【ご主人様】メイドさんでSS Part7【旦那様】

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1名無しさん@ピンキー
おかえりなさいませ、ご主人様。
ここは、メイドさんの小説を書いて投稿するためのスレッドです。
SSの投下は、オリジナル・二次創作を問わずに大歓迎です。

(※)実質通算7スレ目です。
   「メイドさんでSS Part4」スレはありません。

■前スレ
【ご主人様】メイドさんでSS Part6【お戯れを】
http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1221505706/

■過去スレ
【ご主人様】メイドさんでSS Part5【召し上がれ】
http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1213801833/l50
【ホワイト】メイドさんでSS Part3【ブリム】
http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1204389730/l50
【ご主人様】メイドさんでSS Part2【朝ですよ】
http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1182588881/
【ご主人様】メイドさんでSS【朝ですよ】
http://sakura03.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1141580448/
【ご主人様と】メイドさんでエロパロ【呼ばれたい】
http://sakura03.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1116429800/

■関連スレ
男主人・女従者の主従エロ小説 第二章
http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1185629493/

■関連サイト
2chエロパロ板SS保管庫 → オリジナル・シチュエーションの部屋その7
http://red.ribbon.to/~eroparo/contents/original7.html
http://sslibrary.arings2.com/
2名無しさん@ピンキー:2009/01/02(金) 07:47:15 ID:5EHl4ObU
■お約束
 ・sage進行でお願いします。
 ・荒らしはスルーしましょう。
  削除対象ですが、もし反応した場合削除人に「荒らしにかまっている」と判断され、
  削除されない場合があります。必ずスルーでお願いします。
 ・趣味嗜好に合わない作品は、読み飛ばすようにしてください。
 ・作者さんへの意見は実になるものを。罵倒、バッシングはお門違いです。

■投稿のお約束
 ・名前欄にはなるべく作品タイトルをお願いします。
 ・長編になる場合は、見分けやすくするためトリップ使用推奨。
 ・苦手な人がいるかな、と思うような表現がある場合は、投稿のはじめに注意書きをしてください。お願いします。
 ・作品はできるだけ完結させるようにしてください。
3名無しさん@ピンキー:2009/01/02(金) 07:47:50 ID:5EHl4ObU
◆正統派メイド服の各部名称

頭飾り:
Head-dress
("Katjusha","White-brim")
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  ,ィ^!^!^!ヽ,
                    ,/゙レ'゙´ ̄`゙'ヽ
襟:.                 i[》《]iノノノ )))〉     半袖: Puff sleeve
Flat collar.             l| |(リ〈i:} i:} ||      .長袖: Leg of mutton sleeve
(Shirt collar.)           l| |!ゝ'' ー_/!   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  /::El〔X〕lヨ⌒ヽ、
衣服:               (:::::El:::::::lヨ:::::::::::i        袖口: Cuffs (Buttoned cuffs)
One-piece dress         /::∧~~~~ヽ;ノヾ;::\_,  / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
. ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  /:_/ )、_,,〈__`<´。,ゝ 
               _∠゚_/ ,;i'`〜〜''j;:::: ̄´ゞ''’\_     スカート: Long flared skirt
エプロン:           `つノ /j゙      'j;:::\:::::::::;/´::|  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
Apron dress            /;i'        'j;::::::::\/ ::::;/
(Pinafore dress)         /;i'         :j;:ヽ:::/ ;;r'´    アンダースカート: Petticoat
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄   /;i'       ,j゙::ヽ/::;r'´    ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
                 /;i'_,,_,,_,,_,,_,_,_,_,i゙::::;/ /
浅靴: Pumps        ヽ、:::::::::::::::::::::::__;r'´;/            Knee (high) socks
ブーツ: Lace-up boots     `├‐i〜ーヘ,-ヘ'´          靴下: Garterbelt & Stocking
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄  i⌒i.'~j   fj⌒j   ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
.                   ̄ ̄     ̄

イギリスの正装メイド服の一例
ttp://www.beaulieu.co.uk/beaulieupalace/victorianstaff.cfm

ドレスパーツ用語(ウェディングドレス用だがメイド服とは共通する部分多し)
ttp://www.wedding-dress.co.jp/d-parts/index.html

4名無しさん@ピンキー:2009/01/02(金) 11:22:04 ID:nir0RBYW
>1お疲れ様。
昨日福袋で5千円捨てたわたくしが御礼申し上げます。とほほ。
5名無しさん@ピンキー:2009/01/02(金) 15:10:56 ID:pSsgCx/2
乙!

福袋は夢を買うんだ
6名無しさん@ピンキー:2009/01/02(金) 22:17:36 ID:etv3mpNt
>>1
7美果と旦那様とアパート ◆CKHo.sFTP2 :2009/01/03(土) 21:20:08 ID:fsrUIWCF
>>1乙です。
第7話投下します。今回は男性視点になります。




新年を迎え、この古びた海音寺荘の玄関にも、みかんの付いたしめ縄が飾られた。
雑煮とおせち料理は、大家さんの部屋でご馳走になり、正月恒例の駅伝までテレビ観戦させて頂いた。
一方、美果さんの年末年始は、いつもよりさらに忙しいものだった。
茶店の入っている商店街を抜けた先には、有名な観音堂があり、この時期は年末年始の参拝客で混雑する。
そのため、茶店は一年で最も繁盛し、忙しさに息つく間もなくなるらしい。
気働きが良く頑張り屋の美果さんに、その期間の出勤要請がかけられたのは、自然の成り行きだった。
「お客さんがいっぱい来たら、大入り袋が出るそうですよ」
クリスマスから年末へと、世間が装いを改めるわずかな期間、美果さんはさも楽しみだという様子で言っていた。
しかし、いざ特別出勤が始まると、彼女はたいそう疲れた様子で帰ってくるようになった。
世間には不景気の波が押し寄せ、沈うつなムードが漂っているとはいえ、多くの人は年中行事をおろそかにはしない。
今年も例年通りに、茶店の繁盛は素晴らしかったようで、お昼も満足に食べられなかったらしい。
人々が休む時期に働く彼女に、帰ってから家事をさせるのは酷なことだ。
少しでも助けるべく、僕はその期間の家事一切をすることを申し出た。
「旦那様に、火を使って頂くわけにはいきません。危なすぎます」
こう言われたので、料理ができないのが悔しいところである。
できることを精一杯やり、合間に部屋の掃除の真似事もしているうちに、年が暮れて正月の三が日が明けた。
茶店は、1月4日で営業を終了し、掃除の後に従業員一同で新年会をとり行うとのことだ。
今日、美果さんはそれに出かけており、ここにはいない。
この新年会がすむと、茶店はようやく正月休みに入るらしい。
今、部屋には僕一人だけで、寂しいくらいにしんと静まり返っている。
夜になって、美果さんが用意してくれていた夕食をとり、僕は読書にふけっていた。


何時間くらい、本に集中していただろう。
ふと、窓の外から人の声が聞こえた。
誰かが歌でも歌っているように大声を出していて、もう1つ別の声が大声の主を必死になだめている。
下の階の人が騒いでいるのかと最初は思ったが、2つの声はアパートの階段を上がり、だんだんと大きくなってくる。
そして、あろうことか、わが207号室のドアがいきなりノックされた。
「すみません」というひどく弱りきったような声と、ドサッと大きな荷物を下ろしたような音もする。
何事かと、玄関に行ってドアを開けると、40歳くらいの婦人がそこに立っていた。
「あの、ここ、丹波美果さんの部屋ですよね?」
問われた僕が頷くと、婦人は心から安堵した様子で深く息をついた。
「よかった!」
そう言って彼女はわずかによろけ、傍らの壁に手をついた。
「私、美果さんと同じ店のパート……なんですけど。彼女を送ってきたんです」
婦人が、廊下の突き当りを指して疲れた声で言う。
視線をそちらにやり、僕は絶句してしまった。
そこには、真っ赤な顔でうずくまった美果さんが、眠りこけていたのだ。
まさか宴席で、未成年の彼女に飲酒をさせたのだろうか。
いくら繁忙期を無事に終えた解放感があるとはいえ、そのようなことは社会人として許されざる行為である。
僕が表情を険しくしたのが分かったのか、婦人は慌てて弁明を始めた。
美果さんは、最初お茶やオレンジジュースを飲んで、節度を持って新年会に参加していたこと。
しかし、二次会で行った店で、皆にはやし立てられてカラオケを歌わされ、慣れぬことにへとへとになったこと。
歌が終って席に戻り、気が抜けた美果さんが一息に飲み干したのは、取り違えた他人のウーロンハイであったこと。
「顔が見る間に赤くなって、奇妙な言動を始めたもんですから、私が送ってきたんです」
本当にごめんなさいねと僕に頭を下げた後、婦人はひどく消耗した様子で、よろよろとアパートの階段を下りていった。
美果さんを送り届けるのが、そんなに大変だったのだろうか。
当の本人はというと、歌に疲れたのか、壁にもたれてむにゃむにゃ言いながら眠り込んでいる。
このままだと風邪を引いてしまうからと、玄関に引きずり込み、それでも起きない彼女を一旦置いて風呂の準備をした。
8美果と旦那様とアパート ◆CKHo.sFTP2 :2009/01/03(土) 21:21:17 ID:fsrUIWCF
「美果さん、起きなさい。ここで寝てはいけません」
玄関に戻り、肩に手を掛けて何度も呼ぶと、彼女はようやく目を開けた。
「あれっ?ヨシダさん?シンドウさん?」
その口をついて出たのは、さっきの婦人の姓だろうか。
「新年会は終わりました。ここはアパートですよ、海音寺荘です」
言い聞かせると、美果さんは僕を見て数度まばたきをした後、極上の笑みを浮かべた。
「旦那様っ。ただいま!」
ほがらかに言うなり、彼女はいきなり僕の首に抱きつき、体重をかけてきた。
不意打ちを食らった僕は、あっけなくバランスを崩して倒れ、板張りの床でしたたかに尻を打ちつけた。
「美果さん、おやめなさい。痛いでしょう」
ぶざまに転んだまま言い聞かせても、彼女は機嫌よく笑ったままで、あろうことか僕に頬まで擦り寄せてくる。
たった1杯のウーロンハイでここまで出来上がるとは、ある意味すごいと言う他はない。


美果さんを振り払えず、そのままの姿勢でいるしかない僕の耳に、風呂のブザーが鳴る音が届く。
彼女の注意がそれたのを幸いに、僕は姿勢を戻し、着替えを用意しておくからと言って彼女を風呂場へ連れて行った。
「湯を浴びて酔いをさましなさい。布団も敷いておきますから」
そう言い置いて彼女を一人にすると、すぐに風呂場からは鼻歌まじりに湯を使う音が聞こえてきた。
まだ酔いがさめないのなら、早く寝かせるしかないと、コタツを片付けて2人分の布団を敷く。
上機嫌で風呂から上がった美果さんと交代に、僕も湯を使った。
一人にしている間に、奇妙な行動をされても困るからと、早々に風呂場を出てパジャマを着る。
六畳間へ戻ると、美果さんが足を投げ出して、自分の布団の上に座っているのが見えた。
「はいっ」
美果さんはこちらを向き、語尾にハートマークがついているかのように、さも楽しいといった調子で何かを差し出した。
飴玉でもくれるのかと、つい反射的に手を出した僕は、受け取った物を一目見るなり固まってしまった。
「美果さん、これは……」
「いいでしょう?」
無邪気に首を傾げ、同意を求めるその表情は可愛らしいのだが、さすがに対応に困ってしまう。
なぜなら、彼女が僕に手渡したのは、避妊具だったのだから。
受け取ってしまったものの、どう対応すべきか考えあぐねていると、美果さんは焦れたようににじり寄ってきた。
湯上りの体が帯びた仄かな熱と良い香りに、心臓がドキリとする。
「ね、旦那様。しましょうよ、ねっ?」
傍に来た彼女が言ったのは、普段ならその口から出ることが考えられない言葉だった。
「旦那様、ねえ。お返事は?」
絶句する僕のパジャマを引っ張り、美果さんが少し不機嫌そうに尋ねてくる。
誘って頂くのは有難いが、あいにく、今は全くそのような気分ではない。
「お離しなさい。僕には、酔った婦女子を手込めにする趣味はありません」
パジャマを掴む手を離させ、ほら、もう寝なさいと掛け布団をまくり上げて促す。
彼女の体を考えてのことなのだが、悪いことに当の本人は、僕の取った行動にひどく気分を害したようだった。
「なんで?」
眉根を寄せ、むすっとした表情で不機嫌に尋ねられてしまう。
「私は、したいのに。旦那様は、したくないの?」
また、普段ならありえないような言葉が聞こえ、違和感にこちらの調子が狂った。
夜に誘われたことも無いうえに、僕を叱りつける時でさえ丁寧な彼女の口調が、今はタメ口になっている。
「しません。さあ、もうお休みなさい」
酔っ払いにつける一番の薬は、そっとしておくことだ。
奇妙な言動を取る人も、一晩眠ってアルコールが体内で分解されれば、朝には元の本人に戻る。
とにかく、寝かせてしまうのが一番いい。
しかし美果さんは、僕の返事がお気に召さなかったようで、その表情をさらに険しくした。
「寝ますよ。だから、一緒に寝ようって言ってるのにっ」
頬を膨らませ、すねたように呟かれてしまい、僕の心に焦りが生まれる。
どうやら、彼女は酔うと頑固になってしまう性質のようだ。
「これは君の布団です。僕は、僕の布団で寝ます」
そう言って自分の布団に入ろうとした時、美果さんが背後から抱きついてきた。
酔っ払いとは思えぬ力で後ろに引き戻され、僕はあっけなくバランスを崩し、布団の上に倒れ込んだ。
9美果と旦那様とアパート ◆CKHo.sFTP2 :2009/01/03(土) 21:22:25 ID:fsrUIWCF
「じゃあ、私が旦那様を手込めにしてあげる。それならいいでしょ?」
腰に抱きついたままの美果さんが、にこやかに、さも名案のように言ったのを聞いて、体からがくりと力が抜ける。
「馬鹿を言うのはおよしなさい。そういうのは、趣味ではありません」
いくら僕が頼りない主人であろうとも、さすがにそれは自尊心が許さない。
しかし、いつにも増して強気になっている美果さんには、この断りの言葉も焼け石に水だったようだ。
「さっきから、何!しないしないって、いつもは自分からアプローチしてくるくせにっ」
キッと睨みつけて叱責され、情けなくも条件反射で身がすくむ。
その隙を見逃さず、美果さんはとうとう僕を組み敷く格好になった。
手早くパジャマのボタンが外され、強奪するように引き抜かれてしまう。
脱がせたそれをぽいっと脇に放り、満足気に頷いた美果さんは、こちらに向き直って唇を重ねてきた。
「んっ。ん……んっ……」
短く、ついばむようなキスを何度もされ、胸が騒ぎはじめる。
拙いとはいえ、いつも仕掛ける側にいる者としては、主導権を奪われるとどうも落ち着かない。
柔らかい唇でさんざん僕のそれを蹂躙(じゅうりん)した後、美果さんはぷはっと音を立てて唇を離した。
「その気に、なったでしょう?」
にこやかに小首を傾げ、穏やかならぬことを言ってくる。
「……ダメ?」
僕の表情が固いのを見て、美果さんはついと後ろへ下がった。
「旦那様、しぶとい」
むすっと呟いて、美果さんは僕のパジャマのズボンに手を掛けて一気に抜き去った。
慌てて手を伸ばすが一足遅く、僕は下着一枚の情けない姿で、彼女に乗りかかられる格好になった。
まな板の上の鯉とは、こういう状況を言うのだろうか。
急に落ち着きを失った主人の姿を、美果さんは楽しそうに見つめている。
これで進退きわまっただろう、さあどう料理してやろうかと考えているのが、その表情からうかがわれた。


「旦那様、はい」
美果さんが僕の手を取り、自分のパジャマに触れさせる。
「脱がせてあげたんだから、今度は旦那様の番です」
だからほら早く、と布地を掴まされ、プレッシャーがかけられる。
脱がせてくれなきゃ、おっぱいに触らせてあげませんよ、などとも言われてしまった。
これは、もう腹をくくる他はないのだろうか。
変にはねつけては、酔っ払いと化したこの人に、とどめを刺されるかもしれない。
覚悟を決め、しかしなるべく酔いがさめるようにと、時間を掛けてボタンを外す。
最後の一つが外れると、美果さんは待ちかねたように、パジャマをばさりと脱ぎ捨てた。
淡い色の下着が目に映り、それに包まれた2つの膨らみのことを考えて、僕の下半身に急速に血が集まり始める。
丸く柔らかく、まるで僕のためにあつらえたかのようにしっとりと手に馴染む、その胸に早く触れたい。
渋々パジャマのボタンを外した時とは全く違う手早さで、彼女の下着を脱がせる。
現れた胸に手を伸ばして揉みしだき、それでは足りずに彼女を押し倒して、そこに顔を埋めた。
「んんっ……あん……」
頬擦りをすると、美果さんが小さく溜息のような声を漏らす。
控えめだが、しかしとんでもなく甘やかなその声が、もっと聞きたくなる。
膨らみの頂にある色づいた部分に、狙いを定めて舌を伸ばす。
舐め上げて軽くつつくようにもすると、今度は上ずった悲鳴のような声が紡ぎ出された。
「あんっ……ん……」
色っぽい声が高まるほどに、僕の心拍数も上がってくる。
美果さんをもっと気持ち良くさせてやりたい、声を上げさせたい。
最初に迫られた時に拒んだとは思えないほど、僕の心の中でやる気が急速に高まっていった。
屋敷にいた頃は、満足な愛撫もしなかったなんて、あの頃の自分はまことに木石であったとしか思えない。
願わくば、当時に戻ってやり直したいものだ。
10美果と旦那様とアパート ◆CKHo.sFTP2 :2009/01/03(土) 21:23:44 ID:fsrUIWCF
手と口で、美果さんの両胸を十分に時間を掛けて愛撫する。
彼女も、それに応えるように僕の頭を抱きしめ、喘いだ。
鎖骨やみぞおちの辺りに舌を滑らせると、そっちじゃなくてこっちだ、とでもいうように引き戻される。
それに従い胸への愛撫を再開すると、満足そうに深く息が吐かれ、されるがままになってくれる。
快感に貪欲なその姿は、いつもの彼女がついぞ見せたことが無いといってもいい姿だった。
胸に顔を埋めたまま、指先でへその下や腰骨の辺りに触れると、彼女はいやいやをして僕の手から逃れようとした。
くすぐったがって漏らされる声ですら、もう僕の耳には甘い喘ぎにしか聞こえない。
髪から足の裏まで、余す所がないくらいに指を這わせ、声を誘い出した。
彼女の脚の間に指を押し込むと、あっと息を飲むのが聞こえ、その足の指に力が入ったのが分かった。
酔ってはいても、さすがにここを触られると緊張してしまうようだ。
普段でも、不安そうな瞳で見つめられ、僕は動揺と昂ぶりの間に立たされることがある。
強気な彼女が目に涙を浮かべ、弱々しく抵抗するその時のさまは、ひどく煽情的だ。
声を上げるのもいいが、こういう仕草にすら、自分が煽られるのが分かる。
「旦那様……」
蕩けるような声で美果さんが呟き、体の力を抜く。
欲望が恥ずかしさに勝ったのか、今日の彼女はやけに協力的だ。
僕は胸から顔を上げ、先程指を這わせた腹や腰の辺りにキスをしながら、布団の足元へと下がった。
「んん……」
脚を大きく開かせると、拒まねばという意識がわずかに残るのか、美果さんが尻をもぞもぞと動かした。
しかしそれは、僕にしてみれば誘っているようにしか見えない。
かまわずに彼女の秘所に触れ、指で開いて凝視する。
そこは既に十分に潤って、早く触れてとでも言うかのようにぬめり、光っていた。
柔らかい場所に舌を触れると、美果さんが全身を震えさせる。
さらに舌を伸ばし、襞の奥に隠された小さな肉芽に届かせると、彼女の反応はさらに激しくなった。
「やんっ……あぁ……あん……気持ちいい……」
彼女が紡いだのは、これも普段はけして聞けない言葉。
酒の力が羞恥心を取り去り、感じたままを口にさせているのか。
うわ言のように漏れる声が、だんだんと高まっていく。
僕はそれに煽られ、舌を動かすのをやめられなくなった。
肉芽への圧迫を強め、舌先ですくい上げたり、押しつぶしまた輪郭をなぞるように舐め上げる。
美果さんの反応を見ながら、彼女が喜ぶやり方で丹念に秘所を舐め回した。
「あぁ……んっ……あ……あああっ!」
とうとう限界を迎えた体を大きく震わせ、叫びと共に美果さんが達した。
余韻がなかなか冷めないのか、シーツはギュッと握りしめられたままだ。
閉じたその目が開けば、酔いも覚めて、いつもの彼女に戻っているだろうか。


しばしの後、ようやっと美果さんが目を開いた。
その目は秘所と同じく快感に潤み、いつもより赤くなっていて、僕の心臓がまたドキリとする。
「旦那様……」
少し恥ずかしそうに呼ばれて返事をしたが、口からは乾いた息しか出てこなかった。
美果さんが腕を伸ばし、僕の首に回す。
反動をつけて起き上がられ、僕はあっさりと組み敷かれてしまった。
彼女が何度かまばたきをし、にっこりと楽しそうに微笑む。
そして姿勢を低くし、僕の胸に唇を押し当てた。
「あ……」
柔らかいその感触に、息を飲んでこぶしを握りしめる。
美果さんは、さっき僕がしたように、位置を変えて何度も僕の体に指を這わせてキスをした。
こうされるのも、初めてのことだ。
時々、跡が残るのではないかと思うくらいの力で吸いつかれ、体が跳ねる。
それが面白いのか、美果さんは僕がそうするたび、小さな声で愉快そうに笑った。
彼女の吐息が肌を撫で、それにもまた僕の体が反応する。
美果さんはますます気を良くした様子で、僕の乳首に吸い付いた。
「あっ」
口に含まれて転がすように舐め上げられると、意識がそこに集中し、他のことが全て頭の片隅に追いやられた。
反対側のそれは、触れるか触れないかくらいの力で刺激される。
未知の体験に、僕の体は硬直し、呼吸が大きく乱れた。
11美果と旦那様とアパート ◆CKHo.sFTP2 :2009/01/03(土) 21:25:05 ID:fsrUIWCF
「気持ちいい?旦那様」
胸から顔を上げ、美果さんが無邪気に尋ねてくる。
返す言葉を選びそこね、僕は吐こうとした息を飲み込んだ。
反応がないのを肯定と捉えたのか、美果さんは休まず愛撫を続け、そして布団の足元へと下がっていった。
そしてとうとう、僕は下着を奪われ、局部を握りしめられた。
根元から先端までを、柔らかくゆっくりと擦り上げられる心地良さが堪らない。
呆れるほどの早さで、そこが固くなっていくのを自覚した。
美果さんにもそれが分かったのか、擦る手を早めてくる。
「イかせてあげる」
いつになく色っぽい表情で呟いた彼女は、焦らすように時間を掛けて、ゆっくりと僕の局部を口の中に迎え入れた。
しごく手はそのままに、舌先でねっとりと舐め上げられると、情けなくも足の指がわなないて落ち着かない。
深呼吸して落ち着こうと試みたが、そこを愛撫される快感は、そんな小細工では到底太刀打ちできるものではなかった。
声にならぬ呻きを上げ、僕は徐々に追い詰められていった。
欲望と期待で胸と局部がはちきれそうになり、流れに身を任せるしかなかった。
「あ……あっ!」
とうとう限界が来て、美果さんの口の中に吐精してしまう。
いつもならすぐ口を離す彼女が、名残を惜しむようにまだ吸い付いているのが、言いようもなく卑猥に思える。
達したばかりだというのに、その仕草を見ると、またそこが熱を帯びてくるのが分かった。


「ん……。旦那様、さっきのは?」
しばらくして、やっと口を離した美果さんが尋ねるのを聞き、さっき渡された物の存在を思い出す。
「ここにあります」
指し示すと、美果さんは遠慮なく僕のパジャマのポケットに手を突っ込み、目的の物を取り出した。
「今日は、私がつけてあげる」
また、語尾にハートマークが付きそうな可愛らしい声で、不適切な言葉が紡がれる。
しかしそう言ったものの、つけ方が分からないようで、美果さんはためつすがめつパッケージを手の中で転がすばかりだった。
普段はこの準備を手伝ってもらわないために、扱い方が分からないのに違いない。
「貸しなさい」
このままでは埒があかないので、彼女の手から避妊具を奪い封を切る。
「だめ、私がやるんだからっ」
しかし今日の強情な美果さんは、僕から再びそれを奪い返した。
「先端をつまんで、ゆっくりと被せるんです。手早くする必要はありません」
美果さんのやる気に負け、僕は手をシーツの上に戻して指示を出した。
それに従い、彼女が僕の局部に避妊具を装着する。
無事にやり終えた後、まるで任務の成果を確認するように、彼女はそこを何度も指先でなぞった。
「もういいですよ。だから……」
早く、こっちに寝転びなさい。
そう言うつもりだったのに、彼女はそれより先に僕の脚を跨ぎ、よいしょという掛け声と共に腰の辺りまでやってきた。
「旦那様。いい?」
頷いた僕に微笑みかけ、美果さんはゆっくりと姿勢を落とし、僕の局部を自らの中に飲み込んだ。
「あ……あ……」
囁くように小さく息が漏らされるのを背景にして、僕と美果さんの繋がりが深くなっていく。
一度達した彼女のそこは熱くぬかるんでいて、気を確かに持っていないと負けてしまいそうだ。
上から座り込まれているせいで、締め付ける力がいつもより格段に強く感じられる。
これは、そう長くはもたないかもしれない。
そんな危惧から、せめて少しでも快感を逃がそうと、下半身の力を抜いてその周辺から意識をそらす。
しかし、次の瞬間に美果さんが腰を使い始め、僕の小さな努力はあっけなく無に帰した。
いつもは、上になるのは嫌だと駄々をこねるくせに、今日の美果さんは人が変わったように積極的に動く。
もしかすると、抱かれているのはこの人ではなく、僕の方なのではと疑いたくなった。
「んっ……あんっ…あ……あぁ……」
僕の局部を深く体にくわえ込んで、締め付けるたびに美果さんが色っぽい声を上げる。
腹に置かれているその華奢な手に力が入り、体の揺れも大きくなった。
「旦那様……あ……やぁ……」
切なく呼ばれ、僕の頭の奥が痺れたようになった。
もっと気持ち良くなるようにしてやりたい、もう一度イかせてやりたいという思いが強くなる。
いつまでも一人で頑張るのは辛かろうと、僕は上半身を起こし、彼女を腕の中に閉じ込めた。
12美果と旦那様とアパート ◆CKHo.sFTP2 :2009/01/03(土) 21:26:30 ID:fsrUIWCF
「あっ……あぁん……」
密着するのが心地良いのか、美果さんが胸の中で喘ぎ、動きをしばし止める。
その隙をついて僕が突き上げると、彼女は大きく体をそらし、その乳房がこちらの視界に入ってきた。
こちらも触ってと訴えているようなその誘惑に負け、僕は上体を屈ませてそこに舌を伸ばした。
「ひゃあっ!……あぁんっ……気持ちいい……」
彼女が歓喜の声を上げ、僕の頭をかき抱く。
もっと愛撫してほしいとねだるようなその仕草が、愛しくて堪らなくなった。
いつもは、僕がこうすると彼女は身をよじり、逃げようとして押し返すのが常だ。
しかし今日の彼女はただ素直に、羞恥を忘れて快感だけを求めている。
事故のようなものとはいえ、僕は本当にアルコールに感謝しなければいけないようだ。
「美果さん、もっと舐めてほしいですか?」
「んっ……はい。もっと、舐めて……」
ひどく甘えた声で求められ、僕はさながら女主人に奉仕する従僕のように舌を使った。
立場など今は関係ないと、心からそう思えたから。
「あぁん……んっ……それ、好き……」
美果さんが、嬌声を上げる合間にうわ言のように言う。
いつもは、僕がこうすると「気が散るから、どっちか片方にして下さい」などと、色気のかけらもないことを言うくせに。
本当は2ヶ所同時に可愛がられるのが好みだったとは、発見をした気分だ。
今後、また彼女と肌を合わせる時も、嫌がられても無視をしてこういう責め方をしてあげよう。


彼女が胸を触られてびくりとするたび、中が収縮して僕の局部が締め付けられる。
そのひどく淫靡で魅力的な刺激は、腰を動かすのを一旦やめて、これだけを味わう価値が十二分にあるものだった。
「あっ……ん……やぁ…あ……ひゃあっ!」
戯れに乳首に歯を立てると、美果さんは全身を固くこわばらせ、快感と恐怖の入り混じった悲鳴を上げた。
彼女の中に飲み込まれている僕の局部が、一際強く締め付けられたのは言うまでもない。
そのあまりの心地良さに、僕の体にも同じように力が入った。
「旦那様っ……痛いのは、いや……」
美果さんが左右に首を振りながら、僕の今しがたの行為に異を唱える。
細心の注意を払って触れねばならない敏感な場所に、歯を立てるのは本来ならタブーのはずだ。
しかし、その瞬間に彼女が見せる色っぽい仕草と、締め付けの心地良さの誘惑には勝てない。
噛んだことを詫びるように、彼女の好む柔らかい愛撫を与えながら、僕は頃合いを見て今度は反対側の乳首に歯を立てた。
「あうっ!」
快感に蕩けきった声で、美果さんが高らかに嬌声を上げる。
僕がこうするのは、痛みを与えたいという嗜虐的な気持ちからではなく、愛撫の間のアクセントのようなもの。
そこに悪意などないことに、アルコールの回った頭でも気付いたのか、もう彼女はいやだと言うことはなかった。
「旦那様……いい……あ……あぁ……ん……」
美果さんが僕を強く胸に引き寄せ、更なる愛撫を望むような声を上げる。
無意識にその腰が擦り付けられるように動き、僕を煽る。
いつまでも、胸への愛撫に重点を置いているのは片手落ちだ。
僕は腰に力を入れなおし、彼女の胸に埋めていた顔を上げた。
目を合わせた美果さんの瞳は快感に潤みきって、その奥には熱と欲望が渦巻いている。
気持ち良くさせてもらうことを乞うように見つめられるのが、例えようもなく嬉しかった。
もっと欲しい、早くと彼女が望んでいるのが分かる。
その思いに応えるべく、僕は互いの密着した辺りに無理矢理指を押し込んだ。
しっとりと濡れて熱を持った彼女の粘膜をなぞり、最も敏感な肉芽を探る。
ようやくたどり着いたそれを撫で回すと、美果さんはまた悲鳴を上げた。
「あんっ…やっ……だめ……あっ……あぁんっ……」
十分濡れているお陰で、滑りが良くて指が動かしやすい。
ぬるりとした愛液を絡ませてそこをなぞり、時折ゆるく摘み上げる。
少し触れただけで、肉芽はぷっくりと立ち上がり、僕の指を押し返す固さを持ち始めた。
あまり強くしては、痛みを与えてしまうかもしれない。
力加減に迷っていると、美果さんは僕の手を掴み、自らそこに押し当ててきた。
「あんっ……ん……もっと……あ……」
僕の手を固定し、もっとしっかり触れとでもいうように彼女が腰を押し付けてくる。
その姿は、淫らであると表現しても差し支えのないくらいのものだった。
中の快感も欲しくなったのか、美果さんがまた腰を上下させ始める。
熱く柔らかい粘膜が、血が集まり固くなった僕の局所を根元まで飲み込み、揉み絞りしごき上げる。
その気持ち良さに陶然となって、僕はただされるがままになっていた。
13名無しさん@ピンキー:2009/01/03(土) 21:28:23 ID:ZtlEhFff
いるかいらないかわかんないけど支援
14美果と旦那様とアパート ◆CKHo.sFTP2 :2009/01/03(土) 21:28:23 ID:fsrUIWCF
「旦那様っ……あ……あんっ……ん……」
熱に浮かされた声で、美果さんが僕を呼ぶ。
酔って言葉がタメ口になっていても、これだけはそのままなのか。
「美果さん、僕の名は悠介です」
「ゆ、うすけ……様?あんっ……」
「そうです。ほら、もっと呼んで」
普段はずけずけと物を言い、主を主とも思わぬ態度の美果さんだが、根底では僕のことを大事に思い、立ててくれている。
しかし、たまには名を呼び合って、対等な立場で交わるのもいいのではないか。
「ん…あんっ……悠介、様……。あっ……あ……」
求めに応え、美果さんが名を呼んでくれるのが、ひどく心地良かった。
もう一度、もっとと何回も要求し、僕は途切れ途切れに紡がれる自分の名を聞いた。
僕の名を呼んでくれた両親も兄も、僕を置いてもう二度と会えない場所へ行ってしまった。
あの日の朝、家族で食事をした時が、僕が大切な人に名を呼ばれた最後だ。


「あ……だめ……。旦那様っ…」
追憶にふけっていた僕の耳に、美果さんが発した声が届く。
名を呼ぶように頼んでも、やはり彼女には、日頃なじんだ言葉が口に出しやすいのだろう。
上で動くのに疲れたのか、美果さんが体から力を抜き、だらりとなる。
今度はこちらの番だと、僕は腹に力を入れて彼女を押し倒し、真上からその顔を見つめた。
頬が赤いのも目が潤んでいるのも、快感によるものかアルコールのせいなのかは、もう分からなくなっている。
いや、もう理由など何でもいいのかもしれない。
2人で抱き合い、体をつなげてもっと気持ち良くなりたいという思いが通じ合っていれば、それだけでいい。
「あぁんっ……あ……うんっ……あ……あぁ……」
上になり動き始めた僕の腰に、美果さんが脚を絡めてしがみ付いてくる。
もっと欲しい、気持ち良くしてと望む声が聞こえてきそうだった。
その力が次第に強くなり、背に爪を立てられる痛みに耐えながら、僕はさらに美果さんを責めたてた。
「あ……だめ……もうっ。……あ……イく……あぁんっ!!」
美果さんが一際高く叫んだその時、彼女の中が一際大きくけいれんし、僕の局部を締め付けた。
寸前まで昂ぶっていた僕が、それに耐えられるはずもない。
ほんの少しだけ遅れてこちらも達したが、今日はなぜか、まだ腰が緩やかに動いてしまうのを止められない。
これは、薄い膜の中に放った物を、本当は彼女の胎内に送り込みたかったという無念さのゆえなのだろうか。
美果さんの全身から力が抜け、僕の体に回されていた腕と脚が離れてシーツに落ちる。
荒い息を繰り返す彼女をしばらく見つめた後、僕は後始末をしに布団を離れた。


先ほど自分が言ったことを覆し、二人で眠ることにする。
僕が隣に横たわると、美果さんはすぐににじり寄ってきて、ぴったりと密着した。
「旦那様、遅い」
上目遣いで不服そうに言われた言葉から、まだ彼女の体内にあるアルコールの勢力が失われていないことが知れる。
明日、二日酔いを起こさねばいいのだが。
離れたことを詫びるように頭を撫でてやると、美果さんはにっこりとこちらを見つめた後、静かに眠り始めた。
まるで子猫に懐かれてしまったようで、奇妙な感じがする。
しかし、こうもぴったりとくっつかれたままでは、また劣情をもよおしてしまいそうだ。
それにしても、今日の美果さんは終始ワガママで、甘えん坊だった。
毎日きびきびと働き、僕の尻を叩くいつもの彼女に慣れた身からすると、調子が狂う。
立場の違いを意識した言葉遣いではなく、タメ口で話されるのにも、胸がドキドキした。
15美果と旦那様とアパート ◆CKHo.sFTP2 :2009/01/03(土) 21:29:24 ID:fsrUIWCF
酒に酔うと、日頃隠しているその人の本性が出てしまうものだという。
大学の仲間内でも、酔うと泣く者怒る者、果ては説教大臣やキス魔などその幅は広い。
とすると、本当の美果さんは、甘えん坊で無邪気で、にこやかな女性だということになる。
普段の、時に鬼より怖い姿は虚構なのだろうか。
元々の性格を隠すようになった原因は、おそらく彼女を取り巻く環境にあったのだろう。
本人はあまり話したがらないが、母親が早くに亡くなり、後妻に入った女性や連れ子との関係が悪化したのは聞いている。
これ以上一緒にいるのがどうしてもイヤだったから、中学を卒業して家を出たんです、と前にぽつりと言っていた。
余程いじめられたのか、その時の彼女の表情は、強がってはいたがとても儚げなものだった。
十分に甘えた経験もないまま、社会に出て自分一人の力で生きてきたのは、並々ならぬ大変さだったはずだ。
環境に鍛えられたという見方もできるが、その半面で、元々の朗らかな性格がねじ曲げられてしまったとも言える。
本来なら、僕がしっかりして、美果さんが何不自由なく仕えてくれるような状況を作り出すのが筋というもの。
それなのに、僕は彼女の強さと生活力に甘え、主だと胸を張って言えないような情けない体たらくだ。
少しばかり勉強ができたとしても、これでは何の価値もない。
まだ見捨てられていないのが、奇跡ではないかと思えるほどだ。
おそらく、美果さんは彼女なりの希望を持って、僕と一緒に暮らしてくれているのだろう。
2人でいずれ池之端家の屋敷に戻り、僕の叔父一家にギャフンと言わせてやりたい、というような。
生家を出た自分と、屋敷を追われた僕とを重ね合わせ、いつかきっと……という希望を持っているのだと思う。
しかし、僕には経営の才能は無く、彼女の願うとおりになることなどは夢のまた夢だ。
このまま大学にいて研究者としての道を進むことが、僕が身を立てる唯一の道だと言ってもいい。
僕がどうあっても元の屋敷に戻れないと知った時、美果さんはこの二人きりの生活を解消するだろうか。
研究者になるとしても、彼女の労働にふさわしい対価を払えるくらいの稼ぎは、得るつもりでいるのだが……。
それさえも叶わなかった場合、あるいは美果さんが、真についていきたい男を見つけた場合。
潔くその意思を尊重して、みっともなくすがるような真似だけは避けなければいけない。
後者の場合は、男の度量として、花嫁支度を一式整えてやるくらいのことはすべきだ。
この人を残してはお嫁に行けない、などと思われるようでは、申し訳がたたない。
「ん……。旦那様……」
美果さんが小さく呟き、その手をもぞもぞと動かし探るような仕草をする。
こんなにぴったりとくっついているのに、夢の中で僕とはぐれでもしたのだろうか。
手を握ってやると、彼女は安心したように息を吐き、また規則的な寝息を立て始めた。
来るべき時が来てしまった場合、この手を離すことが果たして僕にできるのだろうかと考え、苦笑する。
そんなことは、きっと無理だ。
だとすれば、死ぬ気で頑張って、それこそノーベル賞でも何でも取るしかない。
16美果と旦那様とアパート ◆CKHo.sFTP2 :2009/01/03(土) 21:31:33 ID:fsrUIWCF
胸の中で美果さんが身じろぎをしているのに気付き、ふと目を開けた。
窓から差し込む光に、もう朝が来ていることを知る。
どうやら、考え事をしているうちに眠ってしまっていたらしい。
目が合うと、美果さんは顔を真っ赤にして、あわあわと挙動不審になってしまっている。
一糸まとわぬ姿で抱き合い眠っていたのだから、夜に何があったかは自明で、そうなるのも無理はなかった。
「あの……。昨日、私……」
布団をギュッと握りしめ、精一杯別の方を向きながら、言いにくそうに美果さんが尋ねてくる。
「新年会で間違って飲酒してしまったあなたは、ひどく酔っていました。
同僚の婦人に送って頂いて、こちらに帰ってきたんですよ」
かいつまんで話すと、美果さんはしばしの沈黙の後、僕をぎろりと睨みつけた。
「……酔った私を、手込めにしたってわけですか?無抵抗だから、チャンスだって」
詰問されて、僕はエッと言葉を失った。
拒む僕に強引に迫り、ついには乗りかかって誘ってきたのは、美果さんの方ではないか。
まさかとは思うが、昨夜のことを全く覚えていないのだろうか。
「最低。旦那様って、そういう方だったんですね」
困って黙った僕を見て誤解したのか、美果さんが大仰に顔をしかめて嫌悪感を露わにする。
これはまずい、僕の名誉の一大危機だ。
「お待ちなさい。誘ってきたのは、あなたの方で……」
「そんなの、なだめてさっさと寝かしつけてくれればよかったじゃないですか!
なのに抱いちゃうなんて、旦那様のヘンタイ、すけべ、人でなし、女ったらし!!」
僕の弱々しい抗弁をばっさり切り捨て、美果さんは起きて早々、頭から湯気を出すほど怒りはじめた。
その剣幕は、昨夜とても可愛らしくねだってきたことなど、到底信じられないほどに激しいものだった。
「旦那様なんか、もう知りませんっ」
ついにはそう言い捨てて、美果さんはシーツを引っ張って体に巻きつけ、足音も高らかに風呂場へ歩いていった。
その反動で、僕は布団から放り出され、あられもない格好のままでただ呆然となるばかりだった。
酔った時が本当の美果さんの姿だとばかり思っていたが、気が強く怒りっぽいのは、どうやら彼女の元々の性格のようだ。
これは、並大抵のことでは機嫌を直してくれそうもない。
その予感は見事に的中し、以後三週間、同衾はおろか傍に近寄ることも一切禁止され、僕は途方に暮れることになったのだった。


──第7話おわり──



※未成年者の飲酒は法律で禁止されています。
(お分かりでしょうが、一応)
17名無しさん@ピンキー:2009/01/03(土) 22:00:44 ID:IQ4+ghiI
>>16
GJ
18名無しさん@ピンキー:2009/01/04(日) 02:12:18 ID:mzt8pfd2
あーもう、マジで美果さん可愛すぎる
果たして素のままで、酔った時みたいに甘える日が来るのだろうか
GJ
19名無しさん@ピンキー:2009/01/04(日) 06:00:22 ID:a7aPgtT2
もう一度旦那様のことを名前で呼んで欲しい…!
とにかくGJ
20名無しさん@ピンキー:2009/01/04(日) 11:38:35 ID:nY5xmj+x
ちょw旦那様が最後可哀想ww
GJ
21名無しさん@ピンキー:2009/01/04(日) 11:39:55 ID:dLmunE6k
保管庫って誰が更新してんの?
22名無しさん@ピンキー:2009/01/04(日) 15:50:44 ID:OC3WHhv8
>>7-16
超GJ!
ところで、あなたはディープキスの描写はしない主義なの?
書いてくれとは言わないけど気になったもので。
23名無しさん@ピンキー:2009/01/04(日) 21:09:36 ID:feKIkmVg
クリスマスの時に続いて、今度は三週間お預けか…
美果さんも旦那様も可愛すぎる。
この二人が添い遂げるのを見るまでは死ねんぞ。
24名無しさん@ピンキー:2009/01/05(月) 19:11:40 ID:6bUO6A7C
スルーしないで>>21教えてくれよ…
25名無しさん@ピンキー:2009/01/05(月) 19:20:25 ID:amLLir8T
オレオレ
26名無しさん@ピンキー:2009/01/05(月) 19:26:05 ID:roZzyqHR
誰、と聞かれても、エロパロ板SS保管庫の管理人さん、としかよう答えられん。
連絡が取りたければ、保管庫のトップから連絡掲示板に行くしかない。
27名無しさん@ピンキー:2009/01/05(月) 20:04:32 ID:6bUO6A7C
サンクス。
全然更新されてねえからなんじゃこりゃと思ってな
28名無しさん@ピンキー:2009/01/06(火) 10:16:35 ID:lg+277fV
 私の勤めているお屋敷には秘書兼執事の人がいる
 実際は秘書がメインで執事の仕事はそんなに無い様だが、お屋敷内役割分業の
名目上そうなっている
 ご主人様である亮一郎様と共に常に行動を共にする腹心の部下のような人だ
 男性である

 でも、これって少し不思議じゃない?と思う
 そりゃ、政治家秘書なら男性も多いようだけど、普通一般の話で秘書といえば
女性が相場じゃない?
 まぁ、女性じゃなくて四六時中ご主人様と一緒にいるから、大事なご主人様
−亮一郎様−に取り付こうとする悪い虫(女)から守ってくれる訳で安心っちゃ安心なんだけど
 (ご主人様好みの女性が秘書について、四六時中一緒となると、お館勤務のメイドである
私如きにはきっと勝ち目は無くなってしまうから その…… 色々な意味で……)

 ご主人様と近い若い年齢(少しだけ上の筈)で、私の亮一郎様に対する贔屓目を除けば、
多分亮一郎様よりハンサムと思う人の方が多いかもしれない
 「桐生さんって、イケメンだよね〜」と同僚メイドの恵菜なども言ってるし
 ま、私はご主人様一筋なんだけど



『 秘 書 兼 執 事 の 人 』



 考え事をしながらご主人様の部屋の前を通る
 あれ? ドアが少し開きっぱなし
 キチンとしてる亮一郎様には珍しい事だ
 話し声も聞こえてくる
 亮一郎様と、もう一人……桐生さんかな?
 
 ……ご主人様の声の感じがいつもと違って聞こえる
 そう、何かウットリしてる様な声
29名無しさん@ピンキー:2009/01/06(火) 10:17:29 ID:lg+277fV
 「あぁ、上手いな、光治」
 亮一郎様が、桐生さんを下の名前で呼んでいる
 そして、少し桐生さんが笑ったような声
 「ん゛〜」とくぐもった響き

 え?
 これはもしやと、思った
 いや、私も他のメイドの娘に勧められて、Boys Loveモノを読んだ事がある
 何というか、今一つ理解できない世界だったが、そういうモノがあるのは知っている
 が、まさか、それがリアルで、よりによってお屋敷で
 亮一郎様と桐生さんが……?

 マズい、マズい
 私というものがありながら
 いや私の想いは告げていないから、届いていないかも知れないが、察しの良い
亮一郎様ならもしかして分かってくれてると思ったのに
 いやいや、私だけでなくお屋敷には美人の使用人も多いし、亮一郎様の交際範囲の中に
美しいご婦人も多いのに、よりにもよって……
 その…… ソッチの道を……
 
 桐生さん、いや桐生のヤツが亮一郎様を妖しげな道に誘ったんだ……
 そう、思った
 そして決意を固める

 ご主人様の夜の睦事を邪魔するのは、使用人としてあるまじき事だけど
こんな事はマズい

 うん、大旦那様もただ一人のご子息である亮一郎様が世継ぎをもうける事が出来ない
ご趣味と知れば、お悲しみになるわよね
 こういうのは何というのか
 えぇと、君側の奸を斬るだったか?
30名無しさん@ピンキー:2009/01/06(火) 10:18:13 ID:lg+277fV
 高校の時の少林寺拳法部以来、組み手こそしていないが、訓練は続行している
 体はそれほどナマっていない
 ともかく、飛び込んで初撃で桐生を倒し、ご主人様を救おう
 そして、おかしな迷いから目を覚ましてもらおう
 然るべき後、お邪魔した事をお詫び申し上げ、後の事は亮一郎様の判断に任せよう

 ドアを思い切りよく開ける時、ク、クビかな?という恐怖と、それでも今なら
助けられるかも、助けるのは私しかいないという責任感的なものを感じた

 「そこまでです」
 
 ドラマの刑事さんが踏み込むような感じで、勢い良く部屋に入る

 「桐生さん、天誅〜ッ!」

 と突進する前に、そこで見たものは
 うつ伏せになった亮一郎様の上にまたがって、背中に手をあてている桐生
 
 「ん、葉月どうしたの?」
 「おや、立花さんどうしたのですか? 主の部屋に入るのに少し無作法に過ぎますよ」

 っと、私はたたらを踏んだ

 よくは知らないが男性のナニをナニするのに、こんなポーズはない
 あそこに入らない…… よね
 っというか、両方ともズボンは履いている
 亮一郎様は上半身裸だが、桐生は上も着ているし

 えっ、あれ
 生々しいものを見る覚悟もしていたが、眼前の状況は予想していた光景と大いに異なるものだった

 「あの、その、えーと、も・申し訳ございませんっ!! しっ、失礼します!」
31名無しさん@ピンキー:2009/01/06(火) 10:20:00 ID:lg+277fV
 真っ赤になり、口ごもりながらお詫び申し上げ、アタフタと逃げる様に退出した

 どう見てもあれって単なるマッサージだよね
 自分の勘違いっプリを呪い、自己嫌悪に苛まされつつ、その場を引き上げた

 翌日、メイド長からコッテリお小言をくらう羽目になったのは又別の話


追伸:
 何故そんな事をしたのか説明するため、自分がどう勘違いしたのかもメイド長に述べる羽目になった
 BLモノを私に勧めてくれた同僚メイド、夕希にもその失態の話が耳に入ったのか、妙に同情されつつ
 「亮一郎様と桐生さんがそういう風だと萌えますよね」云々と彼女の妄想話を聞かされる事になった
のも別の話


追伸2:
 ある日の夕食
 桐生さんが亮一郎様に「アーン」と食べさせる
 おかしい
 ご主人様はニコニコしてるし、仲が良いとはいえ、男同士で、その…… 何とも思わないのか
 周りのメイドもなんか変に頬を染めながら、チラチラ見てるというか眼が泳いでる
 夕希に至っては、妙に満地ち足りた至福の表情を浮かべている
 どんだけ妙な趣味の人が、このお屋敷にいるんだ……
32名無しさん@ピンキー:2009/01/06(火) 10:34:51 ID:lg+277fV
>>31で余計な文字が最後から二行目に入りましたので、「満ち足りた」に訂正します

あくまでネタ程度ですが、一部BL的表現も入っていますので、ネタ程度でも嫌いな方は
スルーして下さい
33名無しさん@ピンキー:2009/01/07(水) 00:29:37 ID:3/UiWz0q
>>32
コネタだが面白かった。
だが、その注意は事後ではなく事前に置いとくべきだったな。
34名無しさん@ピンキー:2009/01/10(土) 12:34:35 ID:UfnkxtY3
35名無しさん@ピンキー:2009/01/10(土) 17:33:46 ID:A5Jr/VbC
36 ◆dSuGMgWKrs :2009/01/10(土) 18:28:01 ID:CzLgO+Di
※ 季節はずれです。


『メイド・すみれ 4』

このお屋敷に来て2ヶ月。
師走の声を聞いても、このお屋敷にはツリーどころかリースも飾りつけもなく、この家の人はクリスマスを知らないのかしらと不思議に思ったほど、いつもどおり過ぎてしまった。
前のお屋敷では、12月になるのを待ちかねたように、賑やかにメイドたちが総出でツリーも窓も玄関も飾り付けて音楽を流し、使用人たちにもご馳走とケーキが出て、
小さなダンスパーティをして、一年で一番楽しいイベントだったのに。

旦那さまは、今年中に私を迎えに来てくださるおつもりはないのかしら……。

呆れるほど何の変化もなく、クリスマスを迎えても、津田さんが注文して配達された食材にケーキもない。
飾り付けがなくても、窓にスプレーで雪の模様なんか描かなくても、ちょっぴり豪華なディナーくらい用意されて、銀の靴下を履いたローストチキンやプティングや、
大きなケーキを見た秀一郎さんが、その中の隅っこに添えてあるパンを見て一番喜んだりする様子を想像してみたりしたのも、全部想像で終わった。
先月、秀一郎さんとのあんなところを見られてから、私はますます津田さんが苦手だ。
津田さん本人はなにも変わった様子がないし、私をとがめることもない。
それにどんな意味があるのかないのか、私は一人で津田さんの顔色をうかがっては気まずくなっている。
私はひょっとして、主人とベッドにいるところを誰かに見つかる星の下に産まれたのかしら。
そんな星がある、として。

サンタがプレゼントをもってきてくれなかったクリスマスが過ぎた。
朝、身支度をして階下に降りていくと、裏口にバケツや雑巾が置いてある。
なにごとも時間のかかる津田さんは、先月の末あたりから年末の大掃除を始めているけれど、果たして年内に終わるのかどうかは疑問なところだった。
私は、台所のゴミをまとめてから、秀一郎さんのお部屋のゴミもだしておこう、と思いつく。
この時間はまだ書斎でお仕事をなさっているはずなので、お部屋まで行ってそっとドアを開けた。
秀一郎さんは最近はお仕事が忙しいらしく、早めの夕方から書斎にこもっているし、朝もなかなか出てこない。
これ以上やつれては、ほんとうに死んでしまいそうで、あちらのご所望もない。それはいいんだけど。
いつもよりは少ないゴミ箱のティッシュくずを集めて、私は書斎のドアの前で足を止めた。
この中に、秀一郎さんがいらっしゃる。
音を立てないようにドアに耳を押し付けてみた。
なにかがドアの向こうで動いている音が聞こえるような気がする。
もちろん、それは秀一郎さんなのだろうけど。
怖いと思えばなんでもオバケに見える、というようなことわざがあったけど、なんだったかしら。
私は急いで書斎のドアから離れ、ゴミ袋を持って廊下に出た。
そっと部屋のドアを閉めると、廊下の向こうに誰かの影が動いた。
どきっとして壁に背を付ける。
このお屋敷はどこもかしこも薄暗くて、少し離れた物影などは見えにくい。
ああ、そうそう、幽霊の正体見たり枯れ尾花。
影が動いて、窓から差し込むかすかな明かりの下に立つ。
「すみれさん」
津田さんの声だった。
ほっとした私に、津田さんが近づく。
「……そこは、開けないでください」
「え……」
あわてて寄りかかっていた背中を離すと、壁だと思っていたのは廊下から直接書斎に続くドアだった。
「あ、はい、もちろん……」
窓を背にして表情の見えにくくなった津田さんが、私を至近距離で見下ろした。
銀縁のメガネだけが、鈍く光っている。
「……開けると、鶴がいます」
首でも絞められるんじゃないかという恐怖と、言われたことの不可解さに、私は顔を引きつらせた。
津田さんは、つまらなそうにバケツを持ったまま踵を返して立ち去った。
書斎に、なにがあるっていうのかしら。
……ほんとうに、『出る』のかしら。
37 ◆dSuGMgWKrs :2009/01/10(土) 18:29:04 ID:CzLgO+Di
少し離れたお隣のお屋敷あたりから、時々風に乗って聞こえてきていたクリスマスソングも、もう聞こえない。
私は裏のゴミ集積場に、ゴミ袋を運んだ。
風邪はすっかり冷たくて、今夜あたり雨が降ったら夜中にはみぞれになるんじゃないかしら。
燃えるゴミを貯めておく箱にゴミ袋を入れて蓋をすると、冬に向けて遅い庭木の手入れをいている芝浦さんに声を掛けられた。
「やあ、すみれちゃん」
秀一郎さんと津田さんがあんな感じなので、芝浦さんの明るさは私をほっとさせる。
仕事はどうだいとか、旦那さまはお休みかいなどと話した後で、聞いてみた。
「芝浦さん、ここではクリスマスのお祝いってしないんですね」
私があんまり残念そうにしているせいか、芝浦さんは困ったような顔をした。
「まあ、津田さんも旦那さまもあんな方だからね。賑やかなことはお好きじゃないんだよ。お客さまも見えないしね」
「そうですよね…。津田さんって、ここのお勤めは長いんですか」
津田さんの顔を思い出してみたけれど、銀縁メガネと白い肌の印象が強くて、顔がよくわからない。
見たところ、秀一郎さんよりは年上だろうけどまだ三十をいくつも出ていないように見える。
「さあ、私は前の旦那さまに雇っていただいて、ここはまだ7、8年だけど、来た時にはもういたねえ」
「……そうですか」
背の低い木に冬の服を着せ終えて、芝浦さんは縄の切れ端と濡れた落ち葉を集めてゴミ袋に入れた。
「なにか、いやなことでもあったのかい?」
聞かれて、私はあわてて両手を胸の前で振った。
「いえ、そういうことじゃ」
「まあ、旦那さまは無口な方だからね。私もめったにお目にかからないが、お世話をするのを嫌がるメイドもいたし……、おっと、これは失言かな」
私があいまいに笑うと、芝浦さんは自分の発言を打ち消すように大きな声で笑う。
メイドが長続きしないというのは小野寺さんにも聞いたし、なんとなくわかる気もしたので驚かなかった。
でも、もしかして。
「それは……書斎を覗いてしまったからクビになったとか?」
恐る恐る聞いてみる。
芝浦さんが手を止めた。
「書斎になにかあったのかい?」
首を横に振る。
「見てはいないんですけど……、さっき、津田さんが。あの、鶴がいるって」
「鶴?」
芝浦さんはちょっと考えて、それから豪快に空に向かって大笑いをした。
「それは、からかわれたんだよすみれちゃん。アレだほら、部屋の中を覗いたら鶴がいたっていう、恩返し」
すぐにわからず、私はぽかんと芝浦さんの笑うのを見ていた。
恩返し?鶴の?昔話の?
つまらなそうに引き返す津田さんの顔を思い出した。
冗談は、もっと楽しそうに言って欲しい。
私はだんだん腹が立ってきて、笑い続ける芝浦さんをそこに残してぷんぷんしながら屋敷の中に入った。

台所に入ると、仕事の終わるのが遅い秀一郎さんに合わせて、津田さんがお食事の準備を始めている。
いつ出来上がるのかわからないペースで進む調理を見ないふりで、私はさっさとベーコンエッグとトーストで朝食を済ませて片付けた。
津田さんの背中に向かって「クェーーーッ!」と鳴いてやりたい気分だった。
食事の後で、大掃除の合間に何度か秀一郎さんの部屋を覗きに行ったけれど、まだ書斎から出てこない。
もう12時間以上引きこもっていることになる。
そんなに根を詰めてだいじょうぶなのかしら。
書斎の中で倒れたりしてないかしら。
階段を下りていくと、津田さんが小さな段ボール箱を抱えて上がってくるところだった。
「すみれさんに荷物が届いています」
お礼を言って受け取って、どきどきした。
遅れて届いたクリスマスプレゼントかと思ったけど、送ってくれるような人の心当たりがない。
受け取って差出人を見ると、前のお屋敷で仲良くしていたメイドの名前があった。
ほんのしばらく前まで一緒に働いていたのに、とても懐かしい。
私は津田さんにお礼を言って、急いで自分の部屋へ戻った。
もう少し、秀一郎さんがお仕事をしていてくださるといい。
38 ◆dSuGMgWKrs :2009/01/10(土) 18:30:32 ID:CzLgO+Di
もしかして、旦那さまがメイドを使って、私にクリスマスプレゼントを贈ってくれたのかもしれない、と思った。
それとも、迎えに来てくれる日が決まってそれを知らせてくださったのかしら。
私は、弾む心を抱きしめてドアにカギをかけ、どきどきしながら部屋の真ん中に座り込んだ。
ゆっくり、ていねいに箱を開ける。
エアパッキンを取り除くと、見覚えのあるカップが出てきた。
私が、お屋敷で休憩のときなどに使っていた桜模様のカップ。
なぜ、と思いながら箱の中を見ると、タオルやスリッパなど、私があちらで使っていた私物がいくつか出てきた。
いくら探しても、ほかにはなにもない。
旦那さまのお手紙も、差出人のメイドのメモさえない。
どういうことかしら。
前のお屋敷に残してきた、いわば忘れ物のような私物。
置いておいても邪魔にもならないものを、わざわざ送ってくるというのはどういうことかしら。
背筋の方から、ぞくぞくと寒気が上がってくる。
しばらくだから、と旦那さまはおっしゃった。
奥さまのお怒りが激しいので、ほとぼりが冷めるまでと。
もう、二ヶ月以上もなんの連絡もくださらない、クリスマスさえなにもない……。
私は、きっとすぐに旦那さまが迎えをよこしてくださると思い込んでいたけれど、旦那さまはほんとうにそのおつもりだったのかしら――。

どれほどそうしていたのか、部屋のドアがノックされて、私ははっとした。
カップやタオルを箱に押し込んで部屋の端に寄せ、ドアの鍵を開けた。
津田さんが立っていた。
「旦那さまのお食事です」
廊下の向かい側に、いつものワゴンが置いてあった。
「あ、すみません……」
津田さんは私が部屋に閉じこもっていたことには何も言わず、お願いしますとだけ言って廊下を歩いていった。
私は鏡を覗き込んで、髪や服を確かめてから深呼吸した。
秀一郎さんの部屋のドアをそっと開ける。
部屋の中に秀一郎さんはいらっしゃらず、衝立の向こうのベッドも空っぽだった。
物書きという職業も、師走はお忙しいのかしら。
私はため息をつき、天岩戸に隠れたアマテラスを誘い出すような気持ちで、コーヒーを淹れた。
電気ケトルがお湯を沸かす間に、コーヒー豆を挽く。
ドリッパーに端をていねいに折ったペーパーをセットして、スプーンで豆を計量する。
沸騰したお湯が少し落ち着くのを待って、豆の真ん中に少し注いで膨らむのを待つ。
豆がふっくらして、いい匂いがして、後は細く長く……。
前の旦那さまに美味しいコーヒーを飲んでいただきたくて、ドリッパーの種類やペーパーのメーカーまで調べて、研究に研究を重ねた方法。
お食事にパンが出たときとコーヒーを淹れたときだけは、秀一郎さんは嬉しそうな顔をする。
違う。
私が、コーヒーの淹れ方を勉強したのは、秀一郎さんのためじゃないのに。
大好きな旦那さま。
どうして、迎えに来てくださらないのだろう。
どうして、荷物を送ってきたのだろう……。
ここに、長くいるつもりなんかなかった。
旦那さまが呼び戻してくださるまで、ほんの少しの我慢だと思っていたのに。
――――旦那さまは迎えに来てはくださらないのかもしれない。
私のことなんかより、奥さまのご機嫌のほうが大事だから。
ほとぼりが冷めるまでと私を言いくるめるのは、簡単なことだったのかしら。
世間知らずな若いメイドなんか、たやすく騙せたのかしら。
うまく、追い払えたのかしら。
胸に何かがつかえて、熱いものがこみ上げてくる。
私は、泣くまいとして唇を噛んでうつむく。
コーヒーが、できた。
39 ◆dSuGMgWKrs :2009/01/10(土) 18:32:58 ID:CzLgO+Di
秀一郎さんは出てこない。
私は、思い切って書斎のドアをノックした。
「秀一郎さん。お食事です」
返事はない。
「コーヒーも、入りました。一休みなさいませんか」
書いていて調子が良ければ、食事で中断するのはお邪魔になる、というのは私でもわかる。
それでも、私はドアを叩くのをやめたくなかった。
だって、秀一郎さんは書斎にいるのだもの。
あんなに、小野寺さんが怪しいって言う書斎。
『出る』って編集者が噂してる書斎。
今まさに、秀一郎さんが昔の作家の亡霊に襲われてるかもしれないのに。
お食事が遅れて、お腹をすかせて倒れているかもしれないのに。
「秀一郎さん!コーヒーが入ったって言ってるじゃないですか!どうして、出てきてくださらないんです!
私のコーヒーなんかいらないっていうんですか?秀一郎さんまで、私のことをいらないっておっしゃるんですか!」
必死で、ドアを叩く。
秀一郎さんの返事はない。
聞こえているはずなのに、出てきてくださらない。
そのうち手が痛くなって、私はドアの前にへたりこんだ。
「どうして……」
どうして、誰も私を必要としてくれないんだろう。
どうして私は、いくらでも代わりがいるようなメイドなんだろう。
旦那さまのベッドには、もう違うメイドが寝ているかもしれないなんて思いたくないのに、旦那さまは私を迎えには来ない。
カーペットに座り込むと、なんだか悲しくなった。
もうどうでもいい。
秀一郎さんなんか、どんどんやせこけて、病気になってしまえばいい。
鼻がグスグスしてきて、ハンカチを探してエプロンのポケットに手を入れようとしたところで、かすかに空気が動いた。
ハンカチを握り締めて顔を上げると、驚いたことにドアが内側に開いている。
このドアって内側に開くんだわ、と思った。
そんなこと、どうでもいいのに。
目の前に、素肌にシャツを羽織った秀一郎さんがしゃがみこんでいた。
「……どうした、の」
細くて冷たい指が、私の頬をすべる。
どうやら私は気づかないうちにボロボロ泣いていたらしい。
「……コ、コーヒー、が」
話そうとしたら、喉が詰まってうまく声が出ない。
「お、お食事、もして、いただかない、とっ」
「……どうしたの」
人の話をまったく聞かないで、秀一郎さんがくりかえす。
いつものことなのに、それがとても腹立たしい。
私はドアを叩いた手で、秀一郎さんの薄っぺらな胸を叩いた。
「お食事のお時間なんです!クリスマスも過ぎましたけど、別になんともないですっ!」
「……クリスマス…」
「そうです、クリスマスです。秀一郎さんはご存じないでしょうけれど、街は賑やかで華やかで、大イベントだったんです」
なにを言っているのかしら。
「もういやです、こんなお屋敷。前のところはクリスマスなんかずっと前から飾り付けして楽しくて、プレゼントを交換して、このお屋敷ったらツリーもリースもなくって、
お買い物の配達リストに鶏肉って書いてあるからローストチキンでもするのかと思ったら、芝浦さんが串に刺して焼き鳥にして一杯やってしまって」
「……あなたは、分けてもらえなかったの」
「そういうことじゃなくって!」
秀一郎さんは、握り締めている私の手を開かせてハンカチを取り、私の顎から落ちる涙を拭いてくれた。
自分でも何がなんだかわからないまま感情が高ぶって、ひっくひっくとしゃくりあげてしまう。
「……あなたは」
秀一郎さんが呟く。
「前のお屋敷に戻りたい……の」
ストレートに聞かれて、はいそうですとは言いにくい。
それに、旦那さまは私に戻って欲しいと思っていると信じていたけど、それももう。
40 ◆dSuGMgWKrs :2009/01/10(土) 18:33:54 ID:CzLgO+Di
胸に何かがつかえて、熱いものがこみ上げてくる。
私は、泣くまいとして唇を噛んでうつむく。
秀一郎さんが、ため息をついた。
「……困る」
そう言った秀一郎さんが、私の腕をつかむ。
「あなたが……いなくなると、また……、津田が機械で淹れたコーヒーを飲まないとならない……」
コーヒーのドリップを、旦那さまのために毎日毎日キッチンで練習したことが思い出された。
メイド仲間が驚くほどおいしく淹れられるようになって、旦那さまにコーヒーを差し上げることができて、とても嬉しくて嬉しくて、胸がせつなくて。
朝、新聞をテーブルの上において私の淹れたコーヒーを黙ってお飲みになる、その横顔が凛々しくて。
一度も、コーヒーがおいしいとはおっしゃらなかったけれど、私は幸せだった。
私の腕をつかんでいつ秀一郎さんの手に、力がこもったような気がした。
見ると、秀一郎さんがじっと私を見ている。
捨てられた子犬みたい。
悲しくて悲しくて、今ここで心臓が止まってしまえばいいのにと思っているのに、そう思った。
息を吸い込むと、ぐすっと鼻が鳴る。
秀一郎さんが、私の視界を遮った。
ふわりと暖かくなる。
「……しゅ、秀一郎さん?」
私は、秀一郎さんにそっと抱きしめられていた。
背中に回された腕は、いつものように艶かしい触れ方ではなく、大切なものを大事に扱うように優しかった。
意図がわからずに戸惑っていると、秀一郎さんは私の耳もとでささやいた。
「おなかが、すいた……」
笑ってしまった。
涙がこぼれるのに、おかしい。
私はグズグズと鼻を鳴らして、秀一郎さんを抱きかかえるように立ち上がった。
秀一郎さんの肩越しにちらりと見得た薄暗い書斎は、奥のほうでデスクランプらしい明かりが見えるだけで中の様子はわからなかった。
秀一郎さんが書斎のドアを閉め、私はお食事を机の上に並べる。
少なくとも今は、私は秀一郎さんに必要とされていると思いたかった。
「……今日は……、パン?」
皿の底に手を当てて、冷めていないか確かめていると、秀一郎さんはゆっくり私を振り返る。
「ねえ……、パンだった?」
私は手にした皿をちょっと傾けて秀一郎さんに見せた。
「ラザニアです」
秀一郎さんは机に肘をついたまま、今日はまだ洗っていない髪をかき上げて笑った。
くす、くす。
そんなにおかしいかしら。
レンジで温めなおしたラザニアを前に、秀一郎さんはまだ笑っている。
「おもしろいですか?」
聞くと、秀一郎さんは顔を撫でて真顔をつくる。
少し温めすぎたのか、ラザニアはフォークの上で湯気を立てている。
それを口元まで持ってきてから、秀一郎さんは呟いた。
「これを食べたら……」
「はい。コーヒーはもうできてます」
お皿の横にカップを置く。
「……それから」
いつもの角度で、今度は秀一郎さんがうっすら笑いながら私を見た。
「……して……くれる?」
すぐ、調子に乗る。
「その後はお風呂です。それからお休みになっていただかないと」
私が言うと、秀一郎さんがぷいっと視線をそらす。
ラザニアが熱すぎるのか、フォークを見つめている。
私がじっと見ていると、すっかり湯気がおさまってからゆっくり口に入れる。
コーヒーを飲みながらラザニアばかりを半分ほどへらしたところで、手の届く位置に温野菜のサラダの皿を動かすと、細い指が秀一郎さんの顔の横でひらひらと振られた。
また偏食を、と言う前に、気だるそうに薄い身体が立ち上がる。
「少し寝る」
「…はい」
いつものように、秀一郎さんの後をついて服を拾いながら、ベッドまで行く。
一枚ずつ衣を落とされて、白い後姿が私の前で止まる。
41 ◆dSuGMgWKrs :2009/01/10(土) 18:34:58 ID:CzLgO+Di
「あの、秀一郎さん」
ベッドに上がりかけた秀一郎さんが、顔だけ振り向いた。
「あの」
秀一郎さんが、身体ごとこっちを向く。
うつむくとそれが目に入ってしまうので、私は秀一郎さんと目を合わせた。
私が黙っていると、あくび一つして秀一郎さんは布団に包まって丸くなり、転がってこちらに背を向けた。
なんとなく拒まれたような気がして、私は仕方なく部屋の中に引き返した。
あの、秀一郎さん。
書斎には、なにもありませんよね。
私が、怖がりなだけですよね。
だって私、ここがほんとうに怖いところだったら、もう行くところがないかもしれないんです。
帰る場所が、ないかもしれないんです。
秀一郎さんまで、私のことをいらないと言ったら、どうしたらいいでしょう。。
仕事がなくなるとか住むところに困るとか、そんなことよりも、もし誰も私を必要じゃないと言ったら。

私、どうしましょう。

じっとしていると泣いてしまいそうだったので、津田さんを手伝って、一生懸命大掃除をした。
津田さんの拭く一日分の窓を拭いて、芝浦さんに外してもらった照明を磨く。
しばらくしてから、秀一郎さんの様子を見に行った。
書斎のドアの前で一度足を止めてみる。
物音は、聞こえない。
衝立の向こうをそっと覗いてみると、秀一郎さんはこちらに背を向けて、まだ眠っているようだった。
掛け布団がずれて、裸の背中と腕が出ている。
室温は高く設定しているけれど、秀一郎さんは寒がりだ。
起こさないように掛け布団を掛けなおすと、そっとしたつもりだけど、秀一郎さんはちょっと眉を寄せて寝返りを打つ。
ごろりと転がって、目を開ける。
「あ、すみません、お起こししましたか」
「……」
私を見る目が、いつもの寝起きのどろんとした目ではない。
何度も寝返りを打ったのか、シーツがくしゃくしゃになっている。
「……お休みに、なれませんでしたか?」
「……で」
「はい?」
寝転んだままこちらに伸ばしてきた手を、なんとなく空中で受け止めた。
細いわりに力のある、体温の低い秀一郎さんの手。
手を引かれて秀一郎さんの上に屈み込むと、耳もとで秀一郎さんが言った。
「来年まで……いてくれたら…、ツリーを買うから」
来年まで?
来年のクリスマスまで、このお屋敷に?
私のためにツリーを?
秀一郎さんが、小さくあくびまでする。
徹夜でお仕事をなさったのにお休みになっていないことになる。
「…秀一郎さん、お休みになりませんと」
はふはふとあくびをしながら、秀一郎さんは私の手を掴んだまま転がる。
当然、私も一緒に倒れこむことになった。
「秀一郎さん、ちょっと」
「寝てる間に……いなくなる」
どきっとした。
かき寄せるように抱きしめて、秀一郎さんは私の耳を噛んだ。
「……いなくなると……、困る」
泣きそうになった。
秀一郎さんは、私を必要だと言ってくださるのかしら。
たとえそれがおいしいコーヒーのためでも。
42 ◆dSuGMgWKrs :2009/01/10(土) 18:35:44 ID:CzLgO+Di
なんとか、秀一郎さんにお休みになっていただこうと腕を振りほどこうとしてもうまくいかず、私はあきらめて秀一郎さんと一緒にベッドに横になった。
とりあえず眠っていただいて、それからそっと抜け出そう。
秀一郎さんは私の耳を噛むのをやめて、頭を枕につけた。
今度は、鼻が触れ合うほど顔が近い。
手の平で私の頬を撫でて、秀一郎さんは息を吹きかけるようにして言った。
「なんで……、泣いたの」
秀一郎さんの手が、そこにない涙をぬぐうように動く。
「いえ、べつに」
「……うそ」
細い指が頬をつまみあげた。
「……ぐぎゅ…」
私がお返しに秀一郎さんの頬をつまみあげると、秀一郎さんが変な声を出した。
頬は、肉が薄くて皮しかつまめなかった。
「心配してくださったんです、か……」
言い終わるより前に、秀一郎さんの唇が近づいてきて、触れた。
唇を交互に吸われ、舌を絡められる。
背中に回された手が、メイドの制服のファスナーをさぐってきた。
「……ん、眠く、ないんですか」
背中に温められた室温を直に感じる。
「こ……れ、してから……、寝る」
その言い方が気に入らず、私はまた秀一郎さんの頬の皮を引っ張った。
「……いたい……、から。それ」
私の手を払うと、秀一郎さんは身体を半分起こし、本格的に私の服を脱がせることにしたようだ。
ころんころんと左右に転がされて、あっさり裸に剥かれてしまう。
上を向くと、秀一郎さんが見下ろしている。
頬が少し赤くなっている。
指先でそれを触ってみると、秀一郎さんがちょっと顔をしかめた。
「痛いですか」
聞くと、くすっと笑う。
「……しかえし」
また頬をつままれるのかと思ったら、胸の頂をつままれた。
「え、それですか」
痛くはないけど、びっくりした。
いきなりそんなことをされたって、別に。
そう思ったのに、ちょっと擦られてびくっとしてしまった。
その間にも秀一郎さんは私の耳を噛んだり、脇を撫でたりとせっせと活動し始める。
魔法の指で触れられ、撫で回され、舐めあげられる。
それだけなのに、腰が持ち上がってしまう。
ただ、されているだけなのが居心地悪くて、私は秀一郎さんに触れようと手を伸ばした。
骨が浮いてごつごつした肩に指先が届く。
その手を取られて、うつぶせにさせられる。
「あの……っ」
顔を上げようとしたところで、背骨に電気が走る。
秀一郎さんが、背筋に沿って撫で上げたのだ。
肩甲骨の下にキスしてくる。
背中がこんなに感じるなんて知らなかった。
首から肩にかけてを唇がなぞり、両手が脇から前に回されて胸をやわやわと揉んでくる。
「ん……、あっ」
逃げようと膝を立てると、手が下がってきた。
「あっ……」
そこを覆うように手の平を当てて、ゆっくりと動かされる。
背中へのキスと、胸とあそこへの愛撫。
膝を立てたせいで四つんばいになってしまったまま、秀一郎さんに背後からのしかかられている。
後ろからなさるのかしら。
秀一郎さんはゆっくりと私の身体を確かめる。
そのひとつひとつに、感覚がしびれて力が抜けていく。
私が崩れ落ちると、秀一郎さんが抱きかかえるようにして仰向けにし、少し開いた唇をふさぐ。
この方は、耳と唇がお好きなのかしら。
少し下がって胸に顔をうずめると、そのまま動かなくなってしまった。
「あの……、秀一郎さん?」
43 ◆dSuGMgWKrs :2009/01/10(土) 18:36:32 ID:CzLgO+Di
秀一郎さんの頭と肩に手を当てて揺すってみると、片手で胸を寄せるようにして頬をすりよせると、ころんとベッドに落ちる。
「お休みなんですか」
ここで眠ってしまうのかしらと少し呆れる。
「ん……、ちょっと」
ちょっとでもたくさんでもいいけど、私はどうなるんですか。
秀一郎さんは私の胸に顔を寄せ、腕を背中に回したまま、本当に眠ってしまいそうだった。
仕方なく私は片手で掛け布団を引き上げ、横向きになったまま秀一郎さんの髪に鼻をくすぐられながらじっとする。
秀一郎さんが私の腰を抱いているので、私は秀一郎さんの頭を抱きかかえる形になっている。
細い黒髪を指ですいていると、眠そうな声が胸元から聞こえてきた。
「だいじょうぶ……赤い服が……あるから」
「はい?」
秀一郎さんの髪を指に絡めるのをやめて、聞く。
「昔……、父の……部屋に入って…。箪笥を開けたら、赤い服と……白い付け髭……が……びっくりして」
「……はあ」
なんのお話かしら。
「それから……嫌いになって……、だけど……、あなたが好きなら、来年はツリーを買うし……赤い服も着る……」
クリスマスのお話をなさっているのだと気が付いた。
秀一郎さんは、このお屋敷でクリスマスに何もなかったことを私が怒って、それであんなふうに書斎のドアを叩いたり泣いたりしたと思ってらっしゃるのかしら。
それを気にして、来年はクリスマスを祝うからと何度もおっしゃるのかしら。
「秀一郎さん……、サンタクロースを信じていらっしゃったんですね」
亡くなった先代の旦那さまを私は知らないけれど、きっと息子思いの優しいお父様だったのだ。
クリスマスに、サンタの服を着てプレゼントを運んでくるくらいに。
前のお屋敷の旦那さまが、奥さまとお子様のために枕元にこっそりプレゼントを置いたように。
メイドたちで小さなケーキとプレゼント交換のパーティをしたあとで、私は自分の部屋で膝を抱えて眠ったことを思い出した。
旦那さまがご家族で過ごされる、イベントのある日は私はひとりぼちだった。
「……うん」
眠ってしまったかと思うくらいの時間の後で、秀一郎さんが返事をしてくださった。
「秀一郎さんがサンタクロースの扮装をしてくださるんですか」
今度こそ、返事がなかった。
一度火照った身体を、秀一郎さんの体温の低い身体で冷やすように抱いてみた。

もしかして、もしかして来年のクリスマスまでここにいるようなことになったら。
送り返されたカップやスリッパを思い出してしまった。
その『もし』は、今はまだとてもとても辛いことだけど。
もし、もしそんなことになったら。
秀一郎さんに教えてあげよう。
イベントは、クリスマスだけじゃないってことを。
すぐにお正月だし、七草も節分もバレンタインデーだってある。
ひな祭りにお彼岸にイースターにこどもの日、七夕にお月見に、いろいろ忙しいんだから。
秀一郎さんが胸に吹きかける寝息が、私をどきどきさせた。
肩と背中に手を当ててみると、飛び出した肩甲骨が触れた。
ほんとに、抱き心地が悪い。
44 ◆dSuGMgWKrs :2009/01/10(土) 18:37:16 ID:CzLgO+Di
しばらくすると、秀一郎さんが寝返りをうって離れたので、私はそっとベッドから降りた。
正直、ずっと寝息が気になっていてもう限界。
音を立てないようにメイドの制服をかき集めて、お風呂場に入る。
タイルの床にタオルを引いてお尻を乗せる。
膝を曲げて脚を開くと、すでに濡れたそこが外気に触れてぞくっとした。
指先で触れると、粘着質な水音がした。
旦那さまがあまりに私を放っておいた時などに、寂しさから何度かしたことがある。
それを思い出すように、私は自分の身体の奥を指で探った。
秀一郎さんが舌や指でしてくださるとおりに、触ってみる。
「……ん」
自分で触ると、いつも気持ちいいと思っていた場所はここなのだとわかる。
指を差し入れたり、あちこちを弄っているうちに、一番敏感な場所を探り当てた。
「ん……、はっ、あっ」
声をかみ殺して、快感に集中した。
「あ、そこ……っ」
痛いほどに膨らんだ蕾の周囲をぐちゃぐちゃとかきまわしていると、頭が真っ白になってきた。
もう少し、そこ、そこ。
脚を開いてのけぞるように自分で自分を慰めている姿が、お風呂場の鏡に映って私はぎゅっと目を閉じた。
「んあっ」
自分の腕を閉じた太ももで強く挟み込んで、私は達した。
はあ、はあ、と息が上がる。
中途半端に火をつけられた身体はおさまったけれど、空しさは残る。
どうしてこんなことしちゃったのかしら。
のろのろと身体を起こして、私は息を呑んだ。
お風呂場のドアの向こうで、影が動いたのだ。
まさか、また津田さん?
床に敷いていたタオルで身体を隠すようにしたところで、ドアが開いた。
「……いた」
ひょろりと病的に細い影は、全裸のままの秀一郎さんだった。
眠りの浅い秀一郎さんは、私が抜け出したことに気づかなくとも、抱きしめるものがなくなったことには気づいて目を覚ましたらしかった。
「いなくなっ……」
言いかけて、言葉が止まる。
今度こそ、恥ずかしさで死んでしまいたいと思った。
お風呂場の空気で、私が何をしていたかが秀一郎さんにもわかるだろう。
メイドが主人の部屋のお風呂場で、なんてことをすると呆れられて、嫌われて。
秀一郎さんは黙ってお風呂場の中に入ってきて、小さく丸まっている私の肩に手を掛けると、つい今まで自分を慰めていた手を掴んだ。
「……ずるい」
そう言って、秀一郎さんが指先を口に含む。
抵抗しようと引っ張り返しても、逃れられない。
「自分……だけ」
くす、くすくす。
「え……」
秀一郎さんは笑いながら、私の手を掴んだまま引っ張って立ち上がらせる。
明かりの少ない部屋に隣接したお風呂場とはいえ、こんなことをした後で見られるのは恥ずかしい。
「いや、あの、しゅっ」
秀一郎さんは私が取り落としたタオルを踏まないようにして、部屋へ戻る。
エデンの園を追い出されるアダムとイブの美術画を思い出した。
ベッドに腰を下ろした秀一郎さんは、掴んだままの私の手をもう一度顔に近づけた。
「……自分だけ、ずるい」
もう一度、そう言う。
さっきと同じように、手を引かれて秀一郎さんの上に倒れこむ。
「きゃ……」
なにかが、手に触れた。
さっきまで自分をかき回していた指が、そのまま導かれるように秀一郎さんの熱いものを握らされる。
「わたし……にも、して」
顔が火を噴きそうだった。
「あ、あのっ、あ」
「自分だけ……ずるい」
ほんの少し眠っただけで、秀一郎さんは元気になってしまったのかしら。
今度は、眠気混じりの愛撫とはまるで違った。
45 ◆dSuGMgWKrs :2009/01/10(土) 18:38:22 ID:CzLgO+Di
後ろめたいところを見つかったという引けめから、私は逆らえず、秀一郎さんはもう一度私の身体を撫でる。
「ん……」
一度自分でした場所を秀一郎さんの舌が這う。
きっともう、そこはぐしょぐしょになっているのではないかしら。
達しはしたものの、全身を襲っていた空しさが秀一郎さんによって埋められていく気がした。
舐めたり差し込まれたりされるたびに腰を震わせながら、私は目の前に来たものを口に入れ、舌でなぞりあげた。
それが硬さと大きさを増していくと、脚の方で秀一郎さんがうめくような声が聞こえる。
秀一郎さんが身体を入れ替え、膝の裏に手を入れてぐいっと押し上げた。
ぐっしょりになってしまったそこが、秀一郎さんの前にさらされる。
耐え切れない恥ずかしさに、私は両手で顔を覆った。
秀一郎さんが、ふうっと息を吐く。
「痛かったら……」
私は顔を隠したまま、頷いた。
大きなものが入ってくる圧迫感は、痛さではなく、ようやく来てくれたという満足感になった。
かき出され、押し込まれる感覚が続くと、一度収まった感覚がもう一度上がってくる。
「うん……っ」
いつの間にか、脚が秀一郎さんの腰に巻きついていた。
秀一郎さんが動きにくそうにして、私の背中を抱きかかえて起こす。
つながったまま座り込む。
秀一郎さんはそのまま私の顔中にキスをする。
「ん、んん……っ」
全身から力が抜けて、秀一郎さんの胸に崩れた。
そのせいで自分の中に収めた秀一郎さんが微妙な動きをして、私は秀一郎さんの脚の上で跳ねた。
「ん、あんっ!」
秀一郎さんの顔がゆがんだ。
いけない、痛かったのかしら。
「しゅ……、あ」
秀一郎さんが私を仰向けに倒した。
「それ……、反則……」
なにがですか、と言う間もなく、秀一郎さんは激しく腰を打ち付けてきた。
「あっ……!」
一気に攻め立てたれる。
耳までふさぎたくなるほど淫らな水音がぐちょぐちょと響いた。
「ん、あ、んっ、あ!」
すごい、こんなの。
もっと、もっとして欲しい。
ずっと奥まで。もっと、もっと。
ああ、気持ちいい、すごくいい。
「あ、もう、い……っ」
秀一郎さんを、身体の奥で締め付けてしまったような気がする。
耳もとで「くっ」とか「うっ」とかいう声が聞こえて、私は意識を手放した。

気を失ってしまったのはほんのちょっとの間だったようだ。
目を開けると、秀一郎さんが私を薄っぺらな掛け布団で包もうとしてくれていた。
「……あ」
思わず声が出る。
秀一郎さんがシーツの端を引っ張って、私の目尻にこぼれていた涙をぬぐってくれた。
「だい……じょうぶ」
独り言のように、尋ねてくださる。
「はい」
気恥ずかしさにうつむいてしまう。
秀一郎さんが起き上がった私をそうっと抱いた。
「……いっしょ」
どうやら、秀一郎さんもちゃんと気持ちよくできたようだ。
お風呂を入れます、と言うと、少しだけ抱きしめる腕に力がこもった。
「あと……ちょっと」
私はそのまま黙って、秀一郎さんの気の済むまで抱きしめられていた。
その後で、私はお風呂にお湯を溜め、どうしてもというご所望で一緒に入った。
洗ってくださるとおっしゃったけれど、自分の身体さえ満足に洗えない秀一郎さんにそんなことができるわけもなく、私は秀一郎さんを頭から足の先まで洗いたててバスタオルで拭き、お風呂場から追い出して自分の身体を洗った。
急いで身支度をし、ぼーっとベッドに座り込んでいた秀一郎さんの髪を乾かす。
46 ◆dSuGMgWKrs :2009/01/10(土) 18:39:42 ID:CzLgO+Di
「もう少しお休みになったほうが」
「……うん」
乾いた髪を梳かして、よれているシャツの襟を直しながら顔を覗き込むと、秀一郎さんはくす、と笑った。
「寝る……けど」
私は、仕上げに秀一郎さんの髪を両手で上から覆うようにして整えた。
「はい。コーヒーをお淹れします」
秀一郎さんが、またくすくすと笑い、私はお尻を撫でられないうちにさっさと衝立の向こうに移動した。



「……ねえ」
秀一郎さんが私を呼ぶ。
「はい」
振り向くと、秀一郎さんは背中を向けたままのろのろとコーヒーを飲んでいる。
「あなたは……、コーヒーは嫌いなの」
豆の缶の蓋を締めなおした。
「いいえ。どうしてですか」
秀一郎さんがカップを置く。
私は豆とミルを棚に戻してから、秀一郎さんの話を聞くためにその横へ行った。
「……津田は……、コーヒーを飲まない…から、おいしくなかったのかな」
もう一度カップを持ち上げて、独り言のように言う。
コーヒーメーカーで淹れたなら、誰がやっても変わりはないのではないかしら、という言葉は飲み込んだ。
「……カップ」
「はい?」
「……一緒に」
手の中のコーヒーを見つめながら、秀一郎さんが呟く。
私は秀一郎さんの横顔を覗き込んだ。
もしかして。
「よろしいんですか?」
秀一郎さんが、視線を落としたまま頷いた。
「……うん」
照れてらっしゃる。
秀一郎さんは、私に一緒にコーヒーを飲まないかと誘ってくださったのだ。
その、いつにない表情に私はなんだかおかしくなって、おかしいのに泣きたくなった。
私は、秀一郎さんのお誘いに甘えることにして、棚に余分のカップを取りに行き、昼間小野寺さんに出した客用のカップを手に取る。
ちょっと考えてそのままカップを棚に戻し、うつむいたままの秀一郎さんに言った。
「カップを取ってまいります」
返事を待たずに部屋を出て、そのまま廊下を横切って自分の部屋に入る。
ダンボールの中に押し込んだ、桜模様のころんとしたマグカップ。
お気に入りが割れてしまったときに、旦那さまがくださったもの。
紙袋に包装もなしで入っていたものだったけれど、抱いて眠りたいほど嬉しかった。
必ず戻ってこれると信じていたから、前のお屋敷を出るときも当たり前のように置いてきた。
私はそれをつかんで、エプロンの端で拭いてから秀一郎さんのお部屋へ戻った。

秀一郎さんと一緒に、コーヒーをいただくために。


――――了――――
47名無しさん@ピンキー:2009/01/10(土) 19:35:56 ID:alIHyN8d
>>46
GJ!
48名無しさん@ピンキー:2009/01/10(土) 20:25:26 ID:ayWY2qz3
すみれさんきてたー! GJ!
キャラやシチュがもろ好みで毎回楽しみにしてます。

誰かに必要とされている喜びって、大事だよね。
49名無しさん@ピンキー:2009/01/10(土) 20:57:04 ID:ox7FYd8B
秀一郎さんキテター!!!
ご主人様優しい
50名無しさん@ピンキー:2009/01/10(土) 23:55:16 ID:FdLAoM/Q
芝浦さんが出て来たー!

唯一の普通人だけど、やっぱどっかずれてるw焼き鳥…ww
そして今回のもまた切なかった…。つーか前のお屋敷の旦那様がどんどん嫌いになるなあ…。
すみれさんも秀一郎さんも幸せになってほしい!来年(もう今年?)のクリスマスは是非みんなで焼き鳥を!(笑)

51名無しさん@ピンキー:2009/01/11(日) 19:38:18 ID:KUMjkhs5
>>46
ネ申 乙
52名無しさん@ピンキー:2009/01/11(日) 23:55:37 ID:WejHE4HW
すみれさんキタ――(゜∀゜)――!!
もうね、従順メイドと天然主人の幼さの萌え悶えるしかない展開は反則っ…!!
行く末をじっくり見守りたい!!
53名無しさん@ピンキー:2009/01/13(火) 18:03:57 ID:kiBLGNAd
このシリーズ大好きだ。
限りなく生命力の薄い秀一郎さんがどんどん愛おしくなってくる。
あきれながらも、ついうっかり秀一郎さんにほだされてしまう
すみれさんの心が寄り添って行く過程を見守りたいので
のんびりと連載を続けてくれると嬉しいなぁ

>津田さんの背中に向かって「クェーーーッ!」と鳴いてやりたい気分だった。
 この箇所に激しく笑った
54名無しさん@ピンキー:2009/01/16(金) 01:15:02 ID:usYXBlr0
前スレ埋め作品の作者GJ!
55名無しさん@ピンキー:2009/01/21(水) 03:15:58 ID:i6oAE8nK
そんなことより、メイド喫茶のメイドに
「お帰りくださいませ、ご主人様」
って言われた俺を慰めろ
56名無しさん@ピンキー:2009/01/21(水) 07:00:52 ID:CtgvRn7Y
>>55
なにがあったんだw
57名無しさん@ピンキー:2009/01/21(水) 08:38:12 ID:qsBQ+EwL
>>55
ツンデレデーだと知らなかったんですね、わかります
58名無しさん@ピンキー:2009/01/21(水) 09:28:33 ID:x7OsoYZT
>>55
1:時間制限のある店だった。
2:ドジっ娘メイドでセリフを間違えた。
3:>>55は身体に色んな落書きのある人だった。
59『>>55の人気に嫉妬』:2009/01/21(水) 18:36:29 ID:s9uriug6
ある日の昼下がり、>>55邸のメイド達による秘密のお茶会。

>>59>>55様ったらはしたないですぅ! 新人メイドの>>56ちゃんのお尻ばっかり追いかけちゃって、いやらしいです!」

>>58「まあまあ、>>55坊ちゃまもお年頃ですし、しょうがないでしょう」

>>56「ボクはご主人様、大好きだけどなあ。ね? >>57さん」

>>57「わ、わたしはあんなやつ、ご、ご主人様だなんてぜーんっぜん思ってないんだからっ! フンッ」
60名無しさん@ピンキー:2009/01/21(水) 21:24:03 ID:cpH1JOVJ
いいぞ。その調子だ
61名無しさん@ピンキー:2009/01/21(水) 23:19:39 ID:pgOfpG70
水だけで五時間くらい粘ったんでしょうね
62美果と旦那様とアパート ◆CKHo.sFTP2 :2009/01/22(木) 00:15:09 ID:H5rUYU0m
第8話です。



ある日の朝、アパートを出た私と旦那様を、うちの大家さんが呼び止めた。
「カニ鍋セットが当ったの。よかったら、今晩食べにいらっしゃいな」
言われた次の瞬間、私は足を止めて駆け戻り、はいと即答していた。
大家さんは、懸賞や新聞の読者投稿が趣味で、よく応募しているらしい。
前にも、みかんが一箱当ったからと、おすそ分けをくれたことがある。
たかが一住人にすぎない私達に、ずいぶん優しくしてくれるものだ。
まあ、この場合は私ではなく、旦那様が大家さんにいたく気に入られているからこそ、なんだけど。
旦那様は、おばさんまたはお婆ちゃんといった年齢の女性に、とにかくモテる。
上品で礼儀正しく、言葉遣いも丁寧だから、その辺りの女性の「いい男」像にぴったり当てはまるから、らしい。
さすがに、恋愛感情を抱かれることはないようだが……。
一般に、女という物は高貴な男に弱い。
最初でこそ不良に憧れることもあるが、年を経れば経るだけ、品のある異性に惹かれるようになるのだそうだ。
その傾向に加え、旦那様個人のお優しさと、ふんわりした雰囲気も手伝い、その人気はあなどりがたい。
大家さんもその魅力にやられたようで、何くれとなく世話を焼いてくれる。
高齢の大家さんと、万事がスローペースの旦那様は気が合うようで、大家と店子の枠を超えて仲良くしている。
2人が並んで座り、渋茶をすすっている光景などは、なかなか和むものではある。


夜になり、部屋に戻った私達は、連れ立って1階の大家さんの所にお邪魔した。
ドアをくぐるなり、どうだとばかりにカニ鍋セットを誇らしげに見せつけられる。
まるで、一仕事終えた猟師が、しとめたイノシシの大きさを自慢するみたいだと思った。
酒造会社の懸賞だったようで、一升瓶が1本と、大きなズワイガニ2杯、そして野菜や調味料までもが揃っている。
世の中は不景気まっしぐらだというのに、ずいぶん豪華なセットだ。
ご馳走になる以上は働かねばと、大家さんには座っていてもらい、私と旦那様で鍋の準備をする。
台所を借りて、だしを鍋に張り、カニや白菜や豆腐、くず切り等を入れ、まずは一煮立ち。
私達の部屋には、土鍋も卓上コンロも無いから、お鍋なんて久しぶりだ。
準備をする私の傍らで、手元を覗き込むだけで一切役に立っていない旦那様も、気分が浮き立っている様子。
鍋がいい頃合いになったので、大家さんが待つコタツの上に置き、3人で囲む。
今日お招き頂いたお礼をくれぐれも丁重に申し述べてから、私達は湯気にまみれて食べ始めた。
カニなんて、何年ぶりだろう。
メイドなんかをしていると、こんなぜいたくな物は食べられない。せいぜいカニカマだ。
ちゃんと身がほじれない旦那様の手からカニを奪い、身と殻を分けて取り皿に入れてあげつつ、自分も食べる。
お酒を1本つけましょうかと大家さんが言いだしたので、私が台所に立った。
燗をつけたお銚子と杯を持っていくと、2人は仲良く、さしつさされつで飲み始めた。
この隙に、カニを頂いてしまわねば。
全部食べてしまっては失礼だから、目立つ脚や爪ではなく、グローブのような脚の根元(抱き身というらしい)を狙う。
鍋を囲む3名中、1名の目がらんらんと光っているうち、お銚子は2本目になった。
気がつけば、2人はカニの甲羅にお酒を注ぎ、ミソと混ぜて甲羅酒にしている。
とても美味しそう、私も一口……とそっと手を伸ばすと、旦那様にぴしゃりと制されてしまった。
「美果さんはダメです。未成年がアルコールをたしなむのは、法律で禁止されています」
確かにそうだけど、一口くらいなら大丈夫なのに。
「いけません!もう、新年の二の舞はこりごりです」
そういえば、茶店の新年会で、私は間違えてお酒を飲んだんだった。
気がついた時には、いつの間にかアパートに帰っていて、おまけに裸で旦那様と同じ布団で眠っていた。
酔った女を抱くなんてと責めても、旦那様は「あなたが誘ったのです」と言うばかりで、謝ってくれなかったっけ。
ここで私が飲んでは、また妙な風になってしまうかもしれない。
私はカニミソに未練を残しながら、鍋に残った湯葉を箸先ですくい上げた。
63美果と旦那様とアパート ◆CKHo.sFTP2 :2009/01/22(木) 00:16:02 ID:H5rUYU0m
最後の雑炊まできっちりやって、お鍋が終った。
しかし、後片付けを終えた私が戻っても、大家さんと旦那様はテレビを見ながら尚もちびちびと杯を傾けている。
コタツの上には、いつのまにか佃煮やピーナッツなどのおつまみが並んでいて、晩酌を進ませているようだ。
普通、ご飯を食べた後は飲まないものだと思うのに。
大家さんは、普段は上品そうなのに、実はなかなかいける口らしい。
2人が仲良くしているのを横目に見つつ、私は久しぶりに見るテレビに集中する。
そしてしばしの時を過ごした後、2人してもう一度今日のお礼を言って、2階に戻った。
部屋のコタツに入り、旦那様がごろりと仰向けになられる。
行儀が悪いけど、私も同じように寝転び、食べ過ぎてはちきれそうになったお腹を押さえた。
美味しくてとっても満足したから、しばらくは何もしたくない。
でもお風呂に入らなきゃ……と、旦那様を起こすべく肩に手を掛けた。
「旦那様、寝ちゃダメですよ。お風呂に入ってからですからね」
耳元で呼んでも、旦那様は生返事をするだけで起き上がってはくれない。
「旦那様、旦那様ったら」
「うーん。僕はもう、寝、ます……」
切れ切れに言う旦那様は、今にも寝入ってしまいそうに見える。
「ダメですよ。ちゃんとお風呂に入って、パジャマを着て下さい」
この上は実力行使に踏み切ろうと、抱き起こすことを試みる。
しかし、力をすっかり抜いてしまったその体は重く、私は半分持ち上げたところで力尽きた。
「きゃっ!す、すみません」
抱き起こすどころか、旦那様の上に倒れこむように乗っかってしまい、慌てて謝る。
しかし、当の本人は怒るどころか、顔を圧迫している私の胸に手を這わせ始めた。
「あっ……。ちょっと、何やってんですか!」
閨の時よりもずっと優しく、触れるか触れないかというタッチで触られ、背筋がびくりとする。
服も下着も着けているから、感覚が鈍いはずなのに、なんで。
「うん。今日もいい触り心地です」
旦那様が、ぼうっとした表情で私をご覧になる。
赤く潤んだその目は、どきっとするほど色っぽく見え、私は魅入られたように動けなくなった。
「やはり、美果さんのおっぱいは、非常に素晴らしい」
さわさわ、さわさわ。
気に入りの物を愛でるような手つきで、旦那様が私の胸の感触を楽しまれる。
そこには明確な意図など無いだろうに、少し触れられただけで感じてしまう自分の体がいやになった。
ちょっと前まで、こんな風にはならなかったのに。
「旦那様。分かりましたから、もう離して……」
「ダメです」
旦那様が即答されて、私は思わず言葉を失った。
「あなたの胸は、とても触り心地がいいのです。しっとりとして美しく、形もよく、顔を埋めればいい香りがする。
可能ならば、一日中触っていたいくらいです」
私のお願いを言下に退けたのち、一体どうしたのかと思うくらいに熱っぽく旦那様が語られる。
この方がこんなに口数が多いのは、珍しい。
「願わくば、もう少しだけ大きいと、もっといいのですが」
ほっといてくれ、そんなこと。
「でも、こうしてあなたに乗られていると、胸の重みが感じられて何ともいえないのです。ああ、柔らかい」
うっとりとした口調で言って、旦那様はまた私の胸に手を這わされた。
今日のこの方は、いつもとは随分違う。
普段は、私に触れるのも最初はおずおずという感じで、ましてや胸について語るなんてことは全くないのに。
変だなと思いつつも、私の耳は、先程の言葉の中にあった「素晴らしい」「美しい」という言葉を敏感にキャッチしていた。
誇れるほどの胸なんかじゃないのに、そう思ってもらえているのなら、満更でもない。
そんなに好きなのなら、もうちょっとだけ触らせてあげよう。
つい先だって、3週間くらいお預けしたばっかりだし。
そう思って床に肘をついて体を支え、旦那様に自分の体重がかからないようにした。
当のご本人は、ちっとも飽きることなく、私の胸の感触を堪能していらっしゃる。
正直言って、今くらいの触れ方では、少々物足りなかった。
64美果と旦那様とアパート ◆CKHo.sFTP2 :2009/01/22(木) 00:17:01 ID:H5rUYU0m
しばしの後、もういいかと思って上体を起こす。
「じゃ、お風呂を沸かしてきますから」
一気に立ち上がろうとするも、今度は旦那様に抱きつかれ、私は再び倒れこむ格好になった。
「ちょっと!いい加減に……」
して下さい、と睨みつけようとしたところで、再び旦那様と目が合う。
さっきと同じ赤く潤んだ瞳で見つめられ、私はまた動けなくなった。
「風呂は、後で結構です。一緒にでも僕は一向に構いません」
「え……」
一緒に、って。
「あの、それって……。あっ」
コタツを足で遠ざけて、旦那様が体の位置を入れ替えられる。
そのあまりの早業に、私はあっけに取られてしまい、一切の抵抗を忘れてしまっていた。
気がついたときには、いつもの体勢になっていて、旦那様に服のボタンを外されかけている。
やだ、まだお風呂に入っていないのに。
お手をどけようとしても巧みにかわされて、胸元がどんどんと心許なくなっていく。
いくらもしないうちに、服のボタンとブラのホックは全部外されてしまった。
満足気に微笑んだ旦那様が、さっきのようにまた胸に顔を埋めてこられる。
その吐息が肌にかかって、思わず私は息を飲んだ。


私が身を固くしたのを幸いに、旦那様のお手がさらに動く。
ブラがずり上げられ、胸がこぼれてワンピースの生地に擦れる。
そんな微かな刺激にも、背筋がびくりとしてしまうのが止められない。
「ん……。やはり、いいものですね」
旦那様が、今度は明確な意図をもって胸に触れてこられる。
その親指が不意に乳首をかすめ、私は思わず上ずった声を上げてしまった。
「うん。その声も、僕は好きです」
満足気に言われたそのことに、頬にカッと血が昇る。
やっぱり、今日の旦那様はいつもと違う。
胸が素晴らしいとか声が好きだとか、そんなことを言われるとすごく恥ずかしくなってしまう。
「美果さん。口をつぐんでは、つまりません」
旦那様が、鼻と鼻がくっ付くくらいの距離で私を見つめ、咎めるような口調で仰る。
息にお酒の匂いを感じ取り、あっと思った。
今日のこの方がいつもと違うのは、お酒のせいなのに違いない。
「旦那様、お酒……」
飲みすぎたでしょう、と言おうとする私を黙らせるように、旦那様が唇を重ねられる。
「ん……んんっ」
そのまま舌を絡められ、私は驚きに身を固くした。
こういうキスがあることは知っていたけれど、いきなりされると対処に困る。
イヤだとはこれっぽっちも思わないけど、一体どうすればいいか分からない。
身動きが取れない私の舌を、旦那様のそれが弄ぶように絡んでくる。
もしかして、同じようにすべきなのかと思い、私もほんの少しだけ舌を動かした。
「ん……」
私が協力的になったのが分かったようで、旦那様がさらに深く口づけられる。
自分の何もかもが吸い取られそうで、頭がぼうっとして、閉じた瞼の裏が白く霞んだ。
「……はっ」
無理矢理口づけから逃れ、大きく息を吸う。
アルコールの匂いに、脳の片隅が痺れたようになっているのが分かった。
「終わりですか?僕はまだ足りません」
旦那様が少し不満気に呟いて、今度は私の胸に舌を届かされる。
「あっ……あ……やっ」
ワンピースの布越しに乳首が刺激され、私の口から喘ぎがこぼれる。
直に舐められているわけでもないのに、こんな風になるなんて恥ずかしい。
「美果さんは、こういう触れ方が好きなんですね」
笑みを含んだ声で旦那様が仰り、またそこに舌が這わされる。
こういうのが好きだなんて一切口にしていないのに、分かってしまうのだろうか。
「あっ、ひゃあっ!」
旦那様が指先でそこをなぶられ、私は甲高い声を上げてしまう。
いやだ、なんかすごく気持ちいい。
乳首が固くなって、旦那様の指を押し返すさまが目に見えるようだ。
65美果と旦那様とアパート ◆CKHo.sFTP2 :2009/01/22(木) 00:18:15 ID:H5rUYU0m
感じているのがばればれなのに戸惑うけど、でももっとしてほしい。
「あ、もっと……。んっ……」
欲望が高まり、更なる愛撫をせがむ声が、勝手に口から漏れる。
「もっと、何です?」
どこか楽しんでいるような口調で旦那様が仰って、動きを止められる。
まさか、ちゃんとおねだりしないと、触ってくれないとでもいうのだろうか。
「んっ」
旦那様のお手を胸に押し付け、こうですと示しても、効かなかった。
「あの、そこを……指で」
体の熱が冷めていくのが言いようもなく心細くなって、恥を忍んで言葉にする。
「指で?」
「軽く弾いたり、とか。あと、その、舐めて下さると……」
「はい」
「とっても気持ちいい、です……」
言い終わって少し遅れて羞恥心がワッと押し寄せ、私は手で顔を隠した。
なんだか、取り返しの付かないことを言ってしまった気がする。
「美果さん、その手をおどけなさい。頼みごとは、人の目を見てするものです」
旦那様の鬼のような指導が入り、私はますます身の置き場がなくなった。
固まる私の手を、旦那様が半ば強引に外させられる。
そのまま、キスできるくらいの近さまで顔を近付けられ、私は目をそらすことができなかった。
追いつめられ、進退きわまって呼吸が苦しい。
目に涙が滲み、雫が一つ頬を伝った。


旦那様の指が、頬を拭う。
そのまま抱き起こされ、私は身にまとっている全てを脱がされた。
素肌に旦那様のお手が這って、息を飲んで唇を噛む。
「きれいな肌ですね」
「え……あっ」
旦那様が私の胸に触れ、慈しむように揉まれる。
この方のしなやかなお手が触れると、まるで、自分の体が一段上等になったみたいに思える。
旦那様はしばらくそうされていたが、やがて姿勢を低くし、私の胸に吸い付かれた。
「あんっ!」
乳首を舌でなぶられ、私は身をよじって高い声を上げてしまった。
認めたくはないけれど、こうしてもらうのは、すごく気持ちいいから好き。
「んっ……ん……あんっ……はぁんっ……」
直接触れてもらうと、舌の熱や濡れた感触がリアルに伝わってくる。
私はそれにうっとりとなって、抵抗を忘れてじっとしていた。
すごく気持ちいいけど、そろそろアレが欲しい。
膝をもじもじと擦り合わせると、旦那様はふむと頷いて私の下半身に手を滑らされた。
足首から脚の付け根までを、行きつ戻りつしながら、欲情を煽るように撫で上げられる。
吐く息に熱がこもり、胸がどうしようもなく騒いだ。
「あ……」
旦那様の指が、隠された場所を目指して押し込まれてくる。
私の体は期待感に震え、いよいよ自分でも抑えが効かなくなってきた。
しかし。
「やっ。なんで……」
触ってもらいたくて疼いている場所には届かず、指は茂みを逆立てるように往復しただけだった。
期待を裏切るなんて、ひどい。
「旦那様、違います。そこじゃなくて」
「ええ」
もどかしく頼んでも、要領を得ない返事が聞こえるばかり。
もう我慢ができなくなって、私は旦那様の手を掴んだ。
自分で秘所を開き、触れて欲しくてたまらない敏感な場所にお手を押し付ける。
「ここですか?」
旦那様が、指で肉芽を軽く弾いて尋ねてこられる。
私は無言で頷いて、もっととねだるように腰を押し付けた。
66美果と旦那様とアパート ◆CKHo.sFTP2 :2009/01/22(木) 00:19:21 ID:H5rUYU0m
「んっ……あ……」
もどかしいほどにゆっくりと指が動き始め、肉芽をなぶる。
つついたり押し潰されたりするたび、私の腰は憎らしいほど敏感に反応し、お尻が浮いた。
快感を得るのに十分な強さで触ってもらえないから、刺激を少しでも逃したくなくて。
目をギュッと閉じ、旦那様の指の動きだけに全神経を集中して、それ以外のことを頭から追い出した。
「あんっ……ん……。旦那様、もっと……」
愛液を絡めた指で粘膜がなぞられて、卑猥な音がする。
いつもは、その音を聞くと消えてしまいたいくらい恥ずかしくなるのに。
今日は、まだ足りない、もっと音が高くなるくらいにして欲しいなどと思っているのだ。
「いつになく正直ですね、美果さん」
ククッと小さく笑って、旦那様が呟かれる。
「強がりを言う時も可愛いですが、素直に求めてくれる時が一番、僕は好きです」
そうさせているのは、旦那様なのに。
中に指を押し込まれながら、おぼろげにそう思った。
もうちょっとだけ、肉芽を触って欲しかったのにな。
中にある旦那様の指は、天井を引っかいたり、中の愛液を掻き出すように動く。
今度はそれに意識を持っていかれて、私は拳を握り締めた。
そんな風にされると、別の物が欲しくなってしまう。
指よりずっと太くて、存在感のあるアレ、が。
とうとう堪えきれなくなって手を伸ばし、私は旦那様のズボンを引っ張って催促した。
「何です?」
小首を傾げて尋ねられるのが、憎らしくさえ感じる。
こういう時に私が頼むことなど、いくら鈍いこの方でも想像がつきそうなものなのに。
「旦那様、あの、早く……」
入れて下さいとはさすがに言いにくく、私は困って眉根を寄せた。
どうしよう、思い切って言うべきなんだろうか。
「美果さん、何か思うところがあるのなら仰いなさい」
ん?とまた小首を傾げ、旦那様が尚も尋ねられるのに、私はとうとう観念した。
「旦那様の……を。早く、下さい……」
呼吸困難になりかけながら言って、旦那様に抱きつく。
顔を見られたくないからそうしたのに、脚がひとりでに動き、旦那様の腰に絡んでしまう。
ますます恥ずかしくなり、穴があったら入りたいくらいの心地になった。

「僕の物が、欲しいですか」
旦那様が私に小さく尋ね、ふと考え込まれる。
そんな悠長にしていないで、さっさと望みをかなえてくれればいいのに。
まるでわざとそうして、私を焦らして楽しんでいるみたいだ。
しゃくだから、答えてなんかやるもんかと唇を噛み、目をつぶったのに。
私の首はあっさりと縦に振れ、そうですと告げていた。
素直な仕草がお気に召したのか、旦那様が微笑まれる気配がする。
そのままご自分のベルトに手をかけ、外される音が私の耳に届いた。
「あっ……」
熱く固い物が秘所に押し当てられ、濡れて滑るのを楽しむかのようにぬるぬると動く。
私は息を飲み、旦那様のお尻に手をやり、引き寄せた。
早く、早く満たしてほしい。
私のその願いが届いたのか、旦那様がグッと力をかけてこられる。
しかし想像は裏切られ、アレはほんの入り口を往復するだけで、深く入る気配をみせなかった。
まるで今にも抜けてしまいそうで、私は大いに不満になった。
「やだっ。なんで……」
抗議のまなざしを向けても、旦那様はどこ吹く風で、口元には笑みさえ浮かんでいる。
まだまだ余裕がおありなのが分かって、自分との違いに地団駄を踏むくらいに悔しくなった。
「旦那様、お願いです。早く……」
恥を忍んで頼んでも、涼しい顔で無視されて。
それを見た私の胸には、いままでこの方に抱いたことのない感情が生まれ、急激に広がった。
「旦那様の意地悪、大嫌い!」
感情が抑えきれず、口が勝手に叫んでしまう。
あっと思った時には、もう遅かった。
旦那様のお顔からスッと笑みが消え、辺りの気温が急に下がったようになる。
「あ……あの……」
私はどう言い訳しようかとパニックになって、今しがたの不満はどこかへ飛んでいってしまった。
67美果と旦那様とアパート ◆CKHo.sFTP2 :2009/01/22(木) 00:20:58 ID:H5rUYU0m
「美果さん」
身を縮める私の耳に、旦那様の声が届く。
「あなたは僕が嫌いですか。僕は、一度だってそのように思ったことなどないのに」
非難の色を帯びた声で言われ、私はますます小さくなった。
そもそもは、焦らして意地悪をするこの方に原因があるのに。
やっぱり一言謝るべきだろうか、でもなんて言ったらいいのだろう。
「あっ!」
困っていたところ、いきなり旦那様がアレを奥まで差し込まれ、私は甲高い悲鳴を上げた。
さっきはほんの少ししか入れてもらえなかったアレが、今は私を串刺しにするみたいに貫いて。
その熱さと存在感の大きさが、少し怖いけど嬉しくもあった。
「取り消しなさい、美果さん」
旦那様が真剣な顔で仰って、私の胸が騒ぐ。
どうしたんだろう、今日のこの方は妙に男っぽくて強引だ。
取り消さないとこうだとでも言うように、アレがまた抜け落ちそうな所まで引き抜かれる。
「やっ。取り消します、さっきのは嘘です」
私はもう矢も盾もたまらなくなって、腰を浮かせて求めた。
これ以上焦らされるのは、一秒だって我慢できない。
必死に言ったのが通じたのか、旦那様のまとわれる空気が、ほんの少し和らいだのが分かった。
「いい子ですね」
私の額にキスをして小さく囁いてから、旦那様がゆっくりと腰を使われはじめる。
「ああっ……ん……」
やっと望んでいた物が得られ、私の胸を歓喜が満たす。
旦那様のアレが奥に届くたび、背筋が震えるほど嬉しくて、気持ち良くて。
まるで、体がとろとろに蕩けてしまうみたいに思える。
手を伸ばして求めると、旦那様がこちらに体を倒してこられ、互いの肌がぴったり密着する。
冬なのに、こうしていると季節なんて忘れてしまいそうだ。
「あ……くっ……」
旦那様が眉根を寄せて苦しそうな顔をされ、限界が近いことが分かる。
いつもより早いけど、私も焦らされた分追いつめられていて、そろそろだった。
「旦那様っ。もう……」
視線を合わせて訴えると、旦那様は目だけで返事をし、腰の動きを早くされた。
そして各々短く叫び、または呻いて達する。
呼吸が次第にゆっくりになり、部屋の寒さに白く映えたところで、私達は揃って身震いをした。
コタツに掛けていた布団を慌てて引き寄せ、二人でくるまる。
その暖かさにホッと息をついていると、旦那様が私の体に腕を回された。


小さな違和感が、胸に生まれる。
事後、いつもは私の髪や背を撫でてこられる旦那様が、今日は私を抱きしめたままじっとしていらっしゃるから。
私が身じろぎをすると、あの方は慌てたように手の力を強められた。
「美果さん、申し訳ありませんでした」
「えっ?」
いきなり謝ってもらっても、何のことか分からない。
「あなたが求めて下さるのが、とても可愛くて。つい、あのような……」
ひどくしょぼくれた声で旦那様が仰って、私はあっと気がついた。
さっき私が「大嫌い」と言ってしまったのを、まともに受け取られたのに違いない。
たかが一人の女に言われただけなのに、随分と小心なことだ。
「あれは、言葉のあやですよ。今は、別に何とも思ってません」
「しかし、あの時そう思ったからこそ、仰ったのでしょう?」
「それは……」
焦らされたから憎らしくなったとは、さすがに言いづらい。
「つい言っちゃっただけですから、気にしないで下さい。
それに、旦那様があんな風になさったのは、お酒のせいなんでしょう?」
「はあ……。些か酒を過ごして、気が大きくなっていたのでしょうか」
「私を苛めてやろう、意地悪しようと、本心から思っておられたわけじゃないですよね?」
「ええ、それは勿論です。誓って、そのようなことは」
旦那様が大きく頷いて、真剣な表情になられる。
68美果と旦那様とアパート ◆CKHo.sFTP2 :2009/01/22(木) 00:25:43 ID:H5rUYU0m
「なら、いいです。お酒の上の過ちってことですから」
焦らされて腹が立ったのは事実だけど、反面すごく気持ち良かったことも、また事実なんだから。
現に、胸のムカムカは、今はすっかり無くなっているし。
「しかし……僕は、美果さんに……」
旦那様はご自分の行動を恥じておられるのか、まだ固い表情をなさったままだ。


「もういいです。それより旦那様、その言葉遣いは何とかなりませんか」
いつまでも隣でうじうじされていても、正直困る。
この上は話題をそらすことに決め、私は全く関係ないことを口にした。
「言葉遣い、ですか?」
「ええ、前から言おうと思ってたんです。丁寧に仰るの、やめて下さい」
私が言うと、旦那様はエッと小さく目をみはられた。
「親しき仲にも礼儀ありと言うではありませんか。ぞんざいな口調は、僕は好みません」
「はあ……」
旦那様は、TPOという言葉をご存知ないのだろうか。
まあ、上品で人当たりがいいのが、この方の大きな魅力ではあるんだけど。
「旦那様。旦那様は、私のご主人様でしょう?」
「ええ。一応は、そういうことになりますね」
「だったら『俺が法律だ、俺に従え』って、もっとビシッと言って下さればいいのに」
あんまり偉そうなのはイヤだけど、ちょっとくらいなら構わない。
私が言うと、旦那様は眉をひそめ、合点のいかない表情をされた。
「美果さん、それはいささか強権的に過ぎるのではありませんか。そのようなことは、言いたくありません」
「そんなんじゃ困ります。ご主人様なんだから、メイドを呼び捨てにして、ご自分の要望を言いつけて下さらないと」
何かありませんかと水を向けると、旦那様はううむとしばし考え、やがておもむろに口を開かれた。
「美果。明日の夕食のおかずは、チーズの乗ったハンバーグにして下さい」
仰った言葉を聞いて、私の肩からがくりと力が抜ける。
合格なのは呼び捨てだけで、語調が丁寧なのも、要望の種類もハンバーグも明らかに不合格だ。
「『下さい』ってなんですか。『しなさい』でしょう、もうっ」
溜息をつく私に、旦那様が申し訳なさそうに謝られる。
本当に、この方がきちんと主らしい行動をとってくれるのは、いつの話だろう。
私が生意気なことを言っても、大人しく従って、不平不満はほとんど言わないんだから。
そもそも、リーダーシップとか主張とか、そういうのがこの方には欠けているのだ。
こんなことでは、将来出世するという約束も、どうなるか知れたものではない。


「僕は、美果さんを大事に思っていますよ。感謝の気持ちもありますし、信頼もしています」
余程、私に「大嫌い」と言われたことがショックなのか、呆れて黙った私に旦那様が食い下がられる。
褒め倒して、私の口からも同じような言葉を引き出したいのだろうが、その手には乗らないことにしよう。
下手に喜ばせることを言って、この方に調子に乗られても困る。
それに、呼び捨てにするように言ったのに、また「さん」が復活しているし。
「ありがとうございます。では、お風呂に入って寝ましょう」
脱げたワンピースを体にあてがい、旦那様の隣を抜け出してお風呂の用意をしに行く。
お湯を溜める間に、納得のいかない顔をしておられる旦那様にどいてもらって、布団を敷いて。
それから細々した雑用に取り掛かり、わざと距離を取ってみた。
明かりを消す時にも、同じ布団で寝たいという旦那様の無言の訴えを無視して、自分の布団で眠る。
この方には、もっともっと頑張って頂かなければならない。
「お傍にいます、ついていかせて下さい」と、私に言わせてくれるようじゃないと、ダメだ。
好きじゃないわけじゃないけど、それを言葉にして伝えるのは、まだ先でいい。


──第8話おわり──

>>22
今回のため、過去の話ではわざと書いてませんでした。
69名無しさん@ピンキー:2009/01/22(木) 00:40:22 ID:/o6o8KR8
>>68
乙!美果さんもかわいいけど、ご主人様もかわいい!
70名無しさん@ピンキー:2009/01/22(木) 00:42:09 ID:McTh9xPM
GJ!
71名無しさん@ピンキー:2009/01/22(木) 01:04:15 ID:R6xwkWj/
GJ!
チーズハンバーグww旦那様かわいいなwww
でも美果さんの「大嫌い!」が一番可愛かった
72名無しさん@ピンキー:2009/01/22(木) 01:35:59 ID:HUnhfgV9
GJ

『好きじゃないわけじゃない』ってw
73名無しさん@ピンキー:2009/01/22(木) 01:46:35 ID:llFH019A
ふああああああGJ過ぎる!
いつになったら本当の意味で結ばれるのだろうか
74名無しさん@ピンキー:2009/01/22(木) 08:42:30 ID:ITz7N4Sq
いつになくいぢわるな旦那様に萌えた!GJ
しかし美果さんのような女性が出世する男性を作るんだろうな
旦那様頑張れw
75名無しさん@ピンキー:2009/01/22(木) 09:48:46 ID:UZO73Jjh
朝から嬉しい。旦那さま、美果さんのために頑張ってほしいな。


>>55
声に出す程、吹いた(笑)。
76名無しさん@ピンキー:2009/01/22(木) 16:36:02 ID:+Bl/ScWj
乙です!GJ!


誰か7人のメイドに毎晩奉仕されるっていう話知らないか?
『ゆきの』って人とか出てきたと思うんだけど…
77名無しさん@ピンキー:2009/01/22(木) 16:44:29 ID:IIOrYn6n
>>76
まとめサイトにある真・専属メイドのこと?
それだったら>>1にリンクあるよ。
78名無しさん@ピンキー:2009/01/22(木) 16:46:29 ID:+Bl/ScWj
>>77
ありがとうございます(`‐´)ゝ
あれって最近新しい話出ました?
79名無しさん@ピンキー:2009/01/22(木) 16:51:21 ID:R6xwkWj/
>>76
保管庫の「真・専属メイド」
80名無しさん@ピンキー:2009/01/22(木) 17:10:46 ID:IIOrYn6n
>>78
まとめサイト収録分で全部のはずだよ。
81名無しさん@ピンキー:2009/01/22(木) 17:22:45 ID:+Bl/ScWj
>>79>>80
ありがとうございました
久しぶりに読み直してみます
82名無しさん@ピンキー:2009/01/22(木) 18:50:53 ID:yBxMQerZ
自分で>>1の保管庫を調べようともしない奴に、みんな優しいなぁ。
83名無しさん@ピンキー:2009/01/22(木) 20:41:49 ID:yWipjJIc
他にも途中で止まってる連載いくつもあるよなー。
待ってます。
84名無しさん@ピンキー:2009/01/22(木) 20:53:09 ID:g5+LC+Rl
麻由と武のアプロダ初期化くってないか・・・?
85名無しさん@ピンキー:2009/01/22(木) 21:13:51 ID:AIiSJh4v
uploader.jpは定期的に初期化があるのは仕様だから仕方ないよ
86名無しさん@ピンキー:2009/01/24(土) 07:36:39 ID:yt7PQ77i
保管庫は、大丈夫なんだろうか?
Part6スレは落ちたが、6の293レス目までしか収録されていないような…
87名無しさん@ピンキー:2009/01/24(土) 09:16:06 ID:CVpLryyM
>>86
「新スレ移行するから、未収録作品を保管庫に収蔵よろ」っていう
保管庫管理人氏への依頼はされてるみたいよ。
もうちょっと待てばされるんじゃないのかね。
88名無しさん@ピンキー:2009/01/24(土) 11:57:45 ID:H9YnQujQ
保管庫管理人氏は●持ってるから、
dat落ちしてても保管可能と聞いた記憶。
89 ◆dSuGMgWKrs :2009/01/24(土) 19:42:14 ID:KDNUS3LZ
『メイド・すみれ 5』

お正月は、津田さんがお雑煮を作ってくれた。
作っているところを見ると料理本と首っ引きだったので、もしかするとお雑煮を作ったことがなかったのかもしれない。
秀一郎さんが、お正月らしいことをするように言ってくれたのかしらと嬉しかった。
年末に秀一郎さんの机の上にも小さい鏡餅を飾り、玄関に門松を置いて、年明けには芝浦さんが破魔矢を買ってきてくれた。
お屠蘇とお雑煮で元旦を祝い、津田さんから私と芝浦さんにお年玉もいただいて、私はちょっとしたお正月気分を楽しんだ。

そして、再び津田さんが料理本を読みながら七草粥を煮るころ、私は芝浦さんを手伝って今年最初の大型ゴミの回収を準備した。
大掃除で出たゴミを裏口へ運んでいると、その中ににまだ新しい家電の箱が混じりこんでいる。
「なんですか、これ?」
改めて箱を見る。
「…ホームベーカリー?」
「ああ、ここにあったのかい」
一度も使われたことのない、家庭用のパン焼き機の箱を取り上げた。
「いやあ、懐かしいねぇ。これは、先代の旦那さまのご命令で私が買ってきたんだよ」
「旦那さま、パンを焼くのがご趣味だったんですか?」
「いや、坊ちゃん…、今の旦那さまが食の細い人だろう。パンがお好きなら、毎日焼きたてのパンを作ったらもう少し召し上がるんじゃないかって心配なさったんだよ」
「まあ」
お会いしたことのない旦那さまが、サンタクロースの扮装をして眠っている秀一郎さんの枕元にホームベーカリーを置いてそっと立ち去る姿を思い浮かべた。
もっとも、先代の旦那さまがサンタの紛争をしていたのは、秀一郎さんが子供の頃のお話だけど。
「だけど、これを買って帰ってきたら旦那さまがお倒れになっていてね。もうすっかりそれどころではなくて、そのまま旦那さまも」
芝浦さんが、ぐすっと軍手をはめた手で鼻の下をこする。
「パン焼き機もうやむやになったてたけど、こんなところにね」
「……芝浦さん、私、これでパンを焼いてみてもいいですか?」
聞いてみると、芝浦さんは驚くほど喜んだ。
「そうしてあげておくれよ、すみれちゃん。旦那さまも坊ちゃんも、きっとお喜びになるよ」

秀一郎さんが七草粥を食べて、少し寝ている間に、芝浦さんに近くのスーパーへ連れて行ってもらい、付属のレシピにある材料を買ってきた。
津田さんが興味深々で覗き込んでくるので、ちょっと離れながら粉を計量する。
すっかり忘れたような顔をしているけれど、どうしても津田さんはちょっと苦手だ。
数時間後、ホームベーカリーから香ばしいいい香りがしてきて、津田さんが台所をうろうろした。
「すみれさん、これはどのくらいの大きさでできるんでしょうか」
私は取り扱い説明書を確認した。
「一斤と1.5斤でできますけど、今回は一斤焼きました」
「一斤、といいますと、少しは私にもいただけるでしょうか」
津田さんがパン好きだとは知らなかった。
そういえば、時々「またあのピザトーストを作ってくださいませんか」と頼まれる。
私は思わず笑ってしまい、その声でそうっと台所に顔を出した芝浦さんを手招きした。
「もうすぐパンが焼けますから、一緒に試食してみませんか」
いい香りにつられたように、芝浦さんが頭に手を当てながら入ってくる。
「いいのかなあ、一番に試食なんて」
「あら、毒見ですよ、毒見」
私が冗談ぽく言って、芝浦さんが豪快に笑ったところでホームベーカリーが焼き上がりの電子音を鳴らし、私は蓋を開けた。
「おお、いい焼き色だね」
苦労して熱々で柔らかいパンを切り分けると、津田さんが真っ先に手を伸ばす。
「どうですか?」
まだ湯気の立つようなパンを頬張って、おごそかに噛み締める。
「……すみれさん」
だめだったのかしら。
「はい」
「……おいしいです」
そのままくるっと背を向けて台所の奥へ行ってしまった。
「これはいいね、おいしいよすみれちゃん」
おいしいと言ったわりにそっけない津田さんの後姿を見送っていると、芝浦さんが言った。
「きっと、お食事のメニューをパンに合うものに変えるんだね」
ああ、なるほど。芝浦さんも津田さんも、旦那さま思いなのは一緒なのだ。
試食したパンは、香ばしくてふかふかして、とてもおいしかった。
90 ◆dSuGMgWKrs :2009/01/24(土) 19:43:09 ID:KDNUS3LZ
秀一郎さんの部屋へ行って、衝立の奥を覗く。
掛け布団に包まって、秀一郎さんがこっち向きで眠っていた。
足先でもう冷めているだろう湯たんぽに触れて、ちょっとだけ唇を開いている寝顔が、少し幼く見えた。
そろそろお目覚めになるだろうと、私は静かにコーヒーの準備を始める。
電気ケトルのお湯が沸くころ、衝立の向こうで衣擦れの音がした。
そっと覗きに行くと、秀一郎さんが目を開けていた。
「お目覚めですか」
「……うん」
秀一郎さんがベッドに起き上がり、私が箪笥から出した服をのろのろと身につけた。
簡単にベッドを整えて部屋の中に行くと、机の上で投げ出した腕に突っ伏している。
まったく、眠いなら起きなければいいのに。
コーヒー豆の缶を開けると、いきなり後ろからエプロンを引っ張られた。
「どうなさいました?」
身体を起こした秀一郎さんが、近づいた私の腰に手を回してお腹に顔を押し付けた。
「秀一郎さん?」
「……いい匂い」
じいっと上目遣いに私を見上げる。
「パン……」
どうやら、パンを焼いた匂いが身体に染み付いていたらしい。
ふんふんとエプロンに鼻をうずめて、秀一郎さんは顔を上げた。
「今日は……パン」
私が答えないうちに、秀一郎さんはすっかりご機嫌になってくすくすと笑った。
離してもらえたので、コーヒーをドリップする。
「ホームベーカリーを見つけたんです」
ポタポタと落ちるコーヒーを見ながら言うと、秀一郎さんが眉を上げた。
「見つけた……」
「納戸の奥にしまいこまれていました。先代の旦那さまがお買いになったものだそうですよ」
秀一郎さんが頬杖をついた。
「焼きたてのパンなら秀一郎さんも食が進まれると思ったのですって」
サーバーにコーヒーが溜まる。
「でも、すぐに具合が悪くなってしまわれて、それどころではなくなって」
「……で……なんで」
「大掃除のときに見つけたんです。それで、さっき第一弾を焼いてみました。けっこう美味しかったですよ」
コーヒーのカップを机に置く。
いつもならすぐに両手で包むように持って飲むのに、手を出さない。
見ると、急に機嫌が悪くなっている。
「秀一郎さん?」
覗き込むと、細い指が私の頬をつまんだ。
「……ずるい」
「痛いです」
「ず……るい」
まったく、子どもなんだから。
「痛いですって。すぐにお食事ですし、その時にお持ちしますから」
秀一郎さんの手を押さえて顔から引き離したところで、ドアがノックされて津田さんがお食事のワゴンを押してきた。
津田さんにしては奇跡的なスピードだと思ったら、作り置きしてあったピクルスと昨夜から煮込んでいたシチュー、調理はムニエルを焼いただけのようだった。
何を出しても興味なさそうにつつきまわすことの多い秀一郎さんが、真っ先に不恰好に切り分けたパンに手を伸ばした。
「なに……」
不揃いで多角形のパンは、そうお尋ねになりたい気持ちはわかる。
「食パンです。焼きたては柔らかくてうまくスライスできなかったんです」
秀一郎さんが、口に入れる。
細かなきめに沿って裂けた生地が、秀一郎さんの口元と手元で分かれる。
小麦の香りが鼻をついたのだろう、そのまま嬉しそうに目を細めた。
ただ食べやすくてお腹が膨れるという手っ取り早さだけじゃなくて、本当にパンがお好きなのだ。
91 ◆dSuGMgWKrs :2009/01/24(土) 19:44:16 ID:KDNUS3LZ
「いかがですか?」
副菜のお皿を並べて、聞いてみる。
「……これ……は、すごく……たいへん」
「いいえ、分量を量って入れたら、機械がこねて焼いてくれるんです。3時間かそこらですよ」
「たくさん……」
「すみません、私たちも食べてしまいましたので、もうこれだけしかないんですけど」
「あした……」
「はい、明日また焼きます。今度は丸ごと持ってきてお見せします」
秀一郎さんの表情がとろけそうになる。
この方、こんなお顔もなさるのかしら。
「説明書を見たらいろいろできるんです。レーズンやクルミを入れたり。あと生地を途中で取り出して成型して、調理パンや菓子パンもできるみたいです」
「……できる……」
「やってみます」
パンばかり食べる秀一郎さんの手にスプーンを握らせて、シチューも食べていただく。
驚くほどたくさん召し上がった秀一郎さんが、あくびをした。
「いっぱい……」
苦しいのか、胃のあたりを手をさすっている。
こんなに食の進んだ秀一郎さんを見るのは私も初めてで、少し嬉しくなった。
明日もまたパンを焼こう。
レシピをいろいろ調べて、変わりパンにも挑戦しよう。
たくさんたくさん焼いても、きっと津田さんも芝浦さんも喜んで食べてくれる。
そう思うとわくわくしてきた。
このお屋敷に来て、こんなに張り切ったことはないかもしれない。

お食事のお皿をワゴンに片付けていると、満腹になった秀一郎さんが机の上で何かごそごそしている。
ちらっと見ると、パソコンで打ち出したような表。
お仕事の忙しさは一段落したようだけれど、まだなにか急ぎのものでもあるのかしら。
「また……粥」
ガッカリしたように秀一郎さんが呟いたので、私は思わずその表を覗き込んだ。
一年分のカレンダーのようだけれど、ところどころに二十四節気のようなものが書き込んである。
一月一日はお雑煮、七日の今日は七草粥で、ここまでは横線で消してある。
その後は鏡開きと小正月で、『小豆粥』と書いてある。
またお粥、という不平はここから出たのかしら。
カレンダーには季節ごとにぎっしりと、洋の東西を問わずに毎月の伝統的イベントがピックアップされ、12月のクリスマスと大晦日まで続いていた。
秀一郎さんは、今年はこれを全部やるおつもりなのかしら。
私のために?
夜中に秀一郎さんが書斎でこの一覧表を調べて、パンの日がないと嘆いている姿が想像できるようで、私はおかしくなった。
「あ、節分がありますよ。豆まきもなさるんですか」
聞いてみると、秀一郎さんは表の紙を置いて頬杖をつく。
「あれは……、痛い」
笑ってしまった。
「秀一郎さん、鬼をやってくださるんですか」
ふざけて聞くと、秀一郎さんが小さく私を手招きした。
近づくと、また頬をつままれる。
「いたいれふって」
「豆も……、痛い」
頬をひっぱったまま、秀一郎さんが不満そうに言う。
節分には、秀一郎さんに鬼の面をかぶせて豆をぶつけてみようかしら。
その後で、むりやり歳の数だけ豆を召し上がっていただこう。
92 ◆dSuGMgWKrs :2009/01/24(土) 19:45:26 ID:KDNUS3LZ
それから、私は毎日パンを焼いた。
焼きたてのパンだと確かに秀一郎さんはよく召し上がってくださるけれど、その分他のものを召し上がらなくなる。
それで、パンの中にハムやサラダを包んでみたり、野菜やフルーツを練りこんでみたりと工夫する。
津田さんと芝浦さんも喜んでくれるので、ホームベーカリーは一日二回のフル活用をされていた。
秀一郎さんは、ちっとも太ってはくださらなかったけれど。
その日は、月に一度編集部の小野寺さんが見える日だった。
ほとんどの編集者は秀一郎さんを苦手にしていて、メールや郵便でだけやり取りしている中、小野寺さんだけは月に一度必ずやってくる。
その日もばっちり決まったスーツ姿で、これでもかと巻いた髪。
出したコーヒーを飲みながら仕事の話を一通りしゃべり、いつものように返事ひとつしない秀一郎さんに話しかける。
「先生、すみれちゃんのことはずいぶん気に入ったみたいじゃないですか。もう三ヶ月ですよ」
ちらっと秀一郎さんを見ると、全く聞こえていないようにパラパラと届いた雑誌をめくっている。
いつものことだけれど、小野寺さんも辛抱強いなと感心する。
そのうち、思い出したように秀一郎さんが机の引き出しを開け、クリアファイルに挟んだ書類を私に向けて差し出した。
それを受け取って渡すと、じっと見ていた小野寺さんが真面目な顔でふうっと息をついた。
「……お預かりします。珍しいです、先生のほうから企画を提案していただけるなんて」
ファイルをアタッシェケースにしまって、小野寺さんが身を乗り出した。
「編集部の近くに、人気のあるおいしいパン屋があるんですよ。先生がお好きでしたら、今度いくつか買ってきましょうか」
パンには目のない秀一郎さんだ、これは初めて返事が聞けるかもしれない。
予想通り、秀一郎さんは顔を上げて小野寺さんを見た。
「すみれが、…焼く」
私はちょっと慌てた。
小野寺さんがおいしいというくらいだから、きっと有名なパン屋さんなのだろうし、おいしいに違いない。
私がホームベーカリーに生地をこねさせて焼くようなパンなんか、コーヒーメーカーで淹れるコーヒーと同じじゃないのかしら。
ちょっとプライドを傷つけられたような小野寺さんの顔を見て、私は慌てた。
「…わかりました。ではこの企画は持ち帰らせていただきますね。またご連絡差し上げます」
小野寺さんが立ち上がり、私は廊下まで送った。
「すみれちゃん」
小野寺さんが私の腕を引っ張って顔を近づけた。
「先生に気に入られるのはいいけど……、辞めるタイミング間違わないでね」
長い爪の手を振って、小野寺さんは階段を降りて行く。
悪い人では、ない。
部屋に戻ると、秀一郎さんは空になったコーヒーカップを見せてお代わりを要求してきた。
そろそろ、お夕食用のパンの仕込みに入らないと。
「秀一郎さん、お休みになりますか」
聞いてみると、斜め下から見上げてくる。
「邪魔……」
別に邪魔だから寝てくれと言っているわけではないのに、拗ねられてしまった。
「そうだ、秀一郎さん、パン屋さんに行きませんか」
お代わりのコーヒーを飲みながら、秀一郎さんが眉間にしわを寄せる。
「……焼かないの」
そういえば、さっきとても自然に秀一郎さんは私を『すみれ』と呼んだような気がする。
パンは、すみれが焼くからいらない。
脳内で足りない単語を補充して繰り返して、私はちょっと顔が熱くなる。
「いえ、焼きますけど、スーパーへ行く途中にいつも混んでるパン屋さんがあるんです」
「……」
「市場調査もかねて、行ってみませんか。新しい種類のパンのヒントになるかもしれないと思うんですけど」
「……新しい」
「はい。中に入れるものとか、挟むものとかのアイディアに」
「……いつ」
本当に秀一郎さんが行くとは思っていなかったので、ちょっとびっくりした。
ぐずぐずしていたら、気が変わるかもしれない。
私は洋箪笥から一度も出したことのないコートを引っ張り出した。
「行きましょう、芝浦さんに車を出してもらって、今から」
「い……ま」
「ほら、行きましょう!」
このお屋敷にお勤めして三ヶ月、初めて秀一郎さんがお屋敷から、この部屋から外へ出る。
強い太陽の光を浴びて溶けてしまわないように、チャンスは冬にやってきた。
食も細く運動らしい運動もしない秀一郎さんが、部屋に閉じこもって健康的に太れるわけなんかないのだ。
驚く津田さんや芝浦さんをよそに、私は秀一郎さんを車に押し込んでパン屋さんまでやってきた。
片道わずか5分、秀一郎さんの大冒険だった。
93 ◆dSuGMgWKrs :2009/01/24(土) 19:46:21 ID:KDNUS3LZ
午後の時間だというのに、パン屋にはけっこうお客さんがいる。
私は自動ドアの前でためらう秀一郎さんの背中を押して、店に入った。
店の中はパンの洪水。
混雑を見越したのか、焼きあがったパンがどんどん棚に並べられ、奥の調理場からいい香りが流れてくる。
女の人ばかりのお客さんの中で、流行の過ぎた長いコートをぞろっと着た背の高い秀一郎さんはひどく目立った。
それに気づかないように、秀一郎さんはひきつけられるようにパンの棚に近づく。
私は急いでトレーとトングを取りに行き、他のお客さんたちの間に入っていく秀一郎さんとの距離が開いた。
秀一郎さんはずっと順番に棚を見て行き、ところどころで試食までしている。
もうパンしか目に入っていらっしゃらない。
それがおかしくて、私は離れたまま秀一郎さんを見ていた。
一ヶ所で足を止めた秀一郎さんが、また試食している。
うつむき加減にパンを食べ、それから顔を上げて店内を見回した。
レジに並んだお客さんの影にいた私は、通路が狭くてそばに行くことができない。
私を探していらっしゃるのか、秀一郎さんが途方にくれたような顔になる。
もしかして、もしかしてこのまま隠れていたら。
私が見つからなかったら、秀一郎さんはまた。
どきどきしながら、そっと身をかがめて小さくなる。
そして。
「……すみれ」
お呼びになった。
呼んでくださった。
秀一郎さんが、私を呼んでくださった。
ねえ、でも、あなた、でもなく。
――――すみれ。
それが、どうしてこんなに嬉しいのだろう。
私は迷惑そうな顔をするお客さんをかき分けて、秀一郎さんに駆け寄った。
「……これ」
指差したのは、今試食したらしいパン。
りんごやレーズンを生地でぐるぐると巻いて、アイシングをかけた菓子パンだった。
これが、おいしかったのだ。
私はそのパンをトングでつかんでトレーに乗せる。
「焼ける……」
秀一郎さんが、心配そうに私を見る。
つまり、秀一郎さんはこのパンを買いたいのではなく、これと同じようなパンを私に焼いて欲しいのだ。
私は秀一郎さんに笑顔を向けた。
「食べてみて、研究します」
そのあとも、秀一郎さんは店内を2周して、いくつかのパンを選んだ。
その他に、生地の種類や具材にするものなどで参考になりそうなものをチェックして、私はトレーに山盛りのパンをレジに運んだ。
車で待っていた芝浦さんがその大荷物に驚き、自分のお腹を叩いた。
「これでは、旦那さまより先に私らが太ってしまいますね」
秀一郎さんは、膝の上にパンの入った紙袋を抱えて、そこから上がってくるパンの香りに至福の表情を見せている。
94 ◆dSuGMgWKrs :2009/01/24(土) 19:48:01 ID:KDNUS3LZ
パンを買っただけで満足なさった秀一郎さんは、久しぶりの外出にお疲れになったのか、お屋敷に戻るとすぐにお休みになった。
台所に戻ると、津田さんが買って来たパンを並べていた。
「……旦那さまが外出なさったのは、半年前に髪を切りにいらして以来です」
半年振り、というのに驚くより、髪は切りに出かけるんだ、というほうがちょっと意外だった。
それから二人で、いろいろなパンを少しずつ試食して、生地にバターが多いとか層になっているとか分析してはメモを取った。
とりあえず、今夜の分として生地作りの段階で手を加えたデニッシュパンに挑戦してみようということになった。
ということになった、というのは、今まで基本的にパン焼きは私一人にまかされていたのが、津田さんがものすごく意欲的に参加を表明したせいだ。
私はパンの食べ比べですっかり満腹になってしまい、ホームベーカリーが焼きの工程に入ったところで津田さんはふっと笑った。
「旦那さまが、お仕事以外でこんなに興味を持たれたのは初めてかもしれません」
心なしか、津田さんも嬉しそうだ。
私は気になっていたことを聞いてみた。
「津田さんは、こちらは長いんですか?」
津田さんの態度は、ただの主人思いとか忠誠心といったものとはすこし違うような気がする。
「……ええ」
津田さんはそっけない返事のあとで、壁の時計を見上げる。
いけない、パンに夢中でずいぶん時間がたっている。
秀一郎さんはもうお目覚めかしら。
「焼けたら、出しておいて下さいますか」
慌てて立ち上がった私を、津田さんがまっすぐ見た。
メガネの奥の目が、私を射る。
「すみれさん」
「は、はい?」
「旦那さまを、お願いします」
「……はあ」
その言い方がなんだか深刻で意味ありげで、私は津田さんから目をそらしてそそくさと二階へ行った。

「遅い」と怒るかと思っていたら、秀一郎さんはまだ眠っているようだった。
たった30分の外出がよほど疲れたのかしら。
小野寺さんが帰ってすぐに出かけたので、秀一郎さんの机の上が乱雑になっている。
私は音を立てないように机の上を片付けた。
秀一郎さんの書いたものが載っている雑誌やパンフレットをまとめて重ね、お仕事のスケジュールが印刷された紙をそれぞれクリアファイルに入れる。
結構な高さの紙の山ができ、これでは秀一郎さんがお食事をするスペースが狭い。
できれば書斎に運んでしまいたい、と思って書斎のドアを見た。
書斎に『昔の文豪の亡霊が出る』という小野寺さんの怪談が本当か嘘かわからないけれど、津田さんに『鶴がいる』とからかわれてもいるし。
「気になる……」
ふいに秀一郎さんの声がして、私は振り返った。
「あ、お目覚めですか」
衝立に手を掛けて全裸で立ち尽くす秀一郎さんに、急いで着るものを用意する。
私が手渡したシャツに袖を通しながら、秀一郎さんがあくびをした。
95 ◆dSuGMgWKrs :2009/01/24(土) 19:48:50 ID:KDNUS3LZ
「気になる……の」
「はい?」
「……見てる」
それが書斎のことだと気づいて、私は口ごもる。
「いえ、あの」
こうやっていつまでもグズグズ考えているから、気味悪く思えるんじゃないのかしら。
「怖いもの見たさというか。あけてはいけない玉手箱は開けたくなるというか、恩返しは覗きたくなるというか」
しどろもどろでそう言うと、秀一郎さんはくすっと笑った。
「……よかった」
くす、くすくす。
「はい?」
秀一郎さんはベッドを整える私に手を伸ばした。
「……きゃっ」
やられた。
油断した私のお尻を撫で上げて、秀一郎さんはまだくすくす笑っている。
「なんですか、もう」
「……薄気味…悪いと思ってる…」
「はい?」
「私じゃなくて……書斎」
私が気味悪がっているのが、秀一郎さんではなくて書斎なんだとわかって喜んでいらっしゃる。
笑われたのが悔しくて、私は秀一郎さんの背中に向かっていーっとした。
秀一郎さんなんか、ちっとも薄気味悪くなんかない。
ちょっと言葉が足りなくてゆっくりで、わがままで偏食でやせすぎなだけじゃないですか。
あと、その、すごく、その、そっちが。
撫でられたお尻がむずむずする。
わずかな運動と少し長めの睡眠で元気になったのか、秀一郎さんはご機嫌だ。
机に向かってコーヒーを飲みながら、しきりに私に視線を投げてくる。
それを無視していると、また手が伸びてきた。
ぱっと手に持ったトレーでガードすると、またくすくす笑う。
思わず、秀一郎さんに向かっていーっとした。
節分に豆で鳥を追い払う。
違う、なんていったっけ、こういう顔。
そうだ、鳩が豆鉄砲をくらったような顔。
秀一郎さんがその顔で私をまじまじと見た。
はっとして口を押さえたけれどもう遅い。
メイドが主人に向かって歯をむき出してしかめ面をするなんて、言語道断。
「す、すみません」
慌てて謝罪すると、秀一郎さんは下げた私の頭に手を乗せた。
「あなたは……」
ぽんぽん、と頭を叩かれる。
恐る恐る顔を上げると、秀一郎さんはコーヒーを飲んでいた。
「……すごく……元気になった」
え?
「はい?」
聞き返したけれど、秀一郎さんはもう返事をしてくださらず、うっすらと微笑んでコーヒーをおかわりした。
元気になった?私が?
元気が、なかった?
どうしてかしら、何が変わったのかしら。
私はうつむいて、自分の桜模様のカップにもコーヒーを満たした。
前のお屋敷のことを思い出す回数が、減ってきているかもしれない。
それはこのお屋敷の、秀一郎さんのおかげなのかしら。
「……ご相伴よろしいですか」
お尋ねすると、おかわりを受け取った秀一郎さんが、カップを机に置いてのそっと立ち上がる。
どうするのかと思ったら、ふらっと書斎のドアに近づいた。
昼間、秀一郎さんが書斎に入るのを見たことがない。
96 ◆dSuGMgWKrs :2009/01/24(土) 19:49:52 ID:KDNUS3LZ
書斎のドアを押して中に入ると、秀一郎さんはすぐに小さなスツールを抱えて出てきた。
貧弱な秀一郎さんが抱えると、スツールはやけに重そうに見えた。
私は急いで秀一郎さんに手を貸した。
秀一郎さんは転がすようにそのスツールを机の隣に置いた。
それから、片手で座面の埃を払う。
「たぶん……、きれい」
私の肩に秀一郎さんの両手が置かれ、ぐいっと押される。
スツールに腰掛けた私に、秀一郎さんが桜模様のコーヒーカップを持たせてくれた。
「……どうぞ」
長い。
ご相伴よろしいですか、とお聞きしてから、お答えまでが長すぎる。
それがおかしくなって、私はぷっと笑った。
つられたように、秀一郎さんもくすくすと笑った。
「ねえ……、これを飲んだら」
「そうですね、そろそろパンが焼けると思うので、私は台所へ行きますけど」
「……」
秀一郎さんが笑顔を引っ込めた。
パン、という呪文の通用しないときがあるのだと思うと、またおかしくなった。
「おなかすいてないですか」
「……ねえ」
しつこくお誘いをかけてくる。
「ごっ、ご自分でなさればいいじゃないですか」
わざと意地悪な言い方をすると、秀一郎さんはすっかり拗ねたような顔をする。
でも、だめ。
私には、わかる。
本当に拗ねたときと、拗ねたふりをしているときは、顔が違うんだから。
ほら、もう笑い出しそうになっていらっしゃる。
今度は、私がつられて笑ってしまった。
「いじわる……にも……なった」
くすくす笑いながら、秀一郎さんが椅子をくるりと回して私と向き合った。
スツールは低いので、私は秀一郎さんを見上げる。
細くて冷たい指が、私の頬を両側からつまむ。
生意気なことを言ったお仕置きかしら。
痛いです、と言おうとしたら今度は手の平で頬を挟まれた。
秀一郎さんの顔が、近づいてきた。
ベッドではないところで、キスをされるのは初めてだった。
いつも少し冷たい秀一郎さんの唇や手の平が、私の体温で暖まる。
「……んっ」
唇を押し付ける力を緩めて、秀一郎さんはくすくすと笑う息を吹きかける。
両手で頬を挟まれていて逃れることも出来ず、私は視線だけをそらす。
秀一郎さんは私が変わったとおっしゃるけれど、秀一郎さんだってお変わりになった。
私がここに来たころは、ベッドに寝ているか机に向かってお食事をなさったりコーヒーを飲んでいるかで、あとはぼーっとしてらした。
たまに、してくるとかしてくれとかおっしゃるだけで、なんにもなさらなかった。
それが、小正月や節分の心配をしたり、パン屋まででかけたり、スツールを出してきたり。
たったそれだけだけど、それだけのことだけど。
「しゅ……」
コーヒーカップを持っているのでもがくわけにもいかず、私は唇の端や鼻にもキスされながらじっとしていた。
嬉しそうに、ちょっと笑いながら、ご機嫌で秀一郎さんは私にキスをする。
何が楽しいのか、おかしな方。
秀一郎さんの座る椅子のキャスターが転がって距離が縮まり、私の脚を秀一郎さんの膝が挟む。
そっと手に持ったカップを机に置こうとして手探りで場所を確認すると、さっき積み上げた雑誌が崩れてしまった。
「あ」
私が声を上げ、秀一郎さんも私の顔から手を離した。
崩れた雑誌は秀一郎さんの脚にぶつかり、床に落ちる。
97 ◆dSuGMgWKrs :2009/01/24(土) 19:51:04 ID:KDNUS3LZ
「あ、すみません、大丈夫ですか」
カップを置いて、床に落ちた雑誌を拾うためにスツールを降りて膝をついた。
生活雑貨と部屋づくり、みたいな分厚い月刊誌。
この角が当たったりしたら、痛かったのではないかしら。
顔を上げて、目の前にある秀一郎さんの脚に触れてみる。
痛かったですか、と聞こうとして口を閉じる。
んもう。
なぜ、もうそこを膨らませてらっしゃるのかしら。
雑誌の角をそこにぶつけてやったら、さすがの秀一郎さんも……。
そんなことは、しないけれど。
立ち上がって、机の上の崩れた雑誌を積みなおす。
本になる前の試し刷りのような紙が、小野寺さんのいる出版社の週刊誌に挟んである。
秀一郎さんの書いた記事。
『日々是麺麭』。
なんて読むのかしら。
『……家人が言うには、ハムとマヨネーズは非常によく合う。麺麭にも合うと…』
『麺麭』がわからないので、意味がわからない。
私が床に屈んだまま動かないので、秀一郎さんがひょいと上から覗きこんだ。
「パン……」
声を掛けられて、私はびっくりして顔を上げた。
「はい?」
「パン」
ああ。
『麺麭』は、パンと読むのかしら。日々、これ、パン。
『嘘か真か疑っていると、家人はハムとマヨネーズの麺麭を焼いてきた。丸い肉まんのような形で、生地の中にハムとコーンが巻き込んであり、上部にマヨネーズ……』
文章は、そのパンが予想外に美味しく、ふたつも食べてしまったこと、『家人』がひどく得意げだったことなどが綴ってある。
――――おいしいパン屋さんがあるんですよ。先生がお好きでしたら。
――――珍しいです、先生のほうから企画を提案していただけるなんて。
もしかして、秀一郎さんが小野寺さんに持ちかけた企画ってこのエッセイの連載なのかしら。
私が毎日焼くパンのひとつひとつについて、エピソードを交えてちょっと笑えるような文章になっている。
大の男が、パンをふたつも食べたと得意げに語っているのがおかしくて、私はぷっと笑ってしまった。
「……なに」
頭の上で、秀一郎さんの声がする。
「ここに出ている『家人』ってどなたのことですか」
「……」
「なんて読むんですか。いえにん?かじん?けにん?」
秀一郎さんの書くものは難しくて困ります、と言うと、秀一郎さんは私のおいた桜模様のカップを取り上げてコーヒーを飲んでしまった。
「それ、私のです」
指摘されて、秀一郎さんが不機嫌そうに顔をしかめた。
「そうですか、パンにマヨネーズはあんなに合わないって言い張ってらしたのに。美味しいなんて一言もおっしゃらなかったじゃないですか」
「……かっ」
「か?」
秀一郎さんが小さな声で呟いたので、私はちゃんと聞き取ろうと顔を近づけた。
「……くやし…かったから」
仕方なさそうに小声でおっしゃる。
パンを焼き始めて間もなく、私は調理パンにも手を出した。
生地にスライスハムやコーン、タマネギを巻きこんで、表面にマヨネーズを搾って焼く。
レシピを見せると秀一郎さんは気乗りしないように首を振った。
パンにマヨネーズは合わない、と。
タマゴをマヨネーズで和えたり、ポテトサラダだったり、パンに合うものはたくさんありますと言っても聞く耳持たない。
それで、じゃあ試しにとハムのパンを焼いた。
その日のパンはそれだけだったので、秀一郎さんはなにもおっしゃらずに小さな丸パンをふたつ召し上がったのだ。
「食べてみたら美味しかったけど、合わないと言った手前、悔しかったから黙ってらしたんですか?」
不機嫌そうな秀一郎さんが、両手を伸ばしてきた。
「……やふあはりでふ」
頬をつまみあげられて、私は苦情を申し立てた。
「いい……。チョコも……好きだから」
チョコチップのパンも好きだから、ハムのパンを焼いてくれなくったっていいんだ。
そう言って、今度は本気で拗ねる。
まったくもう、秀一郎さんときたら。
98 ◆dSuGMgWKrs :2009/01/24(土) 19:52:20 ID:KDNUS3LZ
私の顔を横に引っ張ったまま、秀一郎さんがいーっとした。
私が秀一郎さんにしたように、口を横に広げて、歯をむき出して。
肉の薄い頬に、皮がよってしわになる。
あんまりのことに私はきょとんとして秀一郎さんを見つめ、それからおかしくておかしくて、お腹を抱えて笑った。
秀一郎さんもくすくすと笑う。
つねっていた頬を撫でてくださる。
そのまま、顔が近づいてくる。
「……して、くれる」
気のせいか、膨らみがいっそう大きくなっている。


私を立たせたまま、秀一郎さんは耳を噛む。
メイドの制服を床に落とし、肩や肩甲骨を撫でながら手を下ろして下着をはずす。
首筋や鎖骨にもキスをされて、もうそのまま目をつぶって崩れてしまいたくなる。
胸の下に唇を這わせて、秀一郎さんがくすっと笑った。
ご自分だけ、余裕たっぷり。
私はそれが悔しくなって、屈んだ秀一郎さんの肩に手を置いた。
シャツのボタンを外そうとしたけれど、秀一郎さんに立っていただくか、私が屈まないと手が届かない。
秀一郎さんが私の手を押さえた。
「……脱がせて……くれる」
熱っぽい目でそう言われると、自分の顔が熱くなった。
秀一郎さんは私の手をとって、ベッドに腰掛けた。
「……はい」
はい、と言われても。
秀一郎さんが私を見上げる。
もう。
シャツのボタンを上からはずす。
するっと肩から落とすと、やせた白い身体。
薄暗い部屋の中でもはっきりと肩の骨が浮いているのがわかる。
こんなに毎日毎日パンを焼いて、少しでもたくさん召し上がっていただけるようにがんばっているのに。
ちっとも太ってはくださらない。
私はそのごつごつした肩に腕を回して、秀一郎さんの薄い身体を抱きしめた。
少し戸惑ったような秀一郎さんが、そっと私の腰に腕を回す。
「……どうしたの」
やさしい、声。
「…抱き心地が、悪いです」
秀一郎さんを抱きしめたまま言う。
くす、くすくす。
秀一郎さんが笑う息が首筋にかかる。
くすぐったい。
いつも秀一郎さんが私にするように、秀一郎さんの耳たぶを噛んでみた。
柔らかい耳たぶと、少し硬い軟骨の感触。
秀一郎さんは、これのなにが面白いのかしら。
耳の穴に息を吹きかけると、秀一郎さんが身体をよじって逃げた。
追いかけるように体重をかけると、ベッドに倒れてしまった。
上半身だけ横になった秀一郎さんの腰に手をかけて下も脱がせてから、上に乗りかかる。
なんだか楽しくなってきた。
秀一郎さんは下から両手で私の胸を持ち上げた。
そのまま上に伏せて、今度は秀一郎さんの唇の端と鼻に自分の唇を押し付けてみた。
秀一郎さんが顔を傾けてくるのを、わざとはずす。
上になっているのに、秀一郎さんが下から胸を揉んでくるから、してるんだかされてるんだかわからなくなる。
秀一郎さんの脚を抱えてベッドの上に上げ、腰の辺りをまたいで膝立ちになった。
あばらの浮いた胸や、水を溜めたら金魚が飼えそうなほどへこんだお腹。
それを指先だけでそっとなぞっていくと、秀一郎さんがぴくっと震えた。
脇腹から胸の方へ指を滑らせる。
乳首の周りをくるくるとなぞると、きれいなピンク色したそれが立ってきた。
男の人も、こんなふうになるものなのかしら。
顔を伏せて口に含んでみる。
ぺたんこな胸にちょっとだけ立ち上がっているそれを口に入れるのは難しく、舌先で舐めたり吸ったりする。
99 ◆dSuGMgWKrs :2009/01/24(土) 19:53:47 ID:KDNUS3LZ
頭の上で、秀一郎さんがため息をつく。
私のお尻のあたりで、なにかもぞもぞするのはなにかしら。
秀一郎さんが私の背中に手を回した。
「……いい」
なにかおっしゃったので、私は顔を上げて秀一郎さんを見た。
肩と背中を撫でながら、頭を持ち上げてくすくす笑っている。
そんな体勢では首が痛いのではないかしら。
私は秀一郎さんの頭の下に枕を入れて、声が聞こえるようにずり上がった。
「なんですか」
笑いながら秀一郎さんが私の肩を抱き寄せて、耳を噛んだ。
「あなたは……、すごく……抱き心地が……いい」
吐息まじりに言われて耳がくすぐったくて、思わず首をすくめて笑ってしまう。
秀一郎さんもくすくすと笑ってまた耳に息を吹きかけ、私の脚に自分の脚を絡めて羽交い絞めにする。
「笑う……とこ」
「すみません、でも、秀一郎さんも笑ってらっしゃるじゃありませんか、あん」
秀一郎さんがお尻を撫で、腰を押し付けてくる。
下腹にそれが当たるのを避けようと腰を引こうとすると、お尻を押さえられる。
「ん、秀一郎さん……」
「……うん」
秀一郎さんの息が荒くなる。
少し意地悪をしてみようかしら、と強く抱きついてみた。
今まで逃げようとしていたのを引きつけていた秀一郎さんが、抱きつかれて身動きが取れなくなっている。
ただ、密着してしまったのでそれ以上どうにもならない。
秀一郎さんの腰にあるものが私の太ももに当たって、熱く硬くなっているのがわかる。
「……こう…さん」
秀一郎さんが根を上げ、私の脇に手を入れて引き離した。
仰向けになった秀一郎さんの上に座り込むと、下から身体の側面を撫でてくる。
「……い…て……」
一瞬、何を言っているのかわからなかった。
「はい?」
秀一郎さんが、潤んだような目とかすれた声で繰り返した。
「……挿れて」
そんなふうに言われると、胸がきゅっとなる。
私はベッドに膝で立って、お腹にくっつきそうなほどになっているそれに手を添えた。
指先でなぞったりして触ると、秀一郎さんが短くうめいた。
いつも秀一郎さんが開けるベッドサイドの引き出しから、小さな袋を探し出す。
見ていたとおりに着け、あそこに当てて腰を下ろす。
「……ん」
上滑りしてうまく入らない。
ただでさえ、秀一郎さんのは大きい。
平均的な大きさというものに詳しいわけではないけれど、きっと大きい。
何度も試しても、膣口のあたりを擦るだけで、自分の中に収めることができない。
「秀一郎さん、あの」
中腰が辛くなって、私はおずおずと言った。
「もう少し、先っぽ小さくなりません?」
私以上に苦しそうな顔をしていた秀一郎さんが、その一言でぷっと吹き出した。
だいじょうぶ、というように私の太ももを手の平でさすって、秀一郎さんが身体を起こして私と上下を入れ替えた。
「……へた」
なんてこと言うのかしら。
私は下から秀一郎さんを見上げて、いーっとして見せた。
「失礼で、す」
言い終わらないうちに言葉を唇でふさがれてしまう。
舌で唇が割られ、中のあちこちをなぞられる。
その間に秀一郎さんの手が体中をまさぐり、脚の間に差し込まれる。
指が、入ってくる。
「……っ」
指の当たるところに、ちょっと違和感を感じた。
いつもはこんなことがないのに。
100 ◆dSuGMgWKrs :2009/01/24(土) 19:55:42 ID:KDNUS3LZ
「……まだ」
秀一郎さんが、私の耳もとで言った。
ゆっくり、指が動く。
少しずつ心地良さが上がってきて、身体の力が抜ける。
どうやら、私の方は準備ができていなかったようだ。
秀一郎さんにくっついたり、触ったりするのは嬉しくて楽しかったけれど、それだけでは受け入れられないのかしら。
気持ちと身体がちぐはぐな気がして、ちょっと悲しくなった。
痛そうなほどはちきれんばかりになっている秀一郎さんが気の毒で、私はあせる。
それが伝わってしまったのか、秀一郎さんは私の頬を手の平で包んでくださった。
いつもより、少し暖かい手。
「……抱き……いい」
優しい声。
私は秀一郎さんの腰を脚で挟んだ。
「もう……いいですか」
中をゆっくり動いていた指が、引き抜かれる。
「だいじょうぶ……」
この方は、いつもちゃんと私をいたわってくださる。
「はい」
自分ではできなかったのに、秀一郎さんがしてくださると、少しつかえながらも入っていく。
「……んっ」
中を刺激されながら押し込まれる感覚に、お腹がぴくっとしてしまった。
ゆっくりと、全部を収めて、秀一郎さんがふうと息をついた。
「……ち……、いい」
聞き返そうとしたところで、入ったものが引き抜かれる。
あっという間もなくまたぐっと押し込まれる。
その繰り返し。
「ん、あんっ」
揺さぶられて、声が出てしまった。
片足を抱えられて後ろから突かれたり、そうされながら胸を弄られたりする。
「あっ、あっ……、やあ、んっ」
小さくしないと入らないとさえ思ったのに、それが私をこんなに熱くするなんて。
ずいぶん焦らしてしまったせいか、いくつも体位を変えないうちに秀一郎さんが苦しそうな息遣いをする。
「秀一郎さん、あの」
心配になって汗のにじむ秀一郎さんの額に触れてみると、秀一郎さんはちょっと笑った。
「も……だめ」
その言い方がおかしくて、私もちょっと笑う。
「はい」
笑いを引っ込めた秀一郎さんが、本格的に動くと、私にも笑う余裕がなくなる。
「あっ、ああっ」
奥のほうまで突いては落ちそうなほど引いて浅いところを行き来し、また奥まで。
それを繰り返しながら、敏感な突起を指先で転がされる。
「んんっ、ああ、ああっ、あ、あ!」
「……う」
つながったところから何かが駆け上がってくる。
それを捕まえようと必死になり、私は自分が何を叫んでいるのかわからなくなる。
頭が真っ白になり、私はまた意識が飛んでしまった。

気が付いたときには、まだ秀一郎さんは私の上にいた。
気を失ったのはやはりほんの一瞬だったらしく、後始末をした秀一郎さんが掛け布団を引き上げて私に並んだ。
一緒に布団に包まって、秀一郎さんにくっつく。
「お風呂……入れましょうか」
秀一郎さんがくすくす笑った。
「挿れたばかり……」
もう。
私はぱっと熱くなった顔を見られないように、秀一郎さんの頬を指先でつまんだ。
汗が引いたら寒くなるかもしれない、と心配したのに。
「もう、ちょっと……」
そう言って、私を抱き寄せてくださった。
101 ◆dSuGMgWKrs :2009/01/24(土) 19:56:46 ID:KDNUS3LZ
顔を寄せた胸板は薄っぺらで、腕を回した腰は骨ばっていて細く、絡ませた脚は木の棒みたい。
男と女の違いがあるとはいえ、太っている方ではないとはいえ私のほうがずっと肉付きがいいはず。
秀一郎さんは、どう思っているのかしら。
私が秀一郎さんの飛び出した腰骨を指先でなぞっていると、秀一郎さんが私の首筋に顔を押し付けた。
「あなたは……、すごく…きもち…いい」
「そうですか…?」
「……うん」
秀一郎さんがそろそろと撫でてくださるのが気持ちいい。
「秀一郎さんは、ごつごつしてて気持ちよくないです」
「……ん」
「しかたありません。チョコチップパンは効果がないようですから、ハムのパンを焼いてみます」
くす、くすくす。
「マヨネーズは高カロリーですから、たくさん入れますから」
くす、くすくす。
秀一郎さんが私の脇をくすぐる。
「や、ちょ、やめてくださ、ひゃっ」
仕返しに、秀一郎さんのお尻を叩く。
秀一郎さんがいっそうくすぐってくる。
私たちはベッドの上を転がるようにしてじゃれた。
秀一郎さんもたくさんたくさん笑って、私も秀一郎さんに抱きついて。
途中、秀一郎さんが私を後ろから抱いて小さく「すみれ…」と呼んでくださったような気がした。
はい、と答えて、肌をくっつけあって、触れ合って、私は楽しくて嬉しくて。

このお屋敷で、秀一郎さんのそばで。

この頃は、前のお屋敷のことも、必ず迎えに来てくださるという旦那さまのお約束も、忘れていた。

――――了――――
102名無しさん@ピンキー:2009/01/24(土) 20:46:57 ID:Gpc7qQN9
GJ!パン効果すげえwww
すみれさんも秀一郎さんもすっかりラブラブでエロ和みます。次も期待

小野寺さんが何か気になる
103名無しさん@ピンキー:2009/01/24(土) 21:07:09 ID:cQf3zmQA
同じく、二人のやりとりがすごくよかったです。
にやにやしながら楽しく読ませていただきましたー。
104名無しさん@ピンキー:2009/01/24(土) 22:37:25 ID:oguG3Ftr
GJ!
105名無しさん@ピンキー:2009/01/24(土) 23:30:22 ID:w8bbsit/
すみれさんの目の前の主人に対してメイドの仕事を越えて一生懸命に仕えようとする様が本当に大好きだー!!
つうか作者は家電メーカーか何かに勤めてんのか?調理器具に詳しいな。
106名無しさん@ピンキー:2009/01/25(日) 00:35:35 ID:tnP0/MXa
メイドスレだからなんとなく男性作者なのかと思ってたが

>秀一郎さんにくっついたり、触ったりするのは嬉しくて楽しかったけれど、それだけでは受け入れられないのかしら。
>気持ちと身体がちぐはぐな気がして、ちょっと悲しくなった。

この描写で女性なのかなって思った。
もし男の人でこんなことを理解できるならそれはそれで素敵。

まーこんな探りはナンセンスですね。
GJでした!!!
107名無しさん@ピンキー:2009/01/25(日) 11:01:03 ID:ED/UtXDU
GJ!GJ!
108名無しさん@ピンキー:2009/01/25(日) 18:34:06 ID:ILcHgbvK
すげえGJなのに終わり方に不穏な影がぁぁ
どうか幸せになってくれよ…!
このスレのご主人様とメイドさん皆かわいくて好きだなぁ
109名無しさん@ピンキー:2009/01/25(日) 19:48:41 ID:a1QRIb8j
流れを切って、ネタ投下。


オッサン限定、というかすでにジイサン限定。

スレのジイサン度を測るSS。
二十歳そこらの若い人には、あんまり意味がわからないと思います。



歴史あるこのスレに投下するのははじめてなもので、ネタかぶりがあった場合は平にご容赦を。

ネタSSなんで、おおらかに見守っていただければ幸い。


関西人をお嫌いの方や、なんだかイヤな予感がする方、スルーはタイトル『浪速恋しぐれ』でNGを。
110『浪速恋しぐれ』:2009/01/25(日) 19:51:33 ID:a1QRIb8j



仄暗い部屋。

日の落ちた夜の街。窓の外からのかすかな明かりと、安い蛍光灯に備わったたった一つの豆球の光だけが、その部屋を照らすただの光。

小さな、四畳半の間に一人の少女。
歳は十と九つ、大人のなりをしてはいるが、まだ幼さの残る面差し。
濃紺の衣服は、彼女のメイド服である。
所々を可憐なレースで飾りながらも、どうにも地味で、野暮ったく見えてしまうのは、ただ服のデザインだけの問題というわけではない。
身なりも清潔で整ってはいるのだが、彼女自身にいささかやつれた雰囲気があるのだ。

ふと彼女は白くほっそりした右手の指を左の手首に添えた。長袖のメイド服、その袖口を止めているカフスを不安げに押さえている。
決して高くない、安物のカフスである。しかも、根本にわずかヒビが入り、時期に割れてしまいそうな儚さをはらんでいた。
そして彼女の指に押さえられ、ぐらついていたそのカフスが押し込められると、今にも割れて、転げ落ちてしまいそうなそのカフスが、少しだけ物の寿命をつなぎ止めた。



夕刻の陽に焼けて痛んだ畳の上、安物の四脚テーブルが小さく、一つだけおいてある。その前に少女は、ちんまりと姿勢正しく座っていた。
テーブルには同じ種類の細かな部品がたくさん、仕分けされて積まれていて、それらは少女の細やかな指で組み合わされ、組み合わされ、積み上げられていく。
単調な作業を延々と、彼女は繰り返す。一個の作業がわずか何円の、いわゆる内職だった。

彼女の名前は青沼静香(あおぬま しずか)、その職業、メイドである。

なぜメイド業に従事する静香がさらに内職などに手を煩わせるのか。
それは、この部屋の質素な造りからして察することが出来るだろう、あまり裕福な暮らし向きではないのだ。



かちり、と時計の針が時を告げた。静香はその音に慌てて内職の手を止め、テレビの電源をつけた。
画面は小さいくせに、今時ずいぶんと奥行きのあるブラウン管のテレビだ。電源が入ってから画面が絵を結ぶのに、やや時間がかかるところも、いかにもおんぼろの風情たっぷり。
そしてチャンネルが切り替わり、賑やかな音楽とともに番組が始まった。司会とゲストが集まり、大阪を中心とした近畿圏の飲食店を紹介する番組だった。

そう、ここは大阪の町。
彼女が見ている番組も、関西ローカル局の一つでもある毎日放送、大阪に流れるTBS系列のテレビ局だ。略称MBS。


今日の放映は『こなもん(粉もの)』特集、たこ焼きやお好み焼き、変わったところではイカ焼きなど、大阪の町でも人気のある店が紹介されていた。

静香はその番組を、目をそらすことなく見ていた。
しかしその真剣さは、貧しさから来る卑しさなどを起因としたものではない。

番組が進み、次のお店紹介、とコーナーが切り替わったとき、それを見ていた静香の瞳がくわ、と見開き、荒く鼻息も鳴った。

背の高い、坊主頭の青年がレポートをしていた。
そのスキンヘッドのおかげで何ともコミカルな印象を与える彼、数年前からテレビで顔を見かける若手の芸人である。
コメディアンとしてまだまだ駆け出しの青年だ。顔の作りは悪くはない。それなりの髪型であれば、十分イケメンタレントとしても通るだろう。
だが彼は、そんなイケメン風を吹かせることなく、芸人らしいリアクションを交えながら、お店の料理をレポートする。
そうして彼は、数点のお好み焼き屋を回り、レポートを終了した。

その段階で、それを見ていた静香の興奮も収まり、あとは番組終了を待ってそのままテレビの電源を消した。


その、番組に出ていたスキンヘッドの芸人、芸名を『ハルダンジー』という。
本名、犬神助清(いぬがみ すけきよ)、彼はこのメイド、青沼静香の主人である。

111『浪速恋しぐれ』:2009/01/25(日) 19:52:51 ID:a1QRIb8j


それからしばらくの時間。
ちまちま、ちまちまと内職の手を休めない静香がいる部屋の中。さすがに豆球だけでは手元もおぼつかないせいか、蛍光灯を半分だけ灯らせていた。

そして不意に、ガチャリとドアを開ける音がした。

「かえったでぇ」

「お帰りなさいませ、だんな様」

その部屋に、主であるところの青年、犬神助清が帰ってきた。それを出迎える静香、テーブルから離れて立ち上がり、深く礼をした。

背の高い、坊主頭の青年。先ほどのテレビに出てきた男だった。

静香の礼に応えるでもなく、助清は部屋にあがり、どっかとテーブルの前にあぐらをかいた。その顔はなにやら赤く、かなりのアルコールが入っているのは確かだ。

「腹が減った。はよう、飯の準備をせい」

ぶっきらぼうに、食事の催促をする主人に、静香は、はい、ただいま、ときびきび動き出した。
テーブルの上の内職を手早く片づけ、静香は食事を準備する。
一膳の飯と煮魚、そして納豆。
実に質素な食事だ。

助清は黙って煮魚に箸を付け、飯をかき込んでいく。食事が中程まで進んだとき、彼はメイドに目を向けることもせずに、言った。

「酒、」

彼の言葉に、静香は肯いて、台所に戻っていった。小さな片手鍋に水を張り、コンロの火にかけてから銚子をとりだした。
そのように熱燗の準備をする静香、肝心の酒を冷蔵庫から取り出し銚子に注いでいくが、残りもわずかなその酒は銚子を満たしきることもなく、半ばのやや手前で尽きてしまった。

「これだけかい、酒は」

メイドが用意した酒を猪口で数度傾け、あっさり空になってしまった銚子を振りながら言う助清に、静香は頭を下げ、申し訳在りません、と詫びた。


そしてしばらく、夕食を終えた助清に向かって、静香がおずおずと切り出した。

「あ、あの、だんな様、お給金は?」

メイドである静香が言った言葉。給金とは、働くメイドである静香がもらうべき給料のことではない。
今日、助清が持って帰るはずの、彼自身の給料である。

彼女に言われて、助清はポケットから薄い封筒を取り出した。お疲れさまでした、と深く礼をしてから静香はその封筒を受け取り、中を開けてみた。
その少女の、表情が曇る。

「あ、あの、これだけ、ですか?」

中に入っていたのは数枚の紙幣と、一枚の明細書。入っていた金額は明細と深く比較するまでもなくずいぶんと目減りしている。
静香はおずおずとそう問うたのだが、助清はおもしろくなさそうに、飲んできた、と答えた。

そうですか、と目を伏せてから静香、その封筒を戸棚の中へと仕舞った。
112名無しさん@ピンキー:2009/01/25(日) 19:55:12 ID:a1QRIb8j


「・・・あっ、」

そうして立ち上がった静香の背後、いつの間にか同じように立ち上がっていた助清が彼女を抱き寄せた。

「だ、だんなさま・・・」

背後から少女の脇をくぐって回した掌で彼女の乳房を服の上からまさぐる。

「あの、すぐに御布団敷きますから、すこし、」

待ってください、と少女は訴えたのだが、彼はそれに構うことなく、乱暴な愛撫を続けていった。

そうして、次第に静香の恥じらいによる抵抗も弱まり、男に身体をなぶられる切ない泣き声が漏れ始めた。




乱れたメイド服をただす少女。
汗で張り付いた額の髪を整え、喘ぎすぎて渇いた喉を、コップの少しの水で潤した。
男との情事を終えて、ようやくその始末を終えた静香だったが、そのとき小さな、ぷつりという音。

「あっ、」

慌てて彼女が、思い当たり左の袖口をもう片方の手で押さえたが、それも間に合わず小さなカフスが砕けて落ちた。

「・・・割れちゃった」

小さく呟いた静香。
カフスが壊れ、左の袖口はだらしなく開いてしまっている。
今まで、痛んだ物を騙し騙し使ってきたのだが、それもどうやら限界を迎えたようだ。

壊れたなら新しく買えばいい。
普通はそう考えるのが世の少女だ。しかし彼女は、そうではない。
新しいカフスが買えない代わりに、どうやってこの袖口を押さえようか、そんな慎ましい思考に切り替わっていた。
しかし同時に、身だしなみが満足にいかぬ不自由さに、悲しくなるときもある。
静香が不意に、そんな切なさに襲われかけたとき。

「おい、」

彼女のそばにいた、主人の助清が言った。

「これを使え」

ポケットに入れていた小さなケースを取り出し、軽くほおって静香に渡した。

「だ、だんな様、これは?」

ケースを開く。そこには、銀色に輝く小さな一組のカフスピンが納められていた。

「おまえはわいのメイドやからな、みっともないカッコさせるわけにはいかんのや」

彼女に背を向けたままそう言った彼は、そのままごろりと横になった。

「だんな様、ありがとうございます・・・」

先ほどとは別の理由で緩くなった涙腺があふれ、ぽろぽろと涙がこぼれる静香であった。

113『浪速恋しぐれ』:2009/01/25(日) 19:56:32 ID:a1QRIb8j

ここで唐突に。


伴奏開始。同時に一本、まばゆいスポットライトが男を照らす。
立ち上がるハルダンジーこと犬神助清。
右手をすっ、と胸元にあげると、その掌にはいつの間にやら一本のマイク。
彼はその伴奏に合わせて、歌い始めた。

(歌)
  芸のためならメイドも泣かす
  それがどうした文句があるか
  雨の横町 MBS 浪速しぐれか寄席囃子
  今日も呼んでる 今日も呼んでる どあほハルダンジー

(セリフ)
「そりゃあわいはアホや 酒もあおるしメイドも泣かす。
 せやかて、それもこれも、みんな芸のためや
 今に見てみい、わいは日本一になったるんや

 日本一やで、わかってるやろな、静香。
 なんや、その辛気くさい顔は?!
 酒や酒や、酒買うてこい!」


助清がマイクを下ろすと、彼にあたっていたスポットライトが消え、その隣の少女を新しい光が照らす。
立ち上がった少女、青沼静香が胸元に両の手を添えると、いつの間にやら彼女にも一本のマイクが与えられていた。

そして間奏を終えたメロディにあわせて、今度は静香が歌い始める。

(歌)
  そばに私がついてなければ
  なにも出来ない だんな様だから
  泣きはしません、辛くても
  いつかテレビの星になる
  好きな男の 好きな男の おおきな夢がある

(セリフ)
「私はだんな様が好きだからお仕えしているんです。
 だからだんな様、遊んでください、お酒も飲んでください。
 だんな様が日本一のコメディアンになるためでしたら、
 私はどんな苦労にも耐えてみせます!」


ほのかな情を込めたセリフが終わると、再び隣にもう一本の光が射し、先ほどの青年を照らす。
二本の光が一つに交わると、それに併せてふたりは寄り添う。
そしてその、メイドと主は見つめ合い、微笑み合ってから、歌の締めを共に歌い始めた。

(歌)
  凍り付くよな 浮き世の裏で
  耐えて花咲く 主従花(しゅじゅうばな)

  これがおいらの恋メイド
  あなた私のご主人様よ

  笑うふたりに 笑うふたりに
  浪速の春が来る

114『浪速恋しぐれ』:2009/01/25(日) 19:57:58 ID:a1QRIb8j

客席が沸き、盛大な紙吹雪と拍手の嵐。
舞台の上から男とメイド、満員の客席に向かって、深々と笑顔の礼。
止まぬ拍手の中、スポットライトが途切れ、そして、幕。


幕の下りた舞台に、拍手が途切れることはなかった。


END OF TEXT
115名無しさん@ピンキー:2009/01/25(日) 19:58:48 ID:a1QRIb8j
以上です。

メイドさんと演歌の親和性を検証してみました。
一部、タイトル付け忘れたレスがあることをお詫びします。


それではこれにて、失礼いたします。
116名無しさん@ピンキー:2009/01/25(日) 20:44:56 ID:pzd83wg/
>>115
GJ!
ワロタwwww
岡千秋、都はるみですなwwww
117名無しさん@ピンキー:2009/01/25(日) 20:55:07 ID:Bl7bJSQ5
おっさんホイホイww
118名無しさん@ピンキー:2009/01/26(月) 02:09:32 ID:GeMG7WX2
「逆さになって脚だけ突き出したメイドさん」という
ろくでもないイメージを想像したのは俺だけだという自信がある。
119115:2009/01/26(月) 14:36:41 ID:OTVeoGk/
読んでくださったかた、コメントして下さったかた、ありがとうございます。

スレの流れを豚切りしてしまって申し訳ありませんでした。

以下、何事も無かったかのように、スレ進行願います。
120春待ちて:2009/01/27(火) 06:22:50 ID:GfDvF3ZF
メイドさんというより女中さんという感じですが、投下させていただきます。
舞台は大正二十年ということで、多少の無理不勉強はご容赦ください。

また、バッドエンドではありませんが、ハッピーエンドでもありません。
苦手な方は「春待ちて」かIDでNG登録お願いします。
121春待ちて:2009/01/27(火) 06:23:24 ID:GfDvF3ZF
午後は雨かもしれない、と詩野は思った。
着物の上に綿入れを羽織ってなお芯まで冷えるような心地で庭へ出たが、息が白く濁らない。
湿度が高いからだろう、空模様もどんよりとして、もう十時だというのに、ほの暗く冬の顔を見せ付けている。
肩先で跳ねて邪魔だからと髪をまとめたのは失敗だったろうか、とわずかに後悔する。
はあ、と凍える手を吐息で温め、新たな布を手に取る。
一年半前、小柄な詩野にあわせて新たにしつらえられた物干しには、すでにずらりと洗濯物が並んでいた。
とはいえ、たった二人分だ。以前に比べるとずっと楽になって、一抹の寂しさすら時折感じるほどだった。
「精が出るね」
後ろから聞こえた声に、詩野は肩を震わせ慌てて振り返る。
「だんな様、起きていらしたのですか! 申し訳ございません、ちっとも気がつきませんで」
「良い良い。それよりほら、そうして慌てるとその手のものを落としてしまうよ」
寝起きの気だるさがまだ残るのか、懐手のまま濡れ縁の柱に凭れ、ぞろりと紬を着流した青年は優しく微笑んだ。
その妙に艶っぽい姿に詩野はさっと頬を染める。
勝手に駆け出した心臓をどうにか宥め、まだ籠に残るものはそのままで、庭から上がる。
「ただ今朝餉をお持ちいたします。ここは冷えますから、どうか中でお待ちになってください」
「今日はね、午後から雪だとラジオで言っていたよ」
ああ寒いね、と目元に笑みを残した彼はぼんやりと虚空を見上げ、けれどそこから動こうとしない。
怪訝に思って声をかけると、少し伸びた襟足をいじり、ふふっと困ったように笑って肩を竦めてみせる。
困っているのは、詩野の方だというのに。
「あの……」
「うん、行こうか」
その声に滲む困惑を悟ったのか、ようやっと青年の足がのそりと動く。
ほっとして、詩野は青年を追い越し、台所へと急いだ。
フライパンに卵を落とし、味噌汁を温め直すあいだ、考えたのは主の表情の意味だった。
御歳二十三となる青年は、名を真田遼一郎という。
華族のなかでも名門真田家の長男であるが、故あって大学を卒業する少し前から、目白の本宅には戻らず吉祥寺の小さな屋敷で暮らしていた。
己から望んでのことではない。何くれと理由をこねられて、遠ざけられているのである。
詩野は主好みの半熟になった卵を皿に移し、ほうと溜息をついた。気が重い。
今日は午後から外出する旨を何日も前から告げていた。
月に一度、こうして外へ出るその理由を、今までに答えた記憶がない。聞かれたことがないからだ。
けれど、その行き先を、そしてその意味を、青年は気付いている。
詩野は、半ば確信を持ってそう信じていた。
ほうれん草の胡麻和え、半熟の目玉焼き、納豆。味噌汁の具は豆腐とわかめ、雑穀米。
青物は季節によって替わるが、青年の朝はいつも決まって同じだった。
うちのお爺様が朝はこれと決めていたからだよ、とは彼の弁である。
作る手間がかからないので助かってはいるものの、毎日同じ献立であるだけに、少しでも味が違うとすぐに指摘されるのだ。
今日のは上手くいってよかったと、後ろめたい思いを抱える詩野は胸を撫で下ろした。
122春待ちて:2009/01/27(火) 06:23:45 ID:GfDvF3ZF
お盆に載せて居間へ向かうと、主は座布団にあぐらをかき、新聞を読んで待っていた。
「ありがとう、詩野」
「いいえだんな様、これがわたくしの仕事でございますから」
「ははは、違いない」
並べられた膳を前に、青年は姿勢をただした。
いただきますと手を合わせ、左手で箸を拾い、右手に持ち替える。
(美味しいと思ってくださるかな)
口に出さずとも、そう感じてくれたなら、それが詩野にとっての幸いだった。
「詩野は」
「はい」
「いくつになったのだっけ」
「この三月で十九になります」
「……見た感じは十六、七だのにね」
平素、食事のさなかには終始一言も口にしない青年が珍しく軽口を叩いている。
いつもと違う態度に、詩野は彼の表情から料理の出来映えを探ることも忘れ、密かに背筋を凍らせた。
「おまえほどの器量ならばいくらでも嫁の貰い手があるだろうに、すまないね」
「いいえ、そのようなこと」
また、困ったように微笑まれる。詩野も、困ったように微笑む。
何と返してよいものか判断がつきかねたからだ。
実のところ、そういう話が無かったわけではない。
しかし、縁談に詩野が返事をする前に本家が断ってしまうのが常だった。
なぜなのか疑問に思っても、聞ける相手はいない。
大方この青年の世話係を変えるのが面倒なのだろうと見当をつけていたが、
果たして本当にそれが真実であるのか、詩野にはまったく自信はなかった。
ただ、破談になるたびに詩野はほっとする。
それは偽りようの無い真実で、その先は一切考えないように努めることだけが、縁談に対する返事のようになっていた。
結局、その後はいつも通り彼の食事は黙々と進み、次の言葉はごちそうさまで、詩野もお粗末様です、といつものように返した。
途中で短い会話があったこと。
その他は昨日となんら変わらぬ朝の風景であったのに、冷たい水で食器をすっかり洗ってしまっても、
詩野の困惑と動揺は胸に渦を巻いたまま流れてはくれなかった。
123春待ちて:2009/01/27(火) 06:24:11 ID:GfDvF3ZF
目白の本宅に入るとき、詩野はいつも緊張する。
元はこの屋敷で働いていたはずであるのに、慣れとは不思議なものだ。
吉祥寺が日本家屋であるのに対し、こちらが洋風のモダンな建物であるのも影響しているかもしれない。
知らないメイドに通された客間のソファは、詩野にはふかふか過ぎて居心地が悪い。
客扱いされてせっかく出された紅茶にも手をつける気分にならず、借りてきた猫のように縮こまるばかりだ。
遼一郎の暮らしぶりについて当主に月に一度の報告を終えた詩野は、気を張りすぎてくたくたになっていた。
だらしなくソファに身を預けていたところへ、控え目なノックの音が届く。
はっとして身を正すと、程なくして洋装の女性が詩野の前にかけた。
「あの方は、どうですか」
「お変わりなく過ごされていらっしゃいます」
「そうですか……そうですよね」
眉間に皺を寄せ目を閉じた彼女は、複雑な声色で呟いた。
「変わられるはずが、無いのだわ」
「やえこ、さま。あの」
テーブルを挟んだ向こうで難しい顔をしたまま溜息をついたかつての主に、詩野は遠慮がちに声をかける。
「差し出がましいようですが、申し上げたく思います」
「何かしら、言って御覧なさい」
「だんなさ……遼一郎さまは、あのまま吉祥寺にいらしても、決していいことは無いと存じます」
「……そうですね。あなたの言うとおりだと私も思います」
「こちらにお戻りになることは、叶わないのでしょうか」
返事が芳しいものであるはずが無いとは詩野とて理解していたが、それでも乞わずにはいられなかった。
遼一郎は、決して不満を口に出したりはしない。
大学を卒業しながら、家業を継ぐことはおろか研究を続けることも別の職に就くことも出来ず、
ただ無為に過ごすことを甘んじて受け入れている。
たかだか一年半の付き合いながら、その姿は憐憫の情を誘われるもので、
なんとかこの飼い殺しの状況から抜け出して欲しいと詩野は痛切にねがっていた。
「詩野、あなたは、あの方がこちらに戻っていらして、それが本当に幸せであると思いますか」
「え……」
思いもよらぬ問いかけに、しばし呆気に取られる。
「私がいるこの屋敷に戻ってきて、由幸さまのいるこの屋敷に戻ってきて、本当に」
弥生子は賢く敏い女性である。今風の短い髪のよく似合う、現代的な女性だった。
その弥生子が真面目な顔をして問うたその意味を、詩野は幾ばくもせず悟り、息を呑む。
詩野はもともと弥生子の生家のメイドで、輿入れに合わせて真田家に移ってきた。
それが、間もなく遼一郎と共に吉祥寺へ移されることになる。
理由は簡単だ。遼一郎と弥生子が道ならぬ恋に落ちてしまったからである。
遼一郎は長男ではあるが、嫡男ではない。真田家を継いだのは腹違いで二歳弟の由幸であった。
良家の息女である弥生子は十六のときに由幸と婚約を結ぶ。
それから何度と無く真田家を訪れるうち、いつしか妾腹である遼一郎と惹かれあってしまったのだ。
二人の仲が発覚したとき、誰より怒ったのは本妻であるふくであった。
普段は温厚で別腹の遼一郎にも公平に接していた彼女が、あのように怒り狂うさまは後にも先にも見たことが無いと目白屋敷の人々は口をそろえる。
結局、他でもない由幸のとりなしで何とか過ちが公になる事はならずに済み、弥生子は遼一郎との別れを選んだ。
一年後、彼女はかねてよりの約束どおり二十歳で由幸に嫁ぐ。
同い年の二人の仲は睦まじく、全ては丸く収まったかのように見えた。
――しかし、その裏で。
「あの方の御母堂を追い込んだ責任は、私にもあるのですよ」
124春待ちて:2009/01/27(火) 06:24:41 ID:GfDvF3ZF
ふくが怒りを収める直接的な原因となったのは、遼一郎の母が書置きを残して屋敷を出てしまったからだ。
自分が責任を取るから、どうか遼一郎の過ちを赦して欲しい。
このようなことで、今井家との縁談が無かったことになってしまわぬように、と。
当主は方々手を尽くして彼女を捜させたが、ひと月たっても、み月たっても、その行方は杳として知れなかった。
持ち出した物がいったいなんなのか見当がつかないほど、彼女の住まいであった離れ座敷はそのままで、
どこかで身投げをしたのだとまことしやかに囁かれたのは致し方ないことだったろう。
後ろ盾を失った遼一郎は、弥生子が目白に入る直前に吉祥寺へ追いやられる。
その指示をしたのは真田家の当主であったことを、詩野は知っていた。
輿入れ準備のために何やかやと真田家へ出入りするうち、当主直々に吉祥寺へ行くよう申し渡されたからだ。
弥生子のメイドであると同時に真田家のメイドとなった詩野に拒否権は無い。
だから、理由も事情も分からないまま、吉祥寺で働くことになったのである。
「こんなことを言うと、呆れられてしまうかもしれないけれど。でもね、詩野」
私は由幸さまを愛しているのです、そう口にする弥生子の切なげな顔に嘘など見えず、詩野は、はい、と静かに頷いた。
一介のメイドに過ぎない詩野が弥生子の個人的な部分に踏み込む事は無く、
弥生子と遼一郎が恋仲であったことを話に聞いていても、目の当たりにしたわけではない。
庭の花を愛でる弥生子の隣にあるのはいつだって由幸で、その寄り添い固く掌を結びあう二人の幸せそうな顔の方が、
詩野にとっては現実だった。
「あ、え」
ついと弥生子は身を乗り出し、詩野の荒れてささくれた指を両手で包んだ。ひやりと冷たい。
「働き者の手ですね」
「若奥さま、あの、わたくしの手など、その」
「うら若き乙女だというのに、こんな風にしてしまったのも、私の責任ですね」
「そのようなこと……」
なぜだろう、と詩野は泣きたくなった。今の主も、かつての主も、こうして詩野に謝る。
真田家に雇われる、しがない平民の出である詩野に対して。
弥生子だけではない。謝られるようなことは何も無いのに、当主にも、由幸にも、そしてふくにも、詩野は謝られる。
特にふくからは、謝罪の言葉に乗せてそっと金子を握らされることもあった。
いわく、遼一郎にあわせる顔がないから、と。
彼の母が屋敷を出てしまってから、ふくの憔悴ぶりは痛ましいものがあった。
嫉妬もあったろう、わが子可愛さもあったろう。
けれど、このような結果を招くつもりでは無かったのだというふくの薄い背に、鈴蘭のように可憐だと形容された面影は、今は無い。
(この家の方々は、誰も彼も優しすぎる)
対する詩野は、弥生子の手のさらりとした絹のような肌に、こんなにも浅ましい感情を覚えたというのに。
この方はだんな様の手の温もりを知っている。唇の柔らかさを知っている。
十五の春からずっと仕え、心から弥生子を尊敬しているのに、どうしても湧き上がる醜い嫉妬。
外戚腹でも良家の子息である主を慕うことなど、詩野には決して許されない。
そうわかっているのに、ふとした切っ掛けで無視できないじめっとした感情が詩野の身にまとわりつく。
生まれる家が選べたなら、誰もこんな痛みを抱えずに済んだのだ。
そんな、途方も無い文句は、いったい誰にぶつければいいのだろう。
「私には、大旦那さまがあなたをあの方のところへお遣りになったのが、なんだか分かる気がしているのです」
どういう意味だろう、と詩野が首をかしげると、弥生子は泣きそうな必死な顔でその手に力をこめた。
「あの方を、よろしくね」
すぐには答えられなかった。
よろしくなどと言われても、詩野に出来ることなど限られている。
毎日家事をして、月に一度こうして遼一郎の様子を伝えに本宅に戻って。
いったい何をすべきなのか、まるで思いつかない。
「この家に無いものを、あなたは持っているのだから」
無理やりつくったことがありありと分かるその笑顔が、あまりに凛と美しくて、だから詩野は肯首するほかなかった。
125春待ちて:2009/01/27(火) 06:25:11 ID:GfDvF3ZF
吉祥寺に戻った頃にはもうとうに日が暮れていた。
弥生子が気を利かせて惣菜を持たせてくれたおかげで夕餉の心配はしなくて済んだのだが、門をくぐったところで別の心配が詩野の頭を過ぎる。
(お出かけになられたのかな)
雨戸がきっちり閉められ、屋敷に明かりが灯っていない。
外出する予定のあるときはいつも前もって伝えてくれていたため、詩野は不思議に思いながら草履を脱いだ。
(……さむい)
部屋をひとつずつ見て回っても、その姿は見当たらない。
出かけてしばらく経っているのだろう。
どの部屋も青く沈み、主の言葉通り目白を出るのに前後して降り出した雪のせいか、今朝ストーブで暖めた名残も消えている。
いないものは仕方が無いので、とにかく自分の部屋だけでも灯りをつけて衣紋掛に羽織を直す。
荷物を置いてささっと前掛けと襷をかけ台所へ戻ると、詩野は風呂敷に包んで大事に持って帰ってきた惣菜を皿に移し始めた。
(あ……お米屋さんに寄ってくるつもりだったのに)
さて米を研ごうかと米びつを覗いて思い出す。今晩の分はまだあるとして、明日の昼には空になってしまいそうだ。
(明日の夜はおうどんかお蕎麦にしようかしら)
それとも朝のうちに頼めば夕方には配達してもらえるだろうか、などとつらつらと考えつつ、晩の支度を続けていると、不意に玄関の戸ががらりと開けられる音がした。
詩野はその音に敏感に反応して、前掛けで手を拭いながらぱたぱたと玄関へ急ぐ。
「お帰りなさいませ」
「うん、今帰った」
「……っ」
かっと顔に血が集まるのが分かる。ぞんざいに脱ぎ捨てられた下駄を、詩野は震える手で揃えた。
ゆらゆらと左右に揺れながら足元の覚束ない青年をそっと振り返る。
――春を買いにゆかれたのだ。
すれ違いざま主の着物の袂から香った匂いで悟る。
酒精の匂いとは明らかに違う、甘く、神経をなぶる香り。
ぞくりと粟立った肌を、詩野は己を抱きしめることで必死に耐えた。
育ちのいい彼は、決して物を乱暴に扱ったりしない。
それが時折、こうして自棄になったように外で酒を喰らってくることがあった。
何かから目を逸らすように、逃げ出すように。
(気付いていらっしゃる)
いつまでも玄関先で呆けているわけにもいかず、のろのろと立ち上がる。
重い足取りで居間へ戻ると、青年は灯りもつけず、食卓へだらしなく突っ伏していた。
「だんな様、だんな様」
遠慮がちに肩を揺するが、小さく低く唸っただけで、彼は起きようとしない。
「お辛いのですか? お水をお持ちしますね」
ざわざわとむずかる落ち着きの無い心を必死で殺したまま詩野は部屋を辞そうとしたが、続く主の声に足が縫いとめられる。
「目白にも……雪は降ったのかな」
今度はさぁっと顔から血の気が引く。やはり彼は気付いていた。
月に一度の外出先が、目白の屋敷であることを。そしてその理由まで、間違いなく。
「ああ、こちらとあちらは大して離れていないのだよね、本当は」
なんだかひどく遠いような気がしていた、と大儀そうに頭を持ち上げ、卓に肘をついた左手に乗せる。
うつろな瞳は熱を孕み、その視線は力なく畳に落とされていた。
「きゃっ」
赤くなった腕で強引に着物の裾を引っ張られ、詩野は体勢を崩した。
酔って力加減が上手くいかなかったのか、主の膝の上に乗り上げる形になる。
突然のことに気が動転し、身を離そうと躍起になる詩野をよそに、青年はそのまま両のかいなを背に回し、白い首筋に顔を埋めた。
126春待ちて:2009/01/27(火) 06:26:51 ID:GfDvF3ZF
心臓がどっどっと大げさに脈打つ。
外はまだ雪が降り続き、部屋も暖めていないのに、いっそ暑いほどだった。
「だ、だ、だんなさま、どうか酔いをお醒ましくださ……」
「お屋敷の匂いがする」
「いっ」
ぐ、と腕に力を込められ、痛みに顔が歪む。
反動で身をそらしたときに眇め見た主の表情が、この一年半で初めて見るような険しいもので、詩野は恐ろしくなった。
「みな、おまえを好奇の目で見たろう。好き者の血は争えぬ、と。放埓者の檻にやられたお前も、とっくに喰われているのだろうと」
快活で聡明な普段の青年からは想像もつかない下卑た言いように唖然とする。
「何を仰います!」
「おまえが気付いていなくても、周りはそう思っているということさ。おまえのことも……僕のことも」
主はくっくと喉の奥で自嘲気味に笑った。吐息が酒に焼けている。
「おまえも僕が『過ち』を起こしたと思っているのだろ」
低く漏らしたその言葉は、常の距離ではきっと聞こえなかったろう。
耳元で呟かれたその声は苛立たしげで、たがの外れた感情の昂りが、慕う心を覆い隠すほど詩野を怯えさせる。
「僕の想いは、『過ち』の一言で片付けられてしまうような安っぽいものじゃあない、僕はたしかに愚かだったかもしれないけれど、過ちなんぞ起こしちゃいない。
後継ぎになろうだなんて思ったこともない、ただ、ただ純粋に人を想っただけなんだ。なのに……っ!」
「だんな様……」
やえこ、と彼の人を呼ぶ掠れた声。
息が詰まった。
二年もの間空白を過ごす青年への同情、二年が経った今も青年の心を独占する弥生子へ対する卑しい感情、
それでも誰かを憎むことも恨むことも出来ない自分の甘さ、恋い慕う想い、強く捕らえられ肺が潰れそうな物理的な痛み、鼻につく酒と見知らぬ女のにおい。
すべてが綯い交ぜになって、詩野を追い詰める。
主は鼻で笑って、がぶりと詩野の首筋に噛み付いた。
「あうっ」
鋭い痛みに堪らず悲鳴を上げると、心底愉快そうに青年が笑う。
「『だんな様』ね。ずっと思っていたよ、どうしておまえが僕をそう呼ぶのか」
「だ……だんな様は……この家の主ですから」
「ふうん、おまえはそう思ってるのかい」
囲われる力がわずかに弱まったかと思うと、右手が詩野の顎をぐいっと掴み上げさせた。
乱暴な動きに抗議の声を上げようとしたが、憎い相手を見るような青年のきつい視線に言葉を失う。
こんな目をするような人では無かったはずだ。詩野は青年の抱えた重圧を思い悲しくなった。
「おまえは元は弥生子のメイドだから、目白では由幸をそう呼ぶのだろ? この家は真田のもので、僕のじゃない。僕はこの家の主でもなんでもない」
お前の主も弟なのだろうという青年に、詩野は否定も肯定もできずに途方にくれた。
確かに、この家は真田の資産かもしれない。
目白に行けば当主を大旦那さまと呼ぶし、由幸を若旦那さまと呼ぶ。
けれど、ここに住み、詩野を使うのは遼一郎だ。
良家の長男として生まれながら、庶子であるがゆえに己の血に誇りがもてない青年を、詩野は無二の主と慕っている。
その想いは無体な扱いをされてなお揺るがない真であった。
真田の家と遼一郎、どちらかを選べと言われたら、迷わず遼一郎の方を選ぶほどに。
「そ、それでも、わたくしにとってだんな様はだんな様、です」
震える声で、懸命に伝える。
学は無かったが、青年が抱えた孤独や今吐露されている昏い想いに気付かぬほど、詩野は愚鈍ではない。
心の痛みに触れるたび、密かにその痛みを共有しているつもりだった。
彼とて、詩野の想いや目白の人々の想いを知らぬわけではないのだと思う。
ただやり場の無い想いが一杯になって、吐き出さずにはいられなかったのだろう。
押さえつけて無視をして、その反動で自分を見失っている。
127春待ちて:2009/01/27(火) 06:27:19 ID:GfDvF3ZF
「今日抱いた女に、だんな様と呼ばせてみたよ。だけどね、逆に萎えてしまった」
右手の力が緩み、するりとその親指が詩野の顎を撫でる。
「おまえは、僕を満足させてくれるかい?」
意地悪く口元を歪めたつもりなのだろうが、詩野は気付いてしまった。
彼の瞳が、うっすら濡れていることに。
拒まなければという考えが一瞬そがれる。それが命取りだった。
「ん、むっ」
噛み付かれるように口付けられ、奪うように弄られる。
初めての接吻に詩野は戸惑い、ぎゅっと瞼を閉じてされるがままになる。
「んん!」
歯の裏を舐められ、ひとりでに上半身が揺れる。
顎をつかんでいた青年の右手が後頭部に移動し、ますます逃げられなくなる。
はらりとまとめられた髪がほどかれ、詩野のうなじで黒髪が踊った。
雨戸の向こうで降りしきる雪が外の音を吸い、口付けの水音だけがぴちゃりぴちゃりと薄暗い部屋に響き、聴覚をなぶる。
何か縋るものが欲しくなり、反射的に主の着物の胸元を掴んでいた。
「だんな様、いけません、このような、こと……!」
「なら、この手はなんだい?」
「それは……っ」
「くだらない噂をまことにしてやろうというだけだよ、今さらだ」
「や、あぁ!」
べろりと首筋を舐められて、詩野は頤をのけぞらせた。
その隙に着物の合わせ目を強引に開かれ、そのまま鎖骨の上のくぼみをきつく吸い上げられる。
「はは、いいね。綺麗についた」
「うぅ、ふ、ん」
ちゅ、ちゅ、と首筋や鎖骨に口付けながら、青年は器用に襷や前掛けをほどいていく。
「あ、や、おやめ、くださいませ」
「往生際が悪い」
しゅるりと帯締めが引き抜かれ、卓の上に投げられた。
それに目を奪われているうち、そのまま貝の口の結び目もほどかれた。
帯が緩み、白い肩と柔らかな乳房がまろびでる。
詩野は声も出せず、己のあまりの姿に涙を浮かべた。
けれど青年は、そんな詩野を見て逆に煽られたのか、皮肉をこめたような笑みのまま、弄る手を止めない。
「いつものように素直におなり」
着物を開いていた指が、きゅ、と乳首を摘んだ。
こりこりと転がされ、堪らずに身を竦める。
主の顔がもう片方の乳房に下り、まさか、と思う間もなく乳首を口に含まれた。
「……っ」
ぞわっと鳥肌が立ち、未知の感覚に瞠目する。
詩野も年頃であるから、こういった想像を今までしてこなかったわけではない。
けれど、ささやかな知識を基にした想像と現実では、大きな乖離があった。
他の女の残り香をまとわせる男へ、身の程知らずにも嫌悪感を覚える。
想起される顔も知らない誰かが、どれだけかき消しても、いつの間にか弥生子に変わった。
(なんて、浅ましい……!)
それがまるで弥生子のことを嫌っているように思えて、詩野は誰に叱られているわけでもないのに胸が苦しくなった。
128春待ちて:2009/01/27(火) 06:52:12 ID:GfDvF3ZF
「あ……は……ぁ」
それなのに、銜えられたものを弾くように舐められ甘噛みされると、意識はあっという間にそちらへ持っていかれる。
己をかき抱く腕の力強さ。
むき出しの肩を撫でる雪の日の寒さと、他人の肌の、吐息の熱さ。
舌の動きのなまめかしさに、囁かれる声のつやっぽさ。
唇を噛み視界を閉ざし、なんとかやり過ごそうと試みても、じわじわと背中を駆ける何かは確実に詩野をいたぶって、感覚を狂わせる。
詩野の意思などまるきり無視で、身体は熱を宿し、瞳は潤み、息が上がる。
「ん、ふ!」
再び口を吸われ、身体から力が抜ける。それを待っていたかのように、ゆっくり畳に押し倒され、帯を落とされた。
「んぁ……ふぅん……んむっ、ん」
舌を絡められ身体中を撫で回されながら、伊達締めも腰紐も取り払われる。
腹も脚も露わになり、詩野は羞恥と寒さに身を震わせた。
「寒い? すぐに温めてやるから、力を抜いておいで」
耳元をくすぐるように囁かれ、上半身を捩る。
知らず知らず己を抱きしめていた腕をやんわりとどかされ、着物の袖を襦袢ごと抜かれ、足袋も脱がされてしまう。
「や、んっ、だんな様……駄目です!」
片方で胸をこねるように揉まれ、もう片方で太腿を撫でられ、顔中に口付けられる。
このまま流されてしまってはいけないと、かすかに残る理性で考え、荒く整わない息で制止の声を上げる。
うまく力の入らない手で青年の肩を押し返し、拒否の姿勢を示す。
抱かれるのが嫌だと言っているわけではない。
ただ独りこの屋敷に遣わされた以上、いつかはこんな日が来ることは、何となく予期していた。
けれど今のように酒の勢いを借りて一時の感情に流されたまま行為に及ぶのは、我に返った後で誰あろう主その人が矜持を失いかねない。
それではお互い傷つくだけだ。
そして何より、他の誰かを抱いたその腕で触れられるのが、メイドに過ぎない自分の立場も忘れ、詩野にはどうしようもなく嫌だった。
「おやめください、だんな様、だんなさ……ぁっ」
その拒絶の意思も、節くれ立った男の指に内股をさすられてあっけなく途切れる。
「ん……ぅく……あ……」
「初心だね、詩野。覚えておくといいよ、そうやって拒まれると余計に男は煽られるということを」
耳を食まれ、ざわっと全身がわなないた。胸の内、身体の芯の方からじんと痺れが広がる。
「っふ……ぅ」
今までに無く熱に浮かされ濡れた己の声に、詩野は自ら煽られた思いがした。
下敷きになった着物を掴んでいた手で慌てて口を塞ぐ。
その様子がおかしかったのか、青年が柔らかに目を細める。
「可愛いな」
ちゅ、と額に口付けを落とされたのと同時に、ぐいっと左膝の裏に手が入り込んだ。
「いやぁ!」
外気が秘所に触れ、ひやりとした感覚に襲われる。濡れているのだと分かった。
認めがたい思いを嘲るように、そこをくちゅりと音を立てて撫でられる。
「気持ちよかったならそう言ってくれても良かったんだよ」
「あ、あ、はぁっ……や、や」
溝を往復する指に否が応でも意識が集まる。
くちゅくちゅと無音の室内に高く響くその音が、詩野の理性を引き剥がしていく。
「いや、……あ、あ……んんっ……」
そのうち、もう片方の手も身体の線をなぞりながら下りてくる。
茂みをさわりと撫で、無遠慮に詩野の敏感な芽に触れた。
「いっ!」
快感を通り越し痛みを覚え、詩野は思わず悲鳴を上げる。
129春待ちて:2009/01/27(火) 06:52:43 ID:GfDvF3ZF
「あ……申し訳ない」
それに怯んだのか、先までの気勢をどこへしまったのかと思うほど妙にしおらしいさまで、青年は謝罪の言葉を口にした。
「詩野は……生娘なのか」
かっと全身の血が騒いだ。
はしたなく男に脚を割り開かれたまま啼き喘ぐ自分の姿が急に客観的に見え、ぞっとした。
これではまるで遊び女だ。
ほんの数刻前まで、彼の腕の中にいた、見知らぬ誰かと同じ。
指摘されたとおり詩野は生娘であるはずなのに、主にほだされてあられもなく淫らな声をあげている。
「きゃあ! あっはぁっ、あ、あ、駄目、おやめ、く、ださい……っふ」
ふむ、と思案顔になった青年は、おもむろに詩野の秘所に顔を埋めた。
溝を舐め上げ、蜜を引き連れた舌が今度は繊細な動きで肉芽に触れる。
「ん……っく……やぁ、いやぁ……っ」
そこに触れられるたび、下腹に疼きがたまっていく。
もはや抵抗もかたちだけで、自らの恥じらいすら情欲をあおり、与えられる刺激をひとかけも落とすまいと必死で青年の肩に縋りつく。
肉芽を舌で転がされ、左手で改めて襞に触れられる。入り口をくちゅくちゅと探る指がもどかしくて仕方ない。
「……ぅん……あ……は……」
「大奥ならともかく、行儀見習いの娘がお手つきとあっちゃ、貰い手がなくなってしまうか」
熱に浮かされた頭では何を言っているのか分からず、ただ詩野は眉をひそめた。
やおら青年は身を起こし、着物の前を寛げた。
弾むように合わせ目から顔を出したそれから目が離せなくなる。
「こら、そう不躾に見るものではないよ」
「え! あ……」
無意識にまじまじと見つめてしまったことに気付き、詩野は赤い顔をさらに赤くして視線を逸らした。
再び覆いかぶさってきた主の口付けを受ける。
「ふ、む……んん」
不意に、左手が主に掴まれ、身体の下の方へと導かれた。
何事か分からずされるがままにしていると、唐突にその手が熱く脈打つ何かに触れた。
そのままそれを握らされる。
「もう少し、力をこめておくれな……うん、そう」
う、と青年が小さく呻いたことで、詩野はそれが何であるかを知る。
きゃあと声を上げて離そうとしたが、青年の手に上から押さえつけられてそれは叶わなかった。
二人の手が重なったまま、肉棒をしごく。
それは詩野のものと同じようにしとどに濡れていた。
「あ、は……」
裏筋を詩野の手が滑ったとき、欲に濡れた吐息が青年の口から漏れ、耳元でわだかまる。
ただそれだけのことに途方もなく感じてしまい、中途半端で投げ出された身体が刺激を求め、もじもじと腰が動いた。
「手も、そのまま動かしていておくれ、詩野」
その仕草に気付いた青年が、詩野の頬に口付けを落とし、愛撫を再開する。
硬く張り詰めた乳首を吸い上げ、もう片方を摘み転がされると、詩野の口からも上擦った声が上がる。
「だ、だんな様」
乳房をこねくり回しながら、主の右手が秘所に届く。
「ん……ん、あぁ……っ」
蜜を絡みつかせるように人差し指を動かすと、ゆるゆると肉芽に触れた。
待ち焦がれた感覚に、びくりと身体が揺れる。
「やぁ……あっああ!」
押しつぶされるようにこねられ、じわりと生理的な涙が滲み、甘い声で詩野は啼いた。
身体の自由が利かず、主を慰めていた手が止まる。
130春待ちて:2009/01/27(火) 06:53:06 ID:GfDvF3ZF
「だんな様、駄目、あっ、それ以上は……っくぅ」
「詩野、手を」
「む、無理です」
「詩野」
「……っ」
肉芽を押し撫でていた指が、ずぶりと泥濘に沈んだ。ほとを犯す僅かな痛みに喘ぎが途切れる。
「手を動かして、詩野。……辛いんだ」
結局、詩野は青年のこの困った顔に弱い。
それはまるで刷り込みのようで、おずおずと言葉に従い、熱く猛るそれを握りなおした。
「いい子だね」
ふふ、と青年は微笑んだが、余裕の無さが早口で切羽詰った声に現れていた。
ずぶすぶと中を抜き差しする人差し指に加え、乳房をもてあそんでいた左手の親指がぬるぬると愛液に滑る肉芽をなぶる。
「やっ! あ、あ、あ、駄目、も、ほんとに、あっ! やぁ!」
「気を、遣ってしまえば、楽になる。ほら」
「は……ぁ、こ、怖い……!」
ずるりと人差し指が抜かれ、その手が詩野の腕を片方ずつ青年の背に回させた。
その間も肉芽をいたぶられ続け、水も無いのに詩野は溺れそうになり、促されるまま主にしがみつく。
襞をなぞられ、肉芽をつぶされ、首筋に吸い付かれ、詩野はついに快楽に負けた。
「ん、ん……ああ……っ!」
「詩野、詩野……」
抱きしめる力を失った腕をとられ、主の欲の塊に導かれる。
条件反射のようにそれを擦ると火照った手が重なった。
口唇を吸われ、舌の付け根をくすぐられる。
達したばかりだというのに、甘い喘ぎ声が漏れた。
「……っく」
鈍い呻き声とともに、青年の左手がきつく詩野の肩を掴んだ。
はたはたと音を立て、独特のにおいのする液が詩野の腹に飛び散る。
青年が果てたとき、その口が三度形を変えたのを、詩野はおぼろげな視界で見た。
(や、え、こ)
詩野にはそんな風に動いたように見え、ふわふわと心地よい浮遊感を覚える身体とは裏腹に、
諦めにも似たどこか満たされない思いで、静かに目を閉じる。
眦から雫がこぼれるのを、拭うことすらできなかった。
131春待ちて:2009/01/27(火) 06:53:50 ID:GfDvF3ZF
はあはあと荒い息でしばらくじっとしていた主が、懐紙で詩野の腹と落ち着いた腰のものを清めた。
乱れた着物を直すと、裸のままの詩野を抱き起こし、膝に乗せぎゅっと抱きしめる。
紬のざらざらとした感触に、詩野は己ばかりが乱れていたような気になり、羞恥に眉を寄せた。
「途中で……」
独り言のような呟きに、詩野は意識を傾けた。
「途中で、僕はいったい何をしているのだろうと、思った」
「だんな様……」
詩野は顔を合わせようとしたが、青年に頭を抑えられてしまい失敗する。
かわりに幼子をあやすような手つきで髪を撫でられ、その優しさにかえって胸が詰まった。
「ふふ、今日は寒いね、詩野」
場違いな明るい声に詩野は青年の表情を悟る。摺り寄せられた頬は、濡れていた。
ああさむい、さむい、さむい。
うわ言のように繰り返される言葉は少しずつ小さくなり、いつしか切なる想いを宿した溜息へ変わる。
「今年の冬は、いやに長いね」
ついばむように頬に口付けを落とし、青年は詩野の肩口に額を乗せた。
「この屋敷に、春がおとなうことは無い気がしてしまうよ」
「庭の梅のつぼみがほころんでおりました。じきに、春になりましょう」
「……そうだね」
詩野はそっと、まだ情事の熱の残る腕で、青年の背を抱いた。
(――この雪を溶かすのはだれ)
その答えはとっくに遼一郎の腕の中にあることを、このとき二人は気付けずにいた。
大地を優しく抱きしめる春の日差しは、けれどまだ遠く、はるか。
132春待ちて:2009/01/27(火) 06:55:01 ID:GfDvF3ZF
以上です。
お付き合いありがとうございました。
133名無しさん@ピンキー:2009/01/27(火) 06:57:19 ID:isetT2Th
せつないなぁ。
リアルタイムでGJ。
134名無しさん@ピンキー:2009/01/27(火) 13:16:39 ID:PhmJg11y
GJ!切ないけどなんか好きな話
大正二十年ということは架空の歴史ってことなのかな

で、続きはあるのかね?
135名無しさん@ピンキー:2009/01/27(火) 17:31:51 ID:Jn82jSDm
大正二十年ってことは帝都のどこかでライドウが駆けずり回っているのですね。
136名無しさん@ピンキー:2009/01/27(火) 20:20:51 ID:QFes9CBa
これはこれで綺麗。
でも続きがあるなら、あるのなら是非書いて読ませて下さい…!
137名無しさん@ピンキー:2009/01/27(火) 22:51:14 ID:MDmNaBVy
わーこれ好きー!
近代文学特有の恋愛男だね旦那様
138名無しさん@ピンキー:2009/01/28(水) 00:34:20 ID:L7e10DEX
GJ!
139名無しさん@ピンキー:2009/01/29(木) 04:08:45 ID:z0KLJfXM
詩野さん切ナス
作者さん
どうか幸せなエチーをさせたげてください
140名無しさん@ピンキー:2009/01/29(木) 15:04:03 ID:Ybh7yU2g
使用人同士のスレは、どこなんだろう
メイド絡めばここでいいんだろうけど、例えば庭師xガヴァネス(女家庭教師)みたいなのは
主従じゃないから、主従スレでもないし
141名無しさん@ピンキー:2009/01/29(木) 15:28:36 ID:gUsO0WKz
スレ無いなら作るか
性格等で今あるスレに合うのがあるでしょ
142名無しさん@ピンキー:2009/01/30(金) 00:01:18 ID:XisjiTVJ
女教師スレってなかったっけ?
そういうとこ行くか、甘さや激しさに合わせてスレを選ぶか。
該当しそうなスレの雰囲気や過去ログ見て、投下すれば良いかと。
143名無しさん@ピンキー:2009/01/30(金) 17:47:35 ID:ECHZBNgt
働くお姉さん総合とかに行けばいいんじゃないかな。
現代もの中心ぽいけど、まだそんなにスレも進んでないから落としてきてみるのも一興かもよ。
144名無しさん@ピンキー:2009/02/01(日) 00:05:15 ID:YWd8BKaq
ここんとこ投下ラッシュだったからか、次の投下まで日が開くとなんか落ち着かないな
このスレは良作揃いのうえ、1ヶ月以上投下無いスレもざらなのに、贅沢な話だw
職人さんがた次の投下楽しみにしてるよー
145名無しさん@ピンキー:2009/02/04(水) 00:23:43 ID:qdem8CAu
保守+群馬弁のご主人さまに燃料投下できれば……

146名無しさん@ピンキー:2009/02/04(水) 00:30:49 ID:o8yTlaOu
147名無しさん@ピンキー:2009/02/04(水) 11:13:15 ID:EAta0q92
148名無しさん@ピンキー:2009/02/04(水) 11:57:25 ID:UmH3Vo2a
149名無しさん@ピンキー:2009/02/04(水) 13:27:34 ID:pnIFtZqe
150名無しさん@ピンキー:2009/02/04(水) 13:45:16 ID:H6QJVoY1
151名無しさん@ピンキー:2009/02/04(水) 14:01:16 ID:0jcFQE0O
152名無しさん@ピンキー:2009/02/04(水) 17:56:58 ID:sAV9jB8S
153名無しさん@ピンキー:2009/02/04(水) 18:00:11 ID:DTqCkCgI
154名無しさん@ピンキー:2009/02/04(水) 19:48:01 ID:EhUzWLVK
また無茶なお題を…

旦那さんにはスーパーのレジ打ちとか言っといて、
実は「昼間はメイドな団地妻」ってか?
155名無しさん@ピンキー:2009/02/04(水) 22:49:56 ID:lJhDHphR
略してスーパーメイド団地妻
156名無しさん@ピンキー:2009/02/04(水) 23:36:46 ID:qdem8CAu
その上ホラも吹かねばならない……
難易度高いな
157名無しさん@ピンキー:2009/02/04(水) 23:40:07 ID:6SGZWpNX
でも団地妻なら、菜々子とタカシが出て来れないじゃん。
158名無しさん@ピンキー:2009/02/04(水) 23:40:46 ID:eTMltLde
団地妻自体がホラなんだよ
159名無しさん@ピンキー:2009/02/05(木) 23:10:23 ID:mcxG4DXp
横溝正史作 :「メイドが来たりて皿を拭く」
160名無しさん@ピンキー:2009/02/06(金) 00:20:57 ID:EhQWg2K5
その皿をうっかり割ってしまって泣く泣く井戸に身を投げるんですね
161名無しさん@ピンキー:2009/02/06(金) 18:42:47 ID:HjmfoyMA
ほら吹き団地妻に騙されたメイドさんが旦那様に……
162小ネタ 1/5:2009/02/06(金) 20:55:37 ID:VUSiRftZ
「ご主人様!>>145->>153をご覧下さい!」
「ん…………団地妻、か」
「はい!というわけで今回は団地妻シチュエーションに挑戦ですねっ!?」
「ああ。まずは団地の確保だな……しかしこのへんに団地なんかあったか?」
「スーパーの近くに町営集合住宅があります!空き部屋もいくつかあるようです」
「下調べもばっちりか。なんだ、随分やる気だな」
「え。べ、別にやる気なんかないですけど……(妻!ご主人様の妻!)」
「ではさっそく……」
「待って下さいご主人様!」
「わ……ここ数年で一番大きな声を出してどうした」
「実は、台本を作ってみたんです!」
「台本?」
「はい、時間がなかったので短いですが、読んでみていただけます?」
「……うむ、素晴らしい。
俺は主のために自ら行動する心意気に感動したぞ!見せてみろっ!」
「ええ、こちらですっ」
………
……


163小ネタ 2/5:2009/02/06(金) 20:58:39 ID:VUSiRftZ
《おちゃめな団地妻☆ナナコさん☆》
【第一話:ほら吹きを吹いたナナコさん】
みなさんこんにちは!
私の名前はナナコ、新婚ほやほやの奥さんです。
旦那様は、メイド時代にお仕えしていたご主人様!
『メイドと主』から『妻と夫』の関係へ変わりましたが、
基本的な仕事とご主人様への愛は変わりません。
そのかわり、というわけではありませんが住む家は変わりました。
『二人で暮らすのだから小さな家でいい』とご主人が借りた町営集合住宅の一室が、私たちの愛の巣です。
窓から駐車場を見下ろすと――ここは三階です――ちょうどご主人様が帰ってきたところでした。
うーん、狭い駐車場にご主人様のリムジンが入ってくる様子はいつ見ても圧巻です!
悪く言えば浮いています。
私は早速おたまを持ってリビングに待機しました。
何故なら『夫の帰宅を喜び、おたまも置かずにかけてくる妻』は“正義”だからです!
「ただいま〜」
「お帰りなさいませご主人様!」
エプロンのフリルの揺れまで計算して編み出した走りかたでお出迎えです。
走っていってご主人様の鞄を受け取ります。
「ナナコ、“ご主人様”はやめろと言っただろう?」
「あ、すいません、ですが癖になってしまって」
「全く困ったメイド……いや、奥さんだな。可愛いぞ!」
ちょい、と頭をこづかれます。えへへ……。
おっと……そういえば今日は“あのセリフ”を言う作戦だったのを忘れていました。
一回深呼吸して、私より少し背の高いご主人様の顔を見上げます。
「……ところでご主人様、実はご飯もお風呂も用意出来ていなくて……」
「ん、そうか。では出先でお土産に買ってきた、まんもす焼きを食」
「かわりに私を召し上るのはいかがですか?」
ちょっと恥ずかしい私のお願いにご主人様は目を円くし、すぐに笑っておっしゃいました。
「……では、いただこうかな?」
「……はいっ」
作戦成功です!まんもす焼きに負けなくて良かった!
私は鞄を置いてこようと振り向きます。
その時、突然身体が暖かさに包まれ、
ややあってから、ご主人様に抱きすくめられたんだ、と気付きました。
思わず鞄(とおたま)を取り落としてしまいます。
ご主人様の息がかかる頬からジンワリと熱が広がります。
「ナナコ……」
「ご、ご主人様……」
心臓のリズムが幾分テンポアップし、大好きなご主人様の匂いにくらりと視界が傾きました。
まさか、玄関で……いえ、こ、これも妻の勤め、がんばりましょう!
「ご主人様、では、ご、ご奉仕させていただきます……」
164小ネタ 3/5:2009/02/06(金) 21:01:36 ID:VUSiRftZ
しゃがみ込んでご主人様の股間の辺りに視線を合わせます。
ジッパーを降ろしてご主人様の男性を取り出したら、ご奉仕を開始です。
先の方に三回キスをしてから、それを深くくわえてしまいます。
「ふう、はふゅ、くちゅ、お、んぢゅう……」
メイドの頃から何度もしている事なのに、いつまで経ってもなれません。
ご主人様自身をくわえるたびに顔が熱くなって心臓が破裂しそうになります。
すん、と独特のエッチな臭いが、私の感情を高めていきました。
「じゅぶ、じゅぷ、ぐちゅ、じゅうぅ……」
「くっ、ナナコ、上手だ……」
ご主人様はいつもこのように褒めてから、頭を撫でて下さいます。
まったく、仕え甲斐があるお方です。
「ふっ、ふう、ちゅ……んはあっ、はあ、はあ」
舌で散々ねぶってから口を放します。
ヌラリと濡れたそれは、なんというか……とても……。
「立って……」
「あ、はい……」
ご主人様に支えられて立ち上がると、また抱きしめられてしまいました。
ご主人様が私の頭に鼻を埋めてきます。汗臭くないといいのですが……。
「……良い匂いがする」
「え、ご主人様、そんな恥ずかしいです……」
「いや……これは……味噌汁?」
「ムフフ……て、味噌汁?」
「…………まさかナナコ、ご飯の準備が出来てないって……」
「え、えへへ……」
ああ、嘘がばれてしまいました。
御屋敷でメイド長に鍛え上げられた私が、
ご飯、お風呂の準備をご主人様の帰宅に間に合わせられないはずがありません。
用意が出来ていないというのは、ご主人様に早く“ご奉仕”をするための嘘だったのでした……。
「この、エッチなほら吹き妻め!今夜はお仕置きだからな!」
「ごめんなさい〜!」
とか言いつつ今夜が楽しみな私なのでした♪
【第一話完】
………
……


165小ネタ 4/5:2009/02/06(金) 21:05:42 ID:VUSiRftZ
「…………」
「どうですか?
いや〜、我ながら夫婦のラブラブな雰囲気が良く出てますね!
あ、エッチシーンは別に、ついでで入れただけですよ!ついで!
……でもご主人様がしたいっておっしゃるなら私は」
「この……」
「はい?」
「この、バッキャロォォォーッ!!」
「っ!!(未だかつてないオーラ!いつものご主人様じゃない!)」
「菜々子!おめえは“団地妻”っつうもんがちっとんべ(少し)もわかってねぇ!
だいたい、最近団地妻の何たるかを知らん奴がおぉぃい過ぎ(多過ぎ)る!」
「ご主人様落ち着いて下さい……『ちっとんべ』なんて最近の群馬じゃ御老人も使いませんよ!」
「それと、文体が妙にうざい」
「ぎくっ。
そ、それは、ちょっと書いてるうちにテンションがあがってきちゃってつい……すいません」
「……教育が必要だな」
「教育ですか?」
「……まずお前に一つ言葉を授ける。『団地妻はエロにして萌えにあらず!』」
「…………格言っぽく言っても内容は最低ですね」
「では団地妻講義を始める!起立!注目!礼!」
「お、お願いします」
「着席っ!いいか、団地妻にとって重要な要素は『上下関係・いじめ・不倫』だ!」
「穏やかな単語が一つもありませんけど!愛とかそういう要素は……?」
「団地妻においては必要なしだ、あるのは肉欲ぐらいだ」
「うわあ……」
「まず団地妻の間には絶対的なカースト制がしかれている。夫の年収が高ければ地位も高く、逆もしかりだな」
「カースト制ですか。地位が低いとどうなるのですか」
「他の妻たちにイジメを受けるんだ。
下手に反抗すると夫に迷惑がかかる。団地には大概、夫の上司一家が住んでいるからな」
「……(随分具体的なんですね……)」
「傷ついた妻は夫に癒しを求める。しかし、夫の切り返しは基本こうだ。
『近所付き合いぐらいお前がしっかりやってくれ。俺は明日も朝一の会議で忙しいんだ』」
「でた!朝一の会議!」
「誰にも頼れない妻が行き着く禁断の果実……それが、不倫なのだっ!わかったか!」
「わ、わかりました」
「よし!では菜々子に宿題だ」ドサドサ
「おっと、なんですかこのDVD?」
「日活ロマンポ〇ノの団地妻シリーズだ!明日までに見ておくように!」
「は、はあ……」

ソレカラドウシタ

166小ネタ 5/5:2009/02/06(金) 21:09:30 ID:VUSiRftZ
「……ご主人様、私に団地妻はまだ早かったようです……見ながら三回気絶しました」
「下手なAVよりエロい!それが団地妻だからな!」
「お見それしました……(ああ、ご主人様と夫婦だなんて、おこがましい考えだったんだわ)」
「…………」
「(私はしがないメイド。ご主人様は今は愛して下さるけれど……結婚となると……)」
「……菜々子」
「……なんでしょう……」
「結婚するか?」
「はい…………って、えええええ!なんでいきなり!?」
「いや、何だか寂しそうな顔を見ていたら急に」
「は、はう……」
「あ〜〜、嫌か?」
「……ご主人様って、たまに凄く鋭いですよね」
「なんだと?」
「ふつつか者ですが、よろしくお願いしますって事です!」
「うおっ、急に抱き着くなっ」
「お慕いいたしております……ご主人様、ん……」
「むう……ん……」
「ちゅ……はあっ、ご、ご主人様、このまま……」
「まて、まだやることがある」
「は?」
>>145-153をまだ、実行していないっ!」
「えっ、だから私にはまだ……」
「“団地妻”が無理でも“ほら吹き”のほうぐらいやっておかねばな」
「は、はあ、えっと、つまり?」
「吹いてもらおう……法螺を」

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

ザワザワ
『……というわけで、ののさま(仏様)は桃の花を……』
「…………ご主人様」
「なんだ奈津美」
「なぜ、菜々子は仏教の説法なんてやってるんですか……団地で」
「……『ほら』、すなわち法螺は、仏教の教えを広めるという意味を持つ。
昔の仏教人は説法の際に法螺貝を吹いて、聴衆を集めたんだそうだ!」
「??」
『(ほら吹きのバカヤロー!)』

その日、町営集合住宅では法螺貝の音が響き続けたという。
菜々子とご主人様が結婚するのは、まだ先の話しである。

※注
・全ての団地妻がイジメをしたり不倫をしたりする訳ではありません!
・町営集合住宅でほら貝なんか吹いたら多分苦情がくるのでやめましょう。
167名無しさん@ピンキー:2009/02/06(金) 23:12:01 ID:CQqN1zE6
>>166
GJ!!
笑ったよwww
168名無しさん@ピンキー:2009/02/06(金) 23:40:17 ID:MeTvJuw3
「……私はこれ以上の屈辱、不名誉に耐えていくことは出来ないのだ。
由緒ある我が家名も、これをやられたら泥沼のなかへ落ちてしまう。」

ぽぉ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「うるせえぞお前ら!」
「何あの女の人?」
「こんな住宅密集地でなにやってんだ!」

ぽぉ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「ああ、メイドが来たりて法螺を吹く。……」

169名無しさん@ピンキー:2009/02/06(金) 23:56:06 ID:oD2umd8P
>>165
ちっとんべえは50代以上の群馬県人ならよく使うよ……

起立!注目!礼!
注目が入ってるのが見事に群馬仕様だなwww
170名無しさん@ピンキー:2009/02/07(土) 00:51:29 ID:VQXXRgAv
群馬って日本の秘境なんだな…
171名無しさん@ピンキー:2009/02/07(土) 01:02:20 ID:CrXT3sXB
>>168
椿家とたまむし家にまつわるおぞましい話ですね?

とうたろうさん
172名無しさん@ピンキー:2009/02/07(土) 12:20:53 ID:ipE91i+N
すみませんが、夢見る電気ウナギはどこに行ってしまったのでしょうか?
173 ◆dSuGMgWKrs :2009/02/08(日) 19:44:50 ID:RZoiVG8d
『メイド・すみれ 6』

毎朝、私は秀一郎さんのお部屋で、お風呂の支度をしてからコーヒーを淹れる。
ドリップされたコーヒーがサーバーにたっぷりできるころ、書斎のドアが開く。
一晩中、資料やパソコンに向かってお仕事をなさっていた秀一郎さんが、コーヒーの香りに誘い出されて出てくるのだ。
「おはようございます」
「……うん」
机に向かって座った秀一郎さんの前にカップを置く。
少しお疲れになった赤い目で私を見上げ、ちょっと微笑んでおっしゃる。
「……どうぞ」
お許しをいただいて、私は自分のカップにコーヒーを注ぎ、スツールを寄せて秀一郎さんの隣に腰掛ける。
これが、毎朝のお決まりになった。

一緒にコーヒーをいただいて、秀一郎さんがあくびをなさってからゆっくり立ち上がる。
着ていた服を一枚ずつ脱ぎ落としながら、秀一郎さんがお風呂に向かい、私はそれを拾い集めながらついていく。
袖をまくり上げてお風呂場へ入り、秀一郎さんを上から下まで洗う。
薄いヒゲを剃って、クリームをつけて、体を拭いて、服を着ていただいて、髪を乾かす。
「はい、おしまいです」
朝のフルコースが終了すると、秀一郎さんはご機嫌で立ち上がった。
少し前までは、時間を見計らって津田さんがワゴンにお食事を乗せて運んでくるのが決まりだった。
でも今は、秀一郎さんは机の前の指定席に戻らず、私の後をついてくる。
廊下側のドアを開けると、お部屋を出る。
秀一郎さんが、お部屋を出るのだ。
初めのころは考えもしなかった、ありえなかったはずのこと。
私の斜め前、日の光がほんの少し入るだけの薄暗い廊下を、それだけでまぶしそうに目を細めて歩く。
階段を降りて台所と続きになっているダイニングスペースへ入っていくと、津田さんがテーブルにお食事を並べている。
「おはようございます」
「……うん」
そう、秀一郎さんはご自分のお部屋ではなく、最近ダイニングでお食事を召し上がるのだ。

少し前の、節分の日の夜。
私は豆まきがしたいからと、秀一郎さんに紙でできた鬼のお面をかぶってもらおうとした。
約束したじゃありませんか、してない、しました、してない。
豆は痛いと逃げる秀一郎さんは、ちょうどお食事を運んできた津田さんに助けを求めた。
ここで豆をまかれると迷惑ですという津田さんの意見で、私は秀一郎さんをダイニングに誘った。
ほんとうにいらっしゃると思わなかったけれど、秀一郎さんは腰を上げた。
そして、鬼は芝浦さんが引き受けることになって、私たちは普段使っていなかったダイニングで豆まきをしたのだ。
芝浦さんは鬼のお面をかぶって、「泣く子はいねがー」と言いながらダイニングに入ってきて、津田さんに「それは違います」とやり直しをさせられた。
ダイニングテーブルの椅子に座ったまま、横着に鬼に豆を投げる秀一郎さんは、それでも楽しそうだった。
豆まきの後で、私がそれぞれに齢の数だけ小豆の甘納豆を入れて焼いたパンを食べた。
私のはずいぶん豆が多いと芝浦さんが笑って、その後で津田さんが恵方巻を三本出してきて、秀一郎さんがお腹を押さえながらギブアップして。
私は恵方に向かって、秀一郎さんがもっともっとお元気になって、お笑いになって、太ってくださるように願った。
その願いがかなったのかどうか、秀一郎さんはそれからお部屋を出てダイニングでお食事をなさるようになった。
先代の旦那さまがご存命の頃は、ご一緒にお食事をなさっていたというから、ひどく久しぶりにお部屋を出たことになる。
心なしか、お顔の血色も良くなってきた気がする。
よかったよかった、すみれちゃんのおかげだよと芝浦さんが男泣きしたのは、内緒にする約束をした。
174 ◆dSuGMgWKrs :2009/02/08(日) 19:48:29 ID:RZoiVG8d
今朝も、ごく自然に、秀一郎さんはダイニングのテーブルにつく。
今日の朝食はスープと卵とソーセージ、それに黒糖のパン。
柔らかくしたバターをつけたり、そのままちぎって口に入れたり、やはりパンばかり召し上がる。
秀一郎さんがお食事をなさっている途中で、津田さんが一度ダイニングに入ってきて足を止めた。
棚にしまうナプキンを手に持ったまま、私が秀一郎さんにもれなく食べていただくために手元にお皿を寄せているのを見る。
「……なにをなさってるんです」
津田さんは棚にナプキンを入れると、私の隣に立った。
秀一郎さんは基本的に箸を持った手を上下させるだけなので、箸の下にお皿を置かないといつまでも同じものだけを召し上がる。
それで私は、秀一郎さんのお食事の進み具合を見ながら、お皿を動かすのが習慣になっていた。
「甘やかしすぎです」
津田さんが、いつになく怖い声で言う。
「幼稚園児だって自分で食事ができます。旦那さまはとっくに大人ですから」
わかってはいるけれど、秀一郎さんは大人になっても自分で食事ができないんだから仕方がない。
秀一郎さんがテーブルの下で私のエプロンを引っ張った。
顔を近づけると、秀一郎さんは私の耳もとで小声でささやく。
「津田は……こわい」
「なんです、ひそひそと。旦那さま、ブロッコリーもどうぞ」
津田さんはじろっと秀一郎さんを睨みつけ、とにかくご自分で、と念を押して台所へ戻っていった。
お部屋で秀一郎さんのお世話をしていた頃は気づかなかったけれど、津田さんはけっこう秀一郎さんに厳しい。
靴下を履かずにスリッパで廊下を歩くと注意するし、コップをコースターでなくテーブルの上に置くのも小言を言う。
私なら黙って手を貸してしまうことを、津田さんはいちいち秀一郎さんにやらせるのだ。
それはまるで、行儀の悪い子どもをしつける親のようだ。
そして、私にはすぐに拗ねて黙り込んでしまう秀一郎さんが、津田さんには逆らわない。
秀一郎さんは津田さんの背中を見送って、木の枝のような腕を伸ばして遠くのお皿からブロッコリーを取った。
いつだって、津田さんの言うことだけは聞く。
ブロッコリーを食べながら、秀一郎さんが私を見上げた。
「べつに、なんでもありません」
ぷいっと横を向くと、秀一郎さんはまたエプロンを引っ張る。
なんですかと身体を屈めると、半分に割った黒糖パンが差し出された。
間違ってる。すべての不機嫌が、パンで治ると思っているのは、間違っています。
そう言ってやろうと思ったけれど、秀一郎さんがあんまり嬉しそうに私にパンを差し出してくるので、言えなくなった。
しかたなく、私は口を開けて、大きすぎるパンの塊にかじりついた。
「……おいしい」
わかっています、黒糖パンは最近の私の自信作なんですから。
言い返してやりたかったけど、もぐもぐしてて声が出せない。
それに、秀一郎さんがあんまり嬉しそうだから。
お食事の後で、秀一郎さんはお休みになるためにお部屋へ戻った。
私がまだちょっと不機嫌なので、秀一郎さんは廊下を歩きながらむやみに触ってくる。
「だって……津田は、こわい」
ちゃんと、わかってらっしゃるのだ。
秀一郎さんが、私がいくら言っても食べないブロッコリーを、津田さんに言われれば食べることで、私が機嫌を悪くしてると。
私はそっぽを向いて、ぺたぺた触ってくる秀一郎さんからちょっと離れた。
だいたい、お食事のお手伝いをしなくていいなんて言われたら、私の仕事が減ってしまうし、秀一郎さんのおそばにいる必要がなくなってしまう。
それでも、お部屋に戻ってコーヒーをドリップし始めて、その香りで目を細める秀一郎さんを見ると不満も不安もどうでもよくなる。
秀一郎さんは、私の淹れたコーヒーが一番お好きなのだもの。
すると秀一郎さんが急に顔をしかめて私を見た。
「苦い。ここ」
口元を指差して、ぺろっと舌を出す。
嫌いなブロッコリーを食べたから、口の中が苦い。
言ってることがわかる自分もどうかと思いながら、私は秀一郎さんの顔を覗き込んだ。
「お水、飲みましょうか」
すると、秀一郎さんは首を横に振って、くすくすと笑った。
ただ、苦手な野菜を食べたことをほめて欲しかっただけなのかしら。
まったく、子どもなんだから。
コーヒーをお出しすると、秀一郎さんは私にスツールを勧めて「どうぞ」とおっしゃる。
私は自分のコーヒーをカップに注いで、秀一郎さんの隣に座る。
一緒にコーヒーをいただいて、秀一郎さんはまた服を脱ぎ散らかして衝立の向こうにあるベッドに上がって掛け布団に包まる。
湯たんぽをレンジで温めて、足元に差し入れて、私はワゴンを押してお部屋を出た。
175 ◆dSuGMgWKrs :2009/02/08(日) 19:49:32 ID:RZoiVG8d
台所に戻ると、津田さんがのんびりとお食事の後片付けをしていた。
布巾のかかったカゴの中には、黒糖のパンがまだ残っている。
「すみれさん、それをいただいてもいいですか」
はっきり認めないけれど、津田さんもかなりパン好きらしい。
私は昨夜のパスタの残りを炒めなおすことにして、津田さんの横に立ってピーマンやウィンナーを切りはじめた。
野菜は多めに炒めて、半分はオムレツにして津田さんのおかずにしようと思った。
「……すみれさん」
お皿を食器洗浄機に並べながら、津田さんが言う。
「はい」
「ありがとうございます」
私はまだ、オムレツを作るとは言っていないけれど。
「旦那さまが、少しずつ行動的になりました。すみれさんのおかげです」
「え、いえ、私はなにも」
いきなりだったので、返事がしどろもどろになった。
お部屋ではなくダイニングで食事をしたり、週に一度か二週に一度、パン屋や公園に一時間ほど出かけることがそれほど行動的だとは思わなかった。
「いえ、一時はあきらめていました。……旦那さまは、このまま引きこもりになってしまわれると」
以前は、私がこのお屋敷に来るずっと以前は、そうではなかったのかしら。
「先代の旦那さま……、お父上がご存命の頃はいくらか外出もなさいましたし、お仕事で人に会われたりもしていました」
津田さんが食器洗浄機に洗剤を入れ、スイッチを押す。
「お父上が亡くなられて、すっかり気落ちしてしまわれました…」
秀一郎さんは、お父さまが亡くなったのがよほどショックだったのかしら。
すると、津田さんは不愉快そうに眉根を寄せた。
「だいたい、旦那さまが秀一郎さんを甘やかしすぎたのです。奥さまを早くに亡くされたので不憫だとおっしゃって」
「……はあ」
「砂糖漬けの上に、蜂蜜がけです。おかげでご自分ではなにもできない人になってしまいました」
「……はあ」
「メイドも手を焼いて次々辞めて行きますし、使用人も減りました。私がどんなに……」
珍しく多弁になった津田さんは、そこではっとしたようだった。
「……いえ。すみれさんが、良くしてくださるので……本当に、助かります……」
津田さんがこんなにお話をするのは珍しい。
私はフライパンで野菜を炒めた。
「あの、津田さんはこちらのお勤めは長いんですか」
食器洗浄機は、見張っていなくてもお皿をきれいにしてくれますよ、というのは黙っていた。
「……私は、ここで育ちましたから」
もしかして、津田さんのお父さんかお母さんが、ここで住み込みのお勤めをしていたのかしら。
「じゃあ、秀一郎さんの子どもの頃もご存知なんですね」
炒めあがった野菜を半分お皿に取り分けて、フライパンに卵を入れてオムレツにする。
「お小さい頃は私の後ばかり付いて来られました。後にこれではいけないと心を鬼にしましたが」
黒糖パンと牛乳で食事を済ませようとしている津田さんの前に、オムレツを置く。
「あ…、ありがとうございます」
フライパンの前に戻って、パスタの仕上げにかかる。
「ただ、私も先代の旦那さまが亡くなった後はつい昔のように甘やかしてしまいました」
熱いオムレツに苦心しながら、津田さんが言う。
「すみれさんがいらしてからも、気にかけるあまり…余計なことまで。お詫びします」
津田さんはお食事をしながら話しているし、私は背を向けて調理をしている。
それが、あの日衝立の奥にまで踏み込んだことなのだと気づいて、私は津田さんの顔が見えない位置にいることを感謝しながら顔から火を噴いた。
いつも監視されているように感じた薄気味の悪さも、言葉が少なくて表情の乏しい津田さんが秀一郎さんのことを心配しているがゆえの行動だったのかしら。
主人も執事も、わかりにくいところがよく似てると思ったけれど、それは子供の頃から一緒だったせいなのかしら。
「すみれさん。……旦那さまを、よろしくお願いします」
振り向くと、津田さんのメガネがオムレツの湯気で曇っていた。
176 ◆dSuGMgWKrs :2009/02/08(日) 19:50:21 ID:RZoiVG8d
食事と後片付け、洗濯や芝浦さんの手伝いの庭仕事などをしてから秀一郎さんのお部屋に戻った。
衝立の向こうのベッドを覗くと、秀一郎さんがうつ伏せで眠っている。
苦しくないのかしら、と思いながら、飛び出している足に掛け布団をかける。
そのまま寝顔を見ていると、ふいに目が開いた。
目が開いたのを見ているのに、お目覚めですかと聞くのもおかしい。
私が黙っていると、何度か瞬きをした秀一郎さんが寝返りを打って上を向く。
両手を布団から出して、差し出してくる。
秀一郎さんの上に屈みこむと、その細い腕が私の首に絡みつく。
そのまま抱き起こすと、秀一郎さんは私の耳もとでくすっと笑った。
秀一郎さんはベッドの上に座り込む。
抱いた背中が、少しだけ柔らかくなった気がする。
「秀一郎さん。まだお休みになりますか」
聞くと、秀一郎さんは私に抱きついたままふにふにとあくびをした。
「津田に、叱られた…」
私の努力の成果のような秀一郎さんの背中をもう一度撫でてから、そっと引き離す。
「いいえ、私は叱られませんでした」
私が、秀一郎さんを甘やかしすぎると津田さんに叱られたかと心配してくださっているのだ。
「津田は……こわい」
箪笥から着るものを出して渡すと、それを身につけながら秀一郎さんは繰り返した。
そんなに津田さんが怖いなら、私が津田さんに叱られたと訴えても、秀一郎さんはかばってくださらないのではないかしら。
「あなたも、こわい」
秀一郎さんが、シャツのボタンを留めるのを半分であきらめてしまったので、残りを代わりに留めた。
これも、甘やかすということになるのかもしれない。
「私、怖いですか?」
ボタンを二番目まで留めて、秀一郎さんを見上げる。
「……怒ると、コーヒーが苦い」
「まさか」
「うん……」
秀一郎さんが、私を見下ろして変な笑い方をした。
そのまま衝立の向こうに歩いて行かれるので、急いでベッドを整えてから追いかけた。
「秀一郎さん、コーヒー、違うんですか」
いつも同じ豆を同じ量で、お湯の温度も気をつけて同じように淹れているのに。
机に向かって腰を下ろした秀一郎さんは、いつものように頬杖を付いた。
「怒ると、苦い。悲しいと……酸っぱい」
びっくりした。
「来た頃……酸っぱい」
このお屋敷に勤めはじめた頃。
私は、悲しかったとおっしゃるのかしら。
なにを、悲しんで。
……ああ。
そうだ、そうだった。
私は、悲しかったんだ。
前のお屋敷の旦那さまに、追い払われるようにここへ来て。
いつお迎えに来てくださるかと、そればかり考えて、悲しくて恋しくてせつなくて。
そのころのコーヒーは、酸味が強かったのかしら。
いつから、コーヒーは酸っぱくなくなったのかしら。
「じゃあ、今はいかがですか」
電気ケトルでお湯を沸かし、豆をミルで挽く。
「……ごはん、食べないと……苦い」
少し身体を斜めにして、コーヒーを準備する私を見ながら、秀一郎さんはそう言ってくすくす笑う。
とびっきり、苦いコーヒーを淹れてやりたくなった。
「……おいしい」
ドリップされたコーヒーが落ちはじめ、秀一郎さんは徐々に頬杖を倒して机に頬を乗せた。
「はい?」
「最近の、おいしい」
ずるい。
秀一郎さんは、いつもそうやって最後は私をちょっとだけ喜ばせることをおっしゃる。
177 ◆dSuGMgWKrs :2009/02/08(日) 19:51:04 ID:RZoiVG8d
クリームをひと垂らししたコーヒーを、秀一郎さんの前に置いた。
ブラックがお好きな秀一郎さんが、うらめしそうに私を見上げた。
「胃が荒れますから、今回はそちらでどうぞ」
秀一郎さんは、毎日たくさんのコーヒーを飲むので、ちょっと心配でもある。
「やっぱり……こわい」
ぼそっと呟いてカップを口に運ぶ。
聞こえてますよ。
言おうとしたら、机の上の電話が鳴った。
秀一郎さんが動かないので、私が受話器を取り上げる。
この電話は外線では鳴らないので、津田さんの内線だというのはわかっていた。
秀一郎さんが、クリーム入りのコーヒーを少しずつ飲みながら、耳をそばだてている。
私は送話口を手で覆って、秀一郎さんに言った。
「小野寺さんからお電話です」
秀一郎さんが、手を伸ばして受話器を受け取る。
「……はい」
なにかしら、今は月に一度の訪問の時期ではないけれど。
短く何度か返事をした後、秀一郎さんは私に受話器を返し、私はそれを電話機に戻した。
「……あした」
明日、小野寺さんが来るのかしら。
「何時ですか?」
「……じうじ」
「わかりました」
秀一郎さんが、手の平を上に向けて私に向ける。
「どうぞ」
言われるまで忘れていた。
自分のカップに、コーヒーを注ぐ。
スツールに腰を下ろそうとしたら、秀一郎さんが椅子を回してワゴンからコーヒークリームのビンを取り上げた。
蓋を外して、私のカップにクリームを入れる。
「ずるいから」
自分だけ、ブラックで飲むのはずるい。
クリームをワゴンに戻して、秀一郎さんが満足そうに笑った。
ほんっとに、子どもなんだから。
「小野寺さんは、急ぎのお仕事ですか」
つい、ぽろっと言ってしまった。
わかりもしないお仕事のことに口を挟むなんて、分を越えている。
「あ、すみませ……」
「内緒……」
「はい?」
内緒って、なにかしら。
お仕事のことはわからないけど、だからって。
「内緒」
口元に微笑を浮かべながら、意地悪なことをおっしゃる。
「……じゃ、いいです」
そう言ったら、頬をつままれた。
「いひゃいでふ……」
くす、くすくす。
答えたくないのか照れ隠しなのか、秀一郎さんは私の頬をつまんで引っ張ったり、撫でたりした。
顔が変形しますからやめてください、と抵抗する。
結局、なにも教えてくださらずに秀一郎さんがもう一度お休みになってから、私はパンの仕込をする。
今日はプレーンの食パンを焼いて、津田さんの作ったチキンのハーブ焼きでサンドイッチにしてもらう予定だった。
秀一郎さんが覚えていらっしゃるかどうかはともかく、明日は節分の次のイベントの日。
冷蔵庫を開けて、チョコレートやココア、生クリームなどがレシピどおり揃っているのを確認した。
明日はバレンタインデー。
とびきりチョコたっぷりの菓子パンを焼くつもりで、もう何度か試作品も作っている。
その度に試食する津田さんや芝浦さんも絶賛してくれた完成レシピは、メモしてコルクボードに留めてある。
試作の段階で気づかれないよう、すぐにエプロンの匂いをかぎたがる秀一郎さんを警戒して、何度もエプロンを取り替えたり換気扇をありったけ回したり、明日のためにがんばった。
節分に、私のお願いを聞いて豆まきをしてくださった秀一郎さんに、お礼の気持ちをこめて。
178 ◆dSuGMgWKrs :2009/02/08(日) 19:52:56 ID:RZoiVG8d
台所に水を飲みに来た芝浦さんが、声を掛けてきた。
「いよいよ明日だね、すみれちゃん」
「は……、はい?」
芝浦さんは、にこにこしてコルクボードのメモを指さす。
「バレンタインデイ。旦那さまに、あのチョコパンを焼くんだろ?」
直球で言われて、私は頬が熱くなった。
「別に、バレンタインとか、そんなの関係ありません。チョコのパンなんて今までも作ってるじゃないですか」
へえ、そうかい、と芝浦さんがニヤニヤする。
私は必要もないのに棚の扉を開けたり閉めたりしていると、配達された食材を運んできた津田さんがテーブルにパン用の強力粉を置いてくれた。
「明日ですね……。チョコレートパン」
津田さんまで。
「明日でも、あさってでもいいんですけど、まあ材料もあるので、明日作ろうかなって、どうしてお二人ともそんなに笑ってるんですか」
芝浦さんがお腹を抱えて笑い、津田さんもメガネの奥の目をわずかに柔らかくして口角を上げている。
私はいたたまれず台所を飛び出した。

翌日のバレンタインデイ。
朝食の後、すぐに小野寺さんがいらっしゃいますよと言ったのに、秀一郎さんはベッドにもぐってしまった。
午前中にチョコパンを焼こうと思っていたのを午後に変更して、音を立てないようにお部屋を片付ける。
十時少し前に、衝立の奥を覗いて秀一郎さんに声を掛ける。
目を開けないので、身体に手をかけて揺する。
ほんの少ししかお休みになれなかったので、秀一郎さんは眠そうだ。
「お目覚めになれますか」
秀一郎さんは仰向けに寝転がったまま、両手を伸ばす。
上に屈みこむと、私の首に腕を回して起き上がる。
裸の背中を抱きかかえると、まだまだ軽い。
「……秀一郎さん」
「…うん」
「前は、ご自分で起き上がってらっしゃいました」
秀一郎さんは私の肩に顎を乗せてふにふにとあくびをした。
「いつから、私が起こさないとならなくなったんでしょう」
「……うん」
話にならない。
そういえば、ここに来た頃は秀一郎さんはもっとちゃんとお話してくださったような気がする。
最近はしゃべるのも面倒くさそうに、単語を並べることが多い。
私がそれで言いたいことがわかるから、通じるのだけれど。
津田さんが、甘やかしすぎだと言うのもわかる気がしてきた。
でも、お小言を言っている時間はない。
秀一郎さんを引きはがして、服を着ていただき、髪を梳かしてお部屋の方に押し出す。
机に向かって腰を下ろしたところで、内線で津田さんが小野寺さんの来訪を伝えてきた。
お湯を沸かしてコーヒーの準備をしていると、津田さんの案内で小野寺さんが部屋に入ってくる。
びっくりした。
いつもはいかにもキャリアウーマン的なパンツスーツ姿なのに、今日は明るい色のスカートをはいている。
「おはようございます、先生」
指定席のソファに座らず、机を挟んで秀一郎さんの向かいに立つ。
ワゴンでコーヒーを淹れながら、私はその様子をちらっと見た。
秀一郎さんのほうは、いつもと変わらず頬杖をついている。
「これ、チョコレートです」
差し出したのは、読めない英単語が銀色で箔押しされた紙袋。
「あ、すみれちゃん。これにはコーヒーより紅茶の方が合うのよ」
私はドリップの手を止めて、秀一郎さんを見た。
秀一郎さんはなにもおっしゃらず、私は仕方なく小野寺さんに言われたとおり紅茶を取りに台所へ行く。
部屋を出てドアを閉めるとき、背後で小野寺さんが秀一郎さんになにか話しているのが聞こえた。
もしかして、私に聞かれたくない話があったのかしら。
紅茶の葉とティーセットを乗せたワゴンを押して部屋に戻ると、話は終わったらしく小野寺さんはソファに座っていて、秀一郎さんの前には包装紙を開かれた、見たことのないようなきれいなチョコレートの箱。
紅茶の茶葉をポットに入れてお湯を注ぎながら、私はそのチョコレートに目を奪われてしまう。
芸術的な模様や飾りがついた、きれいな小さなチョコレートが並んでいる。
紅茶と、そのチョコレートを三つ乗せたお皿をテーブルに出すと、小野寺さんはウエーブのかかった長い髪を手で背中に払った。
「先生、召し上がってください。日本にはなかなか入ってこない、イタリアのパティシエのチョコなんですよ」
179 ◆dSuGMgWKrs :2009/02/08(日) 19:53:47 ID:RZoiVG8d
秀一郎さんは小野寺さんに返事をせず、戻ってきた私のエプロンを引っ張ってティーカップを机のすみに押しやった。
「やだ」
紅茶はいや、コーヒーが飲みたい。
小野寺さんが不愉快そうに眉をひそめ、私は心の中で、よしっ、と呟いて、新しくコーヒーの準備をした。
秀一郎さんが目を細めてコーヒーを飲み、小野寺さんは繊細な細工のプチチョコレート三粒を口に入れて一気に紅茶で流し込んだ。
「じゃ、失礼します。また来ますね、先生」
秀一郎さんは聞こえなかったようにコーヒーを飲み、私は小野寺さんを送って廊下に出た。
ドアを閉めると、小野寺さんは髪をかき上げてため息をつく。
いつもは時間を見計らって階段を上がってくる津田さんも、まだ来ていない。
「すみれちゃんもよく辛抱してるわね。あ、もしかしてあんまりメイドさんが長続きしないからお給料上げたのかしら」
「……はあ」
「私もねえ、顔が好みだからずいぶん頑張ってるんだけど、もう我慢も限界だと思ってたのよ。2年もろくに口をきいてくれないんだもんね」
我慢の限界、と言いながら、小野寺さんは笑った。
「このタイミングで吉報が入れば、もう少し担当やろうかな。編集としても晴れ舞台だし」
「……はい?」
「おっと、これはまだ内緒。すみれちゃんも、ほどほどにね」
津田さんが、階段を上がってきた。
強制送還の時間らしい。
「ま、今回のことがあってもなくても…、あの顔は、2年は我慢する価値があるわね」
片手をひらひらと振って津田さんの方へ歩いていく小野寺さんの背中に頭を下げながら、私は今聞いた言葉を頭の中で繰り返した。
――――顔が好みだから、ずいぶん頑張ってるんだけど。
――――あの顔は、2年は我慢する価値がある。
部屋を戻って、コーヒーのカップを空にした秀一郎さんがこっちを見ていた。
その顔を、まじまじと見た。
小野寺さんが、お好みだという顔。
「……なに」
ドアを背にして、突っ立ったまま秀一郎さんの顔を見ていると、聞かれた。
少し広い額と、細い眉、くぼんだ目と細い鼻梁、げっそりとこけ落ちた頬にとがった顎。
頭蓋骨に皮を張ったような顔の、どこがいいのかしら。
首を振りながらそばまで行く。
「ねえ……」
「だめです、今日はコーヒーを飲みすぎになりますから、おかわりは差し上げません」
秀一郎さんは素直にカップを置いた。
「……どうぞ」
小野寺さんのくれたチョコレートの箱を、私のほうに押した。
「いいんですか?」
私も女の子の端くれとして、甘いもの、特にチョコレートは大好きだ。
上にナッツと金箔の乗った一粒をいただいて、口に入れる。
濃厚なビターチョコの中から、甘いチョコレート。
おいしい、こんなおいしいチョコレートは食べたことがない。
「おいしい……」
思わず呟くと、秀一郎さんはチョコレートを箱ごと持ち上げた。
「どうぞ」
「え?そんな、せっかく小野寺さんがくださったのに。おいしいですよ」
秀一郎さんは箱を私に押し付けて、首を横に降った。
「チョコは……あなたが」
そう言って、嬉しそうな顔をする。
「え…っ」
思わずチョコレートの箱を取り落としそうになった。
危ない、高価なチョコレートなのに。
チョコレートは、あなたがくれるから、いらない。
秀一郎さんはそうおっしゃったのだ。
手の中にある、宝石のようなチョコレートに目を落とす。。
どこかのデパートか、チョコレート専門店のようなところで買ってきたのかしら。
それとも、ネットかなにかでお取り寄せしたのかしら。
どちらにしても、私などには手の届かない、買い方さえわからないような品。
冷蔵庫にある、スーパーの製菓売り場で買ってきたチョコレートと割引されたココアのことを思い出した。
自分が作ろうとしているチョコレートパンが、ひどく野暮ったくて安っぽいものに思えてきた。
ホームベーカリーにココア生地を練らせて、安いチョコを刻んで混ぜて、それを丸めてオーブンで焼く。
この手の中の箱に並んでいる、一粒一粒に違う細工の施された繊細なチョコレートに比べて、なんて無骨なのかしら。
180 ◆dSuGMgWKrs :2009/02/08(日) 19:55:18 ID:RZoiVG8d
「そんな、私が秀一郎さんにチョコレートなんて差し上げるわけないじゃないですかっ」
思ったより、大きな声が出てしまった。
「バレンタインの意味を間違ってます、チョコレートは女の子が好きな人にあげるものなんです。メイドが主人に差し上げるわけないじゃないですか」
秀一郎さんの顔から、微笑みが消えた。
どうしてかしら、胸が痛い。
「……それ、は」
秀一郎さんの細い指が、私の抱きかかえているチョコレートの箱を指差す。
「これは、ですから、小野寺さんは、秀一郎さんのことが」
自分で言っていて、そうかもしれないと思った。
他の出版社の編集者はちっとも寄り付かないのに、きちんと毎月顔を出したり、無愛想な秀一郎さんにめげずに話しかけ続けたり、もしかしてこれはいわゆる仕事がらみの義理チョコではないのかも。
「お顔が、お好きなんだそうです」
そう言うと、秀一郎さんは不機嫌になって横向きに机に突っ伏した。
「……あなたは」
まさか、私には頭蓋骨に皮を貼っただけに見えます、とは言えない。
それに、肉が薄い点を除けば、顔立ちはそう悪くないのかもしれない。
好みかどうかと言われても、よくわからないけれど。
私が返事に困っていると、秀一郎さんは顔を上げた。
「寝る」
シャツのボタンを外しながら、秀一郎さんは立ち上がる。
衝立の方へ歩くのを、脱ぎ捨てられた服を拾いながらついていくと、ベッドの脇で最後の一枚を足先から抜き取って床に落とした。
薄っぺらな掛け布団をはがして、こっちに背を向けて横になる。
拾い集めた服を床において、隙間のできないように秀一郎さんに掛け布団をかけた。
「秀一郎さん、湯たんぽ温めましょうか」
「……」
お返事がない。
本当に拗ねてる。
私は服と湯たんぽを持って引き返し、湯たんぽをレンジで温め、洗濯物をワゴンに押し込む。
数分後、温まった湯たんぽをタオルに包んでベッドへ行き、秀一郎さんの足元に入れる。
もう眠ってらっしゃるのかと思ったら、足が動いて湯たんぽをベッドの下に蹴り落とした。
駄々っ子か。
私は知らんぷりでそのまま部屋へ戻り、ワゴンを押して台所に戻った。

「そろそろ、準備しますか」
秀一郎さんのお昼を仕度している津田さんが、声を掛けてきた。
試食の段階で、チョコレートのパンはお食事には向かないので、おやつにしようということになっていた。
「やめました」
コーヒーと紅茶のカップを食器洗浄機に入れながら言うと、津田さんが手を止める。
ただでさえ作業が遅いんだから、手は動かした方がいいのに。
「どうしたんです……」
聞かれたら、急に腹が立ってきた。
レシピを工夫して、何度も試作して、その度に芝浦さんや津田さんとああでもないこうでもないとはしゃいでいたのが馬鹿みたい。
「やめたんです。パンにチョコなんか入れて、なにがいいんですか」
秀一郎さんの脱いだ服を洗濯室に持っていくのも面倒になって、調理台の横にある椅子に腰を下ろした。
「やめたんです……」
言っているうちに悲しくなってきた。
津田さんが、隣に来る。
「どうしました」
「……」
返事をせずにいると、津田さんが動く気配がした。
がさがさと、紙の音。
顔を向けると、小野寺さんの置いていったチョコレートの箱を見ている。
「……秀一郎さんがくださいました。いらないそうです。小野寺さんの持ってきたチョコレート」
「そうですか」
なんとかかんとかですね、と私の知らないカタカナを言う。
「すごく、おいしいんです。食べるのがもったいないくらい。きっと一粒何百円もするんです」
自分の言ってることが、情けない。
「それ一粒で、製菓用の大きな板チョコが買えるかもしれないですよ」
「でも、旦那さまは召し上がらなかったんですね」
私は、頷いた。
181 ◆dSuGMgWKrs :2009/02/08(日) 19:56:29 ID:RZoiVG8d
「そんなおいしいチョコレートでもいらないんです。どんなものだっていりませんよ」
「旦那さまが、そうおっしゃったんですか」
「……おっしゃらない、ですけど」
「旦那さまはそんなにチョコレートがお好きですか」
津田さんがたたみかけてくる。
私は身体を起こして、膝の上で手を組んだ。
秀一郎さんはチョコよりパンのほうがお好きかも知れないけど、秀一郎さんは私がチョコレートを差し上げると思い込んでいた。
小野寺さんがくださった、豪華で繊細なチョコをいらないというくらい。
それなのに、私が準備していたのは、子供だましのチョコパンで。
叱られた子供の言い訳のようにボソボソ言うと、津田さんは指先でメガネを押し上げた。
「チョコレートのパンはおいしいです。最後に完成したレシピのは特に」
「……でも」
「旦那さまは、編集者がその辺で買ってきたチョコレートより、すみれさんが何日もかけて準備したものをお喜びだと思いますが」
「……」
「なんでしたら、さりげなくお食事のときにお持ちしてもいいですし」
「……」
津田さんが、息をつく。
「おまかせします。すみれさんの、お好きなように」
立ち上がって、思い出したように付け加える。
「そういえば、来月までに女の子の好みそうな焼き菓子を調べておくようにと言われました。…なにがあるのでしょうね」
ホワイトデイ。
私はしぶしぶ立ち上がった。
お洗濯をして、アイロンをかけて。
その前に、卵を冷蔵庫から出して室温にもどしておかないと。
別に、今日が何の日だって、パンは毎日焼くんだし。
たまたま、それがチョコのパンだって、偶然だし。
それに、芝浦さんが楽しみにしてるから。
しかたないから。


衝立の向こうを覗くと、秀一郎さんがベッドの上に座り込んでいた。
いつもより早くお目覚めだったのかしら。
「秀一郎さん……」
後ろ向きで胡坐をかいている背中に声をかけて、はっとした。
「あ、すみま……」。
もしかして、ご自分でなさっているのかと思った。
最初に「してくる」と言われたときはひどく驚いたし恥ずかしかったけれど、最近はそんなことなくなっていたのに。
時々は「して」とおっしゃるのに、やっぱり足りないのかしら。
慌てて引き返そうとすると、秀一郎さんが振り向いた。
「……遅い」
違った。
ただ、早く目が覚めてしまったのに私がいなかったのでちょっと不機嫌なのだ。
変にどぎまぎしながら、箪笥から服を出す。
後ろから、秀一郎さんがエプロンのリボンを引っ張った。
「はい?」
「くれないの……」
「はい……?」
たたんだ服を抱えて振り向くと、秀一郎さんが膝立ちになって私の腰を抱き寄せて、エプロンに顔をうずめる。
あ。しまった。
秀一郎さんはふんふんと匂いをかいだ。
「……くれる」
「なんですか。風邪を引きますから、早く着替えを」
変な格好で抱きついているから、背中からお尻まで見えてしまう。
背中の上からシャツをかぶせて、巻きついた腕を引きはがそうとすると秀一郎さんが顔を上げた。
「いい匂い……」
鋭い。
試作の時はエプロンにチョコレートの匂いが染み付かないように気を使ったけれど、さっき下準備をしたときのままエプロンを換えていない。
秀一郎さんはシャツに袖を通しながら、嬉しそうに呟いた。
「チョコレート……」
182 ◆dSuGMgWKrs :2009/02/08(日) 19:57:34 ID:RZoiVG8d
その後、お昼を召し上がるのにダイニングにいらしたときも、なにげなさそうに台所を覗こうとして芝浦さんに阻止された。
チョコレートの匂いをかぎつけたに違いない。
「いつ……」
お食事をしながら、私のエプロンをひっぱる。
お昼のメニューはじゃがいものニョッキで、パンですらない。
「なにがですか」
悔しいから、私もとぼける。
津田さんが通りかかったときは、お皿を並べ替えていた手を引っ込めた。
人の気も知らずに、秀一郎さんはくすくす笑う。

秀一郎さんがもう一度ひと眠りしたときに、チョコレートのパンは焼きあがった。
試食してもらった芝浦さんと津田さんが絶賛し、私はどきどきしながら丸いパンを三つ、カゴに入れてお部屋に運んだ。
机の上にカゴを置き、コーヒーの準備をしていると、秀一郎さんが動く気配がした。
ベッドを覗くと、秀一郎さんが寝返りを打ってこっちを向いた。
「できた……」
なんのことですか、というのもばかばかしくなって、私はちょっと笑ってしまった。
「おやつ、召し上がりますか」
自分の腕枕で横になったまま、秀一郎さんが嬉しそうに目を細める。
「見る」
横着なことをなさる。
パンのカゴを持って行くと、腕を伸ばす。
カゴを置いて、屈みこんで抱き起こすと、秀一郎さんは私の肩に顎を乗せてふふっと笑う。
掛け布団で座り込んだ秀一郎さんの腰周りを覆って、バスタオルを肩にかける。
その間に、秀一郎さんはカゴに手を伸ばしてパンを取った。
「チョコレート……」
たまたま、偶然です。
いつもは出さない時間にパンだけ出すのも、それがチョコレートパンなのも。
まだ温かいパンを口に運ぶ。
それを横目で見ながら、着替えの準備をしていると、秀一郎さんが呼んだ。
「ねえ……」
「はい」
「これは、バレンタイン……」
中は熱々らしく、はふはふしている。
チョコレートが溶けて、口の中を火傷したりしないかしら。
「大丈夫ですか、熱くありませんか」
「……うん」
手の中に残ったパンを半分に割いて、私の口元に差し出す。
「おいしい……」
私は素直に口を開けた。
秀一郎さんはくすくすと笑い、食事の合間だというのに小さな丸パンをふたつも召し上がった。
きっともうパンのことだけに夢中で、チョコとかバレンタインとかはすっかり忘れてる。
なぜかしら、少しだけがっかりしてしまった。
口の端にチョコレートがついているのを、指でぬぐって差し上げると、手首をつかまれた。
そのまま指を口に含んで、ねっとりと舐められる。
「着替え、なさいますか」
手を取られたまま聞くと、秀一郎さんはいきなり手を引いた。
ガリガリのやせっぽっちなのに、こういうときだけすごい力が出る。
バランスを崩して秀一郎さんの胸に倒れこむと、ぶつかったところがごつっとして痛い。
まだまだ、太らせないと。
そんなことを考えているうちに、秀一郎さんは私を抱きかかえてエプロンをほどいている。
「ちょ、しゅっ」
睡眠とチョコレートのパンで、急に元気になってしまったのかしら。
私の抵抗もおかまいなしに肩から制服をすべり落とし、下着のままの胸に顔を押し付ける。
鎖骨の下にキスされて、気分がふわっとなった。
「…うん」
すっかりその気になったらしい秀一郎さんが私の上になり、服を脱がせてベッドの下に落とした。
183 ◆dSuGMgWKrs :2009/02/08(日) 19:58:26 ID:RZoiVG8d
このまま、流されてしまうのかしら。
秀一郎さんが、チョコレートパンをどう思ったのかもわからないまま。
私は、力いっぱい秀一郎さんの胸を両手で押し返した。
秀一郎さんが、不思議そうな顔をする。
「ずるいです」
「……なに」
「秀一郎さんはずるいです。なんかこう、適当です。手抜きです」
したくなったら、いきなり押し倒してしまう。
私の気持ちなんかおかまいなしで、だったら気持ちを盛り上げるようにしてくれればいいのに、それもなしで。
前はもう少しちゃんとお話もしてくれたのに、今はうんとかなにとかばっかりで。
私はただのメイドかもしれませんけど、ちゃんと心があるのに。
何日も何日もかけてチョコレートのパンを焼くくらいには、秀一郎さんのことを思っているのに。
秀一郎さんは私を抱き起こして座らせると、頬に手を当てて親指で目尻を擦った。
ちょっと、泣いてしまっていたらしかった。
「……ごめん」
秀一郎さんが、ぽつりと言った。
主人が、メイドに謝罪するなんて。
そのまま、秀一郎さんの細い腕が私を抱いた。
何度か耳もとで咳払いをする。
「手抜きの、つもりはなくて」
「……え」
「もともと……あまり多弁ではないのですが」
「え?」
「言葉を減らしても、あなたがわかってくれるので……つい」
「秀一郎さん?」
「甘やかされると果てしなく甘えるたちなので……お坊ちゃんだから」
そこまで言って、秀一郎さんは肩を落として息をついた。
「……疲れた」
ふっと笑ってしまった。
「お話、できるじゃありませんか」
「……うん」
また元に戻って、秀一郎さんは私に抱きついたままふにふにとあくびをした。
「あなたは……すごく、抱き心地がいいので……」
「……秀一郎さんは、抱き心地が悪いです」
くすくす笑いながら、秀一郎さんが私の耳を噛む。
「ん……、あっ」
秀一郎さんの手が、滑るように身体をなぞる。
ぞくぞくする感覚に、声が出る。
胸からお腹、脇から太ももまでくまなく撫で回され、口付けられる。
秀一郎さんの手は魔法の手だ。
触られるだけで、どうしてこんなに気持ちがいいんだろう。
秀一郎さんは下のほうに下がっていき、脚を抱え込んで肩に乗せた。
「きゃ…」
いきなりのその恥ずかしさに私は短く叫んでしまった。
閉じようとすると、秀一郎さんの頭を挟み込んでしまう。
「んあっ」
生暖かい柔らかいものが擦りあげてきた。
何度も、何度も。
ぺちゃぺちゃと音がして、秀一郎さんが私を食べてしまう。
「や、も、だめ……」
びくんびくんと背が反り返ってしまって、私は秀一郎さんの肩を叩いた。
「あ、あんっ」
秀一郎さんは身体を起こし、舐めていたそこに指を当てたまま私の髪を撫でる。
「手抜き……すると怒る」
痙攣がおさまったところでそう言われて、私は顔が熱くなる。
「そういうことではっ」
「大丈夫……ちゃんと、する」
ちゃんと、って、これ以上なにを。
184 ◆dSuGMgWKrs :2009/02/08(日) 19:59:45 ID:RZoiVG8d
秀一郎さんの指先が、私の中で動いた。
「んきゃっ……」
「怒ると……こわい」
くす、くすくす。
反論する間もなく、秀一郎さんは私をころんと転がすと、襟足の髪をかき分けてうなじにキスをした。
そのまま背骨にそって下りていく。
「……んっ」
うつぶせになったまま、ぎゅっと目を閉じた。
「すべすべしてて……気持ちいい」
秀一郎さんが、脇腹を撫で、腰骨の辺りに唇を押し付けて言う。
手が体の下にもぐって胸に触れる。
「大きさも柔らかさも……すき」
「え、あ、の」
そんなこと口に出して言われるとものすごく恥ずかしい。
今まで、最中にそんなこと言ったりしなかったのに。
「いい匂いも……す、る……」
「ちょ、そんな、あの、秀一郎さん、そういうの、ちょっと」
「気持ちいい……」
人の言うことを聞いてない。
「気持ちいい……すみれ……」
秀一郎さんはそう言いながら私のお尻を撫でた。
もしかして、ちゃんとお話してくださいと言ったからなのかしら。
だからってなにも、こんな時に実況中継しなくても。
「いえ、いいです、それ、あんっ、あっ」
後ろから、準備をした秀一郎さんが腰を抱きかかえる。
硬く大きくなったものが擦りつけられた。
「まだ……痛いかな」
敏感なところをかすりながら往復する。
「あ……んっ、はあ……」
「私は……もう、いいけど」
何をおっしゃっているのかしら、もうっ。
確かに、押し当てられているものはもう準備万端に感じる。
「ゆ、っ……」
「ゆっくり、する……」
鈍い圧迫感と共に、秀一郎さんが入ってくる。
「ちょっと、入った……けど」
ですから、そういう実況中継はいりません。
「狭い……」
文句言わないでください。
「……すごく、いい、ん、だけど」
秀一郎さんが、呼吸を荒くする。
「もうちょっと、いれ、ても」
もうっ。
私はシーツを握り締めた。
「いい……かな」
確認しないでくださいっ。
「……顔」
片脚を持ち上げて、私を半回転させて仰向けにする。
「赤く、なってる」
顔にかかった髪を指先でよけてくださる。
「気持ちいい……?」
なんてことを。
「抜けちゃった…」
恥ずかしくて恥ずかしくて、私は両手を拳にして秀一郎さんの薄っぺらい胸を叩いた。
その手を押さえて、秀一郎さんはくすくす笑う。
「大丈夫、すぐ……また挿れる」
そういうことではありませんっ。
その言葉通り、秀一郎さんは体勢を変えて私に乗りかかってきた。
185 ◆dSuGMgWKrs :2009/02/08(日) 20:00:57 ID:RZoiVG8d
「先っぽ……」
「う…ん、あっ……」
奥のほうから、ぞくぞくする。
「もっと挿れて…も、いい」
「ですから、っ、そういうこ、あんっ」
ぐっと押し込まれた。
中が一杯になる。
「んっ…」
はあっ、と秀一郎さんが息をつく。
「気持ち…い……、きつ…」
「やめ、あ、んっ」
「く…、うあ……、う」
しゃべろうとする秀一郎さんの声がうめきになった。
いつも私は秀一郎さんに触ってもらって、挿れてもらって、頭の芯がしびれて身体が蕩けて。
でも、ちゃんと秀一郎さんも気持ちよかったんだ。
私に触れて、気持ちいいんだ。
「秀一郎さん……」
「……うん」
動きが緩やかになって、私は一息ついた。
「私……、いいですか」
汗ばんだ額に長い前髪を張り付かせて、秀一郎さんが笑った。
「……うん」
それから、思い出したように付け加える。
「すみれが……、いちばん、おいしい……」

中が、気持ちいい。
すごく、絡み付いてくる。
ここのとこが、大きくなってる。
触ったら、気持ちいい?
おっぱいの先っぽが、とんがってる。
きれいな色で……おいしい。
いっぱい溢れてきた。
すみれも、感じてる。

消えてなくなってしまいたいほど恥ずかしい言葉をささやかれながら、私は秀一郎さんに蕩かされた。
のけぞって声を上げると、秀一郎さんも短くうめく。
そのままちょっとの間休ませもらってから、秀一郎さんはまた動いた。
中で、秀一郎さんが震えた。
上がった息を整えてから秀一郎さんは後始末をし、私を背中から抱いてくすくす笑った。
「なんですか」
「……うん」
前に回された手が、胸を弄ぶ。
「秀一郎さん、ずっ、ずいぶん、おしゃべりでした」
「……うん」
くす、くすくす。
「お話してくださいと言ったのは、そういうことではありません」
「……そう」
「もう、またそれですか」
くす、くすくす。
「話、する……」
「本当ですか」
さっきだって、ちょっと文章になった言葉をしゃべっただけで疲れたとおっしゃってたのに。
私は秀一郎さんに向き合うように寝返りを打った。
秀一郎さんは腕枕をしてくださり、私はあばらの浮いた胸に顔を寄せた。
186 ◆dSuGMgWKrs :2009/02/08(日) 20:02:52 ID:RZoiVG8d
そういえば、クリスマスになにもないと私が泣いたときも、秀一郎さんは来年はツリーを買うとおっしゃった。
お正月も節分も、なにかしらしてくださった。
お話もしてくださらないなんて手抜きだと言ったら、疲れるまで話をしてくださる。
「うん……。しゃべる……。ブロッコリーも……、食べる。苦い、けど」
秀一郎さんの胸の中で、今度は私が笑った。
「どうしてですか。私、怒るとこわいですか」
秀一郎さんは、私の頭にキスをした。
「バレンタインのチョコレートは、……好きなひと……」
うっ、と返事に詰まってしまった。
バレンタインのチョコレートは女の子が好きな人にあげるもの。
それは、私が言ったんだった。
「あれは、パンです」
「……すき」
手が、胸をさする。
ねえ、と秀一郎さんが繰り返す。
好き?
私が?秀一郎さんのことを?
私は、チョコレートパンで秀一郎さんに愛を告白したと思われているのかしら。
「バレンタインには、義理チョコというものがあります」
秀一郎さんが、私の頭を噛んだ。
「いたた、痛いです」
「……いじわる、言うから」
「そういうことなさると、苦いコーヒーを淹れます」
「……すき……」
「はい?」
聞こえないふりをしたけど、心臓がどきどきする。
今、秀一郎さんはなんておっしゃったのかしら。
好き?
まさか、秀一郎さんが私のことを?
主人が、メイドなんかを?
私のことが好きだから、ブロッコリーを食べるとおっしゃるのかしら。
まさか、まさか。
「なんですか……」
恐る恐るもう一度聞き返してみたのに、お返事をしてくださらない。
「あの」
「……ん」
私の頭に顔を押し付けて、背中に腕を回して、秀一郎さんはもう半分眠っていらっしゃる。
もう、肝心なことを教えてくださらない。
それに、こんな状態でお休みになってしまったら、私は抜け出せない。
秀一郎さんはいいけど、私は勤務時間で、仕事がたくさんあるのに。
そう思いながら、少し火照った秀一郎さんの胸に抱かれているのは心地良くて、眠くなった。

少しだけ、ほんのちょっとだけ。
だって、秀一郎さんが離してくださらないから。
ほんの少し、一緒にお休みしよう。
それから、秀一郎さんにおいしいコーヒーを淹れる。
悲しくて酸っぱかったり、怒って苦かったりしない、おいしいコーヒー。
大丈夫。
秀一郎さんがいてくださったら、きっとおいしいコーヒーが淹れられる。
なんだかとても暖かくて、眠い。
前のお屋敷の旦那さまに出て行くように言われてこのお屋敷に来たときは、こんな気持ちになれるなんて思いもしなかった。
私は、幸せな気持ちで秀一郎さんにくっついた。




前のお屋敷から、旦那さまのお迎えが来た。

――――了――――
187名無しさん@ピンキー:2009/02/08(日) 20:12:05 ID:GifvnfJS
GGGGGGGGGJ!初めてリアルタイム遭遇した。
なんだラブラブだなwとか喋ったwwとか見てたのに
ラストにすっごくひやりとしたよ…ハッピーエンドで幸せになってほしいな
188名無しさん@ピンキー:2009/02/08(日) 20:13:12 ID:NAHXgYqf
うぉぉ。GJ
最後が、その一行がっ!
189名無しさん@ピンキー:2009/02/08(日) 21:19:25 ID:czldmqU/
やっと二人の気持ちが重なったと思ったら、ラスト一行で波乱の予感!?
「(作者さんの)…いじわる」
あああああまだこの二人のお話読んでいたいよ、完結しないで〜〜〜!
190名無しさん@ピンキー:2009/02/08(日) 21:43:50 ID:+D9+E1Km
GJ!
うあーやっとやっとすみれさんと秀一郎さんの気持ちが通じたのに!!最後!なんですか最後の一行!!なんか小野寺さんも意味深なこと言ってたし…。
まじで二人を幸せにしてください!ブロッコリー食べるから!!!
191名無しさん@ピンキー:2009/02/08(日) 22:43:08 ID:qCREViBX
喋る秀一郎さんに激萌えだったのに…なんだ最後の一行は!
続きが益々益々気になる…っ!
192名無しさん@ピンキー:2009/02/08(日) 23:25:08 ID:W1OGv+FE
GJ!
っつーか次回がめちゃくちゃ気になるっ!!
193名無しさん@ピンキー:2009/02/08(日) 23:32:05 ID:gPpCI11F
前から思ってたけど、ここはカムイミンタラ
(=神々の遊ぶ庭:アイヌ語)だなぁ……
194名無しさん@ピンキー:2009/02/09(月) 02:20:56 ID:DncwUfhz
うおーGJ!!!
あの秀一郎さんが…!
敬語に萌えました!
あとオムレツの津田メガネが曇ったとこ好きだw
次も楽しみに待ってます!!
195名無しさん@ピンキー:2009/02/09(月) 07:47:32 ID:Cin3vlNw
GJすぎる…!!!

幸福感に浸ってたのに最後ドキッとした

コーヒーの違いのわかる男に萌えてる場合じゃなかった…


どうなるんだー!!
196名無しさん@ピンキー:2009/02/10(火) 13:26:01 ID:3gvKVuLI
私が訓練教官のシツ・ジー長である 。
ご主人様が帰宅するまで<お帰りなさいませ>以外には口を開くな

口でクソたれる前と後に“Yes,my lord”と言え
分かったか、ウジ虫ども!

『Yes,my lord!』
ふざけるな!大声だせ!暇に出すぞ!!
『Yes,my lord!』

貴様らアホっ娘ドジっ娘どもが俺の訓練に耐えきれたら―――
各人がメイドとなる。ご主人様に忠誠を誓う職人だ。

その日までは貴様らはチンカスだ!
館で最下等の生命体だ!貴様らは人間ですらない!
館のゴミ屑をかき集めた値打ちしかない!

貴様らは厳しい俺を嫌う。だが憎めば、それだけ学ぶ
俺は厳しいが公平だ、サボりは許さん
ドジ、バカ、無能を、俺は見下さん 。

全て――― 平 等 に 価 値 が な い  !

俺の使命は貴様らを完璧にしつけることだ
親 愛 な る 主 へ の 忠 誠 を !

分かったか!チンカスども!
『Yes,my lord』
ふざけるな!大声だせ!
『Yes,my lord!』
197名無しさん@ピンキー:2009/02/10(火) 13:27:37 ID:3gvKVuLI
…新入り、名は?
「マリサです、my lord!」

ふざけるな!本日より『マタンゴ』と呼ぶ !
良い名前だろ、気に入ったか!? 聞いて驚くな、『マタンゴ』!
この館ではキノコを食べる事は許さん!

(・・・ご主人様のキノコは食べていいの?やっぱりだめ?)

誰だ!どのクソだ!このビッチめ!!
お仕置きされたいか!?

・・・・・・・・・・・・・・該当者無し?

一般常識もままならぬ生娘か!? 上出来だ!!
モップがひのきのぼうになるほどゴシゴシ床を掃除をさせてやる!
ガラスが磨耗しきって穴が開くまで拭かしてやる!
貴様か?!ビッチは? 雌豚が! 貴様だろ、ご主人様にタメ口をきく無礼者は!


勇気あるファッキン・コメディアン・メイド候補共め
正直なのは感心だ。気に入った。夜に坊っちゃんの部屋に行ってファックしていいぞ。

新人風情が! じっくりかわいがってやる!
木馬に乗せたり、バイブで足腰立てなくしてやる! さっさと立て!
隠れて自慰してみろ! バイブの代わりに土付きの茄子やニンジンぶち込むぞ!
198名無しさん@ピンキー:2009/02/10(火) 13:55:21 ID:alHl9kpc
おなごなんだからチンカスじゃなくてマンカスだと思うんだ(´・ω・`)
199名無しさん@ピンキー:2009/02/10(火) 14:30:52 ID:xl5yhQZc
妹なら身内なのでまだ分かるが雇用主の子息の貞操を一執事長の裁量でどうにか出来るもんなのかw
200名無しさん@ピンキー:2009/02/10(火) 16:41:15 ID:DXRWiu59
>>186
>>芝浦さんは鬼のお面をかぶって、「泣く子はいねがー」と言いながらダイニングに入ってきて、
津田さんに「それは違います」とやり直しをさせられた。

ここで倒れたww

>>197
乙!
201名無しさん@ピンキー:2009/02/10(火) 18:28:01 ID:vQiDRdYf
            ______
            ´>  `ヽ、
           ._,.'-=[><]=.,_
           ヽi <レノλノ)レ〉'     マリサでキノコとなると、
           ノレ§ ゚ ヮ゚ノiゝ      思いつくのはアレしかないぜ
      、_    `k'_.〉`=' !つ
 *  ☆ ミ≡=_、 _i_ノ(,,i!_,-、i!>__
☆  +  彡≡=-'´ ̄ ̄ `~し'ヽ). ̄
202名無しさん@ピンキー:2009/02/12(木) 06:07:22 ID:/f8W1ZGo
>>186
GJ!!

芝浦さんはボケキャラなのに予想以上に情に厚い男だなw
そしてラスト一行で分かりやすく俺翻弄。

続き待つ!!
203名無しさん@ピンキー:2009/02/12(木) 17:13:06 ID:FlQV7b5H
>>84
麻由と武のアプロダ初期化だけではすまず、消えてしまってないか?


ttp://www4.uploader.jp/home/mayutakeru/

notice
URLが間違っているか、またはユーザーが存在しないためアクセスできません。
この件に関するお問い合わせは一切お受け付けしておりません。ご了承ください。
204名無しさん@ピンキー:2009/02/12(木) 17:38:09 ID:ZF8QcIaw
>>203
本当だ・・・orz
スレチって事だったけど、うpしてた作品保管庫に置いてくれないかなぁ・・・
205名無しさん@ピンキー:2009/02/13(金) 00:22:48 ID:YjsSvsxa
>>203
そこのうpろだは不定期にデータの一斉削除があるからなぁ
先月あたりに順番が回ってきてたので、そこで削除されたものかと
206保守小ネタ:2009/02/16(月) 00:30:07 ID:jXDTy7bd
※エロ無しですのでご注意。
少しでもスレの賑わいになれば幸い。




 臙脂色の絨毯敷きの廊下を、ばたばたと騒がしい音を引き連れて小さな嵐が駆けていく。
「ぬい!! ぬいはどこだ!!」
 部屋という部屋のドアをノックも無しに無遠慮に開け、まるで押入りでも来たかのような騒ぎの中心は、
この家の末息子、7歳となる信次郎であった。
 腕が花瓶に当たり、がしゃんと耳障りな音を立てる。突然開いた扉の向こうで、着替え中のメイドが悲鳴を上げる。
擦れ違った使用人が向こう脛を蹴り飛ばされて悶絶する。トレイに茶器を乗せたコックが体当たりされてひっくり返る。
 けれど信次郎は一切後ろを振り返ることなく、屋敷中を駆け回る。
 丁寧に磨き上げられた階段の手すりにまたがると、見る人が見ればその場で卒倒しそうな勢いで滑り降りる。
その勢いのまま、やっと見つけた一人のメイドに信次郎は文字通り飛びついた。
「ぎゃあ!!」
「ぬい! 探したぞ!!」

 外から帰ってきたばかりなのか、まだコートを羽織ったまま尻餅をついたメイドに、ぎゅっと抱きつく。
「ししししんじろ坊っちゃま……!」
「ぬい!! 俺を置いてけぼりにするなんてよく出来たものだな!!」
「耳元でそんなに大声で叫ばないでくださいよ、ただでさえ坊っちゃまは元気が有り余っておいでなんですから」
「うるさいうるさいうるさい!!」
「うるさいのはですから、坊っちゃまの方で……」
 ぬい、と呼ばれた歳若いメイドは、腰でも打ったのかややぎこちない動きで立ち上がった。ぶすくれた表情で
両腕を伸ばす信次郎を、よいしょと一声ののちに抱き上げる。
「その様子ですと、今日も須藤先生は失敗なさったみたいですね」
「あやつは頭が良いのを鼻にかけておって好かん!!」
 先日見に行った歌舞伎の影響でか、7歳児らしからぬ物言いをして、信次郎はぬいに抱きついた小さな手で
文句を数え始めた。
 曰く、鉛筆の芯を折り過ぎである。紅茶に砂糖を入れ過ぎである。口調が下品である。『俺』は田舎者の一人称
だから『僕』か『私』に改めなさい。
「今さらボクなんて言えるもんか、かっこわるい。俺は俺なんだから」
 本音を言えば、どれもぬいにとっても直して欲しい信次郎の欠点だったが、それを指摘されるのが気に入らぬらしい。
207保守小ネタ:2009/02/16(月) 00:32:12 ID:jXDTy7bd

「ぬい、眠い!!」
 脈絡の無い大声に、ぬいは思わず脱力して信次郎を落としかける。すんでのところで持ち直し、一度立ち止まって抱き直す。
「危ないじゃないか!!」
「眠いのにどうしてそんな大声なんです」
「眠気に負けたくないんだ!!」
 はあ、と気の無い返事をして、ぬいはドアノブを回した。信次郎の部屋だ。
「お昼寝しましょうね」
「ぬい」
「はい、しんじろ坊っちゃま」
「添い寝して」
 自分の部屋に入って気が抜けたのか、途端に声の大きさが下がる。
 ぬいは困ったように首を傾げ、信次郎をベッドに寝かせた。
「坊っちゃまももう大きいんですから」
「やだ! ぬいと一緒に寝る!!」
 末っ子として甘やかされて育ってきた信次郎は、こうなると意地になってぬいの手には負えなくなる。
駄々をこねれば叶うと思っているのだ。
「ぬい、メイド長やお父様に怒られるのが怖いのか?」
「いいえ、そういうわけでは無いんですよ」
「もし怒られたら俺が悪いって言えばいいから……」
 早々と眠そうに目を擦りながらも、信次郎はなおもぬいに縋る。強がることもあってもまだまだ頼りなげな
子供の手を、やすやすと無碍に出来るほどぬいは非情ではない。
 これが結局信次郎を甘やかしていることになると分かっていても、信次郎の作戦であると知っていても、断れないのだ。
 コートを脱いで椅子の背もたれに畳んでかけると、掛け布団の中に潜る。信次郎はすぐにぬいに抱きつき、
紺色のワンピースの生地に柔らかな頬を寄せた。

「ひんにゅう」
「……どこで教わったんですかその言葉」
「お兄が……戻ってきたとき」
 ああ、とぬいは納得した。屋敷を出て行った長男に、信次郎はよく懐いていた。
 先日約2年ぶりに屋敷に戻ってきた際の宴席で、信次郎も遅くまで起きていることを許されていた。その膝の上で
大人たちの猥談でも聞いていたのだろう。まだ歳若いぬいだから、これから成長する余地もあるだろうと楽観して
いたのだが、他人に指摘されるとさすがに気になってくる。
 ぬいがわずかに口をへの字に曲げたことに気付いてか気付かずにか、信次郎がその胸にそっと触れた。
「でも、やわこいから好きだ、ぬいのおっぱい」
 お気に入りのぬいぐるみを慈しむように、その胸に顔をうずめる。ぬいはかあっと耳まで赤くし、
7歳の男の子を前にどんな顔をして良いか分からなくなった。
「いやですね、お世辞の言い方もお兄様に教わったんですか」
「……ん……」
「しんじろ坊っちゃま……?」
 どうやら寝てしまったらしい。こういうところは子供なのだな、とぬいは少年を愛しく思った。
「……うぅ」
 だから、抜け出せない。
 胸にささやかな力で触れたままの手や、ぴったりひっついた頬が時折動くのがどんなにくすぐったくても、
妙に背筋がぞくりとする瞬間があっても、また屋敷に嵐が起こると思うと、恐ろしくて抜け出せない。
「はあ……」
 ぬいは赤い顔のまま、密かに溜息をついた。
 胸のうちで疼く奇妙な焦燥感を、どうしたものかと悩みながら。


------------おしまい--------------

以上です、おそまつさまでした。
スレのご主人様たちはちゃんとバレンタインチョコ貰えたんでしょうか。
ホワイトデー投下に期待。
208名無しさん@ピンキー:2009/02/16(月) 00:47:30 ID:tcE4z+Zv
ほのぼのGJ!
209名無しさん@ピンキー:2009/02/16(月) 12:52:56 ID:5Z0Q9yjX
ここのご主人様は母性本能をくすぐる方々ばかりだ。GJ!
210名無しさん@ピンキー:2009/02/17(火) 19:10:22 ID:L9d8CTOU
日本
古来、日本の文化では、女性の乳房は大き過ぎない方が良いとされていた。
これは乳房が大き過ぎると、伝統的な衣服である和服を着用する際にずんぐりとした体に見える上、
不様に着崩れしやすく、粋な美しさがなくなると考えられたためである。
現在でも、着付け業界では「乳房の大きい女性は和服が似合わない」とされることが多い。


ヨーロッパ
中世のヨーロッパでは高貴な女性は貧乳が是とされた。


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211名無しさん@ピンキー:2009/02/19(木) 11:54:44 ID:qVpp6aNT
秋葉原で働いてたことがある、と言ったら
「メイド喫茶!?」
と訊かれたAカップのワタクシ通りまーす。
212名無しさん@ピンキー:2009/02/19(木) 20:04:57 ID:YCLZ+axa
美果さん待ち
213名無しさん@ピンキー:2009/02/19(木) 20:40:09 ID:TiL5WQpH
wktk
214名無しさん@ピンキー:2009/02/19(木) 23:25:03 ID:r8SmtZP9
>>211
Aカップのメイドさんがおっぱい星人の旦那さまにやきもきするSSを書くんだ
215名無しさん@ピンキー:2009/02/22(日) 01:25:49 ID:q/Ab0ATt
「実は俺、おっぱい星人なんだよね」
「ふぇ、ご主人様は人間じゃなかったんですか!?」
「・・・・・・・・人間だよ」
「なんだぁ、よかったぁ〜」
216名無しさん@ピンキー:2009/02/22(日) 11:42:47 ID:1VdSyJif
>>215
みた森たつや ですね
217名無しさん@ピンキー:2009/02/23(月) 04:57:48 ID:j6VyxReI
>>207
GJ!こういうの好きだなー
五年後、十年後を読んでみたくなったよ
218 ◆dSuGMgWKrs :2009/02/24(火) 21:18:24 ID:ebd36SIV
『メイド・すみれ 7』

芝浦さんが珍しく困ったように口ごもりながらその来客を告げたのは、秀一郎さんがダイニングで少し遅い朝食を召し上がっているときだった。
「秘書の中川さんとおっしゃる方が…、すみれちゃんを迎えに来たって言ってるんだけどね」

秀一郎さんにほうれん草のバターソテーを食べるように小言を言っていた津田さんが、眉根を寄せる。
「……すみれさん、応接室にお茶をお願いします」
突然のことに呆然としているうちに津田さんがダイニングを出て行き、私はただその背中をただ見送ってしまった。
中川さんなら私も知っている。
前のお屋敷の旦那さまの第一秘書で、髪をきれいに後ろになでつけて、いつも怒ったような顔をしている。
メイドたちのちょっとしたおしゃべりや、使用人のわずかな手抜きを見つけてはメイド長や執事を叱る、怖い人だった。
そんな人が、わざわざ自分で出向いてきたと思うと恐ろしくて頭が真っ白になる。
「……ねえ」
秀一郎さんが、ぐいっと私のエプロンの端を引っ張る。
いつもより力強い。
「いて……」
秀一郎さんが、私を見上げていた。
「すみれちゃん、お湯を沸かしてくるからね」
様子を見ていた芝浦さんが、そう言って台所に行った。
エプロンの端を握ったまま、秀一郎さんが二度、咳払いをする。
「ずっと……ここに、いてくださいと……お願いしました」
秀一郎さんが、一生懸命話そうとしている。
私は床に膝をついて秀一郎さんの顔を下から見上げた。
言葉が出てこない。
中川さんが来た目的は、私の迎えだという。
私は、もののようにやり取りされる。
「秀一郎さん……」
声が震えているのに自分で驚く。
早く、応接室のお客さまに、お茶をお出ししなければいけないのに。
――――ほとぼりが冷めたら、迎えに行く。
あのお屋敷を出されるとき、旦那さまはそうおっしゃった。
それを信じて待とうと思っていたけれど、秋が過ぎて冬になっても、お迎えはなかった。
もしかして、あれは嘘だったんだ、言いくるめられて追い出されたんだと思うようになった。
それでもいいと、その方がいいとも思った。
だって、そうしたらずっと秀一郎さんのお側にいられる。
毎日秀一郎さんのお世話ができる。
ここにいたい。
秀一郎さんの、お側にいたい。
「すみれは、……ここにいる」
秀一郎さんが、もう一度言った。
台所で、お茶の準備ができている。
「……はい」
そう答えて、私は秀一郎さんの手をエプロンから外した。
ただ、お客さまにお茶を出しに行くだけだ。
それだけ。
219 ◆dSuGMgWKrs :2009/02/24(火) 21:19:29 ID:ebd36SIV
ティーセットの乗ったワゴンを押して、応接室のドアをノックした。
中に入ると、中川さんはソファに座った背をまっすぐに伸ばして前に倒し、膝に腕を乗せて津田さんと向き合っている。
相変わらず、髪はぴかぴかだった。
「……お宅も人手が足りないようなら、すぐに新しいメイドを紹介しよう」
ドア近くでティーポットに茶葉を入れながら、私は冷やりとした。
かなり年下とはいえ、他家の執事に対してなんて横柄な物言いだろう。
こちらに背を向けている津田さんの表情は見えない。
津田さんは、なんて言うんだろう。
「裕二くん。借りたものは、返すのが当然だよ。金も、メイドもね」
津田さんが、ぐっと言葉に詰まるのがわかった。
中川さんに、津田さんが押されている。
それに、中川さんは津田さんを裕二くん、と呼んだ。
津田さんの名前を初めて聞いた。
中川さんは、どうして津田さんを名前で呼ぶのだろう。
秀一郎さんの亡くなったお父さまと、前のお屋敷の旦那さまが古い知り合いだということで私はここへ来たのだから、双方のお屋敷に長く勤めている中川さんと津田さんに面識があっても不思議ではない。
だからといって仕事上の相手を名前で呼んだりするかしら。
……金も、メイドも?
貸したメイドを返せという言い方も悲しいけれど、お金も?
それは、貸借のルールを強調するために引き合いに出した言葉なのか、それとも。
津田さんが、動かない。
「武田」
焦れたような中川さんが急に呼んで、私はびくっとした。
「それはいいから、荷物をまとめなさい。すぐに帰る」
どうしよう。
津田さんが私の返却に同意したなら、私は中川さんの命令に逆らえない。
でももし、津田さんがお断りしてくれれば。
すみれさんは返しませんと言ってくれれば。
私は、他家の使用人である中川さんの命令なんか、後ろ足で蹴ってもいいのに。
「主人と、話してまいります。少々お待ちください」
津田さんが立ち上がった。
私の横を通ったときに、お茶を出すように呟いた。
津田さんが応接室を出て行き、私は止まっていた手を動かしてポットにお湯を注いだ。
大丈夫、きっと秀一郎さんが承知なさらない。
だって、ここにいてもいいとおっしゃったもの。
ここにいてください、とおっしゃったもの。
津田さんが部屋を出てドアが閉まると、中川さんはソファによりかかって脚を組んだ。
「まったく、なんだって私がこんなことを」
ティーカップが、かしゃんと音を立てた。
「し、失礼しました…」
「主人に色目を使ってベッドに潜り込むようなメイドの尻拭いなぞ、汚らわしい」
手が震えて、うまくお茶が入れられない。
「勘違いするなよ。主人たるもの、奥方の機嫌をとってメイドを追い出したなどと外聞が悪いから呼び戻すだけだ。旦那さまの沽券に関わる。戻っても、今まで通りのメイドではないからな。庭師と一緒に外回りの雑用でもやれ」
胸の奥が、しんと冷えてくる。
ああ、旦那さまは迎えをよこしてくださったわけではないんだ。
ただ、自分がメイドに手をつけてクビにしたとなったら外聞が悪いから、引取りはする、というのだ。
ワゴンの端をぎゅっと握り締めて、私はうつむいた。
中川さんに震える手でお茶を出して、止まらないお怒りを聞いている時間がひどく長かった。
しまいには、最近の若いメイドは主人の目を盗んで仕事をサボったり、物品をちょろまかしたりするという小言になった。
津田さんはなかなか戻ってこず、それが永遠に続くのではないかと思う頃、ようやく応接室のドアが開いた。
口を閉じ、組んでいた脚を戻して中川さんが眉を上げる。
津田さんが、私に向かってゆっくりと言った。
「すみれさん。……仕度を、してください」
220 ◆dSuGMgWKrs :2009/02/24(火) 21:20:14 ID:ebd36SIV
重い足を引きずって、階段を昇った。
津田さんは、秀一郎さんとどんなお話をしたのかしら。
ついさっき、ここにいてとおっしゃった秀一郎さんは。
階段を上がると、廊下の左が秀一郎さんのお部屋。
秀一郎さんは、今はもうお休みなのか、それともお一人で机に突っ伏しているのか。
お部屋からは、物音ひとつしない。
中に入って、ここに置いてください、中川さんを追い返してくださいとすがることはできなかった。
私はメイドだから、ここへ行けと言われて従ったのと同じように、元へ戻れと言われたら従わなければならない。

私は、右側の自分の部屋のドアを開けた。
ここに来るとき持ってきたバッグに、少しの着替えを詰める。
別に送った分の荷物は、その箱に戻してテープで閉じた。
ものの数分で、仕度はできた。
私はほとんどの時間をこの部屋より、秀一郎さんのお部屋や、台所や、洗濯室で過ごしてきた。
使用人の数が少ないから、いろいろな仕事を手伝わなければならなかったけれど、楽しかった。
芝浦さんは気さくで陽気で、津田さんもこちらがポンポン言いたいことを言っていれば付き合いやすい人だった。
――――楽しかった。
バッグを提げて廊下に出て、秀一郎さんのお部屋のドアを見る。
秀一郎さんの、食後のコーヒーはどうしたのかしら。
それに、パン。パンはどうするのかしら。
こみ上げてきた涙を、手の甲でぐいっとぬぐった。
大丈夫。
私なんかいなくたって、大丈夫なんだ。
コーヒーはコーヒーメーカーが淹れてくれるし、パンはホームベーカリーが焼いてくれる。
私がいようがいまいが、秀一郎さんの毎日に何の変化もない。
新しいメイドが来たら、私より上手にコーヒーを淹れるかもしれないし、パンだって手ごねで焼くかもしれない。
大きいとか痛いとか文句を言わずに、秀一郎さんのお相手をするかも……。
涙が出そうになって、私は首を振った。
秀一郎さんは、私を引き止めてはくださらなかったのだ。
返せといわれたら返してしまうんだ。
メイドなんて、いくらでも代わりがいる。
このお屋敷に、秀一郎さんに、私はいらないんだ。

津田さんと芝浦さんが、裏門まで見送ってくれた。
芝浦さんは、ちょっぴり涙ぐんでいた。
津田さんは、こわい顔をして銀縁メガネの奥からどこかを見つめていた。
中川さんの運転する車の後部座席で、私は津田さんと芝浦さんと、古びた洋館が見えなくなるまで窓に張り付いていた。
太陽の日差しが、かすかに春を思わせたけれど、ちっとも心が弾まない。
まっすぐ座れと中川さんに言われて、私は前を向いてシートベルトを握った。
「その髪もなんとかしろ。だらしない」
そのほうがいい、と秀一郎さんの言ってくださった、肩に下ろした髪を私はポケットに入っていたゴムで結わえた。
――――すき。
あれはやっぱり、私の聞き間違いだった。
――――すき。
そう思ったのは、勘違いだった。
メイドの分際で、思い上がりだった。
私は、不機嫌そうに運転する中川さんに聞こえないように、小さく呟いた。
――――さようなら、秀一郎さん。
221 ◆dSuGMgWKrs :2009/02/24(火) 21:21:40 ID:ebd36SIV
メイド長にだけ挨拶をして、私はすぐに前と同じように働き始めた。
事情を知っているらしいメイド長は、厄介な部下が舞い戻って来たというように顔をしかめていた。
仲間のメイドたちは、私が旦那さまの知人の家へしばらく手伝いに行っていたと思っているらしかった。
まるで昨日までみんなと働いていたように違和感がなく、それが私には違和感になる。
もしかして、私は秀一郎さんの夢を見ていただけなんじゃないかしら。
休憩のときに、私のカップがないとお茶当番のメイドが言った。
「武田さんたら、忘れ物を送ってあげたのに、また忘れてきたの?」
仲のよかったメイドがそう言って笑う。
「変わったお屋敷だっていうし、いらないかとは思ったけど送ったの。不便はなかった?」
お礼を言って、厨房にあるカップでお茶を飲んだ。
カップやタオルなんか、どのお屋敷にも予備がいくらでもある。
わざわざ私物を送ったのは、厄介払いをしたかったメイド長の指示かもしれなかった。
旦那さまからもらった桜模様のカップは、まだ秀一郎さんのお部屋にあるだろうか。
仕事は、中川さんが言ったように下働きではなく、前と同じメイドの仕事ではあったけれどひどく疲れた。
一日の仕事が終わると、メイドたちは私に他のお屋敷の話を聞きたがったり、いない間の出来事をしつこく話してきた。
今朝までは秀一郎さんのお世話をしていたのに、メイド仲間に囲まれておしゃべりに加わっているのが不思議だった。
以前は楽しかったメイドたちとのおしゃべりも、休憩のお茶もお菓子も、苦痛でしかない。
相部屋だったメイドに、頭が痛いから先に部屋へ戻る、と言うとそのメイドはちょっと変な顔をした。
このお屋敷は使用人も多くて、お風呂も大浴場だし、部屋も二人か三人の相部屋だった。
聞くと、私がいない間に部屋替えがあって、私が使っていた部屋は空き部屋になっているという。
まるで伝染病患者の部屋のように隔離された気がして、私はメイド長を少しうらめしく思った。
「でも、武田さんの荷物はそこへ置いたはずだから」
家具に白い布をかけた空き部屋に、中川さんの車に積んできた段ボール箱がポツンと置いてある様子が、簡単に想像できた。
それでも、今は一人になれることのほうがうれしい。
夕食後のおしゃべりの輪を抜け出て、使用人たちの部屋が並ぶ離れの棟に向かう。
部屋のドアを開けようとして、その隙間に赤いものが挟んであるのに気づいた。
まさかと思いつつ、ドアを少し開けてその赤い紙を取る。
名刺ほどの大きさの、その透かし模様のあるカードに数字が四つ書かれている。
書かれた数字は、『2100』。
腕時計の時間は、九時。
見慣れていた、忘れていた、旦那さまからの合図。
私は操られるように、誰かに見つからないようにしながら旦那さまの部屋へ向かった。
帰ってきたというご挨拶だけはしないといけない、と自分に言い聞かせた。
指定の時間を数分遅れて、ドアをノックする。
どうぞ、という旦那さまの声。
一言でもいい、その声を聞きたくて、聞けただけで嬉しくて舞い上がっていたのはそんなに前のことではないはずだった。
「遅かったな」
ドアを開けて中に入ると、旦那さまがベッドに腰掛けてタバコを吸っていた。
学生の頃に柔道の選手だったというがっしりしたお体を白いバスローブに包んでいる。
冬でも日焼けしたお顔のこめかみの辺りに、白髪が数本。
お変わりなかった。
ちらりと私を見て、手招きをする。
お側に立って赤いカードを返すと、旦那さまは私の頬に大きくて肉厚な手の平を当てた。
「制服を、新しくしてもらえ」
はっとして、自分の着ているメイドの制服を見る。
このお屋敷では、使用人は元旦と6月に、夏と冬の制服を支給される。
お正月を秀一郎さんのところで過ごした私は、去年の冬服を着ていた。
ご自分はもちろん、使用人の隅々まで身なりに厳しい旦那さまらしいお言葉。
以前のように、素直にそれを旦那さまのお優しさと受け止めることができなくなったのはどうしてかしら。
くたびれた服装を叱られたように思えて、私はうつむいた。
旦那さまはサイドテーブルに置いた水割りのグラスを取り上げて、指を一本立てた。
言葉が少ないのは秀一郎さんも同じなのに、どうしてこんなに印象が違うのかしら。
「どうした。シャワー浴びて来なさい」
挨拶だけ、のつもりだったのに、命令に逆らえない。
どうしてかしら、前は呼び出されるのがあんなに嬉しかったのに。
ドアに赤いカードとそこに走り書きされたメモを見つけるたびに、心が弾んだのに。
背後で、私がお渡ししたカードを旦那さまが破り捨てる音がした。
旦那さまは、証拠を残さない。
222 ◆dSuGMgWKrs :2009/02/24(火) 21:22:27 ID:ebd36SIV
ベッドの上で、旦那さまが私にキスをした。
顎を強くつかんで口を開けさせ、舌を絡める。
私はぎゅっと目を閉じた。
旦那さまが胸をつかむ。
どうしてかしら、少しも嬉しくない。
私の反応が悪いせいか、旦那さまは私の上にまたがると後頭部に手を入れて起こした。
目の前に、旦那さまのそれがあった。
まだ準備のできていない柔らかいそれ。
旦那さまの手がまた私の顎をつかみ、口の中に押し込まれる。
にがい、苦しい。
旦那さまが腰を動かして押し付け、私は泣き出したいほど辛いのを我慢した。
口の中で大きくなってくる。
耐え切れなくなって私が口を離して咳き込むと、旦那さまは腕をつかんで引っ張った。
「咥えなさい……」
手で根元を握らされ、先端を咥える。
「う……お、いいぞ……」
旦那さまが私の頭に手を置いて、優しく撫でてくれる。
手が胸をさする。
「ああ、う……、おお」
旦那さまがますます大きくなる。
いつまでこうしていればいいのかしら。
旦那さまはいつも私にこうさせる。
以前はおいしいとさえ思っていたのが嘘のように、味も臭いもきつい。
秀一郎さんは、こんな無理矢理なことしなかった。
私を撫でたり吸ったりしているうちに、とても大きくなってしまって、私も秀一郎さんが欲しくなった。
しばらくすると、旦那さまが声を上げながらびくんびくんと震えて、私の肩を押して引き離した。
「…良かったぞ、武田」
武田。
このお屋敷では、みんな私をそう呼ぶ。
武田。武田さん。
旦那さまが私を仰向けに倒して、脚を抱えた。
すみれさん。すみれちゃん。……すみれ。
秀一郎さんのところでは、ごく自然にみんながそう呼んでくれた。
「なんだ、まだ全然濡れてないな。久しぶりで緊張してるのか」
旦那さまの言葉も、私に優しくしてくださっていると思えた頃があったのに。
指先がひだをなぞり、押し込まれる。
何度も弾くように撫で上げられ、かき回されているうちに、そこが潤ってくる。
目を閉じてさえいれば、旦那さまのお顔は見えない。
「感じてきたな」
そんなわけない、ちっとも気持ちよくない。
そう思うのに、時々体がびくんと震える。
旦那さまが押し入ってきたとき、私は情けなくて悲しくて、声を上げた。
「相変わらず、しまりがいい……」
私の声をどう思ったのか、旦那さまが言う。
「そんなにいいか?」
後はもう、ただ辛いだけだった。
旦那さまはなかなか終わらず、それにご自分でもいらだったように私の太ももやお尻を平手で叩いた。
ベッドから降りて私を立たせた旦那さまは、腕をつかんで後ろから攻め立てた。
「うお、うっ、うああっ」
獣の叫びのような声が頭上で聞こえ、いきなりベッドに投げ出された私の上に、旦那さまの吐き出した精液が落ちる。
数ヶ月前にはあれほど幸せだった行為が、とてつもなくひどいものに思えた。
起き上がることもできずに横を向いていると、旦那さまの舌打ちが聞こえる。
私は、抱きついたり甘えたり、そういうことを一切せずにただ旦那さまにされるままになっていただけだった。
ご機嫌を損ねただろう旦那さまになにか言う前に、小さなタオルが一枚投げられる。
さっさと服を着て出て行けとおっしゃるのかと、私はのろのろと体を起こした。
旦那さまが別のバスタオルでご自分の腰をぬぐうと、そのままシャワールームの方へ行くのが見えた。
部屋のすみにまとめた衣服を拾うときに、体に鈍痛を感じ、脚に何かが伝って落ちる感覚があった。
生理が始まったのだ。
旦那さまが不機嫌になるのも仕方ない。
私は体のだるさを押して服を身に付け、ベッドを整えてから急ぎ足で部屋を出て、使用人用のトイレに駆け込んだ。
223 ◆dSuGMgWKrs :2009/02/24(火) 21:23:04 ID:ebd36SIV
さんざんだった最初の日以降、旦那さまからの赤いカードはなく、中川さんとも顔を合わせず、ただ以前より少し厳しくなったメイド長の元での仕事が淡々と続いた。
私はなにかを考える暇をなくそうとするように、誰よりも一生懸命体を動かして働いた。
メイドの嫌う力仕事や戸外の仕事も引き受けたので、一ヶ月もする頃には他のメイドたちには重宝がられ、メイド長もたまに優しい声をかけてくれるようになる。
それでも、私にはなにも嬉しいことではなかった。
だって、ここには秀一郎さんがいない。
秀一郎さんのそばには、もう私以外の誰かがいるのだろうに。
窓を拭いていたメイドに、使用人棟のゴミをまとめてくると断って、私は一人でみんなが出したゴミ袋や古雑誌を縛っては次々と運んだ。
途中で紐のゆるくなっている雑誌を縛りなおそうとして、見覚えのある週刊誌に手を止める。
それは、小野寺さんが担当している雑誌の最新号。
秀一郎さんが、『日々是麺麭』を連載している雑誌。
急に懐かしさがこみ上げて、私はその雑誌を紐から抜き取ってその場にしゃがみこんだ。
連載は、どうなったのかしら。
私がパンを焼かなくても他の誰かがパンを焼いて、秀一郎さんがそれを文章にしているのかもしれない。
誰か、他の誰かのことを『家人』と呼んで、そのパンがとてもおいしいと書いているのかも。
雑誌を膝において、表紙に小さく載っている秀一郎さんのお名前を指でなぞる。
ぱらぱらとめくってみても、一ページほどしかない記事はすぐに見つからず、私は目次を探した。
表紙には確かに秀一郎さんのお名前があるのに、目次に『日々是麺麭』がない。
見落としたかと思ってよくよく探して、私は心臓が止まりそうに驚いた。
――――『日々是麺麭』は、筆者急病のため休載します。
筆者急病。
秀一郎さんが、病気?
私が知るかぎり、秀一郎さんは栄養失調じゃないかと思うほどガリガリでもお風邪ひとつ引いたことがなかった。
毎日、津田さんが栄養を考えてお食事を作っていたし、私も薄着ばかりする秀一郎さんが寒くないよう部屋の温度に気を使っていたのに。
どうしよう、どうしているのかしら。
中川さんが手配した新しいメイドは、湯たんぽを使っていないのかしら。
津田さんは、秀一郎さんにブロッコリーやほうれん草やピーマンを食べさせていないのかしら。
あんなに熱心なお仕事を休んでしまうくらいだから、ひどく悪いのかもしれない。
いつからだろう、今もかしら。
ひょっとして、風邪なんかではなくて、もっともっと重い病気。
お医者さんを呼んだかしら、病院に行ったかしら、まさか入院、手術。
秀一郎さんが病院なんかでおとなしく出来るはずがない。
それとも、おとなしくしてしまうくらい具合が悪いのかしら。
病院の白いベッドで、体中に管をつながれて目を閉じている秀一郎さんを想像して、ぶるっと震えてしまった。
津田さんはなにをしてるのかしら、芝浦さんは、新しいメイドは。
私は居てもたってもいられず立ち上がって、その雑誌を抱きしめて納戸の中をぐるぐると歩き回る。
だからといって、行くことは出来ない。
私は秀一郎さんに一言もなくお暇を出されたメイドで、今はこのお屋敷で雇われているメイドで。
「武田さん?」
私の戻りが遅いのを心配したメイドが、納戸を覗いた。
「どうしたの、顔色が悪いけど。狭いところで動いて気分が悪くなったんじゃない?」
「……そうかしら…、そうかも」
ぼんやりと答えて、その後の心配してくれるメイドの言葉も、耳に入らない。
秀一郎さん。
秀一郎さん。
秀一郎さん。
どうしよう、泣きそう。
224 ◆dSuGMgWKrs :2009/02/24(火) 21:24:20 ID:ebd36SIV
雑誌を縛りなおす前に、私は雑誌の後ろ表紙をちぎってエプロンのポケットに押し込んだ。
このままではいられない。
だって、秀一郎さんが、秀一郎さんが。
ゴミを運ぶふりをして、こっそり電話のある使用人棟の休憩室に行く。
冷たい指先で、雑誌に印刷されている編集部の電話番号をプッシュする。
何回かのコールの後で男の人が出て、雑誌の名前を言う。
「あの……、そちらに、小野寺さんという方は」
取り次いでもらえないかと思ったけれど、男の人は申し訳なさそうに小野寺はまだ出社していないと謝った。
夕方くらいならいるかもしれないと教えてくれる。
私はお礼を言って電話を切った。
もう、頼れるのは小野寺さんしかいないのに。
もしかして、会社に行く前に秀一郎さんのお見舞いで病院に行っているのかもしれない。
お具合はかなり悪いのかしら。
まさか、まさか万一なんてこと。
喉を通らないお昼ご飯の後、私はメイド長にそのくらいにしなさいと言われるまで、時間を忘れてひたすら冬越しをした庭の草をむしったりゴミを拾ったりし続けた。
なにかしていないと、泣いてしまいそうだったから。
まだ冷たい早春の土と草で泥だらけになった指先を、手の平で包み込むように握り締めた。
秀一郎さんの、体温の低い指や足先や唇を思い出して、私はまた泣きたくなった。

使用人たちが自分の部屋へ引き上げた夜の時間を待って、私は消灯された廊下をそっと小走りで休憩室に向かった。
ずっとずっと心臓がどきどきしたままだった。
まだ、小野寺さんは編集部にいてくれるだろうか。
午前中より短いコールで、また違う男の人が出た。
もしもし、と言う声が震えた。
小野寺さんの名前を告げると、こちらの名前を尋ねてから保留音に切り替わる。
「すみれちゃん?!」
どこかから走って戻ってきたような声で、小野寺さんが叫ぶように電話に出た。
「はい、すみません、おひさし」
「……ああ、そうね、おひさしぶりだこと」
その言い方が怒っているようで、私は言葉を失った。
なんて聞けばいいんだろう、今更。
「あの、週刊誌を見て……、休載になってましたから」
「……今さあ、すみれちゃんどこにいるわけ?先生のとこ辞めて」
少しためらってから、お屋敷の住所と名前を言う。
「へえ、ずいぶん羽振りのいいとこへ行ったのね。あたし、言わなかった?辞めるタイミング間違えないでって」
確かに、そう言われたことがあるような気がする。
でもそれは、私が秀一郎さんを薄気味悪がっているなら、我慢しなくていいのよという意味じゃなかったのかしら。
受話器を握る手に、力がこもる。
「すみれちゃんの辞めたタイミング、最悪。先生、せっかく賞も取ってこれからって時に全然書けなくなっちゃったのよ」
「はい……?」
「すみれちゃんが来てから、先生すごく変わったわよ。本の出版も決まってたのに、もうおしまいかもね」
おしまい。
秀一郎さんが?
「小野寺さん、…週刊誌に載ってた急病って、そんなに悪いんですか」
小野寺さんは電話の向こうでちょっとため息をついた。
「ああ、あれ。あんなの常套句だけどね。作家がどうしても締め切りまでに原稿を書けなかった時の」
「書けなかった……」
「あたしも電話したり家に行ったり、ずいぶん急かしたけどついに落としてくれたわ。初めてよ」
頭の中が混乱する。
「じゃあ、秀一郎さんは」
「ピンピンしてるわよ。まあ、先生のいつもの状態がピンピンと言っていいのだったらね」
少しだけ、ほっとした。
秀一郎さんは、本当に病気ではないのだ。
ただ、書けなくなってしまった……。
「どうなるんでしょう、これから……」
「さあ。書けない物書きなんか物書きじゃないからね。連載も打ち切りかな」
連載打ち切り。
「そんな……」
「他の仕事だって落としてるかもしれないわよ。そうなったら本当に先生おしまい」
225 ◆dSuGMgWKrs :2009/02/24(火) 21:25:34 ID:ebd36SIV
毎晩毎晩、書斎にこもって『資料と妄想』で文章を書いてきた秀一郎さん。
朝、お疲れの様子があってもたくさん書けたときは嬉しそうだったし、書くお仕事がお好きなのだとわかる。
それなのに。
「家は大きいけどさほど財産があるわけでもなさそうだし、使用人二人も置いてどうするのかしらね…」
「……」
「授賞式もあるっていうのに。ああ、困ったわ。ま、すみれちゃんには関係ないんだろうけど」
「……あの」
小野寺さんを遮って、混乱した頭を整理する。
「ちょっと、お聞きしたいんですけど」
「なによ」
「賞っていうのは……」
「聞いてないの。すみれちゃんがいたときだと思うけど。うちの社の賞、今年のエッセイ・コラム部門に先生がノミネートされたって知らせに行ったはずだけど」
小野寺さんがまた怒った口調になる。
ちょっと嬉しそうに秀一郎さんが「内緒」と言ったのは、その賞にノミネートされたことなのかしら。
もし受賞が決まったら、教えてくださるおつもりだったのかしら。
そして、その時には私はもういなかったのだ。
一緒に、お祝いして差し上げたかった。
津田さんも芝浦さんも、喜んだだろうに。
きっと芝浦さんは、先代の旦那さまにご報告しなくちゃって言いながら泣いていただろうに。
「担当編集としてあたしも晴れ舞台なんだけど、肝心の先生が原稿落とした上に授賞式も欠席なんてなったら……」
「……もうひとつ、いいですか」
「なによ、あたしもうドレス買っちゃったのよ」
「使用人が二人っておっしゃいましたけど、新しいメイドはいないんですか?」
「ああ、いないわね。先生が選り好みしてるのか向こうから断られるのか。だいたいすみれちゃんが奇跡的に長く続いた方なんだから、ああもう、なんで辞めちゃうかなあ」
その後も、小野寺さんの愚痴は続き、私は廊下に人の気配を感じて電話を切った。

少なくとも、秀一郎さんがご病気ではないという確認だけはして、ちょっとだけほっとした。
そしてもうひとつ。
秀一郎さんのお屋敷には、新しいメイドがいない。
ご不自由しているのではないかしら。
津田さんがコーヒーメーカーでコーヒーを淹れて、レシピどおりにパンを焼いているのかしら。
脱ぎ散らかしたお洋服は、ちゃんと拾っているかしら。
お風呂の温度は、熱くしすぎていないかしら。
秀一郎さんは、自分で髪や体を洗えているかしら。
顎の下に一本だけ生えるおひげは、剃り残していないかしら。
湯たんぽは使っているかしら、ベッドから蹴り落としたりしてないかしら。

私はさっきまでと別の心配でどきどきしながら、自分の部屋に帰った。
戻ってきて以来、まだベッド以外の家具には白い布がかかったままの、私の部屋。
この一ヶ月、このお屋敷でいかに私が上の空だったのかが改めてよくわかる。
そうだ、私は考えないために一生懸命働いたつもりで、ずっと考えていた。
ずっとずっと、秀一郎さんのことを考えていた。
――――すき。
そうおっしゃったのが戯れだったとしても。
秀一郎さんは、二度おっしゃった。
――――すき。
それは、私が秀一郎さんのことが好きかというお尋ねと、もうひとつ、秀一郎さんが私を。
もしそれが、私の勘違いだったとしても。
私は、まだお返事をしていない。
――――ねえ、すみれは、私を好き?
秀一郎さんはそうおっしゃったのだと信じたい。
そして、私はそれに答えなければいけない。
秀一郎さんが私のことをいらないのだとしても。
私には、秀一郎さんが必要だもの。
いらないと言われたって、かまわない。

私はライティングデスクにかかっている布を外し、引き出しを開けてそこに備え付けの便箋を取り出した。


――――了――――
226名無しさん@ピンキー:2009/02/24(火) 21:45:58 ID:0Us0lkER
>>220
やっと続きが読めると喜んだのもつかの間、更なる続きが気になってしまった。

とりあえず、元の旦那さま死ね。
氏ねじゃなくて死ね。
227名無しさん@ピンキー:2009/02/24(火) 21:57:10 ID:nxq49hW6
つ続きを…
続きをください
228名無しさん@ピンキー:2009/02/24(火) 21:59:48 ID:bt4zJ8VM
これは酷いと言わざるを得ない……好きになっちゃうと、回りの景色って淡泊になるよな。
GJ。続きをお待ちしてます。

>>226
なんという同意見www
アンチマテリアルライフルとかでいいのかな?得物は。
229名無しさん@ピンキー:2009/02/24(火) 22:44:51 ID:T+xblmmv
もちつけ
とりあえず続きを待つんだ
230名無しさん@ピンキー:2009/02/24(火) 23:18:30 ID:8UTmuyC5
うむ。パンを食べながら待とう。
心が落ち着くから。
231名無しさん@ピンキー:2009/02/25(水) 00:23:29 ID:B0OXz0t8
津田さんといい、前?の旦那さまと秀一郎さんのお屋敷の繋がりといい、色々気になる展開になって来た…!パンを食べつつ待ってます!!

そして小野寺さんの印象が更に変わりつつある。以外と良い人…?

232名無しさん@ピンキー:2009/02/25(水) 00:29:11 ID:r/YC3E6g
前の旦那は全然懲りてねぇな
続き待ってます!
233名無しさん@ピンキー:2009/02/25(水) 00:57:11 ID:srcW/Zqo
ああああああああ切ない展開キタアアアアアアあ

とりあえず前の屋敷の主人はお前に触発されて餅もパスタもうどんもこねる
パナソ●●クのホームベーカリー買った俺に謝れ、パン超美味いじゃねーか。
234名無しさん@ピンキー:2009/02/25(水) 03:07:08 ID:MzLR7uwd
毎回毎回先が気になりますなぁ

>>233
ワロタ
235名無しさん@ピンキー:2009/02/25(水) 05:31:11 ID:lQLwjwft
GJ!旦那氏ね。いやもうてめえなんか主人の風上にも置けねえ
ちょっと気晴らしにパン買ってくる
236名無しさん@ピンキー:2009/02/25(水) 11:41:34 ID:/zUWqPcl
さあ!みんな!
今こそ「家人」の意味を検索するんだ。こっそり&ひっそりとな!そして胸のうちにおさめ、独り静かにニヤニヤするんだ。
237名無しさん@ピンキー:2009/02/25(水) 13:35:10 ID:f7kb9gvL
【家人】
1 家族。特に妻。 
2 家に仕えている人。また、貴人の家に出入りする人。


どっちですか、秀一郎さん!!!
238名無しさん@ピンキー:2009/02/25(水) 14:34:44 ID:jfkUaUJP
前の旦那逝って良し!いや、とっとと逝けよヴォケが!!

なあ、誰か良いヒットマンとか知ってるか?
後ろに立った人を殴る悪癖のある知人は
ビタ一文負けてくれないし、
新宿の掲示板にXYZの人も悪くないが流石に
ただの小悪党相手じゃ動いてくれるか微妙な人達だからな・・・
239名無しさん@ピンキー:2009/02/25(水) 14:41:24 ID:21DUXyvJ
GJ!!
続きwktkしながらいつまでも待ちます!

>>237
ちょwwwマジでか
ニヤニヤしてきた!
どっちだどっちなんだ秀一郎さん!
240名無しさん@ピンキー:2009/02/25(水) 15:48:59 ID:dAbODHV0
>>238
依頼場所にすみれさん連れて行ってもっこり一発だのと適当に言いくるめれば依頼受けてくれるさ!

俺ちょっと近所のコーナンに鋸買いに行ってくる
241名無しさん@ピンキー:2009/02/25(水) 17:27:20 ID:zuODekNy
コブラに期待
242名無しさん@ピンキー:2009/02/25(水) 19:26:13 ID:OR40o/M8
何という波乱の展開!
秀一郎さん、何故すみれさんを手放した!?
前旦那には逆らえない立場なのか!?
でも信じよう、この作者さんはあの小雪ちゃんを
華麗にマイ・フェア・レディしちゃった人なんだから
絶対すみれさんも幸せにしてくれるよ!!
嵐が激しければ過ぎ去った翌朝はピカピカの快晴だ

てなわけで前旦那氏ね!
裏のお地蔵さんに五両供えて「仕事」してもらってくる
243名無しさん@ピンキー:2009/02/25(水) 23:58:13 ID:ENJnT6Dp
SSはGJなんだが、このキモい感想の群れはなんとかならんものか
244名無しさん@ピンキー:2009/02/26(木) 00:21:54 ID:BHLU7Z4p
キモいと感じない俺は変なのか
245名無しさん@ピンキー:2009/02/26(木) 00:49:53 ID:KrPdbcea
すみれさん続きGJ!

美果さんも待ってる!

詩野さん続きあるならこっそり待ってる!

まだ見ぬメイドさん降臨を待ってる!
246名無しさん@ピンキー:2009/02/26(木) 11:51:01 ID:fLg1BXfq
○○ちゃん可愛いとかの感想ならまだしも、××氏ね!みたいなキャラ罵倒レスが続くのって、キモいと思わない?
仮に、作者さんが悲恋ものを構想してたり、悪役が改心する話を考えてたりすると、やりにくく感じたりするんじゃないか?

読み手側全体で、「ハッピーエンド以外認めねえ!」みたいな空気作りかけてるのがキモいと思った
作者さんの指針と住民の要望が噛み合ってるうちはいいんだろうけどね
247名無しさん@ピンキー:2009/02/26(木) 15:46:25 ID:vHTsm3ks
洋の東西問わず中世〜近世辺りだとブルジョアが愛人をメイドや女中という名目で
囲って飽きたり孕んだりしたら粗相をしたとか難癖つけて僅かな金銭で
たたき出すってのは別に珍しい事でもなんでもなかったんだよね

ここでさらに話を変えるべく俺の話でも聞いてくれ。
仮面のメイド・ガイのガイさんは染色体がXYな点以外は
立派なメイドだし変に媚びていないからオカマ臭くないので
メイドを名乗ってもOKと思う俺は少数派なのだろうか?
(友人以上の親密なお付き合いは避けたいものだが)
さらに最近、言葉狩りの影響で看護婦も看護士と呼び、保母も保父も保育士と言い換える所が
増えているがだったら逆に男でもメイドを名乗っても良いと思うんだ。
248名無しさん@ピンキー:2009/02/26(木) 15:56:29 ID:vHTsm3ks
見た人が洋の東西問わず〜の話を誤解するといかんので追記。
無論、秀一郎さんはアホの子では無いだろう、
が、前の旦那がやばい奴っぽいなと思ったので。

頭冷やすためにガイの全巻一気読みしてくるわ
249名無しさん@ピンキー:2009/02/26(木) 16:09:30 ID:EPwFvBDG
>>246
別に、素直な感想なんだからいいんじゃね?

先の展開はどうであれ、今のこの反応は作者さんの狙い通りなんじゃないか?
嫌われてこその悪役だろ
改心したり、悲恋なら、その展開になった時にまた素直に驚けば良い
250名無しさん@ピンキー:2009/02/26(木) 16:14:28 ID:EPwFvBDG

ageちゃった スマソ
251名無しさん@ピンキー:2009/02/26(木) 19:49:24 ID:NTaDvwwo
旦那にしてみればすみれさんを寝取られて
心変わりまでされてるんだけど
主役じゃないし悪人ぽいから同情はされないけどね
すみれさんが幸せになってくれるといいな
252名無しさん@ピンキー:2009/02/26(木) 22:12:50 ID:G3adIf1g
すみれさん来てた!GJです!
自分もパン食べながら待機してます。
253名無しさん@ピンキー:2009/02/27(金) 01:25:00 ID:ftYjR9+8
254名無しさん@ピンキー:2009/02/27(金) 02:20:30 ID:VKf3ojvO
>>253
そこのうpろだ特有の定期的なデータ削除に遭ってあぼーん
255名無しさん@ピンキー:2009/02/27(金) 11:46:16 ID:WI0RIeyv
美香さんのために全裸待機中
256名無しさん@ピンキー:2009/02/27(金) 14:58:35 ID:vqHYl44v
つ パン
257名無しさん@ピンキー:2009/02/27(金) 20:44:07 ID:VlQJATaC
このスレ見てたらホームベーカリー欲しくなった。
ちょっと密林行ってくるわ
258名無しさん@ピンキー:2009/02/27(金) 23:24:13 ID:ftYjR9+8
>>254
続編がきになるなぁ
259名無しさん@ピンキー:2009/02/27(金) 23:26:03 ID:m/2ETdhR
>>257 炊飯器でパンつくれるよ
できたてはうまい
260名無しさん@ピンキー:2009/02/27(金) 23:42:05 ID:TpuMY+/z
一人暮らし用の(?)電力が弱いやつだとうまくできないから注意ね
261名無しさん@ピンキー:2009/02/28(土) 00:20:21 ID:09zdQxXa
おかげで最近毎日パン食だ
すみれさんのパンが食べたいです
262名無しさん@ピンキー:2009/02/28(土) 00:26:32 ID:L+oAA7Av
>>259
マジか!

炊飯器でケーキも焼けるらしい…日本ってすごいな
263名無しさん@ピンキー:2009/02/28(土) 00:39:04 ID:JZCGfN3A
炊飯器でパンが焼けるのか…orz
パ●●ニックのホームベーカリー買った歴史の遺物の様なマイコン炊飯器持ってる俺涙目。

いいんだ…餅とかうどんとかパスタとかピザ生地とか自分で作りたかったんだ…多分そうだ…。
すみれさん…そんな苦い涙を忘れるすみれさんの甘いチョコチップパンが食べたいです…。


いやマジ下手こいたorz
264名無しさん@ピンキー:2009/02/28(土) 02:19:40 ID:B2rM3IcI
いやいや、ホームベーカリーで作るのと炊飯器で作るのじゃおいしさとか違うよ多分。
ご飯炊きながらパンも焼けるし。
265名無しさん@ピンキー:2009/02/28(土) 03:02:46 ID:qeLbov12
飯は土鍋で炊くのが一番だ。
266名無しさん@ピンキー:2009/02/28(土) 08:35:19 ID:Y+Vn83OO
庶民的な旦那様方ですこと。
267名無しさん@ピンキー:2009/02/28(土) 11:30:14 ID:vmQ7aphg
>>255
もちつけ
お前が待っているのは叶姉妹の妹の方だ
268名無しさん@ピンキー:2009/02/28(土) 20:17:16 ID:QN2ttyZf
とりあえず手ごね&オーブンでパンを焼いてみた。
ホームベーカリーほどではないだろうが焼き立てというだけで(゚д゚)ウマー
269名無しさん@ピンキー:2009/02/28(土) 21:02:09 ID:nl+WcJPV
>>263
お前さんは間違ってる。
ホームベーカリーのが断然美味い。炊飯器はあくまで米炊くもんだから蒸す感じだ。
パリッとした香ばしさとふんわりした食感を失えば、デンプン質の塊だ。
夜セットしときゃ、朝ホカホカの食パン食えるんだぞ。部屋中にパンの香りで目を覚ます…幸せな1日の始まりじゃないか。
270名無しさん@ピンキー:2009/02/28(土) 22:06:23 ID:JZCGfN3A
>>264>>269d!

今日ヨドバシに行ったらそこのお姉ちゃんも同じ様な事言われた。
とりあえずスレの流れ的に炊飯器も見て試食をしたら素ん晴らしく米が上手かったのと
コーヒーメーカーも欲しくなってしまった…。

すみれさんパンもいいけど米もなかなかですよ。
271名無しさん@ピンキー:2009/02/28(土) 22:19:17 ID:+iPgif3b
もう全自動家事機買っちゃえよ。
272名無しさん@ピンキー:2009/02/28(土) 23:02:45 ID:Y6ej3Hi/
もうメイドさん雇っちゃえよ。
273名無しさん@ピンキー:2009/02/28(土) 23:03:08 ID:nl+WcJPV
まぁ生活が潤うのは良い事だ。しかしなんでもかんでも買うなよ(笑)
コーヒーは胃に悪いとすみれさんも言ってたろ。我慢しとけ。
パン作りを存分に楽しんでくれ。
274名無しさん@ピンキー:2009/02/28(土) 23:20:01 ID:JZCGfN3A
コーシーは俺のソウルドリンクだから飲み過ぎ注意とか無理。
すみれさんor美果さん並に色々とハイスペックでたまにたしなめてくれるメイドさんを雇いたい…。
275名無しさん@ピンキー:2009/03/01(日) 01:15:58 ID:AONUXOuz
よく飲み物をがぶ飲みするからコーヒーはアメリカン以上に薄いのがデフォな俺
このスレからしたらさぞ異端なんだろうな
276名無しさん@ピンキー:2009/03/01(日) 02:04:47 ID:Jkt7NS5w
植物の根っことか種で作る、体に悪くないコーヒーもあるよ。
普通のコーヒーとは味が違うらしいけど、胃の調子が悪い時の代用品にはなりそう。
277名無しさん@ピンキー:2009/03/01(日) 02:11:31 ID:j3vyy8bW
パンの話に戻してすまないが言わせてくれ。
炊飯器の中に丸くこねたパン生地を2つ並べて焼くとふんわり膨らんで
もちもちの白いおっぱいができるんだ!
味はホームベーカリーに劣るだろうが白いおっぱいは炊飯器だけ!ぜひ試してほしい。
278名無しさん@ピンキー:2009/03/01(日) 03:43:44 ID:4Nvxrsqq
いつの間にか健康と生活スレになっとるwww
279名無しさん@ピンキー:2009/03/01(日) 09:17:14 ID:NYZMp/Ji
このスレ……長編凄いな!!
さすが生活をサポートする生業のスレだけあるということなのか。
まったくみなさんGJですよ。GJですよ。
280美果と旦那様とアパート ◆CKHo.sFTP2 :2009/03/01(日) 21:35:06 ID:G4ObMAPx
第9話です。



毎週土曜日、私がアルバイトしている茶店は、週一番のかき入れ時を迎える。
近くにある観音様のお社にお参りする人が大挙してやってきて、うちを利用するためだ。
その大抵は年配の人達で、お店でゆっくりしながら、おでんやおそば、甘味やコップ酒を楽しむ。
今日もお店は盛況で、私も朝から忙しくしていた。
お客さんは次々にやってくるから、休んでいる暇はない。
テーブルを手早く拭いて食器を持ち、洗い場へ運ぼうと足を踏み出す。
その時、椅子の背に見覚えのある上着が掛けられたままなのが目に入った。
これは、観音様に月参りをしている、老夫婦のご主人の物だ。
まだ遠くへは行っていないはずだと見当をつけ、お運びの仲間に忘れ物を届けてくると言って店を出る。
人通りの多い商店街の中を、時折背伸びしながら小走りして、ご夫婦の姿を探した。
幸い、アーケードを抜ける直前で2人を見つけ、声をかけることができた。
「ありがとう。熱々のおでんで体が温まったから、気付かなかったよ」
こう言って笑ったご主人に、上着を渡してきびすを返す。
今度は全速力でお店へ戻ろうとしたところで、視界のはじに見覚えのある人物が映った。
うちの旦那様が、少し離れた所を歩いているのだ。
大学からもう帰ってきたのだろうか、それなら洗濯物を取り込んでもらうように頼もう。
そう思いついて駆け寄ろうとしたところで、その傍らに誰かもう1人いるのが見えた。
知っている人かと背伸びをして見てみたが、覚えがない。
……スーツを着た若い女の人の知り合いは、私にはいない。


とっさに酒屋ののぼりに隠れ、目だけ出してじっと見つめる。
他人の空似かと思ったが、私があの方を見間違えるわけもない。
2人は、時々短く会話しながら、商店街の脇道へそれていく。
メイドとしては、主人の知人には、追いかけてでも挨拶すべきなのだろうか。
でも、この格好ではとても、そんなことは無理だ。
制服とはいえ、この冗談みたいな茶摘み娘の衣装を着て、初対面の人にどう挨拶しようというのか。
現に今も、ちょっと向こうで私を指差して、連れと何か言い合っている人がいる。
路地を折れた2人は、洋食店の前で立ち止まった。
大衆的な商店街の雰囲気とは一線を画す、コース料理が主体の、なかなかの店だ。
洋食店ではなく、むしろ下町の隠れ家的レストランと言った方が、ぴったりくるような。
私なぞ、入るどころか前を通るだけで緊張する。
2人の姿がドアの向こうに消えたところで、私はうなだれてすごすごと茶店に戻った。
茶店のオーナーの趣味を、今日ほど恨めしく思ったことはない。


あの人は誰なんだろう。
仕事に戻っても、さっきの女性の顔が頭を離れてくれない。
旦那様と同じくらいの年格好だったか、いやもう少し若いかもしれない。
上品で身なりも良くて、いいとこの娘さんだと一目で分かった。
そう、上流家庭のお嬢様だ。
心臓がなぜかギュッと縮み、思わず私はお盆を握り締めた。
旦那様は、あの方と一体どういうお知り合いなのだろう。
研究室は男所帯でむさくるしいのです、と前に仰っていたから、ご学友だとも考えにくい。
そうなると、残る解答は一つしかなかった。
281美果と旦那様とアパート ◆CKHo.sFTP2 :2009/03/01(日) 21:36:11 ID:G4ObMAPx
ひどい。
たどり着いた答えに絶句した後、私の胸に浮かんだのは、この短い言葉だった。
こうして私が忙しく働いているのに、旦那様はのんびりデートだなんて。
しかもあんな洒落た店でお高いランチなんて、あんまりだ。
とはいっても、お抱えシェフのいる環境でお育ちになった方だから、本来はそういうのがふさわしいのだけど。
それにしたって、今の暮らしからすれば過分な贅沢だ。
私と歩く時は、せいぜい屋台の鯛焼きを買って食べるくらいなのに。
ご主人様とメイドだから、せめて外では……と、私はあの方に従うように少し後ろを歩いて。
鯛焼きだって、二種類食べたいと仰ったから、あんことカスタードを一つずつ買って半分こした。
大きく千切れてしまった頭の方を、惜しい気持ちを堪えてお譲りしたのに。
なのに、なのに。
こちらに気付かれなかったとはいえ、私の目の前で、別の人とお洒落なお店に入られるだなんて。


旦那様は、あの方と真剣なお付き合いをなさっているんだろうか。
もし、2人がご結婚なさるようなことになれば、と考える。
そうなると、きっと私はお払い箱だ。
主従とはいえ、二人暮しをしていた男女の仲が清かったと人は絶対思わないし、実際何も無いわけじゃないし。
そんな女を伴って新家庭に入られたのでは、たとえ以後奥様に一筋でも、旦那様の立場が悪くなる。
何より奥様となる人が難色を示すに違いないし、私も居心地が悪いだろう。
名家同士のご婚儀の場合、元のお屋敷から使用人を連れて行くパターンと、身一つで新家庭に入られるパターンがある。
後者の場合は、移動するのは結婚なさるご本人と荷物だけ。
あの方が一人娘なら、旦那様は婿養子に入られることになるのだろうし。
そうなると池之端家の正当な跡取りとは言えなくなってしまうけど、後ろ盾ができれば、研究にもきっとプラスになるだろう。
気苦労はあるにしても、ボロアパートでメイドに叱られ、本も満足に買えない今の生活よりは、いいに決まっている。
『自惚れないことね』
先輩メイドに言われた意地悪が、ふと頭に甦る。
お屋敷にいた頃、あの方の閨の役目を私がすることに決まった時に言われた言葉だ。
そうだ、私は自惚れていた。
『旦那様を一人にしておけないから、私がついていてあげないと』
二人暮しをするようになって間もなく、私はこう考えるようになっていた。
庶民の暮らしに慣れないあの方を、自分が導いてあげるべきだと。
田舎者の無学な小娘が、随分思い上がったものだ。
元々は由緒あるお屋敷で、がちがちの主従関係の中にいたのに、運命のいたずらで、たまたま一緒に住む羽目になって。
閨を共にしているのだって、お屋敷にいた頃からの習慣の延長みたいなものだ。
あの方が元いた世界に帰られれば、私はもう要らなくなる。
なぜか無性に悔しくて、潤む視界に目元を拭う。
手甲(てっこう)に涙のしみがついて、色が少し濃くなって見えた。
それが何だかおかしくて、乾いた笑いが浮かんでくる。
こんな衣装を着て泣いているなんて、それこそ馬鹿馬鹿しいもの。
さあ、いつまでも感傷に浸っている暇はない。
私情を職場に持ち込むのはご法度なのだし、なによりお店は忙しいんだから。
さっさとテーブルを片付けて、次のお客さんを案内しなければ。
せいぜい働いてくたくたになれば、妙なことを考える暇もなくなるだろう。
仕事熱心だとオーナーが見込んでくれて、時給が上がるかもしれない。
そう思うことにして、お運び仲間の仕事をぶん取る勢いで職務に戻る。
手持ち無沙汰になると洗い場に行き、汚れたお皿やコップを片っぱしから洗って、拭きまくった。
水と一緒に、胸の中のもやもやも全て流れていってしまえばいい。
282美果と旦那様とアパート ◆CKHo.sFTP2 :2009/03/01(日) 21:37:05 ID:G4ObMAPx
閉店まで仕事をこなして、後片付けもして私はお店を出た。
手には、売れ残ったおでんの包みがある。
若いのに苦労しているからと、茶店のオーナーがたまに持たせてくれるのだ。
これがあれば、アパートに帰ってから忙しくご飯を作らなくてもいいので、楽。
「ただ今帰りました」
いつものようにドアを開けて言うと、六畳間からのんびりと「お帰りなさい」という声が返ってくる。
それを聞いた瞬間、ふと昼間の記憶が脳裏によみがえった。
旦那様とあの女性が、肩を並べて歩いていた光景。
一旦無理矢理押さえつけた胸のもやもやが、反動で一気にぶり返してくるのを感じた。
「美果さん」
顔をしかめ、靴も脱がないまま立ち尽くしている私の耳に、旦那様の声が届く。
「ビーフカツサンドを頂きました。夕飯は、これにしましょう」
差し出されたのは、白い小奇麗な箱。
「サンドイッチ、ですか?」
「ええ。今日会った人が『夜にでも召し上がって下さい』と、くれたのです」
それは、もしかして。
昼間のあの女性の姿が、頭の中で大きくなる。
胸が言いようもなくざわざわして、手足の先がスッと冷たくなった。
「旦那様お一人でお食べになって下さい。私は、いりません」
台所へ立ち、おでんを放り込むように小鍋に入れ、コンロの火にかける。
冷蔵庫から残り物の煮びたしも出し、旦那様の隣をすり抜けてちゃぶ台へ運んだ。
「ちゃんと、2人分ありま……」
「いいえ。せっかくですけど、残り物を片付けたいんです」
目も合わせないまま、ご飯を乱暴に盛り付けて急須を手に取る。
サンドイッチに日本茶は合わないかもしれないけど、知るものか。
紅茶やコーンスープなんか、絶対に作ってあげないんだから。
温まったおでんの鍋を持ってちゃぶ台の前に行くと、旦那様もこちらへ来られる。
箱が開いて現れたのは、優美なレースペーパーに包まれた、大ぶりのビーフカツサンド。
中央にまだ赤みが残っている厚切りの肉を覆う衣には、茶色いソースが程よく染み込んでいる。
軽くトーストしたパンが、カツの重量感でしなるようにカーブを描いている、一目で高価だと分かる外見をしていた。
パセリとプチトマトが、ちょっと小首を傾げるように脇に添えられているのが、また憎らしい。
悔しいけど、すっごく美味しそうだ。
それに対して私の前にあるのは、串から外れた牛筋、崩壊した厚揚げにがんも、びろびろになった昆布。
鍋の中にある時点で、すでに残飯のごとき様相を呈している。
山高帽をかぶったシェフお手製のビーフカツサンドには、どうやったって勝てない。
言いようもなくむしゃくしゃして、私は乱暴にお箸を手に取った。
旦那様は、不機嫌な私を刺激しないようにか、恐る恐るサンドイッチを食べ始められる。
カツと共に挟まれている千切りキャベツが、咀嚼に合わせてシャキシャキいう音さえ、気に障った。


さっさと夕食を済ませ、お風呂と洗濯も終える。
サンドイッチはやはり2人分あったようで、旦那様は食べ切れなかった分を冷蔵庫に仕舞われていた。
きっと、明日の朝食にでもするつもりなのだろう。
おでんも1人では食べきれなかったから、私の朝食もまたおでんになる。
明日の朝まで、惨めな気持ちをひきずらなければならないのかと、うんざりした。
敷いた布団にダイブして、限界まで深く息を吐く。
「美果さん、風邪を引きますよ」
旦那様が私の肩に触れ、呼び掛けられる。
返事するのも面倒でそのままでいると、上からそっと布団が掛けられた。
旦那様が、ご自分の布団を掛けて下さったのだ。
そしてごそごそと音を立てて、隣に入ってこられる。
いつの間にか、同じ布団で寝る形になった。
283美果と旦那様とアパート ◆CKHo.sFTP2 :2009/03/01(日) 21:38:23 ID:G4ObMAPx
ぷいっと反対側を向いた私の体に、旦那様の腕が回る。
後ろから抱きかかえられ、背に旦那様の温もりを感じた。
こうしてもらうと、温かくって気持ちいいんだけど。
今日は心が波立つばかりで、全く落ち着かない。
首筋にかかる吐息に身を縮めると、そこに唇が押し当てられ軽く吸われた。
最近はこうして、言葉ではなく態度で誘われることが多くなってきている。
私がそれに応えて体の力を抜くのが、OKの合図だ。
「美果さん」
耳に触れるくらいの距離で、旦那様が囁かれる。
いつもならその求めに応じて向き直るところだが、今日は全くそんな気分にならない。
「お断りします。私、眠いんで」
抑揚のない声で言うと、旦那様がエッと息を飲まれる。
「どうしても駄目ですか?月の物は、終ったのでは……?」
先週その理由で断ったのを、覚えておられたか。
確かにもう終ってるんだけど、あの時以外ならいつでもOKだと思われるのは、しゃくだ。
私にだって、したくない時はある。
「気分が乗りません。ただ、それだけです」
逃げようと身を捩るが、思いのほかがっちりと捕まえられていて抜け出せない。
「先週は、あなたの仰るとおり、我慢したのですから……」
聞き分けの悪いことを言われ、腕が緩められる気配はない。
さらに心が乱され、とうとう私の頭の中で、プチッと何かが切れた。
「したいんだったら、昼間の彼女にさせてもらえばいいじゃないですか!!」
言い返した声は、夜に不似合いなほど大きかった。
「昼間?何のことです?」
「とぼけないで下さい。旦那様、綺麗な女の人と肩を並べて歩いていたじゃありませんか。
アーケードの脇の、お洒落なレストランに入っていかれたでしょう」
胸のもやもやが一気に爆発して、私はさらに語気を荒げる。
そうだ、やっぱりあれは洋食店などではなく、れっきとした本場風のレストランだ。
「それは……」
旦那様がハッとした様子で、言葉に詰まられる。
「ご一緒の方、綺麗で垢抜けてて、身なりも良くて。きっとどこかのご令嬢なんでしょう?
よかったじゃありませんか、お婿さんに貰ってもらえば、こんな暮らしから足を洗えますよ」
テレビもエアコンも洗濯機も無く、たまにトイレが詰まるこのボロアパートより、お屋敷での生活の方がいいに決まっている。
生まれながらのお坊ちゃんには、そもそもこんな暮らしは無理だったのだ。
旦那様なんか、壁にツタかバラの絡まる瀟洒な洋館か何かで、優雅にお暮らしになればいい。
庭に温室や茶室があったり、玄関に虎か熊丸ごと一頭の毛皮が敷いてあるような、隅々にまでお金の行き渡った暮らしを。
育ちの良い奥さんと上品な話題でお茶を飲んで、仲良くして。
年下の口うるさいメイドとの生活より、何倍もいいだろう。


「美果さん」
「何ですか、行くんだったら、さっさと行かれたらいいじゃないですか。
私、寂しくなんかありません。身軽になったら年相応に楽しんでやるんですから」
話そうとなさるのを遮って、思うままをまくし立てる。
旦那様なんか、旦那様なんか、私の前にも閨のお相手がいたくせに。
高校生の頃、当時お屋敷にいた、年上の美人メイドに手ほどきをしてもらったくせに。
私はその人に会ったことはないけれど、先輩メイドの話によれば、そりゃあ素敵な人だったんだそうだ。
最初がそうなら、次にあてがわれたのが私みたいなので、きっとがっかりなさったに違いない。
私は初めてだったのに、他の男の人なんか知らないのに。
こうなったら、凄い遊び人になってやる。
一人ぼっちになっても、きっと悪いことばかりでもないはずだ。
旦那様にあれこれ口うるさく言うこともなくなるから、表情も柔和になって、ひょっとしたらモテるかもしれない。
寂しければ大家さんに相手をしてもらえばいいし、庭の畑でガーデニングでもすればいい。
花を育てると心が豊かになるというし、最近は百円ショップで花の種もスコップも、プランターだって買える。
284美果と旦那様とアパート ◆CKHo.sFTP2 :2009/03/01(日) 21:39:36 ID:G4ObMAPx
だから、旦那様がよそに行かれたって構わない。
心配しなくても、私は新家庭にまでついていったりはしない。
あちらでいじめられない保障なんか、これっぽっちもないんだから。
世に名の知られた池之端家だって、使用人の世界ではいじめや陰口は日常茶飯事だった。
ましてや、婿養子にたった一人つき従ってきたメイドなんか、格好のいじめの対象になるだろう。
実家と池之端家を渡り歩いて、やっと静かな暮らしが手に入ったのに、また同じ世界に戻りたくはない。
必死で耐えても見返りなど無いのは、いやというほど知っている。
これ以上惨めになりたくなくて、お手を振り解こうと滅茶苦茶に暴れる。
しかし、私の体に回る旦那様のお手は、ちっとも緩む気配を見せなかった。
「美果さん、落ち着きなさい」
どうかお願いですから……と、旦那様が子供に教え諭すような口調で仰る。
「何ですか、言い訳なんか聞きたくなんか……」
「言い訳ではありません。そのままで構いませんから、僕の話を聞きなさい」
珍しく威厳のある声で、ぴしゃりと制されて息を飲む。
暴れるのにもいい加減疲れ、私はしぶしぶ体の力を抜いた。


私が大人しくなったのを確認して、旦那様がふうっと息をつき、口を開かれる。
「昼間の女性は、僕の恋人でも何でもありません」
「えっ」
仰った言葉に、私の目が点になる。
「親密であるように見えたのは、旧知の間柄だったからです。ただそれだけのことです」
「そんな、だって、すごく仲良さそうで……」
遠目だったけれど、二人とも笑顔を浮かべられていたし、距離も近いように思えた。
二人がレストランに入るところまでじっと見ていた私には、旦那様の仰ることがおいそれとは信じられない。
むしろ、私を大人しくさせるための嘘だとしか思えなかった。
「あの女性は、僕の兄嫁になるかもしれなかった人です」
疑念を捨てきれない私に怒ることもなく、旦那様がさらに言葉を続けられる。
そこに含まれていた言葉に、私は目を見開いた。
「兄……嫁?」
「ええ。あの方は、生前の兄とお付き合いなさっていた方です」
そんな、まさか。
「そもそもは、社を継ぐ兄の伴侶にと、周囲の者がお膳立てしたようなのですが。
きっかけが何であれ、あの方と兄は気が合って、時間を見つけて会っていたようです」
「でも、お葬式の時には……」
とても大きなご葬儀だったけれど、参列なさったのはほとんどが男性で、女性は数えるほどだった。
しかもほとんどが年配の方で、あの方のような若い女性はおられなかったと思う。
「まだ婚約前でしたからね。法的には他人なのですから、葬儀に出られる義務はありません。
何より、兄の死にショックを受けて、倒れられたそうですから」
「えっ」
「たとえ倒れられならなかったとしても、葬儀への出席は、あの方の周囲が阻止したでしょう」
家同士の思惑で引き合わされたのに、いざ相手が亡くなったら、お葬式に出るなだなんて。
「だって、それってあんまりじゃありませんか」
意地を張っていたのも忘れ、振り返って旦那様を見て言う。
今日初めて目を合わせたあの方は、当時のことを思い出したのか、少し悲しそうだった。
「結婚するはずの相手を亡くして『縁起が悪い女性』だと、噂を立てる人もいるでしょうから」
「そんな!」
お付き合いしていた人を亡くした上に、そんなことまで言われるなんてあんまりだ。
一体どこのどいつがそんなことを言うんだろう、コップでもぶつけてやりたい。
「妙齢の女性には、中傷されること自体が将来に関わるものです。
たとえ根拠が無くとも、本人の耳に入れば二重に傷つくことにもなりかねませんから」
確かに、そうかもしれない。
私も継母に「お父さんはもうお前のことを好きじゃない」「お前はいらない子だ」と何度も言われた。
そんなわけないと言い返しても、払いきれなかった言葉のとげが心に刺さって、ふとした時に痛んで泣いた。
ひょっとして、継母の言葉の方が正しいのかも……と、悲しい疑念に捉われたことには覚えがある。
285美果と旦那様とアパート ◆CKHo.sFTP2 :2009/03/01(日) 21:40:29 ID:G4ObMAPx
「彼女がこれ以上傷つくことが無いよう、お父上がそうご判断なさったのでしょう。
葬儀に来られなかった時は、僕もなぜと思わなかったわけではありませんが」
「……旦那様は、お2人のことをご存知だったんですか?」
「ええ、子供時代に何度か会ったことはありました。
大人になってからは忘れていましたが、兄に名を聞いて思い出したのです」
「お兄様に?」
「『親の思惑がらみだというのに引っ掛かりはあるが、妙に気が合う』と。
あのしっかり者の兄が、この時ばかりは少し照れくさそうに呟いていました」
その時のことを思い出されたのか、旦那様の表情がさらに切なくなる。
死んだ人のことを話す時、人はこういう顔をする。
再婚する前の父が、時折こういう顔で母の思い出話をしていたもの。
「風の噂に、あの方は空気のいい別荘へ行って、静養なさっているのだと聞いていました。
先だって、やっとこちらに戻ってこられたようで」
「それで、訪ねてこられたんですか」
「はい。僕が屋敷を出たことは、あちらの耳にも届いていたようなのですが。
詳しい住所までは分からなかったようで、大学まで訪ねてこられたのです」
「それで……」
「話が長くなるのが分かりましたから、散らかったむさくるしい場所にいて頂くのは気が咎めました。
ならば、どこか店へ……と」
「そうだったんですか」
「ええ。予想通り、随分長く話しました。まずあの方が、葬儀に出られなかったことを丁重に謝罪なさって」
「そんな、あの方のせいじゃないのに」
旦那様のご両親とお兄様が亡くなったのは、不幸な事故のせいだったのに。
「謝って頂く必要がないのは分かっていましたが。しかし、彼女はそうしたかったのでしょう」
「気持ちを整理するため、ですか」
「はい。葬儀に出られなかったことが心にわだかまっているのであれば、謝られることで一区切りがつくでしょうから」
「そうですね。最後のお別れが、できなかったんですからね……」
好きになりかけていた人を亡くして、あの方がどれだけ苦しかったのは、私には分からない。
母が亡くなった時のことを思い出せば、それに近いかもしれないとは思うけれど、それも想像の域でしかない。
「形だけ謝罪を受け取ってからも、長時間話しました。生前の兄のこと、昔のことから、今現在に至るまでのことも」
「今……というと、あの方はもう大丈夫なんですか?」
昼間の反感などすっかり忘れ、恐る恐る尋ねる。
好きな人を亡くした挙句に今も苦しいのなら、あまりにもあの方が気の毒だ。
「まだ万全とまではいかないようですが、大分良くなられたようです。
もう少し落ち着けば、あれ以来休職なさっていた仕事にも、復帰されると」
「よかった……」
名前も知らない人、ましてや昼間、散々毒づいた相手であるのに。
旦那様のお答えを聞いて、私の胸がすうっと軽くなった。
昼間に二人が仲良さそうに見えたのは、亡くなった方のことを話す相手がやっと見つかったからなのかもしれない。
あの方の周囲の人は、つとめてその話題を控えるだろうし、旦那様にもこのことを話す相手はいなかった。
本来悲しみを共有するはずの肉親は、会社とお屋敷を乗っ取って、この方を放り出したのだし。
ただ一人残った私も、お兄様のことを知っているとはいえ、所詮メイドに過ぎない。
しかも数年しかご奉公していなかったのだから、使用人の立場でしか見ておらず、心に残るエピソードも無い。
あの方と旦那様が親密に見えたのは、亡くなったお兄様という存在が二人を近付けたから。
私がそれに腹を立てたところで、元々どうなるものでもなかったのだ。
そればかりか、そもそも腹を立てること自体がお門違いだったことになる。
「疑念は、晴れましたか」
ふつふつと湧き上がる後悔の念に押し黙る私の耳に、旦那様の声が届く。
そうだ、暢気に抱きしめられている場合なんかじゃない。
「旦那様。本当に申し訳ありませんでした」
飛び起きて姿勢を正し、横になられたままの旦那様に深く頭を下げる。
勝手に誤解して、冷たい態度を取って、ひどいこともたくさん言って。
言葉にしなかったことも含めれば、精一杯謝っても、きっと足りないくらいだ。
昼間の女性は、ご自分が悪くないのに丁重に謝られたのだという。
対して私は、100%自分のせいで謝っているのだ、ああ何という差なんだろう。
286美果と旦那様とアパート ◆CKHo.sFTP2 :2009/03/01(日) 21:41:33 ID:G4ObMAPx
「美果さん、顔を上げて下さい」
謝り続ける私を見かねたのか、旦那様が身を起こして向かいに座られる。
「僕も、謝らねばなりません。あなたを放って、あの店でランチを食べました」
「……は?」
旦那様が神妙に仰った言葉に、私の思考が停止する。
私のしたことに比べれば、高いランチを食べたくらいが何だというのだ。
「そんなこと、どうだっていいじゃありませんか」
「いいえ、頑張って働いているあなたの目と鼻の先で、僕は贅沢をしたのです」
名家のご令嬢とおられたんだから、へたな店には入れないに決まっている。
むしろもっと高い店とか、大きなホテルのレストランでもいいくらいなのに。
「美味しかった、ですか」
気にしないで下さいと言いたいけれど、旦那様は必要以上に後ろめたく感じられているご様子だ。
謝って気が済むのなら、思うようにして頂く他はない。
「ええ、スープが、特に。とても滑らかで……」
美味しい物を食べてきたんだから、もっと晴れやかに説明してくれればいいのに。
「ランチのコースだったんでしょう?前菜とスープとパンと、魚料理と肉料理ですか」
「はい。デザートと、食後のコーヒーもついていました……」
このアパートに移ってからというもの、私がこの方に作るのは、ごくごく一般的なお惣菜ばかりだった。
ランチとはいえコース料理なんか、それこそお屋敷にいた時以来だったに違いない。
がみがみ言うだけより、たまにはそういう食事をさせてあげた方が、旦那様のやる気につながるかもしれない。
アメとムチとはいうけど、ともすればムチだけになってしまっているし。
「高いお金を出したんだから、まずい方が問題じゃありませんか」
「…………」
「まだ、何か?」
後ろめたいことが、まだあるのだろうか。
私が殊勝なことなんてそうはないのだから、白状するなら今のうちなのに。


「支払いは……、あちらが持って下さると、仰ったので……」
とても言いにくそうに、ほとんど聞き取れないほど小さな声で旦那様が仰る。
「二人分のランチ代と、サンドイッチのお土産代まで全部、ですか?」
「はい。申し開きもできません」
がくりと頭を垂れる旦那様を見ながら、私は大きく溜息をついた。
男女同権の世の中なのだから、支払いは必ずしも男性が……というのが古臭いとは、分かっているけれど。
長く静養されていた方にご馳走になりっぱなしだなんて、ちょっとどうかと思う。
しかも、ひょっとしたら兄嫁になられるはずだった方なのに。
「旦那様が『おごって下さい』と、あの方に勘定を押し付けられたわけじゃ、ないんですよね?」
「そんなことは断じてしません。ただ……」
「ただ?」
「今の暮らし向きを正直に話した後でしたので、気をつかわせた可能性は、多分にあるのですが……」
「え、今の暮らしを正直に?」
まさか、天下の池之端家のご子息が、ボロアパートでがさつなメイドと暮らしている、と?
「はい。あちらのお話を聞くうちに、僕もいつの間にか、包み隠さず話していました。
そうしたら『待っている方に、お土産を』と仰って」
なんと心優しい方だろう、たかがメイド風情にまで気をつかって下さるだなんて。
そんなできた方を一度でも悪く思った自分が、ますます小さな人間に思えてくる。
もし事故が無くて、あの方が旦那様のお兄様とご結婚なさっていたら、きっと素晴らしい若奥様になられていたに違いない。
「終ってしまったことは仕方がありません。ですから、顔を上げて下さい」
先に謝っていたはずの私が、いつのまにか旦那様に謝ってもらっている。
「もしまた今度、あの方が来られた時は、次こそおごってあげて下さい。
旦那様はかりにも池之端家の跡取りなんですから、おごられっ放しではご家名に傷がつきます」
「はい」
「その時にお財布の中が寂しかったら、つけにしておいてもらえれば、後でこっそり払いに行きますから」
おごられることに抵抗を無くしては、この方の将来に差し障りがあるかもしれない。
家名もさることながら、旦那様がしっかりした所を見せることで、あの方が安心して気分が楽になるかもしれないのだから。
「ただし、ディナーはやめて下さいね。ランチか、ケーキセットまででお願いします」
287美果と旦那様とアパート ◆CKHo.sFTP2 :2009/03/01(日) 21:42:35 ID:G4ObMAPx
「承知しました。肝に銘じておきます」
旦那様が大きく頷いて、ホッとしたように肩から力を抜かれる。
そこまで後ろめたかったから、私がさっき問い詰めた時に、言葉に詰まられたのだろうか。
そんな反応をなさるから、私はますますあの方とのことを誤解する羽目になったのに。
私が今夜した一連の言動の原因は、少しは旦那様にもあるんです。
厚かましくそう考えながら、昼間の女性の顔を思い出し、もう一度心の中で謝った。
しかし、旦那様への謝罪が中途半端になったままでは、居心地が悪い。
まだ済まなさそうになさっているお顔に触れて、無理矢理正面を向いて頂くことにした。
「旦那様、美味しい物を召し上がったことなんて、私全く怒ってやしません。
それより、失礼な態度を取ったり、生意気では済まないひどいことを言った私の方が、悪いんですから」
本当に、今夜の私の態度は、ただの勘違いで片付けられる範囲を超えている。
つくづく、私は誤解癖があるようだ。
前に真珠のペンダントを頂いた時も、ご両親の残されたお金で買われたのだと早合点してこの方を責めたし。
旦那様は、たかだかランチ程度のことでこんなに申し訳なく思って下さるほど、お優しい方なのに。
犬は飼い主に似るというけど、メイドは主人には似ないものなのだろうか。
私も、せめてもうちょっと優しく、大らかになれればいいのに。
自分がまた情けなくなってきて、私は旦那様と入れ替わりに下を向いた。


「美果さん、顔を上げて下さい」
今日二度目となる言葉が、私の耳に届く。
「誤解が正されたなら、僕はもういいのです」
「本当……ですか?」
俯いたまま恐る恐る窺うと、旦那様が頷かれる気配がした。
「ええ。終ってみればむしろ、女性にヤキモチを焼いて頂くという、非常に有意義な体験ができました」
続いて聞こえた言葉に、私の思考がまた停止する。
「や、ヤキモチなんかじゃありません!」
違う、断じて違う。
この方は一体何を仰っているのだろう。
予想外の事態に、ちゃんと謝ろうという私の決意は、また半ばで崩れた。
「違うのですか?」
「違うに決まってるじゃありませんか。何で私が、旦那様にヤキモチを焼かなくちゃいけないんですか」
今度は私が旦那様に誤解される番なのか、全くなんて日なんだろう。
「僕があの方と歩いているのを見て、あなたは気分を害したのでしょう?」
「それは……その……」
確かに、並んで歩く二人を見た瞬間、全身がびっくりするほどカーッとなったけど。
でもそれは、旦那様はあの女性のお婿さんになられるのだと、超高速で勘違いしたからであって。
あと、食べ物の恨みと。
「違います、ヤキモチを焼いたんじゃありません」
「では、何だというのです?」
「旦那様がお婿さんに行かれたら、私は一人になるって、思ったから……」
社会人なのに、一人が寂しいと言うなんて子供じみている。
でも、正真正銘の一人ぼっちにはなったことがないのだから、知らぬ物への恐れを抱いたのはしょうがないもの。
「美果さんは、一人が嫌いですか」
「そりゃあ……そうです。実家でもお屋敷でも、ここでも。同じ屋根の下に人がいなかったことは、ありませんから」
「なるほど、そうですね。僕も全くの一人になったことはありません」
旦那様がふむと頷いて、考え込むような表情をされる。
池之端家をクビになった時、私は本当はそうなるはずだったけど。
この方に拾って頂いて、一緒に暮らすようになったから、一人ぼっちは幻で終った。
情けなくても頼りなくても、旦那様がここにいらっしゃるのは、もう当たり前になってしまっている。
世話を焼かなければいけない人がいなくなるのだから、寂しくなると想像するのが当たり前だ。
288美果と旦那様とアパート ◆CKHo.sFTP2 :2009/03/01(日) 21:43:39 ID:G4ObMAPx
「心配には及びませんよ。僕は美果さんを放って、婿入りなどいたしません」
「え……」
「あの方のことが気に掛かるのは事実ですが。それとこれとは全く別のことです」
「本当、ですか?」
聞けば聞くほど、昼間の女性は素敵な人のようだったのに。
綺麗で性格も良くてお金持ちなのなら、私が男なら放っておかない。
「僕は、兄の代わりにはなれないでしょうから。それに、あちらには跡取りがいらっしゃいますし。
ですから、僕が入る隙間など最初から無いのです」
旦那様が私を抱き寄せて、言い聞かせるようにゆっくりと仰る。
髪に吐息がかかって、ふわふわとくすぐったい。
でもそんなことは全く気にならないくらい、胸が温かくなった。
旦那様は、私を置いてけぼりになさらず、ここにいて下さる。
頼りないと日頃思っているはずなのに、一人にしないと言い切って下さったことがとても心強くて。
なんだか甘えたくなって、私は旦那様のお胸に頬を寄せてぴったりとくっついた。
ここでの暮らしは、実家や池之端家のお屋敷にいた頃より、ずっと不安定だけど。
これほど心底安心したことは、きっと今までなかったと思う。
体に入っていた無駄な力がすっかり抜けて、旦那様に身を預ける。
旦那様は私の頭を撫でた後、そっとキスを下さった。
舌が絡められて深いキスになっても、もう今では戸惑うこともない。
ただ、続けるうちに頭がぼうっとしてきて、他のことがみんな飛んでいってしまうけれど。
今さっきまで捉われていた、後悔や情けない気持ちなんか、全てどこかへ行ってしまえばいい。
「美果さん」
唇を離して、旦那様が熱っぽく私の名を呼ばれる。
「先程『眠いから断る』と言われましたが……」
「あっ」
確かに、さっきそう言って旦那様の誘いをはねつけた気がする。
でも、もう今は、そんなとげとげした気持ちはどこにも無い。
「さっきのは、取り消します。拗ねてただけですから」
言って笑ってみせると、旦那様が目を細めて応えられる。
もう一度軽く口づけられてから、2人で布団に横になった。
手際よく脱がされ、夜の冷気が肌に触れて少し身震いする。
「寒いですか?」
問いに答える前に旦那様が被さってこられたので、私は首を横に振った。
こうしていれば、ちっとも寒くなんかない。


旦那様が、私の体の線をなぞるようにして、あちこちに触れられる。
お手だけじゃなく、たまに肌に唇を寄せたりもなさって、私は何度も身震いした。
弱い場所を刺激されるたび、堪えきれない声が漏れてしまう。
普段はなるべく我慢するのに、今日はそんな気には全くならなかった。
「あっ」
胸にたどり着いた旦那様の指が、乳首をかすめる。
途端に、そこに全ての感覚が集中したように思えた。
「あ……んっ……あ……」
体がギュッとこわばり、胸を這うお手をつかんでしまう。
そうすると、今度はそこに旦那様の髪がさらりと触れて。
舌先で乳首をつつかれて、声がもっと甘くなった。
指だけでも感じるのに、そんな風にされたら、尚更いけない。
キスの時よりももっと、他のことが完全に頭から消えてしまう。
「旦那様……っは……んっ……」
今度は、旦那様の髪に手を入れ、ねだるように引き寄せてしまう。
元々感じやすくはあったけれど、今日はさらに輪をかけて気持ちよかった。
私がうっとりしているのが知れたのか、旦那様が執拗にそこを責められる。
次第に耐え切れなくなって、もうやめて下さいとお願いしても、旦那様がそこから顔を上げられることはなくて。
まともに口がきけなくなるくらい、私はすっかり蕩かされてしまった。
何で今日はこんなに早く……と、回らない頭で考える。
不安を解消してもらって、リラックスしているから、かな。
だから……と考えている間に、胸にあったお手が、お腹をなぞってゆっくりと下りて、茂みの下へと向かう。
旦那様の指が柔らかい場所を押し開いて、一番感じる場所にたどり着いて。
何度か擦られただけで、私は軽い叫びを上げて達してしまった。
289美果と旦那様とアパート ◆CKHo.sFTP2 :2009/03/01(日) 21:44:38 ID:G4ObMAPx
余韻に浸る間もなく、旦那様が私の足首を持ち上げて大きく開かされる。
快感の名残のある体では、されるがままになる他はなくて。
あっと思った時には、旦那様がそこに屈まれていて、脚が閉じられなくなった。
ほうっ、とどこか感心したように息をつかれるのが聞こえる。
隠せなくなったそこを余す所なく見られていると思うと、そこが余計に潤んでくるようだった。
「あの……」
たまりかねて呼びかけ、手を伸ばして旦那様に触れる。
旦那様の視線の先にある場所がどんなに濡れているかは、自分でも分かるくらいで。
いつもより感じている証拠のようなそこを、じっと見られるのは恥ずかしすぎる。
「欲しい、ですか」
旦那様が、笑みを含んだ声で仰った言葉に、頬がカッと熱くなる。
私が呼びかけたのは、じっと見ないで下さいと言いたかったからで、早くと求めているからじゃないのに。
でも、そこをご覧になった旦那様が、そう思われるのも無理はない気がした。
シーツまで濡らしているんじゃないかと思うほど、ぐしょぐしょになっていたから。
「いいえ。次は、私の番です」
欲しい、と喉まで出かかった言葉を抑えて起き上がり、あべこべに旦那様に覆いかぶさる。
自分からすると言うのも恥ずかしかったけど、あのままずっと見られているよりは、ましだと思えたから。
お脱がせしたパジャマと下着を、内心のドキドキを隠すように時間を掛けて畳む。
それでもまだ思い切りがつかなくて、未練がましく布地を指でなぞった。
「あっ」
旦那様が、ぐずぐずしている私の手を取って、ご自分のアレに触れさせられる。
熱い……と思わず呟いてしまい、また頬に血が昇るのが分かった。
初めてするわけでもないのに、今更だなどと思われたんじゃないだろうか。
胸のドキドキがなお一層高くなってしまい、半ばパニックになりながら、私は手を動かし始めた。
軽く握り締めて上下に扱いて、合間に先の方を指でくすぐって。
さっき胸を触られていたときのことを思い出し、同じように触れる。
幸いそれが良かったようで、旦那様の息が荒くなりはじめた。
それを感じ取り、ようやく落ち着きかけていた私の頬に、旦那様がそっと手を添え、何か言いよどまれる。
仰りたいことを理解した私は、素直に姿勢を落とし、アレを口の中に納めた。
望まれるとおりに吸い付いて、舌先で輪郭をなぞり上げると、旦那様のお体に力が入る。
いきなり追い立てるようなことはせず、時間をかけて愛撫を続ける。
呼吸をなお一層乱しながら、旦那様は私の動きに合わせて腰を揺らし始められた。
あと少し……と予感した時、不意に旦那様が身を起こして、私の肩に手を掛けられる。
「今日は、早く美果さんを抱きたい気分なのです」
だから、もう……と言って、私を退かせられる。
そして、ご自分の準備を済ませられた旦那様に、私はもう一度正面から抱きしめられて。
旦那様の温もりと香りに包まれて、胸がギュッと締めつけられた。
私は一人ぼっちじゃない。
こんなに優しい方と、一緒に暮らしているんだ。
実家や池之端家ではついぞ感じたことのない、幸福な安堵感とも呼ぶべき物が体を包むのを感じた。
「どうしました?」
「……いいえ。どうもしません」
ただ、ちょっと鼻の奥がツンとなって、涙が出そうになっているのを堪えているだけです。
首を振って抱きつく力を強めると、旦那様のお手が頭を撫でてくれる。
その心地良さに目を細めた後、私は腕の力をそのままに、背中から布団に倒れこんだ。
「あっ」
不意をつかれた旦那様が、私を押し潰さないように手を付かれる。
その慌てっぷりがおかしくて、私はつい吹きだしてしまった。
「美果さんは、僕を驚かすのが好きなのですね」
「はい、大好きです」
旦那様が私を見て、困ったり驚いたりするのが、なぜだか嬉しい。
そしてその後に笑ってくれれば、尚いい。
「困った人ですね」
ほら、笑った。
「きゃっ」
どうだと得意になったその時、いきなり旦那様のお手にお腹の下を撫でられて声が出る。
「お返しです」
今度は、旦那様がしてやったりというような表情になられる。
とっさに脚に力を入れた私の隙をついて、また胸に舌が這わされた。
290美果と旦那様とアパート ◆CKHo.sFTP2 :2009/03/01(日) 21:46:19 ID:G4ObMAPx
「ひゃっ……あ……あんっ……」
さっきされたばかりなのに、やっぱり気持ち良くて、意味のある言葉が言えなくなってしまう。
ただ頬に血が昇るのを感じながら、強く目をつぶるしかできない。
旦那様は胸に顔を埋めながら、アレの納まる場所を探すように、腰をもぞもぞと動かし始められる。
それがまるで、焦らされているかのようで。
耐えられなくなって、私はまるで誘うかのように脚を開いていた。
「あ……」
ようやくアレが濡れた場所に押し付けられ、立った水音に息を飲む。
そして、胸への愛撫はそのままに、そこに少しずつ力がかけられていって。
「やっ……。あ……あ……」
熱く逞しい物が入ってくる圧迫感に、呼吸が大きく乱れた。
胸だけでも気持ちいいのに、同時になんて。
入れられただけでイくなんて恥ずかしすぎるから我慢しようと、シーツを握り締めて耐える。
力を入れすぎた手が、ぶるぶる震えた。
「大丈夫ですか」
そう尋ねる、旦那様の吐息にさえ感じてしまう。
はいという返事は、妙に力んだ声になってしまい、あたふたした。
旦那様が、やっと胸から顔を上げられ、ゆっくりと腰を使われはじめる。
かき混ぜるように中を擦りあげられて、つながった場所からいやらしい水音が立つ。
弱い場所を狙いすましたかのように責められて、私はどうしようもないほど喘がされた。
たまに突き上げを緩めて、旦那様が私の体のあちこちにキスされて。
痕が残るかな、などと頭の片隅で考えるのだけど、それもすぐにどうでもよくなった。
「んっ」
旦那様が私の膝を押し開き、さらに深く腰を沈めてこられる。
一番奥までアレが届いて、私の心と体を容赦なく抉って乱れさせて。
堪らずお背に抱きつくと、汗ばんだ胸と胸が密着した。
「旦那様、もう……」
こうなっては、さすがに駄目。
肩口に額を押し付けて訴えると、あの方が頷かれたのが感じられて。
そのまま畳みかけるように突き上げられ、私はとうとう、喉が痛くなるくらいに叫んで達してしまった。


まるで長距離走の後のように、意識が朦朧として、喉が苦しい。
呼吸を整えようと頑張っていると、そのまま一気に抱き起こされ、私はあの方の膝の上に座る格好になった。
背をさすってもらうのが気持ち良くて、自然にまぶたが下りてくる。
「美果さん」
「はい。……はい?」
呼び掛けに答えたのは、我ながら小さく、しまりがない声だった。
「疲れましたか」
気遣わしげでありながらも、どこか残念そうな声で旦那様が問われる。
「……いいえ。大丈夫、です」
ようやく呼吸が楽になって、先程よりも幾分はっきりと答える。
そうですか、と頷かれた旦那様が、官能的な手つきで私のお尻を撫でられる。
それを合図に、私は恐る恐る腰を動かし始めた。
ゆっくりなのだけれど、体重のせいで、さっきより深く繋がっている気がする。
潤みきった粘膜が、旦那様のアレを締めつけ、絡み付いているのがはっきりと分かった。
「あ……」
たっぷりと味わうように、旦那様の膝の上で腰を使う。
胸と胸が擦れ合って、それもまた気持ち良かった。
感じる場所からもやもやとした物が立ち上がってきて、頭のてっぺんから爪先までを支配しはじめる。
今しがた達したばかりなのに、また同じ物が欲しくて、堪らなくなって。
夢中で腰を動かす私の肌を、旦那様が撫でられる。
肩から下へ向かった手は前に回り、やがて私たちの体の間へ無理矢理割り込んで。
旦那様のアレを食いしめている私の柔らかい場所にたどり着き、肉芽を探り当てた。
「あっ!」
ただ指が押し付けられただけなのに、鮮烈な快感が走って動きを止める。
ここを触られると、本当にもう抑えが効かなくなってしまうのに。
291美果と旦那様とアパート ◆CKHo.sFTP2 :2009/03/01(日) 21:47:03 ID:G4ObMAPx
旦那様が気持ちいいように動くべきなのに、私は貪欲にも、あの方の指がそこに当るように腰を動かし始めていた。
お腹とお腹を擦り合わせるように腰を使うと、指が肉芽を抉るように刺激して気持ちいい。
その刺激に体が跳ね、旦那様のアレを食い締めている場所が、キュッと収縮するのが分かる。
中も外も気持ち良くて、旦那様の肩に掛けていたはずの私の手は、いつの間にかあの方の首に回り、縋りついていた。
肌の密着が増して、息もまた乱れてくる。
「あっ……あ……んっ……」
快感に陶然となる頭の片隅で、旦那様をイかせてあげなければと思い出す。
私は二回も……なのに、この方はまだだから。
使命感めいた物に駆られて、お腹に力を入れ直して。
私はもう一度、旦那様にいいように動き始めた。
それに応えるように、旦那様も腰を動かされはじめて。
ともすれば快感に負けそうになりながらも、ぎりぎりの所で耐え続けた。
「美果さん……。あ、もう……」
旦那様が切なげに呟かれて、アレが私の中で大きく脈打ち、弾ける。
それを感じ取ったのとほぼ同時に、視界が真っ白になった。


しばらく、気を失っていたらしい。
気がつくと、私は布団に横たわっていて、旦那様が脇でこちらを見ておられた。
やだ、無防備な寝顔を見られたんじゃないだろうか。
慌てて布団に隠れる私を見て、旦那様が吹きだされ、空気が凪いだ。
「美果さん。身軽にしてあげることは、まだ無理のようです」
笑みを含んだ声で仰った中には、さっき私が口にしてしまった失礼な単語が含まれていた。
一瞬ひやりとしたけれど、その言葉でからかわれたということは、怒っていらっしゃらないということだ。
「残念です。モテモテになって、いっぱい遊ぼうと思っていたのに」
私だって、年相応に、合コンや夜遊びに興味がないわけじゃない。
くぐもった声で言うと、旦那様が布団越しに私を引き寄せられた。
「あなたに苦労をかけていることは、日々重く受け止めています。
だからこそ、僕は美果さんを一人にはしないということを、分かっていて下さい」
布団にもぐり込んだ旦那様のお手が、私の手を探り当てる。
ちっとも綺麗じゃない荒れた手なのに、包み込むように握り締めて下さって、私の心に火が灯ったようになった。
何だかすごく幸せな気分になって、繋いだ手を頬にすり寄せ、うっとりと目を閉じる。
生活の苦労なんて、大したことじゃない。
お金が無いのは本当だけれど、頑張れば認めてくれる人がいる今の生活は、やり甲斐がある。
人の悪意をぶつけられることもないから、気楽だし。
「早く身を立てて、美果さんにもう少し楽な暮らしをさせてあげられれば、と思います」
「楽な暮らし、ですか」
「はい。日頃アルバイトや家計のことで頭を一杯にしているあなたを、早く、僕のことだけ考えていられるように」
そんな日々は、ちょっと想像がつかないけれど。
旦那様がそんな風に頑張って下さる気持ちがあるのなら、本当に叶う気がした。
「僕のことと、せいぜい今日のおかずについてだけ、考えていればいいような」
えっ。
「そんなんだったら、私ますます馬鹿になるじゃありませんか」
旦那様の言葉を遮って、思わず言ってしまう。
今だって、頭を叩いたら乾いた音がするくらい馬鹿なのに。
「僕はそれで構いません。悩んでいるより、明るく元気な美果さんを見ていたいのです」
そう言って、私の顔を覆う布団をめくった旦那様が、そっと唇を重ねてこられる。
そんな風にされると、本当に大事にしてもらえているんだなあと思えて。
嬉しい反面、このままではいけないという思いが胸に滾ってくる。
この方のやる気を、削ぐようなことをしてはいけない。
旦那様には頑張って頂いて、いつの日にか絶対に、会社とお屋敷を取り戻して頂かねばならないんだから。
292美果と旦那様とアパート ◆CKHo.sFTP2 :2009/03/01(日) 21:48:50 ID:G4ObMAPx
名家のご子息であられる旦那様と、メイドの私のアパートでの暮らし。
最初はぎくしゃくして腹を立てるばかりだったけど、日々を過ごすうちに、とてもうまく回るようになった。
旦那様が大学院に行っておられる間に私はアルバイトをして、夕方帰って家事をして。
お帰りを待って、一緒にご飯を食べてから、旦那様は勉強、私は家でできるアルバイトと家事の残りをして。
そして、たまには一緒に寝て。
質素だけれどなかなか楽しい二人暮しは、それから二年ほど続いた。




──第9話終わり──
293名無しさん@ピンキー:2009/03/01(日) 22:55:48 ID:z2bmSIm3
GJ!
しかし、なんかこの終わり方は最終回(または大きな区切り)が近いような気がするぞ。
294名無しさん@ピンキー:2009/03/01(日) 23:17:14 ID:MiQdiT54
GJ!
「それから2年後」ってあるぐらいだしね。
295名無しさん@ピンキー:2009/03/01(日) 23:17:49 ID:MiQdiT54
下げ忘れたごめん。
296名無しさん@ピンキー:2009/03/01(日) 23:34:21 ID:XNyFtjXr
美果さん待ってた!

確かにこの話の流れからだと、何かありそうだ。
すみれさんも一波乱あるし、こちらもまた続きが気になる!
何はともあれ、GJ!!
297名無しさん@ピンキー:2009/03/01(日) 23:44:08 ID:1kff308M
美果さん、明らかにやきもち妬いてはりますやん。
でも、なにがなんでも認めたくないんでしょうね。
298名無しさん@ピンキー:2009/03/02(月) 00:01:48 ID:KKysU4Gf
うっほぉぉぉぉう美果さんキタ――(゜∀゜)――!!
焼きモチ焼く美果さんがいじらしくて可愛いな。
この先どうとも転がる展開楽しみにしてます!
299名無しさん@ピンキー:2009/03/02(月) 00:09:25 ID:HUPDlD/K
2年後の旦那さまと美果さんに一体何が!?
続きが気になります……ドキドキしながらGJ!
300名無しさん@ピンキー:2009/03/02(月) 00:31:54 ID:H55lD27y
>>293
普通に別れんだろ?
女中と主人だもんな
301名無しさん@ピンキー:2009/03/02(月) 01:03:51 ID:lyjNq8Bi
美果さんのほんとの旦那さまに、旦那さまがなるんすか!?
美果さんのほっこりした気持ちと濃いエッチのギャップがたまらん。えろ〜いw
302名無しさん@ピンキー:2009/03/05(木) 01:38:49 ID:76qPRY8d
GJ!

ところで気になってしまったのだが、観音さまは仏教だがお社って神道じゃね?
303名無しさん@ピンキー:2009/03/07(土) 17:08:58 ID:WNUJh708
304名無しさん@ピンキー:2009/03/07(土) 18:43:50 ID:92HXTMfi
このスレ、ご主人様呼びが少ないね。
和風メイドなら旦那様とかありだと思うけど、やっぱご主人様呼びが一番萌えるな〜
305名無しさん@ピンキー:2009/03/08(日) 00:15:29 ID:ZIi/oyNA
俺は旦那様のが好きだ
306名無しさん@ピンキー:2009/03/08(日) 00:26:52 ID:kNDqKv4Q
慕ってくれればそれでいい
307名無しさん@ピンキー:2009/03/08(日) 18:50:52 ID:1JleVAHq
呼んだら天井からシタッ!と現れるんですね、わかります。
308名無しさん@ピンキー:2009/03/08(日) 22:42:02 ID:kNDqKv4Q
呼び方は「お館様」
309名無しさん@ピンキー:2009/03/09(月) 03:53:06 ID:VPPk/udm
>>307-308
なんとなくそんなメイド




「ねえシノブ」
「なんでございましょう坊ちゃま」
 僕のすぐ後ろから声がする。
 僕は振り返る。そこにはいつもどおりのメイドがいる。
 糸みたいに細い眼。
 月のない夜みたいな色の髪。
 僕よりも年上な、そんなメイドが僕に付き従っている。
「今日も鉄砲を持っているの?」
「はい」
 シノブは口数が少ない。
 屋敷の他のメイドみたいに日がな一日おしゃべりをしている姿なんて想像もつかない。
「…思うんだけど、シノブみたいな女の子があんまりそういうのを持つのってよくないと思う」
「わたくしの任務は坊ちゃまをお守りすることです」
「…坊ちゃまはやめてよ。来月でもう僕は15になるんだし」
「わたくしにとって坊ちゃまは坊ちゃまです」


「ねえシノブ」
「はい」
「街中なんだから、こう毎日僕の登校の送り迎えをしてくれなくてもいいと思わない?」
「いいえ。坊ちゃまの身をお守りするのがシノブの務めです」
 そう言ってシノブは糸みたいな目で周囲を警戒するように見渡すと、僕のすぐ後ろに控えている。



「ねえシノブ」
「はい」
「シノブって、幾つになるの?」
「気になりますか?」
「うん。だって、シノブは僕が子供の頃から仕えてくれてるじゃない?
 でも、今でも全然姉さまたちより若く見える」
「女性に歳を聞かないのが紳士の慎みというものです」
 そう言って沈黙に戻るシノブ。
 シノブって名前もヘンだ。どっか他の国の響きがある。シノブはそのことについて一言も
教えてはくれないんだけど。
 金色や栗毛とも違った真っ黒い髪の毛。
 はるか東方にはそういう髪の色をした人たちが住んでる、って話をきいたことはある。
 シノブも東方の出なのかな?
 そんなことを考えながら歩いていると、どこからともなく声が聞こえてくる。
 男たちの怒声。そして、小さい子供が泣いているような声。
310名無しさん@ピンキー:2009/03/09(月) 03:54:31 ID:VPPk/udm
「シノブッ!」
「はい」
「あそこ! 急がないと!」
 僕は走った。
 人が、殴られてる。
 小さい子が、大勢の大人に取り囲まれて、蹴られてる!

「待てッ!」
 僕の声が路地裏に響く。
 ギロリとこちらを向く顔。
 ケダモノみたいな、濁った瞳。
「そ、そんなこと、しちゃダメだ!」
 途端に急に、身体に震えが走った。
 そいつらは、とても臭かった。ヘンなアクセントで、ヘンな言葉を叩きつけてきた。
「アァン? テメエ、舐めたクチキイテンジャネエ!!」
 よくわからないけど、敵意がバッチリ篭ってるということだけはわかる。
「そ、そ、その子が何したっていうんだ! お、お、おとなが、そんなコをいじめちゃダメだ!」
「なんだテメエ、バカか?」
 酔った様な濁った瞳で、僕に向かってくる。
 でも、僕は、こう叫ぶしかない。
「こ、こ、こんなに、こ、怖がってるじゃないか! お、大人は、ち、小さい子を、守らなきゃダメ、なんだッ!」
 なんだろう。
 怖い。
 ものすごく怖い。
 おしっこが漏れそうなくらい怖い。
 でも、逃げちゃダメだ。
 こんな小さい子が、大きな大人たちに殴られたり蹴られたりするようなのは間違ってる。
 たとえ痛い目にあったとしても、紳士はこういう時にこうするものだ。
 父さまはいつもそう言っている。


 酒臭い息のソイツは、僕の襟を掴むと、軽々と僕を持ち上げた。
「キゾクさまは黙ってろってんだ!」
 丸太みたいな太い腕。巨大な握りこぶし。
 それが、僕の顔に叩きつけられる…と思った瞬間。


 キン!

 なにかとても硬い音が響いた。

 恐々とうっすら目を開ける。
 そこにあったのは、鉄砲を周囲に向けながら、僕を掴んだ男の喉笛に奇妙な形のナイフを突きつけている
シノブの姿だった。


「動くんじゃない。この下郎どもめが」
 僕はシノブの見開いた瞳を始めて見た。
 真っ黒い瞳。
 怒りに燃える、という言葉がどういう意味なのか、僕は生まれて初めて知ったんだ。
311名無しさん@ピンキー:2009/03/09(月) 03:55:45 ID:VPPk/udm
「坊ちゃま」
「なに?」
「坊ちゃまは世の中の危険についてもっと知るべきだと思います」
「…」
「世の中の全ての弱いものを守ることはできません。神様にだってそんなことはできません」
「…ゴメン」
「判ればいいのです」
「いや、その、そうじゃなくて…」
「…」
「僕は、僕の目の前で、そんな、酷いことが起こるのはイヤなんだ」
「……」
「世の中の全ての弱い者を守ることはできないかもしれない。でも、だから、せめて、僕は目の前で起きてる
酷いことを見過ごせないんだ」
「………」
「で、でも、それも、シノブの護衛がなきゃ何もできないし……僕は勝手にシノブに迷惑をかけてるだけなんだけど…」
「…………」



「若」
「…え?」
今までシノブが、僕をそんな風に呼んでくれたことなんかなかった。
「若」
「…僕のこと?」
「若様はシノブのご主人でございます」
「え?」
「わたくしは今日まで、お館様にお仕えしておりました。若をお守りするのもその一環でございました」
「…え?」
「今日只今、この時からは、若がわたくしのご主人様でございます」
「…?」
「若のためならこの不詳シノブ、命すら投げ出す覚悟でございます。
必要とあらばいつでもこの身を捧げるのに何の躊躇もございません」
「え? シノブ?」


「シノブは若に感服つかまつりました。シノブは今後、若の下僕でございます。いかな犬馬の労すら厭わぬ覚悟で今後一生、
若に仕えることをここに誓うものでございます」

…どうしよう?





若い主人が当惑したまま終わる
312名無しさん@ピンキー:2009/03/09(月) 16:23:16 ID:5MwHqZ9h
一番やりGJ

しのぶさん欲しいな
313名無しさん@ピンキー:2009/03/10(火) 21:13:41 ID:sC7NKqlW
あいかわらずツボをこころえていらっしゃる
314名無しさん@ピンキー:2009/03/10(火) 21:43:43 ID:6nVgTIU2
>>311
最高だ。GJ
315 ◆dSuGMgWKrs :2009/03/12(木) 07:31:44 ID:4ULkA2pk
『メイド・すみれ 8』

私は走った。

今までの人生で、こんなに走ったことはないんじゃないかと思うほど走った。
豪邸の多い住宅街は敷地の広い家が多く、走っても走っても景色が変わらない。
一番奥に、あの古びた洋館が見えて来る。
途中で、きっちりひっつめていた髪に両手を入れて、ぐしゃぐしゃになるのもかまわず解いた。
無用心にいつも開けっ放しになっている裏門を開けて、裏口の古い観音開きのドアを両手の拳で叩く。
初めてこのドアの前に立ったときのように、呼び鈴を押しただけで黙って待っていることなんかできなかった。
早く、早く、誰か。
もし、お宅の離れが燃えていますよと知らせる誰かがいたとしても、こんなには激しく叩かないんじゃないかしら。
叩き続けていると、お屋敷の中から慌てて走ってくるような人の気配がして、ドアが開いた。
「……すみれちゃん?!」
服もエプロンも埃だらけにして、髪もばさばさのまま、全身で大きく息をしている私を見て、
芝浦さんがびっくりした顔をしている。
「どうして、どうやって、津田さんは?」
急に走り続けた脚ががくがくしてきて、私は芝浦さんに倒れ掛かるようにしてつかみかかった。
「やっ、やめ、て、きて、出て、私……っ」
芝浦さんは私を抱きかかえるようにしてお屋敷の中へ入れてくれ、廊下の向こうに向かって叫んだ。
「旦那さま!旦那さま、すみれちゃんが!」
それを聞いて、私はその場にへたりこんだ。
秀一郎さんが、いらっしゃるんだ。
「すみれちゃん、大丈夫かい。いったいまた、どういう……」
「むこうを、出て、こっちに来るトラックに、乗せてもらって……、あとは、走って」
ぜいぜいして、うまく言葉が出ない。
「そりゃヒッチハイクじゃないのかい、驚いた。じゃあ、津田さんには会ってないんだね」
津田さん?
なんのことですか、と聞こうとして、私は廊下の向こうに人影を見た。
「……みれ」
かすかな声。
急いで着たのか、シャツのボタンはひとつも留まっていなくて、ズボンの裾も片方だけ折れている。
足元は、靴下どころかスリッパさえ履いていない。
秀一郎さん。
秀一郎さん。
秀一郎さん。
細長い足が絡まるようにたどたどしく走ってくる。
相変わらず長い前髪は驚いた顔の半分近くを隠していて、こちらに差し出している腕は棒みたいに細い。
向こうのお屋敷を飛び出して、ここに来るまでの間、ずっとずっと考えていた。
ただひたすら、秀一郎さんに会いたいだけだったけど。
もし、もし秀一郎さんに拒まれたら。
もう向こうに返したメイドだから、うちにはいらないと言われたら、どうしよう。
秀一郎さんがスローモーションで近づいてくる。
それは錯覚なんかではなくて、本当に遅い。
あ、転んだ。
手が届きそうなところで床に転がった秀一郎さんが、細い腕を差し出して床に座り込んだ私を引き寄せるように
薄っぺらい胸に抱き寄せてくれる。
私はその骨ばった体にすがりついて大泣きした。
今までずっとずっと我慢していた分があふれるように、私は秀一郎さんに抱きついてわんわん泣いた。
「津田さんに知らせなけりゃ」
そう言って芝浦さんが廊下を小走りに走っていき、秀一郎さんは緊張が解けて涙の止まらない私の背中を撫でてくれた。
私、向こうのお屋敷を出てきました。
辞表を書いて、部屋に置いて、黙って出てきました。
秀一郎さんが原稿を落とすからいけないんです。
きっとむこうでは私のことをすごく怒ってるから、もう戻れません。
秀一郎さんが私のことをいらないって言ったら、もうどこにも行くところがないです。
しゃくりあげて泣きながら、私が途切れ途切れにそう言うと、秀一郎さんは埃まみれの私の髪に鼻を押し付けるようにした。
「……いる」
すみれは、要る。
316 ◆dSuGMgWKrs :2009/03/12(木) 07:33:48 ID:4ULkA2pk
私は、秀一郎さんを力いっぱい抱きしめた。
「だ、だったら、どうして、返したんですか。どうして、いるからやらないって、言ってくださらなかったんですか」
抱きついたまま、背中と肩を拳で叩いた。
「私はここにいたかったのに。秀一郎さんだって、ここにいていいって言ったのに!」
黙って叩かれながら、秀一郎さんは私の背中や髪を撫でる。
「……ごめん」
「ごっ、ごめんで済んだら警察はいらないんですっ」
うわあん。
子どもみたいだ、と自分でも思うくらい、泣いても泣いても涙が出る。
ばか、ばか、秀一郎さんのばか。
「すぐ、迎えにいく……」
「来なかったじゃないですか!私が自分で帰ってくるまで、秀一郎さんは」
「いや……山が」
秀一郎さんの背中を叩いている手が、飛び出した肩甲骨に当たる。
話したい事はたくさんあるのに、ひっく、ひっくとしゃくりあげてしまってうまく言葉にならない。
「どっ、どっ、どうして、どうしてこんなにやせちゃってるんですか。せっかく、せっかく私があんなに苦労して
少しお肉をつけたのに、また最初からやり直しじゃないですか」
「……うん」
「どんだけがんばったと思ってるんですか。なに食べてたんですか」
「……うん」
秀一郎さんが、背中を叩き続ける私の頭を、後ろからぽんぽんと軽く叩いた。
「痛い……から」
「私の気持ちのほうが、ずっと痛いですっ」
「……うん」
私は、足元に転がった紙袋を探した。
ここまで走ってくる間、ずっと抱きかかえてきた、たった一つの荷物。
すっかり皺だらけでくしゃくしゃになったその紙袋を逆さにすると、ごろんとした塊が落ちる。
私はそれを拾い上げて、秀一郎さんの目の前に掲げた。
「向こうのお屋敷には、高級な贈答品が、いっぱい、あるんです。本当は、もっと、いっぱい、いっぱい」
秀一郎さんは目の前に突き出された高級ハムの塊を、目を丸くして見ている。
また何かがこみ上げてきて、喉が詰まった。
「もっと、いっぱい、持ってくればよかった。秀一郎さんがこんなにやせちゃってるんなら、カニ缶とかウニの瓶詰めとか
松坂牛とか、もっともっと、持ち出してやればよかったです」
食料庫に忍び込んで、ハムひとつをくすねてくる度胸しかなかった自分が情けない。
「これを入れて、パン、焼いたらおいしいと、思って、私、それで」
やせてごつごつした秀一郎さんが、すっぽりと私の体を包み込む。
「……おかえり…すみれ」
317 ◆dSuGMgWKrs :2009/03/12(木) 07:35:47 ID:4ULkA2pk
私がしますと言ったのに、芝浦さんが暖かいお茶を淹れてくれた。
ようやく少し落ち着いて、私はダイニングのテーブルでそのお茶を飲んだ。
ハムは、不思議そうに首をかしげながら芝浦さんが冷蔵庫に入れてくれた。
「びっくりしたよ、すみれちゃんを取り返してきますって津田さんが出かけたばかりなのに、もうすみれちゃんが、
しかも一人で裏口に立ってるんだからね」
秀一郎さんのだらしなく開いたシャツのボタンを留めて、私はおかしくてたまらないというように笑う芝浦さんを見た。
「……はい?」
「いくら津田さんでもそれは早すぎるよねえ」
「……はい?え?」
私は湯のみを手に持ったまま、にこにことしている芝浦さんと、隣に座ってエプロンの端を握って離さない秀一郎さんを
交互に見た。
「そういえば……、津田さんは」
くす、くすくす。
秀一郎さんが笑う。
「忘れられてる……」
「いえ、別に私は、津田さんのことを忘れてるわけではないですけど」
慌てて訂正すると、芝浦さんがふうっと息をついた。
「まあ、詳しいことは津田さんに聞いたらいいね。すみれちゃん、洗濯室に残ってた服は部屋にあるから、着替えたらいいよ」
ぴったりくっついてくる秀一郎さんと一緒に、階段を上がる。
以前と何も変わらない、薄暗い廊下。
使っていた部屋のドアを開けようとして、私は振り向いて秀一郎さんが私のエプロンをつかんでいる手を押した。
「秀一郎さんは、お部屋に戻っていてください」
秀一郎さんは不満そうに私を見ている。
「すぐ行きますから。それで、コーヒーをお淹れします」
コーヒー、という言葉を聞いて秀一郎さんはようやく手を離してくださった。
部屋の中は、中川さんが迎えに来て慌しく出て行ったときと、同じだった。
それだけじゃなく、ちゃんと掃除をして空気を入れ替えて、洗いたての柔らかなタオルが洗面所に置いてあり、
洗濯室に干したままだったメイドの制服もきちんとアイロンをかけてクローゼットに吊るしてあった。
私が、いつ帰ってもいいように。
向こうのお屋敷の、白い布のかかった家具の真ん中に、段ボール箱とバッグがぽつりと置いてあった部屋を思い出した。
私は汚れた制服を脱ぎ、石鹸やシャンプーのきれいに並んだユニットバスで急いで体の埃を洗い流した。
ぱりっとしたエプロンを付けて秀一郎さんの部屋のドアをノックする。
どうせ返事はないからさっさと開けて中に入ると、いつもの机の前に秀一郎さんがいない。
私がさっとシャワーを浴びる間も待ちきれなかったのかと、衝立の向こうを覗いてみてもベッドは空っぽだった。
秀一郎さんがいない。
びっくりして部屋に戻ると、秀一郎さんがのんびりと書斎から出てきた。
手に、何冊かの雑誌を持っている。
私を見ると、くすくす笑いながら机にその雑誌を置いて腰を下ろして手招きする。
「なんですか?」
言って近寄ってみる。
秀一郎さんが開いたのは、その雑誌の出版社が今年の賞を発表した記事。
エッセイ・コラムの部門で秀一郎さんが3人のひとりにノミネートされている。
次に開いた号では、受賞が決定して、秀一郎さんの名前が大きく出ている。
一般小説部門とかノンフィクション部門とかの作家が大きく出ているけれど、私はその次に出ている
秀一郎さんの名前を食い入るように見た。
「ほんとに受賞なさったんですね……」
「……うん」
「よか……、よかった……」
「……うん」
秀一郎さんは雑誌から目を離せない私の腰に腕を回して、エプロンに顔を押し付けた。
「……しない」
「はい。え……、はい?」
くんくん、と鼻を埋める。
そうか、新しいエプロン。
パンの匂いも、コーヒーの匂いもしないエプロン。
私は雑誌の角が折れたりしないように、そっと机に置いた。
「コーヒー、お淹れします」
「……うん」
318 ◆dSuGMgWKrs :2009/03/12(木) 07:37:43 ID:4ULkA2pk
まるで、昨日も今朝も、ずっとそうしてきたように私は後ろの棚に置いてあるコーヒー豆の缶を取り上げた。
ペットボトルの水を電気ケトルに入れてスイッチを押し、豆をミルで挽く。
なにか変わっている。
違和感の原因を探して、今まで奥にあったコーヒーメーカーが前に出ているのに気が付いた。
抜いてあったコンセントも差さっている。
私はミルを置いて、コーヒーメーカーを抱きかかえるとコードをつかんでコンセントを引き抜いた。
セットされているサーバーががしゃんと音を立てて、秀一郎さんが振り返る。
コーヒーメーカーは、思っていたより重くて、私はそれを棚の下に投げ出すように置いた。
秀一郎さんが、じっと見ている。
私がいない間、津田さんか芝浦さんが、これで秀一郎さんにコーヒーを淹れてたのだ。
機械で淹れたコーヒーはまずいっておっしゃってたのに。
電気ケトルのお湯がしゅんしゅんと音を立て始めた。
私が動かないのを見て、秀一郎さんがゆっくり立ち上がった。
だらんと下ろした私の手を取って、手の平を見る。
「痛い……」
コーヒーメーカーを下ろす時に、どこかぶつけたと思ったらしかった。
私はきっと顔を上げて秀一郎さんを見た。
「こんなの、もういらないです。それとも秀一郎さんは、こんな機械で淹れたコーヒーが飲みたいんですか」
秀一郎さんの肉の薄い手の平が、私の頭の上に乗った。
その手が滑るように髪を撫で、両手で頭を挟むようにする。
秀一郎さんの顔が近づいてきて、私の額に秀一郎さんの額がこつんとぶつかった。
「……すみれのが……おいしい」
気が付くと、私はまたべそべそと泣いていた。

秀一郎さんが寄り添ってきたので、コーヒーはドリップしにくかった。
危ないですから離れてくださいと言ったのに、秀一郎さんは私にくっついて、手元を覗き込んでいる。
「……いい匂い」
前と変わらない秀一郎さんのカップに、出来立てのコーヒーを注ぐ。
秀一郎さんは机の前に腰を下ろして、両手でカップを包む。
「どうぞ……」
私にご相伴を促してから、秀一郎さんは私のエプロンを捕まえる。
「……だめ」
一緒にコーヒーをいただいてはいけないのかしら。
私が足を止めると、秀一郎さんはまたゆっくり立ち上がって後ろの棚に近づいた。
何かが、ごんと音を立ててじゅうたんに転がった。
秀一郎さんがお客様用のコーヒーカップを手にして戻ってきた。
「……どうぞ」
振り返ると、床に置いたコーヒーメーカーのそばにカップがひとつ転がっていた。
薄暗い部屋の、棚の影ではっきり見えなくても、それが私がここに置いて行った桜模様のカップなのがわかった。
前のお屋敷から送られてきたカップ。
たったひとつ、前の旦那さまが私にくださった贈り物。
お礼を言って模様を褒めても、わかってらっしゃらなかったから、きっと秘書の誰かがお使いに行って、
旦那さまはカップを見てもいないのだろうけど。
そのことを秀一郎さんにお話したことはなかったのに。
「買いに……いく」
客用カップでコーヒーを飲む私に、秀一郎さんがおっしゃった。
すみれのカップを、買いに行く。
私はまたぐすぐすと鼻をすする。
どうかしてる、どうして私はこんなに泣いているのかしら。
おかえりと迎えてもらって、嬉しいはずなのに。
どうしてこんなに。
秀一郎さんはコーヒーカップを傾けて、一口をゆっくり飲んだ。
それから、カップを机において、私のエプロンの端を引っ張る。
顔を近づけると、秀一郎さんの指が私の目尻をぬぐってくださる。
「……悲しい」
「……え」
「まだ……」
秀一郎さんの、とぎれとぎれの言葉。
319 ◆dSuGMgWKrs :2009/03/12(木) 07:39:26 ID:4ULkA2pk
「酸っぱいんですか。それとも、苦いんですか」
私が聞くと、秀一郎さんはわずかに首をかしげる。
どっちだと思う、というように。
私の淹れるコーヒーは、怒っていると苦くて悲しいと酸っぱいのだとおっしゃる。
中川さんが迎えに来たときに、私を引き止めずに返したことが悲しかったかとお尋ねなのかしら。
それとも、そのことをまだ怒っているかとお尋ねなのかしら。
そうだ、どうして秀一郎さんは、あの時私を返さないと言ってくださらなかったのかしら。
「きっと、苦くて酸っぱいです。おいしくないです。だって私」
ここに来るまでは、秀一郎さんに聞きたいことや言いたいことをたくさん考えてたのに。
たくさんたくさん、言いたかったのに。
なんにも言わないうちに、秀一郎さんがキスなんかするから。
すごく大事なことなのに、秀一郎さんがなんにもなかったみたいに、優しくキスしたりするから。
「……ずるいです」
ちょっと冷たい秀一郎さんの唇が離れてから、私は呟いた。

秀一郎さんがおねだりしたおかわりのコーヒーを飲んでいると、慌しいノックと同時にドアが開いた。
「すみれさん!」
こんなに慌てた津田さんを見るのは初めてだった。
外出用のスーツの上着を着て、黒い書類カバンを持ったまま。
「……あ」
ホームベーカリーのパンが焼けましたか、とでも言いたくなるほど自然に秀一郎さんとの日常を取り戻しかけていた私に、
津田さんは大きな歩幅で近づくと、息を吐いて肩を落とした。
「……すみません。待ちきれませんでしたか」
カップを置いて、慌てて立ち上がる。
「津田さん、あ、あの、すみま」
メガネの奥で津田さんがまばたきをした。
「本当は、もっと早く……」
津田さんが、うつむいた。
「……お話しすることがあります」
そう言って、津田さんは私を来客用のソファに座らせた。
ひょこひょこと秀一郎さんもくっついてきて、隣に座る。
正面に腰を下ろした津田さんが、カバンから薄い紙の書類を何枚か取り出した。
「受け取りです。これで当家はあちらに対して一銭の借りもございません」
「……うん」
秀一郎さんが頷く。
津田さんはメガネを外して鼻の付け根をつまんだ。
隠すもののなくなった素顔に、私はなにか引っかかってまじまじと津田さんを見た。
「…似てますか」
メガネをかけなおして、津田さんが私に言った。
「あちらのご主人は、私の異母兄です」
一瞬、意味がわからなかった。
は?とか、へ?とか言ったような気もする。
津田さんは秀一郎さんが押し返した書類をカバンにしまって、私に向き直る。
「あちらの先代が、34年前に水商売の女に手を出した結果が私です」
私がきょとんとしているので、津田さんが困ったように顎を撫でた。
あちらの先代って、向こうの旦那さまのお父さまが、津田さんのお父さん?
つまり、とか、それは、とかぶつぶつ言う私に、津田さんはちょっと時間を置いてから話を続けた。
「養育費はたっぷりくれましたが私の母が早くに亡くなりましたので、友人だったこの屋敷の先代…、
秀一郎さんのお父上が私を引き取ってくれました。6歳のときです」
以前、津田さんはここで育ったと言っていた。
「父が私を、異母兄がすみれさんを……。これは血筋です」
困ったように苦笑する。
つまり、私が前にいた屋敷の旦那さまは、父子二代に渡って自分の後始末をこのお屋敷に押し付けたのだ。
それにしても、旦那さまと津田さんが、半分とはいえ兄弟だったなんて。
大柄でがっしりした、目も鼻もくっきりして浅黒い顔の旦那さまと、目の前にいる背は高いけれどひょろりとして、色白で切れ長の目をした顔立ちの津田さんを頭の中で比べてみる。
……似ていない。
「…昔、当家はあちらにいくらかの借金があったのですが、……そういうこともありまして、秀一郎さんのお父上が
亡くなりましたときに、それらは全てなかったことになったはずなのですが……」
津田さんが小さく舌打ちしたような気がした。
「あのバカ兄貴」
320 ◆dSuGMgWKrs :2009/03/12(木) 07:41:03 ID:4ULkA2pk
今のは、聞かなかったことにした方がいいかしら。
秀一郎さんを見上げると、聞こえなかったふりをしている。
「当家はすぐ動かせる現金に乏しいもので……、私がこちらに来るときに遺産分けでもらった山を売りました」
「……え」
「なかなか手続きが手間取って、すみれさんを取り返しに行くのに時間がかかってしまいました。……すみません」
話が急すぎて、混乱する。
つまり、秀一郎さんは旦那さまに借金があって、それで私を連れに来た中川さんに逆らえなかったのかしら。
だからまず借金を返そうと、津田さんがお父さんから貰った山を売ってお金にした。
私のために?
私をここに呼び戻すために、津田さんの私財を売ってしまったのかしら。
「かまいません。……あの家から貰いたいものなんて、なにもないですから」
「でも……」
「私があちらとそういった因縁があるもので、旦那さまは私の立場と、すみれさんを引き止めたい気持ちとの
板ばさみになってしまわれました。……旦那さまを、怒らないでください」
一息にしゃべったことで、津田さんは疲れたようだった。
普段コーヒーを飲まない津田さんのために、私は小さな冷蔵庫からオレンジジュースを出してグラスに注いだ。
「むこう……」
私の隣で、秀一郎さんがやっと口を開いた。
オレンジジュースで喉を潤した津田さんが頷く。
「なんだかんだは申しておりましたが……、すみれさんは辞表を書いておりますし、先月分の給与も放棄しています。
あとはこちらで保険や年金の手続きをして正式に雇用してしまえばいいのです」
さすがに頼りない主人を持つ執事、事務能力は有能だと私が変に感心していると、津田さんはメガネの奥で
きらりと目を光らせた。
「あとは、お約束どおり」
秀一郎さんが、くすくす笑う。
約束?
不安になって秀一郎さんを見上げると、秀一郎さんは私の耳もとに口を寄せた。
「山を売ったんだから……、賞金をくれって」
「え……」
秀一郎さんがくすくすと笑い、津田さんが静かに笑みを浮かべる。
主従であると同時に、気心の知れた幼馴染であるこの二人がちょっぴりうらやましくなった。
津田さんが、前のお屋敷の人たちがびっくりするほど大胆にお屋敷に入り込み、中川さんが目を剥いて失神しそうになるほど
激しい兄弟げんかを繰り広げて私の離職票をもぎ取ってきたこと、最後に旦那さまが「秀一郎に言っておけ、あいつは
俺のお下がりだとな」と捨てゼリフを吐いたこと、それに対して津田さんが鼻で笑いながら
「後悔なさい。あの人は徳川埋蔵金です」と言い返したこと。
そんなことを、私は後になって小野寺さんから聞いた。
私が戻ってきたことで目をまん丸にして驚いた小野寺さんも、秀一郎さんがまた書き始めたことで喜んでいる。
どうして小野寺さんがそんなことを知っているのかと驚いたけれど、小野寺さんの出版社ではゴシップ週刊誌も発行しており、
概して金持ちの家の使用人というものは噂好きで口が軽いものよと言われた。
「もちろん、すみれちゃんは違うけどね」
小野寺さんは、ちゃんとそう付け加えるのを忘れなかった。
柄にもなく派手な兄弟げんかをしてきたばかりの津田さんは、首の後ろをなでて頭を振った。
「ま、賞金がいくらいただけるにしても私は大赤字です。どうせ旦那さまのペン一本ではこの先たいした稼ぎも
ないでしょうから、今回の件は私とすみれさんの終身雇用で報いていただくことにしましょう」
終身雇用。
深く考える間もなく、なぜか私の顔が熱くなる。
秀一郎さんが、エプロンを引っ張った。
「ね……。津田……こわい」
「もっと怖い人が来ます」
津田さんが立ち上がって、空になったグラスをワゴンに上に置いた。
「原稿。次に落としたらただでは済まさないそうです」
小野寺さんだ。
秀一郎さんが私の隣でちょっとだけ肩をすくめ、津田さんはメガネの奥の目を柔らかくした。
「今夜からお仕事をしていただきます。それまでせいぜい、いちゃいちゃなさい」
今度こそ、私は顔も首も真っ赤になったに違いない。
お部屋のドアが閉まり、秀一郎さんは嬉しそうにくすくす笑った。
「いちゃ……」
私は急いで立ち上がり、津田さんがグラスを置いたワゴンを無意味に押して部屋の中を半周した。
なんだか、納得できない。
321 ◆dSuGMgWKrs :2009/03/12(木) 07:43:07 ID:4ULkA2pk
私が一ヶ月、あのお屋敷でどんなに秀一郎さんのことを思ってきたか。
どんなにどんなに辛いのを我慢してきたか。
秀一郎さんにはもう私は必要ないんだと思って、我慢してたのに。
小野寺さんに秀一郎さんは原稿が書けなくなったと聞いて、私は追い返されて行く所がなくなったって構わないと決心した。
路頭に迷ったっていいから、秀一郎さんに会いたい。
だから、引き出しの中のありあわせの便箋に短い辞表を書いて、まだ皆が寝てるうちにお屋敷を抜け出して、
大きな通りで長距離のトラックに止まってもらうまで走って、降ろしてもらってまた走って、やっとやっとここまで来たのに。
秀一郎さんは、まるでその一ヶ月がなかったみたいに私のエプロンを引っ張って、前よりちょっと甘えてきて、
津田が怖いと言いつける。
苦労して山を現金に換えて、むこうのお屋敷に私を連れ戻しに行ったら私はもう居なかったという津田さんと比べても、
秀一郎さんはなにもしなさ過ぎる。
せっかく賞も取ったのに、そのお仕事さえろくにできていない。
秀一郎さんがきょとんとした顔で私を見ている。
私はワゴンを机の隣に並べて、息をついた。
「いやです。秀一郎さんといちゃいちゃするの、いやです。ずるいです」
秀一郎さんが、のっそりと立ち上がる。
そばまで来ると、私の頭を両手で横から挟んで、てっぺんに鼻を押し付けてくんくんする。
「酸っぱくて、……苦い」
そんなはずはない、髪を洗ったばかりですと言い返そうとして、それがさっき淹れたコーヒーのことだと思い当たった。
「……ごめん」
もう、本当にどうかしてる。
私はまた泣いている。
「怒ってる……」
「おっ、怒ってます。怒ったっていいじゃないですかそれくらいいいじゃないですかっ」
秀一郎さんに頭を抑えられたまま、私は精一杯怒った。
「だって、秀一郎さんはご自分ではなんにもっ」
目の前にある頼りない胸板に抱きついてしまいそうになるのを、精一杯我慢して、一生懸命怒った。
「いうこと、きく……」
頭の上で、秀一郎さんが言う。
「すみれの、いうこと……きく」
それは、秀一郎さんなりの謝罪なのかしら。
私は、顎を伝って落ちる涙を手でぬぐった。
「ほんとですか」
「……うん」
あんなに我がままで、いやなことは何もしたがらなくて、甘やかされてちやほやされたがるお坊ちゃま育ちのくせに。
「ブロッコリーも、召し上がりますか」
秀一郎さんが、ふうと私の頭に息を吹きかけて、聞く。
「かたいのも……」
秀一郎さんはブロッコリーの固い茎がことのほか苦手なのだ。
「全部です」
「……うん」
「耳掃除の途中で寝ちゃうのも、だめです。脚がしびれるんですから」
「……うん」
「お風呂のとき、髪をふく前にぶるぶるってするのも、やめてください」
「……うん」
「それと、それから」
「……うん」
「ちゃんと…、お仕事してください」
「……うん」
それで全部、と秀一郎さんが言う。
ずるい。
もっともっと、たくさん言いたいことがある。
「する……。みんな」
頭のてっぺんに押し付けていた鼻を離して、秀一郎さんが私の顔を覗き込む。
細い指が、頬をつまんだ。
「すみれがいたら……できる」
秀一郎さんは、いつから言葉でも魔法を使うようになったのかしら。
322 ◆dSuGMgWKrs :2009/03/12(木) 07:44:47 ID:4ULkA2pk
「……じゃあ…、いいです」
私はそう言ってしまった。
「秀一郎さんはずるいけど、私のことむこうにやってしまったけど、迎えに来るのも遅いけど、津田さんが山を売らないと
お金もないけど、それなのに私がいないと仕事もしないけど」
頬をつまんでいた秀一郎さんの手が、私の顔を包み込む。
「……いいです。おかえりって言ってくれたから、それ、全部……いいです」
割に合わない。
損をしたような気がする。
でも。
秀一郎さんが私にまたキスをする。
耳もとで、囁く。
「いちゃいちゃ……して、くれる」

秀一郎さんが私をベッドに腰掛けさせる。
床に膝を付いて、私の靴下を脱がせた。
裸足のつま先を手で包み込んで、唇を寄せる。
なんだかそれがとても恥ずかしくて、私は脚をひっこめた。
足の先から一枚ずつ脱がして、秀一郎さんが膝の裏に手を入れて私をベッドに上げる。
明かりの乏しい部屋の中で、秀一郎さんが私を見ている。
手を触れずに身体をじっと見つめられるのがまた恥ずかしくて、私は秀一郎さんのシャツの裾をつかんで引っ張った。
ご自分だけ、服を着てるなんてずるい。
くす、くすくす。
秀一郎さんが私の顔の両側に手を付いて笑う。
「まだ……」
まだ、見る。
肩も胸も腰も、舐めるように見つめられる。
視線って、感じるものなのかしら。
ようやく、秀一郎さんが私に触れた。
うなじに差し入れた手の平が、少し冷たい。
首筋をわずかに滑っただけで、ため息になった。
このまま、秀一郎さんの優しい魔法の手に全部預けてしまいたい。
私は腕を上げて、秀一郎さんのシャツのボタンを外した。
すべり落とすと、悲しいくらい骨の浮いた肩がむき出しになる。
「おやせになりましたね……」
思わずそう言うと、秀一郎さんはちょっと首をかしげた。
「つける……」
残りの衣服を取って、私は秀一郎さんを抱きしめた。
「つけます。私が、秀一郎さんにお肉いっぱいつけて、太らせます」
「……太らせて……食べる」
ぺちっと背中を叩いた。
「おいしくないです」
くすくす、と耳もとで秀一郎さんが笑う。
「すみれが……一番、おいしい……」
秀一郎さんの脚に自分の脚を絡めて身体を押し付けて、私は急にひとつのことを思い出した。
優しく撫でられ、隅々に口付けられながら、水をかけられたようにすうっと冷めていく。
どうして、忘れていたんだろう。
忘れて、しまえたんだろう。
目を閉じて、このまま秀一郎さんのくれる暖かさに身を任せてしまうのは、秀一郎さんに対してずるいことなのかしら。
黙っていれば、知られなければ、秀一郎さんはいやな思いをしなくていいのかもしれないけど。
「……いや」
秀一郎さんが、つぶやいた。
「え……」
目を開けると、秀一郎さんがじっと私の顔を見ている。
「……いや」
私が、するのがいやなのかとお尋ねなのかしら。
心配そうに、私を見ている。
細い指が、いつのまにか私の目尻からこぼれていた涙をぬぐってくださる。
「しゅ……、わた、私……」
ベッドに肘をついて体を起こすと、秀一郎さんが抱き起こしてくれた。
そんなに優しくされると、言い出しにくい。
323 ◆dSuGMgWKrs :2009/03/12(木) 07:46:24 ID:4ULkA2pk
「……なに」
あばらの浮きそうな胸と細い腕に包まれる。
指が髪をかき分けて、秀一郎さんの唇が私の耳を挟む。
「あの。私……むこうで」
「……うん」
うまく声が言葉にならない。
「……あの」
「……うん」
怒るかもしれない。
秀一郎さんが、怒るかもしれない。
「……だ、旦那さまと」
「……」
秀一郎さんが黙る。
「あの……」
「……うん」
耳に吹きかかる秀一郎さんの短い返事が、少しだけ震えていた。
「最初の、日に……一度……」
「……ん」
旦那さまが乱暴に私に乗りかかってきた感触の記憶を振り払うために、私は秀一郎さんにくっついた。
「すごく、いや…でした」
秀一郎さんが、私の耳に歯を立てる。
「……怒ってますか」
耳を噛み千切られるくらいで済むなら、耳なんかいらない。
そう思ったのに、秀一郎さんは柔らかく私の耳を噛む。
やっぱり、なかったことにはできない。
秀一郎さんが怒っても、仕方ない。
一度はおかえりと言っても、でも。
「……ど」
唇が耳に近すぎて、聞き取れなかった。
「はい?」
「……いちど」
「はい」
誓って、一度きり。
「……うん」
私を包むように抱いてくださる腕に、少しだけ力がこもる。
「じゃあ……二回」
「は、はい?」
片手で私の肩を抱いたまま、そんなところだけ器用に片手でサイドテーブルの引き出しを探る。
「二回」
秀一郎さんが、私の前に手の平を広げた。
そこに、小袋が二つ乗っていた。
向こうの旦那さまと一回したから、二回しようとおっしゃるのかしら。
私がず秀一郎さんの顔を見上げると、秀一郎さんはふっと笑った。
「ね……。二回…」
そういう問題なのかしら。
納得できないまま、私は秀一郎さんが絡めてくる舌を受け止めながら目を閉じた。
「……ごめん」
秀一郎さんが謝ってくださるのは、何度目かしら。
肩先に頬を押し付けると、秀一郎さんがニ、三度咳払いをする。
「なんにも……できませんでした。あなたがいなくなって…、呆けてしまいました…」
想像できた。
ぼんやりと、何もせずに机に肘をついている秀一郎さん。
「酸っぱいコーヒーを…、淹れさせて……ごめん」
「……」
「あなたが泣くのは……もう……いやです」
そんなことを言われたら、また泣いてしまうじゃないですか。
涙声でそう言うと、秀一郎さんの唇が、私の身体をなぞった。
324 ◆dSuGMgWKrs :2009/03/12(木) 07:48:17 ID:4ULkA2pk
私は秀一郎さんの頭を胸に抱く。
私の体温で温まった秀一郎さんの身体がぴったりとくっつき、腕や腰を撫でるたびに波打つように動く。
その心地良さに、声を上げる。
素直に、感じるままに。
秀一郎さんが胸のふくらみを周囲からなぞりあげるように舌を這わせて、その先にある突起を唇で挟む。
舌先でつつきながら下から手で柔らかくつかむように揉まれると、お腹の方がむずむずしてくる。
それなのに、秀一郎さんは腕の裏側や鎖骨のくぼみや、おへその凹みまで撫でたり舐めたりしている。
あちこちをそうされるのは心地いいのだけれど、だんだん物足りなくなってくる。
時折、脚に触れる秀一郎さんのそれが、もう硬い。
私は手を伸ばして、やせた身体に不似合いな大きさの熱いものをそっと握った。
「……っ」
秀一郎さんが短くうめく。
「……だめ」
しごき上げようとすると、秀一郎さんが私の手を押さえた。
「もっと……」
もっと、触れたい。
でも。
「二回……して、くださるんですよね」
秀一郎さんが、くすくす笑った。
「……する」
私もおかしくなった。
「だったら、もう下さい。秀一郎さん、すぐくたびれるんですから」
くす、くすくす。
秀一郎さんの指が、私の頬をつまんで引っ張った。
「いひゃいれふ……」
「……うん」
秀一郎さんの膝が私の脚を割った。
一番深いところを探り当てるように、手が入る。
指が下から上になぞりあげられ、腰が動いてしまう。
私の反応を楽しむように指を跳ね上げながら、秀一郎さんは覆いかぶさるようにして耳を食んだ。
「ゆっくり……」
耳もとでくすぐるように息が吹きかけられる。
準備をした秀一郎さんが、抱えた私の脚を大きく開いた。
「あんっ……」
そっと当てられたものの熱を感じる。
「あ、や……、だめ」
無理。
思わず逃げようと腰を引いてしまう私を、秀一郎さんが抱きしめた。
「大丈夫……」
だめと言った私の身体が、秀一郎さんを飲みこんだ。
「あ……」
自分で驚いた私の髪を、秀一郎さんが優しく撫でる。
「ね……」
大丈夫だったね。
ゆっくりと奥に沈みこむ。
寂しかった、心細かった、辛かった隙間を埋めてくれるように。
そのまま、私の顔のあちこちにキスしながら静かに腰を揺らす。
気持ちいい。
引くときに先端が中をかき出すようにこすりつけられて、秀一郎さんが熱い息をもらした。
胸に乗せた手が動いて、乳首を指先がかする。
「ん、あ……」
ぎゅっと目を閉じて、全身の感覚だけで秀一郎さんを感じると、自然に声になった。
もう、大丈夫。
そう伝えるために秀一郎さんの首に腕を回した。
ゆっくりと、秀一郎さんが動く。
それは少しずつ早くなり、強くなる。
「……うん……」
くちゃっという音が自分の足元から聞こえて、私の腕をすり抜けた秀一郎さんが腰を抱え込む。
325 ◆dSuGMgWKrs :2009/03/12(木) 07:49:52 ID:4ULkA2pk
「あ、あっ、んあっ、うんっ」
身体が揺さぶられるほど激しい。
こんなにしたら、秀一郎さんが疲れてしまう。
ただでさえやせているのに、私がちょっと目を離した隙に骨に皮を張ったようになってしまって、目の下にクマなんか作ってる。
それでも、私は秀一郎さんがくれる幸せな心地良さに、一ヶ所から湧き上がって体中を満たしていく気持ちよさに溺れてしまう。
「あんっ、ああっ、や、ああ、んっ……しゅ、いっ……」
くちゃくちゃという水音と、肌のぶつかる音、秀一郎さんの息遣いと私の声。
薄暗い部屋の中にそれだけが聞こえる。
私の中で、秀一郎さんがきつきつなほど大きくなる。
もう、限界。
「すみれ……」
ぼうっとした頭の中に、秀一郎さんの声が届く。
もう、それに答える余裕がない。
そこ。
そこを、もっと、そう、もっと、もっと。
気持ちいい、秀一郎さんが気持ちいい。
「あ、あ!」
短く叫んで、私がのけぞるのと秀一郎さんが私の中で震えるのと、どちらが先だったかはわからない。
心臓のどきどきと呼吸が落ち着いてみると、秀一郎さんは私の隣で突っ伏していて、腕だけが私のお腹に巻きつくように乗せられていた。
「秀一郎さん……?」
「……うん」
くたびれてしまったのかしら。
そういえば、もうとっくに秀一郎さんはお休みになってるはずのお時間なのに。
私が秀一郎さんにのほうに向くと、秀一郎さんもこっちに転がった。
「……いい」
秀一郎さんも、気持ちよかったのかしら。
恥ずかしくなってうつむく私の顎に指をかけて上向かせ、鼻と鼻をくっつける。
「……ねえ」
秀一郎さんの手が背中やお尻をもぞもぞと撫でる。
睫毛が触れそうなくらいの距離で、秀一郎さんが二度、咳払いをする。
――――すき。
「え?」
聞こえたけれど、聞き返した。
秀一郎さんは、笑わなかった。
そして、もう一度、今度ははっきりとおっしゃった。
――――すみれが、好き。
――――すみれは、好き?
私は秀一郎さんの首に腕を回して、いつも秀一郎さんがしてくださるようにその髪に鼻を押し付けた。
「……はい」
そのまま、秀一郎さんの上になって転がった。
「……ほんと」
私の下で、秀一郎さんが言う。
「はい」
もう一度答えて、私は秀一郎さんのぺちゃんこに窪んだお腹の上にまたがった。
「もう一回、です」
くすくす笑いながら、秀一郎さんが腕を伸ばして私の顔に触れた。
「足りなかっ……」
さっきのでは満足できなかったのかとおっしゃるのだ。
私は秀一郎さんの皮だけしかない頬をつまんで、両側に引っ張った。
横に伸びた口元に、キスをする。
「いひゃい……」
秀一郎さんの苦情で手を離し、そのまま下がりながら秀一郎さんの身体に順に口付ける。
白くて、薄くて、ところどころ荒れてざらついた肌。
お腹の下に来ると、秀一郎さんがぴくっとする。
手にとって、口に含む。
「……ん」
秀一郎さんの手が私の頭に乗せられた。
もう、私が一生懸命食べているのに、上のほうで笑うのはどうしてかしら。
326 ◆dSuGMgWKrs :2009/03/12(木) 07:51:21 ID:4ULkA2pk
「くすぐったいですか?」
そんなに下手なのかと心配になって聞いてみると、秀一郎さんは手を乗せていた頭をぽんと叩いた。
「……すごく……、いい」
嬉しくなった。
秀一郎さんがなにもしなくても、ただ気持ちよくなれるように、私は秀一郎さんを舐めたり吸ったり、擦ったりした。
しばらくそうしていると、このくらいでいいのに、と思うくらいの大きさを取り戻す。
本当は、ここからまた一回り大きくなってしまう。
私は仰向けになって目を閉じている秀一郎さんの頭のほうへ上がって、ぺちぺちと頬に手を当てた。
「秀一郎さん。私、このくらいがいいんですけど」
ぷは、と秀一郎さんが吹き出す。
そんな風に笑うのは珍しくて、ちょっとびっくりしてしまった。
秀一郎さんは私の肩に手を回して引き寄せると、耳もとでくすくす笑う。
「……じゃあ……して」
自分のちょうどいいところで、してみて。
胸を撫でてくれる手から離れて、もう一度秀一郎さんの腰の上にまたがった。
「……あ」
手を添えて、それがもう規格外になっているのに気づく。
「あん、もう」
私の下で、秀一郎さんが身体を揺すって笑っている。
「ひどいじゃないですか、これじゃ」
自分で挿れられない。
秀一郎さんが両腕を伸ばして、私の首に絡める。
抱きつくようにして身体を起こして、秀一郎さんが私の耳を噛んだ。
「……する」
上下を入れ替えて、秀一郎さんが私の上になる。
秀一郎さんが私の足首をつかんでひょいと開く。
あっと思う間もなく、秀一郎さんが腰を当ててきた。
「だいじょうぶ……」
ゆっくりするから。
秀一郎さんの細い指がひだを開くようにして、確認するように動かされた。
指先が一番敏感なところを探る。
「あんっ!」
私の腰が跳ね、秀一郎さんはそこに自分の膝を入れた。
ちょうどいい高さで、私の熱い場所に秀一郎さんが触れる。
ゆっくり、二度目が入ってきた。
「ね……、取り消し……」
奥まで入って、秀一郎さんが乱れた息の中で言う。
二回したから、前の旦那さまとの一回は、取り消し。
秀一郎さん。
秀一郎さん。
秀一郎さん……。
「……泣いたら……だめ」
そう言って、秀一郎さんが私の顔にキスをした。
今日だけ、今日だけ泣いてもいいじゃないですか。
今日、いっぱいいっぱい泣いたら。
そしたら、またパンを焼きますから。
あのハムはすごくおいしいから、ハムのパンにします。
それから、りんごとレーズンのパンとか、チョコチップのパンとか、黒糖の丸パンとか。
だから、秀一郎さんはちゃんとお仕事をしてください。
でないと、いつまでたっても津田さんに山のお金を返せません。
……今、そんなことを言う、と秀一郎さんが私の上で動きながらくすくすと笑った。
私はもう笑う余裕がなくて、揺れている秀一郎さんにすがりついた。




……ただいま、秀一郎さん。


――――了――――
327名無しさん@ピンキー:2009/03/12(木) 09:43:56 ID:pl0J28nO
とうとう終わっちゃったか。GJ!
328名無しさん@ピンキー:2009/03/12(木) 09:58:52 ID:Rb9pde5K
>>326
ぐっじょぶでした
朝から切なくなったりくすぐったくなったり
329名無しさん@ピンキー:2009/03/12(木) 10:54:17 ID:9gnDNG6D
すみれさん、きたぁぁぁぁぁぁあああ!!!!
津田さん!!(゜∀゜)o彡°
津田さん!!(゜∀゜)o彡°

津田さんの生い立ち意外だったなあ、GJ!!
330名無しさん@ピンキー:2009/03/12(木) 13:17:29 ID:QLAnVdfN
GJ!!!
ああああぁぁぁ終わっちゃったよー
寂しいけど、ハッピーエンドで嬉しい。
本当にお疲れさまでした!!
331名無しさん@ピンキー:2009/03/12(木) 18:37:37 ID:2RWtFSfD
まだ終わったとは限らないんじゃね?
最終回とは書かれてないし。


すみれさんGJ!
332名無しさん@ピンキー:2009/03/12(木) 19:34:10 ID:9xsvx5si
どうしようもない秀一郎さんがかわいかった
GJ!

番外編でもいいからもうすこしだけこの二人が読みたいなあ
333名無しさん@ピンキー:2009/03/13(金) 03:46:00 ID:snaQhPv5
徳川埋蔵金、ウケたw

前の旦那さまは、最初のすみれさんの回想では優しくてジェントルマンで、
それ故に煮え切らないタイプで悪い人じゃなさそうだったけど、
実際は結構身勝手な人だったね。
つまりあれはすみれさんの恋愛フィルターを通しての姿だったんだろうな。
すみれさんのようにお世話することに生きがいを感じるタイプは
秀一郎さんとは相性バッチリだね〜お幸せに。
334名無しさん@ピンキー:2009/03/13(金) 08:24:54 ID:9Xnzv8AT
GJ。津田さんもすみれさんも行動派だな。素敵だ。
すみれさんは秀一郎さんの創作の女神ってやつなんだから、埋蔵金どころの騒ぎじゃないしw
ハムのパンいいなあ、食べたい。
薄切りを上に乗せて焼くんだろうか、それとも角切りにして玉ねぎと合えてパン生地で包み込むんだろうか。
335名無しさん@ピンキー:2009/03/13(金) 10:09:02 ID:OT6YUdZI
ああ、なんて幸せな読後感なんだろう。
前回までの試練はこの為にあったのだと十分納得のいく結末でした。

津田さんと元旦那の関係には驚き&複線回収のみごとさに拍手!!
ようやく長めのセンテンスですみれさんに心情を
伝えられるようになったのが秀一郎さん最大の進歩ですね。
また皆で過ごす幸せな日常が戻ったことがとにかく嬉しいです。

これで終わってしまうのは正直寂しい。でも素敵な物語を見せて下さった
作者さんに心からのGJを贈ります!
そして幸せの余韻にひたるべくホームベーカリー買ってくる
336名無しさん@ピンキー:2009/03/13(金) 10:31:15 ID:OT6YUdZI
連投平にご容赦!
てっきりこれが最終回だとカン違いしてました
いつも締めは ――了―― でしたよね。

続き激しく希望します
337名無しさん@ピンキー:2009/03/13(金) 23:25:16 ID:/WHIS4GN
GJ!!

……ところで、書斎の謎は放置なの?
338名無しさん@ピンキー:2009/03/13(金) 23:54:01 ID:fRiRBgU0
みんな落ち着け、まだ続きがある!

ところで、このスレではいったい何人がホームベーカリーを買っちまったんだ?
339名無しさん@ピンキー:2009/03/14(土) 00:04:40 ID:clb5GPfm
>>338
実家のカーチャンに押入れから発掘させて、
譲り受けてきたぜ!
340名無しさん@ピンキー:2009/03/14(土) 01:45:17 ID:suk58JDv
ノシ いろいろ機能を比較してパナじゃない方のを購入した!
…食バンってこんなに美味しいものだったんだな
341名無しさん@ピンキー:2009/03/14(土) 09:27:55 ID:+xRiFkR8
GJ!幸せになって何より
すみれさん終身雇用おめでとう!

ホームベーカリーを買えない自分は外出の度、パン屋に寄るようになった
これまで行かなかったデパ地下で毎週のように買っては食べ比べw

無花果の入ったのがおいしいですよ秀一郎さん!
342名無しさん@ピンキー:2009/03/14(土) 23:31:36 ID:SPRBymg4
ホームベーカリーではなくホットサンドマシン(?)を買ったひねくれ者は俺だけでいい……
343 ◆dSuGMgWKrs :2009/03/15(日) 20:14:13 ID:eCD0m6vU
『メイド・すみれ 9』

授賞式の打ち合わせにやってきた小野寺さんは、私が戻ってきているのをとても喜んでくれた。
「もうほんとね、すみれちゃんがいない間、先生は死んだみたいだったんだから。見てよ、今の顔色のいいこと」
ポンポン言われながら、秀一郎さんは相変わらず聞こえていないように届いた雑誌を見ている。
その後、秀一郎さんは津田さんに言われて、授賞式のために久しぶりに髪を切ってきた。
帰ってきた秀一郎さんは、髪が短くなって、目も頬も隠すものがなくなってこけた顔立ちがくっきりしたせいか、ちょっと驚くくらいハンサムだった。
「10年、我慢できます……」
いつか小野寺さんが、あの顔は2年は我慢する価値があるわねと言ったことを思い出して、私はぽうっとしながら言ってしまった。
たまに見るテレビに出てくるタレントみたいに、それ以上に格好よかったのだ。
秀一郎さんが不思議そうな顔をしたので、私は見とれたのをごまかすために出来上がってきたタキシードを試着していただいた。
既製品では一番細いサイズでも身幅や肩が余って袖や丈が足りないので、やむをえず仕立てたもので、それを着てみるとまた男ぶりが100倍くらいに跳ね上がった。
「……なに」
ぽかんと口を開けた私に、窮屈なタイを引っ張りながら秀一郎さんが言う。
どうしよう。
いつもゆるゆるした服か、それでも着ていればいいほうな秀一郎さんが、髪を切ってきちんと装っただけでこんなにステキになるとは思っていなかった。
やせすぎなくらいやせている欠点が衣裳で隠されると、それがすらりとしたモデル体型に見えるからびっくりだ。
背も高いし、長い手足も小さな顔も、ファッション雑誌から出てきたみたいに見える。
「なに」
秀一郎さんがもぞもぞして繰り返す。
もう、窮屈な服を脱ぎたくてたまらないのだ。
「お似合いですよ、とても」
私が言うと、秀一郎さんはちょっと首をかしげた。
「……そう」
本人に、変化したという自覚はないようだった。

授賞式とその後の記者会見の様子は、その日のうちに小野寺さんが撮ってきた携帯の写真で見せてもらった。
「見て見て、ドレス高かったのよ。先生が授賞式に出てくれて良かったわ。あたしも編集長に褒められたもの、よくあの先生を連れて来たってね」
編集者の晴れ舞台と言っただけあって、小野寺さんは嬉しそうだった。
流行の小説作家のように注目を浴びることがなかった秀一郎さんにとっても晴れ舞台で、本人はともかく、津田さんと芝浦さんは喜んでいる。
ところが、しばらくして授賞式の様子や取材の記事が雑誌に載ったのを見て、私たちは呆れ、驚いた。
小さな白黒写真しかなかった新聞記事とは違い、秀一郎さんの全身や顔のカラー写真がやたらと紙面を埋めている。
私たちが見れば、ぼーっと突っ立って絶対なにも考えていないだけなのに、活字は「ペンの貴公子」だの「セレブイケメン作家」だのと書き立てている。
「これ……誰のことですか」
私が聞くと、津田さんが苦々しそうに首を振った。
その横で、秀一郎さんが自分の記事を切り抜いている。
切り抜いた記事をスクラップ帳に貼って、満足そうに閉じる。
こんなにまめな人だとは知らなかった。
秀一郎さんが散らかした紙くずをゴミ箱に集めて、私はちょっと複雑な気分になった。
秀一郎さんのお仕事が世間に認められるのは、私にとっても嬉しいことのはずなんだけど。
それから、マスコミがワイドショーで秀一郎さんの容姿を取り上げるにいたって、ファッション雑誌やテレビの取材も入るようになってきた。
秀一郎さんがぼんやりしているうちに、小野寺さんが窓口になり、本の宣伝になると嬉々として引き受けてくる。
どうせ秀一郎さんはろくにしゃべれやしないので、アシスタントの名目で津田さんが同行すると、セレブイケメン作家にイケメンメガネ秘書と騒ぎが大きくなってしまった。
当の秀一郎さんは、お屋敷の周りを女子高生がうろうろしていようと、本屋に引き伸ばした顔写真が貼られていようといっこうにお構いなしで、相変わらず夜中に仕事をして、昼間はパンを食べてコーヒーを飲み、寝たり起きたりしている。
私のエプロンの匂いをかぐのも好きだし、髪の毛に鼻を埋めたり、耳を噛んだり、ゆっくりしてくれたり。
それに反して、秀一郎さんの周りはどんどん騒がしくなった。
新しく出た本は売れ行きがよく、前に出した本ももう一度ランキングに入るほど売れて増刷された。
秀一郎さんは増えた仕事をこなすために書斎にこもり、私は書斎のドアの向こうに目を背けて、せっせとパンを焼く。
344 ◆dSuGMgWKrs :2009/03/15(日) 20:14:45 ID:eCD0m6vU
だんだんと秀一郎さんがお出かけすることが増え、私は秀一郎さんのいないお屋敷にいる時間が増えた。
「先代のお父さまが亡くなる前は、旦那さまも今ほど引きこもってはいなかったんだよ。やっと少し元気になったんだ」
芝浦さんは言うけれど、お屋敷に閉じこもっていた秀一郎さんを外に連れ出したのが、私じゃなくて小野寺さんの出版社がくれた賞のおかげなのが、ちょっとおもしろくなかった。
「なに言ってるんだい、最初にパン屋に旦那さまを連れて行ったのもすみれちゃんだし、旦那さまがダイニングでお食事をするようになったのも、すみれちゃんのおかげじゃないか」
そうかもしれないけど。
製菓材料店で買ってきたパンプキンパウダーを強力粉と合わせてホームベーカリーに入れながら、私はやっぱりつまらないと思った。
メイドなんて所詮、お屋敷の中の仕事で、秀一郎さんが一歩外へ出てしまったら、もう一緒にはいられない。
「だから、旦那さまが快適にお仕事をしたりお出かけをしたりできるようにするんじゃないか」
そうですね、と芝浦さんに話を合わせておいた。
だけど、私は秀一郎さんがいてくださらないと、……寂しい。

今日も秀一郎さんは、文芸雑誌の新しい連載に合わせた特集記事の取材とかで、絵になる背景を求めてどこだかのカフェまでカメラマンと記者に連れられて出かけていた。
この前なんかは、クイズ番組の収録までしてきている。
付き添った津田さんによれば、早押し問題は散々で、漢字や歴史、計算問題なんかはかなり成績がよく、時々ぼそっととぼけたことを言うのがけっこうウケていたらしい。
秀一郎さんが、あの秀一郎さんが、テレビ。
信じられない。
収録されたクイズ番組が放送される日になると、一番大きなテレビのある芝浦さんの部屋でみんなでそれを見た。
小野寺さんが選んだダークグレーのスーツに、ピンストライプのシャツを着た秀一郎さんが司会者に紹介される。
「いやー、うちの旦那さまはタレントと並んでもちっとも見劣りしない」
芝浦さんが言い、私もそれには反論はない。
時々、津田さんがこの時の姿勢が悪いとか、書き問題で「手偏はハネるんです」とか注意しているうちに、番組が進む。
秀一郎さんは、かわいいアイドルにチーム戦で勝ったといって抱きつかれたり手を叩いたり、難しい問題を答えて司会者にさすが作家と持ち上げられたりした。
芝浦さんは大笑いしたり感心したりしていたけれど、私は笑わなかった。
正解したのが映ると、秀一郎さんは褒めてほしそうに私を見る。
私が不機嫌なので、エプロンを引っ張ったり、スカートの影で手をつなごうとしたりする。
それをみんな振り切って、私はテレビを睨みつけていた。
秀一郎さんが津田さんに助けを求めるように途方にくれた顔を向けるのもわかったけれど、探ってくる手を握り返してあげたりはしなかった。
このところずっとお忙しくて、お屋敷も留守にしがちで、だから本当は私も秀一郎さんの手を握りたかったけど。
もっともっと、秀一郎さんのおそばにいて、お世話したかったけど。
私は、わざと不機嫌な顔を作ってテレビを見ていた。
345 ◆dSuGMgWKrs :2009/03/15(日) 20:15:15 ID:eCD0m6vU
「……苦い」
朝、コーヒーを淹れると秀一郎さんが呟いたので、私は慌ててその手の中のカップを覗き込んだ。
「そうですか?」
コーヒー豆はいつもと同じものを同じ量、ミルの目盛りも同じ。
「怒る……」
お仕事明けで、充血させた目で私を見上げて、秀一郎さんが言った。
昨日も秀一郎さんは、地元のフリーペーパーのインタビューに出かけた後で原稿を書いていたのだ。
秀一郎さんからカップを取り上げて一口飲んでみても、私にはいつもとの違いがわからない。
それなのに、秀一郎さんは私が怒って淹れたコーヒーは苦いとおっしゃる。
「……今だけ」
カップを睨みつけている私のエプロンの端が引っ張られる。
「飽きる……」
みんな、すぐに自分のことなど飽きるから。
騒がれるのも、今だけだから。
だから、雑誌に写真が載っても、きれいなインテリタレントと対談しても、クイズ番組でアイドルと共演しても。
「……すみれが、いちばんすき」
秀一郎さんは、本当に言葉でも魔法を覚えてしまったのかしら。
私は怒るのをあきらめて、朝食のためにダイニングへ降りていく秀一郎さんの後ろについて歩いた。
秀一郎さんは新作のパンプキンパンがたいそうお気に召していて、おかわりのもう一切れをねだる。
部屋に戻ると、一枚ずつ服を脱ぎ落としながら衝立の向こうへ歩き、私は服を拾いながらその後についていく。
ベッドに横になった秀一郎さんに、薄っぺらな掛け布団をかけて、おやすみなさいのキスをする。
秀一郎さんが私の首を抱いて引き寄せた。
唇を舌が割って、口の中を探ってくる。
「……ん、」
だめ。もうお休みにならないといけないのに。
秀一郎さんが名残惜しそうに私から離れた。
手で秀一郎さんのまぶたを押さえて無理に閉じさせて、私は部屋に戻った。
――――すみれが、いちばんすき。
思い出したら、顔が熱くなった。
どうにかして、もう一度言ってもらえないものかしら。

お食事のお皿と洗濯物をワゴンにまとめて台所に降りると、津田さんが配達された食材を片付けているところだった。
「すみれさん。旦那さまのコーヒー豆がそこにありますから、お願いします」
「……はい」
秀一郎さんの、お気に入りの店のお気に入りのブレンド。
私はその豆の袋を取り上げてラベルを指でなぞった。
苦くなったり、酸っぱくなったり、不思議なコーヒー豆。
……私は、怒っているのかしら。
なにに?
「明日は外出はありません。今夜までに仕上げなければいけない原稿が書けたら、ゆっくりできます」
津田さんがそう言って棚のドアを閉めた。
苦くない、おいしいコーヒーを淹れてさしあげなくては。
「すみれさんは、……意外とやきもちやきですね」
びっくりして顔を上げると、津田さんのメガネの奥の目が柔らかかった。
私は大急ぎでワゴンに乗せてきたお皿を洗い、津田さんがそれ以上何か言ってくる前に洗濯物を抱えて台所を飛び出した。
……私は、秀一郎さんの周りにいる女の人に、やきもちをやいているのかしら。
ちょっと秀一郎さんぺたぺた触られるくらいで、すきって言われるくらいで。
私は、うぬぼれている。
主人にやきもちを焼くメイドがどこにいるのかしら。
わざと乱暴に洗濯物を洗濯機に入れて、乾いたシーツを取り込んで、アイロンをかける。
346 ◆dSuGMgWKrs :2009/03/15(日) 20:17:14 ID:eCD0m6vU
しばらくして、秀一郎さんがお目覚めになる頃を見計らって、洗濯物を抱えてお部屋に戻ってみた。
衝立の奥を覗くと、ちょうど秀一郎さんは寝返りを打ってこっちを向いたところだった。
「お起きになりますか」
秀一郎さんの細い両手が宙に伸びた。
私はその上に屈みこみ、腕が首に巻きついたところで秀一郎さんの背中を抱きかかえるようにして起こす。
ちょっぴり弾力の出てきた背中。
「秀一郎さん……」
「……うん」
まだ完全に目が覚めてはいないらしく、ふにふにとあくびをする。
「私、やきもちやきなんだそうです」
「……ん」
「どうしましょう」
くす、と秀一郎さんが笑った。
ついでのように、ちょっとだけ私の耳を噛んだ。
秀一郎さんが服を着て、机の前に座る。
最近は、本格的に原稿を書く前の簡単な作業が出来るように、机の上にノート型のパソコンが置いてあった。
そのおかげで、その間は私も秀一郎さんのそばに長くいられた。
書斎には私は入ることが出来ず、秀一郎さんがそこにこもると出てくるまでお会いできないからだ。
お仕事が忙しいと書斎にいる時間も長くなるし、そうすると物音ひとつしない部屋の中で、秀一郎さんが明治の文豪や外国の作家の亡霊に取り付かれたり、妖怪に食べられてしまったりしてはいないかと心配になってしまう。
秀一郎さんが私のそばでパソコンを触っているのは少し嬉しかった。
お湯を沸かしている間にコーヒー豆をミルで挽いていると、秀一郎さんがパソコンの電源を入れた。
私はこういう機械ものはさっぱりわからない。
マウスをカチカチしていた秀一郎さんが、私のエプロンの裾を引っ張った。
「ねえ……」
秀一郎さんが、パソコンの画面を指差した。
「見て……」
覗き込むと、授賞式のときの秀一郎さんの顔写真が映し出されている。
秀一郎さんが画面を操る。
どうやら秀一郎さんのファンだという女の子が、日記形式でホームページを作っているようだ。
他にもたくさんの人が秀一郎さんについて、いろいろなことを書いている。
秀一郎さんが画面を切り替えながら次々と見せてくれ、出てくる写真や文字に私は声も出なかった。
大抵は外見や育ちのよさ、おっとりした性質などを好意的に述べ、秀一郎さんが書いているものについてはほとんど触れていない。
女の子の服を着せた合成写真や、まるで本当のことのように、もし秀一郎さんとデートしたらああでこうでという空想を書き散らしてたりする。
「こんなの。これじゃ、秀一郎さんがなにしてる人だかわからないじゃないですか、失礼な」
私が怒っても、秀一郎さんはくすくすと笑うばかりで、面白そうに新しい記事を探していた。
有名な掲示板というところでは、秀一郎さん専用のページがあって、匿名でたくさんの人が書き込んでいる。
根拠のない噂話で、秀一郎さんのありもしない性癖や女性遍歴が見てきたかのように書かれ、ああいう人はきっとこうだという思い込みが氾濫している。
中には下品な内容も、秀一郎さんの名誉を傷つけるようなものもある。
そういえば、編集部には昔ながらのファンレターというものが届くらしいし、ファンメールとかいうものを『転送』します、と小野寺さんも言っていた。
それらもみんな、こんな内容なのかしら。
女の子たちの頭の中で、秀一郎さんが無責任に踏みにじられているようだった。
それなのに、秀一郎さんは隣でくすくす笑っている。
「なんですか、こんなの見て鼻の下伸ばして!女の子に騒がれて、知らない人にバカにされて嬉しいんですか、秀一郎さん」
秀一郎さんはきょとんとして首をかしげる。
「人気……」
「こんなものが人気なんですか。こんな人たちに本を買ってもらって、それでいいっていうんですか」
秀一郎さんがこんなふうに騒がれているのを、私が喜ぶとでも思ったのかしら。
「秀一郎さんは、物書きじゃないですか。だったら物を書いてればいいじゃないですか。それで、津田さんに山のお金を返せないんですか。テレビに出たり、雑誌に出たりして有名になりたいんですか」
くすくす笑っていた秀一郎さんが、真顔になった。
メイドの分際で、また主人にやきもちをやいて口答えをしてしまった。
だって、いやだから。
秀一郎さんが、他の女の人に笑いかけたり、触れたり、腕を組んだりするのは、いや。
「なんていいましたっけ、ワイドショーでパネルを持ってた女の子。髪が長くて目が大きくて脚が長くて」
私が美人ではないことくらい、自分で知っている。
顔は十人並みだし、スタイルだってそんなに良くない。
347 ◆dSuGMgWKrs :2009/03/15(日) 20:17:47 ID:eCD0m6vU
秀一郎さんがこのお部屋を出て、お屋敷を出て、私以外に女の子は砂の数ほどいるんだということに気づいたら。
そして、かなりの割合でその女の子たちが私よりきれいで賢くて、華やかなことに気づいたら。
秀一郎さんが咳払いを二度して、口を開く。
「……有名になって、本が売れて、…お金とか地位とか……、全部欲しいです」
ひそかに否定する言葉を期待していた私は、予想しなかった秀一郎さんの言葉にびっくりする。
テレビに出て、有名になって、お金をたくさん手に入れたい?
秀一郎さんは、私の顔をまっすぐ見た。
「そうしたら、もう…、なにがあっても……、あなたを手放さなくて済む……から」
秀一郎さんがエプロンの端を引っ張って、私は腰を屈める。
頭を両手で挟まれて、秀一郎さんは私の額に自分の額をこつんとくっつける。
「やだ……から」
額から、秀一郎さんの体温が伝わってくる。
「すみれが泣くの……」
私は。
秀一郎さんが髪を切って、お出かけするのに新しい服を着るようになって、仕度をするたびにうっとり見てしまうほど格好良くて、それを私の知らないきれいな女の人たちが取り囲んでもてはやすから。
机に肘をついてコーヒーを飲んだり、焼きたてのパンを目を細めてちぎったり、裸のまま掛け布団に包まっているのを起こしてもらおうと腕を伸ばしてきたり、そんなことしてるなんて想像もできないほどステキに装っているのが悔しいから。
私は、やきもちをやいている。
秀一郎さんが、どうして苦手な仕事をしてまで、お金を稼ごうとしているのかなんて考えてもいなかった。
「いちばんすきって、おっしゃいました」
「……うん。すき」
秀一郎さんが私の腰に腕を回して抱き寄せる。
ぱふ、とエプロンに顔を押し付ける。
「……すき」
もう、本当に秀一郎さんはずるくなった。
「……ほんとですか」
秀一郎さんの頭に手を乗せて、私はそっと柔らかい髪を指に絡めながら呟いた。
ほんとに、私は秀一郎さんのいちばんすき、なのかしら。
きれいな女の人をたくさん見ても、私のことをいちばんすき、でいてくださるのかしら。
私は、ずっともっと秀一郎さんのお側にいても、いいのかしら。
秀一郎さんの、一番近くに。
「じゃあ……」
考えるより先に、唇が動いていた。
「今日の分のお仕事が終わったら……。して、くださいますか」
秀一郎さんがちょっと目を見開き、私は顔から火を噴きそうになる。
「……する」
仕事は夜するから、すみれとは、今する。
348 ◆dSuGMgWKrs :2009/03/15(日) 20:18:15 ID:eCD0m6vU
秀一郎さんは、私の耳もとに口を寄せた。
「ね……やきもち」
やきもちを、やいているの。
くす、くすくす。
ベッドの上に座り込んだ秀一郎さんの足の間に座りこんで、私はうつむいた。
「……だって」
秀一郎さんが私の背中に腕を回して、ぽんぽんと優しく叩いてくれる。
「どうして……」
どうして、やきもちをやくの。
「しゅ、秀一郎さんさんがいけないんです。きれいな女の人とばっかり、嬉しそうに」
くす、くすくす。
「どうして……」
きれいな女の人と一緒に仕事をすると、どうしてやきもちをやくの。
……どうしてかしら。
だって、いやだから。
だって。
秀一郎さんが笑う。
「……すき」
好きだから?
私は秀一郎さんの首に腕を絡ませて、自分の胸を秀一郎さんの胸に押し付けた。
「そうです」
「……ほんと」
秀一郎さんが背中を撫でる。
首筋から、肩から、背骨も、脇も。
「ん……と、です」
いつのまにか、こんなにも秀一郎さんが好きだから。
秀一郎さんが私の鎖骨や胸に唇を押し付けた。
「すみれ……が、いちばんすき」
息が吹きかかる。
「泣いたら……だめ……だから」
好き。
やきもちをやくくらい、私は秀一郎さんが好き。
誰にも、取られたくない。
秀一郎さんにパンを焼いて、コーヒーを淹れるのは私でなくてはだめ。
服を脱がせてもらって、目の縁にも頬にも唇にもキスしてもらって、耳を噛んでもらうのも私。
秀一郎さんの薄い胸に抱かれるのも、魔法の手で撫でてもらうのも、胸やあそこに口づけてもらうのも。
私のあちこちを、秀一郎さんの舌が形を変えながら舐め上げる。
産毛がぞわっとする。
こんなふうに、秀一郎さんにこんなふうにしてもらうのは、私だけじゃなきゃいや。
秀一郎さんが、一番好き。
「あ……、秀一郎さん……」
「……うん」
「そうやってもらうの……すごく、気持ちいいです」
「……ん」
脚の間で秀一郎さんがくぐもった声を出す。
自分から誘ってしまったのに、こんなにしてもらうだけでいいのかしら。
舌が複雑に動き、痛いほど開かれて押さえられた脚が震える。
「そこ……んっ」
言った事のない言葉が口から出てくる。
私、こんなはしたないこと言うタイプだったかしら。
「あ、あ、やっ、それ、あんっ」
中のほうに差し込まれていた舌が上に移動し、一番敏感なところを周囲から攻めてくる。
指が入ってきて、上のほうを擦りあげてきた。
「やあっ、あ、ああんっ、秀一郎さんっ」
秀一郎さんの肩を脚で挟み込み、頭を手で押さえつけて暴れてしまった。
いつもは体中を撫でたり舐めたりされたあとでそこにたどり着くのに、今日はいきなりそんなところを。
手が触れた自分のお尻が、ぐっしょりと溢れたもので濡れている。
349 ◆dSuGMgWKrs :2009/03/15(日) 20:18:47 ID:eCD0m6vU
「あ、あ、んっ」
急に強い快感が上がってきて、私は思わず叫びながらのけぞった。
頭の中で何かがはじける。
「ああああっ!」
大きな声、これはまさか私の声なのかしら。
どきどきがおさまらなくて、私は自分を抱くように丸くなり、酸素を求めて大きく息を繰り返した。
こんなことって、あるのかしら。
ほとんど、あそこだけでこんなふうになるんだ。
一番好きな秀一郎さんに、一番感じるところを、一番恥ずかしいところを。
「大丈夫……」
秀一郎さんがきれいにしてくれてから、はあはあしている私を抱き寄せてくれた。
「……して、って……、すごく」
「え……」
ようやく声が出るようになって、聞き返す。
「ね……」
秀一郎さんがなだめるように背中を撫でる。
私が、自分から「して下さい」なんて言ったから。
秀一郎さんは私がものすごくしたくなっていると思って、ご自分のことは置いておいて、私にしてくださったのかしら。
そんなふうに思われたことが恥ずかしくて、私は熱くなった顔を隠すように秀一郎さんにくっついた。
今度は、私がして差し上げなくては。
そっと手を秀一郎さんの腰に滑らせる。
もう、私にとってちょうどいいくらいの大きさになっている。
私がびっくりしているのを見て、秀一郎さんがくすくす笑った。
「すみれの……してたら」
すみれのを舐めているだけで。
「や……」
そんな恥ずかしいこと。
秀一郎さんは私を抱きかかえて起き上がると、胡坐をかいて私を脚の上に座らせた。
「挿れて……」
こんな体勢で、大丈夫かしら。
したたるほど濡れたそこに、秀一郎さんのものを収めようと、何度か腰を上下してみる。
「ん……、はっ……」
やっぱり、うまくできない。
秀一郎さんの押し倒して腰に手を置いて一休みする。
「すみれは……へた」
くす、くすくす。
もう。
私は秀一郎さんのお腹に座って、意地悪なことを言う唇が変形するくらい頬を引っ張った。
「秀一郎さんが、大きすぎるんです」
「……そう」
頬を引っ張る指を外して、秀一郎さんは私の太ももをさすった。
「すごい……ぐしょ」
はっとして腰を上げると、秀一郎さんのお腹が私の中からあふれたもので濡れていた。
しかも、ちょっと糸さえ引いている。
ものすごくいやらしい。
「あ、すみま……」
秀一郎さんが私のウエストを両脇からつかんで起き上がった。
「そんなの……もう」
そんなの見たら、もう我慢できない。
お尻を浮かせて、脚を抱え込んだ秀一郎さんが音のしそうなそこを指で開く。
「ゆっくり……ね」
みっちりと圧迫するように、秀一郎さんが入ってくる。
さっきしてもらって敏感になっている場所には直接触れないように、中の気持ちいいところだけを探るようにしてくれているのがわかる。
半分くらいで一度引いて、またゆっくり入ってくる。
「あ……」
お腹の中が暖かくなるような、心地良さ。
350 ◆dSuGMgWKrs :2009/03/15(日) 20:19:25 ID:eCD0m6vU
「もう……、いい……」
動いても、いい?
「……はい」
ゆっくりが、徐々に速くなる。
「う……」
秀一郎さんが眉間に皺を寄せてうめいた。
「秀一郎さん……?」
動きを止めて、秀一郎さんが私を見下ろす。
「……すごく、いい……から、もう」
私は秀一郎さんに抱きついた。
「いいですか……私」
「うん……いい」
私の中で、また秀一郎さんが少し大きくなった気がする。
「いい……、すみれじゃなきゃ……」
すみれじゃなきゃ、だめ。
胸がきゅん、とした。
私も、秀一郎さんじゃなきゃだめ。
秀一郎さんが動きだし、私は抱きついていた腕をベッドに落として目を閉じた。
自分の全部で、秀一郎さんを感じるために。
駆け上がってくる感覚に打ち震える。
秀一郎さんは、私が短く叫んで秀一郎さんを中で締め付けるまで我慢して、そして達した。
私はすぐにそれが抜かれてしまわないように、秀一郎さんに強く抱きついた。
もっとずっと、潮が引いていくような気持ち良さの中で秀一郎さんを感じていたかった。
「……あ」
秀一郎さんが呟いて、するっと私の中から消えた。
あん。
その直後、ぬるっとした何かが流れ出た気がする。
「忘れた……」
困惑したように、私を見る。
ああ……どうしよう。
ぼんやりとそう思ったけれど、それよりも急に睡魔に襲われてきた。
秀一郎さんも同じらしく、私の横に転がってふにふにする。
ちょっとだけ、眠ってしまおうかしら。
秀一郎さんはお仕事のためにたくさんお休みしておかないといけないけれど、私もちょっとだけ。
ぴとっとくっついてくださる秀一郎さんの腕の中で、うとうとしてきた。

……ねえ。
……っ…ん…してね。

秀一郎さんがなにか言ったような気がしたけれど、聞こえなかった。
心地良い眠りに落ちる中で、遠くで電子音が聞こえた。
なにかしら。
秀一郎さん、なにかおっしゃいましたか。
……あ。
電話だ。
私は慌ててベッドから飛び降り、部屋の中に駆け戻って受話器を取り上げた。
「すみれさん、すみません、よろしいですか」
津田さんが千里眼のように言って、私はしどろもどろになる。
「小野寺さんが、明日、旦那さまにお会いしたいそうですがいかがでしょう」
私は、受話器を持ったまま衝立の奥を振り返った。
秀一郎さんの小さな寝息が聞こえていた。
351 ◆dSuGMgWKrs :2009/03/15(日) 20:20:56 ID:eCD0m6vU
翌日、電話で約束した時間ぴったりに、小野寺さんはやってきた。
定期的に毎月一度やってくるのとは、別のお話らしい。
時間の前に起こして、めんどうくさそうにする秀一郎さんのシャツのボタンを留めて、伸びかけた髪をとかしつけて、
口の端についた歯磨き粉を拭いて、踵が上に来ている靴下を逆さに直して、夕食のパンはなにを焼くのと聞いてくるのを
チョコチップにしましょうねとなだめすかして、秀一郎さんを机の前に座らせるのがぎりぎりだった。
津田さんに先導されて部屋に入ってくるなり、小野寺さんは立て板に水でしゃべりだす。
「先生、おとといオンエアになったインタビュー、見ました?あのあと書店に新刊の注文が殺到したんですよ。前作もそろそろ増刷しようかと思ってるんですよ」
小野寺さんが持ってきた、単行本の文庫化にあたっての表紙レイアウト見本を見ながら、秀一郎さんは聞こえているのかいないのかわからない顔をしている。
「……で、来週ですけど、午後でいいですか」
ドアを開けて出て行きかけていた津田さんが、足を止める。
「私は……聞いておりませんが」
津田さんが苦手な小野寺さんが、まだそこにいたのと言うように肩をすくめる。
「先生にはお話したんですけど。ええと、取材をお願いしてるんですよ、『お仕事場拝見』のコーナーで」
秀一郎さんは三枚あるレイアウト見本のうち一枚を抜き出して私に渡す。
文庫本の表紙は、これがいいらしい。
クリアファイルに挟んで小野寺さんに渡そうとすると、津田さんが珍しくちょっとした剣幕で小野寺さんに食い下がった。
「聞いていません。旦那さまは来週、三本締め切りがあります。取材のスケジュールが入る隙はありません」
「でも、二週間も前に先生にお話してますから。それに、仕事場の写真を何枚か撮るくらいで、先生のお話はそれほどいりませんし」
小野寺さんは引き下がろうとしないし、津田さんはよほど怒っているのか目が怖い。
「他の作家に当たってください。旦那さまは無理です」
どうしよう。
あたふたしていると、秀一郎さんが私のエプロンの端を引っ張った。
屈みこむと、耳もとでくすくす笑う。
「津田……こわい」
なにを、のんきなことをおっしゃてるのかしら。
秀一郎さんが笑っている間に、小野寺さんはついに腹を立てたらしく津田さんと口論のようになる。
「とにかくページに穴が開きますから!先生、どうなんですか」
当事者の癖に、矛先を向けられるのが心外だというように秀一郎さんが首をすくめた。
「だいたいあなたは週刊誌の編集者です。文芸誌の取材に関わるのはなぜですか」
決して大きな声ではないのに、津田さんが言うと冷ややかで突き刺すように聞こえる。
恐らく、いままで何人もの偏屈な先生方と渡り合ってきたのだろう、小野寺さんも引かない。
「じゃあ、先生が他の編集者にお会いになるって言うんですか。誰がお尋ねしても門前払いだから私に話が来るんです」
「あなたが門前払いになっても入ってくるだけです」
「仕事がいらないんですか。私はお屋敷の執事より先生にお話があって来るんですっ」
ほらこっちにきた、と秀一郎さんが雑誌を立てて顔を隠す。
「先生!」
「……大きな声を出さないで下さい」
「あなたのせいですっ」
二人が言い争っているのを見てると、どうやら興奮しているのは小野寺さんだけで、津田さんはそれを軽くあしらっている。
目が怖いけど、それは津田さんの標準装備で、小野寺さんがいくら噛み付いても変化しない。
しばらくしてから、また来ます、と小野寺さんがぷんぷんしながら出て行った。
見送りもせずに、津田さんはむっつりとそこに立っている。
小野寺さんがソファのところにおいていった取材の概要を書いた書類を取り上げて、秀一郎さんの机にぽんと投げ出す。
感情の起伏をあまり表さない津田さんにしては珍しいこの成り行きに、私は居心地悪くなった。
「……いい」
小野寺さんがいるときは何も言わなかった秀一郎さんが、ぼそっと呟いた。
別に、取材くらい受けてもいい。
津田さんがむっとした顔で秀一郎さんの前に立った。
「書斎に、カメラを入れるおつもりですか」
なるほど、仕事場拝見、という企画なのだから、秀一郎さんのお仕事場は書斎ということになる。
さすがに口に出しては言わなかったけれど、文豪の亡霊が出て各内容を指示する、なんて噂が立ったこともある秀一郎さんの書斎なら、記事になれば部数も伸びるのかもしれない。
352 ◆dSuGMgWKrs :2009/03/15(日) 20:21:57 ID:eCD0m6vU
でも、書斎は秀一郎さんのほかはたまに津田さんが掃除に入るだけで、私は入ったことがない。
やっぱりあの書斎には、カメラマンが来て写真を撮られてはまずいような何かがあるのかしら。
冷静沈着というか、のんびりおっとりの津田さんがここまで反対するような、なにか。
もしかしてもしかして、本当に鶴がいたりして。
秀一郎さんは、聞こえないふりをする。
津田さんは何か言おうとして口を開け、それから眉間に皺を寄せて黙る。
このまま津田さんがどんどん怒ってしまったり、秀一郎さんとケンカになってしまったりするのかしら。
「……いい」
「私は、いやです」
秀一郎さんが一言言うと、津田さんが即座に否定した。
くす、くすくす。
「笑い事ではありません。旦那さまがあれを外してくださらないのですからね」
あれ?
あれとは、なにかしら。
文豪の亡霊が出てくるための何か、壷のような物を想像してしまった。
笛を吹いたら出てくるヘビとごちゃまぜになってしまったのかもしれない。
秀一郎さんが腕を伸ばして伸びをした。
「……あれしか」
「それは、そうですけど」
さすがに、秀一郎さんがなにをおっしゃっているのか私にはわからなくなってきた。
津田さんが怖い顔をしているのを見て、秀一郎さんがゆっくり立ち上がった。
二回、咳払いをする。
「編集にも……都合あるから…、来たとき…、外すから」
言いながら歩いて、書斎のドアを押す。
明かりを消している書斎は、部屋の中から見ると真っ暗で異次元への入り口のように見える。
「仕方ないですね…」
話の内容はわからないけれど、津田さんが折れたのかしら。
秀一郎さんは書斎の中に入って、ドアを開けたまま明かりをつける。
ぼんやりと、壁一面の書架と真ん中に置いた大きな机が見えた。
「…すみれ」
振り向いて、秀一郎さんが私を呼んだ。
え?
書斎に?
腕を組んで立っていた津田さんが、ふうと息を吐いた。
「どうぞ。かまいませんよ、すみれさん」
私は、そうっとドアのところから書斎の中を覗いた。
臙脂色のじゅうたんに、足を乗せる。
壁いっぱいに圧倒されるほどの量の本、真ん中に置いたキーボードが埋もれるほど資料を積み上げた机。
それらを見回して、ほうっとため息をついてしまう。
秀一郎さんは、毎日毎日、ここに十時間以上も閉じこもってらっしゃる。
空気が、秀一郎さんの匂いになっていそうで、私は大きく吸い込んだ。
「……あれ」
秀一郎さんがドアの横の壁を指差した。
振り返ると、机に座ったときに正面に見える位置に、大判の写真が額に入って掛けてあった。
古い、色あせたような写真。
背景になっているのは、このお屋敷のお庭のようだった。
男の人が真ん中に立っていて、若い女の人が隣に寄り添っている。
女の人の足元に、小さな男の子が座り込み、男の人の後ろに隠れるように、少し年長の少年が立っている。
みんな、カメラに向かって笑っている。
楽しそうに、嬉しそうに。
近づいて見ると、座り込んだ少年の顔に面影があった。
隣に立った秀一郎さんが、写真を指先でなぞる。
「父……と、……母」
亡くなった、秀一郎さんのご両親。
ご両親に囲まれて、学校にも上がっていないような年頃の秀一郎さんが笑っている。
秀一郎さんは、毎日この写真を見ながらお仕事をされているんだ。
早くにお母さまを亡くして、少し前にお父さまも亡くなった。
クリスマスには、子どもだった秀一郎さんを喜ばせようと、サンタの衣裳を着たお父さま。
そのお父さまを亡くされたことで、秀一郎さんはお部屋に引きこもってしまうくらい悲しんだ。
お母さまはくっきりした二重の目が、お父さまは口元が、秀一郎さんに似ていた。
353 ◆dSuGMgWKrs :2009/03/15(日) 20:22:51 ID:eCD0m6vU
そして、もうひとり。
「この男の子は?」
秀一郎さんに兄弟がいたとは聞いていない。
「……私です」
いつの間に入ってきたのか、私の後ろで津田さんがおもしろくなさそうに言った。
「え、津田さん?」
私はもう一度、秀一郎さんのお父さまの後ろにいる、むちむちに太って縦と横の幅が変わらないような、真ん丸い顔の少年を見直した。
目も鼻も顔のお肉に埋もれてしまって、腕も脚と変わらないくらいに太くて短い。
真っ赤なほっぺたで、口を開けて笑っている、子ども相撲で横綱を張りそうな少年だった。
写真と全く共通点のない、津田さんの今のほっそりした顔と見比べた。
「私は小学生の頃は肥満児だったんです」
津田さんが、そっと額に手をかけて、大切なものを扱うように外した。
「抹殺したい過去なのですが、先代の旦那さまは写真をあまり残されませんでしたので、ご家族と一緒に映っているのはこの一枚なのです」
外した写真を受け取って、秀一郎さんはくすくす笑った。
それから、私に写真を向けてぽつんと呟く。
「すみれ……」
お父さん、お母さん、すみれです。
秀一郎さんが、私を紹介してくださったように見えた。
それから、本棚の隅に立てて写真の額をしまう。
「津田が……いやがる」
気のせいか、津田さんが照れているようにうっすらと顔を赤くしている。
「も、もしかして、私に書斎に入ってはいけないって言ったのは、この写真を見られたくなかったんですか」
秀一郎さんが首をかしげた。
「いけない……」
どうやら、秀一郎さんは私が書斎に入らないようにと言われていたことすら知らないようだった。
秀一郎さんが津田さんの顔を見て、津田さんはぐっと眉間に皺を寄せた。
「……鶴が出る、という渾身の冗談は、すみれさんには通じなかったようです」






それから。

津田さんは本格的に秀一郎さんのマネージメント業務を始め、その穴を埋めるように芝浦さんも本人の弁によれば『雑用係から副執事に昇進』して張り切っている。
出版社をやめてフリーの編集者として独立した小野寺さんもちょくちょくやってきて、秀一郎さんの仕事の方向性について、しょっちゅう津田さんと言い争っている。
だけど小野寺さんが帰った後は、なぜかいつも津田さんは機嫌がいい。
私は相変わらず毎日、秀一郎さんにパンを焼き、コーヒーを淹れる。
ハムのパンは、生地にスライスハムとタマネギとコーンとマヨネーズを巻き込んで。
チョコチップのパンにはローストクルミを入れるともっとおいしい。
日替わりで、パンプキンパウダーやチョコレートシートや、ドライ無花果や砂糖漬けのオレンジ。
そして、秀一郎さんが自分の原稿が載る雑誌で紹介されていた雑貨屋まで出かけて選んでくださった、緑色の水玉模様のカップでコーヒーを一緒にいただく。
秀一郎さんはまだ山の代金を津田さんに払い終えていないけれど、約束どおりクリスマスにはツリーを買って飾ってくれたし、サンタの服も着てくれた。
その他は、日々書斎に閉じこもって原稿を書き、ときどき取材を受けたり、写真を撮られたり、サイン会になんか出かけたりしている。
それが立て込んでくるとすぐになまけたがって津田さんに怒られ、小野寺さんに催促され、出した本がランキングに入ったという記事を私に見せて褒めてもらおうとする。
少しは胸や背中にお肉が付きはしたけれど標準よりずっとやせているままで、でも風邪ひとつ引かない。
お米も麺も召し上がるけど、やっぱり食卓にパンがあるときは一際嬉しそうで、それなのにこっそりお皿のはじっこにブロッコリーを寄せて隠そうとする。
私は見て見ぬふりをするのだけれど、もう秀一郎さんが最後までそれを隠しとおすことは出来ない。
小さな手が、私のエプロンを引っ張るから。

「ママぁ、またパパがブロッコリー残してるぅ!」


――――完――――

『メイド・すみれ』完結です。ありがとうございました。
354名無しさん@ピンキー:2009/03/15(日) 21:50:32 ID:ZJbCil2o
ああ……とうとう最終回なんですね
いっぱい感想を書きたいのに言葉になりません。
ただ今だけは余韻に浸っていたい気分です。
すみれさんと秀一郎さん、津田さん、芝浦さん
そして小さな天使がいつまでも幸せでありますように。
GOD JOB!!!

標準装備の津田さんが欲しいです。
355名無しさん@ピンキー:2009/03/15(日) 22:04:39 ID:MVEu5NYv
前回で最終回だと勘違いした一人です。
申し訳ない。
今度こそお疲れ様でした!!
そして本当にGJ!!

素晴らしい作品を読めて幸せでしたよ…
最後までニヤニヤ止まりませんでしたw
ありがとう本当にありがとう。
356名無しさん@ピンキー:2009/03/15(日) 22:05:35 ID:aF9tIlv2
うわあああああああ!!!
遂に、遂に終わってしまった!


最後の一言が!…いやぁ〜幸せになって本当に良かった!!

番外編あったら読みたいな、津田さんが小野寺さんを密かに喜んでいるとか気になるww


とにかく、お疲れさまです!GJです!常に続きが気になって楽しみにしていたお話のひとつでした!!
これからも新作などあれば、投下してくれると嬉しいです!

ありがとうございました!!!
357名無しさん@ピンキー:2009/03/15(日) 22:08:24 ID:7kEaSqV7
すばらしすぎる!
幸せな結末で読んでいるこちらも幸せな気持ちになりました。
作者さん本当にお疲れさまそしてありがとう。
358名無しさん@ピンキー:2009/03/15(日) 22:42:24 ID:v8rwva8G
お疲れ様でした、そして素敵な作品をありがとうございました!!
なんだか読んでて泣けてきたよ…
すみれさん、良かったね、秀一郎さん、良かったね。

作者様、また新作ありましたらお待ちしてます。
改めて、ありがとうございました。
359名無しさん@ピンキー:2009/03/15(日) 23:12:41 ID:H48NZawP
うぉぉぉぉ!!読んでてとてつもなく抜ける胸いっぱいに…そしてとてつもなく腹が減ったのは絶対俺だけじゃない。
とりあえず職人はホームベーカリーの回し者か!?っていうぐらい最後のメニューがとにかくやばい。

津田さんもいいけど小野寺さんが人間臭くて好きだなー。
パンブームと幸せをありがとう、gjっした!!
360名無しさん@ピンキー:2009/03/15(日) 23:23:46 ID:zPnqWkT5
>>353
GJ。心が暖まりました。ありがとう。
361名無しさん@ピンキー:2009/03/16(月) 00:36:45 ID:5KKTcvRX
感動した
ありがとう作者さま
目からコーヒーが止まらない
362名無しさん@ピンキー:2009/03/16(月) 02:57:45 ID:HoS0OsCe
>>353
あなたは神ですか?

…べ、別に続編なんか期待してないんだからね…!?
と、つんでれはここまでにしといてw
いやもう素晴らしすぎですマジで。本当にお疲れ様、そしてありがとう
363名無しさん@ピンキー:2009/03/16(月) 03:34:46 ID:0uurtyei
久しぶりに来て、読んでいなかった分を今一気に読み終えました!
あーもう大好きすぎる
GJ!!
きゅんきゅんでした
364名無しさん@ピンキー:2009/03/17(火) 01:50:34 ID:3AMTQkrT
総じて最高でした!ありがとうありがとう!この話が読めてほんとに良かった

そして描かずにはいられなかった…
不適切でしたら削除します、少女漫画絵でスマソ
ttp://www.uploda.org/uporg2094489.jpg.html
365名無しさん@ピンキー:2009/03/17(火) 03:32:39 ID:nR6YM5CB
GJを何度言ってもたりない…!!
笑いあり涙ありエロもありパンまであって非常においしかったです
ずっと続いてほしい話だったけど、メイドさんじゃなくなったら仕方ないよね
長編お疲れさまでした!

最後に自分>>341なんだけど、無花果パン焼いてくれてありがとう
366名無しさん@ピンキー:2009/03/17(火) 03:58:10 ID:SW1xVdND
ブロッコリーw

素敵なお話を感謝でした。
前回分からまとめて読んだから、パンブームっぷりに吹いたw
ニコニコ市場みたいな機能が2chにあったら、パンまみれだろうなぁ
367名無しさん@ピンキー:2009/03/17(火) 08:28:46 ID:2Q6aCvlO
職人さんハムをパンに織り込む様にパンブームの流れを文章に反映させてて感動したw
368名無しさん@ピンキー:2009/03/17(火) 10:04:46 ID:Hh1W8BR7
見返りが欲しくて、ご奉仕出来るか?
369名無しさん@ピンキー:2009/03/17(火) 10:20:31 ID:9UjWgXhW
新ジャンル:パンデレメイド
370名無しさん@ピンキー:2009/03/17(火) 12:39:05 ID:RnHP5EUL
>>369
不覚にもワロタw

秀一郎さんが寝る前に、すみれさんになんて言ったのか気になる…
371名無しさん@ピンキー:2009/03/17(火) 15:45:51 ID:y9J9nJ/0
津田少年黒歴史www



>>370

>>……ねえ。
>>……っ…ん…してね。

これだよね?
372名無しさん@ピンキー:2009/03/17(火) 15:53:46 ID:m9+FB0y+
ねぇ。
っけっこん・・・してね。
かな???
373名無しさん@ピンキー:2009/03/17(火) 17:55:07 ID:RnHP5EUL
370だが、>>371それそれ。
やっぱり>>372か?
うおー気になってきた!
374名無しさん@ピンキー:2009/03/17(火) 21:49:10 ID:o1fp3SnU
名実共に取り戻した時点で秀一郎さんはすみれさんを
お嫁さんにする気だったんじゃないかな?
だから「忘れた」っていうのは案外照れ隠しで
むしろご懐妊バッチコーイ!だったとか

375名無しさん@ピンキー:2009/03/17(火) 23:38:52 ID:MCDUuvcf
中田氏に気づいた時点で、出来ても出来なくても覚悟を固めたんじゃ、と思った。
376名無しさん@ピンキー:2009/03/18(水) 00:58:26 ID:Uh23C4GJ
>>309-311
なんか久しぶりの戦うメイドさんで、面白く読めた
続編あるなら期待

>>すみれさん
長編乙でした
番外編や、その後のお話来ないかな
小雪の時もpart13で終わりかなと思ったら、part14来て嬉しかったから

>>364
流れちゃったかな 見れなかった…
再うp可能?
377名無しさん@ピンキー:2009/03/18(水) 12:08:52 ID:VJ/FDlba
>>364
書き忘れてたが、かなりいい絵だったよ!
個人的な小野寺さん良かったw
378名無しさん@ピンキー:2009/03/18(水) 12:33:51 ID:icVhGrK+
>>364
自分も見れなかったから再うpキボン
379377:2009/03/18(水) 14:34:31 ID:VJ/FDlba
個人的に小野寺さん良かった、です…
スレ汚しすまん
380名無しさん@ピンキー:2009/03/18(水) 15:08:37 ID:DlBX8Gvy
買ったドレスの値段いちいち気にする辺り小野寺さんっていうか
ああ女って絶対こういう事言うよなーと思った途端小野寺さんにスゲー親近感持てたw

つうか毎日ピザパン喰わせてりゃ秀一郎さんの体型も安泰なんじゃね?と思う俺は即物的な人間。
381名無しさん@ピンキー:2009/03/19(木) 14:22:35 ID:BWT7sFbW
メイドすみれとメイド小雪って、同じ作者だったのか!!
って俺いまさら?
382名無しさん@ピンキー:2009/03/21(土) 06:36:42 ID:IyHWwoUB
383名無しさん@ピンキー:2009/03/21(土) 22:42:29 ID:TbH3H5NE
美果さん待ち
384名無しさん@ピンキー:2009/03/22(日) 10:52:00 ID:QbTw06ev
子どもは性別どっちだろ。
すみれさんは結婚してママになってもメイド服着てそうだ。
そんでエプロンつけて「ママごっこ」、「パパごっこ」秀一郎さんの真似して、すっぽんぽんの裸で眠る幼子を妄想。
385名無しさん@ピンキー:2009/03/23(月) 21:30:32 ID:iClwzPIl
携帯電話で書くのきついな
改行のタイミングがさっぱりだ
386空星 ◆s6iH3TFess :2009/03/23(月) 21:54:40 ID:iClwzPIl
初投下です、携帯なので改行等見にくいところがありましたら
教えて頂けると有り難いです。

注意:小ネタ エロ無し
投下します
387ご主人様とメイド ◆s6iH3TFess :2009/03/23(月) 21:56:32 ID:iClwzPIl
あなたはメイドさんの何を望みますか?

朝、あなたを起こすときに、無防備なあなたをみて
ドキドキしてしまうメイドさん?
起きたあなたに赤らんだ顔で、
あなたの大好きな笑顔をみせるメイドさん?

もしくは、あなたの長期の外出について
行くことができず、泣きだしそうな顔を見せるメイドさん?
帰って来たあなたに、二人きりになった瞬間、
涙をながしながら抱き着いてくるメイドさん?

忙しいあなたを心配して、
少しでも休んで頂きたいと自ら夜食を作るメイドさん?
感謝の言葉を述べるあなたから、ご褒美のキスをもらって、
恥ずかしそうにお盆で顔を隠すメイドさん?

なにかと忙しく、あなたに開発された身体を持て余して
モジモジしているメイドさん?
同僚に何を吹き込まれたか、身体にリボンを巻き付けて
あなたを誘惑するメイドさん?

ワンサイズ小さな服を着て、きわどいポーズをとって、
あなたを困らせようとするメイドさん?
あなたにそのことをネタに、
夜の時間に責められちゃうメイドさん?

あなたはメイドさんに何を望みますか?


388ご主人様とメイド ◆s6iH3TFess :2009/03/23(月) 21:58:02 ID:iClwzPIl
あなたはご主人様の何を望みますか?

あなたが怪我をしたとき、
心配な顔をして一心不乱に治そうとするご主人様?
一段落ついて、ご主人様の部屋で
あなたを後ろから抱きしめ、あなたのことを気にかけるご主人様?

あなたが楽しそうに他の男性としゃべると、
むすっとした顔でいじけるご主人様?
その男性に嫉妬し、昼からベットに呼び付け、
いつもより丹念に隅々まで染めようとするご主人様?

力仕事に困っているあなたに声をかけ、華奢な体とは裏腹に
男らしい所を見せるご主人様?
その意外な一面にぽぉーっとしているあなたを軽々と持ち上げ、
お姫様抱っこしてくれるご主人様?

あなたと他のメイドとの違った接しかたを
無意識にしてしまうご主人様?
それを他のメイドに指摘されても、
やっぱりしてしまうご主人様?

朝、起こしにきたあなたに、起きがけにおいたをして
あなたを困らせてしまうご主人様?
それを注意すると、謝りながらも
身体をまさぐり、懲りてないご主人様?

あなたはご主人様に何を望みますか?

389ご主人様とメイド ◆s6iH3TFess :2009/03/23(月) 21:58:35 ID:iClwzPIl

あなたはメイドさんに何を望みますか?

あなたはご主人様に何を望みますか?



「私は、私の愛する彼女、尽くしてくれる彼女がいれば、何も望みません」
「私は、私の愛するご主人様、尽くすご主人様がいれば、何も望みません」



あなたがたがそれを望むのなら、そう遠くない未来に、
これらは起こるでしょう。
これら以上のことも。

これらは、愛し愛され、尽くし尽くされた、
ご主人様とメイドの間に
起こったことですから。
390空星 ◆s6iH3TFess :2009/03/23(月) 22:01:55 ID:iClwzPIl
投下終了です。

書きたくなったので書いた
今はちょっぴりドキドキしている。

さて、職人に俺のネタ振りとーどけ!
391名無しさん@ピンキー:2009/03/23(月) 22:51:57 ID:g74l3TEP
おぉーGJ!!
一つ一つ読みながら想像して萌えたわ。
特にお盆で顔を隠すメイドにやられたw
新鮮で面白かったです。
続きを考えてるのなら、是非あなたのも読んでみたい。
392名無しさん@ピンキー:2009/03/24(火) 01:57:32 ID:iE995ZBO
上から一つずつやってくれるんですね、楽しみにしてます
393空星 ◆s6iH3TFess :2009/03/26(木) 19:49:23 ID:wbuocfuM
>>397を書いてた日に実は書き終わってたんですが、投下します。

注意:短編
394ご主人様とメイド「困惑と朝」 ◆s6iH3TFess :2009/03/26(木) 19:50:29 ID:wbuocfuM

「由香里さんですか?桜です、まだ優様が起きていないようですので、
朝食の準備を少し遅らせてもらえますか?」
『はいー…では愛しのご主人様に朝から襲われる時間も考慮して、
3時間程度遅らせて、精のつくものを「切りますね」
『あ、ちょっとま』

ガチャリ

「…まったく、もう」
内心、少し期待してはいるのだが。

ご主人様と私は互いに15歳の時からこれまで7年になる。
ご主人様の両親、清見様は科学者、研究員であり怪しげな商品を作り、
昭夫様がその商品を販売する、と夫婦で商売をされている。
どの商品も莫大な利益を呼び、そのお陰で私はご主人様とこうしていられる。

私の両親は私が12の時に他界、一人ぼっちの私を助けるため、
昭夫様にご主人様の専属のメイドとして住み込みで雇っていただいた。

ご主人様は清見様の商品開発を継ぐらしく、今は清見様の補助をしている。
それを知った私がメイドの傍ら、
マーケティングの勉強をしているのは私だけの秘密だ。

コンコン
「おはようございます、ご主人様…起きていらっしゃいますか?」

返事は無い。

「…失礼します」
395ご主人様とメイド「困惑と朝」 ◆s6iH3TFess :2009/03/26(木) 19:51:32 ID:wbuocfuM

ベットへ近づく。

「ご主人様?起きて………ぅぁ」

その女性的な柔らかい表情は
ご主人様を愛するメイドの顔を真っ赤にするには充分すぎるのだ。
今日は住人に私とご主人様の間柄を説明しようとしていたせいで
心構えをまったくしていなかったせいで―

…そうだ、仕方ないのだ。
メイドの理性を溶かすご主人様の表情のせい、
柔らかそうな唇のせいで、メイドは寝ているご主人様にキスを…

「―…さくら?」
「ごっ、ご主人様おはようございます本日はとてもいい天気でございましてさきほど
コックに内線で朝食の準備は少し遅らせるよう指示しておきましたのでゆっくり準備
していただければと思います着替えはクローゼットの」
「桜、あの」
「そういえば今日は一日お休みということで外出の許可は取っておりますので気が向
きましたらどうぞなんなりと御申し付けくださいませしかしご主人様温暖設備がある
とは言いましても半裸で寝てしまうというのはいささか健康面に関して問題があるか
と思いますもし寝具に不備が」
「桜、聞いてる?」
「不備がありましたらなんなりと重い躾ではなくお申し付けくださいあまり裸で寝
てしまうと…、は、裸?」

「ねぇ桜、今、何しようとしたのかな?」
「ッ!…あ、あのっ私用事が出来てしまいましたので、これで失礼します!」

このままでは、あのコックの言う通りに…

がし
「だめだよ、ご主人様の寝込みを襲うようなメイドには重い躾しなくちゃ、ね」

そしてご主人様とメイドは、コックの言う通りになった。
396ご主人様とメイド「困惑と朝」 ◆s6iH3TFess :2009/03/26(木) 19:52:46 ID:wbuocfuM

「ご主人様っ!いけません、こんな、ぁいっ…朝、からぁ…」
「朝から情熱的なキスをしようとしたのは、どのメイドかな?」

口は嘘をつく、口以外は嘘をつけなかった。
ご主人様からの刺激を受けやすくするために、サイドテーブルにつく手も。
少し広げる足も。下着を濡らす密壷も。
身体はご主人様を欲していたから。

「…やっぱり、また大きくなったね…下着きつくない?」
「んあ…ぁ、は、い」
「じゃあ、これから付けちゃダメ、だよ」
「いや、ぁです、…ひぁ!あ、あぁ!」
「下も、禁止にしようか…?」
「ごめんなさ…あ、あはぁっ!」

意地悪は、嫌いじゃなかった。
本当に嫌な時は、わかってくれるから。
場所を移して、ベットに突っ伏したようにしてご主人様にお尻を向ける。
口以外は絶対服従、どうしても抗うことはできないのに。

「こんな格好、恥ずかしいです…」
「…凄い濡れてる」
「いや、ぁ…」
「ん、ごめん…いれちゃう、ね」

想いを爆発させた日から、なんども受け入れていても、
私の体はこの大きさと、熱さと、硬さには慣れないようだ。
いつもドキドキして、予想を遥かに越える気持ち良さに、
今日も、イってしまうのだ。

「……ッ!イッ…!」
「っく、いっちゃったか、な」
「ご、ご主人様ぁ、もっと、もっとぉ」
「やっと、お口も素直になったね…じゃ、いくよ」
397ご主人様とメイド「困惑と朝」 ◆s6iH3TFess :2009/03/26(木) 19:53:54 ID:wbuocfuM

ぐちょっ、ぬちょ、ぬちょ…
「あは、ん!やっ!」
ずっちゃ、ずっちゃ、ずっちゃ、ずっちゃ。
「あっ、ああっ、くふぅん、あ、あうぅ…」

ご主人様が本格的に腰を動かし始める。

じゅっく、じゅっぷ、ぬちゅ、くちゅ、ぬぷ!
「あはっ、あうっ!ん〜!あっ、やああああっ!!」

「やっ、やぁっ、もう、もう、もう!!」
「イくんだね、さくら!?」
「イくっ!イきますっ!!もうだめっ、イきますぅっ!!ぅあ――っ!!!」

―――――――――――
―――――――――
―――――

それから私は、ご主人様にたっぷり可愛がられて、
心地良いまどろみに身を投げ出した。

そして、

「桜、桜?」
「ん…ぁ、ご主人様」
「くす…、おはよう」
「あ…、おはよう、ございます」

コックの思惑は少し外れ、
遅らせるべき時間は、4時間だった。
398空星 ◆s6iH3TFess :2009/03/26(木) 19:54:44 ID:wbuocfuM
投下終わりです。
見事に乗せられた。
といっても、赤らんだ顔で起こして、はにかんだ挨拶の間に、
なんでにゃんにゃんが混じるんですか?

主人とメイドが恋仲になる話、出会い、などなど詳しい所を書こうか
迷った末、書いてから消しました。朝ラブは軽目がいいのかと。
…軽目過ぎたか?若干ネタ風…

メイドさんはクールだけどご主人様にベタボレラブラブタイプ
ご主人様はちょい意地悪しっかりタイプ
そんな感じ、ありがち。
399名無しさん@ピンキー:2009/03/27(金) 00:36:20 ID:KitxtCR3
GJ!
朝からお盛んですなw
400名無しさん@ピンキー:2009/03/27(金) 06:18:28 ID:7TvZ3pKH
重い躾ワロタw
コンスタントに作品来そうだ、次も期待

>>398
多分ageない方がいいよ
401春待ちて・2 ◆ciy3NPyhLY :2009/03/27(金) 18:30:51 ID:vIsbUZry
こんばんは、前回お付き合いいただいた方、どうもありがとうございました。
調子に乗って続きを書きましたので、エロなしですが投下させてください。

>>121-131
の続き、翌日のお話です。

今後の投下はこのトリップをつけますので、しばらくお付き合いいただけると嬉しく思います。
402春待ちて・2 ◆ciy3NPyhLY :2009/03/27(金) 18:31:35 ID:vIsbUZry
 卵が焦げた。否、焦がした。
 その事実に、詩野は軽い眩暈を覚えた。仕方なく焦がした卵は自分の分にすることにして、油を引き直し新しい
卵を落とす。今度は失敗しないようにフライパンとにらめっこをし、いつもの半熟で皿に移すことに成功したところで、
ようやく肩から力が抜けた。
 いったいどうしたというのか、詩野は己の不甲斐なさに口唇を噛んだ。
「えっ!」
 はあ、と力ない溜息をつきかけたところで後ろから不意の声。詩野が振り向くと、台所の入り口に掛けた藍染の
たれ布を持ち上げ、端正な顔立ちを呆けさせた青年が、そこに立ち尽くしていた。
「だ、だんな様! 申し訳ございません、今お持ちするところだったんです」
 とっさに腕を伸ばし、襷がけの袖で焦げた卵を隠す。がしゃんと耳障りな音がしたような気がしたが、それを
確かめている余裕は無かった。ところが青年は、詩野の顔を見るなり、いつもは凛々しい真っ直ぐの眉をハの字に
したまま、ばたばたと慌てた足音を立てて今来た廊下を戻ってしまった。
 その謎めいた行動に詩野は首を傾げるしかない。仕方無く、お盆に朝食を乗せ、釈然としないまま主の後を追った。

 居間に戻っているものと思っていたら、玄関の方からぼそぼそと話し声がする。
(お客様……? こんなに朝早くから、どなただろう)
 普段なら客の対応は詩野がしていたが、すでに主が相手と話し込んでいるところに顔を出すわけにもいかず、
食卓に膳を並べて待つことにした。
 誰も見ていないのをいいことに、ぽてっと食卓に頭を預ける。ひやりとした感触が頬と額に気持ちがいい。
今朝は妙に頭が霞がかったようにはっきりせず重かった。
「……あっ」
 無意識に手が首筋をなぞっていて、はっとする。薄くなった痕を思い、詩野はたまらずにぎゅっと目を閉じ、
すぐに開き、ぼんやりと視線を彷徨わせた。
 目を閉じれば、ゆうべの主の熱い腕を思い出す。目を開けば、きっちり着込んだ着物の下、赤い痕が透けて
見えるようで、どちらを選ぶにしても、首筋に残った歯型を意識してしまった以上、夜半の出来事を無かった
ことにしてしまうのは、主がそう望んでも詩野には無理そうだった。
(たとえ一夜の夢だとしても)
 青年に求められたという事実が、己の身にしっかりと残っているのが堪らなかった。本来であればはしたないと
恥じるべきだと分かりながら、泣きたくなるような想いになかなか詩野は蓋が出来ずにいる。悲しいと嬉しいが
一緒くたになって、切ないという言葉へ変わる。胸が苦しく息が詰まり、きゅっと握った小さな拳には、
痺れたように上手く力が入らない。
「詩野……?」
「きゃ!」
 縁側に面した障子が静かに開いて、そっと青年が顔を覗かせていた。条件反射で背筋をぴしりと伸ばすと、
気持ちの早さについていけなかった身体が、頭痛というかたちで悲鳴を上げる。
「あ……すまない、驚かせるつもりは」
「違います、違うんです、その」
 ずきずきと鈍痛を訴える額を左の掌で押さえ、右の掌を振って己の非を主張する。ひそめられた主の眉間から
皺が抜けていないと分かると、詩野は更に言い訳を重ねた。
「みっともないところをお見せしてしまって、その」
 よもや情事の痕に思いを馳せていたなどとは言えず、しどろもどろになりながら立ち上がる。
「ただいま朝餉のお支度を――」
「詩野っ!」
 障害物も無いのにふらりと身が傾ぎ、詩野が最後に見たのは、伸ばされ近付くはずの青年の手が逆に遠ざかって
いく様子と、瞠目した青年の顔だった。
403春待ちて・2 ◆ciy3NPyhLY :2009/03/27(金) 18:32:12 ID:vIsbUZry


 目が覚めてぼやけた視界がはっきりしてくると、あからさまにほっとした表情の青年が、上から詩野を覗き込んでいた。
その向こうには見慣れない柄の天井があり、見慣れたはずの襖には違和感がある。決定的な違いは、床の間に
水墨画の鷲が飛んでいたことだった。不思議に思った詩野が起き上がろうとすると、困ったような微笑みがそれを制する。
「まだ無理しない方がいい」
 頭を動かした拍子に額に乗っていたらしい濡れた手ぬぐいが瞼に落ちてきた。生ぬるい感触に眉をしかめて
それを取り上げると、ようやく己の置かれた状況が分かり始める。
 見覚えのある掛け布団なのに肌に馴染まない。その理由に思い至り、詩野は再び気を失いかけた。
(だんな様の部屋、だんな様の布団)
 今にも逃げ出したいような焦燥感に駆られたが、それ以前に身を起こす気になれなかった。主の残り香のある布団から離れがたかったから
というよりは、自分の認識以上に横たわった姿勢でいることを身体が欲していたのだ。
「須藤先生をを呼ぼうと思ったんだけれど、電話番号が分からなかった」
 苦笑いをした青年はやんわりと詩野の手から手拭いを奪い去ると、枕元に置いた小さな金だらいに落とした。
「……だんな様の、お部屋ですね」
 平静を装って静かに言ったつもりが、掠れて上擦った声になる。軽く部屋を見回しながら、こほっと控え目に咳をした。
息苦しくて本当は深呼吸をしたかったけれど、それは諦めた。そんなことをしたら、布団に残る青年の匂いに
いよいよ頭をやられてしまいそうだった。
「女性の部屋に断りも無く入るような真似事は出来ないよ」
 ははは、と苦笑いののちに、青年は続ける。
「本当は、足が真っ先に向かったのが僕の部屋だっただけだよ。――そうだ」
 青年は立ち上がり、部屋の隅の文机からお盆を持ち上げた。
「お粥をね、作ってみたんだ。食べられるかい」
 元の位置に胡坐を掻いて座りなおした主の横にお盆を置かれ、そこに乗せられた土鍋が目に入っても、
詩野は一瞬言葉の意味を図りかねた。
「おかゆ……?」
「そう。あ……詩野、今日は台所に近付かないでおくれ」
 妙に焦った様子を不思議に思って首を傾げても、青年は軽く肩を竦めるだけだ。
「あー、その、なんだ。病人を働かせるわけにいかないだろ」
 詩野は若干うろたえた青年の声を耳元で聞きながら、首の後ろに腕を入れられ、ゆっくりと上半身を起こされた。
「多分、風邪なんだろうと思うけれど。気分は悪くないかい」
 こくりと頷いて、大丈夫ですと告げる。
「うん、良かった」
 青年は柔らかく微笑み、お盆の上で土鍋から小皿へ粥をよそうと、手にしていた木製の匙に息をふうふうと吹きかけて詩野に差し出した。
「はい」
「……?」
 てっきり小皿を差し出されるものだと思って待っていたのに、それは主の左手に納まったまま、動く気配は無い。
「いらない?」
「え、と」
「うん」
 詩野は差し出された匙に浮かぶ溶けた雑穀交じりの米粒を凝視して、固まった。
「どうしたの。やっぱり、いらない?」
 青年はなぜ詩野が頬を染めているのか分からない様子で、ただ心配そうに匙を差し出している。
 詩野は困った。
 熱でぼんやりとして働かない頭で、必死に状況を整理した。
 不可抗力とはいえ使用人風情が主の布団を占領して、介抱され。
 青年の――この屋敷の主の、雇い主の、遼一郎の手作りの粥を。
 手ずから。
404春待ちて・2 ◆ciy3NPyhLY :2009/03/27(金) 18:33:09 ID:vIsbUZry
「……っ」
 無理です、と言いかけたがすんでの所で留まった。主にこんなことをさせている申し訳なさもあったけれど、
わざわざ時間を取って詩野を労ってくれているその真心を否定することの方が出来なかった。
「ほら、あーん」
 何かを決心した様子が見て取れたのか、青年が優しく微笑む。
 かけ声の恥ずかしさから決心が鈍り、わずかに逡巡して、詩野は白旗を揚げた。
「ん……ふ」
 小さく開けた隙間に滑り込んできた匙から、粥を舐め取る。
「ふ、ぅむ、ん」
 木匙がざらりと詩野の舌と唇を滑り出るたびに、主は小皿から新たに粥を掬いなおした。
「……っく、んむ」
 差し出されるものを今さら拒むことが出来ず、観念したように詩野はそれを口に含む。時折白米ほど柔らかくは
ならなかった雑穀が喉に引っかかり、ごほごほとむせた。そのたび、主は小皿と匙を置いて詩野の背を撫でて宥める。
 小皿が空になったところで、青年は嬉しそうに匙を置き、今度は背ではなく頭を撫でた。
「えらいえらい」
 まるきり子供扱いだったが、それについて文句を言えるはずなど無い。
 主の手が触れたところから、じわじわといたたまれない感覚が広がっていく。詩野はどんな顔をしていいものか
途方にくれ、視線が知らずうろうろとして、落ち着かせられなかった。
「味についての感想はいらないよ、分からないだろうから」
「え……」
「今朝の味噌汁は塩辛かったなぁ」
 詩野が寝ている間に食べたのだろう、苦笑いを浮かべて、その顎をまじまじと撫でつける。
「あ、目玉焼き――」
 味見をしたのにそう言われるということは、鼻が利いていないのだ。そこから、犯した失態がそのひとつでなかったことを唐突に思い出す。
「いつもどおりのと、焦げたのと?」
 何でもないように青年に指摘され、詩野は絶句する。途端にさぁっと顔から血の気が引いた気がして、それに気付かれたくなくて俯いた。
(幻滅される)
「詩野?」
「申し訳ありません」
「何が」
「ちゃんと、お勤めを果たせませんで……」
 顔を上げられないままの詩野の横で、ああ、と青年が呟く。
「とりあえず、横になろうか」
 両肩を優しく押され、大した抵抗もなく頭が蕎麦殻の枕に乗る。掛け布団を引き上げてくれた青年は、困ったように微笑んでいた。
「謝らなければいけないのは、僕だ」
 主の大きな掌が急に視界に降りてきて、慌てて詩野は瞳を閉じた。さらりと前髪をかきあげられ、額に何かが触れる。
その掌で熱を測っているのだろう、それは息を詰めた数秒のうちにあっさりと離れ、詩野は名残惜しいと感じる余韻を強引に打ち消した。
 目を開けようと睫毛を震わせると、それを拒むように掌が再び伸び、詩野の視界を覆う。
「だんな様……?」
「体調が辛いときに話すことではないかもしれない。でも、大人しく聞いていて」
 いつになく真面目な声に、詩野は視界を閉ざされたまま素直に頷いた。
「――風邪が治ったら、目白にお戻り」
「えっ」
「さっき、本宅に電話をしたんだ。ちゃんと話はつけてあるから、安心おし」
「…………」
「おまえのこの風邪は……僕のせいで」
 瞼を覆っていた手が頬へ流れても、詩野は目を開けることが出来なかった。
(今朝のお客様は、人ではなくて、電話だったんだ)
 実家とは疎遠になっている青年がわざわざ電話をかけたのだから、本気で詩野に暇を出そうと言っているのだろう。
 きゅっと唇を噛み締めて、感情を逃がそうとする。けれどそれを阻むように、青年の手は優しく、柔らかく、
慈しむように詩野の頬を撫でる。どうして今さらそんな触れ方をするのか、いっそ恨みがましいほどの思いで顔を背け、
その手から逃げた。
405春待ちて・2 ◆ciy3NPyhLY :2009/03/27(金) 18:34:17 ID:vIsbUZry
「……ねえ、詩野?」
 拒まれた指が、名残惜しげに詩野の首筋に一瞬そっと触れ、離れていく。ちょうどそこに刻まれた歯の痕が、
ずきりと痛むようだった。
「向こうに戻ったら、何を言われるか知れない。でもその全て、僕のせいにすればいい。僕らの間には何もなかった。
ね、そうだろう。僕は今さら何を言われようと構わないけれど、おまえは、そういうわけにはいかないから」
「……っ」
 掌だけでなく優しさからも逃げたくて、必死で枕に顔を押し付ける。頭ががんがんと痛む。何が原因なのか、
もはや分からなくなっていた。ぽつ、と音がして、枕に涙が丸く染みを作り、それはどんどん大きく広がってゆく。
「どうして、泣くの」
 うっすらと開いた瞳はぼやけた世界を見せ、主の顔を上手く認識できなかったが、けれど詩野にはその表情が
手に取るように分かった。上から伸ばされた指に涙を拭われると、思い描いたとおりの困ったような微笑み。
「わたしは――」
 声が震え、みっともなく泣いて、あまつさえせっかくの優しさを拒もうとしている自分はなんと愚かなのだろう。
拭われても拭われても飽きもせず雫をこぼす涙腺を、己の腕で押さえつける。こうすれば顔を見られなくて済むことに気付き、
詩野は無性にほっとした。
「わたくしは、だんな様のお役には立てませんでしたか」
「そんなことないよ」
「なら……何故ですか」
 青年が息を呑む気配がした。
「何故って? ……どうして?」
 詩野は逆に聞き返されたが、返すべき言葉を見つけられず、口を噤んだ。疑問の答えを探しているのは主も同じようで、奇妙な沈黙が訪れる。
「おまえは」
「はい」
「この屋敷に居たいと言うの」
「……はい」
「ゆうべのことがあっても?」
「はい」
「なんで?」
 青年は疑問を口にせずにはいられないらしく、心底理解できないという様子で詩野に答えを促す。
「……分かりません」
「分からないのに、居たいって?」
 珍しく焦れた言葉が返ってきたが、いくら促されてもそれ以上のことを詩野は言えない。
 本当は、分かっていた。分かっていたから、言わなかった。越えてはいけない一線があることを、詩野はわきまえていた。
主が使用人に手を出すのと、詩野が遼一郎に想いを告げるのとでは、まるで意味が違うのだ。
 東京の片田舎に押し込められて精神的に不自由な思いをしている青年を、これ以上追い詰めることなど、出来ない。
どんなに詩野が一途に恋い慕っていたとしても、結局のところ、それは今の主にとっては重荷以外の何ものでも無いからだ。
 けれど、それだから、青年に「屋敷に居たいのか」と問われて、詩野は即座に否定することが出来なかった。
「いいえ」と答え、素直に屋敷を去るべきであったのに、あろうことか「はい」と正反対の答えを渡してしまった。
詩野の馬鹿げた恋心の生んだためらいの犯した、大きな過ちだった。
 華族の生まれである主と、平民の生まれである使用人が結ばれることなど、例え法律上は許されているとはいえ、
名門真田家において、それはゆめゆめあってはならないことだった。仮に詩野が華族や士族に生を受けていたとしても、
使用人という立場に身を置いている時点で同じことであったし、そうでなければ真田遼一郎という人物に出逢うことすらなかっただろう。
「僕には、おまえがここから逃げ出さなかったのが不思議で不思議でたまらないんだよ」
 また「何故だい」と問われ、詩野は曖昧に微笑んで返す。
「さぁ、何故でしょう。ただ」
「うん」
「あのあと、服を着て部屋に戻ると、すぐに眠ってしまって。目が覚めてお天道様を見たら、いけない、お米を研がないと、と真っ先に思いました」
「なんだい、そりゃ」
「自分でも不思議です」
 詩野は両目を隠していた腕を外した。
406春待ちて・2 ◆ciy3NPyhLY :2009/03/27(金) 18:35:00 ID:vIsbUZry
「……今朝、君が居て」
 唐突ではあったが、ひとつひとつ言葉を選びながら、ゆっくりと青年が語り始める。詩野はじっくりとその声に耳を傾けた。
「驚いた。心底、本当に」
 目が合うと青年はやはり困ったような微笑みを浮かべ、胸元に置いた詩野の手に恐る恐る、ためらいがちにその手を重ねた。
詩野をさす「君」という聞きなれない二人称が、青年の緊張を伝えてくれるような気がした。
「僕は君に……ひどいことをしたから、きっとさっさと荷物をまとめているものだと思っていた」
「そんなこと」
「そうだね、君はいつものように、台所で朝食の支度をしていた。まるで、何事も無かったみたいに」
 なぜだろう、と詩野は思った。
 なぜ青年はいつものように微笑んでいるだけなのに、それを眺めていると胸が切なくなるのだろう。
別におかしいことなど何も無いのに、なぜだか胸が一杯になって、溜息がつきたくなる。
「あの時僕は、自分で朝食を作らなければと思っていて、まさかそこに君が居ることなんか、考えもしなかった」
「なぜですか」
「言っただろ、君が、僕に、愛想を尽かしたと思ったから」
 重ねられた手が、ぎゅっと握られる。少し痛かったが、かえってそれが心地良いと感じる自分がいた。
「心底驚いて、怖くなって、僕はその場から逃げてしまった。情けないなぁと我ながら思うよ、まったく」
「怖い……」
 予想外の言葉があって、詩野は繰り返すように呟いた。
「――きっと嫌われていると思っていたのに、いざ目の前にすると、拒まれるのが怖くなった。怖い思いをしたのは、僕ではなくておまえなのにね」
「…………」
「僕は、一人じゃろくに実家以外に電話も掛けられないし、食事だって大して作れない。一年半もここで暮らしていて、
どこに何があるのかも分からない。きっと洗濯も掃除も上手くいかないだろう、なにせ、満足にやったことがないから」
 荒れ放題になる吉祥寺屋敷を想像して、詩野はたまらなく悲しくなった。手入れの行き届かない建物より、
そこで暮らす青年は、きっとさぞや寂しいだろうと思った。
「そう分かっていても、詩野の後に、誰も寄越してくれるなと目白には伝えたよ。同じ過ちを犯さないとは、限らないから」
 過ち。
(だんな様……)
 弥生子とのことをそう言われるのをあんなにも嫌がるのに、昨日の一件はそれで済ませてしまうのか。
主の気持ちが自分に向いていないことは重々承知していたつもりだったけれど、何気ないそのたった一言に詩野は傷つけられる。
(違う、勝手に傷ついているんだ、私は)
 傷つけられる、だなんて自分本位な表現は正しくない。なのにまた泣きそうになる自分の弱さに閉口した。
「だのに、何故だろう。ああ、なんでだろうなぁ」
 握られた手が不意に持ち上がった。大きな溜息を手の甲に感じて、詩野はどきりとした。
「理由も上手く言えないけど、今、僕はすごく――泣きたい気分だ」
 ぎゅうっと握った詩野の手を己の頬に押し付けた青年は、まさにその、泣きたい気分の表情を一瞬見せて、ぎこちなく微笑んだ。
407春待ちて・2 ◆ciy3NPyhLY :2009/03/27(金) 18:37:19 ID:vIsbUZry
「詩野」
「はい、だんな様」
「この屋敷に居たいと思ってくれるかい」
「はい」
「僕は堪え性がないから、きっとまた、おまえを傷つけるようなことをする。それでも、ここに居てくれるかい」
「はい」
 詩野は一度としてためらわず、主の問いかけに答えてゆく。
 ひとつ「はい」と言うたびに、握られた手に感じる力が強くなる。
「何も出来なくて、迷惑ばかりかける男だけれど、主と思ってくれるかい」
「はい」
「五分だけ、僕に時間をくれるかい」
「……はい」
 最後の「はい」だけ間が出来たのは、手の甲から頬の感触が消えたからだった。そのまま、青年は立ち上がる。
「うん。電話をかけてくる。目白に、今朝の電話は取り消しますと」
 にこりと笑って部屋を出て行った青年に、はい、という返事が聞こえたかどうか、詩野には自信がなかった。
矢も盾もたまらなくなって、涙が溢れて来てしまったから。
 ふらふらと上半身を起こし、掛け布団ごと膝を抱く。声を押し殺して、静かに詩野は泣いた。

 しばらくして部屋に戻ってきた主は、金だらいに浸したままの手ぬぐいを絞ると、詩野の頬に残った涙のあとを丁寧に拭った。
「詩野」
「はい」
「最後の質問をするよ。はい、以外で答えておくれ」
 とっくに涙は消えているだろうに、しつこく手ぬぐいで顔を撫でられながら詩野が頷くと、青年は何故かかしこまって、大袈裟に咳払いをした。
「電話帳の場所を教えて。須藤医院と出前屋さんの番号が、分からないんだ」


///春待ちて・2 おしまい
408名無しさん@ピンキー:2009/03/28(土) 00:04:11 ID:5CvTYWUi
>>407
GJ!
切なさで胸がいっぱいになる……
詩野には幸せになってほしいなあ
409名無しさん@ピンキー:2009/03/28(土) 01:06:38 ID:z2ZqsVhT
なんていいssなんだ
GJ!
410名無しさん@ピンキー:2009/03/28(土) 05:47:27 ID:pB43ztn3
形容出来ない感情が二人の間にあって、なんか巧いことこと言えないけど、そこがエロかったす。
GJ
411名無しさん@ピンキー:2009/03/28(土) 12:40:55 ID:0vB04iZi
うわーいいね、これ好き
412名無しさん@ピンキー:2009/03/28(土) 21:01:59 ID:UfjrriRn
詩野さん来てたー
GJ!しばらくってことは続きあるんですね?
413名無しさん@ピンキー:2009/03/29(日) 08:18:53 ID:tG1MH10U
旦那様の最後の質問が微笑ましかったです、GJ!
414名無しさん@ピンキー:2009/03/30(月) 10:34:05 ID:PEeb2RGr
美果さん、2年は永いです
もう待てません!
415名無しさん@ピンキー:2009/03/30(月) 20:18:58 ID:whNt3tWl
前回の終わりで、遼一郎さんと詩野さんハッピーエンドになることは
確定してる(と自分は受け取った)んで、先を楽しみに待ってまーす。

慕う相手に抱かれるというのに、酒の勢いとなによりも他の女の
身代わりってのが嫌というほどわかっている状況って切ないっす。
あ、詩野さん、まだ生娘だっけ。
416名無しさん@ピンキー:2009/03/30(月) 20:42:35 ID:bcHMoa12
旦那様は詩のさんのこと好きなわけじゃないのに
「辛抱できなく」なるもんなのかな?
しかも旦那様は今回のことでかなり反省してるよね?
なのに我慢できなくなるってどういう心理?
417名無しさん@ピンキー:2009/03/30(月) 21:39:41 ID:SZATXzfr
旦那、前回とは別人のようだ
418名無しさん@ピンキー:2009/03/30(月) 22:32:43 ID:jfUUHSDU
>>416
辛抱できなくなる?
そんな描写あったっけ
419名無しさん@ピンキー:2009/03/30(月) 22:57:19 ID:CyHluaAb
ま、おいおい明らかになっていくんじゃない?諸々の事情ってやつが、さ。
ってわけで楽しみにしてます。詩乃さんの作者の方。
420名無しさん@ピンキー:2009/03/30(月) 22:58:57 ID:CyHluaAb
ごめんなさい。詩野さんだね、変換ミスりました。
421名無しさん@ピンキー:2009/03/30(月) 23:29:53 ID:bcHMoa12
正直楽しみで仕方ない
422名無しさん@ピンキー:2009/04/02(木) 17:30:29 ID:VM7t/eXl
ええい美果さんはまだか
423名無しさん@ピンキー:2009/04/02(木) 19:15:25 ID:BK+Cga0A
しつこすぎると嫌われるぜ
424名無しさん@ピンキー:2009/04/02(木) 20:05:38 ID:Gqk9WQAJ
足が痺れたうえに風邪をひきました
425名無しさん@ピンキー:2009/04/03(金) 12:04:52 ID:zORcaXoH
お大事にね
426名無しさん@ピンキー:2009/04/03(金) 18:45:39 ID:1/0pAhFX
シノブさんの続き、お待ちしてます
427名無しさん@ピンキー:2009/04/03(金) 21:27:28 ID:rgI+vhFO
小雪・すみれさんの話は、メインストーリーは正統派だけど、脇も色々あって面白かった

ハーレム好きとしては、直之の兄の正之さんは、菜摘さん、妻、留美さんのハーレム状態にするかなと期待してたw
菜摘さんが失恋→康介との幸福ルートになったのでそれはそれで良かったが

すみれさんの元ご主人は、すみれさんを失った後も懲りずに色んなメイドさんに手を出し続けて
ハーレム状態と勝手に妄想
その内の一人に子供出来ちゃって、喧嘩した津田さんに頭下げて、秀一郎さんの所に引き取って貰ったり…
それが女の子なら、すみれさんが愛情を持って一人前のメイドに育て上げるんだろうなとか…

妄想話でスマン
428名無しさん@ピンキー:2009/04/04(土) 16:44:17 ID:kijqXGAv
そういう楽しみ方もあったのか。勉強になるな。

正座しながら妄想に耽るとしよう。うほっw
429名無しさん@ピンキー:2009/04/06(月) 20:12:08 ID:CYsJbURa
親族のメイド(女中)って現実にはあったのかな
例えば本家の長男に仕える、分家の娘さんみたいな

日本の事例でも、外国の事例でも
430名無しさん@ピンキー:2009/04/06(月) 21:42:32 ID:Isnqlps8
「野菊の墓」の民子がそれに近い?
あれは田舎の話だから家事より農作業に比率が傾いてるけど。
431名無しさん@ピンキー:2009/04/06(月) 23:55:06 ID:CYsJbURa
ありがとう
ttp://www.aozora.gr.jp/cards/000058/files/647_20406.html
ここ見つけたんで、読んでみる
432名無しさん@ピンキー:2009/04/07(火) 00:24:09 ID:lZkjE454
>>429
「行儀見習い」とかいう名目で田舎の親類の子を使用人として預かることはあったらしい

っていうか

「当時、大地主の次男だった曽祖父が使用人だった曾祖母を見初めて(かなりの婉曲表現。夜這い?もっとアレなナニ?)
 結婚した(責任とかそういうことたしい)ので山一つ分けてもらって分家を立てたのが我が家の起源」
と祖父に教えられたことがある。

まあ農地解放やらなにやらで父の代には普通のサラリーマンになってたけどな
433名無しさん@ピンキー:2009/04/07(火) 06:35:45 ID:ClE6Ccpj
今なら言える!
丹波哲郎(おぼっちゃま)の初めては「ねぇや」さんだと本人が発言してた。
いいよねェ。「ねぇや」
434名無しさん@ピンキー:2009/04/07(火) 06:38:38 ID:ClE6Ccpj
ゴメン。あげてしまった。
「ねぇや」は女中さんのことです。
435名無しさん@ピンキー:2009/04/07(火) 10:36:11 ID:kb+KnrQz
妾の子とか虐げられてればシンデレラみたいなことになるかもしれないが
分家とかなら行儀見習いで住み込むことはあっても女中扱いはないんじゃない?
小雪が初音さんとこに預けられたような感じで。
436名無しさん@ピンキー:2009/04/07(火) 12:19:10 ID:n/BXmgM9
花嫁修業って面もあるから虐げられたりはしないとおもう
437名無しさん@ピンキー:2009/04/07(火) 12:28:04 ID:VR87MK37
家政婦はイった
438名無しさん@ピンキー:2009/04/07(火) 22:10:41 ID:v2TYXXW1
身長百八十センチで超美形でクーデレ系、主人のことは坊ちゃまと呼び、常に付き従う
全身の筋肉密度が異様なまでに高く体重は百キロ以上、身体能力は超人クラス
ありとあらゆる武術や武器をマスターした地上最強の武装冥土


そういうのが俺の好みだな
439名無しさん@ピンキー:2009/04/07(火) 22:30:20 ID:US1UVHZE
>>438
その昔、藁板に「俺の妹は関羽」というネタスレがあってだな………。
なかなか面白かったよ。
440名無しさん@ピンキー:2009/04/07(火) 23:37:49 ID:5eEDlDGV
ジャーン!ジャーン!
441名無しさん@ピンキー:2009/04/08(水) 01:01:52 ID:lpE2FhjB
>>438
まずコガラシとフブキさんがフュージョンをしてだな
442名無しさん@ピンキー:2009/04/08(水) 07:11:22 ID:vNWHa0Ef
>>440

ゲェっ!!関羽!!



あわわわわ・・・保守が止まらん・・・
443名無しさん@ピンキー:2009/04/08(水) 08:43:55 ID:Ih+FSCyh
デメントってゲームいいよー
ダニエラさんは最高のメイドだと思う
444名無しさん@ピンキー:2009/04/08(水) 11:29:09 ID:IrFIK+iz
>>441
てっとり早くロベルタ呼べばいいんでね?
445名無しさん@ピンキー:2009/04/08(水) 22:10:26 ID:Ih+FSCyh
ロベルタはなー
髪を下ろしてないと駄目なんだ
446名無しさん@ピンキー:2009/04/10(金) 16:36:12 ID:g/e6le7K
そうなの?
447名無しさん@ピンキー:2009/04/11(土) 04:57:09 ID:sWyk8x7S
投下します。

短い小ネタで、オチ弱いです。
448名無しさん@ピンキー:2009/04/11(土) 04:57:57 ID:sWyk8x7S
「あのさ、俺が料理しようか?」
「あらあら、それはメイドの仕事ですよ、ご主人様。」
「でもさ……」

奏(かなで)さんは、料理が上手い。 いや上手かった。
過去形である……
過去形になってしまったのは、ちょっとした事故のせいだった。

奏さんの背が届かない所があるという事で、俺は手伝いを頼まれた。
主人-メイド間の関係として、主人が雑用云々をするのは……という見方をする人もいるだろうが
ウチは小世帯だし、どこかの上流階級家庭みたいにそんなに厳格なものでない。
そういう訳で俺の方が背が高いから手伝っていたのだが、ドジな事にその時俺は脚立を踏み外した。
ドジっ子ご主人様ってヤツだ。
うん……
男のドジっ子とか、全然萌え要素じゃないのを自分で改めて確認した訳だ。
本当に我ながらそそっかしかったと思う。

脚立を踏み外し体勢を崩した俺を庇おうと、奏さんは腕を伸ばし支えようとしたが、俺はそのまま落ちてしまった。
俺の体の下敷きになる奏さんの右腕。
その際、奏さんは骨折してしまった。
4日間の入院の後帰ってきて、添え木と包帯で右腕を固定したままそのまま現場に復帰した。

今は右腕に負担を掛けない範囲で働いて貰ってる。
当然、料理も腕に負担を掛けないですむ様な簡単なものになってくる。

主人一人メイド一人の小世帯だから、奏さんの右腕がこういう状態である以上
料理できる人がいるとすれば俺しかいない。

奏さんはニコニコしながら
「あらあら、美味しいんですよ、バター醤油ご飯」と言う。
449名無しさん@ピンキー:2009/04/11(土) 04:59:53 ID:sWyk8x7S
あぁ、確かに。
不味くはない。
貧乏メニューやお手軽メニューとしては、アリだと思う。
でもね、奏さん、帰ってきてからインスタントラーメン、インスタント蕎麦、インスタントうどん
インスタントスパゲッティ、インスタントやきそば、レトルトのカレー、卵掛けご飯、お茶漬けのデタラメな
メニューを回してるだけじゃないですか。

何か炭水化物プラスαしか食べてない気がするんです……よ?

「一月弱も固定してれば治るそうですし、それまでは簡単なメニューで我慢して下さいね」

これは、アレか。
怪我の恨みを俺にブツけてるのか。
それならそう罵ってくれて構わない。
そして気が済んだら、俺に料理させてくれ、いやさせて下さい。
ベストコンディションの奏さんには適うべくもないが、今現在のメニューよりはもう少し手の込んだものを作れるんだ。
奏さんだって、この似たようなカテゴリーの日替わりデタラメメニューで我慢してるわけだし、色々と違う
ちゃんとしたものを食べたいだろう?
そう思ってしまう。

そんな俺が頭の中で考えていた事が表情に出ていたのか、奏さんは何かを読み取ったようだった。
そして、ニッコリしながら彼女が言うには
「例えご主人様ご自身でも、私以外の他の人が作った料理でご主人様のお世話するのは嫌なんです」
だそうだ。

────

なんかちょっとドキッと来たが、結局後まだ2-3週間はちゃんとしたものを食べられないのかな……
450名無しさん@ピンキー:2009/04/11(土) 05:04:29 ID:sWyk8x7S
以上でした。




左手だけでできそうな、栄養バランスが良い献立はどんなものか、知識ない為知りたいところです……
451名無しさん@ピンキー:2009/04/11(土) 08:14:40 ID:whAl00lS
つレンジでチン
452名無しさん@ピンキー:2009/04/11(土) 10:47:35 ID:ZIRKOyBM
つサプリw
ドジッこ主人がんばれ。

野菜が足りない、たんぱく質足りない、海草、キノコなら手でブッチギリ。魚は切身をそのままドボン。
つーことで鍋はどう?
453名無しさん@ピンキー:2009/04/12(日) 13:39:47 ID:sa3LXGie
主人の世話を独占したいのはわかるが、主人の願望というか意思を優先させてあげる方が

いや、なんでもない
454名無しさん@ピンキー:2009/04/12(日) 13:43:49 ID:hx04Ivip
「はぁあ……はぁあ……」
私は今、自室のベッドの上で旦那様に貫かれながら後ろから抱きしめられている。
きっかけは奥様の命令だった。

「この人起たせるのめんどくさいからさぁ、あんた準備しといて」
そう言う奥様の後ろから、旦那様が奥様の両胸を鷲掴みにした。
「駄目だろ。そんな高圧的に言っちゃ」
「ひぁあん!ご、ごめんなさぁいっ」
「どうせ逆らえないんだから、乱暴に言う必要はないんだよ」
瞳を潤ませた奥様がもう一度言われた。
「お願いします」

旦那様はベッドに座ったまま、私を抱きしめているだけだ。
「準備」とはつまりこういうことだったのだ。
「だ、旦那っ様ぁ!動いてくだっさ」
抱きしめられている私は腰すら動かせない。
イくことも出来ずに、疼きだけが貯まっていく。
一時間は経ったのではないだろうか。
旦那様がゆっくりと腰を引いた。
「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん」
支えを失った私は床に転がった。
「じゃあ、お休み」
旦那様がドアの所で振り返った。
「自分で慰めちゃ駄目だからね」
「そっ……そんな!」
私は今にも胸に触れそうな手を止めて戸惑った。
「じゃ、改めてお休み〜」
そう言って旦那様はご自分達の寝室に向かわれた。
「自分で慰めるな」
つまり誰かに頼めという意味だ。
一体誰にこんな事を頼めば……。私は上気した身体を引きずって廊下をさ迷いだした。


リレー小説にして、誰か続きを書いてくれませんか。
455名無しさん@ピンキー:2009/04/12(日) 22:18:55 ID:goZxMWvP
リレーのを書いてみましたが、もし何か問題あるようならなかった事にして下さい。
既に旦那様に抱かれてるのに、「誰かに慰めを頼む」という流れに沿う様にしたので、
少しビッチな感じになってしまいましたので、苦手な方もスルーでお願いします。




>>454の続き

一体誰にこんな事を頼めば……。私は上気した身体を引きずって廊下をさ迷いだした。

(旦那様のところに戻って、お情けをすがる……?)
いや、そんな事は無理だ。
旦那様は奥様との営みの「準備」に私を使っただけで、私を抱くつもりなどない。
そして、私が慰めを求めて他の人と交わるのを楽しみにしていらっしゃる。
やや悪趣味な旦那様の性癖だ。

(それなら若旦那様……?)
こんな一メイドにも優しく接して下さる若旦那様。
頼めば、この疼きを鎮めるのをお聞き届け頂けるだろうか……
だが、旦那様はともかく奥様はそれをお許しにはなるまい。
またこんなはしたないお願いをすれば、失望される事だろう。
いい考えではない。
456名無しさん@ピンキー:2009/04/12(日) 22:20:10 ID:goZxMWvP
(伊頭さん……は、ありえない)
なぜ一瞬でも頭に浮かんだのだろう。
運転手や力仕事を担当している方だ。
私の事をよくイヤらしい目つきで眺めてくる。
慰めを頼めば二つ返事で引き受けるだろうが、今後もその事を元に関係を迫られるだろう。
そもそもあまり触られたくないタイプの人だ……頭の中で即座に却下した。

(村上くん……村上くんなら)
このお屋敷では、私より後に勤めはじめた執事補の村上くん。
私の一つ年下で、普段からお互いよく話す気心の知れた同僚だ。
ちょっとワイルドな感じで、十分イケメンの範疇に入る顔。
爽やかな外見と気さくな雰囲気で、男性使用人の中では女性使用人達にウケの良い方だ。
若手使用人同士の飲み会で盛り上がり酔った時、いいムードになった事があった。
彼はかなり私を口説きに入っていたと思う。
次の日はお互い素知らぬフリをして無かった事にしたけど、酔った勢いでキスされた事もあるし。
……いいよね、村上くん。
……こんな事を頼めるのは村上くんしかいないし。

使用人棟の村上くんの部屋へ私の足は向かった。
457名無しさん@ピンキー:2009/04/13(月) 18:59:50 ID:EKNF6ZOo
>>454です。
gj
458名無しさん@ピンキー:2009/04/17(金) 12:54:45 ID:wWCxRuZ8
保守〜
美果さん待ち
459名無しさん@ピンキー:2009/04/19(日) 07:25:20 ID:tQrTKKme
美果さん、まだですか。
期待で胸が膨らんでパンパンになってます。
Aですが。
460名無しさん@ピンキー:2009/04/19(日) 07:47:28 ID:RO2MCOr6
まさかマジで本当に2年待たなきゃならんのか…?
461名無しさん@ピンキー:2009/04/19(日) 09:28:20 ID:lznlZbJE
メイドA:「ご主人様、なんかイチゴが好物と聞いたんでイチゴショート買ってきましたよ
      みんなで食べましょー」
メイドB:「Aちゃん気が利く。 へー、それにしてもご主人様イチゴ好きだったんですか?」
ご主人様:「結構好きなほうだな。だが水玉や、黒単色のレースなんかもいいと思うし

      中でも縞々はもっと好きだ」
メイドA:「・・・・・・・・・・・」
メイドB:「・・・・・・・・・・・」
メイドC:(次回のご奉仕は縞々ので勝負です!!)
462名無しさん@ピンキー:2009/04/19(日) 13:19:59 ID:gwFSgShF
乙。
このご主人様とは友人になれるかも知れんw
463名無しさん@ピンキー:2009/04/19(日) 17:19:35 ID:1fAaT505
詩野たそ…(;ω;)
464名無しさん@ピンキー:2009/04/20(月) 18:20:19 ID:MNtwOxT+
ほっしっゅっ
465名無しさん@ピンキー:2009/04/23(木) 08:09:16 ID:+QUAAp9H
>>452
鍋奉行メイドというのを妄想した

>>461
イチゴというと、別ネタだけど麻由さんの『風物詩』でもあったね
http://red.ribbon.to/~eroparo/sslibrary/o/original1694-15.html

イチゴよりむしろ、練乳が主役の話でエロかったw
466名無しさん@ピンキー:2009/04/26(日) 03:59:04 ID:4JghoPPH
過疎った?

保守揚げ
467名無しさん@ピンキー:2009/04/28(火) 01:49:20 ID:P6DtPGwb
なんとなくだが、このスレの連作の職人さんは女性で、小ネタ職人さんは男のような気がする
邪推でしかないしだから何だって話なんだが、
男女区別なくメイドさん好きなんだと思ったら、妙な仲間意識沸くよな
468名無しさん@ピンキー:2009/04/28(火) 02:19:48 ID:/YSOZYCA
それは100%ありえないから安心しろ
469名無しさん@ピンキー:2009/04/28(火) 03:38:13 ID:BjqxAFj3
そういうときは「ご想像にお任せします」
って言えってばっちゃが言ってた
470名無しさん@ピンキー:2009/04/28(火) 08:26:21 ID:WYDBX75m
メイドさんのお誕生日

ご主人様:「よーし、じゃあ今日は俺が料理当番するな」
メイドA:「ご主人様実はスッゴクお料理上手だそうじゃないですか。 前任のZさんから聞きましたよ」
ご主人様:「任せろ。 旨いもん食わしちゃる」

ご主人様料理中

メイドA:「(調理で流れてくる香りに鼻をヒクつかせ)うーん、いい香り。 美味しそう」
ご主人様:「もう後5分程で仕上がるぞ。 楽しみに待ってろよー」
メイドA:「お腹空いてる所に、この美味しそうな香り。 ハァ、たまりません……
      は、早く、ご主人様のを… 食べさせて」

省略された目的語をアレな方向へ連想し、下腹部に血液が集まってしまうご主人様

メインディッシュの添え物に、フランクフルトソーセージが加わったとか
471名無しさん@ピンキー:2009/04/29(水) 02:38:04 ID:kxEuu7Ej
>>470
いいなあ、こういうオーソドックスなの。
萌えたぜGJ!!
472名無しさん@ピンキー:2009/04/29(水) 23:07:25 ID:T7ZSNAGi
噛み千切られないか心配だ
473名無しさん@ピンキー:2009/05/01(金) 00:59:39 ID:muNQAVXl
食後にフランクフルトじゃないだけ、良心(笑)がwww
474名無しさん@ピンキー:2009/05/01(金) 01:38:33 ID:VCbxB550
「……旦那様、この皿の上に乗っている物体は何ですか?」
「僕特製のフランクフルトさ!」
「……ポークビッツの分際でエラソーに」
「ひどいっ!?」
475春待ちて・3 ◆ciy3NPyhLY :2009/05/02(土) 01:03:14 ID:tqM58uU5
少し時期はずれです。


 あの雪の夜から、ひと月が経った。
 今日までの間に困ったことといえば、妖怪の巣を見慣れた台所に戻すまでに三日を要したことぐらいで、
良くも悪くもまるで何事もなかったかのように、詩野は主との日々を営んでいた。
 真っ直ぐの黒い髪を一本の三つ編みにして、若草色の着物から茜色の半襟が見えすぎていないことを鏡台で確認すると、
詩野は埃よけの布を下ろしてゆっくり立ち上がった。電灯をつけない昼前の部屋は、障子越しの日の光だけを頼りに、
その質素な輪郭をじわりと滲ませている。
 沈丁花が盛りを迎え、庭先からほのかに漂う香りに自然と顔が綻ぶのをきっと引き締めて、余所行きの詩野は、
いつもより少しだけ緊張した足取りで居間へと向かった。
 主は食卓に頬杖をつき、使い込まれた万年筆で、手紙だろうか、何やら書き物をしているようだった。
「……ああ、そうか」
 足音で気付いたのか、青年は縁側を歩いてきた詩野を見つけ、眩しそうな表情で「もうそんな時期か」と呟いた。
書き物をやめた手でさりげなく便箋を隠したことに詩野は気付かず、食卓の角を挟んで腰を下ろす。
「――目白へ、行って参ります」
「うん、気をつけておいで。晩は出前で済ませるから、気にしなくていいよ」
「はい」
 何故だか『出前』を強調して得意げに笑うその顔に、力みや強張りは見当たらない。それに心底ほっとして、
詩野はしっかりと頷いた。
 吉祥寺に移ってきて丁度二十回目の目白詣でにして、行き先を告げることが出来たのはこれが初めてだ。
 きっかけがどうであれ、それは詩野にとっても青年にとってとても大きな変化なのだろう。目に見えて変わったことが無くても、
詩野は、青年との間にある垣根がひとつ減ったように感じていた。
「あ、ちょっと」
 失礼しますと立ち上がった詩野を、青年が呼び止める。その視線が微妙に顔から外れているような違和感に小首を傾げながら、再び畳に膝をつける。
「縦になっているよ」
「えっ」
 前触れ無く伸びてきた手を、詩野はとっさに拒めなかった。顔の左側から前に垂らした三つ編みを飾る桜色のリボンが、
しゅるりと解かれる。唖然としたまま詩野は、主の両手が着物越しに己の鎖骨の上で器用に動くのを、ただただじっと見つめた。
時折、指の背が絹織物の着物をこすり、その度に詩野は無駄にどきりとする。意図があってのことではないのに、
万年筆の丸みに合わせて僅かにへこんだ中指や、乾いたインクで汚れた小指を見ていると、頭の左半分から左肩の辺りが、
なんだか無性にこそばゆくなるのだ。けれど身動きすれば主の邪魔になると思うと、桜色の蝶を逃がしてしまわぬよう、
じっと身を硬くして動かないでいるしか出来なかった。
「はい出来た。行ってらっしゃい。そうだ、帰りにあずみ屋で苺大福を買ってきておくれ」
 にこりと屈託の無い笑顔を向けられ、詩野は芯を失った声で何とか返事をする。ものの三十秒でリボンは結び直されたのだが、
そのたった三十秒でその日一日の体力を使い切ってしまったような心地がした。
 そのとき何と言って返したか、詩野は覚えていない。

 このひと月の一連の出来事を伝えるべきか悩んだ末、結局詩野はほとんど話さなかった。
 青年の癇癪はもとより、詩野が目白へ行く理由を知っていることも、弥生子をまだ慕っていることも。
 ただひとつ正直に話したことは、詩野が風邪をこじらせたことだけで、それに狼狽した青年が『詩野を働かせすぎたせいだ』と
早とちりして暇を出すよう電話をかけた、という言い訳は、他ならぬ青年本人からの入れ知恵だった。
 重厚なドアの前で一礼して部屋を出ると、詩野はくすりと含み笑いを漏らす。爵位を預かる真田の当主の前でついた、
いたいけな嘘が、青年との共犯のような気がして、嘘をついたという罪の意識より、子供じみた甘美な背徳感の方が強かったのだ。

476春待ちて・3 ◆ciy3NPyhLY :2009/05/02(土) 01:03:43 ID:tqM58uU5
「おやおや、これはまた随分とご機嫌な娘さんがいらっしゃるよ」
 ともすれば鼻歌でも歌ってしまいそうだった詩野の背を、からかうように弾んだ声がたしなめる。
「わ、若旦那さま!」
「今日は暖かいからね、陽気になるのも道理だね」
 うんうん、と訳知り顔で、階段を下りてきた真田の次期当主は頷いた。素の自分を見られてしまったことに、
詩野はかあっと耳まで赤く染める。田舎町の吉祥寺に馴染みすぎてしまって、上流階級の屋敷がずらりと並ぶ
山の手の界隈はどうにも気張ってしまう。従って目白の人々にはほとんど余所行きの顔しか見せたことが無かったからか、
詩野の動揺は大きかった。
 由幸が、ちょいちょいと詩野に手招きをする。
 冷や汗をかきながら隣に並ぶと、詩野は不覚にもどきりとして息が詰まってしまった。
「兄貴は元気?」
 身に馴染んだよりも近い高さから聞こえてくるその声が、主の声に瓜二つだと唐突に気付いてしまったからだ。
 目鼻立ちのはっきりとして背の高い、何か役者にでもなれそうな遼一郎に比べ、由幸は拳二つ分ほど背が低く、
顔つきも柔らかだ。服装も、和装ではなく近頃流行りの細身のスーツやタキシードを好んで着ているようだった。
 簡潔に言えば、兄弟の雰囲気は真逆だったのだ。
 だから驚いた。常にはほとんど見ない洋装の主がそこにいるような気がして、勝手に照れた。そして、二人が
紛れも無く兄弟であることを突きつけられた気がして、勝手に落ち込んだ。
 詩野は、由幸のことを好ましく思っていた。性格も気さくで、先月は寒い中大鋏を自ら持って庭師と雑談をしていたところを、
帰りがけに見かけている。その一方、弥生子と並んで歩く姿はとても上品で、まだ学生でありながら、
父御の仕事に携わって早速頭角を現していることもあわせて知っていた。
 だから、自分がなぜ落ち込んでいるのかも分からず、詩野はそれを懸命に隠した。
「近頃は、なんだかご機嫌がよろしいようです。先日も、出前のカツ丼をことさら喜んで召し上がっていらっしゃいました」
「カツ丼? そんなに好きだったかな」
「ええ、私の料理がお口に合わないのかと思ってお伺いしたんですけれど、本当にただ嬉しかっただけのようで」
「ふうん……ああそうだ、そんなことで詩野を足止めしたわけじゃなくてね」
 にやにやと嬉しそうな楽しそうな口元を隠そうともせず、由幸は親指で顎を撫でながら言った。
「そっちは、もう桜は咲いた?」
「いいえ、まだ咲いておりません。ちらほらと綻んでは来ているようですけれど」
「そう、花散らしになる前で良かった。嵐が来るらしいから、バナナと餡子を用意しておいて置くといいよ。
 バナナはそっちには売っていないかもしれないね、厨房に寄ってからお帰り」
「……はい?」
「真田家秘伝のおまじない、だよ。ふふふ、兄貴によろしく言っといて」
 それじゃあね、と相変わらず何が楽しいのか、くすくす笑いながら奥の間へ続く廊下へ消えていった由幸の後姿が――どうしても。
「はい、若、だんな様」
 詩野は一度頷いて、二度首を横に振って、やっときびすを返す。桜色のリボンが、その拍子にひらひらと揺れた。
477春待ちて・3 ◆ciy3NPyhLY :2009/05/02(土) 01:05:09 ID:tqM58uU5


 帰り際に寄った和菓子のあずみ屋で苺大福を三つと炊いた粒餡を買い、商店街でこまごまとした買い物をすると、
詩野の両手はあっという間に埋まってしまう。飛び出した長葱と、包みきれなかった一房のバナナが不自然に
赤紫色の風呂敷の上の方からはみ出している。こんなことなら買い物かごを持ってくればよかったと、
着物の裾でバナナだけでも隠せないか四苦八苦しながら、詩野は小さく溜息をついた。
 日が長くなってきたからか、午後五時を過ぎようかという今時分にもまだ商店街に人の姿は多く、高級品であるバナナを
なるべくひと目につかせないよう、詩野は神経を使って道を歩いていた。幸い、人通りのある大通りからはずれ、
もう屋敷の門は目の前だ。
 抜け落ちそうな葱を挿しなおして顔を上げると、曲がり角の向こうから見慣れた顔が歩いてくるのが見えた。
「だんな様!」
 ぱっと笑顔になり駆け出そうとして、慌てて踏みとどまる。バナナが落ちそうだ。
 板前は由幸の名を出すと気前よく高そうなバナナを差し出してくれたのだが、いかんせん気の利き方がいまひとつで、
ぽんと紙にも包まれずに手にしたそれをどうすべきか、厨房のドアを背に詩野はしばし悩んだ。
 始めはきちんと風呂敷に包んで大事に持ち歩いていたそれも、他の物の下になってはいけないと気を使っているうちに、
気付けば辛うじて結び目の下に引っかかっているだけで、無防備なその熟れた身体を投げ出していた。新聞紙なり、
茶紙なり、そういったものをどこかで貰ってこなかった己の機転の無さに情けなくなる。
「何してるんだい、百面相して」
 あたふたしている詩野を見かねたのか、苦笑いした青年が大またでやって来る。
「し、しておりません、そんな」
「はいはい、分かったからその荷物をこちらにお寄越し」
 わざわざ自宅の門を通り過ぎて傍らに立った青年が、詩野からひょいと荷物を取り上げた。詩野の手に余る大きさの風呂敷包みは
その手にやすやすと収まる。
「……バナナだけ持って」
 その居心地の悪そうな表情に何故だかほっとして、詩野は青年から受け取ったバナナを胸に抱いた。
「大福、潰れたりしてないかな」
「それはこちらの袋です、大丈夫ですよ」
 手首にぶら下げた和菓子屋の紙袋を掲げて見せると、詩野の主は嬉しそうに頷く。
「お茶を淹れて、一緒に食べようか」
「え? ……よろしいの、ですか」
 思わず聞き返すと、怪訝な顔をしたのは詩野より青年の方だった。
「何でいけないの」
「それは……」
 立場の差であるとか、身分の差であるとか、そんなようなことを考えて、しっくり来ずに首を傾げる。
それはもちろんそうなのだけれど、ただそれだけの理由ではない気がした。
 詩野は今まで主と食事を共にしたことが無い。味見をしたり、主が食べ終わった後に台所で片付けをするついでに食べてしまうせいで、
そもそも自分のために食卓に膳を並べること自体ほとんど無かった。
 それが当たり前だと思っていたし、疑問にも思ったことが無いから、詩野は上手い返事を出せない。
「どうせ二人しかいないんだから、お茶にくらい付き合っておくれな」
 考え込んでしまった詩野が黙り込んだまま、そうこうするうち、あっという間に玄関の前だ。
「ねえ、詩野。だけどどうしてバナナなんだい」
 がらりと玄関の戸を引いた詩野に、後ろから声がかかる。
「今までバナナなんて買ってきたこと無かったろう? この辺じゃあ、見つけるのに難儀したろうに」
「嵐のためのおまじないです。ちゃーんとあんこも買ってまいりました」
「はぁ?」
 素っ頓狂な声に驚いて振り返ると、訳が分からないという顔をした青年と目がかち合う。
「詩野は真面目な子だと思っていたんだけど、意外だな。というより、意外すぎる」
「え、え?」
「もしかして、今まで僕に合わせて無理をしていたの?」
「あの、だんな様、真田家のおまじないだとうかがって」
 長葱が飛び出した風呂敷を抱えたまま玄関に立ち尽くす青年の眉間には深い深い皺が寄っていて、ちょっとやそっとではほぐれそうにない。
噛み合わない会話に詩野は冷や汗をかいた。
478春待ちて・3 ◆ciy3NPyhLY :2009/05/02(土) 01:05:34 ID:tqM58uU5
「それにしても、嵐? ラジオじゃ、しばらく晴れだと言っていた気がするけれど」
「そんな、だって若旦那様が――」
 ハッとして詩野は口を噤む。慌てて視線と逸らしたところで中空に拡散した言葉をかき集めることなんか出来やしない。
 言ってみれば、遼一郎にとって由幸は恋敵である。それだけではない、場合によっては遼一郎が手にするはずだったものを、
由幸は全て持っているのだ。仕事も、自由も、未来も。
 だから、詩野は主の前で次期当主夫妻の話をしないようにいつも厳しく心がけていた。誰に言われたわけでもないが、
たとえ詩野でなくてもそうしたはずだ。
 心の傷に触れられるのは、誰だって痛い。身体の傷よりもずっと、ずっと。
「由幸が?」
 青年は目をぱちぱちとしばたたかせたのち、ばっと口元を覆って顔を逸らした。
「あっ」
 その拍子に、風呂敷から長葱が滑り落ちる。
「わ、とと、と……ぶはっ!」
 開いた隙間から亀の子タワシが落ちそうになるのを追いかけた青年は、そのまま器用に踏み石をのぼり、板張りの上がりかまちに腰掛ける。
そして条件反射で同じく葱とタワシを追いかけた詩野の顔を見るなり、主は予想に反して盛大に噴き出したのだった。
「ははは、あはははは!! くく、く、ぶはははははは!!!」
「え、え、え?」
 ひいひいと喘ぎながら目に涙まで浮かべた青年の前で、詩野は置いてけぼりを食らったように目を丸くしたまま動けない。
「素直だねぇ、おまえは。ふふ、あはは」
「仰る意味が分かりません……」
「由幸はね、あれで悪戯好きなんだよ。小さい時分はよく一緒に女中たちをからかって遊んだもんさ」
「え、え?」
「かつがれたんだよ、真田のおまじないなんてそんなの無」
「たのもおおおおおおおぉぉぉぉぉ!!!!!」
 びくりと肩を揺らしたのは詩野だけではなかったらしい。
 びりびりと戸にはめた磨硝子までも振動するほどの大声は、けれどセリフに似合わず甲高い。限界目いっぱいまで息を吐ききったのか、
尻すぼまりに小さく声が途切れたところで、詩野と青年はまじまじと視線を合わせた。
 主はあれだけ笑顔を湛えていた頬をそのままに、眉の辺りに不機嫌を描いて見せた。
「……ああ、いや。その……前言撤回」
 はあ、と重い、それはそれは重い溜息は詩野の膝に乗り、来客を迎えようと立ち上がることを困難にする。
詩野に許されたのは相変わらず目を白黒させることぐらいで、状況把握することなど、まるきり頭から抜け落ちていた。
「それで嵐か――なるほどな」
 ゆらりと音も無く、青年が立ち上がる。戸口の向こうからは、何やら高い声が二つ。
「由幸の奴め、覚えてろよ……」
 三下並みの捨て台詞を吐いて、仁王立ちした詩野の主はがらりと開く戸の向こうの嵐と対峙した。
「お兄! 来てやったぞ!!」
「誰も呼んでいない!!」
 先ほどの耳をつんざく大声の主に、詩野の主が間髪要れずぴしりと拒絶の言葉を浴びせる。
「申し訳ございません、しんじろ坊っちゃまが内緒で行くんだって聞かなくて」
 ばたばたと待ちかねたように玄関に入ってきた小さな影は、赤い開襟シャツにカーキ色の半ズボン姿の、紛れも無い少年。
年のころは七つか八つといったところだろうか、胸を張って両手を腰に置き、物怖じせず青年を見据えている。
その半歩後ろに、苦笑いを浮かべる紺色のワンピースを来た少女が済まなそうに立っていた。
 声では分からなかったが、二人ともに詩野は見覚えがあり、思わず声をかける。少年の正体の方には確証が無くとも、少女の名前は知っていた。
479春待ちて・3 ◆ciy3NPyhLY :2009/05/02(土) 01:06:02 ID:tqM58uU5
「ほうこさん?」
「はい、ご無沙汰しております、詩野さん」
「ほーこじゃない、ぬいだよ」
「それはあだ名ですよ」
「あっ、バナナだ!!」
「お前はじっとしていなさい!」
 落ち着きの無い少年を青年が滅多に聞けないような厳しい声で一喝する。さすがに怯んだのか、火が消えたようにしゅんと大人しくなり、
少年は、彼の太腿の位置までの高さのある上がりかまちに足を投げ出して腰掛けた。
 あどけない顔立ちに発育途中の華奢な手足をしているのに、どこからあの大声が出たものか、詩野には不思議でたまらない。
 詩野が呆気にとられて遠慮を忘れ、少年をと見こう見して観察する間、少女はぺこりと頭を下げて自己紹介を始めていた。
「真田遼一郎様でいらっしゃいますね。お初にお目にかかります、片桐縫子と申します。目白のお屋敷に昨年の秋からお世話になっております」
「ええと……うん、なんだ、信次郎がいつもお世話になっていま……す?」
 いまいち状況を把握できていない青年が、戸惑いながら急な来客に一応の挨拶をする。
 退屈そうに足をぷらぷらとさせていた少年が、履いていた下駄をぽいぽいと捨て、不意に立ち上がる。
少女と話し込んでいる主に声をかけるべきかどうか詩野が悩んでいるうちに、少年はさっさと迷いの無い歩みで廊下を奥へ走っていってしまった。
「あ……」
 引き止める声は少年には届かなかったが、当たり障りの無い会話に終始していた二人の意識を引き寄せるには充分だったらしい。
 二人は少年の姿が見当たらないことに気付くなり、その互いの心境に寸分違わぬようなぎょっとした顔つきで、
乱暴に履物を脱ぐと後を慌てて追いかけた。律儀に四足の履物をきちんと揃えてから、詩野もそれに続く。
 もしかしたら、吉祥寺に来てから、今日が一番楽しい日になるのかもしれない、と詩野は不謹慎に思った。
降り積もった新雪のように柔らかで、むやみに触れたら消えてしまう儚さを持った、霞のように覚束ない青年の感情が、
こんなにも実体を持って揺れ動く様は、あの夜を他にしてついぞ見たことが無い。今にしてみれば、あの夜でさえどこか掴みどころの無い、
底の見えない空虚を漂わせていたように思う。
 だから、遅まきながら詩野は内心で共感したのだ。
 『嵐が来る』という、真田の若様のいたずらな微笑みに。
 ――小さな嵐は、行儀悪く食卓に腰掛けて、障子を開きっぱなしにして優雅に庭を眺めていた。
 その手には、いつの間に持って行ったやら、詩野の買ってきた苺大福が片手にひとつずつ握られている。
そのどちらにも黒の中からちらりと赤が覗いていた。
「あら、まあ」
 気の抜けて間延びした少女の声は、とうに非難することを放棄しているもののそれで、どういうわけか口の端に微笑さえ浮かべていた。
一方の青年はといえば、畳のへりに足が乗っていることにも気付かず、その無作法な姿を曝したまま、呆然と少年の手元を見つめている。
「お兄は昔から味音痴なくせに甘いものの趣味だけはいいよね」
 空いた右手の指を舐めながら、少年はこともなげに言ってのけた。
480春待ちて・3 ◆ciy3NPyhLY :2009/05/02(土) 01:06:33 ID:tqM58uU5


 見事な九谷焼の絵皿や薩摩切子の花瓶が飾られた黒檀の飾り棚を背後に、青年は腕を組んでどっかりと座り込んだ。
その眼前に、頭を抱えて涙目になった少年が正座している。
「何か言うことは」
「……ごめんなさい」
「それから?」
 青年は不機嫌を隠そうともせず、つりあがった眉毛と暫くもかくやというへの字口で少年を睨みつける。
何を問われているのか分からず、少年は恐る恐る青年を仰ぎ見た。
「挨拶なさい。いくらお前が主筋の人間だからといって、他人に敬意を払うことを忘れてはいけないよ」
 手招きされて、そこで初めて詩野は主の言葉の意味を悟り、背筋を凍らせた。
「め、滅相もございません、わたくしなど」
「いいからおいで、こちらへ」
 それでも詩野が動けずにいると、厳しい顔をしていた青年が、わずかに表情を崩す。
「おまえの謙虚な姿勢は美徳だけれど、今は忘れなさい。どちらかと言うと、これは詩野のためと言うよりもこいつのためなんだから」
 そう言われて、やっと詩野は腰を上げ、しずしずと上座へ歩み出る。少年の斜め後ろに落ち着こうとしたのだが、
青年はそれを許さず、まるで伴侶でも紹介するように、真横に詩野を座らせた。
「こちらは常盤詩野さん。僕の手伝いをしてくれている人だよ」
 両手をついて挨拶をするのが恥ずかしく思えた。この少年に礼儀を教えるためのこと以上の意味は無いはずであるのに、
分不相応な幸せであるような錯覚をした。
 顔を上げると、少年はきりりと雰囲気を引き締め、先ほどまでの騒がしさをどこへ捨ててきたものか、
一個の人間としての尊厳をその小さな身にまとっていた。
「真田信次郎です。兄がいつもお世話になっています」
 鞄を芝生に投げ出してキャッチボールに勤しんでいる姿でも見えそうな元気な少年が、急に大人びて見える。
幼いながら、真田の看板を背負うことの意味をきちんと理解している顔つきだった。
 吉祥寺という片田舎での庶民的な暮らしにあまりにも馴染みすぎて時折主の育った環境を忘れそうになるが、
居住まいを正した信次郎から漂ってくる育ちの良さは詩野が持たないそれで、その一文字に引き絞った口元から血筋の意味を知る。
 その姿に覚えたはずの感心は、同時に詩野を襲った茫漠とした寂寥感を前に精彩を欠いた。
「よろしい。詩野、こいつは僕の末の弟だよ」
 青年が満足げに頷くと同時に、少年が早ばやと膝を崩す。
「正座嫌いだ、痺れた」
「このくらいのことで根を上げるなんて、嘆かわしい」
「お兄、おっさんみたい」
「やかましい!」
 一度収まった兄弟喧嘩がまた始まりそうな気配も、青年の咳払いでさっと霧消した。
「詩野、悪かったね、もういいよ」
 詩野ははっとして、慌てて主の気遣いに頭を下げる。
(私……)
 ぞっとした。
 自分の顔の強張りにまったく気付いていなかった。
 もし青年がそれを単なる緊張であると捕らえてくれなかったら、詩野は何と言ってその場を逃れることが出来たろう。
言いようはいくらでもあったが、そのひとつとして、詩野自身を納得させるものは無かった。
(気安く思っては、ならないんだ)
 詩野がそう覚悟して顔を上げる。
 何も知らない青年は組んだ右手で顎を撫で、信次郎に問うた。
「ところで、連絡も無しにいきなり来たりして、いったい何があったんだ。どうせ由幸の差し金なんだろうけれど」
「ちい兄とやえ姉さんのお部屋を改装するんだって。だから、それが終わるまでお世話してください」
「お断りだ。第一、学校はどうした」
「春休みだよ。いーじゃん、どうせ暇なんでしょ。ぬいも何とか言ってよ」
481春待ちて・3 ◆ciy3NPyhLY :2009/05/02(土) 01:07:11 ID:tqM58uU5
「そうですねえ、私の分のバス代は頂いているんですけど、坊っちゃまの分までは余裕が無いですねえ」
 えっという顔つきになったのは、青年ではなくて信次郎の方だった。
「ぬい、帰るのか!?」
「私は坊っちゃまのお世話だけが仕事ではありませんから、仕方ないんですよ」
「華族の子息を一人にするのか!」
「あら、遼一郎様と詩野さんがいらっしゃるじゃあありませんか」
「そうじゃないったら!」
 控えていた少女の膝に縋り、信次郎は泣き出しそうに訴える。
「縫子さんも、よろしければお泊まりになりませんか」
 見かねた詩野が助け舟を出すと、少女は今どきの短い髪を振って、きっぱりと言った。
「私は若旦那様からのお言いつけがありますから、バスがなくなる前にそろそろ帰らないと。それと、どうぞ詩野さんも『ぬい』とお呼びくださいな。その方が馴染みがありますので」
「いやだ!」
「え? 坊っちゃまは『ほうこ』と呼びたいんですか」
「違う! 違うったら!」
「信次郎、その辺にしておきなさい」
 小さく嘆息して、遼一郎がぬいの膝から信次郎を引き剥がした。そのまま腕に抱え込み、胡坐の上に乗せてしまう。
「離せ!」
「なんだ、僕の膝じゃ不満か」
「不満だね! 女のやらかい膝がいいに決まってる!」
「何だとこいつめ、いっちょまえに」
 きゃあ、と楽しそうに信次郎が笑い始める。膝の上にがっちりと捕まえられたまま、全身をくすぐられているようだった。
「しんじろ坊っちゃま、良かったですね。出掛ける何日も前からずっと『お兄、お兄』って言ってらしましたもんね」
「そうかそうか、じゃあ期待にこたえないとね」
「そんなこと言ってない!」
 微笑ましくその光景を見つめていると、ぬいの目配せに気付く。
「それでは、私はこれで失礼しますね」
「仕方ないなぁ、なるべく早く引き取っておくれよ」
「坊っちゃまの学校が始まるころには」
「詩野、門までお見送りして差し上げなさい」
 膝の上から逃れようと暴れる信次郎を器用に押さえつけながら、青年はいつもの困ったような笑顔を詩野に差し向けた。

 玄関を出てすぐ、詩野はぬいから一通の手紙を受け取った。
 主に宛てたものと思って受け取ったのだが、詩野宛てになっていて、軽く驚きをおぼえる。差出人は『真田由幸』と墨色鮮やかな筆致で記されていた。
「坊っちゃまは甘えん坊で、ご迷惑をおかけすると思いますけど、よろしくお願いしますね」
 心配そうなぬいの言葉の端々から、本当は帰りたくない意思が伝わってくる。なんとなはなしに、詩野は由幸の意図を掴んだように思った。
「ぬいさん、電話は私が取るようにしてますから、いつでもかけてきてくださいね」
「ぬい、もう良いのか」
 詩野は知らぬ男だったが、ぬいはよく知った様子で、門の向こうから唐突に現れた彼に気安げに話しかける。
「はい、帰りましょうか。外で待っていなくても良かったんじゃないですか」
「あ、もしかして……」
 その顔を見て、紹介される前に、詩野は少なくとも彼の姓については答えを得た。
「須藤先生の息子さん?」
「達彦さんです。真田家の書生さんで、坊っちゃまのお目付け役です。今日は私のお目付け役ですけどね」
 表情の変化に乏しいその朴訥とした顔が、静かに目を伏せた。挨拶の代わりらしい。帝大の制服に身を包んだ達彦は、
そうするとなおのこと、詩野が先だって世話になったばかりの老医師によく似ていた。
482春待ちて・3 ◆ciy3NPyhLY :2009/05/02(土) 01:08:00 ID:tqM58uU5
「お父様には先日お世話になりました。すみません、何のお構いも出来ず……」
「いいんですよ、須藤の若先生はどうも、真田のお坊ちゃま方が苦手なようですから」
 ころころと笑うぬいが達彦を揶揄すると、当の本人は否定も肯定もせず、わずかに肩を竦めるにとどまった。
ぬいは詩野よりも二つか三つ年下だったと記憶していたけれど、ややもすると、その中身は年上であるように思えた。
 きゃはは、と普段は聞こえない子供の笑い声が三人の耳に届く。詩野は突如訪れた予感に、先ほどの覚悟も覆ってしまうような、言い知れぬ高揚感を覚えた。
芝居の幕が上がる前のような、ただ期待のみに満ちた幸せな不安定感に、それはとてもよく似ていた。
 その声を合図に、ぬいと達彦が詩野に会釈をして門を出て行く。
 若草色の袖を押さえて手を振る詩野は、二人を見送りながら、早く居間に戻りたくて仕方がなくなっていたのだった。

 居間へ戻る前に、詩野は放り出された風呂敷を拾うついでに、立ち止まって受け取った手紙の封を切った。
ほんのり桜の香りを焚き染めてあるらしい便箋に万年筆の青みがかったインクで、まず末弟の突然の訪問を詫びるところから本文は始まっていた。
(『小生ニハ、聊カ思フトコロガ有リマシテ、此度ノ運ビト……』)
 その『思うところ』については当然のことながら具体的なことは何一つとして語られていなかったけれど、
何かしらの『変化』を期待していることは明白だった。
 他の家族と違って、由幸の兄に対する態度はあっけらかんとしていて、関心が無いとさえ言えるようなくらいだったのだが、
なかなかどうして、兄への気遣いが感じられた。
 不思議なのは、兄弟の間に一切の軋轢が無いことだった。兄は弟を恨みに思うのが普通であるだろうし、
弟は兄を蔑むのが自然であるだろうに、そんな気配は微塵も感じられない。かといって、お互いに相手を庇っている様子も無く、
いっそ周囲が話題を出さぬよう気を遣っているのが滑稽なほどだった。
 手紙は、バナナと餡子が信次郎の好物であること、四月の頭頃には改装が終わること、もし人手が足りなければ使用人を遣わすといった内容が続き、
今月分の給金に色をつけることを仄めかして締めくくられた。
 手紙を大事に懐にしまいこむと、亀の子タワシをねじ込んだ風呂敷包みとバナナと長葱を胸に抱き、裾を払いながらとてとてと居間へと急ぐ。
先に普段着へ着替えるべきかとも思ったのだが、そんなことは簡単に後回しにしてしまえるほど、楽しそうな主の顔を見たいとばかり考えた。
 戻ってきた詩野を見つけた青年が、人差し指を口に当て、にっこりと微笑む。居間に吹き荒れた嵐は、じっと小さく、
くうくうと健やかな寝息を立てていた。半分に折った座布団を枕にして、右手が青年の着物の裾をぎゅっと握っている。
「やれやれ、捕まえていたのは僕の方だったのに、逆に動けなくなってしまったよ」
 そういう青年の顔は穏やかに凪いでいて、慈しむ手つきで少年の頭を撫でていた。不服を述べるその口元は、けれどどこか嬉しそうだ。
 詩野は食卓に荷物をそっと置くと、信次郎を真ん中に、青年の隣へ座る。
「遊び疲れてしまわれたんですね」
「僕も疲れた。なんだって子供はこう、無茶苦茶に遠慮が無いんだろうなぁ」
「そのくらいの方が良いですよ。男の子ですもの」
「僕がこの年の頃はもう少し物の道理をわきまえていたと思うけどね」
 青年は口を尖らせると、撫でる手を止め、信次郎の頬をちょんとつついた。
「少なくとも、人の好物をなんの断りも無くかっぱらうことはしなかったよ」
 ついでのように頼まれたものを、そんなに楽しみにしていたとは思わず、詩野はくすっと笑った。
「いいだろ、好きなものは好きなんだから」
「……照れていらっしゃるんですか?」
「うるさいな」
 男のくせに甘いものが好きだということを知られたのが恥ずかしいのか、いつもより幼い仕草で青年は髪をかきあげた。
「あんこも一緒に買ってきましたから、お汁粉でも作りましょうか」
「ほんと?」
 ぱっと顔を明るくした青年は、喜びすぎた自分に気付くと、無理に仏頂面を作る。
 それがおかしくてたまらなくて、詩野はまたくすくすと笑った。
483春待ちて・3 ◆ciy3NPyhLY :2009/05/02(土) 01:08:48 ID:tqM58uU5
「大福じゃなくて申し訳ないですけど……明日のお昼にしましょうね」
「…………」
 不意に主の手が伸びてきて、詩野は緊張した。するりと左頬を撫でられ、じっと見つめられる。
 己の認識以上に近かった主との距離が急に気になり始め、青年の、その真っ直ぐすぎるきらいのある眼差しが、
時間ごと詩野をその場に縫いとめたようだった。
「おまえはそんな風に笑うのか。初めて知った」
 細められた目のなかに愛しげに映る自分の姿に、詩野は純粋に驚いた。そんな視線を向けられていることが半ば信じられず、
突然やってきた幸福に眩暈さえ感じた。肩が触れ合うほどの近さから、繋がった視線や薄く開かれた口唇からの
吐息を通して容赦なく感じる主の熱が、捕らえられたままの左頬にじわじわと集まってくる。
 こくりと青年の喉ぼとけが上下した。
 その瞬間、詩野の心は大袈裟なほどにわなないて、ますます追い詰められたのが分かった。雪の夜の記憶がそうさせるのか、
おもむろに近付いてくる青年の瞳に滲む迷いがそれに拍車をかける。無理を強いない、互いの前髪同士が絡み合うという非日常的な経験は、
初心な詩野をいとも簡単に酔わせた。抗いがたい引力が地中のみならず男の口唇の上にも存在することを、
理性ではなく本能の部分で、詩野は感じた。
「ん……」
「…………」
「……はあぁ」
 寝返りを打った信次郎の頬に座布団の皺と同じ模様が出来ている。
 二人の間に張っていた緊張がぱちんと弾け、青年はわざとらしくおよそ雅でない溜息をつき、そのまま畳に倒れこむ。
 詩野は途端に恥ずかしくなり、あわあわと声にも言葉にもならない感情を口の形で表した。直接唇は触れていないのに、主の顔を直視できない。
「疲れた……」
 その言葉の示すとおり、色濃い疲労のみえる声で青年がぼそっと呟いた。心の底から同意している自分に苦笑する。
(だけど――)
 怒りに任せてではなく、虚しさを埋めるためでもなく、もしも、ただ未知のものを知りたいだけだったとしたなら、
詩野にとってこれほど嬉しいことがあるだろうか、と泣きたい気持ちになる。
 それはとりもなおさず『詩野を知りたい』という思いに他ならないのだから。
「う……ん」
 にわかに信次郎が目を開けた。目をしょぼしょぼとさせ己の状況を確かめると、座布団を払いのけ、その小鹿のようにしなやかな身体を兄の腋の下へ潜り込ませる。
 青年は、再び寝入ってしまった弟を見て「仕方ないなぁ」と困ったように微笑んだ。詩野の好きな、優しい主の姿だった。
「詩野も来るかい。疲れたろう」
「えっ」
 思いがけぬ誘いに詩野は耳を疑った。言った本人も、詩野が黙っているその理由に行き着くと急に慌てだす。
「深い意味は無いんだよ。ただ――ああ、もう」
 左手の袖が信次郎の下敷きになっていることに気付かず、青年は起き上がろうとして失敗した。苛立たしげな様子で頭をがしがしとかくと、
「きゃあ!」
 その右手で詩野の左手を引っ張った。
「いいんだ、何も考えず、ただ来てくれたなら」
 信次郎を潰すまいとして咄嗟に突っ張った右腕が、勢いを殺しきれずに肘からくず折れる。ちょうど主と向かい合って寝転ぶ形になり、
詩野は赤面した。裾が開いてはしたなく曝された白い膝下を庇って、半ば身を起こす。
484春待ちて・3 ◆ciy3NPyhLY
「だんな様……お戯れが過ぎます」
「うん、でも、もう少しだけ」
 詩野は何も言えなくなった。肩を抱かれるように引き寄せられたが、恥らって抵抗する気は起きなかった。
薄っすらと開いた青年の、震える長い睫毛に見とれた。そこに秘められた何がしかの思いに名付けたくなって言葉を探していると、
黒く濡れた瞳がそれを阻んだ。畏怖の対象であるのに、ずっと見つめていたいような透き通った欲求を呼び起こさせる、稀有な存在。
心の準備をしていても、いざその目に間近に見つめられると詩野は息が出来なくなるのだった。
「そうしゃっちょこばられると、僕も緊張してしまうよ」
 詩野の肩を抱いていた右手が宥めるように髪の流れをなぞり、今朝、その手が結んだリボンの端を掴んだ。
「ただね、僕は、ただ」
 青年の手の動きを止めるでもなく、詩野は為されるがままを受け入れた。少しの引っ掛かりがあって、蝶は一本の帯へと姿を変える。
「――家族みたいだと、思ったんだ」
 詩野から奪った桜色のリボンを口元に寄せ、主が切なげに呟くのを、詩野は我がことのように聞いた。
「はい……」
 家族になれたら、と詩野は夢想した。ありえないことだと分かっていても願わずにはいられなかった。自惚れであることは百も承知で、
己が青年に今一番近しい人間である僥倖を素直に喜んだ。
 目を覚ませば、幼さゆえの無垢な辛辣さと、生の気の有り余った鮮烈な意思をその身に宿らせて、小さな嵐は
有無を言わさず駆け回るのだろう。憎めない強引さで様々なものを巻き込み、しがみついた根雪までをも根こそぎ
奪い取っていくような勢いで、詩野や青年を振り回すに違いない。
 詩野はそれが楽しみで仕方が無かった。渇きを潤すその雨を、綿毛を飛ばすその風を、嵐の後の晴天を。
 さながら詩野は、芽吹きの気配に満ちた夜明けを待ち侘びて、巣穴から鼻先を覗かせる気の早い野うさぎのようだった。
「嵐というよりも春一番かもしれませんね」
「女性のスカートをまくって喜んでいるところなんか、そっくりだな」
 同意するように青年は目を細めて、再び詩野を、信次郎ごと抱き寄せた。
 余所行きの着物に皺がつくのも厭わず、立場も身分も忘れ、そのあたたかな手の力強さに身を任せうっとりと酔いしれる。
「こいつが起きたら夕飯を頼もうか。それまで、詩野も寝るかい」
「わたくしが起こしますから、だんな様が」
「いいんだ、僕は見ていたいから」
 ふたりを、とその口が動くのを見て、詩野はかぶりを振った。
「わたくしも、見ていたいのです」
 例えかりそめでも、心を許す温もりを求め、一瞬でも目を離してしまうのが惜しかった。どちらともなく微笑みあうと、
詩野は仰向けに寝返りを打った信次郎の紅い頬をそっと撫でる。
 そして、子どもが喜びそうな献立について、大人二人は相談を始めたのだった。