1 :
名無しさん@ピンキー:
2 :
名無しさん@ピンキー:2005/10/25(火) 01:02:46 ID:CNre7WIc
前スレが容量満タンになったので緊急スレ立てです。
お疲れさん
5 :
名無しさん@ピンキー:2005/10/25(火) 07:18:12 ID:GsRmXdgY
ほ
数十分バスに揺られ、目的の駅に着く。中堅地方都市の駅前はそんなににぎやかって
わけではないけど、独特の温かみを僕に感じさせる。もみじは、「ありがとうございま
す」と律儀にもお礼してバスを降りる。僕もそれにならう。
二人並んで切符を買う。
「うちから駅までのバス代より、海までのほうが安いんだよ?不公平だよね。」
と、彼女は楽しげに不平を漏らす。いや、ある意味正しいけどさ。
少し考えてから、僕は答える。
「でも、それが距離の密度の違いなのかも。」
もとより答えなんか期待してなかったのだろう、もみじは意外そうな顔をして、少し考
えた後、
「時間も、同じかもね・・・。」
ぽつりと、呟いた。
ホームで少し待つと、電車はついた。運よく車内はすいていて、ロングシートに二人で座
る。一息ついて、もみじのほうに視線を向けると、すでにこちらに向けられていたもみじ
の視線に気づいてしまう。
「えっ・・・と、その・・・ね?」
少し驚いた後、不自然に笑って、頬を染めて、次の瞬間、僕の右肩に頭を預けてきた。
何も反応できない僕をおいて、もみじは続ける。
「きのう、ね、眠れなかったんだ。だから、少しの間だけ・・・いいよね?」
あまりのことで、僕は言葉を返せなかったけど、彼女の手に自分の手を重ねて
答えの代わりにした。本当に小さな声だけど、ありがとうって、もみじの声が聞こえた。
心地よく揺れる車内は冷房が効いて涼しかったけれど、もみじに触れたところから柔らか
な暖かさが僕を包み込むのを感じた。規則正しいもみじの呼吸音を聞きながら、どうして
彼女はぼくをここまで安心させてくれるのかな、なんてことを考えていた。
窓の外を住宅街が駆け抜けていく。遠くの山々はゆっくりと変わっていく。
だんだんと眠くなってゆく窓の景色だけど、胸の高鳴りが僕を寝かしてはくれなかった。
乗客はまばらで、誰かに見られているというわけでもない。
それでも念のため辺りを見回し、誰も見てないことを確認する。
(平気、かな?)
意を決し、僕の肩のもみじを見やる。顔は見えないけど、まだ寝ているのだろう。
長い黒髪を手ですくってみる。さらさらと、指の間から流れ落ちていく。
ふわり、優しい香りがした。それこそ、物心ついたころから僕はこの香りに包まれていた
んだろう。この香りに包まれて、僕たちはここまできてしまった。ずっと、この香りに
包まれていたいと思う。
「美秋くん、そんなに楽しいかな?私の髪。」
気づかずに長いことそうしていたんだろう、もみじの方がそう訊いてきた。僕も予想は
していなかったわけじゃなかったけど、やっぱり答えるのが面映くて。
「・・・僕も寝るよ。」
とだけ答え、重ねた手の指を絡めた。もみじもそれ以上言葉をかけることもなく、絡めた
手を握り、僕に体を預けてきた。僕ももみじも本当に眠っているのかはわからなかったけ
ど、僕たちには心地よい時間が流れていた。それだけがすべてだった。
途中、お昼を食べたり乗り換えたりで、目的地に着いたのは3時にもなろうかという時間
になっていた。そこにはかつての活気こそ見られないけど、泰然とした山々と、静かな
潮騒を響かせる海にかこまれた、穏やかな場所だった。いいところだね、ともみじはつぶやき、
そうだね、としか返せない僕だったけど、間違いなくそれは本心だった。
ホテルの迎えが来ているはずと、あたりを見渡し、それらしき人に声をかけた。
あまりに若い僕たちに驚いていたようだけど、僕の曖昧な笑顔と、もみじのはにかんだ
表情を交互に見たあと、ほほえましいものをみるような、遠い表情を浮かべてホテルまで
乗せてくれた。ホテルに着いたら着いたで、案内のお姉さんに同様の反応をされた。君
たちいくつ?その歳でふたりで旅行なんてうらやましいなー、ああ本当にうらやましい
なー・・・なんて、そんな話をしながら。お姉さんは高校を卒業したばっかりなんだそ
うな。僕たちもいつかはこうなって大人になるのだろうか。想像はできなかった。
「正直、気が気じゃなかったよ。」
僕の本心だった。保護者がいないと未成年は泊れないとか、そんなこと言われたらどうし
かとさえ思った。今はようやくホテルの説明なんかが終わって一息つけたところだ。
「ね!美秋くん、さっきのお姉さん、私も彼みたいな彼氏がいたらなー、だってさ!」
え、あのお姉さんがそんなことを?素直にうれしいかな、いや待てそれはどう考えたって
ただのお世辞だし、それでもまあやっぱり嬉しいかなー、なんて考えてしまったのがいけ
なかった。もみじに白い目で睨まれていた。
「美秋くん・・・?」
ものすごく不機嫌な声がした。もみじは女の子関係となると人が違ったように不機嫌にな
る。中学生のとき、一人だけ僕に積極的な女の子がいた。彼女が僕に付きまとっていた間、
もみじは口もきいてくれなかった。1週間ほどたって、彼女は僕から離れて、もみじも機嫌
をなおしてくれた。けれど、彼女は二度と僕に話しかけてこなかった。僕たち2人をみて
怯えて逃げたところを見たこともある。怖くてもみじに真相を聞いたことはない。
「いや、もみじ、違うから!何も変なこと考えてないから、僕にはもみじだけだから!」
結局僕が謝ることになる。謝罪の内容は深くは考えないことにしている。こうでも言わ
ないともみじの機嫌を直すことはできないから。
「いいよ、そのかわり・・・」
窓からは波の音。
「早く海にいこう?」
伊豆半島にあるこの場所は海水浴というより温泉で有名だ。それでも海水浴客はそれなり
にいるけど、ごったがえしという程でもない。ここでよかったな、という呑気な感想を
浮かべながら、ビーチでぼーっともみじを待っていた。
「美秋くん・・・?その、おまたせ。」
ぼーっとしている場合ではなかった。振り返ると水着のもみじが立っていた。白のビキニ。
いままでもみじはビキニなんて着ていなかった。白い布に覆われたもみじの胸はひかえめ
だったけど、その肌は水着に負けないくらいに真っ白で、隠されることなく晒されたその
体は細くって、ゆるやかな曲線をえがく腰のライン、おへそのくぼみ、その下の布に隠された彼女の女性の部分。
「よ、美秋くん、そんなに見られたら恥ずかしいかな・・・」
と、そこで思考が中断された。声がするほうを向けばもみじが怒ったような困ったような
笑顔を朱で染めて僕に抗議していた。
「いや、その・・・ごめん!」
言い訳できなかった、完全に見とれてた。そして、ここまで強くもみじを性的な対象とし
て認識してしまったことも初めてだった。幼かったころにもみじに向けた好意と、今、
僕が彼女に抱いている感情。その2つが全く性質の違うものであると決定的に突きつけられた。
頭の中が空っぽになるような、そんな衝撃をうけた。
「ううん、いいの。ちょっと嬉しかったし・・・。」
自分に言い聞かせるように言って。
「海、はいろ?」
僕に手を差し出した。繋いだ手がものすごく熱く感じた。
太陽も落ち始め、大気がオレンジ色になったころ、僕はビーチのベンチに腰掛けていた。
もみじと一緒に入った海。僕の心臓は制御がきかなくなったように暴れていた。
海の水をかけなかったら焼け焦げていたんじゃないかと思うほど僕の頬は熱を持っていた。
もみじの顔を見ていられるほど余裕はなかったけれど、伏せがちな顔はもしかしたら、
僕と同じような感情を浮かべていたのかもしれなかった。
それでも僕たちは手を離すことはなかったし、波から守るため彼女の腰にまわした腕に
伝わってくる感触は言葉で言い表せないものだった。
「そうじゃなくって。」
あわてて思考を止める。僕はこれからもみじに・・・。
「美秋くん、おまたせー」
不意をつかれて一瞬ビクッとする。まだどう切り出すか決まってなかったのに。
もみじの白いブラウスは鮮やかな真紅に染まり、長い髪に夕日がさしていた。
胸のブローチはどんな楓よりも美しく見えたし、僕の大好きなもみじの笑顔は、少し緊張
しているように見えた。
「あ・・・、うん。少し歩こうか。」
見惚れるのもほどほどに、僕はもみじに手を差し出した。もみじも僕の手をとり、しっか
と繋いで。僕たちは歩き出した。
重苦しい、というわけじゃないけど、硬い雰囲気の中を二人で歩いた。家族連れが帰るの
か、小さな男の子と女の子がはしゃぎつつ、片付けをしていた。
「随分、久しぶりだったよな。もみじと一緒に海に来たのは。」
不思議と、自然に言葉が出てきた。
「あの事件以来だね。ねえ、覚えてる?」
硬かったもみじが、楽しそうに訊いてきた。覚えていないはずがない。僕はもみじ関係の
思いではほとんど記憶している自信がある。
「『イルカに乗った少年たち事件』だよね。もちろんだよ。」
「お父さんがね、大きなイルカの浮き輪に私たちを乗せて遊んでたんだけど・・・」
「波に驚いて手を離したんだよな。そうしたら沖まで流された。」
結局、ライフセーバーが助けに来たんだけれど、僕の予想が正しければもみじは・・・。
「・・・その時美秋くんがいった言葉、覚えてる?」
急に真剣な眼差しで僕を見つめてきた。思ったとおりだ。
「・・・言わなきゃダメ?」
「だめ。」
海岸では大勢のひとが僕たちを心配そうに見守る中、僕たちも必死だった。泣きそうな
もみじを、同じく泣きそうななか、幼い僕はもみじを励ました。
「『もみじちゃん、ずっとぼくがいっしょだから。しらないところにいっちゃっても、
ぼくがずっといっしょだから』・・・これでいい?」
「よくできました!」
満面の笑みを浮かべた。
「ちゃんと、覚えててくれたんだね。」
「・・・僕は、もみじ関係ならみんな覚えてるよ。そのブローチもね。」
もみじは足を止めた。ふたり向かい合った。
「びっくりしたよ。」
言葉とは裏腹に、もみじは『やっぱり』という表情をしていた。
「もっとも、それを付けているところは見たことないけどね。」
「あはは、使うのがもったいなくて。大事にしてたら、結局使えなくて。」
ばつが悪そうに笑った。けれど、もみじの性格なら、きっと本来なら使うこともなく
大事にしまったままだったんじゃないかな。
「美秋くん、私の気持ちはあのころからずっと・・・」
「もみじ。」
言いかけたもみじを制した。こういうのは男から言うものだって、目で伝えた。
一呼吸おいた。心臓がのどのあたりで暴れている。地面に立っているのがわからない。
体が重い。体が軽い。頭が冷たくなる。頭が熱くなる。体の中身がぐるぐるした感覚。
押しつぶされそうになる。自分の存在が無くなる。辺りが認識できなくなる。ふと、残
った意識を僕の手に集中した。もみじの感触だった。僕の愛した少女が、そこに存在した。
「・・・好きだ。」
言った瞬間、音にならない音とともに、総ての感覚が戻ってきた。
紅色の太陽、朱色の海、入道雲は橙に紫を描き、僕の大好きな秋の紅葉の真紅が世界を
染めるなかで。
「美秋くんっ!!」
僕はもみじとキスをした。瞳を閉じて、彼女のくちびるだけに集中した。彼女のくちびる
こんなにやわらかいものだとは、僕は知らなかった。
「もみじ、大好きだ。昔から、ずっと好きだ。もみじのやさしさ、全部、僕は。」
「そんなことわかってたもん!ずっとずっと昔から!だけど!わたしは、もっと前から、
女の子として、よしあきくんのこと大好きだもん!」
なんとなくはわかってた。ずっとずっと一緒だったもみじ。僕の『好き』ともみじの『好き』
の違いに気づき始めたのは中学生のころだった。けれど、性的な意味合いというものを僕
はよく理解できなかった。もみじや母さん、女性という存在があまりに近すぎた。
僕はもみじとずっと一緒にいられたらそれだけで幸せだった。けれど、学校が離れて
もみじとの間に少しだけ距離ができて、もっと一緒にいたいと思って。そうしたら、
もっともみじと近くなりたいって、もみじが恋しくて。これが恋なんだって。
「ごめん!もみじ、もっと早く気づきたかった!」
僕は腕を彼女の背中に回して、きつく抱きしめた。もみじは細くて、やわらかかった。
「いいよ、こうして美秋くんは私を抱きしめてくれた。だから、もっと私を受け止めて!」
もみじの腕が僕の首に回された。潤んだ瞳が閉じられて、涙が流れた。僕たちは、2度目の
くちづけを交わした。
「っ!!!んむっ!!!!!んむむ!!!!!(ちょっと!もみじ!)」
わけがわからなかった。もみじの舌が僕の口に入ってきたんだって、すぐには気づかなかった。
けど、気づいた後は、互いの舌を感じあうだけだった。とは言っても、一方的に入ってき
たもみじの舌を迎える以外に方法はなかったけど。それでも、もみじの舌はどんなものよ
りも甘く感じた。
「んむ・・・ふはぁ・・・。」
満足そうにもみじは僕から舌を離した。二人のどちらのものかわからない唾液で口を
べたべたにしながら、とろんとした瞳で僕を見つめた。
「・・・もみじ、お前すごいな・・・。」
「!」
もみじは、急に現実に引き戻されたように顔中朱に染め。
「ち、違う!これくらい普通だもん!美秋くんが子供なだけだもん!」
ぷいっと、顔を背け。すこし怒ったような顔をまた向けて。
「だって・・・好きだから・・・。」
「・・・僕だって。」
僕たちは。
「・・・んっ。」
もみじ色の世界がその色を落とすまで。
ずっとずっと、互いのくちびるをかわし続けた。
昔うぃすてりあだったものです。
まずは、ごめんなさい。
ハンドルを失うほど放置しておいて今更身勝手ですが。
覚えているひとだってどれほどいるかわかりません。
何を言っても言い訳にしかなりませんから
身勝手だけをお詫びして。
前までのは保管庫に置いてありました。
許されるなら、そちらをお願いします。
それでは。
おかえりなさい。
続きを待っていたので、読むことが出来てとても嬉しいです。
18 :
名無しさん@ピンキー:2005/10/26(水) 08:07:07 ID:Y3CEbKYa
キタ━━━━(Д゚(○=(゚∀゚)=○)Д゚)━━━━━!!!
新スレ乙
うぃすさんおかえりなさい!
新スレ早々縁起がいいね
新スレ乙&GJ
俺も長編書いてみるかな。
‥‥時間があれば。別スレと並行になるけど。
<お気に入りバンドのメジャーデビューについて その一>
-----------
オタクだのマニアだのと言うと大抵私の年代の女の子は気持ち悪いとかカッコ悪いだとか言うもののようだけれど。
私は案外とそういう人達の気持ちが判る。
人が知らない知識を自分が持っているということは嬉しいことだ。
誰も知らないようなことを自分が好きだったりするのは意外と快感だ。
その良さを人に啓蒙するも良し、自分ひとりで楽しみ続けるも良し。
理解してくれる人が多くなっていくのも嬉しいものだけれど、自分だけのものであって欲しくもあったりして楽しみ方は様々だ。
夢中になってしまう気持ちは良く判る。
私が親友の茉莉の言葉に少し戸惑って、それから青くなったのはつまりだから要するにそういう事な訳だ。
@@
その日、私の親友であるところの鍋島茉莉は夕焼けで赤く染まった放課後の屋上に私を呼び出すと、切なげに溜息を漏らして
「私、好きな人がいるの。」
と大事に心の中に隠し持っていたであろう気持ちをこっそりと教えてくれた。
愛だの恋だので盛り上がりがちな私達の中では奥手で通っていた茉莉がである。
その言葉を聞いて私は嬉しくなってしまった。
相談にも色々あるけれども、される方にとってはこういった類の相談はとても楽しい。
なんていったって一際抜けるような白い肌を持ち、美人で気立て良し、趣味が料理、猫が大好き。とどこに出したって恥ずかしくない自慢の親友だ。
下手な奴に捕まって欲しくはないが、茉莉の事だから変な奴を好きになったなどというような心配もないだろう。
一緒になって騒いで、無事付き合い始めた後は私より先に彼氏を作るなんてなどと言ってからかう格好の種にだってできる。
にこにこと茉莉に笑いかけながらその幸運な奴は誰なのだろうと私は茉莉と良く話していた男の子を心の中でリストアップした。
茉莉と最近話しているところを見た事がある男子は、サッカー部の飯田君と同じクラスの上杉君と雄二郎だ。
その中では-----
第一候補はサッカー部の飯田君だろうか。
そういえば茉莉はよく飯田君に話しかけられては何も答えられずに赤くなって俯いていた。
乙女の反応だ。
なるほど少々軽薄な感じがして私の好みではないけれど客観的に見れば彼はかっこうが良い。
サッカー部ではレギュラーらしいし成績だって悪くない。
なかなかお似合いじゃあないか。美男美女、ぴったりと嵌ったパズルのようだ。
ルールもわからないまま手に汗を握り、一生懸命サッカーの試合を応援する茉莉の姿を想像して私は笑った。
「当ててあげる。飯田君でしょう。」
「ち、違うよ。」
2人で屋上の柵にもたれかかったまま、柔らかい茉莉のほっぺたを突っついてそう言ったところ茉莉は慌てて即座に首を振った。
予想外の茉莉の返答にあれ違ったかと私は考え直した。
そういわれてみれば違うような気もする。
私が軽薄だと思うような男の子はこの茉莉ならなおさら拒否感を持つかもしれない。
・・・じゃあ上杉君だろうか。
そういえば茉莉はよく上杉君に話しかけられては何も答えられずに赤くなって俯いていた。
乙女の反応だ。
なるほど少しばかり顔立ちが私の好みではないけれど彼はとても頭が良い。
化学部の期待の星らしいし成績はトップクラスだ。
なかなかお似合いじゃあないか。お気に入りのポップスを集めてみたら74分テープにきっちりと収まった、そんな時のような気持ちよさがある。
2人が仲良く手なんかを繋ぎながら下校する姿を想像して、私は笑った。
「判った。上杉君でしょう。」
「もう。違うよ美沙。」
屋上の柵に行儀悪く2人で顎を乗せ、憎らしい事に私より豊かで制服の上から見ても柔らかそうな茉莉の胸を突っつきながらそう言ったところ茉莉は慌てて胸を両手で隠して激しく首を振った。
はて。と予想が行き詰って私は首を捻った。
真面目な茉莉のことだ。良く知りもしない人間に一目惚れなどという事は無いだろう。
先生だろうか。
そうであったら大変だと思いながら私は考え込んだ。
茉莉は大人しくて真面目だから先生に可愛がられるし、その中には確かにブルース・ウィリスやロバート・レッドフォードなんかを何倍かに薄めた感じの中々に渋い先生もいる。
それに茉莉のようなタイプは頼りがいのありそうな年上が好みなのかもしれない。
しかしその考えには一つ問題があった。
見渡す限り可能性のありそうな独身の先生はいないのだ。
可能性のありそうな先生はみんな既婚者で授業中に子供の話をしたりする。
では先生ではないのか。と、そこまで考えて私は一つの自分が思い至ってなかった考えがある事に気づいた。
まさか。そんな事はあるまい。無いはずだ。激しく首を振る。
自分の考えでありながら心に浮かんだその考えに慄然とし、あまりのショックにぎゅっと胸を押さえた。
不倫かもしれない。
思い出したのは一昨日見たテレビドラマだ。
シックな背広を着た渋めの探偵が活躍するシリーズで私は毎週好んでその番組を見ていた。
ショッキングな事件に冴え渡る推理。ラスト15分のどんでん返しには毎回手の汗を握らされる名シリーズだ。
時たま起こる主人公とヒロインとのロマンスも少し大人向けで大変興味深い。
一昨日の回は若いOLが殺されてしまうという事件で、犯人はなんと妻子ある男性だった。
あろう事かその男は妻も子もある身でそれを隠し、被害者である若い女性と交際していたというのだ。
挙句の果てにその事実が露見するとその男は相手の女性を殺し、証拠隠滅を図ったのだ。
あまりに卑劣なその犯人の所業に私はブラウン管に向かって拳を握り締めた。
もしや親友がそんな道ならぬ恋に身を焦がしているのでは。と考えて私は柵に顎を乗せながら茉莉の方に胡乱な視線を向けた。
もしかしたらこういう事はそういった方が燃え上がるのかもしれないけれど茉莉も傷つくし先生の奥さんにも悪い。
そんな恋は何も生み出しはしないのだと教えてやらなくてはいけない。
と、そこには腰に手を当ててあきれたと顔に書いてあるような態度の茉莉がいた。
屋上に差し込んだ夕日が茉莉のびっくりする位に端正な顔を照らす。
「もう、美沙は。判ってるくせに。」
ふう、とそっぽを向きながら茉莉は色っぽげな溜息を漏らす。
「私と、美沙のよく知っている人だよっ。」
そう言った後、茉莉は頬を染めて俯きながらぽつりと大事そうにその人の名前を言った。
---
茉莉の答えは飯田君でも上杉君でも教師でも探偵でもなかった。
私が屋上に呼び出された瞬間から多分そうじゃないかなあなどととぼんやり考えつつわざわざ思いっきり予想から外していた人間の名前を茉莉は口にした。
「・・・やっぱりね。茉莉ってばあれのどこがいいのよ。」
強がってそう言った私の言葉は、震えていなければ良いのだけれど多分やっぱり震えていたと思う。
GJですけど
前スレのどこらへんに序章があるんですか
>>26 前スレの短編で終わるのかと思いきや、続きますかー。
ワクテカしながら、全裸で待ってます。
GJっす
>>27 URLにある通り、前スレの695から704がこのSSの序章ですよ。
続編キボンの声に答えてくださって有難うございます。ワクテカしつつ続きを待ちます。
なんかもう
題名の悲しさっつーか寂しさみたいなのが凄いよく解る
GJ。やっぱ上手いわ。
同じやりとりを変奏しながら繰り返すのは楽しいですな。
33 :
名無しさん@ピンキー:2005/10/30(日) 00:15:27 ID:/3LLmscM
保守age
恋のライバルが出て来ると、そちらを応援したくなる体質なんだよなぁ
いや、ひねくれてるだけなんだが。つーかそもそも書く必要ないんだけどね
誰かこないかなー
<お気に入りバンドのメジャーデビューについて その二>
-----------
@@
普通、皆はこっそりと応援していたお気に入りバンドがメジャーデビューした時にどのように感じるものなのだろう。
自分が応援したからこそだと誇らしさに胸を張るだろうか。
それともデビュー曲を聴いてきゃあきゃあと騒ぐ人達に眉を顰めるのだろうか。
多分両方なのだろう。多分半分ずつ位。
嬉しさを噛み締めつつ、眉を顰める自分に自己嫌悪するのだ。
夕焼けの屋上で茉莉のとても大切な言葉を聞いた瞬間、私はさすが親友だと思い、同時に暗澹たる気分にもなり、
そしてそんな自分に自己嫌悪した。
それまで私は自分で言うのもなんだけれども寛容な性格だと思っていた。
別に無理やり初めての彼女になどなるつもりなんて無かった。
そもそも思春期となり私との距離を測りかねている彼は学校内において私にとても冷たい素振りを見せる。
それによって大変に腹立たしい思いも何度かした。
一度や二度くらいタチの悪い女の子に騙されて痛い目の一つや二つ見れば良いのだ。
どうせ一週間とは持つまい。
何度か騙され、死ぬような目に遭った後、雄はようやく気づくだろう。
身近にとても素敵な女性がいることに。
その時になって雄は初めて自分の愚かさに気が付くのだ。
泣くかな。うん。泣くと思う。
私の手を取り跪き涙を流しながら君しかいないのだと私のありがたさを切なげに囁きながら訴えてくるに違いない。
大変に良い気味だ。
そしたら悔恨の涙に暮れる雄に死ぬほど恩を着せまくった挙句に映画を見たりお菓子を食べたり一緒に散歩をしたりするのだ。
と、私はそう思っていた。半ば確信していたと言っても良い。
雄に好きな人ができるかもと考えてはいたけれど、雄を好きな人ができるだなんてことは考えた事もなかった。
しかも相手は茉莉である。
鍋島茉莉と東条美沙。お互いなんとなく堅い感じの苗字にどことなく親が張り切った感じのする名前という共通点があったからか何なのか判らないけれど、私達は入学と同時にすぐに親友になった。
どちらかというと無愛想な私と真面目で話すのが苦手な茉莉ではあまりに性格が負の方向に似ていて上手くいかないのではないかなんて言われるけれど私達は毎日のように一緒にいるし、二人でいるときは正に姦しいという言葉が似合うくらいに良く喋る。
ずっと一緒にいたからわかる。友情と愛情は別物だから、そんな所を私は心配などしていない。。
たとえ茉莉が雄と付き合い始めたからといって私は茉莉に対して変な気持ちを抱かないし逆もそうだろう。
そりゃあ色々と問題は出てくるかもしれないけれど、どちらも必要ならばどちらともうまくやれるように努力する。
それは私だけでなく茉莉も同じ気持ちに違いない。
私たちにはそのくらいの分別はある。
そうじゃない。そうではないのだ。
問題はそんなところにはない。
私は2人の事をとても良く知ってしまっているのだ。
お互いに非常に義理堅い所とか、とても粘り強い部分を持っている所とか、よい意味で鈍感な面だとか。
共に買い物に出かければ初めてのお店で品物を決めてしまう私と、何度も見直した後一番素敵なのを買う茉莉とか、
未だに幼い頃の約束を守って夏祭りには必ず誘いに来る雄だとか。
二人の良い所を寄せ集めるとそこにはぴったりと嵌ったパズルのような、
バラバラに作られていても元からそうなるべきであったという運命的な感じがあり、
好きな曲を集めてみたら74分テープにきっちりと収まった、そんな時のような気持ちよさがある。
つまり、茉莉も雄も2人とも、お互いを信じあった二人の愛は距離を、時間を越えて云々とかそういうのがとっても良く似合うタイプなのだ。
墓場まで持っていかれる。
一瞬の後に私は理解した。そして同時に自分の今までの自信過剰さに顔が赤らむのを感じた。
思わず天を仰ぐ。
長いこと黙って考え込んでいたからだろう。
ばっと顔を上げた私に茉莉は心配そうな顔を向けた。
「美沙ちゃん。大丈夫?」
私は答えた。
「大丈夫。」
茉莉は笑った。
「良かった。美沙、複雑な顔するんだもの。」
「・・・どうして雄が好きなの?」
「優しいから。」
暗くなっていく地平線を2人で眺めながら言葉を交わす。
茉莉はきっぱりと声を返す。
「それだけ?」
多分本当にそれだけなのだろう。
さすが私の親友。良く判っている。
と変な所で私は感心しながら私は一度だけ問い直した。茉莉の答えはもうわかっている。
「うん。」
茉莉は少しうれしそうに、やっぱりきっぱりと答えた。
@@
普通、皆はこっそりと応援していたお気に入りバンドがメジャーデビューした時にどのように思うものなのだろう。
多分きっとそれは喜ばしくもあり、同時に少し寂しくもある事なんだろうと思う。
寂しさの原因はデビュー曲を聴いてきゃあきゃあと騒ぐ人達がいるから?
今まで私だけが知っていたのに、前々から知っていたのは私だけなのに急に私と同じくらい好きな人が沢山増えたから?
私は前から気付いていたのに、良い所だけ持っていくなんてずるいから?
それもあるだろう。
でもそうじゃない。本当はそんな事じゃないのだ。
いろんな人に伝わるくらい、いつの間にか魅力的になってしまったからだ。
私だけが知っている振りをできた時期が過ぎてしまったのだ。
一生懸命話を聞いてくれたり、案外義理堅くてホワイトデーや誕生日には家に来てくれたり。
嫌ならやめればいいのに夏祭りの日には真っ赤な顔をして誘ってきたり。
私だけが知っていたのにみんなが気付いてしまう位、いつのまにか魅力的になっていたからだ。
私はそれに気がつかなかった。急に突きつけられて置いていかれてしまうみたいで、寂しいんだ。
私はなんだか理不尽に腹が立った。
何で私ばっかりこんなに悩まなくてはいけないのか。
なんであいつは私が気付かないままメジャーデビューしているのか。
何で私に対して同じように思ってくれないのか。
何で私をかまってくれないのか。
嫌いなら嫌いと言えばいいのに、毎年夏祭りに誘いに来るなんて卑怯だ。
私は待ってしまうのに。
私は覚悟を決めた。
嘘をついてやる。
嘘をついて、とんでもない嘘を突き通してそれでも駄目だったら茉莉を応援する。
お気に入りのバンドにこれからも執着し続ける価値があるかどうかを、確かめてやるのだ。
了
----------------------------------------------
感想ありがとうございました。
最後一話だけ時間があるときに落とさせて貰います。
では。
ノシ
ワクテカしながら待っております。
美沙の気持ち…大変よく分かるし、カワイイっすねえ
もはや文体が「気の強い…スレ」向きに見える
いや勿論このスレに書いていただいて何ら支障はないのですが
というか普通に凄く面白いです。この文章に惚れました。ファンになりました。
残り一話、頑張ってください
メジャーデビューか…
非難されるかもしれんが月姫に俺が抱いた感情に似ている
いやぁ懐かしいなぁ
GJ。続き待ちます。
>>45 “気が強い”と“幼馴染み”のどちらを強調しているかといえば後者なわけだし良いんジャマイカ
新スレおめでとうございます。新作続編が多く読めて嬉しいですね。
幼馴染ばんざい。
前スレからの続きになります。
鼻をつく異臭に胸が悪い。
寒気が肌を内側から灼いて水が飲みたかった。
どこにも力が入らない。
――鉄とアンモニアと泥水の混じった悪臭に息を潜め、それでも生きている事を有難く思わされた。
動けない場所で気を失うことはひどいものだ、現実的にはなんともいえずみじめだ。
こんなに痛いのにまだ生きていること自体が幻覚のようだけれども。
何処かで水がぴとぴとと落ちていた。
弱く差し込む眩しさに目を瞑る。
まあ、仕方のないことだった。
無意識の毎日だったから自身が女中であることに誇りのようなものを持っていたなんて、知らなかったけれど、
お嬢様がなんとわめこうと上をどかずに抱きしめて守ってしまったのはきっとそういうことだったろう。
…成功したようで何よりだ。
おかしいことだけれど。
傷も痛むはずなのに何も感じられなくて、それはあまりいい兆候でないように思った。
口の中が鉄くさい。
溜息を漏らせば張りついた髪が唇で震えてお嬢様の顔がほうと上がった。
「あぁ、起きたの…梅子」
泣き叫んで痛んだのだろうか気だるげな喉も枯れている。
梅子は声がほとんど出ないことに気付いた。
だから表情で答えた。
腕の中が苛立たしげにもがいた。
お嬢様が次第に啜り泣き怒り出すのを眼鏡を失くした視界で眺める。
流れる朝の空気は冷えて傷に沁みた。
ぼやけているせいか目の前の彼女はその甥に仕草までもが似て見えた。
億劫なのをどうにか抑えて肘を緩々とずらし、琴子を覗く。
風邪のせいなのかどうしても風みたいな囁きしか出ない。
仕方ないので代わりに力づけるよう微笑ってみた。
似ているとかそういうことは、本当は問題ではなかった。
なかったけれど、でも確かにこの面影をとても好きだった頃があって
(まあ泣かされていたのはいつも自分であったけれども)、
ならこんな風に弱っている人の傍にいたら自分はいつも笑っていなければならない。
…つまりこれが梅子にやっとできるたったひとつの恩返しだと彼女は知っていた。
この人に似た薄い眉をしかめては拗ねていた少年の存在は、
一人きりにされて寂しく母の影を追う間もなく梅子の毎日を賑やかに彩り
泣かされたり叱ったり笑ったり、忙しい日々に変えてしまったのだから。
どんなに孝二郎が梅子を口煩い家族としか思っていなかったとしても、
彼女にとっては孝二郎を取り巻く場所が暖かなもののすべてだったことに変わりない。
そう、どんなに恋に似ているだけのものだったとしてもそうだった。
勿論ここのお嬢様達をしかたなく見守っていた数ヶ月だって、とても楽しく大事だったのだけれど。
前触れなく訪れた感触の艶かしさに息が震えた。
二の腕に押し付けられた唇が着物の上から雨で湿った水を吸い、
次に当たり前のように唇をふさがれた。
琴子は女中にそうしたままで、腕を伸ばして年下の相手をこの状況にしてはやや強引に掻き抱いた。
痛みが背中に腕に走って泣きたくて枯れた喉から呻く。
水がそれでも恋しくて送り込まれる生温かく泥臭いのを一滴二滴、なんとか飲み下す。
からり、と落ちかかる砂が梅子の髪に触れるのを琴子が眺めて、より強く腕を絡めてきた。
力強いそれは彼女が確かに無事である証拠で梅子はほうっと息をつく。
痛いけれど抗議できる力が残っていないだけだ。
琴子お嬢様がようやく少しだけ笑んで両手のひらで血に濡れた頬を挟んだ。
「いいからおまえは助けが来る迄休んでいなさい。
孝二郎ごときオチビに泣かされてた癖に無理をするものではないわ、馬鹿ね」
遅れてようやく届いた懐かしい名前が意識に溶けていけば、
初めて少年にしてみたくちづけのことを思い起こして名を呟いて懐かしさにも笑った。
やっぱりあの坊ちゃまの思い出はおかしなくらいにあたたかい。
そうしたらなぜかお嬢様が気を悪くして梅子の頬をぎゅむとつねった。
容赦がなさすぎて痛かった。
(休ませる気は全くないのではないだろうか、と言いたかったけれど残念ながら声が出ない)
まあでも、
生きているなあとそういうわけで梅子は実感して、
瓦礫の高みに目を細め、台風一過の明け方であることを知る。
時間がどれだけ過ぎて行くかが分からない。
薄れる度に夢の中で子守歌が聞こえて目を醒ました。
気がつけばずうっと遠くでざわついているのは人の声だった。
喉の奥で濁り水と先程の震えが、微かな熱さで薄れそうな意識を引いている。
琴子はあれだけ騒いでいたくせにいつの間にか完璧に落ち着いていて、
瓦礫の中で身体をずらし、濡れた梅子の髪を撫でるくらいの余裕があった。
耳元で囁きが届いた。
「ああ、清助が来ているの聴こえるわね。時間の問題だわ安心なさい。
今まで一度だって、清助がわたくしを見つけられないことはなかったもの」
梅子は僅かに重いまぶたを持ち上げた。
お嬢様と彼女の幼馴染らしき客人が、今後はあちこちでいやらしいことを
していても三回に一回は見逃してあげようとこっそりと思った。
頬に水が落ちた。
喉の下が熱い。
次に目を開いたとき白いシーツに天井がぼやけて知らない場所で点滴を受けていた。
熱い頭がじんじんと重い。
掠れた視界で何かが動き、隣にいた数ヶ月ぶりの懐かしい顔と目が合った。
そうしてから互いに眼を逸らした。
少しの沈黙の後に震えた溜息が小さくて知らない人のようだと思った。
孝二郎は薄汚れた服を纏って見たことのない顔つきをしていた。
誰かが動いて電子メロディが鳴る。
朦朧と見つめる梅子の視界がはっきりとしてくる前に、
誰かと入れ替わりに幼馴染の坊ちゃまはどこかへ行ってしまった。
白い服の人たちが動いている。
夢なのだろうと思って梅子はぼやけた意識をとろとろと沈めて瞼を閉じた。
やっとここまでです。
では、続きは時間ができましたらまた。
相変わらず上質な文章だなぁ……
うっとりと溜息。
<お気に入りバンドのメジャーデビューについて>
の文章もかなり良いですね。
ファンになりそうです。
誰かいないの〜
ここにいるが。よすぎてどう感想書いていいのか迷う…
>51辺りで梅子タンのけなげさに萌えつつちょっと泣いた。
山は越えたはずなのに、この二人がどうやってそうなるのか見当がつかん。
なんかラストそろって目をそらしてるし。
しかし幼馴染みにプラス家族っぽい感情とかのオプションがつくと
すごい萌えることに気付いた。
58 :
名無しさん@ピンキー:2005/11/06(日) 00:33:33 ID:U+V7jK7o
ハァハァage
「まさか衆人環視の中であんなことするなんて・・・。」
一緒にベンチに腰掛けるもみじに言うわけでもなく、呟いた。
「だ、だって・・・。」
なにか反論しようとしたのか、それでも言葉を見つけられずにことさら顔を赤らめて、
もみじはうつむいてしまった。
長いキスが終わり、現実に引き戻された直後、僕は多くの視線に気づいた。そして周りの
ひとたちに見られていたという事実がいよいよ自覚となって僕を襲ってきた。
すぐに視線から逃げることだけを考え、それでもぼんやりとぼくを見つめるもみじの手を
引いて駆け出していた。都合よく、浜辺に広場があったところで、いまこうやって休んで
いる。
「ずっと、多分最初から最後まで見られてた・・・。」
絶望的な気分になりながら、やはり口に出さずにはいられなかった。頭をかかえる。
「い、いまさら言ったってしょうがないじゃない。ね、美秋くん。」
「・・・。」
まあ、それでも。つないだままの手から伝わるもみじの感触は、これで本当にぼくだけ
のものになったわけで。
「私、嬉しかったよ。美秋くんに好きっていってもらえて。」
恥ずかしそうに、それでも笑顔を見せて語りかけるもみじを見て。改めて僕が手にした
存在を確かめたくて。いいよね?と目だけで尋ね、手を離してもみじの腰に回し、
一瞬の躊躇を経て、触れて、僕に引き寄せた。もみじは少しだけ驚いたような顔をしたけ
ど、静かに目を閉じた。僕ももみじにならった。
ただ静かに、互いの存在を確認しあった。もみじはあたたかかった。もみじを感じると
同時に、今日気づいてしまった静かな衝動が体のなかから湧き上がるのに気づいた。
もみじの舌が僕に入ってくる前に、僕はもみじから離れた。少し不満そうな彼女の表情
から、もみじもまた、僕と同じ感情を持っているのだろうと確信できた。
「むー、なんで止めちゃうの?」
だって
「今そうしなきゃ、僕ももみじも止められないでしょ。」
恥ずかしいこと言わせないで欲しかった。女の子に好きだって言うのも、こんなこと言う
のも僕は始めてなんだ。
にわかに慌てたもみじの様子から、僕の言葉の意味とこれから言うであろう言葉を察した
ことがわかった。けど、僕自身が言いたいことに合う言葉を見つけるのは難しかった。
「だから・・・えーと・・・。」
ここにきて躊躇してる場合じゃないのに、なかなか言葉が出ない。もみじを見た。その瞳
が宿す感情は期待か不安かはわからないけど、僕の大好きなもみじだから、僕の気持ちを
素直に表せばいいのかな、って。決心した。
「もっと、もみじと近づきたい・・・。」
だから
「僕は、もみじを抱きたい。」
ホテルの部屋に戻るまでのことはよく覚えていない。もみじが僕の言葉に無言で頷いた
あと、手をつないでひたすら歩いた。言葉をかけることはできなかった。繋いだ手に汗
がにじむ。これは誰の汗だろう。フロントに行っても手を離さずに切羽詰った顔で鍵を
受け取る僕たちを見て、ホテルの人は一体どう思っただろう。もうわけがわからずいっぱ
いいっぱいの頭の中で、そんなことばかりが頭の中に現れては消えていった。
鍵をあけて部屋に入ったとき、二人同時に安堵の息をついた。なんだか可笑しくて二人し
て苦笑した。電気をつけて部屋を見てみると、布団が並べられて敷いてあった。
ご丁寧に、と思うより先にそこで行われる行為に思考が向いたことに若干の嫌悪を覚えた
けど、まあ今はそれくらいもみじのことに頭が支配されているんだろうと自分を納得させる。
「ね、美秋くん。電気、消して欲しいな。」
やや緊張した面持ちで僕を見つめる。こういうときのもみじには従わないといけない。
黙って電気を消す、と。
「えへへー・・・、ん・・・。」
思いっきり緩んだ顔で笑ったあと、僕に飛びつきキスをした。突然だったけど、僕は
もみじを受け止めて、目を閉じた。なぜかそうしなければならない気がして、もみじを抱
きかかえたまま布団の上に腰をおろした。僕の胸にもみじが体をあずける形になって、左
手を後ろに回して上体を支えた。
「ほんとうに、ふたりだけだね・・・。」
どこか遠くを見るような目で、でもしっかりと僕を見据えて呟いた。ほぼ真っ暗な夜の空
から月の光がやさしく僕たちを包んでいた。ざあ、という波の音は相変わらずで、この世
界に僕たち二人だけを残したかのように、この部屋は存在していた。
「ん・・・。」
どちらからともなく、また口付けを交わす。口を割って入り込んだもみじの舌をただ
受け止めるしかできない僕だけど、交わらせた舌を絡み合わせることで互いの感情を交換
するような。もみじの、僕のことが好きだっていう気持ちを受け止められるようなそんな
気がして嬉しかった。
「んちゅ・・・む!ふはぁ・・・はぅ・・・!」
もみじが舌を引き抜き、急に甘い声を出し始めたのは僕が右手で彼女の胸をこねまわし
ていたからだった。そのとき初めて、僕が彼女の胸に触れていることに気づいた。
誰と比べたわけでもないけど、もみじの胸は小さめではある。それでも、そのやわらかさ
は僕に安心を与えてくれた。
ずっとそうしていたかったけど、耐えられずに、もみじが僕に倒れこんできた。僕の胸に
もみじの胸を押し付けるようにしてきたからそのまま胸を触ることができず、両手を
もみじの背中に回し、もみじを上にして寝転がることにした。
「どうしたの?」
と、とりあえず訊いてみる。
「だって、胸が甘くて、甘すぎて、耐えられなくて・・・それで・・・。」
と、耳が痺れるほど甘ったるい声でささやくけど、その間にも微妙な加減で胸を擦り付け
るのは正直というかかわいいというか。うん、やっぱりかわいいな。
ただ、かわいいというだけでは満足できず、やっぱりもみじに触りたいと思い、彼女の
スカートに手を伸ばすことにした。僕の胸に体をあずけたひざ立ちの状態だったので、
ふともも裏側でひらひらしてるスカートの端の真下に手を置いた。少し汗ばんでじっとりし
た肌を味わいながら、スカートの端と一緒に手を少しずつ上に移動させる。
「ふ、ふあぁ・・・。」
手が感じる感触が肌とは明らかに違う薄い布にかわったとき、その部分がふるっと震え、
もみじは声を漏らした。先ほどから変わらずに耳元で発された声、息が耳はおろか脳さえ
痺れさせる。たまらずに何度もその行為を繰り返す。十分に触ったあと、直接そこを自分の目で見たくなった。
スカートを背中に寄せて、そこを覆うという役目を終わらせた。
すらっと伸びた白い脚と、その白い肌の色をうっすらと透かした、控えめなレースの下着が露わになった。
下着を外気に触れさせ、緊張で震えた様子が、ちょっと涼しげに思えた。
もっともっと知りたくて、白の輪郭からしっかりわかる割れ目にそって指を沿わせようとして、
腰に手を当てた瞬間だった。
どん!ぱらぱらぱら・・・。
その音が花火かどうかなんて関係なかった。その音は僕たち二人だけの世界を終わらせた。
その音は僕たちにとってそれ以上の意味を持たなかった。夢から現実に引き戻されるように。
世界の空気が変わり、僕に覆いかぶさるようにして下着を露わにしたもみじと、
もみじを抱きとめ、腰に手を回す僕だけが取り残された。急に頭の中がクリアになる。
いままで消えかけていた藤野美秋という自我が頭をもたげた。それと同時に、この状況に
恐怖を覚えた。
僕が、もみじと、性的行為をする。
ずっと幼馴染だった、ずっとずっと好きだったもみじ。ついさっき恋人になった、もみじ。
そんなもみじとその行為をすることで、その長かった関係を壊してしまうようで。
僕にとってなにより大切なものだったその関係が失われそうで。
僕たちがなにか別のものになってしまいそうで
いや、そんな理屈抜きで。
怖かった。ただ、怖かった。
もみじと目が合った。
全身の血の気が失せた。
「うわぁっ!」
もみじを払いのけ後ろに下がった。背中に壁が当たる。
「ご、ごめん!本当にごめん!!」
もみじの顔をみた。不安そうな顔をしていた。僕は、ごめん、ごめんとしか言葉にできなかった。
そのうちにもみじの顔を見られなくなった。
何に謝っているのかもわからぬまま、ごめん、と繰り返すことしかできなかった。
ふと、ほほにもみじの両手がそえられた。ぽうっと、暖かくなった気がした。
もみじを見る。諦めているような、安心したような、そんな色が見えた。こんな僕でも
もみじの感情を読むことはできた。
「ね、秋ちゃん。大丈夫だから。安心していいから。だから、泣かないで?」
「え?僕は、泣いてなんか・・・。」
いないよ、と言おうとして。頬に冷たいものが伝っていることに気づき。自分が泣いてい
ることに気づいてしまった。泣いていることがわかれば、あとはもう止めることはできなかった。
「ごめん、もみじ。僕、怖くて。ごめんね、本当にごめん・・・。」
伝えたいことは山ほどあった。でも、言葉にならなかった。悔しくて、情けなかった。
もみじの困ったような笑顔は、涙でにじんでいた。
「言わなくてもいいから、ね?秋ちゃん。ちょっとだけ残念だけど、そんな秋ちゃんだから、
私は大好きなの。ありがとう、秋ちゃん。それだけ私を大切に想ってくれたんでしょ?」
おまじない、という声が聞こえたか聞こえないか。もみじは僕にキスをした。
もみじが僕の中へすっと入ってくるような、もみじの優しさが僕を満たすような。そんなキスだった。
どちらともなく唇を離して。
「落ち着いた?」
僕は頷いた。恥ずかしくて、顔を合わせられそうになかった。
「秋ちゃんはね、難しく考えすぎるの。私は秋ちゃんが大好きだし、秋ちゃんは私のことが好き。
なら、それでいいじゃない。ね?」
「そう・・・なのかな・・・?」
「そうだよ。でも、嬉しかった。秋ちゃんが、そんなに私を想ってくれて。それに・・・。」
赤や燈の光がもみじを照らす。今更気づいたけど、花火はまだ続いていた。
「わたしも、秋ちゃんと、えっちなことしたいし・・・。」
もみじは視線を泳がせた。顔が赤く見えたのは、多分花火のせいじゃない。
「その前にさ・・・。」
もみじを抱き寄せる。
「呼び方。どうにかならない・・・?」
「・・・泣き虫の秋ちゃんだから、どうでしょう・・・?」
二人分の心音がきこえて、重なった。かたさを残した僕たちだけど、今度は、流れに委ねることなく、からだを重ねたい。そう思った。
進まなくて、私も泣きそうです。
・・前回、いろいろ覚悟して投下しました。
本当に嬉しかったです。
引き続き、がんばります。
本当に、ありがとうございます。
待ってたよ!
在り来たりな初えっちシーンじゃなく、すごく切なくて重みのある展開にぐっと来ました
本当にGJ!
続きも楽しみにしてます
グジョーブ!!!!
おしとやか系の幼馴染みもいいですな!この先の二人の展開に期待です!
GGGGGGGGGGJJJJJJJ JJJJ!!!!
70 :
名無しさん@ピンキー:2005/11/07(月) 00:01:32 ID:dAkxD8Gw
GJ。続きを楽しみにしてます。
幼馴染みばんじゃーい∩(・ω・)∩
少々長いのですが、敢えて切るのも変かと思いましてまとめて投下します。
長々お付き合いありがとうございます。もうそろそろかと。
*
静かな階段を三階まで上がり、白い廊下を三ドア分過ぎる。
看護婦とすれ違い目でスカートから伸びる脚を追った。
廊下から常緑樹と空が見える。
肩より短い髪型は、初めて見たので孝二郎は入り口で佇み顔を背けた。
久し振りに琴子のいない隙に入れたと思えばこれだ。
梅子が暑そうにさらりとかかる髪を抑えて、病院服で奥にいる。
入り難くて入り口にいると、こちらを見ていないのに落ち着いたトーンが呼んだ。
「孝二郎君」
「…んだよ」
「何してるの」
四人入れる病室は斜め向かいに一人骨折した老人が入院しているだけで、昼は妙にのどかで静かだ。
残暑の道のりに孝二郎の制服も僅かに汗ばんでいる。
孝二郎は押し黙り、頭を軽く掻いて溜息をついた。
つかつかと近くに歩き窓際の丸椅子に座り、がたんと音を立てる。
大分この夏で背が伸びた。
斜向かいの老人はすうすうと眠っている。
どこかでナースコール、看護婦や掃除のおばさんたちがワゴンや荷物を抱え廊下を過ぎていく。
夏休みは終わりつつあるから見舞い客も多くない。
梅子は何もいわずに孝二郎を眺め、本を脇に置き、自ら誰かの置いていった梨を剥き始めた。
薄い象牙色はみずみずしく、甘い匂いを秘めている。
窓の外はまだ眩しいのにひぐらしが既に鳴いていた。
耳たぶの柔らかさが頬の線が見慣れない。
少年は顔をめぐらせ丸椅子から背を屈めるようにして幼馴染を見つめた。
梅子がしん、と器用に手の中だけで梨を切る。
仄かな香りがした。
はらりと落ちた梨の皮を、見もせずにまだ歩けないままの少女は時計を眺めて手を動かす。
「孝二郎君」
「ん」
「授業はどうしたんですか」
「説教かよ」
孝二郎が難しい顔をする。
彼女の肩は薄くしかし喧嘩別れで追い出したときよりは丸みを帯びていて、横顔に唇がほんのり色をつけていた。
ほとんど病院服もシーツも汚さず皮を纏めて孝二郎の膝脇にあるゴミ箱に捨てる。
手首に覗く傷は腕の奥まで断続的にあった。
梅子が、梨を食べながらこくこくと頷くように顔を伏せる。
郊外の風はビルの谷間の通り道より幾分優しい。
病院特有のかおりは、それでもかつての台風一過の重い日を記憶にとらえて離さないものだ。
琴子が来ると追い出されるので、春海が来ても追い出されるので、時折入り口をちらと見ておく。
それも聞き慣れた声ですぐに視線を引かれ戻った。
「坊ちゃまも食べますか」
「別に、いらね…」
言いかけて不意に、あーん。と指でつまんで差し出されて孝二郎は椅子ごと後じさった。
ガタガタン、と騒々しく蛍光灯に響く。
「――ばっ、おま、冗談」
「冗談です」
満足な声音に、かなかなとひぐらし木漏れ日は残暑にさわさわと鳴る。
脱力した首から上の皮膚が熱い。
孝二郎は押し殺した溜息に椅子をガタリと戻し、肩を落としてから両指先を組んだ。
向かいの病室からだろうかニュースが聞こえてきて病院というのにそれでも今は日常でありすぎた。
「梅」
「なんですか」
「ん、……別に、なんでもねえや。呼んだだけ」
膝上で組んだ指をほぐして、いらなくなった皿を受取り脇に置く。
指が触れ合いかけたのを反射的に避けて危ない受取り方をした。
梅子が見上げてくる。
見返すほどの勇気がなかった。
立ち上がって時計を見た。
大抵この時間になればどこかのお嬢様が定期検査を終えて立ち寄りにくる。
「俺、帰るわ。じゃあまたな」
「孝二郎君」
「ん」
「この前、宗一様がいらっしゃったのだけど」
孝二郎は黙った。
知らなかった。
そうして、もう昔のように自分のことを呼び時折敬語をやめている彼女の
兄に対する自然な物腰は変にゆっくり喉を押さえこんだ。
「何の用で。叔母さんたちの屋敷修復不可能、取り壊しってあれか」
「それも知ってます。一昨日宗一様に伺いましたから」
「あーそうかよ、一昨日ね」
兄がまさかこの元本家の女中の見舞いに来るとは考え付きもしなかった。
孝二郎は自分でも分からない納得のいかなさに口を歪めた。
「で、何だってんだよ、そ」
メロンパンが飛んできた。
戸口に足首にだけ包帯を巻いたリボンをつけたほうの叔母が立っていた。
梅子が諦めたのか、呆れた息をついて、やがてふわりと笑う。
孝二郎は頬にぶちあたったメロンパン(袋入り)をつまんで戸口の女性を横目で睨んだ。
「いきなり何すんだ」
「うるさいわね。オチビの分際で、一旦追い出しておいて、どの面下げて来てるのあんたは。
出ておいき、わたくしの梅子にこれ以上傷をつけないで頂戴っ」
「琴子様。お気持ちは有難いのですけど、他の患者様がいるんですからお静かに。
じき奥様になられるんですしもう少し公共の場での常識というものを」
「……なっ何よそれ誰のために言ってると思ってるのよ」
勢いよくベッドサイドまでやってきて琴子お嬢様が拗ねる。
どんな話をしていたのか、忘れたかったし事態がややこしくなるのは好まなかったので帰ることにした。
「あ、そうです坊ちゃま」
琴子の手前かそう呼ばれた。
持ち直した鞄を肩に突っかけながら振り駆る。
「ん」
「先程言いかけたことなのですけれど、私がこれから」
「うん。何だ」
退院したら本家に戻ると周囲の話では聞いていたから、そこでどうだという話かと目を向ける。
屋敷が地すべりで埋もれ半壊したため、借り部屋のある春海はともかく琴子は一時的に実家である孝二郎の屋敷に戻っていた。
長い黒髪を揺らして琴子が意地悪そうに同じくらいの背を見やってふふんと笑う。
「あら、おまえ聞いていないの。いい機会だから清助のところに貰ってもらおうかという話なのよ。
あざみの方は早々のおめでたで暇を出してしまったし、わたくし付きが他にいないの。
宗一や梅子の保護者に異存なければ、嫁に行く先に、一緒に梅子は連れて行こうかしらと、そう思ってるのだけれど?」
風が生温かい。
向かいの老人に見舞い客の孫達がやってきた。
孝二郎は、鞄の取っ手を握り直して、挑戦的な琴子を暫し眺めた。
それから、見たくなかったが仕方なく髪を切ったばかりの幼馴染の女中へ顔を向けた。
嫌味な兄を思い返す。
夏に出会った年上の絵描きの友人や、あれから話だけは良くするポニーテールに、
夜行列車の抜けたトンネルに朝風があった。
あのときの電車から見た夜明けは美しすぎた。
電車は幾ら気が急いても一定の速度でしか走らず、世の中はままならないものと思い知る一夜のことだ。
「梅がどうしたいかだろ」
呟いて、梅子を見る。
…怒るより前にそうか、と思ってしまったのだから、仕方がなかった。
結局梅子は幼馴染でしかなく、それ以前に旧家の召使いという身分だった。
本家で鳥篭の中にいたカナリヤのように、ただ主人達の生活を楽にするよう毎日を鳴きつづける。
それでも自ら選ぶのならば誇りを持てる籠の中が、必要とされる場所が良い。
つまりそういうことになる。
――何でも分かっているというのはつまらないものだ。
「もう決めてるって顔してんじゃねえか」
「はい。報告だけしたかったので」
そういうことだった。
秋が更けて、暫らく本家を梅子がやや引きずる足で歩き回り荷物を整理し始めて、
新しい髪形が馴染んできてまた敬語を使われるようになった。
庭の葉が散りながら寒さに色を染めていた。
春海が勝手にやってきて庭で焚き火をし老女中に説教を食らったりしていた。
日曜の朝に部屋に訪れた彼女に、そして彼は何も言えずに向かい合うしかなかった。
十六歳はこんなときにがむしゃらに止められるほどには子供ではなく、
男の力で縋りつくほど歳を取っているわけでもなかった。
白秋の詩集を無感覚に捲り、閉じて、孝二郎は座ったままで梅子へ顔を向けた。
「いろいろご挨拶や準備もあるでしょうから。先に行くことにしたんです」
「…ああ」
何故こんなに短期間で女の顔になるのか分からなかったけれども、
柔らかな笑顔はいつしか少女を抜け出そうとしていた。
孝二郎は詩集を指先で脇にやり、正座をしている幼馴染の短めの髪からうっすら見える耳たぶから、
その下のうなじの線、着物の合わせに覗く傷へと視線を移してまた少し視線を上げた。
「梅子」
「はい」
「偶には遊びに来い。結構暇になるしな」
「え、何を言っているんですか。孝二郎君いつでも暇じゃない。ぐうたらしすぎですよ。
せめて宿題くらいちゃんとしたら」
「うるせえな」
口を歪めて、目を逸らした。
出立の騒がしさか、遠い玄関で物音と人声がしている。
孝二郎は腰を上げて部屋端の机に歩いていき、函館への一泊二日に
持ち歩いていて結局返し損ねた古いお守りを探した。
色が褪せ埃のにおいが染み付いている。
物心ついたばかりでこれをあげた頃はまだ、素直に怒ったり笑ったり一緒に遊んだり、していたものだった。
あの頃遊んだ蔵は今夏の改築で面影すらもなくなって思い出の品も焼かれてしまった。
「餞別だ、救出してやったぞ。有難く思え」
「わあ、嘘、諦めていたの。…ありがとう」
梅子は幸せそうに子供みたいに笑った。
「それでは。今まで長いことお世話になりました」
「ん」
孝二郎は言葉を飲み込み、湧き上がるものも隠して自分でもよくやったと思うのだが笑い返すことを覚えた。
日常だとか非日常だとかいろいろな理屈を捏ねてもそれ以前の真実というものがある。
最後には惚れた方が負けるのだ。
つまりはそういうことだった。
冬が来て春になり日が長くなって、制服を着ない学生になっても、
眼鏡をかけた一人の少女は遊びに来ることもなく会う機会は訪れなかった。
中々子供が出来ないとかなんとかで女中達が叔母夫婦について噂をしているのや、
梅子の義父母が便りを見せてくれることや、暑中見舞いと年賀状に寄せる一言二言だけで時間が過ぎていった。
会いに行くには中途半端で忘れるには生々しすぎた。
染井は相変わらずで一度思う存分泣いた後は仲が良い微妙な友人関係のままに今でも時折電話をよこす。
やがてまた梅の花の季節が雪を溶かしても、庭は変わらず屋敷は静かだった。
父が引退宣言をして今までと何が違うのか孝二郎には良く分からないが
母と気楽な諸国漫遊を始め、宗一が正式に「旦那様」となった。
春海が病気になってあまり遊びに来なくなった。
琴子夫婦からの年賀状では九州へ仕事の都合で移り住む等々のことが書かれており、知りたくない近況には失望した。
喪失感の中でどこか持て余した時間を時折、誘われて例のお人良し絵描きと全国の散策旅行に行って
旅費のために方々で色々な不定期の仕事をし、面白い経験も
多くしたがそのため兄には不良扱いされたのが面白くなかった。
武雄は一向に絵を売ろうとする努力をせず、時折関東で加わる染井に叱られている。
『二人で居たれどまだ淋し、一人になったらなお淋し、
真実二人はやるせなし、真実一人は耐えがたし。 』
孝二郎は愛読書を眺め、夏が終わると思った。
ガタガタと風に鳴る硝子戸の向こうには黄色い月が輝いている。
ざわつく庭の木々は月明かりに興奮しているようだった。
久々にほんのついさっき、紀州旅行から帰ってきて荷物を置いて一休みしていたのだが、どことなく屋敷が少しく騒がしい。
といってもたいていの場合蚊帳の外であるから気にするほどのことでもない筈だ。
部屋に戻り座布団を足で移し、ここしばらく切っていない髪を無造作に掻いた。
溜息が出る。
秋は憂鬱だ。
着替えた衣類を洗濯場に持っていくのも面倒くさくとりあえず一箇所にだけ
纏めておこうと立ったまま足で壁奥に押しやろうとした。
がらりと襖が開いた。
「失礼します、お久し振りです――ってもう、何やってるんですか。お行儀悪い」
振り返ると女がいた。
金糸雀色の着物に帯を締め、髪を結い上げて眼鏡をかけていた。
空いた襖の後ろに廊下は暗く、月明かりが影を僅かに伸ばしている。
二十半ば近い身体は丸みの他に肉感を帯び始めていたけれども背はあまり変わっていないと孝二郎は見ていた。
顎を僅かに下に向け、目を合わせる。
やや日焼けした女が懐かしそうに目を眼鏡の奥で緩めた。
「琴子様が出産まではこちらに戻られるということで着いてきたんですけれど。
旦那様によれば坊ちゃまが先年卒業したにもかかわらず、就職もなさらずふらふらしているので
こっちにいる間ついでに叩きなおしてほしいそうです。……あの」
薄く紅を差した唇が、一度つぐまれて、また隙間を空ける。
少し不安そうな顔は女のものであるのに少女の面影はそのままだった。
「何か言ってくれませんか、孝二郎君。もしかして顔、忘れたの?」
込み上げて溜息が出た。
挨拶でもするべきなのかもしれなかったが特に思いつかなかった。
近寄ると片腕で抱き寄せて初めて腕の中に感じたぬくもりに堪らず目を瞑って指先に力を込めた。
諦めかけていた筈だったのも忘れることにした。
*
混乱した。
混乱しすぎて顔が焼けている鉄のようだ。
横目に映る短髪がいつ染めたのか根元まで茶色かった。
煙草のにおいが微かに鼻につき、身体が震えて手足が動かなくなる。
「…あ、あの、何」
裏返る声で何か言おうとしたら遮るように何か言われた。
胸がふさがり耳まで熱くなる。
これはいけないと理性が全力で戦って別の感覚を拒否した。
腕を無意識のように上げて脇をくすぐった。
過激なお嬢様と五年以上遣り合って見につけた方法なので結構効いた。
不意打ちで緩んだ力に抗って、腕から抜けてあとは全力であとじさる。
「何、するんですかいきなり…!」
踵に半開きの襖があたる。
怒鳴って睨みつけたけれど顔をまともに見たわけではなかった。
「嫌です、困るの、やめて」
それだけ言って襖をがしんと閉めて廊下に逃げる。
寒くなってきて古傷が痛い、そろそろ台風かもしれない。
着物の上から肌を押さえ、かつて毎日歩き回った廊下の奥で蹲った。
心臓が耳の奥から今でも全身を打ち続けていた。
何かが込み上げる。
身体を抱くと切なさに涙が出た。
足音がしたので膝を持ち上げてすぐに逃げた。
「おい、待て」
「待ちません」
「待てよ、梅!」
廊下を曲がると多少人のいる部屋の前になってきたので梅子はこれ幸いと足を早めた。
孝二郎は構わず追ってきて梅子の手首を掴んだ。
「残暑見舞いの名字そのままだったじゃねえか。
年賀状の婚約がどうとか言うのは、何だったんだよ」
梅子は幼馴染の、良家の子息らしからぬ指先に息苦しくて手をつかまれたまま仰いだ。
泣きそうな声が出た。
「いいから離して」
「どうなんだよ」
遠慮がちに指が離れたので卑怯と分かっていたけれど
勝手知ったる横の戸を引き開けて中に飛び込み更に逃げた。
「あら、梅子ちゃん?大きくなったこと」
「お久し振りですすみません若葉さん、失礼します!」
「待てよてめえ!」
確実に七年前より坊ちゃまは言葉遣いが悪くなっている。
自分のいないところでどんな生活があったかなんて知りたくもないのに。
厨房を通り過ぎ庭に通じる裏口を出る。
夜は明るかった。
生温かさの失われた涼しい夜気に、月明かりで髪がさらりと流れる。
痛みに足がもつれて息が弾み木に手をあてる。
早足では歩けないのに坊ちゃまばかりがずるい。
ひとつだけのサンダルを履いて出てきたから、なんとかこのままと思っていたのに
靴も履かずに追いかけてこられて梅子は本気で泣きそうになった。
「おい、待てって」
「……うるさい、しつこい!」
涙声になる。
「何でそんなこと聞くの。知りませんそんなの、そういうのもういいんです、放っておいて」
やっぱり孝二郎は孝二郎で相変わらず梅子を泣かせることが好きとしか思えない。
なんで帰ってきて早々混乱させられてかさぶたを剥がされなくてはならないのだろう。
伸びてきた手を振り払って庭に続く石段を降りていく。
よろけると焦った声がまた呼んだ。
「梅」
「これが普通なんです、普通に前みたいにてきぱき走れないの。本当は役立たずなんですから。
だいたい財産もないから坊ちゃまみたいに嫁ぐ利点はないし、一生一人身がお似合いなんです!
顔だって髪の脇に傷が残ってる。腕だって消えてないし、半袖を着たら人前に出すの恥ずかしいって」
「それ、誰に言われた」
「でもお見合いで、旦那様の、って清助様の方だけど、
お取引相手だからこちらから断わるわけにはいかなかったんだもの」
それだけではなかった理由は。
ざわりと庭の草が流れ、石の道に足元を冷たい空気が吹いていく。
僅かな群雲が明るい月にかかっていた。
呆れた坊ちゃまの声がする。
「はあ、何だそれ。馬鹿だなおまえ」
「だって」
馬鹿とはなんていう言い草なんだろう。
庭の奥まで来ると建て替えた蔵があり新しく塗り込まれた壁は、
月明かりで影と光がくっきりと見えていた。
木々がざわつく。
涙は出ないけれど、泣くのは悔しいけれど、何でこんなことになっているのかと思うと肺から息が上手く出ない。
立ち止まると、振り返って、ほんの僅かはなれたところに同じく止まった孝二郎を振り返る。
「だって仕方がないんです。仕方がないの。孝二郎君じゃなかったら、
いい人でさえあれば誰でもそう変わらないんだから!」
庭の池が波立つ。
屋敷の明かりはうすらと月に混じり屋根まで照らしていた。
寒さの中で鈴虫が鳴く。
孝二郎が少し黙ってから平坦な声で応えた。
「その"いい人"は随分ふざけたことを言ったみてぇじゃねーの」
「…ええまあそれを知った琴子様はいつもの三倍くらい激怒して、
それで、まあご想像にお任せしますけど、大変なことになって。
ちょっと先月辺り、夫婦仲が悪くなったりもして、その、大変でした」
「ああそうかよ」
月が雲からまた現れ、足元を濃い影に染める。
近付いて暫らく梅子を眺め、孝二郎は知らない声音でぽつりと言った。
「大体分かった。風邪引くぞ。戻ろうぜ」
そして手をそっと握って腕を引いた。
梅子は坊ちゃまが知らない人になってしまったと思い、それから、ただ三つ子の魂なのだと遅れて思った。
自分がここまで追い込んだくせに、あっさり考えを変えてそういえてしまう
気まぐれが変わっていなくて、誰よりも知っていたそのままだ。
敷石を辿りながら皮膚の裏側が細胞ひとつ分熱をもち、段々と広がっていくのを感じていた。
風が涼しく庭を掃き、それに掻き消えるくらいの小声で梅子は唇を動かした。
手の感触が温かく、黄色い月がゆっくりと雲に覆われていた。
では、時間ができましたらまた。
本筋とは余り関係ありませんがここで章替えです。次章が最後です。
何なんだろう? この気持ちは……。
うまく文章にできません。
でもこれだけは言える。
GJ!!
この作品に出会えてよかったと思いました。
終章期待しています。頑張ってください。
いや今回、梅子が本当に嫁に行くんじゃないかとマジで焦った。
それにしても、毎回楽しみで仕方ないです。
ワクテカで待っております
読み終えて溜息が出ます。ありがとう!
続きを気長に待ってます。
ううううううむ
なんだか良質のブンガクを読んだような気持ちになる。
久しぶりにこの賛辞を引っ張り出してきた。
God JOB!!!
↑
Goodだよw
>90 野暮なことは言うな。
>>90 たぶん89はゴッドジョブといってると思うので間違ってないよ
さて…前スレからの
剣太と鞘子の話を俺はずっと待ってるわけだが……
続きはまだなのだろうか
俺は古田沙穂の続きも待っている。
<Me and Who Down by the School Yard その一>
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駅前の洋食屋、フィッツジェリコのスパゲティは中々に美味しい。
スパゲティだけではないと40代独身の髭の濃い店長は主張する。
確かにコクのあるカレーも口の中でぱらりと解けるチャーハンも絶品だけれどやはり一番はスパゲティだ。
その中でも私が特に強く勧めたい一品はカルボナーラ。
たっぷりとした器に盛られた柔らかな見た目も素晴らしいし、味といったら卵と麺が程よく絡み合ってクリーミーな舌触りも良し。
カリッと焼きあがったベーコンの歯ざわりがこれまた堪らない。
これでもかと上に載っているパルメザンチーズも風味を豊かにしてくれる。
これに黒胡椒を少しだけ振りかけて熱々の湯気の立っているスパゲティをフォークに巻きつけて口の中に運ぶのだ。
口からフォークを引き抜くとはらりと麺が解け、卵の濃厚な味が口中に広がる。ついつい次にも手が出てしまうというものだ。
カロリーが少々気になるところだけれど私達の月のお小遣いではそうそう寄る事もできないのだしこのお店に来るときだけは気にしないことにしている。
目の前に置かれた作り立てのスパゲティーにフォークを差し込む。
ゆっくりとフォークを回す。
と----
「ねえ、美沙の事、どうするの?」
目の前に座っている白藤香苗が声をかけてきた。
あわててフォークを口の中に突っ込む。
スパゲティは一口目が大事なのだ。
「ふぃふぁふぁふぉう?」
「だから美沙よ。」
会話が通じる。これだから友人はありがたい。
「ほら、茉莉、水。」
と、香苗の隣に座っていた駒井優子が少々ぶっきらぼうに私に水を差し出してきてくれる。
女学生としては少々品が無かったかなと反省しながらごくんと口の中のスパゲティを飲み込む。
「・・・美沙ね。」
「どうすれば良いのかしらね。」
「困ったものよね。」
ねーと3人で頷きあう。
フィッツジェリコにおける私達3人の今日の議題は私達の共通の友人であるところの東条美沙についてである。
東条美沙は私の親友の名前であって目の前の2人の親友でもある可憐な女の子だ。
因みに非常に美人の部類に入る。
学校では東条美沙、鍋島茉莉、白藤香苗、駒井優子の4人組でセットみたいに一緒にいる事が多い。
よくある仲良し何とかだ。
放課後にフィッツジェリコに来るときだって普段ならいつも4人で集まる。
何で今日は東条美沙抜きでなのかというと美沙には内緒の話があるからであって、別段イジメという訳じゃあない。
話す議題は東条美沙の好きな人についてだ。
男女交際の一つもする年齢なのだし、別段それ自体に問題は無い。
誰にも言っていないけれど、良く奥手だとからかわれる私にだって思い人の一人くらいはいる。
香苗と優子の二人にもいると思う。サッカー部の上杉君あたりが怪しいと踏んでいるのだけれど。
こうやってわざわざ3人で集まるからには東条美沙の恋愛には少々問題があるからという事に他ならない。
その問題とは美沙の恋愛方法である。
美沙は見かけによらず恋愛において極端に前時代的なのだ。
まずもって美沙の好きな人は近所に住む幼馴染であるというところから始まる。
その名も佐藤雄二郎といって私達の同級生でもある男の子だ。
名前からして古い。名前だけではなく存在もどちらかというと地味だ。
成績も程々で、目立つところといったら絵が上手いところくらいか。美術の授業で彼が描いていた人物画は中々見事だった。
運動は苦手らしく体育の時間に目立っていた記憶は無い。
すっと鼻筋が通っているけれども特段特筆するほどに顔立ちが素晴らしいという訳でもない。
どこにトリガーがあるのかさっぱり判らないけれど、しかし、美沙は佐藤雄二郎にメロメロであった。
授業中には視線を走らせ、話す話題は佐藤雄二郎の事ばかり。
昨日は何を食べていただの中間テストで赤点ぎりぎりでけしからんだのとよく見ているものだと感心する。
その癖美沙は鈴木雄二郎の事を好きなのかと聞くと真っ赤になって否定するばかりだ。
何を白々しいとは思うのだけれど頑なに否定する。じゃあ誰が好きなのだと聞くとそんな人はいないと力説する。
非常に説得力が無い。
以上のような事から私達は当にばればれな美沙の好きな人に目を瞑りつつ、美沙のどことないのろけ話に付き合わざるを得ないことが多々あるのだ。
つまり美沙の愛情の表現方法は非常に幼いと言わざるを得なく、とても迷惑なのである。
しかしこれで美沙が恋愛のみに夢中になるようなタイプなのだったら私達も心配などしない。
--時がたてば忘れるものなのであれば。
そう、私達だって我慢もする。
なぜってこと恋愛以外に関しては美沙はとても冷静で信頼の置ける親友だから。
勉強をしていないようで成績も良いし、話していてもその思慮深さに感心することもしばしばある。
美人なのに遊びに行くときのお洒落には手を抜かないし、それでいて体育のときはすっぴんで健康的に溌剌とはしゃいだりもする。
TPOを弁えていて友人として見ていて危なっかしいところなど何一つないといって良い。
そう。残念ながら恋愛意外という但し書き付で。
現状私達の美沙に対する目は多分お酒を飲むと豹変してしまうエリートサラリーマンに対する周りの目と同じといって良いと思う。
ニュースやドラマなんかでよく見る飲まなきゃ良い奴なのになあ。というあれ。
期待されていたのに酒の席で取引先の部長を殴っちゃったりして身を持ち崩して最後には電車のホームに飛び込んでしまったりするのだ。
見ていてはらはらどころではない。
スパゲティにフォークを突き刺す。
ゆっくりとフォークを回す。いつの間にかスパゲティーは半分くらいになっている。
「優子はどうしたら良いと思う?」
「どうするもこうするもはっきりさせようよぅ。見てて歯がゆいもの。」
「はっきりさせるってミサがあんなんでどうはっきりさせるのよ。」
「そんなの・・・わからないけど。」
「美沙はね、焦らなきゃ駄目なのよ。いつまでたっても頭の中で考えてちゃ駄目なのよ。
告白さえしちゃえば良いのよ。好きなら好きでさっさと言わなきゃ駄目よ。大体佐藤君なんて美沙には釣り合わないんだからさ。」
もむもむとスパゲティを口の中に入れながら目の前の2人の会話を眺める。
私達の間で飽きずに何度も繰り返されてきた会話だ。この後、佐藤雄二郎がいかに平凡で恋愛のしがいが無いと思われるかといった会話に移る。
正直当人が聞いたら3日は寝込むだろうと思われるような内容で女性の目から見た率直で飾りのない客観的な言葉が乱れ飛ぶ。
容赦が無いとは思うけれど、まあこれに関してはお互い様だとも思う。
男子生徒だって体育やプールの後には聞こえよがしに女子生徒の体操着や水着の胸の膨らみについて忌憚なき意見を交わしていたりするのだから。
もう一度スパゲティにフォークを突き刺す。
ゆっくりとフォークを回す。
水を手に取る。
コップを傾けながら窓の外を見ると外は中々に良い天気だ。
それにしても羨ましいなあ。と私は思った。
@@
夏が終わってもうすぐ秋。焼き芋がおいしい季節。
校庭の木々の葉っぱはまだ青くって、季節の変わり目で風邪をひく人も多い。
近所に住んでいる匠兄さんが東京から帰省してきたのを学校から帰った後に母から聞いたのはそんな金曜日の夜だった。
因みに先週の話なんだけれど。
匠兄さんとは2件隣に住んでいる6歳年上の男の人で小さい頃遊んでもらったりと色々と縁のあった人だ。
中学に入った後には音楽の手解きなどをしてもらって、その影響で未だに私は似合わないといわれながらロックを聴くのが趣味だったりする。
ちなみに偏差値35からの名門大学入学というどこかの塾の宣伝のような事を成し遂げて近所で有名になった人でもある。
そして私の思い人でもあった。伝えたりした事はない。
好きだと思った頃には大学に行ってしまったし、年齢差もあった。
かすかに淡いそういう気持ちがあってそしてそれが今まで途切れていないというだけだ。
さりとて隠していた訳ではないけれど、言うようなことではないと私は思っていたから友達にも言ってはいない。
だから母から匠兄さんが帰ってきていると聞いて私は喜んだ。
東京の話も聞きたいし、怪我をしていたというから大丈夫かどうかも心配だった。
数年前、匠兄さんが東京に出て怪我をして入院したと噂になった時にはたいそう驚いたのだけれど。
東京までは私には遠く母に言うことも憚られてついにお見舞いにも行けずじまいだったからだ。
東京の話が聞きたかったのと、お見舞いにいけなかったそのお詫びもかねて私は早速土曜日の朝に羊羹を抱えて挨拶しに行こうと靴を履いた。
そして偶然にもドアを開け2件隣の匠兄さんの家に行こうと玄関を跨いだ所、ばったりとどこかに出かけていて帰宅途中だと思われる匠兄さんと思いっきり鉢合わせた。
あれ、とこちらに顔を向けた匠兄さんは少しだけ足を引きずっていて、隣にはとんでもなく美人の女性が立っている。
私はその時親戚の人かななどと考え、その女性に向かってわずかに会釈した。
「あれ、茉莉ちゃん。こんにちは。」
「あっ・・・こんにちは。あ・・ええと匠兄さんお久しぶりです。怪我をしたと聞いていたんですけど、体はもう良いんですか?」
お互いにぺこりと挨拶を交わす。匠兄さんの隣に立っている女性は少し不思議そうな顔をして私達を見ている。
道を歩いていたところいきなり知らない家の玄関の扉が開いて中から挨拶されたのだからそれは驚くだろう。
「うん。もうすっかりこの通り。少し足は引きずるけどね。それもそのうち治るってさ。」
匠兄さんは私の突然の登場にも特段驚きもせず玄関越しにそう言いながら自分の両足を叩いた。
言葉もはっきりしているし、聞いていたよりも元気そう。
詳しいことは知らないものの、なにせ一時期は意識不明だと聞いていたし、入院期間も長かったそうだから私はほっとした。
「良かった、心配していたんです。あ、ちょうど今匠兄さんの所に行こうと思っていて。これ、お見舞いの羊羹です。と・・・」
手元の羊羹を差し出しながら匠兄さんの隣の女性を見つめると匠兄さんは少し恥ずかしそうな顔をした。
「ああ、ええと、そうだね。茉莉ちゃん。こちら岸涼子さん。ええと、今度結婚っていうか、婚約者で・・・」
もごもごと口篭りながら匠兄さんは羊羹を受け取りながら嬉しそうに話した。
あ、涼子さんこちら近所の子で鍋島茉莉さん。という声を私は半分呆けながら聞いた。
心臓が深く奈落の外に落ちていくような感覚が全身を支配して、私の顔は傍から見ると青ざめていたと思う。
数秒前に親戚の人かと考えた自分を馬鹿だと思った。
「こんにちは。はじめまして。茉莉さん。でいいのかな?」
にっこりと笑いかけてくる涼子さんという人に無理やり顔を向ける。笑顔がとても素敵だ。
いけない。態勢を立て直さなくてはいけない。
「よかったら匠兄さんと同じ、茉莉ちゃんでお願いします。私も涼子さんって呼んでいいですか?」
必死で声を振り絞る
「もちろん。茉莉ちゃんがそう呼んでくれると嬉しい。」
そう言って目の前の涼子さんという女性は笑う。後ろに束ねた髪がぴょこぴょこと跳ねる。
綺麗さだけじゃなくて、人当たりも良くてとても素敵な女性だ。とそれを見て私は思った。
匠兄さんにはとてもお似合いだろう。
私だって野暮じゃない。ほんの冗談の一つ一つに、2人がとっても仲良しなんだろうという事くらいは感じられた。
「しかし・・意外と匠君も引き出しが多い・・・」
私の顔を見てそんなことを言いながら匠兄さんの顔をじろりと見る冗談がかったしぐさも可愛い。
「この茉莉ちゃんとは昔は良く遊んだんだ。あ、そうだよかったら茉莉ちゃん、うちでお茶でも飲んでいかないか?涼子さんもいいでしょ?」
慌てて取り繕うように匠兄さんはそうしなよ。と言いながら私の方を見た。
「いえ、お二人の邪魔をしてはいけないですから。」
匠兄さんの言葉に私は慌てて手を振った。一刻も早く自分の部屋に戻りたい気分だった。
「そう?そんなことないのに。じゃあ、学校がんばってね。お見舞い、ありがとう。」
手を振って二人を見送る。
玄関の扉を閉じて、階段を登り、自分の部屋へと戻る。
30分ほど枕と仲良くする。
その日の夜、私は母から近所の匠兄さんが来年の春に結婚するのだという近所のうわさ話を聞いた。
相手はとても美人で、高校のときの先輩なのだとか。
一緒に事故にあったのだとか。お嫁さんのほうはずっと待っていたのだとか。
@@
カルボナーラが後一口という所になっても香苗と優子は話を続けている。
「いっそさ、他に佐藤君を好きだって子が出てくれば、美沙も焦るかもよ。」
いつもの展開だ。因みにこの後は佐藤君のことを好きな女の子なんて美沙以外にいないという展開になる。
「ええ、佐藤君のことを好きな娘ぉ?」
いないよーと優子が返す。
そこで
---「それ、私がするよ。」
思わず口に出してしまった。
「へ?」
唐突な私の言葉に目の前の香苗と優子は目を丸くしている。
「だから。美沙に佐藤君が好きだって言ってみる。」
自分の言葉に驚きつつ最後の一口をフォークに巻きつける。
戦場に送り込んでやる。
「え?で、でも。」
「うん。やっぱり美沙には荒療治が必要だよ。」
最後の一口を口の中に放り込む。思わず顔がほころぶ位に美味しい。
量もたっぷりあってそれでいて最後の一口まで美味しいというのは犯罪的ですらある。
ナプキンで口の周りをぬぐって、コップの水をこくこくと喉に流し込む。
目の前には猫のように目を丸くした二人が私を見つめている。
だってそうじゃないか。
わざわざ不戦敗になる事はない。
たとえ0対100で負けるとしたって後悔をしないような努力をするべきだったのだ。
枕と仲良くするのなんてその後でだって遅くはなかったのに。
続く
----------------------------------------------
感想ありがとうございます。
後一話とか言いつつ長くなったので分割してしまいました。
あと後半だけ落とさせて貰います。
では。
ノシ
イイヤッホォウ
GJ!!!
まさか匠君と涼子さんがでてくるとは・・・
仕込みだったんすか(゜Д゜;)
意外な展開や
てーか裏でボロクソいわれてる雄可哀想
110 :
名無しさん@ピンキー:2005/11/09(水) 20:36:02 ID:c7kQFxX1
佐藤が鈴木になってるな
こ、ここで匠君と涼子さんに会えるとは…(*´Д`)
おまいら
読めよ
空気のことなら悪いが読めない
誰かと思えば……あんたらか!
寝ぼけた頭で読むんじゃなかった、シノウ
ハ_ハ
('(゚∀゚∩
ヽ 〈
ヽヽ_) ____________
|
|
匠くんと涼子さんの見直したんですが…やっぱりいいなぁ最高っす
不覚にも涙でてきた
久しぶりに覗いたらまだまだ盛況のようで何より。
2スレほど前に書いてて途中でほっぽりだしたヘタレですが、ようやく時間が出来たのでまた近々書いてみようと思います。
匠くんと涼子さんヽ(゚∀゚)ノ!
幼馴染み失恋、涼子さん勘付いてる?
>>116さん
ワクワクテカテカ
匠と涼子ってどんな話だったっけ?
携帯だから過去ログ見れないっす。
120 :
名無しさん@ピンキー:2005/11/11(金) 01:37:06 ID:66e3dUne
このスレだと甘甘なSSの方が良いのかな?
かといってレイプスレに書くほどえぐくないようなの書いてるんだが
寝取られ要素は勘弁
寝取られ要素は勘弁
寝取られ要素は勘弁
下げ忘れスマン
吊ってくる
寝取られじゃなくて片思いの幼なじみをレイプって感じです
途中も暗い感じなのでスレに合わないかな、と思ってはいるのですが
うーん
勘弁
スレ違いな話と言うわけではないし
トリップ付けて最初に一言入れてから投下すればいいと思う
嫌ならスルーすればいいだけ
まぁでも敬遠されがちだろうし、鬼畜凌辱スレとかに行った方が良いかも分からんね
最後がラブラブなら無問題
犯されて最後はラブラブってのは典型的なストックホルム症候群。
かえって不気味だから、レイプスレに書いてよ。
スレタイにもあるように「幼馴染み」「萌え」
これがあれば問題はないような。
前もってトリを告知して苦手な人はNGにする方向でいかが
俺は見たいしな。
俺も見たいな
仮に投下されてもスルーというものがある。
>>129 同意。見てみないことには何とも言えないし。
>>106 続編キテター!相変わらず読みやすい文章で面白い!
しかし仕込みだったんですか。
雄を「やさしいから」と評価した茉莉を評価したり
ひったりハマるので墓場まで持っていかれると考えた
美沙は完璧なシナリオに踊らされてしまっていたのか・・・w
私は無理です スレに近付く気もしなくなってしまう
釣りとかじゃなく本当に 生理的に駄目です
なんとなく多数決で投下される方向に行きそうだけど こういう人間もいます
もう来るなと言われるの承知で書き込みました ごめんなさい
方向を絞りすぎて作者さん達が減ってしまってはなんにもならない訳で
ちゃんとNGできるよう配慮ありなのですから。それも駄目ならそれこそこの板いられませんぜ。
>>135 というかどこのスレでも自分がNGな物が投下される可能性があると思うねんけどな
近づく気が無くなるってのも…対応に困るよね
選り好みして書き手さんが寄り付かなくなってしまったら悲しい。
スルーする方法はあるんだから、自分の弱さを盾にするのは良くないと思う。
弱さを盾にする分、ある意味煽りより最悪・・・。
私に来て欲しければ言う事を聞け、みたいで気分悪いよ。
避ける手段ありみたいなんだから、ちょっとは頑張りなよ。
実に全くだ。
書き手の幅を狭めて滅んだスレをいくつも知っている分、
こう言うのを見ると冗談じゃないって気になる。
男の子が片思いの幼馴染みを暴行?
似たような話を新聞で読んだな。
この御時世にいい度胸だ。
どうしても投下したいならすればいいさ。
作者さんが投下する。
見たい人は見て萌えればいい。
見たくない人はスルーすればいい。
なんで皆してそんなぐちゃぐちゃ言ってんの?
このままにしてても外野が身勝手に騒ぐばかりで話が進まん
書き手の人も少しでもできているのなら早く投下したほうが良い
少なくともそういうネタを投下してはならないというルールはここには無いんだから
幼馴染レイプ最高じゃないか。
>>135 もう来るな。人間のクズ。
初めに一言ことわってから投下すればそれでいいのにな。
それにしても過剰反応してる人が多い。
もうこんな状態になったら投下もしにくいだろ。
まあ、ほとぼりが冷めてからでも投下してもらえればありがたい。
とりあえず俺は待ってますよ。
>>1の注意事項に幼馴染みなら何でも可とあるわけだしな。
トリ告知&始めに一言さえやってくれれば。
それでスルー出来る人はスルー出来るだろうし。
>>135の気持ちはわかるけど、嫌ならNGにすればいいだけだし。
ま、タイミングが悪かったのは事実だな、
>>141の言う事件があったから。
でもこの場合は残念ながら、圧倒的に書き手のが正しい。
そもそも、陵辱がNGだったらとっくの昔に隔離スレが出来てるぞなもし
作者さん、トリつけて早く投下してくれ。
失礼だが、俺もレイプものは腹の底から嫌いなのでスルーさせて頂くが、このままグダグダともめるのはもっとゴメンだ。
早く投下すればするほどほとぼりも早く冷めるから。
ではどうぞ。
149 :
120:2005/11/13(日) 14:56:45 ID:6MwOhTp3
投下するのに適切なスレ見つけましたのでそっちで投下します
お騒がせしました
あら残念
前スレからの続きになります。
なんとかこう、もっとビシっと方向性を定めたいものです。
かすかに響く蝉の声。
開けた窓から時折入る風が、部屋に一時の涼を運んでくる。
新谷が持ってきた団子
――見舞いに花でも果物でもなく、文字通り花より団子とはこの同級生らしい――
と俺が入れた茶を啜りながら、緩やかな時間が流れていく。
「雪ちゃん、本当に有難うね。お見舞いにきてくれて」
あれから程無くして目覚めた亜矢ネエが、本日何度目かの礼を言う。
「いいって。アタシだって来たかったんだし」
くすぐったそうに新谷が微笑む。
そんな新谷を見て、亜矢ネエも嬉しそうにベッドのサイドボードから湯飲みを持ち上げて茶を啜る。
「……新谷、茶のお代わりは要るか?」
「あ、うん」
新谷の湯飲みを引き取り、茶を淹れる。ついでに空になった皿にも団子を追加する。
ふと視線を感じると、新谷が妙な目でこちらを眺めていた。
「……何だ?」
「いや、高杉が甲斐甲斐しく家事をやっているというのが、妙に新鮮な光景だなあと」
「フン、そいつは悪かったな」
湯飲みを戻しながら憮然と答える。
何がおかしいのか、亜矢ネエがクスクスと笑う。
「雪ちゃん、晶ちゃんは家事全般できるのよ。料理も掃除も私より上手いんだから」
亜矢ネエのフォローに、しかし新谷は今まで以上に目を丸くして俺を見た。
どうでもいいが、ちょっと失礼なリアクションじゃないかと思うのだが。
「なんか……意外だな。
逆なら納得できるけど。でもそういやさっきも洗濯だの洗物だのをしていたっけか」
「亜矢ネエに家事なんかやらせたら、すぐ倒れるし。
そもそも高杉の家の家事は俺が殆どやってるんだ。そりゃあ少しは手際も良くなるさ」
誤魔化すように茶を啜りながら、窓の外を見る。
小声で亜矢ネエが「あれは照れている時の癖だよ」と耳打ちしていた。
余計な事は言わんでよろしい。
「学校じゃあ、そんな気配を微塵も見せないのにねえ」
何故だか新谷がしみじみと頷く。
どうにも先ほどから――新谷が来た時から妙にペースを崩されているような気がする。
咳払いをして、団子を一口頬張る。何故だか悔しさを感じるほどに甘く美味しかった。
「でも、ちょっと嬉しいかな。高杉の新しい一面を幾つか見られて」
唐突に、新谷がそんな事を言う。
俺と亜矢ネエの訝しげな視線を受けて、やや嘆息交じりに言葉を吐き出す。
「だってアタシ、初対面の時は絶対高杉に嫌われてると思ったもん。
最初の挨拶以外は、こちらに目もくれなかったし」
今でもそれが不満なのか、少しだけ唇を尖らせてこちらを見つめる。
ただそれは、親しみがあるが故の不満だと、表情で見て取れた。
「で、話すようになったらなったで、なんか妙に刺々しいというか、隔意があるというか。
上手く言えないんだが、こう――」
「不安だったんだ?」
「不安……かなあ。良くわかんないけど、漠然としたものが胸の中に溜まってたんだよな」
「雪ちゃん、それは間違いよ。だって晶ちゃんは――」
言葉を継いだ亜矢ネエが少しだけ微笑む。
そうして、何か面白い悪戯を考えた子供のように、こちらを見た。
「ちょっ、亜矢ネエ――」
経験上、亜矢ネエがこんな仕草をした時はろくな事を言わない。
強引にでも言葉を遮断しようと腰を浮かせて、
「猫みたいな子だから」
間に合わなかった。しかもよりにもよっての例えに、俺の顔がかっと熱くなる。
きっと鏡で見たならば、これ以上無いくらいに赤くなっているだろう。
隣では新谷が、なにかまじまじと俺と亜矢ネエを見比べている。
「猫って……高杉が?」
半ば呆けたように言葉を紡ぐ。
それはそうだろう。俺自身、何度言われてもこの評価には納得がいかない。
どころか、何処がそうなのか理解も出来ない。
「そうよ。猫は無断で縄張りに近付くものには牙を剥くけど、そこに入る事を許したものには一転して頬擦りするほど甘くなる。
晶ちゃんはそんな子なのよ」
そうしてくすり、と笑う。
いつもこうだ。
普段は俺が子ども扱いしているのに、この話をする時だけは何故か亜矢ネエが俺を子供にする。
しかもこれをいう時、妙な迫力があって俺に口を差し挟ませない。
そして俺は病弱なくせに人を惹きつけるこの雰囲気の亜矢ネエが、たまらなく好きだった。
表面的な色香ではない、心の芯を見抜き、そしてそれを許容する安らぎ。
顔に血が上り、この場に新谷が居る事を認識して尚、亜矢ネエに見惚れてしまう。
これが惚れた弱みという奴か。
「ふうん……なるほどねえ」
新谷が、それこそチェシャ猫のような悪戯げな笑みを浮かべる。
先ほどまでとは一転した、得心した笑みだ。
ああ、だから止めようと思ったのに。
「そういう事。
でもこうしてもてなしているからには、晶ちゃんは雪ちゃんの事を嫌っても遠ざけてもないよ」
亜矢ネエも同じく一転、いつものような子供のような笑顔に戻る。
新谷も、ニヤニヤと意地悪げな顔でこちらを見ている。
俺だけが、先ほどの言葉から抜け出せずにいた。
そして恐らくは、亜矢ネエはこうなる事を分かってて言ったに違いない。
「もう、知らん!」
怒りに誤魔化すようにそれだけをいい、お茶を一気に流し込む。
未だ熱さを持ったそれは、顔と同様に全身を熱く茹であがらせた。
「まあ、そう拗ねるなよ。そうと知ったからにはアタシも無下にはしないさ。
ほらほら、撫でてやるから機嫌直せよ」
それとも猫じゃらしの方がいいか、と手真似をしてみせる。
なんだかその顔がとても嬉しそうなのは気のせいか。
確かに、そう、新谷の事は嫌いではない。
竹を割ったような真っ直ぐな性格も、快活な雰囲気も、まるで全てが亜矢ネエと逆であるかのような同級生を好ましいとさえ思っている。
勿論、それは亜矢ネエに対する好意とはまた違った感情ではあるのだが。
しかし、だからと言ってこうしてからかわれるのが嬉しいわけじゃない。
何と言うか、面白くない。
「お前なあ……クソ」
けれど言い返す言葉も見つからずに、手慰みにお茶を淹れなおす。
茶葉を出しすぎた日本茶は、その渋さを見せ付けるかのように色が濃かった。
顔を顰めた俺を、呵呵と笑いながら新谷が背中を叩いてくる。
「だから拗ねるなって!
さっきも言ったけどアタシは嬉しいんだ。
亜矢とアタシ、アタシと高杉、高杉と亜矢。
そうじゃなくて、亜矢とアタシと高杉、この三人で喋れるのがね」
ふと、真面目な顔になる。
いつの間にか陰りを見せた日光が、それでも殊のほか真剣な新谷の顔を茜色に照らし出していた。
「雪ちゃん……」
その顔で、何となく気付く。
ああ、こいつも亜矢ネエを本当に好きなんだなと。
だからこそこうして、俺のからかうような口調にでさえ、いつも応じていたのだろう。
「……フン」
こうやって三人でゆっくりと静かに喋る。
確かにそういうのは今まであまり考えなかった。
俺には亜矢ネエが居れば充分だったし、亜矢ネエもそうだったと思う。
騒がしい会話は学校だけで充分だと。
けれど、こうして俺と亜矢ネエ以外の誰かを招くのも――
「悪くは無いな」
一人ごちて、少しだけ笑う。
触発されてか、亜矢ネエと新谷も淡い笑みを浮かべた。
そう、確かにこれも、悪くなかった。
とりあえずここまでです。
毎度の事ながら、もう少しペースを速めたいものです……。
そして展開も然り……。
では、またの投下時に。
グッジョブ!
前スレから投下なくて
心配してたんだが、
本当にありがとう
おお、おひさしぶりです。GJ。
この先どんな風に展開するのか気になります。
ある日の午後、津島多香子はクラスメイトから、幼なじみの横川恭二が怪我を負ったと
いうニュースを聞いた。なんでも恭二は、世界つきゆび選手権とかいう大会に出場し、
決勝戦でアメリカ代表と死闘を繰り広げた末、負傷したというのだ。今は自宅で療養中
という事で、今日は学校にも出てきていないという。
「何の大会よ!まったく、恭二のやつ!」
気がつけば多香子は、まだ午後の授業が残っているにも関わらず、学校を飛び出して
いた。そして、たまたま自転車で通りがかった大学生風の若者に肘打ちをかますと、
「これ、借ります!」
そう言って、無理矢理拝借した自転車に乗って、凄まじい勢いで走り去って行ったので
ある。
「恭二、今行くからね!」
時速六十キロ近いスピードで自転車を漕ぐ多香子の脳裏に、幼なじみの事が浮かんだ。
怪我の具合はどうなのか。無事だったらいいけれども、万が一の事があったらどうしよう。
恭二の家に着くまで、多香子は不安で胸が張り裂けそうだった。
「ごめんくださーい!」
恭二の家まで来ると、多香子は自転車に乗ったまま、玄関をぶち破った。津島家と横川
家は家族ぐるみの付き合いなので、ノックは無用というのが多香子の考えである。ちなみ
に両家は隣り合った建て売り住宅に住んでおり、間取りもほぼ一緒。家族構成も父母と
それぞれ娘、息子の三人暮らしという、似たもの同士であった。
「恭二、大丈夫?」
多香子が恭二の部屋に入ると、怪我を負ったという幼なじみは布団を頭まで被り、ベッド
の上にいた。そして、なにやらウン、スンと唸っているではないか。多香子はそれを聞き
つけ、慌ててベッドに駆け寄った。すると──
「ふんっ、ふんっ!ウウ・・・もうすぐイクよ、まるみちゃん」
・・・・・なんと、恭二はエロ本を見ながら、自慰をしていた。それも、多香子の声すら耳に
入らぬほど熱中しているという状態だった。
「きょ、恭二・・・」
多香子の全身から力が抜けていく。人が心配して駆けつけてみれば、何という有り様か。
「もう、イヤ!こんな人のために、学校までさぼって・・・何やってんだろう、私」
胸が張り裂けんばかりに恭二の身を案じた分、その反動で怒りがふつふつと湧いてきた。
多香子は部屋の片隅にあったハリセンを手に取ると、怒りに任せて恭二の頭をぶっ叩い
てやった。
「この大バカ野郎!学校休んで、何やってんのよ!」
「わっ!多香子、何しにきた?」
自家発電中だった恭二は、いきなり現れた隣家に住む幼なじみの顔を見て目を丸くする。
多感な少年が自慰の真っ最中を見られたのだから、その驚きは察して余りある。
「あんたが怪我したっていうから、心配して来てやったのよ!それが・・・」
このケダモノ、と多香子はハリセンで恭二を滅多打ちにした。何故なら彼が、多香子の顔
を見ても自慰をやめなかったからである。
「心配かけたな」
落ち着きを取り戻した多香子に、恭二がお茶と茶菓子を差し出した。お茶はサンガリア
のウーロン茶で、茶菓子はチョコバットである。
「手は洗ったんでしょうね。あんなモノを握っておいて」
「ちゃんと石鹸で洗ったよ」
「だったら、いい」
多香子はハア、とため息をひとつつく。クラスメイトから聞いた恭二の怪我というのは、
単なる足の小指の突き指だった。まあ、世界つきゆび選手権とやらに出場していたの
だから、それは妥当と言えよう。問題は、授業をさぼった多香子の方だ。
「今から学校に戻っても、ホームルームにも間に合わないな・・・後で先生にどやされる
んだろうなあ」
何も言わずに学校を飛び出したので、後の事が気になる多香子。恭二が怪我をしたと
聞いて、つい反射的にここへ来てしまったが、いくら悔やんでもすでに後のカーニバル
である。まず、間違い無くお小言は貰うであろう。
「親、呼び出しかもな」
「あんたのせいよ!」
「そう言われてもなあ・・・」
「来年は大学受験だし、内申が悪くなるのは避けたかったのに・・・これでもし、推薦もら
えなかったら、あんたの事、一生恨むからね!」
ぎろり、と目を剥く多香子。彼女は、推薦入学を狙っていたので、教師の心証を悪くする
のだけは避けたかったのだ。
「授業さぼった事、なんて言い訳したら良いのやら」
「何かが憑依した、というのはどうだろう。もしくは、私の中にいるもうひとりの私がやった
事ですとか」
「バカ!推薦どころか、精神科に放り込まれるわよ!」
ろくなアイデアを出さぬ恭二に、多香子は怒りをぶちまけた。しかし、元をただせば自分
の早とちりに端を発した事である。一方的に恭二ばかりを責めるのは、酷というものだ。
「ま、いいや。もしもの時は、色仕掛けで先生を懐柔してみせるから」
「お前ならやりかねないな。恐ろしい」
「アハハ!恭二の怪我も大した事無かったし、この話はここまでにしようか」
いくら考えても仕方がないので、多香子は気分を変える事にした。案外、楽天家なので
ある。
「さあ、家に帰るにはまだ早いし、どうしようかな」
多香子はふと、先ほど恭二が自慰の際に使用していたエロ本を手に取った。ページの
あちこちが糊付けされたように引っ付いているのが、何とも切ない感じである。
「俺のエロ本、返せよ」
「やだ・・・あんたって、こんなの見て、シコシコやってんの?」
多香子は本の中で体を戒められている女性の姿に目を奪われた。そのページにはふせ
んが貼ってあり、恭二の趣味がここに集中されている証になっている。
「これ、SMとかって言うんでしょ?あんた、縛らなきゃ女もやれないわけ?」
「何言ってるんだ。SMは芸術だぞ。ただ女を縛ればいいってもんじゃないんだ」
恭二は戒める事で女の羞恥を引き出し、それを昇華させるのがSMの醍醐味であると言
う。しかし、多香子にはそんな経験が無いので、それが理解しがたいと反論した。
「お前はまだ若いから、そう思うんだろうけど・・・こういうものは大人の女性じゃないと受け
入れられないんじゃないかなあ、ウン」
と、恭二が悦に浸りながらほざくので、多香子は声を荒げて突っ込む。
「じゃあ、あんたは女とヤッた事あるの?」
「ありません、ゴメンナサイ」
「なんだ、童貞か」
それと分かると、多香子はにひひと微笑んだ。なんだか、恭二を言い負かした気になった
からだ。
「そう言うけど、お前だって処女だろ?俺の事は笑えないんじゃ・・・」
「残念!とっくに膜はありませんよ」
多香子は顎に手を当て、目を伏せて過去を振り返るような仕草をした。
「まさか」
「本当だってば。今から五年も前に、塾の先生に処女を捧げてしまったのです」
今、二人は高校二年生の十六歳。となると、多香子は小O生の時に、女になっている計算
になる。
「塾の先生って、あのメガネかけた大学生か?そういえばお前、やけにアイツと親しげだっ
たが・・・」
「ご察しのとおりです。ウフフ」
当時、恭二も多香子と同じ塾に通っていたので、その人物の事はおぼろげに覚えている。
恭二には、子供好きの良い青年だったという印象が残っていた。
「あの野郎、色んな意味で子供好きだったんだな・・・なんかムカツク」
「そんな事、言わないでよ。まがりなりにも、私の初めての人なんだから」
「ロリコンだぞ」
「それでも、好きだったから」
多香子がその先生とやらを庇うので、恭二は面白くなかった。それ以上に、隣に住む幼
なじみが無垢ではないと知り、彼は何だか焦りのような物を感じた。いつも近くにいる多
香子が、少し遠い存在になった気がするのだ。
「今も付き合ってるのか?」
「ううん。とっくに別れてる。っていうか、お付き合いってほどの関係じゃないもの」
「ふうん・・・さばけてるな」
「そんな言い方って、ない」
多香子は顔を横に向け、恭二の視線を意識的に避けている。この部屋の中に漂う、気ま
ずい空気に身を揉まれているようだった。
「なあ、俺たちって、世間でいうところの幼なじみだよな」
「なによあらたまって」
話題が切り替わると、多香子が頬を緩めた。互いが幼なじみという微妙な関係にあるのは
理解しているが、あえて言われるとちょっと照れくさいのだ。
「あんまり近くにいるせいか、男と女でもどちらかといえば、兄妹のような関係だと今までは
思ってたんだが」
「あ、そういうの、分かる」
その意見には、多香子も同調した。他人とは言えあまりに近しい間柄だと、互いを異性とし
て見る事が難しいのである。
ワクテカ
「俺、やっぱりお前の事、好きかもしれない」
恭二がそう言うと、多香子はにやにやと笑って、
「実は、私もそうなんだよ」
と、呟いた。
「何か言いにくかったけど、私は恭二の事、ずっと好きだったよ」
指で畳にのの字を書く多香子。随分と指先に力が込められているようで、畳の目が解れ
ている。
「かあ〜・・・そうだったか。何で今まで気がつかなかったんだろう、俺」
「仕方ないよ。私たち、家族付き合いだったからね」
どちらの両親ともに親しい関係である事を考えれば、その子供たちはあまりおかしな真似
が出来ない。そんな思いが、いつしか二人の心にブレーキをかけていたのだろう。いわば、
恭二と多香子は遅咲きの蕾なのだ。しかし今、どちらも大輪の花を咲かそうと懸命になっ
ている。
「これからは・・・どうやって付き合っていこうか」
多香子が上目遣いに訊ねると、
「堂々と付き合えばいいさ。普通に、な」
恭二は照れながら答えた。何も身構える必要はない。ただ、自然に愛し合えば良いのだ、
と。
「じゃあ、あらためてご挨拶といこうか。恭二、ここへ座って」
「正座?」
「そう。今がスタートになるんだから、挨拶はキチンとしなくちゃね」
二人は向かい合い、ぴたりと膝を突き合わせた。
「え〜、汝、横川恭二は妻、津島多香子を生涯の伴侶として、病める時も健やかな時も
愛し続けると誓いますか?」
「いきなり結婚の誓いかよ。ちょっと、飛ばしすぎじゃないか?」
「いいのよ。こういうのは勢いが大事なの」
多香子は得意げに言うのだが、恭二はどこか困惑気味だった。
「何となく誓います」
「微妙ねえ・・・いかにもあんたらしいわ」
恭二の言葉に多香子は笑ったような呆れ顔を見せる。幼なじみから関係が一歩、進んだ
とは言え、まだまだそれに馴染んだ訳ではないのだ。恭二が曖昧な表現をするのも、無理
はない。
「婚約指輪は・・・今度買ってくれればいいから、誓いのキス、いこうか」
「え?そんな金、ないぞ」
「ん、もう!甲斐性なしねえ。まあ、いいわ」
多香子が顔を傾け、恭二と唇を重ねた。驚く無かれ、二人でキスをするのは、これが初め
てである。
「ん、ふん・・・どうだった?キスの味は」
多香子が鼻を鳴らすと、
「・・・チョコバットの味だった」
と、恭二は初キスの感想を語った。それを聞いて多香子は満足げに頷くと、
「さあ、それじゃあ、初夜といきましょうか」
そう言って恭二の手を取り、ベッドへとなだれ込むのであった。
おしまい
エロシーン無し。女性上位な感じを出そうとしたんですが、空振りました。
恥じらい肛門丸氏はエロだけじゃなく笑いのセンスがあるのがいいw
世界つきゆび選手権で画面にお茶吹いたw
あと、このスレ的にはくっついた後のラブラブ幼馴染カップルはありなん?
スレタイだけ見ると微妙だけど……バカップル化とか、色々あるし。
>>169 いや、むしろ何の問題もないはず。
職人さん、どなたか書いてくらさい。
後のカーニバルワロタw
相変わらずいいセンスをなさっておられる
…と思ったら、「あいのかたち」とか、もろラブラブ幼馴染みじゃん。
あの話の続編は是非読みたいね。死ぬほど甘々なやつを。
ノックは無用W
肛門丸氏GJ!!
女性上位の幼馴染み初Hを想像してもんもんとしとります。
七年前の話だ。
熱が下がり痛みが多少はましになり、眠るより目覚めているのが多くなった頃の夏の夕べ。
栗色の髪を後頭部でひとつに結んだ制服の少女が、表情もなく傍にいた。
夏の風にはひぐらしが混じり、懐かしいブレザーに梅子は学校を辞めてしまったことを少しだけ後悔した。
目の前の可愛らしく指の短い彼女は、かつてのクラスメイトのうちでも随分と手の遠い方だった。
大金持ちで送り迎えには黒塗りの運転手つき、頭は良くて笑顔が明るい。
眼鏡を外していたので少しぼやける視界を細めて、梅子はほうと息をついた。
少女が膝に手を置いたままで顔を上げた。
どこかの部屋でナースコールが鳴っている。
「あなたのせいでふられちゃったの」
まだ個室だったので窓は大きく、開いた隙間からの空気に少女のポニーテールが揺れた。
梅子は何のことかな、と考えかけて悟り、もう諦めていたくせに少し切ない気持ちになった。
なぜだろう。
彼女がほしいとあれだけ言っていたくせに、
有野さんはとても彼の好みに合っていただろうに。
私のせいだなんてありえないのになぁと迷惑な気にもなった。
染井が梨を五個ほど持ってきてくれたのはとても渇いた喉にそそるいい匂いだったのだけれども。
「七条さんなんて大っ嫌い。ばーか」
背を曲げて座ったままで膝に肘をつき、さして意地悪そうにでもなく
憎しみを込めたわけでもなく、ただ発音したみたいに軽く軽く染井は呟いて悲しそうな眼をしていた。
だからなんとなく謝らなくてはいけないようで梅子は小声で謝った。
うん、と染井が頬杖をやめて背を元に戻して、生温かい光に顔を照らされて頷く。
その顔がとても真っ直ぐだったので梅子はまた、細く息を漏らした。
「有野、さん」
「無理して喋ることないのです。
反論されない隙を狙って来たんだから、むしろ喋っちゃダメなのっ」
腰に手を当てて立ち上がって覗き込まれる。
ブレザーの制服も、夏服はシャツにネクタイと涼しげだ。
じっと睨まれて瞬きをした。
それからふと少女が、瞳の色を深くした。
「あのね、」
口をつぐんでまた開く。
染井は梅子を見ないままで立ったままにぽつりぽつりと言った。
「すごい剣幕だったんだよ。こーちゃん本当に、あなたのこと心配してたんだからね。
泣いてたんだからね。追い出されたこと恨まないであげて」
最後の言葉と一緒に、やっと染井は目を合わせてくれた。
風が吹く。
きっと忘れた想いなんて簡単にそんな風に、空気の流れみたいにじわりと心にしみていくものだ。
だけれど今更合わせる顔なんてなかったし散々生きるとか死ぬとかを往復した後に、
これ以上悲しいこととか報われないことに耐えることを考えると疲れてしまった。
だから出て行ったのだ。
そうすれば絆は細くとも残って望んだ形ではなくとも
一生仲良くしていくことはできるかもしれなかったので。
*
「嗚呼、嫌々、行きたくないわ」
「我侭言わないでください」
「わたくし身重なのよ。つわりが辛いの。労わりなさいよ」
「そうですか。大変ですね」
棒読みすると間髪入れずに奥様が蹴った。
痛い。
数年前に三十路を迎えたにも関わらず気性のせいだろうか、未だに主人の行動は力いっぱい若々しい。
梅子は痛みに顔をしかめた後で、長年お世話をしてきた奥様の
頬に手を添えて精一杯に優しく微笑った。
「大丈夫ですよ。お辛くなったら旦那様がいらっしゃるんですから。
皆さん気遣ってくださいますよ、…ね?」
琴子は怒り続けるタイミングを失ってもぐもぐと赤面した。
「う、五月蠅いわね。そういう問題ではなくてよ、ただ行きたくないの…」
「でも春海様がいらっしゃるんでしょう」
「それは会いたいけど別に自分で会いに行けばいいんだもの」
「たまには外の空気もお吸いになった方がいいですよ。
ちゃんと待ってますから、少しですから、行ってらっしゃいませ」
五年以上も仕えていれば扱いは結構簡単で、琴子はあっさり負けてしまい
ぶつぶつ言いながらも玄関で待っている旦那の元へちゃんと一緒に行ってくれた。
そんなこんなで、多少心の傷を思い返して鬱々としながらも梅子は玄関から見送りを済ませ戻った。
――親戚や関係のあるお偉方との会食を彼女が嫌がっているのは、
その中に先だって一方的に梅子との婚約を破棄してきた某氏がいるからなのだと分かっている。
個人的には琴子様のこの件に対する優しさが嬉しかった。
でもその件を奥様が持ち出せば旦那様と喧嘩が始まること必至である。
琴子様にとって嫌いな人間と会うストレスなんて夫婦喧嘩する大騒ぎに比べれば
雀の涙ほどでしかなく、結果的に見れば身重の奥様にとって行った方がいい結果になるはずなのだった。
門の外から車が二台、遠ざかっていくのが音で分かった。
廊下を歩いて客間の傍で大分老いた養母と立ち話をした。
いくつか繕い物が残っていたので、部屋に戻ってからは秋の深まる庭を眺めて畳に座った。
針に糸を通して仕事を続ける。
隣の部屋の襖が開いた。
そして足音がして、振り返ろうかというときに肩に何か重いものが乗った。
「よう」
背後から、屋敷の厄介者の次男坊が肩に馴れ馴れしく頭を乗せてきて手元を覗き込んでいた。
梅子は針を持ったまま赤面して固まった。
「こっ、」
「何やってんだよ」
無造作に耳元で息がかかるので手元が狂って針が変なところに刺さった。
背後に感じる体温の温さも心臓を早めるばかりで仕事の邪魔だ。
「仕事、してるの、見て分か」
「なあ梅。暇だ」
「…そ。そうですか。良かったですね」
――ああもう何を言っているんだか。
孝二郎は全くこちらのペースを無視してくれている。
白い意識で混乱しながら梅子は弱りきった。
耳元で少しだけ素直な声が笑いもせずにややあってから答えた。
「ああ。それで、おまえとデートでもしようかと思って来た」
「は?」
思わず間抜けな声を出して横を向くと顔があんまり近くにあったので肘で突き飛ばして離れた。
頭を載せられたせいで着物の肩が少しよれている。
さらに少し離れて針と繕い物をくしゃりと腕に抱えた。
突き飛ばされた方は仏頂面で溜息をつき、そんな彼女にをなんともいえない視線でじんと浸した。
梅子はそれで少し心臓を動かした。
「…嫌ならいいわ。仕事してろよ。一人で行く」
「い、嫌だなんて言ってません」
「へぇ」
じっと睨み合い、いや何故この状況で睨み合うのだか彼女にも多分孝二郎にも分からないのだけれどしばらく不毛な冷戦になった。
*
そういえば梅子の母親が亡くなったのは今の自分たちの年頃ではなかったろうか。
繕い物をしていた後姿に重なる記憶がふと蘇り、孝二郎は庭の端で秋空を見上げた。
雲が出てきたがまだ空の青さは残っている。
なんともいえない気分で足をぶらつかせた。
そして視界の端にデジャヴのようにはにかむ少女を幻のように見た。
『孝二郎君。後で遊ぼう』
「ええと、お待たせしました」
瞬きをする。
正直七年も会っていなくて久々に見た私服の姿は一瞬知らない女のようだった。
不意打ちだったのでとりあえず意味もなく頷いてみた。
門を出てバス停に歩きながら制服ではないこととかに不思議な気分になってみたりもする。
「ああ、あれだ。行きたいところとかあったら言えよ、懐かしいだろこの辺」
「だって随分変わってしまったんじゃないですか?」
梅子はそれでも懐かしそうに眼鏡の奥で笑って、長く続く屋敷の壁を仰いだ。
木々の合い間に建て替えた例の蔵が見えた。
昼前に屋敷を出て、街中までバスで約十分。
いろいろな店に行き、最近ではすっかり行きなれたよくあるファーストフード店で雑な食事をした。
自分で作ったのでない食事は何でもおいしいと梅子が満足そうに笑った。
平日の昼間だから息が詰まるような人出もない。
どこに行きたいかと聞いたらいきなり動物園、と言われたので連れて行った。
檻の中の動物達を梅子はゆっくりと歩いて珍しそうに見ていた。
タートルネックの長袖に鎖骨辺りまでの黒髪が肩と首の傷を隠していた。
そうして肌を出さない幼馴染を孝二郎は後ろでずっと見ていた。
思いのほかの柔らかみにたびたび疼いたがそれだけでなかったから触れずに距離を取っていた。
風が出てきて、時間はいつでもこういう時にそうであるように、あっという間に過ぎた。
動物園を出てバス停に着く前に雨が降ってきた。
今後数話分で最後の一章になります。「ゆりかごのうたを」。
お付き合いありがとうございます。
続きは時間ができましたときに、また。
243氏乙〜
夜更かしは三文の徳…か?
243氏GJです、いつも御馳走様です
やっぱ243師の話は良いですねー。いやほんと。
GJ!!!
梅子よかったね、梅子……
最後はこれまでの鬱憤を晴らすかのようなエロエロに―――
(なんてね、戯れ言です。お気になさらず)
最後の章、楽しみにしてます。
連続ですみません。
少々長くなりますが続きです。
買うのも馬鹿馬鹿しかったので気の利く相手が持っていた折りたたみ傘を背の高い方が持った。
桜色の布を伝って雨が降る。
柄が女性用なので恥ずかしくないと言ったら嘘だ。
「持ちましょうか」
「…うっせー」
渋い顔しているのを自覚しつつ孝二郎は濡れる面積をもう少し広げた。
二人で入るには小さいのだ。
ぱしゃぱしゃと足音が響きすぐ近くのバス停には人が大勢並んでいた。
座れそうにないので地元ならではのもう少し人の少ない遠回りの路線に乗ることに決め、
といっても孝二郎はそのバスに乗るほど庶民ではなかったし
梅子も十年以上前使いで数度乗っただけだったので迷った。
知らない区画でもないのに、馬鹿みたいに迷子になった。
秋雨の中で揺れる柿の枝を通り過ぎ、車を避け、
引き返そうとして道が分からなくなる。
子供のようだと孝二郎は思った。
梅子を見れば呆れながらも楽しそうだった。
だから彼は別に雨でも問題はないような気になんとなくなった。
気ままに三十分ほど迷いに迷って、やっとそれらしき戻り道を見つけた。
見覚えのある柿の木を歩いて過ぎれば、後は大丈夫だった。
安堵して話しかけようとして斜め下を見、
孝二郎はようやく足を止めた。
「おい」
見上げてくる頭に後悔が増す。
髪と肩が濡れていた。
自己中だと小さい頃からよく言われていたが確かにそうだと珍しく実感する。
「梅。歩くの辛いか」
梅子が白い顔に少しだけ表情を戻して戸惑いを見せた。
立ち止まったまま、言葉を探すように目を泳がす。
「そんなこと、ありませんけど」
「…嘘ついてんじゃねえよ。あんまり甘やかすな。
ただでさえ俺、坊ちゃんなんだからよ」
もう少し何か言い方があったのではないかと思う彼の隣で
梅子はただ微かに目元を染めた。
車が徐行で通り過ぎていった。
多分こうしてかつて相手が去っていったのだろうと今更ながらに傘を握って自覚した。
…『気まぐれで口の悪いところ気をつけてください』というのも当然だ。
風が枝々と囁きあう。
歩調を可能な限り緩めてまた歩き出した。
「だからそのな。悪かったよ」
髪が湿っていて秋色の服に、今更ながら肩の丸みとか
胸とか胸とか胸とかそういうものは傘の下では近すぎた。
前を具合よく逆方向にバスが過ぎる。
梅子は孝二郎の手を自然のように握った。
見下ろすと、いけませんか。と言って柔らかい指で離そうとしなかった。
いけなくはないがおかげで隣を余計に見られなくなった。
*
――なぜ今更なのだろう。
梅子はこの前の庭での一連のことからそれをずっと考えていた。
傘の下から、雨だというのに少しだけ空が見えている。
何故今になってなのだろうと合い間合い間にそればかりを思う日だった。
そういうことはありえないと知りながら構わず慕って十六年。
忘れるのは難しくともともかく別の生き方をしようと決めてから七年。
いくら恋が盲目だといったって、そうして久々に目の前に現れた男の人から
真剣に自分をそういう風に見ているだなんて示されても不安になってしまうというものだ。
喩えて言うなら大好きな何かを見に行く日、雨だというのにバスの中で傘を盗まれてしまったようなもので、
それで命を削るほど困るわけではないのに、嬉しさもふとした不安で分からなくなり、
手を握って泣きそうになる幸せな波打つ海も、この波が引いていくのではないかと思ってしまったりする。
…要は怖いのだ。
優しい孝二郎坊ちゃまなんて坊ちゃまではない、というどこか強迫観念のようなものがあって、
もうそういう色恋沙汰はなくていいのだとも先日の一件で思っている。
なのに腕とか体温とか耳を震わせる吐息とかこっそり吸っているらしい煙草の臭いとか
そういうものに否応なく芯が反応してしまうことが理由も分からずただ怖い。
つまり、どうしようもなく、今度こそ疑いようもなく習慣とかそういうものも関係なしに、
拗ねていて素直でなくて不良で口が悪くて自分を何でも知っているあの男性が、好きなのだ。
エンジン音が振動に響く。
バスの外では光が差して雨がやむ。
二人掛けの隣でこちらを見て、背を屈めて自分を呼ぶ幼馴染の坊ちゃまに振り向いて、
はい。と言った。
相手の顔がとてもとても嬉しそうだったのでそれで全部の迷いを捨てた。
*
――気がついたらもう帰りのバスに乗っていた。
手がいつの間にか離れていることを残念に思った。
二人掛けの窓側で梅子がぼんやりガラスに肩を預けている。
暫らく眺めながらいろいろデートの最後に言うべきことを考えて
どれにしていいのか思いつかなかったのでひとつだけにした。
軽く背を屈めた。
「梅」
そっけなく呼ぶ。
自分らしくない声だと思いながら振り向く幼馴染をいつものように呼んだ。
こちらへと成長した女の顔が気安そうに首を向ける。
「楽しかったか」
梅子は孝二郎を見上げたまま、
「はい」
と答えて笑った。
不思議な表情が瞳の色を薄めた。
秋色が椅子に背をもたれさせると雨粒が窓から
対向車線のヘッドライトで照らされて髪と頬の影が動いた。
バスの中は湿度が高い。
孝二郎は隣の体温に心地よくうつらと目を閉じた。
雨をはじくバスの音に見える外の景色は
屋敷の長い壁を遠い先まで見せていた。
家に帰れば待っているといったのに何よと琴子に玄関で八つ当たられて
宗一に嫌味を言われて、あとは庭の見える縁側で会話もなしにお茶を飲む。
硝子戸の向こうで池は冷たそうなさざ波で落ち葉を拾い集めていた。
去年と大して代わり映えしない風景だった。
だけれど風は吹き染まり始めた葉は色を増していくそのように、
七年が長く短かったように、季節は気を許したが最後
矢の速さで過ぎていくのだと苦い経験で知っている。
琴子のお産迄の十ヶ月だけが限られた時間なのであればそれを、
あっという間にするほど孝二郎は本来我慢強いわけでもない。
それでも。
それでもそんなに簡単に手を出せるようなことを幼馴染の女中にしてこなかった。
それよりも幾つものぶつけた言葉に替わるような思いつく限りの楽しさや何かで
ゆっくりとでもいいので笑って向いてほしかったのだ、情けなくとも格好悪くとも。
だから結構進展は遅かった。
相手がそれを早いとか遅いとかどう思っていたかは知らない。
日常的に意地を張りながら一ヶ月ほど過ごして、
それでも雪が降る前には夜に庭で自然に口付けをした。
寒いくせに屋敷から見えない陰に隠れて互いの顔も良く分からないまま庭の隅で長いことした。
初めてではないのに夢中になり唾液で互いの口が濡れていた。
「あのな」
孝二郎が抑えた囁きで弱々しく呟く。
唇が離れかけたままの息の溶け合う距離で、
後ろの壁に当てた腕をもう少しだけ曲げて身体を寄せた。
「…もう死んでもいい」
「何変なこと言ってるんですか」
初恋の中学生のように頬を染めている彼女がそういっても説得力がない。
整わない息のまま服に添えていた指を握りこませて縋りつくように額を寄せてきたので抱きしめた。
柔らかさとぬくもりに涙が出そうになる。
堪らなくてなんだか本気で泣いてしまいそうだったのでその前に背を上る欲情を押さえ込もうと努力した。
数秒もせず無理だということを知った。
また紅の落ちた唇を塞いで短めの舌をすくいあげ唾液を送った。
返してもらえるので嫌ではないのかと少しずつ続ける。
鈴虫がどこか遠くに聴こえる。
帯の上に手を伸ばして膨らみを押えるとしがみつく指先がぎゅうとなる。
肌寒いせいではなく確かな熱で背中がぞくぞくとした。
帯のあたりを苦しそうに捩って梅子が目を細めた。
熱心に口を貪るとその奥が潤んで抵抗が減る。
下に手を伸ばし、着物越しに隙間をなぞれば腕の中でついに声が出て後れ毛がはらりと落ちた。
夜風が強くなっていた。
月が雲から出てきて少し明るくなる。
不意に梅子が抵抗した。
余りに急だったので分からなくなり、やめていいのか迷いつつもやめた。
続けたかったが顔を見て本当にやめた。
気まずくなる。
「嫌か」
また伸びて纏めている長い髪は、とうにほつれてなだらかな肩にかかっていた。
梅子は理由をいわずにただ首に腕を絡めてきて耳の脇で名前を呼んできた。
密着されると、正直、こちらがやめたいと思っていないのがばれるので困ったがとりあえず頭を撫でてみた。
嫌われることをいかに自分が怯えているのかと思うと
孝二郎は流石に情けなくて顔を見せないように少しだけ笑った。
中学に入る前ちょうど庭のこの辺で二人で今くらいのことならしていたことを思い出す。
成長の遅かった梅子に当時ほとんど膨らみも丸みもなくただ胸を触っても痛がっただけだったし
ついでに向こうも加減が分からず痛い目にあった。
気まずさとか決まり悪さとか相手が一緒に読んだ本のような反応をしなかったことへの複雑な気分とか、
あの頃はそういうものがないまぜになって結局それ以降普通に話さず冷たく当たるようになってしまった。
あれはどんなにか気楽な道だったろうと。
思いながらも惚れた弱みの恐ろしさにたびたびそれからも苦笑する。
何度か同じようなことを繰り返した後に、梅子は問われる前に自分から、
肌が傷だらけだから見られたくないのだと言って目の前で泣いた。
*
関東でも雪は僅かに庭を白くするくらい降るようになっていて忙しい年末は近付いていた。
だからこの寒さの中で後先考えず機嫌に任せて暴れようとする
身重の奥様を気遣えば出来る限り傍にいなくてはならず、
本家というところはやっぱり息苦しさが先に立って女中の地位は目に見えて低い。
忙しさもあいまって滅多にここの次男に遊びに連れて行ってもらうこともなくなっていた。
大分琴子様のお腹は大きくなってきている。
注意していると動くのが分かるそうなので、聞かせてもらったけれど分からない。
もう少し先になるまで分からないのかもしれない。
昼寝したがる奥様に毛布を掛け直してあげるとお腹の辺りはやっぱり少しふくらんでいた。
眠そうにせがまれたので苦笑しつつ自分の知っている子守り歌を彼女が眠るまで小声で唄う。
寒い日々になった。
着物の下の寒さに痛む場所を手のひらで無意識に包む。
ずっと世話をしてきた「お嬢様」の中に今はお嬢様ではない生命がいるのは不思議で、
自分もそうして生まれてきて今こんなに成長したのだと思うと庭がしんしんと鮮やかだった。
あのときに。
この主人を身体ごと守ったときに自分を意識の底で起こし続けた母の子守唄を、聞いたのはどんな自分であったろう。
きっと孝二郎と一緒に同じ部屋で見守られ眠っていたのだろう。
あのように助けられた生命も、孝二郎も、廊下を行き来する使用人たちも自分が守ったお嬢様も、
誰も彼も人の中で大きくなって出てきたものという事実は熱くも傷にしみていく。
「名前をね。どうしようかと思うのよ」
琴子が湯浴みの後で髪を梳かれながら言った。
清助様は夜まで仕事で居ないものだから梅子が今日は話し相手になっている。
櫛の動きを一旦止めて、梅子は後ろで瞬いた。
「子供のよ。決まってないの、何か良いのは無いかしらってこと」
「旦那様とは何かご相談されました?」
言葉を返したら不満だったらしく琴子はばしばしと畳をもどかしげに殴った。
相変わらず子供のようだ。
また乾いたばかりの髪に櫛を通し、梅子は溜息をついた。
「あの。琴子様、仰りたいことがおありでしたらどうぞ」
「…何よ相変わらず生意気ね。相談したわよ。
だから梅子が考えなさいよ」
「は?」
「おまえにつけてほしいの。おまえがいなければ、この子だって生まれるはずもなかったんだわ。
きっと結婚も出来ないままだったわ」
その夜には雪が降るはずだった。
だから夕べから冷え込みが厳しく残った体の痛みにはことさら堪えていた。
梅子は琴子の肩に後ろから額を預けてしばらく腕を回した。
「お礼を言うのが逆よ、逆」
何も言っていないのに琴子は妙に怒ったように顔を赤らめて梅子に反論した。
そんなことがあったからか。
その夜は久々に、時間が取れたので孝二郎のところに行った。
そしてしばらくいろいろな話をした後、当たり前のように口付けながら
頭がぼうっとしてくると押えていた気持ちも溢れてしまった。
気がついたら苛立ったように何度か名前を呼ばれていて、
唇が離れていて視界がぼやけていた。
意識もしないで泣いていた。
眼鏡が邪魔だ。
外して涙を拭いたけれど溢れて顔を覆った。
呼ばれるだけで胸の震える声がする。
「梅」
苛立ったような声も本当はそうでないのだと知っていたから
その素直でない気遣いに余計に涙が出て喉が掠れた。
小さい頃みたいに声も抑えず泣き続けた。
そう怖かったのは孝二郎の気まぐれとかそんな慣れきったものよりも、
小さな頃と一番違っている自分の身体だった。
別にこの傷が嫌ではなかったのだ。
誇りでもあった。
後悔だってしていない。
ああでも。
怪我も病気も避けえることはできないものだけれどそれでも、
何故自分に来てしまったのだろうとだけ思う。
日常には慣れても肌を見せるのはもっともっと別のことだった。
―唇を塞がれていて、それで泣き声がこぼれなくなって涙だけがただ伝った。
何度も宥めるようにそうされて、落ち着いてくると今度は悲しさだけが残った。
ひどく寒さが身にしみる。
古い灯りの下で孝二郎を見上げるとまた口付けられて目を閉じた。
少しして離れたので薄目を開ける。
と首筋に息がかかった。
「っ、孝二郎君」
「そういうことならな、余計見たいに決まってんだろ」
孝二郎が顎の脇で不機嫌そうに言う。
梅子は腹を立てて良いのかどうしていいのか分からなくなった。
「それで嫌になったりしねーくらいには好きだ」
「だって、でも」
「もういい脱げ」
「ぬ、脱げってちょっと」
抵抗しかけて。
諦めた。
「…今の、命令ですか」
「頼んでんだよ馬鹿」
孝二郎は相変わらず素直でない表情をしていた。
では続きは、時間ができましたときにまた。
・・・
(悶絶している)
なんて言うか…読み終えた後の余韻が凄い。
頭に大量の情報が入ってきたみたいになる。
梅子萌え、そしてGJ!!
こういう詩的な文章、いいなぁ……。
Qちゃんオメ〜
あー、何というか、大声で叫びたくなる。
せつないというか、なんというか…GJ!!
お久しぶりです。前スレで完結した、「青葉と創一郎」の作者です。
前作の脇役、妙高那智子が主役のSSを書いてみました。
といっても前作のアナザーエンドとかではなく、別ストーリーです。
少々強引な展開かもしれませんが、一応「幼馴染みSS」の範疇には入っていると思います。
そのあたりは御勘弁を。
1.
終わった恋を追っかけるほど、私は暇でもないし、弱くもない。
そう思っていたけれど、親友にその男の子を取られて、自分は振られたとなるとやはり長く引きずってしまう。
とくに、彼氏が出来てその友人とも疎遠になってしまったなんて事だと、余計にそうだ。
友人が、新しく仲間に入ったグループの女の子と楽しそうに話しているのを見て、私はそんなことを思う。
私は鞄を持って立ち上がった。今日は終業式。明日からは冬休みだ。
「あ、なっちゃん」
私が立ち上がったのに気づいて、その「親友」、古鷹青葉が振り返った。
新しい友人たちとの会話を中断して、私の方に小走りに寄って来る。
「帰るの?」
「うん、今日は何だか早く帰ってきなさいって母さん言ってたし」
「あ、そうなんだ」
青葉はちょっと口を尖らせ、残念そうな顔をして見せた。こういう顔は女の私でもかわいいと思う。
くやしいけど、青葉は私なんかよりずっと美人だ。
「青葉は、今日は部活の練習、ないの?」
「んー、ミーティングだけ。休み中の練習予定とか、そんな話だと思う」
そっか、とうなづき、鞄を改めて持ち直す。帰るぞ、という意思表示だ。
「じゃ、またね。バイバイ」
「あ……うん、また電話するね」
小さく手を振る青葉に見送られながら、私は教室を出た。
私は、妙高那智子。聖マリア・マッダレーナ女子高等学校一年。
特に飛びぬけたところがあるわけでもない、普通の女子高生だ。
勉強もスポーツも普通だし、部活もやっていない。趣味はテレビドラマを見ることと買い食いぐらい。
手先が器用ってわけでもないし、料理の腕も、大したことはない。普通だと思う。
「そういや、最近料理してないなあ」
帰り道を一人歩きながら、私は誰に聞かせるわけでもなく呟く。
考えたくなかったその理由に思い至ってしまい、ちょっと憂鬱になる。
私が料理をするようになった理由は、ある男の子に好かれたいと思ったからだ。
そいつの名前は――まあ、いい。思い出すのもちょっと辛いし。
はっきり言って、私は性格的にはさばさばしている方だと思う。
誰かを大好きになることもなければ、大嫌いになることもない。
クラスメイトからは、クールだとか、男の子っぽいなんて言われる。
後の方の評価は、髪がベリーショートで、体型も、ええっと「スレンダー」だからかもしれないけど。
それはともかく。
そんな私が好きになった相手は、親友・古鷹青葉の幼馴染みだった。
何故好きになったか、それを説明するのは難しい。
ただ、最初は喧嘩っていうか無視しあう仲だったのに、私の方はいつの間にかアイツを好きになっていた。
特に口では冷たくしながら、幼馴染みの青葉にさりげないやさしさを見せるのが、なぜかとても素敵に見えた。
だから、最初から私の恋は失敗するって決まっていた。
アイツは青葉が好きで、青葉はアイツのことが好きだった。そんなこと、最初から分かってた。
色々あったけれど、はっきりと私の告白を断って、アイツは青葉を選んだ。
二人とも十五年もお互いのことを想ってたくせに今まで黙ってたんだから、気が長いというか何というか。
でも、それだけ待った(待たされた?)だけあって、付き合い始めた頃の青葉の嬉しそうな様子ったらなかった。
思えば、すごいと思う。十五年かかっても全然心が揺れなかったんだから。
だから、私は振られた女で青葉は恋敵だったけれど、素直に祝福することが出来た。
「お人よしだしね、青葉もアイツも」
そう言いながら、私は胸元から小さなロザリオを取り出す。これは、二人から私へのプレゼントだった。
本当は、青葉とアイツの二人だけが身につけているものだった。いわば、誓いの指輪の代わりだったらしい。
そんな大切な物をくれた理由はよく分からなかったけれど、きっと私も同じくらい大事だって事なんだろう。
でも、やっぱり恋人と友人は違う。
今でも青葉とは友達だし、よく話す方だけれど、以前よりは疎遠になった。
そして青葉は自分と同じように「彼氏持ち」の女の子グループと急速に仲良くなっていった。
それを責めるつもりはない。だって、彼氏の惚気や悩みを私に聞かせるわけにはいかなかったんだから。
そんなとき、自分の素直な気持ちを吐き出す相手として、青葉が新しい友達を作っても仕方ないと思う。
私だって、アイツの事をもう気にしていないとは言えないし、青葉が気を使ってくれたことは感謝してる。
でもそれは、私がまだ終わった恋を引きずっているということでもあった。
――だからやっぱり、私は少し寂しかった。
2.
狭いマンションの四階が私の家だ。
最近ペンキを塗り替えたばかりの扉を自分の鍵で開ける。
「ただいまー」
靴を立ったまま脱ぎ捨て、そのまま居間へと向かう。
「お帰りー、那智子。お客さん来てるから、こっちに来てあんたも挨拶しなさい」
奥の畳の部屋の方からお母さんの声が聞こえた。
お客さんが来てるのか、じゃあ靴を脱ぎっぱなしにするんじゃなかったな。
まあ、いい。あとで隙を見て直しに行こう。
そんな事を思いながら私は和室の前で立ち止まる。
一応セーラーのタイや、制服に乱れがないか確かめる。
これでもお嬢様学校として名の知れたマッダレーナの生徒だ。あんまり恥ずかしい格好も見せられない。
そんなの、私には似合っていないとは思うけど。
静かに襖を開け、中に入る。そして部屋の隅で正座した。
お母さんが、見覚えのない若い男の人と、お茶を飲んでいるところだった。
私は手をついて静かに頭を下げる。
「始めまして。那智子です」
正式な作法とか礼儀はよく知らないけれど、まあ、別に非難されることはない、私はそう思っていた。
だから、私の挨拶を聞いて二人が爆笑したのには本当にびっくりした。
「那智子、何言ってんのあんた?」
「だから言ったでしょう。なっちゃんは僕のことなんて忘れてるって」
「うーん、我が娘ながら薄情だわ」
私はきょとんとして二人の顔を見ている。
私が本当に分かっていないと知って、お母さんが改めて男の人を紹介してくれた。
「ほら、従兄の祐輔くんよ。覚えてない? 小さいとき、よく遊んでもらったでしょう」
そう言われて初めて、私は目の前の男の人と、記憶の底に眠っていた親戚の顔が、ぼんやり重なった。
「……ゆうすけ?」
「ひさしぶり、なっちゃん」
もうすっかり大人になった従兄は、私の目の前で軽く頭を下げた。
「ふーん、ここがなっちゃんの部屋かあ」
祐輔はそんなことを言いながら、私の部屋を興味深そうに見ている。
「あんまり、女の子っぽくないね」
「……失礼ですね」
確かにその通りだ。ぬいぐるみがあるわけじゃなし、花が飾ってあるわけじゃなし。
勉強机にベッド、本棚が二つ、衣装箪笥が一つ。女らしくない部屋だと自分でも思う。
でも、口にされるとやはり腹立たしい。
「大体、祐輔さんに入っていいとは言ってないです」
「冷たいな。これから一緒に住むんだから、それくらい構わないだろう」
「親しき仲にも……です。家族の間にだってプライバシーは必要です」
やれやれ、と両手を大げさに広げている祐輔に、私は頭を抱えた。
――祐輔君、この春から一緒に住むから――
そうお母さんから言われたとき、私は驚きを隠せなかった。
そもそも我が家は両親と私の三人暮らし。それでも狭いと感じるような小さな家なのになんで、って。
どうやら、祐輔はこの春からわが町にある大学に通うことになったらしい。
この時期に決まったということは、推薦入試なのだろう。
学費も免除されたというから、かなり優秀なんだということは私にも分かった。
でも一人暮らしさせる余裕は祐輔の家にはない、だから我が家に下宿することになったらしい。
お母さんは言葉を濁したけれど、もともと、祐輔の家はちょっと複雑な事情があるみたいだった。
そう言えば、私の親戚の集まりで祐輔一家を見たことも、話にのぼったこともない。
祐輔の言葉の端々からも複雑な家庭環境は感じられたから、私もあえてしつこく聞かなかった。
でも、だからと言って我が家に下宿することはないじゃないか。
大体娘に一言も説明無しに……しかし、それはもう私の両親の間で決定済みだった。
お父さんなんか特に乗り気で、「これで息子と差し向かいで晩酌が出来る」とか言ってるらしい。
全く、のんきなもんだ。年頃の娘と年頃の男が同じ屋根の下に住むというのに。
「だいたい、まだ引っ越ししてくるわけじゃないんでしょ?」
「とりあえず、今日は挨拶とか、引っ越しの下調べとか、色々とね」
祐輔はそんなことを言って笑ってる。
「で、私の部屋には何の下調べですか」
私が苛立ち混じりに言っても、祐輔は相変わらず笑ってる。
「なんだか他人行儀だなあ。昔よく遊んであげたのに……」
「……覚えてませんから。すいません」
そう言って私は机に向き直る。用もないのに参考書を開いてみたりして。
そう。
一番の問題は、向こうは私の事をよく知っているのに、私は祐輔の事をほとんど覚えていない、ということだ。
どうも、私が祐輔とよく遊んでいたのは五歳ぐらいまでのことらしい。
それまで祐輔一家もこの町に住んでいたのだが、その後引っ越したんだとか。
それもさっきお母さんから教えてもらったことで、私は全く覚えていない。
だから、彼の馴れ馴れしい態度や意味ありげに囁かれる思い出話も、私にとっては未知の事柄だった。
そのせいで、余計祐輔のことを疎ましいというか、気持ち悪く感じてしまうらしい。
「……本当に、全然覚えてない? 例えば、一緒に歌を歌ってたとき、僕にチュウしてくれたこととかさ」
「な、なんですとっ?」
思わず侍みたいな話し方になってしまった。
そんなの、全然記憶にない――――。そんなこと言われると、妙に焦りを感じた。
「『ほっぺにちゅっ♪』って歌。覚えてないかなあ。なっちゃんが三つぐらいのときだけど。
それを歌ってたときに、周りの親戚が『なっちゃん、祐輔にチュウしてあげたら』って言い出して」
「……そんなの、覚えてるわけないでしょう!」
「いやーそれにしても、この歳になると、大人が親戚の子供をからかう理由が分かるね。
子供ってみんな忘れちゃってるけど、こっちは覚えてるんだもん」
私が怒りをあらわにしても、妙にオヤジ臭いことを言って、祐輔は笑っている。
大体、大人って自分でいう割には、彼はかなり若く見えた。
細面で、髭も薄く、髪も短めに綺麗に切りそろえている。ちょっと垂れ気味の目は、いつも笑ってるみたい。
同級生か、せいぜい一年先輩ぐらいにしか見えない。
そんな男の人が、自分の部屋でくつろいでるなんて……学校から帰るまで、想像もしていなかった事態だ。
「それじゃあさ……」
「いい加減にしてください!」
なおも話し続けようとする祐輔を、私は机を叩いて遮る。
私の剣幕に、彼も少し驚いた顔をしてる。いけない、ちょっとやり過ぎた。
「……ごめんなさい。でも、本当に覚えてないんです。だから、あんまり馴れ馴れしくされても私、困るんです」
そう言ったとたん、私は顔を伏せてしまった。
なぜって、祐輔が一瞬すごく悲しい顔をしたから。
「……そうだね。それに、突然一緒に住むって言われて、心の準備も出来てないだろうし」
そう言うと、祐輔はゆっくり立ち上がった。
ちょっと背中を丸め、私の部屋のドアに手をかける。
申し訳ない気持ちになり、私が肩越しに振り返ると、祐輔と目があった。
柔らかく微笑んでる顔は、何か懐かしいものだったけれど、やっぱり、記憶に薄い。
「なっちゃん」
「……はい?」
祐輔のさびしそうな呟きに、私も恐る恐る答えていた。
「これは覚えてない? なっちゃんが五歳のときまで、一緒にお風呂に入ってたんだけど……」
にかっと笑顔を見せる彼。かっと私の頭に血が上る。
からかわれてた――!?
「こ、このっ、出て行けっー!」
私が参考書を振り上げると、祐輔は笑い声を残して出て行った。
3.
「で、あんたに相談ってわけよ」
「……なんで僕なんですか」
次の日、私は友人を駅前のファーストフード店に呼び出していた。
「だって、こんなこと青葉や創一郎に相談できないでしょ」
「そうかなあ。僕だって、あまり力になれるとは……」
そう言いながら目の前のバナナシェイクをすすっているのは、望月近衛。
過去に青葉に告白したことがある男の子だ。いわば私の恋愛同盟軍だった男だ。
彼は青葉と付き合う、そうすれば私はアイツと……なんて都合の良いことを考えてた時期もある。
まあ、それはともかく。そんなことがあってから、彼は私の数少ない男友達になっていた。
「つまり、その祐輔という人と一緒に住むのが嫌なんですか?」
「……嫌ってわけじゃないんだけど、まあ、なんていうか、困る」
彼がいると、どうしても余所行きの顔をしなくちゃならない。
向こうはこっちをよく知っているかもしれないけど、私には今のところ他人だし。
そう、私には他人なのに、彼にとって私は良く知った妹みたいな存在らしい。だから厄介なのだ。
そんな人間とこれからずっと寝起きを共にするなんて、まっぴらだった。
実際、今日も祐輔と同じ家にいるのが息苦しいから、わざわざ望月をこんなところに呼び出したんだから。
「なんで一緒に住む話が出たときに反対しなかったんですか?」
「そりゃ、仕方ないじゃない。だって……」
この話が持ち上がったとき、私は自分の恋愛の事で頭が一杯で、それ以外は考える余裕がなかったのだ。
毎日何だか慌ただしくて、家に帰ってもへとへとで、両親の言うことなんてまともに聞きもしなかった。
今思えば、なんだか同居人がどうこうと話していたような気もするんだけれど。
「自業自得じゃないですか」
「そ、それは……だいたい、あんたが青葉を落とすの、失敗するからいけないのよ!」
「そんな無茶なぁ」
「あっさり創一郎に青葉ゆずってんじゃないわよ。男ならねえ、こう力づくでもモノにするっていう……」
「妙高さん、声が大きい」
望月に言われて慌てて口をつぐむ。余り大きくもない店中の視線が、私たちの方を向いていた。
繕うみたいにひそひそ声で、私たちは話し続けた。
「……なんとか、出て行ってもらえないかなあ」
「無理だと思いますけどね」
望月はまたズズッ、と大きな音を立ててシェイクをすすった。
「奢ってあげてるんだから、ちょっとはいいアイデア出しなさいよ」
「そう言われてもなあ」
望月はちょっと真剣な顔で私を見た。
こういう目で見られると少しどきっとする。はっきり言って望月はイイ男だった。
「僕ら、まだ子供ですからね。養ってもらっている身で、御両親が決めたことに逆らうのは難しいですよ」
「そんなこと分かってるけどさ……突然十八歳の兄が出来たなんて言われたら、望月だって悩むでしょ?」
「まあ、そりゃそうですけど……」
そう言って私たちはまた黙り込んだ。
さっきから話はぐるぐるぐるぐる、同じところを行ったり来たりだ。
結局、結論は分かってる。私の両親が賛成している以上、この決定は覆しようがないって。
でも、私は嫌なのだ。何か嫌なのだ。
「……あ。例えば…………いや、こりゃ無茶苦茶だな」
望月がそう一人呟き、一人で勝手に納得している。私は彼の顔を覗き込んだ。
「なんか、アイデアがあるなら言ってみなさいよ、勝手に納得しないでさ」
「あ、でも……なあ」
望月はそうやって、さんざんしぶった挙句、やっと話し始めた。
私のネックハンギングツリーが物を言ったのかもしれない。
「つまり、御両親が、その人を家には置いておけない、って思えば良いんですよね」
「そうね」
「じゃあ、例えば、その人が妙高さんに何かいけない事をした……例えば、お風呂を覗いたとか、その……。
下着を盗んだとかそういうことになれば、御両親もその人に出て行ってくれというんじゃないか、と」
「はぁ」
呆れ気味に息を吐く私。
「だから、例えばこっそり彼の鞄に妙高さんの下着を隠しておくとかすれば」
「…………あんた馬鹿でしょう、実は」
「だから無茶苦茶だって、あらかじめ言ったでしょう?」
私はちょっと期待した事を後悔した。それじゃあ全く犯罪者じゃないか。
たとえ濡れ衣でも、身内からそんな人間が出るのは嫌だ。というか、もっと困る。
でも、彼が例えば身内に手を出す変態じゃないという保証はない。
よく考えると、祐輔のことなんかまるで知らないのだから。
見た目はおとなしいけど、人は見かけによらないって言うし。ああいう優しそうなのに限って案外……。
「んー……確かにありえるわよね……」
「あの、ちょっと、妙高さん?」
私が真剣な顔をしているのに気がついたのか、望月が不安げに声をかけてくる。
「あの、まさかとは思いますけど、本気でそんなこと……」
「ま、まさか」
そう言ってごまかしたけれど、私の頭の片隅に、望月の考えはしっかりと記憶された。
なおも不安そうな望月に、私はぱっと立ち上がりつつ声をかけた。
「うん、今日はありがと。参考になったわ」
「ちょ、ちょっと、妙高さん? 妙高さーん?」
望月の声を無視して、私はさっさと店を出た。
4.
私は今、自分の下着を手に、祐輔の部屋に忍び寄っていた。
どうやら祐輔はお母さんと出かけているらしい。家には誰もいなかった。
台所には昼過ぎに帰るという書き置きがあった。ということは、時間はたっぷりあるということだ。
祐輔の寝室になっているのは、将来彼の部屋になる予定の四畳半ほどの物置部屋だった。
大学生の部屋としてはあまりに小さいけれど、そこしかないのだから仕方がない。
一応扉には鍵がかかるようになっているのも理由かもしれない。
部屋の前に来たとき、私はそれを思い出して、我に帰った。
一体何してるんだ、私。
何にも悪いことしてない祐輔を、下着ドロに仕立てて追い出そうなんて、何馬鹿なことを考えてるだろう。
勝手に彼が変態かもしれないなんて都合の良い(悪い?)こと考えたり。
大体、部屋に鍵がかかってるから、何か仕掛けることなんて出来るはずないじゃないか。
私は心のどこかで、祐輔がちゃんと鍵をかけて出かけた事を期待していたのかもしれない。
そうであれば、こんな馬鹿な事は冗談というか、一時の気の迷いだったと自分を納得させられる。
――でも、扉はあっけなく開いた。
普段はあまり出入りしない物置部屋は、埃と樟脳の臭いがした。
ぎっちりと箪笥や物入れが置かれた部屋は、薄暗く、息が詰まりそうだ。
部屋の隅には客用の布団がたたまれている。そして、壁のハンガーには何着かの上着がかかっていた。
お父さんのものにしてはちょっと若向きだから、きっと祐輔のものだろう。
さらに、たたまれた布団の脇に、グレイの大き目のスポーツバッグが置いてあった。
私は、そっと座り込んだ。
そして、手に持った下着を見る。シンプルな白に、僅かなレースの飾りがついたお気に入りの一品だった。
これをどこかこの部屋に隠しておく。例えばこの部屋の大きな衣装箪笥とか。
そして、祐輔がいったん自分の家に帰ってから、私は両親に言うのだ。下着が一枚なくなっている、と。
それから私は適当に別のところを探した後で物置部屋に入り、自分の下着を見つけ……。
「出来るわけないじゃん」
口にしたら、さっきまでちょっとでも実行しようと思っていた事が信じられない。最低だ、私。
一緒に住むのが嫌なら、ちゃんと嫌だと両親や本人に言えばいい。
それでもし私の意見が却下されても、それは話をちゃんと聞かなかった私が悪いんだから。
こんな卑怯なことしたって、何にもならない。
そのとき、私はハンガーにかかった上着のポケットが、不自然に膨らんでいるのに気づいた。
私は黙って立ち上がる……まさか、本当に?
いけない、と思ったけれど、私の手は勝手に祐輔の上着に手を伸ばしていた。
ポケットからその膨らみの原因を取り出す。
それは、もちろん私の下着なんかであるはずもなく、定期入れぐらいのミニアルバムだった。
表紙はなく、一番上の写真はそのまま見えるようになっている。
そこに映っているのは、一家の写真だった。
男の人と女の人が並び、女の人は小さな男の子の手を引いている。
どこで撮られた物かは分からなかったけど、それはかなり古ぼけているように見えた。
男の子が誰かは、すぐ分かった。
陰気な顔をして、じっと地面を見つめている彼は、小さな頃の祐輔だった。
両親であろう男女は、表面上笑みを浮かべているけれど、なぜか家族の写真としては違和感を感じた。
しばらくそれを見ていた私は、やがてその理由に気づいた。
お互いの距離だ。
寄りそうでもなく、かといって離れているわけでもない。それは最もよそよそしい人同士の距離感だ。
男の子だけはその冷たい空気に正直に反応し、両親から出来るだけ離れようとしている風に見えた。
いたたまれなくなって、私はアルバムを裏返す。
すると、もう一枚の写真が目に飛び込んできた。
おそらく神社の境内で撮ったであろう写真。そこに映っているのが誰か、私にはすぐ分かった。
それは若い頃の私の両親。真ん中には正装した祐輔と、彼と手を繋いだ女の子。
私だった。
写真の中の四人は、とても幸せそうに笑っている。
お父さんはわずかに胸を張っていて、ちょっと緊張しているみたいだった。
お母さんは少し腰をかがめ、祐輔と私を優しく見つめていた。
写真の私は、祐輔の手にしっかりと掴まって、カメラではなく祐輔に微笑みかけていた。
そして、祐輔は――
さっきの写真とは別人のように、にこにこと笑っている。まるで、家族の一員みたいに。
「……なっちゃんの七五三のときの写真だよ」
「ひゃっ!?」
私は慌てて振り返る。
いつの間にか祐輔がドアのところに立っていた。急いで手に持っていた写真と下着を背後に隠す。
「……あ、あの、私……」
「それ、覚えてないかもしれないけど、なっちゃんが三歳のときの写真さ」
祐輔は私が何故ここにいるのかとか、何故写真を見ているのかなんて、気にも止めていないようだった。
そっと私に近づき、手を差し出す。
私は後ろに隠した写真を、彼に黙って返した。
「……あの、ごめんなさい、勝手に」
「いいよ。この前は勝手になっちゃんの部屋に入ったからね。おあいこだ」
そう言って笑う祐輔の顔に、私はかすかな見覚えがあった。そうだ、小さい頃もこんな風に……。
そんな私の気持ちには関係なく、祐輔は言葉を続けた。
「それに、これはなっちゃんの写真でもあるし。これを撮ったの、ウチの親父なんだよ。
でも、これを撮ったあとウチの両親は他の親戚と仲が悪くなってね。結局渡せずじまいだったんだ……はい」
そう言うと、祐輔はその写真を抜き取り、私の方に差し出した。
「あげる。七五三の写真なんていまさら要らないかもしれないけど」
「え、あ、で、でも……」
私は、それを受け取るのが何かとても申し訳ないような気がした。
なぜって、その写真はどう見ても、祐輔にとって一番大事な写真のようだったから。
でも、祐輔は黙って私にその写真を持たせ、部屋を出て行った。
私も急いで後ろを追いかける。
祐輔はダイニングキッチンの椅子に腰掛けていた。私は彼の隣に立つ。
「……やっぱり返します。だってこれ、祐輔さんの大事なものでしょう?」
そう言っても、祐輔はただ首を横に振った。
それでも、写真を彼の目の前に突きつける。けれど、祐輔はその写真に目も向けようとしない。
私は苛立って、強引に彼に写真を握らせた。そんな私の様子に、彼は戸惑っているようだった。
「これはいただけません……私、あなたのこと全然知りませんから」
「うん」
受け取った写真に目を落としながら、祐輔はうなづいた。
それは何か大きなものをあきらめているように、私には見えた。
「写真だけあったって、意味ないです。だって、思い出のない写真なんて、ただの紙だもの」
「そうかもしれないね」
「……七五三のことなんて覚えてませんし、一緒に遊んだことも、チュウのことも、お風呂のことも、全部」
祐輔は、私の言葉を聞きながら立ち上がった。
それから、自分の部屋へと戻っていく。まるで私の言葉から逃げようとしているみたいだった。
だから、私は急いで付け足した。
本当に言いたいことを、まだ伝えていないから。
「……でも、これからのことは違うと思うんです。だって……一緒に住むんだから」
祐輔は立ち止まり、振り返る。
自分でも何でこんな事を言ってしまったのか分からない。でも、言葉は素直に自分の気持ちを伝えていった。
「そしたら……思い出すかもしれない。小さかったときの事も。そう思うんです」
はっきりとは言えない。けれど、こうやって少しずつ話せば、思い出すかもしれない。
そうすれば、彼と一緒に生活することも苦にはならない、そんな気がした。
「それまでは、この写真祐輔さんが持っていてください」
「……ありがとう、なっちゃん」
祐輔が笑った。
私も微笑み返す。
「……小さい頃と、同じだね」
「え?」
「笑い方だよ。小さい頃とおんなじ笑顔だ……とってもかわいい」
「え……ええっ? あっ……へ、変なこと、言わないでくださいっ!」
思いっきり睨みつけてやる。やっぱり、からかわれているような気がする。
それでも、彼は笑ったままだった。
――やがて、祐輔がいったん実家に帰る日が来た。
私はやっぱり落ち着かない日々を過ごしたけれど、少しは彼に慣れることが出来たと思う。
だって、玄関に見送りに立ったとき、私は少し、ほんの少しだけ「寂しい」と思ったんだから。
「それじゃ、次は春休みですね」
「ええ、お父さんが車出してくれるから、引っ越しのことは安心して。那智子も手伝わせるし」
「えー」
私の不満げな声に、お母さんと祐輔は目を見合わせ、祐輔は肩をすくめたようだった。
「全くこの子は……やっぱり薄情ね」
お母さんの呆れ声。
「いや、そうでもないですよ……ね?」
そう言って祐輔は私に思わせぶりにウインクして見せた。
ぽっと頬が熱くなる。
そんな私たちを見て、お母さんは不思議そうな顔をしていたけれど、結局何も言わなかった。
「それじゃ、また」
「あ、待って。駅まで送る」
私はとっさに靴を履いていた。
驚くお母さんを無視して、玄関にかかった薄手のコートを羽織る。
そして、急いで祐輔の後を追いかけた。
玄関のドアが閉まり、私たちは二人きりになった。
「……どういう風の吹き回しかな」
「べ、別にいいじゃないですか。散歩代わりに送っていくだけです」
「ふーん」
祐輔の顔が少しにやけているようだけど、気にしない。
気にしたら負けだし、どうせこれからずっとこんな調子なんだろうから、気にしてたら身がもたないもの。
「じゃ、行こうか」
そう言って歩き出す祐輔の、片方の手は空いていた。
私は彼の隣にそっと並び、横目で見上げる。まるで、それを待っていたかのように、祐輔と目があった。
「……手、繋いでいいですか」
彼は黙って手を差し出す。私はそれをそっと握った。
(終わり)
>>243 ◆NVcIiajIyg氏
GJ!!
相変わらずあなたの文章は魅力的でございます。
もうそろそろ完結ですか……楽しみだけど少し寂しいです。
>>◆ZdWKipF7MI氏
那智子可愛いよ、那智子!
GJ!!です。
前作では恋が成就しなかっただけに那智子には幸せになって欲しいですね。
終わりと言わずに続けてもらえると嬉しいです。
一つ屋根の下で暮らす幼馴染み……想像しただけで鼻血が止まりません。
朝からなんてものを投下してきやがりますかありがとうGod。
おかげで心のち○こで乙女回路がギュンギュンですよこんちくしょう。
>>213 それを言うならわき腹の浪漫回路だろう。
>>◆ZdWKipF7MI氏
前作では密かに那智子好きだっただけにこれは嬉しすぎる。
嬉しさのあまり部屋をゴロゴロ転がってますよ
つまりGJ!!
保管庫の一話表示されませんね・・・これからそれ全部読んでから投下作品読もうとしたのに残念・・
>>217 ありがとう。
全部読んできた。
そして面白い!
GJです!
ちと質問
「妹系幼なじみ」っていうのは
このスレでもおkでしょうか?
それともいもうと系スレに投下するべきでしょうか?
迷ってしまって分かんなくなってしまった
どっちでもいいと思うよ
===
望月君カワイソス(´・ω・)
>>219 作者がどっちに焦点を当てているかだと思う
以下本音
こっちに投下して下さい
>>219 こっちに投下してください。
ワクテカして待ってますから。
どう見ても俺のストライクゾーンです。
本当にありがとうございました
ピリリリリリリッ、ピリリリリリリッ
頭の隅っこの方から聞こえてくる電子コールの音が、意識を覚醒させる。
ったく、うるせえな。今日は久々にバイトも休みだし、早く起きる理由はこれっぽっちも
ない筈だ。だから主人の機嫌を損ねるんじゃねえ、枕元に置いてある俺の携帯電話よ。
ピリリリリリリッ、ピリリリリリリッ
機械というやつは、とことん己の任務を完遂させる為だけに生まれてきたのだと痛感さ
せられる。くそう……こんなことなら留守電にしときゃ良かった。布団一枚じゃ当然この
うるさい音を遮断できるわけもなく。渋々手を伸ばすと、相手が誰なのかろくに確認せず
通話ボタンをプッシュした。
『やーーーっと出た。崇兄、目ぇ覚めたかー?』
プチッ
相手がどうでもいい奴だと分かると、即座に電話を切る。
再び布団の中に潜り込む。再び訪れる至福の時間、こんにちは。会いたかったよ。
ピリリリリリリッ、ピリリリリリリッ
……懲りない奴。
無下な扱いを受けたら諦めると思ったんだが、そうもいかないようだ。
液晶画面から相手がまた同じ奴だということを理解すると、反射的に電話を切る。
そしてそのままボタンを押し続け、ついでに電源も切ることにした。
くくくく、これでもう俺の睡眠を妨げることは出来まい。
さぁ、昼まで寝よ寝よ。
ピンポンピンポンピンポンピンポーーーン!!
ドンドンドンドンドンッ!!
「崇兄開けろッ! いるのは分かってるんだぞ!!」
けたたましく鳴り響く、備え付けのチャイムの音とひたすらに扉を叩く音。
どうやらかなりご立腹のようだ。すぐに電話を切ったのがいたく気に入らなかったらしい。
ってか、俺の家の前にいたんだったら掛けてくる必要ねえだろうが。
このまま放置しても面白いんだが、立て続けに襲ってきた騒がしさに眠気はすっかり霧散
してしまっていた。舌打ちしながら嫌々布団から抜け出した。
「うるせえぞ紗枝。何の罪もない周りの住人の方々に迷惑がかかるだろうが」
寝起き特有のガラガラ声で不満をぶちまけながら玄関の扉に近付く。
なんか最近、建て付けが悪くなっているような気がする。もし壊れて大家さんに弁償する
よう言われたら、こいつが扉を叩きまくったせいだと言って責任を押し付けよう。
んで、渋々扉を開く。
「いきなり電話を切る崇兄が悪いんだろ」
そこに立っていたのは、つっけんどんな口調とは裏腹に、生意気そうな笑みを浮かべた
女の子が一人。
「……」
何しに来やがったんだ、俺の至福の時間を邪魔しやがって。
露骨にそう顔に出してみせるが、そんなことをこいつが気にするわけもなく。屈託のない
笑顔が逆に腹立たしかった。
本当ならすぐに追っ払いたかったんだが、そんな扱いをすれば、またうるさく喚かれるに
決まっている。それにいつまでも玄関先で話していると、他の部屋の人達の迷惑になって
しまうだろう。誠に遺憾ではあるが、中に入れてやることにした。
顎をしゃくって部屋に上がるよう指示すると、ふつふつと沸き始めた次なる欲求を満たす
為に、昨日作り過ぎて余ってしまっていた味噌汁が入っている鍋に火にかけた。
「ったく、すぐ電話切るなんてどうかしてるよ」
万年床の布団の傍に胡坐(あぐら)をかいて座り込むと、紗枝はさっきと同じことを呟く。
あーうるせえうるせえ。何で無理やりたたき起こされた挙句、朝っぱらからこいつの愚痴
を聞かにゃならんのだ。ムカつく。果てしなくムカつく。
「崇兄の頭の中には"常識"という言葉が無いのかなー?」
ぴきっ
「ほう、朝っぱらからチャイム押しまくったり扉を何度も叩いたりでかい声張り上げたり
するのは常識のある行為なのか。それは知らなかった」
表情を変えないまま皮肉を言い返すと、紗枝はぐっと言葉に詰まっている。
くくく、ざまあみろ。俺の睡眠を妨げた罪は海よりも深いのだ。
勝利の余韻と共に、具がもやしだけの味噌汁を喉の奥に流し込む。
自己紹介が遅れたな。
俺の名前は今村崇之。三年前まで青春真っ盛りな高校生だったが、今はただのフリーター。
やってる。一応その頃の同級生の娘と付き合ったりしていたから、経験もそれなりにある。
学業の方は、可もなく不可もなくといった成績からちょっと上にいる位の点数は稼いでは
いたから、大学に進学できる程度の頭は持っていた。が、家の金銭事情の為あえなく断念。
まあ受験も面倒だったし、別に後悔なんかしてねえ。人生の中でもかなり貴重なこの時間
を、勉学というつまらないものに当てはめてたまるかという思いも強かった。卒業しても
気楽にプーでもやって、そのうちやりたいことを見つけて……みたいなやる気のない人生
設計がいつの間にか俺の脳内には出来上がっていたっけな。
そんな俺に天罰が下ったのかどうかは知らないが、俺の卒業を機に両親が離婚。
なんでもお互いにやりたいことがあったらしく、前々から考えていたのだそうだ。
二人とも満面の笑み浮かべて離婚届に判を押したんだとか。加○茶夫妻かお前らは。
まあ、不倫が原因でドロドロした離婚っていうのも御免だけどよ。
俺の卒業を機に離婚したっていうことは、大体想像つくよな。俺が親から貰った言葉。
『崇之。お前も高校卒業したんだし、今まで立派な男に育ててきたつもりだ。一人で生き
ていけるだろう。父さんも母さんもお前の面倒は一切見ないからそのつもりでな』
とりあえずちょっと待てと。まず離婚するお前らに"立派に育ててきた"とか言われた
くないぞと。あ○る優が「犯罪はいけません!」って口にするようなもんだぞ。
それに俺の意思は完璧無視か。たった一人のお前らの子供なんだから少し位心配しろ。
結局地元を出る勇気も無く、親の知り合いの不動産屋にワンルームの安いボロアパート
を紹介してもらい、そこに住むことにしたわけだ。ちなみに前の家から二キロと離れてい
ない。生活の為にバイトも始め、それから丸二年以上自適なフリーター生活を送っている。
ちなみにやりたいことは未だに見つかっていない。
で、さっきから俺に憎まれ口を叩き続けているのが、前の家の隣に住んでいた平松さん
とこの一人娘、紗枝。確か俺より四つ年下だから現在は高校二年のはずだ。
物心つく頃には知り合ってたから、コイツとの関係は一応幼なじみってことになるのかな。
個人的には他人同士なんだけど兄妹、っていう表現の方がしっくりくるんだが。
今でこそクソ生意気なガキだけど、昔は体がちっちゃくてよく苛められてたんだよなー。
家が近い縁もあったせいか俺が何度か(というかいつも)助けてやったりしたんだが、あの頃
の紗枝は素直だったなぁ。助けてやると必ずお礼を言ってきたし。
ところがどっこいどこでどう道を間違えたのか、前述したとおり順調に生意気に成長し
ている。聞いての通り、言葉遣いも非常によろしくない。その反面、体の方は余り成長し
ているようには見えない。胸も腰も尻も、全てが真っ平らな気がする。こいつ本当は中学
生なんじゃないだろうか。それだとコイツの未発達な性格も体つきも説明がつくんだが。
あ、それとも実は男だったっていうオチなのかも。
ガンッ!
「ッ!? 痛ってぇ〜!」
「誰が中学生で男だって!?」
無防備に考えに耽っていたところに、紗枝の拳が俺の脳天に容赦なく振り下ろされた。
拍子に手に持っていた椀の中の味噌汁がこぼれる。
おおおぉ……痛え、マジで痛え。女の拳とは思えねえ。思わず殴られた箇所を手で擦る。
「お前……俺の考えていることが分かるだなんてエスパーにでもなったか」
「何言ってんだよ。途中から口に出してたじゃんか」
おっとそれは迂闊だった。俺としたことがそんな初歩的なミスをしてしまうとは。
「それより謝ってよね。言いたい放題言っちゃってさ」
俺の真実極まりない言葉に何故かひどく腹を立てたらしく、腰に手を置きながら頬を膨
らませて俺を睨みつけてくる。ふむ、こいつも女としての自覚があったのか。実に意外だ。
椀を持っていないほうの手を縦に構えて、申し訳なさそうな仕草をしながら口を開く。
「すまん紗枝、本心だ」
げしっ!!
今度は踵(かかと)が俺の脳天に突き刺さり、味噌汁も盛大にぶちまける。
余りの痛さに、俺は唸りながら辺りを転がるしかなかった。
「……で、何しに来たんだ?」
未だに頭を擦りながら、紗枝に問いかけてみる。
「んー、崇兄の生存確認をしに」
「オイ」
相変わらず減らねえ口だ。
女は殴らない主義を貫いてきた俺だが、コイツだけは別にしてしまおうか。
「ところでお前学校は?」
そもそも今日は土曜でも日曜でも祝日でもない。平日の朝に何で来てやがるんだ。
不良娘め、おじさんとおばさんに言いつけるぞ。
「へへへー、今日から夏休みなんだ」
…………あー、そういやそんなものあったな。フリーターの俺には全く関係のないこと
だからすっかり忘れていた。
「さぁ、崇兄が汗水垂らして必死に働いてる間にあたしは目一杯友達と遊ぶかなー」
なんて伸びをしながら言ってきやがる。
女は殴らない主義を貫いてきた俺だが、コイツだけは(ry
と、そこまでいってはたと気付いた。
「だったら、それこそ俺の家に来る必要なんか無いだろうが」
「……うっ」
また言葉を詰まらせる紗枝。
本当にコイツ何しに来たんだ。鬱陶しいを通り越して気持ち悪い。
「用件がないならさっさと帰れ。俺は忙しいんだ」
「忙しいって……どうせ寝るだけでしょ?」
「アホか。俺はほとんど毎日労働基準法に違反するぐらい働いているんだぞ。たまの休日
に昼まで寝たとしても罰は当たらんだろう」
俺がバイトしている店は、24時間営業している外食チェーン店なわけなのだが。時給は
結構高いし、待遇も文句ないんだが大通りに面しているからそれ相応に忙しい。結構内容
もキツいもんだから新入りは大抵一、二ヶ月で辞めていく。
要するに常に人材不足なんだ。その皺寄せがどこに行くかは、言わなくても分かるよな。
「もう、せっかく来てあげたんだからそんなに邪険にしなくたって……」
「頼んだ覚えはねえ。友達と遊ぶか家で勉強でもしてろ。この幼児体型が」
ゆっくり寝ようと思っていたのに無理やり起こされたのだから、俺の機嫌が良いはずが
無い。冷たく突き放す。
「……酷いよ」
瞬間、紗枝の顔がくしゃりと悲しげに歪んだ気がした。
む……やばい、ちょっと言い過ぎたかな。意外と打たれ弱いからなコイツ。
「幼児体型とか言っちゃってさ!」
………………うん、あれだ、前言撤回。一瞬でも後悔した俺が馬鹿だった。
ただ単に怒りを溜めこんでいただけらしい。
「これでもちゃんと日々成長してるんだよ? あたしだってもう高校生なんだから」
「はー……俺には全くそうは見えんぞ」
「そんなことないってば! ほらっ」
あまりに否定されたもんだから、金切り声を上げながら胸を反らす。少しでも自分の胸
を大きく見せたいんだろうな。ふむ、これは紗枝の気持ちを汲み取らんわけにはいくまい。
どれどれ。
むぎゅっ
「へっ?」
もみもみもみもみもみもみ
両手で紗枝の胸を適度にこねくり回す。
むむ、確かにちゃんと膨らんでいる。つっても大きさは80くらいか、やっぱ貧乳だな。
しかし形は椀形と悪くない。硬すぎず柔らかすぎず、あっさりかつコクのある良い乳だ。
何も言わない紗枝を訝しがってその表情を窺ってみる。顔が真っ赤だ。
なんだちゃんと反応してるじゃないか。ということは感度もそれなりだな。
侮っていたがなかなかどうしてイイもん持っている。こいつはまたさっきとは違った意味
で前言撤回する必要がありそうだ。ついでに紗枝の(身体的)評価も改める必要が……
「いっ、いやああーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」
ボロアパートを倒壊させかねないほどの大音声が響き渡る。
んがー、うるせぇぇーー! どっからこんなデカイ声出してんだ、口からか。
両人差し指で耳を塞ぐがそれでもうるさい。
文句を言おうと再び紗枝の方へと向き直る。
しかしその視界に飛び込んできたのは、先ほど俺を嫌というほど悶絶させた、強烈な威力
を持つ右の拳だった―――
「おい紗枝」
「…………(ギロッ)」
「紗ー枝ちゃーん」
「…………(プイッ)」
さっきからずっとこの調子だ。用心のためか俺が日頃使っている枕を体の前で抱きしめ
ながら、ひたすら睨みつけてくる。俺の言葉にも耳を貸そうとしやがらねえ。
ったく、ほんのちょっぴり過度なスキンシップ取っただけじゃねえか。
「言っておくがその枕、俺が一人暮らし始めてから一度も洗ってないぞ」
ばふっ!
言い終わると同時に枕が顔面に飛んできた。
人の家に上がりこんでおきながら何とも横暴な奴だ。貰い手がいなくなるぞ。
「いっ、いい加減にしてよ!」
「そんな怒ってばっかりだと気が滅入るぞ」
「 怒 ら せ て る の は ど こ の 誰 ? 」
口調がおかしくなってきた。そろそろ限界が近いらしい。
「いやあ、お前が胸突き出してくるもんだから触っていいのかと思ってつい……」
「んなわけないだろっ!」
「そうカリカリするな、俺とお前の仲じゃないか」
菩薩のような笑みを浮かべ(菩薩は笑顔じゃない、という無粋な突っ込みは不要だ)ながら
両手を大きく広げる俺。
「『親しき仲にも礼儀あり』って言葉知ってる?」
かー、心が狭いだけじゃなく身持ちも固いときてやがる。
そんなんだからいつまでたっても異性と付き合えないんだぞ、分かってんのか?
かと言って、このままでは紗枝の怒りは解けそうにも見えない。
ちっ、しょうがねえ。
「そうか……済まなかったな、紗枝」
「……え」
「いくらなんでも悪ふざけが過ぎたな。本当に……悪かった」
こういう時は攻め方を変えてみる。押して駄目なら引けばいい。
真摯な口調で謝罪の言葉を重ねる。頭を抱えながら溜息をつき、自省の念に駆られたよう
に見せかける。言葉を途切れ途切れにさせると効果は抜群だ!
「え、あ……ちょっと崇兄…」
紗枝は元々人が善い。こちらが必要以上に反省したように見せつければ、きっと良心に
苛まれて向こうから折れてくれるだろう。事実、俺がいきなり素直に謝ってから、紗枝の
視線が所在無さ気にあちこちへと彷徨っている。くくく、単純な奴よのう。
「べ、別にあたしそこまで怒ってないし……」
よし、想像通り。
「そうか、良かった」
ため息をつきながら(無論演技だ)、心底安心したように呟く。
心の中の俺の表情がニヤリと笑ったことは言うまでもない。
いやでも本当に良かった。これでまたコイツをおもちゃにすることが出来るからな。
「……崇兄」
「ん?」
「本当に……そう思ってる?」
ギクリ
ぬうぅ……腐っても幼なじみだ。俺の考えることはある程度見通せるらしい。
かといってここでそれを認めてしまえば、俺も紗枝もお互いに居心地が悪い。つーわけで
ここはシラを切り通した方がいい。あくまで誤魔化そう。
「……紗枝、お前がそう言いたい気持も分かる。でも……」
「……」
「信じてもらえないって……辛いな…」
「……!」
「……!」
我ながら実にありえない芝居だと思う。
笑いたければ笑え、冷めた視線を向けたいのなら遠慮せずに向けて来い。
でも、こういうのは言葉じゃない。その場の空気と気持ちがモノを言う。いや、この場合
気持ちがモノを言わせたら困るわけだが。まあ、俺が何を言いたいかというと、だ。頼む
紗枝、ここは大人しく騙されてくれ。
「……」
黙りこんだまま、謝る俺をじっと見据える。俺も気持ちを分かってもらうために、紗枝
の視線をじっと見つめ返す。結構な時間この状態でいたと思う。外からはセミの鳴き声が
容赦なくせわしなく聞こえてくる。やがて。
「……そう、だよね」
よぉし、勝った!
無論顔には出さない。深層の中の俺は既にガッツポーズを取っている。
この姿を紗枝に見せ付けられないのが少々惜しい。見せ付けたらぶん殴られるだろうが。
「普段ちゃらけてる崇兄がそこまで言うなら、そうだよね」
その言葉はちょっと釈然としないぞ。普段からちゃんとビシッとしてるだろうが。
まあいい、許しはもらえた。あとはダメ押ししておくか。
「ありがとう、紗枝」
最後は謝罪の言葉を重ねるよりも、感謝の気持ちを表した方がいい。
己の視線と紗枝の視線を絡ませる。自分からは決して逸らさない。でないとバレる。
「い、いいよ。そこまで言わなくたって」
照れ臭くなったのか、幾分顔を赤くしてとうとう紗枝から顔を逸らす。
ふはは、勝った。これでこの件で負い目を感じる必要は無いだろう。
さあ、一段落ついたし禁煙パイプでも咥えるとするか。
最初は禁煙の辛さを紛らわす一時凌ぎのつもりだったんだが、未だにやめられない。
というかこっちの味の方が癖になってきている。我ながら少し情けない。
「……」
「ん? どうした」
俺がパイプを咥えてから、紗枝がちらちらとこっちの様子を窺ってくる。
じっと見てこずに体を背けたままなのは、さっきのことが原因なのだろう。
相変わらず初心な奴だ。
「崇兄……まだ禁煙してたんだ」
「そんなに意外か?」
「意外だよ。煙たいからやめてってあたしがいくら言っても、聞いてくれなかったじゃん」
そうだったかな。紗枝は俺が頻繁に吸っていたみたいな言い方をするが、記憶にない。
まあ、あの頃は初めての彼女と別れた頃だったのもあると思うけどな。
「でも崇兄意志が弱いから、またいつの間にか吸ってそうだけど」
「けっ」
悪態をつきながら、パイプをカリカリと噛みしめる。これが最近の俺の癖だ。
紗枝はああ言うが、禁煙し始めてからは体調も昔ほど悪くはならなくなったし、そういう
意味ではまだまだ続けることが出来ると思うぞ。
「崇兄、ちょっと暑いから窓開けてもいい?」
「ああ、構わんぞ」
このアパートはボロくてトイレは共用、風呂も付いていない格安物件なのだが、日当り
だけは抜群に良い。だから夏は馬鹿みたいに暑い。紗枝の体は少し汗ばんでいるのがその
証拠だ。
ガラガラッ
「ここ座るね」
「おう。あんまり体重かけんなよ、壊れるかもしれないからな」
「ん、分かった」
俺の台詞に苦笑を浮かべながら、開けた窓の縁(へり)の部分に腰を下ろす。
朝方だからなのだろう、夏場にしては珍しく涼しい風が吹き込んできた。
紗枝の髪が、さらされ揺れる。
首元辺りよりちょっとだけ長く伸びた髪の毛がコイツのトレードマークだ。セミロング
って言えばいいのかな。その髪が、陽の光に当たって微かに茶色がかったように見える。
そういや性格は随分変わったけど、髪型の方は高校に入学した頃から全く変わってないな。
「ねえねえ」
「ん?」
窓の外に視線を向けたまま紗枝が話しかけてきた。
「夏休みになるんだから、バイトも少しは人が増えるんでしょ?」
「その間だけな。どうせ今回も一、二ヶ月で辞める根性無しばっかりだろうし」
自分で言って鬱屈な気分になる。
ああ……今日一日が終われば明日もバイトか、ヤダヤダ。
「だったらさ、今度どっかに遊びに行こうよ」
「……」
何いきなり馬鹿なことをほざいちゃってくれちゃってるんだろうか。
「お前さっき、"働く俺を横目に友達と遊びまくろう!"とか言ってなかったか?」
「え? そんなこと言ったっけ?」
この若さで痴呆症か、重症だな。自分の発言にはちゃんと責任を持て。
「ねえ崇兄……」
言い訳をするつもりはないのか。都合の悪いことはすぐに黒歴史になるようだ。
俺の顔ををじっと見て、上目遣いに答えを待っている。
「駄目かな?」
……ちっ、そんな顔で俺を見るな。
いつもみたいに騒いでいればたやすく手玉に取れるんだが、こんな風にしおらしい紗枝は
苦手だ。なんつーか、調子が狂う。つーかあれだね、女の上目遣いに勝てる男っていない
よね、うん。
「暇が出来たらな」
いたたまれなくなって顔を逸らす。言っておくが照れたわけじゃないぞ。
紗枝の表情がパッと明るくなるのが見なくても分かった。
「うん!」
あー、俺も甘いな。思わず舌打ちしてしまった。
「約束だよ? 絶対だからね!」
「分かった分かった」
コロコロ表情変えやがって。そんなんだから中学生に見えるんだぞ。
〜〜〜♪〜〜〜〜♪〜♪〜〜♪♪〜
と、いきなり紗枝のポケットからメロディが流れ出した。
素早く携帯を取り出すと、通話ボタンを押して会話を始める。
「もしもーし、真由ちゃん?」
友達か。多分お遊びの誘い電話だな。
「あ……うん。でも…」
二つ返事で承諾するのかと思って耳を傾けていたが、紗枝はなかなか首を縦に振ろうと
しない。何迷ってんだ。視線を向けてみると、ちらちらとこっちを見て俺の様子を窺って
くる。遠慮でもしてんのか? 紗枝らしくもねえ。
片方の手を左右に振り、ジェスチャーでバイバイしてみせる。『行ってこい』ってことだ。
「あぁゴメン、やっぱり行くよ。うん、うん。それじゃ」
ピッ
「ごめん崇兄、用事出来ちゃった」
「謝る必要は無いぞ。お前が来たこと自体そもそもイレギュラーだからな」
言いながら手でシッシッと追い払う。
そんな俺の態度に、紗枝は少しムッとした表情を浮かべて口を尖らせた。
「崇兄、前から言いたかったんだけどさ」
目も三白眼にキリキリと吊り上がっていく。余程腹に据えかねたか。
俺としてはこういう紗枝のほうが扱いやすいから、こっちの方がいいがな。
「あ? なんだよ」
浮かび上がりそうになる邪悪な笑みを噛み殺し、俺も不機嫌そうに応答してみせる。
「女の子には優しくしないと駄目だろ」
「"優しさ"だけじゃ満足しないのが女って生き物だ」
くくく、恋愛経験のないお前がそんな台詞を吐くのは十年早い。
「たっ、崇兄にはその"優しさ"がないじゃないかっ」
「お前以外の女には持ち合わせている。余計なお世話だ」
「〜〜〜〜〜!!」
お前が俺に口で勝てるわけないだろうが。いい加減無闇に喧嘩売ってくるのは止めろ。
とは言うものの、こうやって紗枝を言い負かすのも俺の大きな愉しみでもあるわけだがな。
「ほら、友達が待ってるんだろ? さっさと行け」
「ふんだ! 崇兄なんか過労で倒れればいいんだ!」
玄関に行き靴を履くと、俺にアッカンベーをかましながら外へ出て行き姿を消した。
いつまで経っても成長しない奴だな。中学生どころか小学生並みかもしれん。まあしかし、
胸だけは例外だということにしてやろう。
あー、そういや女の胸を触ったのって久しぶりだな。
両手をわにわにと動かして、さっきの感触を思い出す。
胸の持ち主が紗枝だったっていうのが幾分マイナスだが、まあいい。
また無理やりな理由をつけて触ってやるとしよう。胸は揉むと大きくなるって言うしな。
さあ、あいつのせいで予定より大分早く起きちまったけど何しようかね。
二度寝は起きた時だるいし、買い物したってどうせ大体の食材はほとんど手を付けられず
に腐らせちまうし、雑貨品は滅多に使わないしなぁ。
布団干してしばらく時間潰したら、軍資金持ってスロットにでも行くかな――――
239 :
219:2005/11/23(水) 12:03:27 ID:O8Or+iRf
というわけでこっちに投下させてもらいました
無駄に長くて申し訳ありません
助言してくれた方々はサンクス
実はここまでで冒頭が終わった程度なので
まだまだ続きます
そのうちにまた投下させていただきたいのですが
最後まで見捨てないでください(´・ω・`)
面白いですよGJ
GJ!
姉妹スレもどんどん投下されていってるから
休日の巡回はたまんねえwwww
GJ!
ところで「紗枝の胸を揉んだ感触でオナヌしないのかな」と思った俺は駄目人間……
続きにすごく期待!NiceJobだぜ旦那!
>>96-105 <Me and Who Down by the School Yard その二>
-----------
@@
「佐藤君が好きなの。」
校庭を見下ろす。
結構大人数が放課後も学校に残っているものだ。
数え切れないくらいの人数がめいめいにサッカーボールを追いかけたり野球をしていたり幅跳びをしたりしている。
そして私の親友である美沙は私の真横で私の言葉を聞きながら真っ青になっていた。
話があるのと呼び出した瞬間から美沙はなんか嫌な予感がするとばかりの顔をして、そして口調がぎこちない。
「・・・やっぱりね。茉莉ってばあれのどこがいいのよ。」
なんでもないような振りをしているが、言葉の震えは抑え切れていない。
面白いくらいに動揺している美沙を私はなぜだかとても羨ましいと思った。
そして考える。
--そう、どこがよかったんだろう?
@@
高校に入って、友達ができて好きな人がいるかと聞かれたとき、いないと答えたのは嘘じゃないと思う。
淡いあこがれ。うん。それが一番しっくりと来る感情だ。
匠兄さんだって私の事は近所の年下の女の子、程度の認識だったと思う。
年下の可愛い女の子だと思っていてくれたのならなんとなく嬉しい。
だから私は匠兄さんが結婚すると聞いたあの時、思ったよりショックを受けている自分にビックリもした。
淡いあこがれだけではなかったのかもしれない。
思い出といってもたいしたものはない。本当に小さいときは兎も角、小学校以降には殆ど話なんてしていなかったから。
そう、近所の休日にたまにCDを大きな音で掛けていた匠兄さんとの思い出といったら。
強いてあげれば私が中学校に入ったばかりの夏休み。町に一つだけあるレンタルCD屋で話をした事くらいだろうか。
確か蝉もまだ鳴きだしてはいなかったから、夏休みが始まったばかりの頃だったと思う。
何か良いCDでもないだろうかとぼんやり新作CDコーナーを歩いていた私の肩をちょんちょん、と叩いてきた人がいたのだ。
振り返るとその人は匠兄さんで、やあ。なんて明るく声を掛けてきた。
その時、匠兄さんは高校3年生。東京の有名大学に偏差値35からの大逆転入学という未だに教師が語り草にする伝説を残すちょうど半年前だ。
「こんにちは。」
「あ、匠兄さんこんにちは。」
慌てて挨拶を交わす。
「何?CD探しているの?」
驚きつつも声を返した私にそう声を掛け乍ら私の見ていた棚を覗く。あ、これ新譜がでてるんだなどと呟く。
「はい。暇だったから覗いていただけですけど。何かいいCDないかなって思って探してたんです。あんまり聴いたことがないんだけどロックでも聴いてみようかな。なんて。」
振り向きながら私の言葉にふーんと頷く匠兄さんを見つめる。
その時の匠兄さんは髪の毛が所々はねていて、少し寝不足気味の目をしていた。
私の言葉を聞いた匠兄さんは少し考えた後、うーんと唸りながら手元に抱え込んだこれから借りるのであろうCDを何枚か選り分け始めた。
棒立ちになった匠兄さんを見上げる。
「勉強、大変ですか?」
手持ち無沙汰でなんとなく出した私の言葉に、匠兄さんは苦笑いをした。
「サボりすぎてたからね。茉莉ちゃんみたいに真面目にやってればよかったんだけど。」
「あはは、そんなこと無いです。」
「そんな事あるよ。覚えなきゃいけない時にやっておけば良かった。」
匠兄さんはポリポリと頬を掻きながらそんな事を言った後、手元に持っていたCDの中から2枚のCDを取り出して私に手渡してきた。
「うん、ロックのCD探しているって言ったね。じゃあこれ借りてみるといいよ。自分で借りようかと思ってたんだけど。」
首をかしげながら両腕で受け取って表面を見る。
サイモン&ガーファンクルとカーペンターズのCDだった。
私はそれを見てちょっとがっかりした。私だってサイモン&ガーファンクルとカーペンターズくらいは知っていたから。
音楽の時間に合唱で歌ったこともある。
「学校で聞いたことあるでしょ?」
「はい。でも。」
思わず不満そうな口ぶりになってしまう。
CDを教えてくれたのは嬉しいけれど、なんだか子供扱いされている気がしたのだ。
私は「コンドルは飛んでいく」や「イエスタデイ・ワンス・モア」みたいな教科書に乗っているような曲じゃなくて、
どうせならもっと匠兄さんだけのお気に入りのアルバムなんかを紹介してほしかった。
んー、と少し不満そうに声を返す私に笑いながら匠兄さんは続けた。
「最初はそれ聞くと良いよ。それが終わったらビートルズかな。LetItBeとかYesterdayが入っているのを借りると良いと思う。気に入ったら、今度は僕の持ってるのを貸してあげるから。」
「これ、良いCDなんですか?」
匠兄さんの言葉に半信半疑になりながら私は声を返した。
「?うん。ロックンロールの基本だからね。勉強でも何でも、基本の部分って言うのは何でも良い。」
きっと気に入ると思うよ。そう言って匠兄さんは私の髪をくしゃっと撫でてくれた。
私は匠兄さんのその行為に慌ててしまって、その後も色々と話したとは思うんだけれど何を話したかは覚えていない。
この一連の会話だけ何故だかとてもよく覚えている。
@@
もうすぐ日が落ちる。
一人で随分と考え込んでいたみたいだ。
自分だけ考え込んでしまったと少し慌てたけれど、美沙は美沙でぼうっと校庭を見下ろしている。
何か考えていたのかもしれない。
秋の日は釣瓶落としだから、眼下に広がる校庭では運動部はいつの間にか帰り支度を始めている。
「・・・どうして雄が好きなの?」
私が黙っているから、もう美沙は泣きそうだ。普段の面影は全然無いといっていい。
いつもは凛とした美沙が壊れそうになっている。
わたしはなんだかそれがとても胸に染みた。私もこんな顔をしていたのだろうか。
「優しいから。」
美沙の言葉に答える。
--そうか。
私は、私自身意識せずに発した言葉がすっと自分の腑に落ちてくるのを感じた。
そう、きっと私はあの時に少しだけ優しくしてもらったからあの人を好きだと思ったんだ。
そういえばあの後から私はよく匠兄さんの事を考えるようになった。
きっとその程度のことだったんだ。
やっとわかった。
美沙が佐藤君についてなんであんなに昨日は何を食べていただの中間テストで赤点ぎりぎりでけしからんだのと些細な事を良く話すのか。
「そうか。私と一緒なんだ。」
呟く。
一週間レンタルで家に持ち帰ったCDをテープにとって、私は何度もサイモン&ガーファンクルとカーペンターズの曲を聴いた。
2つともテープは2度づつダビングされて、今でもよく聴くお気に入りになっている。
あの時の匠兄さんの言葉はきっと大した事じゃなかった。だれだって気づいてしまえばああ、そうなんだっていうそれだけ。
でも私にとってはとても大事な一言になった。
皆が楽しんで聞いている音楽と、教科書の中の音楽が一緒だなんて、私は一度も考えたことも無かった。
だからとても吃驚した。私はそれまで勉強というのは一生懸命頑張る事にのみ意味があって中身に意味があるだなんて考えたことが無かったから。
難しい四則計算なんて社会に出てから使うとは思えないし、運動が出来なくたって大人になれば関係なんて無い。
そう思っていたし、よくそう言っていた。
だからあのときの匠兄さんの言葉と、そして持ち帰って聞いてみたサイモン&ガーファンクルとカーペンターズは天地がひっくり返るくらいに私に衝撃を与えた。
それくらいサイモン&ガーファンクルとカーペンターズのCDはとても良かったのだ。
アップテンポの「ボクサー」を聴きながら雨の日には窓の外を眺めたし、涙の乗車券を聴きながらお気に入りの小説を読んだ。
私はあの日から、「学校の勉強なんて社会に出てから役に立たない」と、言ったことはない。
私達がメロメロになる位に人を好きになる理由は、きっと映画みたいにドラマチックな事だ。
そう。目の前で青ざめている私の親友の東条美沙も多分、きっとそうなんだろう。
私と一緒だ。
傍から見たらてんで大した事が無い事に大騒ぎしているように見えるんだけれど。
でもそれは人事だからだ。
私の好きになった理由がきっと人にとって大した事じゃないように、美沙にとっての大事な事は中々人には判らないだけだ。
学校で音楽の時間にぼんやりと聞いたサイモン&ガーファンクルのScarborough Fairやカーペンターズのイエスタデイ・ワンス・モアが
実は昔のポップスだったということを知った時みたいな一瞬。
美沙はきっと佐藤君との間にそういう何かがあったんだろう。
だから好きな人が昨日は何を食べていただの中間テストで赤点ぎりぎりだったりする事がとても気になったり重要だったりするんだろう。
美沙にとってそれが私のサイモン&ガーファンクルとカーペンターズなのかもしれない。
もっと他にもあるのかもしれない。
きっとそれは、美沙にとって映画みたいにドラマチックで、とっても素敵な何かだ。
「佐藤君、格好良いよね。美沙は、どう思う?」
追い討ちのような私の言葉に、校庭を見下ろして青ざめながらぶつぶつと呟いていた美沙の顔が何かを決意している顔に変わっていく。
私と同じように美沙は美沙で答えを見つけているところなんだろう。
私の嘘は、私の親友の手伝いが出来ただろうか。
「ごめん、茉莉、私、帰る。」
ごめんね。そんなに泣きそうな顔させて。
後で、カルボナーラでも奢るから。
でもきっと上手くいく。
一緒にご飯を食べたり、好きな人に好きって言ってもらったりして。
いいな。羨ましいな。
私は、ちょっと答えを見つけるのが遅かったから、
美沙は上手くいくといいな。と思う。
@@
夕方になるとぐんと気温が下がるようになって、息を吐くと白い。
目の前で肩を寄せ合い、お揃いの手袋を触れ合わせて楽しそうに話しながら歩いている2人を見て私の横を歩く優子が溜息をつく。
「はあ・・・、まっさかうまくいっちゃうとはね・・・」
「いいなあ・・・」
同調するようにその横の香苗も溜息をつく。文句ばっかり言っていたくせに美沙と佐藤君がくっついたとたん、この2人はいいなあいいなあと言ってばかりいる。
「彼氏と映画とか行きたいなあ。」
かばんを振り回しながら優子が言う。
「彼氏と遊園地行きたいなあ。」
空を見上げながら香苗が言う。
あんまりにも羨ましそうで、優子と香苗の言葉にあはは。と私は笑った。
「ね。茉莉だったらどんなことしたい?」
「ん?そうね・・・」
問いかけてきた優子の言葉を胸の中に閉じ込めてみる。
私はどんなことをしたかったっけ。
しばらく考えてから、私は右手の方に広がる校庭を指差した。
「校庭?一緒に運動するの?」
「ううん。その先のあそこ。」
と道から一段低い場所にある校庭に向かってなだらかな斜面になっている芝生の部分を示す。
陸上部だろうか。所々でぽつんぽつんと座り込んでいるジャージ姿の生徒が見える。
斜面を登ると街路樹になっていて、桜の木が道なりに沿って植えられている。
今年も春になれば綺麗な花を咲かせてくれるに違いない。
「私だったらあそこに寝転んで一緒にCDを聞いたりしたいな。」
私の言葉にわあ、ロマンチック。と香苗が笑う。
一緒に手をつないだり、CDを聞いたりしてみたかったな。
私は丘を差した指をそのまま前方にずらした。
一足先に校庭で一緒に寝転がれる相手を見つけた親友の背中に照準を合わせる。
うらやましい奴め。
ばーんと引き金を引く。
空は綺麗に晴れ上がっている。
秋雨が終わって、これからどんどん寒くなって、そして冬が来る。
紅葉があって、雨の後には氷が張って、私の好きな一年で一番綺麗な時期だ。
私はゆっくりと腕を下ろす。
そして私は思った。
そうだ、今度匠兄さんが帰ってきたら、真っ先に結婚おめでとうございますって言いにいこう。
おわり
素晴らしいです次回作きたいしてます
いままた第一話から読み直してきました。
そうするとまた何と言うか、雄と美沙の会話もおもむき深い。
また投下してください、お願いします。
う〜ん、メイドスレに移転て事はないよな・・?
でもどうなるんだろ
↑誤爆?
一話毎に物語があたらしい貌をみせるという、全体の仕掛けとは別に、読者をお話しにひっぱり込むための工夫が文章の随所にみられて、
今作では特にその辺りが印象的ですた。読み手に技巧を意識させない手並みの良さには、ただもう感嘆の一言であります。
一番好きなのは“お気に入りバンドのメジャーデビューについて”です。
面白かったです。ありがとう。
「ただいまー、美秋。すぐにご飯に、・・・って。」
ドアを開けた私を出迎えたのは、美秋ではなく、無人のアパートだった。
「美秋は・・・、あの娘と旅行だったっけ・・・。」
誰に言うわけでもなく、自分を納得させた。美秋とあの娘との絆はもはや確定的なものなのだろう。
美秋はいずれそう遠くない未来、私のもとから離れ、彼女と共に生きることを選ぶ。
ずっと前から覚悟していたことだった。むしろ、祝福すべきことなのかもしれない。
けれど、私の中の空虚を埋めていたものが失われたようで。虚しく、悲しかった。
「母親失格ね・・・。」
自嘲的に呟いた言葉が比喩でもなんでもないことは、自分が一番よくわかっていた。
美秋という名前を付けた時点で、私は母親の資格なんて放棄していたのだ。
藤野義明、美秋の父親、私の愛した人。・・・私を置いて死んだ人。
寂しさを誤魔化すため、義明の記憶を美秋で塗りつぶそうとした。
悔しくて、美秋に父親―義明―のことを教えようとしなかった。
「最低ね、私。本当、最低・・・。」
私しかいないアパートの暗がりの中で、私は泣いていた。
「えーと・・・。」
とりあえず布団まで戻ってきて座って抱き合って。困った。これからどうすればいいんだろう?
さっきまで抱いていた劣情のようなものがリセットされ、何をすればよいか見失ってしまった。
「秋ちゃん。困ったらね、秋ちゃんがしたいことをすればいいと思うよ。」
そう言って、ちゅっ、と。僕の頬にキスした。赤らめた顔で僕をみつめた。心臓が一瞬
止まるような錯覚。ドキドキした。
「あ、えっと。じゃあ、服脱いで欲しいな。」
ちょっと直球すぎたかな、とも思ったけど、もみじは了承してくれた。タイを外すしゅる
しゅるという音が聞こえる。タイに着いたブローチが月光を反射してほんのりと輝いて
いた。ブラウスのボタンを外す指の動きがあまりなめらかじゃない気がする。
ひとつひとつ、ボタンを外していくごとに、もみじの素肌の見える範囲も広がっていく。
もみじがボタンを全部外すのを見て、僕はもみじの肩からブラウスをおとして、腕から抜いた。
あらわになったもみじの肩とかおなかとか。きれいだな、って。
「あ、下着、とって欲しいかな・・・。僕、外し方知らないし。」
なんだかよくわからなくなって、間抜けなお願いをした。もみじは一瞬あっけにとられて、
次に笑って、僕の手をとって背中に回した。
「ここをこうするとね、・・・ほら外れた。」
ぱち、って音がしたようなしなかったような。ブラがするりと落ちたから気づかなかった。
小さめのもみじの胸と、その先端のピンクと。ただでさえ白いもみじの肌は、月明かりで
尚のこと真っ白に思えた。ただただ綺麗だって、呆然とした。
「そんなに見られたら恥ずかしいかな・・・って。えと、どうかな?わたし?」
どことなく不安そうな声。
「え・・・。いや、ただただ綺麗だなって、みとれてた。」
なんの躊躇もなく、そんな言葉が漏れた。それ以外、いうべき言葉が見つからなかった。
「そ、そうかな?なら、よかった。」
誇らしげな、照れたような、いろんな感情の入り混じった声。肌にかかった黒い髪もさら
さらと輝いてた。しばしの沈黙。
「触って、いい?」
本当馬鹿なこと言ってるな、と思考が回るのはほんの一瞬で、僕は実際大真面目に尋ねていた。
もみじはたまらずふきだしていた。目を細め、僕の首に腕を回す。僕の唇にもみじの唇が
触れる。虚をつかれた。もみじの腕に引っ張られ、もみじと一緒に布団に倒れる。
ふにふにと顔にやわらかい感触。頭が押し付けられた先はもみじの胸。伝わるもみじの心
音、体温。
「秋ちゃん、さっきまでやってたことほんとに忘れてるのね。」
「あ。」
頭の上から聞こえるクスクスという笑い声。好き勝手触ってたさっきの行為を今更思い出
して顔が熱くなる。
「秋ちゃんはどうかは知らないけど、私はさっきからずっとドキドキしてるんだからね。」
僕が泣いてたときもずっと興奮してた、ってことなのだろうか?
「それにね・・・。」
続ける。
「言ったでしょ?好きにしていいって。」
好きなように、か。まあえっちなことするときに平常の精神じゃできないよな、とは思う
けど。さっきのこともあるし抑えようとは思う。けれど。
(こうやって胸におしつけられちゃ・・・。)
ふわふわな胸の感触と呼吸にあわせて上下するもみじそのものの感触と。
素朴な感動が湧き上がり、もっと深く、もみじに触れたいと思った。
右手でもみじの小さめな胸を包みこむように触れた。はふ、ともみじがひとつ大きく息を
吐く。てのひらからはたとえようも無いやわらかさと、とく、とくというわずかな振動と
が伝わってくる。その感触が、僕から何かを引き出したのかもしれない。
「え・・・、ちょっ、美秋くん!はぅ・・・。」
気がつくと、僕はもみじの胸に口をあてていた。そこの頂点、他のやわらかな部分とは違
う感触。舌をはわせるともみじの味。ほんのり甘い気がしたのは、僕の脳が勝手にそう
思っただけだろうけど。
「ちょっと、ふぁ、美秋くん、そこばっかり・・・あぅ。」
唇でふにふにとそこをはさむと、聞いたことのないような声が漏れてきた。
弱々しいような、求めるような、細く、儚げな声。こんな声も出せるのか、という感動と、
ほんとかわいいな、という感動と。この想いを伝えたくなって、胸から口を離し、キスをした。
「もみじ、・・・すごく、かわいい・・・。」
僕の目を見ないで、もみじは言う。
「・・・あたりまえだよ。」と。
「いつまでも胸で遊んでないで・・・、先、いこ?」
僕の手をとってもみじが自分の下腹部に導く。
「っ!って!!」
そんなとこ触ったら犯罪じゃないか!なんて、一瞬考えてから今は同意のもとでしてるん
だっけな、なんてしょうもないことを考えて。そんなこと思いながらも僕の手は意外に強
いもみじの力でもみじの下着に押し付けれられていて。
「あ・・・。」
「つまらない感想は言わなくていいからね。・・・恥ずかしいから。」
湿ってる、って言おうとして先に封じられた。気になるものなのかな。
「あ、うん・・・。」
とだけ答えてそこをいじることに専念する。やわらかいようなコリコリしてるような。
筋にそって指をあて押し込むと、下着に染み込んだ水気が染み出して指にまとわり付く。
「ふっ、んん・・・。」
しばらくそうしてると押し殺したようなもみじの声が聞こえてきた。声のする方を見てみ
ると、涙を目じりに浮かべ真っ赤な顔をしたもみじが僕を睨んでいた。
「美秋くんの、ばかぁ・・・。」
ぷいと顔を背け、目をきゅっと閉じて送られる刺激に耐えて。そんなもみじの姿も新鮮で。
「もみじ・・・、んっ。」
僕たちは、キスを交わす。もっと深いところで交わるように。深く、舌を絡めた。
「ねえ、全部見せて・・・?」
お願いを、する。恥ずかしいとか、そういう感情も麻痺したのか、ぽーっと僕を見つめ、
もみじはそのお願いに応じる。ゆっくりと体を起こし、僕の肩を借りてのろのろと立ち上
がる。脚を上げてソックスを指先から抜いた。ホックを外してスカートを落とす。その
間ふと見やったもみじの下着、濡れて少し変色して食い込んでいるのが僕をすごく興奮
させた。最後、下着一枚になったのにも構わず、下着の端に指をかけて一気に下ろした。
全裸のもみじが、立っていた。
最後に二人でお風呂に入ったのはいつだっけな、なんて考えが浮かんでくるはずもなかっ
た。胸が小さいとは言え、記憶の中のどのもみじにも当てはまらないほど、それは女性の
身体だった。これまでの行為でわかっいたはずなのに、改めて認識させられた。もう、幼
いころのような関係ではないこと。もっと、直接的な行為によって絆を結ぶということ。
今日このときを境に世界が変わるような、そんな漠然とした予感を抱いて。
月の光を背負ったもみじが、ひざ立ちになって僕と向かい合う。月光に似た光を宿す瞳に
見つめられる。魅入られるような、そんな瞳。ずっと昔から、僕はこの瞳と過ごしてきた。
唇同士が触れる。もみじそのものが流れ込んでくるような感覚。
私が脱ぐ間、ずっと見てたでしょ?美秋くんのえっち。
瞳とキスと。言葉以外で僕に伝えたのか、はたまた囁きが聞こえただけか。
真っ赤になって、仕方ないじゃないか、なんてことを言って。
「私だけ裸って不公平だよ。・・・美秋くんも脱いで。」
「え?僕も脱ぐの?」
思ってもみないことだった。実に意外だと思った。
「いや、でも僕の裸なんて見たっておもしろくなんてないよ・・・。」
「だめ。それは私が決めること。」
それってもみじが見たいってこと?聞こうとして、また、もみじの瞳に遮られる。
「それじゃ、脱ぎましょうね。」
裸のまま、もみじは僕の服を脱がす。裸になると恥ずかしいとか思わないのかな。
「え、ちょっと、パンツも!?」
「あたりまえでしょ。美秋くんも全部脱ぐの!」
あっという間に全部取られる。僕のアレもあらわになる。あうあう。
「あー、もみじ。ちょっと、恥ずかしいかな、って。」
「美秋くんのばか。私だって同じなんだから。・・・うわ、すごい。」
僕の言葉など意にも介さず、ふにふにと僕のあれを触る。
「う、もみじ、ちょっと、やめ・・・。」
「やめない。・・・んむ。」
手を動かしたまま、もみじは僕に覆いかぶさり、キスをする。僕の身体にもみじの髪がさらさらと落ちた。
ぴちゃぴちゃと、舌を絡める音。胸に感じる、もみじのやわらかな感触。
「ん・・・。ふぁ、もっと、もっと、欲しいよね・・・?」
まっすぐに、僕を見た。意味を解するにちょっと時間が必要だったけど。その時がきたん
だな、っていうのを感じた。
「あ。」
母さんにもらった避妊具、持ってきてたんだった。いかにも「準備してきました」って感
じでもみじに嫌われないだろうか。懸念はあるけど、まあもみじと僕のためだし。
「あー、もみじ、ちょっといい?」
至近距離で見つめあう。疑問を浮かべた表情を僕に向けた。
「避妊具、もってきたんだけど・・・。」
言い終わらないうちに、もみじは険しい表情になる。やっぱり言わなきゃよかったかな。
「やっぱり、夕美さんに言われたの?」
「え?・・・うん、そうだけど。」
やはり意外な言葉が返ってきた。そんなにわかるものなのか、それとも他に思うところで
もあるのだろうか?
もみじが僕に関して鋭くなるのと同様、僕だってこれでもみじのことには誰より鋭い自信
はある。一体もみじは何を考えているのか。
「そうだ、ねえ、美秋くん。んふふ・・・。」
うってかわって、にやにやと僕を眺める。僕にまたがった腰を擦り付けるように動かす。
下腹部がぬるぬるになる。
「今子供ができたら、中学校にあがっても私まだ20代だよ?いいと思わない?」
お久しぶりというかなんというか
アレな描写いれて失敗だったのかどうなのか
ただでさえ遅い執筆?がさらに遅く・・・
このスレは伝統的にGodな職人さんが多いので
どうしても自分で鬱になったりならなかったりなのですが
ともかく、引き続きがんばりますんでこれからもよろしくです
支援。
にしても片手じゃキーボード打ちにくいね。
(;´д`)ハァハァ
>>うぃすさん
ぎゃー!!
なんてとこで切るんですかあなたはっ!
まあマターリ待ってますので続きよろしくです。
あ、大事なことを言い忘れるところでした。
GJ!!
>>◆/pDb2FqpBw氏
おおおおおお・・・短編連作でこんなに楽しめたのは初めてです。
めちゃめちゃ面白かった。
「あのさ、女の子に花束渡したいんだけど、どういうのがいいのかな。
俺、センスないから選んでくれね?」
「いいけど…誰に渡すの?」
「それは秘密」
そしてしばらく後、その花を彼女に渡す
「え?誰かに渡すんじゃなかったの?」
「そうだよ」
なんてどう?
そこで女の子が
(え、誰、誰に渡すの?)
(やっぱ、好きな女の子、とか……まさか、こんな朴念仁に、そんな人)
(そうよ、きっと親戚の子のお見舞いとか、演奏会とか、そんなのに決まってる)
(でも……この前こ「二組のB子ちゃんはかわいいよな」とか言ってたし……)
(そ、そんなのイヤ! だって……だって、私はずっとアンタのこと、見てたんだからっ……)
と一週間ぐらい悶々とした挙句、花束もらって思わず泣いちゃえば完璧。
>>271 選ぶからといってオノレの好きな花を選ぶとは限らんぞ
人に選んでやるのだから、幼馴染の性格によっては
ごくごく無難なものばかり揃えて小さくまとまった凡庸な花束が(ry
それはそれで"センスない夫婦"という称号が出来る場合もあるかも試練ね
俺的萌えシチュエーションはこんな感じ。
(何よ○○のやつ、女の子に花をあげるなんて色気づいちゃって)
(あたしはずっと前から○○のこと好きだったのに……)
(えーい! こいつの恋なんて失敗しちゃえばいいんだ! もう仏花とかまぜてめちゃくちゃにしてやる!)
「なんかこの取り合わせ変じゃないか?」
「これでいいの! 最近はこういうのが流行りなのよ」
「花に流行りとかあんのか?」
「あんのよっ!」
で選んだあと、
(なんであたしあんなことしちゃったんだろ……○○のこと本当に好きなら応援してあげなくちゃいけないのに……でも、でもっ!)
という激しい自己嫌悪に襲われて、数日間他のことも考えられず。
で、ベッドで悶々としているとチャイムが鳴る。
玄関のドアを開けるとそこには愛しい幼馴染み。
買った花束を差し出しながら、
「ほら、今日はお前の誕生日だろ」
「…………」
「おい、どうした? 顔真っ赤だぞ」
「…………ぐすっ、えっ、えぐっ」
「あ、えっ!? な、何泣いてんだよ?」
ごめん。長すぎるんでここで止めとくね。
後は職人さんがSSに昇華してくれることを期待。
>>275 これだけ書けるんなら自分で書いた方が早くないか?w
黄色の小菊に白の大菊という。
どうみても仏花です。本当にありがとうございました。
な、花束を初めての結婚記念日に買ってきたウチの親父のようだ。
菊門?
>>282 いやいや、きっと朴念仁と思ってるのはその幼馴染みの女の子だけなんだよ。
「私の気持ちにも気づかないで!」みたいな。
「誰々が可愛い」はたぶんクラスの男子で噂になったから言ってみただけ。
それを言った瞬間、女の子はものすごく不機嫌になるの。
「へー、あんな子がタイプなんだぁ。 ま、好きにしたら?」みたいな。
男の子はなぜ怒っているのか分からない。だから女の子は余計に怒る。
でも別れてからもう嫉妬めらめらで、実際可愛い誰々ちゃんと自分を比べて落ち込んでみたり。
うん、きっとそうだ。
……すまん、センスない
>>282 >>283 『お前の姉ちゃんキレイだよなぁ...』
この一言でも背筋が凍り付きますよwww
今日は私の21回目の誕生日。
日本でも近年、年を重ねるに連れ、若年層を中心に盛大な盛り上がりをみせるお祭り。
ハロウィーン。
その10月31日が私の誕生日だ。
「歌穂、今日誕生日だよね!おめでとう!」
日が変わった直後に友達からおめでとうメールがたくさん届いた。
携帯電話から着歌が途絶えることなく流れてくる。
全てのメールに目を通し終わると自然に目も重くなる。
朝。
普段早くなんか起きないくせに今日に限っては実に自然に目が覚める。
これなら大学の1限目の授業に余裕で間に合うはずだ。
電車の時間に合わせて家を出る。
なんかこういうのって…いいかも。
「はい、おめでとう」
1限目の教室に足を踏み入れると親しい友達からプレゼントを貰った。
不意からの攻撃に驚くも、素直に嬉しい。
嬉しさのあまり授業が耳に入らなかったのは内緒だ。
昼。
3・4時限目の空き時間を挿んで、5限目に授業があったはずなのだが
掲示板を見ると休講になっていた。
ので、今日はこれで授業が終わり!
友人たちと、大学近くのファミレスでランチタイムへと突入する。
雑談を交えながらの楽しい昼食に思わず顔も綻ぶ。
「おまたせいたしました、こちら本日のスペシャルメニューになります」
流暢に出で来る言葉と共にウエイターさんが何か運んでくる。
「あれ?誰も頼んでないよね?」
確か誰も追加注文してないはずなんだけど…
思わず口に出る言葉。
周りは『いいのいいの』とニヤニヤしている。
その時、今まで流れていた曲がピタリと止み
店内のBGMがハッピーバースデーの曲へと変わる。
「おめでとうございます」
ウエイターさんの言葉と共に運ばれてきたのは大きなホールのケーキ。
「えっ…えっ!」
状況が理解できずに、何がなんだか分からないのはどうやら私一人らしい。
「歌穂、おめでとう」
友の口から口々に言葉をかけられる。
聞けば一月も前から計画していたらしい。
友のくれた突然のサプライズにちょっと感動。
そして夕。
今日一日を振り返る。
思い返せば皆にこんなによくしてもらって
今日は正にハッピー・バースデーだ。
が……
そんな私の楽しい誕生日気分も、一本の電話で終止符を打たれる。
この電話のせいで天国は地獄へと一変。
普段と何も変わらない、何気ない日常に逆戻りだ。
あっ、思い出したら腹が立ってきた…。
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
「なんであんたの部屋に私がいなくちゃならないの!」
青のモノトーンで統一された部屋。
その一角で私は椅子に座り何故か柿を剥いている。
切れずに連なった皮は、一本の線になって宙を浮していた。
「まあまあ、そう言うなよ」
私の剥いた柿に颯爽と手を伸ばし、小気味良い音を立てながら目の前の果実に貪りつく男。
その私のものとは違うその部屋に、自分とこの部屋の持ち主はいた。
ベッドに横たわっている男は、幼馴染の瓜谷穂高(うりやほだか)。
こいつからの電話のせいで私の誕生日は奈落へと転落して言ったのだ。
何が悲しくて誕生日に、幼馴染の…しかも大の男の世話をしなければならないのであろうか。
「大体、穂高。あんたのそれのどこが調子悪いっていうの?」
柿を剥く手をそのままに、穂高のほうを一瞥してみるも
その血行の良い顔を目の当たりにすると、とても病人だとは思えない。
『歌穂…、体調が悪くて死にそうなのに、家に誰もいないから来てくれ…』
……
数時間前に、そう穂高から連絡を受けたはずなのだが、
当の本人は病気も何のその、暢気に柿なんぞ貪っている。
一体この幼馴染は何がしたいというのだ?
「俺?バリバリ調子悪いぜ?」
口から柿の種を吐き出し右手に移す穂高。
私の足元にあったゴミ箱を足で移動させながらベッドの近くまで寄せると、
穂高はその中に種を投げ捨てる。
「ウソでしょ?」
穂高のその言葉に疑いが隠せない。
「いや、本当だって。見てみ?熱もあるから。」
そう言って幼馴染は何時の間に計っていたのだろうか、体温計を渡す。
…えっと…
デジタルの数字は38.5℃と示されている。
「いやさ、今日ハロウィーンだろ?
たまにはそういう季節の行事に便乗してみようと思って
昨日家の畑をチラッと覗きに行ったら、豪くでかいカボチャが出来ていてさ。」
穂高は、こんくらいかな?と覆いかぶさっていた布団を退けて両手を出し、カボチャの大きさを体で表現する。
なるほど、確かに大きい。
「それで?」
私は包丁を持つ手を一時中断させ、ずれた布団を直そうと手をかける。
薄手の布団からは、それとは不釣合いなほどの穂高の温もりが感じ取られた。
「あぁ、歌穂サンキュ。
んで、親父にこれ貰ってもいいかって聞いてみたらオーケーサインが出たんだ。」
目を輝かせながら穂高は話を続ける。
お気に入りの玩具を与えられた子どもの様な、そんな楽しそうな顔。
「ふ〜ん。それから?」
「で、ここ最近急に寒くなっただろ?
そんな中、朝方から畑に行ってたら風邪もらっちまってさ」
そう言いながら、穂高は軽く咳払いをし鼻をグズグズさせる。
確か天気予報では、昨日の朝方は今秋一番の冷え込みだったはずである。
聞けば、日本の北部では雪も見られたらしい。
霜も降りたち、季節はこれからいよいよもって本格的な冬の到来を迎え始めるのだろう。
「ゴホッ…ゴホッ……」
咳き込みが先程よりも酷くなる。
目を虚ろにさせ何処か気だるそうにしている穂高。
そこにはいつもの馬鹿みたいな陽気さはなく、弱々しくも感じる。
「今朝、寒かったからね」
穂高が風邪をひいた要因は、きっと朝方の冷え込みという
急激な温度変化に身体がついていけなかったのだろう。
あとは慣れない仕事をして身体が驚いてしまったとか。
まぁ何にせよ、風邪をひいてしまってからどうこう言っても仕方が無い。
先決なのは過去の過ちを検証するより、今の病を治す事のほうが大事なのだから。
「ほら、こんな薄手の布団じゃ風邪がもっとひどくなるよ」
これ以上穂高の容態が悪化するといけないと思い、
何も無いよりはマシだろうと、辺りに置いてあった長座布団を掛け布団の上にさらに重ねる。
穂高は急に圧し掛かった重みに困惑していたが、
これもすべて自身の風邪を治すためと思えば軽いもんだと思ってもらうしかない。
「でも、珍しいんじゃないの?穂高が風邪ひくなんて」
邪魔にならないようにと、私はベッドの端のほうに腰を下ろす。
ふわふわのマットレスは私が乗ると、心地よい沈み具合を見せる。
それにしても…
「そっか、風邪かぁ」
思わず声に出してしまう。
それほどまでに穂高と風邪は縁遠いところにあった。
私の知っている限りでは、ここ数年穂高は病気一つしなかったはずである。
「ん…んん″っ…」
咽喉の奥に違和感を感じるのか、盛んに何度も咽喉を鳴らす穂高。
風邪特有のしゃがれた声…。熱が篭って赤らまった頬…。
よく見れば見るほど穂高がいつもと違うことを再認識させられた。
「まぁな、俺も人間だから風邪くらいひくさ。
ゴホッ…それに普段しない様なことしたっていうのもあるかな。
家の畑になんて滅多に行かないからなぁ…。」
寒いのか布団にもぐりながらもぞもぞと喋る。
その度にベッドのスプリングが軋み、私もその振動で揺れ動く。
「まぁ、この時期になると流石に半袖じゃ風邪だってひくわな」
……………
穂高のその言葉に思わず耳を疑う…。
「いっ…今なんて言った?」
「えっ?だから半袖じゃ風邪だってひくわなって」
………
…………はぁ?
………
はっ…半袖ぇぇぇ!
「あんた馬鹿じゃないの!」
この時期に半袖でいる馬鹿が何処にいるっていうの!
しかも朝方なんて!
そんな私の葛藤に気付くことなく、穂高はしらっとした態度で答える。
「失礼な、風邪を引かないのは馬鹿のほうだぞ。」
あぁ、幼馴染が馬鹿すぎて私まで頭痛くなってきた…。
* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *
「おいしい?」
「あぁ」
穂高の手中には大きく湯気を棚引かせた卵粥。
先程私が一寸キッチンを借りて作ったそれを、穂高はおいしそうに頬張っている。
食べさせてあげようかと言ったら、そこまで重病じゃないよと笑って止められた。
良かった。食べられるだけの余裕があって。
兎に角何か食べて体力をつけなければ風邪だって身体から出て行かないだろう。
「歌穂の御粥食っちまったら、母さんの御粥なんて食えたもんじゃねぇぜ」
出てくる湯気を口で冷ましながら、穂高は一口また一口と御粥を口に運ぶ。
「またまたぁ、そんなこと小母さんに聞かれたら二度と作ってもらえなくなるよ」
私は、口ではそう言うものの内心は凄く嬉しい。
「そうかもな。でもこれ本当上手いぜ」
「それはそれは、ありがとう。
それよりも…
ねぇ、穂高。あんたがこの御粥食べ終わったら、私帰るからね。
夜遅いとやだし」
チラ、と時計を一瞥すると、針は既に夜の10時を回っていた。
提出物やレポートの類の提出物は出てないにしろ、明日になればまた大学に行かなければならない。
温くなった熱冷まし用の簡易シートも取替えたし、
掛け布団も穂高から場所を聞いて、押入れから引っ張り出してきた。
やることは全てやったので、あとは穂高の回復力に任すしかない。
「家隣同士なのに?」
私が家に帰ることを告げると穂高は不満そうな声をあげる。
「家隣同士だって何だって、あんまり遅くまでいられないじゃない。
私明日学校あるし。」
「そっ…そうか」
妙に納得した様子で穂高は頷く。
明日も学校だというのを気付かないくらいだから
こいつはきっと明日も大学を休むつもりだろう。
「もうすぐ小父さんも小母さんも帰ってくるよ」
「あぁ…」
病気が彼を弱気にさせるのか。
穂高はそう頷くものの、布団からは覗けるその顔は何処か寂しそうである。
「じゃあ、私帰るから。
早く風邪治して元気になってね。」
「あっ、歌穂」
ドアを開けた瞬間、穂高が私を呼び止める。
「えっ?」
何か遣り残したことがあっただろうかと、廊下に向けた足先を再び部屋内に戻し
ドアノブにかけた手を離して穂高に向き合うと、
幼馴染はものすごく焦ったような顔をしてこちらを見ていた。
「何?」
「あっ…その……さ…
帰るんだったらよ、あれ……持って帰ってくれよ。な?」
穂高が指し示す指の先、そこには時期外れの大きなカボチャが在していた。
「あっ」
先程穂高が言っていたのはこれのことだったのであろう。
(カボチャだぁ)
食用カボチャの鮮やかな暗緑色の色合いとは異なり、
ハロウィーン用カボチャであろうか、
目の前のカボチャはとても明るいオレンジ色をしていた。
確かおもちゃカボチャって言う種類だって、昔穂高が言ってた気がする。
綺麗で眩い橙色…。
そんな明るい色が蛍光灯の光に溶けて私の目に飛び込んでくると
それだけで何処か心が弾んでくる。
「…俺が丹精込めて作った奴だから。
どう処分しても構わないけど見えないところでな。」
(作った?)
作ったということは何か加工が施されているのであろう。
カボチャと穂高を見比べると
自身に合わないようなものを製作したのが余程恥ずかしいのか
穂高はそれ以上はこちらを見ようとせず私に背を向け布団に包まってしまった。
何を作ったのであろうか、
私は普段穂高が滅多に使うことの無い学習机の上のものに手を伸ばす。
正面側から見る限りでは、何の変哲も無い普通のカボチャにしか見えない。
大きなそのカボチャを両手に載せまじまじと見つめてみる。
すると……
(うわぁ…)
五角形に切り込みの入った頭。
刳り抜かれた中身。
そして何より表面に描かれたそれは、通常のカボチャ提灯の顔とは異なり
魔女が箒に乗って空を飛んでいる絵が丁寧に彫り描かれていた。
「すごーい…」
思わず見とれてしまうほどの出来栄えで
口から出たのは素直な感想である。
「穂高、すごいよ、これ!」
語録のボキャブラリーが少なくこれ以上の感想はいえないが
これを見て与えられた衝撃は計り知れないものがあった。
もとはただの丸みを帯びたカボチャだったのだろうが
それが丁寧に加工された今、私の手の中にあるカボチャは
見事なジャック・オ・ランタンの形を成していた。
「これ、本当にもらっちゃっていいの?」
「あぁ」
穂高は鼻をかみながらチラチラとこちらを見やる。
「そんなもんでよければやるよ」
「ありがとう!」
感謝の言葉を幾ら伝えても伝え足りないくらいの嬉しさがこみ上げてくる。
(穂高って相変わらず器用な物を作るんだなぁ)
掌の上のランタンを見つめながらそう思う。
「可愛い!」
穂高の手によって命を吹き込まれた魔女。
彫り上げられたその姿なんて、見ているだけで今にも動き出しそうである。
瓜谷穂高という人物は小さな頃からそうであった。
頭のほうははあまり芳しくなかったが、図工や技術ではその器用さを遺憾なく発揮し
穂高が何かを作り上げるたびに、私はその作品たちに心を揺り動かされたものである。
同じもの、同じ材料を渡されても、私には想像も出来ないようなものを作る穂高。
アイデアだけでなく、どこか丸い温かみを感じる穂高の作品たち…。
それらを手に取り、ただ見ているだけで素敵な気持ちになれるから
私は穂高の作品が大好きであった。
「喜んでもらえたようで良かったよ」
そう言う穂高の顔は、何処か照れを浮かべているように見える。
私に手作りのものをくれたときはいつもそうなのだ。
恥ずかしそうに渡し、そして私の喜ぶ姿を見た後は照れ笑う。
これも昔から直る事のない癖。
私だけが知っている穂高の癖…。
「うん、すっごく嬉しい!ありがとう!」
「おっし。じゃあ歌穂、気をつけて帰れな。
いくら家隣りだからって田畑を挿んでの隣なんだから」
「分かってるって、じゃあまたね。
風邪早く治すんだぞ!」
そういい残し穂高にバイバイと手を振ると、
私は廊下に出て、広いこの家の廊下をゆっくり歩きだす。
まだ小父さんも小母さんも帰ってきてないのであろうか、
瓜谷家は無言のまま静まり返っていた。
しかしこの瓜谷家のことなら熟知している。
何度も足繁く通った家は、幼い頃から慣れ親しんだ私の第二の実家のようなものである。
僅かな月明かりを頼りに歩くとやがて玄関に辿り着く。
失礼ながら玄関の電気にスイッチを入れ、履き慣れたスニーカーに足を通す。
今まで暗闇の中を歩いてきたので、無機質な蛍光灯の灯りが目に眩い。
すると不意に横に置いたランタンが目に飛び込んでくる。
今まで手に持っていたそれを一瞥すると、ある考えが頭を過ぎった。
(あぁ、これに火をつけてここまで来ればよかったんだね)
なんといっても、今日はハロウィーン。
こんなに良いものを貰って使わない手はないであろう。
(でも、一寸勿体無いかな)
売り物にしても違和感の無いような素敵なデザインのジャック・オ・ランタン。
蓋を開けると、そこには透き通るような瑠璃色をした綺麗な蝋燭が立てられていた。
青系統は私の一番好きな色。
穂高はきっと知っててこれを選んでくれたのだろう。
「あれ…?これってなんだろう…」
蓋を開けた後、中にふと気になるものを発見した。
思わずそこに手を伸ばす。
「紙…?」
現れたのは蝋燭の下に敷かれた一枚の小さなカード。
淡い桃色をした花柄の絵がとても可愛らしい。
丁寧にも半分に畳まれたそれを開くと、
ランタンとは裏腹に、拙い文字で綴られた穂高の文字、
………メッセージが刻まれていた。
歌穂、誕生日おめでとう。
多分きっとはずかしくて口では言えないだろうから、カードで言葉を贈ります。
どれだけ月日が流れても、変わらず一緒にいられるような関係でいたいな。
言いたいことはいっぱいあるけど、取りあえず今日はここまで。
これからもよろしくな。
PS:いつもおいしい料理ありがとう。
大好きな歌穂へ、穂高より
「………えっ…」
私はカードを持ったまま暫くその場から動けずにいた。
手は震え、その鈍器で殴られたような衝撃は私の心内を瞬く間に支配していく。
「好き………?
穂高が……、私のことを……?」
何度カードを見返しても書かれていることはやはり同じ。
私はその場で立ち尽くすのが精一杯で、
震える手を握り締めて落ち着かせようにもそれすら困難であった。
「………」
血が廻っているのか、遠のいているのか…。
その感覚さえもよく分からない。
知らず知らずのうちに鼓動が逸る。
棚引く雲に覆われていた月も、やがてまたその黄色い姿を現す。
静寂に包まれた廊下。
私は無言で踵を返し、また元来た道を駆け戻る。
荷物?
そんなの玄関に置きっぱなしでいい。
今、自分が為すべきことは、家路に帰ることではない。
もっと大切なことが残っている。
(穂高!)
バースデーカードを手にしっかりと握り締め
床を軋ませ鳴らしながら、瓜谷家に唯一灯る明かりの元へと急ぐ。
「私だって」
「伝えたいこと…いっぱいあるんだよ…」
言葉に出すと、幾ら走っても辿り着かないような焦燥感に襲われる。
焦りに急かされながらも、私はただ無心で走り続ける。
マグロが泳いでないと死んでしまうように
私も今は走ってないと身体がどうにかしてしまいそうであった。
途中何かに躓き足元を取られそうになったが
それでも勢いを緩めず穂高の部屋へと駆け行く。
「穂高!」
ドアを壊すかのような勢いで、私は再び穂高の部屋に入り込む。
呼吸も絶え絶えに肩で息を整えながら部屋の入り口の佇む私は、
穂高の目にどう映っているであろう…。
酷く滑稽で浅ましく思っているだろうか?
「えっ……か…歌穂?」
布団に包まっていた幼馴染は、驚き布団を跳ね除けて私のほうを見ている。
なんで、ここにいるんだ?とでも言いたそうな、素っ頓狂な顔。
熱さましのシートも勢いに押され、ペラリと剥がれ地に落ちる。
「ほだか…」
鼓動が痛いくらいに強く脈打っているのは走ってきたせいだけではない。
体中が熱くてどうにかなってしまいそうだ。
一歩、また一歩と幼馴染の下へと歩み寄る。
その空間は驚くほど静寂に包まれ、ここには私たち2人しかいないことを再確認させられる。
ギュっ…
「……………」
磁石のS極とN極が互いに強く欲し、引き合うかのように
私は自然に穂高のもとへ身体を預ける。
気付けば私は穂高を抱きしめていた。
「ほへっ…?」
穂高の間抜けな声と共に鼻腔いっぱいに彼の匂いが広がっていく。
干したばかりの布団のような心地よい暖かな匂いは、正に穂高自身であった。
「へっ…!
ちょ…ちょ!…歌穂待てって!」
互いの身体が直に密着した今、心音が手を取るように伝わってくる。
突然のことで動揺しているのか、穂高の鼓動も早鐘のように鳴り響いている。
「ダメ、穂高!
お願い、もうちょっと…このままで…」
力任せに振り払おうと必死になってもがいていた穂高であったが
私のその言葉と同時にその行為は静まり、
口元を掻きながら何処か照れくさそうにしていた。
「ねぇ…」
この体勢になってから数分がたち、沈黙を断ち切ろうとしたがこれが中々上手くいかない。
言いかけた言葉の後に単語が続かず、何とか口を紡ごうにも、上手く言葉に出来ずにいた。
「………」
思わず上を見やると穂高と目が合う。
優しく笑いかけられて、目のやり場に困ってしまう。
(恥ずかしいなぁ…)
伝えたいことがあったはずなのだが。
近くにいると如何しても意識してしまい言葉が口から出てこない。
「………」
如何していいか分からず目を逸らしてしまった私は
言葉の代わりにと、もっと力強く抱きしめる。
前は私となんか比べようも無いくらい小さかった身体は、
何時の間にか私が見上げなければならないくらいに大きくなり
確りとした骨格は、私と性別が違うことを改めて認識させられる。
「なぁ…」
私たちの沈黙に終止符が打たれる。
先に、静寂を切り裂いたのは穂高のほうであった。
彼を抱く手をそのままに、上を見上げると
大きな幼馴染はその真っ直ぐな瞳を私のほうに向けている。
また鼓動が一つ大きく脈打つ。
そんなことないのに、私の心の奥底まで覗かれそうで、
思わず視線を逸らしそうになったが
心中を射抜かれたかのように、私は穂高のほうから目を離せずにいた。
「歌穂、その手紙…」
穂高は私の手中を見ると、そう言う。
「えっ…?あ…、うん。」
「そうか…読んだのか」
穂高は私の手元を見ながら小さく呟く。
注意して聞いてなければ。聞き逃してしまうような小さな声…。
「その手紙通りだよ」
恥ずかしいのかを掻きながら、穂高は明後日の方を向いている。
「ダメ…」
「ん?」
「ダメだよ、きちんと…口で言ってくれなきゃ」
恥ずかしさでどうかしてしまいそうな心を何とか繋ぎ止め
視線を外すことなく、ただ穂高のほうを見上げる。
穂高のほうはというと一寸唖然とした顔を見せた後
その顔を一変させ、真剣な面持ちでやはりこちらに視線を向けた。
静かな部屋に穂高の咳払いが一つ…大きく響き渡った。
「歌穂…」
好きだ
私の肩に乗っている手にも、急に力が篭ったのが分かった。
静寂に包み込まれたこの場に、穂高の声だけが余韻として残っている。
面と向かって言われた言葉、私だけのための言葉…。
恥ずかしいけど凄く嬉しい。
「……………」
何も言わない私に絶えかねたのか、穂高が言葉を紡いでいく。
「べっ…別に無理して付き合わなくたっていいんだからな。
ただ俺の気持ちを伝えただけで、歌穂との関係がギクシャクするの嫌だし…」
段々と声のトーンが下がっていくのが分かる。
そうだ、早く私の気持ちを伝えなければ。
穂高だけに言わすのもズルイ。
私だって…
そう、私の決断はあの手紙を見たときから決まっていたんだ。
「穂高、好き!大好き!」
大好きな幼馴染の胸に今一度大きく飛び込む。
私の身体いっぱいに伝わる穂高の温もりは、きっと熱だけによるものだけじゃない…よね。
「風邪…うつるぞ…?」
「…いいよ」
雰囲気がそうさせるのだろうか。
私と穂高の距離は、知らぬうちに近づいていた。
「………」
「………」
互いの表情がこれ以上ないくらいに読み取れるような至近距離。
小さい頃から一緒にはいたけど、ここまで間近で見ることはなかったなと思うと
改めて相思相愛になった現実と今からするであろう行為に胸が逸る。
「穂高…」
万聖祭の前夜は最大の盛り上がりをみせている。
もうすぐ誕生日が終わる。
「大好き…」
ベッドのスプリングが軋むと同時に、
二つの唇が音のないこの静かな部屋でひっそりと重なり合う。
ぬくもりにふれた一瞬が、今日貰ったどの品物にも代えがたい何よりの誕生日プレゼントだった。
以上になります。
時期が一月ほどずれてしまっていますが気にしないでください。
では皆様良い幼馴染を ノシ
>>304 ミスったorz
あーもー初々しくていい!GJ!
(*´Д`)
すばらしい。実に素晴らしい。
エッチ書かなくて正解。
よかった、ちょっと泣けた。
(゜Д゜;)
いいっす!!!
GJ
何かねこの初々しいカポーは(*´∀`*)
「ねぇ〜、崇兄お願いだからぁ」
「めんどいからパスだつってんだろ」
これで何度目になるか分からない紗枝の願いを、バッサリと切り捨てる。
甘えてくるような口調が逆に気持ち悪い。
「崇兄しか頼れる人いないんだよ。だからお願いっ!!」
拝むように両手を合わせて、なおも俺に頼んでくる。
「だからなんでお前のために俺の貴重な休日を潰さにゃならんのだ」
「えーでも、この前聞いたら"夏休みは暇になる"って言ってたじゃん」
「それとこれとは話が別だ」
「うぅ……崇兄の意地悪」
ガックリと肩を落とす紗枝。ようやく諦めたか。
またバイトのない今朝もコイツが突然訪れたんだが、開口一番なんて言ったと思うよ。
『海に行くことになったから車運転して!!』
ときたもんだ。
せめて挨拶くらいしろ。お前この間来た時に「親しき仲にも礼儀あり」とか言ってたじゃ
ねえかよ。その気持ちも分からんわけでもないけどよ。
俺達が住んでいる町は山場に近い。そのため、海方面へ向かうバスや電車はかなり数が
少ないわけだ。加えて町の中心部をあちこちと迂回するルートなので、スムーズに乗れた
としても相当な時間乗り物に揺られなければならない。ここら辺はどっちかっつーと地方
都市なもんだから、電車よりも車の方が主な交通機関だしな。つまり車を運転できる人に
頼み込んで、最短経路で行ったほうが数倍早く着ける。
そこで白羽の矢が立ったのが、車の運転免許を持った俺というわけだ。いつか役に立つ
時が来るだろうと、暇を見つけて親を説得し、取得しておいたのである。
それがこんな形で余計なお願いをされる羽目になるとは……まったくもって嫌になる。
「そのくらい我慢しろ。毎日働いてる俺と比べたら贅沢な悩みじゃねえか」
肩を落とす紗枝にとどめを刺そうと嫌味を言ってやる。
といっても、予想外に出来の良い仕事熱心な新人のおかげでここのところバイトの時間は
減っているんだが、それは勿論口に出さない。
「だからだよ!」
待ってましたとばかりに、再び紗枝が目を輝かせて身を乗り出してくる。
しまった、逆に反撃の糸口を与えてしまったか。
「いつも働いてるんだから、崇兄もあたし達と一緒に海に行けばいいんじゃん」
「高校生に混じってはしゃぐ若さはもう持ち合わせてねえよ」
「まだ21でしょ!」
「残念なことに肉体年齢はもう50代らしい」
テレビで『これであなたの肉体年齢が分かる!』みたいな特集を組んでた番組を見た時
に、その番組にならって色んな体操やらをやったことではじき出された結果だから、ある
程度信憑性のあるデータだろう。
贅肉はあまり付いてないが筋肉もあまり付いてないからな、俺の身体は。
「この間、夏休みは一緒に遊んでくれるって言ったのにー」
語尾を強めて不満を露わにする紗枝。断られた途端にブーブー文句を言ってきやがる。
「んなこと言ったっけか?」
「言った! この前あたしが来た時に、"夏休み中にもし暇が出来たなら、お前の気が済む
まで心ゆくまで遊んでやる"ってちゃんと言ったよ!」
……そこまでは確実に言ってはいないと思うんだが。
うーん、不幸なことに当日もその次の日もバイトは無いしなぁ。
「ハーレムってのも悪かないんだが……」
メンバーはクラスで紗枝と仲の良い連中ばかりだって言ってたから、きっと女子ばかり
だろう。んー……こいつは悩みどころだ。ついさっき一緒にはしゃぐ元気は無いと言った
ばかりだが、『げんえきじょしこおせえ』という甘美な響きにも惹かれる……。
「? ハーレム?」
「なんでもねえ」
ちっ、また口に出しちまったか。俺の悪い癖だな。
「女だけで行っても、ナンパの標的にされて大して楽しめないと思うぞ」
今の台詞を突っ込まれたりしたらまたうるさくて敵わんからな。話をすり替えよう。
「あれ? あたし言ってなかったっけ?」
「何をだ」
「クラスの男子とも一緒に行くんだよ? 三対三で。崇兄も数に入れると男子が一人多く
なっちゃうけど」
…………
……………………
……………………………………
「は?」
何だろう、俺は耳まで年を取ってるんだろうか。
それとも空耳か? そうか空耳だな?
「だ・か・ら! クラスの男子とも行くんだってば」
「へぇー……」
そうか男子も一緒に行くのか。それなら確かにナンパされる心配もないな。
もっとも、紗枝みたいな子供をターゲットにするような奴もいないと思うが。
いや世界は広い。もしかしたら、こんな乳臭えガキがもろタイプだって言う奴がいるかも
しれんし……って。
「何ィ!?」
「なんでそんな驚いてんの?」
「い、いや…………ちょっとな…」
どうやら俺の耳は正常に働いていたようだ。
いやいや、しかしだってありえねえ。
あの紗枝が。今まで男っ気がまるで無かった、中学生になってもズボン穿いていたらまず
間違いなく男の子に間違えられて、否定しようにも口調も乱暴だったから余計に男の子に
間違えられていたあの紗枝が、男と一緒に海に行くだと?
にわかには信じ難い。というか、信じられん。
「あー分かった! あたしが男子と海に行くっていうのがショックなんだろー」
嬉々とした様子で口を開く紗枝。俺の心を見透かせたのがそんなに嬉しいか。
「ああ……ショックだよ」
それでも一応、コイツの言ってることは間違いではない。
予想の範疇を超えた展開に、俺の脳は浮かんだ言葉をそのまま口に伝達させる。
「へ…?」
「お前をちゃんと"女"と見なせる男がこの世の中にいたとは……お兄ちゃんビックリだ」
「……」
ギュッ、グイイッ!
「ひでででででで!!」
いきなり鼻を掴まれ、思いっきり捻られた。
紗枝は無言のまま、何か言いたそうな顔でじっと見つめてきやがる。
ねじれるだけねじられると、グイッと最後にもう一捻り加えられた。
うおお……鼻がもげそうだ……血が出てきてもおかしくないぞ。
「俺が一体何をしたってんだ……」
鼻を押さえてついつい愚痴をこぼす。
まあ、理由なんぞ聞かなくても分かっているわけだが。言わずにはいられない。
その言葉に紗枝はニッコリと笑顔で返してくる。不気味だ、背筋に悪寒が走ったぞ。
たじろいでいると今度は、ギュッと両頬を思い切り引っ張られた。
また地味に痛いな、オイ。
「そんなこと言うのはこの口かな〜?」
「ひあいほ、はなえほあ(痛いぞ、離せホラ)」
なんでコイツと90年代初頭のラブコメみたいな真似をせにゃならんのだ。
「離して欲しかったら、車運転してね♪」
「ほえはふるはほっへへーほ(俺は車持ってねーぞ)」
「お父さんが、ウチのにあるボロのワンボックスを使っていいって。廃車寸前だし新しい
車もあるし、運転するのが崇兄ならってことで許してもらえたんだ」
……いくら知り合い歴が長いとはいえ、俺も信用されたもんだな。
というか、何で俺がちゃんと喋れていないこの状態で会話が成立してんだ。
幼なじみだからって理由は通用しないだろ。
「返事は?」
口調も表情も明るいのに、なんだか有無を言わせない空気を感じるのは気のせいなんだ
ろうか。人の笑顔を怖いと思うのは初めてだ。
俺の両頬は相変わらず断続的な痛覚に襲われ続けている。徐々に力強めてんだろお前。
この力の強さ、やっぱりコイツは男なのかもしれない。
「返事は?」
録音テープを再生したかのように、さっきと声の抑揚が同じなのがまた怖い。
ヤバイ。今日の紗枝はどうしてか分からんが、とても凶暴だ。ここで断れば何をされるか
分かったもんじゃない。
「むぃ」
己の保身を最優先に考え、首を縦に大きく振る俺。
「よく出来ました♪」
朗らかな声でそう言うと、おまけのつもりなのだろう、最後に思い切り引っ張ってから
手を離しやがってくれる。
「んぎぃっ!」
我ながら不細工な悲鳴だ。
おおお……くどいようだがやっぱり痛え……この齢で頬が垂れたらどうしよう…。
「あー良かった。皆には崇兄が運転してくれるって言ってあったから、引き受けてくれる
かどうか不安だったんだ」
「……最後はお願いじゃなくて脅迫だったけどな」
「もう一回引っ張ろうか?」
「ゴメンナサイ」
おー、怖い怖い。
なんかいつもの紗枝と様子が違うな。そんなに海に行きたいんだろうか。
友達に俺が運転するって口約束していたとしても、普通ここまで必死になるかね。
俺が承諾しなかったとしても、後で「ゴメン、やっぱ無理だった」とか言って謝れば済む
と思うんだが。
「紗枝、お前さ」
「ん? 何?」
肩の荷が下りたのか、随分上機嫌に聞き返してくる。
ちなみに表情に変化は無い。それがやっぱりちょっと怖い。
「一緒に行くメンバーの中に好きな奴でもいんのか?」
手に持っていたパイプで紗枝を指しながら尋ねてみる。
やたらと海に行きたがることといい、俺が承諾した途端に随分と嬉しそうなことといい、
そう考えるのが一番自然だ。こいつも年頃だしな。楽しい思い出とか作りたいだろうし。
「えっ……なっ、なんで?」
くくく、当たりか。自分の気持ちを隠しきれていないな、バレバレだぞ。
しどろもどろな様子に、弄るネタを見つけた俺の顔は思わずにやける。紗枝からすれば、
実に底意地の悪そうな笑顔に見えただろう。
「ほーそうかそうか、紗枝には好きな人がいたのか」
「ちっ、違うよ! そんなんじゃないってば!」
「いやいや照れる必要は無いぞ。お前も年頃なんだからむしろ当たり前だ。あー、こりゃ
当日が楽しみだな。誰が紗枝の好きな奴なのか見極めないとなぁ」
「だからそんなんじゃないって! ただ友達と海に行きたいだけだよ!」
否定しながらも顔が真っ赤だ、説得力がまるで無い。
相変わらず誤魔化しが下手な奴だな。これだからコイツをいじるのが止められないんだ。
「もう、勝手に決め付けないでよ……」
ふてくされてしまった。柄にもなくちょっと涙ぐんでいるようにも見える。
余り触れられたくない話だったようだ。
本来ならここで許してやったり手を緩めてやったりするんだが、さっきまで脅されてた
からな。ここで仕返しをしておこう。紗枝、恨むなら自分の行いを恨むんだな。
「ふーん」
ニヤニヤしながら相槌を打つ俺。
無論、紗枝が何と言い返してくるのを見越した上で、だ。
「な、何だよ」
「いやあ……」
くくく、本当に笑いが止まらん。
自分の思い通りの行動を他人がとると、実に気持ちが良いな。
「その割には"好きな人がいる"ということに関しては否定しない、と思ってな」
「……っ!!」
おー、耳まで赤くなってやんの。やっぱコイツはからかってる時の反応を見るのが一番
楽しいな。
「いるんだろ? 相談に乗ってやるぞ」
無論そんな面倒な問題を背負い込むつもりなど毛頭無いが、ここはその場の話にあわせ
ておく。
「ぇ……ぅ……」
固まったまま言葉もしどろもどろな紗枝。
俯き気味に首を傾け、指先をモジモジさせている。
うーん、いくらそういった経験が無いとはいえ、ここまで初心な反応を見せるとは。
心のどこかで今のコイツをちょっとかわいいと思ってしまった俺がいる。
「相手がクラスメイトなら俺に言ったって構わんだろ。相談できる相手がいるっていうの
は楽だぞ」
我ながら無責任な言葉だとは思うが、どうせ紗枝はそれどころじゃない。
さあ、次はどうからかってやろうかな。
「…………よ」
「あ? 何だって?」
なんだぁ? 声が小さすぎてよく聞こえなかったな。もっとでかい声で喋れ。
「構うよ!!」
って、うるさっ! でかい声でとは言ったがちょっとは限度ってものを……
「構うんだってば!」
「わ、分かったからお前もうちょっと小さな声で……」
なんかパニック起こしてやがる。ここは宥めておかないとまずいかもしれん。
「崇兄のばかっ!」
そんな俺の気持ちを無視して、紗枝は立て続けに喚いてくる。
傍にあった枕をこの前の時と同じように俺に思い切り投げつけると、ありえない速さで
玄関へ逃げていく。でもって靴を履き、体を半分に外に出しキッと俺を睨みつけると。
バタンッ!
思いっきり力を込めて閉めていきやがった。
ったく、何もそこまで怒らんでも良いだろうが。心の狭い奴だ。
それにそんなに思い切り締めたら扉が蝶番から外れるだろ。壊したりでもしたら本当に
弁償してもらうぞ。
まあいい、当日に大きな楽しみが出来たんだ。
あの紗枝に好きな男がいるっていうんだからな、これは中々面白いことになりそうだ。
約束通り運転手役もこなしてやるとしよう。
ガリッ
んあ?
なんだぁ今の音は? ……っと、また無意識のうちにパイプ噛みしめてたのか。
ちょっと歯型ついちまったな。まあ、既に幾つもついてるから、んなことどうでもいいが。
…………
ふーっ。
紗枝にいるのか、好きな奴が。
改めて考えてみるとアレかな、胸だけじゃなくてあいつ自身もちゃんと成長してるって
ことなのかな。昔は俺の後をちょこちょこついて来るばっかりだったあいつがなー。
なーんか実感、沸かねえなぁ―――
リアルタイムウホッ
こっそり
>>224-238の続きを投下してみるテスツ
|・`) ……
|ω・`)ノシ コ、コレデカンベンシテクダサイ
>>322 こ、こんなもんじゃ、勘弁してあげないんだから!
わ、分かってるなら続きも書いてよね! 違うわよ、別に期待してるわけじゃ……馬鹿っ!
最近この板の端々でツンデレを目にするのだが
ガイドライン板にツンデレのそれが存在でもするのか
主人公のこの鈍さ、まさに王道としか思えん。
GJ
このスレには一体何人の神がいるんだ!
八百万
「じゃあ、またな」
「ああ。良ければまた来てくれ」
夕暮れ、家の前でそんな挨拶をかわす。
「……ちょっと居ただけなのに、違和感が無いってのもなあ」
「何の話だ?」
なにやら目を細めて、新谷がしみじみと呟く。
「高杉の話だよ。亜矢の家で自分の家みたいに振舞ってさ」
「……なら、お前もそうなれるように努力する事だな」
時間がかかるだろうがな、と言外に含めて少しだけ笑う。
なぜか新谷の動きが一瞬だけ止まった。
「……うん、やっぱ今日は来て良かった。高杉がそんな風に言ってくれるなんてね」
こちらもはは、と笑いながら返していく。
そうして新谷は夕日と共に街角へ消えて行った。
郵便物をチェックし、遠野家へと戻る。
夕飯以外の家事は済ませているので、そのまま亜矢ネエの部屋に入っていく。
「雪ちゃん、帰っちゃった?」
部屋を出たときと同じように、亜矢ネエは体を起こして窓の外を眺めていた。
「ああ。また来るってさ。だから――」
そんな風に寂しそうな眼をするなよ。と頭をぐしゃぐしゃと撫でてやる。
今も昔も、人が帰って行く度に寂しがる癖が治ってない。
さっきは大人びた事を言ったくせに、こういう所は子供の頃から全く変わっていない。
俺がこうやってあやしてやる所も。
「ん……」
少しだけ目を細め、俺の意思を了承したように俯く。
そうして、ひとしきり撫でてやった後に、傍の棚に置いてあった櫛を取り出す。
朱色に金糸で雀が描いてある、簡素な和式の櫛。
二年前に俺が誕生日に贈ったそれを、亜矢ネエはずっと使っていてくれている。
それは些細な事かもしれないが、その事実を確認するたびに俺の心に嬉しさが染み入ってくる。
「ホント、変わらないな……」
髪を梳ってやりながら、苦笑する。
落ち込んで、慰めて、髪を梳く。
俺たちはいつもこうして過ごしてきた。
だけど――
「そう、思う?」
今日は何かが違っていた。
亜矢ネエの顔が、少しだけ傾く。
俯いた横顔が、こちらに視線を向けていた。
そこにあるのは、どきりとするほど儚くおぼろげな顔。
「私が変わってないと、本当に思う?」
手が止まる。
惹き込まれるようなその顔に、瞬きすらも忘れてしまう。
「私は、変わったよ」
「亜矢ネエ……?」
「ちょっとおばかで、楽しくて、優しくて、いつも傍にいて」
どこか陶然と語りかけてくる。
「昔は好きだったと思ってた。そんな男の子を――」
どくり、と心臓が跳ねる。
手にもった亜矢ネエの髪がさらさらとこぼれていく。
「今は大好きだと思ってる」
瞬間――
息が止まった。
息だけじゃない、恐らく俺が意識する全ての動きが止まった。
それはきっと、俺の世界が停止したのと同じ事。
「そしてきっと、未来には愛しているに変わっていく」
「……」
「それで多分、逝く時にはとても愛している、に変わるのよ」
蕩けるように、笑う。
その笑みで、ようやく体が再起動する。
掌に残った一房の髪に、ゆっくりと櫛を入れる。
「晶ちゃんは?」
「え……?」
「晶ちゃんは、変わってないの?」
通し終わった櫛を、元の場所に戻す。
髪の整った亜矢ネエが、真正面から俺を見つめてくる。
何故だろう。
その顔も、髪も、服装も、俺には見慣れたはずなのに。
何故だろう。
これに近い会話なんて、幾らでもした筈なのに。
何故――
「……ッ!」
こんなにも胸が高鳴るのか。
「晶ちゃん?」
小鳥のように首を傾げる、そんな亜矢ネエを直視できずに俯いてしまう。
嬉しい。
けれど。
でも。
俺は怖い。
亜矢ネエを愛する事が。
愛して――もしも亜矢ネエが逝ってしまった後、俺はどうなるのか。
嘆くのか、狂うのか、忘れるのか。
愛した代価の喪失を、俺は恐れている。
それは亜矢ネエへの気持ちに気付いてからずっと心の片隅に潜んでいたもの。
認めたくないけれど、亜矢ネエの体質から連想してしまった俺の馬鹿な妄想。
「俺は……」
俯いたまま、もごもごと口ごもる。
言いたい事は、この胸の内に確かにある。
けれど、それが言えない。
怖い。
「晶ちゃん」
つ、と亜矢ネエが俺の右手を包み込む。
柔らかくて温かくて、そして白い手。
「寝ている時も、起きている時も、傍にいる時も、居ない時も。私は、貴方の事を想っています」
そう、言われた。
答えを焦れたような瞳は、しかし俺を真っ直ぐと見据えていた。
その必死さの見える一途な思いに、俺もようやく気付く。
ああ――
やっぱり――
「俺も、好きだよ。亜矢ネエ」
その白い手に、俺の手を重ねる。
怖いとか、妄想とか、そんなのはどうだっていい。
ただ、今ここにいる亜矢ネエが。
気付けばいつも傍にいる、この幼馴染が。
どうしようもなく、好きなんだと。
「晶ちゃん……ッ!」
絡みついた指もそのままに、亜矢ネエが俺に体重を預けてきた。
柔らかく、温かく、そして細い。
抱きしめたのなら折れて――いや、掻き消えてしまいそうなほどに。
「亜矢ネエ……」
まるでどこかの洋画のように、お互いの名前を呼び合う。
亜矢ネエの吐息が、服を通じて熱を篭らせる。
いつの間にか指が解かれ、俺は亜矢ネエに抱かれていた。
いや、俺が亜矢ネエを抱きしめているのか。
無音の中、とくとくと俺の鼓動が体を打つ。
それともこれは亜矢ネエの鼓動か。
二つの鼓動が蕩けた音なのか。
どうしてだろう。
お互いに分かっていた事を確認しただけなのに。
どうしてこんなにも――
俺は幸せなのか。
とても、温かい。
「ん……」
どれくらいそうしていただろう。
そうした時と同じように、亜矢ネエから体を離した。
名残を惜しむように、冷えていく体温が物悲しい。
「晶ちゃんは私が好き?」
不意に、見つめながら問うてくる。
「ああ……」
是非も無く頷く。
一度言葉にしてしまえば、迷いは無かった。
俺は、亜矢ネエが好き。
それはもう、ずっと覆る事の無い気持ち。
「私も晶ちゃんが大好き」
にっこりと、童女のように笑う。
再度、指と指が絡む。
幼児のようにそれを弄びながら、亜矢ネエが俺を見上げてくる。
「……なら、そのしるしが欲しいな」
上目遣いに、そう言ってきた。
「しるし……?」
「ん……」
目を閉じて、微かに頤を上げた。
よくよく見れば、その頬がかすかに赤い。
流石の俺でも、その意味が分からない訳じゃない。
「あ、亜矢ネエ……?」
「女の子は……言葉じゃなくてしるしを欲しがるものなのよ?」
後は、何も言わない。
言葉の代わりに、朱が濃くなる。
「……」
その頬に、手を添える。
熱を持った肌が、ぴくりと震えた。
『ん……ふ』
唇が、触れた。
ぎゅう、と、また鼓動が重なる。
唇で二人の熱が混ざっていく。
とくとく、とろとろ。
「ん……ちゅ」
やがて、どちらとも無く唇を離し、目を合わせる。
お互いに頬が赤く、お互いに微笑んでる。
日暮れの赤が、二人を茜色に染める。
「晶ちゃん、大好き」
俺もだよ、亜矢ネエ。
ここまでになります。
ようやっと関係を進展させる事が出来ました……。
感想有難うございます、励みになります。
それでは次回投下時に……。
GJ
gjgj
晶ちゃんウラヤマシス
亜矢ネエカワイス
GJ!!(`・ω・´)
正直泣いた
切ねぇー
ども。バレンタインの頃や春先頃にちまちま書いてた者です。
小ネタほっぽってずーっと書いてませんでしたが、春頃に書いてた二人でちょっとつらつらと書いてみたので投下します。
前書いてたのは保管庫にあると思いますので、良ければそっちも読んでくれると嬉しいです……。
──唐突だが、俺はバカップルというものに興味があった。
その内訳は興味半分、憧れ半分。
今春隣のクラスの一番人気の子に特攻するもあえなく爆沈し、どうやら三年間を一人身で終えようとする俺としては、ラブラブで幸せ一杯なバカップルは遥か上の存在だ。
……だが、そのバカップルは、俺の予想やら妄想やらを斜め上に飛び越して。
なんと昼休みの我がクラスで展開されていた──!
「はい、じゃあ次はタコさんウインナーね。あーんして、あーん」
「おう。あーん」
受験を控えた晩秋の学園、その一クラスで展開されている予想だにしない事態。
俺の良く知る男女が、今まさに俺の憧れていた「バカップル」と化している。
……だが、その周囲の空気は何とも形容しがたいものだった。
微笑ましい、観戦ムードが3割。
あとの視線は半ば凍りついている。先週末に大事な全統マークの結果が返ってきて、へこんでいる奴も多いからなのかもしれない。
それにしても、半年ほど前には独り身同士でだべっていた友が、あそこまで変わるとは。
「なんつーか」
隣で寂しく弁当を食っているダチに愚痴る。
「愛は時として堕落と化すんだな」
「哲学者みてーなこと言ってんじゃねえよ」
「だな。柄にもねえ」
そう言って、購買のパンを齧る。
「しかし、あいつはともかく相方までがバカップル化したってのがな」
「そんなもんじゃねえの? 幼馴染なんだし」
教室の窓際後方で席をくっつけて楽しそうに弁当を食べている二人。
男は、俺の入学以来の友人、結城慶太。
女の方は、そいつの幼馴染で彼女の、古田沙穂。
付き合い始めの頃こそ変わらなかったものの、今週に入ってから突然堂々たる幼馴染バカップルになっていた。
「じゃあ次はこれ。ほら、慶太」
私は卵焼きを箸でつまみ、慶太の口元に運ぶ。
周囲からは、幾分戸惑いの混じった視線が私に向けられている。
必死に崩さずにいる笑顔が、引きつりそうだ。
それなのに、目の前のこいつときたら。
「あーん。……くーっ、うめー。お前ほんと料理うまくなったよな、沙穂」
おバカ全開幸せ大爆発。美味しく食べてくれるのは作った側としては嬉しいんだけど、言葉といい態度といいこうまで見せ付けるようにするなんて。
昔からこういうとこがある男の子だったとはいえ……。
「ん? 沙穂あんま食ってないじゃん。俺が食わせてやるか?」
そんなことを考えていた私の耳に入る、慶太の声。
「断固断わ……っ、じゃなくて、いいの。私は大丈夫だから」
「えー。遠慮すんなよ」
慶太はニヤニヤとしながら、私の手作り弁当をつつく。
この馬鹿けーた! と言いたい気持ちを抑えて、私達はバカップルのようなベタベタなお弁当タイムを再開した。
私だって、こういうのは正直やりたいわけじゃない。
でも、何でこんな事になっているかと言うと……ちょっと面倒くさい前置きが必要になったりする。
事のきっかけは、先月行われていた全統マーク模試だった。
私も慶太も、いくつか志望している大学の文系学部があって、その中でも何校か志望校がかぶっている。
実家の商店を継ぐにしても継がないにしても、慶太は経済学を学びたいらしい。
私も経済系を含むいくつかの大学の学部を志望しているので、慶太とは目標がある程度同じという事になる。
小中高ときて大学まで一緒になるとすると、腐れ縁もいいとこかな──なんて考えてはいたものの。一つ問題があった。
夏休み前までバレー部の活動に勤しんでいた慶太は、志望大のレベルにはとても届くような学力ではなかったのだ。
私は以前通り学年トップ30台を維持しつつ、夏の間は必死に慶太と一緒に勉強を頑張った。
どこか懐かしくて、大変だけど嬉しい日々だった。ところが。
2週間前。お互い疲れていた時、私が慶太の成績にダメ出しをしたのがきっかけでケンカに発展してしまった。
「もっと文法をやらないとダメよ! だから英語の点数が伸びないの!」
「ちゃんとやってるよ。成績だって伸びてるし。今は俺のやり方で大丈夫だっての」
私も慶太も負けず嫌いなので、こうなると決着がなかなかつかない。そして、慶太がこう提案したのである。
「じゃあこうしよう。今度返ってくるマーク模試の結果で負けた方が、非を認める。そして」
「そして?」
思わず聞き返した私に、慶太はにっと笑ってこう言ったのだ。
「負けた方は、勝った方の言うことを何でも一つ聞くこと!」
私は入学以降慶太に勉強で負けた事はなかったし、最近こそ慶太の学力が上がりつつあると言ってもまだまだ私に分がある。
だから、安心してOKしたんだけれど…………結果は、つまり。
私の不調とマーク試験にありがちな運の要素が合わさって、負けてしまった。
そして慶太の出した条件が「一週間バカップルになること」だったのだ。
「はぁぁぁぁ……」
やっと食べ終わる。恥ずかしくて恥ずかしくて、二日目だってのにちっとも慣れない。
弁当を作るのは問題ない。一緒に食べるのもまあ平気だ。
……でも、さすがに「あーん」はちょっと。今日みたいにクラス内でやっていると築き上げた私のキャラが崩壊しそうだ。
いくら「バカップルでいろ」と言われても、恥ずかしいものは恥ずかしい。
……そして、私の心情をよそにご満悦な私の幼馴染。
そんな私達を「次は何をやるんだ?」といった表情でチラ見をするクラスメート達。
居づらい。仲のいい友達には真相を話してあるとはいえ、皆がお昼を食べ終わって昼休みの喧騒が始まるまでの時間が、とても長く感じる。
「慶太」
私は、幸せ一杯そうな表情の慶太を見て、少し躊躇ってから。
「ちょっと外出よう?」
腕を掴んで、有無を言わさず歩き出す。
素直についてくる慶太。
戸を開けて廊下に出る時に、冷やかしじみた口笛が聞こえた。
慶太と付き合って恥ずかしい思いも色々したしさせられたけれど、他人からそういう視線で見られるのは慣れない。
廊下に出て、また小さくため息を吐いてしまった。
人気の無い所を探して、校舎の一般教室が少ない辺りまで歩く。
「どうしたよ、沙穂?」
慶太はのん気にそんな調子だ。たまらず、私が口火を切った。
「もー無理。カップルならいいけどバカップルなんて無理よ、私」
壁に背中を預けて、口を尖らせて言う。対する慶太はさほど動じる様子もない。
「なんで? 一週間だけじゃん。終わったらネタばらしもするし」
「その間の時間が長すぎるって言ってるの。私達と仲のいい子はともかく、そうでない子達にどう思われるか……」
男の子達は笑って済ませられるのかもしれないけど、女の場合はなかなかそうもいかない。
余計に変な目で見られるのは嫌だし、変な噂を立てられても嫌だ。それに……。
「仲の良くない奴にどう思われたって別にいいだろ。あと半年もないんだし、何か言われたら俺が何とかしてやるよ。
それになんだ、俺としてはそう言う連中のことより沙穂と楽しくやる方が大切だし」
「……むー」
確かにそう言われればそうだし、さらっとドキドキするようなことを慶太は言う。でも。
「つーかさ、一週間は長いとか言ってたけど。元々何でも言うことを聞くって約束だろ。第一俺だってバカップルつっても線引きはしてるし、それに」
「……うぅ」
一気に畳み掛けるように、慶太は続ける。
「他の女子から聞いたんだけど。……沙穂、お前俺を従者扱いするつもりだったんだって?」
「な、なっ、何でそれを」
「昨日の掃除の時、谷沢から聞いたよ。結局、沙穂も俺と同レベルだったってことじゃん」
「…………」
意表を突かれて言葉が出ない。谷沢というのは、私の親友の谷沢未樹のことだ。
確かに私はこの勝負の事を話して、私がそうするつもりだった「一週間従者扱い」を遊び程度に実行するつもりだったのだけど……。
「何か言い訳は? なければ今週末まで約束継続って事で」
してやったりという慶太の表情。期間短縮を頼むつもりが、してやられた私。
「……ううん、ない。うん、ほんとに」
日頃尽くしてる分たまには慶太に尽くされたいなー、なんて軽い気持ちでそのことを未樹に話したのが……失敗だった。
手つないで教室戻ろうかー、なんて言って私の手を握る慶太に、教室を出るときとは逆の構図で引きずられていくのだった。
ちなみに、後で慶太に私が企んでいた内容をリークした未樹を問い詰めてみたら。
「ごめんねー、もうとってもとってもラブラブな沙穂と結城君を見てたらついカッとなってやっちゃったの。今は反省してる」
とても反省しているとは思えない口調と少し引きつった笑顔。
先月彼氏とケンカ別れして独り身になった未樹は、私に向けてほのかに黒いオーラを放ちつつ、そう言ったのだった。
──翌日。
「なあ、やっぱダメ?」
「ダメです」
「沙穂、バカップル」
「……わかった、わかったって。だから人前でそんなにくっつかないでよ」
登校途中で、慶太が出してきたペアのマフラー。秋頃慶太が買ってきて「一緒に巻こう」と言ってきたんだけど、恥ずかしいから学校に行くときは着けないようにしてる。
なのに、わざわざ慶太が私のまで持ってきて……これである。
「あんた、こんなにベタベタしたがるタイプだったっけ?」
白系で統一されたマフラーを巻いて、ちょっとだけ不服そうに言ってみる。……不意に周りの視線が強くなったような気がした。
「んー、どうだろ。付き合い始めは沙穂の方がそんな感じじゃなかったっけ」
あー言えばこー言う。今週の慶太はいつも以上にいい加減でアバウトな感じだ。
……そんな調子の合間に、時々凄くキリッとしててカッコいい所を見せるのが子供の頃からの慶太なんだけど。
「そう言えば、今日はアルバム実行委員の仕事がある日だからね。午前授業だけどちゃんと残ってよ」
「あー、わかってるよ。沙穂、弁当は?」
「ちゃんと作ってる。昨日頼まれた通りにね」
私と慶太を繋げていたお弁当の絆は、慶太が部活を引退してからも続いている。
慶太のお母さんにも了解を貰って、週に何日かは私が慶太のお弁当を作っているのだ。
「うんうん、さすが沙穂。もう一生メシの世話は心配しなくて良いな」
「えっ……け、慶太?」
それってつまり。意味を理解して、頬が寒さ以外の理由で赤くなる。
「なんてなー。ほら沙穂、歩くの遅い。さっさと行くぞ」
ははっ、と笑って慶太が私の手を引く。慶太も、自分から言い出した「バカップル」を楽しもうとしてるのかな、なんて思ったりする。
途中からずっと繋いでいた手は、温かかった。
「……では、ホームルームを終わる。アルバム実行委員は東校舎二階の第二会議室で集まりがあるから、ちゃんと出席するように。わかったか、結城」
午前の授業が終わったホームルーム。担任の先生が、ぼやーっとしてる慶太に話を振る。
「えっ? あ、はい。大丈夫っすよ」
「まったく、そんな調子で大丈夫なのか。うちのクラスのアルバムは」
クラス内でクスクスと笑いが漏れる。それを苦笑いしながら眺める私。
そう、私と慶太は卒業アルバム実行委員なのだ。
なり手がいなかったので私が立候補して、そのまま成り行きで慶太も委員になっている。
「しっかし何だよな」
委員の集まりにはまだ時間のある、放課後の教室。残って勉強していく生徒もいたりして、二人っきりと言うわけではない。
「何でうちの学校には、こんな変わったアルバムの企画があるんだ?」
「校長の方針らしいけどね。卒業にあたって過去の人生のワンシーンを振り返るべきとか、何とか」
お弁当を食べながら、慶太と話す。
私達の学校の卒業アルバム実行委員というのは、大きく分けて二つの仕事がある。
一つは卒業アルバムの構成や写真選び。もう一つが、卒業文集の編集。
前者は言うまでもないことなのだけど、後者はちょっと変わっている。
「沙穂、あーん」
唐突に、慶太が私に食べさせてくれようとしてる。
「い、いいってば。別に」
「いいだろ。あんまし人もいないし俺らのことも見てないし」
「でも……」
うろたえる私に、慶太が野菜を挟んだ箸を近づけてくる。ちらっと周りを見て、私はおずおずとそれを食べた。
「へへっ、こうして食べるとより旨いだろ」
「……そりゃ、私の作ったお弁当だし」
やっぱり恥ずかしくて、何を考えていたのか忘れていた。
……そう、文集の仕事である。
文集には短めの各生徒の文章と、今までの人生を振り返って一枚の写真を載せるという企画がある。
生まれてから現在に至るまで、どんな写真でも良いとのこと。委員の仕事は増えるが、毎年好評の企画らしい。
それの締め切りが今日で、私は女子から、慶太は男子から写真を回収して集まりに持っていくのだ。
そして二人で委員の集まりに出る。今日は写真提出と簡単な仕事だけで、すぐ終わるはずだったんだけど……。
「慶太、まだなの?」
「あー、ちょっとな」
どうやら写真関連で時間がかかっているらしい。私はとっくに担当分を終わらせているし、他のクラスの委員も軒並み退出してしまった。
「おーい、結城。先生会議があるんだが」
担当の先生も、少しイライラしながら時計を見ている。今日午前授業だったのは、何でも周辺の先生方が集まる会議があるかららしい。
「あ、それじゃ鍵預かりましょうか。慶太の仕事が終わり次第、私が戻しておきますよ」
何か慶太は悩んでいるらしい。こういう時は、いつものように私が助けてあげないと……と思った。
「おう、すまんな古田。じゃあ作業が終わったら、扉に鍵をかけてから職員室に戻しておいてくれ」
実は切羽詰っていたのだろうか。あっさり私に鍵を預けて、先生は急いで教室から出て行った。
それを見送って、何となく扉に鍵をかける。
「慶太、さっきからなに悩んでるの?」
何枚か写真を並べている慶太に声をかけながら、長机から少し離れたそれなりに立派なソファに座る。一応会議室だからか、ソファが柔らかい。
「んー……」
慶太の返答ははっきりしない。言葉が切れた後に、沈黙が訪れる。
一般教室のない東校舎の二階の端は、放課後だと言うこともあってとても静かだ。
外からは、微かに野球部が練習している音が聞こえる程度である。
「……沙穂はさ、文集のほうに載っける写真は何にした?」
呼ばれて、私は立ち上がる。
「えーっとね。これ」
そう言えば見せっこしてなかったねと続けながら、私の写真を取り出す。
私が選んだ写真は、二年生の体育祭の時の写真。
男女混合全員リレーで、前のランナーだった慶太がトップで私にバトンを渡した時のワンシーンだ。
真剣な表情で頑張ってる私と……それに負けないくらい頑張ってる慶太が写ってたから、迷わずこれにした。これなら変な目で見られないだろうし。
「あー、懐かしいな。クラスのみんなで一位を取った時のだろ」
長椅子に座る慶太の傍に立って、少しの間思い出を語る。
「……俺はさ、迷ってるんだけどこれにしようかなー、なんて」
「?」
慶太が気恥ずかしそうに出した写真。そのシーンには、見覚えがあった。
雨に打たれてびしょ濡れになっている──小学校三年くらいの慶太と、私。
夏休みに二人で昆虫採集に行って、夕立に打たれた時の写真だ。こんな状態の息子をまず写真にして残しておいた慶太の親もどうかと思うけど。
「どうして、この写真を?」
「んー。人生の大事なシーンって言ったらこれを思い出してさ。でも、その反面俺と沙穂だけの思い出にしたいなーってのもあって、迷ってた」
「慶太……」
とくん、と胸が高鳴る。
「だってさ、幼馴染で今は彼女の沙穂も写ってる写真だしさ。思い出としてはいいけどさすがの俺も恥ずかしいし」
「ふふっ……私はいいと思うよ。一生忘れない日だしね。慶太が私にファーストキスをしてくれた日だし」
「うっ……そういう話になるとすぐそんな調子になるのな、沙穂」
「ダメ? 思い出を大事にしてくれてる慶太を見てるとね……」
ちょっと暴走してるかな──なんて思いながら、丁度いい言い訳を見つけて、行動に移す。
「何だか、好きな気持ちが止まらなくなっちゃうよ」
後ろから、ぎゅっと抱きしめる。試験とか私のあの時期もあったり、慶太が店番で忙しかったりで……こうするのも久しぶりだ。
「沙穂……大胆だな」
「バカップルなんでしょ? ……これくらい、いいじゃない」
「そうか、そうだよな」
慶太が身体を反転させて、私の身体を強く抱いてくれる。
……周りに邪魔するものはなくて、ただ私と慶太がいるだけだ。
ちょっと冗長と言うか、文章が長くなってしまったので一旦切ります。
続きはまた深夜にでも。
生殺しっ…!この高鳴ってきた鼓動をどうしてクレルー
∧_∧
( ・∀・) | | じらしてんじゃないわよっ
と ) | |
Y /ノ 人
/ ) < >__Λ∩
_/し' //. V`Д´)/
(_フ彡 / ←
>>351
>>◆oL/gQPdy0M 氏
GJ!!
かなり萌えさせていただきました。
告白シーンなんて本当にもう!
亜矢ネエにはいつまでも元気でいて欲しいです……。
もちろん晶と一緒に。
>>452 ◆mRM.DatENo氏
GJ!!
いいですな、結ばれた後の幼馴染みのバカップルぶりは。
続き待ってます。
355 :
名無しさん@ピンキー:2005/12/05(月) 02:42:27 ID:Ur7m/Lgz
美秋ともみじの続き読みたいよ〜
356 :
名無しさん@ピンキー:2005/12/05(月) 16:35:19 ID:Ur7m/Lgz
美秋ともみじの続き読みたいよ〜
>>355-356 ありがとうございます、書いているのでご安心を
>>452氏
懐かしいです、大好きでした
続きが読めてうれしいです
ほんと、毎度遅くて心苦しいのですが
多分次で終わりになるだろうですので、
>>452氏が終わったらにでも
じゃ、失礼しました
もみじZ、DTと出せばあと10年はいけますよ
359 :
名無しさん@ピンキー:2005/12/06(火) 01:13:23 ID:KZe0en2N
>357 自分のペースで無理せず書いてください。楽しみにしてます
「なっ・・・?」
聞き間違い、のわけがなかった。もみじは僕にだけ聞こえるようにそう言ったのだから。
かと言って、その言葉はあまりにも現実離れしすぎていて。
「もう、何度も言わせちゃやだよ。子供、つくろ?」
もみじがそのからだを僕に密着させる、下腹部の水気と、やわらかさと。
「いや、でもそんな簡単に新しい命をつくるとか・・・。」
僕自身父親を知らなかったりするのでそのことも考えて。
「美秋くん、私はいたって真剣だよ?」
と、全てを受容する女神のような笑顔を見せる。笑ってこそいるけど、これはもみじが本気だということがわかる。
「いや、でも僕たちまだ結婚とかできないし・・・。」
「そんなことはね、問題じゃないんだよ?」
もみじは頬を僕の頬にすりよせる。すべすべした感触にびっくりした。
「でも、でも、そこまで焦らなくたって・・・。」
「・・・焦ってなんか、いないよ。」
頬を擦り付けながら、若干不機嫌を含ませた声で答える。でも、その声から焦りといったものは感じられなかった。
小手先の理屈じゃなくて、僕のこころをぶつけてみなければ、真意はわからないんだろう。
もみじに、伝えた。
「ねえ、もみじ。僕はね、なにも後ろめたいことなくずっとずっと、もみじと一緒にいたいって思ってる。
だから、僕が大人になるまで待ってて欲しいんだ。」
僕の偽らざる本心。きっともみじも同じことを思ってくれていると信じている。僕ともみじとの未来。
裸同士で、裸の言葉を伝えて。もみじも裸の言葉を返してくれた。少し予想外だとしても。
「うれしい・・・けど、それじゃ足りないの・・・。」
絞り出した声でそれだけ言うと、感情を昂ぶらせた、けれどしっかりした声で続ける。
「私は・・・、私は美秋くんを愛しすぎた。美秋くんが私のこと、本当に、本当に愛してくれているのはわかってる。
普通のひとが一生過ごしても得られないくらいの愛を私はもらった。ずっと、永遠にこの愛が続くこともわかってる・・・。」
ほんの数センチ先にあるもみじの瞳。底のない透明さは、生を受けてから今これまで僕を包んでいたもみじの象徴に思える。
その瞳がうるんで、水のひとしずく、僕の頬に落ちる。
「でも、私はまだ足りない。ずっと一緒にいてくれるって言ってもらえて、ものすごくうれしかった。
でも、満たされないの。
例え世界の全てを敵に回しても、私を愛して欲しい・・・。
例え全てを失っても、私を愛して欲しい・・・!
ね、ごめんね。私、こんなにわがままで・・・、でも、おさえ・・・きれなくて。
はりさけ・・・、そうで・・・っ!」
そこまで言い切って、もみじは僕の胸に顔をうずめて、静かに泣いた。
僕はもみじをできるだけ優しく抱いた。背中が少し震えていた。
少し落ち着いたもみじは、言うべき言葉の最後を僕に。
「・・・ね、私の言いたいこと、もうわかったよね・・・?」
漠然と抱いていた想い、多分僕の思い違いじゃなかった。
「・・・もみじが、全てにおいて僕の最優先であること。」
そして。
「わたしが、美秋くんにとって夕美さん以上であること。」
決定的になった。もみじが抱いているのはきっと、嫉妬とかそんなものじゃなくて。
絶対的な憧れ。望んでも決して得られない僕との関係性。得られないとわかっているから、もみじは。
「私が、美秋くんにとって女性の全てでありたい。美秋くんの世界のすべてでありたい。
美秋くん、ねえ、それでも私を受け入れてくれる?」
もみじの想いはすごく突飛なようでいて、でも僕の心のどこかで、あらかじめわかっていたことのように思えた。
けれど、ひとつだけ確かなことがあるとすれば。
僕は、決してもみじのなにごとも、拒めはしないということ。
僕はもみじにキスをする。その行為に僕の全ての想いを込めて。もみじはそれを受け止め、熱を帯びた舌で応えた。
「ね、知ってる?」
契約じみた儀式を終えてすぐ、もみじは頬を染めたまま次の話題へ移る。よく頭が回ると思う。
体を起こして、僕を高いところから見下ろすようにしてから、続けた。
「この国の最初の恋人の話。彼女の方がこう言うの、『私の体には足りないところがある』って。
彼氏の方はなんて言うと思う?」
いきなりそんなこと言われてもわかるはずがない、そんな話知らない。
もみじは僕の腹にまたがる、もみじの液体で冷たくなる。上気した笑みを浮かべ、答えを言う。
「『じゃあ、僕の出すぎた部分で塞ごう』って。ねえー、えっちだねー。でもね、そうやってできたのが、この国なんだって。」
どう反応していいのかわからず、次の言葉を待つ。その間にも、お腹にぬるぬると擦り付けられる。
「だからね、私も美秋くんが愛してくれるだけじゃ足りない、って言った。ね、だから・・・。」
そこまで言って、珍しく歯切れが悪くなる。なんとなくわかった。
「それじゃあ、つまり・・・。」
「や、最後まで言わなくていいから・・・。」
えらく遠回りしたけど、要するにそういうことらしい。いや、もしかしたらその話を
持ってきたことに意味があるのかもしれないけど。
「じゃあ、いくよ?もみじ。」
と、そこまで言ってからこの体勢じゃ僕から働きかけることができないことに気づく。
もみじを見る。目を細め、無言で語りかける。全てを悟った。
「!?」
次の瞬間、僕の先端が熱いものに包まれる。
「ん・・・、く・・・っ!」
かみ殺した声とともにもみじの腰が少しずつ下りてくる。熱を感じる範囲が広くなり、そして、全てが包まれた。
それを味わうのも忘れ、体を起こしてもみじを抱きしめる。
「もみじ!そんな無理を・・・っ!」
「無理、なんか・・・、してないよ・・・?」
明らかに肩で息をしながら、そう言って僕をさえぎる。
「それに、美秋くんにまかせたら・・・、私を気遣って、途中でやめちゃうもの。」
ほんの少し僕を非難する色を混ぜて、そう続けた。そんなことない、言いかけて、さっき逃げ出しかけた僕を思い出して。
本当に僕を知り尽くしている。勝てないな。悔しいような、嬉しいような。
それでも、僕だってもみじのことは誰よりも理解しているから。
抱きしめる腕に力を込める。
「・・・大丈夫?」
痛い?とは聞かない。
「・・・やっぱり、わかっちゃう?」
腕を緩めて、もみじと見つめあう。涙が浮かんでいた。
「わたしはね、痛くないのにね・・・、でも、体が勝手にいたくて。
やなのに、泣きたくなんてないのに・・・。・・・うっ、うあぁぁ・・・。」
もみじはその体を僕の胸に預け、嗚咽を漏らし始めた。
ごめん、って言おうとして、それはもみじに悪いと思ってやめた。
ただ、もみじが落ち着くように。左手で背中をさすり、右手でもみじの頭をなでた。
黒い髪が、さらさらと流れていった。月の薄明かりだけが、僕らを見守っていた。
このペースはやばい。どうもです。
終わらそうとして、やっぱり長くなります。
終わるまでは多くを語らず。
ひきつづきがんばります。これからもどうかよろしくです。
神に心からの賛辞を。
367 :
名無しさん@ピンキー:2005/12/08(木) 21:37:44 ID:uDgU3SDb
がんばれ
じゃあぼくもがんばってうみます(><)
今より二十年も前は、平成バブルの直前という事もあって、何だか賑やかな時代だっ
た。特にその頃に少年時代を過ごした人は、忙しく働くお父さんとお母さんを見てきた
はずである。
くるぶし小学校に通う喜多嶋昇もその一人で、共働きの両親と姉の由紀、そして可愛
がっている犬のポチと穏やかな生活を送っていた。昇は負けん気は強いが心は優し
く、クラスの友達などともボチボチうまくやっていけるお調子者で、先生受けもまあま
あといった感じ。将来の夢はファミコン名人。この事は小学校の卒業文集にも記すの
だが、大人になってから物凄く後悔する事になる。が、それはさておく。
「昇くん」
名を呼ばれて昇が振り向くと、そこには近所に住む印南香織が息を切らして立ってい
た。おそらく昇の姿を見つけ、駆けて来たのだろう。頬がふっくらと紅づいている。
「おお、印南か。お前も今、帰りか」
「うん。ねえ、昇くん。あたし、ドラクエU買って貰っちゃった。今からやりに来ない?」
「ええ、すげえな!いくよ、いく!」
ドラクエUと聞いて昇は色めきたった。この頃、爆発的に売れていた任天堂ファミリー
コンピューター用ゲームとして世に出されたドラクエU。品薄でどこの玩具屋でも手に
入らず、たとえあったとしても他の不人気ゲームとの抱き合わせでしか売ってくれなか
ったりして、問題化したソフトである。もちろん、昇は持っていない。
肛門丸氏キタコレ
初冬の公園通りを赤と黒のランドセルが仲良く並んで揺れている。ここを抜ければ香織の
家はもう目の前だ。昇の家はその裏側にあり、塀越しにランドセルを庭に放り込んでおけ
ば手間がかからない。どうせ父母は仕事で遅くなるし、姉も部活で六時までは帰らないの
だから。
「昇くんもファミコン持ってたよね。ソフトは何持ってるの?」
「・・・カラテカとスペランカー」
「・・・ごめん。変なこと聞いちゃって」
「いいんだ。玩具屋のオッサンの言う事を真に受けた俺が悪いのさ」
当時は子供だましというか、やっぱり大人には狡さがあった。特に駄菓子屋、玩具屋では
それが顕著で、ガンダムのプラモのパチモンをアメリカ製だとか言って、無垢な子供に売
りつけたりしたものだった。また子供はそうやって、大人の嘘に耐性をつけていくのである。
この場合、昇は玩具屋の店主に薦められ、定価で二本の問題作を買わされたという話だ。
お年玉を削って買ったので、本当に悔しかった。
香織の家に着くと、綺麗な女性が昇を迎え出てくれた。香織の母、香奈枝である。
「あら、昇くんじゃないの。さあ、上がってちょうだい。後で部屋にお菓子を持っていくわね」
そんな事を言われると、昇はにこにこと微笑んで頷いた。香奈枝は近所でも美しいと評判
で、美味しいお菓子を手作りしてくれる優しいお母さん。今の所、昇が一番、お嫁さんにし
たい女性のナンバーワンの座にいるお方である。
昇がのぼせたように母親を見つめるので、香織は何だか面白く無い。なので、すぐ隣に
ある昇の腕を力任せに抓ってやった。
「いてて!」
「デレデレすんな。ほら、私の部屋に行くよ」
香織は香奈枝に少しだけライバル心を燃やしながら、昇を自室に招いた。せっかく一緒に
いるのによそ見しないで。心の中でそう呟きつつ。
香織の部屋にはテレビがあって、いつでも自由に見る事が出来た。この頃からテレビは
一人、一台になりつつあり、家庭から団欒を奪っていったように思う。特に香織は一人っ子
で親が甘やかし放題だったために、CDコンポやビデオデッキまで揃っていた。もちろん、
ファミリーコンピューターも繋いである。そしてそこには眩い青色のカセットが挿し込んであ
った。
「おお、すっげえ!ドラクエUだ!」
「へん、どう?凄いでしょう。パパが買ってきてくれたの」
香織の父親は隣町の百貨店に勤めていて、手に入りにくいゲームソフトなんかを娘のた
めに裏技を使い持って帰るという。要するに店頭に並ぶ前に売り場へ行き、買うのである。
当時はそれくらいしないと、ドラクエUは買えなかった。
「おお、カッコいいタイトルだな。さすがドラクエ」
電源を入れた瞬間に鳴り響くサウンドに昇は痺れた。タイトルロゴも恐ろしく格好良い。
「昇くん、やってていいよ。私、着替えるから」
「そうか。悪いな」
もはやドラクエに釘付けの昇は、部屋の隅で衣擦れの音をさせる香織には気も留めない。
(鈍いというか、なんというか・・・)
スモッグとセーター、そして襞スカートを脱ぎ、スリップ姿になった香織は、ファミコンの
コントローラーを握りつぶさんばかりの勢いで手にしている昇の姿を見てため息をつく。
スリップの下は下着が透けていて、Aカップながらブラジャーだってしてるのに、昇はこ
ちらをまるで気にする気配が無い。
(少しくらい気にならないのかなあ・・・)
実をいうと香織は、最近とみに色気づいていた。母には及ばないが、胸だってちゃんと
大きくなっているし、顔だってまずまず可愛いと言われている。昇には話してはいないが、
他の異性からラブレターを貰った事もあるのだ。しかし、お付き合いはきちんと断った。
その理由は、目の前でドラクエに夢中になっている男である。
「昇くん」
「どうした、印南」
声をかけたが、昇は生返事をするだけで振り向こうともしない。その上、名字で自分を呼
ぶ事が腹立たしい。私はちゃんとファーストネームで呼んでいるのに。香織はスリップも
脱ぎ、女児用ブラとショーツ、後は靴下だけという格好で昇の傍らに寄り添った。こうな
ったら強行作戦である。
「ドラクエUは船で世界を回れるんだよ。スライム倒してレベルを上げたら、港に行こうね」
言いながら、香織は胸を昇の背に押し付けた。無邪気を装い、昇をその気にさせるつもり
だった。
「ちょっと・・・重いよ、お前」
圧し掛かられるような格好となり、昇は鬱陶しがった。しかし香織は、
「だってこうしないと、画面がよく見えないんだもん」
と言って、昇の胸に手を回すのである。おまけに半裸。ちょっと、お子様にしては行き過
ぎな感がある。
「アレ?お前、どうして裸なんだ?寒くないのか?」
さすがの朴念仁も香織の様子がおかしい事に気がついた。だが、コントローラーからは
手が離れない。今はちょうど戦闘の最中で、べギラマを喰らった所だ。
「裸じゃないよ。ブラとパンツ穿いてるもん」
べえ、と香織は舌を出した。やや小悪魔的なリアクションである。
「印南、ブラジャーなんか着けてるのか?」
「うん。クラスで一番早かったんだよ。ねえ・・・私のおっぱい、見たくない?」
香織はちょっと流し目をくれるようにして呟いた。このセリフは、深夜にやっている大人向
けの番組を見て、覚えたものである。自室にテレビがある強みだったが、しかし──
「ううん、いつも姉ちゃんの見てるからいいや。それより、こいつどうやって倒せばいいん
だ?教えてくれよ」
昇はやはり、ドラクエの虜になっていた。がくり、とうなだれる香織。ここまでやっているの
に。そう思うと、やけに無力感ばかりが募る。
結局、昇は二時間あまりドラクエをやり倒してから、帰る事となった。裏庭に放り込まれ
ていた弟のランドセルを発見した姉の由紀が、帰って来いと怒鳴ったからである。これが
なければ、昇は何時間でもドラクエをやっていたに違いない。
「じゃあ、俺、帰るわ」
「うん。また、明日ね」
名残惜しいが仕方が無い。しかし、ただで帰す訳にもいかぬ。昇を玄関まで見送った香
織は、辺りをちょっと見回した後、チュッ──と、昇の唇にキスをした。
「あっ!」
「へへ・・・びっくりした?」
呆気に取られる昇の顔を上目遣いに見て、香織は後ろで手を結びながら微笑んだ。
「キスの感想はいかが?昇くん」
お姉さんぶって話しているが、香織だってこれが初めてのキスである。胸はドキドキす
るし、膝だって震えてる。しかし、こちらから仕掛けた以上、リードは奪っておきたい。子
供ながら、香織は中々に切れ者だった。
「なんか、レモンみたいな味がした」
「リップスティックかな。ほら、クラスで流行ってるでしょ?味のついたやつ」
香織が指を立てて唇をすっとなぞった。そう言えばクラス内の女子は皆、リップクリームを
持っている。昇は自分の唇にも指を当て、不確かな異性とのキスの感触を反芻してみた。
「バイバイ」
香織が手を振ると、昇もつられて手を振り返す。気がつけば昇の目は、柔らかな香織の
唇にばかり注がれていた。
(キス・・・しちゃったんだよな)
頬がかーっと熱くなり、胸がときめいている。昇は香織の顔がまともに見られなくなって
いた。そう言えばさっき、下着姿で抱きついてきたっけ。しまった、もっとよく見ておくんだ
ったと、心の中で他ならぬ昇の本心がそんな事を言う。
「なあ、印南」
「なあに、昇くん」
何か言うべき事があるはずだ。昇はそう思うのだが、中々、気持ちが言葉にならないで
いる。そして──
「また、ドラクエやりにきて・・・いいか?」
やっと出たのがこれである。しかし、香織は何やら察したような面持ちで、
「いいよ。そのかわり、私の事を印南、じゃなくて、香織って呼んでくれたら・・・ね」
そう囁いて、恥ずかしそうに家の中へ逃げて行ったのであった。
おしまい
思いっきり、三丁目の夕陽に感化されました。
肛門丸氏、GJ!
ドラクエU、懐かしいですね。
続きを激しく期待します。
目覚ましの音に目を覚ます。
眠気の残る目をこすりながら、カーテンを開けた。
軽い音を立てて、薄暗かった部屋に光が入ってきて眩しかった。
ほぼ同じタイミングで起きたらしい。すぐ向かいの窓に、よく見知った男の子の姿があった。
窓を開けると、肌寒い風が適度に温まっていた体温と空気を奪っていき、少しだけ目が覚めた。
「おはよう智世」
「うん……」
あくびを噛み殺して頷く。いくら気心が知れてるとはいえ、人前で大口開けるのは女の子としてどうかと思って。
「後ろの方、寝癖ついてるよ?」
「ん……」
言われて頭に手をやってみると鳥の巣の如き感触が。
これは…かなりひどいなぁ。
「……ちょっと時間かかるかも。彩太、先行ってていいよ?」
「いい。待ってるから」
「でも……」
「そのかわり、可及的速やかに、ね?」
「うん」
頷いて、そのまま開いてた窓を閉めた。
閉める間際に、ふわりと朝の風に甘い香りが漂って鼻腔をくすぐった。
垣根に植えている、金木犀の香りだ。
静かに甘い香りは、夏が本当に終わり、秋が来たのだということをあたしに教えていた。
いつもと同じ生活。
母さんにおはようって言って、ご飯食べて身支度して家を出た。
「いってきます!」
そう言って玄関の扉を勢いよく開けると、何だか鈍く殴打する感触。
……あれ?
顔だけ出して扉の裏側を見てみると、顔を抑えてる彩太がいた。
「えぇと……」
ちょっと状況がわからなくて混乱。
つまりこれって……?
「ごめん彩太!」
反射的にあたしは彩太に謝っていた。
よく分からないけど、あたしが悪いような気がする。
「ううん、すごい近くでボーっとしてた僕が悪いんだよ。智世をびっくりさせようと思ったんだけど」
「ある意味びっくりした」
いや本当に。
あたしの言葉に彩太は軽く笑って。
「行こっか」
「うん」
差し出された手を握って、歩き出す。
走る必要のない、のんびりした時間帯。
夏の熱を含まなくなった空気の中、いつもの道を歩いていく。
「もうすっかり夏が終わったね」
「うん。朝ね、金木犀の匂いがしたの。気付いた?」
ううん、と首を横に振る彩太。
「もう秋なんだなあ」
「10月に入ったしね…この前まではこれじゃ暑くてしょうがなかったんだけど」
冬服の紺色のセーラーを指差すと、彼も自分の詰襟をつまんでみせて
「でも僕、正直まだこれだと暑いよ」
そう言ってうんざりした顔を見せる。
「彩太がホックをきっちり上まで止めてるからだよ。1つ2つくらい外しておけばいいのに」
「でも外してるとなんだかしまらないし……」
そんな、他愛もない会話を交わす。
いつもと同じ朝だ。
いつもと同じなのだけど…少しだけ、違うことがあった。
「あのさ、智世」
「ん……?」
「今度の日曜日さ、空いてる?」
問われて、ちょっと考える。
日曜日……は確か……
「暇だよ。何かあるの?」
うん、と頷いて、だけどなかなか彩太は先を言おうとしない。
「彩太?」
「実はね、僕、招待券貰っちゃったんだ」
「ショータイケン?」
一瞬何を言われたのか分からず、鸚鵡返しに問うあたしに、彩太は頷いた。
「うん、遊園地の」
「ああ……ショー体験ね。遊園地の」
そんなの貰ってどうするんだろう。ていうか、ショー体験の何を貰ったんだろう。
「違う、招待券。つまり、タダ券だよ」
首を捻ってると、彩太に訂正された。しかも呆れ声で。
……恥ずかしい。
「ああ、タダ券ね。良かったじゃない。お土産よろしくね」
あたしがそう言うと、何故か彩太はちょっと暗い顔をした。
どうしたんだろうか。
「……智世」
「うん?」
「あのね……招待券、貰ったんだけど」
「うん」
「2枚、貰ったんだよ」
「うん……え?」
気が付けば、彩太とあたしは歩みを止めていた。
すこしだけ鼓動が早かったり、彩太の顔が赤い気がするのは……そういう事なんだろうか。
「あたし、ひょっとして誘われてた?」
呆然と呟くと、彩太は黙ってこっくり頷いた。
でも……
「諭笑は、どうするの?」
諭笑はあたしと彩太の幼馴染で、あたし達の弟分みたいな奴だ。
あたしと彩太と諭笑は、いつも3人で遊ぶことが多かったから。
2人っきりで遊びに行くのは諭笑を除け者にするみたいで、なんだか気が引けた。
「あ、うん。でも……2枚しかないからさ。諭笑には悪いけど、二人で内緒で、ね?」
「そっか……」
アイツ、遊園地とか大好きだから、きっとばれたら地団太踏んで悔しがるだろうな。
アヤとトモだけ楽しい思いしてズルイ! って。
「ん……あたしとしては、お弁当一人前作るの減るから、楽でいいんだけどね」
あたしの言葉に、彩太は吃驚したような顔をした。
「智世、料理できるの?!」
うわ、失礼な反応。
「出来るよ! そんな、漫画じゃあるまいし」
砂糖と塩を間違えるとか。そんなことをしない限り、食べられない料理なんて出来ないだろう。
時折漫画でそういうのがあるけど、あれは一種の才能でファンタジーだとあたしは思う。
「……タガメとか、入れないよね?」
「何年前のことをほじくるのさぁ?!」
また、人の触れてほしくない過去を……!
幼馴染って言うのはこういう所が厄介だと思う。
自分自身が忘れていたいことを、こうして他の人が覚えててこっちに示してくるのだから。
むくれるあたしに、彩太は軽く笑った。
「あはは。いや何となく智世が料理っていうとアレが真っ先に思い浮かんでさ。期待してるね?」
「ん……期待されるからには、応えないとね」
しかし……彩他と二人で、お弁当持って遊園地、か。
「彩太、これってさぁ……デート、って奴かな?」
「……!!」
耳元でこっそり囁いてやると、見る見る内に彩太の顔が赤くなっていく。
あははは、愛い奴よのぅ。
「ね、どうなのかな?」
「っ知らないよっ! それより、急ぐよ!」
そう言って彩太は走り出した。
手を繋いでるあたしはそれに引っ張られる形になって、ちょっと体勢を崩しそうになる。
「あん、ちょっと待ってよ」
転びそうになるのを堪えて、あたしも走り出した。
こっちの方もドキドキしてたり、はっきり答えてもらえなくてちょっと残念な気持ちがあるんだけど。それは彼には内緒。
時々こういう事があって、なんとなく生きてるっていいなぁ、なんて思える日々。
こうして、今日も一日が始まる。
「おいトモ。トモー? トモっ!」
「え?」
気が付くと、一人の男の子があたしの肩をつかんで、心配そうにこっちを見つめていた。
「ちょっと諭笑。ちゃっかり人の肩に手ぇやってんじゃないわよ」
「ちゃっかりじゃねーよ。さっきからずうっと俺トモのこと呼んでたんだぞ。
肩掴むまで無反応って、ちょっと寝惚けすぎじゃないか?」
「……そうだった? ちょっと考え事してたからね。悪かったわ」
本当に無視はしていない。
ただちょっと……あたしがぼんやりしてただけの事だ。
「そか? まぁいいけどな。あんまり立ってぼーってすんなよな」
今度はちゃんと反応したのに満足してか、彼は軽くあたしの肩を叩いて手を戻した。
教室で、昼休みなのにあたしは諭笑が心配してしまうほどぼーっとしていたらしい。
「それよかさ、今日からトモ、また一人なんだってな?」
「ん、まぁね」
確かにお母さんがお父さんの実家の方の世話焼きに行ったから、今夜からあたしは家に一人っきりだ。
秋口はお婆ちゃんの精神状態が悪くなるみたいで、いつもこの頃はあたしは一人暮らしをする羽目になる。
危ないかなって思わなくもないけどもう慣れた。
「……ちょっと待って。何でアンタがそんな事知ってるの?」
「へっへー。実は昨日の夜な、おばさんから電話あったんだ。トモのことよろしくねって。母さんがそー言ってた」
「それ絶対にアンタに言ったんじゃないから。おばさんに言ったから」
んー……そんな風に心配してくれるなら、あたしも連れてってくれたらいいのに。
ま、学校あるし……休みでもない限りそれはないか。
「そういう訳だから。トモうちくるだろ?」
……は?
「なんで」
あたしの当然な疑問を予想もしていなかったのだろうか。諭笑はすこしきょとんとした顔でこっちを見てきた。
「なんでって……トモ一人じゃ起きれないじゃん」
「アラームかけるから平気です一人で起きれますぅー。諭笑じゃあるまいし」
嫌味をまぶしたあたしの答えにちょっと諭笑は考えてから。
「トモメシ作れないじゃん。ここは一念発起して母さんに料理習って俺の為に弁当をだなぁ……!」
「何を根拠にそんな言い掛かりをつけるのか知りませんがちゃんと人並みに料理できますぅー
……大体、何であたしがアンタのエサを作らなきゃいけないのよ」
沈黙が降りる。
「………」
「………」
「トモのいけず……」
そんな事言ったって全部本当のことなんだからしょうがない。
諭笑はおばさんにお弁当作ってもらってるわけだし、それを何であたしが代行しなきゃならんのか。
やれやれと思いつつこっちを見てる諭笑を無視してお弁当箱片手に席を立とうとする。
……と、後ろから肩をポン、と叩かれた。
「お二人とも、邪魔だったかなあ?」
にやにやしてるこの子は穂積真琴。あたしにとって、一番親しくしてる友達だ。
……親友というより、悪友、っていったほうが適切だろうけど。
「や、別に……」「なあ聞いてくれよ穂積ー。トモってば、すげえイケズでやんの」
あたしの言葉をひったくって諭笑は真琴にそう訴えた。
顔の前で乙女のごとく手を組んで、くねくねさせるさまは正直鬱陶しい。
真琴は、といえば相変わらずにやにやしてる。
ちら、とこっちを見てから諭笑の方を向いて
「ほーほー。高坂君は智世に今度は何言ったのさ?」
「トモな、今夜から一人暮らしなんだよ。それで女の子の一人暮らしって危ないだろー?
でオレ心配だから、トモにオレんち来いよって言ったのよ」
うわぁ。ストレートに伝えますかコイツ、バカだ。
いや、諭笑が色々な意味でバカなのは今更なんだけど。
これ、高坂諭笑はあたし・水上智世と腐れ縁というか幼馴染というか。そういう間柄の奴だ。
昔はあたしよりも小さくて泣き虫だった諭笑は、今は無駄に図体だけがでっかくなったけど本質は変わってない。
昔っからトモトモトモトモって、子犬みたいにこっちに纏わり付いてくるんだ。
今は子犬って言うか、人懐っこすぎる大型犬て感じか。
コリーみたいな賢さを感じさせる犬種ならいいのに、明るくて無駄に強い癖っ毛とか、全体的に薄い色素や警戒心
のない顔立ちは、ゴールデンレトリーバーとかそんな感じの犬を思わせる。
抜けてても愛想と愛嬌があるから、クラスの催し物でも何かと中心に引っ張ってこられて、結構そういうの纏めるのも上手いんだけど。
あたしの言った冗談を頭から信じてたり、今みたいな言って欲しくない事を平気で漏らすあたりが、諭笑をバカだと判断してる理由だ。
「へえぇ。智世もいけずっていうかむしろその方が当たり前よねぇ。高坂君積極的ー」
「そうかぁ? トモが心配なのはオレだけじゃなくて母さんもだし、ていうかトモ家に呼ぼうって言い出したの母さんなんだけどな」
「それを早く言わんかあっ!」
あたしの叫びに、諭笑がえ? という顔をして振り返った。
真琴のほうもなんだか呆気にとられた顔をしてる。
「なに智世。お母さん公認なら香坂君ちに泊まれるの? なんていうか策略家ねえ。お姑さんへのフォローもばっちり?! みたいな」
「なんだよー。オレが言ったら駄目で母さんが言ったらいいのかよー」
呆れてんだがこっちをおちょくってんだが分からない真琴といきなりいじけ出す諭笑。
「や、行かないけどさあ。おばさんに心配されてるのか、あたし……」
「そりゃートモ女の子だかんな。母さんにトモの事娘みたく思ってる節あるし。そ――」
何かを言いかけて、諭笑は動きを止めた。
「――母さん父さんはトモがこっち来るもんだと思ってんぞ」
「大丈夫だよ。おじさんもおばさんも心配性なんだから」
「おー。だからさ、今日家にちょっと顔出してくれよな。そしたら多分安心すっから」
「……ん。いいよ」
「あーお二人さんお話中非ッ常ォーに申し上げにくいんですが」
つんつん。
脇を真琴につつかれる。
「高坂君、丸山さんもう委員会行っちゃったよ。追っかけないと」
言われて慌てた様子でプリント数枚片手に立ち上がる諭笑。
「ちょっと行ってくる。じゃ、トモ放課後な!」
「ん」
ばたばたせわしない様子で諭笑は廊下を走っていった。
そういえば、アイツ今度の文化祭の実行委員だったっけか。
文化祭はもうすぐだから、色々忙しいんだろう。
「迷惑かけてないといいけど」
「いやいや智世。そりゃちょっと香坂君に失礼じゃない?」
あたしの言葉に笑う真琴。
彼女は片手に持っていたビニール袋を机に展開して、サンドイッチと紙パックのジュースを手にしていた。
あたしもお弁当箱の蓋を開いて食べ始める。
「でもさー。諭笑って、かなり抜けてるじゃない」
「そりゃ智世だけにでしょうよ。高坂君かなり気配りの人なんだから」
それは分かってるけど。
「愛想と面倒見はいいからね。そっち方面は心配してないけど重要な事に限ってミスするから、アイツ」
「あぁそっちねぇ。丸山さんも居るし大丈夫でしょ」
「丸山さんに任せるしかないよね……あのバカ、近未来の流行・虫料理で屋台を出すとか言ってたんだよ」
「……いやぁ、さすがに冗談……でもないかもね、高坂君だし」
「諭笑だしね。ホント、丸山さんに任せるしか」
クラスの未来を勝手に丸山さんに託して、取り敢えずご飯を食べる。
見れば真琴はとっくにサンドイッチを平らげていて、ストローを咥えて空になった紙パックをぺこぽこ鳴らしていた。
やがてストローから口を離して、はあっとため息一つ。顎を机につける体勢になってこっちを見てくる。
「――何で智世と高坂君って付き合ってないの?」
……またそれか。
あたしはご飯をつつく手を休めずに、心の中で吐息した。
いい加減うんざり、という気持ちを篭めて、音を立てて箸を置く。
「あのね真琴。諭笑とあたしはただの幼馴染なの。かなり長い時間一緒に居るけどさ、それだけなんだって」
「それだけねえ」
不満そうに口を尖らせる真琴。
「それだけだよ。あたしにとってさ、諭笑って弟の様なもんなのよね。だからそーゆー対象には今更見直せないんだって」
「智世にとってそうでも高坂君にとってはそうじゃないかもよ?」
……しつこいな。
「諭笑にとってもそうだと思う。長いことの腐れ縁だもん。向こうにとってもあたしは空気みたいなもんでしょうよ」
「空気。――空気、ね」
意味ありげにそう言うと、興味をなくしたように真琴は目を伏せた。
だってそうだろう。
諭笑は昔とちっとも変わらない面倒のかかるけど、ほっとけない弟。
トモトモって、あたし達の後ろを付いて回って、屈託なくじゃれ付いてくる。
あの頃から諭笑はホントにちっとも変わってない。
・文章こなれてないの、めげない。
・どっかで見たようなの、気にしない
お願いします本当に。
肛門丸氏GJ!!
いやー、作品に漂うノスタルジックな雰囲気がいいですな。
このぐらいの年代だと結構思い出がかぶるところもあって、なおさら面白かったです。
>>387 いやー王道の三角関係いいですね〜
ところで彩太トモ諭笑の三人は同い年なんですかね?
トモと諭笑がクラスメートみたいなのに諭笑が彩太とトモの弟分って書いてあったので一瞬迷ってしまいました。
個人的には彩太に頑張って欲しいものですが…
続き期待してます
これなんてぎゃるげ
メモオフ1st思い出した
つーか名前といいこれって確信犯(誤用)ww
性別逆転がどういう効果をもたらすか。wktkして待ってます
最近スレが賑やかで(・∀・)イイ
ところで諭笑を何て読むのかが分からないのですが教えてくださりませ
ゆえ
>393
THANKS!!
なにこの連続降臨
どう見てもメモオフです。
本当にありがとうございました。
つか、彩太逝っちゃうんすか?w
>>396 メモオフまったく触ってないんですが
良ければどうメモオフなのか解説してくれません?
キャラの性別入れ替えただけで何からなにまで同じストーリー
>398
まぁ、これから先の話まで同じになるとは限らない
つか、そしたらタッチになっちまうじゃねーかww
>>398 元ネタは彩太諭笑が女性でトモが男性だと
そして彩太のほうがお亡くなりになるということですか…
なるほど
確かにそのままだとタッチになりそうですね
梅子マダー(・∀・)っ/凵⌒☆チン
これで我慢しな
つ 小梅太夫
403 :
名無しさん@ピンキー:2005/12/11(日) 00:50:10 ID:mBx1/V4b
ちょwwwwおまwwww
顔が元のやつに戻る瞬間がツボにはまったノシ
沙穂マダー?
おひさしぶりです。投下しますー。
――――はあ。
思わず漏れた溜め息が、浴室の壁に反響して、思ったよりも大きく響きました。
……うう。
「うわあ〜〜、もう、どうしよう〜〜」
俯いたまま、頭をぷるぷる左右に振ります。
ウチの古い浴室と違い、数年前に手を入れてリフォームしたきれいなお風呂は、平素ならば嬉しくなる物ですが、
今は全くもって真逆の思いにしか繋がってくれません。
ぴちょん。と、天井から雫が一滴、肩に落ちて、思わずびくりと首をすくめてしまいます。
「……なんだって、こんな事に……」
とほほ。と、更に溜息が漏れました。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
――不束者ですが、よろしくお願いします。とお付き合いをOKして。
肯いていた顔を上げてすぐに眼に入ったのは、みいちゃんの満面の笑顔でした。
普段、妙に不自然なさわやかぶりっこ笑いとか、或いは口の片端だけを吊り上げる邪悪笑いばっかりを
眼にしているせいもあってか、ホントに小さな頃を思い出させる、ひどく無邪気な表情に思わず見惚れてしまいます。
「真由子」
この人のこんな顔。本当に久しぶりに見たなあ。と、ぼんやりと思っていたせいで、反応が少々遅れてしまいました。
――あれー? なんか、近いなあー?
と、我ながらおまぬけな感想を抱いた直後。
「――ん」
くちびるに、少し乾いた――、でも柔らかな感触を覚えました。
う。うわ。わわわわ。
『今、みいちゃんにキスされてる』
その事実が頭に浸透すると同時に、全身の血が一気に顔に向かって集まるような気になりました。
もう、全身がっちがちに固まって、目も口もぎゅうぎゅうに閉じたまま、ただみいちゃんの服の裾だけを
きゅう。と握り締めている事だけが精一杯。
緊張で、あたまはくらくら。貧血を起こしそうでした。
口は真一文字に閉じてるから当然ですが、息継ぎなんかできませんし。
……鼻で息すればいいのに。と思われるだろうと思いますが。
こんな近いのに、みいちゃんの顔に鼻息がかかったりしたら、恥ずかしすぎて、とてもじゃないけど出来ません。
だから、ようやくみいちゃんの唇が離れてくれた時には、ふは。と口をあけ、大きく息を継いでしまいました。
「ふっ、んっ! んむ――っ!?」
終わった。と思ったその瞬間。
ファーストキスの余韻に浸る暇も無く、今度は口の中に、みいちゃんの舌が入り込んできました。
いつのまにやら、アゴをしっかりと押さえられていて、口を閉じる事も出来ません。
ぬるり。とした熱い舌がわたしの中に入ってきて、ほっぺの内側や、前歯の裏、口蓋までも舐めてきます。
「んう、ふっ……! んあ、うんん……っ!」
酸欠で苦しいのか、あたまがくらくらして、心臓が耳の横にできたみたいにどきんどきんとうるさかった。
口の中も、いっぱいいっぱい苛められて、みいちゃんの舌の感触がくすぐったくて、上手く飲み下す事ができなくて、
たくさん溜まってきてしまったわたしとみいちゃんのが混じった唾液のせいで、くちゅくちゅじゅぷじゅぷと、
音がすごくてもう恥ずかしくて恥ずかしくてたまらなくて、ちょっと待って。って言おうとしたら。
「……んうっ!」
じゅる。って音をたてて、くちのなかにいっぱい溜まったつばを吸われました。
「――あ」
そこで、やっとくちびるを解放されます。
目の前がくらくらして、そのままへたり込みそうになってしまいます。
「……っと。――おい、大丈夫か? まゆ」
腰と背中を支えられ、ぽふ。と目の前の胸に引き寄せられました。
見上げると、腹が立つくらいに嬉しそうな顔がありました。
……わたしのほうは、まだ動悸は治まらないし顔は真っ赤だしなんでか泣きそうっていうかすでにちょっと涙目で、今にも腰が抜けそう。
というか、多分支えられてないと絶対に膝が砕けるだろうな。っていう状態なのに、何でこの人はこんなにも平然としているのでしょうか理不尽な。
「……あのですね、みいちゃん」
「んー? 何だァ?」
「――わたし、なんていうかその、……はじめて、だったんですけど」
「そうか。俺もだ」
――そうですかー、みいちゃんもですかー。って、ちょっと待ってくださいよう。
「……すいません、ちょっと離してもらえますか?」
「いいけどよ、大丈夫か? まだ足ふらついてんじゃねェか」
いいですいいです座りますから。ていうかですね。
「ちょっとみいちゃん、いいからあなたそこにお座んなさいっ!」
屋上の床にぺたん。と座ったまま、涙目で見上げた状態では怒ったって迫力なんかゼロどころかマイナスだったとは思いますが、
不思議そうな顔のまま、同じように床に腰を下ろしてくれました。
「……何?」
「あ、あのですね。わたしもみいちゃんも、誰かとこんな事するのって、初めてなわけですよねっ!?」
「そうだ。っつってんじゃねェか。信用してねェのかよ、これでも結構キレイな身でいたんだぞ」
あ、いえ、あの。別にそういうのを疑ってるわけじゃないんです。ただ、でも。
「……い、いくらなんでも、いきなりフランス風は無いでしょうーっ!?」
一応その。やっぱりファーストキスって言う物には、人並みの憧れみたいなのが結構あったわけです。
……いきなりあんな激しいのは、わたしの想像の埒外だったわけで。
別に、嫌だったとか、気持ち悪いとか、そんなのは全然ないんですけどっ!
でも、あんまりにも予想っていうか想定外にすぎたので、ちょっと文句のひとつくらいは言いたくなってしまったのです。
「あー、まあ、その、なんだ。……ざっと五年分を濃縮した割には大人しい方だったと思うぞ?」
つうかむしろまだやりたりねェんだが。
じーっと顔を覗き込まれながら真剣な顔で言われます。
「ちょ、だ、ダメですよっ!?」
両手で口元をガードしながら、ずりずりと後ろに下がります。
「――おいコラ。逃げンな」
うわあ、待って。待って――!
さっきの衝撃からまだ完全に立ち直ってないのに、アレでもまだ大人しい。っていうようなとんでもない事されたら、
今度こそわたしの脳みそがどうにかなってしまいます。
「まーゆー。おとなしくしろー」
わたしの手をつかんだまま、そんな事を言ってきます。
そのくせ、さっきほど無理矢理にしようとしないあたり、ひょっとしてわたしがこうしてジタバタ抵抗してるのを
楽しんでるのではないか。という気がして、余計に腹がたちます。
絶対思い通りになってやるもんか。と必死に腕を突っ張っていると、鼻の頭にぽつり。と雫が落ちました。
つめた。と思うまもなく、ぱたりぱたりとほっぺたや腕に当たるほど、雨滴が六月の灰色の夜空から降ってきます。
「あ――、振ってきちまったなァ」
「はあ……、振ってきちゃいましたねえ。天気予報では明日は振らないって言ってたんですけども」
「夜の間に通り過ぎンじゃねェか? それよりもよ、このままじゃ濡れちまうだろ、
今日のところはよ、もっかい、俺の気がすむまで色々やらせてもらって、そんで帰るとしようや」
……どさくさに紛れて何自己中全開な事を言ってますかみいちゃん。
「きゃ、却下ですよっ! さっきもうあれだけしたんだから、もういいじゃないですかあっ!」
「馬ッ鹿野郎、まゆこオマエ。たったアレぐらいのことでなァ、この俺の五年分のがっついた愛情が昇華しきれる
ワケが無ェだろうがッ! 具体的にはもっとこう、チューさせろあちこち触らせろ乳揉ませろエロい事いっぱいさせろ――ッ!!」
「なんだってそうリビドー垂れ流しなんですかアナタって人は――っ!!」
数分前までの甘い空気など、完全に地平の彼方に吹っ飛ばしつつ、ジタバタ押し問答をしている間にも
雨脚はどんどん強くなっていき。
「……解った、今回は俺が諦める……」
勝った。と思ったときには、もう二人ともずいぶんと濡れてしまっていました。
「ちょっと待て。オマエそんな格好で帰ったらおじさんもおばさんも心配するだろ。ウチ寄って乾かしてから帰れ」
みいちゃんのその言葉に、それもそうかなあ。と思い。
「いいからいいから。風呂沸いてるはずだから入って温まってこいよ。風邪引かす訳には行かねェしよ」
確かに、少し寒かったので、お言葉に甘える事にして。
ほくほくと温かなお湯に浸かって、気持ち良いなあ。と手足を伸ばしたのが十分前。
タオルと着替えを置いておくぞ。というガラス戸越しのみいちゃんの声にありがとうございます。と返した直後。
「――男の部屋にノコノコ付いてきて風呂にまで入っておいて。
何も無い。で済むとは、まさか思ってないよなァ? なあ、まゆこ?」
と言われて硬直したのが五分前――。
あ。
ああ。
う、うわああああっ!?
ど、どうしよう――っ!?
これからようやくエロくできそうなんですが、難しいです。
他の神様達の、萌え萌えでエロというのを見習いたいと思います。
それではいずれまた書けたら来ます。
すいませんでした。
既に充分えろいキスえろい。
待ってました。続きが楽しみです。
早起きしてよかったあああああああああ!!!!
GJ!!続きを心待ちにしております。
ふむ。
さて、朝からいきり立ったこいつをどうしたものか(↓を見ながら)
ちょ、あんた朝から…あぁもう、起こしになんか来るんじゃなかった。
な、何よ。あたしのことじろじろ見て。いいからホラ、遅刻しちゃうよ。支度しなさい。
みーちゃんとまゆこキタ━━(゚∀゚)━━
前回の投下「告白成功めでたしめでたし」でもしかして終わり!?
と不安になっていたのですが、よかった。
とまどうまゆこも可愛いですが、みーちゃんのストレートすぎる愛情表現もイイ!
次の投下も期待してます!
みーちゃんとまゆこすっげー待ってましたGJです
彩太が教科書を忘れたって言うから、一緒に教科書を見ることになった。
「ん」
「ありがと」
席をくっつけて、ちょうど真ん中の溝に教科書を置く。
で、授業が始まったんだけど。
「…………」
ちょっと彩太の方を見てみると、彩太はこっちを見ずにちゃんと前を見ていた。
あなたの真面目な授業態度はあたしも見習いたい所です。だけど距離が大分近すぎやしませんか。
ちょっと動いただけで彩太の体にぶつかっちゃいそうで集中できない。
いいや、後で彩太に写させてもらおう。
ノートをとる手を休めて、集中できない原因とは反対の方向、窓の方を向いた。
窓を隔てた空は青く染み一つなく。その下にはキラキラ光る滑らかな海。
水平線から少し目を落とすと、海の反射で黒く光る、教会の十字架が見えた。
穏やかな風景に、窓を一枚隔てた向こう側は別世界なんじゃないか、なんて錯覚を起こしそうになる。
「智世、智世」
「ん?」
そんな感慨にふけってると、小声で名前を呼ばれた。
振り向けば集中できない原因がちょっと眉を立ててこっちを見てる。
「よそみしてちゃ駄目だって智世。先生がこっち見てたよ?」
「だって集中できないんだもん」
「そういう事言っちゃ駄目だよ」
ちょっと困ったような顔をする彩太。その癖、口許は微かに笑ってる。
「集中できない原因に言われてもなぁ」
「え?」
「なんでもない」
先生に目を着けられるのも嫌だったから、減らず口を聞きつつ素直に顔を教科書に戻した。
せめて授業に参加してますよってポーズをとるためにノートを取る体勢をとる……んだけど。
肘が、彩太の肘とぶつかった。
「彩太」
「え?」
「さっきから思ってたんだけど、距離近すぎ」
彩太は教科書の真ん中を抑えるようにして肘を突いてる。
自身の机どころかあたしの机の方に、ちょっと身を乗り出す感じだ。
そんな事しなくたって、教科書は見えるだろうに。
「でもこうやって抑えてないと……」
ちょっと肘を上げる彩太。
すると開いてた教科書は、彩太が肘を浮かせた分だけページを閉じようとしてしまう。
「……ね」
「……」
暗にちゃんと勉強してないでしょ、って言われてる気がした。
……恥ずかしい。
体がくっつくとかより他の事を気にした方がいいような気がしてきて、あたしは本当に授業に集中することにした。
顔を上げたり身じろぎすると肩や肘がぶつかるけど、気にしない。
気にしたりなんかしないってば。
「智世」
「……」
「もうすぐ、文化祭だね」
「……」
「文化祭終わったら、クリスマスが来るよね」
「……一ヶ月も後だけどね」
「諭笑の聖歌、見に行く?」
諭笑はさっき窓から見えた教会がやってる聖歌隊に入ってる。
本人は教えてくれないけど、ピアノやってるおばさんに習ってオルガン伴奏をしているって聞いた。
今年辺りを最後にして、聖歌隊を抜けるかも、とも。
「今年で止めるって聞いたし、最後にからかいに行ってもバチあたらないよね」
「素直に行くって言えばいいのに」
「行くんじゃなくて、行ってあ・げ・るんだよ」
あげる、と言う部分をわざわざ強調。
自主的に行くって感じだとなんかしっくり来ない。
「諭笑の事になると素直じゃないよね、智世は……あ」
「?」
顔を上げる。
と、彩太のすぐ横に立ってた先生と目が合って。
あたしと彩太はたっぷり絞られたのだった。
週番だった掃除を終えて教室に戻ると、何故か諭笑と真琴が委員長と一緒に居た。
委員長はいつもながら真面目な顔をしてるんだけどそこはかとなく表情が厳しくて、真琴はなんか怒ってる。
諭笑はというと、困ったような顔をしていた。
「どうしたの委員長。二人が何かした? 不純異性交流でもしたとか」
「不純異性交遊って、一体いつの時代の言葉よ……」
真琴は怒りからあたしへの呆れへと、表情を転じる。
場を和ますつもりで放った冗談に、真琴は乗ってくれたけど他二人は表情を変える所か一切スルー。
「水上さん。昨日、高坂君と一緒に帰ったって言うのは本当かい?」
「? ん。昨日は諭笑と一緒に帰ったよ」
「証明できる?」
うわ、何これ。何だか委員長尋問モード入ってるよ。
「ちょっと、何でそこまで高坂君の事疑ってるわけ? 二人もアリバイ証明する人が出てるんだからもういいでしょ?!」
あたしが面食らってると、真琴は下げていた眉を再び吊り上げて委員長に食って掛かった。
だけど委員長は真琴の剣幕なんてどこ吹く風、といった様子。
うーん、証明……ねぇ?
「……あ」
「何かあった?」
「うん。諭笑さ、あの時コンビニでルーズリーフとか買ったじゃない?
あのレシート。たしかレシートって買った時刻とか書いてあるんでしょ」
「あー!」
あたしの言葉にそう言えば、といった感じで声を上げる諭笑。
諭笑は早速お財布をポケットから取り出すと、そこからレシートの束を引き出した。
ぺらぺらとそれをめくる事数枚。
「あった!」
諭笑は一枚のレシートを取り出して、委員長に渡した。
委員長はしばらくそれを眺めてから、諭笑に戻して。
「――ごめん」
いきなり諭笑に頭を下げた。
何が何だか、こっちにはさっぱりなんだけど。
「結局、何だったのよ?」
委員長が去った後。あたしは二人に当然ながら疑問をぶつけた。
「あー。なんか一年の教室で昨日盗難騒ぎがあってさ」
今日のHRで先生がそんなこと言ってた気がする。
「委員長いきなり高坂君をとっ捕まえて『あれは君がやったんじゃないか』なんて言い出したのよ」
それはまたいきなりだな委員長。諭笑が困惑するのも無理ないよ。
「そりゃ大変だったわね、諭笑」
「おー」
「名誉毀損よね。録音機持ってたら委員長の発言、全部録音して然る場所に突き出してやったんだけど」
真琴はまだ委員長を怒ってるのか、ちょっと語調がキツい。
当の本人はさして気にした様子もなく、いつもの様にぼけーっとした表情をしてる。
何だかなぁ。かなり失礼な事をされたって感情、あるんだろうか。
「でもなんで委員長、何でそんなこと言い出したのかな」
「あー、それは、だな」
「この前委員長、一年の教室に高坂君が居たのを見たんだってさ」
口ごもる諭笑の代わりに真琴が答えてくれる。
「騒ぎがあったのはF組で、委員長が高坂君見たのはD組らしいんだけど」
目ぼしい物を探してたんじゃないか…って事か。
「諭笑は本当に一年の教室に行ってたの?」
あたしの問いに諭笑はしばらくだんまりを通していたが、やがて
「……あー。何だか秋だしなぁ。ちょっとセンチな気分に浸りたくなるんだよこの頃。
夕日がオレを呼んでるぜ、みたいな」
「あーはいはいそーですか」
「うわ心底どうでも良さそうな言い方だなぁ。傷つくぞ」
うるさい。
「あはは……じゃ、私そろそろ帰るわ」
「うん、また明日ね」
「おー、じゃあな」
真琴が出て行って、教室に残ったのはあたしと諭笑だけになる。
「オレらも行こっか」
「ん、そうだね」
そしてあたし達も教室を出た。
諭笑の家からは、カレーの匂いがしてた。
「今日はカレーか。母さんトモが泊まるもんだって思ってたからな」
諭笑の事は色々言ってるけど、あたしは昔から色々付き合いのあるおばさんが好きだ。
そして頭が上がらないというか、何か頼まれると嫌と言えないというか……
とにかく、おばさんの好意を無下にする、という事はあたしにとって最大に良心の呵責を覚えることなんだ。
今も、おばさんが泊まっていけば?と提案してそれを断る。という未来を予想しただけで、変に鼓動がうるさくなっている。
「プレッシャーかけないでよ。今も正直言いだす自信が揺らいできてる所なんだから」
「オレはトモが前言撤回して泊まってっても一向に構わないぞ?」
「あたしが構うんだっつの」
あー何だか緊張してきた。
一端あたしは立ち止まり、深呼吸を繰り返した。
すーはー。すーはー。落ち着け、あたし。
「ただいまー」
「うわちょっと待って心の準備が……!」
慌てるあたしに諭笑は何を今更、という顔をする。
「なにテンパる必要があるんだよ。母さんと話すだけだって」
「そりゃそうなんだけどさぁ……」
でもまあ、諭笑の言うとおりだろう。ムダに緊張してもしょうがない。
「――お邪魔します」
中にお邪魔すると、諭笑の言ったとおりおばさんはカレーを作ってた最中で
「丁度良かったわ。トモちゃんも食べていきなさいな」
あたしはおばさんの厚意に甘えることにした。
でも、まあ甘えっ放しってのもアレだし。
今あたしはおばさんに頼んで台所に上がらせて貰い、簡単にサラダを作ってた。
「ありがとねぇトモちゃん。お客様なのに手伝ってもらっちゃって」
「いえ、夕飯ご馳走になりますから。これ位はしないとですよ」
と、言ってもおばさんの用意してくれた野菜や果物を切って、ボウルで混ぜるだけなんだけどね。
キュウリを切ってると、不意に後ろから伸びた手が缶詰のみかんを摘み食いしようとした。
おばさんは躊躇なくその手をはたく。
「こーら。トモちゃんが居るのに行儀悪いことすんじゃないの」
「へーい」
どうでも良さそうな声がして、肩と頭の上に重みが生じる。
諭笑があたしの頭の上に顎を乗せてるんだ。
昔から諭笑はよくあたしの頭の上に自分の顔を乗せて、あたしのしている事を覗き込んでいた。
だからこの格好はまあ、いつものことで。
多分、真琴があたしと諭笑は付き合ってるんじゃないか、なんて事言い出すのは、普段からこういう事を
してるからなんじゃないかと思ってたりもするんだけど。まぁいいや、と放置してる。
昔はあたしが床に座ってる時じゃないと背が釣り合わなかったのに、今はこうして立ってても余裕で顎を乗せてくるんだから
本当に、無駄にでっかくなったよなぁ。なんて思う。
「ゆー君、包丁持ってる人にそういうことしないの。危ないんだから」
「……そうなのか?」
いやあたしに聞かないでよ。注意されたのは諭笑でしょーが。
「とりあえず、重くて野菜が切り辛いのは確かね」
「そっか。ごめん」
諭笑が離れる。
それを見てておばさんはくすくす笑ってた。
「本当、ゆー君ってトモちゃんには甘えたさんよねー。お母さんにはそういう事しないクセに、トモちゃんにはべったりなんだから」
「あー? 母さんまさかして欲しいのかよ」
「お母さんは、カレーをテーブルに出すって愛情表現がいいな」
「あー」
気の抜けた返事をすると、諭笑はお皿にご飯を盛って、カレーをよそい始めた。
あたしも野菜と果物を全部切り終えて、仕上げにヨーグルトをかけた。
ヨーグルトサラダの出来上がり。
「そう言えばさ。トモはうちに泊まらないってよ」
カレーとヨーグルトサラダをテーブルに並べて、三人でいただきますってしてから少し後。
不意に諭笑がそう切り出して、あたしはちょっとドキッとした。
正直、おばさんから言ってくる気配がないのでいつあたしから切り出そうか、タイミングを計ってたんだけどなかなか言い出せなくて
どうしようかって思ってたところだから、諭笑から切り出してくれて凄くありがたいのだけど。
「あら、そうなの?」
「……はい」
おばさんに問われて、あたしは小さくもごもごと答えることしか出来ない。
「母さんにはあんまピンと来ないかもしんないけど、やっぱ男の家に泊まってくのはばれると色々うるさいからさ
そーゆー根も葉もない噂が立って、面倒なことになった奴もいるし」
「嫌な話ねぇ。学校ってそういう目でしか男女間を見られないのかしら」
「他人のそーゆー話には母さんだってがっついてんだろ……でもまぁ、そういう事だから」
はいはい、と頷くおばさんだったけど、その後真面目な顔になってあたしの方を見た。
「でもトモちゃん、今の世の中って本当に物騒だから。何かある前に絶対に連絡入れてね?」
「はい」
あたしが頷いてそれでこの話はおしまいになり、ごちそうさまでしたをした後、あたしは高坂家を出た。
ホントは皿洗いまで手伝うべきだって思ってたんだけど。
遅くならないうちに帰りなさいっていうおばさんの言葉に、諭笑に家まで送ってもらうことになったんだ。
諭笑とあたしの家はそんなに離れてる訳じゃないんだけど、通り道は街灯が少なくてかなり暗い。
「思ってたんだけど、諭笑ってどんどんおばさんに似てきてない?」
「あー? そうか?」
「その語尾延ばしのとことかがね」
他愛もない話をしながら、ゆっくりと歩いてく。
夜風が吹いて、どこかの庭先に咲いているのか、微かに金木犀の匂いが運ばれてきた。
「どっかでキンモクセイが咲いてるな」
「ん、もう秋だもんね」
「うん」
「そういえばさ」
「うん?」
「さっきはありがとね。諭笑が言ってくれなきゃ、きっとあたしなかなか言い出せなかった」
「………」
諭笑の歩みが止まった。
何だろう、って思ってると諭笑はこっちをしげしげと眺めてくる。
「すっげー。オレトモに感謝されたのか?」
顔にあるのは純粋な驚愕の念。
そんなに驚くようなことだろうか。
「トモにゃ怒られたり騙されたり欺かれたりしてるけど感謝されたことってホントないからなー」
「ふうん、そんなに凄い稀な事態だったって訳ね」
前半部分は聞こえなかった事にしておこう。
「おー、明日は槍が降るかもなー」
「かもね」
「小テスト満点とってるかもなー」
「はいはい」
「トモがオレに好きって言ってくれるかもなー」
「はいはい、どう見ても腐れ縁です。本当にありがとうございましたー」
「トモがオレにちゅーしてくれるかもなー」
「チョーシにのんなバカ」
鞄持ってない方の手で諭笑の頭をはたく。
「イテー」
大げさに頭を抱えて笑う諭笑。
ふと、街灯も家の明かりもない暗がりに入る。もう家の前まで来ていたのだった。
「ホント、変わってないよね諭笑は」
「あー?」
きょとんとこっちを見下ろしてくる諭笑の頭をなでようとしたんだけど、手が届かず髪を撫でる感じになった。
あたしに撫でられてる髪の毛はさらさら素直そうだけど、実はすごい頑固なくせっ毛で今もあたしの手に柔らかく反抗してる。
動物の毛を撫でているみたいで、結構気持ちがいい。
「あたし達の後ろついてた頃と、変わってないなあって」
「――――」
「いいのか悪いのかって言えば、悪いところばっか言ってるけど、変わらずいい所はあるよ」
「――でもオレ、背高くなったぞ。あんまり泣かなくもなったし」
「表層的なこと言ってんじゃないの。あたしが言ってるのは本質の話」
「――――」
諭笑は答えず、その表情も闇に紛れて分からなかった。
あたしは諭笑の髪を充分に満喫した後、手を離した。
「……ん、諭笑ももう帰らないと」
「おー」
「じゃあね」
「あー」
肯定とも否定ともつかない、曖昧な返事をした諭笑に軽く手を振って。
あたしは誰も居ない我が家に帰宅した。
うはwwwwやっぱり見抜かれてるwwwww
本来は某変えてみるスレに「メモリーズオブ」と称して投下予定だったのですが
テキストだけ載せるには長すぎる。メモオフの方に投下するにはエロがなく、
改変部分が多いという事でこちらに投下させていただいております。
唯笑や主人公の性格が若干違ったり、色々付加されていたりしますが
根本的な流れはメモオフと同じ…な予定です。
>根本的な流れはメモオフと同じ…な予定です。
ダメ出しするつもりはないけど、ただの性別変換ネタよりは
「作者さんの望んだif展開」みたいな、オリジナル要素を見てみたい気も…
そっそれでは既に彩太がお亡くなりになるという山場がバレてしまってるじゃないでふか〜
一週間以内に続きうpのはずが……うぃす氏に迷惑もかけてしまったようですみません。
>>341-351からの続きです。
「あー、久しぶりだな。こうするのも」
私の少し上から、慶太の声が届く。
「うん……。最近忙しかったからね。慶太も店番多かったし」
そう言って、廻している手をもう少しだけ伸ばす。
「まあな。年末に向けて金が要るんだよ、色々と」
「慶太、何か買うものあるの?」
顔を上げて、慶太を見上げる。すると、なぜか慶太は私から目をそらした。
「……秘密」
「えー。教えてよ、私と慶太の仲じゃない」
首を傾げて、慶太に再度目を合わす。
「いくらガキの頃からの付き合いでも、ダメなもんはダメ」
「彼女のお願いでも?」
「ダメ」
抱き合いながらの、いつも通りの会話。
「……わかった。慶太またエッチな本とか買うつもりなんでしょ。私が処分しちゃったから」
以前慶太の部屋チェックをしたら、やたらに胸の大きな女性ばっかり載ったエッチな雑誌があった。
慶太は言い訳してたけど、処分させてもらった。……ひょっとしたら、またああいうのを買うのかもしれない。
「そ、そんなもん……買わないとは、言い切れんけど」
男の人の生理ってのは、頭では理解できてもやっぱりどうかと思ってしまう時がある。
「やっぱり。こーやって私を抱いてても、そういう本を買ったりするんだ。ふーん」
「ちっ違うって、俺が買おうとしてたのは……」
「してたのは?」
ちょっとだけジト目で見る。別に問い詰めたいわけじゃないけど、こうすると慶太の焦り顔が見られるから楽しかったり。
「あーもう、わかった。今月末になったら教えてやるよ!」
そう言って慶太が私のあごに手をやって、こっちを向かせる。そして。
「ちょっと……あっ……んんっ」
半ば無理矢理キスされた。でも、そこからはいつも以上に優しくて。
「んっ……ふっ」
唇を割って、確かめるように舌が入ってくる。久しぶりのキスに、私も無意識に応えた。
「……ふぁ」
唇が離れて、名残惜しそうな声が出てしまう。胸も高鳴ってる。
「なあ沙穂」
「ダメ」
慶太の顔が「しよう」って言ってる。ここ、学校なのに。
「いいじゃん、そのためのバカップル命令なんだから」
「あんたやっぱりそういうを企んでたんだ……ぁっ」
抱きしめられたまま、ソファに倒される。そして私の上に覆いかぶさった慶太が、子供っぽい笑顔を見せる。
「放課後、誰も来ない東校舎、先生方も会議でほとんど出払ってる、部屋には鍵が掛かってる。そして彼女と二人っきり。
この状況でしたいと思わないなんて男じゃないだろ」
言いながら、制服のブレザーのボタンを次々外していく慶太。私は……慶太の笑顔に流されそうになりながらも。
「慶太、もし見つかったりしたら停学よ? 受験を目の前にして」
しばらくしてないから、慶太がそう思うのもわかるけど……やっぱり、学校でするのはまずいと思うから。
「俺は一向に構わんッッ!」
「何それってちょっ、ダメーッ!」
「大丈夫だって、優しくするから」
セーターのボタンも外される。慶太はもうやる気満々だ。これは止められない……と、私は観念した。
「わ、わかったわよ……わかったから。ね、慶太」
慶太が少し力を緩めてくれたので、一息つく。
「してもいいから……。変な事しないでね、学校なんだし」
「? よくわからんけど、わかった」
慶太が制服の上着を脱ぐ。私も……とりあえずブレザーとセーターを脱いだ。
「久しぶり、だよね」
「10日ぶりくらい……かな。こんなに間開いたのも久しぶりだな」
「だから濃厚にやるぜー、とか言うんでしょ、慶太のことだから」
「ちぇ、お見通しかよ」
おかしくて、二人して笑った。
「ん……ぁ」
お互いソファに座る形で軽くキスしてから、慶太が私のシャツをはだけさせて手早くブラを外す。
「こういうことばっかり覚えて……」
愚痴っぽく言う私に構わず、ブラを剥ぎ取ってしまう慶太。じーっと私の上半身を見るその視線から、つい目をそらしてしまう。
「むう」
「何よ。慶太の持ってた本みたいに胸おっきくなくて悪かったわね」
「沙穂、それ時々言うよな。ってかさ」
私の胸をに下からそっと触れて、慶太が囁く。
「春先の頃より、ちょっとでかくなったろ」
「……そうだけど。よくわかったね」
大きくなったといっても、アルファベットの三つ目にぎりぎり届くか届かないかってくらいなんだけど。お姉ちゃんにはまるで及ばない。
「そりゃあ沙穂の胸がぺたんこの頃から見てるからなあ」
「まるで私がずっと裸を見せてたように聞こえる言い方はやめてよね」
慶太がゆっくりと私の胸を揉み始める。
「そういうわけじゃないけど。でも、沙穂の身体は俺しか知らないんだーってのがあるから、育ってくれてるのを見ると嬉しい、なんて」
「よく言うわよ……んっ」
軽く唇を吸われる。そのまま慶太のキスは首筋から鎖骨に下りていって、胸にまで達する。
「久しぶりだし、胸だけで沙穂をいっぱい気持ちよくさせてやろっか」
「別にいいよ……っく」
胸の周りの方に吸うようなキスをして、揉み解してくる。
じんわりとだけど、あのとろけて溶かされるような感覚が少しずつ体を浸していく。
先端の……私の、乳首は焦らされて硬くなっていた。慶太はそこにはまだ触ってくれない。そこを触ってくれたら……気持ちいいのに。
「ゃ……あぁっ」
心なしか吐息が、そして声が甘くなっている。それに慶太も気づいたのか、胸の一番感じるところ以外をしつこく攻めてくる。
「こ、このっ、胸フェチめ」
私の胸を揉んだり吸ったりしてる慶太の髪を撫でながら、苦し紛れに言う。すると。
「いいのか。胸フェチなのは今更だけど、そんな事言うなら先っぽ弄ってやらない」
「えっ……ぁ」
つい残念そうな声が出てしまった私を見て、慶太は意地悪く笑う。
「して欲しい、だろ?」
指先で、ぎりぎりそこには触れないようにくるくると円を描く。
「あぅ……うん。さ、触って」
息が荒くなって、して欲しくて、思わず頷く。
「じゅああれだ。私の乳首を弄ってください、くらいは言って」
「なっ、何を言って──」
「バカップル」
「こ、こんな時にまでそれを使うの……ずるいよ」
慶太はやわやわと胸を揉むだけで、それ以上はしようとしない。
「うぅ……」
いい加減でも優しい慶太なのに、どうしてこういう時はいじわるなのか。でも、抑えられない。
「…………って」
「なに、聞こえない」
「わ、私の乳首……弄って……慶太」
恥ずかしくて、でもこれから慶太がしてくれることに期待したりもして、声が震える。
「うんうんよく言えました、可愛いよ沙穂」
言って、慶太は。
「ひゃぁっ?! ……あっ、やだぁっ」
片方を指で挟んで擦って、片方は吸って舐めてくる。
焦らされて、恥ずかしい思いをしてまでおねだりしたせいか、いつも以上に気持ちよくて。
「だめ、学校なのに……声出ちゃうよ……っ」
「気持ちよくて?」
慶太の嬉しそうな顔。頷くと、また愛撫が再開される。まるでそこがスイッチになってるみたいに、私の身体は溶けていく。
「あ……はぁっ、んぅ」
硬くなってしまった先端を交互に吸われて舐められたせいか、胸が慶太の唾液でべとべとになる。
すっかり力が抜けて、ソファの背に身体を預けてしまう。それでも執拗に慶太は胸を弄ってきて、その度にそこから起きた波が身体中をゆっくりと巡っていって。
「ふぁぅ……ぁ」
吸われたり摘まれるたびに上半身の力が抜けて、慶太に寄りかかった。
しばらく、そうしていた後。
「沙穂」
「ぁ……下、脱ぐ?」
「いや、そうじゃなくて」
言いながら慶太は脱いで、パンツ姿になる。そして、ソファに横になった。
「まさか……」
「そうそう、バカップルじゃなくても定番っしょ。……沙穂、来いよ」
トントン、と自分の上を指差す慶太。つまり、弄り合いをしようというわけで。
「あ、脱ぐのスカートだけでいいよ」
「ねえ」
ん? と聞き返してくる慶太。私は恥ずかしがらないように、
「するのはいいけど、慶太の顔見えないの……やだよ」
そう言って、視線を外した後チラッと見る。すると慶太は。
「あ、それさ。実は二人とも見えるようにする方法があって。いいから横になれよ」
待ってましたとばかりに、慶太は私を手招く。促されるままに、私は横向きに慶太の横にくっついて寝る。
「慶太って……こういうの好きだよね。それで……どうするの?」
盛り上がったボクサーパンツをすぐ側に見ながら、脚の方にいる慶太に聞く。
このままだと、私が上体を起こしても慶太にしてあげることしか出来ないけど……。
「っと、どうだったかな。まずは……」
そんな事を言いながら、慶太は私のはいていた最後の一枚を引き下ろして、脱がせてきた。
「やっ……ちょっと!?」
すぐ側で慶太にあそこが見られていると思うとかぁっとなるのに、さらにお尻を下から持ち上げてくる。
「いいから。あ、沙穂は俺の脚の間に片手置くといいよ」
お尻が半分慶太の上に乗って、右肘は慶太の脚の間に。
「よくこんなの思いつくね」
「前に沙穂が言ってたからさ。俺もお前も身体柔らかい方だから、できるかなーって」
「もう……エッチなんだから」
言いながら、ゆっくりと慶太のパンツを下ろす。間近にがちがちになった慶太のものが現れて、ドキッとした。
「沙穂ー、こっち見える?」
「うん。ちょっとだけど」
実際、私の下半身に隠れて慶太はあまり見えない……けど、これなら確かに慶太の顔も見える。
これはこれで……凄く恥ずかしいんだけど。
「じゃ、しようか」
「うん……」
しようか、なんて言うのも今更変な話だけど、確認しあってお互い行為を始める。
「うわ、沙穂すごい濡れてる。どーりで染みてたわけだ」
「……っ、んぅ、ちゅうっ」
私の反応を楽しみたいんだろうってわかるから、答えずに思い切って慶太のを口に含む。
すごく熱い。私達が最後にしたあの時からずっと溜まりっぱなしではないと思うけど、いつもよりおっきい気もする。
「っ……うぅ、くぅ」
先っぽから中ほどくらいまで、ぐっと吸う。
そう言えば口でするのも……初めにしたのは私だけど、色々と仕込ませたのは慶太だったりする。
昔っから、色んな事を教えてくれて、覚えさせてくれたけど……何だか最近エッチ関連の事が──
「んっ!? ぅ……ふぁっ」
考えていた事が断ち切られる。慶太が指で私のあそこを弄って、そのせいでつい口を離してしまった。
「沙穂、ちょっと触っただけなのに。そんなに良かった?」
「ばか……。あむっ、んっー……」
「くっ」
慶太のが、ぴくっと震える。感じてくれたんだとわかって、その辺りをもっと続ける。
「このっ、ちょっと俺が黙ってたら……」
「ひぁっ、ダメ、そこ……慶太ぁっ!」
一番敏感な所を、指で摘まれて、擦られる。腰が勝手に跳ねた。
「こら、逃げんな。あとちゃんとこっちも見てろ」
ぐっと腕で捕まえられて、今度は舌でそこをつつかれる。
「やだ、だめ、これじゃ慶太のできないよぉ」
「いいのいいの。沙穂の今の顔、すげーエロいし。もっと見せて」
チラッと見える慶太の目が、すごく楽しそう……なんだけど、どんどん大きくなる気持ちよさに、慶太のをするどころじゃなくなってくる。
「慶太っ、けーたぁっ……あぁぁぁっ」
「いいよ沙穂、イっても」
ただでさえ敏感な所を舐められてるのに、今度は指が私の中に入ってきて、もうわからなくなっていって。
「ふぁっ……やあぁぁぁっ……ん!」
やがて身体がふわっと浮いたような感じになって、意識が溶けた。
「……あうぅ」
「いや、凄いエロ可愛かったぞ、沙穂」
まだ身体に力が入らなくて、何その造語……と突っ込むことも出来ない。
私は学校でエッチして、盛大にいってしまったらしい。
「あぁ……私、どんどんダメになっていってる……」
「そんな事言うなよ。あれだよ、普段しない場所でのドキドキ感がなんとか」
「うー……この現場を知り合いに見られたら、三回は死ねるわよ」
「はいはい。……んじゃ、いいか? 俺も」
慶太のは当然ながら元気一杯だ。こういう状態で邪魔が入ったこともあるので、ここまで来たら慶太を受け入れてあげないと。
何か忘れてるような気もしたけど、私も、慶太が欲しい……ただ。
「ん。じゃ、行くよ?」
「うん。でも、ここまで来たらいつも通りで行こ、慶太?」
「……わかった。もうバカップルだからとか、変なことは言わないよ」
いつもの格好で、慶太と繋がる。入っていく時に、勝手に感じてる声が出た。
「沙穂、早く出ちゃったらごめんな。久しぶりだから」
「ぁっ……ん、慶太はずっとしてなかったの?」
熱いのが入ったままゆさっ、ゆさっと揺さぶられて、出し入れされながら聞く。
「……っ、いや、全く出してないわけじゃないけど」
慶太が体を倒して、私に密着してくる。……伝わる身体の重みが、充足感を連れてくる。
「沙穂とこうしてると、嬉しくてさ」
耳元で囁かれる。……ずるい。こういうのに、弱いのに。
「慶太、こういう時だけ素直なんだから……ぁっ」
そのままキスする。その間も重ねあって、擦れて、私は慶太の背中に手を回す。
私の息も慶太の息も荒くて、それでも時々キスをして。
「沙穂、上になってもらってもいい?」
「うん……いいよ」
ぎゅっと抱き上げられて、繋がったまま向かい合う形になる。
慶太はそこから身体を倒して、私に促した。
腰を浮かす。ずずっ、と私と慶太のが擦れて声が出そうになる。
「んっ……ふぅっ」
我慢しようとしても、声が漏れる。でもそれは慶太も同じなのか。
「……っあ、上手くなったよな、沙穂っ」
自分のペースじゃないと具合が違うのか、慶太もあまり余裕がないみたい。
それを見ながら、もっと慶太に感じてて欲しくて、頑張って腰を動かす。
円を描くように……ぐぐっと。お姉ちゃんに教えてもらったように。
「ちょっ、沙穂、っ」
今度は前後に動いてみる。慶太が気持ち良さそうなのはいいんだけど……。
「沙穂、上手すぎっ……っ」
「あっ、い……んっ」
私も、身体が甘く溶けて、何だかあまり動けなくなって。
そんな私を見て、ちょっと余裕の出来た慶太は。
「んー。やっぱ揺れる胸っていいよな。あとワイシャツだけの裸っていいよな、な?」
私の胸に手をやって、それから。ずん、と。
「ああっ!?」
私が腰を落とす瞬間に慶太も突き上げてきて。
「慶太、私が動くって……っ、ふぁっ、あぁ!」
奥に当たって、身体中に蕩かすような波が広がる。
身体を支えていられなくて、倒れるように慶太に身体を預ける。それでも、慶太は止まらなくて。
「……んっ、けーたぁっ……」
「気持ちいい?」
「ぅん……きもち、いい」
「俺も。そろそろ出そう。久しぶりだし」
そう言って、慶太は私を抱き上げて、向かい合う体勢になる。
朝からギンギン支援
「沙穂、ちゃんとつかまってろよ」
「うんっ、うん……」
もう言葉も紡げなくて、短く言って、頷く。
声も気にならなくて、感じたままに漏れ出していく。
時折キスもして、また動いて。私の腰も勝手に動いたりして。
大好きな幼馴染の名を、何度も呼ぶ。
慶太もそれに応えてくれて。意識がホワイトアウトしていく。
「ぁ……慶太、私、もう……!」
「やべ、俺も……っ」
「やぁっ、あっ、ぁぁあっ──!」
ぎゅーっと慶太を抱きしめて、ほとんど二人同時に身体も意識も溶けて、交じりあった。
「……あん……ふぁ?」
慶太が私から離れて、横に寝かされる。二人っきりの学校の一室に響くは、私と慶太の荒い息だけ。
ほんとは側で抱いててほしいけど、ベッドではないからそれは仕方ない。
ややあって、何となく違和感を覚える。慶太は幸せそうな顔でソファの背に身体を預けているけど、本来つけているべき物がそこにはない。
そう言えば慶太はいつも以上に気持ち良さそうだったし、ひょっとしてもしかして……!
まだ動きにくい身体を起こして、そこを見て……やっぱり、と。
「慶太」
「なに、足りなかったらもう一か……あ」
私の顔を見て、慶太の表情が強張る。……やっぱり確信犯だったんだ。
「つけなかったでしょ」
「えーと、あのな?」
「私が気づかなかったからって。しかも中でこんなにいっぱい……!」
私の中からどろっと零れ出る、二人分の交わりの残滓。
「生理の後だとはいえ、もし出来ちゃったらどうするのよー!!」
「ま、待て沙穂。まず後始末をしようぜ、鍵かけてるけどいつ誰が来るかわからんし」
「誤魔化さないでっ! ばかけいたーっ!」
その後は、慌てて後始末をして、空気を入れ替えて、誰にも見つからないように廊下に出て。
慶太がこっそり鍵を戻しに行ってくれたので、多分バレることはないと思うけど。
「だからー、機嫌直してくれよ」
「やだ。いつもちゃんとつけてするって約束でしょ」
歩きながらの帰り道。十二月とはいってもまだ三時過ぎなので、十分明るい。
「外で出すつもりだったんだけどさ、沙穂がよがりまくって身体を離さないか……あいたっ!」
慶太の背中を思いっきり叩く。
「ごめん。まあいつも言ってるけど、もし──」
「慶太は、それで諦められるの?」
遮って、聞いてみる。
「沙穂……?」
「慶太は部活引退してから、勉強頑張った。この調子なら、第一志望群の大学のどこかには受かると思う」
なぜかちくっと胸が痛んだけど、続けた。
「それでも、いいの? 確かに、実家を継げばいいだけかもしれないけど……もしもの時、私のためだけに、全部諦めてもいいの?」
ご機嫌斜めだった勢いで言ってしまった。慶太のその言葉を聞くのは何度かあったけど、ついに言ってしまった。
「んー……」
慶太は少しだけ考え込んでから、私の手を取って、握る。
「なんつーか、思いつかないのさ」
「えっ?」
「いや、沙穂と離れ離れになるっつー将来がさ。沙穂を幼馴染以上に見てなかった時期から、そう」
「慶太……」
繋いだ手に、微かに力が増す。
「だからさ、将来幸せになるために大学で色々学ぶつもりではいるけど、もしそれより前にもっと大事なことがあったら……それはそれでって。そんな感じ」
「それ、立派だけど四十分前に私の中に出してすごく気持ち良さそうにしてた人間の言う事じゃないよね」
「うわ、きっついな沙穂」
「でも……」
吐く息は白くて、肌寒いのに。
「そういう慶太が、大好き」
心はとっても、温かい。
「なあ、例のバカップルの件だけど」
お揃いのマフラーを巻いて、腕を組みながら歩く。途中で、ふと慶太が思い出したように言った。
「あれ、もういいわ」
「……意外。どうしたの? 週末まで理不尽なお願いをされると思ってたのに」
すぐ側にいる、慶太を見上げて聞く。
「いや、なんて言うかさ。半分は俺の一時的な願望だったってのもあるんだけど。俺らってそれ以前に既にバカップルらしくて」
「は? そんなことないでしょ。私達、いたって普通じゃない?」
普段からバカップルだなんて、心外だ。私は学校では普通にしてるつもりなのに。
「そういう『私達は普通』ってのが典型的症例なんだとさ。ネタばらししたら言われた」
「なんで私の思ってることを……っ」
「ばか。五年十年の付き合いじゃないだろ、ガキの頃から一緒なんだから、沙穂の顔見りゃ考えてることくらいわかるよ」
「むぅ……」
そう言われると何か悔しい。私だって勘はいい方なのに。……と。
「慶太。つけないでした時の罰は覚えてるよね?」
駅前の商店街。私達には馴染みの、喫茶店。
「……………………ミラクルパフェとダージリン、全奢り」
「よろしい。それじゃ、行きましょっか」
「ぐ……ぬっ、四桁のパフェは、出費が……」
悪あがきする慶太の腕をがっしと組んで、引っ張る。
「ほらほら、二名様ご来店〜」
慶太を店の中に引っ張っていきながら、ふと思う。
もしかして、慶太が言い出した『バカップル』は……単に久しぶりに甘え合いたかっただけなのかもしれない。
慶太がさっき私の考えてる事を読んだみたいに、私だって長年一緒だった幼馴染のことは良くわかるし。
最近二人っきりになれなかったし、ラブラブでいられなかったし。
私だってそう思ってたんだから、慶太だって、きっと。……そんな事を考えた。
「ミラクルパフェとダージリンティーで」
「……あー、ホットコーヒーで」
「何よ、いつもお昼の食費浮いてるんだから、揃えればいいのに」
財布を確認する慶太を見て笑いながら、思う。
慶太の友達が言うように、私達はバカップルなのかもしれない。でも今の二人でもバカップルと言われるなら、別にそれでもいいかな……って。
エロばっかじゃんとか言われそうですが以上で。
ところで、『幼馴染』と『クリスマス』と言うとどんなイメージになりますかね?
くっついてるくっついてないに関わらず。
朝からなんてものをみせるんだあんたわ〜
GJ
>>444 GJ!
ついでに幼馴染とクリスマスでこんなのを思いついた。
彼女も居らず、友人達はそれぞれの彼女とデートに行っててせっかくの聖夜だというのに一人寂しく部屋の中。
ふと窓を見れば、隣の家の向かいの部屋で自分同様つまらなそうにしている幼馴染の姿。
せっかくなので窓を開けて呼びかけ、それぞれの部屋の窓越しにたわいもない話しをする二人。
何の気なしに「お互い一人身は寂しいよな。」と言ってみたら、
「じゃあ、今夜だけお互いの恋人になってみる?」と、思いがけない答えが・・・
こんなのでもなんかの参考になればと。
鼓動が跳ねる。
吐息が弾む。
「ふ……うふふふ……ッ」
心が躍る。
体が火照る。
「ふふふふ……ッ」
ゴロゴロと転がりながら笑いつづける。
今の私を見れば十人が十人全員、変人と顔を引きつらせるだろう。
でも全く構わない。
「キス……しちゃったあ!」
ぎゅう、と布団を抱きしめる。
ああ、これが晶ちゃんなら言う事は無いのに。
キス。
言葉にすればそれだけ。
行動にすれば唇を合わせただけ。
なのにどうしてこれほどに嬉しくなるのか。
心の早鐘は留まる事も無く、眼に映る薄闇の景色はまるで今初めて色づいたかのように鮮やかな世界を私に見せる。
「うふふふふ……」
ばすばすばす、と枕を叩く。
私の乱暴な愛情にも枕は抗議する事無く、ただその形を沈ませるだけ。
今ここにある全てが何だかいとおしい。
この幸せを誰かに伝えたい。
「……雪ちゃん」
ぽつりと思い立ち、めるめるめると携帯でメールを送る。
多分、今までで最速の作成だったと思う。
キスした事、その前に告白した事――
「晶ちゃん」
名前を呼ぶだけで、胸が高鳴る。
告白の返事を思い出す。
多分、普段の私達を見ている人からすれば、それはもう一種の確認儀式のように思えるのだろう。
私もそう思っていた。
けれど、やっぱり不安でもあった。
そしてそれ以上に返事が嬉しくもあった。
今は下で夕飯の準備をしている私の恋人――そう、もう恋人と呼んでいいのだ――の姿を思い起こす。
どこか子供で、どこか大人で、どこか可愛く、どこか皮肉屋で、どこか優しい私の一番好きな人。
その笑顔が好き、その声が好き、その言葉が好き、その全てが好き。
嬉しさを表すように、再度力いっぱい布団を抱きしめる。
「亜矢ネエ……夕飯が出来たぞ。食べられるか? って……電気ぐらいつけろよ」
そんな事をしていると、ノックの音と共に晶ちゃんが入ってくる。
明かりが灯る前に、一応の佇まいを正す。
「うん……今日は何?」
「クリームシチューだよ。そろそろこれぐらいは食べられるだろう?」
眉を跳ね上げながら――人にものを問う時の晶ちゃんの癖だ――私に近付いてくる。
その顔には先ほどの蜜月の影は見られない。
それが何だか悔しくて、晶ちゃんに抱きついてみる。
「あ……亜矢ネエ?」
慌てた声と共に、晶ちゃんの顔が赤くなる。
その手が所在なさげに宙を掻いている。
さっきみたいに抱きしめてくれたら良いのに。
「ん……行こっか」
晶ちゃんの温かさを堪能した後、すっと離して歩き出す。
一瞬の逡巡の後に、晶ちゃんもついてきた。
「晶ちゃんは……こういうの嫌い?」
階段を降りきった後に、振り向いてみる。
なぜか晶ちゃんはびくりと身体を振るわせた。
「嫌い……じゃないけど、なんか慣れないな」
照れ隠しにそっぽを向きながら答えてくる。
その素っ気無さも何だか嬉しくて、ついつい顔が緩んでしまう。
「ふふ……前だって私にちゅーするとか言ってたくせに」
「あー……あれはその……うう」
真っ赤になりながら頬を掻く。
普段は私を子ども扱いするくせに、こういう所が無性に可愛い。
「それじゃあ、はい」
首に手を回し、唇を重ねる。
晶ちゃんも何も言わず、身体を摺り寄せる私を受け止めてくれる。
家の廊下で想いを受け渡す。
そんな非日常とも思える行為に、私の体温も上がってゆく。
「ん……」
唇を離して見詰め合う。きっと、お互いがゆでだこのような顔を映してるだろう。
「ご飯前なのに……」
そんな益体も無い事を言う晶ちゃんがおかしくて、二人で笑う。
「じゃあ、食前酒で」
「酒って」
酒のように甘く、酒のように苦いのが恋――そう言ったのは誰だったか。
「嬉しいけど……なんか凄い変化だな」
幾分苦笑しながら晶ちゃんが言って寄越す。
そうかもしれない。けれどそれは決して間違いなんかじゃない。
だって――
「そうよ。恋は女の子をこんなにも変えるんだから」
にっこりと笑う。
「――ッ!」
心が跳ねる。
吐息が弾む。
――私の恋は、まだまだこれからだ。
短めですが、ここまでと言う事で。
インターバルのような、亜矢視点からです。
というか、なんか馬鹿ップルのようになってしまいました……。
でも、素でいちゃいちゃ出来るのって良いと思う。
いや、いちゃいちゃさせてるのは自分ですが。
それではまた次回投下時に。
いつもいつも感想有難うございます。
>>444 God job!エロいの大好きだ!!!
453 :
名無しさん@ピンキー:2005/12/14(水) 21:10:02 ID:LcHOoIQM
亜矢ネエ‥(*´Д`)‥転がりたい‥GJ!!
>>453 すでに転がってますが何か?
GJ!!亜矢ネエ最高ッス!!
>>452 ◆mRM.DatENo氏
GJ!!
エロい! エロいよ!!
いやー、幼馴染みのバカップル化というのもいいですな。
>>◆oL/gQPdy0M氏
GJ!!
やばい、亜矢ネエ可愛すぎ。晶テラウラヤマシス。
いよいよエロ突入か……次回が楽しみ。
452氏、GJ!!
クリスマスネタといえば、
二人でケーキ作る
↓
男、ふざけて女のあちこちにクリーム塗る
↓
エチ突入
というのが燃えますな。
出来れば沙穂&慶太コンビで見てみたいというのが、今年の悲願です。
459 :
名無しさん@ピンキー:2005/12/15(木) 04:09:54 ID:x1DOKNHw
茜色の夕日眺めたら〜
なんて神の多いスレだ
*
『孝二郎くん、せんたくものを早く出してくださいって』
『いま出そうとしてたんだよ、うるせーな』
『孝二郎坊ちゃまいい加減一人で起きられるようになってください』
『もう良い今日はサボる』
『また宗一様に嫌味言われますよ?』
*
「孝二郎君。そんなの」
たくさんの記憶とやりとりを、細々と振り返ってみて思い知る。
そんな風に、頼みごとをされたのは初めてだった。
少し言葉に詰まってから声が途切れる。
「命令と、同じじゃないですか」
素直ではない自分にもどかしくて少しずつ上がる体温に顔を俯けた。
肩に額を預けてひたと寄り添う。
肩から抱き寄せられる腕の仕草に伝染して奥が疼く。
寒いはずの部屋なのに頬に血が上って相手の鼓動に心臓が熱い。
長年自分に重かったものさえも求められてしまえば、敢えて抵抗できるはずもなかった。
「それにしても。やっぱ泣き虫だな」
なぜかひどくしみじみと、孝二郎が笑って耳脇の傷に息を寄せた。
そうしてそのまま。
自分の方が泣きそうな声で、梅子、と呼んだ。
答えるものが見つからないくらいで細胞の隅々までを浸して熱を骨まで灯されて、
こんな感覚は知らなかったから梅子は多分もう少ししないとこれが幸福なのだと気付かない。
だから抱かれた場所から指先が少しずつ動き出すのにも呼吸だけが反応した。
そのまま冷えた肌に生温かい肉が這うのは舌なのだと遅れて気付き肩が跳ねて眼が潤む。
首筋に何度も口付けられる。
髪で隠していた場所に段々と息も荒く、
感覚が集中しだして変な気分になる。
じりじりと剥げた壁に押し付けられ孝二郎の服を握った。
「今のうちだ。嫌なら言っとけ」
低めの声で言われながら腰を抱かれた。
相手の息遣いに心拍数が上がり芯に火が灯る。
顔が近付き息が混じった。
最初の一度は触れるだけだった。
唇同士が食みあうだけなら緩慢で柔らかい。
舌を求めるでもなくただ弱く吸われて舐められるようになる。
押し退けて逃げられるくらいのものだったのに逆らえそうになかった。
逆らいたくもなかった。
唇が互いに柔らかく潰れる。
唾液の鳴る水音がくちゃ、くちゅとして寒さを蕩かす。
襖越しに遠く遠くで誰かが働き廊下を歩く雑音が時折思い出したように意識へ混ざった。
唇が離れかけて糸が引き、また離れがたさに続けた。
もう諦めて逃げるどころか眼を閉じて、ただ応えて一緒にしていた。
段々と舌が押し込まれて口の中を探られた。
上あごの歯の裏辺りが痺れが大きく、
孝二郎もそこに気付いたのかそこを何度も舌先で舐めた。
されるままになってから、眼を薄く開くとしがみついて自分からも絡める。
そういえば、眼鏡をどうしたろうと関係のないことを思った。
そのまま舌を唇の間で擦れあわせていると体勢を変えられ、押し倒された。
「梅」
「は、い」
「…すげえ顔」
呟いて笑い、孝二郎はまた舌を絡めて着物越しの場所へ触れてきた。
鼻で笑うみたいだったけれど実はそうでないと知っているから恥ずかしくて堪らない。
梅子が熱くなる頬を逸らしてせりあがった声を唾液と飲み込みそれに耐える。
帯の上から柔らかな場所を揉まれて顔が強張り背が反った。
手が一旦離れて蛍光灯が消える。
湿りに伴い再び浅くなる呼吸の奥底で梅子は数ヶ月前の晩夏を妙に懐かしく思った。
今年は暑い夏だった。
婚約破棄で傷ついていたのが治りきっていなかったそういえばあの頃は――
ならいつの間にあれだけの悲しさとか辛さを忘れて毎日過ごすようになったのだろう。
『梅子。子供が出来たから出産までは本家に帰るといったら、おまえは嫌かしら』
寝苦しいのに構うことなく、布団にもぐりこんできて奥様はそんなことを言った。
純粋に楽しみに自分でも気付かないくらいの淡い期待で、梅子はおめでとうございます、と笑った後、いいえ懐かしいですと応えていた。
「ぁ……」
手の指を絡められるようなかたちで指と指の間に、節のあるその人の指が入ると
なぜだか熱で朦朧とした腕が余計にくたりとなるようで満たされて、
その間に孝二郎が無言で唇を短く塞いできた。
布団が足の間で染みを広げる。
唇の隙間で舌先を触れ合わせている合い間に、熱いものがいっぱいになってきたことを伝えたくて、
でも何もいえなくて熱心に探ってくる舌をただ絡めて唾液を送った。
孝二郎が浮かされていく脳の端に引っかかるくらいの囁きで、
漏らした言葉が意識を染め抜き瞑った目の奥で泣いた。
――あんな会話をしたときは、こんなことに、
こんなことになるとは思わなかった。
一生こんな日が来るなんて思ったこともなかったのだ。
*
どちらのだか、肌が熱い。
着物の中が反則過ぎて理性がなくなった。
見たかったがまあ一応、暗くして、互いに脱いでしまえば後は肌を合わせるだけで、
合わせたら熱さにいろいろなものが切れた。
隅々までが堪らなく女の肉付きをしていた。
傷を見られることを嫌がっているくせにそこを攻めれば甘い吐息で眉を寄せて震えては濡らした。
かけた毛布がごそごそと身体の上でずれて肌寒いのでまた片手で被りなおす。
暗い中に汗が何度も梅子やシーツに落ちては流れた。
丸みのある腕を押えれば抵抗なのかもがいて腰が動く。
気持ちいいのかとか、どうだこうだとか、声をかける余裕がほんとうに無かった。
欲しかった。
布団と毛布の隙間の空間は熱気とにおいで呼吸もままならないというのにそれは次第に理性を奪っていく。
身体の下で半分横になる形だったのをうつぶせにさせ、
布団を掴む相手の髪を分け入ってまた背に唇を吸い付かせた。
「っ、」
鼻の真下、肩がびくりと動くのを押えて首筋を舐める。
布団と彼女の身体の間に手を滑らせてふくらみを弱くさすり
先端を触らずにいると布団を掴む指に力がこもった。
振り返る表情は暗さの中で間近に寄せないと分からない。
「や、…」
顎を押える。
顔を近付け、眼を合わせて、唇を重ねた。
それだけで腰の方から這い上がる感覚を抑えて唾液を吸い上げる。
もう少し手の中の柔らかさを遊ばせるとまた腰の辺りまで震わせて喉を鳴らした。
梅子が背中を捻って唇を求めたので応えた。
眼鏡がないのでいつもよりしやすい。
舌を絡めながら胸の先端が立ちあがっているのを摘まんで擦る。
「っ、…っ!」
ひくひくと足先から震わせて毛布がまた肩から落ちてしまう。
上げていた髪はとうにほつれていて懐かしい感触をしていた。
撫ぜる背筋には汗が流れる。
あちこち触れていると相手の舌が何度か動きを強くして組んだ指側の手首が跳ねた。
どこまでも布団がずれていって汗やなにやらが沁みていく。
梅子が息を荒くして何度も嫌だと言っていた。
でもやめようとするとやっぱり嫌だといった。
溢れる場所に手を這わすとすごかった。
言ってみると案の定拗ねられた。
「知りません」
「知りませんじゃねえよ」
「……孝二郎君だって人の、こと、いえな」
相変わらず生意気な女中だ。
とはいっても、孝二郎にとって梅子は女中以前に家族で幼馴染であったから、生意気なのは当たり前だしそれがよかった。
指をぬるつくそこに往復させれば抵抗もせずに歯を食いしばり悶える。
襞を弄れば指先が脳ごと蕩けそうに柔らかい。
「ぁ、あ、孝」
「あんま声出すと響く」
「んっ、も…誰が始めたんですかっ」
自分でも何を言っているか分からないうち肩を押すようにされた。
枕を顔に押し付けられて、一瞬呼吸が乱れる。
腹が立ったのでもっと強引に覆いかぶさって肌に唇を吸い付かせた。
「んっ。んーー」
抵抗していたのに指が増えたせいもあったのか梅子は背を逸らして腰を震わせた。
数分してから一度大きく震えると深く息をついて、くたりと布団に力なく崩れて枕を握った。
喉から勝手にこぼれる微かな喘ぎは無意識のものだろう。
呆然としているような潤んだ目つきがぞくりと腰裏を撫ぜて誘う。
孝二郎は衝動的にすっかり熱をもったそれを、近くの脚に押しつけた。
息がみっともなく乱れていたけれど押えられそうにない。
「おい。梅子」
「……ぁ」
擦り付けられる感触に、下で梅子が羞恥からか赤くなる。
「ゃだ、まだ…これじゃ、何にもしないのは」
泣きそうな声で孝二郎を止めて、身をもどかしげに捩った。
どういうことなのかさっぱり分からないが梅子は何か納得いかなそうで、
孝二郎を押すようにしてようやくふらふらと彼ごと上半身を起こした。
頬に張り付いた髪が唾液に濡れている。
堪らず唇を奪った。
毛布が剥がれて薄い隙間から一筋ほのかに外の月明かりが畳みの端だけ白く映した。
唾液だけを繋がらせたまま離れ、改めて互いに、一瞬向き合ったかと思えば目の前に尻が見えた。
かと思う瞬間にも意識まで蕩けるほどの感覚が這い登ってきた。
勃ちあがったものを立った今存分に濡らした舌を使い舐められていることに、気付く間もなく髪に手をやる。
抗議したが情けない弱さで途中で快感を耐えるのに精一杯になった。
「んなことまで、す、な…て……」
それ以上言えず息を詰める。
死ぬほど熱い、気持ちがいい。
動きを止めて観察されるたび息がかかる。
何か、子供が見たものを見真似でやっているような、
そんな仕草でゆっくりと幹を扱き先端を唇で押えるくらいに含んでちろちろと赤い肉が舐めている。
観念して髪を撫でると口を離してほんのり嬉しそうな顔になり吹きかかる息が湿った。
愛しげに赤黒いものを撫でさすって梅子はもう一度舌で舐め上げてほうとする。
見下ろしているとふとその状態に気付いたのか口ごもって、撫で肩までが赤くなった。
「ぁ。別に、その。お嬢様がこうされてるのを、たまたまその見てしまったことが」
「あ、そー。覗き見かよ」
「……否定はしませんけど」
妙に遠い眼をして頬を染め、梅子は肩ごと緩めに息をはく。
「…でも、してあげたほうがお互いのためにいいというのは琴子様が正しいかなって」
だからそれで孝二郎君が気持ちいいんならします、と顔を俯かせたままつぶやいて、
今度は熱い口に含んであまり上手いとは言えない行為を再開した。
濡れる唇が何度か苦しげに離れる。
それも、目の前で蠢く薄暗さの中でも白い尻も膝に当たる胸も、何もかもが眼に白い。
明り取りの窓、と、ほんの僅かな隙間の明かりに見えたのは胸元よりもくっきりとした背中に残る傷だった。
そこに縋るよう顔を俯け髪を梳いた。
もう外の音が気にならない。
押し殺した吐息からあまりのどろどろな熱に声でも出さないと死んでしまう気がした。
では、続きは時間ができましたときにまた。
Gj
同じ物書きとして尊敬してます。どうしてこんなに雰囲気のあるエロさを出せるんでしょう。
続き、期待してます。
梅ちゃんに会いたかったス。
読んでると、なぜかいつも胸が痛くなる・・。
GJ!
しっとりした文章でいいなぁ・・・。
次回の展開を予想
二十数年分の想いを通じ合わせた梅子と孝二郎
↓
毎日のようにエロい事をする二人
↓
ヤってるところを見計らって琴子叔母さん来襲
↓
風紀が乱れてるとか文句を言ってたのは誰だったかしら〜?(ニヤニヤ)
>>475 展開予想は作者のモチベーションを下げることがままある。帰れ。氏ね
このタイミング、書き手スレ見てワザとやったとしか思えん
>>475は今すぐ芯でくれ
連続ですみません。
長いこと読んでいただいて本当にありがとうございます。
では
>>469の続きから。
熱の籠もる口と両指が長くもたせてはくれなかった。
言葉にならない呻きとともに粘つくものを生温かい肉へ解放する。
苦しそうに喉を鳴らしながらも僅か唇を離しては目を瞑りゆっくりと女中がそれを嚥下する。
俯いていた頭が髪と一緒に持ち上がる。
「ふは…」
梅子は甘い息をついて苦しげに口元を覆い、
上下する肩を落ち着かせようと眼を伏せていた。
自分の精子を口元でねとつかせて耐える姿は予想以上に目の毒だった。
呼吸が荒くなるのを自覚した。
余韻に浸る間もなくまた下腹が充血し目の前の相手に潜り込みたくて堪らなく
その想像をしただけで理性がはがれて落ちていく。
相手しか目に入らず無意識だったのか腰を半端にあげ消したはずの灯りをつけた。
梅子がびくりと驚いて、眩しさに眼を細めた。
それからさらされた身体に怯え毛布を引こうとする手首をその前に押え動けないようにした。
「ぇ、あ」
「見せろ」
震える声が相手にどんな風に響くのかも良く分からない。
混乱した幼馴染の顔は愛しく先ほどの行為も気にせず頭を抱えて唇を重ねた。
待たずに求めて舌を絡める。
抵抗していた梅子はそれでも、次第に目を潤ませて力をなくし喉を鳴らして応え始めた。
また太腿を撫ぜ反応を楽しんでからそこを指で犯した。
古びた蛍光灯の灯りに成長した丸みを帯びた腰が水音をたてて震える。
縋ってくる髪に指を埋めて肩を舐めた。
それだけでも反応が違い手のひらを温水が濡らす。
「や、嫌です、やだ、ぁ、ああっ」
泣き出した梅子をまた布団に組み敷いて身体を今度こそ明るい下で見た。
溜息が漏れた。
目が合う。
不安そうな揺れるものに答えて後できっと気付いた瞬間後悔すると
分かっていたはずなのに口が止まらず気持ちが抑えられない。
「綺麗だ。抱きたい。好きだ逢いたかったもっと泣け大好きだ」
肌が染まり顔が背けられるのも胸を熱くして指を増やす。
異常に反応が良くなったからだがそれで驚くほど濡れて声を漏らして悶えた。
耐えられなくなり覆い被さる。
抱きしめるようにして指を抜き、もどかしく粘膜の入り口に先だけ押し当てる。
互いに濡れていたのでそれだけで刺激が強く滑るだけで声が混じった。
細腕が、首に回されてきたので布団についた両手から僅かに強張りを抜き、
靄のかかった思考をほんの少しだけ集中して息の荒い梅子の顔を覗き見る。
呼吸音だけが沈黙の中で、空気を温めた。
梅子が腕の力を少し強めて引き寄せるようにした。
声は微かであどけなく追いかけてきたいつかのあの日のようだった。
どこかで。
屋敷のどこかで、楽しそうに声をあげる硝子戸の近く、
女中達の声が遠く遠く閉じた襖を撫ぜる程度に聴こえてくる。
今夜は雪が降るだろう。
「孝二郎君」
蕩けた瞳は女であったけれども、いつだって孝二郎にとってこの存在は幼い日々に手を引いて泣かせ、
自分を知っていて道に引き戻すいつでも傍にいて大事だということにすら気付けなかったあの少女だ。
「私も好きです。逢いたかった」
ぽつりと、呟いて、幸福と何かの混ざった泣きそうな目で梅子は笑った。
肌が熱い。
このまま一生こうして肌を触れ合わせていたいと柄にもなくそのことだけ意識を奪っていて
孝二郎は梅子の頬に手を当てて、目元を緩めた。
そして顔を窺い確認してから脚を広げさせて腰を沈めた。
*
息が浅くなる。
肩まで布団を被っているのに部屋が明るいという
おかしな事態が変に意識されて恥ずかしい。
本来ありえない体内に誰かが居てかき回しているという行為が心を満たして
しかも相手が想い人であるということで完全に口元が緩んでいた。
だってこれまでだって充分以上に満たされていて気持ちが良かったというのにこんなになるなんて、
いつも自分の主人が蕩けてそればかり好むことを呆れたりしていたものも無理がない気がしてしまう。
触れ合う面積が増え息がかかるだけで身体の血管という血管が流速をまして幸福で声が出る。
最初はゆるゆると揺さぶられていたのが次第に強く激しくなりそれは
流石に痛かったのだけれど瓦礫で肩を裂かれたときほどではなかった。
頭上で届く力ない息が気持ち良さそうで妙にくすぐったくなる。
唾液や汗で濡れた髪がすっかりほつれていてそれに鼻を埋められると震えた。
少しずつ、熱くなるたび奥から湧き出してくるのが分かる。
ぐちゃぐちゃと蠢く布団の暗がりから熱が滲んで肌の裏まで満ちていく。
汗で湿度の上がった毛布の下はじっとりと濡れていた。
滑りが良くなるごとに段々と頻繁に腰が打ち付けられるようになって水音が溢れ出した。
足指が空を掻く。
毛布がずれて片側の肩だけが外気にさらされていくけれど暑いくらいで痺れが構わず背を走る。
「ぁ、うん…ぅ、ぁっんーー!」
「は…、く」
抑えがちな掠れが耳の脇からしみていく。
意識が本能に飲まれていきそうになる。
勝手に背が反り合わせるように腰が揺れる。
そのたび気持ちよくて押えなくてはならないのに勝手に喉が幸福で甘く震えた。
必死で、身体を捻るようにし、布団に顔を押し付けた。
汗と涎でしみができ汚れていく。
ぁ、ぁ、と何度も漏れる喘ぎは止められず向きの変わった内部は
刺激されるところを変え触れ合う下部の肌合いも馴染んで
温かさが満ちるたび身体を浸す甘い感覚が波を大きくしていった。
被っている布団が蠢いていやらしい。
ちゅくちゅくと小気味良く肉を打ちつける音がする。
やっぱり電気を消してほしかった。
もう何でもいい。
何がどうなってもいいから声をあげて思う存分に応えたいと想うのに理性はどうしても消えてくれなかった。
重ねられて肩越しに指を重ねられたのを握り返して名前を囁きあいながら切羽詰って息を交わす。
圧し掛かる体重が震え、離れかけたのを手を握り返して引き止めた。
意識が溶けていく。
そうして生温かいものを今度は下に注ぎ込まれて、
互いに震えながら受け止めて力が抜けるまで朦朧と声を漏らしていた。
汗でずるずるだった。
しみも口元で広がっている。
我に返る頃には肌寒さがじんと火照った上に撫でていくほどで、
舌を先の方だけ触れ合わせるように暫らくしてから、またくちづけをした。
蛍光灯が畳と布団に白かった。
着替えて身体を拭き、縁側を覗けば曇っていて庭園はうっすら白を被っていた。
後ろで頭に手をやられ、振り返る。
廊下は寒くて少し軋んだ。
唇がふれあい、気恥ずかしくてなんとなく目を逸らしあう。
名残も惜しいが明け方までここにいるわけにもいかないのだ。
「雪だな」
「うん」
「また来い」
とても普通に聞こえたその言葉に温かさがあり、梅子は目元を和らげ素直に受け止めた。
「はい」
多分他の在り方があったのかもしれないけれど時を置いてようやく、戻ってきたような気がした。
実際には変わったものは戻らず進んでいくばかりで四季が巡っても咲く花は同じ蕾ではない。
ただ進んだ先で再び道が交わったのを互いに逃したくなくて縋っただけなのだ。
頭を下げて名残を宥め、客間の廊下へと残る温みを抱えたままで足を向ける。
後ろで襖が閉まる擦れがした。
肩越しに振り向く。
昔広く長く見えた廊下は、思いのほか狭くて古びて月の隠れた雪空に、ほんの僅か穏やかな灯りを落としているだけだった。
続きは時間ができましたら、また。
よくやった、感動した!いつも以上に文章の流れが非常に綺麗で引き込まれる感じがある。
つ 旦
梅子ぶ茶
GJGJ
この頃は作品投下が多くていいな。
冬はいい季節だ。 だがしかし・・・
クリスマス。俺は彼女のせいで死ぬかもしれんorz
なにが「クリスマスプレゼントの為に体力つけといてね」だ。
最初会った時はすごく清純な感じだったのに・・・orz
とチラシの裏でした
>>486 羨ましいのう(´・ω・`)ショボーン
>>488 じゃ、その苦しいクリスマス物語を
ぜひ投下しておくれ。
待ってるよ・・・w
<Christmas>
洗い髪が芯まで凍えるくらいに寒い。
冬の風呂は脱衣所が地獄、湯船が天国である。
脱衣所は極寒であり、湯船は暖かい。ブルブルと震えながら服を脱ぎ、
湯船に浸かった時の幸福感は何物にも変えがたい。
同級生の中には「俺はシャワーだけだぜ」などとなんだか格好が良いのか悪いのかよくわからないことを自慢する奴もいるが正直信じられない。
風呂に入ると言う事は体を綺麗にすると言う事よりも寧ろ湯船で温まる事の方が本義であると堅く信ずる自分にとっては到底受け入れられない考えだ。
しかしそんな幸せな冬の風呂にも問題はある。
湯船から脱衣所を通って部屋に戻らなければならないと言う事だ。
我が家の脱衣所は狭く、ストーブを置くスペースなどない。
第一、服を脱ぎ散らかしながら湯船に飛び込む事が多いから危ない。
入るときは良い。その先には湯船が待っているから。
しかし出るときは辛い。
その先に湯船はなく、芯まで冷えている脱衣所に置きっぱなしの冷え切った服を着なくてはならない。
結局ぶるぶると震えながら風呂から上がってタオルでごしごしと頭をこすりながら部屋に戻る羽目になる。
そして部屋に入ってもそこは極寒の地だ。
脱衣所のあまりの寒さにきちんとふき取らずに着た為、肌に吸い付いてくるTシャツの上に上着を羽織って当座の寒さを凌ぎつつ石油温風ヒーターのスイッチを付けながら毎回毎回絶望的な気持ちになる。
この石油温風ヒーター、5秒で部屋をポカポカに。という謳い文句で宣伝していた物なのだが実際使ってみるとスイッチが起動するまでに5分もかかるポンコツである。点いてから熱風が出るまでに更に5分かかる。
寒さに震えながらの5分は長い。ベッドに行っても冷え切ったシーツに体温を吸い取られるだけだし、結局はヒーターが点くまでの5分間もの間ヒーターの前で手足をすり合わせた間抜けな格好で待つ羽目になる。冬になる度に蹴飛ばしたくなるヒーターである。
そうかといって風呂に入る前からヒーターを付けっぱなしにするのも嫌だった。
そんな事はないのだろうが、性格的になんとなく石油がもったいないだとか火事が心配だとか思ってしまうのだ。
そう。
今日もそうやって震えながら、カーテンが開いているなと少し思って閉めようと窓の方へと向かったのだ。
その時少し嫌な予感はした。
閉めていないカーテン。夜の7時。2階の窓。条件はそろっている。向こうも風呂から上がる時間帯だ。
その予感が何か思い至らないまま、ゆっくりとカーテンを閉めようとして思わず窓から向こうを見る。
━━━そして、案の定やっぱり窓の向こうにいた京子を見つけた。
窓の向こうと言っても空中に浮かんでいるわけではない。
窓と窓との距離,僅かに1.5M。隣の家である。
どちらかというと白と黒と青の寒色が基調の俺の部屋に比べてあちらの部屋はオレンジ、赤と見た目だけで暖かそうに見える。
京子がパジャマ一枚で寒そうにもせず此方を見ているということは京子の部屋はポカポカに暖かいのだろう。
京子のパジャマの胸元は豊かに膨らんでいて部屋にいる気楽さからか上のボタンは外れている。
そのボタンの隙間から真っ白な肌が見えて思わず目を逸らす。
どちらかというと凛とした空気の京子は学校ではそんな隙を絶対に見せないが、家にいるときは結構気を抜いた格好をしていたりする。
最近カーテンの隙間や開いた窓から垣間見えるそういうギャップにドギマギする事が良くあった。
そんな不埒な事を考えながら何故だか鼻に黒いのをくっつけてぼんやりとこちらの窓を見ていた京子の顔を見返す。
と、京子の顔が驚愕に変わった。しまったと思ってももう遅い。
スローモーションのように見える素早さで、机の上の携帯電話を引っつかむのが見える。
一瞬の後に携帯が鳴り響いて
「なにやってんの?」
電話からは声が、窓の外を見るとこちらをびっくりしたように見ている京子の顔が見える。
気まずい思いのまま、声を返した。
「お前こそ何やってんだ。」
「?私は部屋にいるだけじゃない。」
「なんか鼻についてるぞ。」
あわてて顔に手をやった京子が、ハッと気づいたような顔になって慌てて左手で鼻から下を覆う。
京子が動くたびに思ったよりも育っている胸が揺れるのが見えてどちらかというと胸元を隠したほうがいいんじゃないかとも思うけれど
京子自身はそれには気づいていないようにこちらを見ている。
「は、鼻パックよ。文句ある?」
「ないけど。」
軽い応酬をした後、片手で器用に鼻と口を覆った格好の京子は眉を潜めながらゆっくりと口を開いた。
「由香ちゃんだっけ?あの娘は?」
最小限の言葉に全てを込めているような口調で聞いてくる。
声に出ているのは「由香ちゃんだっけ?あの娘は?」だが、実際の意味は
「あなたは12月24日の今日、なんで家にいるの?
普通彼女のいる世の男性はプレゼント抱えてにやけ面で時計台の下とかで待ち合わせしてるんじゃないの?
それで七面鳥とか食べて夜中まで歌い踊った挙句、プレゼント交換とか言って指輪とマフラーの物々交換をしたりするんじゃないの?
それをあなたは彼女である由香ちゃんとしないの?」
である。
それに対して観念しつつ最小限の言葉に全てを込めつつ答える。
「別れた。すまん。お前の言うとおりだった。」
はあ。とあきらめたような声を出す京子に言葉を返す。
「お前は?」
「彼氏いないし。」
作らないくせに。と言いかけたのだけれど、何故だか言葉にならない。
諦めたような声を出す京子の態度には訳がある。
「別れた。」の一言の実際の意味は京子の3行で済むものとは違う。
一言で言えば「駄目だった。」であるのだけれど詳しく話そうとするともっとある。
大げさに言えばそれは今までの俺の半生全てだからだ。
@@
実は女性と上手くいかないのだ。
学生が何を生意気なと言われるかもしれないけれど所謂そういうアダルツな意味ではない。
というかそれ以前の問題だ。
女性とまともに話ができないのだ。緊張症の気があるのか二人きりになるとどうしてもしどろもどろになってしまう。
そもそも何を話して良いかわからない。顔も真っ赤になる。背中に嫌な汗が伝い、膝がガクガクとして腰に力が入らなくなる。
目を見て語り合うなど夢の話だ。常に接続詞をさがしてあーとかえーとかいう言葉が止め処なく出る。
幼稚園の時からそうなのだからもはやこれは先天的なものなのだろう。
まともに話を出来るのは目の前にいる京子くらいでそれだって幼馴染だという理由だからだと思う。
小学校に入った時は最悪だった。
机をぴったりとくっつけるとあからさまに体中が震え、体育の後に汗のにおいを嗅いだ時には眩暈を起こした。
京子が隣の席にだといいのだけれど、そうでないと一日中背筋が伸びてずっと緊張状態に陥る。
入学3日で事情がばれて、結局なんとなく小学校一年生の一学期で俺の隣は京子だという風に決まってしまった。
因みに小学校のクラス分けは公正じゃない。先生が決める事だからどうにでもしてしまうのだ。
当然のように6年間京子と一緒のクラスにさせられた上に更に京子も別段異議を唱えない物だからコンプレックスは直らないまま成長していく事となった。
つまりずっと隣の席である。他の女の子のことは記憶にも殆どない。ついでに書くと中学もそうなった。高校もそれに近い。
徐々に慣れてきて今では女の子が近くにいるだけで緊張する事はなくなったけれど相変わらず会話は殆ど出来ない。
だから俺は小学校時代に既に女性というものは自分の人生に関らないものだとして諦めをつけてしまっていた。
ずいぶん潔いじゃないかと言われるかもしれないけれどこればっかりは仕方がない。
小学生と言ったって世の中が男と女で成り立っている事くらいは知っているのだ。
映画でだってアニメのヒーローだって主人公はヒロインと恋をする。
残念ながらヒロインの汗のにおいを嗅いで倒れるヒーローは見たことがない。
小学校高学年、いわゆる男が一人で部屋で行うあれを覚えた時に又深い悩みに沈んだ時期もあったけれどもそれも時と共に過ぎた。
映画の中でヒーローがヒロインと結ばれる(キスをする)度に俺には関係ないと重い、指を咥えながら恋愛漫画を読んだ。
そして女の子と話せないその代わり、と言ってはなんだけれども俺はその分スポーツに夢中になることになった。
向かうべくして向かった当然の方向性とも言える。女の子にうつつを抜かす代わりにスポーツに励んだのだ。
道徳的に考えて傍目からは健やかかも知れないが、現実的に考えるとコンプレックスに塗れた非常に不健康な動機でもある。
とにかく俺はサッカークラブに所属して鬱憤を晴らすかのように練習に励んだ。
小学校が終わると直ぐに練習に駆けて行って、中学校でも当然のようにサッカー部に入った。
なんとなく鬼気迫るドリブルとなんだか学生らしからぬ必死な練習が目に留まったようでそこそこ上達もし、中学校1年生にしてレギュラーにもなった。
そして俺がレギュラーを掴んだその中学校1年生の時に。
---Jリーグが始まったのだ。
日本人はブームに乗りやすい国民性とか言うが言葉面だけで舐めてはいけない。その威力は予想以上だった。
サッカー部の株はうなぎ登りに上がった。
残念ながら相対的に野球部の株は下がったがそれはしょうがない。
セリーグよりJリーグの方が語感がカッコよく、松井のガッツポーズよりもカズのカズダンスの方がなんとなくカッコよく見えた。そういう時代だった。
多分それだけだと思う。
「イチローの方がカッコいいじゃないか!」
野球部キャプテンの2丁目のクリーニング屋の息子の言葉は虚しく宙に響き、
3丁目の魚屋の息子であるサッカー部のキャプテンは「俺の時代が来たな。」と思わず呟いたが、
魚屋の息子の言葉はあながち嘘でもなかったのだ。
試合をする度に学校の校庭には女生徒が集まり黄色い声を上げた。
週末の練習試合が終わった週明けには○○中学のフォワードの何々君はカッコいいだの何だのという噂がまことしやかに教室を駆け巡った。
カズや北沢や武田はモテただろうが、名のない一中学校のサッカー部にもその余波は余すところなく十二分に届いた。
なんとなく必死なプレイスタイルをかわれて一年生でありながらレギュラーであった俺にもその波が最大限に思いっきり高く被さったのだ。
痘痕も笑窪と言う。
好意的に取れば何だって良くなるという事を示す言葉だ。
コンプレックスの裏返しであった練習はストイックな努力家と評判になり、
なんとなく必死で取ったレギュラーは天才肌と写った。
女の子の前で話せない、どもる姿はカワイイ、言葉が出なくて口篭ればクール。
地域では強かったチーム事情も含めて試合には他校の女生徒まで垣根を作る始末となった。
更に波は続く。サッカーと言えば良くわからないけど誰がなんと言おうと多分フォワードだ。
しかし小学校の時に細身だからと選ばれたフォワードでもキーパーでもない中途半端なミッドフィルダーのポジションは日本に数多いミッドフィルダーの天才プレーヤーの出現と共に一気に花形となった。
なんとなく無口でろくに返事のしない態度もそういう選手となんとなく軽く被った。
もう一度言う。
痘痕も笑窪だ。勢いは怖い。
好意的に取れば何だって良いのだ。
小学校まではなんとなく変な奴であった俺の評価はここに来て完全にシャイなあんちくしょうになった。
当然全ては誤解に基づいている。Jリーグは開幕したが、田舎の学校のサッカー部には実はあんまり関係ない。
Jリーグは開幕しても俺は変わらないのだ。
いきなり手紙をもらっても困るし「○○高校にファンの子がいるんだよ(はあと)」などというメールがいきなり来ても困る。
まあそれでも、これが自分に来る最後の機会じゃなかろうかと感じたのも確かだった。
高校に入り、相変わらず京子とはなんとなく話すものの女の子とは話せないままの生活。
向こうから話したい話したいと来てくれるこの状況は非常にチャンスにうつった。
呆れ顔で数年間に及ぶ俺の大フィーバーを間近で見ていた京子にこれはコンプレックスを打破すチャンスじゃなかろうかと相談したところ
「ふーん。付き合っちゃえば?」
となんとなく投げやりに京子は言ってきた。無駄だろうけど。という一言と共に。
そんな事ない。きっと無駄ではない。多分。と半ば意地でそう思った俺はその折に交際を申し出てきていた数人の中から出来るだけ真面目そうで大人しそうで
人の話を効いてくれそうな一人を選んで交際する旨を伝えた。
顔や性格やそれ以外は2の次だった。まずは会話ができないと話にならない。
それが先程の由香という子である。
そして単純に簡潔に一言で言うと殆ど喋れずに振られたのだ。
というかあまりにもいたたまれずに自分から交際を断った。
正直何を喋ったかはおろか、あんまり顔も覚えていない。
つまりあまりにも京子の言う通りになって正直顔を合わせ辛かったと、そういう事だった。
@@
結局いつの間にか電話は切って窓は開け放し、今は御互い向き直っている。
今日中に雪になるかもしれないとの予報通り、吹き込んでくる風は身を切るほどに冷たい。
後ろを向いてペリペリと鼻パックを取った京子は窓枠にひじをついている。
つんと尖った鼻は寒さからか少し赤い。
「そっか。別れたんだ。」
かくがくしかじかと俯きながら話すと、京子はしょうがないなあという感じで肩を竦めた。
「付き合ったといえるかどうかは甚だ疑問だけどな。」
「それでも2ヶ月もったよ。」
「デートは2回。」
「え?それだけ?どこ行ったの?」
「映画と公園。公園で別れた。」
「ははは・・映画は話しないですむもんね。」
「そうなんだよ。映画の時はなんとか大丈夫と思ったんだけどなぁ。」
両手を擦り合わせる。
「サッカーくらい上手くいけばいいのにねぇ。」
そういいつつ京子はどこから取り出したのかケンタッキーのどでかいチキンバーレルを手元に取り出した。
一人で食べるつもりだったのか。と思いつつそれを振る京子に喰う。とばかりに頷く。
「サッカーも実はそんなに上手くないけどな。」
ほいっと投げられたケンタッキーはすっぽりと手の中に入った。
「飲み物は?」
「いいや。」
「そ。こんなの全部食べれないからこっち来て食べる?」
「ん。いいや。」
京子は一言で返事をしてもわかってくれるのだな。とふと思う。
「自棄食いの予定もなくなったし、半分食べて欲しいんだけど。」
「何だそりゃ。」
ぶっきらぼうに言い返す。
京子は俺の言葉に少しだけ笑って、それから少し考えるように横を向いて口を開いた。
「・・・判りづらくてもね。良いと思うよ。」
なんでそんなに少ない言葉で的確に俺の事を話せるのか判らない。
その一瞬の言葉に不覚にも目頭が熱くなった。
そうだ。振られた事が悔しいんじゃない。好きかどうかなんてわからなかった。
というか好きになるということも俺はあんまり良くわからない。
なんとなくコンプレックスを持っていて、想像通りに駄目だっただけだ。
子供の時もそうだった。お話してみようとどんなに頑張っても言葉が口から出てこないのだ。
小学校のときは話してみようと思って、それが成長して付き合ってみようになっただけで本質は全然変わっていない。
付き合うことになったって話も出来ないのだ。
これじゃあ冬に入るお風呂よりも酷い。入るまでに凍えるような思いをして、更に湯船に浸かる事も許されないようなものだ。
「全然良くないよ。」
思わず涙声でそう言う。
どんなに考えたって俺はあんまりにも駄目で、不甲斐ないと思う。
「しょうがないなあ。」
京子は普段は笑わない癖にそうやって困ったなあという顔をして笑うと凛とした態度が崩れてふにゃっとなる。
それはとても可愛くて、それを見てこいつは痘痕なんてなくて笑窪だけだ。と思う。
「私とお話してれば、そのうち慣れるよ。」
京子の台詞は初めて隣の席に座った小学校一年生のときから変わらない。
そしていつもその後にちょっと怖がりなだけだよ。と小さな声で付け足してくる。
ゆっくりと手を伸ばしてきた京子に向かって手を伸ばす。
窓と窓との距離は1.5M。
ちょん。と手が当たって、ゆっくりと手をつないだ。
握りこんだ手は暖かかった。
部屋に吹きこむ風は寒くて、芯まで凍えそうになる。
部屋の後ろでは先程からようやっと動き始めたヒーターがごんごんと温風を出している。
窓を開け放したままじゃヒーターの意味がないなと思い、後ろを振り向こうとしてそれから思い直した。
もう少しだけ。ぎゅっと手に力を入れる。
つないだ手を離すのが嫌だったから。
了
少し早いですがメリー・クリスマス。
では。
ノシ
すげー!
超GJ!
つ GJ人形
5個ためると俺が痛々しいファンサイトを立ち上げます。
つ GJ人形 GJ人形 GJ人形
…でリーチ!
というのは置いといて、早い目のクリスマスプレゼント、頂きました。ありがとう
ぐは 連続投下に萌え氏にそうな俺ガイル
243 ◆NVcIiajIyg氏
毎回溜息をつきながら読んでます。
匂い立つような淫靡なふいんき(なぜかry)ゴチでした。
氏の筆致は凄すぎ正直ウラヤマスイ
◆/pDb2FqpBw氏
京子ギガカワイス
主人公の未来に幸あれGJ
距離が近い。
お互いの気持ちを確かめたあの日以来、そう思う。
例えば一緒に帰る時とか。部屋で何をするでもなく、お互いに本を読んでいる時とか。ちょっとした買い物に二人で行く時とか。あるいは――
「ん……んッ」
こうやって人目を忍んで唇を重ねている時とか。
唇だけじゃない、この前は歩きながら手を繋いだし、夏だというのに、部屋では温もりを求めるように体を摺り寄せたりもする。
まあ、全てが向こう側からのアプローチだけれども。
「っ……晶ちゃん?」
今も顔を赤くしながら、亜矢ネエからのキスに応えていた。
勿論それが嫌なわけじゃない。
俺は亜矢ネエの事が好きだし、向こうもそう。それはこの前にお互い確かめ合った。
けれど、どう言えばいいのか、どこか戸惑う。
子供の頃から十年間、保っていた距離を踏み越えた。それが俺の心に引っかかってくる。
何か、大切なものが無くなってしまった。そんな喪失感すら覚えるほどに。
決してそんな事は無いのに、むしろ俺はこんなにも亜矢ネエの想いを貰っているのに。
何故慣れないのだろう。この状況に。
「亜矢ネエ……顔赤いよ」
そんな思考を誤魔化すように、亜矢ネエの頬を撫でる。
「晶ちゃんなんて、耳まで真っ赤よ」
言いながら目を細めて摺り寄せてくるその温かさに、少しだけ安堵感が俺を包む。
俺はこんなに初心だったのだろうか。
それともこれは亜矢ネエだからこそそう思うのか。
「でも、何だか不思議な気分ね。
私達がこういう事するなんて、子供の頃には思っても見なかったのに」
ゆっくりと、亜矢ネエが言葉を紡ぐ。
無意識の内に俺の手が亜矢ネエの髪を弄る。
さらさらで、絹糸のような髪。
「……俺も」
「んん? でも晶ちゃん、小学校の頃に将来絶対私とちゅーするって言ってたじゃない?」
「ぉうぇ!?」
ぴたり、と動きが止まる。なんというか、甘い空気が一瞬でピリ辛チリソース風味になったような。
「僕、絶対亜矢ネエとちゅーするもんね! って。母さんと父さんも覚えていると思うけど」
「そ……それはだなあ」
当時の記憶が蘇る。
その頃の俺は確かキス=結婚だと勘違いしていた。
しかも子供の頃の俺は俺でそれなりに純粋だったのだ。
だから一番近しい亜矢ネエにそんな事を宣言したのだと思う。多分。恐らく。
うう、あの頃から今のような性格であれば――
「でも、有言実行でいいんじゃない?」
くすりと笑い、俺の固まった手に自分のそれを重ねる。
じんわりと温かい亜矢ネエの体温が、凝り固まった俺をほぐすように染み渡っていく。
「十年越しの実行だけどな……」
肩口に亜矢ネエを引き寄せながら、天井を見つめる。白い天井がやけに眩しかった。
「ねえ――」
唐突に、言葉が響く。どこか今までと違う、強く鋭い声。
そしてそれは、亜矢ネエが何か思いつめている時の声音。
「晶ちゃん、何かあったの?」
「……何で?」
「だって、最近の晶ちゃん、どこか変だもの。私と居ても、どこかぎこちなくて、上の空で」
悲しそうに、目を伏せる。
俺のぎこちなさに気付かれていた。
思えば、俺が亜矢ネエを知っているように、亜矢ネエも俺を知っているのだ。
どちらともが、小さな異変に気付くのはむしろ当たり前。
「私は晶ちゃんが好き。晶ちゃんも私が好き。けれど心と体が求め合うのが違うのなら――」
いけない。
亜矢ネエは勘違いをしている。
それはやはり、十年連れ添った俺だけが分かる事。
「もし……私とこうするのが迷惑だったの――」
「違う!」
自分でも驚くほどの大音声で、亜矢ネエを遮る。
びくり、と亜矢ネエが震えた。
誰だ、亜矢ネエにこんな顔をさせているのは。
誰だ、亜矢ネエをこんな怯えさせているのは。
――俺の阿呆が。
「違うよ、亜矢ネエ」
気がつけば、俺は亜矢ネエを抱きしめていた。
脆くて壊れやすいのは、体だけとは限らない。
「違うんだ……俺は馬鹿だからさ。
亜矢ネエは悪く無いよ。俺は亜矢ネエが好きだよ。こうしてるのも大好きだよ」
上手く言葉にならない。
普段あれほどくだらない事を饒舌に喋っているのに、大切な事すらきちんと伝えられない歯痒さ。
思えば、告白も、こうしているのも、触れ合うのも、全て亜矢ネエに任せていた。
俺から何も出来なかった――いや、しなかった理由。
それにようやく気付いた。
俺は本当に阿呆だ。
「だから――そんな顔をしないでくれよ」
ぎゅう、と力いっぱい抱きしめる。
俺の震えを隠すように、亜矢ネエの震えを止められるように。
「晶ちゃん……」
「俺は……ずっと怖かった。
小さな頃からずっと一緒に居た亜矢ネエが、気付けばどこかに行っちゃうんじゃないかって。
こうやって触れ合ってても、次の瞬間に溶けて行っちゃうんじゃないかって。
亜矢ネエと触れ合えば触れ合うほど、温かければ温かいほど……ずっと……怖かったんだ」
体の弱い亜矢ネエ。
ガラスのような綺麗さは、けれども脆く崩れてしまう。
俺がそんな風に思うようになったのはいつからか。
そんな亜矢ネエを想い、そして恐れたのはいつからか。
「好きなんだ……ずっと好きなんだ。
大好きなんだ。
だから、何処にも行かないでくれよ。亜矢ネエ……ッ」
俺は、泣いていた。
一粒零れた瞬間、堰を切ったように涙の川が頬を伝う。
「晶ちゃんはホントにお馬鹿さんだね……」
気付けば、俺の頭は亜矢ネエに抱かれていた。
涙の染みが、ワンピースに広がっていく。
「ずっと、そんな事を考えていたの?」
あやすように、俺の頭が撫でられる。
柔らかな胸から、亜矢ネエの心音がとくとくと俺に流れ込んできた。
その拍動の一つ一つが、俺を包み込んで安心させる。
「私は何処にも行かないわ……お馬鹿で泣き虫で可愛い、私の晶ちゃんの側にずっと居る。
今も昔も。そして――これからもずっと」
言葉もなく、頷く。
涙と鼻水でグシャグシャの顔を見られたくない。
それでもゆっくりと手を添えられ、俯いた顔を上げられた。
「亜矢……ネエ」
ぺろりと、涙を舐められる。
「ちょっと、しょっぱいね」
にっこりと笑う。
そんな亜矢ネエが愛しくて。
俺も少しだけ笑った。
「ほら、泣いた鴉がもう笑っちゃって」
じゃれあいながら、俺たちは絡み合ったまま、ベッドへと倒れこむ。
「ねえ……?」
それだけで亜矢ネエの言いたい事を察する。
「あう……でも――!?」
何事か言いかけたのを、唇で塞がれる。
今までのような重ねるだけのそれではなく、お互いに食むような、求め合うキス。
「ん……んん……ちゅ……ん」
それはどちらの吐息なのか、混ぜ合わされたような喘ぎが部屋に染みる。
「私は晶ちゃんとなら……ね? 晶ちゃんは――んんッ!」
今度はお返しとばかり、俺から唇を奪う。
やがて言葉はなくなり、お互いの吐息だけが部屋に溶けて行った。
ここまでになります。
二人のすれ違いっぽいのは、もうちょっと深く書いていきたかったけど、これはこれで満足だったり。
それにしてもこのスレは職人さんが多くて勉強になります。
他の方の誰の書き口も頷く事しきり。
それでは皆さん、よいお年を。
早朝から(・∀・)ワンダホー!!
でも今年最後ですか…(´・ω・`)
お年玉楽しみにしてますね
寸止めですか。
しかも、来年までお預けなんで。
まあ、とにかくGJ
243氏のエロスに悶えそうです
>>511 >二人のすれ違い
「スレ違い」と読んだ俺は逝ってよしですか?
逝ってよしですね?
ちょwwwおまwwww
俺GJ人形管理サイト作っちゃうよ?
>>483の続きです。あと本当に少し、お付き合いを。
*
(君かへす朝の敷石さくさくと雪よ林檎の香のごとくふれ)
*
「お見合いでもしてもらおうか。うん」
兄がどさりと写真を抱えて持ってきて、目の前に置いたので孝二郎は顰め面をした。
発掘してきた伝統邦楽のテープを止めてイヤホンを外す。
…珍しく仕事を休み家に居ると思ったら起伏のない顔でこんなことを企んでいたのか。
縁側から見える景色は枯れ枝と寒さに寂しく、雪は数週ぶりにまたうっすら土を覆う。
正月を越えてひと段落した屋敷は反動のせいか静かでお茶を飲むのにちょうど良かった。
切りにいったばかりの髪の生え際を掻き、湯呑を取り上げ孝二郎は飲む。
隣の兄はまったりした例の声色にやや呆れた風を混ぜて孝二郎を咎めた。
「いい加減にしなさい。
そうやって、いつまでも不安定な身分でいるつもりもないのだろ?」
「…んー」
どうにもこの兄には本音が言いづらい。
昔ほど嫌っているわけではないが今でも確実に苦手だ。
宗一が庭を眺める弟に軽く肩を落とす。
「嫌だというならせめて紹介なりともしてあげるから仕事には就いてもらうよ。
みっともなくて弟が居るとは言いづらいこの立場、理解してほしいものだね」
「分かってるって、うるせえな」
「いや分かっていないとも。おまえも責任を持つ立場になれば分かる」
ぱたぱたと掃除をする女中や、庭の雪を払う僕達の微かな響き。
寒さはまだ暫らく続く。
旦那兄弟の邪魔をする者はなく、薄曇りの空は太陽の場所だけほんのりと明るかった。
孝二郎は溜息をつき、湯呑を回して兄を見る。
「あぁでも見合いはしねえよ。迷惑かけるけど仕事も自分で探す」
「――ふうん。孝二郎らしい」
降ってきた声は今度は背中の方からで兄ほど呆れてもいなかった。
とんとんと軽さが響き影がくる。
後ろから中年の女中が一人付き添って荷物を抱えていた。
宗一が先に立ち上がって手を取った。
「叔母さん。言ってくれたら迎えに行ったのにな。身体はどうですか」
「久し振り宗一君。相変わらず腹黒いんだか白いんだか分からない平坦な顔だねー」
肩上に切り揃えた髪を揺らし手を軽く握って、春海が淡く笑う。
数年前に大病をしてからあまり彼女は動き回らなくなりただ家と大学院で研究だけを続けているらしかった。
そのせいだろうか不健康に細い。
相変わらず歯に衣着せないところはそのままであったけれど。
「うん。琴子とせーちゃんと梅ちゃんが来てるって言うからね、遅くなったけれど年始の挨拶」
「では孝二郎に案内させますよ。ほら、おまえもお茶ばかり飲んでないで偶には役に立ちなさい」
孝二郎は黙って立った。
女中に客間を案内するため宗一が先にさっさと行ってしまう。
昔はそれほど下ではなかった背がひどくちっぽけに感じられ、
まだ三十そこそこだというのに叔母が遠く見えたことにふと時を感じた。
「うん。変わらないね、ここは」
宗一の立ち去った縁側で春海がガラスに手を当てる。
孝二郎は横顔を眺めて、やっぱり琴子に似ているな、と当然のことを感じた。
「そうでもねえよ」
変わったものは多くあり、大事と気付いたものはもう放す気もなく、
ただ逃げたかっただけの頃と今の心持は確かに違う。
ちっぽけな人が変わるものなら屋敷だって多少は変わっているだろう。
春海はすうと深呼吸をした。
後ろで手を組みぼんやりと庭を眺める。
「最近、目が霞むの。大したことないけど。参ったな」
「…へえ」
「見えなくなる前に見なくちゃ」
「……ったく。春海さんらしくない、そういうこというなよ」
苛立った声音に春海は目を閉じて笑った。
化粧で隠してはいても目元に小じわが見えていた。
「勿論死ぬ気とかないしなんとかやっていくつもり。孝二郎は優しくなったね」
「何言ってんだ」
憮然とし湯呑を拾い、羽織っていた半纏を肩に掛けてやる。
「ああ、せーちゃん、琴子。久し振りー相変わらずえろいね!」
たらたらと客間へ歩いて遠慮ない挨拶を交わす春海を横目に、腰を浮かせた女中と視線をちらと合わせて
孝二郎はなんとなくあの体温に今触れて抱きしめていたいと思った。
失うことに初めて怯えた一晩を、思い出さずには居られない。
粉雪がちらほらと舞っている。
兄に言われなくとも梅子の傍にいたい以上、身の振り方を考えるのは日々の目的だ。
*
――習慣できちんと朝には目が覚める。
睡眠不足でもそうなのは便利なのか恨めしいのか、と布団に白い息をはいた。
身体を抱くと昨晩にもされた名残がほんの微かに熱かった。
いつもは相変わらずやる気がなく喧嘩ばかりするのにどうして夜だけは優しいのだろう。
冬晴れの朝日が薄くて目に白い。
「…何を顔を赤くしているのかしら。怪しいわ」
隣で眠そうに琴子様が呟いた。
雪が解け始め少しずつ季節は春を迎える。
眠そうな顔のままもぞもぞ脱いだ寝間着を梅子に押し付けて、お嬢様ははしたなくあくびをした。
「あぁ、寒いわ…」
「風邪引きますよ。はい、こちらでしたよね」
「ありがと」
おまえも夜歩きは程々になさいと涼しい顔で言ってブラジャーの紐を直す。
薄物を渡したままの姿勢で少し固まり、梅子はやっぱり琴子様は騙せないなあと嘆息した。
…でも最近琴子様の絡みがしつこくなってきて貞操の危機も感じるのでどうにか解決したい。
どうかこうか今朝も追求をかわしながら、軽く口喧嘩などもしてついでなので日ごろの説教を繰り返して、
運ばれてきた朝ごはんを手を合わせてから一緒に食べた。
あまり通常の業務もおろそかに出来ないとかで最近は清助旦那様が
九州に居ることが多いから、琴子様も寂しいのだろう。
構ってくるのはそれでかもしれない。
食器を下げるのはいつも梅子だったので重ねたものを持って縁側に出た。
午前中は涼しくて心地が良い。
昔はよくぱたぱたとこの客間周辺で駆けずり回ってかくれんぼもして、時々罰として雑巾がけもさせられた。
庭で、その彼が散歩をしているのと目が合って、穏やかに頭を下げて挨拶をした。
坊ちゃまは愛しげな眼をしてから恥ずかしかったのか渋面を作って多少挙動不審になっていた。
椿が綺麗に咲いている。
梅子は緩んでしまう頬を抑えられずに足元を見たまま厨房に向かった。
籠の中で鳥が鳴く。
そんな日々を過ごすのはあっというまで、梅の花が庭にも咲いた。
雨が降っている。
軋むのは古い家具だった。
匂いは数時間前から籠もっていてもう息をするたび汗に代わる。
吐息が深く、湿って埃を巻き上げる。
「ァ――、ん」
入ってくる感覚が身のうちに気だるい熱を巻き込んでいく。
髪を弄られ組んだ指をより深く絡められると、無意識に自分でも締め付けてしまい情感が増した。
水音と後ろから入っている生温かさに肩が力を失い棚に縋る。
蔵の奥は屋敷より見つかりにくいと分かって寒さが薄れた頃から時折そこでするようになった。
「は、……っあ」
「ん。いいか」
呟きと一緒に往復が再開される。
普段よりも掠れた低い吐息は耳元から、あからさまな満足と欲情を伝えて余計に煽る。
髪を探っていた方の手が肩から胸に降りていき指に余るほどの肉を柔らかく撫ぜて揉み、先端を擦る。
タオルケットの上で膝小僧が擦れた。
「ん、っー、こう、こうじろ、くん…、あ」
汗が滲む。
肉芽を潰され背に吸い付かれれば深くまで入った肉が襞を擦って蜜が溢れた。
溢れたものはぽたりぽたりと膝元に落ちて流れる。
今日はなんだかいつまでもできそうな気がしていた。
往復されるだけなのに、なんで、ただ入れて動かすだけなのに、こんなに気持ちがいいのだろう。
唾液が伝い肘が笑う。
切羽詰った背後の手が強くなり掻き回す動きは激しく最後の揺さぶりをかけた。
「ぁ…すげ、いい」
「あ―、や、やだもう、いく」
泣きそうになる。
いつもこの瞬間が白いしずっと続けばいいと梅子は思った。
ぐちゅぐちゅとしていた音はもっとあからさまに肉のぶつかるそれになり何を叫んでいるのかも分からない。
「いい、ぃああ、ぁーっーーー!あっ…、あ」
膝を小刻みに震わせて受け止める。
古びた書棚の角を掴む爪の中まで甘いものが広がり痺れはいつまでも意識を攫っていく。
優しく抱きしめられたまま、ずるずると崩れ落ちて、朦朧としたまま頭頂部に顔が埋められて荒い息に口付けられるのを感じた。
冷たい土蔵の奥は昼に来ても暗くてよく分からないのにこの前後だけは表情まで分かるみたいな錯角がある。
タオルを引いた床に覆い被さられてうつ伏せ、まだ名残の熱い感覚を引くまでゆったり共有する。
背中に当たる相手のぬくい肌が脈打っていて妙に生々しかった。
奥まで入っていたものが濡れた液をまとってぬるりと抜ける。
それだけで少し感じて喉が震えた。
そうして腕の中に座ったままで上半身だけ起こし、なんとなく埃の中で余韻に浸った。
後ろの坊ちゃまがぼうっとした風に息をつく。
「…あー。寒い」
「ストーブ入れます?」
「今何月だと思ってんだ」
孝二郎は少し笑って腕を強めた。
しとしとと土壁を打つ音は疲れた頭にとても優しい。
軽く撫ぜられながら、身体を預けて耳を澄ます。
雨を聞いて暗い土蔵に居ると、昔のことを少しだけ思い出す。
数え切れない回数愛されて気にすることもなくなってきた傷は、雨の日には少しだけ痛む。
「そうだ、子供」
「は?」
「…名前決めなくちゃ」
呟いて膝上で指を組む。
ことん、とどこかで小物が落ちる。
背中に伝わる脈拍がぶれていた。
慌てて強く抱きしめている腕に触れ、熱い顔を俯ける。
眼鏡が外れかけていてまたフレームが曲がっていそうだとしょうもないことを思った。
「……梅子、それさ」
「あ、その、すみません。そうじゃなくて、琴子様の方」
「――なんだそっちか」
背中で心底つまらなそうに溜息をつかれた。
正直怒っていいのかどうしていいのか分からない。
寒くなってくる頃まで沈黙が続いて、やっと孝二郎がもう一度笑った。
梅、と呼ばれて振り返る間もなく耳の裏に唇を寄せて軽く舐める。
「ふっ」
首が反ってそれだけで梅子は自分でも悔しいくらい反応した。
静かな土蔵に雨音は響く。
暫らく耳を仕返しのように舐められてから、解放される。
「何、するんですか」
抗議をしたのに撫でられて頬を染めた。
本当にこういうときの孝二郎坊ちゃまは"坊ちゃま"ではなくただの大事な男の人だ。
湿気に髪が上手くまとまらない。
着衣を整えて埃を払い、最後に儀式のように口付けて触れ合う手をほどく。
後始末をしながら、階段を下りながら、ぽつぽつと話をした。
建て替えたといってもあれから八年になろうとしていて、土蔵の汚れは手にも残った。
後で湯を浴びなければいけない。
「何だ、じゃあ名付け親になるのか」
「はい」
「そか」
孝二郎が呟き少し土蔵の天井を見上げてから、梅子の手を取る。
大きくて暖かかった。
暗い中で眼鏡越しに、瞬きして見返す。
「梅」
「なに」
「結婚しようか」
一階に、足の裏が降りる。
そして止まった。
心臓がとくとくと脈を増やした。
雨が暖かい。
空に雪はなくなり風が吹き、梅花の季節が過ぎていく。
段々暑さを待つ日々にも孝二郎は傍にいて、琴子様の予定日が近付く入梅になって梅子は名前の候補を幾つか決めて主人夫婦に見せた。
そして仕事の合い間に暇そうな坊ちゃまと話をして、
縁側でお茶を飲んで時折街に出て、あとは何度も何度も肌を重ねた。
再会してから一年が経ち秋より暖かい冬が来た。
では、次回の最終話はなるべくならば近いうちに。
直立不動にて御降臨お待ちします。
243 ◆NVcIiajIyg氏
いやもう、本当にGJ!!
孝二郎のプロポーズしびれましたよ。
最終話期待しています。頑張ってください。
ついに完結ですか!
読むだけで切なくなる梅子さんのストーリーが大好きでした。
期待に胸膨らませて待ってます。
「ホワイトクリスマスだねッ」
「…そうだね。」
ぼくは暢気な隣の玄関に、はあと肩を落とした。
ホワイトはホワイトでもホワイトアウトっていうか吹雪。
雪国住まいにとってロマンチックなどと浮かれられるものではない。
これでは今日明日部活が休みになってしまう。
おふくろに命じられた雪かき仕事を果たすべくシャベルを片手に、アパートの一階から景気良く踏みだした。
滑った。
ずるりと、柔らかな雪の下で凍っていた伏兵に長靴が不意打ちを食らう。
派手な音で転倒するぼくを見て、隣の104号室に住むチビ女は遠慮なく笑った。
「あはははは!情けなーい」
「くっ」
手首を打ってはいないので今の暴言は忘れてやる。
冬の演奏会がこれで駄目になったとかだったら泣ける。
命じられた道路への通り道開通までの道のりはそれに反して遠そううなのだが。
シャベルでせっせと雪をかきわけ、道の端へと積んで行く。
一息ついてまた玄関に戻ると、赤い雪用ジャージのままめいが隣に座ってきた。
帽子を被っていつもは結んだ髪がもこもことそこに押し込まれている。
「タカちゃんはクリスマスプレゼント何貰ったの。」
「もう貰う歳でもないだろ」
「キスしてあげよっか」
にやにやと意地悪く笑うのに心を打たれなかったわけではない。
寒さが多少差し引きで和らがなかったわけでもないけど。
「な、何言ってんだよ。そういうのは好きなやつとするもんだろ」
「そうだね。」
防水手袋で帽子を深く被りなおして、めいは小さく頷いた。
吹雪に冷たい風が吹く。
また精精頑張って一時間後の労力を少しでも減らし、部活にいって楽器を触るのだ。
ぼくはまた立ち上がる。
めいはちまちまと彼女らしくなく雪かきを暫らくしてから、ドアの向こうに先に戻ってしまった。
何を落ち込んでいるのか分からないがぼくだって落ち込んでないわけではない。
文句もなしに納得されたということはそれってつまり、
めいがぼくを好きでないからしてくれなかったということに他ならないからだ。
学校にラジオを聴きながら行ったら、松任谷由美の恋人がサンタクロースが流れていた。
何かむかつく歌だ。どうせ恋人もサンタクロースもきそうにないちくしょう。
部活は急遽休みになっていて空しく帰ってきた。
めいが雪かきをしていた。
だから手伝って、小六の妹がめいに中学校の話を聴きたいというから家に入れて、
ぼくは部屋で一人楽譜を読んでいた。
「タカちゃん。私帰るね」
六時過ぎにノックもせずに部屋に顔を出す。
「うん。」
ちょっと考えて勇気を振り絞って言ってみた。
「玄関まで送るよ」
「えー?何それー隣じゃん」
けらけらと笑われて後悔した。
めいは玄関を出てすぐに朝のぼくと同じように滑った。
薄い水色と青の水玉を散らしたパンツが見えた。
あ、クリスマスプレゼント貰ったかも。
半泣きのめいと右隣のドアの隙間が消えていくのを眺めてそんなことを思った。
(おわり)
メリークリスマス。
断言する。俺はクリスマスなんて嫌いだ。
降りしきる雪の中で俺は心の底から思った。
「彼女もいないしな・・・。」
浩介も剛も滝本も悟志も彼女作りやがってあの裏切り者共。
そう言うわけで俺には一緒にクリスマスを過ごす人は誰もいない。
しかもこういうときに限って(バイトの給料が入ったばかりなので)金は有り余っている。
「いっそ嫌がらせでもしに行こうか・・・。」
「やめといた方が良いわよ、恨み買うし。」
「うわああああああああ!!」
突然すぐ近くで聞こえた声に驚いて俺は思わず後ずさった。
声のした方に目を向けるとそこには見慣れた顔があった。
「・・・なんだまどかか。お前も独り身か?」
「う゛。」
目の前の少女―まどかは嫌なところを疲れたようで顔を引きつらせた。
「・・・それはお互い様でしょ。」
「・・・まあな。」
同時にため息をつく。
「――――あのさ。」
「ん?」
長い沈黙の後、唐突にまどかが切り出してきた。
「どうせ暇ならさ、どっか遊びに行かない?」
「えー。」
「何よその反応はー!」
あからさまに不満の声を上げた俺にまどかは抗議する。
「だって毎年同じパターンだしー。」
「いや語尾あげても可愛くないし。」
チッ。可愛げの無いツッコミしやがって。
と、さっきの舌打ちに反応してかまどかが悲しげな顔をしてうつむき、
「・・・そんなに私といるのが嫌なの?」
「違う違う!そうじゃなくて――」
「じゃあ大丈夫ね?」
顔を上げて笑顔を見せた彼女の姿に俺は自分の敗北を悟った。
「・・・しょうがないな。」
嘘だ。
本当は照れくさかった。
本当は自分から言いたかった。
本当は――
「じゃ、まずは遊園地行こっか?」
「―っておい!?」
俺の返事を待たずしてまどかは俺の手を取って歩き出した。
意外と速い彼女の速度に何とかついて行く。
――いつもこうだ。
彼女が常に俺の先に行って俺を引っ張っていく。
だけど――
俺は速度を上げてまどかの隣に行く。
すぐ横にいる彼女の顔が嬉しそうに微笑む。
――今は追いつくので精一杯だけど、
いつか俺が君より前に行く。
その時は――
「――私はいつでも良いんだけどね。」
「え?」
「何でもない。」
そう言うとまどかは俺から顔を背けた。
「変な奴。」
「お互いにね。」
違いない、と二人で笑う。
周囲の視線も気にせずに、俺たちは寄り添って雪の降る街を歩いていった。
533氏もみんなもメリークリスマス。
クリスマス2作乙。
職人さんたちもメリークリスマス。
どちらもGJ
なんだか心の中の「しっと団」が元気になってきましたよw
「――行ってきます!」
お弁当を詰めた鞄を持って、勢いよく玄関の扉を開く。
天気はこの上ないほどの快晴。
夏の時よりも高い空は雲ひとつ見当たらないまっさらな青で、日の光が真っ直ぐに降り注いできて眩しかった。
昨日は夜のうちに雨が降ったらしく、空気は少し冷えて、アスファルトが濡れている。
彩太とは駅前で待ち合わせることにしてる。そして待ち合わせまでまだ余裕があったから、あたしは歩いて駅に向かうことにしていた。
「いってきまーす」
あたしが玄関の扉を閉めるのと、彩太が檜槻宅から出てきたのは殆ど同時のことだった。
「あ、智世?」
「彩太」
お互いの姿を視界に納めて、二人でその場に立ち尽くしてしまった。
「ナイスタイミング、だね」
「うん、そろそろ智世も出る頃かなーって思ってたから」
どっちからという事もなく、笑い声が漏れた。
隣同士のあたし達。考えてみれば向こうで待ち合わせしなくても、こうして途中から一緒になるのも当然の事だったろう。
「じゃ、偶然会ったことだし一緒に行こっか!」
いつも彩太の方から差し出される手を、今日はあたしの方から差し出した。
彩太も軽く頷いてこっちの手を取って。そしてあたし達は一緒に歩き出す。
「ね、向こうに着いたら最初に何乗ろっか?」
「ジェットコースター」
「………」
あたしの問いに笑顔で即答する彩太。
大人しい顔して絶叫系とかに嬉々として乗る彼は、実はあたし達三人の中で一番度胸がすわってるんじゃないかと思う。
でも朝からそれはキツイです正直勘弁してください。
「時間がたつとジェットコースターとかってどんどん混んでいくよ。待ち時間は短いほうがいいじゃない?」
そう言われると返す言葉もありません。
「今日はいっぱい遊ぼうね」
「……無理ない程度にね」
無理ない程度に、って言ったのに彩太は情け容赦なかった。
ジェットコースター・お化け屋敷・ゴンドラ・名前は知らないけどくるくる回るアレ
次に乗るものに迷うことなく、今はすいている乗り物を適確に選んでいく彩太。
お昼になる頃には遊ぶというより、最早挑戦するといった感じになっていた。
「彩太ごめん。あたし限界きった」
「え?」
高い所から急降下するアレに乗った後、次に行こうとする彩太にあたしはとうとう音をあげた。
いやもう本当に勘弁してください。
「さっきから頭ぐらぐらしてるの。ちょっと、休ませて」
「う、うん……大丈夫?」
「ん……」
彩太に付き添われつつ、近くのベンチに座る。
下を向けば重い頭が地面に吸い込まれそうで、上を見上げれば閉じた目の奥で複雑怪奇な模様が渦巻いてた。
「智世」
「ん?」
「ごめん。つい諭笑の時と同じペースで行っちゃった」
「ん……諭笑と行ったんだ? 遊園地」
何気なくした指摘に、何故か彩太は動揺したようで返事がやや遅れてきた。
「うん、ちょっとこの前皆でね」
皆って、誰なんだか――結構、気になるぞ。
「集団デート?」
「違うよ」
強い調子で否定される。そこまでムキになると逆にちょっと怪しいって。
「じゃあ男の子だけで行ったの?」
「うん」
「デートでもないのに?」
「――――」
彩太が盛大に溜息をつくのが聞こえたが、あたしは目を開かずにいた。
多分顔を見てたら追求できなくなる。そう思ったから。
「――妬いてる?」
……最初、何を言われたのか分からなかった。
「な……っ!」
次に、理解して顔が沸騰するかと思うくらい熱くなった。
閉じてた目を開けて彩太を見て。否定の言葉を放とうとして。
「……うん」
結局、頷いてしまった。
「や、妬いてるっていうよりね? ちょっともやもやしてる。諭笑と二人で他の子と遊びにいったんだなーって」
それを嫉妬って言うんだけど。そう言い訳せずにはいられなかった。
彩太に、心の狭い奴だなって思われたくなかったから。
「誰と遊びに行く、なんて彩太の自由だもんね? あたしってば、彼女じゃあるまいし――」
ただの幼馴染なのに、と続けることはできなかった。
『ただの幼馴染』なんて思ってたら最初からこんな事、気にしてるもんか。
あたしはそれ以上何を言うこともできず、彩太は何も言わず、しばし味の悪い沈黙がおちた。
「――智世」
「……ん」
「僕は諭笑と遊園地に行ったよ。でも智世の言ってる類のことは全くなかった」
「…………」
「本当だよ」
「ん……信じる」
ごめんね、と小さく告げると彩太は気にしてないよ、と言ってくれた。
これでこの話はおしまい、と大きく彩太は背伸びをして明るい声で告げた。
「僕、お腹がすいたな。お昼にしようよ」
昼御飯は遊園地に隣接してる公園で食べることにした。
場所取りは彩太にしてもらって、あたしはロッカーに預けていた鞄を取りに行っていた。
「智世、こっち」
彩太の声がする方に行くと、少し道から外れた芝生の上に彩太がいた。
彼が敷いてくれていたマットの上に腰を下ろして鞄の中身を広げる。
重箱とか大き目のお弁当箱があれば良かったんだけど、生憎家の台所を発掘してもそういうものは見つからなかった。
おかずとお握りを詰めた幾つかのタッパーを取り出すのを見て、彩太はほっとした表情を見せる。
「不安を裏切って美味しそうだね。良かった」
「だからあたしも普通に作れるってば。木炭とかでも持ってくるとでも思ってたの?」
「いや、やっぱりタガメとかコオロギとか」
「あぁもう。それまだ引っ張りますかーっ?!」
「だってさぁ、忘れようとして忘れられるものじゃないよね。カキコオロギ」
小学校のときのことだ。
夏休みの自由研究のテーマに困っていたあたしは、そのときテレビでやっていた特集をそっくりそのまま写す事にした。
テレビでやっていた特集は「人口増加に伴う食糧危機とその対策」。
それをビデオで録画して、何度も内容を見直しながら文章にまとめていった。
だがテレビの内容をまるまる写す、というのに後ろめたさを覚えたあたしは自分なりに考えたコンテンツをそれに付加したのだ。
『わたしの考えた未来のごはん』お婆ちゃんから聞いた、食料が少なかった時に行った工夫や食べた物をヒントにして描かれたそれは
悪い意味で評判になった。
最初は芋粥など昔ながらのもので始まり、サツマイモのお握り・水団のお汁粉などそういう形にしなくても良いんじゃ? 的なものから
イナゴのふりかけなどオーソドックスに気持ち悪いものをリストに載せたそれの中で、最も悪評が高かったのが彩太の言うカキコオロギだ。
曰く、「夢に出てきた」「もうカキ氷の小豆がコオロギの頭に見えてしょうがない」とやたらに評判になった。
ちなみに全部絵ではなく、写真入り。つまり、あたしはそれらを全部料理して見せたという事なのだった。
そして料理をしたからには食べたのだろう。お婆ちゃんは食べ残しを許さない人だったから。
しかしあたしにはそのときの記憶があまりない。サツマイモお握りあたりはちゃんと覚えているのだが、カキコオロギを食べた記憶はないのだ。
だけど、その記憶の糸口は思わぬ方向からもたらされた。
「僕、食べさせられかけたんだよ? カキコオロギ」
「え、えぇっ??」
凄くびっくりしてあたしは素っ頓狂な声をあげてしまっていた。
ちょっと待って。思い出せる限りの記憶を再生してみてもあたしの中にはそんな記憶はない。
「知らなかった?」
彩太の問いかけに素直に頷く。
「じゃあ覚えてないかもしれないけどね、もともとカキコオロギの写真を撮ったのは諭笑だったんだ」
そうだったろうか……
「智世は虫が苦手だったよね」
「今でもね」
「うん。それで智世がこっちに戻ってきた時どうしてもこれだけは撮れなかったってカキコオロギの事見せたんだ」
……やっぱりあたしが考えたのか、アレ。
話的にあたしじゃなくて諭笑が考えてたんじゃないかなー、って事を期待したんだけど。
「それで智世が諭笑にお願いしたんだよ。カキコオロギ作って撮って! って。滅多にない智世のお願いだからね、諭笑頑張ってた」
……そう言われると、何となく思い出してきた。
そうそう。あたし諭笑に「お願い」って言ったんだよね。
「それで諭笑がカキコオロギ作って写真に撮ったまでは良かったんだけど……」
あたしは諭笑に写真を受け取っただけで調理現場には居合わせていない。
だからそれは初めて知る事だった。
「勿体無いから食べてみろって諭笑が僕に言い出したんだ」
「うえぇっ」
その場面を想像してしまい、思わず顔をしかめてしまう。
自分で食べるとは言わないのね、諭笑……当たり前だけど。
「僕だって嫌だって言ったんだよ。そしたら諭笑さぁ、トモの手料理でこういうのが出たら食べれるのか? とか言い出して」
「出さないよ。っていうか凄い言いがかりよねそれ……」
「隠蔽工作に必死だったんだよ。今にしてみれば何も言わずに埋めるっていう選択肢がないのが笑えるけどね」
そう言って彩太はちょっと肩をすくめて見せた。
「それで、結局どうしたの?」
「食べる食べないで押し問答してるときに高坂のおばさんが帰ってきて怒られた」
つまりうやむやになったって事だった。
「彩太よくそんな昔の事覚えてるね」
「そりゃこんな刺激の強い記憶、忘れるわけないよ……昔はよく三人で遊んだよね。この公園にも来た事あるけど、覚えてる?」
言われて、周囲を見回してみると確かにそこには見覚えがあった。
あの時は遊園地は建っていなかったけど、向こうに見える林と東屋はあの時にもあったものだと分かる。
「幼稚園の時……だったっけ? 夏に皆で来たよね。かくれんぼとかして」
「智世がなかなかのってくれなかったんだよね」
そうだった。昔のあたしは諭笑や彩太となかなか遊ぼうとしなかったんだっけ。
二人ともチャンバラとか荒っぽいのをやってて、女の子の遊びに応じてくれなくて楽しくなかったって言うのもあったけど、
男の子と遊んでるっていうのが他の子に見つかると思うと恥ずかしかったんだよね。いつの間にか気にしなくなってるけど。
……ませてたんだな、あたし。
「あの時は諭笑がさんざん智世に駄々こねて、智世の方が折れたんだよね」
「あの時以外も大抵はそうだったと思うよ」
「うん。いつも諭笑が智世を引っ張ってきてた」
ふと、何故か彩太が苦笑した。
? と首を傾げて見せると彩太は苦笑の原因を話してくれる。
「いや、二人で遊びに来てるのに結局諭笑のことを話題にしてるから、やっぱり三人で来れば良かったかなぁって」
高校に入ってからあたし達は三人一緒で行動する機会がぐんと減った。
あたし達――特に諭笑――の行動範囲がまるで違うのだから、当然のことなのだけど。
確かに遊びに行くんだったら何とかして諭笑も誘ったほうが楽しかったとは思う。
でも……
「あたしは、二人で来て嬉しいって思ってるよ?」
「……え?」
不思議そうに聞き返してくる彩太に曖昧に笑ってみせてはぐらかす。
こういうのは言わないでも男の子の方に察してリードして貰いたい。っていうのは我侭なんだろうか。
「御飯――さっさと食べちゃおうよ。午後も遊園地、まわるんでしょ?」
お昼を食べて胃に物が入ってるからか。午後はゆっくりと遊園地を見てまわった。
あまり激しいものにも乗らず、乗ったのは観覧車だけ。
あとは主にお土産とか、お菓子とか。
多分、目を回してたあたしに彩太が気を使ってくれたんだと思う。
気が付けばもう空は茜色で
彩太の提案で、あたし達は昔遊んだ公園から回り道をして帰ることにした。
「そういえばさ、文化祭うちのクラスは占いの館するらしいよ」
「ふぅん。それなら女子中心でやってくれるだろうから適当にさぼってようかな」
「大道具設営とか期待されてるからね男子」
「……そういう面倒くさい所だけこっちに持ってくるのはずるいよなあ」
「当日はフリーだからいいじゃない。こっちはお祭りであるけるかどうかも怪しいっぽいもの」
「何かリクエストあったら買っといてあげるよ。他のクラスは何するの?」
「えっとね、A組とF組が劇でE組がパビリオン製作。C組が縁日でBが映画だったかな?」
「映画?」
「『三段腹タイタニック』だって」
そんな他愛もないことを話しながら、暗くなる道を手を繋いで歩いていく。
少し先を歩く彩太の顔はこっちには見えなかったけど、どんな表情をしているのか想像できた。
「――あとね、今年もやるみたいだよ? フォークダンス」
少し、緊張した。まだ彩太はこちらの反応に気が付いていないみたいだ。
「そうなんだ? 派手だよねアレ。篝火たいたりするし」
「うん、あれね。毎年周囲の人から危なくないかって苦情があるらしいけど、やめたくないって声が多いんだってよ」
ここまではあたしの予想したとおりの会話の流れだった。次に彼の言う言葉も予想している。
――へえ、どうしてだろうね。
「ふうん。どうしてだろうね」
気づかれない程度に深呼吸を一回。落ち着いて、何気なく言おう。
でも発した声はやっぱりちょっとうわずってしまっていた。
「あ、あのね? フォークダンスに誘うって、暗黙の了解で相手に告白って事になるんだって」
知らず知らずのうち、繋いでいた手に力がこもり汗がじんわり染み出ていた。彩太はこっちを振り向かない。
「……それでね、あ、相手が誘いに乗ってくれたら告白OKって事なんだってさっ」
勤めて軽く言うのが精一杯だった。
彩太を見ることが出来なくて、下を向いて歩く。もう彩太がどんな顔をしているのか分からない。
さっきまでの会話が嘘みたいに黙って、二人で歩いていく。
……ふと、嫌な思いが胸の奥を横切った。
それは、二人とも言わないだけでお互いにあると思ってた。
でも、もしかしたらそれはあたしの錯覚で、ずうっと独り相撲をしてたんじゃないだろうか?
そんなの嫌だ。認めたくない。
そう思ってても、ふと沸いたその考えは雨雲のようにもくもくと育っていく。
公園の真ん中に来たあたりでもうあたしの気持ちはずぶ濡れで、うっかりすると涙がこぼれそうだった。
彩太はこっちをふりむかない。
ただ、今まで黙々と動かしていた足を止めた。
「……あのさ、智世」
こっちを向かないで言葉を発する彩太。
「今日、楽しかったかな?」
いきなりの問いにあたしは考えるまもなく感じてたことを口にした。
「――ん。とても」
沈黙。
長いことそうやってあたし達はそこに根が生えたみたいに身じろぎもせず立っていた。
本当は心の中で迷っていたんだ。何か言いたいのに、何を言えばいいのか分からなくて。
「――あのね、智世」
沈黙を破ったのは彩太の方だった。
「き、今日は僕。智世と遊びにきた、つもりじゃなかったから」
言われた意味が一瞬分からなかった。
ゆっくり時間をかけて脳が彩太の言葉を理解する。
「彩太、それって」「智世とは! 今日は、その……デート……のつもりだったから」
どういう意味、と聞きかけたあたしの言葉をひったくって告げられた言葉は、またしてもあたしの頭を一瞬停止させた。
最後のほうはぼそぼそと呟くようだったけれど、あたしには確かに聞こえていた。
「……あたしも」
「うん?」
「あたしも、彩太と同じつもりだったよ」
あたしがそう言うと、ぎゅっと握った手に力が篭められ彩太がこちらを振り返った。
「そっか」
どことなく、気が抜けたような彩太の顔と声。
「同じ気持ちだったんだ」
「ん」
あ、まずい。
泣きそう、と思ったときにはもう涙が落ちていた。
「泣かないでよ」
「だ、だって」
「うん」
「だってさあ……」
握った手を引かれて、あたしは抵抗せずに彩太の腕の中に納まった。
肩に別の方の手が回されて、ぎゅっと抱き締められる。
「言わないといけないって思ってて。ひょっとしたら同じじゃないんじゃないかなって思ってたから」
「同じだったね」
「ん……良かった」
空いてるほうの手を彩太の背中にまわしてぎゅっとする。
彩太の肩に頭を乗せて耳をすませると、首筋からトクトクという鼓動が聞こえてた。
大好き。
声に出さず、予行練習で何回か口にする。
「智世」
名前を呼ばれて彩太を見上げると、彩太も至近距離からこっちを見ていた。
目を閉じて、互いの唇に唇で触れる。
初めてのキスはレモンとかの味はぜんぜんしないで、ただ、彩太の暖かさを唇で感じた。
暗い視界の中、すこし。唇から湿った暖かさが離れる。
目を開けると、びっくりするほど近くに彩太の顔があった。
「いう事言う前に、先行でする事しちゃったね」
軽口のつもりだったんだろうけど、言われた側は照れくさくて仕方がない。
「いざとなるとなかなか言えないもんだよね、お互いに」
顔を見ないように彩太の肩口に頭をくっつけてそう言うと、くつくつと体の奥で空気が震えて彩太が笑うのが分かった。
「じゃあ、こうしようよ」
「?」
あたしが顔を上げると、一拍おいて、ちょっと緊張して真面目な顔になった彩太はこう言った。
「文化祭。フォークダンスの相手、予約していいかな?」
問いかけに対する答えは一つ。あたしは涙を拭って、明るく答えた。
「勿論だよ!」
クリスマスがあけたらもうすぐ年末年始。皆様良いお年を。
初リアルタイム遭遇でした。
GJ!
亀なんですが
>自棄食いの予定もなくなったし
なんでそんなに上手いんですか
>547
俺はその前後が鬼だと思った。
奮発して、露天風呂備えつきの部屋にしてよかったとしみじみ思う。
ぐったりと横たわるもみじを抱き上げて外へ出る。もみじは力ない笑顔を見せる。
本当に無茶をする。先ほどまでのもみじの様子を思い出しながら、ふと思った。
「今日はここまでにしようか?」
もみじが落ち着いたころを見計らって尋ねた。これ以上もみじが痛がるのは忍びなかったから。けれど。
「・・・っ!」
その言葉を否定するように。もみじは抱きしめる両手に力を込め、脚を僕の腰に絡みつかせる。これ以上はきっと言ってもきかないだろう。
「・・・このまま、するよ?」
こうなった以上は僕も決心しなければならない。繋がったままもみじを布団に横たえる。
苦しげな、満足そうな笑みだった。
もみじの中はきつかった。僕が動くたびに。もみじは辛そうに息をつめる。もみじの苦し
げな様子は僕の精神を萎えさせたが、それと同時にそんなもみじを美しく感じる僕もいて、
その双方とも関係なしに僕の身体は快感に震えていた。
「くっ・・・んくっ、っつ!」
なにより僕は、もみじを傷つけることに慣れていなかった。もみじが痛がることが、
そのまま僕の痛みとなって僕を苦しめた。
「もみじっ、やっぱり僕は・・・!」
言い終わらぬうちに、もみじは僕の唇に指を押し付ける。
「だめ、美秋くんと繋がることが、私のしあわせ。だから、・・・つっ、この痛みも、全てが、
わたしのしあわせ・・・。よしあきくんは、私をしあわせにしなきゃだめだから・・・
やめちゃ、だめ・・・。」
この行為が始まったときから、わかってたことだった。結局僕は、自分が痛みを感じる
ことが怖かっただけだった。けれど、いま身体が感じている快感は、もみじに苦痛を与
えて得たものだと思うと、僕はおとこと言う生き物を憎まないわけにはいかなかった。
もう、何も考えたくなかった。
僕は、僕の大好きなもみじのことだけで頭をいっぱいにして僕をもみじに打ちつけ続けた。
腰から直接伝わった刺激に任せて、僕はもみじの中で果てる。
「よしあき・・・くん・・・。」
急速に空白になる頭の中で、もみじの呟きが聞こえた。
露天風呂は、当然ながらそんなに大きくなかったが、二人が足を伸ばして入るには十分な大きさだった。
まずは体を洗わなければと思う。汗とかナニとか諸々の体液を吸った布団を思い出し、
寝るときどうしようか不安になったが、後のことは後で考えようと思う。
「もみじ、もう一人でだいじょぶ?」
腕の中のもみじに聞く。焦点の合わない瞳を向けて小さく首を振る。
「美秋くんのせいで体に力が入らないよ。ねえ、美秋くんが私の体洗ってよ。」
本当に、楽しそうに言う。力が入らないなんて多分嘘だろう。でも、それでもよかった。
シャワーの前に腰を下ろす、ひざの上にもみじを座らせた。もみじは本当に柔らかかった。
鏡に映った二人を見て赤面、二人とも生まれたままの姿だった。この姿のまま、二人絡
み合ってたことを今更痛感する。鏡の中のもみじの照れ笑い、かわいいと思った。
もみじが僕に何事か耳打ちした。願っても無い、というか魅力的な提案に鼓動が一気に
早くなった。言い出した方も、提案されたほうも真っ赤になって、恥ずかしいので行動に移った。
ボディーソープを手にとって、両手ですり合わせ泡立たせる。鏡に目を移せば、もみじが
期待に満ちた瞳で見つめていた。
泡だらけになった両手を、逡巡のうちにもみじのお腹に持っていった、
「ひゃ!」
「わっ、ごめん!」
「いや、ちょっとびっくりしただけだから、続けて?」
お腹に置いた僕の手に自分の手を重ねて。もみじの肌はすべすべで、触っただけで溶けそ
うな繊細さを僕に伝えた。二人の手が通った跡に真っ白な泡を残して、二人は作業に没頭する。
「・・・はふぅ、美秋くん・・・。」
熱い吐息、身体全体で僕に伝える。二人の手がもみじの胸に到達する、僕の記憶にあるなによりも柔らかで。
大事にしすぎ、という声と共にもみじの手に力が込められる。もみじの胸が、より強く僕の手を押し返す。
胸の蕾を指先で撫でると同時に、もみじは僕のひざに乗せた腰を前後に擦り付け始めた。
ぬるぬるとした液体がその跡を残す。
「んく、ね、さっき一番汚しちゃったとこ、まだ?」
湧き出る情欲の色を隠そうともせず、もみじは僕に次を促す。
「しみたりしないの?」
「・・・!つまらないこと聞かな「ふぅ・・・ん、美秋くん、もう少いの、ばかぁ・・・。」
怒られた、素朴な疑問だったんだけど。
「じゃあ、いくよ?」
手を重ねたまま、その場所へと手を持ってくる。そこからはもみじ自身の体液と、僕の
出したのと、わずかな血の跡と。全てを包み隠すように、そっと手を置いた。
「ひぅ・・・、ん、そのままゆっくりね・・・。」
さっきから命令されっぱなしな気もするけど、それくらいがいいのだろうと気にしないことにする。
「はぅ、いいよ、美秋くん。ふぁ、はふ・・・。」
もみじの嬌声に、さっきからもみじのお尻に押し付けている僕のがどんどん大きくなる。
「も、もみじ!」
せっけんでそこはきれいにしても、後から新しい液を出してちゃ仕方が無い気もするけど。
そんなことも忘却の彼方に飛ばしてしまうほど、僕はもみじの身体に夢中になっていた。
もっと触れたい、もっともみじの声を聞きたい。もみじも、そんな風に思ってくれているんだろうか。
「ちょっと、美秋くん、手、早すぎ・・・!」
「ごめん、もみじ、止められない!」
下に当てた手と共に、胸においていた手を激しく動かす。むさぼるように、揉みしだく。
「きゃうっ!」
指で胸の硬いところを引っかいた瞬間、胸を反らせひときわ高い声を出した。
もっと、聞きたい。
下に回した手と共に、反応のあった場所を重点的に触る。僕の希望通りの声をもみじが
挙げるのを聞いて、僕はとても幸福を感じる。
「もみじ、大好きだよ。」
この先何度言うかわからないけど、今はとても伝えたかった。
「はぅ、美秋くん、よしあきくん、〜っ!」
ピン、と身体を硬直させた後、ずるずると体が落ちてくるのを抱きとめる。
「美秋くん・・・。」
泡だらけの体を抱いて、二人一緒にシャワーを浴びた。
ぼんやりした頭の中で、お互いの唇を、確かに感じた。
「ね、美秋くん。」
二人で入るに十分なお風呂の中で、それでも僕たちは抱き合って入っていた。
「例え一回だけだとしても、子供ができる可能性は十分にあるんだよ♪」
満面の笑み、しかも音符付きで言う。
「覚悟はできてはいるけど、でもどうなるんだろ・・・。」
さすがに本当にできてしまったとなってはただ事じゃなくなるとは思う。
「大丈夫だよ、夕美さんだって美秋くんを産んだのは18でしょ?」
ほんの少し詰め寄って。その口調からは穏やかならざるものを感じた。
「・・・こだわるね。」
言ってから失敗したかとも思ったけど、それ以上はなにも言わなかったのでほっとする。
「・・・夕美さん、あんなに綺麗なんだもん。」
聞こえないことにした。
「それより、本当に体は大丈夫なの?随分痛そうだったけど。」
「美秋くんのばか。そういうことは聞いちゃだめなの!」
「いや、本当に心配なんだってば。」
「もう・・・しょうがないんだから。」
怒ったような、嬉しそうな顔を見せ、その後に僕の胸に顔を伏せた。
「痛かったけどね、でもそんなことより美秋くんにされることが重要だから。嬉しかった。でも・・・。」
ほんのり赤みを帯びた、いたずらっぽい笑みを向ける。
「十数年分の私の想い、これくらいじゃまだ足りないんだからね・・・?女の子は男の子より大人なんだから。」
「え、それって・・・。」
いつごろから僕を男として意識していたのだろう。
「さあ、どうでしょう?」
もはや何度目かもわからないキスをした。脳が溶けるかと思うほどの甘さだった。
「それじゃ、続きしよっか?」
お腹がすいたんだけどね、などと言えるはずもなく。
そうして、僕たちは結ばれた。
「そろそろかな・・・。」
私、藤野もみじは美秋くんの部屋で一緒に寝ていた。
旅行帰り、疲れたとの名目で美秋くんの家に一休みしにきたと言うのに。
「美秋くん、そのまま寝ちゃうんだもん。ばか。」
熟睡する美秋くんに呟く。もう、倦怠期の夫婦じゃあるまいし。
まあ、用事はそれだけじゃないんだけど。
部屋の扉を開けて居間に出る、家主にして美秋くんの母親、夕美さんがいた。
「・・・お帰りなさい、もみじちゃん。」
「夕美さんも、おかえりなさい。」
二人とも表面上は平穏、けれど伝わってくる空気はとてもぴりぴりしたものだった。
きっと私も無意識に威圧しているんだろう、少し申し訳ない。でも。
「もらっちゃいます、美秋くん。」
思えば、私は一番、この人が羨ましかった。美秋くんの信頼を一身に受けて、ひとつの疑いもなく頼られて。
私は、美秋くんにとってそんな存在でありたかった。
美秋くんを愛するのは私だけでいいし、美秋くんは私にだけ愛されればいいの。
「・・・。」
夕美さんは、何も言わず顔を背けた。寂しげな色を浮かべた横顔が綺麗だった。
大人の女性の美しさ、まだ私には無い。ずるい、と思った。
私も、大人になったら夕美さんみたいになれるだろうか。
「もみじちゃん、美秋のこと、好きよね?」
答えるまでもなかった。視線で伝えた。
「・・・なら、いいわ。」
息子の幸せを願う母親の顔だろうか、私にはあんなに綺麗にはなれない。
「美秋のこと、よろしくね。・・・また後でね。」
微笑んで、ご飯の準備にとりかかった。
後ろで、美秋くんが起きた気配。
美秋くんのこと、好きだから。
部屋に戻る、この手で抱きしめるため。
どうも、いままでありがとうございました。うぃすです。
これにて終わりです。年内にどうにか終わりました。
いろいろとありましたが、本当にありがとうございました。
また、なにか書くかもしれません。
それでは、またいつか。
GJ!
俺は例のクリスマス・・・
もう腰が砕けちまって会社休んじまったorz
なんかまたいいもん読んだなぁ・・・
読ませてもらいました! ありがとうございました!
∠(,, ゚Д゚) ビシィ!!
で、結局美秋の父は故人ってこと?
558 :
うぃす:2005/12/30(金) 01:22:03 ID:/ASm3wOQ
>>557 PCの都合でコテで書けないんですけど本人ですよー
実際のところ、美秋の父は亡くなってるんですね
夕美さんはそれが気に食わないんでややこしいことになってるんですけど
そんなんで次はその二人を書こうかなと
作者が書き込むのは無粋というものなのでこの辺で、失礼しました
*
籍だけ入れて戻ってきた頃に降って来たのは雪ではなく冷たい雨で二人で小さな屋敷の門を潜った。
古いこじんまりした屋敷を買い取り住んでいるのは梅子の主人夫婦で、
雨の多く暖かいこの地方にしては今日の冷たい風は湿りも充分で冬を感じることができる。
慣れない土地でいまいち調子に乗らない時分は愚痴が多かったけれど今日は格別なんということもない。
いやそれどころか彼にしては珍しく何の気負いもなく彼女の手を取ることができて、
梅子にとってもそれは確かな実感をくれて嬉しいのか顔は眩しげだった。
葉を打つ水音に飛び石が黒く濡れていく。
借りている離れは本家のお屋敷のそれと比べればひどく小さく申し訳程度だ。
それでも暇を出されるとばかり気にしていたいた梅子は逆に
琴子から出て行かないのを条件に賛成してあげると言われた時
子供みたいに嬉し泣きをし抱きついてしまった。
そしたら更になんだか琴子の態度が甘くなった。
…ついでに梅子が少し自分に厳しくなった。
まあそれもいいし、確かに無職と結婚するのはきっちりした梅子でなくとも普通は躊躇するだろう。
雑誌の小さな連載記事は、顔の広い武雄の紹介で貰った仕事だったが次第に板についてきた。
内容は何気ない旅行回想記だ。
染井が気に入って時々文句という名の感想をよこしてくる。
函館の記憶を第一回に書いたせいかもしれなかった。
初めての新幹線、土の匂い、持ち歩いた手紙、長かった一夜。
あまりにもあの日々はガキで甘えていて悟るまでに一体どれだけ傷つけたろう。
門を過ぎ庭を過ぎ、玄関前の庇の下へ入って傘を畳んだ。
風が涼しい。
短い触れるだけの口付けは冷えていたせいか少しひやりと唇に温度を残していった。
梅子が閉じた目を少しだけ開く。
呼ぶ声は自然と暖かさが籠もった。
役所からほとんど会話もなく距離だけ近づけて歩いてきたから、それで余計にそうなったのかもしれない。
「寒いけど、足平気か」
髪を纏めた幼馴染は彼を見上げて微笑った。
こつんと、胸に頭を預けてきた柔らかな肩に片腕を回す。
温かいのでほうとする。
どこかで鳥が飛んでいる。
「ありがとうな」
耳元で上手くいえなかった一言を伝えた。
「はい。私は孝二郎君といるのがいいから、いいんです」
呟いて細い腕は抱き返す。
頬に触れる髪は湿気でしとりと感触が良かった。
ぱらぱらと小ぶりになる雨は耳に優しい。
屋敷の中から赤ん坊の泣き声がして、琴子様がきっと疲労で苛苛しだす頃だから
助けに行ってあげないと、と梅子は顔を緩めて夫に回した腕をほどいた。
*
そうしてまた少し時が過ぎる。
籍を入れて玄関先で一つ二つ言葉を交わして抱き合っていた。
雨のあの日のぱらつく匂いをいつでも思い出すことが出来る。
それは結構短い時間で、お定まりの誓いも三々九度もブーケもドレスもない結婚式で、立会人すら居なかった。
揺り籠をゆらして早朝の畳で懐かしい歌をくちずさみあやす。
孝二郎の幼い従妹はおむつを替えるまでひっきりなしに泣いていた。
母親と名付け親が順繰りに睡眠を交代して頼りない生命を育てていく。
琴子夫婦は奥の寝室で寝ている。
孝二郎が少し奥の書机でものを書いている。
『ありがとうな』と彼は言った。
いろんな意味がこもっていただろう。
そういろいろなことがあったから。
去年一年はたくさんの事があって。
その前二十数年だって幸せなことばかりではなかったし、
幸福と不幸は同確率で平等にやってくるものと多くの形で知ってしまった。
でも幸福ばかりやってくる幸運を信じることも、悪いことではないはずだ。
ゆりかごのうたをかなりやがうたうよ、
昔懐かしい歌を口ずさみ幼子をあやした。
明け方までの雨が弱まり風は冷たく木々が騒いで記憶は回る。
あの大きく古びた屋敷を懐かしく思う日も互いにきっと稀ではない。
生まれた場所から大分離れてしまったし、毎日のように遊んだり交わったりした部屋も庭も、
手放しで歓迎された結婚ではなかったからなんとなし足を踏み入れにくくなっている。
でもそれは長い目で見ればたいしたことではなくなると梅子は思う。
一生帰れないほどの断絶ではなかったし、なんといっても今は現代で
実は宗一様だって孝二郎が思っているより頭がずっと柔らかいと梅子は思っている。
あれは半分くらい孝二郎坊ちゃまの劣等感からくる拒絶なのだ。
だいいちここで暮らして思い出を作っていくのもとても楽しい。
彼女のやかましい女主人は毎日お世話するのが本当に嬉しくて、
名付けた子供の成長が日々とても楽しみで、
疲れる問題はたくさんあっても風が優しく周囲は騒がしいのだし。
それに坊ちゃまが居る。
大好きで大好きで小さい頃から一緒にいるだけで嬉しかった孝二郎君が、
いろいろあったけれどこれからはずっと、もっと近くで一緒に生きてくれるのだ。
そんなありえないことが起きたのだから、だったらなんでも上手くいく。
揺り籠の主はむずかってあまり眠りたくないようだ。
雨雲の隙間から陽射しが淡い。
*
懐かしい子守唄を聴く。
手書きの草稿を弄くり回して夜明けが眩しい。
おそらく周囲に眉を顰められてまで結婚しなくても傍にいることは出来た。
一緒に生きる以上、義務を怠れば叱られて、道を外れかければ泣かれて、きっと一生迷惑をかけるだろう。
それも結局、三つ子の魂百までで、雀百まで踊り忘れずということだ。
梅子が孝二郎を今でもとても好きなように、孝二郎は迷惑をかけるなら梅子がいい。
そしてできれば、これは最近になってやっと気付いて一生言わずにいるつもりなのだが、
抱いていると口が軽くなるものだから隠し通せる保証はない。
「はいはい、いい子だから――」
徹夜明けに優しい口調に頬杖をついて梅子を眺めた。
柔らかな丸みをここ数ヶ月で帯びた身体の線は着物の生地でほんのりと隠されている。
梅子が孝二郎の方に振り返って視線に気付くと眼鏡の奥で瞳を深める。
孝二郎はペンを置いて傍に行き、隣で揺り籠を覗いた。
「そろそろ琴子様と交代ですから」
くすくすと笑って梅子は重ねた指先を握り返してきた。
――その幼い頃から自分にだけ見せるあどけない幸せを誰かに取られる可能性に
我慢が出来なかったのだと自分のものになってから今更に知る。
「梅」
「はい」
「お疲れ」
通いの料理婦が門の呼び鈴を鳴らす頃合まであとどれだけか。
小さな庭は早朝を向かえ冬枯れながらもささやかな日光に照らされ美しい。
空は澄んで高く失ったものが多くあっても一番大事なものだけは今も変わらず傍にいる。
ああそう。子供の名前決めなくちゃ、と揺り籠をあやす着物の袖は穏やかに呟いて微笑った。
終
これでこのお話は終わりです。
長いことありがとうございました。かなり好き放題書いてしまいました。
読んでくださった方をはじめ最後まで書かせてくださったスレの皆様に心よりの感謝を。
幼馴染万歳!
God Job!お疲れさまでした〜
いや〜・・・・・・素晴らしいですわ
GJ
お疲れさまでした〜
569 :
名無しさん@ピンキー:2006/01/02(月) 21:50:29 ID:5iUHSVzH
ほす
クリスマス物を書くみたいなことを言いながら結局年越し……PCトラブルもあったとはいえ言い訳無用、すみません。
長いし一週間遅れだと思う方はスルーでお願いします。
「うへー、やっぱ久々にやると脚に来るな」
12月21日。俺──結城慶太はは久々に部活に顔を出していた。
夏で引退した身とはいえ、たまには部活に顔を出してやるのが先輩というやつだ。
さすがにブランクがあるので半年前と同じ動きはできるものじゃないにしても、来季を見据える後輩達の手伝いはできる。
「お疲れっしたー!」
「おう、お前らも頑張れな!」
後輩達に見送られて体育館を出る。別に何も用事がなければ、あいつらと帰ってもいいんだが。
携帯の電源を入れる。メールを手早く打ってから、校舎を出る。
もう五時半ということで、かなり寒かった。マフラーを巻いて、手をコートのポケットに突っ込んだ。
「こりゃ、また雪降るなぁ……雪かきにまた駆り出されんのか」
一昨日、突然大雪が降った。太平洋側のこの街は、普通あまり雪は降らないはずだが……まだ道路の端々には、残雪がある。
「また沙穂んちの雪かきまでやらされんのは……正直しんどいんだけどな」
独り愚痴っていると、それを咎めるように鳴る着信メロディ。
メールの主は、予想通りのあいつからの返信。
俺の幼馴染で今は彼女の、古田沙穂。今日あいつは買い物に行っていて、俺とは途中で落ち合う予定なのである。
「駅前のチェルシー前にいるよー、か」
俺達がよく利用する喫茶店だ。ここからなら、十分くらいか。
メールを返して、待ち合わせの場所に向かう。自然、早歩きになっていた。
吐く息が白い。そう言えば今夜も寒くなるとニュースで言っていた。
この寒空の下で沙穂が俺を待ってると思うと、早歩きがさらにスピードを増した。
……と。そんな俺の視界に、沙穂と見たこともない男が話している光景が目に入った。
ぱっと見、沙穂はかなり迷惑そうだ。ナンパだろうか。……いや、ちょっと違う。
「だからさ、一度連絡してよ。ほらこれ、僕の名刺だから」
「……私、そういうの興味ありませんから」
「そんなこと言わないでさ、ほんとデビューの目もあるんだって。君望洋学園の子でしょ? あそこの学校って……」
話は良くわからないが、ともかく沙穂は嫌がっているらしい。俺が行動を起こすのに、それ以上の理由は要らなかった。
ぐい、とその社会人風の肩を掴む。振り向いた奴に思い切り低くドスの効いた声で告げる。
「アンタさ、俺の彼女に何してんの?」
「なっ……!? あ、君、良かったら電話してよっ」
それが思ったより効いたのか。その男は言葉を一つ残して去っていく。
さっき沙穂が受け取った名刺には、聞いた事もない名前のプロダクション名が書かれていた。
「……えーと」
沙穂の表情を窺う。ひょっとして、滅茶苦茶機嫌が悪かったりして……。
「もう、ずーっと待ってんだから。ほらー、マフラーも解けかけてて……寒くないの、慶太?」
「え、あぁ」
どうやら俺の幼馴染は今日も正常運転らしい。
「ああいう人ならたまーにいるから。怪しい人ばっかりだけど」
「え……沙穂って、スカウト受けたりしてんの?」
隣で呆れた表情をしている沙穂に、思わず聞いてしまう。だって、俺ですらそんな話は初耳だ。
「今年の春から三回くらいかなあ、よくわからないのとかCMの端役とかのは。でも安心してね、私はちゃんと断ってるから」
えへん、とばかりに胸を張る沙穂。そんな仕草がちょっと可愛い……が。
「沙穂はそういうのに興味ないんだ? 女の子ならちょっとはあるんじゃないの、やっぱ」
「うーん……」
俺の質問を受けて、少し考え込む沙穂。そうして。
「ああやってスカウトの人に声かけられて、全く何もないって言ったらウソになるけど」
沙穂の手が伸びる。俺の右手と沙穂の左手が繋がる。
「私……今の生活を犠牲にするのって嫌なんだ。家族がいて、慶太がいて、学校も大変だけど楽しいっていう学生生活が」
「……」
真っ直ぐな沙穂の視線に、ドキッとする。
「どんな理由があっても、慶太の側にいれなくなるのは嫌。ずーっと一緒にいたんだし、これからもそうでいたいし……好きなんだしね」
名刺を二つ折りにして側にあったゴミ箱に捨てると、沙穂は微笑んだ。
「……そっか。つまんねーこと聞いたな」
上を向いて、軽く息を吐く。
「ううん、いいよ。……でも」
「でも?」
信号待ちで止まる。すっかり日が暮れた町の中、俺達の前を路線バスが走り抜けていった。
「私がせっかく好きって言ったんだから、何か反応欲しかったかな」
少しすねたように、でも本心では少し悪戯っぽく。そんな沙穂の気持ちがあるのかもしれない。
「えーと。あー……結城慶太は、古田沙穂を愛してます。世界中の、誰よりも」
「それパクリでしょ」
言って、沙穂が俺のコートを引っ張る。ただその割には少し嬉しそうだけれど。
「やっぱばれたか。ははっ」
二人して笑って、横断歩道を渡った。
「そうそう、今日の買い物なんだけどね」
家に近くなってきた頃、沙穂が思い出したように話を切り出す。
「あぁ、MP3プレイヤーを買ってきたんだっけ?」
確か沙穂の姉ちゃんのお下がりのMDプレイヤーが壊れたので、買い換えるとか言ってた。
「そうそう。これ凄いよねー。このプレーヤーに2000曲も入るんだって」
「実際2000曲も入れることはないけどなあ」
「それはそうだけど。ね、慶太も試しに聞いてみない? 私、買ってからチェルシーで待つ間に色々やってみたの。買ってすぐ、持ってたCDの曲を入れてみたし」
銀色のスタンダードな本体からは、似たような色のコードが伸びている。
「電器屋さんでね、せっかくだからこういうの買ってきて」
沙穂の鞄からは、別売りのものと思われるイヤホンが出てきた。
「これ、一つのプレイヤーに二人分のイヤホンをつなげれるやつなの」
沙穂の持っているイヤホンは、確かに二股状になっていて二人が一度に聴けそうだ。でも、それより。
「沙穂、イヤホンは別に一つでいいっての、ほら」
普通のイヤホンを本体に繋げて。俺の右耳と沙穂の左耳に一つずつ付ける。
「ちょっと、けーたっ」
夕方の街は人通りも多いから、沙穂も気にしてしまうんだろう。でも、俺としちゃ周りは関係ない。
それに沙穂だって、こういうのは嫌いじゃないはずだ。それは前のバカップル騒動の時に何となくわかった。
「ほら、どっちにしても変わんないだろ。さっさと聴く聴く」
「……うん、そうだね」
沙穂も頷いて、プレイヤーのスイッチをONにする。聞き覚えのある曲が耳に入った。
「あー、やっぱ沙穂はこのバンドが好きなんだな」
「うん、小学生の頃から聴いてたしね。慶太を染めたのも私だし」
二人で一つのイヤホンを使っているから、顔が近い。沙穂も俺にくっつくようにして、駅前の歩道を歩く。
「中三の時だっけ。ボーカルの人が病気から復帰して一夜限りのライブをやるってなった時に、沙穂に頼まれてうちのネットや電話を総動員したなあ」
超高倍率のチケットを取るために、その時は結城家と古田家のありとあるゆる電話が使われたのだが……。
「結局ダメだったもんね。あれは行きたかったよ、私」
「今年のライブに行けたからいいじゃん、二人で」
そんな事を言いながら、流れてくる歌詞を口ずさむ。
「さあ 手をつないで僕らの今が 途切れないように……か」
「いい曲だよね」
言いながら、どちらともなくきゅっと強く手を握る。伝わる体温に、心も温かくなる。
周りの視線は感じるけれど、別にどうだっていい。沙穂とこうしていれば、本当にそう思える。
こういうのを、本当の意味でバカップルと言うんだろうけど。
「〜♪」
俺は、それでいい。
「そう言えば」
家に程近い商店街の道。沙穂が不意にそう言って、プレイヤーの電源を切る。
「んー?」
「クリスマスイブの夜はどうするの? 慶太は今年もやっぱりアレに駆り出される?」
「いや、アレは何とかパスした。俺がここんとこ家の店に沢山入ってたのは24日を空けるためだし。沙穂はどう?」
まあ、目的は24日を空ける為だけじゃないが。
「うーん、私の所はわからない。ただ、お父さんが役員だから」
「だよなぁ」
アレ、と言うのは俺達の住んでいる街の商店街と町内会が毎年やっている「クリスマスイベント」のことである。
特売をやったり歳末抽選会なんかをやったりするのだが、イブの夜にそれがピークになる。商店街の真ん中でもイベントをする。
うちの親は町内でも毎年ノリノリな部類だし、普段は公務員な沙穂の父さんも、この時ばかりは町内会の役員として大活躍なのだ。
で、俺達幼馴染の二人はその煽りを受けて子供の頃からその手伝いをやらされてる。
制服扱いになっているサンタの格好をするのは正直恥ずかしいので、遠慮したかったのだ。それに……。
「まあいいや、明日決めようぜ。沙穂もわからないんだし」
「えー。この前もそう言って先延ばしにしたじゃない。ダメだよ慶太、そういうのは」
「むう……」
沙穂はただの幼馴染だった昔も、付き合うようになってからも、相変わらず何かあるたびに俺に対してこんな調子で言う。
昔は、幼馴染兼姉みたいな感じだったから……癖が抜けないのも仕方ないけど。
「わかった、じゃあ今日中に決める。それでいいだろ?」
「ん、そしたらまた後でメールしてね」
丁度いいタイミングで、沙穂の家の前に着いた。
りょーかい──といった感じに手を振って、沙穂と別れる。
古田家のドアが閉まるまで見送っていると、少し寒くなって、ぶるっと身体が震えた。
「……あら、お帰り。今日は遅かったのね。沙穂ちゃんとデートかい?」
家に帰ってくる。居間にいた母さんが開口一番でそんなことを口にした。
「違うよ、部活に顔出してたんだってば」
二回に駆け上がって鞄をベッドに放り投げる。手早く私服に着替えて、財布の中身を再確認する。
八……九……十枚。よし、チャンスは十回ある。
コートを着て、階段を駆け下りる。母さんに「その場所」に行く事を告げると、呆れた顔でさらに二枚くれた。
「あー、寒っ」
真っ白で煙みたいな吐息。身をかがめるようにして走る。
そして程なく、その場所についた。
そこは本屋。商店街の端にあるこの店は、年末大抽選会の担当店なのだ。そして……。
「おーう慶ちゃん、今日もポケットティッシュを山ほど持って帰りにきたか」
「うっさいな。今日こそは二位を貰ってくぜ」
町ぐるみの年末大抽選会。これは商店街の店が毎年持ち回りで店内に会場を作る決まりがある。
そして、一定量の買い物ごとに抽選券が一枚貰えるという定番の仕組みなのだ。
ついでに俺は、今月店番に入るたびに親に頼んでこの抽選券を貰って、何度も何度も挑戦していた。
結果はポケットティッシュの山だったのだが……。
「十二回か。一位は薄型テレビ、二位は○ィズニーリゾートペア宿泊券、三位はデジタルカメラだよ。慶ちゃんは今んとこポケットティッシュしか当たってないけどな」
「……よし、行くぜ」
狙いは二位のペアチケット。当ててクリスマスに沙穂を誘うのが狙いだ。
この町からなら、あそこに行って夜まで遊べば帰って来れない。だから、二人で泊まる大義名分も出来る。
目一杯遊んで、夜は旨いメシを食ってホテルに二人で泊まる。……考えただけでドキドキする。
子供の頃から互いの家に泊まった事はあったけど、二人っきりの外泊はしたことがない。
親の了承があれば沙穂もOKしてくれると思うし、抽選で当たったと言うことなら大丈夫だと思うんだが……。
「はい残念賞〜。ポケットティッシュね」
俺の前に立ちはだかる、運の悪さという壁。
「さあさあ、次がラスト一枚だよ。そろそろポケットティッシュと商店街お買い物券以外も当ててくれよ」
「くそぉ……これって当たり入ってないんじゃないか?」
ぶつくさ文句を言いながら、ガラガラを回す手に力を込める。
「頼む……っ!」
そして出てきたのは青い玉。
「残念、醤油一リットルでした〜」
「なあおっちゃん、もう一回、もう一回だけでいいからさ」
「ダメダメ、例外を許すわけにはいかんからね、しかも地元組に」
食い下がる俺。取り合う気ゼロの本屋のおっちゃん。そこに。
「慶太、なにやってるの?」
「あ……」
間の悪い事に、買い物帰りらしい沙穂が店に入ってきた。
「や、お前こそ、何で」
「お母さんから買い物を頼まれちゃって。そのついでに私大対策の問題集でも買おうと思ってきたんだけど」
そう言って、沙穂は俺と店長、そしてポケットティッシュの山を見て。
「……もう、相変わらずなんだから」
全てを察したような顔で、ため息をついた。
「抽選でチケット当たったんだ。無駄にしちゃ勿体無いから二人行かない? ……って、いつの時代の誘い文句よ」
呆れっ放しのままで、沙穂が俺に言う。
「別に沙穂を誘うことは大丈夫だろ。ただ、そっちの親にOKしてもらわんとダメだからさ」
俺達が付き合っていることがわかってからと言うもの、うちの両親は「これで息子の嫁は安心だ」だの「古田さんには割引しようかしら」だの煩い。
それに比べると、沙穂の両親は至って普通だ。まあ、沙穂の母さんの方はうちの母さんと茶飲み友達みたいなものだからわからないけど。
「でも、結局抽選外しちゃ意味ないよね」
「それを言うな」
ビニール袋の中に入っている大量のポケットティッシュと醤油。沙穂との豪華クリスマスデート計画もパーと言うわけだ。
「……じゃあさ」
沙穂が一歩前に出て、俺の前に立つ。
「うちでケーキとご飯作って、二人で食べようよ。お父さんにはイベントの方はちょっと顔出すだけでいいって言われたし」
学生なんだからそれくらいでいいんじゃない、と付け足して。
「まあ、沙穂がそれでいいんなら。その日は沙穂の家族はどうなんだ?」
「お父さんとお母さんはイベントのメインでやってるから、終わった後はお疲れさん会に行くと思う。お姉ちゃんは……多分友達と飲みに行くんじゃないかな」
最後の方は少し呆れ気味に言ってから、沙穂の顔が少しほころぶ。
「じゃあ、これで決まりね!」
──そんなこんなで当日。学校は冬休みに入ってたので、俺も沙穂も午前中に手伝いを済ませた。
「慶太の家、凄いね。結構電気代かかるでしょ?」
「あぁ、店の外のイルミネーションのことね。何日間だけだからそんなでもないよ。宣伝にもなるし」
なんでもない会話を続けながら、二人で買い物袋を持って沙穂の家に入る。
「……で、俺はどうしたら?」
料理はともかく、ケーキの作り方なんてのはほとんどわからない。
「ケーキ作るって言っても、スポンジはケーキ屋さんで買ってるしね。慶太は……えっと、果物や料理に使う野菜とか肉を切ってもらっていい?」
「あいよ」
二人で台所に立つなんて滅多にないけど、こういうのは嫌いじゃない。
かき混ぜ器で生クリームを作っている沙穂を見ていると、ほっとするような気持ちになる。
幼馴染であるとかそういうのも含めて、そんな気持ちになるのかもしれない。
「ねえねえ。あれっていつだったっけ、慶太の事件」
「事件?」
肉を切っている俺に、ケーキのデコレーションをしている沙穂が話しかけてくる。
「小学生の時にあったじゃない。慶太が私にプレゼント渡そうとしてさぁ」
その言葉を聞いて、ふっと思い出す。子供の時の恥ずかしい思い出だ。
「あ、アレの話はいいだろ」
「えー、でも私、毎年思い出すよ」
アレと言うのは、小学三年生のときの事件だ。
サンタがいないと言う俺と、絶対にいると言って聞かない沙穂が口げんかになって、俺が沙穂を泣かしてしまった。
時間が経つにつれて申し訳なくなって、その時俺が取った行動というのが……。
「まさかサンタの格好して、脚立持って私の部屋にプレゼント届けようとするなんて思いもしなかったわよ」
「だーっ、言うな、それ言うな。俺もガキだったんだ」
沙穂が全部言ってしまったので、思わずそっぽを向いてしまう。
……その後は、俺は脚立から落っこちて怪我をするわ、両親にはこっぴどく怒られるわで散々だった。
ただ、沙穂は喜んでくれたけど。
「ふう……」
料理の下準備をあらかた終えて、居間のソファに座る。
テーブルには小さなクリスマスツリー。多分沙穂が買ってきたんだろう。
「お待たせー。ケーキは冷やしたから、後はご飯を炊いて肉を焼くだけだよ」
沙穂もやる事を終えて、俺の隣に座る。
「何か面白い番組でもやってるかな?」
テレビをつけようとする沙穂……と、その手に生クリームの容器を持ってるのに気がついた。
「沙穂、それどうしたんだ?」
「あ、これね。作りすぎちゃって余ったから、何かに使おうと思って。慶太、フルーツ和えでも食べる?」
聞こうと思ってついでに持ってきたの……と、沙穂。
俺は沙穂の作ったメシなら何でも歓迎なんだが。何にしてもらおうか。
「……んー」
「何でもいいよ、余ったこれを使えて、慶太が喜ぶものなら」
そんな俺に。時々顔を出す感情……否、神が降りてきた。
沙穂の屈託のない笑顔を見ているとちょっと引け目がないでもないが、それはそれこれはこれ。
せっかく閃いたのだから、使わないのは勿体無い。
「慶太?」
「いや、せっかくだから俺が料理してやるよ、夕メシまでのひと時に」
沙穂の手から生クリームの容器を取ると、にっと笑う。感づいたのかハッとした沙穂をぐっと抱き寄せて、まずは……。
「うりゃ」
沙穂の口辺りを狙って、クリームを発射。顔にクリームの飛沫が飛ぶ。
「ひゃん!? 慶太っ、なに考えて……んんんっー!」
間髪いれずにキスする。付いたクリームを舐め取るようにして。
そう言えばキスするのも何日かぶりだ。
「ん……ふぁ」
唇を離す。漏れた吐息は甘いけど、。
「……慶太、どうせ『沙穂をクリームで料理しちゃるー』とか言うんでしょ。食べ物粗末にしちゃダメだよ」
非難がましい表情だけど、その頬はとても赤い。そして怒ってる赤さじゃない。
「料理って言うよりはデコレーションみたいな感じ?」
言って、沙穂の身体をソファに横たえる。本気で嫌がってないから大丈夫だろう。
「慶太……ダメだよ、せめてご飯食べてから……」
セーターとシャツを同時に捲り上げると、もう沙穂の上半身にはブラしかない。
「でも沙穂もこういう可愛いのつけてるってことは、今日するつもりだったんでしょ?」
「あう……それは、そうだけど、でも」
ちょっと動揺する沙穂。こういう沙穂を見てると、昔からちょっとだけいじめたくなってしまう。
「大丈夫、大好きだから、沙穂」
「こういう時にそう言っても説得力ないっ!」
抗議を聞かずに、最後の一枚を脱がせる。柔らかくて、形のいい沙穂の胸が視界に入った。
そうして、沙穂の胸を白く彩る。本当にケーキかプリンみたいだ。
「けーたぁ……やめようよぉ」
沙穂の頼みも聞かずに胸にしゃぶりつく。とても甘いし、興奮する。甘党じゃないのに癖になりそうだ。
クリームたっぷりの周りから徐々に舐め上げていって、最後に……。
「ふぁ……んっ」
ぷっくりと膨れた乳首を吸う。沙穂の身体がぴくっと震えた。その時の切なそうな、でも困ったような顔が可愛くて、もっとしたくなる。
「沙穂、ここ半年くらいで本当に乳首が感じるようになったよなー」
「ばか、慶太のばか。そうなったのも全部慶太のせいじゃないの」
その声だってあまり強い意味で言ってはいない。十年以上の付き合いで、今は身体も重ねた仲なんだからわかる。
「だから……その、ね?」
「なに、沙穂?」
俺の思ったとおりと言うわけじゃないけれど、やっぱり沙穂はちらちらっと視線をさまよわせた後で俺を見上げる。
「わ、私をこんなエッチな身体にしちゃったんだから、ちゃんと慶太は……って、何言ってるの私!?」
赤かった顔をさらに染めて、沙穂は一人であたふたする。何だか、無意識に言葉が出てしまったっぽい。
よし、ここは男の甲斐性を見せてやらなくては。
「沙穂、もう何も言うな。俺も男だ、大丈夫だから」
「慶太……私、その」
「任せろ、責任持って明日の朝までガンガンやってやっからさ!」
「ばかあーーーっ!!」
沙穂の「ばか」はあんまし深い意味じゃなくて、恥ずかしがってるパターンが多い。つまりこれは……。
「よっし、じゃあ続きを…………ひでぶっ!?」
ところが、沙穂の胸にまたクリームをかけようと思ったその瞬間に、後ろから何かが飛んできて俺の頭を直撃して──
「ああもう、うるさいったらないんだから。沙穂も私がいるんだから、夕方から慶ちゃんとまぐわうんじゃないの。聖夜を性夜にする気?」
今まで寝ていたのか、ラフな姿でこっちを見ているのは……。
「お姉ちゃん……!?」
「美穂さん!?」
いないはずの、沙穂の姉ちゃんだった。
「いやいや、まさかあの真面目な沙穂が慶ちゃんとあんなエロいプレイをしてるとはねー。出て行くのもうちょっと後にした方が良かったかな?」
四十分後。テーブルに食事とケーキ、そしてほんの少しの酒。
「お姉ちゃん、今日は出かけるんじゃなかったっけ……?」
「それがねえ。クリスマス合コンを仕切るはずだった友達がインフルエンザにやられちゃってさ、おじゃん。だから昨日ゼミの友達と朝まで飲んで歌って遊んでたの。で、さっき起きた」
穴があったら入りたい状態の沙穂に、旨いメシと酒を飲み食いできてご満悦そうな美穂さん。そして俺。
何とも言えない場の空気に、発言するのをためらってしまう。
「んー、ウマい! 沙穂もすっかり料理上手くなったわね。慶ちゃん、あんた結婚後は幸せ太りするわよ」
「何言ってるのよ。だいたいお姉ちゃんもいい加減料理覚えなさいよ」
文句を言いながら、ちびちびと舐めるようにアルコール入りのシャンパンを飲む沙穂。姉妹なのにえらい違いだ。
「私はいいもーん。料理も出来て経済力もある旦那をゲットするから」
「そんなんだから男の人と付き合っても長持ちしないのよ……痛っ」
あんたはいい男捕まえたからいいわよね、と言って沙穂の頬を摘む美穂さん。……俺、評価されてるのか?
「で、どうなのよ慶ちゃん、沙穂は」
沙穂弄りもそこそこに、今度は俺に矛先を向けてくる美穂さん。……そう言えば、昔っからこんなノリの人だったっけ。
「どうと言うと?」
「ふふふ、言わなくても察しなさいよ、身体よカ・ラ・ダ。沙穂って私よりよっぽどエロエロな本性隠してそうだし♪」
にへら、と笑う美穂さん。早くもビール二杯目に突入している。
「ちょっと、お姉ちゃん!」
「胸の小さいお子ちゃまは黙ってなさい。で、どーなのよ慶ちゃん。沙穂、本当はエロいでしょー?」
むむ。ここは素直に答えた方がいいのか。ここで変な事を言うのは沙穂がちょっとかわいそうな気もする。
「……まあ、普通じゃないっすか。俺は沙穂が好きだし、沙穂も俺が好きだからそれでいいんじゃないかなと。まずそれが大事だし、幼馴染だからその辺はお互いわかってますし」
「けーた……」
沙穂のちょっと嬉しそうな顔。だがしかし。
「その割には何であんな変態プレイをしてたのかなあ。慶ちゃん、真面目なこと言いつつ実は溜まってる?」
そりゃ、溜まってないと言えば嘘になります、はい。
「あーあ、最近はいい男もいないし慶ちゃんつまみ食いしちゃおうかなー。背徳感があって燃えそうだし」
「ちょっ、美穂さん何言ってんですか!」
思わず飲み物を吹きそうになる。この人はまたとんでもない事を言うもんだ。
「そーお? 慶ちゃん、姉妹丼ってのも悪くないかもよー? それに、私なら沙穂には出来ないコトだって出来ちゃうのよ?」
「う……」
自然、美穂さんの胸に目が行く。Tシャツの下の胸が、存在感を主張しまくる。
「ふふーん、どうやら慶ちゃんもおっぱい好きみたいね。触ってみる?」
ヤバい。俺は酔ってるはずじゃないのに、じりじりと近づく美穂さんから逃げる事も出来ず──
「ダメーーーーーーーーーーーーーーーーッッッッッッ!!!!!!!」
どん、と美穂さんを押しのけて。
「けーたは私の胸が一番好きなの! いっつも胸ばっかり触ってくるんだからぁっ!」
「さ、沙穂っ!?」
呆気に取られてるのは美穂さんも同じみたいだ。驚いて目を見開いてる。
「慶太は私の幼馴染で彼氏なんだから、ぜっーたいにお姉ちゃんにはあげないの!」
俺を押し倒さんばかりの勢いで、ぎゅっと抱きついてくる沙穂。何だか、このパターンには覚えがある。まさか。
「慶ちゃん、これこれ」
美穂さんが沙穂の側にあったシャンパンのボトルを俺に見せる。空っぽだ。
「けーた、なんか言いなさいよぅ、ほらー」
……ついでに、沙穂はアルコールに弱くて飲むとよく暴走する。いや、飲み方が下手だからほぼ確実にこうなる。
「やれやれ……おい、少し良くなったか」
「うん……ごめん、せっかくのクリスマスなのに慶太に迷惑かけちゃって。もう大丈夫だよ」
美穂さんが食器洗いを引き受けてくれたので、俺が沙穂の介抱をしていた。
幸い度数の少ないものだったので沙穂もすぐに回復し、今はこうして普通に話をしてる。
「さて、それじゃ二時間くらい会場に行ってくるね、私」
立ち上がる沙穂。足取りは問題なさそうだ。でも。
「えー、行くのかよ」
このまま沙穂と二人きりでゆっくり過ごしたいと思ってたので、思わず不満を口にしてしまう。
「だって、少しくらい顔出さないとお父さんやお母さんに悪いし。それに、このままだと……」
「このままだと?」
聞き返すと、沙穂は顔を背けた。
「何でもない。着替えるから、ちょっと外出ててくれる?」
そんな風にして追い出された。仕方なく、居間に降りる……と。
「沙穂は元気になったかい、慶ちゃん?」
多分うちの店で箱買いしたと思われる発泡酒を、既に三缶空けている美穂さんがいた。
「何とか。今着替えると言って追い出されましたけど。やっぱり会場に顔出すって」
「マジかい。今日くらい自分のしたいようにすりゃいいのに、ほんと。……あぁ、あと私にはタメ語でいいよ、慶ちゃん」
呼称は「義姉さん」がいいけどね、なんて付け足して、美穂さんは笑う。
少し間が空いて。不意に美穂さんが静かに口を開く。
「……沙穂を大事にしてやってね。あの子、気づいてなかったけど昔っからずーっと慶ちゃんに惹かれてたんだから」
「それは……わかります。俺もそうですから」
だからこそ、長年幼馴染でありながら本当に向き合えなかった分を埋めるように、目一杯心を、身体を重ねてる。
「ん。あんた達に言っても今更だったか。……ま、幸せにやんなさい。ほら、どうやら沙穂も着替え終わったっぽいから」
しっしっ、と俺を追い払う美穂さん。あの人もやっぱり姉なんだな……とか思った瞬間に。
「あー、ただし妊娠させんのだけはダメだぞ〜。生でやるのはともかく中出しはできるだけ避けろよ〜」
らしい言葉が、部屋を出でるときに耳に入った。
「沙穂、入るぜー」
「あ、うん」
ガチャリと音を立てて、扉を開けて、閉めて。そして固まった。
「あは、やっぱりヘンだよね、こういうの」
少し大きめの帽子。膝上くらいまでの紅と白のスカート、そして暖かそうなベスト。
サンタクロースのようなこの服は、代々受け継がれてきたものだと言う。それを今回新調したそうなのだが。
「そんなことない……なんつーか、すげー可愛い、沙穂」
去年はこの格好をしていた沙穂を見る機会がなかったのだが、大人びた沙穂がこの格好をしていると、かなりぐっと来る。
「ありがと。……それじゃ、ちょっとだけ顔出して手伝ってくるね。慶太はどうする? 一緒に行く?」
どうすると聞かれて、思いつくのは一つだ。例えば、さっきの続き。
「んーと」
「とりあえず私は行くよー。お父さんから催促メールは来てないけど」
言って、部屋の扉に手をかけた沙穂を。
「待った。沙穂……行くな」
手を回して後ろから抱きしめる。
「俺さ、今沙穂を抱きたい。さっきの続きで」
「ダメだって……私、後でちゃんと帰ってくるから、その時ね」
諭すような沙穂の言葉。でも、俺の気持ちを変えるまでには至らない。
「本当に嫌ならさ、俺の手を振り切って行けよ。でも、もし違う気持ちがあるんなら……」
俺はずるい。沙穂の気持ちが少しわかってて、こんな態度に出てる。
「ばか……そんなこと、言わないでよ……もうっ」
少し躊躇してから。沙穂はゆっくりとこっちに振り向いた。
そのまま沙穂が背伸びして、軽くキスする。
「仕方ないなぁ。じゃあ、サンタな私が慶太にプレゼントってことで」
「あ、そしたら俺も……メシ時に渡すつもりが沙穂ダウンしてたし」
さっきまで今すぐ沙穂としたいと思ってたのに、何か思い出したように慌しくプレゼント交換になってしまった。
間が悪いような、でも俺達らしいような。
「じゃあ、せーので渡すってことでいい?」
「OK、いつでもいいぜ」
沙穂も俺も、袋の中にプレゼントを持って。
「じゃあ行くよ。せーの」
「「はい!」」
俺が差し出したのはペアリング。高い物ではないけど、二人の記念にと思って買ってきた。だが。
「え……?」
沙穂の手にもペアリング。こっちは女の子らしいあつらえだけど。
「おいおい。俺も沙穂も、ペアリングってオチ?」
「あはは、そうみたいだね……。何か、長い付き合いだから似るのかな、そういうの」
実際、二人でペアリングの話をしてた事があるのが大きいとは思うけど。
「……値段は比べないようにしような」
苦笑しながら、それぞれのリングを指に通す。さすがに二つ同時につけるのは変だろうけど、俺達らしいので今はよしとする。
ベッドに腰掛けてからもう一度見合って、また唇を重ねる。今度は丁寧に、そして深く。
「ん……ふぅっ……ぅ」
吐息が漏れる。舌が絡まる。沙穂と繋がりたい衝動がまた首をもたげてくる。
幼馴染と付き合っても、すぐ飽きねー?……と聞かれたことがある。
全くそんなことはない。沙穂は恋人同士になってからは、彼氏彼女としての関係だけでなく、幼馴染としても今までにないような顔も見せてくれるようになった。過ごしていてもとても新鮮だ。それに。
「ふぅぅ、ぁ……あぁっ」
ベッドに寝転がって、這わせた指に喘ぎ声を上げる沙穂。その蕩けかけた表情が、たまらなく俺をひきつける。
恋人としての沙穂も、こうして身体を重ねる時の沙穂も、もちろん幼馴染としての沙穂も。終わりなんかない。いつも新しい部分を発見できる。
「ぁ……慶太」
ベストを脱がせると、さっき見たブラがあった。丁寧にそれも脱がす。
そうすると、現れる沙穂の胸の膨らみ。さっきは中途半端に終わった分、今度はもっと気持ちよくさせてやりたかった。
麓の辺りからゆっくりと揉み解してやって、一番敏感な先端は残しておく。
そうして沙穂がそこを触るのを期待した頃に、軽く息を吹きかけて。
「うぁ……慶太、や、そこっ」
また硬くなった沙穂の乳首を、指先で押すようにしてから、二本の指で挟んでこねる。
コリコリっと乳首が責められるたびに、沙穂は切なげな声を上げた。
「あぁっ、やっ、胸ばっかり……またぁっ」
沙穂の喘ぎが大きくなる。美穂さんにバレると面倒なので、リモコンでコンポの電源を入れてループ再生するようにしておいた。
「サンタさんな沙穂はココが感じるんだ、ほうほう」
調子に乗って色々弄る。ふにふにと揉んで形を変えてみたり、舌で円を描くように舐めてみたり。
「こらぁっ……けーたっ、ダメ、んんんんっっ!」
気が付けば、沙穂は両脚の間にある俺の膝に擦り付けるように動いてる。ちょっと意地悪な質問をしたくなった。
「沙穂」
「あふ……ん?」
「腰、俺の膝に擦り付けてるけど。……早く下も触って欲しい?」
瞬間、沙穂が硬直して顔から火が出るほど赤くなった。
「わ、私……なんで、こんな、ぅぅ……あう」
泣きそうになってる沙穂。どうやら自分から無意識にしてたのがショックらしい。
「別にいいだろ。沙穂が気持ちよくなってくれてるなら嬉しいし、してる時はエロくて当たり前だし」
「うー……」
まだ沙穂は目を潤ませたままだ。このままいじけられても困るので。
「おりゃ」
「ひゃあっっ?!」
思い切り乳首を吸ってみた。驚いたのもあるだろうけど、沙穂の上体が跳ねる。
そのまま二度三度と続けて、最後に沙穂の首筋も吸う。目立つ所に紅い痕が付いたせいか、俺もカッと頭に血が上るように思えた。
「ぁ……けーた、わたし」
沙穂の声から、普段のキレが消える。代わりに、甘さと女っぽさが増したような。
「ん、わかってる」
手を胸から臍、そしてその下に伸ばそうとして──気が付いた。今日の沙穂はイベント用のとは言えサンタチックな格好だ。
あまり履かないミニスカートも履いてる。それを再確認して、また悪戯心が沸いた。
こういう時だけ女の子を苛めたくなってしまうのは、男の性なのやら。
俺は脱力している沙穂の身体を掴んで身体を反転させて、うつ伏せに近くする。そしてお尻を高く上げさせて……。
「や……慶太、これって」
「四つん這いとか後ろからはやだって言うんだろ。でも今日はこうやって触る。でないとしてやんない」
スカートを少しずらしただけで、沙穂の可愛い下着がわずかに見える。ずらしたスカートを脱がせてすぐさま、なぞるようにして沙穂のを弄った。
「ぁ……ぁんっ」
沙穂の下着はもう微かに染みていて、けっこう感じてたんだってわかる。でも、ひょっとすると。
「沙穂」
「ん、ふ……なに?」
触りながら、でも耳に近い距離で。思ったことを聞いてみる。
「ひょっとして、居間の時からずーっと興奮してた?」
沙穂にだけ聞くのは悪いので、俺もそうだと言う事を告げる。ややあって、沙穂も頷いた。でも目は閉じっぱなしだ。
「……どうして、する時だけこんなにいじわるなのよ」
そんな呟きじみた言葉を残される。とりあえず沙穂の染みてる下着を膝まで降ろして、太ももから中心へと掌を進める。
「俺がそうしたら沙穂も感じてくれるみたいだから。あ……やっぱし沙穂ってMとか?」
「そんなことなっ、いいっ……ぁっ……ひぁっ!」
答えようとした途端に鋭い喘ぎ声が上がる。沙穂の中はもう熱くてとろとろで、入れてみた指がきゅうきゅう締められた。
「ほら、こっちももうとろとろだし」
潤った内部からは、今にも溢れた液体が出てきそうだ。沙穂の丸いお尻を撫でながら、その指先を沙穂の一番感じる所に。
覆っていたものを退けるようにして、突付いた。
「あっ──!」
びくん、とまた沙穂が震える。頭は少し高い所で、顎も上がってる。
「沙穂さ、この体勢なんで嫌なんだっけ?」
「だって、慶太の顔見れないじゃないっ、ぁ……だから、やなの」
上ずった声。でも、多分きっと。
「後ろからされたら気持ち良すぎるから……なんてこと、ないよな?」
「ないよ……ないの……そんなの、なくてっ、あっ、ぁぁっ」
やばい。やっぱ可愛い。日頃は付き合う前とさほど変わらない幼馴染が、俺と身体を重ねる時はこんなにエロくて可愛い顔で、喘いでる。
そう思っただけで、もうガチガチな俺のがまた硬くなったような気もした。
したい。沙穂と……壊れるくらいにしたい。
「沙穂。……いいか?」
「……うん」
特に何も言わないってことは、暗にこの体勢でいいって事だろう。でも、こんな血の上ってる頭なのに一つアイデアが浮かんだ。
沙穂の中からゆっくり抜き差ししてた指を引き抜く。とろっとした沙穂の体液が指を伝った。
「ぁ……けーた?」
とろんとした目。普段は角度次第ではちょっときついくらいに見える目も、今は違う。
「ん、ちょっとしたアイデアをね」
ベッドから降りて、部屋の隅にあった──長い立ち鏡を持ってくる。それを、沙穂の視線の真ん前に置いて。
「沙穂、ちゃんと前向いててよ」
我ながら凄い意地悪だ。でも、それだってこの体勢でも沙穂の顔が見たいから。沙穂も俺の顔が見れるから。
「ばか……慶太のヘンタイ。……もう、仕方ないんだから、いいよ……そのまま、来てよ」
蕩けた表情のままで、沙穂が恥ずかしそうに言うのが鏡越しに見えた。
「いいの?」
「うん……平気な日だから。クリスマスだし……慶太を……その、いっぱい……ちょうだい」
ぞくりとするような、沙穂の懇願。俺のはもう三度でも四度でもやってやるとばかりに反り返ってる。
このままだと入れた途端に出してしまいそうだ。なので……。
「んぁ……ふぁ、ぁぅ……」
沙穂のとろとろの場所を、俺ので撫でるようにして往復させる。何度も、何度も。
「ねぇ……どうして?」
入れてくれないの、とはさすがに言えないんだろう。沙穂らしい。
「もっと、ゆっくりしようと思って」
「何それ……ぁ、んっ」
上から下へ。往復部分の上にある窄まりは、触ると本気で怒られるので触らない。
そろそろ、いいか。俺も少し落ち着いたとは言え、入れたくてしょうがない。
とろとろどころかもうぐちゅぐちゅになってるその部分のに宛がう。沙穂の短い声が聞こえて。
「くっ……」
「あぁっ──あ、あっ、あ」
最奥まで突き入れて、すぐに動き始める。スムーズに動けるけど、でもきゅっと締まってる。
ぱつん、ぱつんとぶつかる身体と身体の音。さっきかけた音楽は聞こえなくて、ただ俺と沙穂が出す音だけが耳に届く。
「沙穂、俺の方を見て」
往復を緩やかにして、沙穂に呼びかける。せっかく鏡を置いたんだし、無性に沙穂の顔が見たかった。
「慶太、けーたぁ……」
鏡に映る沙穂の顔。後ろから突かれていて、結構感じてるみたいだ。でも。
「だめ、こんな顔見せられない」
すぐに顔を背けてしまう。俺、沙穂の感じてる顔も好きなのに。
だから、思いっきり後ろから突いてやる。自然、沙穂のあごが上がって顔が見える。
「後ろやだって言う割には気持ち良さそうだけど」
「違っ……ゃ、だって、ぁ──」
答えれてない。やっぱり結構気持ちいいようだ。少し手を伸ばして胸も触る。柔らかくて、でも先だけは固くて敏感。
「っく」
そう言う俺も、付けてないわ興奮してるわで、あまり持ちそうじゃない。
嫌いなはずの後ろからで感じてる沙穂もいいけど……やっぱり最後はちゃんと向き合いたい。
入れたままで、沙穂の腰を掴む。そのまま身体を反転させてやって、それから脚を開かせた。そうして、俺が上になって向き合う。
「もうあんまし持たないかも。いい?」
「うん……いいよ、慶太……ひぁっ、ああっ」
はぁ、はぁと二人で荒い息をしながら、軽くキスする。
ずっ、と突き出すたびに、くちゅっと水音が聞こえる。何も隔たりがないから沙穂の中を強く感じるし、繋がった部分の上でも絡まりそうになる。
片手を繋ぐ。汗ばんだ身体を密着させる。耳のすぐ側に聞こえる沙穂の声。回されてる手の先から感じる、鋭い感覚。
密着感と快感で溶けそうだ。
「うぁ、出る……沙穂、沙穂っ!」
「慶太ぁ──あ、いっ、あああっ!!」
我慢できなくもない気がしたけれど、そのまま沙穂の中に思い切りぶちまけた。
薄い膜の中じゃなくて、沙穂の中に出す感覚。本能的なものなのか、いつもより数倍気持ちいい。
「あ──ぁっ、すごい……すごいよぉ」
沙穂が焦点の合わない目で俺を見る。求めるように唇が動いたので、息が乱れてるのも構わずにまたキスした。
「……っと」
「んっ」
繋がっていた部分を離す。その時にも沙穂は感じてくれたみたいだった。
「っ……はぁっ、慶太ったら、本当に思いっきり出しちゃって」
大の字になって、息も絶え絶えな沙穂。
「付けなくていいって言ったのはそっちだろ」
「そう……だけどね。良かった?」
「うん。沙穂も気持ちよかったっしょ?」
言いながら沙穂のほうを向いて、その姿にはっと見とれた。
一糸纏わぬ姿の沙穂。息をするたびに揺れる胸、すらっと伸びた手足。そして、二人分でどろどろになってる繋がってた部分。
「ずっと一緒にいても、こういう部分は気づかないよなぁ」
幼馴染同士でも、身体を重ねて初めてわかる部分もある、だからもっと欲しくなるし、そういう相手を知っているという事実に独占欲が満たされる。
「慶太?」
まだぼーっとしている沙穂の隣に寝転んで、そっとその背に手を回す。
「いや、付き合ってからわかる部分って、ちゃんと幼馴染同士にもあるんだよなって」
「そりゃそうじゃない。今だって、私は慶太についてわからないことだってあるよ?」
俺の胸に、沙穂の髪と息が触れる。沙穂の匂いがくすぐるように香る。
「お互い様ってやつだよな。だからいいんだろうけど」
言って、身体を潜らせる。目の前にある沙穂の胸をやわやわと揉んで。
「沙穂がこんなエロい素質あるなんてのも知らなかったし」
「ん、もう……私だって慶太がこんなに胸フェチだったなんて全然知らなかったよ」
その言葉には、微かに笑みが混ざっている。そうして。
「ほら、また赤ちゃんみたいに私の胸吸ってみる? ……慶太が大会に負けた日の、あの夜みたいに」
「なっ……!」
絶句する。あの日は悔しくて慰めて欲しくて色々あったけれど、言うのはナシにしてるのに。
「沙穂、それは言わない約束だろ……」
「あはは、ごめんね。……でも、あの時の慶太は可愛かったよー。いつもは自分で主導権握りたがるくせにあの夜は……」
「だー、やめろやめろ、やめてくださいマジでお願いします」
密着していた身体を少し離す。
「わかった? 私だって知られた事はあるけど、慶太はもっと私に色々握られてるんだから」
「う」
俺の髪を撫でながら言う。いつものノリになってきた。と言うか笑みが怖い。
「だからさ、これからも幼馴染としても恋人同士ってことでも、仲良くしようね、けーた」
「ああ」
それが引き金になったみたいに、また唇を重ねる。そうして。
「慶太……あのね、もう一回、しよ?」
こんな嬉しい提案が来る。やっぱり沙穂の本性はエロいのかもしれない。……美穂さんみたいになったらちょっとアレだが。
頷くと、沙穂の細い手が小さくなってた俺のを優しく握る。そして、起き上がってそこに顔を近づけてくる。
「沙穂、そこ拭いてないんだから」
汚いって、と言おうとしてまた口を塞がれた。
「いいの。慶太のなら平気。……あむっ、んっ、ん……」
そうして理性を剥ぎ取るような愛撫合戦がまた始まって、今度こそ何もかもを忘れて、溶け合った。
「……けーた、私、あっ、もう……いく……んっ、あああっ!!」
互いに何度絶頂を味わったか。熱くて柔らかくて、沙穂と重なってると本当に溶けそうになる。
それは沙穂も同じみたいで、積み重ねた二人の月日も大きいけど、身体の相性も合ってるのかなー……なんて蕩けた頭で思った。
「……今、何時?」
「11時少し前……」
沙穂のちょっと疲れたような、でも充足感もある声が届く。今までにないくらい何度も何度もしたからだろう。
「すっげえ長くやってたんだな」
側に寝転んでいる沙穂に声をかける。俺も沙穂も、二人分の体液に染まりきっていた。
「……うー、新記録だね、きっと。何であんなにしたくなったのかなぁ。受験のストレス? ……あ、私がエッチだからって言うのはナシね」
沙穂が不思議そうにそんな事を言う。俺はと言うと。
「いいんじゃね? それだけ俺は沙穂が好きで、沙穂は……俺を好きってことだし」
「もう。……ほんとさらっとそういうことを言っちゃうんだから。……って」
言いかけて、沙穂が弾かれたようにベッドから身体を起こす。
「イベントもそうだけど……お姉ちゃんのこと忘れてた! 何回もしたし、絶対聞かれちゃったよ……」
慌て始める沙穂。……すまん、俺は途中から気づいてた。
「沙穂、あれあれ。ドアに紙が挟まってる。メモ用紙みたいなのが」
ドアを指差す。二回目が終わったくらいで気づいてたものだけど、没頭していたから無視していた。
素っ裸でドアに駆け寄ってそれを引っ張る沙穂。B5サイズくらいの紙が挟まっていて。
「えっと……『独りだと暇だしお金欲しいので、沙穂の代わりにイベントの手伝いでもやってきます 美穂より』だって」
「へえ……気を遣ってくれたのかな」
「あれ、でも続きがあるみたい。『PS 沙穂ってすっごい可愛い喘ぎ声なのね。慶ちゃんも凄いみたいだし、聞いてるだけでお姉ちゃん濡れちゃいそう♪』って……何これ!!!」
「…………」
前言撤回。やっぱりこれをネタにしてしばらくの間沙穂を弄るつもりだ、きっと。
わたわたと慌てている沙穂。やっぱり肉親に聞かれるのは嫌なんだろう、でも。
身体を起こして、閉じていたカーテンを開けてみる。それから、半泣きの沙穂を後ろから抱く。
「何よう、私もうしばらく立ち直れないってのに」
「いいから、外見てみろって」
抱いたままくるっと向きを変える。
「あ……ゆき、降ってる」
俺達がしている間に降り始めたのか、外は一面銀世界だった。街灯だけじゃなく、雪明りで街は白く光っているようで、どこか幻想的だった。
「綺麗……雪なんて滅多に降らないのに」
「だな。本当に綺麗だ」
裸のままで沙穂を抱いて。窓の外は一面の雪。都合良く回しっぱなしのコンポからも冬の歌が流れてくる。
「響く音色はぁ、冬の口笛〜♪」
沙穂が口ずさむ。俺も嬉しくなって同じようにする。
「途切れないように──育てていこう、二人で……ってか」
どちらからともなく、二組のペアリングの填まった手を繋ぐ。
幼馴染としては幾度も重ねた日だけれど、心も身体も繋がった同士としては初めてのクリスマス。
理由なんか要らなくて、嬉しくて、二人で笑う。
ずっと一緒に育ってきた幼馴染の女の子と、今は想いも通じて、こんなに幸せなクリスマスを迎えられた。
上手く行きすぎだなーなんて思いながら、シャワーを浴びてまた何でもない話に花を咲かす。
そんな、俺達のクリスマス。
ただ、物事はいつも万事順調とは行かなくて。
翌日、俺は反動での筋肉痛と脇腹痛、沙穂も筋肉痛に襲われて、ダウンしてしまった。
そういう所まで俺達らしくて、これからもきっとそうなんだろう。でも、それがいい。
そんな事を沙穂とメールしながら、思っていた。
リアルタイムキタ━━(゚∀゚)━━!!!
濃厚なエッチシーンが良かったです。GJ!!!
甘〜い(゜Д゜;)
よすぎます
GJ
God job!!
罰ゲームぬきでも十分バカップルな二人ワロスwwww
新年早々、良いものを読ませていただきました。
今年も幼馴染が豊作な年でありますように・・・
カスラックに通報しました
という茶々
ほしゅ
>>203の続き、書いてみました。
わざわざ保管庫の前作まで見て下さった方までいて、大変嬉しいです。
ただ「これ本当に幼馴染みSSか……?」という疑問が自分でも晴れないですがw
まあお付き合いください。
1.
「あー、明日ですか……実は父方の祖父母の家に挨拶に行く予定でー」
「ふーん、そうなんだ」
意識はしなくても、私の声は冷たくなる。
その瞬間、電話の向こうで望月が震え上がるのが分かった。
「すいません……あの、三日以降なら開いてるんですけどね」
「いいわよ、別に」
「ほんと、すいません。今度妙高さんの好きなキノコ照り焼きスペシャル奢りますから」
「いいわよ、ほんと。気にしないで。じゃ、今年もよろしくね」
「あ、妙高さん――?」
私は望月近衛の返事を聞かず受話器を置いた。
これで全滅。
もともと、大晦日の夜に元日の初詣に誘うなんてのが無茶なんだけどさ。
私はアドレス帳を閉じ、部屋に戻ることにした。
そもそものきっかけは大晦日の夜、友人の古鷹青葉との電話だった。
かけたのは私だったけど、いつの間にか青葉の方が離してくれなくなった――年が明ける寸前まで。
あれは年が明ける五分前。突然青葉が口ごもるようになり……
「ごめんなっちゃん。十二時になったら創一郎くんに電話する約束なの、ごめんね」
ってわけ。
冷たいとは思う。でも当然だとも思う。
カップルになって初めて迎えるお正月。大事なイベントは全部クリアしていくべき。
でも、青葉の言葉で私は突然寂しくなった。
で、そんなわけで年が明けてから友達に電話しまくり、初詣に一緒にいかないかと誘ってみた。
それこそ同じ学校の友達から始まって、最後には創一郎の友人・初芝くんとか望月とかにまで声をかけてみたけれど。
まあ、結果はご覧の通り。
友達にはみんな振られちゃうし。
従兄の祐輔が我が家に引っ越してくるのは再来月だし。
うちにいるのは正月休みで安心して酔っ払ってるお父さんと、それに付き合うお母さんだけ。
今年のお正月は退屈な、本当に退屈なものになりそうだった。
明けて元旦のお昼。
とりあえずおせちとお雑煮、それにお年玉という大事なイベントを済ませた私は、出かけることにした。
別に用事なんてない。
いくらなんでもこんな地方のベッドタウンじゃ正月に開いてる店もないし――ひとりで初詣に行くことにした。
お母さんは何か不満げで、家にいなさいと言ったけど私は無視した。
家にいて、つまんないお笑い番組なんて見てたら、それこそ虚しくて死んじゃいそう。
そうそう、年賀状も私を家から逃げ出すきっかけだった。
だって当然その中には青葉や、彼氏の創一郎からのものもあるはずだから。
それを見たくなくて、私は年賀状に一枚も目を通さず外に出た。
向かったのは近所にある、小さな小さな神社だった。
普段なら子供の遊び場になって、時々爆竹なんかが破裂して、神主さんが怒って……
私と青葉は近くのお店で買ったアイスキャンデーを食べながらそれを笑って見ている、そんな場所。
でも今日はそんなこともない。
綺麗に掃除された境内は閑散としていて、冷たい風に枯れ葉が転がっているだけだった。
私は砂利を踏みしめる音を聞きながら、ゆっくりと歩いて行く。
おみくじやお守りを売っている小さな建物では、バイトの巫女さんが退屈そうにあくびしていた。
手水所で手を濡らし、ハンカチで拭きながら拝殿へ向かう。
お賽銭箱の前に立って、私はさて、と一息ついた。
何をお願いしたものか。
家族の健康? 学問成就? それとも……「今年こそ彼氏が出来ますように」?
何にしても、私は今の生活に不満はないと言えばないし、あると言えば不満だらけだった。
まあ、どうでもいいや。
私は財布から奮発して百円取り出すと、それを賽銭箱に放り投げた。
「何をお願いしたんですか?」
私が目を開けたとき、隣から不意に声をかけられた。
低い男の声。神主さんだろうか。
誰もいない神社に、女の子が一人。確かに声をかけたくもなるかもしれない。
「それは――」
声のした方に振り返りながら言いかけた私は、言葉に詰まった。
だってそこにいたのは、祐輔だったから。
2.
「あけましておめでとう」
いつも通り、優しく笑う祐輔が私を見ている。
驚いて言葉が出ない。口をぽかんと開ける私は、かなり間抜けだったと思う。
「……どうして?」
何がどうしてなのか。確かに祐輔がここにいていけない理由はない。
でもおかしい。
だって彼の家はここから特急に乗って三時間以上かかるんだから。
「ちょっと、用事があってね」
私の変な質問にも、祐輔は平然と答えた。
「用事って何ですか?」
重ねて聞く。元旦に一人で出かけてる私が聞くのも変な話だけれど。
「……おばさんから聞いてないの? 僕の母親が入院している病院は、この町にあるんだ。
僕がこっちに住もうと思ったのもそのせいなんだけど」
「入院、してるんですか?」
初耳だった。
思えば私は昔の祐輔を覚えてないどころか、今の祐輔のこともろくに知らない。
でも、それ以上のことを聞く勇気はなぜか無かった。
祐輔もこの話は終わったとばかりに私に微笑みかける。
「なっちゃんは? まさかひとりで初詣?」
「……そのまさかです。友達にみんな振られちゃって」
そう言うと祐輔はおかしそうに声を上げて笑った。
私はちょっとむっとした顔をする。でも祐輔はまだ笑ってる。
「ははは……そうか」
「そうです」
ひとしきり笑った後、祐輔は改めて私を見た。
「じゃ、今からデートしようか」
「は?」
何を言ってるんだこの人。
でも祐輔の目は真剣だった。顔は笑ってるけど。
「今初詣を済ませた人を誘うのはどうかと思うけど、隣町の本山大社に行こう……どう?」
「……センスないですね」
「ほっといてよ」
そう言いながらも、祐輔は私の答えなんか待つ必要もないって感じで私の手を取った。
そして、私もいつの間にか手を握り返していた。
本山大社は、先ほどの神社とは隔絶した混み具合だった。
家族連れや友達同士の若い集団、静かに散策する老夫婦。
参道の両側には無数の出店。食べ物の店から立ち上る煙には、こげた醤油のおいしそうな香りが混じる。
警察の人たちが交通整理に立っているけれど、みんなそんなのどこ吹く風だ。
まさにお正月。
思わず私は嬉しくなって祐輔の顔を見上げる。
見返す祐輔の顔もわくわくしてるのが分かる。繋いだ手も何だか踊ってる。
「なっちゃん、昔からお祭好きだもんね……覚えてる?」
「それくらい覚えてますよーだ」
軽口だって飛び出しちゃう。
さっきまでの憂鬱な気分が嘘みたいだった。
人の流れにあわせながら、私は周りの人たちを観察する。
私は晴れ着を来た女の子とそれに寄り添う男の子、という二人連れに目が行ってしまう。
きっと恋人同士なんだろう。
女の子は晴れ着姿に恥ずかしそうで、でも彼にもっとよく見てもらいたいのが手に取るように分かる。
男の子はいつもと違う彼女の様子に、ちょっと困ってる。素直にかわいいって言ってあげればいいのに。
普段はそれを羨望とも嫉妬ともつかない気持ちで見つめる私だけど、今日は違う。
何しろ今日は祐輔がいてくれる。
もちろん、彼は私の従兄。でもたぶん周りの人たちにはそんなこと分からない。
きっと私たちは……。
それが仮初めのものでも、そう周りに誤解されるってのは、悪くない気分だった。
そういう目で見ると、祐輔はなかなか悪くない顔をしてる。
頭は悪くないんだし、見た目も及第点。うん、青葉に紹介しても、恥ずかしくはないかな。
もしかして私は今年ついてるかもしれないな、なんて。
馬鹿なことを考えながら、でもその馬鹿な考えを愉しみながら私はうきうきと歩いていた。
「あ、わたあめ。ね、買ってかって?」
「……今から参詣するんだけど」
こんな風に、ちょっと子供っぽいお願いもすんなり出来てしまう。
どうせ背伸びしてみても、祐輔にとって私は子供なんだから、たまには子供の立場を満喫してもいいよね。
困り顔の彼の手を取って、私は祐輔をわたあめ屋さんの方に引っ張っていく。
数分後には、私は大きなわたあめを満面の笑みを浮かべながらほおばっていた。
「何でわたあめってこんなにおいしいんだろう」
「うーん、やっぱり雰囲気だろうね。だってただのザラメもん、これ」
「そーいうロマンのないこと言ってると、もてませんよー」
そんなことを言いながら歩く。
苦笑する祐輔は、隣から私のわたあめを手でちぎっては自分の口に放り込んでる。
時々彼が取ろうとする瞬間、わたあめをさっと遠ざけてみたり。
こんな風にふざけながら食べると、「ただのザラメ」も天国みたいな味がした。
拝殿にたどり着いたときには、もうわたあめは綺麗に私たちのおなかに納まっていた。
巨大な賽銭箱が設置されていたけど、やっぱり今日の人ごみじゃ、なかなか前に進めない。
背伸びしたり、前の人の肩越しに様子を伺っていると、祐輔に突然肩を掴まれた。
驚いていると、私の体をコートで包むようにして、祐輔が私の後ろに立った。
彼の体が背中に密着する。
あたたかい。
まるで抱きすくめられてるみたい。
「時々後ろからお賽銭投げる人がいるからね。用心のため」
「あ……あ、ありがとう」
確かに、背の高い祐輔が後ろにいてくれれば安心だ。
でも、ちょっと恥ずかしい。
いくらカップルに見えるといっても、これはちょっと馬鹿っぽいかも……。
恥ずかしいような嬉しいような気分でいると、頭の上から祐輔の声がした。
「そう言えば、なっちゃんの七五三もここだったねえ」
「あー、あの写真の?」
こっくりとうなづく祐輔の顎の先が、私の頭に当たった。
わあ。こんなに近づいたの、初めてだ――。
「あのときも二人で飴食べたね。もちろんちとせ飴だけど」
「うーん、覚えてないですねー」
そう言いながら私はあの写真を思い出す。
三歳の私は、祐輔と嬉しそうに手を繋いで写真に写っていた。
こういう思い出話なら悪くない。それどころか、もっと聞きたいと思う。
あの時の私も、今の私と同じ気分だったんじゃないかな、って。ふと、そんな気がした。
三歳だって、立派なレディだ。かっこいい男の子と一緒で、悪い気はしない。
そして、十六歳はもっと立派なレディ。
素敵なエスコートつきのデートを楽しむことぐらい、とっくに知ってる。
ようやく私たちの番が回ってきた。さっきと同じ、奮発したお賽銭を放り込み、手を合わせる。
並んで手を合わせたとき、ちょっとだけ祐輔の方を見た。
かしこまった顔の祐輔を、私はその時初めて見た。
何を祈ってるんだろう。本気でそれを知りたいと思う。
でもその様子が余りに真剣だったから、私はあえて尋ねるのは止めておいたけど。
そんな風にお参りを済ませて、私たちは鳥居の方へと戻ることにした。
鳥居をくぐると、流石に人ごみはまばらになってくる。
ちょっとした開放感に、私は踊るようにくるっと祐輔の前に回った。
彼の両手を取って、ちょっと首を傾げてみせる。
「さて、これからどうしましょう?」
「あー。そのことなんだけど、実は……」
祐輔が少し困った顔をしたから、思わず私もつられる。
どうしたの? そんな言葉をかけようとしたとき。
「あ、羽黒ー、こんなところにいたー!」
後ろから女の人の声がした。
3.
そこにいたのはジーンズを履いた、髪の長い女性だった。
すらっとしていて、背は私よりもずっと高い。祐輔より高いんじゃないかって思うくらい。
くっきりした眉毛に、鋭い眼光。でも、怖いくらい美人だった。
「何してんのよ、探したんだから」
「いや、ちょっとね」
「あー、何? 可愛い女の子連れてさ。彼女? 愛人?」
含み笑いで近づいてくる彼女を、祐輔は鼻で笑った。
それだけで、この二人が長い付き合いなのが分かる。
「そんなわけないだろ。 こちら、妙高那智子ちゃん。話、したよな?」
「あー、羽黒の従妹の子ね。はじめまして、高校の同級生の千代田千歳です」
千代田さんは愛想よく私に頭を下げた。
突然の乱入者に私はあっけにとられている。
「面白い名前だろ? 学校じゃ『チィチィ』って言われているんだよ」
「やーめーてーよ。おっさん俳優のあだ名じゃあるまいしー」
そう言って千代田さんは祐輔を小突いている。
でも慣れているのか、祐輔は笑いながらそのパンチを軽く手で受け止めていた。
「もう初詣済ませちゃったの? 何よ、待っててくれたっていいじゃない」
「何言ってんだよ、約束の時間までまだ三十分もあるぞ」
「あー……そうだっけ?」
千代田さんはそう言われると途端に頭を掻いてそっぽを向いた。
子供っぽい仕草だけど、綺麗な人がやると妙に色っぽい。
「大体、わざわざ人を呼び出しておいて、その言い草はないだろ」
「だって羽黒、年末こっちに来るって言ってたでしょ。ついでよ、ついで」
「何のついでだよ」
「あんたはもう大学決まってるじゃん。たまには受験生の息抜きに付き合ってよ。実家に戻っても勉強三昧でさあ」
わざと疲れた声を出す千代田さんに、祐輔はやれやれと頭を振っている。
「千代田の偏差値なら確実に合格圏じゃないか。そんなに焦ることないだろ」
「おぉ、その大学に推薦で入っちゃった人は、やっぱ余裕よねー」
ぽんぽんと、まるで漫才みたいに続く掛け合いに、私は口を挟む余地がない。
いつの間にか、私は祐輔の手を離してしまっていた。
いや祐輔が軽く動いた拍子に、私の手は自然に祐輔の手を離してしまっていた、というのが正しい。
傍観者になって、私は祐輔と千代田さんの会話を半ば呆然と見守った。
なんだ。
私は、ただの時間つぶしだったのか。
そう思った瞬間、心に大きな穴が開いたような気がした。
まるで、ハートの真ん中を大砲で撃ち抜かれたみたいな、そんな感じだった。
時々千代田さんに叩かれながら、祐輔は楽しそうに会話を続けている。
口ほど困った様子もないし、それどころか口元はかすかに緩んでいる。
(何よ)
なぜだか知らないけれど、私は瞬間的にここから駆け出してどこかに行きたくなった。
二人が気づかないうちに走って、走って。
駅まで走って、家に帰って、そのままベッドに飛び込んでしまいたい。
そう思った私が半歩後ろに下がったとき、やっと二人は私の方に振り返った。
「――あ、ごめんごめん。とにかく、そういうわけだから、祐輔ちょっと借りるね」
そう言って小首を傾げる千代田さんは本当に綺麗で。
私は言葉もなくうなづくしかなかった。
そうだよ。
私はただの従妹だもん。
向こうに先約があるなら、譲るのが筋ってもの。
さらに二、三歩後ずさる。
「なっちゃん、ごめんね。また埋め合わせはするから。お父さんお母さんによろしくね」
祐輔の顔を見れない。
お願いだから、早くどっか行っちゃってよ。
自分から去るの、とっても辛いんだから。
……でも、二人は私を見つめるのを止めてくれなくて。
耐え切れなくなった私は、挨拶もせず、踵を返して走り出していた。
――結局、私は夕方まで家に帰らなかった。
駅前で開いてるゲームセンターを見つけて、お年玉を五千円も無駄使いした挙句、ようやく私は家路に着いた。
はああぁ。
力ないため息しか出ない。
こんなことなら、家でおとなしくテレビでも見てればよかった。
そもそも、祐輔に会ったのが失敗。
だって、あんなに楽しかったはずなのに、もう今じゃ嘘みたいに思い出せない。
わたあめの味も、苦い。
従妹だからって、酷いじゃない。
血がつながってると言っても、私だって女の子なんだ。
優しくされたら嬉しいし、放り出されたら寂しい。そんなの当たり前なのに。
時間つぶしなら、時間つぶしと先に言ってくれれば、あんなにはしゃいだりしなかったのに。
そしたら、今だってこんなに……。
目頭が熱くなって、私は力強く私は目を拭った。
ぽつりぽつりと街灯が灯っていく住宅街を、とぼとぼ歩く。
時々どこかから漏れてくるおいしそうな夕飯の匂いが、私にはひどく残酷に思えた。
やがて、私の住むマンションが見えてくる。
誰もいない管理人室の前を走りぬけ、エレベーターに飛び込む。
気ぜわしく、何度も四階のボタンを押す。
ドアが開き、廊下を通って、ペンキを塗り直したばかりの我が家のドアの前に立った。
コートのポケットから鍵を取り出し、静かに開ける。
「こんな時間まで、何してたの!」
お母さんはたぶんそう言って怒るだろう。それもまた、憂鬱だった。