【従者】主従でエロ小説【お嬢様】 第四章

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1名無しさん@ピンキー
主従を扱うスレです。


生意気な女主人を陵辱する従者
大人しい清楚なお嬢様に悪戯をする従者
身分を隠しながらの和姦モノも禿しくいい

お嬢様×使用人 姫×騎士 若奥様×執事など
主従であればなんでも良し

◇前スレ◇
【従者】主従でエロ小説【お嬢様】 第三章
http://sakura03.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1169463652/

◇過去スレ◇
【従者】主従でエロ小説【お嬢様】 第二章
http://sakura03.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1156941126/

【従者】主従でエロ小説【お嬢様】
http://sakura03.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1124876079/
2名無しさん@ピンキー:2007/03/23(金) 19:08:24 ID:c444OYvV
◇姉妹スレ◇

男主人・女従者の主従エロ小説
http://sakura03.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1164197419/


◇その他関連スレ◇

【ご主人様】メイドさんでSS【朝ですよ】
http://sakura03.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1141580448/

巨乳お嬢様
http://sakura03.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1139409369/

男装少女萌え【8】
http://sakura03.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1163153417/

お姫様でエロなスレ5
http://sakura03.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1166529179/

◆◆ファンタジー世界の女兵士総合スレpart4◆◆
http://sakura03.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1173497991/

●中世ファンタジー世界総合エロパロスレ●
http://sakura03.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1145096995/


◇保管庫◇
http://vs8.f-t-s.com/~pinkprincess/lady_servant/ (初代スレがまとめてあります)
http://wiki.livedoor.jp/slavematome/d/ (まとめ中)
3名無しさん@ピンキー:2007/03/23(金) 19:11:14 ID:c444OYvV
↑以上テンプレ。

↓以下主人を存分に可愛がってあげてください。
4名無しさん@ピンキー:2007/03/23(金) 19:32:09 ID:AGIfIy3E
>>1様乙ですわ。

てかIDすげえなw
5名無しさん@ピンキー:2007/03/23(金) 22:43:26 ID:Sy30NHDO
>>1
今後ともよろしく。
6名無しさん@ピンキー:2007/03/24(土) 00:23:51 ID:i/o0bL6j
>>1
今後もよろしく頼む。

今、性教育その三に手を加えているので、そのうち投下する
7名無しさん@ピンキー:2007/03/24(土) 00:56:54 ID:K6FhegxH
>>1
よろしく。近日中に【割愛】部分レロッと投下する
>>6と続いて広告みたいだな…
8名無しさん@ピンキー:2007/03/24(土) 01:20:36 ID:U7A7qMAA
右端三文字が顔に見えるステキなIDの>>1乙。
9名無しさん@ピンキー:2007/03/24(土) 05:31:35 ID:sPnl0p++
>>8
俺は7A7が顔に見えるぞw
10名無しさん@ピンキー:2007/03/25(日) 11:36:11 ID:CwcNHfLu
>1乙です。

前スレ487
GJ!波乱の予感満載で続きがとっても気になります。
もしや奴が○○○○では…と勝手に妄想してドキドキ…
辻井さん、このままでいいのか!?
11Il mio augurio:2007/03/25(日) 18:06:52 ID:9QyodMHR
「ではDVDを再生致します」
少々ノリがあれではございますが…と、ぼそりと呟き、氷雨は再生ボタンを押した。
大型スクリーンに、ベッドに腰掛ける男女が映し出された。



「きゃー、緊張しちゃうー」
「どこがだよ」
「いやん、だってひーちゃんがビデオ回してるもん」
「……ノリノリだろーが」
緊張とは程遠い興奮を塗した女の声に、男が呆れたように呟く。
そこに、氷雨の声がする。
「はいはい、さっさとしてくださいね」
「じゃ、ちゅーして」
女が男の膝に乗り、首に腕を回して甘くねだる。
「ちゅーして」
「もぉう」
キスをねだった自分と同じ口調でねだってきた男に怒ったふりをした女が、男の頬に手を添えて唇を重ねた。
ちゅ、ちゅ、と軽く唇を合わせるだけのキスを何度も交わす。
お互いの唇を甘噛みし、舌を絡める。
ちゅ、ちゅく、と卑猥な水音を立てて舌を絡めたまま、お互いの服を肌蹴させていく。
「んーっと…先に私がやった方がいいのよね?」
「だろ?テーマは勃起と挿入だし?ついでにフェラチオ付いてもいいだろ」
「ひーちゃん、それでオッケー?」
「ええ」
わかった、とでもいうようにカメラに向かってにっこりと笑い、女は男にもう一度キスをすると耳へと舌を滑らせた。
耳の形を辿るようにゆっくりと舌を這わせ、ぱくり、と耳朶を甘噛みする。
そしてそのまま首筋へと舌を這わせていく。
舌を這わせながら肌蹴た服に手をかけてゆっくりとボタンを外し、シャツを滑り落とす。
そうして現れた均整の取れた身体に舌を這わせ、更に下に向かう。
女が男の乳首をぺろりと舐め、舌で押しつぶすようにしながら愛撫を重ねていく。
そのまま手で腹を撫でるようにして下ろし、ズボンの上から撫で擦る。
女が脱がし始めると、男は心得たように脱がしやすいようにしてやる。
「はーい、お嬢様。これが男です、雄です、ペニスです。今までのでちょーっと大きくなりかけてたりするけど」
「しかたねぇだろ」
「うん、いいよ。お嬢様、これ、おっきくしますねー」
ベッドに座る男の脇に座ると男の太腿を擦り、女は立ち上がりかけた雄を両手で包み込む。
「えっと、一応流れだけね。感じ方に個人差があるから。これはこの人のやり方だから、お嬢様のお相手とは違ってくると思うしね。
わからなければ、どうしたら気持ちいいか聞く、ってのも手だよ」
言いながらも手は休みなくペニスをしごく。
ツボを心得た女からの的確な刺激を受けて、すぐに大きく硬くなっていく。
「ん。お嬢様、このくらいになったら咥えて、口と舌と手でで愛してあげるのね。フェラチオが嫌いな男って、まずいないから。
上手にできなくても、一生懸命すれば嬉しいらしいし」
「してるときに上目遣いでちら、っとか見られるとイイな。あ、歯は立てんなよ?触れるくらいならかえっていいけどな」
「だってさ?……なんかもう、入れたくなっちゃったから、ちょっと急ぐね」
しばらく舌で亀頭や陰茎を舐め、ぱく、と亀頭を咥えつつ手でゆっくりとしごき出す。
舌を広げてを包み込むようにして上下にピストンしつつ、時折裏筋を刺激していく。
そうしながら、もう待てない、とばかりに女は着ている服を脱ぎ出す。
更に大きく硬くなったところで、女は口を離した。
12Il mio augurio:2007/03/25(日) 18:07:38 ID:9QyodMHR
「んぁ、もうだめ。今すぐ入れたい」
「ちょい待てって」
そう言いながら男は女を抱え上げ、自分に寄りかからせるようにして膝の間に座らせた。
そして大きく脚を割り開き、秘裂に指を這わせる。
そこはすでにしとどに濡れ、もはや慣らす必要もないほどになっていた。
しかし中に指を滑り込ませ、そのことをわからせるようにぐちゅぐちゅと大きな水音をさせて掻き回す。
しばらくそれを続ければ、もうたまらない、とでもいうように女が声を上げた。
「あ、あぁ…ね、はやく、はやくぅ」
「おう、俺も堪んねぇ……お嬢さん、しっかり見てろよ?」
そう言うなり、怒張した雄を秘裂に宛がうと、上にいる女の腰をゆっくりと下ろさせ沈めさせていった。
そう、入っていく過程を見せ付けるように。
「はぁ、ん…あ、きもち、い…」
男で満たされるとと、女は歓喜の声を上げた。
男は女の項に口付けると、律動を開始した。
突き上げたり、腰を回すようにしたり、と単調になってしまわないように複雑に。
それに合わせるように女は腰を動かす。
「あ、ぁん…も、もっとぉ」
女の喘ぎに促されるように、男は花芯に触れた。
びくんと一瞬強張るが、男が花芯を捏ね回すと身を震わせて甘く啼く。
その手を休めずに更に激しくしていく。
「あ、あぁぁぁぁぁ――!」
ぎゅ、と締まり、弛緩する。
「あ…わり、氷雨。これだとしばらく起きね。他のは今度でな」
「……仕方ありませんね。それで、今回の報酬は?」
「えーと…あ、そだ。友割で『シャイン』のベリータルトをホールで、とか言ってたっけな」
「わかりました」


13Il mio augurio:2007/03/25(日) 18:08:34 ID:9QyodMHR

………なんつうお友達ガいるんデスカ……つかこれハ一体なんの拷問なんデスカ、氷雨サン…
動揺のあまり可笑しなイントネーションになってはいるが、暁良は内心で氷雨にツッコむ。
連日の教本朗読―エロ小説朗読、と言って良い―を聞かされるせいでただでさえ欲求不満なのに、無修正のDVD観賞。
これは本当に暁香への教育なのか、はっきり言って疑問である。

ちらり、と暁良が暁香に視線を移す。
するととんでもないものが暁良の目に飛び込んできた。
暁香がディルドを、ぱくり、と咥えたのだ。
っぎゃーーーーーーー!!!
叫べるものなら叫びたかったが、声は出ず、絶叫は心の中で発せられた。
硬直している暁良の前でそれから口を離した暁香が困ったように言う。
「よく、わからないわ…」
「暁香お嬢様、御手をお貸し頂けませんでしょうか?」
にこりとしつつ問いかける氷雨に疑問顔をしたまま、暁香が両手を差し出す。
左手を取って暁香の前に跪くと、氷雨はその指先に唇を近づけた。
ちゅ、と軽くその指先に口付け、唾液を乗せて指をねっとりと舐めあげる。
ぴくん、と、頬をかすかに染めて暁香が震える。
「暁香お嬢様。私が致します通りになさってみてくださいませ」
「わかったわ」
氷雨がしたようにディルドの先端に口付け、唾液を乗せて舐めてみる。
「もっとたっぷり唾液を乗せたほうがやりやすいかと存じます。試されてみては如何でございましょう」
言われた通りにたっぷりと唾液を乗せ、氷雨の舌の動きを真似るようにして舐めしゃぶる。
唾液が潤滑となり、だんだんとやり易くなってくる。
「ん、ぁん…べたべた…んちゅ…なっちゃ、んぅ」
「それでようございますよ。そのようになっておりますほうが受け手も気持ち良いというものでございます」
一生懸命、DVDで女がしていたようにしつつディルドを舐めしゃぶる。
「実物をして慣れていけばようございますから、まずは手順を覚えてくださいませ」
つかナニ言ってんの、氷雨サン!
もーどこにツッコむべきかわかんないよ…つーか、色々イッパイイッパイなんですけど!!
お願いもーやめてー!!!
内心で行われる暁良の切実な主張は当然受け入れられない。
というよりも、氷雨によって綺麗さっぱりスルーされる。
早くこのとんでもない講義が終わるように、と念じつつ、暁良はただただ、ひたすらに耐える。

ひそり、と氷雨が暁香に囁きかけると、暁香は暁良の方を向いた。
苦しさゆえか瞳を潤ませて頬を紅潮させながらも、唾液に濡れ、てらてらとしたディルドを咥えたまま。
好きな女が、擬似とはいえ雄を咥えて自分を見ている。
その、視覚的暴力に、ついに暁良は屈服した。
「っ!!し、失礼致しますっ!!」
ぎゃー!もう無理もう限界!!うわぁん、いじめだー!!!
などと内心絶叫しつつ暁良は部屋を飛び出した。
ばん、ばたばたばたばた…
「んちゅ……暁良、どうしちゃったの?」
暁良が出て行ったことで、ようやくディルドを口から離した暁香が氷雨に問いかける。
それにくすりとしつつ、氷雨は答えた。
「男にはいろいろあるのでございますよ」
「んー…氷雨は平気なの?」
「それなりに経験を積んでおりますから、この程度ではどうということもございません」
「ふぅん?」
よくわからないが、涼しい顔をした氷雨が言うからにはそうなのだろう、と暁香は納得した。
14Il mio augurio:2007/03/25(日) 18:11:40 ID:9QyodMHR
つーかんじで、性教育その三投下。
自慰はまた今度な。

あ、ひーちゃんは氷雨のことな。
15名無しさん@ピンキー:2007/03/25(日) 20:52:42 ID:hvV1UgsV
GJ

でも何だかネタに走りすぎてる感が否めない
こういうのも悪くはないけど、個人的には初期の流れの方が好みだったから少し残念
16名無しさん@ピンキー:2007/03/25(日) 21:07:53 ID:cToul8Mo
SSに入りきらんとこはチラ裏に書いとけ
17名無しさん@ピンキー:2007/03/26(月) 03:41:34 ID:iKAoBvXy
本当にそれでいいのかとツッコミ入れたいのは暁良でなくこっちだ!
何かエロファンタジーの境地に入ってきたな…
それで上手くまとめられるかどうかは微妙だが、続きは読んでみたいとは思った
18名無しさん@ピンキー:2007/03/26(月) 09:52:22 ID:uL5v4zNb
>>1乙。

ところで二代目スレから気になっていたんだが、
タイトルの第*章の部分だけ浮いて見えて落ち着かないんだ。
【従者】主従でエロ小説 第五章【お嬢様】
次スレ、もし不都合がなければこれで立てて欲しいっす。
19名無しさん@ピンキー:2007/03/26(月) 14:35:18 ID:5psc2TkM
>>14
GJ!漏れは大好きだ!
20Il mio augurio:2007/03/26(月) 16:56:49 ID:xGIpnKK4
「氷雨さん!」
もういい加減にして欲しいと思い、暁良は氷雨に呼びかける。
「どうしました?」
「どうしたもこうしたもありません!いつまであんなことするんですか!?」
「あんなこと?……あぁ。あれはもう終わりです。実際は多少のことを教えればよかったんですから」
メイドたちが驚いていますよ、中で話を伺いましょう、と、氷雨は暁良に部屋の中に入るように促す。
室内に入り、椅子に腰掛けると暁良は俯いて床を見たまま問いかけた。
「どうしてあんなことをしたんですか…」
「教えるついでに、テストをしましたから」
「テスト?…暁香お嬢様にですか?」
「いいえ、違います。暁良、貴方にですよ」
「は?」
暁香ならばともかく自分が対象となるテストだなど、見当も付かない暁良は目を丸くする。
椅子に座り、足を組み替えながら氷雨は静かに告げる。
「貴方は、暁香お嬢様を好いている…いえ、愛している、と言ったほうがいいでしょうか」
「っ!?」
隠していたつもりだったのに!
知られていることにぞっとして暁良は氷雨を窺った。
「そうと知ってしまいましたから…試しました」
「私が誰を好きだろうと愛していようと、いいではありませんか!」
試される謂れなどない、と暁良は声を荒げる。
それを軽く受け流し、涼しい顔を崩さぬままに氷雨は言った。
「そうですね、本来、そういったことに口出しするものではないでしょう」
「なら!」
「ですが、その相手が暁香お嬢様だと、また違ってくるんです」
「想うだけがどれほどの罪になりますか!?」
想う心すらも咎められたくない、と暁良は強く言う。
その暁良の剣幕に苦笑を零し、遠くを見ながら氷雨は静かに告げた。

「……暁良、私はね、ある人を殺そうとしたことがあります」
「え、でもそれは…」
仕事ではないのか、と問おうとする暁良を遮るように氷雨は言う。
「仕事として、ではなくて、私個人の感情で、です」
「え!?」
「その人は、私が唯一愛した……恋人でした」
「恋人…」
「でも、彼女は生まれ落ちたその時から、夫となる人が決まっていました。泊瀬家には及ばないまでも、名家のお嬢様でしたからね」
「それじゃ…」
「ええ。秘密の恋、というヤツでした。まぁ、瑶葵様はご存知でしたが。というより、瑶葵様に色々と便宜を図って頂きました。
もともと泊瀬家と交流がある家のお嬢様でしたから、その跡継ぎである瑶葵様と会うことも、贈り物のやり取りをすることも、不自然ではありませんでしたし。
瑶葵様と彼女には共通の趣味もありましたからね」
21Il mio augurio:2007/03/26(月) 16:57:30 ID:xGIpnKK4


「初めて会ったその時に、恋に落ちました。…一目惚れ、ですね。彼女もそうだった、と言っていましたけど。
唇が触れることも身体を重ねることもない、ただ会って寄り添うだけの関係で…そりゃ欲求はありましたけど、話をして見つめ合うだけで満たされてしまう程度のものでした。
会えるだけで、幸せだったんですよ」
――それが儚く尊いものだとわかっていたから…
「……」
「でも、ついに彼女が結婚してしまう時が来て…最後に会ったとき、彼女は私への愛を抱いて生きる、と言いました。私は愛を貫いて結婚しない、と告げました。
彼女には、わたくしより好きな人ができたらいいのよ、と言われましたけど…今まで、そんな人に出会えていませんね」
「それはわかりましたけど…」
それが、と、問いかけようとする暁良を遮り、氷雨は続ける。
「…彼女が身籠ったことも、子供を産んだことも、瑶葵様から聞きました。会いには行きませんでしたし、会うつもりもありませんでした。
会わないようにしていたんです。会ってしまったら自分が何をするか、わかったものではありませんでしたから」
でも、会ってしまった。一番会いたくて、一番会いたくない人に…
会いたくて会いたくてたまらない人に会えた、という一瞬の狂喜。
その次に訪れた狂気と呼ぶに相応しい、衝動。
「瑶葵様が彼女を探しにおいでにならなければ、間違いなく彼女を殺していましたよ」
「その人は…」
「彼女は抗いませんでした。むしろ望むようにその身を私に委ねていました」
「どうして…ですか?」
「疲れていたのかもしれません。…後で知ったことですが…彼女はただ、子を生すための道具、と見なされていたようですから」
「そんな…」
あんまりだ、とでも言いたげに暁良は呟く。
「名のある家の方同士の結婚ではよくあることです。そう珍しいことではありません。
……そのことに疲れて、死ぬことも」
「亡くなった、んですか?」
ずっと過去形で話されることに、もう亡くなっているのだと感じながらも暁良は問いかける。
「自殺か他殺か、はっきりしないままだということですが…私にとってはどちらでも大差ありません。
わかっているのは、死んでも会えない、ということだけ」
「死んでも?」
「そうでしょう?私の手は、血に塗れていますから―彼女と同じ所に逝けるとは思えません」

22Il mio augurio:2007/03/26(月) 16:58:40 ID:xGIpnKK4


「暁良、貴方はどうですか?」
「どう、とは?」
「暁香お嬢様は貴方を手放さない。どこへでも連れて行くでしょう。…たとえ嫁ぎ先であったとしても。
そうなれば、夫である男に抱かれているときの声を聞くかもしれない。絡み合っているところを、見る気がなくても目撃してしまうかもしれない。
その経験は私にはありませんが、想像したことはあります。……耐え難い、そう思いました」
そうではありませんか?、と見つめてくる氷雨から逃れるように視線を外すと、苦しげに吐き出した。
「そんなこと…想像したくもありません。………あれは警告でもあったのですか?」
暁香の、勉強と言えるか甚だ怪しい、あの時間は。
あえて同席させて、問い詰めるさせか、考えさせるために仕向けたのか。
氷雨はそれを否定も肯定もしない。
「…酷なことを言っているとはわかっていますが、覚悟をしておいたほうが貴方のためです。
暁香お嬢様は、もういつ嫁ぎ先が決まってもおかしくありませんから」

それはずっと考えないようにして、目を逸らしていた問題。
いつか、を先延ばしにしたくてそうしていた。
どんなに目を逸らしても、いずれ訪れるというのに。
どんなに好きでも愛していても、それが成就する可能性は低かったというのに。

あらためて、突きつけられた気がした。
23Il mio augurio:2007/03/26(月) 17:02:21 ID:xGIpnKK4
性教育は問題提起のために必要だったんだが…
続けて、いいのか?
24名無しさん@ピンキー:2007/03/26(月) 17:11:23 ID:mqOVQjkI
と言われましても
25名無しさん@ピンキー:2007/03/26(月) 19:34:48 ID:Ao+2/4di
自分の作品に自信があるなら続ければいいし、そうでなければ止めるのは自由。
読む側は誰にもその決断に異を唱える権利は無い。
あるのは、読むか、読まないか。それだけ。
26名無しさん@ピンキー:2007/03/26(月) 20:06:20 ID:F9rBmobu
埋め



***

「案外綺麗にしてあるじゃない」
鷹子は勢いをつけて膝丈のスカートを翻し、やや乱暴にベッドに腰掛けて、
浩次の寝室を見渡した。
肩までかかる黒髪がはらりと、その白い喉元にからまる。
家にいるなら、即座に叱責されそうな粗雑な動作、無遠慮な視線。
でも、幼い頃から彼女に仕えて一緒に育ち、長じては使用人となった
浩次の前では、どんな気遣いも遠慮も要らない。
もちろん浩次だって、へつらいや追従をしない。
彼が自分の家を構え、そこから鷹子の屋敷に通うようになっても、
それが変わらない二人の約束だった。

「お嬢様がいらっしゃるというので、急いで掃除したんですよ」
浩次が細い眼鏡のフレームを上げながら苦笑した。
「でも、いいかげん意地を張るのをやめて、旦那様に頭を下げたらどうですか?
書置きをして家出なんて、屋敷では大騒ぎになっていますよ」
「少しは私のこと、心配すればいいんだわ。私より二十歳も上の
年寄りの写真を見せて、来月この男と結婚しなさいだなんて、
時代錯誤もいいところよ」
鷹子は、ふんと小さく鼻を鳴らし、浩次は忍び笑いを漏らした。

「お嬢様は天邪鬼ですからね。ああいうやり方ではお嬢様が反発することを、
旦那様がご存知だったら良かったのでしょうが」
「そう、そうよ。だから私、お父様が改心して私を理解するようになるまで
ここにいようと思うの。ね、いいでしょう? 浩次」
「それは構いませんが……」
口ごもった下僕に、鷹子はきっ、と強くにらみ付けた。
「何?」
「お嬢様は人目につきやすいですから、少し偽装工作した方が良いかと」
「偽装工作?」
「ええ。何かお嬢様の持ち物を、ここから遠いところに捨ててきて、
別の方角へ行ったと見せかけるのです」

「いい考えね。で、その持ち物は何がいいかしら」
「靴ではどうですか? この手の靴は脱げやすいですから、歩いていて
脱げて無くしたというような状況で」
浩次はひざまづいて、そっと鷹子のバックストラップのハイヒールに触れた。
「いいわ、じゃあ脱がせて」
鷹子は冗談交じりに足先を突き出す。
だが、浩次はそれを本気と取ったのか、恭順な態度で体を曲げて、
右手で靴底を支えると、左手でストラップのボタンを外した。
そしてその手を足首まで這わせて、すべすべのかかとを撫でさするように
覆い、華奢な作りのハイヒールを剥ぎ取り脱がせる。
27名無しさん@ピンキー:2007/03/26(月) 20:07:35 ID:F9rBmobu
「浩次……?」
ことりと小さな音をたてて靴が床に落ちても、彼の手は離れなかった。
指がやわらかく曲げられて、かかとを包み、親指がもみしだくように、
くるぶしをさする。
足首の窪みが埋まり、そっと揺すられて熱を生んだ。
右手のひらにぴったりと付けられた土踏まずが、汗にじっとりと濡れる。
ぞくぞくするような感覚が、内腿を伝わって鷹子の中心に届いた。

「……っ、浩次……」
喘ぎにも似た呼び声に、浩次が鷹子を見上げた。
共犯者めいた笑みがその顔に浮かぶ。
鷹子は喉が渇いて何も言えず、つばを呑み込んで、されるがままに
もう一方の足から靴を脱がされるのを、ぼんやりと見詰めた。
整えられた彼の爪が、女性的な曲線のふくらはぎを、さらさらと掻き撫でる。
彼の手は決してそこから上がって来ないのに、触れられた箇所から
生まれた熱は、荒れ狂ったように鷹子の全身を刺激する。
何もかも見通しているような視線に晒されて、憎らしさにその顔を
蹴っ飛ばしたいという衝動と、しばらくは彼の世話になるのだから
という打算が、彼女の胸の内に渦巻いた。
彼が手を離した後も、それは悔しさとなって残り、彼女は歯を噛み締める。

「では、行って参ります。ここの物は何でも使って構わないですが、
自分が帰ってくるまで、この家から出ないで下さいね」
「靴がないのに、どうやって外に行くのよ」
強気な姿勢を取り戻した鷹子が、不満げな顔をして浩次に言い返し、
浩次は喉の奥を鳴らして笑った。
「そうですね。不便なこともお有りでしょうが、ご要望などがありましたら、
努めて用立て致しますので、何でもお言いつけ下さい」
「わかってるわ、浩次。もう行ってちょうだい」
唇だけで笑っているような彼の冷たい表情に、訳の分からない怒りが
掻き立てられ、鷹子は浩次を追い出そうと、ぞんざいに手の甲を振る。
「はい、では」

浩次の足音が小さくなり、玄関の扉が遠くでわずかな音を立てて閉まると、
鷹子はそのままベッドに体を倒した。
それから、先ほど感じた体の火照りを、冷ますようにゆっくりと息を吐き、
そしてまた逃さないように体を丸めた。
28名無しさん@ピンキー:2007/03/26(月) 20:12:59 ID:F9rBmobu
ごめん。間違えたorz
29名無しさん@ピンキー:2007/03/26(月) 21:53:16 ID:uL5v4zNb
埋め用の続編500KB頼んだw
30名無しさん@ピンキー:2007/03/28(水) 15:23:27 ID:oAJu16/V
全すれうまったな
31名無しさん@ピンキー:2007/03/30(金) 02:58:16 ID:tVWzNX9x
書いてみたので、取り敢えず投下してみる。
職人様方がくるまでの暇つぶしにでも。
32これは恋ではない〜春〜:2007/03/30(金) 03:07:35 ID:tVWzNX9x
「入って」
扉の向こう側から発された少女の声に、つい今し方その扉をノックした青年、高遠棗は目を伏せ、小さく息を吐いてから目の前の扉を開いた。
「失礼します。桜子様、旦那様が・・・」
用件を伝えようとした青年の声は途切れる。照明が消された暗い部屋の中、光と呼べる物は扉が開け放たれたテラスから差し込む月明かりだけである。
風で揺らめくカーテンの向こう、桜子と呼ばれた少女はテラスの手摺りに寄り掛かり此方を見つめていた。
何故かキャミソールにショーツというあられもない下着姿で、その為惜しげもなく晒されているすんなりと伸びた手足は月明かりに照らされ、太陽の下で見た時以上に白く輝いて見えた。
また少女の長い黒髪は夜風をはらんで舞い上がり、月光を纏ったその姿を一層艶めかせていた。
棗はその、儚さを含んだ美しさに魅せられたのだ。しかし、直ぐに己を律し何事もなかったかのように振る舞う。
「桜子様、旦那様がお呼びです。」
「そう」
短く返した言葉には、明らかに不機嫌な色が滲んでいた。
桜子は顔を逸らし、庭の景色に目を向けた。
これ以上男の話など聞きたくないし、此処を動く気もないとでも言うように。
先程から男は表情一つ変えない(少なくとも桜子にはそう見えた)。桜子は其れが酷く苛立たしかった。
「桜子様」
桜子は答えない。男の方を見ることもしない。
困ればいい。困惑して、そのポーカーフェイスが崩れればいい。
しかし、そうはならないであろうことも桜子は判っていた。
何時だって、男は表情を変えはしなかった。
何時だって、感情を揺さぶられるのは桜子の方だった。
33これは恋ではない〜春〜:2007/03/30(金) 03:10:40 ID:tVWzNX9x
「桜子様」
再びの呼びかけと同時に、肩にそっとガウンを掛けられる。
「もう春とはいえ、そのような格好で夜風に当たれば風邪を引きます。部屋にお戻り下さい。」
「・・・別に、寒くなんか無い。」
「それに婚約者のいる方が他の男の前で下着姿で居るのは宜しくないと存じますが。」
そんなことは判っている。
桜子は来春、高校卒業と同時に親の決めた婚約者に嫁ぐことが決まっている。
判っている上でこの姿で居る意味をどうして男は理解しようとしないのか。
年頃の少女が男の前で下着姿になることが恥ずかしくない筈など無いのに。
「・・・・・・・・・よ」
「桜子様?」
囁くように告げられた言葉が聞き取れず、棗は少し首を傾げた。
「棗の、前だからこそよ」
今度はよく通る凛とした声で、桜子ははっきりと男に告げた。
その瞳は強い意志を湛え男を見据えている。
目を逸らすことが出来ない。
互いに見つめ合ったまま、どれ程の時が過ぎたのだろうか。
一瞬とも、永遠とも感じた時間の後に、目を伏せたのは桜子の方だった。
「冗談よ」
少女はそのまま何も無かったかのように男の横を通り過ぎてクローゼットへと向かい、
中からワンピースを取り出してそれに着替えた。
「それでお父様は何処にいらっしゃるの」
「書斎です。」
桜子が着替え終わるのを見計らって、棗はその肩に先程のガウンを掛けた。
桜子は其れを平然と受け止め、棗が開けた扉から出て書斎へと向かった。
34これは恋ではない〜春〜:2007/03/30(金) 03:14:27 ID:tVWzNX9x
取り敢えず終わりです。
最初の方の改行が変で済みません。
35青信号の犬15:2007/04/01(日) 00:44:25 ID:6ePuVJAq
 女は北へ行くという。なら俺は南に行こう、と捕虜は自分の故郷とは正反対の方向である南へ発った。
なれない土地や気候や風景は面白いもので、暇にまかせてぽつりぽつりと南下した。
いままでそうしていたように乗合馬車に乗る。出稼ぎのもの、故郷へ帰るもの、旅行のもの、様々な人間が狭い荷台に納まっている。
ある村で新しく乗ってきた男からパンを買った。元捕虜と同郷だと男は言った。
無くなったと思っていた懐かしい味に表情筋を盛大に緩めながら頬張る。
まずい。だが、懐かしい。どうして自分の田舎は料理が不味いんだろう。
いかにも調子の良さそうな男は訊いてもいないのにペラペラとよく喋った。
「ねえ、知ってます?」
「、なにを?」
呆けた様子の元捕虜に男はしたり顔でにやーっと笑った。
「いやね、ウワサではあるんですけどークーデターが起こるらしいんですよ。
今オウサマがごびょーきってハナシききました?なんの病気だかは知んねーで
すけど倒れたらしいんですよね。毒盛られたりしてーあはは」
「へえ、困ったな」
話に乗り出した元捕虜に男は「これサービス!!」とりんごを押し付けた。立て板に水、と言うようにそのりんごについても並べ立てる。元捕虜は我慢なら無い、というように男を即した。
「あ、興味しんしーん?んで、おれ本当にクーデター起こるのか確かめに行っ
ちゃおうかなって!うっひょい!オウサマ世継が無いから大臣が王になるのか
な」
「そうだな、そうなるな。…俺も行こうかな」
軽い物言いの男とは正反対に元捕虜は眉間に皺を刻み呟く。
大臣ならば例え一番気に入ったものでも何の執着もなしに切り捨てられそうだ。
散々女王を弄くるために利用した元捕虜の解放とて二つ返事だった。まあ、代わりがたくさんあるのかもしれないが。
自分と同じ様に捨てられる女王のさまが簡単に浮かびあがる。
「本当!?大丈夫なんです?金はあるんですかい?」
「あぁ、こうみえても旅費はたっぷりある」
おどけた様子の男にわずかに微笑んで答える。
自分はからかいの言葉を受けるほどの形相だったのか。元捕虜は頬を摩りながら男を見た。
どちらかといえば男のほうが貧相なナリをしている。指摘すれば男は大笑いした。
「へえ!シッケーシッケー。次の町から首都行きが出てますから」
「そう、ありがとう」
それからずっと話しかけてくる男の声を右から左に受け流しながら、これからのプランを元捕虜は練り始めた。
どうしても、あの男気に食わない。
36青信号の犬16:2007/04/01(日) 00:45:19 ID:6ePuVJAq

 気にいらない。暇なわけでは決して無いが、たいくつだった。目新しいものはない。気に入りの果実は旬でない。世話係が風邪を引いた。何もないところでつまづいた。
面白くない。
ささいな要素がいくつか重なっただけだというのに女王の気分はひどく落ち込んでいた。
普段は、どうしていただろう。それすら思い浮かばない。
朝起きて、大臣の作ったスケジュールをメイドに告げられて、それから…
さみしい。
指でゆっくりと唇を撫でた。かさついている。最近はだれもかまってくれない。
だから女王は自分で自分を慰めるのだ。
寒さに冷えた手で鎖骨をそっとなぞる。その冷たい感覚は女王に大臣を思い起こさせた。
はふぅ、と喉の奥から息が漏れる。
人差し指でへそをぐるりと撫でるとゾクゾクと何かが這い上がってくる。目を瞑ると自身の秘所にうるおいを感じて、頬が熱くなった。愛撫もろくにしないまま、女王は強引に指を刺し込んだ。柔らかな痛みに眉根が寄せられる。肉壁は指をこれ以上進ませぬよう、動きを拒んだ。
指を入れたままクリトリスを刺激する。するとじんわりと秘所から湿った感触がし、肉も柔らかく女王の指を囲んだ。ひく、と女王は喉を鳴らした。
これが、元捕虜の指であったなら…無骨なあの指だったなら、私は喜んで受け入れるのだろう。
円い瞳にじんわりと涙が浮かぶ。
くちゅりくちゅりと音を立てて指を、身体を動かしたが虚しいだけだった。
ああ、あの時。大臣のときに、似ている。私だけだ。ひとりぼっちだ。
女王は点滅し始めた視界に声を上げて抗おうとした。
「や!あ、ぁ…いやぁ…ぁぁぁぁ」
ただ女王から離れた音は嬌声でしかなく。擦り上げる速さは増し、女王は喉を震わせてのけぞった。
熱っぽい自身の呼吸音が女王を刺激した。今度はうつ伏せになり腰を高く上げた。両手で乳房を強く掴む。まるで後ろから襲われているような格好だ。
「やだ…ぃぃ…いいよぉ……」
乳輪をなで上げると腰が揺れた。もし誰か部屋に入ってきたら、丁度女王の尻が、てらてらと光るほどに濡れた秘部が丸見えだ。
自然とまた指がそこへたどり着く。切ないまでに膨れ上がったクリクトスに爪をそっと立てる。
「ぅ……だれも…い、ないの…にぃ……やだよぉ…ほしっ……ひと、りは」
元捕虜はあんなに親しくしてくれたのに、置いて出て行ってしまった。大臣はあの夜以来、今までのように触れてはこない。きっと私はいらないのだ。悲しみの涙は出てこなかった。代わりに、胸の奥が締め付けられるような、こみあげる熱いものを感じた。
「…ぅ、やだぁ!ずっ、と…………が…い…」
意識と共に、はちみつのような髪が散っていった。

37青信号の犬17:2007/04/01(日) 00:46:49 ID:6ePuVJAq
 大臣は従者の言葉に片眉を上げた。不愉快、と言うよりは驚きの色が強いと従者は思った。
「叛乱?私が?」
主の言葉に従者は心中で口角を上げた。この方も人の子だったんだなあ。
無理も無い。ただただ凪いでいる状況の今、国王が伏せていてその上腹心である大臣がクーデターなど事実無根である。
大臣はこのところずっと地方の穴だらけの収支報告と格闘していたし、王が籠もっているのだって風邪だとメイドから従者は聞いている。
トントンと机を叩いて大臣は首を捻った。目線は書類に向いているが、意識は違うのだろう。
従者は少しばかり、不謹慎ではあるがわくわくとした。ああ、なんでもできますというこの人が困っている。
高々噂話、されど噂話。
確実にこの話は、問題を起こすだろう。そう考えるだけで従者は卒倒しそうだった。
それは当たっているが、外れていた。
とうに問題は出ているのだ。だれもそれに取り組もうとしていなかっただけで。
「厄介ですね。この話はどこまで伝わっているんです?」
「はい、一番遠いところでは**です。既に宗主国全土には伝わっている模様です」
大臣は額に左手をあてると、書類を後方に放り投げた。いくら写しであるとはいえ普段の大臣からは考えられない所作だった。
「はぁー…面倒ですね。早馬でもなんでもいいですから首都以外の全ての自治区に事実を。それと、兵も出しなさい。特に国境近くの郡には警戒しなさい」
「はい!…ですが、兵も出すとなるとここが手薄になりますがよろしいのですか」
「――よろしいのですよ」
今までの面倒そうな不機嫌な表情が一転して、大臣は口元に笑みを浮かべた。
頬をうっすらと染めて、従者はメモを取った。これから忙しくなる、楽しみだ。
「……それと、おまえ」
「はい!」
昂揚とした表情を隠そうともせず従者は顔を上げた。飛び上がるような仕草に豊満な乳房が上着の下で踊った。呆れたように大臣が告げる。
「その変態のような性癖は嫁ぐときまで隠しなさい。少なくとも仕事場では」
「無理です!」


 雨がたたきつける城は壮観であったが、おどろどろしい雰囲気はなかった。
目の前にそびえるこの大きな城の中に勤めていたことなど、夢のようだ。まるで事実に思えない。
あの中での出来事はすべてぼんやりとしている。元捕虜はブーツの中に水が入らぬよう足元に気を配りながら、裏門へ廻った。
いつになく静かだ。雨の音しか聞えず、通用口をくぐっても門番は元捕虜に目を向けただけで黙認した。
顔見知りだったように思うが、元捕虜は門番の名を覚えていなかった。
うつろな記憶をたどって、城内へと侵入りこんだ。これほど容易く入れるとはおもっていなかったため拍子抜けの思いだ。
「物騒だな」
小声で呟いて、口を手で塞いだ。いくら雨音が強いとはいえ誰が通るかわからない。特に使用人口が近いこの通路に留まることは愚かなことに思えた。
だが、どうすればいい?元捕虜は城に戻ってきた事を後悔しつつあった。なりゆき、というよりは勢いで戻ってきてしまった。女王を連れ出すことも、受け入れることも出来ないというのに。
状況によってのプランは立てた。だがそれを実行するのか?
何故そのような決断すらままならないというのにここまで来てしまったのか。
元捕虜の足は意識とは別に、確実に女王の私室へと向かっていた。何度も訪れた場所だ。忘れるわけが無い。
会いたい。会いたくない。
誰かに会えば帰れるというのに。そうため息を吐いて捕虜は足を止めた。
かえれる?どこに「かえる」というのだ。故郷もなにもかも略取されたというのに。
38青信号の犬18:2007/04/01(日) 00:48:49 ID:6ePuVJAq
愕然として元捕虜は足を速めた。行き先は、もちろん、女王の部屋だ。
畜生畜生畜生畜生!あの男。
ここで初めて元捕虜に復讐心が芽生えた。否やっと気付いたのだ。自身の心に。いままで見えないフリをしていた暗い部分に。
一番大臣が大切にしていたであろう、女王を奪ってやる。大臣を――。
女王には悪いが、自分への好意を利用させてもらおう。あれを殺されたら女王は悲しむのだろうか。それとも解放されたと喜ぶのだろうか。
―――その場で叶わず、始末される自分に涙を流してくれるだろうか。
元捕虜の手が、女王の私室の扉へと届いた。触れた瞬間、乱暴にその扉を開く。
室内に女王は、彼女は――いた。
――女王は雨にも関わらず、開け放された窓の外を眺めていた。

「待ってたよ。元捕虜くん」

濡れた髪が、風によってゆらゆらとなびいた。
横目で元捕虜を見て女王は微笑んだ。感情のよくわからぬ表情だと元捕虜は顔をしかめる。
「待ってたよ。待ってたけど元捕虜くんは私をさらってはくれないんだろ?私も少しは賢くなったんだ。やっと、やっと現実が見えてきたのかもしれないな」
うねった髪を片耳にかけて女王は元捕虜に向き直った。
確かに会わなかった半年近くの分、いやそれ以上女王は大人びたように見えた。
元捕虜は女王の儚い微笑みに、言葉を探すがみつからない。
「風邪を、陛下。そのようにしていては、風邪を召されます」
「うん。そうだね。風邪をひいちゃうね。でも君となら大丈夫だと思うんだ。だからさ、今度は一緒に連れて行ってよ。途中まででいい。そこからはひとりで行くよ」
女王の言葉にハッとして元捕虜は女王を見据えた。
服装は簡素なもので、庶民風であったし。震える声はともかく、その瞳は意志を持って元捕虜を映していた。
「…行きましょう。俺と一緒に来てくれますか」
「もちろんだよ」
元捕虜の差し出した手を取る女王の、足元はヒールから歩きやすそうな物にいつのまにか変わっている。
もう女王は、元捕虜の知っている女王ではないのだ。
添えられた手をしっかりと握って元捕虜は頷いた。


「大臣のところへ行きます。何も訊かないで下さい」
「わかったよ」
女性の手を取って走るという作業は見た目の通り、大変だ。普段使わぬ部位が酷く緊張しているようだった。
途中からは抱え上げて移動したが、これも物ではなく人であることから緊張を伴った。だが女王と密着した体勢と言うのは次の行動へ移る際に有用だ。
それに不思議とだるさや辛さは感じなかった。
早鐘のように響く鼓動が女王に伝わっているのではないか。元捕虜は大臣のもとへ近づくたびに女王を抱きなおした。握り返す女王の手のひらにあまやかな死を願う。

 護身用のナイフでは心許ない、が仕方が無い。元捕虜にも予想外の行動だった。ナイフの有無を確かめて扉を開く。無意識につばを飲み込んだ。
「おかえり。よく来たね、ふたりとも」
広い執務室の正面。机に寄りかかった大臣しかおらず、元捕虜は一歩引いて部屋を見渡した。
「そう警戒しなくともいいだろう。入りなさい。ほら、****も降りなさい。自分で立つんだろう?」
くすくすと笑い声をもらして大臣は二人を招いた。女王にいたっては名前を呼ばれたことに酷く動揺して、元捕虜に回す手を強めた。
警戒しつつ、女王を降ろし入室する。おそるおそるという二人に大臣は温度のない目を向け微笑んだ。侮蔑の笑みではない。
元捕虜は大臣を見据えて柄を握る。このナイフでは殺せないだろう。それでも深く呼吸して、鞘から引き抜いた。
鈍く光るそれを見て驚いた表情を見せたのは女王だけだった。
「、こっ殺すのはだめだ!人を、殺すのはよくない!おまえも傷つくんだぞ!」
元捕虜は女王を見なかった。震える拳を握って女王は俯いた。
「わたしも、きずつくんだぞ!」
「……傷付かない。少なくとも私は傷付かないよ****。私は大臣じゃないからね」
39青信号の犬19:2007/04/01(日) 00:49:38 ID:6ePuVJAq
怯える女王を薄い色の瞳に映して大臣は言った。
「だまれ!」
「君は私を殺したいのか?でも残念だね、私は生きたいんだ。だから私は死なないよ。死ぬことを念頭に置いてここに来た君に殺せるわけが無い」
緊張を帯びた元捕虜とは対照的に、大臣は誰の目にも余裕に見えているだろう。
ゆったりとした動作で窓に近づく。充分な高さがあるが飛び降りるつもりだろうか。元捕虜は一歩詰めた。逃がしたくない。
大きくガラスと木枠が軋んで窓は開かれた。外からは相変わらずの雨と風が吹き込む。
「ひどい雨だね」
「な!!おまえも死ぬ気か?!」
「バカだな****。逃げるだけさ」
大臣はモノクルに触れ、そっとそれを机に置いた。雨粒で濡れている。
元捕虜はもう一歩詰める。飛び込みはしない。そんなことをするのは馬鹿だけだ。
元捕虜と大臣には十分な体格差がある。たとえナイフが頼りなくとも、急所に刺さらずとも、それだけで勝因になりうる。
だが大臣が一方的に不利ではない。
手の内が読めない。その上激しい雨の中脱出しようとする体力は最低でもある。
「****。さよならの前にに本当のことをひとつだけ教えてあげよう。私は――」
シュワシュワと発泡するような音がし、激しく煙が焚かれ始めた。先ほどのモノクルの位置からもうもうと煙が舞い上がる。
よく仕込んだものだと、驚きを通り越して感心するが元捕虜は踏み切る。捉えた大臣を、ナイフはすべるようにして掻き切った。
手ごたえは、ない。





 煙にちくちくとする目をこすって女王は元捕虜を呼んだ。
「置いてかないで。ねえ!どこなの?ねえ!」
喉もいがらっぽいし、酷く乾いていた。また置いていかれたのだろうか。落胆しつつも手を伸ばせば何かに触れた。
「陛下。目は、こすらないで。ここにいます。あいつは…」
「いいんだ!キミがここにいれば充分じゃないか!」
腕に触れる元捕虜の手をたどって腰に強くしがみついた。
充分だ。ここに、一緒にいるなら。
「でも、あいつは…」
「あれは死んだ!いない人間なんだ!忘れる!キミがいれば充分だって言ってるじゃないか!バカ」
薄汚れた元捕虜の服をぎゅっと掴み、顔を寄せた。女王の頬に涙が伝う。雨はまだ降っているから、声を出したってだれにも聞えないだろう。
元捕虜からは汗の香りがする。生きているここにいる。どうしてそれだけじゃいけないのだろう。
「キミはバカだ!…でも好きだ。どこにもいかないで、傍にいてよ!」
元捕虜は諦め切れないだろう。だがそれでも良い。女王は握った手を緩め、また手をまわした。
「……雨、止むといいですね」
何かを惜しむような、緊張したような声音だったが元捕虜は女王をしっかりと抱きなおした。

おわり
40名無しさん@ピンキー:2007/04/01(日) 00:53:22 ID:6ePuVJAq
おつかれさまでした。
青信号犬・正規ルートはこれで終わりです。
やっつけな感じになりましたがここまでお付き合いいただきありがとうございます。初めてでどうにか完結できたのでうれしいです。
41名無しさん@ピンキー:2007/04/01(日) 08:01:21 ID:5cyWjjrt
乙でした

大臣が何をしたかったのか何を考えてるのかよくわからなかったから
俺の中では消化不良気味だ
42名無しさん@ピンキー:2007/04/02(月) 19:20:23 ID:DyP1ZeuS
>>40

あのコピペからここまで膨らませてお疲れ様!
確かもうひとつ、大臣ルートもあるんだよね? そっちで、大臣がやりたかったこととかがはっきりわかるのかな?
期待して待ってます〜。
43名無しさん@ピンキー:2007/04/05(木) 02:01:16 ID:ahJgK7r7
良スレage
44島津組組員:2007/04/07(土) 17:21:28 ID:Yr69gcRz
一週間ぶりの投下なのに、エロがなくて大変恐縮ではありますが、「涙雨恋歌 第4章 野分」を投下します。

連載を始める際に「5章で完了、2章からはエロあり」と書きましたが、どうやら5章では終わらず、この4章はエロもありません。訂正してお詫びします。

今回は9レス分です。暴力表現がありますので(陵辱なんかではありません)、痛いのが苦手な方はスルーしてください。

ではどうぞ。
45涙雨恋歌 第4章 野分 1:2007/04/07(土) 17:23:06 ID:Yr69gcRz
1.

 辻井が都内に戻ってきたのは、水曜日の夕方だった。共に連れて行っていた若い衆を引き連れ、事務所へ戻り島津に挨拶をした。
「ただいま戻りました」
「お前、それ以上俺に近寄るな」
「は?」
「風邪っぴきに用はねェ。後で見舞いをやるから、家帰って寝てろ。事務所中に風邪菌撒き散らすな、とっとと帰れ。お前ら、塩撒け、塩」
 親分にそこまで言われては、自覚症状がないとはいえ事務所にいるわけにもいかない。
 葬式帰りだから塩撒くんっすよねえ……という若い衆の声を聞きながら、しょうがなく、辻井は自宅マンションへ戻った。
 旅の荷物を片付けようとクローゼットを開けた途端、悪寒が背中を走り、そのまま辻井は倒れこんだ。
 瀬里奈と最後に会った夕方に、半身を雨に濡らしたことを思い出す。新幹線も旅先のホテルもエアコンが効きすぎて、そういえば寒気がしていたことも、かろうじて思い出した。


 目を覚ますと、ベッドに寝ていた。ナイトテーブルには水差しとグラス、タオルが乗せてあった。グラスに水を注ぎ、浴びるように飲んだ。
 いつの間にかスーツも全てハンガーにかかっていて、見たことのないパジャマに着替えされられていた。そばにいつも羽織るガウンがある。それを羽織ってダイニングへ向かった。
「あら、お目覚め?」
 キッチンから、女の声がした。雨の日に車に乗せた、女の声だった。
「彩さん……? 何をして……」
「食べられるなら、お粥作るわよ」
 辻井の疑問を遮るようにして彩が言った。
 いただきます、と答えて、ダイニングの椅子に座った。
「着替えもあなたが?」
「ええ。勝手にベッドへ運んじゃってごめんなさいね」
「いえ、お手数おかけしました」
「隆尚さんから、看病に行ってこいって言われて来てみたら、玄関のドア開けて倒れちゃうから驚いたわよ。後で、隆尚さんも来るって」
 彩が作った粥をゆっくり口に運ぶ。しょうががたっぷり入った熱い粥を食べて、辻井の身体に汗が滲んだ。
「汗かいたら、着替えたほうがいいわ。着替え、買ってきてあるから」
「もう、着替えさせてくれないんですか」
 ため息をついて微笑みながら彩は首を振る。長い髪が軽く揺れる。
「手に入らないものばっかり欲しがるのは、あなたの悪いクセね」
 汗で額に張り付いた前髪を彩が梳いた。
「まだ熱いじゃない。それ食べたら、もう一度寝なさい」
 彩の手を掴んで、そっと指に口づける。
「帰らないでくれますか」
「――いいわよ」
 彩は頷いて、辻井の髪を逆の手で梳いた。
 部屋は線香の香りがした。彩が、仏壇に線香を立ててくれていたのだろう。
 その香りを避けるように、辻井は寝室に戻った。彩が寝室に入ってきた気配を感じながら、眠りに落ちた。
 彩がそっと手を握ってくれているような、そんな気がしていた。


 夢の中で、瀬里奈が泣いていた。
 瀬里奈はいつも泣いてばかりいる。笑っているほうがずっといい顔をしているのに、辻井の前ではいつも泣いている。
 まだ子供の頃、近所の子供の輪に入れずにひとりで遊んでは、淋しそうに泣いていた。
 母親が子供を迎えに来る中、ひとりぼっちで公園に残されて、不安に涙を流していた。
 ヤクザの子供だといじめられ、友達が作れずにやっぱりひとりで涙をこらえていた。
 つい最近も、父が母以外の女性と結婚すると知り、そのショックで泣き叫んでいた。
 泣かないでください。
 夢の中で辻井は瀬里奈にそう言っている。
 泣かないでください。女が泣くのを見るのは、辛いんです。女の泣く顔を見るのは、もう嫌なんです。
46涙雨恋歌 第4章 野分 2:2007/04/07(土) 17:25:12 ID:Yr69gcRz
2.

 辻井は夜中うなされて何度も目を覚ました。その度、彩が辻井の背をさすり、汗を拭き、着替えさせてくれた。
 何度目かに目覚めた時には既に朝になっており、すずめが窓の外で鳴いていた。
「普段極道だなんだって威勢がいいけど、病気しちゃうと子供より弱いわね」
 辻井の背中の汗を拭きながら彩がからかった。
「慣れてませんからね」
 憮然として辻井は答えた。だが、彩の看病のおかげか元来の身体の強さのおかげか、一晩寝た今は随分と楽になっていた。
「よう辻井、マメドロ(寝取り)は絶縁って覚えてるか。お前の場合はついでにあそこ引っこ抜いて、生きたまま刻んでやるから覚悟して手ェ出せよ?」
 ドアのところに島津がニヤニヤ笑いながら立っている。
 艶のあるグレーシャンブレーの細身スーツに、パキっと際立った白いスタンドカラーシャツ、胸ポケットにはボルドーのネクタイをポケットチーフ代わりにいれてある。
 島津がそんな格好をすると、本当にイタリアあたりの色男風になる。並んで歩くのが嫌になるほどだ。
「随分今日はラフですね」
「ああ。珍しく会議だ会食だってのがないんでな。あのな、お前が鈍感だってのは知ってるが、あんまり若ェのに心配させんなよ」
 一緒に行った若い衆から何度か体調を確認されたが、その度に辻井は大丈夫だと答えていた。どうやら若い衆同士で辻井の体調について会話していたのが島津の耳に入ったのだろう。
「それにな、一晩彩を占領したんだ、そろそろ回復してるだろ。飯食ったら事務所行くぞ」
「おやおや、人使いの荒い親分さんだこと」
「そっちは慣れてますよ」
 彩が弾けるように笑った。


 まだ少し立ちくらみがするが、なんとかスーツを着て、ダイニングへ行く。そこにはジャケットを脱ぎ、まるで自分の家のようにくつろいでコーヒーを飲んでいる島津がいた。リビングの床には島津のガード役の組員が正座をして待っている。
「もう大丈夫?」
 キッチンから彩が訊く。立ちくらみがすると言うと、食ってねえからだ、と島津に一蹴される。野蛮よね、と茶化した彩が昨晩の粥と、鶏肉と豆腐をすりつぶして団子にしたスープを出してくれた。
「なんかそっちのほうが旨そうだな」
 新聞を読んでいた島津が、辻井の皿を覗き込んで呟いた。
「いやしいこと言わないでよ、あげますから」
 やれやれと彩がコンロに火を点けた。スープ皿を取り出してスープをよそい、島津の前へ差し出す。話をしながらふたりはスープをすする。
「真由子のあの件、昨日動きがあったらしい。夏目が報告したいって来てるぜ」
「3日で随分調査も進んだんでしょうね」
 さてと行くか、と島津が立ち上がると、即座にリビングの組員が玄関のドアを開けて待つ。
 島津の背中の龍が、うっすらと白いシャツ越しに人を威嚇している。主題の昇竜が描かれているだけで、背景はほとんどない。腕や胸、脚に絵柄がかからないように、彫り師に頼んだからだ。
 普段のスーツなら島津も必ずベストを着ける。スーツ姿のマナーとして基本的に人前で上着を脱ぐことはないが、万が一上着を脱いだ場合でも、背中の刺青が透けて見えないためにだ。
 カタギ衆と会う予定が入っていない今日は、例え上着を脱いで、背中の文様が見えても構わないのだろう。むしろ島津の龍に憧れる者は多いので、透けて見えることがプラスに作用してもマイナスになることはない。
 辻井自身は墨を入れていないが、稼業に入ったばかりの時はやはり刺青には憧れた。島津が「意味ねえからやめとけ」と止めなければ、辻井も墨を背負っていたはずだ。


 彩が島津と辻井の上着を着せて、玄関まで見送りに来た。
「片付けたら、カギ閉めて帰ります。都合のいい時に連絡くれれば、カギを届けに行くわ」
「わかりました。一晩、ありがとうございました」
「いってらっしゃい」
 彩が言うと、島津が彩の腰を抱いて軽く口づける。島津がじゃあな、と言い置いてふたりは地下の駐車場へ向かった。
47涙雨恋歌 第4章 野分 3:2007/04/07(土) 17:26:47 ID:Yr69gcRz
3.

 島津の車の中で夏目が話を始める。
「ひな子を殴ったのは、森尾宏太。M大学の3年生です。大学のサークルやアルバイト先なんかで、カモになりそうな女を見つけては、マンションに誘ってコマシてます。恐らくそのマンションにカメラを仕込んで、撮影しているんでしょう」
 先に手渡されているレポートには、宏太の自宅、家族構成、その詳細、今までカモにしてきた女のリスト、本命の彼女などがぎっしりと書き込まれている。
「マンションやアルバイトは、カモを変えるごとに変えてます。引越し先も容易に掴めないように小細工してますし、番号も固定せずマメに変えて足がつかないようにしてますね」
「随分本格的だな、おい」
 島津が鼻で笑う。
 隠し撮りしているビデオは女を捨てるごとに青山の店に売り込みに来ていて、盗撮モノの中ではそこそこ人気がある。まだひな子のものは売り込みにきていなかった。
「風呂屋で働きゃあ、他とは違って結構な金になるからなあ」
「本当は手放したくなかったんじゃないですかねえ」
 夏目が笑いながら言った。
「本当にヒモになりたきゃあ、殴るだけじゃダメなんだよ。殴った後に、今までしたこともないくらい優しくしとかなきゃよ。殴りっぱなしじゃ、ただの暴力男だぜ」
 まだまだだなあ、と島津は笑う。


「それから、今の女がその女子高生ですね。ひな子を殴った次の日に金を初めてせびったようで、援助交際して補導されてます」
「こりゃあ、お嬢さんの友達の万理って子ですね」
 万理の写真を手にとって、島津に見せる。
「――瀬里奈のヤツ、やたら男関係について訊いてたな」
「いや、少なくとも自分たちが調べ始めてから、森尾はお嬢さんとは接触してないですよ」
 助手席から後部座席を振り向いて夏目が話した。
「で、動きってのは?」
「昨日の夜、ひな子に電話があったんですよ。もう一度金を寄越せって脅しの電話です。なんで、それを録音させてまして、今頃高瀬さんと一緒に、ひな子が森尾に会ってるはずです」
 夏目は元々は腕利きの刑事だった。優秀すぎたのか、キャリア組の男に徹底して嫌われ、嵌められて懲戒免職になった。そこを辻井が拾って調査専門に育ててやった。
「森尾に仲間はいないのか」
 島津が訊いた。
「マンションの借主が、アルバイト先で仲のいい小野寺って男なんです。こいつも森尾も他に自宅アパートは持ってますんで、マンションは本当に撮影のためだけに借りてるみたいです。
 小野寺は、売り込みにきてるビデオにも映ってませんし、バイト先以外でふたりが一緒にいるところは見かけないですね。いずれにせよ、ひな子については無関係かと」
 夏目がそこまで答えたところで、車は事務所へ到着した。


 事務所へ入ると、伊達がソファに座っていた。その横にはジャケットにデニムというカジュアルな格好の男が緊張した面持ちで立っていた。
 島津の顔を見て伊達も立ち上がる。
「お? どうしたんだ、伊達」
「ああ、こいつを連れてきたんだ」
 横にいる男の肩を叩く。インターネット関係の人材だという。
「俺には理解できねえけどな、コンピューターとかインターネットとかは専門だ。ま、使ってやってくれ」
 伊達が関係しているソフトハウスの社員なのだが、バクチ好きが高じて借金で首が回らなくなっていた。そこにつけこんだということだろう。
「横田といいます、よろしくお願いします」
 横田がおどおどと頭を下げたところに、夏目が話に割り込んできた。
「話を切って申し訳ありません、伊達の叔父貴。さっそくなんですが、彼、連れていってもいいでしょうか」
「おう、いいぜ。高瀬だろ。さっき事務所にも電話あったからな。連れてってくれ」
 高瀬が宏太と話をつけ、メディアだけではなく、デジタルデータも没収したいのだが、そのやり方がわからないと夏目に電話してきたのだ。
 島津が伊達を従えて組長室へ消えた後、横田を連れて夏目が事務所を出て行った。
48涙雨恋歌 第4章 野分 4:2007/04/07(土) 17:28:33 ID:Yr69gcRz
4.

 夏目が出て行って昼も過ぎた頃、青山がまさに憤怒の表情で事務所へ駆け込んできた。
「叔父貴、ご苦労様っス。カシラ、お帰りなさい」
 ぺこりと挨拶をした後、高瀬はいないかと当番の若い衆に怒鳴った。
「なんだよ、高瀬ならひな子と一緒だぜ」
 普段あまり怒鳴らない青山の怒りの表情に、若い衆が声を失っていたところを辻井が救った。
「森尾の野郎、別口で捌いてやがったんすよ。クソッ、ナメやがって!」
 一瞬の沈黙の後、辻井が森尾を連れてくるようにと指示を出した。
「あとな、ここ、ソファずらしてビニールシート敷いとけ」
 準備をしているところに島津が組長室から出てくる。
「やれやれ。安いスーツにしといて正解だったなみたいだな。伊達、こっち来とけ」
 安いといっても、普段の特注スーツに比べれば安い、というだけで決して安いわけではない。ジャージの上下を着てビニールシートを用意している部屋住みの若い衆は、いつか俺もと島津の後姿を眺める。
「お手本見せたらどうだ。得意だったじゃないか」
「おいおい。いつの話してんだよ」
 そんな会話をしながら、島津と伊達は組長室に引っ込んだ。


 震え上がった宏太が高瀬と共に事務所にやってくるのに、そんなに時間はかからなかった。
 横田は他の高瀬の舎弟と残り、データの確認、削除を行っているらしい。高瀬はダンボール一杯のビデオテープやDVDディスクも抱えてきた。
 テレビの音声を大音量で流し、ビニールシートの上に宏太を転がす。間の抜けた笑い声がテレビから響く。その合間に人間の呻き声が混じって聞こえてくる。
「テメエ、言うに事欠いて、俺じゃねえだとッ! ふざけんな、じゃあこのDVDを売ってたのは誰なんだよ、ああ? こりゃあお前のカモの女のビデオじゃねえかッ」
 ビニールシートには既に鮮血が飛び散っている。シートに倒れた宏太の腫れあがった顔を、青山がごつい靴で踏みつけ、ぐりぐりと押しつけた。
「おれじゃ……ないです」
 それでも宏太は自分ではないと言い続ける。ふざけんじゃねえ! 青山の蹴りが宏太の腹に突き刺さった。
 まあまあ、と高瀬が青山をなだめ、宏太の髪を掴んで身体を起こした。
「おめえよ、女、風呂に沈めて稼がして、捨てた女のビデオうちに売り込んで稼いで、いい身分じゃねえか。あん? そんだけで飽き足らず、うちに売り込んだビデオを通信販売でも儲けてるってよ、どういうことだよ、おお?」
 ぐいと顔を近づける。
「ヤクザナメんのもええ加減にせえよ、コラッ!」
 唾を飛ばして怒鳴り散らし、頭突きを何度も食らわす。宏太の額が割れて血が流れてきた。それでも宏太は、知らない、自分ではない、と言い続けた。
「おめえじゃなかったら誰がやるんだよ、誰が! ああ? いつまでも知らないじゃすまねえぞ!」
 高瀬が髪を持って頭を振り回し、腹を思い切り蹴り上げた。ぐぅと妙な声を出して、宏太が嘔吐した。
「智也だ。あいつしか考えられねェ……」
 青山と高瀬が夏目を見る。
「バイト先の男だな。しまった、あいつか」
 ちょうど智也の動きがなかったために気づかなかったのだ。だが、気づかなかったという言い訳は効かない。夏目は自分の舎弟に、智也を捜すように命じる。
「青山さん、高瀬さん、申し訳ない。この失態はきっちり償います」
 殴られているうちに尻ポケットから飛び出した携帯電話を、宏太の目の前に突きつける。
「電話しろ」
 しかし、何度電話しても、お決まりの電源が入っていないというメッセージが流れるだけで、智也がその電話に出ることはなかった。
49涙雨恋歌 第4章 野分 5:2007/04/07(土) 17:32:13 ID:Yr69gcRz
5.

 時間が経つにつれ、宏太の顔のひしゃげ具合が増していく。リンチを加えるほうにも疲れと焦りの色が見え始めていた。
 辻井がゆっくりとソファから立ち上がる。殴ろうとしている青山たちの手を止め、水を持って来いと言う。慌てて水を注いできた若い衆からグラスを受け取ると、宏太の前へしゃがんで言った。
「水飲んで、落ち着いて考えたらどうだ。小野寺、いつもどこにいたよ? 覚えくらいあるだろう、ん?」
 グラスを口元にあて、宏太が水を飲んでいる間頭を支えてやる。優しい声色で、宏太の耳元で囁くようにして辻井は言った。
「お前以外で仲のいいヤツ、いないのか? 女はどうだ? なんでもいいさ。覚えてること、言えよ」
 そうすれば俺たちもこんなことしないんだぜ、と言わんばかりの口調だ。宏太の目に少しだけ生気が戻り、必死で頭をフル回転させているのがわかる。
 そしてようやく宏太が呻くようにして声を出した。
「あの子だ……あの……万理の友達の、なんっつったけな……。どっかの親分の娘……」
 ピン、と気温が数度冷えたような緊張感に襲われる。
「せり……、せりな。そう、ながはませりな。あの子と一緒にいるんかもしれねェ……」
 よく思い出してくれたな、と辻井は宏太に声をかけ、立ち上がった。険しい顔で組長室へ行く。
「オヤジ。お嬢さん、どこにいらっしゃるか分かりませんか」
「――関係してんのか」
 島津のこめかみがぴくりと動いた。
「わかりません。小野寺と一緒にいるかもしれないと、森尾が言っています。苦し紛れの嘘とも思えないんで、念のため確認を」
 島津がプライベート用の携帯電話を取り出し、耳に当てる。
「ダメだな。電源入ってないっていってやがる」
「至急、お嬢さんも探させます」
 組長室を出て、辻井は夏目に瀬里奈を探すように指示を出す。


 その時、事務所の電話が鳴った。電話番の若い衆が電話に出る。
「はい、島津組ッ! カシラですか――アヤ? あやさん?」
 電話を持って辻井を見る。貸せ、と辻井が手を差し出すとそこに受話器が置かれた。
「困りますね、事務所に電話なんかされちゃ」
『高瀬さんって言ったかしら。彼が持って帰ってきたビデオカメラの中のデータ。見た?』
「――おい高瀬、ビデオカメラあったか。それ、見せろ」
 電話を持ったまま辻井が高瀬にビデオカメラをテレビにセットさせる。再生ボタンを押すと、さっきまでの大音量でいきなり男と女の声が聞こえてきた。


『乳首も硬くなってるじゃないか。ああ……こっちの、瀬里奈の芯も尖ってきてる』
『あんっ、はぅっ……ああ……あああああぁ』


 慌てて高瀬が音量を下げた。辻井が呆気にとられて画面を見ている。他の組員で瀬里奈を知っているものは、この結果の恐ろしさに組長室と辻井の顔とテレビ画面とに視線を泳がせる。
 組長室の扉が開いた。
「ほぅ。まだガキだが、いい女がいい声で鳴いてるじゃねえか、おお?」
 つかつかとやってきて、ビデオカメラを蹴り上げる。勢いよくテレビのディスプレイにぶつかり、バラバラになったディスプレイの破片が高瀬の頬に当たった。
 事務所中が静まり返った。
「どこのどいつだ。ナメた真似しやがって」
 無言で顎をしゃくり、高瀬に宏太の顔を持ち上げさせる。顎下を蹴り上げて、倒れたところを腹を上から踏みつける。ガフッと呻いて宏太は白目を剥いて失神した。
「彩さん、どういうことですか」
 言いながら電話を操作してハンズフリーモードにする。
『映ってたのが、小野寺智也。24歳。M大学理工学部卒業。現在フリーター兼動画配信及び通信販売サイトウェブマスター』
「彩ッ!」
 島津の怒号が飛ぶ。窓がびりびりと揺れた。失神している宏太をそれでも島津は蹴り続けている。
 最近組員になった若い衆たちは島津の暴力を初めて見る。自分たちもヤンチャに暴れていた連中だが、それでも島津の爆発的な暴力には敵わない。まるで暴風雨を伴う台風だ。一気にやってきて、理不尽なまでに痛めつけていく。
「そろそろ止めとけ。死ぬぞ」
 伊達がやってきて、島津を止めた。
「彩さん、今どこですか」
『ホテルアーバン。512号室』
 この街で少々高い金額を設定しているシティホテルの名前を彩は告げた。青山、高瀬を先頭に、彼らの手下が弾かれたように外へ駆け出す。
「このふたりの関係と絵図は後で教えてくださいよ」
 受話器を放り投げ、辻井は事務所を飛び出した。
50涙雨恋歌 第4章 野分 6:2007/04/07(土) 17:34:19 ID:Yr69gcRz
6.

 目的のホテルの近くに、彩は立っていた。彩が掴んでいる情報を教えてもらい、夏目の情報と統合する。
 彩は瀬里奈とコーヒーショップで会った後、ふたりをつけて行った。レストランの化粧室で智也にしなだれかかると、智也は翌日の夕方に会いたいと口説いてきた。
 その後マンションを確認すると、次の日の夕方、智也と待ち合わせをしていた時間に部屋に忍び込む。
 調べてみると姿見はマジックミラーになっており、裏側にビデオカメラが設置されていた。その他にもベッドの足元にあるクローゼットの中、ベッドの頭の上にあるスピーカーの中にもカメラが仕込んであった。
 横、後ろ、上からの画像を録画できるように設置されており、マジックミラーの裏のビデオを調べると瀬里奈の姿が見える。消去しようと思ったところに誰かがくる気配がして、窓から逃げた。
 待ち合わせの場所へ行くと、まだ智也が待っていたので、もう少し情報を得るつもりでホテルへ行くと、寝物語に智也が通信販売の話を始めた。


 宏太がコマシてきた女のビデオを保存、編集、コピーしたのは智也である。DVDを青山に売り込んでいるのは宏太で、その代金は智也と宏太で折半だった。
 宏太は女を抱けるという特権があるのに対し、智也は金だけだった。最初はそれでいいと思っていた。リスクがあるのは宏太だけ。智也自身はほぼノーリスクだ。
 だが金も、女に小遣いをせびることができる宏太に比べれば智也の実入りは微々たるものだ。特にひな子という金づるを掴んだ宏太は、見る見るうちに羽振りがよくなっていく。
 さすがに不満を持った智也は、宏太に隠れて動画配信サイトとネットでの通信販売を始めた。もともとビデオのマスターを持っているのは智也だったため、容易にそれができたのだという。
 それを彩は青山にリークした。彩の情報を元に調べた青山が裏を掴み、激怒したというわけだ。
 智也と宏太は、表向きはただのバイト仲間を装い、智也が瀬里奈を連れ込んだマンションにはふたり同時にいないように気をつけていたのだという。
 それはいざとなったら宏太を切り捨てて、自分は安全圏へ逃げるための智也の策だった。
 智也自身はマンションへ女を連れ込むことも瀬里奈以前は一切していないと、彩に語った。
 通信販売関係からいずれは智也の所業もバレたかもしれないが、基本的には瀬里奈を連れ込んだことが智也の運命の分かれ目になったのだ。


 彩は辻井が電話を切った後もう一度事務所に電話をかけ、横田にサイトを一旦閉鎖するように言っていた。
 通信販売の顧客データはメーラーとデータベースに残っていた。恐らく今頃青山がそのサイトと顧客データをフル活用しているに違いない。
 クローゼットとスピーカーの中のカメラの映像についても、ちゃんと調べて持ってくるようにと伝えてあるらしい。
「もっと早くに教えてくださればよかったんですよ」
 辻井は多少恨みのこもった声で彩を責めた。
「まさか、そっちでも追ってるだなんて思わなかったのよ。ごめんなさい」
「大体、ホテルへ行ったって。オヤジが知ったらどうするんですか」
「情報も欲しかったし、隆尚さんが小野寺くん殴る口実にもなるじゃない」
 やれやれと苦笑まじりのため息を辻井はついた
「あなたは、瀬里奈ちゃんの前で暴力振るわないように気をつけたほうがいいわよ」
「大切なお嬢さんを傷つけられたんだ、そいつは我慢できるか、わかりませんね。携帯もつながらないんで、心配でしてね」
 今度は彩が苦笑した。
「それは、彼女が自分で携帯ぶつけて壊したのよ。小野寺に会えなくて、苛立ってたみたいね。ガツン、って一発よ」
 兄弟では瀬里奈のほうが父親に似ている。顔立ちはともかく、性格は瀬里奈は父に似て燃え上がったら止まらない。昔そう言ったらひどく怒られたことがある。
「あのね、小野寺は、彼女がヤクザの親分の子供だと知って、やってるのよ」
 ホテルの入り口へ足を向けていた辻井が彩を振り返った。
「それがどういうことか、きっちり教えてやる必要があるようですね」
 ぎり、と奥歯を噛みしめて辻井はホテルの裏口から中へ入った。
51涙雨恋歌 第4章 野分 7:2007/04/07(土) 17:35:59 ID:Yr69gcRz
7.

 エレベータに乗り、512号室へ行く。ドアチャイムを鳴らす。
 殺風景な部屋に入ると、ベッドの手前に椅子とテーブルのセットがある。そのセットの横で、若い男が寝転がされていた。
 ベッドに瀬里奈が呆然と座っている。上半身は下着だけの格好になっており、辻井は部屋を横切って瀬里奈のそばへ行く。上着を脱ぎ、瀬里奈の肩にかけてやる。
「どういうこと……? ねえ、辻井さん、どういうこと?」
 青山が智也を殴ろうとしているのを見て、辻井が止めた。
 智也の身体を押さえている青山から智也の身柄をもらい、智也の襟元をぐいと持ち上げて、壁に身体を押し付ける。
「女ヤるのは森尾の役目じゃなかったのか」
 ぜえぜえと息を切らしながら、それでも智也はギラリと辻井を睨みつけた。
「彼女は、特別さ。おれの獲物だ」
「彼女がヤクザの娘だって知っててやったんだってな?」
「万理って子が宏太に、ヤクザの娘のクセにやたら純情で潔癖なのがいるって面白半分に言ってたんだよ。あの子、笑ってたぜ。自分の親のこと棚に上げてよく言うってな」
 後ろで瀬里奈が嘘、と呟いたのが聞こえた。
 万理がそんなこと言うなんて、嘘よ、と。


「それで近づいたのか」
「そうさ。処女で、世間知らずのヤクザの娘を、淫乱に調教するビデオなんて売れそ……グェッ」
 最後まで言う前に辻井の拳が智也の身体にめり込んだ。表情を変えず、淡々と辻井は智也を殴り、蹴っていた。
 そのうち智也の身体を物のようにして掴み、バスルームに放り投げる。
 シャワーから冷水を出し、智也の口の中にシャワーヘッドを突っ込んだ。バタバタと暴れながら智也は抵抗する。やがて口の中からシャワーヘッドを出して言った。
「調教だと……? ふざけやがって。ヤクザの娘が世間知らずで何が悪いんだ。ヤクザに絡んだらどうなるか知らねェてめえのほうが、よっぽど世間知らずだぜ」
 言いながらまた殴り始める。青山が後ろから辻井を羽交い絞めにして止めた。やめて、という瀬里奈の声が水音に紛れて聞こえてきた。
「カシラッ! お嬢さんが見てます。やめてください、お嬢さんが――泣いてます!」
 やがて辻井が落ち着いたと見て青山は手を離し、申し訳ありませんでしたと頭を下げた。シャワーの水が、智也だけでなく辻井と青山も濡らしていく。
「いや……ありがとよ」
 辻井はバスルームを出る間際、床に倒れていた智也の脇腹を蹴りつけた。呻き声さえもう出ない、という状態で智也は蹴られた脇腹をかばおうしていた。


 恐怖に怯えて泣いている瀬里奈と目が合う。大きな瞳には涙と、明らかに恐怖の色が浮かんでいた。
 ヤクザの娘とはいえ、暴力に免疫があるわけではない。島津と離れて暮らしていた上に、島津が子供には徹底して暴力的な面を見せないようにしていたために、尚も瀬里奈も父や辻井の本来の顔を知らない。
 ただでさえいきなりヤクザが部屋に飛び込んできて、相手の男を殴りつければ誰だって恐怖を感じる。親友だと信じていた万理が自分を蔑んでいたと知らされたショックもある。
 その上暴力を振るっているのが、今まで無邪気に信じていた辻井だ。目の前で起こっている惨劇に、恐怖以上の何かを感じたのだろう。バスルームから出てきた辻井の姿を見て、ビクリと怯えて震えた。
 今まで大切にしてきた何かが壊れた気がした。身体から滴る水滴がカーペットにしみを作っていくように、じわじわと一度治まった暴力衝動がまた湧き上がってくる。
 あまりの怒りに、思わず我を忘れて殴りつけてしまった自分を罵る。瀬里奈を外に出すか、もしくは小野寺を事務所へ連れて行ってからにするべきだったのだ。いつもならそれくらいのことは判断がつくというのに、何故今回に限って。
 辻井の拳が再び握られたのを青山が目ざとく見つけて、カシラ、と辻井に呼びかけた時、ドアチャイムが鳴った。青山がドアを開けると、島津が入ってきた。
 その後ろから彩も入ってきて、ドアを閉めた。
「お父さん……」
 瀬里奈はますます困惑した表情を見せ、そして初めて見るであろう父の怒りの表情に、更に怯えていった。
 彩はちらりとそんな瀬里奈を見て、バスルームを覗いた。
「あら。いい男が台無しね」
 彩が声をかけると、高瀬がシャワーを止めてバスルームから智也を出した。その姿を見て瀬里奈が息を呑んだ。
52涙雨恋歌 第4章 野分 8:2007/04/07(土) 17:39:44 ID:Yr69gcRz
8.

 島津は悠然と部屋を歩き、智也の前でしゃがみこんだ。
「小野寺っつったな。お前、ヤクザの娘だけじゃなくってヤクザの女にも手ェ出したみてえじゃねえか」
 そっちが誘ったんじゃないか、と絶え絶えの息の下から、智也がそう言った。
 うつ伏せに倒れていたのを、青山と高瀬が後ろから両腕を掴んで顔を島津に向けさせた。
「女、見る目は認めてやるぜ。ついでにその度胸もな」
 智也の前髪を掴み、上に引っ張り上げる。
「頭の方はかなりあったけえみたいだがなッ」
 グシャっという音がした。島津が左腕につけていた腕時計を拳に巻き、腕時計で智也の鼻を殴ったのだ。
「やめてお父さん」
「お前は関係ねえ、瀬里奈。黙ってろ」
 止めようとした瀬里奈を遮って、島津は言葉を続けた。
「お前こいつにどこ触られた」
「おでこ」
 ガツン。頭突きを一発。
「後は」
「ほっぺた」
 ごつい指輪を嵌めたままの拳で、頬を殴り飛ばす。
「後は」
「唇」
 立ち上がって、靴先で口を蹴る。
「突っ込まれたのか」
 彩が頷いた。
 呻いて倒れた智也の股間を思い切り踵で踏みつける。悶絶の悲鳴のような息を吐き、智也は床でうごめいた。辻井の横にいた青山と高瀬が、苦い顔で自分の股間を守っていた。


「さてと――うちの娘には随分色っぺえことしてくれたみたいで、父親としてはなんて言えばいいだろうな、おい」
「もうやめてお父さん! もう、もうそんなになってるじゃない、ねえ。もうやめてッ」
 瀬里奈が叫んだ。
「お願い、わたし、好きなの。智也さんのこと、好きなの」
 ボロボロと大粒の涙を流して瀬里奈は智也に言った。
「好きって言ってくれて、嬉しかったの。女として扱ってくれたのだって、嬉しかったの。だからやめて。もうやめて好きなの、好きなの……」
 振り上げた拳を下ろし、智也の顔に唾を吐く。
「好きだとよ。気にいらねえが、娘がああ言うんじゃしょうがねえ。父親としては勘弁してやらァ」
 事務所連れてけ、と青山に告げる。高瀬の舎弟が、洗濯物をまとめるワゴンを持ってきていた。ワゴンの中から布を取り出し、智也をくるむ。
「智也さん……」
 手を伸ばして触れようとしたその手を、智也は力なく払いのけて、最後の悪あがきとばかりに瀬里奈に向かって言った。
「好みじゃないんだよ。お前みたいなションベン臭え女はよ……」
 島津の足が一閃して、智也の顎を蹴り上げた。
「お前、やっぱり女見る目、ねえな」
 辻井が早く連れて行けというように首を振る。青山と高瀬が、智也の口にガムテープを貼った。
 舎弟が持ってきたワゴンに智也を押し込む。作業着を着た舎弟がワゴンを押していき、青山と高瀬も部屋を出て行った。
 その間に彩は島津にベッドの上のタオルを一枚渡した。そのタオルで島津は殴った手と靴を拭く。
 拭き終わると、島津はぽいとタオルを捨てて、瀬里奈を見た。
「瀬里奈。あんなんでも、お前が惚れたってんならそれでいい。俺は邪魔しねえ――だが、あいつは俺たちの仕事の邪魔をした。だから、あの男は諦めろ。明日にはこの街にいねえ男だ」
「助けてあげて、お父さん」
「殺しゃしねえよ」
 大きく息をついて、島津はそれだけ言って出て行った。
 彩はもう一枚のタオルで濡れたままの辻井の頭を軽く拭いてから、ぽんと肩を叩いて部屋を出て行った。
53涙雨恋歌 第4章 野分 9:2007/04/07(土) 17:41:14 ID:Yr69gcRz
9.

 こんな告白を自分は望んでいたのだろうか。辻井は涙を流す瀬里奈を見ながらそう思う。
 いつかは瀬里奈が惚れた男を知ることがあると思っていた。それがどんな男なのか、不安でもあったが楽しみでもあった。
 だが、自分が暴力を振るいボロボロにした男を見て、その男が好きなんだと叫ぶように告白されるとは思ってもいなかった。
 改めて、自分がヤクザであることを思い知る。
 普段どんなに優しい顔を見せていたとしても、いざとなれば平気で拳を握り人を殴れる。ヤクザになる前からそういう人生を送っていたし、ヤクザになってからは暴力は当たり前のことだった。
 どうしようもなく、虚しかった。
 声もなく涙を流す瀬里奈を辻井はただ見つめていた。


 どれくらいそうしていただろうか、やっと辻井は瀬里奈に声をかけた。
「もう大丈夫ですか、お嬢さん」
「さ、触らないで……」
 肩に触れようとした辻井の手を、瀬里奈は身をよじって避けた。
「いや。いや。いやッ」
 辻井を見ようともせず、自分で自分の身体を抱きしめて、ひたすらに首を振って辻井を拒絶する。
「お嬢さん……」
「いや、いやいや。触らないで。智也さんを殴った手で触らないで」
 自分が羽織っている上着が辻井の物だと気づいて、それをはぎとって辻井に投げつけた。
「もういや。来ないで。わ、わたしに近寄らないでッ」
 すうっと辻井の臓腑が冷えた。頭の中によぎっていた様々な感情や思いや、言い訳じみた説明が、全てきれいさっっぱり消えていく。
 彩が肩に残していったタオルを床に捨てた。
「わかりました。お嬢さんには触れませんから、だから、服を着てください。お願いします」
 放り投げられた上着から携帯電話を取り出し、廊下に出て島津に電話をした。
『どうした?』
「オヤジ、申し訳ないですが、彩さん、戻ってきてもらえませんか」
『なんだよ、お前が連れて帰ればいいじゃねェか。そう思ってお前を置いてきたんだぜ』
「――拒絶されちまいましたよ、お嬢さんに」
 一瞬の沈黙が、ふたりの男の間に流れた。
『わかった。彩連れて戻るぜ』
 電話を終えて部屋の中に入りベッドを見やると、まだ服を着ずにいる瀬里奈が見えた。もう近くへ寄る勇気が湧いてこなかった。
 入り口近くの壁に寄りかかって彩を待った。早く来てくれとそれだけ考えることにした。


 彩は15分もしないうちにやってきた。ドアが開き、彩が辻井に手を差し出した。
「車のキー、貸して。隆尚さんの車が表で待っているから、あなたはそれで帰って」
 ぼんやりとパンツのポケットからキーを取り出し、振って見せた。彩は小さくため息をついて、キーを取った。
 逆に彩が辻井のマンションのカギを小さなバックから取り出す。そっと辻井の手を取り、その中に握らせた。
 彩の手のぬくもりが優しく、その分辛さが増した。
「よろしくお願いします」
 それだけ伝え、辻井は立ち上がって部屋を出る。
 ドアを閉め、しばらくそのドアに寄りかかって動けなかった。
 最後に見た瀬里奈の怯えた泣き顔と、自分を拒絶する白い肩が、目の前をちらついて離れなかった。

(第5章に続く)
54島津組組員:2007/04/07(土) 17:45:55 ID:Yr69gcRz
以上です。5章に続きます。

一応ヤクザものっぽくしようと思って書いてましたが、痛いの嫌いです。暴力反対。
55名無しさん@ピンキー:2007/04/07(土) 18:18:38 ID:ZVSru/mb
わー、神だわ!リアルタイム投下で読みました!
暴力シーンも必要以上に悲惨じゃなかったので良かったです。
でも辻井さんの気持ちを考えるとこんなんじゃ…とか(おいおい)
隆尚パパの愛情も垣間見ることができて嬉しい。
ああ、瀬里奈と辻井さんはどうなるんでしょう。
終わりが近づくのは惜しいけれど、続きを楽しみにしています。
56名無しさん@ピンキー:2007/04/07(土) 19:51:10 ID:CarEKdcY
…色々なところに垣間見える辻井さんの純なところがたまりません。GJ!
57名無しさん@ピンキー:2007/04/14(土) 10:06:33 ID:JoaBbIXR
GJ!
瀬里奈のため良かれと思って遠ざけたのが仇となるとは。
辻井さんは過去と同じ過ちを犯してしまったことになるのか。
58唯一:2007/04/15(日) 16:25:10 ID:sD6ac5xo

「……何をなさりたいのか?」
寝台に手を押さえつけられてのしかかられながら、椅子に座ってこちらを眺める王にファリナは静かに問うた。
押さえつけてのしかかってくる男達の、目を血走らせて欲に歪んだ厭な笑みを見れば聞くまでもないことはわかっている。
状況を理解しているからこその、確認の問いかけだった。
「なに、あれが身籠って退屈なんでなぁ…其の方で楽しませてもらおうと思ってな?」
くだらぬ、という言葉を飲み込み、ファリナは王を見やった。
「泣き叫んで…よがり狂って、でも構わん。余を楽しませてくれ?」
「……好きにするがよかろう……」
拒否は許されていないのだと諦めにも似た心境でそれだけ言い、ファリナは瞳を閉じる。


ファリナが纏う薄い夜着の胸元に手をかけ、力任せに引き裂く。
派手な音を立てて引き裂かれた夜着から、ぷるん、と弾力のある白い乳房がまろび出る。
それは、横たわっていながら美しい形を保っていた。
手入れの行き届いた滑らかな白磁の肌と、文句の付けようもなく形を保つ豊かな乳房に、男達は、ごくり、とのどを鳴らす。
見ているだけではつまらないとやわやわと揉みしだけば、張りのある柔らかなそれは、柔軟に淫靡に形を変える。
ひくん、とファリナの身体が震えるが、声は上がらない。
声を上げさせようと柔らかな乳房をしつこくこね回し続ければ、刺激にその中心が立ち上がってくる。
「声を上げねぇようにしたって、身体は正直なもんだよなぁ」
ぴんと立ち上がったそこを指の腹で捏ねながら一人の男が嘲るように、くつくつと楽しげにのどを鳴らす。
聞きたくない、とばかりにファリナは眉根を寄せ、ゆるく首を振る。
「いいねぇ、その顔!もっといい顔させてやりたいねぇ」
腕を押さえる男がファリナの耳に唾液を乗せた舌を這わせ、ぴちゃぴちゃと音をさせて嘗め回す。
それに押されるように胸を捏ね回していた男が反対側の耳を甘噛みし、首筋に舌を這わせる。
ときおり悪戯に吸い上げ、鬱血を残していく。
ファリナは嫌悪に顔を歪めてきつく瞳を閉ざし、唇を噛み締める。
「頑張るねぇ」
くつくつと嘲笑いながら胸の頂に舌を伸ばし、舐め上げる。
刺激によって硬く尖るそこを、執拗に舐り回す。
負けじともう一人がもう片方の頂を口に含み、尖らせた舌先で捏ね回してやんわりと噛む。
執拗に胸を弄られ、びくん、と大きくファリナが反応する。
「へぇ…王妃サマ、これ好きなんだ?」
嘲りを含んだ声音で問い掛けながらしつこく攻め立てる。
悔しそうにするファリナからの返答は、当然のことながらない。
無論男達は端から返答は期待していないし、必要としていないので構うことはない。
「つーか王サマよぅ、ホントいいわけ?」
「構わん。遠慮するな」
「んじゃ、こっちも剥いじまいましょうかねぇ」
嬉々とした声音と共に更に夜着が引き裂かれ、清楚な下着が現れる。
ヒュゥ、と口笛を吹き、その下着に手をかけるとわざとらしくゆっくりと時間をかけて下していく。
下着が足から引き抜かれ、柔らかな太腿に手がかかる。
ファリナはこれから起こることに堪えるために、きつく唇を噛み締めた。

59唯一:2007/04/15(日) 16:26:04 ID:sD6ac5xo

不意に扉がノックされた。
「しばらく待て」
そう言い置き、王は扉に歩み寄る。
王がわずかに開けた隙間から、アルスレートが見える。
中にある複数の気配を感じ取ってか、その顔は緊張を帯びていた。
「来たか、アルスレート・イスクル。待っていたぞ?」
にやり、と口元を歪ませ、王はアルスレートを招き入れた。
室内に入ったことではっきりと感じ取れる、ファリナの嫌悪。
そして、寝台がある方向に目の前の王以外の気配。
それは、アルスレートに一つの予想をたてさせるに十分だった。
「余興を用意したのでな、其の方も楽しむがいい」
ざぁ、と蒼褪めたアルスレートを楽しげに見やり、来るように言い置いて背を向ける。
僅かに躊躇ったが逆らうわけにもいかず、アルスレートは王の後を追う。
追った先に広がった、予想に違わぬその光景に、アルスレートは息を呑んだ。
一人が腕を押さえた上でファリナの胸にむしゃぶりつき、舐り回していた。
片方の乳房は開放されていたが、その頂は唾液に濡れ光り、長い間弄られていたことは容易に知れた。
一人は閉じ合わされたファリナの太腿を撫で擦りながら、腹部にいくつも鬱血を残していた。
突き込まれてはいないが、それは慰めにはならない。
アルスレートが来たことがわかっているだろうファリナは、顔を背けてアルスレートの方を向くことはない。

「どうか、おやめください」
ようやく絞り出した声は、震えていたかもしれない。
それには気付かなかったのか、王はなんでもないことのように答えた。
「何を言う。これからが面白いんだろう?…なぁ?」
「そうそ。俺達だっておさまりつかねぇし?」
それがどうした、と思いながら、アルスレートは追従する男の言葉を無視する。
「このようなことが露見すれば、御名にかかわります。その者達が吹聴して回らないとも限りません」
すでに地に落ちた名などどうでもいいが、何とかしてやめさせるためにアルスレートは慎重に言葉を紡いでいく。
「……ふむ…」
王は僅かに考える素振りを見せる。
まだマトモな頭は残っていたか、とアルスレートは思う。
だが、次に発せられた王の言葉は暫しの間、アルスレートから思考を奪った。
「ならば、其の方がやれ」
「な…何を仰いますか…」
半ば呆然としつつ問うアルスレートに、にやりとしたまま王は言い放った。
「こやつらが口を滑らせるかも知れんのなら、其の方がやれ。其の方なら、吹聴しないだろう?」
「それは、しませんが…そんなことはでき」
「できないというなら、こやつらに任せるしかないな」
できません、とアルスレートが言い切る前に王は畳み掛ける。
ここで拒否すれば、即座に王は再開を言い渡すだろう。
そうなればファリナがどんなに惨い目に遭わされるか、どんな光景を見せられるかわかったものではない。
王の首を刎ねてやりたい衝動に駆られるが、それはできない。今はまだ。

60唯一:2007/04/15(日) 16:26:43 ID:sD6ac5xo

アルスレートは選択肢ともいえない二つのうちの一つを、選び取った。
「……………わかりました」
「おい、俺達どうすんだよ」
王妃を犯すことができなくなったと不機嫌になった男が問いかける。
アルスレートはしばらく考え込み、口を開いた。
「………王妃には劣りますが、部屋の外にいる侍女で我慢していただけますか?
名門貴族の娘で…おそらく、処女だと思いますので」
「へぇ!処女かよ」
アルスレートが示した案に、男達は飛びついた。
王妃という高貴な女を犯す機会を失ったが、処女を犯せるならそれでもいい、という結論を瞬時に導き出したためだ。
「確かめたわけではありませんから、保証はできませんが」
「そりゃ俺達が確かめてやらぁ」
「……よろしいですか?」
アルスレートは王に向かって問いかける。
「かまわんのか?その侍女とやらは王妃の侍女だろう?」
「王妃の御為ならば、喜んでその身を差し出すでしょう」
「ふむ…よかろう」
アルスレートの言葉に、王は鷹揚に頷いて許可を与える。
「それでは、しばらくお待ちください。……貴方方はこちらへ」
優雅に一礼し、アルスレートは男達を促して扉へ向かう。
処女を犯す楽しみに厭らしい笑みを浮かべた男達がゆっくりとアルスレートの後を追った。
追った先で、ちら、と男達を見た侍女が怯えて震えるのが目に入った。
アルスレートに言い聞かされたのだということはすぐにわかった。
顔を蒼くさせて怯える様は男達の苛虐心をいやというほどに煽る。
「へ…、そいつかよ。なかなかいい女じゃねぇか」
下卑た笑みを浮かべてじろじろと侍女を嘗め回すように見る。
王妃のように豊満ではないが、均整の取れた侍女の身体は十分に魅力的だった。
不躾なまでの視線に侍女はさらに怯え、カタカタと震える。
そんな侍女に、アルスレートは容赦なく言い放つ。
「いいですね?…丁重にお相手して差し上げるのですよ?」
「は…は、い…」
怯えながらも了承の意を示した侍女に頷き、アルスレートはその耳元に唇を寄せた。
「―――いいですね?」
顔を蒼褪めさせて震えたまま、侍女は頷いた。
囁く内容は男達には知れなかったが、話が付いたことを感じ取って近付く。
「話は決まったんだな?」
「はい。どうぞお連れになってください」
「嬢ちゃん、行くぞ!」
侍女を引き摺るようにして去っていく男達の背を見送りながら、アルスレートは笑みを浮かべた。
その笑みは獰猛な肉食獣を思わせる、残忍で冷酷な笑みだった。
「きちんと…できるだけ長く苦しめて殺すんですよ、セフィラ」
ふ、とその笑みを消すと、アルスレートは片手で顔を覆った。
その顔は苦渋に満ちている。
ぎゅ、と手を握り締めて苦渋に満ちた顔を消し去ると、アルスレートは室内へ戻った。

61唯一:2007/04/15(日) 16:29:43 ID:sD6ac5xo

「遅くなって申し訳ありません」
心にもない謝罪を口に乗せながら、アルスレートは寝台に近寄った。
「待ちかねたぞ」
「申し訳ありません」
顎をしゃくって促す王に、アルスレートはもう一度心にもない謝罪を重ねながら、寝台に乗った。
その間、ファリナは身動ぎ一つせず、顔を背けてきつく瞳を閉じたままだった。
「続けろ」
短く王が命じる。
アルスレートはファリナに覆い被さり、頬から首筋まで撫で下ろしてその手に嵌る指輪を押し当てる。
ちくりとした痛みにファリナは顔を逸らしたまま小さく声を上げ、眉を寄せた。
小さな動作であったため、王がそれに気付いた様子はない。
美しく滑らかな肌に散る鬱血痕を一つ一つ辿りながら愛撫を重ねていく。
辿り着いた秘裂に指を這わせると、微かに潤んでいた。
「ゃ…」
小さく声を上げて逃れようと身動ぎしたファリナの身体の自由を奪うと、秘裂の形を確かめるように撫で回す。
そして密やかに息づく小さな肉芽を捏ね回す。
アルスレートがそこを捏ね回すたびに、ひくん、ひくん、とファリナが震える。
そうしながら、慎重にファリナの様子を探る。
早く効き目が出るようにと、そればかりを願いながら。
いい加減焦れたのか、早くしろ、と王が言う。
「……まだ早いと思いますが」
「早くしろ」
アルスレートは舌打ちしたい思いに駆られた。
薬物―主に毒だが―に慣れたファリナの身体に、先程の薬が効いてきた感じはない。
わざと愛撫に時間をかけて、挿入前に失神させるつもりだったのだ。
力なく投げ出されたままのファリナの足を大きく開き、その間に身を置いて怒張を取り出す。
自分の精神状態を如実に表すそれに、思わず苦笑が零れた。
ファリナの秘裂に怒張を宛がい、アルスレートは一気に刺し貫いた。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ほとんど濡れていない秘裂に突き入れられ、苦痛に仰け反ったファリナの可憐な唇から絶叫が迸った。
一度しか経験がなく十分に濡れていない処女同然のそこは、いきなりの挿入に傷付き血を流す。
しかし、アルスレートはそれに構うことなく奥まで突き入れた。
大きく目を見開いて仰け反り、苦痛に喘ぐ身体。
苦痛に顔を蒼褪めさせ、声を上げることすらままならず戦慄く唇。
それはアルスレートにとってそそるものにはなりえず、むしろ苦痛だった。
しかし、やめるわけにはいかなかった。
ファリナが衝撃を遣り過ごす暇さえ与えずに、腰を動かす。
それはおよそアルスレートらしくない、荒々しいものだった。
苦痛に声を引きつらせ、逃れようともがくファリナの両腕を押さえつけると、腰の動きを更に激しくしていく。
そんな中、アルスレートのほうをファリナが見た。
ファリナは表情を浮かべることなく自分を犯すアルスレートの瞳を見つめ、その瞳に宿る、喩えようもないほどの悲痛を感じ取った。
泣いているわけではないが、泣くより嘆くより深い悲しみが覆っているのがわかる。
―――なんということ…泣くな、アルスレート…
そう言いたいのに、言葉は生まれない。そのことを、ファリナはもどかしく思った。
苦痛しか受け取っていないとはっきりとわかるファリナとアルスレートの視線がしっかりと交わる。
その瞳には、アルスレートに対する嫌悪も非難も浮かんでいなかった。
むしろ、この行為全てを許容し、アルスレートを案じ労わる色さえ浮かんでいた。
アルスレートは泣きたくなった。
この後、冷静になったファリナが自分を非難したとしても、もう、それだけで十分だと思った。


62唯一:2007/04/15(日) 16:30:14 ID:sD6ac5xo
ファリナは、びくん、と全身を硬直させ、ぎゅぅ、とアルスレートを締め付けると寝台に沈み込んだ。
「どうした?」
にやにやと厭らしく笑い、ワインを呷りながら陵辱劇を眺めていた王は身動ぎ一つしなくなったファリナを不審に思い、アルスレートに問いかけた。
「……気を失ってしまったようです」
ようやく薬が効いたのだと思いながらそう答え、押さえていた手を離す。
細心の注意を払っていたため、その手首に拘束痕は残っていない。
「つまらんな」
「そうは申されましても王妃は慣れていませんし、苦痛に意識を手放しても仕方がないのでは?」
「ちっ、しくじったな。……つまらん。興がそがれた」
そう言い捨て、王は立ち上がる。
その際にワイングラスが倒れ、ワインが零れたが気にすることもなく扉へと歩を進める。
「もう、よろしいのですか?」
「この後は其の方の好きにするがいい」
それだけ言い置いて、王は部屋を立ち去った。

ずるり、とファリナの秘裂から引き抜くと、血に塗れた雄が目に入り、シーツに視線を移せば、血痕が目に入った。
「―――っ!!」
アルスレートは慟哭した。ファリナに苦痛を与えた自分が、疎ましかった。
あえかに戦慄く唇が、無意識に謝罪を紡ごうとして、アルスレートは唇を噛み締めた。
いかに命令とはいえ、ファリナを護るためとはいえ、それはアルスレートが言っていい言葉ではない。
もしもあの、ファリナと視線が交わった一時がなかったら、この苦痛は今の比ではなかったろう。
ファリナの視線一つがそれほどの効果を齎したのだった。

63唯一:2007/04/15(日) 16:32:27 ID:sD6ac5xo


寝台の傍らに跪いて項垂れるように俯くアルスレートのその姿は、断罪を待つ罪人のようだ。
その姿をちらりと横目で見やり、ファリナは溜息をついた。
びくり、とアルスレートの身体が強張る。
「アルスレート」
呼びかけながら、痛む身体を宥めつつゆっくりと起き上がる。
応えはない。
「アルスレート」
「……はい」
先程よりも少し強めに呼びかければ、小さいながらもようやく応えが返った。
「面を上げよ」
しばらくの沈黙の後、ゆっくりと顔が上がる。
いつもは笑みを浮かべているその顔は、悲痛に歪んでいた。
「そなたの方が泣きそうだな」
ファリナは苦笑しながら、そっと手を伸ばしてアルスレートの頬を撫でる。
細く繊細な指先に頬を撫でられ、アルスレートはびくり、と怯えるように身を竦めた。
「そなたが罪悪を感じる必要はない。あれが最善だったのであろう?」
「っ、それでも!」
「泣くなアルスレート。たしかに身体は痛むが、私の心は傷付いてなどおらぬ。むしろあの馬鹿王に礼を言うてやりたいくらいよ」
「我が姫?」
涙が零れたわけではないが、目尻を撫でながら意外なことを言うファリナに、アルスレートは瞬く。
女性があのようなことをされて傷付かないはずはない。
「あの男はな、そうとは知らずに我が謀への助力をしたのよ」
くつり、とファリナの唇が妖艶につり上がる。
その笑みを、かつて一度だけ見たことがあった。
アルスレートがファリナに跪き、全てを捧げるきっかけとなった出来事。
そのときと同質の笑みだった。
64唯一:2007/04/15(日) 16:33:56 ID:sD6ac5xo

「…寵があったほうが上手く運ぶと思っておったが……まぁよい。私の望みは果たされる」
「それは一体…?」
「そなたの子を孕むことよ」
「我が姫!?」
アルスレートは驚愕に声を上げる。
まがりなりにも一国の王妃たるものがなんということを言うのだ。
「私はな、アルスレート…そなたが思うほど優しくもなければ慈悲深くもない。そして唯々諾々と従うほど従順でもないのだぞ?」
「それ、は…」
知っている。出会いがそうであったのだから。
だが、民に注がれる、母親の無償の愛と等しく思えるほどの優しさと慈悲も、知っている。
「国力で敵わぬものならば、謀略をもって落とせばよい。…そうであろう?」
「……はい」
「そのために、私が出向いたのだ」
「………」
「リファやルーイでもよかったのであろうが…脆弱だからな。仕方あるまい」
「ですが、我が姫とて…」
「私が多少なりと萎れておれば、そなたは勝手に動くだろう?」
「!」
「実際、そなたはこの国を潰すつもりで動いておる……そうであろう?」
「全て、計算のうちだったのですか?」
「概ね、な。………まさか、あのような者達に襲わせる、などとは思いもしなかったが」
「それはそうでしょう。私もあんなことをさせられるとは思いもしませんでしたから」
ファリナを苛まなければならなかったなど、思い出したくもない。
できるなら、忘れ去ってしまいたい。
そんな思いを滲ませて苦々しく、吐き捨てるようにアルスレートは言う。
「予想以上に馬鹿であるか…あるいは私を身籠らせて処刑なり追放なりする心積もりであったのか…まぁよいわ」
「よいのですか?」
「構わぬ。仮に私が身籠ったとて、それが露見する前に滅ぼしてしまえよう?」
「勿論です。後は機を待つだけですから」
今しばらく機を待てば、そう遠くないうちにこの国を消し去ることができる。
そのまま、新たに国が作られるだろうが、そこからはアルスレートには関係ない。知ったことではない。
「ならば構うまい。そのときは十分に礼をしてやればよかろう」
「恐ろしい、方ですね…」
多大の恐れと少しの呆れをもってアルスレートは呟いた。
全てはファリナの手の内だったというのか。
しかしそれをいやだとは思わない。
それでこそ。それでこそ己が主に相応しい。
「誰がだ?」
「貴女様です、我が姫」
「ふ…そなたが言うか」
くすくすと楽しげにファリナは笑う。
純粋なものではないが、久しぶりに見る楽しそうな笑みだった。
ひとしきり笑うと、ファリナはアルスレートの頬に手を添え、その顔を覗き込んで囁くように告げる。
「だが…この腹は、空のままだ。……それでは少々具合が悪い。呪を施した我が身にはな」

65唯一:2007/04/15(日) 16:37:46 ID:sD6ac5xo
久しぶりの投下。
長くなったのを縮めた・・・
66名無しさん@ピンキー:2007/04/15(日) 23:24:49 ID:ygqv7of5
ぎゃー GJ!!
途中、切なくてなきそうになった。
でも姫様が強い人で安心した。
(本当はどうか判らんが)

この二人の謀が上手くいきますように。
67名無しさん@ピンキー:2007/04/16(月) 05:15:30 ID:nP0t3GGh
GJ
姫様もアルスレートも切ないよ、頑張れ
あと、この王の寵姫がどんな女性なのか、毎回気になっていますw
68名無しさん@ピンキー:2007/04/16(月) 16:44:15 ID:v9VBUns2
某所に投下するとおっしゃっていた姫将軍と傭兵エロパートは書くのやめてしまわれたのですか?まだ書いている途中ならば楽しみにしてます。 -- サライ (2007-04-05 23:29:15)

>>サライ様
いらっしゃいませ。お返事遅くなりましてごめんなさい。ご意見どうもありがとうございます。
将軍と傭兵の件ですが、以前某所に投下すると書き込みましたし、どうするかかなり悩んだのですが、再荒らしになりかねないと思い、こちらのサイトにアップした分で完結することにしました。
本当に本当に申し訳ありません。また機会がありましたら、手を変え品を変え、コッソリ投下しに行きたいと思っております。 -- 管理人。 (2007-04-15 20:02:08)
69名無しさん@ピンキー:2007/04/16(月) 18:23:29 ID:muwNld1D
>68
70名無しさん@ピンキー:2007/04/16(月) 18:24:25 ID:muwNld1D
ああ、鬼のあれか


お前もしつこいよな
71名無しさん@ピンキー:2007/04/17(火) 03:11:42 ID:b+K3nl4V
こういうのがいる以上は、
続きを投下しなくて正解だったな。
72名無しさん@ピンキー:2007/04/17(火) 15:11:31 ID:x+oq081b
何気にサライって人、作者さんに失礼な物言い
してるな…
73名無しさん@ピンキー:2007/04/17(火) 16:58:34 ID:dK2RkbgL
もうやめようぜ、こういうのは。
今いる職人さんも逃げてっちまいそうだ
74Il mio augurio:2007/04/18(水) 17:19:23 ID:fS1J9Imp

「あき、らぁ」
苦しげな息と共に微かに声が漏れる。
聞こえるかどうかも怪しい声ではあったが、それは暁良に届いた。
「はい、暁香お嬢様。私はここにおります」
額のタオルを取り、氷水で絞ると再び暁香の額に置いた。
「ちゃんと、いてね?…ちゃんと、よ?」
「はい、暁香お嬢様」
きゅ、と弱々しく、不安げに袖口を掴む暁香に微笑み、暁良はその手を解いて包み込んだ。
ほぅ、と小さな息を吐いて暁香は目を閉じた。
暁香から、苦しげではあるものの寝息が聞こえてくる。
どうやらすぐに寝入ってしまったらしい暁香を見つめ、暁良は安堵の息を吐いた。
長く暁香を苦しめたこの熱も、もう下がるだけだ。
「……大丈夫でございますよ、暁香お嬢様。ご安心くださいませ、暁良はいつまでも傍におります。
……暁香お嬢様がどこに嫁がれましても、御子をお産みになられましても。……いつまでも…」
暁良は暁香の耳元に顔を寄せ、密やかに密やかに囁きかける。
力の抜けた、熱のためにいつもよりもずっと熱い、包み込んだ手の甲に、ひらに、恭しく口付けた。

「…………どんな未来が待ち受けるとしても、この手は離せないんです。離したくないんです。
暁香お嬢様…私は、貴女に会えないで得られる平穏よりも、貴女の傍にある苦痛を選びます。
もう、これより他を、選べないんです。もう、遅いんです……」
そう、もう遅い。
この道がたとえ茨の道だとしても、もう引き返せない。
暁香の夫となれた幸運な男を疎ましく思うだろう、妬ましく思うだろう。…憎み憎悪するだろう。
暁香の子は愛せるだろう。愛する女が産んだ子なのだから。だが、自分の子でないことが哀しいだろう。
それでも、暁香を愛する心を、想いを、捨てられないに違いない。
捨て去ることができる時は、もう、とうに過ぎてしまったのだ。
「暁香お嬢様、私は貴女を愛しています。他の全てを諦めますから、どうかそれだけは許してください」

75Il mio augurio:2007/04/18(水) 17:20:16 ID:fS1J9Imp

「ん…」
小さな声を上げて身動ぎすると、暁香は瞳を開いた。
「お目覚めになられましたか、暁香お嬢様」
「ぅん……あきら…ずっと、そばにいてくれた?どこにも、いってない?」
「はい、勿論でございますとも。それより、お加減は如何でございますか?」
寝起きのために拙い言葉遣いの、目を擦ろうとする暁香の手をやんわりと押し止めて布団に戻す。
目をぱちぱちと瞬かせながら暁香は答えた。
「うん…だいぶ、いいよ」
「それはようございました。…何か召し上がれるようならば、ご用意致しますが…如何なさいますか?」
「ん……つめたいのが、ほしい」
「冷たいの、でございますか?…アイスになさいますか?それとも、冷えた果実になさいますか?」
「うんとつめたいの」
「かしこまりました、アイスでございますね。それではご用意致しますので、しばらくお待ちくださいませ」
にこり、と微笑んで枕元に寄せた椅子から立ち上がると、つん、と微かに服が引かれる。
それを為したであろう暁香に視線を落とせば、じぃ、と見つめられた。
「やだ。いるの。いかないで」
行かないでと訴える暁香の、潤んだ瞳と薄紅に染まる頬。
熱のためであるとわかっているのに、なんと艶を帯びて見えるものだろう。
身体に走った、ぞくん、としたものを無視して、暁良は苦笑する。
「暁香お嬢様?」
「や」
「そうは申されましても……それではご用意させて頂くことができません」
「や。いるの」
むぅ、として見上げたまま、暁香は頑なに言う。病の人特有の心細さだろうか。
そんな暁香に、暁良はどうやっても敵わない。
どんなことであっても、きいてしまいそうになる。
「……承知致しました、暁香お嬢様。誰かに持ってこさせましょう」
折れた暁良に、こく、と満足そうに暁香は頷く。
それでも離してもらえない服の端を視界に写して苦笑しつつ、暁良は連絡を取った。

76Il mio augurio:2007/04/18(水) 17:20:57 ID:fS1J9Imp


しばらくして暁香所望のアイスを持ってきたのは氷雨だった。
どうやら、メイド達はちょうど忙しかったらしい。
「暁香お嬢様、ご所望のアイスでございます。桃とバニラをご用意させて頂きました」
サイドテーブルに置かれたアイスの甘い香りに、暁香は嬉しそうにやんわりと微笑む。
「あきら」
名を呼び、ぱかり、と雛鳥のように口をあけた暁香に苦笑しながらアイスを掬い、その口に運んでやる。
火照った身体と渇いたのどに、冷えたアイスは潤いになったようだ。
嬉しそうに、ぱかり、と再び暁香は口を開いた。
それを眺めながら、愛おしそうに暁香を見つめる暁良を観察していた氷雨は、静かに瞳を伏せた。
「暁香お嬢様」
「んぅ?」
「お腹がお空きになられましたら、厨房へご連絡くださいますようお願い致します。
連絡が入り次第、すぐに暁香お嬢様のお食事をお作り致します、とのことでございますので」
「ありがと」
にこ、としつつ、暁香は暁良に何度もアイスをねだる。
暁良は仕方ない、という顔をしながら、しかし嬉しそうに暁香の口にアイスを運ぶ。
その光景を視界に入れながら、氷雨は静かに一礼し、部屋を辞した。

77Il mio augurio:2007/04/18(水) 17:21:51 ID:fS1J9Imp


「暁良は、どうだい?」
「……」
暁香の部屋の外の壁に背を預けて待っていた瑶葵に、静かに氷雨は首を横に振る。
いつでも、人の心はどうにもならない。
できれば…と思っていたことはたしかだが、初めからわかっていた。
自分も暁良も。捨てられる程度のものならば、端から囚われたりしない。
「そう、か…甲斐は、なかったんだね…お前も暁良も、どうして茨の道を行きたがるのだろうね…」
「………ただ、互いが存在したから、でございましょう…」
「それは…どうしようもない、ね。……なんとかしてやれないもの、かなぁ…」
苦笑を零し、ふむ、と瑶葵は考え込む。
生前、由貴は暁香の婚約者すら決めず、候補を挙げることも許していなかった。
いつまでも因習に囚われず、好きにすればよい、と考えていたためだということを瑶葵は知っている。
その考えに異論はない。
後継には自分がいるのだから可愛い妹は好きなようにしていい、と常々思っている。
そう思う者は瑶葵の他にもいるが、いまだ少数派だ。
「……」
氷雨は沈黙を守り、主の決定を待つ。
瑶葵が事を為せるように全てを整え、主がやる必要のない、汚れ仕事を片付ければよいのだ。
「おじい様の影が薄れてきた今…そろそろ、私も『起きる』べき、なんだろうね。氷雨、力を貸してくれるかい?」
瑶葵の問いかけに、氷雨は恭しく頭を垂れた。
「勿論でございます。瑶葵様の御為に惜しむものはございません。……何なりとご命令をどうぞ、ご主人様(マイロード)」
78Il mio augurio:2007/04/18(水) 17:25:24 ID:fS1J9Imp
風邪引き暁香お嬢様と決断する暁良、行動を起こそうとする瑶葵氷雨主従、投下

いやな雰囲気払拭できんかな、と思いつつ…
79名無しさん@ピンキー:2007/04/19(木) 16:37:47 ID:XiAq0z5L
GJ
でもこれだけ言わせてくれ


瑶葵って誰だっけ?
80名無しさん@ピンキー:2007/04/20(金) 03:16:32 ID:b55xR/rj
跡継ぎ言うくらいだから長男じゃないか?
81Il mio augurio:2007/04/20(金) 13:13:47 ID:WiTxIqHm
申し訳ない、説明不足だったか…

瑶葵は暁香のお兄様で次期当主。
たまに出てきたりする。
82名無しさん@ピンキー:2007/04/20(金) 14:26:18 ID:axR9dHbP
>>79
前にもちゃんと出てきたぞ…忘れてやるなよ…
83名無しさん@ピンキー:2007/04/23(月) 03:51:01 ID:yWfb9yXY
このスレと姉妹スレの職人さんでサイト持ちいる?
個人的に島津の人がサイト持ちだと嬉しい。
知ってる人いたら教えてくれ。
84名無しさん@ピンキー:2007/04/23(月) 08:04:15 ID:CbehQo2A
以前その話題でちと荒れたから、できれば自力で探して欲しい。
いや、サイトの有無くらいは聞いてもいいと思うけど。
85名無しさん@ピンキー:2007/04/24(火) 00:21:17 ID:pN4xdUH8
鬼を憐れむ唄とエステルの人はサイト持ちのはず。
あとは知らん。
サイトは自分で探せよ。
86名無しさん@ピンキー:2007/04/27(金) 01:32:37 ID:NX0KrfWO
保守投下
和風時代物もどき
女剣士と少年従者といった所
87名無しさん@ピンキー:2007/04/27(金) 01:33:22 ID:NX0KrfWO
廃寺を抜ける風は周囲よりも心持ち生温く駆ける様に去ってゆく。
外れ掛けた天井や壁板を時折揺らして立てる音は、もしや誰かに見られているのや、と疑問を抱かせるが
いや、まさかあり得ない。
兼六は僅かに沸いた雑念を振り払う為に眼前に集中した。
自らの肉棒を突き入れ動かす先には彼を虜にさせた淫靡な柔襞と濡れた瞳があった。
女の唇から喘ぎの合間に微かな色が漏れるのを聞き取ると、兼六の世界は再び彼女に覆い尽くされた。

「紅(こう)……様、」
愛しい主人の名を呼ぶ。相手の耳に届いているかいないのか、初めて会った時から彼にはどうでも良かった。
傍に居ることを許されているだけで満たされた。
最初に肌に触れたときは嬉しさと緊張で、その美しい肢体の上に早々と射精した。
あれから何度も紅を抱く機会があったが彼女に対する戦きと恋慕、己の欲望をぶつけて汚した後悔は
一向に変わらずに兼六を支えていた。
張りのある乳房はまだ10代の少女の様に愛撫に震え、桜色の小振りな蕾が立ち上がると思わずしゃぶり付いた。
吸い上げ舐め上げ思うままに弄った後に唾液にまみれた固い乳首を指で弾く。
白い柔肌は吸い付く様な熱を帯び、朱く染まる首筋に幾本も黒髪が張り付く。
紅の吐息が兼六の顔にかかり更に彼を熱くした。
はだけた下衣の奥に手をやると既に別の生き物の如く淫らに開いていた。
花芯は膨らみ蜜を垂れ流している。
我を忘れた兼六は引き寄せられるままに怒張を引き出すと誘因の元にあてがい、一気に貫いた。
勢いに押されて背中が跳ね、組み敷かれていた体がずるりと動いた。
88名無しさん@ピンキー:2007/04/27(金) 01:34:49 ID:NX0KrfWO
伏せていた睫毛が揺れ薄目を開いた紅は、一心に自分を求めて腰を振り息を荒げている相手を朧気に見つめた。
奥まで突かれる快感は背骨を奔り内側から鼓膜をぐらつかせ、幾度も波となって彼女を襲った。
こんなにも体は熱く意識も白みかけながら、どこか一点醒めた頭で眺めている。
兼六のことはもちろん快く思っている。
だが応えてやることは出来ない。体を開くことだけだ。
明日をも知れぬ物騒な世を渡っていくのに女一人では何かと煩わしい。
剣の腕も中の上で多少術の心得もある、寄ってくる男どもを蹴散らすのに何の躊躇いもなかったが
むしろ同性――母の様な慈しみの目で見られるのが辛かった。
『若い娘ひとりで、そんなとこに行くもんじゃないよ』
『あんたのまじない術、うちの子がえらく気に入ってねえ、……良かったらさ、ずっとここで――』
安らぎも平凡も自分には許されない、無縁な世界なのだ。
母親を、大事な人達を殺されて、のうのうと生きている自分。あの男を殺すためだけに生きていくのだ。
復讐を果たせず二度と剣を向けられずに野垂れ死んでもかまわない、ただ、その思いだけが。
なのに、あの慈愛に満ちた瞳がちりちりと奥底を刺激する。
兼六に出会ったのは、村から逃げる様に去り街道で飛び込んだ飲み屋でのことだった。
どこか冷静さを欠いていたに違いない、村で2,3度見ただけの少年にまんまと後を尾けられていたとは。

自分に付いてきたいと言われることは度々あった。
もちろん下卑な笑みと共に馴れ馴れしく肩を抱かれ、すかさず鼻先にまじない札、台の下に隠れて股間に隠しの切っ先を突きつけると
野暮用を思い出したと誤魔化して消えていった。
「僕、いろんな所を見たいんです。もっと世界を知りたいんです。連れて行ってください」
人懐こい子犬みたいに紅だけを見つめる熱っぽい瞳は恐れを纏わず、文字通り世間知らずな少年そのものだった。
「身の回りのお世話でも、雑用でもなんでもします」
「足手まといには……ならないように頑張りますから」
振り払うことなど容易かった。が。
汚れない瞳は、遠くに置いてきた遙か昔に思える姿を否応にも思い起こさせて、柄にもなく胸が痛んだ。
「――――
 行く先々であれこれ言われるのは鬱陶しいんだ、連れがいれば幾らか誤魔化しも効くだろう」
「ありがとうございます。紅様!」
「紅でいい」
「はい! 紅…様っ!」
89夢摘:2007/04/27(金) 01:36:09 ID:NX0KrfWO
兼六の気持ちを利用した。いずれこの子は表の世界に帰してやらねばならない。必ず。
絶対に手に入らない心を知りながら、兼六は焦がれる思いを滾らせ、紅は罪悪感を上塗りして、体の穴を埋めた。
彼女の脚を押し広げ一層激しく腰を打ち付けた。
結合部分から絶えず沸いている卑猥な音と断続的な喘ぎ声が聴覚を麻痺させる。
甘酸っぱい汗の匂いと女の香りが鼻孔を満たし嗅覚を奪っていく。
床に広がる艶やかな黒髪と白肌が月明かりに照らされ視覚を射る。
己を銜え込み煽動する内壁と鷲掴みにした乳房の柔らかさ、互いの熱さを鋭敏に感じれば感じる程、
昂る熱が急激に頂点に達するのを悟る。
抜くと同時にびくびくと痙攣して精液を吐き出した。
受け止めた紅の体も一瞬ぴくりと手足の頂点を強張らせたのち、ゆるやかに呼吸を戻した。

「中に出して構わぬと言っているのに」
「それは出来ません。子を成しては……」
願いが叶わぬ。
言葉を呑み込む兼六には、彼女の瞳の奥に宿る一時も消えることのない青い炎が見えていた。
胸の谷間に散った欲望は色だけならば滴る母乳とも錯覚させ、紅は覚えず指先で掬って舐めた。
「紅様っ」
温く生臭い、生き物の味。
生への執着は死への距離をより縮める。
風のままに運命のままに奔り、追い、斬り、また追い、走り、駆けて、斃す。
性の激情より熱いものを知ってしまった自分は、もう溺れることも適わない、資格すらない。
死ぬまで、――死んでも、永遠に。
かたかたと軋む寺の蠢きは、まるで人あらざる妖かしに取り囲まれているようだ。
紅は空に懸かる月を見やると、誰にも気付かれぬ様に薄く嗤った。
90夢摘:2007/04/27(金) 01:38:44 ID:NX0KrfWO
以上です
2レス分タイトル付け忘れました
申し訳ありません

失礼しました
91名無しさん@ピンキー:2007/04/28(土) 19:44:24 ID:SgaoieHJ
GJ!
短い中に凝縮されたエロってのもいいねー。
92名無しさん@ピンキー:2007/04/28(土) 22:44:56 ID:GSNwkBaA
圧縮回避あげ
93唯一:2007/04/30(月) 23:55:14 ID:jJAHObYh

「……私に、どうせよと仰せなのですか……?」
「わからぬか?」
「……わかりません」
わかっているだろうに、わからないと言うアルスレートに苦笑しながら、手を引いて寝台に座らせる。
寝台に座らせたアルスレートの足の間に腰を下ろし、背を預けた。
アルスレートの方も心得たもので、ファリナの腰に腕を回す。
ファリナは回された腕に触れ、アルスレートの指に自分の指を絡める。
されるがままのアルスレートの指を玩びながら、ファリナは口を開いた。
「そなたの子が産みたい」
「いけません。それは、望んではならないことです」
アルスレートにとってそれは、叶うなら、と、切に願う自らの望みでもある。
ファリナが嫁す前であったなら、あるいは、全てに片が付いた後であったなら、ではあるが。
無論、ファリナを守り愛し慈しむ、相応しい男が現れるなら、アルスレートはその望みを捨てる。
アルスレートにとって最優先するべきことは、ファリナが心安く幸福であること、なのだから。
故に、ファリナの願いならば全て叶えたいと思っていても、その願いだけは、聞き入れられない。

「いけません」
アルスレートはもう一度言い、さらに言葉を口にする。
「貴女様は王妃です。王妃が産む子は王の子以外、ありえてはいけません」
ファリナの瞳が哀しげに揺れるが、それが一瞬であったためにアルスレートは気付けなかった。
どうあっても聞き入れてもらえないのか、切り札を出さなければならないのか、とファリナは思う。
「…――従わせるにも誘惑するにも、全身全霊を懸けるのです、であったか……」
「我が姫?」
小さな囁きにも似た呟きであったために、聞き取れなかったアルスレートが問いかける。
聞こえていないのならそれでよい、と思い、ファリナは薄く笑んだ。
今度は聞こえるように、しかし、違う言葉を口にする。
「間違うな、アルスレート。そなたの子『なら』産んでもよい、ではない。そなたの子『を』産みたい、のだ」
誰でもいいわけではないのだ、と、ファリナはそう強調する。
「わかるか?……私が産みたいのは、アルスレートの子だけだ」

94唯一:2007/04/30(月) 23:56:59 ID:jJAHObYh


「愛している、アルスレート。…愛して、いる」
すり、と、アルスレートの手のひらに頬を寄せながら告げる。
そのファリナの艶を帯びた声は、甘くアルスレートを冒した。
それでも答えないアルスレートの掌に、ファリナは唇を寄せる。
ちゅ、と、小さな音。
ファリナは何度も何度も、小さな音を立てて柔らかな口付けをアルスレートの掌に落とす。
乞うように、願うように。


終わりなく続けられるその仕種にアルスレートは愕然とした。
アルスレートにとって、ファリナがこんなふうに希うなどありえない。
ファリナはただ、命じればいい、望めばいい、そうであることが当然だと思っているのだから。
だからこそ、こんなファリナの姿など、信じられなかった。
「我が、姫…」
愕然とした思いのままに零れた呼びかけに、ファリナは身動ぎして体の向きを変えた。
アルスレートの首に腕を回して見つめるファリナの瞳に、狂おしいほどの恋情を見た。
この方は、本当に私の主なのか?
こんな、恋焦がれる眼差しを自分に向けるなど、まるで…――
そこまで考えてアルスレートは、ああ、と思う。
そうだ。
仕えるべき主であり姫で、そしてなにより女性なのだ。
自分が騎士であり男であるのと同じように。
そんなアルスレートの思考を破るように、ファリナが微かに震える甘い声で呼んだ。
「…アルスレート…」
これ以上女性に言葉を重ねさせるなど、男としてあってはならない。
ファリナに対するこれ以上の拒否も拒絶もまた、侮辱に他ならない。
「……後悔、しませんか?」
その問いかけに、こくり、と、ファリナは頷いた。
アルスレートが為そうと思っていることへの障害になるかもしれなくとも、何も言うまい。
現状、これから為すことを考慮に入れた上でなお望まれるなら。
唯一人と定めた相手に切なるほどに求められる…これ以上の喜びがあろうか。
喜びが胸を満たし、溢れてどうにかなってしまいそうだ。
瞳を潤ませ愛しげに見つめてくるファリナに笑みかけると、共に寝台に沈み込んだ。
95唯一:2007/05/01(火) 00:01:09 ID:jJAHObYh
変なところでぶっつり切ってると思わなくもないが…
次は長くなりそうだし、とりあえずここまで投下。
96名無しさん@ピンキー:2007/05/01(火) 21:19:45 ID:wfyf94y1
はい。よろしく!
97島津組組員:2007/05/03(木) 16:35:45 ID:QFJcpngd
>>95
姫様の願いが聞き届けられるようで、ほっとしました。
続きも待ってます。

「涙雨恋歌 第5章 遣らずの雨」を投下します。
5章が長くなってしまったので、まずは1節から7節までを。
エロは8節以降なので、今回もエロなしです。
98涙雨恋歌 第5章 遣らずの雨 1:2007/05/03(木) 16:36:26 ID:QFJcpngd
1.

 彩と名乗った彼女に送られて、瀬里奈は家に戻った。
 散々泣いて困らせたはずなのに、何も言わずに瀬里奈が泣きやむまで待っていてくれた。その間に彩はバスルームと部屋の中を見てまわり、血や吐しゃ物の痕跡を消していた。
 そして事件のあらましを語り、父と辻井が暴力を振るった理由も、語ってくれた。
 智也がやっていたことも教えてもらった。だが、正直瀬里奈は、そんな理由なんかどうでもよかった。
 万理が瀬里奈の両親のことをそんなに前からあざ笑っていたことが、ショックだった。
 そして、自分が一緒にいた智也に対して、顔が原型を留めないほどに暴力を振るう人間がいた。それが父と辻井であったことが、何よりもひどく悲しくて、怖かった。
 辻井が智也にした暴力を思い出す。怖かった。あんなに怖い顔をして、怖いことをするなんて、思ってもいなかった。
 父とは話せたのに辻井と話せなかったのは、瀬里奈が辻井に抱いていた幻想とのギャップが大きかったせいだ。
 彩は、瀬里奈のビデオを見た辻井が本気で怒っていたと言った。だからこそ、普段なら自分で手を上げないのにあそこまで痛めつけた。それほど、辻井の怒りは大きかったのだと。
 それを聞かされても、やはり瀬里奈が抱いてしまった恐怖心は、拭えなかった。
 窓から玄関先を見ると、たった数日前にそこに佇んでいた辻井の姿が目に浮かぶ。今までならその姿を思うだけでいい気分になれたのに、もう今は恐怖しか浮かばない。


 父を愛しながら、母はやはり父の暴力的な側面は嫌っていた。愛人という立場でなければ、父に足を洗って欲しいと言っていたに違いない。
 人を傷つければそれが還ってくる。その暴力の連鎖で父が傷つくことを、母は恐れていた。
 だけど彩はそうではないと言った。
 傷ついたら、癒してあげればいい。それができるのは女だけだから、と。
 彼らが傷つくことを恐れて引き止めることよりも、傷つくことも、傷つけることも全てを受け入れることの方を選ぶ、ときっぱり言った。
 やっぱり強い人なんだ、と瀬里奈はため息をついた。わたしには無理。自分が傷つくのも、人が傷つくのも怖い。
 だから辻井が智也を傷つけるのを見た時、恐ろしくて震えてしまったのだ。
 辻井の手を拒絶してしまった時の、傷ついたような辻井の顔を思い出すのも嫌だった。
 あんなに大切にしてくれた辻井を自分が傷つけてしまったと思い知らされるから。
「ごめんなさい辻井さん。傷つけちゃって、ごめんなさい。でも怖かったの。辻井さんのあんな怖い顔、見たくなかったの」
 優しい人でいて欲しかっただけなの。
 そう思ってしまうわたしは、癒してあげられないわたしは、やっぱり子供なの?
 大人になりたいと思ってしたことが、逆に自分が子供だということを否応なしに突きつけてくる。
「ごめんなさい……」
 謝ることしか、思いつかなかった。


 翌日の学校で、ぽかりと空いた万理の席を見る度に心が痛んだ。
 万理の悲痛な叫びや、彩が教えてくれた宏太のやっていたことを思い出すと、どうすればいいのかわからなくなる。
 たとえ停学処分が解けて万理が学校に復帰しても、もう万理は自分と話してくれないような気がしていた。宏太を痛めつけ、この街にいられなくしたのは瀬里奈の父たちだ。
 先週の今日だった、万理と宏太、智也、自分の4人で食事をしていたのは。たった一週間で、こんなに変わってしまった。
 この一週間の記憶を消して、全てを元に戻したい。万理から拒絶された自分も、辻井を拒絶した自分も、全部消してしまいたい。
 それができないのなら、全てから逃げ出してしまいたい。


 その日は都の最後の出勤日だった。来週からはお店は他の人の手に渡る。そして来週末に都は京都へ行く。山上都となるために。
 全ての業務を終え、都が帰ってきたのは明け方に近い時間だった。
「おかえりママ」
「どうしたの、こんな時間まで」
 随分と酔った顔をして都は微笑んだ。
「ねえママ。わたしもママと一緒に京都へ行く。連れてって」
 都は驚きに目を見張った。
「もちろんよ、瀬里奈」
 ゆっくりと都が瀬里奈を抱きしめた。酒の香りに混じって母の匂いがした。
99涙雨恋歌 第5章 遣らずの雨 2:2007/05/03(木) 16:37:23 ID:QFJcpngd
2.

 翌日の土曜日は、しとしとと細かい霧のような雨が、一日中降り続いていた。
 夜中に行く、と島津からの電話があり、その予告通り夜半前に父がやってきた。昔と変わらず、都は化粧を整え、綺麗な服を着て父を迎える。父は仕事帰りなのだろう、スーツを着てネクタイを締めていた。
 都が島津を迎え、島津は何も言わずにリビングへやってくる。いつもそうだ。母がどれだけ父に黙って従っても、父はそれに対して何も返さない。従うのが当たり前であるかのようにふるまう。
 そして兄が中学に上がった頃からは、父は母を抱くこともしていないようだ。たまに来ては、ちょっと飲んで帰る。もしくは店に顔を出すだけ。
 それじゃあ、ママだって嫌になるよね。他の愛人さんとは違って、ママにはお父さんしかいないのに。

 
 夜中過ぎ、目が覚めてしまった瀬里奈はそっとダイニングへ行った。キッチンで水を飲み、グラスにもう一杯水を注いでダイニングの椅子に座る。
 ガチャリと音がしてドアが開いた。
「なんだ、随分夜更かししてんな、瀬里奈」
 島津が入ってきて、瀬里奈に水を持ってくるように言って自分はダイニングの椅子に腰を下ろす。仕方なく瀬里奈は自分が飲もうとしていたグラスを父に渡す。
「帰るの?」
「ああ。最後に顔を見に来ただけだからな」
「……最後って。それなら、もっと一緒にいてあげてよ」
「女と一緒に眠ってやれる男ってのは、旦那だけだ。俺はそうじゃねえ」
「なればいいじゃない。だってわたしとお兄ちゃんのお父さんなんだから。それが当たり前でしょ」
 瀬里奈の頭を撫で、島津はふっと笑みを零した。
「そうだなァ。出会うのがもうちょっと早ければ、そうなってたかもしれねえな。でも、遅すぎたんだ」
 くしゃくしゃと髪を遠慮なくかき混ぜられる。
「意味わかんない。お兄ちゃんが生まれた時、ママは23歳でお父さん21歳でしょ。どこが遅いのよ」
「年齢なんて関係ない。遅かったんだよ。過去を捨てる気になれなかったんだ、少なくとも俺はな」
「お父さん!」
「瀬里奈。ヤクザなんて、こんな、お前らには意味がわからねえことで意地張ったり、突っ張ったりするどうしようもねえ男ばっかりだ。お前は、京都でそんなのに引っかかるんじゃねえぞ」
 島津は立ち上がり、瀬里奈の頭を胸に抱き、髪を撫で、髪に軽く口づけをした。
「京都でも元気でやれよ。おとといのことは、もう忘れろ」
 早く寝ろ、と言い置いて島津は部屋を出て行った。やがて玄関のドアが開き、外で小さく会話があり、最後に車が雨を弾く音が聞こえてきた。
 初めて触れた父の胸は、強く、暖かく、どこか寂しそうだった。
「なんで今更こんなに優しくするのよ。どうせなら、なんでもっと昔からしてくれないのよ。最低。最低。お父さんのバカ」
 さっきよりもかなり強く降る雨が、窓を叩いていた。


「行っちゃったわ。遣らずの雨なんて、あてにならないのね」
 いつの間にか都がやってきていた。髪は下ろしているが、化粧はそのままだ。母は抱き合う時に化粧を落とすことすら許されていないのだ。
「朝までいてなんて、最後に馬鹿なお願いしちゃったわ。叶えてくれるはず、ないのに」
 立ち上がり、瀬里奈は母を抱きしめた。
 20年近く愛した男と、一度も一緒に眠ったことがない女。それが瀬里奈の母だった。最後のお願いがそんなことだなんて。切なくて涙が出た。
 最後の最後、もうこれでおしまいというところで、ようやく一番望んでいたことを口にする。
 たとえその望みが拒否されたとしても、もうすぐ後には新しい生活が待っている。傷ついても、そのうち傷も癒える。癒してくれる男がいる。
 母は怖かったのだ。自分の叶わぬ望みを口にすることで、自分と島津の関係が壊れてしまうことが。だからこそ父と一定の距離を保ち続けた。踏み込んで、自分が決定的に傷つくことを恐れて。
「見送りもこれないって言ってたわ。ねえ、あなたは、絶対にヤクザなんかを愛しちゃだめよ。こんな思いは、ママだけで終わりにしてちょうだい」
 じゃあどうしてママはお父さんを愛したの?
100涙雨恋歌 第5章 遣らずの雨 3:2007/05/03(木) 16:38:20 ID:QFJcpngd
3.

 それからの学校は、瀬里奈にとって万理の存在の大きさを感じさせる一週間になった。
 休み時間になる度、昼に食べるものを考える度、下校時間になる度、万理に話しかけようとしては空いた空間に拒絶される。部活動も特にやっていない瀬里奈にとって、授業が終わってからの長い時間をひとりで過ごす度に、万理に会いたくてたまらなくなるのだ。
 携帯の機体を新しくしてもらたので、メールをしても返信はまったくなし。思い切って電話をしたら、着信拒否にされていた。
「そこまで拒絶することないじゃん……」
 家を訪ねる勇気は、これっぽっちも湧いてこなかった。


「いよう、長浜。茶、飲む?」
 パックのお茶を瀬里奈の机に乗せ、椅子に後ろ向きに座る。万理と同じく中学から一緒の後藤という少年だった。
「なんか用? 後藤くん」
「なんか用とはご挨拶だねえ。森尾宏太さ、実家帰るみたいだぜ」
 学校で聞くとは思わなかった人名を意外な人物が口にして、瀬里奈は思わずむせて咳をした。後藤はお茶のパックにストローを刺して差し出してきた。
「オレの姉ちゃん、森尾と同じ大学でさ。金曜日、絶対欠席できないゼミに来なかったから、心配して電話したんだと」
 すると、もう学校は辞めて実家に帰るんだ、となにやらくぐもった声で携帯電話に出た宏太が言ったのだそうだ。
「女関係でしくじったかな、って姉ちゃん、言ってたぜ。万理、森尾と付き合ってたろ。どうせ、援助だって森尾に言われてやったんじゃねーの? あいつが、そんなことするわけねえのにな」
「で、何が言いたいのよ」
 後藤の真意が分からず、瀬里奈はぶすっとしたまま質問で切り返した。
「べっつにー。うちのクラスでそういうことしなさそうな女、筆頭の長浜瀬里奈が、ひとりで寂しそうだったから声かけてみただけ」
 どういう意味よ。お茶のストローをかりっと噛みながら、瀬里奈は呟いた。
「お前さ、すぐに人にそうやって物聞くよな」
「だって、後藤くんの考えてることなんか、わたしに分かるわけないじゃない」
「分かろうとしろよ、ちょっとくらい。オレに興味ない?」
「ない」
 瀬里奈が即答すると、後藤はわざとらしくがっくりと肩を落とす。
「見た目はほんわかしてるし、みんなの中にいればのんびりおっとりなのにな。実はお前って手厳しいよな。引越し先でもそれじゃあ、厳しいぜ?」
 瀬里奈が何かを言い返そうとした時、後藤を他の男子が呼んだ。
「後藤、長浜口説いてんじゃねーよ。ヤクザの親父に睨まれっぞ。部室行こうぜ」
 瀬里奈が箸を持ったまま、俯く。
「ほら、わたしといると、あんな風に言われるよ。早く行きなよ」
「あいつらも悪気ねえんだから、許してやれよ」
「許すも何も、本当のことだもん」
 再度呼ばれて後藤は立ち上がった。俯いたままの瀬里奈に、頭上から言葉を投げかける。
「お前の父ちゃんがヤクザなのはしょうがねえだろ。なんで堂々としないんだよ。親父さんにも、おふくろさんにも失礼だぞ。それにな。お前、ちっとは他人に興味持てよ。
 お前の世界って、お前しかいねえのな。ヤクザの娘ですってぴっちり境界線引いて、他を寄せ付けないだろ。そんなんだから、いつまでもあんな風に言われるんだよ」
 邪魔して悪かったな、と後藤は言って去っていった。
 結局、何が言いたかったのか何がしたかったのかさっぱり分からず、瀬里奈はお茶を飲み干した。
 随分しばらくしてから、もしかして慰めてくれたのかも、とようやく思いついた。授業中こっそり振り返って見た後藤は、すやすやと机に突っ伏して居眠り中だった。
101涙雨恋歌 第5章 遣らずの雨 4:2007/05/03(木) 16:39:17 ID:QFJcpngd
4.

 夕刻になるに従い、空は段々怪しい様相を呈してきた。
 授業が全て終わり、帰宅する頃には雷を伴って激しく雨が地面を叩くようになった。瀬里奈が教室の窓から外を覗いていると、ひょいと隣に後藤がやってくる。
「うはー。オレ、傘ねえんだよ。長浜、持ってる?」
「持ってないよ」
「電話一本で親父さんとこの子分が迎えにくるとか、ねえの?」
 妙に馴れ馴れしく話しかけてくる後藤がうっとおしくて、瀬里奈はきっと眉を吊り上げて隣にいる後藤を問い詰めた。
「ないわよ、そんなの。何よ、昼間はヤクザの娘って境界線引くなって言っておきながら、雨が降ったら今度はヤクザの娘ってことを利用しろっていうわけ?」
「おっかねえ顔すんなよ。じゃあさ、一緒に帰ろうぜ」
「後藤くんと一緒に帰ったら、雨が止むとかあるの?」
 しつこさにげんなりして瀬里奈は後藤をじろりと睨んだ。
 もうわたしは帰るから、と言い捨てて踵を返した瞬間、ピカリと空が光り、轟音が校舎を揺らした。
「きゃああああっ」
 思わず瀬里奈は傍にいた後藤に抱きつく。しまった、と思った時にはもう遅かった。
「やっぱ、一緒に帰る?」
 ニヤリと笑う後藤を睨みつけ、瀬里奈は精一杯平静を装って頷いた。
「ご、後藤くんがどうしてもって言うんなら、駅までくらい、一緒に行ってあげてもいいわよ」
 ぷ、と吹き出した後藤は、慇懃に膝を折って瀬里奈に礼をした。
「どうしてもご一緒させていただきたく。お嬢様」
 バカみたい、と笑って瀬里奈は後藤と一緒に教室を出た。
 そういえば、辻井にもバカと言ったままだった。あれから随分経ってしまったように思うけど、まだたったの一週間だ。
「随分昔のことみたい」
 乾いた笑みを漏らした。なんか言ったか、と後藤が訊いてきたが、なんにも、と答える。ならいいか、と後藤も返す。
 詮索してんのか深入りしないのか、どっちなんだか。
 先に立って階段を下りる後藤の背中を見ながら、瀬里奈は違う男の背中を思い出していた。


 学校から最寄の駅までは、瀬里奈の足で歩いて10分。走っても5分以上はかかる。
 どうせなら、このどしゃぶりの雨がわたしの嫌な気持ちも、記憶も、全部洗い流してくれればいいのに。ありきたりなことを思いながら走った。
 駅に着いた時には、瀬里奈も後藤もすっかりずぶ濡れなっていた。後藤は瀬里奈から自分のブレザーを受け取り、いきなり水を絞り始める。ブレザーの冷たさと重さに、瀬里奈もブレザーを脱ぐ。
「どこ見てんのよ」
「そりゃあ、胸? 長浜ぁ、ちゃんと食ってんのか、成長してねえぞ?」
「大きなお世話よ、ほっといて」
 他の通行人がじろじろと瀬里奈の身体を見て行くのを遮るように、後藤は先ほど絞ったブレザーを瀬里奈の肩にかけた。瀬里奈をからかう口調と裏腹の行動に、思わず瀬里奈は頬を染めた。
「万理はでっけえのになあ……」
「バカっ」
 顔赤いぜ、と更にからかわれて、もう一度瀬里奈はバカ、と言ってブレザーを絞る。パンとはたいて布地を伸ばすと、後藤のブレザーを返して自分のものを着た。
「しっかし、雷、鳴って女が抱きついてきて、一緒に雨ん中走るなんてベタだよなあ……。途中コンビニあったのに、なんでオレら走ってたんだろな」
 そういえば、いつも登校中にドリンクを買うコンビニがある。走るのに夢中で、すっかり存在を忘れていた。
「バカみたい、わたしたち」
「お前がだろ。オレは覚えてたぞ」
「何よ、お嬢様に逆らう気?」
「誰がお嬢様だよ、人のことバカバカ言いやがって。そんな口の悪いお嬢様がいるかっての」
「ひっどい、自分で先にわたしのことお嬢様って言ったんじゃないの」
 ふたりで言い合いをしながら改札を通り、ホームへの階段を上る。周りの乗降客は唖然としながら、または微笑ましく、ずぶ濡れのふたりに視線を走らせていた。
102涙雨恋歌 第5章 遣らずの雨 5:2007/05/03(木) 16:40:08 ID:QFJcpngd
5.

 ここのところずっと、大人とばかり接していた瀬里奈にとって、こんな等身大の会話はご無沙汰だった。
 背伸びをして大人になりたがった結果が、大人に振り回されて自分を見失うことだったとしたら、自分の気持ちを殺すことだったとしたら。
 所詮、高校生は知恵や生き方で大人には敵わない。
 瀬里奈が辻井に憧れるのも、周りにいる少年たちにはない男としての深みを感じるからだ。それは、後藤を始めとする少年たちが薄っぺらいからではない。
 倍長く生きている、しかも極道という特殊な世界を生き抜いてきた男ならではの強烈な個性、「男」の匂いが鮮烈なせいだ。全ての大人が持ち合わせているものではない。
 彼らや、彼らの周りに生きる人たちに振り回された自分は、きっと自分ではなかったに違いない。背伸びをするには、気を張っているしかなかった。
 そんなの、バカみたい。わたしは今、後藤くんと話してるみたいなただの女の子なのに。
 大人になろうとした、罰だったのかもしれない。
 自分の横で息を整えている後藤の横顔を盗み見た。後藤は、にかっと顔全体で笑った。そんな笑顔は大人たちは見せてくれなかった。


 ホームについて、ベンチに座る。カバンの中をごそごそと探し、瀬里奈はタオルを取り出す。
「タオルも濡れちゃってるや」
 少しでも乾いているところを探して、後藤の濡れた顔と首筋を拭く。額を拭いていると、後藤がもういいよ、と言った。
「お前さあ、普通はタオル渡してくれるくらいだろ。どーすんだよ、オレがお前に惚れちまったら」
「……ありえなくない? それ」
「まあ……ねえけど。ねえな。うん、ねえや」
「そんな何度も念押しみたいにして言わなくていいってば」
「そっか? オレ、巨乳派なんだ」
「……バッカじゃないの」
 呆れた目で後藤を睨む。どうせ貧乳ですよ、とぷいと横を向く。後藤が何かを言っていたが、ホームに電車が入ってきて、瀬里奈は聞きそびれた。
 電車に乗り、後藤は瀬里奈をドアの横に立たせた。少しずつ混み始めてきている車内で、他の乗客が瀬里奈に触れないようにと瀬里奈の脇に立ってガードしてくれる。
 男の子って、自然とこういうことするんだなあ、と瀬里奈はおかしくて笑みを零した。
「なんだよ」
 突然笑い出した瀬里奈に、後藤が不審の目を向ける。
「べっつにー?」
 ふふ、と瀬里奈が笑うと、後藤は窓の外を見つめた。
「何があったか知らねえけど。ちっとは元気出たか」
「――うん」
「引越し先でも、元気でやれよ」
「…………うん……」
 窓の外ではまた稲光が空を引き裂いている。くしゃくしゃと瀬里奈の髪を撫でる後藤の顔が、雷光で青く光っていた。
 ありがとう。聞こえないほどの小さな声で、瀬里奈は後藤に礼を言った。べっつにーという後藤の声が、やはり小さく聞こえてきて、ふたりでくすくすと笑った。


 自宅への最寄駅も、瀬里奈と後藤は同じだった。同じ駅で降り、猛然と降り続ける雨を駅舎の中から見つめる。
「ま、また走る?」
 瀬里奈がピカピカ光る空を怯えた目で見ながら言った。
「残念だなあ、長浜。オレ、こっからバス。あそこのバス停までなら、一緒に走ってやるぜ」
「うそぉ。責任持ってよ。こんなびしょ濡れじゃ、タクシーも乗っけてくれないよぉ」
「何の責任だよ、何の。文句なら雨に言えよ。ってかさ、マジで、誰か迎えに来てもらえば? 傘もこれじゃ役立たねえぞ」
 うう、とうなりながら、瀬里奈は空を恨めしげに見上げる。一向に、やむ気配はない。稲妻は盛大に唸りを上げて空を照らし、地面を揺らしている。
「迎え、ねえ……」
 ママは車乗らないし。お兄ちゃんっていっても、傘持ってきてくれるだけだし。
 普段は余計な時に瀬里奈の横を通って、お嬢さんこんちわっす、などとやる父の子分が、こういう時に限って見当たらない。使えないんだから、と自分勝手な舌打ちをする。
103涙雨恋歌 第5章 遣らずの雨 6:2007/05/03(木) 16:40:52 ID:QFJcpngd
6.

 今までなら、こんな時は必ずといっていいほど迎えに来てくれた男がいた。無条件に瀬里奈を見守り、大切に愛してくれた男。
 辻井は瀬里奈を守ろうとして、智也を殴った。智也が瀬里奈を傷つけたことを知って、あそこまで暴力を振るったと、彩は言った。思わず拒絶してしまった時の辻井の顔を思い浮かべる。ひどく傷ついた顔をしていた。あんな顔は、みたことがなかった。
 傷ついたのは、自分だけじゃない。あの時は自分のことだけで精一杯で、辻井の傷にまで思いを寄せることはできなかった。
 瀬里奈の目の前で、自らの影の部分を晒してしまったことに、辻井が傷つかなかったわけがない。これまでずっと、辻井はその部分を隠してきたのだから。
 生まれて初めてのキスをした男の顔を思い出す。あの日の夕焼けと、大きな影を思い出す。
 そうだ、夕焼けだ。
 瀬里奈の記憶の中の辻井は、必ず夕焼けと共にある。夜のネオンではなく、じんわりと夜に滲んでいく茜色。
 闇の世界の住人の辻井が、表の世界に生きる瀬里奈と接するのは、夕暮れ時だけだ。ふたりが交われるのは、限りなく昼に近い夜の時間。ちょうど、今。
 本当の顔を隠すことができる「誰そ彼」の薄暗い時間に、辻井は瀬里奈に会いに来てくれていた。ヤクザとしての本当の顔を見せて、瀬里奈を傷つけないように、夜が訪れる前に。


「今日は夕焼けもないね」
「長浜?」
「会いたい……。会いたいよ」
 たった数日。この前会ったのはつい一週間前だというのに、ずっとずっと会っていないような寂しさが瀬里奈を襲う。もう、辻井は自分に会ってくれないような気がしてならなかった。
 喪失感。いつもあったものが無くなる恐怖。恐怖というよりは絶望といった方がいいか。
 智也を失おうと、智也が殴られようと感じなかった絶望を、不意に感じて瀬里奈の目から涙が突然零れだす。それは後から後から溢れてくる。失いたくない。上を向いて、ぎゅっと目を閉じて涙を堪える。
「どうしたんだよ、長浜? 大丈夫か?」
「ごめん、大丈夫。ねえ、後藤くん」
「お、なんだ、なんだよ」
「もし、今ここに、宏太さん――森尾宏太がいたら、どうしてる? 万理が宏太さんの前で泣いてたら、どうしてる?」
「決まってる」
 ぐっと後藤は拳を握り、パシンと掌に当てる。
「一発殴ってやる。男の拳は、女の子守るためにあるんだ」
 古くせえけどな、と照れながら後藤は鼻をすすった。
「そう……そうなんだ。そうか、そうなんだね。……かっこいいじゃん、後藤のくせに」
「うるせえ。さりげなく呼び捨てにすんな。ホラ、どうすんだよ。雨、全然全く止まないぞ」
 雨なんて、もうどうでもいい。謝りに行こう。まずは父に話をつけて、辻井に謝ろう。わたしを守ってくれた人に、ごめんなさいと謝りに行こう。失いたくないから。
「おい長浜、あの人。今、車から降りてきたあの男の人。お迎えじゃないの?」
「お迎えなんて、そんな人いるわけ……ないでしょ……」
 大きな傘をさして歩いてくる、大きな男がいた。


「傘、ないんですか」
 瀬里奈の前で立ち止まり、辻井は傘をたたむ。
「な、何しに来たの……」
「お嬢さんが泣いてないかどうか見に来たんです」
「泣いてない。泣いてないよ」
「どうしてそう、嘘をつくんです。嘘はよくないですよ」
 そう言って辻井は微笑み、指の腹で瀬里奈の目の下を拭う。
「帰りましょう。そのままじゃ風邪を引きます」
「泣いてないからね? 泣いてないよ? ねえ、泣いてないから」
 手でごしごしと涙を拭って瀬里奈は強がった。自分が傷つけた人に、慰めてもらうわけにはいかない。
 瀬里奈の頭を辻井の大きな手が撫でた。
「いいんですよ、泣いても。そのためにいるんですから」
 たまらず瀬里奈は太い首に抱きついて、辻井の存在を確かめる。辻井の腕が、瀬里奈の身体を抱きとめた。
「会いたかった……」
 瀬里奈はそれしか言えなかった。何度も、会いたかったと辻井の腕の中で繰り返す。
 そして、信じられない言葉を聞く。
「ええ……俺もです」
 驚いて辻井の顔を見つめた瀬里奈の頬を辻井の手が覆う。もう一度、辻井が瀬里奈をしっかりと抱きしめた。
 雨がやまなければいい。このままずっと降って、ここにふたりでいつまでも一緒にいられればいい。
 瀬里奈の望み通り、雨はやむ気配を見せず、雨脚は強まる一方だった。
104涙雨恋歌 第5章 遣らずの雨 7:2007/05/03(木) 16:41:47 ID:QFJcpngd
7.

「あのお。長浜瀬里奈さん。オレはいつまであなたのラブシーンを見てればいいんすかね」
 隣にいた後藤が恐る恐る声をかけてきた。
「引き止めてないぞ。いつでも帰れ」
 瀬里奈を抱いていた腕を離し、辻井は後藤に傘を差し出した。
「……。車での送迎は女の子だけですか」
「ちょ、ちょっと後藤くん」
 ヤクザと知っていながら辻井にそんな口を利く後藤にびっくりして、瀬里奈は後藤の袖を引っ張った。
「いや。俺の助手席はお嬢さん専用だ」
「そんなくさいこと、なんで臆面も無く言えるんですか」
「くさい科白を真顔で言って、気障なことを本気でできないと、ヤクザ失格なんだよ」
 本当かよ、と後藤はひそひそ瀬里奈に耳打ちする。そういえば父も呆れるほど気障だと思い出し、多分本当、と答えた。
「まあ、ホンモノのナイトが来たところで、ニセモノは退散すっか。じゃあな長浜。明日、学校で会おうぜ」
「うん、またね。今日はありがとう。風邪、引かないように気をつけてね」
 バイバイと瀬里奈が手を振ると、後藤は辻井が差し出した傘を受け取ることもせず、バス停まで全力疾走していった。
「クラスの男の子ですか」
「うん」
「くさい科白を真顔で言うっていう点に関しちゃ、彼もヤクザの素質ありですね」
「言えてる。あんな奴だなんて、思わなかった」
 それから、辻井の車まで傘を差しかけてもらって歩いた。ほんの少しの距離だったが、肩を抱いてくれる辻井の手が嬉しくて、もっと遠くならいいのにと願った。


 止めてあった車は、辻井が彩を乗せて走り去った時の車だった。
「助手席がわたし専用なんて、ウソばっかり」
 辻井が運転席へ回っている間に、助手席に座った瀬里奈はボソリとこぼした。また大人の世界へ足を踏み入れてしまったような、息苦しさを感じた。
「後ろにタオルがありますから、使ってください」
 するりと運転席に乗り込んできて、エンジンをかける。
「お嬢さん?」
 辻井は後部座席からタオルを取って瀬里奈の身体にかけてくれた。今までと変わらぬ優しさだが、この優しさは瀬里奈だけのものではないと思うと、小さく嫉妬の火が燃える。
「……ウソつき」
 こんなこと言いたいんじゃない。いじいじと拗ねたいんじゃない。後藤くんと一緒にいた時はあんなに自分の言いたいことを普通に言えたのに。
「助手席。専用なんて、ウソつき」
 自信がないからだ。辻井という大人の男に接する女として、まったく自信が持てない。辻井にとっての瀬里奈の魅力がどこにあるのか、瀬里奈にはさっぱりわからない。
「彩さんも乗っけてた、この車。専用なんかじゃない。恋人がいるのに、そういうこと言うの、ズルい」
「恋人……?」
 辻井は驚いて瀬里奈を見、考えるように天井を見上げ、降り続く雨に視線をやり、そして最後にもう一度瀬里奈を見つめた。
「彩さんが……?」
 瀬里奈が大きく首を縦に振ると、辻井は笑い出した。ハンドルに突っ伏して笑っている。その笑い声の大きさに瀬里奈の方が驚いて辻井を凝視した。
「違いますよ。あの人とは長い付き合いですし、そりゃあいい女だとは思いますがね。ハハ、そうですか。お嬢さん、雑誌読んだでしょう」
「雑誌?」
「オヤジの結婚の記事、よおく思い出してください」
「…………。あ、ああぁっ!? ウ、ウソっ?」
 結婚相手は幼馴染の女性!? とキャプションを打たれていた写真に小さく写っていた女性の顔を、思い出した。


「な、なあんだ。わたし、てっきり……」
「ひどいですねえ。そんな誤解された上に、嘘つき呼ばわりですか?」
 ごめんなさいと、瀬里奈は肩を落とすしかなかった。いつもいろんなことを早とちりしては大騒ぎして、兄に怒られていることを今更ながら思い出す。
「で、でも、専用じゃなかったのは事実だよ。彩さん、乗っけてたもん」
「一度だけですよ。そんなこと言ったら、オヤジだって他の女だって乗ってるんですから」
「女の人も乗ってるなんて、そんなのなおさら専用じゃないもん。やっぱりウソつき。辻井さんのウソつき」
 珍しく辻井を責められると思うとなんとなく嬉しくて、ほこほこしながら瀬里奈はつんと顎を上に向けて言った。
「わかりました。これからはお嬢さん専用にしましょう。だから、今回は許してください」
 しょうがないから、許してあげる。瀬里奈が得意げに言うと、辻井はため息をついて瀬里奈の頬を軽く指で弾いた。

(第5章 遣らずの雨 後半へ続く)
105島津組組員:2007/05/03(木) 16:43:58 ID:QFJcpngd
以上です。

8節以降は、連休中に投下できることを目標にして執筆中ですが、予定は未定です。
106名無しさん@ピンキー:2007/05/04(金) 03:00:47 ID:ZeBUdn6b
GJ!!・゚・(つД`)・゚・
107名無しさん@ピンキー:2007/05/04(金) 17:10:00 ID:+LkBQ2Qx
待ってました島津組!!
よかった…辻井さんが来てくれて本当によかった〜
瀬里奈がどういう決断をするか、wktkして待ってます!

アニキ…じゃなかった、神に差し入れっス…つ旦~
108名無しさん@ピンキー:2007/05/04(金) 17:55:30 ID:6F+Spngo
辻井さんがどんな思いで瀬里奈に会いに来たのかと思うと・゚・(つД`)・゚・
続き楽しみにしてます
109島津組組員:2007/05/12(土) 01:47:49 ID:UoJ5tdHd
少し長い連休をいただいてしまいました。すみません。


なんだか連投になってしまい、恐縮ではありますが、「涙雨恋歌 第5章 遣らずの雨」第8節からを投下します。
110涙雨恋歌 第5章 遣らずの雨 8:2007/05/12(土) 01:55:32 ID:UoJ5tdHd
8.

 タクシーも乗っけてくれないよ、と後藤に言ったほどずぶ濡れ状態の瀬里奈が乗った辻井の車は、どう見てもタクシーよりも高級なものだった。
 シートも綺麗な革張りだ。ふと背中を見ると革が水分で変色している。
 何も考えずに乗ってしまったし、辻井もそのことは何も気にしていないように見える。
「あの……。ごめんなさい。すごい濡れてるのに、革、しみができちゃうよね」
 ああ、と辻井は首を振った。
「雨で濡れているだろうと思ってお迎えにあがったんですから、乗っていただかないと困ります。学校まで行けなくて申し訳ないと思っているくらいなんですから」
「でも、シート……」
「お嬢さんがあのまま雨の中を歩くことに比べれば、そんなものは大したことありませんよ」
 一事が万事この調子で、いつも辻井は瀬里奈を優先してくれる。いつも優しく見つめてくれる目に映った、あの日の愕然とした表情が鮮明に瀬里奈の脳裏に蘇った。
 謝らなきゃ。あんなにひどいことをしたのに、昔と変わらず接してくれた辻井さんに、謝らなくちゃ。
「ごめんなさい」
 謝ると、辻井は不思議そうな顔をした。
「わたし、近寄らないでって言っちゃった。傷つけたよね。ごめんなさい。あんなこと、言うつもりなかったの。あれからずっと、謝ろうと思ってたの。ごめんなさい」
「いいんですよ」
 必死で謝罪の言葉を探す瀬里奈を遮って、辻井は頭を横に振った。
「あれが、自分の本当の姿ですから。お嬢さんが怖いと思うのは当然です。気にしないでください。こちらこそ、お嬢さんの前であんなことをして、申し訳ありませんでした」
「ごめんなさい。わたしこそ……」
「お嬢さんさえいいのなら、もういいんです」
 車が止まった。自宅の前だった。


 もう少し、一緒にいたかった。だって明後日には東京を離れちゃう。
 言わなきゃ伝わらない。一緒にいたいって、声に出して言うのよ瀬里奈。自分を奮い立たせるように言い聞かせる。
「辻井さん」
 声が震えるのが自分でもわかる。訝しげに辻井が瀬里奈を見る。
「お、おなかすいた」
「は?」
「走ったら、おなかすいた」
 子供みたい。瀬里奈は自分で自分を罵った。なんでこんなこと言ってるのよ。わたしのバカ。
 一瞬呆けた顔になった辻井だったが、やがてふっと笑みをもらす。
「今日は一日休みをもらってましてね。いつもなら組の者と食事をするんですが、今晩は誰もつきあってくれる人がいないんです。お嬢さんとご一緒できると、嬉しいんですがねえ」
「いいよ。わたしがつきあってあげる。一緒にご飯食べにいこ」
「助かりました。ひとりで食べるのも寂しいですから」
 シャワーを浴びて、着替えてきてください。ここで待ってます。辻井のそんな言葉を聞いて、瀬里奈は車から飛び出した。


 自分の部屋へ駆け上がる。詰めた荷物をひっくり返して、少しでも大人に見えるようなワンピースを選んだ。
 黒のベアトップで腰の部分からはゆるいプリーツが入った柄スカートになっている。それに白いロングカーディガンを羽織ることにする。
 万理と一緒に買ったライトブルーの下着も引っ張り出す。いつか辻井に脱がせてもらうことがあるかな、とぼんやり思った下着だ。
「でも別に、ご飯食べに行くだけだし、そんなことあるわけないよ……ね。期待してるわけじゃない……ない、ない。絶対ない。そんなのありえない」
 自分に言い訳をしながら、着替えを持ってバスルームへ向かう。
 ずぶ濡れになった制服を脱ぎ、シャワーを浴びる。いつもより丁寧に身体を洗っている自分がいた。
「胸、ちいちゃいのはしょうがないじゃん。後藤のバカ」
 ともすれば瀬里奈の手の中にも収まりそうな程度の胸。大きな万理の胸の何分の一でもいいから分けて欲しい、と万理と笑い合っていた。
 揉んでもらうと大きくなるらしいよ、と冗談めかして万理が言い、その度に辻井の手を想像しては赤くなったものだ。
「……。だから、ないって」
 自分の胸を包んでいた手を離して、もう一度熱い湯を浴びてから、瀬里奈は浴室を出た。
 選んだ服を着込み、髪を乾かしてからもう一度部屋へ戻る。
 軽く化粧をして、小さなバックの中に荷物を詰めていって、ふと智也に持たされた箱に目が留まった。
 コンビニから出てきた智也に渡されたコンドームの箱だ。紙袋から箱を取り出す。パッケージを開けて中から一束取り出してそれもバックに入れた。
「きっと、辻井さんは大きいサイズじゃないといけないから、これじゃダメかも。しっ、知らないけど」
 だからないってば、と赤くなる一方の顔を抑えながら、部屋を出た。
111涙雨恋歌 第5章 遣らずの雨 9:2007/05/12(土) 01:56:16 ID:UoJ5tdHd
9.

「瀬里奈、どっか行くのか?」
 玄関でサンダルを引っ掛けていると、尚が声をかけてきた。
「今日、ご飯いらないからってママに言っといて」
 コサージュがついたバックストラップサンダルを鳴らして、瀬里奈は門までの数段の階段を下りる。門扉のところに傘を差した辻井がいて、門を開けて出てきた瀬里奈を傘に入れてくれた。
 いつかの雨の日に彩にしていたように、辻井は瀬里奈を助手席に乗せ、傘を後部座席に置いて、運転席へ乗り込んだ。
 エンジンがかかると、今までは気づかなかったが、カーステレオから微かにアコースティックギターの音色が流れてくる。柔らかで物悲しくも暖かい音色で、なんだか辻井さんみたいだ、と瀬里奈は運転席の男に視線を投げかけながら思った。
「どこに食べにいくの?」
「まだ時間も早いですから、少し遠くへ行きましょうか。せっかく綺麗な格好もしてきてくださったことですし」
 後部座席のひざ掛けを辻井は瀬里奈に手渡してくれ、それを膝に広げて雨とギターの音を聴いた。あまり会話はなかったが、同じ空間に一緒にいられるというだけで、幸せな気分だった。


 車はどんどん山の中へ入っていく。一体ここはどこなんだろうと瀬里奈がきょろきょろした頃、和風の隠れ家のような建物の前で辻井は車を止めた。駐車場には他に一台の車がある。
 建物の中へ入ると、ホテルのロビーのようなフロアになっていて、支配人が辻井に挨拶に出てきた。
 温泉もあるので是非泊まっていってください、という支配人の言葉に瀬里奈は目を輝かせたが、明日学校があるでしょう、と一蹴されてしまった。
 山を眺めながら食事ができるレストランは絶壁の上にあり、白く降る雨が彩る深い緑が広がっていた。
「紅葉の時期には真っ赤に染まるんですよ」
 給仕にやってきたウェイターが、瀬里奈に向かって微笑みながら言った。季節ごとに山は違う顔を見せるんですよ。
 また来たい、と言うと、辻井がいいですよと頷いた。
 食事は本格的なフランス料理で、最後のデザートまでが美味しかった。食事を終えると辻井が帰ろうとするので、頑強に反対した。
「温泉入りたい。せっかくなんだもん」
「帰るのが遅くなります」
「いつもだって寝るの夜中だから、平気だよ」
 ため息をついた辻井がウェイターに、支配人を呼ぶように言う。すべるようにやってきた支配人が、部屋のカギをテーブルに置いた。
「今日は、離れが空いてますからお使いください」
 やった、と言った瀬里奈に、支配人の男がウィンクを返した。


 渡り廊下を通った先にある離れは、和風な母屋と一転して洋館の趣がある建物だった。
 入り口のドアを開けると、アンティークでまとめられたテーブルセットとソファがある部屋があり、その奥にベッドルームと内風呂へのドアが並んでいる。露店風呂はベッドルームからも行けるのだという。
 支配人の後ろから従業員が飲み物や軽食などを揃えたワゴンを押してくる。
「では、ごゆっくりお過ごしください」
「後は帰るまで来なくていいぞ」
 辻井の言葉でドアが閉まり、とうとうふたりきりになったのだと瀬里奈は急に落ち着かなくなる。
「えっと、その。また連れてきてくれるって本当?」
「ええ。お望みなら、またお連れしましょう」
「それなら、今度は泊まりがいいなあ。ほ、ほら、わたしもう引っ越しちゃうから、どこかに泊まらないと……」
 言い訳しながら辻井に背中を向けた。その瀬里奈を後ろから辻井が急に抱きしめた。
「ど、どうしたの、辻井さん。あのっ……わたし、お風呂入るから、離して」
「一緒に入りますか?」
「なっ、何言ってるのっ?」
 自分が言おうとしていた科白を辻井に言われるとは思っていなかった。瀬里奈の頭の中では、一緒に入る? と瀬里奈が言い、それを辻井は冗談でしょう、と笑い飛ばすはずだった。
 辻井の腕が瀬里奈の胸に触れている。揉んでもらうと大きくなるらしいよ。万理の言葉が頭をよぎる。身体は緊張して硬くなり、頭は混乱して真っ白だ。すると、辻井の腕の力がゆるくなった。
「あまり男を誘うようなことを言うもんじゃありませんよ」
 髪にキスされた感覚がする。ごめんなさい。小さな声で謝った。
112涙雨恋歌 第5章 遣らずの雨 10:2007/05/12(土) 01:56:55 ID:UoJ5tdHd
10.

「……わたし、ほんと、子供だよね」
 辻井に似合うような、大人の女性になりたかった。少しでも背伸びをして、大人びたフリをして、辻井と対等に笑えるような、そんな大人になりたかった。
 子供のままじゃ、つりあわない。
 大人になれば、もしかしたらわたしが辻井さんに選ばれる日がくるかもしれないから。
 それは言葉にしなかった。
「辻井さんは、わたしがお父さんの娘だから大切にしてくれてるだけでしょ……?」
 言ってはいけないことだったと、口にしてから瀬里奈は思った。
 辻井にとってそれは真実だとしても、瀬里奈を前にして「そうです」とは言えないだろう。とはいえ、「違います」と言ったら嘘になる。
 瀬里奈を抱きしめていた腕が離れ、辻井は瀬里奈の前へ行き、すっと跪いた。
 ヤクザである辻井が膝をついて頭を垂れる相手は、親分である島津隆尚だけだ。彼らの間には親子という厳然たる主従の関係がある。辻井は島津のために生き、島津のために死ぬ。それが、ヤクザの親子関係だ。
 そしてその関係はそれ以外の人間には適用されない。他の人間に対して辻井が膝をつく時は、屈服した時だ。
 なのに、辻井が自分の前で膝をついている。驚きのあまり瀬里奈は口を手で押さえた。


「お嬢さん。オヤジ――あなたのお父さんは、自分に数え切れない大切なものをくれました。
 その中でも、お嬢さんは、本当に大切な人です。生まれた時からずっと、ずっと大切に、宝物のように思ってきました。お嬢さんは暴力の世界に生きてる自分に、そうじゃない世界を思い出させてくれる、かけがえのない存在です」
 手が取られ、その手の甲に軽い口づけが落とされる。
「お嬢さんは、オヤジのお嬢さんだからこそ、自分にとって大切な存在なんです。他の女をどれだけ愛したとしても、こんなに大切だと思うことはありません。本当ですよ」
 辻井は瀬里奈の手を自分の頬に当てた。辻井の体温が伝わってくる。
「大人になんか、そのうち黙っててもなってしまうんです。今だってもう既に、自分の知っているお嬢さんに比べて随分と大人になっていて、驚いてますよ。
 大学へ行って、就職して、恋愛して――大人になったお嬢さんを愛して守るのは、一体どんな男なのか楽しみにしています。けどそれは寂しくもあるんです。
 だからもう少し、子供のままのお嬢さんでいてくれませんか。お嬢さんを見守る特権を、こんなに早く自分から奪わないでください」
「大人になったら、わたしを守ってくれないの? それなら、わたし大人になんかなりたくないよ」
「いいえ。もちろん命がある限り、いつだってお嬢さんを見守っています」
「本当?」
 瀬里奈のその問いに、辻井はしっかりと頷いた。
「ええ。約束しましょう。お嬢さんが愛する男を見つけるまで、あなたのことは自分がお守りします。その代わり、必ず自分以外の男を見つけてください。こんなヤクザもんじゃなく、カタギの、お嬢さんだけを愛してくれる男を」
「見つけられないかもよ」
「大丈夫。きっと見つかります。お嬢さんが、周りの男をちゃんと見ていれば」
 見つからなくてもいいよ、とは言えなかった。わたしが好きなのは辻井さんだよ、とも言えなかった。もう引っ越しちゃうから、守れないくせに。とはもっと言えなかった。それを承知で、そしてあえて無視をして、こんな無理な約束を言い出しているのだから。
 多分この気持ちは「憧れ」だ。世の中の女の子が最初に父親に抱く擬似恋愛感情の延長のようなものだ。それがたまたま、父親ではなく辻井に向いてしまっただけだ。
 それに、辻井にとって瀬里奈は「親分の娘」。むしろ自分の子供といってもいいような感情しかない。
 だけど、もういいのだ。誰よりも大切に思われているのなら、父の付属品でも、女として見てもらえなくても。
 それがわたしの特権なのなら、それでかまわない。


 約束よ、絶対よ、ずっとよ、と言いながら瀬里奈は辻井に自分の身体を預けた。辻井の首に手を回す。
 今度は自分から辻井の唇を塞ぐ。夜になり少し伸びてきているヒゲが微かに瀬里奈の頬を刺激する。舌を差し入れると、辻井がぎゅっと瀬里奈の身体を強く抱いた。
「あなたは、俺にとってはあくまでも大切なお嬢さんだ。女性として愛することはできませんよ。いいんですか」
「いいの。辻井さんにとって女の人はたくさんいても、お父さんの娘はわたしだけでしょ。だから、いいの。でも、でも……」


 一度でいいから、女として抱きしめて。


 ようやく、瀬里奈は自分の願いを思い人に告げた。最後なら寂しくない。そうだよね、ママ。
113涙雨恋歌 第5章 遣らずの雨 11:2007/05/12(土) 01:58:57 ID:UoJ5tdHd
11.

 瀬里奈はそのまま横向きに抱きかかえられた。耳たぶに軽く辻井の唇が触れる。
「露天風呂、入りますか?」
「一緒?」
「ええ、いいですよ」
 パッと満面の笑顔を瀬里奈は浮かべた。
 ベッドルームへ連れてこられ、ベッドにそっと下ろされる。瀬里奈に覆いかぶさり、辻井はスーツの上着、ベスト、ネクタイ、靴下と順に脱いでいく。
 ワイシャツのボタンは、瀬里奈が外してあげた。自分のものではない服の、小さなボタンを外すのは元々不器用な瀬里奈には難しかった。その上じっと辻井が自分を見つめるので、更に手が震えてしまう。
 ようやく全てのボタンを外すと、その下の辻井の肌が見えた。そっと身体に触れる。とくん、と瀬里奈の胸がときめいた。
 辻井はカフスを取ってワイシャツを放り投げ、瀬里奈のカーディガンの袖を抜いた。ワンピース一枚になった瀬里奈の肩に、口づけが落とされていく。
 ぴくんと瀬里奈は跳ね上がり、空いた背中の隙間に辻井の手が滑り込んで、ベアトップ部分ごと、引き下げられる。辻井は瀬里奈の足を持ち上げて、ワンピースを足から抜き取った。
 瀬里奈の上に、辻井の大きな身体がある。何度こんなシーンを想像して自ら達しただろう。
「ああ……」
 どちらの声だったのか、とろけるような吐息をもらして、ふたりは唇を合わせた。


 辻井の唇と、舌と、手が瀬里奈の身体を探っている。
 唇が触れたところは熱く燃え上がり、舌が舐める度に瀬里奈の身体はびくりと反応する。
 辻井の指先がふんわりと柔らかく肌を刺激していく。くすぐったいような僅かな感触に耐え切れず、何度も何度も瀬里奈は声を上げる。
「随分気の利いた蝶がとまってますね。ここに触れて欲しいっていう印ですか」
 胸の谷間にある蝶の刺繍に唇をつけて、辻井が言った。指は同じようにとまっているショーツの刺繍を触っていた。
「万理と一緒に買い物に行って買ったの。いつか、辻井さんが脱がしてくれるかもしれないって想像しながら……」
「すっかり糸に絡め取られたってところですかね」
「やだ、それじゃ蜘蛛だよぉ。蝶々なの、ちょうちょ!」
 眉を吊り上げ、もう、と頬を膨らませると、辻井が何故か急に黙りこくった。
「まいったな」
 辻井が吐き捨てるように言った。いつもの辻井の口調ではない。あの日智也を殴っていた時のような、ヤクザの声だった。
「子供の頃のお嬢さんみたいだ。あの頃は、確かに俺だけの人だった」
 どくり。心臓が波打ち、かぁっと身体全体が火照った。
「風呂は、後でもいいですか」
「え……?」
「ちょいと我慢が、利きませんや」
 素の声なのだ、と思った。この声と口調が、この男の本来の姿なのだ。


 いつの間にか下着は全て剥ぎ取られ、辻井の服も全て脱ぎ捨てられていた。
 智也よりも二周りは大きな赤黒く怒張したものが、そこにはあった。智也のものでさえあんなに痛かったのに、これが入ったら果たしてどうなるのかと、瀬里奈は思わず息を呑んだ。
「どうしました」
「前、い、痛かったから……」
「痛かったらすぐにやめます。ちゃんと言ってください」
 言いながら、辻井の愛撫は止まらない。唇は瀬里奈の足の間へと到達していた。すでに上半身への愛撫だけでとろとろと蜜を滴らせている瀬里奈の秘所が、辻井の舌の先でねぶられる。
「ん……ぁ……あっ」
 叫びとも喘ぎともつかぬ声を上げて、瀬里奈は仰け反った。辻井の舌は、決して中へ入ってこようとはしない。襞の一枚一枚を丁寧に唾液を含ませて舐めていく。
 智也が教えてくれたクリトリス部分には、辻井は触れなかった。焦らすようにその周りへ口づけを落とされる。
 早く。早く触って。もう、だめ。
 淫らに瀬里奈は腰を振り、辻井の舌を自らの花芯へ導こうとする。襞の内側からは、まるで泉のように蜜が溢れ出る。ふっと辻井が息を吹きかけるだけで、びくびくと瀬里奈は感じていく。
「指は、平気ですか」
 秘裂を丹念に舐め上げていた辻井が、瀬里奈の内腿を大きく吸って身体を上に持ってきた。言葉も出ない瀬里奈は、ただ首を縦に振るだけだった。
「綺麗ですよ。あそこも、とても綺麗だ」
「あっ、そこ……だ、け……?」
 腹に力が入らず、言葉も途切れ途切れになる。
「いいえ」
 辻井が笑みを浮かべ、瀬里奈の背中を抱く。
「唇も、耳も、胸も、足も、手も、髪も、目も、声も何もかも、全て」
 言い様、唇を吸われ、それまで触ってくれなかった胸の頂に指が触れ、そして瀬里奈の中に辻井の太い指が侵入してきた。
114涙雨恋歌 第5章 遣らずの雨 12:2007/05/12(土) 02:00:23 ID:UoJ5tdHd
12.

 壊れちゃう。身体が熱い。身体の内側も燃えたぎって、溶けていきそう。
 シーツを掴む瀬里奈の腕に、更に力がこもった。
「俺の背中を掴んでください、お嬢さん」
 言われるまま、辻井の首に手を回す。二本の指で中を責められられ、それまで決して触らなかった花芯を剥き上げて指先で転がされている。
 思わず瀬里奈は涙を浮かべる。気持ちよさに仰け反ろうにも、もうその力さえ湧いてこなかった。
 腰が動かない。身体が言うことをきかない。汗が瀬里奈の額を伝った。
「……もぉ……だめ……ぇ」
「やめておきますか?」
 ずぷり、と辻井が瀬里奈の中から指を抜く。
 今まで責められて苦しかったそこが、指がなくなると途端に物足りなくてふわふわした。
 ぎゅっと目をつぶって瀬里奈は首を横に振る。何かが欲しい。ここを埋めて欲しい。辻井さんが欲しい。
「い、やぁ……や、めない……で」
 辻井が耳たぶを口に含み、耳の中を舌でなぞっていた。


 瀬里奈が息を整えていると、辻井は片手でナイトテーブルに置いてある小さな袋を口で千切り、中からコンドームを取り出していた。
 ラブホテルでもないのになんでそんなものが置いてあるのか疑問が湧いたが、それを訊くことも億劫なほど、ぐったりとしていた。虚ろな目で辻井を見上げる。胸を大きく上下させて、口も半分開いた状態だ。それでも残った力を振り絞って、瀬里奈は辻井に微笑みかけた。
「痛かったら、言ってくださいよ」
 こくりと頷く。
「いい子だ……」
 息を吐きながらの辻井の科白に、臀部から背筋までがぞくぞくと震える。
 瀬里奈の秘裂に、辻井の男根の先端が触れる。ぬめぬめと瀬里奈の入り口の襞を擦り、くちゅ、と音を立てて中へ入ってきた。
 それは少しずつ、少しずつ、ゆっくりと進んでくる。
 先端が全て入り、ああ、と瀬里奈は息を吐いた。知らず、もっと、と辻井に求めている。求めに応じて更にゆっくりと辻井の身体が奥へ進んでくる。
「大丈夫ですか」
 頬に軽くキスをして、辻井が訊いた。瀬里奈は頷く。
「もっと、もっと欲しい」
「いくらでも。欲しいだけ」
 少し進むとそこを慣らすように辻井は腰を回して、瀬里奈の肉襞を刺激した。
 たったひとりだけ過去に経験した智也のものに比べ、辻井の男根は圧迫感が段違いだった。ぎりぎりと責めてくる太く硬いそれが動くたびに、下半身が弾けそうになる。
 熱に浮された瀬里奈の思考の中で、煮えたぎりどろりと溶け出す寸前の何かのように熱い下腹部と、辻井の男根の感覚が、段々存在感を増していった。


 もっと、もっと、もっと。
 もっと奥まできて。
 無意識のうちに瀬里奈は辻井にねだる。自らも腰を動かし、快楽のポイントを探そうとしていた。
「お嬢さん。いいですか」
 もう一度頷く。
「もっ、と、お、くまで……きて」
 すっと辻井は腰を引き、一気に奥までを貫いた。瀬里奈の最奥と辻井の先端がぶつかり、瀬里奈は喉を見せて仰け反った。頭のてっぺんまで衝撃が走り、身体の芯が砕けそうになる。
「…………は……ぁッ」
 何かを言おうと思ったが、今度こそ本当に声が出ない。頭が快感だけに支配されて、何もまともなことは考えられない。
 瀬里奈に見えるものは、愛しそうに自分を見つめる辻井の姿。感じられるものは、自分を埋め尽くしている辻井の身体。聞こえるのは、混ざり合うふたりの水音とベッドの軋む音だけだった。
115涙雨恋歌 第5章 遣らずの雨 13:2007/05/12(土) 02:02:03 ID:UoJ5tdHd
13.

 浅く動き、深く突き上げ、腰を回し、胸を吸い、背中をまさぐる。
 辻井の動きひとつひとつに瀬里奈は全身で反応していく。本能のままに、瀬里奈も腰を動かし辻井の唇を吸った。
 智也とは、何度目かのセックスであっても痛くてたまらなかった。どこか冷めた頭が、汗をかいて腰を振っている智也を冷静に見ていた。自分から腰を振るなど、考えられなかった。
 だけど、今は違う。
 身体は溶けていきそうに熱く燃え上がり、辻井の動きに合わせてぐちゅぐちゅと音を立てるほど蜜壷は蜜を滴らせ、数え切れない絶頂感に理性など吹き飛んでいた。
 このままずっと一緒にいて。ずっと中にいて。わたしの中にいて。抱きしめていて。どこにもいかないで。もっと愛して。
 わけも分からず、瀬里奈は泣いて叫んだ。その度に辻井は瀬里奈を抱きしめて返してくれる。
 やがて、辻井の動きが早くなる。瀬里奈を抱く腕に力がこもる。辻井の限界が近いのだと瀬里奈は悟り、辻井の頭をぎゅっと抱きしめた。耳元に呼吸が速くなっている辻井の息がかかる。
「も……もぅ、だ……め、辻井さん……」
 無意識のうちに喘いだ。それを合図に、強く、奥まで、何度も辻井が自分の腰を瀬里奈に叩きつけた。
「ああ……いい、ですよ、お嬢さん。イッてください」
「ああっ! ぁんッ――はぁッぅ! ん、あ、あああッ!」
 小刻みに震える声を上げると、瀬里奈の全身を絶頂の痺れが駆け巡った。胸が押しつぶされたかのように苦しく、腰が爆発しそうに熱くたぎる。
 言葉にならない言葉を息と共に吐きながら、涙の粒を目に浮かべ、髪を振り乱し、辻井の身体を抱きしめた。
「もう、俺もいいですか」
 辻井の掠れた声が瀬里奈の耳元に聞こえてきた。途切れ途切れで、切羽詰った声だ。
「ああ。ん、ぁ……きて、きてぇ」
 会話をしながらも辻井は動きを止めず、感じやすくなっている瀬里奈をなおも責めたてている。瀬里奈が放心状態の中で答えると、それまでよりも強く、激しく、辻井の腰が瀬里奈の身体に打ち付けられた。部屋の中に、肌と肌、肉と肉が激しくぶつかる音が鳴り響く。
 中に感じる辻井の肉棒はすでに弾けんばかりに張り詰めて、瀬里奈の中を隙間なく埋めている。最奥にぶつかる亀頭の感覚に、さっきと同じわななきが続け様に瀬里奈を襲った。
「い……ゃあぁっ。ん……ん、ああぁっ!」
「お嬢さん……ッ」
 瀬里奈の耳元で、辻井が小さく呻いた。辻井が達してゴムの中に吐き出している感触が、鮮明に伝わってくる。他の感覚は薄れているというのに、辻井を包む膣の中の感覚は、いつまでも敏感だった。
 膣は感覚がないなんて誰かが言っていたけど、そんなの嘘だ。だってこんなに感じてる。こんなにいとおしい。
 どくり、どくりと瀬里奈の中でうごめいている辻井の男根の動きで、瀬里奈はまた軽く達してしまう。
 自分がこの人を気持ちよくさせたのだ、この人は自分の中で達してくれたのだ、という悦びと満足感が瀬里奈を包む。
 肩で息をして自分を抱きしめている男への愛しさがこみ上げてくる。汗で濡れた辻井の背中を、ゆっくりと撫でた。
 ふと見つめあう。瀬里奈の目に浮かんでいた涙をいつものように辻井は拭い、ふたりはお互いの肌を求め、しっかりと抱き合った。
 大好き。
 辻井の胸で、小さく小さく呟いた。早く強く打つ心臓の音に紛れてしまうほど小さな声で。


 自分のものを拭きとってから、辻井はタオルで瀬里奈の身体を丁寧に拭った。
「寒くないですか」
 自分の身体も軽く拭き、瀬里奈の横に横たわる。腕を回して、瀬里奈を胸に抱いた。何度も瀬里奈の髪を撫で、額や髪に口づけをする。
 シーツを肩まで引っ張り上げてかけてくれる。
「大丈夫。腕の中、あったかいよ」
「そうですか」
 抱かれている腕にきゅっと力がこめられた。辻井の唇が瀬里奈の額にくっついている。
 瀬里奈の顔は辻井の喉を見ていた。話す度に動く喉仏を。時折その出っ張りに唇を寄せる。くすぐったそうに、辻井は呻く。それが嬉しくて、喉仏を撫でながら言う。
「痛くなかったし、その。すごく、気持ちよかった。まだ、ドキドキしてる」
「それは、よかった」
「お風呂、入る?」
「もう少し、こうしていてもいいですかね」
「――うん。いいよ。ずっとこうしてよっか」
「そういうわけにはいかないでしょう」
「もー。ムードないなあ」
 どんと辻井の胸を叩いて言う。
「性分でして」
「もうっ」
 見上げて笑みを浮かべた瀬里奈の額に、辻井はそっと口づけた。
116涙雨恋歌 第5章 遣らずの雨 14:2007/05/12(土) 02:11:50 ID:UoJ5tdHd
14.

 露天風呂は、岩を配置した岩風呂になっていた。木の屋根がひさしのように出っ張っていて、そこだけは雨を避けられるようになっている。
「滑りやすいですから、気をつけてください」
 ぽう、と揺れる灯りを頼りに危なっかしい足取りで浴槽代わりの岩場まで歩く。先に入っている辻井が、心配なのか湯の中で立ち上がった。
 温泉の成分で岩がぬめっていて滑りやすい上、先ほどまでの交歓で腰がしゃんとしない。案の定、足を滑らせて辻井の腕が伸びてくる。
 湯に身体を浸けると、弛緩した身体が引き締まるような気がした。辻井の腕の中で、寄り添うようにして身体を伸ばす。
 後藤と走った夕方は豪雨といってもいいような激しい雨だったが、このホテルについてからは雨脚も弱まっていた。雨は湯の中にも落ちている。しょうとして降る雨が湯を叩く静かなリズムが、あたりを包んでいた。
「雨、止まないね。迎えに来てくれてなかったら、すごいことになってたかも」
 何かの返事を待ったが、辻井は無言で何かを考えている。
「本当は、もうお会いするのはやめておこうと思っていたんです。京都へ越していけば、もう俺たちの世界からは遠く離れた人になる。それなら、この間のような暴力の現場を見ることもなくなるでしょう。
 せっかく傷つかずに済む世界へ行くのに、何もお嬢さんを怯えさせた張本人が顔を出さなくてもいいんじゃないかって、ずっとそう思っていました。
 だけど今日、所用を済ますのに車を運転していて、雷が鳴れば、お嬢さんがまた震えてるんじゃないか。雨が降れば、お嬢さんは傘持っているんだろうか。そんなことばかり考えてる自分がいましてね」
 今度は瀬里奈が無言で聞いた。
「結局、最後にてめえの気持ちを優先してしまいました。すみません」
「来てくれて、嬉しかった。最後に会えて、嬉しかった。ありがとう。いつも、いつもありがとう」
 ふるふると首を横に振り、瀬里奈は言った。
「――お嬢さん。この間のことは忘れて、綺麗な思い出だけ、持っていってください。お父さんの部下のおせっかいなおやじがいたっていう、そこの記憶だけ、持っていってください」
 ちゃぷりと瀬里奈の肩にお湯をかけながら言う。
「もうこうやって、お迎えに上がれないのが、残念です。これ以上、傍でお守りできず、約束を果たせなくて申し訳ありません」
「何かあったら、京都から連絡していい?」
 自分を抱く辻井の手を撫でて瀬里奈は言った。その手ごと抱きしめて、辻井が返した。
「何もないことを、祈っています」
 行きたくない。でもそれは、我が儘の上に我が儘だ。突然京都へ行きたいと言った自分を、何も訊かずに受け入れてくれる都の結婚相手にも、送り出してくれる父にも、これ以上迷惑をかけられない。
 子供だけど、自分で言い出したことなんだから。行かなくちゃ、京都へ。そして京都で、新しい生活をしなくっちゃ。

 でもそこには、あなたはいないよね。

 堪えるためにくるりと向き直り、正面から辻井の首に腕を回した。崩れるように辻井の肩に寄りかかり、その短い髪の頭を抱きしめて言った。
「帰りたくない」
「明日、学校でしょう」
「雨がもっと降ったら、帰らなくて済む?」
「それは、遣らずの雨とは言いませんよ」
 瀬里奈の腕をそっと撫でながら言った。
 辻井の立場も気持ちも全て痛いほど分かり、そんな自分たちの関係が悔しくて、瀬里奈は目を閉じて口づけをねだった。
 今くらい、今だけくらい、せめて、せめて、恋人同士みたいにいさせて。
 目を閉じた瀬里奈の唇に、辻井の薄い唇が覆った。初めて口づけを交わした時のように、長く、深かった。だけど今回は、これで最後という思いがお互いにあってなのか、切なくて、そして胸が痛かった。
 この痛みは、決して忘れないだろうと、瀬里奈は思っていた。唇の感触と共に、忘れられない思い出として、胸の奥に無理やりしまいこもうと、もう一度口づけをねだった。
 何度でも、ねだればねだっただけ、辻井は口づけをくれた。
「温まったら、帰りましょう」
 しぶしぶ頷いた瀬里奈の首筋にキスをして、そのうち京都へ会いにいきます、と言ってくれた。
 瀬里奈が聞く、最初で最後の辻井の嘘だった。
117島津組組員:2007/05/12(土) 02:14:45 ID:UoJ5tdHd
「涙雨恋歌 第5章 遣らずの雨」以上です。

第6章に続きます。第6章が最終章となります。
118名無しさん@ピンキー:2007/05/12(土) 07:53:39 ID:01Bz1NTS
辻井さーーーーんっっ!
やっとふたりが結ばれましたね、よかったね瀬里奈。
ああ…でも最初で最後の(?)逢瀬になるんですか?
せつない、なんてせつないんでしょう orz

いまラストに向けて妄想をたくましくしています。
願わくば、私の予想が外れてくれることを祈りつつ
お待ちしてやす、正座で。
119名無しさん@ピンキー:2007/05/12(土) 18:22:56 ID:CKrsHeAa
超絶GJ!!
改めて保管庫読み直して悶絶した。
120名無しさん@ピンキー:2007/05/13(日) 01:56:14 ID:4ONgsacj
エロGJ。
でもエロよりも切なくて泣いてしまっただよ(つД`)
続き楽しみに待ってます。
121名無しさん@ピンキー:2007/05/14(月) 23:44:31 ID:ttu7kEFN
そろそろ、どなたか外国物やファンタジー物を書いてください。
122名無しさん@ピンキー:2007/05/15(火) 11:27:03 ID:PHwczWfx
>>121
職人さんの気分次第。時間を割いて書いてもらっているのだし
リクエストとしてならいいけれど、そろそろって言う言い方はどうかと
123名無しさん@ピンキー:2007/05/16(水) 01:32:15 ID:pd6WZm5I
>>121
敢えて問おう。
貴殿は外国物やファンタジーと仰るが、如何様な物を望むのか。
西洋か中華かはたまたオリエンタルな主従関係か。
古代日本に似た魑魅魍魎が飛び交う世界かランプの精のアラビアンナイトか剣や魔法の王道か。
力関係は主>従か主<従か主=従か。
リクエストするのならば職人方の創作意欲を刺激するようもう少しばかり詳しく書いては如何か。
124名無しさん@ピンキー:2007/05/16(水) 02:03:34 ID:cbIyHpsR
121が書けばいいんじゃないw
125名無しさん@ピンキー:2007/05/16(水) 15:56:42 ID:3u28BWt5
首の後ろが痛い ・・・
126名無しさん@ピンキー:2007/05/18(金) 04:38:57 ID:USySFhlN
唯一書いてる者なんだが、一つ問う。

エロが予想通り長くなってしまったんで、校正すんだとろこまで投下しようかと思うんだが、どうか?
先も微妙なとろこで切ってしまった気がするし、悩みどころ。
127名無しさん@ピンキー:2007/05/18(金) 11:15:23 ID:qSfcBRSr
切らずに一気にお願いします
128平和な応酬 1/2:2007/05/20(日) 03:48:43 ID:ZA/6CdJU
エロなしスマソ


 足元で小さな花が風に揺れている。
 どこにでも咲いている、めずらしくもない白い花。
 ミヴェールはこの花が好きだった。小さな存在が必死に地面にしがみつこうとしているようで微笑ましい。
 その姿はミヴェールの保護欲をそそるが、実際は部屋に飾られている華麗な花々よりずっと逞しいのだ。だから眺めるだけ。摘むことも水をやることもない。
 ここはミヴェールが暮らす屋敷の小さな庭だ。穏やかな気持ちになりたいとき、ミヴェールはよく庭に出る。
 ただ、最近はあまりその効果がない。
 ミヴェールは後ろで結んだ髪を揺らして振り返り、その原因に視線を向けた。
 そこでは供を言いつけたウィバルが一本の樹の根元に寄りかかり瞳を閉じていた。木陰でも明るい茶色の髪が風に揺れている。ミヴェールの想像通りであり、そして期待したものではなかった。
 紅茶を入れさせよう、せめてそのくらいさせなければ。
 ミヴェールは毅然とした足取りでウィバルのもとへ向かう。
 ところが、なんと言ってやろうかと考えながら眉の角度も険しく歩み寄ったときには、閉じていたはずのウィバルの瞳がミヴェールを見上げていた。
「紅茶でも入れますか?」
 ミヴェールは咽喉元まで出掛かっていた男の名前を慌てて飲み込んだ。
 これだ。
 気の抜けた顔をしながら、なぜか時々ミヴェールの思いや考えを先回りするかのような反応をする。しかも、自分が礼を失しているとか、そんなことはまったく思っていないだろう柔らかな声と、屈託のない笑顔。
「……ああ」
 ミヴェールは何とかそれだけを絞り出し、ウィバルの隣に腰を下ろした。
 ──気に入らない。
 そんなミヴェールの心中を知ってか知らずか、ウィバルは器用な手つきで紅茶を入れ始める。
「しかし、ほんとにお好きなんですね」
「なにがだ?」
 ウィバルが視線で指し示す。
「あの花ですよ」
「……寝ていたのではないのか?」
「まさか」
 ミヴェールの脳裏を、花を見ているとき自分はどんな顔をしていたのだろうかという思いが過ぎり、それを慌てて頭から追い出す。
 咳払いをしそうになるのをこらえてカップを受け取ると、芳ばしい香りを胸いっぱいに吸い込んだ。
129平和な応酬 2/2:2007/05/20(日) 03:49:24 ID:ZA/6CdJU
「白い花を足元にして立つお嬢さまは女神のようです。あの姿を見せれば世の男どもは皆ひれ伏しますよ」
「なんのつもりだ?」
 それこそ世の男どもが縮み上がりそうな冷たい視線を浴びせるが、ウィバルは呑気な顔で湯気をくゆらせている。
「思ったままを申し上げたのですが」
「ならばまずおまえがひれ伏してみせろ」
 ウィバルは聞いているのかいないのか、わざとらしくカップを掲げて見せる。その態度にミヴェールはさらに一言言わずにいられない。
「おまえは、わたしが男の視線を集めて喜ぶような女だと思っていたのだな。覚えておこう」
「剣で男を打ち負かして喜ぶのもどうかと思いますが」
「喜んでなどいない!」
 ミヴェールは思わず声を荒げた。顔が熱くなる。さらにその様子をウィバルに見られていると思うと頭が沸騰しそうだった。
 ウィバルに背を向け、気付かれないように深呼吸をする。
「そういえば、お嬢さま」
「なんだ」
 ミヴェールが向き直って乱暴にカップを突き出すが、ウィバルは相変わらず慌てる様子もなく紅茶を注ぎ、続けた。
「あの花の花言葉、ご存知ですか?」
「男のくせにそんなことを知っているのか」
「妹が好きでして。よく色々聞かされたんですよ」
 ミヴェールは一瞬不思議なものを見たと思った。ウィバルの表情にわずかに影が下りたような気がしたからだ。気のせいだろうか……。
「それで、なんなのだ? その花言葉とやらは」
「私のことを見て、だそうです」
 ウィバルはそ知らぬ顔でカップを口元に運んでいる。
 ミヴェールは改めて思った。
 この男は──やはり気に入らない。
130唯一:2007/05/20(日) 20:02:38 ID:TZXqS9Ot


唇を柔らかく触れ合わせて頬を撫でると、ファリナは嬉しそうに頬を緩めた。
アルスレートはそれにつられるようにもう一度唇を触れ合わせ、その唇を甘く噛んだ。
きゅ、と、回されていたファリナの腕に力がこもる。
宥めるように頬を撫で、舌先で唇を辿る。
ファリナはあえかに唇を戦慄かせ、唇を開いた。
あまりにも従順なそれに、アルスレートの心は歓喜に震えた。
舌を差し入れて口内をくまなく弄ると、ファリナから鼻にかかった甘い声が零れた。
「…っん……」
アルスレートが舌を絡めれば、ファリナはたどたどしいながらも応えてくる。
舌を絡めるような口付けは、一度あるかないか、という程度だろう。
どうすればいいかわからない、と戸惑っているのが手に取るようにわかる。
それでも何とか応えようと、眉を寄せながら応えてくれる。
それがとても愛おしい。
煽られるように舌を絡め続けるが、ファリナが苦しさに身を捩れば唇も舌も容易く離れた。
「っは……し、死ぬ、かと、思う、た」
「死にませんよ。このくらいでは」
くすくす、と、小さく笑いながら色付く頬に口付ける。
「くすぐったい、ではないか」
「すみません」
笑いながら何度も口付けを落としていては、謝罪になっていない。
馬鹿者、と、詰る口調は甘える響きを持っている。

ふ、と、アルスレートが頬に口付けるのをやめた。
瞳を閉じてその口付けを受けていたファリナがアルスレートを見上げる。
見上げた先で、アルスレートはひどく真剣な顔をしていた。
「?」
アルスレートは疑問に思うファリナの頬に手を添えて顔を覗き込み、触れ合わせるだけの口付けを一度落とした。
「大切なことを、まだ言っていませんでしたね」
「大切な、こと?」
肯定するようにアルスレートの顔に苦笑が浮かぶ。
本当なら、告げるべきではないと思う。
けれど、ファリナの心を思えば―自分のため、というのも多分に含まれるが―……。

131唯一:2007/05/20(日) 20:05:10 ID:TZXqS9Ot

「――愛しています、喩えようもないほどに」
甘い微笑と共にアルスレートがそう告げたときのファリナの顔を、どう表現したらいいだろうか。
ぽろり、と、細められた瞳から涙が零れ、次いで現れるのは綻ぶ花のような麗しい微笑。
しかしそれだけではなく、甘く濡れた女の色香も窺える。
「……名を呼べ」
「御名を?」
意味を捉えかね、アルスレートは問いかけた。
嬉しくて仕方ない、と、如実に告げる微笑のまま、ファリナは尊大に告げる。
「さすれば、そのことは許してやろう」
「………ファリナ様?」
ぺちん。
「った…痛いです」
「嘘をつけ」
音からして痛そうではないではないか、とファリナはくすくす笑う。
くすりと笑い、痛まない頬を押さえながら、アルスレートは問いかける。
「では何と?」
「わからぬか、アルスレート?」
「……ファリナ」
恐る恐るそう呼べば、良くできた、と言わんばかりの笑み。
ファリナは、ぐ、と腕に力を入れて引き寄せた。
引き寄せられるままにアルスレートが顔を近づけると、ファリナはそっと唇を触れさせ、囁いた。
「こういうときは、名を、呼ぶものであろう?」
「そうですね」
「ならば、私の名を。……呼ばれたい、アルスレート」
「……はい」
そう願われて、拒否する理由などない。
この世に唯一つの、美しい響きを持つ尊い名を、囁くように音に乗せる。
嬉しい、と、目を細め、笑みを作る唇に、自分のそれを合わせた。
応えるように、薄くファリナの唇が開かれる。
その誘いのままにアルスレートは舌を差し入れ、絡めた。
頬に添えていた手で一度優しく撫で、首筋を撫で下ろす。
くすぐったいのだろう、ぴく、と、絡め合ったファリナの舌先が震える。
もう片方の手で、しがみ付くファリナの腕を緩めさせる。
そうしてできた隙間に撫で下ろした手を滑り込ませ、夜着の上から豊かな胸に触れた。
触れるか触れないかの強さで、やんわりと撫でる。
ちゅぷ、と音を立てて唇を離し、唇と唇を繋ぐ糸を拭い去る。
荒い息を繰り返すファリナの頬に口付け、耳へと舌を這わせていく。
食んで、舌を滑らせる。形を辿るように。
132唯一:2007/05/20(日) 20:05:52 ID:TZXqS9Ot
「っあ…?」
驚いたような、声がファリナの口から漏れる。
ほとんど力を入れずに胸を撫でながら、耳に唇を触れさせたままでアルスレートは問いかける。
「どうしました?」
「ぁ…い、いや…」
本当にわからない、というような声でファリナは答える。
「……いいんですよ」
アルスレートの許しにファリナは、こく、と、頷いた。
何がいいのかわかってはいないのだろう、と思いながらもそれ以上は言わず、かり、と、耳朶を甘噛みする。
それと同時に乳房を包み込み、感触を楽しむようにやんわりと揉み、撫で上げる。
何度か繰り返すうちに、その中心が夜着とアルスレートの掌とに擦られ、徐々に立ち上がってくる。
立ち上がってきたそこを転がし擦りながら、首筋に舌を這わせる。
重ねて付けてはいるが、忌々しい鬱血が目に入る。
その鬱血に吸い付いて更に色を濃くしながら、肌を下っていくと、鎖骨まで下りたところで夜着に阻まれる。
編み上げになっている胸元のリボンを解いて引き抜くと大きく広がり、胸が露わになる。
ファリナが夜着を掻き合わせて胸元を押さえた。
恥じ入っているにしては、夜着に皺を作るファリナの指先に力が籠り過ぎている。
「ファリナ?」
「……あまり、見るでない。私は、穢れている」
疑問に思い問いかければ、ファリナの染まった頬が翳を帯びた。
ほとんど反射といっていいほどに、アルスレートは即座に否定する。
「馬鹿な。貴女ほど美しいものを、私は知りません」
「いくらでもあるであろう」
「いいえ。ありません。……貴女は、美しい」
言い聞かせるように、ゆっくりと囁く。
アルスレートにとって至上の存在であるファリナの、どこが穢れているものか。
ファリナが気に病む必要など、ありはしない。
こうして触れることを許され、アルスレートの心は狂喜に満たされているというのに。
「何度でも言います。貴女は美しい」
「っ、ぅ…」
どれほど耐えていたのだろう、とめどなく零れる涙が哀しい。
「貴女が貴女であることを失わないなら、貴女は美しいままなんです。貴女を穢せるものなど、存在しません」
強張る身体を、心を解すように、アルスレートは言葉を重ねながら唇で涙を拭う。
「私の目に映る貴女は美しい。……だからどうか、恐れないでください」
こく、と、頷きながらも、力が抜け切っていない夜着を掴む手に、アルスレートは口付けを落とす。
何度も繰り返すうちに力が抜けていくのを感じ、ゆっくりとその指を外していく。
指を外しても、夜着に胸元は被われたままだ。
外した指に指を絡めながら空いた手で夜着を開き、現れた乳房に口付ける。
ぴく、と、絡められたファリナの指が震える。
ファリナはまだ、気に病んでいるのだろうか。
あれほどの仕打ちを受けていれば、それも仕方ないか、と、アルスレートは思う。
気にするな、などとは言えない。何の意味もない。かえって傷付けることになりかねないのだ。
今ある傷を、抉るような愚を犯してはならない。
133唯一:2007/05/20(日) 20:08:35 ID:TZXqS9Ot

アルスレートは乳房の中心に向かって舌を這わせた。
ぎゅぅ、と、絡め合う指に力が籠る。
そのまま口元に引き寄せながら、もう一方の手は肌を滑り肩へ向かう。
ファリナの手の甲と指先に口付けを落とし、向かった先の肩に僅かにかかるレースの飾り袖を腕から引き抜いた。
絡め合った指を離し、ファリナの掌に口付ける。
つ、と、指先で腕を辿り、その肩から飾り袖を落として引き抜くと、アルスレートは身を起こした。
見上げるファリナを見つめながら、アルスレートは上衣を脱いだ。
いくつもの傷跡が残る、均整の取れた上半身が現れる。
傷跡が数多いのは、儀式や式典の時以外、その身を鎧うことがないゆえだ。
戦場に赴く時さえ、例外ではない。

「アルスレート…」
微かな呼び声と共に、ファリナの両腕が伸ばされる。
にこり、と、笑んでアルスレートが覆い被さると、その首にファリナが腕を回し、ぎゅぅ、と、しがみつく。しがみつかれて密着したため、押し付けられて形を変える乳房。
それに、どうしようもないほどに煽られる。けれど。その思いのままに攻めることはしない。
ファリナにとって、行為は苦痛でしかない。抱かれる悦びを知らない。
苦痛ではないことを、忌避すべきことではないことを、教えなければならない。

134唯一:2007/05/20(日) 20:09:59 ID:TZXqS9Ot

すぅ、と、ファリナの足を撫で上げ、いまだ下肢を覆う夜着の裾を開いていく。
リボンが引き抜かれているため、容易く左右に滑り落ちた。
曝された腹部を撫でて下着のラインに指を這わせると、アルスレートの指先がサイドのリボンに辿り付いた。
「これ、誰の仕業です?」
そのリボンの結び目に指をかけて軽く引きながら問いかける。
慌てたようにファリナがアルスレートの手を押さえた。
「ひ、引くでないっ」
さすがに恥ずかしいのだろう、かっと染まった頬が見える。
誘惑してくれたときとは大違いのずいぶんと可愛い反応に、笑みが零れる。
「わかりました、引きません。…それで、誰なんですか?」
「だ、誰でも、いいであろうっ」
ファリナは答えないが、予想は付く。恐らくセフィラだろう。調達したのは他の侍女かもしれないが。
渋るファリナに「こういうのが好きなんですよ」とでも言って身に着けさせたに違いない。
アルスレートがリボンから手を離しても、ファリナはしっかりとリボンを押さえている。
ファリナがリボンを押さえているために無防備になった腹部を撫で上げ、乳房へと指先を向かわせた。
包み込んでやわやわと揉みがら、ぷくりと立ち上がる箇所を指の腹で擦る。
ぴくぴくとファリナの身体が震え、アルスレートの手に震える手が添えられる。
「どうしました?」
「どうした、らいいか、わから、ぬ」
アルスレートは答えず、そこに唇を寄せた。ねっとりと舌で転がし、歯で挟んで扱く。
「ひゃぅっ!?」
ファリナから、艶めいた声が上がる。
アルスレートは一度顔を上げ、ファリナを見た。
よほど恥ずかしかったのだろう。耳まで赤くして、唇を両手で押さえている。
「そう、それでいいんです」
ファリナが初めて見る、男の顔で、アルスレートは笑った。
「感じるままに声を上げてください?」
「へ、変な声、だ」
ぷるぷると首を振り、唇を両手で覆ったまま、くぐもった声でファリナは答える。
「――その声が聞きたい」
命令調でありながら強制力はなく、むしろ願うような響き。
アルスレートのお願いなど、これまで、手で足りるほどしかない。
う、と、詰り、ファリナは顔を逸らした。ずるい、そう思う。
知っているのではないか、とさえ思う。
持てる全てを捧げてくれるアルスレートの頼み事は全て叶えよう、と、決めていることを。
だがそれは、ファリナの中で定めたこと。アルスレートは知るはずもない。
うぅ、と、小さく唸り、唇を覆う手を退かす。
「………わ、かった……」
嬉しそうに笑い、アルスレートは再び乳房に唇を寄せた。
片方を含み、歯で扱き甘噛みする。もう片方は、掌で、指の腹で捏ね回し、摘む。
「あぁッ!あっ、あ!」
声を上げながら、何故、と、ファリナはぼんやり思った。
何故こうも違う。
あの時は、あんなに気持ち悪かったというのに。せめてもの抵抗に声を上げなかったのに。
今は、たとえ願われなかったとしても、声を耐えられそうにない。
これが、望む相手に触れられる、ということか。

135唯一:2007/05/20(日) 20:12:35 ID:TZXqS9Ot

快感を引き出すために熱心に愛撫しているアルスレートの手が、ファリナの身体の線に沿って下りていく。
それにすらびくびくとファリナは身悶える。
「可愛い方ですね」
手を追うように乳房から離れたアルスレートが肌に吐息がかかる距離でくすりと笑み、囁く。
「な、にを、っ!」
「褒めているんですよ、ファリナ」
「う、ぁんっ」
きゅ、と、摘まれ、嘘を言うな、と言いかけたファリナは背を撓らせて甲高く啼く。
「ほらね?ここをちょっと摘んだだけでこうなんですから」
「ゃ!」
「いや、ではなく、いい、っていうんですよ?」
くすくす、と、笑みを零してそう言い、アルスレートは滑らかな腹部に口付けた。
「っ」
ちりっ、とした小さな痛みに、小さく声を上げた。アルスレートが吸い付いたのだと理解する。
何度も腹部に吸い付かれ、胸に残る手に突起を捏ね擦られ、摘まれる。
じん、と、身体の奥深くが、甘く痺れる。初めてだった。
もっと、と強請りそうになる。それはなんだか悔しくて、ファリナは口を噤んだ。
下着を通り過ぎたアルスレートの手が、ファリナの太腿を撫で下ろして片足を立てさせた。
そうしてそのまま、足を持ち上げる。
恭しく両手で包み込んで捧げ持ち、そのつま先に舌を這わせた。
ちゅ、と、口付けて、そのうちの一本を口に含み舐る。
驚いて起き上がりかけたファリナの足が、びくん、と、震えた。
「んぁっ!」
ぴちゃぴちゃと一本一本丁寧に舐られ、ファリナは信じられない思いで身悶えた。
足を舐められて気持ちいいと思うなんて、と。
けれどそれも、もう片方の足も同じように舐られる頃には、消え失せていた。
「あ、ぁ……ん…」
素直に快感を得ていると知れるファリナの媚態を見ながら、これならば、と、アルスレートは思う。
肝心なところに触れていないのに、甘く蕩けるこの反応なら何も問題はないだろう。
は、と息を吐いて、アルスレートは早く押し入りたいと思う心を落ち着ける。
136唯一:2007/05/20(日) 20:13:29 ID:TZXqS9Ot
ファリナの足の間に身を置いて、太腿へ、更にその奥へと舌を這わせながら向かう。
太腿をぺろりと舐めながら、指先で下着の上から触れる。
ぐ、と力を入れれば、濡れた感触が指に伝わった。
何度か擦るうちに、下着の内側に隠された肉芽を探り当てた。
「ひぁっ!」
びくん、と、ファリナの身体が仰け反る。
「濡れて、気持ち悪いでしょう?取ってあげますね」
言うが早いか、アルスレートは肉芽をぐりぐりと押したまま、両サイドのリボンを口で解いた。
「あ、は…あぁっ」
下着を取り去ると、びくびくと身体を跳ねさせるファリナの秘裂が露わになる。
そこはしとどに濡れ、アルスレートを誘っているかのようだ。
たまらず、指を滑り込ませた。くちゅ、と、音を立てる。
「あっあぁっ!」
「こんなにして…」
滑り込ませた指先で探りながら、舌先で肉芽を暴き出す。
「きゃぁんっ」
大きく身体を波打たせたファリナが、アルスレートの頭を押す。
しかし悦楽に解けきったファリナの力では、添えられているようなものだ。
「あ…ん、はっ……やぁ!」
びく、と一際大きく体が跳ねた。とろり、と、更に蜜が溢れてくる。
見つけた。ふ、とアルスレートは笑う。
見つけたそこを、指を増やし、擦り合わせるようにしながら攻め立てる。
そうしながら肉芽を甘噛みしてやると、きゅぅ、と、指がきつく締め付けられた。
悦んでいる。肉芽を食まれ、指を差し込まれ、掻き回されて。
耳を打つ淫靡な水音が大きくなった。
「ア…ルス、レ…ト」
途切れ途切れに名を呼ばれ、アルスレートは顔を上げた。その口元は蜜で濡れている。
「どうしました?」
「へ、変、にな、る……怖、い」
アルスレートの指を咥え込み、蜜を零しながらひくひくと蠢くそこが、絶頂を迎えようとしている。
「変になるというなら、なってください。大丈夫、全て受け止めてあげますから」
「ゃ…だ……な、にか、く…る……こ、わい」
「それが普通なんですよ。それにそれは、いく、っていうんです」
言いながら、く、と、指を折り曲げ、肉芽を擦り上げた。
「っぁ、あぁぁぁっ、い……くぅ!」
ファリナが仰け反り太腿を痙攣させ、咥え込んだアルスレートの指をぎゅぅ、と、きつく締め上げた。
アルスレートが指を引き抜くと、泡立った蜜がどぷりと零れた。
「見てください、ファリナ。貴女はこんなにいやらしい身体をしているんですよ」
「ぁっ…だ、だが…」
蜜が滴るほどに絡む指を掲げ、それを舐め取りながらアルスレートは言う。
しかし、ファリナは快楽に瞳を潤ませ頬を紅潮させながらも、悲しげに顔を逸らした。
「あの方の言うことなど、戯言に過ぎません。こんなに蜜を溢れさせる身体のどこが不具ですか」
指を這わせれば、くちゅり、と、音を立てる。
137唯一:2007/05/20(日) 20:16:55 ID:TZXqS9Ot
「ね、聞こえるでしょう?……それとも、まだわかりませんか?」
ファリナは答えない。なんと言っていいのかわからないのだろう。
アルスレートは秘裂に顔を埋めた。
じゅ、じゅる、と、音を立てて蜜を啜る。舌を差し入れ、絡めるように掻き回す。
微かに血の味を感じ取る。先程蹂躙したときに傷を負ったからだろう。
だが、これほど濡れているなら、さしたる苦痛はないはずだ。
ファリナは身を離そうと捩るが、がっちりとアルスレートに太腿を押さえ込まれていてままならない。
喘ぎ仰け反るたびにアルスレートの頭に置かれたファリナの手に力が入り、より押し付ける形になっていることに気付いているのだろうか。
「貴女は私に触れられて、こんなに悦んでいるんです」
「あ、も…も、ゃめっ……お、かし、くな、るぅっ」
一度絶頂を迎えた秘裂から伝わる快感に、ファリナの気が狂いそうだ。
「そう、ですか」
す、と、アルスレートは身を引いた。
打って変わり、あまりにもあっさりと引いたアルスレートを疑問に思い、ファリナは快楽に潤む瞳を向ける。
アルスレートは、下衣を脱いでいた。
「っひ!?」
初めて直視した男のモノに、ファリナは悲鳴を上げた。
「そ、そんな…無、無理…」
「大丈夫、ちゃんと入ります。一度は入ったんですから」
そう言われても納得できるものではない。が。
「ファリナ」
覆い被さるアルスレートに名を呼ばれ、観念した。太腿に、熱く硬いモノが当たる。
くちゅり、と、秘裂を掻き分け、熱い塊がゆっくりと押し入ってくる。
「ぁ、あぁっ!」
ず、ず、と、奥まで満たされる。
痛みは、なかった。ぞくぞくとした快感が、ファリナの身体を駆け巡る。
「いやらしい顔、ですよ」
ちゅ、と、頬に口付け、悩ましげに眉を寄せたファリナの顔を覗き込む。
ファリナは顔を両手で覆った。やはり恥ずかしいのだろう。
そう思いながらもアルスレートはその両手を掴み、自分の背に回させた。
「私にしがみついていてください」
ファリナがしがみついたのを確認して、ゆっくりと律動を始めた。
熱く蕩けたファリナの膣は、アルスレートを歓迎して締め付ける。
悦ばせることを忘れてしまいそうなほど、強い快楽をアルスレートに与えてくる。
いけない、と、アルスレートは熱く息を吐いた。
138唯一:2007/05/20(日) 20:17:40 ID:TZXqS9Ot
そして、ひとつのことを思い出す。
「ファリナ」
「ぁ、っん……な、ん……」
「約束を、果たしましょう。……あの、遠く幼い日の」
「っぁ、ほ、んと、うか……?」
「ええ。ですから、待っていて、くれますか?」
「っう、れし………っん、ぁ!」
嬉しい、と、喘ぎながら微笑んで告げるファリナに愛しさが込み上げる。
ぐ、と、突き上げると背を撓らせ、アルスレートの背に爪を立てた。痛みは、感じない。
そしてねだるように、ファリナが顔を近づける。
「まだ、ダメです」
「な、っぜ…?」
突き上げられて、息を詰めながら問いかける。
「まだ、貴女の味がします」
ふ、と、荒い息でアルスレートは答える。
味?、と微かに首を傾げるファリナに苦笑する。
「貴女の、蜜の味、ですよ」
言い直すと、快楽を得て染まっていた頬が、さっと、さらに赤みを増す。
「どうします?」
うぅ…と、しばらく悩んで、ファリナは唇を寄せた。
して、という無言のおねだりを受けて、唇を食み、舌を差し込む。
それと同時に突き上げる動きから、腰を回し、掻き回す動きへと変える。
「ん、ぅぅ…」
もしかしたら抗議したのかもしれない。
そう思い、アルスレートが唇を離そうとすると、力のあまり入らない腕で、なんとかすがり付いてくる。
差し込まれた舌に、何とか応えようとファリナが懸命に絡めている。
愛しい。どうしてこんなに愛しいのか、わからない。もう、疑問に思うことさえ愚かな気がする。
「ん、んぅ……んふ、ぅ」
苦しそうな息遣いに、すぐに離してやる。そう長くはない口付け。
「っはぁっ……はぁ、は…」
「した、でしょう?」
「んっ……へ、んな、あ、じ……ふぁっ!」
「そう、ですか?私には、最高の美酒の、ようですが」
そういって、また突き上げる動きに切り替える。緩急を、強弱を、つけて。
乳房を揉みしだき、摘み、捏ね回す。
そうしながら肉芽を剥き、擦り上げる。
「あ、ぁっ…あぁっ!」
びくびくとファリナの膣が痙攣し、強くアルスレートを締め付けた。絶頂が近い。
子が欲しい、と言ったことは忘れていない。
けれど、やはり…と思い、身を離そうとしたアルスレートをファリナは弱々しく抱き締めた。
「ゃ…あっ!……は、なさ、な………ぁう!」
もう、耐えられなかった。
思いのままに強く突き上げる。応えるように締め付けが強まった。
肌がぶつかる音と、互いの荒い息遣い。そして、ぐちゅぐちゅという淫猥な水音が響く。
数度強く、奥まで叩きつけられる。
「ぁっ……はぁ、あぁぁっ!!」
ぴったりと合わされた身体の奥深くで、アルスレートのものが爆ぜた。
どくどくと熱いものが注がれるのを感じ、びくりと震えてファリナの意識は闇に沈んだ。
「っ、はぁ……ファリナ?」
アルスレートは顔を覗き込んだ。ファリナは気を失っていた。いく筋も涙の残る頬を撫でる。
「……やりすぎてしまいましたか。…困りましたね…」
いまだ硬度を保つそれを引き抜きながら苦笑する。
一度でなど、満足できない。しかし、だからと言って叩き起こすなど出来るはずもなく。
仕方ない、と、アルスレートは諦め、大切な宝物のようにファリナを抱き締めて横になった。


139唯一:2007/05/20(日) 20:18:46 ID:TZXqS9Ot

「ん…」
温かな何かに包まれ、ファリナは目を覚ました。
まず先に、逞しい胸板が目に入る。そのまま視線を上に向けると、アルスレートの顔があった。
包み込むように抱き締めているのは、アルスレートの腕だ。
そういえば、と、ファリナは思い出す。
意識を失う直前、途切れ途切れに、離さないで、と願ったことを。
そして、腹の奥にアルスレートの精を注がれ、満たされたことを。
下腹部を撫でる。この奥に――。
かっ、と、頬が火照る。恥ずかしい。願ったことなのに。

ぷるぷる、と、小さく首を振り、意識を切り替える。
―――やることが、ある。
アルスレートを見る。まだ、寝ている。だが、もう起きるかもしれない。
起きないように、強制的に深く眠らせるための呪を、小さく小さく唱えた。
「……」
腕を解き、半身を起こす。そっとアルスレートを仰向けにした。
身体をずらし、体制を整えると、とろ…と、零れる感触がする。
「っぁ……」
切ない。その思いを、もう一度小さく首を振って振り切った。
しくじるわけにはいかないのだ。



紡がれる声は、高く低く。
力を音に乗せ、調べの如く。
ファリナが力ある言葉を紡ぐたびに、目を射ることのない柔らかな光が増していく。
「―――、為さしめよ」
最後の一言が紡がれると、それまでのことが幻であったかのように夜の闇に包まれた。
力の残滓さえなく、ただ、やんわりと月の光が射すばかり。
「……」
強制的に深く眠らせたアルスレートの身体の上に、自分の身を乗せた。
逞しい胸元に頬を寄せ、甘えるように擦り寄る。
とくとく、と脈打つ鼓動に耳を澄ませ、ひとりごちた。
「そなたが知れば、怒るであろうか、泣くであろろうか……それとも、嘆くであろろうか…」
140唯一:2007/05/20(日) 20:22:07 ID:TZXqS9Ot
エロ投下。
これまでと比べて、群を抜いて長い…
141名無しさん@ピンキー:2007/05/21(月) 21:28:42 ID:UmAykV61
超GJ!!!
続きが気になるなり
142 ◆DppZDahiPc :2007/05/22(火) 18:48:20 ID:BY9MKenQ
フォルダ掃除してて見つけた書きかけのSS供養がてら、オチつけて投下

注意書き
・全13レス(エロは後半6レス)
・本番なし。足コキ、足指しゃぶり
・紅茶の知識がない人間が書いた紅茶描写

投下
 閑静な住宅街に構える邸宅。不動産業で設けた者の家としては質素だが、暮らすには充分以上に大きな家。
 築七年経過しても眩しい白壁。庭には春・夏・秋とそれぞれの季節に花が咲くよう植えられた樹、夏待ち春の軽やかな彩り。
植えられた芝は、長さも青さも均等に緑をつけている。
 庭先に置かれたテーブル。この家の令嬢が午後のお茶を楽しむための卓。
 テーブルの上には、一対の茶器。陶器で出来た、欧州の貴族が自決前に投棄したという逸話つきのカップとポット。
 茶請けには、つい先程焼かれたばかりのスコーン。取引先の農場で採ったものを煮詰めた苺ジャム――令嬢の好物。
 陶器よりも繊細な白さの指先が、音もなくカップが持ち上げ、口に運ぶ。
 椅子に腰掛けた、苺にクリームをかけたようなフリルワンピースを着た令嬢は、
傍に控える従者の青年や庭先にとまった小鳥すら魅了するかの如き動作で、カップに口を付ける。
 その瞬間、空気が、変質する。
 眼鏡の向こうにある令嬢の柳眉が、ぴくり、跳ね上がる。――それを見て、青年はごくりと唾を呑み、歯を食いしばった。
 カップが置かれる、陶器と陶器が衝突する音。耳に突き刺さる。
「……これは、なに」
 カップの底が透け見える琥珀色の液体が注がれたカップを指差し、呟く声が静かな庭に響く。
 青年は、
「はい、お嬢様のお好きな――」
「誰もそんなこと聞いていないわ」
 眼鏡越しに、鋭い視線が投げつけられた。
 答える間もなく、答える権利を剥奪される――いつものこと。
 令嬢/お嬢様――当年十七歳の弥生理沙は、蟻すら殺せぬ声で言う。
「この、泥水はなにか、と。私は訊いているのです」
 ――またか、
「どこの水溜りで汲み上げてきたかは、訊きたくもない。
 ですが、お父様が、私のために買ってきてくれたこの茶器へ、そのような泥水を注ぎ入れ。
 あまつさえ。この私へ。お前の主人である、この私へ。
 そのような物を飲ませようとした、その魂胆を答えろといったのよ」
 ――また、駄目だったか。
 理沙/仕える主人より二歳年上の風は、悔しさと後悔に駆られた。自分の無能さに対し、
苛立つ間もなく。
 まだ熱い泥水――もとい、紅茶を浴びせられる。
「うわっ、……つぅぅ」
 紅茶色に染め上げられるシャツ。
 風は呻き声をあげたものの、堪え。頭を下げた。
「申し訳ありませんでした。今、代わりの物をお持ちいたします」
「要らないわよ。いいから、その小汚い服でも着替えてきなさい」
 そう言って、理沙は立ち上がり、去った。
 風は、その背を見つめながら、タイを解き、首元を弛めた。
「……クッ」

143 ◆DppZDahiPc :2007/05/22(火) 18:50:26 ID:BY9MKenQ
 黒木風は弥生家に勤める三人の使用人の内、最も年若い、昨年雇用されたばかり。
 庭師と警備員、それと外出時の護衛が彼の仕事である。
 そもそも彼は、唯の護衛として雇われたはずなのだが。
 手の足りない弥生家の使用人たちにとって、使える手ならばどのような手でも使いたいのが実情で。
 弥生家の主には、運転手と近護を果たす十年来の執事が控えており、風の仕事はそこにはなく。
 ならば、何故風が雇われたかと言えば。
 不動産業を取り扱っていると、その手を広く拡げれば拡げるほど、キナ臭い事柄が傍に這い寄ってくる。
 自殺事件が起きた物件を手放すか、早急に立て壊すよう迫られたり。
 胡散臭い団体へ貸し渋ると、嫌がらせされたり。
 新規でマンションを建造しようと、建設会社を入札で決めようとすると。何故か、要求してもいない前金を手渡されたり。
 投資家よりも読みを必要とせず、サラリーマンより汗を流さず、博打さえ打たなければ、手堅く稼げる仕事ではある。
 だが、その周囲には、金を持つが故の危険が付き纏う。
 肉体言語で妨害を行ってくる物も多く、それから娘と妻を護る為雇われたのが、風。
 風の務めは、主とその近護が家を離れている間の、屋敷の守護である。
 風と、主の近護の他に、もう一人の使用人――家政婦といった方が正確か――がいるのだが。
 風の母親と同年輩の家政婦は、強かな図太さを持ってはいるが、やはり高齢の女性。腕力不足ということは、ままある。
 故に、家政婦では辛い仕事や、防犯の関係上庭をよく見回ることから庭師の仕事を押し付けられ。
 その上、
「大変でしょう、あの子の相手をするのは」
 そのような仕事も、押し付けられていた。
 両親でさえ手を焼く、自尊心の高すぎる少女の相手は、辛いことも多かったが。
「いえ、私が実力不足なだけです」
 そう思うことの方が多かった。
 この家に務めるまで、風は紅茶の淹れ方など知らず、礼儀作法も無いに等しかった。
 今では、なんとか見られるようにはなってきたものの。
 入った当時は、孫にも衣装ならぬ、チンピラに燕尾服だった。
 その性で幾度も令嬢の不況を買い。叩かれ、蹴られ、そういったことを仕込まれていった。
「そう?」
 くすりと、この家の奥様である麗奈は微笑むと。テーブルの上に残っていたポットから、手酌でカップに冷たくなった紅茶を注ぐと。軽く一飲み。
「うん、美味し。これに文句をつけるのは、あの子の我が侭なんだから、気にしないでいいのよ」
 令嬢に二十三年の歳月を重ねた、といった風な容姿だが、その笑顔は未だに二十代の少女といっても通じるほど。
 目尻に刻まれた皺も、温和な微笑の中にあっては、穏かさの象徴に他ならない。
 風は眩しいものでも見るように、眼を細めると。
「妥協がお嫌いなんです、お嬢様は。誰よりも厳しく生きられてるからこそ、中途半端な者が赦せないのでしょう」
144 ◆DppZDahiPc :2007/05/22(火) 18:52:32 ID:BY9MKenQ
「厳しく、ねぇ……」
 麗奈は唇に手をあて、ぼんやりと娘のことを考えたが。
 風のイメージはどうにも幻想的、というよりも、理沙を妄信しているだけにしか思えなかった。
 だが、風は、厳つい顔に、微笑みを浮かべると。
「ええ、容赦の無い方です」
 少し満足そうにそういった。
「好きなのねぇ、あの子のことが」
「ええ、敬愛しています」

***

 排ガスのくすんだ臭いとは縁遠い、爽やかな碧を運ぶ空気の流動に、緑の黒髪がそよぐのを、理沙は無言無明で受け入れた。
 眼鏡をかけるようになって、早二年。
 もう随分と慣れたものだと思ってはいたが、未だにふとした瞬間、眼孔の奥に鈍い痛みを感じることがある。
 最近は、それが顕著なように思えた。
 眼鏡の度があっていないのだろうか?
 そんなことを考えていると、大気に乗り、マスカットフレーバーが運ばれてくる。
 ゆっくりと、睫の重たそうな目蓋を上げた。
「お嬢様、お茶をお持ちいたしました」
 
 陶磁のカップに口をつけ、その琥珀色の液体が理沙の口腔に流れ込み――理沙はその性格を象るような眉を、動かした。
 味と、香りが咥内に拡がっていく。
 それだけの時間の経過、気づけば、期待と不安に満ちた顔で風が理沙を見つめていた。
 ――ああ、もう
 その視線はまるで、飼い主に褒めて貰いたがっている子犬そのもの。
 ――なんで、そんな眼で見るのよっ。
 理沙はその眼が嫌いだった。
 正しく彼女の心情をいえば、そのような眼で見られていると、ザワザワとするのだ。
 まるで背中を、見えない誰かに撫でられたかのように、泡立つ。
 それが、その名状し難き、自分ですら正確に把握できない、その感情。
 潔癖症の節がある彼女にとって、自分ですら理解できない感情など、苛立ちの対象でしかない。
 だからこそ、拒否する。
 そんな感情など、何一つ浮かんでいないとでもいうように、拒絶するのだ。
 だから
「また、ね。貴方には学習能力というものは無いのかしら」
 いつものように、悪辣な侮蔑を吐こうとした、その時。
「――あ」
 理沙の手からカップが掠め取られた。
 理沙はカップを視線で追い、そして
「母様?」
145 ◆DppZDahiPc :2007/05/22(火) 18:54:36 ID:BY9MKenQ
 いつもならば、再放送されているサスペンスドラマを見ている時間だというのに、珍しくも理沙の母/麗奈が現れた。
 麗奈は一瞬だけ、風に視線を向けると、ぱちりとウインクしてみせると、カップに口をつけた。
 二人が見守る中、麗奈は紅茶を三分の一程まで飲むと。
「うん、美味しいわね」
 そういって、麗奈へ顔を向けると。
「理沙、貴女、何時から味音痴になったの?」
「それは――っ」
 思わず声を上げたものの、言葉は続かなかった。
 麗奈は嗜虐的な淡い笑みを浮かべると、
「それとも、美味しいと思ってるのに、意地悪いってるだけ、なのかなぁ?」
 カップを卓に戻した手で、プニプニと娘の頬に触れる。
 理沙は子供扱い全開な、その扱いに不満気に口を尖らせ。
「仰る意味が理解できません。その歳で耄碌されても、面倒はみてさしあげられませんよ」
「フフン、そうなっても風くんが面倒見てくれるものねぇ」
「はぁ、それはまあ……」
 それが仕事だというのなら、弥生家に雇われている限り、風に拒否権はない。
 何故だか、理沙の顔が更に不機嫌そうに歪められる。
 娘の横顔を見て、麗奈は一層笑みを深めたが。そのことに理沙も風も気づかなかった。 
 麗奈はくるり、あっさり表情を変え。優しい母親そのものな表情を浮かべ、娘の肩に手を置くと。
「そうだ」
「え?」「?」
 二人の視線が集まるのを待って、麗奈は言った。
「なら、理沙が紅茶を淹れなさい」
 その言葉へ、先に反応したのは、言うまでも無く理沙だった。
「なんで、私がこんな男の為に紅茶を淹れなければならないのです」
「あら? 何時、風くんの為に淹れなさいといったかしら?
 私が貴女に言ったのは、私の為に淹れてといったのよ。それとも、風くんの為に淹れたいの? 紅茶」
「なっ――!?」
 理沙は絶句。
 しかし直ぐに立ち直り。
 母の手を払うと、腕で顔を隠すようにしながら、母を怒鳴った。
「だ、誰もそんなこと言っていませんっ!」
「んー? 照れてるのかなぁ?」
「照れていませんっ!!」
 麗奈はまったく表情を変えずに、自然な口調で。
「なら、淹れてくれるわよね。こ・う・ち・ゃ」
「……ぅぅ」
 愉しげな麗名、嵌められた理沙を他所に。
 風は一人、流れに付いていけず、ぽかんとしていた。

***


「……どうしよう」
146 ◆DppZDahiPc :2007/05/22(火) 18:56:53 ID:BY9MKenQ
 実を言えば、理沙は紅茶を淹れたことが無かった。
 それもそのはず。
 家に居れば、使用人の誰かが淹れてくれるし。
 外では、ジュースがメインで。紅茶なんて缶か、ティーパックのみ。
 ポットで紅茶を淹れることなど、全くといっていいほど無かった。
 確かに、入れる器具は理解できる。
 けれど手順が分からないし、茶葉や、それに対する湯の量も分からない。
 台所を取り仕切る由子さんが居れば、訊けたのだが、出かけているらしく、見当たらない。
「どうしよう……」
 先ほどと同じ言葉を呟いていた。
 降参しても、やりようによっては格好がつきそうな気がする。
 ――だが
 そんなことは彼女の自尊心が許さないし。なにより、紅茶を淹れるくらいなら出きると思ったのだが。
 結果は……
「……こんなに色、濃かったかしら?」
 そこには、まるで泥水のような色の、臭覚を陵辱する液体があった。
 お湯でも足せばいいのだろうか? そう思い、カップに淹れた半分ほどを捨てると、やかんのお湯を注ぎ、薄めた。
 けれど、それでもまだ濃いような気がする。
 もう一度、茶を捨て、お湯を注ぐ。
「……むぅ」
 今度は薄くなりすぎたような。
 ポットに残っていたのを足そうとしたが、そもそも数滴しか残っておらず。状況は変わらない。
 一から淹れなおした方がいいような気がするが、時計を見ると――
「まだ出来ないの?」
 そこに母が立っていた。
 理沙は、慌ててカップを後ろでに隠そうとしたが。腕を掴まれ、瞬く間にカップを奪われていた。
「これまた、薄いわねぇ。それに、冷めてるみたいだし。こんなのを飲ませる気?」
「い、今淹れ直しますから。返してください」
 麗奈は頷くと。
「そうね。じゃあ、風くんに飲ませてみましょう」
「そうで――え?」
「失敗は成功のお母さんなの。だからね、失敗する時は後悔するくらい失敗しないといけないのよ」
 
***
 
 一人、中庭で待機させられていた風へ、麗奈はカップを差し出して言った。
「――というわけで、飲んでくれる」
「なにがというわけなのかは分かりませんが。分かりました」
 風は手渡されたカップを持つと、「頂きます」と一言いってから、口を付けた。
147 ◆DppZDahiPc :2007/05/22(火) 18:58:57 ID:BY9MKenQ
 理沙が淹れたという紅茶は味こそ薄いが、美味しいとは決して言えないが、まあ飲めなくもない味で。
 今にも泣きそうな顔で理沙が睨みつけてきていることを考えれば、美味しいというべきだろう。
 しかし、と、風は想った。
 茶葉の屑だろうか?
 紅茶の中に、なにやらザラザラとした舌触りがあった。
 気にしなければ気にならない程度ではあるため、風は気にしないことにして、一気に嚥下した。
 そして、理沙の方を向き直ると。
「美味しいです、お嬢様」
 陰気な顔ににっこり微笑みを浮かべていうと、理沙の顔がぱぁっと明るくなり。
「そうでしょ。そうでしょ」
 まるで子供のようにハシャグ理沙は、しかし、風と麗奈の視線に気づくと。
「こほん」
 と小さく咳真似をして、自らの浮かれを消そうとしたが。どうにも、口端は緩んだままで、締りがない。
 それでも本人は、内心の浮かれなど、顔に出ていないかのように。
「これくらい出来て当然。それとも、私に出来ないとでも思っていたの? 貴方は」
 何時も通りの口調で言ってのけた。
 そんな様子が微笑ましいやら、いじらしいやらで、苦笑したくもなったが。
笑えば、笑ったで、反響を買うことになる。いい気分になってる、彼女の気分を落とさないように、風は笑いを堪えながら。
「そうですね。失礼しました」
 そう言って、頭を下げた。
 理沙は風を見下ろしながら、小さく鼻を鳴らすと。
「分かればいいのよ。それじゃあ、私は勉強があるから、失礼するわ」
 そう言って、家の中へ戻った。

***

 三十分ほど経過して、勉強にも勢いがついてきた頃。
 コンコン
 所々にフリルの散りばめられた理沙の部屋へ、
「私よ、入るわね」
 麗奈が訪れた。
 理沙はくるりと椅子を回転させて振り返ると、軽く背中伸ばしたりしながら、母親を迎えた。
「なんです?」
「んー、大したことじゃないんだけどね。理沙ちゃん、紅茶淹れるとき、どの茶葉使った?」
「え? ……一番手前にあった奴を使いましたが、それが?」
 麗奈は、あからさまに困った顔をした。
「問題でも?」
「うん、実を言うとね。私も飲もうと思って、淹れようとしたら。茶葉の中に、ええと、カビたのが混ざっててね」
148 ◆DppZDahiPc :2007/05/22(火) 19:02:16 ID:BY9MKenQ
「カビ、ですか?」
「そうよ。それで捨てたんだけど。そういえば、風くん飲んだのって、まさか――と思って。でもそっかぁ、どうしようかな」
 頭を掻きながら麗奈は、娘の様子を伺った。
 理沙は、麗奈の言葉に色を失った顔で、
「冗談でしょ?」
 と、聞き返してきた。
 乗ってきた。麗奈は内心ほくそえみながらも、顔は平静なまま。
「ううん、本当のことなの。でも、困ったわねぇ。そうか、あれ淹れちゃってたのかぁ」
「……」
 母の言葉の一つ一つで、ドンドン追い詰められていく理沙。今では口を手で覆い、白い顔で宙を見つめている。
 麗奈は、そこへ止めを刺すことを言った。
「お腹壊して大変ねぇ、きっと。ああ、そうだ。胃薬あったから、あれを渡しましょう。そうすれば大丈夫ね」
 その言葉に、
「私が行きます」
「――え?」
「風が、お腹を壊したとしたら。それは私のせいです。ですから、私が渡してきます」
「あら? そう?」
 麗奈は手の中に隠し持っていた、パッケージされた錠剤を理沙に手渡すと。
「じゃあ、お願いね。母さん、由子さんと一緒にお友達の所へ行ってくるから。二時間は帰ってこないから。その間、お家にいるのよ」
「分かりました」
 理沙は錠剤を受け取ると、力強く、頷いた。
 
***
 
 理沙はすぐさま、一階にある風の部屋へと向かった。
 裏口に近く、階段から遠い場所にある風の部屋へは、三階にある理沙の部屋から二分かかる程の位置にあり。
 運動不足気味の理沙は、それだけで息を切らしていた。
 眼鏡を外して、額の汗を拭い、再び眼鏡をかけながら、廊下を歩き風の部屋の前まで来る。
 特にノックもせず、扉を開けると。
「あっ!」
「――っ!?」
 ズボンとトランクスを下ろした風が、横になって、オナニーしていた。
 理沙は、無言で扉を閉めると。深呼吸。
 まるで、なにも無かったかのように、ノックした。
「は、はいっ」
 裏返った声が扉の向こうから返ってきた。
「開けるからね」
「はい大丈夫ですっ」
 理沙は、まるで異教徒の儀式に迷い込んだ一神教の信者の如き面持ちで、扉を開け、風の部屋へと入った。
149 ◆DppZDahiPc :2007/05/22(火) 19:04:46 ID:BY9MKenQ
 風は自分の部屋だというのに、部屋の隅、ゴミ箱の傍に正座して。羞恥からか真っ赤な顔で、理沙を出迎えた。
「な、なんの御用でしょうか」
 理沙は、一瞬だけ、ある一点へ視線を送った後。何事も無かったかのように、風を見ないようにして言った。
「お薬を持ってきてあげたのよ」
「薬、ですか?」
「ええ、そうよ。先程貴方が飲んだ紅茶の茶葉が、カビていたの。だから、腹痛にならないようにお薬持ってきてあげたの。ほら」
 そういって、開かれた手には、何も握られていなかった。
「はい?」
「あれ? ――ああ、こっちよ」
 そう言って反対の――今まできつく握り締めていた手を開くと、そこには握りつぶされた錠剤があった。
 風はそれを受け取ると。
「心配をかけて、申し訳ありません。ありがたく、頂戴します」
 嬉しそうにそういった。
 理沙はフンとばかりに鼻を鳴らすと。
「使用人に倒れられたら迷惑だから、それだけなのだから。勘違いしてつけあがらないように」
「はい、承知しております」
「それなら、いいのよ。それなら」
 怒ったような口調でいう理沙に、風は妹をみる兄のような微笑を浮かべたのも束の間。
 顔を引き締めると。
「そういえば、先程は、汚いものをお見せして、申し訳ありませんでした」
 頭を畳に擦り付けて謝った。
 理沙は、一瞬だけなんことか分からなかったが、理解すると、顔に火が付いた。
「そっ、そうね。大体、勤務時間になにやってるのよ」
「すみません」
「それに、その服も、この部屋も貸し与えてるんであって。貴方のものじゃないのよ。それを貴方の……で、汚さないでよ」
「はい」
 と、素直に答える風だが。
「ですが、お嬢様」
「なによ」
 風は頭を上げないまま。
「なんでか、分からないんですが。お嬢様に淹れてもらった紅茶を飲んだら、身体が熱くなって、その……」
 言った。
 理沙は顔を真っ赤にしたまま、使用人の頭をねめつけると。
「どういう意味よっ」
 と怒鳴ったが。
 風は身を小さくするばかり。
 その様子が、なんだか可哀想で、情けなくて。理沙は、励ます積もりで言った。
「でも、もう、その……は出して、スッキリしたんでしょう?
 なら、早く仕事へ戻りなさい。まさか、……ぃのためだけに、休みたいとか言うわけじゃないのでしょう?」
150 ◆DppZDahiPc :2007/05/22(火) 19:06:49 ID:BY9MKenQ
「それは勿論」
 顔を上げ、即答した風だが。しかし――
「……ん?」
 顔を上げ、身体を上げたことにより、見えるようになった風の下腹部は、まだこんもりと盛り上がっていた。
 理沙は
「……まだ、ということね」
 呆れたように言い、ため息をついた。
 風は身体を小さくして、情けなさ全開で小さく頭を下げた。
「……言葉もありません」
「まあ、良いわ。脹らませた状態で歩き回られても、迷惑ですから、さっさと出してしまいなさい」
「あ、はい」
 恐縮しきりで、風は頷く。
 理沙は全く、と呆れたようにした。
「……」
「……」
 風は、チラリと理沙を見上げた。
 理沙は、条件反射的に睨み返した。
「…………」
「……ねぇ、しないの?」
 理沙は苛立ったように言った。
 頷いたから、ささっとして、仕事へ戻るものかと思えば。風は座ったまま動かない。
「いい? 貴方にお給料をあげて面倒を見ているのは、お父様なのよ。それに恩義を感じているのなら、早くなさい」
 怒る理沙に、風は困ったように頬を掻き。言いにくそうにしながらも、言うしかないんだろうなぁと、諦めた様子で。
「……それはその、お嬢様の前ではしにくいので、出て行ってくださらないでしょうか」
 当然の要求だった。
 理沙に仕えているから、とか、関係なしに。年頃の少女相手だから、という以前に。
人に見られながら、オナニーする度胸や趣味の人間は余りいない。
 理沙も、ようやく風の当惑の理由を理解したのか。顔を先程以上に赤らめると。――しかし、予想外のことを口走っていた。
 それは、理沙の自尊心から来たものかも知れないし、使用人に指摘され命令されるのが不快だったからかも知れない。
とにかく、混乱していたというのもある。
 理沙は
「わ、私がここにいるのは、貴方がサボらないように見張るためよっ。
オナニーする時間を与えられたからって、どうせサボるきでしょう。そうしないように、私が見張るわ。だから、さっさとしなさい」
 口が滑るままに、言っているのすら自覚できないまま、口が滑り続ける。
「それとも、私の前ではできないとでもいうの? 貴方、私に使われてる分際の癖に、そんなこと言えるの? いいからさっさとなさい」
 腕を組み、見下す。その様は堂に入っていたが、状況が状況だけに褒められたものではないし。
 今は、理沙に部屋にいて欲しくない風としては
「ですが、」
151 ◆DppZDahiPc :2007/05/22(火) 19:09:04 ID:BY9MKenQ
 言い含めようとしたのだが。
「黙りなさいっ」
「いいえ、聞いて下さい。お嬢様に心配されなくても、もう収まりました、心配なさらないでください」
 理沙は、全てを聞く前に、一歩前に踏み出すと、更に足を伸ばし。
「――っ!!」
 風の股間を踏みつけた。
 その衝撃に、風は一瞬目が眩むような錯覚を覚えた。
「な、なにを……」
 理沙は、足の裏に感じる、堅さに更に我を見失っていく。
「ほうら、こんな硬くしているじゃない。こんな状態で、収まった、ですって?
 ふふ、格好つけるんじゃないわよ。それとも、こんなに腫らしていても、平常だと。自慢したいわけ?」
 口を付く言葉は尊大で、理沙自身なにを言っているのか理解できていなかった。
 しかし――
「や、やめてください」
 顔を赤くし、動転する二歳年上の使用人を見ていると――とても、愉しかった。背中にゾクゾクとくる、よろこびのようなものが。
「やめてくださいぃ? へぇ、どの口でいうのかしら、この人は。ふふっ、使用人の分際で、ご主人様に命令する気?」
「そんなことは――」
「言ってるじゃないっ」
 グイッと、強く踵を踏み込ませる。風の瞳孔が開き、言葉が途中で尻切れた。
 理沙は強く、強く、風の股間を踏みつけながら。怒っているような表情で、風を見下し。前髪を掴んで、顔をあげさせると。
「何様の積りよ。卑しく汚らしい使用人の癖に、この私に命令して」
 頬を平手打ちした。
「貴方が言うのは『やめてくださいぃ』じゃなくて、『ありがとうございます』よ。
足で踏みつけられて硬くしているような変態の分際で、何を恥ずかしがっているのよ。気持ち悪い」
 もう一度、頬を叩いた。
 風はされるがまま、抵抗もせず、受け入れ。
「申し訳ありません」
 小声で謝罪した。
 理沙は、鼻で笑うと。
「分かったのなら、とっとと汚らしいおちんちんを出しなさい。
出して、とっとと汚い物を吐き出して、仕事へ戻るの。ソレくらいできるでしょう。早くなさいっ」
 強い口調で命じた。
 今度は風も反論せず、その命令を素直に受け入れ、ズボンの前をあけ引っ張りだした。
 黒々とした陰茎は、既に先端から透明な先走りを溢れさせ、てらてらと濡れていた。
 理沙は緊張を隠すように、こんな物に怯えてなるものかと、先程以上に気合を入れると。
「まあ、なにかしら、これは」
 ストッキングを履いた親指で、亀頭の先端、鈴のように割れた場所に触れる。
「――っ!」
 そこを押さえるようにして、グリグリとこねくり回す。ストッキングに、先走り汁が染み込んで、理沙は不快そうな顔をした。
152 ◆DppZDahiPc :2007/05/22(火) 19:11:15 ID:BY9MKenQ
「や、やめてください」
「それしかいえないの? これだから、低学歴の人間は嫌ぁねぇ。大体、さっき自分で、収まったとかいっておきながら、なによこれ」
 爪先で弾くように、陰茎を蹴りつける。
「もう濡れてるじゃない、気持ち悪い、サル並みね、イヤラシイ。ほら、擦ってごらんなさいよ、好きなんでしょう、オナニーしているのが。ほら、早く」
 もう一度、亀頭粘膜の敏感な部分を強く蹴りつける。
「ほら、しないの?」
 更に、
「ほらほら、早くしなさいよ。それとも、蹴られていきたいのかしら。ああ、嫌だ。私に貴方のオナニーの手伝いさせないでよ」
 風は言われるがままに、自らの陰茎を掴むと、上下に擦り始めた。
 持ち上げられた顔は、理沙を直視できず、逸らして。
 理沙は風の様子を見て、嫌そうに顔を歪めて。
「気持ち悪いわねぇ。なぁにが気持ちいいのかしら、そんなことして。ああ、嫌だわ。
 こんな奴に、お茶を淹れられていたのかと思うと、寒気がする。私のお茶に、何か混ぜなかったでしょうねぇ」
 風は小さく、首を横に振った。
 理沙はふんと鼻を鳴らし。
「本当だか」
 丸きり信用していない口調で言った。
 理沙に踏みつけられていた陰茎は、先程自慰の途中で止められていたこともあり。割と直ぐに、
「――くっ」
「どうしたのよ?」
「出ます」
 風は、寸での所で先端を両手で押さえると、その手の中で射精した。
 びくっ、びくっと、痙攣する風の身体。射精する瞬間、歪められた顔に。理沙は口端を歪めた。
 射精して、気の弛んだ風の腕を掴むと、顔の前に持ってきて。
「臭い」
 手についた精液の臭いを嗅いだ。
「臭いのよ。この部屋来てから、臭い臭いと思ってたら、この臭いなのね。
 部屋に染み込むくらいオナニーしないでよ、ここは貴方の部屋じゃあないのよ。ここは、貴方に貸し与えているだけであって、貴方のものではないの」
「……わ、わかっています」
 言いながらも、風は幾度も痙攣を繰り返し――ようやく収まった。
 だが、手を開いて後始末しようにも、ティッシュ箱はお嬢様の足元にあった。
「あの、お嬢様」
「なによ、終わったのなら、さっさと後始末なさい、このウスノロ」
「あ、はい。ですが、その、失礼します」
「へ?」
 風が一言断って手を伸ばすと、理沙は驚いたのか身体を跳ねさせ、そして風の手を踏みつけた。
「ななな、何をする気だったのよ、手なんか伸ばして」
「あの、それは」
153 ◆DppZDahiPc :2007/05/22(火) 19:13:25 ID:BY9MKenQ
「汚くて臭い、人間の屑の癖に、私に触ろうとしたわねっ」
「あの、いえ、そこにあるティッシュ箱を取ろうとしただけなんですが……」
「え? ティッシュ?」
 理沙は視線を自らの足元に向け、自分の足の傍、風の手が向かっていた先にある、
ティッシュ箱に気づいて、しまったというような顔をした。
 いかな、理沙といえ今のが勘違いで、自分に非があるのは解っていた。
 けれど、素直に謝ることが苦手な彼女は。なにより自らの勘違いを指摘されたことに動転してしまい。
「はあ? なにを言っているのか解らないわ」
「……あの」
 理沙は風の手を更に強く踏みつけると、嗜虐的な笑みを浮かべ。
「この家にあるのは全て弥生家の物、貴方のご立派な趣味に勝手に使われては困るわ。
貴方なんかの汚らしい体液なんて、自分で舐め取ればいじゃない
 ――そうよ、手についてるんだから、舐めればいいじゃない。変態は変態らしく」
 突き放すようにそういうと、もう一度踏みつけてから、足を離した。
「ほら、見ていてあげるから、早くなさいっ。私は忙しいの、貴方なんかに付き合ってる暇なんかないのよっ。ほら、早くっ」
 風は、拒否すると、理沙は思った。
 幾らなんでも、そんなことはしないだろうと。
 風が拒否して、優しい自分がそれを赦して大団円、ハッピーエンドでスパシーバだ、と。
 しかし、
「……分かりました」
 風はそういうと、自らの手に付いた精液を舌で舐め取り始めた。
 唖然とする理沙の前で、風は白濁としたのを舐め取り、太い喉で嚥下していく。
 その姿は気色悪くもあり――理沙の目には、何故か色っぽく映った。とても、いやらしいものに。
 風は丁寧に精液を舐め取ると、ご主人様を前にした犬の如く好意の眼差しで理沙を見上げ。
「次は」
「――え?」
「次はなにをすればいいのでしょうか」
 熱っぽい視線を向けられ、理沙は思わず視線を逸らしてしまい。
それは悔しかったが、今の彼女にはそれ以外の抵抗手段などなく、視線を逸らした先に。
 理沙の足に付いた精液を見つけ。
 つっと風の前に差し出すと
「舐めなさい。これも貴方のでしょう?」
「はい、お嬢様」
 風は素直に従った。
 土下座するように床に身体を這わせ、片手で理沙がバランスを逸しない程度に持ち上げ、咥えた。
「――――っ」
 理沙は風の唇が以外に柔らかいことに驚き、その口腔の熱さに言葉を失った。
 ストッキング越しだと言うのに、風は容赦なく自らの舌を這わせ、精液を絡め取っていく。
 その舌使いに、キスをすればどれほど気持ち良いかと空想したが――それは、彼女のプライドが拒絶した。
154 ◆DppZDahiPc :2007/05/22(火) 19:15:29 ID:BY9MKenQ
 こんな年下の少女の足を舐めるような男に、自らのファーストキスを捧げてなるか、と。
 だが、ここまでの忠誠を尽くす風に、何か答えてやりたい気もした。
 風の熱い舌は、指に絡まり――けれどストッキングの壁に防がれ、もどかしく動く。どうやら、ストッキング内に入ってしまった涎が気になるようだ。
 舌が離れると、今度は唇の抱擁が強くなり、
「――――ッ!?」
 ストローでジュースを吸うように、まとまりつく涎を吸い取ろうとする。その淫靡な水音に、風の必死さに、理沙は身体が上気するのを感じた。
 だが、これからというところで
「終わりました」
「あ……」
 風は理沙から口を離してしまった。
 まさかもっとやってとも言えず、理沙はできるだけ平静を装って、興味なさげに
「そう」
 とだけ呟くと。
 先程思いついた、あることをすることに決めた。
 それは、理沙からは決して口には出さないが、風の奉仕へのお礼だ。
「次は何を」
 訊く風へ
「座って、そう。動かないで」
 正座させると、ティッシュを一枚だけ掴むと、三つ折にして厚くすると。
 まだ精液の滴る風の陰茎にあてがい、そっと撫でるように、精液をふき取り始めた。
「お、お嬢様」
 流石に狼狽する風に、理沙は密かな歓びを感じながらも、それは決して顔には出さず。
「ペットの始末をするのも、また飼い主の役目よ」
 そう言って拭き終えると。
「いい? この家にあるものは全て弥生家のもの。つまり、貴方も我が家の者なのよ。
 だから、これからはこういうことをする場合、まず私に許可を取るように。解った?」
 風は一瞬戸惑ったような表情を浮かべたが、直ぐに頷き。
「はい」
 短く、しかししっかりと答えた。
「宜しい」
 理沙はそういうと、部屋を後にした。


 部屋へ戻る道すがら、理沙は手の中に在る感触に疑問を覚え、開くと。
「あ」
 精液で汚れたティッシュが一枚。
 捨てるのを忘れたそれを、理沙は傍に誰もいないことを確認して鼻の傍に持ってきて、臭いを嗅いだ。
 その臭いは下腹部が疼くような臭いで。
 舐めてみると、ちょっぴり塩辛かった。
「これなら、アイツの淹れた紅茶の方がマシね」


以上、おしまい。
155名無し@ピンキー:2007/05/23(水) 00:34:04 ID:+eAx1AOK
ツンツンツンツンツンデレお嬢さまに
狂いそうになるほど悶えた。GJ!
156名無しさん@ピンキー:2007/05/26(土) 08:09:24 ID:BiQXrMF9
エロはないが、小ネタ投下
157名無しさん@ピンキー:2007/05/26(土) 08:11:04 ID:BiQXrMF9
「来なさい」
「はい」
主人の命令に従者の青年はベッドに歩み寄る。
ベッドの傍には、男が倒れ伏していた。
女であると油断し、さしたる抵抗もできないと侮ったのだろう。
それを視界に入れながら、従者の青年はベッドの傍らに跪き頭を垂れた。
「……ソレを、殺しなさい」
「ですが」
「なに?」
戸惑ったような従者の声に、先を促す。
「それでは、お部屋が汚れてしまいます。それに、館の者が何と言うか…」
「何を言うというの、お前は?」
「また、と噂されています。これ以上は……」
「呼んでもいない男が忍んでくるのが間違いではないかしら?」
「それは、そうですが…。…ならば警備の強化を」
「必要ないわ。私にはお前がいるもの。それに…強化したとしても、このような手合いの馬鹿は後を絶たないでしょう?」
「……」
嘲るような主人の物言いに、従者は無言を返す。それが真実だからだ。

白磁の肌と夜の底の長い髪、そして強い意志を持った黒曜石の瞳。
朝露を纏い朝日を浴びて輝く、瑞々しく美しい薔薇の花の如き美貌。
その主人を掌中にと、この美しい主人の寝室に忍び込む者が後を絶たない。
上手く事が運べば、この広大な敷地を有する館と所有地、そして次代の当主の夫の座が手に入る。
そう考えていることなど、聞くまでもない。
愚かなことだ、と従者の青年は思う。
忍び込んで事に及ぼうなどという、下劣な手段でこの薔薇を手折れる者がいるものか。
傍近くにいる自分が許さないし、何より主人が許しはしない。

158名無しさん@ピンキー:2007/05/26(土) 08:12:51 ID:BiQXrMF9
「―――やりなさい」
有無を言わさない、絶対的な命令。従者には、逆らうことは許されていない。
意識を取り戻し、しかし身を動かすことのできない男が怯える。
いつの間にか従者の手に握られていたナイフが、男ののどを裂いた。
ほんの一瞬の出来事。
男はおそらく、自らの命が絶たれたことすら気付かなかったろう。
男から溢れた血が上質の絨毯を汚す。
それを無感動に眺めながら主人は口を開いた。
「首を送り届けてやりなさい。何度でも同じようにしてやる、とね」
「はい」
従者は配下を呼び、男の首を断ち落として送り届けるように命じる。
配下はまたか、と思いながらも余計なことは言わずに事切れた男を運び出した。
「これで、よろしいでしょうか?」
「いいわ」
「……近頃は少し増えたように思います」
「でしょうね」
「お決めにならないからでしょうか?」
「私はとうに決めているわ」
「では、どなたを?」
「私は結婚しない。けれど、当主の責務は果たすわ」
「未婚のまま、母になるおつもりですか」
「そうよ。そのほうが煩わしくないもの」
結婚するなどごめんだ、とその顔が語っている。
「御子の父親を問われると思いますが」
「死んだ、とでも言えばいいわ」
「それで納得するとは思えませんが」
「なら、お前が父親だと言うわ」
「何を仰いますか!」
「知らないの、お前は?」
「何を、でしょう」
「この身が、すでにお前のものだという噂よ」
「馬鹿な!?」
「でもそう噂されても仕方ないわね。こうして、寝室で共に世を明かしているのだもの」
「それは…」
「お前が私の許可なく私に触れることがないのは、この館にいる者たちは皆わかっている。でも、他の者はそうはいかないでしょう」
「はい」
「なら、そういう噂が立っても仕方ないでしょう。いちいち撤回するのも煩わしいわ」
「ですが、そのせいであのような馬鹿が増えたのなら…」
何か考えなければ、と言いかけた従者の声は遮られた。
「噂を真にするのも、いいかもしれないわね」
従者はぎょっと目を見開いた。
何を言っている、我が主は。
まさか自分の想いを知っていてからかっているのか?
しかしそれは問わない。
目の前の主人がからかうような態度ではないからだ。
「馬鹿の子を産むよりは、お前の子のほうがいいわ。お前は賢いし強いもの。お父様も否とは言わないでしょう」
「私は、従者です。貴女がなさることに否は言いません。ですが、それは私には過ぎます」
「お前は本当に……」
はぁ、と呆れたように溜息を付き、主人はゆるく首を振った。
「私はね」
「はい」
「お前が私を想っていることくらい知っているわ。だから言っているのよ」
159名無しさん@ピンキー:2007/05/26(土) 08:16:55 ID:BiQXrMF9
あ……夜を明かしてる、だったのにな
アホだ俺

お目汚しで申し訳ない
160名無しさん@ピンキー:2007/05/26(土) 09:21:25 ID:agFF6ovs
つ、続きは?
続きはっ?
161名無しさん@ピンキー:2007/05/26(土) 21:03:18 ID:W/MxPp8v
ノーブレスオブリージュをわきまえながらも、自分を曲げない主人が良いなあ
最後の台詞がツボ
続きを激しく期待
162名無しさん@ピンキー:2007/05/28(月) 00:09:05 ID:ZbC7NY19
あれ…続き希望?
ほんの小ネタのつもりだったんだが……
そのうち投下する、かも?
163名無しさん@ピンキー:2007/05/28(月) 22:13:29 ID:zXu9huFK
>>162
ワクテカして待ってるぞ!
164名無しさん@ピンキー:2007/06/01(金) 04:08:55 ID:4lRbk6C9
タイトルと主人と従者の名前付けて投下

保管する時に先に投下したのにも同タイトル付けてもらえると嬉しい
165至高の薔薇:2007/06/01(金) 04:10:06 ID:4lRbk6C9

「なっ!?」
「お前の目は、いつだって雄弁に語っているわ。私を愛している、とね」
くすくすと楽しげにフラウは微笑む。
全て過たず知られていたことに耐えられず、スヴァンは目を逸らした。
「だから、お前に夢を見せてあげるわ」
「夢?」
「そうよ。甘美な夢を、ね」
甘美な夢。それの指すところは――。
思い至り、スヴァンはばっと顔を上げる。
「い、いけません!あ、貴女は…」
「だから夢だと言っているでしょう?お前は大人しく、私に言われるままに差し出せばいいのよ」
「で、ですが……」
「おだまり。……答えなさい、お前は私の何?」
「従者です」
「なら、大人しく従いなさい。否は許さない」
スヴァンは困ったようにフラウを見つめる。これはさすがに頷けない。
愛しているからこそ、頷けない。
何がこの薔薇を貶める原因になるかわからないのだから。
「だから、お前がいいのよ」
スヴァンの考えなどわかっているといわんばかりに、苦笑交じりにフラウは言う。
「お前は私を愛していながら、手に入れようなどとは露ほども考えない。私の持つ、富も権力も欲しがらない」
「はい」
「私が結婚しない、と言うのは、なにも個人的な感情ばかりではないのよ。…勿論、それが大部分を占めるけれど」
「それ以外には?」
「私には、一族を、お前達のような仕える者達、そしてその家族を守る、という責務がある。
その妨げになるような、馬鹿な男や愚かな男は私の伴侶になど迎えられないわ」
「だから結婚しない、と?」
「まぁ、理由の一つね」
他にもあるのか、と思うがそれ以上問うことを禁ずるフラウの瞳とかち合う。
二人の間に沈黙が落ちた。

166至高の薔薇:2007/06/01(金) 04:11:21 ID:4lRbk6C9

「私の求めに応じ、お前は全てを差し出しなさい」
「………はい」
それ以外の答えを、スヴァンは持たなかった。
その答えに満足そうに頷くと、フラウは従者を手招いた。
側に寄ると、スヴァンはすっと跪いた。主人を見下ろすなど、あってはならない。
見つめる従者の頬を、フラウの細い指先が伝う。
ゆっくりと、輪郭を辿るように撫でていき、やがて顎を捉えた。
く、とその細い指先に力がこもり、僅かに上向けられる。
上向けられたスヴァンの顔に、影がかかる。
スヴァンが制止するよりも早く、フラウのふっくらとして柔らかい唇がスヴァンのそれを掠めた。
羽が触れるような、刹那の口付け。
スヴァンの思考は、完全に停止していた。
触れることなどないと思っていたものを不意に与えられてしまったのだから、致し方ない。
「手付け代わりよ」
不敵に笑って告げるフラウの声も、ただ音として捉えるのみ。
「そんなに衝撃だったかしら?」
くすくすと楽しげにフラウは笑う。
ややあって、スヴァンは口を開く。
「何を、なさいますか……」
「何を?手付け代わりに私の唇を与えてやっただけよ?」
光栄に思いなさい、とでも言いそうなフラウにスヴァンは溜息をついた。
「なぁに、その溜息は?」
機嫌を損ねてしまったらしいフラウにスヴァンは慌てる。
「あ、いえ、その…」
おろおろとするスヴァンにフラウは笑みを零す。
もとより、フラウはさほど機嫌を損ねてはいない。
それを知らないスヴァンは、機嫌が直ったらしい、と判断する。
167至高の薔薇:2007/06/01(金) 04:13:29 ID:4lRbk6C9
「次の当主御前会議の後、伽を命じる。……期限は、言う必要もないわね?」
「はい」
もう頷くことしかできない。
過去、フラウは言ったことを全て実行している。直接・間接に関係なく。
つまり、スヴァンがどれだけ拒否しようと最早無意味。
拒否したところで薬を盛られるのがオチだ。
それはさすがに許容できない。
「……御前会議の後、と言いますと…老方を説得なさるのですか?」
「説得?しないわ。子の父親にお前を選んだと言うだけよ」
それで老方が納得するのか、とも思うが問うても意味はない気がした。
「ああ、それから、私の後ろに控えていなさい」
もののついでのように告げられた内容に絶句する。
信じられないように見つめるスヴァンに気付いてか、フラウは薄く笑んだ。
「その時、お前にいくつか質問があるのよ。それに答えてもらうわ」
「質問、ですか?」
「ええ、そう。お前が何と答えても、決定打になるわね」
「え」
「なる、というよりも、する、かしら?」
事は成る、と確信しているのか、フラウの笑みは深い。
168至高の薔薇:2007/06/01(金) 04:15:34 ID:4lRbk6C9
またしてもエロなしだがな…
169名無しさん@ピンキー:2007/06/01(金) 16:21:31 ID:fcpD90Kd
また って何が?
170名無しさん@ピンキー:2007/06/01(金) 19:20:24 ID:3YkyeJXR
エロにいくまでも楽しんでるからどんとこい。
もちろんエロもワクテカして待ってる。
171青犬 大臣編(前半):2007/06/03(日) 20:24:18 ID:Pm/JnxxK
まだ前半部分しか書き直してないんだ
でも投下したいと思うんだ。
書くから、かならず。

・青信号の犬正規ルート補完
・大臣一人称
・暗い
・エロも無い
172青犬 大臣編(前半):2007/06/03(日) 20:27:13 ID:Pm/JnxxK

 眼前に呆けた様子の彼女がいた。片頬はほんのりと赤く、振り上げていた自分の腕に気がついて我に返る。
彼女を(身体的に)傷つけてはいけない。***は彼女を傷つけない、私は彼女
を傷、つけない。
浅く息を吐いて、彼女を見据える。怯えた、それでもこちらにむいた瞳とかち
合う。
ああ…この目は本当に、苦手だ。すべて投げ出して逃げ出したくなる。
だけれどそうする訳にはいかない。私にも役割がある。嫌々ながらに彼女が王
の席に着くように。
この事は予定外だったが、道筋からは外れてはいない。ならば私はそれを辿ら
なくてはならないだろう。
彼女に向けて手を伸ばす。その動きに一瞬彼女は安堵の色を瞳を浮かべる。知
っているだろうに、私があなたに与えるものが穏やかでないことくらい。

「馬鹿」

 私は笑っていただろう。実際おかしくてたまらない。笑い声の代わりに言葉
を吐き出す。すると、彼女はガタガタと震えて涙をためて、後ずさる。
普段より派手な仕立てのドレスが揺れてほこりが舞う。私の三つ揃いもそうだ
が、彼女には似合わないドレスだと思う。広い襟ぐり流行からもアンティーク
からもずれたデザイン色光沢丈文様生地装飾ネックレスイヤリング、すべてす
べてすべて。
「あっあっあっあぁ、ごめんなさい!ごめんなさい!ねえ!やめてっ、ねえ、
ごめんなさい!」
何をやめろとこのこはいうのだろう?初めに求めたのはあなたの方だというのに。
わざとゆっくりと追って細い手首を掴む。少しばかり痩せたようだが、私には
関係のないこと。やや強く握って、彼女を引き上げて腕の中に抱え髪をなでる。
「私は貴女の兄上じゃあないんですよ。そんなに怯えることないじゃありませんか」
その言葉で更に震えが増した彼女に、キスをする。全身で恐怖を示しながらも
彼女は逃げようとしない。憎たらしいドレスを早々に剥がそうと首の周りを責
める。未だかつてこんなにも早く剥こうと動いたことがあっただろうか。
自嘲して彷徨った視線の先の、きつく結ばれ赤くなった唇がほんの少し、苛立
たしくて噛み付いた。
こんなに濃い化粧も、似合わない。

 誘われるがままに首に手を掛けた。苦しそうな表情をもう少し見ていたいと
思ったのだろう、きっと。口付けに喘ぐ喉の動きのか細さに目を細めると、彼
女は私から少しでも離れようとして胸に手を当てて反抗する。私も動き辛いが
顎の付け根と喉を押しつぶすようにして閉じ込めた。ドレスの留具を全て外し
たころ、放した。真っ赤になった顔はお世辞にも可愛らしいとはいえないが、
充分だろうと長椅子に倒した。
激しく咳き込み肩で息をしながら、彼女は背を向ける。彼女の細い肩に手をか
け無理にこちらに向けると、何か口にした。だが良く聞えない。
もう一度赤くなった唇が動く。
「***」
何故こんなに私を苦しめるのだ、と。非難の響きを持って、その名を呼ぶ。
だけれど私は、それに応える術を持たない。
「そんな目で見ないで下さい・・・もっといじめたくなる。…ああ、あの時の彼のように抱いて差し上げましょうか?」
指の痕が残った箇所に爪を立て、瞳を覗き込む。ずっと、欲しかった色を。

 兄上、と彼女が呼ぶ人物が彼女の兄でないことを認めるのはいつになるのだろうか。あの貴族然とした色味の、内容がそれに合わない彼が。

173青犬 大臣編(前半):2007/06/03(日) 20:29:23 ID:Pm/JnxxK

 吐き気がした。それでも私は彼女の服と髪を直し、彼女を抱えた。向うのは
彼女の部屋だ。
扉を開けようと足を振り上げると中から開いた、部下がひたりと笑っている。
私が部下の名を呼べば部下はその笑みを隠して、広く扉を開いて内へと招き入
れた。
「***様、言付どおり用意ができています」
部下は私の腕に触れて、彼女を見遣る。女の手は生ぬるく、私の身体も冷えて
いた。
「そう」
それだけ答えて部下を顎で追いやる仕草を取ると、部下には珍しく反抗的な目
をし、問いかけてきた。
「したんですか」
問いかけより詰問というような目だった。私は部下を振りほどき彼女をベット
に横たえた。汗で前髪が張り付いている。気をやった顔はやはり幼く、昔を思
い出させる。
部下がもう一度小さく呟いた。その不安げな声音に私は噴出しそうになる。
彼女の髪を撫で付けて、幼い頃したように口付けた。
「最後まで?」
整えた衣服を脱がし、薄掛けをかぶせる。やはりあのドレスはだめだ。
「するわけないでしょう」
帰れ、と手を振れば部下は恨みがましげな目を向けて退室した。黒い纏め髪が
ほつれている。仕事狂いのくせになんという顔をするのだろうあの女は。
私は自然と肩をほぐしていた手を下ろした。これから彼を迎えに行かなくてはならない。

 男は目隠しをされ、手足を拘束された状態で転がされていた。部下の配慮だ
ろうか、湯浴み後のようで髪がまだ乾いていなかった。私はその濡れた髪を掴
み、男の頭を上げ注意をこちらに向ける。
「…三階級特進おめでとう@@@。手荒な招待だったろうが、もうすこし辛抱し
てもらえないかな?君に、お祝いがあるのさ」
上体をおこし目隠しを猿轡の形にかえ、近くにあった車に蹴とばして載せる。
眩しげに眇められた目が私のほうを向き、不快気にそらされた。
少し肩を上げて私は苦笑する。さすがに私も、
「あからさまにされると傷付くんだけれど」
ぎょっとした顔の男を笑って布をかけた。力仕事は好きでないけれど、彼女が
待っているから。
「動くよ」

 車を蹴って男を彼女の部屋に落とす。そのまま背を踏みつけ、懐から紙にく
るんだ針を取り出した。膝を落として余分に体重をかけるとうめき声が上がっ
た。針を腕にトンと刺す。
「五分。五分でよくなります」
男がとまどう気配が手に取るようにわかる。だが、効果がでるまでは時間が有
るだろうし、彼女もまだ眠っているようだ。手持ち無沙汰は否めない。
「私もね、人並みにセックスするんですけど。イけないんですよね。どうにも
ね、イけないんですよ。あ、射精なら出来ないこともないんですよ、でも気持
ちよくないというか…ねえ、君ちみどろの女性に勃ちます?」
なにか異変があったのだろう。男は緩やかだが反抗し始めた。でももう少し。
私だってこんな話してたくないんですけど。共通項も見つかりそうにないし。
「EDっていうんでしたっけ?これも、EDかな?でも、一応は勃つわけです。
むしろこう・・・奉仕している時の方が楽しいというか…舐めたりとか大抵嫌が
るんですけど、みんな口だけですし。挿入してもねえ、精神的にイけないから。
精神的に?気持いいと言えば気持いいんですけど…どうも」
真下の男の息が荒い。ああ、笑える。私の下らない話でなく、この男の置かれ
た状況が。暗に薬が塗ってあるように男には話したが、あれはただの針だ。
変態だ変態。ああ面白い。あんな話でこんなにもなるものなのか、明日の天気
の話でも良かったんじゃないだろうか。天気の話で勃起する男。いやだなあ。
男の反応は充分だが、まだ宣言した五分には何十秒かある。
「うーん。求める愛しかたが違うんでしょうねー?」
174青犬 大臣編(前半):2007/06/03(日) 20:30:19 ID:Pm/JnxxK

もとから筋も中身も無かった話を切り上げて立ち上がる。
「五分経ちました。君はベッドの女性を好きにしていいですよ。殺めるといけないので手枷は嵌めたままどうぞ」
男を解放して、ベッドの上の彼女を手でしめす。首はゆっくり動きその方向を
見たが、それ以上男は動かない。
悪いが、それじゃ見世物にならない。
「チャッチャッと入れて出した方がいいですよ。変に我慢すると脱水で死にますよ」
適当なことを言って促す。すると不承不承というように男は動き出した。とろ
とろと動き出した男を見て、私は椅子に座る。用意してあった水差しと酒瓶に
部下の顔を思い出した。あれを副官にしてよかった。
添えられたメモを手に取って、一口煽る。うん、好みの味だ。
視線を感じて顔をそのほうに合わせる。男が眉を吊り上げた表情でこちらを見
ていた。
「どうしたんです?辛いでしょう。ああ、酒はやりませんよ。まあ…薬入ってますから、ダメってこともないでしょうけど」
「違う。・・・このひとは、王ではないのですか」
「そうですよ。彼女はここの王です。それがどうかしました?」
呆然とした顔をして男は彼女をみる。そんなにじっと見ても他の女には変わり
はなしないだろうに。
メモを広げて読んだ。部下からの書置きで、下らないことが書いてあった。い
ない人間のことなんて捨て置けばいいのに。恋というのはこんなにも偏執的な
ものだったのか。しかし何故、わからないのだろうねあの女は。
私にも好意の示し方があるということを。

 行為の終わりも近づいた頃思い立って窓を開ける。涼しいし、気持いい。
獣のように男は呻いて彼女を貪っている。こういうところが彼に似ているのだ。
道理でこの男にまったく好感が持てないわけだ。妙に立ち位置が安定しない喋
り方だとか、部分部分が吐き気がするほど似通っていてどうしようもなくなる。
ストレートを一息に飲んで二人をにらみつけた。
彼女が私の名を呼び、男は私を剣呑な瞳で睨み返した。けだものめ。
 折り重なって意識を失ったふたりを離して、清潔なシーツをかけてやった。
改めてみる男は地味な色味で彼とは重なりようがない容姿だったが、彼と違い
健康そうだった。丸めた衣服を投げ置いた。
彼女はそのように放置できないのでシーツごと抱えて予備のベッドに寝かす。
抱えたままあざだらけの身体を布でふく。髪などはべたべたするだろうが、我
慢してもらわなければならない。そこまでは面倒みきれないし。指を彼女につ
っこんで中を掻きだす。他人の精液ってけっこう気持悪い。布で何度も拭うが
不快感はまだ残る。
頬にひたりと手が触れた。その手の先を追えば彼女がぼんやりとしながらも微
笑んでいた。
「あにう、ぇ」
彼女の瞼がしっかりと開かれて目が合う。自分とは違う濃い色の瞳に、たじろ
ぐ。その目に映った私はどれだけ滑稽であっただろうか。
汗で湿った髪が揺れて彼女は崩れ落ちた。
寝息を立てた彼女にちゃんと上掛けをかける。
「…なんだよ、ばか」
175青犬 大臣編(前半):2007/06/03(日) 20:33:55 ID:Pm/JnxxK
最初あげちゃったんだが平気?

みんなうきどきしつつ読んでるんで、楽しみです。
時間見つけては通ってるんだ…
いつものも、新しいのも
176 ◆KK1/GhBRzM :2007/06/05(火) 20:46:30 ID:c5Md3Rka
携帯から投下。
日頃姉妹スレに投下しているが、今回はこちらに。
世界観は繋がっているが、知らなくても平気かと。

本番なし、フェラのみ。
エロ要素は薄目の純愛。
177王都騎士団【幼馴染み】1 ◆KK1/GhBRzM :2007/06/05(火) 20:48:23 ID:c5Md3Rka

「ヒューったら、全然連絡をくれないんだもの。私の事を忘れたのかと思ったわ」

 緑が薫る、小高い丘の上。
 馬の鼻先を撫でていたミシェルは、皮肉っぽく笑いながら、ヒューの方を振り返った。
 被ると言うよりは乗せられていると形容した方が正しい乗馬帽が、弾みで落ちそうになり、ミシェルは慌てて手を沿える。
 人からは鉄面皮と呼ばれるヒューだが、この時ばかりは苦々しい表情で、二本の手綱を握りながらミシェルに口を開いた。

「忘れたくても忘れられませんよ。ミシェル様のような方は、俺の知り合いにもいませんから」
「あら、それは誉め言葉ね」
「お好きにとって下さって構いませんよ」

 供の一人もつけず、こんな所まで遠乗りに来るような娘など、騎士団でもいるかどうか。
 フェイネル群島から、騎士団の視察に来た筈なのに、当のミシェルがこれでは、供もさぞかし困っている事だろう。
 王都に戻った時の事を考えるとヒューは頭が痛いが、ミシェルは全く気にした様子もなく、乗馬帽を脱ぐと、それを片手に持ちゆったりと歩みを進めた。

 ヒュー・ゴセックの出身地であるフェイネル群島では、領主であるロスマン公爵私設の船団が、王国の守護の一端を担っている。
 主力となるのは弓。それ故、群島出身者は、船と弓の扱いに足けた者が多く、ヒューも王都騎士団に入団した当初は、多くの同郷と共に、弓兵を主力とした緑雨隊に所属していた。
 それから早十五年。
 様々な理由により、現在は精鋭部隊である黒旗隊隊長補佐を務めるまでになっていたが、今でもその腕は衰えていない。
178王都騎士団【幼馴染み】2 ◆KK1/GhBRzM :2007/06/05(火) 20:49:27 ID:c5Md3Rka
 それはさておき。
 ロスマン公爵は二年に一度、王都騎士団に視察を送る。自らの所有する船団の兵の強化と、王家への御機嫌伺いの為だが、今回は少しばかりいつもと違っていた。
 多くの兵を率いて来たのは、公爵令嬢であるミシェル・ロスマン。ヒューの幼馴染みでもある。

 緑雨隊の調練に兵を参加させるだけなので、実質、ミシェルの仕事は皆無に等しい。
 昔からお転婆で有名だったミシェルに、ロスマン公爵は今も手を焼いているらしく、暫く王都を見学させて社交界を学ばせようとでも言う魂胆だったのだろう。

 しかし、それが裏目に出た。
 早くも二日目で王都に飽きたミシェルは、五日目になる今日、供の目を盗んで馬を駆り出し、王都から離れた此処まで、一人で遠乗りに来たのである。
 ロスマン公爵から預かった大切な一人娘に、何かあっては堪らないと、騎士団団長であるデュラハム・ライクリィに捜索を言い渡され、ヒューは執務もそこそこに、心当たりを探す羽目になった。

 ここからは王都が一望出来る。
 昔から、何かある度に群島でも一番高い灯台に登っていたミシェルの癖は、今もさほど代わりはないようだ。

179王都騎士団【幼馴染み】3 ◆KK1/GhBRzM :2007/06/05(火) 20:50:28 ID:c5Md3Rka

 鼻を鳴らす馬をなだめながら、ヒューはやれやれと溜め息を吐いた。

「ミシェル様、お転婆もほどほどになさって下さい。二十をいくつも過ぎたレディが、馬を駆り出すなんて、非常識にも程があります」

 言っても利かないのは分かっている。それでも言わずにはいられない。
 先を歩くミシェルは、ヒューの事など素知らぬ様子で、くるくると乗馬帽を指先で回す。

「ミシェル様」
「ミシェルよ」
「……え?」
「様なんていらないわ。昔みたいに、ミシェルって呼んで」

 足を止めたミシェルが振り返る。
 つられて足を止めると、ミシェルはヒューとの距離を詰め、頭一つ分は高い男を真っ直ぐに見上げた。

「それから、その丁寧な口調も止めてちょうだい。貴方は騎士団に入団して、もうロスマン家の臣下の息子じゃないのよ。ゴセックの名は持っているけど、私とは対等なの。そうでしょ?」
「ですが……」

 確かに、ミシェルの言う通り、一度騎士団に入団すれば、家柄も出自も関係ない。誰もが対等であるのが、王都騎士団の特徴の一つだ。
 だからと言って、他の爵位の者と対等と言うのは、些か疑問が残る。
 しかしミシェルは、まるで挑むような目付きでヒューを見上げ、その鳶色の眼差しは何処までも真っ直ぐだ。

 何とか言い繕おうとしたヒューだったが、存外強いミシェルの眼力に負け、もう何度溢したか分からない溜め息を、唇の隙間から漏らした。

「分かったよ。だから、そんな風に睨まないでくれないか」
「分かれば良いの。相変わらず、堅物なんだから」

 ヒューが観念した途端、ミシェルの表情に笑みが戻る。
 不意打ちの笑顔に、ヒューは一瞬虚を突かれたが、騙されてはいけないと、心の中で自分に言い聞かせた。
180王都騎士団【幼馴染み】4 ◆KK1/GhBRzM :2007/06/05(火) 20:51:33 ID:c5Md3Rka

「堅物で結構だ。ミシェル、そろそろ戻らないとマイルズ殿が心配する。俺は兎も角、マイルズ殿まで叱られちゃ可哀想だろ」

 好好爺のようなマイルズは、昔からミシェルの教育係として、散々彼女に泣かされて来た。
 いまだ、結婚も見合いもする気のないミシェルの花嫁姿を見るまでは死ねない、と言うのがマイルズの口癖だが、それより先に心労で逝ってしまうのではないかと、他人事ながらヒューは気が気ではない。

「もう少しだけ。どうせ明後日には、フェイネルに戻らなきゃならないんだもの。陸の景色ぐらい、ゆっくり楽しませてちょうだい」

 視察の期限は七日。
 それが過ぎれば、ミシェルはまたフェイネル群島に戻り、公爵の一人娘として周囲の期待に応えなければならない。
 こうして、何の気兼も柵もなく羽を伸ばせる時間は、いくら破天荒なミシェルでも、少ないに違いない。
 ヒューは、再び歩き出したミシェルの背を眺めながら、手綱を持つ手を緩めた。

 鐙と鞍を外し地面に下ろす。
 解放された馬は、暫し不思議そうにヒューを見下ろしていたが、やがて小さくいななくと、自由に辺りを歩き始めた。

「ヒュー?」
「少しだけだ。それから、余り遠くには行かない事。俺の目の届く場所以外には、決して行くな。分かったな」

 地面に下ろした鞍の傍らに座り込んだヒューの言葉に、ミシェルは嬉しそうに頷くと、言われた通り、そう離れてはいない場所で初春の風景を楽しみ始めた。
 草を食む馬を撫で、花を愛でる。
 そろそろ二十五になろうという年頃の筈だが、こうしていると、まだ十代でも充分に通用しそうだ。

 ヒューは鞍に片肘を預け、そんなミシェルを眺める。
 父親がロスマン公爵に遣える身で、ヒューも騎士団に入団する以前は、ミシェルの良き遊び相手ではあったが、黒旗隊に異動してからは故郷に戻る回数も激減し、ミシェルの変化を改めて目にする事もなくなった。
 小さな頃からを知る相手は、姿こそ成長はしているものの、中身は殆んど変わっていない。
181王都騎士団【幼馴染み】5 ◆KK1/GhBRzM :2007/06/05(火) 20:52:38 ID:c5Md3Rka
 栗色に輝く髪は彼女の頑な性格を表すように癖が強く、巻かれてはいるがぴょこぴょことあちらこちらが跳ねている。
 年頃の女性らしくほどよい肉付きではあるが、すらりと伸びた手足は、お茶や観劇よりも遠乗りや舟遊びを好んでいるせいか、日に焼けている。

 ──相変わらずのお転婆ぶりだな。

 思わず苦笑が漏れる。
 そろそろ縁談の十や二十はあるだろうに、変わらず少女のような雰囲気を持つミシェルは、乗馬服のスカートに付いた草を払うと、やがてヒューの隣に腰を下ろした。

「満足したか?」
「ねぇ、ヒュー」

 問掛けにも答えず、乗馬帽を手の中で玩具にしながら、ミシェルが口を開く。
 ヒューが黙って見下ろしていると、ミシェルは珍しく口籠りながら、ちらちらとヒューの様子を伺った。
 ヒューの頭の中で警鐘が鳴る。
 まずいと思う。何がまずいのかは分からないが、きっと、碌でもない事に違いない。口を開かせる前に、相手の口を封じなければと思ったが、数年ぶりの再会は、瞬発力を奪っていたらしい。

「貴方、結婚はまだなの?」

 ヒューが話題を切り替えようとするよりも、ミシェルが言葉を紡ぐ方が早かった。
 真っ直ぐに向けられる鳶色の瞳。
 昔から、この眼差しに弱かった。

「……生憎、執務で手がいっぱいだ。他に気を回す余裕もない。それより──」
「なら」

 ヒューの言葉を待たず、ミシェルが身を乗り出す。
 香水など付けていない筈なのに、瑞瑞しい果実を連想させる香りが、ヒューの鼻先を掠めた。

「まだ、あの約束は有効だと思って良いのよね」

 ミシェルの指先がヒューの腕に伸びる。
 執務中だった為、騎士団の制服を身に着けていたが、その手の柔らかさまで感じ取れる錯覚に、ヒューは体を強張らせた。

「何の話だ」
「約束したじゃない。私を貴方のお嫁さんにしてくれるって」

 忘れる筈がない。
 例え幼い頃の口約束でも、仮にも初恋の相手だ。しかし、そう素直に口にするには、自分と相手の隔たりは大きい。
 はぐらかそうとしたヒューだったが、ミシェルは形の良い眉を顰めると、思いきりヒューの腕を引き寄せた。
182王都騎士団【幼馴染み】6 ◆KK1/GhBRzM :2007/06/05(火) 20:54:04 ID:c5Md3Rka

「私は忘れていないわ。それに、約束を反故にするつもりもない。貴方がお嫁にしてくれないなら、一生、誰の物にもならないわ」
「ミシェル、今、そんな話をしてどうするつもりだ」

 倒れそうになる体を支えたヒューに、ミシェルが馬乗りになる形で顔を覗き込む。
 嫌な予感が当たって背筋に冷たい物が伝うが、ヒューは至って冷静にミシェルを見返した。
 固い巻き髪が肩から溢れ落ちる。
 真剣な眼差しに呑まれそうになり、ヒューは唾を飲み込んだ。

「どうもしないわ」

 呟かれた声は、ミシェルの勢いとは裏腹に、酷く弱い。
 二人の距離が詰まる。
 吐息も、心臓の音も、共有するかのような距離で、ミシェルは泣きそうに顔を歪めた。

「ただ、確かめたいのよ」

 柔らかな唇が自分のそれを塞ぐのを、ヒューは何処か他人事のように感じた。

 熱い舌がヒューの唇を這う。
 目を開いたままだったヒューの視界には、伏せられた瞼と長い睫が映る。
 下唇を優しく噛まれ、耳の後ろがぞわりと逆立つ。反射的に開けてしまった唇の隙間から、ミシェルの舌が滑り込み、鼻の奥に甘い香りが広がった。
 絡められる舌の甘さと意外な弾力に、ヒューはずくりと下半身が疼くのを感じた。
 それを知ってか、ミシェルは腰で円を描くようにして、ヒューのその部分に尻を押し付けていく。

「ミ、ミシェ──」

 一瞬、息継ぎのように唇が離れる。
 ヒューはミシェルの両肩に手を遣り、押し止まらせようとしたが、ミシェルはしっかりとヒューの胸許を掴んで離さない。
 鼻先がくっつく距離で、一度軽く唇を重ね、ヒューの灰色の瞳を覗き込む。

「ヒュー、愛しているの」
「っ……」

 ミシェルは潤んだ瞳で愛を告げるが、眉は寄せられ、まるで睨まれているようだ。
 しかしヒューが言葉を失ったのは、聞き慣れた愛の言葉でも、ミシェルの表情でもなく、彼女の手が自分の股間へと伸びたからだ。
183王都騎士団【幼馴染み】7 ◆KK1/GhBRzM :2007/06/05(火) 20:54:56 ID:c5Md3Rka

「ミシェル、冗談は──」
「本気よ」

 悪夢だと思った。
 反応を示し始めている部分に触れられて、何処まで理性を保っていられるか、流石のヒューも自信はない。
 理性が途切れる前に行為を止めさせたいが、ミシェルに本気で「命令」されれば、抵抗出来ないのも知っている。
 何とか彼女を押し止めようとしたが、ミシェルはズボンの上から堅くなり始めた部分を強く撫でながら、噛みつくように唇を重ねた。
 鼻に掛った吐息。くぐもった声。
 振り払えば良いのに、甘く痺れるような感覚は、ヒューの抵抗力を奪っていく。

 女に襲われるなんて情けないとか、昼日中に外で事に及ぶなんてとか。ヒューの脳裏に浮かんで消える言葉は、表に表れる事はない。

 唇を離したミシェルは、ヒューの膝まで腰の位置をずらすと、もはや隠し様もなく膨らみ始めたズボンを見下ろし、満足そうに微笑んだ。
 躊躇いなくベルトに手を掛け、ズボンのボタンを外して行く。

「ミシェル、いい加減にしてくれ」

 これ以上されたら、どうなってしまうか分からない。
 それがヒューには恐ろしい。
 だが、

「嫌よ。もう、こんなになってる」

 前を開けられ、勃ち上がった肉棒を両手で包んだミシェルは、下着の上から口付けを落とす。
 ちゅっちゅっと音をたてて、愛しげに撫で摩る姿を目の当たりにして、ヒューは全身の力が抜けていくのを感じた。
184王都騎士団【幼馴染み】8 ◆KK1/GhBRzM :2007/06/05(火) 20:56:07 ID:c5Md3Rka
 額に手を遣り、空を仰ぐ。
 指の隙間から覗く空は何処までも高く、青く澄み渡っている。

 ──頼むから、もう……。

 言葉に出来ず、ヒューは強く目を閉じる。
 それが尚、与えられる刺激を敏感にさせると知りながら。

 下着をずらしたミシェルの両手が、肉棒を握る。
 強くもなく、弱くもなく、絶妙の強さで幹を扱きながら、ミシェルは目を閉じ、先端を口に含んだ。

「く……っ!」

 思わず下腹に力が篭る。
 ねっとりと先端を舐め回し、舌を絡ませる。鈴口に差し込まれた舌はちろちろと小刻みに動かされ、幹を扱く手は更に下、陰嚢をやわやわと刺激する。
 両手を後ろに突いて、ミシェルを見下ろすと、彼女は口一杯にヒューの肉棒を含みながら、ゆっくりと顔を上下させた。

 唾液と先走りで、肉棒はぬらぬらと光っている。
 それを咥えるミシェルの頬は紅潮し、眉はしかめられている物の、彼女は行為を止めようとはしない。

「ミ、シェル…っ!」

 不意に強く全体を吸われ、ヒューの腰から脳髄に向け、痺れるような快感が走る。
 背っ羽詰まった声で名を呼ぶと、ミシェルはいっそう激しく舌を絡め、じゅぽじゅぽと淫靡な音をたてながら、肉棒を刺激した。
 絶え間ない刺激に、頭の奥が白くなる。
 喉の奥から絞り出すような声が漏れた瞬間、ヒューの肉棒はぐっと大きさを増して、滞っていた物を吐き出すように震えた。

「っ……く…ふ」

 やってしまった。
 後悔の念がヒューを襲う。
 ミシェルの口の中に全てを吐き出して、ようやく理性の糸が元に戻るが、気怠さに動く気力が湧かない。
 それでもよろよろと上体を起こすと、ミシェルは肉棒から顔を離して、苦い顔付きで口の中の物を飲み下していた。

「な、何してるんだ、ミシェル!」

 言い様のない羞恥心に、ヒューの頬が真っ赤に染まる。
 慌てて下着を引き上げてミシェルに手を伸ばしたが、ミシェルは眉を寄せたまま、悪戯っぽく笑って見せた。

「苦い」
「当たり前だ! あぁ、もう!」

 今更慌てたところでどうしようもない。
 ヒューは、ミシェルの唇の回りを拭いながら、苦々しい気持ちで彼女を見下ろした。

「ヒュー」
「何だ」

 知らず声に険が含まれるのも無理からぬ事。
 しかしミシェルは、満足そうに笑みを浮かべながら、ヒューの胸に体を預けた。
185王都騎士団【幼馴染み】9 ◆KK1/GhBRzM :2007/06/05(火) 20:57:10 ID:c5Md3Rka

「愛してるの」
「……知っている」

 幼い頃から今まで、もう何度も聞いた言葉だ。嘘偽りのない本心だと言うのは良く知っている。
 ミシェルの背に手を遣り、ゆっくりと上下に撫でて遣りながら、ヒューはひっそりと溜め息を吐いた。

「ねぇ」
「……」
「ヒューは?」

 腕の中で、ミシェルが顔を上げる。
 撫でる手を止めてミシェルを見下ろすと、ミシェルは不安に揺らぐ眼差しで、それでもやはり真っ直ぐにヒューを見つめていた。

「……何、が」

 聞き返したのは、意味が分からなかったからではない。
 今までミシェルは、想いをぶつけて来る事はあっても、それをヒューに求めて来る事はなかった。
 今の今まで、一度も。

 身分。住む世界。取り巻く環境。
 全てが違うと知っているからこそ、ミシェルは敢えて、ヒューには何も求めて来なかった。
 求めたところで、叶わぬ想いだと、何処か諦めている節もあったし、ヒューもそれは良く分かっていた。

 だが、

「お願い。嫌いだって言うなら、もう無理は言わない。だから……」

 懇願。
 ぎゅっと騎士団の制服を握り締めるミシェルの声に、痛切な物を感じ取って、ヒューは言葉を失った。

 沈黙が流れる。
 僅かに立ち上る草いきれ。微かに香る花の香り。

 互いを見つめたまま、どれほどの時が流れただろうか。
 先に視線を外したのはミシェルだった。

「……ごめんなさい」

 目を伏せ、握り締めていた両の手を解く。
 そのままゆっくりと体を離そうとしたミシェルの姿に、ヒューは酷い喪失感を覚え、思わず彼女を抱き締めた。

「……愛してる」
「……っ!」

 掠れた声は震えていた。
186王都騎士団【幼馴染み】10 ◆KK1/GhBRzM :2007/06/05(火) 20:58:10 ID:c5Md3Rka
 真っ直ぐに向けられる眼差しも、素直にぶつけられる想いも、それだけで充分に満足出来た。
 世話を焼かされても、無理難題を強いられても、それでもミシェルの事を突き放す事など出来なかった。
 いずれ、ロスマン家にふさわしい者に嫁ぎ、子を生すであろうミシェルの負担になど、なりたくはなかった。

 だがもう、躊躇いはない。

 この機会を逃せば、恐らく二度と想いを伝える事はないだろう。
 伝えない方が良いのかも知れない。
 だが、彼女を悲しませるぐらいなら、これから先の人生全てを失っても、伝えたいと思った。

「ずっと昔から。俺も、あなたを愛している」

 抱き締める腕に力を込める。
 乱れた髪に顔を埋めながら、ヒューは、決して伝える事はないだろうと思っていた想いを吐き出した。

「……本当に?」

 腕の中のミシェルの声は、まだ不安に染まっている。
 その不安を取り除きたくて、ヒューはミシェルの髪を撫でながら、一言一言を大切に告げた。

「本当だ。……俺も、ミシェル以外の物にはなりたくないし、ミシェル以外はいらない」
「……っ」

 抱いた肩が震える。
 胸に滲む涙は、伝える筈のない暖かさを伝え、ヒューは吐息を漏らしながら、ミシェルの顔を覗き込んだ。

「そんなに泣き虫だったか?」
「う、うるさいわよっ」

 ぽろぽろと涙を溢すミシェルが、愛しくて堪らない。
 流れる涙を唇で掬うと、ミシェルはうっとりと目を閉じて、ヒューの背中に両腕を回した。

 唇が重なる。
 先ほどまでの情事など無かったかのように、優しく、穏やかな口付けが繰り返される。
 少しだけ苦い唇も気にならない。
 何度も何度も、今まで伝えられなかった想いを交すように口付けを繰り返して、やがてゆっくりと顔を離す。
 ミシェルの涙はもう、止まっていた。

「さぁ、そろそろ戻ろう。あまり遅いと、マイルズ殿が心配のしすぎで倒れるかも知れないぞ」
「……それは困るわね」

 冗談めかしてヒューが言うと、今更ながら恥ずかしそうに、ミシェルはぱっと顔を背けて、ヒューの上から離れた。
 地面に落ちていた乗馬帽を拾い上げ、目深に被るミシェルは耳まで真っ赤で、ヒューはひっそりと笑いを溢しながら、衣服を直して立ち上がった。

187王都騎士団【幼馴染み】11 ◆KK1/GhBRzM :2007/06/05(火) 20:59:16 ID:c5Md3Rka

 数日後。
 騎士団団長室で、デュラハムの尻を叩きながら執務をこなしていると、不意にデュラハムが書類から顔を上げた。

「ヒューよ、聞いたか?」
「何でしょうか」

 下らない世間話に付き合っている暇はない。
 貴族評議会に提出しなければならない書類の期限は、もう数刻後に迫っている。
 デュラハムに背を向けたまま、資料棚に向かうヒューは、いつものように冷徹な声を返したが、デュラハムは気にする事なく話を続けた。

「王族評議会から降りてきてる話なんだがな」
「はい」
「近々、近隣の貴族様達から、大使を募ろうって話があるんだわ」

 それと今の仕事に何の関係があるのか。
 資料棚から資料を引き抜き、デュラハムの元へと運ぶと、デュラハムは面白そうに笑いながら、ヒューを見上げた。

「で、こないだ来たろ。ロスマン公爵のご令嬢」
「ミシェル様ですか?」
「おう。そのミシェル様、帰り際に王族評議会に行ったらしい。ロスマン公爵領地からの大使は、自分が務めますって」
「…………え?」

 思わず固まったヒューに、デュラハムはニヤリと笑って見せた。

「大使になりゃ、王都に住む事になるからな。向こうで結婚したくないから大使になりたいって、国王に直訴したらしい」

 ──……ちょっと待て。

 机に資料を乗せる途中の中途半端な姿勢のまま、ヒューの動きは完全に沈黙する。
 その様子を確認したデュラハムは、広げた書類に目を落とし、ニンマリ顔のままペンを持ち直した。

 あれから、二人きりになる機会もなく、ミシェルとはまともに話してはいない。
 だから、彼女が国王に直訴に行った事も初耳だ。

 大使を募ると言うそれらしい噂を耳にはしていたが、まさかミシェルが自ら希望するとは。

 ──しかし……遣りかねないな。彼女なら。

 納得出来る話にヒューは知らず笑みを浮かべると、曲げていた腰を直してデュラハムを見下ろした。

「忙しくなりますね」
「お前さんがな」

 二人だけの秘め事を知っている筈はないが、デュラハムは飄々とした口ぶりで、書類にペンを走らせる。
 一瞬、いつものように小言を降らせてやろうかとも思ったが、思い直してヒューは窓から見える王都に視線を向けた。

 今日の天気は晴れ。
 白い騎士団の棟が日差しを照り返し、ヒューの目に眩く映った。


188 ◆KK1/GhBRzM :2007/06/05(火) 21:00:24 ID:c5Md3Rka
以上です。

また何か思い付いたら、こちらにもお邪魔したいと思います。
189名無しさん@ピンキー:2007/06/05(火) 21:21:31 ID:tBNDf+zT
なんというドつぼを貫いた話。続きが出てくる日が来たら嬉しい。
190名無しさん@ピンキー:2007/06/06(水) 13:04:59 ID:4ZA8Skof
超GJ!です。
このシリーズ好きだなぁ〜。
こちらのスレでも王都騎士団を
読めるなんて、ほんと姉妹スレ
様さまですね!
ありがとうございました!
191名無しさん@ピンキー:2007/06/08(金) 02:23:01 ID:/bJ4Ducu
青犬も王都もGJ!!
192名無しさん@ピンキー:2007/06/12(火) 01:19:35 ID:82ReH5qj
青犬なにげに楽しみにしてた。GJ
なんかやなやつだけど、気になるんだよな大臣
193名無しさん@ピンキー:2007/06/13(水) 03:18:11 ID:Xds8QWkp
保守
194名無しさん@ピンキー:2007/06/15(金) 03:29:43 ID:9+RAlpjO
島津組マダァ?(・∀・ )っ/凵⌒☆チンチン
195名無しさん@ピンキー:2007/06/19(火) 14:09:49 ID:z+qmOWiO
公家侍秘録は面白いな
ラストが首切り門人帳から変わるのかどうかが気になる
196名無しさん@ピンキー:2007/06/19(火) 23:42:53 ID:a1pI9PQh
 新参だけれども。
 ここは百合はOK?
 一応、お嬢様とメイドの百合百合なやつ(Hメイン)を考えてるんだが……
 スレ違いなら止める。良さそうなら投下する。
197名無しさん@ピンキー:2007/06/20(水) 00:36:43 ID:e8siyFL8
>196
以前に「男主人・女従者とはスレを分けよう」って話が出て姉妹スレが立った位なので
ここは女主人・男従者が原則だと思う。

メイド出るなら>2のメイドさんスレあたりが適当なんじゃなかろうか。
198名無しさん@ピンキー:2007/06/20(水) 01:04:15 ID:gVgnTpuv
>197

感謝。さっそくそっちに行ってみる
199名無しさん@ピンキー:2007/06/20(水) 08:20:32 ID:uVV86ALh
いまさらだけど奥様とメイドがあったくらいだしお嬢様とメイドはありなんじゃね?
個人的に801は勘弁だけど百合はおけ(´∀`)

てか投下する人はお伺いすっとばして投下しちゃっていいと思うよー。

微妙に逸脱するかな?とか苦手な人いるかなってやつには注意書きいれればいいと思うし。
200名無しさん@ピンキー:2007/06/22(金) 03:58:57 ID:tAAqfXIG
保 守
201名無しさん@ピンキー:2007/06/22(金) 17:23:24 ID:GXe+GC/U
保守がてら初投下ー!
ヴァンパイアと召使い。
ジル・ジリッドとアドリアン。
202ジルとアドリアン1:2007/06/22(金) 17:24:46 ID:GXe+GC/U
「退屈だ」
 赤い布張りのソファに深々と腰をかけ、行儀悪く足をぶらぶらとさせる少女を、アドリアンは無言で見下ろした。
 金色の巻き毛は蜂蜜色に輝き、太陽を知らぬ白い肌は陶磁器のようにすべらかだ。
 夢のように完璧な桃色の頬と、紅をさしたわけでもなく紅く光るくちびる。
 白いブラウスに黒いふわりとしたワンピース、細部にわたるふんだんなレースが、
少女の可憐さを最大限に引き出している。
 まるで御伽噺のように美しい小さな主人は、その柳眉を小さく逆立てて苛立ちを従者にぶつける。
「何か面白いことはないのか」
「――ございません」
 冷静に答えるアドリアンを、少女は不満たっぷりに仰いだ。
「何か提案をするのが、お前の仕事ではないのか?」
「では、紅茶などいかがですか」
「いらん。どうせなら血が欲しい」
 そうか、と嬉しそうに少女が顔を輝かせた。
「出かける」
「いけません」
「……お前は、私を空腹で殺す気か?」
「あなたは空腹でなど死ねないでしょう。それに、20日前にたっぷりとお吸いになったはずです」
「ふん、あんなぶさいく」
「ジル」
 とがめるようなアドリアンの言葉に、ジル・ジリッドは一瞬だけバツの悪そうな顔をして
すぐに尊大な態度に戻る。
「美しいヒトの血でなくては、私の腹は満たされん」
「十分に美しい女だと、私は思いましたが?」
「なんだ、ああいうのが好みなのか」
「…………個人的嗜好は持ち込んでおりません」
「ふむ。……ここへ座れ、アドリアン」
 ジルがぽんと自分の隣を叩く。
 不機嫌な彼女に逆らうとろくなことにならない。
 室内の調度や食器が壊されないうちに、大人しくそこへ腰を下ろす。
「言っておくがな、あんな頭の悪そうな女はよくない。子宮でものを考えるタイプだぞ。
 清楚なナリをして、処女じゃないどころか色んな男の血が混じった味がした」
「ジル、お言葉にご注意を。ラインハルト様がお聞きになったら悲しまれます」
「…………ラインハルトじゃなくて、お前の話をしているんだ」
 いつかろくでもない女に捕まるぞ、と幼い外見に不似合いな物言いで、
ジルはアドリアンに鬱屈をぶつける。
 もうすでに捕まっている、と小さな主人に伝えようか逡巡している間に、
よいしょと声がして腰の上に軽い身体がよじ登ってきていた。
 アドリアンの足にまたがるようにのしかかり、向かい合わせになった。
 ジルの身体が、落ちてしまわないように背に手を回す。
203ジルとアドリアン2:2007/06/22(金) 17:26:04 ID:GXe+GC/U
「ジル?」
「大体な、どうして女ばかりなんだ。たまには少年をつれて来い」
「おや、女の柔らかな皮膚にその牙をつきたてる瞬間が悦楽であると、ラインハルト様はおっしゃっていましたが」
「だとしてもだ。いちいちお前の好みを見せ付けられているようで不愉快だ。
 いつも胸の大きな女ばかりだと、私が気が付いていないとでも思っていたか。
 この姿から成長ができぬ私へのあてつけか?」
 人形のように無表情な美貌が、恐ろしく近くにある。
 紅い双眸が怒りとも悲しみともつかぬ光をうかべ、じっとアドリアンの瞳を覗く。
「あぁなるほど。嫉妬していらしたのですね」
「……馬鹿かお前は」
「大丈夫、あなたがこの世で一番お美しい。ジル以上の美貌など、有り得ない」
「おべんちゃらは結構だ」
 暴れて飛び降りようとしたジルの小さな身体を、更に強く抱きとめた。
「離せ馬鹿者」
「……あなたが、私以外の男の口や首元にその美しいくちびるを寄せ、
 この輝く巻き毛が私以外の身体に落ちる一部始終を拝見しなくてはならぬ従者の気持ちを、
 汲み取ってはくださらないのですか?」
「……………………お前はいちいち回りくどい」
「いいじゃありませんか、なにせ時間は無限にあるのですから。
 空腹を、満たされますか?」
「……お前で我慢してやる」
 さぁくちづけを、と促すより前に、細い両腕が首にからみつき、紅いくちびるがそっと触れた。
 義父ラインハルトに間違った知識を植え付けられたジルは、血を吸う前にその者のくちびるを奪う。
 百歩譲って女性とのくちづけは目を瞑ろう。
 絵に描いたような美少年(でないとジルは見向きもしない)とジルの口付けなど、想像しただけで腹立たしい。
 ふわりとした巻き毛ごとくびすじを固定し、ジルのあまいくちびるをそっと噛んでぺろりと舐めた。
 小さな身体が腕の中でびくりと震える。
 舌を浚って呼吸を奪うように吸い上げた。
204ジルとアドリアン3:2007/06/22(金) 17:26:49 ID:GXe+GC/U
 さぁもう少し、と角度を変えたところで、もういいだろうと言わんばかりに身をよじってジルは口付けから逃れる。
 ふうと息を整えて、何も言わずに彼のタイをゆるめ、シャツのボタンがぷちんと外された。
 主人と生活を共にするため、こちらも真っ白な鎖骨が外気にさらされる。
 少女はふっと笑って、ふわりと可憐なくちびるをアドリアンのくびすじに落とした。
 細い牙が肉と血管に食い込む。
 通常の人間なら苦痛でしかないその行為は、ヴァンパイアとの血の契約を結んだアドリアンに一種の快感を与える。
 背に回した両腕に知らず知らず力がこもる。
 快感に飲み込まれたためか、愛しさからか。どちらにしろ本能だ。
 幾度かごくりと音を立てながら、ジルはアドリアンの血液を飲み込んだ。
 強すぎる刺激から開放され、ほうと息をついたアドリアンをジルのしかめっ面が覗き込む。
 彼の血に濡れたあかいくちびるが不愉快そうに動いた。
「神聖な食事だぞ。興奮するなどけしからん」
 ちょうど膨れ上がった自身が、ジルの秘部に触れている。
 アドリアンは悪びれず微笑んだ。
「まぁせっかくなので、長い夜を有意義に過ごしましょう」
 真っ赤に濡れたくちびるをぺろりと舐める。
 ジルはふるりと身を震わせたが、嫌がるそぶりは見せない。

「……………………お前で、我慢してやる」

 それはどうも、と言いかけたくちびるを、今度はジルのほうから塞ぎにかかった。
205ジルとアドリアン:2007/06/22(金) 17:32:49 ID:GXe+GC/U
以上です。
ありがとうございました。
206名無しさん@ピンキー:2007/06/22(金) 21:02:10 ID:chEFJ4+f
GJ!
読んでいてなんだかにやけてしまった
207名無しさん@ピンキー:2007/06/22(金) 21:02:46 ID:LL/yknOE
GJ…!!!!
よかったよかったーふたりとも可愛いよー
吸血鬼モノ&年齢差好きの自分にはツボど真ん中だ!
また気が向いたら続き書いてくれると嬉しいです。
208名無しさん@ピンキー:2007/06/22(金) 21:10:00 ID:chEFJ4+f
GJ!
読んでいてなんだかにやけてしまった
209名無しさん@ピンキー:2007/06/23(土) 01:25:05 ID:iMytOTU/
GJ!
従者なんだけどちょい生意気なのが面白い
210名無しさん@ピンキー:2007/06/23(土) 01:45:01 ID:i6KAaNQz
すごいどきどきした
GJ
211名無しさん@ピンキー:2007/06/24(日) 23:03:53 ID:gAew0qD+
前スレのログを持っていたので、保管庫の更新をしました。
かぎかっこがあったりなかったり、表記がバラバラになっているのはもうしわけない……。
保管ミス(文字がかけてる、など)あったら、気づいた方が修正してくださると、助かるかも。

なお、もしも保管漏れがあったら、同じく気づいた方が保管してくださいませ。


212名無しさん@ピンキー:2007/06/25(月) 02:38:44 ID:0q13+CPW
トン!
213名無しさん@ピンキー:2007/06/25(月) 03:56:53 ID:f9+84v4q
>>205
続きを。血の滴るような続きを。


そして、滑らかは「すべらか」じゃなくて「なめらか」だと(ry
この主張は(ry
214名無しさん@ピンキー:2007/06/25(月) 23:31:39 ID:s/kIG6nh
アドリアンと聞いて不死王を思い出す今日このごろ。

>>313
どっちの読みもおkじゃなかったっけ?
215名無しさん@ピンキー:2007/06/26(火) 05:39:19 ID:Uvw0kVsS
アドリアン・・・

マンハッタン・ライダー?
216ジルとアドリアン:2007/06/26(火) 14:20:52 ID:thhfdnaE
GJくれた人、ありがとう。
>>213 えと「滑らか」に脳内変換プリーズ。ごめん。

続き書いてみました。↓注意書き
・ほのぼのからは少し遠い
・雰囲気と勢いで書いてます(ヴァンパイアに詳しくないです)
・誤字脱字は脳内保管お願いします
217ジルとアドリアン2_1:2007/06/26(火) 14:22:37 ID:thhfdnaE
「……っは、ぁ……んっ……」
 口付けが深くなる度に、少女――ジル・ジリッドの息が徐々に荒くなる。
 思い通りの反応に、アドリアンの気分はどんどんよくなった。
 いささか乱暴に、黒いワンピースのバックリボンを解き、ブラウスのボタンを外して肩からすべらせた。
 露になった白い肌に、感嘆のため息を漏らす。
 陶磁器のような肌はいつもながらに美しい。
 よくもまぁ、こんなに完璧なものがこの世に存在するものだ。
 感激を表すように耳朶に甘く噛み付いて、そのまま湿ったくちびるを首筋へと滑らせる。
 肩の辺りでぴたりと止めて、食事の仕返しとばかりに軽く歯を立てた。
「……ッ!」
 牙のないアドリアンの歯では、少女の白い肌に赤い痕を残す程度が精一杯だが、それでもジルは痛みを覚えたらしい。
 小さく声にならぬ息を漏らして、アドリアンの肩に置いた手に力を込めて拒否を示す。
 意にも介さず、音を立てて吸い付いた。
 薔薇のように赤い痕が、白い肌に残った。

 はだけたブラウスをするりと腕から抜き取る。
 かすかに膨らむ乳房を包むように下から揉み上げた。
 アドリアンの手のひらに、少し足りぬ程度の大きさを彼は気に入っていたが、口に出した事はなかった。
 主の興奮を反映させるかのように桃色に色づき、僅かに硬くなり始めた先端をそっと指先で嬲ると、
ジルの身体がぴくんと震えた後に諦めたように大人しくなった。

 腰に回した手のひらで、露になった背を上下に撫でる。たったそれだけで、ジルの身体がますます熱くなる。
 熱くなりすぎた身体をもてあまし、催促をするように小さな手がアドリアンの頬に、あごに、首筋に触れ、そっと撫でた。
 先ほどジルが噛み付いた双牙の痕に触れたところで、その動きをぴたりと止める。
 爪の先でぐいと押されて、痛みにアドリアンの身体がぴくりと震えた。
 顔を上げて視線をぶつけると、勝ち誇ったようなジルの美貌が間近にある。
 すっとアドリアンは目を細めた。
「…………いけない子ですね」
 肩に触れる白薔薇の手をぎゅっと握る。
 ジルの玻璃のような紅い双眸が、僅かに驚愕の色を灯す。
 構わずに、攫った両の手首を後ろに回し、片手で一纏めにしてやった。
「アドリアンッ」
 叫ぶくちびるを、己のくちびるを重ねて塞ぎ、空いた片手で器用に緩んだタイを外してジルの細い手首にぐるぐると巻きつけていった。
「ぅ……んんッ……」
 激しさを増す口付けの息苦しさに耐えかねて、ジルの肩が大きく上下する。
 触れ合ったくちびるの隙間から、両者の熱い吐息が混じって漏れた。
 きゅ、と結び終えたところでくちびるを離す。
 ジルの潤んだ瞳が、恨みがましくアドリアンを睨みつけている。
218ジルとアドリアン2_2:2007/06/26(火) 14:25:18 ID:thhfdnaE


 抱く時は乱暴にすると決めている。
 なんてことはない、ジルが悦ぶからだ。
 いつだって、ジルには選択権がある。
 火がついてから嫌だと騒ぎ立てるぐらいなら、触れるより前にどこかに行けと命じればいいのだ。
 それなのにジルは拒否をしない。
 二度と触れるなと指図を受ければ、アドリアンはその通りにするだろう。
 だけどジルは、嫌だ止めろと騒ぎながら、最後にはアドリアンを欲しがって宝石のような涙をこぼす。

 厳密に言えば、悦びとは少し違うかもしれない。
 好きにさせてやっている、とジルに思わせることが大事なのだ。
 自分が望んでいるわけではない。
 従僕に請われ、仕方なく身体を差し出す哀れなジル。
 ラインハルトに立派な言い訳が立つ。
 だからジルは心置きなく快楽に酔える。

 もっともラインハルトは、ジルがアドリアンに抱かれようと気にも留めないだろう。
 そういう男だ。
 そんなラインハルトを、ジルは未だに心酔し、敬愛し、追慕する。
 もう忘れたと言うような事を軽く口にするが、ラインハルトの褒めた洋服を身に付け、
彼の気に入るように髪を巻き、彼の口調を懸命に真似る。
 その度に、動かぬはずの心臓がちくりと痛むのだ。
 ラインハルトとは違う方法で、
 乱暴に、
 深く深く傷をつけるかのように扱わねば、いつまでもジルの心は彼に捕われたままだ。
 アドリアンは義父ではない。
 間違えてもらっては困るのだ。


219ジルとアドリアン2_3:2007/06/26(火) 14:27:36 ID:thhfdnaE
 何か言いたげにアドリアンを睨むジルに向かって、柔らかに微笑んで軽い身体を抱き上げる。
 そのままくるりと向きを代えて、小さな身体を布張りのソファに座らせた。
 腰に引っかかったままの黒いワンピースと、その下のパニエを下着ごと軽々と床に落とす。
 白い足に残るのは、白いハイソックスと黒いつややかな靴のみだ。
 いつまでたっても慣れぬ羞恥に顔を背ける主人の前に、アドリアンは慇懃にひざまずいてジルを見上げた。
「お望みは?」
「……!」
「仰っていただかないと。不快な思いをさせたくありません」
 真っ赤に染まった顔を背けたまま、少女は横目でアドリアンを見つめる。
「ジル」
 名を呼ぶと同時に、白い足がアドリアンの横顔をめがけて飛んでくる。
 難なく受け止め、細い足首に口付けを落として熱い息を吹きかけた。
「っ、あっ……」
「お行儀が悪いですね」
 靴をぽとんと落として、白い靴下に手をかける。
 脱がされまいと暴れる足を容易に押さえつけ、するりと脱がせて白い爪先をむき出しにする。
 幼くしてヴァンパイアとなったジルの魔力は非常に微弱で、身体も丈夫ではない。
 そのため、アドリアンは従僕とは言え簡単にジルを押さえ込むことができる。
 通常の、大人の男と少女ほどの力の差があると判っているはずなのに、ジルは抵抗をやめない。
 上体を倒して、小さな爪先にくちびるを寄せた。
 そのまま親指を口に含み甘く噛み、音を立てて吸い付いた。
「ふっ、アド、リアン!」
 足の甲、踝、折れそうなふくらはぎに、ゆっくりと舌を這わせる。
 太ももにたどり着いたところで動きを止めて、ジルを見上げた。
 ふるふると快感に身を震わせながら、熱をはらんだ瞳でアドリアンを見つめる。
「ご希望は?」 
 先程までの剣呑さは多少薄れ、期待と、懇願と、諦めの入り混じった紅い双眸を濡らし、ジルは口惜しげに言葉をつむぐ。
「…………続きを……」
「続き? こうですか?」
 ぐっと身を乗り出し、存在を主張して硬く張り詰めた乳首を甘噛みする。
「んっ、ちがっ……ひぁ!」
 言葉とは裏腹に甘い響きを持った悲鳴を心地よく聞きながら、くねるジルの足に膝を割り入れる。
220ジルとアドリアン2_4:2007/06/26(火) 14:29:41 ID:thhfdnaE
 中央から湧き上がる疼きに耐えかねて、ますます腰を揺らし、
頭を左右に振りながら少女はぽろぽろとダイヤのような涙をこぼした。
「アドリアン……っ!」
「……どうなさいました?」
「アドリアンッ、やっ、も……アドリアン!」
「ほらほら、泣かないで。……触れて、欲しいんでしょう?」
 汗ばむ額を撫でながら耳元で低く囁けば、子犬のようにすっかり従順な瞳で、ジルは力なく頷いた。
 ご褒美とばかりに口付けを落とし、アドリアンは満足げに微笑む。
「差し上げますよ、さぁ足を開いて」
 従者の言葉にジルは、涙が溢れる瞳を見開いた。
 だけどすぐに諦めたかのように瞼を伏せて、ゆっくりと、その羽のように白い両足を開く。
「……いい子ですね、ジル」
 眼前に現れた花芯はすでに蜜があふれ、刺激を欲しがってひくひくと蠢いている。
 長い指で花弁をなぞり、ぴちゃりと卑猥な音が大きく響くように愛撫を始める。
「ぅ、んん……あぁ! やだっ!」
「あぁこんなに濡らして。我慢が出来なかったのですね」
「ちが、う……だめ、あっ」
 もっと、とせがむ様に腰を浮かせ、頭を振りながら言葉にならぬ嬌声を上げる。
 それに応じるべく唾液をたっぷりと溜めた舌でぴちゃりと秘肉に吸い付いた。
 同時に前置きもなく内部へと指を進入させる。
 アドリアンの指に食いつかんばかりに、ジルのそこは収縮を繰り返す。
 緩慢に抜き差しを繰り返せば、主の口からさらに大きな悲鳴が漏れた。
 逃れようと引ける腰を押さえつけて、執拗にジルを追い詰める。
 少女のすべてを征服したようなこの瞬間に、アドリアンは興奮を隠し切れない。
「いやだ………いや、ああぁっ!」
 甲高い声と同時にアドリアンを咥え込む秘部の収縮がいっそう激しくなり、やがてジルの身体がぐったりとソファに沈む。
 アドリアンは満足げに頷き、ぐるりと内部で指を回し、ジルの身体がびくりと震えたのを確認するとその指を引き抜いた。
「ぁ……ん」
 名残惜しげに、ジルは鼻にかかった吐息を漏らす。
221ジルとアドリアン2_5:2007/06/26(火) 14:31:09 ID:thhfdnaE
 肌に張り付くシャツと膨張を圧迫する衣類を脱ぎ捨てて、人形のような裸体をひょいと持ち上げる。
 赤いソファにどっかりと腰を下ろし、自身の上にジルを跨がせた。
 主人の両手を縛るタイを軽い音を立てて解く。
 手首に残る、極上のワイン色の痕に、そっと口づけた。
「…………覚えて、いろよ、お前なんか、嫌いだ……」
 整わない息で、ジルが懸命にアドリアンを睨む。
 無論、忘れるつもりはない。
 ジルのすべてを、この身に記憶させるつもりだ。
 両手で押さえつけた腰を、ゆっくりと自身に押し付ける。
「はぁ……あ……ッ!」
 ぬるり、と少女の秘部に押し入る触覚に、アドリアンは益々身を硬くする。
「あぁっ、アドリアンっ……んん!」
 懸命に名を呼ぶ少女の口にそっと口付け、
「ほら、どうです?」
 余裕を込めて、耳元で吐息を漏らす。
「ぅん、やっ……あああっ」
 律動を激しくさせれば、赤いくちびるから漏れる声が一層大きくなる。
 その声に得も知れぬ充足を感じながら、
主を己で満たすためにアドリアンは腰を震わすのだった。


222ジルとアドリアン2_6:2007/06/26(火) 14:32:19 ID:thhfdnaE
*

 青白く輝くジルの顔を覗き込み、そろそろ目を覚ましそうな気配にアドリアンは安堵する。
 どれだけ肉体の苦痛に苦しみながらも、ジルは己の生命の灯火を消す事は叶わない。
 誰かに殺されれば楽になれるのかもしれないが、
アドリアンがジルを守る以上それは不可能だ。
 ラインハルトはそのためにアドリアンを残したのだ。

 激しく交わった後に、ジルは必ず昏睡のような長い眠りに付く。
 体力を回復させるための本能だろうが、
アドリアンはこのままジルが目覚めないのではないかと毎度不安に駆られる。
 一度眠れば、短くとも5日は目を覚まさない。
 今回はもう10日目だ。
「ジル……可愛いジル・ジリッド」
 不安ならば、身体を重ねる事を止めればいいだけだ。
 そうできぬ己の弱さも重く身に刻んでいる。
 胸の上で両手を重ね、ぴくりとも動かず眠るジルの額に口付けを落とした。
 眠るジルは幸福そうだ。
 アドリアンにも、ラインハルトにも縛られず、夢も見ない深い眠り。
「…………私だけの、……ジル……」


223ジルとアドリアン2_7:2007/06/26(火) 14:33:34 ID:thhfdnaE
*

 ぼんやりと意識が覚醒する。
 重い身体をゆるゆると起こせば、霞がかった意識に従者の笑顔が映る。
「おはようございます。よう眠っておられました」
 小さく首をふり、意識を失う寸前の情事に思いを馳せる。
 記憶をたどる途中でアドリアンと目があった。
 心配そうに微笑む彼を見て、何故こいつだけこんなに元気なのだと腹立たしく思う。
 きっとアドリアンは、ベッドの上でジルの生命力を吸い取っているに違いない。
 そうでなくとも常に手酷く扱われ、もう二度と抱かれてやるものか、と毎回思うのだが、
一体アドリアンはどんな魔法を使うのか、触れられるだけでどうしようもなく身体が熱くなり、
持て余してしまって自分ではどうにもならない。
 結局、態度の大きなこの従者にすがるしかないのだ。
「どのくらい眠っていた?」
「ほんの10日ほどですよ」
 たったの10日か、とジルは失望する。
 10日の間にラインハルトは帰ってきただろうか。
 いや、起こされなかったということは、彼は依然行方不明のままだ。
 もっと、1年とか10年とか、100年の眠りに尽きたいのに、弱い体力がそれも許さない。
「お食事を、なさいますか?」
「……いらん」
 空腹は感じるが食事を取る気力も体力もない。
 小さく頭を振ると、アドリアンの手がそっとジルの額を撫でる。
「では、ホットチョコレートなどいかがですか?」
 ぶつけた瞳を逸らさぬまま頷くと、従者はほっとしたような安堵の表情を見せる。
 すぐに準備いたします、と部屋を出て行こうとするアドリアンに、ジルは声を掛けた。
「アドリアン」
「はい」
 白いシャツに黒いタイをきっちりと着込んだアドリアンが、ドアの前で優雅に振り返る。
「さっき、」
 ――何か、言わなかったか。
「?」
 ――愛とか、なんとか。
 胸のうちで纏めた言葉は、思いのほか馬鹿馬鹿しく、ジルは口をつぐんだ。
「いい、なんでもない」
 チョコレートと同じ色の髪を揺らして、従者は首を傾げる。
 だがすぐに気を取り直したかのように、ジルの嫌いな慇懃な姿勢と微笑を見せる。
「すぐにお持ちいたします」
「…………うん」
 アドリアンがすぐ、と言ったならば、すでに用意は出来ているのだろう。
 本当にすぐに、チョコレートは運び込まれるに違いない。
 それまではもう少しまどろみに身を預けようと、ジルは紅い双眸をそっと閉じた。
224ジルとアドリアン2:2007/06/26(火) 14:34:43 ID:thhfdnaE
以上です。
ありがとうございました。
225名無しさん@ピンキー:2007/06/26(火) 14:37:59 ID:Xff/1n64
いやー、GJ
こんな昼日中にリアルタイムで頂きました。
ジルの紅眸が、濡れているのが目に浮かぶ。
ありがとうございました!
226名無しさん@ピンキー:2007/06/26(火) 22:30:07 ID:9FVAaSPr
GJ!
ファザコンなジルたんと微黒なアドリアン、どっちもいいキャラ出してるなあ
227至高の薔薇:2007/06/27(水) 05:58:55 ID:N+hWEqda
GJ!

素晴しい、と思いつつ投下
228至高の薔薇:2007/06/27(水) 05:59:55 ID:N+hWEqda

予定されていた案件を全て決裁し、当主―インヘルトは出席した面々の顔を見回した。
「これで必要案件は終了したわけだが…なにかあるか?」
「当主」
「なんだ?」
「何故、その男がここにいるのですか」
インヘルトの隣に座すフラウの背後に、一族ではないスヴァンが控えていることに不快感を露にしつつ、壮年の男が問いかける。
「フラウの、次期当主の要望だ。これより先、ずっと側に控える」
「なっ!?その男は!」
淡々としたインヘルトの返答に、その壮年の男は顔色を変えた。
その男は、と続けようとして、フラウの一瞥を受けて黙り込む。
スヴァンはフラウの護衛ではあるが、ただ、インヘルトとフラウに気に入られているに過ぎないのだ。
一滴たりとも血を引いていない男が控えるなど、そう許せることではない。
彼らにとって、血族以外がこの場にいることなどあってはならない。
ましてやスヴァンは――。

「これは決定事項だ」
ざわざわとざわめくなかにインヘルトの声が響く。
当主の決定であるから従わなければならないが、そう易く従えるものでもない。
「……言いたいことがあるなら、はっきりおっしゃい」
是とも否とも言えずいると、鈴を鳴らすような凛とした声音が零れた。
「フラウ様」
「なにかしら?」
「何故、この場にこの者をお許しになったのですか」
「私の側近にするからよ」
「畏れながら、それは…」
「血族から選べと言いたいの?」
「はい」
「血族というだけの馬鹿は私には必要ないわ」
「フラウ様、お言葉が過ぎましょう」
「何故?血統だけを重んじて潰えた家は多いわ。そうならないようにするのは当主の義務ではないかしら?」
「っ…」
正論をぶつけられ、二の句が継げない。
血に頼って潰えた家を、彼らはフラウ以上に知っているのだから。
「私の寝室に忍び込んだりするような馬鹿も、要らないわ」
「ほう?…それは報告になかったな」
「していませんもの。あまりにもくだらなすぎて」
くつくつと楽しそうに笑う父にフラウは答えた。
その、くだらないと評されたことで子を失った者たちは唇を噛み締める。
「ではそろそろ定めてはどうだ?無為に失うのもつまらないからな」
「……伴侶ですか?」
「そうだ。そうすれば煩わしいのが少しは軽減されるだろう?」
嫌そうに顔を顰めるフラウにインヘルトは苦笑を零す。
フラウの思惑とスヴァンの想いを知っているし、理解しているので急かすつもりはない。
つもりはないが、そろそろあちこちが五月蝿い。できればこの機に黙らせてしまいたい。
「私、結婚しません」
「夫を迎えないというのか。では跡継ぎはどうする?」
「……子の父親に、スヴァンを指名します」
229至高の薔薇:2007/06/27(水) 06:01:41 ID:N+hWEqda
やはりか、とインヘルトは思う。
フラウの思考についていける者が血族にはいない。
しかし、スヴァンはフラウの目を見ただけでそれらを汲み取ることができる。
当然のこと、フラウが命じるまで動くことはないが。
仮にフラウの許しなく動くことがあっても、フラウの不興を買うことは決してない。
優秀な子を望むフラウがスヴァンを指名するのは、インヘルトの想定範囲内だった。
想定内のこととはいえ、すぐに「許す」と返答してやってはいちいち五月蝿い輩が揃っている。
「なりません!!」
どうしたものかとインヘルトが暫し逡巡していれば、金切り声にも似た声が上がった。
それを意に介することなく、フラウは首を傾げた。さらり、と夜の底の闇の髪が流れた。
「何故?スヴァンより優秀な男がいるかしら?」
「その男は闇市で買われた人間ではありませんか!」
「それが?」
インヘルトとスヴァン以外が絶句したのを感じ、フラウはきょとりと首を傾げた。
それがどうしたと言うのだろう。不思議でならない。

これも社会勉強の一つ、と幼い頃父に連れられて行った闇市。
そこでたしかにスヴァンは、競りにかけられていた。
虚ろで澱んだ目をする者の中で、一人だけ目を引いた。
銀灰色の髪と澄み渡る水の色の瞳の、静謐な印象を受ける自分よりいくつか年上だろう子供。
人を売り買いするのはあまり気入らなかったが、父親に競り落としてもらった。
どうだろう、叶えてくれるだろうか、と思ってねだってみればあっさり叶えられた。
父は、何にも興味を示さなかった聡過ぎる娘がようやく興味を示した、とでも思ったのかもしれない。
綺麗な生き物だと思ったから、どうしても欲しかったのだ。
それは例えるならお菓子やおもちゃを欲しがるのと大差なかっただろうと思う。

「私は、スヴァンを伴侶に選んだのではないの。私の子の、父親に選んだだけ」
スヴァンを伴侶にするつもりは無論のことないし、他の男を伴侶に迎える気もさらさらない。
一番優秀な子供が生まれる可能性を考え、その筆頭がスヴァンであった。ただ、それだけのこと。
「―――スヴァン」
「はい」
待たせることは罪悪であるとでも言うように、即座に返答する。
「お前の望みは何?」
「何も。何もありません。フラウ様のお側にあり、フラウ様をお守りできるならば」
「それだけでいいの?」
「はい。他に何を望めと仰せになるのか、私にはわかりません」
本当にわからない、と首を傾げてスヴァンは答える。
本能とさえ言えるほどの恋情。息をするより容易く、募り続ける。
見返りを求めることのないそれは、どこか崇拝にも似ているかもしれない。
募り続ける恋情は、フラウの側にあることでしか満たせないのだ。
「そう。では、私は何?」
「フラウ様は私の主。生涯かけて私がお仕えする方です」
230至高の薔薇:2007/06/27(水) 06:02:43 ID:N+hWEqda
愚問だと、改めて聞かれるまでもないと思いながらもスヴァンは答える。
今日からお前は私のために生きるのよ、と言いながらフラウがスヴァンをじっと見つめたときから決めていた。
教えられる全てを余さず解する頭脳を待ったこと、フラウの側近くにあることができたことは僥倖と言える。
蔑視を受けることはあるが、インヘルトとフラウに気に入られているためにささやかな嫌がらせはあっても虐げられることはない。
間違いなく、あの場で売られていた者の中では最上の位置にいるはずだ。
「では、私の子は?」
「フラウ様の御子も、私の仕えるべき方です」
「――父親が誰であっても?」
「はい。フラウ様の血を継いでおられるのであれば」
「それがお前を父親とする者だとしても?」
「御子の父親がたとえ私であっても、フラウ様の御子ならばお仕えするべき方に変わりはありません。
父親が誰であるか、ということよりもフラウ様の血を引かれる、ということが肝要かと」
父親が誰かという論議など、くだらない。それは誰でもいい。
フラウの腹から生まれる者なら、それだけで価値があるのだから。

「当主、いかがいたします?」
フラウはインヘルトに問いかける。
しばらく考えるそぶりを見せ、インヘルトは決定を告げた。
「許可する。……しかし不満もあるだろう。ならば、その不満を排除するがいい」
それは、邪魔ならばスヴァンを消せ、と言っているのと同義だった。
フラウはそれを予想していたから驚くことはなく、容認の意味で頷いた。
無論、スヴァンも動じることはない。否などありはしない。スヴァンの命はフラウのものなのだから。
231至高の薔薇:2007/06/27(水) 06:08:02 ID:N+hWEqda
会議終了。
次はエロ予定。
232名無しさん@ピンキー:2007/06/27(水) 13:13:04 ID:5WKODDgw
スヴァンは従者の鏡ですねw
233名無しさん@ピンキー:2007/06/28(木) 07:32:41 ID:uzGu8UwJ
>>224
GJ!です。ジルたんのプライドを尊重してちょっぴりSな
アドリアンに萌えますた。
この二人の出会いとか、義父ラインハルトが何でいないのか
とか、気になります。
それにしてもラインハルト、血を吸う前にキスしなけりゃいけ
ないなんて、なんつーこと教えるんだw

>>231
これまたGJな作品キター!
姫様のセリフが格好良いですね〜!
次回投下も楽しみにしています。
234名無しさん@ピンキー:2007/06/28(木) 18:01:35 ID:yTgqqcFV
投下ラッシュ来てた(・∀・)

腹黒従者も従順従者もどちらもモエス!
続編期待してます。
235青犬 大臣編(中):2007/06/30(土) 00:02:55 ID:rMNfPi9p
たかな…でも、ぼくにじゃなくて、姫に付き合ってあげればいいのに
…いいよ。***との方が、楽しいし
--……ありがとう
なんだよ今さら。おれそーゆーのだめなんだよ。バカ笑うなよ恥ずかしいだろ。
--でも!あなたは――――
(でも?なんだ?きこえない)



膜で覆われたような、すべてが不鮮明な夢をぼんやりと思い出した。薄いカー
テンの向こうに青と灰の中間色の景色が、段々と明るくなってゆく。
ああ、紅茶がのみたい。
私はそう呟いて上掛けを頭まで引き上げる。それから香る、花の香りがすこし
気になった。
その中で伸屈をくりかえしていると近くから「っ…なぢ、でる」女の不明瞭な
声が聞え、
近づいてくる気配がした。むき出しの肩に女の冷たい手が触れて、不意に肩が
揺れる。
「おはようございます。でも、まだ早い時間ではありますから、ゆっくりなさ
ってください。もうすぐお茶も入ります、いかがですか?」
「*****?」
聞きなれた声に返事をした。まだ覚醒しきらない片目では、女が部下であると
わからず鼻が触れ合う位置にきて、はじめて確認できた。
「なぜ?という顔をなさらないでください。ここは仮眠室なんですから」
やわい手が頬にふれた。この女は変な女だ。ゆうべ、射殺さんばかりに睨みつ
けてきたというのに、今は不思議な笑みを浮かべて私に語りかけている。
私には女の笑みが何を示すのかがわからなかった。あいつならわかるだろうか。
いや、あいつにもわからないのだろう。
…つーかわかって欲しくない。
鼻からたれる液体を拭うこともせずしまりの無い顔をし、意識のない他人にま
たがりその男を剥こうとする女の思考など……!
「ちょ!暴れないで下さいっ、こわいことなんてないんですからねっ、気持い
いことなんですよォ!ひとっつ」
「になってたまるか変態女」
首に幾筋もの髪が触れて総毛立つ。
「…!なっななめていいですか」「い"っ!!やめなさいって!」
本当にもうこいつはわけがわからない。
食い込むほどに肩を強く掴まれる。護身の応用だろうか、うまく身体は縫い付
けられて、上の女をどかそうにも力が入らない。
「*****?」
また襲われるのかと思えば、それ以上の動きはなく。長い髪が、女が影となり
私からは女の顔が見えない。
爪が首に、一本かかる。その指が付け根から、這い上がり耳元を彷徨い、止ま
る。その指の下に自身の拍動を感じた。
「*****?」
「……***様は、あの方らをどうなさるおつもりですか」
目を細めて女を見るが、やはりよくは見えない。私は自分の首を覆う女の手に
同じ様にして重ねる。
「どきなさい」
女は僅かだが、身を引く。だが、動揺した様子ではない。
「では!」
鋭い声だ。…私の知った女の声ではなかった。
女が知らない私があるように、私が知らない女もあるのだ。そうじゃないか。
あれだけ、…だったのに。彼女は私の手を離れていたじゃないか。
喉を反らして、女を見据える。女は一瞬たじろぎ、吐き出した。
236青犬 大臣編(中):2007/06/30(土) 00:04:55 ID:rMNfPi9p
「あ、あなたはどうするつもりですか…」
意図がわからなく、眉が寄る。
「あなたはどうなさるんです!いっ、いつものように他人事ですますおつもり
ですか…!」
「そうですよ。答えたのですからこれで満足でしょう?どきなさい」
剣幕は普段とはまったく違ったが、睨めば怯むのはいつもの通りで、その隙に
上体を起こして逆転する。ベットが二人分の重みに悲鳴をあげ、ゆれた。
白いシーツに黒髪が広がるのはなかなかの眺めだが、残念なことにそういう場
面ではない。、そう思って自分は色狂いなのかと、口を歪める。
女の何かを探るような顔が、愉快だった。この女はこういう表情の方が、そそ
る。目を合わせて、時間が止まったかのように。
「……妹君ではありませんか」
消え入りそうな声で女は言い、目を伏せた。
「おまえが、どこでそういうことを仕入れたかは知りませんが。***という
人物は、確かに素性が判っていますね」
すっと、身を引いて女から遠ざかる。眼鏡、はどこだろうか。
「過ぎたことは忘れなさい、それがおまえのためでもあるのですよ」
ベットからすこし離れたラックの一番上の段に見つけて、眼鏡を着ける。それ
でも健常には程遠いが、必要なものは充分にみえる。
扉に手を当てた際、後ろから声が聞えた。
「でも!あなたは――」
言葉の途中で扉を閉める。すべてはおまえの望みの通り、私には女の言葉の続
きを知っているし、はぐらかさずに答えるつもりもある。大丈夫だ。そんな目
で私を見なくともあと少し付き合おう。
だが、思い出してくれ。おれはおまえのように辛抱強くないのだ。



上物のドレスを着ても、流行りの髪型にしても、白粉をいくらはたいても醜い
ものはみにくい。悪臭一歩手前の香水に鼻が曲がりそうだ。
「閣下?」
いぶかしげな中年女の声に、表情を作る。すると嫌でも目に入る、脂肪のかた
まり。
唇で緩やかに弧を描いて、吐き気がする程の甘い声を。
「いかがなさいました、奥様?」
厚く塗られた絵の下の中年女の頬が紅潮する。パタパタと仰ぐ扇に、広がるね
っとりとした匂い。
「・いいえ、なんでもありませんの」
「何を仰いますか、そんな表情をされては訊かぬ訳にはいきません。どうか奥
様。その曇りを拭い去ってしまいましょう?せっかくの美貌がそれでは台無し
です」
ぶよぶよと太った手に触れ甲に口付けて、見上げて微笑む。自分の言葉に吐き
気がする。猫のように目を細めて、どこだかわからぬような顎を掴んで覗き込
む。すると中年女は目を伏せて、ふっと息をつく。いまさら娘ぶったって獰猛
な目は隠されない。醜い、だけだ。
抱き寄せた中年女の手のひらがシャツ越しに胸に触れた。
「ねえ、奥様――僕のお願い叶えていただけました?」
にごった瞳を覗き込んで、もちろんこの中年女が好む無邪気げな笑みを浮かべ
る。弛緩していた中年女の顔が俄かに音を立てて固まった。
237青犬 大臣編(中):2007/06/30(土) 00:05:45 ID:rMNfPi9p
「…ええ。………離してくださる?それについてお話しがありますの」
常ならばそのままに唇を重ね、男をむさぼるような情交を求めるというのに。
手を握られ、スツールに即される。
床に膝をついた中年女が、眉をよせて私をみあげる。
「わたくしは、あなたを手放すことにしました。口惜しいですわ、時間が。あ
なたは、あの娘はだんだんと美しくなったというのにわたくしだけ。あと十若
かったならば、と何度思ったでしょう。でも十も違うとわたくしはあの時のあ
なたを、今までのあなたを愛せなかったし…難しいものだわ」
一拍置いて、またグロテスクな唇が大きく開く
「―あの件については既に実行してあります。火がつくのはそうね…二月もか
からないと思いますわ。……本当にこれが最後です。もうあなたには関わりた
くありませんの」
中年女はゆっくりと立ち上がり扉に近づいていく。すると今まで見ていたかの
ように中年女の付き人が外から扉を開け、進路を作った。いつもながらに見事
である。
「感謝しています」
「…そうかしら」
中年女は私を一瞥し、ひらひらと振れる手に嫌悪を顕わにし出て行った。
扉が閉じるのと同時に私はそれと反対方向の窓へ向い、風にゆれるカーテンを
勢いよくあける。
「――ばれて、いましたか」
胸の高さの窓の向こう側に、縮みこんだ男が居た。ばつの悪そうな声を上げ、
立ち上がる。
「覗きとは趣味が悪いですね」
「大臣殿の趣味も…」
「選り好みできませんでしたからね」
窓に持たれかかると、新鮮な空気が身体に纏わりついたあの香水の匂いをぼか
すようですこし、気分が良い。
それにしても――
「何故、ここに」
睨みつけるように男に目をやれば、男は疲れたように首を横に振った。
制服にはなにかしらの葉に泥はねが、少々。
「猫です。あ、えっとお猫様を追いかけていました。陛下が拾われたという
…」
「…ああ、あのまったく懐かない。私は知りませんよ、だからさっさと別のと
ころへ行きなさい」
それこそ猫を追い払うようにして、男に手の甲を向ける。男は瞬間固まり、意
味を理解したのだろう、露骨に眉間を寄せた。
立場が悪いというのに、このバカ正直な反応。…彼女が気にかけるはずだ。
そっくりすぎて、本当にいやになる。
彼と彼女の言動がゆっくりと目の前の男に重なって行き、ため息とも自嘲とも
取れるような息が吐いた。
そしてふと、思い出す。先日渡した、雑草汁・漢方風。
別の人物の嫌がらせに作ったものの、不発に終わってしまったものだったが。
この男はあれを飲んだのだろうか。あれはそれなりに手間がかかっているのだ
が…
「君、この前の飲みました?」
終に気になって、尋ねてしまった。私も男もあまり会話を続けたくないと思っ
ているのに。負けてしまった、好奇心に。
・・・
沈黙を置いて、男は言って逃げた。
「飲んでません」
・・・・・・・・・・・・つまらない。
238青犬 大臣編(中):2007/06/30(土) 00:07:03 ID:rMNfPi9p
*

 彼女は頭までシーツをかぶり、まるまっていた。
名前を呼んで、ベットの上のふくらみのすぐそばに腰掛ける。彼女には一切触
れず、もう一度名前を呼ぶ。
「――悩み事でも?」
盛大にふくらみが揺れ、それに自然と噴出しそうになる。おかげで息がすこし、
詰まったがどうにか堪えて返事を待つ。
「わ!…笑うなよ」
彼女のあせった言葉に口が弧を描くのを充分に自覚した。どうせ彼女からは見
えないだろうし、今さら取り繕う必要も無いだろう。
「努力は、します」
「……ぅ、やっぱり言わない!言わないったら言ーわーなーい!!本人目の前
にして誰が言うもんか!」
「…へぇー」
彼女はまだ気がつかないようだ。迂闊な発言にみじかい感想を述べ、足を組み
直すと音を立ててベットが軋んだ。
ほのかに顔を赤らめた彼女が、戻るバネのようにいささか奇妙な動きで跳ね起
きる。
これまた、ギギギとぜんまいがたらないような動きで私と顔を合わせ、叫ぶ。
「今のはナシだ!悩み事もないの!女王様は今日も元気なんだな!ホーラ大臣
くん良い天気だぞーぼく今日もがんばっちゃうぞー」
彼女の奇怪な動きはまだ続く。シーツを芝居がかった様子で私に投げ、下着姿
のままそこから飛び出し、厚いマットを蹴り跳躍、顔面より落下。
受身くらいとれないものだろうか。
彼女は痛むであろう額をさすりながらも、涙目の笑顔でベランダに駆け寄る。
この間ふらついていたようにも思えるが、気のせいにしたい。
そして勢いをつけてカーテンを開くと共に大きめの声で再度彼女は言う。
「ホーラ今日は良い天気だぞ!!」
窓の外はすでに茜も終わりで、青みを帯びた夜の空が腕を広げている。
宵の空は明確な表現も印象も持てず、曖昧だ。
いつだったか、あの空の色を彼女は名づけたはずだ。どんな名だっただろうか
…思い出せない。
「ほ、ホラ!この絶妙なコントラストがっ!」
彼女が私を振り返り主張する箇所を力強く指差すと、雲もないというのにサァ
ーっと軽い音の雨が唐突に降り始める。
何を思ったか、彼女がガラス戸を開け放つと冷たい風が吹き付けた。
「っ!さむっ」
両肩を抱き彼女は戸を閉じようとベランダに出、濡れていたのだろう。コント
のように転げた。
「天気がいいのはわかりましたから。怪我はありませんか?さっきぶつけた額
は?」
霧雨だが充分にそれは冷たく、それに薄着で当たっていた彼女はもっと冷たか
った。転げたままの姿勢で空を見上げる彼女の腕を取る。
「中に。身体を壊しますよ」
ぼんやりとした反応を返す彼女を抱き上げ、室内に戻ろうと立ち上がると、彼
女は首に腕をまわし子供のようにぴったりとくっついた。
「おふろ」
「そうですね、髪、洗ってあげましょうか」
「うん。めいれいしちゃおうか、しちゃおう」
雨にあたり、わずかに湿った彼女の髪をかき上げ額と額をあわせた。
239青犬 大臣編(中):2007/06/30(土) 00:08:08 ID:rMNfPi9p
ここからならば、彼女の瞳が良く見える。あの、宝石に良く似た。
「洗うだけですからね」
「なんで?一緒に入らないの?」
近すぎて彼女には合わないのだろう。少しばかり離れて、私の頬に触れた。
不思議そうな顔をする彼女の額に軽く口付け、私も思案顔をする。
「そうですね、一緒に入りましょうか」
「そうかーだれかと一緒におふろなんてなんねんぶりだろーなー?もしかして
ないんじゃないかなー?」
確かに。立場から世話係以外と入浴するなどなかったか。
「ノノコはなーアヒルを持っていくんだがー」
ぐるりと首を巡らすと、棚の上黄色い人形のアヒルの流し目とばっちり目が合
い、彼女の言葉を理解する。

温かな湯で、細かに立てた泡を流す。彼女のやわらかい髪は、比較するものが
無いのだが、洗いやすく指どおりの良い質であった。
長い髪をひとつにあつめ、かるくしぼるとそれだけで水が随分と出てくるもの
だ。
どうにか見よう見まねでまとめ、彼女を浴槽へ入れた。
自身の身体を洗うが、普段やらぬし、見えないしで随分と戸惑った。
彼女の髪を洗うのにも数倍神経をやったが、入浴とはこのようなものだったか。
浮かべてあった何かの花を彼女はその髪に一輪挿し、その隣に浸かった私の耳
横に同じものをかけようとして、やめた。
代わりに肩に手を置き、こめかみに唇で軽く触れる。
「ぼく…***が兄様だったらよかった、って」
彼女は手持ち無沙汰気に手の中の花を弄ぶと、ぽいっと外に投げ捨てた。
私は近くの彼女の表情よりも、遠く霞んで見えない水の重みに潰れた花を追っ
た。あれは、どんな花だったのだろうか。
「だって***と兄妹だったら、***が王様だよ?絶対そっちのほうがうま
くいくもん。それに」
近くを漂う同じ花を手にとって、観察するがわからない。
「キョウダイってずっと一緒なんでしょ?カゾクってずっと一緒にいてもいい
んでしょ?」
「それは――少し、違うんじゃないでしょうか」
小ぶりな花のじくらを抜き取って、彼女の耳にそれをかける。金に淡い色の花。
彼女の髪色に合わせるなら、もう少し濃い色の花が良いだろうか。
「違うの?じゃあ、ぼくと***がキョウダイでもずっと一緒にいられない
の?」
「どう、でしょう。――でも私たちはもう、兄妹にも家族にもなれませんね」
「じゃあ!じゃあ…」
何かに恐れ、震える彼女のまぶたにキスをすると、腕頭部分に食い込んだ指の
力がゆるくなりすんなりと離れた。
彼女はきっと、ひとりになることを恐れているのだろう。
だが、これは私の憶測だ。本当に彼女がそれを恐れているのかはわからない。
ひとりがいやなのか、ずっとでないことが我慢なら無いのか、だれか離れてい
くのが耐えられないのか、それとも――
彼女は泣いた。
いつものようにぽろぽろと涙をこぼすのではなく。子供のように、私にすがっ
て声をあげて泣いた。
いかないで、おいてかないで、みすてないで、ずっと、ずっと、と。


――彼女はすべて知っているのではないのだろうか。

                    →後編
240青犬 :2007/06/30(土) 00:12:33 ID:rMNfPi9p
保管庫トントン!
データなくしたんで助かりましたー

ラッシュのラッシュで主従の良さを再確認してま
241名無しさん@ピンキー:2007/07/02(月) 00:29:31 ID:lZXU6ge+
>>240 

お? 最初のモノローグみたいなのが、なんか意味深だ?


後編楽しみにしてます。
242唯一:2007/07/07(土) 02:49:30 ID:hLhvIwCR

「んっ、んんぅ」
激しく突き上げながらアルスレートは唇を離した。
「いい、ですよ?」
うねり締め付ける壁に絶頂の兆しを感じ、そう告げる。
背に腕を回し、しがみつきながらファリナは首を振った。
「強情な方、ですね」
苦笑を口元に上らせながら胸を揉みしだく。
それは少々手荒だが、すでに快楽に蕩ける身体には甘い刺激にしかならない。
「ああ、そうでしたね」
納得したようにアルスレートはファリナの背に腕を回し、繋がったまま抱き起こした。
「あぁっ!」
自重によって更に奥深くまでアルスレートを受け入れる形となり、ファリナは嬌声を上げて仰け反った。
「貴女は、こちらのほうが好きでしたね」
くすり、と、笑みを零しながら耳朶を甘噛みする。
耳を舌で弄り、肉芽を押し潰しながら数度突き上げると、限界だったファリナは容易く絶頂を迎えた。
ぎゅぅ、と、締め付ける壁に達してしまいそうになるが、アルスレートはそれを押さえ込んだ。
「…っ、ま……また……」
「……これに懲りたら迂闊なことは言わないことですね。私のような、餓えたケダモノには」
その言葉に、ファリナはぼんやりと快楽に蕩ける鈍った頭を何とか働かせようとした。
しかしなにも考えられない。目の前の愛しい男のこと以外は。
快楽に浸り潤むファリナの瞳に、あまり考えられないのだと思い、アルスレートは笑う。
「私にあわせたら、貴女は持ちません。それにそんな心配しなくても、ちゃんと満足していますよ」

満足しないはずがない。
幾度となく身体を重ね、ファリナの身体に快楽を教え込んだ。
今では、その意図を持って触れるだけで容易く悦楽を感じるようになっている。
自分の望む通りの反応を返す、素直で従順な身体に満足しないわけがない。
さすがに思うがまま抱くわけにはいかないので、多少なりとは控えているが。
それがファリナにとっては不満らしい。これ以上、どう溺れろというのか。本当に困った方だ。

243唯一:2007/07/07(土) 02:50:29 ID:hLhvIwCR


「そうですねぇ…少し、趣向を変えてみますか」
くたりと凭れかかるファリナの身体から昂ぶったままのものを引き抜く。
その際、いやだと、離したくないと抗議するように壁が震えた。
まったく淫らな身体になったものだと思いながら、ファリナの身体を横たえ、うつ伏せにする。
髪を除けて項に舌を這わせると、ファリナが不安がるように視線だけをアルスレートに向けた。
「大丈夫、怖いことではありませんよ」
宥めるように言いながら、腰を高く上げさせる。
力の入らない身体では逆らうこともできずにファリナは寝台に頬を寄せ、弱々しく敷布を掴んだ。
泡立ち濡れ光る蜜と、内腿を伝う、アルスレートの精。
羞恥に震え、揺らめく腰。
誘うようなそれに目を楽しませ、アルスレートはファリナの背に覆い被さった。
アルスレートの昂ぶりがあたり、ぴくりとファリナは震えた。
潤んだ瞳で見るファリナの唇をぺろりと舐め、アルスレートは嫣然と微笑んだ。
「こう、しましょう…ケダモノらしく、ね」
「ぁ、あぁッ!」
ぐっと無遠慮に押し入られ、ファリナは嬌声を上げて仰け反った。
幾度も咥え込み、絶頂を迎えて蕩けるそこは難なくアルスレートを迎え入れた。
しっかりとファリナの腰を支え、ケダモノらしく、という言葉通りに獣のように荒々しく突き入れる。
がくがくと揺さぶられるままに、ファリナの肩がシーツに擦れる。
ひっきりなしにファリナの口から嬌声が零れ、びくびくと壁が蠢いてアルスレートに甘い酩酊を与えた。
ファリナが髪を乱して快楽を貪る様を楽しみ、曝される項に、背に、いくつも口付けを落として鬱血を残す。
視線を落とすと、白く泡立った蜜を絡みつかせて激しく出入りする自らのものが目に入る。
それにどうしようもないほどの愉悦と征服感を覚える。
悦楽に嬌声を上げて身も世もなく悶えることを教え込んだのは自分なのだ、と。
「あ、ぁ、あぁ…は…っあ!」
「言葉を、忘れてしまった、んですか?」
くすりと笑んで、肌がぶつかる音が響くほどに更に激しく律動を繰り返す。
「あ、はぁ………ん、あぁぁ!!」
再び絶頂を迎えたファリナの内壁の強烈な締め付けにアルスレートは小さく呻き、今度は抑えることなく欲を放った。


244唯一:2007/07/07(土) 02:52:23 ID:hLhvIwCR



ばさばさと羽音を立てて、窓辺に鳥が止まった。
眠るファリナの髪を梳き、その寝顔を楽しんでいたアルスレートは身を起こす。
窓辺に歩み寄り、鳥を指先に止まらせて撫でると一枚の紙に変化する。その紙に目を通した。
「!!」
ひどく簡潔に、三行で書かれていた内容に驚き、次いで顔を険しくする。
「……少々、急ぐ必要がありますか……」
なるべく手は出したくなかったが、こうなっては致し方あるまい。
急がせて、どうしても手筈が整わないとなれば、こちらで城内を混乱させてやるしかないか。
手を出して混乱させると言っても、城門を開けて招き入れ、王の退避路を塞ぐ程度だが。
取れる手を考えながら、ファリナの眠る寝台に歩み寄った。
きしり、と、小さく寝台を軋ませて腰を下ろす。髪を梳いて一房持ち上げ、口付けた。
覆い被さるようにファリナの顔の両側に肘を付く。額の髪を除けて口付ける。
「ん…」
微かに瞼が震え、ゆっくりと露わになる、アルスレートの気に入りの色。
柔らかく口元を笑ませ、アルスレートはファリナの唇を覆った。
アルスレートが何度も触れるだけの口付けをすると、ファリナは腕を首に回してねだるように薄く唇を開いた。
その誘いに応じることなく、アルスレートはファリナの唇を甘噛みして離れた。
「アルスレート?」
寝起きのせいでもあり、散々啼かせたせいでもある掠れた声に怪訝そうな色が混じる。
常ならば、アルスレートはファリナのねだる通りに口付けをくれるのだ。
なのに、今はそうではなかった。アルスレートの表情も、違う。疑念を持つのは当然だった。
訝しげな表情のまま、ファリナはアルスレートの言葉を待つ。                                                                                       
「知らせが、ありました」
「知らせ?……何があったのだ?」
「陛下が崩御なさいました」
「父王が…そうか。では兄上が…」
「…兄君様は、ご重体です」
「何故だ!?」
父王のことはわかる。民には隠されているが、ずいぶん前から患っており、そう長くもないだろう、と典医が言っていた。
だからこそ、父王崩御にはさほど驚きはしなかった。
だが、世継ぎの君である兄は健康であったはずだ。
245唯一:2007/07/07(土) 02:53:24 ID:hLhvIwCR
「そこまでは…。ただ、貴女にお戻り頂けるよう、請願がありました」
「……それほどに、悪いのか…。だが、私でなくともあれがいるであろう?」
「おそらく、弟君様はかねての態度を崩しておられないのでしょう」
「順に、というあれか」
「はい」
「あれも可笑しなところで律儀なものよ。嫁した者を順に入れる必要もなかろうに」
ファリナが苦笑と共に言えば、アルスレートが当然とばかりに答える。
「兄君様も弟君様も…そんなこと、認めておられませんよ」
「………認めておらんのか?」
それは初耳だ、と、そういわんばかりの表情。その表情を見ながら、彼らの言葉を伝える。
「ええ。必ず取り戻す、奪われたままにしておくものか、と」
「奪われた、わけではないのだが…?」
「同じことです。……我々にとっては」
「そう、なのか?」
「そうです。貴女が何もするなと、そう仰ったから、何もしなかっただけです」
そう。ファリナが、何もするな、と、我が国の安寧だけを考えよ、と、そう言ったから、皆それに従っただけだ。
臣下も国民も、どれほどの者が現状に納得しているだろうか。いないだろう、とアルスレートは思う。

「そうなのか…」
ファリナは嬉しそうにうっすらと笑みを零した。
「貴女が思う以上に、貴女は皆から愛されているんですよ」
私を含めて、と、ファリナの耳元に囁き、抱き起こす。
縋り付くようにアルスレートの首に腕を回し、ファリナはしがみついた。
擦り寄り甘えるような仕種をするファリナに薄く笑み、その身を抱き上げて膝に乗せる。
しっかりと抱き合いながら、言葉を交わすでもなく寄り添う。
求め合って身体を重ねることも勿論好きだが、こうして存在を確かめるように抱き合うのも愛おしい、と、アルスレートは思った。


「姫様」
ゆったりとした時間に身を委ねていると、どこか焦ったような声が寝所の外から聞こえた。
人を訪うには少し早い時間であることに、アルスレートは眉を寄せた。
夜毎、と、いえるほどにアルスレートがファリナを抱いていることを侍女たちは知っている。
国元であったなら隠す必要もないが、ここではまずい、と、ファリナの部屋に近づく者を悉く排除していた。
身支度が整うまで、寝所に、室内に、足を踏み入れることはないのだ。
なのに今、こうして訪いを告げるとは――。

「寵姫セラフィナ様、お越しでございます」
その言葉に、アルスレートは慄然とした。
246唯一:2007/07/07(土) 02:56:17 ID:hLhvIwCR
寵姫来襲。

247名無しさん@ピンキー:2007/07/08(日) 00:56:40 ID:U1YEnfos
>>242-245
お待ちしてましたあああ!!
248名無しさん@ピンキー:2007/07/08(日) 02:01:33 ID:cikTVn2u
さりげに気になってた寵姫キター
正座して続きをお待ちしております!
249お嬢さまと主治医:2007/07/09(月) 16:38:56 ID:t5Bs7WaP
お嬢さまとお嬢さま専属の主治医投下します。
250お嬢さまと主治医 1:2007/07/09(月) 16:41:14 ID:t5Bs7WaP
 月明かりの眩しい夜だった。
 庭の一際大きな木の根に腰を下ろし、ぼんやりと月を眺めるカーティスに向かって、一人のメイドが駆けていく。
「ドクター・カーティス。こんなところにいらしたのですね」
 立ち止まり、彼女は息を切らせてカーティスに声をかける。
「お嬢様が大変です」
「発作か?」
 途端に眉を寄せて表情を引き締めるカーティスだが、彼女はゆっくりと首を振る。
「いいえ。まあ、ある意味では発作のようなものかもしれませんが」
 要領を得ないメイドの言葉に、カーティスは合点がいったと頭を掻く。つまり、いつもの癇癪を起こしているということだ。メイドが慌ててカーティスを呼びにくるのだから、今夜はすこぶる機嫌が悪いらしい。
「そうか。仕方ない。姫君のご機嫌伺いに行こうかな」
 立ち上がり、カーティスはズボンについた汚れを手で払った。


 扉の前まできて、カーティスは自身の認識の甘さに愕然とした。
(すこぶるどころか……別人のように訂正だな)
 扉を開いて中を覗けば、胸まで伸びた髪を垂らしたネグリジェ姿のミュラが手当たり次第に物を壁に投げつけている。
「あー……レディーにあるまじき行為はその辺にしておいた方がいいんじゃないかな」
 おろおろとしながらもミュラを止めようとしていたメイド数名とミュラがカーティスを振り返る。
「後片付けが大変だよ」
 メイドはまるで救世主を見るような目でカーティスを見上げ、ミュラはカーティスを見つけた途端にベッドへ座り込んでシーツを頭から被ってしまった。
「ドクター、お嬢様をお願いします」
 メイドたちは深々と頭を下げ、次々に部屋を後にした。
 ぱたんと扉が閉まり、部屋にはミュラとカーティスの二人だけが残される。
 カーティスは寝台へ近づき、ミュラの隣に腰を下ろした。
「今夜は月が綺麗でね、つい外に出てぼんやりと眺めてしまったよ」
 カーテンを開いたミュラの部屋の窓からも月明かりが煌々と差し込んでいる。
「風も心地よくて、実にいい夜だ。君もそうは思わないかい?」
 ミュラからの答えはないが、カーティスは取り留めのない話を休むことなく続けた。
 そうして一人で話し続けること数分、ようやくミュラがか細い声でカーティスの名前を呼んだ。
「私、死ぬの?」
 震える声にカーティスは眉根を寄せる。
251お嬢さまと主治医 2:2007/07/09(月) 16:43:22 ID:t5Bs7WaP
「もうずっと長い間兄様たちと離れて暮らしているわ。でも、どうして私の体は私のいうことをきいてくれないの? どうしてすぐに苦しくなるの?」
 ミュラの声はだんだんと大きくなり、彼女の感情が再び高ぶっていくのがわかる。
「アシュレイ、私は死ぬの? このまま、何も知らずに死ぬの?」
「大丈夫」
「嘘! 嘘よ! 嘘よ、嘘……あなたもハーネスもいつもそう言うわ。でも、今日も胸が苦しくなった。ちっとも大丈夫なんかじゃないわ」
 ミュラは膝を抱えて、その膝に顔を埋める。
(それは君が私の言うことをきかずに庭を駆け回るからだよ)
 ミュラの頭からシーツを外し、カーティスは彼女の頭を大きな手で撫でる。
「君は死なないよ。私が死なせない。大丈夫。昔と比べればずっと丈夫になってきてる。昔はこんな風に暴れたりもできなかったじゃないか」
 ぽろぽろとミュラの目から涙がこぼれる。
「アシュレイ」
「だから、大丈夫。それでも怖いなら物に当たるんじゃなくて私に言いなさい。君が怖くなくなるまで側にいてあげるから」
 カーティスの指が目尻に触れ、涙をそっと拭ってくれる。
「ずっと?」
「ああ、ずっと」
 いつもならばそれで満足して眠りにつくミュラが今日はそれでも不満げにカーティスを見上げた。
「それはドクターだから?」
 カーティスは絶句した。
 その沈黙をどう受け取ったのか、ミュラは落胆した表情でカーティスの腕を振り払った。
「……出ていって」
 全身で拒絶を示すミュラにカーティスはどうしたものかと困惑の表情を浮かべる。
「あなたなんか大嫌い。嫌い。大嫌いよ」
 ベッドに突っ伏してミュラは泣く。
 声を上げないようにしながらも肩は大きく震えているし、泣いているのは一目瞭然だ。
 カーティスは深々と溜め息をついた。
 ミュラが好意を寄せてくれるのは知っていた。そんなことはもうずっと前からわかっていた。
「嫌い……嫌いよ」
 だからといって、どうしろというのだろう。
 カーティスがミュラに抱く感情は男が女に抱く愛情だ。愛しているからこそにすべてを奪いたい。自分だけのものにしたい。
(君が私を好きなのは知ってるけどね)
 しかし、ミュラがカーティスを慕う気持ちは娘が父親を思うものに近い。真偽は定かでないが、カーティスはそう思っている。
(私が君を抱きたいと思ってるなんて知っても君は私を好きでいてくれるのか?)
252お嬢さまと主治医 3:2007/07/09(月) 16:45:43 ID:t5Bs7WaP
 ドクターだから、などとそんなのは詭弁だ。ミュラの側にいるためのいいわけにすぎない。
「どうか、顔を上げて」
 けれど、ミュラは言葉通りに受け止める。それでいいのだと思っていた。
「泣かないで。君の泣き顔は見たくない」
 そっと身を屈め、ミュラの後頭部に口づける。
「愛しているから、どうか……」
 ぴくりとミュラの体が震える。
「アシュレイ?」
 カーティスは観念したように肩をすくめる。
「愛しているよ。男として、君の側にいたい」
 のろのろと体を起こし、ミュラが呆けた顔でカーティスを見上げる。
「う、嘘よ。私が泣くから、そう言うのでしょう?」
「私が冗談で女性に愛を語らうような男に見えるのかい」
「だ、だって、いつも、ドクターだからっていうもの」
 ミュラは駄々をこねるように首を振ってカーティスの言葉を否定する。
(これはなかなか疑り深い)
 カーティスはミュラの頬に手を添え、頬や瞼、唇をなぞるように触れていく。
「どうしたら信じてもらえるのか教えてくれる?」
 徐々に頬を赤く染めながら、ミュラはカーティスを見つめる。
「じ、じゃあ、あのき、き…………キス、して」
 真っ赤に染まったミュラの頬にカーティスの唇が触れる。そして、額、瞼と啄むように唇が触れる。
「そうじゃな……んッ」
 最後に唇が重なり、触れるだけの口づけをカーティスはミュラに捧げる。
「これで信じてもらえたかな」
 キスをしてカーティスへの気持ちが恋ではないとミュラが気づくのではないかと少しばかり不安を覚えてはいたが、カーティスは微笑んでミュラの顔をのぞき込む。
「あ……だ、だめ」
 ふるふると首を振るミュラをカーティスは不思議そうに見下ろす。
「愛してるってもっと言って、私が信じられるまで。それから、き、キスも」
 ぎゅっとシャツの袖を握りしめられ、カーティスはミュラを抱き寄せる。
「愛してる」
 耳元に囁きを落とし、そのまま耳朶を噛んで、首筋に触れる。
「愛してる」
 唇を重ね、下唇を挟んで舌でなぞる。
 何度も触れ、舌でなぞり、ミュラの体から力が抜けきったのを確認してから咥内に舌を差し込む。小さな舌をつつき、吸い、深く深く口づける。
 ミュラのための息継ぎに唇を離す度に愛を囁くのも忘れない。
 くったりとして動かなくなったのを確認し、カーティスはようやくミュラを解放した。
「まだ、足りない?」
 蕩けきった顔のミュラにカーティスは問う。
253お嬢さまと主治医 4:2007/07/09(月) 16:46:28 ID:t5Bs7WaP
 カーティスの言葉を何度も反芻し、ようやく意味を理解したミュラは真っ赤な顔で首を振った。
「そう。信じてもらえてなによりだよ」
 ちゅっとこめかみに口づけ、カーティスはにっこり笑む。
「あ、私も……あなたが好きよ、アシュレイ」
 ごにょごにょと呟くミュラを見下ろし、カーティスは愉しげに口角を上げた。
 こうなったからには逃すまい。例えミュラが父親に少し毛が生えた程度の愛情でカーティスを見ていたとしても、離れられなくしてしまえば問題はない。カーティスはミュラを自身の腕の中に落としてしまう方法を笑みの裏側で考え始めるのであった。


おわり


254名無しさん@ピンキー:2007/07/09(月) 19:37:19 ID:ch7y+2Ba
GJーーー!! GJだよーーー!!
ミュラかわいい、かわいいよミュラ。

カーティスの確信っぷりもすごい。
従者の方が上手なのがスキだ
255名無しさん@ピンキー:2007/07/10(火) 00:42:04 ID:URqdAj/D
( ´_ゝ`)フーン
256名無しさん@ピンキー:2007/07/11(水) 01:13:55 ID:QZPwzm5q
最近はドSな従者が多いですねw
イイヨイイヨー!(・∀・)GJダヨー!
257名無しさん@ピンキー:2007/07/11(水) 19:35:23 ID:pLy/4cs9
毎日雨ばかり降りやがる…まるで女の涙みてぇによォ
…ってなわけでアニキ、島津組最終話お待ちしておりやす。
258名無しさん@ピンキー:2007/07/12(木) 09:16:03 ID:SbaSGO6n
寵姫も主治医もGJ!従者主導権は良い!
楽しませてもらってます。

島津組もお待ちしていますぜ兄貴。
二人の行く末が気になって気になって。
259島津組組員:2007/07/16(月) 23:49:23 ID:Xr2JKpxM
台風、地震と天災が続いていますね。
被害に合われた方へお見舞いを申し上げます。

さて、「涙雨恋歌 第6章 慈雨」を投下します。
今回は今までと違い、章の中で主人公が変わりますので、その切り替えごとの投下といたします。
3〜4回に分割することになる予定です。


ではまず「涙雨恋歌 第6章 慈雨」の1節から4節までを。
260涙雨恋歌 第6章 慈雨 1:2007/07/16(月) 23:55:58 ID:Xr2JKpxM
1.

 十二月に入り、島津組も師走さながら日々のシノギに組員たちは今まで以上に追われて過ごしていた。
 その上、本部仕事をいくつも島津が引き受けてきて、その対応にも当たることになった辻井の激務ぶりは、他の組の幹部が「大丈夫か」と本気で心配したほどであった。
 幹部の心配の通り、辻井は休みなしでここ数ヶ月を過ごしている。だが病気になるわけでも衰弱するわけでもなく、それまでと変わらず、淡々と毎日を過ごしていた。
 シマ内にいる時は必ず島津は辻井を新居へ誘う。彩の作る夕食をとりながら、ふたりで打ち合わせをするためだ。
 だが、どこにいてもひっきりなしに島津と辻井の携帯電話は鳴り続ける。ふたりの実力のうちが見える一面でもあった。


 島津の新居はマンションの高層階、メゾネットになっている一室にある。二階部分は島津の書斎、彩の書斎、ふたりの寝室、最近は辻井が主に寝泊りしているゲストルームがあり、尚が上に来ることはめったに無い。
 島津と辻井は食事が終わると、二階の書斎にあるソファで酒を飲みながら、会話をすることが習慣になっていた。
 彩は島津のシノギ、組ごとには一切口は出さないが、請われれば自分なりの意見や感想を言う。客観的な感想を聞ける、貴重な人材としてふたりは彩を重宝していた。
 その日もふたりはあれこれと組内の話をしては、普段他の人間には言わない愚痴を、彩に向かってこぼしていた。
「オヤジめ、どこまで俺がやれるかってのを、試してやがるんだ。俺は渉外委員でも、ましてや渉外委員長でもねえっつーの。ただの理事だ、ただの。渉外委員の仕事やらせんなってんだ」
「他の幹部たちに見せつけてるってのもあるんでしょう。来年には、引退者が続出するらしいじゃないですか」
「まあな。人事の季節はいろいろ面倒なこったぜ」
 ぶつぶつ文句をいいながらも、嫌がるそぶりはみせない。ここでの働きが、将来の出世に関わってくるというのは身にしみているからだ。
 出世レースに絡んだ足の引っ張り合いは、当たり前だが極道社会にもある。むしろ、出世レースに負けると巻き返しが利かないことが多い分、ヤクザの出世レースの方がカタギのそれよりも厳しいかもしれない。
 島津の功績は文句のつけようがない。組織の上部へ収める会費はきっちりと納める。組の仕事は失敗したことがない。縄張り内で揉め事を起こすこともない。むしろ島津組の戦闘能力を恐れて他団体や外国人たちも借りてきた猫状態だ。
 なんといっても、東征会の存続の危機と言われた抗争を勝利で収めたことは、組織内に島津の存在を光らせることになった。
 金だけか、という揶揄もそれ以来ぴったりとなくなった。戦闘能力や交渉能力も高いことを証明して見せたからだ。
 そのため、もともと島津の実力を買ってくれていた木崎以外の誠道連合の最高幹部でも、島津を認めている者は大勢いる。認めている者がいるということは、逆に脚を引っ張ろうとする者も多いということだ。
 ここで脱落するわけには、いかないのだ。走り始めたら、止まるわけにはいかない。止まった瞬間に誰かに追い越され、その差はよほどのことがないと詰まらない。
「俺は止まったら死んじまうマグロかっての」
 飲んでいた酒を呷り、島津が自嘲した。
「うちは本家の鉄砲玉じゃねえっつーの。そのうちなんの関係もないとこのマチガイ(抗争)まで、やらされるんじゃねえだろうな」
 ボソリと呟いた島津の言葉を聞き、例えそんなことがあったとしても、それはそれでいいじゃないか、と辻井は思っていた。
 そうしたら、その組ごと飲んじまえばいいだけのことだ。縄張りを力で奪うことは関東ではタブーとされている。だがいくらでも理由も格好もつけられるだろう。
「――お前、俺の頭ン中まで読むなよ?」
 なんのことはない、やはり島津も同じ事を考えているのだ。
「なんのことでしょう」
「これだよ」
 顔を見合わせて肩をすくめて笑う。どうせなら、てっぺんまで行けばいい。背中の龍のようにオヤジが天まで昇りつめるためなら、なんでもやれる。
 島津がテレビのリモコンを取り上げ、電源を入れた。話はこれで終了、ということだ。
261涙雨恋歌 第6章 慈雨 2:2007/07/16(月) 23:57:36 ID:Xr2JKpxM
2.

 点けたテレビには、クリスマスツリーが映っていた。
 十二月二十六日は瀬里奈の誕生日だ。毎年ならクリスマスと誕生日とをまとめたプレゼントを贈るために、瀬里奈に欲しいもののお伺いを立てていた頃だ。
 今年はそれもしないだろう。もうプレゼントを贈る権利は自分にはない。やることがひとつ減ることが、こんなにも寂しいことだとは、思ってもいなかった。
 そんなことを思っていると、書斎の扉がノックされた。
「なんだ、尚。まだ寝てねえのかよ」
 彩が開けた扉から入ってきた尚は、やけに神妙な顔つきで、父の前に立った。
「親父。瀬里奈、このままでいいのかよ」
「ああ? 何言ってんだ?」
「あいつ、向こうでもまたイジメにあってるって。母さん、心配してる。友達もできないし、毎日家で泣いてるって」
「それがどうかしたのか」
「こっち、戻してやれねえのかよ。せめてこっちなら、イジメはないし、万理ちゃんは転校しちまったけど、他の友達もいる。オレもいるし……」
 尚がそこまで一気に話した時、島津がグラスをテーブルに音を立てて置いた。
「こっちに戻してな、お前や俺や辻井があいつ守ってやんのは簡単なんだよ。でもな、それじゃあ、あいつはいつまでも逃げてばっかりだ。駄目だ。いくらお前の頼みでも、駄目だ」
 大人の空間にガキが入ってくるんじゃねえよ、彩、連れ出せ、と島津が彩に手を振って言う。
「本当にそれでも父親なのかよ! 娘がイジメられてんだ! しかもテメエのせいで。テメエがヤクザじゃなきゃ、そんなことにもなってねえんだ。なんとかしてやろうとか、思わねえのかよっ!」
 扉の前で尚が振り向いて島津に叫ぶ。
「尚くん。それ以上はやめておきなさい。言い過ぎですぜ」
 辻井が釘を刺した。
「戻ってきたいなら戻ってきたいってよ、自分で俺に言ってくりゃあまだ考えてもやるけどな」
 尚の背中に向かって独り言のようにして言い、空になったグラスを辻井の前に押しやった。辻井はそのグラスに氷と酒を足し、島津に渡した。
 扉のところで彩が尚に何か話しかけ、納得いかないようなそぶりを見せる尚がようやく階下へ去っていったのを見て、島津は彩に言う。
「彩、俺の携帯、持って来い」
「――はい」
 彩が差し出したプライベート用の携帯電話を島津は受け取った。メモリーを探り、機体を耳にあてる。
「おう、瀬里奈。元気にやってか。今年は何がいいんだ」
 先ほどまでの苦い顔とは裏腹に、普段どおりの声で島津が受話器に向かって話している。辻井はそ知らぬふりをしてテレビを見つめた。


「ああ、俺は元気だ、問題ねえ。そうか、お前が元気ってんなら、大丈夫だな。
 いや何、尚がよ、お前がこっちに戻ってきたほうがいいんじゃねえかなんて言うからよ。駄目だからな、お前、自分でそっちに行くって決めたんだろ。戻るなんて許さねえぞ」
 島津は何食わぬ顔をして言い放った。辻井は、心配そうに島津の顔を覗く彩と目を合わせ、何も言うなと首を小さく横に振った。何か考えがあるはずなのだ。俺のオヤジは、考えなしに娘に電話をしたりはしない。
「お前はな、友達や男や俺や辻井から逃げてそっちへ行ったんだ。逃げんのも一度なら認めてやる。だがな、二度はダメだ。――でも、じゃねえ、甘ったれんのもいい加減にしろッ!」
 大音量の怒鳴り声だった。事務所で若い衆を怒鳴る声に比べればまだ可愛いものだが、それでも今まで怒鳴られた経験などないであろう娘にとっては、恐らく震え上がるほどの声だ。
「逃げてばっかりじゃ、なんも始まらねえぞ。立ち向かえ。お前は俺の娘だ、やりゃあできる。こっちにゃお前の部屋はねえからな」
 ブツっと電話を切ると、今度は自分の秘書兼ボディガードの澤村に電話をかける。京都へ行くためのスケジュールを調整しろと指示を出して、また切った。
「チッ、妙に疲れたな。寝るぞ」
 言い捨てて、島津はベッドルームへ消えた。
 辻井は、瀬里奈をいじめているクラスメイトのことを調べるよう、夏目へ電話をかける。わかりました、と夏目は言い、他に調べさせていた件を報告した。
「そうか、今、そこにいるのか。わかった、伝えておく」
 酒類を飾り棚にしまってから、辻井もゲストルームのベッドに横になった。
262涙雨恋歌 第6章 慈雨 3:2007/07/16(月) 23:59:12 ID:Xr2JKpxM
3.

 翌日、澤村が瀬里奈の誕生日である十二月二十六日の午後から半日を、なんとか確保したと報告した。
「親分、半日ですが、京都への日程確保いたしました。浅草での義理の後、そのまま東京駅へ向かいます」
 この過密スケジュールの中、よくやったと辻井は褒めたが、半日と聞いた島津は澤村をじろりと睨んでため息をついた。
「なんだよ、半日じゃあ、観光もできねえじゃねえか」
「も、申し訳ありません」
「しゃあねえな。お前じゃそれがせいぜいか?」
「まあまあ、オヤジ、いいじゃありませんか。この年末に、よく調整できましたよ」
 辻井が仲裁に入らなかったら、島津はずっとブツブツ文句を言い続けていたに違いない。
 親分は別に観光がしたいわけではない。これが島津なりの愛情表現だと、辻井は澤村を慰めた。


 その晩、いつものように島津と辻井は彩の夕食をとりながら、話をしていた。そこへ、アルバイトを終えた尚が戻ってきた。
 冷蔵庫からコーラのペットボトルを取り出した尚に、島津が話しかけた。
「尚、今まで瀬里奈がいたのに今はひとりで寂しいだろ。クリスマスプレゼントに、いやお年玉か、まあなんでもいいや。妹か弟、欲しくねえか?」
 ぶっとコーラを吹き出して、尚は島津と彩を交互に見る。
「は?」
「お前が欲しいってんなら、いっちょ真面目に励んでみるぜ?」
「オレの返事は関係なくいつも励んでんだろうが」
「おいおい、覗きはよくねえなあ、尚」
「誰が覗くかよッ! 彩さんがおめでただってんなら普通に祝福するよ。けど、そんなこと言ってる暇があんなら、瀬里奈連れ戻してこいよ」
 コーラを飲み干して、尚は呟いた。
「しつこいやつだなお前も。俺はあいつは苦手なんだよ」
 辻井は島津に見えないように笑った。島津の周りにいる女の中で、唯一島津が苦手としているのが娘の瀬里奈だ。瀬里奈は島津の前だと子供らしい感情を素直に表現する。それをどう扱っていいか戸惑っているのだ。
「かまってこなかった罰だな、罰。つーか。どっかに隠し子がいたとかそういうんじゃねえだろうな?」
 島津に掴みかからんばかりに尚は迫る。
「心配しなくても、俺はどうも種なしらしいから、隠し子も妹も弟もねえよ」
「種なし……? だって、オレと瀬里奈がいるじゃねえか」
「おお、そういやそうだな。お前らはあれだ、都の執念なんじゃねえか?」
 父の言葉がどこまで真実なのか図りかねている顔をしながら、尚が言った。
「紛らわしいこと言うんじゃねえよ、クソ親父」
「親に向かってクソとはなんだ、尚ッ!」
「クソじゃなきゃアホだ」
 島津の怒鳴り声を無視して、尚はダイニングを出て行った。
 尚の姿が消えると島津は大きなため息をつき、お茶を持ってきた彩を見上げた。
「お前はいらないのか?」
 横にいる彩の腰を抱いて、島津が言った。おなかに顔をつけ、軽く口づけている。彩はトレイごとテーブルに置き、微笑んだ。
「子供?」
「ああ」
 島津を見下ろしながら彩は島津の髪を撫でた。前髪をかきあげて、額の傷に指を這わせる。
「――ふたりもいれば、十分じゃない?」
 おなかに口づけていた顔をあげた島津が、彩を見上げてにやりと口の端を上げた。
「お前、俺の頭ン中、読むなよ? そんな奴ァ、辻井だけで十分だ」
 何を考えて尚にあんな話をしたのか、何をしに京都へ行くのか、おぼろげながら理解できてきた辻井は彩と顔を見合わせて微笑んだ。
263涙雨恋歌 第6章 慈雨 4:2007/07/17(火) 00:04:21 ID:IAz5eMkV
4.

 クリスマスイブ。
 東京最大の繁華街、S街も様々なカップルやグループで賑わっていた。イルミネーションは光り輝き、道は人で溢れかえっている。
 残念ながら雨が降っているが、恋人同士には雨もまた恋を演出する小道具になるだけだろう。ホワイトクリスマスじゃなくて残念だ、という程度だ。
 どこもかしこも浮かれた空気のS街の中にある島津組の事務所も、街の雰囲気と同じように浮ついていた。集まっている若い衆たちは、今日のデートの予定を話しながら時間を潰している。そんな中に会食から島津が帰ってきた。
「なんだお前ら、当番でもないくせにこんなところでダベってんなよ。女のひとりでも抱いてこいっての」
 ほれ、と分厚い財布ごとその場にいた若頭補佐の桜井に渡し、ソファーへどっかりと腰を下ろす。
 人が街に溢れるほどいるということは、トラブルもいつも以上にあるということだ。島津組の電話が鳴る。あっちの店で暴れているやつがいる。こっちの道で喧嘩が起こっている。
 夜も更けてくるにつれて、そういうヘルプの電話がかかってくる。その度に若い衆が飛び出していく。
 若い衆とすれ違いで、大きな百合の花束を抱えた伊達が事務所に入ってくるなり、島津は鼻を押さえた。
「花の匂いがくせえぞ、伊達。こんなところで油売ってねえで、とっととスイートホームへ帰りやがれ」
 しっしっと手を振って伊達をいなす。伊達は薄く笑いながら、事務所の金庫と帳簿をチェックするためにデスクに座った。事務局役の組員が伊達に報告を始める。


 しばらくしてパソコンの前にいた伊達が、眼鏡を外して胸ポケットにしまった。
「親分が帰れっていうから、おいとまするか」
「百合ちゃんによろしくな」
「兄弟だけだぞ、あの子を百合なんて呼ぶの。おかげで自分で自分のことを百合って言い出して、困ってんだよ」
「俺の影響力を思い知ったか、ザマーミロ。大体な、リリィに毎年、百合の花束持って帰るお前のセンスも十分クセェから安心しろ」
 リリィは去年ハタチになった伊達の幼妻だ。伊達は今年四十五歳だから、二十五歳の年の差だ。リリィが日本へやってきた頃から可愛がっていた島津が、ふたりの結婚の話を聞いて本気で悔しがっていたのを、辻井は鮮明に覚えている。
 メキシコに旅した時に出会った歌姫の娘だということだが、詳しいことは辻井は知らない。母が生まれ故郷のスペインへ戻った時についていき、酒場で踊り子をしていたらしい。ダンサーのしなやかで強い体と、褐色の肌が印象的な少女だ。
 島津は、置いていたピンクの花束を伊達に渡す。
「なんだ、これ?」
「ネリネっていうんだと。別名、ダイヤモンドリリー。イベリアの姫君にどうぞ」
 ぷっと吹き出し、腹を抱えて伊達は笑い出した。
「お前も大概クセェよ」
「叔父貴、車、準備させました」
 辻井が言うと、ふたつの花束を持って伊達は帰っていった。
 イベリアってなんスか、という小さなざわめきを聞き、島津は頭を振った。
「だーから、お前ェらは女にモテねえんだ、アホ。新聞くらい読め」
 新聞のクイズかなんかっすか、カシラ。ぼそ、と訊かれたが、辻井は肩を竦めて無言を通すことにした。


「今何時だ」
 読んでいる新聞を下ろせば時計は目の前。自分の左腕には腕時計。だが、島津は新聞を下ろしたり腕を上げたりはしない。
「九時半っス!」
 若い衆が怒鳴るようにして答える。
「俺は帰る。後は頼んだぞ」
「はい!」
 車の用意、できました! という声を聞いて立ち上がった島津が辻井にボソリと言った。
「今日はお前、自分とこ帰れ」
 女殺しとしても有名な島津が女と過ごさないのが、自分の誕生日やクリスマスといったイベントの日だった。特別な日を過ごした女はつけあがり、過ごさなかった女は拗ねる。そんな面倒はゴメンだ。と言って憚らなかった。
 島津が渡世に入って初めて女と迎えるクリスマスイブの夜だ。さすがに邪魔をする気にはなれなかった。島津を見送りしばらくしてから、まだ食事をしていない連中と食事に行った。
 そのまま帰ろうかと思ったが、ふともう一度事務所に立ち寄った。
 電話がちょうどかかってきていた時だった。今夜は随分忙しい夜だ、と辻井はソファに座り、煙草を咥える。
「ハイ、島津組ィ!」
 電話番の組員の大声が、事務所に響き渡った。

(5節に続く)
264島津組組員:2007/07/17(火) 00:06:36 ID:IAz5eMkV
今回は以上です。

待っていてくださった方、どうもありがとうございます。

あ、エロは多分10節くらいからになります。注意書き忘れていました。失礼しました。
265名無しさん@ピンキー:2007/07/17(火) 10:46:10 ID:KGkDo+/a
お待ちしてましたアニキ!
尚君強えええええw
島津パパがいい男過ぎる。
続きもwktkして待ってます。
266名無しさん@ピンキー:2007/07/18(水) 01:04:07 ID:57h+RkoV
兄貴〜!いつもながらお見事です。
心機一転と思いきや、幸せじゃない瀬里奈カワイソス。
だけどパパのおっしゃる通りだから逃ゲチャダメダ。

ところで、パパに劣らぬ尚兄の漢っぷりがたまらんです。
彼が主役のお話も読んでみたいっす。
267名無しさん@ピンキー:2007/07/21(土) 01:47:12 ID:7vd9i+XS
エステルの作者さんのサイト閉鎖してたけど新しいサイト見つけた人いる?
268名無しさん@ピンキー:2007/07/21(土) 02:14:40 ID:tEpLP872
最近このスレ発見したんだが、良スレすぎる。
過去ログ倉庫一気読みしちゃったよ。作者達本当にGJ!!
良すぎて、読んでてむらむらするyo
269名無しさん@ピンキー:2007/07/21(土) 03:35:36 ID:cDQmKiYg
>268
お前ここ初めてか
力抜けよ
270名無しさん@ピンキー:2007/07/21(土) 04:19:46 ID:tEpLP872
>>269
何その阿部高和なレスw
この板は前から来てたけど、このスレ見て今まで気付かなかった自分の萌えポイントを知ったよ。
主従大好きだ。
271名無しさん@ピンキー:2007/07/21(土) 09:21:41 ID:N8KiDjAz
自分もだ。まさかこんな良スレがあったなんて思わなかった
職人さん達、みんな神すぎGJ。改めて主従萌え
272島津組組員:2007/07/22(日) 17:48:50 ID:7iJSYHZ0
前回は辻井パートとはいえ全く辻井が活躍していないことに、投下して終わってから気づきました。猛省してます。

猛省ついでに、全て書き終えたので、少々長いのですがラストまで投下します。
20レスほどになります。
273涙雨恋歌 第6章 慈雨 5:2007/07/22(日) 17:49:36 ID:7iJSYHZ0
5.

 終業式の日、瀬里奈は重い足を引きずって学校へ向かった。
 父に怒鳴られてからも、やはり瀬里奈はずっと逃げ続けていた。学校は行きたくもなかったが、それは都が許してくれなかった。瀬里奈自身も、勝手のわからない街でフラフラする気になれず、結局学校へは毎日通っていた。
 学校は楽しい場所だと思っていた。しかしそれは、万理がいたからだ。ここには万理はいない。話ができる相手もいない。
 東京に帰りたくて、たまらなかった。冬休みのたった一日でもいい。
 父と彩が作っている家庭に、一度でいいから行きたかった。父や兄に思い切り甘えて、話をして、「ああ楽しかった」と言いたかった。あんなに怖いと思っていた父のことが懐かしいとは、おかしくて仕方なかった。


 とぼとぼと学校へ向かう。おはよう、という明るい声が通学路には溢れているが、その声が瀬里奈に向けられることはない。
 玄関の下駄箱を開ければ、ゴミが溢れてくる。それを拾って、最近は常備しているビニール袋に全て入れる。上履きの中にはベタに画鋲が置いてある。それも取り除き、やっと教室へ入る。
 瀬里奈が扉を開けると、全員が瀬里奈を一瞬見る。その後、白々しく瀬里奈から全員が視線を外す。
 瀬里奈の席には女王のようにクラスを仕切る少女、長井由佳(ナガイユカ)が座り、瀬里奈を待っていた。ここ最近のいつもの朝のパターンだった。
「……そこ、わたしの席です」
「あー? 聞こえへんなあ」
「どいてください。わたしの席です」
「東京の言葉はわからへんわ。この子、何て言うてんの?」
 そして失笑が起こるのも、いつものことだ。結局瀬里奈はその少女の席へ行き、教室に入ってきた教師に瀬里奈が怒られるのだ。
 今日も同じ事をしようとした瀬里奈に、由佳の言葉が突き刺さった。
「関東の暴れ龍言うても、たいしたことないなあ。娘、極道の娘のクセに最後まで抵抗せえへんやんか。情けないわ。父親も同じやろ、どうせ」
 ここまで瀬里奈の父の素性は、バレていなかった。この由佳の科白によって、瀬里奈がヤクザの娘だと知れてしまった。
 クラス中がざわめき始める。
 由佳も瀬里奈と同じように、京都のヤクザの娘だ。由佳自身は不良グループとの付き合いなどは全くないが、彼女の出自とキツい性格で、学校中で恐れられていた。


「……お、お父さんは関係ないでしょ」
 逃げるな。お前ならできる。俺の娘だ。
 父の言葉を思い出した。自分を奮い立たせる。
「わたしが気に入らなくてわたしをいじめるのはともかく、お父さんは関係ないでしょ!」
 由佳は驚いた表情を作り、榎田一政(エノキダカズマサ)という少年を振り返った。彼は由佳の父の組に所属する組員の息子で、由佳のお目付け役も兼ねている少年だった。
「お嬢、もうやめときや」
 榎田は必死になって由佳を止めた。いつも榎田は最後の最後で由佳を止めてくれる。もっとも、由佳はいつもそれを意に介さずにいる。今も由佳は負けじと言い返した。
「しかも二十年も連れ添って、今更放り出された愛人の子ォなんやって? 若い女に乗り換えられて、かわいそうやなあ」
「ママのことはもっと関係ないでしょ! 謝ってよ! それ以上わたしの両親のこと馬鹿にするんなら、わたしにだって考えがあるからねッ」
 持っていたカバンを、力一杯机に叩きつけて由佳に怒鳴り返した。
 あちゃあ、と榎田が顔を覆い、由佳のブレザーのすそを引っ張って止めようとする。だが由佳はその手をうるさそうに払い、言った。
「考えって、何やの」
「あなたに言う必要、ない。わたしだって、両親のことまで言われるんなら、我慢できない」
「何やの。言うたほうが身のためやで」
 ずい、と由佳が立ち上がり瀬里奈に寄る。瀬里奈も一歩前に出て由佳を睨みつけた。
「わたしがやること見てから、知ればいい」
 バチバチと火花でも散りそうにふたりは睨み合う。そこに榎田が間に入ってきた。
「お嬢、お嬢。あかんって。自分も、もうやめたってくれや。親父さんとおふくろさんのこと言うたんは、言いすぎやった。悪い。謝る。この通りや」
「何やの、カズ。あんたが謝ることないやんか! アホらし。こんな子ォにつきおうてられんわっ」
 由佳はそう吐き捨てて、自分の席へ座った。瀬里奈は由佳が立ち上がった後の、本来の自分の席に座った。
 一日、誰も瀬里奈に話しかけてはこなかった。
 だが、嘲笑や悪意、イジメの行為の類も、瀬里奈に向かってこなかった。本来の意味の孤独に陥ったような気がした。
274涙雨恋歌 第6章 慈雨 6:2007/07/22(日) 17:50:09 ID:7iJSYHZ0
6.

 年が明けてから、ようやく籍を入れ簡単な式をあげることになっている都は、実家で準備に大忙しだ。クリスマスやお正月は、新しい父親、山上と一緒に過ごすことになっていた。
 思えば、初めての「父親と過ごすクリスマス、正月」だった。「父親」が指す男が、島津ではないことに違和感を覚える。
 冬休みのうちに一度は父に会いに行きたいと食事中にさりげなく言ってみたが、祖父母は許してくれなかった。
 長浜家での島津の認識は、娘を長年愛人として虐げ、あげく若い女に入れあげて娘を捨てた極悪ヤクザ、となっている。そんな極悪人のところに瀬里奈を一瞬でも戻すわけにはいかない、と祖父母は決意しているらしい。
 結局、一日たりとも、東京へ帰ることは許されなかった。


 仮住まいでもある、長浜家での自分の部屋で、瀬里奈は父の姿を思い浮かべた。
「彩さんと、お兄ちゃんと、うまくやってるのかなあ、お父さん」
 三人が夕食のテーブルを囲んで談笑している姿を想像して、その場に自分がいないことが切なくて空想を断ち切る。
「瀬里奈、出かけるから支度しなさい」
 都が瀬里奈を呼んだ。山上との食事は、料亭のような場所だと聞いていた。それなりにちゃんとした格好をしていかないといけないと思い出し、慌てて瀬里奈はTシャツとデニムスカートを脱ぎ、ブラウスをクローゼットから取り出した。
 ついでにブラウスから透けない色の下着に替えようと思い、下着の棚を開けるとライトブルーのブラジャーに目が留まる。
 いつか脱がしてもらえるかも、と願い買った下着を、脱がして欲しかった人が脱がせてくれた。あの夜の、男の指の感触が蘇る。
 目を閉じて、思い出しながらブラジャーの留め金を外す。触ってくれたように、揉んでくれたように、胸をそっと弄った。
「瀬里奈、何してるの!」
 少し苛立った母の声に、ハッと我に返った。我に返ると、自分の胸が、女の掌にすっぽりと納まってしまう小ささであることを思い知る。
「小さいのは、しょうがないじゃん……。でも男の人って、大きいほうがきっと、いいんだよね」
 牛乳飲んだら大きくなるのかなあ。
 大きくため息をつきながら、瀬里奈は着替えた。
「忘れ物、ないよね」
 部屋を見回して、目をきゅっと閉じ、そして開いた。


 今日はクリスマスイブ。街はカップルだらけだ。あっちでもこっちでも男女の組み合わせばかりが目につく。瀬里奈と同じくらいの年頃のカップルだっている。
 食事を終えた瀬里奈たちは街をそぞろ歩いたが、そんな中に親子でいることが恥ずかしく、都たちから少し離れたところを歩いた。
「やっぱり長浜やん!」
 聞きたくない声ナンバーツーの声がして、こわごわ声のするほうを振り返った。
「あんた何してんの、こんなところで」
 聞きたくない声ナンバーワンの声も、やっぱり聞こえてきた。更に後ろから野太い男の声がした。
「由佳、友達か?」
 もう勘弁してよ、と心の中で毒づきながら、瀬里奈はその声の主を仰ぎ見る。そこには恰幅のいい男が立っていた。
「友達なんかちゃうわ。この子が、島津の子ォや」
 もしもこの男が由佳の父親なのだとしたら、由佳はお母さん似だ、間違いなく。瀬里奈は親子を見比べながらそう思った。
「ほう……。嬢ちゃんが。お父さんに似て、ええ顔してるなあ」
 言いながら、長井が由佳を自分の後ろから引っ張りだした。
「ほれ、由佳!」
「な、なんやの、お父ちゃん」
「さっき、お父ちゃんと約束したやろ? ちゃんと、謝らんかい」
 長井に頭を押さえつけられ、由佳は嫌々といった調子で、いじめてごめんねとボソリと言った。
「でっ、でも! あんたのことなんか、ほんま、嫌いやし。まあ、友達少なそうやから、遊んだってもええわ」
 と胸を張った。その胸がはちきれんばかりに大きいことに目がいき、思わず瀬里奈は由佳の胸を凝視した。その視線に気づいた由佳が、ふふん、と瀬里奈を鼻で笑い、瀬里奈の胸をじろじろと眺めた。
「あんたの父親、雑誌で見たわ。お父ちゃんの男前さはあんたの勝ちかもしれんけど、胸の大きさは断然うちの勝ちやな」
「由佳、なんか聞き捨てならんこと、言うてへんか?」
 長井が由佳を睨みつけた。傍にいる長井のガード役の男たちが笑いをかみ殺している。
275涙雨恋歌 第6章 慈雨 7:2007/07/22(日) 17:51:42 ID:7iJSYHZ0
7.

「あ、長浜。携帯。教えといて」
 お嬢は自分から絶対訊かへんけど、後で絶対なんで訊いとかへんかったんやってオレを怒るはずや、と言う榎田と、携帯電話の番号とアドレスを交換する。
「榎田くんも、苦労するね」
「ああ、ええねん。こんなん、苦労ちゃうし、オレ、お嬢守るんが役目やしな」
「でも。榎田くんは、長井さんと年も同じだし。すごく近い関係で、いいよね。いつも一緒だしさ」
 由佳と榎田の関係を、自分と辻井に当てはめて見ていた自分に気づく。そして、自分と辻井のあまりの遠さに気づいて、胸が締めつけられる。
「カズ! ええ加減にし! そんな貧乳女のどこがええねん!」
 道の向こうから由佳の大声が聞こえてきた。道行く人たちが一斉に一瞬動きを止めた。
「そんなこと言うたら、オレがお嬢のでけえおっぱいにつられてるみたいに聞こえて、恥ずかしいやん、お嬢!」
「あ、アホかッ! そない恥ずかしいこと大きな声で言うな! 見たこともないくせにッ」
「見せてくれんの?」
「いっぺん死ねッ!」
 あははと榎田は瀬里奈にへたくそなウインクをして、笑った。


「あ、あの! 長井さん!」
「なんやねんな、いじいじしてうっとい子やな、あんたは」
 瀬里奈が声をかけると、ずかずかと瀬里奈のほうへ由佳が寄ってきた。
「あの。せっかく、仲良くなれたから――お茶でもしない?」
「はぁ? あんた、何言うて……。ふうん。まあ、ええで。お父ちゃん、この子とちょっとお茶してから帰るわ」
「おお。気ィつけよし。カズ。女の子ふたり、ちゃんと守るねんぞ」
 長井は大きく微笑み、頷いた。その微笑に力づけられて、瀬里奈は母たちを振り返った。
「ママ。お友達の長井さんと、ちょっと遊んでくる」
「ちょ、ちょっと瀬里奈。そんな突然、何を言っているの」
「構しません。由佳がお友達とお茶してくるなんて、そうそうないんですわ。お宅さえよろしければ、仲良うしたってください」
 京都で商売をしている山上と、京都に長く住む祖父母は、長井のことを知っているだけにいい顔をしなかった。だが、友達と遊ぶ、と言われれば文句も言えない。
「あまり遅くならないのよ」
 結局、都のその言葉で、瀬里奈は都たちと別れることに成功した。


「お父ちゃん。ほなうちら、行ってくるし、先に帰っといて」
 由佳が長井にそう言った。長井は何かを言おうと口を開いたが、娘の顔を見て、ま、ええやろと頷き、ガードを連れて先に戻っていった。
「で? あんた、何しようとしてんの。なんかしようと思って、わざわざうちに声かけたんやろ」
「帰るの」
「はぁ?」
「東京に帰るの。最終の新幹線、まだあるから」
 由佳と榎田が顔を見合わせる。
「計画済みか?」
 榎田が訊いた。瀬里奈はこくりと頷いた。
「あ、長井さんたちをダシに使うつもりはなかったんだけど……」
「随分、行き当たりばったりの計画やな。なあ。あんた、うちから逃げんのか?」
「え?」
「うちがあんたいじめてたから、それで逃げんのか?」
「違うよ」
 そして瀬里奈は、万理のことを話した。東京に残してきてしまった友達に、もう一度会いたい、仲直りがしたい、と。父や兄にも会いたいのだ、と。
 話を聞き、ふむ、と由佳は考え込んだ。
「カズ、うちらはそこの喫茶店でお茶して、あっちのカラオケ屋で歌うたって、オールで遊ぶことにするってお父ちゃんに言うといて」
「長井さん」
「瀬里奈。うちがあんたを助けるのは、あんたが逃げてきた東京へ戻って、やり残したことに立ち向かうっちゅうからや」
 由佳が瀬里奈に背を向けて歩き出した。
276涙雨恋歌 第6章 慈雨 8:2007/07/22(日) 17:54:45 ID:7iJSYHZ0
8.

「なんでうちがあんたいじめたか、教えたろか」
「今更そんなこと言わんでもええやんか、お嬢……」
 榎田が止めたが、由佳はぴたりと立ち止まり、瀬里奈を指差した。
「うちとおんなじ、極道の娘のくせに、あんたはそっから逃げてきた。それがうちは許せんのや。極道の娘やからって、なんも恥じることあらへん。せやのに、なんであんたは逃げてきたんや。
 うちのお父ちゃんまで否定されてるみたいで、うちは嫌や。せやから、うちはあんたが嫌いや」
 言いながら由佳は思い余ったのか涙を零し始めた。榎田は由佳の傍へ行き、頭を抱えて由佳の涙を見せないようにかばっている。
「ごめんなさい。わたし、お父さんのことは大好きだよ。お父さんの娘が嫌で、京都にきたんじゃないよ」
「ほんなら、なんで。なんであんたはこっちに来たんや」
「親友、傷つけちゃったから。傷つけて、嫌われちゃったから、東京にいるのが辛かったの。馬鹿だよね。向こうにいないと、仲直りもできないのにね」
「あんたはなんでもすぐに逃げ出す臆病モンか」
 しゃくりあげている由佳が、ようやく榎田の胸から顔をあげた。
「お父さんとママがどうして結婚しないのか、ふたりがどうして違う相手を選んだのか、理解できなくって、それを理解することからも、逃げてた。ほんと、逃げてばっかの臆病者だよ」
「けど、お嬢に怒鳴り返したんは、かっこよかったで。もう時間や。京都駅まで、早よ、行こか」
 急がないと、最終に乗れなくなる時間だった。


 京都駅で東京までの切符を買う。自動販売機のボタンを押す手が震えた。改札へ走ると、由佳と榎田が待っていた。
「ほら、早う。あとは適当にこっちで口裏合わしたるわ」
「ありがとう、長井さん」
「由佳でええで。東京で逃げてきたもんに、もういっぺん対決しといで」
「うん」
「ほんで、こっちに戻ってきたら、またいじめたる」
「えっ、それはヤダなぁ。でも、ありがとう。榎田くんもありがとう。えっと……ありがとね、由佳」
「わかったから、早う、行きよし」
 手を振って、瀬里奈は京都駅を駆け出した。ぎりぎり、発車寸前で席につくことができた。


 車内販売でお茶のペットボトルを買うと、もう財布には小銭しか残らなかった。東京駅に着くまで、不安でしょうがなかった。切符を握りしめて窓の外を眺める。
 なけなしのお金で買ったお茶を飲む心の余裕はなかった。
 暗い窓の外をじっと見つめ、早く東京に着かないかと祈る。
 地元駅に着いたとして、その後どこへ行けばいいのか、父の家を知らないことに、今更ながら気づいた。
 携帯電話を取り出して、兄に電話をする。出ない。圏外です、と言われてしまう。仕方なく、父の番号にかける。こちらはいつまでたっても出てくれなかった。
「役立たず!」
 デッキの壁を蹴りつけた。
「どうしたらいいのよ……。どうしたら」
 メモリーを必死で探る。一晩をどこかで過ごすお金も勇気もなかった。電話をすれば、恐らく駆けつけてくれるであろう男の番号は、教えてもらっていなかった。諦めて、東京駅で交番に駆け込もうかと思った時、ひとつの番号が目にとまった。
 どうしようもなくなった時にだけかけなさい、と母に教えてもらった番号だった。
「しょうがない、嫌だけど、しょうがない。全部電話に出ないお父さんがいけないのよ、バカバカ。バカヤクザ」
 生涯で一番の勇気を振り絞って、その番号に電話をする。
『ハイ、島津組ィ!』
 耳をつんざくような大声が、飛び込んできた。
「あの、わたし、長浜瀬里奈と申します」
『ハァ……? ながはま……? ……。あっ! カッ、カシラッ、いいところに! お嬢さんからです!』
277涙雨恋歌 第6章 慈雨 9:2007/07/22(日) 17:55:19 ID:7iJSYHZ0
9.

 新幹線に乗っているの、と瀬里奈は電話口で泣き声を出した。東京駅のホームで待っているように言い、辻井は事務所を出た。奇跡的に渋滞にも巻き込まれず、東京駅につく。ホームに佇んでいた瀬里奈を連れて、辻井は車に戻った。
「お嬢さん。オヤジにこのこと――」
「電話、出ないんだもん、お父さんもお兄ちゃんも」
 だから困って事務所に電話をしてきたのか、と合点がいった。
 今日は島津は彩を連れて都内のホテルに泊まっている。尚は友達とオールナイトのパーティに出かけたと聞いている。
 一応、オヤジには連絡をしておこう、と辻井は島津のプライベート用の番号を呼び出す。


 長く呼び出し音が鳴ってから、ようやく島津の声が聞こえてきた。水の音がして声がくぐもっているのは、風呂に入っているのだろう。
『俺の恋路を邪魔すんのか、辻井』
「いえ、お邪魔するつもりは毛頭ありませんが、お嬢さんが……」
『瀬里奈がどうしたんだよ。あいつなら明後日京都行ってさらってくるから、それまでほっとけよ』
 やはり島津も娘を東京へ戻すつもりだったのだと、辻井は密かにほっとする。
「ええ、それは十分承知です。ただ、お嬢さん、ご自分で戻っていらっしゃいました」
『なんだと?』
 ざば、と水から身体を起こした音がした。
「今、東京駅で一緒にいます。オヤジがお泊りのホテルへお連れしようか、迷っているのですが」
『お、おいおい、それだけはやめてくれ。それこそ、俺の一世一代の夜を邪魔すんなって瀬里奈に言っとけ』
 父親であるか男であるか、しばし悩んだ末に島津は男であることに決めたらしい。自分が電話に出なかったことは棚に上げて、最初にお前に頼ったんだから、お前がなんとかしてやれよ、と拗ねて辻井に丸投げした。
『おう、彩。お前の下の口が寂しそうだな、ん? 埋めてやるから、勃ててくれよ。――しょうがねえ、明日の朝食は一緒に食うから、朝八時にレストランへ連れてきてくれ』
 最後の方は快感に酔っているのか、途切れ途切れだった。お邪魔しましたと呟き、通話オフボタンを押した。
「お父さん、なんて?」
「今日は、父親じゃなくて男なんだそうですよ」
 意味がわかんない、と瀬里奈はシートに深く背をもたれかけた。
「無責任だよもう。お兄ちゃんもいないのに、わたし、どこいけばいいのよ」
 こちらも安心したのか、誰にも言わずに戻ってきたことを棚に上げて、文句を言い始めた。こんなところは似なくていいのに、と心の中で独りごちる。
「今日はもうどこも一杯でしょうから、何もありませんが、うちへいらしてください」
「これって、怪我の功名?」
「――そのほうが、意味がわかりませんよ」
 明日は八時にホテルへ行くので、七時半前にはS街を出ますよ、と言うと、うへえ学校と同じだ、と瀬里奈は呻いた。早起きが苦手なのは、相変わらずのようだ。


 車の中で聞かされた京都での顛末は、若干気になることもあった。東京への逃亡を手助けしてくれた、由佳という少女のことだ。
 調査させたところ、由佳の父親は京都の老舗テキヤ一家の若頭を務める男だった。子供同士のことだから、父親には影響しないであろうが、それでもメールで島津に報告を入れておいた。
 ためらいがちに辻井の部屋へ足を踏み入れる瀬里奈の手を引き、リビングのソファに座らせた。
 電気をつけ、カーテンを引く。数日帰っていなかったため、空気が澱んでいる。エアコンをつける前に、少しだけ窓を開けた。
「疲れているでしょう。湯を溜めてきますから、それまでちょっと待っていてください」
 バスルームへ行き、バスタブに栓をしてコックをひねった。ついでにいつものように靴下を脱いで籠の中へ放り投げる。
 リビングに戻ると、瀬里奈は途中で買ってきた服の値札を外していた。
「下着だけは持ってきたんだ」
「用意のいいことで」
 抜けはあるが、ある程度計画して東京にやってきていたと知り、驚いた。辻井の知る長浜瀬里奈は、いつも兄の影に隠れている、おとなしく引っ込み思案の少女だった。行動力があるとはお世辞にも言いがたく、ましてや母を欺いてまで行動する少女ではなかった。
「お嬢さん」
「なあに?」
 瀬里奈の前に立った辻井を、瀬里奈は上目遣いで見上げた。
「いえ、なんでもありません。風呂を見てきましょう」
 お湯はちょうどよい熱さと量だった。棚からバスタオルを取り出し、後ろをついてきた瀬里奈に渡した。じっと自分を見る瀬里奈の視線から逃げるように、辻井はバスルームのドアを閉じた。
278涙雨恋歌 第6章 慈雨 10:2007/07/22(日) 17:56:26 ID:7iJSYHZ0
10.

 リビングに戻り、冷蔵庫から缶ビールを取り出す。ソファへ座りこみ、上着を脱ぎ捨て、ネクタイをゆるめた。
 開けたままだった窓を閉め、エアコンをつけて部屋を暖める。ついでにベッドルームのエアコンもつけ、クローゼットから予備の毛布を持ってリビングへ戻った。
 缶ビールの栓を開け、ぐいと一口呷る。冷たい苦味が喉を刺激して下りていく。
 珍しく仕事の電話もかかってこない。ビールを飲み干し、一日一本だけと決めている禁を破り、もう一本冷蔵庫から取り出す。
 二本目のビールを飲み干し、届いた手紙のチェックをしていると瀬里奈が風呂から上がってきた。湯上りの頬を桜色に上気させて、渡したバスローブに身を包んでいる。
「冷蔵庫からなんでもやってください」
「うん、ありがと」
 瀬里奈は小さなジュースのパックを手にして戻ってきた。まだ乾ききっていない髪の毛に手をやり、胸に抱いた。
「お帰りなさい、お嬢さん」
 瀬里奈は言葉もなく、辻井の胸にしがみついてきた。
 やがて、会いたかった、会いたかったと何度も瀬里奈は繰り返した。初めて抱いた雨の日も、同じように繰り返していたことを、辻井は思い出した。


 辻井はゆっくりと瀬里奈の口を塞いだ。深く、深く。そして身体を抱きしめた。強く、他の誰を抱くよりも強く。
 女を愛する熱い激情ではなく、大切な宝物を愛でる時のような満ち足りた暖かい感情が、辻井の胸にこみ上げてくる。
 まっとうな男と出会い、恋をして、結婚して、普通の幸せを選んで欲しい。それが島津の、そして辻井の願いでもある。
 だけど、と辻井は瀬里奈を抱きしめながら思う。今抱くことで、京都で寂しい思いをしてきた瀬里奈を癒せるのなら、いくらでも何度でも抱いてやろう。
 女として瀬里奈を見なければいい。女として瀬里奈を愛さなければいい。心の境界線をきちんと保っていればいいのだ。
 一歩。
 あと一歩を踏み込まなければいい。
 それだけの理性は、保てるはずだ。
 それくらいの場数は踏んできている――はずだ。
 そう決心したのを見計らったかのように、瀬里奈が辻井に寄り添い、見上げてきた。どきりとするほどの女の色香が匂いたち、瞳は濡れて男を求めていた。
 自分がこの人を守っていられるのも、もうあと僅かの時間かもしれないと、辻井は寂しく思った。
 抱きしめ、口づけて、手を引いてベッドルームへ向かった。瀬里奈は荷物を手に、辻井をちらと見ては照れながら、ついてきた。


 瀬里奈をベッドに残し、辻井はシャワーで汗を流す。バスタオルを腰に巻いて部屋に戻る。瀬里奈のローブを肩からずらし、下へ落とした。
 暗い部屋のベッドの上に瀬里奈の白い裸体が浮かび上がった。辻井の身体が重なる。口づけを交わし、唇を首筋へと這わせていく。
「お嬢さん。手が邪魔です」
 ぎゅっと自分の胸のあたりを抱きしめるようにしている瀬里奈に言う。瀬里奈はぶるぶると頭を左右に振って、かたくなに手を離そうとしない。
「む、胸はいいよ。パス」
「何かあったんですか? 傷でもできました?」
「いいから、胸はいい。見ないで」
「そうですか……。なら、やめておきましょうか」
 肩から鎖骨、二の腕、と口づけを落としていき、抱きしめている瀬里奈の腕の脇に舌を這わせた。ついでに裏返して背中へと進む。
「や、やぁぁ……ん。や、やだぁっ」
「胸は嫌なんでしょう。なら、背中を見せてください」
 身悶えしてぱっと瀬里奈が腕を自分の胸から離したのを見逃さず、再び表にして瀬里奈の腕の間に身体を入れる。小さなふくらみに触れ、その頂を軽く吸う。見ないで、と繰り返して瀬里奈は辻井の身体を叩いた。
「――ちいちゃいから、嫌なの」
 ためらいにためらった後、瀬里奈は小さく言った。
「男の人って、胸、大きいほうがいいんでしょ。でも、わたしの胸はちっちゃくって……」
「この間は、そんなこと言っていなかったじゃありませんか」
「この前は……ッ。……夢中で、それどころじゃなかったの」
 顔を真っ赤にして横を向く。確かにお世辞にも大きいとは言えないサイズの胸だ。
「お嬢さん。胸の大きさで女の良し悪しが決まるわけじゃありません。それに、小さくてもいいじゃありませんか。俺の小さなお嬢さんにぴったりの、可愛らしい胸だ」
 言いながら胸をやわりと揉み、乳房を丁寧に舌で愛撫した。
「わかったから、あんまり小さいって連呼しないで」
「……はい」
 おかしくて、笑いを堪えるために抱きしめた。
279涙雨恋歌 第6章 慈雨 11:2007/07/22(日) 17:59:10 ID:7iJSYHZ0
11.

「ねえお嬢さん。この間は夢中で気がつかなかったっていうんなら、今もまた、夢中になればいいんです」
 乳房を口に含んで、指は脇から乳房へと向かうラインを撫でていく。
「何も考えないで。嫌な記憶なんて忘れるくらい、愛してさしあげますから」
 瀬里奈の声のトーンが、高く、甘くなっていった。
 辻井は指を瀬里奈の秘所へ差し入れた。すでにとろけきっているそこは、指を入れて動かす度に、くちゅ、という音をたてた。
「お嬢さん。すみません、うちにはゴム、置いてないんですよ。だから、指で我慢してください」
「そうなの?」
「ええ。ここに女性を連れてくることはないので」
 そもそも辻井と付き合うような女性は、自ら避妊をしているので普段はゴムもしていないのだとは、敢えて言わないでおいた。
「わたしのバック」
 ヘッドボードに置いてあったバックを掴み、渡した。瀬里奈は口を開き、中から正方形のビニールの袋を出し、ひとつひきちぎる。
「なんで持ち歩いてるんですか」
「怒らない?」
「理由によっては、怒ります」
 普段から避妊具を持ち歩かないと間に合わないほど、淫乱な生活をしているとでも言ったら、どうしてくれようかと、胸がざわつく。
「これ、智也さんに持たされたもので……。えっと、あの……。今日、こっちにきて、辻井さんにもし会えたら――って思って」


 今、智也――小野寺は横田の下で働いている。あれ以来会うことはないが、監督している青山によれば女にはもう懲りた、と言っているらしい。
 小野寺を殴った日の、瀬里奈の怯えた瞳を思い出す。あの日、暗いホテルの部屋で瀬里奈は肌を見せてベッドにいた。小野寺の下でも、こんな声を出して、快楽に酔った艶めかしい顔をしていたのだろうか。
 自分の下で身体は敏感に反応する。小野寺にここまで開発されたということなのか。小野寺が初めての相手で、その他自分以外に瀬里奈を抱いた男はいないはずだ。それなら一体、どれだけの数、小野寺に抱かれたのだ。
 湧きあがる見苦しい嫉妬を抑えこみ、瀬里奈に訊いた。
「欲しいですか」
「えっ?」
「指じゃなくて、こっちが。俺の、これが、欲しいですか」
 瀬里奈の手を自分の股間へ導き、男根を握らせる。
「欲しいなら、欲しいって言ってくださいよ。俺のが欲しいって、言ってください」
「うぅ……。……。欲しい。辻井さんのが、欲しい……」
 瀬里奈がそれを握り、そっと扱いた。
「これで、いいんですか」
 扱かれながら、辻井は瀬里奈の髪を撫でて訊いた。すると瀬里奈はうっとりと微笑み、扱く手を両手に増やした。
「これがいい……」
 たまらず、抱き寄せて荒々しく唇を塞ぎ、舌で中をまさぐった。瀬里奈の手の中の肉棒が、弾けんばかりに屹立していった。再び指を瀬里奈の中へ入れ、存分にかき回す。
「お嬢さん、綺麗ですよ。三根ももうこんなにふくらんでます」
「さ、ね?」
「ああ、クリトリスってんですかね、普通は。お嬢さんの、ここのことですよ」
 言いながら今度は尖った先を指で軽くこねる。ぱんと張りふくらんだ芯をこね、ぬるりとした蜜を滴らせている陰唇に指を入れた。
 ぐぽりと水音を立てている瀬里奈の泉を指で混ぜた。きゅうと辻井の指を締めつける瀬里奈の中は熱く、とろとろと蜜を途切れることなくあふれさせる。
 指の数を増やし、口づけをしながら激しく指を動かす。親指でこりこりとした芯をつぶし、責めた。やがて瀬里奈は大きく喘いで、くたりと身体を弛緩させた。
 手で支えた硬い猛りの先で、荒い息を吐く瀬里奈の唇をなぞる。先から漏れている透明な液で、瀬里奈の唇がぬらぬらと光った。ぴくりと男根は意志を持っているかのように動き、更に硬さと大きさを増す。
 口づけをしながら、ゴムをくるくると根元までかぶせる。先端を入り口の襞にあてがうと、瀬里奈が目を閉じた。
280涙雨恋歌 第6章 慈雨 12:2007/07/22(日) 18:00:34 ID:7iJSYHZ0
12.

 辻井はゆっくりと瀬里奈の中へ自身を入れていく。時折小さく腰を回し、肉壁を刺激する。むっちりとした瀬里奈の中の圧力とうごめく襞を味わいながら、時間をかけて進んでいった。
 目を閉じて感じている瀬里奈の胸を揉み、唇を這わせ、口づけをする。瀬里奈の腕は辻井の首に絡まり、足先は辻井の背中を滑るように行き来している。
「きもち、い?」
「ええ。とても。今にも、いっちまいそうですよ。お嬢さんは、気持ちいいですか」
「ん……ッ。そんなこと訊くなんて、い……じ、わる……」
 自分の肩に乗っている瀬里奈の足首を掴み、ぐいと横に広げた。そのまま足をベッドにつくほど押し広げる。辻井の先端が瀬里奈の最奥を突いた。少しだけ戻し、また身体ごと押し込むように奥を貫く。
 後ろの穴まで見えるほどに腰が上がっている瀬里奈の中を、激しく突き上げた。一番奥まで辻井の男根は突き刺さり、その度に辻井の射精感も増していく。
 舌で脚をなぞりあげ、足の指を口に含んでしゃぶる。身体の縁を指先で柔らかく触れていく。乳房を持ち上げるように揉み、頂を指で転がす。突き上げる度、瀬里奈が嬌声を上げる。


 喘ぎながら自分の名を呼ぶ少女の腰を抱き、あぐらをかいた上に乗せた。
 抱いた腰を持ち上げ、落とす。瀬里奈の身体の真ん中を、貫く。何度も、同じようにして突き上げる。瀬里奈が落ちてくる瞬間を狙って、自分の腰をくいと持ち上げる。
「ああ、あ、ぁ。い、いやぁ。あん、あ、いい、そこ、あああ。んんんっ! あ、もう、だめぇ……ッ。も……もう、ああああ……ッ」
 何を言っているのか本人もわかっていないであろう叫び声をあげて、瀬里奈は快楽に溺れている。何度も軽い絶頂に達しているのか、締めつける力も段々緩くなってきた。
 胸の頂を口に含みながら、辻井は瀬里奈の腰を固定して、自分の腰を回した。そろそろか、と瀬里奈の状態と自身の限界を見て取って、辻井は瀬里奈を横たえた。
「最後はこうがいい。これなら、お嬢さんの可愛い顔が見える」
 瀬里奈の中が、もう一度ぎゅっと辻井を締めつけ、震えた。一層深く、奥まで叩きつけ、強く引き抜く。肌がぶつかり合う音が響き、瀬里奈の瞳から涙の粒が落ちた。
 瀬里奈が絶頂に達した瞬間は、それまでより格段に強く締めつける肉襞が教えてくれた。それと同時に瀬里奈が叫び、背筋を仰け反らせ、足をぴんを伸ばす。
 その締めつけに耐え切れず、最後のストロークを続けた。先端が数度瀬里奈の奥にぶつかり、足の先から痺れが全身を駆け巡る。欲望の全てが腰に集中し、最後は肉棒を伝って発射された。
 ぶるりと身体を震わせ、ゴムの中へ吐き出す。最後まで吐き出すために腰を振った。汗が瀬里奈の身体に落ちた。
「お嬢さん」
「ん……」
 瀬里奈の声は、叫びすぎて嗄れていた。
「――。気持ちよかったですよ」
 よかった、と瀬里奈が苦しそうに微笑んだ。汗にまみれたまま瀬里奈を抱きしめる。どくり、どくりと瀬里奈の中で、辻井の欲望はゴムに吐き出されていく。
 いつまでもこの温もりに包まれていたいと思う気持ちと、このままではゴムをつけた意味がなくなりそうだという気持ちで、葛藤を繰り返す。
 小さな宝物だった少女を抱きしめ、何度も口づけた。思わず口にしそうになった言葉を、飲み込んで。


 瀬里奈が暑いと呻いた。その言葉をきっかけに辻井は瀬里奈の中から萎みかけた自身を出し、瀬里奈から離れる。ゴムを片付け、バスルームからタオルを持ってくる。温水で濡らしたタオルで、瀬里奈の秘所とどろどろの下半身を丁寧に拭った。
 拭った後にちゅっと口づけを落とした。バスタオルで全身の汗を拭く。ほんのりと赤みを帯びた身体を清めてから、自分の身体を軽く拭く。ベッドの下に落ちているバスローブと下着を瀬里奈に渡し、辻井は窓を少し開けた。
 冬の雨のせいで、空気は凍てついている。思わずぶるりと身震いして、辻井もバスローブをまとう。
 寒くないように布団と毛布をかけてやり、その隣に滑り込んだ。
 辻井が横になると同時に、瀬里奈が腕を伸ばして辻井を求めてくる。腕が辻井の背中に絡まり、辻井は瀬里奈の顔を胸に抱く。額にキスをして、おやすみなさいと囁いた。
 細い指が辻井の胸を這う。その手をとって、指先に口をつける。
「もう、これで最後ですよ」
「やだ」
「約束、したでしょう」
「嫌。嫌、嫌」
 言いながら寝てしまった瀬里奈の唇に軽く唇をつけて、辻井は窓を閉めるために起き上がった。抱いた温もりはいつまでも腕の中に残り、辻井の胸を満たしていた。
281涙雨恋歌 第6章 慈雨 13:2007/07/22(日) 18:02:58 ID:7iJSYHZ0
13.

 いつもと同じように朝六時前に目が覚めた。カーテンの隙間から、ようやく明けようとしている朝の柔らかな太陽の光が、うっすらと差し込んできている。
 ふと腕の中を見れば、抱きしめた瀬里奈が寄り添うようにして眠っている。痺れた腕の感覚は、いつ以来だろう。
 腕の中の少女はまだ目を覚ましそうにない。コーヒーを淹れにキッチンへ行こうか、それともこのまままどろんでいようか考えた。
「んんぅん」
 猫のように身じろぎをする瀬里奈を見て、辻井は口元をほころばせた。逃げていこうとする瀬里奈をもう一度しっかりと腕に抱き、瞼に口づける。
「おはようございます、お嬢さん」
「んん。今何時」
「六時ですよ」
「もっと寝る……」
 瀬里奈は辻井に背を向けて、くるりと背中を丸めようとする。
「六時に起こせって言ったのは、お嬢さんですよ。七時半には出ますからね」
「なんで? 学校、お休みだよ」
「オヤジと朝食とることになってるの、忘れましたか」
「あー……。忘れたい」
 不機嫌そうに目を覚ました瀬里奈とキスを交わす。
「ねえ……。嫌だから。でも、辻井さんが駄目っていうんなら、我慢するから」
 最後にキスして。
 それが最後のお願いなら、聞きましょう。そう言って、辻井は瀬里奈に口づけた。


 キスだけで終わることもなく、辻井はまた瀬里奈を抱いた。
 瀬里奈の身体には、まだ昨夜の情事の余韻が残っていた。僅かに触れるだけでぴくりと反応し、とろりと蜜が滴った。口づけと愛撫を繰り返しながら、辻井は自分を高めていく。ある程度ならコントロールできる欲情を無理に高めると、徐々に男根が勃ちあがってくる。
 それを瀬里奈はそっと手に取り、優しく撫でてくれた。やがて顔をうずめて、口に含んだ。
「そんなこと、しなくていいですよ」
 顔を離した瀬里奈の頬は高揚して真っ赤になっている。
 背後から瀬里奈を抱きしめ、胸を揉み、陰唇をねぶる。ふくらんできた芯を責め、瀬里奈の喘ぎ声を聞いているうちに、辻井はゴムをつける。
「お嬢さん、前に手をついて」
 四つんばいの格好をさせ、尻を持ち上げて後ろから貫いた。胸を揉み続けながら、背中に口づけを落とす。肌がぶつかりあう音が響き、やがて瀬里奈も自ら腰を動かし出す。
「あっ、ん、はぁぁっ……。あん、あっ、あっ、ん……ッ!」
 辻井が腰を突きたてるリズムに合わせて、瀬里奈が声をあげる。ぎゅうと締めつけられる中の感触を味わい、ちらりと時計を見た。
 瀬里奈の身体を十分に堪能してから、自分の記憶に刻み込んでから、終わろうと思った。身体のすみずみまで口づけ、撫で、触れる。
 今までにない激しさで突き上げ、瀬里奈が悲鳴のような絶頂の声を上げたのを聞いて、辻井も瀬里奈の中で果てた。


 シャワーを浴びて瀬里奈が着替えているうちに、先にバスルームを出た辻井はキッチンでコーヒーメーカーをセットした。いい香りが部屋中に漂い始める。
 コーヒーを飲んで新聞を読んでいると、ようやく瀬里奈がやってきて、辻井に細長い包みを差し出した。
「辻井さん。あの。ハンカチ借りたの、覚えてる? えっと、実はアイロンで焦がしちゃったから、新しいので悪いんだけど。返します。長い間、ありがとう」
 記憶を手繰り寄せ、ようやく思い出した。綺麗にラッピングされた包みを開けると、ハンカチとネクタイが入っている。
「ネクタイをお貸しした記憶はありませんよ?」
「ほ、ほら、長いこと借りちゃったから、りっ、利子? いつも辻井さんがしてるような高いいいヤツじゃないんだけど……」
 確かに手に取るとその質感からして全く違う。だがデザインだけは、オーソドックスなものを選んだらしい。使えないものでもないだろう。辻井はつけていたネクタイを外し、箱の中のネクタイに締めなおした。
 ぱっと瀬里奈の顔が明るくなる。バックの中から大きな鏡を取り出して、辻井の前に立ててくれた。
「お嬢さんも、今時の若い子だったんですねえ……」
 笑いながら、その鏡でネクタイの結び目を確認する。それにしても、裏金もかくや、という高利貸しになったようだ。辻井は罪滅ぼしも兼ねて、瀬里奈にキスをした。
「これ、最後のキス?」
「そうですね」
「……じゃあ、もっと一杯して」
 結局出かけたのは、七時半ぎりぎりだった。
282涙雨恋歌 第6章 慈雨 14:2007/07/22(日) 18:03:55 ID:7iJSYHZ0
14.

 ふたりが島津のいる都内ホテルへ着いたのは、指定時間の八時を少し過ぎる頃だった。
「遅刻だな、瀬里奈」
 瀬里奈を彩がテーブルへ連れていき、オーダーをしている間、島津は辻井を睨みつけた。
「今朝の目覚ましは、京都からの電話だ。都かと思いきや、あいつの母親からだぞ。京都弁でネチネチ俺をいびり倒しやがった。怒鳴るわけにもいかねえし、あんな思いは久しぶりだぜ」
 掛け合い上手で知られる島津をそこまでいびり倒せるとは、なかなかできるもんじゃないなと思わず感心する。
「瀬里奈が帰ってこない、一緒に行った友達の家にかけても、まだ帰ってないと言っている、どこへやった、お前が連れてったんじゃないかってな。まるで人を誘拐犯みたいに言いやがる。連絡の一本くらい入れてから、こっちへ来たんじゃねえのかよ、あいつ」
「携帯のバッテリーなくなったっておっしゃってましたから、どうなんでしょう」
「あのクソバカ娘」
 傍にあるソファを蹴りつけた。
「じゃあゆっくりできなかったんですか」
「夕べはゆっくりしたさ。今朝も朝からゆっくりたっぷりしようと思ってたのによ、朝っぱらからネチネチ親子夫婦でやられたおかげで勃つもんも勃ちやしねえ」
 ゆっくりできるの意味違いなんだがな、と辻井は苦笑した。
「それは、ご愁傷様です」
「そもそも対外的な交渉は、まずはお前がやることになってるだろうがよ。なんで俺なんだ」
「組事でしたら自分がやりますが、ご家庭のことまでは……」
「ああ、クソ。まあいいや、お前もまだ食ってねえんだろ。一緒に食え」
「ありがとうございます。そうだ、オヤジ。あの子が今いるところ、分かりましたんで、後で夏目から報告させます」
 あの子? と島津は眉をひそめ、ああ、と頷いた。
「いや、報告はいい。とにかく、そこのこと調べて、いつでもいけるように、しておけ。彩にも言っとく」


 レストランの中へ戻る前に、入り口の近くで待機している澤村に目配せを送る。澤村もぺこりとお辞儀をして返した。
「なんもねえか」
「へい。ただ、明日京都へいらっしゃる予定だったのを、今日にするってんで、岩淵が今頃スケジュール調整に走り回ってるとこです」
「まあ、今日は外せない義理はなかったはずだし、本家の当番も都合よく明後日に回してもらえてるから、なんとかなるだろ。なんなら、俺ができることなら俺がやるから、遠慮なく言ってこい」
「へい、ありがとうございます」
 言いおいて、辻井も中へ入った。すでに食事を始めている三人に謝ってから、箸をとる。和朝食だったが、彩の作る食事のほうが美味いなと、心の中で呟いた。


 食事を終えて、島津が澤村を呼んだ。やってきた澤村が、スケジュール調整が完了したと告げた。
「辻井、彩を車乗っけてってやってくれ。おい、瀬里奈。出かけっぞ」
「どこいくの?」
 コーヒーカップに口をつけたまま瀬里奈が訊いた。
「俺とクリスマスデート」
「はぁ?」
 顔をこおばらせた瀬里奈を横目に、島津は立ち上がった。
「お前な、俺とデートしたいって順番待ってる女、並べたら月までいけるんだぞ? そんな中でお前をファーストチョイスしてやってんだ、感謝しろよ感謝」
「お父さん、発想がおやじっぽーい」
「そりゃ、お前の親父だからな」
 わざとニヤニヤ笑いながら、瀬里奈の肩を島津が抱こうとした。
「やだもう、触んないで、スケベ!」
「スケベで結構。俺もお前も親父とお袋がスケベだから生まれてきたんだぜ。あ、お前の場合は俺と都か」
「想像しちゃうからそんなこと言わないでよ」
「今度見せてやろうか。相手は彩だがな」
「いりません! バカ! 変態ッ」
 瀬里奈は島津とまるでじゃれあうようにして出口へ向かった。澤村がぴたりと島津の横につく。辻井も島津を追った。島津の後ろに立ち、周りを伺いながら歩く。
「――随分賑やかになりそうだこと」
 辻井の横を歩いている彩が肩を竦めて笑った。
 子供はふたりもいれば十分。そう言った彩の予想通りになりそうだ。
 辻井の大切な宝物が、自分の近くに帰ってくる。一瞬目を閉じて、瀬里奈がいる生活を思い描いた。
283涙雨恋歌 第6章 慈雨 15:2007/07/22(日) 18:04:32 ID:7iJSYHZ0
15.

 どこへデートに行くのかと思っていると、車で東京駅へ連れて行かれた。強制送還かと瀬里奈は身構えたが、父は他にふたりの部下を連れて一緒に新幹線に乗り込んだ。
「たまにゃあ俺にも京都観光くらいさせてくれや」
「暇人」
「おお、暇、暇。昨日、どっかの誰かが突然東京来たからよ、全部のスケジュールが狂ったんだよ。ったく、迷惑なヤツもいるもんだぜ、なあ、澤村」
 なあ、と呼びかけられた、通路をはさんで隣に座っていた青年が苦笑した。そんな父の厭味もなんとなく心地よい。スケジュールを狂わせて、瀬里奈につきあってくれているのだとわかるからだ。
「ほーんと。誰かしら、それ。きっと、わたしみたいに超可愛い子だよ。ね、澤村さん?」
「えっ? あ、え、ええ」
 突然瀬里奈から声をかけられて、澤村はしどろもどろになった。
「そ、そうっスね。えっと、お嬢さんみたいに……。へえ。そうだと、思います」
「カッ。くだらねェこと言ってんじゃねえよ、アホか、お前ら」
 島津が鼻を鳴らしてシートを倒した。
「あのう、お父さん」
 ふと、父に言われたことを思い出した。
「逃げるなって言われたのに、ほんとに逃げ帰っちゃって、ごめんなさい」
 目を閉じていた島津が、片目を開けて瀬里奈を見た。
「頑張ってみたんだけど、でも、でもね」
「瀬里奈」
 ぽんと島津が瀬里奈の頭を撫でた。
「まさかひとりで新幹線乗ってくるとは思わなかった。ここまでやりゃあ上等だ。よくやった。さすが、俺の娘だ」
 そしてまた目を閉じる。澤村、岩淵というふたりの青年が、にっこりと微笑んだ。照れ隠しに瀬里奈も笑い、頭をかいた。


 京都の長浜家へタクシーで乗りつける。
 瀬里奈が門のベルを鳴らすと、祖母がまずまっさきに飛び出してきた。続いて、都と山上も出てくる。
「これは……島津さん。ご無沙汰しております。おかえり、瀬里奈ちゃん」
 門の外まで出てきて、冷静に微笑み山上は挨拶をした。その横から祖母がきつい声を浴びせかける。
「孫を返してください」
 都が門を開けて出てきた。山上の横に立ち、島津を見ている。
「都。今日はお前に会いに来たんだ」
「――瀬里奈、こっちへいらっしゃい」
 島津の言葉を無視して都は瀬里奈に声をかけた。
「なあ、都。俺の最後の我が儘、聞いてくれないか」
 都が島津を見つめた。
「吐いた唾飲むみてえで、いい気分じゃねえんだがよ。お前が京都に行ってから、ずっと考えてたことがあってな」
「気分悪いなら、帰らはったらよろしい。さあ瀬里奈ちゃん、こっちにおいで」
 瀬里奈の腕を掴もうとした山上の手をぱっと払って、島津は瀬里奈を自分の胸に引き寄せた。
「瀬里奈を俺にくれ」
「なんですって?」
「瀬里奈を俺にくれ、都」
 父は、もう一度そう言った。突然そんなことを言われた瀬里奈自身が一番驚いた。
「今更そんな勝手なこと! 瀬里奈ちゃん。あんたは東京行きたいんか? お母さんと一緒に、こっちにおるやろ?」
 祖母の科白に、瀬里奈は言葉を詰まらせた。
 帰りたい。兄がいる東京に。父が、辻井がいる東京に。住み慣れたあの街に。
 だがそれは母をひとり置いていくことになる。最初は東京に残ると言った。それを翻した時の、母の嬉しそうな顔が忘れられない。
 自分の気持ちを裏切ることも、母を裏切ることも、瀬里奈には選べなかった。


 言葉もなく、ぎゅっと父のスーツの上着を握った。父は瀬里奈の身体を撫でてくれた。
「いっぺんは本人の気持ち聞いて手放したのを、今度は取り戻そうってんだ。本人の気持ちなんか関係ねェ。瀬里奈はもらってく」
 ひょい、と島津は瀬里奈の身体を肩に抱き上げた。
「都。もうこれでお前に会うこともないだろう。ガキふたりは、俺がちゃんと面倒みるから心配すんな。山上さん。そんなわけで、あんたにやれるのは花嫁だけだ。けどよ、三国一の花嫁だぜ。大事にしてやってくれ」
 じゃあな、と手を振り、ぽかんと口を開けている長浜家一同と山上を置いて、島津は歩き出した。
284涙雨恋歌 第6章 慈雨 16:2007/07/22(日) 18:05:12 ID:7iJSYHZ0
16.

 長浜家を出た島津は、今度はまっすぐに瀬里奈が知らないどこかへと向かっていく。ふたりの青年の緊張感が、それまで以上に増していた。
 たどり着いた家は、大きな門構えの立派な和風のお屋敷だった。門には「篠井一家」と書かれている。
 門の中から男が出てきて島津を確認し、家の中へ案内された。
 そして通された居間で、瀬里奈は慣れない正座に顔をしかめる。青年ふたりも同じように苦しそうだが、意に反して父はピシリと背筋を伸ばし、慣れた風だ。
 ガラとふすまが開いて、由佳が飛び込んできた。
「瀬里奈、帰ってきたんやって? っと……。失礼しました。わたくし、長井の娘の由佳と申します」
 三つ指をついてお辞儀をした由佳に驚いた。とてもそんなことをしそうには見えなかったからだ。
「先にご挨拶するところ、失礼しました。瀬里奈の父親の、島津です。瀬里奈が世話になったそうで。ありがとう」
 にっこりと由佳に島津が微笑むと、由佳の目がとろんと惚けた。この目はどこかで見たことがある。兄に話しかけられる女子生徒のうっとりした目だ。その姿を呆れるやら驚くやらで瀬里奈が見ていると、やがて長井が入ってきた。後ろから榎田もくる。
「やあ、島津さん。わざわざご足労くださって恐縮です。――そうやな、代紋は抜きにしましょか。由佳の父親の長井です。よろしく」
「島津隆尚といいます。娘から、親分さんと由佳さん、それに榎田くんにお世話になったと聞きました。せめてお礼だけでもと、お忙しいとは思いましたが押しかけました」
「今朝、じきじきにお電話いただいた時は驚きましたわ。お嬢さんも、無事東京に着けたみたいで、何よりです。うちの娘の田舎芝居でも、なんとかなるもんですわな」
 ハハハと豪快に長井は笑った。


「で、どうなさるんで?」
 組員と思しき男が置いたお茶を飲みながら、長井が目を鋭くさせた。
「連れて帰ります」
「東京で生活させると?」
「はい。極道とは関係ない人生を送れるせっかくの機会でしたんで、京都へやりましたが、やめました」
「理由を、聞いてもよろしいかな」
 島津は正座を崩さずに話をしている。瀬里奈はとうに横座りをしている。後で訊けば、少年院と刑務所で正座には慣れているのだとしれっと父は答えた。
「わたしは五人兄弟でしたが、親の都合でわたしとすぐ上の兄だけ他の兄弟と離れて父親の元で育ちました。親の都合で兄弟が離れ離れになるのは、辛いもんです。その辛さを知っているはずなのに、何故離してしまったのかと、悩んでいたのは事実なんです」
 そこに、都合よく瀬里奈自身が東京へ逃げ帰ってきた。ならば、と父は考えたのだと話した。
「わたしらはいつ、何があるかわからない人生送ってます。子供の母親も、確実に子供よりも先に亡くなります。そうなった時、頼れるのはたったふたりの兄弟だけだ。そのふたりを、離しておきたくないんです」
「ほう」
「親の都合で離れ離れになる辛さを、危うく自分の子供に経験させるところでした。娘を新幹線に乗っけてくれた、由佳さんには感謝してますよ」
 島津が由佳に向かい微笑みかけると、由佳はうっとりと島津を見、いえそんな、と可愛らしく照れた。
「うちはひとりしかおりませんから、羨ましい限りや。お嬢ちゃん、お兄さんと仲良うな。離れても、うちの由佳とも友達でいてやってくれるか?」
 突然話を振られた瀬里奈は、はい、と声を裏返して答えた。由佳が鼻で笑ったのが見えて、心底悔しかった。
「は、はい。わたし、由佳――さんとお話できて、嬉しかったです。だから、これからも友達でい、いてくれるよ……ね?」
 不安になり瀬里奈が伺うと、由佳はわざとらしく大きく息を吐く。
「しゃあないなあ。うちが東京行った時、案内できるようにちゃんといろいろ調べておくねんよ?」
「通訳するとやな、東京行ったら遊んでな、ってことやしな」
「カズ! 余計なこと言わんでよろしい。ほんまにあんたは」
「アホか、由佳。お前が素直に言うたらすむんや」


 玄関口まで送ってきた親子に別れを告げ、瀬里奈たちはまた東京へ戻った。新幹線に乗っている途中、由佳から父にベタ惚れのメールが届いて、瀬里奈は大笑いした。
「お父さん、順番、月までともうひとり分だよ」
「ああ? そうかそうか。俺が死ぬ頃にゃあ、冥王星までいけるな、多分」
「惑星じゃなくなっちゃったけどね」
「なら、M78星雲だな」
「どこ、それ」
 訊いた時には、もう父は目を閉じていた。
285涙雨恋歌 第6章 慈雨 17:2007/07/22(日) 18:05:47 ID:7iJSYHZ0
17.

 島津は瀬里奈を東京に連れ戻したが、結局新学期の開始は京都で迎えた。手続きが済むまで、瀬里奈は彩と一緒に京都のホテルから学校に通った。
 役所や学校の手続きは全て彩がこなしていた。長浜家からの苦情も全て彩が受け持ち、全ての矢面に立って、それでも動じずに仕事をこなす彩に、しばらくは頭が上がらないと島津は笑っていた。それを本人に言うことも、実際に下手に出ることも一切しないのだろうが。
 言葉にしなくても通じ合っているような、ふたりの関係が瀬里奈はうらやましかった。母とは全くタイプの違う女性の彩を知っていくにつれ、彩を母親というよりは頼りになる姉のように慕っていった。
 島津が彩を求めていたのなら、都ではとてもその代わりにはならなかったであろうと、瀬里奈は純粋に納得した。
 今ではもう、何故父が母ではない女性と結婚しようとしたのか、疑問には思わなかった。


 S街はまた雨の夜を迎えていた。土曜日の夜に降る雨は、繁華街への客足を鈍らせる。それでもS街は地下街が発達しているためか、それとも雨などものともしない客が多いのか、街はいつも通りに賑わっている。
 瀬里奈は街をうろついていた。
 明後日、転入試験を受けに行くようにと指示された学校が、今まで通っていた学校と違うことが、ショックで、飛び出してきたのだ。
 もう万理と会えないにしても、それでも同じ学校へ行けるのだと単純に思っていた。行き慣れて、友達もいるところへ戻れると思っていた。
 甘えるなと父に怒られ、お父さんが父親じゃなければよかったのに、そうすればいじめられることもなかったのよ、と吐き捨ててしまった。怒鳴り返されると思ったが、父は言葉を失い、代わりに彩に怒られた。
 まるで自分のことのように怒る彩に驚き、その驚きを隠そうとして家を飛び出した。
 ハッと言葉を失った父の寂しそうな目が、いつまでも脳裏にちらついて、瀬里奈をむかむかさせた。
 買い物して、甘いもの食べて、気を紛らわそう。
 瀬里奈はそう決意して、ブランドショップのショーウィンドウや、デパートのショップを冷やかして歩いた。
 歩きつかれて、前によく通ったカフェに行く。ケーキが並ぶガラスケースを覗きこみ、オーダーを決めてから席につく。
「ガトーショコラと、ロイヤルミルクティー」
 万理は? と続けそうになって、万理は隣にいないのだと気づく。そういえば、この店もいつも万理と来ていた。買い物も、いつも万理と一緒だった。
 この街は、万理との思い出が多すぎる。帰ってきたのは嬉しいが、ふとした時に、万理のことを思い出してしまう。
「元気かな……」
 携帯には万理のメールアドレスも電話番号も入っている。だが、メールアドレスは不達。電話は着信拒否が続いていたが、そのうち違う人間が出るようになっていた。
 兄から聞いたところでは、停学がとけたあとも佐倉ひとみと一緒にいるようになり、やがて転校してしまっていた。そして転校先を、誰も知らなかった。


 まさかまだ宏太が、万理にお金をせびっているとは思いたくなかった。後藤も、宏太は実家へ帰ったと言っていた。
 ならば何故、ひとみと一緒にいる必要があるのだ。ひとみ個人が悪いわけではないかもしれないが、やはり瀬里奈にはひとみのやっていることは抵抗があった。綺麗事言うな、と万理に罵られたが、それでもやはり嫌だった。
 他のクラスメイトたちは、戻ってきた万理に冷たかったのだろう、と兄は言った。
「ごめんね万理。逃げちゃって、ごめんね」
 ミルクティーをかき混ぜながら、ぽつんと呟いた。
 届いたケーキを携帯で写真を撮ろうとして、ふと、その写真を送る相手もいないことに気づく。
 そういえば、携帯電話はここのところ仕事をしていない。彩や尚が連絡してくる時くらいしか、着信音が鳴ることはない。由佳からのメールは届くが、彼女は自分が言いたいことを書き連ねて送ってくるだけで、瀬里奈の反応を求めているわけではない。
 窓ガラスの外をぼんやりと眺める。ケーキにフォークを刺したものの、一口食べると胸が一杯になってしまった。
 街を行く人々は、楽しそうに笑ったり、はしゃいだりとしながら歩いている。ひとりでいることは、京都の経験で慣れたが、この街でひとりなのはまだ慣れない。
 広い歩道の、一番車道側を歩くふたりの少女が目に入った。こちら側はひとみ。向こう側は、万理だった。
「万理ッ」
 伝票を掴み、レジに千円札を投げるようにして置いて、店を出る。
 道をどれだけ探しても、もう万理の姿は見えなかった。
 髪の毛から雨粒が滴って初めて、カフェに傘を忘れてきたことに気づいた。
286涙雨恋歌 第6章 慈雨 18:2007/07/22(日) 18:06:23 ID:7iJSYHZ0
18.

 カフェに戻り、傘立てを探すと、すでに傘は誰かに持っていかれた後だった。店員が、他の忘れ物のビニール傘をくれようとしたが、断って瀬里奈は店を出た。
 雨は小降りになってきたが、それでもまだやみそうにない。傘も差さずに街を歩く瀬里奈を、通りすぎる人が怪訝な目で振り返っていく。
 気づくと、前に住んでいた家の近くの公園に来ていた。
 父と母がそれぞれ結婚すると聞かされ、家を飛び出した時に辻井に抱きしめられた、あの公園だ。
 あの頃から、何かが変わった。
 愛、結婚、恋人、夫婦、愛人。
 そんなことが瀬里奈の頭の中を占め、父のことも、母のことも疑った。結局、母のことは疑ったままだ。
「逃げてばっかり、わたし」
 父と母の結婚話から逃げようとした。
 停学になった万理と向き合うことから逃げた。
 京都では自分をいじめた少女と対決することから逃げた。
 東京でのことを忘れようとする母から、忘れさせようとする祖父母から、ぎこちない愛情を向けてくれた山上から、逃げた。
 今、万理はどうしているのだろう。学校にいづらくなって転校していったという。新しい学校で、新しい友達と元気にやっているのだろうか。
 新しい生活を始めた母は今頃何をしているのだろう。夕飯の支度をおばあちゃんと一緒にしている時間かな。今日は土曜日だから、山上さんも来ているかもしれない。
 自分が逃げ続けることで、沢山の人を振り回した。
 ごめんね、ごめんね、と何度も謝りながら、瀬里奈は公園のベンチに座り込んでいた。
 こんな時、由佳ならいつも傍に榎田がいる。榎田は、何はともあれ由佳の味方で、由佳の傍らにいる。
 瀬里奈にとっての榎田は、辻井だ。だが、辻井と榎田では似ているようで全く違う。辻井は常に傍にいてくれるわけではない。たいてい、助けに来てくれるものの、それはあくまで辻井がシマにいて、仕事がない時に限る。
 それに、ケンカはしつつも由佳と榎田は仲が良く、お互い思い合っている。決定的に違うのは、ここだ。
 辻井は瀬里奈の思いを知りながらも、それを受け入れることは決してない。それが、何よりも寂しい。


 小降りになった雨が、またしっとりと降り始めた。服はもちろん、下着までぐっしょりと雨に濡れて張りついている。
「さむ……」
 ぶるりと震えて身体を抱く。立ち上がると、靴がガボッと音を立てた。
 ああ、バーゲンで安くなっててやっと買えた、お気に入りのバレエシューズだったのに。
 バーゲンはもちろん万理とふたりで行った。デパートに駅ビルに路面のショップにとふたりで足を棒にして歩き回ったのだ。
 立ち上がった瀬里奈は、またベンチに座り込んだ。ぐすりと涙をこらえ、鼻をすする。
 ベンチの上に膝を抱えて座った。膝の間に顔をうずめ、泣いている顔を誰かに見られないようにする。
 こんな雨の日の公園に来る人もいないだろうと思っていたのに、誰かが来る足音がする。足音はどんどん瀬里奈のいるベンチへ近づいてくる。
 犯罪に巻き込まれでもしたらどうしようかと、びくりと身体が震えて固まってしまった。時間はもう夕暮れ。雨のせいで空は真っ暗。街灯も雨にさえぎられ、あたりは薄暗い上に、人通りが少ない。
 お父さん、ごめんなさい。
 父に腹を立てて家を飛び出して、危ないことが身に降りかかると、父を思い出す。自分の身勝手さに涙が出てくる。
 やっぱりお父さんがいいです。ごめんなさい。


 足音が瀬里奈の前で止まった。身体を叩いていた雨粒が、落ちてこなくなる。
 恐る恐る瀬里奈は膝の間から顔を上げる。
「帰りましょう、みんな心配してますよ」
「何、しにきたの」
「お嬢さんが泣いてないか、見にきたんです」
「泣いてない……よ」
「いつもお嬢さんは嘘ばかりだ。俺には、そんなに強がらなくてもいいんですよ」
 この間と一緒だ。雨に濡れた瀬里奈を、傘を持って迎えに来てくれた。あの、夢のような一夜の始まりと一緒だ。
「うん。いつも、ありがと……」
 瀬里奈の記憶は、そこで途切れた。
287涙雨恋歌 第6章 慈雨 19:2007/07/22(日) 18:07:21 ID:7iJSYHZ0
19.

 頭がガンガン痛かった。だが、額はひんやりと冷たかった。とにかく寒くて、がちがち歯の根が鳴った。力をいれようにも、入れられない。
 帰らなくては。ずっとここにいたら死んでしまう。
 それでもいいかも。万理のいない学校行っても、つまんないし。おまけに、違う学校になんて、通うの怖いよ。
 ああ、でも、お父さんに謝ってからにしようかな。お父さんが父親じゃなければよかったのに、なんて言って、ごめんね。


 お嬢さん、と呼びかける声で目が覚めた。うっすらと目を開けると、辻井が心配そうに覗き込んでいた。
「ここ、どこ?」
 いがらっぽい声で瀬里奈は訊いた。
「ご自宅の、お嬢さんのお部屋ですよ」
 辻井が迎えに来てくれたのを、ようやく、ぼやけた記憶の中に蘇らせた。
「寒い。わたし、死ぬの?」
「何をバカなことを言ってるんですか。雨に濡れて冷えたんでしょう。熱も特にひどくないようですし、大丈夫ですよ」
「でも、寒くて、震えちゃう。わたし、みんなに迷惑かけて、だから罰なんだ」
「お嬢さん。お嬢さんが死ぬのなら、一緒に死んであげますよ。でもね、まだ自分はこの世に未練があるので、また今度にしてもらえませんかね」
 布団の中の瀬里奈の手をぎゅっと辻井は握り、火照った頬を撫でてくれた。
「気持ちいい」
 辻井の手の冷たさと、撫でてくれる感触の温かさに満足して、瀬里奈はもう一度目を閉じた。


 次に目を開いても、辻井はじっと瀬里奈の傍に座っていた。どれほどの時間だったかも、わからない。いつもそこにいてくれる。その存在に、子供の頃からどれほど頼り、安心してきたのだろう。熱に浮かされたような目で辻井を見ると、辻井は笑みを浮かべた。
「氷嚢を替えてきましょう。他に何か欲しいものはありますか」
「んん……。喉渇いたから、オレンジジュース」
「わかりました。他は?」
「あと……。お父さん、いる?」
「いらっしゃいますよ。お呼びしてきます」
 頭の上の氷を辻井はそっと取り除き、そこに軽く口づけてから部屋を出て行った。


 しばらくすると島津がやってきた。勉強机の小さな椅子に、島津は座りにくそうに座った。座ったまま、島津は何も言わずに瀬里奈を見下ろしている。
「ジュースは?」
「後で辻井が持ってくる」
 また沈黙が訪れる。くるりと島津に背中を向けて、瀬里奈は言った。
「ねえ、お父さん。新しい学校、楽しいかな?」
 恐る恐る身体を父の方に向けて、父の顔を見る。ああ、と頷き、父は微笑んだ。椅子から立ち上がり、ベッドに腰を下ろす。
「きっと、いいことあるぜ。俺がわざわざ調べて、選んだ学校だ、間違いねえって」
「ホントォ?」
「お前なあ、ちったァ俺の言うことも信用しろよ、俺をなんだと思ってんだよ」
「んー。ヤクザの親分?」
「お前、ほんと頭悪ィな。誰に似たんだよ」
 島津は大きくため息をついて、頭を振った。大きな手で、瀬里奈の髪を撫でる。
「俺ァ、お前の父親だろ?」
「――さっきは、ごめんなさい」
「反省したか」
「した。思いっきりした」
「ッたく、調子いいな」
 へへ、と笑うと、父も安心したように笑った。今まで見たことのない、穏やかな笑顔だった。子供の頃に街で見かけて憧れた家族連れの、我が子を見る父親の顔と同じものだった。
「お父さん、大好き」
「わかったわかった。お前はいつでも順番待ちの一番目だぜ」
「待たされるのォ?」
「当たり前ェだ。俺の隣の席は、いつだって彩のモンなんだよ。だから、お前は一番目。な、あんまり心配させんなよ」
 音を立てて父は瀬里奈の額にキスをした。照れ笑いをしながら瀬里奈は額に手を当てた。
288涙雨恋歌 第6章 慈雨 20:2007/07/22(日) 18:08:36 ID:7iJSYHZ0
20.

 辻井を呼んでくると言った父が出て行ってしばらくしてから、辻井がトレイを持ってやってきた。
「起き上がれますか?」
 ベッドサイドの小さなテーブルにトレイを載せた辻井の手に支えられて、瀬里奈はベッドで起き上がった。トレイの上にはオレンジジュースのグラスがあった。
 辻井はグラスを瀬里奈に渡す。ごくごくと喉を鳴らして一気に飲み干した。ジュースをもう一度デカンタから注いでもらう。
 それも一気に飲み、グラスを辻井に返した。ちょっとしたことで触れる辻井の肌の感触に、どきどきと胸が鳴る。
 雨がまた強くなってきていて、窓に叩きつける音がした。ベランダへ落ちる雨の音が、黙りこくった部屋の中へ小さく響く。
「辻井さんと会う時は、いつも雨が降ってるね」
「そういえば、そうですね」
 ベッドに腰掛けている辻井の膝に、顔を乗せた。辻井は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに髪をゆっくりと、ゆっくりと撫で始めた。髪から首へ、肩へ、背中へ。
「だからかな、わたし、京都でいつも雨が降ればいいのにって思ってた。そうすれば、辻井さんに会えるような気がして」
「――あの時は会いに行くなんて言いましたが、すみません、本当は会いにいくつもりは、なかったんです」
「うん……。でも、いいの。――ねえ、もう一度、最後のお願い、きいて」
「――なんでしょう」
 辻井の答えを聞いて、瀬里奈は両手を伸ばした。両手を辻井の首に絡みつけ、胸に顔を寄せる。


 どくんどくんと脈打つ鼓動が聞こえてくる。ゆっくりと、しっかりと、瀬里奈を包み込むように聞こえてくる。
 そっと瀬里奈の背中に回された辻井の手の温もりに、安心した。
 見つめあい、瀬里奈は目を閉じる。瀬里奈の頬に辻井の手が添えられ、やがて唇が重ね合わされる。
 軽く、唇をついばむように。
 長く、唇を吸い。
 深く、舌を絡ませて。
 そして唇を離し、辻井は瀬里奈の身体をベッドに横にした。
 小さく額にキスをされ、もう一度瀬里奈は安心する。
 辻井も、島津も、いつも瀬里奈に口づけと抱擁をくれる。頬を、髪を撫でてくれる。それは、母や山上は決してくれない温かさだった。
 雨はまだ降り続けている。乾燥の季節に降る季節外れの雨だ。だがその音が今は心地よい。
「雨の音、心臓の音みたい」
「氷嚢、乗せておきますよ」
「辻井さんの心臓の音みたい」
「おやすみなさい、お嬢さん」
 氷嚢が額に乗せられ、辻井が優しく瀬里奈の髪を撫で、立ち上がった。
 電気が消され、暗闇の中で雨の音だけ聞いていた。辻井は電気を消すと、またベッドに腰かけて傍で手を握っていてくれた。


 やがて、瀬里奈の唇に、微かに何かが触れた感じがして、ぼんやりと目を覚ました。現実と夢とを彷徨っている瀬里奈の耳に、雨が降る音と、辻井の声が聞こえてきた。
「愛してます。お嬢さんがいらないと言うまでは、あなたの傍であなたに仕えましょう。二度と抱くことはないとしても、ずっとあなたを愛し、見守っています。――こんな愛の形があっても、いいでしょう……?」
 おやすみなさい、と辻井が言った、気がした。
「あのね、わたし雨の日が好きになりそう。だって――」
 言葉にしたのか夢の中で話したのか、瀬里奈には区別がつかなかった。


 明け方、瀬里奈はすっきりと目を覚ました。
 机の上には、ジュースのデカンタとグラスが載っていた。その横に置いてある携帯電話が、充電器の上でチカチカとメール着信を知らせている。
 見てみると、メモリーに登録していないアドレスからだ。
 本文には、九桁の数字があった。プライベート用の番号とアドレスです、と一言添えてある。
 番号を見て瀬里奈は笑みをこぼす。心の中がふんわりと温かくなってくる。
 最後の四桁は「1226」。瀬里奈の誕生日だった。
289涙雨恋歌 第6章 慈雨 21:2007/07/22(日) 18:11:36 ID:7iJSYHZ0
21.

 翌日、瀬里奈は新しい学校へ転入試験を受けに行った。相変わらず雨が降っていて、駅から遠いその学校へ着くまでに随分濡れてしまい、身体が冷えた。
 普通に授業が行われている中、特別教室で試験を受け、お昼の鐘が鳴った頃に教室を後にする。
 こんな簡単な試験でいいのかと勘ぐるほどの試験で、これからの学校生活に一抹の不安を抱いた。
 父は、いいことあるぜと言っていた。わざわざ俺が選んだんだから、間違いねえって、と。
 ほんとかなあ……。
 今までの学校に比べ、ランクが下がっていることは明白だ。生徒のなりを見ても、前の学校にはいなかったような崩れた生徒が多い。
 ひとりでこんな学校通って、またいじめられたりしないかな。
 不安に胸が痛くなってくる。
 万理が一緒なら、心強いのに。万理、どこに転校したんだろう。
 そんなことを思いながら廊下を歩いていると、携帯電話が震えた。カバンから取り出して、メールを見る。
 『今更こんなこと言って、許してもらえると思わないけど、でも、ごめんなさい。瀬里奈が悪いわけじゃないのに、あんなこと言って、ごめんなさい。
 元気ですか。会いたいです。むしのいい話だよね。でも、会いたいです。ごめんね瀬里奈。またお友達になってくれると嬉しい。ねえ、瀬里奈。寂しいよ』
「万理」
 呟くと、窓から外を見ていた少女が振り向いた。
「瀬里奈……?」
「……万理」
 いいことあるぜ、と自信たっぷりに言い放った父の顔が浮かんだ。
 俺がわざわざ調べたんだからって、学校のことを調べたんじゃないんだね。万理のことを調べてくれていたんだ。
 ほんとだね、お父さん。お父さんが選んだだけあるよ。
 ふたりの少女は抱き合い、やがて泣き出し、そして最後には笑顔を見せた。


 ねえ辻井さん。雨の日には、いいことがあるみたい。


 瀬里奈は携帯でメールを打つ。そのメールを覗き見した万理が、何それ、と笑った。
「絵文字ばっかで文字見えないじゃん」
「いいの。わたしの気持ちなの」
「そんなにハートばっかの気持ちって、すごくない? 誰宛よ?」
「大好きな人宛」
「ええーっ? だあれそれ!」


 あのね、辻井さん。やっぱりわたし、雨の日が好きだよ。
 抱いてくれたあの日も、告白聞けた昨日も、万理と会えた今日も、全部雨の日だから。
 愛してるって、夢じゃないよね。現実だよね。そんなこと、言ってもらえると思ってなかったから、本当に嬉しい。
 おかえりって言ってくれたのも、嬉しかった。抱きしめてくれたのも、全部、全部、嬉しかった。
 知ってる? カラカラに乾いてたわたしの心に降った、恵みの雨みたいだったんだよ。

 瀬里奈は愛しい男の姿を思い浮かべた。

 それからね。わたし、やっぱり、辻井さんが大好きだよ。でもこれは今すぐ叶う恋じゃないんだよね。
 今はね、辻井さんが言ってたみたいな関係でいいよ。傍にいてくれて、見守っててくれれば、それでいい。
 でも、待っててね。そのうちわたし、すっごく綺麗で素敵な女になって、辻井さんを振り向かせちゃうから。
 大丈夫、辻井さんが、どんなにおじさんになっても、わたしは辻井さんが大好きだから。
 だから、それまで待っててね。


「誰ぇ? 教えてよ瀬里奈!」
 万理といつものようにはしゃぐ。戻ってきた。わたしのいつもの楽しい生活が、戻ってきた。
「ナイショ。えい、送信!」
 言いながらわざとらしく窓に携帯電話を向け、ボタンをぴっと押す。
 ちょうどその時、雲の間から太陽が顔を出し、楽しげに笑う少女たちを照らした。
290涙雨恋歌 エピローグ:2007/07/22(日) 18:13:16 ID:7iJSYHZ0
雨上がり


 東征会本部での定例会議のため、辻井は島津と一緒に東征会本部事務所へ来ていた。
 ちょうど昼頃に会議は終わるため、大体数人で連れ立って昼食へ行き、情報収集や交流を深めるのが常である。
 この日も、島津と辻井は自分の兄貴分たちや兄弟たちと、一緒に昼食をとろうと話をしていた。


 会議中は切っている携帯の電源を、島津が会議室を出てから入れる仕草をする。
「おっ、兄弟。結婚しても相変わらず女からか?」
「別れ話かァ?」
「女とは綺麗に切れろよ。それがお前の自慢だろうが」
「いや、もしかしたら、振られてるんじゃないのか」
「そいつァいい。だから今日は雨なのか」
 そんな冷やかしをものともせず、ボタンを操作し、ふと動作を止め、まじまじと携帯のディスプレイを眺める。
 いきなり島津が軽く吹き出し、肩を震わせて笑い始めた。
「おお? 大丈夫か島津。女に振られて頭おかしくなったんじゃねえのか」
「まさか。一番大切な、可愛い女からのラブメールですよ。俺が女に振られることなんか、あるわけないでしょう、杉田の兄貴」
 携帯電話をぱちりと閉じ、その機体に小さくキスをする。
「けっ、これだよ全く」
 ゲラゲラと笑いながら島津たちは歩いていく。
 その後ろをついて歩いていた辻井をいきなり振り向いて、島津は携帯電話を放り投げた。
「返事、お前がしとけ」
 突然のことに驚きながらもキャッチする。
「なあ、辻井。俺が一番だってよ」
 どうだまいったかと言わんばかりに、島津は勝ち誇ったように笑い、事務所から出て行った。


 受け止めた携帯電話を開くと、辻井の視界にピンクのハートマークが飛び込んできた。
 色鮮やかな絵文字がこれでもかと敷き詰められている。動くハート。ふたつ重なっているハート。大きなハート。ウィンクしている女。キスをしている男女。絵文字など普段使わない辻井には初めて見る絵が並んでいる。
 スクロールしていくと、ようやく途中で日本語が見えた。

 お父さんありがとう! 大好き! 世界一大好き! 宇宙一素敵! せりな

 「俺が一番」の意味がわかり、辻井も思わず吹き出した。
「宇宙一素敵な親父さんか。ハハハ。そりゃあ、敵わねえな」
 外に出て空を見上げると、さっきまで降っていた雨が上がり、綺麗に晴れていた。冬の色素の薄い青空に太陽が白く輝いている。
 今まで泣いてばかりいた瀬里奈の心の中の雨が、上がった証拠なのかもしれない。
 

 辻井さんに抱かれた時みたいな音がするから、雨の音、好きだよ。
 夕べ、うわ言で瀬里奈はそう言った。
 雨があがった瀬里奈の心の中に聞こえる音は、どんな音になるのだろう。
 願わくは、そこにまだ俺の音が聞こえていることを。そう、できるなら、死ぬまでずっと。


 さてなんと返信をしようかと、辻井は考え始めた。


―――了
291島津組組員:2007/07/22(日) 18:22:04 ID:7iJSYHZ0
「涙雨恋歌」は以上で終了となります。


長い間、微妙に主従分の足りない作品を連載して、申し訳ありませんでした。
と同時に、それを受け入れてくださったスレ住人のみなさまに感謝します。
どうもありがとうございました。


連載中のほかの作品の続き、楽しみにしています。
また何か思いつきましたら、投下しにくるかもしれませんが、それまでは名無しに戻ります。

繰り返しになりますが、どうもありがとうございました。
292名無しさん@ピンキー:2007/07/22(日) 21:52:56 ID:fq4TWO1r
激しく乙でございます!!
完結編お待ちしてたんですが、
これで終わりと思うと寂しい…
293名無しさん@ピンキー:2007/07/23(月) 01:39:23 ID:2CbDAGj1
感動した。
この板で読んでた作品の中で多分一番感動した。
294名無しさん@ピンキー:2007/07/23(月) 21:50:32 ID:p1t68b3I
島津組さま、『涙雨恋歌』完結編、泣きながら読了しました。
辻井さんと瀬里奈の関係がようやくスタートラインに立ったところで
ハッピーエンドですね。正直、仕事のトラブルで辻井さんが亡くなったり
するんじゃないかと予想してたもんで、そうならなくて安堵しました。

島津パパ、最高です。彩さんとの馴れ初め話とか、尚兄さんの恋愛話を
別の該当スレで読めたら嬉しいです。
何はともあれ、長い間の連載お疲れさまでした つ旦~
295名無しさん@ピンキー:2007/07/25(水) 00:19:11 ID:FFIRqvFX
作品が完結する瞬間に立ち会えた喜びと、
作品が完結してしまった寂しさが混在している…

今までお疲れさまでした。
新作の構想など出来たらまた投下してくださると嬉しく思います。
296名無しさん@ピンキー:2007/07/28(土) 16:17:16 ID:vIJFn5R1
ありがとう
295さんが全ての代弁をしてくれた
ありがとう
297名無しさん@ピンキー:2007/08/02(木) 13:05:12 ID:g+klaKPW
ほしゅ
298名無しさん@ピンキー:2007/08/06(月) 02:01:01 ID:8Nk3AfSO
保守
299名無しさん@ピンキー:2007/08/06(月) 11:07:45 ID:TLsumuwN
ハイパーあんなの霞と運転手の藤原…
天王寺きつねが同人書いてたな…
300名無しさん@ピンキー:2007/08/10(金) 06:57:41 ID:sx9nBQxB
ほしゅ
301保守:2007/08/13(月) 04:30:52 ID:9pSj1AHE
お嬢様の結婚が決まった。
相手も申し分ない。家柄は言わずもがな、大変ご優秀なお方である。
一介の使用人である自分に対してもよくしてくれるし、何といってもお嬢様を何より大切にしてくださる。
お嬢様のほかに、この家の跡継ぎはいない。
お家はいずれなくなってしまうではあろうが、血を残すことはできる。

何より、自分の中で日に日に大きくなっていく想いを断ち切ることもできる。
お仕えすべき方にこのような邪な想いを抱くなど、あってはならないこと。
あってはならないことなのだ。

お嬢様がこの家を出られ、嫁いでいくまで後数日となった。
いつものようにお嬢様が寝られるのを確認し、屋敷の見回りをし、自分の部屋に戻る。
あとわずかでお嬢様の部屋に行くことはなくなる。
今までの日課が、あと数日で変わってしまうのだと考えると、寂しいものがある。
だがしかし、この日課が終わることは喜ばしいことなのだ。
そう自分に言い聞かせ、仕事着を脱ぎ、寝る体勢に入る。

ここ数日はどうにも寝つきが悪い。
横になっても落ち着かない。眠いのに、眠いはずなのに、眠れない。
そんなときは茶を入れることにする。花の香りがするその茶は、安眠効果があるらしい。
行きつけの店で買ったものだ。この店の茶は、お嬢様のお気に入りでもある。
だが、うっかりしていた。ここのところ毎晩のように飲んでいたせいか、いつの間にか茶葉がなくなっていたようだ。
そういえば、この間店主がなにやら見知らぬ茶葉をくれたような気がする。いつも買ってくれてるから特別だよ、と。
気分がもやもやしているときにいいらしい。
安眠効果があるかは知らないが、少なくとも気分は晴れるだろう。そうすればすっきり眠れるに違いない。



302保守:2007/08/13(月) 04:32:27 ID:9pSj1AHE
茶葉に湯を注ぐと同時に、部屋の戸を叩く音が聞こえた。
この屋敷はもろもろの事情で、使用人が自分と自分の養父母しかいない。
そのどちらかだろうと思い、戸を開けると
そこにいたのは寝巻き姿のお嬢様だった。

自分とはあまり年が変わらないはずだが、お嬢様はずっと年上のような、大人びた雰囲気をお持ちだ。
年老いた大旦那様、若くしてなくなられた若旦那様に代わり、ここ数年、ずっとこのお家を支えてきたのだ。
かつての繁栄は見る影もなくなってしまったが、この家の名は衰えていない。
お嬢様は気高く、凛々しく、美しい。
だが今、目の前にいるお嬢様は、ひどく幼く、そして弱弱しく見える。
只ならぬことがあったのかとも考えたが、自分と話がしたいだけだと言う。
確かに、最近は婚礼の準備で忙しく、あまり話をしていなかったように思う。
それにしても、夜更けに寝巻きで、しかも若い男の部屋に来るなど、無防備にもほどがある。
普段なら追い返すところだが、―そもそもこのように来たことは一度も無かった、が、部屋に招きいれた。

甘く、不思議な香りが部屋を満たしている。先ほど入れた茶葉の香りだ。
お嬢様はもの珍しそうに部屋を見まわしている。面白い部屋だ、といい、笑った。
自分はあいまいな返事をする。なぜだか、お嬢様から目が離せない。
いつもはまとめている髪が、お嬢様の首筋周りを覆い、肩に、鎖骨に、触れている。
寝巻きの端からのぞく白い肌。お嬢様を形作るなだらかな曲線。目を離せないことに気づき、自分がいやになる。
茶を入れる動作に移ることで、目をそらす。変に思われてはいないだろうか。
自分の中の、奥のほうから湧き上がってきた何か、は、目をそらしたことで抑えられた。
この部屋には幸いカップが二つある。しかし、お嬢様に差し出せるような代物ではない。
迷っていると、なにやら楽しそうなお嬢様の声。私に茶はくれないのか、と言う。
戸惑ったが、茶の入ったカップを渡した。汚れているわけではないが、渡すことに抵抗がある。
気にする様子も無く、お嬢様が茶を飲む。私も口をつけた。甘く不思議な香りが、口の中に広がる。


303保守:2007/08/13(月) 04:33:31 ID:9pSj1AHE
そのまま他愛の無い話に移る。自分がこの屋敷にもらわれてきた当時の話や、お嬢様のしたいたずらの話。
お嬢様と自分が出会ってからの数年、いろんなことがあった。楽しかった。
ふと、先ほどまでの楽しそうな雰囲気が消え、お嬢様がはうつむいた。そのままぽつり、ぽつりと話し始める。


話は結婚することに対しての不安だった。ように思う。
うつむいたお嬢様を見て、抑えていた何かがまた湧き上がってきた。
話を聞けない。体の奥底から湧き上がってくる「何か」を抑えることで精一杯だ。
頭がぼんやりとする。甘い香りが、霞となって目の前を覆っているような感覚。

お嬢様が顔をあげた。
いつも凛々しく輝いていた瞳が不安げに揺れている。今にも泣き出しそうだ。
柔らかそうな唇はわずかだが開いている。
そしてひどく小さく、頼りなげに見える。

名前を呼ばれた、気がした。
気づけば、自分はお嬢様を掻き抱いていた。
小さく見えていたのは嘘ではなかった。お嬢様の肩は細く、今にも崩れてしまいそうだ。
こわばってはいるが、柔らかい。
抱きしめたまま少し体を離し、視線を合わせる。
そのまま唇を重ね、何度も何度も重ねたが、重ねるだけでは飽き足らず、そして

304保守:2007/08/13(月) 04:34:54 ID:9pSj1AHE
夜中の勢いで気づいたらこんなことに
だが寝る。スレ汚し失礼しました。
305名無しさん@ピンキー:2007/08/13(月) 21:36:20 ID:VLzzuCUQ
なんという寸止め…

続きを激しく待ち望みます。
がんばれ、夜中の勢い。
306名無しさん@ピンキー:2007/08/14(火) 02:32:52 ID:r2rJgSbw
>>保守!!
貴様、良い所で・・・!!!!!!!
307名無しさん@ピンキー:2007/08/14(火) 23:44:04 ID:6k2d51N6
>>304
もう起きておくれよ
そしてつづきを…!
308301:2007/08/15(水) 03:19:39 ID:OnoKYJOa
夜中の勢いで保守をしたら思わぬ反応をいただきびっくりです。ありがとうございます。
寸止めはさすがにまずいかと思い直し、再び夜中の勢いにかけてみました。
が、
途中までで勢いが途切れたので今日はもう寝ます。
ていうかオチが思いつかない(´・ω・`)

309唯一:2007/08/16(木) 02:25:29 ID:TrOSTibE
夜中の勢いを希望しつつ、投下
310唯一:2007/08/16(木) 02:26:27 ID:TrOSTibE
「……セラフィナに違いないな?」
「は、はい…」
ファリナが念を押すと、扉の向こうから戸惑いを含んだ答えが返ってくる。
それに一つ頷いて、ファリナは口を開いた。
「ならば入れよ。構わぬ」
すぐ傍と扉の向こうで絶句するのを感じたが、ファリナがもう一度促すと、侍女が扉から離れる音が聞こえた。
「よい、のですか?」
おそるおそるといった態でアルスレートは問いかけた。
「構わぬと申したであろう」
「ですが」
「セラフィナならばよい。あれが私の敵になることなど有り得ぬ」
きっぱりと断言され、アルスレートは口をつぐんだ。
ファリナがこうもきっぱりと断言するということは、確信を持っているということに他ならない。
ならば、アルスレートに言うべき言葉はないのだ。


室内に足を踏み入れたセラフィナは寝台の傍らに歩を進めると、優雅な仕種で跪き頭を垂れた。
何があったか容易に悟ることが出来る、雰囲気と名残を気にすることなく。
その、玉座の君主に対するようなそれに、アルスレートは内心驚いていた。
アルスレートの内心の驚きに気付くこともなく、セラフィナは声がかかるのを待った。
「久しいな、セラ」
「はい。お久しゅうございます」
セラフィナは顔を上げ、ふんわりと微笑む。それはさながら、春の日差しのよう。
「そなたが寵姫になっているなど、驚きであったわ」
「ふふ。わたくしも驚きましたわ、我が君がおいでになるなど…」
「我が君と申すなと言うたであろう」
「では、お姉様」
くすくす、と鈴を転がすような笑い声が零れた。
「ふむ…まぁ、それならよいわ」
くつりと笑みながらアルスレートに寄りかかり、ファリナはすっと手を伸ばす。
セラフィナはそっとファリナの手を取り、その指先に口付けて押頂いた。
さらり、と肩口からセラフィナの髪が零れる。
ファリナがそれを払い、頬を撫でてやると、セラフィナはうっとりと瞳を閉じた。
触れられ嬉しくて堪らない、と、如実に告げるセラフィナの表情。
その表情を見た瞬間、アルスレートの脳裏に浮かんだ、友の呆れ切った顔と声音。
『撫でてもらったくらいで蕩け切りやがって…そのツラどうにかしろ、この姫馬鹿』
そのときは馬鹿とはなんだと思ったが、セラフィナの顔を見て納得する。
――ああ、確かにそうですね
そう思ったときには、くすりと笑んでいた。
「どうなさいましたの?」
「いいえ。…ただ、貴女も姫馬鹿なのかと思いまして」
初対面の貴婦人に対する言葉ではないと思う。
しかし、言われたセラフィナは気分を害することなく、まぁ、と、目を丸くした。
そうして、やんわりと微笑む。
「そうかもしれませんわね。…も、とおっしゃるからには、貴方様もですの?」
「ええ。撫でられただけで嬉しくなるような馬鹿です」
「あらあら…同じですわね」
ころころと可笑しそうに笑いながら、セラフィナは同意を示した。
きょとんと首を傾げるファリナに揃って笑みを零す。
ファリナにはわからなくともいい。アルスレートとセラフィナにわかっていれば。
アルスレートとセラフィナは、すでに互いを絶対の味方に据えた。
ファリナの敵に回ることなど有り得ない、と、互いに感じたのだ。

311唯一:2007/08/16(木) 02:27:15 ID:TrOSTibE


わたくしは、かの愚王を許すつもりなどありませんわ、そう言ったセラフィナの瞳は凍て付く怒りを湛えていた。
「……力持たざる弱き者の、我が身苛む戦い方、というものですわ」
さらり、とファリナの手がセラフィナの髪を滑った。
その優しい手つきはセラフィナの心を落ち着ける。
「わたくしは復讐のために身を鬻いでおりますの。反乱軍に属する方々のような力は持ちませんもの。
ならば、使えるものを使うしかありませんでしょう?…わたくしの場合、わたくし自身であったというだけですわ。
触れられたくもありませんけれど、確実に復讐を遂げるためには必要ですもの、いくらでも我慢しますわ。
それに、寵姫、という地位は何かと便利ですの。……こうして我が君…お姉様にお会いすることが叶うように。
…もっともそう長時間とはいきませんのですけれど」
にこり、と、セラフィナは柔らかく甘く微笑む。
確かにそうだ。王の気に入りであるから、一時であろうと後宮を出るなどということが叶っているのだ。
「それで?どうなのだ?」
どう、とは何のことだ、そうアルスレートが思う間もなくセラフィナは答えた。
「あの娘の一派以外は、すでにわたくしの手の内。御下命あらば、いつでも従いますわ」
「上出来だ」
あの娘、とはファリナとほぼ同時期に後宮に上がったもう一人の寵姫のことだろうか。
それは、ほぼ後宮を掌握しているということか。
アルスレートの心情を見透かしたかのようにセラフィナは口を開いた。
「不思議そうな顔をしておいでですわね。それも仕方ありませんわ。……きっと、殿方には理解できませんもの」
「仕方なかろう。それが性差というものであろうからな」
「ええ。わたくしは…いえ、わたくしたちはわたくしたちが生きている間に復讐を終えることがなくともよいのです。
……ゆっくりと誰の目にもわからぬように王家の血を薄め、いずれ一滴たりともその血を引かぬ子を玉座に――
そうして王家の血統がまったく違うものになれば、それが表向きにわからなくとも、血統は滅んだと同義ですもの、それで満足なのですわ」
それは気の遠くなるような歳月がいるのではなかろうか。それすら構わないというのか。
どれほど時間がかかろうとも、と思うものがあっても、それは生きている間に成すつもりのものだ。
事が成るとき生きていなくともいい、とは到底思えない。
そんな思いでアルスレートがセラフィナを見れば、にこりと微笑んだ。
「ですが、ここにきて反乱軍の動きが活発になってきましたでしょう?ですから、わたくしたちも乗ることにいたしましたの。
そのほうが、確かに手っ取り早いのですもの。確実に血を絶やしてくださるでしょうから」
「反乱が成った後は案ずるな。望む者がおるならば、末端ではあるが女神神殿にて受け入れるよう通達しておる」
「それは…我が国の、ですか?」
「そうだ。この国にいては辛かろう」
いつの間にと思わなくもないが、そこを問うても意味はないか、とアルスレートは思い直す。
傍を離れることは多々あったのだ、そのときだろう。やり取りをする時間は十分あった。
「それは有り難きことですわ。寄る辺のない者ほど辛い者はありませんもの」
「末端とはいえ神殿ゆえ、贅沢は出来ぬがな」
「それは構いませんわ。わたくしたちの大半は、静かに穏やかに暮らすことが望みですもの」
それさえ叶うなら、どこでも構わない……それが切実な願いだ。
もしもそれを叶えてくれる人がいたら、迷うことなく従うだろう。
ゆえにファリナの申し出は、願ってもないことだった。
もっとも、セラフィナには予想できていた。優しく聡明なこの方がそう言わないはずもない、と。
「人数を把握しておきたい。聞いておいてくれぬか?」
「はい、承知いたしましたわ。人数は鳥に伝えさせてもよろしいでしょうか?」
「構わぬ。セラもそうそう出歩けるものでもなかろうし、疑われてはかなわぬ」
「はい。それではそういたしますわ。……そろそろ、お暇させていただきたく存じます」
「そうか。…まぁ、長居をして疑われるのもかなわぬし、仕方なかろう」
返答代わりににこりと微笑み、セラフィナはゆっくりと優雅に立ち上がった。
しゅすりと衣擦れの音をさせて扉に歩み寄ると、振り向いた。
「今しばらく睦んでいる時間はありますわ」
うふふ、と、楽しげに微笑むと、セラフィナは出て行った。

312唯一:2007/08/16(木) 02:28:14 ID:TrOSTibE


「驚き、ました」
ぱたん、と閉じられた扉を見つめ、アルスレートは呟いた。
「そうか?」
「ええ。私はあの方を存じませんので」
不思議そうにするファリナにそう答える。
しばらく考え、ああ、とファリナは頷いた。そういえばそうだった。
アルスレートが遠征に出ているときに使節の一人としてやって来たセラフィナと出会い、膝を折られたのだった。
「そうであったな。……セラは…セラフィナは私の傍に控えることのない者だからな。
セラの一族は特殊でな。たった一人、と己が生涯仕える主を決めるそうなのだ。しかしその主の傍に控えるとは限らぬ。
……あれは人を癒すことを使命とする、治癒師の一族ゆえ」
主を持ってもその主のためだけではなく、すべての人のために世界を巡る治癒師の一族。
武力こそ特筆すべきものではないが、その一族の治癒の力は多くある治癒師の一族の中でも一、二を争うほどだ。
ゆえにその一族であると証明できれば、どんな国であっても無条件で迎え入れられる。
国によっては衣食のみならず、薬や薬草、治療のための器具を無償で差し出す―主には呪によってなされることが大半だが―ところもある。
「その治癒師の一族の一人が、何故?」
「母代わりであった姉とその夫と幼い甥、そして夫を無残な形で殺されたから、だ。
いかに優れた治癒師とはいえ、恨みを持たぬはずもなかろう?」
「そうですね。ひと、なのですから…恨みを持たぬはずもありませんね」
納得して頷きかけ、あれ?、と、アルスレートは思った。
「……王はあの方が治癒師だと、ご存じないのですか?」
「知らぬのだろう。セラフィナは夫の姓を名乗ったままであるからな」
愚かなものよ、と、ファリナは呟いた。アルスレートは頷いてそれに同意する。
それほど高名な治癒師一族なら、少し調べればすぐに知れるはずなのだ。
それすら調べもせず――いかに王の興味が美しい女を侍らせることだけにあるかが伺える。
「あの方は身籠って…」
「おらぬ。もう一人のほうだ。……あの時セラフィナは男を受け入れられる状態ではなかった」
あの時、それを聞いて苦い思いがアルスレートの胸を満たす。
つまり、愛でていた新しい寵姫が身籠り、セラフィナが折り悪く月の障りであったためか――
大切な大切な主にあんなことをしなければならなかったのは……。
後宮の他の女のところに行けば良かったものを、そう思うが過ぎたことはどうにもならない。
313唯一:2007/08/16(木) 02:29:00 ID:TrOSTibE
しかしそれよりも、と、アルスレートは思う。
「貴女は本当に…」
「うん?」
「本当に様々な人に膝を折られるものですねぇ…。あれも、貴女が王となるなら宰相になってもいいぞ、と言っていましたし」
アルスレートは感嘆の息を漏らしながら言った。
あれ、と言われた自国の宰相の首席補佐官を務める男がそう嘯く光景が簡単に想像でき、ファリナは笑った。
「相変わらず尊大なやつだ、そなたの友は」
「そうは思いますが…能力は確かですし、根は良いのでよいのではないでしょうか。宮廷では猫も被ってますし」
「あの激変振りには驚いたが…私に素を表すということはそれだけ信用されているのであろうから、悪い気はせぬ」
「貴女のそういうところが、臣民に愛され、忠誠を捧げられるんですよ」
そう言いながら、アルスレートはファリナを抱いたまま背後に倒れこむ。
ファリナの月色の青銀と、アルスレートの豊穣の麦色が混ざった。
二人分の重みを受けても、倒れこんだ程度で最上級の寝台が軋みをあげることはない。
そんなものか、と、不思議そうに首を傾げながら、ファリナはアルスレートに擦り寄った。


ひくり、と、腕の中のファリナが震えているのを感じ、アルスレートは意識を浮上させた。
ファリナを抱きしめたまま、いつの間にか眠っていてしまったらしい。
それをいささか恥じはするが、まずはファリナだ、と声をかける。
「どうしました?」
「……いや、なんでもない。案ずるな」
口元に手を当てているが、顔色まではファリナの背後から差し込む光でわからない。
訝しみ、確かめるようにアルスレートはもう一度問いかけた。
「まこと、ですか?」
「うむ、大事無い。……そろそろ起きねばなるまい?」
「………ええ、そうですね」
気にはかかるが、大事無いとファリナが言い張るなら、それ以上はアルスレートには言えない。
アルスレートが腕の力を抜いてやると、ファリナは髪に光を散らしながらゆっくりと起き上がった。

314唯一:2007/08/16(木) 02:29:59 ID:TrOSTibE
あげちゃった…
ごめん、ばかおれ
315名無しさん@ピンキー:2007/08/18(土) 10:21:08 ID:WZH/6+jV
みなさん素晴らしい作品ばかりなんだけど、たまにはお気軽でストレートな
Hが読みたいなあなんて思ってるオレは空気嫁てないのか…?
316コンラートとクリスティン_1:2007/08/19(日) 23:46:21 ID:yb98dTp5
>>315 お気軽でストレートっていうとこんな感じ?
保守がてら書いてみた。
でもエロなし、ごめん。


「ねぇコンラート。クリスが大きくなったらお嫁さんにしてくれる?」
 何の前触れもためらいもなく、少女はコンラートの腕を引きながら「おねだり」を口にする。
 ココアが飲みたいとか、本を読んでとか、抱っこして、と同じ口調で、とんでもないおねだりだ。
「……旦那さまがいいとおっしゃったらね」
「ほんとう? お父さまはコンラートならいいって言っていたわ!」
 …………まじですか。旦那さま、いいんですか。あまり素性の知れないただの家庭教師ですけど、いいんですか。
 まったくここの主人は末娘に甘い。
 コンラートは嘆息した。
「約束よ、コンラート」
 不安げにコンラートを見上げる鳶色の瞳に向かって、彼は出来るだけ穏やかに微笑んだ。
 両手を伸ばして、お嬢さまの小さな身体をひょいと抱き上げる。
 あ、と声を上げたクリスティンをひざの上に座らせて、額をぶつけて大きなガラス珠のようにきらめく瞳を覗き込む。
「ええ、クリスさま。約束です。お嬢さまが心変わりしない限り、私はあなたのもの」
「心変わりなんて、しないわ。コンラートより大事な人なんていないもの」
「今はね。でもこれから、学校にも行くし、社交界にデビューもするでしょう?」
 鳶色の瞳が潤む。
 泣きそうに眉根を寄せて、クリスティンはその可愛らしいくちびるを尖らせた。
「どうしてそんないじわるを言うの?」
「いじわるじゃない。お嬢さまがあまりに可愛いから、心配なんですよ」
 くしゃりと前髪を撫で上げると、クリスティンはその顔を耳まで真っ赤に染めてうつむいた。
 ああ、可愛い。
 食べてしまえたらどんなにいいだろう。
「どうかそのままでいてくださいね」
「……コンラート、だいすきよ。ずっとそばにいてね。コンラート」
 約束ね、とにっこりと微笑んで、小さなレディはコンラートのくちびるに、そっとばらの様な自身のそれを重ねる。
 触れるだけの、キス。
 あまいあまいくちづけに、コンラートの胸はまるで少年のように高鳴った。

317コンラートとクリスティン_2:2007/08/19(日) 23:47:47 ID:yb98dTp5
*

 おとぎ話のような恋物語は、当人の予想を大きく裏切っていたって順調だった。
 あれから数年後に旦那さまがコンラートに出した条件は、クリスティンにつりあうような男になるべく教育を受ける事、たったそれだけ。
 おかげで二年も全寮制の学校へと追いやられたが、元々勉強は嫌いでないコンラートの苦悩といえばただ、クリスティンに会えないことのみだった。


 小さかったクリスティンは、周囲の期待通り立派なレディに成長した。
 亜麻色のさらさらとまっすぐに伸びた美しい髪。
 大きなガラス珠のような鳶色の瞳。
 陶磁器のように白い肌。
 さくら色の頬、ばら色のくちびる。
 人形整った顔立ちは間違いなく母親譲りだ。

 ただその美貌は、先ほどの夕食時から一度もこちらに向けられる事がない。
 二年ぶりに再会を果たしたというのに、ちらちらとコンラートを盗み見ては目を逸らし、行儀悪くがちゃりとナイフを取り落とす。
 母親である奥さまは「まぁこの子ったら照れてるのね」などとのん気にうさぎをほおばり、父親である旦那さまはにこにこと機嫌よくワインを揺らした。
「わたし、先に戻ります」
 言うが早いか食堂を出て行ってしまったクリスティンを追いかけて、彼女の私室まで押しかけたのだ。

 コンラートを招き入れたものの部屋でも彼女の態度は変わらず、チェアからそわそわと立ち上がってはベッドに座り、何か思い立ってまた立ち上がる。
「そうだ、お茶を持ってきます」
「いいえ、先ほどワインをいただきましたから」
「……美味しいお菓子もあるのよ?」
「いいえ、クリスさま」
 そっとクリスティンに近づき、細い手首を握る。
 ぴくりと、彼女の細い肩が震えた。
 ひざまずいて、白い甲にくちびるを落とす。
「あ、コンラート……!」
 驚いたクリスティンが、とっさに手を引くが強く握って放さない。
 くちびるを放してじっと彼女を見上げ、両の手でそっと白魚のような手を握りこんだ。
「コ、コンラート、放して……」
「なぜ?」
「だめなの」
「なにが?」
「だって、」
 鳶色の瞳が揺れる。
318コンラートとクリスティン_3:2007/08/19(日) 23:48:51 ID:yb98dTp5
 つややかな髪が、うつむいた彼女の顔の周りにさらりと落ちて、その表情を隠した。
 もしかして、とコンラートは思い至る。
「……お心が、変わりましたか?」
「え?」
 約束よ、と可愛らしい声音が耳の中でこだまする。
 所詮、子供の気まぐれだったのだ。
 振り回されて、この歳で学校へ入れられたりもしたが、これも仕事だと割り切ればいい事だ。それにこの二年間はきっと無駄ではない。
「どなたか他に、お好きな方が? でしたら私は大人しく身を引きますよ」
 元々、身分が違いすぎたのです。
 すっと手を引いて、コンラートは立ち上がる。
「クリスティンさま。どうかお幸せに」
 驚きに両の瞳を見開くクリスティンにうやうやしく礼をし、コンラートはきびすを返した。
 その腕に、クリスティンがすがり付く。
「まって、ちがうの!」
「は?」
「見ないでっ」
 振り返ろうとしたコンラートは、クリスティンの悲鳴のような声に吃驚する。
 はい、と低く呟いて、お嬢さまの次の言葉を待つ。
「あのね、あの」
「はい」
「ほんとうは髪を巻こうと思ったの。でもアイロンの調子が悪くて。
 手をやけどしてしまって、お姉さまにもうアイロンは使ってだめだと叱られたわ。
 お洋服もね、新しいのを先週買ったのよ。でも今朝、紅茶をこぼしてしまったの」
「…………はぁ、」
「夕べ、とうとうあなたに会えるんだと思ったら寝られなかったの。
 それで、今日はとってもくまがひどくて、顔を、見て欲しくなかったの」
 ごめんなさい、と小さく呟いて、ますますぎゅっとコンラートの腕を強く抱き込んだ。
「だってコンラート、とっても素敵になってしまったんだもの。
 胸がどきどきしてしまって、顔を見てはとてもじゃないけど話せないわ」
 うつむいた陶磁器の肌が、確かに真っ赤に染まっている。
 腕に押し付けられた胸のふくらみの奥から、たしかにどくどくと高鳴る心臓の音が伝わった。
 喉の奥でクスリと笑って、コンラートはクリスティンの背に腕を回す。
 驚いたクリスティンが慌てて彼の胸を押し返すが、構わずに強く抱き締めた。
「これなら顔は見えないでしょう?」
「……でも、余計にどきどきするわ」
「私もですよ」
「コンラート?」
「私も、どきどきしています。会いたかった、クリスさま」
 ぴくりと細い肩が震えて、クリスティンの両腕がおずおずとコンラートの背に回される。
 クリスティンが耳を胸に押し付けるように顔を埋めて、やがて小さく吐息のような笑い声を漏らした。
「ほんとうだわ。どきどきしている。一緒ね」
 頭のてっぺんにくちづけを落とし、そっと指どおりの良い亜麻色の髪を撫でる。
319コンラートとクリスティン_4:2007/08/19(日) 23:50:11 ID:yb98dTp5
「あのね、とっても、とっても会いたかったのよ」
「ええ」
「あなたが帰ってきたら何を話そうか、毎日考えていたの。
 お手紙も嬉しいけど、やっぱり顔を見たいでしょう?」
「顔を見ない事には、キスもできませんしね」
「コンラート!」
 おや、とコンラートは意地悪く笑う。
「あの時はクリスさまからキスをくださったのに」
「だ、だってあれは」
「キスをしても? 目を閉じますからお顔は見えませんよ」
 言いながらそっと首の後ろを撫でてやる。
 首筋も、背中も、ありったけの慈愛を込めて優しく撫でる。
 こんなにも穏やかな感情が自分の中にあることを、クリスティンが教えてくれた。
「………………い……いわ」
 たっぷりと迷ったあと、クリスティンが小さく頷く。
 顎を軽く掴んで、くちびるを盗んだ。
 額をぶつけて、鳶色の瞳を覗き込む。
 コンラートの瞳をうっとりと眺めていたクリスティンが、やがてもごもごとお得意の「おねだり」を口にする。
「……コン、ラート…………あの、大人の、キスをちょうだい」
 言いながらもどんどん顔を俯かせてしまうクリスティンの顎を、少々乱暴に引き上げて再びくちびるを重ねた。
 お望みどおりの、深い、深い口付け。
 薄く開いたくちびるから強引に舌を割り入れ、歯列をなぞる。
 驚いて引っ込んでしまった舌を攫って、ねっとりと絡ませた。
 コンラートの背に回っていた両手が、彼の二の腕をぎゅっと掴む。
 ひざががくがくと震えだし、崩れ落ちてしまう前にコンラートはくちびるを開放した。
 ほう、と吐息を漏らし、潤んだ瞳でクリスティンはコンラートを見つめる。
「大人のキスですよ、クリス様」
「…………クリスって、呼んで」
「クリス、クリスティン」
「もう一度」
「クリス?」
「コンラート、だいすき。小さい頃と変わらずにだいすきだわ。こういうの、愛っていうのかしら」
 鳶色の瞳が、にっこりと笑う。
「愛しているわ、コンラート」
「ええ、私も。愛しています、クリス」
 どちらともなく、くちびるを寄せ合って、それからクリスティンが本当に崩れ落ちてしまうまで幾度も幾度も「大人のキス」を交わした。
 レディとはいえまだ大人になったばかりのクリスティンとコンラートが「大人の関係」になるのは、もう少しだけ先の話。


*
以上です。
勢いでやった。後悔はしていない。
320名無しさん@ピンキー:2007/08/20(月) 00:36:06 ID:qG0/RX1U
乙!
続きも是非読みたいです。
321名無しさん@ピンキー:2007/08/20(月) 01:20:46 ID:c9B070+M
キリのよいここまでで結構、わがままに付き合う必要なし。
322名無しさん@ピンキー:2007/08/20(月) 02:42:19 ID:rGurlo6/
しかし自分も、もし続きがあるな ら 読みたい。 
だが作者さんが特に続きを考えてないということなら無理を言うつもりはない。

まあなんだ、GJ!
323名無しさん@ピンキー:2007/08/20(月) 04:48:19 ID:Mw2Jwnja
309
唯一シリーズ、待っておりました…!
姫馬鹿イイヨイイヨー
324名無しさん@ピンキー:2007/08/20(月) 04:51:05 ID:Mw2Jwnja
ちょ、309ってorz
吊ってくる
325名無しさん@ピンキー:2007/08/20(月) 09:01:28 ID:ZlmouhIu
あー、良いわこの話。GJ!
326名無しさん@ピンキー:2007/08/20(月) 21:52:40 ID:fGTqIT5V
一瞬、砂の城・・・!?かけおちで引き離されるのか?と思ってしまったのは内緒だ。
327名無しさん@ピンキー:2007/08/21(火) 09:54:53 ID:42wv/VlN
フランシスとナタリーっすね(笑)
328名無しさん@ピンキー:2007/08/22(水) 13:34:22 ID:tII5684C
唯一もコンラートもGJ。

で、ここまで、保管庫に保管済み。作者のみなさま、何か不都合あるようなら、修正してください。

SSが投下されるのは嬉しいけど、「ああまた保管しなくっちゃ」と思ってしまう小心者。
三章の途中からずっとひとりで保管しているのだが、せっかくのwikiなので、
他にも保管作業やってくれる人がいると助かります。(保管庫管理人さんじゃないんだけどね)
329名無しさん@ピンキー:2007/08/22(水) 17:52:29 ID:UYzM7YOf
乙です
330名無しさん@ピンキー:2007/08/22(水) 18:06:32 ID:5XfoNEeE
そっか そうだよね
いつもありがとうございます。
次から気を付けます。
投下のついでに保管するとかね
331uni ◆/pDb2FqpBw :2007/08/24(金) 20:11:43 ID:on2pLuBb
すみません。ご無沙汰しております(2年くらい)
初代スレで以下のような連作を書いたのですが、
最終話を書くとか言って書いて、しまいこんで投下してませんでした。
今更といえばあんまりにも今更なんで
もし覚えている方いれば最終話落とさせて貰うです。

http://wiki.livedoor.jp/slavematome/d/%3c%e0%e8%e0%e1%3e
http://wiki.livedoor.jp/slavematome/d/%3cWhat%27s%20Going%20On%3e
http://wiki.livedoor.jp/slavematome/d/%3c%be%f2%b7%ef%3e
http://wiki.livedoor.jp/slavematome/d/%3c%a4%ab%a4%b5%a4%b5%a4%ae%a4%ce%b7%b2%3e
http://wiki.livedoor.jp/slavematome/d/%3c%ce%f8%b0%e1%3e

332名無しさん@ピンキー:2007/08/24(金) 21:21:16 ID:b0kUvxi7
>331
お待ちしておりました〜是非是非投下を!!!
時々読みなおしてはお嬢様に萌えて降ります
333uni ◆/pDb2FqpBw :2007/08/24(金) 22:19:46 ID:on2pLuBb
<Two Beds and a Tea Machine>

むしむしとした店の中、開け放してある古びたドアから入り込んでくる風がひんやりと涼しく感じられる。
いつの間にか若葉の季節が来ているのだなと思う。
梅雨が明ければ、夏が来るのだろう。

「で、それでどうなったんだ?」
と、俺が勢い込んでそう言うと、初老の男は胡乱な目つきでこちらを見やってきた。
手に持ったブランデーのグラスをくぴりと傾ける仕草が堂に入っている。

「どうってなにがだ?」
「そんなもの決まってるだろう。その二人さ。男の方は逃げたんだろう?」

「ああ、逃げた。逃げるつもりだった。」
「逃げるつもり?」

ふうと溜息をつくと、初老の男は空になったグラスをカウンターに置いた。
目ざとくそれを見つけた女主人であろう老婆がよたよたと受け取りに行く。
老婆は座りが悪いのか、もごもごと入れ歯を直しているし腰も曲がっている。
老婆といっても60や70の並みの老婆ではない。100歳位にはなっているような気がする。
詳しい年齢など判らないがまあ、相当なものだ。
334uni ◆/pDb2FqpBw :2007/08/24(金) 22:20:20 ID:on2pLuBb

「男はな。逃げられなかった。」
男は苦渋の表情を浮かべながらそう囁いた。
その瞬間老婆がふぇっふぇっという奇妙な笑い声を上げる。

「どういうことだよ。」
「捕まったんだよ。行きつけの飲み屋で飲んだくれているところを。」
「なあんだ。逃げなかったのか。」
なさけねえ男だなあ。と呟くと初老の男は不愉快そうな顔をしてギロリと睨み付けてきた。

「そうはいうけどな。お前はもしそういう時に逃げていけるところでもあるのか?」
「そんなもん電車でも船にでも飛行機にでも乗ってどっかいっちまえば良いじゃねえか。」
北に南に行く所なんてどこにでもあるだろう?

「民間人が乗れる飛行機なぞなかった。汽車を使ったってどこ行くんだ?北か?南か?」
「そんなもんわかんねえけど。北と南に長いんだしどっちかだろうな。」
「そんなことじゃいざ逃げる時もわからないんだよ。」
「いざ逃げますって時になったら思いつくだろうよ。」
「いざそうなると、それこそ思いつかないんだよ」
男は両手を竦めておどけた様に言うと、くるりと体ごとこちらに向き直ってきた。
335uni ◆/pDb2FqpBw :2007/08/24(金) 22:26:05 ID:on2pLuBb


「文句ばっかり言いやがって。お前があれじゃないか。
 どこぞの大企業の娘だっけ?
 それに好かれてるんだけど俺なんかとかうじうじとしてやがるから話をしてやったんじゃねえか。」
話さなきゃよかった。といって男は眉を上げながらまたブランデーを口に含んだ。

「そりゃありがてえけど、捕まったんじゃあんまり参考にならねえよなあ。
 上手くあいつの心を傷つけないで、俺なんかと付き合ったってしょうがねえってそう思ってもらえるような、
そういう話なら参考にもなるけどよ。」

「あのな、いつの時代でもお嬢様とかああいった人種は筋金入りなんだ。
 まずもってこうと決めたら諦めを知らない。世間の常識が通用しない。
 そんな上手くいくわけがない。」
336uni ◆/pDb2FqpBw :2007/08/24(金) 22:26:36 ID:on2pLuBb

「そうかあ?頭いいんだからよ、上手く言えば判って貰えるんじゃねえかな。
 俺馬鹿だから上手く言えないけどさ。」

「頭が良いから困るんだよ。生半可な常識論じゃ通用しないからな。」

男が諦めたようにそう言ったその瞬間、店の扉がカランと開いた。
店には不釣合いな壮年の女性がつかつかと入ってくる。
髪の毛にはちらほらと白髪が混じりかけているが
色白で小柄な所といい顔つきといい若い頃はさぞかしと思われるような女性だ。
正直この飲み屋には不釣合いといっていい。
その割りに常連と気軽に挨拶なんかをしている。

女性は迷うことなく男の隣に座って俺に向かってにっこりと笑いかけると
「おばあちゃん。いつもの下さいな。外はすっごく寒くって。
 こういう時はここのリプトンに限るわ。」
と言った。

男は黙って嬉しそうにブランデーを煽っている。
もう何も話す気は無さそうだった。
337uni ◆/pDb2FqpBw :2007/08/24(金) 22:27:22 ID:on2pLuBb

@@

いつの間にか男は妻の肩を抱いて仲睦まじそうに何事かを話している。
女性の方がなんだか拗ねたような口調で話すと
「判った判った。今度歌舞伎にでも連れて行ってやろう。久しぶりに。な。」
などと囁き、女性は女性で
「口先だけでは嫌です。お酒を飲んでいるときのあなたは信用できませんから。」
などと言ってふんと顔を逸らすが、肩は抱かれたままだ。

お暑い事だ。白けてしまった。
しかしなんだか絵になっている。
常連たちも冷やかすでなく当たり前のようにその光景を受け入れている。
すっかり酔いも覚めてしまった。
随分と長い事話をしていたような気がする。

もういい時間だ。
もう話す事はないだろう。
立ち上がり、コートを羽織りながら男の背中に声を掛ける。
338uni ◆/pDb2FqpBw :2007/08/24(金) 22:27:54 ID:on2pLuBb

「じゃあな。参考にならなかったけど、話は面白かったよ。」

「おお、又来るといい。」
男は前を向きながら手を振る。

だが婆さんに金を払い、歩き出した瞬間ふとある事が気にかかって
俺は振り返って男に声を掛けた。
「なあ、最後に聞きたいんだけどさ。で、その男はどうなったんだ?」

「ん?」
男は振り返った。

「その話だよ。お嬢様に捕まって、その男は一緒に逃げたのか?
それとも元の場所に2人で戻ったのかよ。」
339uni ◆/pDb2FqpBw :2007/08/24(金) 22:28:25 ID:on2pLuBb

「・・・」
俺の問いに男はしばらく考えて、そして言った。

「どっちだろうな。どっちでも構わないんじゃないかな。必要か?それって。」
「・・・必要っつうか気になるってだけだけどな。」

「必要じゃないだろ。お前には。どっちでも同じだ。」
男は勝手にそういうと、もう話はないとばかりに妻の方に顔を向けた。
もう話は終わりという事らしい。

ドアへと向かう途中、後ろから聞こえてくる二人の声を聞きながら
ふと俺はこんな事を想像した。
何十年か前の、こんな風景だ。
340uni ◆/pDb2FqpBw :2007/08/24(金) 22:28:57 ID:on2pLuBb

季節はいつだろう。きっと春だろうと思う。
夜中にお嬢様風の若くて美しい女性が、青年に肩を貸しているのだ。
青年は泥酔状態でふらふらだ。
お嬢様は支えきれなくて何度も、何度もよろめく。
二人はよろめきながら細い道を歩く。
満開から少し散った夜桜が風に揺れている。
道には薄い桃色の散った桜が絨毯のように敷き詰められている。

ふらふらと二人は歩き、そして遂に支えきれなくなったお嬢様は桜の木の下で息をつくのだ。

道には二人の他には誰一人いない。
かすかにどこからか川のせせらぎが聞こえてくる。

「君の事を、いつも想っていた。」
視線は合わせられない。けれども少しだけ背筋を伸ばして。
だらしなく桜の木に背中を預け、その青年は誰にも言わなかった、
そしてその人に言ってはいけなかった言葉を呟く。
341uni ◆/pDb2FqpBw :2007/08/24(金) 22:29:30 ID:on2pLuBb

お嬢様の手が、青年の腰に掛かる。
ゆっくりともう片方の手が握られる。
二人の肩に桜の花が舞い落ちてくる。

「だったら星の彼方になんて行っちゃ駄目よ。これからも一緒にいなくっちゃ。」
青年は子供のように俯く。
二人は手を繋いで、ゆっくりと坂を下っていく。
お嬢様はにっこりと、笑う。

その二人は、その後、長い時間を掛けて当たり前みたいな苦労をして
そして将来、なんでもない事のようにこう言うのだろう。
342uni ◆/pDb2FqpBw :2007/08/24(金) 22:30:07 ID:on2pLuBb

大変?
大変だったに決まっているじゃないか。
苦労の無い恋愛なんて恋愛じゃない。
恋愛ってのはな、砂糖を入れた紅茶のように甘いだけのものじゃ無いんだ。
かといって甘くないわけじゃないぞ。甘みがあって、香りだって素晴らしい。

きっとそれはたっぷり砂糖を入れた紅茶とブランデーを半々に足しこんだような、そんなものだ。
口に入れると奇妙な味で、甘かったり苦かったり、
一度口にしたら二度と飲むものかと思ったりする。
それでいて又、逃れがたい香りに引き寄せられるんだ。

好きな人に苦労なんて誰もさせたくない。
誰もしたくない。
苦労話なんて聞きたくもないだろう?
でも。それでもだ。苦労とそれが、半分ぐらい混ざっているんだとしたら。

お前ならどうする?
って。

343uni ◆/pDb2FqpBw :2007/08/24(金) 22:30:39 ID:on2pLuBb

@@

そう。
あなたが星の彼方に行る私の所に手を差し伸べてくれるのなら。
手の届く所にいてくれるのなら。
こんな酔っ払いと困難を共に乗り越えてくれるのなら
晴れた日には庭に座って、私はブランデーを飲もう。
あなたはあなたの好きな紅茶を飲むと良い。

私は時々あなたの方を向こう。
できればその時、あなたには昔からとても素敵だと思っていた
そのちょっと小首を傾げながらの笑顔を私に見せて欲しい。
もし私が酔っ払ったら肩を貸してほしい。
これからずっと、いつまでも、いつまでも。
誰かが私達を笑いものにしなくなってもずっと。
私もあなたに恥ずかしい思いをさせないように努力するから。
344uni ◆/pDb2FqpBw :2007/08/24(金) 22:31:11 ID:on2pLuBb

人は言う。
身分の差、というのは越えられない壁なのだと。

そして残念ながら身分の差というものが存在する事を私は知っている。
民主主義だのなんだの言ったって世の中には未だにある。残念な事に。
人は絶対に人との間に壁を作ってしまう。
持っているお金がほんの少し違うだけで。
住んでる場所が500m離れてるだけで。
それが人と言うものなら仕方の無い事なのだろう。
歴史的に、常に人の前に立ちはだかってきた高い壁だ。
345uni ◆/pDb2FqpBw :2007/08/24(金) 22:31:41 ID:on2pLuBb

しかし、気づかせてくれたあなたに懸けても私はこれだけは言える。

春の日差しの中で、あなたと見る夢が同じであるという事を。
共に飲む昼下がりの紅茶の香りをあなたと私が同じように感じている事を。
こちらを見て微笑むあなたの美しさがいつまでも変わらない事を。

誰かと共にいたいという気持ちさえあれば、越えられない壁なんてものはないのだ。


346uni ◆/pDb2FqpBw :2007/08/24(金) 22:35:54 ID:on2pLuBb

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まさか投下していないとは思わずフォルダを整理していて青ざめました。
ずいぶん前になるですが連作当初感想、ありがとうございました。
始めましての人は宜しかったらまとめサイト様から見てもらえたらあれです。

またそのうちよろしくお願いします。
では。
ノシ
347名無しさん@ピンキー:2007/08/24(金) 22:57:36 ID:b0kUvxi7
GJ!
諦めかけていただけにラスト読めて嬉しいです
お嬢様が追いかけていくことを決めるまでずっと飲んだくれてたとは男のほうはかなりのヘタレですな
ヘタレ大好きですけどもw

348名無しさん@ピンキー:2007/08/25(土) 00:25:16 ID:3BoxN4th
>>346
紅茶完結ktkr
そのお茶目に食らわされた、この生殺しw

いや、丸く収まってくれて嬉しいです。GJ!
349名無しさん@ピンキー:2007/08/25(土) 10:30:35 ID:MaijVwo4
エロマンガでもこういうのって最近多くなってきて嬉しい
350名無しさん@ピンキー:2007/08/28(火) 07:04:35 ID:pZeO+5vd
投下行きます。

姫君とその元家庭教師。
※ソフト陵辱注意。
351姫君と家庭教師_1:2007/08/28(火) 07:05:28 ID:pZeO+5vd
「おろしなさい! 無礼は許しません! 聞いているの、クラウディオ!」

 悲鳴のような、だが凛とした鈴のような声と、かつかつ、という規則正しい冷静な足音が人気のない廊下に響いている。
 そのあとを、ぱたぱたと小走りの、小動物のような小さな足音が懸命に追いかける。
「マァル、何をしているのっ……早くお行き!」
「そのようなこと、できるはず、ございません……。クラウディオさま、どうかお許しを! 姫さまをお放しくださいませ……!」
 はぁはぁと息を切らしながら、懸命に叫ぶ若い侍女の声などまるで耳に入らぬかのように、黒衣の男は黙々と足を進める。

 肩にあたかも荷物のように担がれた少女が、ゆるく結ばれた見事なストロベリーブロンドの巻き毛を振り乱しながら、後ろ手にくくられ身動きの取れぬ細い身体を捻っている。
 男はそんな抵抗など鼻にもかけず、ずり落ちそうになる身体を抱えなおした。
「姫、私は体力に自信がありません。暴れられると、落としてしまいそうですよ。
 細いあなたの身体など、簡単に骨が折れるでしょうね」
 ぴくりとプリンセスの身体が震え、それまでせわしなくばたつかせていた足が大人しくなる。

「あ、あなた……一体どういうつもり?」
「どういうつもりか? こちらの台詞です」
 目的の部屋に到着したらしく、怒りをあらわにばたんと大きな音を立ててドアを開け放し、ずかずかと中に入り込んだ。
 肩の荷を乱暴にベッドに投げ出すと、入り口付近で真っ青な顔をしながらがたがたと震える侍女に向き直る。
「きゃ……」
 息を呑むように叫ぶ女を無視して、扉を閉め大仰な閂を下ろしてしまった。
 ぽろぽろと涙をこぼし始めた侍女の両手をさらってひざまずかせると、腰にぶら下げていた縄を取り出して、その細い手首をずっしりとした閂にくくりつけた。
「マァル!」
 不自由な上体を懸命に持ち上げその様子を見ていたプリンセスが、顔色を変えて叫ぶ。
「クラウディオ、マァルを放しなさい。その子に罪などないでしょう?」
「ええ、マルギットに姫ほどの罪はありません。これはあなたへの罰ですよ」
「なにをばかなことを!」
 ついでに金具までぐるぐると固定し、マルギットの身動きも扉の開閉も不可能となる。
 プリンセスの忠実な侍女は、ぺたんと冷えた床に座り込んで小鹿のように震えながら、あぁ、と悲痛な吐息をもらした。
 丁寧に撫で付けた黒い髪と同じ色の瞳をつめたく光らせて、クラウディオはベッドへ歩み寄る。
 片ひざを乗り上げると、後ろへずるりと身を引きずらせたプリンセスの白いあごを掴んだ。
「私は確かに言いましたよね、『この部屋にいるように』と。どうやって抜け出したか、などは問いません。大人しくここにいらっしゃらなかった事が問題なのです」
「だれが従うものですか」
「あなたはご自分の立場がわかっていないようだ……アンネリーゼ姫」
 ぴくり、とアンネリーゼの肩が震えた。
 顎を掴む手を振り解こうと頭を振るが、食い込んだ指先がますます頬を圧迫するばかりだ。
 せめてもの抵抗とばかりに、アンネリーゼはすみれ色の瞳でクラウディオをきつく睨みつけた。
 並みの相手ならそれだけでひれ伏してしまいたくなる威厳と迫力を、黒衣の男はまばたき一つで跳ね返す。
「こうも申し上げたはずだ『これは命令です』と……聞いていらっしゃらなかった?」
「聞いていてよ。でもそれが何か? なぜあたくしが、おまえごときの命を受けねばならぬのか、応えてちょうだい」
「これ以上好きにされては、あなたを守れない」
 はっ、と空気が凍るような音で姫は笑った。
352姫君と家庭教師_2:2007/08/28(火) 07:06:25 ID:pZeO+5vd
 心底ばからしい。
 アメジストのようにきらめく瞳がそう語る。
 だがクラウディオはその鉄面皮を崩さない。

「あたくしを縛り上げたその手で、守ると言うの? 大いなる矛盾だわ。守るつもりならまずは、この縄を解くことね」
「致しかねます」
「ではその汚い手を放しなさい」
 クラウディオは喉の奥で小さく笑い、すっと手を引いた。
 アンネリーゼが穢れを振り払うかのように優雅に頭を揺らした。
 うっすらと目を細めて、プリンセスは脳を回転させる。

 得意の弁論はこの男から習った。
 かつての家庭教師だったこの男から。
 人の心を動かす話し方も、美貌の正しい使用法も、今まで幾度となくアンネリーゼを助けてきた。
 大抵の相手なら、意のままに動かす自信はあるがこの男だけはどうしても駄目だ。
 一生クラウディオには勝てないと、聡い姫君は己の身の程をよく知っている。
 知っていても、負けたままでいるわけにはいかないのだ。

「おまえは、お兄さまの腹心ではなかったの? これはあたくしへの無礼だけでなく、お兄さまへの背信ではなくって?」
「左様でございます。私は王太子殿下より、あなたを、そしてこの国を愛している。ご理解いただいていると存じますが」
「…………その話だったら聞き飽きたわ。何度も言わせないでちょうだい。あたくしは、権力などに興味はなくってよ」
「お気持ちは変わりませんか」
「変わるものですか。あたくしは女帝になるつもりはございませんとお父さま……いえ、陛下にもお兄さまにも何度も申し上げたわ」
「ええ、ですが殿下は疑い深い。あなたが、ご自分の暗殺を計略なさっていると確信しておいでだ」

 だから陛下の信頼を得られないのよ、と毒舌の姫君は吐き捨てた。

 姫の優秀な家庭教師だった男は、仰々しくうなずく。
 その様子はとても、演技がかっていた。
 アンネリーゼはその柳眉を跳ね上げた。

「その通りにございます。何より悲しいことに、殿下が一番愛していらっしゃるのは」
「自分ね。あのナルシスト。で? あの自ら孤独を選ぶ自意識過剰な兄は、妹にやられるまえに妹を殺そうとなさっている?」
「よくご存知で」
「馬鹿にしないで。あんな読みやすい思考はないわ」
「そこまでお判りで、なぜ御身を大事になさらない?」
「しているわ。現にあなたから逃げようとしたでしょう?」
「ああそうでした。護衛もなしで、マルギットとたった二人でどこへ行こうと? 殺してくれとおっしゃっているようなものだ」
「違うわ。くだらない権力争いも、ばかばかしい見栄の張り合いも、後を絶たない婚約者も、二度とお目にかかりたくないの。
 あたくしにはあたくしの人生を生きる権利がある。そうでしょう?」
「その前に、あなたには王族としての義務があります。私が幾度となくお教えしたはず。
 優秀なものが王位につく。まったく不自然ではございません。
 この国の歴史をご覧なさい。3代目も8代目も、すばらしい女帝であられた。
 姫が一言、王位を継ぐとおっしゃれば、私はあなたとこの国に忠誠を誓います」
「意思のあるものが継げばよいでしょう?」
「いいえ、王には王たる才が必要です。あなたはこの国が兄君の代で潰れてもよいと?」
353姫君と家庭教師_3:2007/08/28(火) 07:07:09 ID:pZeO+5vd

 ぎりと絞れた手首が痛い。腕がしびれて、血の巡りが悪くなる。同時に、頭の回転も酷く鈍ってきたと自覚する。
 こんなコンディションではまったくかなわない。
 くだらない討論だが、負けるのはいやだ。

「…………もういいわ。出てお行き。そこの閂を外側からかけてしまえばいいでしょう。もう逃げる気など失せたわ」
「ですがあなたに罰を与えねば私の気が休まらない」
「罰? 寝言は寝てお言いなさいな」
「私があなたにお教えしたのは……語学、法律、歴史、政治でしたね。あなたは素晴らしく優秀な生徒だった……リズ」
「……その呼び方を許した覚えはありません」
 ちっとも悪びれない様子で失礼、と目礼をし、姫、と呼びなおす。
 こういうところも、気に食わない。すべてが癇に障る男なのだ。

「さて、教養はバーナー男爵婦人のご担当でしたか」
「それがどうかして?」
「寝所での作法は習いましたか?」
「クラウディオさま!」
 マルギットの悲鳴が聞こえる。
 何を、と言う前に、肩をとんと押されて、柔らかなベッドに身を沈めた。
「な、なんなの? 作法とは何のこと?」
「では、人は何に屈するか、姫はどうお考えですか?」
「……力、ね」
「力とは?」
「権力よ」
「力と権力は同義語だ。正解は、苦痛と恐怖です。今から私はあなたにそれらを与えます」
 自らの重みで潰れた両の腕が痛い。
 それよりも、今まで見たこともなくつめたく光るクラウディオの黒曜石の瞳が怖い。

 違う。

 こんなのはアンネリーゼの知るクラウディオではない。
 もっと慈愛に満ちた穏やかな男だったはずだ。

 息をのんだアンネリーゼの太股にまたがり、体重を乗せたクラウディオがひややかに姫を見下ろしていた。
「く、屈辱ならもう味わっているわ」
 恐怖ですくみそうになる身体を懸命に奮いたたせ、気丈にクラウディオを睨む。
「いえ、まだ足りません。二度と愚かしい考えなど抱けぬ程の、苦痛と恐怖と、屈辱を」
 おもむろに胸元に手を伸ばす。
 アンネリーゼの着ている持女服は、マルギットのものと同じ淡いグリーンの粗末な生地だ。
「こんなもので、私の目を欺けると……」
 苦々しく吐き捨てると、躊躇いもなく強く引き裂く。
 びりりと安っぽい音をたてて、綿の洋服は縦に裂けた。
「きゃあああっ! 姫さまっ!」
 マルギットの高い悲鳴が響きわたる。
「クラウディオさま、ご恩情を! 姫さまには乱暴をなさらないでくださいまし……!
 罰ならどうかわたくしにお与えください!」
「……マルギットはああ言っていますが、どうなさいます?」
「マァルに手を出したら、あたくしがあなたを殺すわ」
「承知いたしました」
「姫さま! いけませんっ」
354姫君と家庭教師_4:2007/08/28(火) 07:08:06 ID:pZeO+5vd

 マルギットが何をそんなに慌てているのか、世俗に疎い姫君には理解ができない。
 ただ目の前の男はアンネリーゼの肌を晒して辱めを与えようと、ぼろきれを纏わせて惨めな思いを味あわせようとしているのだと思った。
 その程度の屈辱なら甘んじて受けようと、すでに覚悟はできていた。

 がたがたと閂が揺れている。
 戒めを振り解こうとマルギットが暴れているのだ。
 そんなに暴れては縄が食い込み、あの可愛らしい手首が痛々しく擦り切れてしまう。
「マァル、あたくしは――」
 大丈夫よ、声を張り上げようと開けた口に、クラウディオが素早く自分の胸元を飾るスカーフをするりと抜き取って強引に詰め込んでしまう。
「ううっ!!」
「失礼。舌を噛まれては危ないのでね……我慢なさってください」
 苦しげに身をよじる姫君の下肢に手を伸ばし、勢いよくスカートを捲くり上げるとまるで魔法のようにすばやく下着を剥ぎ取ってしまう。
 あまりのことに思考が付いていかないアンネリーゼは、見開かれたアメジストの瞳に呆然とクラウディオを映している。
 白いふくらはぎを撫でて膝裏に手をかけると、ためらいもなく膝の頭がベッドにぶつかるほど左右に大きく開かせて、誰にも見せたこともない秘部があらわになった。
「んんっ! んーー!!」
「姫さまっ!!」
 羞恥に顔を真っ赤に染めて、抗議の悲鳴を上げる姫君の脳裏に可愛い侍女の声が届く。

 マルギットにこんなはしたない姿を見られている。
 せめて毅然と、クラウディオの言うところの「罰」を受け入れようと身を硬くしたアンネリーゼは、突如身が引き裂かれるような痛みに襲われた。
「んんんんーーっ!」
「姫さまぁっ!」

 マルギットの声が遠い。
 苦痛に顔が歪む。
 逃れようと首を左右に激しく振っても、まるで中央から串刺しにされているようで身動きが取れない。

「これはさすがに、キツいな……」
 クラウディオの低い声が遠くで聞こえる。
 吐き出した悲鳴はすべて口の中の布切れに吸い取られ、呼吸もままならない。
 すみれ色の瞳から、ぽろぽろと零れ落ちた宝石のような涙を、クラウディオの指が拭い取った。
 それはとても苦痛を与える張本人の指とは思えぬほどの優しさを持っていたが、痛みに耐えるアンネリーゼは気がつかない。
355姫君と家庭教師_4:2007/08/28(火) 07:08:43 ID:pZeO+5vd

 ふと、クラウディオの動きが止まった。
 じんじんと体中が痛むがようやく息をつき、姫君は己を汚す男を睨みつけた。
 まだそんな目をするのかと、クラウディオが口元を歪める。
「さぁ、どうします? 私に従っていただけますね?」
 きつく顎を掴まれ、無理矢理に男を仰がされる。
 出来る事ならば、思いっきり行儀悪く唾を吐いてその顔に引っ掛けてやりたいところだ。
 下品な振る舞いが許せぬこの男へのせめてもの報復になっただろう。
 だが口の中の詰め物が邪魔をする。仕方なく顎を掴む細い指を振り切って、勢いよく首を左右に振った。
「ほう、そうですか。残念なことに、まだ途中なのですよ」
 そう言うとクラウディオは更に奥へと腰を進める。
「うぅぅんっ!!」

 一気に最奥まで貫かれて、アンネリーゼの身体が痛みに反れる。

「んんーっ!! ぅんん!」

 抗議の声が漏れ聞こえても、構わずにクラウディオはぎりぎりまで自身を引き抜いて、再び奥まで姫の身体を貫いた。

 三度ほどそれを繰り返し、最奥で一旦動きを止めるとクラウディオはおもむろに、ぐったりとしたアンネリーゼの口から白いスカーフをずるりと抜き取った。

 荒い吐息を繰り返すそのあかいくちびるから、しゃくり上げるような嗚咽が漏れる。
「……いや……どうして、も、イヤ……いや……」
「姫……」
 額を撫で上げるその手のぬくもりは以前と変わらぬはずなのに、何故こんなにもむごい仕打ちを自分に与えるのか、混乱したアンネリーゼはますます理解ができずにただぽろぽろと涙をこぼした。
「まだ、続けますか?」
 残酷な問いに、姫はとうとうふるふると左右に首を振った。
 
 馬鹿な兄王子と生意気な弟妹たち、気を抜くと彼女を陥れようと知略をめぐらす家臣と召使に囲まれて、精神的には否応なく強くならざるを得なかった姫君だが、肉体の苦痛にはまったくと言っていいほど耐性がない。
 薔薇のとげや細い針でその白い指を刺したことすらないアンネリーゼに与える苦痛としては十分すぎるほどだ。
 そしてその苦痛は、アンネリーゼを大人しくさせるには効果的だ。
 もしかしたら姫君自身よりも、クラウディオは彼女をよく知っていた。
356姫君と家庭教師_5:2007/08/28(火) 07:09:28 ID:pZeO+5vd

「も、……やめて……お願い…………」
「私に、従っていただけますね?」
「したがう、わ……だから、やめて……」
「結構」
 短く言い捨てると、クラウディオはずるりと自身を抜いた。
 体内を圧迫する熱から開放され、アンネリーゼは細く長い息を漏らした。
 そのため息が終わるより前に、忘れていましたと呟いた男が、再び固い生殖器を姫君の秘壷に突き立てる。
「ああっ!」
「子を孕めばその子があなたの次の王位継承者です。そしてあなたのお嫌いな婚約者どのたちは身をお引きになることでしょう」
 低すぎる呟きは届かない。
 気にする様子もなくクラウディオは再び腰を大きく動かし始める。
「クラウ、クラウ……おねが、いっ……クラウ」
 すすり泣きの混じったその声は、ともすればもっと貪欲にクラウディオを欲しがる声音にも聞こえた。
 クラウディオは動きを止めて上体をかがめ、姫の耳元で低くささやいた。
「なんて声だ……あなたの可愛いマルギットが聞いていますよ」
「あ、そんな……んんっ、や……クラウ! いやああっ!」
 
 哀れなアンネリーゼは堪えきれない悲鳴のような嗚咽を上げて、ただただ、この時が過ぎるのを待った。
 

357姫君と家庭教師_6:2007/08/28(火) 07:10:05 ID:pZeO+5vd
*

 クラウディオが姫君の家庭教師だったのは一昨年までのことだ。 
 アンネリーゼの知る誰よりも頭のいいクラウディオ。
 博士のように物知りで、学者のように頭の回転が速く、物静かで思慮深い彼は、宰相の息子である身分を差し引いても陛下の信頼に厚い。
 そして父よりも母よりも侍女よりも、アンネリーゼをよく理解していた。

 他者には常に剣呑で射るように鋭いクラウディオの黒曜石のような瞳が、なぜ春の光のように穏やかに暖かなぬくもりをもってアンネリーゼを見つめるのか、彼女は知っていた。

 アンネリーゼはときどき、クラウディオを愛してしまいそうだった。

 しかしそれをさせなかったのは、他でもないクラウディオ自身だった。
 彼女を愛しながら彼女の愛を否定するクラウディオ。
 卑怯な彼を嫌いだと、最近は思っていた。

 
「……姫さま……」
 かわいらしくも悲痛な声音に、重いまぶたを何とか押し上げると、顔をぐちゃぐちゃに歪めて泣きはらすマルギットが、寝台の側にひざまずき姫君を覗き込んでいた。
 その涙をぬぐうために頬に白い指を伸ばし、いつの間にか拘束が解かれているのに気がついた。
「姫さま、気がつかれましたか……」
 ご気分は、といいかけて、マルギットが口をつぐんだ。
 いいはずがない。
 代わりにぎゅっと細くつめたい手のひらを、自分の両手で包み込んだ。
「……クラウは?」
 マルギットは何も言わずに、首を左右に振った。メイド帽からこぼれたこげ茶色のくせ毛がふわりと揺れた。
「姫さま、どうかお忘れください」
「なあに?」
「以前のお優しいクラウディオさまはもういらっしゃらないのです」
「…………」
 アンネリーゼは対比する。

 以前のクラウディオと、
 先程のクラウディオ。

「いいえ」
「姫さま?」
「同じよ。昔からあれはそういう男だったわ。知らなくって?」

 やり方はどうにせよ、先程のクラウディオの発言の中に嘘はない。
 正しく守られるべき地位へ、アンネリーゼを押し上げたいだけなのだ。
 お膳立てはほぼできているのだろう。
 あとはアンネリーゼの意思のみだ。

「…………マァル。お逃げと言ったのに」
「いいえ、アンネリーゼ様。生涯お使えすると、誓いました」
「あたくしはクラウディオの思惑に乗るつもりはないの。よくて投獄生活だわ。お前だけでも、どうか」
「いいえ、姫さま……いいえ」
 言葉につまりまた泣き出した侍女の頭を優しく撫でながら、アンネリーゼは目を閉じた。
 忘れられるものなら忘れてしまいたい。
 このまま永遠に、目覚めなどこなければいいと願いながら、泥のような眠りに身を預けた。
358姫君と家庭教師:2007/08/28(火) 07:15:16 ID:pZeO+5vd
以上です。
お付き合いありがとうございました。

途中4が二つあります、すみません。間違えました。
内容は重複してないので、番号だけスライドさせてください。
359名無しさん@ピンキー:2007/08/28(火) 22:25:57 ID:b7G2y5Gl
GJ。続きが気になるな。
360名無しさん@ピンキー:2007/08/29(水) 05:15:10 ID:tfHgwz3O
GJ!!!!!
361名無しさん@ピンキー:2007/08/29(水) 05:16:05 ID:tfHgwz3O
もうすぐ次スレの季節じゃね?ちと早いか?
362名無しさん@ピンキー:2007/08/29(水) 09:56:27 ID:i7CLZCx/
現在450KBだからもちょいかのう
363名無しさん@ピンキー:2007/08/30(木) 03:40:57 ID:B8gmpSxm
>>358
GJ
姫さまをどうか幸せに
364名無しさん@ピンキー:2007/08/31(金) 23:02:35 ID:j1wrxZTc
前戯なしで突っ込む上に、しっかりおったててる鬼畜クラウディオに萌え。
365名無しさん@ピンキー:2007/09/05(水) 23:27:34 ID:FHFy45zt
あげ
366名無しさん@ピンキー:2007/09/05(水) 23:28:41 ID:k8cUH1lM
367名無しさん@ピンキー:2007/09/05(水) 23:29:53 ID:k8cUH1lM
368名無しさん@ピンキー:2007/09/06(木) 21:49:44 ID:3+rpS0un
369名無しさん@ピンキー:2007/09/10(月) 09:50:52 ID:0DH6MddH
370名無しさん@ピンキー:2007/09/12(水) 13:31:20 ID:6uiTax6g
371名無しさん@ピンキー:2007/09/15(土) 02:15:15 ID:EtwlYuvI
ほしゅ
372名無しさん@ピンキー:2007/09/24(月) 22:30:26 ID:JDLm1CeB
全裸で保守
373名無しさん@ピンキー:2007/09/27(木) 22:20:35 ID:/453W0fB
保守
374名無しさん@ピンキー:2007/10/04(木) 00:50:47 ID:Lao24ufe
ほしゅる
375保守:2007/10/10(水) 01:30:42 ID:1YbP0WA8
>>301 の続きをちょっとだけ
ごめんね、終わってなくてごめんね

少しだけ開いていた唇を開かせ、舌を入れる。
お嬢様のものと、自分のもの。2つの舌が絡まり、ぬるりとした感触が伝わってくる。
突然のことに驚いているのか、お嬢様ははされるがままだ。
つ、と細い糸がのびた唇を離すと同時に、ベッドに押し倒し、お嬢様に覆いかぶさる形に体を移動させる。
驚きとおびえの混じった瞳が、自分を見上げている。
お嬢様が唇を動かした。何か言いかけたようだが、言葉にならない。いや、よく聞き取れないのだ。
自分の体に湧き上がってきた何かは獣であるらしい。獣に支配された自分に聞こえるのは、狂おしくも艶かしい啼き声だけだ。
その啼き声はどうすればもっと聞けるのだろうか。もっと聞きたい。
そのまま首筋にむしゃぶりつく。狩りのときに獣が、そこに噛み付くように。
だが、噛み付いて殺してしまってはいけない。啼き声を聞きたいのだから、急いてはいけない。

首筋に軽く噛み付く。そのまま舌を這わせたり、ついばんでみたりする。
啼き声とは別に唇で味わう感触も、非常に美味なものだ。鼻腔をくすぐる、甘く不思議な香りとそれとも違う極上の香りもたまらない。
本来ならば、自分のようなものが、その存在を耳にすることも味わうことも無いはずのものだ。
こんなことは二度とないだろう。そもそも、今起こっていること自体が、靄の向こうのように感じられるのだから。
376保守:2007/10/10(水) 01:42:40 ID:1YbP0WA8
顔を移動させ、鎖骨を舐める。同時に、寝間着の裾に手をかける。全てを味わうのに服は邪魔だ。
白い肌があらわになる。服は着ていないはずだが、小さく震える白い肌は薄紅色の衣をまとっているように見える。
乳房を揉みしだき、先端をつまみ、弾き、銜え、しごく。熟れた果実は柔らかく、自分の手の動きに合わせ、やわやわと形を変える。手のひらに吸い付くような柔らかさと、たっぷりとした重さを感じる。
先端の蕾は硬い。そっと舐めると、まるで咲きほころぶように、びくりと身体が跳ねる。

なだらかにくびれた腰に手を這わせる。それはひどくなめらかで、乱暴に扱えば壊れてしまいそうだ。
細かな装飾品や陶器など、繊細なものを壊さぬよう丁寧に扱うことは得意だ。ただ、いま丁寧に扱えているかどうかは自信が無い。
その証拠か、小刻みな震えが、ときどき大きな跳ね上がりとなる。壊してしまっては味わえない。

ふと、自分の体に何かが絡み付こうとしているようなこそばゆさを感じる。お嬢様の指だと理解するのに、わずかだが時間がかかった。



エロいの書くの難しい(´・ω・`)
377名無しさん@ピンキー:2007/10/11(木) 01:11:36 ID:uLiE+O5s
こんなスレがあったとは。1から読んだけど萌え!
保管庫読みにいこうと思うけど、おすすめなんてある?
378名無しさん@ピンキー:2007/10/11(木) 11:17:02 ID:yHNlB/tL
当店のお薦めは全部です。
379名無しさん@ピンキー:2007/10/12(金) 23:51:38 ID:wka+T6Ej
島津組シリーズは泣けるで!
380名無しさん@ピンキー:2007/10/17(水) 17:49:54 ID:lHmKw6fW
450こえたからそろそろ次スレの季節かね。
でも前なかなか梅られなかった気がするから
480まで待つか?
381名無しさん@ピンキー:2007/10/19(金) 14:10:44 ID:iEuTwGIA
大正浪漫でお嬢様と使用人とか読みたい。
いっそエロがなくてもいい。
そういう設定の漫画とか小説とかないかな?
382名無しさん@ピンキー:2007/10/19(金) 22:26:54 ID:uCGSM4wX
三次だが2〜3ヶ月前ぐらいにWOWOWでそれっぽい物見た
383名無しさん@ピンキー:2007/10/20(土) 09:25:34 ID:crKFbpfh
春琴抄でも読んどけ。
384名無しさん@ピンキー:2007/10/26(金) 04:27:51 ID:fGl2rs51
ゲイル教官とエステルが婚約に至るまでが読みたいです
385名無しさん@ピンキー:2007/10/30(火) 02:26:20 ID:M0iHpYv0
|_∧ ダレモイナイ…
|∀゚) オドルナラ
|⊂    イマノウチ
|


 ♪ ∧ ∧ ランタ
♪ヽ(゚∀゚ )ノ タン
  ( ヘ)ランタ
   く  タン


 ♪ ∧ ∧ ランタ
♪ヽ( ゚∀゚)ノ タン
  (へ )ランタ
     〉 タン
386名無しさん@ピンキー:2007/10/31(水) 04:13:53 ID:VgXTiyze
現代日本が舞台の女教師と男子生徒ってのは主従にはいる?あんまそれっぽくない?
家庭教師とお嬢様の方がいいかな?
387名無しさん@ピンキー:2007/10/31(水) 08:49:57 ID:pb9MlXao
男子学生と女教師だと、どっちかつーと姉妹スレ向きな気がする。
お嬢様と家庭教師なら主従ぽい気が。

期待してるぞい!
388名無しさん@ピンキー:2007/10/31(水) 12:15:27 ID:yzG7jTkY
姉妹?
389名無しさん@ピンキー:2007/10/31(水) 20:18:32 ID:TfFaFIHA
女が仕えるか男が仕えるかで随分印象違うよな。
個人的には男が仕えるというシチュにエロスを感じる。
390名無しさん@ピンキー:2007/10/31(水) 21:07:06 ID:DHQAxbOO
OVA版ブラックジャックのカルテYがこのスレ的な意味でツボだった。
姫様オジコンかよっていう。
391名無しさん@ピンキー:2007/11/01(木) 04:02:19 ID:LH7M5YuR
クーガーが言った足りない物全てを兼ね備えた男子生徒な従者とかも見てみたい希ガス
392名無しさん@ピンキー:2007/11/01(木) 13:31:11 ID:ArO8S4rS
光速で構内駈けずりまわる従者かw
393名無しさん@ピンキー:2007/11/01(木) 14:09:42 ID:XH5KhT1g
アンケート厨っぽくなってしまうが、敢えて聞きたい
このスレ的には、お嬢様視点(普段ポヤッとしてるが、いざという時メッチャ頼りに
なる従者に密かにドギマギ)と、従者視点(お嬢様のツンツンデレツンぶりに翻弄
されっぱなし)のどっちがアリなのでしょうか
394名無しさん@ピンキー:2007/11/01(木) 14:40:57 ID:6+OVfMDS
どっちもアリなんだが、今は前者が読みたい気分なんだぜ
395名無しさん@ピンキー:2007/11/02(金) 01:22:23 ID:xjtLG1f9
飄々たる昼行灯の二枚目も、いつも一所懸命で頑張り続けるショタも、いいものです
396名無しさん@ピンキー:2007/11/06(火) 21:10:45 ID:rTcp+jx4
>>393
どっちかというと自分は後者が読みたいんだぜ。
(ツンツンツンお嬢とドM従者)

そして今誰もいないんだぜ、とか思って「誰もいないことを確かめて
コトに及ぶお嬢と従者」というアホな小ネタ書こうと思ったら
あんま上手くいかなかったんだぜ。
でも一応ちょろっと書いたから、とりあえず容量見ながら少し投下。
エロはこの次いきます。
397情事契約:2007/11/06(火) 21:13:43 ID:rTcp+jx4
広い屋敷の中で黒いお仕着せを着た使用人の男が一人、とある部屋のドアを開けた。
中を見渡し、そこが空き部屋である事を素早く確認する。
そのまま半身をねじり振り向くと、彼は背後に控える人物に向かって手招きをした。

「……お嬢様、お先に中へどうぞ」

彼が呼んだのは十代半ばであろうか、モスグリーンのワンピースが良く似合う愛らしい少女であった。
波打つ黒髪にはワンピースと共布でできたリボンをつけている。

呼ばれたものの、少女はためらうようにつま先を動かしたがその場から動こうとはしなかった。
容易に従いたくないというような表情をしている。
ため息をついた男が彼女の腕を引くと、ばっとその手を振り払い声をあげた。
「なにするのよ!」
「ぐずぐずしてると人目につくでしょうが」
あきれたようにそう言うと、少女は眉を寄せて男をにらみつけてきた。
だが、正直恐くもなんともない。
なだめるようなことを言いながら、男は少女の背を押して部屋の中へと連れ込んだ。
398情事契約:2007/11/06(火) 21:15:02 ID:rTcp+jx4

がちゃり。
男は室内へと自分も入ってしまうと後ろ手で中錠をおろした。
金属が動く音に少女がはじかれたように振り向いてやや後ずさる。
「鍵をかける必要があるのかしら? わたしは逃げも隠れもしないというのに」
「まあ、一応。念のためにというやつですよ」
彼が指にひっかけてくるくる回しているのはこの部屋の鍵だった。
別に彼女がこの場から逃げるなど考えていない。

この人は妙に義理堅いからね。男は心中でひとりごちる。
……俺が気にしたのは邪魔が入るってこと。
こうしちまえば中から開ける以外この扉は自分と彼女とを外から隔絶してくれる。
そう考えて男は自分の口元が思わず笑みの形になったのに気がついた。
少女は何やら不穏な気配を察し、足摺ながら男から距離をとった。
だが、それを見透かしたように低い響きで男は少女に声をかけた。

「分かってますよねお嬢様? これは俺とあなたとの間のギブアンドテイク。
コトをなしで済まそうなんて……例えば説得するだとか。そんな甘い考えは捨ててくださいね」
少女の頬がかっと赤く染まった。怒りのためか、羞恥のためにかそれは分からなかったが。

鍵をくるくる回しながら自分を見据える男を前に、少女はしばらく唇を噛み締めながら
わなないていたが、やがて意を決したように自らのスカートの裾を掴んだ。

「脅迫で他人の体を自由にしようなど、お前は本当に性根の腐った男ね」
「なんとでも。俺はもぎとれる果実は自分のものにする性分なもので」

少女は優雅なしぐさで裾を持ち上げた。まるで円舞の前に礼を取るように。
裾のフリルをたなびかせながらスカートは緩やかに持ち上がっていく。
そして彼女の指が胸元まで持ち上がっていき、白いドロワーズに包まれた
少女の秘められた場所が男の目の前であらわになった。

それを見て満足そうに笑んだ男は少女に近いてその腰に手をあてた。
スカートをかかげたままの細い体がかすかに震える。
「足を少し開いて」
男は少女にそう、命じた。

***
(続く)
399名無しさん@ピンキー:2007/11/07(水) 09:55:32 ID:3oQGO41u
たった2レスで続くとか勘弁して下さい
萎えます
400名無しさん@ピンキー:2007/11/07(水) 14:35:28 ID:ykH6v5GJ
このあたりのジャンルは、関連スレも含めて長い話好きが多いからなー
401名無しさん@ピンキー:2007/11/07(水) 21:36:04 ID:GKYBklFS
でも久々の投下で嬉しいよ。
続き楽しみにしてます!
402名無しさん@ピンキー:2007/11/07(水) 22:33:55 ID:VInwiUuH
保管庫管理人さんっていらっしゃいますか?
保管庫保管してある自作を消してもらいたいのですが。
403396:2007/11/09(金) 01:12:25 ID:zAYWDxTi
>>401
優しいな。ありがとう。

(もしもまた機会があったら)次はキリのいいとこまで書いてまとめて
投下するよう心がけますわ。

とりあえず続き。今度は終わりまで投下します。
陵辱というか無理やりなのでそれのみ注意。
404情事契約:2007/11/09(金) 01:12:58 ID:zAYWDxTi

男の挙動に、少女は瞳の端に強く光をきらめかせた。
本来ならこの屋敷では少女が彼に命令をする立場であるのだから。
だが無駄な抵抗は、獲物が暴れれば暴れるほど狩人を喜ばせるように
男を喜ばせると少女は分かっていた。だからこそ大人しく男の言葉に従う。
「あ……っ!」
小さな叫びがもれた。男の指がドロワーズの隙間に触れて、その間を擦っている。
きれいな刺繍がなされたその下着は股の部分が割れており、布ひだを引っ張ってしまえば
すぐに少女の恥丘がむき出しになった。

男の指の腹が少女の割れ目をなでさすり刺激する。
中指で中心を押さえ親指で陰核をこねくると、吐息に混じって少女の艶やかな声がかすれた。
「あ、あ……やぁ…っ」
スカートが揺れている。掴んでいる少女の手が震えているのだ。
手だけではない、彼女の膝も男の愛撫によってがくがくと震え始めていた。
ぬるりとにじんだ愛液を指にまとわりつかせて男は更に隙間を指でうめていく。
潤ってなめらかになった穴につぷ、と男の指が刺さった。
「――――――っ!」
「……指だけでこんなに感じるなんてお嬢様、淫乱の素質がありますね」
揶揄する言葉に少女はいやいやと首を振った。
「や、いや……ちが、そんなの違う…!あ、ああ……っ、ん、うう…」
狭い場所に指をいれたままその中で動かされ、少女は身悶えた。
男がずるりと指を少女の秘所から引き抜くと、それだけで少女の体からがくりと力が抜けた。
「おっと」
その体を受け止めてそのまま座りこむ。
405情事契約:2007/11/09(金) 01:14:23 ID:zAYWDxTi

「このまま……するつもり?」
「よくご存知で」
背後から抱きすくめるように抱えると、男は少女のスカートをたくしあげた。
そのまま膝を抱え、足を開かせる。
「や……」
羞恥をあおるような姿に少女が自らの顔を両手で覆った。耳まで赤い。
「こんな、こんな格好でなんて……」
消え入るような呟きに男はくす、と思わず笑いをこぼした。
「可愛いですよ、お嬢様」
そう囁いて耳朶を甘噛みする。それだけでうなじのほつれ髪がふる、と震えた。
ちゅくちゅくと水音が部屋の中に響き、長い指が少女の体を翻弄する。
いつの間にか胸元の釦も外されて少女は、コルセットの上から胸元に手を差し入れられていた。
乳房を乱暴にもみしだれながら秘部をいじられて少女は段々と声を抑えられなくなっていく。
「あんっ、あ…っ、嫌……。ううっ、ふぅ…」
声と共に奥の泉から水蜜がじわぁっ、と溢れてくる。
「そろそろ大丈夫ですね」
ぬるぬるになった少女の入り口の湿り具合を確かめると、男は自らのズボンの前をくつろげはじめた。
背中越しのその感覚に、少女の心は自らの中を満たすであろう“それ”を拒絶していた。
少なくとも彼女はそう信じている。
だが、男が触れたその場所は来訪者を待ち望むようにひくついており、肉体と心の狭間で
少女の魂は揺れに揺れた。その迷いを断ち切るように男は背後から一息にさしつらぬく。
「んぁあっ!」
少女は質量を受け止めかねて、前のめりになりながら床に手をついた。
異物感をごまかそうと息をつくが、どこか嬌声のような響きを帯びた声が出て
少女はおののいた。
「―――あっ、……だめ、そこはいやっ……あああっ」
406情事契約:2007/11/09(金) 01:15:00 ID:zAYWDxTi

男の腰は少女を試すように動いていた。
肉の壁がこすれる感覚に妖しい快感が高まっていく。
頂上直前まで高めかと思うと寸前で引いていき、しばらくそれを繰り返し
少女と男は、水音と肌が触れ合う音とを用いた卑猥な音楽を奏で続けていた。

「んん……うぅっ、ふ…」
最奥まで収めたまま、少女は胸元を床に押し付ける形で腰を抱えられていた。
伸びをする猫のような格好だ。快楽に朦朧とする頭でふとそんな事を思う。
猫といえば、この男。自分を蹂躙しているこの男を昔、猫のような顔をする、と
思ったことを思い出した。一歩引いて、眺める時の無関心な瞳。
彼の指は、爪は残酷だ。すぐさま自分の弱い場所を探し当て、そこを責めるのだから。
花芯をひねられて少女は、びくっと肩を震わせた。
しびれるような鋭い感覚が脳天から足先まで突き抜けていく。
きゅうっと内腿から体の奥へと収縮がおきるのを感じる。
「う……」
少女は男が低く呻く音を聞いた。
中にあるものが一瞬膨らみを帯びたかと思うとはじけるように体内で熱い液体が溢れた。

これで終わりだと分かっていたが、男が不意に顔の辺りに手を伸ばしてきて少女は身を固くした。
だが、彼は彼女の髪の一房をつかみそれを唇に押し当てただけだった。

「なん、で……」
そんな事をするのか。そう聞きたかった。自分を陵辱するだけならそれだけでいいのに
この男は時折こういう事をするから訳が分からない。それが余計に彼女を苛立たせた。
彼女の曖昧な問いに男もまた曖昧に答えず、ただ微笑んだだけだった。
407情事契約:2007/11/09(金) 01:18:49 ID:zAYWDxTi



「お手伝いしますよ」
男がそう声をかけたのは、コトが終わり少女が自らの衣服を整えていたその時であった。
コルセットを上手く締めなおせないようで腕をひねっては悪戦苦闘していた。
男が背後にまわって紐をつかもうとすると、硬い表情で少女が振り向く。
「やめて」
ぱしっと乾いた音が響いた。
「触らないで」
手の甲のささやかな痛みに男は苦笑する。そしてわざと大仰に手をふった。
「……別にいいですけどね。それならメイドを呼びますか?
そんな乱れたご様子を見せてもよろしいなら」
無言のまま少女はなおも紐を引っ張っていたが、やはり上手くいかないようだった。
しばらくの沈黙の後に口を開く。
「………直して頂戴」
「かしこまりまして、お嬢様」
コルセットを直し、服の釦をはめなおし、チリを払う。
されるがままに服を着せられながら少女はぽつりと言った。
「約束は分かっているわね?」
「もちろんですよ」
「信用できないから確かめてるの。
約束がなければお前とこんな事するものですか」
「ひどいなぁ」
堪えた様子もなく男は言うと、はいできあがり、と少女の背中をぱんと軽く叩いた。
少女はそれで男に用がなくなったのか踵を返し扉の傍へと向かった。
鍵を開け外に出て行こうとする少女に男は声をかける。

「……俺に抱かれるのが嫌なら、全てを明らかにすればよろしいのに」
少女の瞳がすいっと細くなり、その中心に揺らめく光が見えた。
「できるはずもないでしょう。……嫌な男ね」
扉の隙間からの明かりが逆光となり少女の表情を見えづらくする。
男がため息をつくそのひと間に少女はするりと出て行って、扉は
光を遮りながらゆっくりと閉まっていった。

(終)
408名無しさん@ピンキー:2007/11/09(金) 20:37:33 ID:UAxvzLYt
久しぶりに読みに来たらちょうどネ申降臨!
GJ!!
409名無しさん@ピンキー:2007/11/09(金) 23:01:59 ID:aMYioG6s
保管庫から作品を削除できるのはIDを持っている方もしくは承認されたユーザーだけになるそうなので、IDをお持ちの管理人様に削除をお願いします。
以下、削除していただきたいものを書きだします。

ローランとディアナ、初代スレ669保守、スティングとエレイン、ジンと姫君、お嬢さまと私、討魔士と使い魔、
エステルとゲイル、セラスとルゥ、青年と姫様、アンドロイドとお嬢様、お嬢さまと主治医

シリーズものはシリーズ全て削除していただきたいです。

もしまだスレをご覧になられていらっしゃるならよろしくお願いします。
410名無しさん@ピンキー:2007/11/11(日) 23:03:35 ID:5Ngvdqo+
GJ!続編期待してるぞー
411名無しさん@ピンキー:2007/11/12(月) 17:13:05 ID:GhLYzdKH
ほす
412名無しさん@ピンキー:2007/11/19(月) 00:26:50 ID:r58bT8mI
保守
413名無しさん@ピンキー:2007/11/19(月) 23:11:41 ID:XTY30iMq
414名無しさん@ピンキー:2007/11/23(金) 21:33:57 ID:pCez/xsb
続編……。
415名無しさん@ピンキー:2007/11/24(土) 07:24:55 ID:oY/6uRsN
416名無しさん@ピンキー:2007/11/25(日) 21:09:31 ID:BR/4Dgxj
417名無しさん@ピンキー:2007/11/25(日) 23:28:15 ID:+HkSHppm
今さらだけど姫君と家庭教師って硬派な上官〜と同じ世界の話だったんだね。
どういう過程を経て女帝とその夫になったかすごく気になる。
418名無しさん@ピンキー:2007/11/28(水) 01:01:02 ID:XgZ7ty3h
419名無しさん@ピンキー:2007/11/29(木) 15:43:48 ID:Up/gzIpJ
ライブドアの方の保管庫のメニューバーが
弄られまくられて、大変な事になってます

直し方が解らんヘタレで、本当にごめんなさい
420名無しさん@ピンキー:2007/12/04(火) 13:13:48 ID:3NY9qAo9
>>419
このレスみた直後に直したんだけど、またいじられてた。
で、また直しておいたけど、こりゃいたちごっこだね。

左側の「ページ一覧」からみていくのが、一番安全だと思います。(ここはいじれない部分なので荒らされません、多分)

定期的にみてみるよ。
421名無しさん@ピンキー:2007/12/04(火) 20:01:02 ID:OCncz0co
420超乙華麗様です。

自分もWikiのやり方調べてみる。
422名無しさん@ピンキー:2007/12/05(水) 22:29:21 ID:Ocs+XTun
中途半端な容量で長く止まってる少し埋めるよ〜。
いい保守ネタなくてごめんご。

423名無しさん@ピンキー:2007/12/05(水) 22:30:33 ID:Ocs+XTun
      , -‐'"´ ̄ ̄ ̄ ``ヽ
    /爪  ヽ `ヽ、`ヽ、   \
   / / !lヽヽ  \  \ \  }、
  / l l l ヽ ヽ、_弐_ --ヽ _ヽノノ!
  /! ll__l ヽ-‐' "┴─`  l/rヌ、ノ|
  !l/fri刀          >'〉} ノ!
     l ̄ 、 _      ,Lノノ |    保守だぞよ
      ',  ヽ'´ヽ    / | 「||l!,|     平民どもひれ伏すがいい
       ヽ、  ー'    / .| | | |!|     
       ``ー-ャァ' ´ _」、lLl l!|
         __ノ /==三三ヽL
       / }ム/==ニ三-ァ-─‐ヽ
        」ll /O/ ニ, -'´ /    , -'´!
      i´{、/ //   /  , -'´   |
    / ̄  ̄ ー─‐'´   l      |、
   /l  /`ヽ           ノ     /」ヽ
   / l/   l     、   ヽ    / /'iヽヽ
424名無しさん@ピンキー:2007/12/05(水) 22:36:45 ID:Ocs+XTun
  、―-、___
   ゝ  (h)ヽ
   lニlニiニiニl
   爪リ‘ー‘リ<下々の者に気安く名乗ってはいけないと爺から言われています
犯ス<) ∀iつ
    <YYY>
     ヒヒ!
425名無しさん@ピンキー:2007/12/05(水) 22:48:01 ID:Ocs+XTun
    _ /⌒ヽ
 / /  ̄ `ヽ
/  (リ从 リ),)ヽ
| | |  . ' .Y |
| (| | " ヮ " | | ねんがんの おじょぉさま を 手に入れたぞ
ヽ `>、_ . ノ_ノ
 |⌒| [∞] l
/| └n/l二二二.l
`ー`//ヤマト便/)
 ↑執事
426名無しさん@ピンキー:2007/12/05(水) 22:50:26 ID:Ocs+XTun
    ∩___∩        ∧∧    ∧∧
    |       ヽ       ( 。_。)  ( 。_。) <旦那様が
   / ●   ● ヾ     /<▽> /<▽>
   |   ( _●_)   |     |::::::;;;;::/ |::::::;;;;::/    「エサはまだか?」
  彡、 |) |∪| .B`ミ    |:と),__」 .|:と),__」
_/ _‖ ヽノ ‖_\__. |::::::::|  .|::::::::|      と申しております
 (___)   (__ノ  \:::::::|  |:::::::|
427名無しさん@ピンキー:2007/12/05(水) 23:05:10 ID:Ocs+XTun
                   ,. --- 、   _
                    /     \ア´   \
              /                  ヽ
               / !        | |  !   '.  ハ
              /  |    |-|-|ト./|   l !.! | l '.
          |  |    l,r==K |ト、|Tトl   !  ! |
          |  | | | |{ |:トr|   f圷|ハ.| ! |
          | |∧| | | マり   ヒリ ! |ハ|  |リ
          | { {_ヘ. !ハ|      '  | | |、|
          | ヽ.__,|/    /`ー‐ァ ノ |∨ ヽ!
          |    |  、 ヽ.__//  |
          ||   |  !   ` -r‐ '´ ∧| ハ
.             |∧ ∧トハ     |、∧リ  リ
                ∨_,/ __\_,/_\
           ,. -‐ ´/´ |\_l_/|  \-、
        ,r ¨´    く    ! /l|ヽ\  ノ  ` ー- 、
.      / ヽ        >   !/ /! ヽ.ノ \    | '.
       f   !     く    .|V ||  |j!  /     !  i
       |   |     ヽ  l  !! /  /    /   !
       |   |         ヽ ! | ./  /    /  |

               執事例 
428名無しさん@ピンキー:2007/12/05(水) 23:06:32 ID:Ocs+XTun
だめだ中々うまんねー。
480超えた時にいたら次スレ立てます。
429名無しさん@ピンキー:2007/12/06(木) 07:26:11 ID:C13uJpO8
ライブドア保管庫の編集権限
制限かけた方が良いと思うです
430保守ネタ:2007/12/09(日) 22:46:16 ID:F2/PpeMd
「保守、したいんですの」
「へっ?」
我ながら間抜けな声を出したものだと思う。
だが腰の引けかけた自分の前でお嬢様はご自分の上着のボタンに手をかけ始めた。
一つ。また一つ。開かれた布の隙間から白い肌があらわになって俺はごくりと生唾を飲み込んだ。
夢にまでみたお嬢様の裸身が今、目の前にある。
お嬢様は頬を紅潮させ、恥ずかしそうに胸元を隠していた。
意識しまいと焦点をわざとずらしても、形の良い彼女の白い膨らみは俺の脳裏にはっきりと焼き付けられてしまっていた。
甘い匂いに誘われるように、思わず足がよろめいた。
うっかり目の前の女性を押し倒してしまいたい衝動にかられる。
酒に酔ったようにくらくらする頭はまともな思考ができそうもなかったが
それでも彼女の肩に手をかけた瞬間、頭の中で浮かんだ映像があった。

(わたしが大人になったらお嫁さんにしてね)

幼い頃のお嬢様だった。その笑顔が浮かんで消える。
我にかえった俺はお嬢様を傍らからそっと引き剥がし、自分の上着を脱いで手渡した。
「……自暴自棄になられてはいけません」
お嬢様は愛らしい瞳を震わせながら俺をみあげていた。
その瞳に傷ついた色が見えることに、罪悪感を覚えたが
これが一番いいのだと自分に言い聞かせながら俺は口をつぐんだ。
それを見てお嬢様が口を開く。
431保守ネタ:2007/12/09(日) 22:48:39 ID:F2/PpeMd

「なぜですの……?
今はスレ住人だっていないし、容量だってあと少しですのよ」
俺は唇をかみしめた。お嬢様のおっしゃっていることは事実だからだ。
それでも、それでも俺はこんな形で彼女を自分のものにしたくはなかった。
それはむしろ、別の意味で彼女を永遠に失うような気がしたからだ。
俺から上着を受け取ろうとしないお嬢様に、顔の筋肉を総動員して笑いかけながら上着をきせかけた。
「きっと……」
そこで言葉をきる。頬が引きつったような気がした。
彼女がその事に気付かなければいいなと思う。
「きっともうすぐ新スレの季節です。そうすればお嬢様のお気持ちだって変わります。
俺と……早まったことをしなくて良かったと、そう思う時がきっと来ます」
涙を一筋頬に伝わらせてお嬢様は首を振った。
そんな事はないと苦しげな声で呟いていた。
耳をくすぐるあまやかな声は、わたしはずっと……と聞こえたような気がした。
その言葉だけで充分だった。
だから時がきて、このスレを見送ることになっても耐えていける。
そんな風に思った。

***
432名無しさん@ピンキー:2007/12/09(日) 22:56:56 ID:YGQdM7de
思いの募ったお嬢様が新スレになってどう行動するかすごくwktkしてる

433名無しさん@ピンキー:2007/12/10(月) 14:45:51 ID:CQQaU15R
  だ れ
   うめ
   つぎ たて
434名無しさん@ピンキー:2007/12/15(土) 11:57:56 ID:S0tcu170
冬ですね
435名無しさん@ピンキー:2007/12/17(月) 17:54:46 ID:RPnp8sK7
ひといないねぇ
436名無しさん@ピンキー:2007/12/20(木) 01:38:58 ID:kWl0Ncx+
そうですね
437名無しさん@ピンキー:2007/12/22(土) 20:24:41 ID:AZSS1HoN
埋め
438名無しさん@ピンキー:2007/12/23(日) 02:23:38 ID:SPIgu4E0
「わたくしには少し難しいのではないかと思うの」
 呟いた少女の傍らに控えているのは漆黒の燕尾服に身を包んだ壮年の紳士。彼は少女の言葉を聞き、はたと首を傾げる。
「……難しい」
 自分の聞き間違いだろうかという顔をしている紳士を見上げ、少女は拗ねた顔で唇をとがらせた。
「わかりました。伯爵夫人としてわたくしは……伯爵家に縁ある人々の名前を、この名簿すべてを、顔と名前と親戚・縁戚関係まで、すべて! 覚えればよろしいのね」
「はい。ご理解が早いようで嬉しゅうございますよ」
 名簿の束を見て、少女は嘆息する。自慢ではないが人の名前と顔を覚えるのは苦手だ。人並み外れて不得手と言っていい。
 しかし、傍らの紳士は頑張るという姿勢を見せただけで嬉しそうに笑うのだから頑張らないわけにはいかない。
 少女は名簿を持ち直し、一人一人の名前をゆっくりと記憶に刻みつけていく。
「一通り目を通されましたら一度休息いたしましょう。あなたのお好きな菓子をお持ちいたしますから」
 とびきり甘く囁かれれば胸がどきりと高鳴る。
 見上げた紳士は極上の笑顔を浮かべて少女を見ている。
 父と同じか、下手をすれば父より年が上だというのに、少女の目に紳士の笑顔は魅力的に映る。
「一緒に?」
「お望みならば、私が手ずから食べさせて差し上げてもかまいませんよ」
「……っ!」
「あなたはいつまでも甘えん坊ですからね。かまわないのですよ、甘えても。私はいつでも受け止めて差し上げますから」
 紳士の瞳にからかいの色が浮かんでいるのを見て取り、少女はふいっと顔を背けた。
「結構よ! わたくし、一人で食べられますもの」
 それは残念ですと笑いをこらえた様子で話す紳士を意識的に無視し、少女は再び手元の名簿に集中した。
 名前を一つ、一つと記憶する。そうする度に傍らの紳士と離れねばならない日が近づいてくるようで少女の胸は僅かに軋む。
「やはり、わたくしには難しいと思うわ」
 ここ数日何度も吐き出した台詞をまた口にする。
 覚えようが覚えまいが結果は変わらないことは理解している。それでも、覚えるまでは伯爵夫人になれないと言ってもらえるかもしれないと少しばかり期待する。
「あなたは出来る人ですから。諦めないで下さい」
 困ったような溜め息を受けつつ、少女は今日も覚えられない名簿を記憶するための努力にいそしむのである。

◆◆

以上。保守小ネタ。
保管庫には保存しないで下さい。
439名無しさん@ピンキー:2007/12/26(水) 14:40:03 ID:vo+kelNZ
三者三葉の葉子様と充嗣はなかなかいい感じでござる
440名無しさん@ピンキー:2007/12/26(水) 17:06:21 ID:speAIuqM
ho
441名無しさん@ピンキー:2007/12/26(水) 19:12:40 ID:ZcKjbmG8
shu
442名無しさん@ピンキー:2007/12/27(木) 01:55:02 ID:bw8IuILH
おじょうさまああああ
443名無しさん@ピンキー:2007/12/27(木) 05:28:31 ID:dTAdx7yz
保守
444名無しさん@ピンキー:2007/12/28(金) 03:23:46 ID:JazpCnAi
「おじょぉさむぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 そんなむさ苦しい叫び声に、私の優雅なティータイムは終わりを告げた。
 まだ飲み掛けのティーカップを背後に控えていたセバスチャンに片付けさせ、ちょうど良いシーンである恋愛小説に栞を挟み、
私は声が聞こえた方に目をやった。
 青々と茂った草原の彼方から、物凄い勢いで走り来る青年の姿が見て取れる。
 細身で長身、割と美形で足も長い。腰まである長髪は首の辺りで赤いリボンで纏められている。一見すれば爽やかな青年だ。

「ぅぉぉおおおじょぉぉぉさむぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 ああ、もう!! アンタの馬鹿でかい声なんて十分すぎるほど聞こえているというのに、返事をしないとココにたどり着くまで馬鹿みたいに
私を呼び続けるんだから。
 私はイヤイヤ手を上げて、聞こえているとアピールをした。

「おじょぉさまぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 あ、音量が下がった。やっぱりアソコまで声を張り上げるのは辛かったのね。ていうか、分かったからもう叫ばないで頂戴!!
 私は優雅に立ち上がり、手にしていた小説をセバスチャンに預けた。
 アイツときたら、あと1分もすればココに辿り着けるような距離まで迫ってきている。

「まったくもう、あの馬鹿……」

 戦災に追われ、路頭に迷っていたのを拾ってあげたくらいで、私に付き従う事に命を掛けるなんて言うんですもの。
 性格は単純で一本気すぎる気もするけど、学もあるし、私の元で働かなくとも、真剣に仕事を探せばもっと給料の出る職に就けるでしょうに……。

「本当に――馬鹿な人」

 私は頬が熱くなるのを感じながら、もう一度アイツに手を振った。
 私はアイツの事が嫌いではない。
 アイツの話は面白いし、アイツは絶対に私の味方で居てくれる。

「セリアおじょぉさまぁぁ!!」

 でも、私は彼を好きにはなれない。なることはできない。
 貴族と平民という立場とか、そういったものを気にしているわけではない。
 ただ、私は……。
 私は振っていた手をLに構え、駆け寄ってくるアイツの元へと笑顔で駆け出した。

「セリアおじょぁさまぁぁぁ!! 愛していますぅぅぅ!!!!」
「その言葉、本当なのね?」
「勿論ですともぉぉぉ!!」
「だったら――」

 私はアイツの胸へと飛び――込まず、彼とすれ違いざまにL字に構えた腕を彼の喉元に叩き込んだ。
 互いに駆け寄る勢いと私の腕が綺麗に首に決まった事で、アイツは首を軸に綺麗に半回転し、地面に頭から叩きつけられた。

「だから、何度言えば分かるの!! 私の名前はマローネ!! 何処をどう間違えればそんな名前になるのよ!!」

 私は地面でもがいている馬鹿を放って置いて、セバスチャンが準備をしていた馬車に乗った。
 また何処か、落ち着いて本が読める場所を探さないといけないわね。

「お、おじょお……さまぁ……グフッ」

 こちらまで這おうとして途中で力尽きた馬鹿を無視して、私は馬車を走らせた。
 私が彼を好きにならないのは、つまりそういう事。
 どうして自分の名前も覚えてくれない人なんかを好きにならなくちゃいけないのよ。
 私が彼を一人の異性として感じるかは、彼が私の名前を覚えてから……ってなるかしらね。


 そんな思いつき保守
445名無しさん@ピンキー:2008/01/01(火) 21:34:10 ID:ZRb0G2j2
保守なりよ
446名無しさん@ピンキー:2008/01/01(火) 21:42:17 ID:b1WLxtxp
芸能人多数、やってる子たくさんいると思うけど、
携帯小説、デコメ、着うた、アプリゲームなんかが無料で遊べるよ(〃∇〃)
http://mbga.jp/AFmbb.2Iega073cd
447名無しさん@ピンキー:2008/01/07(月) 19:56:13 ID:FG7U4KAD
>>444
どうしてもCV保志で再生されるwww
448名無しさん@ピンキー:2008/01/08(火) 16:17:01 ID:GXZq13PV
>>444
バロスwww
エロにたどり着くまで読みたい!
449名無しさん@ピンキー:2008/01/09(水) 23:19:11 ID:BNKZWbkT
 執事の朝は早い。鶏が目覚めるよりも先に起きる事こそ、正しい執事の一日の始まりであるといえる。

「あー、うん、おほんおほん」

 今日の喉の調子も絶好調。さっそく本日の第一声といくとしよう。

「おじょぉさむぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 うっすらと覗く太陽。黒から蒼へと変わる空。世界に光が溢れ、神秘的な一瞬。
 私はその一瞬に、全ての想いを込めて咆哮する。

「愛していますぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!」

 屋敷の裏手の丘の上。その頂上にある一本杉の枝から、お屋敷へ、太陽へ、そしてお嬢様に向けて。
 届け、この想い!! そして帰って来い、お嬢様からの愛!!
 この私の愛は不滅、そしてあの太陽のように熱く燃え滾っているのだ!!
 む、お嬢様がバルコニーに現れた!? ななな、なんと破廉恥な、まだ寝巻き姿のままではないか!!
 いや、しかしコレはコレで……ああ、お嬢様の艶やかな体のラインがハッキリと!! コレはイカン、けしからん、だがしかし、だがしかし!!
 お嬢様に劣情を抱くのは執事失格!! 早朝からこんな卑猥な思考に耽るとは何事だ自分!!
 そうだ、こういう時こそ精神統一、初志貫徹!! お嬢様への溢れる想いをもう一度!!

「リズおじょぉぉ――」



 ダダーーーーン……



 一本杉の枝に立っていたアイツがコロリと地面に落ちていくのを見届けて、私は手にしていた(まだ銃口から硝煙を上げている)猟銃をセバスチャンに返した。
 まったく、まだ夜が明けたばかりだってのに、毎朝毎朝、恥かしい台詞で起こされる身にもなりなさいよ。

「よろしかったので――?」

 ナニがかしら?

「今回は普段の威嚇用ではなく実弾でしたが……」
「ええ、構わないわ。どうせ例の如く、私の朝食時にはいつも通りの笑顔で控えているだろうしね。というか、アイツさっきリズとか言ってなかった?」
「は、確かにそう言っておりましたが……」
「…………」

 私はセバスチャンから猟銃をもぎ取る様に構え、一本杉の根本の茂みに数発連続して弾を打ち込んだ。
 特に反応は無いけれど、手ごたえはあったから……おそらく直撃は二・三発位ね。
 それにしても、アイツ、本当に私の名前を覚える気あるのかしら……?
 まさかとは思うけど、こうやってヤキモキさせられていること自体がアイツの狙い……な訳ないか。
 アイツがそういう小細工できるほど器用で下心があるヤツなら、そもそも気にもかけないわ。
 ……てことは今、私、アイツの事意識して……る?

「――ッ!!」

 カァッと顔が熱くなる。
 ないないない、そんな事無い!! 朝早くに起こされたせいでまだ寝ぼけてるんだわ、そうに違いない!! 
 突然沸いた変な考えを振り払うように、私は銃をセバスチャンに押し付けてズカズカとベッドに潜り込んだ。
 食事時までにもう一眠り。「できるなら、いい夢を見られますように……」と呟きながら。



 過疎ってる?
 やっぱり思いつきと勢いだけの保守。
450名無しさん@ピンキー:2008/01/10(木) 13:14:53 ID:edvc0RAD
お嬢様ツッコミ最高っすwww
451名無しさん@ピンキー:2008/01/11(金) 02:51:45 ID:LDytRTPQ
GJwwww
セバスチャンも大変だなwwww
452王様と書記官 その2:2008/01/11(金) 18:34:06 ID:WYBRWiYb
GJ!!
ツンデレお嬢様最高!
453名無しさん@ピンキー:2008/01/11(金) 18:34:48 ID:WYBRWiYb
他の所の名前が残ってた、スマン逝ってくる
454名無しさん@ピンキー:2008/01/11(金) 19:37:46 ID:RZP3xoIK
イ`
455名無しさん@ピンキー:2008/01/14(月) 19:46:54 ID:miVUEEGh
容量480超えたから次スレたてたよ。

【従者】主従でエロ小説【お嬢様】 第五章
http://sakura03.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1200307216/
456うめ:2008/01/15(火) 23:46:02 ID:d5kuJVbq
 うっすらと湯気の立ち上る湯上がりの肌。普段は白雪のごときそれも熱を帯びて僅かに赤らんでいる。
 氷のように鋭い眼差しが惚けて魅入る男に突き刺さる。
 はっとして、男は自分より頭一つ分背の高い女性の前に跪いた。そうして、肌を濡らす水滴を丁寧に布で拭っていく。
 女性の体は彫刻のように美しかった。均整のとれた体つきは最早芸術の域に達している。美しすぎて、欲望の対象にするなど恐れ多いと思ってしまうほどだった。
 長く伸び、尖った耳はエルフ族の証。対する男の耳は丸く、彼がエルフではないことがうかがえる。
 体を拭い終え、男は彼女に薄い夜着を羽織らせる。長椅子に掛けた女性の背後に回り、男は布で髪の含む水分を丹念に吸い取っていく。
「便りがないは無事の知らせ、か」
 細く柔らかな巻き毛が縺れぬよう細心の注意をはらっていた男は女性の言葉に顔を上げた。
「それにしても、愛しい妻を何年も放っておくのはどうなのだ」
 遠方の夫を思っている女性の表情は普段と違い幼く見えた。いつもの怜悧な彼女は女手一つで土地屋敷を守るための武装なのだと改めて実感する。
「恐れながら、マダム」
 男は控えめに、けれどきっぱりと答えた。
「今しばらくの辛抱かと。あなたが立派に女主人として館を守られたと知れば旦那様もさぞやお喜びになられることでしょう」
 女性は顔を上げ、男へと緩やかに手を伸ばす。
「しかし、私は寂しい」
 しなやかな指が頬を撫で、唇に触れる。
「ジーク」
 名を呼ばれ、男は嘆息する。しかし、拒むわけにもいかず、女性の求めるままに口づけた。
「あの人がなぜお前を置いていったか、考えるだに腹立たしい」
 苦笑をこぼし、男は彼女の正面へと回り込む。
 彼女に求められるままに体を開くのは男の義務だ。
「お前がいるからあの人は平気で私を一人にする」
 幾度となく触れた体ながら、未だに緊張する。男がまだほんの幼子の頃から彼女の姿は変わらない。
「お前が憎らしい」
 美しい女主人は男の憧れであった。その憧れを汚しているようでひどい罪悪感に苛まれる。けれどその一方で与えられる快楽には抗い難いものがある。
「それなのに、お前は可愛い。昔から変わらない」
「マダム、変わらないのはあなたです。私は、変わってしまいました。もう幼子の愛らしさはないでしょう」
 まるで拷問だと思いながら、男は今宵も女主人の一時の慰めになるのであった。



以上、埋め小ネタ。
457名無しさん@ピンキー:2008/01/16(水) 00:30:39 ID:p8ZjFulb
GJ!
458名無しさん@ピンキー:2008/01/16(水) 00:36:27 ID:Pn5RUtrV
いいね。
続きも書いてー。
459名無しさん@ピンキー:2008/01/22(火) 05:47:20 ID:O0NWxxte
うめ
460名無しさん@ピンキー:2008/01/22(火) 13:46:57 ID:0jGvKkVC
hosyu
461「ゆびきり・1」 ◆T24RU/jbYI :2008/01/25(金) 15:01:12 ID:PbuBFHRB
こんにちは。ご無沙汰しています。島津組です。
埋めがてら、冬の日のヒトコマをどうぞ。2レスいただきます。エロはありません。


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「ゆびきり」


 冬の冷たい空気に息が白く揺れる。厚いコートやマフラーのせいで、夏の倍は狭く感じるS街の、とあるビルの前に、岩淵は立っていた。
 今日の夕方から雪になるかもしれません、と出がけに見たテレビでアナウンサーが笑顔で言っていたのを、岩淵は忌々しく思い出した。
 寒さにかじかみそうな手で、胸ポケットの煙草とライターを取り出したところで、その寒さを吹き飛ばすような声が聞こえてきた。
「岩淵さん!」
 岩淵は、口にくわえたところの煙草を慌ててパッケージに戻した。暖かそうな格好の瀬里奈が、岩淵の傍に駆け寄ってきた。
「おや、お嬢さん。どうなさったんですか」
「うん。辻井さんを探してるの。そういえば最近は岩淵さん、うちに来ないね。どうしたの?」
「自分は元々、代行――辻井のアニキの舎弟なんですよ。勉強ってことで、おやっさんの下につけてもらってたんですが、アニキのところへ戻ったんです」
 そうなんだ、とわかったようなわからないような顔をして瀬里奈は頷いた。
「代行なら、まだもうちょっと時間、かかりますから……。そうですね。あの角の喫茶店で待っててください」
 仏頂面では島津組で一、二を争う岩淵が、僅かに口元に笑みを浮かべて、瀬里奈に言った。
「わかった。遅くっても待ってるから、ちょっとでいいから、来てって辻井さんに言ってね」
「はい。――あ、お嬢さん、今日、大学の発表の日じゃないですか?」
「あッ! ダメ、ダメダメ。最初におめでとうって言ってもらうのは辻井さんって決めてるの!」
 瀬里奈は顔の前で大きく腕でバツマークをつくり、じゃあね、と手を振って喫茶店へ向かって走り出した。
 どうやら大学には合格したらしいな、と、岩淵は駆けていく瀬里奈を微笑ましく眺めた。


 ビルから出てきた辻井を、寒さに身を縮めた岩淵が迎えた。
「ご苦労様ッス」
「寒い中、悪かったな」
「いえ。いかがでしたか」
 辻井が煙草を取り出したのを見て、さっとライターをつける。問題ねえ、後で詳しく話す、と煙を吐きながら辻井は言った。
「お嬢さんがアニキに会いたいって、あそこの喫茶店でお待ちです」
「お嬢さんが?」
 今日、大学の合格発表みたいですよ、とライターをしまいながら岩淵が頷いた。
「ああそうか。わざわざ俺に言いにくるってことは、合格してたんだろうな」
 先ほどの瀬里奈の様子を岩淵から聞き、辻井は喉の奥で笑った。相変わらず、子供っぽい感情表現をする少女をまぶたに浮かべる。
 吸いかけの煙草を岩淵に渡して、喫茶店へと向かった。
「遅くなりました、お嬢さん」
「ううん、いいの、あのね」
 瀬里奈は大きな瞳をキラキラと輝かせ、テーブルから乗り出さんばかりにして話す。
「合格、おめでとうございます」
「ありがとう! 今日の大学がね、第一志望だったの。だからね、一番最初に辻井さんにおめでとうって言ってもらいたかったんだ」
 ご機嫌な瀬里奈を見て、逆にずっと機嫌の悪い親分を、辻井は思いだした。
 瀬里奈からの合否の連絡をそわそわと待ちつつ、それが全くこないことに段々苛立ってきて、なんで俺に連絡してこねェんだ、あの親不孝モン、と若い衆に当り散らし始めた。
 そんな島津をなだめるのに、辻井は苦労したのだった。
「お嬢さん。お嬢さんのお気持ちはとても嬉しいですがね、誰より心配してる人を、お忘れじゃありませんか?」
「ん、誰? あ! お父さん? 忘れてたぁ」
 親の心、子知らず、という言葉が頭をよぎる。連絡してあげてください、と辻井が言うと、瀬里奈は携帯を取り出した。
 ごめんねお父さん、などと猫なで声で、瀬里奈は言い訳をしている。話の内容で、電話の向こうの島津の機嫌が直っているのがよくわかる。
462「ゆびきり・2」 ◆T24RU/jbYI :2008/01/25(金) 15:05:26 ID:PbuBFHRB
 瀬里奈が島津と話している間に、窓の外ではちらちらと雪が舞い始めた。道を行く人たちが立ち止まり、空を見上げている。
 辻井も知らずのうちに、雪をじっと眺めていた。
「あ、雪だぁ。寒いもんねえ」
 いつの間にか電話を切っていた瀬里奈が、辻井に言った。
「試験、全部終わるのはいつですか」
「最後の発表が二月の中頃だよ」
「――なら、二月最後の日曜日、俺とデートしませんか」
 突然の辻井の誘いに、瀬里奈が驚いて辻井を見つめた。合格のお祝いに、またあのレストランへお連れしましょうと、瀬里奈の頬をそっと撫でて、辻井は微笑んだ。
「う……うん! 行く! 行く! 嬉しい!」
 年相応なら、彼氏くらいいてもおかしくない少女が、自分の誘いを無条件に受けてくれる。誰よりも――父親よりも――まず一番に自分のことを思い出してくれる。
 そして、少女の気持ちを独占していることが、嬉しいと感じている自分がいる。
 この危ういほどの微妙な距離を、いつまで保っていけるだろうか。
 いつまでも、このままでいたかった。瀬里奈が永遠に女にならず、ずっと子供のままでいてくれればいいと、心のどこかで辻井はいつも願っていた。
「あとの試験も全部合格するように頑張るね」
 嬉しそうに頬を染める瀬里奈を見て、辻井は珍しく後悔の念にかられた。
 デートをしようなどと誘うべきではなかった。単にお祝いしようと言えばよかったのだ。子供のままでいてほしいと思いながら、自らの言葉で瀬里奈を女にしてしまったようで、落ち着かなかった。
 何もかも、都会を非日常に染める白い雪のせいだ、と無理やり決めつけ、後悔を心の奥底に押し込んだ。


 そんなことを辻井が思っているとは知らないだろう、瀬里奈が辻井に話しかけてきた。
「もしさあ。もしぃ、全部合格したらさあ」
 左耳をいじりながらちらりと辻井を見る。何かをねだる時の子供の頃からの瀬里奈のくせだ。
「なんのおねだりですか」
「おねだりじゃないよ。あのね」
 耳、貸して、と瀬里奈は辻井の耳を引っ張り、こそこそと囁いた。それを聞いた辻井は、思わず吹き出した。
「やっぱり、おねだりじゃないですか」
「え、そっか。そうかな」
 照れ笑いを浮かべて鼻を触る。これはいたずらがバレて誤魔化す時のくせだ。
 こうやって幼い頃からのくせがまだ続いているうちは、大丈夫だ。きっとまだ、瀬里奈は自分の前では幼い子供のままだろう。
 自分が忠誠を誓う絶対の存在、島津隆尚。その彼が大切にしている娘を、誰よりも強く思い、守ってやれる特権は、何があっても手放すつもりはない。
 瀬里奈が産声をあげた時から見守り続けてきた自分だけの、かけがえのない権利なのだ。
 男と女に芽生える愛情関係などよりも、強く、固く、深い情愛が、自分と瀬里奈の間にはきっとある。少なくとも、自分の心には存在する。
 その気持ちは、島津への忠誠心と共に、辻井凌一というひとりの極道を支えている源だった。
 ただ、少女が女に生まれ変わることで、自分の手の内から巣だっていくのが、寂しい、それだけだ。
 子供のままでいて欲しいと願う一方、いつも自分にそう言い聞かせていた。瀬里奈へは、それ以上の気持ちはを持ってはいない、持ってはいけないのだ。
「いいですよ。その代わり、全部合格したらですからね」
「ぜぇったい頑張る! だから、約束ね?」
「ええ。約束しましょう」

 じゃあゆびきり!

 幼い瀬里奈の声が脳裏に甦った次の瞬間、目の前の瀬里奈が言った。
「じゃあ指きり!」
 瀬里奈の左の小指が差し出された。左手で指切りをするのも、幼い頃からの瀬里奈のくせだ。
 辻井はその指に自分の小指を絡めた。


 瀬里奈とふたり、並んで店を出る。
 寒いね、と辻井を見上げた瀬里奈の息が、白く空気に舞った。そうですね、と辻井は答えた。瀬里奈は島津と待ち合わせをしていると言って、手を振って走り去った。
 凍てついた風が街をなめるように吹き、凍える寒さに、辻井は身体を縮めた。だが、指切りをした小指だけは、温かいままだった。
 この温もりを手にし続けるためにも、ヘタを打つわけにはいかないな、と辻井は寒さとは違う意味で、身を震わせた。


――了

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以上です。読んでくださったかた、ありがとうございました。
463名無しさん@ピンキー:2008/01/26(土) 16:42:50 ID:ynDqO6yj
アニキ、久々のお作、ありがたく頂きました。
瀬里奈が18になってる〜〜〜!
辻井さんが変わらぬ距離で見守っている姿にジンと来ました。

おねだりの内容はやはり『お泊り』でしょうか?
464名無しさん@ピンキー
辻井さん素敵ー。
このシリーズ大好きです。
がんばってください。