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携帯から:2008/11/09(日) 19:02:06 ID:v5UioERV
残り2レス
なんですがすみません、スレ立てと投下同時にやったら負荷過剰で規制食らいました
2時間書き込めないそうなのでしばらくお待ちください
待ってます。垂れそうな涎を必死で飲み込みながら、犬のお座りポーズで待ってます………!!!!
言い損ねておりました、スレ立て乙です!
とんでもない領域まで来ている…
神はどこまで私達を連れて行くのだろう…!!
前スレ509から続き
……流石に抜かずでは三回が限度、
完全に凶暴さを失った陰茎がずるりと膣内から抜け落ちるのに及び、
そこでようやく少年は唇を離し、少女を腕の中から解放した。
ずるり、と腰に乗っけられていた脚が汗で滑り落ちて、
こてん、と横を向いていた彼女の身体が、まるで人形みたく仰向けに転がる。
乱れた呼吸を整えながら、そんな彼女をぐらつく頭で眺めていた。
兄達から伝え聞いた、本当に気持ち良くなってしまった時の女の様子と比較して、
自分の戦果がどれほどか、何点満点かを考える。
(……98点、かなー)
――分かってない。
(漏らしたしイキまくったし目ぇガクガクしてて涎鼻水で焦点は合ってねーけど、
流石に失神はしてねーし、白目でも泡吹いてもねーもんな)
泡も吹いた。失神もした。その瞬間ずっとキスしてたので気がつかなかっただけだ。
どうもロアは『失神≒気絶』だと勘違いしているようで、
実際15秒ほどリュカは白目を剥いてた、見逃したのは完全にロアの不注意だ。
98点どころか120点……いや、100点満点での200点だろう。
なのにその辺を全然分かってない、これだから教養のない野良英雄は困る。
でも、『ああでもすっげぇ良かった、今までの女の中で一番良かったなー』とか思いながら。
「………っと」
ぐったりするリュカを抱きかかえたまま、器用にごろごろ、左から右へと転がって、
汚れてないシーツの上に移動した。
ついでにいつの間にかずり落ちていた、掛け布団代わりの薄布を掴むと、
端っこのところでぐしぐしと、彼女の顔を拭ってやる。
――そこまで出来ないほど野蛮人ではない。
自分の口元も吹き、性器周りの汚れも吹き取って、同じく相手にもそうしてやる。
…ぱっくりと広がってしまって戻らない陰唇から、
もうほとんど精液と見分けのつかない、白濁した愛液が零れてるのを見た時は、
思わず萎えた陰茎が反応しかけたが、幾ら何でもそれは抑えた。
――そこまではロアもバカじゃない。
そうやって一息つくと、改めて女の横に寝転がり、汚れてない方の布を掛けてやる。
特に意図もなくリュカを抱き寄せ、何となく頭を撫でてやってたら、
ふいに仰向けに虚ろを見ていた彼女が、か細い声で呟きだした。
「………私」
「ん?」
男はとてもバカだったが、
「…私、…犬じゃ、ないです」
「………」
こんな時何と答えるべきなのかを間違えるほど、
「……犬じゃ、ないよぅ」
「……うん」
そこまでの無神経、阿呆ではない。
「そうだな、犬じゃないな」
* * *
夢を見ているように幸福なのは、英雄の方とて同じだった。
彼女が男の素敵さを再認識したように、女の素晴らしさを再認識できた。
「……犬じゃないぞ」
半身を乗せて抱きかかえるようにして、左胸に少女の頭を感じながら呟く。
「……犬なもんか」
柔らかな身体の心地よい重さに、自身もウトウトして英雄は言う。
腕の中には、泣き疲れてくーくー寝ちゃった彼女。
自分が鳴かせて、自分がイカせて、自分が幸せにした、自分の彼女。
…本当はちょっと、『女ってそんなにいいもんかなぁ』とか思いかけてた。
…本当はちょっと、『セックスってそんなにいいもんかこれ?』とか思いかけてた。
五月蝿くて、面倒くさくて、壊れやすくて、すぐ泣いて、一緒にいると疲れて。
…頑張っても頑張っても気持ちよくできない、痛がられる、泣かれる、うんざりされる。
だけど家族や悪友や部下の手前、男の見栄っていうか、意地っていうか、
…ちょっと怖くて認めたくない部分もあった、『自分はへたっぴ』で『難モノ持ち』だと。
そういう普通の10代後半らしい、普通の悩み、普通の劣等感があったのだ。
城主でも、将軍でも、領主でも。…王子でも王族でも英雄でも。
でも今はそんなモヤモヤぶっ飛んだ。実にすがすがしく爽快な気分だ。
――なるほど、これが真の女の良さってやつか!
――なるほどこういうのが『相性抜群』、こういうのが『へぶん状態』ってやつか!!
天恵得たりとはまさにこのこと、今なら目から鱗だって撃てる。
「……りゅか」
だから溢れんばかりの愛情と共に、愛しい少女の名前を呼ぶ。
たった一晩、たった一回で、今までのどんな女よりも彼女のことが好きになってしまった。
こんなに孕ませたいと思ったのは初めてだし、中出しの気持ち良さも別格だった。
キスしてるだけで心が満たされ、こうやって抱いてるだけでも幸せになれる。
肉欲から始まった恋だけど、得がたいものだとは分かるからこそ、
誓って込み上げてくる愛しさは本物だし、大事にしたい、大切にしたい。
このくすぐったいじんわりを、ずっとずっと消したくない。
予想外の大魚、意外な埋蔵金、砂漠で蹴躓いたらダイヤモンド。
英雄だろうと皇帝だろうと、届かない奴には永遠に手に入らない至高の宝。
それを思い、今回の遠征の一番の収穫はこいつだったなぁと思いながら、
少年はゆっくりと眠りに落ちた。
優れた剣には優れた鞘を、大きすぎる陽には大きすぎる陰を。
救済を与えて救済を得、自信を与えて自身を得、互いを高めて互いに得る。
得たのは比翼、得たのは連理。
虎王ロアネアムと犬姫リュケイアーナ。
二人の名前が天下に轟き、歴史に名前を残すのは、もう少し先の夜明けの話だ。
<終>
一区切りです。ひとまずめでたし。
たくさんの感想応援GJありがとうございました。二区切り目に関しては、目途が立てば。
・My Lord?
→我が君/殿下/上様/ご主人様/あなた/マイロード、どうとでも訳せるようなもの。
彼らの使う架空言語を、前後の文脈や状況から忠実に和訳すると、ああにしかならない。
・「ロアそれ女の子の愛称やない、男の子の愛称や」
→バカなので分かってません。
・前スレ485
→悲しいけど緩いのは事実。前歴のせいで拡張気味。
・陵辱?
→客観的には陵辱。『DV→PTSD→依存症発症』の綺麗なコンボ入った。
挙げられた愛称は、結局全部正しい愛称なんだと思います。
帝国上流社会の不文律で、○○という発音、○○という愛称が正統と決まってるだけ。
という理屈でロアのテラフリーダムも可。
リアルタイム投下を読破しました!!
もうリアルで涎垂れそうなのを頑張って飲み下しました。虎王&犬姫万歳!!!
歓喜の言葉は尽きませんが、なんさまアリガトウ作者さん、愛してます!
一気に読み終えましたー
ほんとにご馳走様でした!
投下お疲れ様でした
うわぁ最高に萌えた!
可愛いのにエロくて、いぬのおひめさま大好き!
是非是非、二人の今後とか読みたいです!
作者様大好き!
超GJでした!!
前編から通して読ませていただきました!
前編から楽しく読ませていただいていて
何とかリュカを幸せにして欲しいと切に願っていましたが
もうホントに…なんていうか、ロアのバカさ加減に救われました!
最高です!
超GJGJGJ〜〜〜!!!!
本当にほんとに、素敵な話をありがとうございます!!
続きも是非読みたいです!
二区切り目も超期待してます!!
作者さん、お疲れ様でした&ありがとうございました。
ロアのカウンセラー資質は天才的ですね、本人無自覚だけど。
ふたりの名前を意図的に削いで執筆しているようにみえたので、
前夫には「犬」として辱められるだけだったのが、ロアに人の名で呼んでもらってはじめて
“人間”になるのかなーとか勝手な想像をしていましたが・・・いやー予想以上の展開でした!
第二段では、老僕に預けた剣の意味も明かされるのかな?楽しみです。
作者様お疲れ様でしたっっ!!
面白くてエロくて切なくてじんわりして…
もう本当に最高っでした!!
虎王&犬姫大好き!!
うあー、作者様ありがとうございます!!
なんて良作なんだ!!
ロアのリュカ馬鹿甘やかしっぷりを臣下がみたらドン引きなんだろーなー
こんな神スレがあったのにいままで気付いてなかったぜ!
いぬのおひめさま読んだ!超おもしろかった。
最後の最後で「へぶん状態」に噴いたぜw
ちょ、ロア殿ww
いぬのお姫様やばかった
俺はノマルなはずなのに…
むしろ孕まされたくなっちまったじゃねえか…すげぇGJ!
むしろロア好きすぐる
夜はともかく昼に手綱握られないといいけどなw
ぐりぐら、ぐりぐら、料理すること食べること
チョコレートミルクの材料探してきます
GJすぎる
犬姫このまま壊れちゃうかなぁと思ったけど
最後に正気に戻って安心したw
こんなエロシーンの最中に入ってくるぐりぐらで爆笑したよ
以降読みながら頭の中じゃ♪ぼくらがいちばんすきなのは♪エンドレス
という訳で二区切り目も期待
ソフトな内容ですが、初投下させて頂きます。
中世ファンタジー的舞台背景での、放浪の若者と世間知らずなお姫様のお話です。
夜の気を取り込んで、篝火が燃え盛る。
枯れ木を手に、煌々たる揺らぎの先で横たわる少女を見つめるのは、一人の咎人であった。
火が爆ぜる。
咎人は腰に細身の剣を佩いた、若い男だった。
少女は灰色の長衣で全身を覆い尽くした、呪いの子であった。
黄土の上に片膝を立て腰を下ろしていた男が、静かに立ち上がる。
赤い。
目が赤い。
髪が赤い。
火の赤さよりも、深く淀む、血の赤さだ。
男が少女の傍へと歩み寄り、フードに隠れたその素顔を覗き見た。
そして落胆する。
少女は、容姿こそは息を呑むほどに美しかったが、そこに男の求める物はなかったのだ。
金色の髪は燃え立つ炎照らし上げられ、一筋一筋が微に異なる輝きを放っている。
傷一つない、浅い呼吸に揺れる白い肌は、中天にかかる月の儚さを思わせる。
だが、それは如何に美しく、見る者の心を惹きつけようとも、人の持つ造形の美だ。
砂塵を抜け、海を渡り、都を過ぎ、生れ落ちた地を忘れることを余儀なくされたその男は、
人の記憶より忘れ去られて久しく、最早そこに住む者の足跡を語るものも無き、古の地へと
足を踏み入れていた。
贖罪の叶わぬ罪を洗い流す為に、また罪を重ねに。
男は、走り続けていた。
「少ないな。話にもならねえ」
サズ・マレフは雇い主である人物へと、にべにもない答えを返していた。
「そう。これくらいが妥当とも思ったのだけど……困ったわね」
白木の椅子に腰掛け、樫のテーブルを挟んで彼と向かい合っていたのは、金色の刺繍が
織り込まれた二つ重ねの法衣を身に纏う、整った顔立ちの女性であった。
歳は、二十歳のサズよりは二つか三つは上であろう。
シェリンカ、とサズに名乗ったその女性は、たったいま口にした言葉とは裏腹に、さして
追い詰められた風でもない表情で、窓の外の景色を眺めていた。
「困るのは、こっちの方だな。こんな人里離れた場所にまで呼びつけておいて、いざ交渉と
なったら信じられないほどの渋りっぷりだ。大損だぜ」
サズが、床板に唾でも吐き捨てそうな勢いで言い放つ。
「あら、最初にこの額で承諾したのは、そちらの方でしょう? 言いがかりだわ」
「挑発してんのか、あんた。俺が言っているのは、仕事の中身の話だ」
「そう難しいことでは、ないと思ったのだけど」
燃える瞳でサズがシェリンカを睨みつけるが、彼女は至って平静だ。
「難しいどころか、不可能だね」
だんっ、と掌をテーブルの上に叩きつけ、サズが言葉を続ける。
「独力で大勢の兵の監視下にあるお姫様を連れ出して、追手を全て退け、無期限で護り抜き、
連絡があればまた連れてこい、だ」
柳眉を逆立て、苛立ちを隠さずに一気に捲し立てる。
「大声で話さないで欲しいわね」
「こっちは、ボランティアでやっているわけじゃないんだ。身体も一つだ。お荷物をしょって
他の仕事をやっていけるわけでもない。こんなのは、説明するまでもないことだ」
サズ・マレフは流れ者だ。
定住する場所を持たない彼が、旅を続ける上で欠かせない路銀を稼ぎ出すには、まともな
やり方でなく、それなりに法や道義を逸れた真似を選ばねば、到底生きてゆくも叶わない。
サズ・マレフは冒険者だ。
大陸を越えて繰り広げられた、戦乱と開拓の時代を抜け、人々の間にもそれなりの平穏と
繁栄がもたらされていたこの時代に、彼のような人物はそう必要とされていない。
自ずと彼の道筋は狭まり、光ある道からは離れてゆく。
必然であり、それが流浪の望みでもあった。
「煉獄の忌み児も、大したことはないのね」
「馬鹿共の付けた仇名に意味なんてねえよ。じゃあな」
都合の良い話ばかりを期待するわけでもないが、進んで破滅の道へと身を投げ出すほどに
サズは酔狂でもなかった。
既にここを訪れるまでに、数名の兵士を斬っている。
いつまでも、埒の明かない話に付き合っているわけにはいかないのだ。
「もしも、よ」
背を向けてその場を立ち去ろうとする男に、シェリンカが感情の篭らぬ声を投げ掛けてきた。
「もしも、そのお姫様が、呪いをかけられた女の子だったとしたら?」
「よくある、御伽噺だな」
「産まれたときから、そうだったとしたら?」
サズが振り向く。
「あんたは詐欺師だ。あんたこそ、その呪いの子だろう」
「私は……比べるほどのものでもないわ」
シェリンカの青い双眸の、その左の片割れだけが黒に堕ちる。
部屋の中を漂っていた冷たい空気を、異質なものが侵食し始める。
「闇の子――巫女か」
「あら、良くご存知で」
唇の端に歳に似合わぬ艶然とした笑みを形作り、彼女が髪を掻き上げた。
「三百年の間、途絶えていたって話だぞ」
巫女。
言葉通りの意味であれば、神に仕えて神意を伝える聖別された女性を指すが、サズの口にした
巫女の意味は、それとは違っていた。
神子としての巫女。
即ち、神霊の依り代としての資質を備えた、異能の才を持つ女性を指しての言葉であった。
「事情通過ぎよ、あなた」
くつくつと喉で音を立て、シェリンカが楽しげに笑う。
「でも、正確にはずっと続いていたわ。手段の方はご想像にお任せするけどね。そっちの方は
もっと詳しいはずでしょうし」
「勝手だな、あんた。そうやって膿んでいるから、化け物の血をいつまでも断ち切れない」
「傷付くわ。私なりに、あの子や、一族のことを思えばこその行動よ」
「動くのは俺だろ」
「その気になってくれて、嬉しいわ」
テーブルの上に肘を突き、両の掌を唇の前で組み合わせ、シェリンカが満面の笑みを見せた。
暗闇での戦いが得手だとは言わないが、それなりの自信があったのは確かだ。
だが、それが独り善がりの増上慢であったことを彼は思い知らされた。
「きゃぁっ」
正しく絹を引き裂くような細く高い声をあげ、件のお姫様が転倒する。
――足手まとい、なんて生易しいもんじゃあないな。
追手の兵士たちは、率先してサズを狙ってくる。
彼を仕留めてしまえば、後はどうとでもなる――そういう判断からくる動きではなかった。
顔を背けたくなるほどの、獣臭。
鋭く尖り、敵意と共に剥き出しにされる、爪牙。
濁った銀の体毛を持つ、人に非ざる、異形。
獣人、ライカントロピー。
「掴まれっ」
咆哮を上げ、丸太のような腕を叩きつけようとしてくる、狼の容貌をした兵士の一撃を躱した
サズが、地面に伏せた少女へと手を伸ばす。
例え彼女に狙いが定められていなくとも、戦いの場では彼が責を持つべきなのだ。
必死で腕を伸ばしてきた少女を引き寄せ、背後に立たせて剣を振るう。
血油で重く濡れた刃を突き立て、振り下ろし、血河を築く。
そして再び走る。
「この先に、谷が、あります」
少女が息を切らしながら、サズに告げてきた。
「川は」
「あります。でも、谷の底にです」
「よし。振り切るぞ」
「はい」
背後を振り向かずに、サズは茂みの合間を抜けてゆく。
少女の駆けるペースは、目に見えて落ちている。
薄暗い視界が、わずかに開けた。
崖だ。そして、恐らくはそれが谷の頂きであろう。
「跳ぶぞ!」
サズが繋いでいた手を手繰り寄せ、少女を胸元に抱き抱えた。
宙に舞う感覚は一瞬で過ぎ去り、支えをなくした喪失感が二人を包む。
サズの耳元で少女が何事かを叫ぶが、ごうと渦巻く大気の奔流にそれは掻き消される。
「安心しろ」
聞こえはしないのを承知で、その分表情を和らげ、サズは少女を見つめた。
そして、彼女を抱えた腕の指先で印を結び始める。
燐光が彼の周囲を包む。続く、浮遊感。
魔術の発露だ。
「覚えていろよ、シェリンカ」
女狐と口にすれば、彼の腕の中にいる少女に聞こえてしまう。
仮初めの支えに身を任せながら、サズは舌打ちを一つ飛ばした。
「すごいのですね」
渓流の前で剣の血糊を落すサズへと、少女が興奮した面持ちで声をかけてきた。
「なにがだよ」
「全部です。獣兵を倒して、真っ暗な森をどんどん抜けて、それから、あの魔法」
「ああ」
サズが興味のない口振りで相槌を打つ。
「普段は、もう少しマシにやるぞ」
「まあ」
皮肉を込めて答えたつもりが、純粋な賞賛の響きを招いた。
「……なあ、あんた」
「フィニア、です。フィニア・ナル・イニメド」
熾したばかりの篝火の灯りが、少女の面立ちを闇の中に浮かび上がらせる。
「じゃあ、フィニア」
サズがフィニアへと向き直る。
肩先までゆったりと伸ばされた金色の髪。
白い肌。青い瞳。細い手足。
上背は女性ということを差し引いても小さく、サズよりも頭一つ分は低い。
「あんたは、自分がこれからどうなるのか、シェリンカからは聞いているのか」
「大体は、聞いております。ですが、宜しければ貴方のことも含めて聞かせて欲しいです」
灰色の長衣から幼い美貌を覗かせ、フィニアはサズを真っ直ぐに見つめてきた。
「いま、俺が一番に優先することは、あんたを連れて追手を振り切ることなんだ」
「――わかりました」
「なら、寝るぞ。これ以上あんたを連れては歩けないからな」
頭は悪くない。
身体を使うことはからっきしだが、そこは慣れるしかないだろう。
そう自分を納得させ、サズはそれ以上口を開かずに済ませた。
ボルド王国の南端、ミズリーフ地方。
国勢の影響も殆ど及ばぬ、険しい山岳地帯の更にその奥地に、古き都が存在していた。
古都ベルガ。
時を遡ること、八百年。国が一つに定まらぬ頃に、神霊の力をその身に宿した男が現われ、
争いを好まぬ人々を集め、闇の神の霊力を以て創り上げたとされる、幻の都。
ボルドや近隣の諸勢力に侵攻を受ける都度、奇跡の力でそれを退けた伝説を持ち、失われた
魔道の力を継承しているとも囁かれていた過去を持つ。
だが、いま現在ではその正確な所在は失われ、魔の森と呼ばれる深く広大な森林地帯に成長
したミズリーフは、貿易で国を潤したボルドからしても益するところのない土地と化している。
ボルド王国新歴211年。
東のオーズロン連合からの王国への侵攻の噂が、人々の間で真しやかに囁かれ始める。
百年以上も前に結ばれた不可侵条約を協定へと変更する過程で起きた、連合側の要人暗殺が
火種として見られてはいたが、連合の主要都市の一つ、キルヴァから流れてきた旅人の中には
こんなことを口にする者もいた。
――オーズロン連合は、禁断の魔道に手を染め、大陸の覇権を狙っているのだ、と。
「サズ、今日は果物がとても美味しいのが入っていましたの。市場のおじ様方も、サズは偏食
だからとおまけまでしてくれて」
城下町の一角にある安宿の一室に、華やかな少女の声が響く。
「フィニア……お前なぁ。また町に行ってたのかよ」
後ろ手に扉を閉めたサズが、嬉々とした面持ちで喋りかけてくるフィニアに渋面を向けた。
魔の森を抜け、ボルド王国へと辿り着いてから、ニ十日の日が過ぎている。
「ごめんなさい、外が楽しくて、つい」
「次やったら、もうこの場所から離れるぞ。それでなくても、お前は目立ち過ぎるんだ」
「う……」
どちらにせよ一つのところに長居はできない身であったが、顔見知りができていた少女には
この脅しは堪えたらしい。
「どうしても、この国を離れなければいけませんか?」
暫くの間大人しくしていた彼女が、再び口を開いた。
「いますぐじゃないにしろ、近いうちにな。城下に入ってからは、追手自体は成りを潜めたが、
だからと言って俺はこんなところに居続けるわけにもいかねえんだ」
叩けば埃のでる身のサズにしてみれば、明らかに普通の育ちでないフィニアの立ち振る舞いは
無駄に人目を引いてしまい、厄介事の種にしかなっていなかったのだ。
悪い娘ではない。
それはわかるが、それ故にサズは彼女を扱いあぐねていた。
サズの手配で、外見こそは庶民の娘とそう変わらぬ衣服を着させてはいたが、フィニアという
少女は、つい最近までベルガの王女として育てられてきた人物であった。
王侯貴族のような細分化させた階級を持たず、一種古代的な仕来りを守り続けていた彼女達の
家系は、数代前からその力を減衰させ、いまでは司祭長の家系にある男に実権を握られていた。
ザギブ・ザハ・イニメド。
ベルガ王族の傍系の男と、先代の司祭長の娘との間に生まれたその男は、その卓抜した政治力と
生来生まれ持った魔道の才を武器に、神聖にして侵すべからずと伝えられ続けてきた王座にまで、
その手を伸ばしてきた。
そしてフィニアは、その衰退した王族の直系の出であり、ザギブすら足元にも及ばぬ、神降ろし
の霊力を持つ巫女であった。
それ故に、彼女はザギブに利用価値を見出され、十の頃から幽閉の身となっていた。
それが、サズがシェリンカという女性から聞かされた、話の内容であった。
そして今回の依頼の目的は、ザギブからフィニアを奪うことで、彼の目論見を間接的に阻止し、
再びベルガ王族の復権を成し遂げることだと言うのだ。
つまりサズの役回りは、彼女とそれに協力する親王族派の勢力が、ザギブの勢力を掃討するまで
の間、フィニアを連れて逃げ回るというものであった。
「そんな巧くいくのかね。実際のとこ」
林檎の芯の部分だけを器用に残して食べ終えたサズが、部屋の天井を仰ぐ。
「わぁ。すごいですね。ナイフもフォークも使わずに食べちゃうなんて」
果物ナイフを片手に、フィニアは小振りな林檎相手に悪戦苦闘している真っ最中だ。
「お前ほんっと、不器用だな。ほら、怪我する前に貸せ」
サズが背後の屑籠へ、振り返りもせずに林檎の芯を投げ入れる。
「いえっ、これくらいは自分で……あ、すごい! 入りましたよ!?」
「いいから、貸せ。まずはなんでも、人のすることを注意深く見ていろ」
フィニアは、サズが予想していた以上の世間知らずの箱入り育ちだった。
家事や炊事は当然の如く一切こなせず、愛想は良くとも、常識といったものが抜け落ちている
ので、迂闊に目を離すこともできない。
その癖、好奇心と向上心だけは人一倍なのだ。
それ自体は美徳と言えるのかもしれないが、知識のなさと相まって、大抵碌なことにはならず、
その度にサズが体を張って揉め事を引き受ける羽目になっている。
「いいか。お前がいくらやる気を出しても、知らないこと、経験のないことは上手くはいかない。
それはお前が駄目なんじゃなくて、普通の人間は皆そうなんだ。だから、焦るな」
神妙な口振りで喋り続けるサズと、見る間に皮を剥かれていく林檎とを、忙しく目を動かして
追いかけながら、フィニアがこくこくと頷く。
「ま、なんでも最初から完璧を目指すのだけはやめろ……ほれ、食え」
「わ、わ。すごい、置いたら、ぱあって開きましたよ!」
「食えっての」
最近は、少しでも彼女に足を引っ張られないようにという名目で、サズが暇な時間を利用して
フィニアの教師役をするようにもなっている。
「サズは、なんでもできるのですね」
「おだてても、もう林檎は品切れだぞ」
しかし、その単純な賞賛の言葉と目を輝かせて見つめてくる彼女相手に調子に乗って、サズが
無駄に手の込んだことを披露しているのが、その実態だ。
見て覚えろ、という癖に、基本をおざなりにした代物を見せるのは、間違っている。
サズも、人に物を教えることは不慣れだった。
それにしても、とサズは思う。
「当面の路銀には困らないとはいえ、一人歩きできないのはやっぱ面倒だったな」
シェリンカからは既に報酬の前払いとして、結構な額の大陸貨幣を受け取ってはいた。
だが、路銀さえ確保できればいいという話でもないのだ。
「サズには、迷惑ばかりおかけしていますね」
「いや、フィニアに言ってるわけじゃねえよ。俺の見通しが甘かっただけだ」
仕事として受けたからには、彼女に文句をいうつもりは毛頭なかったが、やはりそれでも時折
愚痴の一つも言いたくなるのが人情というものだ。
フィニアは、それを真面目に受け止めてしまう。
サズが、彼女のことを面と向かって足手まといだと言ったことはない。
それでも、自然やりにくさが顔や動きに出てしまっているのだろう。
彼女の、できる限りのことをやろうという姿勢は、それを察してのこととも思えた。
フィニアは、鋭いところもあるのだ。
「あの、お聞きしても宜しいでしょうか」
「なんだ」
食事を終え、サズが日課である剣の手入れをしていると、フィニアが遠慮がちに声をかけてきた。
当初は、追手の兵士を斬り伏せた彼の剣技に賞賛の声を送っていた彼女であったが、それも闇に
紛れていたからのことで、太陽の光の下で血の雨が降るのを見てからは、サズが剣を握っていると
少々腰が引けるようになっていたのだ。
「その、先ほどサズが言っていた、一人でないと面倒というお話なのですが」
サズは無言で手入れを続けている。
なんとはなしに、嫌な予感がしていた。
「いつもお一人のときは、サズはどういったことをされていたのですか?」
「仕事をしたり、酒を飲んだりだな」
嘘である。
彼は極度の下戸なのだ。
飲むと酔えない上に、体調を崩す。その上、味の良し悪しもわからない。
「お酒ですか」
それも無視して剣を鞘に納め、彼は寝台の上へと転がった。
「……美味しいのですか?」
「お前、未成年だろ」
これには流石に口が出た。
大陸では、成人は男性が十八、女性が十六と定められている。
彼女はまだ十四だ。婚姻も飲酒も、許される年齢ではない。
「でも、サズは飲んでいるのですよね?」
「俺は二十歳だ」
飲んでいると答えるのは避けて、サズがそっぽを向く。
そこにフィニアが駆け寄ってきた。
「これ、市場のおじ様から頂いたのですが」
「――おい、お前これ、酒じゃねえか」
彼女の腕の中に抱えられた、赤い液体で満たされたガラスの瓶を見て、サズは声を上げていた。
「はい。この間、ごろつきの方を追い払ってくれた、そのお礼だと言って」
「ありゃあ、俺の虫の居所が悪かっただけだ。返して……は不味いか」
フィニアだけをまた一人で歩かせるのも面倒であった。
かといって、彼がわざわざ顔を出せば、店主の面子も立たず、最悪、サズの下戸もばれかねない。
「おっさんには悪いが、中身適当に捨てとけ」
「そんな、勿体ないですよ」
この場合、気持ちが勿体無いという意味なのだろうが、とにかくフィニアは贅沢というものを
知らない。
少なくとも、サズの前ではそういう素振りを見せたことがない。
「フィニア。お前本当に王女かよ。こんな安宿でも、文句一つ言わねえし」
常々感じていた疑問を、サズが口にした。
その問いに、フィニアの表情が少しだけ暗いものになる。
「王女と言っても、宮殿入りしたのが八つのときで、十のときにはあの場所にいましたから」
「……悪い。少し考えがなかったな」
「いえ。それに、あの場所にいるよりは、いまの方がずっと楽しいので、苦には感じないのです」
悪い娘ではない。
やはり、それでサズは彼女のことを扱いあぐねてしまう。
先ほどの質問にも、本当のことを答えてはいないのだ。
答えれば、色々と困るのは目に見えていた。
「そろそろ寝るぞ」
まだそれほど夜も更けてはいないのだが、彼はともかく、フィニアはそう遅くまで起きている
ことができなかったのだ。
「はい。でも、このお酒はやっぱり飲んで下さいね。捨てるなんて、だめですよ」
「わかったから、そこに置いておけ」
サズが再び少女に背を向ける。
「はい」
正確には、視線を逸らしたのだ。
一旦遠ざかる足音の後に、間を置いて近づいてくる足音。
「あの、またお願いしても、宜しいでしょうか」
「……そろそろ、いい加減にしてくれよ」
彼女と宿を共にし始めてから、連日味わい続けていた頭痛の種が、今日もやってきた。
「でも、やはりこれは必ずして貰えと、お姉さまの言い付けで……」
(――シェリンカめっ!)
いまもこの時間になれば、あの女狐が声を立てて笑っている。
それがサズには目には浮かぶようであった。
煩悶とした思いで、サズが寝台から起き上がり、胡坐を掻いた姿勢で振り返る。
「お手を煩わせます」
目の前には、数少ない持参の手荷物である寝巻きを手にした少女の姿があった。
バルガにいた頃は、御付きの侍女たちの手でそれを着せられていたというのだ。
「本当にな……」
こればかりは、サズも毎度、毒を吐かざるを得ない。
フィニアの就寝前の着替えを手伝う。
それがサズの一日を締める、最大の難関であった。
サズの要望で、普段のフィニアはどこにでもいる町娘のような服装で行動していた。
上は羊毛の白いチュニックに、下は綿の青いスカート。
野外で動く際には別の軽装を選ぶが、最近は専らこういった格好をさせていることが多い。
本当にありふれた服装であったが、それが彼女には意外なほどに似合った。
意を決したサズの手が、少女の胸元のボタンへと伸び、その一つ一つを外していく。
手つき自体は最早慣れたものだ。
フィニアはどことなくそわそわとしつつも、それを拒否せずに受け入れている。
最初は二人共、こうではなかった。
サズは少女がうたたねをし始めるまで、延々と脱がせるのを躊躇っていたし、フィニアは彼が
戸惑う様子を意にも介さず、着替えが済むのを待ち続けるだけであった。
いまのサズはやけくそという奴だ。
フィニアに対する罪悪感よりも、むしろこんな馬鹿なことを彼女に吹き込んだシェリンカへの
怒りの気持ちの方が、幾分大きい。
フィニアも、やたらに躊躇して目を逸らしながら着替えをさせるサズの態度に、この行為の意味
するところを、薄々ではあるが勘付いている節もあった。
サズも若く健全な男である。
若干幼いとはいえ、見目麗しい女性の裸身を目にして、なにも感じないわけがない。
それでも最初の何日かは、本当になにもせずに耐えた。
しかしその後は、彼女を寝かしつけてから、自分を慰める日の方が多い。
慣れたはずのいまでもそれが止められないのは、罪悪感が、逆にそれを助長したのもある。
女を買いに行ければまだ抑えも効いただろうが、依頼の都合上、それもできずにいた。
それでもサズは、ぎりぎりの線で踏み止まれる自信はあった。
だがそれも、飽くまでサズ自身の行動に措いての話である。
何事も、不測の事態というものは付き物であり、また、それが人生の妙だ。
サズには、何時如何なるときも、自分一人を中心に物事を考えてしまう嫌いがある。
放浪の旅を続けてきた彼には、それは仕方のないことであった。
「あの」
サズが、ボタンを外し終えたチュニックの襟口に手をかけたそのとき、フィニアが姿勢を正して
彼の瞳を見つめてきた。
「……なんだ」
反射的に仰け反りかけた己の体を、サズは頬を強張らせて無理矢理に押さえ込む。
素っ気のない声とは裏腹に、いまのフィニアの一言で、彼の心の臓の鼓動は早鐘のように高鳴り、
背には汗がどっと流れ出していた。
「もしかして、ですが。サズが言われていた、一人でされることというのは」
汗が、嫌なものに変わってゆく。
――フィニアは、鋭いところもあるのだ。
「夜、私を寝かしつけてくれた後に、なされていることと……関係があるのでしょうか」
(――寝てないだろ、それ!)
発したはずの声は、悲鳴にすらならなかった。
目の前で、サズが明らかな狼狽の色を見せて全身を硬直させている。
それが、フィニアに二つの答えをもたらしていた。
一つ目は、自分の抱いていた疑問とその答えが、ほぼ正しかったのだということ。
二つ目は、自分はサズに向けて、聞いてはならないことを口にしてしまったのだということ。
そしてその二つを合わせて考えれば、サズが夜の闇に紛れて行っていた行為は、明らかに自分に
知られたくはない、だが、彼にとっては必須の行為なのだろうということがわかった。
「ご、ごめんなさい。不躾なことを聞いてしまったようでしたね」
沈黙が痛かった。
彼が自分のことをどう思っていたかは定かではなかったが、フィニアはフィニアなりに、サズに
対して、感謝と尊敬の念を抱いていたのだ。
同時に、憧れを感じてもいる。
小さな頃に、姉同然の女性に読んで聞かせてもらった御伽話に出てくる、囚われの王女を救い
出した勇敢な若者に焦がれた気持ち。
それをサズに重ねていた。
ただ、彼女は、幸せな結末で物語を終えるその御伽噺に、一つだけ不満を感じていた。
それは非難の気持ちと言ってもよかった。
御伽噺の中で、若者は苦難を前に傷付きはしても、決して退かず、勇敢に戦い続けた。
だが、囚われの王女は違った。
己の境遇を嘆き、茨の蔦の棘に怯え、若者に全てを任せていた。
それを姉と呼んだ人に話したとき、彼女は笑ってこう答えてきたのだ。
『ニアにも、その子の気持ちがわかるときがくるわ』
それから程なくして、フィニアはベルガの王女となり、更にその後に、囚われの身となる。
悔しさが、彼女を支えた。
若者と王女に能力の差があったように、サズと自分にも大きな差があるのはわかっていた。
それでも、やれるだけのことはやりたい。
だから、彼女は彼との生活の中で泣き言だけは口にしなかった。
「私といるだけで、サズに迷惑がかかるのは重々承知しています」
彼が辛い思いをしている、いまこそが行動の時だと思った。
「ですが、私が我慢すれば良いことなら、我慢して見せます。ですから、私に遠慮はせず、サズは
サズの成すべきことを成されて下さい」
サズが倒れた。
「だ、大丈夫ですか?」
「あ、いや。いい。平気だ。ちょっとのぼせただけだ」
サズが、なんとか気を持ち直して上体を起こす。
脳裏に不謹慎な想像がちらつくが、それも頭を振って追い払った。
しかし、そこでまた硬直してしまう。
フィニアが、心配そうな面持ちで身を寄せてきていたのだ。
チュニックの胸元から、わずかに胸のふくらみが覗いている。
昨日までなら、直視しても事後処理で済ませるという緊急手段が使えたからこそ、思い切って
脱がすことができた。
だが、今日見てしまったらと思う。
――我慢して見せます。
無知は罪だ。
(そんなことされたら、我慢するのは俺の方なんだぞ!)
胸中でそんなことを叫び、サズは悶々として頭を抱えた。
「くしゅんっ!」
「あ、悪い。冷えてきたな」
暫くの間サズがそうして躊躇っていると、フィニアが小さくくしゃみを漏らした。
季節はまだ秋口に入ったばかりであったが、日が落ちれば薄着では肌寒い。
「なあ、フィニア。今日は自分で着替えてくれないか」
「――はい。ご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした」
サズが困り果てていたのを感じ取ったのだろう。
これまで譲らなかったことにも関わらず、ニアは割合あっさりと引き下がってくれた。
「助かる」
別段、サズはその言葉に悪気を込めたわけではなかった。
本心から、窮地を救われた気持ちで口にしただけだ。
フィニアが着替えをしている間は、サズは別になにをするでもなく寝台の上に寝転がっていた。
少し、悪いことをした気はしていた。
少女の申し出は、例え知り合って間もない男女の間では非常識だとしても、その裏にはなんの
やましい気持ちがあるようには思えなかった。
むしろ、信頼してくれているのだろうとすら思う。
やましい気持ちがあるのは自分なのだ。
男として仕方のないこととはいえ、フィニアの元気のない顔を見ると胸は痛む。
(返す返すも、あの女狐め)
ついに名前を思い出すことも止めて、サズは舌打ちを一つ飛ばした。
それが、追い打ちになった。
「フィニア?」
背後に気配を感じて、サズが振り向く。
ぎし、と安物造りの寝台が木枠の軋む音を立てた。
フィニアがいる。シーツの上に膝立ちで、寝巻きを胸元でくしゃくしゃに丸めて。
「おい」
「なにもしない方が良いのでしょうか」
どうした。サズがその言葉を続ける前に、少女が消え入りそうな声でつぶやいた。
目元に、光るものがある。肩は小さく震えている。
「私、なにもしないで、黙っていた方が……足手まといにならないのでしょうか」
泣きたくはなかった。
嘆きたくもなかった。
自分は、御伽話の王女とは違うと叫びたかった。
支えを失った身体が、投げ出される。
サズの腕がそれを咄嗟に受け止めようとする。
だが、横になっていたままの彼に彼女を支えることは叶わず、二人は寝台の上に折り重なった。
「うっ――」
鼻先に彼女の額がふれる。潤みきった瞳がはっきりと見える。
くらっとする香気が鼻腔を掠めた。
(やべぇ、女の子の香りだ)
抑えていた理性の箍が、簡単に吹き飛びそうになる。
無理もないことであった。
なにせ、サズが自身を慰める際にその劣情をぶつける相手は、当然、目の前の少女だったからだ。
――限界だ。
乾き、引き攣る喉へと溢れ出る唾を強引に飲み下し、サズはフィニアの細い肩を掴んだ。
青い双眸が、悲しみに揺れている。
金の艶髪が、悔しさに震えている。
サズは、それを綺麗だと思った。
依頼、仕事、報酬、目的、悲願、そして望郷。
己を縛り、走らせてきた全てが幻のように霞む。
気の迷いだ。冷静な自分が酷薄な笑みを浮かべようとする。
安い同情だ。朧げな過去が無常な日々を掻き消そうとする。
「フィニア」
流れでた声が、自分のものだという気がしなかった。
「あんたに、惚れている」
驚きに目を見開く少女の薄く小さな唇を、サズは当然のように貪った。
古都ベルガ、司祭宮の一室に月の灯りが差し込んでいた。
シェリンカが、ぼろぼろの表紙の絵本を閉じる。
彼女の妹同然に育ってきた、フィニアとの懐かしい思い出の詰まった大切な絵本だ。
天窓から中天の月を仰ぎ、彼女は誰にともなくつぶやいた。
「ほんっと、自作にしてはいい出来だったわね。これ」
〈 完 〉
以上です。
エロさを上げれるように精進します
いいっ!GJGJGJ!!!
続き楽しみにしています。
投下GJ!
正統派ハイファンタジー大好物です
次回の押し倒しが待ちきれないぜ
投下乙
しかしなんだ、母親や家族に自慰してるとこ見つかる気まずさが全世界の男共通だってのがよくわかるな
ファンタジーだからどうって事・・・・・・あるなあw
44 :
名無しさん@ピンキー:2008/11/13(木) 16:04:15 ID:kY8u/72T
age
前スレから通していぬのおひめさま読ませていただきました
感想が色々と浮かびすぎてGJとしか言えませんが、二期目も楽しみにしております
投下します
ソレンスタム共和国は、大陸北端に位置する、その名の通り共和制の国である。
王政が崩壊したのは三年前、隣国ベルイマン王国との戦争終結と同時だった。
十年にわたる戦争で人心が荒む中、最終的にベルイマン王国に領土を割譲する形で決着がついたことで、国民の不満は爆発。
王都において大規模な反乱が起こり、元老院と政務官、民会を中心とした共和制に移行、王家は一貴族に身を落とすことになった。
それから三年。
共和政下、戦争で荒廃した国土は再び緑を取り戻し、国民の生活も豊かになりつつあった。
が、異変が起こった。
突如、ベルイマン王国が国境付近で軍事行動を起こし、要衝の砦を制圧してしまったのだ。
ソレンスタム共和国首脳部はベルイマン王国を条約違反だと批判したが、そんなものはどこ吹く風で、王国は共和国に再度宣戦布告をした。
共和国は慌てて軍を編成したが、王国軍には優秀な指揮官と精兵の前に連敗を重ねた。
いまや、王国軍は共和国首都の間近に迫っており、共和国の敗北は時間の問題と思われていた。
ある前線の兵士は言った。
「このまま敗れて蹂躙されるのと、悪魔の力を借りてでも勝利するのと……どちらを選ぶか」
また別の兵士が言った。
「当然、勝利だ。清らかであっても、死んでしまっては意味が無い」
彼らの脳裏には、一人の人物の姿があった。
美しい金髪を風になびかせ、操る黒い炎で敵を次々と薙ぎ払っていった美姫の姿。
「あの方が居れば……」
彼女の勇士を知る兵たちは皆、その再臨を願っていた。
共和国軍士官エイナル・グンナー・イェールオースは、首都の北に向かって馬で駆けていた。
周囲は国内有数の穀倉地帯とだけあって、青々とした春の田園風景がどこまでも広がっている。
彼方に見える、雪を冠した山々の姿もまた見事なものであったが、彼は景色に見惚れているような暇はなかった。
「急がなければ……ベルイマンの連中がいつ動き出すとも限らんのだ……」
エイナルが首都を出発したのは昨日の深夜のこと。
すでに十五時間、何度も馬を乗り継いで、休まずに駆けてきていた。
彼が目指しているのは、この地方を支配する領主、ラベリ公爵の所有している館だった。
「見えた……!」
道の先に鬱蒼と茂る森。
その中に、無骨な岩山のような砦があった。
かつて壮麗を誇った領主の館の、現在の姿だった。
もう一息だと馬に鞭を入れ、数刻後、エイナルは砦の前に立っていた。
砦には、入り口が一つあるだけで、他は戸はおろか窓さえも無かった。
固く閉ざされた鉄門の前に立った兵士二人のうち一人が、エイナルに近付いてきた。
「イェールオース様……本日はまた、どのようなご用事で?」
「ここに来たということは一つだろう」
「は、私はいいのですが、しかし、本日の門番のもう一人は……」
もう一人の兵士を気にしながら、小声でもごもごと言う男に、エイナルは笑って言った。
「安心しろ、今日は合法だ。元老院の方々からの御命令だよ」
「は……? え、元老院が……?」
「命令書だ。通してくれ」
男はもう一人の門番と書簡の内容を確認し、頷いた。
「わかりました。一応、お気をつけて」
厚い鉄の門が開かれる。
砦の中からは、ひんやりとした風が流れ出してきていた。
外見とは違い、砦の中は豪華な調度品に満ちた、貴族の屋敷そのものだった。
ただ、外部を岩で固められているだけあって明かりは一切無く、真の暗闇で満たされている。
エイナルは片手にランプを持ち、足元に気をつけながら長い廊下を歩いた。
やがて、エイナルは大広間に出た。
そここそが、彼の目指した場所だった。
いくつかある天窓、その上部に微かに開いた岩の隙間から太陽の光が一筋差し込み、周囲の情景を淡く蘇らせている。
光の下にはソファーが一つ。
そこには、美しい金髪の少女が、もたれるようにして座っていた。
少女は透き通った青い瞳をエイナルに向けて、ふ、と笑った。
「何だ、月半ばに来るとは珍しいな」
美しい外見に似合わぬ、ぶっきらぼうな言葉遣いだった。
「食料は足りているぞ。髪もまだ切らずともよい。本も読み終えていないものがいくらかある。無いものは、自由くらいか」
「その自由をお届けにあがりました」
「ほう?」
「国難です。元老院の方々が、クリスティーナ様のお力をお借りしたいと申しております」
クリスティーナと呼ばれた少女は、ゆっくりと身を起こし、目を細めて笑った。
「ふん……元老院が? 奴ら、自分達の方が上手い政治ができるからと、王族を追い払ったのではないのか?」
「戦争についてはそうもいかなかったようです」
「戦争が下手なら戦争を起こさぬよう国を動かせばいいものを」
「戦争には相手が存在する以上、自分の努力だけではいかんともし難いものがあるのでしょう」
エイナルの言葉に、クリスティーナは脚を組み、再びその身をソファーにもたれかけさせて、彼を睨みつけた。
「気にいらんな、エイナル。元老院の連中を庇うようなことを言いおって」
「彼らを庇うつもりは毛頭ありません。ただ私自身の意志として、クリスティーナ様には是非ともお力を貸していただきたいのです」
「ふん……ならばもう少し気分を盛りたてることを言ったらどうなのだ」
クリスティーナは肩にかかった髪を手で払った。
「大体な、奴らにとって、私の力は許されざるものではなかったのか? 連中、悪魔の呪法だの禁忌の技だの、言いたい放題言ってくれたぞ」
「自分達の生死の前には、小さな問題だったようですね」
「結局は国権簒奪のための口上か……力を貸して、また同じ事をされたらたまらんな」
不快気に言うクリスティーナの前に進み出て、エイナルは膝をついた。
「私が……不肖このエイナル・グンナー・イェールオースが、命に代えてもそのような事態は阻止します。ですから、どうか……どうかお力を。このままでは、市民も兵士達も皆……」
「ああ、いい、いい、馬鹿なことを言うな。貴様の命くらいで防げるものなら、私が片手を振るうだけで解決できる。すなわちそのようは発言は無意味だ。まったく、身の程を知らぬな、貴様という男は……」
やれやれとため息をつき、クリスティーナは立ち上がった。
「まあ、いい。そこまで言うならやってやろう。ただし条件は付けるぞ」
エイナルが喜色を露に顔を上げた。
「は、はい! どのような条件も呑ませてみせます! あ、いや、元老院全員の命となれば難しいですけど……」
「そんなものは要らぬ。戦時の独裁官としての地位を用意しろ。権限は、かつての独裁官と国王を合わせたものだ」
「はい!」
「あとは……そうだな。この館の持ち主をいただくことにするか」
「ラベリ公爵をですか?」
「娘のアネッテもだ。奴らにはしてやられたからな。我が生贄としてはちょうどいい」
「恐らくは可能だと思います。他に何か要求はありますか?」
「これで全てだ」
「一応、戦後のことも考えて、他の敵対的な者たちも排除しておくべきだとは思いますが……」
エイナルの言葉に、クリスティーナは微笑んだ。
「先ほど貴様が言ったのではないか。元老院を全員殺すのは難しいと」
「確かにそうですが、数を減らすくらいなら可能かと」
「奴らの権力闘争に絡めれば、やりようはあるのだろうな。だが、かまわんさ。そこまでしたら、また揉める。その間に兵が死んで行くのはさすがに我慢がならん」
「やはり、クリスティーナ様はお優しいですね」
「優しい? 私が? 貴様は知っているだろう、私が何を力の源としているのかを」
クリスティーナはまた笑った。
美しいながら酷薄な笑みだった。
「民なくして私の力は成り立たぬ。だから守るというだけのことだ」
それに、とクリスティーナは続けた。
「私という存在自体も、やはり彼ら抜きには成り立たぬ。それが王族というものだ」
少女の名はクリスティーナ・マデリーネ・ソレンスタム。
暗黒神の娘と呼ばれた戦場の英雄であり、旧ソレンスタム王国の紛れもなき王女であった。
ベルイマン王国との十年戦争の末期、国全体が疲弊し劣勢にあったソレンスタム王国軍に、一人の魔術師が現れた。
クリスティーナ・マデリーネ・ソレンスタム。
時の国王マグヌス・イクセル・ソレンスタムの娘であり、士官学校を飛び級で卒業した、若干十三歳の少女だった。
士官学校を飛び級で卒業したのは、国王の係累だからなどといった理由からではなく、彼女の強大な力ゆえだった。
もともと百人に一人ほどの割合で魔法の能力は発現されるため、魔術師そのものは珍しい存在ではなかったが、
彼女の力は群を抜いていて、研究者の中には人類史上最強の力を持つ魔術師であると言う者まで居た。
実際、クリスティーナは圧倒的な魔力を以って敵軍を次々と撃破し、敗戦の危機にあった王国の救世主となった。
細身の体を取り巻くように現れる黒い炎。
それを縦横無尽に操って敵を焼き尽くし、どんな時にも最前線に立って軍勢を率いた。
兵士達の士気は否応にも高まり、一度は国土の半分をベルイマン王国に支配されていたのが十ヶ月で全土を奪還、逆にベルイマン王国領に深く切り込むまでに至ったのである。
戦勝の予感に国民達は大いに喜んだが、それを快く思わない者たちもいた。
元老院や政務官を中心とした、多くは貴族から成る国の官僚機構の人間たちだった。
彼らは長引く戦争で人心が王家から離れる中、着実にその権力を増大し、いつしか国家を動かす権力を手中に収めることを目指すようになっていた。
そんな彼らにとって、王家の人間の活躍により戦争が勝利に終わるという結末は、都合が悪かった。
国権簒奪のためには、クリスティーナを排除し、国民が王家に対して不満を抱く形で戦争を終わらせる必要があったのである。
元老院を構成する十二の貴族は、協力してことに当たった。
王家には内密に、ベルイマン王国と交渉し、和平の協定を結んだ。
内容としては、ソレンスタムは国土の一部を割譲し、ベルイマン側は国境付近のいくつかの街の支配権を譲り渡すというものだった。
割譲する国土は不毛の土地であり、一方で支配権を得る街のいくつかは不凍港を持つため、全体としてソレンスタムに利益をもたらすものであった。
だが、一般の国民には地図の形が変わるということは大きな問題に映る。
そのあたりを上手く喧伝して国民の不満を煽ろうという考えのもとで結んだ和平協定であった。
しかし、国としての条約を締結する権限は、国王にのみ与えられたものだった。
国王マグヌス・イクセル・ソレンスタムは取り立てて優秀と言うわけではなかったが、このまま戦争を続ければ勝てるという状況にあって、
こんな和平協定を呑んで終戦とするようなお人よしではない。
彼に和平協定を呑ませるためには、これ以上の戦争続行が得にならないと思わせる必要があり、そのためにはやはりクリスティーナを亡き者にしなければならなかった。
これについては、元老院の面々はさらに慎重に策を練った。
何しろ相手は史上最強と言われる魔術師であり、前線兵の間での人気も高かったことから、下手を打つと自分達が殺される恐れがあったのだ。
彼らが目をつけたのは、クリスティーナが遠征先で行っている行為だった。
クリスティーナは戦場で得た捕虜に容赦ない拷問を加え、その悶え苦しむ様子を楽しんだ。
また、解放した地域から男女を適当に徴発し、目の前で様々な背徳的行為をさせたりもしていた。
中年の醜い男に幼い少女を抱かせたり、婚約者の目の前で別の男に娘を抱かせたり、奇妙な道具を使った性交をさせたりと、異常な状況を好んで強制した。
これらはクリスティーナの趣味ではあったのだろうが、きちんとした意味もあった。
理屈はわからないが、男女が苦しんでいる姿や異常な性行為を行っている姿を見て感情を昂ぶらせることで、クリスティーナはさらに強大な魔力を溜め込むことができたのである。
つまりは彼女が勝利を重ねるためには必要な行為ではあったのだが、元老院はこれを悪魔の所業であると批判した。
クリスティーナを大陸で忌避される暗黒神信仰の信徒であると糾弾し、単独での出頭を求めたのである。
クリスティーナ自身は熱心ではないがれっきとした聖教会の信徒であり、元老院の糾弾に対して何度も書面で抗議をしたが、彼らの主張は変わらなかった。
エイナルは士官学校の頃のクリスティーナの同輩で、彼女が戦場に出るようになってからは、ずっとその副官を務めていた。
貴族の間にクリスティーナに対する敵意があることに気付いていた彼は、元老院の呼び出しに応じることは危険と判断、ベルイマンの王都を落としてから忠誠厚い軍を率いて戻るのがクリスティーナの安全のためには一番だと考えていた。
が、しかし、ラベリ公爵の言にこの考えを変えてしまった。
「私が根回しをして、クリスティーナ様が罪に問われるようなことは起こらないようにしましょう。このまま出頭命令に逆らい続ければ、さらに立場が悪くなるばかりです」
情報収集能力の限界で、ラベリ公爵がクリスティーナに対して敵対的な立場にあることを、エイナルは掴んでいなかった。
ラベリ公爵の一人娘であるアネッテが、クリスティーナとは幼少時からの仲で親友と言える存在だったことも、警戒心を緩めることに繋がった。
結局クリスティーナはラベリ公爵の提案に応じ、彼の所有する館で審問に対する準備の話し合いをすることとなり――
そこで幽閉の身となったのである。
元老院は当然クリスティーナを殺すつもりだったのだが、それが幽閉で済んだのは、ひとえに彼女の常識外れの強さゆえだった。
もともと魔術師は、魔力を体内に溜めることで体そのものが強化される傾向にあるため、死ににくい。
当然ラベリ公爵もそのことを考慮に入れて入念な作戦を練ったが、それでも彼はクリスティーナを殺すことが出来なかったのである。
彼女と戦うためだけに、建材ひとつひとつに強力な封魔の呪法を施した館を領地の森に建てた。
そこで話し合いをすると言って、恐らく信頼を得ているであろうアネッテが毒を盛る。
万が一殺せなくても、伏せていた兵たちで囲んで斬り殺す。
魔法が使えない状態のクリスティーナなら、楽勝であると思われた。
が、クリスティーナは致死毒を盛っても死ななかった。
魔法も遠距離に飛ばせなくなっただけで、自らの周囲にはその影響力を維持していた。
結局、三百人以上の死者を出した挙句、ラベリ公爵はクリスティーナに傷をつけることもかなわなかったのである。
ただ、さすがの彼女も致死毒を盛られた後では力が弱まり、封魔の建材で作られた建物そのものを破壊することはできなかった。
そこでラベリ公爵は彼女をその場で殺すことを諦め、建物の中に幽閉してしまうことにしたのである。
館の表面を岩で固め、さらに強力な封印を何重にも施し、絶対に外に出られないようにして、そのまま彼女が衰弱死するのを待った。
しかし、また驚いたことに、一週間経っても十日経っても、彼女は死ななかった。
人間の限界を無視した健在ぶりで、様子を見に行った兵士が殺されることもままあった。
ただ、やはり少しずつ衰弱している様子ではあったので、最終的には彼女の身に蓄えられた魔力が消え失せるのを待つ方針に落ち着いた。
館から出られない以上、彼女の排除には既に成功していたので、ことを急ぐ必要は無くなっていたのである。
その後、元老院はクリスティーナを暗黒神信仰の罪で幽閉することを決議、彼女が不在となった以上戦争の継続は不可能とし、国王に和平協定を認めさせた。
そして、かねての計画通り和平協定への国民の不満を煽り、ついに王族を国政から追放、共和制を敷くに至ったのである。
一方、クリスティーナ幽閉の報を聞いたエイナルは、彼女をラベリの館に行かせたことをひどく後悔した。
政体が移り変わる激動の数ヶ月間で、彼は何とかクリスティーナを自由の身に出来ないかと動いたが、それは叶わなかった。
彼にできたことは、いまや岩山のごとき砦となった、クリスティーナが封じられた館の門番の兵士達を買収し、彼女が飢えぬように密かに食料を送るくらいだった。
一ヶ月に一度は会いに行き、彼女を結界から連れ出そうとしたが、やはりかなわなかった。
元老院の貴族達はクリスティーナ幽閉の際の惨劇を知っていたので、皆一様に彼女を恐れ、直接様子を見に来ることは無かった。
おかげでエイナルの接触は元老院に見咎められることは無く、彼は三年間、クリスティーナを生かすことに成功したのである。
「あれから三年か……さすがに変わるものだな。私のものなど、見事に無くなっている」
大理石で作られた広い部屋の中に、クリスティーナは居た。
窓からは、城下に広がる街並みが見える。
今は元老院と政務官達による政治の場となっている王城の、かつて彼女が住んだ部屋だった。
「実際、貴様には感謝している。さすがの私も、貴様からの援助が無ければ、三年はもたなかっただろう」
「いえ。そもそも、私の考えが浅かったゆえに、クリスティーナ様を危険な目に遭わせてしまったわけですから」
エイナルは俯いて言った。
当時を思い出すと、今でも彼には後悔の念が襲ってくるのだ。
そんなエイナルに、クリスティーナは笑いかける。
その首には、独裁官に就く者の証である、剣の紋章の入ったネックレスをかけていた。
「気にするな。最後に判断したのは私自身だ」
「……」
「そんなに申し訳ないと思うなら、これからの働きで返してくれればいい」
「はい……」
「しかし、元老院の奴ら、こうもあっさり独裁官を任せるとは、よほど切羽詰っているのだな」
クリスティーナは首にかけたネックレスを指先で弄びながら笑った。
「もともと戦時に独裁官を任命するのが慣わしですからね。それほど違和感は無かったのでしょう。ただ、国王の権限も併せ持つ独裁官は歴史上初めてでしょうが……」
「これぞ真なる独裁者というわけだ。……ところで、父上はどうしておられるのだ? いち貴族となったと聞いてはいたが」
「マグヌス様は、北東山岳領を与えられ、国政に参加することは許されずお過ごしです」
なるほど、とクリスティーナは特に感慨もなく頷いた。
そこで、部屋の扉が開いた。
「エイナル様、お連れしました」
侍女が先導してきたのは、厳めしい顔つきの初老の男と、対照的に澄ました表情の少女だった。
少女はクリスティーナと同じくらいの年頃で、ウェーブのかかった栗色の髪を背に伸ばしている。
艶やかな深紅のドレスに身を包んだ姿は上品で美しく、社交界では男達の引く手数多であろうことは想像に難くなかった。
「久しいな、ラベリ公爵とその御令嬢」
クリスティーナの声に、男も少女も、身を硬くした。
そう、この二人こそ、三年前にクリスティーナの暗殺を企てた中心人物、ブロル・シェスティン・ラベリとその娘アネッテだった。
「十一対一の賛成多数で元老院罷免が決定したらしいな。ご苦労だった」
「クリスティーナ姫……!」
ラベリ公爵は、強い敵意を持ってクリスティーナを睨んだ。
「やはりあの時……何としてでも殺しておくべきだったようですな」
ラベリ公爵の憎しみの言葉に、クリスティーナは腰まで伸びた金色の髪を揺らして笑った。
「それはそうだろうな。だがラベリ、お前に私は殺せなかった。そして、時代が必要としているのは、どうやらお前ではなく私らしい」
「く……!」
クリスティーナが音も無く二人の方へと近付く。
ラベリ公爵もアネッテも、思わず一歩引いていた。
「そう怖がるな。それとも、少しは私に悪いことをしたと思っているのか?」
「……恨まれることをしたとは思っておりますが、悪いことをしたとは思っておりませぬ。王政など、愚かな王、残虐な王が王位についてしまえば民にとっては地獄。変える必要があったのです」
「変えたことで、国と民が繁栄したのなら、怒りを忘れることも出来たのだがな。今のところ、そうではないようだ」
クリスティーナは、心からの笑みを浮かべた。
どこまでも冷たい、残酷な笑みだった。
「この度、貴様らの無能のおかげで、私は再び戦場に出ることとなった。ラベリよ、責任を取ることくらいはできるな?」
「……! ま、まさか……私とアネッテをここに呼んだのは……」
ラベリ公爵の表情が凍りついた。
「わかっているようだな。いや、当然か。貴様ら元老院が散々喧伝してくれたのだからな。王女殿下は己が力のために父と娘でも交わらせる、暗黒神の娘だと」
「……!」
突如、ラベリ公爵がクリスティーナに飛び掛った。
「アネッテ! 逃げるのだ!!」
叫んで、クリスティーナの細首を両手で掴み、そのまま押し倒そうとする。
が――
「無謀だな」
「!!?」
クリスティーナの言葉と同時に、見えない力に弾かれるようにしてラベル公爵は宙を舞い、床に落ちた。
「ぐぁっ!」
「お父様!?」
アネッテが慌てて駆け寄り、公爵を助け起こす。
クリスティーナは二人の前に悠然と立った。
「ラベリよ、アネッテを抱け。ここで私に禁断の交わりを見せてみよ。それで許してやる」
「ふ、ふざけるな! そのようなことができるか!!」
「国のためでもあるのだぞ。貴様らの交わりは私の力となり、侵略者どもを打ち倒すことになるだろう」
「だからと言って……だからと言って、そのような汚らわしい真似ができるか! 獣に身を落とすくらいなら、死んだ方がましだ!!」
クリスティーナがエイナルに目配せする。
エイナルは即座にラベリ公爵の首筋に手刀を入れ、気絶させた。
「お、お父様!?」
「自殺などさせては命の無駄遣いだからな。さて、アネッテよ……」
クリスティーナは冷たい目で、かつての親友を見下ろした。
「あ……あぁ……お許しに……お許しになって! クリスティーナ様!!」
アネッテは涙を流し、美しい容貌を歪めて懇願した。
「仕方なかったのです! ひ、姫様を裏切りたくて裏切ったのではないのです……!」
「貴様の心の内など興味はない。私が重んじるのは行動だ。やるのか、やらないのか」
「そ、そんな……お父様となんて……考えられません」
「できぬか」
「お願い……お許しになって……」
瞳を潤ませ、アネッテはクリスティーナを見上げる。
見る者の胸を打つ、美しく儚げな貴族の少女の姿にしかし、クリスティーナはあくまで冷酷だった。
「エイナル、薬を使え」
エイナルが頷き部屋の扉を開く。
二人の侍女が静々と中に入ってきた。
「アーネ、メルタ、頼む」
アーネと呼ばれた侍女が心得た様子で、エイナルと共に怯えるアネッテの両腕を掴み、床にうつ伏せに引き倒す。
メルタはその間にアネッテの背後に回り、彼女の深紅のドレスを捲くり上げた。
「いやぁあ! 何をするの!?」
悲鳴に何ら動じることなく、メルタはアネッテの下着を脱がした。
十代の張りのある尻が露になった。
「やあっ! いやあああああっ!! やめ……ああっ……」
アネッテは逃れようとするが、エイナルとアーネに押さえつけられ、ただ情けなく尻を振るだけとなってしまった。
「ひどい……こんな……いやぁ……」
「お静かに。暴れると、あなた様が痛い思いをすることになりますよ」
言いながら、メルタがアネッテの尻肉を手で割り開く。
肛門が空気に晒される感触に、アネッテはさらに悲鳴を上げた。
「やめて! やめて! そんなところ見ないでえ!!」
「アネッテ様、綺麗な菊門ですこと」
メルタはくすりと笑って、そのままアネッテの尻に顔をつけた。
「ひうっ……!」
アネッテは床に組み伏せられたまま目を見開き、口をぱくぱくと動かした。
ねっとりと生温かいものが肛門から侵入する感覚。
彼女は今自分がされていることを信じることができなかった。
「そ、そんな……お尻の穴を……ぁあ……」
ちゅ、ちゅ、と音を立てて、メルタはアネッテの肛門を舌で舐り、ほじくった。
「ぁあぁ……ひぅ……ぁあ!」
自分すらも見ることの無い排泄のための穴を、他人に、舌で弄くられる恥辱。
そして、否応も無く襲ってくる奇妙な感覚に、アネッテは体を震わせた。
「やめてぇ……そんな汚らわしい……あぁ……」
「アネッテ様はこちらの穴も感じるようですね」
メルタがアネッテの尻から顔を離し、今度は人差し指で揉むようにして肛門を責めた。
さらに中指を入れ、かき混ぜるようにして二本の指を動かす。
アネッテはもはや何も言わず、目をぎゅっと閉じて耐えるのみとなっていた。
「よろしい、だいぶ柔らかくなったようです」
メルタは傍らに置いていた道具類の中から、銀色の漏斗を取り出すと、先端の部分を唾液で濡らし、アネッテの肛門にぴたりと当てた。
そしてそのまま、ずぶずぶと彼女の腸内に金属の管を沈めていった。
「きゃっ! な、なに?」
冷たい金属の感触に驚くアネッテをよそに、メルタは透明の液体の入った瓶を取り出す。
片手で器用に蓋を開けると、漏斗にその中身を注ぎ始めた。
腹の中に直接液体を注ぎこまれる感覚に、アネッテはただ混乱するしかできなかった。
「あ、あ、いや……!」
「すぐに良くなりますよ」
アーネがアネッテの耳元で呟いた。
実際、液体を注ぎ終える頃には、アネッテはその言葉の意味を文字通り体で知ることになった。
「あ……あぁ……あああ……」
下腹から全身に、じんじんと疼きのようなものが広がるのがわかった。
体が熱を帯び、声が自然と出てしまう。
露出された下半身に触れる微かな空気のそよぎが、言い知れぬ快楽となって少女を襲った。
「あ……あぁー……あぅう……! うぅう……っ」
意識せぬまま、漏斗が挿入されたままの尻を上下に揺らし、もどかしげに身を捩らせた。
メルタが漏斗を引き抜くと、それだけで声にならない声をあげ、ちょろちょろと小便を漏らしてしまった。
「相変わらず見事な手並みだな……またそなた達と会えて嬉しいぞ」
「私たちもでございますよ」
クリスティーナの褒めに、メルタは嬉しそうに微笑んだ。
メルタもアーネも、三年前クリスティーナが幽閉されるまで彼女に仕えた侍女であった。
クリスティーナの幽閉後は二人とも王城を追放されていたが、この度こうして呼び戻されたのである。
二人とも、クリスティーナのよき理解者であり、協力者であった。
「これでアネッテ様は、半日は色狂いとなるでしょう」
「目を覚まさぬうちに、ラベリにも盛るのだ」
「はい」
アーネとメルタが同時に返事をして、アネッテのもとを離れた。
彼女達がアネッテに注いだのは、強力な媚薬だった。
性の何たるかを知らない幼女ですら発情させてしまうほどの効果を持つ薬。
それを腸から直に吸収させられるとなれば、どんな人間もたちどころに淫乱の極みに堕ちてしまう。
アネッテはもはや、ただそこに居るだけで快楽の渦に揉まれていた。
「あぐっ! はぁあー……おぁああああぁぁあー……ぐっ! ふんん〜! くぁあっ……!」
貴族の令嬢らしからぬ叫び声を上げ、白い肢体を床に跳ねさせる。
両腕の拘束を解かれた今、狂ったように自分の股間をまさぐっていた。
薄い毛の生えた秘所は、陰唇がぴくぴくと蠢き、クリトリスは真っ赤に充血している。
愛液の溢れ出る秘所を涙ぐんだ目で見つめながら、がむしゃらに擦り上げ、その度に白目を剥いて仰け反った。
「あぁあああ〜! いいっ! いいっ! あふっ……ぅうっ……! ぅあぅうう〜!」
ぬちょ、ぬちょ、と、粘着質な音が次第に大きく、速く響いていく。
もはや澄まし顔の令嬢の姿は無かった。
ただいかに快楽を得るかに腐心する雌の姿がそこにはあった。
「クリスティーナ様、ラベリ様の方もご用意ができました」
アーネとメルタがクリスティーナの前にかしずき、告げた。
ラベリは仰向けに寝かされていた。
意識がまだ戻らないのだろう、その体はぴくりとも動かない。
ただ、股間の膨らみから、彼にも薬の効果は十分に出ていることが見て取れた。
「よしよし。エイナル、叩き起こしてやれ」
言われるままにエイナルはラベリ公爵の上体を起こし、後頭部を刺激した。
しばらくするとラベリ公爵はうっすらと目を開け――
「なっ……!」
声を上げた。
目の前で痴態を繰り広げる愛娘の姿を見て、驚きと絶望の悲鳴を上げた。
「アネッテ! おお……な、なんという……! おおお……」
床に仰向けに寝転んで、ドレスの上から張った胸を揉みしだき、膣口に指を入れてひたすらかき回す娘。
彼女は潤んだ瞳で父親を見つめた。
「お、お父様……お父様ぁ……駄目……私……ぁあ……熱い……」
舌足らずに言いながら、脚を開いたり閉じたりする。
その度に、彼女の膣口は体内を見せつけるように開閉し、ねっとりとした愛液を吐き出した。
「娘が苦しんでいるぞ、ラベリよ」
クリスティーナが嘲笑いながら言った。
「き、貴様か……貴様が娘をこんな……!」
「ああ、そしてラベリ、貴様もな」
「……?」
ようやくラベリは自分の体の違和感に気がついた。
体の熱さと、どうしようもなく湧き出る性欲に。
「く……そんな……」
脳が瞬く間に思考力を失っていくのを、ラベリは自覚した。
自分の発している声すらも正しく認識できない。
ただ雌の香りを求める本能が、むくむくと頭をもたげていた。
「娘を抱く……? 馬鹿な……そんなことは絶対に……」
ラベリは駆け出した。
理性の残っているうちに、窓から身を投げて命を絶とうと考えたのだ。
しかし、もはや彼から正しい方向感覚というものは失われていた。
ふらふらと蛇行して走り、壁に正面からぶつかってしまった。
「ぐ……おおぉおおおぉおおおお!!」
飛び降りることがかなわぬとわかると、ラベリは壁に頭を打ち付けた。
叫びながら、何度も何度も。
そうして理性を保つか死ぬかしようとした。
「大した精神力だな。娘の惰弱は母親譲りか」
感心したようにクリスティーナは呟いた。
「ラベリよ、それはそれで面白いのだがな。お前がここでアネッテと交わらないなら、アネッテは罪人として貧民街に放り出すぞ。乞食の精液で子宮を満たすことになるだろう」
「……!」
「当然、お前が自殺をした場合もだ。そうでもしないと、私の魔力は満たされないからな」
「あ……ああ……ぁあああぁ……」
ラベリは壁に張り付くようにして、絶望の呻き声を上げた。
既に額は切れ、血が流れ出していた。
「お父様……」
切なげな声に、ラベリは虚ろな目を向ける。
床から浮かせた腰をがくがくと震わせ、自慰による何度目かの絶頂を味わっている最中の娘の姿がそこにはあった。
「お……おお……アネッテよ……おおお……」
床に手をつき、這いずるようにしてラベリはアネッテに近付いていった。
「アネッテ……アネッテ……!」
「お父様……熱い……熱いです……助けてください……熱い……」
「どこが……どこが熱いのだ……?」
「こ、ここが……」
アネッテは震える脚で腰を浮かせ、父親の前に秘所を突き出した。
両の手を性器の脇に添えて、そのまま割り開く。
いやらしい音を立てて膣穴が口を開け、ピンクの媚肉がひくひくと蠢く様をまざまざと父に見せ付けた。
「ここが……この中が……熱いのです……」
「お……おおぁああああああ!」
体内を媚薬に侵され、精神的にも追い詰められたラベリの理性は、もはや限界だった。
雄叫びをあげて娘に覆いかぶさり、ドレスを引きちぎって、柔らかな胸を乱暴に揉みしだいた。
「ああ……! お父様っ……!」
「アネッテ! アネッテよ……!」
ラベリは邪魔だとばかりにズボンを脱ぎ去り、下半身を露にする。
かつて無いほどに勃起したペニスを握ると、その先端をアネッタの秘所につけた。
アネッタは、何ら抵抗することなく、父のその行為を受け入れた。
「アネッテ、いいのか? いいのだな?」
息を荒くして問うラベリに、アネッテは鮮やかに頬を紅潮させて小さく頷いた。
亀頭が膣口に入るように手で位置を合わせ、ラベリは腰を進ませる。
ぬぷぷ……と音がして、父の肉棒が娘の秘所に押し込まれていった。
「んぁ、あ……!」
わずかに入っただけで、アネッテが切なげな声をあげた。
その声に、ラベリの心のうちに微かに残っていた父親としての優しさは吹き飛んでしまった。
彼はアネッテに覆いかぶさり、細い体をしっかりと抱きしめると、全体重をかけてアネッテの貞操を貫いた。
「んぁああああああああああっ! あぁあ〜……っ! ぐ……んぐっ……はぅおぉお……」
初老の男の太く黒いペニスが、可憐な少女の秘所に根元まで一気に収まってしまった。
アネッテは声にならない声をあげ、中空でもがくように脚をがくがくと動かした。
「アネッテ! アネッテ!!」
「あ、お、お父様! お父様ぁあ!」
ラベリは夢中で腰を振った。
ずぷ、ずぷ、と、二人の結合部から激しく淫音が響いた。
アネッタの貫かれた秘所からは、大量の愛液に混じって、処女の証である赤い血の筋が下りていた。
その様子をクリスティーナは興奮した面持ちで見つめ、金の髪を振り乱して哄笑した。
「ふふ……ははははは! そうか! アネッテ、惰弱ではあったが婚前に操を守るくらいの心はあったか! 良かったな、ラベリよ! 貴様が娘の初めての男だ! くく……ははははははっ!!」
クリスティーナの言葉に、ラベリはもはや怒りというものを感じなかった。
彼女の嘲り笑う声さえも、いまや性欲を増進させるひとつの要素となってしまっていた。
「わ、私が娘の……アネッテの初めての男……!」
ラベリの肉棒はますます硬さを増し、男を覚えたばかりのアネッテの膣肉を蹂躙した。
深く浅く、解きほぐすように膣口を掘る。
その度にアネッテの小陰唇は巻き込まれ、未熟にも思えた秘所は突かれる毎に淫らに開花していった。
「あ、いい、いい! お父様、気持ちいい! いいです! あそこが……痺れちゃう……ぁあ……んぁああああ! ぉあぁあ〜っ!!」
処女を喪失したばかりだというのに、アネッテは狂ったように首を振り、よがり泣いた。
全身が溶けてしまいそうな快感だった。
気付けばアネッテは父の腰の動きにあわせるようにして、自ら腰を擦り付けていた。
「お父様! お父様! もっと! もっと動いてください!」
「いいのか? わ、私のこれが、そんなにいいのか!?」
「い、いいです! すごく! 素敵です!!」
「どこがだ? どこがどんな風にいいんだ? い、言ってみなさい」
「あそこが……お、おまんこが……ぁあ……お父様のおちんちんでほじくられて……か、感じちゃうの! おまんこ気持ちいいのっ!」
貴族の子女として受けた教育で、決して使ってはいけないと戒められていた下品な言葉の数々が、口から流れ出た。
アネッテは口の端から涎を流し、目をとろんとさせて自らの背徳的な言動に酔っていた。
「あぁ〜……駄目なのに……こんなの駄目なのに、私……ぁあああ〜……!」
「アネッテ! お前と言う奴は……!」
普段の上品な娘の姿からは想像もできない乱れように、ラベリはさらに興奮し、激しく腰を振った。
水音はより粘着質に、淫らに変わり、愛液が床をてらてらと濡らした。
やがてアネッテも腰使いを覚えたのか、二人が腰を打ち付け合うタイミングはぴたりと合い、肉と肉のぶつかり合う音が室内に響いた。
ラベリとアネッタは互いに唇を求め、舌を絡ませあった。
父と娘は、完全に禁断の交わりに没頭してしまっていた。
「面白いものだな」
クリスティーナが目を細めてエイナルを見た。
「何がでしょう」
「人は同じだということだ。幾度もこうした交わりを見てきたが、平民でも貴族でも、一度堕ちてしまえばやることはまったく変わらぬ」
「それは……そうですね」
「我々王族も貴族も、平民とは違うと血の貴さを誇りにするが、そこに価値が本当にあるのか、疑問だな」
ふと笑って、クリスティーナは自らの手を見た。
「結局は力だ。上に立つ者とそうでない者を真に分かつのは、能力の有無なのだ」
「力が血によって子孫に伝わる傾向が強いこともまた事実ではありますが」
「そうだな……となると、貴族による支配もあながち間違っては居ないのか。奴らも祖先が優秀だったからこそ、現在の地位をその血に与えられたわけだからな」
ふむ、とクリスティーナは頷いた。
「それにしても貴様は相変わらず動じぬな。普通の男ならこんな光景を見たら我慢できぬだろうに」
目の前で繰り広げられる痴態に、エイナルの股間は反応した様子は無かった。
「クリスティーナ様もご存知でしょう。士官学校では敵の諜報活動に屈せぬよう、こういったことに対する教育をきっちり受けさせられるのですよ」
「それにしたって貴様は平然とし過ぎる。もう少し楽しんでくれた方が、私としては嬉しいのだがな」
呟いて、クリスティーナはラベリ親子に目を向けた。
「ふふ……そろそろか」
しばらく話し込んでいる間に、ラベリとアネッテの交わりはさらに激しくなっていた。
形の良い胸を揺らし、あられもない嬌声をあげ続け、背筋を反らして何度も絶頂を迎えるアネッテ。
それを雄の荒腰で責め続けるラベリ。
彼はまだ射精していないが、そろそろ限界であろうことは見て取れた。
「あひぃいっ! またイク! イってしまいますぅう!! ま、また! もう駄目! いい!! おまんこまたイっちゃう!! っっ!!」
つま先まで脚をぴんと伸ばして、アネッテは絶頂する。
ぐねぐねと蠢き、急激に締め付けを増す膣内に、ラベリは顔をしかめた。
「く……!」
こみ上げる射精感に、慌てて腰を引き抜こうとする。
が、クリスティーナはそれを許さなかった。
彼女はラベリの腰を足で思い切り踏みつけたのだ。
ラベリは腰を引き抜くどころか、さらに深くアネッテの体内に肉棒を埋めることになってしまった。
「んひっ!」
突然の強い突き上げに、アネッテがまた締め付けを強くする。
ついにラベリは限界に達し、そのまま娘の胎内に精液を注いでしまった。
「おお……おおお!」
「ああぁああ……」
身を震わせて、お互いきつく抱き合いながら快楽の深淵へと堕ちゆく父と娘。
クリスティーナは満足気に笑って言った。
「アネッテ、尻の穴でするまぐわいもいいものだと聞くぞ」
「んあ……は、はい……」
射精を終えてぐったりとした父親から身を離すと、アネッテは今度は四つん這いになった。
そして美しい尻を突き出し、右手の人差し指と中指を自らの肛門にねじ込み、肛門を割り開いた。
ぽっかりと黒く開いた穴から腸内を晒しながら、アネッテはうっとりと酔った目で言った。
「お父様……お尻にも、ください」
ラベリのペニスがあっというまに硬さを取り戻す。
彼は低く唸り声をあげ、獣のように娘に襲い掛かった。
完全に色地獄にはまり込んだ二人を見て、クリスティーナは深く息をついた。
「ふふ……なかなかのものだったな。満足した。魔力も十分に溜まったぞ」
「……この二人はいかがいたしますか?」
「そうだな、二人一緒に地下牢に放り込んでおいてやれ。心置きなく交わることができるだろうよ」
言って、クリスティーナは羽織ったマントを翻した。
「行くぞエイナル。ベルイマンの糞どもを血祭りにあげてやる」
「はい」
全てを忘れて交わり続ける親子を捨て置き、王女と騎士は部屋を出た。
一週間後、クリスティーナとエイナルは、首都から西に行ったところにある大河のほとりにいた。
ソレンスタム西部と中原を分かつ、青竜の川。
雪解け水のために増水し、流れも速く、渡れるところはいくつかある橋のみ。
国内に侵入したベルイマン王国軍を迎え撃つには格好の、そして最後の要害と言えた。
金剛の月十八日午後――
ソレンスタム共和国軍は、渡河すべくやってきたベルイマン王国の大軍と交戦を開始。
突撃してくる敵兵の第一陣を、最前線で待ち構えたクリスティーナの黒い炎が焼き尽くした。
幽閉され狂死したと伝えられていた彼女の復活を、兵達は熱烈な歓迎を以って迎え、沈んでいた魂を奮い立たせて、かつてない武勇を見せた。
かくしてソレンスタム共和国軍は開戦以来初めてベルイマン王国軍を打ち破り、逆襲を開始することとなる。
暗黒神の娘、クリスティーナ・マデリーネ・ソレンスタムの進軍の始まりであった。
以上です
続くにしても不定期です
鬼畜ブラックたいへんえがった
たまらぬ父娘相姦であった。
・・・んだけど、クリスティーナにいたぶられつつ足コキで達してしまうエイナルあるいは
エイナルの前でだけは少しだけ弱みを見せるクリスティーナとか
そういうのを期待しつつチャックを下ろした俺の一物が男泣きに泣いて困るんだぜ・・・。
暗黒姫GJ!
久々に黒く強い姫を見れて楽しかった!
こういう姫大好き
エロなし。他サイト掲載。過去に別スレで投下してるのをリメイク。というかメイド萌えかもしれない。姫いぢめ(かもしれない)。
の条件のSSって投下していいですか?
>>64 エロありならともかく、エロなしでその条件はまずいと思う。
連載で最初の1、2回がエロなしになるとかならまだしも、本当にエロなしなのは。
前回読んで下さった方、ありがとうございます
レスとても嬉しかったです。
続きを投下させて頂きます。以下内容。
中世ファンタジー的舞台背景での、放浪の若者と世間知らずなお姫様のお話です。
内容はソフト甘々。キスから始まるまったり展開です。
少々長めなのと、微グロな表現を含んでおりますので、ご注意を。
サズの耳に、衣擦れの音が妙に大きく響いて聞こえてくる。
無論、直に少女の姿を目に入れながら服を脱がせるのは、彼の興奮を十分に促すものだ。
だが、いまはフィニアの眩しいばかりの裸身は目の前にはない。
彼女自身が身に纏った衣服を手にかける、そのかすかな気配が伝わってくるのみだ。
それが逆に、サズの妄想を否が応でも掻き立てた。
床板が小さく軋みを立てる。
「おやすみなさいです――サズさん」
「――」
微妙に余所余所しくなってしまった呼びかけに、彼は狸寝入りで答えていた。
「どうされたのですか、そんなに傷だらけになられて」
「……別にこれくらい、なんでもねえよ」
放っておいてくれ、という言葉だけはなんとか飲み込んで、サズは不機嫌そうに椅子に腰掛けた。
「でも、血が出ています」
――出かけてくる。
それだけを言い残して、宿の一室から姿を消していた彼を、フィニアは落ち着かない気持ちのまま
数時間もの間、じっと待ち続けていたのだ。
これまでのサズならば必ず、どこに行き、どれくらいの時間で戻るという彼女への説明があり、
その時間を越えて戻ってこない、ということもなかったので、フィニアも落ち着いて彼の帰りを
待つことができていた。
だが、今回はそういった流れもなく、急にサズが部屋から出て行ったのだ。
「こんなもん、唾でもつけときゃそのうち治る」
「駄目です。見せて下さい」
自然と言葉が強くなるが、フィニア自身はそれに気付く余裕もない。
手荷物の中からガーゼと塗り薬をなんとか見つけ出すと、サズの下へと駆け寄ってきた。
「――なら、頼む」
湧き上がってきた身勝手な苛立ちを押し殺し、サズが深く息を吐く。
「はい。少しの間、じっとされていて下さいね」
フィニアが、慣れぬ手つきでサズの上着の袖に手を伸ばす。
実際には少しではなく、かなりの間であったのだが、サズは身動ぎもせずに介抱を受け続けていた。
「悪かったな」
「え?」
少女が首を傾げる。
「勝手に出て行って、悪かった」
「あ……はい。大丈夫ですよ、お気になさらないでも」
手にしていた本を閉じ、フィニアはサズに微笑んで見せた。
彼女がサズの言葉の意図にすぐに気付けなかったのも、無理はない。
あれから三十分も過ぎてから、サズはやっと口を開いたのだ。
「それと、傷の手当て……助かった」
ぐるぐる巻きにされた左腕を肩の辺りまで上げて、ぷいと横を向く。
「いえ、逆にお時間を取らせてしまって」
「この方が早く治るのは確かだ。迷惑なんかじゃない」
恥ずかしそうに俯くフィニアに、やはり横を向いたままでサズがフォローの言葉を口にした。
そして、トントンと指で何度かテーブルの上を叩く。
「……明日は、良ければ市場にでもいってみるか」
「本当ですか!?」
「お前も日がな一日、本を読んでばかりじゃ、気も滅入るだろ」
ぱあっ、と花が咲いたように表情を明るくさせる少女に、サズがぶっきらぼうに答えた。
「いえ、本は好きなので平気ですが……やっぱり、嬉しいです」
ザギブの手の者に追われる身である以上、無用心に姿を人に見せるわけにはいかぬフィニアの為に
サズは彼女の要望に沿って、いくつかの本を買い与えていた。
しかし、それももう全て読み終え、彼女が同じものを何度も読み返していることを彼は知っていた。
「でも、本当にいいのでしょうか?」
「なにかあれば、俺が守る。その為の護衛だ」
確認の言葉にも喜びの色を隠せないフィニアの嬉しがりように、サズもやっとそちらを振り向いた。
「それとな」
サズが視線をふらふらとさせながら、言葉を続ける。
「なんでしょうか」
「明日は、お前の好きなものを買ってもいいぞ。本じゃなくて、服とかでもいい」
「え、ええっ? それは、いくらなんでも甘えすぎです。サズさんに悪いです」
サズのあまりの急変振りに、流石にフィニアが驚きの声を上げた。
だが、サズがそれに首を振って制す。
「金のことはそこまで心配しなくてもいい。それくらいの余裕はあるからな」
最悪、路銀が尽きるようであれば、シェリンカの奴にせびってやる。
そんな他力本願なことを考えながら、サズは財布の中身を確認していた。
サズにとっての人生初の愛の告白は、突然の口付けに驚いた少女の突き押しで不発に終わっていた。
言葉で以てはっきりとした拒絶を露にされたわけではないが、それ以来サズはフィニアに対して
どう接していいのかわからずに、突き放した態度を取り続けてしまっていたのだ。
そうする内にフィニアからは、いつの間にか「さん」付けで名前を呼ばれるようになってしまい、
二人の間には、なんとも言えない気まずい空気が流れ始めていた。
(思い切って口に出して、正解だったな)
目深に被ったフードの奥で、サズは安堵の溜息を漏らしていた。
「あ、サズさん。確かあちらにおじ様とおば様の店がありましたよね。行ってみても良いですか?」
彼の目の前を歩くフィニアが、金色の髪を風にふんわりとなびかせて振り返ってきた。
「ああ。俺もあの親父には、一応礼を言っておきたかったしな」
未だ、さん付けは続いていたが、あの気まずさは嘘のように消え去っている。
ごみごみとした大通りは苦手であったが、フィニアの明るい笑顔を眺めていると、それも大した
ことでないように思えてきて、サズは陽射しの下で柄にもなく鼻唄など口ずさんでいた。
「よお、サズ公! へたな鼻唄なんて歌いやがって、なにかイイコトでもあったか?」
煉瓦敷きの大通りを歩くサズの背中に、威勢の良い男の声が叩き付けられる。
「……でたな、アル中親父」
周囲の露店全てに届きかねないその大声に、サズが顔を顰めて振り向いた。
「おじ様!」
「おうおう、ニアちゃん、元気してたか? このむっつり野郎に変なことされてないか?」
「しねえよ。なに勝手なこと言ってやがる。あんた店主だろ。仕事しろよ、仕事を」
フィニアが二人の下へ駆け寄ってきて、店の前に輪を作る。
サズに店主と言われた赤ら顔の大男が、破顔一笑してそれを出迎えた。
「本当かねぇ。ニアちゃん、かわいいからな。サズ公には勿体ないくらいだ」
「そんな。サズさんは立派な御方です」
疑わしげな態度を見せる店主の軽口に、フィニアが真剣になって答えを返す。
「……サズさん、だぁ?」
「なんだよ。文句でもあんのか」
矛先を変えられて、サズがむすっとした表情でそっぽを向く。
そこに店主の男が、サズの耳にひそひそと口を寄せてきた。
「大有りだ、このむっつり。一体なにしたら、呼び捨てだったのが『さん』付けになるんだよっ」
「ばっ……なんもしてねーよっ!」
「きゃっ!?」
突如大声を上げたサズに、フィニアが驚いて目を見開く。
「阿呆、ニアちゃんがびっくりしてるじゃねぇか」
「おっさんが余計なことばかり言うからだ。驚かせて悪かったな、ニア」
サズがフィニアにいささか単純すぎる偽名で呼びかけ、詫びを入れた。
そしてそこで、はたと今日の目的を思い出し、店の中へと目を向ける。
「ニア、お前買い物はここでもよかったか?」
「あ、はい。宜しければここでさせて頂こうかと」
買い物をさせてやるのなら、店も自由に決めさせてやろう。そういう感覚はサズにはない。
些か心配りに欠けるサズのその提案にも、フィニアは遠慮がちに微笑んで応じていた。
「相変わらず、品揃えだけは凄いな」
百貨店の様相を呈する広々とした店の中を、サズはのんびりとした足取りで歩き回っていた。
夢中になって購入物の検討をするフィニアに対し、特にこれといって目的を持たずに店の中へ
足を踏み入れた彼は、物の十分もしない内に暇を持て余し始めることになっていたのだ。
「さっちゃん! そのフード姿はさっちゃんじゃないかい!」
「うっ――」
再び威勢の良い、しかし今度は女性の声で呼び止められ、サズがその場に硬直する。
「ニアちゃんの姿が見えたから、どこかにいるとは思ったけどまあ、元気してたかい、さっちゃん!」
「……お願いですので、その呼び方は勘弁して下さい。ソシアラさん」
「さっちゃんはさっちゃんだろう。なにを言ってるのかね、この子は」
サズの下へと、淡い栗色をした癖っ毛の美女が歩み寄ってくる。
眩暈にも似た感覚に頭を抑えそうになりながらも、サズはぎこちなくお辞儀をしていた。
「ってことは、さっきうちのが大声出して仕事さぼっていたのは、あんたらが来てたからかい」
「そういうことになりますね」
この店の女将であるソシアラは、まだ数えるほどしかこの店を訪れていないサズとフィニアを
妙に気に入って覚えてくれているのである。
フィニアもソシアラには非常に懐いており、サズはサズでこの女将には頭が上がらずにいた。
「しかしあんたも生傷の絶えない子だね。またバラウズのとこのゴロツキ共とやり合ったのかい」
「……ああ、これですか」
サズが、なんとか指だけは動かせるように、こっそりと包帯を巻き直した左腕へと目を向けた。
「やり合うなんてものじゃありませんよ。別に」
「相手にならないってかい? よしよし、男の子はそれくらいじゃあなきゃね」
バラウズはこの辺り一帯で露店商を行う人々から、場所代と称して金品を巻き上げようとする
ごろつきを取りまとめている男で、サズはその手下と既に幾度か諍いを起こしたりもしていた。
その現場をソシアラは一度目にしているのである。
「次からは、もう少し穏便に済ませるようにしますよ」
「ほぉーっ。殊勝なことだねぇ。まぁ、気を付けるんだよ。ああいう連中は、性質が悪いからね」
手にしたはたきで肩周りを叩きながら、ソシアラは半眼になって忠告の言葉を口にした。
「ご助言、感謝します。では」
「はいはい。また来てね、さっちゃん」
そそくさとその場を去っていくサズを、ソシアラは歌でも口ずさみそうな調子で見送ってくれた。
(ここの連中は、どうにも調子が狂うぜ)
これまで、可能な限り人との接触を避け続けてきたサズからしてみれば、客として店を訪れるのに
必要な要件以外の話をするということ自体が、不慣れな行為なのだ。
ただ、慣れないので疲れることは疲れるが意外と不快なことではないことに驚いてもいた。
(あいつのせいだな、こりゃ)
それがフィニアの影響によるものだろうとは、サズ自身も気が付いてはいた。
彼女自身が人懐っこい性格なのと、生真面目で害意というものに欠ける点がある為、良くも悪くも
それが人を惹きつけることになっているのだ。
自分なら、そんな危なっかしい真似は絶対にしないが、彼女にとってはそれが当然のことなのだ。
――できない、の間違いだと思いたくないのは単なる嫉妬なのか。
虚ろになってそんなことを考えていたサズの耳に、少女の声が届いてきた。
「随分、買い込んだな」
「はい。調子に乗ってしまって、申し訳ありません」
「それはいいけどよ」
露店での買い物を済ませた二人であったが、どういうわけか、荷物を持つというサズの申し出を
フィニアは断り続けていたのだ。
「先に扉開けるからな。足元の段差、注意しろよ」
「はい」
重さ自体はそうでもないようだが、量が嵩張っているらしく、彼女は抱えた袋で視界の半分近くを
遮られた状態で宿まで戻ってくることになり、それをサズは隣ではらはらしながら見守り続けた為、
最終的には荷物を運び続けたフィニアよりも、気疲れの点では彼の方が疲労は上回っていた。
だが、これでフィニアの気晴らしが出来たと思えば安いものだと、サズは思っていた。
サズに責任があるわけでないにしろ、やはりベルガの王女として育った彼女には、この逃亡生活は
決して過ごし易い毎日とは言い難いだろう。
成らばせめて、気に入った服を身に付けさせるくらいはしてやりたい。
そんな風に彼は思っていたのだ。
「ふぅ、戻った戻った」
「はい。サズさん、本日は私のわがままを聞いて下さり、本当に感謝しております」
「別に、フィニアから言い出したわけでもないだろ。むしろ、俺のわがままだ。」
部屋の中に荷物を下ろし、礼の言葉を述べてきた少女に、サズは頬の辺りを指でぽりぽりと掻きな
がらそんなことを言った。
フィニアへの心配りからでた台詞であると同時に、それは彼の本心でもあった。
つまり、それなりの衣装であっても、着飾った少女の姿を見てみたいとも思い始めていたのだ。
それを面と向かって口にするのはどことなく気恥ずかしかったので、あまり考えないように努めて
いたのだが、こうして買い物を済ませてみると自分がそれを如何に期待していたのかが実感できた。
「では、私は宿の方にお仕事場所をお借りして参ります」
「ああ、そうか。そうだな、気をつけて行ってこいよ」
「はい」
にこにこと微笑むフィニアが、まるでステップでも踏み出しそうな様子で買い物袋の一つを手に、
部屋から出て行く。
(流石に、着替えについて行くのもな)
護衛の身とはいえ、折角のお披露目前に野暮が過ぎるだろう。
絶対的な経験不足の女性へのマナーを総動員させ、そんなことを思いつつも、サズは一応の警戒の
為に周囲に気を張り巡らせ、彼女の帰りを待った。
「……遅いな」
あれから、三十分以上もの時間が過ぎている。
特に宿の中に変わった気配も感じなかったが、着替えの時間としてはやや長すぎるその待ち時間に、
サズは一抹の不安を覚えて、椅子から腰を上げていた。
その直後、何者かの気配と床板の微かに軋む音を、サズの肌と鼓膜が捉えた。
気配を押し殺して、それは確かにこちら側へと一歩ずつ距離を詰めてきている。
追手か。だが、それにしてはお粗末な動きだ――
そう考えつつも、サズの身体は即座に行動に移っていた。
彼が守るべきフィニアがこの場所に居ない以上、相手の出方を待っていても仕方がない。
むしろ状況は悪くなるだけだ。
腰に佩いていたままにしていた剣の柄の握りを確かめ、彼は素早く部屋の戸を開け放った。
「きゃあっ!?」
勢い良く開け放たれた扉と、そこから矢の如く飛び出してきたサズの姿に、気配の主が声を上げる。
「――フィニア?」
「は、はい。……お待たせ致しました」
「え、いや、お、遅かったな」
サズが、予想外の事態に間の抜けたことを口走る。
十歩ほど離れた位置で、廊下の上に立ち竦む姿は確かにフィニアその人のものだった。
「ご心配をおかけしたようですね。申し訳ありません」
サズの行動の意味を察したのか、フィニアがその場でぺこりとお辞儀をした。
「いや、俺が早とちりしただけだ。……とにかく、入れよ」
「はい」
決まりの悪さを感じつつも、サズがフィニアを部屋の中へと招き入れる。
フィニアもそれに従って、とててっと音を立ててと前に歩み寄ってきた。
「そういえばお前。着替えに行っていたんじゃなかったのか」
そこでようやく、サズは少女の服装が先ほどまでと変わっていないことに気が付く。
「いえ、これを用意していましたので」
その変わり、というわけではないのだろうが、フィニアは手に白いナプキンのかけられたお盆を
乗せてきていた。
「ん……ああ、そういえば昼飯がまだだったな」
サズが鼻をすんと鳴らし、それで得心がいったとばかりに首を縦に振る。
宿で食事を摂る際には、事前に連絡を入れておいて給仕の者に部屋に運ばせるか、食堂に出向き
直接注文をして食べるのが、一般的な食事の方法であった。
それ以外にも、軽めの物を頼む際には直接厨房に出向いて手隙の者に一仕事お願いする、という
やり方もある。
なのでサズは、フィニアがその後者の形をとって昼食を運んできたと思ったのだ。
「美味そうな匂いだな」
「そ、そうでしょうか?」
「ん? しないか? 腹が減ってくる匂いだけどな」
そわそわと落ち着きない少女の様子に首を傾げながら、サズが部屋の扉を後ろ手に閉める。
「それじゃ、早速頂くとするか」
「お口に合えば、なのですが」
サズがお盆の置かれたテーブルの席につく。
フィニアがその横に立ち、緊張の面持ちでナプキンに手を添えた。
焼けたパン生地の香ばしい匂い。
淹れたての紅茶の芳しい香気。
「え」
それに続いて現われたその物体に、サズが驚きの声を漏らす。
彼の目に入ってきたのは、ティーポットが一つにティーカップが二つ。
そして大皿一杯に並べられた、大量のサンドウィッチだった。
恐らく、材料として食パン2斤以上は使っている。それくらいに大量のだ。
「これ……もしかしてフィニアが作ってくれたのか」
暫くの間、そのサンドウィッチを眺めたサズが、感心したような口振りでフィニアに顔を向けた。
「……やっぱり、わかります?」
サズの問いかけに、フィニアが両手をスカートの前でもじもじとさせ、自信なさげな声で答える。
「あ、いや。うん、美味そうだな。頂いてみる」
「無理……されないで下さいね」
これだけの量を前に無理をするなというのにも無理があるのだが、サズは特に躊躇いも見せずに
そのサンドウィッチへと手を伸ばした。
口元に運ぶと、鼻が勝手にひくつく。やはり匂いは相当に良い。
パンの厚さが不揃いで、ところどころ生地が切れていたり、ゆでた卵やレタスといった具の中身が
盛大にはみ出していたりする点は中々に個性的であったが、それ以外は問題なく見受けられた。
口に含み、かじる。
そして黙々と租借を繰り返す。
「……」
サズのその一連の動きに、フィニアが真剣な眼差しを注ぐ。
さっと、サズの腕が伸びた。そして今度は一気に二切れ、サンドウィッチを手に掴む。
そして瞬く間にそれを平らげると、ティーカップを手に取り、中身の液体をぐいと飲み干した。
「わ……」
少女の顔に、驚きと喜びの表情が同時に浮かぶ。
「美味かった。ごっそうさんだ」
「すごい、完食してしまわれましたね」
小さめのサンドウィッチを手にしたフィニアが、空になったお盆の上を、目をぱちくりとさせて
眺めていた。
「流石に、一人では無理だったろうけどな」
「すみません、張り切りすぎてしまったようで……」
「いや、謝るなよ。礼を言うのはこっちの方なんだからな。ありがとよ」
サズがティーポットを傾けて、ようやく一息つく。
「えへへ……」
「それにしても、いつの間に料理なんてできるようになったんだ? お前この手のことは、確か
からっきしだったろ」
「本で見て覚えてみたんです。それと、宿の調理場の方にお話を聞いてみたり、包丁の使い方を
見せてもらったり」
嬉しさのせいか、フィニアの口調もいつもより砕けたものになっている。
「なるほど――ん?」
彼女の言葉に仕切りに頷いて見せていたサズが、はたと動きを止め、首を傾げた。
「なあ、このサンドウィッチの材料。宿から買ったのか? お前、金持ってなかっただろう?」
彼女の感覚からしてツケでした、等ということは有り得ないだろう思いつつも、サズは頭の中に
浮かび上がってきたその疑問を口にしていた。
「いえ、それは……その」
フィニアが俯き加減になって口ごもる。
「あ」
サズが短く声を上げる。
そして彼女の手元と、その周囲を確認して彼は再び口を開いた。
「材料だったのか。さっきの袋の中身は」
「はい……実は」
悪戯のばれてしまった子供のような表情で、フィニアが小さく頷く。
サズは呆気に取られて口を開きっぱなしだ。
彼にしてみれば、フィニアを喜ばせるつもりで買い物に連れて行ったのに、蓋を開けてみれば
逆に自分の方が世話になるような形になってしまったのである。
「――好きな物、買えって言っただろ」
やっとのことでそれだけを口にすると、サズは深々と溜息を吐いていた。
「好きな物を買わせて頂きましたよ」
あっけらかんとした口振りでフィニアが答えた。
サズが横を向く。
「サズさん、顔が赤いです……」
「うっせえ、これはちょっと紅茶に酔ってだな」
「? 紅茶では、酔えないと思いますが……」
「こ、細かいことを――って、フィニア。お前、その指んとこ見せてみろ」
サズが、椅子から身を乗り出した。
フィニアが視線の注がれた左の掌を、咄嗟にテーブルの下に潜り込ませようとする。
その手首を、サズの右腕が素早く制した。
「見せてみろって」
「な、なんでもありませんっ」
「嘘つけ。切ったとこの血ぃ拭いて、そのままにしてたんだろ」
肘と手首の両方に軽く手を添えて、サズは少女の指先をテーブルの上へと持ち上げさせた。
「うぅ……」
「――やっぱりな。傷だらけじゃねえか。そっちも見せてみろ」
一頻り左手を診て、今度は右手も確認する。
左の人差し指に二つ、親指に一つ。
逆の手で包丁を持ってみたのか、右にも同じような傷が二つ。
「も、もう平気ですので」
「平気なわけあるか、馬鹿。消毒するから、待ってろ」
今度はフィニアの方が頬を赤くして声を上げるが、サズはそれに構わず寝台の横に置いていた
手荷物の中から、塗り薬を探し始めた。
「あ、サズさん、それは……」
「――空かよ」
少女の呼びかけと同時に塗り薬の蓋を開けたサズの頭が、がくりと垂れ下がった。
昨日のサズの傷の手当てで、フィニアが大量に薬を塗りたくった結果、塗り薬の中身は尽きて
しまっていたのだ。
「はあ、仕方がねえなぁ」
「申し訳ありません……」
しゅんとなって肩を落として落胆の色を見せる少女を前に、サズは腕組みをして思案に耽った。
「フィニア」
少女の肩がぴくんと跳ね、俯いていた顔が上を向く。
「怒ってねえよ。怒るわけがあるか」
なるべく優しい声を出すことを意識して、サズはフィニアの傍らへと近づいていった。
「指だせ。左手から」
「え、でもお薬の方がもう……」
不安げな様子になりながらも、フィニアがその声に従って左腕を差し出してくる。
「いいから。そら、こうすんだよ」
「あっ――え、ぇえっ!?」
手首を掴まれ、指先がサズの胸元に引き寄せられたかと思った、その次の瞬間。
「あ、さ、サズっ、き、汚いですよっ」
「んなわけが、あるか」
フィニアの白く細い指先に刻まれた赤い筋が、サズの唇に音もなく飲まれ、消えて行く。
「唾つけときゃあ治るって、言ったろ」
「で、でも」
「じっとしとけって。化膿でもしたら、ことだ」
サズが口を開くたびに、ぴちゃり、ぴちゃりと舌が指先から離れる音が漏れる。
「あうぅ、さ、サズ、恥ずかしいですよ」
その言葉に、サズの動きが止った。
はぁ、と息を吐いてフィニアの瞳が静かに伏せられる。
サズは彼女のその様子をじっと見守るようにして動きを止めていた。
「サズ……?」
フィニアの瞳がゆっくりと見開かれる。
「ちゃんと、呼び捨てにしてくれたな」
呼び捨ての一体どこが「ちゃんと」なのかはわからないが、サズは満足気な笑みを顔に浮かべて
フィニアの指先をきゅっと握り締めた。
「そっちも、出せよ」
「……はい」
「いい子だ」
暫しの逡巡を見せた後に差し出された彼女の右の指先を、サズが舌と唇で以て直に受け止める。
「あっ」
驚きに手を引きかけたフィニアの人差し指を逃がすまいと、舌先がそれを力強く吸い上げた。
肩が抱かれる。
人差し指から親指、そして手の腹の浅いすじに掛けて、丹念に唾液を塗しそれを吸い取り、舐め
上げていってから、サズは唇を離した。
「フィニア」
ゆっくりとではあるが肩を大きく上下させ、ぬらぬらとした光を放つ自らの指先を見つめていた
少女の名前を呼ぶ。
フィニアが、ぼうっとした表情になってサズの顔を見つめた。
知らず、サズの鼓動が早くなる。
――俺のことが嫌いか。
喉元まで出掛かったその言葉を吐き出せずに、サズは呻くように息を吸い込んでいた。
「サズ」
わずかに瞳の焦点を取り戻したフィニアが、肩に掛けられたサズの腕に手を重ねた。
「もう一度、あれを……して下さらないでしょうか」
「……あれ?」
まともに思考が働かなくなった頭が、サズにその言葉の指し示すところを巧く伝えてくれない。
自分はこんなにも愚図だったのかと呆れてしまうが、そうして己を責めたところで、答えは一向に
湧いて出て来る気配もなかった。
「え、と……その、せ、せ……」
(せっくす?)
フィニアが再び頬を赤らめて説明をしかけたところに、サズがそんな言葉を連想する。
「せ、接吻、です……うぅ」
「――キスかぁ」
身勝手な期待が外れたことに激しい脱力感を覚え、サズが残念そうにつぶやいた。
「え?」
「い、いや、こっちの話だ。うん、しよう。するぞ」
「あ、あのっ、そのことで、お願いがあるのですが」
途端、性急な動きになってサズが少女へと詰め寄る。
そこにフィニアが慌てた様子で声をかけてきた。
「お願い?」
「はい。出来れば、なのですが……その、先日のは少し怖くて拒否してしまったので」
フィニアがもじもじと身を震わせながら、後を続ける。
「やさしく、して下さらないでしょうか?」
フィニアにしてみればその一言は、大変な勇気と覚悟を必要とするものだった。
あの晩、崩れ落ちるようにして彼の体へと身を預け、その結果彼女はサズに唇を奪われた。
そして彼女は知ったのである。
自分ぐらいの年頃の女性が、サズのような大人の男性と身体を重ねるということの、大凡の意味を。
そうとも知らず彼女は、毎夜毎晩、彼に着替えの手伝いをさせ裸身を晒し続けていたのだ。
正しく顔から火が出るとはこのことで、その出来事以降、フィニアはサズに対して意識的に距離を
保つようになってしまっていた。
突然の「さん」付け等がその最たる例だったが、それはサズを不機嫌にさせるだけのものであった。
つらかった。
憧れを感じていた人を拒絶してしまい、傷つけたことがつらかった。
悲しかった。
好意を示したくれた相手に、まともに言葉を返せぬことが悲しかった。
自分が臆病なのだと気付いたのは、サズに出会ってからだ。
それまでは、彼女に傅き敬う近習の者たちからしか他人というものを学べなかった彼女にとって
旅人として生き、冒険者として戦うサズの姿は、その全てが破天荒で、眩しく見えた。
外の世界もそうだ。
喧騒と危険に満ち溢れてはいるが、静寂と安全だけで築き上げられた幽閉の塔とは較べるべくも
ない、力強い活力に溢れている。
それに惹かれて、ふらふらと歩き出せば、そこには道がないのだ。
それが、フィニアには怖い。怖くて耳を塞ぎ、うずくまってしまいたくなる。
だから、せめて手を差し伸べられたときにはそれに縋りたかった。
臆病で卑怯な手段とは思いつつも、それでも彼女は光に憧れ、そうなりたかった。
ちゅく、と水と水のふれあう微かな音が耳朶を打つ。
押し退けあうように重なる唇の感触は、想像していたよりも遥かに熱く、やわらかい。
自分に合わせてくれている、とフィニアは思った。
だが、それでもその行為とそれのもたらす熱さは彼女には十分に過ぎるほど刺激的なものなのだ。
「フィニア」
わずかに、ほんのわずかにだけそこに隙間を作り、サズが唇を震わせた。
「んぅ……」
「あんた、可愛いな」
「あっ、ぅんっ、ん――」
背筋に走るぞわぞわとしたなにかを感じて身を反らした少女に、サズが再び熱を与える。
溶ける。
溶けて、解けて、融ける――とけおちる。
やさしさの温かさだけで、形を失い崩れてしまえる彼女の裡に、やはりまだ男の持つ火の如き
熱さは強きに過ぎる。
「可愛くて、綺麗で、柔らかくて」
少女の陶然とし始めた青い瞳に、サズが囁き続ける。
なんの意図も持たない、思いつきの言葉を口にすることが、不思議なまでに気持ち良い。
――このまま、無理に矢理にでも欲望を遂げてしまえ。
当然だ。彼にとっては至極当然の声が頭の中に響く。
だが、響くだけだ。
口に出来なかった先刻の言葉に比べれば、そんなものは何の感慨も何の苦悩も持たない。
いまの彼には、この児戯のような接吻こそが彼女を壊さずに済む、唯一の交わり方であった。
怖いのだ。
己が道だけを走り続けてきた彼には、他人の歩く道が見えぬ故、怖いのだ。
欲しいのだ。
自分が投げ捨ててきた重荷を、平気な顔でしょって歩けるその強さが欲しいのだ。
でも、舌くらいは入れてみたかった。
「――ぷぁ!」
「ん……結構長くもったな」
最後の方は、頬を膨らませて息を止めていたフィニアに、サズが感心した様子で声をかけた。
「はぁ……接吻とは、とても疲れるものなのですね」
「キスでいい。キスで」
ほんの数分の行為だけで、フィニアはへとへとに疲れ果てていた。
額には薄く汗が滲み、やわらかな金色の髪がぺっとりと張り付いている。
それに対して、サズは外見上では別段どうという変化も見られない。
やや満腹が過ぎていたので、キスの最中におくびが出る等ということがないよう、気を使う程度で
行為自体は彼にとって難しいことでもなんでもなかった。
「嫌われているのかと思っていたんだけどな」
「それはないですよ」
「――そうか」
やや自虐的になって口にしたその言葉に即答で返されて、サズは少女の肩を力強く抱き寄せた。
良いな、と思った。
汗に濡れた香りが良い。こうしてふれていると、肌のやわらかさも増してゆくように思える。
「ありがとうな」
「はい」
屈託のない笑顔と、歯切れの良い返事は少しばかりくすぐったいが、見ていて飽きが来ない。
(完全に惚れちまったな)
自嘲のつもりで浮かべた笑みは、何故だか巧く形作れなかった。
サズが厨房の扉を閉じて廊下へと戻って行く。
あの後、食事の後片付けを買って出て、それをたったいま済ませてきたところだった。
時刻は昼をとうに回っており、外を歩く人々の数も随分と増えている。
「早い内に回っておいて正解だったな」
廊下の窓からその様子を眺めて、サズはフィニアの待つ部屋に向けて歩き出す。
遠くから、何かの砕ける小さな音が響いてきた。
――悪寒が彼の首筋を撫で回す。
駆け出すが、腰に剣は佩いてない。部屋の中だ。
加速を増す為、床板を強く蹴りつけたところに、右から横凪の一撃が来た。
サズはそれを避けない。
避けずに、繰り出された一撃の支点へと目掛けて踏み込み、姿勢を低くして掌底を見舞った。
ぎん、と金属製の得物が漆喰塗りの壁に叩きつけられて、床に転がる。
「おごぅ!?」
続いて放たれた体当たり気味の肘打ちを腹部にまともに受け、白装束の男がその場に崩れ落ちた。
白昼からの襲撃者。しかも自分は身に覚えのない相手。
導き出された答えは一つであった。
「――フィニア!」
外開きの扉に舌打ちを飛ばして、サズが室内へと飛び込む。
見回すが、そこに少女の姿はない。
代わりにあるのは、床一面に細かく砕け散ったガラスの破片だった。
「くそっ」
壁に立てかけたままの剣を握り、サズが廊下へと引き返す。
最悪だ。歯噛みを堪えずに彼は昏倒していた白装束の男の下へと走る。
拳を二度頬に打ち付けると、男が意識を取り戻した。
「吐け。命と引き換えだ」
「――ヒヒッ」
敵意に満ちたサズの貌を見て取り、男が下卑た笑い声を漏らす。
「あぎっ!?」
「どこだ。彼女をどこに連れて行った」
サズは躊躇いも見せずに、男の右の眼窩に、左手の親指を深々と突き入れていた。
「ぎゃがが、ガガ――ゲヒッ!」
男が狂気の声と表情でサズの質問を拒絶する。
徹底的な対拷問用の訓練による耐性。若しくは薬物の投与による昂精神状態。サズはそう判断した。
「そうか――俺はな、サンドウィッチは作れなくてもな」
男の表情が訝しげに歪む。
サズの表情は動かない。腕に巻かれた包帯だけがちりちりと揺れ始めていた。
「ヒ、ヒッ? ギ、アア゙ア゙ア゙ア゙ア゙アアァッ!?」
「――目玉焼きなら、得意なんだよ」
腕を包んでいた包帯が、斑点状に黒く焦げた布切れと化してゆく。
サズがゆっくりとその掌を離す。
男の顔に浮かんでいた狂気は、恐怖という名の焼印を前に見る間に爛れ落ちていた。
「まだ一つ、あるな」
抑揚の無いそのつぶやきに、男が震える口で同胞の居場所を口にする。
サズが立ち上がり、剣を鞘走らせて駆け出した。
視界が、がくがくと揺れている。
判然としない意識の中に、男の声が入り混じって来た。
(……誰?)
薄暗く、固い板の上に自分の体が投げ出されている。そう感じた。
「おい、女が起きたぞ」
何者かの気配が動いた。向かってくる。揺れは一向に収まっていない。
体がぐらりと傾ぎ、彼女の視界が急転する。
「大人しくしていろよ。すぐに降ろしてやるからよ」
声と姿がそこに飛び込んできた。
(サズじゃないっ!)
フィニアの意識が覚醒し、恐怖がそれに続いてきた。
「いやっ……!」
「こら、暴れるな――チッ」
白装束の男が腕を振り回し、少女の頬を叩く。
「あぅっ!」
起しかけていた上体がそれで再び横倒しになる。
「おい、手荒な真似はよせよ。首が飛んでも知らんぞ」
横合いからきた別の男の声に、白装束の男が首を竦めた。
「へっ。こんな小娘目当てに、こんないけ好かない場所にまで出張らされたとはよ」
(怖い)
少女が床の上を後ずさりしてその場から逃げようとする。
だが、すぐ背中に固い戸板の衝撃が伝わってきた。
揺れは収まらない。男達の粗野な声も。
(サズ!)
声を出すことも叶わず、フィニアは心の中でその名を叫び続けた。
肩、胸、腕、足。彼の体の至る部分に衝撃が走る。
「気をつけろぃ!」
浴びせ掛けられる怒号と飛散する売り物には目もくれず、サズは通りを走り続けていた。
「おっさん!」
「……サズ公、なに血相変えてやってきやがるんだ」
露店に並べられた果物のケースを盛大に蹴散らして姿を現したサズに、店主の男が声を上げる。
「事情は後で話す、馬を貸してくれっ!」
「おいおい、なにを急に」
「頼むっ!」
サズが地べたに手を広げ、頭を擦り付けて声を張り上げる。
白装束の男から、フィニアを連れ去って行く場所を聞いてはいたが、そこは宿からは随分と距離が
離れており、相手が馬を使えば走って追いつくのは到底不可能だと判断したのだ。
「ニアちゃんだね。さっちゃん」
土埃に塗れ、息を切らすサズの頭上に聞き覚えのある女性の声が降り注いできた。
「ソシアラさん」
「そこの脇の通りをお行き。私の名前で一頭出してくれるよ」
「――恩に着ますっ!」
その場から跳ね起きたサズが、二人に一礼をしてから脇道へと駆け出す。
「しくじったらゲンコだよ! さっちゃん!」
嘶きが、その声援に答えた。
嘶きが、一つ響く。
「そら、降りろっ」
「きゃっ」
フィニアが背中を乱暴に押されて、幌馬車の荷台の上から外へと降り立たされた。
周囲を見回すと、そこは馬車の中よりも更に薄暗い高い壁に囲われた建物の中であった。
馬車が外に運ばれて行く。
脇には、先ほどから馬車の中で彼女を見張っていた二人の男が立っている。
「まあ、そんなに怖がるな。俺達の役目はここでお前を偉いさんに引き渡すだけだからな」
商人風の姿をした男が怯え竦むフィニアに声をかけてきた。
(この人じゃ、ない)
ようやく思い出されてきた記憶を頼りに、フィニアは必死で湧き上がる恐怖と闘おうとしていた。
「しかし、護衛がいると聞いて張り切ってみればこれか。拍子抜けが過ぎるぜ」
白装束の男が、がはっと荒々しく息を吐いて壁を蹴りつける。
(こっちだ。窓から飛び込んできてのは、こっち)
彼らが古都ベルガの人間でないことだけは、言葉の訛りと態度から推測できた。
しかし、わかるのはそこまでで、後は彼女の知識と経験ではなにを察することもできない。
(サズ)
心の中でその名を呼ぶと、震えが幾らか治まる気がした。
彼は助けに来てくれる。でも、そのときにはきっと自分が足手まといになってしまう。
それだけは、避けたかった。
畦道から街路に抜け、サズは鐙に体重を掛け、鞭をしならせ続けていた。
ソシアラの名前で借りた馬の脚は、軍で用いる伝令の早馬と比べてもそう遜色のない見事な駆足で
走り続けてくれている。だが、それは明らかに無理のある走らせ方であった。
聞き出していたフィニアの運び先は、旧貿易港――老朽化と海流の変化で使用されなくなっている
廃屋同然の倉庫が立ち並ぶ、人気のない区域の最奥にある建物だった。
そこまではまだ少し距離があるのだ。
鞭を飛ばす。馬が口から泡を吹きかけているのがわかった。
「頼む、もう少しだから、頼むっ」
舗装の煉瓦がところどころ剥がれ落ちた固い道で、暴れる馬身を抑え、身を低くしてサズは言った。
背の高い建物が遠めに見えてくる。
失速の気配を見せる馬に、彼はもうこれ以上鞭を打たなかった。
「勘弁してくれよ!」
侘びの言葉。左腕から殆ど剥がれ落ちていた包帯が、火の粉になって駆ける道筋に火線を描く。
激しい嘶きと共に、ぐんとサズの体が前に引き寄せられる。
半ば暴れ馬と化した乗騎を、サズは既に開け放たれていた門に目掛けて駆け込ませていた。
フィニアの両腕に鉄製の枷が掛けられる。
錠前付きのその枷は少女の腕と体ではとても支えきれない代物で、フィニアはそれを膝の前に
下ろす形にして、石材で表面を覆われた冷たい床の上に崩れ伏していた。
「ドウジルの奴、遅いな」
商人風の男が、馬車の出て行った方向に視線をやってぼそりとつぶやく。
「しくじったか? あいつ、今日は確か妖灰を飲んでいたはずだぜ」
「そう言ってはいたがな」
「まあ、お楽しみの真っ最中かもな。あいつは見境がねえからよ」
げひひっ、と白装束の男が唾を撒き散らして哂い声を上げる。
フィニアはそのやり取りに、身体に悪寒が走りそうになるのを堪えて目を向け、耳を傾けていた。
動きを封ぜられている自分にできる精一杯の行動が、彼らの無駄口から少しでも自由になる切欠を
得ることだと考えたからだ。
だが、それがあまりにも露骨過ぎた。
「んん? なんだ、一丁前に睨みなんて効かせてよ」
白装束の男が、彼女の視線に気付いて体ごと向き直る。
「……っ!」
「ふんっ。――しかし、話には聞いちゃいたが、大した美人だな。金髪碧眼ってか」
今度こそ、悪寒を堪えられなかった。
「ドウジルの奴ばかり楽しんでるとか、ちぃっと不公平だな」
不躾に注がれる男の厭らしい視線から、フィニアが身を捩って逃れようとする。
だが、それは男の欲望を逆撫でするだけの結果に終わった。
「育ち足りねえ部分はあるが、足は十分にそそるな。へへっ」
「おい、本当に首と胴がお別れになっても、知らんぞ」
「生きたまま連れてこいって話だったろ。約束を反故にするわけじゃねえよ」
舌舐め擦りをせんばかりの勢いで、男が息を荒げてフィニアの方へとにじり寄ってくる。
(いやっ……!)
後ずさりすることも許されず、少女の心が悲鳴を上げた。
男の手がフィニアの身体の上を這い回る。
(いやっ、いや、いや、イヤ、イヤ、嫌、嫌――嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌……)
嫌悪感が心の内を支配してゆく。
――視界が影に覆われ、意識が黒く塗りつぶされた。
悠長に前後の状況を掴んでいる余裕はなかった。
「な、なんだきさ――ごげっ」
姿形が女性のものでないと見るや、サズは馬から転げ落ちるようにして相手にぶつかり、首の骨を
膝に抱え込んでへし折った。
立ち上がる。周りには武器を抜き放った武装した男達が三人。
一人が槍を手に無言で突きかかってきた。
サズがそれに反撃できずに、横っ飛びで逃げる。
続けて二人目が背後から撃ちかかってきたが、跳ねた勢いを殺さずにそのまま男の顎先へと目掛け
後ろ回しに蹴りを放って地に転がした。
「護衛か! ドウジルめっ、下手を!」
一番後ろに控えて立っていた男が、背中を向けて駆け出す。
槍の一突き、そして続く払いがサズにその背を狙わせなかった。
相手を使い手と踏んだサズが、間合いを切って抜剣し、指で印を結んだ。
「縛れっ!」
サズが気を吐く。呪に包まれ槍を構えた男の顔が歪むが、しかしそれだけに終わる。
躊躇はしなかった。
サズが一直線に走る。反射的に繰り出された槍に腕の肉を削ぎ取られながらも、脇でそれを封じた。
「ぐぶっ」
胸当ての隙間を剣先が捉え、ぐにゅりとした感触を持ち手に伝えて刺し貫く。
身を引いて槍の間合いから離れ、もう一人にも止めを刺し、サズは逃げた男の後をひた走った。
角を曲がると、奥に一際巨大な倉庫が見えた。
一目散にそこを目指す男の背に、サズが剣を投げ放つ。
「うおっ!?」
刀身に脚を取られた男がバランスを崩し、扉を目前にして倒れ込む。
男が腰に帯びた短刀へと、サズは狙いをつけた。
「て――」
敵襲。そう言葉を発しかけた男の喉笛を奪い取った短刀が横一閃に掻き切り、虚しく空気が漏れる。
剣を手に、サズが扉に手を掛けた。
「騒がしいな。馬が暴れたか」
突如響いてきた馬の嘶き声と、乱れる人の気配に商人姿の男が眉を顰めた。
「お前も、適当に済ませておけよ。俺は馬の様子を見てくる」
騒ぎで人が駆けつけてきては面倒だ。
少女の上に跨った男へと声をかけ、彼はそう判断して入り口へと歩みだした。
「ん――」
厚い扉の軋む重い音と、わずかに射し込む陽の光に男が顔を顰める。
「ああ゙あ゙っ」
白装束の男が、鼓膜を震わせて響いてきた苦鳴の声に緩慢な動きで振り向く。
「なんだ、うるせえよ。集中できねえだろうが」
苛立たしげに不満の声を上げたところに、重い音を立ててなにかが投げて寄越された。
男の鼻に、焼けた肉の香ばしい匂いが届いてくる。怪訝に思って覗き見る。
「――う、おお」
理解した。
大凡、一般の者には理解し難いその光景を血と炎に塗れた戦場に生きてきた男は理解させた。
咄嗟に腰の得物を引き抜き、今し方まで跨っていた少女の喉元にそれを突きつけ、男が吠える。
「くるな! 動けば、女を殺す!」
対峙した男が、緊張に身を硬くするのがわかった。
それで男の顔には笑みを浮かべる余裕ができる。
「良し、聞き分けがいいじゃ――」
下から。下、底の底から怖気がきた。
「くるな!」
その言葉を理解するよりも早く、サズはその動きを止めていた。
失態だった。男が少女の身体を組み伏せていることに気が付かず、相手に無駄に時間を与えた。
フィニアの喉元には大振りのナイフがわずかな隙間を保って添えられている。
なにかの拍子で人質を傷付け、こちらの逆上するのを警戒している為だ。
要求に従って、隙を探るしかない。
サズがそう判断して自ら剣を放ろうとする。
そこに、声が上がった。
「聞き分けがいいじゃ――」
がらがらとした響きが途絶え、男がまるで瘧を起こしたかのように身を震え始めさせる。
「ア、アアァ」
怒気に燃えていたサズの肌が、一瞬にして泡立った。
その彼の目の前で男が妙に甲高い、汽笛のような声を漏らし続ける。
指が触れていた。細く、白い無機質なその指が男の喉を触れている。
「ァオォォァァ――」
絞り出した絶叫とは種を異にする、枯れ果てて逝く凍土の風の音が不意に途絶えた。
直後、男の顔が、手が、胸板が、足が、目玉が――
その全てが、見る間に生気を失って青白く薄れてゆき、痩せ木のように枯れ始めた。
「フィニア」
伸ばした指の持ち主は、確かに少女のものであった。
だが、その髪がぞわぞわとうねって紫に染まり、肌が蝋のように冷たく光を弾いて見えたのは
彼の目の錯覚に過ぎないのか。
ぽんっ、と軽すぎる破裂音を立てて男の体であったものが宙に霧散し、消える。
「く――」
その一声の中に、サズは喜悦の響きと苦鳴の叫びとが入り混じるのを感じ取っていた。
「くく――くくくくっ」
声の響きは確かに少女のもので、しかしそこにある意志は全くの異質さで彼女が哂う。
「下種の精気など、欲するまでもないが……」
倒れ伏していたフィニアの半身が、不可視の糸で縛られた操り人形のようにして起き上がった。
「そなたは、多少の喰いで甲斐はありそうじゃの」
「邪霊憑きかっ」
サズが一息で恐怖を吹き散らし、剣を投げ捨てて両の手で印を結ぶ。
閃光が生まれ、帯状の白い雷が少女の体へと向け迸った。
虚空に漂い、人に憑いて精気を啜る邪霊や怨霊、死霊の類を払う呪の一種であった。
「ほぉ?」
彼女の顔に驚き混じりの笑みが現われる。
捕まえた虫が、掌から這い出たのを見守る昏い笑みだ。
光が、その強さを増す。
「がっ!?」
サズの網膜を白い閃光が灼く。
「変わった術を使うの、そなた。いや、変わったのは人の時代の方か?」
からからと愉しげに笑って、彼女が膝立ちの姿勢からゆっくりと立ち上がった。
鏡で跳ね返されたかのように、自身の呪をサズはその身に浴びていた。
「動けぬであろう? 妾の気を、たっぷりと練り込んでやったゆえ」
少女の姿と声で、彼女が這い寄るように歩みを進めてくる。
直立不動になったままの体で、サズはその様を見せつけられていた。
ぬめるように輝く紫の髪と、白蝋の如く艶やかに濁る肌がそこにある。
サズが見つめる中、少女の青く澄んだ双眸が深遠を思わせる闇の色に堕ちていった。
「無粋じゃな」
人外魔性の美を備えた少女が不満げにつぶやき、枷の嵌められた腕を胸の前にかざす。
それだけのことで鉄製の枷が見る間に黒い砂となって崩れ、形を失っていった。
「な……んだ、お、まえ、は――」
「喋るでない。折角の精気が削がれてしまうではないか」
苦しげに呼気を漏らすサズの唇を、少女が指先で撫で上げてゆく。
冷たい感触を孕んだその一撫でに、サズの全身の肌が泡立つ。
「う、く」
「なんじゃ、そなた血を流しているではないか。どれ……」
苦しげに呻くことしかできないサズの左腕へと、少女が心配げな面持ちで顔を寄せた。
舌先がまだ乾ききらぬ真紅の滴りを掬い上げた。
「ぅ、あ、ぁ」
ぴちゃり、ぴちゃりと舌を躍らせて少女が血を舐め取るたびに、サズの身体を激しい虚脱感が襲う。
生命を直接吸い取られるような冷たく無慈悲な口吸いを、少女は束の間繰り返す。
やがて舌を血の流れ出す傷口から離すと、うっとりとした表情を浮かべて吐息を漏らした。
「美味いのぉ。久方ぶりの人の血肉の味わいとはいえ、これは格別じゃ」
少女がまるで至上の美酒に酔いしれるかのような口振りで、賛辞の言葉を口にする。
「ぐ……フィ、ニ……ア」
「ふふ。生きが良いのはいいが、調子に乗って血を凍えさせるのも勿体ないのう」
サズの呼びかけに応じる者はいまここにはいない。
指先を己が唇に這わせた少女が、ただ蠱惑の眼差しで男を見つめているだけであった。
「ふむ」
整った眉根を悩ましげに寄せ、少女が何事かを模索する。
「やはり、ここはより濃い精気を頂くことにするか」
「ぅぐっ……かっ」
苦悶の表情を浮かべていたサズの耳に、カチリ、カチリとなにか金属質の物が擦れ、ぶつかり合う
音が響いてきた。
――逃げなければ。
思考よりも、本能がサズに警告を発している。
頭の天辺から爪先に至るまでを、冷たく蝕む呪の力に逆らおうとするも、体が言う事を聞かない。
少しでも自由になるのは、目と口だけという体たらくであった。
「そう気張るな。妾の赴くに身を任せておれば、現世では決して味わえぬ快楽を与えてやろうぞ」
「こ、フィ……ニアの口で、なに、ぬかして――やがるっ」
「おお、そうか。そなた、口でされるのが良いか。善いぞ。特別に、赦そう」
上機嫌の笑みを浮かべて、少女がサズの身に着けていた革のトラウザーを下衣ごと引き下げた。
「ふふ、中々に見事な陽物じゃぞ……」
「ばっ、てめ――っく」
ぼろんとこぼれ出たサズの陰茎に、少女が期待に満ちた目でそれを眺める。
そしてゆっくりとその場に腰を下ろして膝立ちの姿勢になると、まだやわらかいサズの陰茎へと
両の手を添え、すりすりと撫で回した。
「うっ、くぅ」
サズのうめき声に、苦しさ以外の響きが現われ始める。
冷たきに過ぎる彼女の掌の感触と、それに伴う不可思議な色の香が男の根の部分にぴたぴたと
張り付くように刺激を与えてくるのだ。
「ふむ、大きさはまあまあじゃが……いいのぅ。形が良い。善いぞ善いぞ」
陰茎の隆起してゆく様を見つめる少女の顔が、心底嬉しそうに歪む。
サズはそれを上から見下ろす形で、歯を食いしばって抵抗していた。
「特にここの雁首など、見事の一言に尽きる。……どれ」
「ぅくあっ!?」
サズの股間から腰まわりにかけて、ぬめりと衝撃が同時に駆け巡る。
「可愛い声を出すではないか」
少女が小さめの口元のラインから細く突き出した舌で、サズの雁首をチロチロと刺激していた。
(フィニア――!)
その光景が、例え少女本人の意思に因るものではなくとも、求めた女性からの肉体の刺激にサズの
精神は悲鳴を上げていた。
「んんっ――立派になったではないか。早速、頂くとするぞ」
それに反するかのように、彼の肉茎は最高潮の盛り上がりを見せる。
それを少女が雁の部分から鈴口へと舌先を移し、先端をぷにゅうっと薄い唇で捉えた。
「や、め――」
「ン……んむぅっ」
「くぉおっ!?」
サズの陰茎が亀頭の先端から竿の中ほどにかけて、少女の可愛らしい唇に一気に呑み込まれた。
じゅぼっ、という音を立てたその最初の一飲みで、サズは腰砕けになるほどの快さを感じていた。
「ん、んぅ、ぅおぅ」
少女がやや苦しげに声をくぐもらせて、顎をもごもごと動かす。
狭いのだ。
サズの怒張した肉茎を受け止めるには、少女の小さめの顎と口はやや窮屈すぎる。
そしてそれがサズに生殺しの快感を与えている。
「くぅ、お、ぁ」
「んむ、んっ? ……んぶっ、んんっ!」
口内の狭さゆえに、全体の動きだけはぎこちなく、しかし責め立てる舌と唇の動きは男の性感を
熟知した百戦錬磨の毒婦の技で以て行われるのだ。
崩れ落ちることも叶わぬ体へと、麻薬のような痺れが這い回る。
「んくっ、ん――ふ、んふぅ、ぅふふふ」
人の思考を麻痺させ、理性を溶かすなにかを秘めた滴りを可愛らしい唇から溢れさせ、化生へと
成り果てた少女が妖艶に哂う。
「ふぅ、ん……ぷはっ!」
「ぐっ」
ちゅぽんっ、と吸い別れる淫靡な水音を立て、サズの肉茎が解放された。
「はぁ、顎が疲れるのぅ」
こきこきと唾液に濡れた下顎を掌で探りながら、少女は不満の声を漏らす。
「しかし、まあ」
しかしそれもすぐに、満足気な笑みに取って代わった。
「なんとも美味、なんとも甘露な味わいの精気じゃ。気に入った、褒めて遣わすぞ」
「なに、言って――」
サズがようやく途絶えた外法の責め苦に束の間意識を取り戻し、言葉を発する。
「んんっ? そなた、まだ口が利けるか。ちと頑丈に過ぎるのぅ」
少女が怪訝な面持ちになり、眉を顰めた。
生かさず殺さずと、彼女なりの配慮はしたつもりではあったが、それでも並どころか常人を遥かに
超える体力の持ち主であっても、骨抜きにする自信が彼女にはあったのだ。
「もしや、少しばかり時が経ち過ぎたのか……人がかように強くもなろうとは」
(時? 人? こいつ、さっきからなにを言ってやがる)
サズが、まだ朦朧とする頭で眼前の少女がつぶやいた言葉を強引に飲み下そうとする。
だが、それは纏まった形をとる前に無理矢理に中断させられた。
「う、くぉ……」
「まあ、それはそれで愉しめるというものか。ささ、そなたもそろそろ果ててしまいたいであろう?」
少女の紫にぬめり光る髪の毛が、ぞわぞわとその長さを増し、未だ硬さを失っていなかったサズの
肉茎に独りでに巻き付いていったのだ。
「これをするのも、久方ぶりのこと。そなたは存分に狂い、妾には存分に精を与えておくれ」
「あくっ、う、お、あ、あぁ」
「嗚呼――善いぞ、その声。善いぞ、その貌」
てらてらとした光沢を放ち震える肉茎と忘我の声に、少女が陶然とした微笑みを浮かべて楽しげに
喉を鳴らす。
「もう一押し、じゃが――」
少女の唾液、そして滲み出るサズの雫を絡め取り、細い髪房が緩やかな蠕動を繰り返す。
「良く堪えた褒美じゃ。もう少しだけ可愛がってやろうぞ」
「ぁ、おぉ、くあぁ」
じゅるり、じゅるりと欲望を掻き立てる水這いの音に聞き耳を立てながら、少女が再びその顔を
膨れ上がった肉茎の先端へと迫らせた。
はぁ、と熱の乗らぬ吐息を亀頭に吹きかけ、少女は目を細める。
「んっ」
「ぐ、ああ、ぁあ――」
「そうら――逝ってしまえ。果ててみせよ」
瞳の中の闇を一層と黒く濁らせ、少女が限界まで張り詰めたサズの肉茎へと接吻を施した。
ちぷ、ちゅ、ちゅる……
亀頭の鈴口から雁の裏筋を吸い、再び戻ってぺろり、ぺろりと舐め上げる。
「うぐ、あっ! ああァアッ!」
「さ、仕上げじゃ。受け取れ」
獣の咆哮を上げるサズの肉茎から少女がつい、と唇を離した。
解放され、ぽかりと小さな孔を開けた肉茎の尿道口。
そこを、細く濡れ揃った紫の髪房が侵していった。
「――ッ!」
跳ねる。逃げるように跳ねて、白い閃光が押し寄せてサズの身体が反り返る。
堰を切ったかのように、粘着質の体液がどぼどぼと溢れ出ようとするが、その排出孔を占拠した
化生の房がそれを半ば押しとめ、半ば導いてうねり続ける。
「おぉ……っ!」
漏れる歓喜の声はどちらのものか、それとも二人の重なりか。
これまで感じてきた射精感とは比べ物ならない快感の奔流が、少女の口内を瞬く間に満たす。
こぼれた滴りは手で受け止めようとするが、尋常ではない量の放出がそれを許さなかった。
「嗚呼……」
飲み干す前の精を口一杯に溜め、尚も射精を続ける肉茎を、少女は恍惚の眼差しで見守る。
数秒、サズの意識はとんだ。
快楽の渦が思考を掻き消し、突き上がってきた一筋の流れのみが彼を翻弄してする。
「ん、んんぅ、ン……ンッ!」
ぎょくっ、と喉鳴りをさせて少女が白濁した精を飲み干す。
「おぉ……ォオ――」
その躯が震える。ただの震えではなく、肉感的な官能と性的な感動に打ち震える牝の震えだった。
その震えが、ぴたりと止む。
そして熱さを吐き出すように息を、はふぅと漏らした。
「信じられん……このような甘露なものが人の身にあろうとは。ぁあ――」
唇を戦慄かせて、少女が声を発した。
その視線が、サズの陰茎から床へと落ちる。
「あぁ、勿体ないのぅ……」
びちゃりと零れ落ちた滴りに物欲しげな眼差しを向けて嘆息する。
その濡れ溜まりに白い指先が這わされた直後、白濁の名残が音もなく掻き消えた。
「ふむ。やはり、直接とでは違いすぎるな。余計であったわ」
後口の悪いものを口にしたとばかりに、少女が唇を尖らせた。
その表情だけをとって見れば、まるきり我侭な子供のそれだ。
「しかし、早まった真似をしてしまったわ。ここまでの代物なら、もっとゆっくりと味わえるように
手をかけるべきであった」
少女が壊れた玩具を眺めるように、再びサズへと視線を向ける。
「――は?」
その口から、唖然とした声が衝いて出る。闇そのものの色を備えた瞳が驚きに見開かれている。
死んだ。枯れ果てた。そう思い込んでいた男の顔に、まだありありと生気が浮かんでいたのだ。
「ぅ、くっ」
サズの体が支えをなくして崩れ落ちる。
驚きのあまりに、少女が施していた呪を途絶えさせてしまったのだ。
「なんじゃそなたは」
「ぁ、お……終わったのかよ、この――どへたくそ」
「なっ!?」
減らず口を叩く。それが意識を取り戻したサズの最初の選択であった。
あれだけの放精を見せておいて、巧いも糞もの批評もあったものではないが、その減らず口に
少女は反応を見せていた。
「へ、へたくそじゃとっ!? その言葉、妾に向けて口にしたのか!?」
「なんべんでも、言ってやる、へたくそ、ちび、むねなし」
「あ、後のは妾の所為ではないわっ!」
「じゃあ、へたくそは、みとめたな」
「――っ! 卑賤者めがっ!」
冷たき容貌を怒りで朱に染め、少女が拳を握り締めて床を踏み鳴らす。
「ひすてりー」
「まだ言うか!」
呂律の回らない男の上へと、少女が跳びかかる。
サズがその衝撃に堪らず咽せ返るが、怒りに我を忘れた少女はそれに構わず馬乗りの体勢をとった。
「良かろう! ならば今度はその身が塵芥になるまで、吸い尽くしてくれる!」
「ご、ほっ……やってみろよ、ちんちくりん」
サズの挑発に、少女は無言で服に手をかけて答える。
「んなっ――!」
サズがここに狼狽の声を上げた。
少女の手にかけた衣服は、少女自身が身につけたものだ。サズの方ではない。
「ちと、未熟過ぎか。まあ、ついているものはついておるしな」
少女がチュニックのボタンを一気に引き千切り、その控えめな乳房を露にさせる。
「ばかっ、やめろ手前っ、なんてことしやがるっ!」
サズが取り乱す。
「――ほぉ? 妙に慌てておるな」
「着ろ! 隠せ! やるってんなら、自分の実力だけでやれ!」
「なにを言うか。受肉すれば、それが妾の体よ」
ふん、と鼻息を荒く顎を上げて、少女が勝ち誇ったように言い放つ。
(やべぇ、初恋の相手に逆レイプとか洒落にならんっ)
「こらっ! フィニア、起きろ! お前も嫌だろこんなの!」
「――ぐっ!?」
わずかに手足をばたつかせて上げられたサズの声に、少女が顔を顰めて仰け反った。
――効いたか。
苦し紛れの呼びかけに効果のほどを認めて、サズが内心喝采を上げる。
だが、それは彼の望む結果とは違う事態を招いていた。
「そうか。そなたこの小娘に惚れておったか」
「な、なんで手前がそのことを――」
またもサズが取り乱す。
少女がそれを小馬鹿にした表情で笑い飛ばした。
「そなたが小娘を呼んでくれたお陰よ。不遜にも顔を出そうとするから、押し込めてやったわ。
そのついでに、記憶の方を探ってみただけのことよ。造作も無い」
言って、今度はスカートに手を回す。
サズは動かない。
「やっと観念したか。では、惚れた女の肉の味を、今生の別れとするがよいぞ」
少女が腰の回りを覆うその布を床に落として、ショーツに手をかける。
やはりサズは動かない。
「……亀か」
「む?」
ぽつり、とつぶやくのが少女の耳へと届いてきた。
「出歯亀かって聞いてんだ、このひっつき虫っ!」
「がっ!?」
颶風が闇を薙ぐ。
爛々と火がその目に灯る。
髪が紅蓮に燃え逆立つ。
――サズが動いた。飛び跳ねて、その場に手を突き立ち上がる。
「こ、の……不埒者めがっ」
突如下から突き上げてきた衝撃に身を躍らせながら、化生が闇を手に吠える。
「こっちの台詞だ、髪の毛ハリガネムシっ!」
サズが印を切る。両手が描く軌跡に、無数の火花が付き従う。
《消し飛べ!》
火と闇が全てを覆い尽くした。
「会いたかったぞ」
静寂が残る。
雲散霧消の如く、其処から人外の気は消え去っていた。
「うっ、く――」
頭重を感じるも、なんとか体を引き起こしてサズは少女の下へと這い寄った。
「サズ」
ぱちり、と瞳が開かれる。青く澄んだ瞳だ。
「よお、フィニア」
やや長さを増した金色に煌く髪を撫でつけ、白く温かみのある頬にサズが唇を寄せた。
「いてててててっ」
部屋の中に、男の悲鳴が響く。
「だめですよ。まだ安静にするようにとお医者様が」
「ヤブだろ。ありゃあ。それに最後のが効いたんだよ、最後のが」
あの後、あちこち痛む体を引き摺って馬車を奪い、サズはフィニアと共に宿へ戻っていた。
宿に戻ったら戻ったで、謎の死体が発見されていた為に大騒動ではあったが、それもなんとか
話を付けて、医者を呼び、その次は様子を見に来たソシアラに叩かれて。
そうしてようやくサズは一息つけたのである。
「でも、サズが無事で本当によかったです」
心の底から嬉しそうに、フィニアが微笑む。
「今回のところはな」
「……そうですね、また追手も来るでしょうし」
疲れきったサズの声に、フィニアがその表情を曇らせた。
「いや、そっちの話じゃない。まあ、気にすんな」
「?」
フィニアが、合点がいかないといった風に首を傾げる。
「ったく、性悪は一人で間に合ってるんだから、勘弁して欲しいぜ」
某都某室。
「はっ――くちゅん!」
〈 完 〉
以上です。
中ニ病展開書いてて楽しいです。
うはw 一番乗りgj!!
GJ!
最後にくしゃみした某都某室の人w
またもや締めを持っていくとはwww
てか、この頃投下ラッシュで嬉しくて死にそうです姫様。
うおお!第二幕待ってました!!
超GJです!!
確かに大作の投下ラッシュは嬉しいが
元が平均投下二週間に一本の静かなスレだっただけにあまりの高速回転にちょっとてんてこまいかも
読むの追いつかないとか初めてだ
>>60 うん、確かにナイスな外道姫
最終的に救われるハッピーエンドや軽めのコメディタッチもいいけどこういうソドムでゴモラな話もないとね
一筋の救いもないのがこれまたいい
>>94 予想に反して恐ろしくウブで純情なサズに吹いた
そうか、キスで満足しちゃうんだ。そうか、理想な初恋の女の子にいきなりフェラはショックなわけか
職人さんが投下を躊躇するような発言は避けた方がいいのでは。
読み手は自分のペースに合わせて、読めばいいだけだし。
100は頂いていこう
まったりいこうぜ
自分はもっと投下ラッシュどんと来い!だ。
自分もだー
投下でスレが活気化するのいいことだし毎日チェックするのが楽しいw
いぬのおひめさまの続編も楽しみにしてます
書き手様がたGJ
いぬのおひめさま………
自分、もともと犬大好きなんだがあれを読んで以来、
被虐待リアルわんこ・ミーツ・新しいご主人様、のほのぼの妄想(もちろんエロなし)がとまらん。
わんこ可愛いよわんこ。
ちなみなにゃんこも好きだが、誰かにゃんこを連想させるような姫君を書いてはくれまいか……
話にちゃんと区切りを付けて、その上で続編書くって本当に大変だろうなって思う
遅い早いは気にかけずに、書きたいものを書いてくれたらと思っております
だって無料なんだぜ、これ・・・・・
同じくいぬひめの続き希望
読みたいい
>>103 にゃんこ・・・つーとツンデレ?猫好きの友人曰く
猫属性というのは、近寄ると離れて、離れてると向こうから寄ってくる
とからしいが
いぬひめは今後どう続くのかなあと思う。かなり完成された終わり方だと思うし
それと個人的に銀橙も期待
いぬひめはロアがフリーダムだから
フリーダムだから
いぬのお姫様はお金払う価値あるよな
無料で読めるなんて幸せだよ。
109 :
名無しさん@ピンキー:2008/11/17(月) 19:35:12 ID:DASOX4ju
金取る酷いのもあるのにな〜
>>104 >>109 同意です。「書く気がなくなったから途中でやめる」というプロ作家もいるご時世に、
時間とパワーを使ってタダで書いてくださる方々には感謝でいっぱいです。
いつも楽しませてもらっているので、職人さんたちも無理せず楽しんで書いてくださいね!
本当にありがとう!!>all
なんという素晴らしい流れ
ここの職人さんも住人も大好きだー!
>>60 父娘相姦って苦手だけど設定が凝ってて文章力あるね
面白かったwww続き読みたいな
l2GahqrhOUさんはベルイマン好きなのかな?映画「処女の泉」を思い出したw
どうせならこじき版も読みたかったw
いぬひめ、じいやにも可愛がられそう。2人で政務やってロアがすねてそう。
エロなしでも妄想して楽しめるw
爺感動して咽び泣きそうw
早くピアス取ってあげたいよなぁ
>>94 サンドイッチおいしゅうございました。
やはり手料理ネタは萌える。
投下させて頂きます。以下は内容です。
中世ファンタジー的舞台背景での、放浪の若者と世間知らずなお姫様のお話です。
内容はソフト甘々。キスから始まるじったり展開です。
長めですのでご注意を。ごっくんもあるよ。
シェリンカ・ナル・イニメド。
彼女の一日は、長くもあり、短くもある。
古都ベルガに措いて、神事の一切を取り仕切る神座巫女としての務めを果すと共に、主要な民政の
管理を職務とする副宰相の下で、補佐官として辣腕を振るう日々を送る彼女にとっては、一日という
時はあまりにも短すぎるものであった。
そんなシェリンカの下に、密かに待ち続けていた一通の手紙が届く。
吉報か、それとも訃報か。
普段にも増して迅速且つ的確な仕事振りでその日の務めを終えた彼女は、そこから敢えて暇を潰すと
普段どおりの時刻に、司祭宮の中に特別に設けられた私室へと足を運んでいった。
「さて、と」
細い、しかし筆の使い過ぎで荒れてしまった指の先で、彼女は厳重に蝋止めの施された便箋の封を
解いた。
取り出し、開かれた紙片の上を、視線が素早く行き来する。
「あら」
驚きと喜び、そしてほんの少しの呆れが入り混じった声が、シェリンカの唇から洩れた。
「死ななかったのね」
流石に残念そうな響きまではなかったが、さりとて安堵した様子も見せずに、彼女は残りの文章にも
目を通してゆく。
「見込み通り、ね」
紙片がくしゃりと丸められ、音も立てずに黒く燃え上がる。
ふうと一息でそれを宙に吹き散らして、彼女は机の引き出しから真新しい便箋を取り出した。
影が走る。
宮殿の闇を抜け、森の闇を抜け、人の闇を抜け、歴史の闇すらも抜けて、ただひたすらにひた走る。
権謀を糧とし、術数を活かす為の果てなき無明への疾駆だ。
――その残滓に想いを馳せ、シェリンカは久方ぶりの深い眠りの内へと、その身を沈めていった。
冒険者ギルドが行う、暗書配送の費用は決して馬鹿にならない金額だ。
だが、機密性を第一の旨とするその流儀を気に入って、サズはそれを度々利用している。
「俺を飢え死にさせる気か。あの女は」
サズの手が、裏に送料相手方負担と書き込まれた便箋の封を、びりびりと破り開く。
送り主の名が記されていない辺りがまたなんとも言えない。
届けられてきた手紙は、彼がシェリンカに宛てて送った手紙への返事が書き記されたものであった。
サズが書き記した彼女への質問は三つ。
それに対して、シェリンカが彼に返した返答は二つ。
後は質問に関係のない、瑣末な事柄ばかりが書き記されていた。
「なんだよ、こりゃ」
歪な形をしたクッキーを口に運びながら、サズは手紙の内容に眉を顰めた。
前回受けた正体不明の勢力からの襲撃の件に関しては、サズたちの滞在するボルド王国の東に勢力を
構える、オーズロン連合からの介入だろうという唐突な答えが記されていた。
一つの勢力の中での諍いに首を突っ込むだけでも頭の痛いところに、大陸の三割もの領土を占める
一大勢力の名が出てきたのだ。嬉しいはずがない。
その時点で、侘びの言葉と謝礼の追加は必須であろうと彼は思うのだが、無論、そのような主旨の
内容は添えられておらず、続いて記されていたのは、二つ目の質問への返答。
フィニアの件についてであった。
サズがフィニアの奪回へと向かい、その直前に相成って彼女が見せた強大な力を持つ化生への変化。
彼の予想では、神学者たちの間で神霊とも禍神とも言われる無形有力の精神存在が、彼女が意識を
失ったところへ、たまたま引き寄せられて憑依を果したのだろう、というものであった。
稀な現象ではあろうが、優れた霊力を持つ巫女の素質を備えているというフィニアの体質を前提に
考えれば、有り得ない話ではなかったのだ。
だが、シェリンカの返してきた答えはその予想を裏切った。それも悪い意味で、だ。
その内容を、そこに記された一文を借りて端的に言うのならば、こうだ。
『彼女、そのうちまた出てくると思うから。仲良くしてあげてね』
「――ざけんなっ!」
サズが、目の前にはいない手紙の書き手へと向けて非難の声を上げる。
有り得ない話であった。
巫女自身の意志で以て、特定の霊体を憑依させ、その力を使役するというのならともかく、巫女の
意志とは関係無しに、特定の霊体が度々憑依を繰り返す等という話は聞いたこともなかったのだ。
毎度毎度、同じ相手に身体を奪われる状態になるというのなら、その対象になる肉体の持ち主は
最早巫女とは言えない。抗えもせずに乗っ取りを受け続けるのは、素養をもっただけのただの人間だ。
一度二度のことであれば、それも前後不覚中の不幸な事故と言えるだろう。
だが、シェリンカが寄越してきた返答は、明らかに今後も同じような事態が起こるであろうという
前提の下に書かれたものばかりだ。
そしてそれは、サズの最後の質問に対しては一切ふれぬ内容でしたためられているのだ。
即ち、それはあの化生に対し、サズが持てる明確な対抗策が一切ないということを示していた。
「サズ! これ、おば様が!」
ばたんと勢い良く扉を開き、フィニアが部屋の中へと駆け込んで来た。
サズは手紙を閉じ、振り向こうとしていたところだ。
「あれ、フィニアか」
階段を駆け上がってくる元気の良い足音が響いてきた時点では、それが彼女の発したものだとは
予想もしていなかったので、サズの口からは、ついそんな声が出ていた。
「はい! どうでしょうか、これ!」
「――おぉ」
余程嬉しいことがあったのか、フィニアの声はとても元気が良い。
そして、その彼女の姿を目にしたサズも、沈んでいた自身の気持ちが一気に吹き飛んでゆくのを
感じていた。
「似合いますか?」
可愛らしいフリル付きの、白いショートドレスに身をつつんだフィニアが、くるりくるりとその場で
回って見せながら、サズに微笑みかけてくる。
「似合う似合う。ソシアラさんの……か?」
若い頃の、という部分は飲み込んで、サズは少女にそう訊ねかけた。
「はい。部屋着にしろと言われて譲って下さったので。またご好意に甘えてしまいました」
フィニアが、短めのドレスの裾を指先でちょこんと摘まんでポーズを取る。
その動きにつられ、後ろで一房にまとめられていたポニーテールの金髪がたおやかに揺れた。
「そりゃあ、太っ腹な話だな。うん、髪型にも似合っているし、いいと思うぞ」
「えへへ――でも、どうしてなのでしょうね。急にこんなに伸びてしまって」
「あ、ああ。フィニアは丁度、成長期だからな。そういうこともあるんだろ」
不思議そうな顔で首を傾げるフィニアに、サズが焦りの色を見せる。
フィニアが自分の髪が不自然なまでに伸びていたことに気付いたのは、前回の襲撃騒動が収まって
からのことで、それまで彼女は傷を負ったサズの看病に付きっ切りになっていた為、自身の変化には
全く気付けずにいたのだ。
「成長期、ですか」
「ああ、最近お前、飯も良く食うだろ。元気もあるし、髪くらい伸びるって」
「そうですか。えへへ……」
サズの根拠のない理由付けに、フィニアは妙に嬉しそうな笑顔を浮かべてドレスの胸元を覗き込んだ。
彼女が成長期であるいうこと自体に嘘偽りはない。
だがそれで身長や体型に小なりの変化は起きても、数日の間で目に見えて髪の長さが伸びてしまう等と
いうことは、常識的に考えて有り得ないことだ。
しかし、彼女はサズのその苦しい言い訳を信じ切ってしまっているように見えた。
「お、もうそろそろしたら、仕事の時間か」
「はい。それも伝えようかと思いまして。私、また着替えて参りますね」
「ああ、わざわざありがとうな。またゆっくり見せてくれ」
返事の代わりに、もう一度ドレスの裾を手にお辞儀をして見せてから、フィニアは退室した。
サズがそれを笑顔で見届け、腰掛けていた椅子から身を離す。
「さて。今日も一丁、頑張ってみるかな」
手紙を荷物袋の一番奥に仕舞い込んで、彼は大きく伸びをうった。
階段を下り、長く一直線に伸びた通路を通り過ぎると、活気に満ちた人々の行き交う通りの風景が、
サズの視界へと広がっていった。
「遅えぞ、サズ公」
「悪い。もう開けちまったんだな」
手にした鍔付きの帽子を目深に被り、サズが声の主の下へと急ぐ。
「客がいりゃあ開ける。当然のこった。そら、こいつを頼むぜ」
店主から投げて寄越される商品を次々と受け止め、仕事着へと着替え終えていたサズは早速商品棚の
整理作業へと加わった。
「申し訳ありません、遅くなってしまいました」
サズの後に続いて、同じく仕事着に着替えたフィニアもそこに姿を見せる。
ベール付きの頭巾を被り、動き易い半袖の上着と花模様のあしらわれたリボンスカートを身につけ、
手には乾燥させた蔓で編まれた、大きめの篭を抱えている。
「いいんだよ、ニアちゃん。まだ時間前だったからさ」
「こら、あんた! そうやって甘やかすんじゃないよ。ニアちゃんだってうちの働き手なんだから、
平等に扱いな。平等に」
そのニアの姿に、思わず顔の表情を緩ませて首を振った店主へと向け、威勢のいい女性の声が飛ぶ。
「おはようございます、女将」
「女将はよしとくれ。ソシアラさんで良いと言ったろう、さっちゃん」
フィニア共々、店主とソシアラの下で厄介になっていたサズとしては、ソシアラは立派な雇用主なのだ。
彼としては彼女のことを女将と呼ぶ理由がある。店主に対しては相変わらずおっさん扱いだが。
「貴方がそう呼ぶのをやめるまで、俺もこう呼ぶのをやめません」
「なんでそうなるのかね。そら、ここは後は私がやるから、さっちゃんは呼び込み、呼び込み!」
「ぐっ……」
苦手の客寄せを命ぜられ、サズは渋々とした態度で露店の立ち並ぶ表通りへと向かう。
「笑顔笑顔! しかめっ面じゃあ、お客さん逃げちまうよ! さ、ニアちゃん。品出しもするから
奥の倉庫までついてきておくれ」
はい、と歯切れの良い返事をしてフィニアがソシアラの後を駆けていく。
(なんか……あいつ、最近妙に元気だよな)
サズはその様子を多少不審に思いつつも、見守る。
そして、慣れない呼び込みの声を張り上げて、活気の溢れ始めた朝の大通りへとそれを響かせ始めた。
「よし、サズ公。そろそろ代わって、こっち片付けてくれ」
「あいよ。……疲れたぁー」
「なぁに情けのない声出してやがる、若いもんが。ニアちゃんの頑張りを見習えってんだ」
情け容赦のない店主の叱咤の声にも、一言も返せずにサズは店の奥へと引っ込んだ。
フィニアは、元気一杯といった感じで店内の業務に奔走している。
「……確かにあいつの方が元気だし、頑張ってるな。ふぅ、俺も、もう少し頑張るか」
知識と経験のなさから、多少のミスをすることはあっても、明るい雰囲気を振りまいて仕事に打ち込む
彼女の仕事振りへの評判は中々に良かった。
それに比べてサズの方は、慣れぬ仕事を前に右も左右も判らずに翻弄されている状態だ。
力仕事なら苦もなくこなせるが、とにかく接客の仕事が巧くこなせてない。
客に値切りをされれば、頑なに値を守ろうとするし、おすすめの商品を訊ねられても、相手の身なりや
性別を考慮せずに、決まりきった品を勧めてみたり。
そしてなにより、フィニアに比べて愛想というものが全くない。
これまで、そんなものを必要としない生き方をしてきたのだから、仕方がないといえば仕方のない
ことなのだが、だからと言ってそれで許されるわけでもないことは、彼自身重々承知はしていた。
それに、いまの彼はそんなことを不満に思っている場合ではなかったのだ。
話は、数日前のことに遡る。
件の襲撃を受けた際に、サズは自分達が寝泊りしていた宿でも騒動を起こしてしまっていた。
その為、受けた傷も癒えぬうちに、また次の潜伏場所を探す必要に迫られていたのだ。
どちらにせよ居場所を知られたのだからと、そのことに対して彼はなんの不満も抱きはしなかったの
だが、色々と世話になっていた露店の店主とその妻のソシアラだけには一言別れの言葉を告げたくなり、
フィニアと共に店に顔を出すことにした。
事情を説明し、礼の言葉を口にする為に下げたサズの頭を、ソシアラが叩き、こう言った。
『いま、人手が足りてないんでね。住み込みで働けるのを、二人ほど募集中だよ』
そういったわけで二人は期間不定で、この店に厄介になることとなったのだ。
なので、人付き合いが苦手で接客の仕事をただの一度も経験したことがなかったサズも、こうやって
悪戦苦闘しつつも店に出て働く日々が続いている。
「サズ。おば様と一緒にカスタードパイを焼いておきましたので、後で召し上がってみて下さいね」
「ああ。ありがとよ、ニア。――しかしお前、働きながら良くそこまでできるな」
サズが感心したような、呆れたような口振りでフィニアへと振り向く。
「昨日の内に下拵えを済ませておきましたの。なので、簡単なのですよ」
フィニアの方は、毎日がこんな調子だ。
初めはサズも彼女が店で働くことに対して、危機感染みた思いを抱いていたのだが、それは見事に
外れることとなり、フィニアはこうして彼の世話を焼く余裕すらも見せている。
しかも、仕事を終えて食事を済ませると、昼間の疲れから直ぐに寝入ってしまうサズに対し、最近の
彼女はそこそこの時間まで眠らずに起きているようなのだ。
(本気で頑張らないと、なんかやばいぞ、俺……)
悩むサズの下へ、頑張り甲斐が向こうからやってきた。
「おらぁ! 一体誰に断って、ここで商売していやがるんだぁ!」
以下割愛といった感じの文句を口に、男が店先に並べられた商品を蹴り散らした。
「また来たのか、あいつらも懲りないよな」
それを見て、だらしなく商品篭の上に腰を下ろしていたサズが、すっくと立ち上がる。
場所代をせびりにきたチンピラを相手に、店主はたじろぐばかりで好き勝手放題にされている。
「ありゃ、今日はバロウズんとこの奴らじゃないね。しかも一人で」
ソシアラが大根を片手に、平然とした顔をしてサズの隣に並んだ。
「さくっとご退場願ってきますよ」
「待った。言わなきゃいけないと思っていたけど、丁度いいから、さっちゃんはここにいな」
「は? あ、ちょっと、女将さん……って行っちまった」
すたすたとチンピラの下へと歩を進めていくソシアラの言い付けを守って、サズがそれを見送る。
フィニアも、彼の肩に不安げに身を寄せてそれを見つめていた。
「ちょっとあんた! うちに商品に傷付けて、なんてことしてくれんだい!」
「うるせぇ、ババァ!」
「きゃあっ」
暴れるチンピラの正面に立って大根を突きつけたソシアラが、後ろにこてんと倒れこんだ。
「おば様!」
「……いまの、なんかわざとらしくなかったか?」
二人がそれぞれの反応を見せる中、風を切ってなにかが弾け飛ぶ。
「――は?」
「まあ」
なにかが、宙に弧を描いて飛んでゆき、大通りを軽々と越えて向かいの店の看板に叩き付けられる。
「どこにババァがいるか! この青二才がっ!! 殴るぞ!!!」
「さっちゃーん。この後お願いね〜」
鬼神そのもの形相で拳を握り締めて咆哮を上げる店主のその横で、可愛らしくしなを作ったソシアラが
サズに向けて手招きを繰り返している。
チンピラの男は、ぴくりとも動かずに路面に転がっていた。
「……そういう役回りかよ、俺は」
「が、頑張ってきて下さいねっ」
どうやらこの店での力関係では、自分は一番下にいるらしい。
それを悟り、サズは肩を落して荒ぶる戦士が出現した露店街の鎮護へと足を向けた。
「ふう、今日も美味い飯だったな」
サズが下宿部屋に置かれた大きめの寝台の上にお行儀悪く転がり、掌でお腹をすりすりとさすっている。
「はい。おば様、お料理も上手なのでつい食べ過ぎてしまいますね」
先に入浴を済ませていたフィニアが、乾かした髪を束ねながら鏡台の前の椅子に腰掛ける。
「ああ。フィニアも手伝っているしな」
「いえ、私は味見をさせてもらったりする程度で、殆ど横で見ているだけですよ」
店の仕事を終え、片付けを済ませてから四人で一緒の食卓を囲んだ後に、二人はこうして自分たちに
貸し与えられた部屋へと戻ってきていた。
「しかしさ。お前、ほんっとうに頑張るよな。楽しいっていうのはわかるが、あまり無理すんなよ」
サズがフィニアの方へと向き直って、神妙な顔をして見せる。
彼の目から見ても、最近のフィニアの張り切り振りは異常なものに見えていた。
――箱入り育ちの彼女が急に身体を動かせば、熱の一つも出して倒れてしまうのではないか。
少しばかりしつこいとは思いつつも、ついそんな心配事を口にしてしまうのだ。
「はい。休憩もきちんと取るようにしています。それに……」
「それに?」
「サズと一緒に、お仕事ができると思うと、凄く嬉しくて。つい」
屈託のない笑顔を浮かべて、フィニアがそう口にした。
サズが寝台の上をごろんと転がり、そっぽを向く。
「サズ?」
「……お、俺も」
紅潮させた顔を彼女には見せぬようにして、サズが口を開いた。
「?」
暫しの間、部屋の中に沈黙が流れる。
「お、俺もひとっ風呂浴びてくるわ!」
「あ、はい。いってらっしゃいませ。とっても気持ちが良かったですよ」
そそくさとした動きで風呂場へと向かうサズを、少女は満面の笑みで部屋から送り出した。
「ふぅ……」
腕の傷に沁み入ってくる湯の熱さ。
その心地良さに身を任せて、サズが深く息を吐く。
「治癒術も一つくらいは、真面目に覚えときゃあ良かったな」
一つところに留まることを知らなかったサズにしてみれば、習得までに多大な時間と労力を要する
魔術を身に着けるのは、中々に骨の折れることだった。
特に大きな都市の神殿に入ることが、正道な修練を積む為の入門とされている治癒術の習得は、
流れ者の彼には敷居の高いものだったので、いままで無理をして覚えることもせずにいたのだ。
サズはこれまでに、初歩的且つ実用的な魔術を数種類と、必須と判断した中難度の術のみを習得して
いたのだが、彼はいまになってその選択を少し悔やんでいた。
自分一人のことであれば、実力及ばず野垂れ死に、荒野に屍を晒すも仕方なし。
そう考えればそれで済むと思って旅を続けていたところに、フィニアと出会ってしまった。
(いまさら覚えてもかすり傷程度しか治せないだろうし、そんな暇もないけどな)
ぼやいても始まらない。
それはわかるが、一人になるとどうしても考え込んでしまう。
束の間、取り留めのないことに想いを馳せて、彼は湯船の中にその身を浮かばせていた。
風呂から上がり、サズが再び部屋に戻ると、そこではフィニアがなにやら熱心な様子で読書をしている
真っ最中であった。
「それもソシアラさんからのプレゼントか?」
「あ、はい。昔読んでいたものとかを、お貸しして頂いたのです」
余程に熱中していたのか、サズから声を掛けられるまで、彼女は彼に気付かずにいたようだ。
魔術に関するものはともかくとして、一般の本には興味を持っていないサズからしてみれば呆れる
ほどの本好きに思える。
「本当に、おっさんとソシアラさんには頭が上がらなくなっちまったな」
ソシアラがやたらとフィニアの世話を焼くのはなんとなくわかるとして、サズにしてみても少女を
目の届く場所に置いたまま、自らも生活の為に働けるなどということは願ってもいなかったことで、
その話のあまりの虫の良さに、最初の内は迷惑をかけるからと申し出を断ったほどなのだ。
それをソシアラは「平気平気」と安請け合いをして引き止め、結果二人はこの状況に至っている。
そのことには、いくら感謝をしてもしたりない。
それがサズの正直な気持ちであった。
(まあ、あのおっさんが傍にいたら、そう言いたくなるのもわかるけどな)
「サズ、そろそろ就寝の時間でしょうか?」
「ん? あ、ああ。そうだな。明日は店が休みらしいけど、かと言って夜更かししてもいけないしな」
別に良い子の見本になりたくてそう言ったわけでもなく、単に自分の疲れをとるつもりでサズは
フィニアのその問いかけに答えていた。
「はい。では着替えさせて頂きますので、少々お待ち下さいね」
「へいへい。俺は風呂上りだし、もうこのままでもいいや」
流石に慣れたとばかりに、サズは先に寝台の上に寝転がってフィニアが着替え終えるのを待った。
寝るときは一つの寝台で並んで寝ていたのだが、寝台自体が大きめな上に、慣れない仕事の所為で
疲れ切っていたサズは、緊張を感じる前に寝入ってしまう毎日だったのだ。
――今日もフィニアは本でも読みながら床に就くのだろう。
そんなことを考えて瞳を閉じていたサズの頬に、やわらかなものがふれた。
「うぉっ――って、フィニア、お前」
「サズ」
フィニアが驚きに目を見開くサズの名を呼び、今度はその唇にやわらかさを重ねる。
頬、額、耳、鼻先、目蓋――
不意打ちで思考の固まっていたサズへと、フィニアがソフトなキスの雨を降らせてゆく。
「サズのこと、大好きです」
一頻りそれを繰り返して、瞳を正面から合わせてくる。
サズの上に覆いかぶさる形でフィニアは彼に身を寄せてきた。
サズ・マレフには夢がある。
それは誰にも語ったことのない、胸の奥にのみ密かに秘めていた、男としての夢だ。
そしてその夢を叶える好機は直ぐそこに巡って来ている。そう彼は実感していた。
――穢れを知らぬ少女を、自らの手で自分好みに染め上げてゆく。
他人が聞けば思わず引いてしまうであろうその願望を、彼は確かに夢として持っていたのだ。
「フィニア」
愛しい人のその名を呼び返し、サズが少女の身体へと腕を回す。
さらりとした手触りを与えてくれる寝巻きの上からやわらかな弾力を愉しみ、強く引き寄せる。
フィニアの肩がぴくんと揺れる。嫌がる素振りは見せていなかった。
ほんのりと上気した彼女の頬を見てとり、サズは心にある目標を誓った。
――今日は舌を入れる。入れてみせる。
背中にふれていた手を一度離し、彼女のうなじへと絡めて頬を寄せる。
首筋から口元へかけて軽くふれてゆく程度にキスを移して、下唇をそっと吸い寄せた。
フィニアが身を震わせて顔を少しだけ傾け、より深く唇を交せるように動く。
――いける。
突き出された舌が、ついっと横に舐めるように動き、湿り気を帯びた唇を割り犯す。
「んっ……んむぅ、んんっ、んーっ!」
舌先でちろちろと歯茎を刺激され、思わず暴れる。サズが。
「ひゃず、ろうれふか?」
「ん、んむ、ひょ、ひょっほ……ちょっとまて、フィニア!」
ばっと横に顔を逸らして、サズがフィニアの舌先から逃れた。
「あっ、もしかしてやり方を間違っていたのでしょうか?」
制止の声をかけられ、フィニアが頬に手を当てて戸惑いの表情を見せる。
「いや、気持ちよかった――違うっ、そうじゃねぇっ! なんでお前、ディープキスのやり方とか
知ってるんだよっ」
「よかった、間違ってはいなかったのですね。勉強した甲斐がありました」
フィニアがほっと胸を撫で下ろし、サズがカチンと固まる。
(ベンキョウシタカイガアリマシタ?)
「あ、えぇと、ソシアラさんにいただ……」
「――っ、あの人はっ! なんてことしてくれんだっ!」
「え、え? なにか、ご不都合なことがあったのでしょうか」
硬直から脱して頭を抱え始めたサズへと、フィニアが再び戸惑いの表情を浮かべて詰め寄ってくる。
「べ、別にフィニアが悪いわけじゃねえよ。ただ、ちょっとこっちの計画というか、目論見がだな」
彼女の行動に悪意がないことだけはわかりきっていたので、サズはごにょごにょと口篭りながらも
それ以上の言及は避けておいた。
なんにせよ、フィニアが思っていたよりも積極的に彼に接してきているのだから、サズにして見れば
驚きこそすれ、残念に思うところは全くないはずなのだ。
「大丈夫ですか、サズ」
「ああ、取り乱して悪かったな。せっかくフィニアが頑張ってくれたのに」
「いえ、私も急に致してしまったので……あっ、ん――」
少女が言い終えぬうちに、サズがその唇に吸い付き、腰に手を回して体勢を横向きに入れ替える。
今度は、ちゃんと自分の方から入れてみた。
互いの唇と口内に舌を這わせ、その先端がぶつかるたびに絡め合い、犯し、犯されて。
ちゅぱちゅぱと子供のおしゃぶりのようにしてみたり、ずちゅずちゅと激しく求め合ったり。
息が上がるに連れ、火照りだした肌をテンポを上げてすり合わせて、二人は唇を交えていた。
「サズに、お願いがあるのですが」
心なしか焦点のぼやけて見える目をサズへと向けて、フィニアが口を開く。
「ん」
少女のおさげになった金色の房を指先で弄くりながら、サズが続きの言葉を待つ。
「その、ですね」
フィニアが寝巻きの脚の部分をほんの少しだけ捲り上げ、足首からふくらはぎにかけて白い素肌を
露にして見せた。
「脚を、サズの手でさわってみて頂けないでしょうか」
「どうしたんだよ、いきなり」
突然の申し出と、わずかな声の震えにサズが少女に問い返す。
心当たりはあったが、敢えてそれは口に出さずにいた。
「先日、馬車の乗せられてあの場所に連れて行かれた後に、その……」
「わかった。もうそれ以上は言わなくてもいい。聞いて、悪かった」
サズが震える少女の身体をぎゅっと抱きしめて、ゆっくりと頷いて見せた。
「あっ」
サズの広く逞しい掌がなんの前触れもなしに少女の膝下へとふれ、フィニアが思わず声を洩らす。
身をよじり、その手から逃れようとする彼女を、サズは敢えて強引に自分の方へと引き寄せる。
「んっ、ぅう、あ……ん、やぁっ」
「嫌か?」
指先を膝の裏側から上に沿って走らせ、布地の合間を駆け上がらせてサズは囁き掛けた。
「やっ、あっ――いやじゃ、いやじゃありませんっ。でも、声が、こえが出てしまいます……」
「なら、よかった」
サズがフィニアの脚から掌を離して、指先で髪をゆっくりと撫で付けてやる。
「もう、平気か?」
時間を置いてから、サズがフィニアへと問いかけた。
フィニアは、サズの胸へと頬を寄せている。
「不思議です。サズがするのは、温かいです。あの時は、怖くて、嫌で嫌で、たまらなかったのに」
溜めていた不安と恐怖を、穏やかな声で押し流し、フィニアが微笑んできた。
サズの胸にちくりとする痛みと、安堵の心地良さが同時に広がってゆく。
知らず、彼はフィニアの肩を抱き寄せていた。
「サズ」
「もう二度とそんな思いはさせねえ。絶対にだ」
サズにも未だ選ぶべき道は見えてはいない。だからせめて、覚悟だけは決めていた。
少女が、腕の中で頷いた。
なんとなく、そういう雰囲気なのかな、とサズは思っていた。
腕の中ではフィニアが自分を見上げて、ちらちらと視線を送ってきている。
なにかを迷っている。そんな印象だった。
その姿はとても可憐で愛らしく、それ故にサズはうろたえた。
(こういうとき、どうすんだっけか)
実のところ、彼はこれまでに女を買って抱いた経験はそれなりにあっても、異性と恋仲になった上で
男女の行為に及んだことは、ただの一度もなかった。
だから、いまの状況が所謂「いいムード」だとか「食えそうな感じ」といったものなのか、いまいち
判断が付けられずにいたのだ。
サズ自身、自分ながら情けない話だとは思ってはいる。
だが、その判断がサズの一方的な勘違いだった場合、彼女が感じていた性的な行為への恐怖心を再び
揺り起こし、最悪、トラウマを植えつけてしまう可能性があると思うと、やはり迷ってしまうのだ。
「……ん?」
葛藤するサズのシャツの襟を、フィニアがくいくいと引っ張ってきていた。
「あの、少し気になっていたのですが」
少女が遠慮がちに口を開く。
サズはそれに無言で頷き、後を促してやった。
「最近、サズは……その」
フィニアがそこまでを口にして、もごもごと口篭ってやや俯いてしまう。
その仕種が、サズには恥ずかしがっているように見えた。
――もしかしたら、やはりこれはそういうことなのか。
「フィニア、恥ずかしがらずにちゃんと言えよ」
期待を込めてサズが少女の髪を撫で上げてやると、フィニアがこくりと頷き返してきた。
「最近、その……されていませんよね」
フィニアが再び顔を見上げてきた。
サズの、自分なりに気取って見せていたつもりの微笑みが固まる。
フィニアは尚も言葉を続けてくる。
「以前もお聞きしましたが、その、殿方の生理にはそういったものがあると読んだ本にあったもので
やはりサズは無理をしているのではと、気になってしまい仕方がないのです」
彼女なりの気遣い。
サズがフィニアのその言葉をそう解釈するには、彼女の瞳はあまりにも期待の色に満ち過ぎていた。
「それで、もし宜しければなのですが」
なにかが、おかしい。
漠然とした不安に陥るサズの腕の中をすり抜けて、フィニアが寝台の脇にある引き戸付きの化粧台に
腕を伸ばす。
そして彼女はそこから一冊の本を取り出し、その表紙をサズに向けてこう言った。
「こちらの本に書いてある内容を、サズと私で実際に試してみるというのはどうでしょうか?」
本のタイトルにはこう記されていた。
――『続・夜の営み』――
夢は、夢にして終わった。
煌々と燃えるランプの光が、部屋の中を朱い色合いで照らし上げていた。
「うーむ。こんなのもあるのか」
「あ、サズ! これ、すごいと思いませんか!?」
「うっわ、えっぐぅ……それよりもこっちだろ、こっち」
「あ、いいですね。少しサズの方が大変そうですが、とても変わった姿勢で」
寝台の上にうつ伏せで隣り合った二人が、詳細な挿絵の付いたその本を、顔を寄せ合って読んでいる。
「しかし好奇心が強すぎるというか、なんというか」
サズが読んでいた本を両手で閉じて、元にあった引き出しの中へと戻す。
フィニアに勧められるままに読み耽ってしまい、既に三割ほどまでは本を読み終えていた。
なので、普段ならそろそろサズも眠くなってくる頃なのだが、今日の彼の目は冴えてしまっている。
「こんな話、誰にでもすんなよ。危なっかしい」
「はい。存じていますよ」
「本当かあ?」
嬉しそうに微笑んで自分を見つめてくる少女に、サズは内心、気が気でない思いをしていた。
――こいつはちゃんと俺が見てないと、一体なにを仕出かすかわかったもんじゃない。
独占欲から来ているその思いを、保護者的な責任感と勘違いしたままでサズが溜息を吐く。
フィニアがそんな彼を見つめてきた。
「存じています。サズ以外に、考えようとも思いません」
「う……」
決然とした口調で彼女にそう告げられ、逆にサズの方がたじろいでしまう。
フィニアは首をこてん、とサズの肩にもたれかけさせて、やや不機嫌そうに唇をつんと突き出した。
「サズも、私以外とはだめですからね」
「あ、当たり前だろ、そんなことは」
「どうでしょう。サズは格好良いですから」
預けた首をすりすりとシャツに擦り付けながら、今度はフィニアが溜息を吐く。
「……証明してやるよ」
独占欲剥き出しの少女の台詞に顔を赤くしたサズが、そう言って寝台の上に膝立ちになってみせた。
フィニアがころんと横に転がってそれを見上げる。
むくれた顔と嬉しげな顔とが見つめ合う。
「どうぞ、存分に証明されて下さい」
寝台の上で軽くお辞儀の真似をしてみせて、フィニアがその双眸をゆっくりと伏せていった。
朱い光の生み出していた影が、真っ直ぐに崩れ落ちる。
髪にふれられることが、サズはあまり好きではなかった。
率直に言えば、嫌いだったとすら言ってもいい。
――血髪、狂い火、穢れ憑き、忌み児……
石は、痛いのだ。
投げつけられるのも痛いが、髪を掴まれ、硬い石の上に叩きつけられるのは、もっと痛い。
だから隠し続けた。目深にフードを被ると、それで色々と落ち着いた。
正面から見つめられるのも、苦手だった。
目が合えば、そこに映るのは大抵が奇異の眼差しか、不吉を避けようと顔を背ける姿だったからだ。
吐息を堪える唇をきつく吸うと、青い瞳が穏やかな光を注いでくる。
頬にあてがっていた指を滑らせ、艶やかな金色の髪へと差し込んでいくと、それに応じるように
彼女の指先もくしゃくしゃと掻き回してくる。
それがサズの中で積み上げられてきた価値観をぐわらぐわらと揺すり、千千に砕いてゆく。
得れば、またそれを失うのが怖い。
だからいつもそこを選び、自ら打ち捨ててきたのに、いまはそれができない。
「んぅっ」
「フィニア」
加減ができない。幼い子供が欲しいものに迷いもなく手を伸ばし、倒してしまうかのように。
「あくっ、ぅう、あ――」
「そんな声で鳴くな。手荒にしちまう」
少女の漏らす吐息よりも荒い息を吐いて、サズがその手を下へと向けて這わせてゆく。
やわらかなふくらみを覆い隠す布切れのボタンを、手馴れた手つきで外して遠慮無しにまさぐると
フィニアの全身がびくりと大きく震えた。
「ぅ、あぁ……んぅ、んぅんっ」
「感じるか。一丁前に声なんか出しやがって」
「サ、サズっ……あっ、んぅっ、あぅ……」
乱れた寝巻きの隙間から抜けるような白さの乳房が覗き、その光景がサズの心の昂ぶりをより一層
強く燃え立たせる。
「あ、はぁ、あぁ……んっ!」
「脱がすぜ。暴れんなよ」
「う、あっ、あぁ、はっ、はい――あっ!?」
背後から乳房を抱えられるように掴み上げられて、フィニアがぶるりと身震いをする。
サズの手が、暫くの間ふにふにとしたその感触を愉しんでいたかと思うと、いきなり左右へと滑り
薄手の生地で織られた寝巻きを、一気に割り開いた。
「うぁ……うぅっ」
暖かな色合いの光に照らし上げられたそれが、羞恥の震えにぷるぷると小さく揺れる。
先端は淡い桜色を見せ、その周囲のふちは肌と大差のないほどの薄さだ。
沸き立つ興奮を抑えきれず、サズがその頂きに指を伸ばす。
「乳首小せぇなあ、お前」
「っ! あっ、やですっ、そゆこと……ぅああ」
「……声、目茶苦茶そそるな」
サズが性急過ぎる自分を落ち着けるつもりで叩いた憎まれ口に、フィニアが過敏な反応を見せる。
理性の箍が弾け飛ぶ前に、サズは少女の口元をやさしく塞いでやった。
寝台の上には、上着を脱ぎ捨てた男とショーツ以外の着衣を脱がされた少女とが横たわっている。
互いの肌を密着させてキスを幾度となく繰り返していたので、呼吸は異常なまでに荒い。
「また、脚さわってもいいか」
さわさわとヒップのラインを撫で付けられていたフィニアが、その問いに小さく頷く。
「さっきより、もっと恥ずかしいところまでさわるからな」
「ぅう、サズ、意地悪です」
「嫌なら、ちゃんとそう言えって」
からかうような響きのその声に、今度はかぶりを振る。
「あぅ、あぁ……ひぅ、あっ、やあぁっ……」
指先が下り、膝の裏まで達したところで折り返し、きつく両脚の閉じられた内ももへさしかかる。
その都度、フィニアは声を高く、小さく、大きくと不規則に変化させて身を戦慄かせる。
「なぞってるだけだぜ? そんなに声上げてどうすんだよ」
「うぅ……で、でも、ぞわぞわがっ、ぞわぞわがとまらないのですっ」
内股にできた少女の溝の部分に薬指から掌を割りいれて、サズが呆れた声でフィニアを責め上げた。
「いいね、その例え」
ぞくぞくとしたものを首筋に感じながら、サズは尚も執拗に指先をくねらせる。
反射的なものなのだろう、フィニアはそこに片腕を伸ばしそれを堰き止め、もう片方の腕でサズの
肩へと抱きついてきた。
「お姫様の正門は流石にガードが固いな。でも、こっちが空いてるぜ?」
サズがにやりとした笑みを見せて、少女の胸元へと顔を近づけた。
「んぅ、く、ぅう――あっ!? やっ、あっ、ああっ、うぅぁあっ」
びんっ、と少女の背中が反り返り、跳ねる。
それまでの押し殺そうとするかのような声とは明らかに質の違う声が、その唇から発せられていた。
湧き上がるなにかを堪えきれずに漏らしてしまう、怯えの声だ。
「指じゃなくて舌が最初ってのも、中々に乙なもんだな」
「サズ、すわないでっ、さずっ――うぁっ、あ、ああっ」
とっておきだったとばかりに、サズが少女の胸の頂きに遠慮なくむしゃぶりつく。
たっぷりと唾液をまぶし、硬くなり始めた乳首を舌先で押し潰し、更に大きなものへと変えてゆく。
「あぅっ、あ、ああっ、やぁっ」
「見てみろよ、フィニア。お前のここ、色が変わっていってるだろ? 形の方はもっとすげえけどな」
「いやぁっ、さず、いじわるっ、さずのいじわ――ぁあっ、ひっ、あっ、ひぐっ」
金色のポニーテールを、首を俯かせていやいやをするように振り乱して、フィニアが切なげな声を
あげ続ける。
「エロ過ぎだろ、お前。初めてだってのに、そんなに大きな声で喘いで。この分じゃ下の方も、もう
濡らしまくってるんじゃねえのか」
「やぁっ、サズ、サズの声、こわいですっ、いやですっ」
少女の頬に一筋の光が流れた。
悲鳴にも似たフィニアのその声に、流石にサズが正気を取り戻す。
「わり、調子乗りすぎた。泣くなって」
「うぅ、ひっ、ぅくっ……い、いまのは本に載ってないやり方でした」
涙目になってしゃくり上げるフィニアの目元に唇を乗せ、サズが自らの行き過ぎを詫びた。
いまのは結構危なかったと、サズが心の内でそっと胸を撫で下ろす。
少女の声と身体の反応が、何故だか異常なまでにサズの加虐心を煽るのだ。
「いま、結構酷いこと言ったりしてたか?」
「よくわからなかったです。でも、本当に意地悪で、少し怖かったです」
「……悪かった」
首筋に抱きついてきた少女の肩を、ぽんぽんと叩いてサズが半身を起こした。
「あっ」
サズと一緒になって引き起こされたフィニアが、向かい合う形で寝台の上に座り込む。
「正直に言うとな。ちょっと自分を抑え切れる自信がない」
こつんと額と額を合わせて、サズが素直な思いを吐露した。
フィニアは若干気後れした表情を浮かべながらも、それに耳を傾ける。
「お前を傷付けないようにしたいけど、この先に進んだらもっと酷いことをするかもしれない」
「……サズは、私とされたいのでしょうか」
「したい」
不安げな面持ちの問いかけに、サズは躊躇うことなく答えた。
フィニアが視線を落して、すぅ、と深く息を吸う。
「これも、本にあったのですが」
視線は落したままだ。ふれあう額は離さない。
「……私は初めてなので、サズの言われる『酷いこと』というのは、なんとなく、知っています。でも、
それで男性の方が満足されるのだということも、知ってはいます」
たどたどしく、ぽつりぽつりとフィニアが言葉を紡ぐ。
サズは微動だにせず、それに聞き入っていた。
「ですが、本当のところは良くわかってはおりません。本を読んで想像していたのと、実際にこうして
サズにして頂くのとでは、違いすぎます」
口を開くたびに、形の良いまつげがちりちりと揺れるのがサズにはわかった。
こんなに彼女の方から一方的に話しかけてくるのは初めてのことだったが、別にそれに驚きもしない。
「できるのでしょうか。私に、貴方を満足させることができるのでしょうか」
「できる」
「……自信がありません」
「できる。お前にしか、できない」
その言葉の力強さに、伏せがちにされていた目蓋が押し上げられ、青い双眸が顕わになる。
サズが胸の内に溜めていた気を、一気に吐き出した。
「お前しか抱きたくない。お前でないと嫌だ。俺は、お前が、いいんだ」
駄々を捏ねる子供のように捲し立てた。
気持ちを伝えるのは苦手だった。だから届いたと思えるまで、只管に繰り返した。
「私も、サズがいいですっ」
フィニアが弾けたように顔を上げる。
「私もサズにして欲しいですっ、私もサズと――んぅっ」
「女の子が、あまり大きな声で言うなよ」
唇に身勝手な押し付けをして、彼はゆっくりと少女の身体を組み伏せていった。
押し付けたはずの唇が、いつの間にかやわらかく包み込まれ、吸い寄せられてゆく。
(こいつキス好きだなぁ)
心地良さと再び沸き立ってきた熱を感じていたサズが、ふとそんなことを考えた。
「ん、さ、サズ、あ、あぁっ」
「じっとしてろって。そら、ここで右膝、上げろ」
サズの口がフィニアへと矛盾した指示を与えて、リボンの付いた白いショーツを脱がしにかかる。
「お、これ見てみろよ。フィニア」
「え……!? やっ、やですっ、見せないでくださいっ」
「ちげぇって。ほら、ここだ、ここ」
サズがフィニアの足先から抜き取ったショーツを片手で器用にひっくり返し、その中央の部分に
僅かにできた透明の染みを見せてやった。
それを見たフィニアの顔が、瞬く間に赤く染まってゆく。
「あぅ」
「勘違いすんな。本でなかったか? 女が気持ち良くなるとこういう風になるって」
「……あ、そういえば、あったかもしれません」
頬は赤くしたまま、少し落ち着いた感じのフィニアが首を縦に振って答える。
「ですが、どうして……あっ、ぅう、くぅ、あぁっ」
「こうすると、さっき言っていたみたいにぞわぞわするだろ?」
サズがフィニアの内ももに掌を差し入れて、すべすべの触感を愉しんで問いかけた。
その一撫で一撫でに、少女の声と身体が震える。
「ん、ぅあ、はっ、はい……ぞわぞわが、しますっ」
「で、だ」
「うぁ、あ、んっ――あっ!?」
フィニアの身体を抱え込むようにした体勢で、首筋にも唇をふれさせ、サズが掌を上の方へと動かす。
「さ、サズ」
恥じらいと戸惑いの感情をない交ぜにして、フィニアがサズの顔を見上げる。
サズの掌は、彼女の股間のやわらかな茂みを包み込むようしてふれていた。
そしてその一番下の方を覆っていた中指が、彼女の肌を軽くノックする動きで跳ねる。
「――っ!」
「わかるか? いまのでここが濡れたんだ」
あまりに恥ずかしさに声も出てこない少女の耳に唇を寄せ、サズがやさしく囁く。
ちゅく、ちゅくっと小さく、しかし確かな音を立てて指先が踊り続ける。
「ぬ、ぬれて――?」
「そうだ。お前の身体が、俺を受け入れられるっていう証明だ。ちゃんと、できている」
「ぅあ、あっ、あぁ、う、うれし、嬉しいですっ……ああっ、で、でも、すごくはずかしいですっ」
「合格だ」
フィニアがその身体を縮めるようにして、びくびくと細かな反応を見せる。
その耳たぶに、サズがかぷりと甘噛みをした。
「ひんっ! あ、あっ、ぞわぞわ、下も、うえもっ」
少女がその唇から切なげな響きを洩らすと、それに呼応するかのように股間から漏れる水音も大きな
ものへと変わってゆく。
「やばいな。いま直ぐにでも、ぶち込みたくなってくる」
その様子に、サズは思わず唾を飲み込んで率直な思いを口にしてしまう。
「ま、そういうわけにもいかねえしな」
「ひゃん!?」
意識的に口調を変えて、サズが唐突にフィニアの下側に身体を移動させた。
顔を少女の膝の上の辺りに、姿勢は寝台の上に膝をついてやや猫背になって腰を落ち着ける。
「準備するからな。楽にしとけ」
「は、はいっ」
明らかに楽にはしていないフィニアの返事に苦笑してから、サズが腕を彼女の股の間に通していった。
いくらその気になったところで、やはり目の前の少女は初めての身体なのだ。
欲望に煮え返りそうになる頭にそう念押しをして、サズは指先での愛撫を開始した。
「んっ」
まださらさらとした手触りの透明な愛液を指ですくってやるだけで、フィニアは肩を震わせてしまう。
サズがそこに覗き見るようにして顔を近づけた。
「可愛いな、フィニア」
そのサズの言葉に、フィニアがはにかんで答える。
だが、それは彼女の反応を指して出た言葉ではなかった。
それを示すように、彼の視線は己の指先へと注がれている。
「――あっ!?」
フィニアがその視線と言葉の指し示していた意味に気付き、声をあげた。
「だめ、だめですっ、そんなにじっと見ないで下さいっ」
「暴れんなって。ここも大丈夫か、チェックしているところだからよ」
「あうぅ……な、なんだかずるいです。うぅっ……」
もっともらしいその口振りを前に、フィニアは顔を手で覆いながらも直ぐに従ってしまう。
「いい子だ」
サズが穏やかに微笑み、閉じ気味にされていた両膝をぐっと割り開いた。
見ればそこには、頭髪に較べ色の薄い茂みが、少女の秘裂の上にこんもりと生え揃っている。
一本一本の髪質は恐ろしいまでに細くやわらかで、サズが指先でふれてみても羽毛に包まれたような
手触りを僅かに返してくるだけであった。
その下にある部分にも、当然目を奪われる。
恥丘は大きめでぷっくりと盛り上がっており、それに挟まれてぴっちりと閉じた女性器の外見は、
正しく一本の艶やかな筋にしか見えない。
だが、サズが目を奪われたのはそこにではなく、彼が指先を微妙に動かすたびに、閉じた唇を微かに
開かせてぴくぴくとピンク色の花びらを覗かせるその反応にこそ、目を奪われていたのだ。
「――ないでしょうか」
突如投げ掛けられてきたフィニアの声に、サズがびくりと体を仰け反らせて顔を上げる。
「え、あ、悪い。ちょっと、ぼぅっとしてた」
「あ、はい……その、おかしくはなかったでしょうか」
我に返ったサズへと、フィニアが再び問いかけてきた。
恥ずかしさの所為か、伏せがちにされた両の瞳の端には涙が浮かべられている。
サズが言葉を詰まらせた。
(すっげえ、やらしかった)
その感想を流石に言葉にするのは控える。
「綺麗だった」
そう思ったのも事実である。
「よかったです……本に載っていたのと、全然違っていたので心配でした」
緊張がとけたのか、フィニアが小さく溜息を洩らして微笑んだ。
(やっぱ、少しは自重しないとな)
率直な感想を口にしていたら、多分また泣かせていただろう。
そう思ってサズは少しだけ頭を冷やした。言葉で色々と愉しむのは、今後に取っておくつもりで。
「お、そうだ」
そんなことを考えていたサズの脳裏に、ある思い付きが閃いた。
「フィニアに、本と違わないのを見せてやるよ」
「え、なんでしょうか?」
サズの言葉に、フィニアが青い瞳を好奇心に輝かせる。
彼女の問いかけには答えずに、上体を起こしたサズがズボンのベルトに手をかけ、悪戯っぽく笑った。
「……あっ!」
フィニアが声をあげ、また顔を両の掌で覆う。
同時にサズが佩いていたズボンを、下着ごと勢い良く引き下げた。
「ぅう……わ、あっ……うぅー、あっ、わ」
「いや、見るのか見ないのかどっちかにしろよ」
指の隙間からチラチラと自分の方を覗き見るフィニアに、サズが苦笑いでそんな指摘を飛ばす。
見られていたのは、当然サズの股間で元気を良くしていた自慢の一物だ。
フィニアの顔には、恥らいと驚きが浮かび、目には好奇の光がありありと映っている。
「これなら、本のと同じだろ?」
「確かにそうですが……思っていたよりも大きいので――あっ、すごいっ、いま、びくんって!」
「いちいち、解説すんな。ほれ、見てばかりじゃなくて、さわって見ろよ」
「え?」
フィニアの口が、ぽかんと開く。顔を手で覆うのも忘れてしまったようだ。
(こいつ、面白いなぁ)
苦笑が治まらない口元に思わず手をあてて、サズが自身の股間をぐいと前に突き出した。
「……平気でしょうか?」
「ちゃんと洗ってるけどな」
「あ、いえ。先端の方などが、赤くてひりひりしてそうなので」
チラ見していた割には、フィニアは妙に細かいことを気にして躊躇している。
しかし、その手は既に胸の前でうずうずと動かされていた。
「折ろうとしたりしなければ、別にどうってことないと思うけどな」
「――わかりました」
その手が、意を決して伸ばされる。
ひんやりとした感触が、サズの肉茎を押し包んだ。
「わ、わっ、すごいです。びくびくしてますよ、サズっ」
「……そっか、言葉で責められるのってこんなに効くんだな。反省するわ」
「おぉ、お、大きくなりましたっ、それに硬く」
いきなりの鷲掴みと実況解説に、サズは思わず部屋の天井を仰いでしまう。
ぺたぺたとさわられるのも中々に気持ちが良くはあるのだが、羞恥心の関係からそろそろ解放して
もらおうと彼が思ったときに、それはサズを襲ってきた。
「うぉ、ちょ、フィニア」
唐突に、フィニアが指先を前後に動かし始めたのだ。
(これも本にあったのか?)
熱の入ったその動きに、サズがそんなことを思いつつ、浅い溜息を洩らした。
「変です」
「って、俺のも変なのかよ」
ぽそりとつぶやかれたフィニアの一言に、サズが抗議の声を上げる。
しかし、少女は不思議そうな表情で顔を見上げ、指先の動きを繰り返すのだった。
「変なのです。私、男性の方のを拝見するのは初めてなのですが、サズのに、なんだか見覚えがある
ように思えてならないのです」
「……」
サズが絶句する。
白く細い指の感触がどうのとか、かかる吐息の気持ち良さとか、初めてのぎこちなさがまた良いとか
そんなものは全て頭の中から吹き飛んでいた。
(まさか、この間のことを覚えてんのかっ!?)
驚くより他にない出来事だった。
前回の襲撃時に、彼女は確かに何らか霊体に憑依されて、その肉体を乗っ取られていた。
使役する為の降霊状態ならば、術者が自らの意識を残した上でその力を振るうことができるはずだが、
意識を乗っ取られる形で憑依された人間の方に、その間の記憶が残るという話は聞いたこともない。
しかも乗っ取りを果たしていた霊体は、異常なまでの力を持っている相手だったのだ。
相手が遊ぶつもりがなければ、確実にサズも命を落としていたと判断している。
(俺の呼びかけに反応を示したのは、憑依がとける直前だった。なら、完全に乗っ取られている間の
記憶があるのか……)
サズが思考に没頭する。
(そういう体質なのか、それとも文献に載ってなくても、在り得ることなのか)
半憑依、半覚醒――半化生。
その状態を無理矢理に指し示す言葉を脳裏に浮かべて、サズはそれを強引に振り払った。
忘れた。
無責任なことなのかもしれないが、いまここで思い悩んでいいことだとは思えなかったのだ。
なにかあれば、自分の手でどうにかしてみせる。無理矢理、そう考えた。
「サズ?」
「ん。本、一杯読んだからな。無意識に思い浮かべてたんだろ。それより、それ気持ち良いぜ」
「……ふふ、ありがとうございます。お褒めに預かり光栄なのですよ」
「欲を言えば、もうちょい裏のとこをだな」
「注文が多いですねぇ」
一頻りじゃれあって、二人はくすくすと笑い声をあげた。
思っていた以上に、彼女は飲み込みが早い。
「っく、フィニア……そろそろ、お前の方を」
初めは撫で上げるようにして指を動かしていたのを、サズの反応を見てとってなのか、次第に強く
大きな動きへと変えて、フィニアはそそり立つ肉茎を責め上げていた。
「やです。サズの顔、ちょっと面白くて、これするの、楽しいです」
「おいおい、その調子で動かされると……っぅ、く、こら、フィニア」
「わ、先のところが濡れてぐちょぐちょですね。私と、おんなじです。ふふっ」
はぁ、と熱い吐息を膨れ上がった肉茎へと吹きかけて、少女の指先が尚も踊る。
サズは手を金色の髪にかけてその刺激に耐えていた。
「これですよね。サズが、夜中にされていたのは」
愛おしむような指使いで肉茎への愛撫に強弱をつけ、フィニアが問いかけてくる。
「……覗いてたのかよ」
「申し訳ありません。名前を呼ばれていたので、気になって一度だけ」
「ばっ、よ、呼んでねーよっ!」
「おりましたよ? ふぃにあ、ふぃにあって、可愛らしい声で」
「――っ!」
赤面して身体を硬直させたサズの様子に、フィニアがくすくすと笑って手の動きを速めた。
「うっ、くふっ……」
「それで、こんな風に激しくされて。いまのように、苦しそうでしたが、とても熱心なご様子だったので
終わるまで、ずっと眺めておりました」
にちゃり、という淫靡な音を立て始めた肉茎にフィニアがそっと頬を寄せる。
サズの息は荒い。少女の言葉を聞くも、心此処に在らずといった感じだ。
「気のせいかそのときよりもサズの、大きいですよ。ずっとされていなかったからなのでしょうか?」
実は思いっきりしてもらっていたのだが、そんなことを告げる余裕もサズにはない。
そろそろ本気で中断させないと不味い、という思いがあるだけであった。
だが、少女のやわらかな指先が与えてくる快感からは逃れがたく、身を離すこともできずにいる。
「サズ」
「ん、く……な、なんだよ」
「――頂きますね。失礼いたします」
なにを、とフィニアの顔を覗き込もうとしたサズの肉茎を、ぬるりとした感触が包み込んだ。
「うぉ!? ふっ、うぁ――フィニアっ!」
「ん、んむっ、んぅ……ぅむ、ん、ぅん゛っ」
サズの腰がびくりと跳ね、そこに口を寄せていたフィニアがくぐもった響きで喉を鳴らす。
下の唇が雁首をちゅるりと飲み込み、舌先が亀頭の鈴口をやさしく嘗め回している。
「ちょ、お前なにいきなり……うっく、やべぇって」
「んぅ、んくっ、んむぅ――ぅむ、ぅ、ぷぅっ」
「うあっ!?」
ちゅぽんっ、という大きな水音を立ててフィニアがようやくその唇を、サズの肉茎から離した。
サズが大きく肩で息をつく。
興奮と驚きから、早くも達してしまいそうになっていたのだ。
「苦しかったでしょうか?」
フィニアの声に詫びるような響きはない。
どちらかと言えば、それは行為の正当性を確かめる為に口にした言葉であったからだ。
「フィ、フィニア……」
サズがやっとのことで少女の名を口にした。
――嫌な予感がしていた。
「ぼんやりとはですが、覚えているのです」
「……お前が、悪いわけじゃねぇ。あれは、事故だ」
「サズのそういうところも、好きですよ」
悲しげに少女が笑った。
白を切ることをせずに、自分と向き合って話をしてくれるこの男が、彼女は大好きだった。
黙っていた自分を、碌に話もせずに一方的に責めてくることもしない。でも、厳しい。
子供扱いをしてくることはあっても、決して軽く見てきたりはしない。できないものはできないと、
できるものはできると、正直に言ってくれる。
――自分は化け物だというのに、好きだと身体で以ていつも教えてくれる。
「二度、ああいう風になったことがあります」
男の顔に、驚きが浮かぶ。でもそれは、恐れや嫌悪を露わにした貌ではない。
「一度目は、六つのとき。もっと力の弱い邪霊に。怪我人も出たそうです」
影で話されることはあっても、自分からは口にしたことはない話を少女は始めていた。
「二度目は、九のとき。禍神でした。意識もあって、沢山の人を傷つけたのを覚えています」
巫女と言われ始めたのは、それからだった。
王族の直系の血筋でなければ、葬り去られて然りのその出来事に、周囲の人々は口を揃えてまだ幼い
彼女のことを、闇の巫女だと讃えて恐れ敬ったのだ。
それからは巫女としての修練の日々に明け暮れ、無意識の内に身体を奪われることもなくなっていた。
もう、二度と身体を乗っ取られるようなことはないと信じていたかった。
「今度のは、殆ど意識もありませんでした。ただ、深く暗い闇の中で閉じこもって震えていたのに、
サズの声が聞こえてきて……それで、そこからは」
「あいつは俺が追い払った。また出てきても、何度でも必ず追い返してやる。襲ってきた奴らにしても
自業自得だ。お前を助けるのに、六人やるところだったのが、五人になっただけの話だ」
赤い瞳が見つめてきて、逸れない。姉以外全ての人が、自分を知ったときには、逸らしてきたのに。
なにも知らぬ少女の振りをして、騙し続けてきたというのに。
「続き、しようぜ」
サンドウィッチを食べ終えたときの、その笑顔で彼は明るく言ってきた。
「サズ、私」
「お前が嫌だって言っても、もうやめないからな。それくらい、さっきので興奮しちまった」
「……はいっ」
フィニアが昼間の元気さを取り戻して、笑顔でそれに返す。
「あ……ちいさく、なってしまわれましたね」
「流石にあの空気でおっ立てていられるほどには、俺も太くないからな」
「……可愛い」
彼女の指ではその胴回りを掴みきれなかったサズの陰茎が、小さくなって下向きに垂れ下がっていた
ところに、フィニアは思わず頬をすり寄せた。
「か、可愛いはなんか傷――っ、ぉっと」
「おおきふ、ひれあれまふね」
上目遣いになって悪戯っぽい笑みを浮かべるフィニアに、サズのものはそれだけでたちまちのうちに
硬さを取り戻してしまう。
「んっ、んぁ――あっぷっ」
「うん。もう十分だ。ありがとな、フィニア。後は俺にもお返しさせてくれ」
こく、とフィニアが頷いて寝台の上へと身を倒した。
サズがそれに折り重なって、舌先を白い肌の上へと這わせる。
震える身体は、唇が暖めてくれた。
例えそれが、互いの身を相憐れむ同情なのだとしても、確かに暖かく感じた。
「あっ、ぅく、あ、あっ――やぁっ」
「びちょびちょだ。フィニアのここ。ほら、ピンク色のが見えるだろ? 本と一緒だ」
「あぁ、ぅう、う、嬉しいですっ、さずが教えてくれるの、うれしい――」
肌の至るところに大粒の汗を、愛撫を受ける秘裂に大量の滴りを溢れさせて、フィニアが悦びの声を
漏らしてゆく。
「ん、あっ、な、なにか……ひんっ!?」
赤く、こりこりになってしまった乳首を指先でピンときつく弾かれ、身体と声が弾ける。
「指、入れるぜ。息はいて、膝の力抜け」
初めてが痛いというのは、フィニアも知識の上では知っていた。
サズもそれを気遣ってくれているのだろう。自分の身体がどろどろになるまで、時をかけ、己を抑えて
ときほぐしてくれたのが、彼女にもわかっていた。
「あ、んぅ……っ! んぅっ! ん、あっ、ぐっ!?」
「――これ、咥えてろ」
「ん、あ……んむぅ」
サズが上体を起こしてフィニアの唇へと、白く泡立った愛液に濡れた中指を突き出した。
フィニアが躊躇も見せずにそれを咥え込み、ねぶるように吸い付く。
「んっ! ん、ぃ、ぁぎ……んぅっ、んっ、んぅうっ」
フィニアの陰唇へと差し込まれていたサズの指がじわじわと奥に突き進み、その深さを増しては縦に
くちゅくちゅと動いて彼女の花びらを開かせてゆく。
サズの指先がきつく噛まれる。サズはそれに動じなかった。
「もちょい、奥いく。噛むの遠慮すんなよ」
「ぅん――あっ、い゛ぅっ! い゛あ゛っ、あああ゛っ! んん゛っ!」
「――くっ」
血の味が広がる。身体に、裂けるような痛みが走った。
痛みが、なんだ。そう思ってもそれは決して消えてはくれない。
心が折れそうになるほどの、強い痛みがみぢみぢという音を伝えて少女を割り開く。
「さ、さずっ! あ゛っ、んぅ! ひっ――んむっ、んんっ、ぅんっ!」
唇を温かなぬめりが舐め上げていった。胸が潰さされそうになるくらい、きつく揉まれるが、それが
どこか気持ち良い。股の付け根はからは痛みしかやってこない。
「なんで、そんな声まで可愛いんだよ。お前」
呆れたような、愛おしむような男の声。身体でないどこかを震えさせる声。
「んっ、あぁ゛っ、ぅぐ、ああ――」
サズの指先が、押し進むのをやめてゆっくりとした抜き差しへと変わり始めた。
無論、それでも少女の痛みはやまない。
だが、フィニアはそれに気をかけるよりも、血の味がする口の中でサズの指先を癒そうと懸命に舌を
動かし始めていた。
「ごめんひゃはい、さふぅ……んぅ、いっ、あぁ」
「お前が謝んな。普通、逆だろ」
普通じゃないのだから、これで普通なのだ。
そうフィニアは思い、ちゅぱちゅぱと指の傷跡を吸い続けた。
「んぅ、いぅっ、あっ……んむぅ、んんっ」
サズの指先に舌を絡ませていた、フィニアの声に少しずつ変化が現われ始める。
しかしその変化に気付くよりも早く、サズは少女の中で起こり始めたもう一つの変化に気付いていた。
彼の指先へと絡み付く舌先の動きに合わせるかのように、フィニアの肉の襞がサズのもう片方の指へと
少しずつ絡み付き始めていたのだ。
「フィニア。口で指咥えるイメージで、下の方もやってみろ」
「――んっ」
フィニアがこくりと頷いてその動きと連想に没頭してゆく。
じゅく、と溢れ出す蜜の量が増え始めた。
「んぅ、んっ、んくっ……ぅむ、ぅうっ、うぁ」
「下、見てみろ。ほら、こんなに動かしても平気だろ?」
「んっ、ぁ、はっ、はいっ、んっ、んむっ、あ、あふっ、ぅああ……」
言うほどに、サズは指を動かしてはいない。膣内へと差し込んでいない指を大きく動かして、そう
見せかけているだけだ。
だが、それでフィニアは受け入れることができたのだと安心することができた。
――好きな人を受け入れることが、果たして自分にできるのだろうか。
彼女のそんな昏い想いを男は簡単に吹き飛ばしてくれた。
「さ、さずっ、きてくださいっ。わたし、わたし平気です、大丈夫ですっ」
平気。大丈夫。
心の中で思ってはいても、念じてはいても、あまり口にすることのなかった言葉だった。
それをいまでは当然のように口にすることができる。
腕を伸ばした。伸ばされてばかりの日々だったのに、それも当たり前にできる。
嬉しいのに、嬉しくて堪らないのに、涙が出てしまいそうなのが、彼女にはとても不思議だった。
「次はもっと痛てぇぞ」
からかうような笑みで、サズが脅しの言葉を口にした。
「うぅっ!?」
フィニアが怯む。あんなに痛かったのに、まだ、と反射的に声が出てしまったようだ。
「ま、やめねえけどな。痛い、痛いって言うまで、やめてやらねー」
「い、いたいなんて言いませんっ! いまも、言いませんでしたっ!」
「泣き虫だから、仕方ねえと思うけ――い゛っ、あた、噛むな! おいっ、噛むなって」
「う゛う゛ぅ゛ーっ!」
膝立ちになっていたサズに組み付き、フィニアがその腕に噛み付いて抗議の唸り声をあげた。
「ちょ、いっ、こ――のぉ!」
「きゃんっ!」
腰に手を回され、フィニアがサズの身体にぐいと引き寄せられる。
サズが器用にその下に回り込んで寝台の上に倒れ込む。
「よし、じゃあ、するかんな」
とん、と腰の上に少女の身体を乗せて体勢を落ち着け、そう宣言した。
フィニアが、お辞儀に見えるほどに首を縦に振ってみせた。
「もちょい、上、っていうか、前。……そう、そこ。わかるか?」
「はい……んっ、できそです」
少女の身体にはわざとふれずに、サズは事細かに指示を出していた。
フィニアが己の腰を浮かせた姿勢で彼の上に跨り、そそり立つ肉茎に指先を伸ばす。
「すごく、熱くなっていますね……」
「流石に、これで興奮しないのは無理だからな」
ぴと、と指先で雁首を掴まれて、サズが溜息混じりに返答する。
白い指先の直ぐ上には、桜色の割れ目をわずかに覗かせる、フィニアの未成熟な女性器があるのだ。
先端だけその姿を現している小さなクリトリスにはまだふれてもいないが、他の部分はたっぷりと
こねくり回して、自らの手で濡らしてやったのを思い返すだけでも、生唾がじわりと溢れ出てくる。
「で、では――あっ!?」
「わりぃ、やっぱ我慢できなかった」
あっさりと方針を変更して、サズがフィニアの腰のくびれへと手を伸ばした。
「サ、サズっ、あ、ま、まだ心の準備が」
「身体の方はできているから、後は勢いだ。勢い」
がっちりと腰を手に掴まれ、慌てたフィニアが身体をがくがくと前後に揺らす。
ポニーの髪がゆらゆらと揺らめき、ランプの放つ朱い光を乱れ返した。
「力抜けって。いくぞ」
「そ、そんな、きゅ――あっ!?」
サズの肉茎がフィニアのてらてらと光りを放つ割れ目に、ぴたりと添えられる。
にち、みちぃ、と恥丘が左右に輪を作るように押し広げられ、亀頭の先端がわずかに姿を消す。
「あっ、は、はいって」
「さっきの指の、思い出せ。できるだろ?」
「――はい。やってみます」
サズのその言葉で、フィニアの顔から瞬く間に動揺の色が引いてゆく。
ボリュームのある亀頭の根元が割り開かれたピンク色の襞に、ずぶりと飲み込まれた。
「んう゛っ!」
「もう、細いとこは超えたぞ。後は同じようなのばっかだ。指が二本だと思って、飲み込んでみろ」
「あ゛っ、は、はい゛っ」
ぷちぷちとした硬い内壁の感触が、わずかにやわらかくたわんで亀頭を押し包む。
フィニアの腰を掴んでいたサズの指先が、ひりひりと痛む。力を入れて、血が滲む。
「あ゛っ! うぁ゛っ! あっ、あ゛うっ!」
少女の金色の髪がばさばさと左右に振れ、胸のふくらみが戦慄くように揺れ動く。
みち゛ぃ、と正しく処女地を開いてゆく音が伝わってきそうなほどに、サズの肉茎に強い痺れが走る。
「手、離すぞ。後は自分でやってみろ」
サズが荒い息を吐いてフィニアの腰から手を離し、揺れる膝をそっと下から支えた。
彼女自身の意思で降りてくれば、それを受け入れられる程度の僅かな支えだ。
しかし、フィニアは彼が予期していた動きとは違う行動に移る。
「う゛、あ゛、あぁっ、さ、さずっ」
咽び泣く声に、甘い囁きを混ぜ込んだような叫びで、少女は己の身体を男へと向け投げ出していた。
「うぉっ、と」
サズの顎先に、フィニアの熱病にかかってしまったかのように火照りきった顔が迫ってきた。
打ち込まれるようにして彼女の膣内に入り込んでいた肉茎が、ずるりと入り口付近にまで移動する。
「さず、さずっ」
「フィニア。ここだ、俺はここにいる」
うなされるように自分の名前を呼び続ける少女を、サズがぎゅっと抱きしめた。
額にキスの雨を降らせると、フィニアはほうっと吐息を漏らしてサズの胴へと手を回してきた。
「ちょい、そのまま膝浮かしてみな。……うん、その調子、ぅく」
「あ゛っ」
焦点の定まらぬ瞳でフィニアが身体を逸らし、その顔が自然にサズの方へと向く。
肉茎が再び膣内の中に少しずつ埋没し始め、少女の膝がびくびくと痙攣を起こしたように跳ねる。
「もちょい、堪えてくれよ」
「ああ゛っ、あっ――うあ゛っ!? ああ゛ぁっ!」
「ぐっ、んっ!」
サズが、暴れるフィニアの身体を慎重に支えて上体を真っ直ぐに起こした。
「ああ゛っ、あっ、んむぅ、ん゛っ、んぅ゛……んっ、ぅあ、んぅ」
胡坐を掻いてその上に少女の身体を抱きかかえ、唇を強く吸う。
それで、フィニアの反応が微かに落ち着いたものになった。
「んぅ、あ゛っ、さず、お腹が、おなかが」
「……ほんと、わりぃ。でもなんでお前、こんなときにまで可愛いんだよっ」
「ああ゛っ、ん、んむっ、んー、ん゛んーっ」
ばたばたと足を跳ねさせて、いやいやをするフィニアの唇をサズが堪えきれないといった表情で
何度となく奪い続ける。
肉茎はみちみちと締め付けられ、快感を覚えるよりも先に痛みに近い圧迫感が伝わってきている。
正直にいって、気持ち良さは殆ど感じられないほどのきつい締め付けだ。
挿入している側の自分ですらこうでは、肉を裂かれ、そこを強引に押し広げられているフィニアは
想像を絶する激痛を感じているはずだ。それなら、いま直ぐに中断すべきだ。理性が彼に告げてくる。
(ちくしょうっ!)
だが、それができない。繋がってしまった身体を離したくない。
浅ましい欲が、痛みに叫ぶ愛する人を捕らえて離せない。
「あ、ああ゛っ……あ、ぅ、あ――?」
自身の身体の重みで、限界まで張り詰めた肉茎に裂かれてゆく痛みの中で、フィニアがそれに気付く。
サズの頬を、細い指先が押し包んでゆく。
「ぅく、フィ、ニア……?」
「あっ、あぅ――さず、なかないでっ」
フィニアの指先が、透明な雫に濡れる。濡れた指先がサズの目蓋を撫でる。
「なかっ、あっ、んぅ、あっ、あっ、さず、なかないでください」
濡れる。少女の瞳も濡れて、声も濡れ落ちてゆく。
「あぁ」
嘆くように、儚むように、散りゆく花にサズは涙を溢れさせていた。
じっとして動かない。
全てが、時すらもその動きを止めたかのように、二人は抱き合って動かない。
「泣き虫さんは、どちらでしたでしょうか」
思い出したように、フィニアが口を開いた。
それでやっとサズも動き出す。
「……うっせぇ」
「ふふ……あっ!?」
小さく笑おうとしたフィニアの身体がびくりと跳ねる。
「殆ど入っちまってんだ。あんま動くなよ」
「はい。……でも、すごいです。あんなに大きなものが、私の中に入ってしまっているなんて」
フィニアが痛みに頬を引き攣らせながらも、穏やかに微笑んで指で下腹部を指し示した。
「まあ、子供が出てくるわけだしなぁ」
「あ、そですね。そうです。赤ちゃんかぁ……ふふっ」
痛みも忘れて、フィニアが幸せそうに笑う。
サズが、下腹部にじわりとした暖かさが広がってきたように感じて、思わず身を逸らした。
「あっ」
「悪い。いまちょっと、震えがきた。いい方の震えが」
「そうでしたか。私はこうしていると、なんだか、すごく落ち着いてしまいます」
ほぅっ、と深く穏やかにフィニアが息を洩らす。
じわじわと広がる感触がとても心地良く、つられるようにサズも息を吐いた。
「俺も落ち着くな」
「あ、でも……男性の方は動いていないと、その」
フィニアが恥ずかしげに俯いて口篭る。
サズにはその姿がとても健気で、愛らしいものに見えた。
「気持ち良く、か? そんなんいまはどうでもいいさ。こうして繋がってようぜ」
「……すみません」
「下向くなよ。顔見せとけ」
フィニアがまた笑うと、じんわりとした暖かさが増してゆくのが、サズにはわかった。
まるで固定されたように動かない肉茎に、蕩けるような感覚が少しずつ染み入ってくるのだ。
だが、その正体に気を取られるより、いまはこうしてフィニアの顔を見ていたいと思っていた。
「サズ、キスしてもいいでしょうか?」
「お前キス好きだなぁ……」
サズの胸板に頬を寄せて見上げていたフィニアが、唐突に彼を見上げて問いかけてきた。
「だめでしょうか?」
「んなわけあるか。キスくらい、したいときにしろ。俺もするから」
「わあ、嬉しいです。じゃあ、沢山しましょう」
また、じわりとしたものが広がってゆく。
首を傾げそうになりながらも、サズは俯いて少女の唇を受け入れた。
おかしかった。
「んぅっ、ん、んんっ、あっ、はっ――んっ、んむぅ」
熱い。身体が熱くて、燃えるように血も沸き立っている。
キスを交すたびにそれは強く大きくなる。それも二人同時にだ。
「っく、フィニアっ、お前っ」
「サ、サズ、お腹、お腹と顔が……あ、熱いですっ」
サズの肉茎に、先ほどまでと明らかに異なる膣の動きが伝わってきていた。
フィニアもそれに気付いてか、頬どころか、全身の肌を紅潮させて肩を震わせている。
――変化は、突然やってきた。
ただ稚拙に、キスと抱擁を繰り返すだけだった二人の身体を、細波のような熱さが侵し始めたのだ。
「うぁ、やべぇっ、なんだ……これっ」
じわりとしたものだった感触が、ぐにぐにとしたやわらかく、ねっとりとした確かな快感に変わった。
肉茎へと熱く蕩けるように絡みついてくるそれは、媚肉と呼ぶのが相応しいほどの感触で、サズが
いままで味わってきた、どの女性の膣内よりもずっと大きな快感を彼へと与えてきていた。
ぷちぷちとこりこり、ぬめぬめとずるずる。
鋭さよりも、やはり大きさの方を先に感じる、包み込まれるような痺れ心地が彼を引き込む。
「あ、やっ、さ、サズ、これ、きもち、きもちいいですっ」
「うくっ、フィニア、ちょい、くぅ――うあっ!?」
射精した。ぎゅうと絞り込まれるような感覚と、身体の芯を突き抜けた快感に、サズはそう感じた。
「え……?」
ぽかん、とするその間にも、うねりとぬめりは続いている。
出た。射精した、と思ったのに、それに類する感覚があったのにも関わらず、何故だか彼の肉茎からは
出るべきものが放出されてはいなかった。
「あ、あっ、さっ、さずぅ、これ、おかしいですっ」
「ふっ、うぁっ、ぐっ……おかしいぞ、これっ」
フィニアの声も、明らかな艶を含む嬌声へと変わってきている。
身体の震えも、痛みを堪え切れず動きだしたわけではなく、打ち寄せる快感に戸惑う少女のそれだ。
(二人揃って、一体どうなってんだ)
あまりの気持ちの良さ、そして心地の良さにサズは腰を動かすのも忘れた。
そしてそれが、更に得体の知れない快感を高めているのを、彼は知る由もない。
「あぅ、うあ゛っ、あ、あぁ……とけそ、とけそです」
「フィニア、痛くねぇのか? こんなに中が凄いと、お前……うっく、うあっ」
サズが心配の声をかけるつもりで口を開いたのに、腰砕けになって言葉を途切らせてしまう。
フィニアも、みっちりと押し広げられた割れ目の隙間から、どろりとした濃い愛液を漏らして膝を
がくがくと揺らしてしまっている。
「ああ゛っ、あ゛っ、ひゃ、ひゃず、こわい、こわいです!」
錯乱したように、フィニアが頭をぶんぶんと振って押し寄せる快感から逃れようとする。
紅潮しきった肌は桜色に染まり、小さめの胸の中央にある突起は硬く尖りきっている。
肉茎をがっちりと咥え込んだ秘裂からは、溢れ出る愛液に混じって、破瓜の証である真赤な鮮血が
流れ出してきていた。
「ぐ、フィニアっ、くぅっ、くそっ」
得体の知れない感覚に半ば恐慌をきたした少女の声に、サズが劣情を煽られて、目の前にある身体を
強く抱きしめ、腰を深く突き入れた。
「あ゛うっ、あ゛あ゛、あっ、あ、あ、あ――うあ゛ぁっ!?」
到達の鳴き声。初めての絶頂と喪失。
びくんっ、とフィニアの肢体が仰け反り、顔は愛する人へと向け、瞳は虚ろを見てそれは訪れた。
「くっ、あっ――っく、まだ、すげぇ……ぅあ」
フィニアが上り詰めたのをなんとか確認するも、サズはまたも放てたはずの精を溜めたままで、蠢く
少女の膣の感触に荒い息をついていた。
これだけ気持ちが良く、締め付けも受けているのに、何故かいけない。
(もしかして、この間のアレが……赤玉って奴だったとかか!?)
不意にあの魔性の美貌を備えた化生との一幕を思い出して、サズは快楽の最中で背筋が凍りつく思いを
味わってしまう。
この歳にして、まさかの打ち止め。まさかの種無し。
一旦そんなことを考え出してしまうと、焦りが止らなかった。
「あ、あの淫乱紫女ぁっ!」
「んっ……ぁ」
怒声に、少女が微かに声をあげる。
はっ、となってサズが握り締めた拳をとき、慌ててフィニアの顔を覗きこんだ。
「わ、わりぃ、フィ――」
「ふふ」
少女が、可笑しそうに哂った。
サズの全身には怖気が疾った。
「フィ……っ! て、てめぇ!」
「ふふっ、くふっ、くくくくくくくく――」
一房にされていた、金色の髪がばさりと舞い広がる。その色彩が根元から先端にかけて、てらてらと
した妖しげな輝きを放つ紫の帯へと変わってゆく。
「ここで会ったが百年目じゃな、童」
(まだ八日目だっ!)
がっしと腕を掴まれ、サズは印を結ぶこともできずに妖魔の眼差しに射竦められた。
「もう、あのような手は食わぬぞ」
少女の顔で、くつくつと厭らしく喉を鳴らす。
サズの引き攣った顔に満足気に青い瞳を光らせた。
「繋がっている最中とは、都合も良い。さあ、枯れて、果てて、妾の雪辱を――」
ぴくり、と少女の身体が揺れた。
喜悦に満ちていた表情が怪訝なものに変わる。
「……あ、あっ、ああ゛っ、いたっ、い゛っ、い゛たい゛っ! ああ゛っ!?」
突如、少女の身体を仰け反らせて化生が声をあげ始めた。
「――へ?」
事態を巧く飲み込めずにいたサズの目が、泣き叫ばんばかりに声をあげる少女の瞳を捕らえた。
「く、くくく、くくくっ」
「い゛っ、あ、うごくなっ、ああ゛っ、いたい゛っ、あああ゛っ」
「ドジッたな、手前」
「あ゛あ゛ーーんっ! ぬけぇ、ぬかん、かっ、あっ、い゛ぅっ!」
瞳が青い。肌も健康的な白さだ。変わっているのは、紫に染まった髪の毛だけ。
失敗だ。憑依の失敗。意識のみの中途半端な乗っ取り。
「この前の禍つ払いで、力が足りなくなってたな? この、大間抜け」
「や゛あ゛っ! こ、このっ、無礼もの゛っ――いだっ、ああ゛っ」
「いい気味だ。今度こそ、塵芥も残さず消してやる」
じたばたと手足をばたつかせるだけの、無力な様にサズが仕返しとばかりに言い返す。
自由になった手で、ゆっくりと印を結ぶ。
まともに相手が動けぬ好機を逃さず、時間をかけて強力な術を構成しようとしたサズのその腕に、
少女の細腕が伸ばされてきた。
それにもサズは慌てない。
「そんな力じゃ、邪魔できねえよ。じゃあな――」
「ぬ゛いてぇ、い゛たいの゛っ、いや゛じゃぁ……」
「……」
鼻声になってえぐえぐとだらしなく涙を流し、化生が力なくサズの腕に倒れ掛かってくる。
――顔は、フィニアのだもんな。
そんなことをサズが考える。
つまり、可愛いと思ってしまったのだ。
「うぅ゛っ」
「そりゃっ」
腰を一突き。
「あ゛っ!? い゛たいの、い゛あぁ……」
「おりゃっ」
「う゛あっ! ひっ、ぬ゛いてっ、ぬかんか、このぉっ」
――楽しい。
サズの加虐の心に火が灯った。
以前、あれだけ自分のことを弄び、小馬鹿にしていた相手が少しばかり責めてやるだけで、この有り様
この体たらくなのだ。
これが楽しくなくて、なにが楽しいのだ。
「そんなに、痛いのか?」
まともに喋るのもきついらしく、顎をがくがくと縦に振って化生が答えた。
「名前、あるなら教えろよ。そうしたら、抜いてやるから」
「――っ! そ、そなた風情にわら、あ゛っ! ひう゛っ! いうっ、いうから、や゛ぁ!」
「お前、よっわいなー」
責めは得意でも、逆は不得意。それを見抜いてサズが意地悪く唇の端を吊り上げた。
仕返しだ。これは断じてフィニアを苛めているわけではない。
そう勝手に自己流の解釈をして、サズは上機嫌で少女に腰を乱暴に引き寄せた。
ぱちゅん、ぱちゅん、と水の爆ぜる音が部屋の中に響き渡る。
「い゛あっ!? 言うと、いうといっておるの゛にっ!」
「あー、わりぃ。下の方の音がでっかくて聞こえなかったわ」
いけしゃしゃあと言い放ってから、サズはようやく腰の動きを止めた。
「で、なんて名前だ?」
「……る」
口篭る気配を見せた化生に、サズがにっこりと微笑んでみせる。
「よし、次は持ち上げて揺らすからな。気持ち良いぞ」
「ル、ルクアルじゃっ、あ゛っ、るくるあ゛ぁっ」
「へぇ、ルクルアか。結構普通の名前なんだな。フルネームは?」
馴れ馴れしい口振りのサズに、ルクルアと名乗った化生が一瞬気色ばむ様子を見せるが、腰に指を
やさしく添えられて身震いし、それで大人しくなった。
「ルクルア――ルクルア・クス・イニメドじゃ」
「ふむふむ……ん?」
その名前に、サズがふと首を傾げた。
聞き覚えがある名だと思った。
「さっ、もう、もう良いであろう? はようこれを、ぅあ゛っ!? あ゛あ゛っ」
「焦るなって。もうちょい思い……あ! そうか!?」
「あう゛っ、あ゛うぅっ! うごくな゛ぁっ」
えぐえぐと泣き出すルクルアを無視して、サズが驚愕の声をあげる。
ルクルア・クス・イニメド。
フィニア・ナル・イニメド。
「お前、フィニアの先祖かなにかか!?」
「い゛っ、わ、わらわは、誇りたかきベルガのしそにしてじょていじゃぞ、人の子、なあ゛、ああ゛っ」
「ベルガ……古都ベルガか。シェリンカめっ! 知っていやがったな、あの女狐っ!」
がくがくと身体を仰け反らして、必死で逃れようとするルクルアをサズが反射的に押さえつけた。
「ぅあ゛っ!?」
にち゛ゅっ、と重い水音を立てて、サズの肉茎がルクルアの膣内深くに突き刺ささる。
いままでの行為で、一番奥深い場所。子宮孔の直前にまでそれは達していた。
「あ……悪い。勘弁。抜くんだったのにな」
きつすぎる肉茎への感触に、サズが我に返ってルクルアに一応の詫びを入れた。
仕返しを終わりにする気は更々なかったが、約束は約束だ。
そう思い、彼女の腰に手を伸ばした。
「ぅう……いやじゃ、もういやじゃぁ……」
青い双眸から涙を流して、ルクルアがサズの肩に頭をこてん、ともたれかからせてきた。
痛みに懸命に耐えるフィニアでは、到底見せない情けのない顔だ。
「……」
情けない。でも、それはそれで、サズには可愛く見えてしまう。
――もしかしたら、これは貴重な機会なのかもしれない。
……仕返しの続きだ。これは断じて浮気などではない。
身体も同じだし、きっとそう。
そう勝手に自己流の解釈をして、サズは多少不安な面持ちで少女の髪を撫でた。
「あっ……」
ずる、ずると内壁をめくり上げるようにしてサズの肉茎が、少女の膣から抜かれてゆく。
張り付くように姿を顕わにした肉襞は赤く充血してしまっており、少しばかり痛々しい。
「うっぅ、あ゛あっ……」
痛みと開放感を同時に味わい、ルクルアは安堵の声を洩らしていた。
サズがその声を堰き止めるように唇を指で拭う。
きつく寄せられていた少女の眉が、それでふっと和らぐ。
「ぅ、あ、は――う? ぅう゛っ、あ、あ、ああ゛! いや、いやじゃあ」
仮初めの身体に、再びやってきたその仕打ちに気付き、ルクルアが頭をぶんぶんと横に振り始めた。
「お前も結構、可愛いな」
「いぅ゛っ、あぐっ、ぬ、ぬくといっ……い゛っ!?」
「抜いたら、また挿れる。猫だってやってるぞ、こんなの」
フィニアとはまた異なる身体の反応と抑えることを知らない声の出し様に、サズの背筋がぞくぞくと
泡立ち、肉茎の硬さが増してゆく。
「わ、わらわはねこで、はっ、あ゛っ、頼むっ、もう少しゆっくり……」
「ゆっくりなら、挿れて欲しいんだな?」
「えっ、あっ!? うあ゛っ、い゛っ、あぁっ」
自らの過ちに気付き、声をあげるルクルアの胸と首筋をサズがやや乱暴な手つきで責め上げた。
やっていることは、フィニアに対するときとそこまで大差はない。
むしろ愛撫の強さよりも、相手の呼吸を考えぬ遠慮の無い手順の取り方にこそ大きな差がある。
フィニアを相手にしているのなら、絶対に有り得ない責め方だ。
「つっ、てぇ」
ほんの少しだけ通りの良くなった膣の感触を愉しんでいたサズの頬を、ルクルアの爪が掠めた。
サズがそこを手でふれてみると、あまり伸びていなかったはずのそれに、見事に沁みるほどの傷が
付けられたのがわかった。
「ふらちものがっ……!」
「あ――手前、またフィニアの身体を」
敵愾心を顕わにして自分を睨みつけてくるルクルアの手を、サズが強引に掴んで目の前に引き寄せた。
「やっぱり、伸ばしてやがったな」
「ふぅーっ、うぅーっ!」
唸り声をあげて牽制をしようとする彼女の指先の爪が、鋭く伸びている。
大した力も残されておらず、またその力も痛みで発揮することが叶わぬ故の、苦肉の策といったところ
だったのだろう。
「お前なぁ。今度これやったら、出てくるたびに犯すからな」
「お、おかす!? 人間風情がわら、わっ、あ゛っ、うあ゛っ!」
「こんだけやられといて、良く言うな。しかも……」
呆れ半分、喜び半分の口調でサズが指先を少女の乳首へと伸ばした。
痛みに泣き叫んでいた直後は、成りを潜めていたそれは、再び硬く起立している。
くりっ、とやわに刺激すると、ルクルアの身体が跳ねた。
「うぅ、ああっ、ひっ、ひぐっ、ああ゛っ」
「ん。下の方も滑りが良くなってきたのが、わかるだろ?」
じゅぷじゅぷと濡れた音を響かせる少女の恥丘の盛り上がりに、サズがそっと指を沿えてその滴りを
掬い取る。
そしてそれをルクルアの赤く充血した乳首にたっぷりと塗りつけた。
「ほれ、指貸せ」
「あぅ? あ、なにを」
サズが自分の肩へと組み付いていたルクルアの手を無造作に引き剥がし、指先を握って彼女の胸の
上へとあてがわせた。
ルクルアの怯えた目を、サズの意地悪げな光を湛えた眼差しが射抜く。
「なにをって、人の身体を勝手使ったお仕置きだ。俺がお前のを使ってする、な」
「ひっ、やじゃ、いやじゃっ、この人非人っ、ろくでな――ぁあっ」
サズが暴れる少女の指先をぐっと押さえ込んで、その鋭く尖った爪の先を、赤く起立した乳首へと
じわじわと近づけてゆく。
「ほら、もうちょい。刺さるぞ。お前が伸ばしただけあって、長くて痛そうだなぁ。きっと俺の頬
みたいに凄い傷が付くぜ。ぶっすりいけるな」
「ああ゛っ! いやじゃ、いたいのはもういやじゃあっ!」
サズがサディスティックに表情を歪めて見せた。
本当のところ、フィニアの身体を傷つけるようなつもりはサズには毛頭ない。
だが、追い詰められたこの化生の少女にはそれを知る手立てもなく、恐怖に駆られ泣き喚くばかりだ。
「泣いても助けはこねえよ」
脅し文句としては陳腐極まりないが、事実である。
下宿として借りているこの部屋は、元々は店の倉庫であり、店主夫婦のいる部屋とは大きく離れた
場所に位置していたのだ。
風呂場や食卓との行き来をするには多少不便であったが、今回はそれがサズに味方した。
「ああ゛っ、本当に、本当にいやなのじゃっ! もう、逆らわないから、お願いじゃぁっ!」
「……ほぉー」
予期せぬ降伏の台詞に、サズが驚きの声をあげた。
(こいつ、いくらなんでも痛いのに弱すぎだろ)
仕方がないのである。ルクルアは、これまでその強大な霊力で己と、その依代にした肉体を使役し
如何なる外敵からも身を護ってきていた為、痛みという感覚そのものに全くと言って良いほどに
抵抗がなかったのだ。
そしていまの彼女には、肉体が受ける痛みを遮断する力は残されていなかった。
「……本当かなぁ。お前、性悪そうだし、俺が甘い顔して見逃したら直ぐに報復してくるよな?
そういう奴は、俺見逃せない性格なんだわ」
「せんっ! その様な下劣な真似はせんっ! わらわはぎりがたいのじゃっ、だから、だからっ!」
「じゃ、証拠見せろよ。俺は、口約束はしないクチなんだ」
これで服従のポーズでも取らせれば、肉体的にも精神的にも仕返しは完了だ。後は適当に追い払って
おいそれと憑依してこれないようにしてやればいい。
肉体はフィニアのものなのを横に置いて、サズは心の中でほくそ笑んだ。
「……うぅ」
そんなサズの考えを余所に、ルクルアはぶっすりの恐怖と闘いながら何事かを思案していた。
「いい返事がないな。じゃあ、仕方がないから――」
仕方がないから、服従のポーズを。そうサズが口にしかけたのを、ルクルアは大いに勘違いした。
「わかったっ! わらわは、そなたに対して神霊の盟約をいたすっ、それで、それで見逃せっ!」
「――はあ?」
ルクルアの口から洩れた聞き覚えのない言葉にサズは思わず眉を顰めていた。
「……つまり、お前はその契約を交した相手には危害を加えることが、できなくなるんだな」
「そうじゃ」
ぐす、と鼻を小さく啜ってルクルアがサズに説明を終える。
(神霊の盟約、ねぇ。聞いたこともねえな)
だが、本当であればそれはかなり美味い話ではあった。
どうせ具体的な条件で降伏されるのなら、フィニアへの憑依を防ぐのが一番にあがるところだったが
いまのルクルアの力は知れたもので、彼女が憑依してきたところで、サズはさして苦労もせずに
追い払うことができるだろう。
(消しちまうにしても、シェリンカの考えと、祖先っぽいのが気になるんだよなぁ、どうも)
それに、腕の中でめそめそとべそを掻く姿は実のところかなり可愛く感じていた。。
高飛車な性格も、服従させてやれば逆に可愛いものかなとか、不埒なことを考えていたりもする。
「よし。じゃあそれで手を打つ。ただし、その契約だかはいま直ぐにやってもらうぞ」
「無論じゃ」
やや平静さを取り戻したルクルアが、毅然とした態度で応じた。
どうやら、挿入の痛みは突き刺しの恐怖でどこかに飛んでしまった状態らしい。
「それじゃあ、ちょっとこいつを抜いちまうからな。また少し痛むと思うけど、我慢しろよ」
「あっ、良い! それは、そのままで。盟約には必要なのじゃ!」
「んんっ?」
ルクルアの突然の慌てぶりに、サズが眉を顰める。
「その、盟約を結ぶには、相手から精気を貰い受ける必要があるのじゃ。じゃから、このままそなたは
妾の中に精を注いでくれれば良い」
ゆっさゆっさと自分で身体を上下に揺らして、ルクルアがサズの肩にしがみついて来た。
「精って……」
「人の男のならば、子種ともいうな」
「いや、それはちょっと嫌だぞ」
サズが顔を顰めて不服の態度を顕わにした。
いくら相手がフィニアの身体を持っていても、初めての膣内射精が別人格の相手というのには抵抗を
感じてしまったのだ。
そうするくらいなら、はやり服従のポーズで手を打とうと思うほどに抵抗がある。
「嫌なら、盟約は結べぬのじゃ……痛いのは、嫌じゃ」
「うっ……じゃあ、ちょっとだけだぞ」
ルクルアの意気消沈した表情に、サズの仏心が動かされた。
弱い抵抗である。ちょっとだけとかにも無理がある。
「嬉や」
フィニアのよりも、やや釣り目になっていた瞳を伏せてルクルアがその身体をサズの方へと寄せてきた。
その意外性に溢れた仕種が決め手となった。
「――ああっ」
「よし。じゃあいくぞ。ちょっと強めに動くからな」
これは、実を言うとしてみたかったのだ。フィニア相手にはできない、自分本位な動きでの性交。
サズは乗り気になって、ルクルアの身体を引き寄せた。
ルクルアの話にも不審な点はあったし、以前も精を喰らっていたのを考えると、これが自分から力を
吸い取る為の芝居だという可能性も十分に考えてはいた。
だが、この愛らしい化生は痛みには本当に弱いようなのだ。
もしも裏にそういった目論見があっても、そのときはそれこそ思いっきり弄り倒して参らせてしまおう。
そんな単純な考えがサズの頭の内にあったのだ。
(単純な奴じゃのう。所詮、人の男など、いつの時代でもそうじゃ)
ルクルアは、内心で男のことを小馬鹿にした哂い声をあげていた。
神霊の盟約などは勿論その場凌ぎの出任せで、後から付けた説明も全て思いつきであった。
無論、痛みも遮断せずに膣内に野蛮な男の剛直を突き入れられれば、大嫌いな痛みをそれこそ絶叫して
しまうほどに味わわされることは想像に難くなかった。
だが、それでもこの男からはありったけの精を奪い、残された力でそれを自分のものに変えて、その後
たっぷりと地獄を見せてやろうというという気持ちになっていたのだ。
報復を果す為ならば、痛みもまたその報復を増す為の糧。
初めての屈辱感を与えてきた男に身を委ねて、ルクルアはいじましく微笑んでみせた。
(なんじゃ、なんじゃこれは)
じゅぷ、じゅぶっと激しい、水飛沫にも近い滴りをみせてルクルアはサズの腕の中で呆然としていた。
口がぱくぱくと空気を求めて、それなのに巧く吸いきれずに空に喘いでしまう。
下腹部が異様に熱い。痛みを堪える覚悟はあったのに、これでは予測していたのを違いすぎる。
「どした。痛すぎるなら、もちょい加減できるぞ」
「ぅあ、う……へいき、へいきじゃ」
「そか。俺は、あんま余裕ないわ。お前の中、すっげぇ、いい」
莫迦のように瞳の焦点が定まらず、己の自失を恥じているところにそんな言葉がきた。
頭の中が茹で上がったようになる。
(なんなのじゃっ、こんなのは、はじめてじゃ)
「顔、真っ赤だ。結構、痛くなくなってきたか?」
痛くなくなってきたどころの話ではなかった。
気持ち良いのだ。恐ろしいほどに熱く、やわらかで、それでいて力強い。
実を言えば、ルクルアは性的な快感に対しても、一切免疫がなかった。
痛みや外敵を霊力で退けてきたように、人の精を吸う際の感覚も全て捨て去り、無痛覚、無快楽の
身体を創り上げ、いままでずっとそれで通してきたからであった。
好んだ感覚以外を持たず、それでも人の精を吸う彼女は、その相手を弄ぶことで快感を得てきたと
言っても過言ではないのだ。
だから、責めには強くとも、受けに回ると弱かった。
本当に、本当に弱かった。
培われてきたプライドの高さは、受け入れるべき快感を頑なに跳ね除けようとする。
それが裏目に出る。行き場をなくしたそれは無駄に思考を焼いてゆくだけなのだ。
「ああ゛っ! あ、あ、ぅあっ! あ゛あ、い゛うっ!」
「くっ、きっつぅ……けど、ぷちぷち、だな」
ざらつく少女の天井に己の昂ぶりをぶつけて、サズが蕩けきった息を吐いた。
平気じゃ。
痛みが来ないのでそう口にしただけのルクルアの言葉をサズは大いに勘違いした。
もう、少女には快感の方はとっくに手一杯なのに、余裕ありとみて遠慮無しに腰を突き上げ、未成熟な
胸を揉みしだいて責め上げた。
「あう゛っ、あ゛っ、あ゛あ゛っ!」
「こうなってくると、フィニアとお前も似てるんだな……う、ぐ」
サズも限界が近い。思考も焼き付き始めた。
「あ、いう゛っ――ん、ん゛むっ、んんぅ!」
「暴れんなって」
似ている、などと考えていたらいつの間にか唇を寄せてしまっていた。
それに少し罪悪感が湧いてくるが、同時に満たされた気分にもなってしまう。
唇と唇がふれる感触に、彼女の思考はより一層混迷をきたす。
(さ、ず……?)
記憶の逆流だ。奥の方に押し込めていたはずの、少女の身体の持ち主の精神が顔を出しかけてきて、
それを反射的に押し返そうとして、もうぐちゃぐちゃの状態になってしまっていた。
(さず、ふぃにあ、るくるあ――?)
堪えろ。目の前の男は自分の狙い通りにいまにも果ててしまいそうではないか。
如何に未知の感覚に翻弄されようと、妾は女帝。屈するなど有り得ぬ。
意識を奮い立たせて、ルクルアが生まれて初めて自分自身を叱咤した。
(妾は、ルクルア! ルクルア・クス・イニメド! 人の男などには、決して屈せぬ!)
「ぐ、う――おぉっ」
「くっ、あ、あぐぅ――」
限界が、直ぐそこにまで迫っているのがわかった。
サズが少女の身体を押し倒し、両足の付け根の下から手を回して腰を打ちつけ、引き寄せる。
乱れ飛ぶ汗とじゅくじゅくと泡立つ結合部を覆い隠すように、ぴんと張り詰めた少女の指先が伸びる。
「あっ、あ、あ、あ゛、ああっ、ああ゛あ゛っ、ひ、い゛っ」
「くっ!?」
「――っうあ゛あ゛っ!」
サズの腰が一層深く少女の奥へと衝き込まれ、身体全体もびくんと大きく仰け反った。
(逝きおった、下郎めがっ! 妾の、妾の勝利じゃ!)
男の肉茎から、どくどくと止め処なく精の放出が始まるのを熱に冒された膣壁で感じ取り、ルクルアが
心の中で勝利の喝采をあげた。
それまで得てきた勝利が、一切の価値がないものだったかのようにまで思える、素晴らしい充足感と
達成感が彼女の全身を包む。
そして、報復が始まるのだ。
(嗚呼、どうしてくれよう。○○をたからせて生きたままに腐らせてやろうか。それとも×××と混ぜて
やって死ねもせぬ身体に作り変えてやろうか)
甘美な陶酔に身を任せそうになるのを堪えて、彼女が最後の仕上げを行おうとする。
絞りとったこの精を飲み込んだいまこそ、雪辱は晴らされるのだ。
支援
「はっ、はっ、はぁ、く――ぁあっ」
二度の空撃ちの分まで全ての合わせて吐き出したかのような、大量の精子を少女の膣内へと放ち終え、
サズは浅い呼吸を繰り返していた。
あまりに強い射精感の所為で、腰から下が麻痺してしまったような感覚さえある。
だが、寝台の上にぐったりと倒れこんだ少女の様子が気になり、その痺れを圧してサズは半勃ちに
なった肉茎を膣の中からぐいと引き抜いた。
「くぅ、あ、うぉ……やべ、エロいな」
少女の顔を見るはずが、どろりとしたサズの精液をこぽりっ、と溢れさせる少女の花びらについつい
目がいってしまったのだ。
「……はっ、そうだ、フィニ――じゃなくてルクルア? いまどっちだ?」
サズにも、彼女達が不意に意識を失ったときに入れ替わるようにして人格が出てきているのが、漠然と
イメージすることはできていた。
「――おい、大丈夫か!?」
返事をせず、身体をぴくりとも動かさない少女に、サズは今更ながら自分がどれだけ無茶な真似を
仕出かしたのかに気付いた。遠慮も一切なく、目茶苦茶にしていたのに気付いた。
「フィニアっ! おい、フィニアっ!」
「……サズ」
やさしげに自分の名を呼ぶ声に、彼は心底安堵した。
取り返しの付かない馬鹿をやっていた。それを詫びようとしたときに、少女の唇が大きく歪んだ。
「サァズ」
「げ、ルクルアかっ」
嫌味のたっぷり込められたその呼びかけに、サズがげんなりとして肩を落す。
「つれないのう。せっかく、最後にそなたの名を呼んでやったというのに。くく、くくくくくっ!」
「――手前」
嵌められた。化生の哂いで遅まきながらにサズはそれを知った。
羽目を外して、馬鹿をして。自業自得。因果応報。やはり化生を信じた自分が愚かだったのか。
自責と後悔の念に駆られ、唇を真一文字に噛み締めたサズの顔を見て、ルクルアが更に笑みを深くした。
距離を取ろうとしたサズの腕を掴み、それを支えに自らの身体を引き起こす。
「ああ、流石にあれだけの甘露を秘めていた精の味は、膣で受けても素晴らしいのぉ。ぐつぐつと力が
溢れてくるようじゃ」
「溢れ出さして死んじ――は駄目か。くそっ」
憎まれ口すら碌に叩けぬ状況に、打開策を求めていたサズが罵倒にもならぬ悪態をつく。
青の瞳が闇に。温もりを見せる肌は蝋の輝きに。
怖気と冷気を撒き散らして、ルクルアが白いその指先を突き立てた。
突き立てた。指を未だ熱く濡れていた花びらに、突き立てた。
「くっ――あ、ああっ、あ゛あ゛っ!」
「へ……?」
ぐちゅりとした音を立て、膣内へと突き立てられた指が更に埋没してゆく。
ルクルアの身体が再び後ろへと倒れこむ。
冷気も怖気も、既に霧散していた。
「お、おいっ」
サズが反射的に手を伸ばしてそれを引き止めた。
「あ゛っ、うあ゛あ゛っ、なんじゃ、なんじゃこれはっ!」
「ちょ、ど、どうした!? しっかりしろ!」
膝をばたばたと暴れさせて、ルクルアは更に指先の動きを激しくする。
ぐちゅぐちゅっ! と泡を立て、白い滴りを必死にかき混ぜている。サズにはそう見えた。
「馬鹿、そんな乱暴にさわんなっ。そんなんじゃ痛いだけだぞっ」
「ちがうっ、ちがう゛のじゃぁっ、熱い、熱くて焼けてしまうっ、燃えてしまいそうなの――ああ゛っ!」
「んなっ!?」
彼女のその言葉に、サズが驚いてぱっくりと開いた秘裂へと目を向けるが、そこには無論焼けたような
跡も、燃え始める形跡もない。
「あづいっ、もえてしまう゛っ、さず、さずっ、たすけてっ!」
「――そんなこと言ったって、わけのわからん……ああっ、くそっ! もう二度と騙したりすんなよ!」
「うん゛っ、ごめんなざいっ、もうしないっ、しないか――あぎっ!?」
忘我の声で泣き叫び始めた少女の姿に、サズがまたも悪態をついて身体を沈めた。
ルクルアには、わけがわからなかった。
いきなりお腹の中に火が付いたように熱いものが広がって、それが瞬く間に全身へと広がったのだ。
痛さと快感。
その二つを、ぎりぎり限界まで堪えて、越えて。
安心しきっていたところに、熱が来た。疲れ果てて倒れてもおかしくないところに、火が付いた。
熱は、良く知っていたのである。痛みや快感と違い、受けたことがどこかであったからだ。
そして、良く知って故に怖かった。焼かれ、燃やされた記憶が頭の隅に残っていて、それが一気に
吹き出し始めたのだ。
(熱いっ、熱いっ! 助けてっ、助けて!)
「たすけてっ、まれふっ、いやぁ!」
「じっとしてろ、馬鹿っ!」
――言われなくてもお前は助けてやる。
サズは迷う事なくルクルアの赤く開いた花びらに顔を寄せ、自らが放った白濁を吸い上げ始めた。
苦い。苦いだけじゃなく、不味い。その上青臭くて粘つく。
「うっぐ、ぐ……んぅっ!」
だが、吐き捨てている時間が勿体無かった。
少女の指をどかし、変わるように自分の指を入れて、掻き出せるだけ掻き出す。吸う――飲んだ。
(半分は、俺のじゃねえ!)
喉に物を引っ掛けたまま、鼻だけで息をするのがどんなに苦しいのかわかってしまった。
「い゛っ、ああ゛っ、あついよ、もえるのやだよっ」
「いいから、ご、っほ……立て! 立って俺の肩に、しがみついとけっ!」
舌に絡む嫌な感触が喋ると余計に広がったが、それも気にせずに泣き喚くルクルアを下から抱えて
寝台の上に直立させる。
ルクルアが揺れるバネにバランスを崩してサズに寄りかかり、彼の赤い髪をくしゃくしゃにして掴み、
倒れるのを堪えた。
吸った。ねばつくのも、さらさらのも、鉄の味がするのも全部一緒くたに飲み干した。
「あ、ああっ、さず、どこですか、さずっ」
「フィニア! そいつを助けてくれ! できるはずだっ!」
「ぅあ゛ぁっ、あ゛うっ、まっ、まれふぅっ」
声が、切なげなものへと変わり始めている。
サズが顔を上げて見上げると、真上に自分を見つめてくる青と闇を宿した一対の輝きがあった。
「消してやるっ、こいっ、二人とも!」
少女の身体が沈む。サズが伸び上げる。
そしてキスをした。
但し、勢いがつき過ぎて、おでことおでこで。
「あっつぅ……」
熱の方のそれではなく、別の意図でサズが声をあげた。
目の前には正しく星が飛んでいた。
歪んで見えたのは部屋の天井だ。
「――フィニア!? ルクルア!?」
意識の覚醒の後に、記憶の方も追いついてきて、サズが周囲を見回した。
少女の身体は、彼の傍らに倒れ伏していた。ちょっと不恰好に前のめりでだが。
「おいっ、起きろっ、もう平気かっ」
「ぅ、あ……ありが、と……ま、れ……」
掴み起こした少女の口からつぶやきが洩れて掻き消え、それを追う様に闇の色も抜け落ちていった。
(ルクルアの方か、いまの)
サズが推測をしてみるが、もう既に憑依の形跡はない。
それに、もっと気に掛かるのはもう一人の少女の意識の方だ。
「フィニアっ、起きれるか、フィニアっ」
ぱしぱしと掌で頬を叩く。多少手荒だが、この際それを気にしてはいられなかった。
ぴくり、と少女の目蓋が揺れた。
「フィニア」
「サズ……」
サズが安堵の息を吐く。
フィニアが目を細めたままで、穏やかに微笑んだ。
「良かった、無事――」
「浮気ですよね」
部屋から冷気は失せていたはずなのに、怖気がサズの全身を襲ってきた。
フィニアの目が開いた。笑っていない目という奴だった。
それから一週間、サズは自主的に第二倉庫で暮らした。
〈 完 〉
以上です。
バーボン喰らって焦っちゃった(´・ω・`)
GJ!!
紫の上計画ですね、わかります。夢半ばで潰え、可哀相なサズ。
もっとこのふたりのラブラブなやりとりが見たい!
うっひょおすげえ一気にキターーーーーー!!
フィニアエロかわいい&ルクリアエロかわいそ過ぎるw
超GJです!
40レス…だと…?
GJすぎる
エロかった!!!
GJ!!
ごっくんに笑ったw
前スレの埋めネタ、GJでした!
いぬひめの小ネタ見れて良かったw
身長はリュカ150cm前後、ロア190cm前後くらいかな。
本当にこのふたりは可愛いね。GJ!
梅までおいしく堪能させてもらうとは
GJ!
>>166 たぶん余裕で2m超えてると思う。
描写見てると大男通り越して巨男って感じがする。
「身長差40cm」とあるから、それだとリュカが160cm超になるね。
「この時代平均身長は今より低い」「庶民より高めでチビじゃない」から
リュカは160cmに満たない気がする・・・でも、確かにロアは2m以上ありそう。
背の高さもだが幅がある感じするな<ロア
身の丈八尺余(※当時の一尺は約23cm)ってあったから190cmくらいでは。
新作投下ラッシュで嬉しいが
「花影幻燈」の続きが気になってwktk……
エレノールとアランの幸せを見届けたいよ
確かにあの続きは気になりすぎる
作者さんが2か月近く投稿されないのは珍しいので、心配・・・。
(というか、いつもコンスタントに発表してくださってありがとうございます!)
ご自身の都合も諸々あるだろうから、完結編をおとなしく待っています。
連レスですまんけど、自分も心配している
気になる発言の後にで凄くアレですが、書き手さんたちは本当に無理しないで下さい
中篇投下時にやや難産気味とのコメントがあったんで、
うまく話を落としどころに落とせず苦労してるんじゃないかなあと邪推してる。
それならそれで仕方ないなあとも。
自サイトの更新はあったから体調とかは大丈夫だと思うよ。
(スレ外の話を出してスマン)
続きが待ち遠しすぐるが、作者さんが納得いくものになるまで
大人しく待ってる。
なんかさ
最近家に帰ってからこのスレ開くときのワクワク感がたまらないんだ
神様降臨までまったり保守ネタでも。
山の端に赤々とした太陽が触れんばかりに接近し、とりどりに差し交わされた数多の花々を琥珀に染め上げている。目指す女神の館まであと僅かの距離だった。
その館を照らす茜の輝きの放つ眩さと神々しさに思わず目を細めつつ、二人の男神は彼女にどう切り出すべきかと顔を見合わせていた。
リュータ神国の至宝、天輪の鏡が略奪された今、この地を守る術は皆無に等しい。
相手の条件を受諾せねば、あっけなく責め滅ぼされるであろう。
「言わずもがなのことですが、妹はおそろしく気位が高い女性です。
いや、気性が荒いというか、女の顔を備えた戦将とでも言うべきかもしれませんね。
―――いくら君が願い出たとて、聴く耳は持たぬでしょう」
すっきりとした銀髪を肩に流した男は、柔和な面差しを歪めて親友の顔を眺めた。
「お前が『うん』と言ってくれれば、俺だってこんな真似はしないさ。だが」
「失態を演じたのは、ロレンツォ、君ですよ。自分の尻は己で拭いなさい」
友の唇からこぼれた繊細な面差しに似合わぬ言の葉を耳にし、
ロレンツォはやや憤懣やるかたない面持ちで眼差しを遠くへ馳せた。
俊敏で隆々たる筋肉を秘めた肉体をもちながら、容貌はどこか不安気な風情のロレンツォは、
数回瞬きをした後、きっぱりとした口調で言い切った。
「無論だ。フィローラ姫を傷つけるような事態は断固避ける。だから、最後まで協力してくれ、
アロンソ」
「―――つまり、酔っている間に至宝『天輪の鏡』を盗まれたと?」
夕陽の細かい霧のような光の粒子を弾いて、淡く長い金髪が緩やかになびいた。
ラピスラズリのような深い紺碧の瞳は、闘神ロレンツォの堂々たる体躯を射抜くように凝視している。
「フィローラ、正確には『一服盛られた』んだ。テオの奴等は卑劣にも祝祭にまぎれ、酒に薬を」
「お兄様はお黙りください。テオの条件を聴きたいのです。
そのために、この離宮までいらしたのでしょう?」
太陽と花の神たるフィローラは、普段余程のことがないかぎり、異性と顔を合わせることはない。
技芸の神である兄アロンソと、その幼馴染である闘神ロレンツォが雁首を揃えて面会を申し入れるだけで、充分事の重大さは予測できた。
陸に揚げられた鮪のように、口をぱくぱくさせていたロレンツォは、冷静な友の流し目の威圧感に
気圧されるような格好で、大きな体躯を縮めるようにしつつ、その身体に似合わぬ小さな声で切り出した。
「テオの奴は、『天輪の鏡』を返してほしくば、フィローラ姫を花嫁として寄越せ、と」
神様降臨までまったり保守ネタでも。
山の端に赤々とした太陽が触れんばかりに接近し、とりどりに差し交わされた数多の花々を琥珀に染め上げている。目指す女神の館まであと僅かの距離だった。
その館を照らす茜の輝きの放つ眩さと神々しさに思わず目を細めつつ、二人の男神は彼女にどう切り出すべきかと顔を見合わせていた。
リュータ神国の至宝、天輪の鏡が略奪された今、この地を守る術は皆無に等しい。
相手の条件を受諾せねば、あっけなく責め滅ぼされるであろう。
「言わずもがなのことですが、妹はおそろしく気位が高い女性です。
いや、気性が荒いというか、女の顔を備えた戦将とでも言うべきかもしれませんね。
―――いくら君が願い出たとて、聴く耳は持たぬでしょう」
すっきりとした銀髪を肩に流した男は、柔和な面差しを歪めて親友の顔を眺めた。
「お前が『うん』と言ってくれれば、俺だってこんな真似はしないさ。だが」
「失態を演じたのは、ロレンツォ、君ですよ。自分の尻は己で拭いなさい」
友の唇からこぼれた繊細な面差しに似合わぬ言の葉を耳にし、
ロレンツォはやや憤懣やるかたない面持ちで眼差しを遠くへ馳せた。
俊敏で隆々たる筋肉を秘めた肉体をもちながら、容貌はどこか不安気な風情のロレンツォは、
数回瞬きをした後、きっぱりとした口調で言い切った。
「無論だ。フィローラ姫を傷つけるような事態は断固避ける。だから、最後まで協力してくれ、
アロンソ」
「―――つまり、酔っている間に至宝『天輪の鏡』を盗まれたと?」
夕陽の細かい霧のような光の粒子を弾いて、淡く長い金髪が緩やかになびいた。
ラピスラズリのような深い紺碧の瞳は、闘神ロレンツォの堂々たる体躯を射抜くように凝視している。
「フィローラ、正確には『一服盛られた』んだ。テオの奴等は卑劣にも祝祭にまぎれ、酒に薬を」
「お兄様はお黙りください。テオの条件を聴きたいのです。
そのために、この離宮までいらしたのでしょう?」
太陽と花の神たるフィローラは、普段余程のことがないかぎり、異性と顔を合わせることはない。
技芸の神である兄アロンソと、その幼馴染である闘神ロレンツォが雁首を揃えて面会を申し入れるだけで、充分事の重大さは予測できた。
陸に揚げられた鮪のように、口をぱくぱくさせていたロレンツォは、冷静な友の流し目の威圧感に
気圧されるような格好で、大きな体躯を縮めるようにしつつ、その身体に似合わぬ小さな声で切り出した。
「テオの奴は、『天輪の鏡』を返してほしくば、フィローラ姫を花嫁として寄越せ、と」
フィローラの端正な花顔には、私情の僅かなゆらめきも見られなかった。
ただ、巨躯を丸め全身汗に塗れた幼馴染に、優美な物腰で視線を据え美鈴を鳴らすような声で
鋭い言葉を放った。
「神国の至宝を強奪された上、この私にあの野蛮極まりないテオの元へ輿入れせよと。
闘神ロレンツォ、そなたの誉れはたいしたものよの」
「い、いやそれは」
「言い訳は聞きとうない」
鼻先で門扉を閉めるような勢いで、臈長けた姫神は桜色の艶めいた唇を震わせた。
「太陽と花の恩寵を得るには、あの鏡はどうしてもこのリュータ国にあらねばならぬ。
・・・わたくしひとりの貞操で済むならば、甘んじて受け入れよう」
「待ってくれ、フィローラ。お前にそんなことをさせるわけには」
「お兄様、ではなぜこの話をわたくしになさったのですか?」
紺碧の瞳をますますきつく歪めた麗しい妹の怒りに、兄は一瞬躊躇の色をみせた。
「とにかく愚図愚図している暇はありません。
誰かのように、身体を丸めて震えているだけの者だと、ゆめゆめ誤解なさいますな。
早くわたしの婚礼の準備にかかってくださいませ。
わたしの気が変わらないうちに―――私の憤りが貴方たちに達しないうちに!」
その言葉が終焉を迎えないうちに、フィローラは透き通るような細首に巻かれた
薔薇を象った首飾りを盛大に引きちぎり、その残骸を二人の男たちにあらん限りの力を振り絞って投げつけた。
「いや、充分達していたと思うけど」
離宮の門を出たところで、ロレンツォは浅黒い顔を撫でながら、ぼそぼそと呟いた。
どうやら、散らばった宝珠のひとつが頬を強く掠ったらしい。
「だから兄のお前が最初に口火を切れば、最後まで俺の提案を聞いてくれるって言ったじゃないか」
「ジャッカル、本当に君はあれの気性を掌握しませんね。一体何年幼馴染をやっているのですか。
君がてきぱき論理的に話を進めないからこういう事態を招いたのですよ」
つくづく始末におえない、という表情を隠蔽しようともせず、アロンソは気位の高い妹そっくりの
面差しを親友の双眸に近づけた。
こうした不意打ちに、ジャッカルがどぎまぎしたような風情を見せるのが面白くてたまらないが、
その思考は胸に秘めることにした。
「仕方ないですね。当初の予定どおり妹には輿入れをしてもらいましょう。
悪神テオは奸智に長けるが好色極まりないと仄聞しています。
きっとフィローラの容貌の虜になることでしょう。でも、油断はできませんよ。
どこで裏をかかれるか、わかったものじゃない」
ロレンツォは朱に染まった顔を俯け、憤りを固く結んだ拳に包むようにして厳つい双肩を震わせた。
「アロンソのいうとおり、あのスケベ爺があっさり『天輪の鏡』を返すとも思えん。
きっとリュータの至宝の双璧――鏡と姫神を一気に手中におさめようという魂胆だろう」
「ああ、見えすいたやり口ですね。だからこそ、我らはその裏をかき、一泡ふかせてやらねば」
女性のように繊細な唇を僅かに緩めたまま、アロンソは群青の瞳を酷薄に歪ませた。
「どうしても、やるのか?」
やや意気消沈した翳りある口調で、ジャッカルが友に問う。
「無論。君がまったく汚名返上の意思も持たず、指をくわえて連中の意のままに翻弄されることを
望むならやめてもよいですが」
「い、いや。やる。自身の責めは負う。
フィローラ姫を守るためなら、どのような屈辱も甘んじて受ける」
「今の言葉、決して忘れないように頼みますよ」
(まったくそういう台詞は妹にこそ言うべきなのに、この不器用者ときたら)
と半ば呆れつつもアロンソは口角を皮肉気にややつり上げた。
濃紺の夜空を渡る風は強く、月光を透き通した雲は絶えず形を変容させながら西から東へと流れていく。
(婚礼の儀の折は、風が凪いでいるとよいのだが)
アロンソは、冴え冴えとした月光にも劣らないほどの怜悧な光をその瞳にたたえながら、
風になぶられ額にかかる銀の髪を押さえつつひとりごちた。
(すみません。不調につき181と182、ダブル投稿してしまいました)
しかも途中で改名したつもりが、ジャッカル→ロレンツォに直っていません。数々のエラー申し訳ないです。
楽しく読ませてもらいました。雰囲気出ていて良いよ良いよ。
神の降臨を待つのもいいけど、神になることもできるさ!
でも俺は神って言われたことはあまりねえw
あんた誰や
とんでもねぇ あたしゃ神様だよ
> 神の降臨を待つのもいいけど、神になることもできるさ
つまり
>>186も神になってくれると…!? ゴクリ
神量産体制入りましたー
こんな良スレに今まで気づかなかったとは!仕事そっちのけで読みふけり満足♪
すべてにGJです。ここの神みんな愛してる!住人も素敵愛してる!アタイも仲間に入る〜
犬姫様の作者様はもしや、あそこの伝説の作者様ではないだろうかと思ってみたヤボ
ここってあらゆる意味で凄いスレだよな
嬉しいけど不思議ですらある
>>186さんの台詞こそ神言葉。ありがとうございます。
保守ネタ投下。エロは薄いけどやや陵辱風味です。陰惨な話が苦手な人はご注意ください。
暗く湿った室内に、生成りの寝衣をまとった少女の姿が朧気に浮かび上がった。
華奢な全身を金粉のような淡い光が包み込み、灯火の揺らぎと混ざり合って静謐な波動で室内が満たされていく。
「そなたたちの敏腕ぶり、心から謝意を申すぞ」
黒い髪に死霊のように色の失せた面差しの男は、重厚なベルベットのガウンをゆったりと羽織り、枕辺まで来るよう顎をしゃくった。
少女は胸の前で節が白くなるほど指をきつく組み合わせ、カタカタと鳴る奥歯を噛み締めるようにしながら、男の傍らへと歩み寄った。
(-----王の伽を務めるのは、名誉なこと)
そう何度も反芻しながらも、やはり威圧的で冷酷な紅い瞳に目を合わせることは不可能だった。
気づくと、いつの間にか俯いたままの少女の後ろに、紅い瞳の男が忍び寄っていた。
「余の瞳が恐ろしいか。ならば見ずに済むよう執り行おう」
がっしりした二本の腕が彼女の腰にきつく回され、細い首筋にざらついた舌を感じ、少女は思わず小さな悲鳴を漏らした。
大きく襟ぐりの開いた寝衣は、軽く引くだけで滑らかな両肩を露にし、彼女が抵抗する暇もなく両の乳房が男の野卑な手に収められていた。
「い、いや・・・いや」
蜻蛉の羽音のようなささやかな言葉に頓着せず、王は寝衣を足元に蹴落とし、片方の手で乳房を捏ねながら、もう片方の手で彼女の茂みを探り始めた。
しっとりと潤み始めたそこを何度か愛撫すると、少女の身体は仰け反り、その双眸から涙が零れ落ちる。
息が荒くなったことを確かめると、王はそのまま彼女を抱き上げ、寝所へと下ろした。
身体から柔らかく発する金色の光が、敷いたシーツまで明るく染め上げている。
少女が何か言おうとしたが、一瞬早く王の唇が彼女の口を塞いだ。唇の輪郭を舌でゆっくりとなぞり、
滑らかな顎を押さえつけながら舌を奥深く差し込んでいく。
もう片方の指で彼女の草丘を軽く撫でつけながら、彼はその金の光を取り込むように彼女の舌を吸い上げた。
「・・・は・・・・っ」
やっと唇を解放してもらえたのもつかの間、今度は柔らかな乳房の片方に舌を這わされ、片方を揉みしだかれ、彼女は狂ったように頭を振った。
灯火の光と金のオーラが淡く融和し、寝所を柔らかく彩っていく。
その光とは裏腹に、男の責めは冷酷でかつ容赦のないものだった。
秘所を抉っていた指がぬらぬらとした艶を放っているのを確認すると、薄い唇を歪めて重々しく宣告した。
「準備は整ったようだ。お前の最後の務めを果たしてもらおう」
熱を帯びた固いものが潤った秘所にあてがわれたと感じたとき、一気に彼女は貫かれた。
「あ・・あああ・・・っ」
優しさも労わりもない反復運動に、少女は透きとおった涙を流しながら同調するほかない。
鋭い痛みと、どちらのものとも判別できなくなったぬるんだ汗の感触だけが彼女を苛んでいく。
行為の最中に、ふと涙で滲んだ双眸を開いた。
自分を包んでいた淡い金の光が、蒲公英の綿毛のように軽やかにはためき、目の前の男の皮膚にするすると吸い込まれていくのがくっきりと見てとれた。
彼女を抱擁していた黄金の光がすべて王に移動した瞬間、体内で熱いものが炸裂したのを感じ、少女は
叫ぶような声を絞り出すと、そのまま動かなくなった。
「お呼びですか」
君王、ダルク=テオの寝室の扉をあけたジェントは、眉ひとつ動かさず素早く内部を検分した。
二十代前半くらいの、黒い髪に黒い瞳の知的な容貌を備えた、テオ腹心の部下である。
部屋の片隅にある寝所に、あられもない格好で横たわる若い女性を認めても、その無表情ぶりは微塵も変容しなかった。
「これですべての準備は整った。ジェント、今の余はどう映る?」
「大層若々しく、精気にあふれているようにお見受けします」
宰相の事務的な口調に、テオの王は薄い笑みを酷薄な顔に刷いた。
「噂以上の威力よ、『天輪の鏡』は。
このテオの地にある者は迂闊に近づけんが、清浄を極めた巫女たちなら、あれに触れることができる。
余は未だ直に触れることは叶わぬが、巫女たちと契ることで鏡の持つ神力を些少ながら
身にまとうことができた。
まこと巫女三名、よい媒介となってくれたわ」
宰相の眉が幾分寄り、拳が固められたのに気づかないまま、ダルクは話を続けた。
「現在の所有者フィローラがこの地にて『天輪の鏡』の前で婚儀の誓願を行い、余の精を受ければ
鏡の力は余のものとなる。婚儀は7日後だったな?」
「さようでございます。
---ときにダルク様、功労を成した三名の女人たちを手厚く葬ることをお許し願えますか」
「かまわぬ。好きにするがよい」
冷静な部下の声に対し、何の関心も滲まない抑揚で答えた王は、そのまま寝室を出て行った。
行為の残滓をシーツで清めた後、少女の遺骸に寝衣を着せると、ジェントは漆黒の瞳を伏せ祈るように両手を合わせた。
そして温度が失われつつある少女の身体を軽々と抱き上げ、先に葬られた二人の墓所へと闊歩し始めた。
太陽と花の女神フィローラのために造られた白亜の離宮は、長い尖塔を備えている。
太陽に最も近接する場所、尖塔の頂上にある丸い部屋が『天輪の鏡』を祀り、フィローラが額づいて
陽光の恩寵と大地の加護を祈る静謐で神聖な場所である。
常であれば、天窓にはめ込まれた色鮮やかな硝子を透き通した陽光が、曇りなき鏡の反射を経て
白亜の壁の諸所に光の輪舞を散りばめるのであったが、暗雲の立ち込めるこの日は、蕭然とした
暗い澱みを残すのみであった。
空白のできた祭壇に対峙し、美姫フィローラは静かに祈っていた。室内が暗いため、淡い金髪も
やや黒ずんで見え、象牙の肌は翳りを帯びていたが、伏せられた睫は長く、くっきりとした影を目元に描いている。
整った鼻梁の下に配置された桜色の唇は固く引き結ばれ、やや血の気が失せていたが、美しいことに変わりはなかった。
もしも陽光の中で柔和に微笑む彼女を一瞬なりとも目撃したら、誰もが心を奪われる佳人である。
ようやく祈りを終え、ゆっくり扉を振り返ると、そこにアロンソが凭れ掛るようにして立っていた。
「お兄様・・・まあいつお越しでしたの?声をかけてくださってもよろしかったのに」
「祈祷の邪魔をしてはまずいと気を利かせたつもりだったのですが、却って非礼でしたか」
彼女に酷似した端正な顔を柔らかく綻ばせ、兄は濃い蒼の瞳を麗しい妹の双眸に据えた。
「話があります。フィー、本当にこのままテオの国へ輿入れする気なのですか」
「翻意はございません」
間髪を入れず答えると、妹姫は緊張感を解すように長く息をはいた。ふわりとした花の芳香が
しっとりと辺りに漂い、やがて静謐な室内に拡散した。
「天空の状態が不穏になり、陽光の恩恵が受けられなくなってきております。
既に国の均衡が瓦解しつつあるのですわ。鏡があってこそ、この国を守護できるというもの」
「ならば、至宝ふたつがテオの手に堕ちたらどうなるか。
あちらが交換条件を全うしない可能性は 充分予測できます」
天窓を細かく打つ音が小さくこだました。黒い空から滴り落ちる雨粒が容赦なく瀟洒な建物を打ち続けている。
室内は暗さを増した。
フィローラは銀の蜀台に灯を点してから、理知的な兄の顔を静かに凝視した。
「テオの王に弄ばれる前に、わたくしが彼を殺します。あの地であの男に穢された瞬間、鏡の守護は
テオの地に移管してしまう。それだけは避けねばなりません」
「唯々諾々と話を受ける気性ではないと思っていましたが・・・・安堵しました。
そこまでの覚悟があると聞いたからには、僕も計画を話しやすい。
フィローラ姫の婚儀は予定どおり勧めます。だが、約束してください。
僕もロレンツォも身体を張ってお前を守るつもりです。だから決して勇み足を踏まぬよう」
兄の親友の名が出た途端、美姫の柳眉は逆立ち、日頃は玲瓏な声音がやや低くなった。
「ロレンツォなど当てにできませんわ。
聞けば豊穣祭の折、見目麗しい少女たちが3名ほどやってきて、美酒と言って衛兵たちに注ぎ回ったとか。
間諜とわが国の娘の差異も見抜けなくて、闘神を名乗るとはおこがましい。
塔の責任者はロレンツォなのに、鼻の下を伸ばして真っ先に泥酔したのでしょう、きっと」
アロンソは、間諜が男だったら妹の苛立ちがここまで募っただろうかと暫し黙考したが、口に出すと
また何か投げつけられそうなので言葉を発することは止めておいた。
「・・・とにかく、お前がいくら気強くてもそれだけで凌駕できる相手ではないのです。
リュータに必要不可欠な『天輪の鏡』と『守護する姫神』、このふたつを必ず無傷で取り返してみせます。
だから、これから僕が言うことをよく聞いてください」
ロレンツォは、夜半になって一層強まった土砂降りの雨が窓をのた打ち回るさまを見遣りながら、腕の筋肉をほぐした。
鍛え抜かれた俊敏な長身には一切の贅肉がなく、闘神の名の割には細身とも呼べる域である。
自室にはその呼称に相応しい武具が揃っている。剣でも鎚でも石弓でも彼の手にかかれば異様な
程の働きを披露するのだ。
技芸と知恵の神にして親友アロンソの計画は悪くなかった。
だが、フィローラの永久凍土のような態度が氷解するかは甚だ疑問である。
それどころか、永久に軽侮の対象となる可能性も秘めているかもしれない。
(気が重いが最も安全な策なのは疑いようがない。
どんなに謗られようとも、テオの奴に姫の髪の毛ひとすじ、触れさせるものか)
激しい雷鳴が轟き渡った。闘神の苦悩に満ちた精悍な面差しは一瞬鮮やかに漂白され、すぐ闇の中に沈み込んだ。
(続)
新作GJ!
ドラマチックな雰囲気といい、気の強そうな姫といい続きが楽しみ!
乙、なんだけど
人間じゃなくて神々の駆け引き、北欧やギリシア神話に近い世界観でいいんだよね?
アレスとかロキとかの
保守投下ということなので、遠慮せずに投下させて頂きます。申し訳ありません。
というわけで
僕は新スレの神(量産型)になる!
中世ファンタジー的舞台背景での、放浪の若者と世間知らずなお姫様のお話です。でも定住中。
内容は基本甘々。キスから始まるまでが遅めの展開です。
心理的な二股要素を含むので、ご注意をお願いします。それと、やっぱ長え。
「いいね。それを――そうだな、三つ、いや四つだ。四つ貰おうか」
黒々とした口髭を蓄えた身なりの良い壮年の男が、満足気に目を細めて二度、三度と頷いてみせた。
「ありがとうございます。こちらの方で商品の積み込みを致しますで、暫くお時間を頂きます」
相手の視線を動かさぬ程度に頭を下げ、彼は淀みのない口調で接客の勤めを果たしてゆく。
客の前にいる間は忙しなく動き回ることはせず、荷は両腕を丁寧に使って担ぎ上げる。
「ではお客様、あちらで会計の方をお願い致します」
そう告げて、その場を後にする。
そこからの彼――サズの動きは、迅速の一言に尽きた。
秋の空は高く、澄んだ空気を露店の隅々にまで運んで来てくれる。
そしてその風に乗って、元気の良い足音が店の一角へと次々と響いてきた。
「兄ちゃん! 今日も売り上げにコーケンにきたぜ!」
「お、来たなガキンチョども。今日は喧嘩しないように数は揃えてやってるぜ」
「気がきくなぁ。あ、おいら二個貰うね」
「はっはっは。ムカつくな。毎度のことながら」
鍔付きの帽子から覗く赤い髪目掛けて、我先にと子供達が押し寄せてゆく。
「期間不定なのが惜しくなってくるわね。ほんと」
駄菓子売り場で繰り広げられるその光景に目を向けていたソシアラが、深々と溜息を吐いた。
「サズか。仕事も結構だが、もっと大切なことで頑張るべきだと俺は思うがな」
店主の視線は、サズと同じく子供たちの相手に追われるフィニアの方へと向けて注がれている。
「まあ、そこは本人たちの問題なんだけどねぇ。でも、ほんとあの二人を見ていると若い頃を思い出すわ」
「そういうことは、もっと老け込んでから言うもんだ」
若い二人の突然の不仲に眉の根は寄せず、ソシアラと店主は軽く肩を寄せ合っていた。
先週の休店日から、サズは店主夫婦に貸し与えられた下宿部屋ではなく、その向かい隣にある小さな
倉庫に寝泊りするようになっていた。
無論、それは店主に断りを入れてきた上での行動なのだが、その理由については、サズは口を閉ざす
ばかりで、それはそれまで同じ部屋に寝泊りしていたフィニアにしても同じであった。
職場や食卓では、特に不仲な様子を見せるわけではなかったが、むしろその不自然さ故に、店主と
ソシアラは二人の関係を心配する毎日を送っていた。
そして、そんな四人のいる店に再び休息の日が訪れることとなる。
自分で言うのもなんだが、接客の仕事には少し慣れてきた。
相手を見て応対をするということを覚えてしまえば、これまでの旅の中で培ってきた知識や経験を
活かしてそれなりに格好を付けることができる。
格好が付けば、客は安心できるのだということもわかった。はったりに近いが、それで落ち着いて
こなしていけるのなら、まあ悪くはないだろうと思えた。
だが、そう考える至った大元である一番肝心な人のことがわからない。
(それどころか、自分のことも良く分からなくなってきた気がするな)
馬車の御者台に着いて、サズはそんなことを考えていた。
「お待たせ致しました」
支度を終えたフィニアが、手綱の感触を確かめていたサズへと声をかけてきた。
「ん。じゃあ、ぼちぼち行くか」
「はい」
サズが振り向いて出立の旨を伝えると、フィニアが幌付きの荷台に取り付けられた座席に着く。
別段、おかしな点も見受けられない、ごく普通のやり取り。
(おっさんたちの好意なんだろうな、これって)
手綱を引き絞りながら、二人に申し訳ないとサズは思う。
蹄の音と車輪の回る音とが、整備の行き届いた馬車道へとかろやかに響き始めた。
表の露店街の通りが煉瓦敷きであるのに対して、こちらの道は壌土を盛って作られた剥き出しの土手
なのだが、馬を走らせる分には適した作りになっている。
交易に依る財政収支を重視したボルド王国では、こういった商業向けの街道設備は他のものよりも
優先して取り組まれているのだ。
「休みの日に悪いな、フィニア」
「いえ、外は好きですから。それに、あまり離れているわけにもいきませんし」
「ごもっともで」
二人が目指していたのは店の仕入れ先である食肉加工店で、普段なら店主が出向くはずの場所である。
その店主が今日は骨休めをしたいからと言って、サズに代理を頼んできたのだ。
当然、そこには彼の護衛の対象であるフィニアも同行することになっていた。
暖かな陽射しを受け、かっぽかっぽと馬車はゆく。
次第に周囲の景色は人の姿に溢れた城下町のものから、のどかな田畑のものへと変化してゆく。
行先一面に広がるその光景は、穏やかな真昼の一時といった風情を醸しだしている。
だが、座席から動かないフィニアを後ろに乗せたサズの内心は、穏やかどころの話ではなかった。
端的に言えば、びびっている。
彼女は別にサズのことを無視したり、邪険に扱ったりしているわけではなかったが、
以前に比べると口調は他人行儀なものになっており、交す言葉の数も少なくなっていた。
そうなった原因は、当然サズの方にある。
一週間前のあの夜の出来事は、完全に彼の身勝手で起きてしまったことであったからだ。
『浮気ですよね』
あれから毎日、毎時と言ってよいほどに、サズの脳裏ではその言葉が思い返されている。
そしてあれ以降、フィニアはルクルアとの行為に関することを一言たりとも口にしていない。
サズにしてみれば、それこそが針の筵である。面と向かって罵倒された方が余程まし、というものだ。
(最悪だな)
そう、最悪なのだ。しかしそれは、この状況がというわけではない。
未だ一言すらも謝罪の言葉を口にできていない彼自身こそが、最たる悪だったのだ。
槍の穂先が動き、それに続いて馬の鼻息がブルルと小さく鳴り響く。
「警備、お疲れ様です。コルツ商店で手伝いをしている者ですが」
サズが帽子を目深に被った頭を下げて、行く手を遮った二人組みの衛兵へと店の許可証を提示する。
「ああ、やっぱりか。見ない顔だったんでな。一応、名前を教えておいてくれ」
背の高い男の方がサズの手の中のプレートを確認して声をかけてきた。
「サズと言います」
「ほいよ。サズ……ね。珍しい名前だな。余所から来たのか?」
「ええ、イズラッドの方から」
「随分と遠いところからだな。後ろの方、見させて貰うが、いいか?」
もう一人の衛兵が馬車の横手に立ち、幌の垂れ幕に手を掛けてそう訊ねてきた。
「どうぞ。連れが乗っていますので、声をかけてやって下さい」
「わかった」
失礼、とそれだけ言って、衛兵が無造作に垂れ幕をめくって中を覗き込む。
「御勤め、ご苦労様です」
サズの耳にはフィニアの穏やかな声だけが届いてきた。
席の中を覗きこんだ衛兵の男は、ぴたりとその動きを止めてしまっている。
「あの……なにかあったのでしょうか?」
「――こっ、これはレディに対してとんだ無作法を! 失礼をいたしましたっ」
飛び跳ねるようにして男は幌の中から顔を戻すと、槍を垂直に立て、直立不動の姿勢を取っていた。
「行ってもよかったですか?」
「お、おう。気をつけて、行けよ」
振り返って確認を取るサズへと、男は妙に真剣な表情をして通行の許可を与えてきた。
それにもう一度頭を下げ、サズは心持ち強く手綱を引き絞る。
向かってきた時よりも少しだけ速い歩調で、二頭の馬が再び進みだす。
衛兵たちが交す言葉は、嘶きと蹄鉄の音に掻き消されてしまい、二人の耳までは届いてこなかった。
「少し、驚きました」
それから暫くして、フィニアの声がサズの耳元へと届いてきた。
「野郎なんて、あんなもんだからな」
聞こえてきた声は、あまり大きくはない。
恐らくはサズの真後ろにまで身を寄せて語りかけてきているのだろう。
「いえ、サズが普段とは全然違う口調で話されていたので」
「ああ、なるほどな。……まあ、おっさんのとこで厄介になっている間くらいはな」
サズはてっきり、フィニアが先ほどの衛兵の態度のことを指して言ったのだと思っていたのだ。
国の動脈とも言える海路での警備に比べると、街道の警備を担当する者たちは、その人員の質と総量
共に明らかに劣っており、口さがなく言えば兵士の中の落ちこぼれがその任についている状態だ。
なので、あんなものだろうとサズは思っていたのだ。
しかしフィニアが気にかけていたのは、そのことについてではなかったようだ。
「私、サズのことを全然知らないのですね」
「どうしたんだよ、急に」
言葉を返しながらも、サズは自身の気持ちが高揚してゆくのを止められなかった。
(喜んでいる場合か、俺は)
自制しようと心の中で呻いてはみるが、最早手綱を握る手の気も漫ろといった感じだ。
幌の向こうでフィニアがどんな表情をしているのかが気になって仕方がない。
嘶きが響く。やっとのことで馬の歩みを止めさせた。
「フィニア――」
謝れ、いま、謝るんだ。顔も見えないが――いや、顔が見えないからこそ、いまだ。
「サズ」
急激に熱を帯びて動き始めた彼の思考を、その呼びかけが引き止める。
彼女が、がさごそと音を立てて、なにかを動かしているのが伝わってきた。
「あーん」
「……いや、あの、な」
「だめですよ。はい、あーんってして下さい」
フィニアの押しの強さに根負けしたサズが、口を小さく開く。
その間近で、茹でた豚の腸詰肉を刺した銀のフォークが動きを止めた。
「もっとちゃんと開いて下さらないと、食べさせてあげられないのですよ」
「ぐっ……わかった、わかったよ」
困り顔になって告げてくるフィニアに、サズは今度こそ観念してヤケクソ気味に口を大きく開いた。
「はい。どうぞ」
「んっ……むごっ」
切り分けられていない、丸まま一本のそれを口の中へと運ばれて、サズはむぐむぐと顎を忙しなく
動かして頬を大きく膨らませてゆく。
御者台の助手席から夜間用のランプをどかして、お弁当の包みを広げていたフィニアが、その様子を
幸せそうな面持ちになって見守っている。
「どうでしょうか?」
「ん、いける。肉は勿論だけど、塩加減が絶妙」
「わあ、良かったです。でも、切っておいた方がよかったですね。食べている間のお顔、真赤でした」
「……大きさの問題じゃないんだけどな、そこは」
いそいそとフォークに次の御菜を突き刺してゆくフィニアの笑顔を横目に、サズがぼそりとつぶやく。
馬車を牽いていた二頭の馬たちも、街道の脇に生えていた大きめの木に繋がれて、仲良く飼い葉を
頬張っている。
(これで良いんだろうか)
すっかりと気抜けしてしまったサズの鼻先へと、剥き海老の炒め物の香ばしい薫りが届いてきた。
――宜しければ、お弁当を用意してきたので、ご一緒して下さらないでしょうか。
そんな台詞を口にして、フィニアはバスケットを抱えて彼の隣へと場所を移してきたのだ。
無論、サズがその誘いを断れるはずもなく、こうして二人で昼食を摂ることとなっていた。
「お、今度のはレタスにベーコンポテトか。新作だな」
「はい。おば様に勧められたので、試してみました。下の段のは、以前のと同じで」
「あー、なるほどね。食い飽きが来なそうだな」
流石にサンドウィッチには自分で手を伸ばして口に運ぶ。
味付けは胡椒、それにバジル。塩気を感じるのはベーコンからの旨みで、サズはそれをゆっくりと
味わってから水筒の蓋を開けた。
「うん、これも美味い……というか、これって殆ど俺の好物ばかりじゃないか?」
サズが親指の先についていたマッシュポテトをぺろりと舐め取り、弁当の内容へと目を向けた。
豚の腸詰肉、辛目に炒められた海老の剥き身、ベーコンポテト、後は輪切りにされた茹でとうもろこし。
主だった食材の全てが、彼が好んで食するものばかりで、味付けにしてもそこから外れてはいない。
「はい。大体の見当を付けてメニューを考えてみました」
「当たってる。好き嫌いとか、あまり見せていたつもりはなかったんだけど、良くわかったな」
「食卓にあがるもので、良く味わって口にされているものがありましたので」
照れたような微笑みを見せてくるフィニアに、サズが「なるほど」と洩らしてから水を口に含んだ。
良く見ていると思った。それに、量の方も二人が昼食として食べるのに適したボリュームで無駄がない。
「すごいな」
彼女と目を合わせることすらを恐れていた自分が、とてもちっぽけで下らないものに思えて、サズは
サンドウィッチを口に運ぶフィニアへとその眼差しを向けていた。
切り揃えられた前髪と、高めの位置で結われたポニーテールは以前とあまり変わりなく見える。
白と紺のひし形模様のワンピースは初めて見るものであったが、どうにもそれが理由ではなく思えた。
「どうかなされましたか?」
「いや、なんか……少し印象が違うなと思って」
食事を摂る手をとめて、サズはフィニアの顔をしげしげと眺めていた。
気を落ち着けて彼女の姿を見つめるのは、随分と久しぶりのことに思える。
「そっか」
ああ、と自分自身の行き着いた答えに頷いて、サズは言葉を続けた。
「大人びてきたんだな、フィニア」
「え――ええっ?」
何気なく洩らしたサズのその一言に、フィニアが顔を真赤にしてうろたえる。
しかしその彼女の表情すらも、サズから見てみれば以前とは微妙に違ってみえるのだ。
「い、一体どの辺りがでしょうか」
あたふたと顔や身体のあちこちに手を持っていって、フィニアが疑問の声をあげる。
「どの辺りって……背が伸びたかな。それと、全体的に少し丸みがとれたというか」
「ま、まるかったですか!?」
「あ、いや、わりぃ。言葉が悪かった。線がやわらかかったのが、すらっともしてきたというか」
ピアノのトーン・クラスターが流れてきそうな顔になって身をよろめかせるフィニアに、サズが訂正の
言葉を述べて、両の手で「細いよ、細いよ」といった感じのジェスチャーをとってみせた。
「すらっと、ですか」
拗ねたような眼差しになったフィニアがサズの言葉を復唱する。
「気のせいかな、やっぱ」
頬を少し膨らませた彼女の顔を見て、サズはついそんなことを言ってしまった。
「ひ、ひどいですっ! もうサズにはお弁当作ってあげませんからっ」
「そりゃあ残念だ。料理の腕も成長してるのに」
「――そ、そうでしょうか?」
フィニアがその表情をころころと変えて、手にしたフォークを行ったり来たりとさせる。
「ぷっ」
「あ、わ、笑いましたね!?」
「い、いや……う、くくっ、は、あはははっ」
サズがもう堪えきれないといった風に顔を天に向け、口を大きく開けて笑い始めた。
いままでとは違う意味合いでフィニアの顔を直視できない。
隣にいるフィニアは顔を更に紅潮させて、全身をぷるぷると震えさせている。
笑っているサズ自身、なにがこんなに面白くて声をあげてしまっているのか、いまいちわかっていない。
ただ、空を見上げてこうしているのは妙な開放感があって、それで笑うのを止められなくなっている
部分もあった。
「お、怒りましたっ! もう、怒りましたからねっ!?」
どすっ、とフォークで腸詰肉を一突きにして、フィニアが大声でそう宣言してきた。
「ひ、はっ……はぁ、はは、わ、わりぃ、ちょっと笑いすぎで、腹が……くっ、よ、よじれた」
そんなフィニアを尻目に、サズは目尻に涙を蓄えて狭い御者台の席の上で身を仰け反らせて笑い続ける。
「――――っ!!」
声を詰まらせたフィニアが、バスケットに弁当の包みを仕舞い込み、それを膝の上に抱え込んだ。
「あ、ちょっと待てって。俺まだとうもろこし食ってな」
「あげませんっ! 笑いすぎてお腹が痛くなるような人には、これはいらないものですっ!」
目の前から好物の山を取り上げられ、サズが反射的にそれを追って手を伸ばす。
その掌の上を、白く小さな平手がぴしゃりと叩いていった。
無論それには大した力も込められてはいなかったのだが、その動きにサズは思わず声を詰まらせて
身を硬くしてしまう。
フィニアは飛ばした平手を水平に構えたまま、端然としてその場に留まっている。
「ぷちぷちは、させてあげません」
「――は?」
その一言にサズが硬直から脱して、冷然とした表情を浮かべるフィニアへと視線を向けた。
「サズの大好きな、とうもろこしを指で一粒ずつぷちぷち取って食べるのは、もうさせてあげません」
「え、おいっ。俺、あれが一番好きなんだぞ! 他はとも……他も、好きだけど、あれはやらせろっ!」
「もう、お馬さんたちのお食事も終わっていますので。あまり長々と時間をとるわけにも参りません」
「本当なら休みだろっ、今日はっ」
サズが懸命に食い下がるも、フィニアは頑としてそれを聞き入れない。
傍から見れば微笑ましいやり取りに見えても、当のサズからしてみればこれは由々しき事態だった。
彼は、薄い塩味の肉の茹物やスープの類と、油分と辛味の効いた炒め物との組み合わせが大の好物で
日常の食生活でも、余裕があればその組み合わせを選択していた。
しかしサズ本人に口で言わせるならば、それだけでは不完全なのである。
すっきりとした甘みで、それらの後口をじわじわと溶かし去ってくれる、茹でとうもろこしの一粒。
それこそが、彼の至上の一口であったのだ。
「――う」
その魅力に負けて、謝罪の言葉を口にしかけたサズの脳裏を掠めるものがあった。
「フィニア」
場違いだとは思いつつも、サズは声を落ち着けて目の前の女性の名を口にした。
「……なんですか」
つんと横を向いて彼の言葉を聞き入れていなかったフィニアが、真剣な響きを含んだサズの呼びかけに
ようやく反応を示してきた。
「悪かった。俺が悪かった。すまない」
バスケットを抱えるフィニアの腕から、ふっと力が抜ける。
「――あのことですか」
「そうだ。一週間、詫びの言葉もなしでいたのも、本当にすまなかった」
サズは頭を下げ、そしてすぐにフィニアの青い瞳を見つめた。
あれだけ恐れていたのに、こうして素直に謝ることができたのは全て彼女のお陰だと彼は思っていた。
フィニアの方から声をかけてくれなければ、もっとずっと先延ばしにしていたかも知れない、とも。
「昼飯、誘ってくれてありがとう。でも、どう考えても俺が謝るのが先だった。すまない」
情けのないことだとは思うが、申し訳ないと思う気持ちと同じくらいに感謝の気持ちも大きかった。
「正直、複雑です」
フィニアがそれだけを口にし、困り顔になってサズを見つめ返してくる。
彼女がなにをもって複雑というのか、サズにはわからない。わかったつもりには到底なれなかった。
いっそ怒りに任せて頬をはたいてくれたり、悲しみを滲ませて非難してくれたりした方が、彼個人と
しては楽だろうと思っていた。
暫しの間、二人の会話が途絶え、視線だけが行き交い続ける。
沈黙はフィニアの方から破られた。
「ちゃんと食べてしまいましょうか。それから、お仕事を済ませて部屋に戻りましょう」
そう切り出し、抱えていたバスケットを二人の間に置いて、サンドウィッチを一切れ手に取る。
「わかった」
「はい、どうぞ」
それに倣って弁当に手を伸ばしかけたサズの鼻先に、いましがたフィニアが口にしたサンドウィッチが
突きつけられた。
断る理由もなければ、雰囲気でもない。
やや強硬なフィニアの態度に内心では戸惑いつつも、サズは特に躊躇いも見せずにそれを受け取って
一気に頬張った。
「味わって食べてくださいね」
それを見て、フィニアがはにかむ。やはりサズには、今日の彼女は少し大人びて見えた。
――やわらかで愛らしいところは変わりないのだが、どこか毅然とした雰囲気があるというか、少々
刺激が効いていてピリリと辛い……辛い?
もう一度、目を凝らして良く見れば、それは小悪魔の微笑み。
「お口に合いましたでしょうか?」
「――っ!!」
辛い。だが、吹き出すことなど到底できない。許してくれないのがありありと伝わってきている。
「辛いの、お好きのようでしたので特別に用意したのですよ」
フィニアが弁当の一番底の方から、再び白い三角形の物体を取り出してくる。
涼やかな風を受け、ふさふさと揺れる金色の可愛らしいポニーの髪が、サズには段々と悪魔の尻尾の
ように見えてきていた。
「まだ口ん中がひりひりするな……」
「なにか、仰りましたか?」
扉を後ろ手に閉めてぼそりとつぶやきを洩らしたサズへと、椅子に腰掛けたフィニアがくるりと振り
向き、声をかけてきた。
「や、なんでもないっス。弁当、ゴチになりましたっ」
「それは何よりでした」
妙な口調になって、したっと頭を下げるサズに、フィニアは満足気に頷いて髪留めをほどいてみせた。
(涼しい顔して、しっかりと怒ってんじゃねーか)
ふぁさと肩に広がる金の髪房とその仕種に、なんともいえない芝居染みた色気を感じつつも、サズは
彼女から発せられる重圧に及び腰になって、そそくさと部屋の隅の方へと移動してしまう。
あれからなんとか弁当を全て平らげ、水筒と予備の水袋の中身で道中をやり過ごし、彼は久しぶりに
下宿の部屋へと戻ってきていた。
「しかし、汗掻いちまったな」
部屋着に着替えようと棚に手をかけたところで、サズは自分が随分と汗ばんでいることに気が付いた。
(絶対、さっきのあれの所為だな)
そうは思うが、口には出せない。
夜でもないのに湯を沸かすことはできなかったが、水浴びをする程度なら店の裏にある井戸から水を
汲んで済ませてしまえる。
しかし、その為にはフィニアとの距離がかなり遠くなる。
「フィニア。いまから少し汗流すから、目の届くところにいて貰ってもいいか?」
もしもの場合を考えて、サズはなにやら考え事をしている様子のフィニアへと声をかけた。
「裏の井戸を使われるのですか?」
「ああ、風呂沸かすのもちょっと早いしな。水浴びで済まそうかなと」
「わかりました」
フィニアはそれだけを確認すると、特に迷う素振りも見せずに彼の用事に付き合うことにした。
サズの腕が上がり、滑車で引き上げられた桶が裏返されるたびに、フィニアの視界の内には七色の
微かな煌きが広がっていた。
「イズラッドというのですね」
「ん?」
「サズの、生まれたところですよ」
「ああ。そういや、話したことはなかったかも知れないな」
「かも、ではなく、一度もありません。……他のことも」
サズが、洗うというよりは、宙に投げ放した井戸水の勢いで流すようにして汗を落してゆく。
その間なにをするでもなくフィニアはその背中を眺めていたが、突如そう話を切り出すと、視線を
彼から外して、深く溜息をついた。
「別段、話して面白いことでもないしな」
膝までしか丈のない下穿き一丁の姿でサズが体を横に向ける。
「まあ、国としての規模はここよりずっと下だな。後、暑い。水はこんなに贅沢に使えないし、井戸も
山肌から横堀されていてな。そのお陰で平地に都市が作りにくいから、人の数が増やせないんだ」
彼女をただ待たせるのも悪い気がしてきて、サズは自分の生まれ故郷のことを話し始めた。
「料理の味なんかも、結構違ってるな。こっちは海に面している分、塩や魚を使った調味料が簡単に
手に入るけど、あっちではその手のは貴重で、乾いた土地でも育つ香辛料の類で味付けすることが
殆どだったな。だから、ここで香辛料が高値で取引されているのを見ると、妙な気分になっちまう」
「この国とは違う点ばかりではありませんか。面白くないなんて、大嘘です」
憮然とした面持ちになりつつも、自分の話に真剣になって耳を傾けるフィニアの態度に、サズは思わず
苦笑を洩らした。
サズが自身の話題をあまり口にしたがらないことを、フィニアもそれとなくは感じていたのだろう。
彼女の好奇心の強さを考えてみれば、そういったことが気にならないわけがないのだ。
それでも、いままでそのことを尋ねてこなかったのは、サズへの気遣いの気持ちに他ならない。
しかし今日の衛兵たちとの一件で期せずして彼の過去の一端を知ってしまったことで、フィニアの
中で抑えていたもう一つの気持ちが噴出し始めたのだろう。
故郷の町の名前は。その町の風景は。良いところは。悪いところは――
いつの間にか視線をサズの方へと戻して、フィニアは矢継ぎ早に質問を繰り返していた。
「後は、また今度な」
一通りそれに答え終えると、サズはそう言って髪についていた水気を払い落とし、厚手の綿の布で体を
拭いて、腰の下穿きに手をかけて見せた。
もう彼が水浴びを終えてから、時間は随分と経過している。
「あ――こ、興奮してしまい、も、申し訳ありません」
食い入るように彼を見つめていたフィニアが、自分の目にしていたものをいまになって意識してしまい
赤面して体ごと顔を横に向けた。
「いや、こんな話でも楽しめたのならよかったんだけどな」
「そ、それは勿論です」
そう返しながらも、フィニアはサズの水に濡れた裸身を横目でちらちらと窺っている。
既に彼女の興味は別のものへと移り変わっているようであった。
彼の裸身を目にするのはこれが初めてのことではなかったが、こうして少し距離を空けて全体のものと
して見るのとではだいぶ印象も違っていた。
部屋の中で見るとそう目立ってはいなかったが、普段フードと外套に身を包んでいる割に彼の地肌は
日に焼けて浅黒く、それがいましがた教えてもらった生まれ故郷に関する話を思い返させる。
上背はそう高くもなく、均整の取れた体つきをしており、逆に言えばこれといった特徴もない。
「ぁ――」
フィニアが小さく声をあげる。
目立つ点は、他の形であった。
傷だ。初めそれが彼女の目についた時には腕や手足、脇腹といった箇所に数点見受けられていた程度
であったのに、それを目で追い視線が彼の背中側に行くに連れて、その数だけでなく大きさと深さも
増していっていることに気が付いたのだ。
そしてその傷の中には明らかに同種の物でつけられたと思われるものが複数存在していた。
「どうしたんだ、フィニア。急に具合でも悪くなったのか?」
「あ、いえ……」
サズが心配げな表情を浮かべて、寝台の上に腰を下ろして俯くフィニアへと声をかけた。
あれから着替えを終えて部屋へと戻ってきたのだが、その途中から自分に付き添ってくれていた彼女の
様子がどうにもおかしくなっていたのだ。
「本当に私は、サズのことを知らないのですねえ」
顔は伏せたままで両足をぶらぶらとさせて、フィニアが寂しげな声でそう洩らしてきた。
「なるほど、な」
独白めいたその言葉に、サズがまだ乾ききっていない髪をぽりぽりと掻いて応じる。
「会ってから一月とちょっと。日にちで見れば短いな。互いに知らないことが沢山あったって、不思議な
ことでもないし、気になることがあればまた聞いてくれば」
「いつまで、でしょうか」
フィニアが顔を上げ、サズの言葉を遮った。
「いつまでこうして、貴方とご一緒することが私にできるのでしょうか。貴方の仕事が終わるまでですか。
それともベルガの人々に私が連れ戻されるまでですか。死が、貴方を奪ってゆくまでの間ですか」
間近に身を寄せてきていたサズの動きが止る。
諦観の想いに冷たく揺れる青い双眸に、再びかけようとしていた言葉の熱を奪われ、立ち尽くす。
自分はこの人を困らせているだけだ。
どうしようもない子供の我侭を口にして、優しい慰めの言葉を期待しているだけだ。
自分ではなにもせずに、悲劇のお姫様のままでいたいだけだ。
「――俺はお前の傍を離れるつもりはない。障害はあるだろうけどな。そんなん、馴れっこだ」
安心しろ。言外にそう告げてくる男の言葉が嬉しい。
一人で思い悩んでいた時間が、全く無駄で意地っ張りの馬鹿のようだったとすら思えるほどに嬉しい。
――でも、足りない。
幾ら彼が優しい言葉を投げ掛けてくれても、暖かな眼差しを向けてくれても、それが自分一人へと
向けられたものではないのではと思うと、黒々としたものが心の内に広がり始めて荒れ狂い、全て
無残に食い尽くしてしまう。
なくなる。なくれば、足りない。足りない、足りない、足りない……
惨めだった。
こんなにも誰かを想い、想われることはいままでなかったことなのに。
瞳を輝かせて御伽噺の絵本を読み、あれほど待ち望んでいたことだというのに。
自らの手で頁をめくればめくるほど、その先に見えてくるのは醜く汚れきったなにか。
矛先をもう一人の方へと向けてみても、もうどちらが化け物の姿をしているのかもわからなかった。
「ルクルアのことを、どうお想いですか」
二転、三転と主旨を変えてフィニアの口から発せられる言葉にも、サズは翻弄されることはなかった。
それは彼の達観や平静さを表すものではなく、むしろその言葉の示すものこそが彼にとっての本題とも
いえる内容であったからだ。
「どうって、一言では説明し辛いけどな」
サズが一旦前置きを挟んで、言葉を続ける。
「まず、迷惑だよな。それに無駄に偉そうだし、平気でこっちを騙そうとするわ、うるさいわ」
正直な感想を口にしていった。そしてそこにある気持ちを隠してはいなかった。
じっとして彼の返答に耳を傾けるフィニアの瞳は、悲しげな色を映し出したままだ。
そうして暫くの間続いた、まとまりのない言葉の羅列が途絶えてから、彼女は溜息と共に口を開いた。
「嫌いではないのですね」
「……悪い」
サズが堪えきれずに視線を外す。
嘘を吐こうが吐くまいが、罪悪感とばつの悪さは拭えない。
それに、フィニアに対して謝ることができなかった理由を今更避けて通ることもできなかった。
「ふざけた話だとは、思ったんだけどな。お前の言う通りだ」
彼女の言わんとするところを察すると、流石に口調が重くなる。
サズは別段、自分のことを義理堅い人間だとか、誠実な人柄の持ち主だとかも思ってはいなかった。
むしろ、己の益するところがあれば他人を欺くことも普通にやってのける方だと自認している。
だが、それでもフィニアを求めた言葉には嘘だけはなかった。
それをなかった「つもり」へと堕してしまったのは、他ならぬ自分自身なのだという自覚もある。
だからフィニアに対しては、すまないと思う気持ちすらあれ、許して欲しいと思うことはなかった。
敢えて許して欲しいことがあるとすれば、それはルクルアへの小さな気持ちに対してだ。
自分ながら、その身勝手で無神経な感覚には反吐が出る思いではあったが、どちらを想う気持ちも
消えることはなく、サズはそこに立ち尽くしていた。
苦しげに顔を歪ませた彼を目の前に、フィニアの悲しげな瞳は不思議なほどに変化を見せなかった。
「これは、聞くか聞くまいかと非常に迷ったことなのですが」
止むを得ない。そんな響きだけがそこにはあった。
「それは、サズ自身のお気持ちですか。それとも、もう一人の貴方のお気持ちなのでしょうか」
「……もう一人?」
疑問に疑問で返す形になってしまい、サズはフィニアの口にした問いかけを声には出さず復唱する。
しかしそうしたところで明確な答えどころか、質問の意味すらも掴めてはこない。
助けを求めるように目の前の女性の顔を覗き見ると、そこに浮かんでいたのは戸惑いの表情であった。
「悪い。ちょっと話が見えない」
「……本気で仰られているのですか?」
「そういうことになるな」
フィニアの口調には責めるような響きはなく、その瞳は意外そのものといった風に大きくまんまると
見開かれている。
それでも、サズのばつの悪さはこの上ないものになってしまっていた。
真剣に相手の話に応じたいのに、相手の言わんとすることを全く察せないのである。
もう一人の自分? 過去に二重人格と言われたこともなければ、その兆候もないつもりだ。
二心を疑う言葉にしては、婉曲が過ぎるし、なにより彼女らしくなさ過ぎる。
だが、目の前の女性は、はっきりとそう口にしていたのだ。
「私の思い過ごし――いえ、勘違いなのでしょうか」
要領を得ないサズの反応に、今度はフィニアの方が眉を顰めて疑念を顕わにした。
それと同時にその顔には、なにかを悔やむような表情まで浮かんできている。
「勘違いって、なにか俺に、そういう風に見えるところがあるってことなのか?」
状況も忘れて、サズはフィニアに詰め寄った。
他の人間が口にしたことならともかくとして、彼女が言ったのだとなれば無視できないことであった。
「勘違いでした。忘れてください」
「だから、その勘違いした理由を教えてくれ。気になるんだ」
かぶりを振って話を打ち切ろうとするフィニアの声からは、過失の響きが隠しきれておらず、それが
サズの不信感を大きく煽ってゆく。
その不信が自らに向けられたものだというのを、彼は理解してはいなかった。
いつの間にか窓から差し込んでいた陽の光は途絶え、空にはどんよりとした雨雲が立ち込めてゆくのが
透明度の低い硝子の板を通してさえも見てとれた。
不毛にも思えた押し問答の末、フィニアはようやく重い唇をあげて「もう一人」のサズについての話を
口にする覚悟を決めさせられていた。
「本当に、気のせいとか、勘違いなのかもしれませんが……」
もう何度となく繰り返されたその台詞にも、サズは律儀に頷き先を促す。
「サズとお会いしてから、いままで数回のことなのですが。サズが、全くの別人になっていると感じた
ことがあったのですが」
「別人? 雰囲気とか、喋り方とかそういうのか?」
「雰囲気もなのですが、その」
気の逸りから話の途中に割り込んでくるサズに、フィニアが言葉を詰まらせる。
「例えば、なのですが」
フィニアが膝の上で固めていた両の掌をそっと持ち上げて、それぞれをサズと自分に向けてあてがった。
「……例えば?」
その動きに、彼女の間近に詰め寄ってきていたサズがやや落ち着きを取り戻す。
フィニアが真剣な眼差しのままで、こくりと頷いた。
「色に例えますね。私なら、灰色。サズなら赤い色。おじ様なら金色、おば様なら白い色。厳密に言えば
少し違う感じなのですが、そういったイメージで人の体の周りに漂うなにかを見ることができるのです」
「――霊視って奴か」
フィニアのたどたどしい説明に、サズは記憶の中から引きずり出したその言葉を口にしていた。
「あ、そうです。確か姉さまがそんな風に呼んでおられました」
男の博識ぶりに、彼女は思わず声のトーンを高くした。
やはりサズはなんでも知っている。
その印象こそが先の失言を招いたのだが、若く未熟なフィニアにはそれを自覚することはできなかった。
「それでですね。そのレイシで見える色のようなものは、私の場合、普段は意識していないと殆ど見る
ことはできないのです。でも、見ようとすれば同じ人が相手であれば、いつも同じ色に見えます」
「文献に書いてあった霊視についての記述と、ほぼ同じだな」
サズが感心した口振りで何度も大きく頷いて見せる。
実際に霊視が可能だという人間に対する賞賛の念もあったが、半分はフィニアを乗せて口の滑りを
良くさせる為の反射的なものだ。
その他愛のない御伊達に、彼女は見事に乗ってきた。
「えへへ……あっ、そ、それですね。見える色は、いつも同じなのですが、サズだけはそれが変わって
見えるときがあるのです」
「違う色、ってわけか」
「はい。普段は物が燃えているときの火のイメージに近くて、変わって見えるときは、その……人の血の
色のような、濃い、赤色になるのです」
色だけでなく、放つ雰囲気も大きく変わるのだと彼女は続けて口にした。
「それと、これは毎回ではないのですが、声が聞こえてくるときがあります」
「声? 俺がそうなっている時に、喋っているのか?」
フィニアの話すことは、サズ本人では知りようのないことばかりで、その唐突に過ぎる内容に、彼の
思考は若干の混乱を来たしかけていた。
「いえ、頭の中に直接響くような。聞こえている、というよりは響いてきていると言った方が正しいの
かもですね。あと、その声はサズがこうして話されているときの声に似ているのですが、少しだけ
若い感じの声なのです」
「……悪い、ちょっと待ってくれ。一度、頭ん中で整理する」
人に伝えるには少しばかりまとまりに欠けるフィニアの説明に、サズが制止の声をあげる。
(気の色が変わって、雰囲気も変わる。実際に声に出していない言葉が聞こえるってわけか)
彼女の言と霊視の話を疑うわけではないが、身に覚えがない上に、確かめようもない。
妙に焦っている自分の気持ちを抑える為に、サズは一度大きく溜息を吐いてみた。
「ちょっと、こっちから質問してもいいか?」
「あ、はい。どうぞです」
埒が明かない。そう判断したサズが、目線をできるだけフィニアと合わせるように、寝台に腰掛けて
いた彼女の隣へと体を移動させた。
「その、俺の色が変わったときのことを覚えていたら教えて欲しいんだが」
「はい。覚えています。まず、最初にサズと会われて、ベルガを出て、魔法を使って谷を飛び降りたあと。
焚き火を熾してもらって、眠っていたときに一度。その時は声の方はしませんでした」
彼女の言う時期と場所はわかる。だが、やはりサズにはその変化に対する自覚はなかった。
「わかった。じゃあ、次は?」
「次はですね……私が攫われて、サズが助けにきてくださったときでした。あの時は意識がはっきりと
していなかったのですが、それでも色もすごくはっきりと変わっていて、その色が一面に広がって
きたりもしました。声がしたのもはっきりと覚えていますよ」
隣に腰掛けてきたサズに、フィニアは身振り手振りを交えてそのとき感じたイメージを伝えようとする。
「そのとき俺はなんて言ってたんだ?」
「会いたかった。そう頭の中に響いてきました」
「それって、フィニアが目を覚ました後でか?」
「いえ、その直前だと思いますよ」
これもサズはその状況は思い返すことができたが、自覚がない。
「その後も、変わっているときがあったか?」
「……ありましたね」
サズとしては調子を変えずに質問を繰り返したつもりだったのだが、何故だかフィニアはその表情を
曇らせて視線を彼の身体から逸らしていった。
「なんか、気にさわること言ったっけか」
「別になにも」
返す言葉も冷たく、フィニアが穏やかならぬ気配を全身から発する。
「――あの人となされていたときです」
「へ?」
その迫力に飲まれて口を閉ざしていたサズへと、明らかな苛立ちの含まれた声がぶつけられた。
フィニアが寝台の上から素早く腰を上げ、呆然とするサズの正面へと位置取りをする。
「貴方がルクルアという人と、楽しそうなお顔をしながら繋がっていたときだと言っているのです」
「うっ――」
フィニアの整った眉が見る見るうちに釣り上がってゆくのが、不幸なことに下から見上げる形になった
サズからは、はっきりと見て取ることができた。
「にやけて、厭らしい笑みを浮かべて、私の身体を使って、似ているだとか勝手なことを言ってくれた
あの時に、ずぅっと、ずぅーっと変わっておられましたよ。騙されても、必死になって助けてやるって
大声で叫んでくださって。まるで、知らない人たちに勝手をされているようで、すごく、ものすごく
嫌だったのですからねっ!」
逆立った目尻に逆らうようにして、涙が滲んできている。
蛇に睨まれた蛙のように、サズはその場から動けない。
雨が降り始める。ぽたぽたと屋根や地面を濡らすその音が、嫌に大きく彼の耳へと響いてきた。
雨はずっと降り続いている。
「うっく……ひっ、ひっく、ひ、ぅ、うぅ」
倒れ掛かるようにしてサズの胸の内に飛び込んできたフィニアもまた、それを降り止ませずにいた。
サズはなにも言えない。ただ、伝わってくる鼓動に合わせて、彼女の肩をぽんぽんと軽く叩き、寝台の
上に転がって部屋の天井を眺めているだけだ。
「う、ぁあ、あっ、ああ――う、うぅ゛、あ、わぁ、わあぁん」
小さな手に握り締められたシャツに、じわじわと水滴が染み込んでゆき、広がる。
それにも、彼は成すがままだ。感情の波は大きくうねっているのに、それが動きとして出てこない。
圧倒されていた。
フィニアの小さな身体から溢れ出た激情に圧倒されることしかできなかった。
「ばかっ、さずのばかっ!」
厚い胸板の上に振り下ろされる拳は、彼女なりに本気のものだ。
当然、痛い。胸が詰まって、肩にふれる手の動きも止りそうになる。
「なんでなにも言わないんですかっ。おれじゃないって、言ってくれないんですかっ!」
「……わりぃ、わかんねぇんだ」
やっとのことで、サズがそれだけを口にした。
伸ばされていた爪は手入れがされていてもう尖ってはいなかったが、それでも顔を直接引っ掻かれると
喋るどころではなくなってしまう。
「嫌いですっ! サズなんて大嫌いですっ!」
呪縛が解けたように、サズの身体が動いた。
泣きじゃくるフィニアの腕を掴み、きつく胸の内へと抱き寄せる。
「俺はお前が好きだ。どれだけ嫌われようとお前のことが好きだ」
「言わないでくださいっ……!」
彼女の抵抗はか弱い。サズが動き、言葉を発すれば、それだけで力を失ってゆく。
「嫌だ。卑怯者と呼ばれようが、裏切り者と呼ばれようが、俺はお前のことが好きだ。例え俺の中に
どんな奴がいたとしても、これは俺の感情だ。俺のものだ」
「最低っ――!」
最低?
耳を疑うほどの愚かさだ。
自分が裏切られた惨めな女だと認めたくがない故に、想いを寄せた人の知りもしないで良い秘密を
暴き立てておいて。
目論見が外れて、自分のプライドが保てなければ、心にもない罵倒で望んだ言葉を吐かせておいて。
どの口でそれを言うのかと、フィニアは思う。
最初から、まともなことなど期待できない身体の持ち主だというのに。
「最低っ、人の初めてを奪っておいて、お前だけだって言っておいて、可愛いって、泣いてまでくれて
おいて、なのになんで私以外をその腕で抱いたのですかっ!」
お門違いだ。捧げたかった。言って欲しかった。嬉しかった。後のことは、我が身が招いたことで
彼に当たって良いものではなかったのだ。ぶち壊しにしたのは、自分の身体と不甲斐のなさなのだ。
それでもこの男は、真剣に悩み、答えてくれる。
なんの怪我もなく済んでいるのは、彼自身の強さがあったからだ。
普通の人が相手であれば、当の昔に自らの手で殺めてしまっているはずだ。
甘えているだけだ。人に尽くされることが当たり前と心のどこかで思っている、気位だけが高い最低の
お姫様なのだと思い知らされる。
幸せは時に人を狂わせる。
ささやかな幸せを感謝の気持ちで享受するができれば、それこそが幸いだ。
舞い降りてきた幸運にも己の目を曇らせることがなければ、それは正に僥倖であると言える。
だが、大き過ぎる幸せは価値観という名の人の器を狂わせる。
そして幸せの大きさは人の価値観に左右される。全ての人にとっての共通の幸せなど、存在しない。
フィニアという少女には、サズという名の幸せがまだ少しだけ大き過ぎただけなのだ。
若気の至りと言えば語弊があるかもだが、いまの彼女は正にそういった状態であった。
「落ち着いたか?」
「……少し」
「ごめんな、フィニア」
泣けるだけ泣いて、叫べるだけ叫んで。
そうする間にも、彼女はサズの胸の内から一度も離れようとはしなかった。
「酷いこと、沢山言ってしまいましたね」
グス、と鼻を鳴らして男の顔を見上げる。肩には再び掌が添えられていた。
「全然――って言いたいけど、結構効いたな。特に最低の下りはグサグサっと」
「自分でも、いまこうしてサズに抱かれているのが不思議なくらいです」
「言うなあ」
落ち着いた方が恐ろしく感じてしまうのは、サズの若さなのかそれともなのか。
「言っておきますが」
多少乱れてしまった自分の髪を指先で弄くりながら、フィニアが念を押す。
「許してはおりませんので。いまはただ、サズの言葉と、自分の推測を信じているだけです」
「難しいな」
「複雑です、と最初に申し上げたはずですよ」
とんとん、と目の前の白い布地を指先で小突いて後を続ける。
「私が自分でなんとかすればよかった話だとは思っていますから」
「――そういや、それもそうだな」
「サズ!」
「あてっ、引っ掻くなっ。冗談だ、冗談っ」
「本当なのでしょうか……もう」
自分なりに反省を込めた積もりの台詞を簡単に軽口で返されて、フィニアの肩から力が抜け落ちる。
サズにしてみれば、これで彼女が落ち着いたのかどうかなど、判別は全くつかない。
悪かったとは思うのだが、限界一杯まで付き合って、気持ち的にはもうダウン寸前のところだったのだ。
(これって、喧嘩するほどとか、そういう奴なのか)
だとしたら、恋仲という関係は思っていた以上に大変なものだと真剣に考え込んでみたりもする。
そんなことで悩める内は、彼も幸せなのだと言わざるを得ない。
そこから二人は、示し合わせたように肌を重ねて、唇を重ね始めた。
「ん……あっ、んむ――サズ、さずぅ」
「どした。そんなに甘い声出して」
ちゅぱちゅぱと口吸いの音を立てて首に腕を絡ませ両足をばたつかせるフィニアに、サズは努めて
冷静な声で応じて見せた。
「んぅ……長かったですよ。一週間です。一週間もサズとキスができなくて」
「そかそか。我慢させたな」
会話を交える間は、首筋や耳元にふれるかふれないかの軽いくちづけが飛んでくる。
「しました。なので今日は、七倍しますよ。七倍キスしますからね。覚悟しておいてください」
「そ、そうか。人間、やっぱり我慢も必要だと俺は思うけどな」
「だーめーでーすー。えいっ」
「うおっ、と」
フィニアが、一旦上体を起こしていたサズへと強引にもたれかかって、寝台の上へと押し倒した。
「はい、そちらへそちらへ」
「お前なぁ……もうちょいムードとか、そういうのあるだろ」
「そういったものは後でどうぞ。それよりもいまは、キスの方が大事なのです」
お行儀悪く手でしっ、しっとサズをシーツの中央に押し退けて、フィニアが待ちきれないといった
様子で寝台の上へと上がってくる。
そして呆れるサズを無視して彼の身体の上に覆いかぶさると、思い思いにキスの雨を降らせ始めた。
「邪魔ですねぇ、これ」
額から目蓋、頬から首筋にまでそれを繰り返したところで、彼女はサズの半身を覆うシャツへと向け
不満げな声を洩らした。
「急かしといてそれか。脱ぐ間くらいは、じっとしてろよ」
「はい。サズもキスをされたいのでしたら私の方も脱いで差し上げますよ」
「いや、それは俺にさせろ。頼むからじっとしとけ」
「はい。お楽しみなのですね」
フィニアは機嫌が良すぎるほどに上機嫌で、溜まっているはずのサズの方が押されるほどに積極的に
男女の間合いに踏み入ってきていた。
(というか、キス好きなだけか。これは)
やはりシャツとズボンを脱ぐ間にも隙あらば唇を寄せてくる彼女に、呆れながらも愛おしさを覚えて
サズの方も唇を白い肌の上に幾度か寄せてゆく。
「おし、じゃあも一度こっちこい。脱がすぞ」
「……えっちですね、サズ。目が鋭くなっています」
「うっせぇ」
照れ笑いでそう返され、そんなにがっついていたかと、サズは思わず自分の頬を手で鷲掴みにすると
胡坐を掻いた姿勢で不貞腐れた顔になってしまった。
そんなサズを見るのも久しぶりで、フィニアは引き寄せられるように彼の真向かいに場所を移していた。
そして膝立ちになって肩の力を抜き、腕をぶらんと下げてやさしげに微笑んで見せる。
「はい。どうぞです」
「それじゃあ遠慮なく……ん?」
ほんの少しだけ見上げる形になってワンピース姿のフィニアを眺めていたサズが、目の前の光景に
違和感を覚えて首を傾げた。
「どうかなされましたか?」
差し伸べてきた手の動きを止めたサズに、フィニアが恥じ入った、しかしどこかもどかしげな表情を
顔に浮かべて問いかけた。
「あ、いや……いや、そうだ。うん。勘違いじゃないよな、これは」
「え、え? な、なんでしょうか? どこか、おかしな点があったのでしょうか?」
サズが神妙な面持ちになってフィニアの全身をまじまじと眺めてきている。
その視線に、フィニアはなにか自分の行いに男女の間での無作法があったのかと不安を覚えてしまい、
青い瞳と指先をおろおろと落ち着きなく動かしてしまっていた。
「おかしいっていうか、その、なんだ……随分と育ったな、フィニア」
「――あっ!?」
がば、とフィニアが両腕でワンピースの胸の部分を覆い隠して、サズの視線から逃げるようにして
身をよじらせた。
「初めてみる服だったし、最近直視してなかったから気付くのが遅れてたわ。ほんと、成長期なんだな」
「あうぅ……」
顔を真赤にして寝台の上にこてんと倒れこむフィニアの姿を、サズが感心しきった様子で覗き込む。
「うぅ……や、やっぱり目立ちますか」
「目立つと言えば、目立つな。でもまあ、お前最近食欲もあったし、よく働いていたし。育って当然と
言えば当然なのかもな。それに、顔だけ大人びて身体の方だけいつまでも子供っぽいのも――」
「こ、こどもっぽいと思っていたのですか!?」
「……ちょっとな。って、ぉわっ!」
フォローになっていない言葉を浴びせ掛けるサズの鼻先を、フィニアのすらりと伸びた脚が風切り音を
立てて掠めてゆく。
胸元を覗き込もうとしていたところに見舞われたので、避けたにしてもそれは間一髪のことであった。
「次は、もっと大事なところを狙いますからね」
「洒落になんねぇって。お前、どんどんお転婆になってきてるぞ」
子供っぽいところがまた味があってと続けるのは断念して、サズは深々と溜息を吐く。
「とにかく、別におかしなことでも悪いことでもないからな。ほれ、拗ねてないでこっち来いって」
フィニアの少女らしい反応はとても可愛く感じていたのだが、いつまでもこうやってじゃれっている
だけでは我慢ができないのもわかりきっていたので、サズは極力彼女を刺激せずに事を運べるようにと
意識して言葉を選んで口にした。
それが功を奏してか、フィニアはおずおずとした動きながらも、再びサズの目の前へとやってきた。
「脱がすのも、久しぶりだな」
「あ、あの、やっぱり脱ぐのは自分で致しますね。お手を煩わせてしまい――あっ!」
心持ち息を荒くしたサズの指先が、この後に及んで抵抗を示していたフィニアの腕の隙間を掻い潜って
ワンピースの肩紐を素早く外し、そこに彼女の意識が逸れたのを見てとってからスカートの裾の部分を
一気にたくし上げた。
「なに言ってんだ。ほら、動くなって。いつものと勝手が違うから、無理すると破れちまうぞ」
「あ、うぁ、やっ、さ、さずっ、あ、あうぅ、やですよぉっ」
抵抗を受ける部分の気を逸らすようにソフトなキスと愛撫を繰り返し、サズが瞬く間に少女の着衣と
自由を奪い取ってゆく。
「ちょい、ひっぱるぞ。海老になって目つむってろ」
「うぅ゛っ、む、ムードがないですっ」
「んじゃ、次は是非、ドレスかなんかで頼むわ」
ずれたことを口にするサズの目の前に、白と紺の布地からすぽんと抜け落ちた半裸の少女が姿を現した。
相も変わらず。そう認識していたのは、サズの間違いであった。
顔を朱に染めて、大切な部分を細い両腕で守ろうとするも、女性としての丸みを帯びてきたそこは
隠し切れておらず、それが背徳的ともいえる微妙な色香をかもしだしている。
内股に閉ざされながらも脚の付け根から爪先にかけてすらりと伸びてゆく両足は、必要な部位への
肉付きには事欠いておらぬようで、内ももの辺りは羞恥の震えからか、ぷるぷると微妙に揺れている
ようにも見受けられた。
金色の髪は少しばかり伸びすぎてしまったようではあったが、その先端が腕に寄せられて作られた
胸の谷間に流れ込んでおり、あたかも白銀のように煌いて彼の目を釘付けにする。
伏せられていた顔がゆっくりと持ち上がってゆき、不安げに揺れる目蓋の下から青い双眸がサズの
瞳を見つめてきた。
「ひ、久しぶりなので、き、緊張致してしまいますね」
ぽかんと口を半開きにしたままで、なんの言葉も発して来なくなったサズへと向けて、フィニアが
ぎこちなく笑みを浮かべてみせる。
(……誰?)
口にして言えば、確実に今度こそ大事な部分を蹴りつけられるようなことを、サズは頭の中で幾度と
なく反芻させていた。
誰って、フィニアに決まっている。でも、雰囲気といい、身体全体のフォルムといい、必要な部分への
肉付きといい、これはちょっとおかしい。成長期だとしても、普通これだけの短期間で――
(成長期……成長?)
釘付けになっていたままの、彼女のその胸元。白い肌と金色の髪とが薄暗くなった室内ですら、未だ
鮮やかな輝きを放っている。
そこに、紫のイメージが重なった。
「……なるほどな」
ようやく思考の渦から脱したサズが、フィニアには聞こえぬ程度の声でぽつりとつぶやく。
舌打ちの一つも飛ばしたい気分にさせられていたが、折角の濡れ場にそれは不要と、サズはその思いを
内心に押し留めた。
「わりぃ、ちょっと見惚れてた。お前、本当に綺麗だな」
謝罪と賛辞の両方をサズに告げられ、緊張に飲まれかけていたフィニアがその表情をにわかに輝かせた。
「あ、ありがとうです。さっ、サズもすごく素敵ですよっ。腕とか、色々と、大きくて」
まだこういった行為と場に慣れていないフィニアが、その言葉に釣られて頭の中で浮かんできた言葉を
思うまま、次々に口にし始める。
「色々って、例えばなんだ?」
「えと、腕、は言いましたね。肩とは、指とか、あと――」
そこまで言ってサズのある一点に視線を移し、フィニアが固まる。
「……うぅっ。サズは、えっちです。ひわいな人なのです」
「お前って本当に面白いよなー」
フィニアが顔をゆでだこのようにして、そこから目を逸らす。
既にそこにはサズの股間の一物が、半勃ちになって下着を押し上げその存在を主張し始めていたからだ。
「この間の方が、まだ落ち着いていたんじゃないのか?」
あまりに初々しい反応を示すフィニアへと、サズは意地悪い笑みを浮かべてみせた。
にやつく頬を隠すこともなく、サズは少女の持つアンバランスさを存分に堪能していた。
見た目は随分と育ってしまっているのに、肝心の中身がそれに追いついてなさ過ぎる。
サズの男性器に対してみても、前回はあれだけ積極的に弄り倒していたのに、いまではその起立を
認めただけで怖気づいたように俯いてしまっているのだ。
どういった心境の変化が彼女にそれをさせているのかはわからなかったが、サズにとって少女のその
反応は堪らないほどに愛しおしく、同時に扇情的でもある。
ショーツを取り去る際にも、妙に恥ずかしがって瞳を潤ませて見上げてくるし、目線を決してサズの
股間には合わせようとしないのも、恥らいに満ちていてとてもよかった。
(可愛いなあ、こいつ)
ふるふると肩を震わせる少女に、サズは満足気な微笑みを溢れさせていた。
フィニアという少女にとって、サズとの初めての性交渉は刺激が強すぎるものだった。
有体に言えば、生々しすぎたのだ。
大好きな本を通して性的な知識を得ていた彼女にしてみれば、彼との交わりというものは、清らかに
慎ましく、そして甘い愛の囁きの元で行われるはずで、肉体的な苦痛はそれを迎え入れる為の必要悪の
ようなものに過ぎない「予定」だったのだ。
だが、現実のそれはそういった彼女が夢想したものとは違いすぎた。
まず、清らかなはずの肌のふれあいは荒々しく力強いもので、それだけで彼女は我を忘れて声をあげ
碌に記憶もないまま大事な場所を全て曝け出すこととなった。
次に痛みだ。これはとにかく痛かった。サズがずっとやさしくしてくれていたので、縋りつくように
して破瓜を受け入れることができたが、もう本当に痛かったことしか覚えていない。
次の日が休みで本当によかったと彼女は思ったものだ。
そしてなにより――最後の最後で、思いっきり気持ちが良くなってしまったのだ。
彼女の読んだ本の中には、経験のない、もしくはそれが浅い女性は、性交渉の良さを実感することが
難しく、それなりの時間と回数を必要とするとも記されていた。
それなのに自分ときたら、初めてだというのに彼を受け入れた快感にのめり込み、前後不覚に陥って、
挙句には気を失ってしまったのだ。
無論、そのような例は本には一切記されておらず、それが彼女を大いに動揺させた。
結果としてフィニアは、生娘のときよりも、男を知り絶頂まで迎えてしまったいま現在の方が性的な
ことに関しては奥ゆかしくなるという、奇妙な状態に陥ってしまっていたのだ。
そんなこととは露知らず、サズはフィニアが己の胸の上に回していた細い腕へと、なんの気兼ねもなく
指先をかけていた。
「ん――?」
サズが少しだけ首を傾げる。
動かない。そっと引いてやって、豊かになった乳房を露にさせてやろうとしたのに、フィニアの腕には
予想していた以上に強い力が込められており、びくともしない。
(じゃあ……)
もう少しやさしく愛撫して、硬さをほぐしてやろう。
と、なるべきところが。
(ちょい、強引にいくか)
何故か、そういう結論に達してしまった。
精力の有り余っている彼が冷静になるには、少しばかり禁欲と自戒の期間が長すぎたのかもしれない。
「――あっ!」
フィニアが声をあげる。
サズが彼女の後ろに回ってきて、ぴたりと合わせていた内ももと、持ち上げられた腕の所為で空いて
しまっていた腋の後ろへと掌を差し込んできたからだ。
「ぅう、やぁ、サズっ」
「大きくなった胸見せるのが先か、それとも下からのがいいか?」
その声の中に僅かに入り混じった非難の色に、サズは気が付けない。
むしろ、いやいやをするように髪を振り乱されてその興奮を増大させてゆくばかりである。
(怖い)
己の中を走り抜けた感情に、フィニアが首を竦める。
サズが、ではない。
我知らず嬌声をあげ、あられもない姿を彼の前に晒してしまう自分自身が怖かったのだ。
指先がぐいと押し込まれると、柔らかな肌はそれをなんの抵抗もなく受け入れてしまう。
息もあがる。頬が熱くなり、身体の芯でなにかが燻るのがわかった。
そういった自身の反応が自らの浅ましさを表しているように思えて、フィニアの意識を強く苛む。
「すべすべで、こうしているだけでも気持ちが良いけどな」
「あっ、やぁっ……あっ! ひっ、や、やですっ、ぞわぞわ、させないでくださいっ」
「ん。すげえいい声。見ろよフィニア。お前の声だけでこんなになっちまった」
次第に腕の力をなくし、隠された肌を曝け出してゆくフィニアに、サズが下着を脱ぎ、わざとよく
見えるようにしていきり勃った肉茎を露にしてみせた。
「ぅあぁ……」
フィニアが嗚咽にも似た嘆息を洩らし、それを食い入るように見つめた。
恥ずかしい。恥ずかしくて顔から火が出そうなのに、びくびくと脈打つ肉茎を見てしまうとあの情景が
まざまざと思い返されて、そこから目が逸らせない。
サズに悪気はない。むしろ、たったこれだけのことで自分を強く燃え上がらせてくれる少女に対しての
思いの丈を表しているつもりもあるのだ。無論、恥じらう姿を期待してもいたが。
その彼の男としての行為が彼女の思考をじわじわと熔かしてゆく。
「胸、もう隠さなくて平気だな」
「あっ、ぅあ、あぁ、やぅ」
サズが腋の下から差し込んでいた指先でふにふにと外側を刺激すると、フィニアはそれを邪魔しない
よう、自ら腕を持ち上げて受け入れ始めていた。
吹き出る汗に濡れた白く細い腕が彼の視界を通り過ぎてゆくと同時に、彼の指先にかかる質量が一気に
増し、やわらかななにかが押し寄せてきた。
(――へ?)
唐突な変化に自分がなにをしていたのかも一瞬わからなくなって、サズは反射的にそのなにかを確認
しようと、少女の肩の上に顎を乗せ、顔を突き出していた。
「フィニア」
「ぅう、あ――はっ、はい!?」
間断なく与え続けられていた指先の愛撫から、サズの呼びかけで我に帰ったフィニアが慌てて横を向き
彼と視線を交差させた。
「育ったなぁ、ほんと」
「え……あ、そ、そんなっ、うぁ、ひっ、や、もんじゃ、そんなに揉んじゃ、あぅ――だめですっ」
「揉めるんだから、揉まないと損だろ。ちょっと芯がある感じもするが、丁度良い収まりだし」
中央の頂を人差し指と中指の間に軽く挟んで、サズがいままでより心持ち強めの愛撫を開始する。
以前はかるくさすってやるようにしていたのだが、それは止めにして乳房を掌に収めるようにして
持ち上げ、強く揉みしだいた。
「あっ、ひ、い゛ぅ!」
その性急で強すぎる動きに、フィニアの肩がびくんと大きく跳ねた。
「わり、ちょいキツかったか」
向かい合わせていた顔に苦痛の色を認め、サズが両の掌からすっと力を抜く。
そのサズの鼻先を、金色の房がふわりと掠めていった。
「フィニア」
「へいきです、私はへいきですよっ」
ふるふると顔を左右に小さく振るわせて、フィニアが頬を上気させて声を返してくる。
蕩け始めのその幼い表情に、サズは思わず生唾を飲み込んでしまう。
痛みがあるからこそ気持ちの良さから逃れられていたので、彼女はそう口にしたのだが、それが互いに
とって非常に危うい言葉であることを、フィニアは理解してはいなかった。
「そんなこと言われると、俺は平気じゃいられねえな。キスしてろよ、フィニア。多分、目茶苦茶に
しちまうからな」
「きす……んぅっ」
言われるまま、フィニアはサズに一番好きなキスをした。
下唇をちゅるりと吸い込んで、そこから中の大きな歯とその根をぺろぺろと舐め上げてゆく。
横に向けて途中まで進むと、逆に唇が全部飲み込まれて奥に行き易くなる。そうしたら、そこからは
好きなだけ吸ったり吸われたりを楽しめる。このやり方がフィニアは大好きだった。
「んっ、ふっ、んむぅ……んん゛っ、んあ゛っ、んんぅっ!」
「む、んぐ――わかるか、フィニア。お前、キスで乳首がこりこりだぞ。その周りもぷっくりしてて、
腫れ物ができちまったみたいだ」
「んぁ、む、うぅ゛っ――さず、きす、きすが、できないですよぉっ、あ、っ、ひゃぅ!」
心行くまでキスを味わおうとしていたところに、唇から漏れ出た滴をまぶされた指で乳首を転がされ、
フィニアがへろへろな声になって抗議をしてくる。
「してろって。……にしても、お前の肌ってさわり心地良すぎるな。乳首もころころしてて撫でている
だけでも気持ち良くなってくるわ」
「う゛あっ、ころころ、ころころはだめですっ、もう、きすが、うぅ゛っ!」
抱え込むようにしていた両足をばたつかせてフィニアは抗議の構えを続けるが、如何せん背後から
組み付かれて乳房を揉みあげられた状態では、どうすることもできない。
しかしそれでも、その執念だけは伝わった。
(まさかこいつ、本当に七倍するつもりなのか?)
フィニアのあまりの執着ぶりに、そんな疑念がサズの脳裏をよぎる。
馬鹿らしい話ではあるが、フィニアのキス好きは本物だ。真剣に考えてみた。そして結論がでた。
「うぅ……キス、キスはまだですかっ、サズぅ」
「本気かよ……ナニするどころじゃないだろ、それじゃ」
一瞬、こいつ俺じゃなくて俺とキスするのが……ということを考えてみたが、結論を出すのが怖かった
のでサズはそこで考えるのを止めた。
「もうっ、いいですっ……自分で致します!」
「うぉっとっ。こら、またお前は暴れる」
「いいから、貴方は大人しく寝ててくださいっ!」
指先での愛撫を中断したサズの虚をついて、フィニアが身体をぐるりと半回転させて彼の身体にのし
かかってきた。
「ちょ……んべっ」
その動きは見事なもので、サズは顔面を金の髪房ではたかれて仰け反ったところを巧く押さえ込まれて
しまった。
「はいっ、動かないでいてくださいね」
「お前、キスが関わると性格悪くなってねぇか」
「浮気者よりは、悪くはありませんよ」
指摘を入れたつもりが、逆に痛いところを突かれて、サズが喉を詰まらせる。
「はぁ、もう好きにしろ。俺が悪かったんだし、今回はもう諦めた」
大きく溜息をついて、彼はシーツの上にごろりと転がった。
ここまでやっておいてとは正直なところ思ってはいたが、元はといえば自らの不始末が招いた状況
なのだとも思う。
それに、不機嫌になってゆく彼女を抱いて自分が喜べるとも思えない。
そういった理由でサズはフィニアの行為を受け入れることにした。
「ふふ。素直なサズが一番好きですよ」
ちょっと様子のおかしくなったフィニアが、サズの厚い胸板の上へとしなだれかかってきた。
そして、ちゅくちゅくと胸に口吸いを繰り返して指先でなにかを探すように突付いて回る。
「ありますねぇ」
ぼけっと天井の模様を数えていたサズへと、フィニアが嬉しそうに声をかけてきた。
「なにがだよ」
「おっぱいですよ。すごくちっちゃいですけど」
「って、お、うっ、うひっ、こ、こらっ――うっく」
少女のやわらかな唇にちゅぱちゅぱと吸われ、舌先でぐりぐりと舐めまわされて、サズはいままで
受けたことのない、くすぐったい、それでいてどこかじれったいような感覚を与えられていた。
「サズのこえ、かわいいですね。んふぅ……」
「や、いや、また勃つだろっ」
「んっ、ふふ。たっちゃいますかぁ。ほんとかわいいですねぇ」
年下で経験も浅いフィニアに向けて、生殺しはやめてくれとは流石に言えず、サズは身悶えしそうに
なるのを必死で堪えて歯を喰いしばり続けた。
その責めが、不意に途絶える。
(やっと飽きてくれたか)
こういうときの自分の行動パターンを横に置いて、サズは安堵の溜息を洩らした。
起立していた肉茎に巻き付いてくるやわらかな感触。
「うっ!?」
油断したところを強く擦り上げられ、サズは大きく声をあげ、派手に身体を仰け反らせてしまっていた。
「わ……跳ねちゃいましたね。それに声も。びっくりしましたよ」
サズの上に折り重なったままで、フィニアが指先を彼の股間へと伸ばしている。
「ほんとに、たっちゃってますねぇ。びくんびくんしてて、苦しそうです」
「やめろって、あんまそういうとこ刺激されると、またしたくなるんだからな」
本当は刺激などされなくても十分にしてしまいたいところなのだが、一応好きにしろと言った建前で
彼はなんとか自制してみせているだけであった。
だが、フィニアはそんなことを気にするつもりは毛頭ないようで、サズの反応を愉しむように肉茎を
指ですりすりと擦り上げ、嬉しそうに笑みを浮かべている。完全な悪乗り状態だ。
「おつゆさんが出てきていますね……悪い子です」
「頼むから、もうキスしといてくれ。身体に毒過ぎる」
「む。浮気者が反抗的な態度を。許しませんよ」
フィニアの頬がぷぅとむくれた。
無論、サズの言葉の意味を正確に把握などはしておらず、単に毒と言われたと思い込み、へそを曲げた
だけのことだ。
そしてへそを曲げた彼女は報復行動に出た。具体的に言えば生殺しを続けることにしたのである。
「こ、こら。キスって、そこじゃねぇだ……ぐっ」
「んっ、んむっ、んふぅ……」
フィニアが身体をずり下げていった時点でサズもそれを察して声を上げたが、遅かった。
「どこにひようろと――んぅ、わらひのかっひぇれふよぉ」
ちろちろと舌先を鈴口に這わせて、ちゅるちゅると裏筋を唇で吸い上げて、ちゅぱちゅぱと雁首に
音立てたキスを繰り返して、フィニアが報復を実行する。
「ほんと、おっきいですねえ。ぱんぱんにして。してもらってなかったのでしょうか」
「うっ……うぁ、く」
フィニアの蕩けた声も手伝って、サズが思わず腰砕けになって吐息を洩らすが、指先での刺激はなしで
しかも時折間を空けての愛撫なのでもどかしいことこの上なく、それは正に生殺しの状態であった。
「こら、ほんと……ぐ、く、っ! いい加減に、しないと――」
「いい加減になんでしょうか。犯しますか? ルクルアには、確かそう言っていましたよね」
がば、とサズが半身を起こした。
見ればフィニアが拗ねたような眼差しで彼を見上げてきている。
「フィニア」
「キスも、一人でするのは詰まらないです。サズとするのが、サズにされながらが、一番いいのです」
「……わりぃ」
好きにさせてやる。そう言いながらも自分が大きな思い違いをしていたことに気付かされ、サズが
ばつが悪そうに片目を閉じて、しゅんと肩を落してしょげ返った。
「わかればいいのですよ。キス、キスとうるさかったのも事実ですし」
変わらず拗ねた眼差しのまま、彼女が目の前の竿を人差し指で軽く弾く。
「遊ぶなって。ちゃんと、一緒にするから」
「はい。……ところでなのですが」
澄ました顔になってから、フィニアが瞳を好奇の色に輝かせた。
「犯すとは、どういったやり方なのでしょうか?」
サズの肩が更に深く落ちた。
やはりフィニアは背も少し高くなっている。
向かい合ってキスをしてみると、それがはっきりとわかってサズは不思議な気分になってしまった。
「んっ……どしましょ。サズは、どのように致したいですか?」
興奮したり、焦ったりしてしまうと舌っ足らずになるのは、彼女の癖だ。
悪癖なのかもだが、それがサズには可愛らしく思える。
「顔見ながらがいい。キスもできるしな」
「では、この間と同じで良いですね」
いつの間にか雨は止んでいる。
差し込む陽の光にフィニアの肌が照らされて、サズはそのことに気が付かされた。
「ぅ、あ、くぅ――あっ、はぅ、う、あっ」
「キスだけでも濡れるんだよな、お前って」
「だ、だめっ、ですか? あっ、ぅあ」
「駄目なわけがあるか」
なぞる。身体をなぞる。手順をなぞる。軌跡をなぞる。
組み伏せて弄りまわす。ふくよかな乳房も、可愛らしく尖った先端の突起も、白銀の茂みのその下も。
それだけで二人ともどろどろになってゆく。
こうしていると、他の全てがどうでもよくなってゆく気はするが、他の全てがなければこうしている
ことに価値もないことも、よくわかった。
「……ちょっとだけ、余裕あるかもです」
「やってから言えって、そういうのは」
肌をすり合わせて、真剣な顔を見せてくる。
「やりますよ。ですので、今度は途中で引っ張らないでさせてくださいね」
「じゃあ、倒れこんでくるのもなしな」
「……手を付くのはありということで」
妙に負けん気が強いところがあるが、弱気なところもある。
「やっぱりおっきいですね……これが全部入るのですから、不思議です」
「自分でいうか、普通。ほれ、乗った乗った」
「あっ、で、ですからひっぱら――ぅあっ、あっ、ああ、もう、あ゛っ、ぅ゛あ゛っ」
ずぷずぷと割り開いて埋めてやると、途端に泣き出しそうな顔になる。
たっぷりと潤してやってもまだぎちぎちと噛み付いてくるくせに、生意気にも締め付けてくる気配を
見せるので、唇を撫でてサズはそれを邪魔してやった。
全てをわかって、応えてやることなどは到底できない。
話してみたり、なんとなくで察してみたり、見当をつけて外してみたり、喧嘩をしてみたりする。
面倒で、煩わしくて、しんどくて。でもそれで何故だか満たされる。
そういったものが、サズには堪らなく新鮮であった。
感慨に耽っている余裕は、まだ締め付けがきつすぎて気持ちの良いところまで行っていないサズには
十分にあったが、対するフィニアにはそんなものは全然なかった。
(ふ、不公平な気がしてきましたっ……!)
初めの内は、やさしげに微笑むサズになにか見守られているような気もしていたが、冷静になって
行為に没頭してみると、彼は別段なにをするわけでもなく、自分は苦心して行為に及んでいるのだ。
流石に初めてのときほどには痛みもないが、挿入に当たって支障があるのに変わりはない。
普通に正常位でことに望めば、痛みはともかくとしても挿入までの動きは任せておけるのだが、彼女の
中ではもうこれがある意味で正常位なのだ。
「フィニア。ちょい力抜かないと、痛くないか」
(痛いに、決まっていますっ)
だが、それは決して口には出さずに微笑んでみせる。それで一層サズの怒張が増してゆく。
「う゛あっ、あ゛っ、くぅ――あ、ふ、うぅ゛っ」
「無理すんなよ。ほんとに、苦しそうだぞ」
「だいじょぶ、です゛っ、あ゛っ、く、ひ、ああ゛っ」
それでも彼女は頑張る。力の限り頑張ってみせる。
一度できたことが、できないというのがなんとなく嫌に感じるのだ。
しかも、次に挑んだときには進歩していないと気がすまない。
向上心に溢れているといえば聞こえはいいが、それは完璧主義に近いものでもあった。
まず、受け入れることは前にできたのだから、それは絶対に達成したい。
次に、前回は最後まで受け入れた後、サズに動いてもらっていなかったので、今回は最低限そこまでは
達成しておきたい。
可能ならそれで心ゆくまで快感を得てもらい、満足して欲しい。
頭のどこかでそんなことを考えて、行為に望んでいるところがあるのだ。
特にサズに対しては目一杯背伸びをしてみせる嫌いがあったので、目標もそれだけ高くなる。
子ども扱いに対して過敏なのも、サズに対して相応しい大人の女性を目指しているからで、本当は
歳の差があることも気にしているくらいなのだ。
その行動自体はサズからしてみれば健気で可愛らしい。
しかし、結局のところは彼女自身の欲求と、見栄だとかプライドだとかの成せる業でもあるのだ。
知りたいし、教えたい。したいし、させたい。わかりたいし、わからせたい。
最初は小さなものだったその衝動は、歪な形で抑え込まれた結果、少々歪な願望に成長していたが、
幸か不幸か、彼女はそれを満たしてくれる相手に巡り合えた。
我が世の春だとばかりに全力で駆け出したとしても、それは仕方のないことなのだろう。
「う、ぁ……くぁ、ひ、あ、うぅ、で、できましたよっ」
「無茶すんなぁ、お前……う、またちょっと血ぃ出てんぞ。そんなに動かないでいろって」
見ればサズの膨れ上がった肉茎の周囲には、愛液に混ざって赤いものがうっすらと混じっている。
二度目の行為にも関わらず、押し広げられた恥丘は輪を描き、陰唇は内側へと食い込んで襞を隠して
いるような状態なので、挿入というよりも、貫通という表現の方が相応しく感じられる。
「やぁ、ですっ……サズの、傷にくらべたら、どうってことないの、ですっ――あっ、く、ひぃっ」
宣言通りにフィニアがサズの胸板に手を突き、周囲の肌よりも黒ずんだ一筋の溝へと指をかけた。
「これは、お前が付けたわけでも……ねえだろ」
じわじわと滑りを良くしてくる少女の奥の心地に、サズが僅かに声を詰まらせる。
「じゃあ、こっち――あっ! ふっ、い゛っ、ああ゛っ」
まだ鮮やかな肉の色を残すサズの左腕の傷へと手を伸ばそうとして、フィニアがぐいと伸び上がり、
そこに到達する寸前で力尽きて、がくりと腰を落してしまった。
一瞬、先端近くまで幹を露にした肉茎が、じゅぶ、と派手な水音を立てて再び少女の膣内へと埋没する。
「うっ、ぐぅっ! こ、こら、あばれん――ぐ、この、馬鹿っ」
「あ゛あっ、あう゛っ、ば、ばかじゃっ、あ゛う、あ゛、あぐっ、ひっ!?」
ずるりと汗で手を滑らせて支えを失い、ふくらみを増した一揃いの乳房が大きく揺れる。
その扇情的な光景と、緩急のついてしまった肉壁の締め付けに、サズが反射的に腰を引き、突き上げた。
「あ゛っ、い゛あ゛っ、おっき、おお゛きい、ですっ! ずんて、ずんてしま――あ゛っ!?」
「そうかっ、でけぇかっ! こんなに、無茶してっ、咥え込んでっ、おいてよ!」
浅いところを掻き回すように意識して、サズが少女の括れを掴み、持ち上げ、落すようにして動く。
肉茎の貼り付いた赤い滴りは痛々しく感じたが、それが一種倒錯的な感情をサズへともたらし、劣情を
抑えきれなくしてゆく。
「ずん、ずん゛って、うごいてま゛す、ああっ、さず、さずがうごいてっ」
「よろこんでんのかっ、フィニアっ! 顔、ぐちゃぐちゃにして、悦んでっ!」
「はい゛っ! さず、うごいてくれ゛て、う゛れしいですよっ、うれしそう゛なの、うれし、あ゛っ!?」
じゅち、ぐちっ、と淫靡な接合と乖離の音を奏でて、少女が歓喜と苦痛に顔を歪める。
サズがそれに抱きつく形で身を起こした。音が、一層と激しくなる。
それに比して、埋没する肉の総量も増した。締め付けはぎゅうぎゅうとしたものから、ぎちぎちとした
容赦のないそれに変わり、雁首にかかるぬめりがじゅんとした蠢きを伴いだす。
「さずっ、きもちいい゛ですか!? わたし、の゛、きもち、い゛っ、いぅ゛っ、うあ゛っ!」
宙に投げ出されていたフィニアの腕が、無我夢中のうちにサズの背中を抱き締める。
指先が古傷にふれ、無意識の内にそれに縋るように爪を立てて、必死で問いかけた。
「しゃべんなっ、っく、そんなこと言われて、目茶苦茶にしちまうだろうがっ」
「も、めちゃく、ひゃっ!? あ、あ゛うっ! さけそ、おなか゛、さけそに゛っ」
鋭く食い込み、抉り取ろうとするかのような爪の動きよりも、少女の声に気を取られ、サズが叫ぶ。
フィニアが吐き出されていった空気を求めるように大きく口を開いて喘いだ。
実際、それは裂けているのだ。
一度きりの交わりで穿たれた孔は、決して小さなものではなかったが、その時はサズの動きもここまで
激しいものではなかった。
加えて、フィニアが積極的なのだ。成すがままではなく、自らその未成熟な女性の器を使い、サズに
できる限りの快感を与えようと必死に動かしてしまっている。
無理が過ぎているから、その分だけ裂けてゆく。裂けてゆくと若干だが、動きが取り易くなる。
動けるのなら、これで正しいのだと思ってしまう。
当然、痛みも襲ってくるが、サズが動くのを見ているとそれも正しいからしてくるのだと思う。
動いてくれるのは、嬉しい。動けることも嬉しい。痛いけども、嬉しくて正しい。
――間違っていないのだと思う。それはきっとそういう行為なのだと思う。
痛いのが嬉しいのではなく、痛くなると嬉しいという反射で、フィニアはそれを受け入れていた。
その痛みが、緩いものになってきた。
痛みが止んだわけではないのだ。喘ぐ唇にやさしくキスをされ、それに夢中でお返しをしているうちに
ぼやけて、じんわりとしたものに変わってゆく。
いつの間にか身体が倒され、シーツの上に寝転がされていたが、キスもずんずんとした感触も止んで
いないので、特にそれは気にもしなかった。
(……あっ)
遠くで自分の声を聞いている気がしていた。そこになにか新たなものがふれてきて、フィニアは緩慢な
動作で首をお腹の方へと向けた。
途端、声が耳元から響いてくる。ぼうっとしていた感覚も靄が晴れたように鋭いものとなった。
「あ゛っ、さ、さずっ、かわいぃ……かわい、あ、ぅ、ふ」
赤い髪が揺れている。随分と目立つようになってしまったふくらみに頬を寄せ、ちゅぱちゅぱと音を
立てて恥ずかしくなってしまったところを隠してくれている。
「かわい……あかちゃんみたい、ふふっ、ふ――あ゛っ!?」
ころころと舌先で転がされてそれを甘噛みされ、フィニアが背中を大きく逸らした。
その動きで、サズの口元に強く乳房が押し付けられる。もう片方の先端は、指先でピンと弾かれた。
「あっ、あうっ! かむの、かむのだめですよ!? そこは、いたいのちがいますっ」
「……わり。お前ほんっと、可愛いのな。だから、偶にそんな声も聞きたくなる」
既に歯は舌へと摩り替っているのだが、そのことに気が付けていないフィニアは、首を振って髪を
ぱさぱさと鳴らしてしまう。
「うぅ……あっ、はぁっ、ふっ――う゛あぁっ」
「どした」
サズが寝台に手をつく姿勢をとり、フィニアへ重みを感じさせないよう腰を緩く打ちつけて問いかける。
「ず、ずんずんに、ぞわぞわが、あっ、うんっ! あっ!? ぞ、ぞわぞわのほうがっ!」
「やべぇ。聞いてると、俺まで、そんな気分になってくるわ」
苦鳴の響きから甘い響きへの変調を存分に堪能してから、サズがペースを速めてゆく。
白い肌が上気しきって淡い桜色に染まっている。もうすぐだとサズは思った。
(――来たなっ)
「あ゛っ、あついのが、とけるのがっ、さずっ、さずっ!」
その緊張と共に、フィニアが再び鳴くように彼の名を呼び始めた。
ぐにぐにとしたやわらかさが、サズの肉茎をずっぽりと包み込んできている。
「ぐっ!」
それが震え始めた。ねっとりと絡みつきながら、独立した意志を持つもののように戦慄くのだ。
熱いというのが、どちらのものなのかはわからない。ただ、この細波のようなものが熱いのだという
ことだけは感じ取ることができた。
(今度は、絶対お前の中に出してやる!)
実を言うと、サズはこれを心待ちにしていた。絶頂に等しい感覚を与えてきながらも、彼に射精を
許さなかったこの異様なまでの媚肉の蠢き。
「ひっ、あ゛っ! また、きもちがっ、あ、あふっ!」
「ちょい、我慢だ。ちゃんとしてやるから、安心しろよ」
「――はいっ、して、さずのしてくださいっ」
あやすように呼びかけるサズに、蕩けきった笑顔でフィニア答えてくる。
その彼女の脚が高く持ち上げられた。そしてそこにより深く、強い結合を果たす為にサズの身体が覆い
被さってきて、フィニアの身体が寝台の上に沈み込んだ。
「っく、あ゛っ、ふ――あ゛、あ゛あ゛っ、うあ゛っ!」
「くっ――わりぃ、ちょっと乱暴に、なるぞ」
最早サズに余裕はない。うねり、押し包んでこようとする肉襞に逆らい、強引に腰を押し進めている為
強烈な快感と痺れが亀頭から腰に巡り、それが火花を散らすように頭頂にまで伝わってきているのだ。
少女のやわらかく肉厚な割れ目から、ごぽりと泡を吹くようにして白濁した液体が溢れ出てきた。
その光景を見ているだけでも、サズの思考は焼き切られそうになるほどだ。
だが、前回と違って動くことはできる。まだフィニアへの負担は大きかったが、彼女の肉体ではなく、
心の方がそれを受け入れたがっていることがサズにも伝わってきていたからだ。
「さ、さずっ、あ゛っ、ん゛っ、んぅ――」
「んっ、フィニア……ぅむ、今度こそ、目茶苦茶にするからな」
「はいっ、はっ、うくっ、さ、さあ゛っ、ぎっ、あ゛、ぐっ!? あ゛っ、あ゛、あ、ひぅ゛っ!?」
始まった。やさしさよりも荒々しさを、情愛よりも肉欲を優先した動きが始まっていた。
怒張した肉茎に幼い膣孔を蹂躙されるフィニアには、愛しい人の名前を呼ぶことすらも許されない。
爪を深く立て、傷跡を強く掻き抱くことで必死にそれに振り落とされないようにするしかできない。
怖さなど、どこかに飛んでいってしまっている。ただ只管にしがみ付いて、同じところにいたいだけだ。
「う゛っ! あ゛、つっ! うあ゛っ、あ゛、あ゛あ、あ、あ、い゛っ! ひぃっ! あ゛あ゛っ!」
「うっ、ぐぅっ、あっ、はっ――ぐっ!」
サズが眉間に皺を寄せて気を吐く。熱を持った膣内はもうどろどろに蕩けているのに、抵抗だけは
失うことがなく、容易に自分から性感を得ることをさせてくれないのだ。
焦りがサズの心に広がってくる。
幾らなんでもこれではフィニアに痛い思いをさせるだけだ。
そう思いはしても、止ることができない。壊れてしまったように腰を突き込み、快楽を求めてしまう。
身を任せているだけで信じ難い快感を与えてきた少女の媚肉が、いまはまるで鋼のように抗いをみせて
彼を受け入れてくれなかった。
不思議と、フィニアは痛みというものを感じていなかった。
痛みがないわけではない。痛みを、痛みとして認識できていないのだ。
代わりにやってくるのは、熱さだ。じんわりとした熱さと、燃えるような熱さがせめぎ合うようにして
身体の芯から押し寄せてくる。大きなうねりとなって押し包んでくる。
その熱さに冒されて大好きな人と同じ熱さになろうとフィニアは思った。
始め、サズは自分が足を滑らせてしまったのかと錯覚した。
ずるりとした喪失感を伴った感覚が、彼にそう思わせたのだ。
だが、それは足ではなく彼の肉茎の周囲で起きたことであった。
じゅぼっという間抜けな感すらある埋没音と開放感で、サズはそれが間違いであることに気が付いた。
「……サズ」
喜ぶような、あどけない声が響く。濡れて、蕩けてしまってはいるが、どこか理知的にも聞こえた。
それに惹かれて見れば、彼の大事な女性が場違いなほどに穏やかな笑顔を浮かべてそこにいる。
「――フィニア?」
遠慮なしに体重をかけて、少女の一番奥の奥にまで踏み込んでおいて、サズはまだそのことには
気付けずにいた。
「サズの、気持ち良いです。全部入ったのも、わかりましたよ」
フィニアが背中をまるめてサズに頬を寄せてきた。
肌と肌がふれるくすぐったい感触に、サズの中で燻っていた焦りが消え失せてゆく。
それでサズはやっと気付いた。少女の心に、身体が追いついてきたのだと気付かされた。
「サズ、熱いのもっとしてください。私、もっと熱くなりたいです」
まつげとまつげがふれ合うほどに顔を近づけて、フィニアが気丈に微笑む。
「そっか。熱いの、好きか?」
「好きになりました。繋がっているの、大好きかもです――あっ」
「じゃあ、もっと好きにさせてやる」
サズが腰を引いて埋没させていた肉茎をゆっくりと引き抜く。
襞が厭らしく蠢いて、にちゃりとした吸着音を奏でた。
「あっ、ぬけちゃいますよ、ぬけちゃいま――あっ!?」
ずるずると遠退いていく熱さの源に、慌てたフィニアの肩がびくんと跳ねた。
「ん。これくらい動いても、もう平気そうだな」
「あっ、うあ゛っ、やっ、さ、さず、あついの、でたり、はいったりでっ」
長めのスパンで繰り返されるスムーズな注挿に、フィニアの割れ目のから十分すぎるほどの愛液が
零れ出して、それがシーツの上に大きな染みとなってゆく。
「あっ、す、すごいです、サズのが、すごい勢いで、出たり、は、あぅ、さ、サズは見ちゃ、あぁっ」
フィニアが二人の繋がりに目を向けて、熱い吐息を洩らす。
サズも釣られてそれを覗き込むと、羞恥の気持ちからか締め付けが一気に増してゆく。
それでも、先刻までとは違い力任せに動かす必要などないほどにフィニアの膣内はすっかりと出来
上がってしまっていた。
「エロいな、フィニア。見るのも……くっ、見られるのも、好き、か?」
「わ、わかんないですっ、うぅ、う゛あっ、や゛っ、あぁ、あっ」
「好きそう、だなっ」
忘我と自失の声が、サズの劣情を煽り、極限まで燃え上がらせる。
僅かに見える鮮やかな桃色の花びらからは大量の蜜が溢れ、再び血が滲み出てくる気配もない。
息が荒い。肌を合わせると、激しく動く中でも鼓動が伝わってきている気がするほどだ。
「くっ、ぅっ!」
「あっ、やぁ、あ、あ、あっ――ひんっ! ひっ、ぁ、ああっ!」
サズの中で昂ぶりと共に、大きな快感の波が渦となって集まり始めた。
フィニアのピンと伸ばされていた指先に己の手を重ね、指を絡める。
「あっ、ひっ、さ、さずっ! さず!」
「いくぞっ、フィニアっ、全部、全部お前の中に出すからなっ!」
「――っ!」
サズの宣言に答えるかのように、指が痛いほどに握り締められた。
「くっ、あぁっ!」
熱さが弾けた。フィニアの天井をびゅく、と激しい奔流が叩いて回り始める。
それにも構わず、サズが思い切り腰を突き上げ、少女の小さな身体は枕の上へと押し上げられてしまう。
「うあ゛っ!? あ゛っ、あ゛あっ! ぁあ゛ーっ!」
「ぐっ、うぐっ! あ゛ぁっ、くっ、うぅ!」
限界まで膨れ上がっていた肉茎が、その熱い滾りをびゅくびゅくと流し込みながら最後の猛りを見せる。
身体を斜めに起き上がらせた少女の膣壁を蹂躙し、注いだ精液で僅かな隙間もなく埋め尽くす。
「やっ、あつ、あついっ、さず、おなか、あ――ああ゛あ゛っ!!」
フィニアの身体が強張り、ぴゅるっと透明な飛沫が肉茎の真上にある尿道口から小さく吹き上がる。
「あっ!? あ、やぁ、あついの、あついの漏れて……あぁっ」
ぴゅる、ぴゅ、ぴゅっ、と可愛らしい噴水が続いて湧き上がると、自分の仕出かしたことに気付いた
フィニアがいやいやをするように首を振り、すぐに力尽きて、がくりと項垂れた。
「あぅ、やぁ、いやぁ……」
「――っく、ぅ……フィニア? え、どした? なんか、嫌だったか? 変なことしてたか?」
ぐすぐすと鼻を鳴らして繋げていた手を離したがりだしたフィニアに、状況を把握しそこねていた
サズが狼狽の声をあげた。
「ごめんなさい、さず、ごめんなさい……」
「え、いや、ちょっと、どうしたんだ、フィ――」
大粒の涙を瞳に滲ませて顔を手で覆い隠そうとするフィニアに、気を動転させかけたサズが慌てて
陰茎を引き抜こうとして、それに気付く。
「なんだ、これ」
見れば、自分の下腹部にねっとりとした透明の液体が大量に張り付いている。
熱くも冷たくもなかったので気付くのが遅れたが、かなりの範囲がその液体に濡れてしまっていた。
「ん……しょっぱ」
サズがあまり深く考えずに、その液体を指で掬い取って舐めてみた。
(汗? でも少しねばっこいな。なんだ、こりゃ)
「あ、ああっ、だめ、だめですよ、おしっこ、おしっこ舐めちゃだめです、さずっ、おしっこ」
「へ?」
ついにはわあわあと泣き出したフィニアの顔を、サズは間の抜けた声をあげて眺めていた。
外はもう晴れ渡っている。どうやら本格的な雨ではなく、通り雨のようなものだったらしい。
フィニアは寝台の上で厚手のキルトに包まり、真赤な顔をしていた。
その脇には、当然サズがいる。こちらはもう服を着こんでいて顔は涼しげな表情だ。
「……と、いうわけだ。まあ、ちょっと珍しいことかもしれないけどな」
「うぅ、で、ではあれは、シオフキというものだったのですね」
サズの口から自身の迎えた絶頂の形を教えられたフィニアが、濡れた目尻の周辺を手でこしこしと
拭いながら安堵の息を吐いていた。
「フィニアの話からすると、多分そうだな。まあ、お漏らしと勘違いしても仕方はないけど。けどなぁ」
「う゛っ!? わ、笑わないでくださいっ! ほんとに、ほんとにびっくりしたんですからっ!」
喉を鳴らして苦笑するサズの態度に、フィニアが抗議の意志を示すように寝台の上で跳ねる。
「い、いや。くっ、うくくっ、く……ぷっ」
ぴょんぴょんと跳ね回るその様子が面白くて、サズは余計に笑ってしまう。
「うぅ! さ、サズだっていっぱいお漏らししたじゃないですかっ! ほらっ!」
「うぇ!?」
フィニアが羽織らされていたキルトを宙に放り投げて、笑い止まぬ男へ向け膝立ちになる。
当然、サズの視線はある一点へと注がれていき、フィニアもフィニアで、それを見せ付けるように
腰を前に突き出して後ろに反り返った。
「どうですかっ、ご自分はこんなにされておいて、まだ、ぅっく、お、お笑いになるのですかっ」
「どうですかって、お前……うぉ」
ぷっくりとした貝の中心にあるピンク色の裂け目から、白いどろりとしたものが少女の丘をつたって
流れ出しているのが、サズの目からもはっきりと見えている。
「……あ、こぽってなった。ほんとお漏らしみてぇ」
「ち、違いますっ! それは貴方が注ぎ込まれたものですよっ!?」
語気を荒げるごとに、とぽとぽと流れ出る液体を評して言ったサズの言葉に、フィニアが噛み付く。
「んなこと、わかってるって」
「あ、きゃっ!?」
後ろ手に身体を支えるようにしていたところを胴ごと抱えて押し倒し、サズはフィニアと並ぶように
して寝台の上へと倒れこんだ。
「終わったばっかだってのに、そんなん見せんなよ」
「え……あっ、ぅう」
言われてやっと昇らせていた血の気が引いたのか、フィニアは小さく声をあげて身を縮こまらせた。
「――しかし、中途半端な時間になっちまったな。まだ風呂沸かすには早いし、お前は水浴びってわけ
にもいかないし、着替えで済ませるには派手にやっちまったし……どうすっかね」
期せずして荒くなってしまった呼吸を無理矢理落ち着けるようと、サズは寝台から身を起こして一人
ぶつぶつとつぶやいた。
実を言うと、いまので息子の方が半勃ちになってしまっていたので、もう強引にでも話題を逸らして
しまいたかったのだ。
「――ん?」
そのサズの生乾きになってしまったシャツの袖がくいくい、と引っ張られる。
視線を移してみれば、再びキルトに包まって枕に半分顔を埋めたフィニアがいる。
「どした。寒くなってきちまったか?」
「い、いえ……その、も、もし宜しければなのですが……そ、その」
「なんだよ。はっきり言えって。もう笑わないからよ」
ごにょごにょと声を篭らせて、それでもなにかを伝えてこようとする少女の先をサズが促した。
「その――お風呂を沸かしても良い時間まで……」
するっ、とキルトの生地を腰元まで下ろし、フィニアが囁くように後を続ける。
「……また、致しますか?」
喉を鳴らせて、サズはそれに答えた。
結局、キスは七倍以上していたかもしれない。
〈 完 〉
以上です。
読んでくれた方、レス下さる方、いつも本当にありがとうございます。
そして
>>197さん、間隔空けずの投下申し訳ありませんでした。
GJ!
エロエロだった……
こいつら可愛いすぎる。
保守します
質問なんですけどさ
お姫様、と聞いてどんな髪の色連想する?
金だろ金!
シャンパンみたいな上品〜な金髪!
同じく金色
日の光に当てたら透けちゃうくらいの
アラビヤンな姫さまならやっぱり黒かね
ピンクでも赤でも姫さまに合っていればなんでもおkだな
このスレの保管庫はどうなっているのですか
砂漠なお姫様で連想すると黒髪と褐色の肌ですな
保管庫を管理されて下さっている方は結構多忙な人みたいなので、個人的には気長に待っていたり
>>246 ありがとう。
7とか8のスレの話とか見たいけど、も少し待つか
赤毛で山賊とか海賊の姫とかも良し
黒髪ストレートに雪のように白い肌もいい
ピンクとかグリーンとか言う強者はおらんのか
グリーンの髪の姫様…
シーラ・ラパーナですね、分かります(設定上は『翡翠色の髪』らしいけど)
ピンクは知らんw
一次ネタだとあまりに奇抜な髪の色はちょっと連想できないわ
二次元だと多種多様な色で表現されるからな
銀髪は無し?
髪の色より髪型・髪質が気になる
ウェーブがかったロングがいい
金髪だとウェーブがかったロング、黒髪だとストレートかポニー
みたいな感じで色で連想するのも変わっちゃう
あと、銀髪はむしろおうぜさまの方で連想しちゃうな
赤だとショートを連想した
>>250 「シーラさまの目はなんで赤いの?」
「ニンジンを食べたからだよ」
銀髪紅瞳のお姫ってのは個人的には捨てがたいな
水銀t
258 :
名無しさん@ピンキー:2008/12/07(日) 17:26:28 ID:PLy6cWjd
エルド、エルドに逢いたい!
銀髪キャラってなんか強そう
自ら戦場に赴いちゃう姫様ならあり
>>259 そうか。自分は銀髪の姫は繊細なイメージだな
ストレートで、身丈ぐらいの長髪がいい
>銀髪紅眼
夜天のsh(ryu
むしろ二次最低SSのオリキャラってイメージが…
お姫様ってのは髪もだけど、
やっぱ最低限美形・美女でないとな!
ま、実際には美女ばっかでもないわけだが。
いやどっちかというとかなり希少なわけだが。
そこはフィクションのご都合主義でひとつ。
熊谷信直の娘ばかりじゃ困るけどNE!
美形の一族に似ず自分だけ不美人に産まれてしまったせいで
コンプレックスと自虐心の塊みたいになってる内気なお姫さまを娶って、
貴方のような立派な殿方が何故こんな醜いむすめを妻になさるのです、
とか何とか言ってるお姫さまに四六時中くっついて口説きまくって、
最終的には「貴方の妻になれて幸せです」と微笑んでくれるレベルにまで自信を回復させてあげたい
やべえwツボすぎるww
265に期待。
うん、そういうの是非読んでみたいな
このスレはロマンチスト率高めと見た
かくいう自分もロマンチスト
という訳で
>>265わっふるわっふる
政略結婚が嫌で、相手の男につれない態度を取るんだけど、デートを重ねるうちに男の性格と誠意に惹かれていって何かのきっかけでデレデレに
みたいなのが好き
>259
リアルリアリティつーか、現実寄りの設定で考えると、アルビノだから箱入り娘になるんじゃなかろうか。
日の光が大敵だから。体も弱くなりがちらしいし。
外見と日光に弱いってので、偏見や憶測を呼び忌み子扱い、ひっそりと軟禁生活を余儀なくされ、
そのうち直衛の若い衛兵なんかと情を交わすようになってだな……(妄想加速中
妄想の部分をダブルクリックしても展開されないんだけど
自分は金髪かなぁ。黒髪でも茶色でもokだけど。
逆に銀髪はちょっと苦手だ。
厨共の創作のメアリー・スーor悲劇のヒロイン(笑)なイメージが強くて…
この手の創作分野では、むしろメジャー過ぎるほどメジャーだと思うがなあ。
厨が悪いこととは思わんし。独り善がりに堕ちると駄目だが。
厨設定ってのは、王道だから厨設定に認定されるんだと思うのぜ。
ああ、すっげえ耳が痛いやw
お久しぶりです。
前スレに投下した『花影幻燈(中篇)』のつづきです。
大変間が空いてしまい、読んでいてくださったかたには申しわけありませんでした。
また今回も長くなりすぎたため後篇を1と2に分割させていただきました。
2もおおむね完成しているため年内には確実に投下できると思いますが、
完結篇を待っていてくださったかたがたには本当に申し訳ないです。
※以下注意書きです
・女性から男性への凌辱(的な)描写があります
・今回も終盤の後味がよくないかもしれません
すでに傾斜地帯を通り抜けた馬車は少しずつ速度を上げ、
前方に見えてきた湖畔から吹き漂う清澄な風の下をくぐるようにして進んでいく。
車上の三人の髪は少しずつ乱され、後方へと吹き流される。
けれど彼ら自身をとりまく空気は微塵も動かなかった。
エレノールが小さく瞬きをし、膝の上に置いた両手をそっと組み直したのがアランには分かった。
エマニュエルは表情を変えずにただ前方を眺めている。
エレノールのいるほうから、ほんのかすかに奇妙な物音が聞こえてきた。
アランが左隣を振り向くと、それは妻が息を奥深くまで飲み込んだ音だった。
「マヌエラ?」
ひとつ間をおいた後、かろうじてアランの耳に届いたのは母国語に戻った妻の声だった。
向かい風に流されてしまったのか、彼女の呼びかけは妹姫に投げかけられたまま応じられることはなかった。
エマニュエルは依然として前を向いている。
その視線の先をたどれば、御者の濃褐色の帽子を彩る鮮やかな羽根飾りの先が揺れはためき、
楽しげに不規則な弧を描いている。
あるいはその先に何かを見出したのだろうか。
「マヌエラ」
エレノールはふたたび妹の名を呼んだ。
夫を間に挟んで座っていることさえ失念したかのように、
ただ妹の横顔だけを見つめ、先ほどよりもはるかに毅然とした声音で彼女の名を呼んだ。
けれどその語尾は、静寂のうちに雷鳴の訪れを予感する森の梢のようにかすかに震えを帯びている。
ふいに馬車が何か背の低い隆起物に乗りあがり、車上の三人の肩も小さく揺れる。
車輪はまたすぐに地面に降下する。
いまの震動でやはり聴覚を妨げられたためか、エマニュエルは振り向かない。
彼女の横向きの輪郭は額縁のない肖像と化し、ただ額にほつれ落ちた黒髪だけが麦穂のようにそよいでいる。
「こちらを向いて、マヌエラ」
エレノールの声が車上に響き渡る。
それは決して悲鳴ではないが、すでにその予兆を孕んでいることをアランははっきりと感じ取る。
風が止まった。
自身をとりまく空間の静止により初めて束縛を解かれたかのように、エマニュエルはゆっくりと首をめぐらせ姉姫を見た。
そのまなざしには悪意も満悦の色もなく、凪を迎えた湖面のように、彼女の内側で完結した静けさだけがあった。
「遅かったわ」
「―――マヌエラ?」
「遊びはここでおしまい。ほらもう、着いてしまった」
「違うわ、マヌエラ。そうではないの」
「終わりは終わりよ、姉様。わたしたちは最初に、これは離宮に着くまでの慰みごとと決めたはず」
「違う、わたくしが聞きたいのはそんなことではないの」
「答えを教えてあげる」
すでに馬車の扉に手をかけながらエマニュエルは言った。
「ひとつめよ、もちろん。驚かせるつもりはなかったの」
「違うわ」
妹姫の背を見つめながら、エレノールは掠れた声で呟いた。
「聞きたいのは、そんなことではないの」
木立が風にそよぐかのような静けさで扉が叩かれたかと思うと、返事を待たずに華奢な人影が書斎に忍び入った。
部屋の窓際、燭台の据えられた文机に近づきながらその輪郭は徐々に明確になり、
その影はますます濃さを増していった。
「こんばんは。―――起きていらっしゃって、よかったわ」
混じりけなき安堵の吐露かと見紛うばかりの微笑をこぼしながら、
エマニュエルはアランの前に現れた。
今夜も薄手の絹の寝衣一枚をゆったりと身にはおり、豊かな髪を背に下ろしたままの姿である。
ただ黒い瞳だけが、いつにもまして鮮やかな生気を宿しながら炯々ときらめいている。
そして二日前と同じく文机に向かって沈黙を守りつづける義兄の顎に手を伸ばし、
かろうじて怒りを押し殺しているその無表情な顔を優しくなだめるように嫣然と見下ろした。
「今日は書き物をしておいでなのね。紋章入りの封筒ということは、都のご親族へのお手紙かしら」
アランは義妹を一瞥しただけで答えずに脇を向いた。
しかしそんなそぶりさえ見るのが愉しいとでもいうかのように、エマニュエルは微笑を保ちつづけている。
「朝方はともに遊戯を楽しんだ仲だというのに、相変わらず冷淡でいらっしゃること。
あの遊びと同じくお義兄様に一興をおぼえていただけるよう、今夜は趣向を凝らしてみようと思い立ちましたの」
「趣向だと?」
「ごらんになって」
エマニュエルが取り出して見せたのは、筒状に丸めたレース地の布だった。
白い指にゆっくりと留め紐をほどかれながら、布は徐々に床に広げられていった。
寸法は縦横とも成人男性の背丈ほどだったが、素材があまりにも薄手で軽やかなので、
一歩近づけばそのときに生じた風のために布全体が宙に浮かざるをえないほどだった。
燭台の明かりのもとでじっと目を凝らすと、
そこには初夏の御苑もかくやとばかりのとりどりの薔薇が満面に散りばめられている。
むろん白一色にはちがいないが、世に二人といないレース職人の手になると思しき文様はそれだけでひとつの世界を形づくっていた。
(どこかで、見たような)
義妹の思いつきに撹乱されるなどあってはならないことだったが、
そのおぼろげな既視感ゆえにアランはレース地に目を注ぎ続けずにはいられなかった。
そしてはっと思い当たることがあった。
「―――これは、エレノールが輿入れのときに」
「ええ、姉様が婚礼で用いたヴェールです。
衣裳部屋のさして奥まっていない棚にしまってあったので、すぐに見つけることができました。
なつかしいわ。この薔薇のレース文様は、わたしが自分の婚礼でかぶったものと同じ。
婚約期間中、母に嘆願いたしましたの。
どうかわたしの輿入れ時もレオノール姉様と同じように装わせてくださいませ、と。
大好きな姉様と同じ花嫁姿で嫁ぐことができるように」
「何を、考えている」
「まあお義兄様、怖いお声。さように訝しがられることはありませんわ。
今夜はこれを敷いた上でわたくしを抱いてくださいとお願いしたいだけ」
「―――馬鹿な」
「あら、馬鹿げていて?格別の趣きがありませんこと?
生涯で最も神聖な誓いを交わしたその場の証人に見守られながら、花婿が花嫁の妹と情を交わすのですもの。
なんと皮肉なことかしら」
「貴様、ふざけるな」
「口の利き方にご注意あそばせ。
あなたは仮にも一国の王太子殿下ではありませんか」
「ならばそなたは王女の身に生まれついた淫売だ」
「結構な響きですこと。
そしてあなたは淫売の意のままにならねばならないのね。
おいでになられませ」
エマニュエルは文机に向かったままのアランに向かい、指先だけで招く仕草をして見せたが、彼は動かなかった。
「お義兄様ったら」
聞き分けのない幼子をあやすような口調で義兄に語りかけながら、エマニュエルは彼の背後に立ち、その肩に指を這わせた。
アランは反射的にその手を払いのけた。
「やめろ」
「何かご不満があって?
とても独創的な趣向だと思いましたのに」
「俺には、できない」
「まあ、どうして?」
「そなたこそよくも実の姉に対してこれほど冒涜的なことを思いつけるものだな。
エレノールに対してだけではない、あの場で誓約を捧げた神に対してもだ」
「案外敬虔でいらっしゃるのね。聖域へ参拝されたばかりの御身だからかしら」
「そなたとて同様であろう。畏れを思い出すがいい」
「涜神的だからこそ、興奮するでしょう?」
その声の涼やかさにぞっとしながらアランは後ろを振り返った。
エマニュエルの顔には何の曇りも卑しさもなかった。
ただ確信を物語る微笑だけがあった。
心の底からそれを信念として奉じているというように。
「―――そなたは狂女だ」
「狂女でいいわ。お義兄様、あなたと寝たいの。
すべてを手にしている姉様から、ひとつふたつ奪ったとて罪にはあたらぬでしょう?
姉様の幸福の源たるあなたを、責め苛まずにはいられないの」
エレノールと瓜二つの黒い瞳には燭台の火だけが揺らめき、その奥には何も見えなかった。
もしもここで同衾を拒みとおせば、この女は今すぐにでも自らの服を引きちぎって悲鳴をあげ、
駆けつけた衛兵や姉姫に義兄の狼藉を涙ながらに訴えるであろうことがアランにははっきりと分かった。
狂信者に迷いはない。
彼はいまそれを真理だと思った。
「ありがとう存じます、お義兄様。
あなたならきっと『いもうと』のわがままを聞き入れてくださると思っておりましたわ」
長い沈黙の後、アランがほとんど機械的な動作で文机の前を離れヴェールが敷かれた床に横たわるのを見届けると、
エマニュエルは嘲るように言った。
アランは目を閉じた。
正面からこの女の顔を見据えつづけていたら、妻と全く同じ眉目とはいえ、殴打せずにいられる自信がないと危惧したのだった。
まもなく女のたおやかな手が自分の帯にかけられたことをアランは知った。
その手際はいつものように滞りなく巧妙で、肌着の下から彼自身をとりだすまでに時間はかからなかった。
女の側からこれほど積極的な挙に出てくる場合、本来なら牡はすでに猛り狂っていて当然なはずだった。
だがエマニュエルのやわらかな手に握られたそれは屹立の兆しもみえない。
目を閉じていてもアランはそれを自覚していた。
「お義兄様、どうなさいましたの。お元気がないみたい」
心配するような声で尋ねながらも、その実エマニュエルはさして困ったふうでもなかった。
「激務で疲れておいでなのね。
わたしが、慰めてさしあげますわ」
柔らかく温かい舌が裏側を這いはじめ、彼の根元から先端まで、ゆっくりと焦らすように上ってゆく。
すでに十日近くアランの肉体を愛撫してきたその舌は、
彼の生理的感覚を知り尽くしているかのように裏筋を舐め上げ、亀頭の周囲に何度となく円を描いた。
徐々に硬直が始まるのがアランには分かる。むろんエマニュエルはすぐに気づいたことだろう。
早くも滴り始めた先走りの液を指にとり、義兄の視界に納まるように顔を上げると、その指を口に運んでゆっくり舐めてみせた。
「やっぱり我慢できなかったのね、お義兄様。
ほら、こんなにたくさんおこぼしになってしまわれて。
とても美味しいですわ。貞操堅固なお義兄様がようやくわたしに発情してくださった、その証ですもの」
「だま、れ……」
苦渋に満ちた義兄の呟きなど意にも介さず、
彼女は隆起した彼の下腹部にふたたび顔を近づけ、甘露を吸いつくしたがる蝶のように丹念に舌を動かし始めた。
硬直しきった幹の周りをすみずみまで濃密に舐めつくしたあと、
頂にたどりついた愛らしい唇は迷うこともなく亀頭を包み込み、
今度は上から下へと下がってゆき、また上がってはまた下がった。
その運動が小刻みになるにつれ、先走りの液と温かい唾液の混ざり合う音がますます卑猥に灯火の下に響き、
アランの呻きを抑えがたくする。
それを察したエマニュエルはもはや十分に準備ができた牡を口から放し、義兄の耳元へ顔を近づける。
「お義兄様ったら。今さら我慢してどうなりますの?あなたの吐息をどうかお聞かせくださいませ。
殿方の荒ぶる呼吸を聞かせていただくのがわたしは好きですの。殊にあなたのそれはとても好ましく存じますわ。
抑制が効いていて、切なげで、官能的で、でもどこか雄々しくて。
ねえ、聞かせて?」
嬰児に対するようにこの上なく優しく囁きかけながら、
エマニュエルは自らの帯に手をかけ、襟を開き、やがて生まれたままの姿になった。
かぐわしい黒髪に覆われた小麦色の滑らかな素肌、小ぶりだが上向きの乳房、花弁のような薄紅色の乳暈、
なだらかな腹部、足の付け根を隠す淡い茂み
―――姉姫と全く同じ造形をそなえた、甘美な夢そのもののような肉体が彼の眼前に露わになる。
そして彼女は床に片膝を突きながら脚を開き、アランの下腹部の上にゆっくりと腰を落として彼を迎え入れた。
秘所は温かくやわらかく、あたかも剥いたとたんに蜜を滴らせる旬の果実のようにすでに十分すぎるほど潤っていた。
エマニュエルはそれを強調するかのように、
少女のような細腰をあられもなく下方へと突き動かし、卑猥きわまりない水音をふたりの接合部分から響かせてみせた。
「お義兄様、聞こえていて?
触れていただく前から、こんなにも濡れてしまったの。
あなたを犯すのが、あなたのもので貫かれるのが待ちきれなかったせいですわ。
あなたの、硬くて大きな、太いものが、こんなに待ち遠しかったの。
ああっ……すごい……すごく、熱い……」
義兄の顔を上から傲然と見下ろしながらも、エマニュエルは押し寄せる快感の波に耐えられなくなるかのように、
ときおり目を瞑っては大きく背中を後ろにそらし、彼の頭上で形の良い乳房を、そして硬く尖った乳首を激しく揺らした。
その吐息はアランと同様に、もしくはそれ以上に熱く荒く乱れ始めていたが、
それでも彼女はいっそう激しさをまして腰を使いつづけ、陶酔に溺れそうになる漆黒の瞳をかろうじて開きながら、
顔を背けようとする義兄の眼を強いて覗き込み、迷い子を慈しむ天使のように切なくも甘やかな声で滔々と囁いた。
「ねえ、お分かりになって?
お義兄様は、もう、『いもうと』のなかに、根元まで、すっかり入ってしまわれましたわ。
あなたの大切な妻の妹と、深いところまで、つながってしまわれました。
お義兄様のもの、いつも以上に、硬くて、太くて、素敵……
ほら、もう、……奥まで、当たってしまう……すごい……
もっと、もっと突いてほしいの……ああっ……そこ、もっと……っ
かわいいお義兄様、わたしのなかで、脈打っていらっしゃる……びくびくって……いやらしい……
あんなにいやがっていらしたのに……いまはもう、こんなに、興奮して……
わたしのなかで締め付けられると、そんなに気持ちいい?
それとも、この腰使いを気に入ってくださって?
妻の妹に犯されながら、そんなに感じてしまわれるのね。
ほら、また、はっきりと脈打ってらっしゃる……本当に、いけないかた……
そろそろ、果てたいのね……わたしのなかで、果てたいのでしょう?
義妹のなかを、自分の種子でいっぱいにして汚したいのでしょう?
お出しになって、かまいませんのに……お義兄様の白くて熱いもの……たくさん、たくさん出して……」
そこまで語りかけると、もうこれ以上は耐え難いというかのように、
エマニュエルは大きく背中をそらして彼の顔から離れ、腰の動きをいっそう早く、小刻みにした。
修道女のように清楚な面立ちは禁じられた愉悦に染まり、花のような唇は悩ましくひらきつづけ、
なめらかな両手は自らの乳房を揉みしだきつつ指先で乳首を弄び、
華奢な腰は娼婦のように浅ましい動きに支配されているというその光景は、世のあらゆる男たちの獣欲を解き放つに十分であり。
アランも思わず視線を奪われかけたが、すぐに目を瞑り、彼女の表情も姿も決して意識に入れまいと心に堅く命じようとした。
だが書斎の底に艶かしく響き渡るその声だけは、やはりどうあっても遮断することはできなかった。
「お義兄様、すごい、……出して、早く出して……
ほしい、ほしいの……お願い……っ
わたし、もう、耐えられな……あっ、あああぁっ……
早く、どうか、一緒に……」
一緒に、というその一語だけが何度も繰り返されたような気がした。
だがその確信ももてないうちに、アランは一瞬混沌に呑み込まれざるを得ず、
そのすぐ後に、しなやかな温かい身体が自らの胸の上に崩れ落ちたのが分かった。
卓上に揺れる燭台の火は、蝋燭が尽きるまでにまだ間があるというのにひどく弱々しかった。
まるで病人の微笑のような、とアランは意識の隅でぼんやり思った。
彼らが重なり合う書斎の床には、静寂の底を這うようにして熱気と気怠さが沈殿している。
突然、扉を叩く音が響いた。
瞬間、彼はほとんど力ずくで剥ぎ取るようにして義妹の身体を自分の躯体から下ろし、
素早く立ち上がって寝衣の前を合わせながら扉に向かって問いを発した。
「誰だ」
「わたくしですわ、アラン」
「―――」
彼は息を呑み込み、凍土のように硬直したまなざしで扉を凝視した。
背後で衣擦れの音が聞こえた気がした。しかしそれ以上意識にのぼることはなかった。
「一体どうしたというのだ」
「遅くにごめんなさい。あなたとお話がしたくて」
「話?」
「ええ、入ってもよろしい?」
「待て。―――いま目覚めたばかりだ。部屋に明かりがない。足もとが危うかろう」
アランはことばを切った。
ここで「燭台を持参しておりますから、火を移して差し上げますわ」との返事が来たら
もはや観念するしかない。そう思った。
だがエレノールは少し考えるように間をおき、それからまた扉越しに言った。
「そうですの。ではあちらの角に立つ衛兵たちに、調達してくれるよう頼んでまいります。すぐ戻りますわ」
「すまない」
アランはひとこと呟くとただちに義妹のほうに向き直った。
彼の焦燥など嘲笑うかのように彼女は悠然とヴェールの上に寝そべっているものとばかり思っていたが、
意外にもすでに立ち上がって服を着なおし、乱れていたはずの髪も緩やかに束ねていた。
「俺の言いたいことは、分かるな」
エマニュエルは彼を一瞥しただけで答えなかった。
だが黙ってヴェールを拾い上げると、窓から降り注ぐ月光さえ届かない書斎の奥へと歩き始めた。
「書棚の後ろにおります」
歩きながら彼女はひとことだけ告げた。
そして実際、奥の壁に最も近い書棚に至るとその裏側へしなやかに身を滑り込ませてゆくのが見えた。
この女の自己決定を許していいものか、とアランは一瞬自らに問うた。
エレノールと向かい合って話している間に、突如物陰から美しい悪夢のように姿を現さないという保障は全くないのだ。
しかし迷っている暇などなかった。
(信じるしかない)
そう自らに言い聞かせると、アランは帯と襟元を正し、乱れた金髪を手早く整えた。
そして文机のそばに戻って書きかけの手紙がそこにあることを確認し、
末尾にインクを二三滴垂らして吸い取り紙を押し当てると、卓上の灯火をそっと吹き消した。
(そうだ、衛兵は)
アランはふと思い出した。
彼らはエマニュエルが「王太子妃として」入室するのを見届けたはずなのに、
今さっきエレノールが廊下の向こうから姿を現したのをなぜか奇異としなかった。
そのまま見咎められずに通されたからこそ彼女は書斎の扉に至ることができたのだ。
それともエレノールは彼らから予期せぬ尋問を受け、ひとりで事情を掌握したのだろうか。
アランは慄然とするものを感じたが、一瞬後、それは背中から去っていった。
(ああ、―――当直交代の時間をまたいだのか)
ごく単純な事実に思い至り、アランは安堵の息をついた。
だが同時に、今夜の幸運をこれで蕩尽したようにも感じていた。
エレノールが戻ってきたのはちょうどそのときだった。
彼女は扉を軽く叩いたが今回のそれはただの合図に過ぎず、
夫の答えを待たずに扉を開けると静々と中に入ってきた。
彼女もやはり髪をうしろで軽く束ねていたが、寝衣の上に薄いショールをはおっていた。
真夏にもかかわらず、ふいに訪れた秋口のような今夜の涼気が身体にこたえるのかもしれない。
文机のそばに立つアランの姿を見定め、彼と目が合うと、
エレノールは携帯用の燭台に据えた小さな蝋燭の向こうでほんのりと笑った。
彼のすべてを信じ、何もかも許しきっているかのようないつもの笑顔だった。
そして他ならずそのことが、アランの呼吸を苦しくさせた。
「使い走りのような真似をさせて、悪かった」
「かまいませんわ、ついでですもの」
「どうもそなたが来るまで机の上でうたた寝をしていたようだ。火が消えたことにも気がつかなかった」
そういって彼は妻から受け取った燭台を掲げ、書きかけの便箋にちらばるインクの染みを示して見せた。
自分がこれほど卑しい小細工に頭を回す人間だとは、彼はこのときまで思いも寄らなかった。
「―――話とは」
エレノールに手近な安楽椅子を勧めながら、アランは机の前の椅子に腰掛けた。
彼女は言われるがままに一旦座ったが、ふいに立ち上がると少し恥ずかしそうに、
だがそれを切実に求めているというように、夫の膝の上に座りなおした。
アランの鼻先に突如現れた潤いある黒髪は、やはり白檀の香りがした。
「どうしたのだ」
慎み深い妻が自ら接触を求めてくるなど、これまでのアランなら諸手を上げて歓迎していたはずだが、
今ばかりは気分を高揚させることなどとても不可能だった。
しかし何ひとつとして異状を気取られるわけにはいかない。
アランは強いて自らを奮い立たせながら、そのかぐわしい髪や首筋、肩にゆっくりと接吻を落としていった。
じらすようにしたあとにようやく唇を重ねてやると、エレノールはそっと小さな口を開き、夫の舌を自発的に受け入れるに至った。
アランとしても、挨拶ではない本物のくちづけを彼女と重ねるのは久しぶりだった。
腕の中で熱を帯びてくる華奢な身体の素直さに彼の胸もつい熱くなり、舌のみならず指先もつい動員せざるをえなくなる。
横向きに座る妻の腰を左手で支えたまま右手で布越しにゆっくり乳房をまさぐってやると、
エレノールの息は如実に熱くなっていった。
だがその下肢の裾を割って肌着越しに秘所に触れようと試みたとき、彼女は夫の愛撫をやんわりと押し留めた。
「ごめんなさい。今夜はそのつもりではなかったの。
なんとなくあなたに触れて、体温を感じてみたくて」
「何があった」
「目を覚ましたら妹が寝室にいなかったのです。
しばらく起きていたのだけれどなかなか帰ってこないものですから、なんだか心配になってしまって。
部屋部屋を探しておりますの」
「そうか」
アランは相槌を打った。声に震えが滲むことのないように、とただそれだけを念じていた。
「思い当たるところはたいてい探しつくしたのだけれど、見つかりませんでした」
「―――それで、この書斎に?」
「勘違いなさらないでね。妹が今朝がた帰り道で口にした戯れを気にしているわけではありませんわ。
たぶんあの子は入れ違いで寝室に戻っているか、庭園の奥でひとり月を愛でながら涼んでいるのでしょう。
昔から屋外で横になるのが好きな子だったから」
「ならば、何も案じることはあるまい」
「ええ、案じることはありませんわ。案じることはないはずなの。
―――でも、なんだかあなたにお会いしたくて」
「俺に?」
「ごめんなさい。なんだか支離滅裂なことを口にしているわね。
わたくし、―――なんと申し上げたらよいのかしら、不安なの」
「やはり妹御を案じているのか」
「いいえ。あの子がいま寝室にいないことではなくて、あの子が―――遠く感じられること」
アランは少しだけ強く妻の身体を自らに引き寄せた。
エレノールは従順にその力を受け入れ、彼の肩に頭をもたせかけた。
「そなたがこれまで妹御のことを、身近に感じすぎていたのではあるまいか。
あたかも彼女の時間はそなたが嫁いだ日を以て停止したかのように。
だが心も肉体も、人は移ろいゆくものだ。ことに乙女から人妻に、それも一国の主の妃になったのであればなおさらだ。
変わらずにいることのほうが世の摂理に反している」
「ええ、それはそうだわ。でも、ちがうの。
うまく申し上げられないのだけれど、あの子はただ成長してしまったのではないわ。
あの子は遠くなっていく。まるで少しずつ別人に生まれ変わろうとするかのように。
今朝の最後のあの問いかけ。嘘だということは分かっておりましたわ。
でもあの子は、あんな問いをいたずらに口にして人を惑わせたり傷つけたり、
周囲の間に不信の種を蒔こうとするような子ではなかった。
あの子をここに迎えた日から少しずつ、ほんの少しずつ違和感をおぼえていたのだけれど、
今日はとうとう、あの子が―――見知らぬひとに見えてしまった」
その語尾は何かをこらえるように震えていた。
アランが彼女を抱く腕に力を込めると、それが堰の決壊を促したのか、エレノールは静かに落涙した。
「―――ごめんなさい」
「謝ることはない」
「こんな、見苦しいふるまいをするつもりではなかったの。
ただ、あなたの体温を感じると、安心してしまって」
エレノールは嗚咽を小さく呑み込んだ。
そしてふと、透き通る夜の泉のような瞳で夫の顔を覗き込んだ。
「あなたはあの子を、厭うておいでですか」
「いや、そんなことはない」
「いいえ、そうだわ。あなたは明らかにあの子を忌避していらっしゃる。
ヴァネシアに放った密偵から噂を聞き及び、それゆえにご心証を害されたのでは」
「噂?」
「お教え下さい。あの子について何をご存知なのです」
漆黒の双眸が、柔和な顔立ちには似合わぬほど突如鋭くなる。
かつてない変貌に、アランは思わず気圧されるようなものを感じた。
「いや。―――ヴァネシアの交易体制や有力商会の動向については逐一報告を受けているが、
公室の内情への言及はほとんど耳にしたことがない。
俺が知っているのは、ヴァネシア公はエマニュエル殿を娶った後もあまたの側妾への惑溺をやめず、
彼女との間にはいまだ子がないということだけだ。
―――ああ、大事なことが抜けていた。
公はすでに初老に達したこともあり、近年、
公位継承者をまだ生まれ来ぬ我が子ではなく親族の男子のなかに求めはじめたとも聞いた。
その候補者のひとりは母方がガルィア貴族の血筋なのだ。
ゆえに間諜たちも定期報告書の中でヴァネシアの後継問題に紙幅を割いたのだろう」
「―――そうですの」
安堵したような、けれど夫が自分と何か大切な事実を共有していないことにどこか心細さをおぼえたような声で、
エレノールは小さくつぶやいた。
「あなたがご存じないのなら、―――ご存知なのがそれだけなら、それでいいのですわ」
「どういうことだ」
「まつりごとを左右するような事柄ではございません。どうか今の問いはお忘れになって。
ほんの、内々のことにすぎませぬから」
「だがその内々のことを心に懸けるあまり、そなたはひどく憔悴している。
今まではついぞ思いも寄らなかったが、―――離宮に着いた日以来妹御をそばに呼び寄せ、
朝も夕も片時も離そうとしなかったのは、実は旧交を温めるという以上の目的があってのことなのか」
エレノールは答えなかった。
潤いを帯びたその瞳はただ自分の膝を見つめ、
細くたおやかな指はアランによって今さっき乱されかけた裾を念入りに直してはその光沢ある表面をなぞっていた。
「目的、―――あるいはそうかもしれません」
しばらくの沈思のあと、エレノールは小さな声で言った。
「このレマナの地であの子と偶然にも再会できたとき、わたくしは本当に幸せでした。
むろん、ともに昔を偲びあうことができる、そう思えたのが何よりうれしかったのです。
わたくしたちはどれほどの土地と時間に隔てられても多くを共有しつづけ、これまでもこれからも愛し合っているのだと、
それをたしかめられるのがうれしかった。
けれど一方で、これを機に妹に面と向かって、今まで伝聞してきたことの真偽を問うことができると、
そう焦燥に駆り立てられたのも本当です。これこそが天機だとわたくしには思えたのです。
あなたもご承知のとおり、わたくしたちのように外国の王室に嫁いだ王女は実質上、
生家と婚家の同盟関係をより補強するための人質、生きた楔でございます。
楔は突き立てられた場所から抜かれてはなりません。
王位継承権において上位に位置するのでもないかぎり、父母が亡くなったとて容易に里帰りすることもできず、
戦争で捕虜にでもならぬかぎり、その後の人生で兄弟姉妹に再会できる保障はほとんどないと申せましょう。
それゆえに、避暑に訪れたこの地で偶然に与えられた機会、妹に巡りあえた幸運を逃すわけにはいかないと思いました。
時を浪費せず、一刻も早くこの子とふたりで向かい合わなければ、と。
いえ、必ずしも偶然とは呼べないかもしれません。
ある意味では必然だったのだわ。あの子が国境を越えてまでこの地を訪れたのは。
―――聖リュシアンの故地をめざしたのは」
支援
エレノールはふと口を手で押さえ、しばらく黙り込んだ。
自分で意図していた以上に語りすぎたと思ったのかも知れない。
だがアランは言い逃れを許さぬように妻の瞳を覗き込んだ。
あの女について知っておかねばならぬことがある。本能的にそう思った。
「どういうことだ。
俺はたしかにエマニュエル殿の血縁ではないが、そなたの伴侶だ。
そなたの心を日夜煩わせていることがあるならそれを知りたい。知らねばならない」
エレノールは自らのうちに閉じこもるように目を伏せた。だがそれも長くはかからなかった。
あるいはすでに心を決めていたのかもしれない。
「やはり、知っていていただいたほうがいいのでしょうか。
ええ、そうですわ。知っていていただいてほしい。
わたくしはずっと、あなたと分かち合いたかったのです。あの子をめぐる状況を。それを解決するための模索を。
お話いたします。
エマニュエルがこの地を訪れたのは、自身の静養のためなどではなく、
―――赤ちゃんを亡くしているからですわ。
無事に育っていたらきっと今ごろ、御加護を乞うために連れてくるつもりだったのでしょう。
そしてもう、産めない身体なのです」
「子どもが、いたのか」
心に不思議なものが差し込んだ感触をおぼえながら、アランは言った。
義妹にはついぞ、そのような気配を感じたことはなかった。
「ええ。
あまりにも早く亡くなり、しかも女児だったために、あなたの密偵もわざわざ言及することはなかったのでしょう。
わたくしも、出産後の経緯は全て、あの子の侍女からの手紙で知ったのですけれど。
あの子自身はわたくしとの文通のなかで、結婚生活の不満や苦痛を訴えることなど一度もなかったから。
昔からそういう子だったの。
新調したドレスの袖飾りが取れかけていても、それを周りの大人に訴えたらお針子がひどく折檻されてしまうからと言って、
拙くても自分の手で直して着て、しばらくしてから『舞踊のお稽古の最中に取れてしまいました』
と母に言上して修繕に出すような子でした。まだ十歳かそれぐらいのときのことですわ。
わたくしならきっとすぐに母に泣きついて、何も考えず事を露見させたでしょうに。
エマニュエルは年下なのにずっとものがよく見えていて、自制心があって、そのうえ心優しかったの。
そう、あの子の赤ちゃんのことでしたわね。どこからお話したらいいのかしら。
ヴァネシア公に嫁いでから一年後、今から二年前ですわね。
あの子は初めての子どもを、女の赤ちゃんを生んだのです。
けれどひどい難産で、分娩後は長い産褥熱にも苦しめられ、
侍医からはおそらくもう身ごもることはない、身ごもることがあっても産まないほうがいい、と宣告されましたの。
あなたもそれとなく報告を受けていらっしゃるでしょうけれど、
あちらでは女児には基本的に公位継承権が認められておりませんし、
エマニュエルは元々寵愛を受けていたとは言えないこともあって、夫君の足はますます閨房から遠のいていきました。
けれど妹は幸せだったと、わたくしは信じますわ。
全身で愛を注ぐことのできる対象をいつも自分ひとりのそばに置くことが許されたのですもの。
わたくしも驚いたのだけれど、あの子は自分で乳を与えてさえいたのだと、侍女は手紙に書いておりました。
けれど一年もしないうちに、すべてが変わってしまいました。
赤ちゃんは生まれて初めて迎えた冬のある日に、高熱で死んでしまったのです」
「そうか、―――気の毒に」
「どこの家庭にもありうる話、かもしれませんわね。
ええ、それはいつでも、誰の身にでも起こりうることですわ。
口にすることさえ恐ろしいけれど、
まだ二歳にならないわたくしたちのルイーズとて、半年後にも、今日明日にも天に召されてしまうかもしれない。
疫病や気候の異変に満ち溢れたこの地上では、
子どもが無事に生まれて丈夫な身体に育つということ自体がすでに、神の御慈悲の領域ですものね。
―――でもたとえ、万が一ルイーズを失うことがあっても、
わたくしはあなたと悲しみを、喪失に伴うすべてを分かち合うことができますわ。
自分のなかの空虚さにただひとり放り込まれずに、あなたとともに悲しみに向かい合うことが許されますわ。
でもあの子は、エマニュエルは」
「ただひとりで、喪失に耐えなければならなかったということか」
「ええ、
―――でもそれならば、それだけならばあの子はまだ耐え抜くことができたのかもしれない。
あの子は本当に強い子だから。
でもやっぱり、限界はやってきたのです。あの子は強いけれど、とても強いけれど、けれど鋼鉄ではないから」
「何があった」
「夫君は、喪失そのものを忘れてしまったのです。喪失を分かち合おうとしなかったのではなく。
エマニュエルの娘が亡くなってから半年が過ぎたころ、ヴァネシア公の愛妾がやはり女の赤ちゃんを産みました。
公はその子に、エマニュエルの娘と同じ名前を与えました。ジョヴァンナと。
わたくしたちの間ではフアナと呼び習わす名前です。
女児の名としてはとてもよく好まれるものだから、公は迷うことさえなかったのかもしれません。
誰にでも愛されるこの佳名を、愛する女に産ませた愛する娘に授けるのは当然のことなのだと。
むろん家臣のなかには反対し諫言を呈する者もおりましたが、
その婦人は公の側妾のなかでもとりわけ寵愛が深く権勢を誇るがゆえに、
結局はみな口をつぐんだということです。
そしてあの子は、エマニュエルは、その命名の事実を知った日にきっと、何かが壊れてしまったのだと思います。
娘を失ってからそれまでずっと、あの子は祈祷と供養を重ねつづけ、
ついには『もう嗣子が産めないのだから』と出家さえ願い出たのだけれど夫君の承諾はどうしても得られず、
はたで見ているのが苦しくなるほどに心うつろな日々を過ごしていたと、侍女から伝え聞いております。
ヴァネシア公は個人としては妻に関心を持っておらずとも、中継貿易で栄える都市国家の首長である以上、
わがスパニヤのような巨大水軍を擁する海洋国家との連携はどうしても維持したかったのでしょうし、
何より、エマニュエルの出家を許して入れ替わりに別のスパニヤ王族を娶るにしても、
あの子が修道院に入るために帰国すれば、夫君からいかに粗末な扱いを受けていたかが歴然と証明されることになり、
わが父王の不興をこうむることはまちがいありません。下手をすれば問責の使者さえ飛ぶでしょう。
それゆえに、スパニヤ以上に結ぶに適した国が現れない限り、
彼としてはあの子を正妃の地位から退けることだけはしたくなかったのだと想像されます。
継嗣の問題は小さくはありませんが、あなたも報告を受けておられるように、公族につらなる男子は探せば探せるものですから。
けれどそういった思惑の一切が、あの子の心をじわじわと侵食し、
取り返しのつかないほど損なっていったに違いありません。
そしてある日、娘の名が別の女児に与えられたという知らせがもたらされ、あの子は―――」
エレノールは初めてことばを切った。
「―――あの子は、姦淫に慰めを見出してしまったのだと、侍女はそう書いておりました。
もちろん、宮中の公族や貴族のなかから心の通い合う相手を愛人として選び出すのなら、
賞賛はされないにしろ、一般に黙認される行為ではございます。
けれどあの子はひとりだけにはとどめず、常に何人もの貴公子を侍らせ、寝台に招き、
あまつさえ、―――時には城下町の辻に立ち私娼のふりをして客をとり、
ときには馬車を走らせて平民の男を拾い、『歓楽の館』と称する場所に連れ込むのだとか。
どうかアラン、お分かりでございましょう。
これら一切がわたくしのなかのあの子の思い出とはあまりにかけ離れていて、
信じるも信じないもなく、何をどう考えればいいのか分からないのです。
この噂はスパニヤの父母の元にもすでに届いており、とりわけ父は相当に怒っているようすです。
もしこれが事実ならば、王家開闢以来の不名誉、父祖の名に唾する冒涜だと。
けれどわたくしはあの子の助けになりたい。
わたくしだけは何があっても味方だと、あの子に信じていて欲しい。
侍女もそのために、主人の怒りを買うかも知れぬという禁を犯してまでわたくしにひそかに書き送ってくれたのです。
けれど離宮に招いて以来、朝から晩まで一緒にいても、妹はこれまで何ひとつ語ってくれません。
わたくしが嫁ぎ先の暮らしについて尋ねようとすると、あの子はいつもかわしてしまう。
ただひとこと、幸せです、とだけ答えるのです。
『わたしは今いる場所でとても幸せです。姉様と同じように、姉様がそう望んでくださるように』と」
エレノールは口をつぐんだ。
そのまなざしはアランの肩を越えて窓の外に懸かる白い月へと注がれ、そしてまた、彼のもとへと戻ってきた。
「あの子は怒っているのでしょうか」
「怒る?」
「わたくし自身が欺瞞を抱えたまま、あの子の真実を聞き出そうとしているそれゆえに。
あの子はそれに気がついてしまったのかしら。
だからわたくしに腹を立て、何も語ろうとせず、憎しみさえ抱くのかしら。
今日あの子がわたくしの前で別人の顔になってしまったのは、―――あれは憎しみのせいではないのでしょうか。
あなたはもしや、あの子の口からわたくしへの怒りを聞き及んでおいででは」
エレノールの語尾はふたたび震え始め、湿り気を帯びた吐息はアランの首筋にまつろわった。
ただの気体でありながら、それはあたかも絞首台のささくれ立った縄のように彼の気管をしめつけ、臓腑を圧迫した。
他者の苦痛をこれほど切実に共有したのは生まれて初めてのことだった。
「そんなはずはない」
妻を両腕で抱擁しながら、アランはゆっくりと囁きかけた。
「そなたがこれほど愛しぬいている妹御が、他ならぬそなたに憎しみなど向けようはずはない。
それは他人の俺でも分かることだ」
「でも」
「馬鹿な考えは捨てるがいい。
姉妹と言えど、秘密のひとつやふたつ隠し持つのは当然のことだろう。
殊にそなたの語るように、それほど賢明なエマニュエル殿のことだ。
ひたすら口を閉ざす理由はひとえにそなたを案じさせまい、自分ひとりで解決しようと心に決めてのことだろう。
だが、ひとつ気になることがある。―――そなた自身の、妹御に対する偽りとは何だ。
俺すらも知りえないことか」
吐息のような声で問いかけながら、アランは妻の口元に耳を近づけた。
それがどんな種類の嘘であれ、エマニュエルに聞かせたくないというならば
書斎の奥に隠れる彼女の耳に届かぬようにしなければならない。
だが予期に反してエレノールは口を開かなかった。
夫の褐色の瞳を見つめ、ゆっくりとまぶたを閉じ、それからまた開いた。
「お許し下さい。あなたにも、申し上げられません」
「なぜだ」
「あなたを信じていないというのではありません。
けれどそのことをお知りになったら、必ずや、じきにあの子の知るところとなるでしょう」
確信を帯びたその口調に、アランは急速に動悸が早まってゆくのを感じた。
(もしや、妹と俺の関係をすでに察しているのか。―――いや、そんなはずは)
だがそうでなければこのような物言いをするはずがない。
今度はアランが瞑目すべき番だった。けれどそうする前に彼は息を殺しながら妻の瞳を見つめた。
奮い起こした勇気は報われた。
漆黒の双眸には疑念も非難の色もなく、そこに読み取れたのはただ、伴侶にさえ真実を伏せなければならぬことへ罪悪感のみだった。
「どうしても口にできぬというなら、仕方がない」
アランはわずかに下を向き、絨毯で覆われた床の上に降り積もる月光の断片を眺めやった。
椅子の上で抱き合うふたりの影は天上の月と卓上の灯火によってそれぞれの方向に投じられ、
二種の影の重なり合った部分は夜陰そのもののようにひときわ黒々と床の上に刻印を押していた。
「ありがとう、アラン」
彼の耳元でエレノールがつぶやいた。
「そろそろおいとまいたしますわ。
あの子が寝室に戻ってきたときわたくしがいなかったら、
この書斎であなたと、その、夫婦の務めに励んでいると勘違いされるかもしれないし。
姉妹の間とはいえそれはやはり気恥ずかしいものね」
エレノールは少しはにかむような表情になった。
その恥じらいに嘘はなかったが、これは同時に別のことを案じてもいるのだ、とアランには分かった。
われわれがいかに離れがたく睦まじい夫婦であるかを妹に示す機会など、願わくばないほうがよい。そういう意味なのだ。
「おやすみなさい、アラン」
卓上の蝋燭に火を分けたあとの携帯用燭台を手にしながら、エレノールは夫に別れを告げた。
そして彼の唇に短く接吻すると、白檀の香りを残して去っていった。
「愁嘆場だこと」
エマニュエルが最初に発したのはそのことばだった。
アランはゆっくりと振り返って義妹を見た。
書斎の奥からふたたび現れたしどけない寝衣姿は先ほど見送った姉姫と空恐ろしくなるほど似通っていたが、
その無関心な表情と口調はことさら彼の敵愾心を煽り立てようとするものだった。
さまざまな思いが錯綜する胸中に一塊の苦味を味わいながら、アランはできるだけ冷静に言った。
「言い放つことはそれだけか」
「わたしの口から何をお聞きになりたいのです?」
「そなたは何も思うところがないというのか。
―――エレノールからあれだけ愛されているのを知りながら」
ほんの一瞬、エマニュエルの瞳から何か暗い膜のようなものが去った。
けれどアランがその奥にあるものを見届ける前に、彼女はすぐに平坦なまなざしと声を取り戻した。
「何度も申し上げるようですけれど、わたしも姉様を心から愛しておりますわ。
ただ少し、憎しみのほうが勝っているだけ」
「貴様、―――」
言いかけたところで、アランはためらいがちに口をつぐんだ。
この先のことばを見失ったような、禁じられているようなもどかしい思いだった。
そしてその気配はエマニュエルに如実に伝わり、彼女の口元を優美に歪ませた。
「あらお義兄様、どうされましたの?
いつものようにわたしを存分に罵られたらよろしいのに。
ひょっとして、姉様から聞かされたわたしの来歴を気の毒に思って、自重しておいでなのかしら」
エマニュエルの顔にはこぼれそうな微笑が広がる。そしてアランに一歩近づく。
「善良なかた。
姉様は何度もおっしゃったでしょう?わたしは強いのだと。
そのとおり、わたしは強い女ですわ。
だから過去など必要ないの。過去を振り返る必要などないの。
過ぎ去った昔を偲びあい慰めあうなど、無力で怠惰な者たちがすることよ。
わたしには今があればいい。今目の前の歓楽を手に入れるためならどんなことでもできますわ。
他の人々、たとえばあなたや姉様がそれをしないのは、何も信仰心のためだけではありません。そうでしょう?
単にその機会に踏み切るだけの強さが、勇気が欠けているだけですわ」
エマニュエルはついにアランの眼前に立った。
そして彼の顔を優しいまなざしで見上げ、なめらかな右手でその頬に触れた。
「さあ、邪魔が入ってしまったけれど、先ほどのつづきをいたしましょう。
一晩中、可愛がってさしあげますわ」
(続)
GJ、そしてお久しぶりです。投下を心待ちにしておりました。
圧倒されるものがあるなあ。無論、いい意味で
>>293 続篇投下、ありがとうございます! 待ち焦がれた甲斐がありました!
前回以上にドキドキハラハラの危機をはらみながらも
アランとエレノールのひと時の語らいに癒されました。
にしても病んでる、病みきってるよマヌエラ。
いかなる善意も受けつけないであろう妹に姉の想いは届くのか?
希望の見える結末になる事を祈りつつ、GJ!!!
銀髪って覚醒色ってイメージ
覚醒色?
・・・なにそれ?
GJ!!
しかし凄絶の一言だな。エレノールを愛するのと同じくらい憎んでるって発言も理解できる
出家さえ許されなかった時点で人の善性に生きることを全否定されたようなもんだし
ただただ圧倒された…
マヌエラが嫁いだのが違う人だったらと思うと…
姉夫婦の睦まじい様子をつぶさに観察し、更にエレノールが口にした
「もし娘に何かあってもわたくしにはアランがいる」という言葉でエマニュエルの
憎悪は一層肥大化してしまったのでしょうね・・・。
お疲れ様でした。完結編に期待しています。
花影幻燈ktkr!
首を長くして待ってたかいがあった!作者の人も元気そうでなにより!
この泥沼の結末をガクブルしながら後半待ってます!
>>297 覚醒したらなる色
幽白のくらまみたいなの
マヌエラの本来の婚約者さえ生きてれば・・・切ねええええ
>>302 正にファンタジー
覚醒ならサイヤ人な金髪が真っ先に浮かぶ
マヌエラ姫の境遇には深く同情するけど、いちばん気にかかるのは
長兄夫妻が前のようなラブラブバカップルに戻れるかだなぁ。。
今回、切ない中にもふたりの絆みたいなものが垣間見えて嬉しかった。
完結編お待ちしています!
>>305 >長兄夫妻が前のようなラブラブバカップルに戻れるかだなぁ。。
オーギュとマリーの結婚前後の話(『九』『十』)を読む限りでは
その心配はなさそうだけど、今回の試練を乗り越えて
二人がさらに強く揺るぎない絆で結ばれる事を信じよう
>>306 同意。『落花春宵』でエルネストが「レオノール姉上に難産の末、女の子が生まれた。
王太子が大喜びで姉上のため小離宮を建築するそうだ」と語っていたけど、お産の間中
アランの胸に「もし(妹のように)妻に何かあったら・・・」という思いが去来していたのかも。
>>307 しむらーそれじゃダブルで兄上w
落ちが凄く気になって夜も眠れない
早く週末になーれ☆とかしたいくらいだ
続き待ってます
309 :
名無しさん@ピンキー:2008/12/12(金) 03:39:29 ID:7qjf3aOl
顔も知らない相手に政略結婚で嫁いだけど、その後その相手にベタ惚れになる幼い(←ココ重要w)お姫様の話が読みたいです。
ロリプリンセスは俺も見てえよ。
幼いうちでは、ベタ惚れするというよりなつくという表現でとどまるからのう。
やはりそれなりの自我の発達あってこそ深い感情の動きも生まれるからにして。
みんな冷静wwww
火と闇の 第五幕を投下させて頂きます。
以下は内容です。
中世ファンタジー的舞台背景での、放浪の若者とお姫様のお話です。
内容はソフト甘々。きゃっきゃっうふふな展開です。
晴れ晴れとした夕焼けの空が視界一面に広がっている。
長く伸び渡った真白い雲の合間から覗く赤いの陽の色は少しばかり霞んで見えていた。
「三回か」
ところどころ芝生の剥げた庭の一角に寝転がった状態で、指折り数えてサズがつぶやく。
「色々と軽いな、おめえは」
軽く咽せているところに、彼の雇い主である男の声が届いてきた。
上体を起こしてみると、服のあちこちにほつれや土埃といった打撃の痕跡を残した店主が、息の一つも
乱さずに彼の元へと歩み寄ってきている。
サズの着ている服には、腹の辺りに大きな汚れが一つだけ色濃く残っていた。
「こんだけ殴られたのも久しぶりだがよ。またやるってんのなら、そんときは休みの前の日にしてくれ」
店主はこきりと肩を鳴らしてから、立ち上がれずにいたサズへと右手を差し出してきた。
「そりゃ無理な話だ――あいっつぅ!?」
「そんだけ声出せる元気がありゃあ、平気だな。おし、腹も減ったところで飯に行くぞ」
「……何度も同じとこばっか、狙いやがって」
引き起こされた衝撃で、サズが再び息を詰まらせる。
食事の話をされても食欲が湧いてこないのが、余計に辛い。
「おりゃあ、素人だからな。加減の仕方なんてもんは、知らん」
「有難いことで」
掌で埃を払い落とし呼吸を整えてから、踵を返した店主の後を追う。
痛みは背中にまで突き抜けてきていたが、授業料としてはまあ安い方だったろうと思える。
「それと、服は両方おめえが洗っておけよ。それとついでに風呂も沸かしとけ」
振り返り、突きつけられた店主の指が、その値上がりを示してきた。
「年の功ってやつかね、ありゃあ」
洗濯板の上でごしごしと仕事着を泡立てていたサズが、そんな感想を洩らした。
住み込みの働き手として露店に勤めて早十日以上が過ぎ、その間に彼は二度に渡り、本来の仕事である
ベルガの王女フィニア・ナル・イニメドの「護衛」を済ませていた。
だが、その二度の襲撃があまりに拍子抜けする手合いからのものであった為、彼は露店の仕事を終えた
後の、ちょっとした時間を利用して鈍っていた体を動かすことにしていたのだ。
そこに偶然通りかかった店主が、なにを思ったのか彼の相手を買って出てくれた。
その結果は、なかなかに落ちてくれない片方の服の汚れが見事に物語ってくれている。
(軽いよなあ、そりゃ)
武器を使えば。魔術があれば。あれだけ見事に負けておいて、そんなことを考えてしまう自分のことを
指して言われた気がしてくるのも仕方がない。
それくらい見事に彼は負けた。
だがそのお陰で、明日からは引き締まった思いでフィニアの傍についてやれる気がしていた。
もっとも、今晩の内に刺客の襲撃があれば、少々苦しい思いをする羽目にはなりそうであったが……
「三段目の中皿を四枚と、その下の段の大皿を一枚、お願い致します」
「はいよ。今日のは、ナイフもいるよな」
「はい。後は火を落としてからでよかったので、先に席の方でお待ちになられていてください」
「じゃあ並べ終わったら、余った薪戻してくる」
広めにスペースの取られた厨房の中で、赤髪の青年と金髪の少女が息のあった動きで調理の仕上げに
取り掛かっている。
ソシアラはその光景を、向かい側にある食卓の上に両肘をついてのんびりと眺めていた。
「しかし……この間までの余所余所しい雰囲気が、嘘みてえだな」
「仕入れに行かせた日は、部屋まで声が届いてきてどうしようかと思ってけど……まあ、結局は仲直りも
できたみたいだし、私は楽ができてるし、願ったり叶ったりになっちゃったわね」
向かい側の席に腰かけていた店主の声に、ソシアラが片方の肘を外して答えた。
店主は軽く鼻息をついて二人――というよりは、薪を抱えて裏口から外に出て行こうとしているサズに
向けて厳しい視線を向けている。
「色恋も結構だが、男にはもっと大事なことがあると俺は」
「お。ニアちゃん、美味しそうにできているじゃないかい。教え方がいいもんねぇ、やっぱり」
「はい。でも、勝手を言って台所を使わせて貰い、申し訳ありません」
「いいのよぉ。何事も実践してみないと本当には身に付かないしね。私もお客さんになれて大助かりよ」
トレイの上に乗せた器に湯気を立たせて、フィニアが二人の前に食事の用意をし始めた。
とうもろこしの蒸しパンに付け合せのチーズ、玉葱とトマトのスープ、鶏肉のソテー、ツナのサラダと
いった品目の夕食が、テーブルの上に所狭しと配膳されてゆく。
「簡単なものばかりですが」
彼女の言う通りに、料理自体はあまり手の込んだ物ではなかったが、量と種類は四人で食卓を囲むのに
申し分はないものであった。
「毎日口にするものは手をかけるばかりが脳じゃないから、それでもいいんだよ。でも、彩りを意識して
作るのもいいかもね。男共はそこいらを放っておくと、肉ばかり食いたがるから」
「なるほどですね。では――」
料理談義に華を咲かせ始めた女性二人に取り残され、店主は一人寂しくスプーンで皿の底をコツコツと
ノックしながら、サズが戻ってくるのを心待ちにしていた。
「さて、と」
全員が食事を終えるのを待ってから、ソシアラはゆったりとした動きで席を立った。
「あんた、お風呂入るよ」
食後の一杯に手を伸ばしていた店主が、その一言で盛大に噴出した。
そしてごほごほと咽返る。大した酒量は飲んでいないのだが、顔は赤かった。
「あら勿体無い。そういうことは水でやっておくれよ」
「な、なにをいきなり言ってんだよっ、おめえはっ」
ソシアラの突然の発言に、サズとフィニアは見事に固まってしまっている。
「だって、あんた長風呂が好きなのに、四人で入るようになってから遠慮して早く上がってるでしょ。
だから私と一緒に入っちゃえば問題ないじゃない。それに、今日は汗掻いてるから流してあげようかと」
硬直する二人を尻目に、ソシアラは混浴の利点を得々と語る。
そしてそのまま、抵抗の素振りを見せる店主の腕を引っ張って部屋から去ってしまった。
残る沈黙。向かい合う形で席についていたので、二人が視線を避けるとやや不自然になる。
「お、俺たちは、片付けでもすっか。今日は皿も多かったし」
「そ、そうですね。サズにお手伝いして貰えると、とても助かります」
妙に互いを意識しつつも微妙な間を取って、二人は皿洗いに取り掛かることにした。
「しかし、あの二人も仲が良いよな」
最後に入浴を済ませたサズが、下宿部屋への通路を歩きながらそんな独り言をつぶやいていた。
外にも内にも、懸念していたような刺客の気配はない。
散発的に仕掛けてくる追っ手の襲撃とその内容には、首を捻りたくなる点も多かったが、店主夫婦に
かける危険と迷惑は少ないに越したことはないので、取り敢えずは胸を撫で下ろしていた。
そうなってくると、今度はもう一つの懸念が頭に浮かんでくる。
(あっちの方こそ、考えていたってどうしようもねえか)
目当ての部屋の前まで辿り着き、扉のノブに手をかけてサズはひっそりと溜息を吐く。
「ん……鍵?」
「あ、あっ、さ、サズ! あと少しだけお待ちを!」
ノブをガチガチと捻るサズの耳へと、部屋の中からフィニアの慌てた声が届いてきた。
(なにしてんだ、あいつ)
なにやらドタバタとした音が響いてきたが、言われるままに通路でサズが待機していると、ややあって
から扉の内鍵を開ける音が伝わってきた。
「……お待たせしました」
「一体なにしてたんだよ、フィニア」
開かれてゆく扉を前に疑問を投げかけ、サズは部屋の中へと足を踏み入れた。
周囲を見回してみるが、ランプの灯りに照らされた室内はいつも通りの眺めで、特にこれといって
おかしな点は見受けられない。
ただ、彼へと向けて声を発してきていた少女の姿は、そこにはなかった。
「なんでそんなところに隠れてるんだ」
部屋の中へと引き込まれた扉の後ろ側へ向けて、サズが呼びかける。
金色の髪房が、ちらちらと見え隠れしていた。
「思っていたよりも、サズが入浴を済ませるのが早かったもので……」
その呼びかけに、フィニアが顔をちょこんと扉の木枠からはみ出させて答えてきた。
サズは、ふうんと軽く頷いて、そのまま歩みを進めてから振り返り、彼女の出方を待つことにした。
言葉で明確な答えを表してこないということは、別の表現で示してみせたいのだろうと思ったからだ。
そして、それはすぐに明らかになった。
「――ああ、なるほど。それでか」
そろそろとした手つきで扉が閉められて、入り口から垣間見えていた薄暗い通路の光景と引き換えに、
純白の衣装に身を包んだ少女の姿がサズの目の前に現れた。
「本当は、お休みの前の日にと思っていたのですけど……今日は、おば様のお陰で時間ができたので」
フィニアが両の手で扉を閉じ終えてから、サズの方へと向き直る。
「ゆっくり見せてくれって言ってたもんな。うん、やっぱ似合うな。こっちきて見せてくれよ」
その言葉に頷いたフィニアが、静々とした足取りで進み出てくる。
彼女が身に纏っていたのは、以前この部屋でサズに見せてくれた白のショートドレスであった。
「あれからまた、おば様が寸法を合わせてくださったので。それもあって、着てみたくなってしまって」
「新調した物とか、手入れし直した物とかはすぐにでも使ってみたくなるしな」
サズが目を細めて彼女の姿を見つめる。
灯りの位置を少しだけ意識して、フィニアは彼の傍で立ち止まった。
透けるような白さを持つ彼女の肌の色とはまた違った、自らが輝きを放つレース編みの布地を、幾つも
寄り合わせて仕立て上げられたそれが、幾何学的な模様を描き、一つの衣装として成り立っている。
腕の部分は肩口まで、裾の部分は膝下までがそうした作りでゆったりと伸ばされている。
脚には無地のドレスソックスが履かれており、靴が履かれていなかった所為もあって、絨毯敷きの床の
上に絹の帯がそのまま降り立っているようにも見えた。
全体の印象としては糸で創られた宝石のようであったが、胸元を飾る蕾を模した黄緑色のブローチと、
裾や袖口に薄くやわらかな素材で以て施された幅の広いフリルに、サズはもう一つ、別の印象を抱いた。
「花、だな」
思ったことをそのまま口にしてから、自分の語彙の貧弱さに彼は思わず苦笑してしまった。
しかし、宝石のようだという言葉を述べることも、歯が浮いてしまいそうで到底できない。
「わりぃ、適当なこと言っちまった。どうも、こういうのをお目にかかるのに慣れてなくてな」
「いえ、嬉しいですよ。お花みたいですかぁ……ふふ」
誤魔化し笑いへと表情を変えたサズに、フィニアが微笑みで答えて、頬を唇で軽くふれていった。
「あれ……」
その感触と、鼻腔を掠めていった微かな香りに違和感を覚えたサズが首を傾げる。
不思議に思い少女の顔を覗き込んでみると、すぐにその違和感の正体に気が付いた。
「今日は、化粧もしてたんだな」
「はい。自分でしてみるのを少し習ってみたので、軽めにですが。……というか、お気付きの上でお花の
ようだと言ってくれていたわけでは、なかったのですね」
今度はフィニアの方が困ったような顔になって、苦笑を浮かべてしまう。
「だから、慣れてないんだよ」
そんな彼女の様子に、サズは不貞腐された表情になって横を向いた。
だが、彼が視線を逸らしてしまったのは、いじけた気持ちだけからではなかった。
おめかしをした目の前の少女があまりに可愛らしく、そして美しく見えていた為だ。
彼女の口元には、薄くひかれた紅の色が輝いている。
頬や鼻筋にはほんのりと白粉がされている程度であったが、眉には割合はっきりめに線が引かれており、
それらが鮮やかな対比を描き出していた。
「では、お化粧の方も含めて評されれば、どのようになりますか?」
微笑みを浮かべたフィニアの声には、からかうような響きがある。
予想以上の彼の反応が嬉しくもあり、楽しくもあったので、それが態度としてはっきりと現れていた。
「ど、どのようにって、なんだよ」
「ですから、先ほどのように、なにかに例えてくださるなり、率直な感想なりを、期待させて貰っている
のですよ」
動揺の色を隠せないサズに、フィニアが澄ました表情になって賛辞の言葉を求めてくる。
サズの焦り様が面白くて、つい意地悪をしてしまっていたのだ。
「……いだ」
その彼が、両の瞳を閉じてぼそぼそを何事かを口にした。
「え?」
フィニアが、意地悪をするつもりではなく、単純な好奇心からその言葉に耳を傾けた。
「ほ、宝石みたいだって、言ったんだよっ」
「――」
サズが瞳を開き、半ば自棄になってその言葉を告げる。
フィニアはぽかんと口を開いて、顔を真っ赤にする青年の顔を見上げている。
そして忽ちの内に、彼女の顔も同じ色合いに染まっていった。
「ほ、ほほほほっ、宝石ですかっ。宝石っ」
「連呼すんな。お前が期待してるなんて言うから、言ったんだからな。お世辞だ、お世辞」
実際に歯が浮くという感覚を味わってしまい、サズは言い訳にもならないことを口にして、その場の
空気から逃げるようにして近くにあった椅子へと腰を下ろした。
「お世辞でもなんでも、構いませんよ。サズは、私が思っていた以上にロマンチストな方だったのですね」
「ロマ――ああ、くそっ、言うんじゃなかった」
「そういう、お口の悪いところで勘違いをしておりました」
顔は真っ赤にしたままで、フィニアが上機嫌になって言葉を続ける。
「それにしても、宝石のようですかぁ……うふふ。嬉しいですね。お化粧もしてみた甲斐がありました」
「世辞くらい、今まで幾らでも言われてきただろうが」
その機嫌の良さが溢れ出たように、くるくるとステップを踏み出したフィニアに向けて、サズが苦虫を
噛み潰したような表情になって声を投げかけた。
「そうですね。それでも、ベルガの貴族の方々や、騎士の方たちから贈られた言葉よりも、先ほどの
サズの一言の方が嬉しく思えたのですよ」
実際にフィニアは、二年間の王宮暮らしの中で多くの人々から礼賛の言葉を受けたことがあった。
それらの言葉には、本心からのものもあったであろうし、サズの言うように世辞としてのものも多く
あったのだろうとは思う。
そういったものを決して軽く受け取ったつもりはなかったのだが、それでもいま言ったように、サズの
単純とも云える一言の方が嬉しく思えた。
その言葉を告げられる前までは、ドレスの方はともかくとして化粧をしていることに気が付かれたら、
背伸びのし過ぎだと笑われてしまうのではないのかと、密かな危惧を抱いていたくらいなのだ。
それだけに、余計に嬉しい。
「貴族に、騎士、ね……お前、お姫様だもんな」
喜ぶ少女を尻目に、今度はなににいじけたのか、サズがふんと鼻を鳴らして椅子の上で片膝を抱えた
体勢をとった。
「……いまは、そういったことは関係ありませんよ」
「いまはな」
穏やかな口調で返されてきたフィニアの言葉に、サズが揚げ足を取るように言い返す。
「傍を離れるつもりはないと、言ってくれていたではありませんか」
「言ってから、悩むことだってあるんだよ」
サズがむくれた表情を隠すこともなく、溜息を吐いた。
この関係がいつまで続くのか。フィニアから直接言葉として告げられて以来、彼の胸中に漠然とあった
不安が、明らかな形を持って脳裏にこびり付くようになっていた。
これでは、あべこべだ。そう考えはしても、それは容易に消えてくれるものではない。
「障害があっても、なんとかしていけばいいのではありませんか? サズはそうも仰られていたように
覚えていますが」
フィニアの口調は責めるようでも、諭すようでもない。ただ、そう考えられるようになったので、そう
口にしているだけのことであった。
「ん。それなんだけどよ」
少しだけ気が楽になるのを感じて、サズが抱えていた膝を下ろした。
フィニアは彼の言葉の続きを待つように、片方の足を下げて立ち、両の手を後ろに回している。
「もしも、の話なんだけどな。もしもだから、笑うなよ? ちょっと考えてみただけなんだからよ」
「はい。そういうの、ありますよね」
がしがしと洗い立ての髪を指で掻き毟って前置きをするサズに、フィニアが頷いて同意を表した。
サズが先ほどのものよりも大きな溜息を吐いて、一息を入れる。
そして、意を決して再びその口を開いた。
「宮廷作法とか、知っていないと駄目かな……って」
俯かせていた顔を上げてみれば、そこにはにこにことした少女の笑顔があった。
ある意味では約束を反故にされていると言えなくもなかったが、そんな捻くれたことを考える余裕も
なく、サズは胸を撫で下ろしたい気持ちになっていた。
「色々と考えてくださっているのですね」
「い、一応な。なんとかするにしても、全部が全部力技ってわけにもいかないだろうし、やっぱりお前の
立場だとか、そういうのを考えるとだな」
落ち着いて彼の話に耳を傾けるフィニアとは対照的に、サズの方は全く落ち着きがない。
こういった話をすること自体に慣れてないので、彼としては非常に恥ずかしい思いをしているのだが、
こくりこくりと頷くフィニアのなんとも言えない幸せそうな表情を目にしていると、不思議とお喋りが
止まらなくなってしまっていた。
「……でも、実際のところどうなっているのでしょうね」
逆上せ上がっているサズの言葉が途切れて暫くしてから、フィニアは憂いに沈んだ顔を覗かせた。
「そうだな。こう言うとお前には悪いかもだが、現状他人任せだからな……」
サズも、彼女の言わんとするところを察して表情を引き締めた。
歯がゆい思いをしてしまうのが、そこなのだ。
フィニアとの関係を考えてゆくと、やはり彼女を取り巻く権勢争いの問題にどうしても突き当たって
しまうのは仕方のない話なのだが、それを解決するに当たっては彼に護衛の任を依頼したシェリンカの
属する、ベルガの親王族派の人々の活躍に期待することぐらいしかできないのである。
しかもシェリンカの話によれば、その対立相手であるベルガの司祭長側の勢力は大きく、親王族派側に
フィニアを守り通す余力がなかった為に、サズを雇ったという話なのだ。
巻き返しを期待するにも、頼りなく感じてしまうのは仕方のないことであった。
「欲を言えば、内情とかも知りたいけどよ。無闇に連絡を取っても、足を引っ張ることに成りかねないし。
……本当のところを言えば、ここにこうして厄介になっているのも不味いんだけどな」
「ですね。おじ様とおば様に迷惑はかけられないところなのですが……」
互いに、申し訳のなさと最悪の事態を想定しての恐怖は感じている。
ただそのことについては、サズには一つの疑問があった。
追っ手のやり方が、余りにも温く感じられるのだ。
城下町の中ということを考えれば、ベルガの魔の森で相対した獣人の兵や、一度フィニアを連れ去った
東のオーズロン連合からの刺客と言われる連中が介入しづらいのは、理解できる。
しかしそれでも、既にこちらの居場所を掴んでいるにしては御座なりに過ぎるのだ。
戦力が足りないのならば、店主夫婦を狙うという手段もあるだろうし、客に成りすましてフィニアへと
近づくというやり方もある。
襲撃の指示を下している者が、そういった常套手段ともいえる手口をわざと避けている――
そんなことをサズは考えてしまっているのだ。
――道化にされている。しかも、踊りきってからでは拍手の一つも貰えないとびきりの道化に。
それでも、サズは動くことができない。確証のあるなしや事態の真相に関わらず、フィニアを守らない
ことには全てが始まらないのが、彼の一番の苦しさであったからだ。
「でも、ですね」
思考の渦の中へと入り込んでいたサズを、フィニアの声が引き戻した。
「サズには、サズの目的があるのなら、それにご一緒するのも悪くはないかなとも、思うのです」
暗くなった話題を逸らす意味合いや、逃避の思いも感じさせずに、フィニアはそんなことを告げてきた。
一瞬、サズは呼吸をすることも忘れた。
単純な台詞だったことにも関わらず、意味を理解することにも数瞬の時を要した。
それほどまでに、彼女の言葉は彼にとっては衝撃的に過ぎた。
「勿論、ご迷惑でなければですが」
彼女にしてみても、その一言を口にするには結構な勇気を要したらしく、後からになって照れ笑いを
浮かべてそう付け加えてきた。
「――目的なんてもんは、別にねえよ」
サズはやっとのことでそれだけを答えて、小さくかぶりを振ってみせる。
「そうですか」
フィニアはなにを追及するでもなく、小首を傾げただけだ。
その彼女の体が、強く引き寄せられた。
「でも、ありがとうって言わせてくれ」
「いえ。思い過ごしのようでしたので、お礼を言われるようなことではありませんよ」
サズのその唐突な行動にも、フィニアは別段動揺した様子も見せずに言葉を返す。
丁度腰の周りに組み付かれた形で、腕に込められた力は弱いものではなかったが、自分のお腹の部分に
ふれてくる彼の頬の感触に心地良さを感じて、彼女は赤い色をした髪の毛をするすると撫で上げていた。
「それにしても、サズが宮廷作法をですか……ふふっ」
「笑うなって。大体お前がドレスなんて着るから、そんなことまで考えちまうんだ」
「なら、褒めたりしないことですね。褒められると、つい調子に乗ってしまいますので」
フィニアはそのまま手にしていた髪をくしゃりくしゃりと掻き回していたが、ふとなにかを思いついた
表情になって、指の動きを止めた。
その様子に気付いたサズが、腕をほどいて彼女の顔を見上げる。
「どした?」
「ちょっと、思いついてしまいました」
サズが、なにをと尋ねかけるよりも早く、フィニアはその場を動き、部屋の壁の方へと歩みだしていた。
そして寝台の脇に立て掛けられていた、サズの愛用する細身の剣を手に取り、元の位置へと戻る。
「どうしたんだよ。いきなり剣なんて持ち出して」
「今日のサズは、随分と鈍いのですね。お姫様とそれを守る殿方の剣。なにか、思い付かれませんか?」
不慣れな手つきで剣の鞘を抱えて、フィニアが悪戯っぽい笑みを浮かべる。
そんな彼女に、サズは暫くの間怪訝な眼差しを向けていたが、その意図に気付くと、あっと小さく声を
あげてその口元を掌で覆った。
「どっちが、ロマンチストなんだかな」
「お受けになってくださいますか?」
「……ちょっと、待ってろ」
椅子から立ち上がったサズが、棚の前へと移動する。
フィニアはなにも言わずにそこから目線を外して彼の「支度」が整うのを待ち続けた。
「お待たせ致しました、姫君」
普段よりは幾分低く響かせたサズの声に、フィニアが優雅な仕草で振り向く。
「このような姿でのお目通り。どうか、御容赦のほどを」
白いシャツの上からベストを羽織り、下は使い古したトラウザに着替えたサズが、恭しく頭を垂れて
彼女の横手に片膝を落として控えている。
「赦します」
そのサズの目の前に進み出て、フィニアが剣の柄に手を添えた。
すいと差し出された剣の鞘を、サズが真剣な、しかしどこか芝居がかった表情で受け取る。
フィニアも真顔を装ってはいるが、その瞳だけは悪戯っぽく輝いたままだ。
サズが、受け取った剣を絨毯の上へと突き立てるようにして構え、柄に両の指をしっかと預けて祈りを
捧げるかのような姿勢を取った。
「剣を捧げます」
フィニアが柄の端へと指をふれさせて、深く息を吸い込む。
「汝、サズ・マレフに、フィニア・ナル・イニメドが、騎士の称号を与えます」
「栄誉の極み。謹んで、拝命致します」
サズがその顔を上げると同時に、フィニアが指先を軽く浮かせた。
「お待ちなさい、サズ・マレフ」
帯剣し、その場で立ち上がりかけたサズをフィニアが制する。
再び顔を上げたサズの目の前には、差し出されたままの彼女の指先があった。
束の間、サズがその動きを止めた。フィニアも自若として、動かない。
いつの間にか、青い瞳からも戯れた光が消えている。
「……不敬を働くことを、御赦しください」
サズが敬愛する主君に傅く君臣さながらにフィニアの手をとり、その甲に唇を寄せた。
それを受けてから、フィニアは悠然とした仕草で以て姿勢を正した。
その気品に満ちた立ち振る舞いには、一種威容の如き迫力さえも感じられる。
普段は育ちの良い少女といった風に過ぎない彼女が放つ威厳に気圧され、サズはその場を動くことも
できずに、その姿を見つめていた。
「はい。お仕舞いですよ」
フィニアが少女の微笑みを見せて演技の終了を告げてくる。
「……悪乗りが過ぎるぜ、フィニア」
異様なまでの緊張から解放され、サズはどっと疲労を覚えて肩を落としていた。
情けのないことに、背中にはじわりとした汗まで滲ませてしまっている。
「堂に入った騎士姿でしたよ」
そんなサズへと向け、フィニアは嬉しそうにパチパチと拍手を送ってきていた。
「やっぱ、宮仕えは無理そうだ」
「そうでしょうか? 私にはとても素敵に思えましたが」
「俺には空恐ろしいものに思えたんでな」
もう懲り懲りだと言わんばかりに肩を竦めるサズに、フィニアが不思議そうな面持ちで首を傾げる。
「まあ、騎士の務めだけは有難く承っておくさ。どちらにせよ、いまはそうするしかないしな」
サズはそう言い、腰に佩いていた剣を元あった場所に戻して、羽織っていたベストを寝台の上へと
無造作に脱ぎ捨てた。
「情報が欲しいですか」
突然、フィニアがそんなことを言い出した。
「情報?」
訝しむような顔になって、サズが向き直る。
「手がかりと言った方が良いかもですね。勿論、ベルガでの王権争いに関する、です」
「そりゃあな。さっきもそう言ったし。でも、肝心の手段がない」
サズもそういったものを求めて、二度の襲撃相手に尋問を仕掛けたことはあったが、その試みは刺客の
服毒による自決という結果に終わっていただけであった。
「手段なら、あるかもしれません」
「……どういうことだ?」
その言葉に、サズは思わず身を乗り出していた。声も、大きくなってしまっている。
「そ、その……不確かだとは、思うのですが」
その彼の勢いにたじろぎ、フィニアが自信なさげに言葉を続けた。
「ルクルアに、聞いてみるのはどうでしょうか」
「どうしてそこで、あいつの名前が出てくるんだよ」
内心の動揺を抑えつつ、サズがそう問いかける。
「失礼とは思いましたが、シェリンカ姉様からの手紙を拝見させて頂きました」
「あれか……」
己の迂闊さを呪うように、サズは小さく舌打ちを飛ばした。
ルクルアの出現を予期していたシェリンカの手紙。
彼はそれを処分しないまま、荷物袋の奥へと仕舞い込んでいたままにしていた。
フィニアはそれを読んで、ルクルアと件の王権争いとの間になんらかの関連性があると考えたのだろう。
そして今日、その話を切り出してきたのだ。
彼女なりに色々と考えたことを、悪いことだとはサズは思わない。
無言になってフィニアを見つめてみた。
その顔に浮かんでいるのは、先ほどの芝居がかった真面目顔とは明らかに違う、真に剣を構えた表情だ。
どう声をかけようかと、迷う。
嫌じゃないのか。危険はないのか。自力で意識を取り戻せるのか――
「頼めるか」
結局、そういった思いは口には出さずに、短くそれだけを口にした。
フィニアは頷いて、寝台の上へと場所を移した。
「実を言うとですね。最近、体調が良かったので、彼女の力を呼び込むのを何度か試していました」
寝台の上で正座の姿勢をとり、フィニアが話し始める。
「その成功と、月の影響を考慮するに、憑依自体は余程のことがない限りは失敗しないと思っています。
本当は私が直接ルクルアと話せれば良いのですが、それは無理だったので」
そこは貴方に期待させて貰いますと付け加えてから、ゆっくりと呼吸を整えてゆく。
「任せろ」
サズが、力強く答えた。
「それと、一応言っておきますけど……」
それまでの厳かな口調とは打って変わり、釘を刺す口調になって、フィニアが厳しい視線を向けてくる。
サズには彼女の言わんとすることが大体予想できていたが、彼は黙ってそれを受け止めていた。
「話をする以外のことは、なしですよ。……ご希望であれば、お相手致しますので」
「それも、任せろ」
「……では」
喉元まで出てきた一言を飲み込んだフィニアが、瞳を閉じ、膝を軽く横に崩して瞑想を開始した。
サズも万が一の事態を考慮して、魔術の行使に備える。
(呪文の類を用いないのは、本当らしいな)
術者本人の意思による憑依術を見るのは、サズにも始めてのことであった。
文献の上でのみ、その存在と性質を知り得てはいたが、その文献がフィニアの使うそれを指して書き
記されていたという保証はどこにもない。
だが、心の準備はできていた。
こういった状況になるとは予想だにしていなかったが、今後偶発的にルクルアが現れることがあれば、
その際に確かめておこうと思っていたことがあったからだ。
「――」
なにごとかをつぶやく声を、サズの耳が聴き付ける。言葉ではない。そう感じた。
室内を照らすランプの灯りが、大きく揺らぐ。
風はない。あったとしても、円状の筒に包まれたそれがその影響を受けることも、ない。
サズが息を飲んで来るべき変化を待ち受けた。次いでいつものように怖気が走るが、それは薄い。
ドレスの上へとかかっていた金色のやわらかな髪房が、穏やかな水面に小石を投じたかのような波紋を
伴って大きく波打ち、変化を見せ始めた。
「よお」
「……そなたか」
見慣れてきた感のある、ぬめりを帯びた光沢を放つ紫の髪。
呼びかけに応じて開かれた瞳は、見通すことの適わぬ闇の色。
声は同じでも、声音は明らかに違うのだということが、いまのサズには感じ取れた。
フィニアのそれを春風のようと称するのならば、彼女のそれは黄昏の空に落ちる夕日のそれだ。
「随分と、この小娘のことを可愛がっておるようじゃな」
その容貌の殆どを化生のそれと化した少女が、感情を露にせぬ声で告げてきた。
「また出歯亀か。趣味が悪いぞ」
警戒を崩さずに、サズがそれに応じる。
「たわけ。この体に残された精気が教えてくれたまでのことじゃ」
ルクルアがその表情を急に不機嫌なものに変えて腕を上げ、それをサズへと向ける。
その指先を黒い輪郭が覆い、小さな闇が作り出された。
緊張がサズの体を走り抜けた。
「不遜なことよな」
その言葉と同時に、指先に蓄えられた闇が霞のように掻き消えた。
「妾をこうして呼びつけたばかりか、邪魔立てまでするとは」
「……フィニアが、お前を抑え付けているってわけか」
「腹立たしいことではあるが、そういうことになるな。妾も、落ちたものよ」
最悪の事態を回避できたことに胸を撫で下ろすサズを余所に、ルクルアは投げやりな態度で肩を落とす。
「あー……あんま、気にすんなよ。一応、フィニアはそういうことにかけては才能あるらしいし」
心なしか元気のないルクルアの姿に、サズは思わずそんなことを口走っていた。
「慰めか」
「そういうわけじゃ……あるか」
ルクルアが鼻を鳴らして顔を逸らすが、それでも以前のような居丈高な雰囲気までは持つに至らず、
それがかえってサズの気勢を大きく削いだ。
「なんかお前、妙にしおらしいな」
「使役されているのだから、仕方もなかろう。……それよりも、わざわざ呼びつけたからには、なにか
用向きがあったのではないか? 仕返しか? それともまた力尽く弄ぼうという腹か?」
「突っかかるなよ。俺としては、もうお前と好き好んで諍いを起こすつもりもないんだ。だから仕返し
だとか、そういう不毛なことにも興味はない」
その不毛な行為を大いに楽しんだ過去は横に置いて、サズが両手を広げて、敵意はない、という態度を
とってみせる。
やや大げさに過ぎるその仕草に、ルクルアは眉根を寄せて小さく溜息を吐いた。
「ならば、なにが目的じゃ」
「あんた自身のことと、ベルガ王族との関係。それが聞きたい」
「……知らんのぅ」
「知らないってことは、ないだろ。この間、ベルガの始祖だの女帝だのと言ってたじゃねえか」
そっぽを向いて視線を外したルクルアを、記憶の断片を頼りにサズが追求する。
彼女が協力的でない可能性も十分に考慮していたので、これくらいの反発は可愛く思えるほどであった。
「――あんたに頼るしかないんだ。頼む、教えてくれ」
なので、下手に出ることくらいはサズには簡単にできた。
「ふむ」
寝台に手をついて頭を下げたサズに目を向けて、ルクルアは物思いに耽るような顔をしてみせた。
「……というわけでな、妾は見事蛮族共の侵攻を跳ね除け、かの都に繁栄をもたらしたのじゃ」
ふんっと居丈高に胸を逸らし、得意満面の表情でルクルアは話を締め括った。
椅子に逆向きになって腰掛け、背もたれの上に頬杖をついたサズがその顔をぼーっと眺めている。
「どうだ。凄いであろう」
「――うん。凄い。本当に凄い」
凄く長かったと心の中でだけ後を続けて、サズが合いの手を入れるようにパチパチと手を鳴らした。
彼女の話を要約すると、ルクルアは遠い昔に王国の南端に位置するミズリーフ地方を訪れ、戦乱の
世から逃れてきた人々に力を貸して、一つの都を作り上げたということであった。
「しかし、伝承なんてもんが当てにならないのは承知済みだったが、ベルガを興したのは人間の男だった
って話だったのにな。蓋を開けてみれば女の仕業か」
「女とは、また気安いな。妾をそのように呼ぶなぞ、本来であれば赦されぬところじゃぞ」
「そんなこと言ったってよ。女は女だろ。それともその喋り方で、実はオカマでしたとかは、嫌だぞ」
話を聞いてはみたが、それほどの見入りもなかったことに拍子抜けして、サズは鷹揚な口振りになり
腰掛けていた椅子から身を離した。
「阿呆。女だ、男だという区分け自体が、気安いと言っておるのじゃ」
「じゃあ、なんて言えば良いんだよ。女帝陛下、とでも呼べば満足なのか?」
呆れ顔になって面責してくるルクルアに、サズが皮肉を混めた言葉を返す。
「神じゃな」
ふふんっと胸を先ほどよりも更に大きく逸らせて、ルクルアが言い放った。
「お前こそ、阿呆か」
「だっ、誰が阿呆かっ!」
罵倒の声と呆れ顔をそっくりそのまま返され、ルクルアが寝台の上から身を乗り出して声を上げた。
「お前だ、お前。神様なんてもんが、魔術なんぞでぶっ飛ばされたり、簡単に使役されたりするもんか。
気位が高いのも結構だが、もうちょっと言葉選んで話しないとそこいらのガキ相手にでも笑われるぞ」
「――っ!!」
サズが遠慮のない突っ込みを入れてから、彼なりの嗜めの言葉で締めた。
怒りのあまりか、はたまた反論の余地を見出せなかった為か、ルクルアは声を詰まらせて、顔の色を
真っ赤に染めている。
「まあ、長いこと霊なんてやってると、ちょっと勘違いしちゃったりとかあるんだろうけどな。お前も
これが良い機会だったと思って、真っ当な霊体としての有り方をだな」
「えぇい、煩いっ! 黙れ黙れっ! お前らが、そなたらが妾のことを勝手に神と呼んで崇め奉ったから
神と名乗ったまでのことじゃっ! 事情も知らずに、したり顔で偉そうなことを抜かすでないわっ!」
激昂したルクルアが枕を両手に掴み、大声で怒鳴り飛ばしながらそれを投げつけてくる。
「そうは言ってもな。俺が崇めたわけじゃねえし」
勢い良く飛んできた二つの枕を、サズは平静な様子で受け止めた。
「ふん。勝手にするがよいわ。大体、そなたの方こそ何者なのじゃ。久方ぶりに人の器を手にしたかと
思えば、早々に追い払うような真似を仕出かしてくれたり、妙に強い精気を備えておったり」
「……俺もお前の宿主と似たようなもんだよ。先祖の血の顕れだとか言ってた奴もいたけどな」
矛先が変わってきたことに若干の戸惑いを感じつつも、サズは曖昧な答えを口にした。
「そなた、確かサズとかいう名前じゃったな。下の名前は、あるのか」
「フィニアの記憶が読めるんじゃなかったのか、お前」
「読もうとしたが、拒絶しおった。だからこうしてわざわざ聞いてやっておるのが、わからんのか」
「……マレフだよ。サズ・マレフ」
そんなことがわかるかと返すのは止めにして、サズが諦めの入った声で名乗る。
自称神様な人相手に、一々反応していては話が進まないと判断したからだ。
「そうか。ならば、納得もゆく」
その神様が、得心がいったとばかりに何度も頷く。
「なにがだよ」
「いや、別に。そなたがベルガのことを知りたがる訳は、なんとなく察しはついたがの」
そう言ってルクルアは少女の体で肩を竦めてみせる。
その動きがとんでもなく滑稽なものに見えて、サズはつい顔を顰めてしまった。
「では、妾はそろそろ眠らせて貰うぞ」
「あ、おい、まだ話は終わったわけじゃ」
髪をばさりとかきあげて退場の宣言を口にした彼女へと、サズが慌てて制止の声をかけた。
「良いのか? フィニアとかいう小娘の方は相当に無理をしておるぞ。そなたが引き止めるのであれば、
折れるまで付き合ってやっても良いのじゃが」
「う……それを、先に言えって」
忠告の意味で発されたその言葉に、サズは伸ばしかけていた腕を引っ込めて了承の意を露にした。
「ではな」
「あ、ちょっと待て」
「なんじゃ。無駄に時を喰えば、そなたの大事な娘が苦しむぞ」
皮肉っぽく唇の端を吊り上げて、ルクルアが流し目をするような視線を向けてきた。
「いや、その……ありがとうな。無理矢理に、悪かった」
フィニアにも聞こえているのは承知で、サズは二重の意味を込めて礼と謝罪の言葉を述べた。
ルクルアの口元から、嘲るような歪みが消えてゆく。
「――ふん。言ったであろう。妾は義理堅いのじゃと」
「そか。じゃあ、な」
指で頬を掻きながら、サズが少しだけ優しげに微笑んだ。
ルクルアが何事かをぼそりとつぶやくが、その言葉は彼には聴き取れなかった。
灯りが、今度は小さく揺らめいた。
「また、真っ赤でしたねぇ」
「お疲れ。そういえば、視えるんだったな」
頬を掻くのを続けたままで、サズは労いの言葉を口にした。
フィニアの表情はやわらかいが、どことなく疲労を感じさせるものがある。
「ルクルアの言っていた通りか。無理させちまったな」
「いえ。思っていた以上に巧くいったので、これぐらいはどうということもありません。ただ、成果が
殆どなかったのは残念でしたが……」
「自称神様相手に良く頑張った、ってとこか。なんともガキっぽい神様だけどなぁ。それと、結果の方は
気にすんな。駄目で元々、憑依の練習が出来て儲け、くらいに考えておけ」
サズが、本来の輝きを取り戻した少女の髪房へと手を伸ばす。
フィニアもそれを受け入れて、梳き通してゆく彼の指先の感触に身を任せた。
「あの子が、私のご先祖様なのでしょうか。あまりそういう感じはしないのですが」
「血筋なんて、どこかで途絶えていてもおかしくはないからな。それに、あいつの言うことが本当だと
しても、何百年も前の話だからな。血が繋がっていても……」
そこまで口にして、サズはふと首を傾げた。
「どうかされましたか?」
「いや――ルクルアがベルガにいた頃ってどんな奴だったんだろうなって考えてみたんだけど、想像も
付かないな」
「そうですか?」
きょとんとして自分の方を見つめてくるフィニアに、サズは誤魔化すように苦笑いを浮かべてみせた。
嘘はついていないのだが、考えてみたこと全てを口にしたわけではなかったからだ。
ベルガに都を築いた頃の彼女の姿を想像してみたのは、本当のことだ。
ただ、自分がいつの間にか彼女のことを人間として想像していることに気付いたのだ。
考えてみれば、サズは憑依術のことを――というよりも、その術で使役される霊体についての知識を
深くは持ち合わせていない。知っていたとしても、邪霊だとか、禍神だとかいう分類やそれに対する
研究の全てが正しいものだという確証もないのだ。
『神じゃな』
つい先ほど、目の前の少女の口から発せられた無邪気とも思えたその言葉が頭の中で反響する。
同時に、彼女の護衛を請け負う際に、彼の雇い主であるシェリンカという女性が告げてきた言葉が
思い出されてきた。
――フィニアは、神降ろしの霊力を持つがゆえに狙われている。
それが真実から来た言葉なのかどうかを知る術はない。
だが、ルクルアという名の強大な霊力を備える化生を服従させるだけの力が彼女にあるということは、
これで証明されてしまった。
狙うに、相応しいということだ。そしてそれをどう活用するの積もりなのか。
王権を握ろうとする人間に、それがどう必要なのか。それとも、その後に――
気が付けば、フィニアが心配気な表情を浮かべて、サズの瞳を覗き込んできていた。
「あ――悪い。ちょっと考え事してた」
「いえ、なにか、ルクルアのことで気になることがあったのではないですか?」
「ん。それもあるけどな……」
サズはこれまで、自発的にフィニアの過去を知ろうとしたことがなかった。
本能的に避けていた、と言ってもいい。
人の過去を詮索すると、必ずと言ってもよいほどに自分のことも詮索されるから、苦手だったのだ。
しかし、フィニアのことを真剣に考えるのに、彼女自身のことを深く知ろうとしていなかったことには
間抜けが過ぎると言わざるを得なかった。
「なんか俺、駄目駄目だな」
「え……えぇっ? と、突然どうなされたのですか」
心配に思って見つめていた男の顔が、思案に暮れる表情から、一転して途方に暮れたような表情に
変わったのを見て、フィニアが混乱気味に声をあげた。
そんな彼女を安心させようと、サズは微笑んでみせてから寝台の端に腰を下ろした。
その笑みは、幾分自嘲気味だ。
「今度さ、フィニアの昔の話とか聞かせてくれないか」
「あ、はい。勿論、良いですよ。宜しければ、いまお話致しましょうか?」
「いや。近い内に聞けるのなら、いまじゃなくても良い。疲れてるだろ、お前」
フィニアにすんなりと承諾の声を返されて、サズは我知らず安堵の息を洩らしていた。
「今日はもう休もうぜ。明日の仕事だってあるしな」
「え……で、でも、まだ寝るには早い時間ですよ?」
サズが寝台の上に、ぼすっと音を立てて後ろ向きに倒れこむと、フィニアは慌てた様子でそこに身を
寄せてきた。
「俺のことなら気にすんなよ。フィニアがまた元気なときにでも、な」
サズはそう言うと、腰のベルトを素早く外してトラウザを脱ぎにかかった。
「ん?」
その手の動きが、不意に止まる。
「フィニア」
正確にいうのならば、止められた。
「体のことを心配してくれるのは、嬉しいです」
少女の細い腕が、サズの二の腕をしっかりと掴んでいる。
「でも、私は本当に平気ですよ」
サズが、少女の瞳をじっと見つめた。青い瞳が不安げに揺れているのが、それでわかった。
「平気ですので、ご希望であれば答えられます。なので……その」
「うん。わかった。フィニアと、したい。今日も、しよう」
体とは別の方を心配することにして、サズはフィニアにはっきりと要望を告げた。
「あ、ありがとうございます」
「なんだそれ。平気だって言うから、するだけだろ。お礼なんていらねえよ。むしろ、こっちが言いたい
くらいだ」
「それでも、ありがとうなのですよ」
クスクスと笑いあって、二人は静かに唇を重ねた。
実を言うと、サズは物凄く、やりたかった。
「えと、どうしましょうか。取り敢えず着替えが済むまでは」
「着替えなくていい」
「……え、ええっ!?」
単にやりたかったわけではない。
「で、でも……着たままですと、その、よ、汚れとか……あ、いえ、汚いとかではないのですが」
「ちゃんと最後には全部脱がせるから、心配すんな」
「あ、あうぅ……」
以前から。フィニアが初めてこのドレスを着て自分の目の前に姿を現したときから、ずっと、ずうっと
やってみたかったのだ。
「ちょい、ここに立って。さっきみたいにポーズ付けてくれ」
「は、はい……こ、こうでしょうか?」
「ん。いいな。やっぱ様になってる」
鴨葱。今日のフィニアを見た瞬間には、そんな言葉を思い浮かべもしたものだ。
「あ、あの、少し……というか、大分恥ずかしいので、灯りを消して貰ってもいいでしょうか……」
「んじゃ、一つ残して消すぞ。真っ暗じゃエスコートもできないしよ」
「こういうのは、エスコートとは言わないと思うのですが……」
薄暗くなった室内で目にした彼女のドレス姿は、余計に扇情的なものがあった。
やわらかく、暖かみのある灯り油の光が、純白の衣装を淡い山吹色へと染め上げてゆく。
寝台の脇に立ち、膝を付くサズを見下ろす形になった少女の表情は、やや強張ったものになっている。
位置関係的には先刻の叙勲式と全く同じだが、立場的には逆転してしまっていた。
「あっ」
ドレスに覆われていないふくらはぎの部分を、するりするりと手が撫で回してゆく。
夜の気に冷えてしまったそこを暖めるように丹念に愛撫していってから、サズは指先を徐々にドレスの
裾の方へと向けて這い上がらせていった。
「姫って呼んでみても、いいか?」
その問いかけで、瞳をきつく閉じて吐息を堪えていたフィニアが戸惑いの眼差しをサズへと向けてきた。
「ちょっとだけ、騎士らしくやってみるからよ」
躊躇いをみせた彼女にサズが交換条件を提示してみせると、小さな頷きが返ってきた。
「フィニア姫」
「あ……んっ」
重さを感じさせぬ、薄くなめらかな生地の感触と、やわらかで温かみのある素肌のさわり心地を一つの
掌で十分に堪能すると、サズはおもむろに自らの唇をそこへ寄せていった。
「やっ、さ、サズっ」
「暫くの、ご辛抱を」
内ももの敏感なところにきつく吸い付かれ、フィニアが膝を閉じようとするが、サズはそこに両手を
素早く差し入れて、それを阻む。
灯りの色よりも濃い口吸いの後が幾つも刻まれて、その度、少女の身体が大きく震えた。
次第に呼吸が荒くなり始める。
じっとりとした湿り気を拭うように撫で上げて、サズはその愛撫の行く先をドレスのものとは異なる
布地の位置する部分へと向けていった。
その指先は、いつもよりも心なしか慎重にふれてきている気はしていたが、それでもそれが大事な
ところへと辿り着くと、フィニアは反射的に身を硬くしてしまっていた。
受け入れることが大事なのだとは思っていても、やはりその瞬間になると萎縮してしまう部分がある。
その癖、一旦この行為に没頭し始めてしまうとそういったものはどこかに飛んでいってしまうのだ。
自身では律することの叶わないその二面性に、フィニアはことの事前にも、事後にも戸惑いを感じて
思い悩むこともあるのだが、最近ではそれにちょっとした開放感を感じるようにもなってきていた。
しかし、なんとなく今日のは雲行きが怪しい。
いまこうして彼との行為に臨んでいるのも、自分の方から誘ってしまったからなのだという自覚は、
はっきりとあった。
――望んだ人とのことなのだから、別段それを恥ずかしがることはないのだ。
そう考えて自分なりに同衾の意思を伝えてみたはいいが、まさかドレスのままでなどと言われるとは
思ってもみなかった。
フィニアにとってのドレスとは、己を美しく着飾る為の衣装であると共に、多くの人々からの視線を
受ける際に用いる、必需品でもあったのだ。
それゆえ、一度身に着けてしまうと必要以上に人からの視線を気にしてしまう。
特に、サズからの視線は異様なまでに気になってしまう。
彼に嬉しそうにされたり、褒められたりしまうと、それだけで気持ちが大きく昂ぶるのだ。
そんな状態でことに及ぶと思うと、顔から火が出そうなほどに恥ずかしいが、自分で言い出しておいて
行為を中断するなどという身勝手なことも、彼女にはできず、フィニアはこの流れに身を任せていた。
脚の付け根の部分を、指先が行ったり来たりする度に、その湿り気が増してゆくのがわかる。
緊張と羞恥の心から汗は多分に掻いていたが、それだけが理由でないことは、フィニアにも十分に
理解できていた。
「んっ」
ショーツの下側の方からくすぐるような刺激を与えられ、その感触に思わず声を洩らしてしまう。
指先に押された布地が、濡れたものに変わってゆくのがはっきりと感じられた。
いっそ乱暴に剥ぎ取って欲しいくらいだが、今日のサズは妙に落ち着いており、そんな気配もない。
「失礼をば」
「えっ……?」
そのサズが、断りの台詞と共にドレスの裾に空いていた方の手を掛けてきた。
それがゆるゆるとたくし上げられる。むき出しになった肌の周囲から、篭っていた熱気が抜けてゆき、
代わりにひんやりとした空気が舞い込んでくる。
それとは反対に、フィニアの頭の方はぼうっとなってしまう。
サズの視線が、自分の下半身へと向けられていたからだ。
「あ、ぅ……」
またも、声が洩れる。
サズがあまりに静かにことを運ぶので、フィニアにはそれが異常に恥ずかしく感じられた。
視線は、穏やかにも見えたし、冷ややかなようにも感じられた。
ただ、繰り返される愛撫はとても丁寧だ。
一旦は熱を失ったように感じられたそこも、すぐに火を灯されたようになってゆき、そうされることで
逆に頭の方からは熱が引いていく気がして、彼女はそれで幾分かの冷静さを取り戻すことができた。
「濡れてきてしまったので、お脱がします」
「うん……あっ、はい」
調子を狂わされて、フィニアは思わず幼い口調で返事を告げてしまっていた。
普段とはあまりに違うサズのそれが、先刻の自分と同じように、悪乗りからきているものだというのは
頭では理解できた。
理解はしていたのだが、実際にこうして壊れ物を扱うように接されるとどうにも落ち着かない。
落ち着かないのだが、何故だかやめて欲しいとも思えない。
むしろ、続けて欲しいと気持ちは多分にある。
脱がされる。
そうして貰えればきっと少しは楽になれるだろう。
そんな風にフィニアは考えていた。
(思ったよりも楽しいな、これ)
内心の喜びようはおくびにも出さずに、サズはその行為にのめり込んでいた。
ドレス姿の少女を愛撫する手の動きは、自らの興奮を高めることよりも、相手の身体を労わるような
気持ちを優先して行っていたので、奉仕にも似た代物になっていたが、それはそれで彼は満足であった。
彼女に無理をさせていたのに、違いはないのだ。
なので、一緒になりたいという気持ちは嬉しかったが、負担を掛けるようなことは避けたかった。
まずは優美な姿を目で楽しもうと灯りの元に立たせてはみた。
だが、ずっとそうさせているのも、それはそれで辛いだろう。
そう考え、サズは指先を細やかな刺繍の施されたショーツの両端に持ってゆくと、乱暴にならぬように
気遣いながら、それをするりと引き下ろした。
「え――」
僅かに、フィニアの身体が震えた。声には当惑の響きがある。
一瞬、なにが起こったのかわからなかったようだ。
衣擦れの音を立ててそれが自らの足元に達したことで、彼女はようやくサズが脱がすといったことの
意味と、その行動を理解した。
同時に、サズも彼女の誤解を見抜いた。
「姫、お静かに」
「――っ、はっ、はい」
しぃ、とわざとらしく息漏れの音を鳴らし、口元には指を傍立てて、サズは彼女の機先を制した。
脱がされるのはドレスの方からだと、フィニアは思い込んでいたのだ。
「寝台の方へとお連れしますので、私に身体をお預けください」
「わ、わかりました」
「気持ちを、楽に。いまの私は貴女様の従僕にも等しき身に御座います」
言われるままに全身から力を抜いたフィニアを、サズは両腕で支える。
「あ、わっ、さ、サズっ!?」
「御容赦を」
フィニアが慌てる。膝の後ろを腕で押し出すようにして彼女の体勢を崩したサズが、流れるような
動作で以て、そのまま残る片方の腕を倒れてきた背中へと回し、抱き抱えた。
そしてそのまま、その場で立ち上がる。
俗に言うところの、お姫様抱っこの体勢だ。
フィニアは声も出せずに、顔を真っ赤にして俯かせている。
流石にやりすぎだったかと、サズも思わず苦笑を覗かせるが、身を硬くして腕の中で小さくなって
しまった彼女を見ている内に、そんな反省の心も消え去ってしまった。
宣言通りに、サズは腕の中のお姫様を寝台の上へと運び、そこに横たえた。
そして細い足首を拘束するように残ってされていた小さな布切れを片手で抜き取ると、上体を起こして
やり、金色の髪房の合間に覗く白いうなじへと頬を寄せた。
「どこに、御所望でしょうか」
ぴくりと肩を跳ね上げて、それに抗しようとするように瞳を閉じたフィニアへと、サズが問いかけた。
敢えて、多少の意地の悪さも覗かせている。
彼女の恥らう様は、如何にも可愛らしくサズの悪戯心をくすぐったが、真剣にやり過ぎて度を越した
緊張を与えるのも、本位ではなかったからだ。
茶目っ気を出して騎士らしくなどとは言ってみたものの、どうせぼろは出るのだ、との思いも当然ある。
「……きに」
「ん?」
蚊の鳴くような囁きを耳にして、サズの素が出た。
「んんっ――なんでしょうか。もう一度、お聞かせください」
咳払いをし、早速のぼろを一応は取り繕って再び問いかける。
暫しの間、動きを止めていたフィニアの唇が、今度ははっきりと動くのが見えた。
「好きに……貴方の好きなように、愛してください」
生唾を堪えるために、サズは呼吸を止める必要があった。
生理現象を無理矢理に抑え込んだので、挙動も不審になるところであったが、それもまた強引に抑えた。
吐息がかかるほどに近い彼女の瞳は、肉欲に色ではなく、情愛のそれに潤みきっている。
綺麗だと思った。愛おしいとも思った。抱きたいと、強く思った。
彼女の容姿や気恥ずかしげに揺れる眉目がそう思わせたのではない。
単純に目と声で殺された。他のことを考える思考を、だ。
だのに、彼が喉鳴りを堪え動揺を露にせずに済んだのには明確な理由があった。
「フィニア」
「ん……あ、んぅ」
呼びかけ、すべらせるように唇を合わせると、翳りのない青色の瞳が一層と輝きを増したようにも
見える。
(こいつ、こういうのが好きなのか……)
それがサズの出した結論であり、理由であった。
雰囲気とか、ムードとかいった、そういったものだ。
それが彼女をここまで穏やかに溶かしていったのだと、サズは確信していた。
(雑だもんなあ、俺)
夢中になって拙い接吻を返してくるフィニアの肩を、できる限りやさしく抱き寄せて、サズはそんな
ことを考えていた。
自分に気遣いが足りているとか、足りていないとか、そういった次元の問題ではない。
好き嫌いの問題ですら、ないのかもしれない。
恐らくは、もっと根本的な、生まれや育ちの差なのだ。環境の差と言っても、良い。
自分では普通のつもりで口にしていた言葉やとっていた行動も、フィニアにしてみれば怖かったり、
馴染みもなく、受け入れ難かったりもしたであろう。
思い返してみれば、そういう節は度々あったりしたものだ。
(宮廷作法は無理でも、もう少しくらいはお行儀良くしてみるか)
それは中々に、面倒なことだとは思う。
だが、彼女がそういった生まれや育ちへの抵抗を跳ね除けて、自分のことを好きになってくれたのだと
したら、それくらいの努力は当然すべきことだと、サズには思えた。
気が付けば再び、青い瞳が彼を見つめてきていた。
「ん……あ、わり――じゃなくて、悪かった。少し、考え事をしていた」
「最近、多いですね」
フィニアが、拗ねたようにその目蓋を落とす。
「お前のことを考えていたからな」
「口が巧いですね……あっ」
「巧くもなるさ。色々と、教えられてばかりだからな」
「それは私の台詞なのではないのでしょうか」
つ、と指先をサズの口元に押し当てて、フィニアが身体を寄せてきた。
サズもそれに応じて指を伸ばし、花に例えたその肢体と純白の衣装との間を割り開いてゆく。
吐息を一つ洩らして、フィニアはそれを受け入れた。
行為自体は、若さに満ちており、荒々しかった。
キスでは互いの唾を求め、それを自らのものと織り交ぜて与え返し、フィニアの胸を愛撫するのにも
サズは遠慮らしい遠慮もみせずに、思うさまにそれをもみ上げ、硬く起立した薄桃色の頂きに唇を寄せ、
口吸いの跡が残るほどに何遍もそれを繰り返して少女の身体を震わせた。
一旦は崩れ落ちるようにして寝台に身を伏せたフィニアの頬に、サズは猛りきった己の怒張を宛がい、
彼女もそれに応えて、舌と口での奉仕を進んで行い、彼の男の部分を悦びに包んでくれた。
「フィニアは、口でするのも上手だな。なんでも、覚えがいい」
「複雑ですね……ん、ぅん……そういうことばかり、熱心に褒められている気もしますが」
ちろちろと裏筋に刺激を与えながら器用に受け答えを返して、フィニアはサズの掻いた胡坐の上へと
身体を預けてくる。
激しい情交に、息は上がってしまっている。
だが、サズのしたいようにさせ、自らも望むようにすることで、深く満たされるものがあった。
不思議な感覚であった。
これまでのように、自らの行為に没頭したり、サズの手によって我を忘れさせられたりするのとも
また違う、温もりに満ちたやわらかな悦び。
「男女の交わりにも、色々とあるのですね」
「どうした、いきなり」
「いえ。激しいと思えば、熱かったり。恥ずかしいと思えば、暖かかったり。……あと、痛いのも」
最後の一つには困ったような顔をしてみせて、フィニアは熱く脈打つ肉茎に指を絡めていった。
「フィニアは、どれが一番好きだ?」
「どれも。痛いのは、少し怖いですが、貴方が与えてくれるものなら、どれにも良さを感じられます」
「懐が深いな」
「嫉妬深くもありますけどね。まだ、ルクルアのことを気にしています……んっ」
感心したように目を伏せて息を吐くサズの呼吸に併せてフィニアが指を離し、喉の奥深くまでそれを
飲み込んだ。
「っくぅ、ちょ、あんま無理、するなよっ」
「んぅ、んむ……ん゛っ、ん、あっ……かはっ」
「やり過ぎだ。馬鹿」
案の定、咽せて顔を離したフィニアの背中をさすりつつ、サズは嗜めの言葉を口にした。
「けほっ……馬鹿は、ないですよ。折角やさしくしてくださっていたのに」
「時と場合によるな。だから、いつもは可愛いお前が、ルクルアのことになるとむくれてるのも、あり
なんじゃないかって思う」
「もう、いまはあの子の話はしないでくださいっ」
「フィニアの方からしたんだろ。相変わらず、複雑だな」
「……そうでした」
フィニアが手を口元に当てて、ころんと横に転がる。
あどけのない表情ではあったが、その裸体は灯りに朱く照らされており、反面、艶かしくも見えた。
その身体を、サズが両腕で後ろから抱えて引き寄せる。
「んっ……されますか?」
「好きなように、な。流石に、ここからはなにをどうすれば騎士らしいのかなんて、わかんねえし」
「サズも、馬鹿ですね。そんなの、私だって知らないのですよ」
ですから、黙っていればわからないのです、と得意げに続けてから、フィニアは小さく笑ってみせた。
ちゅくちゅくと、微かな水音が立てられている。
後ろから抱えられたままの体勢で、フィニアは両脚を左右に割り開かれていた。
空いている股間の茂みの真下では、当然の如くサズの指先が踊っている。
「後ろからだと……キス、しにくいのは残念です」
脇の下から腕を回され、背中には熱い滾りを直に感じながら、フィニアはそんなことを口にした。
しにくいと言うだけで、実際にはもう何度もしている辺りが彼女らしいと言えば、彼女らしい。
「俺は、フィニアを抱きしめていられるから好きだけどな」
「あっ、んぅ……わ、私もそこは、す、ひっ、あ、ああ――も、もうっ、お喋りをされるのか、そちらを
されるのか、どちらか、ぁ、あぅ、ふぁっ!?」
「可愛いから、そのまま喋ってろよ。楽器鳴らしてるみたいだ」
演奏の技巧など持ち合わせてもいないのに、サズは少女の潤い始めた花弁と、すっかりと硬くなって
しまった乳首の片方を、楽器の弦をかき鳴らすようにして弄んだ。
まだ未成熟な点は多く見受けられたが、ここ何日か続いていた交わりの中で、彼女の性感は敏感なもの
へと変化を遂げ始めていた。
少女の可憐さを象徴するような、ふわりとした金色の髪が二人の汗に濡れて、しっとりとした手触りと
心地良い重みを持つ頃には、既に身体の方は出来上がってしまうようになっている。
サズの剛直しきった男性器を受け入れるには、まだすんなりとはいかず、幾分かの抵抗はあったが、
それでも要らぬ痛みを与えることまではなくなってきていた。
「なあ。ちょっと、新しいことしてみてもいいか?」
「あ、あたら――ひっ、ぃ、んっ、は、はいっ、して、してください、っ」
気に入ってしまったその「演奏」に、アクセントを加えてみたくなり、サズは少女のお気に入りの
部位を次々に責め立てて、了承の言葉を引き出した。
そうしてから、一旦は指先での刺激を緩いものに変え、フィニアの息が整うのを待つ。
「で、でも、なんでしょうか。あたらしいこと、とは……」
口にしてから、言葉の意味を把握したらしい。
フィニアは肩越しに振り返り、サズの意図を探るように彼の瞳を覗き込んできた。
彼女の胸は大きく上下し、頬は薄紅色に輝いている。吐息は熱い。それが肩にかかって、サズは思わず
身震いをしてしまいそうになった。
「本で読んでると思うけどな。刺激が強すぎると思って、いままで控えていたことだ」
「つ、強すぎるのですか」
フィニアが少しだけ怯えたような表情を見せるが、その瞳の奥には好奇の色が見え隠れしていたのを
サズは見逃さなかった。
「加減はしてみるから、きつすぎたら言えよ」
「は、はい。……あまり痛いのは、やですよ。少しくらいなら、良いですが」
受け答えを返しながらも、フィニアは本で得ていた知識を思い返そうとしている風であった。
こういうところも、凄く可愛いとサズは思う。
「あ、ふっ……ん、ぁう、ぅあ――あ、あの、これのことでしょうか?」
「いや、違う。丁度見やすいだろうから、良く、見とけ」
再開された秘裂へと愛撫にフィニアが首を傾げるが、サズはそこから溢れ出た半透明になった愛液を
己の指先にたっぷりと塗りつけて、目的の部位へとそれを丹念にまぶしていった。
「――あっ!?」
その淫靡な光景に真剣な眼差しを向けていたフィニアが、突如大きな声をあげた。
指先に濡らされたのは、秘裂の一番上の薄い皮に包まれた部分だ。
「これだけでも、痛かったりするか?」
「い、いえ。そうではなくて……その、そ、そこをされるのですね」
いまから自分がどのようなことをされるのかが、彼女にはわかってしまったのだ。
そしてその先端が盛り上がりを見せてしまっているのも、はっきりと見えた。
「本には、どんな風に書いてあったんだ? 教えてくれ」
「あ、はい。名称は確か、陰核――クリトリスと。女性器の中でも、特に性的なこうふ、あっ、んっ、あ、
さ、サズっ、まだせつめ……ひっ!」
「大丈夫だ。すげぇ良くわかる。ほら、剥くかんな。そのクリトリスが出てくるとこ、ちゃんと見てろよ」
「あ、ああ゛っ、剥いちゃ、むいちゃだめで――ぅあ゛っ!?」
徐々に強まっていく淫らな感触に髪を振り乱し、身を捩じらせる少女の身体を、サズは後ろからきつく
抱きすくめて、二本の指で包皮の両側を押さえつけると、それを引き上げるようにして動かした。
ずっ、と薄い包皮が剥き上げられる。
先端だけを覗かせていたそれが、若干の痛みを伴って、つるんとした小豆のような全容を露にした。
「結構、大きいな。中に沢山隠していたわけか」
「ぅあぁ……やぁ、なんで、こんなに大きく……」
剥き出しにされたそれは、赤みを帯びた真珠のようにも見える。
「綺麗にしてるな。さわったりしたこと、あったか?」
「お、お手入れだけは……」
見たこともないような大きさにまで膨れ上がった自身の陰核に、フィニアは明らかな戸惑いを見せて
その事実から逃れるようにして目を離した。
「ふれたら、多分もっと大きくなるけどな。でも、いまフィニアの背中に当たっているこれが大きく
なるのと似たようなもんだから、俺としては嬉しいくらいだぞ」
「そ、そのようなものなのでしょうか」
「詳しくは知らないけど、きっとそういうもんだ。フィニアが大きくしてくれた、お返しだな」
「……そう考えれば、確かに、嬉しいかもですね」
フィニアもサズのものを指と舌を使って大きくするのは、好きだった。
特に、一旦は子種を放ち終えて小さくなったものが、自分の口の中で段々と元気になってゆくのには、
なんとも言えない嬉しさと、満足感を覚えることができる。
それと同じだと思えば、自身の身に起こった変化も素直に受け入れることができそうであった。
「……では、もっと大きくしてください。サズのように可愛い声を出してしまっても、笑っちゃ嫌ですよ」
「そんなに情けのない声出しているかな、俺」
「情けがないのではなくて、可愛い、ぃ、あっ、あぅっ、あぁ!」
「お前が言うかな。そんな声で鳴くくせに」
生意気な口を封じるのと、甘美なさえずりを聴くのとを両方合わせて達成する為に、サズは中指の腹を
包皮の上に押し当てて、前後に緩急を付けて大きくスライドさせた。
それで、フィニアの剥き出しにされていた陰核が見る間に充血し始める。
今度こそ、サズは堪らずに湧き出た生唾を飲み込み、指先を肉芽の上へとすべらせていった。
「――あっ!?」
一瞬、掠めていった。たったそれだけのことで、フィニアの大腿部はびくびくと痙攣を起こした。
いままでも、サズのものを受け入れているときに、彼の身体が包皮の上を軽くこすれていってしまい、
むず痒いような不思議な感覚を覚えることはあった。
だが、たったいま与えられたその刺激は、そういった間接的なものとは次元が違う。
鋭く彼女の理性を突き崩す、針の一刺しにも似た、小さな痛みを伴う強烈過ぎるほどの快感。
その毒に冒されてしまったのか、彼女は身体を預けているのにも関わらず、支えを失ったかのように
膝をがくがくと震わせていた。
そこに、再び指先がふれてきた。
「あ、う゛ぁ、あ、ああっ、さ、さずっ」
「ん。気持ち良さそうだな。濡れ方も凄い」
サズの言う通りに、フィニアの割れ目の奥からはとろりとした粘り気のある液体が溢れ出てきていた。
それをサズは指先ですくって、陰核に直接塗りつけてゆく。
その愛撫自体は、やさしいものだ。殆ど、撫でているだけと言っても良い。
だが、クリトリスへの刺激に慣れていないフィニアには、それだけでも十二分に苛烈な責めとなる。
「一旦、いかせるぞ? きつかったら、倒れこんでこい」
「は、ぁ、いっ、あ、あぁっ、んっ、あ゛っ!」
既に彼女の身体はサズの方へと向けて浅く倒れこみ、彼はその側面に自分の身体を回してそれを受け
入れていた。
すくい取れ切れなかった愛液が恥丘を伝って垂れ落ち、シーツに大きな染みをつくる。
フィニアの顔には、恍惚の表情と大きすぎる快感への怯えの色が混ざり合って顕れており、それが
サズの劣情を煽り焚き付けて、指先の動きを逸らせた。
「あ、ひっ、ぅあっ、あ、ああ、さ、さず、さずっ」
混濁してゆく意識に必死で抗って、フィニアは縋るように腕を伸ばした。
その掌へと、サズは顔を寄せて彼女のしたいままにさせた。
「大丈夫だ。ここにいる」
「あ――」
その一言で、虚ろを見ているようであったフィニアの瞳が穏やかに輝いたかと思うと、次の瞬間には
肩を大きく震わせ、唇を戦慄かせて天を仰ぎ見ていた。
サズの腕の中でフィニアはくたりとして力を失い、浅い呼吸を何度も繰り返している。
「……すごかったです。すごすぎて、おかしくなるかと思いました」
絶頂の余韻に身を浸らせるよりも、ぶるぶると雨に打たれた子猫のように身体を震わせて、フィニアは
自分を抱き止めてくれていた男へと語りかけていた。
「ああ、いい乱れっぷりだった」
「もうっ! そうさせたのは、サズではないですかっ」
「なら、訂正だ。乱れ咲く花のようでしたよ、お姫様」
「どちらも、あまりかわりませんっ」
力の入らぬ小さな握り拳を厚い胸板に叩き付けて、フィニアがむくれた顔になってみせる。
「褒めたつもりなんだけどな、って、うっく、あっ」
なんら痛手を与えられぬ抗議の動きを無視していたサズの下半身に、温かなぬめりが襲い掛かってきた。
見れば、いつの間にかフィニアがうつ伏せになって、彼のそそり立つ肉茎に唇を寄せている。
「フィニア、本当に無理にしなくていいぞ」
「お返しのお返しですよ。私ばかり、悪いですし。それに、いますぐ貴方のを受け入れてしまうと……
少し、どうにかなってしまいそうで」
半ば制止に近い響きを持ったサズの言葉を振り切り、フィニアは恥ずかしそうに顔を俯かせて言った。
(それはそれで、見てみたかったけどな)
「噛みますよ」
「うっ!? あ、あれ、いま俺、声に出して言ってたか?」
「さあ、どうでしょう」
思考の間隙を縫って突き立てられた警告のメッセージに、サズがうろたえた声を上げるが、その台詞を
口にした当人は、涼しい顔をして指先での奉仕に専念していた。
竿の部分までも唾液でたっぷりと濡れた肉茎全体を、小さな舌先が無軌道に舐め上げて回り、白く細い
指先がサズの鼓動に合わせたように、リズミカルに上下する。
ちゅぱちゅぱと音立ててそれを行うのも、お返しの一部であり、自らを高める為のエッセンスであると
いうことも、フィニアは理解していた。
「私も、あたらしいことを試してみてもよいでしょうか」
手の中に収まりきらぬその剛直が、段々と体積を増してきたのを感じ取って、フィニアは顔を上げた。
問いかけというよりは、それはむしろ宣告だ。
お返しを含む、仕返し。今度は自分に好きにさせろと、好奇心に満ちた瞳が雄弁に語っていた。
「ん……本当に、無理はしないでいいからな」
形の上では、不承不承といった感じでサズは頷く。
「先ほどので、感覚自体は掴めましたので」
なにをと、聞く必要はなかった。
既に彼女はサズの怒張の先端に軽く口付けをし、その根元から少し上の位置に指を絡めている。
「――くぅっ」
フィニアの頭部が大きく動いて、最初の刺激がきた。亀頭をやわらかく押し包んでくる感覚に続き、
温かでねっとりとした生々しい感触がやってくる。
ここから舌先を使って亀頭の裏筋や鈴口、そして雁首を吸い上げるのが、これまでの流れであった。
「ん、ん゛っ、ん゛んっ」
フィニアがくぐもった声を立てて、そこから更に先へと進んだ。
「うぁ……」
サズが堪えきれずに、吐息と共に声を洩らす。
いまやサズの肉茎は、その殆どを少女の口内に埋没させていた。
フィニアの唇は、丁度自身が肉茎へと絡めていた指の部分にまで達している。
逆に言えば、そこで止めているのだ。
「ん゛、ん……んむぅ、んぁっ」
彼女の喉が大きく動いて、その唇がゆっくりと、指先の描いた輪から遠ざかってゆく。
ぞわりとした、悪寒にも似た深い快感が、サズの股間から首筋にかけて這い回っていった。
ずるりと魂を引き抜かれるような感覚に肉茎が支配されるが、それを押し留めるように、フィニアの
舌先が亀頭をちろりと舐め上げて、再び全てを押し包んだ。
亀頭も、裏筋も、雁首も、竿さえも。一切の隙間もないように、フィニアの喉が肉茎全体に吸い付き、
音も立てずに、唯唯ゆっくりと行き交ってゆく。
室内に響くのは、フィニアのくぐもった喉鳴りの音と、時折洩れるサズの大きな吐息のみ。
「フィニア……っ」
只管にその動きを繰り返す少女の髪房を手に、サズは苦悩するように顔を歪め、声を洩らした。
飲み込まれてゆく先には明らかな抵抗感があり、そこで一際大きな快感が生み出されている。
喉の奥側に、肉茎が突き当たっているという証明だ。
くぐもり続けている声は、なにも呼吸の苦しさだけからくるものではなく、異物感からくるえずきを
堪えての結果であることは想像に難くなかった。
そしてフィニアの望んでいることにも、薄々は気が付いていた。
それは、彼がこのまま果てることだ。彼女の口内で果て、白い欲望をその喉の奥へと注ぎ込むこと。
ぞわりとした感覚が、勢いを増した。
自分の為に、嘔吐感を堪えて懸命に奉仕を重ねた愛しい人を、一方的に汚す。
背徳的とすら思えるその情景を心の中で思い描いてしまい、サズは息を荒げた。
「サズ」
その彼を心配するように、フィニアが呼びかけてきた。
上目遣いになった彼女の顔に浮かぶ微笑みが、無理をして形作ったものだということは、サズには
すぐにわかった。
「お出しになってくださいね。それで、おあいこですので」
(そんなわけがあるか)
その心の内はまたも読まれていた筈であったが、フィニアはそれ以上なにも言わず喉の奥を使っての
奉仕を再開する。
「く――っ」
じゅぼ、ぐぼ、という音を加えて与えられる律動にサズはもう逆らうことができなかった。
ぎゅるぎゅるとしたうねりが押し寄せてくる。
行き交う少女の温かな喉がもたらす打ち寄せる波の如き快感と合わさり、それは大きく荒れ狂う。
思考が真っ白になってゆき、サズは無意識うちに少女の頭部を抱え込むようにして身体を丸めていた。
フィニアの動きが、一段と早まる。
「ぐっ……フィニアっ、フィニアっ!」
弾ける。
堰を切って流れ出た熱い白濁を、サズは一切の遠慮を捨て去り、自身の意思で以て迸らせた。
「んう゛っ!? ――っ! ――――ん゛っ!!」
最後の瞬間に、ぐぼりと喉の奥にまで剛直を突き込まれ、挙句そこに大量の精を注ぎ込まれ。
フィニアはじっと身を硬くし息も殺して、その全てを受け止めた。
だが、それで終わりではない。喉の気道にまで達して絡みつき、舌の上に大量に留まっている液体を
飲み干そうと、フィニアは必死になって舌を動かした。
しかし巧くいかない。えづきが酷く、サズが達する前から禄に呼吸をすることも叶わなかった彼女には、
それを飲み干すだけの余力が残されていなかった。
それでも懸命に堪えたが、限界はくる。
(いやだ、こぼしたくない)
強い力が、そこに割り込んできた。
顔を上げさせられ、目尻から涙がこぼれ落ちた。口元を覆いっていた掌が強引に剥ぎ取られる。
なにが起きたのかわからない内に、フィニアは唇を奪われていた。
「あっ」
「いいから。窒息死する気か、お前は」
「――んっ、んぅ、む」
半分だけ。そう決めて、フィニアはお返しを達成した。
「だ、大丈夫ですか、サズ」
うつ伏せになり動きを止めたサズの背中を、ふたつの掌が懸命にさすり上げていた。
「……原液は、やばいな」
二度目だから大丈夫。そんな甘い考えを粉々に打ち砕かれ、彼はやっとの思いでそれだけを口にした。
「ごめんなさい、全部飲めなくて」
「いや、これは普通に飲めないだろ。まだ口ん中っていうか、喉の奥がいがいがしてるぞ」
申し訳なさそうにうなだれるフィニアに、サズが咳払いをしつつも笑みをみせる。
「少し、非常識な真似をしてしまったのかもですね」
正しく苦笑いになってしまったそれに、フィニアもつられて笑みを浮かべるが、こちらは達成感から
くるものか、満足気な様子ですらあった。
そんな彼女を、サズは両手で引き寄せて頬寄せする。
「嬉しかったから問題なしだ。最後なんて、気持ち良過ぎてこっちから動いちまったくらいだったし」
「えへへ……私も、嬉しいです。またサズの可愛らしいお声を聞くこともできましたし」
「……姫にお喜び頂けたようで、光栄です。ってか」
すりすりと頬を寄せ合いながら、そんなやり取りを二人は繰り返す。
そうして一頻りじゃれあって、どちらからともなくキスを交わし出した。
「んっ……味が、しますね」
「不思議と……ん、お前の方のは変な味に感じないんだよなあ。飲むと、やばいんだけど」
「変だとは思いませんが、少しだけ――あっ」
サズの上に折り重なるようにして唇を求めていたフィニアが、腰の辺りに熱さを感じ、ぴくんと跳ねて
その身体を小さく浮かした。
「――また、元気になっておられますね」
片腕をその熱さの源へとそっと滑らせてゆき、指先で育んでやると、それはたちまちの内に硬度を増し、
再びその存在を主張し始める。
サズが困り顔になって、髪をぽりぽりと掻き毟った。
「激しくされないのでしたら、まだ平気ですよ」
「つっても、つい無茶しちまうしな……」
節操のない息子から目を逸らして、サズは宙空を見上げた。
彼女の気持ちは嬉しかったが、流石にこれ以上の無理は避けたい。
だが、まだ身体の方の治まりがついていないのも確かであった。
「では、繋がったままでいましょう」
思案に暮れるというよりは、どっちつかずになっていたサズの耳に、そんな言葉が飛び込んできた。
「ぅふ、う……あっ」
つぷり、と濡れた花弁の芯を捉えて、逞しさを取り戻した肉茎が緩やかな浸入を開始する。
朱い光に照らされた身体の輪郭は判然としておらず、その陰影に浮かび上がる裸身は幻想的な美しさを
造りだしていた。
その光景を、目を細めて眺めていたサズが、腕を差し伸べて彼女の肩からすべり落ちていた数条の髪を
すくい取り、指先に絡ませて弄んだ。
「髪……お好きなのですね」
倒れ掛かるようにして身体の重みを預けてきたフィニアが、吐息に合わせて呟いてきた。
「そうかな」
「長すぎるので、そろそろと思っていたのですが。伸ばしておくことにします」
寝台の上から長く伸びた影が朧に揺らめいて、サズの滾りをしめやかに受け止めた。
「その方が、嬉しい気もする。そうか、フィニアの髪が好きなんだな、俺」
その言葉に答えるように、影が揺らめきを大きくした。
まばらに落ちていた髪が、ぱらぱらと流れ落ちてきて、二条の大きな金色の帯となる。
「繋がったままにするんじゃなかったのか?」
「髪ばかり、んっ、気に……さ、されているので……ぁ、んぅっ!」
「全部気になる。縦より、前後に動いてみろよ。さっきの気持ちよかったとこ、意識してみてさ」
「は、はいっ――あっ!? あ、ふ、ぅあっ、んぁっ」
「んっ……随分と、積極的だな。滅茶苦茶締め付けてきて、エロくて、綺麗だ」
闇の中を、やわらかな肢体が弾むように揺れる。
その動きに合わせてなめらかにたわむ双丘の上には、珠のような汗が噴き上がってきており、それに
誘われて、サズは己の唇を舌先で軽く濡らした。
「あ、やぁっ、ひ、ぅ――へんに、へんになりそですよぉ」
自慰に臨むように、充血した陰核をサズへと下腹に擦り付けていたフィニアが、起立しきっていた
乳首を強く吸われて、甲高い嬌声を上げた。
「もう、なってるだろ。お前の中、どろどろでおかしいぐらいに気持ちが良い」
サズが片方の手で、空いていた乳房をぐにぐにと揉み上げ、もう片方の手はぷるぷると揺れる少女の
可愛らしい尻たぶを押さえつける。
「あぅ、あ、ああっ、あ――い゛う゛っ!? あ゛っ、あはっ、あ゛っ!」
唇に含まれた胸の突起を甘噛みされて、フィニアがびくりと身体を震わせた。
仰け反る。肥大した厭らしい肉の芽が、サズの陰毛の上をざりざりとすべり、押し潰された。
「あ、ぐっ!? つ、ぅあっ、やっ、やべぇ……」
ねっとりと絡みついてきていたフィニアの膣壁が急激に締り、襞という襞がうねるようにざわめいて、
サズの肉茎全体に吸い付いてきた。
いったばかりで、軽く麻痺したような状態に陥っていたにも関わらず、またも強烈な射精感がサズの
肉茎に押し寄せてきた。
「フィ、フィニアっ! ちょっと、じっとしてろっ!」
焦る。流石にこんなに早く果ててしまっては、男としての面目が立たない。
そう思い、慌てたサズは少女の肩をきつく掴んで、がくがくと身体を震わせる動きを押さえ込んだ。
フィニアの身体は、既に二度目の絶頂に達していた。
サズに陰核を責め上げられて一度達した後に、すぐに受け入れてはおかしくなりそうと口にしていたが、
彼の肉茎への奉仕を行っている間も、それは身体の奥底で疼いて止まらなかった。
繋がったままでと口にしたのも、考えてのことではない。
単純に、抑えが効かなくなっていたのだ。
「ああっ、あ、あつっ、あ゛っ、ひぅ゛っ――さず、さ、ぁっ、ん゛っ!」
途絶えることのない絶頂の波から逃れようとした瞬間、フィニアの肩が強引に押さえ込まれた。
それはサズが彼女の動きを押し留める為に取った行動であったが、忘我自失の最中にあったフィニアに
その意図は伝わらず、力強く肩を抱く感触だけが伝わった。
求められている。
そう感じて、フィニアは歓喜に心と身体の両方を打ち震わせた。
流れ込む熱い精の迸りが、彼女にははっきりと視えていた。
お腹の中心に、真っ赤な彼の絶頂がじわじわと広がってゆく。
それにフィニアは例えようのない悦びを感じ、恍惚にその身を浸し、熱い吐息を洩らす。
「――サズ、貴方のが……すごい、びゅくびゅくって。あっ、いまはちょろちょろ、滲んで止まって……
ふふ、可愛い。本当に、可愛いですよ……」
うっとりとした面持ちで、つぶさに観察した膣内射精の過程を告げる。
サズは荒くなった鼓動を鎮めながら、浅い呼吸を繰り返しているだけだ。
「フィニア。そういうのは、できれば視ないでくれ。正直に言って、恥ずかしい」
ようやく息を整えたサズが、複雑な表情を浮かべながら溜息を吐く。
霊視によって、自身の放精の様を視られていたということを、彼は理解してしまったのだ。
「あんまり便利でもないと思っていたのですが、癖になりそうですよ。だって、ものすごく一生懸命に
遡って来るんですもの」
フィニアは悪びれた様子もみせずにそう答えて、サズの身体の上へと崩れ伏してきた。
「初めて、自分の体質に感謝してしまいました」
髪を指先で梳かれながら、フィニアがそっとつぶやく。
「……偶になら、いいぞ。別に減るもんでもないしな」
蕭然たる響きを打ち消すように、サズは声を発した。
フィニアが、安心しきったように頬をサズの胸元へとすり寄せてきた。
口調は荒くとも思いやりに満ちた彼の言葉が、すぐに安らぎをもたらしてきてくれた。
微かな寝息を耳に、確かな温かさを腕に感じながら、サズは穏やかな寝顔を見せるフィニアの傍らから
そっと身を離した。
厚手のキルトが寝台の端から手繰り寄せられ、少女の裸体を覆い隠す。
サズが音もなく、絨毯敷きの床の上へと降り立った。
指先が優美な曲線を描いて、印を刻む。
「――静寂よ」
灯り油の切れかけた弱弱しい光を放つランプのものより、さらに朧気な燐光がその手に灯され、消えた。
「音封じの結界だ。安心して出て来い」
ぎぃ、と床鳴りの音がその呼びかけに応えた。
サズが部屋の入り口にある扉の方へと向き直る。手には既に剣が抜き放たれていた。
木枠の軋む音を響かせて、扉がゆっくりと開け放たれる。奥の闇に紛れて、人影が一つ。
一人の男が、其処にいた。
「ご丁寧に、寝付いてからのご登場か。舐められたもんだな」
「王女となられる方に、敬意を払わせて頂いただけのことだ。貴公に対しての、他意はない」
(なられる、だと?)
冷たい夜の気そのものを思わせる男の言葉に、サズは眉根をきつく寄せた。
不審と警戒の念を叩き付けるように眼光を飛ばして、薄闇に佇む男の姿を確認する。
銀。それがその男の印象であった。
肩口まで伸ばした髪も、身に纏った衣服も、共に銀色の硬質な輝きを秘めていた。
腰には一振りの短剣を帯びており、上着の胸の部分には剣を模した印章が施されている。
「どいつもこいつも、出歯亀が大好きだな」
「――今日は、顔見せをするつもりでもなかったのだが」
「勿体ぶるなよ。あんたらの最近の手抜きっぷりには飽き飽きしていたんだ」
斬る。その意思を露に、サズは剣を水平に構えて上体を低く沈める。
懸念していた通りに腹部にはまだ重い感触が残っていたが、そのお陰で切り替えは容易くできた。
男が首を横に振るのが見えた。武器に手をかける素振りすらない。
「遠慮させて貰おう。事を荒立てては、色々と手間を割かなければなくなる。それは貴公にとっても
本位ではなかろう」
「はっきりと言えよ。人質を取っているってな」
「頭の方は、悪くないようだ」
「……人に言われるとむかつくな、その台詞」
飽くまでも敵意を現そうとせぬ闖入者に、サズが口をへの字に曲げて切っ先を落とした。
「で……なんの用件だ。フィニアを引き渡せってのなら、やり合わせて貰うぜ」
「なにも。貴公の言うように、品のない真似を仕出かしてみたくなっただけだ。これで、退散させて頂く」
薄闇に紛れてはっきりとは見えぬその貌が、その闇に溶けるように掻き消えていった。
気配が、少しずつ遠ざかる。それに倣うように、遠巻きにしていた幾人かの気配も消えた。
それを無言で見送ったサズの顔に、悔恨の表情が浮かぶ。
(これ以上、ここに厄介にはなれねえか)
いや、これ以上ではなく、最初からそうだったのだ。
オーズロンまで巻き込んで、なにかをやらかすような相手に、純粋な人の好意を受け入れる余地などは
一切許されていないということから、目を背けていただけだということに、サズは気付かされた。
彼は表情を変えずに、指を鳴らし魔術を速やかに解除した。
また、逃げ続けるか。それとも――
一瞬の思考の後、サズはあることに気付き、視線を走らせた。
「扉くらい、閉めていけよ……」
流れ込む冷気に顔を顰めて、サズは部屋の入り口へと向かった。
(それにしても……)
再びフィニアの傍らに戻り、サズは男の口にした言葉を思い返していた。
(なられる、ってどういうことだ? まるで、フィニアがこれからベルガの王女になるみたいな口振り
じゃねえか……しかも、さっきの奴はいままでの連中とは、気色が違いすぎる)
先刻感じた肌寒さと、いま腕の中にある少女の温もりとのコントラストが、サズの五感を強く刺激し、
鋭敏なものにさせている。
寝付こうにも寝付けず、目蓋だけを閉じてみるが、疑念が頭の中を渦巻くだけであった。
(最初から、一杯喰わされていた可能性もあるな)
がり、と親指の爪を強く噛む。
「だとしたら……シェリンカめ」
ちりちりと逆立つ髪の感触が首筋へと纏わり付いて、消えない。
(ベルガ、か)
答えを求めるように、彼は窓に映る月の光を睨み付けた。
〈 完 〉
保管庫このまま更新されないのかな
前のスレだったかで
管理人さんがリアルで忙しいとか言ってた気もするから
気長に待たね?
久しぶりに覗いたらスレが伸びててビックリした
いぬのおひめさま、番外編があるなら読みたいな
前スレの埋めでオマケが読めたけどまだまだ二人の行方が気になる
いぬひめの二期楽しみ
まあ更新停止から一年近い以上
誰かが新保管庫作っても別に非難する人はいないかと
新保管庫を作りたいが
さすがに管理人さんに失礼だよな
>>348 停止期間が半年以上で管理人も音信不通なら
失礼ってのもない気がするけどなあ
>>265みたいの凄い萌えるなーと思ったけど、
こういうタイプが相手だとエロまで辿り着くのに何年かかるかわからんなw
前スレの作品を読み返せたら嬉しいので個人的には保管庫お願いしたい
まあ大作はスレだと読みづらいしね
>>350 >こういうタイプが相手だとエロまで辿り着くのに何年かかるかわからんなw
265の設定は「いぬのおひめさま」にも共通するものがあるよね。(リュカは美人だったけど)トラウマに
支配されていて自信を喪失していた。そんな彼女をロアが押しまくり、最後には幸せに・・・っていうところ。
結構エロまで速攻だったよww
>>348 最終収録から1年経過してますので、7スレ13レス以降分、
保管庫その2として作っていただく分には、全然問題ないと思います。
一人でずっとやるのは大変だから、手のあいた人が交替しながらやる、
みたいなスタンスでいいと思うんですけどね。
保管手伝うよー
>>341 GJ
ここから話が動くのかな
続き楽しみにしてる
それなら保管庫2はwikiで作ったほうがいいのかな?
皆で更新出来るし
新しい方には女兵士の方も入れる?
別に区切るとして
女兵士スレものぞいている俺としては、両方保管してくれたほうが嬉しいな
もちろん協力するぜ!
じゃああっちのスレにも保管庫作らないか
呼びかけようか
361 :
sage:2008/12/15(月) 18:39:22 ID:JNBD/5Qa
スレを横断して投下されてる作品もあるから、
同じの方が読みやすいかもね。
セッカッコー
セシリアー俺だー結婚してくれー
だが断る!
ふとエマニュエルの視線が自らの右手首に留まり、全身の動きも止まった。
それは彫像に化したかのような完璧な停止であり、生身の肉体としては尋常な気配ではなかった。
だがまもなく彼女は動き出した。
硬直の反動ででもあるかのように唐突に床に膝を突いたかと思うと、
次いで両手を突いて身を乗り出し、食い入るように辺りを眺め渡している。
これはアランには信じがたい光景だった。
エマニュエルの気性如何にかかわらず、彼女のような生まれの人間が何か探しものをするために自分で動き、
床から拾おうと欲しているというその眺めがすでに異様である。
アランは違和感と不可解な思いに包まれながら、そしてその異様さゆえに目をそらしたい思いに駆られながらも、
自らを律するようにして義妹の姿を注視しつづけた。
これほど何かに身も心も没入し、己の無防備さを無自覚に露呈するエマニュエルを見るのは今が初めてだった。
漆黒のまなざしはまばたきもせずに床上を這い回り、灯火が淡く照らし出すその先を射抜くように見つめている。
その眼光の強さはほとんど鬼気迫る域に達しており、この女に何が起こったのか、と危ぶまずにはいられぬものがあった。
アランはついに声をかけた。
「何を、探している」
「―――腕輪が」
「腕輪?」
震える声で紡ぎだされたエマニュエルの呟きを、彼は思わず繰り返した。
彼女の細い両手首にはこの部屋に入ってきたときと同じ、金銀や翡翠、珊瑚からつくられたとりどりの環環が輝いている。
異状らしい異状は何もみとめられなかった。
「腕輪がどうした」
いぶかしげな義兄の問いに返事もせず、ただ書斎の四方を見回しながら、
エマニュエルは今や床に四つ這いになったまま徘徊を始めていた。
それはほとんど獣の姿態であり、平素の聡明な物腰がむしろ偽装だったのではないかと疑われるほどに、
生々しい狂気の片鱗を見せつけるものだった。
黒髪で覆われた義妹の背中を目で追い続けるうちに、アランはふと背中に慄然とするものを感じた。
それは最初の晩、彼女から初めて正体を明かされたときに呼び起こされた感情とよく似ていたが、
それよりもさらに不可視にして混沌とした深淵の奥を彼にほのめかすものだった。
(もしやとは思っていたが、―――この娘は本当に、狂疾を患っているのか)
人間の肉体という脆い器に、悪魔より授けられたかのような不足なき美貌と頭脳を同時にそなえているということ
―――その事実がすでにある種の危うさを孕んでいる。
離宮に義妹を迎え初めて対面したときから、アランはひそかにその危うさを感じ取っていた。
そしてまもなく、多分に偶然に左右された結果とはいえ、エマニュエルは彼の意思を封じ込めその肉体を弄ぶすべを手に入れ、
何の躊躇もなくその権利を行使している。
これほど俊敏で明晰な思考をもちあわせながら、
死後の救済さえ放棄しているかのような果断さで他者を陥れ追い詰めようとする人間の精神が尋常でありうるだろうか。
アランはいま、最初の予感の正しさをまざまざと感じた。
狂人は彼にとって不可知の領域であり、知ることあたわざるものはすなわち恐怖の淵源である。
赤子のように床に手を這わせて失くしものを探し回る義妹を見つめながら、
彼は本能の警告に従うようにして彼女から一歩退き、二歩退いた。
退いた先に奇妙な触感があった。
靴の踵ごしに感じる限りでは絨毯の凹凸かと錯覚しかねないほどわずかなふくらみだったが、
それでもたしかに異物には違いなかった。
アランは反射的に足もとを見やった。
エレノールが部屋に入ってくる前、エマニュエルが自発的に服をまとい書斎の奥に隠れようと立ち上がったそのあたりの床に、
こぶし大より小さめの円環状のものが横たわっている。
それは貴金属のように人目を引きつける煌めきはないが、卓上の灯火を受けて表面に柔らかい光沢を帯び、
深い漆黒の地色を上品に浮かび上がらせていた。
アランは腰を折ってそれを拾い上げた。
見た目どおり、そのなめらかな触感は人間の髪のものだった。
そういえばエマニュエルはたしかにこれを右の手首に飾っていた、とアランはふいに思い出した。
ふだんは袖の下や他の腕輪の陰に隠されているため人目に触れにくく、
また貴婦人の装飾品というにはあまりに質朴な外形をしているため、人の印象に残る機会も少ないのだ。
実際、今夜まで何度となく義妹と密会を重ねていたにもかかわらず、彼がこの腕輪の存在を意識することはほとんどなかった。
例外的に注意を引かれたのは、つい今朝がた、参拝のさなかのことだった。
聖リュシアンゆかりの洞窟にてルイーズに祝福を授ける際、エマニュエルは少しのあいだ奇妙な仕草を見せた。
姉夫婦のように岩窟から流れ落ちる鉱水に指先だけを浸すのではなく、手首まですっと差し入れたのだ。
あるいはそれはヴァネシアの流儀なのかもしれなかったが、
この大陸の信教では一般に、他者の幸福と救済を祈念する祝福の力は指先から伝えるものと考えられているだけに、
アランや近侍の目にはやや奇異に映ったのも事実だった。
周囲の反応に気を取られたようすもなく、エマニュエルはつづいて繊細なレース飾りで縁取られた袖を少し上にずらし、
その下に守られていた黒い編み紐状の環を露わにした。
それは今にも洞窟の闇に溶け込まんとする黒そのものだったが、
鉱水の穿孔付近に据えられた灯明を浴びた一瞬だけは、ごくかすかな光沢を放っていた。
そのときはそれが黒い絹糸なのか獣毛なのか、あるいは人間の頭髪なのかはアランには判別できず、また別段興味もなかった。
しかしいまこうして手に触れてみると人間の髪であることは明らかである。
なんとも言いがたい不可解な念がふたたび彼の脳裏を襲った。
彼らが奉ずる信教の聖典中の記載によれば、人間の髪には魂の最も清浄な部分が宿るとされている。
すなわち頭髪は、過剰に装飾したり妖しげな香を焚き染めたりすれば姦淫をいざなう原因ともなりかねないが、
本来的には至純の愛を象徴する聖具であり手段である。
退廃的な世情の反動というべきか、ガルィアにおいてはその文言を尊ぶ傾向は他国より比較的強固に見られるが、
親子や夫婦、恋人たちのあいだで互いの髪の一束を交換しあうのは何もこの国に限った話ではなく、
大陸全体に広くおこなわれている風習であることは彼も知っていた。
編みこまれたあと円環状に結ばれたこの髪の黒さは、エマニュエル自身の髪と同じ黒さである。
それはすなわちエレノールの髪と同じということでもある。
これほど深く完璧な漆黒は、南方出身者以外にはまず見ることができない。
黄金の腕輪の下に隠し守っていることからすると、口外できない相手から贈られたものと見るべきだろう。
同国人の情夫から、すなわち輿入れの際に母国より伴った家臣のひとりからか、
もしくはヴァネシア公の廷臣である愛人から受け取ったものだろう、とアランは思った。
夫のある身でありながらほかの男の記念を身に帯びている、そう考えれば彼女の淫奔さ不実さとはよく一致する。
同時に、もうひとつ別の思念も浮かんだ。しかしそちらを深く追及することは無意識のうちに避けた。
この女には悪魔のように苦しめられてきた。この女はエレノールが与えた愛さえ踏みにじってきた。
ゆえに姦婦でありつづけてくれなければ、彼の思考は軸を失ってしまうことになるのだ。
彼は混乱を欲してはいなかった。
アランは掌に載せた黒い環をふたたび一瞥した。
そしてエマニュエルのほうにかざしてみせた。
「これのことか」
自らの墓所を探す亡霊のように床を這い回っていた義妹は、返答もせずにゆっくりと顔を上げた。
最初はうつろだったその瞳は、次の瞬間、雲が吹き流された後の満月のように皓々とした輝きを取り戻した。
「それだわ。―――それです。お義兄様、どうか、―――」
ふたりの間の空気が静止した。
その一瞬に何が起こったのかアランには分かった。
エマニュエルが同じ理解を得たことも彼には分かった。
ふたりの関係は今ここに転倒したのだ。
エマニュエルは床に両手両膝を突いたまま、息を止めたように義兄の長身を振り仰いだ。
その漆黒の瞳には、率直すぎるほどの懇願と隠しようもない怯えの色が浮かんでいた。
そこには偽りの感情はない、とアランは思った。
この女はいま、たしかに、俺を恐れている。俺にこの腕輪を―――命運を握られたことを恐れている。
彼は一歩前に踏み出し、より鋭い角度から義妹の花顔を見下ろした。
先ほど彼女に対して感じていた不気味さや恐怖は不思議と消え去っていた。
エマニュエルは今や彼にとって理解できる人間
―――その感情の所在を把握し、かつ操縦することさえ許されるであろう無力な人間になったのだ。
「お義兄様、どうか」
ようやくのことでエマニュエルは口を開いた。
地下に消え入らんばかりのその声音は前よりいっそう弱々しく、いっそう率直に自らの脆さをさらけ出すものだった。
彼女に本来の判断力をはたらかせることができたなら、
たとえ今のような窮地にあっても顔色も変えずに駆け引きを尽くし、義兄にそれを手放させることに成功したかもしれない。
相手の急所を握っていることでは彼女もやはり同じなのだ。
だがそのような事態には陥りえないことを、アランはすでに確信していた。
あまりに大きなものを失いかけているばかりに、エマニュエルは今や生来の聡明さばかりか常人なみの冷静さをも失っている。
(腕輪を取り戻すためなら、この女はすべてを俺に差し出す覚悟がある)
黒い瞳のその奥に奴僕と見紛うばかりの従順さを見出しながら、彼は自らに対し確約した。
文机の上に据えられた燭台の火がかすかにそよいだ。
アランがそのすぐ手前まで歩み寄ったため、周囲の空気がわずかに動いたのだ。
彼は揺れる炎を黙って見つめた。
それはエマニュエルを抱いた最初の晩、そしてエマニュエルに嬲られつづけた幾つもの晩と同じ淡い光を放っていたが、
今だけはあたかも勝者を祝福する栄光の炎のように彼の瞳には映った。
そうだ、今を逃してはならない。アランは改めて思った。
いまこのときこそがまさしく天与の刻なのだ。
偶然によって沈み込んだ陥穽から這い上がるための命綱を偶然によって手に入れるとは、
実に然るべき天の采配ではないか。
なすべきはただ、この腕輪と引き換えにエマニュエルにこちらの正当な要求を呑ませることだ。
すなわち、自分から盗み取った黄金の指輪を返還させ、
このたびの道ならぬ情事を終生他言せぬことを神の御名とスパニヤ王家の血において堅く誓約させた上で、
随員たちともども今すぐにこの離宮を退かせ国境の向こうに追いやることだ。
それ以外の望みは彼にはなかった。
アランが念じていたのはただ、妻と娘と過ごす平穏な日々、愛する者たちに対して欺瞞のない日常、ただそれだけだった。
「お義兄様」
呼びかけとも呟きともつかない放心したような声でエマニュエルは彼を呼んだ。
すでに立ち上がっても支障はないはずなのに、両脚に力が入らないかのように彼女は床に座り込んだままだった。
卓上の灯火は所詮灯火であり、紙片や木切れ以外のものを燃やすにはあまりにも弱々しく小さい。
だがアランが黒い腕輪をそのすぐ上にかざして見せると、すぐさま声にならない悲鳴がエマニュエルの口から漏らされ闇に立ち消えた。
彼は改めて義妹のほうを一瞥した。
エレノールと瓜二つのその姿は、今や悪鬼の化身でもなんでもなく、ただの生身の年若い女だった。
彼にはむろん、切り札である腕輪を実際に焦がしたり炎を燃え移らせたりするつもりなどなかった。
だがしかし、放り出された人形のように床に座りつづけ、
屠られるのを待つ兎のようにこちらを見上げつづけるエマニュエルの瞳を覗き込むうちに、
耳元で何かがふと囁くのを感じた。
アランはつと、腕輪の下部をちろちろと揺れる灯火の先端に触れさせてみた。エマニュエルはふたたび悲鳴を上げた。
今度はたしかに音を伴った、「叫び」と呼ぶべき悲鳴だった。
「お義兄様、お願い、お願いです。どうか燃やさないで。どうかそれをお返し下さい。
どうかわたしに、お返し下さい」
誰に禁じられたわけでもないのに、エマニュエルは両脚で立とうともせず、
まさに家畜が牧童の呼び笛に応えるように床を這いながらアランの足元までやってきた。
そしてそのままの姿態で真下から彼を見上げ、魂から発せられたかのような震える声で言った。
「どうかそれを、お返し下さい。―――いかなることでも、おっしゃるとおりに、いたします」
アランは無言のまま義妹の顔を見下ろしつづけた。
今や彼は、自分のなかに新しい情意が芽生え始めたことをみとめざるをえなかった。
むしろそれは、情意と称するにはあまりに生々しく、はっきり欲望と呼ぶべきたぐいのものだった。
彼はたしかに欲望を感じていた。
今まで何度となく義妹の裸形を目にし、何度となく素肌を重ねてきたにもかかわらず、
彼女に対してこれほどに能動的で激越な欲望を感じるのは全く初めてのことだった。
ひとりの男がひとりの女に向かい合い圧倒的な優位に立ったことを自覚するとき、情欲を抑えがたくなるのは自然なことではある。
だがアランの身体の芯を揺り動かすのはそれだけではなく、さらに攻撃的で破壊的な何かだった。
完璧な曲線で構成されたエマニュエルの肉体を、彼は寝衣の上からなぞるようにして凝視した。
彼女はその視線に臆したかのように身をすくめたが、アランはむろん意に介さずに眺めつづけた。
エレノールと同じでありながら、エレノールとは比べものにならないほどに開拓され、自らの欲望に忠実すぎるほど忠実なその四肢。
何人もの男の指と口舌で弄ばれながら艶を増してきた小麦色の素肌。
何人もの男の精液を何度となく貪欲に嚥下してきた真紅の薔薇のような唇。
この罪深くも豊穣な肉体を、これまで夜毎自分を嬲りものにしてきたこの美しい牝を、
今からはいかようにでも扱うことができるのだ。
それは許されるべくして許されることなのだ。
義妹の顎をつかんで上向かせ、不安と恐れに満ちたその顔を覗き込みながら、アランはこれまでの経緯を一度に反芻した。
詳細に思い起こせば思い起こすほどに、身体の芯から静かな怒りが四肢の先まで伝わり、
それに応じて下腹部がいっそう熱く煮えたぎってくるのを彼は感じた。
(俺の屈辱を晴らすためには、人並みに報いてやるだけではまだ足りぬ)
彼はゆっくりと賞玩するように、エマニュエルに授けるべきありとあらゆる辱めを心に思い浮かべた。
仰向けになったまま両脚を大きく開かせて彼自身を奥まで受け入れさせることはもちろん、
床に両手両膝を突かせて獣のように後ろから責め苛むこと、
彼自身に跨らせて娼婦のように倦まず奉仕させること、
彼女の呼吸が苦しくなろうとのどの奥まで咥えさせ、その額髪をつかみながら口腔内を犯すこと、
エマニュエルのあらゆる従順な姿態が鮮明な映像となって彼の興奮を煽り立てた。
さらにそこに、別の人影が加わった。
顔も名前もない男たち。彼女の生まれとは結びもつかない下働きの肉体労働者たち。
そのような男たちを呼び寄せ、代わる代わる、もしくは同時にエマニュエルを襲わせる。
ふたりの男から口と秘所を同時に犯され、別の男の手で乳房をまさぐられ、
さらに別の男の指で陰核を愛撫されながらエマニュエルは何度も達してゆく。
自尊心を完膚なきまでに打ちのめされ地に涙を零しながら、その淫蕩な天性を証すかのように愛液を太腿までしたたらせつづける。
しかもその苦悶と陶酔の表情は姉姫エレノールと同じ造形の、天使のように清楚な顔に浮かぶのだ。
エレノールに強いることなど想像もつかない浅ましい所行を、この淫婦にはいくら強いても許されるのだ。
アランは自らの下腹部の熱に耐えられなくなった。
そして義妹を見下ろしながら告げた。
「すべて我が意のままになるということば、信じたぞ」
一瞬の静止のあと、エマニュエルは小さくうなずいた。
卓上の灯火がまたかすかな風にそよいだ。
旧い契約は覆され、新しい約定がいまここに成ろうとしていた。
アランは腕輪を懐にしまい床に膝を突くと、エマニュエルの両肩をつかみ無言で押し倒した。
もともと結いかたが緩かったためか、力を加えられたその弾みに彼女のうなじで髪紐がするりとほどけ、
ふたりのための豪奢な敷物のように漆黒の髪が床の上に広がった。
アランは義妹の唇に唇を重ね、その内側を自在な舌で無遠慮なまでに蹂躙した。
接吻をつづけながら乳房に手を伸ばすと、しなやかな肢体が敏感にすくむのが分かった。
この女は凌辱のなかにさえ歓びを得ているのだ。そういう女なのだ。彼はそう自らに言い聞かせた。
顔を離すと、エマニュエルは濡れた唇をうつろに動かし、吐息のような声で何かをひとことだけつぶやいた。
その双眸は彼を見ておらず、その声は高い天井に向かって発せられたかのようだった。
アランは努めて気をとられぬように愛撫をつづけた。
形の良い乳房を吸い、愛らしい臍をなぞり、恥毛を掻き分けて秘所へたどりついたときも、
エマニュエルは変わらぬうつろな声で、何かを断続的につぶやきつづけていた。
それはこの時間をやりすごすための祈祷の句ではなく、すべて同じ一語だった。
アランは聞くまいと思った。この女は罰を受けるのが相応なのだ。
俺の身体の下でいま何を想い念じているかなど、どうして意に介してやる必要があろうか。そう思おうとした。
だが彼の耳は聞き流しても、彼の唇はやがて義妹の肌を這うのを止めた。
彼の手指は義妹の花芯をまさぐるのを止めた。
彼の下腹部に募っていた熱は、いつのまにか猛々しさを失いつつあった。
エマニュエルは彼の静止にも気づかぬように、天井を見つめながら、ゆっくりと、何度となくその語を口にした。
ファニータ。彼女の唇はそう唱えていた。
それは女児への呼びかけであり、正しくはフアナという名の愛称にあたる。
アランは目を閉じた。
全身が鉛のように重たく感じられた。
エマニュエルの捜し求める腕輪が髪でできていることを知ったあのとき、
忌むべき錯覚のようにふと頭をよぎったもうひとつの疑念が、ただひとつの解だったのだと彼には分かった。
「よせ」
短く言うと、アランは義妹から身体を離した。
エマニュエルは惰性のようにぼんやりと彼のほうを見上げている。
「いかがされました」
「どうもしない。
なぜその名を呼ぶ。そなたは過去を必要としないと言っただろう」
「必要としておりませんわ。―――でも、忘れることもできない」
平坦な声が一瞬だけかすれた。
「世界が忘れても、わたしは憶えていたいの」
アランは手の中の腕輪をふと眺めた。
そして目を離すと、義妹を見下ろしながら言った。
「誓え」
「―――お義兄様?」
「今ここで誓え。神の御名において誓わば返してやる。
俺の紋章入りの指輪を返し、明朝すぐにこの離宮から退去するのだ。
われわれの間に起こったことは未来永劫他言するな。
むろんエレノールには、この先何が起ころうと告げてはならん。誓えるか」
「―――誓います」
エマニュエルは上体を起こし、しばしの沈黙の後、吐息のような声で答えた。
漆黒の瞳には初めて生気らしきものが蘇らんとしていた。
「幾度でも、お誓い申し上げましょう」
「一度でいい。その代わり、決して違えるな」
むろんです、という代わりにエマニュエルは首を縦に振った。
そして胸に手を当てながら、彼女は静かな口調で言った。
「いやしくも違わば、この身は神意によりてたちどころに塵芥と化し、救済の日を迎うること絶えてあたわず。
スパニヤ国王レオンが三女マヌエラ、ここに誓約いたします。
指輪もここに、返上申し上げます」
従容と差し出された義妹の手から、アランは指輪を受け取った。そして少しの間目を閉じた。
迷いが全くないわけではなかった。
だがやはり、最も悔いの少ない道を選ぶしかないと思った。
「受け取るがいい」
床に座り込んだままのエマニュエルの前に、アランはそっと腕輪を落とした。
床に落ちたものを自分で拾わせることがせめてもの気慰みだと思った。
しかしエマニュエルはためらいなくそれを拾い上げたばかりか、
駆り立てられるように自らの口元に近づけ、何度となく接吻を始めた。
常人が見たならばやはり狂疾の兆候を疑わざるを得ないほどに、激しくも切実な口づけだった。
アランは黙ったままそのさまを眺めていた。
やがてエマニュエルは接吻を止めた。
生気を取り戻し始めたそのまなざしは掌に取り戻した黒い腕輪から初めて離れ、
アランの立つ床から彼の脚、胴、首、そして彼の褐色の双眸へと徐々に軌跡を伸ばしていった。
「―――何ゆえです」
「何のことだ」
「何ゆえわたしを、お許しになられました」
「許してはいない」
「憐れみですか」
「憐れみでもない。知っただけだ」
「知った?」
「そなたは人から奪うことでしか満たされぬ女だ。そう思っていた。
だが、それでもまだ、守りたいよすががあるのだと、―――今このときにさえ呼びたい名があるのだと知った」
「それがあなたに、何の関係が」
静かに感情を抜き取ったような声で、エマニュエルは言った。
「関係はない。
関係はないが、そなたもかつて、その名を持つ者にすべてを与える準備ができていたのだろうと思った。
エレノールと同じように」
「だから何だとおおせられますの」
「エレノールであったかもしれぬ女を穢すことはできない」
一瞬、エマニュエルは口元に嘲りを浮かべたかに見えた。
だがその唇から漏れてきたのは、何かが押しつぶされたようなかすかな嗚咽だった。
「愚かしいこと」
口調だけは嘲弄の趣きを保ちながら、エマニュエルは途切れ途切れに呟いた。
「本当に、愚にもつかない」
アランは何も答えなかった。
かすかに震える義妹の影の輪郭をぼんやりと眺めながら、
彼はやがて踵を返し、書斎の扉へと向かって行った。
朝まではまだしばらく間があるが、露深き夜の庭園を歩くうちに、いつのまにか曙光が訪れているだろうと思った。
エマニュエルはじきに書斎を出て従者たちに令を下し、夜明けまでには離宮退去と出国の準備を整えるだろう。
扉の前で彼は一度だけ後ろを振り返った。
エマニュエルはまだ床に座りこんだまま、掌に握りしめた腕輪を動かない瞳で見つめていた。
文机の上の灯火はあの晩と同じように、闇に溶け込むその黒髪と禁じられた果実を思わせるその肌を、
懐かしい幻像のように淡くさやかに照らし出していた。
アランは再び前に踏み出し、後ろ手で静かに扉を閉めた。
天の定めにひとつ狂いが生じていれば、あるいはこの女を愛していたのかもしれないと思った。
その朝も空気は清涼だった。
晴れた日の常として、離宮の東面に広がる小紺碧湖は宮室内からでもその麗景を見晴るかすことができた。
今日のような美しい夏の朝にゆっくりと眺望を楽しむことができないのはただ惜しまれる、と思った侍臣は少なくなかったであろう。
彼らの多くはいま、離宮正門前の広場に粛々と居並び威を正していた。
首都に鎮座する王宮と同様、レマナ離宮も複数の館舎と付属建築物、ならびに外苑、内苑から構成されている。
正門が穿たれた外壁は外苑のさらに縁辺にあり、王族が起居する主翼の館からは相当に離れているが、
家族の一員として迎えた賓客の出立に際し正門まで見送りに赴くのは、王家とてやはり民びとと同じことだった。
左右に開け放たれた巨大な門扉を背にし、街道がその奥へとつづいてゆく前方の山並を見据えながら、
アランは少し離れたところに立つ妻をひそかに案じていた。
エレノールは賓客の送別にふさわしい盛装に身を包み、普段と変わらず背筋を美しく伸ばしてはいるが、
その静かな立ち姿が却って痛々しくなるほどに、伏し目がちに隠された大きな黒い瞳は遠目にも分かるほど濡れて赤みを帯びていた。
それは無理のないことであった。
今朝起きたとたんに、枕元にかしづくエマニュエル付きの侍女から妹の突然の暇乞いを知らされ、
しかも従者たちも妹自身もすでに旅装を整え正門前に馬車を整列させていると告げられたのである。
エレノールはむろん一日二日でも長く引き止めんと妹のもとに向かおうとしたが、侍女たちに押しとどめられ、
昨夜ひそかにヴァネシア宮廷から早馬が着き、
公が持病の発作を起こしたため妃を急遽召還したのだと説かれれば、
彼女としても妹の帰国を遅延させる正当な理由は見つけようがなかった。
エマニュエルには妻として昼夜病床に侍るという第一の義務があるのはもちろんだが、
それに加えヴァネシアの場合継嗣がいまだ定められていないがゆえに、
正妃が暫定的に摂政として立たざるを得ない可能性が十分考えられるのだ。
それにしても、眠っている間に一切が進行し、目覚めと同時に妹と過ごせる時間はあと半日もないと知ったときの衝撃の大きさは、
余人には測りがたいものがあるのは当然だった。
ましてエマニュエルは、今回は帰国の事情が事情であるだけに、
旅装を整えてから出立の直前まで夫の快復祈願のため離宮附属の聖堂に籠もると決めてしまっており、
エレノールが妹と親しくことばを交わすことができるのは実質上いちどだけ、
彼女が馬車に乗り込むその直前だけという仕儀に相成ってしまったのだ。
ある程度予想していたこととはいえ、今こうして妻の悲嘆と憔悴のさまを目の当たりにすると、
アランにはかけることばもなく、彼女に近づいてゆき細い肩を抱き寄せることさえできなかった。
(これしかなかったのだ)
自分自身にそう言い聞かせながら、アランもやはり口のなかに残るかすかな苦味を嚥下しきれずにいた。
彼方の山陵を覆う朝靄が徐々に薄れかけてきたころ、馬に乗ったエマニュエルがようやく正門の内側から姿を見せた。
聖堂は離宮の比較的内奥に位置するため、移動には時間を要したのであろう。
前後にはごく少数の護衛と侍女たちが付き従っている。
彼女は礼拝を終えたばかりであり、馬車に揺られる長旅を控えた身でもあれば、
服装は従来とは見違えるほどゆったりと簡素に整えられ、豊かな黒髪は被りもので慎ましく覆われてしまっている。
エマニュエルは馬から降りると最初にアランの前に立った。
父王の名代としてレマナ離宮に逗留する王太子は、名目上とはいえ彼女を招待した主人役であるため、
挨拶の序列において優先されるのは当然のことであった。
エマニュエルは儀礼通りに右手を差し出し、アランもやはり完璧な作法を守りながら、その手の甲に接吻した。
その後彼らは二三語形式的に別れを惜しむことばを交わしたが、
アランにとってエマニュエルとの真の告別の瞬間となったのは、
彼女のなめらかな手の甲を唇に引き寄せたそのとき、細い手首にあの腕輪が復しているのを見届けたそのときだった。
そして彼らは他人となり、エマニュエルは姉の待つほうへと去って行った。
ふいに空虚な気分に襲われた自分を、アランはひどく不思議に思った。
エレノールに駆け寄ってゆく義妹の背中は思っていたより小さく見えた。
この虚ろさは葬送に臨む人間のそれなのだろうか、と彼は思った。
エマニュエルは姉姫の前に立ち、いたわるようにその背中を抱いた。
王女姉妹が交わしたことばは短かったが、無言で抱きしめあう時間は永遠のように長かった。
むろん当人たちにとっては、明け方のまどろみのように儚い一瞬だったに違いない。
アランの立ち位置からは、エマニュエルの華奢な背中とその肩越しに妻の顔がようやく見えるばかりだった。
妹に支えられていなければ、エレノールは地に膝を突き泣き崩れていることだろうと彼は思った。
昨夜彼女自身が語ったとおり、別々の国に嫁いだ王族の姉妹が再会できる機会など、まさに天恵と呼ぶしかないのだ。
だからこそ、これが今生の別れとなるのは全くあり得る話だった。
ふと、エマニュエルの肩もほんのわずかだが上下に震えていることに気がついた。
(まさかあの女が)
そうは思いつつもアランは、昨夜の別離を、書斎を出るときに見届けた最後の情景を思い出さずにはいられなかった。
この女とて涙を流すことはある。それぐらいの弱さはある。愛する者がいればこそ弱いのだ。
エレノールを、そして名前と黒髪だけを残し去っていった小さき者を愛するがゆえに弱いのだ。
ふとエマニュエルの肩が静止し、首だけがゆっくりとアランのほうを振り返った。
エレノールに生き写しのその瞳はやはり姉姫と同様に濡れ、平素にも増して深みのある漆黒を湛えていたが、
その唇はほんのわずかに両端を上げていた。
周囲の者たちはそれを微笑と見たかもしれない。
だがアランの目には、義妹の口元の動きは歪みと映った。
さらに言えば、歪みというよりもむしろ、
(―――嗤った)
と彼は思った。
その表情の意図を探らせまいとするかのように、エマニュエルはすぐに姉姫のほうに向き直った。
そして彼女の耳元に顔と手を近づけ、何事かを短く囁くと、
絶ちがたい嗚咽のために震えつづけていたエレノールの頭部と肩が、突然凍りついたように静止した。
エマニュエルはそれ以上何を告げることもなかった。
最後に姉姫の両頬と唇に接吻を捧げると、
彼女は自らの御用馬車に向かって歩いて行った。
少し離れたところに立つ義兄のほうを見ることはついになかった。
「マヌエラ」
すでに馬車の昇降台に足をかけた妹に向かって、エレノールが叫ぶように呼びかけた。
エマニュエルは返事も振り返ることもせず、そのまま座席の奥のほうへと乗り込んでいった。
聖リュシアンの故地へ参詣したおりに姉夫婦と同乗した馬車とは違い、
これは天蓋も壁もある長旅用の箱馬車であるから、一旦乗車して窓にカーテンが引かれてしまえばもう、
彼女の姿を視界に収めることはできなかった。
妹にはっきりと呼びかけたにもかかわらず、エレノールは地に根を張ったかのようにそこから一歩も動けずにいた。
エマニュエルに影のように付き従う年若い護衛―――昨日の参拝の帰路でエレノールのことばを聞きとがめたあの青年が馬車の扉を閉めると、
すでに御者台に座を占めていた御者は天をも打つかと見えるほどに鞭を高らかに振り上げた。
公妃の馬車を中心にして、一団はついに動き始めた。
アランは我知らず目を閉じていた。
醒めない悪夢のような予感が総身を少しずつ侵食し、鼓動の間隔が狭まってゆくのをはっきりと感じた。
(そんなはずはない。―――そんなはずは。あの女の誓言は本物だったはずだ)
たとえエレノールほどの敬虔さをそなえておらずとも、自らの限界を知る人間であれば誰であろうと、
神の御名において誓った約定を破ることはありえない。
彼自身決して模範的な信者ではないが、アランはそう信じていた。
いや、エマニュエルの自己破壊的な不遜さゆえに仮にそれがありえたとしても、
あの誓言が嘘であったなら、彼女があの腕輪へ注ぎ込んでいたまなざしも汚濁を映していたはずだ。
腐臭を放っていたはずだ。
だが実際には、あの女は―――
そこまで考えてアランは首を振った。
まずは何よりエレノールとことばを交わさねばならない。
彼女の黒い瞳に自らをさらさねばならない。
その一瞬後にたとえ何が起ころうとも。
馬車の隊列を見送りながら妻が立ちつくすその場所へ、アランはゆっくりと近づいていった。
本来十歩も離れていない距離でありながら、これほど遠く感じられる目的地はいまだかつてなかった。
アランはついに彼女の前に立った。
エレノールは夫を見たが、潤いを残したその双眸は対象物を失ってしまったかのように虚脱として、
感情のたゆたう先を推しはかることが難しかった。
「エレノール」
アランが声をかけると、彼女はようやく我に帰ったかのように焦点をゆっくり彼に合わせた。
しかし動転が決して収まっていないことは、その顔色を見るだけでも十分分かった。
最初に何を言えばいいのかアランには分からなかった。
謝罪か、釈明か、それともエマニュエルが告げた事実を否定しつづければよいのだろうか。
それはエレノールを救うのだろうか。
それはわれわれふたりを救うのだろうか。
深く息を吸い込んでから、アランは改めて妻に声をかけた。
最初に言えることはやはりこれしかなかった。
「エレノール、―――今、エマニュエル殿に何を告げられた」
エレノールの呼吸の間隔も、やはり尋常とは言い難かった。
自らの吐息をなだめるように沈黙をくぐってから、彼女はようやく口を開いた。
「祝福を」
「―――何?」
「おめでとう、とそう言ったのです。
知っていたのだわ、あの子は」
そしてまたことばを切った。
「わたくしが身ごもっていると知っていたのに、ずっと言わずにいたのだわ」
「身ごもっ……」
茫洋と自分を見上げる妻のまなざしに、アランもやはりことばを失い、傀儡のように立ち尽くした。
「どういうことだ。俺にまでずっと隠していたのか。いつ懐妊が判った」
「―――妹を離宮に迎えた、ちょうど次の日ですわ。
都を発ってからの旅中でもぼんやりと予感はあったのだけれど、でも確信はなく、ひとり胸のうちにしまっておりました。
離宮に着いた最初の晩、あなたとあんなふうに何度も愛しあったのは、本当はよくなかったはずだけれど、
今後一年近くは節度をもって過ごさねばならぬことを身体が分かっていたから、
最後の名残につい、あられもなく求めてしまったのかもしれません。
侍医に診断を告げられたのは翌日でした。
これが一日早ければ、妹に出会う前ならばあなたに真っ先に告げたのだけれど、わたくしは彼に口外を禁じました。
それ以来、わたくしたちふたり以外はだれも知らないはず、だったのです」
「どうして、俺にまで告げなかった。
そなたがしばらく周りに伏せておきたいというなら、それくらいの秘密は守れる」
「お許し下さい。あなたを信じていなかったのではありません。
あなたはご自分の言を誰より重んじられるかた、一度誓ったならば決して口外なさらぬかただと存じ上げております。
でも、わたくしの身重をお知りになったなら、例えことばになさることはなくとも、
あなたはきっとふだんの挙措にそれが出てしまわれる。
わたくしのことを風にも当てられない温室の蕾のようにお扱いになって、
―――じきにあの子の知るところになるのだと、そう危惧せずにはいられなかったのです」
アランは口を開きかけたものの、結局反論しなかった。
彼方の空の下に、規則的な馬蹄の重奏音が少しずつ遠ざかっていくのが聞こえてきた。
エレノールは言った。
「そうまでして妹に隠しておきたかったなんて、おかしな話ですわね。
もちろん、わたくしは信じておりました。
もしも懐妊を伝えれば、あの子はきっと誰よりも、父母やあなたよりもさらに強く、
わたくしと喜びをともにしてくれるだろうと。
でも、―――どうしても、言えなかった」
エレノールの大きな黒い瞳に、ふたたび潤みが浮かぶのが分かった。
アランは初めて妻の肩を抱いた。
その拍子にふと、彼女の左耳の上に小枝が差し込まれているのが目に入った。
その先端は房状になっており、よくよく見れば花が落ちたばかりのような小さな緑の実がいくつも寄り集まっている。
これが大輪の薔薇ならばさして珍しい眺めでもないが、ごく地味な木の枝を髪飾りに、
しかも今日のような盛装に併せて用いるなど、ふつうはありうべからざることである。
「エレノール、この枝は」
「枝?―――あら、何か差し込まれているわ」
エレノールは耳の上に手をやるとそっと抜き取り、ぼんやりと不思議そうに見つめた。
うつむいた妻の頭部を見下ろしながら、アランはまた、彼女の身辺にかすかな違和感をおぼえた。