エロくない作品はこのスレに3

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1名無しさん@そうだ選挙に行こう
・萌え主体でエロシーンが無い
・エロシーンはあるけどそれは本題じゃ無い
こんな作品はここによろしく。

過去スレはこちら
エロくない作品はこのスレに
http://www2.bbspink.com/eroparo/kako/1062/10624/1062491837.html
エロくない作品はこのスレに 1+(前スレ)
http://www2.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1064501857/
エロくない作品はこのスレに2
http://pie.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1073364639/

過去作品はこちら(SS保管庫の素人”管理”人 氏に感謝!)
http://a dult.csx.jp/~database/index.html(スペースを抜いて下さい)
2名無しさん@そうだ選挙に行こう:04/07/11 08:33 ID:YR67Q+7t
2ゲット!
3名無しさん@そうだ選挙に行こう:04/07/11 08:45 ID:wEMCTMxA
お疲れさまです。
保管庫移転してますよー。

2chエロパロ板SS保管庫
http://sslibrary.gozaru.jp/
4名無しさん@そうだ選挙に行こう:04/07/11 10:38 ID:cMYuqcpa
スレ立て乙です。
では即死回避に前スレ476-486の続き投下。スレタイに反しエロあるのはご勘弁。
5軍人さんたちのお仕事(1/7):04/07/11 10:40 ID:cMYuqcpa
アティが船長室の扉を開けると、落ち着かない様子の副隊長が廊下に立っていた。中を気遣わしげに
見やる彼へ安心させるように微笑む。
「隊長は、その」
「―――ギャレオがいるのか?」
様子を尋ねる言葉を遮りアズリアがひょっこり顔を出す。涙の痕はきっちり拭い、目蓋の腫れも先程まで
当てていた濡れタオルのお蔭で、余程注意しなければ判別できない程度に引いていた。
「丁度良い。意見を聞きたいことがある、入れ」
言って無造作に招き入れる姿には弱さは微塵もない。
もう大丈夫だろう。
アティは閉まる扉を見送り、静かに歩き出した。


軍船においてのアティの割り当て部屋―――というか縄張り、とでも表現しようか―――は医務室である。
薬やら治療器具やら私物の文庫本やらが渾然一体となった空間は、住人にとって一番心地好いように
整えてある。友人である隊長のみならず、女性、ということで用もなく押しかけて来る連中も少なくはない
ので、紅茶ポットとお茶請けが常備してあるのも居心地の好さに一役かっているのだろう。
しかし腹立たしい話だが、こういった場合不埒な行いに及ぼうとする不届き者が出現する危険性があるのも
また事実。
というか、あった。
但し、その大馬鹿野郎をアティが中々えげつない方法で撃退してからは、あえて手を出そうとする者はいなく
なったが。
一体どんな方法を採ったのか、彼が第六海戦隊から姿を消した今では真実を知る者は少ない。

赤毛の軍医は微かに揺れる床を踏みしめ医務室に向かう。
船は浅瀬に乗り上げる格好で漂着していた。今は満ち潮なので後ろ半分が海に浸かっているが、干潮時は
すっかり砂地にめり込んでしまうという話だった。ミズンマストは根元から折れてしまっているし、船底の大穴
には必要最低限の処置がどうにか施されているだけという話だった。頭を抱える船匠の姿が目に浮かぶ。
6軍人さんたちのお仕事(2/7):04/07/11 10:41 ID:cMYuqcpa
と。廊下の先に見知った顔を発見し、歩みが緩まる。
男は一瞬アティに視線をずらしたが、直ぐに興味なぞないとばかりにそっぽを向く。
医務室の手前に立っておいて、だ。
アティはむ、と眉根を寄せ、
「……」
「……」
無言のまま近づく。足音が深夜の船内に響く。
「……」
「……無視か」
先に我慢が利かなくなったのはビジュの方だった。機嫌の悪さを隠すどころか叩きつけんばかりの空気に
しかしアティは全く動じることなく平然と応える。
「お互い生きてて良かったですね」
「……へえ」
思いっきりな半眼で睨まれた。
気にせず医務室に続く戸を開け中に入り、灯りを点す。
「味方に攻撃しといてそれだけたあ随分だな? 言い訳のひとつもしねェとは」
「あの場合、最善の方法だったと思いますけど」
「どこが」
「皆生きて戻れたじゃないですか」
それは正しい。
正しいが。
「―――できれば戦いたくなかったですしね」
視線を彷徨わせての呟きは誰に向けたものでもなさそうだ。

「……とと」
不意に背後より廻される腕。抱き寄せられて、閉じ込められる。
汗と脂と潮の混じったにおいが鼻をくすぐった。
「うあちょっとちょっと?!」
シャツのボタンに手を掛けられてさすがに慌てる。いや、そういうコトが予想されてしかるべき関係では
あるには、あるのだが。
7軍人さんたちのお仕事(3/7):04/07/11 10:44 ID:cMYuqcpa
今日は海で溺れたり砂浜で日干しになってみたり必死こいて汗みずくで走ったり戦ったりしたのでつまりは
「や…だっ」
消え入りそうな抗議はそれなりに効果があったらしい。
「んだよ」
「だって……」
羞恥心が発声を阻害する。お湯と石鹸が切実に欲しい。聞けるものか。「臭いませんか?」なんて。
ビジュは気にした様子もない。ここら辺は男女差、というやつだろうか。
―――硬直したままの身体をもう一度抱きしめて。
「だ、だから―――」
耳元で囁かれ、本当に、一切合財動けなくなる。
「ったく、よく生きてたな」
この男ときたら。不意打ちで。顔が見えないのをいいことに。こういう時に限って。
「ひきょーもの」
こんな。こんな感情剥き出しの言葉に逆らえようはずもないではないか。


薄暗い部屋に響く物音はふたつ。ベッドが立てるぎいぎいと軋む音。さわさわとした衣擦れの音。
ベッドに、より正確に言えばベッドに腰掛けたビジュの足の間に座り込むかたちで、アティは小さく喘ぐ。
微熱に揺らぐ視界には嵐でもみくちゃにされた医務室が映る。
家具は打ち付けだし、戸棚の薬品類も固定してあるのでそちらは心配ないが、机の上に置いてあった分は
全滅だった。壁にインク壷が激突したらしくべったり跡が残っている。普通のやつだからまだましだが、これ
が修正用の赤インクだった日にはとんでもなくスプラッターな光景になること間違いなし。
「……んうっ」
耳朶を甘噛みされて思考が引き戻される。余裕だな、との囁きが耳を濡らす。
アティのものよりごつくて広い掌がはだけたシャツのなか潜りうごめく。
乳房をすくい、無駄な肉のない腹をなぞり、その下へ。
8軍人さんたちのお仕事(4/7):04/07/11 10:46 ID:cMYuqcpa
アティの今の格好ときたら、シャツを全開にしながらも着けっぱなし、下は秘所をぎりぎり晒す分だけずらす
といったものだ。特に下着が太腿辺りで絡み動きにくいことこの上ない。
ビジュの方も前だけくつろげ性器を曝け出している。

ひらきかけた場所を、硬度を増し始めたモノが引掻いた。
「……は、うくう……っ」
じゅく、と身体の奥で熱い雫が滲む。それは密やかに、しかし確実に敏感な襞を滑り落ちてもどかしい
快さを生み出し、外へと至る。
粘りのある体液がふたりの間の僅かな空白を細く繋ぐ。体臭に混じるとろつく匂い。
背後から揶揄の気配を感じてかあっと血が昇った。
「尻ちっと上げろ」
蕩ける直前の柔らかい部位を片手で器用にこじ開けて、ビジュが言外に『次』をほのめかし告げる。
ついでに豊かな胸の先で硬くしこる乳首に強く―――但し痕が残らない程度に―――爪を立ててやり、
ささやかな逡巡を根こそぎ奪う。
予告なく、胸を弄っていた手が離れて、アティのうなじへと移った。
行為に対しては大袈裟に跳ねるしなやかな身体。その背に貼りつく長い髪を右肩口へとまとめ前に払い
手は先程の位置に戻る。しかし長くは留まらずへその辺りへと移動し抱え、アティを促す。
おずおずと、しみひとつない臀部が引締まった腹筋に押しつけられて、そこを支点にじわりと上がる。
そうして。
揺れながら。震えながら。
あてがい。のみこんだ。
重なる声と声。だがまだ先端が隠れただけだ。適した角度ではないのか、幾度もナカで進入を拒まれる。
その度に、力をこめ、擦り、ずらし、泣き声に似た嬌声が洩れる。
不規則に。しかし確実に、収まってゆく。
その間心臓が何回打ったのか数えるのも馬鹿らしいおかしくなってしまいそうな時間が。終わる。
根元まで埋めて安堵したのも束の間。
9軍人さんたちのお仕事(5/7):04/07/11 10:47 ID:cMYuqcpa
内側にて凝る熱と質量。突き上げられて背を反らす。
片脚だけをビジュの太腿に載せ、もう一方はベッドに落ちているという不安定な姿勢では、自分の身体を
支えることすらままならない。
濡れた吐息を呑み込んで男の膝を掴み体重を掛けた。
重心が移動しベッドがぎしりと大きく軋む。

何時の間にか再び乳房にまとわる手は、飽かず位置を換え力を変え白い肌とその先の突起を蹂躙し続け。
耳朶を撫ぜる湿った呼気と相まって自律を削り取ろうとするそれに、ただ唯翻弄される。
されていた、のだが。
「――〜っ!」
急な圧迫にビジュは喉の奥で呻く。
脚を閉じることで締め付けてきた当人は、というかアティ自身も貫かれる感触を増して覚えるはめになった
らしく涙を浮かべていた。
「……んだよ、急に」
仕置きに抱く腕に力を入れてやると、だって、と涙と喘ぎで途切れ途切れに、
「下着、破れそうだったから……」
言われて視線をアティの太腿に遣る。
ビジュのものと同じ黒ズボンの下から覗くのは、汗で湿り透ける薄布。女性用下着にどれ程の伸縮性が
あるのか男のビジュには分からないが、真っ最中に気にしなければならないものなのだろうか。
……どうせ考えても答えは得られぬだろう。所詮男女差というやつだ。
疑問は放っぽり出して、アティの身体を抱き寄せ腰を浮かさせる。
短い甘やかな悲鳴。
新しく溢れた愛液が助けとなり、挿入時よりは随分と楽に抜けた。
10軍人さんたちのお仕事(6/7):04/07/11 10:49 ID:cMYuqcpa

状況を理解する前にアティはベッドへとうつ伏せに倒される。
横倒しにした視界の端に、男の腕が映った。次いで腰を持ち上げられて、
涎を垂らす閉じきらない場所に、ひくつくソコに、
硬いままのものが押し込まれた。
柔肉をかきわけ襞を巻き込み奥へ。深く。
「―――っ!」
声を殺そうと顔を正面、すなわちシーツへと向けて。吸い込む息に混じるのは。
己れのにおい。
―――コレを、このひとも
そんな考えが浮かんだ途端、心臓が、ひときわ大きく跳ねる。羞恥か興奮か双方は両立するのか。
呼吸困難を引き起こす勢いでシーツに顔をうずめ視覚を遮断する。その分他の感覚に脳が反応する。
嗅覚のみならず、肉をぶつける音や繋がりから零れる体液のつくる気泡がはじける微かな音を捉える
聴覚に、ソノ箇所や触れる場所から伝わる自分以外の体温と痛みに近い快楽を知覚させる触覚を。
欲求のままにアティも腰を合わせる。揺らす。打ちつける。
激しくなる、行為。限界まで。
限界。近づく終わりの予感。
そして。

何度も突かれた部分のはずなのに、その時に限って。
壊れるような
蕩かすような
「     っ……っ!!」

最後の、高い高い嬌声はくぐもり消える。しかし男を咥え繋がる部位は構わず締め付け離すまいとし。
健闘空しく、破裂する寸前の膨張したソレは内壁を擦り再び引き抜かれる。
もう終わりだと思っていた身体が、重ねた快楽にひきつる。
熱い粘液が露出した肌に散った。
11軍人さんたちのお仕事(7/7):04/07/11 10:50 ID:cMYuqcpa

「……しかし」
着衣のまま、ズボンと下着を最低限引き下げただけの格好で、ほの赤く上気した背中にべたりと精液を
染み付かせたアティの姿は。
「強姦された後みてえだな」
「……やな喩えはやめてください」
恨めしそうに答えてアティは起き上がる。第一それだと貴方犯罪者ですよ、と付け加えるのも忘れない。
感触に顔をしかめながらも下穿きを直しベッドの下から衣装箱を引っ張りだした。
ついでに床からティッシュ箱を拾って何枚か抜き出し、ビジュにも本体を渡す。
「はい。着替えますから、始末終わったら帰ってくださいね」
声自体は優しげなものだったが、もしかしたら存在していたかもしれない『甘い雰囲気』とやらを一気に
霧散させるに足りうる事務的な台詞だった。
「面倒だからここで寝てくか」
「不可。ベッドひとつしかないのに、そうしたら私はどこで眠ればいいんですか」
「床があるだろ」
「女の子になんという言い草ですか」
大体ここは私の部屋ですよ、というアティの主張は。さて、どこまで通ることやら。
12名無しさん@そうだ選挙に行こう:04/07/11 13:35 ID:cMYuqcpa
即死対策にあげときます。しかしこのスレも4代目とは感慨深い。
1348:04/07/11 15:31 ID:wP4cMsna
では、援護します。とは言っても、序章を458氏に教えていただいたように書き換えただけですが。
14ハーモニカ・マン:04/07/11 15:34 ID:wP4cMsna
ハーモニカ・マン



序章.スクラップ――そしてY日へ――

ホメイニ師死去か イラン国内に混乱
 198X.01.04 - CNN/ロイター
テヘラン(ロイター) イラン政府筋は、11月末にホメイニ師が死去したことを認めた。
死因は心臓発作で事件性は無い模様。記者の質問に対し、イラン内相はこの伝聞を否定した。
また米国務省筋によると、ホメイニ師の死去に伴ってIRP(イスラム共和党)の求心力が低下している模様。
匿名の国務省高官はこの事態への憂慮を表明した。

イラン国内で混乱 複数都市で暴動か
 198X.01.06 - CNN
バクダッド(CNN) イラク外務省筋は、現在イラン国内の複数の都市で暴動が発生していることを明らかに
した。これはホメイニ師死去に伴うもので、IRP支持派と反IRP派との間の衝突である模様。
これに対応するためイラン国軍および革命防衛隊は非常呼集を開始し、既にテヘランなど主要都市には戒厳令が
敷かれている。

ソ連外務省 イラン政府の要請受け介入検討
 198X.01.10 - CNN/ロイター
モスクワ(ロイター) ソヴィエト外務省の報道官は12日、イラン外相の要請を受けて軍事介入を含めた介入を
検討していることを明らかにした。ホメイニ師が死去したとの風聞を受けてイランでは混乱が続いている。
15ハーモニカ・マン:04/07/11 15:34 ID:wP4cMsna
<状況説明――198X.01.14>
 米第7艦隊司令部は13日、空母〈インディペンデンス〉以下艦隊主力が前方展開していたディエゴ・ガルシア
島を出港、既に中東に向いつつあると述べた。艦隊はMPS(海上事前集積船)13隻を随伴している。
また、ペンドルトンの第1MAF(海兵機動展開部隊)は隷下の部隊を3個のMAB(海兵遠征旅団)に再編成
し、随時イラクに派遣することを決定した。
MABは1個海兵連隊を主力として各種支援部隊,航空部隊などを追加した旅団級の部隊で、MPSに積載され
た装備とドッキングすることで戦闘能力を強化することが可能である。
第1MAF,第3MAFは既に緊急即応チームをイラクに空輸している。
 ソヴィエト外務省の報道官は本日、イラン情勢について軍事介入を含めた介入を検討していることを明らかに
したが、これを受け、アメリカ国務長官は「ソヴィエトの介入は明白な内政干渉であり、中東地域における力の
均衡を破壊することになり、到底看過できない」と語った。


<状況説明――198X.01.15>
 米国防総省は本日、衛星写真分析の結果としてイラン国境にソヴィエト軍が10個師団以上という強力な戦車部
隊を配置していることを確認した。
 また15日早朝、緊急安全保障理事会においてアメリカが提出したソヴィエトへの譴責決議案はソヴィエトの反
対によって却下された。これはイラン情勢について検討するために召集されているもので、この席上アメリカが
提出した決議案は過半数の支持を得たものの、ソヴィエトの反対により決議には至らなかった。
 イラン情勢の悪化に伴い14日、米国空軍は展開を開始した。先発隊となったのは第366航空団に所属する戦闘
機やAWACSなど41機。これらの軍用機は14日から15日にかけてイラク国内の空軍基地に到着した。なお保安
のため基地の正確な位置は公開されない。
今後、第366航空団の残余勢力および第23航空団,第347航空団、そして中央軍の航空戦力主力となる第9航空軍
が展開予定。
16ハーモニカ・マン:04/07/11 15:35 ID:wP4cMsna
<状況説明――198X.01.16>
 16日、イギリス政府は空母〈イラストリアス〉を中核とする海軍部隊をペルシャ湾に向けて派遣したことを明
らかにした。また同日、フランス政府は目下地中海で米軍と共に活動しつつある空母〈クレマンソー〉に加えて
〈フォッシュ〉機動部隊を中東に派遣することを決定した。これはイラン情勢の悪化を受けたもので、到着後は
米軍との共同作戦を実施する。モンバサに寄港していた〈フォッシュ〉は既に出港した。
 16日米国海軍の空母〈インディペンデンス〉がホルムズ海峡を通過し、ペルシャ湾入りしたが、米第7艦隊司
令部は15日、これに加えて原子力空母〈エンタープライズ〉を主力とする空母機動部隊がインド洋で活動中であ
ることを発表した。なお〈インディペンデンス〉機動部隊には第3MAF麾下の1個MAUが乗艦している。
 カストー発AFP電によるとイラン情勢に関連して16日、NATO主要8カ国の外相会談が持たれた。この席
で各国はアメリカ支持の姿勢を再確認し、必要に応じ部隊展開を行うことを表明した。
 これに関連して西ドイツ政府は16日、既に空軍の実戦部隊がトルコ入りしたことを明らかにした。展開したの
はドイツ国防軍のトーネイドー戦闘爆撃機18機。保安上の理由から所属部隊など詳細は明らかにされていない。
一方ベルギー,ノルウェー両政府は同日、空軍部隊を中東地域に派遣する準備があることを明らかにした。


<状況説明――198X.01.17>
 米国大統領は15日、中央軍の主力部隊である第18空挺軍団のトルコ派遣を決定した。
アンカラ発AP電によると、第82空挺師団の先発隊としてC-130輸送機20機に搭乗した部隊がトルコのインジル
リク空軍基地に向かった。1番機は命令下令後11時間で離陸した。その後、16日までに第2旅団第3大隊および砲
兵,工兵部隊などの諸隊約700名と各種装備品がC-141輸送機に分乗して到着した。
また米国防総省筋によると、フォート・ブラッグのJSOCは既にイラン国内に浸透しているという。この情報
の真偽は不明。
17ハーモニカ・マン:04/07/11 15:37 ID:wP4cMsna
<状況説明――198X.01.17>(承前)
 国防総省の広報官は17日、ドイツに駐留する米軍を中東に派遣するという伝聞を否定した。
これはイラン情勢の悪化を受け、イラクやトルコなど同盟国の防衛強化のため在欧米軍から部隊を抽出し、同盟
国の防衛強化に任ずるという伝聞に答えたもの。この措置はソヴィエトへの牽制を意識したものとのこと。
 東京発共同電によると日本当局者は17日、極東地域におけるソヴィエト軍の活動が活発化していることを
明らかにした。ソヴィエト太平洋艦隊に所属する〈ミンスク〉,〈ノヴォロシースク〉の2隻の空母が出港準備
を開始しているほか、航空部隊,地上部隊も活発に活動している。官房長官はこの事態への憂慮を表明した。
なお現在、米軍に連動して自衛隊は極めて高度な警戒態勢に突入している。
 モスクワ発ロイター電によるとソヴィエト外務相は17日、記者会見でアメリカが中東地域に部隊を集結しつつ
あることに触れ、「明らかな戦争準備」として非難した。一方同国のイラン介入については「政府からの要請を
受けており内政干渉には当たらない」とした。また外相は、「ソヴィエトの権益に対して合衆国が干渉すること
があれば、わが国は断固とした反撃に出ざるを得ない」と対決姿勢を表明した。
 既に米国海軍の空母〈インディペンデンス〉がペルシャ湾に、原子力空母〈エンタープライズ〉がインド洋で
作戦行動中であるが、米国海軍はさらに5隻の派遣を決定した。空母〈J・F・ケネディ〉,空母〈サラトガ〉
はインド洋に、原子力空母〈アイゼンハワー〉,空母〈ミッドウェー〉,空母〈レンジャー〉およびその随伴艦
隊は地中海に展開する予定。
 NASAは先日発射されたスペースシャトル〈コロンビア〉の積荷が偵察衛星に変更されていたことを明らかにした。
 ブリュッセル発AFP電によると、ベルギー軍は空挺コマンド旅団をイラクに投入した。同部隊は3個空挺大
隊を基幹とする3,000名規模の部隊であり、砲兵,工兵など支援部隊も含め展開は既に完了している。
18ハーモニカ・マン:04/07/11 15:38 ID:wP4cMsna
<状況説明――198X.01.18>
 パリ発AFP電によるとフランス国防省は18日、FARが中東地域に展開しつつあることを明らかにした。
フランス版RDFであるFAR(Force d'Action Rapide)の先発隊として第11空挺師団が既にサウジに展開
を完了し、第1軽歩兵師団,第2外人落下傘連隊が目下展開中,第9空輸海兵師団,第27山岳師団および第2海
兵落下傘連隊,第13竜騎兵連隊,第1外人装甲騎兵連隊,第2外人歩兵連隊,第3外人歩兵連隊,第5外人歩兵
連隊,第6外人戦闘工兵連隊が展開準備中である。一方、空母〈フォッシュ〉機動部隊は17日インド洋に到着し
目下米軍部隊と共同作戦を展開しつつある。
 マイアミ発ロイター電によると、15日以降トルコ展開を開始した第82空挺師団は、17日その全部隊をトルコに
展開した。これに続いて18日、第101空中強襲師団も展開を開始した。第18空挺軍団の広報官は同日、23日には
第24機械化歩兵師団の展開を開始できる見込みと発表した。第82空挺師団,第101空中突撃師団,第9軽歩兵師団
とは異なり重武装の機甲部隊である第24機械化歩兵師団の展開により、米国中央軍は極めて強力な地上部隊を現
地に持つことになる。
 NATOは〈リフォージャー〉計画を発動しており、西ドイツ国境には各国軍が集結中である。民間の船舶お
よび航空機は既に徴集されつつある。
 国防総省の報道官は18日、全ての合衆国軍部隊がDEFCON-3の警戒態勢に突入したことを明らかにした。
各部隊は作戦展開に備えて充分な兵員を配置する。これは1973年以来の措置。



国家非常事態を宣言
 198X.01.18 - CNN
ワシントン(CNN) 合衆国大統領は18日、国家非常事態を宣言した。
ホワイトハウスの報道官は国民に対し、パニックに陥らず冷静に行動するよう要請した。
すべての州兵部隊および各軍予備役は戦時編成され、連邦軍の指揮下に置かれる。
19うんこ姫:04/07/11 21:46 ID:VR/Oy7Uj
あんぽんたんだねー。
20名無しさん@ピンキー:04/07/11 22:32 ID:IRhD0MSL
ほしゅ
21名無しさん@ピンキー:04/07/12 01:29 ID:PwvJFEu0
kara
22名無しさん@ピンキー:04/07/12 02:25 ID:NPbzEkkN
ビジュアティ作家様、貴方の作品に激萌です。
貴方の紡ぐストーリー、自然なキャラの動き、グッとくるセリフ回し、
時間と空間を漂わせる背景描写挿入、目に浮かぶような代替心理描写…。
素晴らしい…!
私もSS書きのハシクレですが、貴方を目指したい。
どうか、また投下を!
23ビジュアティの中の人:04/07/12 23:43 ID:/Jl2kc83
>22
過分なお言葉どもです。
しかし自分のキャラ描写は、元ネタを高密度フィルター八重掛けで濾過した後
水とよく分からないもの注いで煮詰めたようなものですから参考にしない方が
宜しいかと。ははは洒落になってねえ。
…自虐的になってすいません。感想嬉しく思っております。
24名無しさん@ピンキー:04/07/13 22:42 ID:8ftCW40b
30までは保守。
25名無しさん@ピンキー:04/07/13 23:38 ID:X34nfU9H
ジョーカー :よく保守するな

      ./       ;ヽ
      l  _,,,,,,,,_,;;;;i  <当然さ!
      l l''|~___;;、_y__ lミ;l 一度落ちたらスレ立てが面倒だからな!
      ゙l;| | `'",;_,i`'"|;i | 
     ,r''i ヽ, '~rーj`c=/  
   ,/  ヽ  ヽ`ー"/:: `ヽ
  /     ゙ヽ   ̄、:::::  ゙l,  ホント エロパロ板は地獄だぜ! フゥハハハーハァー
 |;/"⌒ヽ,  \  ヽ:   _l_        ri                   ri
 l l    ヽr‐─ヽ_|_⊂////;`ゞ--―─-r| |                   / |
 ゙l゙l,     l,|`゙゙゙''―ll___l,,l,|,iノ二二二二│`""""""""""""|二;;二二;;二二二i≡二三三l
 | ヽ     ヽ   _|_  _       "l ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ |二;;二二;;二=''''''''''' ̄ノ
 /"ヽ     'j_/ヽヽ, ̄ ,,,/"''''''''''''⊃r‐l'二二二T ̄ ̄ ̄  [i゙''''''''''''''''"゙゙゙ ̄`"
/  ヽ    ー──''''''""(;;)   `゙,j"  |  | |
26名無しさん@ピンキー:04/07/14 00:26 ID:ewQw8aNU
そういやよく行くスレがSS投下されているにも関らず一日で落ちたのに驚いた事がある。
……まさかとは思うが怖くなってきたので保守。
27名無しさん@ピンキー:04/07/14 01:41 ID:+BCtqmNu
自分のよく行くスレも>26と同じ目にあった…。
つーことで、保守。

ビジュアティ、いつも楽しみにしてます。
ジャンルスレで倉庫に入れるかどうかって話題がありましたけど
こちらのスレの倉庫に既に保管されてるみたいですな。
>27
はい。保管庫管理人氏にはお世話になってます。
それに今は濡れ場あるけれど、うっかり50レスばかりエロなしになったらあちらに悪いですし。

保守ついでに人物紹介と用語集でも。
元ネタと食い違ってる所も多々ありますがそこら辺は目瞑ってください。
あと見なくても全く問題ないです。


アティ
 主人公。治癒術が使えないにも係らず軍医をしている変わり種。
 長い赤毛に愛らしい童顔、不釣合いに大きな胸、と容姿の方は申し分ないが性格に
少々難あり。尤も、親しい人間に対し徒にちょっかいかけたがるという可愛らしいもの。
やられた方はたまったものではないが。
 レックスという双子の弟がいる。

アズリア・レヴィノス
 帝国軍第六海戦隊隊長。アティ、レックスの姉弟とは士官学校での同期である。
 数々の優秀な軍人を輩出してきたレヴィノス家の第一子。天然箱入り娘の癖して
誰よりも軍人たろうとするが、心の底ではそこまで割り切れてはいない。
 普段は冷静沈着な人物だが、怒ると紫電絶華(アズリア固有必殺技)で粛清しようと
する。恐い。
ビジュ
 配属される先々で問題を起こし、流れながれて第六海戦隊に放り込まれた男。今度
大事をやらかせば軍法裁判にかけると脅されているせいかはたまた別の理由か、今の
ところ表面上はおとなしくしている。
 刺青。緑頭。アティのお手付き(あ、逆だ)。

ギャレオ
 帝国軍第六海戦隊副隊長。
 士官学校を出ていないいわゆる『叩き上げ』の軍人で、前部隊での上官に疎まれて
アズリアの副官役を押しつけられた。
 本人は現在の立場を割と喜んでいる。隊長大好き。とにかく隊長第一。

イスラ・レヴィノス
 アズリアの実弟にして帝国軍諜報員。重度のシスコン。
 レヴィノス家の長男だが、病弱だったので家を継ぐのは無理だろうと噂されていた。
その彼が曲がりなりにも軍人という激務に耐えられるのにはとある理由がある。
30サモンナイト用語:04/07/14 13:43 ID:ewQw8aNU
リインバウム
 拙SSの舞台となる世界。
 剣と魔法と軍と海賊、時々異世界の魔王さまが跳梁跋扈するファンタジーワールド。

召喚術
 いわゆる『魔法』。説明は後述。

帝国
 アティたちの住む国。旧王国の王族の一部が出奔しこの土地の豪族をまとめるかたちで
成立した。建国間もないが、海路と召喚術の一般応用技術の発展により急速に発達している。
 しかし海賊の横行や旧王国との小競り合い、テロ集団に目をつけられたりと、問題は多い。

旧王国
 リインバウム最大の国家。現在衰退期に入ってはいるがそれでも軍事力はあなどれない。
 帝国及び聖王国(SS未登場)との戦争を繰り返している。

無色の派閥
 「召喚士の支配する世界を造る」をモットーに破壊活動を行なうテロリスト集団。
 召喚術、そして召喚術を行使する己らをある意味神聖化しており、召喚術を一般人にも使えるよう
技術転用を国家政策とする帝国を敵視している。
31サモンナイト用語:04/07/14 13:45 ID:ewQw8aNU
召喚術
 異界の存在を喚び出し行使する術。サモナイト石と呼ばれる物質を媒体に『誓約』を行い、
力ある者―――召喚獣を使役する。稀に誓約ではなく友人として召喚士に協力する者もいるらしい。

召喚獣
 リインバウム外から召喚された存在を示す。
 見た目、力の優劣は関係なく、召喚術により招かれたなら全て召喚獣となる。

はぐれ召喚獣
 喚び出した召喚獣を元の世界に帰せるのは、術を行使した召喚士のみ。召喚士が死んだり
召喚獣を放棄するなど、何らかの理由で送還が行なえなくなると、その召喚獣は帰れなくなる。
この帰れなくなった召喚獣を『はぐれ』と呼ぶ。

召喚獣の住まう世界
 ・機界ロレイラル
   大戦により純粋な人間が滅んだ世界。
   完全なロボットと、無機物との融合で生き残った融機人<ベイガー>という種族がいる。
 ・鬼界シルターン
   神と神、鬼と人、人と人との間に戦乱が続く、中華と和風が入り混じったような世界。
 ・霊界サプレス
   天使、悪魔といった霊的存在が住まう世界。
   『神様』というものはいない(力をもつ悪魔が『魔王』を名乗ることはある)ので、少し概念が違う。
 ・獣界メイトルパ
   ヒトとケモノの要素を持った亜人らや、妖精などが暮らす世界。
 ・名も無き世界
   上に挙げた四界以外の世界を指す。
   地球もここに入っていて、高校生や定年退職した教師、メリケン刑事などが召喚されたりする。
3248:04/07/14 21:55 ID:VeSEum3F
 ところで、私は少々皆さんに誤解させてしまったようです。
『ハーモニカ・マン』は、『北の鷹匠たちの死』の主人公の片割れでありながらほとんど無視されてしまったスーザン・
パーカーを今度こそ主人公に据えた話です。
空母機動部隊会戦の話でも、機甲旅団同士の戦闘の話でも、攻撃型原潜によるCVBG護衛の話でもないのです。
本当は、そのはずでした。
 実は、スーザンにはモデルがいます。もっとも2人はまったく似通っていませんので、モデルというのは少々不適かも
しれません。共通点は性別と髪の色だけでしょうな。正確には、念頭において書いた対象がいる、ということです。
学友、悪友、元恋人、どれも正しくはありますが、私と彼女の関係を一番正確に表しているのは「戦友」という言葉かも
知れません。で、そんな彼女をわざわざ引っ張り出しておきながら端役というのは、どうも気に入りません。
そんな動機で書いた「短編」のはずだったんです。なのにもう140KBというのは、どういうわけなんでしょうねえ。
 ちなみに、『ハーモニカ・マン』という題名は、私なりのちょっとしたブラックジョークです。辛辣さが足りないのは明らか
なので元ネタは明かしませんが、思い当たるフシがあったらちょっと書いてみてくださいな。
33名無しさん@ピンキー:04/07/16 23:06 ID:4Wnrgcd3
hosyu
34名無しさん@ピンキー:04/07/17 23:30 ID:zjvUDWLH
ビジュアティ作家さ〜ん
毎回楽しみしてます〜
他力本願でなんですががむばって〜
保守〜
35名無しさん@ピンキー:04/07/20 00:28 ID:CqoF6Qa2
hosyu
36名無しさん@ピンキー:04/07/20 22:39 ID:mrvLf/K6
>>31
細かいことだが、一応つっこんでおく
> ・機界ロレイラル
>   大戦により純粋な人間が滅んだ世界。
>   完全なロボットと、無機物との融合で生き残った融機人<ベイガー>という種族がいる。

大戦によって滅んだのは融機人(極わずかの生き残りは居る)
ロレイラルには純粋な人間は元々存在しない
37名無しさん@ピンキー:04/07/21 03:20 ID:6hEZgbab
>36
ついでに余分な補足。

融機人は無機物と融合して完全なロボットになって機界に残ったのと
リィンバウムに亡命したのがいる(それがネスティの一族)。
アルディラなど一部の融機人は地下シェルターで冷凍睡眠を繰り返してる。

と。
38舞台は1944年のドイツ:04/07/24 12:09 ID:zsLjNTvF
阿鼻と叫喚―――その後の虚空。
この国は……いや、この世界は狂っている。今現在この世界に存在している、
生命の大半は人間の悪意と暴力によって根絶やしにされてしまっている。

「……ソロソロヤベーカモシレネーナ、御主人。」

月夜に輝く森の中、魔力によって淘汰された人形が言う。

「早ク例ノギリシア経由ノ魔術書ッテーノヲ見ツケテ、コンナ国トハ
サッサトオサラバシヨーゼ。イクラアンタデモ、近代兵器ヲ持チエタ大多数ノ
軍隊ノ前デハ流石ニヤバイダロ?」
「この私を舐めているのか?如何なる精密で破壊力のある兵器といえど、
所詮無機質な道具に過ぎん。この私の前では無力だな。」
「……ソーダナ。ナンタッテ吸血鬼、ソレニソノ真祖ッテーモンナンダカラナ。
魔力デ抵抗スルノハ、ヤハリ魔力デシカナイッテコトカ。」
「その通りだ……と、言いたいが……やはり不気味な所もある。
ある程度は、注意を払わなければならない。」
「サッキ無力ッテイッタジャネーカ。」
「私だって全部は把握してないんだよ。それに国によって機密の兵器も存在するかもしれないしな。
剣、銃の進化系……ガトリングガンからマシンガン、ダイナマイト等、etc…
総て人間が産んだ、狂気の産物………それがこの結果だ。過去の魔法戦争とは比べ物に
ならない……この戦争に二流、三流の魔法使い等が参入しても犬死が結果だ。
………それに、この国もナチスが最近人間狩りを強化しているからな。」
39舞台は1944年のドイツ:04/07/24 12:10 ID:zsLjNTvF
「ムカツクカ……?」
「……ああ。奴等人間は未だに2000年前の「罪」を引き摺っている。
まさかとは思ったが、再び十字軍の悪夢が到来するとはな。………かといって、
私は人間の諍いには投入しない。それに、予感だが……何れナチ共は近い将来滅びる。
独裁政治に侵された国は、昔からそんなもんさ……。」
「予感ネ……ナンカコ難シイ話ヨクワカラネーガ、御主人ハ平和ヲ望ンデルッテーコトダロ?」
「な…!?バッ…馬鹿!……私は『闇の福音』で恐れられる、絶対悪の吸血鬼だぞ!!
い、何れはこの私が世界をせーふくしてやるのさっ。アハ…アハハハハ!」

「……モット素直ニナレヨ。ソンナンダカラオ子様ナン……」

―――ボガッ!

「うるさいっ!チャチャ、さっさと街に行くぞ!」
「……ヘイヘイ。」
40舞台は1944年のドイツ:04/07/24 12:11 ID:zsLjNTvF
……そして着いた街が『アイゼナハ』。街の規模はそれ程大きくはなく…寧ろ田舎といってもいいかも知れない。

「コノ街ノ図書館ニ例ノ魔術書がアンノカ?」
「多分な。現在ここの魔法協会は隔離している……調べたところ、警備しているのは
その書棚に張られた結界だけだな。その方陣を破れば……」
「随分ト手薄ダナ。」
「まあ、大した物だとは期待していないがな。」

歩いて数十分……図書館に着き、中に入った。

「モシカシテココノ本棚ニアンノカ?」
「……ここだな。」

私は入り口から一番右端の本棚に近づき呪文を詠唱する。
同時にそこの床下が消え、地下に続く階段が見えた。

「……幻術カイ。」

続く螺旋階段を、私たちは歩いていく……するともう一つの大きな
本棚が見えてきた。

「結界が張ってあるな。」

徐に呪文を唱える。

「リク・ラク ラ・ラック ライラック……『マギカ・マティオー』」

……詠唱すると、施されていた結界が解除された。
領域に踏み入り、書棚の本をあさってみる。
41舞台は1944年のドイツ:04/07/24 12:12 ID:zsLjNTvF
「……下流魔法の本ばかりだな。」
「ハズレタカ。」
「だな。殆んどラテン語系の本で、古代ギリシア語系魔術書が無い。」

他に術が施されている場所は感じられない……

「仕方が無い。一旦ここから出るぞ。」


図書館を後にする。外を出ると、空は白みだしてきた……。

「さて……一端この街の宿にでも泊まるか……早く寝たい。」

変哲の無い普通の宿に泊まり、私達は部屋で一息を付く。

「デ、寝タラサッサトコノ国カラズラカローゼ?御主人。」
「いや……私にはまだ、やる事がある。」
「ナンダ?マタ魔道具関係カ?」
「いや、違う。……このドイツ、ナチスのある軍隊が気になってな。
実はそれが真の目的でここに来た訳だ。」
「人間ノ諍イッテーノニハ興味ガ無カッタンジャネーノカ?」
「『人間』ならな……。」
「??ナンダト?」
42舞台は1944年のドイツ:04/07/24 12:13 ID:zsLjNTvF
私はこの馬鹿げた物事を説いた。

「この軍隊は唯の『人間』じゃあない。『吸血鬼』で結成された軍隊なんだ。」
「マジカヨ!ナチノヤロー共もナカナカヤルナ。」
「……私がヴァチカン欧州総局から入手した極秘情報だが、ヴァチカン側はどうやら
奴等ナチスのその軍隊に、強力に力を貸したらしい。」
「マア、同盟国ダシナ。」
「表向きは……これすら裏だが、占領地からの物質、人員輸送計画………
……しかしこれだけでは無い。あれに比べれば、これは唯の眼眩ましでしかない。
真の目的……『吸血鬼製造計画』……秘匿名『Letzt Batallion』。」
「スゲーナ、吸血鬼ノ軍隊カヨ。ソレガ戦争ニ乱入シタラ、マサシク最強ジャネーカ。
……モシカシタラ、本当ニ近イ将来独裁政治ッテーノガ確立シチマウカモナ。」
「私はそれが気に食わないんだよ。仮に全世界が独裁政治などやられてしまったら、
憲法によって様々な規制が付いてしまう。そんな束縛された世界など、私は御免だ。」
「御主人ニ憲法モヘッタクレモネート思ウケドナ。」
「う、うっさいっ!……私は穏便にこの世界で生きたいんだよっ。
……それに『吸血鬼製造計画』という辺り、人工的に造りだしているのだろう……
ふざけたものだな……私が真の吸血鬼というものを奴等に見せ付け、奴等諸共亡ぼしてやろう。」
「久シ振リニオオ暴レスンノカ?」
「そうだ。この大戦の最中、私の賞金首を狙ってくるのは近年少なかったからな。
……そして出発は今日の夕方……目的地はベルリン、オイロパセンター通りを少し通った所にあるホテルだ……。
………さて、眠くなってきたな……チャチャ、今から寝るから夕方近くになったら起こしてくれ……。」
「アイアイサー。」
43舞台は1944年のドイツ:04/07/24 12:14 ID:zsLjNTvF
……人工的に造りだしているのだから、吸血鬼といえどどうせ3流以下の吸血鬼だろう。
真祖の私には問題無いが……しかし、何か……多少不安が、胸中を過るが……考えない事にしよう……

……


―――「オーイ、起キロ、御主人」(ぺちぺち)

「ん……ひ、ひゃあ…!……こ、この馬鹿!」(バキッ!)

覚めるとチャチャゼロが私の顔をぺちぺちしていた………
すかさず私は、この人形をぶっ飛ばす……

「このアホッ!貴様は普通に起こせんのか!」
「戦前ノ余興ッテヤツダヨ。」
「意味が分からん!」(ポカポカッ!)

宿から出ると、空が暗紅に染まっていた……良い時間帯だ。
私は手持ちのマントを靡かせ、そのまま空を疾走した。
44舞台は1944年のドイツ:04/07/24 12:16 ID:zsLjNTvF
「調子ハドーヨ?イイ?」
「今まで道理、最強無敵『闇の福音』のままだ。」
「私モ、ヤツラハ気ニ食ワナイカラナ……サッサト終了ニシチマオーゼ。」
「この世界大戦、徐々に終焉に近づいているからな……外法の力が生み出される前に、
それを根絶やしにしないと…悲劇の連鎖は続いてしまう。メビウスの輪のようにな……
人間の争いは『人間』に任せ、吸血鬼の争いは『吸血鬼』が責任を取ろう。」
「御主人、カッコイー。」
「ふふん♪そうだ、もっと私を崇めろ!アハハハハ!!」
「…………(ヤッパアホカ……?)」

私達は瞬く間にベルリンに到着した。丁度空が暗黒に包まれ『吸血鬼』にとっては良い感じだ。
ベルリンは私の予想の範疇を超えていた……眼前には廃都…戦争の現実を眼の辺りにする。

「何カ、スゲーコトニナッテンナ。」
「ふん……ここは実に居心地が悪い………速く終わらせたいな……。」

オイロパセンターを通ると、目的の規模が多大なホテルに到着した。
目の前には例のハーケンクロイツが付いた、ジープ車が沢山並んでいる……
ラストバタリオン……予想するに…いや、確実にSSの軍隊だろう。
45舞台は1944年のドイツ:04/07/24 12:16 ID:zsLjNTvF
「奴等が居る階は、27Fだな……これさえ消滅させれば、ナチスドイツに未来は無い。」
「ナンデ言イキレンダ?」
「所詮人間だからさ……人間は脆いものだ。それに比べ、吸血鬼程厄介な存在は無い。
知性を持った存在であり不死性、魔術、魔獣使役、特殊能力……etc,etc……
……そして一番厄介なのが、人間を紙のように引き千切るその圧倒的な『暴力』………
それに値するリスクがあるものの、やはり危険性の高い怪物だ。」
「デモソノ怪物モ、御主人ニトッテハヒヨッコノヨーナモンダロ?」
「フフ……まあな。人間としては一流でも、吸血鬼となっては私の前では所詮3流だ。
私がゴミの様に亡ぼしてやろう。チャチャ、お前はここにいろ。」
「エー、私モ殺リタインダケド。」
「向こう側の状況をまだ把握していない。故に貴様を操る余裕は無いんだ。
大人しく屋上で待っていろ。」
「シャーネーナ。」

私は空に羽ばたきチャチャゼロをホテル屋上に置くと、27Fの奴等が居る部屋を見沿える。
……そしてそのまま、ガラス越しから突入していった。
46舞台は1944年のドイツ:04/07/24 12:17 ID:zsLjNTvF
―――バリンッッ!!!
――――――ガシャッ!!

ガラスを突き破り、私は狂気の渦に突入していった―――

目の前には軍服を着ている、ナチス親衛隊が3人……そして、場に似合わぬ男がいた。
ワインを慈しんでいる、スーツからハーケンクロイツの腕章にメガネを掛けた小太り……
……いや、肥満の男がいた。

「……貴様が総大将か……?」

私が問うと、ヤツは答えた。

「ははっ、ははははは。狂気が来たぞ、恐怖が来たぞ……ようこそ、『闇の福音』EVANGELINE.A.K.MCDOWELL嬢。
まさか貴女が来訪するとはね……貴女の仰る通り、私はその様な存在でしょう。」

そう言うとヤツは、頬の肉をわずかに歪ませ上げる様に笑った。

「……フン、私の事は察しているのか。」
「勿論だとも。貴女のような異形の化物は、あいつ以来だからね。」

……『あいつ』……?

「でも残念だがね、今私は貴女と闘争している暇は無いんだよ。残念だがね。」
「……私が逃がすと思うか?」
「ふふん……ワルツの幕開けはまだなのだよ。『狂気』を相手にするにはまだ早い……。
『狂気』と『狂気』……共にダンスを踊るのはまだ早いんだよ…………。
……それでは御機嫌よう、不死の御嬢様。」
47舞台は1944年のドイツ:04/07/24 12:18 ID:zsLjNTvF
そう言うと、奴は部屋のドアノブを開け、指を鳴らし消えていった……。
……同時にSS兵達が一斉に私の方に銃…マシンガンの銃口を向けて、同時に狙撃してきた。

―――ドドドドドドッッッ!!!

私の肉片が散漫し、辺りが血に塗れる―――
そして、兵が言葉を発する。

「ハハッ。何だ?このガキは?まるで虫の様に散ったな。」
「―――それじゃあ今度は貴様らが虫の様に散って貰おう。」
「!!!?」

―――血肉は蝙蝠に変わり、私は『再生』する。

「……!!……な、何だお前は……!!」
「さて……貴様らはその身を、蝙蝠や魔獣に変える事が出来るかな……?
『リク・ラク ラ・ラック ライラック…………氷の精霊(セプテンデキム・スピリトゥス) 17頭(グラキアーレス)
集い来りて(コエウンテース) 敵を切り裂け(イニミクム・コンキダント)
魔法の射手(サギタ・マギカ) 連弾(セリエス)・氷の17矢(グラキアーリス)』」

……魔法を唱えると魔法の射手が奴等を貫き、絶命させた。

「フン……お前ら出来損ないは、魂諸共塵に還れ。」

―――ドゴゴォッ!!!!!

―――――!!
48舞台は1944年のドイツ:04/07/24 12:18 ID:zsLjNTvF
左右の壁から、無数のSS兵が乱入してくる。

「……では、再び塵どもを『塵』に還そう。覚悟は良いか……?死人ども。」

吸血鬼の軍隊は一斉に銃を構えるが、私は窓から外を出て死角に入るとすかさず魔法を詠唱した。

「『来れ氷精(ウェニアント・スピリトゥス・グラキアーレス) 大気に満ちよ(エクステンダントゥル・アーエーリ)
白夜の国の(トゥンドラーム・エト) 凍土と氷河を(グラキエーム・ロキー・ノクティス・アルバエ)
こおる大地(クリユスタリザティオー・テルストリス)!! 』」

『こおる大地 』が、全ての吸血鬼達を貫き氷結する。
四方は静寂。とりあえず、ここにいたラスト・バタリオンは殲滅させた………

「……奴は逃げたが、この場は押さえた。今はそれでいいか………………
…………?…………なんだ…?…この……嫌な感じは……?」

私の予感が的中した。……何か強力な気が近づいてくる………正常ではない、『狂気』が。
どんどん近づいてくる………それに見合わせる様に、辺りが喧騒とする様な感じがした。
20M…10…8………人のような影が見えてきた。
49舞台は1944年のドイツ:04/07/24 12:20 ID:zsLjNTvF
「………Guten Abend。『闇の福音』EVANGELINE.A.K.MCDOWELL。
クク……クハハハハ。何とも楽しい状況じゃあないか。真祖の吸血鬼が、こんな退廃した国に来訪するとは。
やはり、目的は我々と同じ『最後の大隊』か。」

狂気の代弁者が語る。奴は……尋常ではない。唯の吸血鬼ではなさそうだ。
一体なんなんだ……?……この私が、恐怖だと……?……ふん。

「……我々とは何なんだ?それと貴様は何者だ。」
「私の名はアーカード。英国国教騎士団『HELLSING』に使えるアンデッドだ。」
「アンチ・キリストを葬るために結成された、あの機関か……その機関に何故吸血鬼がいるんだ?
それに、貴様唯の吸血鬼ではないな……?」
「クク……色々と訳ありでね……人間に仕えているのだよ。
それに唯の吸血鬼ではない、ときたか……それを詮索したいのなら……今、ここで戦りあってみるか?
『お楽しみ』を始めようじゃないか。」
「上等じゃないか……ここで、この狂った国で、貴様を狂気とともにジュデッカの底に沈めてやる!!」

―――私は狂気と対峙する。……私自身も、既に正気では無いのかもしれない。
……『狂気』と『狂気』の闘争が始まる。―――私は眼前に向かい、魔法を詠唱をする。

「『魔法の射手(サギタ・マギカ) 氷の17矢(セリエス・グラキアリース)!!』」

氷の矢が奴を貫く。すかさず私は連続で詠唱した。

「射殺せ……『闇の精霊(ウンデトリーギンタ)29柱(スピーリトゥス・オグスクーリー)
魔法の射手(サギタ・マギカ)!! 連弾(セリエス)・闇の29矢(オブスクーリー)!!』」


無数の矢が貫き通し、奴は往生している……。
50舞台は1944年のドイツ:04/07/24 12:20 ID:zsLjNTvF
「……………………。」

私はそのまま立ち尽くした………アーカードと名乗る吸血鬼は、それでもなお平然としていた。
奴はこちらを見据え、嫌な微笑を施した。

「ハハハ……それでは、今度は此方から進撃しよう。」

――――バンッッ!!!

「クッ……!」

銃口をこちらへ向け、狙撃してきた。だが、障壁がそれの進入を許す事は無い…………

――――しかし、銃弾は障壁を破り私の肩を貫いた……。

「―――!!…………チッ……!!……なんだ、これは……?
…血が……止まらない……だと…………?……どうやらただの銃弾では無い様だな。」
「その通り。ランチェスター大聖堂の銀十字架錫を溶かし鋳造した13mm爆裂鉄鋼弾だ………。
これで撃たれたら、どんな化物でもひとたまりも無い。そして黒魔術影響の効果も無効にする。
……これまでか?……さあ、そろそろ貴様の狂気を見せろ…『Dark Evangel』」

流血が止まらない………私と対峙し…ここまで『出来る』吸血鬼が存在するとは…………
私も…そろそろ狂気に身を委ねるしかない………。
51舞台は1944年のドイツ:04/07/24 12:21 ID:zsLjNTvF
「なら見せてやる…………私の狂気をな。」

―――私は奴の背後に回り首を伐り取る。そして、躊躇無く全肢体をバラバラに切り裂いた。
恍惚の微笑を浮かべ、少々愉悦を感じる―――これが私の『狂気』……理性などは全くもって関係ない。
認めたくは無いが…………フン……

「……これが『私』だ。」

私が空を見上げ、虚無感に浸る……しかし何処からか狂った様な声が聞こえてきた……。

「クッククク……面白い……実に面白いぞ!!!……貴様をカテゴリーS級以上の吸血鬼と認めよう。
さて……お楽しみはここからだ……真の吸血鬼の闘争を……始めようじゃあないか……!
『拘束制御術式第3号第2号第1号開放 状況Aクロムウェル発動による承認認識
目前敵の完全沈黙までの間 能力使用限定解除開始』……さて、ジェノサイドの狂宴を開始しよう……。」

『クロムウェル』?……魔術、呪術か……?
奴の血肉が黒煙に変わり、異様な光景が眼に写る。これは……再生?

「な…何だこれは……?」

奴の姿は無い……魔獣のような無数の眼が付いた化物や6本の黒耀の魔手、人とは形容し難いものが氾濫していた。
……そして無数の魔手が、私を貫いた………

「く……あ……!」

これも魔術が施されている為か……一瞬一瞬の痛みを感じる。が、私はすぐさま再生を試みた。

「『魔王』め………散れ!『氷爆(ニウイス・カースス)!!』」
52舞台は1944年のドイツ:04/07/24 12:22 ID:zsLjNTvF
―――ズドンッッ!!!!

……繊細に散った氷の欠片の中、異形の存在はなお平然としている。

「ハハハハハハッッ!!!異常と闇が散漫してくるぞ!!もっと来るがいい!!
狂気の福音をもっと私に伝えろ!!さあ、早く!!ハリー!ハリー!ハリー!ハリー!!!!!!!」

『異形』が語る。
これはこの世から早く消滅させなければならない―――私は悟った。
そして、終焉が近づいてくる……

「そうかそうか……私は興味がないのだが、ならば最高の狂気を伝えよう…これで終極だ。ノスフェラトゥ・アーカード。
そしてジュデッカの底に沈むがいい!!
『契約に従い(ト・シュンボライオン) 我に従え(ディアーコネートー・モイ・ヘー) 氷の女王(クリュスタリネー・バシレイア)
来れ(エピゲネーテートー) とこしえの(タイオーニオン) やみ(エレボス)!
えいえんのひょうが(ハイオーニエ・クリュスタレ)!!』」

―――辺り一面が、銀世界に豹変する。……そして私は終止符を打つ。

「『全ての(パーサイス) 命ある者に(ゾーサイス) 等しき死を(トン・イソン・タナトン)!
其は(ホス) 安らぎ也(アタラクシア)!
”おわるせかい”(コズミケー・カタストロフェー)!!』………地獄に還るがいい!!アーカード!!!」
53舞台は1944年のドイツ:04/07/24 12:23 ID:zsLjNTvF
―――銀世界が狂気諸共粉砕し、奴は粉微塵と化した。
まるで悪夢を見ていた様な気がする………この私が…ここまで追い詰められるとは………。
ここは魔界か?―――そんな感覚も一瞬過ぎった……だがこの魔界で最後に拳を挙げるのは、この私だ。

「フン……やはり世界は広いな……。」

―――月夜が煌めく中、私は余韻に浸る。

「……ギヂギギギギギ」

――――――!?

「な……」

輝く氷欠片の中から歪んだ黒煙がたぎねっていた。
そしてその黒煙が形成し、再び吸血鬼が復活する――――

「……hahaha、何を言ってるんだ……?ここは『戦場』だ。この場所こそ『地獄』だ。
そして不死者の大隊『Letzt Batallion』、人形使い、闇の福音、真祖『EVANGELINE.A.K.MCDOWELL』……
この世界はやはりまだまだ狂気に満ちている……貴様もその狂った羽の一部だ。」
「………なるほど。
………貴様は、今の私では殺しきれないな………私は一端ここで撤退させて貰うよ。
対策を練ろう……次こそは、貴様は消滅の運命だ。」

私はマントを靡かせ空へ、月夜の中へ忘却する………そして奴が嘯いた。

「貴様を闇に帰すのは、この私だ。いや……出来るのはこの私だけ。
そして近い将来、また逢うだろう……『valete,EVANGELINE.A.K.MCDOWELL』」
54舞台は1944年のドイツ:04/07/24 12:25 ID:zsLjNTvF
そう言い放ち、奴も闇に消えていった………。
……ふと、チャチャゼロを思い出す……私はあの人形の元に戻った。

「………御主人!御主人!!………イッテーナンダッタンダ!?アノ吸血鬼!
マサカ御主人ト張リ合ウ奴ガイルナンテ、号外ニュースモノダゼ!!タイムズニモノルヨ!!
御主人、アイツ知ッテタ?」
「全く知らなかった。奴が言うにはどうやら英国のHELLSING機関に属しているヴァンパイアらしい。
HELLSINGはクリ−チャー専門の殲滅機関だ。どうやら目的は私達と同じだった。」
「ア、前御主人ガ言ッテタッケ?……ツーカソレナラ御主人モ狙ラワレテルンジェネーノ?」
「いや、その件に関しては大丈夫だ。私は自ら表に出て破壊行為などは行わない。
それに私は最強だからな……そう簡単に奴等は手足は出せないだろう。
HELLSINGの目的は、多分あのデブの男が率いる吸血鬼大隊だ……私と戦闘した吸血鬼どもは、
あれはまだ実験段階に過ぎないだろう……これからは魔法や特殊能力を持った吸血鬼を輩出してくるだろうな。
そんなのが表沙汰に出てみろ……これこそ思うつぼ、だ。
それに対抗すべく存在するのは、吸血鬼アーカード。私でさえ知らなかったんだ……あれがHELLSINGのジョーカーだろうな。」
55舞台は1944年のドイツ:04/07/24 12:25 ID:zsLjNTvF
「ツーカアイツガ強大ナ魔力ヲ放ッタ瞬間、変ナ犬トカ化物トカニ変形シテ原形ガ留マッテナカッタシナ。
御主人、アノ魔法ハシッテタ??」
「いや、全く………あんな魔術は覚えが無い……ヤツ独自の魔術かもな。
クロムウェル、と言っていたが……思い付くのが『清教徒革命の指導者』……『ピューリタン派』……
彼らの手本は『テンプル騎士団』……そしてその先祖は『ヨハネ派』となり…………
その教理は『ゾロアスターとヘルメスの教理』……ヘルメス学の魔術学、錬金術が思いつくが皆目見当は見当たらない。」
「……ナンカムツカシーナ。ナンニセヨ、私デナクテヨカッタヨ。
アンナ化物達トハ、流石にヤリアイタクネー。」
「あーゆーのは私専門だ、お前は雑魚専門だな……だから出てきても邪魔なだけだ。
……もうこの国には用は無い、そろそろここから出よう。
フン……満月だというのに、どうも気分が優れんっ!」
「御主人ヲ手コズラセタ相手ダッタカラナ……マタアーユー吸血鬼ナンテ出テコラレタラ、流石ノ私デモチョット。」
「フフ。チャチャがアーカードと戦ったら、それこそ本当におもちゃにされてしまうな。」
「ロリロリ吸血鬼ガ廃退シタ街中デ微妙ナギャグヲ言ッテル……絵ニナルナ。」
「なるかっ!変なこと言ってないで、さっさとここから出るぞ!」
56舞台は1944年のドイツ:04/07/24 12:26 ID:zsLjNTvF
再びマントを靡かせ、この街から抜け出した……そして、今までの歴史を反芻してみる。
一体、この世界はどうなって行くのだろうか?アーカード、ラストバタリオン……あの様な馬鹿どもが存在する限り、
この世界は『狂気』として成立してしまうだろう……もっとも、奴等だけではないだろうが。
これからは世界を、もっと検索しなければならない………私は、少しだけ哀愁に浸る……。
……満月の月夜が美麗で……ちょっと、気分が良くなってきた気がする。

――――『Non est Deus mortuorum, sed vivorum. Vos ergo multum erratis.』
"死者の神にはあらず、生者の神にてまします。されば汝ら大いに誤れり"――――

私が告げる、郷愁の福音―――――
57名無しさん@ピンキー:04/07/24 12:30 ID:zsLjNTvF
元ネタは「ネギま」と「HELLSING」パロディで、エヴァンジェリンVSアーカードの吸血鬼対決。
ネギまのキャラ、エヴァンジェリン視点で書きました。

cast―――
エヴァンジェリン A.K マクダウェル……100年以上生きる真祖の吸血鬼、最強の魔法使い――出典「魔法先生ネギま!」
チャチャゼロ……1989年以前にエヴァに隷属していた魔力で動く人形――出典「魔法先生ネギま!」
アーカード……英国国教騎士団HELLSINGが100年かけて製造した最強の吸血鬼――出典「HELLSING」
中尉……メガネを掛けたデブの中尉。後の「少佐」であり、ラストバタリオンを築いた。――出典「HELLSING」

HELLSING……大英帝国と国教を犯そうとする反キリストの化物(フリークス)どもを”葬り去る為”に
組織された特務機関――出典「HELLSING」
ラストバタリオン……ナチスドイツの吸血鬼の戦闘団。不死身の人でなしの軍隊。――出典「HELLSING」
58名無しさん@ピンキー:04/07/24 21:58 ID:NGyGTsGM
なんともGJですな!
原作ほど丸くなってないエヴァ、でもどことなく甘さがあってウマー
(ヘルシングは読んでないのでコメントできない)

続編はあるのかな?
いろんな作品の吸血鬼キャラと絡んでいく吸血鬼大戦みたいな感じでシリーズ化してくれると嬉しいな。
59ハーモニカ・マン:04/07/24 23:41 ID:f9dNTfZX
ハーモニカ・マン



夢、だがそれは夢なのだろうか。
明るい太陽が消えて、星が
永遠の空間の暗がりのなかをさまよう、
光も無く、人跡も絶えて、凍りついた地球が
光を失い、月もない空に黒ずむ。
朝が来て朝が来る――そしてまた朝が来る、
だが夜明けは来ない、
人々は、荒廃への恐れのなかで、
情熱を恐れ、気持ちは凍えて、
己のためにだけ祈る、
ただ光だけを求めて――

――ジョージ・ゴードン・バイロン,『暗闇』



<原作>
新谷かおる『エリア88』
ティム・オブライエン『本当の戦争の話をしよう』
トム・クランシー『レッド・ストーム作戦発動』
ジャック・ヒギンス『鷲は舞い降りた』
60ハーモニカ・マン:04/07/24 23:42 ID:f9dNTfZX
1.Y-6日         ――DEFCON-4発令中――

『コントロールより、着陸機がある。滑走路上の要員は直ちにシェルターに退避せよ』
「着陸機!? 今朝はまだ誰も出てないのに…」
『お客人だ! ギリシアの基地を早朝に出た! もうそろそろ見えるころだ!』
外を見ていたミッキー・サイモンが声を上げた。
蒼穹の彼方に点が光った。
見る間に大きくなり、ジェット戦闘機の形となる。
機首の下にあごのように配置されたエアインテイク、なめらかに機体に結合された主翼、あれは…
「F-16…!?」
「なんでエ、新人さんは最新鋭機で到着かよ!」ミッキーは自分のことを棚に上げてぼやいた。
「F-14が新鋭じゃないとは言わせないぞ、ミッキー!」

 ギリシアで入れたソフトウェアの誘導に乗り、F-16はまっすぐ滑走路に向かって降りてくる。
機首をわずかに起こし、タイヤを鳴らして接地した。フックがワイヤーにかかり、油圧で減速する。
「へェ〜、なかなかあざやかなもんだ…それにしてもファイティング・ファルコンとはね。最新鋭じゃないか」
真は垂直尾翼後端に目を留めた。
「ドラッグ・シュート… ノルウェーか、ベネズエラか…」
「分かったもんじゃないぞ、ここは外人部隊だぜ? どうせどっかでかっさらってきたんだろ」
F-16はエプロンまで地上走行し、停止した。
キャノピーが上に開き、パイロットが身を乗り出した。整備員がラッタルを掛けた。
みんなが好奇の目で見つめる中、パイロットはたん、と軽い足音とともに滑走路に降り立った。
61ハーモニカ・マン:04/07/24 23:42 ID:f9dNTfZX
 サンバイザーを降ろした濃緑色のヘルメットを脱ぐと、ほつれた髪を梳いて頭を軽く振った。
「あんた、女か…!」ミッキーが驚きの声を漏らした。
そのパイロットは、きりっとした整った顔立ちをした金髪の女性であった。
彼女はその声に顔を回し、澄んだ青灰色のまなざしがふたりに向いた。
「空軍大尉、スーザン・パーカーです。着任を申告したいのですが、ヴァシュタール司令官はどこですか?」
「サキなら司令官私室に居るはずだぜ」
「ミッキー、案内してやれよ。おれはタイガーシャークの整備をやらにゃならん。こないだの輸送隊全滅事件で
スペアエンジンがパアになっちゃったからな…」

「あんた、『空軍大尉』って言ったな――『退役空軍大尉』じゃなくてな。なんで現役さんがこんなところに
来たんだ?」
「――ここはエトランゼ、他人の前歴は問わないものでしょう?
ミスタ・サイモン」スーザンは微笑で叱責を和らげた。
「驚いたな、なんで本名を知ってるんだ? シンはミッキーとしか言ってないはずだぜ?」
「ミスタ・オストリッカーから聞かされていますよ、火の玉ミッキーの評判は。
エンタープライズの名物パイロットが、なぜこんなヤクザなところまで流れてきたんですか? 
麻薬、酒…お決まりのパターンですかね?」
横目でミッキーを見る、見下すようなその態度に、彼はこの女に一発で嫌悪感を覚えた。
――こいつも、いけすかない正規軍か…
「『ここはエトランゼ、他人の前歴は問わないものでしょう?』」ミッキーは嫌味ったらしく彼女の口真似をした。
スーザンはぷいと横を向き、ひとりごちた。「嫌な奴…」
(どっちが…)ミッキーは思ったが、口に出すほど莫迦ではない。
62ハーモニカ・マン:04/07/24 23:43 ID:f9dNTfZX
「サキ、ミッキーだ。新入りさんを連れてきたぜ」
「入れ!」
スーザンは新兵みたいにびしっと教本通りの敬礼を決めた。ミッキーの視線を意識したことは言うまでも無い。
「申告します! 空軍大尉スーザン・パーカー、着任しました!」
サキは答礼した。
「よく来たな、大尉。私はヴァシュタール中佐だ――サキで構わん」
そして、去りかけたミッキーを呼び止めた。
「彼はミッキー・サイモン、空軍大尉だ。第1中隊長の任に就いている。
パーカー大尉、君はこの1週間、彼の指揮下に入って欲しい。
階級,戦歴を考えれば中隊を任せたいところだが、1週間では、な」
「おいサキ、なんでおれが?」
「これは既定事項だ」
ミッキーとスーザンは互いを見た。視線が絡み合い、火花を散らせた。
「分かったよ、サキ…だが、その代わりにいくつか質問してもいいか?」
サキは肩をすくめた。
「答えるかどうかはパーカー大尉の自由だが」
「君の所属は何処だ?」
スーザンはサキを見た。「サイモン大尉は信用できますか?」
この振る舞いに、ミッキーはこの女にさらに腹を立てた。
なんて無礼なアマだ…!
63ハーモニカ・マン:04/07/24 23:44 ID:f9dNTfZX
「私はオラフ国王陛下の空軍士官です」そう言うとき彼女は無意識にぐっとあごを引き、胸をそらした。
「なぜノルウェー空軍の現役士官がアスランくんだりまで来たんだ?」
「まずアスランに来た理由ですが――ホメイニ師が死んだという噂をご存知ですか?」
「ああ。できればもう少し早くくたばってくれていたらと思うがね」ミッキーはアメリカ人である。
「イラン主要都市ではこの噂を受けてIRP(イスラム共和党)支持派および反IRP派の間に衝突が発生、
革命防衛隊と軍は既に緊急動員を開始しました。
空軍内部は反IRP派が優勢、陸海軍部内でも反IRP派が増勢しつつあります。
イライラ戦争の長期化でIRPへの国民の不満も既に臨界点に達しており、イランが第2革命に突入することは
確実です。
問題は――」彼女は唾を飲んだ。「ソヴィエトです。
既に国境に18個師団相当の機甲部隊を集結しており、介入したならば10時間でテヘランに赤旗が揚がります」
「そいつは大変だ」ミッキーが茶々を入れた、「あんたがここに居る理由とまったく関係なく思えるがね」
「元合衆国海軍士官のあなたなら、分かるかと思いましたがね」スーザンは嫌味ったらしく言った。
「ソヴィエトの介入をアメリカが黙認するはずがありません。トリップワイヤー計画の発動は確実です。
そして中東でアメリカ軍とソヴィエト軍が衝突した場合、我が国もこれに介入せざるを得ません」
64ハーモニカ・マン:04/07/24 23:45 ID:f9dNTfZX
「ここからは私が話そう」サキが引き取って続けた。
「ノルウェー軍は基本的に北欧での作戦行動に特化して構成されており、中東の気候には不慣れだ。
パーカー大尉はカリフォルニアでのF-16の運用試験にも参加しており、ノルウェー空軍で砂漠での作戦行動に
最も通じた飛行士のひとりと言って良い。
そこでノルウェー空軍は、中東地域での作戦行動に関しての予備調査の一環として、パーカー大尉を1週間
エリア88に派遣することを決定した」
「なぜイスラエルやサウジではないんだ? この基地への1週間の派遣で調査の意味があるのか?」
「そいつはキャッチ22だ。作者にタイホされるぞ」そしてサキは説明した。
「イスラエルは狭く、またノルウェー空軍の機体は相当に目立つ。少しでも戦闘機に知識がある人間が見れば、
通常のF-16と見分けることは容易だ。ドラッグシュートを装備した機体を運用しているのはノルウェーと
ベネズエラだけだが――ベネズエラが中東に部隊を、しかも虎の子のF-16を展開すると思うか?
それと、もうひとつある。母上…前王妃のソリア妃はヨーロッパから嫁いで来たことは知っているだろうが、ノ
ルウェー国王の遠縁に当たるのだ」
筆者、註。「ロシアやら何やら混ざっていてよくわからん」という原作の台詞を拡大解釈したものである。

『本来なら彼女には中隊長、せめて小隊長はやって欲しいんだが、何しろ借り物だからな。傷をつけるなよ』
「ったく、勝手なもんだぜ…」
「何か?」
「いや、別に」スーザンに睨まれ、ミッキーは視線を逸らして口笛を吹いた。
「ところで、スーザン」
「私のTACネームはバニーです。そう呼んでくださいな」
あんたなんかに名前を呼ばれるのはごめんだ。そんな態度がありありと見て取れた。
65ハーモニカ・マン:04/07/24 23:46 ID:f9dNTfZX
「ほう、俺のトムもバニーなんでね。悪いがそう呼ぶ気にはならんね」
ふたりは並んで通路を歩いていた。
傍目には仲良く語らっているように見えるのか、すれちがうみんなの視線が背中に痛かった。
ミッキーは、明日からを思ってげんなりした。

「ギター…ウォーレンか…」
待機室では、さっそく噂を聞きつけたのかウォーレンがギターで弾き語りをやっていた。
しかも、珍しく恋歌である。

「グレッグ・ゲイツ、えーと、空軍大尉だ。それにしてもきれいだなあ!」グレッグは隣国人という気安さから
軽口を叩いた。
彼女はにやっと笑った。「お世辞が上手ですね、グレッグ。おだてても何も出ませんぜ!
歌がお上手ですね、ミスタ…」
「コールドマンだ――ウォーレンでいいよ。君は何か音楽はしないのかい?」
「ハモニカを少し――でも聞くほうはクラシックに限りますね! 一昨年のシンクレアとウィーン・フィルの共
演は――」
 みんな彼女と話したがった。彼女もそれに快く応じた。
男ばかりの環境である。女性、しかもきれいな同業者ともなれば皆が興味を持たないほうが不自然というものだ
った。それは新鋭のF-16への興味を上まわって余りあった。
また彼女にしても、彼らは今後1週間命を預ける相手である。そんな男たちと交流することは、むしろ望ましい
ことですらあった。
66ハーモニカ・マン:04/07/24 23:47 ID:f9dNTfZX
「ところで、あちらのタイガー・シャークはどなたの機体ですか?」
彼女は真のF-20を見た。
「私のです――そう言えば、機体で言えば、私と貴女は仇どうしになるんですね」
F-20は輸出市場でF-16と競い、惨敗した機体である。
ミッキーの目が光った。
「そうだスーザン、模擬戦をやってみないか?」
「F-14vs.F-16――海軍vs.空軍ですか」彼女は面白そうに言った。
「いや、トムとじゃない。
シン、俺に少しF-20を貸してくれないか? ノースロップと言えば、今やグラマンの親みたいなもんだ。
イタチザメの恨みをトムキャット・ライダーが晴らす、と言うのもオツじゃないか?」
「ほう、凄い自信ですな、ミスタ・サイモン。いいんですか?
機体性能で言えばF-16のほうがF-20よりも遥かに上、しかも私は685号と工場を出てからずっと一緒にやって
きたんですがね」
「性能ではどうだか知らんが、結局のところ戦争というのは兵器より人さ。
俺はあんたのようなおやさしいお嬢様とは違うんでね」
その言葉に、スーザンの頭に血が上った。この傭兵風情が…!
「良いでしょう、受けて立とうじゃありませんか!」

『GO!』
ブラスト・デフレクターにF404エンジンの排気が当たり、ミッキーの乗るF-20が轟然と滑走路を走った。
F-16戦闘機は滑走路に向かって地上走行をはじめた。
「スーザンよりコントロール、離陸許可を」
『コントロール了解。離陸OK、グッドラック!』
F100エンジンの甲高い音が轟音に変わり、馬車馬に蹴りだされたように小さな戦闘機は加速した。
67ハーモニカ・マン:04/07/24 23:48 ID:f9dNTfZX
「あーあ、本当にはじめよったぞ、あいつら」「まあいいんじゃないの? どうせヒマだし」
みんなは窓から高見の見物を決め込んだ。話題は、自然と新来のパーカー大尉の技量に集まった。
「ギアを上げるのが遅すぎる」窓から見ていたケンが言った、「抵抗で速度が落ちて喰われるぞ」
「いや、そうとも限らんぞな」シンが言った、「F-16じゃギアとフラッペロンの動作が連動しちょるけん、ギア
を早く上げすぎるとフラップも上がってしまうんじゃ」

『16まで上昇、左右に分かれて空戦を開始する』
「了解。合図はそちらでどうぞ」
2機の戦闘機は並航するかたちになった。
『オーケイ、では始めるぞ――GO!』

 ミッキーはさっと左旋回し、スーザンの後方に回り込もうとしたが、彼女は左に舵を取って逃れた。
ミッキーはオーバーシュートするが、素早く機体をひねって反転する。
スーザンは旋回からさっと横転し、抜け出すと右横転してミッキーを追尾しようとした。彼はさらに反転し、
右旋回でF-16の射線から逃れた。
その数呼吸後、ミッキーにチャンスが訪れた。
スーザンの操作が一瞬遅れ、ほんのわずかの間機体が完全に無防備になった。
だがミッキーが射撃位置につくより早く、スーザンは6Gの急旋回でミッキーを振り切った。
彼は一瞬の判断で、これを追尾するのではなく、降下に入った。
そのまま上昇し、スーザンの背後に出る。
そのとき前方にF-16の機影が無いことに気付き、一瞬パニック状態に陥った。
スーザンはミッキーが降下に入ったのを視野の端で捉え、瞬間的に横転から反転して上昇に移った。
さらに横転し、降下してミッキーの後方に回り込んだのだ。
68ハーモニカ・マン:04/07/24 23:48 ID:f9dNTfZX
 だが、ミッキーも老練の艦載機乗りだった。そのまま背面で宙返りに入り、途中でエルロンを反転させ、対航
する。
両者は一瞬ですれちがった。射撃している余裕はない。
ミッキーは間髪を入れず反転し、降下に移ったスーザンの後方に喰らいついた。
だがスーザンは反転を繰り返し、ミッキーを射撃位置に入れさせない。
電光石火の如くスーザンは方向舵を踏み、機体をわずかに横滑りさせた。
F-16の高い敏捷性が発揮された。
ミッキーは素早く操縦桿を引いたが、操作への反応がほんの数ミリ秒遅れ、その瞬間、F-20はF-16の前方に出
ていた。
 今度はミッキーが逃げる番だった。素早い反転の連続でスーザンの射線から逃れつづける。
急激な機動に空中の水蒸気が凝結し、白いベイパーが両機のストレイキや翼端からたなびく。
すさまじいGだ! 歯を食いしばって耐えるが、それでも視野から色が失われ、狭くなる。
あいつは耐えられるのか? だが、スーザンの追撃が緩む気配はない。
彼は、彼女への賞賛の気持ちがちらっと心を過ぎるのを感じた。
だが相手を褒めている状況ではない。手詰まりだ。そう思うや否や、ミッキーはさらなる手に打って出た。
反転の直後さらに逆反転し、降下離脱した。
続いて太陽に向かって上昇をかける。
刹那、しまった、と思った。
これはタイガーシャークなのだ…!

 スーザンはミッキーの致命的な誤りを見逃さなかった。オーバーシュートを警戒して少し絞っていたスロット
ルを目一杯に押し込んだ。スロットルは入れた、だが――推力がついてこない。
わずかコンマ5秒、だが彼女には永遠にも感じられる瞬間だ。
F100エンジンが操作に反応し、金属音を高鳴らせて加速しはじめた。
69ハーモニカ・マン:04/07/24 23:49 ID:f9dNTfZX
 機体がわずかに沈んだ。熟練のパイロットにして初めて感じ取れるほどにわずかだが、ミッキーは背の毛が逆
立つのを感じた。操縦桿を必死に引く。機体が震動しはじめ、操縦桿をゆるめた。一瞬バフェットが止み、直る
かと思ったが、再びバフェットがはじまった。沈みを止めようと、また引いた。だがF-20は、機首を上げた状
態で沈んでいく。
失速する…!
 ミッキーは強引に突いた。このまま上昇するだけの運動エネルギーは無い。
ピッチがゆっくりと下がり始めた。F404エンジンの推力を限界まで搾り出す。
だが…ああ、エネルギーが全く足らん!
下方から強力なエンジンの推力を得てぐんぐん迫ってくるF-16がちらっと見え、すぐに機体に隠れた。
そのとき、バフェットが止んだ。体に前進の推力が感じられる。

 勝った、と思った。NF-5の推力ではまだ失速から脱することは出来ないはずだ。彼女は勝利を確信した。
そのとき、F-20が反転して強引に機首をめぐらせ、対航させるのが見えた。目を疑った。
そうだ、敵は空軍で慣れたNF-5ではない。見た目こそ似てはいるが、最新鋭のF-20なのだ!
 ミッキーはそのまま機体を傾け、すっと沈ませた。それを見た瞬間、スーザンは肚を固めた。
彼女はバンクし、頭上にミッキーを見た。急上昇、そして宙返りに入った。
ミッキーはバレルロールに入り、次の瞬間彼女を見失った。
バレルロールから一瞬で機体を回復させ、急旋回で後方にいると思われるスーザンを振り切ろうとする。
彼女は宙返りの頂点で背面になり、左の方向舵を踏み込んで機体を横滑りさせつつ操縦桿を左に倒した。
F-16は機敏に回った。固有の敏捷性、エンジンのファンの回転方向、そして宙返りの頂点で落ちた速度、すべ
てが合わさって限界に近い急旋回を生み出した。
視界から一瞬色が消え、顔の幅まで狭まった。食いしばった歯がぎりぎりと鳴った。
素早くミッキーの前方に機首を向ける。ミッキーは視野の端に彼女を捉えるが、速度が付き過ぎている。旋回半
径が大きすぎる。スーザンは降下旋回で増速しながらひねりこんだ。
70ハーモニカ・マン:04/07/24 23:50 ID:f9dNTfZX
 スーザンはダイエットコークを放った。
「負け、負け! 私のおごりよ、ミッキー。私の負け。あなたは凄腕のファイター・パイロットだわ!
初めて乗った機体で、あそこまで苦戦させられるなんて考えもしなかったわ」
彼女にとって、685号機は体の一部に近い。両翼の端まで神経が通っているかのように感じることができる。
一方のミッキーは初めての機体で、彼女に極め技を出させるまで戦ったのだ。事実上、彼女の敗北だった。
「あの、最後のアレはなんだったんだ? 俺もこの筋では長いが初めてだぞ、あんなのは」
彼女は自慢げに笑って鼻の頭を掻いた。「アメリカにいたときに、こっそり習ったのよ」
習った後でさえ、彼女がその師匠に勝てなかったことは話さなかった。
だが、このワザは彼女の極め技だ。彼女は日本の師匠の口癖を思い出した。
『空戦は据え物斬りと心得よ。スーッと寄っていって、パッと斬る。これが極意である』

「こんにちは、マッコイさん」機付き整備長のハースト軍曹なしで機体をまともに整備できるか、彼女は不安だ
った。ハースト軍曹はそれこそ685号をビスの一本まで知り尽くしており、685号機について彼女よりもよく知っ
ている唯一の人物である。だが、彼はいまノルウェー本国のリッゲ基地にいる。
「おう、あんたが噂の新人さんか。遠路はるばるご苦労なこった。
F-16はここじゃはじめての機体だが、まかせときな、F-18の整備もやったことはある。
予備部品も大体はそっちの空軍さんから融通してもらえる。
だが、L型サイドワインダーは入ったんだが、スパローの新型モデルが手に入らない」
「旧型で構いませんわ。どうせ視程外戦闘なんてあんまりないんですし、前に乗ってたNF-5ではサイドワイン
ダーだけでしたから」
「それを聞いて安心したよ。だけどNF-5なんて言うとお国が知れるよ。せっかくぼやかしたのが無駄になっち
まう」
彼女は照れ笑いした。「つい癖が出てしまって…
じゃあ、明日に備えて1番,2番,8番,9番にサイドワインダーを、主脚扉にスパローを,4番と6番には
370gal増槽を搭載しておいてください。請求書は空軍に回してくださいな」
71ハーモニカ・マン:04/07/24 23:51 ID:f9dNTfZX
「あーあ、L型サイドワインダーなんて贅沢しちゃってうらやましいな!
こちとらトムキャットにN型と型落ちスパロー積んでるんだぜ」
「どうせ請求書は空軍が持ってくれるんだから、それなら全方位攻撃性を取ったほうが利口ってもんだぜ、ミッ
キー。どうだい、おまえも積んでみないか?」
マッコイのからかいを無視して――大食いのトムキャットを抱えたミッキーに、新鋭のサイドワインダーを買う
余裕は無い――スーザンに忠告した。
「じいさんの整備はあまり信用しないほうがいいよ。ミサイルだってそうだ。飛ぶには飛んでも信管がボロで
数百メートル前で爆発したり、反対に命中しても爆発しなかったり…」
「あら、私はマッコイさんを信用するわよ、ねえマッコイさん?」
「うう聞いたかミッキー、この乙女の素直な言葉を!」じいさんが嘘泣きし、整備員たちが笑った。

「朝はランニングだ、早く寝たほうがいい」
「ありがとう。じゃ、おやすみ」
ミッキーと別れて、彼女は角を曲がったところにある士官用個室に向かった。わずかな手荷物は既に運んである。

 角を曲がったとき、突然誰かに後ろから抱きつかれた。
パニックになり悲鳴を上げようとするが、毛深い腕が口をすっぽりと覆い、くぐもった声しか出なかった。
そのまま、角の小部屋に押し込まれた。中は埃っぽく、暗かった。
男は彼女を壁に押し付け、フライトスーツの前をはだけた。
彼女は反抗して腕を振りほどこうとするが、敵の力は強く、いかに男勝りの彼女でもそれは無理だった。
荒い息遣いが鼻先に迫っていた。男は下着を取る手間も惜しみ、胸の双丘を荒々しくもみしだいた。
彼女は両腕の力を抜き、だらりと下げた。
胸の痛みに時折悶えるように体を動かしながらも、全身を半ば弛緩させ、からだを壁にもたせかける。
敵はそれを彼女の抵抗が弱まったしるしと見て油断した。それは誤りだった。
72ハーモニカ・マン:04/07/24 23:51 ID:f9dNTfZX
 最初に襲ってくる茫然自失を乗り越えた瞬間、彼女のからだは完全に反射的に動いた。
膝が自動的に蹴り上げられ、相手の股間を捉えた。わずかに急所を外れはしたが、その威力は決して小さくは
なかった。
相手はうっと息を詰まらせ、彼女を突き放した。
受身を取ってショックをやわらげた彼女はそのまま壁に背中を押し付け、敵の腹に渾身の蹴りを叩き込んだ。
男は息を詰まらせ、ドアを突き破るようにして廊下に吹き飛ばされ、隔壁に叩き付けられて前にのめった。
スーザンは手近に落ちていた塩化ビニルのパイプを掴んで突進するが、男は素早く跳ね起きて逃げ出した。
彼女は廊下に突っ立ち、頭を振って、明かりに眩む目を細めた。
「どうしたっ!」
男の悲鳴を聞きつけたのか、ミッキーが飛んできた。彼女は体をはたき、ジャケットを羽織った。
「おい、どうしたんだ?」
彼女は何も言う気は無かった。「大丈夫よ。ちょっと転んだだけ」
だが、膝の震えは隠せなかった。興奮が去り、代わってショックが面に表われていた。
ミッキーは何も言わない。
「それじゃ今度こそ、おやすみなさい」
だが、ドアノブを握ったとたんに膝が崩れた。
「――誰かに、襲われたな?」ミッキーの問いに、彼女は茫然として首を振った。
「…違うわよ」そこで彼女は思いついて付け足した、「あなた、みんなに言ったら怒るからね?」
ミッキーは呆れて首を振り、彼女を助け起こした。
「…本当に大丈夫か?」
部屋の前で彼女の肩に腕を回し、顔をのぞきこんだ。ミッキーはその肩の細さに驚いた。
73ハーモニカ・マン:04/07/24 23:52 ID:f9dNTfZX
 こんな、細く柔な体で、あの高いGに耐え切ったのだ。なんという女性だろう。
ベビーパウダーの柔らかい匂いが彼の鼻腔をくすぐった。
彼女は驚いたように体を強張らせたが、すぐに緊張を解いた。そしてその腕に手を添え、そっと押し返した。
「ええ、大丈夫。でも…」そして、どうにか笑みと言えるかも知れないものを浮かべてミッキーを見返した。
「ありがとう」

 彼女は乱暴に服を脱いでベッドの上に投げ、裸になってシャワールームに飛び込んだ。
レイプされかけた…基地の中で!
彼女は頭を壁にこん、とぶつけた。「莫迦」
そして壁を思い切りぶん殴った。「くそったれ!」
だがそれは、少々無謀だった。
彼女はシャワーの水が滴る中、腕を抱えて痛みに跳ね回った。
ふと鏡を見た。自分の滑稽さに、思わず自嘲の笑いがこぼれた。
 多少落ち着いた彼女は、長期的で残酷な復讐計画を練りながら、自分の体を丹念に拭った。
もっともその実現の可能性は低かった。彼女自身が犯人を判別できる可能性は低いし、ついでに、彼女は自分が
襲われたということを宣伝するような気分では全く無かった。自力で撃退できたとは言え、軍人として恥ずかし
いどころの話しではない。
油断があったのは確かだ。小所帯の王国空軍ではあのようなことはほとんど起こらない。
もう一度あの男に会ったらどうするか? ペニスを切り落として口に突っ込んでやるのも面白そうだが、そんな
面倒をするくらいなら、一発であの世に送ってやったほうがすかっとするのでは… 拳銃を持ち歩いていなかっ
たのがつくづく悔やまれる… 彼女は煮え繰り返る心を抱いてベッドにもぐりこんだ。

 夢の中、彼女は奴の乗った戦闘機を見つけた。躊躇いも無くサイドワインダーを叩き込んだ。
そいつは脱出したので、そいつが地面に着くまでに、彼女はバルカン砲でそいつを挽肉のようにズタズタに引き
裂くことができた。
7448:04/07/24 23:55 ID:f9dNTfZX
註:
文中でスーザンが言及している「日本の師匠」は架空の航空自衛隊パイロットです。彼が実在しないことは間違
いありません。というのも、「極め技」と「口癖」は別々の日本人パイロットのものだからです。
「極め技」はブルーインパルスの第8代目編隊長を務められた原田実氏のもので、出典は東大の加藤寛一郎教授
の『飛行のはなし』です。読めば分かるとおり、状況に応じて細部を変更した他は事実上抜粋となっています。
「口癖」は日本海軍の艦載機乗りであった坂井三郎氏のもので、出典は同一です。実は「口癖」というほど頻繁
に使っていたわけでもないようですが。
彼女が言及している「ミスタ・オストリッカー」は、有名なゼネラル・ダイナミックスのテストパイロットです。
F-16を初飛行させたことで日本では知られています。
上の三人はともに神様級のパイロットであり、私は意味もなくストーリーに絡ませたくなる誘惑を堪えきれませ
んでした。
特に有名なのは坂井三郎氏でしょう。氏は太平洋戦争中200回以上の空戦で64機を撃墜した撃墜王です。その自伝
「大空のサムライ」は米英仏など各国でベストセラーとなり、100万部以上売れました。ニューヨークタイムズ
は「武士道の伝統を受け継いだ一人の日本人と、闘志に燃える日本海軍航空隊の苦難と勇壮の物語は、万人の胸
にうったえる」と評したとのこと。
75名無しさん@ピンキー:04/07/26 01:04 ID:LnJUlhv4
あげ
76名無しさん@ピンキー:04/07/26 01:36 ID:doiOcr5x
保守
7748:04/07/26 23:09 ID:6CzXgm5j
>>38-57
更新を怠ったため、直後につけてしまいました。申し訳ありません。
私は原作を知りませんが、それを抜きにしても戦闘シーンの緊迫感溢れる描写が大変に面白く、また
書き手の端くれとしてはうらやましく感じられます。
これからもこのスレをどうぞよろしく。
78名無しさん@ピンキー:04/07/27 02:19 ID:fj+h9Tmy
ここでは短編やオリジナルはありなんでしょうか?
79名無しさん@ピンキー:04/07/27 13:13 ID:/5udKaeq
あり
だと思うが他の皆さんはどうでつか?
80名無しさん@ピンキー:04/07/27 16:30 ID:SkxW7VK8
ありありだと思われ
81名無しさん@ピンキー:04/07/28 23:42 ID:kG0CPH0k
>38氏も48氏も何がすごいって、SS自体の出来もさる事ながら異なる作品の
要素ぶちこんでまとめ上げてる所だと思ったり。
うっかりゴッタ煮スレに紹介したくなった。

>78
あり、に一票。
82名無しさん@ピンキー:04/07/29 11:31 ID:eA3cBs7/
>>78
あり、だといいな。
今書いてるオリジナルの
投下先を探してたのでありだと自分的に嬉しい。
正直言ってここに落とされてるSSの元ネタは全然知らないので
自分にとってはオリジナルみたいなもの。
でもメチャ楽しんでる。
83名無しさん@ピンキー:04/07/29 19:06 ID:i4t7CJYc
>>82
余裕でありだよ
84名無しさん@ピンキー:04/07/29 22:41 ID:ewc7E1a4
>>82
むしろカマーン!だ。
有り無しごちゃごちゃ考える方がマンドクセ。
ヨマセテクダサイオナガイシマス…m(_)m
85名無しさん@ピンキー:04/07/29 23:01 ID:rqFe2nf3
今投下しているスレでなんだかとても板違いな雰囲気が漂ってるんですが、
その続きここに投下してもいいですか?(ちょとエロが入るんだけど・・・)
86名無しさん@ピンキー:04/07/30 00:09 ID:2lyvfaYl
>>85
現在までに投下したのも、もう一度こっちで投下して欲しいと思う。
87名無しさん@ピンキー:04/07/30 21:05 ID:2lyvfaYl
>>85
正体見たり! 無(ry

とカマをかけてみるテストw
8885:04/07/30 21:12 ID:ikL1Nf3W
>>87
いきなりバレターー!?((;゚Д゚)ガクガクブルブル

89名無しさん@ピンキー:04/07/30 22:06 ID:EY/Lilzm
まさかと思ってきてみたらやっぱりここか…w
追ってきても読みますのでぜひ投下してください。
90名無しさん@ピンキー:04/07/31 00:45 ID:ROfZXxue
>>85
やっとミツケターー!
全く見当違いのとこ探してたな…
是非投下して下さい。続きめちゃ楽しみにしてます。
91弱虫ゴンザレス:04/07/31 01:26 ID:ILqtMMdO
>>85改め 無(ryコト 泣虫ゴンザレスでございます。
そんわけで、>>86さんの仰る通り一から投下させていただきます。
|
|)彡サッ
|

”マスタースレイブ”
(アメリカ版SM・・・みたいな?一応題名デス)

 リョウは悩んでいた。恐らく、ここ数年で初めて真剣に物事を考えた。
 片方しかない目を瞑り、義手と生身の腕を組み合わせて、休むことなく自己主張を続ける足
の痛みと相談しながら時々思い出したように左右を見やる。
 リョウの片足に、太い蔓が数本絡み付いていた。決して意志をもって蠢いているわけではな
く、ただ純粋に森を突っ切る道に伸びていただけの蔓なのだが、リョウはこれに足をとられて
転倒した。
 結果、骨折。
 慢性的な栄養不足が仇となり、蔓に絡まったままの状態で奇妙な方向に捩れた足は、あっけ
なくベキリといった。
 隣町へ向う旅人でも通りかからないかと待ってはみても、もうすぐ夕方と言う時刻に町を出
る者はまずいない。ケガをしたか弱い少女を助ける王子様などそうそう簡単に現れるはずも
無く、リョウは真赤に腫れあがった足を見つめてひたすらに悩んでいたのである。
 議題は一つ。呼ぶか、呼ばないか。
92弱虫ゴンザレス:04/07/31 01:27 ID:ILqtMMdO

 リョウは従僕を持っていた。もちろん彼女には地位も名誉も金も無いが、“異種族”に対し
ては地位も名誉も財産も意味をなさず、ただ純粋に、相手が望む物を与える事で契約が成立す
る。
 彼女が使役する従僕の数は全部で6人6種。与えた物は右目を一つ、腕を一本、体、血液を
毎日少量ずつ。後の一人は物心ついた時から傍にいて、何を与えたのかも分からないし、教
えてももらえない。残る一人には“許し”を与えるという契約。
 決して自分から進んで契約を求めたわけではなく、倒れている者、傷ついている者にめぐり
会う星の元に生まれているのか、やけに瀕死の誰かに遭遇する。助けるためには何かを与え
ねばならず、与えると相手は仮を返すつもりなのか勝手に契約してしまう。望んだ物を与え
る事が契約の承諾とみなされるため、こっそり契約の印を結ばれているとこちらの意志とは
関係なく従僕が増えて行くのだ。もちろん、中には数匹例外もいるが…
 おかげで旅は賑やかであり、この上なく安全ではあるが、人間を捕食する種族ばかりを従僕
にして歩いているリョウは、行く先々で奇異の目で見られていた。ゆえに、旅の上で人間の友
人ができる可能性はゼロに近い。いい迷惑である。
 そんな6人の従僕のうち3人の聴力は、人間からしてみれば尋常ではなく、ここからでも叫
べば駆けつけてくれるのだろうが、問題はその中の一人だった。
93弱虫ゴンザレス:04/07/31 01:28 ID:ILqtMMdO
 契約を交わした従僕の中で、唯一のウィザード。ウィザードと呼ぶのもおこがましい反則魔
法使い。あだ名するなら、悪魔の使い。
「ぅ〜〜〜…」
 その男の顔を想像して、リョウは既に泣きそうだった。
 銀の長髪。赤目に、全身を被う蒼い紋様。種族名ハミット。外見的には人間とほぼ同じだが、彼らは触れる事で食事をする。生気を吸い取るとかそういう優雅な食事方法ならまだ好感がも
てるのだが、彼らは触れた生物を粉々にした上に爪の先から分泌する体液でドロドロに溶かし、
皮膚から取り込んでそのままエネルギーに代えるのだ。当然、狩りの対象には人間も含まれる。
好感を持てという方が難しい要求だ。
 リョウがこのハミットの主に強制任命された経緯は正に悪夢であり、道端で行き倒れている
“人間”を助けようとしたら、それが偶然ハミットで、気に入られて無理やり契約に持ち込ま
れた。許しをくれと涙を零す物だからついつい縦に頷いて、それで契約は成立。見る間にハミ
ットの体に従僕の刻印が浮き出して、リョウは策士を前に絶叫した。
 ハミット種の雄は、雌を全身全霊をかけて守り抜く。これだと決めた雌ならば例えそれが死
体になっても愛しつづけ、腐乱した唇にさえ躊躇なく唇を重ねるというのだからたまらない。
どれほど見た目が美しくてもハミットの雄にだけは近づくなと、あらゆる種族の女は親からき
つく言い聞かされる物である。
 リョウはこのハミット種の雄が苦手だった。6人の従僕の中で一番苦手…というよりも嫌い
の部類に入るだろう。
 とはいえ、夜の闇はあっと言う間にやってくる。今はまだ太陽が必死に足掻いているが、夜
になってしまえば夜行性のモンスターが徘徊するこの世界に、身動きの取れない少女が一人で
はあまりにも命取りだ。
94弱虫ゴンザレス:04/07/31 01:29 ID:ILqtMMdO
 モンスターならまだいい。人間を捕食する異種族に見つかったら、綺麗に料理されて食われ
る可能性も無いわけではないのである。素材を新鮮に保つため、殺さないように調理されるの
だけは勘弁願いたいものだ。
 赤かった夕日はもう見えない。だが叫んでしまえば、真っ先にここに現れるのはあのハミッ
トに違いない。魔法が使える分他の二人より遥かに有利だ。
 そうしてしまえばあの男は間違いなく褒美をねだる。凶悪な無表情で甘い声を出し、他の従僕の前で遠慮も無しに脱がしに掛かろうとするのだろう。
 訂正しよう。リョウはあのハミット種の男が…考えうる全ての生物の中で一番大嫌いだった。
「……暗い…」
 絶対に声など上げる物か。這ってでも自力で帰ってやる。そう心に誓った数十分後、森は完
全に闇に飲まれていた。
 軽く這っただけで激痛を訴える足では立つ事は愚か這うこともできず、リョウは転んだ場所
から数センチしか動けていない。
 夜と全く同じ毛並みをした鳥が金色の瞳ばかりをギラギラと光らせて空を舞い、時たま森の
どこからか聞こえてくる獣の悲鳴にリョウは微かに怯えていた。
 今では呼吸をする事すら恐ろしく、物音など立てようものなら何が起こるか分からない。
 どこかで草を踏む音がする度に身を強張らせ、17をやっと過ぎたばかりの少女は細すぎる
手足で自分の体を温めた。
 ひざ下までの布製ブーツに、皮製のハーフパンツ。薄手の長袖一枚と皮手袋だけでは一桁の
気温は寒すぎる。日が出ているか出ていないかで10度以上の温度変化があるこの地域で、日
中と同じ服装をしているリョウは、確実に夜風に体温を奪われていた。
 ほぼ無いに等しい脂肪が恨めしい。
「…体売ってでもお金溜めよ…絶対…! 最悪だよ…なんで、誰も迎えにこないけ…!?」
 愚痴でも言わなければ心細さと寒さと痛さで従僕の名を絶叫しそうだった。
 毎回迎えに来るなと文句を言っているのが災いしたのか、いつもならば暗くなる前に必ず迎
えが現れるのにこんな時に限って誰も来ない。
95弱虫ゴンザレス:04/07/31 01:32 ID:ILqtMMdO
「…ベロアぁ……」
 弱弱しく鼻をすすり上げ、リョウは小さく最愛の従僕の名を呼んだ。
 固体名ベロア。種族名アイズレス。額に瞳を持つ男。
 ハミット種より遥かに人間に近い造形であり、額に一つだけ瞳がある。本来人間の目がある
場所は必ず何かで隠してあり、アイズレスはそこを見られる事を極端に嫌がった。そこに核が
あるのだという説が人間社会での定説だが、本当の所は定かではない。彼らは人間に溶け込ん
で生活する珍しい種族であり、服は総じて派手な物を選ぶ傾向にあった。理由は…ただの趣味
だろう。
「……ぅ…」
 泣けてくる。
 事あるごとに従僕なんていらないと叫んで来たというのに、こういう状況になって都合よく
従僕を当てにしている自分にだ。
 リョウは一向に痛みの治まらない足を軽く見て、もう一度動かそうと試みた。
「ぃッ……!!」
 全身を突き抜けるような痛みが走って、リョウは全身を強張らせた。絶対無理だ。動かせな
い。
「ばっか…! こんなん、腕、食べられた時より痛くないじゃん……!」
 大丈夫、動かせる。
 一旦諦めかけた自分にそう言い聞かせ、やっとの事で数センチ移動すると、リョウは息を荒
げて仰向けに倒れこんだ。
 この痛みを宿まで…いや、町まで持続させる事は不可能だ。どの痛みに比べようが、痛い物
は痛い。大声を上げて転げ回れれば少しは気も楽だろうが、今は夜。そんな事をしたら、エサ
はココだと言うようなものだ。
「さすがに、これ以上待っても意味がないようですね」
「ッ!?」
 諦めて従僕の名を叫ぼうかと、リョウが決心しかけたその時だった。
 遥か頭上から声がした。聞き覚えのある、背筋も凍る甘い声。
 見るまでもなく姿形も想像できる。
 青白い肌に浮ぶ蒼い紋様。腰まで届く、絡みつくような長い銀髪。
 仰向けのまま、思わず目をやったその先で、赤い瞳と視線があった。
「ハミット…!」
「エルと御呼びいただけませんか? 我が主」
96弱虫ゴンザレス:04/07/31 01:32 ID:ILqtMMdO
「っ!」
 飛び降りもしていないのに、次の瞬間目の前で膝を折っていた化け物に対して、リョウは飛
び起き際に上げかけた悲鳴をかみ殺した。
 種族名ハミット。固体名エレイゾン。本人はエルと呼ばれる事を希望するため、通称・エル。
 首から下を完全に被うマントは黒く、その下の服は辛うじて袖と裾が長いというだけで露出
度は極めて高い物であった。本来服を着て生活する種族ではない者に着衣を強要するとこうい
った事がしばしば起こるが、何もストリッパーの衣装を着る事は無いだろうと思ってしまう。
 その上、呼んでもいないのに現れる図々しさ。助かりはしたが、これでは今まで叫ぶのを我
慢していた理由が全くわからない。
「いつから…!」
「といいますと?」
「いつからいたわけ!?」
「木の上?」
「そう!」
「でしたら2時間ほど前から…お帰りが遅いので何かあったかと様子を伺いに」
 だったらとっとと助けろ阿呆。
 そんな言葉が一瞬頭に浮んだが、喉まで出かけて飲み込んだ。
 言うだけ無駄であり、意地を張って従僕を呼ばなかったのは自分だ。助けに来てくれただけ
でもありがたいと思わなければならない。
 だが…
「2時間も木の上で何してたわけ…?」
「我が主…あなたのご様子を伺っておりました」
「だから…もっと早く助けようとか思わなかった……?」
「極限状態になってから出て行ったほうが喜ばれるかと思いまして…」
 殺してやりたいほど憎らしい。
 ふと感じた疑問に対する答えがあまりにも予想通りで腹が立つ。
 数秒前、この男に対して多少なりとも感謝を感じた自分が悔しくて、リョウは何度も鉄の拳
と掌を打ち合わせた。
「もっとも、貴方が私をお呼びになれば、すぐにでも姿を表しましたが…よりによってあのア
イズレスの名を呼ぶとは……」
「地獄耳が……よくあんな小さい声…」
97弱虫ゴンザレス:04/07/31 01:34 ID:ILqtMMdO
「私もあんなふうに呼ばれて見たい物ですね」
「安心していいよ。永遠に無理だから。ベロアは特別。僕のダーリン」
 ベロアはリョウの従僕の中で最古参であり、最弱のレッテルを貼られているのも彼だった。
 正し、彼がリョウの最愛の従僕である事も事実であり、ハミットに目の敵にされている哀れ
な男でもある。彼が幼少期のリョウに要求した物は不明だ。
「でしょうね。毎晩切なげにあのアイズレスの名を呼ぶ貴方の声が聞こえますから」
 嫌味のつもりが思わぬ方向から切り替えされて、リョウは目を見開くと、真赤になってエル
の顔を凝視した。
「ぬ…盗み聞きして…!」
「耳がいい物で……骨折をなさっているようですね」
「ぃ…ッ!」
「まだ触れてませんが?」
 無遠慮に伸ばされた腕に身構えた所に、あまりに冷静すぎる反応。
 いちいちこの男の言動に引っかかっていると疲れるだけだと言う事を、最近やっと学習して
きたリョウは、表情を引きつらせただけでエルに何か言う事を諦めた。
 今はとにかく、早く宿に帰りたい。
「っていうか、触ってどうすんの? 痛がらせて喜ぶ趣味?」
「嫌いではありませんが…」
「変態」
「人間とそれほど変わるとも思えませんがね」
 それが、一部の奇妙な性的嗜好を指しているのか、それとも人間の残忍性について言ってい
るのかリョウには分からなかったが、これには反論しようという気は起こらなかった。
 珍しく気が合ったとでも言おうか、リョウの人間嫌いも中々の物である。
「傷を見せていただきます。治癒が可能な範囲ならば治しましょう」
 平然と放たれた言葉に、リョウは返事をする事も忘れて呆然とエルを見返した。
98弱虫ゴンザレス:04/07/31 01:39 ID:ILqtMMdO
 そうか、この男はウィザードか。
 今までリョウが見てきたエルの魔法は、強力だとか奇跡だとかそういう範囲を越えて不気味
でえあり、人間が抱くウィザードのイメージとはあまりにかけ離れた物だった。
 ハミットは、獲物を生きたまま食らう。
 狩りのために考えられた術は、当然獲物を生かすようにできており、人形のように動かなく
なったまま獲物が絶叫する光景は、リョウから見ればまるで悪夢のような光景だった。
 そのハミットが、治癒の魔法を使うだと? 想像だにしなかったが、人間がつかえない術を
操るハミット種なら、人間の扱う魔法くらい楽に使えると説明されれば納得してしまいそうで
ある。
主の思考を駆け巡る不安を無視するように、エルはリョウの布製ブーツを留めている細い紐
を解くと、ゆっくりとブーツを引き抜いた。
「…比較的軽度か……これならばなんとか……」
「ねぇ……」
 不安は拭えない。なにせリョウは、まだこの従僕をまったく信頼していない。
 様子を伺うように控えめに掛けられた声に、エルは赤く腫れあがった患部に注いでいた視線
を上げた。
「何か?」
「治癒の魔法なんて……つかえんの? ハミットが…」
「我々が傷を負わない種族だとお思いですか?」
「あ・いや…そうじゃないけど……使ったの見たこと無いし…」
「今から使います」
「…やっぱ、ベロアに治してもらうから、いいよ…帰る」
 どうにも安心できなくて、リョウはエルから視線を外して地面の石ころを意味もなく見た。
 好意を断わるのはいくらなんでも気が引ける。おまけに、ベロアに治癒の魔法が使えるわけ
ではなく、この男の申し出を断わった結果、数ヶ月不便な思いをするのだろう。
「……嫌われていますね」
 ため息をついて、座り込む。
 疲れきったように頭を垂れて目頭を抑え、エルはもう一度深くため息をついてからリョウを
見た。
99弱虫ゴンザレス:04/07/31 01:41 ID:ILqtMMdO
「理解しているつもりでしたが……ここまでとは…」
 すぐにそらされ、苦しげに歪んだエルの表情があまりにも意外で、リョウは突然拭いきれな
いような罪悪感に襲われてうろたえた。
 何か声をかけようとしても頭に浮ぶのは更に傷つけるような言葉ばかりで、どうすればいい
のかも分からない。
「かけらほどの信頼もいただけませんか…私は、それほど他の従僕と違いますか?」
「あ、ごめっ…そーゆーわけじゃ……その、そういうわけじゃなくて…だって…えっと……」
 とりあえず謝ったはいいものの、何処からフォローを入れていいのか分からないほど、今ま
でリョウはエルを嫌い続けてきた。
 姿を見れば逃げ、同じ部屋にいれば口を聞かずに布団をかぶる。手を触れられればあからさ
まに嫌がり、口を開けば嫌味を言った。
 何故そこまで嫌うのか、今思えば分からない。
 腕を食いちぎった従僕とも、瞳を与えた従僕とも問題なく接しているのに、エルにばかりき
つく当たって傷つけた。
 大嫌いな従僕がどう傷つこうと構わないはずなのに、こんなにも胸が痛い。
「ただ……ただ…その…」
 理由が必要だった。この男を避ける理由。嫌う理由。
 記憶に鮮血が閃いた。暗い、狭い、ただ怖い。記憶の端にしがみつく何かが、ほんの一瞬だけ顔を覗かせてすぐ消える。
 必死に手繰り寄せた理由。手探りで、指先に触れた。

「…怖…い…んだ…」

 探り出した理由。
 まとまらない考えの中必死になって、やっと絞りだした言葉が、それだった。
100弱虫ゴンザレス:04/07/31 01:45 ID:ILqtMMdO
長くなるので、切がいい所でいったんカット。
前に投下したときとは実はほんのちょびっと違っていたり・・・
これから長々と続きますが、どうぞよろしくお願いします
|ω・)チラッ
101名無しさん@ピンキー:04/07/31 06:12 ID:icX/JASD
>泣虫ゴンザレス
このSSはダーク系?

102弱虫ゴンザレス:04/07/31 19:47 ID:ILqtMMdO
>>101
全然違います。
すいませんすいません。
ただリョウとハミットを仲良くさせるための前段階と思っていただけると・・・
(ちなみに前のカキコで弱虫を泣き虫と書き間違えたのは秘密の話)
103名無しさん@ピンキー:04/07/31 21:17 ID:n3qNa8yI
>85

みつけたー!
続き楽しみにしてたからがんばってください!
10448:04/07/31 22:19 ID:Fw96p6Wk
 私たちはみんな、語るべき自分の物語を持っています。私にもありますし、あなたにもあるでしょう。
しかし残念なことに、それを語るわけには行きません。
そこで私たちは、架空の人物の「語るべき自分の物語」を語っているわけです。
私がいま語っているのは、架空の国で架空のひとびとが織り成す話です。
ですが、それが架空だからと言って本当に起きたことよりも真実性がない、と言い切れるでしょうか?
 これを追求したのが、私が原作のひとつに挙げたティム・オブライエンの『本当の戦争の話をしよう』です。
残念ながら、私自身のそれはまだ架空の域を出ることができていません。それは、おそらく私自身の弱さのせい
です。私はオブライエンと違い、自分の経験に未だ向き合うことが出来ていないのです。
私は2度銃撃され、1度被弾しました。それだけの経験ですら、私にとっては人生観を一変させるほどの衝撃で
した。それを考えたとき、私はオブライエンに対して全身が慄えるような敬意を抱かざるを得ません。
 著者のティム・オブライエンはヴェトナム戦争に従軍した経験を持つ作家ですが、これは彼の私小説なのか、
そうでないのか、分かりません。これは短編集ですが、その短編は1本で普通の小説1本分に優に相当する密度
を備えています。
またこれらは、あらすじという概念を無意味にします。例えば、私は第5小節において、『本当の戦争の話をし
よう』から「ソン・チャボンの恋人」という短編のストーリーを使っています。私は原作からかなりの量の文章
を削り、それを補っていくつかの蛇足を加えました。しかしそれらは、原作が備える重厚さと独特の魅力を削っ
ているのみである、と言わざるをえません。
この不思議な小説を紹介するには、私程度の人間が数千語を費やそうとも足らないでしょう。
ただ、読んでください。それだけです。
書名『本当の戦争の話をしよう』、著者はティム・オブライエン、出版元は文春文庫。
訳者は『ノルウェイの森』などで知られた村上春樹。お値段は税込みで610円。
10548:04/07/31 22:22 ID:Fw96p6Wk
例によって例のとおり、更新忘れてました。今回投下分は短いので、ちょっと様子を見させていただきます。
ところでハーリ・クィン氏、まさかこのスレに移ってきていただけるとは思いませんでしたよ。
106ハーモニカ・マン:04/07/31 23:22 ID:Fw96p6Wk
2.Y-5日         ――DEFCON-3発令中――

『発進用意! 発進用意!』
「マキーベの南3キロで進攻を開始した地上軍が攻撃を受けている!
制空権を奪取せよとの命令だ!」
「ラウンデルとグレッグの隊は、敵地上軍を徹底的に叩け!」
「シンとミッキーはマキーバを中心とする半径200キロ以内の制空権を確保しろ!
12時間以内にやれ!」

 パーカー大尉は操縦席に滑り込むとバッテリー・スイッチを入れ、続いてスタート・スイッチを入れた。
ジェット燃料スターターが回りだし、F100エンジンがごろごろと音を立てて回りだす。
回転が20%になったところでスロットルをアイドルの位置に入れ、アヴィオニクス関係のスイッチを入れて
航法コントロールをINSにセットし、BITスイッチを押す。ヘッド・ダウン・ディスプレイに次々とリスト
が表示されていく。オール・グリーン、OKだ。
彼女がコクピットの外に両手を出すと、整備員が兵装の安全ピンを次々と引き抜き、高く掲げて見せた。
彼女のF-16は胴体両脇に370ガロン増槽を、胴体下の主脚扉にはスパロー空対空ミサイルを搭載し、両翼端、
両外舷の4つのハードポイントには4発のサイドワインダー空対空ミサイルが搭載されている。

『バニー、ミッキーだ。ツイストの後に発進する。君は俺の後に続いてくれ』
「了解」
ツイスト中隊のクフィール戦闘機が次々と離陸していく。
彼女は左手をスロットルのがっしりとした握りに、右手を肘掛けにゆったりと乗せ、目を閉じて体をリクライニ
ングした座席にまかせた。
彼女は昇進したてほやほやの大尉だが、決して新入りではない。だが、すべてのノルウェー空軍将兵と同様に、
まだ実戦経験はない。
107ハーモニカ・マン:04/07/31 23:23 ID:Fw96p6Wk
 今日これから、初めてひとを殺すことになるのだろうか――祖国ではない、何の恩義も無い国のために?
そう考えると落ち着かなかった。これからは、彼女が撃つ弾丸の先には、それによって実際に血を流す人間が
いるのだから。
 彼女はこう考えることにした。ここでアスラン反政府軍兵士の命を奪って得た経験が、今後訪れうるイランで
の実戦において戦友たち、そして彼女の部下の命を救うことになるかもしれない。それならば、彼らの死は十分
に有益と言えるのではないか。
だが、その経験を伝えるには彼女が生還しなければならない。
ここに安全は存在しない。あるとすれば、それは危険を除去することによってのみ達成される。

『行くぞ、バニー!』
 ミッキーからの通信に、彼女の目がぱっと開いた。
キャノピーを閉め、整備員にさっと敬礼した。整備員たちも答礼した。
ブレーキを解除すると操縦桿の前脚操向スイッチを入れ、滑走路に向けてタキシングを始めた。
『ミッキーよりコントロール、離陸許可を』
『離陸OK、ミッキー。グッド・ラック!』
ミッキーのF-14が轟然と滑走路を走った。
 彼女のF-16はスタート・ポジションの6番スポットに入った。
「スーザンよりコントロール、離陸許可を」
『許可します、大尉。初猟に幸運あれ!』
『GO!!』誘導員が腕を振り下ろした。
 パワーを90%まで進めて、リリースブレーキ。スロットルを押し込み、アフターバーナーを焚く。
5列に並んだバーナーが点火する度に急加速で体がシートに押し付けられる。
F100エンジンの恐るべき推力が、彼女を高みへと導いていく。
108ハーモニカ・マン:04/07/31 23:24 ID:Fw96p6Wk
 130ノットで機体は頭を上げ、轟音とともに離陸した。
迎え角は15度だがピッチは60度。地上から見るとまるで垂直上昇だ。
前縁フラップがさっと下がり、降着装置が引き込まれる。
アフターバーナーを切り、半ばロールをうって機首を下げる。
『相変わらず派手な離陸だな』
「ドラ猫さんにそんなこたぁ言われたか無いわね」
『無線でじゃれるな!』
『ははっ、妬くな妬くな!』
シンとミッキーの両中隊はラウンデルとグレッグの両中隊に先行して進出した。
目標はマキーバの周囲200キロの航空優勢達成だ。

『♪ラ〜〜ララアランラン♪』
グエン・ヴァン・チョム中尉の歌声が、飛行隊の無線網を通してパーカーのヘルメットに伝わってきた。
彼女は驚いた。これまでは、戦闘飛行中はできるだけ通信は控え電波発振を止めるようにと教わってきた。
ここでは少々流儀が違うようだ。
『ピクニック気分だな、グエン!! トンキン湾でもその調子でやってたのか?』ミッキーがたしなめるような
調子で言った。
『あんたよりゃおとなしかったさ…海軍名物・火の玉ミッキーよりはな…
なんせあんたはたった一人で200人からの女・子どもを殺したんだからな…
おれなんか足元にもおよばねェよ…』
スーザンは、驚きのあまり一瞬HUDから視線を逸らした。
『おれなんかいくら上からの命令でも…ちょっとな…』
(200人…女・子ども? どういうことなんだろう? いったい何が…?)
彼女は、1週間限定とは言っても自分の上官を務める男のことを、ほとんど知らないのだった。
109ハーモニカ・マン:04/07/31 23:24 ID:Fw96p6Wk
『ミッキーより中隊全機へ、敵機! 全部で2機,接近中。距離20,高度は19。速度540、ライン・アブレスト
編隊。バニー、探知したか?
『よし、スパローをかますぞ』
「了解。スーザンよりコントロール・ヘッド、接敵した。当方はこれよりミサイルを試す…」
『そんなめんどくさい手順なんて踏まんで構わんぜ。
ロックオン! ファイア! それでいいのさ』
彼女は独りうなずいた。納税者の血税を注いだミサイルを撃つ身としてはなんとなく不安だが、流儀は流儀だ。
彼女はスロットル上のスイッチをMRMの位置に動かした。
発射準備に2分掛かった。その間も接近は続く。
「フォックス・ワン!」
F-16の主脚扉外側に搭載されたスパロー・ミサイルが発射された。
『情け無用――フォイアー!』
ミッキーのトムキャットもほぼ同時にスパロー・ミサイルを撃った。

 危険な瞬間が訪れた。スパロー・ミサイルはセミアクティブレーダーホーミングなので、両機はあまり激しい
運動をせずに、レーダー波を目標に照射し続けねばならない。
 スパロー・ミサイルはヴェトナムでまったく当たらず悪評を轟かせたが、今は若干の改良が加えられている。
そして湿気を帯びて機械に悪影響を与えるヴェトナムの空気とは違い、ここの空気は乾いて澄んでいる。
おまけにこの戦場ではBVR戦闘がほとんどないので、大部分の機体にレーダー警報装置が搭載されていなかっ
た。
 ついでながら、トムキャットはスパローをサイドワインダーとの混載で各4発搭載できる。ミッキーが2発し
か持っていないのはスパローが高いから、そしてヴェトナムでまったく当たらないスパローにさんざん泣かされ
たからである。スーザンはそういうことはない。彼女はヴェトナムを覚えている世代ではないし、いずれにせよ
ノルウェー空軍はヴェトナムに展開していない。
110ハーモニカ・マン:04/07/31 23:25 ID:Fw96p6Wk
 そろそろ、1発目のスパローが到達する時間だ。彼女はふと、手袋の中が汗でじっとりと湿っていることに
気付いた。本物の兵器を撃つ、という緊張感だけは、体験してみないと分からない。
ヘッド・アップ・ディスプレイ上に表示されたダイヤモンド状のシンボルが、ふっと消えた。
「スプラッシュ・ワン! フォックス・ワン!」撃墜確認と同時にスパローをもう1発撃った。ミッキーのF-14
はスパローを同時誘導できるが、F-16のレーダーにその能力は与えられていない。
無線を通してミッキーの悪態が聞こえてきた。ミッキーのスパローは2発とも不発だった。
「オー、ジーザス」スーザンの撃った2発目のスパローも外れ、明後日の方向に飛び去った。
もともとF-16のレーダーにスパローの誘導機能はない。急造の誘導ソフトウェアに問題があるのか否か、それは
分からない。
 だが彼方からのミサイルで僚機が叩き落とされるのを間近に見たフィッシュベッド2番機は、気後れした。
急旋回して兵装を投棄し、フル・アフターバーナーで尻に帆かけて逃げ出した。
「追う、ミッキー?」
『ネガティブ。奴にはもう戦意は無い。我々の獲物はほかにもごまんといるぞ。
そう、あんたにとって今日はとんでもない狩りの日になるだろうよ、空軍さん。
ケン! 中隊を連れて中高度を哨戒しろ。
バニー、我々は高高度で索敵だ』
ミッキーの中隊は、中隊長であるミッキーのF-14以外はA-4攻撃機で編成されている。A-4は優秀な攻撃機だが
レーダーはあまり良いものを積んでいない。個人的にA-4を制空任務に投入するのはどうかと思うが、まあいい
だろう。
 コンバット・スプレッド隊形で旋回する彼らの下を、グレッグの中隊が超低空で侵入した。
『上空掩護は任せろ、グレッグ。思う存分叩け!』
『おうよ、今日は守護天使もいることだしな! ミッキーだけじゃちと不安だがな!』
『おーおー、言ってくれるでないの。後で泣いても知らんぜ!』
『おお怖い怖い!さて中隊全機、3時に敵戦車部隊、大隊兵力だ。あれから潰すぞ。アタック・オン!』
111ハーモニカ・マン:04/07/31 23:26 ID:Fw96p6Wk
 F-16はもともと昼間戦闘機として構想されたLWF計画の産物であり、したがってその搭載レーダーの探知距
離はそう長くない。一方のF-14は生粋の艦隊防空戦闘機であり、いくらマッコイじいさんの整備だと言ってもそ
のレーダーは強力だ。
 そんな訳で、接近する脅威への最初の警報はミッキーによってなされた。
『ワオ、敵さんも本腰入れたようだな。多数の敵機が接近中だ。3個編隊、それぞれ10時方向、11時方向、2時
方向、距離は40。ケンの小隊は10時の敵を、ハートの小隊は11時の敵を、カールの小隊は2時の敵を叩け。
バニーは俺と上空掩護だ。
シンの中隊は既に敵部隊と交戦中、グレッグ、ラウンデルの中隊も目下敵野戦軍と激戦中だ。
この敵は我々で料理らにゃならん。みんな、気を入れていけ!』
「了解」3人の小隊長はそれぞれ翼を振ると、敵機に向かった。
2機の戦闘機は疎開隊形で旋回を続けた。
彼女は周囲に油断なく目を配った。レーダーにダウンルック能力はあるが、機械を出し抜くことは決して不可能
ではない。むしろ比較的容易だ。
 だが、この場合はデジタル・プロセッサが勝った。レーダー・スコープに輝点が出現した。
「ミッキー、12時方向に敵よ。超低空で侵入してくるわ。距離15,速度500。2組のアブレスト編隊」
『おいでなすったな。こいつらは我々で潰さにゃならんぞ。覚悟は出来てるか?』
「あら、聞くだけ野暮ってもんよ。準備は万端、いつでもOK!」
『おー元気だな、それを聞いて安心したぜ。行くぞ!』
 スーザンは両翼の増槽から燃料を機体内タンクに移し、切り離した。
「――タリー4、タリー4! トゥエルヴ・オクロック・ロー。敵機はフィッシュベッド。距離は9」
『目がいいな、バニー――タリィ・ホゥ! アターック!』
4機の敵機は超低空で侵入し、2機の真下で上昇、攻撃する計画だった。これはヴェトナムで多くの米軍機が嵌
った罠だったが、優れたダウン・ルック能力を有する2機には通用しなかった。
今や探知された4機のMiG-21戦闘機は全速力で上昇しつつあった。
112ハーモニカ・マン:04/07/31 23:27 ID:Fw96p6Wk
 スーザンは真正面からサイドワインダーを撃ったが、誘導不良で明後日の方向にすっ飛んでいった。彼女は素
早く機体を横に傾け、急降下、ぐるっと回した。素早く20ミリ砲弾を叩き込んで撃墜すると彼女はさらに反転し
、ケツに張り付こうとした敵機を垂直反転で振り切った。素早くスロットルのスイッチを切り替えると、HUD
上に弾道線が表示された。敵機は「顔面に」20ミリ砲弾を喰らって撃墜された。
 ミッキーはすれ違いざまに対航射撃を浴びせ、20ミリ砲弾で敵のキャノピーを粉砕した。
 スーザンはさらに反転して残る1機を片付けようとしたが、ミッキーのほうが早かった。
鋭い旋回で敵機の後方を取り、短い連射で撃墜した。
『ハートよりミッキー、こっちの敵は強力だ! 阻止できない! 支援してくれ!』
『バニー、聞いたとおりだ。行くぞ!』
彼女は答えずに、スイッチをカチカチと押した。そして、スロットルをミリタリー位置まで押し込んだ。
F-16とF-14は急旋回し、助けを求める友軍のもとへと急行した。
 フィッター攻撃戦闘機とスカイホーク攻撃機が乱戦を展開していた。
スカイホークは本質的に攻撃機であり、決して空中戦闘が得意ではない。そして、フィッターは対地攻撃を本業
にするとは言え超音速機であり、加速性では大きく勝っている。しかも小隊長ハート以下は山岳基地以降の新参
で、古参兵ほどの腕はない。
 一瞬の隙を突いて、フィッターのペアがスプリットSで離脱し、下方のグレッグの編隊に向かって降下しはじ
めた。
だが彼らはその行動により、接近しつつある2機の戦闘機に対して完全に無防備になった。
『バニー、右は任せたぞ! 外すなよ!』
「そっちこそしくじらないでよ!」彼女は操縦桿を握る腕に力を込めた。
2機は一瞬で降下し、攻撃位置についた。
F-14の20ミリバルカンが短く唸り、ミグの機尾を粉砕した。長機が撃墜され、僚機は初めて尻に張り付くF-16
に気付き慌てた。それが、スーザンには手に取るように分かった。敵は機体をねじり、よじり、攻撃を躱そうと
した。むなしかった。彼女はHUD上のシンボル内に、敵機の機影を捉え続けた。
113ハーモニカ・マン:04/07/31 23:27 ID:Fw96p6Wk
 数拍後、F-16の右翼からサイドワインダーが飛び出し、撃墜した。2機はそのまま駆け抜け、上昇に転じた。
F-14はその重量によるエネルギーで、F-16はその推力で、あっという間に上昇していく。
 上空に占位した2機は、急降下で攻撃を開始した。あっという間にそれぞれ1機を血祭りに上げる。
1機のフィッターが強引に機首を巡らせ、F-14の後方についた。だが彼は、小柄で視認性が低いF-16を見逃す
という誤りを犯した。
スーザンが無線機に向かって叫び、ミッキーが右にブレイクした。
 フィッターのパイロットがそれを追尾しようとした瞬間、彼の視野に黄色い光が現れた。
スーザンが叩き込んだ20ミリ弾がフィッターを蜂の巣にし、燃料に引火したフィッターは空中爆発した。
 旋回性能,加速性能,速力などすべてにおいて、F-14およびF-16はフィッターに勝っていた。2機を追尾で
きる機体はなかった。大柄で目立つF-14を仕留めようとした数人のパイロットは、スーザンのF-16を見落とし
て彼女の餌食になった。NATOが新しく採用したロービジ塗装は、F-16の小さな機体と相まって大きな効果を
上げた。彼女を追尾しようとした敵は、たいてい混戦のなかでF-16の追尾に集中しすぎてF-14が後方に回った
ことに気付かなかった。
 米空軍のあるアグレッサー・パイロットは、実戦に即した演習に参加した結果として述べた、
「1つの敵機に対し一定以上の時間――20秒から30秒でも――機動を継続すれば、結局は別の敵機に撃たれる」
ふたりはそれを忠実に守った。圧倒的な加速力と旋回力を利用した一撃離脱と相互援護は実に効果的だった。
114ハーモニカ・マン:04/07/31 23:28 ID:Fw96p6Wk
 突然、敵は耐えられなくなった。
彼女は機体を半ばロールさせて水平姿勢に戻し、周囲を見渡した。
視認できる範囲には、ミッキーのF-14しかいなくなっていた。
敵機の死に場所を示すように煙が立ち昇っていた。
空は、蒼かった。高かった。その煙を除いては。
戦争さえなければ、腕をひろげ、胸を膨らませ、この世のすべてを肯定したいほどに、蒼かった。高かった。
彼女は今、瞬く間に6機の敵機を撃墜した。その操縦席には人間がいた。たぶん。
彼女を殺そうとしていた人間が。おそらく彼女や友人とそう変わることの無い、人間が。
そうすると、彼女はエースなのか。それとも冷酷な殺戮者なのか。
『相手はただのマシンだ。そう考えるんだ』
『確かにフェアじゃない。だが、そうでもしないとやっていけない』
アメリカで一緒に仕事をしたヴェトナム帰りの飛行士たちの声が、フラッシュバックした。
フェアじゃない。フェアじゃない。
 彼女はふと、臓腑の底から叫びたい衝動に駆られた。正体の分からぬ衝動に駆られた。
そして彼女は叫んだ。息の限りに叫んだ。


 スーザンのF-16は結局、両翼端のサイドワインダー、そして20ミリバルカンの弾を200発強残して帰投した。
20ミリの弾は半分以上使ったが、それでもF-5の満載状態の7割もの弾数が残っていることになる。
燃料も最も余裕があったので、彼女がしんがりにつくことになった。
彼女は高度をとり、全周を警戒した。彼女は一般に地上レーダーをあまり信用していない上に、この山岳基地の
レーダーは視界に大きな制限を抱えている。
115ハーモニカ・マン:04/07/31 23:29 ID:Fw96p6Wk
 戦いは勝利のうちに終わった。だが、我が軍の犠牲もまた大きかった。
ミッキー隊、被撃墜2機。A-4のうち数機は被弾し、火災を起こしていた。
彼女は他の操縦士たちの心中を思った。後ろが燃えている機体の操縦席に座ることが精神衛生に良いという話は
聞いたことが無い。ファイティング・ファルコンやトムキャットが積んでいるターボファンエンジンとは違い、
ファントムやクフィールが積んでいるターボジェットエンジンは猛烈な勢いで燃料を飲み干す。燃料計の針が差
す数字を信じたくないものもいるだろう。
『悪いな、バニー…お客さんに上空哨戒なんかさせて…
シン…うちの隊の火のついたやつ三人…先に降ろさせてくれ!!』
『ああ…やってくれ、モタつくなよ!!』
無線機からは、風間大尉とサイモン大尉の交信が流れてくる。
『シン…』そのとき、別の声が交信に割り込んできた。『先にいかせてくれ!! 燃料がもうない!!』
『わかった!! 火のついた連中が無事に降りたら、一番先に着陸しろ!!』
『だめだ、本当にもうスッカラカンなんだ!! これ以上一分だって飛んでられねェ!! 
連中より先に降ろしてくれ!!』
『だめだ…火事が先だ!!』
そのとき、割り込んだパイロットの叫び、絶望の叫びが聞こえた。
彼女は旋回しながら下方に目を凝らした。
『ジェス!! やめろ、ジェス!!』風間大尉が叫んだ。『機体を捨てろ!! 脱出するんだ!!』
『脱出装置が故障してるんだ!! 修理してる間がなかったんだ!!』
絶望に駆られたジェスは機体を強引にアプローチラインに乗せようとしていた。
 だが、その前には火との戦いを続けるミッキーの中隊機が既に着陸態勢に入っている。
彼の機体は既に消火システムが故障し、一刻も早く着陸せねば危険だ。
だがジェスに失うものは、既に無い。今すぐ着陸して営倉にぶち込まれるか、燃料切れで落ちるか。
『おれが先だ、おれが…』
116ハーモニカ・マン:04/07/31 23:30 ID:Fw96p6Wk
そのとき、風間大尉が機首を巡らせ、降下しはじめた。
彼女は目を疑った。胃がきゅっと縮み、冷たくなった。まさか…
『コントロールより!! ジェス!! やめろ、コースに乗り切ってない!! 入り口にぶち当たるぞ!!』
彼女は、風間大尉が降下してジェスに狙いを定めるのを信じられない思いで見守った。
やめろ!
彼女は思わず、心中で叫んだ。その意味するところを知っていたにもかかわらず。
風間大尉の心中を走った哀惜を、彼女が察することが出来るはずがなかった。彼女はシンをまだそう知らない。
タイガーシャークの2基の20ミリ機関砲が咆哮し、ジェスのクフィールを、餓えた若獅子の命を絶った。
風間大尉が引き金を引かなければどうなったか、それは誰の目にも明らかだった。
『ごくろう…シン…あのままやつが突っ込んでたら大損害がでるところだ…』管制室の要員たちが冷や汗を拭う
なか、ヴァシュタール中佐が無線機を取って言った。
『ああ…やつ一人のために、全員が死ぬ訳にはいかん』
『そうか…あんたの弾は味方も撃つためにあるのか…くっくっくっ…』グエン・ヴァン・チョム中尉が低く笑っ
た。
『よくきけよ、グエン!! おれは好きで人殺しやってる訳じゃない!! そのかわり生きるためには敵・味方の
区別はないんだ!! おれに殺されたくなかったら、おれの活路の前をふさぐんじゃねェ!!』
風間大尉の声にこもった悲痛な感情を、その決意を、彼女は敏感に感じ取った。
自分なら引き金を引くことが出来たろうか? 分からない、と認めた。認めざるを得なかった。


 ここはエリア88、ワイルドギースの塒。
巣に辿り付けなかったものには死あるのみ。
腕が、運が、その生命をつなぎとめる一本の絹糸となる。
エリア88の野雁たちに休息は無い。あるのは鉄の棺桶だけだ…
117弱虫ゴンザレス:04/08/01 22:27 ID:LZSCQxxo
|ω・)
コソーリ続きを投下します。
これでやっと前スレに追いつく形に・・・
流血表現多くてすいませんすいません。
苦手な方はスルーお願いします。
118弱虫ゴンザレス:04/08/01 22:28 ID:LZSCQxxo
 思い出す、契約を交わした次の夜。リョウは初めてハミットの“食事”を見た。
 足掻く獲物を触れるように捕らえて、四肢から徐々に粉々に砕いてゆく。それは視線だけで。
それは指先だけで。
 宙釣りの獲物は砕けた先から溶け出して、もがく獣の咆哮が途絶える寸前、別の従僕がリョ
ウを眠らせて彼女を悪夢から解放した。
 直接的な暴力より尚恐ろしい。
 恐怖は嫌悪を装ってリョウの心に纏わりついた。
 視線が合うたびに胃袋に石を詰められたような感覚がして、意味もなくイラついて、振り払
って逃げ回る。
「…ゴメン。たぶん、嫌い…な、わけじゃなくて…」
 泣きたくなるのはこれで一体何度目か、自分が従僕に怯えていたことに今更ながら気が付い
て、リョウは情けなすぎて泣きそうだった。
 従僕が主を傷つける事はありえない。それは契約であり、破る事は許されないのだ。
 仮に従僕が主を生命の危機に追いやった場合は、刻印が全身に広がりどんな種族だろうと消
滅する。
 再生もできないように、一欠片の細胞も残さずに。
「あの…だからそんなさ、落ち込まないでよ。ねぇ、まさか泣いてないよね? ちょっとハミ
ット返事くらい……」
 俯いたまま肩を振るわせるエルが、まさか初めてあった時のように泣いているのではないか
と心配になって、リョウは身を乗り出してエルに手を伸ばした。
 その手首が、前触れもなく捉まれる。
119弱虫ゴンザレス:04/08/01 22:31 ID:LZSCQxxo
 くつくつと、喉の奥で押し殺すような声が聞こえてきた。
 笑っている。間違え様も無いほどに、確実に笑っている。
「失礼、あまりにも愛らしかったものでつい…」
――やられた!
 無邪気に笑顔を浮かべたエルを見て、リョウは契約の瞬間と同じ心境に陥った。
 演技だったのか、それとも本当に落ち込んでいたのか分からなくなる瞬間。
「落ち込んでたんじゃ…!!」
「嫌っていないと仰っていただいたので…立ち直りました」
「バ…ッカ野郎! なに見え透いた嘘ついてんの!? 心配して損した! 離せよ手! も
ういい! 大っ嫌い!!」
「暴れると足が痛みますよ?」
「だったらとっとと足治してよ! 帰る!」
「よろしいんですか?」
 聞き返されて、リョウはあらぬ方向に向けていた視線を眼前に迫ったエルの赤い瞳と絡ませ
た。
 人間とは明らかに異質な瞳の奥に、赤い血が流れているのが確認できる。それほどに、近い。
「な……」
「ベロアじゃなくて」
 何が、と問う前に止められて、リョウは再び地面へと視線を逃がした。直後に、心の中で舌
を打つ。
従僕に怯えてどうする。舐められて黙っていられるか。
歯軋りしかねない勢いできつく自分に言い聞かせると、リョウは挑むような視線でエルの瞳
を見つめ返した。
120弱虫ゴンザレス:04/08/01 22:32 ID:LZSCQxxo
「ベロアがいーよ。気味じゃ嫌だ」
 こんなにもはっきりと言い返されることを予想していなかったのか、エルが一瞬言葉につまると、気をよくしたリョウは余裕を含んだ表情で勝ち誇ったように唇の端を持ち上げた。
「でも治させてあげる。僕は優しいご主人様でしょ? なのに君は僕を怖がらせるし、ご主人
様の僕をからかう最悪の従僕だ。性格は悪いし融通も利かない。不気味な魔法ばかり使うし食
事方法が凶悪で、本当に強さと美人を取ったら何一つのこりゃしない」
「随分と厳しい…」
「まだ終わってない。僕は君が従僕の中で一番嫌い。触られるだけでゾッとした。口を聞くの
も嫌だし目が合ったら吐き気さえするくらい。だけどハミット。君は僕の従僕で、僕は君のご
主人様だ。君は僕を迎えに来て、今からケガを治してくれる」
 そこでいったん言葉を切って、リョウはエルに捉まれたままの腕を自分の頬へと引き寄せた。
「ご褒美を上げるよ。何か一つだけ、僕が与えられるものなら何でもいい」
「ッ……」
「欲しいでしょ? ご褒美。君は、一度も貰った事がないはずだから」
 ほんの少しの動揺から、明らかな狼狽へ。だがそれが見えたのは一瞬で、エルはすぐにいつ
ものポーカーフェイスを取り戻して、気付かれないほど小さくため息を吐いた。
 リョウの頬に触れていた手を自ら引き戻して、几帳面に礼儀正しく頭を下げる。
「従僕が主をお守りするのは当然のことです。褒美を頂く事はできません」
 言われて、リョウは絶句した。
121弱虫ゴンザレス:04/08/01 22:32 ID:LZSCQxxo
 よくもまぁいけしゃあしゃあと…とはこの時のための言葉だろう。今までこの男が褒美をね
だっていたのはリョウをからかうための冗談だったとでも言うのか、よりによって主からの褒
美の申し出を断わった。わけがわからない。それ以前に、腹が立つ。
「な…なにそれ! わけわかんない! いいじゃん! 上げるつってんだから貰えば! 前
だって『褒美をいただけませんか』とかいってキス迫ったじゃん! いいよキスの一発くら
い! それとも何!? 栄養の足りないガリガリ女なんかに興味ないって!?」
「そういうわけでは…」
「じゃあ何!?」
 力いっぱい噛み付かれて、エルは先ほどまで自分に怯えていた主と目の前の少女が同一人物
かと疑った。いや、エル以外の従僕に対するリョウの態度はもっぱらこんな物で、今までのエ
ルに対する態度の方が異常だったのだが、こうも突然他の従僕と同じに扱われると反応に困る。
 怖がっていたのだと分かった瞬間に恐怖が吹き飛びでもしたのか、今やリョウは、足さえ痛
くなければエルに飛び掛っていただろう。
「……あまり愛らしい事を仰るので、今触れると押さえが利きそうにありません」
 どう答えるべきは少し悩んで、結局は素直に答える事にしたのだろう。
122弱虫ゴンザレス:04/08/01 22:33 ID:LZSCQxxo
 エルの言葉の意味する所がわからないほど、リョウは鈍感でも純真でもない。唇くらいは許
してやってもいいかもしれないが、体を許すとなると話は別だ。しかもこんなに寒い、こんな
外で。
「んッ……な…! この、変態! 最低!」
「男ですので」
 さらりと答えられて返す言葉を失い、リョウは苦虫を噛み潰したような表情でふて腐れた。
「…じゃ・いーよ。今の話無し。もう君には何もやんない! 早く足、治してよ」
「ご命令とあらば、おおせのままに」
 振り払われた腕をおどけたように掲げて見せて、エルは改めてリョウの骨折箇所に指先を触
れた。
 当の本人はふて腐れてあらぬ方向を睨んでいるが…
「治りました」
「……は?」
「ですから……治癒が完了致しました」
 エルが指先を触れてからまだ数秒しかたっていない。普通、呪文の詠唱があったり、優しげ
な光が傷を包んで温かかったり、傷みが引いていったりするものではないのだろうか?
 だが、気が付いてみれば傷みなど最初から存在していなかったかのごとく、足の腫れは引き、
傷みは消え去っていた。
 神秘的でもなんでもない。だがそれは感動的で、リョウは目の前に居るのがハミットだとい
う事も忘れたように、ひたすら感心して自分の足を眺めたりさすったりしていた。
 こんなにあっさりと治るものなら、もっと早く治してもらうべきだったとさえ思う。
「…あ・寒い」
 一頻り感心してから、思い出したように身震いする。
「ぅわ! 寒い!?」
 気付いてしまうと寒さはまるで身を切るようで、リョウは全身を駆け抜けた鳥肌を収めよう
と自分の体を激しくさすりつつ立ち上がった。
「マントをお貸ししましょう」
「いらない」
123弱虫ゴンザレス:04/08/01 22:34 ID:LZSCQxxo
 もはや条件反射のごとく、差し出した優しさを叩き落されて、エルはマントの止め金にかけ
た手を垂らして大人しくリョウの後ろを歩き始めた。
 息は白い。お互いに。
 背後を歩く従僕を意識でもしているのか、リョウは治ったばかりの足を酷使してずんずん前
へと進んでいった。
 暗い道は足元もおぼつかないはずなのに、手を貸そうかと言われるのが嫌なのだろう。足元
も見ず、背後も見ず、真夜中の森を全く注意を払わず進んでいる。
 距離が離れていた。手を伸ばしても届かない距離にリョウはいて、エルが少し歩調を速める
とリョウもあわせて速く歩く。
 距離は縮まらず、すこしずつ、少しずつ離れていった。
 走って負えば、彼女も走って逃げるのだろう。魔法を使って距離を詰めれば、怒って森へと
飛び込んでしまうかもしれない。
 焦れたように視線を左右に彷徨わせ、エルは何度も口を開きかけては閉じるを繰り返してい
た。言うべきだが、言いたくはない。離れるなと言う一言を、あの少女がどう受け取るかなど
目に見えてた。
 離れるな。そばにいろ。それが懇願にせよ、命令にせよ、彼女は怒って走り出す。それは命
取りで、だがこのままでも彼女は危険で…
124弱虫ゴンザレス:04/08/01 22:35 ID:LZSCQxxo
「…我が主…!」
 明らかに距離が離れ始めて、エルは仕方なく主の背を呼び止めた。
「何?」
 振り返った表情は、怯え一つ含まずに、ただ寒さに震えていた。
 唇に青みがさし、かすかに震えているのが分かる。
「…あまり、お離れにならないでいただけますか」
「はぁ?」
 不信そうに片眉を吊り上げたリョウとエルの距離は、既に一緒に歩いていると言えないほど
の距離になっていた。遠い位置にいる人間に発する声は必然的に大きくなり、森の獣を呼び寄
せる。
 彼女がそれをわかっていないはずは無かった。
 エルという存在に安心しているのか、それとも夜の森に怯えていると思われるのが嫌なのか、
どちらにせよ自分の存在がこの危険な状況を作り出している。エルは焦っていた。
「私から離れると危険です。どうか近くへ……」
「別に平気だよ。さっきから何も襲ってこないし。寒いから早く行くよ」
 向けられた背中が遠い。
 どう引き止めても彼女はとまる事は無いだろう。エル一瞬立ち尽くした。立ち尽くしてしま
った。
 距離が離れる。エルの手が届かない、強者の庇護の及ばない。
125弱虫ゴンザレス:04/08/01 22:36 ID:LZSCQxxo
「しまッ――!」
「何? 何かい……」
 背後でかすかに聞こえたエルの声に立ち止まったリョウの頬を、何かがかすめて飛んでいっ
た。
 直後に頬に熱が走って、振り返って絶句する。
 数百を越える極細の触手を夜風にゆらゆらと揺らめかせて、抱えるほどの大きさの蜘蛛が鋭
い爪を地面に突き立ててそこにいた。
 瞬時に頭の中を様々な思考が駆け抜ける。目の前の生物の名称、特徴、嗜好、起こすべき行
動、上げるべき言葉、現状。一通りの認識を脳が勝手に行って、次に一つの疑問がはじき出さ
れた。
 頬の傷はあの足で付いたものだろうか、それとも、あの毒をもつ触手…?
 血が頬を伝って首に流れ、薄手の服を染めていた。
 強者の干渉範囲に弱者が飛び込んで来る事は決してない。リョウは、エルという捕食者のテ
リトリーを越えたのだ。
 リョウの手は腰のナイフを捕らえ、決して間に合わないスピードで引き抜いた。蜘蛛はとう
に地を離れ、獲物へと飛んでいる。人間の反射速度など、いかほどの価値も無い。爪が、触手
が、眼前に迫ってもリョウは目を閉じなかった。
 それは一瞬で、それは瞬間で。目の前で蜘蛛が奇声を放って停止した。
「ハミ……」
「傷つけたな……」
「っ……」
「私の主を傷つけたな……!?」
 すぐ背後に感じた体温に振り返って、リョウは後悔する間もなく凍りついた。
 恐ろしい。それは、彼の食事よりも遥かに恐ろしい。
 憎悪と怒りがない交ぜになった表情が硬く張り付き、全身の紋様が蒼から深紅に変わった姿
はあまりに異様で、リョウは目が逸らせなかった。
126弱虫ゴンザレス:04/08/01 22:36 ID:LZSCQxxo
 ギチギチと、蜘蛛の硬い皮膚をエルの爪が突き破っていく音がする。
 奇声が甲高く、リョウのすぐ耳元で響いていた。吸い寄せれるように、クギ付けになってい
た視線が蜘蛛の方へと移動する。
「…ダメだ…」
 触手と足を必死でばたつかせて、蜘蛛が逃れようともがいていた。
 口から毒液とも、体液とも付かない白濁とした液体を吐き出しながら、喉を締め上げられた
鳥のような奇声を上げながら。
 一層深くエルの爪が食い込んで、黄色い血液が噴出した。リョウの顔にまで飛んだそれは生暖かく、生臭い。
「…ハミ…ット…ハミット…! ダメだ! 殺すな!」
 激怒したこのハミット種の男が、この哀れな生物を殺そうとしているのは明らかだった。
 彼の力を持ってすれば一瞬で終わる苦痛は彼の意思により長く続き、蜘蛛はいつまでも奇声
を放って足を必死にばたつかせる。嬲り殺しを遥かに越える恐怖は伝染した。
 逃れたくて、逃がしたくて、頬の傷はもう傷まない。
 我に返ったように背後のエルに掴みかかり、リョウはエルを揺さぶった。
「聞こえないの!? ハミット! 命令だ!」
 耳をつんざく絶叫はいよいよ必死になり、痛みと恐怖で蜘蛛は明らかに錯乱して鋭い爪を虚
空に振り回していた。
 エルにはリョウの声が聞こえていない事は明白で、その場所に存在している事を認識してい
るかさえ定かでない。
「殺さないでよ……! ハミットぉ!!」
127弱虫ゴンザレス:04/08/01 22:37 ID:LZSCQxxo
「ッ…!」
 すがりつくように、服の上からエルの皮膚に五指を食い込ませると、エルは弾かれたように
我に返って拘束していた蜘蛛を取り逃がした。
 怯んだ…という表現が正しいかもしれない。エルの力が弱まると同時に、暴れていた蜘蛛の
爪がエルの両腕を容赦なく引っ掻き、地面へと落下した蜘蛛は這いずるように林の中に消えて
いった。
 呆然と佇むハミットの紋様は既に蒼い。ただ腕から滴り落ちる血の色が、予想外に赤かった。
「…ハミット…血……が…」
「……次は掠り傷ではすみません。私からお離れにならないでいただけますね?」
「ッ……」
 凍りついたような表情で言われて、リョウはかける言葉を失った。
 蜘蛛の命の一つや二つ、気にかけるような性格ではないはずなのに、リョウは蜘蛛を助けて
エルのことを傷つけた。怒って当然だ。この強い男が血を流しているのを見たことが無い。
 そもそも、エルの言う事を聞いて彼の傍を歩いていればよかったのだ。何処までも愚かしい。
迷惑ばかりで、頭の悪い女の典型のようだ。
 頬の傷…残るだろうか。毒が回った雰囲気はないが、今更になって痛み出した頬の傷を指で
なぞり、リョウはエルの冷たい後ろ姿を追いかけた。
 町の明かりが見える。他の従僕が待つ宿は近い。
「ねぇ、血、止めないの…?」
 地面を見つめて歩いていると、エルから滴る血が嫌でも目に入ってきた。線を描くように、
点を散らすように。
128弱虫ゴンザレス:04/08/01 22:37 ID:LZSCQxxo
 後ろからだとエルの表情は全く伺えなかった。人間より体温が高いはずなのに、触れると凍
りそうなほど冷たい背中が全てを拒む。
 ギリ…と、歯を食いしばるような音が聞こえただけで、エルは返事を返さなかった。
 沈黙が切りつける。
「怒ってるよね……そー…だよね……」
「アイズレスが来ます」
「……え?」
 背を向けたまま放たれた言葉に、リョウは俯いていた顔を上げて少し向こうからかけてくる
みなれた影を目に留めた。茶色い髪を無造作に散らし、両目を包帯で覆った男。アイズレス…
ベロアである。
「私は失礼を」
「は…!? ぇ、ちょ・ハミット!? ハ……」
 言うなり夜に溶けたハミットを追いかけて、金属の腕が無意味に空気を握り締め、リョウは
呆然と道の真中で立ち尽くした。
 町の門をくぐってほんの数歩の所である。
「ロウ!」
「っ……ベロア」
「遅かったじゃないか…!」
 すぐ近くまでかけてきた最愛の従僕に叱責と共に抱きすくめられて、リョウは全身を包む温
かさに思わず細い体を抱き返した。
「……うん」
「元気がないね? 疲れたのかい? あぁ、こんなに冷えて…ケガまでしてるじゃないか」
 包帯の上から、さらにリョウと揃いの眼帯を着けたこの男は、リョウの事をロウと呼ぶ。
 一番最初にある記憶からそう呼ばれていたせいで気にならなくなっているが、理由を聞かれ
ても彼がそう呼ぶ理由をリョウは知らない。ベロアは何も教えてはくれないが、何故かそれで
構わなかった。聞いた事もないが、聞こうとも思わない。
「うん。モンスターが出てさ…でもハミットが守ってくれたから」
「ハミットが?」
「……うん」
 頷いて、沈黙する。
129弱虫ゴンザレス:04/08/01 22:38 ID:LZSCQxxo
 ただそれだけの動作を行った主を心配そうに見下ろして、ベロアはすぐに唇に笑みを乗せる
とリョウの背を軽く叩いて歩き出した
「とにかく宿に戻ろう。ここは寒すぎる」
「ちょ、ちょっとまって。ハミットがどっかに…」
「見てたよ。宿に戻ってる」
 見上げると、表情は変わらないのに、いつもは青い額の瞳が紫に変わっていた。
 アイズレスは感情で瞳の色が変化する。髪の奥から伸びた太い血管と神経に支えられた瞳は
人間よりもはるかに自由に動き、あらゆる物を“見る”事が可能だった。故に、彼はエルの行
動と行く先を暗闇の向こうから見たのだろう。だが、それだけでベロアの瞳の色が変わるのは不可解だ。
「どうかした?」
「……どうして?」
 紫色は、不機嫌と言うより不満といった所だろうか。逆に聞き返されてしまって、リョウはほんの少しだけ沈黙するとベロアの瞳を覗き込んだ。
「…顔に書いてある」
 言われて、ベロアは瞳の色をすぐに青くすり替えた。人間で言う所の、表情を取繕ったに当
たるだろうか……リョウが居いない間に、ベロアとエルの間で何か起こったことは明白だ。
「ちょっとね……捕まってた」
「捕まる?」
「まあ……なんでもないよ。ロウが無事ならそれでいいんだ」
「言いたくないわけだ」
「うん……まぁ……」
 それじゃあ、聞かないといって薄く微笑んだリョウに奇妙な笑みを返して見せて、ベロアは
リョウに従うように、少し後ろに付いて歩き始めた。
130弱虫ゴンザレス:04/08/01 22:48 ID:LZSCQxxo
もう少し分割して投下すべきだったかといまさら後悔・・・
一応ここで切らせていただきます。
>>48
ま・・・まさか私をご存知とは・・・
恐縮すぎてすいませんすいません。
しかしハーリ・クィンとは一本取られた気分だぜ・・・
131名無しさん@ピンキー:04/08/02 11:08 ID:vYRO2oyc
続き楽しみに待ってます。がんがってください。
132名無しさん@ピンキー:04/08/02 20:46 ID:ZP1QByto
ここって雑談少ないよね。
職人さんの投下まで何か萌えネタでも語らないかといってみるテスト
133名無しさん@ピンキー:04/08/03 01:08 ID:g2+euMCH
スレの元ネタがないので雑談しにくいのかも。
意外と萌えネタより燃えネタ振ったほうが食いつき良いかもしれんですよ。
134名無しさん@ピンキー:04/08/03 01:30 ID:AV+oaPJx
燃えネタか・・・
自分は軍事物に弱い。リアル軍隊よりも、つまりはワンピの海軍のようなオリジナル的なアレが大好きだ。
そういう点でいえば警察というシチュも捨てがたい。というか、そういう中で実力を発揮してる女性に燃える。
そのうえ萌える。部下のケツひっぱたいて駆け回る強い女子が好きだ。
低年齢的天才もお姉さまも大好きだ。
そんな彼女達が垣間見せる悲しい過去や女らしさに萌える。
上官や上司に涙を見られて逆切れなんかもなかなか萌える。強がって敬礼して去ってゆくのもまたいいかもしれない。
そしてオールマイティーに何でもできるよりも、やはり何かに特化している方が個人的には好きだ。
盲目の狙撃手。マッチョなプログラマー。幼女のバカ力。
そんなギャップにもまた萌える。燃える。
そしていい男、いい女だけではやはり物足りない。
顔の半分が火傷で爛れた美女。両腕の無い男。それでも強いというのがカッチョイイ。
そんな燃えは。萌えは。確かに一般的な、代わり映えのしない物かもしれんが。
もえるものは仕方ない!!
135名無しさん@ピンキー:04/08/03 17:43 ID:g2+euMCH
自分も強い女性は好きです。
SSとは関係なくなるかもしれませんが、うら若い女性が軍服着ているのにもえます。
なんと言うか、男社会で肩肘張って生きている、って感じがしてハァハァ。
年上で忠義に篤い副官(女上官への淡い恋心あり)がついてたりすると倍率ドン。
ベタと言われようとも好きなものは好きなんじゃー。
136名無しさん@ピンキー:04/08/03 20:20 ID:7MT2Z/cr
俺は軍隊物はまったくダメだな
137名無しさん@ピンキー:04/08/03 20:52 ID:SaBbuWVP
>>136
軍隊物以外の得ろ無し作品も難しいね
138名無しさん@ピンキー:04/08/03 21:34 ID:AV+oaPJx
父と娘みたいなのも好きだな。
拾われた娘と子育て馴れしてない父とか。
そんなハートフルストーリー。萌え。
139名無しさん@ピンキー:04/08/03 22:14 ID:J5VUJ+2Q
>>138
激しく同意。
マセた娘とクールを気取っていたはずなのに
ペースを乱されまくる継父なんかのシチュが好み。
140名無しさん@ピンキー:04/08/03 23:34 ID:AV+oaPJx
そんでもって継父の友人がからかいに来るわけだ。
娘がそいつらになついてこっそり嫉妬して裏でのす継父。
141名無しさん@ピンキー:04/08/04 00:06 ID:BfJ6jvOK
ある時娘の遊び仲間の男の子の母親が
学生時代にすげー好きだった彼女で偶然再会するんだ。
クールな性格になったトラウマを残した女で。
継父も揺れるが、娘も複雑。
だが結局、昔には戻れないと悟る継父。
娘は私がいるじゃない、と慰め継父苦笑い。
142名無しさん@ピンキー:04/08/04 13:28 ID:ltOBtnQ/
>>139
ついでに言えば、裏家業の男が小さな女の子を引き取って、ってのが好きだな。
143名無しさん@ピンキー:04/08/04 20:08 ID:vz5wGEXt
お前らプリンセスメーカー好きだろ
俺は好きだ

あと朝起こしに来る幼馴染物も好きだ
144名無しさん@ピンキー:04/08/04 22:48 ID:ltOBtnQ/
先のネギま×ヘルシングみたいなクロスオーバーものが読みたいなあ。

シティハンターVSジーザスの戦いとか、
燈馬VS金田一の推理勝負とか(当然推理小説仕立てw)
145弱虫ゴンザレス:04/08/05 02:01 ID:/BcX/AqM
|ω・)ジー
親子物や軍事物なんて個人的大好きシチュの雑談に花が咲いている中
あえてファンタジー物の続きを投下してもよろしいでしょうか?
と様子をうかがってみるテスト
|)彡サッ
146名無しさん@ピンキー:04/08/05 09:14 ID:X8x9yJ7i
>>145
遠慮せずにどーんと来いやぁ
147名無しさん@ピンキー:04/08/05 13:39 ID:pZFtDJTL
>>145
つーかむしろどんどん投下してくれーと思っている。
主従もの(女が主)萌えだぜぃ。
148弱虫ゴンザレス:04/08/05 16:19 ID:/BcX/AqM
|ω・)
それでは投下させていただきます
そうか・・・軍事物や親子物にもガッツリ需要はあるんだな・・・


 ベロアに付き添われて宿に戻り、明かりの下で改めてこの男を見ると、もともと貴族の服を
ボロボロに崩したような服がより一層ボロボロになっていた。
 もはやデザインというより、誰かに襲われたようになっている。
 少し気になったが約束どおりにそれは聞かない事にして、リョウはやっと、二階にとった自
室へとベロアと共に生還した。大げさかもしれないが、事実エルがいなければ何回かは死んで
いる。
「頬の傷、手当てするから座ってて」
「……ねぇ」
「んー?」
「ハミット、部屋に戻ったの?」
「そうみたいだね。いつもこの時間には食事に出かけるのに…珍しい」
 基本的に、リョウは他の従僕達とは別々の部屋を取る。
 種族が違えば習慣も違い、捕食者と被食者が同室で寝泊りするなど恐ろしくて考えたくも無
い。どういう経緯で手に入れたかは問いたくないが、従僕は個々で勝手に人間社会の通貨を調
達してきて、部屋を別にしても宿代に困る事は決してなかった。
149弱虫ゴンザレス:04/08/05 16:20 ID:/BcX/AqM
 ベロアがどうやって稼いでいるかも、実を言うとリョウは知らない。
「はい、ちょっと上向いてね」
 言われるまま椅子に腰掛けて待っていると、ベロアが荷物の中から消毒液と傷薬を出してき
て、消毒液を染み込ませたガーゼを傷に乗せるようにしてリョウの頬にあてがった。
「いッ……!」
「痛い?」
「……痛くない」
「そう。強いね、ロウは」
 強がる主に薄く微笑んで、薄っすらと赤く住まったガーゼを捨てると、ベロアは指の腹で撫
でるように傷薬を塗りつけた。上からガーゼをはる動作も手馴れた物で、アイズレスが器用だ
という定説を改めて実感する。
「……ねぇ」
「ん?」
 一瞬で用済みになった治療セットをバックの中に戻しながら、ベロアはリョウの声に文字通
り瞳だけで振り返った。
「ハミットのケガってさ、どれくらいで治るか知ってる?」
 椅子の上で膝を抱えて、所在なさげに視線をあちこちに泳がせる。そんな主を不信に思いな
がら、ベロアは不思議そうに首を傾げた。
「ハミット? 基本的にケガはしないよ? どうして?」
「…もししたらって話だよ」
 拗ねたように顔をそむけて、唇を尖らせる。
 そんなリョウを少しの間見つめると、ベロアは困ったように天井を仰いでから、静かにリョ
ウの正面の椅子に腰掛けた。
150弱虫ゴンザレス:04/08/05 16:20 ID:/BcX/AqM
「ハミットがケガでもした?」
「……別に…」
 ベロアの視線から逃れようとするように体ごと向きをかえ、リョウは正面に見えるドアを見
つめて口篭もった。
 テーブルを挟んだ向こうで、ベロアが頬杖をついてこちらを見ている。いつでも何でも分か
ってくれるという存在は、時にひどく厄介だ。
「当てようか。さっき守ってもらったって言ってたね。どうせあの種族の事だ、君を怖がらせ
るような殺し方でもしたんだろう。君の性格から考えると当然、止めに入るかな。弾みでエル
がケガをした」
 大正解。実際は殺していないので、その辺りが誤差。彼がリョウの記憶を覗いていない証拠
である。
「……怒ってた…」
「うん?」
 隙間からうっかり零れ落ちたような声に聞きかえすと、リョウはエルの表情を思い出して膝
をきつく抱きしめた。
「…ベロアの言うとおりだよ! エルがケガした! 僕のせいで!」
「それで、怒ってた?」
「僕が……僕が声かけても、返事しなかったもん……怒ってたんだよ、僕がケガさせたから…
…! 振り向きもしなかった!」
 八つ当たりのようにベロアに向って声を荒げて、リョウは膝に顔をうずめて椅子の上で丸く
なった。
 吐き出したい物が胃の奥で渦巻いているくせに、胸で突っかかって出てこない。
「あんなに怒る事ないじゃんか……」
151弱虫ゴンザレス:04/08/05 16:21 ID:/BcX/AqM
 このまま何も言わなければ一晩中うずくまっていそうなリョウを見ながら、ベロアは話すべ
き事柄に迷っていた。
 慰めて背中を撫でてやることは簡単だ。気休めを言って笑ってやるのも優しい従僕の行動と
しては正しいだろう。だが慰めはどれも適切ではない気がして、ベロアは自分が取るべき最善
の行動を捜して少しの間考え込んだ。
 ベロアにとって最善の行動は考えるまでもない。ただリョウを慰めて、いつもの笑顔に戻っ
てもらう事だけだ。だが、これがリョウにとっての最善を考えると、ベロアは分からなかった。
 選択肢は二つ。教えるか、教えないか。
「……痛がってた……って、思わない?」
 大分悩んだ挙句に零したため息の後、ベロアがようやく発した言葉に、リョウは驚いたよう
に顔を上げて意外さを湛えた瞳でベロアを見た。
 ぽん、と掲示された大前提。ケガをすれば、痛い。
「考えもしなかったって顔、してるね」
「そ……そんな事ない! ちゃんと痛そうだなって……!」
「掠り傷程度に?」
「ッ……!」
 むきになって反論を吐いたリョウを静かな言葉で譴責し、ベロアはここからが本題とでも言
うように、テーブルに頬杖をついて真直ぐにリョウを見た。
 瞳の色は青。表情は無い。
152弱虫ゴンザレス:04/08/05 16:21 ID:/BcX/AqM
「ハミットは怪我をしない。一生に一度もケガをしない事も珍しくない。そういう種族なんだ。
理由がわかるかい?」
「……そんなん……わかんない……」
 俯いたまま殆ど口も動かさずに、リョウは言葉を口の中にとどめたまま呟いた。
 優しくないベロア。何も悪い事はしていないのに、叱るような物言いが不満を煽る。
「……ロウ、怒ったの?」
「……別に」
 ふて腐れたように視線を外し、リョウは再び抱えた膝の間に顔をうずめて沈黙した。
 聞こえてきたため息に泣きそうになって、滲んだ涙を見られたくなくて更にきつく膝を抱く。
「ロウ。叱ってるわけじゃないんだ。君が嫌なら、この話はやめにしよう」
 宥めるような言葉をかけてから暫く待って、リョウが反応を示さないのを確認すると、ベロ
アは重たいため息を吐いてゆっくりと立ち上がった。
「疲れてる時に話すべき事じゃなかったね……少し、出てくるよ。ロウは先に寝てるといい」
 一瞬、リョウの肩が震えたが、ベロアは気付かないふりをして部屋を出た。
 遠ざかる靴音に顔を上げて、今更何か言おうとしてももう遅い。
「……僕、悪くないのにぃ……!」
 結局は零れてしまった涙を服の袖で何度も拭い、リョウは一人になってしまった部屋の中を
見渡して、大分悩んだ挙句に慌てて部屋を飛び出した。
153弱虫ゴンザレス:04/08/05 16:35 ID:/BcX/AqM
やっと本当の意味での続きが投下できたぁ。・゚・(ノ∀`)・゚・。

ちなみに私は偉そうで強い女子に萌えます。
へたれドクターと全く医学の知識がないのに看護婦扱いされてる女子みたいなのも大好きです
いかれ科学者と迷惑にもそいつに追い掛け回される女子というのも萌え燃えです。
犯罪者と軍人というカップルも大好きです。
羽根萌え属性だったりもします。
節操なしにあらゆるところで悶え萌え燃え尽きています。
萌え話便乗。
長文失礼
|)彡サッ
154ハーモニカ・マン:04/08/07 20:29 ID:iwBi6bdd
3.Y-4日         ――DEFCON-3発令中――

 黎明の空に、スロットルを絞ったターボファン・エンジンの金属音が響く。
澄んだ夜気が、轟々とバブル・キャノピーの外を通り過ぎていく。
 スーザンは、ミッキーのF-14と編隊を組んで旋回していた。
F-16の機首のレーダーはダウン・ルック捜索モードにセットされ、レドーム内のアンテナは下方に向かって
Xバンド、中PRFのレーダー波を送り出している。
祖国にいるときにレーダーをダウン・ルック・モードで使うと自動車が移りこんで困ったものだが、幸い今はそ
んなことは無い。ウェスティングハウス社がデジタル・テクノロジーを駆使して作り上げたレーダーは、彼女の
要求によく答えていた。
 彼女は太ももの間に配置されたレーダースコープを監視していた。
ディスプレイ上には四角形のシンボルがいくつかあるが、すべてIFF(敵味方識別装置)により味方と識別さ
れている。
たいていにおいて顔を上げ、ヘッド・アップ・ディスプレイと周囲の監視の合間に時折レーダーを監視している
ことが多い彼女にとって、これはかなり異例のことだった。

「――パセリ,セージ,ローズマリーとタイム。
そこに住むそのひとに、よろしくと伝えて下さい。
かつて彼は――」彼女は歌っていた。
通信管制が身に染み付いた彼女が無線で歌うというのも、珍しい。
だがそれにも訳がある。
155ハーモニカ・マン:04/08/07 20:30 ID:iwBi6bdd
描写は前後する。

 彼女はヒステリックに叫び、本を床に叩きつけた。ミッキーはゆっくりとかがんで、それを拾い上げた。
「落ち着いているか――落ち着いているか、ですって? よくもそんなことが言えたわね!」
ミッキーは黙って彼女を見つめた。
「祖国が、世界が第3次世界大戦に突入しようとしていて、私はここで明日死ぬかもしれない!」
彼女は言葉を切り、深呼吸した。「私には分からない――分からない。
私は18才で空軍に入隊してからずっと、プロフェッショナルな軍人になる準備を積んできたけれど、いまごろに
なって――」
「それは良かった。君が手に負えない殺人嗜好者でなかったことを知ることができてね」
「私は真面目な話をしているのよ」彼女は憤慨してみせた。だが、そこには拗ねるような響きがあった。
「そう、もちろんそうだろう、よくわかる。おれたちはみんな、同じ暗い路地にいて、出口を探し求めているの
だ。君が今通っている道は、この基地にいる誰もが一度通った道なのだ。
だが、周りで世界が崩壊しかけているという恐怖と戦いながらその道を歩んだ者はいない。
君はあまりにも耐えている。耐えすぎている」
そして、ミッキーは彼女を抱き寄せた。抱きしめられて、一瞬息が詰まった。彼女は、この男がこれほど優しい
声音を出せることに驚いた。性愛を抜きにした、同僚としての純粋な温かい思いやりに、胸が詰まった。
「吐き出すんだ。感情は、ためこむとその主を蝕むことになる。それは、君の命を奪いかねない」
彼女は、自分が泣いているのに気付き、驚いた。だがその涙は、止まりようが無かった。
誇り高いパイロット。ミッキーは思った。誇り高いエース。クソ食らえだ。
クールな戦闘機乗り。孤高のエース。なんて間違った印象、なんて有害な印象だろう。
恐れている。もっと悪くなることを、恐れている。気の毒に。分かってないんだ。
 やがて彼女は泣き疲れて、眠りに落ちた。ミッキーは彼女を軽々と抱き上げてベッドに横たえた。
ドアのところで振り返り、彼女に悪夢が帰ってこないように願った。彼自身は今でも時折見るのだった。
156ハーモニカ・マン:04/08/07 20:31 ID:iwBi6bdd
「彼女はどうかな?」サキがラウンデル少佐に聞いた。彼はふと「彼女」だけで通じることに気付いた。何しろ
この基地に女性はひとりしかいない。
「少々参っているようですな」
「参らないものが、果たしているだろうか?」サキは疑念を口にした。
「そんなものがいれば、河原で見世物にするか銃殺にせねばなるまい。
耐えられるかな?」
「いずれ慣れるでしょう。我々も慣れたのですから」
「それは良いことなんだろうか?」
その問いに答えたのは渋面だった。ラウンデルは、かつてギリシアの基地で訓練教官を勤めていた人間である。
「皮肉なものだな。
人間は生きる動物だ。だが、人間が他人に与えることができるのは死だけだと来ている」
「女性が平和的な性別だと言えた時代が懐かしいですな。
今や、我々は女性を堂々と戦場に送りこんでおります」スーザンしかり、ムーニーしかり。
「『マスケット銃が歩兵を生み、歩兵が民主主義を生んだ』」サキは、歴史上のある将軍の言を引いた。
「そして我々は男女同権に動いている」
戦争が人権を生んだ――そして戦争は究極の人権侵害でもある。すばらしい。
ひょっとしたら、人間は死ぬ動物なのかもしれない。生と死はコインの裏表であって…
いかんな、と彼は独語した。日も変わらないうちから冷笑的になっていては、この先思いやられる。
そのとき、テレックスが鳴って紙を吐き出した。

 スーザンは肩に置かれた手で目を覚ました。嫌々ながら目を開けると、ミッキーが顔をのぞきこんでいた。
「非常呼集だ。5分後にブリーフィング・ルームに集合」
「…ったく、私を起こすんだから超国家的緊急事態じゃないと許さないわよ…」彼女は呻いて体を起こした。
ぼやける目をこすって時計を見て、実際には3時間も寝ていたことを知った。
157ハーモニカ・マン:04/08/07 20:32 ID:iwBi6bdd
「これは、エジプトのある空軍基地で撮影された写真だ」
集合した士官たちの前にヴァシュタール中佐が何葉かの写真を示した。
「この基地の位置は秘されているが、ここにはソヴィエトの軍事顧問団が駐留していることが確認されている。
問題はこの航空機だ」
サキは指示棒で示した。
「NATOコードSu-24フェンサー、我が方のアードヴァーグに近い。超低空での侵入、爆撃を目的とした前線
戦術爆撃機だ。高度な長距離航法システムと光学システムを有する。この写真では滑走路上に1機、エプロン上
に1機,このシェルター内に2機が確認できる。エプロン周囲の隠蔽壕に4機が存在することが分かっており、
都合8機ということになる。
この機体の用途が問題だ。諜報部の報告によると、これらの機体は反政府勢力への軍事援助だ。
こいつらを反政府軍に渡すわけにはいかん」
「エジプトを間もなく離陸し、2時間後に4013高地付近を通過すると推測される。ここで叩く」
「何しろ急な任務なのでな、士官のみで行なうことにする。新入り連中はこんなことをやるにはまだ未熟すぎる」
「この11名で臨時に中隊をデッチ上げる。コードネームは『スノーホワイト』。中隊長は――スーザン、君だ」
「What!?」彼女は驚きの余り頓狂な声を上げた。
「これはエリント対策だ。君も気付いているだろうが、エリア88の中隊はすべて音楽の名前を取っている。
ほかの基地ではアメ車などの名前を使っているところもあるが、ディズニーから取っているところもある。
正規軍の第8航空団だ。この部隊の駐屯地はエリア88の北東300キロ、迎撃に出動する可能性は十二分にある」
「一般の反政府軍はここのところエリア88をかなり恐れており、我々が出撃していることを知られると遠回りの
ルートで避けられる危険がある。だが相手が正規軍ならば、勇躍迎撃しに出てくるだろう」
158ハーモニカ・マン:04/08/07 20:33 ID:iwBi6bdd
「ああ、そこでF-16、そしてスーザンの出番だ」
「我々は有視界戦闘を基本にしており、全天候戦闘能力を備えた機体は少ない。クフィールですら対地攻撃用の
測距レーダーしか積んでいない。まともなレーダーを積んでいるのはミッキーのF-14,シンのF-20,そして
君のF-16だけだ。そこで、F-14とF-16を上空待機させ、索敵に当たらせる。レーダー・レンジではF-14に分
があるが、ダウン・ルック能力ならばF-16の方が上だ。
敵は遠距離でF-14のレーダー波を捉え、低空飛行に入るだろう。そこで、少し周波数をずらしたF-16のレーダ
ー波を当ててやる。出力も周波数も違うからゴーストが起きる可能性は低い。実のところ、レーダーなどという
ものは、一般に思われているほど信頼できるものでは決してない。敵機を見逃すことも多い。捕捉することより
は、レーダー波を受けた敵機が超低空飛行に移ることのほうが大事だった。そのほうが奇襲効果が高まる。

 相変わらず、レーダースコープに反応はない。
「ケツが眠ってるわ」一曲終え、彼女は面白くも無さそうに言った。あまりの緊張に、胃がしぼんでいた。
この時期にわざわざ軍事援助をするということは、米ソが交戦状態に入ったときに反政府軍がソヴィエトを支援
する密約があると考えられ、従ってフェンサーを撃墜することは直接に祖国の防衛に寄与することになる。
『俺のもそうなればいいんだがな』
スーザンはもぞもぞとお尻を動かした。ずっと同じ姿勢で座りつづけていたので、少々しびれてきていた。
もっともF-16の座席はリクライニングされているので、わりあいに座りやすい。

『スノーホワイト2より1,0-4-8にやや強いノイズを確認』
「今も捉えてる?」
『ネガティブ。すぐに消えた、だがクラッターにしては強すぎる。たぶん、敵機がこちらのレーダー波を確認し
て巡航高度から低空飛行に移ったのだろう』
そしてしばらくの間、沈黙が続いた。
『どうして、興奮と退屈が共存しうるんだろうな?』ミッキーは、奇しくもこの数年後彼の後輩が呟くことにな
る台詞を無意識のうちに口にした。
159ハーモニカ・マン:04/08/07 20:33 ID:iwBi6bdd
 突然、レーダースコープの左上に輝点が現れた。クラッターか?――違う!
「ハッピー ハッピー ハッピー」探知を知らせる符号を繰り返した。
「目標の方位0-4-6、距離30海里。超低空、針路は1-8-5、速力は800。
4機の縦列が2つと周囲に機影4。護衛機と推測。
ドワーフ・プラン・オスカー。実施!」

『――ドワーフ・プラン・オスカー。実施!』
完全な無線封鎖状態で潜んでいた各機は、スーザンから通報された接敵予想地点へと向かった。すべての軍事作
戦は4次元的に展開される。たとえ正しい場所にいても、肝心のタイミングから1分でも外れていれば、中生代
にその場所を闊歩していた恐竜と同じくらいの意味しかない。そして突撃隊を正しい位置へと誘導するのは、彼
女の役目だ。
『20海里。目標の針路に変化なし』
『16海里。そのまま直進せよ。目標の針路に変化なし』
『12海里。目標は回避行動を取っていない』
シンはスロットル上にあるAPG-67レーダーの操作スイッチの上に指を置いた。
今はフリーズ・モードで発振を止めているが…

「8海里。敵はそちらの左上方」
『電波発射!』サキが無線機に向かって叫んだ。今や突撃隊は1000ノット以上で突進しており、封鎖はさほどの
問題ではなかった。スーザンはスロットルに乗せた指を動かし、レーダーを操った。
 フェンサーとフロッガーのコクピットではRWRが悲鳴を上げ、ロックオンされたことを知らせた。
フロッガーのパイロットたちはアペックスAAMの発射準備をはじめ、レーダーを起動して前方に2機の敵機を
捕捉した。避けられない敵なら、撃破するまでだ。彼らは超低空飛行から上昇しはじめた。
160ハーモニカ・マン:04/08/07 20:34 ID:iwBi6bdd
 シンがフリーズ・モードから空対空戦闘モードへと変えると、機首のAPG-67レーダーが息を吹き返した。
ディスプレイに次々と目標が表示されていく。2列に並んだ8機の敵機、そしてその周囲に4機の敵機。
「タリホー!」一斉にサイドワインダーが発射された。
 反政府軍は不意を突かれた。
前方、上空の敵機を攻撃するため上昇しはじめたところで、下方から襲われた。
護衛の4機の戦闘機が続けざまにサイドワインダーを喰らって爆発した。
8機のフェンサーは一斉にブレイクしたが、そこで、完全に包囲されていることを知った。
鈍重な戦術爆撃機が、運動性が制限される超低空において戦闘機から逃げ切れるはずが無かった。
しかも相手はエリア88の士官たちだ。
常に戦線の最前線で戦い、戦友の後方ではなく先頭で戦うことを信条とし、あの地上空母に止めを刺し、制空
戦闘においても対地攻撃においても政府軍最強の地位を揺ぎ無いものとする、かのエリア88の最精鋭たちだ。
まさに七面鳥狩りだった。

『ジョインナップ。RTB!』ジョインナップ
お預けを食わされていたミッキーとスーザンは、他の9機と合流して帰途についた。
 彼女は愛機685号の計器板を、愛しそうに指で撫ぜた。
今回の任務の成功は、彼女の腕のおかげではない。
幸運と、幾多のテストで鍛えられ、ジェネラル・ダイナミクス,合衆国空軍,ノルウェー空軍の整備員たちによ
って整備されたF-16Aの機器の為せる技だった。実際、レーダー機器のどこかに一つでも故障があれば、間違い
なくフェンサーを見逃し、迎撃任務は水泡に帰していただろう。
『スーザン、今回の任務の成功はひとえに君の功績だ。全員を代表して礼を言っておく』
そして、サキは彼女の抗弁の気配を感じたのか、言葉を継いだ。
『君が待機の間ずっと歌っていてくれたおかげで、本来ならば不安にさいなまれているはずの惨めな時間が
たいへん短く、楽しい時間となった』
彼女はひどく赤面した。
161ハーモニカ・マン:04/08/07 20:35 ID:iwBi6bdd
「見てください、サハリンのソ連軍港ポロナイスクです。昨日より5隻増えてます」
「始まるな…」「あと10隻から20隻そろったら始まります」「というと、あと3日か」
「調達実施本部は既にオフレコで増産体勢の強化を始めてます」
「もし我々の勇み足でマスコミに知れたら、防衛庁長官のクビが飛ぶぞ」
「始まってからでは間に合いません。現在の備蓄量では持って2日です。3日目からは自衛隊は徒手空拳の民兵集
団となります。クビの前に国がなくなりますぞ。我々のクビと日本国とどちらが大事ですか?
『備えよ』です。始まってからではすべてが遅すぎます」

 三自衛隊は既に呼集を終え、休暇を取っていた者は部隊に呼び戻された。
高まる戦争の機運に都内では何件か反戦デモが開かれ、人々は不安げに語り合った。
北海道の自衛官には内部通達が出され、多くの隊員が家族を内地に疎開させた。
有事に備えて、各海運業者に対して民間人避難用の船舶を提供するよう極秘の要請が出された。
関東大震災が起きた9月1日は地震に備えた訓練の日に指定されたが、広島,長崎に原爆が投下された8月6日,9日
が核攻撃に備えた訓練日に指定されることは無かった。日本政府は、万一の戦争に備えた対応計画が全く無いこ
とを思い知らされた。

 地中海を行くミサイル駆逐艦〈キッド〉艦内では、目に見えそうなほどの緊張が張り詰めていた。
艦隊は完全なEMCON、つまり無線封鎖・灯火管制状態にあった。
 トラス状マストのトップに据えられた電子戦システムが、識別不明の目標を捉えた。超低空、レーダー波を発
している。発振パターンから、リビアのSu-24フェンサーと考えられた。ただちに空母〈レンジャー〉から発進
したF/A-18戦闘攻撃機が迎撃に向かった。
F/A-18の迎撃を受けてSu-24は引きかえしたが、ホーネットのパイロットたちはその翼の下に吊るされた紛
れもない対艦ミサイルを視認していた。リビアには、既にソヴィエト海軍航空隊のバックファイア爆撃機、ベア
爆撃機が展開している。
〈レンジャー〉機動部隊の〈キッド〉やその他艦のミサイル発射機のレールには「白」が吊るされ、空を睨んで
いた。「白」とは実弾を表す隠語である。
162ハーモニカ・マン:04/08/07 20:36 ID:iwBi6bdd
 北海道北部の稚内市恵北には、陸上自衛隊第2高射特科大隊の35ミリ機関砲が展開し、飛来する恐れがある敵
ソヴィエト軍機を狙っていた。
稚内空港を守備する第3普通科連隊第4中隊の中隊長である山田雅仁2等陸尉は、空港内に設営された中隊本部
で、臨時配属された戦車2両の車長および重迫撃砲小隊の小隊長と打ち合わせていた。

 15時ちょうど、中隊本部の陸曹が息を切らして飛び込んできた。
「中隊長! 高射特科団から緊急連絡です。ホーク部隊のレーダーが識別不明の2目標を捕捉しました。
目標位置は宗谷湾上稚内北200キロメートル、緊密な編隊を組んで接近中です」
みんなが顔をこわばらせ、一斉に立ち上がった。
「中隊長! L-90小隊より緊急連絡です! ただいまL-90捜索レーダーが識別不明の2目標を捕捉しました!
2つとも稚内空港方向に向かって移動中です」
2つのレーダーが、時を同じくして、識別不明の2目標を捕捉した。
誰もが咄嗟に思った。
「ソヴィエト軍だ。奴等はとうとうやって来た」
ずっと疑心暗鬼でソヴィエト軍の侵攻を警戒していた山田にとって、この情報は出撃の決心に充分だった。
「中隊、戦闘準備!」
小銃手は安全装置を解除し、機銃手は弾薬ベルトを点検した。107ミリ重迫撃砲の弾薬手は、砲弾をいつでも装填
できるように構えた。空港の後方の木立の中、擬装し潜んでいた2両の戦車の車内では主砲に弾薬を装填し、滑
走路に停止したらソヴィエト機にすぐに発砲できるように備えた。

 対空砲の射撃陣地では、小隊長の川中豊海2等陸曹がレーダーの捜索方向を北にしぼった。
「部分捜索方位5400、捜索方位400、高度1500――捜索開始!」
15時09分、L-90のレーダー手が捜索レーダースコープ上に輝点を発見した。
「2目標を捕捉。目標距離15000メートル、高度800メートル、航速300キロメートル。彼我不明」
「彼我を識別せよ」川中2曹は言いながら、戦慄した。
彼らの1発で、日本の「戦後」は終わる…
163ハーモニカ・マン:04/08/07 20:37 ID:iwBi6bdd
 敵は空挺部隊を稚内空港に送り込むつもりなのだ。
おそらく目標は、ソヴィエト版ハーキュリーズと言われるAn-12輸送機。
同機は最大90名の兵員を搭乗させることが可能だ。2機で150名強。
「冷静に、冷静に」川中2曹は自分に言い聞かせながら、双眼鏡を目に当てた。
「これは訓練ではない。実戦なのだ。ソ連軍機かどうか、俺が識別する」心に強く言い聞かせていた。
脳裏にあるのは、「最小の弾薬で、全機を撃墜する」ということだけだった。
双眼鏡が、黒い小さな機影を捉えた。
「目標を視認」「弾薬を装填」砲側班、監視班、射撃指揮所は一体となり、戦闘配置についた。
「敵機は2目標。間隔700メートル。先頭から順次撃つ」
「発射用意」
機関砲とレーダーは、接近する2機を自動的に追随し始めた。
VOVOVO!
点検射ではあるが、数発の曳光弾が上空に撃ち上げられた。
獲物を待ち構えるように、不気味な黄金色の閃光が大空を貫いた。
弾丸が宗谷湾に落ち、水飛沫を上げた。

 射手は、焼夷榴弾を装填した機関砲の発射ボタンに手を当てていた。
山田2尉は、鉄帽の紐を何度も締めなおしたり、腰の拳銃に手をやったりしていた。
空襲の恐怖に耐えながら、頭の中では、無念の思いが走馬灯のように回っていた。
なぜ空襲に備え、防空壕を構築しなかったんだろう。
なぜ地下壕、せめて地下室に本部を設けなかったんだろう。
ここで座ったまま死にたくない。何もしないで、ソヴィエト軍機の餌食になりたくない。
自衛官として、ソ連兵に一発でも弾丸を撃ちこんで、死にたい。
 発射ボタンを、今まさに押そうとしていた機関砲の側で、川中2曹は目標を双眼鏡で睨んでいた。
「目標は海上自衛隊機だ。発射を待て」
164ハーモニカ・マン:04/08/07 20:38 ID:iwBi6bdd
 同時に、稚内空港管制塔から連絡が入った。
「こちら監視班。追随中の2目標は、海上自衛隊のP-3哨戒機です」
「弾薬を抜け」川中2曹はすかさず指示した。

「中隊長! 宗谷湾上の識別不明機は、海上自衛隊のP-3哨戒機です。L-90小隊からの報告です」
山田2尉は、緊張した身体から、全てのエネルギーが抜け落ちていくような感じに襲われた。
すぐに電話当番から受話器を取り上げ、川中2曹を呼び出した。報告に誤りは無かった。
「中隊は、原体勢に復帰せよ」
レーダー情報が真報にあらずと聞いた瞬間、山田は安堵も無念も感じなかった。ただ、虚しかった。

 2機のP-3C哨戒機は相次いで稚内空港の滑走路に着陸した。1機の電気系統に故障が起きたために、緊急に帰
投したのだった。海上自衛隊、航空自衛隊にはその連絡が入っていたが、陸上自衛隊への通報が何かの手違いで
行なわれなかった。
それと相前後して、高射特科団から報告が入った。「識別不明2目標は、15時16分、レーダーから消滅した」
なぜ真報でない目標が捕捉されたのか。航空自衛隊が、敵のジャミングを想定して訓練を行なっていた。そのた
めに、レーダーにゴーストが写ったのだ。
恐るべき連絡ミスであった。
「戦場は錯誤の連続」と言われる。稚内空港は、錯誤と偶然の舞台となったのだった。
165ハーモニカ・マン:04/08/07 20:39 ID:iwBi6bdd
 ミッキーは、物珍しさを押し隠そうとしながらあたりを見回した。落ち着いて女性の部屋を見るのはずいぶん
久しぶりだった。
彼女の部屋には、香ばしいコーヒーの香りが漂っていた。女性の部屋というのはもっと甘い香りがするものだと
思っていた彼にとって、それは少々意外だった。
部屋の片隅ではコンロにシエラカップが掛けられ、ちいさな炎が揺らめいていた。ちいさなガス・カートリッジ
とバーナーだけの、たいへんにシンプルなコンロであった。

「笑っちゃ嫌よ」と釘をさし、それでも少々緊張しながらスーザンは銀色のハモニカに唇を当て、そっと息を吹
き込んだ。迷うかのようにあいまいな音色を奏でたのち、彼女は迷いを振り切って、奏ではじめた。
 その歌は、かつて反戦歌として歌われ、そして同時にナムの米兵たちに愛された歌であった。
デモ隊の若者たちと兵士たちは、その素朴なメロディーにひとときの憩いを見出した。しばしば、その歌は先の
見えない戦争への強烈な皮肉を含んで歌われた。
そして、彼女は、その事情を知っていた。それてもなお、彼のリクエストに応えたのだった。
 彼女のハモニカは、米軍のある士官から少々習ってはいても、多分に自己流であり、練習の時間もそう取れて
いるわけではなかった。人前で吹くのもはじめてであった。だが、彼女が謙遜するほど酷くは無い、とミッキー
は思った。そしてその旋律は、ミッキーに感傷を呼び起こさずにはいられなかった。

    Puff, the magic dragon, lived by the sea
    And frolicked in the autumn mist in a land called Honalee…

目を閉じると、あの混沌の日々が瞼の裏によみがえって来る。
肌にまとわりつくような、ナムの湿気、そして虫たち。
糞尿などを燃やす、あの形容しがたい臭い。
町の喧騒、そしてチャーリーのテロ、まとわりついてくる子供たち。
ジェット燃料の臭い、カタパルトの轟音、潮風に混じる波の飛沫。
166ハーモニカ・マン:04/08/07 20:39 ID:iwBi6bdd
 そして、二度と帰らぬ男たち。
死者が多すぎる。
味方にも、スロープでもグークでも、呼び名は何でも良い、とにかく、相手にも。
音楽家となり、医師となり、詩人となり、そして何より、良き夫、良き父となったであろう多くの男たちが、
眠っている。
そして、自分はどうだ?
なぜ自分は、ここで生きているのか?
なぜ自分は、死神の吐息を身近に嗅ぎながら、咆哮を耳元に聞きながら、今でも生きているのか?

    Puff, the magic dragon, lived by the sea
    And frolicked in the autumn mist in a land called Honalee…

 あの若者。
彼の名前は、なんだっけ?
まだナムに行って、ひと月も経っていないときだった。木の下に置かれたチャーリーの爆弾で腹を裂かれ、内臓
をとび出させ、叫んでいた。
 なぜ、俺が?
 なぜ、お前らじゃなくて、俺が死ななきゃいけないんだ?
彼はそう叫んでいた――死ぬまで。
ニックルズだったか、マイケルズだったか。ひょろりと背の高い若者だった。
名前。
彼の名前。
彼の名前は、なんだっけ?
167ハーモニカ・マン:04/08/07 20:40 ID:iwBi6bdd
 彼は、その若者の内臓が飛び散った服を見ながら思った。
この血痕を、いつまでも残しておこう。彼がこの世に生を受けたという証拠を、残しておこう。いつまでも。
俺は、奴のことを忘れない。
 そして、今はどうだ?
今の俺は、どうなんだ?
もし今、俺が――――そのとき、誰が俺のことを覚えていてくれるんだろうか?

 軍のポスターには、きりっとした軍服を着込んだ、ハンサムな若者が写っていた。
魅惑的な海外勤務、刺激的な体験。
「刺激的」な体験。
不公平だ。
徴募事務所には、一葉くらい、はらわたをむき出して、絶叫しながら死んでいく若者の写真があっても
いいんじゃないか?

 そして目を開けると、そこでは女性が目を閉じて、唇に全神経を集中させるようにしながら、存外に流暢に、
懸命にハモニカを吹いている。
そして彼女は、彼の戦友だ。優れた腕を持つ空軍士官だ。
俺たちは、いつから女性を戦場に引っ張り込むようになったんだろう?

 白い蛍光灯の無機質な明かりも、その下に佇む金髪の女性のおかげか、今は温かく思えた。
ハモニカの軽妙な音色が部屋の中に流れていた。
揺らめく炎がかすかに揺れる陰影を壁に与えた。
部屋のすみでシエラカップの湯が沸き、ことこと、と音を立てた。
 それは奇妙に牧歌的で、奇妙に安らぎを帯びていた。
ミッキーは背もたれに身体を預け、なぜ俺は泣いているんだろう、と訝った。
16848:04/08/07 21:24 ID:iwBi6bdd
 「ハーモニカ・マン」は全8小節編成(序章+本編7章)なので、これで半ばを過ぎたことになります。
さて、この機会に保管庫管理人氏にお願い。
まず、保管庫にある「修正前:『ハーモニカ・マン(仮題)』」を消していただけませんか?
いえ、消してください。お願いします。
それと、>>160において「ジョインナップ」が二回入ってしまっているので、後者を消してください。
長いせいで容量ばかり喰って、申し訳ありませんな。鬱陶しいようならどうぞ遠慮なく抹消してください。

 ところでゴンザレスさん、振った私のほうも「ハーリ・クイン」を理解していただけるとは思っていません
でした。申し訳ありません。一言弁解を許していただければ、私はこの板で振ったネタ(たとえば>>64
「キャッチ22」)がたいてい無視されてしまっているもので、無視されるのに慣れてしまっているんです。
もっとも、原作として(この板では)どマイナーなものを選ぶ私にも問題はありますが。

 さて、私が今回原作に選んだ中でこの板で一番ポピュラーなのが『エリア88』(新谷かおる)でしょう。
これは親友に騙されて中東の空軍外人部隊に送り込まれてしまったある青年の生きざまを描いた漫画
であり、また戦闘機漫画の大御所と言えるものなのですが、実は軍事的に見ると間違いがけっこうあり
ます。砂漠空母や地中を進むミサイルなどといったもので、ストーリーにも無理があります。
しかしそれでも、この漫画はいまなお読み継がれ、現役の航空自衛隊員や博識な軍事オタクにも好評
を博しています。その理由は――皆さんがご自分の目で確かめるのが良いでしょう。
書名『エリア88』、著者は新谷かおる。
MFコミックスより全13巻が発売中、価格は全巻均一で税込み700円。
169弱虫ゴンザレス:04/08/07 22:32 ID:6Aab3Ekc
>>48
うーん。このスレの読み手さん達は確かにマターリ気質で無口な気がしますが、
決して無視をされているわけではないと思いますよ。
萌え話にも華が咲いていましたし(親子物のネタがあるのでとてもやりたい)、
投下作品に感想がつく事も特にはありませんが、前スレから見ていると総じてそんな感じかなと。
それと、アガサ作品を読んだわけではありませんが、特に不快に思てなどいないので謝る事もないです。
小説を書くにあたって題材を選ぶのは自由だと思いますし、住人がいるということは>>48氏の作品にも
ガッツリ読者さんがついてるという事だと思うので、自信をもってよろしいかと。

作品投下でもないのにコテハンですいませんすいません。
ですがこういったレスは名無しよりも名乗った方がいいと思いまして・・・
大人しく米食って作品推敲に戻ります。すいませんすいません
|)彡サッ
170名無しさん@ピンキー:04/08/08 15:51 ID:MKgflxoS
>>48
確かにはじめはちょっととっつきにくい感じはしましたが、読んでみて面白いと思いましたよ。
元ネタ全然知りませんけど普通に楽しめました。続きを待ってます。
無口な住人のうちの1人ですが、いつもひっそりと応援しておりますので、
職人の皆様、これからもがんばってください。
17148:04/08/09 22:15 ID:WYiUATep
 ありがとうございます。いくら好きで書いているとは言っても、スレ住人の大半に無視されている
SSの投下を継続することに少々の後ろめたさを感じているところだったので、私の当初予想よりも
読まれていたというのは嬉しい喜びです。
実のところ、次期長編として書いているABAが壁にぶち当たっている、正確に言えば、ABAの主たる
舞台となる架空の島の地形図作成が壁にぶち当たっている現状では、>>169-170のような励ましは
大変に有難いです。どうにかしてABAの前半は今年中には投下できたらいいなあ、と思ってます。
172赤い垢すり ◆ojEY7H1URU :04/08/14 00:45 ID:8ckku1WF
テレビアニメ、オーバーマンキングゲイナーのヤッサバ隊の人たちをMMR風にエクソ
ダスやその他の事件を解決(?)する小説。ここで発表するだけに、エロはありません。
もともと旧シャア板MMRガンダムというスレで展開されたシリーズです。
今回、オリジナルキャラで名無しのコックが登場します。


この世には――ドームポリスでの生活を捨て、エクソダスするピープルが存在する。
ここシベリア鉄道ウグルスク駅舎内には、そんなエクソダス主義者を取り締まる特別部
隊が組まれていた。
それを――
シベリア(Siberia)
鉄道(railroad)
警備隊(garrison)
通称ヤッサバ隊と言った。

どうも、エロパロ板のピープルの皆さん初めまして。そして旧シャア板での読者さんお
久しぶりです。ついにヤッサバ隊が復活します。
二十一禁のこの板に発表の場を移し、表現規制の緩和によって隊員一同更なる活躍を見
せてくれる事でしょう。

シベリア鉄道公社 広報部 警備隊活動報告担当者 コレヲ記ス。
173赤い垢すり ◆ojEY7H1URU :04/08/14 00:45 ID:8ckku1WF
頻発する食料盗難! オーバーマンを使う盗賊を逮捕せよ!! の巻

シベリア鉄道警備隊の列車スヴァロギッチ。現在、隊員たちは食事中であった。
「なんか最近、食いもんの量が減ってねぇか?」
下品に箸を回しながら愚痴たのは、ケジナンだ。
「そうですね。俺たち一線で戦う警備隊の食事がこんな量だなんて……おい! コック
 さん? 御替りは無いのか?」
隻眼の隊員、エンゲが立ち上がり厨房に向かって大声を出すが、カウンター越しにコッ
クの手が覗き手をひらひらと振る。
「これでもぎりぎりなんだ! 配給が滞りぎみなんだよ最近。分かってくれよ」
やれやれ、と残念そうな態度を取りエンゲが再び席につく。それを見計らったように、
現在、唯一の女性隊員であるジャボリが懐からはがきを取り出し、二人に見せた。
「あ〜ん? なんだ、また沿線住民からの手紙かよ」
「それが、今回は違うのよ。シベ鉄職員からの社内便」

どうも警備隊の皆さん、こんにちは。私は輸送列車護衛のドゴッゾのパイロットで鈴木
(仮名)といいます。
今回みなさんに聞いて貰いたいのは、私たちの輸送列車を襲った盗賊についてです。
私の担当する列車は食料輸送を行っているのですが、ある夜、オーバーマンを使う盗賊
が襲ってきたのです。しかも、髪をゆらゆらと逆立て、まるで鬼のようなオーバーマン
でした。私と相棒のカチューシャ(仮名)は果敢に応戦しましたが、戦力の差はいかん
ともし難く、ドゴッゾは撃墜され、無念にも食料は殆ど奪われてしまいました。
貴方たちのエクソダス阻止の任務の大事さは承知しておりますが、腹が減っては何とや
らと申します。どうか盗賊退治に力を貸してくださいお願いします。
174赤い垢すり ◆ojEY7H1URU :04/08/14 00:46 ID:8ckku1WF
「こ、これはっ! 髪の毛のオーバーマンがまたっ!!」
「時空を越えて、お前は何度我々の邪魔をすると言うのだ ――キングゲイナーっ!!」
手紙を読んで、俄然盛り上がるエンゲとケジナンだが一人ジャボリは冷静に
「ほら、ロンドン仕込の戦法で、ちゃっちゃっとやっつけに行きましょう」
と、足早にセントレーガンから借りたオーバーマン、アンダーゴレームに乗り込んだ。
「よぉーしっ! 今度こそ奴の頭を丸坊主にしてやるぜ」
「おうよ……ヤッサバ隊、もといケジナン隊緊急出動だーっ!!」

それからしばらくして、彼らはアンダーゴレーム3体を大破させられ徒歩で逃げ帰って
きた。身も心も冷え切った三人を救ったのはコックの作った薄味のスープだった。

おわり
175ハーモニカ・マン:04/08/14 23:19 ID:HI6LyYEe
4.Y-3日         ――DEFCON-2発令中――


1月20日、0357Z時
大西洋連合軍最高司令官より
大西洋連合軍全艦へ
機密
一、DEFCON-2。交戦規則オプション・ブラヴォーを適用中。
二、本通信文は戦争通告と解釈すること。NATOとワルシャワ条約機構軍との敵対関係は、ありうると考えら
れるが、確証できない。
三、各艦は安全に必要なあらゆる手段を講ぜよ。敵対関係は、警報無しに――繰り返す、警報無しにはじまるこ
ともありうる。


 ペルシャ湾で行動する空母〈インディペンデンス〉機動部隊にイランのキロ級潜水艦が忍び寄った。
だがS-3対潜哨戒機の網に引っかかるはるか前に、空母を直掩する合衆国海軍のロサンゼルス級原子力潜水艦に
発見され、あっさり撃沈された。
 空母を護衛する巡洋艦のパッシヴ・ソナーシステムが死にゆく潜水艦の悲鳴を捉えたのと相前後して、イラン
のF-4D戦闘機がエグゾセ・ミサイルを撃った。直ちに護衛艦がミサイルを撃墜、発射母機もトムキャットのミ
サイルにより海の藻屑と消えた。
この交戦による合衆国軍側の損害は皆無、イランは無意味に虎の子の潜水艦1隻と2機の戦闘機を失った。
合衆国大統領は全軍に対しDEFCON-2を下令、NATO諸国や日本など同盟国もこれにならった。
イラク空軍のMig-25迎撃機やミラージュ戦闘機、トルコ空軍のF-16は、飛来しうる敵機を迎撃すべく24時間
体制で哨戒を続けている。
176ハーモニカ・マン:04/08/14 23:21 ID:HI6LyYEe
 筆者の手元に、1978年に米国議会技術評価局が公表した報告書がある。
これによると、仮に米ソ両国があらゆる戦略目標、つまり軍事基地や大都市、港湾施設や空港、製油所その他に
対する全面的な、無制限の核攻撃に踏み切った場合、第1撃での死傷者は双方合わせて2億7000万人であろうと
推測されている。この数字を多いと取るか、少ないと取るかはその人の考え方次第だ。だが、これが「第1撃で
の死傷者」であることに注目すべきであろう。この後に、第1撃で使用されなかった戦略核兵器、そして前線部
隊が使用する戦術核兵器が続く。
NATOの軍事戦略では、欧州でのワルシャワ条約機構の攻勢に対して戦術核兵器をもって応じることになって
いる。公式には、核使用は一定のエスカレーションの水準に抑えられることになっているが、これは甚だ疑わし
いと言わざるをえない。欧州では多くの軍事目標が人口密集地域に隣接しており、従って対兵力攻撃は人口密集
地域への攻撃にも等しい。

 戦略・戦術用途合わせると、各国が保有する核兵器は約5万発、合計出力は1万3000ないし1万5000メガトン。
R&Dアソシエーツのリチャード・ターコ、NASAエームズ研究所のブライアン・トゥーン,トマス・エッカ
ーマン,ジェームズ・ポラック、コーネル大学惑星研究所長のカール・セーガンが発表した、TTAPS研究と
言うものがある。これは核戦争の結果についての総合的な考察である。この考察では、合計出力は5000メガトン
を基準とし、1万メガトンと仮定しての結果も計算している。全米研究評議会(NRC)の研究では6,500トン、
スウェーデン王立科学アカデミーの研究では5,700メガトン、ローレンス・リヴァモア研究所の研究では5,300ト
ンという数値が採用されている。爆弾が不発だったり、使用が保留されることに対しての適当な余裕を見込んで
いるわけだ。TTAPS研究ではこのうち57%が、NRCの研究では25%が地表爆発すると仮定している。
177ハーモニカ・マン:04/08/14 23:22 ID:HI6LyYEe
 一般に誤解されているが、いわゆる“核の冬”効果において主要な役割を果たすのは、核爆発によって吹き上
げられた塵というより、核戦争の結果発生する火災による煙であろうとされている。そしてTTAPS研究では
、6500トン相当の爆発が発生する全面的な核戦争と、100メガトン相当の核兵器が人口密集地に使用される限定核
戦争では、惹起される“核の冬”効果にそれほど大きな差は無いという結論を出している。というのも、世界の
都市はたった一度しか燃えることができず、したがって合計出力の多寡にかかわらず発生する煙の量はほぼ一定
であるためだ。とはいっても、塵の効果を軽視するわけにも行かないのだが。
 核爆発によって吹き上げられる塵の量は、火球が地表に触れるか否かに左右される。これは1メガトン爆発の
場合、爆発高度が3,200メートルを越えると吹き上げられる塵の量が急減することを意味し、つまり爆風効果を
重視した場合は塵の量が減ると言うことを意味する。
NRCおよびTTAPS研究では、吹き上げられる塵の量について、1メガトンあたり30万トンと計算している。
上記の仮定出力差により、その結果は3億3000万ないし8億2500万トン、および9億6000万トンという差を生んでい
る。これはNRCが地表爆発の数を少なく見積もったためだが、超高硬度目標に対しての攻撃を加えてNRCが
想定した8,500トンシナリオでは、さらに4億ないし10億トンもの塵が吹き上げられる。しかも、これらはすべて
がまっすぐに成層圏内に吹き上げられることになる。
 この結果、地球全体で最初の1ヶ月で気温が30ないし40℃低下し、8ヵ月後になっても10℃低いであろうとさ
れている。この結果、従来の生態系は完膚なきまでに破壊されるだろう。
それでも、地球の生命が生き残る可能性は高い。しかし、それはおそらく人類を抜きにしての生態系であろう。
178ハーモニカ・マン:04/08/14 23:23 ID:HI6LyYEe
「任務は簡単、マキーバを取って守るだけだ。全軍団が諸君を支援する」
「気をつけ!」大隊副官が叫び、将兵はざっと踵を合わせた。
「いくぞ、諸君!」自動車化狙撃大隊長の少佐が叫んだ。
「はい! 少佐殿!」
任務は簡単、か… 副官は思った。よく言うよ。

 ミッキーとスーザンは編隊を組み、マキーバ上空へと向かった。
政府軍が航空優勢を達成し、マキーバ周辺の空は制圧されている。
 だが、かつて以下のようなジョークがあった。
NATOを蹴散らして進撃を続ける2人のソヴィエト軍将軍が、パリで出会った。2人は再会を喜び合った。
やがて1人が言った、『ところで、空ではどちらが勝ったんだい?』
このジョークが意味するところは、常に戦争の勝敗を決するのは地上戦だ、ということだ。地上戦に介入できな
い限り、空軍力に存在意義は無い。と言うわけで、本日の彼らの任務は上空制圧と対地支援だ。

 だが、地上戦はもっぱら政府軍が優勢に進めていた。
発進した少数の敵空軍機もシンの中隊が迎撃してしまい、そんな訳で、2人は暇だった。
『今日は歌わないのか?』ミッキーが聞いてきた。彼女は通信管制を盾に逃げた。
『昨日の夜だって、みんなが頼んだのに逃げちゃって…ウォーレンがすねてたぞ?』
それはマズイ、と彼女は思った。だが、聞き手が目の前にいる状況で歌うのは気が引ける。どうしたものか。
それきり、2人ともまた黙り込んだ。
彼女は周囲の監視の合間に、無線機を他のチャンネルに合わせてみた。
無線交信用の省略や複雑なコード、フォックストロット・ツー・エコー、フライング・ドーナツ・セヴン、
アイアン・ボール・フォー、などといったコールサインを使っておこなわれる難解な交信の断片が届いてくる。
人気家族パートリッジの放送と同じで、なんの意味もない。
179ハーモニカ・マン:04/08/14 23:25 ID:HI6LyYEe
 そのとき、何かが彼女の耳に飛び込んできた。
――ジェント、ジェントルマン? 
ちがう。
アージェント、緊急通信だ。
彼女は耳に神経を集中させ、ダイヤルをひねった。戻していくと、突然魔法をかけられたように交信が聞こえる
ようになった。
『だれかいないか? だれかいないか? こちらが聞こえるか? オーヴァー? 緊急なんだ。オーヴァー!』
「こちらスノーホワイト、空中哨戒中の空軍機だ。状況を知らせ」
『ありがたい、スノーホワイト! こちらは412RCT司令部。グリッド・スクエア、デルタ-インディア-5120
-1802。師団司令部が突破され、包囲されている。速やかな支援が必要だ』
彼女は地図を広げ、標定グリッドDI-5120-1802を探した。
遠い。
412RCT、つまり第412歩兵連隊戦闘団(Regimental Combat Team)は、戦線の最右翼を進む部隊だ。
既に上級司令部である第24歩兵師団司令部は敵の装甲捜索大隊により突破され、その能力を喪失している。
さらに戦線の中央においても敵部隊が攻勢をかけてきていた。マキーバ方面軍の軍司令部は、半ば麻痺した各隊
からの情報の大波に飲み込まれていた。
彼女はミッキーに連絡し、さらに正規軍のFAC機、レシプロ単発のO−2観測機と調整した。

 次の瞬間、あまりに多くのことが起きた。
まず、超低空を飛行していたO−2に向かって何本ものSAMが発射され、同時にたくさんの12.7ミリ機関銃が
火を吹いた。
O−2は被弾したがぎりぎりでSAMをかわし、辛うじて離脱した。
続いて多連装ロケット・システムが火蓋を切り、無数の光条が飛び交った。
412RCT司令部との連絡が途絶え、スーザンは光の矢が地面に突き刺さり爆発を生むのを呆然と見守った。
もはや一刻の猶予もならなかった。ミッキーもスーザンも必死に呼びかけを続けた。
180ハーモニカ・マン:04/08/14 23:25 ID:HI6LyYEe
 後の視点から見て、敵の意図は明白であった。
断片的に入ってくる情報に基づき、既に軍司令部は予備兵力である戦車群を中央に投入していた。
敵の意図は中央突破であるように思えたからだ。だが、これは陽動攻撃だった。
政府軍の注意――そして予備兵力――を中央に集中させ、その隙にロケット砲兵により右翼を混乱させる。
その機に乗じて、極めて強力で機動力に富んだ機甲部隊により戦線を突破する。

 反政府軍のマキーバ攻略の主力軍とされていたのは第3軍団であった。第3軍団は3個自動車化狙撃師団
および軍団直轄部隊として機甲旅団ならびに特科群、施設群を各1個隷下に有する。
この遭遇戦の発端は、第11自動車化狙撃師団の装甲捜索大隊が政府軍第24師団司令部を突破したことであった。
これは完全な偶然であった。だが、このことがマキーバにおいて戦線を突破するための蟻の穴となりうる、そう
反政府軍司令部は考えた。
伝令が四方に飛んだ。すべては口述で伝えられた。迅速さがすべての鍵であった。
 このとき、反政府軍の勢力の小ささが幸いしていた。彼らは兵器体系をソヴィエトから輸入したが、部隊編成
はそうではなかった。
彼らは連隊にスタッフをほとんど置かず、連隊長は装甲車に数人の無電手と乗り込み、自分で作戦を立案して指
示を受け、指示を出した。
この方式は連隊長に才能を必要とするが、有能な連隊長を得たならば、極めて小回りの効く作戦行動が可能とな
る。
 この時点において、第16自動車化狙撃師団が戦線中央において攻勢をかけていた。
これが前述の陽動攻撃である。さらに第11自動車化狙撃師団および第14自動車化狙撃師団も戦線両翼の各担当戦
区において攻勢をかけていた。
その隙に反政府軍は、戦線北端の第11自動車化狙撃師団戦区に北端に軍団直属の機甲旅団および特科団を集結さ
せた。攻勢主軸は、北端を守備する政府軍第24師団担当戦区を貫く形で設定された。
181ハーモニカ・マン:04/08/14 23:26 ID:HI6LyYEe
 第11自動車化狙撃師団の装甲偵察大隊は、依然として戦線後方において遊撃兵力として活動を継続していた。
だが彼らは第24師団残存部隊の中に孤立しており、全滅の危機に瀕していた。
大隊本部が潰滅して通信が途絶しており、速やかな連絡と増援が急務だった。
 特科団が全力射撃で政府軍第24師団の各部隊を攪乱し、その弾幕に援護されて機甲旅団が突入、戦線を突破
する。機甲旅団は装甲捜索大隊と合流し、政府軍の後方を攪乱する。
 地上攻撃と同調して出撃した空軍部隊は、前線航空哨戒を行なっていたシンの中隊機により要撃された。
だが、どちらにも航空援護は無いのだ――少なくとも、この半時間の間は。

 この時点で、あまりに多くの情報により政府軍司令部は飽和状態だった。彼らは戦闘の戦術的統制を失ってい
た。そして、彼らは重大な戦況誤認を犯していた。
 彼らは、マキーバ東方の戦線において、北部で敵の動きが若干活発になっていることに気付いていた。また、
反政府軍の虎の子である機甲旅団が北部に集結していることも知っていた。
 だがマキーバ方面軍司令部は、自分たちに向かってくる敵の勢いをあまりに過大に評価していた。そのせいで、
反政府軍の意図を中央突破と見誤ったのだ。その攻勢主力は北部から引き抜かれた部隊であり、その穴埋めと
して機甲旅団を北部に投入した、そう判断したのである。


 再び、描写が前後する。
 軍団砲兵がグラド自走多連装ロケット・システムで地均しの砲撃を行い、さらに全戦線において師団砲兵
および連隊砲兵が152ミリないし122ミリ榴弾砲を、大隊重迫が120ミリ重迫撃砲の火蓋を切った。
『アバルサ1より全車へ、突撃! 突撃!』
機甲旅団は猛進を開始した。旅団の152ミリ自走榴弾砲が突撃の道案内を担い、その弾幕に戦車部隊が続いた。
182ハーモニカ・マン:04/08/14 23:27 ID:HI6LyYEe
「こちらマグロ31、敵が動き出した! 目標位置座標5098-1798 方位角4620
 攻撃前進中の敵戦車と機械化歩兵 各1個中隊 正面300 縦深200 試射を要求 修正可能 おくれ」
『マグロ31こちらサバ14 了解、試射を実施する 以上』 『――弾着いま! おくれ』
「こちらマグロ31 弾着確認 右へ100増せ200 効力射を要求 修正可能 おくれ」
『マグロ31こちらサバ14 了解 効力射に入る 以上』
『マグロ31こちらサバ14 最終弾落達まであと10秒―――――弾着いま! 効果確認おくれ』
「こちらマグロ31 最終弾落達確認 敵損害甚大なるも攻撃前進中
 効力射を要求 最終弾落達点より右へ50増せ100 修正可能 おくれ」 「畜生! 奴ら本気だぞ」
『マグロ31こちらサバ14 了解 効力射に入る 以上!』
「こちらマグロ31 敵損害甚大なるもなお攻撃前進中 敵が迫ってきた、観測点を変更する 以上!」
「急げよ、ヤバイぞ」

 マキーバの西部戦域軍司令部は混乱の坩堝となっていた。
「第3騎兵連隊を北に回せないか?」 「駄目です。昨日友軍に誤砲撃されて、まだ通信能力が回復してません」
「先ほどよりサルトで第1戦車群が会敵しました。目下激戦中」 サルトは戦線中央にある村落だ。
「敵は火線を後方に延伸しています」 「ジャルダで旅団規模の敵の攻撃が進行中です」
「ジャルダだと!? サルトでは無いのか!? その報告を確認しろ!」
「エステルに敵部隊! 連隊指揮官は旅団兵力と見積もっています」
「それはどこだ――戦線の10キロも後方ではないか! いったいどうやってそこまで行ったのだ?」
「エステルの敵は我が司令部を指向しています!」
戦線の各部隊の砲兵隊は、どれも反撃に備えてかなり前方にいた。
背後は相当に弱い――
183ハーモニカ・マン:04/08/14 23:29 ID:HI6LyYEe
「司令、ジャルダが敵の機械化歩兵に奪取されました」「威力偵察ではないのか」
「敵兵力は旅団以上です。威力偵察ではありません。本格的な攻勢発起です」「敵の重点は右翼です!」
「右翼から戦線は離れ始めてます」
ジャルダに1個旅団、エステルにも1個旅団だと?
「莫迦な。敵の予備兵力は既に払底しているはずだ!」
「司令」情報参謀が進言した、「情報部が誤ったに相違ありません。敵は我々の予測を超えて強大です」
「なんてこった。戦車群を速やかに右翼に移動させよ。
左翼の部隊を後退させ、戦線を縮小しろ。新しい防衛線はアーストとブレダのラインだ。
兵力移動を急がせろ!」

 混乱の中、第24歩兵師団の各部隊は善戦した。
第24歩兵師団は第412歩兵連隊戦闘団,第35歩兵連隊戦闘団,第98歩兵連隊戦闘団から編成されている。
この3つの連隊戦闘団は、上記の順に北から戦区を割り振られていた。

 第35歩兵連隊戦闘団はもっとも不運だった。戦闘の開始段階において、敵の装甲捜索大隊が戦闘団司令部を突
破し、その時点でRCT単位での戦闘能力は失われた。
第1大隊は前線に展開し、その後方に2個大隊による複郭陣地が構築されていた。
戦車中隊は機動打撃兵力としてその陣地の後方に待機し、重迫撃砲は射撃陣地を予備も含め構築していた。
地平線上の砂煙がどんどん接近してくる。敵の前衛部隊である。
砲兵支援はない。指揮系統が断絶し、RCTに配属された砲兵は前線部隊からの支援要請を受けられず、そして
前進観測班との連絡も途絶していた。
そして不運にも、敵の攻勢主力である機甲旅団は35RCTと412RCTの間隙の突破を企図していた。
 前進配備していた大隊が、敵部隊と砲火を交え始めた。だが155ミリ榴弾砲の支援も、107ミリ重迫撃砲の支援
もない。それを指揮する頭脳が存在しない。
184ハーモニカ・マン:04/08/14 23:30 ID:HI6LyYEe
「退がるな莫迦者、踏み止まれ!」拳銃を振りかざして中隊長が叫んだ。
だが、動揺した兵士たちがそれを聞く筈が無い。支援を断たれ、動揺した第1大隊は圧倒的な機甲部隊の攻撃の
前に潰走した。
後方の陣地も潰走してくる友軍に押された。その混乱に乗じて突撃した敵機甲旅団の攻撃を受け、防衛線は脆く
も崩壊した。
歩兵は小銃を捨てて走り、砲兵は砲を捨てて逃げた。戦車は遅滞戦闘どころか、部隊の先頭を切って敗走した。

 第11自動車化狙撃師団は、機甲旅団と連携しての攻勢に転じていた。
敵はソヴィエト軍事顧問より電撃作戦をマスターし、側面に構わず突進したのだ。
BTR,MT-LB装甲輸送車はむろん年代物のハーフトラックや民間のトラックまで徴用し、さらには歩兵を
戦車に跨乗させ、第11自動車化師団は完全に自動車化されていた。そしてそれにより、恐るべき機動力を有して
いたのである。

 黒煙と砂煙が巻き上がり、その中から敵部隊が突進してくる。98RCTの兵士たちは戦慄した。
だが、連隊の首脳部は別の問題に直面していた。敵部隊は35RCTと98RCTの間隙を狙って攻撃を仕掛けてい
る。部隊を北に動かさねばならない。
 次の瞬間、98RCT司令部に向かって装甲捜索大隊の攻撃が浴びせられた。
自走迫撃砲が砲撃を浴びせ、それに続いてT-55戦車と装甲偵察車が突進した。
装甲捜索大隊は35RCTの後方を突破して35RCT司令部の機能を喪失せしめたのちにさらに突進し、98RCT
司令部へと襲いかかったのである。
戦闘団本部を守備する工兵中隊は強力な装甲部隊の攻撃の前にひとたまりもなく、戦闘団本部はわずか10分の交
戦で突破された。連隊長の中佐と本部中隊は全員が戦死した。
その瞬間、98RCTはその指揮を失った。なお悪いことに、状況が余りに速く推移したために、前線部隊はあら
かたそのことを悟らなかった。
185ハーモニカ・マン:04/08/14 23:31 ID:HI6LyYEe
 98RCTの3個大隊は、35RCTとは違って横一列に並んで戦区を割り振られていた。
右翼の第1大隊はもともと戦意希薄であり、そのせいで圧力に耐え切れなかった。
第1大隊の潰走により、防衛線には大きな穴が開くことになった。敵はここを完全に突破した。
防御拠点は迂回され、孤立した。大隊間の連絡は断たれ、中隊ごとに分断され、大尉たちは各個判断での戦闘を
強いられた。後退すら不可能だった。
最悪だったのが、戦車中隊だった。前方から迫り来る圧倒的な敵部隊に側面攻撃を喰らわそうとしたとき、後方
から襲われた。彼らは完全に包囲され、14両のM60戦車は全滅した。

「我大隊孤立せるもなお戦闘継続中。敵は大兵力で拠点脇を通過していく。
戦える兵は90名、負傷者多数。重傷者あり。砲撃可能なM60は1両。走行は不能」
第98RCTの第3大隊は師団司令部の残存兵と合流し、方面軍司令部との通信を確立した。大隊の定数は350名で
ある。
『敵に広い突破口を与えるわけにはいかん。拠点を死守せよ!
その1両の戦車に部下を集め、拠点を守れ。失敗すれば貴官は銃殺だ』

「こちらアバルサ2、こちらアバルサ2、我ジャルダに到達せり。繰り返す、我ジャルダに到達せり」
反政府軍の機甲旅団は98RCTの拠点を迂回し、RCT司令部の残骸がくすぶる小集落ジャルダを横目にさらに
前進した。
「捕虜? そんな命令は出してないぞ 処分しろ」 PAM! PAM!
「アバルサ34号よりアバルサ3号、前方に赤色信号弾」
「あれは装甲捜索大隊だ!」
1614時、機甲旅団の先鋒と装甲捜索大隊の生残兵は合流に成功した。
186ハーモニカ・マン:04/08/14 23:32 ID:HI6LyYEe
 ようやく、ミッキーが412RCT3大隊との連絡をつけた。
『スノーホワイト、敵は我々の両翼で急速に進出している。上級司令部および他大隊とは連絡不能だ。
我々の背後で環は閉じた。我大隊が潰滅すれば、戦線の右翼が突破されることになる』
彼女はコード表に目を走らせた。敵の傍受に備え、交信には暗号が使われることになっていた。
「スモークを使え。カラーコードはウィスキー・ナイナー」
『了解、カラーコードはウィスキー・ナイナー。スモークを撃つ――今!』
赤い煙が立ち昇った。
「オーケイ、スモークが見える、4123」
『そいつから東はすべて敵だ、スノーホワイト。正面の敵を片付けてくれれば後はこちらで何とかする。
派手にやってくんな。我々は厄介ごとのクソだめに嵌りこみつつある』
「了解した、4123。我々は超低空で突入する。頭を下げていろ」
『待て、スノーホワイト! 危険だ!』エリア88のコントロールが割り込んだ。『あんたにそんなことをさせる
わけにはいかん!』
「88コントロール、通信状態が悪い。悪いが聞き取れない」
『通信状態が悪いなどと言う情報は――』彼女は口でガーガーと雑音を出した。『――嘘こけ!』
「うっさい! あたしのケツを舐めな、交信終了!」
『スーザン、君もだいぶ染まってきたな』ミッキーが呆れたように言った。
 彼女はミッキーと手短に打ち合わせた。
『サムはこっちのマヴェリックで叩く。トリプル・エーはそっちで潰してくれ!』
2機は超低空に舞い降りた。スーザンは500ポンド爆弾を12発とサイドワインダーを4発搭載していた。
187ハーモニカ・マン:04/08/14 23:33 ID:HI6LyYEe
 彼女らは600ノットのスピードで機体を震わせながら飛んだ。
轟然と飛ぶ2機の下では、包囲された412RCTの兵士たちが歓声を上げていた。
 彼女は対空砲に20ミリ機関砲を叩き込んだ。ミッキーも対地ミサイルを撃ち、SAM車輛をふっとばした。
スロットルのスイッチを切り替えると、HUDに、ヨーヨーを横から見たような形のシンボルが現れた。
「そら行け!」
歩兵部隊の縦列を狙って、それぞれ4発の500ポンド爆弾が投下された。500ポンド爆弾は、1発で陸軍の155ミリ
榴弾砲弾15発以上の威力がある。
彼女は破片を避けるために上昇し、旋回した。
敵部隊の一部は空を舞う悪鬼の獰猛な攻撃に戦意を喪失して、遁走しはじめた。
 戦列のなかから1本のSAMが発射された。グレイルだ。だが高速で突入する両機を捉えきれず、空の彼方へ
と飛び去った。
 まだ戦う気でいるものもいるようだ。この攻撃を受けてもなお、その意思を保てるか。
 すべては「衝撃と恐怖」という一枚のカードにかかっていた。
この近辺で爆装した機体は彼らの2機のみ。代替機が来るまで20分はかかる。それだけの時間があれば第412連隊
を燻る残骸としたのち戦線の後方に回り込むことも可能だ。
 だが、兵士はその戦意によってのみ兵士たり得る。
両機は、合わせておおよそ6トンの爆弾を積んでいる。これは太平洋戦争時に日本本土を空襲したB-29爆撃機
3機弱に相当する量だ。
この爆弾を効率的に使えば、敵の戦意を挫く事は不可能ではない。

 彼女の卓越した視力がアンテナを立てた装甲車を捉えた。次の瞬間、そこからSAMが放たれた。
一瞬怯むが、SAMは太陽の方向に飛び去っていった。敵の司令部に違いない。
連隊規模以上、たぶん師団司令部だ。
 2機は旋回を終えると再び編隊を組んだ。後を追う対空砲火は無い。
そして再び突っ込んだ。今度は搭載する爆弾を全弾使った。
188ハーモニカ・マン:04/08/14 23:41 ID:HI6LyYEe
 爆弾がリリースされるたびに、機体にわずかな震えが走った。
敵司令部が木っ端微塵に吹っ飛ばされるのを、視野の端に捉えた。
 この猛爆に敵部隊は完全に戦意をくじかれ、てんでんばらばらに砂漠を逃げ出した。
この部隊が戦力を回復するまでに1ヶ月は必要だろう。
脱走兵も出るだろうし、生存者も深い心の傷を負い、その戦闘力は激減したと言ってよい。

 2機はさらに引き返し、BDAも兼ねて機銃掃射したのち上昇した。
爆弾とマヴェリックは使い切ったが、4発のサイドワインダーは残っているし、機関砲弾も400発は残っている。
ミッキーとスーザンは編隊を組み、上空で再び警戒パターンに戻った。

 後の調査により、このときに2人が叩いたのは反政府軍最精鋭の機甲旅団であったことが判明した。
ソヴィエトから供与された最新鋭のT-72戦車2個大隊相当とBMP歩兵戦闘車を装備した自動車化狙撃部隊1個
大隊相当,自走榴弾砲および短距離地対空ミサイル車輛によって編成される、機動力・攻撃力に富んだ精鋭だ。
だがこの攻撃で中央の大隊が潰滅して左右大隊間の連絡が断絶、この機に乗じた412RCTの逆襲により80両の
T-72のうち30両以上が撃破され、歩兵部隊も4割が死傷した。
この後、この旅団が戦線に復帰することは無かった。

 政府軍は敵機甲旅団の残骸を踏み越えて前進した。
『アッサバ5より全車、突撃! 突撃! 突撃!』
「方向10時、目標戦車 距離1230! 戦闘照準」「照準よし」「徹甲弾装填」「装填よし」「撃て!」BAM!
「命中」
GAM!
飛来した敵の砲弾が装甲をかすめた。
「かすっただけだ、やりかえすぞ! 方向1時 距離1000! 急げ!」
189ハーモニカ・マン:04/08/14 23:46 ID:HI6LyYEe
『ヒラー11よりジャイール3、そのまま展開し前進 正面のBMP部隊を包囲攻撃せよ』 『ジャイール3了解』
『アッサバ2よりタマー21、敵を分断せよ』 「タマー21了解!
「このまま突っ込むぞ、砲塔12時、全速前進!」
750馬力のディーゼル・エンジンが唸りを上げ、M60戦車は突進した。
「方向10時、目標戦車 距離750 弾種徹甲! 戦闘照準」 「装填よし」 「照準よし」
「停止」 戦車はわずかに車体を揺らして停止した。 「よし、撃て!」BAM!
「命中!」次の瞬間、被弾した。
「くそ、タマー21被弾せり」 「損害はどうか! 撃てるか」 「大丈夫です!」
「敵戦車! 砲塔1時 近いぞ、急げ! 急げ!」

「前方に戦車!」 「M60だ!」 「味方だ!」騒ぐ兵士を制し、中尉が命じた、「用心しろ。信号弾を撃て」
信号弾が白い輝きを発しながら尾を引いて打ち上げられた。それに応じて相手が青色信号弾を打ち上げた。
「味方だ!」
その瞬間、412RCTの将兵は歓声を上げた。412RCTの包囲はこじ開けられたのだ。

「第1戦車群と第412連隊が連絡を回復しました」
「罠は閉じたぞ、締め上げろ!」
攻撃頓挫により反政府軍の第11自動車化狙撃師団は動揺し、一方の政府軍は敵襲の撃退成功と第1戦車群の到着
で士気が揚がっていた。
さらに、412RCT3大隊の大隊長を務める中佐が412連隊の残存兵を糾合し、臨時に戦闘団を組織した。
第24歩兵師団に秩序が復活しつつあった。
第1戦車群は第11自動車化狙撃師団の側面を衝き、さらに後方を突破して分断した。
これに連動し、マキーバ方面軍の司令部も再び統制を取り戻しはじめた。
190ハーモニカ・マン:04/08/14 23:50 ID:HI6LyYEe
 反政府軍に追い討ちをかけるように、至急報を受けたエリア88のグレッグ中隊が到着した。
グレッグは、空中戦での腕こそシンやミッキーに若干劣るが、A-10攻撃機を駆っての対地攻撃についてはエリア
88最強と言われている。彼のA-10は、どこから調達してきたのか40ミリバルカン砲まで積んでいる。
 O-2Aも戻ってきて、スモーク・ロケットでグレッグたちに叩くべき目標を示した。
スーザンは上空の特等席から、反政府軍が無残に打ち砕かれるのを見ることができた。

 自分の戦果の詳細を彼女が知ることは、遂に無かったが、それでも、かなり大きな戦果を上げたことは容易に
想像できた。
それを喜ぶべきか否か分からなかった。
彼女は、言ってみれば大量殺人者である。
だがここで彼女たちが対地支援をしなければ412連隊3大隊の全滅は必至であり、おそらくそれは戦線が決定的に
破られることを意味する。
後方に回り込んだ機甲部隊により政府軍は大混乱に陥り、マキーバの失陥は避けられまい。
 つまり、2人がここで敵師団を撃破したことにより、おそらく政府軍の数個師団が全滅を免れたことになる。
だがそれが、鉄の雨を降らせたことへの免罪符になるのか。
F-16戦闘機のコクピットはとても静かで、外を流れる風の音を聞きながら、彼女は残る哨戒時間の間ずっと考
えることができた。それが彼女にとって良かったかどうかは、別にして。

『スーザン、アスランの内戦は半端じゃないんだ』ミッキーが言った。
『このあたりの政府軍部隊はヤスリブ族を主体として編成されている。
反政府軍もヤスリブ族傭兵を使って同族を殺させている。
親族は敵対し、報復は連鎖する。戦争は悲惨だ』
191ハーモニカ・マン:04/08/14 23:55 ID:HI6LyYEe
「だがね、スーザン、アスランの内戦はまだいいほうなんだ」ミッキーが言った。
ふたりは例によってステンレスのカップでコーヒーを回し飲みしながら、話していた。
「アスランでは、政府軍も反政府軍も、それなりに国民のこと、母国のことを考えている。その路線対立が根底
にある。
だけど、君はアフリカに行った事はあるかね? あそこの内戦には、我々が理解できるような開戦理由なんても
のは存在しない。隣の奴が甘い汁を吸うのはけしからん、その程度のことが戦争につながる。そして、そこに冷
戦構造や旧宗主国の確執が加わってくる。下手をすると資源目当ての成金まで一枚噛んでくる。国民のことなん
か誰も覚えていない」
「結局のところ戦争は不可避なんじゃないか、俺はそう思うんだ。平和というのは戦争と戦争の間の裂け目でし
かないんだろう」

 思うに、我々の最高の発明は「ジ・エンド」という概念ではなかろうか。
私が今小説を書いている、としよう――まあ、実際に書いているのだが。
その作品世界の中では血みどろの惨劇が繰り広げられている。数千、数万の優れた男女がそれぞれの祖国に尽く
し、殺しあっている。和解の余地は無い。
やがて終幕を迎える。それは幸せな結末かもしれないし、そうではないかもしれない。
私は最後の読点を打つ。<了>と書く。原稿を保存し、コンピュータの電源を落とす。
そして立ち上がって伸びをすると、私自身の平和な生活に戻る。屍山血河たる私の世界に背を向けて。
だが我々の物語に「ジ・エンド」と書くことはできない――人類が存在する限り。

「我々は、沙漠の真中で『戦争』という男と手錠で結ばれているようなものなんだろうな、たぶん。そいつは我
々の分身みたいなものなんだ。我々の一部なのかもしれない、不可分なのかもしれない。我々がしばしば戦争の
ことに目をつぶるのは、そこに自らを見るのが怖いからかもしれない」
ミッキー・サイモンはそこで言葉を切り、カップの上の何かを凝視した、そして言った。
「我々は鍵を見つけなければ」
192名無しさん@ピンキー:04/08/15 00:05 ID:qgGcKQN3
>>174
        ___
      r'';:;:;;;;;;;:;:;:`ヽ
      }'"""""ヾ;;;;;/ 
       {jモ癶iデ j`i゛ ごめんね
       j! 丶 , ノ ゝ、 もう邪魔しないからね 
     〃ヾ二ン 「;;/;i、  fromキングゲイナー
     ノ;j       {';;:;;;;;ヽ、
    /;;;〈       j;;;:;;;;;;/;;ヽ
    / :;;;;;ヽ   ,ィi;;;;;;;;;;;!|;;;;;;|  
    :: :;;;::ヽ_,r;゛;;::: ::.  :::  
193赤い垢すり ◆ojEY7H1URU :04/08/15 00:08 ID:RLOdri1b
>192
邪魔をしてくれないと、ロボット物を成り立たせる敵が存在しなくなるので
困ります。
19448:04/08/15 23:41 ID:qgGcKQN3
 わたしが原作に挙げたもので、この板でもっとも有名なのが『エリア88』なら、一般的にもっとも有名な
のが『鷲は舞い降りた』でしょう。
これは、一言で言ってしまえば「プロフェッショナルの物語」です。使命達成に命を賭ける男たちを描く傑作冒
険小説です。
 鷲は舞い降りた!
ヒトラーの密命を帯びて、イギリスの東部、ノーフォークの一寒村に降り立ったドイツ落下傘部隊の精鋭たち。
歴戦の勇士シュタイナ中佐率いる部隊員たちの使命とは、ここで週末を過ごす予定のチャーチル首相の誘拐だっ
た!イギリス兵になりすました部隊員たちは着々と計画を進行させていく…
 誰でも、チャーチルが誘拐などされなかったことは知っています。しかし、この荒唐無稽な計画がどんな結末
をたどることになるかは明らかであるにもかかわらず、きっと読者は目が離せなくなるに違いありません。
一般に持たれている、残虐非道で血に餓えたナチスの兵士、というイメージから一線を画す、プロフェッショナ
リズム溢れるクルト・シュタイナと降下猟兵たち、独特のユーモア感覚を持ち陽気でへらず口の多いアイルラン
ド人のリーアム・デヴリン、反逆罪で逮捕されたシュタイナの父親を救おうとする、計画立案者のマックス・ラ
ードルなど、登場人物も魅力的です。
訳者の菊地光氏は、あとがきでこう言います。
「なるほどシュタイナたちはチャーチル誘拐には成功しないが、しかし本書を読み終えた読者はもうわかってい
るはずだ。シュタイナたちは、失敗者ではない。 (中略)  全員がひっそりと歴史の闇の奥に消えてゆくし
かなかったとしても、彼らをいったん知ってしまった読者にとっては、讃えずにはいられない素晴らしき冒険者
たちなのだ」
195名無しさん@ピンキー:04/08/17 00:49 ID:MEKSfDBj
エロ無し専門スレにいるオリジナルのファンタジー作家って女じゃないの?
196名無しさん@ピンキー:04/08/17 00:50 ID:MEKSfDBj
誤爆シターー!!
197名無しさん@ピンキー:04/08/20 23:06 ID:6yroIcSZ
保守
ついでに無口な住人から職人さんにいつも見てますコール
198名無しさん@ピンキー:04/08/22 03:09 ID:nimf495X
リョウたんまってる
199弱虫ゴンザレス:04/08/24 17:11 ID:3JSczPSb
今なら誰も見ていない
投下するなら今の内

−−マスタースレイブ−−


 部屋を出てから長い廊下をまっすぐ歩き、いくつかの角を素通りした所で、ベロアはふと不
自然な空気を感じて立ち止まった。
 しばらく回りの様子をうかがってから、何歩か振り返ることなく後退し、ひょいと角を覗き
こむ。
 気落ちした灰色の瞳の中に、リョウと同じほどの背丈しかない少女が一人、黒髪から覗く蝙
蝠羽を小さく羽ばたかせて立っていた。
「……ハーラ。盗み聞きしてただろう……」
 本日何度目か分からないため息と共に吐き出された言葉は、もはや咎めるというより嘆きに
近い。
 小さな体に、胸下までしか丈のない黒い革製のホルダーネックにに、同じく黒い革のタイト
スカート。種族名歌姫。固体名ハーラ。彼女もリョウ従僕の一人であり、片目だけ、リョウと
同じとび色の瞳を持っていた。ムチと鎖でも持たせたら、ある種の趣味を持った男が大喜びし
そうな少女である。
200弱虫ゴンザレス:04/08/24 17:13 ID:3JSczPSb
 にんまりと高飛車な表情を浮かべて腕を組み、ハーラと呼ばれた少女は口をつぐんだままで
甲高い声を響かせた。
 種族柄、彼女達の唇は頑丈な糸で縫いつけられており、声が出せないようになっている。な
らば彼女の声はいかにして発せられたのか。
 一目瞭然。歌姫は腹に口を持っている。
 初めて歌姫と出会う人間は大概面食らうが、恐れて逃げる者はいなかった。歌姫が肉を口に
しない事は割と有名な事である。そのうえ、種族名が示すとおり、彼女達の歌には赤子でさえ
聞き惚れた。
「いやに楽しそうだね……何か面白いことでも聞こえたかい?」
「あらぁ、だって、これが笑わずにいられるかしら? アイズレスが選択を誤ったのよ? 千
里眼のアイズレスが、戦略で戦う卑怯者が、史上最悪の猫っかぶりのアイズレスが!」
 冷めた灰色の瞳が見下ろしてくるのも気にせずに、ハーラは腹の口から言葉を発しながらき
らきらと表情を輝かせた。
「はいはい、僕はどうせ間抜けだよ。音痴の歌姫に言われる筋合い」
「ちょっとぉ! ずいぶんじゃないのよ! マスターの前じゃなきゃ猫かぶる必要もないっ
て? なによその目、感じわるーい。ねぇねぇ何を話そうとしてたのよ? 何を話すのをため
らってたの?」
「あのねハーラ……」
「教えてぇ〜、お願ぁ〜い」
201弱虫ゴンザレス:04/08/24 17:14 ID:3JSczPSb
 胸の前で手を組んで軽くしなを作るハーラを呆れた表情で見下ろして、ベロアは小さくため
息をつくと諦めたように首を左右に振って小さな歌姫に背を向けた。
「ちょっと! どこいくのよ!」
「散歩」
「こんな夜中に僕をおいて出かけるの…? 僕が一人で寝られないの知ってるくせに……!」
 聞こえるはずのない声と言葉にぎくりと全身を硬直させ、冷や汗を浮かべたままゆっくり背
後を振り返ると、ハーラがにやにや笑いで立っていた。
声色だと、わかっていてもその言葉は胸に痛い。
「……ハーラ」
「あら、後ろ暗い事でもあったかしら? いいじゃない、言っちゃいなさいよぉ」
 悪びれもせず笑っている歌姫には、怒る気力も起きなかった。
 ただでさえいい気分ではないというのに、この種族は皆総じて“こう”なのだろうか。否、
ベロアは知っている。本来歌姫は物静かな性格だ。
「……わかった。わかったよ、話す。ハミットが怪我をした所までは聞いただろう?」
「やった! 聞いた、聞いた!」
 ハーラは興味津々に目を大きく見開くと、一言も聞き逃すまいとするように蝙蝠羽を左右に
広げて何度も浅く頷いた。歌姫は、全身の皮膚と左右に広げたこの羽で音を聞く。
 壁を数枚通しても聞こえるという度を越した地獄耳から逃れたければ、彼女を眠らせるか真
空中に放り込むかでもしなければ術は無いのだろう。
「あの種族の弱点だからあまり公言したくはないんだけど……」
「種族ぐるみの内緒話!? 聞いたらやばいかしら?」
「ハミットに殺されるかもね……君はともかく僕が……」
「重い話なのね? 楽しみだわぁ!」
202弱虫ゴンザレス:04/08/24 17:15 ID:3JSczPSb
 両手を合わせて期待に胸を膨らませる少女には、もはや何を言っても無駄だろう。
 一縷の望みをかけた誰に対する物か分からない脅しは、むしろ性格破綻の歌姫を喜ばせる要
素にしかなりえていない。
「まぁ……簡単に言うとね、ハミットは痛みに弱いんだ」
 何気ない会話でもするような態度で言い放たれた、驚くほど平凡な言葉。
 ハミットは痛みに弱い。それはそうだろう。痛みに強い種族はそういない。
 だから何よと聞き返そうとしたハーラを人差し指で軽く制し、ベロアは少しの間何かを思い
出すように沈黙してからハーラの額に指先を押し当てた。
「いいかい? たとえば僕がナイフで腕を切れらた時の痛みがこの程度だとする」
「いッ――たぁ!!」
 突然、腕に焼けるような痛みが走り、ハーラは悲鳴を上げてベロアの腕を振り払った。
「いきなり何す……!」
「落ち着いてハーラ。本当に切ったわけじゃない」
 なだめるようにそういわれ、ハーラは切り裂かれたはずの腕を見てから明らかな不機嫌に顔
を顰めた。ねっとりとした血の色を想像していたのに、まだ痛みの余韻を覚える腕には傷など一切ついていない。
 記憶の共有。アイズレスは他人の記憶を見る事が出来るだけではなく、自分の記憶を見せる
ことが出来る。痛みという純粋な記憶を相手の脳に見せれば、刃物もなしに相手に激痛を与え
られるのだ。
「……ちょっと! イメージリンクするなら先に言ってよね!」
「触れてからリンクするまで間を空けたじゃないか。それくらい予想……」
「どのイメージをリンクするか言えっていってるのよ! 痛かったじゃない!」
「ハミット種はほんの引っかき傷でこれと同等の痛みを覚えるって言ったら、さすがに背筋が
凍るかな?」
 もはや投げやりな雰囲気さえ漂わせながら言われた言葉に、ハーラはきょとんとした表情を
浮かべてベロアを見上げ、それからまだ痺れている自分の腕に目をやった。
203弱虫ゴンザレス:04/08/24 17:16 ID:3JSczPSb
 掠り傷とも言えないような、ほんの小さな引っかき傷で、これほどの痛みを感じるならば、
例えばそれがナイフでつけられた傷ならば……
「視界が白く爆ぜるような激痛……」
「さすが歌姫。綺麗な言い回しだ。ロウはハミットが怒ったと勘違いしてたけど、実際彼は気
を失うほど痛かったんだと思うよ。ロウの態度を見る限り結構な傷だろうからね」
「ま・まってまって! でもハミットって治癒魔法使えなかった?」
「マイナーな事を知ってるね。確かに、痛みを感じる前に傷を治癒できるほどの治癒魔法が彼
らには存在する。でもそれを使わなかったという事実がここに存在するからには、何らかの理
由で使えなかったんだと考えてしかるべきだろう?」
「……化け物並みの精神力ね」
 ぽかん、とした表情のまま、ショック死してもおかしくない傷を負って歩いてきたエルに対
する感想を述べると、ベロアも共感するように一回深く頷いた。
「僕もそう思う」
「なるほどねぇ……マスターがこれ聞いたら、確かに責任感じて落ち込んじゃうわね」
「しかもハミットが黙りこくってたのを、怒ってたって勘違いしてたからね。振り向きもし無
かったって」
「そりゃ、冷や汗タラタラな表情なんてみられたかないでしょーよ」
 きゃらきゃらと笑いながら、不意にぴくりと羽耳を動かすと、ハーラはベロアを見上げてに
んまりと微笑んだ。
「……何?」
「あら、聞こえなかった?」
「何が?」
「これだから目にしか頼らない種族ってやぁね。こーんなにはっきり聞こえるのに」
 不信げに見下ろしてくるベロアに対し、わざとらしく耳をすます仕草をして見せる。
 そんなハーラを見てから一瞬背後を振り返り、左右に軽く頭を振ると、ベロアはぽんぽんと
少女の頭を叩いてから歩き出した。
204弱虫ゴンザレス:04/08/24 17:16 ID:3JSczPSb
「まぁ、これで話はおしまいだ。僕はもう行くよ」
 予想はついている。追いかけてきたリョウが、ハミットの怪我がどれだけ深刻かを聞いてた
まらず駆けて行ったのだろう。
 ベロアにはリョウが駆けてくる足音も、走り去る足音も聞こえなかったが、ハーラの表情と、
リョウの性格と、現在のタイミングを考えればまず間違いない。
「あれ、行っちゃうの? ねぇねぇ、何か“見”えた?」
 たたた、と小走りに追いかけてくる、好奇心旺盛な歌姫。二番目の従僕、二人目の親友。
「見えるって、何が?」
「ごまかす気? マスター、ハミットの部屋にいったのよ? この先どうなるか、予想したん
でしょ? ねぇねぇ、どうなるの? マスター優しいからそりゃあもう手取り足取り……」
「ハーラ」
 振り返った瞳は真剣で、それでも穏やかな青色を湛えていた。
 落ち込むのが馬鹿らしくなったのか、少女の前での強がりなのか。
「散歩、付き合う?」
「……何で?」
「僕は余計な推測はしなかったし、これからもしないつもりだけど、この宿に君を置いとくと
余計な事を盗み聞きして僕にベラベラ喋りそうだから」
 しれっと言われた暴言に心外そうに目を見開くと、ハーラはふくれっつらを作ってベロアの
前に立ってずんずんと歩き始めた。
「あれ? 怒った?」
 後を追いながら、とぼけたように聞いてみる。
205弱虫ゴンザレス:04/08/24 17:17 ID:3JSczPSb
「怒ったわよ! なーによそれ! マスターの事心配しちゃだめだっていうの!?」
「楽しんでるようにしか見えなかったけど」
「ちょっと!!」
「ごめん、冗談だよ」
 振り返るなりすさまじい剣幕で怒鳴りつけられ、ベロアは苦笑いを浮かべると腰を曲げてハ
ーラの頭を優しくなでた。
「ハーラは、ロウが心配?」
「当たり前じゃない。あたしのマスターよ? 親友なんだから」
 ふくれっつらはそのままに、だが話を聞く態度はしっかり見せて、ハーラは真直ぐにベロア
の瞳に視線をやった。
 従僕の中で、ハーラはベロアと一番長く過ごして。故に、ベロアは納得できる理由をくれる
事を知っている。そういう種族ではなく、そういう男だ。
「あのねハーラ。僕はロウの行動は、余程の事が無い限り予測しない。予測すると、当たるか
ら、あの子の秘密を勝手に暴くことになる。僕はあの子と、なるべく人間として生活したいん
だ。それに僕はね、意外とハミットの事を信頼してる」
「嘘ぉ! だって、今日だってハミットがマスターを迎えに行こうとするの止めて、ボロボロ
にされたじゃない!」
「ハーラ……それ、禁句……」
 明らかに引きつった表情を浮かべたベロアに対し、ハーラは暫く納得いかなそうに沈黙する
と、諦めたようなため息をいて歩き出した。さっきとは違う、ゆっくりとした足取りで。フェ
アであろうとするアイズレスと並びつつ。
「でもさーぁ、ハミットだって男よ? いくら怪我してるからってさ、マスターに優しくされ
たらさ……」
 押し倒されて犯されるなんて事態は起きなくても、何かされるんではないかと心配だ。実は
少し楽しみでもある。そんな表情で隣を歩くハーラを視線の端に捕らえつつ、ベロアは複雑な
表情を浮かべて白い息を吐きだした。
 気温は一桁。いくら体温の低いアイズレスでも息くらいは白くなる。
206弱虫ゴンザレス:04/08/24 17:18 ID:3JSczPSb
「ハミットは不器用な種族だ。あの種族の男は、これと決めた女性に対して一途で真直ぐで、
決して傷つけさせないし傷つけない。同時に他の男が寄り付くのを異常に嫌がるんだ。本来、
彼は僕達と一緒に行動できる種族じゃない。特に僕は、本来なら抹殺対象だ」
「だから……?」
「彼はロウのためならどんな苦痛も耐えるって事。本能を殺すくらいに。嫌と言われたら、絶
対にそれ以上踏み込まない。実際彼は、からかうだけでロウにキスさえしてないだろう?」
 そう言われてみると、確かにそうだ。力では明らかに勝てるのに、押し返されれば大人しく
離れ、追えば追いつけるのに、逃げられれば追わなかった。あぁ、存外に紳士なのねと心の中
で不思議に納得しながら、ハーラは蝙蝠羽をたたんで髪の中にしまいこんだ。
「……それ、しまえたの…?」
「あら、知らなかった? 普通はしまわないけどね、こうすると人間より耳悪くなっちゃうか
ら。これ、とんでもない騒音の中にいたりすると膜が破けちゃうのよ。で・今は広げてると、
宿の中の声までついつい聞こうと思うと聞こえちゃうから、しまうわけ」
 アイズレスでも知らない事があるのねと、いたずらっぽく微笑むと、ベロアは当たり前だと
呟いて、困ったような笑顔を見せた。
「ま・あの二人が仲良くなれば、少しは彼も居心地がよくなるんじゃないかな」
「敵に塩を贈るなんて、どうかしてると思うけど?」
「自信があるからね。ロウは僕を愛してるし、僕もロウを愛してる」
「浮気されたら?」
「本気じゃなきゃ平気」
 下戸のアイズレスと、アルコールに酔えない歌姫が酒場に向かってどうなる物でも無いのだ
が、深夜に営業している店が他に無いため、奇妙な親友同士は二人そろって酒場へ消えた。
207弱虫ゴンザレス:04/08/24 17:23 ID:3JSczPSb
恐ろしく遅筆ですいませんすいません。
若干不自然に感じる所があるでしょうが、文章力がおっつかなくて修正できませんでした。
リョウを待ってるコールを頂いたのにリョウ出てなくてごめんなさいごめんなさい。
歌姫の描写も若干分かりにくいかもしれませんが、もし何か疑問があったらお聞きください。答えますんで。たぶん。
生物としての設定くらいならば・・・・
208名無しさん@ピンキー:04/08/24 23:02 ID:QCU3pDXz
乙!
209名無しさん@ピンキー:04/08/25 10:43 ID:+cIARYUh
            / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\
         /           \    
         /              ヽ    
   / ̄\ l      \,, ,,/      |   
  ,┤    ト |    (●)     (●)   |  GJ!
 |  \_/  ヽ     \__川__/     |  
 |   __( ̄ |    \/     ノ 
 |    __)_ノ  
210名無しさん@ピンキー:04/08/25 14:47 ID:POz+VSxg
乙です。歌姫(・∀・)イイ!!
・・・口が縫われてるのはなんでですかね?
211名無しさん@ピンキー:04/08/25 15:02 ID:9u43hCOi
食事もおなかの口?
212名無しさん@ピンキー:04/08/25 19:11 ID:17unSCV4
GJ!!続きも楽しみ〜
213弱虫ゴンザレス:04/08/25 19:18 ID:KI3g8WDX
食事は下の口です。ストローで液体をチュウチュウと・・・・
果汁を主食としてる種族なのです。
口が縫われてる理由は、上の口から声を出すことになれると下の口から声が出難くなるかららしい。
上の口は、声域は下の口と同じくらいあるんですが、音量が小さいので副旋律として使われるのです。
下の口の声帯は伸縮自在で超高音から超低音まででるのです。
普通、下の口から声を出すことに慣れたら糸は切るものなのですが、ハーラは切ってません。
音痴の歌姫というのは、上の口と下の口でハモル事が出来ないからです。
ここまでが一応、歌姫の生物的設定です。人間とはまったく違う肉体構造をもった生物ということで・・・・・・
214名無しさん@ピンキー:04/09/01 22:11 ID:M8UYZxaL
ホシュ
215名無しさん@ピンキー:04/09/06 19:59 ID:MmskTRfm
ホシュついでに萌え話でも・・・
強くて怖い男に懐いている少女というのは萌えるとおもうんですが。
そこらへんどうよ↓
216名無しさん@ピンキー:04/09/07 01:42 ID:qMZzqwHe
>>215
あたり前田のクラッカー


しかも懐いてるといっても感情は表に出さなくて、一緒にいる時だけかすかに笑みを零す位のが!
217名無しさん@ピンキー:04/09/08 22:57 ID:KCaHcSMI
保守&>>215-216に同意ついでに質問・・・

ここはエロゲが元ネタのやつは投下しても大丈夫ですやろか?
自分、Circusスレの861というものですが・・・。
エロは苦手で(苦

まあSSっつうか、小ネタみたいなもんですねんけど
218217:04/09/08 23:10 ID:KCaHcSMI
あー、でもここは「元ネタを知らん」人がいるんですやね・・・
読み返してみるとそれじゃちっとも何不明な物だ・・・
止めときます。スマソ。

↓再開
219名無しさん@ピンキー:04/09/09 00:15 ID:KlSe4G9L
>>217
いいんではないでしょうか?
っつか、元ネタ分からなくても面白ければ投下してOKでは?
たぶん、完全にオリジナルなのはゴンサレス氏だけだと思いますし

ところで自分は医者に萌えるわけだが。
男でも、女でも。
220名無しさん@ピンキー:04/09/09 15:10 ID:sKXFZCkw
>>219
217ですが、上の皆さんのは「知らなくても面白い」という名作品でしょう?
そん時だそうとしたのは元ネタを知らないと
「ハァ(゜д゜)?何それ?」てなものだったんです。

まあそれは封印しておくとして、一応元ネタの知識はそんなにいらないやつを書きました。
即興で書いたものですので、オモロイかは保証できかねますが・・・

後自分は「オニャノコの意外な側面」に萌えます。
ねらいすぎず、さりげなすぎず、で、匙加減が難しいところですけど。
221名無しさん@ピンキー:04/09/09 15:12 ID:sKXFZCkw
年中散らない桜が咲き誇る初音島。
ここの住人の子供たちが通う『風見学園』の掲示板に、こんな旨の張り紙がされた。


  ━━初音島観光PRキャッチフレーズ募集━━
この度我が初音島観光局では、日本全国の皆さんにここ『初音島』の良さを理解してもらい、
足を運んで頂くためにこの島の良さを一行に濃縮したキャッチフレーズを募集します・・・



賞品:図書券○千円分
○月○日迄に担当、白河先生へ提出


「はあ・・・何故私がこんな面倒なことを・・・」
先日の職員会議で半ば押しつけられる形で担当に任じられた白河暦は、溜息を漏らした。
「賞品も図書券だろう?今日日の子供がそれしきに釣られるのかね・・・」
愚痴る暦に、
「せぇ━━━━んせぇ━━━━ぇっ!!」
と黄色い声を発しながら、一人の女生徒が駆け足で近づいてきた。
「出来ましたっ、出来ましたっ!!」
「おお、美春」
美春と呼ばれたこの生徒━━天枷美春は、その無邪気とも、天然ともとれる普段の言動から、
校内では結構名の知れた存在であり、暦ともよく知る仲であった。
222名無しさん@ピンキー:04/09/09 15:14 ID:sKXFZCkw
「珍しいな。お前がこんなのに応募するなんて」
「もう超自信作ッ!!シンプルでストレート、かつインパクトがある一品です!!
 もう賞品は美春がいただいたも同然!!」
「ほー、えらく気合いが入ってるじゃないか。そんなに賞品が欲しいのか?」
「はい!」
「何だ、読みたい本でもあるのか?」
「いえ、金券ショップで交換して、そのお金で買えるだけバナナを買います!!」
「あ、そうなのか、大好物だものな。はは、はは・・・」
案外夢の欠片もないところもあるんだな、と、暦は苦笑した。
「あ、せっかくだから先生、聞いてもらえませんか?」
「いや、いいよ。そこの箱に書いたやつを入れておいてくれればいい」
「そんなあー、聞いてくださいよぉ。絶対、イイ!!って思いますから!」
こうなると、美春は聞かないところがあった。
「あーわかったわかった。好きなだけ発表してくれ。・・・ハァ」
「それじゃあ、リクエストにお応えして・・・
 えー、ワタクシ天枷美春が今回考えましたキャッチフレーズは、
 ・余計なディテールを省き、至ってシンプルに、
 ・見る者に余計な思考をさせることなくストレートに響き、
 ・それでいて一度見たら忘れられない、インパクトあるもの
 この3点を見事満たしたものにすることに成功いたしまして・・・」
「余計なプレゼンはいらん!さっさと言え!!」
「えー、コホン。それでは発表いたします!」
美春は息を整え、大きな声で自分の作品を諳んじた。

「『みんな、Hが大好き』!!」

「ぶゴッ!!!!!!」
暦は、口にしていたコーヒーを噴いた。
223名無しさん@ピンキー:04/09/09 15:16 ID:sKXFZCkw
「どうです?グッ、と来たでしょう?あ、美春はそろそろ行かないと・・・」
「ちょっ、ちょっと待て、美春!それはまずい、まずい!!」
いつになく取り乱す暦に、美春はあっけらかんと答える。
「何故ですか?Hは『Hatsunejima』のHですよ?
 こうして初音島を一文字に表現することで、フレーズを簡潔なものにしたんです!
 島のみんなは島が大好き、きっと他のみんなも大好きになる、ってことです」
「いや、あの、しかし、あの・・・・・・」
「直しは出来ませんよ。もうこれは美春の中で完璧作品ですから!たとえイトイ何たらが
 何と言おうと、直す気には毛頭なれません!」
「そ、そうか・・・・・・」
「あ、美春、先輩と約束があるんで、失礼しまーす・・・」
そういって、美春はぱたぱたと外に出て行った。

噴いてしまったコーヒーを布巾で拭きながら、暦は呟いた。
「もしあんなのが採用されたら、家族で島を出よう・・・・・・」
224弱虫ゴンザレス:04/09/10 01:29 ID:p5ncHEWd
|ω・
新しい職人さんが増えたのでしょうか。
喜びに打ち震えつつこっそり投下
今回はとても短いです
−−マスタースレイブ−−

 初めての感覚というのは、意外な時に不可解な形で訪れた。
 人間を守って、怪我をする。
 あぁ、もしも同族がここにいたら、気でもふれたかと肩を揺すられるのだろう。
 エルは傷ついた両腕に薬油を塗って、荒い息を吐きながら床に蹲っていた。
 これが痛みという物か。この苦痛に比べたら、今まで自分が痛みと感じてきた物は苦しみで
も何でもない。
――麻酔作用があるから、感覚はなくなるけど痛くは無くなってくるはずだよ
 薬師の異名を持つ、モルフォという種族がリョウの従僕の中にいた。
 固体名トレス。よりによってリョウに体を要求した最悪の従僕であり、口が軽く、性格も軽
い男である。エルとしては、この男はベロアに匹敵する程の嫌悪の対象に当たるのだが、この
種族は体液が薬だとさえ噂される程に薬学に特化しており、今、エルが腕に塗っている薬油も
モルフォが調合したものだった。
 遅効性だが、傷に染みる刺激は無い。
 傷の匂いがしたからと、薬を持ってわざわざ部屋に現れたその男は、醜く歪んだ顔を隠すた
め、頭から首までを完全に包帯で隠していた。
「……見た事は無いが……」
 自分で鏡を覗くことが出来ない程だと、本人が言っていた。
 呟いた直後にふっと痛みが軽くなって、エルは深くため息をつくと、壁に背を預けて安堵し
たように目を閉じた。
225弱虫ゴンザレス:04/09/10 01:30 ID:p5ncHEWd
 そこでやっと回りに気を配る余裕が出来る。外に、誰か立っている気配がした。
 うろうろとドアの前を歩き回り、立ち止まってはまた歩く。
 気づかなかったが、様子からして随分前からいたのだろう。何を悩んでいるのかといえば、
この部屋に入るのをためらっているとしか思えない。
 訝るような表情で立ち上がり、エルはドアノブに手を掛けた。
 否。握ろうとして、力が入らない事に沈黙する。
 遅効性の麻酔――効き過ぎだ。
 気が付いてみれば肘から先の感覚は両腕とも無くて、指先さえ動かなくなっていた。
「……鈍化させる程度には止められなかったのか」
 ドアが開けられない。かと言ってこのままでは、あと何時間待つ事になるかも分からない。
「我が主。そこにおいでですか?」
 気が進まなかったが、無視することは出来なかった。
 声をかけると、びくりと背をのけぞらせて立ち止まるのがよく分かる。
――あぁ、怯えられている。
 当然だ。あんな醜態を見せておいて、人間の少女が怯えないわけが無い。
「今、腕が使えないのでドアを開ける事ができません。顔を合わせるのがお嫌でしたら、どう
ぞそのままで用件をお伝えください」
 不可解な脱力感。これも薬も効果だろうかと頭の隅で考えながら、エルはドアの隣の壁を背
にして力なく座り込んだ。
 なんというか、だるい。
 ほとんど出血する事の無いハミット種に、それが軽い貧血による物だなどとわかるはずもな
く、エルはドアの向こうで動かなくなった主の気配を感じながらゆっくりと目を閉じた。
 じきに走り去る足音が聞こえるのだろう。
 ドン、とドアが拳で殴りつける音がして、エルは閉じたばかりの瞼を開いて隣のドアを仰ぎ
見た。
 もう一度、今度はおそらく蹴ったのだろう。右腕の義手で殴らないのは、ドアが壊れる事を
意識しているからだろうか。
 そういえば、森であの義手の指を食い込まされた胸の部分が赤黒く変色し、鈍い痛みを放っ
ていた。
226弱虫ゴンザレス:04/09/10 01:31 ID:p5ncHEWd
 考えた事は無かったが、あの右手の握力ならば石くらいは砕けるのだろうか。ベロアがさ
いさん、右手の使い方をリョウに注意していたのを思い出しながら、エルは遠ざかる気配を見
せたリョウの足音に、奇妙な落胆を見せたため息をついた。
 その直後である。
「この、朴念仁の薄ら馬鹿がぁ!!」
「ッ……!」
 ドアの向こうから、力いっぱい怒鳴りつける声がした。
 奇妙に声が震えている気がして、あぁ、まずい。これは確実に……
「そんな……そんな、怒る事、無いじゃ……! 僕は、ただ、謝ろうと……! なんでそんな、
だって……! 血が、怖っ……!」
――泣かせた……!
 いつかやるのではないかとは思っていたが、何もよりによって、体調が最悪な時に起こらな
くてもいいではないか。
227弱虫ゴンザレス:04/09/10 01:32 ID:p5ncHEWd
 最悪のビックイベント。これを回避する術を、エルが持っているはずも無い。
「ドア……開けてくれたって、いいじゃ……顔見て、話したい事、いっぱい……!」
 本当にドアが開けられないのだが、今それを主張した所で無駄だろう。だが、障害物をまた
いでの空間転移をする体力は、今のエルには存在しない。
 絶望的とゆう言葉は嫌いだったが、正しく今、この時こそ絶望的だ。従僕の刻印が不快な痛
みを放って忠誠心に釘を刺す。
 もはやドアの向こうに座り込んで泣きじゃくる声しか聞こえなくなってしまい、エルはかけ
るべき言葉も起こすべき行動も見つけられずに完全に狼狽していた。
「……我が主」
 どうにもならずに、とりあえず声を掛けてみる。
 当然反応はなく、エルは頭を抱えようとして、腕が麻痺している事を再認識する事しかでき
なかった。
 待て、モルフォのあの奇妙な含み笑いは、まさかこういう状況を見越してか?
 邪推だ。あの種族に先読みの術はない。
 とにかく、主が泣いているのだけは耐えられないと、エルは意味もなく立ち上がった。胸が
引き裂かれそうなどという表現を通り越して、腕の傷から血が滲む。
 しかし当然、血が足りない時に急に立ち上がるとどうなるかを、医学という知識をもたない
ハミット種のエルが知っているはずもなく……
 この男が卒倒するのを見る機会は、おそらくこれが最初で最後のチャンスだろう。
228弱虫ゴンザレス:04/09/10 01:35 ID:p5ncHEWd
ここで切らせて頂きます。
長い時間かけてる割にえらく短くてすいませんごめんなさい。
229名無しさん@ピンキー:04/09/11 00:54:21 ID:f1yMRQUL
おつ
230名無しさん@ピンキー:04/09/13 13:15:11 ID:omHQ1Vng
りょうたん、ハァハァ
23148:04/09/17 23:21:26 ID:BKLCHXH6
 ちょっとした事情で、来年の初頭まで用事が出来ました。そのためにインターネット環境からは離れますが、
原稿と資料が入ったラップトップPC(結構な量の資料を使って書いてるんですよ、これでも)を持っていくので、
次にお会いするときには、ある程度まで、次期長編予定の「絶対封鎖区域」を書いておくことが出来るだろう、
と期待しています。あと、可能なときには、出来るだけ生存報告を入れるつもりです。
 なお、続きが気になる人がいるかもしれないので、ひとこと。
「ハーモニカ・マン」の段階では、第3次大戦は回避されます。そして、その数年後にソヴィエトの油田が爆破さ
れたことをきっかけに第3次大戦が勃発し、「北の鷹匠たちの死」につながることになります。そうしないと、
『レッド・ストーム作戦発動』との整合性が取れなくなりますからね。
 それでは皆さん、再見!
232名無しさん@ピンキー:04/09/23 14:39:18 ID:Yw5l6HtY
保守
233沙羅双樹:04/09/24 13:56:53 ID:TZPrn1uc
【思いつきで書いた。魔族の女と人間の男の恋物語。
魔族の女は200歳ちょい、人間の男はすでに他界…。
ちょー短編、私はSS書きに向いているのでしょうか?】

バラの香りの中、一人の魔族の女が佇んでいた。
スラリとした長身、どこか気だるげな雰囲気を漂わせている。
髪は肩を少し過ぎた辺りまで伸びた、しなやかな銀髪のセミロング。
美しさと、可愛らしさの混じりあった風貌。澄んだ紅い…瞳。
黒い簡素なドレスに身を包み、なにやらバラの手入れをしている。
なにやら気配を感じ、ゆっくりと振り向く。花開く満面の笑み。
男「やあ、ここにいたのか…」
魔族の女「フレデリック!!」
ドレスの裾が乱れるのも構わず、魔族の女は男の元に駆け出す。
その勢いのまま、男に飛びつく魔族の女。男の方はどうやら人間だ。
しばし戯れる安らぎのひととき、そして二人は唇を重ねた……。
バラの香りが二人を包んだ…。甘い…、香り……。

夢を観ていたわ…。遠い昔の夢…。還らない日々…。
そして私は忘れる…。そして思い出す。その繰り返し。
緩慢な動作でカーミラは椅子から立ち上がり、紅茶を煎れる。
ダージリンの香り。テーブルに戻り、暫し物思いに耽る。
向かいのドアが開き、使い魔のBBが姿を現す。
BBは無口だが良く気が利く。使い魔というよりは友人に近い。
BB「あるじ、メデゥーサ様から手紙が届いております」(念話)
カーミラ「そう…、ありがとう。下がっていいわ」
手紙に一通り目を通すと、ため息をひとつ付き、返事を書く。
暫くは退屈な日々を過さずに済みそうだ。そう思いながら……。
234名無しさん@ピンキー:04/09/24 21:45:50 ID:rRXwe5ce
 何だかこう、温かくなるような作品をありがとうございます。
実のところ、あんまり過疎なので、推敲なしで投下しようかと思っていたところに233氏が投下してくれて、大変に
助かりました。
で、不肖48です。望外に2週間ほどの猶予が与えられたので、この期間を使って『ハーモニカ・マン』を書き上げた
いと思っています。ちなみにこの2週間で完結できなかった場合、未完となる恐れがあります。
235ハーモニカ・マン:04/09/26 15:41:07 ID:zCgXVZnq

5.Y-2日         ――DEFCON-2発令中――

 サキが待機室に入っていくと、スーザンを中心にしてミッキー、シンとそれぞれの中隊の面々が小さなテーブ
ルを囲んでいて、彼女が、左手に持ったタロット・カードをせっせとケルティック・サークルの形に並べていた。
「さっ、びっくりさせてください」シンが言っていた。
「信じない、と言うの、シン? 私は俗に異常感応力の持ち主、といわれている人間の一人なの。カードは重要
ではないわ」彼女はそう言って、いたずらっぽく笑った。
「じゃあ、占ってみてください」風間も笑って壁によりかかった。
「いいわよ、あなたの将来を告げる一枚のカード。わたしがめくるのは七枚目のカード」
彼女が素早く数えて、七枚目を起こした。大鎌をもった骸骨で、札は上下が逆になっていた。
「なかなか感じのいい男だな」平気を装って風間が言ったが、不安がのぞいていた。
「そう、死神」彼女が言った。「でも上下が逆だから、あなたが想像しているような意味にはならないわ」
一分近く札を見つめていて、口早に言った、「あなたは長生きします、シン。まもなく、あなたにとって長い
停滞の期間が訪れるでしょう。その後に病気、そして負傷。大きな、大きな怪我です」落ち着いた表情で彼の顔
を見た。「意にかないましたか?」
「長生きの部分はね」風間が、陽気な口調でいった。「ほかの部分は、運を天に任せましょう」
「私も占ってもらえないかな、ミス・パーカー?」みんなの輪の後ろからサキが言った。
「お望みなら」
カードを数えた。七枚目は上下が逆になった星であった。彼女がまた長い間見つめていた。
「あなたは健康状態がよくありませんね、中佐」
「そのとおりだ」サキが言った。
彼女が顔を上げて、さりげない口調で言った。「何が表われているか、ご存知のようね?」
「ありがとう、分かっているような気がする」落ち着いた笑みを浮かべてサキが言った。
236ハーモニカ・マン:04/09/26 15:41:44 ID:zCgXVZnq
 とつぜん冷気が降ってきたかのように、一瞬、座が白けたが、ミッキーがすかさず言った。
「よし、スーザン、私はどうかな?」
彼女がカードを集めかけて、手を止めた。「今はだめ、ミッキー、今はこれくらいにしておくわ」
「冗談じゃない」彼が言った。「ぜひ、やってくれ」カードを取り上げた。「私がパックを左手できみに渡すん
だな、そうだろ?」
 彼女がどうにも気が進まないようすでカードを受け取り、無言の哀願の情をこめた表情で彼を見ていたが、そ
のうちに札を数えはじめた。七枚目の札を素早く起こして自分だけチラっと見ると、伏せてパックのいちばん上
に戻した。「カードの方も運がいいようね、ミッキー。あなたの札は、力、かなりの幸運、逆境での勝利と、と
つぜんの出世だったわ」にこやかな笑みを浮かべた。「では、失礼させていただいて、コーヒーの仕度をしてき
ます」部屋から出て行った。
ミッキーが手を伸ばして、カードを起こした。絞首刑に処せられた男であった。
彼が溜め息をついた。
「彼女のように優れた女性であっても、時にたいへん子供っぽいことをするというのは、驚くべきことだ。
そう思わないか、みんな?」


 彼女は角のところで壁に額をつけ、目を閉じて寄りかかった。
背筋の寒気を否定したかった。着け慣れたはずの装具が、妙に重く体に感じられた。
壁の冷たさが、奇妙に沁みた。
「あんたは優しすぎる」その声にはっと目を開いた。
チョム中尉が彼女の後ろに立ち、鋭い視線を向けていた。
「その優しさが、あんたの身を滅ぼしかねん。
もっと非情になれ。敵にも、部下にもな。
憎しみが兵隊を一人前にする。
しょせん血塗られた道だ、そうだろう?」そして踵を返し、立ち去った。
237ハーモニカ・マン:04/09/26 15:42:31 ID:zCgXVZnq
 突然、四方八方でアラームが鳴った。
『空襲! 空襲! 総員戦闘配置! 総員戦闘配置! 敵機は4機! 迎撃戦闘班は直ちに発進せよ!』
スーザンは廊下を走り、そのままラッタルを駆け上がってコクピットにすべりこんだ。
エンジンをスタートさせると、機体がわずかに震え、体に心地よい震動が伝わってくる。
素早くチェックリストを読み上げる。
チェック・クリアー!
「コントロール、スーザンよ。滑走路を使うわ!」彼女は、緊急発進の最短記録では無いかと独り悦に入った。
『了解、スーザン。シンと組め! グッド・ラック!』
見ると、風間大尉のF-20は既に滑走路端に向かっていた。
彼女は嘆息した。やはり、ここのエースは凄かった。
素早くF-16を滑走路端に回し、斜め後方につけた。停止せず、一気に離陸する。
夜間哨戒飛行で一回組んだので、今では風間の癖もだいたいは分かっている。
『テイク・オフ!』
両機は同時にアフターバーナーを入れ、一気に加速した。
F-16とF-20は並んで滑走路を走った。轟音が滑走路に反響した。
エンジン出力に余裕があるF-16のほうが、わずかに早く車輪が離れた。
両機は飛び出すと素早く左右にブレイクし、あらためて編隊を組んだ。そのまま上昇し、高度を取った。

 反政府軍のMiG-17フレスコは、ここにエリア88があるという情報を得て来たわけではなく、ただ航空管制
レーダーの発振を知って調査に来ただけであった。彼らは低空で飛びながら、山々に目を配っていた。
シンとスーザンは上空から回り込み、圧倒的に有利な体位から攻撃に入った。リボルバーカノンとバルカン砲が
同時に火を吹き、2機を叩き落した。隊長機と僚機は死に物狂いで逃げ出したが、逃げきれる筈がなかった。
フレスコは低高度で亜音速しか出せず、しかも既に後ろに喰らいつかれている。サイドワインダーを使う必要も
なかった。
238ハーモニカ・マン:04/09/26 15:43:03 ID:zCgXVZnq
 彼女は、ちょっとした罪悪感を覚えた。
敵機は、彼女たちが襲ってきたことに最期の数秒まで気付かなかった。機体性能にも、操縦者の腕にも絶対的な
差があった。
何しろシンはエリア88最強のエース・パイロットであり、スーザンもナンバー2のミッキーに比肩しうる実力を
持っている。そして、F-16やF-20と、MiG-17の間には、20年以上の時間差がある。
もっとも、第1次大戦以来空戦において撃墜された航空機の大部分――一説では5機に4機――は敵機を発見で
きないうちに落とされているので、これはそう異例なことではない。だが、それは大した救いにならなかった。

『何だ何だ、俺の分は残しておいてくれなかったのか?』ミッキーのF-14がようやく追いついた。
即応性については、新型の2機が他の機体に比べて大きなアドバンテージを持っている。
巨大なF-14と小さなF-16,F-20の編隊は、エリア88ならではの光景だった。

『我々は、彼らを墜とすべきではなかったのかも知れない』風間大尉が言った。
風間大尉も自分と同じことを考えていたのか、と思い、彼女は少々安堵した。
『彼らは、ここにエリア88があると知らなかったのだ、おそらくは。
つまり反政府軍は、まだこの基地の位置を正確に知らなかったんだ』
『待てよ、だがフォージャー部隊は我々の補給路の位置を正確に知ってたぜ?』
『輸送機部隊はいくつかの旋回点を経由して、少々遠回りして来ていた。
だが、これでかなり正確な位置が知られてしまった。
これから、基地への直接攻撃の危険が増えることになるだろう』
 実際この数週間後、エリア88はフォージャー攻撃戦闘機の攻撃を受けることになる。
この件は、彼女にとって良い教訓となった。戦闘機乗りの習性として、発見した目標は即座に攻撃したがる癖が
ある。だが、時には待つことも必要だ。
239ハーモニカ・マン:04/09/26 15:43:52 ID:zCgXVZnq
 合衆国陸軍第8歩兵師団第4機甲大隊のM1エイブラムス戦車は基地を出て、事前に設定された前方展開用地に
展開した。前線に向かう郷土防衛隊のM48A2戦車小隊が立ち寄り、給油していた。
そこは本来小麦畑だったが、無限軌道によって跡形も無く破壊されていた。今年の収穫はもう望めないな、
と操縦手のジリアン・ウエスト伍長は思った。
ドイツの郷土防衛隊はアメリカの州兵に相当する部隊であり、その歩兵部隊が町に残り、陣地を設営していた。
また、家を捨てたがらない少数の住民も残り、NATO軍の将兵に食べ物を持ってきた。
 彼女が車体に腰掛けて差し入れのサンドイッチを食べていると、誰かが声をかけて脇に飛び乗り、座った。
それは郷土防衛隊の戦車小隊長を務める少尉だった。彼はハンス・ニーヴェークと名乗った。
ふたりは黙々とサイドイッチを食べた。
ニーヴェークは戦車の上からあたりを見た。ドイツの心温まる田園風景、広々とした緑の畑とそのふちの針葉樹
林の小さな林を思い浮かべた。
いまや、その面影は無い。黒い影となった何両もの戦車が停まり、パッドにはヘリコプターが駐機していた。
彼は視線を空に転じた。それにつられて、ウエストも上を見上げた。
冬の澄んだ夜気を通して、数え切れない星々がまたたいていた。
「『望み無き者の唯一の望みは、無事を望まずともよいことである』」彼は呟いた。
「あの星の光は、ウェルギリウスさえ生まれるはるか以前に発して、果てしない距離を旅してきた。
ひとがこの世に生まれる前から星々は輝き、ひとがこの世から去った後も、星々は輝き続ける」
彼は、彼女にとも、自分にともつかない調子で続けた。
「わたしたちが、みんな死に絶え――それでも――星は輝き続ける…」

 そこから少し離れた司令部のテントでは、幕僚たちの緊張の度が増していた。合衆国大統領が全軍に
DEFCON-1を発令したことが伝えられたのだ。
DEFCON-1においては、すべての武器は装弾され、兵士たちは発砲の命令を予期して構える。
この上にはもう全面戦争状態しか無い。最後の安全装置が解除されたのだ。指は引き金に掛かっている。
その引き金がいささか過敏すぎたことが、後に明らかになる。
240ハーモニカ・マン:04/09/26 15:44:53 ID:zCgXVZnq
 ミッキーは、スーザンの芯の強さに驚いた。
彼女は迷いを心の底に押し隠し、実に快活に振舞っていた。
これなら、わざわざ訪ねてくる必要は無かったかな。
そう思って、ミッキーは苦笑した。それでも、たぶん彼は何かしら口実を見つけていただろう。
 彼女は手をゆっくりと動かしてステンレスのマグカップの上に置かれたドリッパーに湯を注ぎ、シエラカップ
をコンロの上に戻した。それは、ポータギーの薫陶を受けた彼女がどうにかバックに押し込み、トラベルポッド
に収められて、はるか中東まで旅をしてきたものであった。
 彼はカップを受け取り、カップを軽く振って香りを楽しんだ。
エリア88の外人部隊に支給される質の悪い、古い豆とは信じがたいほどの芳香であった。
昨日、結局飲みそこねたことが返す返すも残念であった。
「合衆国沿岸警備隊、万歳!」
「Semper Paratus!」
ミッキーは記憶をひっかきまわして合衆国沿岸警備隊のモットーがすぐに出てきたことが、少し得意であった。
常に準備はできている!
「ポータギーは塩を入れるのが本式って言ってたけど、私は嫌だな。味が壊れるから」
ミッキーも同意した。「塩を入れるのは、もともと、艦橋なんかで何日も放っておかれたコーヒーをおいしく飲
むための工夫だからね。
それにしても、あんな――豆でどうやってこんなに上手くやったのか、是非とも知りたいな」
「大した工夫じゃないのよ。鍵は適切なブレンド――これはあまり関係ないかな、それとお湯の注ぎ方、ちょっ
とした手加減なの」
ミッキーはカップのコーヒーを一息に飲んだ。濃い「戦闘用」のコーヒーだが、ほろ苦さとコクが実に美味い。
「おいしい?」そう言って、彼女は笑った。Tシャツの青は彼女の目に合い、たいへんに魅力的であることに、
彼はふと気付いた。
だがそれを差し引いても、出涸らしのコーヒーに飽いた舌には、彼女のコーヒーは実に美味かった。
241ハーモニカ・マン:04/09/26 15:46:31 ID:zCgXVZnq
「すばらしい。これならいつ退役しても大丈夫、どこの喫茶店でも引っ張りだこだよ」
「それって、褒めてるのかどうか微妙な台詞よね…」ミッキーは慌てて手を振った。
「――ところで、もう一杯もらえないかな?」
「上手く誤魔化したな」彼女は呵呵と笑った。しかしそう満更でも無い様子で、立ち上がった。
途中で振り向いた。
「ほら、おいでよ。教えてあげるから、さ」
ミッキーは少々逡巡したのちに、彼女の誘いに乗った。それは余りに魅力的な誘いだった。

 彼女がペーパーを丁寧に折る間に、コンロのうえでシエラカップがことことと鳴った。
「シエラカップはお湯を注ぐ場所が決めにくいから、そこは注意しなさいよ」
ミッキーがカップを手に取ると、スーザンが背中から手元を見た。
「そんなに硬くなってたら、うまくできないでしょう? もっと力を抜いて、ほら」
「もっと」ミッキーがにっと笑った。彼女には分からない。
「もっとぴったりくっ付いてくれれば――」
「アンタがそのカップを持ってるのに感謝しなさいよ」どつけば熱湯がこぼれる。
小柄な彼女がミッキーの手元に手を伸ばすためには、どうしても体をずらす必要があった。
スーザンは手を添えて、ミッキーの手を導いた。
「――そう、6の字を描くように――そう、上手いわ。そして、少し蒸らす」
ミッキーはそのまま立ち尽くした。気詰まりなちょっとした間が空き、何気なくスーザンが呟いた。
「地獄のように熱く、悪魔のように黒く、天使のように純粋で、恋のように甘い、汝の名は珈琲。
こう言ったのは誰か、知ってる?」
時計の秒針に集中するその横顔から、真意をはかることは難しかった。
「そして、また同じことを繰り返す」彼女は手を離して、ミッキーを促した。
「今のがカップに落ちきらないうちに、すぐに3回目をはじめなさい。最後のほうの抽出液はあまりおいしくな
いのよ」
242ハーモニカ・マン:04/09/26 15:48:22 ID:zCgXVZnq
 もう一度同じ動作を繰り返し、スーザンは彼の腕に軽く触れて止めさせた。そしてドリッパーを下ろし、流し
の上に置いた。
 そして向き直ったとき、ミッキーの視線が彼女の口に向いていることに気付いた。
「駄目よ、ミッキー。あなたがわたしにキスしたらぶん殴ってやるから。そうしたら熱いコーヒーがこぼれて
それはそれはひどいことになるわよ」彼女はいたずらっぽく笑って指を彼の唇に当てた。

 ミッキーはたいへん居心地悪く感じた。彼女の温かい青灰色の目にじっと見つめられると、心を見透かされる
かのような錯覚を覚えた。気付かぬうちに、その視線に促されるように、彼は自分の家族のことを語っていた。
 ジェリー・サイモン、彼の従兄弟は、ミッキーのあとを追うように海軍に入隊した。だが彼が入隊したとき、
既にアメリカはヴェトナムから去りつつあった。今、ジェリー・サイモン海軍大尉は、アイスランドのキエブラ
ヴィーク空軍基地に勤務している。
 アイスランドはG-I-UKライン、つまりグリーンランド,アイスランド,英国を結ぶ警戒線において重要な
役割を果たしている。そこには1個中隊のF-15イーグル戦闘機と数機のE-3セントリーAWACS、そしてP-3
オライオン対潜哨戒機が展開し、そしてSOSUSセンターがある。
アイスランドはもっとも孤立したNATOの基地であり、大西洋にソヴィエトの潜水艦を出さないための番人で
もある。そこは、文句なしの最前線だった。
「わたしがソヴィエトの指揮官なら、まずアイスランドを襲うわね。アイスランド自体には軍隊がないし、地上
部隊は当てにならない空軍警備隊と少人数の海兵隊だけ。占領するなら空挺部隊か海兵隊が1個師団あれば足り
るわよ」そしてその代償はあまりに大きい…
「もっとも」と彼女は言葉を継いだ。「そこに行くのが大変だけど。
安心なさい、ミッキー。イーグルはすごく良い戦闘機だし、セントリーやオライオンがいれば近付くこともでき
ないはずよ。
アイスランドは孤立した基地だけど、とてもよく守られているわ。従兄弟さんは安全よ」
まあそうだろうな、とミッキーは思った。アラモの砦だって堅固に守られていたからな。
243ハーモニカ・マン:04/09/26 15:49:15 ID:zCgXVZnq
 読者諸賢は「音威子府(オトイネップ)ハラキリの場」という言葉をご存知であろうか。
これは、冷戦期に悲哀を噛み締めた陸上自衛隊の自虐的なジョークである。
 敵ソヴィエト軍が北海道北部に上陸。橋頭堡を固めた後に、侵攻部隊はお家芸の「全縦深同時突破・無停止攻
撃」に移り、猛スピードで国道を南下する。自衛隊は敵の足止めをしながら、名寄の手前の音威子府盆地でソヴ
ィエト軍を包囲・殲滅する――予定であった。
ただし、音威子府に部隊を集結する際には、信号が赤なら停止せねばならぬ。だが、相手は日本国道路交通法に
は無縁のソヴィエト軍無停止攻撃部隊だから、音威子府に先回りし、自衛隊は音威子府に到着した時点で逆に包
囲され、殲滅される。部隊は全滅、自衛隊指揮官は責任を取り腹かき切って、「音威子府ハラキリの場」の悲劇
と相成る。

 だが幸いにも、今回は自衛隊が先に音威子府に着いた。
第2戦車連隊は第2師団の最終警戒線として音威子府に布陣した。戦車は擬装網でその直線状の車体を隠した。
「露助は本当に来るんですかね?」「そんなことは分からんよ。メシにしようぜ」
第2師団の各連隊は天塩〜幌延〜中頓別〜浜頓別に防衛線を敷き、敵ソヴィエト軍の侵攻に備えた。

 5日前の国家非常事態宣言は、混乱を沈静させるというよりはむしろ煽った。
アメリカの各都市では、今にもソヴィエトの弾道弾が飛来すると信じた市民たちが郊外に向けて大移動を開始し
た。
町はゴースト・タウンとなり、治安維持のため出動した州兵部隊とギャングたちとの間に銃撃戦が発生した。
たくさんの人命が、パニックのために失われた。
 北極海に潜むアメリカのトライデント潜水艦の艦内では、艦長と副長がSLBMの発射のために必要なキーを
確認していた。
244ハーモニカ・マン:04/09/26 15:49:59 ID:zCgXVZnq
 月を見ながら、ケンとスーザン、そしてキムは窓の側に椅子を寄せて話し合っていた。
といっても、キムはほとんど喋らなかったので、もっぱらケンとスーザンが話していた。
キムがいるからという訳でもないが、ケンは別に、月明かりの下、若い女を片脇にやるような、自分の話をして
いる訳ではなかった。
実のところ、彼は別の女性の話をしているのだった。ただしその女性が実在するという保証は、何処にもない。
彼女の名前は、メアリ・アン。


「誰でも、信じるものが必要だ」ケンは言った。
「ハイスクールを出たばかりの可愛らしい少女――メアリ・アンが、幼馴染みで恋人の衛生兵に呼ばれてヴェト
ナムに行ったと仮定してみよう。
そして――ヴェトナム、あの愛しい土地。沼地に上陸し、森を抜け、やがて河辺の駐屯地に着く。
着いてみると、周囲は全くの未開地だ。闇黒の未開、
――森の中に、叢林の中に、そしてまた土民の胸の奥に蠢いているあの荒野の神秘な生活だ、
――ひしひしとそれが追い迫るのを感じる。それは、われわれの窺い知ることも許さない神秘だ。彼女はそうし
た不可解な謎の真唯中に生活しなければならない。それもたまらない話だ。だが、同時にそこには、不思議な魅
惑も感じはじめる。醜悪さの魅惑とでも言おうか? 日とともに加わる悔い、逃れたい気持ち、しかもその力な
い嫌悪、そしてやがては精魂つきはてて、憎悪に変わるのだ。
 僕に言えることは、メアリ・アンには、やはり何かが欠けていたのだということだ。作戦行動中の前線基地に
行く――例え恋人の誘いだとしてもだぜ! そう、たぶん彼女には、自制心が欠けていたのだ。そして、彼女を
取り囲むのは、幼馴染みの無頓着で肌に絡みつくような愛情と、兵士たちの剥き出しの好意、賞賛だ。無理も無
い、彼女はそこにいる唯一の女性だったのだから。彼女は孤独だったのだ。その無頓着な賞賛を受けているうち
に、彼女の精神は変質し始める。驕傲は滅亡に先立つ――そう、そのとおり。それまでの人生で、彼女は心の奥
に何も持っていなかったのだ。幼馴染みとともに育ち、同じ学校に行き――全ては、おおよそにおいて順調だっ
た。そう、ナム戦すらそうだったのだ。
245ハーモニカ・マン:04/09/26 15:50:55 ID:zCgXVZnq
 その点に彼女自身が気付いていたのかどうか――最後には分かっていたらしいが――それはもう文字通り最後
の瞬間だった。だが、叢林はすでに早くからそれを見抜いていた。
 彼女は衛生兵たちの仕事を手伝うようになった。彼女は手を血まみれにするのを恐れなかった。
むしろ、それに夢中になってしまっているようにも見えた。血だらけになることじゃなくて、仕事を前にしてア
ドレナリンが次から次へと分泌されること、いろんなことをてきぱきと片付けなきゃいけないときに、からだじ
ゅうを熱い血がかけめぐることに対してだ。そういう作業をしているとき、ブルーの瞳はぎゅっと引き締まり、
理知的な光さえ浮かんでいた。
 やがて彼女は、グリーン・ベレーと「寝た」。メアリ・アンと6人のグリーンベレー。気色悪いグリーンの連
中」
ケンは微笑んだ。「待ち伏せしてたのさ――一晩中だぜ。メアリ・アンが事もあろうに待ち伏せやってたんだ」


 思うに叢林は、彼女自身も知らなかった彼女――そうだ、それは彼女自身もこの大いなる叢林の荒廃と言葉を
交わすまでは夢想さえしなかったものだが――その彼女に関して、いろいろと絶えず耳元に囁きつづけていたの
だった――しかもこの囁きは、たちまち彼女の心を魅了してしまった。彼女の胸の奥底が空虚だっただけに、そ
れはなおさら彼女のうちに声高く反響した。
 やがて、幼馴染みの衛生兵は、メアリ・アンを本国に送り返す手続きをはじめた。だが、日がたつにつれて、
彼女はふさぎこんだ。肩を落とし、蒼い目をとろんとさせ、自分自身の中に吸い込まれてしまいそうな感じだっ
た。幼馴染みは彼女から話を聞こうとした。だが、彼女は西にそびえる暗緑色の山々をじっと見つめているだけ
だった。物に憑かれたような顔で。
「17歳、まだ子供さ。ブロンドで、イノセントで。でもそういう年頃って、みんなそうじゃないか」
翌朝、彼女は消えていた。そして、6人のグリーンベレーも消えていた。
「おしまいだ」ぽつりと、幼馴染みは呟いた。
246ハーモニカ・マン:04/09/26 15:52:08 ID:zCgXVZnq
 メアリ・アンが戻ってきたのは3週間後だった。
だが、ある意味において、彼女はついに戻らなかった。「クルツが死んだ」のだ。
 ケンがナトラングで会った衛生兵は、それを偶然見ていた。
ジャングルの端のところに、魔法のように、隊列を組んだ影がすっと現れた。
最初、彼女を見分けることはできなかった。小さくてソフトな影が、他の6つの影に挟まれていた。
物音ひとつ立てず、すっ、すっ、と動いていた。
近付いて、ようやくメアリ・アンの顔がわかった。彼女の目は暗闇の中できらきら光っているように見えた。
その目は、もうブルーではなかった。それは、ぎらっと燃えるような、ジャングルの緑であった。

 彼女の身に起こったことは、つまり、俺たちみんなの身に起こったことだ、と彼は言った。
ここに来る前はクリーンだった。ここでダーティになった。そしてもうもとには戻れない。あとは程度の問題な
わけだ。
メアリ・アンにとって、ヴェトナムはパワフルなドラッグみたいなものだった。
名付けようもない恐怖と名付けようもない愉楽の入り混じった感覚。自分は今危険なことをやっているんだとい
う実感。白い月明かりに照らされた夜の風景の中を抜けて、静かに這い進む。白く、丸い月に抱かれて。
危険とぴったり一体化する。
自分の中の遥かな辺境に、手を触れるんだ。
ヴェトナムは彼女を闇の中で光らせた。彼女はそれ以上のものを望んだ。
彼女は自分の内なる謎の奥の奥までもぐりこんでみたかったんだ。
 しばらくすると、「やってみたい」というのが「やる必要がある」になった。
そしてついには、「やらなくてはいられない」になった。
247ハーモニカ・マン:04/09/26 15:52:58 ID:zCgXVZnq
 暗闇の奥から音楽が聞こえた。リズムもなければ、フォームもないし、進行もない。自然のノイズみたいだ。
その背後に、女の声が聞こえた。歌っているというよりは、詠唱に近い、低調な、くぐもった声であった。
 幼馴染みの衛生兵は、メアリ・アンを連れ出そうと、その声に誘われるようにふらふらとSOG用地へと入っ
ていった。
兵舎は小さな窓にともったひとつの灯をのぞいてはまっくらであった。その硝子窓は半開きになり、硝子に火が
ついたみたいに窓枠にはまばゆい赤や黄の光が踊っていた。
 詠唱は前よりも高まったようだった。声も荒々しくなり、ピッチも高まった。
彼が激しくドアを叩いた。どんどん、どんどん。
中から、猫の鳴くような、キイキイという音がした。
そしてドアが両側にさっと開いた。
彼は両手を広げたまま一瞬そこに立ちすくんだ。
彼は中にするっと入り、そして――膝をついた。

 窓の近くで、床の上に、1ダースくらいの蝋燭が燃えていた。
揺らめく陰影が、忌わしくも神秘的な雰囲気を醸し出していた。
何よりも、匂いだった。上のほうに漂っているのは、線香とお香の匂い。だがその下には、もっと深くもっとず
っとパワフルな異臭があった。重ったるく、どろりとして、汁の涌くような、動物小屋のような匂いだった。
柱の上には、腐敗した黒豹の大きな頭が置いてあった。黄と茶の毛皮の切れ端が、その頭上の垂木からぶら下が
っていた。
そして、骨があった。
あらゆる種類の骨だ。
人間と動物の骨。
壁には、ポスターが貼ってあった。そこには、黒い小奇麗な字で、書いてあった。

 好キナヨウニ君ノヴェト公ヲ組ミ立テヨウ! 無料見本品!
248ハーモニカ・マン:04/09/26 15:53:51 ID:zCgXVZnq
 彼は、その忌まわしい中にも奇妙な美しさを秘めた、それを、見つめていた。
揺らめく蝋燭の炎が白いエナメル質を照らし、艶を与えていた。まるで誘う女体のような――そして、忌わしい
象牙のような。そう、「象牙」に魅せられ、その怪しい魅力に魅入られてしまったのだ。
薄闇のなかにいくつかの人影が、ぼおっ、と浮かび上がってきた。彼らはハンモックやらベッドやらに横になっ
ていた。口も開かず、動きもしなかった。
輪になって置かれた蝋燭の近くにあるテープデッキからバックグラウンド・ミュージックが流れていた。
でも、高い声はメアリ・アンのものだった。
彼は呻いた。口の中がからからに乾き、頭ががんがんと鳴っていた。
「メアリ・アン?」どうにか、センテンスを搾りだした。

 音もなく、彼女が翳の中から出てきた。その一瞬、メアリ・アンは、そこに来たときの無垢な、可愛い少女に
戻ったように見えた。
メアリ・アンは素足だった。ピンクのセーターに白いブラウス、シンプルなコットンのスカートという格好だっ
た。
 長いあいだ、彼女は放心したような目で、じっと彼を見つめていた。彼女の顔は、自らの平和のなかにどっぷ
り浸っているが如き表情を浮かべていた。
目には奥行きがなく、表情がすっぽりと抜け落ちていた。
彼を凝視する顔には、感情の影がなかった。
人間としてのぬくもりがまったく感じられなかった。
 何よりもグロテスクだったのは、彼女のネックレスだった。
少女の首にかかったネックレスは、人間の舌で出来ていたのだ。
細長く伸びた舌は黒ずんで革の切れ端のようだった。舌は銅線を通されて連なっていた。
そして、まるで、最期の、恐怖に満ちた音節を発音しようとするかのように、先の方がまくれあがっていた。
249ハーモニカ・マン:04/09/26 15:54:31 ID:zCgXVZnq
 メアリ・アンは、彼に微笑みかけているかのように見えた。無邪気な、とても無邪気な笑みを向けているかの
ようだった。
あんたが考えていることは分かる。でもそれは――悪いことじゃないの。
悪いこと? 彼は、呻くように、呟くように言った。
悪くないの。 メアリ・アンは小さな声で言った。 あんたたちは、いるべき場所じゃないところにいるのよ。
彼女は、ぐるっとまわりを指し示すように手を動かした。兵舎のなかだけではなく、そのまわりにあるすべての
ものを指し示すように。

 あなたは知らないのよ。外にどんな世界があって、実際にそこに住むのがどんなことなのかを。
ときどき、私はこの土地をむしゃむしゃ食べてしまいたくなるのよ。ヴェトナムをよ。
この国をまるごと呑みこんでしまいたくなるのよ。この土も死も。
それを食べちゃって、自分のなかに入れてしまいたいの。それは、なんというか――食欲なのよ。
ときどき私は怖くなる。しょっちゅうね。でもそれは悪いことじゃないの。
分かる? 悪くないのよ。私は自分自身に近付いたような気がするのよ。
夜にあそこにいると、私は自分の体に密接しているように感じるの。
からだのなかで、自分の血が流れるのを感じるの。肌も爪も、何もかも、
生きているのよ。電気を通されたみたいに。
私は闇の中で輝いているのよ。燃え上がっていると言ってもいいくらい。
私は燃え尽きてゼロになっちゃうの。でもそれで構わない。だって私は自分が何かと言うことが
はっきり分かってるから。

 彼女はそれだけを静かな声で語った。まるで自分自身に語るかのように。彼女は落ち着いた声でゆっくりと話
した。説得しようとしているわけではなかった。
彼女はしばらく幼馴染みを見ていた。彼は今にも逃げ出してしまいそうだった。
そして彼女は、闇の中に消えた。
250ハーモニカ・マン:04/09/26 15:56:33 ID:zCgXVZnq
「叢林の愛撫が――彼女を魅惑し、彼女を愛し、彼女を抱擁し、そして彼女の血管の中に忍び込み、肉に食い入
り、ついにはその魂をすら、神秘奇怪な悪魔の誓約によって、しっかり原初の叢林に結び付けてしまった。
いわば叢林に甘やかされ、叢林に滅ぼされたのだ」
「彼女は一線を超えてしまったのだ。人間が越えてはならない線を超えてしまったのだ。
おそらく一切の智慧と真理と誠実とは、人がこの見えない世界への閾を跨いだとたんに、その不可解な一瞬間の
中に圧縮されてしまったと言ってもいい。
人間は闇の中で瞬く光だ。誰もが、その中に深淵を抱えている。
人間はそんなに強くない。その深淵は、決して――そう、いかなる人間にも耐え得ぬ闇黒だったのだ」

「俺は彼女を愛してたんだ」ヘリパッド脇のバアで、その衛生兵はケンに語った、「俺たちみんなが、さ」
「彼女を見てるとさ、国の女の子のことをつい考えちゃうんだ。彼女たちがみんなどれくらいクリーンでイノセ
ントだったかってさ。そして彼女たちにはここでのことなんか全然理解できないだろうなって。十億年たっても
無理だよ。彼女たちにここのことを話してみなよ、みんなあのキャンディーみたいに可愛い大きな目をくりくり
させてぽかんとするだけさ。爪の垢ほども理解できねえやな。糞を食べたことのない奴に糞の味を説明するよう
なもんだ。食ってみなきゃわかんねえ。そしてそれが実にメアリ・アンの場合だった。
彼女はここにいたんだ。彼女は目ん玉までどっぷりと、ここにつかったんだ」

 ケンは言葉を切り、スーザンをじっと見つめた。
半刻もたったかのようであった。そして、聞いた。
この意味、分かるかい?
ええ。
それで、と、スーザンはかすれた声で聞いた。どうなったの?
251ハーモニカ・マン:04/09/26 15:57:24 ID:zCgXVZnq
 メアリ・アンは夜のパトロールを貪るように楽しんだ。
表情もなくなるくらい顔を塗りたくって、夜の闇の中を彼女は流れる水のように動いた。
油のように、音もなく、実体もなく。
彼女は裸足だった。銃を持つのもやめた。
ときどき彼女は莫迦げて自殺的とも思えるような危険な真似をすることがあった。グリーンベレーですら二の足
を踏むようなことを。
それはまるでジャングルの中で、あるいは自分の頭の中で、野生の動物をあざけっているような感じだった。
さあ、出てきなさい、さあ、姿を見せなさい、と言う風に。
荒れた悪夢の大地の奥深くで、奇妙なかくれんぼが繰り広げられていたのだ。
銃火が交わされるようなときには、メアリ・アンは静かにそこに立って、周りを曳光弾がひゅんひゅんと飛んで
いくのを、口の端に微笑を浮かべて見ていた。戦争との個人的な関わりのようなものにどっぷり浸りきっている
みたいに。
 あるとき彼女は何も言わずにたださっと姿を消してしまった。何時間も、あるいは何日間も。
そしてある朝、彼女は二度と戻ってこなかった。
死体は発見されなかった。装備も、服も。
だが、と、グリーンベレーはケンに語った。
メアリ・アンはまだどこかそのあたりの暗闇に潜んでいるのだ。奇妙な動き、奇妙な影、深夜彼らが待ち伏せに
出かけたとき、熱帯雨林そのものが彼らをじっと見つめているような気がするのだ。
そして二、三度、彼らは彼女らしい人の姿が影の中をすっとすべるように動くのを目にしているのだ。
はっきりとは分からない、でもたぶんそうだろう、と彼はケンに語った。
 彼女はもう向こう側に行ってしまったんだ。彼女は大地の一部なんだ。
彼女は危険だ。その気になれば、いつだって相手をすっと殺せるんだ。そして彼女はコットンのスカートをはい
て、ピンクのセーターを着て、人の舌で作った首飾りをかけてるんだ。
25248:04/09/26 16:15:40 ID:zCgXVZnq
 誰も突っ込んでくれないので気がつかなかったのですが、「北の鷹匠たちの死」で「ターゲット・オン・タイム」
なんて書いているところ、実は「タイム・オン・ターゲット」の誤記でした。
 今回投稿分ですが、少々書き直したので、『ソン・チャボンの恋人』からの抜粋個所はほとんどなくなりました。
後半部のところどころで引用しているのはコンラッドの『闇の奥』です。
253名無しさん@ピンキー:04/10/02 02:47:32 ID:MsaMSfyc
…暗いです。長いし作りかけです。
不快に思ったら「逝ってよし」と認定してください。

びびりつつ投下。
254名無しさん@ピンキー:04/10/02 02:48:23 ID:MsaMSfyc
遠くで虫の声が聞こえて、私たちは並んで河川敷を歩いていた。
他愛もない話をしながら、彼は微笑んでいる。
私も答えようと、彼を見上げた。

―――突然、つないだ手が振りほどかれる。
「え?」
彼が怪訝そうな顔をして私を見た。
振りほどかれたんじゃなく…私が離したんだ。

「!」
視界がぐるっとスクロールし、草の中に体が沈んだ。
空気の匂いが変わり、虫の声が急に近づいて…いつのまにか河原に降りたとわかり、
「んっ」
続いて体が次々と情報を与えてくる。
口を塞がれている…手足を押さえられている…服を剥ぎ取られている!
慌てて身を捩っても、草が顔にこすれるだけで解放しては
もらえなかった。

(助けて…)
唯一自由に動く目を何度も動かす。彼はさっきまでそばにいた…
だけど、オレンジ色の空と数人分の影しか見つからない。
必死でさがしているうちに目も覆われ、虫の声をかき消して笑い声が耳につく。
「ん、んー…!」
小さい爪が目尻にくいこみ、同時に少し開いた視界の端で手が肩から下へと伸びる。

知らない人の手が、乱暴に胸と…太ももを掴んだ。
255名無しさん@ピンキー:04/10/02 02:48:50 ID:MsaMSfyc
目を開けると、見覚えのある薄暗さの中だった。
夢にうなされていたようだ。

ドクドクと脈打つ首筋に汗が流れ、冷たい空気に冷やされる。
目の裏で何かが不快に渦巻いて、顔を覆った両手はじとりと濡れていた…。
手を離して現実に戻っていくと、そこは眠る前の光景とほとんど変わっていない。
「……」
多少安心したものの、そのまま眠れそうになく。
カーテンからもれる月明かりが鬱陶しくて、窓辺まで歩いた。
ふと横にある姿見に視線を移すといつもの自分…
常に眠たげな目ともつれる髪の、魅力の無い自分の姿が映っている。
視線はそのまま惰性で下がり、丸みを帯びた上半身をうつす。
てのひらの形に汚れた体を…
「…!」
シャッ
急いで月明かりを遮り、視界と一緒に脳裏に浮かんだものを変えようとする。
…一旦突き落とされたら、平静を取り戻すのは難しい。
映像は消えても、ギュッと掴まれた痛みが皮膚の下でうごめいている。
噴出す汗をシャツでぬぐいながら、脈の音を忘れ、布団へ戻ろうと歩いた。

裸足の足に、冷えた布が当たる。
平澤君は大きな体を窮屈そうに布団に横たえていた。
256名無しさん@ピンキー:04/10/02 02:49:31 ID:MsaMSfyc
みぞおちが重くなるのを感じた。
私は彼にとってプラスになるものは何一つ持っていない。
そしてもう、これ以上先に進むことも無いだろう…同じ部屋にいることさえ
不自然かもしれない。

(この人は、彼らとは何もかも違った)
畳の上に座り、顔を近づける。
そのまま彼の寝息に耳を澄ませながら手を伸ばした。
私は何をしているんだろう…暗くてよく見えないけれど、
触らなくても多くは記憶で補えるのに。
(あんまり怖くなかった。今はむしろ慣れてる)
(この人の横で彼らを思い出すなんておかしい)
布団の上に乗せられた腕に触れる。…スポーツをしている彼の体は
硬く鍛えられていて、秋に移っていく今頃は浅黒い肌をしている。
「……ふ…」
わずかに興奮が生まれ、指先がゆれる。快とも不快とも、恐怖とも…
もっと複雑なものともつかない感情だった。
肩をかすめ、首へ、あごから唇へと指を滑らせていく。
低い声で、私の過去にはあまり出てこない標準語を使って。
時々キスをくれた。

私はそこまで許されていた。次に進んでもおかしくなかった…
耳元へ指を移し、髪をなぞった後で下へおろしていく。鎖骨を越えて胸まで…
シャツの下で、そこは他の部分よりも温度を保っている。
初めて感じる温度じゃない…ここを、そのまま押し当てられたことがあったはずだ。

思い出せないなんて。
257名無しさん@ピンキー:04/10/02 02:50:32 ID:MsaMSfyc
「ん…」
体が弾かれたように後へ引いた。起こしてしまった?
急いで自分の布団にもどり、彼に背を向ける。
胸がドキドキする。足先が震えている。布団をめくる音は聞こえただろうか?
自分の状態を意識しないよう壁を見つめ、室内の音に集中した。

どれだけ時計の音を聞いていただろう。
それに彼の寝息が混じっていると分かり、肩の力を抜いた。
…布団に押し付けた指先が温かい。さっきの出来事は、私が無意識に
指に力を入れていたせいかもしれない。
「……」
手を握り、なるべく音を立てないように寝返りをうった。
うすく見える彼の輪郭は、さっきと変わっていないようだ。
…安堵を覚え、すぐに胸が苦しくなってくる。
彼は何の非もない。
自分から近づいたのに。縋ったのは私なのに。
私は拒絶してしまう。

目を閉じて、彼のシャツに額を押し当てる感触を何とか思い出した。
こんなことも、いつまで続けていられるだろうか。
258253:04/10/02 03:04:41 ID:MsaMSfyc
緊張した…今回が初めての作品です。
処女作が当事者になってもいない事件のことを
妄想して作っているものという、最低のヤシです。ハイ…

早くも書いていて不安になってきてます。
話がクドイ、そのくせ肝心なところが弱い、
女性は関西人の設定で書いているはずが
思考が(というかここまで全部)標準語。
このままではダメすぎですよね…

どうかアドバイスください。
259名無しさん@ピンキー:04/10/02 09:44:56 ID:bVEdd2+x
>>258
名前欄に題名か何か書いてくれ
260名無しさん@ピンキー:04/10/02 12:48:30 ID:U0aiDwMS
>話がクドイ、そのくせ肝心なところが弱い、
>女性は関西人の設定で書いているはずが
>思考が(というかここまで全部)標準語。
>このままではダメすぎですよね…

それがわかっているなら何故そこを直さないの?

面白いな、と思ったのにそんなことを言われたらちょと困る
261名無しさん@ピンキー:04/10/07 02:27:06 ID:aVMG0FGq
保守
262名無しさん@ピンキー:04/10/10 21:41:07 ID:McEtmhXT
なんだかんだで結局2週間たっちゃって、48氏のは未完ですか?
253さんの続きも来ないし、ゴンザレスさんやサモナイ書きさんやアドルスキーさんや
俺屍さんもとんと来なくなってさびすぃ。
263名無しさん@ピンキー:04/10/10 21:50:47 ID:/utz+9gV
これから始まる物語は、
「戦隊シリーズヒロイン陵辱小説スレ」にて連載、完結した
「ピンチ! 捕らわれたさやか」の続編です。
エロ度が低いため、こちらのスレッドをお借りします。

「戦隊シリーズヒロイン陵辱小説スレ」
http://idol.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1049215056/l50
264名無しさん@ピンキー:04/10/10 21:56:34 ID:/utz+9gV

「大星団ゴズマ! 地球乗っ取り作戦!!」

エピソード1「赤い果実」(その1)

「ん……んう〜〜〜〜ん」
 さやかは喘いだ。少しづつ意識を取り戻し始めたようだ。
「あ…はあ……ん、くうっ、ん、ん〜〜ん」
 しかしアハメスから受けたダメージは重く、まだ朦朧としている。
ズッキ―――ン
 さやかの全身を激痛が駆け抜けた!
「あっ、つ!?痛たたたた」
 痛みの刺激に朦朧としていた意識が一気に覚醒へと向った。
「うあっ」
 うなだれていた頭が跳ね上がり、背すじがビクン、と反り返った。
「うううっ、あっ、はっ、ああっ」
 激痛のためか、言葉は意味をなさない。もがくさやかのからだが揺れた。
「グフォフォ、お目覚めか?渚さやか」
 聞き覚えのある声が耳に入った。しかし激しい苦痛に喘ぐさやかはそれが誰なのかすぐには思い出せなかった。
「はっ、ああっ……うぐっ、つっ……だ、誰っ?」
 苦しい息をしながら誰何するさやか。
「グフォッ?オレがわからないか?マーゾだ。宇宙獣士のマーゾ様だ。思い出せ!」
 マーゾがさやかに語りかける。
「マ、マーゾ?」
 曖昧模糊としたさやかの記憶が次第に形をなす。
「あっ……あたし……アハメスと戦って、それで……」
 ズッキ―――ン
「うあっ、あっ!」
 再び激痛が走り抜ける。身をよじって苦痛に耐えるさやか。マーゾの触手で宙吊りになったさやかのからだがブラブラと揺れた。
「どうした?痛むのか?」
 マーゾが尋ねた。しかしさやかは答えるどころではない。全身を襲う激痛をこらえるので精一杯だ。
265名無しさん@ピンキー:04/10/10 21:59:33 ID:/utz+9gV
(その2)

「う、あ、はあ……ひぐっ」
 脂汗を流して苦しむさやか。背すじがビクリと跳ね、痙攣を起こす。
「キュウ―――ン」
 バンバが子犬のような声で鳴いた。まるで苦しむさやかを心配しているかのようだ。
「そんな声を出すなバンバ。こいつは敵だ。お前のからだを切り裂いたのを忘れたわけではあるまい?」
「キュ〜〜ン」
 マーゾにたしなめられ声を落とすバンバ。
「うぐっ、がっ、はあああっ、いっ」
 次第に呻き声が激しくなる。からだの痙攣も止まらない。
「キュキュウ〜〜ン」
 苦しみ悶えるさやかを見ていられなくなったのか、バンバは巨大な口を開き、長い舌を伸ばしてさやかの頬を舐めた。
 ペロペロッ ペロペロッ
 リズミカルに舐める様はまさしく犬のようである。
「どうしたバンバ?ご主人様でも思い出したか?仕方のない奴だ」
 マーゾはあきれている。
「キュウ〜〜〜ン」
 ペロペロッ ペロペロッ ペロペロッ ペロペロッ
 必死にさやかを舐めるバンバ。
「ふっ、あっ、はあっ、いっ、くあっ」
 しかしさやかの苦悶は一向に治まる気配がない。
「ウ――ブルルルオ―――ン」
 バンバの鳴き声が遠吠えに変わった。なんともいえない哀切感がこもった遠吠えだ。
「バンバ、お前この女を助けたいのか?」
 マーゾが問う。
「ブルル、ブルルル」
 バンバの唸り声には肯定の響きがあった。
「今助けても、アハメス様が戻って来ればどうせ処刑される。無意味だ」
 マーゾは指摘する。
266名無しさん@ピンキー:04/10/10 22:01:53 ID:/utz+9gV
(その3)

「ウォ―――ン、ブルルルルルウォ――――――――ン」
 バンバの遠吠えはますます大きくなった。悲壮感すら漂っている。
「わかった。わかったからその哀しげな鳴き声はやめろ。こっちまで暗くなる」
「ブルル?」
 マーゾの言葉におとなしくなるバンバ。マーゾのツタが絡まり合っているとしか思えない右手の、人差し指の先と思しきあたりから鋭い針状のモノが生えてきた。
「今からこの女に麻酔を行う。オレの体内で合成した地球人用の微量の麻薬を注射すれば、しばらくは苦痛を止められるだろう。それでいいな?」
「キュウ〜〜〜ン」
 自分の願いを聞き届けられ、嬉しそうなバンバ。
「とりあえずこの女、降ろすぞ。手伝え」
「キュンキュン」
 マーゾは触手を操って苦痛に悶えるさやかのからだを空中に吊られた状態から降ろしにかかった。バンバもさやかの脚に絡んだ触手を操作し手伝う。
「よし、あのあたりに降ろすぞ」
 マーゾは比較的たいらで、小石が少ないポイントを指示した。マーゾとバンバは協力してそのポイントにさやかの肢体をやさしく横たえた。
「ぐっ、はあっ、ひっ、いいっ」
「キュ〜〜〜〜ン」
 苦悶するさやかを心配そうに覗き込むバンバ。
「まずは注射だ」
 マーゾは仰向けに横たわるさやかの、首の下に左手を挿し入れ上体を起こすと、さやかの首すじに右人差し指から飛び出した針を近づけた。
「うぐっ、ああっ」
 身悶えするさやかのせいで、針の狙いが定まらない。
「おいバンバ、見てないで手伝え。この女の動きを止めろ」
「キュウ〜〜ン?」
 マーゾに言われてゴツイ腕をさやかの顔へと伸ばすバンバ。
267名無しさん@ピンキー:04/10/10 22:04:25 ID:/utz+9gV
(その4)

「違う!その不器用そうな手じゃなくて、触手を使え。そっちの方が簡単だろ?」
「キュン!」
 慌てて手を引っ込めるバンバ。それからさやかの両脚に絡んだ触手をほどく。
「よし、そいつでこの女の頭を固定するんだ。そっとだぞ?慌てて首をへし折ったりするなよ?」
「キュンキュン」
 マーゾの本気だかジョークだかわからない指示に従い、バンバはさやかの頭へと触手を伸ばした。
 シュルル シュルルル
 一本は後頭部のあたりを、もう一本であごを押さえるバンバ。身悶える首の動きがピタッと止まった。
「うまいぞ。動きが止まった。さあ、お嬢さん、注射の時間だ……」
「ううっ、ふぐっ、いっ、ぐうっ」
 固定されたさやかの首に再び針を伸ばすマーゾ。
 プチュッ
 慣れた手付きで針を刺す。
「ひっ?」
 針が刺さったのを感じたのか、一瞬さやかの喘ぎが止まった。
「心配するな、ただの麻酔だ。すぐに楽になる」
 適量の麻薬を注射するとマーゾは針を抜く。
「もういいぞバンバ」
「キュン」
 バンバは触手をさやかの頭から放し、覗き込む。さやかは未だ治まらぬ苦痛に喘ぎ、パンチラも気にせず自由になった両脚をひとしきりバタバタさせていたが、やがておとなしくなった。麻酔が効いたようだ。
「気分はどうだ、渚さやか?」
 マーゾが尋ねる。
「はあっ……痛みが消えたわ……楽になったみたい……」
「そいつは良かったな」
「お礼を言うべきかしら?」
「礼ならバンバに言え。あいつがお前を助けたがったんだ。オレは放っておくつもりだったんだが」
 首の後ろをマーゾに支えられて上体を起こした格好で、さやかはバンバの怪物じみた顔を見上げた。
268名無しさん@ピンキー:04/10/10 22:07:16 ID:/utz+9gV
(その5)

「キュ〜〜〜ン」
 子犬のように鳴きながら長い舌を伸ばすバンバ。
「ちょっ、や、やめて!?」
 自分の顔に迫る不気味な舌を避けようとしてさやかは、上半身が拘束されていることに気づく。
 ペロペロッ ピチャッ
「きゃっ?やだ、やめて!くすぐった〜〜〜い」
 舌を避ける術がなく、くすぐったさに脚をバタバタさせるさやか。
 ペロッ ピチッ ピチャッ
「いやん、もうやめてよ〜〜くすぐったくて死んじゃう〜〜」
「おいバンバ、そのへんにしておけ。あんまり敵とじゃれるとアハメス様がお怒りになる」
「キュ〜〜ン」
 しぶしぶ舌を引っ込めるバンバ。名残惜しげな風情だ。
「ふうっ」
 ようやく舌から解放されて一息つくさやか。その顔はバンバのよだれでベタベタだ。
 ペキッ
 小枝をへし折るような音がした。
「バンバ、食え」
 手にした赤い球状の物体をバンバに投げるマーゾ。
「ブルッ」
 巨大な口を開けてキャッチするバンバ。
「キュウ〜〜〜〜ン、キュンキュン」
 赤い玉を噛み砕き、美味しそうな鳴き声を立てる。
 ペキッ
 再び聞こえたその音は、マーゾの胸のあたりに生えた真っ赤な果実をもぎ取る音だった。マーゾは植物型の宇宙獣士なのだ。
「渚さやか、お前も食うか?」
 さやかの口元に差し出すマーゾ。果実は少し小さめのりんごに似ていた。
「きゃっ!」
 叫んでさやかは顔をそむける。
269名無しさん@ピンキー:04/10/10 22:09:41 ID:/utz+9gV
(その6)

「それ、ツタみたいなのが出てくるんじゃないの?」
 以前、マーゾはゴズマの作戦で市街地に赤い実をバラまいたことがある。その実が成長すると、ツタのような触手を伸ばして人を襲う“人喰い植物”になるのである。
「グフォフォフォ、あれとは違う。マーゾルシアンの実は宇宙では高級なフルーツだ。地球人の味覚にも合うはずだぞ?」
「マーゾルシアンの実?」
 疑い深げに赤い実を眺めるさやか。
「そうだ。……毒でも入ってると思うのか?お前を殺す気ならさっき麻酔の代わりに毒を注入することも出来たのだぞ?」
「それはそうだけど……」
 さやかの言葉は歯切れが悪い。
「敵のほどこしは受けん、というわけか?立派な心がけだが、まあ食べておけ。最後の食事になるかもしれんからな」
「最後の、ですって?」
 さやかは驚いて振り返った。
「そうだ。アハメス様が戻って来ればすぐ処刑が始まる。お前の命もあとわずか、というわけだ」
「………」
 ショックを受け黙り込むさやか。
 シュルルッ
 マーゾはさやかの両腕のいましめを解いた。
「えっ?」
 不思議そうにマーゾの顔を見上げるさやか。
「これで食べやすくなっただろう。おっと、ブレスレットは外させてもらったぞ?またあのレーザーを喰らうのはごめんだからな、グフォフォフォ」
 愉快そうに笑うマーゾ。
「あっ?いつの間に!?」
 左手首を右手で押さえてさやかはマーゾを振り返った。
270名無しさん@ピンキー:04/10/10 22:12:09 ID:/utz+9gV
(その7)

「グフォフォ、気絶している間は無防備だったぞ?いつでも盗れた」
「返してよ!!」
「ダメだ!捕虜に武器を渡すバカがいると思うか?」
「むぅぅ……フン」
 頬をふくらませてソッポを向くさやか。
「グフォ、ホラ、食え」
 さやかの胸元目がけ、ポイと実を放るマーゾ。
「きゃっ」
 反射的にさやかは受け取った。
「美味いぞ。……朝食はまだだろう?腹が減ってはいないのか?」
 一晩中異星人を探し回り、朝は大立ち回りをやってのけたさやかのお腹はペコペコだった。赤い実から甘い香りが立ち昇り、さやかの鼻孔をくすぐった。
 シャリッ
 ついにさやかは実を齧った。
「!?あっま〜〜〜い!!」
 赤い実はとても瑞々しく、上品な甘さの果汁がさやかの口に広がった。
「すっごくジューシィだわ。こんなの初めて!!」
 シャリシャリッ シャリッ
 むさぼるようにさやかは実を齧ると、あっという間に食べ尽くした。
「もう一個どうだ?」
 マーゾがもうひとつ実を差し出す。
「え?いいの?あなたの分は?」
 マーゾと視線を合わせて尋ねるさやか。
「おいおい、共食いさせる気か?オレは食わんよ」
 マーゾは呆れる。
「あ、そうか。……だったらあなた、何を食べてるの?」
 実を受け取りながら質問するさやか。
271名無しさん@ピンキー:04/10/10 22:14:37 ID:/utz+9gV
(その8)

「ン?オレか……水……かな?」
「水?それだけ?」
「オレは植物だからな」
「そっか。じゃ、お返し」
 天空に向けて右手を上げるとさやかは気を集中する。
「むぅぅぅぅ」
「ン?何をする気だ?」
 マーゾの問いに答えず気を集中し続ける。
 やがてポツポツと水滴が降り始めた。
「何?雨か?」
 そんなはずはない。ここはハードウォールに囲まれた閉鎖空間なのだ。
「この水は……お前の仕業か!?」
「うふふ」
 にっこり微笑むさやか。気象コントロールは得意技なのだ。
 ザッ
 水滴は次第に量を増し、一気に降り出した。まるでスコールだ。
「キュ〜〜〜ン、キュキュ〜〜ン」
 突然の雨にはしゃぐバンバ。
「おいっ、やりすぎじゃないか?」
 マーゾが咎める。
「そ、じゃ、お〜しまいっと」
 さやかが右手を下ろすと雨はピタッと止む。
「ほお、凄い力だな?」
「お味はど〜お?」
 いたずらっぽい表情でさやかは問う。
「ン?ああ、なかなか美味い水だったぞ?」
「ホントにい?」
「ああ、本当だ。かなり強いエネルギーを感じる。これがアースフォースというやつか?」
 感心するマーゾとさやかの視線が絡み合う。
272名無しさん@ピンキー:04/10/10 22:16:50 ID:/utz+9gV
(その9)

「うふ」
「グフォ」
「うふふふ」
「グフォフォフォ」
「うふふふ、クスクス」
「グフォフォフォフォフォフォ」
「クスクス、うふ、あはははははは」
「フォフォフォフォフォフォフォフォフォフォ」
 ふたりで大爆笑するさやかとマーゾ。不思議そうに眺めるバンバ。一気に雰囲気が明るくなる。
「あはははは、ね、マーゾ」
「フォフォフォ、フォ、なんだ?」
「これ、外してくれない?」
 上半身に巻きついた触手を指差すさやか。
「ム?ダメだ」
「なによ、ケチ」
「ダメなものはダメだ!」
「フ〜〜ン、そんなにあたしの胸に触っていたいんだ?H!!」
 マーゾの触手はさやかの柔らかな胸を締め付けていた。
「ムゥ?あ、これは失礼」
 慌てて触手を緩めるマーゾ。
「あ?こら、何をする?」
 触手の緩んだ隙にうしろを向いて、さやかはマーゾに抱きついた。
「何だ?色仕掛けか?」
「ん〜〜ん、親愛のしるし」
 さやかのしなやかな肢体を胸に抱き、マーゾは内心ドギマギしている。
「ありがと。これから処刑されるあたしを気遣ってくれたんでしょ?」
「渚さやか、お前……」
「うれしかったわ。あんなに爆笑したなんて久しぶりよ」
 上目遣いにマーゾを見るさやかの目に涙が光る。
273名無しさん@ピンキー:04/10/10 22:19:04 ID:/utz+9gV
(その10)

「今までずっと戦い続けてきた宇宙獣士にこんな気持ちになるなんて……。不思議、まるでずっと前から友達だったみたい」
 さやかの言葉にマーゾの心が揺れた。
「お前の気持ちはわからんでもないからな」
「え?それって……」
「オレも昔戦ったんだ。ゴズマと」
 驚きに目を瞠るさやか。
「ギルーク様とアハメス様とオレは、あの星王バズーと最後まで戦った戦士だったんだ。いわばチェンジマンの先輩というわけだ」
「なんですって!?」
 衝撃の告白にさやかは驚愕した。
 <つづく>
274名無しさん@ピンキー:04/10/12 14:54:00 ID:sZKqMMUX
萌もエロもない作品って、とりあえずPINK板には不必要な気が…。
27548:04/10/12 16:22:58 ID:wnKlAdsa
>>274
Maybe...but I'm afraid that dispute about this matter will waste this thread.
I suggest to other writers and myself please listen to what your conscience tells you.
Just for reference, I've tried to include sensual sketch into my SS because of my fixed idea.
I've been consider myself to be a cold fish for a long time, so I have to prove I'm not to myself.
# The modem of my PC has been broken, so I have to borrow one from my friend and I can't write into this
# thread in japanese. My english is not good, so I humbly beg your pardon.
276名無しさん@ピンキー:04/10/12 18:21:39 ID:Iiooxrwu
>275
"#"以前の文はsensual sketchくらいしか
意味分からないけど(アホ…)モデム壊れたの?
ってことは48さんの続きは当分先か…

気長に待ってます。
277名無しさん@ピンキー:04/10/12 22:22:18 ID:BnLHf20A
おそらく…しかし 私はこの事態についての議論が
スレッドを浪費/荒廃させることを恐れていた。
私は他の書き手と私自身が貴方の良心が貴方に教えた事を聞く事を
喜ぶよう提案する。
後学の為、私は官能的な・快楽的な要素を私のSSに含めようと試みている。
私のSSには様々なアイディアが混在しているからだ。
私は私自身について長い時間図々しかったと思う(coolfish=図々しい人の別の言い方か?)
だから私は私について私ではないと証明しなければいけない。
#私のパソコンのモデムが壊れてしまった。だから私は私はこれを友人の所から
投稿している。そして、私はこのスレッドに日本語で書くことはできない。
(友人のPCに日本語フォントが入っていない?)私の英語は拙い。だから私は
こんなに乏しくしか貴方に許しを乞えない。

()内は想像。暇だったので約してみたがもうダメポ。
to48
please write in Japanese by RO-MAJI next time.watasi ha matte iru.
278名無しさん@ピンキー:04/10/12 22:49:21 ID:lQYQ7ZNq
pink本秘密基地 質問・雑談スレッド1
http://pie.bbspink.com/test/read.cgi/erobbs/1091710648/786-788

786 名前:名無し編集部員 投稿日:04/10/01 15:19:35 ID:Wf8qdR8P
>>782
2chとおなじ、エロくもないスレを、PINKにどしどし立てていいわけですか?

787 名前:ぴんく丼 ★ 投稿日:04/10/01 15:25:43 ID:???
>>786
駄目になったの?

788 名前:名無し編集部員 投稿日:04/10/01 15:36:24 ID:BRizhGOR
>>787
さぁ?
「PINKちゃんねるだからエロでなければならない」という理由はなさげ。
エロを扱えたり未成年は禁止ではあるけれど。
雑談板では「多少関係があっても他にふさわしい掲示板があるもの」を排除する必要ないし。

http://info.2ch.net/guide/adv.html#saku_guide
> それぞれの掲示板の趣旨は、カテゴリと掲示板の名称によって判断します。

http://www.bbspink.com/
> 刺激的な内容が含まれる可能性がありますので、 21歳未満のかたはご遠慮ください。

http://www.ff.iij4u.or.jp/~ch2/bbsmenu.html
> 大人の時間
> 21歳以上!
> 子供はだめ!

279名無しさん@ピンキー:04/10/12 23:25:55 ID:qSgzotMp
議論が始まっているようですが、この作品はここに投下したらまずいですか?

「大星団ゴズマ! 地球乗っ取り作戦!!」

 エピソード2「さやかとマーゾ」(その1)

「ギルーク様とアハメス様とオレは、あの星王バズーと最後まで戦った戦士だったんだ。いわばチェンジマンの先輩というわけだ」
 ツタが絡まり合ったような姿をした植物型のグロテスクな宇宙獣士マーゾはとんでもない過去を告白した。
「なんですって!?」
 驚愕に目を瞠るさやか。
「驚くことはない。大星団ゴズマの構成員のほとんどは、ゴズマに征服されたり滅ぼされた惑星の生き残りなのだから」
 さやかの脳裏にこれまで戦ってきた宇宙獣士たちの姿が浮かぶ。
「そういえば、宇宙獣士デモスはアトランタ星人のタローと名乗ったわ。他の星を侵略しないとふるさとの星、アトランタを破壊するとバズーに脅されていたみたい」
「それがバズー様のいつもの手さ。オレのふるさとのギラス星はもうない。ゴズマの侵略に最後まで抵抗したせいで見せしめに破壊されてしまった」
「なんてことを……」
 ゴズマの残虐非道さにさやかは息を呑む。
「ギラス星とアハメス様のアマゾ星は、同盟関係にあった。ギラス星とアマゾ星の連合軍を率いていたのがギラス星一の勇者だったギルーク様だ」
「ギルークが……」
「当時オレはギルーク様配下の戦士のひとり、勇者ギルフェンと呼ばれていた。“ギル”というのがギラス星での勇者の称号だ。名の知れた勇者の名前には必ず“ギル”がつく」
「勇者ギルフェン……それがあなたの本当の名前なのね」
「そうだ。……ゴズマの侵略を受け、オレたちは勇敢に戦った。しかしゴズマの物量には敵わなかった。敗色が濃厚となったある日、オレたちはギルーク様とアハメス様に呼ばれてある作戦を立てた」
 マーゾの過去の話に真剣に耳を傾けるさやか。マーゾは続けた。
280名無しさん@ピンキー:04/10/12 23:28:17 ID:qSgzotMp
(その2)

「それはゴズマのボスのバズーを直接狙う作戦だった。ゴズマは色んな宇宙人の集まりだ。バズーの力を恐れて従っているに過ぎない。頭を潰せばあとは烏合の衆、なんとかなる、とオレたちは考えたんだ」
「それで、バズーの暗殺を企てたのね?」
「暗殺…とはちょっと違うがまあそんなもんだ」
「失敗してバズーの怒りに触れて、宇宙獣士にされちゃったの?」
 首を振ってマーゾは否定した。
「違う、オレは志願したんだ。バズーを倒す能力を持った宇宙獣士に自ら志願して改造してもらったんだ」
「!?なんですって!!」
 驚愕するさやか。
「ゴズマと戦うためにチェンジマンになったお前たちの境遇とよく似てるだろ?だから言ったんだ、お前の気持ちはわかる、と。お前の立場はかつてのオレの立場と同じだ。苦しむお前を見捨てられなかったのも、そのせいかもな」
「……そうだったんだ……」
 つぶやいてさやかはマーゾの胸のあたりに手を置き、ゆっくりと撫でさすった。
「おい……」
「……今はこんなだけど昔はあたしたちとおんなじだったのね?」
 愛おしそうにマーゾのからだに触れながらさやかは言った。
「……まあ、ギラス星人も地球人と同じヒューマノイドだからな」
 マーゾの顔があさっての方向を向いているのは照れているからだろうか?
「怖くなかったの?人間じゃなくなるのに?」
「そりゃ、怖くなかったと言ったら嘘になる。が、あの時のオレは人間でなくなる恐怖よりも母星を救うためにからだを投げ出す使命感の方が強かったのさ」
「改造手術は痛くなかった?」
「痛みはない。むしろ気持ち良かったくらいだ」
「ええっ?」
 驚いてマーゾの顔をまじまじと見るさやか。
281名無しさん@ピンキー:04/10/12 23:30:33 ID:qSgzotMp
(その3)

「気持ちいい?って一体どんな手術だったの?」
「ウ〜〜ン、多分お前がイメージする手術とは違うだろうな。オレたちは改造するのにからだを切り刻むような野蛮なやりかたはしない」
「じゃあ、どんな?」
 興味深げに上目遣いでマーゾの顔を覗き込むさやか。照れ隠しにソッポを向くマーゾ。
「……オレたちの世界にはラピューヌという生き物がいる」
「…ラピューヌ?それどんな生き物なの?」
「ンー、なんていったらいいか……地球にアメーバっていうグニャグニャした不定形の生き物がいるだろ?」
「ええ」
「あれをもっと大きくした感じだな。オレの改造のときはラピューヌを使ったんだ」
 グニャグニャした巨大なアメーバを想像するさやか。
「なんだか気持ち悪そう」
「ン?そんなことないぞ。慣れればかわいい生き物さ」
「フ〜〜ン」
 疑い深げなさやかの眼差し。マーゾは続けた。
「そのラピューヌの特殊能力が改造のときに必要だったんだ」
「特殊能力?」
「そうだ。ラピューヌには複数の生き物を混ぜ合わせるちからがあるんだ。そのちからでオレはマーゾルシアンの樹と融合し、今のからだを手に入れた。そのときから勇者ギルフェンは宇宙獣士マーゾルシアンになった。長ったらしいからみんな縮めてマーゾと呼ぶがな」
 さやかの頭の中に、人間と植物と巨大アメーバが混じり合っていく映像が浮かぶ。それはあまり気持ちのいいものではなかった。
「やっぱり気持ち悪いわ」
「いや、それがとても気持ち良かったんだ」
「ええっ?」
 さやかはとても信じられないという素振りを見せた。マーゾは説明する。
282名無しさん@ピンキー:04/10/12 23:33:45 ID:qSgzotMp
(その4)

「ある生き物の細胞と別の生き物の細胞をくっつけようとしても普通はくっつかない。なぜだかわかるか?」
「……細胞と細胞の間に拒絶反応が出るからでしょ?」
 さやかは即答した。
「正解だ。さすが電撃戦隊の頭脳、頭がいい」
「そんなこと……」
 ほめられてかわいく頬を赤らめるさやか。
「つまり、その拒絶反応ってやつをどうにかしないといけないわけだ」
「そうね」
「そこでラピューヌの出番さ。ラピューヌは別々の生き物の細胞間に働く拒絶反応を取り除くちからを持っているんだ。便利だろう?」
「………」
 なんと答えていいかわからずさやかは絶句した。マーゾはかまわず続ける。
「それで、オレの改造のときにラピューヌを使ったんだがそれがメチャクチャに気持ちが良かったんだ」
 そのときのことを思い出したのか、マーゾの言葉に悦楽感が混じる。
「拒絶反応を取り除きながらラピューヌがからだの表面から中に入ってくる……いや、染み込んでくると言った方が近いか……。最初は違和感があって変な感じだったが、そのうちにとてつもない快感が襲ってきたんだ。
細胞ひとつ一つが爆発したようなメチャクチャな快感だった。あのときほどの心地よさは生まれてこのかた一度も経験したことがない」
 マーゾの言葉からその快感の凄まじさが読み取れる。
「ふ〜〜ん、そんなに気持ち良かったんだあ」
「ああ、凄いぞ!まるで細胞ひとつ一つでSEXしてるような感じだ。普通のSEXの何十倍、いや何百倍もの快感を一度に体験したようだった」
「いやん……」
 マーゾの直截的な表現に、さやかはポッと顔を赤らめ下を向いてしまう。
「ン?どうした?下なんか向いて……」
 マーゾが怪訝そうに尋ねた。
「だって……マーゾが変なこと言うんだもん……」
 さやかの言葉には羞恥の響きがある。
283名無しさん@ピンキー:04/10/12 23:36:04 ID:qSgzotMp
(その5)

「変なこと?変なことって何だ?何か変なこと言ったか?」
 マーゾは心底不思議そうに首を傾げた。
「凄まじい快感をSEXに喩えたことか?」
「いやん、だからやめてって」
 さやかの顔は耳まで真っ赤だ。
「おかしなやつだ。SEXは変なことじゃないぞ。愛し合う男女なら誰だってする。愛の最高の表現だ。そうは思わんか?」
「………」
 さやかは恥ずかしさでもう何も言えなかった。
「どうした渚さやか?なにを恥ずかしがっている?まさか処女だと言うわけでもあるまい?」
「バカッ!!」
 さやかは顔を真っ赤にしてマーゾをグーでぶん殴った。
 バキッ
「グワッ!?」
 物凄い音がしてマーゾの首がのけぞった。アースフォース適合者のパワーはチェンジする前でも凄まじい。
「もう知らない!!」
 マーゾに背を向けて立ち去ろうとするさやか。しかし未だに絡みついていたマーゾの触手に阻まれる。
「なによこんなもの!!」
 力任せに触手を引きちぎろうとするさやか。しかしさすがにビクともしない。怒り狂うさやかをマーゾは後ろからそっと抱きしめた。
「オレが悪かった渚さやか」
 マーゾに抱きしめられ、さやかはおとなしくなる。
「お前の方から抱きついてくるくらいだから本当に処女だとは思わなかった」
「だから!!」
「わかったもう言わん。SEXの話はもう終わりだ」
 暴れ出そうとするさやかのからだをマーゾはギュッと強く抱きしめた。
284名無しさん@ピンキー:04/10/12 23:38:59 ID:qSgzotMp
(その6)

「もうお前の命も残り少ない。ケンカなんてバカなことで時間をムダにするのはやめよう」
「……そうね」
 すっかりおとなしくなったさやかのからだからマーゾは離れた。さやかは力が抜けたようにペタンと座り込む。
「話を元に戻すと、宇宙獣士になったオレはギルーク様の指揮の下、バズーに戦いを挑んだ」
 さやかは放心しているようで、話をちゃんと聞いているのかわからなかったが、マーゾは続けた。
「オレはマーゾルシアンの強力な触手の力でバズーに取り付いた。そしてラピューヌの力でヤツと融合しようとしたんだ」
「バズーと融合!?」
 さやかは驚いて顔を上げる。
「そうだ。ヤツと融合してしまえばコントロールすることも可能だと考えたのさ。しかしその考えは甘かった」
 固唾を呑んで聞き入るさやか。
「ヤツは思った以上の怪物だった。融合しようとするオレの細胞を強力なエネルギーで弾き飛ばしやがった!」
「……!!」
「オレは負けてゴズマに捕らえられた。やがて連合軍は敗北したと言う知らせを聞いた。ギラス星は見せしめに破壊され、アマゾ星はゴズマに征服されたようだった。アハメス様は行方不明、ギルーク様もオレと同様に捕らえられたらしかった。
 もっとも、武勲を認められたギルーク様はバズーに忠誠を近い、すぐにゴズマの遠征軍司令官に抜擢された。そうなるとオレだけ意地を張っても仕方がない。あきらめてゴズマに入団した、というわけさ。ま、バズー様を狙った罪とかで何年も監禁されてたがな」
「……哀しかった?ふるさとを壊されて……」
 哀しいマーゾの過去にさやかの声は震えた。
285名無しさん@ピンキー:04/10/12 23:41:39 ID:qSgzotMp
(その7)

「そりゃあな。必死で守ってきたものがある日突然木っ端微塵になったんだ。哀しくないわけがない。監禁生活の最初の数ヶ月は泣き暮らしてたよ」
「そうよね。ふるさとを失った哀しみはみんな一緒よね」
 さやかの瞳から涙がひとしずくこぼれた。
「なんだよ、泣いてるのか?」
「………」
 喉がつまって声にならない。
「お前はやさしいな」
 マーゾがさやかの髪をやさしく撫でた。
「オレは敵だぞ?お前のふるさとを侵略しているのはオレの仲間たちだ。憎んでくれていいんだ」
「だって……あなたの過去を知ってしまったらとても憎んだりできないわ!」
 さやかの両目から涙が滂沱と流れた。あふれ出す感情をさやかはコントロールできなくなった。
「うっ、うっ、うっ、えっ、ひっく」
 両手に顔を伏せ泣きじゃくるさやか。
「お、おい、泣くな、泣かないでくれ」
 マーゾはどうしていいかわからずオロオロする。
「えっ、えっ、えっ、ぐすっ、ぐすっ」
「キュウ〜〜〜〜ン?」
 突然泣き崩れたさやかに、どうしたの?と言いたげな風情でバンバが近づいてきた。
 ペロペロッ
 長い舌を伸ばし、バンバはさやかの手の甲を舐める。まるで慰めようとしているかのようだ。
「うえっ、えっ、えっ、ぐすっ、ひっく」
 バンバの舌の熱さ、柔らかさを手の甲に感じ、さやかは泣きながら顔を上げた。
「キュウ〜〜ン、キュウ〜〜ン」
 ペロペロペロッ ピチャッ
 さやかの頬をバンバはやさしく舐める。そのやさしいタッチにさやかの哀しみも少しずつ癒されていく。
286名無しさん@ピンキー:04/10/12 23:44:25 ID:qSgzotMp
(その8)

「ぐすっ、すん」
 ようやく泣き止み、さやかは涙をふいた。
「慰めてくれたの?バンバ、ありがと」
「キュウ〜〜〜ン」
 さやかの感謝の言葉をバンバは喜んでいるようだ。
「あなたも昔人間だったの?」
 さやかはバンバに尋ねる。
「いや、バンバは人間じゃない。ジューラバンバだ」
 マーゾが代わりに答えた。
「ジューラバンバ?」
 聞き慣れない言葉にさやかは戸惑う。
「宇宙で主にヒューマノイドが飼育する、家畜だ」
「家畜?ペット?」
「そうだ。地球の犬に似ているな」
 さやかはバンバの怪物じみた顔をまじまじと見つめた。
「犬みたいな生き物をこんな風に改造しちゃったの?」
「ああ。こいつはシーマの作戦に必要な能力を持ったボディに、コントロール用のジューラバンバの脳みそを埋め込んで造られた合成宇宙獣士だ。ジューラバンバは従順だからな」
「ひどい……」
「バンバがお前を助けたがったのも、以前ヒューマノイドに飼われてたからだろうな。ご主人様を思い出したんだろう」
 さやかはグロテスクなバンバの額のあたりを優しくなでた。
「キュウ〜〜〜ン、キュキュ〜〜〜〜ン」
 バンバは心地よさげな鳴き声を上げた。
「……マーゾ……」
 震える声でさやかはマーゾを呼んだ。
「なんだ?」
「これ以上バズーに忠誠を尽くす意味なんてないわ!一緒に逃げましょう!ゴズマなんてもうやめるのよ!!」
 さやかは物凄い剣幕でまくし立てた。その迫力に押されるマーゾ。
287名無しさん@ピンキー:04/10/12 23:46:39 ID:qSgzotMp
(その9)

「お、おい、無茶を言うなよ」
「なにが無茶よ!いつまでバズーの言いなりになっているつもりなの!?あなたたちの身柄は電撃戦隊が保護するわ。絶対にゴズマに渡さない!!だからあたしと一緒に来て!ゴズマを抜けて!」
 さやかは必死でマーゾに訴えかけた。
「お前の気持ちは嬉しいが……それは無理だ」
「なにが無理なの?ふるさとを破壊したバズーが憎くないの?」
「憎くないわけではない。が、もう諦めている。それに、どこへ逃げてもムダなのだ。網の目のように張り巡らされたゴズマの情報網からは逃げられん。必ず捕らえられ、殺される」
「そんなことないわ!あたしたちが守る!守るからお願い!一緒に……」
「渚さやか……」
 マーゾの三つの目がさやかを見つめた。その真剣な眼差しがさやかの胸を射る。
「これから死んで行くお前に真実を話そう。本当は軍事機密で話しちゃいけないんだが……」
「なあに?一体……」
 マーゾの真剣さにさやかも緊張する。
「お前たちがこれまで阻止してきたゴズマの作戦は全て囮だ。全ては真の侵略作戦を覆い隠すための陽動作戦だったのだ」
「なんですって!?」
 凄まじい驚愕がさやかを襲った。
「真の作戦は地球の乗っ取りだ。世界各国の政府首脳は既にゴズマの息がかかった人間に占められつつある。やがては血を流すことなく地球はゴズマの星となるだろう」
「そんな……そんな!!?」
 さやかは足元がガラガラと崩れるような感覚を味わっていた。
 <つづく>
288名無しさん@ピンキー:04/10/13 07:19:00 ID:CYp8oxLi


議論の最中に大量投下するは控えたほうが良かったのでは?
こういう時は議論そのものに加わるか、議論が落ち着くまで
書き込みを自粛するとか、少し空気を読んで欲しいです。

そもそも、戦隊物ならば特撮板にいけば需要あるんじゃないですか?
289名無しさん@ピンキー:04/10/13 09:11:48 ID:EbuLqCnn
>>288
工エエェェ(´д`)ェェエエ工
290名無しさん@ピンキー:04/10/13 13:54:26 ID:h1oAEyUl
>>288
そもそも議論こそがスレ違い、SSが投下されたら空気読んで控えべき。
291名無しさん@ピンキー:04/10/13 17:01:45 ID:zb0Ky9pY
>>290に激しく同意。
議論はpink本秘密基地 質問・雑談スレッド1 で行われてるし、
ここの削除依頼が出たわけでもない。

エロ度低いだけでエロだし。
そもそも戦隊物は特撮板へってなら全てのパロがそうなってしまうだろ。

あ、でもSS書きさん、なんのパロか書いてあると助かります。
292名無しさん@ピンキー:04/10/13 18:58:36 ID:WYCEglhY
>>291
この作品は、今からおよそ二十年前に放送された、
スーパー戦隊シリーズ第九作「電撃戦隊チェンジマン」のパロです。
銀河系の征服を目論む星王バズー率いる「大星団ゴズマ」と、
地球の秘めたパワー、「アースフォース」を浴び、
「チェンジマン」となった五人の若者たちの戦いの物語。
「大星団ゴズマ! 地球乗っ取り作戦!!」は、
ゴズマの生物兵器、「宇宙獣士」と、ゴズマの女司令官「アハメス」の
罠にかかり、敗北して捕らえられた、「チェンジマン」の女戦士、
「チェンジマーメイド」こと「渚さやか」が失った意識を回復するところから始まります。
「戦隊スレ」に連載・完結した「ピンチ! 捕らわれたさやか」の後日談であり、
現在連載中の「触手地獄の女戦士」のパラレル・ストーリーです。
エロに突入するのは第七話くらい。それまでえんえんとエロなしが続くと
批判が出ると思い、こちらのスレッドを選びました。

「戦隊シリーズヒロイン陵辱小説スレ」
http://idol.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1049215056/l50
293名無しさん@ピンキー:04/10/13 20:01:37 ID:mVyLXnxT
>292
ぐっじょぶ。原作知らんけどそっちのスレにまで読みに行ってしまったよ。
294名無しさん@ピンキー:04/10/13 21:39:16 ID:WYCEglhY
>>293
お読みいただきありがとうございます!!

「大星団ゴズマ! 地球乗っ取り作戦!!」

 エピソード3「天使に出逢った日」(その1)

「これから死んで行くお前に真実を話そう。本当は軍事機密で話しちゃいけないんだが……」
 宇宙獣士マーゾの声には真剣な響きがあった。
「なあに?一体……」
 マーゾの真剣さにさやかも緊張する。
「お前たちがこれまで阻止してきたゴズマの作戦は全て囮だ。全ては真の侵略作戦を覆い隠すための陽動作戦だったのだ」
「なんですって!?」
 凄まじい驚愕がさやかを襲う。
「真の作戦は地球の乗っ取りだ。世界各国の政府首脳は既にゴズマの息がかかった人間に占められつつある。やがては血を流すことなく地球はゴズマの星となるだろう」
「そんな……そんな!!?」
 足元がガラガラと崩れていくような、あるいはアリジゴクの巣穴へと落ち込んだような、奇妙な浮遊感と落下感をさやかは味わった。
 さやかが電撃戦隊に入隊してから九ヶ月が過ぎた。その間、電撃戦隊は実に四十近くものゴズマの侵略作戦を阻止してきたのだ。マーゾの言葉が本当ならその全てが真の作戦から目をそらすための囮だったということになる。とても信じられるわけがなかった。
「ウソ……ウソよっ!!」
 さやかの叫びは絶叫に近い。
「ウソをついてどうなる?これから死ぬお前を騙してなにかオレが得をするか?」
 マーゾの言葉には真実の響きがある。さやかは放心したようにペタン、と腰を落とした。
「だから無理なのだ、オレがゴズマを抜けるのは……。お前と共に脱走しても、地球はどの道ゴズマの支配下に置かれる。無意味なのだ」
 座り込んださやかをマーゾは哀れむように見下ろした。
「信じない……信じられないわ、そんなこと……。どうして政府の人間がゴズマに、侵略者に協力するの?あり得ないわ!!」
 どうしても真実を見ようとしないさやかにマーゾは静かに語りかけた。
「それはな、カネだよ」
「……!?」
「ゴズマの科学力は地球よりも遥かに進んでいる。その優れた技術を各国首脳は欲しがっているのさ。我々の超技術があれば、いくらでもカネが儲かるからな」
 さやかの頭脳がフル回転を始めた。
295名無しさん@ピンキー:04/10/13 21:42:18 ID:WYCEglhY
(その2)

(確かにゴズマの科学力は凄いわ。その技術の一端でも入手すれば、産み出す利益は計り知れない!それに政治にはお金がかかるわ。
 民主主義とは言っても選挙に当選するためには一体どれくらいの資金が必要になるか……。政治家たちが、甘い餌をちらつかされてゴズマの誘いに乗ることは十分考えられることだわ。……なんてこと!!)
 さやかのコンピューター並みの頭脳は、マーゾの言葉は正しいと結論づけた。
「あなたの言っていることが正しいようね。……信じたくはないけど……」
「ようやく理解したか、やれやれだ」
 マーゾは胸を撫で下ろした。
「心情的にはお前について行きたいんだがな。お前、かわいいし…」
「え?いきなりなによ?」
 かわいいとマーゾに言われ、頬を染めて戸惑うさやか。
「うん……かわいくて柔らかくて……宇宙獣士になる前だったら絶対ほっとかないな、お前みたいな女に出会ったら……」
 マーゾの言葉には真実味がこもっている。
「ちょっとやめてよ、からかってるんでしょ。それとも死んで行くあたしに同情しちゃった?」
 さやかはマーゾに背を向けた。恋愛経験のあまり豊富ではないさやかはこういうときどうしていいかわからなかった。
「そうかもしれん。しかし同情が愛に変わることだってある。オレのこの気持ちは……」
 背中から抱きしめようとしたマーゾをさやかは押しとどめた。
「ごめんなさい。今はそんな気になれないの」
「渚さやか、オレは……」
「残り少ない時間をどうやったら地球を救えるか、考えたいの。無駄かもしれない。でもあたしは愛してるの、この星を。最後までふるさと地球を救うためになにかしたいのよ。バズーと最後まで戦ったあなたならわかるでしょう、この気持ちが……」
 さやかの目に涙が光った。その美しさにマーゾのこころは打たれた。
「仕方がないな……オレも手伝ってやるよ」
 頭を掻くようなしぐさをしてマーゾは言った。
296名無しさん@ピンキー:04/10/13 21:45:06 ID:WYCEglhY
(その3)

「え?」
 涙ぐんだ瞳で上目遣いに見上げられ、照れくさそうにマーゾは視線をそらす。
「お前を逃がすことは出来ん。アハメス様を裏切ることになるからな……。しかし異星人の観点から地球のどこに問題があるかをお前と話すくらいならいいだろう。……どうしてゴズマに加担する地球人が出るのか、どうやったらそれを防げるか、いっしょに考えてやるよ」
 マーゾの言葉はまるでともだちと話すような親しみがこもっている。
「ほんと?」
 さやかのかわいい声がマーゾの耳をくすぐる。
「本当だ」
 マーゾが保証するとさやかの顔がパッと輝いた。マーゾの目にそれは天使が微笑んだように映った。
「ありがとうっ!マーゾ!うれしいわっ!!」
 素直に喜ぶさやかの姿をマーゾは限りなく愛おしく感じた。
(いかん、オレはこいつを好きになりかけている……。果たして処刑のとき冷静でいられるだろうか……?)
 マーゾのこころに大きな変化が訪れようとしていた……。
「あっちへいかない?」
「ン?ああ」
 さやかの指差す方向には岩塊がゴロンと転がっており、腰かけにちょうどよかった。
 さやかはマーゾの手をとり促す。そのやわらかさ、ぬくもりに思わずこころが踊りだすのを感じたが、表面上はさりげなく装うマーゾだ。
(ウーム、ギラス星で彼女とデートした時を思い出すな……。ヒューマノイドのおんなと手をつなぐなど何年ぶりか!?宇宙獣士になってから、いつも他の獣士と一緒くたにされてたからな)
「はやくぅ、こっちよ!」
 さやかがマーゾの手をはなし、駆け出そうとする。
「きゃっ?」
「あっ?バカッ!!」
 マーゾの触手が未だ絡み付いているのを忘れて走ったさやかは、触手に脚を引っ掛けいきおいよくすっ転んだ!
297名無しさん@ピンキー:04/10/13 21:48:09 ID:WYCEglhY
(その4)

「あ、いたあ……くない?」
 マーゾの手を借り、身を起こすさやか。
「ン、まだ麻酔が効いてるんだ……おい、バンバ!」
「キュウ〜〜ン?」
 マーゾに呼ばれて駆けてくるバンバ。どことなく主人に呼ばれる犬にイメージが重なる。
「ホラ、ここだ、すりむいて血が出てる。バンバ、舐めて消毒してやれ」
「え?いいわよ、そんなことしなくたって……」
「いいからバンバにまかせろ。こいつの舌には殺菌作用とヒーリング効果がある。すぐよくなるからまかせるんだ」
 マーゾの勢いに押され、さやかはすりむいた膝を立てて腰を下ろした。いわゆる三角座りにちかい体勢だ。
「!?」
 マーゾは目を見張った。マーゾの位置からさやかの純白のショーツが丸見えだった。さやかはそのことに気づいていない。
(なんだ?あんなもの、ただの白い布ではないか?珍しくもない……)
 と思えば思うほど目がさやかの股間に釘付けになる。
「じゃ、お願いね、バンバ」
「キュンキュン」
 さやかのかわいい声に従い、平べったく長い舌を伸ばすバンバ。
 ペロッ ペロペロッ ピチャッ
 最初はおずおずと、次第に大胆にさやかの膝を舐めるバンバ。
「うふふ、くすぐった〜〜い」
 さやかの笑顔はマーゾにとって天使の笑顔。その天使の笑顔とパンチラを同時に拝める幸福をマーゾは噛み締める。
「ね、マーゾ」
 パンチラに夢中のマーゾは一瞬ビクッとした。
(バレたか?)
 いたずらを見つかった男の子のような気分のマーゾだ。しかしさやかは屈託がない。
「麻酔が効いてるのにくすぐったいのはどうして?不思議だわ」
「ああ、そりゃ、プラシーボ効果だろ。舐められるとくすぐったいと思い込んでる脳みそのいたずらさ」
 のぞきがバレずに内心ほっとするマーゾ。
298名無しさん@ピンキー:04/10/13 21:52:31 ID:WYCEglhY
(その5)

「フーン、そんなものかしらね?……きゃっ?」
「どうしたっ!」
 さやかの悲鳴になにごとか、と駆け寄るマーゾ。見ると、バンバの舌がさやかの膝を通り越してフトモモの方まで伸びている!
「ちょっと、やだぁ、マーゾ、見てないで止めてよぉ」
 ペロペロッ ピチッ ピチャピチャ
 マーゾは金縛りにあったように固まった。天使のふとももと這い回る赤黒い醜悪なバンバの舌の取り合わせはお互いを引き立て合った。ふとももはより美しく、エロチックに輝いた。
 ドッカ――――ン
 と、頭が破裂しそうになるのをマーゾは感じた。一気に股間の生殖器が勃起する!幸い、からだじゅうのツタの陰になり、さやかからは見えない。
(ウグッ、ダ、ダメだ、理性がもたん。このままではオレはさやかを……)
「きゃああっ!?そこはだめえっ!?」
「ウオッ?どうしたっ!?」
 さやかの悲鳴が暴走しかけたマーゾの頭を冷やした。勃起したモノも一気に萎む。
「こぉら、だめでしょ、おいたしちゃあ」
 調子に乗ったバンバがさやかの股間にまで舌を伸ばしていた。
「おいこらっ、それはやりすぎだっ」
 ガツン
 バンバの上部の松ぼっくりを殴りつけるマーゾ。
「キュウ〜〜〜〜ン」
 殴られてシュンとなるバンバ。
(なんといううらやましいことをっ!オレはお前になりたいよ)
 マーゾはバンバの松ぼっくりを抱え込み、拳でグリグリする。
「あ、いいのよ、ちょっとじゃれたかっただけなんでしょ、あんまりいじめちゃダメよ!」
 さやかの言葉にマーゾはバンバを解放した。
「ありがとね、バンバ。血もとまったわ、さ、いきましょ」
 さっ、と立ち上がるさやか。
299名無しさん@ピンキー:04/10/13 21:56:24 ID:WYCEglhY
(その6)

「ああっ!?」
 パンチラタイムの終了に、マーゾは思わず声を上げてしまった。
「え?どうしたの?」
 怪訝そうにさやかはマーゾの顔を覗き込む。
「い、いやなんでもない」
「変なマーゾ、さ、いくわよ?」
 今度は転ばないように触手に気をつけながら歩き出す。マーゾもそのあとに続いた。
 <つづく>

 エピソード4「星を超える愛」(その1)

「んしょっ」
 手ごろな岩の塊に腰掛けるさやか。マーゾも別の岩にさやかに向かい合うように腰掛けた。
「問題は、お金よね。政治にどうしてこんなにお金がかかるのかしら?」
 いきなり本題に入るさやか。
「………」
 しかしマーゾはどう座ったらパンツが覗けるか座る位置をいろいろ試していてさやかの言葉を聞き逃した。
「……マーゾったら!!」
「あ、ああ、なんだ?」
「なんだじゃないわよ!さっきから呼んでるのになにボ〜〜っとしてるの?」
「い、いやそれはな……」
 まさかパンツを覗こうとしていたとは言えず、マーゾはおろおろする。
「ン、アー、それで、なんだっけ?」
「だから、どうして政治にお金がかかるか、よ」
「……お前はどう思うんだ?」
 マーゾは問いかけた。
300名無しさん@ピンキー:04/10/13 21:58:48 ID:WYCEglhY
(その2)

「人間の心がバラバラだから、かなあ……。みんなの心がひとつだったらお金なんかで他人の心を動かして、自分に投票させようなんてしなくていいもの」
「ふむ、いいところを衝いてるな、さすがさやかだ」
 いつのまにか、マーゾはさやかを名前で呼んでいた。以前は“渚さやか”とフルネームで呼んでいたのに……。親しみが増した証だ。
「だからもっとみんなのこころをひとつに出来れば政治にお金はかからないし、ゴズマにつけ込まれなくてすむと思うの」
「ふむ、では聞くが、どうして人のこころはバラバラなのだ?」
 マーゾの質問にさやかはキョトンとする。
「どうして?どうしてって……考えたこともなかったわ?」
「そうだろう。お前たち地球人……とりわけ文明の発達した都市に住む者たちほど人間のこころはバラバラだ。なぜだかわかるか?」
「えっと……ちょっとわからないわ」
「ほお、お前ほどの頭脳をもってしてもわからんか、グフォフォフォ」
 マーゾの笑いに侮辱された気がしてさやかはふくれる。
「むぅぅぅぅ、それじゃ、マーゾはわかるっていうの!?」
 さやかは身を乗り出してマーゾに迫った。
「!?」
 マーゾは目を見張った。さやかの着衣はさきほどの戦闘であちこち裂けている。胸のあたりにも裂け目があり、さやかの白く美しい胸の谷間がチラチラと見えるのだ。
 ごくり
 唾を飲み込むマーゾ。
「ねえ、なんとかいってよ!!」
 急に黙りこむマーゾにさやかは苛立つ。
「え、ああ……」
「もう、まじめにやってよ!もう時間がないんだからぁ……」
 ポロリとさやかの右の瞳からしずくが流れる。
(!?そうだった、さやかの残り時間はわずかしかないのだ!オレは一体なにをやっている!)
「わ、悪かったさやか。まじめにやる」
「お願いよ……」
 涙をふきながらさやかは腰を下ろす。
301名無しさん@ピンキー:04/10/13 22:01:06 ID:WYCEglhY
(その3)

「ええと、なんだったか……」
「どうして都市に住むと人の心はバラバラになるか、よ」
「ああ、そうだったな」
 さやかの胸を見ないようにしてマーゾは言った。
「ま、早い話が税金を取りやすくするためだな」
「ええっ!?税金?」
 さやかは目を丸くする。その表情もかわいい、とマーゾは思った。
「そうだ。人のこころがバラバラであればあるほど税金は取りやすい。身内同士なら物のやりとりは普通だ。親はなんの見返りも求めず子供に色々な物を与える。親しい者、信頼しあっている者もだ。わかるな?」
「ええ」
 さやかはうなずく。
「だが、他人同士の場合、モノのやりとりには必ずカネがからむ。そこに政府はつけこんでいるのだ」
「どういうこと?」
「カネを儲けたら、何パーセントかの税金を支払わなければならない、というルールを作ったことだ」
「それがどうしてつけこむことになるの?」
「考えてもみろ。人がバラバラであればあるほど政府は儲かるのだ。みんなが家族みたいに仲良くしていたら、カネのやりとりよりも、まず物のやりとりをするだろう。ご近所に自分の畑でとれた野菜を配ればそこに金銭の授受は生まれないし、従って税金も取れない」
 マーゾの言葉に真剣に耳を傾けるさやか。
「だが、畑のない都会では野菜はカネで買わねばならん。カネが動けば税金が入る。政府は儲かる。だから、農村にいるよりも、都会に行った方が、幸福になれるような錯覚をさせるような宣伝をしたり、教育を施す。マインドコントロールの一種だ」
「!?まさか!?」
「信じられぬか?グフォ、自分の国の政府が洗脳政策をしている、などと思いたくないのはわかるが、真実だ」
 さやかの頭脳は思考を停止した。それは彼女もまた政府によるマインドコントロールを受けている証である。
302名無しさん@ピンキー:04/10/13 22:03:34 ID:WYCEglhY
(その4)

「わからない、わからないわ、なにも……こんなの初めて……怖い」
 さやかは頭を抱えた。その表情は、恐怖に歪んでいる。自分の言葉によってさやかが苦しむのを見てマーゾのこころは痛んだ。
「さやか……もうやめてもいいんだぞ。真実はいつも残酷だ。お前が苦しむのは見たくない」
「いいえ、いいの。地球を救う方法を探すって言ったのは、あたし。途中で投げ出すなんてしない!」
 気丈に答えるさやかだ。その健気さにマーゾのこころが熱くなる。
「よし、わかった、続けるぞ。ついてこい!」
「もちろん!」
 さやかとマーゾの視線が絡み合う。熱いなにかがさやかとマーゾの間に流れ合った。
「政府がマインドコントロールしているのは理解したな」
「理解はしたわ。……納得はまだだけど……」
 さやかの声は途切れがちになる。
「今の段階ではそれでいい。次は教育の問題を扱うぞ」
「わかりました、マーゾ先生」
 さやかは言葉遣いを改めた。
「先生だあ?やめてくれ、そんな柄じゃない」
 さやかに尊敬の眼差しで見つめられ、マーゾは戸惑う。
「いいえ、あなたは凄い!地球人のあたしでも知らない地球のことをおしえてくれる先生よ」
 さやかは本気で感心している。
(いや……ちがうんださやか。本当のオレはお前のパンツを覗いたり胸を覗いたりする最低なヤツなんだ……かいかぶり過ぎだ……)
 罪悪感で、こころがちくちくするマーゾだ。
「そうだ、先生、お願いがあります」
 さやかが真剣な面持ちで言う。
「だからかたっくるしい言葉遣いはやめろって……なんだ?お願いって?」
「チェンジブレス……さきほど取り上げたブレスレットの黒いボタンを押してくれませんか?」
303名無しさん@ピンキー:04/10/13 22:06:16 ID:WYCEglhY
(その5)

「黒いボタン?まさか爆発とかするんじゃないだろうな!?」
「まさかあ、今あなたに死なれて一番困るのはあたしよ?そんなわけないじゃない、うふふ、マーゾったら可笑しい」
 さやかの笑顔はやっぱり天使の笑顔だとマーゾは思う。この笑顔がもうわずかで永遠に見られなくなる現実を、マーゾは呪った。
「それはね、録音スイッチ。内臓された小型大容量ハードディスクにあたしたちの会話を録音するの。地球乗っ取り作戦を食い止めるヒントになるはず……マーゾ先生」
 さやかは再び言葉遣いを改めた。その表情は真剣そのものだ。
「だから先生じゃないって……なんだ」
「本当はゴズマのあなたにこういうことを頼んじゃいけないのはわかってます………でも………わたしにはあなたしかいないの!!」
(なんだ?愛の告白か!?)
 思わず胸が高鳴るマーゾだ。
「その、ブレスレットをどこかに捨ててください」
「ああん?」
 告白ではなくがっかりするマーゾ。
「チェンジブレスからは識別信号が出ています。電波を遮断するハードウォールを出れば、必ず仲間が見つけてくれるはず……。きっとあたしたちの会話からヒントを得て作戦を阻止してくれるにちがいないわ。
 今のこの瞬間は決してムダじゃない。あたしは地球のためにせいいっぱいやったと胸をはって、死んでいける。だからお願いします。マーゾ先生。あたしの…あたしの最後のお願いなの」
「さやか……」
 マーゾの胸は震えた。
(もうどうあがいても生き延びる術のない今、それでもお前は仲間を信じ、最後の時を、ふるさと地球を救うために使うというのか!?)
304名無しさん@ピンキー:04/10/13 22:09:18 ID:WYCEglhY
(その6)

「……わかった」
「マーゾ……」
「このブレスレットは必ず電波の届く場所にすてよう。ズーマの、いやギラン星の勇者ギルフェンの名に懸けて必ずやお前の願いはかなえてみせる!!だから安心しろ!」
 力強いマーゾの言葉にさやかはやすらかな笑みを浮かべる。その笑顔をこころに焼き付けるようにマーゾは見つめた。
「ありがとう。マーゾなら信じられる。これで思い残すこともなくなったわ」
「さやか……」
「マーゾ……」
 そのとき、ふたりのこころはひとつになった。地球人・渚さやかと、宇宙獣士マーゾの、星も、種族も超えた愛が生まれた。
(アハメスさま……この愚かな私めをお許しください。再び命を授けていただいたあなたさまを、私は……私は裏切ります!)
 もはやマーゾはゴズマの侵略兵器ではなかった。愛する者を得たひとりの人間の男に生まれ変わっていたのだ。
 <つづく>
305名無しさん@ピンキー:04/10/15 13:06:51 ID:0LmUKVXI

エピソード5「青空教室」(その1)

「このボタンか?」
 マーゾはチェンジブレスの黒いボタンを指差した。
「そう、それよ」
 さやかは答えた。
 カチャ キュィ―――ン
 マーゾがスイッチを入れ、内蔵されたハードディスクが回り出す。
「剣さん、疾風さん、大空さん、麻衣、そして伊吹長官」
 さやかは電撃戦隊の仲間たちに呼びかける。
「あたしは今、ゴズマに捕まっています。エヘ、ドジっちゃった、みんなごめんなさい」
 さやかは精一杯明るい声で言った。
「でも、ゴズマにもいいひとがいて、そのひとの好意で、この遺言が残せます。そう、これは遺言なの。この声がみんなに届く頃、あたしはこの世にいないでしょう」
 さやかの目に涙が浮かんだ。
「処刑が始まるまでのわずかな時間で、みんなにどうしても伝えなければならない事があるの。重大なことだからよくきいてね……。実はあたしたちが阻止してきたゴズマの作戦は全てダミー……囮の作戦だったの。信じられないと思うけど、本当よ」
 そこまで一気に話して、一呼吸入れるさやか。
「真実の作戦は、地球乗っ取り作戦。世界各国の首脳をゴズマの息がかかった人間と入れ替え、血を流すことなく地球を手に入れる、恐ろしい作戦よ。あたしたちが阻止してきたのはこの極秘作戦から目をそらすための作戦だったのよ。参るわよね?」
 さやかはおどけた声を出した。
「今から、作戦を阻止するためのヒントとなるかもしれないお話をある人とします。みんな、びっくりしちゃダメよ」
 さやかはマーゾに目配せした。
306名無しさん@ピンキー:04/10/15 13:10:06 ID:0LmUKVXI
(その2)

「グフォフォフォフォ、チェンジマンの諸君、久し振りだな。オレは宇宙獣士のマーゾだ」
「驚いた? 甦ったマーゾがあたしに協力してくれているの。……罠なんかじゃないわ。マーゾもふるさとをゴズマに破壊された被害者だったの」
「まあ、そういうわけだ。過去の確執は水に流してくれ。グフォフォフォフォ」
「極秘作戦のことを教えてくれたのもマーゾだったの。それでいまあたしたちはどうしたら作戦を阻止できるか話し合ってるの。多分この会話の中にヒントが含まれると思うから、よく聴いてね?……いいわ、マーゾ、止めて」
「ン、わかった」
 カチャ
「さてと、まずはさっきの政府と税金のお話からね」
「そうだな……同じことを繰り返すのはめんどうだが……」
「そんなこといわないの、あたしの最後のおしごとなんだから、協力してよ」
 ちゅっ
 さやかはマーゾの頬のあたりにキスをした。さやかとマーゾはなかよく並んでひとつの岩に腰かけていたのだ。
「お、おい……」
 いきなりキスされあわてるマーゾ。
「うふ、やる気でた?」
「………出た」
 どこの世界でも男は単純である。



 カチャ
 録音を停止した音がした。
「ふう、やっとさっきのところまできたわね?」
「ああ、ようやく、教育問題に入れる……すこし休憩するか?」
「そうね……のどが乾いたわ」
 ペキッ
「食うか?」
 自分のからだからマーゾルシアンの実をもいでさやかに差し出すマーゾ。
307名無しさん@ピンキー:04/10/15 13:12:07 ID:0LmUKVXI
(その3)

「いただくわ」
 にっこり微笑んで受け取るさやか。この笑顔を守るためなら、どんなことでもする、とマーゾは胸に誓った。
「お水はいいの?」
「ン?もともと、マーゾルシアンの樹は砂漠の植物だ。水分はさほど必要じゃない」
「そっか、悪いわね、あたしだけ」
「いいさ……バンバ!」
「キュウ〜〜〜ン?」
「ほら、食え!」
 ポイと投げられたマーゾルシアンの実を、バンバは器用にキャッチした。



「政府は、税金をすこしでもたくさんとるために、ひとのこころをバラバラにしておきたい。そのために重要になるのが教育だ。わかるな?」
「はい、マーゾ先生」
 もうマーゾは先生と呼ばれても、照れなくなった。さやかが望むなら、いくらでも先生のまねごとぐらいやってやる、と思っていた。
 既に、触手を絡み付けてはいなかった。そんなことをしなくても、さやかが自分から逃げるわけがないことを知っていた。ふたりには、愛、という名の触手が絡み付いていたからだ。
「すべてはいかに税金を余計にとれるか、で決まる。一番税金を取りやすいのが、サラリーマンだ。だから、教師は、生徒が何をしたいか、何になりたいか、何に向いているか、などおかまいなしに、サラリーマンになるための教育を押し付ける。それが、受験戦争というやつだ」
「わかるわ……。あたしも学生時代、こんな使えそうもない勉強するくらいなら、もっと有効な時間の使い方があるのにって、いつも考えてたもの」
「そうだろ。学校は、人間を育てる場所ではない。社会という巨大なマシンのパーツを削り出す場所なのだ。不良品のパーツはどんどん捨てられるだけだ」
「そっか、だから教師のいうことをきかない学生を、不良っていうのね?」
「その通りだ」
「……ちょっと待ってマーゾ、あなた詳しすぎるわ。“不良”まで知ってるなんて……。一体どこでその知識手に入れたの?」
 さやかは疑問を呈した。
308名無しさん@ピンキー:04/10/15 13:14:20 ID:0LmUKVXI
(その4)

「グフォフォ、知りたいか?」
「ええ」
 マーゾは右手の人差し指でこめかみのあたりを指差しながら言った。
「オレの頭のここのところに、生体コンピューター“ルシェーリ”が埋め込まれている。必要な知識は全てルシェーリから自動的に流れて来るのだ」
「ええっ!?それじゃ、ズルじゃない、いんちきよ!カンニングしてるようなものよ!!尊敬して損した、フン!」
 さやかは憤慨した様子でそっぽを向いた。
「だから、先生なんて柄じゃないと言ったんだ……。しかしルシェーリのおかげでお前とこうして話せるんだからな」
「え?どういうこと?」
「ルシェーリがオレが話すギラス星の言葉を瞬時に日本語に変換してくれるから、お前はオレが日本語をしゃべっているように聞こえるし、お前の日本語をギラス語に変換してオレの脳に伝えてくれるからコミュニケーションできるんだ」
「へ〜〜便利ねぇ」
 さやかはつ、と右手を伸ばしマーゾのこめかみのあたりを撫でた。
(う? なんだ?)
 さやかが触れたとたん、マーゾのからだに電気が走ったような感覚がわき起こった。しかしそれは決して不快ではなく、むしろ心地よい感覚だった。
「どしたの? マーゾ」
 快感に沈黙したマーゾをさやかは不思議そうに眺めた。
「ン、ああ、何でもない」
 マーゾは首を振って快感の残滓を振り払う。
「ルシェーリはゴズマに所属する者には必須アイテムだ。種々雑多な宇宙人が入り混じった中で、翻訳装置がないのでは話しにならん」
「それもそうね……。前から気になってたんだけど、あなたたちゴズマが使う固有名詞が英語が多いのってなにかわけがあるの?」
309名無しさん@ピンキー:04/10/15 13:16:43 ID:0LmUKVXI
(その5)

「ン?英語?」
「そうよ。“ハードウォール”とか“ハードアタック”とか、みんな英語じゃない。変よ」
「オレはギラス語でしゃべってるんだ、そんなこといわれてもな……ああ、ルシェーリから情報がきた。どうも翻訳のベースになったのがアメリカ人の脳らしい」
「アメリカ人の……脳!?」
「そうだ。侵略する星の情報がなくては侵略などできん。だから侵略の前に原住民をさらってサンプルにする。そのときさらったアメリカ人の脳が地球の言葉を翻訳するベースとなったそうだ。
 だからオレのギラス語はいったん英語に翻訳されて、さらに日本語に変換される。その際、固有名詞は英語のままになるらしい」
「納得よ……。でもそうすると、すこし前騒がれてたアブダクション事件ってやっぱりゴズマの仕業だったのね?」
「もちろんだ」
「あたしの知り合いにも行方不明者がいるわ。さらわれるとどうなるの?」
「聴かないほうがいいぞ、さやか……。我々にとって、地球人は、カビの胞子に過ぎん。アハメスさまの言葉を聴いただろ?」
「!?」
「カビの胞子にはそれにふさわしい扱いがなされるだけだ。詳しく聞きたいか?」
「いいえ、やめておくわ……。相当酷いことをされるようね?」
「地球人が豚や牛にすることとどっこいさ」
「やめて!想像しちゃうじゃない!」
 さやかの表情が歪んだ。
「ああ、悪い悪い……すっかり脱線してしまったな、話を元に戻そう」
「そうして」
 さやかは一体どんな想像をしたのか気持ち悪そうな風情だ。
「この教育のやりかたには問題が多い。なぜ“いじめ”が起きるかわかるか?」
「なぜ?確かにいじめなんてなくなってほしいって思うけど、どうして起きるか、なんてわからないわ」
 さやかは首を横に振った。
310名無しさん@ピンキー:04/10/15 13:18:54 ID:0LmUKVXI
(その6)

「学校は社会の部品を製造する工場だ。だから、規格を合わせるために、同じ年頃の者ばかりを集める。ここが問題だ」
「え?どうしてそれが問題なわけ?」
 さやかはさっぱりわからないようだ。
「ふむ、お前の様子を見ると、マインドコントロールの威力の凄まじさがわかる。誰もこの教育のやり方に疑問を持たぬのだな?日本人は……」
 マーゾはやれやれ、といった風情で肩をすくめる。
「教育が義務化される前は、いろんな年代の少年少女がいっしょに遊んだはずだ。いじめが起こっても、年長者が必ず止めたはず」
 さやかは真剣に耳を傾ける。
「それが自然にこどもたちに、やっていいこと、悪いことのルールを教えることにもなったはずだ」
「う〜〜ん、そうかもしれないわね」
 さやかはうなずいた。
「だが、学校の一クラスには同じ年頃の人間しかいない。教師はやるべきことが多く、休み時間にはさっさと職員室に戻ってしまう。そうしたら、年長者のいない未熟な者だけが取り残されるのだぞ?いじめが起こったとき、一体誰が止めるというのだ!?」
「あっ!?」
 さやかのこころに衝撃が走った!
「この教育法は最悪だ!いじめは起こるべくして起こっている!でありながら、愚かな教師どもはなにも問題が起こっていない風を装う。いじめが発覚し、責任を取らされるのが怖いのだ。いじめに遭う自分の生徒よりも給料の方が遥かに大事だからな!」
 マーゾは吐き捨てるように言った。
「う……確かにそうかも……どうして今まで気づかなかったのかしら?」
 さやかの表情は驚きに満ちている。
「それが、“マインドコントロール”の恐ろしさだ!!明らかにおかしいことに、誰もきづかないのだ!政府が洗脳政策をしていることがわかったか?」
「ええ、あなたのいうことが正しいわ!」
 さやかの瞳に再び尊敬の光が宿った。
311名無しさん@ピンキー:04/10/15 13:21:26 ID:0LmUKVXI
(その7)

「凄い……あなたって本当に凄いわ!尊敬しちゃう!」
「おい……さっき尊敬して損したっていったばかりだぞ?」
「あれは忘れて……もう過去のことよ」
「調子がいいやつだ」
 いいながら、マーゾはさやかの髪をやさしくなでた。さやかはその愛撫を気持ちよさそうに受け入れる。
「さて、次は教育期間を卒業した、社会人の問題に移ろう」
「いいわ」
 さやかの尊敬の眼差しを、くすぐったく感じながら、マーゾは“授業?”を開始する。
「歪んだ教育を受けた者たちのこころは醜くなる。他人を蹴落とすことしか、頭になくなってしまうのだ」
「!?」
 驚愕するさやか。
「“受験戦争”で他人を蹴落としまくった勝利者が、登りつめて官僚のトップとなり、日本の政治を司るわけだが、そういう連中が本当に国民のためになる政治ができるとでも?」
「う、そういわれると、そうかも……。じゃあ、日本の政治が変な方向に向っている理由って……」
「教育のせいだ、間違いない」
「!?」
 さやかはガ――ンと脳天を殴られた気がした。
「こころの醜い官僚どもが、最初に考えるのは、国民の血税の着服だ。裏金づくりともいうな」
 さやかはマーゾのことばに真剣に耳を傾ける。
「例えばこうだ。ある政府機関の建物を建設する担当者になった官僚は、建設を任せた建設業者と取引をする。予算が十億円あったとして、業者は八億円でできるという見積もりを提出した。
 しかしその担当者は予算ギリギリの九億五千万に書き直させ、差額の一億五千万をリベートとしていただく。まあ、早い話が税金泥棒だ。日本の政治家も官僚も、ひとり残らずみんな泥棒なのだ!!」
「!!」
 さやかの受けた衝撃は、最高潮に達した!
312名無しさん@ピンキー:04/10/15 13:23:38 ID:0LmUKVXI
(その8)

「日本という国は、泥棒が治める泥棒国家だったのだ!!!」
 ついに真実が白日のもとにさらけ出された!
「………」
 あまりの衝撃の強さに、さやかは息が止まりそうになる。
「泥…棒…国家!?」
「そうだ。連中の仕事は泥棒だ。いかに国民から余計に税金を搾り取り、いかにたくさん着服するか、を競い合っている。警察が一般人の泥棒を逮捕するのは、本来政治家や官僚の仕事である泥棒を、一般人にさせないためだ。決して正義のためではない」
「そんな……」
 さやかの顔は、蒼白だった。
「現実はいつも醜い……愛する祖国の汚点を知るのは辛いだろう」
 マーゾは震えるさやかの肩を抱き寄せた。
 さやかにマーゾのぬくもりが伝わる。すこしづつ傷ついたさやかのこころも癒された。
「あなたがいてくれてよかったわ……私ひとりじゃ耐え切れなかった……」
 顔を上げ、マーゾの目を見つめるさやか。グロテスクな三つ目の醜貌も、いまでは愛しい恋人の顔だ。
「さやか……」
「マーゾ…好きよ」
「オレもだ」
 異星の恋人たちは、あらためてその愛を確かめ合った。
 <つづく>
313名無しさん@ピンキー:04/10/15 13:26:39 ID:0LmUKVXI

 エピソード・ファイナル「アースフォース」(その1)

「さあ、つづけよう。オレたちの最後の仕事を……」
「ええ、マーゾ……」
 しっかりと抱き合ったふたつのからだを名残惜しそうに引き離しながら、ふたりは対話に戻った。
「問題になるのはやはりカネだな」
「そうね」
「では次はカネ……“貨幣”と“金融”について、レクチャーするぞ」
「はい、マーゾ先生」
 マーゾの先生振りも板についてきた。
「“カネ”は便利な道具だ。その価値の通用する場所ならどこでも、等価値のモノと交換できる。欲しいモノが所持金より安ければ、なんだって手に入れられる。ここまではわかるな?」
「ええ、常識よ」
 さやかは胸を張って言った。
「うむ、では次は“金融”について講義するとしよう」
「わかったわ」
 マーゾは隣に腰掛けるさやかの可憐な姿に目をやる。“愛しい”という思いがふつふつとたぎってきた。
「銀行に預貯金をすると、利子がつく。なぜだ?」
 マーゾはさやかに簡単そうな疑問を投げかけた。しかしそれは、本当は奥深い問題でもあるのだ。
「え、えーと、持っていればなんにでも交換できるという性質がお金にはあるわね」
「うむ」
「いってみれば、それはお金の所有者の権利みたいなものじゃないかしら?」
「そうだな」
「その権利を一時放棄して銀行に貸与するわけだから、その代償に利子をもらうのは当然じゃないかしら?……どう?この答え……」
 さやかは小首を傾げてマーゾを見つめる。そのしぐさはマーゾには限りなく愛らしく見えた。
314名無しさん@ピンキー:04/10/15 13:28:44 ID:0LmUKVXI
(その2)

「まあまあだ。地球の金融事情に限っていえば、百点満点をやってもいい」
「やった……」
 素直に喜ぶさやか。だがすぐ疑問が浮かぶ。
「……地球の?いま地球のって言ったわよね?」
「ああ」
 マーゾは首肯する。
「じゃあ、地球以外の星にもお金があって、金融機関とかあるわけ?」
 さやかは思いついた疑問をマーゾにぶつけた。
「もちろんだ。宇宙にも当然貨幣はあり、様々な形態の金融システムがある。だからこうしてオレがレクチャーできるんだ」
「そっか、そうよね。宇宙にもお金があるのね。おもしろ〜〜い。うふふ」
 納得して微笑むさやかの笑顔にマーゾの胸は高鳴る。
「だが、この利子というやつが、はなはだ問題だ」
「え?どうして?別に問題ないじゃない」
 やれやれという風に肩をすくめてマーゾは言った。
「返却すべき利子が加速度的に増加すると、地球のあらゆる資源をカネに換えてしまわなければならなくなるのだぞ?」
「ええっ!?」
 思いもよらないマーゾの答えに驚くさやか。
「環境破壊が進む要因は、金融機関に利子を返すため、企業が手近の資源を根こそぎにして、利益を上げようとするからだ。地球が無限ならよいが、残念ながら地球は有限だ。いずれは資源を枯渇させ、滅亡が訪れる」
「なんですって!!?」
 当然の権利だと思っていた“利子”が地球の滅亡の引き金になると聴き、さやかの頭脳は混乱したのだった。
「預金者が利子をもらうことが、破滅の原因……」
 さやかは混乱した頭脳を必死でまとめようとする。
315名無しさん@ピンキー:04/10/15 13:31:08 ID:0LmUKVXI
(その3)

「そうだ。預金者が利子をもらえる“プラス利子”制度を導入した金融機関が支配的な惑星国家はほぼ百パーセントの確率で滅びる。それが宇宙の常識だ。
 オレはゴズマの侵略作戦実行のため、宇宙を飛び回っていたが、プラス利子のせいで星が荒れ果てたり、滅んだりするのをいくつもこの三つの目で見てきたのだ」
 マーゾの言葉には疑いようもない真実味がある。優秀な頭脳を持つさやかも異議を差し挟めなかった。
「それが事実なら……地球は本当に滅んじゃうの……?」
 恐怖に歪むさやかの顔をマーゾは痛々しく感じた。しかしうそはつけない。
「残念ながら、そうだ。われわれゴズマが地球侵略を決定した要因のひとつがそれなのだ。ほうっておけばやがて滅びる惑星を、なんとか救わねばならん、というわれわれの“正義”が、地球人の支配から地球を解き放つことを決意させた」
 マーゾはゴズマの正義を語った。
「それじゃ、アハメスの言ったことはみんな本当なのね?地球を破滅させるあたしたち人間は悪……地球を解放しようとするゴズマは正義……ああああああああっ」
 真実の重みに耐え切れなくなったさやかは悲痛な叫び声を上げた。そのまま腰を折り、膝に顔を伏せて号泣する。
「さやか……」
 恋人の嘆きをマーゾはどうすることも出来なかった。ただ、やさしく髪を愛撫するだけ。
「キュウ〜〜〜ン」
 バンバが心配そうに駆けつけてきた。
「バンバ……しばらくそっとしておこう。さやかのこころは深く傷ついたのだ。お前の舌でも癒せぬくらいにな。……さやか……思い切り泣くがいい。そして全ての悲しみを洗い流してしまえ。オレたちにはまだやらねばならない仕事があるのだからな」
 マーゾは泣きじゃくる恋人を救えない自分の無力を呪っていた。




「ぐすぐすっ ぐすっ すん……」
 ひとしきり泣きじゃくったさやかはようやく泣き止んだ。膝に伏せた顔を上げ、泣きはらした真っ赤な両目を手でこする。
「さやか……気がすんだか?」
 言いながらマーゾは自然にさやかの肩を抱き寄せた。さやかもそれを受け入れ、マーゾにからだを預ける。
316名無しさん@ピンキー:04/10/15 13:33:42 ID:0LmUKVXI
(その4)

「ん……ごめんなさい、泣いちゃったりして……」
「いいんだ。信じていた物に次々裏切られれば、泣きたくもなるさ」
 マーゾはさやかの髪をそっと撫でた。その愛撫のやさしさにさやかのこころも少し和む。
「キュウ〜〜〜〜ン?」
 バンバがさやかを覗き込む。
「あなたにも心配かけちゃったわね?」
 笑顔を取り戻したさやかが右手を差し出すと、バンバは長い舌でペロペロ舐めた。
「うふ、くすぐった〜〜〜い」
 はしゃぐさやかの笑顔は、マーゾの宝物になった。
「どうする?少し休むか?」
 マーゾは傷ついた恋人を気遣った。
「ううん、ずいぶん時間をムダにしちゃったもの、続けるわ」
 気丈に答えるさやかをマーゾは抱きしめたい思いに駆られたが、そんな時間の余裕はなかった。
 ペキッ
「そうか、じゃ、水分だけでも補給しとけ。涙が流れすぎて喉が渇いたろう」
 マーゾルシアンの熟れた果実を手渡すマーゾ。
「ふ〜〜んだ、そんなに泣いてないもん」
 さやかはふくれる。
「どうだか。……それ食べたら続きだ。時間はないぞ。いつアハメス様が戻って来られるかわからん」
「そうね。急がないと……シャリッ」
 真っ赤な果実をほお張るさやか。
「やっぱりおいし〜〜〜い。最後にこんなおいしいもの、食べられるなんて、あたし幸せよ。ありがとマーゾ」
 言いながらさやかはマーゾの横顔にキスをした。
 チュッ
「さやか…」
 たまらなくなったマーゾはついにさやかを抱きしめた。
317名無しさん@ピンキー:04/10/15 13:36:11 ID:0LmUKVXI
(その5)

「マーゾ……痛いわ」
 マーゾはそのほとばしる激情のままにさやかをギュウッと抱きしめていた。
「すまない……だが、どうしようもないんだ……さやか……離したくない」
「マーゾ……あたしもよ」
 さやかはマーゾの愛に応えるように両腕を広げ抱きしめ返した。ふたりのからだの密着度は高まり、それにつれて愛も高まっていた。
 ビリビリビリ
「ム?なんだ?」
 マーゾのからだに電気のようなショックが走った。さきほどさやかにこめかみに触れられたときとおなじような……今度はさらに強烈である。しかしやはり不快ではない。むしろ心地いい。
「このビリビリは一体……」
 困惑するマーゾにさやかは静かな口調で話しかけた。
「アースフォース……」
「なに? アースオフォース? これが!?」
 驚愕するマーゾ。
「そう、アースフォースよ……。地球はあなたを選んだの。あなたはもうゴズマじゃない。あたしたちと共に地球を守って戦う六番目の戦士よ」
「!!?」
 衝撃がマーゾの体内を貫き走った!! 抱きしめていたさやかの顔を見つめる。
「さやか……一体おまえは……?」
 さやかの瞳は、まるで神託を授ける巫女のように神秘的な輝きを宿していた。
「あたしたちチェンジマンは肉体を持たないエネルギー体であるアースフォースの依代よ……。今のあたしは草薙さやか個人というよりエネルギー体アースフォースの代理人的側面が強く出ているの」
「なんだと!?」
 激しい驚愕の嵐がマーゾのこころを吹き荒れる。
「あなたにあたしのすべてをあげる。マーゾ、あなたとあたしはひとつになるの」
 マーゾには、さやかの姿がまるで女神のように神々しく輝いて見えた。
「どうやって?どうやったらお前とひとつになれるんだ?SEXか?SEXすればいいのか?」
 マーゾの頭は激しく混乱している。
318名無しさん@ピンキー:04/10/15 13:39:04 ID:0LmUKVXI
(その6)

「うふふ、ちがうわ。もっといいこと」
「もっと?SEXよりいいことってなんだ?」
 混乱はさらに加速する。
「ラピューヌ……」
「なにぃ?」
 ズズズズズズ
 さやかの言葉とともに、マーゾの体内からゲル状の粘液のようなモノが染み出してきた。
「うあっ?どうなってるんだ!?オレのラピューヌが勝手に!!」
 不定形生物ラピューヌは徐々に大きく広がり、さやかとマーゾを包み始めた。
「お前か?お前の仕業なのか!?」
「そう。あたしの……アースフォースのちからよ。愛してるマーゾ。あたしたちはひとつになるの。うふふ、うれしい」
 さやかの笑顔はやっぱり天使だった。
「わかった」
「なあに?」
「オレのからだをやるよ」
「んん?」
「お前とひとつになれるなら本望だ。このまま死んじまってもかまわんさ」
「うふふ、あなたは死なないわ。もっともっと強くなるの」
「さやか……」
「マーゾ……」
 ズズズズズズズズズ
 異星の恋人たちの姿は巨大なアメーバのようなラピューヌに呑み込まれ、見えなくなった。

 電撃戦隊チェンジマン・アナザーストーリー・パート2純愛ルート
「大星団ゴズマ! 地球乗っ取り作戦!!」・完

 パート3純愛ルート
「第六の戦士! その名はチェンジユニコーン!!」
に続く。
319名無しさん@ピンキー:04/10/15 17:26:10 ID:5phyZIcB
続きが楽しみです。
応援してます、がんばって下さい!!
320名無しさん@ピンキー:04/10/16 15:42:04 ID:aUa/QgtO
応援保守
321名無しさん@ピンキー:04/10/17 20:30:18 ID:juPWD3b9
保守age
32248:04/10/18 23:54:15 ID:T5LpNZgm
 外付けモデムを調達して、どうにか復旧できました。
しかし、実はいま外地にいて、通信速度がとても低いため、短気な私にはSS投下ができそうにありません。
そこで、この機会を利用して、「推薦書籍の紹介」をやろうと思っています。つまり、いわゆる「軍事関連」を
いくつかの分野に分けて、それぞれの分野につき、基礎的な知識を容易に得ることができるような本を2,3冊
紹介するわけです。
まあ、いまは職人さんが投下してくださっているので不要でしょうが、もしも過疎状態になるようなことがあれば
上記の企画を実行に移すつもりです。ですから、くれぐれも注意してください。
 そうそう、cold fish というのは、私があんまり堅物なのと、寒冷地潜水がわりと得意なのを揶揄して
つけられたあだ名です。たしか、「朴念仁」みたいな意味があったように思います。
323名無しさん@ピンキー:04/10/19 15:36:51 ID:Mxd7ljmJ
はじめまして。
ここもたくさんSS作家さんがいらっしゃいますねぇ。
軍板から来ました。ちょくちょく覗かせていただきます。

>48さん
「北の鷹匠の死」を知ってこちらに来ました。
作品を楽しみにしております。
324323:04/10/19 15:41:23 ID:Mxd7ljmJ
訂正です。
>「北の鷹匠の死」を知ってこちらに来ました。

「北の鷹匠たちの死」を知ってこちらに来ました。
でした。すみません。
32548:04/10/20 23:10:39 ID:VKZRIvek
>>323
 軍板から…どこかのスレにリンクでも張られていたのでしょうか?
しかし、軍板住人に見られていると思うと、穴があったら――いや、円匙で掘ってでも――
隠れたい気分です。何しろ、323氏あたりから見れば、それこそチーズみたいに穴だらけに見える
でしょうから。しかも、「北の鷹匠たちの死」の後編はそれなりに見られるものに仕上がっていると
思っていますが、「ハーモニカ・マン」のほうは、軍事以外のところを無駄に考えたせいで、読者に
とって少々退屈になってしまっているのではないかと危惧しとります。
肝心の『闇の奥』へのオマージュもどうも中途半端ですから、次回長編からは、無駄に頭を使わず
また勢いに任せて突っ走ることにしようと思ってます。
と、まあこんな具合で前途多難ですが、これらからもどうぞよろしく。
326名無しさん@ピンキー:04/10/21 00:52:12 ID:wQrtDiKU
>>325=48氏
漏れは>>323氏ではありませんが、軍板の「自衛隊がファンタジーの世界に召喚されますた」
スレに以前リンクが張られてました。
漏れもそこから飛んで48氏のファンになりました。

これからも頑張ってくださいね。
327323:04/10/21 09:36:36 ID:HQPd8fDX
>>325
48さん、そんな謙遜なさらないでください。
作品を拝見させていただきましたが、素直に楽しめましたよ。
確かに軍板に常駐しておりますが、軍事的な知識など私はあまりないです。
むしろ、私の方こそ「それこそチーズみたいに穴だらけに見える 」ぐらいの知識しかない
ただのROMですので...。リンクに関してですが、>>326氏と同じで
「自衛隊がファンタジーの世界に召喚されますた」から来ました。あちらの方々の反応ですが、
>827 名前:名無し三等兵 :04/05/09 12:05 ID:???
>>511
>遅レスだが、エロパロ板を舐めてはいけない。あそこには、商用軍事小説並みのSSを
>書くミリタリーSS書きがいる。しかも陸戦大好き。
>萌えとエロの世界の中で、塹壕での白兵戦とか迫撃砲の弾幕射に掩護されての着剣
>突撃なんかを書くあの根性は俺には真似できない。
>839 名前:名無し三等兵 :04/05/09 12:33 ID:???
>>827
>あれは俺も読んだが、凄かったな。総登場人物はたぶん5000人くらい(歩兵大隊戦闘
>団と海兵旅団の戦闘の話だった)なのに、その中で女性はたったの3人、全編の6割で
>戦争してるんだから。
876 名前:846 :04/05/09 23:31 ID:???
>>874
ありがとう!検索で見つけたよ。
確かにすごい内容だ。
でもここに書いたこともあるんだな・・・
仮想戦記スレって需要あるんだろうか?
877 名前:S・F ◆Pf7jLusqrY :04/05/10 00:05 ID:???
>>875T/F氏、サンクス!自分も見てみたいと思ってたので感謝。
しっかし凄い作品ですね・・・
自分の鍛錬が如何に足りないか!くそう!

とあるので軍板の方々にも評判はいいと考えていいと思います。
328323:04/10/21 09:59:14 ID:HQPd8fDX
連レスと長文すまそ
>>325
こちらは軍板よりも縛りがなく、SS作家を受け入れやすい雰囲気を作っておられるので
正直うらやましく思います。ルールでがんじがらめにした結果、>>78氏の
>78 名前:名無しさん@ピンキー[sage] 投稿日:03/09/12 00:35 ID:Saterudk
>基本的になんでもありのスレのほうが揉めないよな。
>無理にこんなのは駄目とかこれは書くなとかやると、
>それを逆手にとって煽りが暗躍し始める。
と同じ状況になってしまっているので。
(いまは、作家さんががんばってルール内でSSを作っておられますが)
これからもがんばってください。

ちなみに、S・F ◆Pf7jLusqrY 氏とT/F氏は、
「自衛隊がファンタジーの世界に召喚されますた」でSSを
書いていらっしゃる方々です。

>>326
はじめまして。軍板の方でこられる方もいらっしゃるんですね。
よろしくお願いします。
329326:04/10/22 01:34:48 ID:vyBVN0or
>>327-328=323氏
こちらこそよろしくお願いします
まあ漏れも323氏同様、「それこそチーズみたいに…ry」な知識しかありませんがw
330弱虫ゴンザレス:04/10/22 07:52:15 ID:vxvD16Jd
プロキシー規制が解けません……
暫く解けるのを待ったり解除申請を出したりしていたのですが、どうにもこうにもなりそうに無いので書き込み代行をお願いして生存報告いたしました。
いつまで規制が続くか分からないので続きの投下のめども立っていませんが、待ってくださってる方がいらっしゃったらほんとうに申し訳ありません!

ということらしいです。代理人より。
331名無しさん@ピンキー:04/10/22 12:53:30 ID:O92PqA+u
>>330
エロパロ板SS投下専用掲示板
http://jbbs.livedoor.jp/otaku/2051/

ここに投下して誘導リンクを貼ってもらうor転載してもらうという手があります。
332名無しさん@ピンキー:04/10/22 17:16:45 ID:aWtIs2gR
>>330

生存報告うれしー。
いつまでも待ちます!
333鮫 ◆FXxvmDXIWQ :04/10/26 20:16:05 ID:xYANC5DI
中世ファンタジーもんで
メイド+斧っ子の主人公が
恋人の仇を討つべく
邪悪なモンスター達に戦いを挑む!
といった内容。
微エロ、微グロ。

ここでいいですか?
334名無しさん@ピンキー:04/10/27 02:56:48 ID:1xTLr6OP
萌え優先ならいいんんじゃないですか?
335名無しさん@ピンキー:04/10/27 03:07:05 ID:StNsZS05
あと戦闘重視でもこっちかな。
というわけで投下プリーズ。
336鮫 ◆FXxvmDXIWQ :04/10/27 20:15:21 ID:junnQyzM
それでは近日中に投下します。
337保守兼用企画・48の入門文献紹介:04/10/30 21:55:12 ID:FOuD22+t
 “軍事”ほど因果な趣味もそうありますまい。世間に流布されている情報は少なく、またその情報のおおよそ半
分は誤っており、さらに追求していくと、ひょっとしたら防衛機密の壁の前で立ち尽くすことになり、しかも常に無
理解な周囲からの視線に耐えねばなりません。
私は実戦経験に近い経験を持っているので、そのようなこととは無縁でしたが、「銃ひとつ撃てないくせに」なんて
非難がどれほど的外れなものかは、少し考えれば分かるはずです。私自身、撃ったり撃たれたりした経験は文民
としては豊富なほうですが、それでどれだけ理解が深まったかというと、まあ、戦場心理が多少は分かるようにな
ったくらいで、実のところ、大差はありません。

 こんな因果な趣味世界に入りたがる人はそういないでしょうが、しかし、その一方で、色々な小説や漫画、映画
などをよりよく楽しむためには、この種の知識を持っているにこしたことはありません。
そんな人に、ほんの少しだけ“軍事”を垣間見るための望遠鏡を提供するのが、今回の保守兼用企画です。

※ 別に、自分のSSをもっと読んで欲しいとか、そういう下心があるわけではありません

 取り扱う文献は、
1. 読みやすい (表現が平易である,分量がわりと少ない,日本語で書かれている)
2. 信頼できる (読む前に、眉に唾を入念に塗る必要はない)
3. 入手し易い (最低限 amazon.co.jp でならば入手できる,わりあい安い)
以上の3点を秤にかけて選定します。
取り扱う分野については、「戦争・軍事一般」「特殊部隊」「小火器」「戦車・火砲」「空中戦」「戦闘用艦船」
「生物化学兵器」など、取り上げられる機会が多いものに絞りました。

 しかし、それでもなお、趣味人と素人さん(常識人とも言う)の間には溝が残ります。それは、趣味人がほと
んど常識だと思っているけれど、実のところまったく一般常識ではないというものです。
そこで、こういったもの、つまり「編成」や「階級」などについては、別途に解説しようと思います。
隔週1回1レス完結が目標なので、今回は告知だけ。ということで、この辺で失礼します。
338名無しさん@ピンキー:04/11/01 02:27:06 ID:jDGaDOiC
やっべー。楽しみにしてます。
339名無しさん@ピンキー:04/11/09 16:11:33 ID:JjDsIHms
保守。
340弱虫ゴンザレス:04/11/10 00:15:45 ID:kNQbxT46
規制解除キタ━━━━(゚∀゚)━━━━ッ!!
涙ぐみながら投下します!
微エロ注意。舐めるという単語が嫌いな方はスルーしてください

 忘れなさい、と声がした。私以外の誰かを愛しなさいと、力強い声がした。
 彼女が笑顔を浮かべていたのか、涙を溢れさせていたのかはもう彼には思い出せず、一人終
わることの無い謝罪を叫びつづけていた。
 守れなかったという罪は、重すぎて、重すぎて。
 忘れることなどできようか。他の誰かを愛する事など、できようはずも無いではないか。
 だが彼は神を見つけた。まるで死んだ彼女に導かれるように現れた、脆弱で、冷たくて、体
の欠落した小さな神を。
 愛らしくて、愛らしくて。触れたくて、触れたくて……


341弱虫ゴンザレス:04/11/10 00:16:53 ID:kNQbxT46
 軽い貧血。
 薬師のトレスにそう診断されてから数十分、疲れていたのかなんなのか、エルは目を覚ます
気配さえ見せないほど完全に眠り込んでいた。
 目が覚めたら優しく接してくださいませと、そう言って去っていった包帯男が託した薬は、
寝ている間に塗ったほうがいいのだろうか、それとも起きてから塗るべきか。
 ドアの向こうで盛大に何かが倒れる音がして、まさかと思って飛び込んでみると全裸のハミ
ットが椅子と共に倒れていた。
 全裸というポイントは、この際種族柄あえて無視することにして、リョウは倒れているハミ
ットに驚愕しつつも、自分でも驚くほど迅速にトレスをこの場に引きずってきたのである。
「僕じゃあハミットは抱えられないもんねぇ……」
 ウィザードのくせに、無駄にでかくて無駄に重い。種族柄なのかしっかりと筋肉がついてい
て、不健康なイメージとのギャップが不思議な感じがする。
 今更ながら、ベロアよりも細いトレスがよくもまあハミットを軽々と持ち上げる事が出来た
ものだ。
 そう感心してから、そういえば、とリョウはモルフォという種族は怪力なのだという話を思
い出した。いや、違う。怪力ではなくて、筋力を増加する術を持っているという話だったか…
…実際のモルフォの身体能力は、人間と大差は無いという。
 元は人間の中のある部族であったという話も聞いたが、本当かどうかは定かでない。
342弱虫ゴンザレス:04/11/10 00:17:35 ID:kNQbxT46
「難しー事はわかんないなぁ……」
 一人ごちつつ退屈にあかせてエルの寝顔を覗き込み、銀色の髪を弄ってみた。しなやかで、
風に踊るこの髪が綺麗だ何回も憧れた。寝顔も憎たらしいほどに美しく、例え種族柄そうなの
だとしても、自分と比べても遥かに美しい男にはやはり妙な嫉妬が起こる。
「羨ましかったのも、あるかな……嫌ってたのは」
 顔に落書きでもしてやるかと一瞬悪戯心が起こったが、なにせ相手は怪我人だ。優しくして
やれと薬師に言われたわけだから、やはり優しくしてやらなければならないだろう。
 一旦ため息をついてエルの髪から手を離し、優しくとは具体的にどういった事なのかとリョ
ウはふと考えた。ここでお手本になるのはベロアである。あの男は優しい。自分が怪我をした
時、彼は一体何をしてくれただろう。
「……添い寝?」
 確かに怪我をしている時にも添い寝はしてもらったが、毎日一緒に寝ているのだからそれが
特別とは限らないだろう。しかも、自分が眠ってしまったらエルが目覚めた時に何も出来ない。
「……体を拭く!」
 ダメだ。この種族には適切でない。ハミットの皮膚はとても敏感だとベロアが言っていたの
を思い出し、リョウはその行動を思いとどまった。
 傷口に熱いタオルを当てられるのは痛い。清潔にしなければならないのは分かっているが、
痛い物は痛い。
「わがままを聞いてあげる!」
 これだ! と軽やかに左手の指を弾いて、リョウは当の本人の意識が無いことを思い出して
落胆した。
 寝ていては我侭もいえないだろうし、考えてみれば褒美を断った男が我侭など言うのかも怪
しい所だ。
「……君はどうしてほしい?」
 結局自分ではどうしていいのか分からなくて、リョウは一つため息をつくと、ベッドにのぼ
って再びエルの顔を覗き込んだ。
「本当に寝てる?」
 ハミットが寝ないという根拠があるわけではないが、本当に眠るのかという疑問も微妙にだ
が一応存在し、リョウは確認するようにエルの眼前で何度か軽く指を鳴らしてみた。
 当然のように反応は無い。
343弱虫ゴンザレス:04/11/10 00:18:05 ID:kNQbxT46
「ごめんなさいと、ありがとうが言いたいんですけど、どーでしょう?」
 眠っているエルから返事があるわけが無い。だがリョウは沈黙を了解と無理やりにこじつけ
て、一つ深呼吸をすると静かにベッドに両手を突いて、真上からエルを覗き込むように覆い被
さった。
「……あのさ、僕、自分からするのは、初めてだから……これ、一応、謝罪……の、気持ちだ
から……」
 これで全てがチャラになるというわけではないが、気持ちは気持ちで、やらないよりははる
かに気分が楽である。
 こんなに緊張する事を、よく男は平然とやってのけるものだなどと無理やり意識を別の方向
にひっぱりながら、リョウは目を覚ますなよと祈りを込めて力いっぱい目を閉じた。
「惜しい所でしたね……」
「うぎゃぁぁあぁ!!」
 緊張は最高潮。今かすかにでも物音がしたら悲鳴を上げて飛びのくに違いないと確信してい
たその時に耳に飛び込んだ低い声は、リョウをベッドから転落させるには十分すぎた。
 目を覚ますならばもっと早いうちに目を覚ませばいいだろうに、何故よりによって唇が触れ
る直前に目を覚ますのか……
「な、な、なぁぁ!!」
 びっくりしすぎて吐き出す声が言葉にならず、リョウは平然と半身を起き上がらせたエルに
指を突きつけたまま床にしりもちをついてワナワナと震えた。
 この抜群のタイミングが信じられない。実はずっと起きていたのではあるまいか。半身を起
こして見下ろしてくるエルにこちらから何かを言う前に、向こうが先に口を開いた。
「私はアイズレスではありませんので我が主が何をおっしゃりたいか察することが出来ません。出来れば言葉にして伝えていただけますか?」
 起き抜けにこの流暢な語りは一体何だ。こっちは驚いて言葉が出ないというのに、驚いた顔
が見たかったから寝たふりをしたとでも言うつもりか。
 言いたい文句は山ほどあったが、結局リョウの口から出てきた言葉はただ一言。
「いつから起きてたわけ!?」
344弱虫ゴンザレス:04/11/10 00:18:42 ID:kNQbxT46
 質問の優先順位うんぬんを考えるより前に、頭のてっぺんにあった疑問がこれだった。
「人間の時間に換算しますと役1分ほど前からかと……」
「嘘だ!」
「といいますと?」
「そんな、そんなタイミングよく目が覚めるはず無いし、っていうか、第一、君寝るの!?」
 間の抜けた質問である。
「日に2時間ほどの睡眠をとりますが」
 律儀に答えられては次の言葉に繋がらない。強い生物ほど長い時間睡眠をとるというが、こ
の睡眠時間の短さは討たれ弱さにあるのだろう。いや、今はそんな事は問題ではない。デリカ
シーの欠片くらい持ち合わせているのなら、あの状況では起きていても暫く寝たふりをしてい
るのが道理というものだろう。
 しかしハミットに人間の少女の道理を持ち出した所でどうせ理解はされないのだろう。しか
も、相手は怪我人だ。
「所でお聞きしてもよろしいでしょうか」
「嫌だ」
「何故我が主がこの部屋に?」
 ささやかな仕返しが耳に入らなかったのか、拒否を拒否と捕らえなかったのか、主の言葉を
聞く気が無いのか。エルは未だに床に座り込んでいるリョウを無礼にもベッドの上から見下ろ
して、まだ痛むのか両腕を気にする仕草を見せながら問い掛けた。
「いちゃ悪いっつの?」
「いえ、決してそういうわけでは……いや、悪いと言えば悪いですが」
「はぁ!?」
「醜態を晒しました」
 表情を変えないまま言い放たれた言葉に、リョウはきょとんとした表情を浮かべてエルの瞳
を見返した。
 いつもどおりの無表情と、いつもどおりの低い声。そのはずなのに、微妙にだが何かが違う。
345弱虫ゴンザレス:04/11/10 00:19:19 ID:kNQbxT46
「ハミット?」
「はい」
「……落ち込んでんの?」
 泣く事ができる種族なら、落ち込むこともあるのだろう。本当になんとなく、どことなく雰
囲気が“それっぽい”だけなのだが、リョウは不確かな確信を胸に秘め、エルの顔を覗き込む
ように膝立ちのまま白いベッドに手を掛けた
「なぜそうお思いに?」
「雰囲気」
 短く断言してあっけなくエルを閉口させ、リョウは再びベッドに上がるとポケットに押し込
んであった薬師の薬を取り出した。
「塗ったげる。腕、出してみ」
「それは?」
「トレスの薬。前に渡したのよりも刺激はあるけど、よく効くはずだって言ってた」
 薬草を練りこんだ軟膏なのだろう、緑色をしたその薬を指に取ろうとする主の手を痛む手で
静かに制し、エルはきょとんとするリョウの手からその薬を取り上げた。
「お手が汚れます。私には構わず、部屋にお戻りください」
 自分でやるから、出てけ。
 遠まわしにそういわれて、リョウは収まった腹の虫がまた騒ぎ出すのを感じてエルの手から
乱暴に薬を取り返した。
「我が……」
「僕がやるの!」
「っ……」
「僕だって、悪いと思ってるのに……君は何もさせてくれない……薬塗るくらい、させてよ」
 唇を尖らせて俯いたリョウにそれ以上拒否の言葉をかける事が出来なくて、エルは薬を握っ
たまま押し黙っている主を前に結局こちらも押し黙った。
 無表情と沈黙の下で、湧き上がる悪戯心を抑えるのに必死だった。
 彼女はきっと、今ならどんな我侭も聞くのだろう。服を脱げといわれれば、きっと苦しげな
表情を浮かべながらもそのとおりにするはずだ。
346弱虫ゴンザレス:04/11/10 00:20:15 ID:kNQbxT46
 本音は側にいて欲しい。だがこれ以上彼女を目の前にしていると、本当に自制が効かなくな
りそうだった。嫌がって逃げてくれたほうがまだましだ。こんなにも優しい接し方をされては、
こんなにも要求が受け入れられる状況では、何一つ要求できやしない。
「なぜ、主である貴方が従僕をそれほど気にかけるのです?」
 このまま沈黙を続けると本当にどうにかなりそうで、エルはリョウから視線を外してシーツ
を見詰めながら問い掛けた。
「怪我したじゃん。僕のせいだし、僕のせいじゃなくても……痛いのは可哀想だし。だからさ、
ワガママのいっこや二個なら聞いてあげようとおもってんのにさ……」
 パチン、と音を立てて軟膏の入っている容器のふたを開け、リョウはそれを指にとると恐る
恐るエルの腕に手を添えた。
「何を……!」
「薬塗るんだよ。動くなよ絶対。振り払うなよ。命令だからね」
 薬油の効果で未だわずかに痺れの残る腕に細すぎる指が巻きついて、細心の注意を払うよう
に薄く薬が延ばされる。それだけで全身が痛みや不快感ではない感覚に総毛立ち、エルは腕を
引こうとして“命令”という言葉に阻まれた。
 逆らえない。逆らいたくない。
「……痛いの?」
 不意に、リョウが薬を塗る手を止めて上目遣いにエルの表情を伺った。
「……いえ」
「でも、震えてる」
 言われて、エルは苦しげな表情のまま目を閉じた。リョウは“敏感”であるという意味を理
解していない。これは一種の拷問だ。
「……理由を申し上げても?」
「うん」
347弱虫ゴンザレス:04/11/10 00:20:58 ID:kNQbxT46
 今にも勃ちそうだなどといったら、この少女はどんな反応を見せるだろう? 遠まわしな言
い方で伝えなければならないのだろうと考えて、エルはベロアがよく使う方法を真似してみる事にした。
 例えを上げて、自分で事実に気づかせる。
「神経が多く集中している場所を軽く撫ぜられると、我が主、貴方はどうお感じになります
か?」
 神経が多く集中している場所といえば、それはずいぶんと敏感な場所だろう。そこは軽く撫
ぜられるとどうなるか?
「……あっ! や、ちょ……ご、ごめ……!」
 ふい、と思い当たって、リョウは慌ててエルの腕を開放すると、真っ赤になって黙りこくった。
「そ……そーゆ、つもりじゃ……」
 俯いたまま、視線が一箇所に定まらない。リョウは“何かをされる”事にはなれていた。だ
が、誰かに“何かする”事には一切免疫が無いのだろう。
 おや? と思い、エルはほんの少しだけ唇の端を持ち上げた。
「我が主」
「な……なんだよ」
「ワガママを聞いてくださると、仰いましたか?」
「……うん」
 エルが自分の傷を魔法で治せない理由は、単純にエネルギー不足である。
 ハミット種は普通、食事一回でその日一日のエネルギーを得て、魔法を使うようなことがあ
ればその分も補充する。
 だがリョウに魔法をかけ、その後に食事もせず怪我をしたハミットは自らの傷を直す魔法を
使うだけのエネルギーが残っていなかったのだ。
 どうすればいいかは簡単だ。果物なりなんなりからエネルギーを摂取すればいい。モルフォ
の薬油のおかげで痛みは耐えられるものまで収まったのだ。
 だがそれでは面白くない。
348弱虫ゴンザレス:04/11/10 00:22:09 ID:kNQbxT46
「舐めていただけますか?」
 まだ薬を塗っていないほうの腕を静かにリョウに差し出して、エルは自分の主を驚愕させた。
「な、なな、なに言って……!」
「貴女の粘膜に直に触れ、わずかばかり養分を頂きたい。その薬を塗って完治を待つことも出
来ますが、そうすると暫く食事もろくに出来ませんので……」
 揺るぎの無い理論武装。全てが事実であり、全ての理由が正当である。
 だが、舐めるだと? リョウは先ほどよりも更に顔を真っ赤に染めて、落ち着きなく視線を
左右にさまよわせた。
「だ……だだ、だって……ぼ、僕そんなん……したこと……」
「我が主。これは主から従僕への慈悲でしかありません。拒むことは簡単です」
「っ――」
 こうも淡々と言われてしまっては、恥じ入っている自分がバカみたいである。
 第一、自分はさっき『ワガママをきく』と言ったのではなかったか。一度言った事を曲げ
るのは非常に格好悪い。たかが指を舐めるだけだ。それでエルが直るのだ。
「……指、だけ……?」
「はい」
 言われて、リョウはほんの少しだけ舌先を出して、エルの指を舐め上げた。
 人間よりもいくらか体温が高いハミットの指は、舌先で触れてもだいぶ暖かい感じがする。
特に紋様のあたりは温度が高く、リョウは何度か舌先で指をぬらしてから、口に含んで歯を立
てないように舐め始めた。
「ん……ぅ……」
 これには一切性的な意味はない。一から十まで全て治療のためなのだ。そんな言葉を何度も
何度も頭の中で繰り返しても、全裸の男の指を舐めているという事実を考えると明らかに雰囲
気が変だ。
 不自然に息が上がっているのに、この無表情の怪我人は気づいているのかいないのか……
349弱虫ゴンザレス:04/11/10 00:22:50 ID:kNQbxT46
「っ……!」
 口に含んだ指がわずかに動いて、上顎を軽く引っかいた。ゾクリと背筋に何かが走るととも
に軽く肩がはねて、エルの腕に添えていた指に力がこもる。
「何か?」
「……んん」
 指を口に含んだまま軽く頭を左右に振って、再び必死にエルの長い指に丁寧に舌を巻きつけ
る。やけに息が上がるのは、少しずつ養分を取られているせいか、それとも息がしずらいせい
か……
 いえる事は、絶対に他人には見せられない状況だという事だけだ。
「っ……ふ……んぅ」
 普通に息をしているだけなのに鼻にかかった声になる。意識しないようにつとめても、どう
しても変な気分になってくる。
「っは……は……ちょ、きゅうけ……息、つらい……」
 恐る恐るエルの指を口腔から引き抜いて、リョウは唾液の垂れた口元を拭って荒い呼吸を整
えた。
 エルの表情を盗み見てもいつもの無表情であり、見事に自分が滑稽である。
 エルに騙されているのかという考えが何度も頭をよぎったが、こうも相手に冷静になられて
しまうと……
 あぁ、まずい。妙な気分になってきた。冗談じゃない、目の前にいるのはハミットだ。
 リョウはもう一度エルの無表情を伺って、なんどか口を閉じつ開きつして意を決したように
顔を上げた。
「……唇、っていうか、舌でも僕から……取れるの?」
「といいますと?」
「だから……き、キスでもいーのかな……って、思ったりして……」
「可能ですが?」
350弱虫ゴンザレス:04/11/10 00:23:15 ID:kNQbxT46
 あっさりと返ってきた返答に、リョウはもう一度俯いてごくりとツバを飲み込んだ。
 昨日までアレほど嫌悪感を持っていた男に、どうして今はこんなにもこうなのか……
「……舐めるより……キス……が……いい……」
 指を舐めるよりも恥ずかしくないとか、屈辱的じゃないとか、そういう言い訳を自分にする
のももはや意味の無いことだった。
 いま目の前にいるのがエルではなくベロアなら、それ以上さえ望んだだろう。媚薬でも飲ま
されたように体がほてる。
「我が主……それは」
「命令だ! 拒否すんな! 僕だって恥ずかしいんだ!」
 真っ赤になってリョウが怒鳴ると、エルは言いかけた言葉を引っ込めた。
「……するから、ね? 押し返したり、するなよ……?」
 長い銀色の髪に指を絡めて、至近距離で赤い瞳と視線を交わす。ゆっくりと目を閉じて震え
る唇を合わせても、エルは抵抗しなかった。
 ベロアがリョウにするように、何度か軽く口付けてからエルの口腔に舌をすべりこませ、反
応を示さないエルの舌を絡め取る。
「……我が主」
 自ら動くというのは全てにおいて初めてで、リョウが乱れた呼吸を落ち着けようと唇を離す
とハミットが呟くよう呼びかけた。
「?」
「割り切れません」
「な……に?」
「これは養分を頂くためだと割り切れません。申し訳ありませんが……理性が切れました」
 言うなり、傷だらけの手でリョウを体ごと引き寄せると、ハミットは主の唇に長い舌を差し
入れると、犯すように口腔を貪った。
351弱虫ゴンザレス:04/11/10 00:24:37 ID:kNQbxT46
ここで切らせて頂きます。
このまま本番突入させるか否か……それが問題だ……
352名無しさん@ピンキー:04/11/10 18:58:34 ID:WMm8jC4N
指舐め、思いっきしツボですよ。言い訳しながらエスカレートするリョウ、切れるエル…
だめだ、この萌えを表現しきる語彙がない…

  ____,,... -‐ _ニ-=''7 。. +
_二--‐‐='''"  |/. .* ☆
  |:::: ●) ●)| +★ キタ !!
ー-\,.ヘ  ∀/ノ

             .  + .  *     / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\                ■ ■
 ■      ■■■     .      /  _ノ    ,_ノ\   .+  ☆  .      ■ ■
■■■■  ■  ■           /    / iニ)ヽ,   /rj:ヽヽ ヽ             ■ ■
  ■    ■  ■ ■■■■■■■l::::::::: ;〈 !:::::::c!  ' {.::::::;、! 〉 .|■■■■■■■■  ■ ■ 
.■■■■ ■ ■■           |::::::::::  (つ`''"   `'ー''(つ   |             ■ ■
   ■     ■  +.  ☆  。. . |:::::::::::::::::   \___/    | ☆ . *  +.   
   ■     ■           ヽ:::::::::::::::::::.  \/     ノ  .  . .   +☆  .● ●

このン千倍で萌え飛んでいると思ってくださいw
353名無しさん@ピンキー:04/11/12 01:27:55 ID:qFPHV4ht
おかえり〜
354名無しさん@ピンキー:04/11/13 01:31:22 ID:nuN5T7J6
本番に一票
355名無しさん@ピンキー:04/11/17 00:45:30 ID:0TqeOEsW
ツボすぎて下腹部がヅガンヅガン疼いてますが何か?
続き楽しみにしてます(*´д`*)ハァハァ
356名無しさん@ピンキー:04/11/17 01:13:14 ID:alrJpqDi
リョウたん
357名無しさん@ピンキー:04/11/18 22:22:54 ID:yKMjO5dX
この展開なら本番でー
358保守兼用企画・48の入門文献紹介:04/11/21 13:33:04 ID:fCPAYDTn
I.特殊部隊

 1-1. 『ブラヴォー・ツー・ゼロ』 アンディ・マクナブ (著) ハヤカワ文庫NF 924円
 1-2. 『SAS戦闘員』〈上・下巻〉 アンディ・マクナブ (著) ハヤカワ文庫NF 各735円

  今回紹介の2冊は、どちらもイギリスの本です。こう言うと、「グリーン・ベレーはどうなのさ?」と思われる
 かもしれませんが、現代の特殊作戦はイギリスにはじまったと言ってよいのです。「グリーン・ベレー」、これは
 アメリカ陸軍の特殊部隊のニックネームですが、彼らが現在のような任務を持つようになったのは、実はイギ
 リスから教えられて以降の話です。そんなイギリス特殊部隊の中でもっとも有名なのが、イギリス陸軍の
 特殊空挺部隊 Special Air Service;SASです。
 【1-1】は、SASの元隊員である著者の、湾岸戦争での冒険談です。SAS隊員たちの超人的な体力、臨機応
 変の才は、まさに驚嘆に値します。圧倒的なイラク軍を相手にした逃避行など、現実とは思えない壮絶な冒険
 をユーモアを交えて語り、また専門的なことについては懇切丁寧に解説されており、イギリス本国でなんと150
 万部を売る大ベストセラーとなりました。日本語版では一部が削られていますが、原著と比べて特別劣るとは
 思えず、分量が減っただけ、むしろ読みやすくなったようにも思います。
 【1-2】は、そのマクナブさんがSASに入隊するまでの道のり、そしてSASでの日々についての本です。
 そのあまりのリアルさゆえ、英国防省に出版を差し止められるというほどの本ですが、読みやすさは前作ゆず
 りです。注意点としては、マクナブさんが古巣であるSASを少し贔屓しすぎて、他の部隊を不当に貶めがち
 であることくらいでしょうか。
  さて、最近公開された映画の題名にもなっている「SWAT」は、警察の凶悪犯対策部隊のことです。
 軍隊の特殊部隊と警察の特殊部隊は、使っている武器や装備などがほとんど同じなので、TVではまったく同
 じに見えてしまい、そのために混同してしまうひとが多いのですが、警官と軍人という根本的な点でまったく
 異なることには注意が必要でしょう。

# 入門篇(とSS)の執筆が遅れているので、とりあえず、背景知識なしでも楽しめるこの2冊を紹介します。
359名無しさん@ピンキー:04/11/21 17:50:30 ID:vx7nOWWu
>>48
その両(良w)作品は有名ですね。
まあ漏れはまだ読んでいないのですが…orz

一般的?にはSASよりもグリーンベレーの方が有名なのでしょうね
まあSASも最近のいろんな作品に露出しつつありますが…

SASといえば北海道の某教育隊の研修先「らしい」ですねw
まあこれは某自営業氏ネタなので本当かどうかは分かりませんが…
360名無しさん@ピンキー:04/11/22 21:01:42 ID:3ykeBsEO
GJ!
36148:04/11/26 18:53:38 ID:gu3hzz4b
>>359
 まあ、SASって意外に目立ちたがりみたいですからね。英海兵隊の人の本など読んでいると、
フォークランドなどで、本来は海兵隊の作戦だったところにSASが口出ししてきたことがけっこう
あったみたいですし。
 当初は、日本人唯一のグリーンベレーということで三島瑞穂さんの本を選ぶつもりだったのですが、
率直に言って、読み物としてはアンディ・マクナブさんの本の方が面白いので、このようにしました。
 ところで言い忘れていましたが、私の消息が1ヶ月以上途絶えたら、続きは無いものと思ってください。
この保守兼用企画は生存報告を兼ねています。
362359:04/11/26 19:16:20 ID:TbnPFn8Z
48師レスサンクスです
三島瑞穂さんの本もまだ読んだ事がないのですが面白そうですね
まあ日本には「自称」グリーンベレー出身や「自称」仏外人部隊出身・・
等の困った方々も居ますがw三島氏はガチですからw

>私の消息が1ヶ月以上途絶えたら
(((((((( ;゚Д゚)))))))
363名無しさん@ピンキー :04/11/29 16:34:10 ID:xdvPr0+O
良スレあげ
364名無しさん@ピンキー:04/12/03 01:13:22 ID:j1WAZrn+
保守sage
365弱虫ゴンザレス:04/12/09 23:24:25 ID:n6rqXD7H

 約束をした。いくつもした。いくつも破り、いくつも忘れた。その中で、とても大切な約束
を僕は覚えていない。それはきっと、忘れないと守れない約束だったから、きっと忘れている
んだろうと思ってる。
 ご主人様は絶対に、従僕と交わすたった一つの約束を、やぶったら、いけない。


「嫌だぁ!」
 懇親の力を込めてエルの体を突き飛ばし、リョウは怯えきった瞳を浮かべてベッドから逃げ
出した。
 腕をつかまれて引き戻されるという確信があった。いつかそんな場面に遭遇した記憶が少し
ある。ただその時はベロアが来て、その先は、覚えていない。
 いや、違う。赤い色を覚えている。嫌だと叫んだ。赤い色の後はいつも、ベロアの目を見る
のが怖いから。
「お礼を申し上げましょう」
「なん……!」
 ベッドの上にいたはずのエルが、まるで元々そこにいたかのようにドアの前に立っていた。
乱暴に引き倒されるのだというリョウの予想は裏切られ、驚くほど優しくリョウの体を抱き上
げた腕に、すでに痛々しい傷は無い。
「貴女は私の傷の治癒に慈悲を下さった」
「ハミッ……!」
「ですから手段をお教えしましょう。……爪を立てれば、逃げられます」
「ぁ……」
366弱虫ゴンザレス:04/12/09 23:25:01 ID:n6rqXD7H
 放り出されるわけではなく、最新の注意を払うようにベッドに戻され、リョウは抵抗するタ
イミングを失ったように呆然とエルを見た。
「森で私を正気へ返らせた様に、私の皮膚を爪で裂けば私は身動きさえ取れなくなる」
「そんなん……出来な……!」
高い体温を持ったエルの息が肌を撫ぜる。舌が湿った音を響かせてねっとりと皮膚を這うと、
リョウは小さく悲鳴を上げてエルから逃げるようにシーツを蹴った。
 だが、狭いベッドの上では壁は近い。すぐに背中にベッドの鉄骨がぷつかり、リョウはその
骨組みに指を絡めると伸びてきたエルの腕に全身を強張らせた。
「挑発していらっしゃるのですか? 悲鳴も上げず、足掻きもせず、怯えたような仕草を見せ
るが誘うようにも感じられる。爪を立てれば逃げられる事を知っていながら、行わず、しかし
私を拒否するような仕草も見せる」
「だ……だって……!」
「止めなければ、止まりません」
「や……!」
 唾液をたっぷりと含んだ舌が耳の裏をなぞる感覚だけで、リョウは息を詰めてきつく歯を噛
み締めた。指も、舌も、火傷するのではないかと錯覚するほどにひどく熱い。乱れた服の上か
ら固く立った乳首を擦られ、耳たぶを甘く噛まれては、リョウは体の芯を這い上がるような快
楽に抗う事ができなかった。
 鉄骨に絡んでいた指は解け、全身が“欲しい”と疼く。力なく、恐れるように肩に添えられ
た幼い主の手を自分の首に導いて、エルはリョウの体を隠していた服をたくし上げ、ハーフパ
ンツを引き降ろした。
 肉感的というには程遠い、細すぎる、薄すぎる体のラインを盲目のように丹念に撫で上げて、
唇を落として吸い上げる。そのたびに上がる嬌声が楽しくて、エルは爪先を薄桃色に色づいた
皮膚の上にゆっくりと滑らせた。
367弱虫ゴンザレス:04/12/09 23:25:44 ID:n6rqXD7H
「ま、待って……!」
 ゆっくりと下へ降りていく指に怯えを浮かべた瞳を見せて、抵抗を諦めていたリョウが慌て
た様にエルの腕に手を伸ばした。
「だ、だめだ……だめ、そこ、は……ぁ!」
 慣らしたわけでもないのにあっさりとエルの指の飲み込んで、待ちかねたように締め付ける
自分の体に、リョウは顔を真っ赤に染めてできるだけきつく目を閉じた。
 裸の背にベッドの骨組みが硬く冷たい刺激を送る。立てた両膝の奥でエルの指が動くたび、
リョウは甘い声を上げてエルの事を喜ばせた。
 粘り気を含んだ水音が響いて、長い指が引き抜かれては探るように奥のほうまで突き入れら
れる。
「あ……ぃ、ふあぁ……!」
 ゾクゾクと背筋を這い上がってきた絶頂に声を上げて背筋を逸らし、それでもエルはその先
へ進もうとはしなかった。
 焦らされているのだという気はしなかった。だが、それだからこそ、これ以上は耐えられな
い。
「は、ハミ……と……ねが、も……指、は……やめ……」
 乾いて張り付く喉を唾液を飲んで潤して、途切れ途切れの言葉を必死になってつむぎ出すと、
エルはいたわるようにリョウの髪を軽くなで、ゆっくりと指を引き抜いた。
 少しだけ、リョウの乱れた呼吸が整うのを待つような沈黙があり、それからエルは、自分の
足をまたがせるような形でリョウの体を抱き寄せた。
「我が主」
 この期に及んで、冷静すぎる声色がリョウの情欲を掻き立てる。自分だけが雄を求め、こん
なにも体が熱い。
「何をして欲しいか、仰ってください」
「……ぇあ……?」
 予想外の言葉を耳が拾って、リョウはあっけにとられたようにエルの赤い瞳を見た。
 意地悪く笑っているわけでもなく、ただ真剣というよりも無表情な瞳が動かずこちらを見詰
めている。
368弱虫ゴンザレス:04/12/09 23:26:27 ID:n6rqXD7H
 この状況で、何をしてほしいかなどと……まさか本気で聞いているわけではないだろう。
「私が見たことの無かった顔、聞いた事の無かった声、とられた事の無い態度……私はこれが
欲しかった。このまま下がれと言われれば、今ならば下がりましょう。仰って下さい我が主…
…貴女はこの先をお望みになりますか?」
 快楽に潤んでいた瞳に狼狽の色が挿し、混乱した表情を浮かべて口篭もった主を腕に抱いた
まま、エルはリョウの首筋に口付けた。
「口に出すのがお嫌ならば、行動で示して頂いても構いません」
 言えというのか。それとも、自らエルを自分の中へ導けと? できるわけが無い。だが、こ
こで止める事が出来るほど、リョウは自分の感情の鎖をしっかりと握ってはいなかった。
 欲しい。熱く滾るような快楽と、視界が白む絶頂が。
「我が主……?」
「ベロアには……」
 小さく呟き、リョウは少しの間沈黙してからもう一度口を開いた。
「ベロア、には……」
 快楽と、恐怖と、強がりと背徳心。
「言うな……」
 それが答えだといわんばかりに目を伏せて、リョウはエルの首に腕を絡めて肩に額を押し付
けた。
「君には……ご褒美、上げたこと……無い、から……」
 だから、このまま、最後まで。
 そこまで言葉が続いたかどうか分からなかった。たぶん、最後まで言う前に言葉はただの喘
ぎ声にかわってしまったんだと思う。
369弱虫ゴンザレス:04/12/09 23:26:47 ID:n6rqXD7H
 息が詰まるような圧迫感と、それに擦られるたびに跳ねる体。ハミットの息も上がる事があ
るのかなどと、耳元の荒い息づかいに自らの声を混ぜながら頭の隅で考えつつ、リョウは自分
の中に熱い体温が吐き出されるのと同時に一際高い声を上げて果てた。
 エルは果ててもなお硬度を保ったまま、ねだるような視線を向けるリョウに答えて動き出す。
「ぁ……ひぁ! そ……あ、あぁ……!」
 長い銀色の髪も、青白い肌も、青い紋様も、全てがベロアと違いすぎて、目を開くたびに今
自分を抱いている男が何者なのかを思い出す。
 だが不思議と、唇を求めれば舌を絡めてくれるのも、体を気遣ってくれるのも、不自然さも
ぎこちなさも一切感じないほどに心地よかった。
370弱虫ゴンザレス:04/12/09 23:32:37 ID:n6rqXD7H
切らせて頂きます。エロ無しスレであんまりねっちりやるのもどうかと思い、
とりあえずあっさりでまとめてみました。
あと従僕2種……従僕6種それぞれのエピソードなんかやってたら、
とてつもない長編になってしまう……
カッコイイシーンも書きたいなぁ
371名無しさん@ピンキー:04/12/10 00:43:37 ID:BINmiJNU
ワーイヽ(゚∀゚)メ(゚∀゚)メ(゚∀゚)ノ続きキタヨー

 ∧_∧
( *´∀`) か、下腹部が……
人 Y /
( ヽ し
(_)_)


372名無しさん@ピンキー:04/12/10 02:36:06 ID:a3H2ZfJ7
(・∀・)ワクワクワクワク
ねっちりでもいーんでないかい
もう一個の話共々続き楽しみにしてます
373名無しさん@ピンキー:04/12/10 12:50:11 ID:42wan6O1
乙です!
374名無しさん@ピンキー:04/12/11 00:34:58 ID:cz3jTWcK
元ネタさっぱり分かりませんがゴンザレスさんの虜。。。
ももも萌え〜
過去の作品も是非読みたいのですが、どこに行けば宜しいのでしょう。
我が主にお慈悲を賜りたく。

カラーリングと主従関係に『銀色の恋人』タニス・リーを連想しました
375名無しさん@ピンキー ◆9xI21XYoxs :04/12/13 16:14:57 ID:sONpa7Ix
ローテンションギャグものです。


機動戦士ガンダムSEED
〜問答無用のストレート〜
376名無しさん@ピンキー:04/12/13 16:15:42 ID:sONpa7Ix
白銀の騎士と紅の戦士が剣を交える。
互いの翼は妄念を燃え上がらせるがごとく熱を吹き
雨水を踏みしめ泥を巻き上げ空を舞って火の羽を散らす。
一瞬間に時を引き伸ばし切っ先を見据え、
次手への葛藤ももどかしく時の合間を縫ったように突き出される刃。
流弾が腹を叩く。盾の飾りが胸に刺さる。
何度も交えた剣は終には情意を振り払い憎悪に先んじて振り下ろされていく。

――悲しみを湛えた琥珀の瞳が砕かれ
―薄紅色の甲冑の肩口を引き裂かれる

――切り結んで尚押し出される刃が首に喰い込み
―咄嗟にひねった頬を削られ

――胸を砕かん蹴撃に腰までがひびを描き
―返礼の刃が腕を抉る

――焼き剥がれた腹から臓腑が覗けることはない
―涙を流さぬ顔を貫かれたところで何だというのだ

許せなかった。
アイツが・・・アイツが!、アイツが!!

紅の巨人戦士を駆る少年・アスランの心を占める激しいまでの憎しみ。

それは白い甲冑の隙間から覗けた少年に向けられている。
彼と何度手を取り合おうとしたかわからない。
それが過ちであったと知るからこそ今では何者よりも許せなかった。
過去からの繋がりはかすかに望めた想いを身勝手な大きさにまでに膨らませていった。しかしその全てが唐突に裏返る。
握った手の暖かさが信じられたからこそ、交わした言葉の親しみが心地よかったからこそ、
吐き出す想いは鋭く暗くなった。
377名無しさん@ピンキー:04/12/13 16:16:16 ID:sONpa7Ix
オマエガ・・・

オマエガ、オマエが、

「カガリを汚したーーーーーァァッッ!!!」

最愛の少女の顔が脳裏を過ぎったその時、



後ろから顔面を通すような鈍痛に襲われた。
それは鼻に粘り気を残しこめかみへと伝い目元を潤わせた。
涙目になることを回避しようと顔をしかめると、自分を包んでいた世界が急速に別のものへと変わり始める。
目の前に現れる冷たく無機質なデスク。暗雲渦巻き雷雨が鳴り響く大地は遠のきクリーム色に切り取られた壁で囲まれ色のない光が降り注ぎ乱反射する部屋がやってくる。

夢だったのだ。

色恋沙汰を巡ったあの殺意も夢でしかない。
最愛の女性は今も目の前で椅子を持ち上げこちらを睨んできているではないか。

・・・・はい?

「だ・れ・がッ、汚れたんだって?」

羞恥の極みで頬から耳から額まで赤く染まった少女。
照れが口角を吊り上げていてどこか微笑ましい。そんなことを状況の整理も疎かに考えてしまう。

はて、彼女は何を怒っているのだろう
378名無しさん@ピンキー:04/12/13 16:17:05 ID:sONpa7Ix
何かわからないかと視線を巡らせると苦笑いを浮かべたキラとディアッカがいた。
期待を込めてディアッカと視線を合わせると憎まれ口ともいえる助け舟をくれた。
「お前がいきなりこのお姫様が汚れたとか言うからカンカンになってるんだよ」
そう言って吹き出しそうなのを堪えてみせるディアッカ。

ああ、なるほど。どうやら俺はこの電算室でうとうとしていたらしい。そしてつい夢の中での叫びが口から出てしまったのだろう。そして怒ったカガリが俺を椅子で殴ったわけか。

状況に納得し、改めてカガリと向き合うアスラン。
目が合った彼女は今まさに椅子を振り下ろそうとしていた。
その動きに躊躇いはなく情け容赦ない一撃であることが推して知れた。

魂を狩る死神の鎌をあてがわれた、そんなような悲壮感を抱きつつ
なんとか宥めの言葉を並べようと口を開くのだが、言葉を発するより椅子で殴られる方が早かった。


―――3分後

「さ、こんなみそっかすな奴は置いといて飯にしよう」
「さんせ〜い」
何か恋人を頭にして戦友の薄情な言葉が続いた気がしたが散々凶器でめった打ちにされたアスランの意識は真偽を確かめることもできずに深い底へ沈んでいった。


―――さらに10分後


アスランは重石がつけられた身体を引きずる心地で食堂に向かっていた。受けた痛みが尾を引いているせいだ。
脳というのは重力子を体の節々に送るものだったんだろうか。
戸口までたどり着くと中では先程の戦友ご一行が談笑している姿があった。

俺置いてけぼりでそこまで盛り上がるんですか?
379名無しさん@ピンキー ◆9xI21XYoxs :04/12/13 16:18:19 ID:sONpa7Ix
入口に立つ自分は周囲の和やかな喧騒から完全に遮断された空間にいる。身の置き場がない。
何となく押し入りがたかった空気を肩先から掻き分けて入り、自分のトレイを受け取る。まだキラ達は気付いていない。自然としているのかわざとそうしているのかは不明だ。
釈然としないながらもカガリの隣に陣取った。するとディアッカは口の端をゆがませていやらしい笑みを浮かべ、カガリは目の中の光を消してそっぽを向き、キラはいかにも応対に困っているという顔をした。
「お、エロの大将の御復活ですか」
「なんだよ、エロの大将って・・・」
ディアッカの悪戯を堪えきれないでいるような笑みが腹立たしい。
「だってな〜」
「まあ、いくら寝ぼけてても普通はあんなこと大声で叫ばないよ」
申し訳ないといった態度の親友だがそれでその台詞のキツさが変わるわけではない。それにへこみそうになりつい隣の恋人に何かを期待して顔を向ける。
するとカガリは無言で席を立った。仏頂面で能面を装っているがこの状況下でそんな顔をしているということは怒っているということだ。
「機嫌直してくれよ」
「別に」
情けない程の猫なで声に返ってきたのはそっけない口調。
「俺だってちょっと寝ぼけてただけんだから」
「ああそうか」
依然視線は合わさず、ちゃんと聞いているのか怪しい口ぶり。
肩に手を置こうとするも肩先で払われてしまった。
「だいたいどんな夢を見りゃあんなん叫ぶわけよ?」
ディアッカの何気ない台詞。気がカガリの方に向いているせいかあっさりと彼の台詞に合わせて答えてしまう。
「そりゃカガリが●●な目にあったり××なことされてる夢を見たからだ」
「●●って・・・それはまた随分凄いことを」
「何言ってんだ、やったのはキラ、お前なんだぞ」
「え、僕?」
「そう、禁断のアブナイ関係!しかも俺が覘くと○○の真っ最中!!」
「それでそれで?」
ディアッカが身を乗り出してきた。それに釣られて自分も身を乗り出す。
380名無しさん@ピンキー ◆9xI21XYoxs :04/12/13 16:20:43 ID:sONpa7Ix
「((ピーーー))にまで大発展!((モニョモニョ))な二人は俺を前に((ゴニョゴニョ))ながら((ピヨピヨピヨ))を!!!」
ノリが最高潮までにノって拳を熱く握り高らかな声を上げて席を立つアスラン。
静寂が訪れた。張り詰めた空気に身を捕らえられたかのように固まる一帯の人間達。
(当人にすれば人一倍)不意に訪れた緊張感の中、自分がもたらしたことにも気付かずに何事かと周囲を見渡す。
それを見かねたキラは手で招いてアスランの注意を引く。
「アスラン、アスランってば」
「ん、どうした?」
キラは言い難いという表情で自身の横を指した。
キラが指した方向を見ると、口元を手で押さえて小刻みに震えるディアッカ、そしてそれより向うには半笑いを浮かべたクルー達がいる。
よくわからずに再びキラを見ると今度はこちらの後ろを指差している。
振り向くと腹に手をあてて今にも笑い出しそうなクルーの姿があった。
何となく再度キラに顔を向けると今度はこちらの隣を突付くように何度も指で示す。
嫌な確信に首のまわりが固くなっていた。筋肉が軋む音が聞こえるのではないかという錯覚を抱きつつ緩慢な動作で横を見やるとこちらを睨み上げるカガリと目があった。
先程電算室で見せた怒りの顔は羞恥と照れが入り混じっていたためにまだ可愛らしいとさえ思える余裕があった。
しかし今は筆舌に尽し難い憤りを浮かべておりあからさまになった殺意が読んで取れる。
その形相は親の敵を見るが如く、殺気は肌に冷たく痛い。

精神を引き裂く悪魔の牙が首元に食い込んだ、そんな焦燥感に襲われつつ
アスランは言い訳の言葉を紡ごうとするのだが、呵責のない一撃が入る方が早かった。


―――10分後

通路を漂っていたアスランは何度目かの壁への接触で目を覚ました。
吐くもののない腹から胃液が飛び出しそうな蹴り。それを受けて棒立ちになったところを掴まれてあちこちに投げつけられ重心の不明な回転力が入った結果、アスランは食堂から飛び出して遠くの通路を彷徨っていたのだ。
381名無しさん@ピンキー ◆9xI21XYoxs :04/12/13 16:21:18 ID:sONpa7Ix
何でこんな目に会うんだ

自分がしたことをさておいてさも不運が招いた結果だとも言わんばかりに嘆いてみせるアスラン。

そもそも悪いのは何か?誰なのか?
どんな理由で・・・

発端はあの夢だ。

何故あんな夢を見たのか。それは自分が悩みに悩んでいるからだ。キラとカガリ。ふたりはきょうだいだった。それが判明したのはつい最近のことだ。じゃあそれ以前の二人はどんな風だったのか?それとなく聞いて回ったところかなり仲が良かったらしい。

1.とある女性クルーの証言
けっこう仲がよかったみたいよ。カガリさんもよくキラのところに会いに行ってたみたいだし。

2.とある女性クルー達の証言
カガリ様いつもキラ君のことを気にしてたわね。
そういえばキラ君が行方不明になったってときすごく心配して泣きそうな顔してたじゃない。
そうそう。

3.とある男性クルーの証言
俺見ちまったんだよ。いやー、実はさ、あの嬢ちゃんが坊主のことを抱きしめてたんだよ。

4.とある男性クルーの証言
なんかお嬢ちゃんが感極まってキラのことを押し倒したらしいぜ。いやー、若いっていいねえ。

5.とある女性クルーの証言
カガリさんってキラくんと二人きりになることが多かったわね。砂漠のときも二人して帰りが遅かったし。


すっごく気になる内容ばっかりです。ぶっちゃけ何かあったとしか思えないんですけど。
382名無しさん@ピンキー ◆9xI21XYoxs :04/12/13 16:28:09 ID:sONpa7Ix
改めて思い起こして焦るアスラン。本当に何かあったのだろうかと何度も頭の中で反問を繰り返したものだ。
しかしそれで真実がわかるわけではない。じゃあ本人らに聞けたかというと聞けなかったのだ。
さすがに衝撃の事実を突きつけられた当人らに早々とそんな無粋なことを聞くのは躊躇われた。
しかしその気遣いのせいでこんな目にあっている。いずれは聞かなくてはならないことだ。
後回しにするのにも限界があるだろう。なんせ夢に見るくらいだ。

仕方がない

アスランは壁を蹴って反動をつけた。


しばらく通路を流離ってみるとキラが見つかった。娯楽の少ない艦内では気分直しに展望台に向かう者も多い。今のキラもそんな一員だったのだろう。一人で壁面に身を寄せて何かを想っているようだ。

「キラ」

アスランの呼びかけにキラは憂いを浮かべた儚げな面持ちを向けてきた。
「アスラン・・・怪我はもういいの?」
「キラ、話があるんだ」
「何?」
彼の肩を掴んで視線を合わせる。今自分が話そうとしていることがどれだけ重要かを教えるために。
騒乱の中で流れた安らぎにも似た一時は消え去り、代わりに修羅場という緊迫した空気に包まれる。
「俺は本当のことを知りたい。どうか嘘偽りのない答えをくれ」
アスランに応えるようにキラも真っ直ぐな瞳を向けてくる。
「・・・わかった」
唇が重い。口内が粘ついて舌を絡めとる。それでも聞くと決めたのだ。
383名無しさん@ピンキー ◆9xI21XYoxs :04/12/13 16:29:55 ID:sONpa7Ix
「カガリときょうだいなんだよな」
「うん」
戸惑いを浮かべていた。そんな顔をさせたことに胸が痛む。だが、覚悟をしたのだ。
「お前、カガリと何かシたか?」
「え?」
先程までの影が差していた顔はどこへやら、呆けた顔を浮かべてわけのわからないといった視線を向けてくる。
「えーと、具体的にはどういうことを?」
「つまり、きょうだいだと知らなかった仲のいい年頃の男女がいた。それなら過ちを犯しても不思議はなかっただろうってことだ」
それを聞いたキラは胡乱な目つきを向けてくる。緊張に吊りあがっていた肩は下がるところまで下がっていた。
「真顔でそんなアホなことを言われても・・・」
「誰が阿呆だッ!俺は本気で言ってるんだ!」
尚の事性質が悪かった。もしかしていつも割れているのは種ではなく常識とか理性なんではなかろうか。
対するキラの脳内では打ち上げ花火が華を咲かせていた。親友の狂言に思考が追いついていないのだ。
「仲のいい男女の間にはそれしかないわけ?」
濁った目でアスランを非難するキラ。
「普通に仲のいいだけの男女ならいくらでもいるだろうさ。でもお前らは普通以上に仲がよかったらしいじゃないかっ」
「そうかなあ」
首を傾げていかにも腑に落ちませんとするキラ。
「しょっちゅう抱きついたり押し倒したり二人きりになった挙句帰りが遅かったって聞いてるぞ!!」
「う〜ん、まあ間違ってはいないけど・・・」
384名無しさん@ピンキー ◆9xI21XYoxs :04/12/13 16:31:36 ID:sONpa7Ix
それだけだと正しくないと続けようとしたところでアスランの叫びに遮られる。
「やっぱりか!?」
「やっぱりって・・・」
「やっぱりキラとカガリは禁断のアブナイ関係に走っていたのか、なんてことだぁッ!!」
「もしも〜し」
「人目を忍んで『あんなこと』や『こんなこと』や『そんなこと』をッ!!」
「ねえってば」
「それでもって『キミのことが忘れられないんだ』『私もだ』『いいだろう』『ああ、そんな、駄目だ』とかアホな作品よろしくやるに違いない!!」
「今のキミよりアホなものは存在しないんじゃないかなぁ・・・」
「いかんぞ、そんな不健全極まりない関係は!!」
「不健全なのはキミのアタマだけだよ」
「ああ、親友の俺は何もしてやれないのか!?そしてカガリが傷物だったなんて!!」

ホントに僕の親友でカガリの恋人なんだろうか?

暴走するアスランを尻目に腕を組んで悩むキラ。
「ところでさ」
「キラの指が妖しく・・・」
「いい加減カガリに気付こうよ」
「カガリの・・・ってカガリ?」
こちらが何を言っても聞かないくせに恋人の名前にだけは反応するらしい。さすがに温厚動物のキラにも少し腹立たしかった。
キラの視線に合わせて肩越しに振り返るアスラン。するとそこには感情のない人形のような顔のカガリが立っていた。その色のない様は通路の中では浮いた存在に見える。
385名無しさん@ピンキー ◆9xI21XYoxs :04/12/13 16:33:03 ID:sONpa7Ix
「お前・・・さっきから・・・何を喚いているんだ?」
「カガリ、もういい。何も言わなくていい!俺がお前を救ってやるから!!」
聞いちゃいない。
「いくらお前がキラに△△されてても俺はお前を見捨てない!」
その言葉にカガリの頬が引きつった。
「●●●になってもカガリはカガリさ!」
きつく結ばれる唇。
「ああそうさ例え×○●になってても構うもんか!!」
据わった目が吊りあがっていく。
「○△×なくらいが何だっていうんだ!!」
淀みのない殺意。
見かねたキラはアスランの顎と頭頂を掴まえた。
「いい加減にしようよ・・・1、2の3」
テンポよく数えるとアスランの首を90度ほど回転させる。
何か関節が軋んだようなヤバ気な音がした。さすがに生命の危機を感じたアスランも現実に戻ってくる。
「ききき、キラ?なんて危ないことを」
それを聞いてキラは嘆息した。
「もっと危ないことがこれから起きるんだけどね」
「え?」
そこでようやく気付く。目の前の危険に。
掲げられただけの拳。それに全てが集約されていると言っていいだろう。

心を握りつぶす魔王の指が閉じられた、そんな絶望感に浸かりながら目を閉じた。
さすがのアスランでもここまでくるとあきらめるしかなかった。
386名無しさん@ピンキー ◆9xI21XYoxs :04/12/13 16:34:02 ID:sONpa7Ix
「大人しく寝てろォッ!!」
問答無用な一撃が顔面に入った。
悲鳴を上げることもかなわず通路を飛んでいくアスラン。

キラは思った。

もしかしてアスラン、欲求不満なのかな

もしキラがアスランに直接聞いていたら彼はこう答えただろう。

うん、だってカガリ何もさせてくれないんだもん


(終)


話が進むごとにだらけた書き方が目立ちますがご容赦を。
ぶっちゃけると
出だしはともかく完結させようと話を進めていくと飽きていったものでして。
最初の方だけで終わらせた方がよかったかも。
387名無しさん@ピンキー:04/12/13 19:14:37 ID:TE8D8eAM
……ニコル……不憫や……
GJ !
墓穴掘り系のギャグは大好きです。
まあちょっと全体に冗長かな。
もっと圧縮できればより良です。
388弱虫ゴンザレス:04/12/16 00:48:59 ID:uUnESd0L
 夜というものの存在は、赤子でさえ知っていた。夜は暗く、夜は危険。夜は星の輝きが無け
れば視界を奪い、夜は見慣れた道を見慣れぬものへと変貌させる。そして夜は姿を変えた。掴
めず、そこにあるが、決して見えているわけではない。
 闇の中から響く笑い声は、幻聴か、それとも……


 ほんの数分か、長くても十数分。意識を手放していたリョウは、ベロアの腕の中よりも遥か
に寝心地のいい男の腕の中でゆっくりと目を開いた。
 暑い時は勘弁願いたい、寒い時はありがたい、そんな動物的な高体温のハミットの腕の中は、
冷静になってこうしていると、このまま収まっていたいほどに心地いい。
 心の中でこっそりベロアに謝って、リョウはエルの腕から抜け出そうとほんの少し身じろぎ
した。
 眠っているのか、反応は無い。
 閉じられた双眸をしばらくじっと覗き込み、リョウは反応が無いのを確認すると一人ベッド
から抜け出した。
 風呂がある宿というのは、やはりいい。こうも気温が低いと、夜中に湖で体を洗うという修
行じみた行為も出来ため、旅人にとって風呂のある宿に泊まれるというのはこの上ない幸福の
ひとつだった。そうして今、そういう幸福な状況にあるのである。
「……お風呂借りるよ?」
389弱虫ゴンザレス:04/12/16 00:49:18 ID:uUnESd0L
 散らばったり布団に絡まったりしていた自分の服を抱えて風呂に走ろうとした所で、リョウ
はベッドのエルに小さくそう断ってから改めて風呂へと駆け出した。起きているという確信が
あったわけではないが、もしも狸寝入りならば、一応、ここはハミットの部屋である。部屋主
に断りを入れるのが礼儀だろう。
 水道の蛇口を捻って勢いよく湯を流し、リョウはまだ殆ど湯の張っていない湯船の中に座り
込んだ。
 少しずつ、少しずつ水位が上がっていくのを見るのが好きだった。自分がその中にいるのは、
もっと好きだ。
「あー……こんなとこまで……」
 胸も、腹も、足の付け根にさえも散らされた赤い痕を一つ一つ確認しながら、リョウは後悔とも苦悩とも取れるため息を吐いてぺたりと湯船に背を預けた。
「……ベロア、に言い訳は……きかないもん……な……」
 不安そうな顔をするか、怒ってエルを殴るだろうか? 後者は無理だ。ベロアはエルよりず
っと弱い。そういえば、アイズレスに涙腺はあるのだろうか? 眼孔の中に収まっていない眼
球で泣けるのか? 見たことは無いが、きっと泣こうと思えば泣けるのだろう。第一、今悩ん
でいるのはそういう事ではないだろう。ベロアになんと言えばいいか、ベロアになんと答えれ
ばいいか。少なくとも暫くは、ベロアに肌を晒せない。
「……トレスの時とは、違う……よね」
 何も信じず、誰も愛さず、ただ淡々と鏡と会話をする男。彼は顔を隠し自らを醜いと公言し
てはばからなかった。外見なんて気にしない。そんな人間は嘘つきだ。誰もが気にする。中身
を知らなければ、外見で判断するしか術はないのだから、外見を気にするのは当然の事なのだ。
 だが、それはそういう事ではない。外見が醜いから、中身も醜いと思い込むのはただの他人
だ。知り合ってしまったら、見るべきはいつも中身である。
「うぬぁ〜!」
 間抜けな叫び声を上げて無駄に湯をかき回し、リョウは蛇口を閉めると荒々しく湯船から飛
び出した。さっきから思考があらぬ方向へ逃げていく。考えなければならない事を考えさせて
くれなくて、掻痒感に煽られる。
390弱虫ゴンザレス:04/12/16 00:50:03 ID:uUnESd0L
適当に体を拭いて、まだ水滴の残る体で難しげに服を着込むと、リョウは寝ていると推定さ
れるエルの横をバタバタと駆け抜けた。
 部屋を出る直前にふと思い立ち、背後のエルに振り返る。
「……あのさ」
 遠慮がちに掛けた声にもエルは反応を返さなかった。ここまで無反応だと、逆に本当に寝て
いるのかどうかいよいよ疑わしい物である。
「あの……ごめんね、でした。それと、ありがとう」
 出会ってから今までの色んなことに対する謝罪と、全てのことに対する感謝。そして、もし
も気を使って寝たふりをしているならば、それに対してのありがとう。本当に寝ているのなら
ば、面と向かっていえなくて……
「君のこと、割と、好きだよ」
 言うなり、我ながら恥ずかしい事を言ったという思いから慌ててドアを閉めて走り出す。
 嫌じゃなかった。不快に感じる事など一切無かった。若干の恐怖は媚薬に変わり、後ろめた
さが更に行為にのめりこませた。
 エルの部屋とリョウの部屋は階が違う。階段を駆け上って息を切らして自室の前までたどり
つき、リョウは肩で息をしながら恐る恐るドアノブに手を掛けた。
 軽く押して、伺うように中を見る。
「……ベロア?」
 無人。故に無音。
 あぁ、とリョウは思い出して寂しげに嘆息した。散歩に行くといって出て行ったきり、戻っ
てきていないのだろう。今夜は一人で眠ることになるのだろうか? 怖い夢を見るから、それ
はとても耐えられない。
「……ハーラんとこいこ……」
 ハーラはいつも、たった一人で部屋を取る。この理由もまた、リョウは一切知らなかったが、
これはベロアとハーラの間での約束だった。
 もしもリョウとベロアの間で何かがあったら、ハーラはリョウの逃げ込める場所になる。
「ケハ、ケヒハハ、ケヒヒハハ……」
391弱虫ゴンザレス:04/12/16 00:51:27 ID:uUnESd0L
 すぐ足元から不愉快な笑い声が響いて、リョウはぎくりとその場で立ち止まった。この笑い
声が聞こえたら、確認すべきはここがここであるのかどうか。
 夜という生物がいた。正しくは、夜と呼ばれるようになった生物がいた。それは掴めず、見
えず、迷わせ容易く姿を変える。夜に笑い、影に住み、闇を渡り誰にも姿を晒さない。
 夜という生物など、実はいない。ただ一体何なのか、どういった生物なのか分からない、姿
も見えないそういう物を、人間は夜と呼んだ。
「ウタ姫なら、いま、いない。キハ、ケヒヒ。アイズレスと酒場にいるぞ。向かうか? キヒ
ヒ、笑えルぞ」
「よ……夜! どこに……ッ!」
 あたりを見回したリョウの影の上に楕円の仮面が落ちていた。不気味な笑みを浮かべた仮面
が影に押し上げられるように宙に浮き、引き攣った嘲笑を上げてリョウの体にまとわりつく。
「まさかずっと影の中に……!」
 その仮面を追うように体を捻り、見られたかもしれないという恐怖に叫んだ言葉は夜と呼ば
れた不定形生物の耳に障る笑い声に飲み込まれた。
「影に、キハハ、オレが影にいない事がアると思うカ? オレはいつも暗い中。ケヒハハ、変
えロ、お前がキキたいのは、キハハ、ソうじゃない」
 誰かの言葉を切り張りしたような奇妙な声は、ぐるぐると回り、混ざり合って男の物とも女
の物とも一切区別はつかなかった。ただ、喋り方が人間的に、男じみている。故にリョウの中
で、夜の認識は男だった。
「ちょっと……ちょ、なんでそうやってグルグル回って同じ場所に立っててくんないわけ!? 
質問の意味が分かってるなら答えてよ!」
 まとわりつく夜を引き剥がそうともがいても、腕は水を掴むように闇に飲み込まれていくば
かり。夜は嫌がって暴れる主を面白がって振り回し、とうとうリョウの両腕を彼女の背中で纏
め上げた。
「やだ! やだよ離せ! いい加減にしないと怒るぞ!」
392弱虫ゴンザレス:04/12/16 00:52:40 ID:uUnESd0L
「どうした、ドうした? 不機嫌だナ。不安ダナ? 何があっタ? 聞いてヤろうか? ケハ
ハ、まずは腹ごしらえダ。ココでか? 外でカ? おまえがキめろ、ケヒハハハ」
「離せ……痛、い……」
 喉を引き攣らせた慟哭を押さえ込むように言葉を吐くなり、ピタリと夜の嘲笑が止まって纏
わりついていた闇が消え、リョウはぺたりとその場に座り込んだ。
 こいつはいつも、からかって意地悪ばかりを仕掛けてくる。聞きたくない事ばかりを言う。
今日だって、リョウが森で動けないでいるのをきっとこいつは知っていた。どう考えても、誰
よりも嫌いになるべくはこいつのはずなのに、リョウは夜が思いのほか好きだった。
 だが、だが今はダメだ。笑えない。リョウがエルと何をしたのか、もしも夜が見ていたのだ
としたら……
「だって……あんなの……だめだって言えなかっ……」
 自分からエルを誘ったような物だということは、ちゃんとリョウは分かっていた。だが、き
っと夜はもっと酷い事をベロアに言って彼のことを悲しませる。
「……ドうした。泣くカ? ガキのお守りはケイ約外ダ。ゴメンだぞ、アイズレスを呼んでヤ
る」
「だ、だめだ!」
 叫ぶと、既に廊下の遥か向こうまで駆け抜けていた夜が再びリョウの前に飛び降りた。
 散らばった闇が集まると、夜はまるで人間が黒いフードをかぶって立っているようだった。
全ての夜がこうではない。世界には、人語を解さない夜ばかりだ。
「呼ばないでいい……一人でいる……食べて、下がれ」
 座り込んだまま、左手を手袋から引き抜くと、リョウはその腕を突き出した。闇の中にぽっ
かりと浮かぶ赤い口が、不思議そうにポカンと開く。
「……オまえ、なんダ、その血ハ、それなラ鳥の方がマダましダ」
 どろりと溶けて床に張り付いた夜の言い草に、リョウは目頭が熱くなるのを感じて立ち上が
った。
「なんだよそれ! じゃあ、鳥の血でも飲んでりゃいいじゃん!」
「お前、バカか? 忘れタか? イイのか? 町で、人間食うゾ?」
「そんな……!」
「そうイう契約、忘れたカ?」
393弱虫ゴンザレス:04/12/16 00:53:20 ID:uUnESd0L
 お前の血、とても甘い。止めてやる。人間襲うの、止めてやる。
――だからお前の血、よこせ。
 日に一度、リョウは夜に血液を与える約束で人を襲うのを止めさせた。正確に言えば、夜は
従僕ではないのかもしれないが、リョウを守っている点では他の従僕と変わらない。理由は単
に、血液の供給源だからなのだろうが……
「君が……君が要らないっていったんだろ!?」
 叫んで部屋に駆け込んで、荒々しく戸を閉める。それでも夜は、ドアから染み出すようにし
て現れた。逃げても、逃げても、夜は朝になるまで消えはしない。おまけにここにいる夜は、
朝になっても消えやしない。
「なんだよ! ついて来るな!」
「逃げるナ。どうしタ? 何が怖イ」
 抑揚の無い声が精一杯優しげに問い掛けているような気がして、リョウは溢れかけた涙を乱
暴に拭ってベッドの中へと駆け込んだ。
「答えロ、何を怯えテル」
 かぶった布団の中にさえ、夜は無遠慮に滑り込んでリョウの耳に囁いた。水のようにつかみ
所のない体は、不思議と体温があって暖かい。
 かぶっていた布団を蹴り飛ばしてテーブルに掛けより、リョウは椅子の上に膝を抱えて座り
込んだ。
「答エろ」
 地面に這わせた視線にも、壁に投げた視線にも、見計らったようにそこにいる。いつもいつ
も、夜は知られたくない事をリョウから無理やり聞き出した。時々夜は、ベロアよりも早くリ
ョウの秘密を耳にする。
「……どーすれば……秘密にしておいてくれる?」
 追及に耐え切れずに零した言葉に、夜はリョウの眼前でひとつにまとまり人間のように首を
かしげた。
「何ガだ? オレはずっと森にイた。酒場で奴らを見テ、それからココに来たらオマエ、いた。
ドレだ? どれを秘密ニして欲しイ」
「とぼけるなよ!! 嘘バッカ! ほんと見たんだろ!?」
「キハハ、なら、信じるな。おまえが泣き叫ぶのは、面白イ」
 眼前で牙を剥かれ、リョウは一瞬怯んで身を竦め、夜の仮面を上目遣いに伺った。
394弱虫ゴンザレス:04/12/16 00:54:14 ID:uUnESd0L
「……何も、知らない?」
「知ってる事以外ハ、知らなイ」
「僕がエルの部屋にいた事は?」
「何故ハミットの部屋にイた?」
 小さく独特の笑い声を上げて、夜はクルクルと仮面をまわして見せた。
「んーん。それは、秘密。怒鳴ってゴメンね。僕の血、今、そんなにひどいの?」
「何かニ食われた後、そんな血ダ」
 エルに食われたのだから、何かに食われた後のような血になっているのは当然だろう。何か
思い当たったような表情を浮かべたリョウの影に飛び込んで、夜は主に外出の用意をしろと急
きたてた。
「な、なんで!? だってもうこんなに暗いし、それに僕疲れて眠い……」
「見せてヤる。イイもノ見せてやル。ドウセおまえは、アイズレスが帰ってくるまで眠れなイ」
「そんな事……!」
「無いか? キヒハハ、ケヒハハハ。そうか、モルフォの部屋にイくか。それともオレに添い
寝ヲ頼むカ?」
「うぐ……」
「早くシろ、速クしロ!」
 仕方なく急かされるままに先ほど引き抜いた手袋を腕に通し、新調したばかりのマントを羽
織って窓を押し開いた。
「飛ぶゾ、恐ろシケれば目、閉じロ」
 一気に視界を黒がおおい、暖かさが絡みつく。
「怖くない……けど、落とさないでよ? 僕には君、掴めないんだか――うわッ!」
 最後まで言い終わらないうちに、夜は窓から外へと飛び降りた。
 刺すように冷たい風を切り裂くように駆け抜けて、樹木の影を跳躍し、太く細い枝を揺らす。
めまぐるしく変わる景色を瞳に映しながら、リョウは町の明かりが遠ざかっているのを知って
戸惑った。
395弱虫ゴンザレス:04/12/16 00:55:08 ID:uUnESd0L
 深夜に町の外に出るなんて、いくら夜が一緒でも不安が募る。町から少し出たくらいならば
さほど不安でもないが、町はあっという間に小さくなった。進行方向を睨みつければ、ただ暗
く広がるばかり。
「ねぇ、どこに……」
 夜がいっそう高く舞い上がり、森を眼下に見下ろした。昼間にならば、森を上から見た事が
ある。だが暗く黒く、静かに横たわる広い森を見下ろして、リョウは不可解な美しさにとらわ
れて言葉を詰めた。
「ジキにダ、ケヒハハ、心ぱイするな。守ってやル」
「あ、うん……」
 跳躍し、のろのろと落下する。木の枝に足をかけ、再び高く跳躍するを繰り返し、夜は森の
中へと落下した。今度は飛び上がらず、任せるままに地面へ落ちる。
 広大だった視界が狭まり、夜は音も立てずにひたりと土にへばりついた。
 リョウだけが、取り残されたように立ち尽くす。
「ツイたぞ、見ロ」
 最早どこから聞こえたのかも分からない声に促されるまま、リョウはふらつく足元を樹に縋
って支えながらぐるりとあたりを見回した。
「うわ……」
 言葉さえも浮かばない、ため息さえも許さない、ただ一声を発しただけで言葉がつむげなく
なるような光景が、夜の樹海にひらひらと輝いていた。
 澄み切った湖は厚く透明な氷をはり、その上で銀色の光が舞い踊る。花も草もその形を残し
たまま凍りつき、線を引いたようにそこから先は普通の寒い森だった。
 銀色の森が、金色の光を反射し湖の上の白を映す。思わず踏み出した足は霜を踏みしめ氷を
砕き、澄んだ音を発して氷の上の光を喜ばせた。
 膝を突き、咲き誇る花を閉じ込めた氷に手を伸ばすと、リョウは瞬間的に凍りついた指先に
驚いて伸ばした手を引っ込めた。
「朝にハ溶ける。夜だケだ」
「これ……妖精?」
「ケヒハハ、そうダ。そういう類ダ。まだガキだから、深夜にコうやって、狭い範囲を冬ニす
る。キヒハハ、だがな、コレも育てバ立派なフェアリーだ」
396弱虫ゴンザレス:04/12/16 00:55:58 ID:uUnESd0L
 上から振ってきた声に頭上の枝を見上げると、夜は仮面を弄びつつ、闇に赤い口を開けてい
た。
 ぬるりと赤い果実が姿を表し、ぽたりとリョウの側に落ちてくる。
「近づき過ぎルと、オマエも氷細工ダぞ」
「これ、くれるの?」
「あぁ、食エ」
 手にもった林檎を見詰め、視界に広がる銀色に見惚れ、リョウは氷の世界から少し離れた樹
に寄りかかって座り込んだ。
「これ、食べると僕の血がおいしそうになるの?」
 耳に軽い音を立てて赤い果実にかぶりつき、リョウは口を動かしながら夜を見た。
「ケハハ、キヒハハ、甘くナる」
「ふ〜ん……おいしいじゃん」
 せわしなく音を立てて白い果肉に歯を立てて、空っぽだった胃袋に甘い木の実を流し込む。
慰めてくれているのだと、リョウは今になって気がついた。夜は本当に、リョウに何があった
のか知らないだろう。ただどう見ても落ち込んでいる、どう見ても混乱している、そんなリョウ
を乱暴に気遣って、無理やり心を和ませた。
「夜はいつも、こーゆーの見てるの?」
 夜が樹から落ちてきて、地面に広がり這い回る。リョウの質問には答えず氷の世界まで這っ
ていき、凍りついた花を数本折って戻ってくると、夜はにやりと笑ってその花を自らの体の中
に放り込んだ。
「なにしてんの……?」
「氷は、溶けないヨうに出来るのを知ってルか?」
「んーん。知らない」
「キヒハハ、つまり、溶けるのは温度がサがるカら。温度がサがるノは、キヒハハ、熱を伝え
るばいカイがあるからダ。だから媒介ガナけれバ、氷は溶けるコとはない」
 どろりと、液体のような闇から銀色に光る青い花を引きずり出して、夜はそれをリョウの膝
に軽く放った。続いて赤い花と、白い花。
「わ、うわ、え、ちょ、これどうすれば……!」
「キヒハハ、ヤる、オマエのダ。幹をオれば、飾りにナるぞ」
「……なん……」
397弱虫ゴンザレス:04/12/16 00:56:23 ID:uUnESd0L
 何か言わなければ、しかし言うべき言葉は見当たらない。
 膝に放られた花に軽く指先を触れてみて、リョウは一切冷たさを感じない事に驚いた。手に
もっても、砕けない。
「……宝石みたい……」
 相変わらずの耳障りな笑い声を上げて、夜は再び木の上に舞い上がった。
 リョウは知らない。氷の花が、宝石などを遥かに上回る値で取引されているという事を。透
明な氷の中に閉じ込められた艶やかな花で自らの身を飾るため、財産の半分を投げうる者も事
を。
「あー……なんか、君が夜でよかった……もし君がかっこいい男の人だったら、まじ、惚れち
ゃう所だよ。女の人でも愛しちゃってたかもしんない」
 夜に樹海を泳ぐ者しか見ることは適わない、存在さえも既知の外。心が浮き上がるようなこ
の無邪気な美しさは、人間が見ていい物なのか不安になるほどで、リョウは思わず肩を震わせ
て片方しかない瞳から涙を一筋溢れさせた。
「ケハハ、ケヒヒハ、ケヒハハハ。迂闊な事ダ。危ういゾ。人間は、オマエの言葉ニ惑わさレ
ル。見極メろ、惑わす相手ヲみ極めロ」」
「なーに、言ってんだか。誰も僕の涙なんかじゃよろめかないよ。人間の男の人はね、こーゆ
う体のラインの、綺麗な女の人が好きなんだ」
 泣き笑いを浮かべながら、両手で女性特有の体のラインを作って見せて、リョウは夜の笑い
声につられるように笑い出した。
 呼吸をするたびに空気が白くぼやけては、冷たく冷やされて透けていく。食べた木の実の種
を掘った土の中におき、柔らかく土をかぶせると、リョウは大きくあくびを洩らしてマントの
中で縮こまった。
「寒い……」
 そして、ひどく眠い。だが、目を閉じてしまったらもうこの美しい光景を見ていられなくな
ってしまう。それが残念すぎる気がして、リョウは眠い目をなんどもこすってため息をついた。
「眠い……」
 木の上で夜が笑う。
398弱虫ゴンザレス:04/12/16 00:56:52 ID:uUnESd0L
「なラ寝ロ。朝には、寝床のナかだ」
「や……寝たくない」
「無リだ」
「だって……もったいなぃ……」
 夜の笑い声が頭の奥のほうに沈んでいく感覚にとらわれて、リョウは慌てて頭を激しく左右
に振った。
「また、見セてやル。だかラ寝ロ」
「……ほんと?」
「キヒハハ、どうダカ、本当カ? キヒハハ、本当ハ実げンしない限リ永遠ニ嘘だ。ワカるカ? 
だから、ケヒハハ、コレは」
――だから、これは、約束だ。
 既に寝息を立て初めていたリョウに最後の言葉は届かなかったが、夜はそうであるからこそ
その言葉を口にした。
 眠る主の体を質量をもった闇で包み込み、風を切って樹木の海原を眼下に望む。
 宿の部屋に戻っても、ベロアは未だ部屋に帰っていないだろうと言う事を夜だけは知ってい
た。騒がしい酒場、上がる怒声とけたたましい笑い声。
 乱闘の中心にいた明らかな人外二人の顔を思い出しながら、夜は細く削れた月に向かって小
さく哄笑した見せた。
399弱虫ゴンザレス:04/12/16 01:04:26 ID:uUnESd0L
な……長ッ
切らせて頂きます。やっと出せた、5種類め……!

>>374
レスが遅れてすいませんすいません。
えーと、オリジナルなので元ネタはないのですが、コレといえる過去の作品も特に
ないという体たらく……
一応並行して書いているところもあるにはあるんですが、なんと申しましょうか、
住人さんには申し訳ないのですが投下してしまった展開がなんだか気に入らなくて
もんもんとしている状況なのでございます。
いい方向に転がしたいなと書いては消しの繰り返し……
大きな連載はこれが初めてなので、どうぞデビューしたての新参者と見てやって
くださいませ
まぁつまり……
『どこにもいかないで……ここにいて』

銀色の恋人……読んでみてぇ〜!
新しい職人さまナイステンポGJ!
以上自分語り失礼いたしました〜
400下腹部の人:04/12/16 02:30:44 ID:FCx6qtiI
意地悪な癖に優しい夜にほの萌え。
(*´∀`)
むしろ不器用萌えかも……

自分もモトネタ探してみたりしてたんですが、オリジナルとは
恐れ入りました。
続きも楽しみにしてます。
401名無しさん@ピンキー:04/12/16 14:20:34 ID:EtfbNe//
弱虫ゴンザレスさん、
よかったら今までに出てきた登場人物、もう一度紹介してくれませんか?
箇条書きで簡単な説明でいいので。
あとリョウたんの旅の理由とか素性はこれから明らかになってゆくんでしょうか?

わがまま言ってすみません。
できればでいいので。
402弱虫ゴンザレス:04/12/16 18:48:00 ID:uUnESd0L
見直したつもりなのに誤字が脱字が雨あられ……

>>下腹部氏
いつもコメントおいしく頂いております。
モトネタ探しなんて余計なお手間取らせてすいません申し訳ありませんごめんなさい。
遅筆ながらこれからも頑張りますので、どうぞこれからも下腹部をお大事に(ry

>>401
あわわわわ。無駄に名前だけ出てきて色の薄いキャラ多くてすいませんすいません!
リョウの素性は多分、個別エピソードベロアの場合とか、やれたら
出てくる予定です。旅の理由もそんな感じ出てきます。
ではキャラの解説などを
・ベロア
種族 アイズレス 性別男
リョウの最初の従僕で恋人。しかし精神的立場で考えればベロアのほうが優位。
髪の色は茶色。
この種族は、額の瞳の色が感情によってめまぐるしく変化する。
人間で言う両目の部分を隠していて決して見せないようにするが、理由は不明。
そこにアイズレスの核があるというのが人間社会の通説だが、事実を知る種族曰く、
『最悪の猫かぶり』という種族である。
身体能力は平凡で人間と同じだが、あらゆる情報を元に的確に先を予測する能力が
ある。
ちなみに額の瞳は巌窟に収納可能。眠る時はしまって寝る。
403弱虫ゴンザレス:04/12/16 19:02:49 ID:uUnESd0L
・ハーラ
種族 歌姫 性別 雌雄同体(一定年齢に達すると変化し固定)

二番目の従僕。瞳の色はオッドアイで、青 と とび色。髪の色は黒。
リョウと親友のような関係で、リョウの事をマスターと呼んでいる。
ベロアとの間には親友というより悪友のような関係が築かれており、ベロアともまた
親友である。
この種族は腹に口を持ち全身で音を感じ、幼少期までは腹の口から声を出す訓練のため
口を縫う。耳は蝙蝠の羽のように進化していて壁の数枚は障害物としてみなさず、
正確は物静かで闘争を好まない。しかしハーラに限っては騒がしく勝気で血の気が多い。

・トレス
種族 モルフォ 性別 男
自らの顔を包帯や布で完全に隠し、自分が醜いと公言する男である。
瞳の色は薄緑、髪の色は金。
性格は物静とは言い難く、仰々しい喋り方で相手を見下し傾向にある。
薬師の異名を持つこの種族は、血液が薬なのではないかと囁かれるほどに薬学に
特化している。基本的身体能力は人間と同じらしいが、筋力を増強する術を持っ
ているらしく怪力。どの種族とも友好的とは言い難いが、治療を請われればまず
拒否せずに患者の治療に尽力する。
404弱虫ゴンザレス:04/12/16 19:19:45 ID:uUnESd0L
・夜
種族 夜(不明) 性別 不明(男と推定)

人語を解するが片言であり、その割にどんな難しい言葉を使っても理解する。
耳障りな笑い声を上げて影から影に移動し口も悪いが、リョウには割と好かれている。
この種族に実態はなく、黒く蠢く闇は触れれば生ぬるく粘る水のような感触である。
本来、この夜と呼ばれる生物は森から出てくることはなく、動物などの血をわずか
づつ飲んで生きている。
その移動速度は恐ろしく速く、個体差があるがまず捕獲することは不可能である。

エレイゾン(エル)
種族 ハミット 性別 男
瞳の色は銀。瞳の色は赤い。
森の中で蹲っている所にリョウが遭遇した事がきっかけで従僕になった反則魔法使い。
表情はほぼ皆無に等しいが、内面の感情の変化は激しい。リョウの事を自らの神とき
め、心から愛するも、その種族がら受け入れられることは難しそうである。
また、種族的に服を着るという習性はないのだが、リョウの命令で渋々服をきるも、
辛うじて袖と裾が長いだけの露出度が極めて高い服の上からマントを巻いている。
呪文の詠唱をせずに魔法を使い獲物を捕らえ、指先から生じる粘液で獲物を溶かし皮
膚からそれを吸収する。
皮膚は青白く、その皮膚には蒼い紋様が走るが、感情が高ぶると赤く変色する。
皮膚の色に見合わず血の色は赤く、皮膚への刺激に非常に弱い
405弱虫ゴンザレス:04/12/16 19:22:16 ID:uUnESd0L
とりあえず既出の5種の種族的な説明と個体的な説明を置かせて頂いてすいません。
これ以上つっこんだ所まで書くとそれだけで本編並みの長さになるので、衣装など
の説明はハミットを除きはぶかせて頂いてごめんなさい。
それでは長々と失礼いたしました。ごめんなさいすいません。
406弱虫ゴンザレス:04/12/16 19:33:29 ID:uUnESd0L
主人公の説明忘れててごめんなさい!
リョウ
種族 人間 性別 女
右目と右腕を欠いた少女であり、右腕は義手で補い右目は眼帯で覆っている。
髪は若干、肩を越す程度の長さであり、女らしい丸みを欠いた完全な痩せ過ぎである。
怖いものだらけだがそれを他人に知られるのが嫌で平気なふりをしたり、ベロアに
守られ甘やかされて育ったため誰かにへりくだると言う事を知らない。
礼儀として教えられた事は一応守るが、目上の者に対する畏怖というのはまず皆無
と言えるだろう。幼い頃の記憶が曖昧で、現在にいたる理由をベロアから聞いただけ
しか知らない。
407401:04/12/17 00:06:17 ID:6Za+KU2j
>>406
おぉ〜ありがとうございます。
いつも楽しく読ませてもらってます。
リョウたんとベロアは恋人だったんですね。
この先どうなるんだろう。ドキドキ

でもこんなにいろんな種族考えられるなんてすごい!
408374:04/12/17 02:41:47 ID:L1u2Pda6
今回も面白いです!

その上レスもありがとうございます。
読めるのはココだけなんですね。残念。
あとは片腕食べちゃったキャラだけですよね。ドキドキワクワク
気長に待ってます!いつまでも待ってます!
409名無しさん@ピンキー:04/12/24 00:35:16 ID:7p23+XYc
48さんご生還祈念
410名無しさん@ピンキー:04/12/24 10:58:27 ID:4ypNoI/k
お邪魔します。
クリスマス話が書きたくて、ちょっと書いてみたので投下します。
オリジナルでエロはなしでほのぼの。
411名無しさん@ピンキー:04/12/24 10:59:05 ID:4ypNoI/k

『Muffled snow, Merry sky』



サンタクロースがいないと知った。
中学一年の冬。
十二月のお小遣いで少し背伸びをした。

外を見ると昨日からの雪が降っていた。
「あげる」
「いらねえ」
差し出した文庫本を兄が突っ返す。
ついでに借りていたらしいゲームソフトをなぜか上乗せしてきた。
さらに漫画を数冊、明らかに兄さんのものでないのを乗せた。
「………」
「俺が本読むわけねえじゃん?だから読むやつにあげてこい。
 ついでに兄の代理でこれを返してくるんだな、あっはっは」
「自分で返してよ」
幼なじみの男の子の、持ち物だと分かったので顔をしかめた。
兄さんの友だちなのになんで私が行かなくちゃいけないんだろう。
あんまりに理不尽なので久し振りに怒って、むっと押し返す。
「行って来い」
「やだ」
「ほら、おまえが行くとあいつも喜ぶし」
「嘘つかないでよ」
もっと強い力で押し返そうとしたら兄さんはひょいと避けた。
転んだ私に大笑いして、兄さんは遊びに行ってしまった。

412名無しさん@ピンキー:04/12/24 10:59:58 ID:4ypNoI/k

**

私は腹を立てていた。
「行ってきます」
投げやりにそう言って、押し付けられた紙袋を持った。
手芸部で編み終えたばかりの臙脂色のマフラーをダッフルコートの上から巻いた。
兄さんはいつも自分勝手だ。
きっと昨日、遊びに来ていた彼と喧嘩したせいで、顔をあわせづらくて私に押し付けたのだ。
その喧嘩は何ヶ月も兄さんが借りた漫画を返さないのが原因だったはずだし。
「もう」
それを何で私が。
溜息をついた。
雪が頬をかすめて染めて、ゆっくりとふかふかと、積もっていく。
マンションの下の小さな広場には、白い毛布が出来ていた。
分厚い灰色の雲は千切れていて冬の青空がかすかに見えた。
あの空にサンタクロースはいない。
紙袋の上にちょこんと乗せた、もう読みたくもない文庫本を、見下ろして立ち止まる。
読まなきゃよかった。
大人の小説なんて、背伸びするには早かったのだ。
413名無しさん@ピンキー:04/12/24 11:01:06 ID:4ypNoI/k

ちょっと洒落ている主人公夫婦が一人娘にプレゼントを用意し、
『彼女の夢を壊さないよう、こうやってぼくらはイヴだけサンタに変身するのだ』
とかなんとか言って、娘の寝姿を観察するわけだ。
一人娘の夢は守られたのかもしれないけれど、このシーンに私の夢はあえなく消えうせた。

ああ、ショックだ。
私だってもう中学生だし、完全に信じていたわけじゃないけど、こんなのひどい。
徹夜して見張っていて証拠を掴むとか、そういうかたちで知りたかった。
黒いタイツにまとわりついた雪を足を降って飛ばそうとしたけれど、繊維に溶けて冷たく沁みて消えた。
ズボンにすればよかった。
耳当てと手袋がなくて寒い。
うっすら白いコンクリートにスパイクシューズのかかとをつけて擦ってみる。

道路の向こうで私のじゃない笑い声がした。

「何やってんの」
「あ」
届けに行こうと思っていた相手が、坂道に繋がる駐車場のほうから歩いてくるところだった。
紺色の傘を片手に、ケーキ屋さんの袋をポケットに突っ込んだ肘にぶらさげて。
今日は24日だ。
彼のうちはお母さんがいないので、お父さんが仕事から帰ってきたら二人で食べるのかもしれない。
道路を渡り、自分の(というか兄さんの)よれよれの紙袋を差し出して、ひょろりと高い男の子に事情を話す。
414名無しさん@ピンキー:04/12/24 11:02:31 ID:4ypNoI/k
一応中学では「先輩」になるのに、幼稚園の頃から知っているせいか
しょっちゅう兄さんとうちでゲームをしているのを見ているせいか、
どうも「先輩」とは呼べず敬語も使えず、昔のままの話し方になってしまう。
言葉の途中で傘を差しかけられて、雪が髪にかからなくなった。
前髪の雪を自然な仕草で払われて、見上げると、手袋がすぐに引っ込んだ。
少し沈黙した後に、見慣れた顔が高い位置でふと笑う。
この人はこのところ妙に優しい顔をする。
私なんて兄のおまけだというのに、本当の妹みたいに面倒を見てくれるし。
…微妙だ。
何を考えているのか分からなくて少し困る。
「漫画と、ゲームと…この本は、貸してくれるわけ?」
「あげる」
「え?いいの」
「うん」
ケーキの袋を傘を差してもらう代わりに私が持って、一緒の傘の下でうちに戻る。
彼のお父さんは忙しくて、夜遅くまで帰ってこれないそうだ。
時々こうしてこの人は、うちにごはんを食べに来る。
ケーキはうちへの手土産だったらしい。
そういえば、そう、クリスマスイブなのだ。
新しいマフラーに白い息がかかった。
「どうしたの。元気ないね。サンタが逃げるよ」
「いないもの。サンタクロースなんて」
呟いて、雪を袖から赤い指先で払う。
ちらりと視線を横にやると、幼なじみが足を止めて靴紐を結んだ。
その間持たされていた傘の色の男の子な雰囲気に、なんだか成長していくなあと思う。
415名無しさん@ピンキー:04/12/24 11:03:20 ID:4ypNoI/k

**

「…で、つまりおまえは、それで落ち込んでるわけだ。サンタクロースは実はいない、と」
事情を追求されて、しかたなく雪の降る広場で立ち話をした。
彼はとっくにいないと知っているみたいだった。
中学生にもなって信じている方がおかしいのかもしれない。
「ねえ、どうして、いないって知ったの」
「うちの父はそういうの、すぐに教えちゃうんだよね…っていうよりプレゼントの用意が面倒くさいんだろうな。
 ツリーも面倒くさがって飾りたがらないし、お祝いも誕生日十二月だからまとめてやるし」
苦笑して、十二月生まれの幼なじみが肩を竦めた。
確かに十二月の人は結構そうみたいだ。
そういえば誕生日プレゼントを、私は何もあげていない。
ちらちらとまばらに降る雪の冷たさに、目が眩んだ。
416名無しさん@ピンキー:04/12/24 11:04:08 ID:4ypNoI/k
晴れ間が大きくなっている。
午後には雲も消え、太陽が白く反射するんだろう。
マンション下の花壇の脇で雪を拾って、指の隙間からこぼした。
「あのね、私」
「うん?」
「なんていえばいいんだろう。いないことより、それをこんな風に知っちゃったのが、ショックだったんだ。
 …初めて自分のお小遣いで買った本だったのに」
雪を蹴って、立ち止まったまま、白い息を混じらせる。
「なんか背伸びして失敗したみたい。文庫本って大人っぽいから、読んでみたかっただけだったの」
「そうか」
「うん」
少しの沈黙。
そうして風が吹き、雪がさらさらと手から吹き散れた。
穏やかに隣で声が響いて、顔を上げる。
「でも、サンタさ。ぼくは嘘だって知ったとき、面白かったな」
「面白い?」
隣の彼が頷いて、私の真似みたいに雪を手袋の中に拾った。
そうして雪だまを作って、弄んで崩した。
穏やかで兄さんとは全然似ない性格の、中学二年生の少し大人びている幼なじみの男の子の、横顔が目の奥に溶けて流れた。
417名無しさん@ピンキー:04/12/24 11:04:38 ID:4ypNoI/k
「そう。面白い。やっぱり嘘だと知ると、どこか寂しいけどね。
 でもその嘘を、世界中で、大掛かりに大人たちが貫き通してるんだって思ったら、
 しかも楽しい気分を盛り上げるための嘘なんだって知ったら、やっぱりすごいと思った。
 しかも一旦見破ったら今度は騙す側だ。楽しい嘘を堂々とつける」
笑みが和らいだ顔が向けられて、瞬きする。
「それで、大人も面白いことやってるなと思った」
「…すごい」
私は彼に釣られたのだろうか、不思議と嬉しくなって笑った。
幼なじみが少し黙って、それからうん、と変な頷き方をして、雪だまを足元に放り投げた。
足元の雪が柔らかい。
もう雪はやんでいて、幼なじみは歩きながら傘を閉じた。
雲が千切れ出して、太陽が見えている。
冬空が澄んでいて青い。
嬉しい空の明るさと今までの言葉で、クリスマス、という気分がやっとこわいてきた。
マフラーを首からほどいて、白いものを払う。
冬休み前に完成したばかりで、今日始めて使ったのだし編目は部長に誉められたし、男の子に悪い色でもないだろう。
臙脂色のマフラーを手首でくるくると巻いてから、幼なじみに差し出す。
「これ」
「ん?」
「あげる。クリスマスプレゼント」
風が吹いて、雪が足元で舞った。
太陽が肌寒い空気をあたためて、マフラーの端をそよがせる。

「「メリークリスマス」」

どちらともなく呟いて、私達は、顔を見合わせた。
そしてなんとなく、ケーキとマフラーを互いの片手に持ちながら、冬の風に微笑った。



418名無しさん@ピンキー:04/12/24 11:05:03 ID:4ypNoI/k
では皆様よいクリスマスを。
419名無しさん@ピンキー:04/12/24 21:15:59 ID:KNefgsE1
>410
可愛らしいクリスマス話、ゴチでした。兄さんナイス仲人。

便乗でアレですが、同じくクリスマスネタ投下します。元ネタサモンナイト3。
420船上のメリークリスマス(1/5):04/12/24 21:17:31 ID:KNefgsE1
「へえ、“名も無き世界”にはクリスマス、なんて行事があるのね」
海賊として海を縦横無尽に駆け回るカイル一家。その中で、いち早く情報を仕入れてくるのは
航海士兼年若い首領の補佐役スカーレルで、
「くりすます? 何々、面白そう」
目を輝かせ乗ってくるのは大体一家随一の狙撃手ソノラ、
「アニキー、今獲物もいないし良いでしょー?」
「おいおい、大掛かりなのは無理だぞ」
「ちょっとだけ、雰囲気だけでも!」
首領のカイルは口では反対しても元来祭り好き、
「あとは港に入るだけだし、みんなの息抜きにもなるわよ」
「うーむ……」
心情面からは義妹のおねだり、理屈ではスカーレルに詰められて、カイルの元々薄かった
反対意見はあっさり立ち消える。
「んじゃ、やるか」
「やっりいー♪」
「やるとなったら派手に行こうぜ―――スカーレル、料理番の奴に夕メシ奮発するよう伝えてくれ!」
「りょーかい」
というわけで、行事の由来やら宗教的意味やら全てすっとばした突発的祭りがとり行われる次第となった。


「ええと、『クリスマスはもみの木に飾り付けをします』……もみの木なんてウチにはないよー」
スカーレルから借りた本とにらめっこするソノラ、その横顔は真剣そのものだ。
「要するに飾れりゃいいんだろ? ほれ」
「えー、それ?」
421船上のメリークリスマス(2/5):04/12/24 21:18:56 ID:KNefgsE1
カイルが指差したのは、部屋に据えつけた帽子掛けだ。
本の挿絵と見比べてみる。
「あ、飾ったら結構近いかも」
「んじゃこれで行くか」
モールやらリボンやらといった小洒落た物は見つからなかったので、ほぐしたもやい綱で代用してみる。
「……いまいち地味だな」
「……そうだね」
結果、兄妹ふたりして潮焼けした綱でぐるぐる巻きにした帽子掛けを前に考え込むこととなった。


せわしなく行き交う足音に、ひとり自室にこもっていたヤードは顔を上げる。不審に思い樫作りの
扉を開けると、丁度モップを抱えた船員にかち合った。
「客人、どうかしましたか?」
「いえ……何かあったのですか」
ああ、と船員は顔をほころばせ、
「ソノラお嬢のおかげで今日は宴会なんですよ」
客人も是非顔出してください、そう言い残して彼は足取りも軽く去っていった。

ヤードは少しばかり迷ったように目を伏せて。
「悩みすぎると禿げるわよー?」
「―――ッ、ス、スカーレル?! 何時の間に……」
「背中ががら空きね」
ぽんと肩を叩き、幼馴染が笑いかける。その腕には箱が鎮座すましている。中身は……
「気になるなら一緒に来なさい。部屋にこもりっきりじゃあ窒息するわよ」
半ば引きずられるように完全に廊下に出た。そのまま揺れる床を連れ立ち歩く。
422船上のメリークリスマス(3/5):04/12/24 21:20:18 ID:KNefgsE1

食堂に入ったスカーレルはやれやれと首を振った。
「こうなる予感はしてたけどねえ」
兄妹が助けてくれーとばかりに駆け寄ってくる。いびつな白い一本杭(元・帽子掛け)を前に
スカーレルは両手を二三度はたいた。
「はいはい、続きはアタシとヤードでやっておくから、ふたりは夕食の用意を手伝ってきて。
 ソノラ、大好物のエビだからってつまみ食いしないようにね?」
「しないって!」
「心配ねえって―――俺が見張っているからな」
ブーイング飛ばすソノラに豪快に笑うカイルが去ると、食堂は一気に静まる。

「賑やかですね」
「慣れない?」
「……そう、ですね」
スカーレルはそれ以上は何も言わず、テーブルに置いた箱を開ける。中には色とりどりのはぎれと
紐、使い古しの紙きれが詰め込んであった。
濃い色のマニキュアを塗った指がはぎれを抓み、くるくると筒状に丸める。それの口を器用に広げ、
「じゃーん。お花の完成〜」
「スカーレルは昔から器用でしたよね」
「あら、ありがと。
 後はこうやって、結び目を固定して……作った分片っ端から紐で繋いでいくの。結構見栄え良くなるわよ」
女と間違えるほど細い手が次々につくりものの花を生み出す。
ヤードも微かに笑ってはぎれを手にした。
423船上のメリークリスマス(4/5):04/12/24 21:21:44 ID:KNefgsE1
「……ヤードは昔から不器用だったわね」
「…………私も今思い出しました」
花というかボールというか未発見の虫の蛹というかな代物を目の前に、男ふたり溜息をついた。


「♪じんぐるべー じんぐるべー
 すっずがー なるー♪」
でたらめな調子の歌が料理の湯気に混じる。
「ソノラ、さっきと音程違うぞー?」
「海の男なら細かいことは気にしないっ!」
好い感じにアルコールの回ってきたカイルに言い返し、ソノラは大皿へと茹でエビやら串焼きやらを盛る。
それを右手一本で抱えこむように持ち、空いた腕に持てるだけの酒瓶をぶらさげ甲板へと続く階段に出た。
食堂を出る直前、随分と豪勢に変貌したクリスマスツリー(帽子掛け+綱+何か色々)を前に何やら
落ち込んだ様子の客人と、横で慰めているのだかからかっているのだか普段の二割り増しでご機嫌な
ご意見番の姿が見えた。

甲板は、当然ながら、
「さっむう」
潮を含んだ風が冷たい。見上げると墨色の雲が夜空を覆っていた。
そんな中でも見張りは欠かせない。
「やほー。差し入れだよー」
「これはお嬢、ありがとうございます」
「ソノラお嬢も気が利くお年頃になったんすねえ」
「……なんか引っかかるなあ」
「イイ女は細けえコトは気にしないモンですぜ?」
げらげら笑う声と共に、白い息が舞い上がる。
424船上のメリークリスマス(5/5):04/12/24 21:23:40 ID:KNefgsE1

「クリスマスって楽しいね」
これなら毎年やってもいいかも、と浮かれるソノラ。
「そっすね」
「俺らは酒が呑めるなら毎日でもいいですぜ」
「ぶーぶー。ロマンがなーい!」
ふくれる頬に、不意に冷たいものが触れる。
「……にゃ、雪降ってきちゃった」
「冷えますからお嬢はそろそろ戻ってください」
「うん、頑張ってね」
雪片が舞い落ちるなか軽やかに歩くソノラが、思い出したように降り返る。
「忘れてた―――“めりーくりすます”!」
「……何すか、それ」
「クリスマスの挨拶だってさ」
金の髪に白い雪が幾つも落ちて結晶を残す。
「なら俺らからも―――“めりーくりすます”」
「ありがとっ♪」
嬉しい、という言葉をそのまま体現したような笑みを浮かべて、ソノラは引き続きこのお祭り騒ぎを
楽しむべくスキップを踏み食堂へ向かった。
42548:04/12/24 22:22:01 ID:f5AgLKuf
 大丈夫、ピンピンしてます。実はクリスマスのお休みで、今は日本です。心配させてすみませんでした。
仕事の関係でこれからも間が開くかもしれないので、前回の「一ヶ月宣言」は取り消します。思っていたよりも
治安は良いし、皆さんが思っているよりはしぶとくて抜け目ないつもりなので、心配は無用です。
 お二人のあとに投下するのは気が引けますが、クリスマスの短編を書いたので、落とさせていただきます。
今回は意図的にリアリティ軽視なので、その辺はよろしく。
ついでにゴミをひとつ。

地上側。
高射特科1 「ブラヴォー2 フォックス 小型航空機低空で侵入中」
高射特科2 「サンタクロース 低空で高速侵入!」
高射特科3 「対空警報発令! 対空警報発令!」

ソリ――ならぬ練習機の上。後席にはサンタ役の広報担当、前席にスーザン。
広報担当 「俺は病気なんだ、ここから出してくれ!」
スーザン 「黙れ! お前も俺もクリスマスという病気だ!
俺の病名はトナカイ、お前の病名はサンタ。
そしてお前がいないと俺たちはプレゼントを配れないんだぞ!」
地上管制 『クリスマスにはアントワープに一番乗りだ、頑張れ!』

(参照:http://www.noradsanta.org/japanese/
426サンタは我が後席手:04/12/24 22:22:38 ID:f5AgLKuf
『サンタは我が後席手』


12月24日、午前10時。
 朝食の皿を洗う皿洗い機の脇で、スーザンはジンジャークッキーの生地を型抜きしていた。ダイニングのテー
ブルではサムが届いたカードを読んでは、気に入ったところを声に出して彼女に聞かせていた。
 サム・クラークは、ずっとこの日を楽しみにしていた。というのも、彼はこのような形でクリスマスを楽しむ
のははじめてだったからで、何もかもが新しい、というわけではなかったが――どこでも変わらないこともある
――ちょっぴりわくわくしていた。森から切ってきた、なかなかに立派なツリーが居間に鎮座し、この一週間、
彼はそれをささやかに飾り付けてきた。
 窓の外では家々が白く輝き、冷たくて澄んだ空気がその美しさを引き立てていた。もしイブでなくても美しい
冬の日だったろうが、まさに今日がクリスマス・イブなのだった。
 例年なら、スーザンはイタリアに里帰りした妹と両親のもとに遊びに行く季節で、今年もサムを連れて行くつ
もりでいたが、フライトが入ってしまった。彼女の機体にはいま新型のIFF(敵味方識別装置)が取り付けら
れていて、27日に試験飛行をすることになっているために遠出ができず、今年は数年ぶりの自宅でのクリスマス
となる。
 今晩はスーザンの中隊員の何人かやその恋人たちを招き、ディナーの食卓を囲むことになっていた。たいてい
の連中は自分の家族との予定があったが、そんな連中が残念そうな顔をしていたのが、彼女を密かに喜ばせた。
昨昨日は飛行隊持ちでクリスマス・ディナーがあったが、今晩は彼女の親友だけの小さな集まりとなる。その分
家庭的な、温かい夕食になるだろう。みんながいろいろと持ち寄ることになっていたが、ホストがポークリブ
を焼かねば誰が焼く? スーザンの考えでは、それは神聖にして背くべからざる規則なのだった。ノルウェーの
家庭の大部分と同様、パーカー家にも一子相伝のレシピがある。彼女の腕の見せ所である。
 彼女がジンジャークッキーの生地をオーブンに入れようとしたとき、電話が鳴った。サムが受話器を取り、
すぐに差し出した。彼女は舌打ちして取った。飛行隊指揮官のベルグ准将だった。
427サンタは我が後席手:04/12/24 22:23:13 ID:f5AgLKuf
『スーザン、トナカイの役をやる気はないか?』
彼は開口一番、そう切り出した。
『広報の大尉をひとり、正午までにモシェーンに運ばねばならないのだが、パイロットが体調を崩した。
いま基地にいるのはアラート要員だけで、我々が最初につかまえられたのが君というわけだ』
 彼女は唇を噛み、時計とオーブンを交互に見て、チャートを思い浮かべた。モシェーンまで行くと…
『機体はホーク112だ』
「今すぐ行きます」
 彼女は大急ぎで出仕度をした。
「行くのかい?」サムがどこかしら不安そうに聞いた。
「大丈夫、昼までには戻るわよ。
クッキーはもうオーブンに入れてあるから、タイマーが鳴ったら出しておいて。そこの本に書いてあるから」
「了解。早く帰っておいで」
出掛けのキスをすると、彼女は愛車のボルボに乗り込んで、ぶっ飛ばした。窓からそれを見たサムは苦笑した。
仕事中は音の2倍で飛んでいるのだから、地上でそんなに急がなくてもよかろうに、と思うのだった。

「ホーク112ですね?」
彼女は飛行隊本部隊舎に入るなり、念を押すように繰り返した。准将は笑った。
イギリス製のホーク112は、ノルウェー空軍が新しく導入したジェット練習機である。(※ 架空の機体である)
彼女はアメリカでホーク60練習機を飛ばしたことがあり、まことに気に入っていた。
「その通り、間違いなくホークだ。ところで、こちらは広報のカーツ大尉」
「よろしく」
カーツは真っ赤なサンタの衣装に身を包み、抱えるヘルメットにまで赤いカバーが掛けられていた。
スーザンは笑いを堪えるのに苦労した。
428サンタは我が後席手:04/12/24 22:23:40 ID:f5AgLKuf
「なるほど、それでトナカイですか」
「その通りであります、少佐」
カーツは滑稽な仕草で胸を張った。
「子供たちに夢と希望を運ぶことが小官の任務であります」
「了解いたしました、ミスター・サンタクロース」
彼女はおどけて敬礼するふりをした。
「両翼端にスモークワインダーが積んである。機体のFCSは既に適合化してある。使い方は知っているね?」
「はい。アクロバットをやるんですか?」
彼女は少し期待をこめて聞いた。
「いや。サンタの衣装の上からGスーツを着るわけにもいかんだろう?
高G機動は無しだ。フライバイして、少し翼を振ってやればいいよ」

 タイマーが鳴って、サムは耐熱手袋をつけてオーブンからクッキーが載ったプレートを引き出した。
口を焼きそうになりながら一枚つまんでいるところに、IGSの所長から電話がかかってきた。
『君が来月の15日にインタビューすることになっている海兵即応連隊のアーケン大尉なんだが、年明け早々にも
クロアチアに派遣されることになった。それで、今日しか先方が空いている日がないと言うんだが、今日インタ
ビュには行けないか?』
サムは少し迷ってから了承した。即応連隊本部はグロムフィヨールにあるが、飛ばせば3時には帰れるだろう。
彼は手早くメモを書いて玄関に置き、ツリーの下のプレゼントから小さな緑色の箱を取ると、自分用のランドク
ルーザーに乗り込んだ。

 F-16がフルバーナーで離陸するときは、本当にすごい。下手をすると滑走路エンドで音速が出てしまう。
そんなF-16と比べると物足りないが、ホークの加速もなかなかのものだ。彼女自身が教育を受けた、老兵の
T-33練習機などと比べると隔世の感がある。ましてや、民間機や輸送機などにしか乗ったことがないカーツに
とっては、まさに戦闘機並みというところだろうか。
429サンタは我が後席手:04/12/24 22:25:00 ID:f5AgLKuf
 ホークは軽やかに加速し、離陸した。彼女はゆるやかに旋回した。彼女自身は裸でもそれなりにG耐性がある
が、カーツはからきし駄目だろう。そのホークは、機首と胴体上面、主翼前端と垂直尾翼の上半分を赤、それ以
外を白とあざやかに塗り分けた特別塗装機で、クリスマスにはまさにぴったりだった。両翼端にはスモークワイ
ンダー、胴体下にはカーツの私物を入れたトラベル・ポッドが搭載されている。

『頭の上に空しかないと言うのは落ち着きませんね』
後席のカーツの呟きがインターコムを通じてスーザンの耳に届いた。
ホークの座席は、後席が前席よりも頭ひとつ分高くなっているので、後席のカーツも彼女の頭越しに前を見る
ことができる。
「複座機ははじめて?」
『はい。広報に行ってからはずっと輸送機でしたから』
彼女はそのとき、エンジンの潤滑油のメーターが少し触れていることに気づいた。安全圏内だが、でも、できれ
ばモシェーンで検査してもらおう、と彼女は心にとめた。普段の彼女の無謀さを知っている友人たちは面白がる
が、彼女は決して不必要な危険は冒さないのだった。

 ブーデからモシェーンまでは30分足らずの飛行だった。
上空をフライパスすると、地上に人が集まっているのが見えた。彼女はトリガーを引き、両翼端のスモークワイ
ンダーを作動させた。
「ホークを導入するとき、英本国型にするか、輸出型にするかで一悶着あったけれど、こういうときには輸出型
で良かったと思うわね」
『なぜですか?』
「本国型は翼端にミサイルを積めないのよ。
スモークワインダーを使うなら、やっぱり両翼端につけてないとね!」
彼女はゆっくりと翼を振ってからゆるやかに旋回し、機体を着陸させた。
430サンタは我が後席手:04/12/24 22:26:52 ID:f5AgLKuf
『さて、私の出番ですね!』
心なしか、弾んだ声でカーツが言った。
彼女がキャノピーのロックを解除して右側に開くと、身を切るような冷たい風が吹き込んでくる。カーツは座席の上に立ち上がって叫んだ。
「ホッホッホウ! メリー・クリスマス、子供たち!」
庁舎の脇に固まって騒いでいた子供たちが、わっとタキシング中のホークに向かって手を振った。
それにつられて、彼女も少し微笑して小さく手を振った。
突然お祭り騒ぎの中に放り込まれ、すこし驚いたが、彼女の心も浮き浮きしてきた。
 そのとき、バックミラーに何かが映ったので、振り向いた。なんとそこに、ソリがあった。
それは、普段は基地内での弾薬輸送などに使われている電動のカートだが、勤勉で遊び心溢れ、かつイタズラの
ためなら超過勤務も厭わぬ整備員たちの手によって、見事なソリへと変身を遂げていた。そして、それをやった
張本人と思しき連中は、セーター姿に赤い帽子と白い付け髭をつけ、小人に扮してプレゼントの山の中に座って
いた。
エプロンまで誘導すると、先導しているカートの乗員もどこかから赤い帽子を取り出してきてかぶった。よく見
ると、彼らも制服ではなくセーターを着ているのだった。
 機体が完全に停止し、ラッタルが掛けられると、地元紙の記者と空軍広報部の隊員が駆け寄ってきた。
スーザンも、カーツといっしょに機体の周りでポーズを取るように求められ、何枚か写真をとられた。パイロッ
トが女性で、しかもエースだというのに興味を引かれたのか、地元紙の記者が彼女から話を聞きたがり、彼女は
「『サンタは我が後席手』といった感じですかね」
などと答えていた。
そのとき、カーツに声を掛けられた。
「少佐、プレゼントを配るのを手伝っていただけませんか?
女性のほうが何かと都合がいいんじゃないかと思うんですが…」
彼女は断ろうとして振り向いた。今すぐ飛んで帰れば、充分に昼前には帰れる。
しかし、子供たちのうち何人かが、いかにも期待するような眼差しで彼女を見ている。
断れないな、と観念した。
431サンタは我が後席手:04/12/24 22:27:50 ID:f5AgLKuf
 インタビューを終えたサムは、通行許可証を首から下げ、ラップトップ・コンピュータを入れたブリーフケー
スを小脇に抱えて連隊本部の廊下を歩いていた。
 アンダヤの戦闘は、ノルウェー海兵隊の経験した最も苛烈な戦闘だった。海兵隊はそれを「北欧の硫黄島」
と宣伝したが、それは同時にその戦闘の相手であったサムを宣伝しているのも同然だった。その防戦にはしばし
ば賞賛が向けられ、そのおかげでこのような機会にはしばしば便宜を図ってもらうことができた。彼が亡命した
という事実がそれを傷つけているが、親衛師団に属し、祖国に片足までささげた相手を面と向かって非難しにく
いのもまた事実である。そして、そこまでして彼が尽くした祖国を捨ててノルウェーに来たと言うことが、彼ら
の自尊心をくすぐるという面もあった。
 警衛の敬礼に無意識に答礼し、彼は玄関の階段を軽やかに下りた。外に出て冷気にさらすと、義足との接合部
が痛むが、彼はだいぶ慣れていた。この国はいい国だが、寒いのだけが気に食わん、と彼はときおり思うのだっ
た。連隊庁舎前の来客用駐車場に止めたランドクルーザーに乗り込もうとしたとき、声を掛けられた。
相手はノルウェー海兵隊のヨルデン少将だった。
「久しぶりだな、クレトフ――いや、いまはクラークか?」
「そうです、少将。お元気そうで何よりです」
「いやいや。ところで、時間があれば家に来ないかね?
実は初孫がいま家に来ていてね、可愛いんだ、これが!」
ヨルデンは、まるで目の前に赤ん坊がいるかのように目を細めた。そんなヨルデンの表情に乗せられ、
彼はついうかうかと了承してしまった。
まあ、と彼は考えた。昼までに辞すれば、夕方前には家に帰れるだろう。
432サンタは我が後席手:04/12/24 22:28:34 ID:f5AgLKuf
 周りの広報や地上要員たちがみんな明るい衣装を身に着けている中で、ひとりだけ普段どおりに濃緑色の飛行
服とヘルメットをつけているせいで、彼女は少しばかり疎外感を感じていた。
 しかし、若い女性の戦闘機パイロットというのはその意外性のために多少は衆目を集めるものだが、ここまで
騒がれるのは彼女にしても初体験だった。子供たちにとっては大柄な男性兵士よりは小柄な彼女のほうが親しみ
やすく、何より、集まった子供たちの母親たちが、彼女のほうにより親しみを感じていた。そんなわけで、空軍
の広報部が用意したプレゼントを渡している彼女の周りには子供たちがまとわりつき、本職の広報部員からやっ
かみ半分の冗談が飛び出す始末。
 内心彼女は気が気でなかった。日没が近く、おまけに空はわずかに雲がかかってきている。しかも、この機体
は明日予定が入っているので、今日中にはボーデに戻しておきたい。しかし、この時間を有効活用するつもりで
ホークは点検を頼んであるので抜け出すわけにもいかず、自分の人の良さを恨むしかなかった。

 飛行機の前で写真を取りたがる子供も多く、仕方なく、彼女はモシェーンの基地に配備されたタイガー戦闘機
の前で撮影に応じた。小さな子供は彼女の腕に収まって満面の笑みと共にタイガーと写真に収まり、そして彼女
はいらいらしながらも楽しんでしまう自分が情けなくてしょうがなかった。
 しかし運命が地上整備員の形をとって介入し、彼女はようやく出発できることになった。広報の隊員がプレゼ
ントを一つ取っておいてくれたので、それを土産代わりに手荷物スペースに押し込む。それに加えて基地の要員
用のシャンパンを一瓶くれたので、山ほどの緩衝材に包んでトラベル・ポッドに収めた。

 日没が迫る滑走路をホークが走る。旋回しながら増速、ゆるやかに上昇してにスモークワインダーを作動、
体を踏ん張り、機体をループに入れた。赤と白に鮮やかに塗り分けられた機体が赤く染まった空に吸い込まれる
ように上昇していく。白いスモークが、続けざまに3つの円を描いた。さすがに少しふらっと来たが、地上から
見上げる人々を見て、やっただけの甲斐はあったと思い、翼を振ってから、帰途についた。
1537時。
433サンタは我が後席手:04/12/24 22:29:10 ID:f5AgLKuf
 ヨルデンの家の車庫の前にランドクルーザーを停め、サムは車を降りた。夕焼けが赤く、綺麗だった。
ヨルデンが身振りで促し、歩きながら言った。
「そう言えば、君がこの間発表したあの論文は興味深いな。諸兵科連合の自動車化歩兵大隊の話だ」
「『自動車化歩兵諸兵科連合大隊-重(CAB-H)の提言』ですね? あれは私が現役の時から考えていて――
正確にはアンダヤに駐留していたとき、機甲科の連中との論争のなかで着想したものなんですよ」
「是非とも詳しい話を聞きたいな。スシでも食べながら話そうじゃないか?」
「スシですか? 私はスシが大好物なんですよ!」彼は喜んだ。
「あの発想の重要な点は、ソフトスキンの車両が有する速度,敏捷性,火力は、機甲部隊が行動する戦場に存在
するある種の空白にちょうど適合し、その混沌を利用することができると言う点で――」
彼らは話し合いながら玄関へと歩いていった。入ったところで彼はふと思い出し、電話を借りてボーデの飛行隊
本部に電話をかけた。
『少佐は間もなくモシェーンを発ちます』

 彼女は操縦桿をぴくりともさせずに、静かになめらかにホークを飛ばした。
飛び立ってすぐ、予報より早く雪がちらつきだした。今夜半からは吹雪くと言う予報である。
ホーク112には前方赤外線監視装置があり、限定的ながらも全天候能力を有する。彼女がそれを使うのは久しぶ
りだったが、それなりにスリリングな体験ではあった。
 10分後、エンジン・オイルの計器にわずかなふらつきが見えた。
彼女は信じられずに、じっと計器を見つめた。油量のほうはさほど心配していなかった。この程度の揺らぎは許
容範囲内の機体が多い。問題は、圧力の低下だった。このような圧力低下を、彼女は経験したことがなかった。

 1548時、彼女は管制に異状を報告した。
「キーホール、こちらタンゴ・ホテル・フォア・スリー・ツゥ・シックス、こちらの計器にはかなり重大な指示
が出ている。エンジンのオイル圧力が急速に低下している。ボーデまで行き着けないかもしれない。
緊急着陸の用意をする」
434サンタは我が後席手:04/12/24 22:30:42 ID:f5AgLKuf
 今現在、ロールスロイス製のジェット・エンジンは、潤滑油がほとんどない状態で動いている。
遠からず焼きつくことは自明だった。
「こちらTH4326、いまエンジンを停止した」
『了解した。そちらの位置はグロムフィヨールの南南西50キロ付近。
160度付近に放棄された緊急用滑走路がある』
「OK――視認した。本機はこれより着陸を試す」

 滑走路の周囲には全く明かりがなく、赤外線監視装置なしには到底発見は不可能だった。
滑走路長はかなり短かったし、凍結している恐れもあった。
風は強く、しかもかなり不安定だ――しかし、ドラッグシュートを使わなければ、オーバーランする可能性が高
い。彼女はエンジンを停止させたままでホークを滑空させ、滑走路へと寄せていく。
〈速度185ノット、降下率1600〉なお増速中――
吹雪きつつあることが事態をややこしくした。着陸復航している余裕はない、チャンスは一度だ。
寸前でスピードブレーキを開き、フレアをギリギリに抑えて車輪を降ろす。ロックした衝撃を感じる。
数呼吸後、主輪が接地した感触。荒っぽい接地に主脚が悲鳴を上げ、機体が揺れるが、車輪が回る感覚がない。
首脚が接地した瞬間にドラッグ・シュートを開傘した。機体が急減速し、体が前方に投げ出される。
 突風を警戒し、また推力が足りなかったせいで相当に荒っぽくはあったが、無事に降りた。
しかし、間一髪だった。シュートを放棄し、滑走路端の格納庫へ向けてタキシングをはじめたとき、エンジンが
火を噴いた。彼女は素早く反応し、消火ボタンを叩いた。エンジン内に放出された消火剤が火を食い止めた。
「ボーデ・コントロール、こちらTH4326。着陸に成功した、無事に停止した」
『素晴らしい』 
ボーデは状況を逐一モニターしていたのだった。
「が、エンジンが完全にイカレた」
彼女はそれに続けて、分かっている損害状況を伝えた。
火災でエンジンが相当に痛んでいるほかに、電装系統が一部焼けていた。
435サンタは我が後席手:04/12/24 22:31:23 ID:f5AgLKuf
『了解した、TH4326。明朝に整備班を派遣し、損害状況を調査する。それまで機体を維持せよ』
「了解」
 彼女はコクピットから飛び降りて、毒づいて腹いせに地面を蹴っ飛ばしてから、飛行機を牽引できる何かがな
いか、探しに行った。吹雪の中に飛行機を放置しておくわけにはいかなかった。
風が激しさを増し、眉庇に雪が吹き付けた。身を切るように寒い風だった。

 ハンス坊やは『急行「北極号」』がお気に入りだった。サムは坊やを膝の上に乗せて、坊やの前に置いた絵本
を読んでやった。坊やはサムの腕にもたれてうつらうつらしながら聞いていて、ときおりはっと起きてはまた
うたた寝した。
 やがて坊やが完全に寝込むと、彼は坊やをそっと抱き上げて父親に渡した。
「それでは、失礼します」
「やあ、遅くまで引き止めてしまってすまなかったな。
君の話は大変に興味深かった。またそのうち聞かせてくれ。奥さんによろしく」
ヨルデンは、土産にポークリブを切り身ごとタッパーに入れて渡した。彼らは終戦後に、一緒に狩りに行った
事があった。
「いいんですか?」
「帰ってすぐに冷凍庫に入れれば大丈夫――ああ、そういうことか。君が持っていってくれれば、1日早く別の料
理が食べられるようになるんだ。家では、料理に対する拒否権はないもんでね」
彼はこぼした。
「たまには自分で作ればいいんですよ」とサムは指摘した。
彼はランドクルーザーに乗り込み、エンジンをスタートさせると、玄関口で見送るヨルデンに敬礼した。ヨル
デンもさっと答礼した。
 予想外に長居してしまって、彼は少々焦っていた。途中で車を停め、カーナビの画面で確認した。
このまま無理に高速道路に乗るより、最短距離に近い道を飛ばしたほうが速そうだった。しかも、市街地は渋滞
している恐れもある。彼はこの国に来たばかりで、よく分からなかった。
436サンタは我が後席手:04/12/24 22:32:50 ID:f5AgLKuf
 人気は全くなく、機体を動かすのは断念せざるをえなかった。彼女は格納庫の裏にあった小屋に入り込んで、
風雪をしのぐことにした。水道も電気もなく、彼女は苦労して暖炉に火を起こし、暖を取っていた。薪だけは滑
走路の近くにある小屋に山積みされていた。
〈お前、人が良すぎるんだよなあ…〉
彼女は火の前でうずくまり、ブランケットをかきあわせた。アルミが蒸着されたブランケットがかさかさと音を
立てた。もう不時着したことはサムに伝わっただろうか。ひとりきりで家に残されて、さぞかし心配しているこ
とだろうが、しかしお互いに何もできない。

 サムは山道を飛ばしていた。彼は今でも空挺隊員の気質が抜けず、普通の人間なら肝を冷やすような状況でも
彼にとっては適度なスリルだった。ヘッドライトが、降りしきる雪を照らし出していた。
〈携帯電話を買っておくべきだったな〉
と彼は思った。普段は研究所と自宅の往復だけで、しかも最近は家での仕事が多かったために、わざわざ買う必
要もないと思ったのだった。辺りには人家の気配が全くなく、電話を借りることもできない。スーザンが不時着
しているとは夢にも思わず、目を三角にして怒る彼女の顔が脳裏を過ぎった。
 ヘッドライトに小屋の影が過ぎった。また無人の小屋だと思って通り過ぎてから、ガラス窓に火明かりが見え
たことに気づいた。

 ふと思い出して、広報がくれたプレゼントの袋を開けてみた。金色のリボンで口を閉じた透明なビニールの袋
に入れられたジンジャークッキー,空軍のワッペン,それとクリスマス・カードが入っていた。
カードを開くと、電子仕掛けのオルゴール音が流れ出した。“ジングルベル”だと気づいて、彼女は慌ててカー
ドを閉じた。窓の外でふと吹雪が勢いを増し、隙間風が甲高く唸る。
 たまらなく惨めだった。国中がお祝い気分の中、彼女だけは忘れられたような田舎の山小屋でクリスマスを迎
えねばならない。異状を見逃した整備員に、今日飛ぶことを頼んできたベルグ准将に、そして下らない広報活動
などで引き止めた広報部に腹が立った。しかし、一番苛立たしかったのは自分自身に対してだった。
437サンタは我が後席手:04/12/24 22:33:52 ID:f5AgLKuf
 スーザンはジンジャークッキーをひと口かじった。ココアとコーヒー、シナモンの風味と、それだけではない
ほろ苦さがあった。
そのとき、光芒が窓を射た。彼女は慌てて立ち上がったが、車の音は何事もなく遠ざかっていく。彼女が落胆し
たとき、車が十メートルほど先で停まる音がした。彼女が戸口に駆け寄ったとき、ドアが開いた。

「夜分申し訳ありませんが――」電話を貸していただけませんか? という言葉を飲み込んだ。
2人は、しばらくの間莫迦みたいにお互いを見つめ合った。
「セルゲイ!」
彼が目を疑い、何も言えないでいるうちに、スーザンが首っ玉にしがみついてきた。彼はバランスを崩し、戸口
に寄りかかった。彼女は彼の顔を両手で挟み、何度もキスをした。
「信じられない」と繰り返すスーザンは涙ぐんでいた。何よりもその涙が彼をうろたえさせた。彼女は気丈で、
彼の前ですら涙を見せることはほとんどなかった。しかし彼女は辛うじて堪え、彼を堅く抱きしめて、体を離し
た。

 格納庫の影とはいえ、吹きすさぶ雪の中で放置されていたホークは半ば雪に埋まりかけていた。彼女はコクピ
ットに滑り込んだ。APUの配線系統は焼けていたが、非常用電源のバッテリーは生きていた。
 ランドクルーザーのウィンチとホークの前輪をワイヤーで結び、サムはゆっくりと車を前に出した。スーザン
は絶対に動くと断言したが、こうしてみると疑いたくなる。しかし車が前進するにつれてワイヤーが張り詰め、
次の瞬間、ゆっくりとホークが動いた。
 その格納庫は、かつてダコタを収容するために作られたもので、スペースの余裕はあった。しかしランクルが
出る余裕を確保するためには、斜めに機体を入れる必要があった。コクピットの彼女はハンドレールを掴んで後
ろを振り向き、機体が完全に格納庫に入ったのを確認し、首を切るように手を動かした。ランクルが停まり、少
し遅れてホークが停まると、彼女はコクピットから飛び降りて走り、ハンドルに取り付いて懸命に回した。途中
からサムも手伝った。シャッターがいらいらするほどゆっくりと閉まっていき、やがて重々しい音を立てて完全
に閉じた。彼らは笑って向き合い、ぱちんと手のひらを打ち合わせた。
438サンタは我が後席手:04/12/24 22:36:17 ID:f5AgLKuf
 隻脚のサムの代わりに走り回ったスーザンは疲れ果て、山小屋の戸をくぐるや否や椅子に崩れ落ちた。機体を
ようやく格納庫に収めて緊張が解け、疲れがどっと押し寄せてきた。どうにか上衣を脱いで、黒いセーターに着
替えた。サムはランドクルーザーのトランクから簡易ベッドを取り出して組み立てた。サムがたびたび不満に思
うのは、彼自身は男の仕事だと思っている力仕事の大部分を妻に任せねばならず、しかも彼女にはそれを楽々と
やってのけるだけの能力があることだった。
「それ、使っちゃっていいの?」
ベッドの上に寝転がり、腕を顔の上で組んでいた彼女が顔だけ動かして聞いた。彼はNASAのクラッカーの缶
を開けようとしていた。
「クリスマスだろう? 奮発しないとね」
そう言いながら、彼は埃をかぶったテーブルを拭き、バスケットから食器セットを取り出して並べ、食事の用意
をした。
 体が暖まったせいもあって暖炉の前でまどろんでいた彼女は、ふと漂ってきた香ばしい匂いにばっと飛び起き
た。
「すごい! どうやって出したのよ?」
「ヨルデン少将の家に招ばれたって言ったろう? そのときに分けてもらったのさ」
そのとき、彼女はようやく思い出し、滑走路を渡って格納庫まで取りに行った。
しばらくしてシャンペンの瓶を抱えて戻ってきた彼女を見て、彼は口笛を吹いた。
そしていきさつを聞いて吹きだした。
「トナカイ役をやらされて、サンタクロースの役をやらされて、挙句の果てに飛行機を壊されて不時着して
それでシャンペン一瓶か!」
そう言われてみると彼女も何だか莫迦莫迦しくなって、二人してしばらく笑っていた。
439サンタは我が後席手:04/12/24 22:37:22 ID:f5AgLKuf
 たいていのハンターと同様に、彼も精肉されていない肉を料理するほうが得意だった。それはほとんど調味料
も使われていない素朴なものだったが、彼女が食べたいかなるクリスマスのディナーにも勝るとも劣らなかっ
た。というのも、それらは、彼の深く純粋な愛情と言うソースで味付けされていたからである!
実のところ、彼の絶妙な焙り具合は素朴な味付けと相まって大変に絶妙な味を醸し出していた。

 暖炉の前で二人は彼女の土産のクッキーをつまんでいた。
「エンジンが止まったとき、ああ、これで今年のクリスマスはぶち壊しだな、って思ったわ。
でも何だか、こうして見ると、二人で色々持ち寄ってキャンプしてるみたい」
「こんなクリスマスも悪くないね」
 両親を早くに亡くし、祖国をも捨てた彼にとって、彼女こそが世界で唯一愛する相手だった。彼が愛する全て
がこの家にあるのだった。
彼女は立ち上がり、歩いていって曇った窓を拭き、声を上げた。
「雪が止んでる。予報より早く降り出して、早く止んだんだわ」
彼も立ち上がり、妻の後ろに立った。
白い雪が月光を浴びて淡く輝き、幻想的な美しさを醸し出していた。彼女は嘆息した。
「もしもきのう、あなたはこんなところで今年のクリスマスを過ごすだろう、しかもそれに満足するだろうなん
て言われても信じなかったでしょうね。でも今、私はここにいて、こんなに幸せ」
彼は息を吸い、懐に手を入れた。
「メリークリスマス、スーザン」
彼女は振り向き、彼が緑色の小箱を差し出しているのを見た。驚いて茫然としている彼女を、彼が促した。
彼女は急いで、しかし紙を破らないように気をつけて、包み紙をはがした。白い厚紙の箱が出てきた。その中に
はフェルト張りのケースがあった。彼女はそれをゆっくりと開けた。
きれいな青灰色をしたトルコ石のネックレスだった。チェーンは純金で、首まわりにぴったり合うようにデザイ
ンされていた。
彼女は息を鋭く吸い、一方の彼は息を詰めて見つめていた。気に入ってくれたかな?
440サンタは我が後席手:04/12/24 22:38:00 ID:f5AgLKuf
「どうやって――?」
「偶然見つけたんだ」彼は努めてさりげなく、嘘を言った。本当は5つのショッピングモールを渡り歩き、同僚の
夫婦と忍耐強い店員の助言を受けたものだった。
「見つけたとき、それが語りかけてきたんだ。『わたしは奥様のために作られたんです』とね」
彼はケースからそれを取り、彼女の首にかけた。彼女は窓に自分の姿を映してみた。
トルコ石はきれいなブルーグレイの目にぴったり合い、柔らかい金髪がチェーンにこぼれて黒いセーターの上で
映えた。
「――セルゲイ、わたしはあなたに何も――」
「黙って。毎朝、目覚めるときに君がそばにいる。それだけで、僕にとっては最高の贈り物だよ」
「どこかの本に出てきそうなロマンチストね――でも、構わない」
彼は妻のうなじに唇を当てた。
「僕と一緒にいてくれて、ありがとう。僕を一緒にいさせてくれて、ありがとう。
僕を愛してくれて、ありがとう。僕に、君を愛させてくれて、ありがとう」
大泣きしてしまいそうで、彼女は窓の外を睨み、目をしばたたいて涙を堪えた。
「ねえ、気に入ってくれた?」
「莫迦ね――大好きよ!」
彼女は振り向いて、両腕を夫の首にからませた。
アルコールと暖炉で肌はほんのりと赤く上気し、きれいな青灰色の目は濡れてきらめいていた。
彼女は夫の唇に軽く口付けて、かすれた声でささやいた。
“Merry Christmas!”

<終>
441名無しさん@ピンキー:04/12/25 03:22:41 ID:kJuUCIPf
すげーサンタが三人も来たよ!職人さん方GJでしたメリークリスマス!
442名無しさん@ピンキー:04/12/25 23:33:16 ID:AW9yJDb+
職人様、ありがとう、GJです。
仄かな暖かい気持ちになれました。ここは色々なジャンルが見られるので、いいなあ。
443名無しさん@ピンキー:04/12/26 07:09:26 ID:5wOECFNI
48さん、ご無事で良かったです。
タイムリミットが近づいて、かなりドキドキしてました。
どうぞ良い休暇をお過ごし下さい。
今回は軍事関係に弱くても大丈夫な短編で、
二人にあてられながらも一気読みさせていただきました。
過去作品はかなり飲み込むのに時間がかかるので、
48さんファンの方には申し訳ないですが、たまにはいいなあ、と思ったり。

410さん
幼なじみ、イイですよね。
少しづつ変わってく関係に萌えます。
良かったらまた続きを読んでみたいです。

419さん
パーティのおすそ分けにあったみたいでほのぼの。。。
混ざりたいわー。
って自分元ネタを知らないんですが。

職人様、ありがとうございました。
これからも楽しみにしています。
44448:04/12/27 00:12:46 ID:NCBndJIJ
 今回の短編は私が書いた中では初めての「一発も撃たれない・一人も死なない」SSです。それゆえに、
先のお二方に比べれば格段に劣るにも関わらず、私にとってこれは成功作です。
そんなわけで「二人にあてられながらも〜」なんて感想をもらうのも初めてなもので、大いに感動して
おります。ありがとうございました。
 さて、ついでに現状報告です。実はここしばらく、仕事の都合でさらに奥に行っていたので、ご無沙汰
しておりました。
 保守兼用企画についてですが、諸般事情により「II」および「III」を棚上げし、万一投下の要が起きた
場合には「IV」を先行投下します。これに伴い、投下条件を2週間から1ヶ月に強化することで投下頻
度を減らします。もっとも、この調子ならば保守の必要は無さそうなので、一安心ですか。
 ところで、職場には今回の地震の被害は及んでいないようですが、友人が何人かあの辺に住んでいる
ので、心配なところです。そんなわけで、パソコンにかじりついて情報収集に汲々としています。オースト
ラリアの友人からも電話がかかってきましたが、あちらでも情報は不足しているようです。
マスコミの友人が、私が帰っていることを知らなかったようで、「何か知らない?」とかメールしてきた挙句
「残っててくれればよかったのに」とか抜かしよりました。全く薄情な奴です。
445特捜戦隊赤黄:04/12/30 21:19:57 ID:aEXfCyuf
 このスレをちょっとお借りします。 
これから投下するのは、現在放送中のスーパー戦隊シリーズ「特捜戦隊デカレンジャー」のエロ殆ど無し小説です。
 時系列はほぼ現在進行形(44話終了後)、基本の元ネタは8話の「レインボー・ビジョン」から持ってきました。
デカレッド=バン、そしてデカイエロー=ジャスミンのお話です。
 エロ…というか一応そういう場面は出てくるのですが、殆ど描写がなく、
あっても15禁?くらいなので、悩んだ挙句、こちらに投下することに致しました。
 前編(前にテキストファイルでうp)と後編に分かれておりましたが、統一してまとめてこちらに投下…します。
それ故長いので40レスくらい消費してしまうかもしれません。…はっきりいって駄文です。

 ついていけない、下手糞な文章だと思いましたら、名前欄からNGワードあぼーんお願いいたします。

(元スレ)【S.P.D】デカレンジャー総合カップルスレ【S.E.X】
http://idol.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1080011602/
※一応こんな感じで毎週放送されております↓
<"S.P.D" Special Police Dekaranger 燃えるハートでクールに戦う5人の刑事たち !
彼らの任務は地球に侵入した宇宙の犯罪者(アリエナイザー)たちと戦い、人々の平和と安全を守ることである!>

それでは、どうぞ…
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 宇宙警察地球署の刑事、礼紋茉莉花。通称ジャスミン。
 ジャスミンは、エスパーである。相手に触れることで相手の気持ちが読めるのだ。

(捜査以外でそんなことをしたくない。相手の気持ちなんかわかったって、何もいいことなんかないから)
経験上、そう自負する彼女は、あえてそれを遮断する為に、いつも黒の革手袋を着けている。
 ここ最近、”不思議”なことが、ある。
 それは、黒革手袋を着用していても、たった一人だけ、気持ちが読める……否、気持ちが
勝手に自分に伝わってくる人物がいた。
 その一人とは同じ地球署の刑事、バンこと、赤座伴番。
446特捜戦隊赤黄2:04/12/30 21:25:23 ID:aEXfCyuf
 ヘルズ三兄弟に追い詰められ、ああ、もう駄目だ―と思った瞬間。彼はジャスミンの肩に
手をかけ、こう叫んだ。
「手はなくてもそれでも正義は勝つんだ!俺はいつもそう信じてる、お前だってそうだろジャスミン!」
 弱気になりかけ、不安で真っ黒になりそうだった彼女の心に光を照らし、全ての不安要素を
吹っ飛ばしてくれた、あの言葉。
 そう、”昔”と同じ。”あの人”に救ってもらった時。雨が止み、雲がどこかに吹っ飛んだ後の空
―虹がかかった空を見たとき以来だ―と彼女は思った。

 「五人目なんか、いらないね」

 最初の頃、彼には直接言わなかったけど、そう吐き捨てた彼女。
まさか彼が自分の魂を揺さぶるところまで大きな存在になるとは。
でも、これが彼女の『ターニング・ポイント』。
 普段は伝わってこない彼の”心”。事件なり、恋なり、なんらかのきっかけで
彼の”心”に一度火が点けば一緒にいるだけで、彼の”心”が嫌が応にも伝わってくる。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 ある時。ホージーのイリーガルマッチに観戦がてら、潜入捜査に入ったジャスミンたち。
イリーガルマッチが始まり、序盤。ホージー優勢。相手にダウンを与えた時。
「やったー!」 「「ワン、ツー」」 そして、ハイタッチ。その瞬間。
(相棒!やったな!)
 ジャスミンの心に、バンの”心”が流れてきた初めての、瞬間。

 その日、ジャスミンは手袋を付けていなかった。手袋を付けただけでも、
バレる可能性もないとは言えなかったから。
 誰にも触れなければ、大丈夫。そう思って彼女は手袋を外して、潜入捜査に来ていたのだ。
 バンと素手の状態でハイタッチなんぞしたもんだからバンの気持ちが流れてきたのだと、
その時はそれで納得し、そのまま試合観戦を続けていた。
 そして、ホージー優勢かと思った試合も、筋肉増強剤メガゲストリンを飲んだ相手が徐々に
ホージーを追い詰めにかかり、ホージーにダメージを与える一方。そんな中バンが叫ぶ。

447特捜戦隊赤黄3:04/12/30 21:27:37 ID:aEXfCyuf
「ドーピングまでして勝ちてぇかよ、卑怯者!」
その隣で観戦していたジャスミンの心に流れてきたのは。
(こんなのに、負けるんじゃねえぞ……相棒)
 何もしていない、ましてや触れてもいないのに、バンの気持ちがわかる自分に初めて気が付いた。
 流れてこなくても、予測できる範囲内では、あるものの。
 結局イリーガルマッチが終了するまで、ホージーの試合経過を気にしながらも、心の中に流れてくる
バンの”相棒”に対する”気持ち”を受け止めるので必死だった。
 そして、またある時。それはマシンドーベルマンの車内で。
「緊急手配、真犯人はパウチ星人ボラペーノ。おそらく次はザムザ星人シェイクになりすます」
ボスの連絡を受けて、パトライトとサイレンを点けながらバンが叫ぶ。
「じゃ、きっとマイラさんに会いに行くはずだ」
 (マイラさんが、危ない!助けにいかないと!)
 (……また流れてきた。……失恋したくせに、それももう半年近くも経ってるのに……)
「なぜ知ってる?」
 そう突っ込んだものの、見事に無視されて。挙句の果てに、バンから流れてくるのは、
 (マイラさん、マイラさん、マイラさーん!!)
 「マイラ」の言葉だけ。ドリフトターンまでして、マイラのマンションに向かうバンに、ジャスミンは呆れながらも、
ちょっとマイラが羨ましく、なった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
―キィーン……耳鳴りがすると、それは”彼女”からの、”エマージェンシー”という、合図。
 しかし、彼はそれに気付くのはもう少し後の話―
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 とある午後の宇宙警察地球署、デカルーム。
クリスマスも終わり、あと5日ほどで新しい年になるというのに、事件は絶えず起きている。
 というわけで、地球署には休みなど、ない。そんな中……。

「ジャスミン、外線にお前宛の電話が入ってるそうだが……」
そうボスに呼ばれて、振り返ったのは、ジャスミン。
「誰からですか?」 「相手はちょっとわからないのだが……どうする?」
「……部屋に繋いでください」 「わかった、じゃ、行ってこい」
そのままジャスミンは、駆け足でデカルームを出て行った。
448特捜戦隊赤黄4:04/12/30 21:34:53 ID:aEXfCyuf
「……ごめん……私、いろいろ忙しくて……」
『えー?そうなの……じゃあ、しょうがないよね。勤務中に電話して、ごめんね。それじゃあね』
「じゃあ……」
震える手で受話器を置いた直後。そのまま床にへなへなと座り込んだ。
(なんで今更……)

―もう、昔の私は、捨てたはずなのに また、思い出す。”あの頃”―

「……ジャスミン、遅っせーなあ……」
はあとバンがため息をつく。
「電話にしては、長いね……俺たちは先に出動させてもらうよ。行こう、ウメコ」
そう言いながら、センとウメコは先にマシンブルでパトロールに出かけてしまった。
 電話を繋いでくれと言って、かれこれもう10分以上過ぎている。
いくら私用だと言っても、一応仕事しているのだから、また後でとか丁重に断れるはず。
(ジャスミンはそういうところ、しっかりしてると思うんだけどなあ) などと思いながら。

「……部屋、見に行ってきていいっすか?ボス」
ボスに一応許可を取る。
「ああ、いいぞ。そのままパトロールに出動してくれ」
「俺も行きます!」 と水を差したのは、ホージー。
「なんだよ相棒ー、相棒はパトロール行かなくていい日だから関係ないじゃんか」
「相棒って言うな。お前一人じゃ何するかわからんからな」
「なんだよそれ!」  またいつもの喧騒。やれやれとボスが声をかける。
「バン……部屋に行かなくていいのか?」
「あ、そうだ!行ってきまーす!」
「おい、ちょっと待て!」
 そのまま颯爽と、デカルームを出て行くバン。もちろんバンの自称”相棒”もその後について行った。

「……だから、別にさぼったり何もしないって!」
「うるさい!お前は信用ならないんだ」
とそのまま喧騒を廊下にまで持ち越し、やっとこさジャスミンの部屋に着いた。
449特捜戦隊赤黄4:04/12/30 21:35:56 ID:aEXfCyuf
 ドアの向こうからは、声はしない。
(電話もう切ってるんじゃないか……)とホージーと目線で合図しながら、バンがドアを3回叩く。
「おーい、ジャスミン。もうパトロールの時間だぜ?」
『……』
再び、ノックを3回。
『……』
「おっかしーな」
「部屋にいないんじゃないのか?」
「じゃあ俺たち、すれ違いだったのか?……あ、あれ?」
バンが何気に触っていたドアノブが動く。
「おい!ジャスミン”とはいえ”、”レイディー”の部屋だぞ!」
何気に失礼なことを言うホージーである。
「でも、なんか事件とかだったら……どうするんだよ?……ジャスミン、開けるぞ?」
とドアノブを回し、ドアを開けた。

 部屋に入ってみる。誰もその部屋には、いなかった。部屋の真ん中にはSPライセンスが転がっている。
「ライセンスがあるんだったら、外には出かけないよな……普通」
「よっぽどのことがなければな」
―!?―
「……隣の部屋に誰かいる」
「また野生の勘ってやつか?」
「なんとなく……」
「……しょうがないな」
 バンの野生の勘を何気に買っているホージーはそのまま部屋に行くぞと合図する。
実は、野生の勘ではなくて、耳鳴りがしたのを、バンはそのままホージーには、黙っていた。
(耳鳴りなんて、久しぶりだな)

 ホージーが部屋のドアをノックする。
「ジャスミン?」 「おーい、ジャスミン!パトロール行かないのかよー!」
(馬鹿!声がでかいんだよ、お前は……敵だったらどうするんだ……)
と思いながらも、ちゃっかりとホージーが
「開けるぞ」と言ってそろそろとドアを開けてみる。
450特捜戦隊赤黄6(↑は5です):04/12/30 21:37:50 ID:aEXfCyuf
 ジャスミンが、ベットに持たれかかっていた。寝ているのか?と思って先に声をかけたのは、ホージー。
「……ジャスミン?」
「……」
むくりと起き上がり、2人を見るジャスミンは、いつもと変わらない。
「……あ……ごめんね。2人とも。もうすぐ行くから……バン、先に駐車場に待っててくれない?」
「わかった」
「お前、なんか顔色悪くないか?」
ホージーにそう聞かれて、すぐさまピースサインを出す。
「ううん、大丈ブイ」
「そうか、ならいい。じゃあ、このバカが足引っ張らないように祈ってるからな」
「うるさいよ、相棒!」 「だから、相棒って言うな!」
 また喧騒しながら、2人はジャスミンの部屋を出て行く。

 ジャスミンはそんな2人を見送りながら
(仕事……しなきゃね) ため息を一つついて立ち上がり、隣の部屋に置いてあったSPライセンスを取って、
後を追いかけるように部屋を出て行った。

「……なあ相棒……さっき、”なんか”見えなかったか?」
「”なんか”って、何が?それと相棒って言うな」
「……じゃあ、別にいい」
「変な奴だな。じゃ、俺はデカルームに戻るから。ジャスミンのこと頼むぞ。
お前はどうもジャスミンの足を引っ張ってるとしか思えんからな」
それだけ言うと、ホージーはデカルームの方へ歩いて行った。

 駐車場に向かう廊下を歩きながら、ボソッとバンは呟く。
「俺の見間違いかなあ……」
あの時、バンの目に一瞬映ったのは、

『後ろ髪を2つに分けて、耳を押さえてうずくまる、制服を着た女の子』。

 はっと気が付くとその女の子は消えて、ベットに持たれかかっていたジャスミンがバンの目に映っていた。
「気のせいだよな……きっと」
451特捜戦隊赤黄7:04/12/30 21:39:49 ID:aEXfCyuf
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
―気のせいだと思っても、それでもやっぱり、気になるもんだ―

 マシンドーベルマンでのパトロール中。
「あー、わっかんねー!」
 髪をくしゃくしゃかきむしりながら、バンは叫ぶ。

「わっかんねーって、何が?」
抑揚のないいつもの声でジャスミンに指摘されたバンは、
「まあ、いろいろあってさ」
「……まあ、バンが言わないのなら、別にいいけど」
そう言って、ジャスミンはハンドルを再び握り締め、

 暫しの沈黙。いつもならこんな沈黙も気にしないのに。今日の沈黙は、なぜか破りたくてたまらない。
バンが先に口を開く。
「えーっと、現在位置は……」
 いつもは触ることすらしない、フロントボディに設置してある端末をピッピッピと触り場所を確認する。
何かしらで沈黙を破らないと、気がすまないのだ。
「ポイント184か……」

 そう言った瞬間、それまで何もなかったジャスミンの周りの空気が変わるのを感じ、耳鳴りが突如始まった。
 (今日耳鳴り、多いな……)
 ―キィーン―
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 (……あれ?)
 バンは気が付くと、学校らしき建物の廊下に立っていた。

 (……ここ、何処だ?……ってさっき俺車の中にいたはずなのに……)
 辺りをきょろきょろしても、バンには見覚えもないところなのだから、わかるわけがない。
 「あのー……」
 通りかかる人に声をかけようと試みるも、皆バンを通り過ぎて、誰も気付いてくれない。
452特捜戦隊赤黄8:04/12/30 21:40:55 ID:aEXfCyuf
(どうなってんだ……?)
 あせるとどうしても走る癖があるのか、バンは廊下をそのまま通り過ぎ、階段にぶち当たった。
 バンの目に映ったのは、階段に座り込む少女。

 (この子……どっかで見たことある……そうだ!)
 『後ろ髪を2つに分けて、耳を押さえてうずくまる、制服を着た女の子』。
 どうせ気付かないだろうからと思って、顔を覗く。

 少し幼さが残っているものの、見たことのある、顔。
 (……ジャスミン)
 その少女は、ずっとうずくまったまま、動かない。何かに怯えているように見える。
 (何か、聞こえてくる……)
 否が応にも、頭の中に流れ込んでくる、”負の囁き”。

 (またいるよ)
 (なに考えてるかわかんない)
 (気持ち悪い)
 (またこっち見てる)……

 男の声、女の声……いろんな人の声。
 (これって、ジャスミンのことかよ……)
 「ヤメテ!!」
 少女が叫んだところで……
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 再びバンの意識は、マシンドーベルマンの中に、戻った。
「……ちゃん、バン!」
「うぁ……?」
 マシンドーベルマンは、停車中。
「バン……やっと目が覚めた……」
まっさきにバンの目に映ったのは、ため息をつくジャスミン。
453特捜戦隊赤黄9:04/12/30 21:41:50 ID:aEXfCyuf
「……あれ?ここ何処?」
「パトロール中に……居眠りはいけません!」 びしっと腕で×印を出すジャスミンがいる。

 (さっきの……何だったんだろう)

「俺、さっき寝てた?」
「私が運転しててよかっただっちゅーの」
「……ごめん」 「ま、いつものことだし」
「あのさ」 「何じゃらほい?」
「……やっぱ、やめとく」 「変なバンちゃん」

(妙にリアルな夢だったな……。俺、やっぱり変なのかな)

『後ろ髪を2つに分けて、耳を押さえてうずくまる、制服を着た女の子』
 あれは、確かに、ジャスミンだった。
泣きもせず、ただひたすら、耳を塞ぎ、声を聞かずに耐える、ジャスミン。

(でも……嫌でも聞こえてきたんだろうなあ)
 大体の経緯は彼女から直接聞いている。エスパー能力のコントロールが出来ずに
他人の心の声が聞こえてきたりして、苦しかった。とも。

 しかし、夢の中とはいえ、あの夢はリアルすぎる。
(あんな生活を送っていたのか……)

 現在は劣等生ではあるものの、それでも、何もかも上手いこと人生が運んできた
自分とはまったく正反対の、生活を送っていたのかと思うと。 
(……俺、ジャスミンのこと、何もわかってなかったんだ……わかろうとも、しなかった……)

 ジャスミンが、SPライセンスを開いて、時刻を確かめる。
「……そろそろ、パトロール終了。デカルームに戻りましょか」
「うん……」
 そのまま、マシンドーベルマンは帰路の途に着いた。
454特捜戦隊赤黄10:04/12/30 21:43:49 ID:aEXfCyuf
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 その日の夜。バンはテツとセンと深夜勤務に当たっていた。
丑三つ時も過ぎた頃。いつもならバンはあくびを始めてくーくー寝てしまうところ。
 
 しかし、今日は、特別。頭が冴えて、眠れない。気になるのは、昼間の出来事。
ジャスミンの様子。そして、夢か幻か。ちらほらと、バンの目に映る少女時代のジャスミン。
 眠っては深夜勤務の意味がないので、眠れなくて結構なのだが、本人より驚いたのが、他の2人。
「……先輩が起きてるなんて」
「珍しいねえ」
2人で顔を見合わせる。
「……いいじゃんか……俺にだってたまには眠れない時はあるの!」
ばん!と机を叩き、2人をびっくりさせる。

「起きてるのなら……たまっている始末書、書きなよ」
「書く気ねーよ……”それどころ”じゃないし(ボソ」
「ナンセンス!じゃあ、寝た方がマシですよ!……その前に、”それどころ”じゃないって、何ですか?」
「そうだよねえ……バンが眠れないなんて、よっぽどの理由が、あるはずだし」
ニヤニヤするテツとセンに突っ込まれてしまい。
「あ……」
(センちゃんは物知りだし、テツは後輩だから、話しても笑ったりとか、しないかな……?
これがウメコや相棒だったら、馬鹿にされてオシマイって感じするしなあ……)

「……あのさ……」
バンはここぞとばかりに、昼間の出来事を、話し始めた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
「……それは、変な話ですね……」
 はい、どうぞとテツがコーヒーを差し出してくれた。サンキュと言って、コーヒーを受け取ったバンは、
「だろ?なんでジャスミンの若い頃の幻とか夢とか見えるんだろうって……センちゃんもそう思わないか?」
 うーんと唸りながら腕を組んで考えていたセンが、バンの話を聞いてから初めて口を開く。
「……バンに、一種のエスパー能力が目覚めた……かもしれない」
「え、嘘、ホント?」  「ナンセンス!」
驚くバン。納得のいかない、テツ。
455特捜戦隊赤黄11:04/12/30 21:45:13 ID:aEXfCyuf
「ただし……相手はジャスミン限定」
「へ?……って、なんで相手はジャスミンだけ……」
「そんなの決まってるじゃないか。……いつも一緒に、いるだろ?」
「それだけで?」
ぽかーんとした顔でセンに聞く。
「バンは意識しなくても、ジャスミンが、意識してるかも、しれないねえ〜」
「何だよそれ……」
”意識”という言葉を出さないと、気付かないバン。それで、やっと気が付いたらしい。
 そして、後輩からのとどめの一言。
「ナンセンス!先輩はそんなこともわからないんですか……だから先輩は、”女心がわからない”って言われるんですよ!」
「……」
バンは黙り込んで、うつむいてしまった。数分間、そのままの状態でうつむいていた。
テツが痺れをきらして。
「先輩……だいじょうぶですか?」 ちょんちょん、と肩をつつく。
「……大丈夫じゃねーよ……」 頭を掻きむしり、立ち上がった。
「何処行くの」 「トイレ!」
そのままバンはデカルームを出て行った。

「……やっぱり、先輩って……」
「……だよねえ……顔、赤くしてたよね」
残された2人は、お互いの顔を見て、ニヤッと笑った。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 「……さっきはああ言ったけど、エスパーと呼べるほどのものでは、ないんだよね。」
 「ジャスミンさん限定だからですかね?」
 「”悩んでる人や、困っている人が無意識に発する思考を感じ取る能力”……”思考派”に当てはまると思うんだけど……
もっと困ってる人や悩んでる人はいくらでもいるのに、ジャスミンのことしか受信できてないんじゃ、エスパー能力とは言えないよ。
”縁(えにし)”って感じがするんだ。」

 「そういえば……ジャスミンさんに触るのって、ウメコさんか先輩ぐらいですよ……イリーガルマッチの時、先輩、
ジャスミンさんと素手でハイタッチしてましたよね」
 「テツが来るちょっと前に、正義は勝つ!ってがっちりと肩掴んだり、してたしねえ」
 「……ちゃっかりとそんなことまで……」
456特捜戦隊赤黄12:04/12/30 21:46:59 ID:aEXfCyuf
 「それと、後でファラに関する報告書、読んだんだけど。ファラの取調べの最中に、バンがファラにイチモツを蹴られた拍子に、
ジャスミンを押し倒したんだって。後でこれはセクハラだってファラがぎゃーぎゃーわめいてたそうだけど……とにかく、
あの2人は接触が多いんだよ。それで意識しない方がおかしいんだよ。……バンは特に鈍感だから、
さっきでやっと気が付いたって感じかな?」
 (またこの人は、そういういたずらが好きなんだから……)

 「知らず知らずのうちにジャスミンがバンに対して心を開いて、無意識のうちにバンに対して自分の思念を”ビジョン”に変えて……
いろんなサインを送ったりしている……っていうのが、俺の予測なんだけど。どこまで当たってるかは、当の本人にしか、わからないからねえ」
 「なるほど……さっすがセンさん!頭が切れますね!」
 「君はいつも俺に対して褒め言葉ばかりだねえ……もっと他に言うことはないの?」
 「……」
 (だって、余計なこというと、センさん怖いですから……)
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 トイレに行くと言って嘘付いて。廊下に逃げただけだった。

 (嘘だろ?……ジャスミンが、俺のこと……だって、いつもしゃべってるのは、ウメコか、センちゃんばっかじゃん。
俺となんて、マシンドーベルマンに乗ってるときぐらいしかしゃべらないし……何で、俺なんか……)

 ”仲間”としか見ていなかった”彼女”。でも、”彼女”はそう見ていない……?
 (俺って鈍感なんだな)……やっと気が付いたバンであった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 次の日の朝。
 眠い。
 昨日深夜勤務だったせいもあるが、何しろ、深夜勤務でお馴染みの”睡眠”が出来なかったのもあって……
「ふあああーあ」
「バン、またあくびしてるー!」
「るせー!昨日深夜勤務だったんだから眠くて当たり前だろ?」
「いっつも寝てるくせに(ボソ」
「なんだとー!」

「おい、バンとウメコ、静かにしろ!」
さっそくホージーからダメ出しを食らった。
457特捜戦隊赤黄13:04/12/30 21:48:10 ID:aEXfCyuf
「ホージー、そのくらいにしといてやれ。……ちょっと皆、聞いてくれるか?」
「何です?ボス」

「昨日から、ポイント260周辺で、アリエナイザーを目撃したと多数の通報があってな」
「そのアリエナイザーの手がかりは?」
「それが……まだよくわからんのだ……」
「聞き込み開始、ってことですね」
「まあ、簡単に言えば、そうなるな……というわけで、捜査を開始してくれ」
「「「「「「ロジャー」」」」」」
――――――――――――――――――――――――――――――――――
 バンたちは、ポイント260周辺で聞き込みを開始した。通りすがりの人たちや、周辺住民の人たち……
ちょっとした手がかりは掴めたものの、未だアリエナイザーの特徴・姿形までは情報を収集することが出来ず、
そのまま時間が過ぎ、日が暮れようとしていた。
 ホージーとテツのバイク組は先に報告するからと言ってデカベースへ戻ってしまい、あとはマシンブル・マシンドーベルマンの
2組が集まり始めていた。
 
「だめー、全然手がかりがつかめないよぉ」
「せめてアリエナイザーの特徴までわかればいいんだけど」
センとウメコが走りながらマシンブルとマシンドーベルマンを停めてあった場所に、戻ってきた。
「俺たちも手がかりほとんどナッシング」
自称相棒の口癖を真似ながら、ためいきをつくバン。

「あれ?ジャスミンは」
「それがまだ戻ってこないんだ……」
センがSPライセンスを開けて、ジャスミンの場所を確認すると。
「ポイント184にいるみたいだけど……」
「184?っていうか全然!離れてるじゃん!……何やってるんだよジャスミンは……」
「俺たち、もうすこし聞き込み続けてるから、バン、ジャスミン探してきてくれない?」
「ぶー!なんでバンなの?ウメが行く!」
予想通りウメコが噛み付いてきた。
458特捜戦隊赤黄14:04/12/30 21:50:08 ID:aEXfCyuf
(ウメコの言うこともわからないでもないけど、一応パトロールのパートナーは、バンとジャスミン。
そして、俺とウメコ。ボスからそう決められたんだから、しょうがないんだよ。それに……)
「まーまーウメコ……」
と言いながらセンがウメコに耳打ちする。(帰りに三ツ星ケーキ、こっそり食べに行こうよ)

「……じゃあ、しょうがない。バン、絶対ジャスミン連れて帰ってきてよねー」
「へーへー」(また食い物につられたな、ウメコ……)
と言いながら手をひらひらして2人の元から去り、ジャスミンを探しにポイント184へ向かった。

「ジャスミン、何処だろ」
SPライセンスに付属の通信機能で、大抵の場所の見当はわかる。あとはその場所に向かうだけ。
バンは、走り出した。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 ポイント184。
 実はポイント184はジャスミンが通っていた、中学校の周辺区域に当たる。
過去を捨てた。とはいえ、やっぱり見るのは、辛いもの。
「……忘れたいなあ」 ぽつりと呟く。
 でも、忘れられない。引き寄せられるかのように、ここに来てしまった、自分。
木枯らしが吹く中、彼女は公園のベンチに座り込んだ。
 目を閉じると、あの嫌な思い出が再び頭をよぎり始める……

 (ここかなあ……)
 小さな公園の前。SPライセンスを覗くと、ジャスミンの位置と自分の位置確認がピッタリ合致する。
公園の中に入るとすぐに彼女の姿が目に入った。
 (お、見つけた!)
「おーい、ジャスミ……」
声をかけようとした、その時。
―キィーン―
(また耳鳴りかよ……) 彼女の周りから灰色かかった霧が立ちこめ、彼女の姿を、隠した。
しばらくして、そこから現れたのは……

『後ろ髪を2つに分けて、耳を押さえてうずくまる、制服を着た女の子』
459特捜戦隊赤黄15:04/12/30 21:51:22 ID:aEXfCyuf
(また出てきたか……それより、ジャスミンは何処だ?)
 慌ててジャスミンがいたところに駈け寄ると、さっきまでいた女の子は、消え、
ジャスミンがベンチに横たわって、目を閉じている。
「ジャスミン!」 ジャスミンの元に駈け寄り、声をかける。
返事がない。……でも、胸も動いているし、息も……している。

「ジャスミン……おい、起きろってば、ジャスミン!」
(まさか死んでなんてないだろうけど……)

 ジャスミンは、その声に気付いて、耳から手を離した。振り返ると、そこには。
笑顔を絶やさない、まるで少年のような目をした、彼。

「バン……」
「さ、早くデカルームに帰ろうぜ。……寒くって……コーヒー飲みてぇよ……」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
「しっかし、よくここまで来れたよな……聞き込み……したか?」
彼女は首を横に振るだけ。
「そっか……、ま、たまにはそういうときも、あるよな!」

 ポイント184から260までは徒歩で15分かかる。2人は歩きながらポイント260に置いてある
マシンドーベルマンまで戻ることにした。

 街を歩くと、クリスマスのイルミネーションは片付けられ、今度は”ハッピーニューイヤー”、
”迎春”などの文字が並ぶ。通り過ぎる人も荷物を抱え、何かしらせせこましい。

「もう……今年も終わりか……」
「本当に今年はいろいろあったわね……」
「俺が来ちゃったから、事件も増えただろ?」
「んなこたーない……とは一概には言えない……」
「……そうだよなあ」
などと雑談を交えながら、ポイント260へ戻る途中…
460特捜戦隊赤黄16:04/12/30 21:53:28 ID:aEXfCyuf
「……茉莉花?」
「……え?」
「茉莉花だよね!?あたしよ!”ノリコ”」
「ノリちゃん……?」
「そうよー、もーう、すっごく久しぶりじゃない!」

 バンは一歩下がって2人のやりとりを、見つめていた。すると……(また来たかな……)
―キィーン―
 耳鳴りと同時に。2人のやりとりの真正面に、薄いフィルターを施したところから流れる”ビジョン”。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 同級生たちの心無い声に、ジャスミンがとうとう耐え切れず。
「ヤメテ!」

 ずっとうずくまっていた、ジャスミンが始めて叫んだ。
(さっきの、続きか……)
 昨日のセンの話、そして、バンらしいというか、もう耐性がついたようで、自分でも
冷静になんでこんなビジョンを見てるのだろうと、思いながら……。
 しばらくして、別の少女がやってきた。
「大丈夫?茉莉花」
 とジャスミンに声を掛ける。

 今しがたやってきたその少女はどうやらジャスミンを気遣っているようだ。
「ねえ、本当に大丈夫?」
 その少女がそう言った瞬間。バンの頭の中に信じられない言葉が流れてきた。

 (なーんか、一緒にいると疲れるんだよね)

 冷たく、突き放したような声が聞こえると、またバンの意識は現実に、引き戻された。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 はっと気が付くとまだ同窓会がどうのこうのと揉めている。
(まだ揉めてんのかよ……それにしても、ノリちゃんって、さっきの……)
461特捜戦隊赤黄17:04/12/30 21:54:20 ID:aEXfCyuf
 バンもさっきの”ビジョン”を見て、顔も声もはっきり覚えている、”ジャスミンの親友”だった彼女。
”ビジョン”から何年か経っているので多少大人っぽくなり、化粧はしているものの、昔の面影は残っている。

「だから、忙しいって断ったはず……」
ジャスミンは、本当に困っているようだった。
「ねえ、茉莉花……本当に同窓会、出ないの?無理なら日程ずらすからさ……」
 見た目より強引な子らしい。ジャスミンの表情が途端に暗くなる。

(昨日の電話はこのことだったのか……)

「私に合わせると、いつまでたっても日程なんか組めないわよ……」
「……でも、あれから全然学校に来なくて、いきなり宇宙警察学校に入っちゃって……心配してたのよ……あたし……」
心配そうな顔でジャスミンを見つめる”ノリちゃん”。

 そのやりとりを横目で見ていたバンに突如として、聞こえてきたのは。
”ノリちゃん”の表情からは想像もつかない、言葉。

(あーあ、メンドクサイ。社交辞令も疲れるもんね)
 愕然。きっと、直接伝わっていなくても、ジャスミンにはわかっているだろうに。

(なんだコイツ!やっぱり昔と変わってないじゃねーか!)
 その瞬間。また耳鳴りが始まる。
―キィーン―
(バ、バカ!なんでこんなときに限って……)
 再びバンの目に映る”ビジョン”。今度はいつの間にか、自分もその場所に入り込んでいた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 親友の女の子の本音の声が流れてきた瞬間。ジャスミンは、顔を上げて
「ノリちゃんだけは、親友だと思っていたのにっ……!」
 泣きそうな顔でそう叫ぶとそのまま階段を、駆け下りた。
462特捜戦隊赤黄18:04/12/30 21:55:25 ID:aEXfCyuf

「あ、おいっ、待てって!!」
 ジャスミンにはバンの姿など、見えていないのだから、気付くわけがない。
それでも、バンは、逃げるジャスミンを、追いかける。だって、声が聞こえるから。
―ツライ―
「ジャスミン!」 それでも、逃げる。バンは追いかける。まだ、声が聞こえるから。
―クルシイ―
「待てよ!」 やっぱり、逃げる。それでもバンは追いかける。声にもならぬ叫びは、まだ続く。
―タスケテ― 「待ちやがれーーーーーー!」
追いついた!そして、彼女に触れようとした、その瞬間――

 目の前が、真っ暗になり、バンの意識が薄れていく。
遠のいていく、意識の中で彼が見たものは、ジャスミンの、涙。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 ”ビジョン”が消え、バンが現実に戻ってきた瞬間。
気が付くと、バンの手は、ジャスミンの手を掴んでいた。そして、”ノリちゃん”に向かって、口から自然と出た言葉。

 「すいません……俺たちこれから仕事ですから」

 バンはそう言って、ぐいぐいと、ジャスミンを引っ張って、”ノリちゃん”からジャスミンを引き離す。
だんだん”ノリちゃん”が遠くなる。けれど、”ノリちゃん”は追いかけてもこなかった。

「バン……」
 声をかけても、バンは何も言わず、ずっと手を引っ張り続ける。早歩きだったはずが、いつのまにか走り出していた。

 ”ノリちゃん”みたいに強引だけど、彼の手から伝わってきたのは。彼の手の暖かさ。
そして、手袋をしていても聞こえてくる、声。
 (俺……ジャスミンのこと、何にもわかってなかった……ごめんな……)
 (バン……)
 バンはずっとジャスミンの手を取って、街を駆け抜ける。”灰色のビジョン”はいつの間にか消えていた。
463特捜戦隊赤黄19:04/12/30 21:56:35 ID:aEXfCyuf

「バン……」
 2度目の呼びかけ。
ぴたっと、バンが立ち止まる。背を向けたまま、彼がボソッと呟くようにこう言った。

「昔のこと、思い出したら、俺が助けてやるから」
 そして、また再びジャスミンの手を取って走り出した。

 結局、ポイント260に置いてあったマシンドーベルマンに辿り着くまで、2人はずっと手を繋いで、走った。
 (ありがとう、バン)
走っている途中で、ぎゅっと手を握った。その直後。
 「お礼なんて、いらねーよ」 照れたように、彼は呟いた。

――自分の気持ちがそこはかとなく彼に伝わっていることになんとなく気付いた、彼女。
 自分の気持ちがそこはかとなく彼女に伝わっていることに、まだ気付かない、彼。
 2人の気持ちが合わさる時間はそう遠くは、ないはず――

―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 そんな2人を遠目から見ている、蝙蝠と1人のアリエナイザー。

 『……いつになったら、”アイツ”を襲ってもいいんだ?』
 「まあ、そう言うな。タイミングというものが、あるんだ」
 『俺は”アイツ”に復讐したいんだ……兄貴の仇……』
 「またその台詞か。お前には無料で希望の商品を、提供してやるって言ってるんだ。私がいいと言うまで、待て」
 『……』
 (……こいつらが、共倒れになれば、デカレンジャーも終わり……今のうちに、仲良しごっこしておくんだな。カワイコちゃん)
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
464特捜戦隊赤黄20:04/12/30 22:01:38 ID:aEXfCyuf
 ポイント260周辺での、アリエナイザー目撃情報から2日。
バンたちは聞き込みを続けていたものの、犯人の特徴は未だに得られていなかった。
「今日もまた、聞き込みですか……?」
「ああ、地道な捜査も必要だからな、出動してくれ」
「「「「「「ロジャー」」」」」」

 各人それぞれ出動しようとした時。
「おい、バン」 「何すか?ボス」
「ちょっと……」
と、指でこっち来いと指示され、デカルームを出て、廊下で地球署のボス、ドギー・クルーガーと2人きりになった。
「なんか俺が配属されてきた直後みたいっすね」
「そういえばそうだな……それはいいとして、お前に頼みがある」
「え」
「実は、さっきのアリエナイザーの目撃情報のことだが。アリエナイザーの正体、もう見当がついてる」
「じゃあ、さっきなんでそれを……」
「ジャスミンが、どうして宇宙警察に来たか、知っているだろう?」
「知ってるに決まってるじゃないっすか。アリエナイザーに殺されそうになったところをボスに助けられたって……」
「今回のアリエナイザーは、ジャスミンを襲った犯人の双子の兄なんだ」
「…それじゃ、ベン・Gみたいに、またボスが狙われてるんじゃないですか?……それに、俺にどうしろと?」
「ジャスミンを、守ってやってくれ……もしかすると、ジャスミンを狙ってくるかも、しれない。
万が一ということもあるし。俺の鼻が、匂うんでな……」
「ボスは、どうするんですか?」
「自分の身は、自分で守るさ……」
「わっかんね…なんでジャスミンのことを俺に、頼むんですか?」
「俺の勘だ」
(そう言われちゃ、断りきれないっての)
ボスを見て苦笑しながら。
「ロジャー」と返事をして、バンは、デカルームに戻っていった。
465特捜戦隊赤黄21:04/12/30 22:02:45 ID:aEXfCyuf
 それを見届けて、ふうと息をつくボスに、後ろから
「あの子にそんな大役押し付けちゃって、いいの?ドゥギー……」
スワンが声をかけてきた。
「表面的にはお茶目を装っているが、まだまだジャスミンは、過去から吹っ切れていない。
完全に、吹っ切る為には、あいつが必要なんだ……」
「あなたがその役を引き受ければいいじゃない?」
「生憎俺はもう一線から、退いているからな……」
「バンもえらい人に目を付けられちゃったわね」
「俺のことか」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ボスと何の話、してたの?」
「……始末書、たまってるから早く書けってさ」
(本当のことなんて、言えないに決まってんじゃんか)
「嘘つきは、泥棒の始まりって、習わなかった?」
「え!……嘘なんかついてないぜ(ボソ」
「墓穴掘ってる」
「……」
「私のこと、守ってやってくれとか、言われたんでしょ」
「……なんでわかるんだよ」
もうお手上げだ。

「バンの考えてることが、わかるようになった」
「え?」
「……と日記には書いておこう〜」
「なーんだ、嘘か……びっくりしたあ〜」

 ジャスミンの変な言葉は本音のカモフラージュ。それに気付かないバンは、
(ああ、よかった)……本気でほっとしている。

 ついこないだまでジャスミンの周りに漂っていた灰色のビジョンはもう微塵も残っていない。
(バンがいれば、大丈夫かも……もしかしたら彼に惹かれているのかな)
 そう思いながら、2人はマシンドーベルマンに乗り込み、聞き込みの捜査に向かった。
466特捜戦隊赤黄22:04/12/30 22:04:54 ID:aEXfCyuf
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 「待ったかいがあったな……準備はできているぞ……」
 『やっと、あの女の顔を近くで拝めるんだな……』
 「思いっきり、やりたい放題暴れて来い……!これでデカレンジャーも、終わりだ」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 捜査に向かう途中、緊急警報が鳴る。
『ポイント260にアリエナイザーが出現した!すぐに現場に向かってくれ!』
「「ロジャー!」」
 SPライセンスを開くと、一番自分たちがポイント260に近い。

「やっとお出ましか」 「一気に、行くべし」
 はっと、バンは気付いた。
(そうだ。俺、この感じ……この”やりとり”が、好きなんだ)

――ヘルズ三兄弟にボロボロにやられたくせに「正義は勝つ」って言った俺に向かって、
 一番最初に、「バンに賛成、いくべし!」と言ってくれた時。
  ビスケスから階級章を取りに来いと言われ、ボスに止められても「地球署の意地です、必ず勝ちます」
 と言った俺に、いつもの彼女らしく「以下同文」って言ってくれた時。
 ……そういえばどっちもジャスミンだったよな――


 それから間もなく。バンとジャスミンポイント260に到着した。
そこにはマシンハスキーもマシンブルも、マシンボクサーもいなかった。人すら見当たらない。
 とりあえず、いつアリエナイザーが現れるかわからない、2人はSPライセンスを取り出して。
「「エマージェンシー、デカレンジャー!SWATモード、ON!」」


「本当に、ここにアリエナイザーが、いたのか?」
「わからない……」(でも…何か、おかしい)
2人はそれぞれ、通信マイクを使って、
「ウメコ?聞こえる?応答して……」 「相棒?テツ?何処にいるんだ?」
 返事が無い。
467特捜戦隊赤黄23:04/12/30 22:06:06 ID:aEXfCyuf
「ウメコ?」 「相棒!」
しばらくして、ジャスミンの通信機能にウメコからの映像情報が、
バンの通信機能にホージーから映像情報が転送されてきた。

 ウメコからの映像情報は、イーガロイド4体……いや、6体ぐらい。
ホージーからの映像情報には、イーガロイド4体……バーツロイドが10体くらい。テツもちらりと映っていた。

「……足止めを食らってるってことか?」
「敵は、あたしたちのどっちかが目的?」
その時。2人に向かって、遠くから叫ぶ男の声。

『お前が……礼紋茉莉花だな!』
「どちら様……?」
『俺の顔を見たら、すぐに思い出すと思ったんだが……』

「!……あなた……もしかして」
バンのおかげで綺麗さっぱり消えていた過去が再びジャスミンの脳裏に、フィードバックされる。
それと同時に。
―キィーン……
バンの耳鳴りが始まった。途切れ途切れにビジョンが、バンの瞳に、映る。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 <雨の中、逃げるジャスミン>

『そう、何年か前に、お前を殺そうとした男の”双子の弟”……』
ジャスミンはSPライセンスを開き、クライムファイルを検索する。

 <若い女性を燃やし尽くすロチイに瓜二つの男>
 <それを発見してしまう、ジャスミン>

「トモカオ星人ロチイ……20の星で猥褻殺人の罪で逃走中……それに100の星で若い女性を次々に殺人し、
○年前にデリートされたトモカオ星人オロジの双子の兄……直々にお出ましだなんて、どういうつもり……?」
”猥褻”という卑猥な言葉を目にしただけで、ぞくりと背筋が凍りついた。
468特捜戦隊赤黄24:04/12/30 22:07:23 ID:aEXfCyuf

 <男に見つかって、首を絞められそうになっている、ジャスミン>

 ”ビジョン”はそれ以上、バンの瞳に映ることはなかった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 ジャスミンが冷静に話をしようと努めているのはバンにもわかる。でも……声がうわずっている。
(……ビジョンが途切れ途切れなのは……動揺する、ジャスミンの心と”リンク”しているからか?)
焦りながらも、バンはいつもの調子で、相手に突っかかる。
「一体……何が目的なんだ!」

『礼紋茉莉花に、”復讐”しにきたのさ……、いや……礼紋茉莉花というか”ドギー・クルーガー”にな!』
そう言うと、ロチイは一瞬消えたかと思うと、いきなり2人の前に瞬間移動してきた。
「ぐあっ!」 「きゃあっ!」
 不意を突かれ、2人続けて力強く胸を蹴られ、吹っ飛ばされた。
ロチイは、再び瞬間移動して、最初にいた場所に、戻る。余裕綽綽のようだ。

「うっ……」
「畜生、ジャスミン!大丈夫か?」 「……」
 バンはよろめきながらも、立ち上がり、ジャスミンに声をかけるものの、動かない。
あの一発でかなりのダメージを受けたらしい。……SWATモードじゃなかったら、
一発でデカメタルが解除されるくらいの……力。

「どうした?もう終わりか……」 ロチイが不敵な笑みを浮かべてこっちに近づいてきた。

『ジャスミンを、守ってやってくれ』 ボスから頼まれた、一言を思い出す。

(俺は……ジャスミンを、守る……!)
「これで、終わりなわけが……あるかぁ!……うぉぉぉっ!」
「バン!」
D−リボルバーを発射しながら、ロチイに近づくバン……しかし。
 再び、ロチイの姿が消えた。
469特捜戦隊赤黄24:04/12/30 22:10:58 ID:aEXfCyuf
「なに?」 姿が消えたのに反応して、立ち止まる。
「甘いな」 再びキックを後ろから浴びた。
「うわあああああ!」
 背中から、強烈な痛みが走り、そのまま ―デカメタル(変身)、解除― 
その場にバンはうつ伏せになって倒れた。

「……貴様、それでもデカレンジャーか?……相手にもならんな」
ロチイはぎりぎりと、バンの背中を踏みにじる。
「ぐあああっ……」
 変身していない状態で、アリエナイザーの直接攻撃を受ける
肋骨が、折れたような音を初めて聞いた。
(ジャスミン……) 意識が朦朧となりながらも、それでも気になるのは、ジャスミンのこと。

「やめなさい!」力強い、声と共に、D−リボルバーの発射音が鳴った。
それまでバンの背中を踏みにじっていた、ロチイが一瞬たじろいだ。
「なんだ……お前……まだ元気だったのか……」
「バンから……離れなさい!」
「……言うとおりに、してやるよ」 ニヤッと笑い。また消えた。

「消えた!?」 「ここだよ」
声がする方向……、上を見上げると。
ロチイが急降下してきて、ジャスミンの肩を蹴り飛ばす。
「きゃああっ……」 (しまった!)
弾みでD−リボルバーを離してしまった。

 そのまま倒れながらも、起き上がろうとしたジャスミンの目前に、映るのは。
さっきまで自分が持っていた、D−リボルバーの銃口。
「……形勢逆転にも、ならねえな」
ロチイはふん、とリボルバーを振り上げ、容赦なくジャスミンの胸にぶつける。もう声も出なかった。
―デカメタル(変身)、解除― 
470特捜戦隊赤黄26(↑は25です):04/12/30 22:12:09 ID:aEXfCyuf

そのままジャスミンも、倒れてしまった。
「お楽しみは、これからだ」 (何、言ってるの……こいつ……)
 バンも薄れた意識の中で、一部始終を見ていた。2人とも変身解除してしまい、手も足も……出ない。
残されたのは……腰元にある、SPシューターが最後の武器。
(まだ、動ける……こいつでなんとか!)
体が痛い。でもそんなこと言ってられない。手探りで、SPシューターを探しだす。
(見つけた!) シューターを握った瞬間。

「抵抗しても無駄だ!デカレッド!」 「誰だ!」
蝙蝠の大群。大群が一つにまとまり、そこから現れたのは……
「……エージェント・アブレラ!」
ジャスミンが叫んだ。
「ごきげんよう、カワイコちゃん……。でも、残念ながら、今日の君のお相手は、私じゃない」
「何ですって?」
「そこにいる、ロチイに、ゆっくり可愛がってもらえ!」
そう叫んで、ロチイに顎で合図をする。
「……」
ロチイの眼光が、さっきよりもぎらついた。

(まさか……こいつ……)
さっきクライムファイルで目にした”猥褻”の文字。それが現実のものに、なる。
段々、近づいてくるロチイ。ジャスミンの体は、動かない。
「いや……」
人間体だったロチイの上半身はいつの間にか、蟷螂のような、形態に変化していた。
(これが、トモカオ星人の……正体)

 バンにもロチイがジャスミンに何をするのか、察知できた。
(何とかしないと!) ぐっ、とSPシューターを握り締めた瞬間。
「邪魔するなと言った筈だ!」
「うあっ……」 びりびりっと、その手に衝撃を受け、SPシューターが飛ばされた。
471特捜戦隊赤黄27:04/12/30 22:14:50 ID:aEXfCyuf
「今から、楽しい楽しーい”寸劇”をお前にも見せてやろうって言うのに、自分から放棄するなんて……もったいない」
「そんなもん見たくねえ……!どけ!この蝙蝠野郎!」
「相変わらず、口だけは達者だ……ふん!」
背中を足で踏まれ、再び、激痛が走る。
「うわあああ……」
また肋骨が折れるような音が聞こえた。
「ゆっくり、私たちはここから、観客として楽しもうじゃないか。なあ……デカレッド」

(体……動かねえ。俺、ジャスミンを守るつもりだったのに……それにしてもなんで……相棒たちは来ないんだ……)
 
 本性を現したロチイの息が荒くなる。苦しいとか、疲れているとか、そういうのではない。
目の前にある、獲物をどうしようかと、期待と喜びに溢れ、興奮するかのような、喘ぎ。
「ぐへへへ……目一杯可愛いがってやるよ」
もちろん、獲物は、ジャスミン。
(助けて) 体も、心も。恐怖におののいてしまって、動けない。
 バンをふと一瞬見やるも、あのバンですら攻撃にやられ、その上アブレラによってがんじがらめにされている。
それでも……
「バン……助けて!!」 叫ばずにはいられなかった。……しかし、
「もう遅いんだよ」
ロチイが、ジャスミンの前に、立ちはだかり、無理矢理ジャスミンの服を、切り裂く。
「”寸劇”の始まり始まり……」 アブレラが、楽しそうに、呟く。

「……いやああああああああっ!」
「ジャスミン!!」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
 鉄工所の主が帰ってくるのを待っていたドギー。
「はい、ドゥギー」
 いつの間にか帰ってきた、鉄工所の主、白鳥スワンからコーヒーを差し出され、
ドギーはもらっておくと言ってカップを受け取った。
「ジャスミンのところに行ってきたわ……」
「それで、様子は?」
スワンは首を振るだけだった。そうかと、ドギーはうなだれる。
472特捜戦隊赤黄28:04/12/30 22:16:16 ID:aEXfCyuf
「俺の判断ミスだ……。まさかエージェント・アブレラが絡んでいたとは……」
「結局、アブレラは?」 「取り逃がした」 
「そう……」
溜息をつきながら、スワンが呟いた。
「ジャスミンだけじゃない。きっと、バンも、辛いはずよ……」
「ああ……」 2人は、それ以上何も言わなかった。


 ホージーやセンから、ポイント260に辿り着けないとの通信を受け、
(何かおかしい) と思ったドギーは単身で260に乗り込んだ。
 ジャスミンの悲鳴で2人が何処にいるのか、すぐにわかり現場に駆けつけ、其処で目にしたのは。

 アブレラに足蹴にされているバン。そして、ロチイに”凌辱”されている……ジャスミンの姿。
もちろん、服は全部切り捨てられて。
「なあ……お前……いい体、してんな……たまんねえよ……」 ロチイの喘ぐ声。
「やめ……て……」
 いくら宇宙広しといえど、地球人外の者と地球人が繋がっている図はなんとも言い難い。異様。
 ジャスミンの、消えそうな、か細い声。
ロチイは何も言わず腰を振り続け、ジャスミンは、抵抗も出来ず、されるがまま……

「やめろ!」 ドギーが来たことに、気が付いたアブレラが、ふふんと鼻先で笑いながら。
「なんだ……ドギー・クルーガー……お前も”見物”に、来たのか?」

「……エマージェンシー……デカマスタァァ……」
 そのままドギーは変身し、先にデリート許可が降りていて、愛戯にいそしんでドギーの存在に気付かなかった
ロチイを真っ先にデリートした。その時点で、もうジャスミンの意識はなかった。

「ふん、こいつらはもう死んだも同然だ……地球署の終わりも近い……」
アブレラは、そのまま吐き捨てるように、消えていった。
 ”あの時”と同じように、ドギーはジャスミンの命を救いはしたものの。
”あの時”とは違って、虹の空は出てこない。
そればかりか、ジャスミンが受けた、ダメージは、底なし沼のように、深い。
473特捜戦隊赤黄29:04/12/30 22:17:30 ID:aEXfCyuf
 結局、敵をデリートしても、救われた者は誰一人として、いなかった。
(すまない……)
ドギーは心の中で呟きながら、意識がなく、裸で横たわるジャスミンに、毛布代わりに自分の上着をかけてやる。

「ボス……!」 それからホージーたちが駆けつけたのは数分後のことであった。
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 次の日、デカルームでは、報告書をまとめる為、バンとジャスミンを除く4人が机に向かって、この事件を振り返っていた。
「トモカオ星人、ロチイ……まだ現役だった頃のボスにデリートされた、オロジの双子の兄、か」
「オロジのパンクライムファイルを読んでいると、若い女性を次々に、”焼失”させていたって
載ってますけど。今回の兄の行動は……弟のそれとはまったく違うじゃないですか……」
 テツだって、まだ若い。直接的な表現は避け、皆に尋ねた。

 無言でホージーが壁面の端末に向かって、確認する。
「トモカオ星人の若年層は火を操ることができるらしい。……もっとも、暴走をすればオロジやロチイのようになる。
若い頃は相手を焼失化させることによって、快楽を見出し、年をとる毎に段々それにも飽きてきて、己の欲望……
ロチイの場合だと、”性欲”に正直になり、性欲を満たした後で女性を殺害することに”快楽”を覚えていたのかもしれない。
……もっとも、もうロチイがいないのだから調べようもないがな……」
「それで、自分の兄をデリートした、ボスに恨みがあって」
「ボスが助けたジャスミンが、同じ地球署にいると知って」
「ジャスミンにあんなこと……したんだ……ひどい……ひどいよ」 ぐすぐすっと、ウメコが再び泣き出す。

「今日はジャスミンさんの様子、どうでしたか?」 ウメコは首を横に振って、
「駄目。全然目を覚ましてくれなかった。”起きて”って、何度も呼びかけたけど……」
「そうですか……」
 あれからずっと、ジャスミンは眠り続けている。体は多少の打撲傷があるものの、眠りから、覚めない。
脳波等を検査しても異常は見つからなかった。まるで自ら心を閉ざすかのように……

そして、いつその苦痛が消えるのか、誰にもわからない。
 刑事の前に、ジャスミンは、一人の女性なのだという事を改めて痛感させられる。
474特捜戦隊赤黄30:04/12/30 22:18:34 ID:aEXfCyuf
 刑事の前に、ジャスミンは、一人の女性なのだという事を改めて痛感させられる。

「……ロチイよりも、アブレラが絡んでいたことの方が重要だ」
「ロチイの逆恨みを利用して、地球署潰しにかかったってことですよね」
「俺たちをポイント260に行かせないように、わざとイーガロイドたちを俺たちによこしたりなんかしちゃってるし……」
「あいつ……本当に、一体何者なんだ……」

 わからないものは、わからない。結局、そこで話が止まり、皆、無言になる。
そんな沈黙を破るかのように、テツが、口を開いた。

「……俺、先輩の様子、見に行ってきて、いいですか?」
「まだ、面会謝絶のはずだ。……意識もまだ取り戻していない」
「でも、心配なんです」
「テツ。気持ちはわかるけど。もうちょっと待ったほうがいいよ」
「……わかりました」 納得いかない顔をしながらも、センの言うことを聞くことにした。
(先輩……目が覚めたら、いつものようにバックドロップとか、してくれますよね……)
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「ジャスミン!」
 そう叫んだ後、急に意識がなくなり、いつの間にか、バンの意識は、ふわふわと、どこかを彷徨い続けていた。
(俺、死んだのか?……別に、もう、死んでもいいかな)
 彼女を守れなかった、自分の無能さに気が付いて。もう彼女に会わせる顔が、ない。

(なんか……聴こえる)気が付くと。いつもの耳鳴り。彼女の声が、途切れ途切れに流れてきた。

<……ら、死ぬんだ……それでもいいかな……みんな私の事、……るし、
……なんて……いらないし……死んでも……いいや……>

(俺たち、一緒のこと、考えてるな……)
「ジャスミン……」
 目の前にいない、彼女の名を呟くと、意識がふっと遠のいた。
475特捜戦隊赤黄31:04/12/30 22:19:57 ID:aEXfCyuf
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「あ……」 見たことのある、場所。
「大丈夫ですか?やっと気が付かれましたね……おい、署長に連絡しろ!」
「俺……」 「メディカルルームで寝るのは、初めてでしたよね、赤座さん」
 メディカルスタッフに声をかけられそっと布団から手を出して、じっと見つめる。
手には包帯が、ぐるぐると巻かれていて、ちくりちくりと痛みは残っている。
アブレラから受けた傷の痛みで生を、実感するなんて。
(皮肉なもんだな……) ためしに、聞いてみた。
「今日って……何月何日?」 「もう……年明けちゃいましたよ……1月2日です」
「ごめんな……新年早々から」 「いいえ。毎年こんなもんですから」
笑いながらスタッフは答えた。
(嘘付くなよ……俺が来る前なんて、ほとんど事件がなかったくせに……)


 ボスとの面会が終わり、しばらくしてからセンとテツがバンの病室にやってきた。
「先輩がずっとあのままだったらどうしようかと……思ってたんですよ……」
「気が付いて、よかった」
「センちゃん、テツ……」
 笑いながら声をかける。でもその笑みは2人が見ていて痛々しいと思った。
 顔面には大きな絆創膏。左腕は三角巾で固定され。上半身や腕は包帯でぐるぐる巻き。
手は無数の傷が残っていてとてもじゃないが絆創膏じゃカバーしきれない為、そのまま消毒液を塗られた跡が残っている。
 もちろん、体が動かないので、寝たまま。
 一通り、自分たちも結局アブレラの罠にはまって、ポイント260に辿り着けなかったこととか、
ロチイはボスにデリートされたんだとか、バンに伝えた後……。

「……ジャスミンは?」
「それが、まだ意識が戻ってないんだ」
「そっか……」 それを聞くと、笑みが消え、そのまま黙り込んでしまった。そのまま黙り込むこと数分間。

 バンが口を開いた。
「俺、ジャスミンを守れなかったのに。それなのに……さっき、ボスから無茶なこと、言われた……」
「何を言われたんだい」 センが尋ねる。
476特捜戦隊赤黄32
「”俺には、あいつを救えなかった。頼むからあいつを救ってやってくれ”ってさ」 自嘲気味に答える。
「あいつ助ける資格なんか……もう俺にはないって何度か言ったのに……」
痛々しい右腕で、顔を隠す。そこから、流れてきたのは……・一筋の涙。そして。
「なんでだよ……」ぽつりと呟いた。

「バン、もう、眠ったほうがいい……」 それ以上、声を掛ける言葉が見つからなかった。

「先輩が泣くの、初めて見ました……」 「そうだね……」
 メディカルルームからの帰り道。テツが口を開いた。
「それにしても……まさかセンさんが来るとは思わなかったです」
「俺だって、バンのこと心配だったからね」
「……というより、誰も来ないだろうと思ってました」

「ウメコはしょうがないよ。彼女だけは常にジャスミンの側にいてあげないとね……同じ女性だから。
ホージーは……まあ、”相棒”だから」
「”相棒”だから、何ですか?」
「……バンのこと、彼なりに信じてるんだよ。一人で立ち直るだろうって。
俺は、バンのこと信じてないわけじゃないけど、やっぱり心配だった。だからテツについてきたんだよ。
……でもあの調子を見てると、立ち直れるかどうかわからない」
 センはそう言って振り返って病室の方を見つめる。
「センさん……」

 信じて見送る者。心配して会いに行く者。立場は違えど……人を思う気持ちは同じ。
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 ロチイによって、服を切り裂かれ、露になった、彼女の体。
彼女の悲痛な叫びも、俺の止めろという叫びも何度となく空を抜けた。

 彼女は舐めるように見つめられ、そして体中を本当に舐められ、また彼女は叫んだ。一方的に、”犯され”続ける彼女。
 俺はそれを、見ているだけしか、出来なかった。せめてもの懺悔だと思って、見ないようにしようと思った。
 でも、目を逸らそうとしても、その都度蝙蝠野郎に邪魔をされ、俺の顔を動かして、あれを見ろ、
目をしっかり開けてなと耳元で囁く。
 それでも、何が何でも彼女の姿を見ずにこのままわざと眠ってやろうかと思った。