅ぎりぎりで捉える。
「そうよ、さっさとこっちに来なさいよ!」
そびえる雲の壁面を一気に駆け上がり、頂上をかすめて更に上へ。白い浮島の群れを抜け、
薄い冷気の靄を突き破り、やがて、弐号機を取り巻くのは青い大気のみになった。
総身に風圧の重みを受けながら、軽く両手を開き、ぎゅっと握りしめる。
「ったく、この私ともあろう者が何やってんのかしらね。さっさとアイツを落として
 ここから出なきゃならないってのに、…あーあ、私もシンジのこと言ってらんないわ。
 ま、こうなったらやるしかないか。ミスったらセカンドチルドレンの名が泣くわよ、アスカ!」
小さく気合いを入れ、彼女はぐっと顔を上げた。
70氾濫する光・36:03/11/04 14:48 ID:???
弐号機は突然上昇をやめ、太陽を背に立ちはだかった。
超高々度。全身を覆っていた風の抵抗が消え、弐号機は追いすがる量産機の姿を真下に捉えた。
いぶかるように、量産機の速度が鈍る。
と、仁王立ちした弐号機の両脇にひときわ大きく空間の裂け目が開いた。
可塑装甲で覆われた両手が、それぞれ宙の穴からずるりとソニックグレイブを掴み出す。
二本のグレイブには、合わせて二十個近い小物体が長柄いっぱいに吊り下がっていた。
どれも同じ、片手で持てるほどの短円筒形の黒っぽい金属塊。相当重量があるらしく、
弐号機が双方を交差させるように振りかざすと、グレイブの柄が大きくたわんだ。
弐号機の肩からこぼれた陽光が物体の表面を照らし、赤いマーキングを浮かび上がらせる。
“DENGER N2-B”
異変を察した量産機が急停止する。
直後、弐号機が動いた。
「でぇえええええいっ!!」
思いきり加速をつけ、グレイブが相次いで振り下ろされる。二つの槍身が大きくしない、
その勢いで小物体の列が外れて、すさまじい速度で真下へ弾き飛ばされた。
遠心力と柄の弾性反発を利用した、重弾体の複数同時投擲。
大気の引き裂ける甲高い音をあげ、ダークグリーンの質量弾の雨が空域を撃ち抜く。
量産機は降り注ぐ鋼弾の間を矢のようにすり抜け、と、いったん下方の空に吸い込まれた
即製N2航空爆雷は、ひと呼吸ほどの間をおいて一斉に発火した。
轟音。次々と誘爆の輪が広がっていく。巨大な火球の群れが眼下の雲海を埋め尽くし、
光と熱が猛烈な速度で視界を駆け上がって、瞬時に量産機の退路を奪う。
同時にグレイブの一方を振り捨て、弐号機は光炎の中の敵めがけて突っ込んでいった。
量産機が迎え撃つように両刃剣を構える。その一瞬、ふいに強烈な感覚の波が彼女を襲った。
間違いない。あの厭な感触。
「『光』…?! やっぱり隠してたの?!」
だが気配はすぐに消え、確かめる間もなく弐号機は大上段に斬り込んだ。量産機は
今度は真正面からその一撃を受け、二つの刃が鋭くぶつかり合って澄んだ剣戟の音を放った。
瞬間、ひとつのイメージが彼女の中になだれこんできた。
71氾濫する光・37:03/11/04 14:49 ID:???
「失われた自我境界を復元し、赤い海からヒトを帰還させる。それが全てだよ」
溢れる光。
日差し。眩しいほど白い、濃い影を刻む石の柱廊。
見慣れた大神殿の中庭を背景に、司教は影から一歩踏み出したところで振り返った。
「僕は自分のココロを使って皆のカタチを保存する。皆は僕の記憶を使って
 自分のカタチを取り戻す。使徒の可能性で補完された自我境界、新たなATフィールドは
 旧来のものより遙かに強いから、発現と同時に皆を包んでいた『光』は寸断されて、
 ヒトは自動的に解放される。で、役目を終えた僕は量産機と一緒に無に還る。
 今度は赤い海にとり残されるヒトはいない」
彼女は膝に頬杖をついたまま、視線だけ司教に向けた。司教は困惑顔になった。
「…どうしてここまで踏み込んでくるのさ。『光』の行う補完も、“中心”についても話したし、
 あとは戦って決着をつければいいようにしただろう?」
「そ・れ・が・気に喰わないのよ」
彼女は両脚を投げ出して後ろにそっくり返り、ひんやりした石の台座に手をついた。
堅い敷石を、片方の靴の先で鳴らす。叩きつけるように、硬い音が響く。
明るい影に浸された柱廊には他に人影もない。
「都合のいいお膳立てだけされて、はいそうですかって従う馬鹿がどこにいんの?
 やっぱアンタも他のヤツと同じよ。自分も他人も、結局ただの道具としか見てない」
光の中の司教から一切の表情が消えた。
彼女は靴底を床に打ちつけるのをやめ、真顔になって司教を睨んだ。
「アンタ、ホントに誰かを気にかけたことなんてあんの?
 儀礼的な気遣いじゃなくて、本気で他人のことで感情動かしたこと、あるの?」
立ち上がる。黄色いワンピースの裾が跳ね、虚ろな天井に音高く足音が反響する。
「他人が自分の思い通りに動く訳ないじゃない。タダで自分のことわかってくれる訳ないじゃない。
 補完計画だって同じよ。確かに、アンタが私たち皆を助けるために造られたことは疑わない。
 …けど」
振り向く。明るい色の髪が、影の中で一瞬炎のようにさっと宙を打った。
動かない赤い目を捉え、彼女は酷薄に目を細めた。
「無理ね。
 アンタ、心のどっかで、私たちのこと“救ってやろう”と思ってるもの」
72氾濫する光・38:03/11/04 14:51 ID:???
「どおりゃあああああああ!!」
弐号機は大きくグレイブを振りかぶり、一直線に振り下ろした。
両刃剣の背がそれを受け止め、斬撃は思いきり弾かれる。手首の軽いひねりで
衝撃を吸収すると、弐号機は刃先を返して猛烈な勢いで量産機を攻め立てた。
刃と刃がぶつかり合う澄んだ衝撃音が空域に響き、断続するN2の爆発光を受けて
二機のエヴァの装甲がフラッシュを浴びたように輝く。
「槍ってのが厄介ね。エヴァの力も、そうそう…通らない、しっ!」
縦横にグレイブを操り、相手の反撃を受け流しながら、彼女は低く吐き捨てた。こっちが
両刃剣に接触するたび、或いは向こうの打ち込みを受けるたびに、濃い「光」の感触が
一瞬量産機の周りを渦巻いて消える。
「接近戦…にまでっ、『目』なんて姑息なもん、使ってんじゃ…ない、わよっ!!」
N2の輝きを突き抜けて上へ。再び光る蒼穹が全身を取り囲む。
のしかかる黒い巨剣を全力で押し返し、すばやく身体を回転させて量産機ごと送り出す。
紺青の空が彼女の周りで廻り、頭上でまばゆい光が弾けた。
何度か組み合っては離れるのを繰り返した後、両機はお互い正面から斬りかかると
渾身の力で競り合った。数秒の拮抗。噛み合った刃がぎりぎりと硬い軋みをあげ、
輝く微細なかけらを散らす。と、弐号機の光の翼がぱっと紅い閃光を放ち、弐号機を上に、
二体のエヴァは白熱する光の中へ真っ逆さまに突っ込んでいった。
単純な力なら弐号機の方が遙かに勝る。そのまま押さえ込もうとしたとき、いきなり
がくんと抵抗が偏った。しまった、と思った時は遅かった。均衡を崩したグレイブが
黒い刃面を滑り、白い翼が一閃したかと思うと、量産機は長柄を乗り越えて
上から襲いかかってきた。
「くうっ!」
斜めに回避し、振り下ろされる一撃をかわす。
その瞬間、さっきばらまいたN2のひとつが、すぐ間近で爆発した。
73氾濫する光・39:03/11/04 14:52 ID:???
印画紙に灼きついた風景。白い日差しに晒されて、光と影の境界がぼやけていく。
「人を裁くのは人だとか、人は人にしか救えないとか、偉そうなこと言うつもりはないわ。
 けど、人は簡単に救われたりなんかしない。
 たとえ拒絶し合ってなくたって同じよ。お互い相手を必要として、大事に思ってたって、
 本気で相手にすがって救いを求めてたって、その程度で上手くいく訳ないのよ。
 私はシンジと二年も一緒にいたからよくわかる。他人を救うなんて、わかってやるなんて、
 どだい無理な話なのよ。どんなに一生懸命やったって届かない。報われることなんか
 滅多にないし、そんな瞬間があっても、それだって結局自分で作り出した幻影にすぎないのよ。
 でも、わかろうとするの。
 一人はイヤだから。自分以外の誰かがいなきゃ、寂しくて辛くて生きていけないから。
 見せかけだってわかってても、好きだって言ってくれた言葉を信じたいのよ。
 それがただの希望でも、祈りみたいな行為にすぎなくても、…必ずいつか裏切られて、
 見捨てられて、また傷つくだけだって知ってても、わかろうとするの。
 私たちはそうやって生きてんのよ。
 それを、アンタみたいな思い上がったヤツに勝手に上から救われてたまるもんか」
彼女はつかつかと司教に詰め寄り、かすかな恐怖に見開かれた目をまっすぐに覗き込んだ。
身を引こうとするのを押さえ込み、更に近づく。司教は耐えきれずに目を逸らし、
彼女はその脇をすり抜けて、通り過ぎざま、低い声で耳元に囁いた。
「アンタなんかに生かされるのはまっぴらよ」
風が止まった。
彼女は踊るように庭園の中ほどまで進み、ふいに立ち止まると、片手を腰に当てて振り向いた。
立ちすくんでいた司教は、幽鬼のように振り返り、彼女を見た。
彼女はふっと肩の力を抜いた。
それを合図にしたように、風景に音が戻った。さあっと風が渡り、庭園の木々が一斉に揺れる。
彼女はぽつりと呟いた。
「…知ってたんでしょ。そんなことぐらい、とっくに」
司教は一瞬沈黙し、諦めたように微笑んだ。
「…全てお見通しか。
 そう、知っていたよ。計画が成功しても、僕には結局何もできないことはね」
74氾濫する光・40:03/11/04 14:53 ID:???
轟音が大気を揺るがし、瞬時に灼熱の光が迫る。
「…っ!!」
彼女はとっさにATフィールドを展開しようとし、同時にすぐ横で量産機がきっと爆心を睨んだ。
意図せずして二機のフィールドが合わさる。
N2の爆発に倍する衝撃が空を叩いた。
膨れ上がった爆炎が瞬時に引き裂かれ、無理矢理方向をねじ曲げられて、別の空域へと
なだれを打って拡散していく。反動。乱流にあおられ、量産機が視界の外に消える。
弐号機も中和しきれなかった爆圧をもろに受けて、まばゆい光の中で翻弄され、上下感覚を失い、
長い光芒を曳いて上空へと押し上げられていった。
「く…この、程度っ…!」
空転する身体を何とか立て直す。
荒れ狂う空。ダメージは…ない。爆発は遙か眼下に遠ざかり、プラズマの靄をまとう光の津波が
雲海の残骸をゆっくりと燃え上がらせていく。視界底部は直視できないほどの光に包まれていた。
臨界に達したN2群の、最後の輝きだった。
弐号機は消えかけていた光の翼を再展開し、宙に佇んだ。
と、その頭部に影が落ちた。彼女は頭上を仰いだ。
蒼穹の底に白い翼影が浮かんでいた。
弐号機はしばしそれを見上げ、炸裂する風の咆哮に身を任せると、一直線に舞い上がっていった。
上昇とともに、少しずつ風の勢いが弱まっていく。
やがて両機は空の高みに並び、弐号機が追いつくのを待たず、量産機は再び両刃剣を構えると
全速で突っ込んできた。弐号機はとっさにグレイブの柄で受け、長い槍身を回転させて剣を弾いた。
薄れていくN2の光を真下に、再び斬撃の応酬が始まる。
今度は量産機は一切逃げを打とうとしなかった。ひたすら弐号機の動きを追い、彼女でも
時折ひるむほどの鋭い打ち込みを繰り出してくる。ふと、前に一度同じように戦った時のことが
脳裏をかすめた。彼女は一瞬呆れ、身を翻して思いきり両刃剣を払った。
「アンタ、馬鹿?! なぁんでこういう時の方が生き生きしてんのよ!
 そんなに厭ならやめればいいでしょ! 教団も、補完計画も、主席の下にいるのも!
 うわべだけ取り繕って、適当に合わせてんのがいっちばんタチ悪いわよ!!」
量産機は応えなかった。
75氾濫する光・41:03/11/04 14:54 ID:???
司教は重い長衣を揺らして彼女に向き直った。
目が痛むほどの白。色素の抜け落ちた髪と皮膚の色。見つめる目だけが赤い。
「わかっていたさ。
 どんなに理想論を装っても、僕に託されたのは単なる『人類の物理的再生』だ。
 カタチだけ復元してもそこには魂がないように、そんなことではヒトの欠けた心は埋まらない。
 この計画は誰の意思も望みも問わない。赤い海から還った彼らが、他者と引き離された
 痛みを嘆こうが、絶望して生きる意志を放棄しようが、そんなのは知ったことじゃない。
 そんな方法で未来を与えても無駄さ。ヒトはそれほど強くないからね。
 特に、赤い海に融ける快楽を知った、今のヒトでは」
司教はそう言いさし、ふと遠くを見はるかすような目をした。
瞬間、司教を中心に、巨大な輪が拡がるように風景が一変した。彼女は小さく息を吸い込んだ。
彼女と司教は赤い海辺に立っていた。
芦ノ湖とは違う、明るく透きとおる穏やかな遠浅の海。
高く低く波音が響いた。
「琵琶湖だよ。京都を抜け出して、よくここに来た」
振り向くと、司教は眩しそうに菫色の水平線を見ていた。
彼女は白い渚に目を落とし、軽く砂を蹴った。
「…なんで続けたのよ。無駄だってわかってんなら、一人で続ける必要なんかないじゃない」
「それが僕の傲慢だったのさ」
透明な赤い波が泡立ちながら足元に押し寄せ、彼女が崩した砂を呑み込んだ。
「僕にはヒトの心の外側をなぞることはできても、欠けた部分を補完することはできない。
 だけどそれでも、再び赤い海に還るだけの委員会のシナリオよりはマシだと思っていた。
 ヒトは永久に寂しさから逃れられない。他人に裏切られることも、互いに傷つけ合うことも、
 生きている限り避けられはしない。
 それなら、その痛みと向き合って生きていくべきだと思ったんだ。より強いATフィールドで
 心のカタチを造り直し、もう一度他人という存在を与えれば、それが可能になると信じた」
司教は彼女を身、ひどく虚ろな笑みを浮かべた。
「…君の言った通りだよ。僕は神様気取りで君らを好きに変えようとしていたのさ。
 それが自分を保つための言い訳だとわかっていながらね」
彼女は強く唇を噛んだ。
76氾濫する光・42:03/11/04 14:55 ID:???
「っ…あああ、もうっ!!」
下界が再び白く燃え上がる。
「なんでアンタはいっつもそうなのよ! 中途半端でどっちつかずで、
 気を持たせるだけで何もしない! 
 やることなすこと全部、ホントは自分の意思じゃないって顔してさぁ!
 ひょっとして、本当はインパクトなんか最初からどうでもよかったんじゃないの?!」
弐号機は襲いかかる連撃をかわし、大きく宙返りして頭上から痛烈な一撃を浴びせた。
肩先を割る筈だったグレイブの刃先は寸前で両刃剣に阻まれ、瞬間、「光」が悲鳴のように弾けた。
違う。
量産機は右肩に両刃剣を流して刃を誘い込むと、弐号機が引く間もなくグレイブを掴んだ。
体勢が乱れ、がくんと視界が傾く。
弐号機は身体を反転させると、両脚をぐっと引きつけて思いきり量産機の胴部を蹴り、
白い翼の間から身をもぎ離した。
「違わないわよ!
 今の世界の終わりがアンタの目的だってんなら、なら、大阪でレナを助けたのは何なのよ。
 芦ノ湖の決着の時、生き残りの殺し合いを止めたのは? 私のクローンを
 誰一人使い捨てにしなかったのは? レナのエヴァを潰さなかったのは?
 主席の意思に反してまで、私とシンジをもう一度会わせてくれたのは、あれは何だったのよ!」
突き飛ばされた量産機は黒い剣を大きく旋回させ、その重量移動で巧みに均衡を取り戻す。
再び両機は互いの得物ごとぶつかり合い、激しく斬り結んだ。
「だいたいアンタの望みって何なのよ。結局さっきはごまかしたじゃない!
 このまま言わないで終わらせるつもり?!
 アンタにとって教団って何なの。ネルフってなんだったの。シンジは、レイは? 私は?!
 あのもう一人の『レイ』は?! どうして主席なんかに従ってたのよ!!」
何度打ち込んでも、逆にわざと攻撃を誘っても、もう「光」は答えを返さなかった。
量産機の無貌の頭部が、一瞬白い仮面に見えた。かっとした。
こんな奴が世界の中心に乗り込んで、インパクトを起こそうとしてた?
冗談じゃない。
「ふざけんじゃ…ないわよッ!!」
弐号機は彼女の激昂に呼応するように光の翼を解き放ち、溢れる力のままに斬りかかった。
77氾濫する光・43:03/11/04 14:57 ID:???
「…主席はね」
長い沈黙の後、司教はぽつりと言った。
「主席は、僕に自分の意思というものを与えてくれた人なんだ。もうずっと前のことになる」
彼女は肩にかかった髪をはねのけ、黙って先を促した。
「造られた当初、僕は自分がヒトを救う鍵たり得ると本気で信じていた。
 そして自分がヒトの役に立たないと悟った時、そこで一度“僕”は崩壊した。
 『光』が無駄なら、あとは司教として死ぬしか僕のいる意味はない。議長をはじめとした
 原理主義派は最初から予備計画など眼中になかったし、僕を管轄していた
 何人かの委員も、計画の指示に消極的になり始めていた。教祖が補佐官とともに
 人類再生を主張するようになるのはまだ先だったしね。
 自分はもう要らない存在なんだと思った。周囲への絶対服従が、唯一ここにいてもいい条件だと」
彼女は司教の横顔を一瞥し、すぐに長い髪を翻して海の方を向いた。
「じゃあ、主席がそのアンタを拾い上げてくれたっての? つまり、必要だって」
「まさか」
司教は即座に否定した。
「あの人は他人なんか必要としないよ。我らが聖母様は別格としてね。
 主席は僕に、自分で考えろと言ってくれただけ」
「…考えろ?」
「そう。自分を否定し、あらゆる意思を放棄していた僕に、それを取り戻せと言ってくれた。
 自分で目を開き、耳を澄まし、枷を外し檻を破れ。所詮お前の中にしか世界はない。
 ならば祈り、意識を集中し、自分の手でそれを現実にしろとね」
「アイツが…? 嘘よ。でなきゃ、それも最初から…」
言いかけた彼女を、司教は無言で制した。すさまじい痛みを湛えた目がこちらを見た。
「わかってる。でも、あの時の主席の言葉が僕にカタチを与えてくれたんだ。
 僕は自分の機能を徹底的に掌握し、自力で教団の中に居場所を作った。『光』の
 監視網への転用、教団の情報機構の再編、戦力不足を補うための『死神の背骨』の建造。
 僕は自分で考え、自分で動けるようになった。あの言葉があったから」
ふいに司教の口調が激しさを帯びた。
「なのに、僕は…知らなくていいことまで知ってしまった。
 …僕はもう、あの人に従うことはできない。絶対に、できないんだ」
78氾濫する光・43:03/11/04 14:57 ID:???
「…なにを」
彼女は小さく口にし、それからやおら司教に詰め寄った。
「何を知ったって言うのよ。答えなさいよ! アンタを追いつめて、委員会とも主席とも関係ない
 インパクトに踏み切らせたのも、碇司令や渚が疑ってるのもそのことなんでしょ?!」
「…僕の言うべきことじゃない」
彼女の手が飛び、白いローブの襟元を掴んだ。強く揺さぶる。司教は抵抗しなかった。
「ごまかすんじゃないわよ!!」
「ごまかしてなんかいない」
思いがけず強い口調だった。純白の布地に喰い込んだ指が、わずかに緩んだ。
「君は、もう知っている筈だよ。サードインパクトの真実は最初から君の中にある。
 今はまだ思い出せなくとも、君と、綾波レイと、そして碇シンジの中に。
 芦ノ湖の戦いの前、第六にも言われただろう?
 “ここを生き延びられたなら、君たちには辛い試練が待つだろう。そしてもし、
 それを乗り越えてしまったら、君はあまりにもおぞましい真実を見ることになる”
 僕の考えていることがどこまで正しいかはわからない。でも、いずれ真実は君らの前に現れる。
 それが終局。全ての虚構と欺瞞が暴かれる時さ。
 誰にも止めることはできないよ。たとえ、それがどんなに忌まわしいものでも」
司教は悼むような、止めようもなく壊れてゆく何かを見守るような眼差で、彼女を見つめた。
彼女はそれ以上追求する言葉を失い、ゆっくりと手を離した。
ひときわ大きな波が押し寄せ、立ちすくむ両足に砕けた。
「…惣流・アスカ・ラングレー」
やがて、司教の声がした。彼女は顔を上げた。
「…何よ。
 そういえばアンタ、なんで私のこと一度も名前だけで呼ばないのよ」
司教は少し微笑み、それには答えずに続けた。
「ひとつだけ言うよ。
 これから先何があっても、君は君でしかない。君の周りにいる他人も同じだよ。
 彼らは彼らであり、他の何者でもない。だから、…心配しなくていい」
かすかに眉をひそめた彼女に、司教は静かに最後の問いを放った。
「何故、君は戻ろうとするんだい?」
79氾濫する光・45:03/11/04 14:59 ID:???
「なぜ…って」
一瞬、虚を衝かれた。司教は繰り返した。
「ここにいれば少なくとも自分の意志の自由を奪われることはない。それを捨ててまで、
 君が外の世界に戻ろうとする理由は?
 純粋にインパクトを止めたいから、それともいっそ自分の手で、世界を破滅に導きたいから?」
相手の意図が掴めず、彼女はただ司教の顔を凝視した。司教は黙って見つめ返した。
その表情の中の何かが、彼女に答えを与えた。
弐号機を奪還してインパクトを阻止する。やっと手に入れた帰るべき場所を取り戻すために。
この手でインパクトを起こして全てを破壊する。求めてやまぬ他者を永遠に滅ぼしてやるために。
少しの間、彼女はじっと腕を抱えて自分の身体を見下ろし、そしてまっすぐに顔を上げた。
「どっちでもないわ。私はシンジのところに行く、それだけよ」
赤い目がすっと厳しい色を帯びた。
「…どうなるかはわかっているね?
 戻れば、すぐまた主席の力に捕らえられる。君の精神は再び引き裂かれ、碇シンジへの
 仕組まれた憎悪と敵意だけに操られて動くようになる。取り返しがつかなくなる前に、
 君がそれを突破できるという保証はどこにもないんだよ」
「…だからなのよ」
彼女は昂然と微笑んだ。
赤い海の彼方から風が渡り、赤みがかった豊かな金色の髪を踊らせる。
「自分が自分でなくなることくらい百も承知よ。
 アイツだって、今更私一人出てきた程度でインパクト発動を許すほど動じる訳はないわ。
 レイだっているし、ミサトも熱血関西馬鹿も渚のヤツも、おまけに碇司令までついてるんでしょ?
 それで浮き足立ったらホントの馬鹿よ。
 私にびびってひるむような真似したら、…そんなアイツ、むしろこっちから願い下げよ。
 そのときはこの私がじきじきに引導を渡してやるわ」
司教は少し驚いたような顔をし、一瞬だけひどく辛そうな表情になって、そして、頷いた。
「…そう、それでいい」
その瞬間、溢れる光とともに世界が拡がった。
80氾濫する光・46:03/11/04 15:00 ID:???
斬りつけ合った姿勢のまま、弐号機と量産機は宙で動きを止めた。
吸い込まれそうな静寂。
N2の発した爆発光の最後の一閃が消え、空は再び元の色を取り戻しつつあった。
そして、広大な雲海の蒸発した遙か下方に全く新しい光景が開けていた。
目に沁みるほど眩しい青い光。
深い蒼穹の空に広がっているのは、溢れる陽光を受けて輝く、まばゆい紺碧の海原だった。
無限の波が深青の色調を織りなし、円い水平線が幾千の鏡のかけらを散らしたようにきらめく。
二体のエヴァは舞い上がる風を受けて離れ、それぞれに青く鎮まる大洋を見下ろした。
「海…?」
彼女はぽつりと呟いた。その声を、遠い潮騒が呑んだ。
そのとき、ふいに量産機が動いた。
右手に構えた両刃剣が生き物のようにねじれ、鋭い双尖端を備えた漆黒の槍へと変わる。
一瞬の気の緩みをついて懐に飛び込む。槍がグレイブを跳ね上げ、鮮やかに弧を描いて、
あやまたず弐号機のコアを貫いた。
「え…?」
コアに亀裂の走る、澄んだ硬質の音が響いた。
「…あ」
彼女は槍の生えた胸を見下ろし、目の前に立ちふさがる白いエヴァを見た。
瞬間、圧倒的な鮮烈さでのしかかる苦痛とともに、意識をずたずたに引き裂かれ、翻弄されて、
どこか暗い、遠い、救いようのない場所へ落ちていくような感覚が、全身を襲った。
光の中で海がぼやけた。
意識が、途切れかける。その奥で、何かが厭だと言った。
死ぬ?
ここで?
まだ、何もしてないのに?
「…イ、ヤ」
かろうじて声が出た。その声にすがるように、彼女は砕けそうな身体に力を込めた。
「まだ…終わるのは、…イヤ」
少しずつ、声が大きくなる。少しずつ、力が戻ってくる。
彼女は激痛にかすむ目を上げ、ありったけの力と意志の全てを込めて叫んだ。
「イヤ…イヤ、厭、厭厭厭、厭ァアアアアアアアアアッ!!!」
その瞬間、弐号機の頭部装甲が弾けるように開き、エヴァ本体の四つの目が鋭い烈光を放った。
81氾濫する光・47:03/11/04 15:01 ID:???
赤い装甲を押しのけるように、背後の光の翼が大きく拡がる。
弐号機はゆっくりと頭をもたげた。
凄絶な真紅の鬼面から底知れぬ光が閃き、カタチをなして、生命ある四つの目と化す。
刹那、弐号機の全身をまばゆい業火が包み込んだ。
轟々と燃えさかる紅蓮の炎はそれ自体が意志あるもののように渦巻き、伸び拡がり、光り輝いて、
直視することすらあたわぬ強烈な真紅の光となってグレイブの刃先に集束した。
光が極限に達し、弐号機そのものが、天と海の間を貫くひとすじの炎の柱となる。
弐号機は抗う量産機の首筋をすさまじい力で掴み、巨大な弓を引くように全身をしならせて、
一直線にその胸部にグレイブを打ち込んだ。
臨界。
白い装甲が砕け、素体組織片が弾け飛び、剥き出されたコアがわずかな狂いもなく貫通される。
量産機の動きが凍りついた。
深紅のコアが軋みをあげて縦横に割れ、断末魔に似たきらびやかな破砕音が宙に散る。
そのまま全てを灼き尽くす力を流し込もうとしたとき、ふいに彼女は目を見開いた。
全方位全距離から彼女を包み込む、天球と大海の青。
その中心で、強烈なリアルさで彼女を領していた苦痛と死が、ノイズのように揺らいだ。
全身を引き裂き、五感全てを消し飛ばすほどのすさまじい激痛。
意識がばらばらになり、無窮の深淵へ呑み込まれていく圧倒的な死の予感。
「…私のじゃ、ない」
その瞬間、弐号機を貫いていた量産機の右腕が、黒い槍ごとゆらりと歪んで消失した。
あとに残った無傷の赤い胸部装甲を見下ろし、彼女は全てを察した。
序盤戦で量産機が斬り合いを避けた理由。両刃剣に打ち込むたびに、強い「光」の気配を感じた訳。
司教の言葉。
君の、考えている通りだよ。
「『光』…」
そのままの姿勢で静止している弐号機の前で、量産機は首を持ち上げ、凶々しい嘲笑を浮かべた。
その姿が、ぐにゃりと変容した。
全身の装甲はほとんど剥がれ落ち、右腕は肩口からごっそりと欠落し、左脚は膝から下がちぎれ、
白い両翼は根本から吹き飛んで跡形もなく、無数の致命傷に覆われた量産機が、そこにいた。
彼女は絶叫した。
82氾濫する光・48:03/11/04 15:03 ID:???
幻影の海辺で、司教は申し訳なさそうに自分の身体を見下ろした。
胸部は白いローブごと深く切り裂かれているので、破砕したコアがはっきりと見えた。
内臓の大半がない腹部から下は、肉も衣服も一緒くたになって不定形の黒ずんだ赤い塊と化し、
長さの違う脚の残骸だけがかろうじて見分けられる。青く澄んだ波が、その足元を洗った。
幾つかの裂傷を除き、白い顔は不思議なほど傷ついていなかった。
「済まないね。とても女性の前に出る格好じゃないけど、もう復元できないんだ」
「…そんなのどうだっていいわよ!」
彼女は拳を振り下ろして悲鳴を放った。叫ぼうとしても言葉が続かなかった。
突然強い吐き気がこみ上げ、彼女は身体を折って口を押さえた。荒い息が洩れた。
司教は限りなく広がる青い空と海を、祈るように見上げた。
「これは幻影。僕が頭の中で作り出した夢の光景を、“中心”の空白に投影したもの。
 『光』の作る仮想空間じゃない。それでも僕が描いたものだから、大して違わないんだけどね。
 こんな場所でも、使い方次第で結構できることは多いって、さっき言ったろう?」
嫌悪と苦痛で涙がにじんだ。
彼女は下を向いたまま、激しくかぶりを振った。
「『光』の大半は量産機と一緒に外に置いてきてしまったから、僕にあるのは
 通常ATフィールド程度の規模の『光』だけだった。僕はそれで、五体満足な
 量産機と槍を造った。本当は、すごく稚拙な偽物だったんだよ。それを補うために
 できるだけ派手で大袈裟な戦場を造り、最初の一瞬で、君に戦場の方こそ『光』で、
 量産機と槍は本物だと錯覚させた。そうでもしないと君は全力で戦ってくれないだろうからね」
彼女は憔悴した顔を上げた。
それなら、今の今まで戦っていた量産機は、本来の半分もなかったことになる。
「最後の攻撃の時、君が感じた苦痛は半分本物さ。
 あの激しい痛みは、主席の罰を受けていた第参からもらったもの。消失の恐怖は、
 第四が『E』計画のリアルウロボロスに呑み込まれた時に僕に伝わってきたもの。
 本来はインパクトの際、人類のデストルドーを引き出すために使う筈だったんだけどね」
「…やめなさいよ!」
頭の中が真っ白になる。きつく両肩を抱え、彼女はやっとのことで叫んだ。
83氾濫する光・49:03/11/04 15:03 ID:???
「そんな…そんなことだったっての?!
 それだけのために、アンタはこの私をここに呼んだの? こんなことのために?!」
身を鎧う「光」を失い、流れる血すらとうに尽き、量産機はぐらりと傾いた。
落下しかける機体をグレイブごと支え、弐号機は溢れる青い光の世界のただなかに漂う。
見渡す限り広がる空と海は、静寂に包まれてただ眩しかった。
「私の考えてた通りって、…何よ、こんなのないわよ!
 こんなふうに死にたいって、それがアンタの望みだったの?! 殺されたかったの?!
 そんなにしてまで、自分の関わったインパクトを」
止めて欲しかったの。
量産機は卑しい哄笑の顔のまま嘲るように弐号機を見上げ、その間にも、限界に達した素体は
末端から白い結晶と化して崩壊を始めた。
弐号機は天を仰いで咆哮した。

司教はただ淡々と応えた。
「僕を倒し、前言の通り、これで君は自由だ。
 …何もかも、本当に済まなかったね。
 ありがとう。最後まで僕の我侭に付き合ってくれて」
彼女は悲鳴のように叫び、司教に掴みかかった。振り上げた両の拳が血の気の失せた身体を叩いた。
「…ッざけんな! ふざけんじゃないわよ!!
 こんな、こんな終わり方されて、全部押しつけられて、こっちの気持ちも考えなさいよ!!
 アンタが渚カヲルから造られたんなら、こういうのが相手にどんな思いを残すか、
 誰よりもよくわかってる筈でしょうが!! 同じことをアンタも繰り返す気?!」
司教は残った左手でそっと彼女の手を止め、丁寧に離した。
「同じじゃないよ。
 君はこんなことたやすく乗り越えられる。望めば、すぐにでもね」
きっと睨みつける彼女の顔を、司教は以前よくそうしたように見つめ、微笑んだ。
「何も変わらないさ。君は最初から敵陣で一人だった。僕が消えても、またその状態に戻るだけさ。
 …さあ、君は碇シンジの待つ現実へ戻るんだ。
 帰り道は、わかるね?」
84氾濫する光・50:03/11/04 15:05 ID:???
鈍い軋みとともにグレイブが引き抜かれると、量産機は大きく上半身をのけぞらせた。
暗い赤にきらめくコアにはまっすぐに黒い螺旋の槍が突き立っていた。
弐号機は少しの間、じっと天を刺す槍を見据えていた。

司教は無惨に破砕されたコアを指した。
光を失い、黒に近い深紅の球体にうがたれた亀裂の奥の闇に、ふわりと別の闇が重なった。
彼女は吸い込まれるようにそれを見つめた。
満天の星空と、遙かな月。そして渦巻く雲の層に彩られた壮麗な赤い惑星。
月光の靄に包まれた赤い海が揺らぎ、たゆたい、目の奥に広がる。
全てを滅ぼすサードインパクトの後に残された、赤い海のほとりの世界。
「…帰れるのね」

弐号機の手が、黒い槍を固く握り締める。

司教の手が、一度だけ彼女の髪を撫でた。

滑り落ちる闇。
底知れぬ暗黒は無数の星をちりばめた永劫の夜に変わり、流星雨のように逆巻いて遠ざかる。
一瞬、コアに槍を突き立て、輝く赤い翼を背負って宙に立つ白い巨人が見えた気がしたが、
それも確かめる間もないまま、他の全てとともに、閉じた瞼の裏側に消えた。

ふっと、身体が一瞬ぶれたような感覚があった。
うずくまっていた彼女はゆっくりと瞼を開け、そして怪訝そうにまばたきした。
目の前にはいつものように、赤いプラグスーツに包まれた、見慣れた両膝。
「…何、今の」
呟いて顔を上げる。近くにいた部下の一人が立ち止まり、声をかけてきた。
「アスカ? 何か問題が?」
彼女は無駄のない動作で立ち上がると、わずかに顔をしかめて周囲を見回した。
与えられた待機場所。彼女のエヴァ。彼女を補佐する忠実な部下たち。何も変化はない。
何も、問題はない。
「…なんでもないわ。さ、そろそろ出番よ。準備しときなさい」
彼女は軽く片手を振ると、しっかりした足取りで弐号機の方へと歩いていった。
以上でした。読んでくれた人お疲れさま。
…いや、マジでお疲れさまでした。文句罵倒カエレその他はこのスレでお願いします。
つうか投下するだけで30分以上かかるってどういうことよ?(w

別に必要ないかもしれないけど補足。
“世界の中心”
 :文中で説明させた通りイレギュラーの存在です。シンジとも、アダムやリリス等の
  神様とも離れたところに位置します。あのスレの世界観において、「世界」が
  こんな風にそれ自体一個の亜存在として振る舞うかどうかは知りません。
  ってかたぶんそういうことはないでしょう。没ネタゆえの暴走としてお見逃しください。
  デフォルトになってる白い霧+茨の園という風景は、TV版最終話でシンジが自分の中を
  さまよっている時のシーンのひとつ「何もない、誰もいない、どっちに行けばいいのか
  わからない」とか言ってる辺りから拝借。BGMはA-11“DEPRESSION”だったと記憶。
  あとこれも文中で言わせてますが、ここに到達しても神の力も座も手に入りません。
  というか本当は別の用途で使われているので、インパクト発動を可能にするどころか
  下手に侵入するととんでもないことになります。
  その詳細、第弐が何故そこを目指したのか、アスカがなんでそこに巻き込まれたのか等々は
  そう遠くないうちに上げる(と思われる)後編をお待ちください。

つう訳で次回?は半年以上引っ張ってきた「氾濫する光」のオチ部分となります。
…きっちり二ヶ月もかけて一体何やってたんだろう自分。

Special Thanks to
“MACROSS PLUS”(MOVIE EDITION)1995  ←上の方で紹介したOVAの劇場版
  例によってエセ空中戦はここから丸パクリ。YF-19燃え。つうかエヴァでやれ自分。
+ YOKO KANNO's “WANNA BE AN ANGEL”by SHARON APPLE
          “MYUNG Theme(cello version)
          “Dog Fight”in CZECH PHILHARMONY ORCHESTRA
+スレ住人・一見さん拘わらず読んでくれた人全て
+待ち続けてくれ、声をかけ続けてくれた、敢えて名を挙げる必要もない、たった一人。

ああすっきりした。さあ次は本スレだ。ふんばれ自分。
おつかれ
昨日忘れてたことをちょっと付け足し。

見つかったとこだけ誤字とか訂正。すんません。
・「36」10行目  ×「DENGER」→○「DANGER」
   ふつー間違えませんね。いや確かにでんじゃーって読めるけど。
   ついでにすぺしゃるさんくすはtoじゃなくてforだ。アヒャ
・「41」下から4行目
   ×「司教は彼女を身、…」→○「司教は彼女を見、…」
・「46」6行目  ×「深い蒼穹の空」→○「深い蒼穹の下」
・同13行目  ×「懐に飛び込む」→○「懐に飛び込まれる」直し不足。

あと「前」のラスト、台詞等差し替え。
「17」20−21行目辺り、聖母と提案者氏の台詞
  【…アンチATフィールドか。止めなくていいのか?】
  槍の声は面白がるような響きを帯びる。
  【もう手は打ったわ。ある意味賭けに近いけど、…ふふ、どうするか見ものね】
  白い使徒はいつか白い少女の姿に変わり、紅い槍を傍らに狂乱する宙に立つ。

あとお断り。
この「氾濫する光」は没ネタです。
本スレで言及、或いは明言されていない自分のネタ
(たとえば「光」がそれ自体緩慢な精神汚染(疫病)であること、第弐の槍の特殊要素、
 聖母・提案者氏の動向、アスカのシンジに対する態度、“世界の中心”について等)
についてはあくまでこのスレの内部で完結しているものであり、本スレには一切影響しません。
弐号機の動きとかアスカの言動とか、サンプルになりそうなものは引っ張るかもしれませんが、
ここで出した反則ネタを直接入れたりはしません。
スレ住人さんでここを読んでしまった方はくれぐれもこの点お含みおきください。
なんで没にしたかっつーと、だって間に合わないじゃないっすか。月の出に。

ここって何になるのかな。某FFジャンルでよくあるらしい「ガイデン」ですか?
他人様のネタ貰ってやってるから三次か四次創作くらいか…まあなんでもいいや。
あと>>86の人ありがとう。さていい加減本スレ戻れ自分。
まだ付け足し。
あと「43」が二つあった。当然後者は「44」の誤りです。失礼しました。
…………別に飽きてないっすよ。
こっちが終わらないだけ。
代わりに書いてくれる奇特な方がいるならそれもよし。別に邪魔しない。
その人が終わった頃か、或いはこっちのスレに引っ越して残りを書くよ。
ずっと保守してくれてる人には…ひとつふたつ、お返しをするつもり
(それでお返しになるかどうかは怪しいけどね)
大口叩いた分、約束は守るよ、たぶん。
90あぼーん:あぼーん
あぼーん
91スレ保全。:03/11/27 15:22 ID:FffuHCKX
牽引役不在延々継続中

今日も変わらぬ日々。
もっと焦れ頭絞れ必死になれ自分。

後編は迷走中。書いてる方は非常に楽しいけどこんなものに意味はない。
没没って吹くくらいならさっさと本スレ戻って必死で盛り上げればいいのに。
そんなことしても何も戻らないだろうけどな。今更。
あーあ。
動いても駄目、動かないのも駄目。
でも何とかしたいんだよ。

つうかとりあえずさっさと本スレで量産機なり弐号機なり動かしたいなぁ
勿論フル武装撃ちまくりATF全開音速突撃並列連動戦闘とかもう出しまくりで
んで「黒」終えて暇になった第弐+騎士団残党+余ったセカンドクローン+フリー使徒と
「E」の方々にトライラックス系メンバーで三つ巴の総力戦突入ですよ
巻き込まれたトライデントが善戦空しく大破、戦場に孤立する発令所メンバー(一部)
再びの死を覚悟するミサト。そこに現れる、力の化身バイオレンスジャック。
更に便利屋氏を追って旧東京から駆けつけた社員さん+スラッシュが乱入加勢。
行動開始するユイとキョウコ。ヒカリの願いを受け、OTRで覚醒するEVA4号機改。
その頃加持は京都の深部に潜入、MIB1の残した最後の情報から大神殿への機密経路を発見する。
たどり着いた旧人工進化研究所跡で再開する、綾波姉妹に関わる人々。ZOの自らの存在を賭けた問い。
愚者の狂宴を嗤う槍。遂に姿を現す「時間調律師」。空を覆うアトランティスの遺産。
立ち上がる委員会。最終始動する第二次人類補完計画。
誰が誰を操り、どこまでが欺瞞で、どこまでが仕組まれた虚構なのか。
神の領域すら嘲笑う強大なる悪意、厳然たる『彼ら』のシナリオを覆すことは出来ないのか。 
加速していく混迷と阿鼻叫喚のさなか、世界の異端たちが見た、最後の真実。
さぁて、皆最終決戦でもサービスサービスぅ!!



あはははははははは
あれ?

もう少しで最下層だったのに。
無駄に文量多いスレなんだからageんなよ。IEだと負担かかるから。
すまん。
やっと過去ログ読んでエヴァ数の把握がほぼ出来たから、そっちにも挑戦してみるよ。
ここを動かせば少し楽になるかな?目標は二週間内程度弐設定、自分を追い詰めてみる(苦笑)
第弐の方は……あなたの苦労が良くわかる感じです。
>>93
わざわざの書き込みありがとう。

……上の愚痴は「????他さん全然コネー! ウワァァァァン」の意であり
そちらへの嫌味のつもりではないです(自分だけだと話が全然進まないので)
あと後半はただの妄想です。垂れ流しただけです。だから気にしないで。
年末も近いですし、忙しいのであればくれぐれも無理なさらないでください。
まずはリアル世界を大事にしてください。
書いて頂けるのは、自分個人としては大変嬉しいです。これはずっと変わりません。
でもそれがそちらへの(どういう形であれ)負担になるのならやめてください。
無理を重ねてもいいことはないです。
お節介でしょうが一応。
…ああーでもこの言い方でそちらのやる気とかにブレーキかけることになったらスマン

本題。
第弐絡みの件、要するにダブリス君とアクサさん(あとシヴァさんですか)の話が
ちゃんと展開すればこっちは文句なく拍手喝采できますんで(つうかそれが見たいんです)
奴が足引っ張るようなら踏み台にでも何でもしてやってください。どうせ量産機は
ほっといても「黒」で暴れるし。
ダブリス君VS第弐、でなんか奴が異様に増長してる感があるので、これも一応。
妙な勘繰りすいません。

ああ糞また長くなった。ほんとごめん。
つうか自分にとってはそちらに「コイツもう面白くないな」と思われるのが一番の恐怖。
それだけ。以上。失礼しました。
……
おしまい。
まあいいや。
諦めよう。
96あぼーん:あぼーん
あぼーん
なんだ?このスレ。
めちゃくちゃ長編なSSがレスもなく長々と書かれている。
こんだけ長いもん、読もうかどうか迷う。
誰か読んで。
>昨日本スレでものすごく頑張っていた人
乙。
ほんとお疲れ。感服した。
それだけしか言えない、マジで。

あっちで言わない理由? 書き込めるだけのネタがないから。
つうか今行くと間違いなく暴言吐くし。


>>97の人
一応>>2辺りにお断りが書いてあるのでそれを参照してください。
恐らくあなたには用のないスレです。知らない人には意味不明なだけだし。
わざわざ書き込んでくれたのにごめんよ。
立ち寄ってくれてありがとう。
ちょっと「黒ノ咆哮」続き候補割り込み
100黒ノ咆哮・POST・<1/2>:03/12/19 18:58 ID:2TmB9j32
しばらくの間、僕は暗いプラグの中で軽い自失状態に陥っていた。
何も考えられなかった。
咆哮の余韻が、いつまでも脳裏を駆け巡っている気がしていた。
動けるようになるのを待って、僕はごく機械的に身体を起こし、プラグをイジェクトした。
転げるようにしてエヴァの外に出る。
日差しに灼けた地面はひどく乾いていた。
一歩踏み出すたびに、重く濡れたローブが脚に絡みつく。ふと見下ろした身体は、
内臓や組織片を垂れ流してこそいないものの、再生がまるで間に合っていなかった。
右腕と右胸部は、量産機と同じく欠損した。
復元はできない。僕の右腕だったものは、別のカタチを得てまだ生き続けているからだ。
同一の存在が、同じ場所で同時に複数個並存することはできない。あれを生かすという
選択をしたことで、僕は右腕を失った。
そう、あれは文字通り僕の“右腕”だった。少なくとも僕にとっては。
そしてそれが僕の独りよがりに過ぎないということも、あれはちゃんと教えていってくれた。
僕は僕であり、他者と完全にひとつになることは、永久に不可能なのだと。
「…何を、していたんだろうね」
呟いて、苦笑する。
表層意識は傷つきたがっていても、「光」を構成する幾層もの下位意識は変わらず活動している。
消えつつある同調を利用してあの竜のデータを洗い、人工進化研究所を守る第三使徒へ送る。
同所に侵入を試みる幾つかの集団の配置・戦力も同じく。意識の一部は量産機の再生プロセス
最効率化に全力を挙げ、更に別の一角は京都全域の戦況把握と情報分析を繰り返す。
考える余地はない。僕は敵だ。
敵でいるしかない。
でも、そのことで迷う必要もまた、どこにもないのだ。
僕は少し笑い、ぐいと顔を上げて、巨大な彫像のように眼前にそびえる黒いエヴァを見上げた。
まだ生きている筈だ。
深く息を吸い込み、僕は声を叩きつけた。
「聞こえているだろう?
 …僕は、君を見損なったよ」
101黒ノ咆哮・POST<2/2>:03/12/19 18:59 ID:2TmB9j32
沈黙するエヴァの、四つの目を備えた顔面は濃い影に覆われて見えない。
「…君ともう一度会えるのを、本当は心待ちにしていた。見つけたときは嬉しかった。
 君なら必ず強くなってここに来ると思っていたから」
僕は精一杯声を張り上げる。
「でもあれはどういうことだい?
 君があのエヴァに逃がした個体、僕が彼女に気づかないとでも思っていたのか?
 トライラックスエヴァのほとんどは非能力者の搭乗する機体だ。精神障壁もない
 電子システムを載せている以上、僕には見えるんだよ。君の妨害が外れた瞬間からね」
右脇腹の裂傷がふさがらない。厭な汗が首筋を伝う。
確かめる気もしないが、相当ひどい顔をしているだろう。切迫感を出すにはいいかもしれない。
とにかく、出血だけでも止めないとろくに動き回れない。
「君は知るよしもないだろうけど、僕はある経路から彼女を既に知っている。
 その正体も大体予想がつくよ。彼女が、君にエヴァとの契約を可能にした張本人なんだろう?
 …そのこと自体はどうでもいい。君の力が厳密には君だけのものじゃないことも、
 君が彼女を連れてきたことも別に構わない。複数で来られても問題ないしね。
 でも君は」
一瞬、喉にこみ上げる血にむせた。
生暖かい塊を吐き捨てるついでに、少し時間を稼ぎ、慎重に言葉を選ぶ。
「君は彼女を、『光』が及ばない自分のエヴァの中に隠していた。
 あそこまで早く形勢不利にならなかったら、ずっと隠し通すつもりでいたんじゃないのか?
 君の意図は知らない。だけど彼女が君の能力の鍵である以上、僕はこう推察せざるを得ないよ。
 君は自分の能力にまだ不安があり、それを補うために、ひそかに彼女を同行させたのだとね」
エヴァの中に、かすかな感情の昂りが感じられた気がした。
あと少し。僕はエヴァを見据え、怒声を投げつけた。
「屈辱だよ。君は、そんな状態でこの僕と再戦するつもりだったのか?
 …でも、良かったじゃないか。とんだアクシデントで僕は力の大半を殺がれて、このザマだ。
 君にはもう一度再戦のチャンスができたってことだよ。
 もしまだ真剣にここにいる気があるのなら」
言い放つ。
「エヴァを降りろ。その力を一切使わずに、僕と戦え」
なんだ戻る気ないんじゃん
………とりあえず死んどけ、自分…
さて明日には投下できるといいなぁ。つうことで自己保守
終われ
105あぼーん:あぼーん
あぼーん
106あぼーん:あぼーん
あぼーん
107あぼーん:あぼーん
あぼーん
>1
       )
             (
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         ゙ミ;;;;;,_           (
          ミ;;;;;;;;、;:..,,.,,,,,
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       ゙{y、、;:...:,:.:.、;:..:,:.:. ._  .、)  、}
       ".¨ー=v ''‐ .:v、冫_._ .、,_,,、_,,r_,ノ′
      /i;i; '',',;;;_~υ⌒¨;;;;;;;;ヾ.ミ゙´゙^′.ソ.ヽ
      ゙{y、、;:..ゞ.:,:.:.、;:.ミ.:,:.:. ._υ゚o,,'.、)  、}
      ヾ,,..;::;;;::,;,::;):;:;:; .:v、冫_._ .、,_,,、_,,r_,ノ′
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'l;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;i         __,,!:::_;: ‐''" ´,、 ̄`´ヽ、::::::L_
 l;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:i     (::::::::::/_,. ‐' ´`′` ̄ ヽ、\::::::::::`j
  l;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:i       't::::/''´           \ヽ::::::r'
  l;:;:;:;:;:;:;:;:-‐ー'r〉      {://      i        ヽ'、_」
   l;:;:;:;// ̄∨       イ/ /     j  ヽ   、ヽ'、 ! !
   └〈,イ    ',      / /  ノ l ノ´| :l、 |\ ヽ ', ヽ| l
     }       ヽ     l ハ /,イ!'ッ‐;x!:| ヽ, l,ィ-k、ト '、} l
     {  ,ィ‐'マ ヽ    l  ':!'ハ ゛ヾ:リ   'バ:ソ ` ハY  l
     l  ! -‐‐}  ヽ   !   i`-ヘ    .:     /イi  l
     ヽ { 二7 /,/   !   i   ゝ、  -   ,.ィ′ i   l   
      } j;-‐'´_.ノ l     l    i_,..、-ー`f ;-_',L、,l_  i    l
      ゝ´‐ '´_,、 イ    l i_、イ、「うんこあげる」`く   l
>5
うるさいばーか。
>91
うっさいばーか。
第一なんで、エヴァ板なんかあるんだ?
・・・・そっか、ここが信者の逃げ場所なんだ。
外じゃ、語れないからなEVAは。
Let's be kind to ourselves it at each other.
さて終了。投下します。

*ご注意
・ここに書かれた妙な珍設定は本スレとは何ら関係ありません。また、この先
 本スレに持ち込むつもりもありません。これは「前」「中」も同様です。
・他人様のキャラクター・設定についてかなりの部分で越権・侵犯行為があります。
 パクリ元がわかるものについては、投下後スレ番・レス番とともに明記していきます。
・いろいろと電波が飛び交っています。
・「中」以上に糞長いです。
・お願いですから何か言いたい人は こ の ス レ に 書き込んでください。

ではひとつインターミッションを挟んで投下開始。さて何分かかるでしょう。
113氾濫する光・51/空母艦上・番外:04/02/09 11:36 ID:SiBNrLA7
夜の湾内に停泊した空母から、黒い海面に華やかな灯と歓談のざわめきがこぼれる。
静まり返った甲板にも艦内の賑わいは遠く伝わってくる。かすかな音楽の気配が夜気に漂い、
歩哨の姿もない艦上に、艦載機の列がシルエットになって浮かび上がっている。
走路の反対側に、二つの人影が佇んでいる。
扮装とわずかな差異を除けば、身体特徴は全くの同一。にもかかわらず両者に共通点はなく、
互いに顔も合わせようとしない。一種の緊張の残滓のようなものが二人の間に張りつめている。
会ったばかりなのに、既に勝敗の決した後のような、奇妙に虚ろな沈黙。
空母の横腹に打ち寄せる波の響きをぬって、ぽつぽつと言葉が交わされた。
「…やっと、碇シンジに会えたよ」
「感想は?」
「思ったより普通のヒトだった。力がなければね」
「インパクト前とは違うよ。今の彼は、もう閉塞を望んだりしない」
「望んでもらわないと困るな」
「…そんなことはさせない。二度とあんなことを繰り返させはしない」
「でも君らはもう、こちらのシナリオに乗らざるを得ない。
 ネルフと教団、両軍の駒は既に揃ってる。あとは組まれた演目を消化していくだけさ」
「その手始めが大阪かな?
 だが、予定調和な行動は予測も容易だ。油断していると懐から覆される」
「乗ったフリをしてるうちに、結局乗せられるってこともよくあるようだけど」
「本当に乗せられてるのは君の方じゃないのかい?」
「…言っている意味がわからないな」
「君がロンギヌスコピーの中に隠した、それのことさ。
 本当はその話がしたくて、わざわざ僕を呼びだしたんだろう?」
「君には関係ない」
「どうかな。少なくとも君はそうは思ってないじゃないか。
 僕は君に同情はしない。でも心配なんだ。君が、自分を見出すつもりで動き、その実
 自分を見失いつつあることがね」
かすかな激昂の気配。けれどそれは明確な形を取る前に力を失い、霧散する。
いっそうの虚脱が重苦しい波音の隙間を埋める。
やがて両者は喧噪の艦内へと引き返していく。再び、深夜の艦上は静寂に包まれる。
114氾濫する光・52:04/02/09 11:37 ID:SiBNrLA7
真っ白い霧に覆われて、見渡す限り何も見えない。
霧は天の奥行を隠し、空間の輪郭を消し、天国にでも降るようなほのかな光を含んで
絶えずゆるやかに渦巻いている。上方はまだ視界を許しているが、足元には、あまりに白く
重い霧が澱んで不透明な冷気の層を作っている。浸した手が抵抗もなく沈む靄の湖面。
かすかな空気の流れで揺れ動く靄の連なりは、目を細めると、まるで寄せてくる波のようだ。
鋭い棘を持つ影の茨に縦横に縫われた、白い深い霧の海。
海鳴りの代わりに陰鬱な鐘の音が薄明を渡る。
「…痛い、な」
呻く。
地表に突き立った槍に背中を預け、僕はゆっくりと目を開いた。わずかにぶれながら焦点が合い、
うなだれた視野に、黒ずんだ血の塊が映った。ぼんやりとまばたきを繰り返す。と、
ふいに各部の激痛が思い出したように脈打ち、瞼の奥に弾けた。
しばらく喚いた。
リンクした量産機の素体から、少しずつ生命が消えていくのがわかる。
ようやく少し麻痺してくれた痛みをなだめ、僕は呟いた。
「あの子…は」
彼女。
無事に、戻れただろうか。
この閉塞した空洞の外へ。碇シンジのいる場所へ。彼女の、現実へ。
「大丈夫よ」
声がした。
僕は苦労して顔を上げた。
「何の問題もなく“原隊復帰”を果たしたわ。
 良かったわね」
霧が揺れる。おぼろな白い波間に、霧とは違う白がきらりと光った。
そして血よりも紅く黒い、滑らかな輝き。
よく通る声が曖昧な靄を裂いた。
「あれがお前の言う“結末”か? 大した欺瞞だな」
ようやく、僕は全てを思い出した。
115氾濫する光・53:04/02/09 11:39 ID:SiBNrLA7
偽りの、世界の中心。
サードインパクトによって構造の根幹に大きな歪みを抱え込んでしまった世界が、
その矛盾を自ら仮解消し、なおも存続するために造り出した虚ろな中核。
その中央に、僕らはいた。
合計三つの人影。共通点は、…全員ヒトではないことくらいか。
男の姿をした『槍』は、畏れるように距離を置いて取り巻く白い靄を従えて立っている。
これといって特徴のない痩せた顔に、目だけが異様な重圧を湛えてこちらを見下ろす。
「セカンドが感情に流されやすいガキで良かったな。
 あれでも頭は回る。いつ即興芝居がバレるかとヒヤヒヤさせられたぜ、こっちは」
その隣には、舞い散る白い燦光に身を包んだ真っ白い少女が半ば宙に浮いて佇む。
絶対の威厳を備えた赤い目が、ちらと笑んで僕を見た。
「ふふ、あなた、彼女に対しては特に脆いようだもの。あとひと押しされていたら、
 感情に屈して全てを明かしてしまったかもしれないわね。それでは困るけど」
「…その方が面白かったかもしれんが」
槍が付け加えたひと言に、少女は完璧な形の眉をわずかに上げた。
「しかし、何故あそこまでする? 惚れた弱みか?」
矛先が僕に向く。感覚の鈍った全身を、自分でもよくわからない戦慄が駆け抜けた。
見上げる僕の視線を受け、彼は心底おかしそうに顔を歪めると、くっくっと笑いを洩らした。
「これは失礼。
 本当に執着してるのは別の奴だったか?」
白い少女を意味ありげに一瞥する。少女の目がすっと凍りついた。僕は懇願の手を上げた。
「争わせるために招いたんじゃないよ。
 …君らには知って欲しかった。だから呼んだ。お互い時間がないのは承知の上でね」
両者の間に張りつめた悪意と瞋恚の網が消え、二対の目が同じ無関心で僕に向けられた。
「構わんさ。所詮、終演間近の道化芝居だ。…全てがな。
 では、この“未公開シーン”の解題といくか?
 お前がセカンドから隠し通した、本来の顛末と真相のな」
少女が慈悲深い笑みを浮かべた。
116氾濫する光・54:04/02/09 11:41 ID:SiBNrLA7
「まずはこの場所の正体からかな」
僕は白く澱む天を見上げた。
ずっと上方から、長く尾を引く虚ろな轟音が響いてくる。何kmも先で無数の巨大構造物が
すれ違い、衝突し、また離れていくのに似た、ひどく不安で不快な重低音の連続。
槍はそのこだまを追うように首を動かし、気怠げに言い捨てた。
「…見ればわかる。セカンドに説明した通りだろう?
 矛盾整合用の後付け延命工作、自閉した緊急避難場、自己弁護的な虚構定義、それから
 今は…ゴミ捨て場か? ああ、その分だけ話してないんだったな」
「…簡にして要を得た形容だね」
少女がくすりと笑い、宙にこぼれた羽根をすくい上げた。
「ここにいる私たちが持つ情報は量もレベルもそれぞれ違うわ。既に共有しているもの、
 自明なものもあるけれど、まずはそれらを確認する意味で、全体を一度俯瞰してみない?
 せっかく、当事者である彼がそれを無償公開すると言っているのだから」
「長居の心配なら必要ないよ。ここでは時間は半ば無効化されているからね。
 ここで何時間過ごしても、外では数ナノセカンドも経過しない。何もなかったように
 また元の場所に戻れるよ」
口を挟むと、槍は面白そうに視線を返した。
「その分お前は、外の量産機が“ここの”時間で完全に活動停止するまで、死ぬのはお預け、か。
 ご苦労なことだな」
冷ややかに笑う。その目が少女を捉えた。
「で、どこまで知ってる」
彼の屠った使徒の残骸、真っ白な羽根でできた少女はすらすらと答える。
「ここについてはあなたと同レベルよ。
 ひとつには、急遽設定された別の“中心”。本来唯一絶対であるべき神の力が、行使されず
 別々に封印されたために、この世界ではあらゆる事象と物理法則、神話的秩序までが
 壊滅的な自己分裂を起こしてしまった。一種のゲシュタルト崩壊ね。その状態では
 異なる法則体系どうしが連鎖的に相互否定を起こし、全ての事象は発生以前に抹消される。
 だから、この混乱をその起点から“なかったこと”にしようと、形だけでも“頂点”を
 統合するために後から遡って定義された、もうひとつの“中心”。それがここよ」
117氾濫する光・55:04/02/09 11:42 ID:SiBNrLA7
「後付けで造られた、偽りの中心。自己正当化のための虚構で塗り固められ、
 固く自閉された空位の緊急避難場…本当ね。既存部分との軋轢を生まないよう、
 せっかく新たに設定した“中心”を厳重に隠し、封殺し、何の力も優位も与えずにいる。
 一定の基準に達した複雑系が獲得する意識に似た概念、それが生んだ一種の自己保存本能…
 涙ぐましいわね。まるで必死で崩壊を拒絶する自我みたいで」
少女の白く透きとおるような顔に、かすかな影が落ちた。
槍がおどけた声を投げる。
「全くだ。一体誰のせいでそうなったんだろうな?」
白い頬が静かに強張った。
「誰にも、碇君を責める資格はないわ。
 あなたのように全てを覚悟して力を得たのではないもの。望んでもいない神の座を他人に託され、
 そこでどんな判断を下そうと、それはその人自身が決めたこと。同時にそれは、決断を放棄し
 都合のいい神の出現を望んだ、他の全ての者が受け入れねばならない結果でもあるわ。
 …与えられた力をどう使うかは委ねられた者の自由。なのに、どんな選択をしても
 必ず世界中の愚者たちから糾弾される。インパクトの中心に立つとはそういうことよ」
槍は歯牙にもかけず、骸骨めいた笑みを浮かべる。僕は後ろ手に黒い槍にすがって姿勢を直した。
「…それが、あなたが“彼”を庇う理由ですか」
少女は僕を見やった。
「あなたなら、その意味を少しはわかっていると思ったけど。
 …いえ、駄目ね。理解できてもそれを信じようとしないもの、あなたは」
「でなければあんな結末にはしない、か?」
「そうね。私すら敵に回してこれを始めた時は多少驚いたけど」
でもこれではね、という言葉は妖艶にほころぶ唇の端に消えた。
男は急に興をそがれたように目を逸らし、ふと僕のもたれている槍に目を止めた。
少女がその視線に気づき、わずかな動作で彼と僕の間を封じる。
「それに触れない方がいいわ。今の状態であなたと接触すれば間違いなく暴発する。
 帰れなくなるわよ」
「それだ」
彼はにやりとした。
「一番手札が少ないのはやはり俺か。いいだろう、次の解題は俺からだ」
118氾濫する光・56:04/02/09 11:51 ID:SiBNrLA7
「ここのもうひとつの役割、か。
 お前が何度も言っていたように、この世界は異常すぎる。俺の存在もその証左のひとつか?
 だが俺や奴らがやっていることなどごく一部にすぎん」
槍の、刺すような視線が僕らを貫いた。
「超常の力とやらを発現するのは結構だが、頻発するそれの影響で、元々あった法則体系までが
 変形を始めたこともまた事実だ。どんな形であれ、一度起きた事象は既に
 確率上の可能性ではなく『確定事項』だからな。事例が累積されていくに従い、
 事象の根幹たる物理法則もまた変化せざるを得ない。そんな異変が急激に進行するだけで、
 “頂点”の代用があろうがなかろうがそれだけで既存世界は破滅だ。
 だが、法則の変形、或いはその原因である事象を否定するのではなく、歪みやねじれという
 不具合のみを排除すべき因子して異化し、世界の外に排出できるのであれば、表面上
 法則にも現象にも異常はないと見せかけることができる。
 そこで目をつけられたのがこの急造空白地帯だ。格好の投棄先だろう? 実質を持たない
 巨大な空洞と定義されたここが、その性質ゆえに世界全体の“緩衝帯”となる。
 超常事象と物理法則の軋轢やその局所歪曲、一時的書き換えによってもたらされる
 あらゆる現実の“バグ”はここに呑み込まれ、表面的には“なかったこと”にされる」
「それが、私たちがここにいられる理由でもあるわね」
少女は皮肉げに頷く。槍は鼻先で笑った。
「特異点か。それが起こす作用や反応だけでなく、その存在自体が既に世界の異端であるモノ。
 今や世界に複数存在するそいつらを含め、そういった不都合を洗いざらいここに放り込んで
 世界はひとまず自己決壊を免れている。中心の虚洞が皮肉にも一種の重力中心となり、
 世界を結びつけるという訳だ。
 空っぽのここ以外、他に歪みのしわ寄せを持っていけるところがなかったからだろうが」
「逆に言えば、ここが正常な状態でも生じるレベルの揺らぎすら引き受けて解消するから、
 世界の超次構造はここを軸として水準以上の安定精度で引き締まる。名実ともに
 ここは世界の中心になれたということさ」
「…それであの呆れるほどの日常感か。まさに欺瞞だな」
119氾濫する光・57:04/02/09 11:52 ID:SiBNrLA7
「偶然にしろ必然にしろ、こうしてこのイレギュラーなる場は新たな役割を獲得し、
 幾つかの制約のもとに存続を許された。…必要悪とでも呼べばいいのか?」
「あなたたちのように、かしら」
からかうような声。槍は倦怠に満ちた表情でそれを一蹴した。
「さっきそいつがセカンドに語った話、聞いてなかったのか?
 イレギュラーは既存システムにとって例外的少数だからそう呼ばれる。システムを書き換え、
 あまつさえその存続を支えるまでに成長したモノは既にイレギュラーではない、
 …まあ『ノーマル』でもないがな」
少女は優雅に引いてみせ、僕を一瞥した。僕は視線を受けて口を開いた。
「君らとここが似ているとすれば、どちらも非常に堅固な構造を持っている点かな。
 方向性はまるで異なるけどね。君らは既に存在する組織の内部に入り込む形で増殖し、成長する。
 表立って乗っ取ることはしない代わりに中枢の特定もできない。個別に機能する部署はあっても、
 潰すべき『頭』は存在しないのさ。…と、これはあくまで僕の『私見』だけど」
槍の横顔をかすかな哄笑の影がよぎった。
「対してここは、文字通り自閉し、外部の全てを遮断することでその構造を保っているわ。
 決して壊れてはならないからその断絶も絶対よ。いえ、絶対“だった”のね」
「現に俺たちがここにいられる。その原因がこの『風景』か?」
「そうなるね」
僕らはそれぞれに白い霧の海を見渡した。
漂う靄、曖昧な光、のたうつ黒い茨の群れ。ゼロである筈の場所に存在するモノたち。
「これが全て、ここに集中された事象の歪みのなれの果てなのだろう? 相殺しきれず
 放置されたバグがこうして溜まっているという訳だ。最近では歪みどうしの衝突すら
 そのまま残さざるを得なくなっているようだな」
槍は顔を上げた。遙か遠方でまた、あの重苦しい轟きがこだました。
「そう、最初からその場しのぎの手でしかないのさ。いずれ破綻は免れない」
「だからこそ、ここは過剰なまでに全てを拒絶しているのよ。
 唯一の希望である“頂点”の正常化、それまでの待ち時間を、ほんの少しでも稼ぐためにね」
120氾濫する光・58:04/02/09 11:53 ID:SiBNrLA7
「問題はそこだ」
槍はいくぶん険しい表情を僕に向けた。
「内部にガタが来ているのなら、外的防御は反動でより堅牢になる筈だ。
 どうやってここに入り込んだ」
「通常の手順通りに、だよ」
僕は片手を持ち上げて宙を示した。
揺れ動く霧をスクリーンに、ハネを広げた量産機が映る。
赤く光るATフィールドの内側からアンチATフィールドの輝きが膨れ上がり、重なった
二つの位相空間が互いを拒絶しようと反発しながら、強制的に集束され、折り曲げられ、
限界に達して自壊的な暴走を始める。
「対極にある異種のフィールドを同一座標で展開し、その際に発生する空間崩壊を利用して
 ごく短時間だけ“中心”への回路を開く。あとは、“無効化すべき歪み”と判断された
 それと一緒に、空洞内部へ滑り落ちていくだけさ」
少女の白い指が、収縮する空間の一点を指す。
「S2機関を臨界まで酷使し、莫大なエネルギーを一点集束すれば、バグと見なされるだけの
 歪みは作為的に作り出せる。作ってしまえば勝手に“中心”の方から取り込んでくれるわ」
「…ついでに俺たちも巻き込まれたがな」
僕は顔を向けた。虚像が消える。
「いや、君一人ならそこまで手間をかけなくても侵入できた。君は槍だからね。
 聖母様はどうやっても無理だけど」
槍はいぶかしげに眉を寄せた。
「それがここの基準か? …待てよ、まさか」
僕は頷いた。
「そう。別に、この世界にもともと存在するものなら、ここへの干渉は絶対不可能ではないんだ。
 でなければ世界中で発生し続ける歪みを引き込むことなどできないからね。
 セカンドインパクト以前から存在するロンギヌスの槍なら、何の問題もなくパスさ」
「外部を完全排除、というのはセカンドへの嘘だった訳か」
僕は一瞬言葉を失った。
「嘘、か。…そうだね」
121氾濫する光・59:04/02/09 11:54 ID:SiBNrLA7
少女が感情のない慈悲に溢れた笑みを僕に向ける。
「別に嘘というほどではないわ。
 あなたはあの子に対し、可能な限り正直でありたかった。あの時教えたことは真実でしょう?
 …意図的に、幾つかの点を伏せたままにしておいただけで」
「フォローになってねぇだろそれ」
槍が噴き出す。
「随分とイイ性格だな。…そうでもなきゃ、あいつの相棒など務まらんだろうが」
「そうさせたのはあなたたちよ。正確には少し違うけれど、同じこと」
少女は超然と微笑み、意味ありげな眼差でこちらを見た。
かすかな冷気が背筋を撫でた。
「…干渉不可能でないことと、実際介入し得るかどうかは別の問題だよ。
 最低限、自分の力の大半を失う覚悟は要る。たとえばここへの侵入を果たした時点で
 僕のエヴァは潰れ、この槍ももう外では使い物にならなくなった。
 それからもうひとつ、ここに関しては『侵入』より『脱出』の方が遙かに難しい。
 ここの今の役目は、世界の存続に支障をきたす歪みを確実に隔離すること。抜け道を見つけて
 入ることはできても、出ることは絶対に許されないんだよ、本当はね」
「だが、セカンドは戻った」
「それは、彼がここにいたからよ」
少女はこともなげに答える。
「彼が生きている以上、私たちも無事戻れるわ。
 もちろんあなた一人なら自力で脱出することも可能よ。ただし、その代償は大きいわ。
 限りなく閉塞しようとするここの引力を振りきって外に出れば、その負担は槍ではなく
 あなた自身にかかるのだから。あなたの精神、存在の根幹というべき部分は極度に摩耗し、
 あなたは槍を支え続けるだけの意志の力を失う。少なくとも、槍に集積した大量のヒトの魂を、
 これまで通り閉じ込めておくのは不可能になるわね。
 私の方は外をかいま見ることすらできない。この擬体と、これに宿らせた意識の一部は
 残念だけど切り捨てるしかないわね」
「…おい」
声を荒げる槍に、けれど少女は真顔で告げた。
「わからないの? それが彼が私たちをここに呼ぼうとした、当初の目的だったのよ」
122氾濫する光・60:04/02/09 11:55 ID:SiBNrLA7
一瞬、槍を中心に殺気に似た何かが膨れ上がり、そしてふいに消失した。
少女が微笑む。
僕は黒い槍にかけた指から力を抜いた。男は笑っていた。
「…なるほどな。
 “現存する全ての魂をサルベージし、人類を再形成する”だったか? お前にとって
 インパクトと俺の始末はセットだった訳だ」
「見せてもらったからね、あれを」
僕は短く答えた。槍の削いだような頬に狂気すれすれの暗い嘲笑が広がった。
「覚えていてくれたとは光栄だな。
 刺激的すぎて記憶ごと破棄せざるを得なくなったと思っていたが」
知らずに険しくなる視線を、槍は悪魔めいた笑顔で受け流した。途端に傷の痛みが甦り、
全神経を灼いた。目を閉じて呼吸を落ち着かせる。
白い少女は何も言わず、面白そうに僕と彼を見比べていた。
「…直接は思い出せない。ただ知識として、あのとき何があったかは知ってる」
槍は既に興味を失った眼差を寄越した。
「しかし聖母の方は何故だ? こいつの精神の断片ごとき、封じても気休めにしかならんのは
 お前の方がよくわかっている筈だろう?」
「私はただのついでよ。それこそ、結末を知らせる程度の意味しかないわ」
少女は一瞬鋭い視線を僕に浴びせると、ふっと微笑んだ。
僕はただ目を伏せた。
「そう、結末になる筈だった。最後の最後であなたがあんな手を使わなければね」
「あんな手? …あの“手は打ってある”か。ならば“賭け”とやらは」
少女は静かに頷いた。
「私の勝ち。それで良かったのよ。
 彼があのとき発動させる筈だった『イレギュラー』、…よく言ったものだわ。
 成功していれば、とてもインパクトなんて可愛いものじゃ済まなかったもの」
「…ようやく本題だな」
槍は肩をすくめ、押し寄せる霧の海を一瞥した。
123氾濫する光・61:04/02/09 11:56 ID:SiBNrLA7
「そもそもの始まりは、やはり彼に託された補完計画ね」
少女が話し始めるのを聞きながら、僕は仰向いて黒い槍に頭をもたせた。
少しだけ瞼を閉じる。どっと疲労感が押し寄せ、全身の感覚がいっそう混濁した。「光」がない分
矮小化し狭窄した意識野は、ひどく暗い。
二人の声だけが流れていく。
「始まり? それが総体ではなく、か?」
「そうよ。この一件において、第二次補完計画補案C-209は全体の一部に過ぎないわ。
 正確には、彼がその計画のために作出されたという、その事実の方ね。
 彼の存在理由。今はもう歪みきって見る影もないけど、彼の人格の根幹をなす
 人類へのある種の使命感、自己より世界を優先しようとする傾向は、ここからのものよ」
「ハードワイアか」
「なに?」
「人工知能に行われる思考制約の一種。そのままだと全方位へ無秩序に発達する思考ベクトルを
 特定領域に制限し、人間の求める方向性へ絞り込む、まあ枷だな。
 禁忌、倫理、個性、強迫観念、何でもいい。要は俺たちにもある思考の限界の、人為的な再現だ」
「そうね。疑うことなくそれに従っていられる間は幸せでいられるわ」
「だが奴は気づいたんだろう、自分を規定する計画そのものが欠陥を持つということに。
 …“枷を外し檻を破れ”か。全く、これ以上ないくらいハマったご託宣だな」
「そのせいで、一時はかえって猜疑の対象が私たちにまで拡大したこともあったけど。
 ことあるごとにつっかかってきて大変だったわ」
「反抗期だろ。疑うことは自我の確認に繋がる。その楽しみを教えたお前らが悪いさ」
「あの子を預けて、少し落ち着いてきたと思ったらこれよ。手に負えないわ」
「俺が知るか。結局のところ、こいつの疑念も
 …おい、まだ死ぬな」
小突かれた。
頭を起こすと、物凄い目で睨みつける槍の顔があった。何故か今まで見た中で一番人間臭かった。
少女が澄んだ笑い声をたてた。
「呆れたものね。…やっぱりあなたに手伝わせることにするわ。まだ可能な筈よ」
返事の代わりに、僕は目を閉じた。拡散した意識をかき集める。槍が質す前に、
白い世界はホワイトノイズと化して揺らぎ、次の瞬間、潮風が空間を洗った。
124氾濫する光・62:04/02/09 11:57 ID:SiBNrLA7
目に沁みるほど眩しい青い光。
深い蒼穹の下、溢れる陽光を受けて輝くまばゆい紺碧の海原が広がる。遠い波音。
澄んだ力強い風が舞い上がり、高空に立つ三者を支える。
槍が短く口笛を吹いた。
「セカンドが…引っかかる訳だ」
少女は白い寛衣を優雅にはためかせ、細い手を上げて髪を押さえた。
「あなたが最も見たかった風景。
 そして、あなたが決して見ることのない風景ね」
「…否定はしないよ」
感傷っぽいやりとりに顔をしかめ、槍は呆れたように青い空と海を眺める。
「通常レベルの五感を騙すなら充分すぎるくらいだな。
 これと『光』の作るまやかしと、何が違う?」
「どちらも似たようなものだよ。頭の中で描いたイメージを、浸透した『光』を経由して
 相手の視覚とすり替えるか、直接外部に投影するかの違いだけさ。後者はこういう
 ゼロに近い場でないとできないけど」
双尖端を下に漂う黒い槍を引き寄せる。海の反映。無意識に幻影を微調整している自分に気づく。
槍は肩をすくめ、天頂に輝く透明な太陽を見上げた。
少女は潮風の感触を楽しむように目を閉じている。と、赤い目がつと流れてこちらを見た。
僕は槍の頷きを確認してから、再び意識を集中した。
風景が切り替わる。
赤い無限の海が丸く真下に開ける。固定された天体群。黒い空間に満ちる壮麗な光。
衛星軌道上、さっきまでいた位置だ。ただし量産機と白い使徒の残骸はない。
惑星の巨影は最初単なる視覚情報だけで描画され、次いでその上に覆いかぶさるように
複数の知覚が重なる。可視波長外の電磁波帯、復興地帯を結ぶ電子の網、複雑極まりない
ヒトの精神の動き、それらを非実体の海のように浸す、活性化した「光」。
真後ろから降り注ぐ月の光が、精緻な模型をわずかに潤ませる。
「では、始めるわ。話の性質上、少し長くなるけど」
振り返る少女の動きに合わせ、長衣の裾が純白の水中花のようにゆったりと波打つ。
槍はただかすかに唇の端を歪めた。
「…こっちは招待客だ。終演まで付き合うさ」
125氾濫する光・63:04/02/09 11:58 ID:SiBNrLA7
何の前触れもなく、変容が始まった。
惑星を覆う「光」がさざなみのように震える。静かな水面を乱したように波紋が広がり、
呼応する夜の大洋を、透きとおる真紅の波が冴えた輝きを散らしながら渡り、反射し、交錯し、
やがて全てが一体となって鼓動する。
「最初の数段階は、実際に私たちが見たのと変わらないから省くわ。
 派手なのはここからね。…ほら、」
赤い海が、溢れる。
かつてない巨大な津波が沿岸を襲い、陸塊を呑み込んでいく。
海は島々を消し、低地を沈め、山脈に激突し、更に奥へ奥へと無数の飢えた手を伸ばした。
赤い波濤が先を争って押し寄せ、重なり合い、幾つもの街を波裏に呑み込んで崩れ落ちる。
海を離れ、他人の間で生きることを選んだヒトビトを、もう一度ひとつになるために。
どうしようもない自らの欠陥を埋めるために。
「ここまでは?」
「五分前後」
「…微妙な数字だな」
「そう。止めようと思えば止められる」
ふいに突き進む波の先端がほどけ、赤い海は別の形を得る。物理的実在である水に重なって
もうひとつの波が顕現し、アラエルの精神侵食能力を以てヒトビトの頭上に躍りかかる。
形而上の波は赤い怒濤の届かない大陸奥地までやすやすと浸透し、強制的に全ての意識を侵した。
「ところで、どうやって溶かす気だ? たった一体のエヴァのアンチATフィールドでか」
「当初はその予定だったようね。新たにフィールドを展開しなくても、
 槍を媒介にして『光』そのものを“反転”させれば、それで済むもの。
 あなたのところのあの紅い壁に、何度か似たような攻撃があったんじゃないかしら」
「…あれか。だが、その口振りだと不採用になったんだろう」
「アンチATフィールドを使えば、ヒト以外の生物圏まで再び壊滅させてしまうからさ。
 だからこじ開けるのではなく取り込むつもりだった。かつて碇シンジが初号機の中で
 自我境界線を見失った事例、あれをヒントにしてね。赤い海の背後から、エヴァを介して
 擬似的に子宮的他者を演じてやればいい」
「そう簡単にいくか? 規模が違う」
「そのための『アラエル』よ。つまり」
126氾濫する光・64:04/02/09 12:01 ID:SiBNrLA7
精神汚染。
ただ覗き込んで暴くのではなく、サブリミナル的に圧縮された莫大な負のイメージが
無差別に地表に氾濫し、心を蹂躙する。
ヒトの許容限界を超えた生々しい苦痛と死の感触。それに重なる無数の恥辱、悲嘆、失望。
他人の恐怖、他者への不信、自我の閉塞、逃避との共棲、自己増殖する怯懦、理由もない嫌悪、
満たされぬ飢餓感、自暴自棄な虚脱、破滅への憧憬、そして出口も答えもない存在不安と、
強烈な胎内回帰願望。
それら全てが何度も何度も繰り返し意識を洗う。傷つきやすい心が拒絶の悲鳴をあげ、
やがてその抵抗もやんで、世界がデストルドーの静寂で満たされるまで。
「……、手加減なしだな」
「褒め言葉?」
「…いや。ただ俺の認識だと、こいつは形だけでももう少し穏便に事を運ぶタイプだったんでな。
 特に、自分の行為の対象がヒトである場合は」
「それも正しいわ。でも、彼はヒトに共感は覚えても、彼らへの同情で動いている訳ではないもの。
 ヒトのためなら何でも投げ打つと考えるのは、ただの思い込みよ」
「…僕は君らが考えるよりずっと独善的さ。僕が本当にヒトのために動いていたら、例えば
 君らの活動初期において介入していたら、後の展開は大きく変わっていた。…死者の数もね」
「ふふ、そう偽悪的になることはないわ。
 いつだってあなたは揺らいでいたじゃない。何度も自問し、自分を責めたでしょう?
 だから、同じヒトであるあの子に接触するたびに、あなたは少しずつ壊れていったのよ。
 最終的に深刻な自己分裂を招くほどの葛藤を抱え込むまでにね。それもまた真実よ」
「…やけに肩を持つな」
「私は『聖母』だもの。せめて、ここにいる間くらいはね」
「聖母? …笑わせるな。お前は“母”になる気など最初からないだろう」
歌声は海の望み。その成就。微笑みながら子供を産まれる前の無に引きずり込む母親の溺愛。
再生したヒトの心も、復元されたシトの生命も、何もかもが赤い波の下に呑まれていく。
ワタシニカエリナサイ。
そして「光」は牙を剥き、圧倒的な包容と優しさで内に抱えたヒトのATフィールドを喰い破る。
一瞬、惑星は溢れる淡い光に包まれる。
人類は消える。
「…さて、フィナーレよ」
127氾濫する光・65:04/02/09 12:02 ID:SiBNrLA7
阿鼻叫喚の後の静けさが惑星を覆う。
胎内の安息が海に満ちる。
そこには誰もいない。意思もなく、持て余す力もなく、ただ未分化の可能性があるだけ。
やがて、再び「光」は脈動する。
装うのは母親のもうひとつの顔。子供を外の世界へと産み出し、他者との関係を教え、やがては
父親のように自分の足で立てと促す、最初の他人。
無に帰した秩序が再構成されていく。かつて「光」が見たものの全て、集積された情報の全て、
ヒトがこの世界で為してきたことの膨大な記録が、幾つものヒトの別の可能性をも組み込んで
巨大な体系を織り上げ、漂泊する魂の還るべき座、回収された記憶と人格の流れ込む仮胎と化す。
曖昧な個は互いに触れ合い、離れ、関わり合い、有機的に繋がり、更に大きな構造の一環をなし、
ゆるやかにひとつの全体へとまとまっていく。同時にその潮流の中で、他の何者でもない
自分自身へと、少しずつ分化していきながら。それは監視者たる僕の記憶の形而下であり、
世界の不完全な復元であり、三度目の報いによってカタチを奪われたヒトへの贖いである。
惑星のどこかでエヴァが放つ最後の咆哮。
巨大な波紋が赤い球面を駆け抜け、波の触れたところから、無数の意識が目を覚ます。
海の色が変わり始める。
夜の側でも冴え冴えと輝く真紅から混沌の暗紅へ。階調を下るように少しずつ明度が薄れ、
逆に色彩が澄んでいく。曖昧にけむる紫。深い菫色。透きとおる濃藍。
覚醒のレベルを高めていく個がカタチを取り戻し、そして新生した自我群が擬胎を破る。
その瞬間、全世界で同時に「光」が崩壊し、自己形態を失って消滅する。
暗転。全ての光が絶える。
闇。
待つほどもなく、黒い半球となった惑星の夜の側の、その水平線の弧が柔らかな輝きに包まれる。
世界の稜線から光が溢れる。
最初の陽光が、再生した世界を静かに照らし出す。
青く鎮まる海と、水の引いた跡に立ちつくす、数十億のヒトの姿を。
と、映像はわずかにぶれてそこで停止した。
「これが凍結された第二次人類補完計画C-209の全容」
僕は唇を噛み、幻影の天球を仰いだ。虚脱が身体の痛みを圧した。
ぱらぱらと、拍手の音がした。
顔を向けると、槍が両肩を震わせながら手を打っていた。
128氾濫する光・66:04/02/09 12:06 ID:SiBNrLA7
「素晴らしい。
 実に、実に感動的だ。命を賭けて夢見るにふさわしい、大いなる理想だよ。
 …絶対に実現不可能のなァ!」
少女は無言で僕らを見つめている。槍は容赦なく吐き捨てた。
「本気でこれが通ると思ってたのか? 本当に、こんな破綻だらけの計画を遂行する気でいたと?
 サードやファーストどころか、フィフス一人で止められるような代物をか?
 主席司教に感謝するべきだな。真意はどうあれ、奴のお陰でこれがいかに児戯に等しいか
 理解できただろう? 絶対的な差という現実が」
「僕は何もわかっていなかったのさ。今も、だろうね」
俯く。男は憐れむような目で僕を見、大いに笑った。
「それで考え直した結果がここの利用か。相手の手出しできない位置を確保して、
 非力ながら出し抜こうとした訳か? まさか、ただ怖くて逃げ込んだだけじゃないだろうな?
 ここに立つことで補完を断行しようとしたのなら、更に愚かだとしか言えん。
 もうひとつの中心? 空位の神の座? ふざけるな。
 ここは約束の地ではない。全てを覆す力も、閉塞を打開する答えも、現実を超越する優位もない。
 お前は最初から知っていた筈だ」
ふいに男は片腕を一閃させた。腕の先から、鋭利な影を持つ深紅の螺旋がしなやかに翻り、
虚構の夜明けを断ち落とす。
「ここに到達してもインパクトは起こせないと」
声が、凛と空間を打った。
わずかに残った青い海の幻を追い立て、蹴散らし、白い重い霧が渦を巻いてなだれこむ。
槍はそれを目で追い、奇妙に真摯な表情で僕の目を捉えた。
「…まあいい。俺が知らないのはその先だ。
 お前は見つけたのだろう? 聖母が直接阻止に動くほどの“突破口”を。
 それは何だ」
僕は口を開きかけた。
この世界の序列は最初から決定されている。僕がどんなに足掻いたところで覆せない差が、
そもそもの始めから設定されている。恭順も反逆も、所詮その枠の中の出来事でしかない。
だから、僕は
「壊そうとしたのよ」
僕と槍は同時に振り向いた。世界の中心で、白い少女が微笑んでいた。
129氾濫する光・67:04/02/09 12:08 ID:SiBNrLA7
「破壊。
 委員会とは意味も方法も違う。託されていた第二次補完計画でもない。けれど
 彼もまた、世界を本来の姿へ戻そうとしたのよ」
槍は暗い双眸を細めた。目の光が強くなる。
「…何を、壊す」
少女は限りなく優しい微笑を浮かべた。
「この場所を」
瞬間、白い霧の海がその一切の動きを止めた。
歪みのぶつかり合う遠い残響すら消えた。
僕は二人を見守った。少女は興味深げに槍の反応を待っている。彼は沈黙し、
と、その目がわずかに見開かれた。視線が僕を射抜く。
「…そういうことか」
僕は残った腕を静かに背後に垂らし、黒い槍を掴んだ。
少女は穏やかに言葉を続けた。
「そうよ。
 ここは外部から堅く隔絶され、侵入を試みるだけで莫大な代償を強要する。しかも
 侵入に成功してしまえば、二度と外へは戻れない。おまけにそれだけの手間やリスクを覚悟して
 入り込んだところで、中にあるのは何の役にも立たない大量のバグだけ。
 何故、ここがこれまで何の手出しもされず放置されてきたと思う? その価値がないからよ。
 でもこの場所そのものをどうにかできるとしたら、評価は一変するわ」
槍は僕を見据えたままそれに答えた。
「世界、いやヒトの未来を脅かす事象矛盾の完全抹消…排除された歪みが蓄積され、
 今や歪みそのものと同義になりつつあるここを破壊することで、強引に正常化を図ると?
 …いや、違う」
鋭い視線が、凍りついた霧の海を一瞬さまよって戻る。
「…それでは“逆効果”か」
僕は黒い槍を掴む手に力を込めた。
「そう、今のここは確かに“中心”だからね。
 世界はあらゆる矛盾をここに捨てることで表面的にそれらを解消し、現状維持を可能にする。
 もしこの“緩衝装置”が失われれば、世界は正常化の軸を欠き、急激に崩壊を始めるのさ」
黒い槍から身を起こして立ち上がる。無窮の静寂が僕らの頭上を覆った。
130氾濫する光・68:04/02/09 12:09 ID:SiBNrLA7
「…正気か? それではただの」
「自己欺瞞を露呈させるだけさ。
 幾つにも分裂した“頂点”、物理法則に反する事象の頻発、力の極端な偏在。それらの矛盾を
 強く拒絶し、封じ込め、見ないようにしながらこの世界は永らえている。
 その手段であるここ自体、もともと存在する筈のないイレギュラーなのにね。
 都合の悪いモノを勝手に作った暗渠に押し込め、徹底的に現実拒否することで保証される、
 そんな不安定な状態は所詮偽りの平安しかもたらさないよ。いつかは限界が訪れる」
「だから、いっそ破局を早めてやろうとでも言うのか?
 お前一人の意志で全てを滅ぼすつもりか」
「場合によってはね」
槍は口をつぐんだ。
代わって眼差が牙を剥いた。倦怠の仮面が消え、本来の凶相があらわになる。
僕は見えない地表に突き立った黒い槍をきつく握り締めた。身体の痛みなどどこかへ消えていた。
張りつめた空気を、少女の歌うような声が裂いた。
「“生き物には復元しようとする力がある。生きていこうとする意志がある”
 碇ユイの言葉よ」
弾かれたように、槍の視線が少女に飛んだ。
「深刻なダメージを受けたとき、その被害が大きければ大きいほど、生物の持つ
 再生機能は強く作用する。強大な負荷を与えれば、生体はそれに匹敵する、或いは
 それ以上に強力な復元プロセスを発動して生き延びようとするわ。
 彼がやろうとしたのは、それと同じことよ」
少女は微笑んだまま僕を見ている。笑みのかけらもない目は恐ろしいほどに澄んでいた。
諦めた筈の何かが、胸の奥を灼いた。
「…そうさ。
 ここを破壊して世界に壊滅的な打撃をもたらし、その反作用として、世界そのものの
 自己保存本能を強制的に引きずり出す。…そういう言い方が可能なら、だけどね。
 逃げ場とそれの作り出す虚構の安寧を奪われ、存続の危機に瀕した世界は生き延びるために
 最大規模の自浄及び自己再編を行う。歪みは抹消され、法則の歪曲は是正され、…そして」
僕は一瞬黙り込み、白い少女を凝視した。
「…あらゆる特異点は、この世界から自動的に排除される。
 それが、僕の目的だったのさ」
131氾濫する光・69:04/02/09 12:11 ID:SiBNrLA7
少女は細い眉ひとつ動かさなかった。
僕はしばらくその顔を見守り、諦めて力を抜いた。今更彼女が動じる筈もない。
槍は黙ってそのさまを眺めていたが、やがて口を開いた。
「それで、どうなる」
「…どうもしない。いや、世界の再編がどういう形で現れるかは僕にもわからない。
 インパクト以上の未曾有の大災害かもしれないし、もしかすると何も起こらないのかもしれない。
 でもその先は、この世界にいる神様と、神に等しき者たちが決める。他の誰でもなく」
「いいのか? それで」
僕はきっぱりと頷いた。
「君の言った通り、補完は不可能さ。だから君にも手を出さないよ。
 君の消滅は、君が思っている以上に重大な意味を持っている。…だからこそ、君だけは
 何としてでも連れて行こうと思ったこともあったけれどね」
槍の顔を刺すような嫌悪がかすめる。胸の底がすっと冷たくなった。
「…世界は傷つくかもしれないけど、損なわれる訳じゃない。
 この場所、この閉じた現状維持のシステムがなくなっても、これまで起きたことが
 消えるのではないのさ。情勢は大局的には変わらず、エヴァも使徒の力も残る。
 逆に委員会もトライラックスのバーベムも消えない。君の同朋たちが築いたものも同じ。
 あのセカンドインパクトでも、ヒトが滅ぼされなかったように」
槍は奇妙な表情になった。
「…何も変わらないということか」
僕は曖昧に頷いた。
損傷が修復限界を超えれば、その生物は死ぬ。たとえ破滅に終わらなかったとしても同じだ。
変化をもたらさない行為などなく、僕はそれを為そうとしたのだから。
けれど槍は、既に僕を見ていなかった。
「だが、例外もいる。
 耐え難いほどの変化、存在の否定すら強いられる者もな。
 そいつらにとってはさぞ驚きだっただろうな? 非力な筈の飼い犬に牙を剥かれ、
 しかもそれが自分たちを傷つけることさえ可能だと悟った時には。
 …だからお前は、サード一人に用意していた筈のセカンドをここに投入したのだろう?」
大きく頭を巡らせた槍の視線の先には、恩寵のように笑む少女がいた。
132氾濫する光・70:04/02/09 12:14 ID:SiBNrLA7
告発劇は最終幕を迎える。
純白の羽根の群れに囲まれた少女は、たじろぐ素振りもなく頷いてみせた。
「そう、最後の瞬間にあの子をここに送り込んだのは、彼ではなく私。
 ここには私の力は一切干渉できない。いえ、してはならないの。私が直接手を出したりしたら、
 それだけで確実に彼の言う“反作用”と世界の決壊を引き起こしてしまうもの。
 私はここでは無力に等しい。そしてそれが、今この場での私への牽制索でもあるわね。
 だから私の力ではなく、私が生み出したものでもなく、かつ彼を止められる者。
 選択肢はほとんどなかったわ」
槍は口元だけで笑った。
「結果的には大正解だ。しかし歯痒かっただろうな。セカンドなら侵入は問題ないとしても、
 お前たちがせっかく仕上げた対サードの小細工は全て無効化される。
 こいつが手を貸して、セカンドが本来の意識を取り戻す可能性もあった訳だろう?」
「だから“賭け”だったのよ。
 私にも全く結果が見えない賭け。間に合わずに終わるか、あの人の意図が水泡に帰すか、
 あの子と共同戦線を張られるか、…それとも、上手く事が運ぶか」
少女はかすかな笑みを含ませ、目を細める。
「ここから帰る方法はあるのよ。
 この場所にとっての最優先事項は、総体として常にゼロであること。だから誰かがここに残り、
 同時に内向きの引力を同規模の逆作用で中和すればいいの。そうすることで均衡が生じ、
 脱出という事象は見かけ上抹消されるわ。
 彼の用意していた力なら充分にそれも可能だった。でも無尽蔵ではなかった。
 彼女を帰したら力は大幅に消費され、本命の破壊工作は不可能になる。かと言ってそのまま
 破壊を事項すれば、彼女ももしかしたら無事では済まないかもしれない」
きらめく赤い目が僕を見据える。目は穏やかな悪意と敵意を込めて微笑んでいた。
そんなこと、あなたにはできないものね。
僕は息を呑み、黙って瞼を伏せた。少女は続けた。
「あなたはいつも決定的な選択を避けてきたわね。曖昧なまま境界の上にとどまり、
 二つの世界のどちらへ踏み出せばいいのか、ずっと迷い続けている。
 ここは全ての境界の交わる場所。あなたにとってはとても居心地のいいところでしょう?
 だからこそ、私は最後の選択の機会を与えてあげたのよ」
133氾濫する光・71:04/02/09 12:15 ID:SiBNrLA7
少女は絶対の憐憫の向こうで微笑んでいる。
だが槍は出来の悪い冗談でも聞いたように首を振り、ふいに頭を上げて毒に満ちた笑顔を見せた。
「選択? それこそ悪趣味の極致だろうが。
 何を選ばせたかった? 個人か世界かの古典的な問いか、それともセカンド本人への態度か?
 セカンドは上位能力を持つ上に頭も切れる。加えてサードのためならどんな危険も厭わない。
 全てを隠すことは不可能だし、逆に事実を語れば自ら犠牲になってでも破壊を断行しかねん。
 黙秘も懇願もこいつにとっては何ら救いたりえない。
 …どれも絶対に選べない選択肢じゃねぇか」
眉をひそめた少女を軽く黙殺し、槍は大仰な呆れ顔で両手を広げてみせる。その目が僕を射た。
「その結果があの猿芝居だ。
 真実でもない、嘘でもない、そのどちらをも巧妙に織り交ぜて真相をくらませ、血と暴力と
 見え透いた沈黙でセカンドの思考をミスリードするためのな」
思わず、目を閉じた。
僕が彼女に仕組んだ最後の欺瞞。
槍の言う通り、あの一幕は虚構にすぎない。
ここにたどり着き、決断を下そうとした僕の前に現れた彼女。その瞬間僕は自分の敗北を悟った。
彼女を巻き込むのは絶対に駄目だ。
そう決めると、あとは考えるまでもなかった。鋭敏な脳を欺き、一時的にでも思考を逸らすための
事実と嘘の混同、感情的な演出。暴かれるために用意された真情。僕は打算に走る自分を憎み、
その惨めな自己嫌悪が、間に合わせの台詞にそれらしい真実味を加えてくれた。
本当に、厭になる。
でも僕は最後まで彼女を騙し通した。
彼女は決して僕を許さないだろう。
聡明な彼女ならきっとすぐ気づく。僕が彼女を選択したのではなく、結局のところ、単に
彼女を信じなかっただけだということに。
黙って送り返す必要など本当はなかった。あれ以外の結末を模索することだって、できた筈だ。
けれど僕は何もせず、彼女を傷つけてまで、自分一人の終わりを望んだ。
そのことは変えられない。
「かくてこの『イレギュラー』は不完全なインパクトとなり、こいつは終局を仕組みながら
 自らその阻止を願う、引き裂かれた敵になる。セカンドはその望みに巻き込まれ、“真相”を暴き、
 死闘の末現実への帰還を勝ち取る健気なヒロインだ。そして幕が下りる」
134氾濫する光・72:04/02/09 12:17 ID:SiBNrLA7
ようやく目を開いた僕に、槍は皮肉げな一瞥を投げた。
「即興のシナリオはこいつとセカンドの間だけで完結し、“中心”の正体も、聖母の関与も、
 本来の破滅的な顛末は一切語られることはない。
 それが全て、己の終焉からセカンドを切り離すというだけの理由で行われたとはな」
「…あなた、本当に馬鹿よ」
ふいに少女が割り込んだ。遮られた槍は一瞬憮然とし、わずかな空白を挟んで表情を緩めた。
冷ややかな興味を込めた目で少女を見つめ、こちらに視線を転じて片眉を吊り上げてみせる。
少女の白い顔は、僕の知らない、名づけようもない感情に満ちていた。
「馬鹿だわ」
もう一度放たれた言葉の向こうに、彼女の記憶が幾重にもざわめき、そして消えた。
僕はただ微笑んだ。
少女はしばらく無言で僕を見つめていたが、少しして小さく息を吐き出した。
「その分だと、あれほど恐れていた『自分』の消失にも、もう拘っていないのね」
頷く。遠い夕刻、芦ノ湖畔でかけられた言葉が甦る。
「外で戦っている間は、まだ未練がましく迷っていたけどね。
 でも、あなたの使徒たちにぎりぎりまで追い詰められてようやく理解できた。
 …そのことは、感謝しているよ」
高々度から赤い惑星を見下ろした一瞬。
僕は自分が、自分自身というモノにどれだけ固執していたのか、初めてちゃんと自覚した。
それはとても辛いことだったけど、同時に解放でもあった。
自分のことがわかれば周りを歪めずに見られた。呼吸するように受け容れられた。
僕が消えても代わりはいないかもしれないけど、そのことで世界は何ひとつ困らないし、
何も変わらないまま続いていく。
あのときやっと、僕はそれで構わないと思うことができた。
僕がいなくなっても、世界が続いていくのなら。たとえどんな形でも構わない。互いを傷つけ、
拒絶し、裏切られ続けるだけだとしても、それでも誰かが、そこで生きているのなら。
「ココが残るなら、僕は無に還ってもいい。
 それが答えだよ。境界線の上で、何も選ばずに消えることへの」
僕はまっすぐに頭を起こし、二人を見た。
135氾濫する光・73:04/02/09 12:18 ID:SiBNrLA7
白い少女は澄んだ赤い目をかすかに見開き、凍った霧の中に佇んでいた。
槍は無表情のままじっと僕を見据えた。ふいに何かがその仮面に似た顔をよぎり、
眉間に鋭い筋を刻んだ。
「自分という存在の全否定。それによる、自分と齟齬をきたす全存在の肯定。
 そうまでして、この唾棄すべき世界を祝福したかったのか?
 …俺には理解できん。そうしたくもないがな」
「それでいいんだよ。君らにはこんなもの必要ない」
槍は苛立たしげに僕を睨んだ。
「…だから、その何もかも許容しようとする態度が気に喰わないと言っている。
 死者が生者を見るような目で見るな。お前もまたココにいる、だからこそ足掻いたのだろう?
 自分だけは手を汚していないとでも? セカンドが嫌悪したのもそれだと、まだわからないのか」
僕は首を振った。
「自分一人の心で本当に世界を包括できると思い込めるほど、僕はこの力を信じていないよ。
 だけど幾つかの事実は確かに存在する。
 サードインパクトの後、ヒトが使徒因子に抗する復元力を備えるようになったこと。南極には
 15年経っても生命は戻らなかったのに、今は世界中で生態系の復活が進みつつあること。
 何より、赤い海から今もヒトは帰還し続けている。
 それを見てきた僕が出した結論がこの『イレギュラー』だった、それだけだよ。
 インパクトではなくね」
「…勝手にしろ」
槍はどこか怒ったように吐き捨て、黙った。
少し、意識が揺らいだ。
この懺悔ももう終わりに近い。残るは、僕に許された範囲を逸脱しかねないものだけだった。
迷った挙句、たぶん幼稚な敵愾心から、僕は再び口を開いた。
「これが今回の、“存在しない”事件の顛末と真相。
 それじゃ、終わりに僕の持っている最後の手札を開示するよ。
 …僕が何故、こんなことを始めたのか」
目を上げる。かすかに表情を強張らせた少女を過ぎ、硬い横顔を見せる槍に視線を向ける。
気づいてこちらを睨む彼に、僕は低く告げた。
「全ての始まりは、君との邂逅だったんだよ」
136氾濫する光・74:04/02/09 12:19 ID:SiBNrLA7
もう一度、幻影の記憶が僕らを取り巻く。
立体映像。近代技術で改修されたとはいえ、未だ地下墓地に似て暗く狭い廃墟の底の、
壊れた監視カメラが見下ろす瓦礫の広間。砂埃の幕、剥離した壁の破片が崩落の瞬間そのままに
宙に凍りついている。映像の中央には、黒い槍ごと渾身の一撃を繰り出す量産機と、
その尖端に自ら触れて微笑みながら、軽やかに攻撃をかわす聖母の姿。そして、離れた壁際で
彼らを見守っている、あの頃の彼女。
三者とも、切り取られた一瞬の中で永遠に静止している。
死海。
「…肖像権の侵害ね」
最初に口を開いたのは少女だった。笑みの戻った顔に他愛ない悪意が閃く。
「あれくらい有名税とでも思っておけ」
槍は苦々しげに吐き捨て、痩せた顔を歪めた。
「で、これは何だ? 厭がらせか?」
「気に入らないのなら消すよ」
僕はあまり動いてくれない肩をすくめた。幻影が消える。槍の表情はいっそう険しくなった。
「今のは確認だよ。あのとき、僕は槍を使って戦い、君もこの槍に何度か接触した。
 そしてあの戦いを通じて、僕の槍にも君にも、何ら異変は生じなかった」
「…それが今回のこれとどう繋がる」
「僕の方からは干渉しようとしていたんだ。『光』では無理でも、同じ槍を通じてなら
 君を読めるんじゃないかってね。結論から言えば不可能だった。…それで強引に『光』を使い、
 結果、彼女に多大な迷惑をかけてしまった訳だけど」
槍の口元を一瞬残虐な笑みがかすめた。
「それで?」
「これも結論だけ言うよ。
 僕らの槍と君は“別物”だ。オリジナルとコピーという話ではなく、元から二本の槍が存在する。
 だから君の力はこの黒い槍を完全には従属させられず、こちらからの逆侵もまた不可能なのさ。
 この槍はかつて委員会が量産機のために用意したものじゃない。…それらは恐らく、
 本当にサードインパクトの際に失われたんだろうね。でも、その代替物はこうして存在する。
 この“コピー”の起源、そして君との繋がりの稀薄さを説明するには、君とは違う
 もうひとつの“オリジナル”を想定すると一番整合が取れる」
137氾濫する光・75:04/02/09 12:21 ID:SiBNrLA7
「槍は一系統ではないと? 随分飛躍したな」
槍は多少興味をそそられたように酷薄な目を細めた。恐らく彼はもう気づいている。
僕は白い少女へ視線を移し、一瞬押し黙った。
ずっと考え続けていたこと。
主席のやろうとしていることは破壊だ。確実にこの世界を滅ぼし、全ての心に永劫の苦痛を与える。
今はよくわかる。僕は心のどこかで、それだけではないことを期待していたのだろう。憎悪でも
怒りでも、どんな小さな感情のかけらでもいいから、単なる悪意と嘲弄以外の、何かを。
でもそれは本当にただの期待だった。
主席は一切容赦しない。滅びゆく世界に対して、何の感慨も抱かないだろう。
彼にとっては、この全てが目新しい遊びという以上の意味を持たないのだから。
それは確信に近い。なのに、未だにそのことを認めない、信じたがらない自分がいる。
それこそが僕の病根だ。
もう主席には従えない。でも否定もできない。だから、彼女には何も言えなかった。
言える訳がない。
「残された疑問はひとつ。その『槍』はどこからもたらされたのか、さ。
 それが、全ての原因だよ。
 その先を知ろうとしたせいで、僕はこうするしかなくなったのさ」
再び表情を固くした少女をちらと眺め、槍は肉食獣が揃った歯列を剥くような笑いを見せた。
「“知らなくてもいいことまで知ってしまった”か?
 それは単なる憶測に過ぎん。本人にとって、いかに啓示的な意味を持とうとな。
 それともその荒唐無稽な思い込みだけで、お前を拒絶した現実とやらに復讐する気だったのか?」
槍の目は嗤っていた。でもそれは僕に向けられたものではなかった。
内心やりすぎだと思いながらも、僕は言葉を止めなかった。
「物的証拠ならあるよ。充分に有力で、誰もが納得できるものがね」
槍の笑みが大きくなる。
「ほう? 隠された事実でも暴いてくれるのか?」
「そんなに大袈裟なものじゃないよ」
そして僕らは、申し合わせたように少女へと視線を向けた。
「我らが聖母様が、それさ」
138氾濫する光・76:04/02/09 12:25 ID:SiBNrLA7
少女は底冷えのする眼差でその告発を受け、ひと言だけ答えた。
「…喋りすぎよ」
それで終わりだった。
あとはただ沈黙。僕は目色で許しを乞い、鈍った身体の許す限り慇懃に一礼した。
槍が声をたてずに大笑いした。
深く頭を垂れ、僕は苦い痛みとともにそれを見つめた。
彼は、子供っぽい反抗に固執する僕が、或いはらしくもなく追求される少女がおかしくて
笑うのではない。この状況、更にはこんな展開に行き着いたココという場所のありようが、
恐らく愉快で仕方がないのだ。
所詮この世は足掻いたところで本当にはどうにもならず、何をしても自己の内面にしか帰結しない。
誰もどこへも行けはしない。他者とわかり合うなど幻想で、ココには未来永劫自分しかいない。
それは、本当は彼ではなく僕が見た世界の姿なのだろう。
ただ、出した結論は全く違う。
僕は絶望し、そこで終わった。それゆえに世界を無条件に肯定しようとした。
彼は肯定も否定もせず、自分自身を含めた全てを超越してのけた。このどうしようもない場所を、
哀れで、滑稽で、心の底から面白くてたまらないと、丸ごと嗤い飛ばせるほどに。
どんな罪を犯そうが世界が小揺るぎもしないのなら、自分の望む最高の快楽のためだけに生きる。
最後の瞬間まで生き続ける。
それが、僕が死海で無数の魂の絶叫の向こうにかいま見た、見たと感じた、彼の本質だった。
だから僕は、彼と彼の同胞たちを可能な限り見続けようとしていたのかもしれない。
ありもしない答えをそこに求めながら。
「何を考えてるの」
視線を上げると、少女が少し表情をやわらげて僕を覗き込んでいた。僕は頭を起こした。
「…彼のようだったら、どんなに良かっただろう、と」
「誰が? あなたが?」
首を振る。
少女は一瞬思いに沈み、目を逸らすと儚い微笑を浮かべた。
「…そうね。似ている部分もあるかもしれない。
 あなたは彼に、理想のあの人を見たかったのね。
 あなたには手の届かない、悪意という不思議なものの、もうひとつの純粋な表出のカタチ。
 でも駄目よ。彼もあの人も、あなたの神様ではないもの」
139氾濫する光・77:04/02/09 12:32 ID:SiBNrLA7
「誰が誰の神だと?」
額を押さえ、肩を震わせていた槍が振り返る。
少女はその顔を一瞥し、くすりと笑った。槍は軽く顎を反らした。
「神様ならホンモノがいるだろう? アダムにリリス、それから神様候補のサードが」
「君だって彼らという一大体系の、ある意味で頂点じゃないか。起点にして集約点、
 アルファにしてオメガ。充分に神話になれるよ。…何にしろ、僕にとって君との接触が
 第二の天啓だったことくらいは認めてくれるだろう?」
「最初のは主席か。ご高説の割に、とうとう回心は成らなかったようだが」
「結局ね。だからこんな真似をしてる。でも、それもここまでさ。
 …さて、これで最後だよ」
僕はもう一度黒い槍に体重を預けてひと息つくと、身を離した。
冷たい柄を掴む腕に力を込めて引き上げる。
「君が僕に与えてくれたのは、動機の発端だけじゃないんだ。
 この『イレギュラー』を実行するには力が要る。それを手にするきっかけになったのも、
 実を言うとあの死海での一件だったのさ」
冷えた金属塊は重い。焦らずに力をかけ直す。
ふと窺うと、槍は腕を組んでこちらを眺めていた。リアクションを起こす様子はない。
最後まで観客でいてくれるなら助かる。僕は作業に戻った。
「君は僕の目をかわすために、槍に集積していた魂たちを使っただろう?
 僕の精神は彼らの苦痛で焼き切れた。でもその干渉が、僕の中にもある変化を引き起こした。
 もしかすると、あのときよりずっと前から、それは始まっていたのかもしれないけどね。
 ともかく僕が自分で意識したのはあれが最初だった」
何かが外れるような感触があり、微動だにしなかった長柄が揺らいだ。そのままゆっくりと
地面から引き抜いていく。尖端が地表から外れると、黒い槍は僕の手を放れ、宙に静止した。
「量産機と『光』の大半を失ってなお、ここの破壊を目論めるほどの力の塊。
 それがこれさ」
それぞれに見上げる二人の前で、僕は斜めに漂う槍身をとんと突いた。
と、槍の後端部分だけが素早く二重螺旋を解き、凝固した霧の中でいびつな輪の形にほどけた。
もう中身は隠されていない。
現れたそれを、僕は強い嫌悪とともに見つめた。
140氾濫する光・78:04/02/09 12:34 ID:SiBNrLA7
滑らかな光沢が流れる黒い帯が輪を作り、その中心にあるものを閉じ込めている。
清浄な青い光。
水面に映る月のように、細胞レベルで短い成長と死のサイクルを繰り返す生体組織のように、
透きとおるような青白い光の塊が揺らめき、形を変えながら音もなく燃え続けている。
既にかなり削られているとはいえ、その正体は隠しようもなかった。
少女はとうに知っていた顔で、槍はある程度予想していた顔で、黒い輪の中のそれを見つめた。
「…これは」
僕は一人足元を睨んだ。
「僕の魂。…に、なる筈だったもの。
 長い間この中で抑圧され続けて、ろくに原型もとどめてないけどね。
 さっきの戦闘の無効化と彼女の帰還で、もう半分以上喰い潰してしまった」
幻惑的な青い光が、黒い螺旋を透かして影を落とす。
その幻燈めいた陰影の中で槍の足が位置を変え、僕の方を向いた。
「自分で…切り離したのか?
 これこそがお前の望んでいたもの、欠けていた生命の証明じゃなかったのか」
「…その筈、だったんだけどね」
顔を上げられない。正確には、黒い槍の中で息づくモノを注視することができない。
羞恥心、或いは罪悪感。耐え難い後ろめたさ。アレのことを考えるだけで息もできなくなる。

…嘘ではないでしょう? 意図的に、幾つかの事実を明かさずにおいただけで。

厭な言葉。そう、僕は彼女に嘘をついていた。少なくとも全ての情報を伝えていなかった。
魂となるべきものは存在した。だが存在してはならなかったのだ。
僕は狂っているのかもしれない。
けれど僕にとって、あの青い光は、存在自体が何者にも勝る苦痛でしかない。
「最初は信じられなかった。一緒にいた彼女も僕の異変には気づいていないようだったしね。
 …魂の発生。確かに、全く例がない訳じゃない。
 でも僕はどうしていいのかわからなかった。
 魂なきモノはインパクトを越えられない。逆に言えば、下手に魂なんか持ってしまったら、
 人工物の僕でさえインパクトを越えて生き続けてしまうかもしれない。
 それでは駄目なんだ。僕がいたら、僕のATフィールドは、ヒトを閉じ込める『光』は消えない。
 擬胎を脱しなければ完全な新生はなされない。僕は生き残ってはいけないんだよ」
141氾濫する光・79:04/02/09 12:35 ID:SiBNrLA7
伸ばした手が黒い槍に触れた。
流体を思わせる巨塊をなぞる。複雑な曲面に沿って、生き物のように影が流れ落ちる。
ふいに笑い出したくなった。
できすぎた皮肉。懲罰かもしれない。どうしようもないほどの紆余曲折を経て、最後の最後に
僕の行動原理が行き着いたのは、結局“補完計画”なのだ。
全て知っているのか、単に興味の対象ではないのか、少女は何も言わず僕を見守っていた。
その沈黙が余計に僕を駆り立てた。
「でも、それだって言い訳なのかもしれない。
 僕は自分が生きているのか、そして生きていてもいいのか、ずっとわからないでいるんだ。
 自分が本当にココにいるのか確信が持てない。時間が経つほどにわからなくなった。
 …人間ならそれでもいいさ。自分の証明もリアルも、生きて足掻くことをやめなければ
 いつか絶対に見つけられる。
 僕にはそうしていい理由がない。
 この世界には、僕が存在し始める前からココで生きているたくさんのヒトがいて、
 世界は彼らの物語で満ちている。僕はたまたまその中のひとつのために用意されただけの、
 シナリオ展開上のただの装置なのさ。
 この仕組まれた戦いが終幕を迎えたら、そこで終わり。物語の外には行けない。
 でもそれは、僕が造られた存在だからじゃない」
青白い光に染まった指は、螺旋へ繋がる鋭いエッジに行き当たって止まった。
「彼女を送り帰した理由と同じだよ。
 他に幾らでもやりようはあったし、変わる機会だってあったのに、僕は流されるまま
 何もしてこなかった。予定調和の装置としてしか動こうとしなかった。
 それ以外のことができるということ自体を、信じようとしなかったんだ。
 救いを望まぬ者を救えないのと一緒さ。生きようとしないモノが生きられる筈がない。
 そんな存在が生きていていい訳がないんだよ。
 僕は魂など持ってはいけなかった。だから、生まれたこれを槍の中に捨てたのさ」
ねじ上げるようにして視線を向ける。見返す槍の長身も、少女の周囲に舞い散る純白の羽根も、
同じ淡い冷たい輝きに照らされていた。
「阻止されなければ、槍の内部で無制御に肥大したこれを解放、暴走させて
 内側からここを破るつもりだった。
 …そうすることで、僕に起きた過ちは正され、ココにも何かを贖えると思ったのに」
142氾濫する光・80:04/02/09 12:37 ID:SiBNrLA7
動きを止めた霧の海は具象化した虚無に等しかった。
投げ込まれた言葉は、何の痕跡も残さずその奥に消えていく。それでも僕は話し続けた。
「これが僕の全てさ。偏狭で矮小な、僕の真実だよ。
 僕は今までの時間と行為の集積としてここにいるし、その延長としてこうしている。
 …要するに僕は、僕になし得る限りの形で、はっきり言ってやりたかっただけなんだろうね」
少女は目の前に漂いかかった羽根のひとひらを優しく押しやり、微笑せずに僕を見つめ返した。
穢れなき白い姿。聖なる御光に包まれた、最強にして希有なる力と心の主。
なのにとても、哀しそうだった。
見ているだけでその哀しみが世界の虚ろに満ち満ちていくようだった。
僕は血で黒ずんだ片手を握り締めた。
「この世界は確かに歪んでいる。それは、ある意味でその集約たるここがそうであるように、
 決してあなた方が招いた事態じゃない。
 歪みの根幹は、あくまでこの世界にあるんだ。
 …でも、だからと言って、ここはあなた方が好き勝手に壊していい場所でも、ないんだよ」
白い少女は静かに目を伏せた。
無窮の沈黙が波のように折り重なり、押し寄せてくる。
黒い槍は緩慢に回る。閉じた輪の中で、青い光は無限に盛衰を繰り返し、揺らぎ続ける。
離れて佇む槍は彫像のように動かなかった。
「…僕は、そう言いたかった。
 でも負けだ。あなたにはこうして伝えられたけど、一番聞いて欲しかった相手には
 僕が何をしようとしたかすら、きっと知ってもらえない」
僕は少女が再び目を上げるのを待って視線を捉え、力を抜いて、笑った。
「あなたの勝ちです、聖母様」
一瞬、間があった。
少女は大きな目をわずかに見開き、そして誇り高く頭をもたげ、晴れやかに微笑んだ。
「ええ。
 『イレギュラー』は失敗に終わったのよ」
そこに、既に哀しみは微塵もなかった。
僕は槍に向き直った。彼は僕を見下ろすと、かすかに顔を歪めてみせた。
「気は済んだか?」
「お蔭さまでね。…ありがとう、いろいろと」
彼はただ喉の奥で小さく嗤い、突き放すように顔を背けた。僕は笑って黒い槍を掴んだ。
143氾濫する光・81:04/02/09 12:41 ID:SiBNrLA7
こうして、活劇もカタルシスもなく“解題”は終わった。
破滅の奸計は未然に防がれ、反逆者は聖なる御使いの前に屈し、挿話はその輪を閉じる。
二人を帰す前、槍は僕を振り向くなりこう言った。
「ひとつ、わかったことがある。
 …お前は大した役者だよ。最後までな」
面喰らった僕が訊き返す前に、彼は大いなる皮肉と嘲笑を込めて首を振ってみせた。
ついさっき、敏感に僕の言葉の先を察し、示された事実を嗤ったときと同じ表情だった。
背筋にかすかな戦慄が走った。が、声もなく見つめる僕の前で、槍はあっさりと目を逸らして
傍らの少女に顔を向けた。
少女は曖昧な応酬を気にするでもなく、微笑するとさらりと別れを告げた。
「さよなら」
僕は少し考え、同じ言葉を返そうとした。
刹那、何かが弾けた。
息がつまる。心臓の鼓動が頭蓋に充満し、目の前が真っ白になる。
ここで彼女を目にした時、そして現実へ帰る理由を口にする彼女を見ていた時感じたのと同じ、
幾つもの激情の入り混じった強烈な情動が僕を圧倒した。ほとんど意識が押し流されかけた。
けれど、僕はそれを拒んだ。
この終わりは僕一人のものだ。他の誰も、絶対に巻き込んではならない。
彼らは僕ではないのだから。
僕は目を閉じ、全ての言葉を呑み込んで、黒い槍を解き放った。
そして転位は始まって終わり、僕は空っぽの槍とともに、静止した空白の中に取り残されていた。
ほぼ同時に、緩慢に結晶化していた脚が中途から折れた。
僕は黒い槍ごとその場に崩れ落ちた。
今度は痛みも衝撃もなかった。
糸の切れた人形の連想。見開いて固まった片目のすぐ前に、無機物と化した槍の残骸が
白い靄の湖面からぐにゃりと突き出している。
さまざまなものが急速に失われつつあった。
ただ、誰かに呼びかけたいという理由もない衝動が、しきりに意識のどこかでもがいていた。
それが誰を求めるものなのか、もう自分でもわからなかったけれど。
短い思考の後、僕はその衝動を切り、意識を閉じて、自分が崩れていく音を聞いた。
144氾濫する光・82:04/02/09 12:44 ID:SiBNrLA7
衛星軌道上。
胸に己の槍を受け、赤いアラエルの翼を背負った量産機は自ら特異点となる。
時が止まったような静寂の中で、少女は槍の方へ白い顔を向けた。
【さっきのあれ、どういう意味なの】
光の翼が軋み、歪む。崩壊する二つのフィールドは音もなく炸裂し、白熱の輝きが両者を染める。
【…否定の否定は肯定になるか、という話だ。
 『イレギュラー』はお前の、現象としてはセカンドの介入で阻止された。
 特筆すべき被害もなく、奴自身を除けば犠牲者もなく、実にキレイな形で】
【…何が言いたいの】
狂乱の宙に立つ二人の下で、惑星を覆う光は極限へと膨れ上がっていく。
【今回の件、奴は上手く立ち回った。発動直前までお前ですら奴の意図に気づかなかったほどにな。
 そこまで周到に仕組まれていたあれの、唯一の瑕疵がセカンドだ。
 予想できなかった筈がない。素人目にもわかる、しかも確実に効果を見込める突破口に、奴は
何の手も打っていない。まるでそこを攻めてくださいとでも言いたげに】
少女はかすかに表情を変えた。
それに目もくれず、槍は己のATフィールドに喰われつつある量産機を眺めていた。
【『イレギュラー』はお前たちの存在を否定する。そしてお前はそれを否定した。
 もしあれが失敗を前提としていたのなら、それは間接的に肯定と同義になるんじゃないのか】
無音の咆哮が黒い空間を駆け抜ける。
白い羽根の残骸と凍った血の靄の漂う宙域を、咆哮は重さのない風のように響き渡った。
【…最初から、そこまで仕組まれていたとでも言うの】
【いや。所詮憶測だ、全てな】
槍はそっけなく吐き捨て、少女を一瞥した。
【どんな芝居だろうが解釈するのは観客の自由だ。
 奴は己の終わりを願い、それを通して自分と相容れない全てのものの存続を望んだ。
 セカンドはそれを本能的に見抜いて糾弾し、奴は本気でそれに向き合った。ならば奴にとって
 セカンドの介入は約束であり、あの決着は本当に救済だった、それでいいだろう?
 それでお前はラクになれる】
【…冷たいのね、あなたは】
少女は溜息のように微笑み、咆哮する瀕死のエヴァを見上げた。
145氾濫する光・83:04/02/09 12:46 ID:SiBNrLA7
急激に生命を失っていく量産機の中心で、黒い槍は強い内圧にひしがれたように軋んだ。
固く巻き込まれた二重螺旋がたわみ、槍身全体が生き物のように痙攣する。
槍は醒めた目でそれを見ていた。
【…こちらからも訊くことがある。
 奴自身は自覚していないようだったが】
蠕動する槍を抱え込むように、量産機は骨格の露出した背を曲げた。残った腱が何本か弾けた。
【わかっているわ。
 あれでは一人の魂にしては重すぎる、そう言いたいのね。
 そう、本人は何の疑問も感じていなかったわ。比較対象もなく、何より比較することなど
 考えもつかなかったようだもの。もし気づいていれば、自分がどういう存在なのか、
 少しはわかったかもしれないのにね】
少女は不思議な笑みを浮かべていた。
【…こんなふうに考えたことはない?
 特異点が存在するのなら、どこかにそれを望んだ者がいる。たとえ神に等しき力があっても、
 招き入れる者なしでは、世界の境界などそう簡単に越せはしないもの。あのジャックナイフの
 巨人たちがそうであるように、必ず誰かが呼んだからここにいるのよ。
 でも、いつでも望み通りのモノが呼び出せるとは限らないわ。
 呼ぶ声があまりに強ければ、時に意図した以外のモノまで引き寄せてしまうことがある。
 そしてその予定外の来訪者が、本来呼ばれたモノより先に、用意された椅子に
 坐ってしまうこともあるかもしれない。
 …そうなったとき、居場所を失ったソレは一体どうなるのかしら。
 特に、代わりとなる魂の座、似たような容れ物が他にも複数存在した場合は】
【…それは】
【そういう考え方もできる、という話よ。
 本当はどうだったのかは、もう誰にもわからないわ。
 私にも、あの人にも、碇君にもね】
ふいに黒い槍はその形態を失い、爆発的な膨張を始めた。みるみるうちに元の体積の数倍に達し、
のたうつ螺旋の一部が黒い触手と化して量産機に突き立つ。その表皮に裂け目が走った。
ほんの一瞬、内部から静かな青い輝きが覗く。
だが次の瞬間、限界を超えた槍はコアから両端に向かって次々に弾け飛んだ。
そして、世界に光が広がる。
146氾濫する光・84:04/02/09 12:50 ID:SiBNrLA7
光の氾濫。
地表は湧き上がる淡い光に溢れ、惑星全域から夜が薙ぎ払われてゆく。
ごく穏やかな、優しく包み込むようなその光は、等しい強さと意志と以て全土を覆い、
ふいにその抱擁を解いた。空間から、電子の網から、ヒトの心の殻から引き抜かれた光が
軌道上の量産機を中心に高々度から惑星を取り巻き、一瞬、それ自体が閉じた翼の形を模倣する。
【…書き換えたな。偽善者め】
【このくらいなら構わないんじゃない? 偽りとはいえ、彼は“中心”にいたんだもの】
【過剰な逸脱が避けられるだけ、世界規模の精神汚染よりマシか】
【単なる後始末? それともささやかな奇跡かしら】
【やめておけ。これはただの】
【…閉幕、でしょう?
 それもたった一場面の】
【そう、すぐに次の幕が上がる。
 一人が退場した程度で、この巨大な虚構は中断されはしない】
【仕組まれた暴走はまだ続くのね。積み重ねられた現実の続きではなく】
【…願わくば、その行き着く結末があまり陳腐でないことを、だな。
 でなければここまで待ち続けた意味がない】
【大丈夫よ。皆、諦めはしないもの。
 抗い続けようと思う誰かがいる限り、生きようとする誰かがいる限り、…ココは心配要らないわ】
【…少なくとも奴はそう願った、か】
ATフィールド反転。光は奔流と化し、すさまじい速度で量産機へと集束していく。見る間に
その全質量が赤い翼の内側に吸い込まれた。
瞬間、赤く透きとおる翼は幾千万の輝く破片となって砕け散った。
集積された情報の全てを、無へと拡散させながら。
記憶とも言えない記憶、目に見えず、形もないものが残した、形骸だけの記録。記憶とココロが
同じでないように、砂浜に刻まれた波の動きがその痕跡でしかないように、文字が言葉、そして
その背後に流れる思考ではないように、それは決して、かつてあったものにはなり得ない。
それでも、惑星に振った無数のかけらは、赤い海の飢えを、融合を渇望するその歌声を鎮めた。
もうひとつの秘蹟は確かに存在し、そして存在しなかった。
観客も去り、誰もいない衛星軌道上を、沈黙した量産機は墓標のように白く漂っていく。
彼方の月は下界の全てを包み込み、眩しいほどに皓々と輝き続けた。
147氾濫する光・85:04/02/09 12:52 ID:SiBNrLA7

…やあ、久しぶり。

君は…まさか、何故こんなところにいる?!

大丈夫だよ。僕はそこにいる訳じゃない。心配しなくても、囚われはしないよ。
まだこうして話せるのは、僕らが同じだからさ。
君は、捨ててしまったようだけどね。

…だったら、もう僕に関わることはないよ。
君は僕とは違う。自由になれたんだ。望むままにこの先を見定めることができるのに、どうして。

これだって僕の見定めたいことのひとつさ。
…それに、結局寂しいんだろう、君は。
でもそのことを自分で許そうとしない。少しは彼女にすがってみれば良かったのに。

それはできないよ。

君が寂しいのも、絶望しているのも、彼女には関係のないことだから?
それは拒絶じゃないか。
君の言う“肯定”がそうさ。全てを無条件に受け入れることは、即ち絶対的な拒絶に等しいんだよ。
本当はそれもわかっているのに、君はなおも自分を欺き続けるのかい?

そう、僕は限りない許容を夢想した結果、その究極の形としての自己否定に行き着いてしまった。
誰かを傷つけるのが厭だから、自分を消す。それは先の補完計画と何も変わらない。
ここにいる自分もまた世界の一部であり、それを消すことは決して世界の肯定になりはしないのに。
他者を拒絶しても、自分を否定しても、どちらもその果てにあるのは絶望だけさ。そして
そこから引き返したとき、目の前に開けるのは他人の恐怖に支配された残酷な現実でしかない。
…でも、僕はその閉塞を打開できるかもしれない答えを見つけたよ。

…それは、何だい?
148氾濫する光・86:04/02/09 12:53 ID:SiBNrLA7

わかろうとする意志、さ。
寂しいと感じる心、好きだという言葉、そしてもう一度会いたいという、偽りのない気持ち。
彼女が僕に見せてくれたのがそれさ。
彼女は自分が碇シンジを傷つけてしまうと知っている。それでも、彼のいる場所に戻ろうとした。
それは彼女が信じているから、現実がどうだろうと関係なく、彼女自身がそうしたかったからだよ。
本当は、ヒトは永久にわかり合えないかもしれない。
でも、わかろうとする、わかりたいと願う気持ちは、ずっとなくなりはしないんだ。
どんなに絶望してもその意志だけは否定することはできない。
僕もそこに、嘘はないと思うから。

そう…か。
そう、そうかもしれないね。
何度打ち負かされても、彼らは常に未来を見つめている。そこに別の地平を見ることができる。
その意志さえ失わなければ、いつかヒトは本当に変われるかもしれない。
だからあのとき、君は本当に嬉しかったんだろう?
彼女の意志が君を打ち砕いてくれたことが。

そう、とても嬉しかった。
世界がヒトの可能性の数だけ存在するのなら、自分のイメージ、心だけが、その現実を変えていく
唯一の手段だからね。

ヒトの心、か。
ヒトは永久に寂しさを忘れることはない。だけど、無限に続く痛みでしかないその事実を、
君は希望と見るんだね?

そうさ。それに、何もヒトに限られたことではないよ。
寂しさを感じない自我などない。他者を理解したいと願わない個も存在しない。
その心だけで、きっと充分なのさ。
僕はそう信じるよ。
君たちはココにいていいんだ。
以上でした。
読んでくれた人、大変お疲れさまでした。
これで長々と続いてきた「氾濫する光」はおしまいです。
やたら時間かかってるのは何回か連投規制に引っ掛かったからでした。

もう自分でも何やってんだかよくわからなくなってますが、一応前〜後で合わせて
第弐が造反→失敗→あぼーんする話でした。
その際、騒ぎを起こすにしても、聖母様や碇司令辺りに速攻で止められる規模だと
話にならないのでなるべく誰もついてこれない騒動にしようとか、提案者氏が
第三の樹にどんな仕掛けをしてるかわからないのでなるべく彼らにストップされない
場所でやろうとか、あと何とかしてアスカを絡めて最終決戦のための覚悟完了させようとか、
いろいろ入れた結果これだけ大袈裟な話になりました。
収拾ついてませんねはい。
この一連の騒動で、結果としてスレ世界には何も起こっていません。アスカも何も
覚えてませんたぶん。聖母様と提案者氏はそれぞれの戦場に戻って活動再開です。
時間的なロスは「前」の部分から全部合わせても5分弱+数ナノセカンドです。
ぶっちゃけあの場にいなかった人には今回の騒動は存在していません。
もともとは何とか本スレに入れてもらおうとしていたものなので、どこに挟んでも
問題ないように“何も起こらない”話にしたかった、のでした。
関係ないですが去年の9月半ばくらいに「あとは説明だけかー」とか言ってたのが
今回の「後」の部分のことでした。面倒臭い上に糞長くなりました。
読んでくれた人本当にすみませんでした。

では前述したパクリ元の列挙でもしてみようと思います。
パクリ元一覧

まず第一に、無断借用したキャラの担当者の方、申し訳ありませんでした。
いろいろ頭を絞ったつもりですが、正直厭な描写になってしまっていると思います。
ここで変な印象になってしまっているのは全て自分の責任であり、もし万が一
彼らがカコヨク見えたら、それはキャラを造形した各担当者の方々の成果であり、
自分は単にそれに便乗しただけでしかありません。
・・・・・・・・ていうか聖母様も提案者氏もこんなカッコ悪かねぇやイ!! ウワァァン

・「世界の中心(仮)」について
本スレの拾参スレ目冒頭の、????他さん・トライラックス担当さん・提唱者さんの
お三方のやりとりからヒントを頂きました、いえパクりました。
ロンギヌスの槍が“技術”の産物なのか“神話由来”のものなのか、という辺りから始まって、
スレ世界における法則・現象・実存等の「頂点」という言葉がでてきます。で、その後
????他さんのレス内で、現状ではその「頂点」にあたるものが幾つかに分断されてしまっている、
という表現がされています。
詳しい流れは
  拾参スレ目 10 → 18中盤 → 40終盤 → 47-48 → 61 → 63 → 73
このときに「頂点が分散状態で大丈夫なのかな」と思ったのが発端で、そこにいろいろと
自分なりの解釈というか電波を付け加えた結果「中」での形ができました。
その後“ゴミ捨て場”の考えが生まれ、「後」に至ります。これは七スレ目、提唱者さんと
????他さんの間で議論された「エヴァ能力の物理法則への影響」を、自分なりに
何とかつじつま合わせできないかなと思っているうちにできてきたものです。
フツーの物理法則がフツーに働き、かつ能力者がムチャやっても何とかなってしまう世界、
なんてのは可能かな、と。
これも収拾ついてません。つうか説明が意味をなしてませんね。

少し続きます。
パクリ元一覧続き

「世界の中心」の電波構築時に更にパクったのが
・山下いくと『ダークウィスパー』第一巻の「ATTESA」内の台詞「正体のない巨大な竜骨」
・京極夏彦『姑獲鳥の夏』中「遡って過去を改編」し、「あってはならない現状を拒絶する」
   ネタバレになるんで詳細は読んでみてください。ものすごい面白いです
・H.エリスン『世界の中心で愛を叫んだけもの』内「交叉時点(クロスホエン)」というか
   前書きの「…さまざまなできごとが、車輪のリムの上にあるかのように同時におこる。
    (中略)そして最後には、すべてが中心、つまり車輪のハブに集約する」
なんか書いてる間はいろいろ読みました。全然身につきませんでしたが。
でもSFって面白いです。ほんとに。

・槍の中の魂
いつか「黒ノ咆哮」投下の後でも挙げた、山下いくと・きお誠児『それをなすもの』中にある、
ロンギヌスの槍の初期設定がパクリ元です。
槍というのは最初は対エヴァ用の火器で、あの二重螺旋の形は砲身だったんだそうです。
普段はゴムひもを伸ばしたような環の状態で(「中」で浮いてる黒い輪っかが一応これです)
その内部に「空間を折り曲げる形で莫大な量のエネルギーが封じ込めて」あり、
目標を認めると輪に鋭角に切れ込みが入り、ちぎれて螺旋状に巻き上がってバレルを形成。
槍がエヴァに打ち込まれたときに射出される弾体が槍の最後端に生まれる、みたいなことが
書いてあり、それを読んで「カコイイ!」と狂った自分が考えたのが「槍の中に魂をプールしておく」
でした。第弐としては魂は要らないけど補完その他のために自由に使える力は欲しい、
その折衷案があれです。
魂の発生そのものについては第六こと九大司教第六次席の事例と、あとは昔一回だけ出た
「第弐=本来の主席」という表現から妄想しました。
本人が魂の存在を全く認識していなかったら、というのと、あっても認めなかったら、
というのが一応これまでの第弐に関する書き方との矛盾に対する言い訳です。
提案者氏くらいには(かなり最初の段階から)バレてない方がおかしいですが。片手落ち。
パクリ元一覧続き

・「光」の追加設定(補完仕様)
“人格テンプレートROM”なる厨単語を含む、群体補完のための「光」の機能いろいろ。
おおもとはW.ギブスン『ニューロマンサー』(マトリックスとかのご先祖さまにあたる
サイバーパンクSFの原点です)に出てくる遅効性アイスブレーカ<広(クァン)級マーク11>。
目標システムの氷(アイス)≒防壁を、ただ穴を開けるのではなく、時間をかけてそれ自体に
同化・固着することで破るウイルスプログラム、と描写されています。
ATFの全書き換えという大事業をなるべく穏便に、気づかれずに行うには、を何とか解決しようと
引っ張り出してパクりました。原型とどめてませんけど。
また、人格をテンプレ化して保存する、という変な考えの発端も、『ニューロマンサー』中の
「ROM人格構造物」(個人の人格を再現した電子構造物)と、登場人物の一人が言う
「人格の雛型」という言葉から電波飛ばしたのが始まりでした。

・第二次補完計画C-209
九スレ目の「告別」のときにも書きましたが、もともとは教祖様が参スレ目324で
出されたネタが原型です。それを自分が横取りして好きなようにやったのが「前」や
「中」に書かれた「群体としての人類の再生」でした。
最初は「使徒ATFでの形態形成場強制書き換えによる人類再生計画」となっています。
この変な補完計画についてクドクド言及することで、当時教祖様が仰っていた「綾波教も
もともとは人類の未来を考えている組織」というのを少しは書いたつもりでいます。
この自分の暴走ネタは、先の「告別」及びこの「氾濫する光」を削除すれば、きれいに
本スレから外れるようになっている…つもりです。
パクリ元一覧続き

・その他描写とか表現とか文章とかのパクリ元
…つうか自分の文章っていうのは要するにこれまでに読んだ小説の、自分なりに
印象に残った部分の寄せ集め+劣化コピーなんですね当たり前ですが。
  W.ギブスン『ニューロマンサー』からの“スプロール・シリーズ”
    ものすごくカッコ良い文章と鮮烈なイメージ目白押し状態。
  T.リー『死の王』
    ファンタジー。初めて読んだのが小学校2〜3年くらい。当然意味なんか取れず。
    自分の文章の根幹はたぶんここから。
  H.エリスン『殺戮すべき多くの世界』
    惑星占領のシーンで、攻略の一環として世界規模の精神汚染を使ってました。
    自分の中ではここに出てくる傭兵軍と「E」勢が何故かイコールになっています。
    方向性もやってることも全然違うんですが。
  佐藤亜紀『天使』
    「光」の描写がこれにかなり影響受けてます。ものすごく文章上手い人です。
  光瀬龍『百億の昼と千億の夜』
  大原まり子『ハイブリッド・チャイルド』
    バトル時の勢いとかグロ描写とかはたぶんこの辺が自分的源流です。

他にも京極夏彦とか恩田陸とか数えていけばきりがない上に自分でも何やってるのか
わからなくなってきたんでいい加減終わりにします

最後に、唐突に出てきた「肯定と否定」について。
2002年末辺りの某キャラハンスレ(既にdat落ち)でのやりとりが大元です。
自分のした電波質問「世界の全肯定と全否定、難しいのはどちらだと思いますか?」と、
それに答えてくれた二人のキャラハンさんの回答、そこから自分が何となく考えたことが
結果としてああいう形になりました。この場を借りてお礼を申し上げます。
あの頃はありがとうございました。結局こういう答えになりました、自分は。

以上大体のパクリ元でした。
繰り返しご注意です。
このスレに書き込まれたネタは、厨設定、キャラ描写、キャラの持つ知識、行動その他全てが
このスレ内部で完結するものであり、本スレには一切影響しません。
たとえば今後自分がここで書いたネタを前提として本スレで暴れたり、ネタ・設定の論拠に
ここでの記述を使ったりということはありません。
ここを読まれた本スレ参加者の方はくれぐれもお気をつけください。
これは全て「没ネタ」です。
本スレとは何ら関係なく、なくても誰も困らず、またそうでなくてはならないものです。

ここまで読んでくれた方、長い間付き合ってくれた方、本当にありがとうございました。
滅茶苦茶ですが何とか終えることができました。
ツッコミ・苦情等は遠慮なくこのスレにどうぞ。

長文駄文失礼致しました。
それでは。
155あぼーん:あぼーん
あぼーん
………私だ。
すでにこの文をあなたが読んでいる時には皆の手が止まり、
私の手の動きもう危うい状態で多大な迷惑をかけた後だと思う。
独りだけで走らせてしまって、すまない。
二番目に座る彼と真面目で真っ直ぐな彼にもすまないと伝えておいてくれ。
あと迷惑ついでに私達が時間をかけて、育ててきていた小さな箱庭がある。
皆の代わりに壊れてしまわないよう、ほんの時々でいいから世話をして欲しい。
場所はあなたも知っているはずだ。
素晴らしい終幕を皆と共に迎えよう。
もし……いや、草木が芽吹き華やぐ頃には必ず戻ってくる。必ず。
そしたら、今は言う事が出来ないたった一つの言葉を言うよ。
じゃ、また。


追伸、時間をかけて読んでみて、
本当に凄いと感服する一方で悔しい思いが胸の多くを占める。
切に願う事もある、酷い事を言っていると思う。
あなたが犠牲にしたものを少しは知っているから。
でも私が頼めるのはあなただけだ。これはあなたに対しての裏切りになるだろう。
熱は冷めているかもしれない、それどころか枷かもしれない。
この文全体が卑怯で、言葉を連ねるだけでは駄目なのも知っている。
それでも………… 私も出来る限り頑張るから。
 
dat落ちの基準って結局ないみたいだね
エヴァバブル 略して エヴァブル

どうでもいいけど、パソコンを「パソ」とか、ノートパソコンを「ノーパソ」とか略すのはダサい。
厨房臭プソプソ。パソコン→PC、ノートパソコン→NotePCまたはNoteと書け。「計算機」ならスパシーボ!

ageてやる。
>159(=>157、>158?)
おまいさん一体何がしたいのさ。
早いとこ落とさない?こんなスレ。まあおまいさんが元の1さんなら話は別。

>111
今更だがその文の意味がわからんので返答不能。つか文章になってないって。
ついでに Take care of yourself は「自分のケツは自分で拭きな」
或いは「自分のこと大事にしろよ」丁寧に言うなら「ご自愛ください」
要するに自分の面倒は自分でってことでした。やれやれ。
1じゃないよ!俺様は極悪だからageてやるの!

ageてやる。
おや。
じゃあ、邪魔にならないようこっちは消えるとするよ。
がんがってな。
163名無しが氏んでも代わりはいるもの:04/04/27 12:25 ID:H6GHjw7a
悲惨なスレ。
tes
浮上
orz
浮上
or2
169名無しが氏んでも代わりはいるもの:04/09/13 00:07:27 ID:2kV0C4y1
本になったら買うよ。
orz
浮上2
終わったんだよ
何もかも
だからageるの憎いから。
失礼します。
スレの容量が足りなくなってしまったので、以下

 目が覚めたら横に初号機が寝てたスレ
  http://comic5.2ch.net/test/read.cgi/eva/1036929619/l50

からの「ひとりあそび」続きを投下します。

・向こうからこっちへ来た方へ
スレ頭に書いてありますが、ここは以前自分がいろいろ好き勝手に書き散らしたスレです。
したがって「ひとりあそび」とは全く関係ありません。
…いや、途中で丸一年空けた原因のひとつはここですから、全然ないというわけでは
ないかもしれません。
ちなみに以前向こうでこぼしていた「ごたごた」は、ここのある意味元スレである
「サードインパクト後はこんな世界ですた」シリーズでの出来事でした
(といっても自分が勝手にわたわたやってただけで、他の参加者の方には全く責任はありません)
一応、自分が何かを書いていたスレということで、ここで終わらせようと思います。


それでは、急加速の第四弾です。
175ひとりあそび・247:05/01/27 14:28:02 ID:???
風が耳元で咆哮する。
冷たい大気の塊が次々とぶつかってくるのをこらえ、目をこじ開ける。
白い地平。青空。
雪の白と廃墟の灰黒が混ざり合った地表から、幾つもの翼あるヒトの影が舞い上がってくる。
その手に黒い巨大な武器があるのを、彼は鈍い痛みとともに見てとった。
槍。
さっき飛び立ったエヴァたちは、あれを取り戻しにいったのだ。
「…ぶつかって、抜けられる?」
彼は初号機の頭の近くに身を乗り出し、訊いた。回避していくのはそう難しくないだろうけど、
あれを、あのまま池の使徒たちのところに行かせるわけにはいかない。
初号機は無言で身構え、一気に増速した。
空が開く。高速で背後に飛び去りながら、風の流れが瞬間的に硬度を増す。
こちらの意図を察したエヴァシリーズが黒い武器を構え、複数方向から矢のように初号機を目指す。
ATフィールド全開。
光の翼が白刃のようにひるがえり、初号機とエヴァシリーズは真正面からぶつかった。
一瞬の均衡。
すさまじい拮抗、四方から押し潰される感じ、そして、大空の中心で何かが破れた。
圧迫感が霧散する。
白と黒の巨大な翼の群れが次々に力を失い、ふいにばらばらと下に消えた。
ATフィールドを砕かれたエヴァシリーズが壊れた人形のように失速し、墜落していく。
元通りフィールドをおさめた初号機はその真ん中を突っ切っていった。槍の形をとる暇もなかった
黒い武器が、巨大な銀の刃面をきらめかせて周囲を落下する。それもすぐに後方に遠ざかった。
彼は振り返らなかった。
頭の中で、池にいたエヴァシリーズの数を反芻する。じかに池まで降りてきたのが一体。斜面を
降りてこようとしていたのが三体。上で初号機を足止めし続け、最後に飛び立っていったのが
今突破した四体。確実にこの先にいるのはあと一体だ。
前方に無残に崩壊したビル跡が見えた。
「…あそこだ」
視界が斜めに傾く。風を裂いて、彼と初号機はいっさんに下方の廃墟へと舞い降りていった。
176ひとりあそび・248:05/01/27 14:28:51 ID:???
最後の高層ビルのあった場所はひどく荒れ果てていた。
激しい戦闘の痕跡が周辺の建物一帯にまで及んでいる。とりわけ徹底的に蹂躙されているのは
かつてのビルの基礎部分だった。ビル跡を埋める瓦礫の山がある一箇所だけ吹き飛ばされ、
浅くえぐられた基底に、幾つも小さく深い貫通孔があいている。槍が突き立っていた跡だった。
身を切る風の抵抗の下から地表がせり上がってくる。
煙を噴く廃墟の一角に白い人影。エヴァが敏感に気づいて振り返り、歯列を剥き出す。
彼は下を一瞥し、初号機の腕を一度強く掴んで、離した。
身体を抱え込んでいた腕が完璧なタイミングで解かれる。先に飛び降りる彼を残して、
初号機はその勢いのまま全身で量産型エヴァめがけて突っ込んだ。すさまじい音がした。
光芒と、二つの人体が一緒になって廃墟の向こう側に転落する。
彼は危なっかしく瓦礫の間に着地し、舞い上がる粉塵に咳き込みながら身体を起こした。
妙に生温かい風が周りを取り巻いた。
街じゅうを覆っていた雪が、ここにはあとかたもない。乾いてざらつく床。手のひらには
かすかな熱すら感じられた。戦闘が終わったのは、本当についさっきだったのだ。
立ち上がろうとずらした手の先が、ふいに粘つく感触の中に滑り込んだ。
反射的に見下ろす。陰になった床の亀裂の上に、べったりと血の跡があった。
まだ新しい。彼はきつく歯を噛みしめ、立ち上がった。
傾いた床の端から、瓦礫の段を伝って、陥没した地面に降りていく。
槍の跡が一番集中している辺りだと、見なくてもわかった。予感で全身がざわついた。
使徒の広い背中が見えた。
昨日の傷が見えなくなるほど、表層が喰い破られていた。
177ひとりあそび・249:05/01/27 14:29:43 ID:???
澱んだ血の臭いが喉の奥を押し上げる。
無言で、傍に歩み寄った。
頭のある側へ回る。半分引き裂かれた眼窩は暗く、端から黒ずんだ血が垂れていた。
それでも、すぐ近くにしゃがみこむと、骨格めいた白い肩の突起の辺りがごく静かに
上下しているのがわかった。こちらに気づいて、使徒はわずかに頭をひねった。深く長く
吐き出された息の温かさが、顔の前でゆるく渦を巻いた。
生きている。
彼は手を伸ばし、使徒に触れた。
何秒か過ぎた。心なしか、不規則な呼吸が穏やかになったようだった。
と、眼窩の奥でかすかな光が動いた。使徒は背中から新たに血が流れ出すのも構わずに、急に
うつぶせになった身体を起こそうとし始めた。
「…駄目だよ、動いちゃ!」
慌てて押さえようとした彼は、太い円柱状になった使徒の両腕が揃って身体の下側に回され、
震えながら上体の重みを支えているのに気がついた。意味がわからなかったのは一瞬だけで、
すぐに、彼は両肘をついてその間に潜り込んだ。
鈍く光るコアの陰に死者が横たわっていた。
それだけ見れば充分だった。彼は両腕を突っ込んで死者の両脇を抱え、何とか使徒の下から
引っぱり出しにかかった。しばらくの間、何度も力を込め直す彼と、必死で身体を支え続ける
使徒の荒い呼吸が、乱雑に崩れた瓦礫の合間に流れた。
死者の身体はひどく冷たかった。半分くらい引きずり出したところで抱え直し、上体を肩に
寄りかからせるようにすると、頭ががくりと仰向いた。わざと見ないようにした。そのくせ、
少し強く力を入れるたびに、怖くて手が止まりかけた。
ようやく使徒の陰から引っぱり出したときには、彼も使徒も緊張の限界に達していた。
178ひとりあそび・250:05/01/27 14:30:25 ID:???
死者の両足が外に出たか出ないかのうちに、使徒の腕は大きく痙攣してぐにゃりと形を崩し、
かろうじて持ちこたえていた巨体が地響きをあげて倒れ込んだ。元の形状に戻った腕の先が
血の臭いと一緒に舞い上がり、力なく落ちる。
彼は傍にへたり込んだまま、じっと使徒を見守った。動くほどの余力はなさそうだったが、
溢れた血はやがて勢いを弱め、おさまってきた。
自分で諦めない限り死ぬことはない。昨夜、死者がそう話していたのを思い出す。今は
そっとしておく以外にできることはなさそうだった。彼は唇を噛み、ぐったりした死者を
慎重にその隣に横たえた。
それから、やっとまともにその顔を見下ろした。
「カヲル君、…」
呼ぼうとして、止まった。
何も言葉が続かなかった。
身体の傷は、覚悟していたほどひどくはない。半分上の空でそれを確かめた。これなら
昨日の方がよっぽど重い。注意して見ないとわからなかったが、ちゃんと息もしている。
けれど、意識の戻る気配はなかった。
固くまぶたを閉じた顔は、彼と使徒の落とす影の中でもひどく白かった。
「カヲル、君」
横で、使徒が何度かびくりと身を震わせ、そのたびに深く息をついて沈み込んだ。
わずかに熱をはらんだ風が頬をなぶる。澄んだ強い日差しが、雪に濡れた背中を温めていく。
「…カヲル君」
強く、地面を掴んだ。
ここでいつ戦闘が始まり、どんなふうに終わったのか、彼には何ひとつ知りようがない。
わかるのは、死者が翼使徒の力を借りて話しかけてきたときにはもう、ここでの決着は
ほぼついていたのだろうということだけだった。
彼が初号機と飛び出し、使徒たちの脱出にある程度めどがついた時点で、死者と使徒は
まだ奪回されていなかった槍を押さえにここに来た。そして、ここで何かがあった。
最強の使徒と、エヴァシリーズを知りつくす死者に、後退する隙を与えないほどの何かが。
179ひとりあそび・251:05/01/27 14:31:12 ID:???
少しずつ、頭が冷えてくる。彼は身を低くしたまま静かに周囲の様子を確かめ、また
使徒たちに目を戻した。
初めからこうなるつもりでいたとは思わない。死者も使徒も、犠牲になるよりは
生き残る方がずっと意味があると知っている。だから、使徒たちが意志を決めるまでは
槍のことはほとんど切り捨てていたし、別行動をとろうともしなかった。ここに来たのも
槍を死守したかったからなんて理由ではない筈だ。
それでも、追いつめられたとき、彼らは逃げなかった。
逃げられるとも思えなかったのだろう。でなければ、こうなると承知でとどまったりしない。
必ず心配させるとわかっていて、他の使徒の力を借りてまで彼に警告したりはしない。
「狡いよ…こんなの」
聞こえないとわかっていて、彼は低く呟いた。
彼と初号機がいれば、皆が切り抜けることができる。
さっき、死者はそう言った。でもその中に、死者たち自身は入っていなかったのだ。
「…そうさ、勝手だよ。僕にはすぐ無茶するなって言うくせに」
自然に語気が強くなる。と、彼は自分でちょっと目をみはった。
ほんの少しだけ、頬が緩んだ。やっぱりこれは自己犠牲なんかじゃない。ただの無茶だ。
自分以外何も失うものがない、それとも守りたいものが絶対に失われないという確信がなければ、
こんな無謀で向こうみずな真似はできない。
彼や初号機を信じていたから、彼らはここまで自分を投げ出せたのだろう。
そんな気がした。そう思えるのが嬉しかった。
彼はかすかに笑い、ふいに顔を伏せた。きつく結んだ口の端が震えた。
それでも、自分がいなくても大丈夫だなんてことは考えてほしくなかった。
「何があったんだよ。…狡いよ、勝手にいなくなって、…勝手に、こんな」
言いかけたとき、ふいに背筋がこわばった。
すっと感情が静まる。動きを止め、屈めた両膝に力を込める。
もう一度、折り重なった瓦礫を踏みしめる乾いた音がした。
一瞬身構えてから、ふと思い直した。さっきのエヴァとの戦闘音は少し前から途絶えている。
初号機だ。彼は身体を起こし、振り返った。
周囲の音が消えた。
半壊した壁の後ろに、真っ白な綾波が佇んでいた。
180ひとりあそび・252:05/01/27 14:31:57 ID:???
一瞬、自分がどこにいるのか見失った。
荒廃したビルの屋上の朝に引き戻される。静寂、風、影、崩れた街の残骸。
乾いた白い砂のようにこぼれる瓦礫の粉塵。
そこに立つ綾波。
吸い込まれるように立ち上がり、何歩か踏み出しかける。
でも、何かが違っていた。
あのとき感じた静けさのようなもの。稀薄なのに芯の強い、たとえ目に見える身体がなくても
その眼差とかすかな息づかいを形作っていた何か。
確かな形はあるのに、目の前の綾波からはそれが失われていた。
新たな戦慄が彼を掴んだ。
ふいに、息をするのさえ怖くなった。
何かすれば、綾波がその形のまま壊れてしまいそうな気がして恐ろしかった。
焦点の定まらない視野に、綾波の形の細部ばかりが勝手に像を結ぶ。頬とうなじにかかる、
今は白く透けるような髪。そこから繋がる少し硬い輪郭、細い首の線と、あまりにも
華奢で優しい肩の形。その下に進みそうになるのを、彼は息を呑むようにして意識を逸らし、
まっすぐに下ろされた腕の先へ視線を落とした。白い小さな手。ふいにそれが向きを変え、
形のいい細い指が、くっと割れた壁の断面を掴んだ。
その妙に執拗な動きが、何かを教えた。
彼は目を上げた。
見据えた綾波は、深い大きな目のまま、眼球のない神様のような顔で彼を見た。
「…綾波」
声がかすれた。
「カヲル君たちに、何をしたの」
白い顔がぴくりと引きつった。一瞬、両目が二つの真っ暗な穴に変わったように見えた。
あの朝の情景にはない、照りつける日差しの感触がはっきりと意識されてくる。
彼はぐっと顎を引き、声に力を込めた。
「初号機は?」
綾波はかすかに眉をひそめた。ほとんど悲しそうな表情だった。
彼は黙ったまま待った。
やがて、端正な唇が動いた。
ここにはいないわ。
181ひとりあそび・253:05/01/27 14:32:43 ID:???
青空のずっと上の方で、かすかに風がとどろいていた。
足元の床面が陥没して、綾波のいる辺りの方が少し高くなっている。厚いコンクリートの壁と、
そこからなだれ落ちた破片の堆積が間をへだて、彼は、互いに手を伸ばして届かないくらいの
短い距離を挟んで綾波を見上げた。
綾波の白い上体が、焼け焦げた壁に切り取られてそこに浮かんでいる。
少しうつむいて、じっと耳を澄ました。何の動きもない、完全な静寂が周囲に広がっていた。
血でべたつく手を軽く握りしめる。再び、視線を上げた。
「カヲル君たちと、同じにしたんだね」
綾波は虚ろなしぐさで首を振った。
いいえ、遠ざけただけ。
その人たちは、どうしても通してくれなかったから。
「通して…って、…まさか」
あの使徒と死者の二人だけで、九本の槍と、それを目指すエヴァを抑える方法。
記憶が閃く。ターミナルドグマ最深部で感じた巨大な衝撃。使徒の火力に加えて、
あれで、ビルの跡全体を閉ざしたのだとしたら。
だけど、綾波はそこに入った。
彼は小さく唾を呑み込んだ。綾波は、ほんの少し目を逸らした。
あの人、知ってた筈だったのに。
…いえ、違うわ。わたしにそうして欲しくなかったのね。
だから、侵入したわたしごと中に閉じ込もって、外のエヴァから離そうとした。
カタチを求めたら、わたしはエヴァになってしまうから。
「エヴァ? …エヴァシリーズに?!」
思わず声をあげた。
「どういうことなんだよ?! あれは…あれが、今の綾波なんじゃないのか?!
 あれは、あのエヴァシリーズじゃ…アスカをやった奴らとは違うんだろ?! だって、
 綾波がそんなこと、するわけ」
白い顔は少しもたじろがなかった。
いいえ、エヴァはエヴァよ。
だから、わたしは他の人たちを傷つけていられたもの。
182ひとりあそび・254:05/01/27 14:34:24 ID:???
指の柔らかな白さが目に焼きついた。
綾波は軽く上体を浮かした。開いた窓によりかかるように、身体が前に乗り出す。
細い胴の、真ん中辺りで切れていたなだらかな線があらわになる。白い腰の稜線から、
彼は振りほどくように目を逸らし、あとずさった。
別の恐怖が身体の芯を這い登ってくる。かろうじて言葉を継いだ。
「…皆、を?」
口の中がからからになる。
暗い衝動が、目を覚ましそうになる。綾波の目が見られなかった。
綾波は淡々と語り続けた。
わたし。ここにいる、ここにいると感じているわたし。
わたしは、エヴァでいないこともできた。
それがあなたに会いに行ったわたし。形のないわたし。いつ消えてしまうかわからない、
他人の記憶を通してだけ存在するわたし。決して他人を傷つけることはなく、決して
新しく他人に触れることのない、イメージだけの不確定なわたし。
触れることは、相手を傷つけること。そして、傷つけることは触れること。
あの人は、たとえわたしの心の暗い部分が、エヴァシリーズの手であの人たちを傷つけても、
その状況の維持を願った。
だからあなたの傍を離れ、自分の心を晒してまで、わたしを止めようとしたのね。
でも駄目。わたしは、あの人の望みを拒絶した。
声が、静かなまま無垢な凄みを帯びた。
彼はびくりと振り返って、傷の重さに喘ぐ使徒と、蒼白な顔で眠り続ける死者を見た。
「…どうして、なんだよ」
向き直る。同時に綾波が目を上げた。
視線が交差し、吸い込まれそうに赤い目が彼を捉えた。
寂しいから。
「…え」
わたしは、厭だったの。
囁くような言葉が、胸をえぐった。
陽炎にかすむ路上に立つ綾波の姿が、ふいに意識の奥に浮かんだ。
183ひとりあそび・255:05/01/27 14:35:07 ID:???
第三新東京市に来た日、ほんのひとときだけ見た遠い人影。
今でも、現実だったのか夢だったのかわからない。それに続く多くの出来事に押し流され、
本当に見たのかどうかすら、自分でも確信の持てない記憶。
さびしいわ。
一人でいるのは厭。
あなたと離れているのは、厭。
遙かな真昼の光景がかすみ、暗く溶けて、赤い海の上で微笑みながら崩れていく神様の
巨大な白い姿に変わった。二つの顔が目の前の存在に重なり、同じ赤い目を見開いた。
その奥で暗く恐ろしいものが身をもたげる。
動けなくなる。
縛られる。
「…ッ」
身を引こうとした。
綾波は白い両腕をさしのべ、さらに身を浮かせた。大きくこちらへ身を乗り出すにつれて、
硬く張りつめた身体の線が覗き、現れてくる。優しく内側にひねられた脚が壁面をこする。
伸ばした手が触れそうな距離まで近づき、綾波はそのまま、ゆっくりと身体を傾けてきた。
降りてくる顔、柔らかな白さ、息づまるような匂い。
耳の底で溶けそうに囁く声。
…ひとつに、ならない?
いっぱいに見開いた目の端で、彼は綾波の両腿から先を覆う白い装甲を見た。
焼けた壁が冗談のように崩れ落ちる。身を寄せる綾波の腰の後ろから生え出たエヴァの上体が、
頭と両腕をだらりと垂らしたまま、いびつな翼のように仰向けに持ち上がってくる。
悲鳴が喉元で硬直した。
それは、とてもとても、気持ちいいことなのよ。
「……あ」
初号機の中で見た夢が甦る。あのときから過ぎた全ての時間と感情が音をたてて逆流し、
互いを呑み込み、渦巻き、侵食し合い、突然、ぶつんという衝撃とともに止まった。
いきなり視野が戻った。
強く背中を押されるように、五感が焦点を取り戻す。彼はもうろうとする頭を支えた。
すぐそこに、背後から撃たれたような顔をした綾波がいた。
184ひとりあそび・256:05/01/27 14:35:53 ID:???
白い顔が、わずかに歪んだ。
彼の頬を包もうとしていた両手が揺らいだ。ほとんど無意識に、その間からよろめき下がる。
綾波は、信じられないように自分の身体を見下ろした。力の抜けた両手が下りていき、
みぞおちの辺りで軽く空を掴んだ。
既視感。
綾波の白い腹部の内側から何かが湧き出し、枝分かれして周りの皮膚に根を広げていく。
彼は息を呑み、はっとして目を上げた。
背後のエヴァの胴体、綾波と同じ位置に、青白く輝く光の紐が突き立っていた。
小さく声が洩れた。
「…使徒」
綾波の顔が凍りついた。
代わって巨大な口がその背後で引き裂けた。肉色の口蓋と不気味な灰色の舌がさらけ出され、
真っ赤な唇がめくれて、並んだ歯列が唾液の糸を引く。
伸び上がるように痙攣しながら、量産型エヴァの上半身は大きく身をよじった。両腕が
狂ったようにばたつき、仰向いた身体の上に跳ね上がって紐使徒を掴む。そこからさらに
侵食が始まった。入り込んだ使徒の一部が加速度的に網目を作っていく。エヴァが絶叫する。
彼はそれを凝視したまま立ちすくんだ。
逃げられると思っているのに、足は動こうとしなかった。
崩れた廃墟の奥でぽつんと光っている紐使徒。
使徒を抱え込む零号機。白熱する光。
爆風。
「…駄目だ」
無我夢中で前に出ていた。
綾波の身体をよけて手を伸ばす。うねる光の先端がつっとこちらを向く。突然、肩に重み。
振り返る。綾波が、虚ろな目のまま彼に抱きついていた。白い腕が驚くほどの強さで絡みつく。
それごと引きずるようにして、彼は、弧を描く使徒の端を掴んだ。
185ひとりあそび・257:05/01/27 14:36:37 ID:???
手が触れた瞬間、使徒の身体全体が大きく震えた。
一瞬だけすさまじい違和感が襲い、すぐに消失する。
何かが速やかに入り込んでくる。
それは抵抗しようとする反応すら取り込んで同化し、水のように意識に沁み込んだ。
体内の異物が、抑え込む力のないまま一気に膨張する。
ふいに彼は目を閉じ、真上を向いて、奥底から突き上げる感覚に耐えた。肩先で、綾波が
きつく身体を押しつけたまま、あ、と小さく声をあげた。
LCLに包まれる錯覚。
波の感触。沈んでいく感じ。おぼろな赤。
身体が崩れていく。手首が、腕が、喉首がちぎれ、重力に屈していく。
デストルドー。死を望む心。生命が生命であるための、生きる意志を手放そうとする思い。
別に何も感じない。悲しみも虚しさもない。死と無とは、ずっと身近なものだったから。
でも最後の一瞬、少しだけ、とても寂しい虚無が心を満たす。
自分から他人が離れていくことの、透明な認識。
それが寂しいということ。
それが、綾波の心?
…いえ、そうじゃない。
寂しいのはあなたよ。
何かがまっすぐに彼の中に切り込んだ。一瞬、意識が痛みで冴えた。
目を開く。翼使徒が、もう一度彼の脳裏を貫き、強引に記憶をこじ開けようとしていた。今度は
はっきりと拒絶が浮かんだ。あのとき聞いた、アスカの怒りと絶望の叫びがそれに重なった。
呑み込まれる訳にはいかない。
彼は大きく目をみはった。
紐使徒の輝く弧が、一瞬、完璧に宙で静止した。
次の瞬間、全てが反転した。
入り込もうとする力が自ら衝動をねじ伏せ、フィルムを逆回転させたように後退していく。
しがみついた綾波が悲鳴をあげ、全身をこわばらせる。強烈な生理的嫌悪が腕を、手首を、
手のひらを抜け、最初に使徒に触れた箇所に集束して、突然弾かれるような衝撃とともに離れた。
使徒と自分の手を隔てるATフィールドを、彼は呆然と見つめた。
それは綾波も同じだった。使徒の展開したATフィールドは、彼と綾波をも引き剥がしていた。
再び開いた距離の中心で、光る弧の端がゆっくりとエヴァの腹部から引き抜け、一瞬痙攣して、
彼と綾波の間の地面に落下した。
186ひとりあそび・258:05/01/27 14:37:33 ID:???
ほぼ同時に顔を上げた。
綾波は、ケイジで初めて会ったときのように、引き裂かれるような苦痛に顔を歪めていた。
彼は目を逸らし、精一杯声を押し出した。
「…ごめん。
 ひとつには、なれないよ。…それが、綾波でも」
無理矢理引き剥がされた痛みが辛かった。
それは間違いなく自分の感覚だった。たとえほんのひとときでも、紐使徒と彼と綾波は
一緒の存在だったのだから。
けれど、だからこそ、紐使徒のATフィールドは、彼自身が望んだ拒絶でもある。
綾波に、それが伝わっていない筈がなかった。
拳を握りしめる。もう、他人に拒絶を託して、向き合うことから逃げ続けてはいられない。
「僕は、綾波に会いたかった。
 この変な世界に来てからずっと、綾波に会いたくてたまらなかった。ほんとは
 心のどこかで、一緒にいたことが恋しかった。戻れたらいいって思ってた。
 だから、嬉しかった。綾波が、ここにいるって知ったときは」
話すにつれて、少しずつ声がしっかりしてきた。訳のわからない恐れが薄れていく。
ずっとこうして、綾波と話したかったのだと思った。
ひるまずに綾波を見た。もう怖くはなかった。切ないくらいの悲しさがあるだけだった。
「…この街に来る前、青葉さんとリツコさんに会ったんだ。
 青葉さんは後悔してた。ずっと、自分から一人でいたこと。皆のこと嫌いじゃなくても、
 心のどこかで遠ざけてしまってて、そのせいで、最後まで一人だったこと。
 リツコさんは、父さんのこと憎み続けてた。…すごく、辛そうだった。ほんとはそんなこと
 したいんじゃないって、自分でもわかってるのに。でも他になかったんだ。そうする以外、
 父さんのことを自分の中にずっととどめておく方法がなかったから」
綾波は黙っていた。
口をつぐみ、ねえ、綾波、と呼びかけた。
答えはない。でも、聞いていてくれていることはわかった。
初号機のように、使徒たちのように、そして、夜の中に去っていった死者たちのように。
「二人とも、ここにはもういないんだ。きっと、もう二度と会えないと思う。
 …僕は、綾波にそうしてほしくない」
187ひとりあそび・259:05/01/27 14:38:42 ID:???
「まだ、行かないでほしいんだ。もう一度、会いたいんだ、綾波と。
 だけど、こんな、皆が傷つくだけの形じゃ駄目だよ。
 前に何もわからずに殺してしまった人たちに、僕はここで会えた。知ってて殺して
 しまった人にも。僕に、いなくなってほしくないって言ってくれた」
力なく横たわっている、紐使徒の身体。
空の翼使徒。背後で懸命に息づいている、そして今も池にとどまり続けている使徒たち。
彼らのATフィールドが、たくさんの形で彼を守ってくれた。
「だから、誰ともひとつにはなれない。ここにいる誰かが傷つけられるのも、絶対に厭だ。
 そのために、僕は僕で、ここで少しでもできることをするって決めた。
 …それが、綾波の今のカタチを、傷つけてしまうことになっても」
彼はまっすぐに顔を上げた。
顔を上げて、そっと紐使徒の輝線を越え、立ちすくむ綾波に一歩ずつ歩み寄った。
綾波は空っぽの顔で彼を見つめ返した。
間近で見ると、綾波とエヴァの身体がどうなっているのかよくわかった。どちらがどちらに
寄生しているのでもない。仰向いた量産型エヴァの下腹部辺りの装甲が押し分けられて、
そこから、腰の少し下まで形作られた綾波の上体が白い茎のように伸びている。エヴァの
虚ろな上半身は、その細い身体を、背後から守るように支えているのだった。
どちらがどちらの異物でもない。
エヴァは単なる容れ物とは言いきれないし、綾波はエヴァのパーツでも、操縦者でもない。
一緒にいて、繋がっていても、ひとつではないのだ。
何かが胸の底に落ちた。
それは昨夜、動かない初号機の傍で感じた、静かな終わりの予感に似ていた。
彼は少し微笑み、ちょっとためらってから、両手でそっと綾波の肩を包んだ。
188ひとりあそび・260:05/01/27 14:39:27 ID:???
手が触れた刹那、綾波はぴくりと身を震わせた。虚ろだった顔にぱっと表情が広がる。
その途端、綾波は、彼の知っている綾波になった。
彼も同じくらいおののいた。というより、遠慮と気恥ずかしさで半ば頭が真っ白になった。
そのまま動かずにいるには、何もしなくても相当な勇気が要った。
柔らかな体温が手のひらから身体の奥に広がる。
綾波はほんの少し驚いたような顔をしていた。わずかでも時間が過ぎるのが惜しかった。
虚構であって虚構でない、このイカレた世界。
でも、そこにいる人たちは、彼にとって、本当だ。
だから誰か一人なんて選べないし、誰一人置き去りになんかしたくない。
使徒たちは少しずつ傷つけ合い、食べ合うことで、互いに触れようと試み続けている。
けれど、使徒たちにエヴァシリーズを傷つけることはできない。彼らは何度でも立ち上がり、
また一方的な殺戮を繰り返しに戻ってくる。誰も綾波に触れられない。使徒たちは、綾波を
輪に迎え入れられない。綾波は、輪そのものを壊すことしかできない。
でも、同じように輪の外から来た彼なら。
何か、あるかもしれない。綾波から逃げることでも、綾波に呑み込まれることでもなく、
ただ触れるためにできること。
そのとき唐突に、エヴァシリーズに囲まれる初号機のイメージが頭に浮かんだ。
彼はふっと目を上げた。
「…綾波」
「…なに」
一瞬、口ごもった。
「初号機のいるところを、教えてほしいんだ」
綾波は、大きな目を少し見開き、それから、かすかに頭を動かして頷いた。
「それで、いいのね」
「うん」
手を離し、二人で並んで立った。彼はちょっと振り返って、倒れたままの使徒たちと、
その彼方の池のある方角とに、それぞれ少しずつ視線を預けた。
大きな使徒がわずかに頭を上げようとする。
彼は首を振ってそれを制した。
「大丈夫。…すぐ戻るよ」
力を抜いて、微笑む。それから前を向いて、彼は綾波と一緒に歩き出した。

  〜ブレイクその4〜

以上、第四弾でした。
次で、たぶん本編と言える部分は最後になります。
そのあと一応の選択肢をはさんで、エンディングです。

ここまで追いかけてきてくれた方、ありがとうございます。
もっとちゃんとやれたら、もっとうまく書けたら、と思うところは、正直たくさんあります。
ですが自分は自分に書けるようにしか書けないし、こういう形で「終わり」ができた以上、
それをそのまま、できる範囲で手を抜かずにやり通したつもりです。
読み苦しいところ、不十分なところは多々あると思いますが、
できれば、最後まで見てやってください。

それでは、終息の第五弾です。
190ひとりあそび・261:05/01/27 14:46:46 ID:???
初号機は街の外の雪原で待っていた。
その周りを、量産型エヴァ五機が一箇所欠けた円を描いて取り囲んでいた。白いエヴァに
包囲されて立ちつくす初号機の姿は、そこだけ影のように沈んで見えた。
彼が歩いていくと、エヴァシリーズはその場に静止したまま、それぞれに頭を向けた。
円の中心で、初号機が機敏に顔を上げる。
綾波は円陣の少し外で立ち止まった。彼は一人初号機の方へ進んでいった。
初号機は少し背を丸め、力を抜いた両腕を身体の脇に構えて立っている。近づくにつれて、
影だと思っていた身体の細部が雪面の反射でうっすらと見分けられてきた。
装甲の残る指がごくわずかに握られかけ、開く。
彼は、日差しに緩んで軋む雪を一歩一歩踏みしめながら、傍に歩み寄った。
初号機はそこだけ炯々と光る片目で彼を見据えた。
凶悪な顔面は硬い雪の飛沫と古い返り血で汚れ、頭蓋装甲には斜めに亀裂が走り、額の角は
わずかにねじれて曲がっている。真っ暗な片方の眼窩と、剥き出しの歯列。深い呼吸。
澄んだ強烈な陽光が青空いっぱいに降り注ぎ、その下で、満身に傷を帯びた初号機の姿は、
ひどく凄惨にも、どこか情けないものにも見えた。
彼は少しの間、無言で初号機を見つめていた。
不思議なくらい心が静まっていた。まるで、形のある奇跡を見ているようだった。
そもそもの初めから、ずっと一緒にいたエヴァ初号機。前は、使徒を倒すための決戦兵器で、
自分自身の延長で、あそこにいてもいい理由で、母さんだった。そして何もないここで、
初号機は未分化の他者のカタチをとって彼を見守り続けてくれた。
かすかに風が唸る。彼は少し目を細めた。
ミサトさんが、最後に言ってくれたこと。
何のためにここに来たのか、何のためにここにいるのか、今の自分の答えを見つけなさい。
死者の地。エヴァ。綾波。
答えなんかじゃないかもしれない。でもここで、ここにいて、まだできることがある。
初号機が、促すようにわずかに頭を寄せてくる。
彼は手を伸ばして、初号機に触れた。硬い感触が手のひらを支えた。
191ひとりあそび・262:05/01/27 14:47:30 ID:???
自然に声が出た。
「…ずっと頼ってばかりいて、ごめん。
 僕はここにいるよ。自分にできることが何なのか、やっとわかったんだと思う。
 もう一度、力を貸して欲しいんだ。今度は、一緒に」
初号機は聞き入るようにじっとしていた。それから、すっと背筋を伸ばし、頭を起こした。
背中から伸びた光の羽根がしなやかに彼の周りを取り巻き、流れる。ごく低い唸り声が
息づかいと一緒に響いた。
手を離し、綾波の方を振り返る。
まばゆい雪の広がりの先、エヴァシリーズの輪の向こうから、綾波は彼を見た。
頼りないくらい細い白い姿。と、背後のエヴァの身体が勢いよく持ち上がり、綾波の上体を
丸ごとその中に呑み込んで閉じた。ゆっくりと起き直った量産型エヴァが顔を歪めて笑う。
そのまま、白いエヴァは奇妙に確信に満ちた足取りで他のエヴァに並び、欠けた円陣をふさいだ。
彼は深く息を吸い込んだ。
「行くよ」
初号機が静かに迎撃態勢をとる。
無言で、意識を集中する。
深いところに遠ざけた記憶を手探りする。全てがなくなる前、別の自分のようになじんでいた
あの大きくて広い感覚。思い出そうとした。長大な腕が勢いよく振り出されてしなう感じ、
体重を受け止める両脚の緊張、強健な骨格のしなやかさ、引き締まった筋組織の手応え。
ヒトの想像を遙かに超えた躍動感と力の統合。
エヴァの身体。
全身の力を抜き、雑念を鎮め、頭を半分空っぽにして、呟く。
「エヴァンゲリオン初号機、…起動」
瞬間、周囲の空間が大きく広がった。
全方向に世界が開ける。光がまばゆさを増し、色彩が鮮烈に冴えわたり、あらゆる形と動きが
どこまでも鋭くくっきりと浮かび上がる。つかのま、ざわめく記憶と声が脳裏をよぎり、閃き、
そして瞬時に秩序を取り戻した。
彼は初号機とシンクロしていた。
192ひとりあそび・263:05/01/27 14:48:28 ID:???
圧倒的な知覚。全身が震えるほどの昂揚。でもその驚きも、すぐに遙か後方に薄れていく。
初号機が、身体と感覚の全てを彼の意識に委ねるのがわかった。
そしてその同じ瞬間、全周のエヴァシリーズが一斉に円の中心へ襲いかかった。
即座に全感覚が鋭敏に澄みきる。
彼は顔を上げ、力に満ちた身体を解放した。
初号機が一瞬身をたわめ、一気に最大戦速で飛び出す。
最初に接触した二体は何もできないまま吹っ飛んだ。長い雪煙をあげて転がる二体の後ろから、
別のエヴァが争って躍り出る。方向転換。一体の胸に拳がめり込む。と、伸びきった腕を掴まれ、
ふいに身体の重さが消えた。複数の感触。地面に叩きつけられる。一瞬、視野が歪んだ。
すばやく転がって突っ込んでくる体重と衝撃を避ける。襲いくる手が途切れたところで跳ね起き、
向き直る数体をひと息に蹴り倒して、一気に群れを切り崩す。
すぐさまエヴァシリーズは四方に展開し、こちらを捕捉して巨大な黒い武器を引き上げた。
肩の上にかかげられた金属塊が細い錐のように巻き上がり、長い二つの尖端が生まれる。
「…槍?!」
身体をひるがえし、連続して後ろに跳び下がる。一瞬前までいた地面を次々と槍が射る。
三本避けたところで全身をひねり、片腕に渾身の力を込めて振り払った。宙を切る手の先から
巨大なATフィールドが走り、音をたてて雪面をえぐる。刺さった槍の一本がもろに直撃を受け、
回転しながら空中に跳ね上がった。
そのとき、新たな圧迫感が空をふさいだ。
考えるより先に身体が反応した。信じがたいほどの力が瞬時に全身にみなぎり、初号機は
ほとんど地面すれすれに雪を蹴ってその場を離脱した。
直後、轟音が辺りを揺るがした。
片手片膝をついて雪の上に長い弧を描き、速度を殺す。振り向いた先に、噴き上がった大量の雪と、
クレーターのように陥没した雪原の一部が開けた。
その中心に突き立つ、一瞬で蒸発した靄をまとった三本の黒い線。
目を上げる。池の方角から飛来したエヴァ三体が、翼の白と黒を閃かせて舞い降りるところだった。
これで、エヴァシリーズ九体全部がここに集まったことになる。
無言で立ち上がった。身を起こすとき、初号機が無意識に洩らす低い唸りは、既に彼にとって
他人の衝動ではなくなっていた。
193ひとりあそび・264:05/01/27 14:49:21 ID:???
九体のエヴァが揃って白い頭部をもたげる。
一体が軽く腕を持ち上げる。と、まばゆい雪の上に転がった槍がふっと浮き上がり、一直線に
その手の中に舞い戻った。後を追うように、雪原のあちこちに突き立った黒い槍の群れが
前後して引き抜け、それぞれの持ち主のもとへ戻る。
初号機の思考が、湧き上がる鋭さになって脳裏を駆け巡った。
彼はほんの少しだけ笑った。
翼を広げだすエヴァシリーズを見据え、その中にいる綾波に、声に出さずに呼びかける。
いいよ。初号機と一緒なら、絶対にセンメツなんかされない。
咆哮が応えた。九対の巨大な翼が一斉に雪を蹴散らし、エヴァシリーズは沸き立つ白と黒の
奔流になって押し寄せてきた。
正面からぶつかった。
衝撃と荷重。白熱する力が脊髄を駆け登り、一気に弾けて、十二枚のまばゆい光の翼になる。
瞬間、全てが加速した。
襲いくるエヴァたちもろとも真上に飛び立つ。反動で消し飛んだ積雪が薄い白い靄になって
周囲を取り巻き、その冷たい層を突き破って、さらに上へ。一拍遅れて湧き起こった風が
眼下の靄をあとかたもなく吹き散らす。せめぎ合う翼の群れと、両肩にのしかかる風圧の重さ。
それら全てを振りきって速度を上げる。
もつれ合って上昇しながら、前後左右から取りすがる手を全力で蹴散らす。繰り出される攻撃は
全て単純な力と速度に還元された。槍の尖端がすぐ脇をかすめ、黒い武器の重量が宙を薙ぎ、
容赦のない手と歯列が次々に掴みかかってくる。けれどどれも同じだった。初号機の、完全に
統御された力と感覚が全身を制し、意識はどこまでも澄みきって次の瞬間に備え、そして
かつてエヴァの中ですら感じたことのなかった強烈な昂揚と緊張の中で、彼はすぐそこにいる
綾波に向かって手を伸ばそうとした。
光る雪原は遙か下方に消えた。深い空は絶叫する風の向こう側で意味を失った。
やがて一体ずつエヴァたちが脱落していき、なおも離れない最後の一体だけが残った。
194ひとりあそび・265:05/01/27 14:50:24 ID:???
もはや追随するものはなかった。
いったん互いに離れて距離をとり、一瞬間をおいて一気にぶつかり合う。離脱。急旋回。
再度加速、激突。熱い重みが肩を裂き、同時に振り上げた頭が硬い刃面を捉えた。光が弾ける。
澄んだ硬い音があがり、黒い槍が風を切って視界の外に消える。
量産型エヴァはひるむことなく突っ込んできた。初号機が渾身の力で受け止める。
天の広がりが頭上で裂けた。
目に見える世界がゆっくりと遠ざかっていき、名づけようもない領域と化した空間の中心で、
二体のエヴァはすさまじい咆哮をあげて何度も何度もぶつかり続けた。
相手を傷つけるためではない。殺したいなんて思ってもいない。ただ、今の自分にできる中で、
相手の存在を一番実感できるからこうしているだけ。
ダメージと失速、再度の加速を繰り返すうち、周囲の全てが目の前の相手に収斂していく。
自分のカタチすら曖昧になっていく。だけど海に溶ける感じとは違う。ATフィールドも、身体の
輪郭も、重みも、凄絶な攻防の応酬も、加速度的に記号化され、意識の上で分解され、中心にある
相手の存在だけがくっきりと浮かび上がってくる。
確かにそこにいる、自分とは異なる存在。
憎みながら、恐れながら、結局全ての個が求めてやまないもの。
他人。
臨界突破。初号機の鼓動と反応が、完全に彼自身のそれと一致する。
ひどく引き延ばされた一瞬のさなか、量産型エヴァの姿が揺らぐようにぼやけた。エヴァの中に
隠された綾波のカタチがたちあらわれ、顔を起こし、懐かしい眼差を上げ、そしてたぶん、
彼の名前を呼ぼうとした。
その瞬間、目に映る全てがまばゆい光に変わり、水面を突き抜ける感触とともに暗転した。

195ひとりあそび・266:05/01/27 14:51:23 ID:???
そして、彼は目を開いた。
かすかに赤みを帯びた、温かな闇が広がっていた。
覚えがある。もう一度一人になる前、最後に母さんの姿を見送った場所だ。
けれどそう意識した瞬間、かすかな違いに気づいた。
果てしない広がり。重さも実体もない風の流れが、どこまでも吹き抜けていく感じ。
ここは、あの場所よりもっと広くて遠い。
彼は目を細めて無窮の空間を見上げ、ふと振り返った。
少し離れたところに、よく知っている人影が佇んでいた。
「…母さん」
声に出したとき、ふいにどこか近くにいる初号機の気配を感じた。
周囲を見回す。感じられるのは、空間の無限の広さと、かすかに息づく闇の温かさだけ。
とまどって向き直る彼に、人影は穏やかに微笑んだ。
「ここは、初号機の中…? 母さん、やっぱりここにいたの…?」
急に不安になる。
人影の、懐かしい声が答えた。
「そうよ。でも、あなたと私がいるところは少し違うわ。
 あなたが今一緒にいるのは、初号機そのものよ。
 決戦兵器でも、ましてや誰かの魂の容れ物としてのエヴァでもなく」
「初号機…そのもの」
人影は優しく頷いた。
「エヴァは自我を持ち、痛みを感じ、自ら思考さえ行う。
 エヴァはただの大きなヒトガタではないの。人の心が宿り、人の意思に応えて
 動くものだからこそ、エヴァそれ自体の心だってあり得るかもしれない。
 昔、ときどきそう考えることがあったわ。今もそうよ。
 他人の魂の容れ物にすぎなかったあの子たちが、それでも人と変わらない心を持った。
 ましてヒト以上のエヴァならきっと、ってね」
綾波によく似た、けれどもっと柔和で深みのある声が、淡々と何もない空間に流れる。
彼は温かい闇の広がりを見渡した。
「エヴァの…心?」
「そう。それが、あの場所であなたの傍にいた初号機なのよ」
「…あれが」
彼は目を見開き、急に周りの光景に気づいた。
196ひとりあそび・267:05/01/27 14:52:07 ID:???
赤みを含んだ闇が薄れて、ゆったりと揺れ動く赤い海になる。その海の底の底、彼の足元の
遙か下に、荒涼とした白い砂と岩の世界が小さく浮かんでいた。
赤い海辺、湖と峡谷、砂に埋もれていく要塞都市。
箱庭のように単純な世界。
「パイロットであるあなたとシンクロし、あなたの心の動きを共有することで、初号機が
 少しずつ気づいていった自分の心。
 私は、一人で初号機の中にとどまり続けることを、自分で決めたわ。
 でもエヴァが私とだけ生き続けていくのを、本当に望んでいたかどうかはわからない。
 もしかしたら…一瞬、ほんの一瞬だけ、あなたと離れるのを躊躇した心だって
 あったのかもしれないわ。すぐに消えてしまうほどの儚いものだったとしても」
「初号機、が…?」
人影は慈しむように真下の世界を見つめた。
「あなたがさっきまでいたあの場所は、初号機の心の中の世界。
 多くの他人を殲滅してきた初号機が初めて感じた“寂しい”という気持ちが作り出す、
 ヒトとは別の心の揺らぎ。その現れなのよ」
彼は一瞬人影を見つめ、目を逸らして、遠い、さっきまでいた世界に目を凝らした。
初めの頃、自分が、あそこを巨大な虚構だと感じていたことを思い出す。
誰かが作ったひどく大がかりな舞台装置。一見何もないくせに、変なところで都合がよくて、
とりあえず生きてはいけるようになっている。
誰かに見られているような、あの感じ。関心というほどではなくても、無関心ではない。
閉じているようで開いている、それともこっちから少し押せば開いていきそうな、
捉えどころのない繋がりの感覚。
外からの視線。
彼は低く呟いた。
「僕は…ずっと、綾波なんだと思ってた」
「そうね」
声は穏やかに答える。
ふいに悔しさのようなものが込み上げて、彼は自分で自分の感情に驚いた。
「…じゃあ、あそこにいた綾波は何なの?
 カヲルく…使徒たち、皆もだよ。青葉さんや、リツコさんのことは? あれも全部、
 初号機が勝手に作り出したものだっていうの?」
197ひとりあそび・268:05/01/27 14:52:50 ID:???
唐突に、溢れる言葉が口をついた。
知らず知らずのうちに口調が激しくなっていく。
「そんな筈ないよ。僕だって知らないようなこともたくさんあったし、ほんとに初号機の
 心の中だけの場所だったら、直接倒してない使徒まで出てくるのはおかしいじゃないか。
 それに、初号機はあそこで何度もやられかけた。神様でも無敵の存在でもなかったんだ」
「でも、決して死ぬこともなかったわ」
「そんなの…それは、初号機が自分でそうしようとしたからだよ!
 外にいる誰かが勝手に決めたからじゃない!」
言い放つ。そして突然、彼は苛立ちの理由を理解した。
とても単純な答えだった。
あのイカレた世界と、そこにいるたくさんの人たちと、その傍で過ごした長くて短い時間。
彼はそれを、嘘だと言って欲しくなかったのだ。
「死者…死者って何だよ。皆、あそこで生きてたんだ。初号機も。
 ほんとはもう誰もいないってことくらいわかってる。だけど、あそこでは生きてたんだ。
 誰かの思い出や作り事じゃなくて、本当に生きてたんだ」
声は全くたじろがなかった。
「あそこにいた自分を、虚構だと思いたくないのね」
彼は大きくかぶりを振った。
「違う! 僕じゃない、皆をだよ」
「いいえ、自分を。
 他の人たちは、あそこにいたあなたを証明してくれるから必要なだけ。他人がいて、
 初めて自分のカタチを、心のありかをわかれるもの。
 あなたは、もう知っている筈でしょう」
彼は目をみはり、言葉を失った。
いつか死者が語っていたことが、穏やかな声の奥に重なる。
死者の地はそこに住まう死者たちによって支えられている。誰かを消すことは、そのまま
自分の存在を危うくする。だから痛みをともなっても、他人を許容するしかない。
「そう、同じことなのよ」
言い諭す声はあくまで優しかった。
198ひとりあそび・269:05/01/27 14:53:34 ID:???
「確かに、あそこはとてもよくできているわ。
 初号機も、使徒たちも、レイも、それぞれが単なる役割や役柄でなく、互いに個として
 関わり合っていくことができる。あそこでなら、いつかはATフィールドを越えて
 わかり合うことだってできるかもしれない。
 だけど、結局は作り事でしかないのよ。初号機の心の中、あるいはそこを出発点にした、
 どこにも存在しない虚構の世界。現実とは違うわ」
「現実、って…!」
憤りが真っ白に脳裏を灼いた。
人影に向き直る。実体のない赤い海が、全身を包み込んで優しく揺さぶった。
「人は自分の目でしか見ることはできず、自分の足でしか歩くことができない。
 あなたがその目で見、その耳で聞き、その感覚の全てでそれと意識する現実も、他人から見れば
 たくさんある虚構のひとつに過ぎないのかもしれない。
 でも虚構は、必ず終わりが訪れるから、虚構なのよ。
 そして現実には、始まりも終わりもない。
 彼らだって本当は気づいているわ。自分たちが、虚構の中で生かされているということに」
彼はただ人影を睨みつけた。
こわばった手を握る。指が手のひらに喰い込み、拳ごと大きく震えた。
「だったら僕にどうしろっていうんだよ。
 あれは全部嘘だから、さっさと目を覚まして現実に帰れっていうの?!
 現実が何だよ! 始まりも終わりもない、誰も自分のことしか考えてない、何もかも
 自分でやれって突き放されるだけの、信じられるものなんか何にもない場所。
 それも、自分でしか現実だってわからないんだ。それなら現実だって、うまく掴めないだけの、
 終わりのない虚構と一緒じゃないか!」
人影は静かに首を振った。
199ひとりあそび・270:05/01/27 14:54:19 ID:???
「いいえ、現実は現実よ。
 そして現実は、あなたが今言った通りの場所。
 誰も誰かを本当に助けることはできない。自分で立ち上がり、自分で歩いていくしかないから、
 そこにいる自分が本当だと思えるのよ。
 それこそが生きていくということ。生命が生命であることの、自分が自分であることの、
 たったひとつの真実の証なのよ。誰かに用意された虚構ではなく」
「まだそんなこと…!」
激昂しかけて、ふいに彼は口をつぐんだ。
あの場所での時間と、彼のなした行為が、鮮やかな奔流になって脳裏を通り過ぎた。
生きていく。誰の意思でもなく、自分の力で、自分の存在を本当にする。
それは、さっき彼自身が叫んだ言葉そのものだった。
握りしめた手が、ゆっくりと怒りを失ってほどけた。
人影は無言で待っていた。赤い海のうねりが、遠いゆっくりした鼓動になって腕を揺らした。
白い箱庭の世界はとうに温かな闇の底に消えていた。
少しして、彼はぽつりと呟いた。
「…あそこって、何だったのかな」
人影が顔を向ける。
彼は目を上げ、果てしない距離の向こうにいるその姿を見つめた。
赤い海の幻影を透かして、その周りに無限の星空が広がっていた。人を生んだ地球も、月も、
太陽すら見えない、遠いどこかだった。本当は、そこだって永遠ではない。生命に、人に、星に
死があるように、いつかは、あの広がりにも終わりが訪れる。
でも初号機は、きっとそれすら越えて生き続けていくのだろう。
その中に宿る、人の心と寂しさを抱えながら。
だけどそれは、人が生きていくことの在りようと、たぶんそう変わらない。
彼は少しうつむいた。
「僕は、やっぱりあれが初号機だけの世界だとは思えないんだ。
 虚構なのかもしれない。でも、あそこにいたのは、あそこを作ったのは、初号機だけじゃ
 ないと思う。最初に作ろうとしたのは初号機一人でも」
人影は微笑んだ。
200ひとりあそび・271:05/01/27 14:55:41 ID:???
「…そうね。
 もしかしたら、あそこは本当の死者の地になれたのかもしれない。
 死者はその存在を憶えている人の心の中にいる。ヒトの中のそれは、所詮ただの記憶でしか
 ないわ。だけど、ヒトを超えたエヴァの心の中なら、もしかするとね」
彼は頷いた。
ふいに、不思議な確信が胸に満ちた。
そう、だからあの場所は、あんなにも稀薄で虚しい、呼吸のような静けさに満ちている。
寂しいということ。誰もが一度は感じる、避けられない心の痛み。
その儚い揺らぎがあの場所を整え、過ぎようとする死者たちを導き、彼を容れた。
あそこは、かつて存在した心が無意識に夢見た、存在しない終局の続き。
エンディングの後の世界。
この世のどこにも、永遠に見出せない、夢の隙間に願われた場所。
虚構でしかないかもしれない。でも虚構ならなおさら、それは存在するのかもしれない。
なぜなら死者の地こそは、人が造り出した最も古い虚構のひとつなのだから。
でも、だからこそ、いつまでもそれにすがり続けることはできない。
声が、再び彼を包んだ。
「自分でそう望めば、あなたはあなたの現実に戻れるわ。
 そこは、自分のイメージすら失われたところかもしれない。辛くても、寂しくても、
 助けてくれるエヴァはいないわ。
 それに、他人はあなたではない。もしあなたが戻っても、他には誰もいないかもしれない」
彼は唇を噛み、わずかに笑みを浮かべた。
もう傍に来ないで。何もしないで。大っ嫌い。やめてくれる。なに勘違いしてるの。
甦る声。もう一度会いたいと思っても、他人が同じことを望むとは限らない。
だけど。
「…平気だよ。
 僕のこと殺したいほど嫌いでも、アスカは、きっと自分を捨てられないから」
人影は穏やかな声音で笑った。綾波が屈託なく笑ったらこうかもしれないと思わせるような、
身体の底を軽くくすぐるような笑い声だった。
その声の温かさを噛みしめるように、彼は一瞬目を閉じた。
201ひとりあそび・272:05/01/27 14:56:54 ID:???
「だけど、僕はあそこにいて、あの場所に助けられた。
 虚構でしかなくても、あの場所は、あそこで経験したことは、もう僕の一部なんだ。
 僕がエヴァに乗っていたことと、同じなんだ。
 あの場所は、憶えている限りずっと、僕の中に残り続ける。
 それなら僕も、あの場所に何かを残していけないかな。今の僕がいなくなっても、
 初号機や、あそこにいる皆が大丈夫なように。
 …こんなふうになるなんて、思ってなかったから。…綾波のことも」
少しずつ濃さを増していく闇の向こうで、人影は頷いた。
「あなたが、そう望むのならね。
 …それでいいのね」
彼はもう一度、小さな閉じた世界があった場所を振り返り、そして、まっすぐに人影を見た。
「うん。…ありがとう」
赤い海の、初号機の鼓動が周りじゅうでうねり、静かに距離を紡いでいく。
急速に遠ざかっていく人影を、彼はそこに佇んだまま見つめ続けた。
眠りの中で喋るように、ぼんやりと言葉を続けた。
「これも、終わりなんだね」
「そう、これもまた、ひとつの夢の終わり。
 あなたが目を覚ましたところで終わる、あなたと初号機の、一人遊びの終わり。
 そして、次に訪れる何かの始まり。
 それをどこで迎えるかは、あなた次第よ」
声は次第に現実味を失い、初号機の気配とともに、彼から薄れていく。
彼は目を閉じて微笑んだ。
「目が覚めたとき、自分がどこにいるのかわからないけど、…きっとそれも、
 そこに行けばわかることなんだ。
 生きてれば、…どこにいても、生きていけるから」
声と初号機の眼差がひとつに溶けた。
「もう、いいのね」
赤い闇が薄れ、そして彼は、遙かな最初の他人へ、かけがえのない最後の言葉を告げた。
「…さよなら、母さん」

  〜最終ブレイク〜

お疲れさまでした。

ここより、この長かった一人遊びのエンディングとなります。
どんなふうに終わるのか、最後はあなたが選んでみてください。
何のひねりもない単純な分岐です。
なお、選択しない、という選択肢も、一応有効かなとは思っています。その場合は、
このまま順番通り読んでいってください。
ここまで読んでいただいてありがとうございました。


選択肢:
 目覚めた先で、最初に感じるものは?

   1.冷たい風の流れ →>>203

   2.波の音       →>>209

   3.自分を呼ぶ声   →>>214



203ひとりあそび・虚構の始まり:05/01/27 15:12:06 ID:???
痛いほど澄みきった風の流れが頬をかすめる。
眼裏を透かして明るむ、冷たい光の気配。刺すような大気。空間の広がり。
その中心にある、誰かの声。
かすかに息を洩らし、彼は重いまぶたを開こうとした。
「…ジ君。シンジ君」
声が、明確な形をとった。
「シンジ君」
彼は目を見開いた。
途端、眩しい太陽が目の奥を射た。慌ててまぶたを閉じ、今度はゆっくりと開けると、
逆光の中に幾つかの形が浮かんだ。その向こうに、嘘のように青い空があった。
ゆっくりと身体の感覚が戻ってくる。固い、冷たい地面の上に、仰向けに横たわっている自分。
ぼんやりとまばたきする。
それから、彼は頭を動かして、隣に屈み込んで覗き込む顔を見上げた。
「…あれ」
一瞬、頭が混乱した。
上体を起こす。ひどくこわばって言うことを聞かない肘を、無理矢理動かす。
視界が開けた。
使徒たちがいた。
池を守っていた使徒たちが、少しずつ互いを気にしながら、横たわる彼の周りを取り囲んでいる。
まばゆい雪の広がり。その向こうに、深い青空の下の街の廃墟。
最後にエヴァシリーズと対峙した場所だった。
その途端、ふいに納得した。
「…そっか。…そうなんだ」
彼が望んだ、この場所に残していける何か。誰かがいなくなれば他の全員の存在すら危うくなる、
ささやかで脆弱でこの地に、彼が残していけるもの。
それは、記憶でも言葉でもない、彼そのものだった。
彼は口を開きかけ、そして閉じた。
急に、生きているという実感が込み上げた。恐れでも不安でもない、全てから解き放たれた
安らかな気持ちが、冷えて硬直しかけた身体を満たした。
彼は鋭く澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込み、隣に屈みこむ死者に顔を向けた。
204ひとりあそび・虚構の始まり:05/01/27 15:13:06 ID:???
血と雪で汚れた死者は、蒼白なまま、ひどく途方に暮れたような顔をしていた。
「カヲル君」
とまどって見つめると、死者はかすかに顔を歪め、目を伏せた。
「…カヲル君」
起き上がって、手を伸ばした。触れそうになった瞬間、死者はびくりと身をすくませ、
けれど結局避けずに彼の手を受け入れた。閉じたまぶたの下から、涙がひとすじ頬を伝った。
「どうしたの」
思わず、身を乗り出した。彼は上体ごと死者に向き直り、軽く両肩を掴んだ。
「大丈夫だよ。僕はちゃんとここにいる。戻ってきたじゃないか」
「…それで、本当に良かったのかい?」
「そうだよ」
わざと強い調子で答える。
死者は顔を上げ、見たこともない深い苦悶の表情を彼に向けた。
昨夜と同じ、全て知っている顔だった。それでも、その目の奥には、今は別の望みがあった。
彼は、死者がそれを口にするまで、じっと待った。
「…ここが君の現実でなくても?」
「うん」
「ここに、僕ら死んだものしかいなくても?」
「うん」
「いつかここが、避けられない終わりを迎えるとわかっていても?」
「うん」
彼は強く頷いた。
死者を支えるようにして、立ち上がる。周りにひしめきあった使徒たちが、驚いたように
少しずつ身を引いて場所を空けた。
彼は死者を見つめ、それからそわそわと身じろぎする使徒たちを見て微笑んだ。
「…ここが何なのか、何のためにあるのか、僕はたぶん知ったんだと思う。
 でも、そんな説明なんて関係ない。
 ここはとっくに僕の心の一部だし、そこには君たちもいるんだ」
205ひとりあそび・虚構の始まり:05/01/27 15:14:02 ID:???
周りに目を向けてみる。虚構のくせに、あまりにもリアルで過酷な白い風景。
その全てが、笑い出したくなるほど懐かしく思えた。
彼は視線を戻し、声に力をこめた。
「それだけで、僕には充分だと思う。
 僕はもう帰るところを見失わない。だからそれまでは、もう少しだけ、ここにいるよ。
 自分の手で、ここにいた僕にケリをつける。そう決めたんだ。
 …だから、大丈夫だよ」
死者は眩しそうに彼を見た。
「…シンジ、君」
彼はもう一度、しっかり頷いてみせた。
「…やっと、ちゃんと名前、呼んでくれたね」
その途端、使徒たちがわっと飛びついてきた。
大きさもカタチもさまざまな使徒たちが、彼を中心にくっつき合い、身を寄せ合い、
まだためらっている死者も巻き込んで思いきり抱きしめた。青い使徒たちと蜘蛛使徒が
分裂使徒と一緒に彼にぶら下がり、イカ使徒が頭や肩を我が物顔に占領し、目玉使徒が
薄っぺらな手の先で顔を撫でた。まだ池の底に残っている魚使徒や火口使徒、彼らに
取り込まれた細菌使徒たちが、翼使徒の接触を通じて触れてくる。そして人型使徒と、
傷をものともしない大きな使徒が、長い腕で全員を抱え込んだ。
すぐ間近に押しつけられた死者と目が合う。一瞬間があり、それから二人同時に噴き出した。
皆の体温が身体を包む。めちゃくちゃにされながら、彼は心から声をあげて笑った。
と、ふいに使徒たちが腕を緩めた。
彼は静まった人垣の向こうに視線を向け、ちょっと目をみはった。
青白く光る紐使徒が、使徒たちから少し離れたところに浮かんでいた。
206ひとりあそび・虚構の始まり:05/01/27 15:14:55 ID:???
彼は死者に軽く頷き、道を開けてくれる使徒たちの間を通って、紐使徒の前に歩み寄った。
紐使徒の、流れる二重螺旋がふっと速度を増し、また戻った。
手を伸ばす。
指先が紐使徒に触れそうになった瞬間、硬い衝撃がバキンと手をさえぎり、はね返した。
ATフィールド。
背後で、使徒たちが息を呑む気配。彼は弾かれた指を押さえ、微笑んだ。
紐使徒は少し得意そうに揺らぎ、そのまま浮き上がって、気持ちのいい速さで遠ざかっていった。
彼は光る輪が見えなくなるまで見送り、それからふと振り返った。
初号機がそこに立っていた。
色褪せ、汚れた装甲の中から、深い強い眼差が彼を見据える。
彼は黙ってそちらに向き直った。
初号機は、角のある凶悪な顔をちょっとそむけ、微妙に目を逸らした。怒っているようにも、
どうしていいのか困っているようにも見えた。
駆け寄って、抱きついた。
一瞬、初号機の動きが止まった。
装甲のざらついた冷たさが、服地を通してしんしんと身体に沁み込んでくる。彼は目を閉じ、
きつく両腕に力をこめた。エヴァの腕がおずおずと背中に触れ、そっと回された。
元通り一本に戻った光の羽根が、かすかな熱を放ちながら周りを取り巻く。
無言の時間が過ぎた。
初号機はいつものように何も応えず、ただ、固い両腕で彼を支えていた。それから、突然
ふっと頭を起こして振り返った。
彼はつられて顔を上げ、初号機の見ている方を向いた。
九体のエヴァシリーズが、残骸の街を背に立ち並んでいた。
それぞれの手には、元の巨大な剣の形に戻った黒い槍が無造作に提げられている。中央の
一体が前に進み出、長い無貌の頭部をこちらに向けた。
と、銀と黒の武器がその手を離れ、雪の上に落ちた。緻密で硬いものの割れる澄んだ音がした。
彼は黙ったまま目を見開いた。
207ひとりあそび・虚構の始まり:05/01/27 15:15:51 ID:???
量産型エヴァは折れて砕けた槍を見下ろし、ぐいと頭を上げた。
一瞬、その人間離れした顔の向こうに、綾波の白い端正な面差が重なった。
綾波は口元だけでかすかに微笑み、小さく口を開いた。
碇君。
「…あやなみ」
呟いた瞬間、量産型エヴァは脆い石の彫像と化してそこに崩れ落ちた。
残るエヴァの列が、一斉に巨大な翼を広げる。
そして、翼の群れが起こす突風が雪面を乱し、エヴァシリーズは次々に青空へ舞い上がって
すばらしい速度で雪原の彼方に消えた。
初号機の手が肩を離す。
彼は目を閉じ、開いて、凝然と佇んでいる使徒たちを振り返った。初号機が少し下がる。
死者が一人輪を離れて歩み寄り、彼の傍に並んだ。
「…これから、どうなるのかな」
「別に、何も。これまでと、そう変わりはしないさ」
彼はどこか吹っ切れたような死者の横顔を見つめた。死者はちょっと顔を向け、微笑んだ。
「誰も、そんなにすぐには変われないよ。変化は変化として受け入れながら、
 今まで通り、自分にできることを繰り返していくだけさ。
 …君は、どうしたいんだい?」
「…僕は」
彼は白い地平に視線を戻し、少し考え込んで、答えた。
「僕は、綾波を探すよ。
 探して、もう一度会って、今度は、ちゃんとさよならを言う。
 …前に、そう約束したんだ。それが僕がここでやらなきゃならないことだと思う」
死者は優しく頷いた。
彼はちょっと照れた笑みを返し、使徒たちと、傍らに立つ初号機を順々に見つめた。
「じゃ、行こう。街は壊れちゃったし、とりあえず今夜寝られるところを探さなきゃ。
 …たぶん、何とかなるよ。僕らは、ここでまだ生きてるから」
それぞれに移動を始める使徒たちの横を歩き出す。
見上げると、隣を歩く初号機が、だいぶくたびれた頭部装甲の陰からいつもの視線をよこした。
その脇で、貧血気味の大きい使徒を支えながら、死者が気負いのない笑顔を向ける。
このイカレた世界。でもこれはこれで、そう悪くもない。
彼は少し頭を振って笑い、顔を上げて、溶け始めた雪の上に次の一歩を踏み出した。
208インターミッション・1:05/01/27 15:27:16 ID:???


そして、いつか、時間のない時間の終わり。

輝く白い峡谷の果てに、湖の水源がある。
狭い地峡湖はそこで大きく両側に開け、丸い、静かな水辺になって風を受ける。
打ち寄せる波が白い砂の岸辺を洗う。

砂の上に、初号機が単独で立っている。
長い光の羽根が湖上を吹き渡る風になびき、揺らめいては静まる。
初号機の視線は、少し離れた浜辺の続きへと向けられている。

少年は確かな足取りで白い砂を踏みしめていく。
道のない道の先には、化石して崩れたエヴァシリーズの残骸を挟んで、
一人の少女が佇んでいる。
少年は、抑えきれない思いと決意を胸に、迷いなく少女のもとへ進んでいく。
この不思議な虚構に、ひとつの終局を告げるために。


209インターミッション・2:05/01/27 15:35:12 ID:???


「ずっと、ありがとう」

「君に会えて、君と一緒にいられて、本当に良かったと思う」

「僕はもう平気だよ。
 現実が辛いところでも、逃げ出したりはしない。
 君のこと、忘れないよ。君がどこかで生きてるんだって思えるなら、
 また一人になることなんて、何でもない。
 僕が自分だけで立てるようになるまで、君がずっと一緒に歩いてくれたから」

「僕は、憶えてるから。
 だから君も、ずっと生きていてほしいんだ。
 いつか僕に終わりが来て、それで、もしかしたら、また君の中にたどり着くまで」

「そのときまで、さよなら。
 …僕の、エヴァンゲリオン」


210ひとりあそび・現実の続き:05/01/27 15:36:31 ID:???
波の音がする。
仰向いた顔の正面に、夜がある。
星々。目の中になだれ落ちてきそうなほどの、青い青い満天の星。
どこまでも深い夜空の底をひとすじ、ぼんやりとけむる巨大な赤い弧が貫いている。
背中の下に、砂の平らな固さ。潮の匂い。
視界の外のどこか、離れた波打ち際に波が寄せては引いていく。その音と自分の息づかいだけが、
圧倒的な静寂の裾をかすかに揺り動かして、今も時間が流れていることを教えてくれる。
波音は近づき、遠ざかり、また寄せては海へ返る。
頭を動かしてみる。髪の下でじゃりっと砂が音をたてる。そのまま首を真横に倒して、
ほの白い砂浜の果てに広がる、海の方を見た。
波の上に綾波がいた。
さざめく暗い赤い波から少し浮かんで、綾波は遠い真昼とよく似た姿で佇んでいた。
いや、似ているのではなくて、同じなのだ。
何となく、それがわかった。
あのとき陽炎の路上に立っていた綾波と、今赤い波間に立っている綾波は、同じだ。
砂の上を吹く風が冷たかった。
ここが綾波の時間の果て。十五年ぶりに使徒が襲来し、無人の街で出会ったあのときから、
今のこの最果ての赤い海まで。彼がいて、綾波がいた、そのとても限られた時間の終点。
あのとき見た綾波は、本当は、今ここにいる綾波だ。
閉じた時間の中には過去も未来もない。そこに残された思いにも。閉塞した輪の内側、
その全ての領域に、綾波は遍在し続ける。
そして、彼はもうそこにはいない。
いられないのだ。彼はまだ生きていて、彼の時間はまだ流れ続けているから。
だから、彼は何も言わなかった。
綾波も、何も呼びかけてこなかった。
ただ息をするのも忘れて、目を凝らした。
波音が高まり、また静まる。
それだけだった。それだけで、綾波はもういなかった。
大きく目を見開いていたのに、いついなくなったのかすら、定かでなかった。
神様の血で汚れた月が真上から見ていた。
彼は砂の上に横たわったまま、無限に寄せ返す波音の響きを聞いた。
211ひとりあそび・現実の続き:05/01/27 15:37:16 ID:???
どれだけそうしていたのだろう。
疲れきった身体の重さに閉口しながら、這うように起き上がった。
横を見る。少し離れて、濡れて黒っぽくなったプラグスーツの上に包帯を巻いたアスカが、
同じように仰向けに寝ていた。人間サイズのエヴァ初号機が寝ているのと同じくらい
現実感の乏しい眺めだった。
彼はしばらく動かない彼女を見つめていた。それから、膝をついて傍に行った。
アスカは死んだように身じろぎひとつしない。片目は顔に巻かれた包帯の下に隠れ、
もう一方の目も、彼を遠く逸れて、どこでもない宙の一点を見据えていた。
波音が響いた。
彼は無言で彼女の身体にまたがり、両手をその首に添えた。
静かに力を入れる。
白い皮膚は柔らかく、喰い込む指に吸いついてくるようだった。その下で骨が軋んだ。
アスカの顔は無表情のままのけぞり、喉の奥から小さな異音が洩れた。
それでもアスカは彼を見なかった。
彼は力を込め続けた。
垂直につっぱった腕に体重がかかる。背後で赤い海が騒いでいる。
目に映るものがふうっと意味を失った。
…アスカ。
今更そんなの駄目だ。自分しか見たくないなんて、ずるいよ。
僕らは戻って来ちゃったんだ。
もう、あそこには戻れないんだ。他に誰もいなくても、僕らはもう、ここにいるしかないんだよ。
だから僕を見て。僕を見てよ。でないとまたあそこと同じになる。自分しかいないのに、
自分がどこにいるかわからなくなっちゃうんだ。
それじゃなんにもならないんだよ。
…ねえ、アスカ。
今なら、なんで使徒たちがあんなことしてたのかよくわかるんだ。
アスカ。
僕はアスカを殺そうとしてるんだよ。本気で君のこと殺そうとしてるんだよ。
それが、どんなにぼろぼろになっても残る、最後の一時的接触の方法だから。
212ひとりあそび・現実の続き:05/01/27 15:38:15 ID:???
殺し合うってことには、必ず自分と相手がいるから。他のどんなことより、真剣に
お互いを見てられるから。殺そうとしてくる相手のことも、生きようともがく自分のことも、
強く意識していられるから。
自分がここにいるって、そう確かにわかるんだ。
…だから、アスカも抵抗してよ。
こんなことしてる僕を拒絶してよ。僕のこと、本気で殺そうとしていいからさ。生きたいって、
まだ死にたくないって、言ってよ。ねえ、起きてよ、アスカ。こんな弱っちい手なんか
さっさとはねのけて、思いきり突き飛ばして、それで、いつものように、僕を馬鹿にしてよ。
僕のことずっと大嫌いでいいから。
このままいなくならないで。
死なないでよ、アスカ。
お願いだから。
アスカ。
…そのとき、何かが頬に触れた。
がさがさした布が滑り、その先から現れた、丸い、優しい感触が、凍りついたようになった
彼の頬の線をゆっくりとなぞって、力なく離れた。
波音が近づき、また遠ざかった。
放心状態で、きっと今の自分は廃人のような顔をしているんだろうなと考えた。
だって、違う。
これは違う。
そうじゃないよ、アスカ。これじゃ駄目だよ。駄目なんだ。
僕らは傷つけ合っていないと、自分のカタチもわからないのに。
両腕から力が抜けた。
けれど指のあとに、頬を伝うものがあった。
生温かい雫が顎に流れ、次から次へと、横たわるアスカの上に滴り落ちた。耐えきれずうつむき、
そのまま、崩れるように彼女の身体につっぷした。嗚咽が止まらなかった。
まだ、泣けたのかと思う。
だけど、これで大丈夫かどうかはわからない。たぶん、ずっとわからないのだろう。
拒絶されなかったことが嬉しいのか、それとも理解してもらえなかったのが悲しいのか、
それも今の彼にはわからなかった。ただ、全てを押し流すような涙に身体を委ねた。
泣き続ける彼の頭上で、かすれた声がした。
「…気持ち悪い」
213ひとりあそび・現実の続き:05/01/27 15:39:00 ID:???
満天の星の下で、赤い海はきらきらと寄せ返している。
水平線の向こうは赤っぽい靄に包まれていて、そこに、半分に割れた綾波の頭がそびえていた。
アスカは白い砂の上に坐ってそれを見ている。
こちらに背を向け、きっちりと両膝を抱えたアスカの肩は頑なに尖っていて、無言のうちに
彼のどんな言葉も拒絶していた。敵意のようなものすら、そこにはあった。
でも、実際のアスカの声はひどく疲れ、すり減ったように弱々しかった。
だから彼は、数歩退がったところに立ち続けていた。

「…何見てんのよ、馬鹿」
「…うん」
「もう、放っといてよ」
「…うん」
「どっか行きなさいって、言ってんのよ」
「…、うん…」
「……」
「……」
「…まだ、そこにいんの?」
「……」
「……
 やっぱ、取り消すわ。さっきの」
「……うん」
「……」
「……」
「…、シンジ?」
「何?」
「…別に、いるならいいのよ」
「…うん」

…綾波。
ごめん。
まだ、生きてる。だから、生きてくよ。
いつか、本当の終わりが、僕に来るまで。
214ひとりあそび・夢の終わり:05/01/27 15:40:08 ID:???

誰かに呼ばれたような気がした。

振り向いた瞬間、目の前がぱっと明るくなった。
とっさに目をつぶる。ひと呼吸おいて恐る恐るまぶたを開くと、少しずつ周りの輪郭が
浮かび上がってきた。彼はぎこちなく身体の向きを変え、背後に溢れる眩しい光を見つめた。
薄暗い講堂の中だった。
すぐ後ろにある鉄扉が片方、大きく開け放たれている。そこからまばゆい陽光が射し込んで
周囲にくっきりした陽溜まりを作っていた。明るいのはそのラインの内側だけで、少し視線を
移した途端、視界は一面埃っぽい暗がりに沈んだ。高い天井も、妙に遠くに感じられる舞台も、
一様にひんやりした薄闇に閉ざされている。誰もいなかった。足元から伸びる彼の影が、
たくさんの靴底で磨かれた床を鮮やかに横切り、乾いた静けさの中に吸い込まれている。
彼は近づくにつれて次第にはっきりしてくる影のエッジをたどり、その先で床を踏みしめる
自分の両足を、初めて見るもののようにじっと見下ろした。
強い日差しに晒された床を細かな埃が舞っている。
ほんの少し、意識が揺らいだ。
ここはどこだろう。どうして、こんなところにいるんだろう。
本当に、ここにいていいのか。
でも、それはごくわずかな間のことだった。
妙な浮遊感はすぐに消えた。彼は小さく息をつき、傍らに立ててあったチェロケースに
手を伸ばした。楽器がきちんと中で固定されているのを確かめてから、手早く留め金を嵌め、
幅広のバンドで肩にかける。なじみ深い重みが背中にかぶさってきた。
再び、外から呼ぶ声がした。
彼はもう一度講堂の中を振り返った。さっきまで彼が坐っていたパイプ椅子が、一脚だけ
ぽつんと取り残されている。
その奥には何もない。誰もいない。終わった後の、がらんとした沈黙だけがある。
やがて、彼は背を向けた。
「ごめん、今行くよ」
外に向かって声を張り上げる。それからチェロを担ぎ直し、彼は光の中へ歩き出した。
215ひとりあそび・夢の終わり:05/01/27 15:40:53 ID:???
無人の講堂は、ほのかな眩しさを含んだ真昼の闇の底でひっそりと静まり返っている。
熱気を含んだ風が吹き込み、陽溜まりの上でゆるく渦を巻く。

「遅ォい。一体何やってたのよ」
「ごめん、なんかぼうっとしちゃってて」
「なーに言ってるんだか。夢でも見てたみたいな顔しちゃってさ」
「夢?」
「まさか、あんなとこで夢なんか見るわけないよ。…でも、もしかしたら、そうだったのかな」
「何かあったのかい?」
「…なんか、海の音が聞こえた気がしたんだ、ちょっとだけ。…って、気のせいだよね」
「ほーら、やっぱり寝ぼけてたんじゃない」
「違うよっ!」

陽溜まりに残されたパイプ椅子の背に一点、小さく外の太陽が映って輝いている。すぐ前を
幾つかの影がよぎり、通り過ぎて、見えなくなった。階段を降りる軽い靴音が重なる。

「…海って、どんな音がするの」
「え? …綾波、見たことないの?」
「ええ〜〜ッ、一度も?! この年で? こんなせっまい島国に住んでるくせに?!」
「そういうアスカはどうなんだよ」
「あたしはここに来るとき、さんざん見たもの。飛行機の窓から、ゴージャスな青い太平洋を
 たーっぷりとね」
「ということはつまり、ちゃんと行ったことはまだないわけだね」
「う…こっ、これから行けばいいのよ! この優等生も一緒にね。それなら文句ないでしょ?」
「わたし?」
「当ったり前じゃない。まずはあんたのためなのよ。どうせなら、ヒカリや他のヤツも誘ってさ」
「そっか、もうすぐ夏休みだね」
「ふふ、面白そうだね。じゃ、今度、本当に行ってみようか。皆で、本物の海を見に」

笑い声やささやかな応酬を交え、明るく絡み合いながら、声は少しずつ遠ざかっていく。
彼らの前に開ける、始まったばかりの真新しい夏のさなかへ。


    ひとりあそび・了



お疲れさまでした。
以上で、「ひとりあそび」は完結となります。
最後まで読んでいただいて、ありがとうございました。

さて、というわけで一応、エンディングは
・虚構の始まり(或いは“ある意味グットエンド”)
・現実の続き(或いは“たぶんトゥルーエンド”)
・夢の終わり(或いは“それでもバッドエンド”)
の三分岐でした。
かなり後付けなインターミッション(一部は現実パートにくいこんでますが)を挟んで、
全部あわせてひとつのエンディングと見ることもできるかなと思います。
「ああ、終わったぁ」という気持ちになっていただければ、書き手冥利ってものです。

終わってみればなんでこんなふうになったんだろう、という感じです。
いろいろ本(つってもフィクションばっかです)読んだり考えたりはしたけど、
結局ほとんど反映されませんでした。
それでも、あんなに憧れて夢中でいた『エヴァ』について、独りよがりではあるけど
自分なりに何かひとつ終わらせられたのは、自分にとって結構大きいようです。
ここまで書かせていただいて、本当にありがとうございました。
少しでも楽しんでいただけたら、幸いです。

                               元ぜろさげ
おまけ
書いてる間読んだ本とか

・W.ギブスン『ニューロマンサー』
  死者の地のおおもとは、結局この中の、システム・ニューロマンサーっぽいです。
  それから、最終章のラストシーンも。
・C.スミス『ノーストリリア』
  ラスト付近の、ロッド・マクバンとク・メルの千年の夢。虚構エンドのきっかけがこれ?
・T.リー『狩猟、あるいは死―ユニコーン』
  こういうものすごいカコイイまとめ方ができれば良かったんですが。
・薄井ゆうじ『酒粥と雪の白い色』
  突然雪が降ったりしたのは(幻の劇場版ラストのせいもありますが)これが遠因かもしれません。
・赤江瀑『白帝の奥庭』
・長野まゆみ『魚たちの離宮』
  死者について考えるとき、特に思い返したりしたもの。
・R.ブラッドベリ『霧笛』『生涯に一度の夜』
  なぜか何度も読み返してました。


これで、元ぜろさげの一人遊びはおしまいです。
スレに来てくださった方、読んでくださった方、書き込んでくださった方、
本当に、ありがとうございました。
それでは、これで。
お疲れ&おやすみなさい
へへっ・・・おかげで本日のテストはもう多分アウトだぜ・・・

長い間お疲れ様でした!面白かったです!
ラスト、まだ決めかねます
ありがとござました

なぜかこんなじかんにいるほしゅにんより
0age
223名無しが氏んでも代わりはいるもの:05/02/24 00:29:24 ID:Sl3kKndl
☆って何のこと?
完結、おめでとう。一言だけ述べさせて頂きます。
>>223
エロパロ板のTS関連スレを崩壊させた原因の人物
不都合なレスには一切答えない特徴を持つ

え?コテハンのことじゃない?
226埋め終わった人:05/02/25 10:06:36 ID:???
…こんにちは。
あっちのスレなかなか落ちませんね…
500KB越えたら、せいぜい一日程度でdat行きだと思ってたんですが。

大変遅くなってしまいましたが、このスレで
「ひとりあそび」に感想をくれた方々、ありがとうございました。
>219さん
ありがとうございます。あっちのスレもちゃんと眠りにつきました。
>220さん
遅い時刻まで読んでいただいてありがとうございました。
面白かったと言っていただけて嬉しいです。
ていうか、時間(つかテスト)すみませんでした…
>221 ほしゅにんさん
最後までまともにレスできなくて申し訳ありませんでした。
ずっと見守ってくれて本当にありがとう。楽しかったです。

それから>224さん、ありがとう。ひとことでも大変ありがたいです。

>225さんら
☆については全く知りませんでした
(そういうタイトルか通称のFFでもあるんかな程度にしか考えていませんでした)
向こうの反応が、都合が悪くてごまかしてるように見えたのなら申し訳ないです。
もう容量はギリギリだったし、自分には関係ないだろうと思ったので、
ただ「知らない」とだけ書きました。
エロパロ板には一度も行ったことがありませんし、書き込んだこともありません。
もちろん、ここでどれだけ言っても何の証明にもなりませんけどね。
ともあれ教えてくれてどうもありがとうです。(微妙に気になってたので)
長文失礼しました。
☆っつったら種のキラじゃんねぇ
おつ
229名無しが氏んでも代わりはいるもの:2005/04/06(水) 13:55:07 ID:???
乙でし
230名無しが氏んでも代わりはいるもの:2005/04/22(金) 21:53:10 ID:???
231名無しが氏んでも代わりはいるもの