1 :
名無しさん@ピンキー :
04/01/06 13:50 ID:9F78fGLc
スザー
48氏、テンプレ有難うございます。ちょっといじってしまいすみません。 とりあえず保守がてら前スレの続き投下。 オリキャラ出てくるので苦手な方スルー頼みます……って元々妄想全開だから、そういう人とっくに見限ってるよなあ多分。
いつもの街角 〜Stand by "you″〜 <前編> 潮風が脂気の少ない髪を持ち上げ散らばらせる。 目に掛かる分だけを指先で除け、アズリアは水平線を眩しげに見据えた。 「この匂いともお別れ、か」 自分で言っておいて感傷に過ぎると苦笑する。 「隊長。出港準備、全て完了しました」 「ご苦労」 生真面目な敬礼をするギャレオを労い、ふと笑みを浮かべる。 「何か言いたそうだな?」 「は、いえ」 いきなりの台詞に少々うろたえた様子だったが、 「……自分はやはり上層部の決定には不満があります」 アズリアからの答えはない。 「仮にも正式部隊を率いていた隊長が、何故聖王国との国境警備隊などと……。 あそこは退役直前の兵士がまわされる、いわば閑職ではないですか」 「そう言うな。軍属を剥奪されなかっただけましだと思わねばな。 それに何処であれ、国を守るという仕事に変わりはない」 「……せめて、彼女の証言があれば」 「ギャレオ」 制止に会話が途切れる。
戦いの後、帝国に戻ったアズリアは軍へと報告書を提出した。 『秘密裏に運んでいた品を海賊の襲撃の際海へ沈めてしまった上、 嵐で部隊全壊させた無能な軍人』としての報告書を。 それは『忘れられた島』のことは一切書かない、ある意味捏造もので、 ばれたらそれこそ軍部に強大な影響力を誇るレヴィノス家でも傾ぎかねない。 しかし、そう判っていても、あるいは軍人としての倫理に反してでも。 「あの島はそっとしておくべきなんだ」 島の住人のために。彼らを護りたいと願う親友のために。 「なあ……私は、間違っていると思うか」 ―――自分のやったことが絶対に正しいとは思えない。 死者より生者のことを考えて、などというおためごかしは口が裂けてもできるものか。 「……自分は、アズリア隊長にどこまでもついていきます」 「うまく逃げたな?」 「い、いえ、そのようなっ」 慌てる様子がおかしくて、ついふき出してしまう。 死んでいった兵たちに、彼らの遺族にどのような償いが出来るのか分からない。 (イスラ……お前にも、結局何もできなかった) 分かり合うことのなかった弟への悔恨が胸を噛む。 だが、これは自らが選んだ道。ならば進むしかないのだろう。 「さあ行くか」 「はっ」 本日は晴天。まさに旅立ちに相応しい日和である。
学術都市の名で呼ばれるベルゲンの街には、学校や美術館、古書店などが軒を連ねている。 中心街にほど近い図書館に、ビジュの姿があった。 島から戻ったビジュは謹慎を言い渡された。処分が決まるまでの猶予期間というわけだ。 逃げる気は起きなかった。 監視があったから、だけではない。 甘んじて処罰を受ける気になった、というのも正しくない。 どちらかというと「好きにしやがれ」という半ば捨て鉢な気分からだった。 どうせ次にへまをすれば軍法会議かけられる身だったのだ。 第六部隊への配属もアズリアへの嫌がらせに使われたに過ぎない。 イスラの誘いに乗った時から―――いや、それよりも前から、 いつかこうなるんじゃないかという予感はあった。軍はそれほど甘い場所ではない。 終わりを沈黙のまま待ち、 そしてついに呼び出しがあった。 「こっちだ」 案内された場所にビジュは戸惑う。 てっきり裁判所かもしくは処刑場へ一直線、というのも考えていたのだが 何故か連れてこられたのは士官用の執務室。 先導役の兵士がドアを開け、行けと合図する。本人は外で見張りをするらしい。 部屋へと入り、困惑は更に深くなる。 中にいたのは二人。うち一人、脇に立つ女はよく見知った顔だった。 アズリア・レヴィノス。かつての上官。 そしてもう一人、執務机の前に腰掛けた男は。 「元第六海兵隊所属、ビジュだな。私はレヴィノス将軍―――アズリア、イスラの父親でもある」
一瞬呆ける。次いで疑問符が頭の中を掻き回す。 レヴィノス家といえば、数々の有能な軍人を輩出してきた名家。 そこで現在将軍職に就いているのは……目の前の男。 「何の、用ですか」 「君の処分についてだ」 男の声は冷淡な程に落ち着いている。 続ける内容は簡単なものだった。 情報漏洩の件を不問にする代わりに、軍を辞め帝都から離れる事、及び島での事件について沈黙を守る事。 つまりは生かしといてやるからイスラの、レヴィノス家の人間が起こした 不祥事については口を拭え―――そういうことだ。 「判っているとは思うが、君は選べる立場ではない」 沈黙を続けるアズリアを盗み見る。 アズリアは俯き、拳を微かに震わせていた。 不正を嫌う彼女が、どんな心持ちでこの場に立っているのか、それだけで見て取れる。 男が冷ややかな眼差しを向け返事を促す。 ああそうだ。選択の余地なんてありゃしない。 「……承知しました」 吐き出すように言うと、男はこれで終わりだとでも言うように顎をしゃくる。 出て行け、ということらしい。 敬礼をする気にはなれなかった。そのままきびすを返し、 「―――私は」 それまで一言も発しなかったアズリアが、突然口を開く。
振り返ると絨毯を睨みつけたまま肩を震わせていた。 「私は本部へ報告する前に、まず父へと事のあらましを説明した」 男の表情は変わらない。アズリアは、 「……それだけだ。引き止めてすまなかった」 懺悔なら別の人間にした方が良いだろう―――それとも、もう二度と会うこともないだろうからか。 制服及び階級章の返還。それに三十分ばかりの事務処理で全て完了。 何だかんだで十年以上付き合ってきた場所に別れを告げるのに、何も感じなかったと言ったら嘘になる。 その感情を振りきるように住処を引き払い、ベルゲンへとやってきた。 この街を選んだのに特に理由はない。単に大きな街の方が職が見つけやすいからだ。 図書館の警備員というのも、退役軍人によくある再就職コース。 贅沢さえ望まなければ充分暮らしてゆける。 たった半年だ。島での時間を入れても一年に満たない。その間に随分と変わったものだ。 「兄さん、交代だよ」 声を掛けられ我に返る。西の空が赤く染まっていた。丁度夜警への引継ぎ時間だ。 「ああ、じゃあな爺さん」 「お疲れ」 同じく軍人だったという老人は、左足を軽く引きずりつつ門へと立つ。 帰り支度をしようと廊下を歩く。 図書室にはまだ来館者が残っていた。時間ぎりぎりまで居座るつもりなのだろう。 ガラス越しに見えるのは学生らしき姿。熱心なことだ。 ふと、鮮やかな色彩が目を捕らえる。 夕日色の髪が、よく似た女を思い出させた。
馬鹿々々しくなって頭を掻いた。 赤毛の女なんか、いくらでもいる。それに彼女がここに居るはずがない。 女はカウンターで司書から本を受け取り、鞄に詰めようとしている。 よしんば『彼女』だったとして、それでどうする。挨拶? そんな間柄ではあるまいに。 視線を引き剥がし、奥へと向かいかける。 女が外へ出ようと身をこちらへまわし、 見てしまった。 もう少し早く行動していれば、或いは女が歩きながら鞄の口を閉めるなんていう無作法な真似をしなければ。 時間にして一秒足らず。互いに動けなくなる。 女の手がおろそかになり、鞄が滑り落ち、 「え……わわっ!」 女―――アティが中身を派手に床にぶちまけるのを見て、何故だかビジュは逃げたくなった。 十数分後。アティとビジュは夕暮れのなか連れ立っていた。 結局あの後ビジュは散乱する本拾うのを手伝う羽目になった。 やりたくはなかったが、情けなくも司書の無言の圧力に根負けしたのだ。 それから帰り支度を済ませたら外にアティがいて、こうして駅までの道を歩いている。 会話はない。 元々こういうのが合う関係ではないのだ。 身体は重ねたが、それだけの。 だがさすがに耐え切れなくなったのか、 「でも、貴方がここにいるなんて思いませんでした」 「それはこっちの台詞だ。テメエ島に残るんじゃなかったのか?」
特に聞いたわけではないが、そういう雰囲気が出来ていた気がする。 「それも考えたんですけど……『似非』じゃなくて、本物の医者になろうと思って」 アティがふいにくすくすと笑う。 「貴方に言われたの、あれ結構応えたんですよ」 「そりゃどうも」 かけらも謝罪のない相槌だが特に気にした様子もない。 「あの子たちを見ていたら、もう一度学んでみたくなって。 考えてみると、学生の頃は面倒みてくれた人や奨学金のことがいつもどこかにあったから。 今度は誰かのためじゃなくて、自分のためだけに勉強したいな、って」 赤い髪が夕日を受けて一層映える。 「で、生徒ほうりだして出てきたわけだ」 「……少しは歯に衣着せてくれませんか。大体ほうりだしたって何ですか。 しっかり基礎は教えて、ヤードさんへの引継ぎもしてからこっち来たんですけど」 むくれても大して迫力出ないのは童顔だからか、本気では怒っていないからか。 視線がどこか遠くへと向かう。 「……それから、少し皆から離れることにしたんです。 あのままだと私『守る』っていうことを押し付けてしまいそうだから」 「剣は」 アティは黙って自らの腕を握る。 「多分、一生付き合わなきゃいけないでしょうね」 「……そうか」 過去を完全に消すのは不可能に近い。逃げようが立ち向かおうが、どちらにしろついてくるもの。 胸に溜まる想いも。それを吐露した夜も例外ではなく。
「路線どっちですか」 「上り……っつうことは反対か。やっとお別れだな」 「どういう意味ですか」 ざわめく人ごみ。黄昏に染まる景色に滲む人影。 「……あの図書館で、警備員してるんですよね。今日まで知りませんでした」 「ああ。テメエはよく来るのか」 「予備校が近いから」 その先の言葉は。 例えば、友人か恋人のように再会を約束するのには、互いの感情は曖昧過ぎる。 だから。 「また会えるかもしれませんね」 そう。それ位不確かなほうが相応しい。 「じゃあな、アティ」 「ええ、さよなら」 それは、過去を持つ者同士の馴れ合いでしかないかもしれない。 だからといってそれが幸せでないなんて、誰に言い切れるのか。
12 :
名無しさん@ピンキー :04/01/06 14:16 ID:9F78fGLc
よく考えたら、即死判定あるので上げた方がいいですよね。 見てる方支援頼みます。
スレ立ておめ+即死判定回避age+警備員ビジュ萌え
14 :
名無しさん@ピンキー :04/01/06 17:35 ID:k/Xly/Kr
15 :
名無しさん@ピンキー :04/01/06 18:58 ID:2KhuSqqc
スレ立て乙ー。
16 :
名無しさん@ピンキー :04/01/06 21:53 ID:5aQL6NRj
保守age
『184』 ひゅうひゅうとおぞましい気道の洩れるような音が絶えず鳴っている。お夏の友に なろうと差し伸べた手を払って、怒りに躰が満ちた瞬間の開放感をイツ花は思い出す。 それが罪だったことを知る。黄川人の音を聞きながら。 『わたしたちは、イツ花さまの躰のなかで、あたたかい波動に安らいでおります。 怨霊にならずに済んだのです』 「夕子!夕子!ゆうこおぉおおおぉぉぉ――っ!」 胸を掻き毟りながら黄川人は咆え、禍々しく伸びた爪が胸の布を裂き、肌に食い込ませて 血をしぶかせ臙脂の狩衣を濡らす。緑青色の龍の紋様が黄川人の血を啜る。 『そんなことない。そんなことないようッ!そんなことのために、みんなは咲いたんじゃない! 咲いてたんじゃないでしょうにぃ……!咲いていたのでは……』 掛かる封印に抗って上目遣いに鋭い眼光で、うずくまるイツ花を跨いで、福朗太を射抜く。 『イツ花さま……?イツ花さまッ!』 そして天上を束ねかねて、災厄を招いた元凶として太照天の存在を黄川人は見ていた。 『ああぁあああッ!あ、あっ、あああぁぁぁ――ッ!』 イツ花は這いつくばりながらも、自分であったかもしれない歪む弟を見た。ふたつの粗金は 乖離した。 「うわあぁあああああああ――ッ!」 少年の華奢な躰が反り返って、咆えた口からは――、歯の全てが細く尖り、伸びて 銀灰色に鈍い闇の向こう側の光を放ち始める。 『イツ花さま、イツ花さま……!』 「イツ花、大丈夫ですか!イツ花!返事をなさい!」 『わ、わたしはお夏を赦せなかったの!どうしても!どうしても、赦せなかったあぁぁぁッ! 大江山を焼いた焔使いのお夏。綺麗だといったのよおおおぉぉぉっ!わたしに、 大江山を灼き尽くした焔を!きれいだと言ったのよおぉぉぉ……』――みんなの幸せが。 神々に囲繞された地と信じて集った、民の住まった小さな都が一夜にして消えた。 「イツ花がこわれてしまう……!福朗太!福朗太!」
『185』 「いけません!動いてはなりませんッ!ええいッ!卑弥呼!卑弥呼おぉおおおおおおッ!」 鎮守ノ福朗太は取り乱しそうになる夕子を制し、黄川人に背を向きそうになるのを必死に 堪えている。封印が掛かり始めているからといって、この場で主の守り役を放棄する ことまかりならず。そして……イツ花の躰は顫え、黄川人は手で胸を刳りはじめる。 「昼子を!我らが、イツ花を亡くしては意味がないのです!だから、のきなさいッ、福朗太! 聞き分けなさい!」 「があッ!がッ!あ、あぁぁぁッ!」 上がる煙を迸る血で打ち消していく。 『ともだちになろうとしてくれたお夏に気持ちをぶつけて、わたしは怒りに身をまかせ、 爽快な気分になってしまっていたの……!』 「なりませぬ!なりませぬ!」 神格最上位の夕子の手の凄まじい力で指頭が食い込んで福朗太を責めるが、翼を いっぱいに拡げて夕子を黄川人の妖気から遮蔽する。その間にも、黄川人の妖気が 烈しさを増して福朗太へ襲い、戦において一度も羽根を抜かれたことがなかったのに……、 熱風が翼から毟り取っていっていた。 『その力、善きことに使ってくだい』 『善きこと。このわたしが……?』 「福朗太、そこを!いますぐに、退くのです!のきなさいッ!」 夕子の手が福朗太の白い翼を掴む。紛れもなく、子を案ずるだけの母の姿になる。 「しずかに――ッ!しっかりと、お役目、全うなさりませいッ!あなたさまが動転して いかがされますかああッ!みなの苦労を水泡に帰するおつもりですか!昼子さまを信じなされよ!」 いつもは温厚な響きの声音。福朗太の厳しい口調が夕子の胸に突き刺さった。 『わたしは善なんかじゃない!あなたたちを皆殺しにした……、いまは神々に組して……いて、 生きているの。生きているのよ……!』
『186』 『イツ花さま――、生きたいのです……』 触れずして、掛かる封印に抗いながらも、黄川人が放つ妖気だけで攻められ。 『われらは生きとうござります、イツ花さまとともにいさせてくださりませ』 福朗太の白き羽が床を舐めて天井を摩すり、吹雪のように舞っていた。夕子の目の前にも 福朗太の羽根が降る。 「お風……や、皆の者は、あなたさまに集い、祈りを捧げておるのです!おわかりか!」 福朗太は封印が掛かり始めた黄川人をしっかりと見据えて夕子に想いを語る。敵対者を 見くびらずに主を守るべく、持てうるすべての力を解放した。弟の妖気にあてられて 蹲っている目の前の昼子の存在も捨てることはできない大事と知りつつも。 余裕などなく、歯を食いしばって夕子の盾となる役目だけを遂行することしかできない 未熟さに歯軋りをし、引き擦り込まれて往った仲間に詫びる。夕子の掛かる手の力が緩んだ。 「ぐわあぁあああッ!あ、あっ!あぁああッ!」 黄川人は両腕を後方に流して伸ばし、躰を丸くした。強張った両手を水落ちにやり、 何かを取り出すような仕草をしていた。 「おわかりいただけましたか、夕子様」 イツ花の妖気を凌いで丸まっていた躰が、もぞもぞと動きだす。しかし安堵して見る ことすらままならないのが現状、歯を食いしばったまま隙を見せるわけにはいかない。 『母さま、昼子はなんともありません……』 イツ花は手を握り締め拳を付いて起きあがろうとしていた。イツ花としてではなく、 昼子として太照天・夕子を守ろうと肚を括った。 『お、お風はどうしました……、昼子!』 お風を案ずる夕子の私情が貌を見せる。 「福朗太、赦せ」
『187』 『取り込まれてしまいました……母さま』 夕子は手を口元にもっていって押さえる所作をとると、お風とともに消えて往った神々を思い、 瞼を束の間、閉じ合わせる。 「かたじけのうござります、夕子さま」 茜の光りが寝殿を満たしていた緑青色に、茜色の光りが割って入って来た。相容れない 赤と緑の光りの渦が絡み始める。 千万宮の狐は神の使いとしての狐、しかし九尾狐は素性がそもそも違っていた。人に根深い 恨みを抱えている。根は焔を愛していただけのお夏とおなじとも言えたかもしれない。 九尾狐は人に変化し、麗人の姿を借りて、人が惑わされる顔を狩ることを好む。善良な人が 苦悶して死ぬ相に悦びを感じ……微笑を見せた。それはいつからのことだったのか。なにが はじまりだったのか。人の苦悶を欲して麗人となり男をまどわして、王の后にまで昇り詰めた 九尾狐の行い……生業。妖魅に憑かれた国は一本道。 王は九尾狐の化身の麗人を寵姫とし、蒼白の柔肌に狂い貪婪に躰を求めた。寝所で髷を ほといて王を待つ。蝋燭の灯りに、玲瓏の肌が黒髪ともどもに絖る。 「くうっ」 やがて始まる男女の契り。 「んっ、ん、んあぁああ……」 ほっそりとした人差し指をコリッと噛んで、堪えていた声が洩れてしまう。長くたくわえた黒髪が 律動に乱れ、みだらに散って拡り、おんなの貌におどろに掛かる。寵姫の背から流れた髪は 翼のように下で拡がった。 その長い髪、裾で一律に切り揃えられ、王が尻から抱く際には蒼白の背に艶々とした 黒い房が川のゆったりとした流れを描くこともある。ときには蛇が白波にのたうつように、または 九つに分かれて寵姫とともに躍ったこともあった。
『188』 「あうっ、あっ、あっ、あ」 その九つの尾。太い狐の尾のように妖しく。強き力で男の滾る証拠を穿てば、それに 応えてなよやかな躰を撓わせて、裸体を仰け反らせては恍惚とした貌を纏わりつく黒髪を 払って朱を刷いた麗人のみだら貌を浮き上がらせる。 「あっ、あっ、いやぁ、あ、あっ、このままじゃ、ああ……」 昇り詰めるその瞬間、王は愛人の黒髪が黄金色にきらめく幻覚を束の間だけ見るのだった。 王は女陰から、ぎりぎりまでに引くと大殿筋を締め付けて、穿つ時には恋情とともに解放する かのように緩めて寵姫の臀部を叩く。どう責めて扱おうとも、男の期待に素直に応える女狐の みだらさ加減に国は傾く。 綺麗な白き足を掲げ、王は愛人の裸身を仰臥させる。細い腕が嵐に翻弄されるように 妖しく縺れて捩れた。 「はあ、はあっ、はっ、ああ……」 その嵐は王が愛人に起こしているもの。男の証拠が起こすもの。寵姫の膣内で屹立が 跳ねる。この姫となら果てがない夢に浸れた。王の目の前に、嵐に躍る張りのある乳房が ひらける。征服欲が満たされる。尻を緩めて恋情を吐き出す怒張でぐぐっと貫くと、王の逸物は 寵姫のこころねの如きのやさしさに包まれるのを噛み締める。 「あっ、あ、くうぅううっ」 愛人の妙かなる嬌声に精に果てがないように見えても、王に忘我の時とのわかれは 必ずやって来る。王の胸板に頬を摺り甘える寵姫。おんなは果てて躰が蕩けていようとも、 底なしに男を求めるは九尾狐ゆえのこと。頂上にいる猛々しい男の精気を求め内丹とするのが 生業のあやかし。 「少し休ませてくれないか……」 「わたしが、お嫌いになったのね」 熱い吐息で貌に掛かる髪の房を麗人は吹き上げた。舞った髪の房が王には黄金色にまた 見えた。
『189』 「往くときにお前の髪が黄金色に輝くのを見る」 寵姫も、その相から交媾で疲れていることを物語っていた。しかし、それでも男を求めてくる。 それが男にはうれしくもある。 「そういうな。わたしが愛しているのは、そなただけだ。往くときにお前の髪が黄金色に輝くのを見る」 「うそ」 小さな不安気な声を愛人は洩らす。 「どちらも偽りなどではないぞ。愛の……」――証拠。わたしには示せる。 「どうされたの?」 「うむ」 「……いじわるなのですね。わたくしの気持ちを知りながら」 「おまえの気持ち」 「はい。わたしの気持ち」 麗人は張りのある乳房を王の厚い胸板に、一度押し付けて擦る様にしてから、弾力に 富んだふたつの房をぷるんと溢れさせた。片腕で胸を抱えるように押さえ、手櫛で乱れた 髪を梳くと、王から自分に与えられた寝所を出て行こうとする。 「行くな。此処はおまえの場所だ。出て行くなら、わたしが行くからよい」 「わたしに居場所などありません」 「そのようなことを言うな。わたしの居場所はそなただ」 しかし、寵姫の相は変わらなかった。 「不安なのか。それで笑みを失くしたのだな。わたしを魅せてくれぬ因なのか……」 「笑み……にございますか……?」 九尾狐はいにしえの遺恨からか、笑みを忘れていた。
『190』 「さよう」 麗人は留まって王を振り返り、小首を傾げ乱れた髪をいまいちど耳後ろに掻き揚げる。 ふたたび乳房が露わになり王の腕が伸び、指がツンと上を向く尖りをやさしく捏ね廻す。 「あ、あんっ」 「なら、証拠を見せよう」 「あ、あかし……、にごさいます……か?」 「そうだ。いつわりのない、わたしをお前に捧げよう」 魔道に染まりし王は九尾狐に尽くし通して、やがては民をもないがしろにし、深く関わって、 国そのものを滅ぼす因をつくる。それが九つの尾を持つ金色の毛並の狐。 「そなたを我が妻とする。側女たちは、みな始末する」 九尾狐はいまいちど王の胸に舞い降り、淫ら髪が吐息に舞う。細く尖った顎が王の胸板を くすぐるようにして蠢いて、躰を押し付け男が蕩けるような快美をもたらす女体を欲して、 肉棒は逞しく膨れる。熱い濡れた吐息が王の胸をくすぐり、縋るものあなただけと、娘のような 仕草と天神以上の巧みとみだらな手つきで王を歓ばせ肉棒にひんやりとした感触の ほっそりとした長い指を絡める。 「あつい。そして、かたくてたくましい……」 「そなたをいつも思い、恋焦がれているからだ」 包まれた手が逸物を持って扱きたてる。 「傾城とよばれます」 「そのようなことを誰がいう」 「ひみつ」 切れ長の瞳が微笑んだ気がした。王は麗人の甘える総身から発する気を受け止めようと、 ただの男になり両肘を付いて上体を起こす。ひとりで花を愛でている時も笑みを見せなかった、 その貌見たさから。 百花庭園にひとり佇んでいる寵姫の横顔を陰から王は盗み見したことがあったが、 そこでも笑みを湛えることはなく、なによりも男の欲しい恋焦がれた女のやさしい貌を 拝むことはならなかった。
24 :
名無しさん@ピンキー :04/01/07 10:48 ID:VUFh1JFY
もう一回保守。
いつもの街角 〜Stand by "you”〜 <中編> ベルゲンにも木枯らしが吹く季節になった。 図書館奥の休憩室では、ストーブに載せたやかんが蒸気を吹き上げる。 穏やかな時間。 「ビジュさん、いますー?」 先月アルバイトとして入ったばかりの学生が、ひょいと顔を覗かせる。 「あ、いたいた。会いたいって人が来てますよ」 不満そうなツラでアティさん以外の女性が、と続ける。「どうしてこいつばっかり」という のが如実に伝わってくるのと同時に、好奇心も抑えきれないようだ。 「女?」 「早く行ったほうがいいですよ、この寒いのに外で待つって聞かないから……。 あ、アティさんには内緒にしとくんで」 したり顔で言うのを鬱陶しく思いながら玄関口へと向かう。
女はそこに立っていた。 きついめの面立ちとやせぎすの身体は好みが別れるところだろうが、そこそこの美人ではある。 見知らぬ顔だった。 「ビジュさんですね? 私『帝都日報』のアイリーン・シエルと申します」 差し出された名刺には帝国有数の新聞社名が刷り込まれている。 「で、俺に何の用だ」 「立ち話もなんですし場所移しましょう」 言うなりさっさと歩き出す。 有無を言わせぬ雰囲気に呑まれたように、ビジュもつられて歩を進めた。 喫茶店で差し向かいになった女は、運ばれたコーヒーを物憂げに掻き回す。 黙ったままの女に少々苛立ちを覚え、 「用がねェんなら」 「元は陸軍所属。第十二次旧王国戦後は陸海軍問わず転属を重ねる」 暇を告げる台詞を遮るのは。 「二年前に海軍第六部隊へと配備。その後隊の壊滅を機に退役」 「テメエ……」 それは。
「調べました。あの部隊の数少ない生き残りである、貴方のことを、ね」 「どうしてだ」 知らずに握った掌に爪が喰い込む。 数秒の間が何十倍にも感じられた。 「海軍第六部隊所属召喚兵キース―――聞き覚えがあるはずです。貴方と同じ隊にいたんだから」 激情を覗かせる抑えた声は、嵐の前の静けさを思わせた。 「あの人は帰ってこなかった。あの人以外にも大勢の人が帰ってこなかった。 一体何があったの? 貴方なら知っているでしょう?」 「……公式報告があっただろ」 「あんなの嘘よ! 事件のこと、調べたのよ。あのレヴィノス家が動いていた。娘の不祥事を軽くするため? それだけなら何故もう一人のレヴィノスの人間の存在は無視されたの? しかもこの件の調査中、軍部から圧力がかかった―――なによ、何があるっていうの。 誰がキースを殺したのよ?!」 絶叫に店内の視線が何事かと集まる。 女の目は爛と光る。巧みに化粧で隠しているが、目の下に隈があるのが見えた。 「さっき言った通りだ」 今度こそ立ち上がる。これ以上居るのは、まずい。 「待ちなさい―――私は諦めないから!」 声はどこまでもついてくるようだった。
休憩室に戻ると、アティがのんびり紅茶啜っていた。 ついでにバイト員がアティ口説いていた。 「―――だから今度学校見学に来なよ。僕が案内するからさ。ついでにそのあと食事でも」 意味もなくバイトの座る椅子の足を蹴る。 憤然として振り返った顔が、やばいと引きつる。 「……」 「……ははは、じゃあそろそろ警備に戻らなきゃ。お疲れ様でしたっ!」 「……愉快なひとですね」 慌てて出て行く後姿を見送って、アティはのほほんと呟く。 無自覚かわざとか、どちらにしろ性質が悪い。 まあビジュがどうこう言える立場ではないのだが。 「そういえば女のひとが訪ねてきたそうですね」 成程、逃げた理由はひとつではなかったわけだ。 「テメエもよく来るがな」 はぐらかしは「常連へのサービスってことで」の一言で流される。
不意に、真剣な表情になり、 「アイリーンさんですか」 驚きまじまじと見つめる。今日は心臓に悪いことばかり起こる。 「やっぱり」 「あの女、知ってるのか」 「何日か前に私の所にも来たんです。部隊壊滅の事件を調べてるから、話を聞きたいって」 アティも事件の関係者として幾度か証人喚問を受けていた。 レヴィノス将軍の手回しで通常と比べればずっと簡単なものではあったが、 それでも一時は周囲がひどく騒がしかったものだ。 「その時彼女言ったんです。『あれは事故じゃない、事件だ』って」 世間的には、あれは嵐という天災と、それに対応できなかった指揮官が引き起こした 『事故』という認識になっている。 それらの目からすれば、女の行動は奇異に映るだろう。 だが、真相を知り、尚且つ隠そうとする者にとっては。 「一応それとなく忠告はしておいたんですけど……やっぱり諦めてないんですね」 沈んだ声なのは、自分たちの保身ばかりではない。
島での出来事を隠蔽するのに、アズリアの父親にあたるレヴィノス将軍を巻き込んだ。 もし秘密が暴かれることになれば大きなスキャンダルとなる。軍の勢力図がひっくり返りかねない。 それを望む者もいれば、望まない者もいるだろう。 そして、望まない者が強硬手段に出ることも考えられるのだ。 「今度会えたら、もう一度調査をやめるよう頼んでみます。できれば貴方も」 頷く。 それしかできなかった。 ―――誰が殺したの?! 声が、ずくずくと浸食する。 誰を。 直接手を下した者を責めるのか、死を招いた者を責めるのか、知りながら沈黙を続ける者を。 断罪と名を変えた声が、過去を引きずり出す。
もう大丈夫でしょうか。 ではスレの存続を願いつつさらば。
『191』 わたしの子を宿してくれと王が寵姫に頼んだ時でさえも……、その子を世継ぎとして 迎えると誓約を立てようとも、人のこころはうつろい易きものと淋しそうな貌をする。 麗人は男に褒美をくれはしなかった。 益々微笑を欲するようになり、王は麗人へとのめり込んで、微笑せずとも、更に躰を ひらいてくる女にただの男となって耽溺した。 「よう来てくれました。さあ、はよう来なされ」 戸口に立った寵姫を一顧も与えず、后は言葉を紡ぐ。后の部屋に足を踏み入れると、 寵姫は背中を何者かに獲られ、万力の如き力で躰を沈められてゆく。 「な、なにをするのですか!」 「少々、遊びが過ぎたようですね」 薄霞のような布を開いて、王の后が姿を現して立ちあがって歩き出す。姫の後ろに 立った巨漢の男は姫を這い蹲らせると、髷をほときはじめた。 「ぶ、無礼ぞ!」 慌てる寵姫の様子を眺めて后は笑い、深い緑の飛白の椅子の前に立って、纏う衣を トサッと床に落とした。 「鎮めてみせよ。さあ、来い。そして命乞いをしてみせろ。豚め」 悄々とする寵姫を前にして勝ち誇ったような笑みを湛える。寵姫の後ろを獲っていた 男が衣に手を掛ける。 「じ、自分で脱ぎますから、後生です。そのようなこと、しないでぇ!」 「かまわぬ。裂いてしまえ」 「ひっ!」 寵姫の纏っていた繻子の衣が悲鳴を上げた。丸い肩が露わになり、張りのある弾力に 富んだ乳房が外気に躍り出る。
訂正 191四段目二行 飛白かすり・・・天鵞絨ビロード
『192』 「わたしが見ても惚れ惚れする。玲瓏の肌かえ」 這い蹲らされた寵姫を見下ろす后。暴れる寵姫を男は片手で床に押し付けると、もう一方の 手で長い黒髪を鷲掴んで素早く腕に巻きつける。柳眉が吊りあがり、慟哭の刻印を 眉間に浮かび上がらせた。次に来るものは、王の愛人の絶望の喚き。后は瞼を閉じて 天鵞絨の椅子におもむろに腰掛け、鳴く声音を待った。男の爪が暴れる寵姫の背中に 掻き傷をこしらえる。暫らくして、みみず腫れになり血が噴き出る疵もあった。 「髪を斬れ」 「はっ」 男は寵姫の腰を足で踏みつけた。 「ううっ!お、お赦しを!髪だけは、切らないでください!おねがいです!」 ぎりぎり、ぎっ、ぎ……。 「い、いゃあぁぁぁ!いやぁ、いや、いやぁ……!ああ……」 「その髪で、そやつの手足を縛れ」 「はっ」 両手首を、切った髪で後ろ手にして縛り付けると、寵姫の躰をひっくり返して男は 薄墨を刷いたような叢の息づく清楚な陰阜を眺めてから、足首に下りて括った。 寵姫の玲瓏の肌には、長い黒髪がまばらに纏わりついていた。 「さあ、来やれ。わたしの嘗めた苦杯、思い知れ!」 「な、なにゆえ、このような……」 「言うたであろう。天帝を慰撫できるのはわたしだけじゃ!」 男が芋虫のようになっていた寵姫の物言いに肚を立てて、脾腹を蹴り倒した。 「ぐううっ」 重い呻きを洩らして躰を捩る。寵姫が笑っていたことをふたりは見ていなかった。 「ほれ、はよう来やれ。命乞いをする前に死ぬるぞ」
『193』 「ぎゃっ!」 躰に痣をこしらえ、自分の黒髪の切り屑の上を転げ廻される。 「来やれ!来やれ!さもなくば、舌も削いで、その声も出ぬようにしてくれる!」 寵姫は后の命に従って、芋虫のように床を這って近付いていく。椅子に座った后の下腹は 烈しく波打っていた。それを隠すように組んでいた両手を解いて腿を這い、膝頭を 掴んで脚を拡げて見せた。 「来い。よからぬことを考えれば、その場で殺してやる」 額を支えにして、躰をのっさりと動かして、なんとか起き上がる。 「も、もう、お赦しくださりませ……」 「ならぬ」 后の片脚が掲げられて寵姫の首に掛かり、膝であゆみ寄らされる。啼貌を后の陰阜に 圧し付けられる。后は勝利に酔い、九尾狐のこの国での戯れが今始まった。 「なぜ、髪を切った……のだ……」 「お気に召しませんか?」 寵姫は髪に手を掛けて俯く。 「い、いや。そのようなことはないが……清美だ」 「なんの相談もなしに、勝手をいたしまして、申し訳ありませんでした」 「なにか、あったのだな!そうであろう!」 「なにも、ありません。なにも……ないのです」 寵姫の貌が翳るのを王は愛しく感じる。 「なら、躰をわたしに見せてみろ」 「い、いやにござります」 「抱こうというのではない。やつに躾を受けたのであろう。疵を見せてみろ」 ならば、道はひとつしかない。 「おやめくださりませ。無体をおっしゃらないで」 「どうしてだ。わたしを嫌いになったのか」 素性の知れない愛人の為に男が変わる。 「お慕いしております……」 「なら、かまわぬだろ」 「ああ……」
『194』 「いとしい……愛しいのだ……、たまらなく」 「お慕いしております……しかし」 衣を熱情とともにぶつけられて、剥され鎖骨の深い窪みと華奢な肩を曝け出し、赫い唇からは 白い雫を魅せる。玲瓏の素肌には疵ひとつなかった。 「ならば、よいだろう、今宵はお前を抱かせてくれ。慰めてやりたいのだ。わたしの勝手から してしまったことを償いたい」 麗人を后として迎えること。 「み、みなさまに恨まれます。わたくしひとりが、あなたさまの御心をひとりじめに……あぁああっ……」 正妻がいて、それを押し通すことは示しがつかず、国に乱を呼ぶことになるのが道理。 「かまわん。おまえに仇なす者、すべてを退ける」 それでもと、麗人が傍にさえいれさえすれば、王は何でもできる力がふつふつと湧く。男の証拠が 信じられないほどに滾る。 「でも、隠れてお会いになられるのでしょうね。おやさしいから……きっと」 所作、かぐわしい芳香。拒んでも不思議と怒りは湧かず、むしろ寵姫への愛しさが募る。 妙かなる声音で心が和む。しなやかな長い指が王の乳首を抓り、舌で胸をねっとりと 舐め廻すと、首を昇って、王の顎をくちびるに含んだ。麗人の唾液が、微かではあったが男女の 繋がった和合水の奏での旋律を立てている。 舌をゆっくりと赫い唇に収めて、王を麗人は見た。顔に纏わりつく髪を王の指が分け、 頬を撫でる手に麗人の手が包み込む。気転で言った短髪の清美に改めて気づく。 その新鮮さに刺戟される。新鮮だった。包み込んで扱かれた強張りが烈しく跳ね、妖女は 王に組み敷かれる。玲瓏の肌は妖魅ゆえに、すぐに取り戻す。王の精気で若さをも。 「そなたの不安をすべて取り去る」 王は力強く言葉を発した。殺すとは明言はしなかったが、王は寵姫のなかに、 国の凶兆のはじまりである九尾狐の笑みを初めて見たのだった。しかし王には吉兆でしかなく、 愛人への真実の証なのだから。
『195』 九尾狐は寄生するが如くに国に棲み付いて、仇をなした后の零落ぶりをたっぷりと 愉しんでから、手始めに后と情人を妖怪に変えた。人に化身した九尾狐の美貌と微笑に 惑溺する王。色欲の招いた果を見飽きては国を渡り歩いた。 時を経て、鳥居千万宮に黄金色の毛並を持つ狐が舞い降りる。白狐を祭った宮を隠れ 蓑として永き眠りにつく。お紺が鳥居で死のうとしたその日。取るに足らない、小さな 取るに足らない営みに、なんの関心を示したのか、気まぐれか。九尾狐は覚醒する。 それとも黄川人の匂いがそうさせたのか。 首吊りお紺の残したものといえば、妖しげな噂話と鳥居の真下に出来た何の変哲も無い 石だった。千万宮の神官たちはお紺の骸を丁重に弔ってやろうとしたのだが、その翌日に 童ぐらいの大きさの奇妙な石が根を下ろしていた。 それからというもの街中で、麗人の姿を見たという噂が立ち始める。それはお紺の 幽霊だったともいう。裸のままで命を絶ったはずだったが、美人画のような艶やかな衣を 着ていたともいう、冗談ともつかない噂話がたちまちに広まる。 お紺は生前、たくわえた艶々とした黒髪が美しかった。卵形の端整なつくりに、潤んだ 艶っぽい切れ長の瞳で見詰められると、たとえ妖魅といえど、男ならだれしもが 虜になってしまうのが理。尻からは九尾が出ていたとも……。 しかし妖狐として精を喰らって人に害を及ぼすでもない。否、実際に精気を抜かれた者も いたのだが、それは数える程だった。お紺きつねの麗人ぶりを見た者がいかに多くいたことが 噂の出所だった。 お紺は姿を現しては、去った後に石をそこに置いていった。それを見て、九尾狐の 殺生石の伝承、または瘧石を持ち出す者もいたが、麗人の姿を見たというだけで石が なにがしかの害や邪気を振りまいているわけでもなく、僧侶や術師に頼み破砕してもらうことも 躊躇われた。それは――お紺が鳥居で首を吊って死んだ日。
195 訂正 二段2行目 取るに足らない、小さな営みに
『196』 あの時、少年が人を押し除けて現われ、一掬の涙で叫喚すると勃然と千万宮の木々が ざわめき出し、風が起るや白閃光に包まれる不思議な光景を目の当たりにしたからに 他ならないも。少年は光りとともに姿を消した。そのことがあってか、お紺の骸は暫らくの間、 放置されてしまう。たたりともいわれた。 迷信だと言う気丈な者もいたが、信じる者にとっては真になるのが祟り。そこに人に 巣食う隙が生じる。 だが実際は、誰もお紺の躰にふれたくはなかったのが正直なところ。既に九つの石が 揃って置かれていて、しまいにはお紺石と呼ばれるに至り。邪悪な物として始末しようとしたが、 たがねすら受け付けないという噂まで立つ。 かといって、そうそう放置しておくこともできず、噂の大本である首吊りお紺の骸。八日目に 降ろされることになり、九尾狐の噂から九日目はどうしても避けたかった。 幾人かの神官と巫女とで降ろす作業がはじまる頃に、鳥居の下には黄金色の毛を たくわえた妖狐がお紺の骸を仰ぐようにし、ぽつねんといたという。石が狐に化けたのか、または 狐が石に化けていたのか……戦慄が走る。 すると黄金色の光りに、お紺の骸も包まれ生前の姿を取り戻してゆく。鬱血した貌、 飛び出していた眼球。生前の赫い唇は土気色になって、そこからはみ出した乾いた舌。 それらすべてが幻のように消えて、肌理の細かな肌は色艶を取り戻して絖り、乳房も張りをみせる。 やがてはせりあがり、沈んでの営みまでも始めた。 驚いた者の中にひとりでも、お紺を鳥居からすぐに降ろそうと行動に出た者がいたのなら、 お紺の恨みの行動は違ったものになっていたかもしれない。彼らはお紺を捨てて逃げようとした。 神の使いとしての狐、しかし九尾狐は違う。人に根深い恨みを抱えている。お紺は鳥居に吊るされた 縄に手を絡ませ、蘇生したと苦しみ悶える所作で逃げようとした者たちを束の間、引き止めた。 九尾狐とお紺の感情が混じり合う。
『197』 息を此処に来て吹き返すとは、にわかに信じられない。それでも、引き返して助けようと した者がいた。しかしお紺は縄を爪で千切り、跳躍して、戻ってきた者を、縄を切った爪で 喉笛を裂いた。崩れた巫女の躰を抱き留め、白い首筋にかぶりつく。ぶしゅっと血が 噴き出て喉を鳴らしながらお紺は啜った。 「おまえたち、どうしてわたしを降ろしてはくれなかったのかえ。見世物にして、さぞ 愉しかったろうねぇ」 貌を上げた眼光が金色に妖しく光る。人の赫く生温かい血を啜ることが目的では なかった。血飛沫に美貌を濡らして、恐怖に歪む相を見てうっとりと切れ長の瞳を潤す、 それが九尾狐の目的。人の血は長きを生き長らえた妖狐にとって水のようなもの。 戯れに人を殺めることを学んだのは人の所為。 「ほら。獲物たちよ、お逃げ」 事切れた巫女を放り投げ、乳房を揉みしだいて、裸身に血を塗りたくり恍惚となりながら、 ひと鳴きすると次の獲物に妖狐は飛び掛っていった。内丹を欲するのも忘れて、殺戮に興じた。 長きに渡る生業。人の苦しみを糧とする妖魅。本来は己が生きるために最小限に精気を 狩っていた営みに、人が戯れの殺戮を教えたもの。そこに来て、死に際のお紺の躰に 妖狐は――憑いてしまった。お紺の黄川人への母の心を残したままで。 ひとりでいることに疲れたのか。自分の運命を呪って死のうとしたお紺を哀れんで しまったのか、それはわからない。しかし、九尾狐のなかに歪みが生じていたのは事実。 鳥居千万宮は妖魅・九尾狐によって支配される。 『坊、夕子になんか負けちゃだめだよ』 そして、童のような石は我が子の為に、決戦の時の守りの固めとして、お紺の黄川人を 思うこころが産み落としたもの。それが生きるのは、まだ先のこと。代りにお紺は黄川人に 百々目鬼のおんなと巨躯の朱点童子を与えた。
『198』 『ほんとに、大丈夫なのですか、昼子!答えなさい!イツ花!』 茜と緑青の光りの気流がぶつかり合う。 「卑弥呼、まだ来ぬか!」 『は、はい……母さま。昼子は大丈夫です』 寝殿の外には、まだ神々が残っていたが神格で拮抗できるものはいないはずだと、イツ花は 気を引き締めて、立ち上がる。 『……イツ花』 『母さま……。わたしは、お夏に……お夏に……。してはならぬことを……』 だが滅びを欲する闇の力がこれほどまでに強いものなのかと恐怖を覚えずにはいられず、 苦悶する黄川人から、思わず眼を逸らそうとした。 『昼子、怖がりなさい。怖がってよいのです。そして光のなかの闇と向き合いなさい』 『光……。わたしは……光りなんかじゃありません。母さま……、わたしは清浄などでは ありません!』 『それでよいのです』 『母さま……』 黄川人がイツ花に向かって顫える手を差し伸べようとしていた。 「た、たすけてぇ……、ねえさん……、イツ花あぁああ……」 手は己の血に濡れて姉の名を呼んでいる。最後の糸に手繰り寄せられるようにして、 イツ花の垂れ下がっていた腕、手の甲が上がる。 『あなたは、天上の光り。昼子、半身と闘いなさい』 四つに組み合っていた、茜色の光りの渦が緑青色の龍に押され始めた。 「黄川人……!ねぇ、どうしてこんなことをするの?どうして……、どうしてなの!」 「復讐だよ。決まっているだろう。ボクといっしょに、こいつらを懲らしめようよ、姉さん」 「懲らしめる?」 『戦いは、はじまったのですよ』 伸びかかったイツ花の腕。手の動きが止まった。 「そうだよ。あいつらがくれた力。怨恨がボクたちを気持ちよくしてくれるよ、姉さん。そうだろう?」
『199』 「あ、あいつら……黄川人!」 「ボクたちを災厄に招いた元凶だろうぅううがあッ!」 『昼子!戦いは……』 「母さま、まだ、戦はおわってなどおりませんッ!」 触れそうになった指をすんでの所でイツ花は止め、黄川人の手は払い除けられた。姉弟の 絆は断たれる。 「ゆうこおぉおおぉぉぉぉぉッ!」 イツ花に拒まれた黄川人の手は怒りに、邪悪を極めた相に変わった。黄川人は胸を抉っていた 左手をかざして振り下ろす。 「遅いぞ、摩利!」 手に付いた血が飛び散り光弾となって襲い掛かろうとしたその時、茜の光りが一瞬にして収斂し、 イツ花の盾となる。 「福朗太、わるかったね」 摩利が弾を槍で受けて、浄化させ霧散させる。すぐさま、摩利は黄川人に挑んでいった。茜色の 光りは左右に拡がり黄川人を包囲し、摩利と黄川人が鍔迫り合いをする最中に、竜穂と夢子が 脇を攻める。 「うるさいッ!この阿魔!」 前方に振った手を横に払った。脇に廻りこんでいた水神の竜穂の躰がもんどりを打って弾き飛ばされた。 入れ替わりに紅子が黄川人の後ろを獲って、卑弥呼が夕子の守りを固め、黄川人を包囲した茜の輪は 収束していく。緑青色の龍が弱り始めたかに見えた。 「くらえッ!」 摩利の槍が攻撃を仕掛けても弾かれてしまう。 「なんなんだよ、こいつは!」 「時間を稼ぐだけでいい。防御に徹しろ」 背中を攻めていた紅子もおなじで、摩利に諭した。
『200』 「竜穂、しっかりおし!」 「わかっているわ!」 床に片手をついて水を張る。竜穂の水は四隅に駆けて壁を昇り天井を這い、寝所に防壁を こしらえた。 「防御ったって、押されてるんだよ」 黄川人は両の手を拡げて、脇を締めた。七つ龍が茜の輪に絡みついて、外の夕子に攻撃を 仕掛けて来るのをイツ花の手が退ける。 「黄川人!」 しかし、黄川人の躰から紫苑の糸遊が立ち始めて気流を描き出す。イツ花も力を解放し始め、 そして床を蹴った。 『夕子さま、昼子さまを寝殿の外に飛ばしてよろしいか』 黄川人がなにかを仕掛けてこようとしていることを卑弥呼は察知する。 『おねがいします、卑弥呼』 黄川人の胸からは白閃光が放たれると、光弾となった内丹が発せられた。黄川人に挑み 掛かろうとしたイツ花の躰が寝殿の外へと飛ばされる。 「いゃあああッ!母さまあぁああ……ッ!母さまは、わたしが守るのッ!」 外に飛ばされたイツ花は片膝を地に付き、玉砂利を握り締め再度構えて母屋に飛び込もうとした。 「なりませぬ、イツ花さま」 手弱女の水神たちが制し、泉源氏・お紋がイツ花の怒りを鎮めようとする。 「みんなで、わたしを騙したのね!」 「ちがいます!わたしたちが、守るべきはあなたなのです!堪えてくださりませ!」 「巴、そこをどけぇぇッ!もう、たくさん!どかぬというのなら!」 「なりませぬ!お風さま、夕子さまの言いつけなのです!」 「いやだあぁああッ!」 光弾は膨れ上がって摩利の躰を呑み込んで卑弥呼に襲い掛かっていった。 「われらが総意、汲んで下りませ!」
『201』 卑弥呼の踏ん張りと、福朗太の鉢金が軌道を捻じ曲げ天井を突きドン!という轟音と ともに突き破る。卑弥呼の躰をも吸い込んで夕子に襲い掛かろうとしたが、光弾は 逸れていった。 「母さま……が」 黄川人の波動が近づいてくるのをイツ花は感じる。その邪気にさむけを催す。 「来る!みな、さがりなさい!はやくうぅッ!」 「われら水神、手弱女と侮られますな!武紋にも通じておりまする!」 迫り来る黄川人の光弾に向かって、お紋たちは士気を鼓舞する。卑弥呼の踏ん張りと、 福朗太の鉢金が、光りの軌道を捻じ曲げ天井を破って空振が起こり、天上の大気が顫えた。 手弱女たちは迷わず、イツ花の前に出て盾になろうと動く。 「巴、退きなさい!もう、こんなのたくさん!」 イツ花はお紋の手を掴まえる。手弱女の水神たちが一丸となり巴紋の壁を描き出す。 「なりませぬ。主を守るが、われらの役目!」 「ならば、その主を信じて!太照天・昼子を信じなさい!」 イツ花はお紋たち手弱女のつくった壁を突き破り、腕を掲げて光りを弾く。光りは水面を 蹴る石のようになって、飛んで天界を離れると大きく屈折して大江山に向け、まっ逆さまに 落ちていった。イツ花は光りの軌跡を振り向いて一瞥し、追尾するべきかどうかを迷った。 「寝殿に戻る!」 迷いは、光のなかに黄川人の気を感じたからだった。しかし、母となった夕子を守ることを択んだ。 「竜穂、お墨を呼んで!呼ぶのよ!」 紅子が叫ぶ! 「いわれなくとも!なんの為に水を張ったと!」 「黄川人、なにをしたあぁああッ!」 イツ花が破られた天井から乱入して来る。
お邪魔します。26−31の続きで、一応完結編。
いつもの街角 〜Stand by "you"〜 <後編> アイリーンとの邂逅から二日が経つ。姿はあれきり見えない。 アティも彼女との連絡方法を持たないらしく落ち着かぬ様子だ。 「どこかの宿に長期で泊まってるとは思うんですけど。とにかく探してみます」 相も変わらずのお節介ぶりを発揮し、暇をみては街中を歩き回っているが、芳しい結果は得られないまま。 ビジュの方は普通に勤めに出ていた。基本的に立ってりゃいいだけの仕事なので悩む時間だけは充分ある。 がしがし頭を掻く。『待ち』の姿勢は苦手だ。 考えのまとまらないまま雑踏を眺めていると、一人の男が目についた。 ごくありふれた服装の男だ。どうしてそんなのに注意がいったのか考えていたからか、 近づく足音への反応が遅れた。 背筋を震わせる視線に身体を向ける。 幽鬼、という失礼な表現がしっくりくる女がいた。 「上司からの電報―――『キケン、スグカエレ』 あの事件で知られたくないことがある誰かがいるみたいね。 しかもかなりの力を持つ誰かが」 浮かべた笑みは引きつっていた。疲労からかそれとも恐怖からかは判然としない。 「調査を止める気は」 「……ないって言ってるでしょう!」 ヒステリックな返事。逆にいえば、そうしなければ自分を保てないところまで追いつめられているのだろう。 「キースは死んだのよ。そりゃあ軍人なんだから覚悟はしてた。 でも本当の原因を揉み消されるなんて、そんな非道赦せない!」 こんなに叫んでも、行き交う人々は好奇の目を向けはすれどもそれだけ。 肩で息する女を少しだけ哀れに思った。 「とにかく、答えは前と同じだ」 「……っ」
身を翻す女の腕を咄嗟に捕らえる。 「ちょ、放し……」 「なるべく人の多い場所を通れ」 え、と呆ける肩越しに先程の男を睨む。男はさりげなく視線を逸らし人ごみへとまぎれた。 注意を惹かれた理由が分かった。男の身のこなしが、戦場に身を置くもののそれなのだ。 アイリーンと関連があるとはっきりしたわけではないが、 今の様子からするとあながち外れではなさそうだ。 手が力一杯振り払われる。 怒りと怯えとで足早になる姿が見えなくなってから、連絡先を聞いておけば良かったと後悔した。 帰り際に訪ねてきたアティに、 「あの女が来た」 「連絡先は?」 首を横に振る。アティは眉根を寄せ、アイリーンの様子を訊いた。 「……だいぶ追い詰められてたな、ありゃ。尾行もついてたみてえだ」 「そこまで……」 しばし考え込んでいたが、ふいに顔を上げ、 「家に来ません?」 「誰の」 「私の」 いきなりだ。しかし通常ならば最高の殺し文句のはずなのに、 糖度が全く感じられないのは状況のせいか。 「アイリーンさんのことで聞いて欲しいことがあるんです。ついでに夕ご飯ご馳走しますよ。シチュー」 メニューの問題じゃあないのだが、まあいい。 「別に構わねェぞ」 「じゃ、行きましょう」 警戒心のなさについて説教が必要だろうか、と以前にも感じたのを思い出した。
アティの住処は学生用のアパートの一室。 と、鍵を差し込む手が止まる。 不審げなビジュへと、ドアに挿んであったメモを手渡した。 『夜にもう一度訪ねます。シエラ』 走り書きは乱れて読み難い。 「……誘いかけたのはこれか?」 「偶然ですよ、予想はしてましたけど。アイリーンさんに迷いがあるのなら私の所にも来るだろうって。 その前にどうしても話しておきたいんです」 ほぼ入れ違いだったらしく、メモからは香水の残り香がした。 部屋には心地好い程度の乱雑さが漂っていた。 「すいません、適当に隅にまとめてください」 テーブルの上には本やらレポート用紙やらが置きっぱなしになっている。 医学書に、歴史の参考書に、 「……『恋する乙女はその身ひとつで空を飛ぶ』?」 猛然とアティが駆け寄り少女趣味な装丁の文庫本を奪う。耳が真っ赤だ。 「い…いいじゃないですか私がこういうの読んでも!」 「誰も悪いと言ってねェだろ」 「じゃあ腹抱えて笑わないでくれます?」 そのままでいると持ったおたまでぶん殴られそうなので一旦やめる。 「わざわざ買ったんだな、他は借り物で済ませるくせに」 「……横切りって攻撃範囲広いから便利ですよねー。 ところで、おたまって短剣と杖どっちに分類されると思います? まあ私はどっちでも攻撃できますけど」 斜め後ろからの不穏な台詞がへらず口を封印した。
温かいシチューに、二度焼きしたパン。付け合せは温野菜のサラダ。 きちんと手間かけた料理は旨いという当たり前のことを思い出させてくれる。 「美味しかったですか?」 「食える味だな」 「……作り甲斐のない」 食事片付けた後、他愛なく毒吐きつつも紅茶を淹れたカップを渡す。 そしてひどく真剣な表情をして、 「アイリーンさんのことですけど……私ひとりの問題なら迷いなんかしません」 偽善者と謗られかねない言動は素であるからこそ、ある種の人間の神経逆撫でするのだが 慣れというのは怖ろしい。ビジュも今ではすっかり平気になってしまった。 「でも、真相を話せば島のことも他の人に知られてしまう。それは嫌なんです」 底知れぬ魔力と召喚術の知識を蓄えた島は、 旧王国との小競り合いを続ける帝国軍部にとっては魅力的に写るだろう。 だが帝国にとっての幸せが、島の幸せとはならない。 島の住人が願うのは戦いのない平和な暮らし。アティが守りたいのは彼らの幸せ。 「最初から答えは決まってたんだよな」 「ええ」 「で、何でわざわざ俺に言うんだ」 「決意表明かな。私のすることは理由はどうあれ悪いことだから、 途中で躊躇ったりしないように、きちんと言葉にしておきたかったんです」 他人を傷つけることを何よりも嫌う彼女が静かに微笑む。 「貴方は、どうですか」 「……黙ってるさ。だがテメエみたいに誰かの為じゃねェ。自分の為だ」 ビジュの望みは、この手に入らないと思っていたぬるま湯のような日常。 アティがそっと目を伏せ、 「私も、ですよ。今を失いたくないから過去を隠そうとしてる」
そっちはそれだけじゃあないだろう、と続けるべきか迷い、誤魔化すように紅茶を口にする。 冷えたそれは、少しばかり舌に苦かった。 「―――アイリーンさん、来ませんね」 時計の針はとっくに十時をまわっている。 「最終間に合わなくなる前に帰った方がいいですよ」 「俺は別に泊まりでも」「却下」 笑顔で速攻断られる。 「……そっちから誘っといてなんつー言い草だ」 文句は言うが、無理に我を通す気もない。 むしろビジュのせいでアイリーンが感情的になる可能性もあるのだから、帰るべきだろう。 「また雪降りそうだし、傘持っていくといいですよ」 「いらねえ」 戸口でちょっとした押し問答している最中、 微かな、悲鳴。 「……あれ」 ―――やめてよ、来ないで! 今度ははっきりと聞こえた。 「アイリーンさん?!」 路地裏にふたつの黒ずくめの影と、スーツ姿の女を認めた瞬間、 無謀にもアティはブーツで雪に濡れた石畳を全力疾走する。 案の定というか足滑らすが、同時に黒ずくめのひとりにタックルかけて巻き込み引き倒す。 器用に相手を下敷きにしたアティを見、残るひとりが剣に手を掛け、 鈍い音がして男の鳩尾に傘の石突がのめり込んだ。 男は呻いて、傘を投擲したビジュへと目を遣り、 「―――退くぞ!」 躊躇いなくアティへと蹴りを入れ仲間を助け起こす。 彼らは闇へあっという間に溶け込んでいった。
事態についていけず呆然としていたアイリーンだが、我に返り這いずりながらアティへと近寄る。 「非道い……お…女の子蹴るなんて……」 「先に手ェ出したのはこっちだがな」 「でも女の子じゃない! 怪我したらどうするの―――病院、病院連れていかないと!」 半ば錯乱状態の彼女を宥めるように肩へとしなやかな手が添えられる。 アティは少々眉をしかめながらも、口元を綻ばせてのけた。 攻撃の瞬間自分から転がって衝撃を和らげた。かすりはしたが治療が必要な打撃ではない。 「立てるか」 「アイリーンさんに手を貸してあげてください。……ああ、マント洗濯したばっかりだったのに」 泥まみれの姿顧みて溜息を吐く。白い息が夜気に溶けていった。 「……なんなのよお」 しゃくりあげる、声。 「旧王国じゃあるまいし何でこんなこと起こるのよ……キース……」 地べたで側転したアティよりは幾らかまし、程度の状態で、アイリーンは泣き続ける。 切れ者記者でも、狂気を孕む真剣さで恋人の死を探る女でもなくなって。 立ち上がるアティに、ビジュが低く告げた。 「連中に見覚えがある」 レヴィノス将軍との会見の際、案内役をした男と、昼に見かけた男。両方とも将軍の部下なのだろう。 アティにも心当たりがあったらしく小さく頷いた。 「脅しだけみたいですね……今はまだ」 聞こえないよう言ったつもりだったのだが、過敏になったアイリーンは気づいてしまった。 びくりと身体を震わせ、壁にすがりおぼつかない足取りで身を起こす。
独りで帰すのは危険なので、宿まで送ることにした。 着くまでの間一言も発しなかったアイリーンだが、宿の灯りが見える段になり、 小さく、有難う、と呟いた。 「明日帰るわ。編集長からも、早く戻らないとデスクなくなるぞって脅されてたし」 「今日はそのことで?」 「実は迷ってたんだけどね……あんなことされたら選択の余地なんてないじゃない」 化粧の流れた顔は隈とやつれで彩られていた。 「―――ビジュさん、最後に訊かせて。キースを殺したのは『誰』」 これがおそらく、真相を告げ死者や遺族への贖罪を行う最後の機会。それは正しいこと。為されるべきこと。 「嵐だ」 「……そう」 アイリーンの瞳に諦めと安堵がゆらめく。 「死んでもいい、って思っていたわ」 平坦な、怒りも悲しみも押し潰されてしまった、声。 「キースの死の真相を掴めるのなら死んだって構わないって。 でも、あんなに痛いなんて、怖いなんて知らなかった」 だから諦める。死が、恐ろしいから。 その結末を惰弱と責めることが誰にできようか。ましてや真相を隠蔽する者に何が言える。 「じゃあね、もう会うこともないでしょう。新聞記者事故死なんて記事でないよう祈っといてくれる?」 洒落にならない冗談を残し去る背中は、酷くかぼそかった。
人は残酷な生き物だから、いつかこの日も過去として圧縮してしまうのだろう。 それでも消せないものがある。 贖罪とは、傷つけられた者にのみ救いをもたらすのではない。 痛みを与えた者の罪悪感を打ち消す手段でもあるのだ。 もちろん全てが赦されるわけではないだろう。しかしその時は『許さない誰か』に憎しみを向ければいい。 では、贖罪の方法すら失ってしまった者は。 冷たい手が触れる。背中にアティの体重がかかる。 静寂。昏い空から雪が落ちてきた。 傘を開こうとするが、投げつけた衝撃で骨が歪んでしまい動かない。 「ひどくなる前に帰るか」 「……うん」 アティの手をのけかけて―――結局そのままで歩き出す。 「今日のこと、忘れません」 雪に溶け込んでしまいそうな囁き。 全て覚えておこう。悲しみも、己が無力さも、傷つけた人の存在も。 贖いと呼ぶにはささやかな誓い。 償いと称するにはゆるやかな業。 「……貴方にだけ罪を背負わせたりしない、なんて嫌ですよね」 「最悪だな、押し付けがましい」 「でしょうから言いません」 代わりにせめて、離れてしまう時まで、共に居る。 そこに救いなくとも、懺悔もどきの可能な相手がいれば少しは楽になるかもしれない。 だから。 あなたの側に。
56 :
後書き。 :04/01/10 20:27 ID:Qw2B7Qae
長々とお付き合いくださり有難うございます。 「ゲーム本編ではどうあっても恋愛なんかしやしねえ二人がくっついたら面白いだろうな」 という軽い気持ちで書き始めたのが、ここまでくるとは思わなんだ。 当初はもっと明るいエンディング予定してたのですが、いや巧くいかないものです。これで限界。 愚痴はさておき、感想くださった方に感謝。まがりなりにも最後まで気力続いたのはあなたがたのお蔭です。 最後に。こんなん書いておいてなんですが、自分はぐだ甘ご都合主義のハッピーエンドが好きです。お願い信じて。
>>56 グッジョブでした!
あなたの書かれるビジュはとても魅力的。
これからも頑張ってください!
>>56 乙です
とてもおもしろかったのです
特に戦闘シーンとビジュとアティの掛合いは良かったです
でもやっぱり終り方にちょっと不満が残るかな
ハッピーエンドじゃないとかバッドエンドじゃないとかじゃなくて
終ったって感じがしないようなそんな感じです
次があるならぐだ甘ご都合主義のハッピーエンドってのを観てみたいですね
良作ありがとうございました
『202』 「朱点童子があぁあああ、相手をしてやる……!くっ、苦しめ……!」 「霊力に応えよ!お墨!お墨いぃぃぃぃっ!」 竜穂の母屋に張った銀の水流の壁が巴紋を描きはじめて、母屋の渦巻く光を乱反射しだす。 『わたしに同調するのです!イツ花!』 『は、はい、母さま!』 イツ花は夕子の盾となっている、福朗太の前に降りて立ち、夕子といっしょに祈りを捧げると、 銀、茜、緑青の光り三つ巴紋の空間に、遂に漆黒の闇が墨を落すように滲み拡がりを見せた。 「それまで……たそがれでも愉しんでいろッ!夕子おぉぉぉっ!」 そこからお墨の刺青の朱色の触手がうねり躍り出て、黄川人を捉え躰に巻き付けると、 闇へと引き摺って、呑み込まれるのは、さして時間は掛からずに決着した。空間に浮かんで 口を開いた漆黒の闇も徐々に小さくなり寝殿の母屋から完全に消滅する。多くの神々を代償として。 最後のあがきとして、竜穂と夢子、そして紅子も黄川人とともに引き摺られていった。銀の巴紋が 弾けて崩れる。 「み、みんなが……往っちゃった」 この策にどれだけの価値があったのか、それを見出せるかは源太とお輪に委ねられたのだが、 イツ花は地上に降りた光弾のことが気になっていた。声を張り上げて泣きたいのと無力感に近い 感情が襲ってくる。 「死んだわけではありません。みな生きているのですよ」 「わ、わかっています、母さま」 (……すこし思い出していただけ。そう……少しだけです) イツ花は瞳に涙を張りながら、黒い虚無の空間が消え去ったあとの、収束しつつある寝殿内の 光りを見つめていた。緑青色を凌駕した茜色も徐々に薄くなっている。大江山の出来事が瞼に 浮かぶ。張られていた涙があふれて、頤から雫となって滴り落ちた。 「福朗太、夕子さまをわたしの寝所へお連れして」 手の甲で拭い、背を向けたままでイツ花は声を掛けた。 「はい、昼子さま」 福朗太はやっと夕子を振り向いて、自分の衣を脱ぐと主の裸身にそっと掛けて抱きかかえる。 「母さま、お躰はなんともありませんか」 イツ花が福朗太に抱きかかえられた夕子に駆け寄る。
『203』 「イ、イツ花……」 「わたしは昼子です。夕子さま……」 (母さま……、ありがとう) 母としての貌がイツ花の無事に安堵し、口元がほころびを見せたが、太照天としての 務めをまっとうした夕子は福朗太の腕の中で気を失ってしまう。 「……母さま!」 黄川人の放った内丹の光弾は、大江山に向かっていった。そして地上でも大気を振るえさせて、 鎮魂の碑へと轟音とともに落ちたのだった。 「きゃっ!そ、外へ逃げようよ、あんた!」 空振はその晩、計四回起った事になる。 「もう、心配するこたぁねぇよ」 「なに、落ち着き払ってんだよ、あほ!火が起ったりでもしたら、どうすんだよ……」 「だいじょうぶだってぇ」 男は甲冑のを眺めていた。時を同じくして、弓、弦、簇、薙刀、刀等々……武具を生業とする 職人たちは胸騒ぎを覚えて天空を仰ぎ、敵である光りを見ずして、今、己の作った物を通して 魔物と向き合っていた。 「そ、そんなこと言ったってさぁ」 「大丈夫っていってんだろうが。心配ねぇって」 「ねえ、いったいどうしたんだろうねぇ。なんか、この世の終わりみたいだよ」 「言うな。思っていても、これを生業にしてるなら口になんかするんじゃねぇ。二度とだ、いいな」 「それよかさあ、どうしてこんな遅くに、甲冑なんか作り出すのサァ。寝ようよ。あたしゃ、こわくて、こわくて」 「いつか、魔を退ける者たちの為の物だよ。だからなぁ」 「わ、わかったけどさぁ……もう、魔物だなんて……」 大江山の焼き討ちの一件が口に出掛かっていた。 「おめえも、見たんだろう。光りの玉をよ。魔を内に呼び寄せたくなきゃあ、口にすんなよな」 それでも、納得するしかないのだ。 「わかったよ。で、でもさあ、それを着けてまで守ってくれる人って、いったい誰なのさぁ……」 男の女房は納得した風には返事をしたものの、立ち込める霧のなかに迷い込んでしまった 言いようの無い不安を打ち消すことはできなかった。
>56 GJ! 面白かったです。 56さんの文章もっと読みたいので、 その後の二人の話とか、気が向いたらまた是非。
『204』 「しらねぇ。それに、これはなあ、ただ作って、おしめぇってもんじゃねぇんだ」 大江山と相翼院から飛び立った、二つの光弾を見た者たちは、武具をつくるのを生業とする 者たちばかりで、中には古来からの兵法書物を扱う者もいた。 「あ、あんた……」 「いまは、いねぇかもしれねぇな。それからなぁ、暫らく旅に出る」 「な、なんだよ。よしとくれよ」 「神宮へいってくる」 男の女房はへなへなと腰をその場に落としていた。 「お休みになられただけです。昼子さま」 「母さま」 イツ花の夕子を見る瞳からまた流れた涙を袖で拭った。 「昼子さま。大丈夫ですか」 「なんともありません。ありがとう、福朗太」 (……みんなありがとう) 「もうしわけありません」 「かまいません。はよう、夕子さまをお連れして」 「はっ」 碑文から、血のような赤い光が闇夜を裂いて四散すると、大江山・鎮魂の碑より出でたのは、壊疽の 肉のような、濃い血の色を思わせる肌の如きおぞましい手。腕だった。もんどりを打って、それは 鎮魂碑から転げ落ちる。醜悪な相の巨漢の鬼・朱点。 『ボクを封じ込めたと思って、甘く見るなよ。それまで相手は朱点童子がしてやる。うれしいだろう?』 シユウシュウと息吐く口からは腐臭を漂わせ、のそりと起き上がる。黄川人を助にゆくわけでもなく、 巨漢を揺らして、のっしのっしと歩き、焼けた天守閣のほうへと鬼は消えていった。 『七情を龍に変化させて尚、力があるというのか』 『ほうっておくと、そいつも力を蓄えるよ。どうする、夕子。見くびっていたでしょう。それとも、お風のほうかな。 そろそろ眠らせてもらうよ。ボクだって、ただ寝ているわけじゃないんだからね』 『勝ち目のない、かけっことでも言うのか!』 その跡には、更地にされていたはずの土地に大江山の元の街並みが蘇っていた。 『さあね。ちがうのかなあ?アッハハハハ……。そのうちに、はっきりするさ』 『黄川人……!』 『たのしみに待ってるよ。じゃあ』
『205』 大江山討伐は凄絶を極めた。神威の焔が小さな都をすべて地獄さながらに焼いたのだった。 信徒たちの骸は、お業親子たちを守って殉死した小女たちの数名しか残ってはいなかったが、 イツ花とともに天界に連れられていって此処にはない。犠牲となった信徒たちは焔で骨すらも 灼き尽くされていた。 大江山に鎮魂の碑と封印の門が建てられる際には、安置所として屍倉が建てられはしたが、 黒炭と化した建造物の木々か、神事に使われた焦げて捻じ曲がった道具類だけが一時的に そこに置かれ、墓の下に納められたという。信徒の御魂はイツ花の躰のなかにあって眠り、 ともにある。黄川人にはそれが気に入らなかった。封印を掛けられた事により、憎悪の根源は 鬼・朱点へと受け継がれることになる。そしてイツ花は光弾を退ける際に、その黄川人の 分身ともいえる鬼の貌を見ていた。おとうとの憎悪に満ちた貌といい、忘れ得ぬものとなっていた。 円座には、天上に残された者たちが座り、夕子と昼子に頭を垂れる。夕子は当初から眼を 開いて集まった面子を見回していた。結果が結果だっただけに、みなに存念ありとみて、 時置かず召集したのが理由。夕子の傍には、ちょこんとイツ花が娘・昼子として座していた。 「みなのもの、忌憚のない意見をしてもらいたく、ここに集まってもらいました」 敗北感が支配する中、みなの口は重い。ひとりひとりが弱くとも、力を合わせれば 光明が開けるだろうというのが対面ではあるが、圧倒的な力の差異を知るに当たって、 絶望的な感情がどうしてももたげてしまう。 そしてイツ花もおなじ感情に包まれていた。 『怨恨がボクらを気持ちよくしてくれるよ』 イツ花を黄川人は闇に誘った。お夏を放逐しようとした時の自分の感情、力を闇の心に 委ねたままで解放しようとした既知に胸が苦しくなり、動悸が烈しくなったことを鮮明に 思い出す。重力が胸の一点を突いて圧し掛かって押し潰されてしまうような、 わらわやみにうなされる気持ちに似ていた。 イツ花は膝に置いた両手で衣をぎゅっと握り締めて、消えたお夏のことを思って 瞳に涙を溜めていた。
『206』 「どうしました?」 『別室で休んでいてもいいのですよ』 『そうはまいりません。この詮議に参加したいのです』 『イツ花、わたしを赦してください』 イツ花の膝上に置いた握りこぶしに、夕子の手が被せられる。 『……!』 その所作、人のあふれる感情に、集まっていた一同も驚いていた。 「なんでもありません。夕子さま」 『イツ花、わたしを赦してください』 イツ花は三人の母を思っていた。お業、その半身であるお輪。そして太照天である夕子。 『母さま……ごめんなさい。ごめんなさい……』 イツ花の握りこぶしは、やわらかな感触に少しだけ緩んだ。 『お風、よいのか。策のすべて話してしまっても……』 常夜見・お風は策を弄するにあたり、その真意のすべて打ち明けることを太照天・夕子に 進言している。イツ花を外して、闘いの構えを前もってみなに話したいという。 『常夜見のお役目を果たせない私になんの意味がありましょうや』 『それはよい……お風はよくやっている。やってくれているではないか。もう、言うてはならん』 一枚岩でなかった天界を束ねる好機という捉え方もなくはなかったが、事態は切迫して、 それは、黄川人の成長の早さにあったからだ。 『心遣い、かたじけのうございます。しかし、夕子さま。この策の全容、ぜひともみなにお伝えください』 『洩れる恐れを……どうこう言うている場合ではないということですね』 『さようにござります。われらの存在意義に掛かるものなのです』 まだ、完全体ではないというのに、その力においては遥かに神々を凌駕していること。 都に敷かれた、人による呪術の魔物封じでは一時の気休めにすらならないことは明白だった。 「なぜ人にやらせるのですか。我らがいま一度、戦いを挑めば、まだ勝機はあるはずです」 評議において噴出したのは、源太とお輪の子に将来を託す考えへの不満だった。
『207』 『なにに端を発したのか、それは忘れるのだ。よいか、迷いを捨てて、己が役目のみ果たせ。 みな心して欲しい。いまこそ、天界に磐石な基礎を築かねばならん!掛かる災厄は朧なれど、 計り知れぬものとなることは此処に明言する。ゆえに、やつを都から出さぬように封印を我らで 仕掛ける。勝機など我らにはない。明日を昼子さま、源太とお輪の子に委ねる』 『なににゆえ、人に委ねるのです、夕子さま』 『源太とお輪は祖にいちばん近いからです。その子を立てて戦いを挑ませます。小輪花に命運を 託すことが、この戦の目的』 『ご、ご冗談を……!』 鎮守ノ福朗太が思わず感情を吐露する。 『冗談などではありません』 言ってしまったのであれば、もう吐き出すしかなかった。 『では、昼子さまはいかがされるのです』 『昼子は太照天を継ぐ者です』 『それでは、あまりにも無体な話ではありませぬか。その赤子といい、我らは……あやうい……』 『控えろ!』 『な、なぜに、人……であらねば……』 喉奥からの絞り出すような声だった。 『ほかに、なにがあるというのだ。策があるというのなら、誰か申してみよ。おまえたちが人に 憑依して、いかほどの成果があったか、思い知れ。黄川人の怒りを増幅しただけではなかったのか』 お風が声を張り上げて説き、更に言葉を紡いだ。此処より神々がいなくなることは乱を 呼ぶことになる。確実にそうなる。それでも、それでもと常夜見・お風が時間稼ぎの為であれ、 黄川人に闘いを挑むことの重要性を伝えるには十分過ぎた。
『208』 『思い出せ。相翼院での出来事を。我らに奴を駆逐する力などない!外と内からの魔封じを 仕掛ける。外は夕子さまが。内からはわたしとともに引き摺られたものたちが仕掛ける。 やつは我らを殺そうとはしない。それが唯一の付け入る隙だ』 『小輪花にござりますか……』 『いまひとつ、申し付けておきたきことがある。昼子さまが、どうしても戦いに臨もうとしたのなら、 夕子さまを守るようにと諭すのだ。可能な限り、昼子さまに我らの動きは気取られてはならん。 それを肝に銘じよ。よいな』 『しかし……』 『黄川人に対抗できる力を持つのは昼子さまだけだ。案ずるな。それまでに、魔封じを 仕掛けてみせる!』 常夜見の光のない、紫苑の瞳が一同を見回し、空間を支配する張り詰めた気に納得する。 『対抗できる力は昼子さま!守るべきは昼子さまと心せよ!そして、それとなく我らの 動向をお夏に洩らせ。よいな、刑人』 『はっ』 主要な戦力を失った、黄川人との前哨戦を終えての……評議。 「勝機とは、なんでござりましょう。多くの同胞を犠牲にすることの価値がいかほどの ものだったのか。それも、ただの時間稼ぎに」 その手詰まり感に、濃厚な敗色が漂っていた。 「それを言うたところで……な、我らが思うてはならん。夕子さまが判断すべきことなのじゃて」 円座から膝立ちになり、顔を赧らめている年寄りに食って掛かろうとする、土神の武人。 「これ、銚子を奪うでないぞ。双角、かりかりするでない」 盃から酒がこぼれていた。 「あなたさまというお人は。われらにも意地はあります。どうして、封印したというのに殺せぬのか。 止めを刺せぬ……」 それは、多くの神々を連れ去ったから。「これ、わしの酒を返さぬか」いま決死の覚悟で 挑んだとしても、代償が大きすぎるのは周知の事実。
『209』 「あれは、封印などではない。お風も言うたであろう。かたちばかりのもので、さしたる 意味は……無い。それに、奴は成長するしのう。小輪花に賭けるしかないのじゃて」 「なら、いっそのこと、もろとも滅すれば……」 「いうなッ!二度と、そのような」 (……世迷) イツ花の声が座に響き渡った。 『気持ちを静めなさい、昼子』 怒ったのは椿のように潔く落ちて、生き恥を晒さないという考えにだった。花に例えれば、 神々の存在そのものが老醜を晒していたことが縺れのはじまりだったのではないのか。 『こればかりは、引けません、母さま』 やがて、神が人の男に恋情を抱いてしまったことにある。そして、黄川人がいて、 自分がいた。そして……両親が築いた王国が消えたのだ。 「不満があるというなら、わたしを倒してからになさい。イツ花をこの場で滅してみせよ!」 双角は円座にどかっと腰を落とした。 「それでは、この詮議の意味がないではないか」 「だから、言うた!封印を解いて、力を使い果たしたかどうかわからぬ黄川人を 倒せるかどうか!この昼子を倒してみせよ!神々の存念を、この躰にぶつけてみよ! 相手してあげます!」 「昼子、すぎるぞ。収めなさい!」 立ち上がろうとしていた昼子の躰、夕子の腕が制した。 「すまぬ、双角。この子を赦してやって下さい」 「夕子さま……」 『母さま……、わたしは、まちがってなどいない』 イツ花の声が震え、制した夕子の腕をきつく掴む。 「昼子!」 「わたしが悪かったのです。お気持ちを察することなく、不躾を申して……お赦しくださりませ」 討伐の凄惨酸鼻を経て、天界の束ねになろうとするイツ花。敵となるのが血を分けた 弟であることは、正直耐えられないものだった。しかし、それよりもまして、人に対する 神々の意識。その眼。上位に位置したものが下位の者に衝きあげられる嫉妬の感情。 闇にイツ花は、なによりも恐怖していた。それが大江山の災厄を招いたことなのだから。
『210』 「申し訳ありませんでした」 双角のような男神においても、そのような懸念を抱く。みなが平常心を失いつつあった。 夕子にしても、イツ花の為に下位の者に謝るというのも異例のことでもあったが、それは 善き変化とも言え、ある意味、場を和ませもした。 「は、花がかわいそう……」 だが、イツ花は死の意味付けに対して、烈しい拒否反応を示す。 「昼子さま……」 椿の潔さ、桜の散り際の美しさ……、されど命の落花は見るに忍びない。闇に染まりそうになる 自分もまた恐ろしかった。大江山討伐の天空を摩する焔が自分のようで、心のなかの 闇と向き合う。光りのなかの闇を見ろと言う夕子の言葉を戒めにできなかった自分を恥じ、 ふと闇のなかの光りのことも、気に止めるようになっていた。善のなかの悪なのか。悪のなかの 善なのか……と、心が反芻していた。 「しかし、道理よの。昼子さまに叶わねば、いかんともしがたいわのぅ」 エビスが愛着の使い古した盃をまたぐいっと煽った。 「なにをしている!戦場で刀を落すやつがいるか!」 源太は父に庭先で稽古を付けてもらっていたが、体力差から振り下ろされた木刀を受けきれずに 躰ごと弾き飛ばされていた。 「あっ……」 遠くから源太を見守っていた、お輪が瞼を閉じた。 「敵に背を見せるな!妖魔に背を裂かれれば死するぞ!」 転がった源太を木刀で打ち据える。重い呻きを吐くだけで、泣き声ひとつ上げはしない。 「よいか、その眼を忘れるな」 源太は父親となった男の顔を、敵を見るような目で睨んでいた。 「お、お赦しください」 「気になどしておらん。それよりな、源太。決して散り急いではならん。満ちて大輪を咲かせ。よいな」
>>69 前スレ?dat落ち。
作品だけなら保管庫に行けば?
『211』 お輪の上の兄ふたりは妖魅との戦いでふたりとも命を落としている。 「はい、父上」 それゆえに、真の冬を知る寒い国からの新しい血をと、皆川の当主は遠縁の源太を呼び 寄せていた。短命に駆けることなく、木に花を咲かせよと。 「よい返事じゃ、源太」 (やすらへ……、源太) その時、父は遠き瞳をして見ていたが、源太には気づくゆとりなどなかった。ましてや、 その意味にも、まだ眠る五感は覚醒してはいなかった。 「お輪、そこに隠れておるのだろう。来て、源太の手当てをしてやりなさい」 「は、はい」 お輪が心配そうな貌を柱の陰から、おずおずと現した。源太の顔は困惑した相に変わっていた。 それに気が付いて、気まずそうにお輪はしている。父は衣を着直していた。 「なにを遠慮しておる。わしは、もうゆくからな」 「お父さま……」 「遠慮などいらん」 そう言い残して、笑いながら屋敷の中へと入っていく。お輪と源太との距離は縮まってはいなかった。 くやしそうな源太を見るのは忍びない。かといって、手当てをしてやりたいという気持ちがはやる。 お業の記憶……なのだろうかと、お輪は思った。 「源太さま……」 源太はお輪に背を向けて、庭から去ろうとしていた。 「近付くな。さすれば、お輪を嫌いになる」 皆川に着てから、なにかに取りつかれたかのように稽古に励んでいる源太を見ている。 「お躰を痛めつけて、限界を超えようとしないで……」 「お輪に……なにが分かる。わたしは、非力なんだ。ちからが欲しい。守る力が……もっと欲しいんだ」 吐いた言葉が突き刺さる。お輪は源太の背が顫えるのを見ていた。それは、危険な警告でもある。 お輪も、お業の記憶に胸が痛んだ。すべての危険を孕んでいた。お輪の少女の唇がゆっくりと動いていた。 「やすらへ、花よ」 「お……りん」
『212』 お輪には、源太に言わなければならないことが、いまひとつあった。それは、源太の 耐えうる自信となるもの。神と人とが交わって子を生すと、まれに、類稀な才能をもった 子が生れるという。それもこれも過去からの連綿たる血の記憶の成せる技あってのこと。 されど、このことを源太に言うことは多分、永遠に来ないだろうとお輪は思ってもいた。 源太の中の育っていた武人の心を絶つことになりかねない剣とみていた。お輪の心は曇る。 しかし、源太は今、強い力が欲しいと切に願う。父に現在の自分を認めて欲しいというのが、 戦う男の欲求に他ならない。非力であることが、どれほど辛いことかは、そこはかとなく 心の奥底で知っていたから。源太はやさしい言葉を掛けてくれた、お輪を振り向くことなく 小さな声で前世から愛していた女の名を呼んでいた。 それに、今振り向いてしまえば、涙があふれてしまいそうになる。されども、「ありがとう、お輪。 でも……来ないで、待っていてくれないか。……すまない」と言って、衣に付いた砂を払って 源太は去ろうとした。 「源太さま……!」 お輪の声がうわずって、屋敷に向かう源太の歩みが止まっていた。 「お慕いしております……」 風がやさしく、稽古で火照った源太の頬を撫でていた。 「お輪に笑ってもらえるように、自分の技量を知って稽古に精進するよ。無茶をしないで」 源太は貌を向けて、お輪にそう答えていた。 「源太さま……、ありがとうござります」 お輪の声も顫えている。何故、この戦いに人身御供のような役目で志願したのかが、 その時わかったような気がした。武人の心を辱めてまで、声を掛けずにいられなかった 自分に源太はありのままの貌を見せて答えてくれていた。妹、お業の犯した……過ちを 正そうと自ら志願して輪廻したのは、定めの範疇だったのかと思わずにいられない。 お業の時のように、ゆるりと愛を深めて、おなじ道を見て歳を重ねてみたい。好きな男の 子供を宿して、ささやかな倖せを紡いで生きたい。それが……可能ならば……と。
いつも、ありがとうございます。感謝しています。
『213』 数日前、天井を眺めながら、寝付けないでいたお輪に報せが届いた。 「お輪。あなたに知らせがあります」 お輪は静けさのなかに忍んできた声に、高枕から頭を起そうとしていた。 「夕子さま」 花の匂いだろうか、それとも香なのか。夕子のおだやかな香りが風に載せられて漂い始める。 「そのままで結構です」 よくない報せなのだろうかと、お輪はすぐに思い至る。 「でも……」 「楽にして聞いていなさい。その方が、あなたのためでもあるのです」 「それでは甘えさせていただきます、夕子さま」 お輪は躰を楽にして、開いていた瞼を、そっと閉じ合わせる。どのようなことを聞かされようとも、 横になって聞いていればいくらか衝撃は和らぐという、夕子の心遣いに感謝した。 「かねてよりの、魔封じの技を黄川人に仕掛けました」 夕子が言葉を発するまでの間が、魔とも言えなくもないくらいに恐ろしく、躰が緊張し手汗ばんでいた。 「イツ花は……、いいえ、昼子さまは、ご無事でしょうか……?」 耐え切れずに、沈黙を破ったのはお輪のほうだった。闇の中で、灯火に照らされて、座する太照天・夕子の 姿が朧に見えてくる。 「わたしを守って、気丈にも闘ってくれました」「よかったぁ」 お輪の口から少女の声音で、母でもあるお業の気持ちが反射的にあふれるのだが……。 「しかし、封印を仕掛けたことで、かえって黄川人の怒りを買ってしてしまったようです」 お輪は上体を起こそうとした。いくら、気づかいをしてくれていても、姿勢を正さねばと思った。 「そのままで結構です」 切れ長の黄金色の瞳が、お輪をやさしく見ている。
『214』 「しかし……、夕子さま」 だが、神々の感情はお業の仕出かしたことを、断罪し赦そうとはしなかった。 それも、一時、赦したと見せかけておいて、ちがう動きをもってしてお業を貶めた。行き違いが あったにせよ、妹でもあり、半身のお業の記憶、肌に刻まれた痛みは忘れようとしても、 忘れられるものではなかった。 あふれ出そうな、行き場のない烈しい感情、それ故に夕子に呼ばれるまで蟄居していた。 お風と夕子に、そしてイツ花にお目通りを赦されるまで。 「今回の顛末、魔封じを仕掛けた際に、黄川人は胸を裂いて内丹を放ち、内に巣食って いた鬼を解き放ちました。昼子が地上に落ちたのを見たそうです」と、事の仔細を 聞かされる。神々が内と外から封印を掛けたことで、戦力のほとんどを失っていたことも。 「それよりも……です。お輪」 怒りがお輪には内包されていることを誰よりも知っている。夕子の声が微かに震えていた。 「なんでござりましょう」 「率直に申します」 「はい、夕子さま」 「お輪の意志、かたじけなく思っています。ですが、お輪……」 「我らに怨は……ないのでしょうか。真にありませんか?そのことが、気懸かりなのです」 「心配ですか。わたしが夕子さまを裏切るとでもお思いでしょうか」 「ちがうのです」 また、間が生じていた。お輪は一点だけを見つめていた。太照天の瞳。 「いえ、確かに気懸かりとも言えるでしょう。されど、あなたは……、お輪は……苦しくはないのですか」 「お業への悋気、わたしの中にあると思います。確かに、あるのです」 「……そうですか」 「神々への怨恨。無いと言えば嘘になりましょう。しかし、夕子さま。わたしは後戻りのできない 環のなかに自分の意志で飛び込みました。それがどのような結果になろうとも、駆けて見せます」 (夕子さま……わたしを癒してくれるのは……)
『215』 「そうですか、わかりました。お輪、よろしく、おねがいいたします」 「夕子さま……!」 お輪は起き上がって、頭を深く下げた。自分はそれほど、値打ちがあるのだろうかと思い、 夕子が掛けてくれた言葉をお輪は噛み締める。希望には成り得ない理由がお輪にはあった。 ほんとうにそんな時は来るのだろうかと、お輪は屋敷に向かう源太を見ながら、自分の中の 女を彼の背に重ねていた。時は待ってはくれない。 お業の時とは違い、さらに複雑に絡み合った糸の中で生きねばならない二人だったから、 源太はお輪にとって、お業以上の強い絆で結ばれていたという見方もできる。源太の気持ちが 先走りをしていた。源太はお業を守り切れなかった、非力な人としての記憶を持っている。 記憶は明瞭ではないにせよ、源太の確固たる行動原理となり、その疵を癒そうと稽古に励むあまり、 剣に感情が籠り過ぎて、荒さが目立ち始めていた。 「怒りの剣を振るうな。己を愛せ、源太」 決して、疵から解放されたいという思いに囚われず剣を磨けという父の諭し、お輪の言葉も 源太は受け入れた。心の中は乱れて、哀しみと共に怒りが湧き起こらないでもない。 だが、時はやさしくはない。 お輪はお業を裏切ったことになると迷いが生じていて、だからといって隙ができることだけは 避けねばならなかった。天命としてではなく、源太を支えたいと心から思って。 「やすらへ、花よ……」 お輪は瞳に涙を溜めて、太照天・夕子の去り際に賜った言葉を、青空を見上げてそっと呟いてみる。 源太は己の非力という屈辱に塗れながらも、言葉を掛けてくれたお輪を振り返り、お輪の瞳に 自分のあるべき姿を見た。お輪もまた天命として定められた役目だったとしても、振り向いてくれた 源太のなかに女の夢を思い描いた。罪と知りつつも、時が凍えてしまえばいいとさえ思った。 半身であるお業が、自分以上の烈しい悋気をもって挑んでくる様が見え、お輪は苦しんだ。
『216』 「源太となら、怖くない。わたしは怖くない。怖くなどない」 自分に言い聞かせるように心に刻む言葉。お輪はお業が本気で報復に及び、源太を殺そうと 臨んでくれば、刺し違える覚悟でもいた。ただ、源太がその時にどちらの生き方を、どちらの女を 選んでくれるかがお輪には気懸かり。それが、この闘いの勝運を決することにもなりかねない 大事。お輪は人の心の襞に、いまさらながらに惑う。 『何故に、この闘いの鍵を人に委ねようとするのでしょうか……』 神でありながら、一時は卑しいと思った、妹の男への恋情。お業の気持ちが徐々に伝播するのが 正直辛かった。蟄居して隠れたとて、そうそう遮断できるものではなく、半身である以上、お業の 経験は常にお輪に幻視として絶えずもたらせられていた。 お業を禁忌を犯した痴れ者として罵り、女の悋気を打ち消すのに疲労するもお輪の二人で一つ。 お業の心の贈物を通じて、打ち消す自分がいて、二人の日々の重ねにやすらいでいる自分もいた。 『源太とお輪はなによりも、祖に近しいのです。その血を濃くすれば邪心を絶つことができましょう。 それが、我らが策』 『邪にございますか……』 『さよう、邪心ぞ、お輪』 そんなさもしい自分に気が付いてしまい、また涙があふれ出てしまう。志願した気持ちが 揺らぐわけではなかったが、その意味合いが根底から崩れてしまいそうな気がする。 『禁忌を犯したのは、我が妹。その責めはわたしにもあります。しかし、それではあまりにも、 あまりにも……辛ろうござりまする』 『伏して頼む、お輪。転生したお業の夫、壬生川源太と契り、子を生してほしい』 神格上位の常夜見・お風がお輪に頭を下げていた。お輪はすぐににじり寄り、頭を上げる ようにと言う。しかし、その横で太照天・夕子は円座に鎮座したままで微動だにしない。 お輪の肩が烈しく上下していた。 『頼まれてくれるか、お輪』 『ひ……、ひとつ、お願い申し上げたく存じます』 お輪は夕子のほうを見て言っていた。それを感じて、夕子の赫い唇がやっと動いた。
『217』 『申してごらんなさい』 『源太とわたしの間の子で、黄川人を滅した暁には、暁には』 『ならん。そのようなことは、赦せようがない』 『先ほどのお心とは思えませぬ、お風さま』 お風が先んじて言い放つが、お輪は言葉を続けた。 『妹を、お業を赦してやってはいただけませんでしょうか!お願いにござります!なにとぞ、夕子さま!』 『ならんと言うに、わからぬか』 『でしたら……』 『それも、まかりならん。お輪、らしくもない。見苦しいぞ』 なおもお風はお輪の嘆願を退けようとする。お輪はお風のほうに向き直る。 『らしくないとは、いかがなことにございますか。わたしとお業でひとりの女にございます、お風さま』 『お輪、そなたは……闘いに臨むのではないのか』 乱心しているのだというお風の言葉を夕子は手で遮った。 『かまいません。赦すことにいたしましょう』 『夕子さま』 『お風、よいではないですか』 『真で……ありましょうか』 出過ぎると思いつつも、訊かなければならない事情がお輪にはある。 『お業を赦しましょう。そして、太照天・夕子の存念もあなたに隠さず話すことにいたしましょう』 なによりも怖いのは、すべての企てを知った時の源太の心。 『しかし、夕子さま、それでは下々に示しがつきませぬ』 その……貌。お輪にはおそろしい。 『感謝いたします、夕子さま』 『過ぎるぞ、お輪』 話を収めてしまおうとするお輪に、苛立ったお風の膝上にあった、拳が床をドンと叩いてみせる。
『218』 『しかし、それは真にござりますか、夕子さま!』 彼もまた、黄川人のように鬼となってしまうのだろうかと不安になる。 『お輪!』 『わたしは、夕子さまとお話をしているのです』 お業も鬼女となってしまうやも知れない。愛した花、人間へ殺戮の爪を 下ろしかねない。 『なんという奴よ』 お業を通しての大江山討伐の凄惨酸鼻を見てきたからこそ、お輪は夕子に訊かねば ならなかった。自分もお業のようになるというのなら、そう言い放ってほしい。それで、 あきらめもつくし、子を抱くことで夢を見なくともすむ。子に名を付けず明日を託さずに。 『夕子さま、お答えくださりませ!お業もあなたの言葉を一度は信じたのです!信じていたのです。 女の倖せを夢見たのです……』 源太と契ってからの後々のことの確証を得たいわけではなかったが。お風がお輪の前に 立ちはだかって見下ろす。しかし、夕子は動かない。お業に取り囲まれているとお輪は悟った。 やさしい言葉が自分にもほしいのかと、お輪は思った。 『くどい!』 闘いがすめば、子はきっと神々によって殺されてしまうだろう。そんな、予感がどうしてもする。 『ど、どうか、お願いいたします、夕子さま』 (わたしは、どうしてほしいのだ、お輪……、わたしは、何を欲している) 夕子に頭を下げる、お輪は千々に乱れて泣いていた。お業の源太を思う涙か、妹を思っての 姉の涙だったのか。それともお輪の内から出る恋情か。いまだ生していない子の行く末を思う母の心か。 『さがりゃあっ、お輪』 『夕子さま!お願いに御座います。お答え下さりませ』
81 :
名無しさん@ピンキー :04/02/03 10:34 ID:jSf0cuAa
ageとこ。 >俺屍さま いつも質の高い作品をありがとうございます。 これからもがんばってください。応援してます。
ageとくね
『219』 お輪は夢を見た。それで、寝付けないでいた。眼をひらいて思い出すのは、神々が 黄川人へ闘いを挑む前の詮議のこと。常夜見の力が思うように発揮できない負い目に、 苛立っているお風。黄川人との闘いが、今までの権力闘争とは甚だ格が違っていることに、 思い詰めている夕子。 『証拠がほしいのですね、お輪』 三者三様の悩みがそれぞれにあり、夕子のあかしという言葉にお風もまた心揺さぶられ、 掛かる戦いに臨む決意を包み隠さずに、皆へ語ることの決心をさせた、あの日のこと。 『は、はい、夕子さま……』 (闘いに臨む為の……証がほしい。確約、依り代……。それは、わたしにとっては、 源太の……源太のはずなのに、心の支柱をどこかで欲している。こわいから?) すべてを知ってしまっても源太は、このわたしを抱き締めて、傍に置いてくれるのだろうかと お輪は頬を濡らす。妹の後釜に座って、迫る戦いの中でやすらいで、邪心を棲まわして いるのではと、責める迷いがあった。そして、子のゆくすえにも翳りが及ぶ。 「わたしは……。ごめんなさい、お業……ゆるして」 これが運命だというのなら、無心になって力いっぱい駆けてみせようと心に誓ってみせる。 花はいまだ蕾だというのに、悩み、怒り、落胆は咲かないままに愛すらも枯らしてしまいかねない。 非情だが、隙とはそういうものだ。しかし、お輪は人としての良心に手を静かに合わせみる。 そして、祈りを捧げる。 「お業、誓います。源太もわたしも散華などいたしません。わたしは源太を信じて生きて生きて 見せます。必ずや……そういたします」 (何処までも駆けて行こう、源太といっしょに。さすれば、道は開けるだろうか。 否、きっと開ける。ひらいて見せます、夕子さま) お輪は贈られた花鎮めの言葉を黄川人の戦いに臨む前と後に、二度夕子の口から 聞かされた。
『220』 その言葉で、お輪はさだめを生きていけるだろうと、その想いをお業に伝え、和解の 希望も手にしようとしていた。しかし、花鎮めの言葉が壬生川一族のすべてに掛かる 言葉に、よもやなってしまっていたことを、お輪はいまだ知らず、夕子からの言葉を 胸の中にしまいこんで、源太を追うようにして屋敷の中に入っていった。 お輪のみたゆめ……男が少女の手を取って掴まえると、少女の前に跪いてしまう。 男の逞しい肩が少女の目線へと下りてくる。口にするのは、妻を守れなかった男の懺悔。 少女の薄い胸に男の哀しみで衣を濡らし吐息が埋まる。 (躰が熱い。きこえる、お業。灼ける……みたい) 惹きつけられる様にして、少女の細いしなやかな腕が、素直に男の首に絡み付いた。 男の手が少女の華奢な躰に巻きついて、きつく抱き締められると、少女は濡れた顔を 逞しい肩にそっと隠す。烈しい季節を力いっぱいに駆けて、いつしかゆるやかななかで 深まってゆきたいと、明日を見据えることができるまでに少女はなっていた。 それをいつかは、自分の唇から男に伝えてみたいと少女は思う。だが、男との関係に おいて、その道のりがいつまで続くのか、少女は知らないでいた。お風は明日が 見えないと言っていた。自分が男にしてやれる事は何なのだろうと、時の流れのなかで 考えてみる。天上の星を仰いで、ゆっくりと考えてみると、子をあやすような不思議と 母の気持ちになってやすらいでいた。 そう、ゆるりと二人でやすらいでゆきたい。源太と手をつないで、小径をゆっくりと、 晴れた空の下を歩いてゆくみたいにして。少女はこれからも男から、たくさんの花束を もらって、感謝とともに笑顔で返してゆく。今はそれしかできないけれども、いつか きっと自分が女になった時に、源太に贈物をしようと、ひそかに夢を描いてみる。 だが、その夢はすでに黄川人の邪気によって少しずつ蝕まれ、取り囲まれて いたことをお輪は知らない。 「物忌って、あんた……」 神々が魔封じの闘いに臨んだその夜、天上に駆け昇っていった光弾を見ていた 者たちがいた。限られた者たちだけが、ふたつの光りを見ていた。 「俺が居ない間は、家に籠って邪を払うんだ。いいな」 「そ、そんなことしたら、変に思われちゃうよ」
彼女の実名に関してはそれはどうでもいいことである。 学校一の美女であるということのほうが重要だ。 そして彼女には奇妙な癖があった。 最後の授業が終わると、オシャベリも寄り道もすることなく 家に帰ってしまうのである。 そこがまた、男子生徒たちの興味をかきたてる点でもあるのだが。 「ガチャリ」 音を立てて彼女は自分の部屋の鍵をかけた。 光を放つような長い手入れの行き届いた髪を 後ろでうっとおしそうに結ぶ。 彼女はおもむろに「ギコナビ」を立ち上げた。
エロパロを選択してログ有りのみの表示をギコナビに命令する。 新着が3つ。 とあるゲームのなりきりスレである。 「ふふ、来てる来てる……。」 彼女は艶かしい唇をかすかに動かしてそう呟いた。 【521瞳ちゃん萌え〜】 【522おれのぽこちん<しゃぶれや、瞳】 【523つーか瞳ウザ。炒ってよし。】 瞳とは彼女がそのスレで演じているキャラの名だ。 彼女はその吸い込まれそうなほどの瞳をしばし瞬かせた後、 おもむろにレスを返すべくPCに向かう。 整った顔立ちの彼女は、 メガネをかけるとその視線の鋭さが増す。 「さぁて…どうかえそう、かな…。」 気だるげにイスに体重を預けたまま彼女は思考にふける。
なりきりの「中の人」萌え小説。です。 多分史上初?なのか??
>>87 おお、新人さんですな!乙!控え室スレに書いていた方ですか?
そういえば、新スレ移行してから48さんが来てないみたいだけど、どうしたんだろう?
90 :
48 :04/02/06 15:44 ID:rHj4LvlF
>>88-89 申し訳ありませんが、完結はしておりません。単に遅筆なので投下が遅れているだけなのであります。
前編は8割方投下しましたが、後ろを少し再投下予定です。後編はまだ全然投下していません。
そんなわけで、私のSSを読みたい、という尊敬すべき人がおられるかもしれないので、後編の予告です。
<後編:渚にて・予告>
アンダヤを奪還せよ――――「ノーデック・ロータス」作戦発動!
ムルマンスク攻略戦の前哨戦、アンダヤ攻防戦の幕は切って落とされた。
英国海軍,合衆国海軍,合衆国海兵隊の協力を得てノルウェー海兵隊はアンデネス前面に上陸した。
アンデネスまではわずかに6キロ。
ソヴィエト軍の降伏は目前と思われた。誰もが勝利を確信した。
だが――それは地獄の始まりに過ぎなかった…
最後になり、また少々遅くなってしまいましたが、新スレおめでとうございます。
だれかエリ8で何か書いてくれないか?
保守
職人さん来ないと一気に過疎化するねえ。雑談ネタもないし、さてどうしよう。
>>91 ところでエリ8ってなんですか?
>>93 「エリア88」(新谷かおる)のことでは無いかと思われます。
戦闘機の漫画。
>>94 有難う。ぐぐってみたら雪風が読みたくなった。何故だ。
>48氏
ここに楽しみにしてる者がおります。
新人さん、いらっしゃ〜い
新人じゃないけどお邪魔します。 以下のSSは元ネタはサモンナイト3ですが、以前投下していたのとは一切関係ありません。 主人公が帝国軍に所属しているという妄想まみれの設定及び、今回過去話でオリジナル色が これでもかと強くなっています。目を通す際は体調に御配慮ください。
両開きのドアが開いた。 「行け!行け!行けぇーッ!」 「親爺さん」の絶叫に、若者たちは一斉に飛び出した。 先鋒の男が絶叫した。 「俺の足が…足がァーッ!」 「山本が地雷を踏んじまった!」「クソ、この時期は地雷が多いぞ!各自注意して進め!」 「酔っ払いめ!」「工兵の支援を要請しろ!」「駄目です、全線で敵地雷!工兵の手が回りません!」 さらに叫びが上がる。 「粘着地雷(ガム)だ!」「なんてこった!」「魔女のバアサンの呪いだ!」 だが、それでも彼らは進みつづける。 「キヨスク・ワン、敵が多すぎる。迎撃が間に合ってない!」「『ライジング・サン』は無いのか!?」 「ゲート・ワン、ビンゴ!閉鎖する!」 そこに、濃青の制服で身を固めた男たちが現れる。 「貴様ら、後退は許さんぞ!」 「ここが最終防衛線だ!絶対に閉鎖しないぞ! ここを閉鎖したら、我々を頼る全ての人々を裏切ることになるんだ!」 「クソ、党の犬め」「貴様降格されたいか」 「どこからでもかかってきやがれ市場自由主義に浮かされたヤンキーども。 不屈の駅員魂でもって俺達が一人残らず改札してやる。ジーク・ハイル!」 ある駅の朝の風景。
三日月が冷たく澄んだ空気に身を震わせる夜。 今はもう訪れる者なく打ち捨てられ朽ちるにまかせた工場が、闇に異容を浮かばせる。 そんな、詩的表現の似合う晩に。 「寒い」 ビジュは散文極まりない形容詞を不機嫌そうに吐き出した。 隣でしゃがむ少女が細くしたランタンの灯りで時計を確認し、疲れた声で告げる。 「……交代の時間、一時間過ぎました」 苛立ちに頭をがしがし掻く。 上官の薄笑い。同僚の妙に同情めいた視線。兆候に気づくべきだったのだ。 気づけば今の状況を回避しえたかどうかは怪しいものだとしても、心構えくらいはできたかもしれない。 「やっぱりおかしいです。私、本部に連絡に……」 「無駄だな」 提案を一蹴し懐へと手を突っ込む。 自前の湯たんぽだけでは寒さを防ぐには心許ないが、ないよりましだった。 「無駄、って……連絡の不備とか、もしかしたら作戦が変更になったのかも」 なおも言いつのる少女を睨みつける。少々怯んだようだが、すぐに見返してきた。 幼げな容貌に反してなかなか骨がある。 「じゃあ行きゃあいい。どうせ『交代? 知らんな』で追い返されるのが関の山だろうよ」 うんざりした口調に彼女は学生らしい顔に戸惑いを浮かべた。 そう、学生だ。名前は……忘れた。どうでもいい。 士官学校では年に二、三度、現役軍人とともに軍事作戦に従事するという課外授業が 設定されている。街の巡回や痴漢などの軽犯罪の取締りが主だが、特に優秀な生徒 に限ってもっと上のランクの作戦に参加する。 即戦力として軍の雰囲気に馴染ませるため、また優秀な後輩のスカウト合戦の場でもある。 大体先任のマンツーマン指導という形式をとるが、選ばれるのはやはり優秀な軍人だ。 腕は良いが反抗的で問題児のビジュとは正反対のタイプの。 ……この時点で覚悟しておくべきだったのだ。
101 :
98 :04/02/13 21:10 ID:/omQ+p0y
>>100 だあーッ!すみません、誤爆しますた!
そんな、お願いです!続きを!早く続きをッ!
あなたが続きを投下してくれないとこのスレの住人に殺さr(PAM!PAM!)
98氏の安否が気になるところですが、とにかく続き投下。 今回の作戦はサモナイト石の闇取引の現場を押さえることが目的。 調査を重ねて日時は突き止めたが、場所の特定には至らなかった。 とりあえず三箇所に絞り、可能性の高い順に人員を割いた。その内最も可能性の低いのが、 ここ廃工場。適当に見張ってればいいだけの楽な仕事だと思ったのだが。 「……裏があるとはな」 「でもそんなこと、たかだか分隊長の一存で可能なんでしょうか」 「『どうせ本命は別の場所だから、こっちは最低限の人員で』とか、 言い訳はいくらでもできるだろ。学校出のボンボンはそういうのばっかり得意だからな」 黙ってしまうのを見て彼女も学校生なのを思い出した。 「……あれ、誰か来ますよ」 慌てて身を隠す。 そっと覗くと、ちんぴらくさい男が三人、けばい女が一人。 会話を聞くと商売女と客らしい。が、「三人だなんて聞いてない」だの「まけろ」だの揉めている。 「……」 「……」 その内女に詰め寄り服引き剥がし始めた。 ―――何故に他人のお楽しみシーン出歯亀させられにゃならんのか。 きれた。 隣の少女に何も告げず、ビジュは無造作に隠れ場所から出。 背後からいきなりごろつきのひとりの襟元を掴み、 「ぐぎっ?!」 鼻先から薄汚れた壁へと叩きつける。それも二度、三度。 ごぎゅとかぐしゃっとかまあそんな感じの効果音が相応しいだろうか。 不意をつかれ呆然としていた残りの連中が我に返ったのは、仲間が崩れ落ちてからだった。 「な……な……」 「おっさんどこから……ってゆーか何しやがる?!」
怯えを誤魔化すためか喚きたてる。それを上回る声量で、 「うるせえ! イカ臭えサルが人様の前で乳繰り合ってんじゃねェ、消えろ!」 ご丁寧に倒れたのを踏みつけている。どう見ても悪役だ。 ちなみに女はこれ幸いと逃げ出した。呆れるほど素早い。 まあ恩を着せるつもりはなく、単に鬱憤晴らしができればいいので構わないが。 だが下半身の一部膨らませた連中は、そう考えられないらしく。 茶髪のごろつきが叫ぶ。 「ふざけんな! 地獄みせてぐほ!」 腹に蹴り喰らってえづく。残るひとりは、 「く、来るな! これでも喰らえ!!」 閃光。衝撃。 現れたのは、 ありえない存在。 「メイトルパの―――召喚獣?!」 栗毛の四足獣が牙を剥き出し吼える。 「ひゃはははははは! 行け、やっちまえっ! ―――って、え?」 ビジュに飛び掛ろうと全身をたわめる獣の眼前に、鋼の身体持つ召喚獣が出現する。 それ、ドリトルの鋭利な一撃に頭を吹き飛ばされ、四足獣の体液と脳漿が周囲に飛び散った。 頼みの綱のあっけない最期に硬直するごろつきに、 「テメエら、そのサモナイト石―――」 遮るように、小さな炸裂音が響く。 ビジュの左肩に鋭い熱。焼いた火箸を押しつけたかのような痛みによろめく。 建物の陰から薄く硝煙をたなびかせる銃口を向け、見知らぬ男が姿を現した。 一人ではない。後方からばらばらと出てくる。 警鐘が頭の奥で鳴る。 考える前に呆然と杖を構えたままの少女を半ば引きずり廃工場へと逃げ込んだ。
間一髪、銃弾が地面をはじく。 「ちっ……貴様ら、あれほど迂闊に使うなといったろうが!」 「ま待ってくれ! 二発目、あれは俺らじゃない!」 慌てて言い訳する。 「赤毛の女がいただろう、そいつがやりやがったんだ」 「……何者ですかね? 最近軍の動きがきなくさいって話ありましたが」 「とにかく追うぞ」 新しい血痕が床を点々と伝っていたが、工場の真ん中辺りで途切れる。 「どうしますか」 「中にいるのは確かだ。探せ。正体は見つけ出してからゆっくり訊くさ」 下卑た笑いを残し彼らは銘々に散っていった。 「―――二十三時三十八分、アズリア・レヴィノス帰還しました」 芯の通った敬礼をする教え子に、士官学校の教官は満足そうに頷いた。 「ご苦労。それで、どうだったかな?」 「……正直緊張しました。やはり、低いとはいえ本物の戦闘に入る可能性もあったわけですから」 「そうだな、何時でもどんな状況にも対応できるよう適度な緊張を保つのは必要だ。 しかしそれに溺れぬよう肝に銘じておけ」 「はっ……ところで、レックスとアティはまだ戻っていないのでしょうか」 教官の表情に、黒髪の女生徒は眉をひそめる。 「うむ……レックスは八番街の担当ゆえ不測の事態というのも在り得るだろうが、 アティはまだ終了報告が来ていない」 「しかし一時間半は前に終わっているはずでは?」 「事情を聞こうにもリンツのや…リンツ少尉がつかまらなくてな。副官も居場所が分からんらしい。 どちらでもいい、見つけたらこちらに来るよう伝えてくれ」 「はっ」 敬礼をし、踵を返しかけて、 ドアがけたたましい音を立て開く。
赤毛の少年がぜいぜいと肩で息していた。 「レックス?! 何かあったのか!」 こくこくと頷く。部屋に緊張が走る。が、少年の報告は予想外のものだった。 「八番街において、戦闘、ありませんでした……但しそこで得た情報により、 今夜、廃工場でサモナイト石の取り引きがあることが判明! リンツ少尉に伝令を……」 『なっ……?!』 会議机の端に腰掛けていた少尉の副官が真っ青になる。 黒髪の学生が素早く見咎めくってかかる。 「リンツ少尉は?! 今回の作戦において、少尉は何をされた?!」 「いえ、あの、自分は」 仕方ない。これだけはしたくなかったが。 「私はアズリア・レヴィノス。レヴィノス家の者だ―――この意味が分かるな」 副官が硬直する。レヴィノス家は、軍部に多大な影響力を誇る名家中の名家。 今は学生でも、自分より確実に出世する人間だ。悪い印象与えたくないのが人情だろう。 「あの…実は、廃工場への人員は少尉の一存で他の二箇所へとまわされて……」 「変更はどの程度だ」 「その……向こうへは……二名、のみです」 驚きと呆れと怒りで絶句した。これは作戦変更のレベルじゃない、完全な嫌がらせだ。 しかも対象に知り合いが含まれている、とあっては。 「もういい。アズリア、レックス、君たちはリンツ少尉を探し連行してくるように。 アティのことは心配するな。我らの同胞を信じろ」 教官の言葉に我に返る。確かに自分たちが実戦に加わっても指揮系統を乱すだけだろう。 ならば、せめて命令を果たそう。 「リンツ少尉を探す。レックス、急げ!」 「分かった!」 見た目も性別も全く異なる二人の気持ちは、寸分違わぬものだった。 ―――未だ戻らぬ少女が無事でいてほしい、と。
山積みになったジャンクパーツの陰、昼間でもよほど注意しなければ発見できない所に 人ひとり通るのがやっとの通路がある。その先の空きスペースに、二人は身を潜めていた。 ここへ引き込んだのは少女だ。どうしてこんな場所知っているのかと聞くと、 「下見に来たとき偶然見つけました」との答え。備えあれば憂いなし、というやつか。 「怪我、応急処置だけでもしておきますね」 傷口へと押し当てたタオルは真っ赤に染まって重みを増していた。 それと反比例して痛みは引く―――というか慣れてきた。実際出血は派手だが、 弾は肩の肉を少しばかりこそげ取っただけで、骨にも神経にも影響はなさそうだ。 彼女がジャケットの裏打ちポッケから包帯やら消毒液やらを取り出す。 ありがたい事は有難い、が。 「テメエ軍医だろ、召喚術で治せばいいだろうが」 「……聞いてないんですか」 「何を」 手当てをしながら、妙にしみじみした口調で、 「私も大概ですけど、貴方も相当な嫌われ者なんですね」 「どういう意味だ」 「だって、私が治癒召喚術使えないこと知らされてなかったんでしょう」 今、何だかとてつもなくかみ合わないことを言われた気がする。 「ちょっと待て。テメエ軍医だろ?」 「正確には軍医志望ですけど。……私、サプレスにもメイトルパにも適性がなくって」 不器用な仕草で肩をすくめてみせる。 「治癒術の使えねェ軍医なんぞ、聞いたことねェ」 「全くです」 重々しく相槌を打つ。そもそも彼女のことなのだが。 「―――奨学金制度をご存知ですか? 学費も生活費も国が負担する代わりに 必ず軍人になるっていうやつです。それ、医術を学ぶ場合はちょっと違ってて、 五年間軍医として勤めたら開業資格が貰えるんです。私、それが欲しくって」
「軍人じゃなく、医者になるために学校に入ったのか」 「ええ。だから、どうしても軍医になりたいんです。治癒術は使えなくても薬や手術の 勉強は人一倍したし……軍医として足りない分補うために、攻撃用の召喚術も学んだし」 急に、声のトーンを上げて、 「私も、リンツ少尉に恨まれる覚えあります」 意外な告白、といっていいのだろうか。 「あの方四期上の先輩で、告白してきたことがあったんです。 その際、断ったら襲ってきたのでつい鞄振り回したら、中っちゃって」 「どこに当てたんだ」 「ええーよめいりまえのおぜうさんのくちからはとてもいえませんー」 わざとらしく棒読み口調で答えて、小さく溜息をつく。 「同情も反省もしません。十四の女の子に無理矢理迫ったリンツ先輩…少尉が悪いと今でも思ってます。 あの時は本気で恐くてたまらなかったんですから。でも、まだそのこと恨んでるだなんて」 やはり彼女はまだ子どもだと思う。なるほど度胸はあるし、機転も利く。 だが他者の歪みを推察するには幼すぎるのだろう。 「んなわけねェだろ」 「ならどういう理由だっていうんですか」 「奴は苗字持ち、テメエは平民、それだけだろうよ」 よく分からないといった面持ちで見上げてくるのに、 「あのボンクラ、家系だけしか取柄がなくてな、他の苗字持ちの連中と比べて出世が遅いんだよ。 それで始終やつあたりのクソ野郎だ。そんな奴がカネもコネもねェのに自分と同等―――いや 下手すりゃ自分より先に昇級しそうな奴を何とも思わないわけがあるか」 おそらくどつかれた事はきっかけに過ぎない。 あの手の連中はこちらからちょっかいかけなくても、 理由勝手にこじつけて絡んでくる、そういうものなのだ。 「……学校内だけだと思いたかったです、そういうの」 「残念だったな」 蒼い瞳がこちらを見据えた。 「貴方もそのクチですか?」
「……俺はそもそも学校出てねェ。素行も悪いし、目障りなんだろ」 応える代わりに、彼女はふと笑う。不審げに目を遣るビジュにいえいえ、と手を振り、 「自分と同じくらい不幸な人がいると、何か安心しちゃいました」 意味不明のうえ後ろ向き極まりない言葉だが、調子は明るい。 ごろつきの声が遠く届く。ここもそのうち見つかるだろう。 「相手何人だったか覚えてるか」 「確か……五人、でしたっけ」 「四だ。最初の入れるなら七人―――先手取って強行突破といくか」 少女は頷き、 「この先に梯子があって、二階に出られます。上から急襲かけるのは如何?」 「面白れえ」 全く。肩は痛むし敵は多いし援軍は望めない。まあ仕方ない、やらなくては。 工場内は基本的に吹き抜けで、東側にのみ中二階がしつらえてある。 元は事務室だったらしい部屋を、ごろつきは寝食の場として活用していた。 「くそ、あの野郎……」 痛む顔面を抱えて彼は薄汚れたソファの上で毒づいていた。 いきなり現れての理不尽な暴行。普段彼らがやっているのとそう変わらない行為だが やるのとやられるのとでは大違いだ。腹立ちを紛らわすため、男と一緒にいた女のことを考える。 他の奴の話では、楽しめそうな体の女だったらしい。捕まえたら早速ぶちこんでやろう。 連れの男の前で輪姦すのも面白い。男は適当に痛めつけて近くの川にでも――― 楽しい妄想に浸る耳は背後の足音を捉えることはなかった。 後頭部に強い衝撃。 「がっ……?!」 続いて鳩尾、ぼんのくぼ。襲撃者の姿も知らぬままごろつきは気絶した。
杖でぶん殴った張本人は反省の色を塵ほども見せず、 「終わりました。これ、どうしましょう」 「そこのロッカーにでも入れとくか」 中にはおあつらえむきにモップが残されていた。ごろつきを押し込み、 取り出したモップをつっかい棒にフタをする。まず一人。 「じゃあこれから……」 「―――! お前らどこから……!」 誰何の怒号に、しなやかな身体が咄嗟に反応し体当たりする。 体重差があるとはいえ勢いに圧され、廊下にしつらえた手すりまで後退し。 ばき。 腐食した手すりは二人分の体重を支えきれずに折れた。 たまらず落ちる。べしゃ、と、どかん、との中間くらいの音がした。 背中からまともに叩きつけられたごろつきはたまったものではない。白目を剥いて失神する。 赤毛の少女はといえば、ちゃっかり相手を下敷きにして無傷だった。 それでも放って置けば下の連中に集中砲火浴びるのは火を見るより明らか。 闖入者に焦りつつ銃を向けるひとりへと投具を投げつけ、 ビジュも追撃にまわるべく飛び降りる。 床についた瞬間肩へと激痛が奔るが歯を食いしばり堪える。 投具が当たり悲鳴をあげるごろつきに、 「後悔しなっ―――タケシー!」 ビジュは召喚術は不得手だが、弱った相手には充分効いた。 電撃を浴びくずおれる。仲間を倒され怒り心頭に達するも、 少女の放つ術に牽制され他は身動きがとれない。但し長くは持たないだろう。 杖を構え素早く周囲を見渡し、錆びた大型機械へと目を付けビジュを招く。 「こっち!」 空を裂く銃弾をかいくぐり、塗料の剥げむきだしになった鉄箱の後ろへと隠れた。
荒い息。五感を限界まで研ぎ澄まし襲撃に備える。 側の。鼓動が。熱が。近い。 震える身体は、しかしビジュにすがることはない。 あくまで自力で立ち、互いの動きを妨げぬよう背を真直ぐに伸ばす。 「おい」 「……はひ」 「連中倒したら、今度はリンツの腐れ下衆殴りにいくか」 「…………え?」 「どうする」 「……ふ、ふふっ……それも、いいかもしれませ……」 無理矢理に絞り出した声が、凍る。 新しく加わる大勢の足音。鉄製の扉がやかましい軋み声をあげて開いた。 新手―――絶望に暗転しかけた視界の隅を白光が灼く。 「軍の者だ! サモナイト石不正取引の容疑で拘束する! 武器を捨てろ!」 サーチライトの逆光の中響くのは、ひどく頼もしい声。 「繰り返す、武器を捨て投降しろ! 警告を無視すれば敵対行動とみなし攻撃する!」 夜目にも眩しい白の軍服。 帝国の守り手、そして二人の同胞たる彼らは、次々とごろつきどもを捕えてゆく。 「ええと……助かったんでしょうか」 「……らしいな」 「……良かったあ……」 緊張がとけたのか、へたんとだらしなく床に座り込む。 自分たちの名前を呼ぶ声が工場内に反響した。 「テメエ、アティっていうのか」 「……その様子からすると、今まで覚えようとしてませんでしたね、ビジュさん」 汗まみれ埃だらけの姿でそれでも苦笑いするのに、こちらも口の端をつりあげてやった。
夜中にも関わらず士官学校には煌々と灯りが点り、軍と学校の関係者が慌しく走り回っている。 仕方ないだろう。一人の馬鹿のせいで、毎年恒例の単なるままごとから 死人の出る大きなスキャンダルに発展するところだったのだ。 二十歩ほど先で、ビジュにとって上司にあたるその大馬鹿野郎が 士官学校の生徒らしき男女と言い争っていた。 切れ切れの単語からすると彼らは隣の少女の知り合いで、少尉の行動を責めている最中らしい。 「奴がいたぞ」 「奴、ってあの、リンツ少尉のことですか? ……ってまさかちょっと本気で」 途中で上擦る彼女を尻目に少尉へと歩み寄り、 「おい」 「ん、なん―――ぐぶううっ?!!」 振り向く鼻っ柱へと拳を沈める。 少尉と口論していた学生二人は突然のことに呆然としている。 「テメエのせいで死ぬ思いしたんだよこの無能野郎がっ!」 「な…き、貴様上官にむかって……!」 鼻血垂らしながら怒りに血の気を漲らせるのに、冷ややかな声が浴びせられる。 「上官なら、部下の命を無駄に危険に晒してもいいとでも?」 彼女はこの上なく剣呑で相手を馬鹿にしきった目で、愛らしい紅唇を開き。 「軍人が私情挟むなんて最っ低ですね! それじゃあ出世できないのも当たり前ですよこのロリペ(以下色々と不適切なので検閲削除)やろー!」 少尉の顔色が赤、青、黒と物凄い勢いで変わる。 「不愉快だ! 貴様らのような平民がこのような事してどうな―――」 「「やかましいっ!!」」 示し合わせたわけでもないのに、それはそれは見事なダブルストレートが決まった。 少尉が綺麗な弧を描き地に崩れ落ちる。
誰もが言葉を失うなか、加害者ふたりは互いを見、 爆笑した。 「イ、イヒヒっ! あの顔……ヒヒヒヒヒヒっ!」 「駄目…おなか、いた……っくあはははっ!」 血と汗と煤と埃とその他よく分からんもので汚れ放題の身体をくの字に折り曲げひたすら笑い続ける。 赤毛と黒髪の学生の顔がさあっと蒼褪めた。 「ア、アアアアティと知らない人が壊れた?!?」 「医者、医者を呼べー!!」 どうやら今夜はもう一波乱ありそうだ。 後日、この事件は揶揄とも武勇伝ともとれる語り口で 士官学校の生徒間において密かに伝えられることとなる。 ビジュはといえば相変わらず謹慎と配置換えを繰り返す日々を過ごし、 とうとう「今度問題起こしたら軍法会議にかける」との脅し付きで 発足したばかりの海軍第六部隊へと配属されることとなった。 隊長は学校卒業したばかりのひよっこ、部下はろくに揃わず参謀も軍医もいないという 穴だらけの有様は、掃き溜めにはいっそ相応しい程。 それでもどうにか隊として機能し始めてしばらくした頃、待望の軍医が配属されるという知らせが届いた。
「……あれか、あれなのかうちの軍医って?!」 「うわほんとに女だ、しかも上玉じゃね?」 その日はちょっとした騒ぎになった。 部屋へと入ってきた女は、しばし中を見回し、 目当てのものを見つけたらしく真直ぐに向かう。 歩を進めるのにつられて揺れる紅の長い髪が、白衣と鮮やかなコントラストを描く。 周りの動揺なぞどこ吹く風で、女はビジュへと歩み寄った。 「お久しぶりです……あまり驚いてませんね」 からかい交じりの台詞を鼻で笑う。 「治癒術の使えねェ軍医受け入れる酔狂な奴なんざ、ここの隊長殿くれえだからな」 「貴方に比べれば可愛いものだと思いますけど」 まずは軽く再会のご挨拶といったところか。 赤毛の女はにっと―――断じてにっこり、ではなく―――微笑んで、 「この度、帝国軍衛生部より軍医として配属された、アティと申します。 何分若輩者ですので宜しくご指導のほどお願いします」 教本通りの敬礼をする。 日々の出来事にいちいち運命だの何だの持ち出す趣味はないが、 それでもこの出会いはひどく楽しげなものに感じた。 予感は……まあ、良くも悪くも当たりではあったのだが。 それと判るのはもうしばらく先の話。
114 :
97 :04/02/13 21:52 ID:02e+o7FD
階級とか学校制度とかの矛盾は流してやってください。おながいします。 ……つか万が一甘々ご都合話を期待されてた方いたら、ごめんなさい。 98氏にもすまん事しました。大丈夫でしょうか。
♪イッヒ ハッテ アイネン カメラーデン… どうにか生きてます。誤爆&割り込みすみません。 >階級とか学校制度とか 大丈夫じゃないかと思いますよん。自衛隊でこれやったらシャレにならんと思いますが(笑) 私も某国で(一応)上官ぶっとばしたことありますし、そこの士官学校なんて小学校以下でしたし。
>>114 乙
このビジュとアティなんかイイコンビだね
テンポがイイし観てて飽きない・・・漫才コンビを結成して欲しいくらいだ(笑)
117 :
97 :04/02/14 15:15 ID:h9cbEVqz
>>115 48氏でしたか。『北の鷹匠たちの死』後編き…じゃなかった、レスありがたう。
誤爆は笑かしてもらったので逆に感謝しとります。何処へのものだったのか非常に気になります。
SSはのんびり待っていますので、ご都合のいい時に是非。
>>116 コンビ結成後(笑 が気になったらサモンナイトスレにどうぞ……宣伝すまん。
元はあちらに投下するつもりだったのですが、えろいの入らなかったのでこちらに。
これ見て当初のコンセプトは「バレンタインネタでアティビジュ、ほんのりシリアス風味」
だったと気づく奴はまず居るまい……笑うしかないですよコノバカヤロウ
最近、俺屍さん来ないねー…忙しいんかな。
ビジュ「バレンタインネタ結局書かなかったな」 アティ「だって私受験生で、この時期余裕ないですし」 ……などとSS投下できんかった言い訳してみたり。人大杉ですがどなたかいらっしゃいますかー。
いますよー こんな健全スレあったんですね。 漫画板のSSスレは皆、青息吐息状態なので、 このスレ発見して嬉しい限り。
人いないので保守代わりに投下。 話としては48−55の続き。アティは学校卒業後の設定で。相変わらず脳内設定すさまじいことになってます。
帝国の南に位置するひとつの村、その墓地に女は居た。 腰まである長い髪は、今正に稜線を染めゆく夕日と同じ色。 「……じゃあもう行くね」 一時間近くひとところに留まっていたが、そろそろ戻ったほうがいいだろう。 女はそう判断し立ち上がる。そして最後に。 「……」 迷いながら。 「……さよなら、お母さん、お父さん」 掠れた声でそれだけを囁き身を翻す。 振り向くことはもうなかった。 部屋の中を懐かしげに見回す女に、村の長たる老人は声を掛けた。 「懐かしいかい、アティ」 「あ、はい。離れて随分経つのに変わってなくて……何だか嬉しいです」 返事と共に向けられた笑顔は年齢の割には随分幼く、まだ二十歳を過ぎたか どうかの娘に見える。やわらかい目鼻立ちがそうさせるのかもしれない。 赤毛の女―――アティがこの家で暮らしたのは、彼女が両親を亡くしてから 軍学校に通うため村を出るまでのほんの数年間にすぎない。 けれどアティにとってここは確かに『我が家』だったのだ。 そう、だった。 「それで。やっぱり村にはもう戻らないのかい」 「……ごめんなさい」 頭を下げるアティに老人は慌てて言う。 「謝る事はないだろう。アティは元から頭が良かったし、 こんな小さな村で一生を終えるのは勿体無いというものだよ」 優秀な人材を村に留め置けないのは村長の立場からしても、親代わりからしても 惜しいと思う。けれどそれよりも今は彼女の選択を祝福してやりたかった。 「しかし泊まれるのは今夜だけなのか。残念だな」 「街の方に人を待たせているので、あまりゆっくり出来ないんです」
ふと思いついて訊ねてみた。 「もしかして……旦那さんかい?」 一瞬アティはきょとんとした顔をして、次いで勢いよく手を否定の形に振った。 「そんな違います!」 「そうか、いや、アティも結婚していてもおかしくない歳だからなあ」 「本当に違うんです。 …… ……でも」 ―――目の前の娘が幼い時分、酷く大人びた笑顔を度々見せていたのを思い出す。 何かを諦めてしまうかのような、最初から望むことを抑えてしまうような、年頃の 少女にはあまりにも似つかわしくない、喪失を体験した者のみに可能な、静かな表情。 けれど今は。 「同じくらい大切なひとです」 穏やかで、確信に満ちた、言葉。 そうか、と老人は相槌を打った。ここで一緒に暮らしてきたはずの彼女がいつの間にか 遠い存在になってしまったことが少しばかり寂しく。同時に一人立ちを果たしたことが誇らしい。 「いつか連れておいで。ここはアティの故郷なんだから」 だから何時でも帰ってきていいのだと。 アティは、たった一言、 「ありがとう、ございます」 小さく震える声で呟いた。
帝国最南端の召喚鉄道駅はそこそこの賑わいを見せている。三日に一度の 帝都方面への列車が出るのが今日なのだ。 ホームに設えた長椅子を占領するようにしてビジュは辺りを眺めていた。 ガキじゃあるまいし一人占めする気は本人にはさらさらないのだが、 目付きの悪さと顔の左半分を覆う刺青に周囲の人間が恐がって近寄らない。 「―――全く、どこのヤクザがいるのかと思っちゃったじゃないですか」 いや、一人いた。 「誰がヤクザだ、誰が」 「貴方……かな?」 ふざけた答え。隣に座るアティを半眼で睨む。 「まあ軍人もヤクザも似たようなものですし」 本職どちらに聞かれても怒られそうな台詞だ。 「遅かったな」 「そうですか? 暇なら一緒に来れば良かったのに」 「ンないど田舎行く気なんざねェんだよ」 それは本心からなのか、久しぶりの里帰りを邪魔したくないがゆえの 下手くそな心遣いなのか。 「まあ確かに田舎ですけどね」 アティはつっこまないことにした。訊いても前者だとしか答えないだろうし。 「……で」 「はい?」 「墓参りだよ。終わったのか」 「……ええ。最後だからじっくりやってきました」 声に寂しげな陰が落ちる。 「言われちゃいましたよ。『アティは相変わらず年齢より下に見えるな』って。 それはそうですよね……年取ってないんだから」
アティの容姿は、数年前あの島でビジュと会ったときから変わっていない ―――いや、変わらな過ぎた。確かに成長期を過ぎた人間の変化は 見分けにくいだろう。だが、それを差し引いても。 アティが無意識のうちに左腕を押さえる。 ウィスタリアス。絶大な力を所有者に与える魔剣は、反面持ち手を選ぶ。 その資質、魂の輝き、全てを兼ね備える適格者たる存在を見つけるのは 砂漠で砂金粒を探すに等しい。 故に魔剣は適格者を『護る』。 ヒトには過ぎたる力を与える。 ヒトの器ではくくりきれぬ再生能力を与える。 ヒトにはあらざる不老不死の終わりなき生を、与える。 手に入れた適格者を失わぬために。 それを選ばれし者の特権ととるか、時の牢獄ととるかは適格者次第。 アティには、まだよく分からない。 「だからもし墓参り行けるとしたら……そうですね、いっそ二十年くらい 間を置いて、『私アティの娘です』とでも誤魔化すしかないですね」 冗談めかした言葉。しばしの沈黙の後。 「……島に戻る気は」 アティが驚いてビジュの顔を見る。 「あの島、時間の流れが違うんだろう? そっちの方がいいんじゃねェか」 少なくとも、ここで流れの異なる時を生きるよりは。 「やめときます」 「何で」 「貴方はここにしか居ないから」
思いっきり吹きだした。 「ちょっとそこは笑う所じゃないでしょう?!」 「うるせえテメエは俺にどんな期待してんだ」 「…………ああそうです私が馬鹿でした」 すねるアティ。その頭から帽子を奪いぐしゃぐしゃに頭撫でまわしてやる。 「何するんですかー!」 「いやこういうのがお望みかと思ってなあ」 「違います!」 帽子を取り返ししっかりとかぶり直す。 頬が朱い。怒り六割、周囲の視線への恥ずかしさ二割、その他二割といったところか。 列車到着の合図が響き渡る。 「さて行くか……つっても帝都にゃ将軍殿の目が光ってるから入りにくいんだよな」 「じゃあ途中下車してパスティスにでも向かいます? シルターン自治区とか、学生時代の経験生かしてご案内しますよ」 「悪くねェな」 道がどこに続いているのか知らなくとも進むことはできる。 ―――きっと幸せに繋がってるのだと信じることも。自分の居場所を、つくることも。
あいかわらず惹き付ける文章ですね、元ネタも知らないのに本スレに行ってもっと読みたくなります。
128 :
121 :04/02/27 19:53 ID:9xC2EeZ5
>>127 一名様ご案内…冗談はさておきそう言っていただけると書き手冥利に尽きます。感謝。
ここ需要はあると思うんですがね。圧縮生き残れますように。
「なるほど今回は車内エロか。」と ナチュラルに思い込んで読んでいたバカがここに。 スレタイ嫁と自分に叱咤しつつも >121さん面白かったですよーと。
ノルウェー海兵隊は、洋上にあった。 彼らは今回の作戦に備え、新しい武器を支給されていた。 ノルウェー脱出以来、各地を転戦する間に様々な武器が入り混じり、補給が困難となっていたためだ。 装甲車は、M113やらナンやらが混ざっていたのが、8輪のピラーニャ装甲車に統一された。 海兵隊員たちはこの装輪装甲車が頼りなく思えて気に入らなかったが、海上をM113の2倍の速度で走れるし、強力な 25mm機関砲まで積んでいるのは――少なくとも――事実だった。 だがそれが、その安さゆえに戦費に苦しむノルウェー政府に喜ばれたことも、また事実だった。 さらに、戦車部隊はレオパルト1戦車を受領した。この戦車はこれまで使っていたM48A5より5トンほども軽いにも 関わらず、より強力な射撃コンピュータやレーザー照準器を備えており、戦車兵たちは大いに気に入った。 海兵隊員たちは、新しく支給されたM16A2小銃に期待と疑念の入り混じった視線を向けていた。 彼らが使っていたG3やFALより軽いし信頼性は高いが、やはり口径が小さくなるのは不安だった。 その他、主な歩兵装備は以下のとおりである。 81mm中迫撃砲M29、60mm軽迫撃砲M224、対戦車ロケットM72、84mm無反動砲カールグスタフM3。 また、砲兵部隊は105mm軽榴弾砲M101を、工兵部隊は装甲ドーザ、地雷原啓開車、坑道掘削装置などを受領している。
クレトフは目覚めてからなぜ目覚めたのかに気付いた。 彼は、本能的に、彼女が迫る脅威を見たのだと考えた。 自動的に手が動いて腰のホルスターから自動拳銃を引き抜き、左手でスライドを引きつつ、彼女の上に覆い被さった。 しかし、悲鳴を上げつづける彼女の目を見て、何がそうさせたのかを知った。 彼女の目はうつろで、数センチしか離れていない彼の顔も見ていない。 両手で毛布を握りしめ、絶叫を続けている。 彼は拳銃をホルスターに戻すと、ピストル・ベルトを外し、椅子に置いた。 ごとり、と重い音をたてて軍靴を床に落とし、上衣を椅子の背にかけた。 彼は彼女の隣に横たわり、彼女の頭を胸に抱いた。 耳に唇を寄せ、ささやく。 「オーケイ、オーケイ、だいじょうぶ、スーザン、大丈夫だ。君は生きている。オーケイ、オーケイだ…」 「奴が…来る…銃で…私を…撃つ…」 彼女はがたがたと震え、涙を流していた。 彼女と同じ支給品のTシャツの胸に、涙が筋を作った。
セルゲイ・クレトフは、彼女の活力と勇気に感嘆していた。 彼女はいつも、虜囚の立場にあるとは思えないほどに溌剌としていた。 しかし今、活力も勇気も影をひそめ、彼女は、彼の胸で、おびえた子供のように震えている。 男は腕に力をこめ、彼女を抱き寄せた。 男の力強い心臓の鼓動に、女の心は落ち着きを取り戻す。 「奴は死んだ。俺が殺した。奴は、もう、来ない」 彼女は痙攣するようにうなずいた。 「だいじょうぶ、俺がここにいる限り、君には指一本触れさせないよ」 女は顔を上げ、男の顔を見た。 その目にはショックに加え、すがるような表情が浮かんでいた。 「お願い、ここにいて…私の隣に…」 彼はうなずいた。 「ああ、ここにいる。俺はここにいる」 女は、彼の鼓動と体温に、はかりしれないほどの安堵を覚えた。 彼は彼女の頭を抱き、スーザン―――彼が守れなかったひとが眠りに落ちるのを感じていた。
スーザン・パーカーはロサンゼルス沖のサンタ・カタリナ島近く、水深20メートルにいた。 彼女は米海兵隊のルイス大尉に誘われて、ノルウェーではおよそ縁の無さそうなスキューバ・ダイヴィングに挑戦していた。 ルイスはタンクから何から全部自前で器材を持っていたが、彼女はウェット・スーツ以外の全てをレンタルしていた。 我々の感覚から言えば、水温は低い。伊豆と大差ないと思っていただければよいだろう。 しかし、彼女にとっては、驚きの連続だった。 彼女は山登りは得意だったが、海に行くことはほとんど無かった。ときおり兄弟と釣りに行く程度だった。 だいたい、ノルウェーでドライスーツを着ずにダイヴィングをするのは自殺行為である。 彼女が大きな海藻の森に目を見張っていたそのとき。 大きなトラブルが彼女を見舞おうとしていた。 彼女がレンタルした器材は、整備不良だった。 タンクとホースとをつなぐ機械、すなわちファースト・ステージ、その圧力調整のスプリングがうまく働いていなかった。 突然、送気が停止した。 彼女はあわてて周囲を見回したが、ルイスやほかのダイヴァーたちの姿は海藻に隠れて見えない。 浮かれてバディ・システム、つまり、常にグループで潜れという原則を無視したツケが回ってこようとしていた。 BCDジャケットに注気しようとするが、故障したのがファースト・ステージのため、注気は行われない。 レンタルした器材には予備のオクトパスは無いし、あってもファースト・ステージの故障には対処できない。 この場合の対処法は、バディに空気をもらうバディ・ブリージングか、海面への緊急浮上しかない。 そして、バディはいない。 彼女は瞬時に決断し、ウエイト・ベルトを投棄して緊急浮上を開始した。
彼女は自分が放出した気泡に包まれ、きらきらと光る海面に向かって急速に上昇していった。 足ヒレを蹴る力を弱め、浮上速度を気泡と同調させる。 顔を上向け、唇の力を弱めて小さな気泡を常に出しつづける。 これは空気の膨張による肺の損傷を避ける措置だったが、空気の消費量を増やすのも事実だった。 マスクの中の空気まで吸うが、酸欠で頭が朦朧としてくる。 ほとんど失神しかけ、目の前が暗くなった瞬間、彼女の体は水面上に躍り上がっていた。 ボートクルーが彼女を見つけ、ボートの上に助けあげた。 そのまま一晩入院したが、幸いにも減圧症や空気塞栓症の発症はなかった。 その翌々日、彼女は再びそのポイントを潜った。 実のところ彼女は海が怖かった。 もしも彼女の肺の中に空気がほとんど無い状態で送気が止まっていたら、彼女は海面にたどり着けなかっただろう。 そして、彼女の死体は海藻に絡まれ、やがて彼女が忘れられたころ、見る影も無くなった死体が見つかっただろう。 しかし、彼女は、どうしてもあの海中の感動が忘れられなかった。 これを乗り越えなければ、二度とあの感動を味わうことはできないだろう。 そう感じて、彼女は敢えて同じポイントを潜った。 そのダイヴィングは、劇的なことは何も無く終わった。 そして、その後、彼女が水を必要以上に恐れることは無かった。
135 :
48 :04/02/27 21:59 ID:tAMp/280
シュクリッヤー?前回の誤爆は無視することにして、皆さん、お久しぶりの48です。 この文を読んでくださっていると言うことは、少なくともあなたは私のレスをあぼーん設定にしていないと言うことですね! 読者ゼロの前提で書き始めたこのSSに、あなたのような読み手さんがいてくださることは、まったくもってありがたい限りです。 中途半端な内容ですが、現時点で投下した理由は、 1. 私生活が忙しくなり、まとめて落としている余裕が無くなっているため 2. にもかかわらず未投下分が長くなりすぎたため 3. 圧縮が近いため 以上の3つです。 さて、あと3波以内の投下でケリをつけたいと思います。北欧の陸海空で展開される激戦を楽しみに、お待ちください。
136 :
121 :04/02/27 23:27 ID:9xC2EeZ5
>>135 了解しました。嫌だと言われても待ちますとも。
先日書店でトム・クランシーの訳本見つけて「この人かー」と感動した次第。
48氏のおかげで読書の幅広がりそうです。
>>129 車内エロ……んな無茶な。
1、寝台車で二人部屋とったのに何故かベッドひとつしか使った痕跡がない、一夜の風景。
2、コンバートメントにていつ誰が入ってくるか分からん状況でのスリリングなプレイ。
3、同じくコンバートメントにて、手作り弁当ひろげるアティ。
「はい、あーん」「ぜってえ嫌だ! 畜生、馬乗りになってんじゃねェ!」な(ある意味)羞恥プレイ。
くらいしか思いつかないんですけど……馬鹿だなあ自分。
……やばい、めっちゃくちゃ萌えた>136の車内羞恥プレイ(笑)
139 :
136 :04/02/29 17:33 ID:aQKVYIwB
ごめんなさい本気で思いついただけなんです……お詫びと保守兼ねて小ネタ投下。 四人掛けのコンバートメントにいるのはアティとビジュの二人きりだった。 くつろいだ様子のアティが思い出したように鞄から弁当箱ふたつ取り出す。 「はい。朝、村のほうで作ってきたんです」 ふたを取ったところで、一言。 「茶色いな」 「保存性第一です。……まあちょっと彩りさみしいけれど、味は大丈夫ですよ」 返事は気のないものだったが、素直に弁当箱受け取って広げてくれたのはちょっとだけ嬉しい。 いきなり、アティが悪戯っぽい表情を浮かべて芋の煮っ転がしをビジュへと差し出し。 「はい、あーん」 本気ではなかった。駅でからかわれたことに対するちょっとした意趣返し、 嫌がる顔見れればそれで溜飲下げてお終い。 の、はずが。 フォークを持つ手に重み。気づいたときには芋が消えていた。 「食えねェことはないか」 思考力が回復したのはビジュの言葉が耳に届いてからだった。 「ビジュさん、た、たべ……」 「食えっつたのテメエだろうが」 ビジュはにやりと笑って、 「ほれ」 お返しとばかりにフォークに突き刺した魚フライをアティへと押しつける。 「何考えているんですかっ」 「そりゃこっちの台詞だな。人にやっておいて自分がやられるのは嫌なのか、先生?」 『先生』という単語をわざわざ区切って発音してやる。 あう、とアティは顔真っ赤にして黙り込んだ。 面白いので追い討ちをかける。 「遠慮するなって」 「してません!」
140 :
136 :04/02/29 17:34 ID:aQKVYIwB
逃げられぬよう座席の上を、壁際まで追いつめる。 覆いかぶさるようにして器用に足を絡め取り、身動きとれなくしたところで、再度攻撃。 アティが涙目になる。微妙に嗜虐心そそる表情にやばい感じに興奮した。 このまま決着かと思われたその時。 天の采配か悪魔の気紛れか、いきなりドアが引き開けられる。 「失礼します。乗車券を拝け」 まだ若い車掌の目に飛び込んできたのは、顔に刺青入れた男が赤毛の結構可愛い 娘さんを押し倒してる風景だった。 「あ」 「あ」 後にその車掌はこう語る。 「……でも本当に知り合い同士だとは思わなかったんです。女の子押し倒されて すごく嫌がってる風に見えましたし。大体男の方完全に悪人ヅラだったんですよ?! あれで誤解するなってのが無理ですよ!」 挿話終了。 「うわーっ! 変質者がお客さまをー?! 誰かだれかああっ!!」 「誤解だってえの!」 「ああ聞いてないし!」 パニックに陥った車掌がコンバートメントを飛び出す。 後には弁当片手に呆然とする二人が残された。 十数分後、車掌室にて「公共の場でまぎらわしくイチャつくんじゃない」とこってり 油搾られる男女の姿があったとかなかったとか。 どっとはらい。
もう最高!
うわーん、ますますビジュアティ熱が加速していくー。
待合室スレ見てたら此処どの位人いるのか気になった。 というわけで圧縮前保守兼ねて点呼宜し? とりあえず1。
見てるだけですが。2。
ノシ 3
諸注意。 ・ 以下のSSの元ネタはサモンナイト3というゲームです。 ・ ただし選択性の主人公が双子として同時存在しています。 ・ ついでにゲーム本編では相容れることのない島住人と帝国軍サイドとが馴れ合っていたり(むしろ軍人さんたち居候)。 ・ 微妙に99、102−113とリンク中。
私の名はクノン、医療用看護人形<フラーゼン>です。最近は医療ユニットとしての 活動に加え、人間の感情を理解するために情報収集を行なっています。 「笑いが人間いちばん大切や!」とのアドバイスに従い、オウキーニ師匠から 漫才の手ほどきを受けているのですが、今日は師匠(こう呼ぶのが慣例なのだそうです) に用があり来れないので自主活動をすることに致しました。 ラトリクスを出て向かうのは風雷の郷、ミスミさまの屋敷です。 面会を求めると台所に行くよう言われました。 「あれ、珍しいね」 「こんにちは、クノン」 真っ先に声を掛けてきた方はイスラさま。赤毛の女性はアティさま。 アティさまの隣で軽く視線を上げただけの男性はビジュさまです。 三人とも帝国の軍人で、島に来られたばかりの頃は少々ごたごたもありましたが、 現在はこの屋敷にて間借りしています。私の知る限りでは特に軋轢もないらしく レックスさまも安堵しているようでした。 皆さん野菜が入ったかごを囲んでいます。中身は人参、大根、芋、白菜ですね。 「今夕飯の仕込み中なんですよ。ただ飯食いも何ですし、家事でもと思って」 包丁であっという間に芋の皮を剥きながらアティさまが説明します。 私は、 「本日はお願いがあって参りました」 彼らに―――正確にはアティさまとビジュさまに、 「お二人の漫才の極意を学ばせてください」 ざくっと音を立ててビジュさまの手から大根の皮が落ちました。 「あ、もう少しで桂むき一周できたのに」 妙に残念そうな口調のアティさまに目もくれず、何故かひきつっています。 「……漫才だァ?」
「貴方がたの掛け合いには学ぶところが多いと判断しました。 ご迷惑でなければ側での観察を許可していただきたいのです」 見る見るうちに機嫌が悪くなっていきます。 そんなに気に障ることを言ってしまったのでしょうか。 あのね、とアティさまが、 「いくら私たちでも年がら年中面白いことしているわけじゃないですから」 「注意すべきはそこじゃねェだろが?!」 やっぱり素晴らしい息の合いぶりです。 「駄目、でしょうか」 「まあ参考になるか分かりませんけど、それで良いならどうぞ。 その代わり下ごしらえ手伝っていただけますか?」 芋と包丁を渡されてしまいました。 「……申し訳ありません。私には調理に関するプログラムは組まれていないのです」 「ええと……やり方が分からない、ってことですか。 だったら心配ありません。ちゃんとお手本見せますから」 そう仰って説明を交えつつ新しい芋の皮を剥いてゆきます。 なるほど、持ち手はこう…、刃を当てる角度は…… 「わあ、上手ですよクノン」 「私は機械人形ですから、ルーチンさえ構築すれば作業は行なえます」 「……どこぞの隊長殿にでも見習ってほしい話だぜ」 「姉さんは料理できるんだけど」 ビジュさまの嘆息にイスラさまがややむっとした口調で反論します。 「そうかァ? 見たことねェよんなモン」 「失礼だな、やらないだけだって。ね、アティさん」 話を振られてアティさまは頷きます。 「ええ、学生の頃調理実習でアズリアの料理の腕は見てます。 純粋な味だけでいったらレックスより上手いと思いますよ」 レックスさまの作る食事はとても美味しいのだそうです。 味覚の存在しない私には確認は不可能ですが。 「じゃあ何でしねェんだよあの隊長殿は」
「必要にかられて料理を覚えた人間と、教養の一環として習い覚えた人間との差ですね」 どこか遠くを眺める瞳でしみじみ呟かれ、 「思い出すなあ……スパイス厳密に量りまくって殆ど化学実験状態だったとか、 材料切るのにミリ単位でこだわるのとか、鍋使いすぎて片付け大変だったのとか。 アズリアの料理は手間掛かるから日々の台所には向かないんですよ」 「ぶっちゃけると足手まといっつうことか」 「ぶっちゃけすぎです……イスラさん、そんな恐い目で見ないでください」 皆さまの会話を収集する傍ら、しばらく黙々と皮むきをしつつ新しい行動プログラムに 修正を加えていたのですが、このままでは目的達成には至りません。 私は思い切って質問することにしました。 「アティさまはツッコミに必要なのは何だと思われますか?」 アティさまはしばし手を止め、 「――――――愛情??」 「なんで疑問形なのさ」 ツッコミは相方以外の人物が入れても宜しいのでしょうか。 このパターンには着目すべき価値があります。 「愛情ですか」 「そう。好きな人程構いたくなるというか、自分に関心向けてくれるのが嬉しいとかまあそんな感じで」 「でもアティさんってどっちかって言うとボケじゃないか」 とすれば。 「……んだよ」 嫌そうな顔です。愛情なんて感じられません。 けれどアティさまはふふっと笑いました。 「問題ありません。私はボケもツッコミもいけるハイブリッドな軍医を目指していますから」 楽しそうな声に含まれるこれは……そう、『からかい』に分類される波形です。 とすれば本気ではないのでしょうか? よく分かりません。
「それと、私がビジュ好きですし。 戯言にいちいち反応してくれるガキんちょ…素直なところとか、 ひねくれてるくせに行動パターン見切りやすいところとか愛しすぎて構いたくなります」 「迷惑だってえの!」 「ほらそうやって直ぐ返す。身体は厭とは言ってないぜー」 「テメエはどこの狒々爺だ!」 少し離れた場所で見ていたイスラさまが、こちらに顔を向けて、 「……本当にあの人たちを参考にする気?」 笑顔なのでしょう。只うまく表現できないのですが、別の感情が混じっている気がします。 神経回路にノイズを発生させる、何か。 「はい。お二人を見ていると面白い、と多くの方が仰いました。オウキーニ師匠に漫才を 教わるだけでなく、サンプル収集も人間の感情を理解する上で有効だと認識します」 「ふうん……」 ノイズの種類が変わりました。 「ま、好きにしなよ」 イスラさまは再び白菜を刻み始めました。 アティさまとビジュさまはまだ漫才?を続けておられます。ところでかごの中の野菜が 減っているのはあの状態で下ごしらえを行なっていたからでしょうか。だとしたら 優秀な平行情報処理能力です。 ですが私の蓄積情報に「刃物を使う際は集中すること」とあるのが気になります。 ツッコミどころ、でしょうか……悩みます。
夕刻、ラトリクス中央管理センターへと戻りアルディラさまに帰還報告をしました。 残念ながら結局ツッコミはできませんでした。 「―――それで、クノン、今日帝国の人達に会ってきて何か収穫はあったかしら」 「はい。本日は芋の皮むき法と、『ツッコミには愛情が必須』と学びました」 「そ、そう……?」 何故アルディラさまは困った顔をなされているのでしょう。……感情を理解するには 私はまだまだ未熟です。経験を体系化し知識への変換を行い、実践ルーチンを 構築しなければなりません。 努力あるのみ、です。 後日。 「アティ」 姉を訪ねてきたレックスは開口一番、 「クノンに妙なこと教えた?」 「クノン? またどうして」 「最近俺にボケてくれって頼んでくるようになったんだけど、理由聞いても 『アティさまから教わった限りでは、貴方にツッコミを入れるのが適当なのです』って 言うばかりでさ。なんかアルディラにも同じこと言って困らせてるらしいし」 「……ねえレックス」 首を傾げるのにきっぱりと。 「この 朴 念 仁 」 理不尽軍医は哀れにも困惑する教師の頭を小突くのだった。
……阿呆だこいつら。しかし今回何が一番きつかったかって、ビジュに「さま」付けすることだったんですが。 愚痴っぽくなってしまいましたな、すんません。電波設定とはいえ最萌えなのでまた晒させてください。
面白かったがオチが今一つ
154 :
48 :04/03/04 22:11 ID:T55gPKKw
点呼、4。 >サモンナイト氏 そうですか、『レッド・ストーム作戦発動』読まれましたか。あれは作戦が深いので、その筋が好きな人ならけっこう楽しめますね。 ついでながら、トム・クランシーは文春文庫版が最高です。新潮や角川に移ってからの作品はちょっと… あと、クレジットされてはいませんがこの本にはラリー・ボンドもかなり関わってますので、興味をお持ちなら 是非ご一読をお勧めします。 相変わらず萌えられる作品、戦闘シーンはどんどん進むくせに肝心のエロが全く進まない私としては うらやましい限りです。
>>154 ……ええと、残念ながら見つけたのは新潮の『国連制圧』なんですよ。ちまちま読んでます。
この系統初心者なので良し悪しの判断できませんが、戦闘描写が面白くてたまらんですな。
エロに関しては気にせずともよろしいのでは? ここエロくないスレですし。というわけで燃える戦闘シーンを所望します。
>>153 うい、次頑張ります。
156 :
48 :04/03/06 18:14 ID:0cLg1+K7
了解です。ではちゃっちゃと終(自主規制)て投稿してしまうことにしましょう。 ま、どうせ私に「エロ」「萌え」を期待している人はいないでしょうし、期待されても困ります。 ところで、憲兵隊からのお達しが出ています。 『タマに撃つ 弾が無いのが 玉にキズ 〜憲兵隊からのお達し〜』 最近、砲兵隊に対して部隊名等を名乗らずにデタラメな砲撃支援を要請する詐欺被害が急増しています。 注意しましょう。 ※ 主な手口 ・突然、無線通信を使って来る。 ・「戦友!俺、俺!」など所属部隊名を名乗らず呼び掛ける。 ・「囲まれてる!助けて!」「食い止められない!砲撃求む!」など性急な砲撃支援を要請する。 ※ 被害に会わない為に ・必ず部隊名を名乗らせる。 ・すぐに応じず、一旦通信を切って判断する。 ・不審に思ったら、上官または憲兵隊に相談する。 各中隊窓口では不審な砲撃依頼に対し、どういった目的か一応確認を取るなどの対応をしております。 あなたのちょっとした注意で詐欺は防げます! ※ 体験者は語る by独軍戦術爆撃機隊 ええ、ウチにも来ましたよ、似たような詐欺が。ウチの場合は戦術爆撃支援要請でした。 「オレだよ、オレ!!」「電撃戦を行うからJu87をよこしてくれ」と言った内容で、 不信に思い調べた所、目標の座標が友軍の武器集積所と一致していたことで詐欺と判明し、事無きを得ました。 みなさんも気をつけてください。
彼女は、アンダヤのホテルの一室で目を覚ました。 自分がロサンゼルスにいないし、明るい海面から引きはがされて暗く冷たい海底へと沈んでいく死体でもないということを 納得するのに、数秒かかった。 隣ではクレトフが穏やかな寝息を立てている。 赤い夕日が斜めに差しこみ、ふたりの顔を照らしている。北欧の短く長い日が、暮れつつあった。 彼女は額に手を当て、目を閉じた。 あのときのことを夢に見なくなって数年が立つ。 今帰ってきたのは、なぜだろうか? レイプされたショック? それなら、ミサイルを食らって爆発しつつある愛機F-16A 685号機から射出する瞬間を見るはずだ。 そう、彼女は685号機をアメリカから自らフェリーし、その後もずっと一緒だった。 彼女は確かにF-5も好きで、少しでも早く乗りたくて必死に勉強したおかげで空軍士官学校は首席で卒業した。 しかし、F-16は別なのだ。 この獰猛な猛禽は、初めて会ったとき、フレスラント基地で飛来するYF-16を眺めていたそのときから彼女を魅了した。 彼女は「鷹匠」に、どうしてもなりたかった。 ベルク少佐率いるアメリカ派遣団の一員に選ばれたとき、あまりの嬉しさにそこら中を踊りまわりそうだった。 夢にまで見たF-16が消えてしまわないか心配で、整備員たちに笑われながら、ハンガーの685号の隣で寝たこともあった。
685号は彼女のどんな指示にも即座に敏感に反応し、彼女が付き合ってきたどの男よりも頼りになり、また気が合った。 胴体に緩やかに融合していく翼の曲線、機首の上に突き出たバブル・キャノピー、機首の下にあごのように開いたエアイン テイク… 彼女にとって、685号機は、機械というより親友だった。 ビスの一本一本に至るまで、685号が大好きだった。 そんな685号が、サイドワインダーのパチモンのアトールなんぞを食らって死んでしまったのが、悔しくて悲しくて ならなかった。 できることなら、685号と死にたかった。 しかしここで射出しなかったら、整備員たちが射出座席の整備不良を疑い、後悔することになるだろう。 学校では「どんなに絶望的でも射出ハンドルを引くだけ引け」と教えられ、彼女はそれに従った。 彼女にとって、アトール空対空ミサイルがエンジンノズルに飛び込み、685号の断末魔の悲鳴が聞こえた瞬間が、間違いなく 人生で最悪の瞬間だと思っていた。 もちろん、昨日までは、の話だが、それでも685号が死んだときは最悪のときのひとつに数えてよいだろう。 それは、ダイヴィングで死にかけたことなどとは比べ物にならないインパクトを持っていた。 親友が彼女の体の下で死んでいくのを感じていたのだから。 そのとき、彼女はふと思った。 今も、あのロサンゼルスの病院での一晩と同じ状況なのだ、と。 ここでこのトラウマを克服できなければ、彼女は独りで寂しい一生を送るはめになるのではないか。 なんとなく、685号がそのことを教えるために、出番を譲ったような気もした。 あとで冷静になってみれば実にバカげた考えだったが、麻薬の作用が残って少し鈍った頭には実にもっともらしく思えた。
スーザンはそっと上体を起こし、するりと服を脱いだ。 彼女は、彼女の隣に寝ている男、セルゲイ―――敵の大隊長に愛情を抱いていた。 しかし、彼は、彼女のことをどう思っているんだろうか? 彼女が、ロマノフに体を許したと思っているんではないか? また、そうではなくても、他の男に汚されたということで、嫌うようになっていたら? 彼は激しく彼女を求めた。 が、それははたして彼女の肉体だけが目当てだったのだろうか? 彼女は自分のからだを見下ろした。 遺伝子プールは、彼女に大きな胸を与えてくれなかった。 胸は、形は良いが、そう大きくはない。 頭をまるごと挟めるような大きなバストが持てはやされる昨今では、あまり有利な要因ではない。 しかし、彼女の顔立ちは、そう悪くはない―――と自分では思っているが、客観的に見て、飛びぬけていると言っていいので はないか。無論、筆者の贔屓目かも知れないが。 カーテンの隙間から差し込む夕日に、引き締まったすらりとした裸身が燃えている。 その体は、高Gに耐えられるとは信じられないほどに華奢に見える。 無駄な脂肪は感じられないが、かといって過度に筋肉質ではない。 ほっそりとした脚はすらりと長く、ウエストもほどよく引き締まっている。 内なる炎に焦がされ、胸の蕾は既に固くしこっている。
彼女は意を決し、男の顔にそっと顔を近づけると静かに唇を合わせた。 男のくちびるを舌でなぞり、ぬるりと中へと侵入させる。 歯茎をなぞり、上あごをさする。 男の口のなかを自分の舌で蹂躙しているような気がして、彼女はかすかな罪悪感を覚えた。 彼女はそっとくちびるを離した。 そのとき、彼の目がぱっと開いた。 反射的に手が腰に動いたところで、20センチほど離れたところでかすかな笑いを含んで見つめる彼女の目に気付く。 彼が口を開きかけたとき、彼女の口が彼のそれをふさいだ。 男は驚いたように目を白黒させていたが、彼女がまた舌を入れると、積極的に、情熱をもって応じた。 つと、離れた。 ふたりの間を透明な糸がつないでいる。 彼女が顔を沈め、そっとささやいた。 女の震える息が耳にかかる。 男はそれをくすぐったく感じた。 女は、自分がとんでもないことを口走ろうとしていることを知覚していた。 それでいい。 思い切って言う機会など、これを逃せばないことは分かっていた。 「ねえ、セルゲイ―――私を抱いて・・・あいつを忘れられるくらいに強く―――激しく―――愛して」
男は前、明かりを付けて女を愛したいと言ったことがあった。しかし、女はそれを固く拒んでいた。 スーザンは静かに、顔を赤らめて微笑みながら首を振った。 「私は、今夜は、あなたの前で狂ってみたい。だから今は、明かりをつけたままでいて」 とは、言わない。 夕日に照らされたその笑みは妖艶だった。しかし彼は、その笑みがガラスのような脆さを含んでいることを察していた。 彼女は体を入れ替え、男の頭の両脇に腿を下ろし、彼のうえに覆いかぶさった。 彼女自身が穿いているのと同じ、OD色のズボンをずり下げると、そこではブリーフが白いテントを形作っていた。 そのブリーフを脱がせると、既に用意ができている陽物が姿をあらわした。 二人とも明るいところで相手のそれを見るのは初めてだった。 熱に浮かされたように互いを求めたあの車中でのこと以外は、常に暗くなってからの密かな逢瀬だった。 先走り汁を先端からにじませているそれは、見たところ、ロマノフのそれと同じように見える。 しかし、ロマノフのそれにあった凶悪な雰囲気はない。 顔を近づけると、石鹸と汗の匂いに混ざってむっとした雄の匂いが漂ってくる。 女は、むしろそれを愛しく思った。 彼女の心の一部は、自分の心の動きを、楽しみと心理学的な興味をもって見守った。 彼女はそっと口付けると、ゆっくり口に含んだ。 彼は、そのこころよさに思わずうめいた。 その口のなかは温かくぬめっていた。 女は自分の唾液と男の液をまぜ、いとおしむようにして舌でその全体に塗り広げた。 男はその感覚に体を震わせる。 彼女は頬をすぼめ、全体を締め付けると、顔を上下させはじめた。
それは、まるで女性の膣のなかのように温かく、ぬめっていた。 穴ならなんでもよい色情莫迦に思われるのが怖くて、口唇奉仕を頼んだことはなかった。 彼女の舌使いは稚拙だが、そのぎこちないけれども微妙な愛撫は刺激的だった。 男は、自分のそれをのめりこむようにしゃぶっている女性を限りなくいとおしく感じた。 彼の舌が、きれいなサーモンピンクの割れ目をなぞり上げると、スーザンはくぐもったうめき声を上げて身じろぎする。 すでに濡れそぼっていたそこから、止め処もなく蜜が湧きあがってくる。 いつもより、少し敏感なようだ。 その原因に思い当たった男は、思わず理不尽な怒りにかられて荒っぽく舌を秘唇の奥に突っ込んだ。 女はその刺激に思わず口を離して小さく叫んだ。 しかしすぐに、彼女の唾液でねっとりとしたそれをくわえなおした。 女は舌を絡めたまま勢いよく首を振りはじめた。 男は、この新しい刺激にどんどん追い上げられていった。 しばらく我慢していたが、とうとう音を上げた。 「出る、くそ出ちまうよ、頼むから離してくれ、頼むから」 しかし、彼女はお構いなしに加速し、彼をますます高まらせる。 彼がうめき、それと同時に彼女の口内のそれが体積を増し、大量の精液を噴出した。 喉にあたり、思わずむせる。 むせながらも飲み込もうとしたが、少し唇から垂れた。 虚脱したように横たわっていた男は、彼女が肩を震わせているのに気付いて、向き直った。
彼女の頬を、涙がつたっていた。 彼が心配してのぞきこんでいるのに気付いた女は、涙を流しながら微笑んだ。 「なんかヘンだね、泣いたりなんかしちゃって…うれしくて…あなたが喜んでくれて…」 「そう、か…」 クレトフの胸に、あたたかいものが湧き上がってくる。 二人はそっとキスを交わした。 女は膝を立てて足を大きく広げた。 手を伸ばし、秘唇を大きく広げると、そこは既に濡れて、細く赤い光を浴びて妖艶に光っている。 男の唾液と女の愛液が混ざり合ってお尻にまで流れ、男に焦らされたそこは、ひくひくと動いて男を誘っていた。 女は上気した顔を背け、恥ずかしそうに男を横目で見る。 クレトフは彼女に覆い被さり再びキスをすると、肩に手を添え、ゆっくりと自分の分身をそこに埋め込んでいく。 女は顔をのけぞらせ、その快感に耐える。 自分のなかに、彼がいる。 そのことを感じていた。 男は体を止めて女の顔に手を伸ばした。 「大丈夫か?」 彼女の髪を梳き、心配そうに聞く。 薬の作用が残り、女の体は自分でも驚くほどに敏感になっている。 その快感に耐えている表情を、男は誤解していた。 「平気よ、痛くなんてないから…ね、お願い、動いて」 男は小さく笑い、ゆっくりと引き抜き始める。 「あっ…」 スーザンは、思わず唇から漏れてしまったため息を呪った。にやにやと笑うセルゲイをにらみつけるが、迫力は全く無かった。 彼はそのまま濡れた亀頭で彼女の肉芽を探り当てて、敏感な淫核をこねる様にこね回す。 「ひぃぃ… 何するの、駄目だよ… ああ…」 剥き出しの急所への強引で執拗な愛撫が、スーザンを喘がせる。その喘ぎと濃密な体臭が、彼の本能をかきたてる。
セルゲイはたまらなくなり、腰の場所をずらすと一気に貫いた。 「ひぃぃぃぃ…」叫びに近い喘ぎが、彼女の口から漏れた。 彼はスーザンの妖しい収縮をしばし堪能し、そして腰を揺すり上げ始めた。 奥をつかれるたびに、女の硬く結んだ唇から抑えきれない嬌声が漏れてしまう。 警備の隊員たちに聞かれる。 その危惧も、今の彼らにとっては一種のスパイスにしかならなかった。 セルゲイは彼女をもっと高みに導きたくて、腰を円を描くように回し始めた。 女は眉をひそめ、必死に快感に耐えている。 あられもなく叫びだしそうな自分が怖かった。 そんな女が愛しくて、男は腰の動きをさらに激しくする。 一番奥まで一気に突き入れる。 そして背中を丸め、女の胸の蕾を唇で摘む。 梳くように顔を動かし、舌で転がす。 「セルゲイ…駄目ぇ…声っ…声、出ちゃうよっ…ああっ…」 彼はスーザンの唇を咄嗟に自分のそれでふさいだ。 お互いの熱い吐息が頭にじんじんと響き、二人の熱情を煽る。 「駄目っ! もう、もう駄目…ふあぁああっ…」 女の切羽詰ったような囁きを聞き、男はスパートをかけ始める。 男が腰を引き、一気に突き入れたとき、男は精を放っていた。 それと同時に女も達し、女の中は全てを吸い取ろうと、ぎゅっ、と締め付けた。
セルギエンコ大尉は小さなフォルダを持ち、スーザンの部屋の前に立った。 しばし逡巡したのち、周りを見回し思い切って手を上げてノックしようとしたとき、背後から声が掛かった。 「どうしたんだね?」 彼がぎくり、と振り向くと、そこにはボルノフ大尉が立っていた。 「えー、あー、本国からの情報が来たので少佐にも見てもらいたかったんですが…」 「だが、私ではいかん、ということかな?」 「いえ、大丈夫ですが」 「なら、私が見よう。それで良いかね?」 「はい」 「私は、君は融通がきく士官だと知っていたぜ、同志セルギエンコ大尉」 ボルノフはフォルダを受け取ると、どこへともなく姿を消した。 セルギエンコは詰めていた息を吐き、冷や汗を拭った。 彼はそのとき、自分が統合司令室の椅子に座っていることに気付いた。 さっきまでフォルダを持っていたはずの手を怪訝そうに眺めた。 「どうした?」ニチーキン大尉が聞いた。 「いや…フォルダ、どこに置いたっけ?」 ボルノフ大尉がさっき持っていったよ、というのが彼の答えだった。 (うーむ…昨日、呑みすぎたかな?)この呑兵衛め。明日戦争だってェのに呑んでるんじゃない!
彼女は彼の背中に抱きつき、静かに涙を流していた。 彼はそれに気付いていたが、それをあえて咎めようとはしなかった。 それは、彼女にとって随喜の涙であると同時に、清めの涙でもあった、そのことに気付いていたから。 彼女の頬の筋が乾き始めたころ、どちらからともなくそっと囁きを交わし始めた。 いつものように、このまま眠りに引き込まれるのは嫌だった。 これが最後の夜かも知れないのだから。 二人の交わすのは他愛もない言葉だが、家族をもった経験のない男にとっては、何よりも心を和ませてくれるものだった。 そして、彼にはそれが必要だった。その、人間的なぬくもりが。 防衛計画に列挙された榴弾砲陣地の射角計算結果などといった無機的な事柄は、知らず知らずのうちに彼の人間性を 麻痺させていく。彼女との語らいは、それを回復させてくれる。 自分の心が癒されていくのを感じることは、平和の中に生きるひとびとには理解できないほどに快いものだ。 しかし、そうするうちにも、背中に当たるやわらかな乳房の感触や、彼女の体温を意識しないわけにもいかなかった。 そして、耳たぶをもてあそぶ彼女の唇の動きや、耳に当たる震える息、触れ合った太もものやわらかさや、時たま 擦り付けられる秘所、そしてそれが濡れつつあることも。 彼女は、自分の体の火照り、そして自分の「女」の貪欲さに戸惑った。 淡い月光の中でも、その体の紅みははっきりと見えた。 男の耳元で囁く息に、熱いものが混じっている。 男の胸毛を弄っていた指が、筋肉質な男の体をなぞりながらゆっくりと下がっていく。
その指が男の陽物にたどり着いたとき、一瞬動きを止めた。 背中で、ふふ、と小さく笑う気配を感じ、アンドレーエヴィッチは自分の無節操さを笑われているようで赤面した。 「あなたのここ…すごく元気…」 小さく笑いながら指ですりあげる。 その微妙な刺激に男はうめき、負けじと背に手を回した。 秘裂を指でゆっくりとなぞると、とろりとした感触が指にからんだ。 「君のほうも…もう…」 彼女は少し恥ずかしそうに笑った。 「なんだか、今日はヘンみたい…ね、もう一度…?」 彼は体を回して彼女を抱きしめ、ささやいた。 「可愛いよ…」 「やだあっ…んっ…」彼女は赤面し、セルゲイの指の動きに息を乱した。 彼はふと指を抜き、彼女の体をつかんで自分の体の上に乗せた。 彼女は彼の体をまたいで膝を付き、陽物にそっと手を添えて自らの秘裂へと誘った。 ほんの数センチの距離で見つめあう二人。 彼女の潤んだ瞳が妖しく光り、その光に彼は魅了された。 わずかな水音とともにその先端が女の肉壁に分け入り、その感触、その快感にスーザンの顔がゆがんだ。 口を大きく開け、声も無く喘いでいる。 そしてクレトフが彼女の腰に手を添え、ゆっくりと突き入れた。 彼女は小さく叫び、男にしがみついた。
クレトフは上体を起こした。 カーテンの隙間から、白い朝の光が差し込んでいる。 サイドテーブルの上には、トレイと、温かく湯気を立ちのぼらせるカーシャの椀が二つ置いてあった。 右側の椀の下にはメモが置いてある。 クレトフが起きた気配にスーザンも目覚めた。 「どうしたの?」 クレトフはメモを読み、笑った。 「我らが友、ボルノフ大尉の温かいお心だよ」 パーカーは熱い椀を取り、笑った。 しかし二人とも同時に、椀の熱さの意味に気付いた。ドアにも窓にも、開いた形跡など無かった。 寡黙な友人の謎は深まるばかりだった。
「1200時に総合指揮所に出頭しなきゃいけない―――今は1000時。残念だな」 スーザンは寝返りをうち、クレトフの頬を両手で挟み、目を正面からのぞきこんだ。 「ねえセルゲイ、嘘をつかないで。正直に言って。NATOはどこまで来ているの?」 彼は軽口を叩こうとして、彼女の目の真剣な光に賢明にも思いとどまった。 唾を飲み、彼女に話しても大丈夫かどうか考える。答えはすぐに出た。 「後3日だ。後3日で、彼らはここに来るだろう」 「――――それで、あなたたちは?」どうするの?と言う言葉を飲み込んだ。 「我々はここを渡すわけにはいかない。祖国はアンダヤ島を必要としているんだ。 俺がここを去るときは、戦争が終わったときか――――あるいは、死んだときだけだ」 重い沈黙。 「君の考えでは、我々はどうすべきなんだい?」 「・・・私には分からない。あなたは私の同胞と戦おうとしているのだから、当然だけどそれは悲しい。 でも、私たちはどちらもそれぞれの祖国に奉仕する職業軍人よ。 あなたが私のためにその責務を躊躇するというのは、もちろんうれしいけど、それじゃあなたじゃないという気もする。 私に言えるのは、あなたはあなたの信じる道を行きなさい、ということだけ。 それが、例えどんな道であってもね」 クレトフの胸に、彼女への深い愛情が湧きあがってきた。 二人はどちらからともなく、そっと唇を触れ合わせた。 「愛してる」 「私も」 二人は囁きを交わす。それは、彼らと同年代の若い男女――――国家の壁に隔てられていない恋人たちが交わす睦言と全く 変わりなく見える。
「スーザン」 彼の口調があらたまったのに気付き、彼女は え? という顔をする。 「こ―――この戦争が終わったら、ソヴィエトに来て、二人で暮らさないか? もちろんノルウェー空軍は退役してもらわなくちゃいけないけど、俺の陸軍の給料でも充分にやっていけるだろうし」 彼女は彼から離れて起き上がり、窓のほうに歩いていった。 太陽が逆光になり、一糸まとわぬ彼女のシルエットを見事に映し出している。 「もちろん、今すぐに返事をしてくれ、とは言わない。こういうのは、しっかりと考えてから決めないと」 それに、彼が生き延びられる可能性はとても低い。 今のが死を前にした戯言で終わる可能性も高い。だが、彼は本気だった。 彼女は腰に手を当て、唇をかんで考えていた。 彼と暮らすのは、彼女にとって夢のような、素晴らしい話だった。 だがしかし、空軍を退役しなくてはいけない。 祖国ノルウェーも、捨てなければならないだろう。彼女にとって、それは耐えがたいことだった。 そして目を閉じると、ルイス大尉やゲイツ中尉、リッター中尉、ゴードン中尉といった、彼女の戦友たちの顔が浮かんでくる。 空を捨てれば、彼らとは二度と会えなくなる。 ルイス大尉には生きていればあるいは会えるかもしれない。 だが、彼女が失った部下たちには、空を飛んでいるときしか会えないのだ。 墓が無い彼らにとって、空だけが居場所だから。 そう、軍人は、民主主義や自由、祖国といった抽象的な概念のためではなく、結局のところ戦友のために戦うのだ。
「ごめん。今すぐには答えられない」 「ああ、構わないよ。じっくり考えてくれ。 あ、もうこんな時間か。そろそろ行かないと」 クレトフは明るく言い、バルコニイに出た。 そこでしばしためらった。 「ありがとう」言い捨てて隣の自室に消えた。 しかしその顔に浮かぶ落胆は隠しようがなく、彼女の心は痛んだ。 彼女はバスルームに入り、シャワーの栓をひねった。 程よく温かい湯を頭からかぶり、壁にひたいをつけてよりかかる。 「なんで、私たちはこんな風に・・・」ソ連とノルウェーという敵対する二国ではなく、日本やオーストラリアのような、 参戦していない平和な国に生まれ、出会ってもよかったはずなのに。 表向きの答えは簡単だった。 私たちは敵同士、だからノー。今すぐに別れて、ノルウェー軍人としての誇りと自覚を持ちなさい。 だがあいにく、現実はそう単純に動いてくれない。 彼女は こん、と軽く頭を壁にぶつけた。 この莫迦。さっき何を言うべきだったんだろう? 戦わないで?でも、それだと嘘になった気がする。 「ちくしょう…畜生…」 彼女はシャワーが体を打つのを感じながら、この数ヶ月で信じられないほど複雑になってしまった自分の人生に思いを 巡らせていた。 空とF-16、空軍の同僚たち、そしてその時々のボーイフレンドで成立していた、あの単純で平和な日々。 この戦争がはじまってからあまりに多くの事が起き、まるで何十年も前のことのように思えた。 彼女がクレトフと知り合ってから、まだ半年も経っていないのが、嘘のようだった。
(ここに両軍編成表が入るが、略) <後編:渚にて> baom… baom… baom… baom… 爆音が響く。 スーザンのいる地下室ではたいした音に聞こえないが、本当は極めて強力な航空攻撃が行われていることを彼女は察していた。 彼女は地下シェルターに押し込められていた。 蛍光灯が白い光を放ち、ベッドと小さな机を照らしている。 机の上にはアンダヤの地図が広げられていた。 彼女は手持ち無沙汰のまま、この後繰り広げられるであろう戦闘の経過を予想し、記していた。 なぜそのようなことをしたのか、彼女自身にも分からなかった。 彼女は鉛筆を放り出してドアに張り付き、外の様子に聞き耳を立てた。 解放への小さな期待と、彼女の恋人が戦死することへの怖れ―――大きな怖れを抱いて。 クレトフは指揮所で、地図をのぞきこんでいた。 地響きとともにときおり埃が落ちてくる。 「空軍部隊、敵機と交戦中」 「SAM隊に射撃待てと言え。同士討ちの危険は犯せん」 セルギエンコ大尉が天を仰いだ。 「奴らもしつこいですな」 「ああ、近くにヤンキーの空母がいるからな」 クレトフはコルトン中尉に向き直った。
「で、その『ノーディック・ロータス』とは何なんだね?」 コルトン中尉は通信用紙に目を戻した。 「えー、伝えられているのは作戦名だけです。詳細は不明」 「なんだ、それじゃあ何の役にも立たんじゃないか」ソロキンがいらだたしげに言った。 「しかし、アイスランドに対する一連の空爆作戦が『ノーディック・ハンマー』作戦と呼ばれていたことは分かっています。 ですから、これもアイスランド絡みではないかと司令部は見ているようです。 『ロータス』と言う命名から見て、私見ですが、これはアイスランドへの対潜哨戒機の展開作戦ではないかと思われます」 「じゃあ、なんで我々のところにそいつ――――その情報が回されたんだ?」 「『ノーディック・ハンマー』の情報も我々のところに回されたのをお忘れですか?たぶん『ノーディック』の部分に 過剰反応したお偉いさんがいたんじゃないかと思いますね」 しかし、クレトフはなにか引っかかった。 ロータス――蓮の葉。カエル―――(?)―――飛び石―――
「コルトン君、私の考えは違う」 クレトフの声に、地図台をのぞきこんでいたみなが顔を上げた。 「アンデネスは、NATOの飛行場からちょうどいい位置にある―――片道ならばイギリスからでも飛べるからな。 アンデネスのブラインダー爆撃機はスコットランドをしつこく襲っている。 そして、ムルマンスクへも近い。おまけに、米機動部隊とは別に、英の両用戦隊が後続していると言っていたな?」 「はい、そうです。軽空母『アーク・ロイヤル』機動部隊が後続しています。 司令部では、米機動部隊の後方援護だと考えていますが―――」 「米機動部隊は軽空母『イラストリアス』を伴っている。これ以上の援護はいらんだろう。 また、充分な防空体勢が整ったムルマンスク攻撃には、軽空母は危険すぎて投入できないはずだ。 むろん対潜プラットフォームとしての価値はあるが、すでに『イラストリアス』が随伴している以上、2隻いても意味は 薄いだろう」 彼の言葉に、皆が驚いた。陸軍将校とは思えないこの弁説は、しかし実はパーカーのおかげだった。 もちろん、スーザンが機密指定の事項を漏らしたわけではない。 しかし、毎日の寝物語のあいだに、クレトフは空軍士官の考え方をどちらも意識しないうちに吸収していたのだ。
「では同志大隊長、『アーク・ロイヤル』機動部隊の目的は何だとお考えですか?」 「ここ、アンデネスの奪取だな。スコットランドへの脅威を排除できるし、ムルマンスク上陸作戦を援護できる。 ムルマンスク攻撃のさいに、むろん艦載機のみでも攻撃は可能だが、陸上機の援護があればより確実となる。 また、艦載機では困難なノルウェー中部の攻撃も可能となる。おまけに『アーク・ロイヤル』艦載機のみでは攻撃は不能 だが、米空母艦載機の援護があれば可能だ。何しろ、アンダヤは戦略的に脆弱だ。 中部ノルウェーで我が方が使用可能な飛行場はここしかないからな。おそらく、この夜の間に『アーク・ロイヤル』 機動部隊は行方をくらましているだろうな」 そのとき、ソロヴィヨフ伍長が通信用紙を持って早足で入ってきた。 受け取って目を走らせたグスコフは顔色をさっと変えた。 「レーダー偵察衛星が撃墜されたとのことです―――これで我が方の偵察能力は―――待ってください、『アーク・ロイヤル』 機動部隊行方不明―――最終接触報告では南下していたとのことです!」 「そらきた」ぼそりとニチーキンがつぶやいた。 クレトフはシマコフに向き直った。 「同志戦闘団長、状況は一刻を争います」 「ああ、そのとおりだ、クレトフ君。全隊はただちに沿岸防衛配置を開始せよ」 「了解」
『傾聴。 私は戦闘団長のシマコフ大佐である。 戦闘団の、そして対空ミサイル中隊、対艦ミサイル中隊、保安中隊の諸君。 諸君はこれまでこの島で、厳しい訓練を積んできた。 その訓練がついにその真価を発揮しようとしているのである。 昨日深夜より敵両用戦隊が我が方に向け進撃中である。 未明より敵部隊の攻勢大なるが予想される。 だが諸君。 我々は決して屈服しない。 むろん敵は生易しいものではない。 だが我々は世界最高の精鋭である。 例えクレムリンがヤンキーの手中に落ちようともアンダヤは我らのものであることを、西側の腰抜けどもに 教えてやろうではないか。 祖国はアンダヤを、すなわち諸君らの努力を必要としている。 将兵よ。我が祖国の生存は、いまやひとえに諸君の双肩に掛かっているのだ。 我が第106親衛空挺師団にはかつて1万2000の戦友がいた。今や2000に満たぬ。 諸君に犬死しろとは言わん。 祖国ロシアのために死ね! Я умираю, но не судаюсь. Прощаи родина! 以上』 兵士たちは戦慄を抑えられなかった。シマコフが引いた言葉は、第2次大戦のブレスト・リトフスク要塞攻防戦の際に ソ連兵が壁に刻んだ言葉である。彼らは、ドイツ軍司令官グデーリアンに「ただ賛嘆あるのみ」と言わしめたほどの激戦 の後に全滅した。 セルギエンコ,ソロキン,ニチーキン,イワノフ,デミヤン以下の各中隊長は、スピーカーからの声が終わると同時に 怒鳴った。 「СМИРНО! 祖国と人民のために万歳三唱!」 URAAAAA! URAAAAAA! URAAAAAAAAA!
スーザン・パーカーは、シマコフの演説を聞いた後でドアを開けて厨房に行き、本管中隊の連中に差し入れてやろうと ロールパンを焼きなおし、コーヒーを用意し始めた。 迷いは無論あった。相当にあった。 ソヴィエト人たちは祖国の領土を奪い同胞を殺し、そして今また彼女の同胞を殺そうとしている。 だが、彼女はこの数ヶ月、そのソヴィエト人たちとずっと付き合ってきた。 奴らは空の点でもなければ爆撃すべき目標でもなかった。結局のところ、人間だった。 炊事兵連中が雑用に借り出され、誰もいない厨房に香ばしいコーヒーの香りが漂い始めたところで、クレトフが入ってきた。 クレトフは口笛を吹いた。 「お――どろいたね、まったく!今日中に我が大隊戦闘団は全滅し、おまけに君も巻き添えを食らって味方に殺されかねない というのに、我らが捕虜のノルウェー空軍少佐ドノはビートルズを歌いながらパンを焼いているとは!」 スーザンはじろりとにらんだ。 「ビートルズじゃありません」 「?」 「クイーンです」 「どこか違うのかい?」 「大違いです!だいたいあんたもクイーンの替え歌を歌ってたでしょうが」 「あれってそうだったのか?」 ソ連の空挺隊員たちはアフガニスタンで「ウィ・ウィル・ロック・ユー」の替え歌の「ヴィア・レイドヴィキ」を作ってい たが、あまりに普及しすぎてクレトフあたりに届くころにはソ連軍オリジナルだと思われるようになっていた。 クレトフも、パンとコーヒーをトレイに載せて運ぶのを手伝った。 その帰りに彼は彼女を部屋まで送り、護身用として折り畳みシャベルを渡して特別な用があるとき以外は部屋から出ない ように申し渡した。 「実戦が近いんで、さすがにみんな殺気立っているからな」 彼女はシャベルを振り回し、だいぶ前に受けた白兵戦の訓練を思い出そうとした。
X−1日、2330時。 主船団の黒い船影が闇の帳の中を進む。 揚陸船団の後方では、水上戦闘艦隊が左右に別れはじめた。 9隻のフリゲイト、駆逐艦は左右に分かれ、やがて半円形の対潜・対空バリヤーを形成する。 船団の前方を進む2隻の駆逐艦はゆっくりと左右に分かれ、定位置に向かってゆっくりと、しかし着実に進む。 3隻の航空機運用艦は対潜・対空バリヤーの奥に位置した。 2隻のドック揚陸艦はその前方に停止した。 そして、8隻の戦車揚陸艦がその前方に並んだ。 揚陸艦と輸送船船内では、積載品の固縛を解く作業が手際よくはじめられた。 海兵隊は分隊単位で点呼が開始され、携行装備品の点検が進められていく。 実戦を直前に控え、ノルウェーの海兵隊員たちはライフルの再々点検やナイフ砥ぎといった、必要ではないが有害でも ない作業で緊張をほぐす。 揚陸艦の船倉では、固縛を解かれたピラーニャ装甲車がランプ前に順に並び、エンジンの試運転を行っている。 ピラーニャは水陸両用の構造を持ち、米海兵隊もLAV(ライト・アーマード・ヴィークル)として採用している。 2隻の駆逐艦は、攻撃開始線の両端に位置した。 2隻のヘリコプター艦の飛行甲板にはウエストランド・コマンドウ輸送ヘリコプターが引き出され、離艦の最終点検を 行っている。 さらに軽空母の飛行甲板上では、シー・ハリアー戦闘攻撃機、ハリアー攻撃機が並び、出撃のときを待っている。
セルゲイ・A・クレトフ少佐はホテルの前に立って双眼鏡をのぞいていた。 シマコフも上がりたがったが、最高指揮官が戦死するのは困る。次席指揮官の特権だった。 アンデネス沿岸の縦深防御陣地からは、まったく音がしない。 しかし彼の部下たちはそこに潜み、時が来るのをじっと待っていることを、彼は知っていた。 「SSM隊、射撃準備完了」伝令員がひそひそとささやく。 むろん、怒鳴っても沖の敵軍には聞こえないことは分かっていた。 しかし戦闘を控えたときの人間の習性として、みな低い声でしゃべっていた。 SSM隊のカヤック・ミサイルの射程は100キロを越えている。 が、何しろ目標捜索手段が無いものだから、結局は水平線より近い目標しか狙えない。 だが慣性誘導装置に経路を入力することで、超低空で地形を縫いつつ、島の中央から沿岸の敵艦を攻撃できた。 「SA-11隊に、射撃待てと言え」 「了解」 この命令は、既に何度も繰り返されている。 戦闘団の短SAM部隊は既に戦闘準備を完了しているが、増援のSA-11部隊はレーダーも切り、バックアップの赤外線探知 装置のみを作動させて身を潜めていた。
燃料気化爆弾を搭載した英空軍の輸送機が、8機のシー・ハリアー戦闘攻撃機に護衛されて滑り込みつつあった。 昨日までの爆撃でアンデネスの飛行隊は全滅した、とされていたのでみな敵機よりはむしろ対空火器に気を配っていた。 シー・ハリアーの操縦士たちはこの任務が気に入らなかった。 しかし、しょうがない。彼らは任務を気に入るために給料をもらっているのではないのだから。 本来は米海軍のF/A-18戦闘攻撃機などが行うべき任務だが、プロペラで飛ぶ輸送機に随伴できる低速で飛行できるのは シー・ハリアーしかなかった。 しかも上空援護を担当するはずの米軍戦闘機部隊は、母艦に対する空襲に対処するため、来られない。 その空襲部隊がジューコフ大佐以下のアンデネスから発進した空軍爆撃隊であることを、彼らは知る由も無かった。 ついでながら、ソヴィエトで対艦攻撃を担当するのはもっぱら海軍航空隊である。 SA-11部隊がレーダーに火を入れた。 レーダー警報機が鳴り、ハーキュリーズと4機のシー・ハリアーは高度を上げた。 4機のシー・ハリアーは降下を開始し、アラーム・対レーダーミサイルの発射準備にかかった。 はるか高空で、ミグが旋回しながら潜んでいた。 発振封鎖を行っていた艦隊のレーダーには、捕らえられなかった。 彼らは合図を受けて獲物を狙う鷹のように翼をすぼめ、急降下しはじめた。 ただちにミサイルを作動させ、急降下しながら目標を捕捉し、赤外線誘導のアラモ・ミサイルを続けざまに放った。
NATOは不意をつかれた。 SA-11から逃れようとしていたとき、突然ミサイル警報機が鳴った。 超音速の槍に貫かれ、2機のハリアーが続けて爆発した。 それを見たみんなが警戒した。 生き残ったシー・ハリアーはアラームの発射準備を取りやめ、チャフとフレアをふりまきながらすばやく旋回した。 しかし、ハーキュリーズには何もできなかった。 旋回もできない、急降下もできない、ただ的になっているしかなかった! その数瞬後、ハーキュリーズは3発のアラモを喰らって爆発した。 搭載していた燃料気化爆弾が誘爆した。 燃料がじゅうぶんに拡散していなかったので、設計者が予想していたとおりの爆発とはならなかったが、派手に燃え盛る 燃料が海面に降り注いだ。 上陸作戦は大きな齟齬を来たすこととなった。 燃料気化爆弾で、海岸に敷設された地雷原と防衛陣地を一掃できるはずが、その目論見は見事に外れた。 NATO部隊は、待ち構える罠に正面から突っ込むはめになったのだ。 しかしもう、上陸作戦は中止できない。 揚陸指揮能力が貧弱なイギリス海軍とノルウェー海兵隊の臨時編成部隊では、大幅な作戦変更は不可能だった。 「ヒデぇ1日になるぞ…まだ始まったばかりだが…」 指揮官を務めるイギリス軍の少将は、この戦闘が血みどろのものとなることを予感した。
X日、0200時。 兵員輸送艇が次々と海面に降ろされ、兵員輸送船の舷側に、1隻、また1隻と横付けされていく。 舷側の縄梯子をつたい、完全武装の海兵隊員たちが次々に乗船していく。 乗船が終わった舟艇は、母船の左舷側では反時計回り、右舷側では時計回りに円を描いて回り、僚艇の乗船が全艇完了する まで海上に待機する。 上空ではシー・ハリアー戦闘攻撃機が押されつつもミグと激戦し、これをミサイル駆逐艦が援護している。 ハリアー攻撃機が急遽発進し、汀線付近に猛爆を加えている。 地雷を誘爆させ、地雷原を啓開するためだ。 さらに、爆撃の漏斗孔は上陸部隊の遮蔽物にもなる。 防衛陣地に配置された短距離地対空ミサイル部隊が応射し、ハリアーがこれとロケット弾で交戦している。 戦闘団の短SAMは赤外線誘導の最新モデルなので対レーダー・ミサイルが使えず厄介だ。 深入りしすぎたハリアーが、空挺隊員が放ったSA-18携帯対空ミサイルを食らい、散った。 X日、0300時。 夜空に、突然緑の閃光が生じた。 クレトフは思わず目を覆い、それから目を細めてよく見た。 閃光はゆっくりと、揺らめきながら降りてくる。 信号弾だ! 攻撃開始線の両端に位置した駆逐艦が信号弾を打ち上げる。 と同時に、第1波部隊のピラーニャ装甲車が指揮官艇を先頭に、梯陣を整えていっせいに攻撃開始線を越え、全速航走を 開始した。 さらに3分後、歩兵部隊を乗せた兵員輸送艇が攻撃開始線を越えた。 第2波から第4波までは歩兵部隊揚陸のための兵員輸送艇で、それぞれ3分間隔で攻撃開始線を越えていく。 重火器中隊揚陸の汎用輸送艇隊がこれに続き、戦車部隊を乗せた大型輸送艇が攻撃開始線後方で航行隊形を製形中である。
次の瞬間、汀線から数百メートル沖合いの海上で、爆発が連続し始めた。 ソ連の空挺部隊が、迫撃砲の砲撃を開始したのだ。 この方面には、6門の82ミリ中迫撃砲と3門の120ミリ重迫撃砲がある。 中迫のうちの3門と重迫撃砲が、猛烈な全力射を浴びせ始めた。 1両のピラーニャがまず殺られた。 まだ暗い海面に、火球が映えた。 ノルウェー軍も応射をはじめた。25ミリ機関砲のバースト射がトーチカのコンクリートを削る。 しかし曲射弾道の迫撃砲を叩くことは難しい。 クレトフはハリアー攻撃機のずんぐりとした機体が急降下してくるのを認めた。 反射的に伏せる。 次の瞬間、ハリアーが投下した500ポンド爆弾が、1門の迫撃砲を砲員ごと抹消した。 フレアをバラまきながら上昇していくハリアーのあとを、何本ものSAMが追う。 損害にも拘わらず、ノルウェー海兵隊は果敢な突撃を継続していた。 汀線から数十メートルの距離になると、トーチカからいっせいに対戦車ロケットが発射された。 だがついに第1陣が上陸する。 空爆で凸凹になった海岸を進もうとするが、しかし激烈な銃火に阻まれる。 次の瞬間、トーチカから発射された対戦車ミサイルに直撃され、爆発した。 空が白々と明るみ始めた。この地の夜明けは早い。 クチカロフ軍曹はライフルを構え、グレネード弾を撃った。 空挺中隊には、ライフルに装着して30ミリグレネード弾を発射できるグレネード・ランチャーが配備されている。 分隊の機関銃手は、猛烈に銃撃を浴びせている。
ひとりの隊員が対戦車ロケットを構え、撃った。 ロケットは吸い込まれるようにピラーニャに命中し、爆発した。 そのとき彼らの直前を銃撃が襲い、みな塹壕の底に伏せた。 顔を上げると、目の前に装甲車が迫っていた。 クチカロフは背中に回したRPGを構え、撃った。 戦果を確認せずに分隊の通信手を手招きで呼び、無線機に叫んだ。 「26より11、維持できない。後退する」 『11了解。行け!』 「みんな来い!後退!後退!後退!」 両側に盛り土されたキャット・ウォークを身をかがめて走り抜ける。 第1線に篭る他の部隊も、クチカロフの分隊と時を同じくして撤退をはじめた。 兵員輸送艇から降りたノルウェーの海兵隊員たちが走った。 手榴弾を放り込んで地雷の有無を確認し、陣地になだれ込む。 ただちに突撃銃や軽機関銃を構え、第2線陣地に攻撃をはじめる。 84ミリ無反動砲が到着し、敵陣地に撃ち込もうと準備をはじめたとき、 ソ連の迫撃砲が全力射を実施した。 この迫撃砲は第1防衛線の陣地に照準を合わせ、既に事前の評定射撃まで済ませて待機していたのだ。 迫撃砲弾は全弾が第1防衛線の塹壕に吸い込まれた。 砲弾が塹壕内で続けて爆発し、海兵隊員たちはばたばたと倒れた。 「着剣」クチカロフが叫んだ。 「マジかよ」若い兵士が思わず口走った。 クチカロフが大きく息を吸い、腹に力を入れて叫んだ。 「突撃にィ――――前えェェェ!」 兵士たちは吶喊の声を張り上げ、駆け出した。
吶喊の声と共に突撃してくるソ連空挺隊員に、ノルウェー海兵隊員たちはひるんだ。 「畜生、イワンが来るぞ!」兵長が絶叫する。 若い兵士は神の名を唱えつづけている。 軍曹が叫んだ。「ロスケを殺せェ!」 そのとき、手榴弾が何個も弧を描いて飛来した。 BOMG! 「露助をブチ殺せ!」 喚きあげながら、クチカロフを先頭に空挺隊員たちは塹壕になだれ込んだ。 誰もがアドレナリンに飲み込まれ、熱に浮かされたように銃を振り回していた。 塹壕の中を、死に行く男たちの絶叫と怒号が満たす。 クチカロフは無我夢中で銃を振るった。 突如として鼻先で気合の絶叫が沸き起こった。ノルウェーの海兵隊員は銃床を振り上げていた。 すばやく銃を向け、銃身で敵の銃を払うと銃剣で腹を突き、裂いた。敵は内臓を飛び散らせて絶命した。 それは彼の部下とそう変わっている訳ではない、あばたの薄く残る若者だった。 もはや銃声はほとんど聞かれなかった。 双方はともに銃剣を使い、敵の息を嗅ぐ距離で突き、刺し、斬った。そこらじゅうに血やら内臓やらが飛び散った。 しかし迫撃砲の砲撃で怯んでいた海兵隊員たちは、もろかった。 この逆襲に耐え切れず、ノルウェー海兵隊は後退を開始した。 塹壕を飛び出し、岩などの遮蔽から遮蔽へ短くダッシュしながら、相互に援護しつつ後退する。 歩兵部隊を援護するため、装甲車部隊は後方に回り込もうと砲塔を回して機関砲を撃ちまくりながら塹壕の脇を疾走した。
次の瞬間、先頭車の車体の下で爆発があり、よろよろと擱坐して爆発した。 陣地のわきには地雷原が設置されていたのだ。 装甲車部隊は立ち往生し、すぐに対戦車ミサイルの集中射撃を浴びて潰滅した。 汀線より少し沖ではなおも迫撃砲弾の爆発が続いていた。 汎用揚陸艇から上陸した地雷原啓開車が、直撃されて爆発した。 ノルウェー海兵隊のウェーバー軍曹は危なっかしく傾いて擱坐した装甲車の後方に回り、手早く軽迫撃砲を組み立てた。 左右を見ると、上陸した兵士たちが、それぞれ適当な遮蔽物の後ろにしがみついている。 黒い砂浜は、兵士たちの血で赤黒く変色している。 「魔女の大釜だな…」 後方では、大破して着底した輸送艇の上部構造が海面から突き出している。 素早く砲弾をすべり落とし、耳をふさぐ。 滑り落ちていく砲弾の雷管が撃針に触れ、撃発した。 砲弾が白煙を曳いて飛んだ――しかし弾着は少し左にはずれた。 クチカロフ軍曹は、装甲車のうしろから上がる発砲炎を見た。 そしてその直後、塹壕の脇で砲弾が炸裂した。 「クソ!」 対戦車手のほうを見た。死んでいた―――今の爆発で首を飛ばされていた。 毒づいて対戦車ミサイルを取り、構えると、発射した。 ミサイルがワイヤーを引いて飛ぶ。 ウェーバーが迫撃砲の向きをわずかに変えたとき、ミサイルが装甲車に命中した。 爆発で装甲車が吹き飛び、ウェーバーは押しつぶされて即死した。
ノルウェー海兵隊のボーン大尉は兵員輸送艇から飛び出した―――次の瞬間、輸送艇が直撃弾で爆発した。 ボーンは吹き飛ばされ、地面に頭をしたたか打ち付けた。 すぐにはねおき、隣で失神しているトマソン曹長を引きずって、500ポンド爆弾が作った漏斗孔に飛び込んだ。 漏斗孔には彼の中隊の生き残りが潜んでいた。 ボーンは頭を少し突き出し、状況を探った。 機関銃を間断なく発砲しつづけるトーチカ、そしてその周囲を守る塹壕。 そして、彼らは最も突出したところにいた。 「LAWは無いか!ミニミは!」彼は、対戦車ロケットと軽機関銃の残数を聞いた。 トマソンが答えを集計し、答えた。 「LAWありません!ミニミは4丁」 「なんてこった」 ロビンソン伍長が意見具申した。 「200メートルまで近づけば40ミリグレネードを放り込めます」 「200メートルまで―――」 ボーンが頭を出し、すばやく目測して引っ込んだ。 次の瞬間、短い連射が頭上をかすめた。 「200メートルまであと30メートル前後だ――が、この分じゃ飛び出した瞬間にお陀仏だな! しかしやらねばならんぞ!ロビンソン、やってくれるか」 「やりましょう!どうせここにいても死ぬんだ、華々しく行こうじゃ有りませんか」 ロビンソンはグレネード・ランチャーに40ミリグレネードを装填した。 機銃手が軽機関銃を突き出し、兵士たちもライフルを構える。 ボーンがうなずき、ロビンソンもそれに答える。 「ヨシっ!行け!行け!行け!」 ロビンソンが飛び出し、ジグザグに走る。ソ連兵はその走り方を予測しきれず、後手後手に回った。
ボーン以下の兵士たちは撃ちまくっていた。 ボーンの隣の兵士が頭を撃ち抜かれ、声も立てずに倒れた。 ロビンソンは歩数を数えていた。 (今だ!) ライフルを振り上げた。 照準器をのぞき、偏差を計算し、完全に狙いすました一発を放った。 次の瞬間、彼は頭を撃ち抜かれ、即死した。 しかしグレネード弾は白煙を引いて飛び、見事に銃眼に吸い込まれた。 一瞬後、爆発した。 歓声を上げる兵士たちをボーンが制した。 「野郎ども、行くぞ!突っ込め!」 兵士たちは喚声を上げながら次々と漏斗孔を飛び出し、走り始めた。 しかし、次の瞬間、銃撃が再開された。 トーチカの両脇の空挺隊員たちは、トーチカの中で死体となって転がる戦友たちには目もくれず、部署を離れずに射撃を 継続していた。 すべてがスローモーションで動いていた。 周囲でばたばたと倒れていく部下たち―――その直後、ボーンは胸に衝撃を感じた。目の前が暗くなった。 気が付くと、空を見ていた。硝煙で覆い隠された空。 そして、体がどんどん冷えていくのを感じていた。 次の瞬間、再び連射が砂浜を一掃した。 ボーンは青春の人生を奪われ、死体となって転がっていた。
NATOは肩まではまり込んでいた。 海岸線から飛行場までは5キロ程度。 数時間で突破できるのではないかと期待されていた。 ところがその5キロは、幾重にもなる防衛線で防御されていた。 防衛線といっても単なる線ではない。 ソヴィエト軍のお家芸、相互に援護しあう縦深防御陣地である。 1メートル進むにも手榴弾でトーチカを破壊し、塹壕で熾烈な白兵戦を戦わなければならなかった。 おまけに陣地を奪っても、迫撃砲の弾幕射撃に続いて逆襲され、奪還されることもしばしばだった。 さらに無線が妨害され、上陸部隊は孤立しつつあった。 だが重火器チームは、あきらめなかった。 ウェーバー軍曹の分隊が全滅しても、後続の小隊は漏斗孔や擱坐した装甲車,大破して着底した揚陸艇に拠ってなおも 砲撃を続けた。 低伸弾道で40ミリグレネードや対戦車ロケット、84ミリ無反動砲、12.7ミリ重機関銃をトーチカに撃ち込み、続いて40ミリ グレネードや60ミリ迫撃砲の弾幕射撃で塹壕の制圧を試みる。 だが、84ミリ無反動砲は、発射すると後方爆風で位置を暴露してしまい、すぐに集中射撃で制圧されてしまう。 40ミリグレネードの最大射程は400メートルだが、トーチカの小さな銃眼にグレネード弾を放り込むには200メートルまで近 付かねばならない。相互援護の防御陣地に200メートルまで近付けばロビンソンの二の舞だ。
クラーク軍曹の迫撃砲分隊は一計を案じた。 クラーク軍曹は他の分隊に連絡を取ろうと、着底した揚陸艇の縁から頭をのぞかせた。 すると周辺にぴっぴっと弾着が集中し、彼は慌てて頭を引っ込めた。 しかし彼らが煙幕弾の連続射を開始すると、他の迫撃砲分隊も意図を察し、それに同調した。 煙がトーチカを隠す前に、無反動砲の砲手たちは、彼らの目標を目に焼き付けた。 擲弾兵はグレネード・ランチャー付きの小銃を持ち上げ、照準におさめた。 小銃手たちの中でまだ対戦車ロケットを持っていた者は、背中に回したランチャーを下ろして構えた。 白煙が陣地を覆うにつれ、海兵隊の銃火は強まっていった。 さらに、歩兵部隊はそれに乗じて、突撃に移った。 それは、一体となって地獄のような撤退戦を必死に戦い抜いた戦友同士に生じる第六感のようなものだったのかもしれない。 クラークたちの第1弾が着弾した次の瞬間、既に飛び出している分隊もあったのだから。 まるで緻密な事前計画に基づいた反撃であるかのように。 だが、それは、そうではなかった。 それは安全な統制艦に乗り組んで命令を下す後方の将官たちが立てた事前計画ではなかった。 全てを考慮し、完璧とされた計画が崩壊したとき、NATO部隊を混乱の淵から救ったのは、戦場で弾雨にさらされ 硝煙の匂いを嗅いでいる尉官、下士官、そして兵士たちの、ありあわせ、間に合わせ、つぎはぎだらけの計画だったのだ。
次の瞬間、たれかが喇叭を吹き鳴らした。 今となってはそれをたれが吹いたかは分からない。 だがそれは、この現代戦の戦場には時代遅れであり、そしてまた、奇妙に心を打った。 この戦闘に参加した双方の生存者たちは、その悲しい音色を終生忘れなかった。 驚くほど多くの生き残った兵士たちが安全な遮蔽を飛び出して駆けていく。 白煙が、戦場を、赤黒い砂浜を、走っていく兵士たちを、覆い隠していく。 無反動砲の砲手たちは目に焼き付けたトーチカを狙って猛烈に射撃していた。 誰もが記録的な速度で再装填し、構えては発射していた。 歩兵部隊が接近すれば撃てなくなる。 その前に一発でも多くを撃ちたかった。 しかしながら、ソ連の空挺隊員たちもまた精鋭だった。 煙幕弾の初弾が着弾したその瞬間に、セルギエンコ大尉から末端の2等兵に至るまで、誰もが敵の意図を察した。 機銃手たちはベルトリンクを点検した。 爆破担当は指向性地雷の点火装置を点検した。 小銃手たちはグレネード・ランチャーに装弾し、手榴弾をベストから外した。
その次の瞬間喇叭の音が響いた。 そして、敵が突撃してきた。 機関銃が猛烈にうなり、敵をなぎ倒す。 空挺隊員の全員がいっせいにグレネードを撃ち、海兵隊の隊列の中で爆発が連続する。 さらにハリアーが爆破し切れなかった地雷が相次いで爆発する。 しかし海兵隊員たちは、死んだ戦友や死にかけた戦友を乗り越えて突撃を継続した。 誰もが撃ちまくっていた。 もはや狙いを定める必要は無かった。 射程さえ掴んでいれば、前方のどの方向に撃っても敵に当たった。 距離が、50メートルを切った。 「投擲!投擲ィ!投擲せよ!」 みんないっせいに振りかぶり、力いっぱい手榴弾を投げた。 何個もの手榴弾が弧を描き、ころころと転がった。 しかし戦闘の興奮に飲み込まれ、思慮を失った海兵隊員たちは、石が転がった程度にしか感じなかった。 隊列のなかで連続して爆発した。 細切れになった人体の破片が降り注ぎ、それでも海兵隊員たちは止まらなかった。 「地雷だ!」クチカロフが思わず口走った。 「Нет!」爆破担当が叫び返す。
クチカロフは30発入りの弾倉を一気に撃ち尽くし、再び叫んだ。 「地雷だ――起爆しろ!」 「敵はまだ、充分に接近していません!」 ク ソ な ん で こ の 若 造 は こ ん な に 落 ち 着 い て や が る ん だ ? 距離が30メートルにまでつまったとき、爆破担当は警告の叫びを発し、薄笑いを浮かべ、起爆装置のスイッチを押した。 爆発が連続し、爆音が空挺隊員たちに耳鳴りを起こさせる。 猛烈な破片の嵐が前列の海兵隊員たちを完全に掃滅する。 しかし、海兵隊員たちは血まみれになった戦友たちを乗り越え、なおも突き進んだ。 もはやBG30は使えない。 グレネードの信管の作動距離よりも中に入ってきたからだ。 空挺隊員たちは前面の敵を倒すことに執着し、後列の敵兵をグレネードで倒すことを忘れていた。 手榴弾も無い。 空挺隊員たちは突撃銃を構える。 引き金から指を離さずに、一気に撃ち尽くす。 みんなができるだけ早く装弾し、撃っていた。
しかし海兵隊員たちは突撃を継続した。 ついに塹壕に突入した。 発砲している余裕はない。 武器は銃剣と銃床だ。 血で血を洗うというのがまさに適切なほどに、激烈な白兵戦が繰り広げられ始めた。 汀線付近では重火器チームが再編成を行なっていた。 失われた指揮を復活すべく、生きのこった少数の下士官たちが走り回っていた。 第1海兵大隊重火器中隊、第3迫撃砲小隊長のベントン中尉―――彼が同中隊唯一の士官となっていた―――が走り回り、 歩兵部隊から通報された敵の迫撃砲陣地付近に向かって砲撃を開始した。 彼らの60ミリ軽迫撃砲は小口径ではあるが、ソ連の82ミリ中迫撃砲に匹敵する射程を誇る。 中迫部隊と重火器中隊の残存部隊は猛烈な砲撃戦を展開し始めた。 軽迫撃砲チームはその軽量さを生かし、数発撃つとただちに陣地を転換した。 一方ソ連の中迫撃砲部隊は固定陣地に拠っており、さらに一発一発の炸薬量,破壊力に勝っていた。 勝負は互角と言えた。 しかし、軽迫撃砲チームがソ連軍中迫部隊を撃破しない限り橋頭堡を完全に確保したとは言えない。 橋頭堡を確保しなければ後続の重機材揚陸部隊が接岸できず、戦車部隊や砲兵部隊が上陸できないのだ。
そのころ、上空に米空母機動部隊を発艦した米海兵隊のF/A-18飛行隊が突入しつつあった。 海軍飛行隊の戦闘損耗を補充するため、海兵隊のF/A-18飛行隊も空母に搭載されていたのだ。 ムーンシェイド小隊長機のリンダ・A・ルイス少佐は後方を飛ぶE-2Cからの無線を聞いた。 『ホーク・ロメオよりムーンシェイド・ワン、敵機がアンデネス上空に出現した。 英軍が交戦中だ。英軍側コードはレナウン、リディヤ、ノンサッチ、ジャスティニアン。 サザランド小隊は全滅した。 ムーンシェイド小隊、至急急行せよ。 コードはゲート、繰り返す、コードはゲート。 レーダー覆域外だ、各個判断で交戦せよ』 アメリカの戦闘攻撃機は一斉に機首のレーダーを作動させた。 「タリィ・ホゥ!」ルイスは雄叫びを上げ、 「くそっ、こいつはこっぴどいチャーリー・フォックストロットだぜ!」とこっそり毒づいた。 「ムーンシェイド・ワンよりレンティル・ロメオ、レーダー探知!我々はこれより交戦する」 『ホーク・ロメオ了解。グッド・ラック!アウト』 「全機ゲート、全機ゲート、前進して会敵せよ! ガネット、あんたのペアは西に回りな。 ベリー、ついておいで。 みんな燃料に気をつけて! 突撃!」 2個中隊のMiGは、すばやく分かれ、上昇した。 1個中隊はペアごとに分散し、高度を取りながら急速に東西に散開した。 そして、1個中隊は大きな弧を描き、上昇しながら全速で東に―――祖国に?―――逃げた。
シー・ハリヤー飛行隊の生き残りは、それぞれ命からがらかろうじて離脱し、母艦に全速力で飛んだ。 海兵隊機は、レーダーでソヴィエトの戦闘機を捕捉した。乱戦の中にスパローを撃つわけには行かないが、後方の中隊に なら使える、とルイスは判断した。 「フォックス・ワン!」 彼女はコールしながら続けてボタンを押した。 踏みとどまったMiGは、スパロー空対空ミサイルの超音速の槍に真正面から出迎えられるはめになった。 そのころ、英海軍のハリアー攻撃機が超低空で突入しつつあった。 ハリアーは地上レーダーを捕捉し、アラーム対レーダーミサイルを発射しはじめた。 地上レーダーもうかうかしていられなくなった。 ミグ中隊はすばやく旋回し、チャフをばらまきながらミサイルを振り切ろうと急降下した。 スパローを誘導しているF/A-18はそれにつれて機首を下げた。 ミサイルがソヴィエトの戦闘機を捉えはじめた。 4機が続けて被弾し、空中で爆発した。 至近弾を受けた1機は辛うじて体勢を立て直し、黒煙を曳きながらよろよろと飛行場に飛んだ。
海兵隊機は戦果を拡大すべく、追撃を続けた。 サイドワインダー・ミサイルの射程内にもうすぐ入ろうかと言うその時。 海兵隊機のレーダー警報機が鳴った。 逃げたかと思われていたもう1個のミグ中隊が大旋回運動を終え、後方、上空から突入していた。 ミサイルが続けて発射された。 ミサイル警報を聞き、みんなはいっせいにフレアを放ちながらブレークした。 第1の中隊はそのまま降下し、地上を攻撃しているハリアー攻撃機を後方から襲いはじめた。 そのさらに後方からシー・ハリアー戦闘攻撃飛行隊が引き返し、突入してきた。 アンデネスの上空は乱闘場と化した。 ようやく戦闘機隊に追いつき管制をはじめようとした米海軍のE-2Cも、ソヴィエトの地上レーダーの生き残りも、英海軍 のミサイル駆逐艦も、この状況を把握することはできなかった。 全てはルイス少佐のような飛行士たちの手にゆだねられた。 おまけに対レーダーミサイルの弾頭は、パラシュートで滞空し、再び作動し始めた地上レーダー目掛けて降下した。 そのせいで、ソヴィエトの地上レーダーは断続的な作動を余儀なくされた。 混沌。 それが、この状況を最も的確に言い表していた。 まずF/A-18がミサイルを食らって散った。 シー・ハリアーの撃ったサイドワインダー・ミサイルがMiGを直撃し、撃墜した。
「少将、アンデネスの飛行場を獲れなければ我々の負けです。四軍のヘリを全て我が空挺連隊にお貸しください」 そしてノルウェー陸軍のレイノルズ大佐は計画を説明した。 双方の制空権が拮抗し、空はどちらの物でもない。 ただちに命令が下され、選り抜きの隊員を集めたヘリボーン部隊を乗せたウェストランド・コマンドゥ輸送ヘリ8機が 続けて揚陸艦を発った。 ヘリコプター隊は地を這うように超低空を飛び、その前で2機のハリアー攻撃機が露払いをした。 セルギエンコは報告を受け、野戦無線機を掴んで報告した。 ホテルの地下に作られた指揮所に陣取るシマコフとクレトフは、それを聞き、作戦機動群を動かした。 戦車中隊の4個小隊のうち1個小隊は海岸線に貼り付けられて機動防御に用いられ、残る3個戦車小隊に機械化偵察小隊 を追加し、小規模ながら大隊戦闘団の作戦機動/打撃部隊とされていた。 飛行場に降着した精鋭たちは、降着して即座に戦車部隊の猛攻を受けて大苦戦に陥った。 対戦車ミサイルを使おうにも、遮蔽がない。 敵の後背を衝くどころではない。 彼らは30分の交戦で潰滅し、敗残兵は三々五々敗走して一部が辛うじて汀線付近にたどり着いた。 だが、この隙に攻撃ヘリコプターが超低空で突入した。 彼らは汀線に張り付いている海兵隊の頭上をかすめるように飛び、TOW対戦車ミサイルやロケット弾で交戦しはじめた。 砲兵部隊が上陸できない以上、「空中ロケット砲兵隊」に任せるしかない。
さらに、陣地に突入した海兵隊は壮絶な白兵戦を戦いながら、1メートル、また1メートルと前進していった。 彼らの武器は拳銃と手榴弾、爆薬、銃剣、そして銃床とシャベル。 塹壕のなかでライフルを構え、引き金を絞っている余裕はない。 彼らは相手の息を嗅ぎ、血走った目を覗き込む距離で、自分たちの肉体を駆使して果てしなく殺しあった。 かつて戦われた、時代遅れのはずの塹壕戦が復活していた。 みんなくたくたに疲れ果てていた。 だが飛行場という目標が、海兵隊員たちを駆り立てた。 誰もが最後の力を振り絞った。 アンデネス飛行場まであと4キロ…! だが、その4キロが、NATOの前に越えがたい壁として立ちはだかっていた。
6時間の激戦の末、セルギエンコはついに全中隊に後退を命じた。 長射程の榴弾砲兵中隊が散発的に援護射撃を行なった。 空挺隊員たちは整然と撤退し、海兵隊員たちは罠ではないかと疑いながら前進した。 これまでじりじりしながら息を潜めていたロケット砲兵中隊が全力射を開始した。 続いて砲兵中隊が急速射に移る。 浜辺にロケット弾と榴弾がふりそそぎ、みんながひるんだ。 その隙に両翼から戦車部隊が突入した。 見通しのよい砂浜である。 海兵隊員たちはばたばたと倒れた。 戦車部隊はさんざん荒れ狂うとさっと引き上げた。 損害は、1両小破。 他にLAW対戦車ロケットを被弾した車輌が何両かあったが、リアクティブ・アーマーに阻まれ、さほどの効果はなかった。 その直後にノルウェー海兵隊の戦車小隊を乗せた揚陸艇隊が着岸したが、あとの祭りだった。 だが海兵隊は前進を再開する。 彼らは1メートルの前進を血で贖いながらも、進みつづける。 ソロキン大尉以下の第2中隊が守る第2防衛線に取り付き、戦車小隊の支援を受けつつ激戦がはじまった。 ソヴィエト側が拘置していた戦車小隊も、戦車壕をすばやく移動しながらの直接支援を開始する。 「目標11時の先頭戦車、距離1230弾種徹甲!戦闘照準」 「照準ヨシ装填ヨシ」 「撃て」 BAM! 「命中」 『343号予備陣地へ移動』 『давай!давай!』
制空権をほぼ完全に掌握し、米海兵隊のF/A-18がはるか上空を旋回していた。 海軍の戦闘機と交替するためにムーンシェイド小隊は一度帰艦したが、空母機動部隊への空襲警報から爆装して再出撃す るはめになっていた。 ルイス少佐は、その僚機を操縦するリュングマン大尉と共に旋回しながらはるか下の地面に目を走らせた。 その視線には感慨がこもっていた。アンダヤ――ノルウェーの友人が墜ちた地。 彼女が死んだわけではないことは聞いている。彼女は脱出し、捕虜になった。そして、彼女はエースになった。 一方ルイスのほうは「CASのエース」「女ルーデル」という称号を奉られてはいる。 しかし、やはり戦闘機パイロットとしては空対空戦闘での戦果のほうが喜ばしかった。 この戦闘では既に2機撃墜している。あと3機落とせば… そのときレーダー警報機が鳴った。 すばやく下を確認すると、いくつかの光のドーナツが上がってきた。 両機は即座に急降下しながら回避行動に入る。 ミサイルはフレアとチャフにだまされ、戦闘機を捉えられずに飛び去った。 素早く対レーダーミサイルを起動する。 「ファイア!」 ミサイルが機体から離れ、ロケットモーターが火を噴き、急加速し―――― 次の瞬間、機体に衝撃が走った。 「高度が…!」 回避行動中に降下しすぎて、低高度対空ミサイルの有効射高内に入ってしまっていたのだ。 メーターが狂ったように回り、油圧が急降下し、機体が激しく縦揺れする。 F/A-18は煙を曳きながら斜めにゆっくりと落ちていき、やがてきりもみ回転し始めた。そして、爆発した。 燃える破片が地面にふりそそぐ。 その上空では、間一髪で脱出したルイスがほっと息をついていた。 どさりと地面に落ちると、腰をさすりながら立ち上がる。すばやく拳銃を抜き、周囲に目をやった。 車が走ってくるのが見えた。車上では、油断無く兵士が機関銃を構えている。 HMMWVだ―――友軍だ。彼女は満面に笑みを浮かべ、大きく両手を振った。
「増援はまだか?」 シマコフの一瞥を受けてクレトフが通信隊員にせっついた。 「応答有りません」グスコフ中尉が返す。 「同志戦闘団長、本日中に増援が来なければ、我大隊戦闘団は孤立します」 この事態に備え、ナルヴィクの三軍調整官は自動車化狙撃師団2個、2万人の応援を確約していた。 だがそれが、来ない。 「哨戒4班がリュソイハウン近郊で敵工作隊と接触、交戦中。支援を要請しています」 「至急KGB保安中隊を急行させろ」リュソイハウンにはKGB保安中隊がいた。 「了解」 「哨戒4班連絡途絶」 「保安中隊が接敵。敵は逃走しています」 「第2中隊敵と交戦しつつあり」 「保安中隊より、橋が破壊されました!」 「聖母よ!」思わずクレトフが口走った。 ソロキン大尉は、戦車揚陸艦が回頭して動き出すのを見て野戦電話を掴んだ。 NATOの揚陸指揮官は賭けに出た。 戦車揚陸艦を動かし、島の南部のノードメラ付近に海兵隊を上陸させた。 島の南部は、無防備だった。 戦闘団は飛行場を円形に囲むように縦深防御陣地を構築し、時計回りに、第1、第2、第3中隊が守備していた。 ただし第1中隊と第2中隊が交替したため、現在は北東部を第2中隊が、南部を第1中隊が守備している。 シマコフは急ぎ機動群を急行させた。
NATOは抵抗を受けずに揚陸を行なうことができた。 強襲揚陸と言うのは相手の不意をついて初めて成功する作戦だ。 アンデネスのように完全に防御が固められ、制空権も伯仲した状態では、上陸部隊が形勢を立て直す間もなく殺られる。 1個大隊戦闘団が再編を完了し偵察隊を先頭に進撃を開始しようとしたところで、イワノフ以下の機動群が交戦を開始した。 機動群はその特性を生かし、全速力で突撃した。 偵察隊はこの重機甲部隊の攻撃に一撃で四散し、敗走した。 この知らせを受けて戦車小隊が前進し、戦闘団のほかの部隊は後退した。 4両のレオパルト1戦車は適当な窪地を見つけて潜み、砲塔だけを出した。 4両の戦車が単縦陣で進撃してくる。ソヴィエト特有のドーム型砲塔が見えた。 「オッド21より全車、戦闘照準。目標戦車、弾種徹甲」 『距離2000、照準よし!』 「撃て」BAM! 『撃て』『撃て』『撃て』BAM!BAM!BAM! KAM!KAM!ZUVO!KAM! 『バカな』 『外した!?』 『はじいたぞ』
「くそなんだあの戦車は」 「新型のT-80戦車ではないでしょうかね」 「T-55とPT-76だけだと言った莫迦はどこのどいつだ」 「スパイ連中がまたポカをやらかしたということでしょうな」 「ジーザス…ヘル・マイン・ゴッド!」 BAM! 125mm砲弾がかなり離れたところに弾着した。 めくら撃ちをしているのは明らかだった。 「しめた、奴らまだ気付いてないぞ」 「オッド12より全車、距離700で射撃。先頭車に火線を集中せよ。レーザー測距機は使うな」 T-80はレーザー警報機を備えていた。スタイルズ少尉はハッチから身を乗り出し、旧式の測距儀で距離を測っていた。 「距離1600―――1500―――1400―――1300―――1200―――1100―――」 全ての戦車兵が固唾を飲み、スタイルズのカウントを聞いていた。 「1000―――900―――800―――700!用意!」 「装填ヨシ!照準ヨシ!」 「撃てェーッ!」BAM! 『撃て!』『撃て!』『撃て!』BAM!BAM!BAM! 先頭車に砲弾が続けて命中した。戦車は煙を上げてよろよろと進み、やがて擱坐した。 乗員が飛び出して逃げた。 次の瞬間、爆発して炎を吹き上げた。 3両のソヴィエト戦車は反転して逃走に掛かった。 スタイルズはかっとなった。 「この…腰抜けめ!逃がすな!突撃!突撃!」 戦車小隊は遮蔽から一気に走り出た。 さらに、それに乗じて大隊戦闘団が前進を再開した。 軽装甲歩兵中隊を先頭に、トラックや高機動車に乗った歩兵部隊が続く。 もっとも、このとき軽装甲化歩兵はさんざんな目に会っていた。 歩兵部隊にはじき出されて路肩を進撃するが、装輪装甲車は不整地走行能力が低く、ひどく揺れる。
イワノフ大尉は歯を剥きだして獰猛な笑みを浮かべた。 そして、無線機を握る手に力を込めた。 「天は崩れ落ちる。天は崩れ落ちる。天は崩れ落ちる」 ソヴィエトの2個戦車小隊、8両の戦車と偵察小隊は、完全に擬装して潜んでいた。 4両の戦車が、まず発砲した。 先頭車と最後尾の車輌に砲弾が命中し、あっという間にくすぶる残骸となった。 さらに、残る4両の戦車と偵察小隊が、ノルウェー軍の戦車小隊を狙っていた。 砲弾と対戦車ミサイルが殺到し、4両の戦車は炎を吹き上げる火山と化した。 待ち伏せ戦闘が開始されてから数秒と立たないうちに、ノルウェー軍戦車小隊は一掃された。 軽装甲歩兵中隊はすばやく散開し、回避行動を取る。 空挺戦闘車が機関砲で攻撃しはじめると、海兵隊も砲塔を回して応戦する。 だがソヴィエト戦車部隊は最初の斉射ののち、各個に目標を探し始めた。 最初の標的となったのが海兵隊のピラーニャ装甲車だった。 トラックや高機動車には無いが、ピラーニャ装甲車には水陸両用能力がある。つまり、海に逃げられる。 しかし彼らはその能力ゆえに身を滅ぼした。 数分の交戦の後、24両のピラーニャ装甲車はすべて、煙を上げる超現実的なオブジェとなっていた。 さらに彼らの死は戦友たちにも影響を与えた。 道路上を全速で突っ走れば、あるいは運がよければ逃れられたかもしれない。 だがあちこちに散らばる残骸がそれを妨げた。 彼らは敵を見ることもなく、数キロの彼方から飛来する砲弾に命を絶たれた。 むろん、反撃の努力がなされなかったわけではない。 しかし遮蔽の無い開けた場所でミサイル・ランチャーを設置するのは、自殺行為だった。 ミサイル・ランチャーを設置しようとすると、空挺戦闘車の機関砲、機関銃や戦車の同軸機銃が即座に掃討する。 だが、イワノフは誤りを犯した。
この戦果に拘泥せずに、揚陸地点を叩くべきだったのだ。 完全に状態を整えた次の大隊戦闘団が、砲兵の支援を受けつつ突撃してきた。 「ちっ」 砲弾がふりそそぐなか、イワノフは舌打ちした。 もう少しでこの大隊戦闘団を殲滅できるはずだったのだが。 しかし、引き潮だ。 彼は撤退を命じた。 スタイルズは茫然として這いつくばっていた。 吹き飛ばされた土砂に半分体が埋まっていたが、それにも気付かなかった。 ポータブルな火葬用棺桶と化した彼の戦車から飛び出したのが、ほんの十分程度まえだとは到底思えない。 目の前には惨憺たる光景が広がっていた。 アンデネスの浜辺とは、また違う。 あの砂浜は赤く染まっていた。 だが、ここは、黒く染まっている。 漂うのは、血の香りではなく、焦げるような匂い――――火葬場の香り。蛋白質が焼け、内臓が破裂した香りだ。 黒焦げになり、四肢を天に突き出し、駆けるような姿勢の彫像が転がっている。 それは炭を彫刻したもののように見えるけど、実は死体なんだ――――生きたまま、火葬された人間の。 彼は四つん這いになり、砂を魅入られたように見つめた。 そして、吐いた。 苦しげな嘔吐の音が負傷者たちのうめき声に混じって響いた。 砂浜にいるのは、もはや精鋭の海兵隊員ではなかった。 そこにいたのは、死んだ者と死につつある者、そして、死を見てきた者たちだった。 しかしイワノフたちもそこまでだった。 陣地に向かって後退する戦車部隊に、マヴェリック対地ミサイルと500ポンド爆弾を満載したハリアー飛行隊が襲い掛かった。 機甲部隊の仇とばかりに殺気だった攻撃を仕掛ける攻撃機の前になすすべもなく、イワノフは戦死し1個小隊分、4両の 戦車を残して全滅した。偵察兵は装甲車から飛び出して逃げ、ほぼ全員が助かった。
「同志マクシモービッチ」クレトフが進言した。「山中機動,隠密行動ならば我の方が上です。私に考えがあります」 そして話した。 「賭けだな、サーシャ。大きな賭けだ。失敗したら二度と立ち直れんぞ」 「確かにそうです」クレトフは認めた。 「しかし、このままでは手詰まりです。航空優勢・海上優勢を敵が握っている以上、我の不利は明白です。 夜が明ければ、空爆で我は一方的な出血を強要されることになるでしょう。今晩が最高のチャンスです」 シマコフは肯いた。 「…よし、やろう!最優先だ。だが、いくつか手直ししたほうが良いな。火力支援は――直接支援は――」 「敵の砲火が弱まっています」通信将校からの報告を受け、レイノルズ大佐が言った。 ノルウェー海兵隊のスミス大佐は反駁した。「莫迦な。敵はまだそれほどの損害を受けているはずが無い!」 「連絡が途絶した強襲中隊が健在で、砲兵陣地を掃討しているに違いない」 指揮を執る少将も同意した。 同意したのは良いのだが、そのために夜間攻撃の中止を決定したのは拙かった。 もっとも少将の決定にも理由はある。 今回の戦闘では土地鑑があるのは敵の側になる。 夜間戦闘では土地鑑が物を言う。いたずらに夜動いても損害を拡大するだけだ、と判断したのだ。 大佐の決断を受け、本部管理中隊は活気付いた。 いくつもの計画が生まれては消え、また生まれた。 アンダヤ支隊には、あらゆる軍人が熱望するような絆があった。適度な競争心と、仲間意識。 シマコフは、両親を早くに亡くしたクレトフにとってまさに父親のようなものだった。そして、その2人を支援する本部管 理中隊は、この部隊がアンダヤ支隊に再編される前、第14親衛空中突撃連隊時代からの仲間だった。 シマコフとクレトフが大まかな作戦計画を作る。 本部管理中隊がそれを具体化する。 歩兵中隊がその作戦を実行する。 そして、小隊や分隊が活気付く。
迫撃砲部隊は、命令を受けて直ちに射点移動を開始した。 その穴を埋めるように、砲兵中隊は猛烈にぶっ放し始めた。砲身が焼け、白い硝煙が濛々と立ち込めた。 「明日のことは考えるな!とにかく今日いっぱいは持たせろ!」砲兵中隊長のデミヤン大尉は走り回り、喉を嗄らして砲員 を激励した。 ニチーキン大尉は隠密裏に部隊を移動させるように命令を受けた。 島の西側で戦われていた激戦とは全く縁がなかった第3空挺中隊は、この命令に沸き立った。 シマコフ大佐はロケット砲兵中隊を南部にまわし、さらに北部を守る2個中隊からそれぞれ1個分隊の兵士を抽出した。 またプーカン中尉に命令し、軽傷の兵士は直ちに再編成して前線に再投入した。これで、おおよそ1個分隊を確保できた。 偵察小隊を一度後方に退げ、この3個分隊を追加して臨時に中隊級の部隊を編制した。指揮官としてはソロキン大尉が 転任してきた。中隊は9個分隊だからこれでは足らぬ、とお思いかもしれないが、偵察隊はもともと準中隊の7個分隊編制 なので問題はなかった。 さらに、アンデネス前面に貼り付けられていた戦車小隊の生き残りである2両の戦車に、本部付きの2両を追加して戦車 小隊を編制した。 完全に息の合った、小所帯のアンダヤ支隊にして初めてできる芸当である。もっとも部隊のやりくりが分隊レベルなのが 小所帯の悲しさではあったが。
スーザンが悶々としながら部屋の中を行ったり来たりしていると、鍵が開く音がして本管中隊の兵長が夕食を持ち、 入ってきた。 「待ちなさい」トレイを置き、そそくさと出て行こうとする兵長を呼び止める。兵長はおずおずと振り向いた。 「戦況を報告しなさい」 彼は、戦況を捕虜に教えるのにためらいを覚えた。 しかし、彼女が丹田に力を入れて声を張って繰り返すと、その命令調に逆らえずに彼は白状した。 アンデネスの浜辺には、ノルウェー部隊が進退窮まって立ち往生している。 南部にはノルウェー軍の旅団規模の部隊が上陸した。対空ミサイル部隊は出血している。 制空権は奪われ、明日はかなり厳しい一日になるだろう。 『飛行場を枕に討ち死にしたとしても、我々が降ることはない 固守か、死か』 シマコフは、敵の降伏勧告を一蹴した。 兵長は言い終わると逃げるように去り、茫然と立ち尽くすスーザンが残された。
日が、暮れる。血のように赤い太陽が水平線を動いている。 そんな中、ノルウェー兵は砂浜に散らばるあちこちの遮蔽で分隊ごとに固まり、見張り以外は死んだように眠った。 彼らはこの一日で疲れきっていた。 撤退させられるだけの舟艇が着岸するのは不可能だった。 夜のうちにダイヴァーたちがひそかに潜入し、弾薬や糧食を補給した。 低い太陽が雲の間から顔をのぞかせた。 雪が残る木々の間を、赤黒い人影がひそひそと動いていく。 「偵察隊、攻撃開始線へ展開完了」 「第3中隊、まもなく展開完了します」 「迫砲、射撃準備完了」 Target On Time、という言葉がある。 陸上自衛隊では…そのまま「ターゲット・オン・タイム」と言っている。 これでは説明にもナニにもなっていないので無理矢理訳すと、「同一目標同時弾着」とでもなろうか。 Ti…Ti…Ti…Ti… 何対もの目が、時計の秒針を息を詰めて見つめていた。 …Ti…Ti…Ti…Ti… 闇の帳が、死んだように静かな島を、覆っていた。 X日1800時、攻勢発起。 「アゴーイ!」PAM! 「アゴーイ!」PONG! 「アゴーイ!」QuOOOOM! 「アゴーイ!」Sh-!Sheeeeee…
PONG!PONG!PONG!PONG!PONG!PONG!PONG!PONG! PONG!PONG!PONG!PONG!PONG!PONG!PONG!PONG! BAM!BAM!BAM!BAM!BAM!BAM!BAM!BAM!BAM!BAM! Shー! Shー! Shー! Shー! Shー! SheeSheeShee…… Hu-M HuM HuM HuM HuM HuM HuM HuM HuM HuM PTHOOOM!PONG!PAKOM!POM!PAOM!PTHOOOM!POM! 「アターカ!」「アターカ!」HuOOOOOOOOOM!HuOOOOOOOOOM! 「アゴーイ!」POM!POM!POM!POM!POM!POM!POM!POM! 「ウラー!」「ウラー!」KTOWKTOWKTOWKTOWKTOWKTOWKTOW! 「ウラー!」「ウラー!」ZIPZIPZIPZIPZIPZIPZIPZIPZIP! BAOM!VOM!DOM!BAKOM!ZUVO!ZUVO!ZUVO!BAOM! 迫撃砲の一斉射撃に遅れること数秒、空挺隊員たちは一斉に30ミリグレネードを撃った。 ソヴィエト兵の頭上を、布を裂くような異様な唸りを上げながら82ミリ迫撃砲弾が飛びすぎた。 82ミリ迫撃砲弾と同時に30ミリグレネードが弾着し、爆発が大地を揺るがした。 「て、敵襲!」「敵しゅうてきしゅう!」「敵襲ーッ!」「敵襲ーッ!」 海兵隊員たちは飛び起きた。 連続する爆発を奇蹟的に生き延びた歩哨の視界に、亡霊のように銃を撃ちまくる人影が出現した。 彼らがあわてて突撃銃を構えなおそうとしたとき、一斉に球が弧を描いた。 手榴弾の弾幕投擲。手榴弾はころころと転がり、続けて爆発した。 さらに迫撃砲弾が降り注ぎ、爆発が夜営地で連続する。 死にゆく男たちの絶叫が響く。 寝ぼけ眼の海兵隊員たちを、ソヴィエト兵の銃撃が襲う。 ノルウェー兵の間を致命的なパニックが走り抜ける。彼らには、ノードメラでイワノフたちに叩きのめされた記憶が鮮明に 残っており、脆かった。 指揮系統は完全に崩壊し中隊長は戦死、海兵隊の先遣中隊は一撃で潰走した。
「捕虜なんぞほっとけ!突撃!突撃!突撃!突撃!突撃!」「蹂躙しろ!」 「爆薬が足りんぞ!あと500グラム持って来い!急げ」「突撃班前へ!」「戦車前へ!」「すごいぞ全周目標だ」 戦車小隊はがむしゃらに突撃し、対空砲小隊は直射を浴びせ、対戦車ミサイルは速射で装甲車を屠っていく。 各分隊は事前に割り当てられた目標に向かってきびきびと散開していく。 偵察隊は浸透し、物資の集積所に爆薬を仕掛けて爆破した。 赤黒い火球が薄く白んだ夜空を焦がした。 後方に駐屯する第2中隊も潰走してくる友軍に圧されて揺らぎ始めた。 しかし、そんな中でもノルウェー兵は果敢に反撃を試みた。 ランチャーから照明弾が発射され、パラシュートに吊られてゆらゆらと漂いながら降りてくる。 揺らめく光に照らし出された山肌ではあちこちで発砲の閃光がきらめき、爆音が響き、硝煙が薄くなびいていた。 まさに生き地獄だった… しかし、そのさらに後方に駐屯する第3中隊の抵抗は想像を絶した。 第1,第2中隊には与えられなかった貴重な数分が、第3中隊にはあった。 中隊長のウォード大尉は戦線を駆け回り、敗走してくる友軍部隊を臨時に編制し、反撃の準備を整えつつあった。 幸いウォード大尉はその場での最先任士官だった。 数ヶ月後任の大尉を激励し、中尉を叱咤し、少尉,准尉や曹長を怒鳴りつけ、奮い立たせた。 定数170名の歩兵中隊は敗走兵を糾合して300名前後にまで膨れ上がっていた。 猶予は一刻としてなかった。編制が完了しないうちに敵が押し寄せてきた。 岩場を無謀な速度で走りながら、ノルウェー戦車小隊はソヴィエト戦車小隊との交戦を開始した。 開始されてすぐに、その戦車戦は命をかけた一騎打ち、ないし隠れん坊と化した。 一瞬の閃光が照らした陰影を目掛けてレオパルト戦車の105ミリライフル砲が火を吹いた。 その発砲炎を狙ってT-80戦車の125ミリ滑腔砲が咆哮した。
ノルウェー砲兵は急速射を開始した。 迫る敵部隊に、砲兵はあわただしく仰角を下げた。 間接照準どころの騒ぎではない。用意が出来るや否やぶっ放した。 105ミリ榴弾砲の直接射撃である。 防楯に銃弾があたり、甲高い音を立てて跳ねた。 ナルヴィクのソヴィエト三軍調整官はアンダヤ支隊を支援するために偵察機を派遣した。 増援の2個自動車化狙撃師団はカテゴリーCの予備役部隊である上に空爆で出血し、アンダヤ島への上陸は諦めざるを得な かった。 彼は指揮下にある唯一のカテゴリーB師団を使っての逆上陸作戦の計画を考え始めた。アンデネスの飛行場なら、ブライン ダー爆撃機が直接スコットランドを襲撃できる。アンダヤ島はいまや信じがたいほどの価値を持つ不動産なのだ。 「偵察隊より報告、敵の抵抗軽微」 「戦小より報告、敵は敗走中!」 「第3中隊も同様に報告しています。追撃を継続します」 司令部には矢継ぎ早に各部隊から報告が入っていた。 戦線を決定的に突破し、波に乗って進撃している。勝利は間近だ。 そう思えたとき、それを引っくり返すような報告がナルヴィクから入った。 「至急報!リュソイハンおよびスヨルデハウンに敵部隊あり!連隊規模!」 そのミグ-21の操縦士は、地上の敵軍を目視した後に連絡を絶ったのだった。 「何でそれを早く言わん!」怒鳴られて通信士は肩を落とした。 シマコフはそれが理不尽な怒りだと分かっていたが、彼としては責任を誰かにかぶせたくもなる気分だった。 この予想外の敵軍の出現に、アンデネスのソ連軍司令部は動揺した。 兵力比6倍は生半可なものではない。 2倍なら、指揮官や将兵の能力で埋められもしよう。 4倍でも、地形や兵器の有利、そして運があれば引っくり返すことは可能だ。 だが6倍ともなると、まさに白刃の上を渡るような賭けをして辛うじて埋まるか否か、である。 彼らは既に賭けをした。だが、この劣勢を挽回するには更なる賭けが必要だった。
第2次攻勢の敢行が決定された。 第2次攻勢参加部隊は、臨時に編成した第4中隊と戦車小隊、迫撃砲小隊、ロケット中隊。 第1次攻勢参加部隊と合わせると、空挺隊員2個中隊に戦車2個小隊、迫撃砲2個小隊にロケット中隊。 小さいながらもそれなりの形は整えることができた。 対するはノルウェー海兵隊の2個大隊戦闘団。歩兵中隊が6個に戦車小隊が2個、砲兵中隊が2個である。 これを見て、読者諸賢の中には「なんだ、戦力比3倍じゃないか」と仰る方もおられよう。 だがこれはアンダヤ島南部に限っての話だ。 北部のアンデネス前面には、未だにノルウェー海兵隊のA大隊戦闘団――というかその残りが頑張っている。 その基幹戦力は3個中隊から2個中隊強にまで低下しているが、北部のソヴィエト軍も損耗している。 アンデネスを守るソヴィエト軍は、建前は2個歩兵中隊。とはいっても減耗と南部への戦力抽出により、実質は1.5個 中隊である。さらに直掩火力である戦車や迫撃砲は南部に引き抜かれている。もっとも迫撃砲については、ノルウェー軍 から弾薬付きで鹵獲した81ミリ迫撃砲があったので、問題はさほど無かった。 問題は対戦車火力の不足である。いくら陣地に篭っているとは言え、対戦車ミサイルだけでは心もとない。 だが、どうしようもなかった。 洋上にはさらに2個大隊戦闘団、つまり6個歩兵中隊が遊弋している。 これらは舟艇によって高い機動力を持ち、どこに現れるか分からない。
この状況のなか、ソヴィエト軍はその持てる全力を展開した。司令部の守備部隊や傷痍兵まで前線に駆り出しているので ある。 つまりこの後客がきても、鍋の底をさらおうが何をしようが一品も出せない状況にあるのだ。 そして敵には、我の全力の2倍もの予備部隊がある…しかもそれらは全く戦闘に参加していない! 「これからが修羅場だぞ。ここからは時間との競争だ」 夜明けまでにノードメラとスヨルデハウンの敵軍を駆逐しなければ、空爆で袋叩きにされることになる。 偵察隊のみの小規模な夜襲として計画されたものが今やソヴィエト側全兵力の3割を投入しての強襲となり、さらに熾烈さ を増そうとしていた。 「ノードメラを迂回せよ。目標はリュソイハウン、そしてスヨルデハウンだ」 ディーヴァーベルグ経由で島の東部を回り、一気にリュソイハウンの敵橋頭堡を急襲する計画である。 「4中、攻撃開始線に展開完了」「迫撃砲前進準備よろし」 「哨戒班配置につきました」「敵影なし!敵の警戒は皆無です!」 「くそ、いけるぞ」クレトフがうめいた。 「測候班より、風向は…」測候班がロケット中隊に最新の天候データを伝えた。それを入力し、準備は完了した。 「ロケット中隊、準備完了」 クレトフがシマコフに敬礼し、報告した。「全部隊、配置完了しました」額に当てたその掌は、震えていた。 シマコフも肯き返した。そして、叫んだ。 「攻撃開始!」 X日2020時、第2次攻勢開始。 ロケット中隊がいっせいに火蓋を切った。 続けざまに72発の122ミリロケットが空中に放物線を描き、ノルウェー軍の前哨線に襲い掛かった。 上空を陸続と飛び越えていく光線に、空挺隊員たちは奮い立った。 「アターカ(突撃)!」 ソロキンの抑えた叫びに、第4中隊はいっせいに前進を開始した。
兵士たちは山肌を疾駆し、一気に敵部隊へと肉薄していく。4両の戦車と1両の空挺装甲車は道路を疾走した。 戦車の後部には偵察隊の空挺隊員が鈴なりにしがみついている。空挺装甲車は迫撃砲部隊を乗せている。 ディーヴァーベルグにはノルウェー海兵隊の偵察部隊が進出していたが、この予想外の攻撃に肝を潰してろくな反撃もせ ず逃げ出した。 さらに思わぬ幸運があった。リュソイハウンで全滅したと考えられていたKGB保安中隊のうち、生き残っていた1個小隊 がサウラヴォーゲン近郊に潜伏していたのである。 当初計画では1個小隊をディーヴァーベルグの守備に回すはずだったが、これでその分の兵力が節約できることになる。 第4中隊はなおも突進した。 ディーヴァーベルグでは村落に拠ってKGB部隊が守備につき、さらにロケット中隊が前進してきた。 ロケット中隊は布陣すると、スヨルデハウンの橋頭堡に向けての猛射を開始した。たかだか中隊規模のロケット、しかも 空挺部隊用の軽量発射機ではさほどの効果は無いが、少なくとも敵に心配の種を与えることはできる。 セレフォールまで突っ走った第4中隊は、まず偵察隊を浸透させた。その間に徒歩で追ってきた部隊が追いつき、再編制 が完了した。 かつてノルウェー軍がアンデネスに置き忘れた60ミリ軽迫撃砲は今やセレフォールに展開し、砲撃命令を待っている。 「41より03、展開完了」 『03了解。攻撃を開始せよ』 「41了解」 偵察隊の報告を元にして、ソロキン大尉は攻撃を開始した。 迫撃砲が全力射を開始し、その支援のもと、第4中隊戦闘団は戦闘地域に突入した。 歩兵部隊が山側を先行し、敵の対戦車火点を制圧する。その後方から戦車小隊が進撃する。 4両のT-80戦車は、抵抗を主砲や同軸機銃で制圧しながら上手く稜線や遮蔽にその巨体を隠しながら前進していく。
リュソイハウンのノルウェー海兵隊は不意をつかれた。 ノードメラでの第3中隊の攻撃に対応するために部隊の主力を西側に送ったばかりで、山をはさんで反対側からの攻撃に 対応できなかった。 ノルウェー軍のパニックは最高潮に達した。 アンダヤ島東部で初のノルウェー軍の実質的な抵抗は、オーセに展開していた海兵隊D大隊第2中隊によって行なわれた。 土嚢を積んだ即席の陣地には米国製の汎用機関銃が据えられ、対戦車ミサイルが配置された。 丘の間の道路はキル・ゾーンとされ、地雷が仕掛けられていた。道路以外は地盤がゆるく、戦車が行動できるとは思えな かった。 戦車の履帯が道路を踏む音に、海兵隊員たちは緊張した。 次の瞬間、カーブを曲がってソヴィエトの戦車が現れた。 ミサイル発射機と戦車は同時に発砲した。ミラン対戦車ミサイルがワイヤーを曳いて飛んだ。 偵察隊員がミサイル発射機の位置を掴んでおり、戦車はだいたいの見当をつけて榴弾を撃つだけでよかった。 対戦車ミサイルが戦車に達する数秒前に榴弾がミサイル発射機を抹消し、ミサイルは無害な飛行体となって飛び去った。 だが次の瞬間、もう1基のミサイル発射機が発射した。戦車は煙幕弾を撃ちながら後退し、戦果は見えなかった。 そのとき後方で吶喊の声が沸き起こった。 ノルウェー軍の指揮官は敗北を悟った。 戦車が正面で陽動している隙に、敵の歩兵部隊が丘の下の低地を走り、後方に回り込んだのだ。 オーセの防衛線は10分あまりの交戦で突破され、ノルウェー軍は敗走した。海兵隊員たちは肝を潰し、オーセの村落に 拠っての遅滞戦闘など頭に浮かびもしなかった。 セレフォールの迫撃砲部隊はオーセまで前進し、リュソイハウンに直接砲撃を加えはじめた。
スヨルデハウンに展開するノルウェー海兵隊E大隊戦闘団は、この攻撃に対応できるはずだった。 戦力的に言えば容易なはずだが、しかし夜陰の攻撃ということが混乱を招いた。 夜空は明るいが、昼間と同様に戦うには暗すぎた。降ってくるロケットも混乱を助長した。 戦線をパニックが走り抜け、情報は錯綜した。 敵の特攻隊が司令部に突入してくるという情報もあった。これはリュソイハウンで潰滅したKGB保安中隊の敗残兵を 誤認したものだったが、ノルウェー軍はそれを信じた。 潜入したソヴィエトの哨戒班は偽情報を流し、その混乱をさらにあおった。 虎の子の戦車隊は司令部の警備に駆り出された。前線から引き抜かれた部隊が警備に回った。 合言葉が何重にも複雑になっていった。 ノルウェーの首都は? フィンマルク州の州都は? ブリトニー・スピアーズの歌を一曲言ってみろ! 答えられなければ即ホールド・アップ。 准尉を営倉送りにした憲兵軍曹が、すぐに別の憲兵に銃を突きつけられた。 航空統制官や中隊指揮官までもが営倉にぶち込まれた。 E大隊戦闘団司令部は自らの想像と自らの部隊の捕虜になりつつあった。 「敵の攻勢です」 「チャーリー2敗走中!」 「チャーリー指揮官、航空支援を要請しています」「デルタが状況説明を求めています」 「敵勢力は旅団兵力と考えられます」 空母「アーク・ロイヤル」のCICは蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。 「至急ハリアーを発進させろ」NATO艦隊の航空機で夜間攻撃能力を限定的でも保有しているのは、ハリアー攻撃機しか なかった。 だが、すぐに状況はさらに混沌の度を増す。
島の中央で、突如として閃光が続けざまに生じた。 これまで鳴りを潜めていた対艦ミサイル中隊が火蓋を切ったのだ。 数十秒後、16発のカヤック・ミサイルはブースターを切り離して沖合いの英国艦隊に向かった。 『ヴァンパイヤー!ヴァンパイヤー!ミサイル飛来』 空母「アーク・ロイヤル」を直掩する42型駆逐艦のCICで伝令員が叫んだ。 「総員配置につけ。対空戦闘」「機関出力全開。最大戦速。面舵一杯!」 艦長はレーダー断面積を減らすためにミサイルに艦正面を向けた。 『複数のシーカー・ヘッドが本艦を追尾しています』ディスプレイには、ミサイルが接近してくるのが表示されていた。 『チャフ連続発射!』艦の上空で続けてチャフ・ロケットが破裂し、アルミ箔を撒き散らした。爆発音にみんなが竦んだ。 両舷のファランクスCIWSは回り、空を狙った。 「さあ、やろうぜ!」戦術行動士官がスイッチを押した。 艦首のミサイル発射機がくるっと回り、最初のミサイルが発射された。前甲板が白煙で覆われた。 『ジーザス』SAMは敵のミサイルのそばまで行ったが、すれ違った。近接信管の故障だった。 『なおも本艦は追尾されています!』 さらにシーダートが発射されたが、またも外れた。 「射撃開始!」右舷のファランクスが撃ち始めた。 20ミリバルカン砲の6本の砲身がからからと回り、最初の薬莢が甲板に落ちる前に数十発を撃っていた。 ほとんど間をおかずに、右舷側前方から2発のミサイルが突っ込んできた。 ファランクスは一発目を撃破したが、その後からさらにもう1発来た。 ファランクスはなおも撃ちつづけるが、なかなか当らない。 空中哨戒中のシーハリアーがミサイルを狙ってサイドワインダーを撃った。みんなが驚いたことに、これは命中した。 直衛していた2隻の42型駆逐艦のうち1隻が撃沈され、残り1隻に全てが掛かっていた。 しかし、この42型駆逐艦が奮戦した。 この戦役中まったく当らないので有名だったシーダートSAMを7発撃ち、実に3発ものミサイルを撃墜した。 撃ちもらした1発のミサイルは「アーク・ロイヤル」のファランクスが辛うじて撃墜した。 だが結局、この戦闘でそれぞれ1隻の駆逐艦とフリゲイト,徴用された民間船5隻が撃沈された。
しかし、情報化されたNATOの強みがここで発揮される。 カヤック・ミサイルが空中から消えるや否や、NATO軍は戦況を的確に把握し始めた。 シーハリアー戦闘機は危険を顧みずに突入してレーダーでマッピングし、ハリアー攻撃機は暗視装置で偵察した。 2200時ごろ、NATOは戦況を完全につかんだ。 「くそ、敵のどこにこんな余力が残っていたんだ!」イギリス軍の少将はうめいた。 「これは敵の最後の攻撃です。これを乗り切れば勝てます」ノルウェー軍の大佐は力説した。 「敵がアンダヤに展開する部隊は1個連隊相当です。今戦線に出ているのは、その全力です!」 そして、彼は作戦を説明した。 イギリス軍側は同意するしかなかった。この作戦が失敗すれば、6倍の兵力にもかかわらず戦況は膠着状態となるだろう。 しかしスミス大佐の主張は、十分な説得力を持っていた。 ノードメラで激戦を続けるB大隊、D大隊、そしてリュソイハウンのC大隊は、スヨルデハウンまで後退してE大隊と 合流するよう命じられた。 ノードメラ〜オー間に設定されていた戦線に代わって、ボガード防衛線が設定された。 スヨルデハウンを死守せよ! 揚陸艦がスヨルデハウンの港に回された。 C大隊とE大隊は、受けた命令に激昂しながら揚陸艦艇に乗り込んだ。 『敵はなお敗走中。第3中隊はノードメラを突破しました!』 『第4中隊、リュソイハウンを占領。敵の抵抗極めて軽微!』 「サーシャ、やったな!」シマコフは満面の笑みを浮かべて副官を振り返った。 だが、クレトフの表情はすぐれなかった。 「どうした?」 「敵は脆すぎます!戦車が東部で戦線に現れないのはなぜです? 圧倒的優位なのに、なぜ敵はノードメラとリュソイハウンを放棄したんです?何か臭いませんか!」
「考えすぎだよ、サーシャ。夜襲に敵は潰乱した。そういうことさ」 「何か裏がありますよ、これには!過度の進撃は危険です。追撃はリュソイハウンとノードメラで止めるべきです」 「ここまで来て怖気づいたか、サーシャ!追撃して戦果を拡大するんだ」 ノルウェー海兵隊C大隊は西へ、E大隊は東に回った。 それぞれに2隻の駆逐艦が護衛についた。 2隻は展開し、攻撃開始線を形成した。 『カンプグルッペ・チャーリー、攻撃開始!』 『カンプグルッペ・エコー、攻撃開始!』 『ブリーク沖に敵艦隊!』通信士が狼狽して叫んだ。 「それは誤報ではないのか!? 確認しろ!」 『確認しました!敵駆逐艦および複数の船舶を視認しています!陸兵を揚陸中!』 「第3中隊に命令!速やかに転進しブリークの敵部隊と交戦せよ」 「団長!」クレトフは怒鳴った。「直ちに両中隊を戻すべきです。このままでは分断されます」 「敵はブリーク沖だけだ!第4中隊の攻撃は継続する!夜明け前にスヨルデハウンの敵を駆逐しなければ我々は破滅だ!」 通信士官の声がその論争に水を注した。 『ブレイヴィカ沖に敵艦隊!』 「何だと!? ブリークの間違いではないのか!?」 『ブレイヴィカ沖にも敵艦隊――監視所と連絡途絶!』 『第3中隊より報告!敵部隊はなお敗走中!ノースを突破しました!』 『第4中隊より至急報!敵の強力な抵抗に遭遇!敵は組織的に反撃しています!』 「直ちに両中隊に撤退命令を出してください! 戦線を縮小しなければ持ちこたえられません!」 『アンデネス前面に敵艦隊!増援部隊を揚陸しつつあります!』 『第3中隊、ボガード前面で強力な抵抗に遭遇!』 『第4中隊、敵の砲火が強まっています!』
222 :
48 :04/03/06 21:25 ID:0cLg1+K7
今日はここまでです。次回投稿で完結予定ですが、おおよその山は越えました。 イギリス軍少将の、スミス大佐の、シマコフ大佐の決断は? そして、そのときクレトフとパーカーはどう動くか? この辺が次回の焦点でしょうな。 「北の〜」のストーリーは陳腐でご都合主義的ですが、こと作戦に関してはこの半年間、 もとい2ヶ月ほどのあいだ練りに練ってあります。 そんなことやってる暇があったらもっとエロくしろとの声もあるでしょうが、私がどんなにエロく しようとしたって自ずから限度がありますので、ご勘弁を。
すげえ燃えSSご馳走さまです。相変わらずの戦闘描写、お見事。 ところで頭の通達は何なのですか。不意打ちだったので大笑い、何事かと家族がすっとんできましたよ(笑
どうも、毎度おなじみサモンナイト3のSSです。 用語の不自然さなんかは流してくださると有り難いことこの上なしです、はい。
「教官殿……自分は、バグにより生まれた人格なのです」 「このままでは、いつまた暴走してしまうか分からないであります。 その前に自分を消してください」 「自分は、教官殿のお役に立ちたいのです」 機械兵士を前にして、赤毛のあの人は泣きそうな顔をし―――頷いた。 「アルディラさま、お願いがあります」 クノンの提案にアルディラは形の良い眉をひそめた。ヴァルゼルドのバグ除去作業を 自分ひとりでやらせて欲しいと言われたのだ、無理もない。 「レックスさまは現在大きな精神的衝撃を受けて不安定な状態にあります。 側に誰かが付き添うのが回復に有効な手段で、そしてその役目は 私よりもアルディラさまの方が適任かと思われます」 「……だから、ここは任せて欲しい、と言うの?」 「はい」 アルディラはクノンの内面を推し量るように見つめる。 嘘はついていないだろう。看護人形<フラーゼン>はそういうことには向いていないのだ。 だが、語ることが全てとは限らない。 何か隠している。それが結論だった。 主人たるアルディラが問い質せばまず答えるだろう。 しかし自分に隠してまでやらなやればならない事らしい、というのも理解できる。 「―――分かったわ。但しひとつだけ約束して。 どんな小さな兆候であれ、危険を認識したら直ぐに連絡をすること」 「承知しました」 頷くクノンを見て僅かながら安堵する。 彼女が自分の意志で約束を反古にしたことなど今まで一度もないのだから。
一人に、正確にはプログラムへの強制介入を受け機能を休止状態にさせられた ヴァルゼルドと二人きりになったクノンは、コンソールを操作しスクリーンに浮かぶ 大量の情報を処理していく。 クノンは元々治療ユニットではあるが、護人であるアルディラの補佐を行うために ラトリクス内のコンピュータの操作能力を付加されている。この程度なら充分可能だ。 検知ツールを走らせ、ぎゅ、と拳を握り締める。 ヴァルゼルドのバグは致命的だ。ウイルス性のものではないので感染の心配がない のだけが救いだが、教官と呼び慕っていたレックスに銃口を向けたことから判るように、 敵味方の認識に悪影響を及ぼしている。今は抑制プログラムを打ち込んで鎮めてはいる。 ここ何時間かは大丈夫だろう。明日も問題なく過ごせるかもしれない。 けれど、その先も安全だとは到底考えられないのだ。 処理方法は簡単だった。 バグは除去すればいい。 そうするつもりだった。 バグが、本来機械兵士に与えられるはずのない情動を作ったことさえ知らなければ。 (……私は) いつの間にか手が震えているのに、クノンは気づかない。 (私のすることは、間違っているのでしょうか) アルディラの言葉が渦を巻く。「危険を察知したら連絡を」……ならば危険と知りつつ 行為をなすのは、どうなのだろう。疑問を意識的に押し殺す。 画面を流れる文字列が、ある目的を形づくる。 エンターキーに指を置き、 少しだけ、 迷い、 力を込めた。
ヴァルゼルドは意識を取り戻し、次いでその矛盾に混乱する。 混乱する自我があるということ、それは在り得ない、あってはならない筈だった。 傷つけてはならない人を傷つけた、それだけで廃棄されても当然なのに、 彼は責めもせずヴァルゼルドは悪くない、と言ってくれたのだ。 ならばせめて戦いの役に立ちたいと願い、バグの除去を頼んだのに。 「何故、自分はまだ……」 「どうしても貴方に訊きたいことがあったからです」 独り言への答えに驚いて意識を向ける。 「自己紹介がまだでしたね。私は看護人形のクノンです」 ヴァルゼルドと比べると随分華奢なつくりの彼女はぺこんと礼をした。 こちらも敬礼を返そうとして、動作が強制停止させられているのに気づく。 怒りはない。むしろこれで間違っても誰かを傷つける心配はないのだと安心した。 「クノン殿、ですか……先程は申し訳ありませんでした」 「いいえ。あれが貴方の意志ではなかったことは、レックスさまとの会話で解っています」 クノンはすとヴァルゼルドを見据え、 「貴方の人格データを残す方法があります」 言葉に、理解速度が追いつかない。 やっと意味するところを解析し終えクノンを見ると、相変わらずぎこちなくも真剣な表情だった。 「スキャンの結果、貴方のバグは何らかの外的要因―――おそらくは召喚術の衝撃により 発生したものだと判明しました。あくまで単発的なもので他者への感染はありません。 ならば、貴方の人格データをバグごと一旦凍結、圧縮し、別ユニットに転送。それらを元に 情動プログラムの構築を行い、元の機体に再転送することは理論上は可能です」 つまり、それは。 自我の存続の可能性。
「その事を伝えるために自分を呼び出したのですか」 「そうです」 「しかしその提案には問題があります」 視線がぶつかる。 光化学センサーを内蔵している、という点は共通する瞳だが、片や索敵に特化した 戦闘のための眼、片や患者のメンタルケアを行うため情動反映を第一に設定した眼。 同じ被造物でありながら全く異質なもの。 「自分の人格はバグという不確定要素により発現したもので、非常に不安定な状態 にあります。転送の際破損してしまう確立は非常に高いと思われます。 また、転送は受信ユニットに多大な負荷をかけるものであります。膨大なデータを 理解する情動プログラムを有し、なおかつ記録可能な媒体がそうあるとは考えられません」 「……前者については言う通りです。これはある意味賭けになるでしょう。 しかし、後者は問題ありません。記録媒体はあります」 「どこにでありますか」 「ここに」 クノンは自分の胸に手を当て、はっきりと言った。 「私が貴方を記憶します」 何故、と訊ねる。 「それは、教官殿がそうせよと仰られたのでありますか」 「……いいえ、私の個人的な判断です。だから強制力はありません」 「ますます解らなくなりました。クノン殿にそうする意味があるのでありますか?」 「意味……ですか」 目が伏せられ、また見上げてくる。 「―――私は貴方をずっと監視していました」 淡々と述べる言葉。 「今日、貴方がレックスさまを襲った時、予想通りだと思ったのです。機械兵士なのだから、と。 ですが貴方の行動がバグによるものと知り、そのバグが貴方という人格を作ったと聞いて、 私は混乱しました」
ありえない光景だった。感情を持たぬ機械兵士が自我を有し、人を傷つけたことを悔い、 己を壊せと懇願するなど。 クノンの記憶領域がざわめく。ひとつの光景を連想させる。 レックスへの嫉妬を覚えてしまったことに絶望し、自分で自分を壊しかけ、 許された日のことを。 「行為の起因は―――同族感情、なのかもしれません。 単なる憐憫なのかも、いえレックスさまの真似をしているだけなのかもしれません」 唯。 「貴方に、せっかく感情を得た貴方に消えてほしくない。 助ける手段を持ちながら見過ごすなど耐えられない」 もう一度、クノンは問うた。 「このまま消えてしまってもいいのですか?」 機械兵士には愚かな問いだった。彼らの存在意義は戦うこと。勝利を収めること。 そのなかに己れの損得は存在しない。恐怖も歓喜も在りはしない。 彼らは武器として生み出された、武器に感情は必要ない。 ヴァルゼルドは。 「―――否、であります」 しかし自我を以って消滅を怖れた。 華奢な手がそっと機能性のみを追及した腕に触れる。 「怖い、と思うのは感情を持つ者ならあって当然です。自我の喪失を怖れるのも。 そして、自分独りではどうしようもなくなったら助けを求めてもいいのです。 ……半分はレックスさまからの受け売りですが」 「……教官らしいでありますな」 笑った、ような気がした。
ふたつの体温を持たぬ身体がコードで繋がる。 ヴァルゼルドからクノンへ、そしてクノンから伸びるコードの先はサブコンソールへと。 安全性をとるなら一旦ラトリクスのマザーボードにてヴァルゼルドからの転送情報を 圧縮、しかるにクノンへと送るのが筋だろう。しかしそれをするとアルディラにばれかねない。 そうすればアルディラはクノンを止めるだろうし、クノンは命令に逆らえない。 だから必要最低限の補助だけで直接データを受け取るつもりだった。 「では、これより処理を行います。手順の確認をどうぞ」 「了解しました。これより本機は人格データを転送開始、 120秒後にワクチンをインストールの上バグの除去を行います」 データ転送にあたり、ヴァルゼルドは条件を出した。 転送と並行しバグの除去作業を行うこと。たとえ今回転送に失敗しても、二度はしないで そのまま消去するようにと。不安定なプログラムが変質する可能性はなきにしもあらずだし、 それにクノンの負担を最小限に抑えたいという気持ちもある。 「確認完了。これより転送開始」 「確認完了。情動プログラムの外部接続を承認します」 電子による同調の合図。 機械にのみ許された精確さで二人はシステムを立ち上げ開始した。 ケーブルを伝わる膨大な情報を受け止め、解析し、振り分ける。 生身の人間なら狂ってしまうであろう、圧倒的な量。 処理能力の適正値を超える活動にシステムは灼ききれてしまいそうになる。 ありったけの余剰タスクを回してもまだ追いつかない。 片端から凍結、圧縮してもそれを大きく上回る勢いで流し込まれる情報に、 未成熟な情動プログラムが悲鳴を上げた。 動作制御を一時的に停止、床に崩折れる。僅かだが余裕が生まれる。回す。直ぐに一杯になる。
エラーパルスが四肢を痙攣させる。 音声システムに異常発生、入力していないのに声が出る。 聴覚が音を拾うが認識する暇もない。 視野を砂嵐が覆う。 冷却用の蒸留水ですら沸騰してしまうのではないかと思った。 (もう少し……もう、すこしですからっ……) うずくまり全身を震わせ喘ぎながら、唯、処理を続ける。 中枢近くにノイズ。 止めない。止めるものか。 「……ヴァルゼルド……っ」 擬似声帯が無意識に名を紡ぐ。 人格データはパーセンテージ96まで転送されていた。 残りの4パーセントが呼びかけに反応するかのように、一気に押し寄せる。 ぱんっ、と。 とうとう回路のどこかが負荷に耐えきれず弾け。 クノンの意識に帳が落ちた。 過度の情報量にダウンしてしまった人格プログラムを再起動させるべく回路が働きはじめる。 ダウン時間……8秒32。 外的破損チェック……オールグリーン。 内的破損チェック……記憶領域及び神経回路に複数のエラー発見。 ……自己修復プログラムのみで修復可能。作業終了予定は75秒後。 情動タスクに新規保存されたプログラムのチェック…… …… …… …………破損なし。 …… ……全ての作業完了。これより再起動。
クノンが目を覚ます。視覚調整のため二三度まばたきした後、慌ててコンソールへと向かった。 ヴァルゼルドのプログラムをチェックしてみる。どこにも異常は見当たらない。 バグは消えたということだ。 つまり、バグにより生み出された人格も消えたということ。 「……違います。貴方は、ここにいます」 クノンは確かに感じていた。 自我を形成する情動プログラム、その領域に、他者の存在を。 機界集落ラトリクスに、一体の看護人形と一体の機械兵士の姿がある。 「―――人格プログラムの構築ですが、現在の進行状況は全体の三割といったところです。 やはり元がバグですから、他の領域との兼ね合いに問題があるようです」 応えはない。それでも声は続く。 「けれど諦めません。ヴァルゼルド、いつか『貴方』ともう一度会える日が来ると信じています。 その時はたくさん話をしましょう」 電波やケーブルを使うデータ交配ではなく、音声と聴覚による、余分な情報処理を必要とする まだるっこしい、人間のような遣り方で。 少女は胸に手を当て、傍らの兵士に寄り添い身を預ける。 そして鋼の器に眠るもうひとつの魂を慈しむかのように目を閉じた。
48さんもサモンナイトさんも、乙。ここもいいスレになったよなあ。
234 :
48 :04/03/08 21:44 ID:OLZPjZRU
少々解説をば。
>>176 Я умираю, но не судаюсь. Прощаи родина!
訳:俺は死ぬ。だが決して降伏などしない。さらば祖国よ!
説明:文中にある通りです。1941年6月22日ドイツ軍はソヴィエトに侵攻しましたが、戦線中央で
侵攻部隊の第1の障害となったのがブレスト・リトフスク要塞でした。ここでの戦闘開始は6月23日、
そして最後のソヴィエト兵が戦死したのは7月末という激烈な攻防戦が展開されました。
戦術家として知られたドイツ第2装甲集団司令官ハインツ・グデーリアンは、このソ連兵の抵抗を
「ただ賛嘆あるのみ」と称えました。
さて、私事になりますが、私はいわゆる紛争地域と言われるところに何度か行ったことがあります。
そういうところの軍人たちの多くは諸賢が自衛官から想像するものとは全く違って実に下劣、無能、怠惰でした。
自衛官を見慣れた皆さんには信じがたいかもしれませんが、軍隊が必ずしも規律正しいとは限らんのです。
私はこの作品を、そういう連中の対極に置くべきものとして書きました。ここで戦われるのは、高度な技能
を備えたプロフェッショナルたちだけが参加することが出来るゲーム、言うなれば「愛国者のゲーム」であります。
そしてインターネット上にはミリタリーSSがたくさんありますが、その大部分が空戦や特殊作戦など、
華々しい分野を扱ったものです。私は常々この状態を不満としてきました。そんなわけで、この「北の〜」は、
泥臭く血生臭い陸戦、しかも白兵戦を真正面から書いたものになりそうです。これを読んで、戦場を支配するのは
今でも歩兵、そしてそれを支援する迫撃砲、榴弾砲、戦車であることを思い出していただければ幸いです。
…ちなみに、ここがエロパロ板だということは覚えているつもりですよ。
>お人形さんは電子の恋をするか 乙です 最後のシーンで妊婦さんのクノンが思い浮びますた クノンはいいお母さんになるのでせうか
>>234 >…ちなみに、ここがエロパロ板だということは覚えているつもりですよ。
いっその事忘れて突っ走れ、と思った俺は悪い読者
ガンダムSEEDのSS投下させていただきす。 本スレが別にありますが、エロ無しなので…。 いちおう試験的な投下なので短くてくだらないです。
「俺は自分への戒めのため、一生童貞でいる」 「…ア…アスラン?」 「すまない、だから君を抱けない」 交際してから半年、心だけでなく身体も結ばれたい。 カガリは自分の処女を愛する人に捧げるべく寝込みを襲ったが返ってきたのは拒絶の言葉。 「…まさかお前インポなのか?」 「いや、ちゃんとイージスはジャスティスに変化するぞ」 「……じゃあ…ホモなのか?」 「…いや、キラは好きだが性欲は感じない」 「………別にキラとは言ってないだろ」 身体の隅々までキレイにしての決意が報われず、カガリは失意のどん底に落ちた。
「私に一生処女でいろって言うのか?」 「俺のことは捨てて君は他に好きな人を見付ければいい」 「…ッ…!!」 ─ーボコッ!! 「童貞アスランのバカバカバカァ!!もう知らない!!」 「ぐはぁ…カ…ガリ…ガクッ」 怒りケージMAXの必殺パンチが腹に炸裂し、アスランは昇天し意識を失った。
以上です。 こんなもん本スレに投下しろや (゚Д゚)ゴルァ! など、お怒りの意見などありましたら遠慮なく…続きを投下する場所を考えていきたいので。 では失礼しました。
>>237-240 元ネタ知らないのでいまいち分からないが、面白かったのでここでいいのでは?
ところで、48氏のSSって本屋で売ってる和製軍事小説よりも面白い気がするのは漏れだけか?
漏れも軍板住人の端くれだが、兵器にあまりこだわらずに作戦で勝負しようというのがすごく良い。
色物兵器なんか全然出てこないし、まさかエロパロでこんなに高レベルな軍事小説読めるとは思わなんだw
>>240 新規さんいらっしゃいまし。
ちょいと…いやかなり気の早い話ですが、次回のテンプレに
「エロなしで本スレに投下しにくいSSの避難所としても活用どうぞ」
と入れるといいかも。
乙
244 :
48 :04/03/13 21:39 ID:VMWMSqD3
存外にお褒めを頂いているところ恐縮ですが、少々間違いを見つけました。
>>195 誤:ムーンシェイド・ワンよりレンティル・ロメオ、レーダー探知!我々はこれより交戦する
↓
正:ムーンシェイド・ワンよりホーク・ロメオ、レーダー探知!我々はこれより交戦する
>>214-215 誤:洋上にはさらに2個大隊戦闘団、つまり6個歩兵中隊が遊弋している
誤:我の全力の2倍もの予備部隊
↓
正:洋上にはさらに1個大隊戦闘団、つまり3個歩兵中隊が遊弋している
正:我の全力と同じだけの予備部隊
SS保管庫の素人”管理”人 氏におかれましては、この2点を修正していただければ幸いです。
また、だいぶ間が開いたにも関わらず収録してくださったことにもお礼を申し上げねばなりますまい。
まっこち、ありがとうございます。
ちなみに冒頭の通達は、某有名軍事総合サイトの掲示板で見つけたものです。
このネタ、あまり漏らさないでくださいね。私が投稿しているもう一つのスレでも類似品を使うつもりですから…
246 :
48 :04/03/14 22:23 ID:xHaw4mc7
>>245 お疲れ様です。お一人で多くのスレのSSを収録して、さらに私のようなおっちょこちょいの
ミスを訂正するなんて、本当に大変ですな。
書き手とは違ってあまり注目されませんが、保管庫の管理人さんも職人ですよね。
軍隊で下士官が、病院で看護師がしばしば無視されるのを思い出します。
これからも頑張ってください。
ところで、圧縮が近いので、上げます。
新参者です。 短い上にエロでもなし、他の職人さん方のレベルの高さに投下も かなりガクブルですが、元ネタのジャンルの供給が極端に少ない ということでお目溢しいただければありがたいです。
エディソンは、ハダリーの無数の神経組織の中を縦横に飛び交う目もくらむような稲妻が、 はげしく鳴りはためいているのに、微笑を浮かべながら人造人間の手をとったのである。 「どうです、これは天使ですよ!」 リラダン『未来のイヴ』 「バトー。」 凛とした声に呼び掛けられて、彼は我に返った。フラフラとしていて不安定な足元。 ここはどこだ、などという、凡そ九課の人間に相応しくない質問を 発するより先に、視線の先に見えた光景が彼に現在の状況をはっきりと思い出させる。 光り輝く摩天楼。その足元でユラユラと揺れる黒い海。彼は『再び』素子のダイビングに付き合い、船の上にいた。 「珍しくぼうっとしてるわね。…疲れてるんじゃないの?」 「その言葉、そのままお前に返させて貰いたいもんだな。まだ海に潜ろうなんざ」 「正気の沙汰じゃない?」 「少なくとも俺はそう思うぜ。俺だったら絶対に……」 バトーは『何か』に気づいたように、そこから先の台詞を言い淀んだ。 素子はビールの缶を甲板に置き、目を閉じて微かに笑う。 「眠って夢を見ることは幸福かしら」 「…?」 「愛しい人の顔、形、触れた肌の感触、視線の機微な動き。 それが義体の作り成すものであっても、 その肉体の側にいることで消える不安があるとすれば、夢の中でだけその不安を解消することのできる人間が 存在するのも仕方の無いことだわ」 「おい、一体何のことを言ってるんだ」 問いには応えず、はぐらかすように微笑んだままの素子の横顔を苦々しそうに見つめて、バトーはビールを一口含む。 近くを遊覧船が煌々と光を放ちながら通過していく。素子の身体の輪郭を、光が縁取る。 バトーにはその姿が、まるで何かに……そう、まるで、
「!」 「気が付いたのね」 まるで『天使』のように見えた。 「これは、夢か」 「そう。都合のいい夢ね。私は人形遣いと融合することも、あんたが海に潜ることも、 草薙素子の不在を感じることもなかった。全ては仮定の連続でしかない」 「………」 「望んでいることが夢になるわけではない。けどこれが決してあんたの願った結末で無いという保証もない。 そしてそれがどちらであれ、今の私には関係のないことだわ」 音もなく素子はバトーの側に近寄っていく。 周囲の景色の輪郭は滲み、黒い海はただの闇と化し、摩天楼の光を容赦なく呑んでいく。限りない収束。 「バトー」 素子の髪がバトーの頬に触れる。彼が打ち壊したあの人形によく似た瞳が、彼を見ていた。 互いの肌が触れたかどうかは、わからない。 収束は急速に進行し、境界は曖昧になり、光は闇に飲まれ闇は光になり、 終には何もかもが一つの黒い点になって――目覚めた彼が見たものは、愛犬の寝顔だった。 彼が見たものが夢だったのか、 それとも彼が『誰か』から夢を『見させられて』いたのか、 それは定かではなく、そのふたつの境界は未だ曖昧なままである。 「どうか答えてください、―――天使は愛さないのでしょうか、愛するとすればそれをどう表わすのか、 眼ざしだけでか光の交わりでか、つまり純粋で間接的な交わりか直接的な交わりか、そのどちらでしょうか」 ミルトン『失楽園』
>>247 いらっしゃいまし。
元ネタは攻殻機動隊(字うろ覚え)? いい感じな雰囲気出て好みでした。乙かれっす。
あんのーー 居たスレから、エロじゃねーから失せろ みたいな事になってしまったのですが… もう一度、こっちのスレに戻ってきてもよろしいでしょうか?(汗
どぞ遠慮なく。 ところで前に居たスレがあるってことは、そちらからの続き物? それとも新作? 前者ならそのスレへの誘導貼るか、簡単なあらすじを投下前につけてくれると読み易し。 職人さん増えるのは純粋に嬉しい、けれどやっぱり気になることがひとつ。 俺屍さんはもう書かないのだろうか。これで完結、ってことはない、よね……。
>252 えーっと、ゲーム3のファルコムスレにSS書かせて貰っていたんですが やっぱりエロパロメインのスレにSSあるのはオカシイので こっちの方にSSを移動してもらう要請を管理人様に出してみました…… どうなるかわかりませんが、話がまとまり次第、続きのあらすじ云々を 考えさせていただきます。
>>253 移動完了しましたので続きをお願いします。
>254
管理人様
毎度、毎度ありがとうございます
ご苦労さまです
> 252
ttp://adult.csx.jp/~database/other.html エロくない作品はこのスレに2
『アドルクリスティンの冒険日誌』
第33冊 −剣(つるぎ)− 01/02
の続きになります。
もしかしたら後で、01 も 02 も手直しを入れるかも……(^^;
直書き短時間推敲の訓練も同時にやってたんで、文章が滅茶苦茶、荒いんです。
読みにくくて申し訳ないです。 すみません mOm
よろしくお願い致します。
「何故止めるっ!? 貴方の弟子達がっ!!」 クリスは自分の服を引っ張った剣聖に叫び声を上げた。が、剣聖はクリスを下から睨み付ける。 「これは、ディルフェイルの剣を握った者達の……、いわば、必ず通らねばならぬ試練…… ソードデモンごときに、古代から受け継がれるバトルソードを持った剣士が、 他人に加勢をされたとあれば……… これから永遠に、流派の笑い者と成りましょうぞっ!」 言って剣聖はクリスの服を年齢からは想像も出来ない強さで握りしめた。 クリスは、その強烈な静止に驚きを禁じ得なかったが、それでも反発して前に進むしかなかった。 「そんな面子に拘っている場合じゃないだろっ!? 命より名誉が大事だとでも言うのか!?」 クリスは剣聖の苦そうな言葉に、強く反発を覚えて叫ぶ。 そんなクリスが叫び声を上げた直ぐ後に、今度は反対側から声が響いた。 「伝説の冒険者は、意外に人情家なのですなっ!!」 脚にソードデモンの剣を突き刺され、しかし、相打ちに胸にバトルソードを差し込んだイムセネスは 自分の耳まで響いてきた二人のやりとりに、思わず叫び声を返すしかなかった。 「大丈夫なのかっ!!」 脚から鮮血を流すその剣士に、クリスはただその場から声をはき出すしかない。
「ふっ……、大丈夫では無くとも、戦わねば成らん時が人にはあるのですよっ!」 言ってイムセネスは、背中の腰当てに下げていた銀のダガーを引き抜き、 それを反動を付けてソードデモンのもう片方の胸に突き刺した。 『ギャァァァッ!!』 魔力が強く付加されている、その上物の銀のダガーの一撃に、思わず叫び声を上げるデモン。 イムセネスとデモンは剣撃を重ねて激しく震えていた。 他方の2人もデモンとの戦いの中で腕や脚に傷を負い、鮮血を滴らせていた。 が、イムセネスの奮闘を横目に見て、負けじとばかりに奮起し、 各々が反撃を繰り出しソードデモン達に青い血を流させる。 フーフェが叫んだ。 「我らは、分派した流派の宗主っ!! この剣が、デモンに討ち勝てぬとなれば、 我らの剣を目指して、日々、腕を磨く下々の剣士達への示しがつきませぬわっ!!」 言って、フーフェはバトルソードを水平に高速に薙ぎ払い、音すらしない剣撃をデモンに繰り出した。 高速の横薙ぎはソードデモンの皮膚を容易く切り裂き、派手に青い飛沫が飛ぶ。 (無音剣っ!!:(サイレント・ソード)) クリスはフーフェが繰り出した、必殺の剣技を見て目を見張った。 それはかつて旅の中で、剣士系の魔物と対峙したときにクリスが攻略に難儀した相手の剣技であった。
「どうかっ!? グレートデモンの血族よっ! 古の剣士、ダルキン・ペネスが編み出した バレシアに秘伝される奥義っ!! 無音剣っ!! 」 服に血を滲ませながら、フーフェは相手を恫喝する。 デモンもその咆吼に、青い血を滴らせながら咆吼で答え返した。 「フーフェ……、奥義まで出して熱くなっているな……ならばっ!!」 イムセネス、フーフェの奮戦を見て、パナマスも自らの剣を構え、狙いを定める。 「アドル殿っ!! 貴方の冒険日誌の中に書いてある、貴方自身が言った言葉を私も吐きましょうぞっ! 魔王に、剣士として挑まれた以上っ、この冒険……引くわけにはいかないっ!! 古の言葉、アドル(勇気)の名にかけてっ!!」 パナマスの叫び声を耳にして、クリスはポカンと口を大きく開くしかなかった。 それは、フェイルガナ冒険記で、クリス自身がガルバラン島に赴く前に言いはなった言葉であったのだ。 パナマスは怒号の様な雄叫びを上げて相手に飛び込むと、 高速で荒々しい剣撃をソードデモンに右から左からと交互にリズムを取って叩き付けた。 それは、斬るのと薙ぐのと叩き付けるのを左右から不規則に繰り返す、剛猛な技であった。 バトルソードの様な、強靱な刃を持つ剣のみに許される剣技…。 「………竜巻斬(トルネード・ソード)……」 クリスは、パナマスが見せたその剣技の名を口にした。 「分かりますか……やはり……」 剣聖はクリスが、2人の剣士達が放つ絶技のどちらもを知っている事に注意を向けた。
「東方……華の国の剣士に挑まれて、受けた剣技だ……、エウロペにも使い手が居たなんて……」 クリスは、その剣を見つめ、華の国での日々の事を思いだして、難しい気持ちになった。 そのクリスの言葉に、剣聖は口を挟む。 「全ての剣技は、古来より戦い続けてきた剣神ヴェルヘルムと剣皇フェイルとの技の切磋琢磨より 枝葉のように別れ伝承されたと言われております……… 我ら、ディルフェイルの戦いの歴史の写本では、その剣技の極みを10人の剣士が それぞれ編み出し、古代王国防衛の為に奥義を振るったと……」 「………エルディーン最終防衛戦の?」 「………フェイルの言葉を信じるならば……おそらくは……」 剣聖との言葉のやり取りに、クリスは歯ぎしりをした。 エルディーン。その言葉を聞くと、胸が焦がれるような思いになる。もっとも古き古代王朝。 その忌まわしき伝承は、今もなお現世に語り継がれ、あるいは災厄を生み続ける。 「あの剣技は、10剣士の1人、リズグルト・ザグレットが形にした剣(つるぎ)…… 今は、ロムンの大地に伝承される、秘剣であります………」 剣聖は、そっと解説を添えた。 だが、そんな老人の淡々とした様子とは裏腹に、パナマスは、竜巻斬の僅かなカウンターに ソードデモンの剣に小刻みに傷付けられていく…。 お互いが、赤と青の血を周囲に舞い散らさせていた。
「長引けば……死ぬぞ………」 イムセネスもフーフェもパナマスも、時間が進むごとに深手の傷を負い続けていた。 「死ぬなれば……それもやむなし……」 その老人は、クリスの言葉にそう冷たく返した。 「なっ!?」 剣聖の思いを込めた一言に、クリスは仰天した。 そして、その眼光から見つめられる3人に、妙な違和感を覚える。 だが、クリスには、名誉だ何だと、片意地を張られることの方に滑稽さを思えた。 死んでしまえば何も残らない……。 そう思った。 いや……そうでは無いのかも知れない……。 そう思ってしまっては、今まで、命を賭した覚悟で人生を刻んでいった者達への冒涜になるだろう。 多くの人々が、クリスの冒険譚の中で、その命を輝かせて、そして消えていった。 だが、彼が今まで歩んできた道の中で、命を散らせていった人々の事を思いだせば、 だからこそ、やはり思うのだ。 生きていさえすれば、今の見える何かよりも、 新しい何かに出会える可能性もあるのだと言うことを……。
「もう我慢できんっ!! これ以上、俺の目の前で人が死ぬのは、こりごりだっ!!」 そう言ってクリスは自らの剣に手をかけた。 だが、またその時、その老人は後ろから彼を握りしめて止めるのだ。 「何故です!?」 執拗な剣聖の静止にクリスは焦れて叫ぶしかなかった。 その時、剣聖はゆるりと答えを返した。 「今、彼らは、次の剣聖を受け継ぐための試練に立ち向かっているのです……… この紫水晶を継ぐ者は……、デモンごときに負ける者では務まりません……… アドル殿……、何とぞご辛抱を……、せめて彼らが……最後の最後の死力を振り絞るその時まで……」 「!!」 クリスは、殺気にも似た形相で3人を見つめる老人の視線、 そして、その言葉を受けて、ようやく事の事態を理解した。 これはテストなのだ……。 彼らディルフェイルの剣を持つ者達の……。 剣聖は言葉を更に添える。 「命は確かに尊い……、だが……、何かの頂点を極めんとする者は、 自らの命を賭して、それに挑まなければならない……その時がある…… 冒険者であるアドル殿なら、分かるでありましょう……その理……、 だから………、ご理解頂きたい………」 剣聖は言って、苦虫を噛みつぶすような思いで、3人の戦いを見つめ続けていた。
その時、クリスは気付いた。 今すぐにでも加勢に飛び出したいのは、この剣聖なのだ…という事を。 剣聖の手は強くクリスの服を握っている。 だが、同時にそれは激しく震えていた。その仕草が老人の気持ちを物語っていた。 おそらく、彼らは剣聖自らが鍛えた弟子達なのであろう…。 先ほどの礼の尽くし方から考えれば、それは明らかだ。 そんな弟子達であれば、自分の子供の様に大事なの者ではないだろうか? おそらく、そうに違いない。 だが、それをあえて止める事……。 ただ、剣士としての戦いを見守る事。 それは子供達の巣立ちを、木の上から見つめる親鳥の姿なのだ。 たとえ巣立ちが上手くいかず、枝から落ちこけようともだ……。 出来ることならば、今すぐにでも飛び出したいだろう。
だが、そうすれば彼らの戦いと決意が無為になる。 だからクリスを止めるのだ。 こんなに力強く、こんなに哀しそうに。 それが、どれほど心苦しい事であるのか? それを思うとクリスは壮絶なる覚悟でここに臨んでいるのは、 今、自分を止める剣聖そのものなのだと悟った。 剣聖も、戦っているのだ。 己の葛藤と。 だからこそ、前に進もうとするその脚を止めるクリス。 「だが、剣聖……、彼らが勝てぬと私が判断したときは……、貴方の静止も振り切るぞ……」 クリスは腹をくくったが、「その点」だけは、彼自身もどうしても譲れない事だった。 そう、その点……だけは……。 「その時なれば、ご存分に……… 剣に剣で負けた者は、剣聖を得る資格を失うだけでございます……」 そう言って剣聖は、寂しそうに呟いた。
とあるスレから来たんですが、ここをちょいとばかしお借りしてエロパロ板の都合上 切り取った部分を書いてもいいですかね?
>>255 乙です。元ネタ知らないのがもどかしいですが、じっくり楽しませていただきます。
>>264 問題なし。というか既にここに前科者がおりますので気にするこったあないですとも。
>252で言うように、元スレ誘導かあらすじつけてくれると有難いです。
>>264 もしかしてガンパレの人? と思い付きで聞いてみるw
そうです。アルファスレから飛ばされてきました。 あらすじは士魂号をぶっ壊してスカウトに飛ばされた滝川陽平の物語です。 ラストは原さんと・・・ と言うものです。 じゃあお借りして少しだけ・・・
そうです。アルファスレから飛ばされてきました。 あらすじは士魂号をぶっ壊してスカウトに飛ばされた滝川陽平の物語です。 ラストは原さんと・・・ と言うものです。 じゃあお借りして少しだけ・・・
「チャコ、ここでいいか?」 「ええ、ケン、ここが落ち着くもの」 助手席のチャコはそれだけ答えるとシートを倒し横たわった。車内灯のおぼろな あかりが横たわったチャコの顔を浮かび上がらせる。相変わらず何の表情もないが、 まなざしは静かにケンに向けられている。やがてチャコが静かに口を開いた。 「ケンこそ、早く寝たら?疲れているでしょう?」 「ああ…」 チャコに言われて、ケンもシートを倒す。フロントグラスから見えるのは深夜の ドライブインの駐車場のいくつかの車だけ。五月の夜だ。このまま寝てもどうという ことはない。 チャコの考えている事はケンも同じだ。イエスタディ・ワンスモアを失った今日、 二人に残されたのは、このトヨタGT2000だけしかない。そこを離れてどこかのモーテル に泊まるなんて出来ない事なのだ。 その昼、イエスタディ・ワンスモアはあっさりと崩壊した。一人の子供ーしんのすけ によって。自分たちのユートピアを一人の子供があっさりと打ち砕いてしまった。 「はやくオトナになってきれいなおねいさんといっぱいおつきあいしたい!」 子供の足で必死に階段を駆け上がり、擦り傷だらけで、鼻血さえたらした傷だらけの しんのすけ。 そんなに早く大人になりたいのか…未来を信じられるのか…お前は… ケンはぼんやりと駐車場の闇を眺める。思えば、あの一家ー野原家はおかしな奴らだった。 あの男女はいったんは子供を見捨てる事さえしたのに、結局は子供達と生きる未来を選んで しまった。 未来か… あの後、二人はどこともなくさまよい続けた。本当はイエスタディ・ワンスモアと運命を ともにするつもりだった。しかし、今生きてここにいる。しかし明日から何が俺たちにある?
「ケン…眠れないの?あの人たちのこと考えていた?」 ケンの横顔を見つめたまま、チャコがそっと問う。そう言えば、チャコの笑顔を見たことは 出会って以来なかったことだ。チャコの歳はケンよりはるかに若い。しかし、初めて出会った 時から、チャコのまなざしはいつもはるか遠くを眺めているようだった。その目に軽やかな笑み が浮かんだ事は一度もない。何がチャコをそうさせているのか、ケンはおぼろに感づいても問う ことはなかった。ただチャコのまなざしを見つめているだけだった。 「ああ…たいした奴だったよ…あんな強い奴らなら大丈夫だろう…」 ケンはため息混じりにつぶやく。チャコが首を緩やかに振った。 「ケン…あの街…本当はケンと二人きりでもいいからいつまでもいたかった…だってケンの生きていた 時代ってそんな時代なのでしょう?私もケンの生きていた時代を生きたかった…」 その問いはケンのなかに投げかけられた小石だった。オレの生きていた時代はそんな良いものか? チャコはオレが生きていた時代を知らない。 その時代は…水俣の海はヘドロで汚れ、チッソ本社に抗議する患者たちを薄笑い浮かべた守衛が 突き倒した時代。イタイイタイ病が報告されても、三井金属鉱業が政府との連係プレーで黙らせた 時代。 学生たちは能天気なほど狂っていた。安保反対だの共産主義との連帯だのわめいては、安田講堂で 暴れまくり、はては造反有理だの総括だの滅茶苦茶に迷走した挙句が、浅間山荘で延々と篭城かまし てテレビの一大ショーを演ずる始末。その裏で、聞くに堪えない歌をがなりたてていては、有頂天で いた能天気さ。 そして、その頃の連中は…それを忘れて生きていられる。 そんな時代のどこが良かった?オレはあの時代に何を求めていた? チャコ…お前はそんな時代に生きていたいのか? 押し黙ったままのケンの唇から自然に吐息がもれる。 「…オレたちはただ憧れていただけかも知れんな、勝手に。あいつらが未来がいいと思うように、 オレたちも過去に勝手に憧れていただけさ…」 薄い笑みがその唇に現れる。自嘲の笑みだ。 チャコがわずかに目を見開く。 「そんな…ケン…それじゃあ私たちどこへいけばいいの?行くところなんてないじゃない…もう…」 そして目をぐっと瞑り、何かをこらえているようだった。
その表情がケンの心を刺す。オレには何もない?いやチャコは…こいつにこんな思いはさせたくは ない。きっとチャコはオレに会う前からそんな思いでいたのだろう。 左手を伸ばし、チャコの手に触れ、握り締める。その手の冷たさを温めようとするように。 「探すさ…どこへいけばいいのかなんてまだわからん。だが、探してみるさ。」 チャコの手がゆるやかにケンの手をつかむ。 「…信じているの?見つかるって?」 わずかな沈黙。しかしケンはそっと答えた。 「…信じるのさ。人は何か信じなければいられないものさ。オレたちは過去を信じていた。 これからは見つかるのを信じるしかないさ」 チャコの目がケンを真っ直ぐ見据える。まるで薄闇の中の道しるべを見極めようとするように。 「…私にはまだわからない。でも、私はケンを信じている」 そして握った手に力がゆるやかにこめられていく。 その手の力を感じながら、ケンはそっとフロントグラスからの闇をみやる。夜明けまでまだあるのか、 闇は深い。だが、夜明けはそれでも訪れるのだ。それを望まなくとも、容赦なく明日というものはやって くる。 「ああ…」 闇にさまよわせたまなざしをチャコに向けた。両手を握り合ったまま見つめあう二人。 二人はそのまま何も語らなかった。 明日ー未来を信じられるか?でも明日はそれでもやってくる。これからどうなるかわからない。 ただ信じられるのは、この手のぬくもりだけだ。それだけが二人にとって確かなものなのだから。 (完)
273 :
ガンパレ :04/03/21 23:09 ID:Ml0QEsvu
出動命令が届いたとき、滝川は速水、茜のいつもの三人組で他愛の無い立ち話をしていた。 命令がほぼ同時に三人に届いたとき、滝川の顔は青ざめていた。まだ訓練をはじめて五日目なのに!! 「どうしようもないよ、さ、行こう。装備付けるのを手伝うから」 「ふん、早く行くぞ」 速水・茜の二人は気の毒とは思いながらも滝川を引きずるように更衣室へと連れて行った。 ・・・ 後方支援基地に小隊のトラックが入り整備施設の設営していたとき本職・前哨斥候兵と臨時・前哨斥候兵の三人 は善行に呼ばれた。 本職の二人にはいつものことであるが善行と面と向かっての状況説明は滝川にとってはじめてである。 「本戦区における幻獣側の兵力は大したことは無いとのことです。後方にミノタウロスを中心とした後続が確認 されていますが前線からの報告では拘束には成功しているようです」 本職にとってはいつもの話を確認しているのと変わらないのであろう。だが滝川にとっては話を聞くこと自体が
ごめんなさい!! まずって送信しちまったPO!!
275 :
名無しさん@ピンキー :04/03/21 23:47 ID:voPepAOZ
フェミファシズム社会日本のお約束 子供の存在そのものがカリスマクレーマー
276 :
ガンパレ :04/03/22 00:40 ID:rR089XlB
右側に来須がいる。後方には若宮がいる。ベテランスカウト二名と三角形を作りその一点で滝川は腰をかがめ、辺りを 汎用機関銃で警戒していた。他の二人とは十分な間隔があいている。緊張して喉の奥が干からびたように感じる。 『滝川、前に進め。交差点左側に見える用水路の管理施設の影で集合するぞ』 個人間無線機のマイクに若宮から指示が飛んでくる。 「了解」 短く返答を返し側溝から辺りを警戒しながら駆る。 到着すると来須と若宮が同じように側溝から抜け出し駆けて出した。違うのは周囲に警戒の目を向けていた事である。 いつもの目つきとは違う、スカウトの目で。 本物だ・・・、前哨斥候兵としてはじめての作戦であったが初めて実戦であることを滝川は感じた。 「滝川、お前はこの交差点の東側2qのところまで進め。そこで監視しろ」 「・・・はい・・・」 声にはいつもの元気は無い。さすがに緊張していた。 「大丈夫だ。幻獣のやってることは単純だ、とにかく兵力差に任せて蹂躙する。お前は戦線左翼から側面を突こうとす る来るか来ないか分からない集団が来るのを待つことだぞ。楽勝さ」 若宮はそういって笑い、来須がこっちを見るが滝川の緊張は拭い去れなかった・・・。
277 :
ガンパレ :04/03/22 00:42 ID:rR089XlB
出動命令が届いたとき、滝川は速水、茜のいつもの三人組で他愛の無い立ち話をしていた。 命令がほぼ同時に三人に届いたとき、滝川の顔は青ざめていた。 まだ訓練をはじめて五日目なのに!! 「どうしようもないよ、さ、行こう。装備付けるのを手伝うから」 「ふん、早く行くぞ」 速水・茜の二人は気の毒とは思いながらも滝川を引きずるように更衣室へと連れて行った。 ・・・ 後方支援基地に小隊のトラックが入り整備施設の設営していたとき本職・前哨斥候兵と臨時・前哨斥候兵の三人 は善行に呼ばれた。 本職の二人にはいつものことであるが善行と面と向かっての状況説明は滝川にとって初めてである。 「本戦区における幻獣側の兵力は大したことは無いとのことです。後方にミノタウロスを中心とした後続が確認 されていますが前線からの報告では拘束することには成功しているようです」 本職にとってはいつもの話を確認しているのと変わらないのであろう。だが滝川にとっては前哨斥候兵として 話を聞くこと自体が初めてであり、戦闘を前にして通信越しに話を聞いていただけであった善行と面を合わせて 話をしていることに緊張していた。 「滝川君」 善行が口を開く。 「分かっているとは思いますが・・・、とにかく自分の仕事をしてきなさい。以上です。出発してください」 「滝川」 続いて若宮が口を開く。 「おまえは道路に左側だ。来須が右側で俺が後方だ。何かあったら援護してやる。行くぞ」
278 :
ガンパレ :04/03/22 00:43 ID:rR089XlB
「ここらへんだな、えっと・・・、うん間違いない」 端末で確認し適当な隠れそうな地形を探す。ちょうどいい具合の姿を隠せそうな地形を見つけた。 とりあえずまずやることは暫らくここにいて周囲に現れるか分からない敵集団を待つことだ。 待つ時間は長く感じた。時間を確認してみるとここについてから十分経っていただけだった。 遠くで砲声が聞こえ、通信機からは一番機や三番機、他の部隊の前哨斥候兵の通信が聞こえる。 そんな雑音を聞きながら水筒に口をつけたとき、耳朶を打つような音が聞こえたような気がした。 雑音をさえぎり、耳を澄ませて見ると空気を打つような音がハッキリと聞こえた。 きたかぜヘリコプター? 高度600メートルぐらいの高さを緊密とはいえない編隊で通過していく。 距離は三・四キロ?近いな、6機?いや8機だ。 滝川は味方機か、敵機か判断しようとした。だが少なくとも、赤い目を機体に書くような奴はまっと うな神経を持つ人間ならやらない、例え居たとしても、直ちにその部隊からいなくなるはずだ。 そう結論付けると直ちに小隊無線機のヘッドセットのスイッチを入れる。 「滝川より指揮車」 『指揮車、瀬戸口だ。どうした?一人ぼっちで淋しくなったか?』 そんな訳は無い。 「上空をソンビが八機が通過しました。他の幻獣は姿無し。見えません」 『ん・・、了解した。そのまま警戒してろよ、いいな?』 「了解」 初仕事はこれで終わった。このままでいけばいい、本気でそう思っていた。
279 :
ガンパレ :04/03/22 00:45 ID:rR089XlB
「戦線左翼から敵機が侵入と・・・」 「そうですか。ですがそこまで注意する物ではないでしょう。」 いつもどうりの反応。善行はそっけない。 「瀬戸口だ。芝村、速水、壬生屋。左翼からきたかぜゾンビが8機侵入したぞ。注意しておけ」 返事が一応返ってくる。その間も士魂号の2機は順調に敵機を撃破している。 「みおちゃん、ミノタウロス撃破!!」 順調だった。だがそんな気分も吹き飛ぶような知らせが入る。 『滝川より指揮車』 「瀬戸口だ、どうした滝川?落ち着いて話せ」 『ミノタウロスが12、13・・・、16?他にもゴルゴーンがいる集団!!』 「わかった。だがそこから動け!!見つかるなよ」 じゃあ、先のきたかぜは先発隊か?そう思う瀬戸口の耳に戦闘時に聴きなれない声が聞こえる。 ・・・銃声がついていればさらに場違いだ。大体交戦するような場所にはいない、戦区のはずれだ。 『こちら補給車、原です。どっから沸いてきたか分からないゴブリンの群れと交戦中!! 早く救援をよこして頂戴!!そんな持たないわよ』 いつの間に浸透されていたのか?それに大兵力での側面挟撃?った指揮官席の善行を見る。 眉間に刻まれたしわはいつもどうりの深さだ。焦っているのだろうか?今ひとつ確信が持てなかった。
>>270 読んでる途中で『わたしは今日まで生きてきました〜』ってあの曲思い出してちょっと目潤みました。
>>276 やたらとイイ所で切れていますな。続き楽しみにしています。
しかしこのスレって意外と戦闘もの(と呼んでいいのか分からないけれど)多いのな。
281 :
ガンパレ :04/03/25 03:30 ID:CRV0uX13
「原主任、もう少し持ちこたえてください。救援を手配します」 『了解。なんとかするわ』 「・・・指揮車、善行より滝川君」 善行は一瞬考えた後、無線機のマイクを握りなおすと続いて呼び出しをかける。 『滝川です』 「そこでの監視は中止してください。至急補給車の原主任の援護へ向かいなさい。できますね?」 『分かりました。急いで行きます』 「急いで合流してください。それと・・・」 一瞬だが通信を切る。 「合流後はそのまま補給車を援護、その後整備班の護衛に回りなさい。いいですね?」 『え、でもここの監視は・・・』 「敵は意外と大兵力です。後方に浸透した敵に支援部隊がいつ襲われるか分かりません。いいですね? 左翼の監視は航空小隊に頼んでみます。通信終わり」 ・・・ 善行と話している間、滝川は瀬戸口に言われた通り、幻獣の群れから離れようとしていた。 ま、いいか。初めてだし指示には従っておいたほういい、そう思い原と連絡を取ろうとする。 「滝川より補給車、原主任」 空電しか聞こえない。もう一度繰り返してみる。 「滝川より補給車、原主任」 おなじことだった。空電しか聞こえない。 「やべぇな・・・。急がないと・・・!!」
282 :
ガンパレ :04/03/25 03:31 ID:CRV0uX13
「精華、残弾は!?」 原が突撃銃の弾倉を変えながら叫ぶ。 「あと弾倉四つです!!」 補給車の運転席上から森が突撃銃をろくに狙いをつけずにゴブリンに応戦ながら答える。 原は補給車上から降り、側溝に伏せて補給車備え付けの突撃銃で応戦していた。 「そろそろ潮時かしら・・・」 原はそう呟きながら自分の予備弾倉を銃に叩き込み自身の弾倉を数えてみる。あと三つ。 拳銃はあるが口径9mmである。幻獣相手では威力がやや心細い。 ゴブリンの数は四十匹ぐらいである。隊のスカウト二人組なら片手で撃破できる。しかし二人とも 基礎教練での講習後、殆ど銃を撃っていない。おかげで備え付けの銃で――実際には後部座席 にただ放り込んでいただけ――応戦してもいまいち効果が薄い。弾薬が無くなったらどうなるのか? 脳裏に嫌な想像が生まれる。原は頭を振ってそれを追い払うと近寄ろうとしたゴブリンに対して一連 射を加えた。 ・・・ 開けっ放しのドアから銃を突き出し撃ちながら森も同じような想像を振り払おうとしながら必死 に応戦していた。 さっきの最後の通信で司令は救援を送るといっていた。騎兵隊が来る。それまでの辛抱・・・。 だがいっこうに来そうに無い。弾薬も弾倉が十二本あったのだが大半を撃ち尽くした。あと四つ・・・。 「!!また!?」 弾倉が空になった。自身が引き金を引きすぎていることに気付いていないので、弾倉は簡単に空になる。 急いで給弾しようとするが焦るとなかなかできない。 それに気付いたのか三匹のゴブリンが正面と左右にわかれて同時に森に襲い掛かろうとする。 森は目を閉じて思った。 終わり・・?、大介ごめんね・・・。
283 :
ガンパレ :04/03/25 03:32 ID:CRV0uX13
何も起こらなかった。その代わり銃声の残る耳には後部座席のドアをたたく音が聞こえてる。 「だいじょうぶですか!?原さん、森さん!!」 滝川の声だった。 「滝川君なの?」 「そうです!!」 森は思わず聞いてしまった。だが騎兵隊が来た。これで安心だと思った。だが次の滝川の一言で その想いも打ち砕かれた。 「滝川です。補給車と合流!!援護に入ります!!」 汎用機関銃を撃ちながら小隊無線機に怒鳴るようにその台詞を喋った。返信は聞こえなかったが 森は嫌な予感がした。滝川です?もしかして一人?他の人は? 「ねえ、他の人は!?」 「俺一人です!!原さんは何処です!?」 「え・・・、左側で応戦してる・・・」 それを聞くと滝川は左側に動こうと移動していった。 残された森は呆然とした。救援は臨時の前哨斥候兵が一人だけ・・・? ・・・ 「原さん!!大丈夫ですか?」 「あら、滝川君じゃない、久しぶりね。元気にしてた?」 滝川が撃ちながら駆け寄り声をかけるといつもどうりの返答が帰ってきた。 「そんなこといってる場合じゃないでしょう・・・。俺が援護しますから補給車を下げてください。 Uターンしたら荷台に俺、乗りますから停まってくださいよ」 喋っている途中でゴブリンが近づいてきたが滝川は一連射でを黙らせると後で機会をうかがう連中にも連射を浴びせる。 「分かったわ。よろしくね」 そう言うと原は補給車に戻ろうと側溝を出ていった。
284 :
ガンパレ :04/03/25 03:35 ID:CRV0uX13
原が補給車に乗るのを確認すると滝川はUターンを援護しようと思い側溝を出て交差点を横切ろうとした。 ゴブリンはまだ何匹か残っていた。牽制するか撃破しなければならない。 そう考えていると耳にエンジン音とタイヤのこすれる音が聞こえる。無理に撃破する必要は無い。補給車 の荷台に乗ってから撃ちこめば十分時間が稼げる・・・。 そんな時、森が運転する補給車がUターンしようと交差点に侵入してきた。滝川のいる左側へ。森は滝川が側溝に いるものだと勘違いしていた。 「うわ危ねえ!!・・・っておい、ちょっと、原さん!!森さん!!停まって下さいよ!!」 猛スピードで交差点に侵入し手荒な運転でUターンすると補給車はそのままの速度で行ってしまった。思わず滝 川は走って追いかけた。だが追いつくはずも無い。 「ちょっと、森さんてっば!!追いつけないですよ!!・・・げ!!」 獲物を逃がしたゴブリンがせめてもの獲物にと滝川に評準を定めていた。しかもすばやい動きで至近距離に迫られて いた。機関銃の引き金を引く。なんとか寄せ付けないように牽制しながら数を減らしていく。 「チクショウ!!畜生!!」 思わず悪態が口から出てくる。無線機を使うことなど忘れていた。 ・・・ 「原さん大丈夫デスカ?」 「姉さん無事か?」 補給車は道を制限速度を無視してぶっ飛ばして何とか整備班と合流した。 「大丈夫よ。ところで後ろにいる滝川君を助けてあげて。ひどく揺れたから頭打ちつけていると思うから・・・」 「え?いないぜ。滝川なんか」 荷台を見に行った田代が荷台の上から見下ろしながら叫ぶ。 「あれ?森さん?滝川君とは先にあったのよね?乗るって言うこと聞かなかった?」 「え?わたし、なにも聞いてませんよ?」 「たいへん!!滝川君、積み忘れちゃった!!」 自身も焦って忘れていたのだが・・・。原は黙っておくことにした。
285 :
48 :04/03/25 23:49 ID:0jsHZndZ
>>236 >>280 「戦闘SS」書きの自称最右翼です。(「戦闘SS」と書くと武装SSみたいですな!)
いっそ暴走しろ、との声を頂きましたが、この「北の鷹匠たちの死」ではもうさほどの余地がありません。
そこでお聞きしたいのですが、私が「燃え」な方面に暴走したSSって読みたいですか?
かつて指摘されたように私は寄生体スレでも書いています。これは、「この板に寄稿する以上は抜けるものも
書けねばなるまい」とはじめたものです…が、私は最近気付きました。
1. 件のSSは、相当に「燃え」なSSになりうる素質を備えていること、そして
2. そもそもどんなに頑張っても、私には実用的なSSが書けないこと、にです。
そこで件のSSの投稿先をこちらに変更し、フル・スロットルで暴走するのも一案かと思っているのですが、
いかがですか?
>285 何をそんなに躊躇っておられるのですか? 燃えるのも萌えるのもいいじゃないですかっ
>>285 ここはエロくないスレ。他スレでは出来ない事もどんどんやったって下さい。むしろ希望
288 :
48 :04/03/28 21:48 ID:G6YZkLvG
諸賢の同意に感謝します。 なお改題した上でプロットに相当手を加えるので、別物と言ってもいいものになるでしょう。 ですから、最初から投下しなおすことにしたいと思います。 なお、新しい題名は「絶対封鎖区域Absolutely Blocked Area」となります。以下はABAと略称します。
圧縮生き残りおめっとさん。お祝いなんかしたかったのですが思いつかないのでSS投下でも。
元ネタはサモンナイト3で、
>>102 −113関連の話。相変わらず電波満載。
……いえ祝いどころか呪いじゃねーのというツッコミは無しの方向で。
帝国東領海、帝都と国内第二の港湾都市アドニアスを結ぶ海路は、その日機嫌が良かった。 風は程好く、波は穏やか。航海にはもってこいの日和。 嗅ぎ慣れた潮の匂いを心地好く思いながら、青年は隣に立つ長身の男へと尋ねる。 「―――で、連中が運んでいるってのは確かなんだな」 男は静かに頷いた。 「すいませんカイルさん、ご面倒をお掛けします」 「なーに気にすんなって。あんたはスカーレルのダチで、俺らの客人だ。出来るだけのことは させてもらうぜ」 精悍な顔ににっと笑みを浮かべてみせる。 「アニキ!」 と、頭上からの声に緊張がはしった。 見張り台から金髪の少女が身を乗り出している。 「十畤方向に目標発見! どうする?」 「決まってるだろ」 すう、と息を吸い込み船全体に響き渡るかのごとき大声で命令する。 「全速前進! 目指すは―――海軍船!」 マストの上にて掲げられた黒地にドクロを染め抜いた旗―――海賊旗が翻った。 甲板を慌しく兵士らが駆け回る。 その喧騒もどこ吹く風で、アティとビジュは海平線を眺めていた。海賊船はこの位置からでも 目視可能なまでに迫っていた。 「海賊風情がなめた真似してくれやがる」 「よほど自信があるんでしょうね」 気持ちは分からないでもない。訓練を受けた海兵隊とはいえ、こちらの兵力は一隻きり。向こう も一隻だが、船自体の大きさも人数もひとまわり勝っている。 さらにカイル一家と称する彼らはここのところ負け知らず、腕も相当に良いのは確か。 大砲が使えればまだ良いのだが、今回はそうもいかない事情がある。 だがそれはあちらも同じ条件。接舷してからが勝負になる。
やかましい足音を立て壮年の兵士が駆け寄ってきた。 「ビジュさん、船尾の指示をお願いします! アティさんはアズリア隊長の元で待機!」 了解の合図に軽く頷いた。 「では、人死に出ない程度に頑張ってくださいね」 「お互いな」 言って。それぞれの場所へと歩き出す。 話は一週間前に遡る。 帝国海軍第六部隊へと下った新しい辞令は、ある物の護送だった。それはいい。問題なのは。 「海賊の襲撃が予測されるのに海路を使えと? 上層部は何を考えているのですか」 ギャレオの疑問はもっともだ。 「その事については僕から説明させてもらいます」 つとイスラが立ち上がる。華奢な軍人らしからぬ容姿だが、諜報部の正式隊員である。今作戦 では第六部隊に一時同行する手筈になっていた。 ちなみに隊長のアズリア・レヴィノスの実弟でもあり、今回の人事が「第六部隊は帝国軍というより レヴィノスの私兵」との陰口を誘発しているのだが、少なくともイスラは気にした様子もない。 「本作戦で皆さんに運んでもらうのは、第二級封印された召喚術具です。 まだ用途は判明していませんが何らかの力があるということで、研究所のあるベルゲンまで 護送するのが基本任務です」 「……ベルゲンまでなら召喚鉄道使えばいいだろうが」 一応下士官ということで同席させられていたビジュが口を挟む。 隣に座る軍医兼参謀兼雑務係なアティが斜に向き、 「運ぶのは『基本任務』……つまりまだ何かあるってことでしょうね」 「うん、その通り」 一瞬にこりと笑みを閃かせ、すぐに真顔に戻る。
「その術具っていうのは剣の形をしていて、元々二振りで一揃いだったんです。 実は襲撃の予測される海賊が持っていたものだけど、紆余曲折あって一本は軍に、 もう一本はまだ海賊の手にあります。彼らにとっては大事なものらしく、確実に狙ってきます」 なんだか読めてきた。 「つまりその時を狙ってもう片方も徴収してこい―――そういうことか、イスラ」 「姉さん正解」 「欲をかくと碌なことにならないと思うんですけど」 「その場合『碌なことにならない』のは俺たちだから、上は痛くも痒くもねェんだろうよ」 「……ビジュも軍医殿も、その辺にしておけ」 ごちゃつき始めた空気を引き締めるかのように、今度はアティが立ち上がり会議机の上に 地図を広げる。ついでに胸ポケットから眼鏡を取り出し掛けた。 「では、簡略にですが作戦の日時、及び概要を説明します。 作戦開始、つまり帝都よりの出発は三日後。一旦アドニアス港へと寄港し、工船都市パスティス 経由でベルゲンへと向かいます。パスティスまでは海路、それからは陸路で召喚鉄道を使用」 台詞に合わせて地図上の地名へと青い頭のピンを突き刺してゆく。 ベルゲンに立てたところで、次に赤いピンを持ち、 「襲撃予測ポイントはここ、アドニアス沖と思われます」 たす、と海を表す水色の面に刺した。 「ここが勝負所になります。 でも忘れないでほしいのは、あくまで今ある術具の護送が最優先であるということ。 奪われてしまっては元も子もないですから」 眼鏡のずれを指先で直す姿は、どこぞのいいんちょさんといった風情だ。 説明が終わったのを受けて、アズリアは皆を見回し、 「とりあえずはこんな所だ。くわしい説明は明日の定例朝会で行う。解散」 言って席を立つ。 そして現在に至る。
「来たか」 部下に指示を出していたアズリアに、アティは簡単な敬礼をした。 「接敵予想は?」 「四分後といったところか。で、アティに頼みがある」 指差す先には、船室へと続く扉。 「あの中に術具がある。部屋へと通路はここだけだ。お前に任せたい」 「了解。そんな不安そうな顔しないで、十年来の親友を信じてください」 「ああ……済まない、本来軍医のお前を前線に引っ張り出して」 「適材適所、ですよ。 それに、癒しの術が使えない軍医なら他の方法で戦うしかないですから」 自嘲も慰めもない。それが事実。選択の結果。 二人は視線を合わせ、 笑った。 「―――隊長! 敵船、減速なしで接近中! ぶつける気です!」 部下の報告にアズリアの顔が軍人のそれになる。 「構わん突っ込め! 全員衝撃に備えてどこかに掴まれ!」 「了解! ―――対衝撃、総員構え!」 直後、身体を揺さぶる振動。 収まるかどうかの間に、渡し板が鉤縄が次々と船を繋ぐ。 戦端は開かれた。 軍船に乗り込んできたカイルらを、アズリアとギャレオが出迎える。 「よう。奪った物、返してもらうぜ。 どうせあんたらが持ってても軍事利用するしか能がないだろうからな」 「義賊気取りとは性質が悪い。どうせやっている事は他の海賊と変わらんだろうに」 「その海賊の上前はねようとしてるのはどこのどいつだ?」 挑発を返されてアズリアの眉がはねる。
だが彼女よりも激烈な反応を見せたのは、 「調子に乗るな、海賊風情が!」 隊長命と巷で評判の副官だった。 自分より怒っている者が側にいると、その分冷静になれる。 「単刀直入に訊こう。術具はどこだ」 「じゅつ…ああ、『剣』のことか。悪いが聞かれてはい、そうですかと渡せるか」 「まあ仕方あるまい―――力ずくでも貰い受ける!」 「やってみな!」 武器が構えられ、一触即発の空気に満たされる。 「隊長」 ギャレオがカイルを睨んだまま言う。 「ここは我々に任せて、作戦の遂行をお急ぎください」 「へえ? 隊長さんなしで平気なのか」 揶揄にこめかみを引きつらせつつも言い返す。 「貴様らなど隊長の手を煩わすまでもない。それだけだ」 雰囲気が更に剣呑になった。 「―――分かった。ここは頼む。タークス、キリイ、ついて来い!」 『はっ!』 止めようとした海賊の一人がギャレオの拳に吹き飛ばされた。 カイルの面持ちが変わる。言うなれば、遊び相手を見つけたガキ大将といった辺りか。 「嬉しいねえ……俺はな、強い奴とバチバチやるのが好きなんだよ!」 拳が唸る。筋肉のぶつかる固い音が響いた。 「ばっきゅーん!」 戦場には不釣合いな脳天気そのものの掛け声。呆気に取られた兵士らを、銃弾が襲う。 「へへーん。人の船に無断で乗り込むからだよーだ」 「ソノラ、あんまり調子に乗るんじゃないわよ」 得意げに銃を構えた少女―――ソノラを、男がたしなめる。そういう彼も化粧に派手な襟巻と、 来る所間違えてませんかと尋ねたくなる格好だ。
「じゃあアタシは軍人さんたちの方に行くけど、大丈夫?」 「スカーレルってば心配症なんだから。大丈夫だって」 「そうですよスカーレルさん。お嬢は俺らが守りますんで」 船員のフォローだが、ソノラはいまいちお気に召さなかったようだ。 「あはは。じゃ、おもりは頼んだわよ」 「ぶーぶー」 ブーイングを受け流し軍船を見据える。その視線が酷く冷たいのを、ソノラは知らない。 相手の拳が脇腹を掠める。己が拳が捉えかける。 ありとあらゆる技を駆使し、二人はひたすら殴りあいを続けていた。 カイルの一撃が左頬へとまともに入った。ギャレオはよろめくが直ぐに反撃を加える。どうにか 避けて間合いを取った。 「遅いぜおっさん!」 「なめるなっ!」 猛攻。回避。時に足技。 だがカイルとて見た目ほど余裕があるわけではない。ギャレオの攻撃は、とにかく重い。まともに 喰らわなくても掠っただけで鈍く痛んでくる。今はどうにか避けているが、間合いを掴んだのか 少しずつ掠める回数が多くなってきた。 (ちいっとばかりまずいな……) ギャレオの方は、相手の軽いフットワークに攻めあぐねていた。どうにか動きが読めてきたが、 決定打が与えられない。こちらのダメージが累積してきたのも焦りに拍車をかける。 (このままでは隊長の援護に向かえん) 互いに図ったように睨み合い。 「「うおおおおっ!!」」 ……退く、という考えはないらしい。 そこには余人の関与を排する特殊空間ができつつあった。
「召喚―――ギョロメっ」 アティの呼びかけに一つ目の童子が異界より現れ、海賊へと雷を落とす。ひるんだところを 兵士が槍でぶん殴り昏倒させた。 「なるべく殺すな、って隊長のお達しですからね」 息を弾ませ言うのに、アティはええ、と微笑みかける。 まだ若い兵士の頬が別の熱に紅潮した。 「あ、で、その、アティさん、大丈夫ですか?」 攻撃の召喚術を連発し、時には味方のフォローにまわり、でアティはかなり消耗していた。 「何でしたら少し休んだ方がいいと思いますよ」 「そうですね……」 せめてすっからかんな精神力だけでも回復させたほうが良いだろう。そう答えようとして。 兵士の手から槍が落ちる。 崩折れた身体の下から、じわりと赤いものがしみでる。 とりあえず息はあるようだが、立ち上がる気配はない。 「……っ?!」 「その先には随分大切なものがあるみたいだけど、ちょっと通してくれないかしら?」 短剣の血糊を払い落としながら、スカーレルは端正な眼差しを冷ややかに眇めてみせた。 剣先に鈍い感触。 野太い悲鳴をあげて海賊が倒れる頃にはアズリアは別の場所へと向かう。 術具はおそらく船長室あたりだろうと踏んでいたが、それらしい報告はない。 苛立ち始めたアズリアの前に、長身の影が落ちた。咄嗟に剣を構える。穏やかな面立ちの 男だが、ここにいる以上海賊の仲間なのだろう。 「戦う気がないのなら退け」 一応警告はしておくが、予想通り首は横に振られた。 「貴女がたこそ、退いていただけませんか? あれは軍の手には余るものです」 男―――ヤードは静かに問いかける。
「ならば貴様たちになら扱えるとでも?」 「少なくとも貴女がたよりは遣い方を知っています」 「どうせ碌なことに使わぬのだろう。ならば芽は早い内に摘んでおかねばならん」 「……判ってはいましたが、やはり平行線ですね」 ヤードが慣れない手つきで剣を抜くのを見、アズリアは内心哀れんだ。どう考えても 接近戦で勝負になるはずがない。 手加減する気はないが、せめてもの慈悲に一気に叩きのめすつもりで構える。 かちりとヤードも構えた。が横伏せにした剣の腹をアズリアに向ける仕草で、振るう、という 感じではない。 構えを知らないのかそれとも。不審に思ったアズリアの耳に低い歌が届く。 否。歌ではない。似て非なるもの、術の詠唱。 不意に。背筋がぞわりと震える。恐怖、だった。理由もないのに…… 脳裡に会話の断片が蘇る。 ―――術具は一対。片方は軍が、もう片方は海賊が。 ―――それは剣の形を。 まさか、あれが。 「いにしえの盟約を果たせ、『碧の賢帝』シャルトス!」 ヤードの呼ぶ名が、剣の、召喚術具の名だというのにも頭が回らない。 膨れ上がる力が訓練で薄めたはずの恐怖心を引きずり出し動けなくなる。 海賊船に乗り込んだイスラは、戦場の死角を選んで移動していた。目的は殲滅ではなく確保。 体力の消耗は無駄だ。 「さて、シャルトスはどこかな?」 適当に誰か締め上げて吐かせるのが手っ取り早いだろうか、と考えていると。 さわり、と空気の密度が変わる。 召喚術―――しかも相当の規模。そして、この気配。 「……向こうから出てきてくれるなんて、ね」 魔力が収束する独特の空気。誰が的になっているか知らないが、そいつを倒して持ち手が 油断したところを狙おうか。そう考えて、物陰から覗く。
シャルトスを掲げる長身の召喚士、彼の前にいるのは。 瞳が限界まで開かれる。全身が総毛立つ。血が逆流する。 今まさに召喚術の餌食になろうとしているのは、自分の。 「ねえさあああんっ!!」 サモナイト石を握りしめる。間に合うか。 誰かに呼ばれた気がした。幻聴だろうか。情けない。 恐怖に目を瞑るのも、軍人にはあるまじき行為。 でも、ただただ怖かった。 目蓋の裏を塗り潰すまっかなひかり。 痛みは、なかった。 アティが汗でしとどに濡れた額を袖で拭う。気を抜けば疲労で膝をついてしまいそうだ。 (ま、召喚術連発しておいて、杖一本でここまで応戦できたのは素直に凄いけどね) 仲間をけしかけて消耗させ、精神力が回復する前に襲った自分が言うことではないけれど、 とスカーレルは自嘲する。 けれど。どんな手段を用いてでもアレは手に入れねばならないのだ。 「どう? 道を開けてくれる気になったかしら?」 「……残念、ですけど……ここは通行止めです……っ」 「そう。残念ね―――?!」 我知らず身をひねる。ふかふかお気に入りの襟巻を削いだのは、甲板に転がる投具。 放ったのは、ビジュ。船尾からここまで敵をしのいできたのか、息が荒い。 二撃目をもっと際どいところでかわしビジュへと疾る。遠距離ならば懐へ入ればどうにかなると踏んで。 腰に佩いた刀を抜かれると多少厄介だから、とにかく素早く。 彼我の距離が縮まり。 ビジュは―――下がった。 (抜かない?) 何かの罠かとも思ったが、焦る表情を見る限りではそれはなさそうだ。 もう攻撃範囲に入る直前、
背後に気配。振り向きざま短剣を振るう。 視界を覆う白い布。アティが白衣を脱ぎ投げかけたらしい。 冷静にもう一歩踏み込む。 刹那の間にアティは何の武器も構えていないのを読み取った。時間稼ぎのつもりだろうが、 目くらましは役に立たない。 本気で、刃を突き立てる。 手応え。 ただし肉よりも硬い。 白衣が落ちる。我が目を疑い、読みの浅さに舌打ちした。 短剣はアティの腕に喰い込んでいる。 正確に言えば、白衣の下に仕込んでいた手甲へと。 打撃までは殺しきれなかったのか、苦痛に顔が歪み甲板へと倒れる。 違う。わざと、倒れた。 短剣を放しそこねたスカーレルを巻き込んで。 意図に気づき咄嗟に放すが間に合わず体勢が崩れる。その隙をついて、 太腿に冷たい鋭痛。 「……ちいっ!」 その場からバックステップで離れ振り向けば、新しい投具を構えるビジュの姿。 ズボンで多少緩和されたとはいえ肉に喰い込んだ刃をそのままに、自船へと走る。木床を 踏みしめる度に激痛がはしるし毒の心配もあったが、今は何より失血による行動不能が恐い。 スカーレルが逃げる。深追いは避けるが吉だろう。 「ザマあ見やがれ……で、いつまで寝てんだ軍医殿」 アティは目尻に涙滲ませたまま動かない。 「いたた……」 倒れた時に傷めた腕を下敷きにしてしまった。間抜けな話だが洒落にならんくらい痛い。 ビジュは舌打ちし、 「ったく。とっとと立ちやがれ!」 「ご面倒おかけします」 アティを庇う位置で敵へと投具を放つ。 庇われた方が何故だかちょっぴり嬉しそうなのは、この際黙っていたほうが互いの為だ。
不思議と痛みがない。おそるおそる目を開ければ。 召喚獣がいる。 聖母プラーマ。本来は癒し手として召喚されるべき彼女が、アズリアとヤードの間に 立ち尽くしていた。 アズリアが受ける筈だった召喚術の衝撃により、身体の半分をこそげ落とした姿で。 サプレスの住人は本来肉を持たぬ精神体であるため、傷口から血が零れることはない。 だが、いやだからこそ凄惨さが際立つ。 切れ切れの悲鳴を洩らしなが彼女は自らの世界へ還る。 呆然とするヤードへと肉薄する殺気。 「ぐうっ?!」 シャルトスが叩き落される。目線の先には、底冷えのする黒い瞳の少年。 「死になよ」 研ぎ澄ました刃が胴体めがけて振られ――― 甲高い音がして急に傾いだ。 「ちょっとあんた、仲間に手出したら許さないんだかんね!」 滑らかに弾倉交換をしつつ怒鳴りつけたのはソノラ。刀身に銃弾を当て軌道を逸らすという神業を 披露してのけたが、内心ヤードに当たらなくて良かったと冷汗かいてるのはイスラには知る由もない。 憎悪が湧き上がる。 更に剣を構え、 後ろの、姉の存在を思い出す。 「…………命拾いしたね」 嘲るように言って立ち位置を横にずらした。 丁度ソノラからはヤードを盾にする位置。 撃てない。撃てば味方に当たる。
迷いをついてヤードの腹へと剣の平を打ち込む。鉄の塊だ。重いし痛い。 息を詰めくの字に折れ曲がるのを横目にシャルトスを拾い上げ、アズリアの元へ走る。 「姉さん!」 足元を穿つ発砲音に負けじと叫んだ。 アズリアがベルトから発煙筒を引き出す。ピンを抜き甲板へと転がした。 真っ赤な、自然界ではありえない色の煙が勢いよく立ち昇った。 軍船にて兵士の一人が狼煙に気づき、壁にかけた鉦を打ち鳴らす。 高く、高く、ひらすら強く。 それは作戦成功の合図。 ギャレオが頬を腫らした凄まじい顔で笑う。子どもが見たら絶対泣く。 「残念だったな海賊。我々の勝ちだ」 血の混じった唾を吐き、カイルも少々苦めながらも笑った。 「らしいな―――っと!」 後方へと跳び退り背中を向けて駆ける。負け戦にいつまでもこだわる程馬鹿ではない。 「仕方ねえ。引き上げだ! ぐずぐずするなよ!」 つっかかってきた兵士の顔面に裏拳入れて怒鳴る。 仲間が自船へと戻るのを見てから自分を渡し板へと足を掛けた。 途中、同じく戻る最中の女隊長と目が合う。 鼻で笑われた。 少なくともそう見えた。 (―――次は絶対ぶっちめる!!) 内心誓っても今はどうしようもない。
「総員、退避!」 「みんな引け!」 首領の命に従いそれぞれの船に戻る人員。援護にと加えられる矢の風切り音が潮風を引き裂く。 渡し板が次々と蹴り落とされ、 「全員の帰還を確認!」 「よし、離脱せよ!」 矢が散発的に飛んでくるが、牽制以外のなにものでもない。 双方とも大砲の射程からも外れたところで、アズリアは部下たちに向き直り、 晴れやかな笑顔で宣言する。 「諸君、よくやった。作戦は成功―――我々の勝利だ!」 歓声が上がる。 隊の損害は決して少なくはない。兵士の三分の二以上がなんらかの治療が必要な 怪我を負い、船はあちこち焼かれ破かれ修理にどれだけ掛かるのやら。 それでも、彼らは任務を完遂した。それだけで充分だった。
アドニアス市内の軍病院受付で、女子事務員たちがなにやら囁き合っていた。視線は 先程入院患者を訪ねてきた軍人二人に注がれている。 「―――あれがレヴィノス家の?」 「そう、女隊長! 話には聞いていたけれど、凛々しいお姿ね〜」 「隣は弟さんなんでしょ。あっちも相当綺麗な顔してたわ。家系ね、羨ましい……」 はあ、と揃って溜息を吐き憧憬と好奇の眼差しを向ける。 そくりとしたものを感じて、アズリアはうなじに手をやった。 「どうかしたの、姉さん」 「いや……何でもない、と思う」 何故だか受付室の方から、学生時代「おねえさま〜」と纏わりついてきた女子下級生 を思い起こさせる気配を感じたのだが、とりあえず気にしないことにして教えられた病室 へと足を向ける。壁に掛かったネームプレートを確かめてノックし、返事を受け入った。 「隊長! わざわざすみません」 「アズリア、イスラさん、こんにちは」 ベッドの上で窮屈そうに敬礼をするギャレオと、側の椅子に腰掛け挨拶するアティ。 二人に「見舞いだ」と手持ちの果物篭を掲げてみせて、自分とイスラの分の椅子を隅から 引っ張ってきた。 「その、隊長、そろそろ自分も回復しましたので……」 「駄目だ」 みなまで言わせずアティの隣に陣取る。 「もう少し休め。これは隊長命令だ。大体お前、あの後誰か分からん状態だったんだぞ?」 青痣だらけの腫れあがった顔や身体の痛みを思い出したのか、ギャレオが情けなく頷く。 「アティは?」 隣の病室からここまで自力で歩ける程度には回復しているのは分かるが。 「明後日には包帯が取れます」
添え木と包帯で固められた左腕を撫で、アティは微笑む。 手甲に守られているとはいえ、刃を腕で受け止めるという無茶の代償に骨にひびが入った。 なのに悲壮感がひとかけらも見えないのは、飄々とした性格のおかげだろう。 「それは良かったな……さて」 篭の中からナイフを取り出し、 「ギャレオ、どれがいい?」 「―――! 隊長にそのような雑務を押し付けるわけには!」 「命令だと言っているだろうが」 「いえ、あの……では、林檎をお願いできますか」 「分かった」 素直が一番とばかりに口の端を綻ばせ、皮を剥き始める。 日焼けした頬にそれと分からぬ程度の朱を上らせたギャレオにとっては、イスラの棘満載の 睨みも、アティの意味ありげな表情も蚊帳の外。 「ねーねーアズリア、私はナウバの実が欲しいんですけど」 「勝手に食え」 「姉さん、僕も欲しいな」 「仕方ないな、次剥くから好きなのを選んで待ってろ」 「…………格差を感じます」 拗ねた口調は本気ではない。アティは篭からナウバの実を持ち出し、片手と口で器用に (行儀悪くとも言う)皮を剥き、しっとりとした中身を露出させてゆく。 ふと、イスラが思い出したかのように、 「そういえばビジュさんは?」 「怪我が比較的軽かったので散歩してくるって出掛けましたけど。イスラさん、何か用でも?」 「ううん。ただ何時も一緒にいるから珍しいなって」 そんなワンセットみたいに言われても、と眉をしかめるのに傍で聞いていた二人も吹き出す。 窓から初秋の風がそよいだ。
どこの街にも暗部がある。 例えば今、男が居る場所のような。 表通りでは目立つ、顔半分をにじる刺青も、組織に属する者独特の身のこなしと雰囲気も、 ここでは大して珍しくもない。 男の前に立つのは黒ずくめの人間。 厚いフードとマントで全身を覆い、やたらとくぐもった話し方をするため、年齢、性別ともにはっきり しない。確かなのはそいつが取引相手の証明である割符を持っていたということだけだ。 「今回はこれだけか?」 「ああ」 「……分かった。では同志に今後の指示を待つよう伝えろ」 黒ずくめは去り際に巾着袋を男の手へと落とした。 姿が完全に見えなくなったところで、男は割符を砕かんばかりに握りしめた。 巾着を中の貨幣ごと地面に叩きつけ踏みにじりたい衝動に駆られる。 ……落ち着けば、そんな事してもどうにもならないと分かるのだが。 自分は単なる使い走り。それにこの金が消えたところで『彼』は「あ、そう」と言うだけだろう。 最初の理由はもう覚えていない。 小金欲しさだったのかもしれないし、青臭くて年下で女な上官に対する反発があったのかも しれない。 どちらにしろ男は『彼』に隊の機密情報―――といっても大したものではなかったが―――を流し、 幾ばくかの報酬を受け取った。その内に先程の連中への連絡役という仕事が加わり、この様だ。 断ることは、出来る。 「そういえば君、次問題を起こしたら軍法裁判だね」という台詞さえ気にしなければ。 一度は裏切り捨てた場所にしがみつくのは愚かなことだと分かっていた。 けれども、其処以外に居場所はないのにも今更ながら気がついてきた。 泥沼だった。深みに嵌るのを感じながら何もできない。しようとすらしない。 内通者。裏切者。それが今の男を表す名。
「気に入らねえな」 海賊船の会議室と呼んでいる部屋で、不機嫌そうにカイルは吐き捨てた。 原因はスカーレルが持ってきた話だ。信用の置ける情報屋が流してきたのは、先日苦杯を 嘗めた海軍部隊の今後の作戦に関するものだった。 軍船を囮とし、『剣』は一般客船にて運ぶ。危険極まりないが、その分虚はつける。カイルらも 情報がなければのこのこ引っかかっていただろう。 「どうして? あれが取り返せるんだからいいコトじゃん」 脳天気な妹分の発言に、 「裏切り者は好きになれねえんだよ」 一本気なカイルらしい言動にスカーレルが微かに笑う。 「ま、これで潰れた面子も回復できると思って、多少の事には目をつぶりましょ」 「……軍の奴らの問題とはいえ、気分悪いぜ、全く」 呟きが話題の当人らに届くことは当然ながら、無い。 「涼しいですね」 夜半過ぎの病院の屋上で、アティは片手で可能な限り背伸びした。 ビジュは手すりにもたれたまま、素っ気ない相槌を返すのみ。 「……あのですねえ、せっかく夜のデートに誘ったのですからもう少し可愛げのある態度 とってくれてもバチは当たらないんじゃないですか」 「俺は副隊長の奴と同室で息が詰まるから抜けてきただけだ。そっちの都合なんぞ知ったことか」 「あ、ひど」 むくれたのも束の間、アティはビジュの袖口を掴みじゃれつく。普段はしない態度に少々戸惑った。
こんな風に。 いつまでも居られたら幸せなのに。 それはどちらの想いだったのか。 「ねえ、ビジュさん」 体温が感じられる直前まで近づいて、 「今日は」 言葉が途切れる。 続きは予想がついた。 もし今日何をしていたのかと問われたなら、どう答えるのか、自分でも判らぬまま、待つ。 ―――力が緩まり束縛が解け―――離れた。 夜風が表情を覆い隠すように紅髪をまき上げて。 「……いえ、今日はもう、おやすみなさい」 別れの余韻は時ならぬ突風に散りぢりになる。 手を、離してしまったことを。引き止めなかったことを。後悔する時が、何時かくる。 それはそう遠い事ではないだろう。
長い上にごちゃごちゃしててすまんです。登場人物あんまり多くするものではないですな。 もうコテハン「電波なサモ書き」とでもした方がいいんじゃないか、とか ぬるい戦闘描写や似非軍隊はどうよ、とか思うのですが、 前者はともかく自分に後者の燃えを求めておられる方はたぶん居ないと思う(というか無理)ので、ご勘弁を。
えーと…「帆船の海戦、一回書いてみたいよなあ」なんて思っていたら
「軍人さんたちのお仕事」が来てしまったので…即興で書いちゃいました、三次創作。
>>292-295 を題材にとり、予定レス数は2レスです。艦内戦闘までは書いていません。
落としてもいいですか?
313 :
310 :04/04/01 23:51 ID:OD0MsM2V
銃弾がメン・トプスルを貫通した。索具に若干の損害が出ている。 メン・トガンスルのバックステイがはじけるような音を立てて切れ、何人かの水兵が組み継ぎをしに飛んでいっ た。敵が狙撃を繰り返しているが、海上ゆえの動揺でさほど当らない。 だが…勝敗を決するのは白兵戦だ。 古来、海戦の実態は白兵戦であった。 ポエニ戦役ではローマ市民軍が海洋国家カルタゴの海軍を撃破したが、その際の決め手は、 いかに接舷白兵戦を有利に展開するか、であった。 後に火砲が登場し、そして艦船にもそれを搭載するようになった。 だがそれは、あくまでも接舷攻撃の前段階として、いかに敵兵力を漸減するかの手段であった。 さらに後になると火砲が強力になり、より遠距離で敵を撃破できるようになる。接舷攻撃の機会は失われ、 海兵隊は拙作「北の鷹匠たちの死」の如く強襲揚陸作戦へと特化していくことになる。そして現代、 従来型の火砲すら廃れ、今や対艦攻撃の主役はミサイルとなった…だが、これはあまり関係が無い。 この時代、大型の火砲が登場しているのか、あるいはそれを代替しうるもの、例えば長いリーチを持つ魔法な どがあるのか、筆者は知らない。だが双方に遠戦火力の使用への束縛があることは原作より明らかであろう。 「全員を招集してくれ、ミスタ・スティル。戦闘準備」 「ボーンディング・ネット展張は間に合いません!」 「警報。警報。接舷攻撃に備えよ」 「海兵隊は配置につけ。敵が乗り移ってくるぞ」 「くそ、減速せんぞ。ラム戦をやる気だ!」 「接舷攻撃用意! 斬り込み隊は配置につけ」 「左舵1点。ファースト・ジブを張れ」そして怒鳴った。「大舵をとるな、莫迦もん!」 「左舵1点」操舵手は舵輪をわずかに回し、固定した。 「さらに左舵少々――よーそろ」
後方からの追い波に乗って、浮き沈みと縦揺れを繰り返しながら、良好な航走性を持った海賊船は彼我の距離
をどんどん縮めていく。
敵船は脆い船腹をこちらに向けている――屈強な男に組み敷かれた可憐な少女のそれの如く。
瞬間、船長は叫んだ。
「ボード・ハード。下手舵! 転桁索のもの! ミズン・トプスルに裏帆を打たせろ!」
艦は針路を左に回し、敵艦と併走する形になった。
その針路は鋭角に交わり、距離が急速に縮まっていく。
「切り込み撃退用意」
「隊長! 敵船、減速なしで接近中! ぶつける気です!」
「構わん突っ込め! 全員衝撃に備えてどこかに掴まれ!」
「警報! 警報! 総員衝撃に備えよ」
足元が揺らいだ。
二本の針路は交錯した。
排水量でわずかに勝る敵船が押した。
両者を少しでも結びつけようと続けて鉤縄が飛ぶ。
「突撃! 突撃!」「さあ、木偶の坊どものツラを拝みに行こうぜ!」
さほどの高低差はなく、攻撃要員たちに飛び降りる必要は無い。
11のように並んだカタチとなり、宮古沖海戦のような惨状ではない。ガットリングガンも無い。
こんなことを書いているのは筆者がさっきまで「燃えよ剣」を読んでいたからで、他意は無い。
渡し板が何本も渡され、男たち――女たちも――がなだれ込んでいく。
冒頭述べたポエニ戦役では「カラス」と呼ばれる移乗兵器がローマに勝利をもたらしたが、結局はイロモノ兵器
の域を出なかったのか、ほかに使用された記録はあまり見当たらない。渡し板は今でも有益な「兵器」だ。
そして…とにかく、戦端は開かれたのだ。
(そして
>>295 へと続くのです)
316 :
310 :04/04/02 00:39 ID:fYvPw4Cp
有り難う48氏。燃えを本当にありがとう。 むしろ原作よりよっぽど軍隊と海賊らしいです(笑
317 :
48 :04/04/03 11:10 ID:n9C3MWuk
ばれてましたか。いや、拙作なんて言った時点でバレバレでしたね。口を出して申し訳ありませんでした。
しかもミスがぼろぼろと。
まず、
>>315 でポートとっちゃ併走できませんね。スターボードじゃないと。
しかも、原作にちゃんと「双方とも大砲の射程からも外れた」なんて書いてあるじゃあないですか。
ところで、総指揮を執るアズリアさんとは別に、操船の指揮官がほかにいるものと勝手に解釈しちゃったんですが、
実際はどうなんですか?
318 :
310 :04/04/03 16:46 ID:7LF78Kqc
>>317 一応アズリアは戦闘の指揮のみ、操船は48氏の推察通り別シフトで、と解釈しています。
士官学校で指揮官としての訓練受けたとはいえアズリアはまだまだひよっこ、他者のフォロー必須かと。
まあ原作ゲームでは軍についての描写は余りないので、ここら辺は想像の域を出ませんが。
追記。
無知の哀しさ、作中の用語が分からなかったのでぐぐっていたら軍板らしき場所へ迷いこみました。濃かったです。
では軍隊というものを少しでも知るために、これよりフルメタルジャケットを観てきます。
>318 いやむしろジャンル的にはマスター&コマンドーを是非。 と横レス。眼下の敵も素敵ですが。
>>318 お勧めはセシル・スコット・フォレスターの「海の男ホーンブロワー」シリーズですね。
これはナポレオン戦争当時のイギリス海軍を舞台とし、船酔いするヒヨッコ士官候補生がいかに提督にまで出世するか?
という若者の出世物語です。そのあまりの存在感ゆえにその後の海洋冒険小説は大なり小なりこれを意識して
います。例えば「マスター・アンド・コマンダー」の艦長は賞金に恵まれていることが強調されますが、これはホーンブロワーが
賞金に恵まれなかったのに対比しているようです。
実は私の帆船時代の知識はほぼ全てホーンブロワー由来という状況でありまして、近・現代戦に比べると底が浅いのです。
つまりこれを読み込めば私程度の文は書けてしまうという事で、フォレスターの偉大さに改めて頭が下がります。
>>319 >>320 ありがとうこの海戦オタどもめ!(誉め言葉
今度都会に行くので、ブクオフ探してみます。
マスターアンドコマンダーは、今なら映画の方がとっつきやすいですかね。上映してますように。
322 :
48 :04/04/07 19:01 ID:J1AUGsz9
拙作「北の鷹匠たちの死」も今回でようやく終わりですが、 「Die Kampfe vor Andoya」 なんて副題が付きそうな話になってしまいました。 前回「山は越えた」と言いましたが、山をもう一つ作ってしまったような観があります。 さて、前回ので味を占めて何かジョークを探していたのですが、適当なのが見つかりません。 そこで今回はちょっとしたトリビアでも。 1969年に発生した珍宝島(ちんぽうとう)事件で戦死したソヴィエト国境警備隊員は ヴァギナ中尉とデカマラスキー上等兵であったそうな。 ――ロシア人には分からない、日本人だけに通じる下ネタな世界史豆知識でした。
シマコフ大佐は苦渋の表情を浮かべ、命令した。 「命令。第3中隊戦闘団、第4中隊戦闘団、ロケット中隊は可及的速やかにアンデネスの防衛に転ずべし――」 第4中隊長のソロキン大尉は、北方に立ち上る巨大な火球を見た。 それは、ロケット中隊とKGB小隊の最期を告げる墓標であった。 ソロキンはそれを見るや否や退路が断たれたことを悟り、全中隊に山中へ入るように命じた。 『ディーヴァーベルグのロケット中隊が、強力な攻撃を受けていると報告して連絡を絶ちました!』 「何!? 航空攻撃か地上攻撃か」 『不明です!』 『哨戒6班より至急報!ブレイヴィカに敵連隊兵力――ディーヴァーベルグに向け進撃中!』 NATOは2個の大隊戦闘団をアンデネス南方に上陸させたのである。反攻は開始された。 北 進 せ ――スレッジ・ハンマー作戦発動! よ ! 撤退命令を受けたソヴィエトの2個中隊は、直ちに後退を開始した。 だがそれを見て取るや否や、ボガード防衛線のNATOは追撃を開始した。 送り狼の攻撃に後衛は見る見る数を減らした。 前衛は強力な敵の攻撃に直面していた。 前進は不可能だった。 さらに北欧の早い夜明けの直後から、NATOの航空攻撃が開始された。第3中隊は猛爆に曝された。 第4中隊は第3中隊よりも多少恵まれていた。 彼らは山中を行軍することになったため、NATOの航空攻撃をおおよそ避けることが出来た。 だが、その行軍は悲惨を極めた。
どこまで続く泥濘ぞ 三日二夜を食もなく 雨降りしぶく鉄兜 どさっ、と音を立てて兵士が崩れた。 被弾したのではない。疲労、寒さ、空腹、出血、不眠が凶器となる。 「ニキータ! どうした、しっかりしろ! 立て、立つんだ!」「さぁ、これは俺が持ってやる!」 そう言って二等兵の荷物を持ってやる軍曹も、既に足元は危うくなっている。分隊の死闘が続いていた。 精強を持って鳴る空挺隊員ですら、もはや極限に達しつつあった。 昨日未明から彼らはひたすら戦ってきた。最後の食事は昨日の1730時。 第4中隊の半分は傷痍兵を無理矢理前線に復帰させたものであり、残りは全く休まずに激戦を続けていたものだった。 中隊長のソロキン以下、傷を負わぬものは一人としていなかった。持参した食料・薬品はたちまち底をついた。 薬莢から抜いた火薬を傷に塗りつけ、燃やして消毒できたのはまだ良いほうだった。 ソロキンは迫撃砲弾の破片で負傷した上膊を上着の切れ端で縛り、ライフルを胸の前にかけ、折った枝を杖にしていた。 プーカン中尉が必死に治療した古傷も長い行軍の間に再び開き、出血していた。 極寒のノルウェーにも関わらず、彼らは汗だくだった。 汗は流れてすぐに体温を奪う凶器と化した。 顔に塗った迷彩ペイントは汗で溶けて流れ、彼らの形相をいっそう人間離れして見せていた。 血と汗がまじり、目に垂れてくる。 迷彩服は破れてぼろぼろになり、岩や枝で傷つけた無数の傷からの出血と埃、汗で獣のような臭いを放っていた。 黒と緑、わずかに赤が混じった顔面には焦燥した表情が張り付き、血走った双眸がぎらぎらと光っていた。 ソロキンは兵士たちを真似て崖肌に生えていた雑草を引きちぎり、口にくわえて噛んだ。 土臭い雪が溶け、青臭い草汁が口内に広がった。その草の固まりを無理矢理に呑み下した。 遠くから遠雷のような音が響いてくる。 NATOの空爆の音、彼らの希望を奪い去っていく音だ。
既に煙草は無くなりぬ 頼むマッチも濡れはてぬ 飢え迫る夜の寒さかな 「アンデネスへ…」 男たちはうわ言のように呟きつつ、ほとんど精神力のみを支えにして険しい山肌を進みつづけた。 あるものはライフルを杖にして、あるものは戦友の肩を借り、彼らはなおも進みつづけた。 かつてしばしば一服して人心地をつけていた男たちも、もはやマッチを擦る余力すら持ち合わせていなかった。 ソロキンは赤いフィルターをかけたフラッシュライトで地図を確認した。 足元にはナメクジ、ムカデ、ミミズなどがうごめいていたが、彼らにそれを気にしている余裕などどこにも無かった。 何人かの兵士は力尽き、膝を折った。 「凍えるぞ、休むな!」 ソロキンの声に、男たちはよろよろとゾンビーのように立ち上がる。 何人かはそのままふらふらとあらぬ方向に歩き出す。疲労と寒さで頭がやられているのだ。 闇の中に叫びが上がる。中隊本部付きの准尉が沢に足を滑らせ、倒れこんだ。 だが立ち上がってこない。もはや体を起こす力すら残っていないのだ。 仲間たちも頭を回してそれを見るだけで、助けない。助けようとしないのではない。助けられないのだ。 「イーゴリ、その無線機を渡せ。持ってやる」 ソロキンは准尉から無線機を奪った。 「俺はもう助からない戦友、置いていけ」白髪の准尉は拳銃を抜いて自分のこめかみに当てた。 「莫迦野郎、俺は一人も置き去りにはせんぞ」ソロキンは自分に言い聞かせるように怒鳴ると、准尉に肩を貸して歩き 出した。 だがソロキンの願いも空しく、脱落者は相次いだ。
もはや追随できなくなった者たちは、静かに消えていった。自ら捨伏となるために。 彼らは、その戦友にすら気付かれなかった。 誰にも他人を心配している余裕など無かった。 自分が生き残る戦いに精一杯で、みんな、その戦いに自分が勝てるのかという疑念を押し隠して進んでいた。 奇遇にも、そこはスーザンとクレトフの馴れ初めの地だった。 かつて恋人たちが愛を語らった場所を、男たちは生死を賭して戦いながら進んでいた。 ヤンセン軍曹は手を後ろに伸ばし、手のひらを広げてゆっくり横に振った。 分隊員は足を止め、それぞれライフルを構えた。 ヤンセンは木の間に張られたワイヤーをそっとたどり、震える手でピンからワイヤーを外した。 何が彼に警告したのかは分からない。 ヤンセンが体を投げ出すようにして伏せた瞬間、虫が頭の上を飛んだ。 いや、虫ではなかった――顔面を朱に染めて分隊員が吹き飛んだ。 ヤンセンは素早く体を回してライフルを構え、マズル・フラッシュを狙って連射を浴びせた。 絶叫が響き、草むらそのものであるかのように擬装した人影が転がった。 「ザマぁ見ろ」 ヤンセンは吐き捨てると立ち上がった。 「誰がやられた!」 「ベルグが…即死です」 ヤンセンは毒づいた。 「軍曹」兵長が言った。「こいつ、まだ生きてますよ」 「どれ、見せてみろ」ヤンセンは無造作に銃口を敵の鉄兜に押し当て、引き金を絞った。 ソ連兵は脳漿を撒き散らして死んだ。 「軍曹!」 「こいつらは敵だ!殺せ――ロスケを殺せ!」ヤンセンの叫びに、兵士たちが唱和した。 「露助を殺せ!」「殺せ!」
捨伏たちは這って手榴弾でトラップを仕掛け、繁みからライフルの銃身だけを突き出して潜んだ。 何人かは、ノルウェー軍の偵察隊が来る前に力尽きた。 何人かは、トラップに引っかかって混乱するノルウェー兵に銃撃を浴びせ、そして応射で命を絶たれた。 そうでなかった少数のものは捕虜となったが、しばしば激昂し混乱したノルウェー兵にその場で処刑された。 双方とも、精神的にも体力的にも極限状態だった。 わずか1昼夜の戦闘でここまでなるというのは、アンダヤの戦闘がいかに過酷だったかの一つの証明ではあった。 もっともそのような証明はこの戦場を探せばごろごろしていたので、誰もそれ以上は求めていなかった。 それ以上? 否、全く求めてなどいなかった。 しかし人間がいかに戦争を捨てようと、戦争は決して人間を捨てなかった。 『どこに行くんだい、兄さん?』イワンはアルカージーに聞いた。 『他言無用だがね…アイスランドさ! かつて、これほど大胆不適なソヴィエトの作戦があっただろうか!』 アルカージーは朗らかに振舞おうとしたが、それは必ずしも成功しなかった。 イワン・ソロキンは彼の姪を、スヴェトラーナを思い出した。 スヴェトラーナも成長すれば、スーザン・パーカーのような金髪の美しい女性になったことだろう。 だが、彼女を見ることはもう出来ない。 ドイツの冷酷なるテロリストによって、スヴェトラーナは爆殺されてしまったのだ。 イワンは、魂の抜け殻のようになった兄を見て心が痛んだ。スヴェトラーナの記憶は、彼のNATOへの憎悪をかきたてた。 スーザン・パーカー個人への憎しみは士官室の交流を通じてすぐに消えたが、『ドイツはそんなことをしていない』と 言うスーザンの言葉を聞いても、資本主義者,ファシストたちへの彼の憎悪が和らぐことは無かった。 あの事件以来、ソロキン兄弟は、復讐のためだけに戦いつづけた。
「これが戦争なのか…兄さん」 イワン・セミョーノヴィッチ・ソロキンの呟きは必死に進む男たちの息づかいにまぎれ、当人の耳にすら届くことは 無かった。 彼らには、もう時間の感覚は無かった。 無言のうちに足を前に運び、ときおり止っては地図とコンパスを照合し、また足を踏み出す。 それはもはや進軍ではなく、彷徨だった。 隊列の末尾で声も立てずにひとりの兵士が崩れた。 誰も、彼を助けようとはしない。 わき目も振らずに進んでいく。おそらく気付いてもいないのだろう。 「たすけて…」 兵士はか細い声で叫びながらしばらく泥の中でもがいていたが、やがて力尽きた。 ロシア中西部の寒村で生まれ、遥かなノルウェーの地で斃れた若者の顔は、血と泥で死化粧されていた。 「今、何が欲しい?」 朝鮮戦争において『ライフ』誌のカメラマン ダグラス・D・ダンカンは、中国軍の追撃を受けつつ極寒の朝鮮半島を 撤退する米海兵隊員に呼びかけた。 今ここでダンカンがソヴィエト空挺隊員に同じ問いをしたなら、彼らも同じように返しただろう。 「明日が欲しい」、と。 NATOの追撃が近づいてきた。 迫撃砲弾が隊列の周囲で爆発し、破片が兵士たちを襲う。 その兵長は、先ほどまで歩いていた。 いま彼は全身に迫撃砲弾の破片を受け、爆風で飛ばされて木の上に引っかかっている。 彼を助けようと言うものはいないし、もしいたとしたら、みんなはそいつが狂っていると言っただろう。 なぜって、兵長はもう死んでいるんだから。
前方に敵。中隊兵力と見込まれる。 そう途切れ途切れに報告した伝令兵には、もう敬礼する体力も気力も無かった。 そしてソロキンにも、それを咎める気力も体力も有りはしなかった。 続いて逓伝されてきた情報は、さらにひどかった。 後方にも敵部隊。中隊兵力以上。 両側に敵斥候を確認。 左側に敵。大隊兵力。 右側に敵。中隊兵力以上。 ソロキンは、その知らせに文字通り全身の力が抜けた。 杖に縋るようにして地面にへたり込んだ。 ほかの空挺隊員たちも同様だった。銃を地面に横たえ、膝を折った。 最期の突撃をしようにも弾薬はもうほとんど残っていない。 何より、もう足が一歩も前に進もうとしない。 みな血走り、そして虚ろな目を虚空に向け、黙りこくっている。 万策尽きた。 「Помогйте!」ソロキンは叫んだ。 だが、その声はノルウェー人には理解できなかった。 森の中から誰かが叫んだ。スーザンとの会話で多少上達したと思った英語は、この極限状態の中どこかに消えていた。 だが降伏を要求していることは、たれにも明らかなことだった。 「イエス」ソロキンが怒鳴り返した。「イエス」 返事のかわりにまた斉射が放たれて、隊列のなかから悲鳴が聞こえてきた。 「何たることだ!」ソロキンは自分が敵の質問を誤解したに違いない、と気付き、それと同時に解決策を思いついた。 感覚を失った手でどうにか胸元から白い三角巾を引っ張り出し、杖に結び付けて振った。
「准尉、この捕虜は大尉ですよ」准尉はその声に顔を向けた。 「…並べろ」 伍長は聞き返した。聞き取れなかったのか、理解できなかったのか。 「そいつらを、そこに、並べろ。早よせんか!」 疲労の極に達していたロシア人たちは、困惑した――いや理解したくない命令を受けたノルウェー兵の指示に黙々と 従った。 「至急至急、てk」 「尻切れ。さらに送れ」 「敵が降伏しました!」通信兵は守るべき形式を一切無視したが、今だけは誰もそのことを咎めなかった。 だが後に回想したとき、ノルウェー人たちは、その通信を聞いての高揚感などを思い出すことは出来なかった。 彼らは、迫撃砲の援護の元にもう10時間あまりに渡って追撃していた。 終わった… 誰もがただ、そのことをかみ締めていた。虚脱感、そして倦怠感が全身を覆っていた。 「上の敵は優秀だったな…」クノックス大尉はぼやきとも賞賛ともつかない口調で呟いた。 だが、クノックスにはまだ休息は訪れなかった。 その場の最先任将校として降伏をまとめなくてはならない。襟章は中尉のままだったが、大尉であることに変わりはない。 彼は通信兵を連れ、丘を登りはじめた。 こちら側にはさほど戦火は及んでいなかった。晩夏にも雪が残る山肌だが、かすかな緑が目を楽しませてくれる。 彼が稜線を越えて頂の平地に出たとき、異常な光景が目に飛び込んできた。 膝を突いてうずくまる影と、それに向かって銃を構える男たち。 迷彩服の柄から、うずくまっている影がソヴィエト兵であることは一目で知れた。 クノックスは一瞬呆然としたが、すぐに我に返った。 「射撃中止!射撃中止!」わめきながら走った。 兵士たちはほっとしたように銃を下ろした。
しかし、准尉は血走った目をクノックスに向けた。 「大尉」その声には感情が無い。 「准尉、君は自分が何をしているのか分かっているのか!?」そこで堪えた。 「君は戦時服務規程に明白に違反している。 本来ならば解任し後送するところだが、状況を考慮して今回は見逃そう。 直ちに任務に復帰せよ」 准尉は不服そうに彼を見たが、クノックスの憤怒に燃えた目に屈して敬礼し、肩を落とすようにして歩み去った。 彼はその背中を睨み付けていたがやがて視線を転じ、地に崩れたソヴィエト兵を助け起こした。 「やあ、大丈夫か? 私はクノックス、ノルウェー王国海兵隊大尉だ。君たちの最先任士官は何処にいる?」 「私が最先任だ。ソロキン大尉、ソヴィエト陸軍。助けてくれてありがとう、クノックス大尉」 彼らは固く握手を交わした。 状況はアンデネスでも悪化の一途を辿っていた。 地雷原や塹壕の修復をしていた工兵部隊までもが南部の戦線に投入された。 装甲されたブルドーザーの上には機関銃が据え付けられ、間断なく弾丸を吐き出していた。 北部では、戦力を引き抜かれて痩せ細った防衛線の前にノルウェー海兵隊のF大隊戦闘団が揚陸を開始した。 これと同時にA大隊への補給も再開された。数十トンの弾薬が陸揚げされ、弾薬不足に苦しむA大隊は苦境を脱した。 ソヴィエトの砲兵中隊は砲撃を開始するが、夜間の偵察で陣地の位置が全て割れていた。 的確な空爆が次々と榴弾砲を捉えていく。 NATOの工兵はソヴィエトの銃砲火に曝され、多大な損害を出しながらも地雷原を啓開した。 セルギエンコ大尉は、この2日間戦いつづけて疲労の極に達している兵士を率いて5倍の敵と相対することになったのだ。 それを援護する火力は迫撃砲と歩兵の携行火器のみである。 だが若き空挺隊員たちの顔は不敵に笑う。近接戦になれば敵機は介入できない。 彼らに残された選択は2つ。 突撃か、死か。
激戦となった。 迫撃砲は砲身が焼けるほど撃ちまくり、対戦車ミサイル発射機は休む間もなく目標を探し、発射した。 だが兵力に劣るソヴィエト軍は押され、次々と塹壕を奪取されていく。 冬季戦迷彩のNATO軍は地を白く染め上げるほどの大軍で寄せてくる。しかもその全員がノルウェー海兵隊が誇る 精鋭部隊だ。海からは駆逐艦が艦砲で掩護し、橋頭堡に揚陸された迫撃砲は弾幕射撃で海兵隊の突撃を掩護した。 NATOは質で並び、量、特に鉄量では完全に勝っていた。 第3中隊がNATOから鹵獲した迫撃砲、特にその弾薬は辛うじて引き揚げに成功したが、その支援など焼け石に水だ。 後退は許されなかった。 この防衛線が破られれば飛行場は目の前だ。飛行場確保という任務は無残な失敗を遂げることになる。 それを阻止できる予備兵力は既に無い。 X+1日早朝、北東方面でNATOの大攻勢が開始された。 その30分後にはNATOの攻撃は南部方面にも飛び火した。 主防,側防などと言っている状況ではない。体勢を整理しようにも、後退できる余地など何処にも無い。 クチカロフ軍曹は、重火器分隊を率いて南方で工兵中隊の後方を支援していた。 彼らはノルウェー軍から鹵獲したカール・グスタフを抱えており、今しも分隊員たちはその扱いに習熟しようとしている。 カール・グスタフはスウェーデン製の短射程兵器で、日本の陸上自衛隊も採用している傑作無反動砲だ。イラク派遣で話題 になったので、ご存知の読者も多いだろう。 その照準はちょっとした名人芸を要する上に、威力は対戦車ミサイルに少し劣るが、その代わりいろいろな弾種を撃てる。 鹵獲した中には、対戦車用のヒート弾のほかに榴弾や照明弾もあった。 こんな無反動砲がこっちにあったらなあ、とクチカロフは思う。
人影が脇の藪からよろめき出た。 分隊はさっと各々の武器を構えた。「止まれ! 誰何!」 「戦友…戦友…」答えはロシア語だった。 「射撃待て、友軍だ!」 「来い!来い!」 若い上等兵が飛び出して助けた。 兵士は塹壕に転げ落ちるようにして入った。体を起こすことが出来ない。 「第3中隊伍長イェレメンコです…中隊は自分だけであります…全員…」そこで絶息した。 「死にました…」上等兵が屈みこんで、呆然とした。 やがて対戦車ミサイルが尽きた。 ソヴィエトの空挺隊員たちはRPG-7対戦車ロケットで敵の戦車に立ち向かった。 本来RPG対戦車ロケットは至近距離での自衛用だが、そんなことに構ってはいられない。 ソヴィエトの迫撃砲部隊はNATO迫撃砲部隊の猛射に圧倒された。 その穴を補うように、RPGは敵に占領されたトーチカを爆破するのにも用いられた。 南方の工兵中隊も果敢に戦った、彼らの本業は近接戦闘ではないにもかかわらず。 緊急に機関銃を取り付けた装甲ドーザを先頭に攻め、南方の要衝417高地はわずか3時間のうちに10回以上も主を変えた。 彼らに支給できる対戦車ミサイルなどはなから存在しない。 RPGロケット、そして鹵獲品のカール・グスタフが頼りだ。 工兵たちは慣れない兵器に手間取りながらも、持てる全てを投入して戦った。 少ない立ち木や草に紛れて忍び寄り、対戦車ロケットをぶっ放しては逃げた。 工兵中隊本部に、装甲車に支援された海兵隊が迫る。 一人の兵士が飛び出し、RPGで鮮やかに歩兵戦闘車を仕留めた。 中隊長のタラン中尉もRPGを構えた。だが機関銃の火線に捉えられ、顔も上げられぬ。 もはやこれまでか。
その後方に履帯の音。装甲ドーザが丘に隠れて接近し、カール・グスタフを撃った。 装甲車を撃破された海兵隊は後退し、中隊本部は守られた―― ――さしあたっては。 いくつかの部隊ではRPGも使い果たした。 それでもソ連兵たちは対戦車地雷や梱包爆薬に遅延信管をつけ、あるいは手榴弾をいくつかまとめた集束手榴弾を持って NATOの戦闘車両に立ち向かった。 第2次大戦の遺物、対戦車手榴弾も使われた。 この手の手榴弾に全てを賭けて… 対戦車手榴弾が弧を描いて装甲車に飛ぶ。1943年に作られた年代モノの対戦車手榴弾は、空中で吹流しを出して姿勢を 安定させ、装甲板にあたると高温のジェットで装甲板を貫徹する。 手榴弾まで使い果たしたルシチェンコ少尉は、アンデネスの薬屋から塩素酸カリウムを持ち出した。 ガソリンと砂糖、ガラス瓶は容易に調達できた。 兵士たちは紙を巻いたガラス瓶を片手に装甲車に忍び寄った。 モロトフ・カクテルが飛び、エンジン・コンパートメントに引火して装甲車が炎に包まれる。 熱さに絶叫しながら装甲車を飛び出した海兵隊員は銃弾を浴びて吹き飛んだ。 戦闘は超至近距離での決闘の様相を呈し、戦場は男たちの蛮勇の場となった。 ノルウェー軍の車輌部隊はまったく油断できなかった。 何処からとも無く湧いてくる、と思えるソヴィエト兵は何時の間にか忍び寄り、手榴弾や火炎瓶で攻撃してきた。 戦車ですらしばしば小破・中破した。 乗っ取ろうとよじ登って来る空挺隊員たちを辛うじて撃退することもしばしばだった。
フィスケネスの北西には小さな丘がある。ソヴィエト軍によって114高地と名づけられたこの丘が、工兵中隊担当戦区での 防衛拠点となっていた。ここでは、メドヴェデフ少尉以下の小隊24名が野戦陣地に拠って守っていた。 この丘を取れば、アンデネスの市街へ撃ち下ろすことが出来る。海兵隊はここを攻勢主軸に設定し、圧倒的な鉄量の支援を 受けて圧してきた。 偵察隊が陣地から数十メートルまで接近して鉄条網を啓開しようとしたとき、横殴りの銃撃が襲ってきた。 高い立ち草に隠れて息を潜めていた蛸壺が息を吹き返し、側防機能を発揮していた。 この銃撃に算を乱した海兵隊は一時的に後退したが、鉄量の差はこの程度の小細工で埋められるものでは到底無かった。 彼らはたちまちに海兵隊1個中隊以上を相手に絶望的な戦闘を展開していた。 迫撃砲弾がひっきりなしにトーチカを揺らし、見渡す限りの地平は海兵隊の冬季戦迷彩で白く染まった。 2丁の機関銃は銃撃を続け、それが止むのは加熱した銃身を交換する時だけだった。 続けて炸裂する迫撃砲弾が立ち草を根こそぎにし、数時間で114高地は禿山になっていた。 工兵中隊本部が危機を脱してすぐに、タラン中尉にとって114高地への手当てが急務となった。 114高地の喪失は工兵中隊の戦線に決定的な穴をブチ抜くことになる。 タランはシマコフ大佐に支援を要請したが、南方に回せる部隊は無かったし、タランもはなから期待などしていなかった。 工兵中隊はノルウェー海兵隊のピラーニャ装甲車2両を奪取していた。これらには25ミリ機関砲が搭載されており、また 装甲ドーザーより多少マシな装甲があった。回せる部隊は、この鹵獲装甲車と1個分隊14名の歩兵に過ぎなかった。 海兵隊は集中しすぎた。周縁警戒を疎かにし、114高地の奪取に全力をあげていた。 その隙に、2両のピラーニャは獰猛に攻撃を開始した。 海兵隊はそれを友軍と誤認し混乱した。友軍が後方から回り込んで占領したものと考え、油断していたところに機関砲の 連射が襲ってきた。 わずか2匹の猛魚は車体をバウンドさせながら疾走した。 25ミリ機関砲がバースト射を送り出し、砲塔は次の贄を探してくるっと回った。 この陣前逆襲での混乱に乗じ、歩兵分隊が突撃に移った。この方面を担当する海兵隊D大隊戦闘団は一時的恐慌状態に陥った。
だが勢いの止まったときが、彼らの死ぬときだった。 圧倒的なNATO軍に何重にも包囲され、2両の装甲車と14名の空挺隊員は瞬時に殲滅された。 114高地を守る兵力は、11名に減少。 NATOがじりじりと飛行場に近づくにつれてソヴィエトの防御陣地は堅牢の度を増した。 日露戦争において日本人が日本人の血を代償にして学んだ通り、もともとロシア民族は陣地を作るのが上手い。 そこに機動攻撃を旨とする空挺の色が加わると、考えるだにオソロしいシロモノが出来上がってしまうのである。 対戦車壕に嵌って動けなくなった装甲車には、即時にカール・グスタフや対戦車ミサイルの十字砲火が待っている。 複雑に入り組んだ塹壕では、しばしば仕掛け爆弾が軽はずみに前進したNATO兵を引き裂いた。 迫撃砲の阻止射撃も期待したほどの効を奏さず、火炎放射器はもともと持っていなかった。 全くもって、この圧倒的な鉄量の差を持ってしてもNATOの進撃は困難を極め、多くは凄惨にまでなった。 それでもNATO、特にノルウェー海兵隊は文字通り不屈だった。 誰もが極限状態だった。それでも、決戦意識が彼らを挫けさせなかった。 祖国を蹂躙するソヴィエト人への憎しみが彼らを支えた。誰もが死力を尽くした。 その海兵隊をもってしても、その前進は停滞しつつあった。 南部の海兵隊はカウンター・アタックの勢いを失い、工兵隊の堅固な守りと疲労のために前進速度が落ちていた。 E大隊が威力偵察のために攻撃し、他の部隊は漸くにして一息ついていた。 洋上のNATO司令部はこれに激怒した。この怒りは残酷であった。彼らはそれをよく知っていた。 それでも激怒せざるを得なかった。レイノルズ大佐は無線機が爆発しかねないほどの勢いで怒鳴った。
『アンデネス前面ではA大隊が孤立しとるんじゃ。それでも何とか前進しようとしとるんじゃ。 なんと飛行場の前2キロまで進出しよった。 だがお前、今朝になって敵がどんどん増えてきて、F大隊の支援があっても難戦も何も話にならん。 飛行場を撃破できるか否かが勝敗の分かれ目じゃ。ヨルデン(A大隊長)の荷を軽くしてやれ。 第2連隊が100歩進むごとにA大隊が1歩進める。そのために第2連隊にどれだけの損害を出しても構わん。 A大隊がアンデネス前面で潰れればアンダヤ戦はもうしまいじゃ。第2連隊が生き残っても海兵隊が潰れるぞ!』 0400時、威力偵察により工兵隊の防衛配置はおおよそ割れた。 そして、第2連隊を基幹としたリュイサ支隊、すなわちB大隊,C大隊,D大隊,E大隊は、敵の保塁群へ猛烈な攻撃を 再開した。いかな情報があろうとも、その攻撃たるやまさに猛進 実に惨烈しばしば描写するに耐えざるものであった。 ある中隊では、1門のカール・グスタフから放たれた砲弾が中隊長の五体を木っ端微塵に吹っ飛ばした。 だが砲煙が晴れると別の士官が指揮を代行し、攻撃の手を全く緩めなかった。 B大隊は3分の1,100名の兵士を喪失して事実上中隊の規模となっていた。 だがブッシュ少将はそれでも大隊編成を解かなかった。 ここでB大隊をC大隊に編入すれば、B大隊はただ全滅するために上陸した部隊として戦史に刻まれることになる。 ただしB大隊長に臨時に任ぜられたウォード大尉は、事実上C大隊の指揮下に入るように命ぜられた。
遮蔽から遮蔽へとダッシュし、匍匐前進でゆっくりと進む。 機関銃が、頭上のトーチカから間断なく弾丸を送りつづけている。 少しでも頭を上げれば、気付かれるようなことがあれば… 軍曹は仰向けになって右腕に握った梱包爆薬を放り込み、刹那、身を翻して倒れこんだ。 爆発がトーチカを大破させた。 軍曹は粉塵収まらぬトーチカの残骸に躍りこんだ。 ソヴィエト兵の何人かは奇跡的に即死を免れていたが、爆発の衝撃で朦朧としていた。 軍曹は彼らを素早いサブマシンガンの掃射で一掃し、分隊員はトーチカへとなだれ込んだ。 隣のトーチカが異常を悟り、銃撃を浴びせてきた。 手榴弾が弧を描いて飛来した。 分隊員の一人がそれを掴もうとしたが、遅かった。 手榴弾が爆発し、致命的な破片でトーチカの残骸を満たす。軍曹以下の分隊は全滅した。 だが後続の部隊がその突破口へとなだれ込み、たちまちに塹壕の中で凄惨な白兵戦が展開された。
ソヴィエト工兵中隊のサヴィン分隊は先ほどまで後方にいた。 だが、今は前線にいる。彼らが動いたわけではない。前線がここまで後退してきたのだ。 「じ…自分も部下も近接戦経験はありません」サヴィン軍曹は、本管中隊から急派されてきたネデリー中尉に訴えた。 「俺もだよ、ヤケクソさ。早く位置につけ」普段は輸送業務を担当しているネデリーは返した。「第1線が突破された」 「エライことになってしもた」盛り土された坑道を小走りに遠ざかる中尉の背中に向かってぼやいた。 砲弾が落ち、爆発した。どちらのものかは分からない。 「すげェ、腹に響くぜ」「おい、しゃがめよ」若い分隊員たちは囁きあっている。 「来るぞナトーだ」「俺、怖いよ」 BAGOM! BAGOM! 「ワァっ!」 土砂が飛び散り、体を半ば埋めた。 「射撃用意!」 「おい、射撃用意だってさ」「我慢できないよ」 「俺、こんなところで死にたくないよ」「俺だって」 「み…見ろよ、LAVだエルエーブイ」 二等兵は耳をふさぎ、目をつぶって塹壕の底にしゃがんでいた。 「俺、怖いんだ。小便漏らしちゃったよ」 「…俺もだよ」ライフルを抱えた相棒も呟いた。 『カスター32こちらカスター13 目標位置座標152-2351 標高200 観目方位角4720 敵野戦陣地推定小隊兵力 正面200縦深100 試射を要求 修正可能 おくれ』 「カスター13こちらカスター32了解 待て」 「班長! FOから射撃要求です。修正射、座標152…」 「中隊修正射! 基準砲、M557瞬発、装薬緑4 方位角1058 射角380 弾種榴弾」「よし!」 「各個に撃て! なお効力射にはM557短延期8発を準備」 「よーい、てっ!」BAM! 「基準砲、初弾発射」
「1中、FOから射撃要求。まもなく射撃入ります」 「…弾着いま! おくれ」 『カスター32 こちらカスター13 弾着確認 右へ100増せ200 効力射を要求 おくれ』 「カスター13 こちらカスター32 了解 効力射に入る 以上!」 「中隊効力射! 中隊全砲 M557短延期 装薬緑4 50ミリ秒 方位角1056 射角375 弾種榴弾 8発」「良し!」 「準備良し」「連続各個に撃て!」 「撃ち方はじめ!」BAM! BAM! BAM! BAM! BAM! BAM! BAM! BAM! BAM! BAM! BAM! BAM! BAM! BAM! BAM! BAM! BAM! BAM! BAM! BAM! BAM! BAM! BAM! BAM! BAM! BAM! BAM! BAM! BAM! BAM! BAM! BAM! 「カスター13 こちらカスター32 最終弾落達まであと10秒―――――弾着いま!おくれ」 『カスター32 こちらカスター13 最終弾確認 敵の被害甚大』 114高地の頂上で105ミリ榴弾が続けざまに炸裂した。 爆竹が弾けるような音が続き、土砂が盛大に舞い上がった。 そこに生きているものがいるとは思えなかった。 『114高地連絡途絶』 『013こちら203 敵部隊損害に構わず北上中!』 『024こちら311 弾着いま! 照準修正願います…もしもし! もしもし!』 『011こちら165 全弾この上に落としてくれ 構わんやれ!』 120ミリ迫撃砲は、NATOを阻止しようとはかない望みをつないで砲撃を続けた。 だが、南部に揚陸されたNATOの対迫レーダーが機能し始めた。 放物線を描いて飛翔する迫撃砲弾は容易にその発射点を曝露し、迫撃砲の陣地を狙ってNATOの105ミリ榴弾が降った。 しばしば、塹壕は双方の兵士たちにとってそのまま墓穴となった。 それでもどちらも一歩も退こうとしなかった。戦友の死体の脇で男たちは戦った。 戦友の死体を回収するのは不可能だった。 壕は双方の戦死体で埋まり、兵士たちはそれを放り出して戦った。
第2中隊のザハルーティン分隊は後方を遮断され、包囲された。彼らはそれでも潰乱せず戦い続けた。 戦後、壕の中で分隊長ザハルーティン軍曹と6人の分隊員が各個の掩体で戦死しているのが発見された。 周囲には半円状に53名の海兵隊員の死体が転がっていた。 「防御なるものを示す一例なり」 NATO側の戦後報告書より抜粋した一文である。 掩護砲撃のために沿岸に接近した英海軍フリゲイトのウォーグレイヴ艦長は、双眼鏡を以って沿岸を遠望した。 双眼鏡を下ろした中佐の顔は蒼白になっていた。 戦線正面には地を埋め尽くすかのごとく双方の戦死体が転がり、その全てが不完全であった。 腕が地面に刺さり、頭が砂を噛んで転がっていた。肉片が飛び散り、足がごろんと転がっていた。 ノルウェー兵がソヴィエト兵の喉に噛み付き、気管が露出している。 そのノルウェー兵の目にはソヴィエト兵の指が突っ込まれ、眼球を抉り出していた。 その状態で二人とも息絶えていた。 ノルウェー人の、イギリス人の、アメリカ人の、そしてロシア人の血で砂浜は赤黒く変色し、その臭気は海上まで漂っていた。 いかに残酷な人間がいかに想像力を働かせても、これほどの作品は出来なかったであろう。 まさに悪魔の創作であった。 そんな中、双方の兵士たちは壕の埋め草となった死体を放り出して戦い続けていた。 やがては第1中隊本部の塹壕にまで海兵隊員たちが侵入してきた。 セルギエンコ大尉以下の中隊幕僚までもが銃を取って戦うほどに、ソヴィエト軍は追い詰められていた。 一部の海兵隊は市街に突入し、コルトン中尉が指揮する司令部守備隊と市街戦を展開し始めた。 「敵が市街に侵入しました!コルトン中尉が支援を要請しています」 「大佐」クレトフが叫んだ。「自分が行きます」 「兵力はあるのか?」 「対艦ミサイル中隊,高射砲兵中隊,砲兵中隊の残余が再編完了しております。小隊兵力です」 「よし。行け! だが将校斥候だ。すぐに戻って来い」
シマコフの言うことも当然で、今現在コルトンが指揮しているのはたかだか小隊相当の部隊に過ぎず、さらに1個小隊を 加えても少佐――大隊長が直接指揮するレベルの部隊ではない。尤も、クレトフにしてもはなから将校斥候のつもりだった。 クレトフはさっと敬礼し、駆け出した。それを見送るシマコフの目に浮かぶ、後ろめたさと若干の安堵の色には気付かずに。 松葉杖をついたデミヤン大尉が恨めしそうに見送った。クレトフは通りざまに、にやっと笑いかけた。 小隊は、その全員が近接戦闘を専門としない兵科の出身だった。 対艦ミサイル中隊こそほぼ無傷だったが、砲兵中隊、高射砲兵中隊は空爆の痛手がまだ生々しかった。 特に高射砲兵中隊は数日前に布陣したばかりで地形に不慣れであった。 それでも、彼らは恐れをほとんど抱かなかった。 彼らの指揮官はシマコフ大佐だ。空挺誘導隊指揮官として、そして空中突撃連隊指揮官として、アフガン侵攻では先陣を 切ってバグラム空軍基地に降着し、第1次アンダヤ戦では弾雨を冒して連隊の先頭に立ち、クレトフの背撃と呼応して NATOを大潰乱させた男だ。 十字路はバリケードで封鎖され、その前でピラーニャ装甲車の残骸がくすぶっていた。 半長靴の靴底で、瓦礫やガラスの破片が音を立てた。 「やあ、アンドリューシュカ。景気はどうだい?」 「やあ、サーシャ。交替か? やれやれ俺はこの穴が気に入りだしてたんだがな」 道の脇の蛸壺でライフルを構えたコルトンは皮肉ともつかない口調で言った。 両脇の民家からは機関銃が銃撃を浴びせていた。 敵も向かいの民家に拠り、銃撃戦を展開していた。 クレトフは、無謀にも仁王立ちになって双眼鏡で見回した。 「あそこに敵の観測班が陣取ってる――ように見える――うん、やっぱりそうだ。あそこなら迫撃砲で潰せないか?」 クレトフはコルトンに聞いた。コルトンの本業は情報将校だ。 「あー、どうだろうな。地上の観測手を潰しても航空機が代行しちゃあどうにもならないんじゃないか?」 「いや、陸海空がそんなに上手く連携できているとは思えん。 あれを潰せば、少なくとも敵地上軍の砲兵射撃は軽減されるだろう――」
クレトフは身を投げ出すようにして伏せた。 数呼吸後、105ミリ榴弾が炸裂した。 「無茶しやがる。誤射しかねんぞ」クレトフは他人事のように言った。 「たぶん流れ弾さ」コルトンも他人事のように言った。 「観測手の件だが、試してみてくれ。砲兵射撃だけでも減ればだいぶ助かる」 クレトフは車に乗り込んだ。司令部に戻る前に、市街を一周するつもりだった。 「サーシャ、死ぬなよ! あんたが死んだらスーザンが泣く」コルトンは笑った。「死んだら殺すぞ!」 「ヌかせ!」 クレトフは安全装置を解除したカービンを助手席に置き、車をスタートさせた。 町は瓦礫の山になっていた。車は飛行機に狙われるかと思ったが、砲兵の火線に割り込むことを警戒してアンデネス上空に 戦闘機は来なかった。 だが、頼みの綱の迫撃砲は急速に戦力を減らしつつあった。 司令部に帰って戦況を聞いたクレトフは、NATOの対迫撃砲レーダーの威力に舌を巻いた。 中迫撃砲は撃ってすぐに陣地転換をすればどうにかなるが、重迫撃砲は陣地の秘匿性に全てを賭けるしかない。 そして、弾薬も尽きつつあった。あと10斉射と少しで――迫撃砲部隊にとって――全ては終わる。 今や劣勢は明らかだった。 航空掩護は無い。 対空火力も、レーダーも無い。 対艦ミサイルも無い。 戦車も砲兵も、無い。 装甲車すら1両も無い!
「我に空無し」 空軍から派遣されていた航空統制官は、ナルヴィクに悲痛な通信を送った。 三軍調整官の命令は飛行場の死守だった。 『3日以内に援軍を送る。飛行場を絶対に渡すな! 兵の死体を土嚢代わりにしてでも守れ』 「我々はもとより命を捨てる覚悟であります。 しかしこの犠牲の要求が正しいか小官には分かりません」 野戦病院は満杯になり、プーカンは司令部シェルター、スーザンがいる地下壕の上階にも負傷者を収容せざるを得なく なった。 指揮所はよりよく戦況を把握するため1階に移された。 空爆の脅威はあったが、実のところ地下1階でも1階でもあまり変わらなかった。 ブレイヴィカとブリークに展開したNATOの砲兵部隊は、布陣するや否や滅多うちに撃ちまくり始めた。 1分間に1門あたり5発を撃つ持続射である。 一発ごとに20ないし30メートルの危害半径を持つ105ミリ榴弾が、それこそ雨あられのごとく市街と飛行場に降り注いだ。 地獄の業火に投ぜられたが如き銃砲火の中で、工兵中隊と第1中隊および第2中隊――いや、もはや第1中隊と言うべきだ ろう、両中隊の損耗率は50%を越えていた――は絶望的な戦闘を展開しつつあった。 彼らは圧倒的なNATOの火力と兵力に耐えられず後退に後退を重ね、防衛線はことごとく突破され陣地は蹂躙され、今や 飛行場の主要施設と司令部を含む半径3キロ足らずの円陣が最後の抵抗線となっていた。 陥落した114高地には迫撃砲の反斜面陣地が構築され、前進観測班の進出により砲兵の砲撃もその精密さを増していた。 1020時、海兵隊はついに滑走路を踏んだ。戦闘開始より36時間が経過していた。 砲声と砲弾の炸裂音はまったく天地を揺るがすほどであった。 方面軍の工兵を総動員した陣地はこれに良く耐えた。しかしその音は空挺隊員たちから確実に士気を奪った。 それでもソヴィエト軍の戦意はなお盛んだった。 「もう降伏しているんじゃないか、まだ降伏しないのか」とレイノルズ大佐は憤慨を通り越して呆れかえった。 容赦なく落下する砲弾は確実に飛行場を破壊し、シマコフ支隊の抵抗の根拠を奪いつつあると言うのに!
スーザンはシャベルを握りしめ、決意を固めるために深呼吸した。 このままでは、クレトフは死んでしまう。これだけは明らかだった。 だが彼女がこれからしようとすることは、果たして良いことなのだろうか。さらに言えば、成算はあるのだろうか。 ええい、ままよ、と彼女は決心した。 ノブをひねると、鍵がかかっていた。一度,二度とノブにシャベルをたたきつけ、渾身の力で体当たりを繰り返すと、 やがてドアは吹き飛んだ。シャベルを携え、ごった返す廊下を縫って進んでいく。泥にまみれた野戦迷彩の中、蛍光色の フライト・ジャケットが目立った。疲れ果てた男たちは、訝しむ事も無く従順に彼女に道を開けた。 「バニー、何をしているの?」 左右を見回し階段の最後の一段を上がると、正面から声が掛かった。プーカンが注射器を片手ににらんでいた。 「為すべきことを為しに行くのよ、イリーナ! あなたたちにこの愚行の幕引きができないなら私が引くわ。そこを退きなさい!」 彼女はシャベルを構え、睨んだ。プーカンはホルスターに手をかけた。 瀕死の兵士たちが呻く声が響き、衛生兵,下士官たちが慌しく動く。 その喧騒の中、束の間、親友同士である二人の女性はにらみ合っていた。 それを砕いたのは衛生軍曹の声だった。 「中尉、新しい患者です!」 プーカンは顔を向けずに言った。 「姓名は?負傷の程度は?」 「セルギエンコ大尉、手榴弾の破片で頭部外傷―――」 プーカンは悲鳴のような声を上げて振り向き、担架に駆け寄った。 「―――背中に多発裂傷。現場で意識喪失、搬送中に覚醒。意識混濁。瞳孔反射は正常。全血輸血を開始―――」 セルギエンコは、目を見開いて担架に横たわっていた。 手招きでプーカンを呼び何やら囁くと、彼女の目に涙が浮かんだ。
スーザンは壁に立てかけられたカービンを見つけた。 セルギエンコのものらしい。血のりがべったりと張り付いている。 彼女は吐き気をこらえてシャベルを置きカービンを掴むと、1階に向かって駆け上がった。 彼女は戸口から躍り出ると、すばやくカービンを構えた。 フルオートを選択することを決め、セレクタを2段下げる。 戦況を表示した砂盤を、何人もの人影が覗き込んでいる。 そのなかにクレトフの姿を見つけた彼女はカービンを構え、声を掛けた。 「第1中隊長負傷。後送されました」 「飛行場に敵! 交戦中」 「迫砲中隊が弾薬を要求しています」「残弾は4斉射分です」 「工兵中隊敗走中。支援を要請しています」 「南方に回せる部隊は?」シマコフが聞いた。 「ありません、同志大佐」クレトフは短く答えた。 賭けは外れることもあるから賭けと言うんだよ、コーリャ。 さて、どうする? 敵の反攻が開始されたとき、本管中隊は大いに狼狽した。 参謀将校は野戦電話に向かって怒鳴り、他の将校は伝令を送って左の将校とは別の命令を伝え、副長のクレトフすらしばしば 逆上した声を上げた。 今、統合指揮所は静まり返っていた。 既に打つべき手は無かった。 そのとき、戸口から転がり出る鮮やかなオレンジの人影が目に入った。
クレトフは反射的にカービンを振り上げ、構えたところで相手に気付いた。 スーザンの顔の前にカービンを見て、彼は思わず笑い出しそうになった。 「こんなところで何をしているんだ? ここは危ないから下に戻り給え」 「あなたは私のことを心配している状況でないことは分かっているでしょう? 「ニコライ、あなたたちに勝ち目は無いわ。あなたたちはよくやった。でも、元から勝てるわけが無い戦いだったのよ。 あなたの部下はあなたを信頼している。彼らをこれ以上死なせては駄目よ。 ただちに降伏しなさい、今すぐに!」 誰もがこの対決を見守っていた。 嘘のように静まり返り、遠くの爆音、砲撃音だけが聞こえていた。 恋人たちは銃を構えあいながら、無言のまま向かい合っていた。 クレトフは、反射的に銃を構えてしまった自分の反射神経を呪った。 自分には、彼女を撃つことができないことが分かった。指が用心金から動かないのだ。 手詰まりだ。 彼女に撃たれるってえのはどうだろうな、サーシャ? 彼は、自分がそれをそう嫌がってもいないことに驚いた。 彼は疲れきっていた。部下はこの2日間戦い詰めで、司令部メンバーは白刃を踏むような緊張感に疲労しきっていた。 彼女を殺すことはできない。それに、ここで撃たれれば敗北という不名誉を生きて見ることも無い。
彼はそう結論し、その結論に妙に落ち着いた。 諦観に澄んだ心に、彼女の美しさは哀しいほどに染みた。 極度の集中力を表すように目を細め、彼のほうを睨みつけている。 戦の女神を体現したかのような、危険さ。普段の温かさは影を潜め、豹にも似た殺気が彼を撃った。 それはきりっと彫りがふかく、熱いものを内に秘めた顔だった――刀のようだ――彼の心に浮かんだのは、そんな、 他愛も無い比喩だった。 彼はそのとき、相手が自分のことを殺そうとしていることをしばし忘れ、彼女の銃の照星越しに見えるその凛とした表情に 魅入られたようにしていた。 ふと銃を傍らのテーブルに置き、無造作に足を踏み出した。彼女の目に、それと分かるほどの動揺の色が走った。 クレトフは両手をぶらぶらと無防備にたらしながら一歩一歩進んでいく。 彼女は銃のグリップを、壊しそうなほどの力で握りしめた。 「それ以上近寄らないで。撃つわよ、ほんとに!」 「撃てよ、スーザン。君が言ったとおりに。よく狙って撃つんだぜ」 「畜生セルゲイ、私に撃たせないでよ! そこで止まれ!」絶叫に近かった。 クレトフはゆっくりと手を上げ、額に指を当てた。 彼女はその指に導かれるように、半ば麻痺した状態で引き金を引いた。 しかし、彼女の手は最後の最後に反抗した。 1発目はクレトフの頭をかすめ、飛び去った。 その後に連射が続くはずだった。 しかし、1発だけだった。 クレトフは本能的に銃声に反応し、一瞬で距離をつめ、彼女の手からカービンを取り上げた。 二人の顔がぐんと接近し、お互いの目をのぞきこんだ。 「なんで撃たなかった? なんで、俺を殺してくれなかった?」 彼は囁いた。その目には、ただ絶望が宿っていた。任務に失敗したことを悟った男の絶望が。 そのとき。
「警報! 空襲!」 外にいた曹長が警告の叫びを発した。 クレトフは反射的にスーザンを机の下に押し込んだ。 指揮所の要員もさっと伏せた。 ハリアー攻撃機が機関砲を撃ちまくりながら突入してきた。 曹長は放胆にもミサイル発射機を取り上げ、仁王立ちになって構えた。 その足の間で砲弾が爆発し、切り裂いた。 クレトフは、その死を見て頭に血が上った。 「畜生!」 彼はスーザンを押し込んだ机の前に別の机を倒してバリケードにすると、駆け出した。 曹長の死体の脇に落ちたミサイル発射機を取り上げ、記録的な速さで構えた。 大会に出れば優勝間違いなしだ――そんな大会があれば、だが。 捕捉を知らせる電子音が鳴るや早いか、発射した。 ミサイルはぐんぐん迫り、ハリアーの機体の数十センチ後ろで爆発した。 ハリアーは黒煙を曳きつつ、海岸へと去っていった。
しかし、2番機が無誘導ロケットを撃ちながら突入した。 クレトフは発射機を投げ捨て、足を引きずりながら走った。 4発は、完全に外れた。3発は、近かった。 最後の1発が、クレトフの背後数メートルの地面に命中した、というか命中しなかった。 破片が飛び、右足を膝からすっぱりと切り落とした。 苦悶の叫びは頭を打って途絶えた。 バリケードから這い出していたスーザンは、クレトフが倒れるのをちょうど目撃して叫んだ。 誰も制止しないうちにカービンを掴んで飛び出し、気絶しているクレトフの腕を取って背負うとカービンを杖にして運んだ。 少尉が飛び出して助けた。 二人はクレトフの体をそろそろと運び、地下の臨時野戦病院に運んだ。 シマコフは、3人が戸口に消えるのを見て、踵を返した。 彼は彼女に言われるまでも無く、敗北を悟っていた。 だが彼女の言葉はその背を押した。 「NATO側の指揮官に呼びかけてみてくれ。そちらの都合の良い場所で、会いたい。停戦交渉の準備がある、とな」 そして、シマコフはナルヴィクへつながる回線を開いた。 「航空援護も、SAMもSSMもありません。弾薬はあと半日分。損耗率は70パーセント。これ以上の抗戦は無意味です」 『この敗北主義者め貴様は銃殺だ!』 「我々はこれより降伏します。以上交信終了」 『莫迦者! 貴様など魔女のバアサンに喰われろ!…』
応急処置を終えたクレトフがスーザンの肩を借りて指揮所に上がると、指揮所要員たちが悄然と立ち尽くしていた。 「悪いがクレトフ少佐、君に後始末を頼まねばならん。頼んだぞ」 シマコフが声をかけた。 クレトフはそのとき、シマコフの格好に気付いた。 顔には迷彩ペイントを施し、空挺部隊の誇りであるブルーのベレーでは無く、鉄帽をかぶっている。 鉄帽のネットにはあちこちに折った木の枝が着けられ、その手にはカービンが握られている。 彼の考えを読んだのか、シマコフが続けた。 「まあ、な。私は古い人間だ。祖国がヤンキーなどに汚されるのに耐えられんのだよ。そして、私は空挺隊員だ。 兵士として死にたい、と思うわけだ」 「団長!」クレトフは叫んだ。「自分にも、お供させてください!」 「莫迦を言うな――君はまだ若い。明日の祖国のために生きろ。第一その足で何をする?」 と、シマコフはクレトフの左足を掛け、引き倒した。 どうと床に倒れ、背中を打ってうめくクレトフの胸にバランスを崩したスーザンが倒れかかってきた。 みぞおちに彼女の手が当たりクレトフは苦悶する。 「それに、私はあの夜の償いをせねばならんのだ…」シマコフは独白する。 彼は、その夜のことを思い出していた。 彼の大隊長は彼より10才以上若く、毎日射撃練習をし、そして恋人がいた。 あの夜、彼はそれが妬ましかったのかもしれない。 彼は熱に浮かされたように動き、気付いたときには彼女の部屋の外に張り付いていた。 そして、彼女がベッドにうつぶせ、その指がどこで動いているかを見たとき、彼の中で何かが切れたのだった。 彼はその日から、その罪悪感を背負って生きてきた。 自分の大隊長に対するとき、自らの罪を意識しないわけにはいかなかった。 だが、それもこれで終りだ。
シマコフは、クレトフを抱き起こそうとするスーザンを見た。 彼女の匂い、感触がありありと思い出されるのをねじ伏せ、彼はつぶやいた。 「さよなら、スーザン」静かに言った。 その声は静かな中にも彼女だけに通じる熱情を秘め、不覚にもスーザンの目の中のシマコフの姿が揺らいだ。 彼はすばやく駆け出し、樹木線に入り込んだ。 そしてそれが、クレトフやスーザン、そして本管中隊の面々がニコライ・マクシモービッチ・シマコフ大佐を見た最後だった。 「こんにちは、私は英国海軍のブッシュ少将です。こちらはノルウェー王国海兵隊のスミス大佐、そして合衆国海兵隊の ルイス少佐。彼女が通訳をします」 「クレトフ少佐です。英語は話せます」 「降伏を申し出るのですか?」 「交渉を提案します」 「あなたの部隊がただちに敵対関係を停止し、武器を引き渡すことを要求します」 「わたしたちは、どうなります?」 「戦時捕虜として抑留されるでしょう。負傷者は適切な治療を受け、全員が国際協定に従った扱いを受けます」 クレトフはうなずいた。 「即時停戦を提案します」 「停戦に同意します。ところで、その足はあまり具合がよろしくないようですな。 よろしければ、この機で我々に同道していただきたい」 「いずれにせよ、行かねばならんのでしょうな?」 スミス大佐は同情を含んだ笑いを見せた。 「まあ、そうなるでしょうな。早いか遅いかの違いだけで。 ところで、あなた方は良くやりましたよ」 クレトフは、その賛辞を複雑な思いで聞いた。 「ああそうだ、忘れるところでした。あなた方に同胞をお返しします。ノルウェー王国空軍、パーカー少佐」 プーカンに付き添われて、スーザンが陰から進み出た。 そこでルイスの姿を見つけた。
二人は立場を忘れ、走りよって抱き合った。 それを、クレトフとブッシュは驚きの目で見た。 「彼女は、我々がここに来たときから我々の捕虜でした。なんでも我々の戦闘機を6機撃墜したとか。 そちらではエースと言うんでしたな?」 「そうらしいですな。人道的な扱いに感謝しますよ」クレトフはこっそり苦笑いを浮かべた。 ようやく二人は抱擁をとき、見詰め合っていた。 「バニー、こんなところにいたの? あなたはエースなんだって?」 「まあね。あなたも落とされたのね? この石頭でド頑固なジャーヘッドめ」 「再会の喜びはその辺にしてくれよ」スミスが笑った。「少佐、お帰り。まだヘリコプターの席は空いてるぞ」 彼女はクレトフに歩み寄り、松葉杖を取り上げると肩を貸し、二人はエンジンを止めて待つUH-1Nへと歩き出した。 スミスが驚いた顔でルイスを見ると、彼女は意味ありげに眉を動かした。 プーカンはNATO側と捕虜や戦傷者の取り扱いについての交渉をはじめた。 整然とした降伏、という体裁を保つことが、今回の大戦における彼女の実質的に最後の任務だった。 英海軍のウェストランド・コマンドゥ・ヘリコプターが飛来し、負傷者たちを運び出していた。 セルギエンコは横たわり、空を眺めていた。 それがやがて動き出し、ヘリコプターの天井に変わった。 ローター音が変わり、ふわりと浮く感触が伝わってくる。 首を回して隣を見ると、クチカロフ軍曹が横たわっていた。 「死に損ねましたよ…」 「命あっての物種だよ、軍曹。まあせいぜい奥さんを大事にして、養生することだな」 「これで逃げられると思ったんですがね…」 あのボルシチ! 彼は顔をしかめようとした。 しかし、それに笑いと涙とが混ざり、ひどく滑稽な顔になった。 セルギエンコは哄笑し、目を閉じてプーカンの顔を思い浮かべた。
<終章> ワシーリー・イワノヴィッチ・セルギエンコ大尉は、第35親衛空挺連隊の庁舎で椅子に座ったまま大きく伸びをした。 彼は今月中の少佐への昇進が確実視されている優秀な士官だ。 アンダヤで降伏したのち、シマコフ支隊の生存者は1人を除いて全員が本国に送還された。 送還途中、皆が自分たちの未来を悲観していた。 「後退は反逆行為」という軍隊で降伏が何を意味するかを考えれば、それも当然だろう。 だがしかし、彼らは同様に降伏したアイスランドのアンドレーエフ少将の部隊よりも恵まれていた。 有利の材料は、大隊で唯一大した傷も無く戦い抜いた中隊長、イワン・セミョーノヴィッチ・ソロキン大尉である。 彼は新しい参謀長補佐官、アルカージー・セミョーノヴィッチ・ソロキン中佐の実の弟なのだ。 尤もそのことはソロキン(弟)本人も知らず、出迎えたソロキン(兄)から聞かされてはじめてわかったことだった。 さらに幸運は続いた。 欧米のメディアにおいて攻防戦のことが報道され、セルギエンコたちは「六倍の敵を相手に2日間持ちこたえた英雄」として 扱われたのだ。さすがに西側でも有名になった英雄たちを処分するわけにも行くまい。 その記事の配信元は、ノルウェーの国防シンクタンク、IGS。 セルギエンコは降伏の前に全身の負傷で行動不能となっていたから責任が問われることは無かったものの、これらの要因が 合わさり、降伏したにも関わらず、処分はほとんどなかった。
数字のみを見ると、ロシア民族の長く輝かしい要塞戦の歴史の中で、アンダヤの防衛戦はそう優れたものではない。 セヴァストーポリ。 かのトルストイが従軍し、後に『セヴァストーポリ』を著すことになるクリミア戦争最大の戦闘では、349日持った。 旅順。 日露戦争有数の激戦地、日本国家の存亡を賭けた攻防戦では、155日であった。 アンダヤは2日。この記録はいかにも短い。 だが、アンダヤに設けられていた防御施設は実のところ貧弱だった。塹壕と鉄条網、地雷原、せいぜいがトーチカ程度 である。野戦陣地に毛が生えたようなものだ。 これは決してシマコフ大佐や三軍調整官などソヴィエト軍の無能を示すものではない。彼らには、時間が決定的になかった。 2ヶ月弱。それが、彼らに与えられた時間だった。 旅順では4年,セヴァストーポリではもっと長い時間があった。 また、戦略目的にも問題があった。 セヴァストーポリ要塞は、ただひたすらそこに存在することに意義があった。 旅順では港を守ることが要塞の存在意義であったが、その港は要塞の最奥部に位置し、幾重にも及ぶ防塁によって守られていた。 アンダヤにおいては、守るべき飛行場は汀線からわずかに5ないし6キロであった。 仮にアンダヤ守備隊の指揮官がニコライ・マクシモーヴィッチ・シマコフ大佐ではなくロマン・イシドロヴィチ・ コンドラチェンコ少将であったとしても、シマコフ以上に持たせることが出来たかどうかは怪しいものだ。 ちなみにコンドラチェンコは、その優れた戦闘指揮により旅順攻防戦で日本軍に悲鳴を上げさせた工兵出身の猛将である。 彼はため息をついた。 時計を見て、プーカン軍医大尉の勤務明けまでまだ3時間もあることを知ると、中隊の訓練計画書に注意を戻した。 次なる戦争に備えて。
晩秋のある日、アンダヤの海岸に立ってみる。 ノルウェーの風は、切るように冷たい。 緑多く、実に美しいところだ。町のすぐそばまで山が迫り、その緑が青空に眩しい。 大理石の慰霊碑に触れると、かすかな温もりが伝わってくる。 それはあたかも、死者たちが現世に残した体温であるかのようでもあった。 実のところ、本作で扱われた「アンダヤ島」は実際のAndoya島とはだいぶ異なる。その主原因は、筆者が同島の地形図を 入手できなかったことにある。そのため、道路図を下敷きに劇的効果を狙ってこちらで創作した地形図を元にして、全ての 作戦を立案したことをここに告白する。諸賢が軍事小説を書くならば、想定戦場の地図は「絶対に」入手すべきである。 本編で触れることはついに出来なかったが、アンダヤにはロケットの発射場もある。 余談となるが、このロケット発射場が核戦争の引き金を引きかけたことがある。 1995年1月25日、アンダヤ発射場からオーロラ探査のためのNASAの高空観測ロケットが発射された。 ノルウェー外務省は発射の1カ月ほど前に、発射場の担当者の書いた発射についての通知書をオスロにあるすべての大使館 に回していた。このロケットは以前のそれより大型で3倍の到達高度を持っていた――が、このことは知らされなかった。 そして、このロケット発射についての通告は、ロシアの複雑怪奇で怠惰な軍官僚組織の中で行方不明になっていた。 発射されたロケットは、ロシアの早期警戒レーダーに直ちに捉えられた。 防空軍はこれをアメリカのSLBMと識別。当局は低弾道核攻撃と考えた。 低弾道核攻撃――悪夢のシナリオ。 敵国首脳部に対応時間を与えず、近海に忍び寄った潜水艦から発射された核ミサイルが首都上空で続けざまに炸裂、敵の 首脳部を一掃する。 ミサイルが到達する前に報復攻撃の核ミサイルを発射しなければならない。 大統領にも事態が知らされ、核攻撃の命令を伝達するための「パンドラ・プロセス」が史上初めて起動し始めた。 判断の時間は数分しかない。 幸い謎の物体は北に大きく逸れて北海に落下することが判明し、ミサイルの発射は防がれた。
また、アンダヤ島はマッコウクジラで世界的に有名なスポットでもある。 その他に有名なマッコウクジラのWWポイントとしてはニュージーランドのカイコウラ、日本の室戸が知られている。 ダイビング・ショップもあるが、アンダヤでウェット・スーツを着たダイビングをするのは自殺行為だろう。 ドライ・スーツの着用を強く勧める。尤も、おそらくドライ・スーツでなければ機材を貸してもらえないだろう。 車道の行き止まりに一台の車が止まった。 そして、若い男女がゆっくりと慰霊碑に歩みを進めた。一人はノルウェー空軍中佐、もう一人はIGSの研究員だった。 男のぎこちない動きから、右足が義足であることが分かる。 二人は慰霊碑の前に立ち、女は花束を手向けた。 そして、肩を抱き合い、しばし立ち尽くす。 二人の胸中に去来した思いを描写することは、筆者には困難だ。 悔恨、寂寥、憤怒、憂愁、追憶… だが、言葉は不要だった。 彼らには、ひとりとして同じ人間はいない。国籍もノルウェー,ソヴィエト,イギリス,アメリカと多岐に渡っている。 だが、彼らはあの日々、それぞれが信じるもののために戦い、散っていった。 それだけは確かだ。 彼らはあの日、ここに、確かに存在したのだ。 北極海からインド洋までで戦われ、数百万の死傷者を出した今次大戦。 この大戦が何を残したのか? それを論じることは無意味だ。「生産的」という言葉ほど戦争と相容れぬものも無い。 戦争、殊に近代の国家総力戦とは人命と資源に関する国家間の膨大な引き算であるのだから。 考えてみれば妙な話だ。 月に人を送り、火星に機械を送ることはできても、「生命か、自由か」という根源的な問いに 我々はついに答えていないのだから。 やがて彼らは抱擁を解いた。 スーザン・<バニー>・パーカーとセルゲイ・アンドレーエヴィッチ・クレトフは、これからの人生を生きるために 走り去った。
それを木陰から見つめるひとりの男があった。その黒い髪は風にそよとも動かない。 その顔には、彼を特徴付ける不可解な微笑が浮かんでいた。だが、そこには微かな寂しさが混じっていた。 彼がかつて持ち、そして二度と手に入れることの無いもの。そして、もう会うことの無いだろう親友たち。 共に生きることはあっても、共に死ぬことは決して無い友人たち。 それらを彼は思い返していたのかも知れない。 ふと波間に日光がきらめいた。 虹色の光がそのシルエットを鮮やかに浮かび上がらせた。 それは彼にさす後光のようでもあった。 そして再び視線を戻したとき、イワン・セルゲーエビッチ・ボルノフとして知られた男はどこにも見当たらなかった。 一陣の寒風が、枯葉を巻き上げた。 枯葉はくるくると舞いながら、きらめく海面に向かってゆっくりと落ちていった。 <後編:渚にて・終> ぼくはいつも、見ているしかなかった――ロバート・キャパ、戦場カメラマン。 1954年5月25日、インドシナで取材中、触雷し、死亡。 この言葉と本文との間に特別なつながりは、無い。ただ筆者の感傷から、よく分からないまま記しておく。 <北の鷹匠たちの死・了>
<あとがきに代えて> 「現代戦が悲惨なのは、騎士道精神が消えたからだ」 「現代戦が悲惨なのは、戦場に民間人がいるからだ」などと言う人が時折いる。 私はこれに賛成できないが、この論をよく聞くこともまた事実である。 彼らは既にそこにいた。 私は少々面食らったが、ビーチテーブルの上にダイブコンピューターとログブックが出ているのを見て合点した。 彼女が先に私を見つけてひらひらと手を振った。サングラスが反射し、光った。 彼らは椰子の木の下にちょうど良い場所を見つけていた。 二人とも、今は飲まないという。尤も夕刻はその限りではないらしい。 私はアイスティーを注文した。彼らのために、である。 そして、彼らは話し始めた。 「作戦は、私が地下に移されたときからはじまっていたんです。私物を移し終わるのとほぼ同時に上陸準備爆撃の1波が 来ました」彼女は苦笑した。「正直言って、血が騒ぎましたね――私が受ける側でも!」クレトフが笑った。 水平線をドーニが横切る。発動機付きのモノではなく、古き良き三角帆だ。最近では本当に少なくなってしまった。 砂浜では少年たちが砂で砦を作っている。四方に塔を持つ本格的な作りだが、悲しいかな、汀線がすぐ近くに迫っている。 「我々にはもう選択肢が無かった」彼はテーブルに指で図を書いた。 「南部と北東部で戦線が決定的に破れていた。反撃に投入できる兵力は既に無かった」 「そう、分かりきっていた結末だ」 「『退却を抹殺せよ』 それが命令だった。命令がある以上、それに従うのは当然だ。 「君は日本人だったな? 太平洋戦争のとき、フィリピンの日本軍は最後まで抗戦し、玉砕した。 だがその結果として米軍の部隊を拘置し、本土侵攻作戦は2ヶ月は遅れた。だから今の日本がある。 我々はアンダヤの山下方面軍になっていた可能性もあったんだ。結果としては無意味になってしまったがね」
「自衛隊は良い。必要なら後退し、再起を図ることが政治的に許容される。我々は違う。 後退する余地があるときですら、それが戦術的に妥当なときですら、それは利敵行為と見なされる。 「いずれにせよ、我々には弾薬が無かった」 「エーと、小銃弾で全力戦闘半日分だな。 迫撃砲弾が…1斉射かそこらだった。対戦車ミサイルは底をついていた。榴弾砲は全滅していた。 燃料はほとんど無かったが、これはあまり関係なかったな。車輌は殆ど破壊されていた」 「実は、我々は太平洋戦争、南洋諸島での日本軍の防衛戦を少々研究していた。 島嶼での劣位防衛戦という点で共通点があると思ったんだが――――我々には時間が決定的に無かった。 方面軍の工兵を総動員してようやく防御陣地が間に合ったくらいだ」 「致命的だったのは縦深の決定的な欠如だった。我々は飛行場を守らねばならないが、海岸線から飛行場までは5キロ ないし6キロ――橋頭堡から少し中迫撃砲が前進すれば、もうそれで――お終い」 彼は肩を竦めた。 「射程内に捉えられてしまう。こちらも対迫戦はするが、如何せん物量が違いすぎた。 それに、こちらは飛行場を固守しなければならないが、あちらにすれば最低限使用不能にすれば目的は達する。 占領はいわば余禄だ」 「一番警戒したのは艦砲射撃だったが、来たのがイギリス海軍で助かった。イギリス海軍の艦砲は貧弱だ。 127ミリ砲を想定した陣地なら、彼らの114ミリ砲はかなりの余裕を持って耐えられた。 アイスランドにはアメリカの戦艦が投入されていたが、あれが来たらかなり危なかった」 ちなみに彼が言っているのは正真正銘の戦艦で、アイスランド奪還作戦には米海軍の「アイオワ」級戦艦が投入されている。 「もっとも、あのときほど恐ろしかった事は無かった」 クレトフは白状した。 「セルギエンコやタランがまだ抵抗しているのが嘘のようだった。もう中隊本部は瓦礫の山になってしまっているんじゃ ないかと何度思ったか知れん」
確かに兵力の逐次投入は愚の骨頂だ。だが、他に何が出来た? 第4中隊は、本来存在しないはずの部隊だったんだ」 「野戦病院に数時間いたからと言って、傷が完治するはずがあるかい? 第4中隊の大部分は、常識で言えば戦闘不能の兵士だった。偵察部隊も空爆でみんな負傷していた。 イリーナの基準で言えば、戦闘可能なのは高々3分の1程度だった。 残りは皆、生還を期し難いことを承知で志願した重傷の連中だった」 「工兵中隊は、第2波攻勢の発起時にはまだ壕の修復に従事していた。投入可能になったのは翌日の0400時だ。 その10時間を待っている余裕は我々には無かった。賭けるしかなかった」 「最善を尽くした。だが、どうしようも無かった…」 彼はすっと目を細めた。テーブルの上で握った拳が震えた。 そのとき、彼がいるのは平和な南国ではなかった。彼の心はあの地獄のような攻防戦に立ち返っていた。 隣に座っていたスーザンが、静かに両手でクレトフの拳を包んだ。 スーザン・パーカー、ノルウェー空軍中佐。TACネームは<バニー>。 77年、ノルウェー空軍米国派遣団の一員として渡米。 エドワーズ空軍基地のF-16合同テスト部隊に参加した後にAMRAAM評価試験に参加。 83年春に帰国し第331飛行隊に配属され、開戦前年小隊長として第332飛行隊に転属し、開戦に至る。 第1次アンダヤ戦において6機のMig-29を撃墜し、ノルウェー空軍初の女性エースとなる。 その卓越した戦歴にも関わらず、彼女は実に気さくだった。 彼女個人の優しさと、全身からにじみ出るファイター・パイロット特有の威厳が程よく交じり合い、同席していて実に 気持ちが良い。この雰囲気が、亡命直後のクレトフにとって最大の慰めとなったであろうことは容易に想像できた。 彼のような活動的な人間が片足を奪われ、前のように山野を跋渉することができなくなると相当なフラストレーションが 溜まる。だが、彼は彼女の中に大いなる慰めを見出しただろう。 ちなみにクレトフは改名した。今はその名をサミュエル・A・クラークと言う。 だが私にとってはいつまでもクレトフはクレトフであり、パーカーはパーカーである。
スコールが来た。この島の天気は変わりやすい。 周囲で茫と寝そべっていた人々が、慌しく建物の中に入っていく。 我々だけが動かない。 ざわざわと頭上で音がする。 椰子の葉から漏れた水滴がプラスティックのテーブルを打つ。白い砂浜に小さな窪みを穿つ。 雨はすぐに上がった。スーザンがかすかに濡れた髪を払い、サングラスを拭った。 その肌は金色をおびた日焼けの色を残しながらも美しく、青灰色の目は青いTシャツに良く合っている。 髪はもう少し伸ばしたほうが良いと思うが、ファイター・パイロットというのは髪型を気にしたくなる職業では無い。 「後で、聞いたんですよ」二人は顔を見合わせて笑った。「本当に私が撃つと思ったのか、って」 「撃たないと思った――私も撃てなかったから。でも、撃って欲しかった、と言いました」 「結局のところ、私は自分がアンダヤ戦を生きのびるとは思っていなかったんだ。だからこそあんな行動に出た」 「無論、今は違う」 「こんな風に収まるとは思っていなかったよ。それに、まさか自分がデスクワークを本業にするとはね!」 クレトフは大笑した。国防シンクタンクの仕事からデスクワークを取ったら何も残らないだろう。 「船上――RFA『リライアント』だったかな、大きくてヘリコプターをたくさん積んでるフネだったが、そこで 遠ざかる島影を眺めていたときに、自分の前に新しい地平が広がっていることに気が付いた」 「ソロキン、第3中隊長だが、彼の姪はあのプスコフの爆弾テロで死んでしまった。 私はソロキンを戦前から知っていて、スヴェトラーナとも会ったことがあった。 そのスヴェトラーナを殺した真犯人がKGBだったと聞いたとき、何かが壊れた。ソヴィエト――ロシアが厭になった」 「亡命すれば周りの人は散々なことになるが、私の場合は親族がいなかった」 「で、彼女に申し込んで、そのままスミス大佐に会いに行った」 「まあ、結局その3年後にソヴィエトが崩壊したんだけどね」 彼は笑った。 「後悔したことは一度も無い!」“I've never regretted it!”いい響きだ。
「連邦崩壊後、1度みんなで集まった」 「エーッ?」 「セルギエンコ、ソロキン、デミヤン、タラン…生き残った士官はほとんどみんな来た」 「それと、海兵隊側からも…ブッシュ少将は日程が合わず駄目だったが、レイノルズ,スミスたちが来てくれた」 スーザンはハンドバックからビニール袋を取り出した。その中には一葉の写真が入っていた。 あの慰霊碑の前で、今は亡きソヴィエト陸軍空挺部隊の野戦迷彩服と、海兵隊の冬季戦迷彩服が、肩を組んで笑いあっていた。 二人は潮騒を聞きながら、テーブルの上で手を重ねあわせた。そして、太陽が海に沈もうとしている彼方へ目をやった。 彼らにとって、夕方、太陽がその静かな海に没するのは、美の奇跡だった。いま水平線がくっきりと円板を切り取っている。 どんどん太陽が沈んでいくのを、二人は無言で見守った。 赤い陽がスーザンの髪に映え、燃えるように光っていた。二人の焼けた肌が金色に光っていた。 このちょっとしたインタビューを以って、彼らはひとまず私の手を離れる。私が餞別代りに用意したこの南国での休暇を ふたりが楽しんでくれることを、私は心から願っている。 私は再び写真に目を戻した。 写真は、今や夕日に照らされて、温かく、赤く、染まっていた。 かつてはそれぞれの国家を背負って戦った男女が、肩を組んでカメラに笑みを向けていた。 突き詰めて言えばこれこそが私がこの稿で書きたかったことである。 そして同時に、私がこの半年余りに渡って書いてきたことは、冒頭の問いに対する私なりの答えでもあるのかもしれなかった。 <了>
48氏、大作完結おつかれさまです。 緻密な軍事描写に圧倒され、時折の小ネタ(個人的ヒットは小一時間問い詰め) には和みと、前々スレから読み返しているため現在進行形で楽しませて頂いております。 ……で、次の一行は軍事ど素人の戯言と聞き流して下さい。 生き残ってくれて良かった。ありがとう。 では次回作も楽しみにしつつこれにて失礼をば。
365 :
48 :04/04/09 18:21 ID:g3ltcXc+
>>364 この一連の戦闘で5ケタの死傷者が出てますからね。この死屍累々たる状況では、作者としてはせめて
主人公のコンビくらいは幸せになって欲しいんですよ。
尤も、生かすか否か、添わせるか否かは相当悩みました。二人とも根っから職業軍人していて、いくら恋人の
ためでも祖国を裏切るってのは考えにくい連中ですからね。「レッド・ストーム作戦発動」を原作にしておらず、
そして私が何も考えずに第3中隊長をソロキンと名づけていなかったら、この終わり方は無かったでしょうね。
そう言えば、前のほうでリクエストが出ていた「エリア88」2次創作、 誰か書いてくださる方はおられませんかね?私も読みたいんですが。
>>363 GJ。この質・分量だともうSSの範囲越えてるのではと思ったり
>366 原作を読んだ事のない自分も期待していいでしょうか。 とりあえず保守がてらに短いやつ。>292-309の前の話。
甲板の上に、二人は立っていた。 潮風に赤い髪をなびかせるアティと、その視線を余裕の表情で受け止めるビジュ。 対峙する姿はさながら荒野の決闘者か。 「で、覚悟はついたか?」 「いつでも」 取り囲む兵士達は大体がにやにやし成り行きを見守るのみ。 アティはすう、と深呼吸し――― 「いきます!」 白衣の裾がひるがえる。 手には鈍く光る刃。鉄を鋳型に流し込み成型したもので、シルターンのシノビが用いる『クナイ』という 投擲用の武器である。 ビジュも既に得物を手にしていた。こちらも投具ではあるが、アティとは違い投げナイフ。 腰を僅かに落とし構え。 ―――投じたのは、ほぼ同時。 海原を渡る風を、波による揺れをねじ伏せ放たれた一撃が的を射る。 乾いた二音が重なり響く。 視線の先には。 アティが悔しげな声を噛み殺す。ビジュは口の端を嫌味ったらしくつり上げ、 「また俺の勝ちだな、ええ、軍医殿?」 「く―――っ!」 壁に並んで立てかけたふたつの人型の的があった。木製のそれには腹から胸にかけて円が描いてある。 クナイは左の的の中心から少しずれた位置に、投げナイフは右の的、見事ど真ん中に突き立っていた。
ちなみに左の的の顔面にはいつもいつも物資補給をけちる後方支援部責任者の似顔絵が、右の的には 面倒な上実入りの少ない仕事を押し付けてくる別部隊の海軍士官のそれが、御丁寧に貼りつけてある。 「だからアティさん、本職と勝負だなんて無謀なんですって」 「挑戦もいいけれど身の程を知るのも大事ですよー」 「外野は黙っててくださいっ」 人事だと思って勝手なことを言いやがる平兵士らに怒ってみせるが、童顔の悲しさ、歴戦の海兵を怯ませる には到底至らない。 「で、約束は覚えてるだろうな」 「分かってます」 「約束?」 「負けた方が今日の夕食を作ることに……ってアズリアいつから居たんですか」 黒髪の女隊長がいつの間にやら横で首を傾げていた。 「お前らが睨み合っている最中からだが。ところで的に貼ってあるのは一体」 アズリアが見咎めるより速く、アティは的に駆け寄り似顔絵をひっぺがす。真面目なアズリアはこの手の 冗談を嫌うのだ。 「―――隠す必要のあるものなのか?」 「ええと、気にしない気にしない」 明後日の方向を見つめ、後ろ手に紙をくしゃくしゃに丸めてしまう。証拠隠滅現行犯から注意を逸らす為か 兵士のひとりが誰にともなく言った。 「でもアティさんのお蔭で賭け勝てましたよ。感謝します」 途端。台詞に笑みを浮かべる者あり、渋い顔する者あり。 「……それって負けて良かった、ってことですか」 拗ねるのに兵士は首を横に振り、 「だってアティさんが負けるの確定じゃないですか。それじゃ賭けになりませんて」 「…………」 「中心からどれだけずれるかを賭けにしてたんですよ。いやー自分予想大当たり」
つられて他の面々も「もっと真ん中寄っていれば」だの「一番人気はもう十センチ外だったんだけどなあ」だの 言い出し、本人蚊帳の外で論評は続く。 「そんな勝てないと決まったわけじゃ……」 「無理だろ」 「無理だな」 「ビジュさんはともかくアズリアにまで?! 傷心の私は厨房を占拠します夕食を覚悟してやがりなさい」 よよよ、と泣き真似をしながら走り去る後ろ姿を見送る。 「軍医さーん、まだ二時ちょいなんだけどー」 誰かの呼びかけは燦々と煌めく日光へと溶けていった。 夕刻になり食卓に料理が並ぶ。海上という条件と料理人がアティだけということから品数的には少々 淋しいが、質はそれを補って余りあった。帝国ではまだ珍しいコメを使った炊き込みご飯は固過ぎず 柔らか過ぎずの絶妙の炊き上がり、肉団子入りスープはコンソメを効かしたなかにキャベツとにんじん が彩りを添える。 士官用のちょっぴり上等な部屋に集合し、いつも通り夕食を、 「―――コレは何なんだ」 摂ろうとして、ビジュが赤いものを乗っけたスプーンを突き出す。 ソレは奇妙なカタチをしていた。 「何、って。 あひるさんですけど」 スープを啜りつつしゃらっと答えるアティに悪びれた様子は全くない。 「違う! どうしてこんなのが入ってるのかを聞いてんだよ!」 「奮闘四時間、手を(にんじん汁で)赤く染めて下ごしらえしたのにこの扱い、悲しいです。あ、海上での 食料は大事ですから残さず食べてくださいね。残したら懲罰ものですから」 ビジュのみならず何ともいえない表情でスープを眺める士官連中へと微笑み、今度は炊き込みご飯へと 手を伸ばす。ほくほくと出汁の効いたコメと賽の目切りにんじんの鮮やかな赤が目に楽しい。成る程成形の 余りはこれに使ったのだな、と感心することしきり、 「……なわけあるかあっ!」
「うるさいぞ、ビジュ」 アティに長く付き合っている分耐性があったのか、いち早く食事を再開したアズリアが咎める。 「しかし隊長、流石にこれは……」 隣に座るギャレオが、三十過ぎてコレは辛いのですが、と助け舟を出そうとし手元を見遣り気づいてしまう。 スプーンに細切りたまねぎと一緒に引っかかっているのは、 「―――うさぎ?」 呟くギャレオ。 「うさぎだな」 覗き込み頷くアズリア。 「ええ、うさぎさんです。あとひよこさんもありますよ」 答えるアティ。にんじんは長い耳を持つ小動物をデフォルメした形に切り取られていた。 諦めたのかそれとも怒りが限界値を越えたのか、ビジュはこめかみを押さえつっぷしかける。 それまで無言で料理をつっついていたイスラがふと問うた。 「アティさん、あひるとひよこの違いって?」 「ひよこさんの方がちょっと丸いんです」 「なるほどね」 椀をかき回すのは探しているからだろうか。だとしたら意外と子どもっぽい処がある。 「……軍医殿、こりゃあ昼の仕返しか」 「否定はしません」 それでも食えるだけましなのだ。そう考えなければやってられない。 ビジュは覚悟を決めてファンシーな食卓へと挑む。 その後「悔しいが美味かった」と感想を洩らした……かどうかは定かではない。
懺悔します。『海軍』と『海兵隊』をごっちゃにしていた上、アズリアの部隊はゲーム中で『海戦隊』と呼ばれていた のに最近やっと気がつきました。人間こうやって失敗を重ね成長するのですね。多分。
>373 もともと 都 月 で す か ら そのへんあまり気にしなくてもよろしいのでは… などといいつつ、素敵な夕げ堪能させていただきました。 あー、自炊でのうておにゃのこの手料理食いてー…。
/ ̄___)
>>374 〈 zノ^ ))) ∬ では夜食にスープ置いておきますね
ノd|゚ー゚リ 口
ノ_フiiiロii)⊃ ̄ ̄
フ∪(_又j ノ
〜- し'ノ-'
もしかしてスレ止めてしまいましたか……すまん。 >292-309の続き投下。内容は、だらだらべた甘少女漫画風味捏造全壊(誤字に非ず)
例えばここに一組の男女がいる。彼らは同じ街に住んでいて共通の知り合いを持ちながら、半年以上 顔を合わせていなかった。なのに出張先で偶然はちあわせする確率というのは、どの程度のものなのか。 考えるのも馬鹿々々しいゼロの羅列を予想してアズリアは苦々しげに頭を振った。 偶然なわけがない。誰かの意志が働いているに決まっている。 そしてその『誰か』は判明していた。 「「……アティ」」 呟く名前は同一のもの。 アズリアにとっては親友にして信頼のおける部下、男―――レックスには姉にあたる女性。 港湾都市アドニアスに位置する、帝国海軍支部。帝都の軍本拠地と比べても見劣りせぬ規模の敷地を 歩く、アズリアの機嫌は悪かった。 理由は、細かいのも含めれば色々あるが、主に先程朝一で済ませてきた会合に起因する。 海戦隊にて小隊長を務めるあの狸おや…もとい中尉がおしつけがましくも提案してきたのは、アズリア 率いる第六部隊への作戦協力だった。前回の作戦において予想外に怪我人の多かった彼女らの代わりに、 海賊への囮役を買って出た―――表向きはそういう事になってる。 「最初はのらくら協力を拒んでおきながら、今更何が『同じ帝国兵士として力をお貸し致しましょう』だ!」 先の戦闘で弱った海賊の捕縛、言い方は悪いが手柄の横取りが目的としか思えない。 腹立ち紛れに吐き捨てるアズリアの、軍人にしてはかぼそい背中を二歩ぶん間を空けギャレオは追う。 帝国軍では珍しい女性士官であり、しかも女性初の上級軍人を目指すアズリアへの風当たりはきつい。 他の隊が嫌がる面倒な上に大して見返りもない任務を押しつけられることもざらだし、何より編制もろくに されていない部隊の統率を命じられたのだ。気苦労は並大抵ではないだろう。 あるいは、とギャレオは思う。 レヴィノスの家名を盾にすれば少しは楽になるのではないか。 幾多の優秀な軍人を輩出し、軍内外に厳然たる影響力を持つレヴィノス家。その子女であるという事実は、 使いようによってはアズリアの夢を叶える手段となり得る。
だが不器用と紙一重の潔癖さからそうすることはないだろう。そんな彼女だからこそ喜んで従うのだ、とは 言わない。口に出す必要はない、態度で示せがギャレオの持論であった。 ―――喩えアズリアが決して振り向く事がないと解っていても。 ひとしきり毒づいて落ち着いたのか、仕切り直しにとアズリアは深呼吸しギャレオに向き直る。 「とりあえず、作戦日時が四日後に決定した。全員への通達を頼む」 「了解しました。作戦までの自由行動を許可しますか?」 「そうだな……それが好いだろう。但し羽目を外しすぎないよう釘は刺しておいてくれ」 準備もあるので向こう三日間フルに休めるわけではないが、ふって湧いた休暇は丁度好い骨休みになる。 部下のみならずアズリアにとっても、だ。 「しかしどうするかな……」 休日の使いみちについて考え込むアズリア。部下の見舞い……はめでたく昨日で全員退院したから没。 急ぎではないが書類整理……隣の副官が「隊長が働いているのに自分が休むなど出来ません!」なぞと 言いそうだ。他人の休暇を削るのは本意ではない。よって没。 あとは、と所在なく視線を移し。 丁度好いのを見つけた。向こうもアズリア達に気づいたらしく歩み寄ってくる。 「お早うございます。話し合いは終わりました?」 いつもの白衣をひっかけてアティはそう訊ねた。 「ああ、運航会社の協力は取り付けられた。作戦協力の客船は四日後に出航する」 「ではそれまで休みですね。ところでアズリア、これから暇はありますか」 良かったら一緒に街に行きませんか、との誘い。正に渡りに舟。 「是非そうなさって下さい、隊長。たまには息抜きも必要でしょう」 ギャレオにも勧められ、よしと決めた。 「たまには好いか。じゃあ行くぞ」 「ええと、行くのはいいんですけど、着替えないんですか?」 アティの指摘に、む、と己が軍服姿を見下ろす。
規模の大きい軍施設がある関係上、アドニアスでは軍人の姿はさして珍しいものではない。アズリアが 目立つとすれば、それは帝国軍に数えるほどしかいない女性士官である、という点であろう。 ちなみに軍人は『男の子の憧れる職業ナンバーワン』であり、軍服は一種のステータスでもある。 某兵士の統計によると、軍服着用時と非着用時とではナンパ成功率に三割の差がでるそうな。 閑話休題。 「別に街を散策するだけなんだろう? このままでも問題はない」 「それはそうですけど……まあいいや。では、隊長お借りしますね」 妙にはしゃいだ様子で腕を取る。戸惑うが退院して自由に歩きまわれるのが嬉しいのだろう、と解釈した。 「捕まえなくても、ちゃんと付き合う。ではギャレオ、出てくる。遅くとも夕刻までには戻る」 「はっ」 見送るギャレオも、内心久方ぶりの休暇に心浮き立たすアズリアも、アティがこっそりほくそ笑んだのに とうとう気づかなかった。 「どこか行きたい所でもあるのか?」 アズリアの問いにアティは地図らしきものが書かれたメモ用紙をかざす。 「まずはお勧めのカフェにでも行ってみようかと思いまして。昼にはまだ早いですけど、気が向いたら そこでごはんにしても好いですし……あ、あったあった」 「良さそうな所だな」 カフェはオープンタイプ、板張りのテラスにテーブルがいくつか出してある。外から見る限り内装も落ち着いた もので、華美さや浮ついた装飾を苦手とするアズリアにも好感触のようだ。 足を向けるのを不意にアティが引き止めた。 「あの、ちょっと用事があるので先に入っておいてくれませんか?」 済まなそうに言うのに、気にするなと頷く。 「席を取っておけばいいんだろう。あまり待たせるなよ」 「はい。あ、テラスの、奥から二番目辺りのテーブル付近がいいと思いますよ」 何故か場所を細かく指定してきたが、戻ってきた時探しやすいようにだろうと特に疑問も抱かず素直に従う。
天気が好いのを受けてか、外に設えたテーブルはあらかた埋まっていた。 空きがなければアティには悪いが中に行こう、と座れそうな場所を探すさなか。 不意に。鮮やかな茜色が視界に飛び込む。 テラスの奥から二番目のテーブルに座るのは。 癖の強い赤毛。飲みかけの紅茶と栞を挟んだ文庫本。男にしては白い肌。驚きに丸くなる紺青の瞳。 「アズリア?」 学生時代のライバルであり友人で、親友の弟で、自分と同じくあの赤いあくまの謀略に頭を抱えた、 「レックス」 この時アズリアは嵌められたと確信した。 「―――とまあ私の方はこんなところだが、お前は」 「俺は家庭教師することになってる子と待ち合わせしてたんだけど、昨日アティから連絡が入って、もし暇が あれば街の案内してくれないか、って頼まれてここで合う手筈だったんだ。……アズリアが来るなら来ると 言ってくれれば良いのに、アティときたら」 しかも自分は無断退却ときた。 テーブルに人影が落ちる。 「お客様、伝言を預かっております」 茄子紺のエプロンドレスを身につけたウェイトレスがテーブルの脇に立ち、何やらどこかで見たことのある メモカードを差し出した。 見覚えがあって当然だ。アズリア、それにレックスもそれが筆記用具として支給される場所、すなわち 帝国軍に縁があるのだから。入隊直後に退役したレックスの場合、過去形で表すのが妥当であろうが。 飾り気のない実用一点張りの白地には、たった一言。 『 ふ た り き り で楽しんでください アティ』 本気で目眩がした。 なんて露骨。なんてベタ。 周囲を見回してみるが、見慣れた赤毛娘の姿はない。だが長年あの性悪に付き合ってきた二人には 分かっていた。彼女は近くにいる。そして策略の成功にガッツポーズのひとつも決めているに違いない。
でなければこんなタイミングの良い差出なぞ出来るものか。 「追加の御注文はありますか」 ウェイトレスの言葉に無言で首を振り、カードを握りつぶす。 「行くぞ」 これ以上醜態を晒してたまるか、との思惑を込めて立ち上がった。 レックスが溜息を吐き、 「ごめん」 姉の代わりに謝る。なんとなく女難の相が出ていそうだ。 またのお越しを、との挨拶を背に連れ立って店を出る。 策略に嵌るのが嫌ならばとっとと解散すればいいだろう、とは野暮の極み。ここは黙って見守るが吉。 途中で見つけた公園の屋台でサンドイッチとオレンジジュースを調達しベンチに並んで腰掛ける。 初秋の空気は澄みお日さまは暖か。ピクニックには最適な日といえる。 アティが尾行してくるようならとっ捕まえて締め上げてやろうと思っていたのだが、流石にそこまで はしなかったらしい。 「他に何か買ったようだが?」 「鳩の餌。アズリアも撒いてみなよ」 一緒に買ったパンくずを見せてレックスが笑う。陽だまりを思わせる幼い表情が共に軍学校に通っていた 頃と変わらないのに、じんわりと知らず知らずに溜まっていた疲れが溶けてゆく。 「こっちの食事が終わったあとでな」 妙に甘ったるいジュースを口にした。アズリアの好みからすれば糖分が多過ぎる。レックスも同意見らしく 何とも言えない顔をする。サンドイッチに程好くハムの塩味が効いていたのが救いか。 「あ、こっちトマト入りだ」 「私のは卵だな……半分食うか?」 学生時代を彷彿とさせる会話、のんびりとした食事。揺れるテーブルや敵の襲撃を気にせず摂れる食事 とはなんと幸せなのだろう。 淡い幸福感をかみ締め最後のひとかけらを飲み込む。
レックスがパンくずの入った袋の口を開けた。待ちかねたようにそこいらの鳩が寄ってくる。 「―――ところで、アティ恋人とかいるのかな」 「急にどうした」 「あ、うん。アティときたら俺達にちょっかいかけてくるくせに、自分のことは放ったらかしだから」 少し考えてふと気づく。 「なあ。さっきからアティの話がやたら多くないか」 う、と言葉に詰まるレックス。 「共通の話題だからかな。それにアズリアは仕事の話、外の人間にするわけにはいかないだろ?」 「ならお前が何か話せばいいだろ」 「俺はあんまり面白いことないよ」 「いいから……その、私が聞きたい」 照れ隠しにパンくずを多めに撒く。あっという間に足元が鳩まみれになった。なかでもとろくさくて中々餌に ありつけない一羽へと躍起になって放り投げるアズリアを見やり、レックスはふと微笑んだ。 「何だその顔は」 「なんでもない。……あ、今なら大丈夫じゃないかな」 「む」 群れからはじかれ所在なさげにうろうろする奴の目の前に一掴みばらまいた。 「―――よし!」 「良かったね」 すくに他の鳩が寄ってきたが、どうにか分け前にありつけたようだ。くっくるー、と嬉しそうに鳴いた気がする。 まあ鳩の声の区別なぞ出来ないのでそんな気がしただけではあるが。 昼下がりの公園で、近況報告に花を咲かせつつほのぼのと鳩に餌をやるカップル。 非常に微笑ましい光景ではある。問題は、彼らの関係に十年前から全く進歩が見られないこと位であろう。
で、結局今日も進展はなかった。 「……戻ろうか」 「……ああ」 鳩の餌も尽きて、どちらからともなく立ち上がった。空袋をごみ箱へときちんと片付け傾き始めた日差しの 当たる道を並んで歩く。 話すのは相変わらず他愛もないことばかり。 そろそろ別れねば、という段になって、レックスが不意に、 「軍人の君に、こういうことを言うのは変かもしれないけれど」 少しばかり迷いを見せる瞳は、しかしとても優しい。 「怪我に気をつけて」 これがレックス以外の人間の言葉ならば「軍人が怪我を恐れてどうする」と反発したに違いない。 実際喉元までこみ上げた。 けれどアズリアの口から出たのは。 「……分かった」 レックスにはつまらない他意などなく、心から案じているのだと、知っているから。 「じゃあ、またな」 「うん、また今度」 さよならと言うのが何となく嫌で、そんな風に別れた。 一抹の名残惜しさを抱え、それでも温かい心持ちで帰路につく。 いい一日だった、と思う。息抜きになった、とも思う。 だが。 「それとこれとは別問題だからな」 呟きは低かった。
「アティ! どこだ出て来い女狐めが! 今なら紫電絶華一発で許してやるぞ!!」 帝国海軍第六部隊隊長アズリア・レヴィノスの怒鳴り声が敷地内に響き渡る。 何事かと駆け寄ってきた副官ギャレオに、 「アティの奴はどこだ」 「は? 隊長とご一緒している時以降見かけておりませんが」 「……」 「……た、隊長?」 「ふふ……逃げた、ということは自覚はあったとみなして構わんのだな……?」 轟、と揺らめく殺気の幻影に思わず一歩下がる。 「絶対見つけてやるからなあの腹黒軍医!!」 探さなくても夕餉時になれば嫌でも顔を合わせるのでは。とは、恐くて言えなかった。 ギャレオに可能なのは、アズリアの機嫌がこれ以上悪くならないうちに軍医殿が出頭するよう祈ることだけだ。 休日はまだ終わらない。
軍人さんの休日アズリア編終了。 >320にてお勧め頂いたホーンブロワー、未だに見つけ出せておりません。にも関わらず >船酔いするヒヨッコ士官候補生がいかに提督にまで出世するか? という若者の出世物語です。 との一文にしびれて、アズリアと愉快な部下たちの出世譚捏造したくてなりません。困ったものです。
>>385 ・横暴な先輩と決闘する
・拿捕したフネをうっかり沈めてしまう
・輸送船で敵の戦闘艦を拿捕する
・敵に捕まったらフネに放火する
・基地外艦長の指揮下に配属される
以上イベントは必須ですね。加えて一つ。
・コーヒーには妙にうるさくなる
>>386 アドバイス有難うございます。もしや元ネタはホーンブロワーですか?
・横暴な先輩と決闘する
>学生時代のエピソードで、以前出てきたリンツ君に頑張ってもらうとか。
・拿捕したフネをうっかり沈めてしまう
>どのようなシチュエーションなのか、自分の脳みそでは想像がつきません……。
しかし連中ならそんなポカやりかねないと思う辺り愛が足りていない。
・輸送船で敵の戦闘艦を拿捕する
>戦闘艦を海賊船に変換すればいけるかもしれません。
・敵に捕まったらフネに放火する
>海賊に捕まったとしたら、ベッたベタなえろが入r(ry
・基地外艦長の指揮下に配属される
>またまたリンツ君(出世した)にやられ役として頑張ってもらいましょう。
とりあえず思いつくままに羅列。
ただ出世譚捏造の際ネックとなるのが、原作において「作戦遂行に際して一般人に被害を出した上、
輸送物を失くしてしまいあまつさえ自部隊を壊滅させる」アズリアが、いくら後ろ盾があるとはいえ
どこまでいけるかなんですけれど……最後のやつだけでもこっそりなかった事にしたいです。それでも
かなりダメな隊長さんですが。
・コーヒーには妙にうるさくなる 放り込まれる砂糖の粘りが芳しき香を絡め捕り、ミルクは澄んだ黒を無様な濁りへと変えてゆく。 もはやコーヒーとは呼べなくなった液体をかき回す不快な音と、それをさも当然といった風情で 口に運ぶアティに、アズリアはとうとう我慢が効かなくなった。 「―――ええい貴様コーヒーを何だと思っているのだ?!」 アティは甘さがこちらにまで漂ってきそうなカップを片手に、 「だってこうでもしないと飲めないんです」 そうのたまう。 冒涜だ。確かに砂糖とミルクはコーヒーを楽しむ手段のひとつではあろう。だがものには限度がある。 これはひどい。全てのコーヒーを愛する者に対する挑戦だ。 「第一私は紅茶党です」 「関係ない。今問題なのはそのカップの中身だけだ」 「……コーヒーばかりなのに対する抗議だと気づいてください!」 で、ビジュあたりが「コーヒーだろうと紅茶だろうと飲めりゃどっちでもいい」と暴言を吐いて怒られる なんてそんなオチ。こんな方向にしか頭働かなくて申し訳ないです。 ところでスレ住人方に質問です。今書いてるのに濡れ場が入りそうなのですが、続き物なのでこちらに 投下しても宜しいでしょうか。
是非ともお願いします。
>>388 「…ええい、コーヒーはまだなのか!?」
「申し訳ありません隊長、今煮込んでます…」
「分かった、分かったから早くしろ」
「隊長…」
「ああ分かってる、コーヒーは煮込むものじゃない」
と言うわけで投下希望。
ありがたくお言葉に甘えさせていただき、軍人さんの休日アティ編投下したく存じます。 まあどうせえろメインにも関わらず大してえろくないんですけどこんちくしょー。
アドニアスに位置する帝国軍宿舎では、士官には個室が与えられる。それはアドニアスを本拠地とする 部隊に限らない。現在駐屯する第六海戦隊においては隊長のアズリアと副官ギャレオに加えてビジュ、 アティの両名がそれに当たる。 ところで。個室とは、説明するまでもなく一人で使うことを前提として作られた部屋である。基本的に誰か が使用している際には他人は使わないものである。 そこを踏まえて、だ。 外に飯食いに行った間に勝手にひとの部屋あがりこみ、あまつさえ居眠りするとは何様のつもりか。 ビジュは無言のまま机へと歩み寄る。とりあえず、うつらうつらと舟を漕ぐ闖入者の腰掛ける椅子の背へと 手を掛け、思い切り引いた。 「―――ひゃあっ?!」 まどろみを破られ素っ頓狂な悲鳴が上がる。背もたれに頭を乗っける体勢でビジュと目が合った。 「……ああびっくりした。ビジュさん、お帰りなさい」 「おかえり、じゃねえだろ。何してやがる」 アティは真顔で、 「隊長から匿っていただけませんか」 よっぽど椅子から手を離してやろうかと思った。 「今度は何しやがった」 「弟と親友と可愛い甥もしくは姪を愛でつつ暮らすというささやかな望みを叶えるべく、少々の後押しを しただけです」 この場にアズリアがいれば「そんな夢なぞ穴掘って埋めてこい!」とでも叫びそうな台詞を、失敬なと ばかりにしゃらっと言いながら眉を上げてみせる仕草は『可愛らしい』と評されてしかるべきものなのだろうが、 本性知ってる身としては素直に頷けないものがある。 「という訳で、割り当て部屋にいるとすぐに見つかって粛清されること請け合いなのです」 なるほど。ビジュの部屋に退避してきた理由は解った。 「まあ俺が匿う理由はないな」
「同僚を見捨てるのは倫理的にどうかと」 上官をいじるのはいいのか、という疑問は明後日にすっとばしての発言はそれこそどうか思う。 「置いていただけるだけで良いんですよ、何なら見つかりそうになったら即追い出しても恨みませんから」 顎をくいと上向けおねだりときた。 騙されるものか。挑発を含んだ青い瞳が可愛らしかろうと、背を反り気味にしているせいで只でさえ 大きな胸が普段より自己主張をしていようと、…… ……なにゆえこの女はワイシャツの襟緩めているのか。ビジュの位置からだと豊かな谷間がしっかり 目に入る。それで自制が利かなくなるほど餓鬼ではないし、目のやり場に困るような間柄でもないが、 気になるものは気になる。 細い、といっても戦闘訓練を重ねている為ある程度の固さを持つ指が襟元をかき合わせた。 「えっち」 「見せたテメエが言うか」 「まあそれはそうですけど」 寝苦しかったので無意識に外していたらしい、と笑う。 その頤に指を掛け、声帯に沿って這わせ襟を合わせるアティの指を剥がす。 拒否する素振りはない。 アティも関係のある男の部屋に一人訪ねてきて何事もなく帰れると思うほど浅はかではないということだ。 ビジュにしても、期待を恥じらいで押し隠した女を目の前にして、ほったらかす聖人君子にはなれない。 薄い生地の中へと潜ろうとする手を止めて、 「ちゃんと自分で脱ぎますから―――あと、」 小さく、ベッドで、と続けた。
何故かアティが脱いだ白衣から応急キットやら何やらを抜くと、ベッドの上に敷いた。その上にぽすんと 一糸纏わぬ姿で座る。 「シーツ汚すといけませんから」 確かに勝手知らぬ場所のこと、シーツ汚したからといって替えてくれとは頼みにくい。更に理由が理由だ。 納得したところでビジュは細い腕をとり引き寄せた。アティの首筋から耳朶にかけて舌を這わす。 押し殺した吐息。 腿の内側を撫ぜるとつま先がふるふると震えた。 圧し掛かり膝を割る。と。下腹部で勃つ性器をアティの右手が遠慮がちに握る。ぎこちなく擦る指の腹が 先走りに濡れてゆく。与えられる刺激は浅い。だが。 触れるものの硬度が増したのにアティが頬をうっすら赤く染めて。 「……もう、大丈夫ですよね」 秘所はとうに潤っている。 先端をあてがい、ゆっくり侵入させた。 ぐちり、と、張った部分を呑みこむために痛みすら伴う拡張を強いられるそこは、しかしゆるく淫靡な痺れに 覆われる。続く部位は滲む愛液の助けを受けて難なく挿入を果たした。 なかを楽しむように動けば、白い身体がその度に揺れて。 支えを求めたのか二本の腕でしがみつかれる。 柔らかい太腿が行き場を求めて絡んでくる。別角度からの圧迫が加わりぞくぞくと昂ぶってゆく。 繋がりより体液が圧し出され白衣を止め処なく汚す。 背中にまわる両の腕に力が入り、汗に濡れる肌が軋んだ。 「ごめっ…わた、し、もう…っ」 アティとの行為は幾度もある。だが普段より反応が早い気がした。 そういえば最後に抱いたのはいつだったか。任務中は「ぷらいばしい? なにそれくえるの?」状態、 終わったら終わったでアティは病院送りになってしまい、コトに及ぶ機会なぞ全くなかったのだ。 溜まってたのか、と中々に下品なことを考え、腰を進め密着させる。
アティの身体が仰け反り攣る。絶頂にはもの足りない。無視するには強すぎる。 歯を噛み締め息すら止めて、声を喉で堰き止める。 その顔に、呼吸が融けるほどに近寄って。 「……っ」 しまった。やられた。 悦楽を堪え紅に染まる肌。内側からせり上がる衝動を持て余しひたすら耐える紗のかかり始めた瞳。 きれぎれの吐息は熱い。どちらも、だ。 それでやっと、自分も限界ぎりぎりだったのに気がついた。自覚した途端打ち込んだ部位に熱が溜まる。 揶揄を吐き出すはずだった口からは微かな呻きが洩れただけ。 何時もとは違う、アティの表情。他の誰も見る事のない痴態。 深く、最奥までを貫く。快楽を得るために、与えるために、 己のモノだという支配感を満たすために。 「―――っあ!」 鼻にかかる甘い悲鳴。柔襞が音を立てそうな勢いで締めつける。 逆らうように極限まで膨張する器官を力任せに引き抜いた。 びくんっ、と波打つアティの無駄のない腹に、髪と同色の茂みに白濁がとろり滴る。 しばしの間。 しなやかな手のひらが荒く息つく背を撫ぜ、ゆっくり落ちた。 秋の陽が最後の日差しを部屋へと滑り込ませる。もう一時間もすれば完全に夜になるだろう。 ビジュは机に向かい、並べたナイフの一本を取り、空いた手で研ぎ石を引き寄せた。 柄と真直ぐな刃だけで構成されたシンプルな武器は、斬ることより突き立てることに特化している。 薄く彫られた溝は毒を纏わせる為のもの。剣や銃と比べれば殺傷能力で劣るゆえに、ダメージ自体よりも 付加効果を重視した結果である。 開け放した窓からは先程まで聞き覚えのある怒鳴り声が聞こえていたのだが、今は静かなものだ。
陽光に刃をすかし刃こぼれの有無を確かめ目釘を締める。 次に移ろうとして、少々乱暴なノックが響いた。 嫌々ながら中びらきの戸を開けると、予想通り不機嫌極まりない表情でアズリアが仁王立ちしていた。 「何の御用ですかい」 「アティを見かけなかったか?」 一拍間を置き。返すのは、さあ、というやる気のない返事だけ。 「くっ……どこに逃げた?! 奴を見かけたら覚悟するように言っておけ!」 肩をいからせ立ち去る後ろ姿を面倒そうに見送り、 「放っておいていいのか、あれ」 入り口からは死角にあたる位置で、ハンガーに掛けた白衣を躍起になって吊り下げようとしているアティ へと訊ねる。 アティは石鹸のほのかに香る洗濯したての白衣と格闘しつつ、 「今出て行けば二階級特進しかねないので」 そうのたまいやがる。そういえば紫電絶華の回数が二発に増えたようだ。 (注:紫電絶華とは通常攻撃より威力1.5倍の、とっても痛い必中技です) ビジュは諦めたのか、もうこれ以上関わりたくないといった風情で再びナイフを手に取った。 追い出さないのは、まあ僅かばかりながらの気遣いか。 その後アティはアズリアの機嫌が多少ましになった頃を見計らい謝りに行き、最終的には小一時間 ばかりの正座と説教で許してもらった。 「ところで、だ。アティ、お前も人の事とやかく言う前に自分のことを考えろ」 「―――まあ、お構いなく」 思わず苦笑を洩らすのに、アズリアは眉をしかめた。 おそらく部隊内で全く気づいてないのは、男女関係についても潔癖気味の隊長殿ぐらいであろう、という 予想は正しい。 この鈍さだから放っておけないんですよねえ、なんて余計なことを考えて休日は終わる。
居眠りしてるアティ萌え。 気付かない隊長さん萌え萌え〜! エロくないなんて謙遜する必要はなかとですよ!
ところで、俺屍さんとかガンパレさんとか書きかけの職人さんたちはどこ行っちゃったんでしょう? つーか、ビジュアティさんと48さんの奮闘で戦闘ものが増勢中、ほのぼの系が圧されてますぞ! 職人さんたち、頑張れ!
ねんがんの ホーンブロワー を てにいれた ぞ ! ……これだけでは雑談ネタにもなりゃしないので小ネタでも。 「うわわわ待て待てまてえっ!」 懇願も空しく、幾分かくたびれた軍服を身につけた兵士は無情にも海へと放り込まれた。 盛大な水飛沫とげらげら笑う声。 いじめ、ではない、多分。 新米兵士を海に投げ入れることにより上下関係を叩き込…ではなく、手っ取り早く親睦を図る 為の海戦隊伝統のいわば通過儀礼である。 にしては、はしけに這い上がってきた兵士の年齢が高めなのには理由があった。 ほんの一ヶ月前に発足したばかりの帝国第六海戦隊、つまりこの隊には当初から不名誉な 呼称がついてまわった。 曰く、寄せ集め。曰く、掃き溜め。曰く、貴族サマのお遊び。 軍学校を卒業したばかりのひよっこ士官に、二十人程度の小隊とはいえ兵士を預ける、のは まあよくある話として。構成員がほぼ全員別部隊からつまはじきにされてきた、あけすけに 言えば問題児やら役立たずやらの烙印押された兵士連中だというのは珍しい。 あっちに居るのは、命令違反繰り返した上に今度問題起こせば軍法裁判、と警告受けた奴、 そっちで座っているのは、そろそろ真剣に退役を考えた方がいい年齢の老軍人、等等。 苦笑しつつ馬鹿騒ぎを眺めるギャレオも例外ではなく、前所属部隊での上官に疎まれここの 副官を押し付けられたのだ。 要するにこの隊には現在一人を除いて『新米』がいない。今回は初任務の景気付けだけでも、 ということでコイントスで犠牲者決めて投げ込んでいる、といった次第だ。 もっともギャレオは周囲が言うほど今の立場を厭うてはいない。 何かにつけてエリート意識を剥き出しにする上官には正直堪忍袋の尾が切れかけていたし、 その点隣に立つ今度の上官は悪くなかった。どころか些か生真面目すぎる性格も、ギャレオの 目には好ましく映る。
「―――やはり慣れませんか?」 肩まで伸ばした黒髪が揺れ、一段低い位置にある顔がこちらを向いた。問いに少し考え、いや、 と答えた。 「実際見るのは初めてだが、話には聞いていた」 再び上がる水柱へと視線を向ける姿は細身で、背伸びした口調にはそぐわない。 アズリア・レヴィノス。数々の名のある軍人を輩出するレヴィノス家の第一子にして女性士官。 性別と融通のきかない性分、レヴィノス家へのやっかみが災いして駄目部隊の長に押し込められた 不幸な新米。 「そろそろ集合をかけましょうか」 「待て」 黒く艶やかな瞳が射るように差し向けられて。 「あれは新任兵士が受けるものだと聞いたんだが」 「はい、しかしまあ我が隊は言うなれば皆新入りですから……」 「違う」 アズリアは苛々と手を否定の形に振り、 「どうして私に番が回ってこない」 …… 固まる。 第六海戦隊唯一の新米かつ隊長殿は、ほとんど睨むようにしてなおも問いつのる。 「先程から黙っていたが、何故声すらかからんのだ?」 声に反応しギャレオ以外の兵士にも動揺が拡がっていた。何故かって? だって彼女は上官 だし、名家の出身だし、 「―――女だからか」 沈黙が肯定の代わり。 帝国軍の男女比はおよそ九:一といったところか。その数少ない女性も主に医療や事務などの 後方支援に携わり、アズリアのように前線に出るのは稀。『女だから』と敬遠する気持ちは多分に 存在する。 何かをこらえるかのように唇を引き結んでいたアズリアが―――動いた。 「な、隊長?!」 無言でブーツを脱ぐ。靴下も脱ぐ。ついでにぱりっと糊の効いた上着も脱ぎ捨てて。
―――馬鹿にするな。 そう言わんばかりにずかずかはしけへと大またで歩き。 勢いよく飛び散る海水の粒。日光を反射し眼を灼き。盛大な音は後からやってきた。 ざわめく兵士の間を縫い慌てて駆け寄るギャレオの目の前で、波間から濡れねずみの隊長殿 が這い上がってくる。 海水が口に入ったのか眉を思いっきりしかめるアズリアに、 「一体何をなさっているのですか?!」 「何を、だと?」 昂然と胸を張る姿は、 「お前達こそ私をいつまでも客扱いするな!」 ひどく凛々しかった。 愚行、といえば愚行なのだろうし、意味がないといえばそうなのだろう。 しかしギャレオにとっては違った。実のところ、それまでアズリアを侮っていた。軍学校を卒業した ばかりの、尻にカラくっつけたままのヒヨコ未満。 どうせ彼女も自分らのような面々に関わっていては出世が遅れると、距離を置きたがるだろう、 そんな風に思っていた。 愚かなのはどちらだ。 一緒にいて何を知ったつもりでいたのか。 「……申し訳ありません、隊長」 アズリアは、単なるお飾りではない。 我らが隊長。仲間、だ。 宜しい、とばかりに頷くと、はねた黒髪の先から滴が落ちて陽にはじける。 アズリアへの感情が忠誠心だけなのかそれとも恋慕も混じっているのかは判らない。 ただ、この瞬間。 このひとについて行こうと。彼女を支えようと、心から思った。
今回思いつかなかったので副題なし。 ところで海上自衛隊では新入隊員を海に投げて「陸まで泳げー」っていうのは本当なんでしょうか? >398 むう、自分は萌え特化型のつもりでしたが足りなんだか。 しかし戦闘シーン楽しんで書いてるのでちょっと嬉しかったり。
凄い間違い発見しました。 >401の「軍の男女比九:一」って全然少なくない。むしろ多すぎ。 というわけで適当な比率に各自変換しておいて下さい。すんません……
>>403 その手の蛮習は、「鬼の8隊、蛇の9隊」時代でおわったそうな。
オランダ坂護衛艦が主力だった、遠い昔の話だ。
でも潜水関連術科と船舶検査関連ではまだやっている。
シゴキというよりは選抜訓練として。
また書いてくれ。
萌えは苦手だが、君の架空千期は好きだよ。
>>405 文体などが軍板の某有名硬派SS書き(退役)に似てるんですが、ご本人ですか?
ここで敢えて新人職人さんキボンしてみるのはぜいたくすぎるのでしょうか。
>>408 というよりここ見てる人って限られてる気がする。
確かに…ちなみに自分はだいぶ前の書き手スレで知りました。 まあエロなしSSの誘導貼っているスレもあることですから、新規さんが いらっしゃる可能性はあるっしょう。
411 :
名無しさん@ピンキー :04/05/09 23:36 ID:i3A+zEvx
というわけなのでageてみる
412 :
48 :04/05/10 23:55 ID:/BL7rQGb
次の長編として構想中のABAの投下前に、「北の鷹匠たちの死」の外伝となる短編を投下したいと思います。 主人公は大尉に昇進した直後のスーザン・パーカー、中東を舞台とした彼女の武勇伝です。 ※ 上の予告と実際の作品が少々異なる可能性があります。ご了承ください。
待ってます。
保守ってみる
保守ついでの手慰み。 以下は実際にあったエピソードに題材をとっているが、フィクションである。 特定の個人・部隊をモデルにしたものではない。 ―「鬼のナントカ・蛇のカントカ」。 これは旧海軍でよく使われたフレーズで、極端なまでに厳しい隊風をもつ艦艇・部隊の名前が代入される。 たとえば、戦間期の佐世保鎮守府在籍艦でいえば、「鬼の金剛・蛇の霧島」が有名である。 横須賀では「鬼の山城・蛇の長門、いっそ赤城で首括ろうか」というのもあった。 こうした表現は、けっして誇張ではない。 当時の艦隊勤務の過酷さは、現代人の想像を上回るものがあった。 一度訓練が始まれば、入港上陸・休養の機会がほとんどない「月月火水木金金」の艦隊勤務だ。 重労働と劣悪な居住環境そして古兵による容赦ない「整列」。 じっさい厳しいシゴキに耐えかねて自殺した者もいた。 また某戦艦では、広い艦内のなかで気弱な水兵が行方をくらますという「脱走事件」すら発生した。 戦後、帝国海軍の後継者として生まれた海上自衛隊でも、同じようなフレーズが存在した。 「鬼の8隊・蛇の9隊」「鬼のありあけ・蛇のゆうぐれ」などなどである。 そこでは海軍再建の意気込みもすさまじく、旧海軍顔負けの「火の様な練磨」が行われた。 この伝統は、いわゆる「オランダ坂」護衛艦や貸与艦艇などが退役するにしたがって、ほぼ消滅した。 むろん今なお、艦隊勤務は過酷なものといえよう。 しかしテクノロジーの高度化は、海自の姿を大きく変貌させたといえよう。 砲塔は無人化され、機関の遠隔制御は常識となり、艦長の戦闘配置は艦橋から戦闘情報センターへと移った。 現代ハイテク海軍の常として、現代海自は、「鬼」や「蛇」の伝統を、過去のものとせざるを得なかったのである。 だが、かつての剛直な気風はあまりに鮮烈であった。 「鬼・蛇」は一時代の海自の気風を物語る「伝説」として、いまなお部内では語り継がれている。 また一部の術科教育課程には、かつての「鬼・蛇」の伝統の名残りを、見つけることができよう。
ところで旧海軍にせよ海自にせよ「鬼・蛇」の気風は、何も自然に醸成されたものではなかった。 世界の海軍に共通することだが、フネの本当の主は、オフィサーではなくヘイタイである。 「鬼・蛇」の気風は、いかに司令・艦長が代わっても、 曹士の間では何世代にもわたって受け継がれたのだ。 とはいえ、海のうえでは艦長・司令といった水上指揮官が「専制君主」として君臨する海軍のこと。 各艦艇・部隊の気風は、指揮官のパーソナリティーに大きく影響される。 フネに「鬼」と「蛇」の規律を導入したのは、やはり指揮官であった。 -------------------- 時代は安保闘争が先鋭化を極めつつあった昭和のあのころ、とだけ言っておこう。 護衛艦「しぐれ」の新任艦長に着任したのは、季節外れの熱帯低気圧で ひどく天気の悪い日だった。 前任者の急病により、これまた季節外れの着任だった。 それでも「艦乗りの目端きき」で、乗員は幹部・曹士をとわず、着任のだいぶ前から 新任艦長の詳細な経歴を知っていた。 大田新之助。 海軍兵学校出身の2等海佐で終戦時の階級は海軍大尉。 駆逐艦航海士を振り出しに、掃海艇、根拠地隊、短艇(カッター)隊等を歴任し、海防艦艦長で終戦。 いわゆる「ドサまわり」の連続で、「歴任」の文字が空しくなるほどの、さびしい軍歴だった。 ―戦争がなければ、少佐あたりで海軍を追い出されていたクチだろう。 口には出さなかったが、「しぐれ」士官室の面々は皆そう思っていた。
しかも海自での経歴もパッとしないのだ。 まず海上警備隊創設時の選抜から漏れている。 あのとき、海兵出身の有望な旧海軍将校には、あらかた声がかけられたのだが、 大田少佐は無視されていた。 海兵でのハンモックナンバー、すなわち成績順位は、海軍時代のみならず、 海自でも直接キャリアに反映されていた。 指揮官名簿にみる序列の低さは隠しようがなく、 また同期の一選抜は、すでに群司令ポストに手が届いていた。 花形ポストにはまるで縁がなく、 指揮官勤務は、廃艦五分前のオンボロPF(パトロール・フリゲート)で一度やったきり。 ―こりゃあ、ダメだ。 海兵出身だけがウリの幹部自衛官ではないかと、士官の誰もが予想していた。 コンプレックスのカタマリのような旧時代の遺物が繰るのではないかと、内心恐れていた。 とはいえ士官は士官である。 品位があるから、ということもあるにはあったが、なにより同輩の「ご注進」をおそれる連中だ。 だから誰もそんなことを口にしない。 逆に、どういうわけか新艦長への、じつに薄っぺらな弁護にまわる者がでてくるのだ。 この傾向は、とりわけ若手の海尉連中によくみられた。 おそらくは新任指揮官への不安と好奇心が、彼らを駆り立てるのだろう。 「占領中は、アメちゃんの下請けでLSTの船長をやってたってことですから、海上勤務は大ベテランでしょう。」 「海防艦の艦長ということは、船団護衛の大先輩ということになるでしょう。」 「海大はアレでしたが、いちおうCGS(指揮幕僚課程)はでておられる。 もっとも陸自のCGSですが…」
そう大田2佐は、海自の創設期には立ち会っていないのである。 あの伝説の航路啓開業務にも携わったことがない。 Y委員会の選抜に漏れたあと、採用してくれたのは警察予備隊であった。 彼はいわゆる「陸転組」で、海自に入隊してからまだ数年しかたっていないのだ。 陸では特科幹部としての道を歩んでいたのだが、この道も平坦ではなかった。 大田2佐がCGSに進めたのは、ひとえに陸自の中級幹部不足の結果にほかならなかったのである。 ちなみにCGS時代の図上演習で、10榴を、山中湖湖底に配置したエピソードは、 ひじょうに有名だった。 このネタをダシにして、陸幕が海幕に「堀田2佐お引取」を要請した、とも言われている。 ただし、幕云々は後につくられた「神話」であろう。 当時の海自は、将来的拡張に備えていたから、即使える旧海軍士官を陸から何人も引き取っていた。 だから大田2佐だけが、特別出来が悪くて、陸から追い出されたというわけではないだろう。 もっとも陸軍砲兵将校としての大田三等陸佐の将来が暗かったであろうことは、想像に易い。 若手海尉たちの見え透いたお上手話にケリをつけたのは、先任士官の砲雷長だった。 「ともあれ、艦長の意欲は満々のはずだよ。 何といっても、重迫撃砲大隊長の内示を蹴って、PFの艦長になった方だ。 107ミリ砲をすてて、76ミリの豆鉄砲をとったんだ。 よほどの覚悟をきめておられるのだろう。」 何だかごまかされたような言い方だったが、これでとりあえず艦長の話はうちきり。 士官室の話題は他へ移っていった。 これは大田2佐着任の前日の話である。 出来れば、ゆっくりつづけたい。
>>415-418 >CGS時代の図上演習で、10榴を、山中湖湖底に配置したエピソード
なんと恐ろしい。氷の上で105ミリ榴弾砲を撃たせる気でしょうか。
なんとなくエロにつながるか不安ですが、48氏のも一見してエロにつながるとは見えなかったし、
続き楽しみにしております。
ところで、48もそうですが、専門用語連発の場合は我々素人にはわかりにくいので、
終わってからでも結構ですので用語解説などつけていただければ嬉しいんですが…
>>419 いや、ここは”エロく無い”スレだし、エロに繋げる必要はないんだけど…
用語解説が欲しいってのは同意
>403 405氏の言うとおり艦隊ではとっくに終わったのだが…… 航空隊ではそれに近いことを(ついでに言うと航空自衛隊でも)やっている。 フライトスーツ着用+パラシュートを背負った身動きしづらい状態で海に投げ込んで 「ボートまで泳げー」 これが出来ないと機体からの脱出に成功しても溺死することになるから、今でも、そしてこれからも実施しないといけない。
「海大」
かつて目黒に設置されていた海軍大学校。
提督への登竜門で、中尉・大尉時代に受験する。
海大を卒業すれば、最悪でも海軍大佐で海軍人生を終えることができる。
また海兵ハンモックナンバーが悪くても、海大での成績によってはイッパツ逆転が可能だった。
「CGS」
陸自の幹部学校(目黒)で実施される指揮幕僚課程。
これまた将官への登竜門で、旧陸軍大学校に相当する。
試験選抜だが、旧陸士(陸軍士官学校)海兵出身者にはやや甘かったとも言われている。
なお海自の幹部学校(同じく目黒)ではCSと称されている。
>>418 航路啓開業務
終戦直後から開始された機雷掃海作業。
旧海軍掃海部隊がこれにあたり、現在の海上自衛隊の礎をきづいたのは、有名な話だ。
当時の日本の近海航路はほとんど全て、B29から投下された機雷で封鎖されていた。
掃海なしでの戦後復興はありえなかったといっても過言ではない。
しかし敷設した当の米海軍においてでも、当時は有効な掃海戦術が確立されていなかった。
そこで掃海部隊は苦闘するところとなり、少なからぬ犠牲者を出した。
「堀田2佐お引取」
スマン。「大田2佐お引取」に訂正させて頂く。
くどいようだが、上投稿は、特定個人をモデルにした実話ではない。
複数の歴史的エピソードを再構築したフィクションである。
>>420 だが「エロも萌えも無い」ではローカルルールに抵触する恐れがあるし、第一板違いになってしまうのでは。
軍板にもSSスレはあるのだろうし。
>427
初代スレからの転載。
78 :名無しさん@ピンキー :03/09/12 00:35 ID:Saterudk
基本的になんでもありのスレのほうが揉めないよな。
無理にこんなのは駄目とかこれは書くなとかやると、
それを逆手にとって煽りが暗躍し始める。
79 :名無しさん@ピンキー :03/09/12 09:10 ID:3QQhjHxS
>>78 だな。
唯一の決まりは「エロくない」だしな
まあ「エロくない」という時点でこのスレ自体が板違いだったりしますが、
軍板某スレ及び分家との違いは欲しい所。それこそエロ入っていたりとか、
パロだったりとか(あちらはオリジナル作品のみだったような)
突然ですが>292-309の続き。
アティは溜息を吐く。 眼前の港には輝かんばかりの白い優美な船体が浮かんでいた。 クイーン・アミス。帝国でも五本の指に入ると称賛される客船である。最高速度ならばアドニアス港から 工船都市パスティスまでを三日で走り、可能収客数は二百。だがアメニティに極限までの力を入れ、 速度と客数を半分以下に抑え尚且つ乗組員は据え置き、という何とも贅沢な船である。豪華客船という 呼称がこれほどまでにしっくりくる船もそうないであろう。 また、溜息。 「乗りたかったなあ……」 「いつまでも愚痴るな」 いいかげん鬱陶しくなったのか、隣に立つアズリアが半眼になってたしなめた。 「だってせっかくの『豪華客船』なのに」 「貴様は任務を何だと思っているんだ」 召喚術具の輸送手段として海運会社が提供してきたのが、クイーン・アミスだった。随分と剛毅な話だが 下手に遠慮してしょぼい船に乗せられるよりも、きちんとした護衛船がついている方がアズリア達としても やりやすいし、会社側もこれを機に新しい航路の申請を軍にねじこむという下心がある。魚心あれば水心 とでも言おうか。まあ後半部分に関しては一小隊の隊長にすぎないアズリアには関係ないが。 で、作戦としては隊員を客船本体で術具の護衛を行なうグループと、護衛船に偽装した軍船に乗り込むのに 分けることにしたのだが。 うちわけとして、隊長のアズリア、副隊長のギャレオ以下八名及び諜報員のイスラが本船に。 残りの人員は護衛船(偽)に。 つまりアティは何の面白みもない軍船組というわけだ。 「……あのな、アティ」 妙に優しい口調から、
「そんなにはしゃいでる奴を乗せられるわけがないだろうが少しは反省しろっ!」 一転して怒鳴りつける。 痛いところを突かれてアティはあう、と黙り込んでしまった。 後ろではビジュがにやにやしている。 「ま、諦めな、軍医殿」 「良いですよ、退役後の楽しみにとっておきます」 退役金程度では片道二等が精一杯と知って強がってみせた。 「そうだね、今じゃなくたって何時だって乗れるさ」 「…………すいませんエグゼクティブに対してほんのり敵意湧きました」 さらりと相槌を打つイスラにひきつった笑顔を向ける。そりゃあレヴィノス家の人間ならこの程度のフネ くらい乗り放題だろう。一般人には想像もつかない世界だ。しかし理不尽ながらむかつく。 「やれやれ……どうした、ギャレオ。まさか緊張しているのか?」 アズリアはそれまで黙ったままの副官へとからかい混じりに声をかける。 ぼうっと船を眺めていたギャレオが慌てて首を振った。 「いえ、ただ、いつも護る側の自分らが護られる側になるのは不思議なものだと」 「……ああ、なるほどな」 普段の立場が立場だから、仮にも護衛される方になるのに慣れないのだろう。 何故かいきなり不機嫌な表情になったイスラが会話に割り込む。 「それならアティさんと交代して君が護衛船に行ったら?」 「あ、その手がありま」 「―――い・い・か・げ・んにせんかあっ!」 襟首ひっつかまれてがっきゅんがっきゅん揺すぶられ、さすがのアティも大人しくなる、 「は、話ふった、の、そもそもイスラさんじゃないですか、何で私だけ?!」 筈もなく悪あがきを続ける。 だがそれなりに思う所あったのか、締め上げる手はそのままに弟へと視線を向けて。 「……」 「……」
「イスラはいいんだ」 「えこひいきー。こうやって軍の腐敗は始まってゆくのですね」 「はは、全くだな。では修正の手始めに同期との立場に甘え上官をからかうボケ軍医の粛清を行なうか」 さらりと怖いことのたまうその面立ちは笑顔のままだ。かすかに浮き立つ青筋も切りっぱなしの黒髪に 隠れて見えない。 このままでは埒が明かぬと悟ったのか、ギャレオが慌てて仲裁に入る。 「隊長、そろそろ。人目も集まってきましたし……」 「あ、すまん。では行くか」 女の子にあるまじき動作で抗議するアティを無造作に放り出し、クイーン・アミスへと足を向ける。 その背中は先程までじゃれあっていた女性のものではなく、部下を指揮する軍人のそれだった。 「やっとうるせえのが消えたか」 襟元直すアティの横で、いかにもせいせいした様子でビジュが言い捨てる。 いつもの事と割り切っているから特にツッコミもない。 「さて行きますか。一週間よろしくお願いします」 「テメエの面倒はテメエで見ろ」 「単なる挨拶ですよ」 軽口を叩きあいながら見上げた空は、絶好の航海日和。 (レックス、お姉ちゃんは頑張るよ。だから) 「―――貴方も、頑張れ」 何か言ったか、とビジュが振り向くのに何でもないと返した。 さて、アティは知らなかった。 大事な弟がクイーン・アミスに搭乗していることを。
本当に二等室だろうか、と疑いたくなる程豪奢な船室でレックスは溜息を吐いた。 まさか単なる家庭教師の身分でここまでの船旅ができるとは予想だにしなかった。 「さすがマルティーニ、って言っていいのかな」 軍属時代の任務が縁で、貿易商マルティーニ家子息の家庭教師兼軍学校のある工船都市パスティス までの護衛を任されたは良いが、慣れないことの連続で正直戸惑うばかりだ。この船もそうだし、ひとに 何かを教えるのは初めてということもあるし、 何より問題なのは。 『良家の子息』とのイメージからはかけ離れたきかん気そうなやんちゃ坊主の顔を思い出す。 ナップ・マルティーニ。レックスの生徒の名前。出会い頭に後ろから飛び蹴り入れてきた腕白小僧。 それでも不快感がないのは、レックスが剣を得意とすると言った時に見せた、興味と憧れの入り混じる 眼差しがあまりにも素直だったから。 そして、母親を早くに亡くし唯一の肉親である父親も商用で滅多に会えぬというナップの境遇に、双子の 姉であるアティとふたりっきりで暮らしてきた自分を重ねたせいもあるのだろう。 一度、音を立てて自分の頬を叩いた。 ここでごちゃごちゃ考えていても始まらない。 「まずは話してみないとな」 悩むのはそれからでも遅くない。 よし、と気合を入れてレックスはナップの部屋へと向かった。 愛らしい頬を赤らめ、ソノラは溜息を吐いた。 ここ三十分近く、さんさんと陽を浴びる甲板に鎮座するソレに熱い眼差しを注ぎ続けている。 「……んふふ、新型砲〜」 ハートマークの十や二十は余裕で飛ばしそうな甘ったるい声は対象とはあまりにもそぐわない。 無機質なしなやかさを備えるカロネード砲のフォルムは凶悪なまでに優美で、触れれば確かな黒鉄の 重さが伝わる。三日前に買い求めたばかりなのにもうソノラの手に馴染み従順の意を伝えてくる気がした。 いや、気がするのではなく。実際に『そう』なのだ。
台座近くに組み込まれた金属のからだ持つ召喚獣。機界ロレイラルより召喚されたというそれは、 大砲の精度と飛距離を上げる能力を備えているという話だった。原理は召喚士ならぬソノラには理解 できない。する必要も感じない。コレは自分に従う、自分の助けとなる。それで充分。 「気色悪りいなあ……」 「アニキうるさい」 呆れた声のカイルにすっぱり言い捨てて、 「ねえアニキー、コレ使っていいでしょー?」 「使うたってなあ、沈めたら元も子もねえんだぜ?」 「だーいじょうぶ! ちゃんと気をつけるからさ」 明るい口調に真剣な色を見てとり、少々考えた後、 「―――ま、そこまで言うなら任せてみるか」 「おーしっ! 軍の奴らのどてっ腹に風穴開けてやるんだから!」 さっきと言ってること違うぞ、とのツッコミもどこへやら。はしゃぐソノラの金髪に陽が踊る。 中途半端ですがここまで。ではまた今度。 ……カロネード砲で良かったのだろうか。
>>434 GJです。実は既に443キロバイトなので、あと40キロバイトで次スレの相談始めないといけませんな。
記憶なので不確かですが、カロネード砲というのは「大威力の弾丸を至近距離から(比較的)大量に叩き込む」
兵器であったと思います。ネルソン提督なんかは「カロネード砲が当てになるのは30メートル前後まで」
と言っていました。現代で言えば、対テロ部隊のサブマシンガンやらショットガンやらですか。
ですから、命中精度とか飛距離を追求するなら普通のカノン砲にしたほうがいいのではないかと。
曲がりなりにも少女がひとりで扱えるレベルとなると、6ポンド砲あたりでしょうか。
と、延々と書いてきましたが、結局は別世界の話なので「カロネード砲は遠射できる!」で押し通しても
まったく問題ないと思います。
>>434 GJです。実は既に443キロバイトなので、あと40キロバイトで次スレの相談始めないといけませんな。
記憶なので不確かですが、カロネード砲というのは「大威力の弾丸を至近距離から(比較的)大量に叩き込む」
兵器であったと思います。ネルソン提督なんかは「カロネード砲が当てになるのは30メートル前後まで」
と言っていました。現代で言えば、対テロ部隊のサブマシンガンやらショットガンやらですか。
ですから、命中精度とか飛距離を追求するなら普通のカノン砲にしたほうがいいのではないかと。
曲がりなりにも少女がひとりで扱えるレベルとなると、6ポンド砲あたりでしょうか。
と、延々と書いてきましたが、結局は別世界の話なので「カロネード砲は遠射できる!」で押し通しても
まったく問題ないと思います。
437 :
434 :04/05/30 00:01 ID:+7ZYN/9n
>436 指摘どもです。 遠距離からの狙撃シーン入れたいんで次回からカノン砲に差し替えるとしよう。 残り40KBだと大型投下があるときついですかね。 48氏の予定は如何なものでしょう。
438 :
48 :04/06/03 23:59 ID:OTx8DQkw
>>437 まったく未定ですが、たぶん次スレに持ち越すと思います。なお予定サイズは100キロバイト弱です。
じゃあ、私も続きは差し控えることにしよう。 短いわりに、妙に容量を喰ったことをお詫び申し上げる。
保守、だけでは淋しいので雑談ネタでも、と思ったが全く思いつかなかった… 元ネタないスレってこういう時不便だ。
441 :
名無しさん@ピンキー :04/06/13 21:51 ID:0kqSlTgL
などとみんなが遠慮してると次スレにすら行けない罠w
これまで出てきたSSのダイジェストキボン
ダイジェストって言われてもなあ。主観が入るし。 暇な時に保管庫行ってみたらどう?いろいろ発見があるよ。
>>443 SS投下もカキコも遠慮して、いつまで次スレ進めないよりかは
ダイジェストみたいな長めの文章で埋めるのはどーかなーと。
ダイジェストというか、翻訳物に付いてるような登場人物紹介表があったら 面白いかも。ここ長編書きな人多いし、元ネタ知らん読み手さんにも とっつきやすいかもと思った。
446 :
48 :04/06/16 21:42 ID:Zd7m0gBk
【ソヴィエト】 ニコライ・シマコフ : 第14親衛空中突撃連隊長→アンダヤ守備隊長 陸軍大佐 パーシン:第35親衛空中突撃連隊第1大隊長 陸軍少佐 セルゲイ・クレトフ : 第35親衛空中突撃連隊第1大隊第1中隊長→空中突撃大隊長 陸軍大尉→少佐 主人公 ワシーリー・セルギエンコ : 同上副官→第1空挺中隊長 陸軍中尉→大尉 クチカロフ : 第1空挺中隊員 陸軍軍曹 イワン・ソロキン : 第2空挺中隊長 陸軍大尉 アルカージー・ソロキン少佐の弟 ルシチェンコ : 第2空挺中隊員 陸軍少尉 ザハルーティン : 第2空挺中隊員 陸軍軍曹 エフゲーニ・ニチーキン : 第3空挺中隊長 陸軍大尉 イェレメンコ : 第3空挺中隊員 陸軍伍長 イワン・ボルノフ : 政治士官 陸軍大尉 ロマノフ : KGB保安中隊長 KGB中尉 イワノフ : 第25独立戦車中隊長 陸軍大尉 デミヤン : 砲兵中隊長 陸軍大尉 タラン : 工兵中隊長 陸軍中尉 メドヴェデフ : 工兵中隊員 陸軍少尉 サヴィン : 工兵中隊員 陸軍軍曹 イリーナ・プーカン : 衛生隊長 陸軍中尉 バシレフ : 航空統制官 空軍中尉 グスコフ : 通信隊長 陸軍中尉 ソロヴィヨフ : 通信隊員 陸軍伍長 ネデリー : 輸送隊長 陸軍中尉 タラソフ : 補給隊長 陸軍少尉 コルトン : 情報将校 陸軍中尉
447 :
48 :04/06/16 21:43 ID:Zd7m0gBk
【ノルウェー】 レイノルズ:空挺偵察隊長 陸軍大佐 スミス : 作戦参謀 海兵隊大佐 リュイサ : 第2海兵連隊長 海兵隊大佐 ヨルデン : A大隊長 海兵隊中佐 ボーン : A大隊第1中隊長 海兵隊大尉 ロビンソン : A大隊第1中隊員 海兵隊伍長 ベントン : A大隊重火器中隊長 海兵隊中尉 ウェーバー : A大隊重火器中隊員 海兵隊軍曹 クラーク : A大隊重火器中隊員 海兵隊軍曹 ウォード : B大隊第3中隊長→B大隊長 海兵隊大尉→少佐 クノックス: B大隊第1中隊幕僚→中隊長 海兵隊中尉→大尉 スタイルズ : B大隊配属戦車小隊長 海兵隊曹長 ヤンセン : D大隊第2中隊員 海兵隊軍曹 ヨハンセン:飛行士 ノース・ギース小隊長 空軍少佐 スーザン・パーカー:飛行士 ワイルド・ギース小隊長 空軍大尉→少佐 主人公 トーマス・ゲイツ:飛行士 ワイルド・ギース小隊2番機 空軍中尉 ノイマン・リッター:飛行士 ワイルド・ギース小隊3番機 空軍中尉 アーニー・ゴードン:飛行士 ワイルド・ギース小隊4番機 空軍少尉 【アメリカ】 リンダ・ルイス : 飛行士 ムーンシェイド小隊長 海兵隊少佐 スーザンの旧友 ベリー・リュングマン : 飛行士 ムーンシェイド小隊2番機 海兵隊大尉 【イギリス】 ブッシュ : 〈ノーディック・ロータス〉作戦指揮官 海軍少将 ウォーグレイヴ : フリゲイト艦長 海軍中佐
448 :
48 :04/06/16 21:47 ID:Zd7m0gBk
「北の鷹匠たちの死」の登場人物一覧はこんなところでしょうか。 これを参照しながら書いていたので、一場面のみで戦死したりした人も、名前さえ出ていれば含まれているはずです。 あと、SS保管庫の管理人氏にお願いなのですが、上記の登場人物表を付録として収録していただけませんか? 作者ですらときおり忘れて人物表を参照しながら書いていた作品を、読者に支援無しで読むように要求するのは 人間性を疑われるかもしれませんので。
48 さん、乙です! これを見ながら、もう一度読み直して見ます。
ありがとうございます<登場人物一覧表 実はこれが初めて読む「ミリタリー物」で、 正直バックグラウンド等階級からしてサパーリわからんのですが、 話が面白いのでつい投下されるたびに読みに来てしまいます。 頑張ってください。 一応断っとくと、四捨五入するとええ年ですわ。 それでも戦争物は映画からしてまともに見たことないんですよ。
451 :
48 :04/06/25 22:11 ID:OvIZFhnk
ありがとうございます。そう言っていただけると、大変に嬉しいです。 実のところ、初代スレに投下をはじめたときはエロパロ板ということで勢いを抑えていたのですが、 「1+」に移る頃には気遣いなど完全に忘れてしまい、後編に入ったときには事実上の暴走状態でした。 ですから、難しい用語などは、小道具だと思っていただければそれで良い、と思っています。 私は自衛官ではなく、傭兵や、訓練を受けた軍人でもありません。415氏のように軍事の専門家というわけには行きませ ん。ですが、個人的な体験から、戦場や戦闘状態にある人間についてはそれなりに知っているつもりです。 ですから、これからも私が書ける限りの質のものを皆さんに提供していきたいと思っています。 さて大規模核戦争の脅威が去って、というか、みんながそう考えるようになって10年以上が過ぎました。 第3次大戦ものの小説など、本屋に行ってまだ売っているのはそれこそ『レッド・ストーム作戦発動』くらいでしょうか。 というわけで、次の短編は第3次大戦ものです。 「終末」まで行くのか? とお思いの方、前作が第3次大戦における局地戦を扱っていたことをお忘れなく。 なお今度の短編では、「戦闘機漫画の古典的名作」、そして「冒険小説の不朽の名作」が原作リストに加わっています。
ハーモニカ・マン(仮題) 序章.スクラップ――そしてY日へ―― ホメイニ師死去か イラン国内に混乱 198X.01.04 - CNN/ロイター テヘラン(ロイター) イラン政府筋は、11月末にホメイニ師が死去したことを認めた。 死因は心臓発作で事件性は無い模様。記者の質問に対し、イラン内相はこの伝聞を否定した。 また米国務省筋によると、ホメイニ師の死去に伴ってIRP(イスラム共和党)の求心力が低下している模様。 匿名の国務省高官はこの事態への憂慮を表明した。 イラン国内で混乱 複数都市で暴動か 198X.01.06 - CNN バクダッド(CNN) イラク外務省筋は、現在イラン国内の複数の都市で暴動が発生していることを明らかに した。これはホメイニ師死去に伴うもので、IRP支持派と反IRP派との間の衝突である模様。 これに対応するためイラン国軍および革命防衛隊は非常呼集を開始し、既にテヘランなど主要都市には戒厳令が 敷かれている。 ソ連外務省 イラン政府の要請受け介入検討 198X.01.10 - CNN/ロイター モスクワ(ロイター) ソヴィエト外務省の報道官は12日、イラン外相の要請を受けて軍事介入を含めた介入を 検討していることを明らかにした。ホメイニ師が死去したとの風聞のため、イランでは混乱が続いている。
<状況説明――198X.01.14> 米第7艦隊司令部は13日、空母〈インディペンデンス〉以下艦隊主力が前方展開していたディエゴ・ガルシア 島を出港、既に中東に向いつつあると述べた。艦隊はMPS(海上事前集積船)13隻を随伴している。 また、ペンドルトンの第1MEF(海兵機動展開部隊)は隷下の部隊を3個のMEB(海兵機動展開部隊)に再 編成し、随時イラクに派遣することを決定した。 MEBは1個海兵連隊を主力として各種支援部隊,航空部隊などを追加した旅団級の部隊で、MPSに積載され た装備とドッキングすることで戦闘能力を強化することが可能。 第1MEF,第3MEFは既に緊急即応チームをイラクに空輸している。 ソヴィエト外務省の報道官は本日、イラン情勢について軍事介入を含めた介入を検討していることを明らかに したが、これを受け、アメリカ国務長官は「ソヴィエトの介入は明白な内政干渉であり、中東地域における力の 均衡を破壊することになり、到底看過できない」と語った。 <状況説明――198X.01.15> アメリカ国防総省は本日、衛星写真分析の結果としてイラン国境にソヴィエト軍が10個師団以上という強力な 戦車部隊を配置していることを確認した。 また15日早朝、緊急安全保障理事会においてアメリカが提出したソヴィエトへの譴責決議案はソヴィエトの反 対によって却下された。これはイラン情勢について検討するために召集されているもので、この席上アメリカが 提出した決議案は過半数の支持を得たものの、ソヴィエトの反対により決議には至らなかった。 イラン情勢の悪化に伴い14日、合衆国空軍は展開を開始した。先発隊となったのは第366航空団に所属する 戦闘機やAWACSなど41機。これらの軍用機は14日から15日にかけてイラク国内の空軍基地に到着した。なお 保安のため基地の正確な位置は公開されない。 今後、第366航空団の残余勢力および第23航空団,第347航空団、そして中央軍の航空戦力主力となる第9航空軍 が展開予定。
<状況説明――198X.01.16> 16日、イギリス政府は空母〈イラストリアス〉を中核とする海軍部隊をペルシャ湾に向けて派遣したことを明 らかにした。また同日、フランス政府も空母〈フォッシュ〉,〈クレマンソー〉以下の海軍部隊が既にペルシャ 湾に向かいつつあることを表明した。これはイラン情勢の悪化を受けたもので、到着後はアメリカとの共同作戦 を実施する。 既に米国海軍の空母〈インディペンデンス〉がペルシャ湾に向かいつつあるが、米第7艦隊司令部は15日、こ れに加えて原子力空母〈エンタープライズ〉を主力とする空母機動部隊を派遣していることを発表した。なお 〈エンタープライズ〉機動部隊には第3MEF麾下の1個MEUが乗艦している。 カストー発AFP電によるとイラン情勢に関連して16日、NATO主要8カ国の外相会談が持たれた。この席 で各国はアメリカ支持の姿勢を再確認し、必要に応じ部隊展開を行うことを表明した。 これに関連して西ドイツ政府は16日、既に空軍の実戦部隊がトルコ入りしたことを明らかにした。展開したの はドイツ国防軍のトーネイドー戦闘爆撃機18機。保安上の理由から所属部隊など詳細は明らかにされていない。 一方ベルギー,ノルウェー両政府は同日、空軍部隊を中東地域に派遣する準備があることを明らかにした。 <状況説明――198X.01.17> 合衆国大統領は15日、中央軍の主力部隊である第18空挺軍団のトルコ派遣を決定した。 アンカラ発AP電によると、第82空挺師団の先発隊としてC-130輸送機20機に搭乗した部隊がトルコのインジル リク空軍基地に向かった。1番機は命令下令後11時間で離陸した。その後、16日までに第2旅団第3大隊および砲 兵,工兵部隊などの諸隊約700名と各種装備品がC-141輸送機に分乗して到着した。 また国防総省筋によると、フォート・ブラッグのJSOCは既にイラン国内に浸透しているという。この情報の 真偽は不明。
<状況説明――198X.01.17>(承前) 国防総省の広報官は17日、ドイツに駐留するアメリカ軍を中東に派遣するという伝聞を否定した。 これはイラン情勢の悪化を受け、イラクやトルコなど同盟国の防衛強化のため在欧米軍から部隊を抽出し、同盟 国の防衛強化に任ずるという伝聞に答えたもの。ただし、将来的な派遣の含みは残した。 国防総省高官によると、この措置はソヴィエトへの牽制を意識したものとのことである。 東京発共同電によると日本当局者は17日、極東地域におけるソヴィエト軍の活動が活発化していることを 明らかにした。ソヴィエト太平洋艦隊に所属する〈ミンスク〉,〈ノヴォロシースク〉の2隻の空母が出港準備 を開始しているほか、航空部隊,地上部隊も活発に活動している。官房長官はこの事態への憂慮を表明した。 なお現在、合衆国軍に連動して自衛隊は極めて高度な警戒態勢に突入している。 モスクワ発ロイター電によるとソヴィエト外務相は17日、記者会見でアメリカが中東地域に部隊を集結しつつ あることに触れ、「明らかな戦争準備」として非難した。一方同国のイラン介入については「政府からの要請を 受けている」として内政干渉には当たらないとした。また外相は、「ソヴィエトの権益に対して合衆国が干渉す ることがあれば、わが国は断固とした反撃に出ざるを得ない」と対決姿勢を表明した。 既に合衆国海軍の空母〈インディペンデンス〉がペルシャ湾に到着、原子力空母〈エンタープライズ〉到着も 間近だが、合衆国海軍はさらに5隻の派遣を決定した。空母〈J・F・ケネディ〉,空母〈サラトガ〉はペルシ ャ湾に、原子力空母〈アイゼンハワー〉,空母〈ミッドウェー〉,空母〈レンジャー〉およびその随伴艦隊は地 中海に展開する予定。 NASAは先ごろ打ち上げられたスペースシャトル〈コロンビア〉の積荷が偵察衛星に変更されていたことを 明らかにした。 ブリュッセル発AFP電によると、ベルギー軍は空挺コマンド旅団をイラクに投入した。同部隊は3個空挺大 隊を基幹とする3,000名規模の部隊であり、砲兵,工兵など支援部隊も含め展開は既に完了している。
<状況説明――198X.01.18> パリ発AFP電によるとフランス国防省は18日、FARが中東地域に展開しつつあることを明らかにした。 フランス版RDFであるFAR(Force d'Action Rapide)の先発隊として第11空挺師団が既にサウジに展開 を完了し、第1軽歩兵師団,第2外人落下傘連隊が目下展開中,第9空輸海兵師団,第27山岳師団および第2海 兵落下傘連隊,第13竜騎兵連隊,第1外人装甲騎兵連隊,第2外人歩兵連隊,第3外人歩兵連隊,第5外人歩兵 連隊,第6外人戦闘工兵連隊が展開準備中である。一方、空母〈クレマンソー〉機動部隊は18日地中海に到着し 目下米軍部隊と共同作戦を展開しつつある。 マイアミ発ロイター電によると、15日以降トルコ展開を開始した第82空挺師団は、17日その全部隊をトルコに 展開した。これに続いて18日、第101空中強襲師団も展開を開始した。第18空挺軍団の広報官は同日、23日には 第24機械化歩兵師団の展開を開始できる見込みと発表した。第82空挺師団,第101空中突撃師団,第9軽歩兵師団 とは異なり重武装の機甲部隊である第24機械化歩兵師団の展開により、合衆国中央軍は極めて強力な地上部隊を 現地に持つことになる。 NATOは〈リフォージャー〉計画を発動しており、西ドイツ国境には各国軍が集結中である。民間の船舶お よび航空機は既に徴集されつつある。 国防総省の報道官は18日、全ての合衆国軍部隊がDEFCON-3の警戒態勢に突入したことを明らかにした。 各部隊は作戦展開に備えて充分な兵員を配置する。これは1973年以来の措置。 国家非常事態を宣言 198X.01.18 - CNN ワシントン(CNN) 合衆国大統領は18日、国家非常事態を宣言した。 ホワイトハウスの報道官は国民に対し、パニックに陥らず冷静に行動するよう要請した。 すべての州兵部隊および各軍予備役は召集される。
>451 48氏新作乙です。時節柄微妙に洒落になってない気もしますが(笑 がっつり突っ走ったってください。
JSOCがまだあるから、時代は1988年以前だと思う。 とすると、ものすごくスマンがすこーしだけ気になる点がある。 当時の米海兵隊の部隊名のamphibiousがexpeditionaryに変わったのは1988年のことだ。 特殊作戦もそうなのだが、1988年という年は、いわば分水嶺で、これ以前と以後で 米の軍事コンセプトは、ちょいとだけ違うようだ。ご存知とは思うがそのへん、どうか注意してくれ。 それから複数の空母任務部隊が、ペルシャ湾という沿岸海域に入るというものは 当時にあっては少々考えにくい。 80年代を代表するアーネストウィル作戦中ですら、空母のペルシャ湾いりは、ほとんどなかったはずだ。 往事における空母任務部隊の行動特徴は、みつかりにくい大洋で行動すること。 ペルシャ湾のような狭いリットラル水面で、多数の空母部隊が集結するのは 操船余地の問題もあって、ひじょうに難しい。 見つかりやすく、航空作業がやりにくい(離着艦作業中の時空母は全速力で、風上に突っ走る)。 ペルシャ湾に空母がウヨウヨするようになったのは、あくまでソ連海軍消滅後なんだ。 「インド洋到着」で十分だと思うよ。 重箱の隅をつっつくようで、ほんとにスマン。ただどうにも気になってね。 どうしても突っ込んでしまう軍板人間のバカさ加減を笑ってくれ。
459 :
48 :04/06/28 17:46 ID:m1dke8MX
>>458 まず年代についてですが、これは意図的にぼやかしています。
私の意図としては80年代後半ですが、第366航空団が混成化されている点からは1992年以降とも考えられます。また、
366航空団の混成化は湾岸戦争の産物である以上、このような世界では決して起こりえないという推測も成立します。
これは、私がこの作品を「レッド・ストーム作戦発動」の世界観の延長線上に作っており、そして原作の設定年代が不明で
あるためです。ただし「MEU」の件については、原作を確認してみたところ「MAU」となっておりましたので、謹んで訂正い
たします。
空母の展開については、確かに仰るとおりでした。原設定ではインディ,エンプラ,ケネディ,サラトガと4隻もペルシャ湾
に展開することにしてしまっていますが、多すぎですね。
アーネストウィル作戦で〈コーラル・シー〉がペルシャ湾に展開したことがあったように記憶しておりますので、1隻ならば
そう無理は無いのではないかと思います。そこで、インディと英の〈イラストリアス〉をペルシャ湾に、エンプラ,ケネディ,
サラトガと仏の〈フォッシュ〉をインド洋に、アイク,〈ミッドウェー〉,〈レンジャー〉と仏の〈クレマンソー〉 (それと多分、新鋭
の伊〈ガリバルジ〉) を地中海に配置する、というのではいかがでしょうか。
私は軍事に特別詳しいわけではないので、458氏のように詳しい方の助言は大歓迎です。これからもどうぞよろしゅう。
ところで、JSOCって今は無いんでしたっけ?
いささか唐突かつ不躾なツッコミに、丁寧なレスをありがとう。 汗顔のいたりだよ。 で、80年代後半というのは面白いと思う。 というか好きだ。もちろん君の火葬戦記も大好きだ。 「第二次大戦型」の大規模消耗戦がありえた、最後の時代だからね。 まあ豪快なドンブリ勘定的作戦が通用した時代、と言えばへんかな? そのあたりの味が出てくるのではないかと、もう今から期待に胸躍らしている。 ところで「レッド・ストーム・ライジング」。面白い書物だね。 今から読むと、海上目標の識別にかかわる問題が、かなり抜けているようだ。 逆から言えば、だからこそ思う存分米ソ両海軍が戦えたワケで、 なかなか気の利いた演出ではないかと、想像している。 空母のリットラル運用だが、あの時代はほとんどやっていないなあ。 「アーネスト・ウィル」というのは、リットラル作戦の原型でね、 米海軍にしては珍しく、空母が主役にならなかった作戦だ。 かわりに活躍したのが、特殊部隊と水上部隊と強襲揚陸艦。 強襲揚陸艦は、サイドワインダー装備のハリアーとコブラを搭載して 空母の代用品をつとめたそうだ。 ともあれペルシャ湾は、空母機動部隊にはせますぎるんだ。 試しに、空母部隊が有する防衛半径の深さを考えてみてはどうかな? 言うなれば「吉良亭の槍」でね、どーにも使いにくいな。懐に入りこまれると、実に厄介だ。 もちろん日本海のように、かなりのエアカヴァーが期待できるのなら、話は別だよ。 それでもペルシャ湾に空母を入れる!! となれば、なんらかの重大な理由が必要だろうね。 このへんに、火葬戦記の面白味があるのだと思うよ。楽しみにしている。ガンガレ!!!
忘れていたが、JSOCは、USSOCOM(合衆国特殊作戦軍)に格上げされている。
完全な統合軍。ただし海兵隊が部隊を出すようになったのは、イラク戦後から。
なお空母の展開なんだが、
>>459 をみると、いわば「レーマン風味」がよく出ていると思う。
<from the sea>の発想だな。思わずニヤリとしたよ。
なるほど、意図的に90年代の発想で、80年代を描いていると、納得した。
大いに結構。
舞台は、好きなだけいじってほしい。
どうか存分に空母を活躍させて欲しい。
非対象脅威のような現代的なネタはこの際、排除してしまえ。
戦後型空母が第二次大戦時のように
そして、空母が海に空に大暴れするような、つかぬまの夢を見せて欲しい。
(いや、これから進むのは陸戦ものか?)
ただし米国以外のVSTOLキャリアは、基本的に高脅威海面では使いにくい。
あくまでsea controlを重視したフネで、敵地に乗り込んでいくようなフネではない。
小型空母と考えると、ちょっとアレかもしれん。
極端な話、大航空能力のあるフリゲート、大航空能力のある強襲艦
程度に考えておくと、間違いはないと思う。最近だいぶ変わってきてはいるんだがね。
とにかく余計な話ばかりでごめんなさい。当分謹慎するよ。
460は 親衛隊保安諜報部の中で"蜜蜂の悪魔"と呼ばれている凄腕
>>460 むしろ、こういう話をもっと聞きたい。 謹慎なんて切ないこといわないで。
464 :
ガンパレ :04/07/03 15:13 ID:Y0Xfh+mm
うおぅ・・・。 漏れの甘い文なんてかける雰囲気じゃねっす。 とりあえず出直してきます・・・。
>>462 スペルが違うな。
「Demon」ではなく、正確には「Dimon」か?いや、細かい突っ込みスマン。
>>464 何を躊躇う!
ごった煮こそがここの魅力。
あまいの大好きなんだ!
頼む!
書いてくれ!
>466 >ごった煮こそがここの魅力 激しく同意。 何でもありの闇鍋状態がこのスレの本質であり存在意義、とか呟いてみる。
468 :
テンプレ :04/07/03 21:34 ID:ysgSmMvE
なんとなく age
今まで>466の「あまい」をナチュラルに「おまい」だと思っていた。
あ
ま
本格フルコースや懐石料理もいいけれど、時にはジャンクフードを食べたくなることだってあるはず。 とか意味不明なことを言いつつ430-434の続き投下。 ごめんなさい海戦シーン書けませんでしたorz
―――凄く、厭な夢を見ていた気がする。 例えば、航海中に突発的な嵐に遭ったりとか、そのせいで溺れかけたりとか、どうにか助かったはいい けれど、砂浜で日干しになりかけているとか――― 「―――ッ?!」 意識が急速に明瞭になる。目蓋をこじ開けるのと砂まみれの上半身を起き上がらせるのと目眩で再び 思考能力が明後日の方向へ飛びそうになるのを必死で抑えるのとを同時にこなし、アティは周囲を見渡した。 青い海。白い砂浜。茜に燃える夕空。緑にけぶる森。 美しきかな大自然。山間の寒村で生まれ育ったアティにとっては憧れすら覚える風景である。 全く、うっかり遭難中という状況でなければ今の二十倍は楽しめただろうに。 遭難。 浮かんだ単語が頭痛を引き起こし、アティはこめかみを指で押さえた。 (ええと……何がどうしてこうなったんだっけ……) 順序立てて回想してみる。 一、護送任務に就いているところだった。 二、どこから情報が洩れたのか知らないが、海賊が襲ってきた。 三、戦闘の最中にいきなり嵐が起こった。 四、その際うっかり海に落ちてしまった。 五、 「現在に至る、ですかね」 とりあえず立ち上がりシャツの砂を払う。白衣は海中でもがく内に脱げてしまったのか見当たらなかった。 命があるだけでもまし、なのだろうか。ここが何処かも分からぬし、同僚どころか人っ子ひとり見当たらない 場所ではいまいち有難みがないが。 頭痛はまだ続いている。どころか段々酷くなっていく気がする。 今自分は随分と酷い顔をしているだろう、と思いつつ立ち上がり辺りを見渡した。もうすぐ日が暮れる。 何処か安全に休める場所を見つけねばなるまい。
「……あ」 鬱蒼とした木々の間に、道が見えた。 近寄って調べてみれば、舗装はされていないものの、獣道ではない明らかに人が踏み固めた道。そう古い ものでもなさそうだ。 これで、少なくとも無人島でサバイバルという事態は避けられる。此処の人間が遭難者に友好的かどうかは さておいて。 少しばかりの逡巡の後。 アティは森の中へと歩き出した。 晴れ渡る空に星が瞬き始める。びっしりと天空に貼りつき輝く光は、圧迫感さえもたらす。 それとも今の状況がそう思わせるのだろうか。 アズリアはしかめっ面で髪先を引っ張り、隣で分度器を覗く男へと問いかけた。 「どうだミスタ・スティル、位置は分かりそうか」 「……駄目ですね、星の並びが滅茶苦茶だ。せいぜい分かるのは、此処は自分が来たことどころか 星図すら見たことのない場所だってえ程度です」 「……そうか。ご苦労」 苛立ちを悟られぬよう、労いの言葉を口にする。 常に冷静であれ。泰然たれ。 態度で部下に不安を与えるのは避けるべきだ。特に、こんな不安定な状況下では。 過ぎたこととはいえ、今思い出しても腹が立ち―――ぞっとする。 情報洩れがあったとしか考えられない、正確な海賊の襲撃。 そして、理不尽な、嵐。 天地がひっくりかえるような衝撃を、骨の髄まで凍らせる波飛沫を、忘れられようはずもない。
アズリアは副官のギャレオに助けられ無事だったし、他の兵士もほぼ全員奇跡的に生きていたが、 (イスラ……アティ……) 目蓋に生じた熱さを堪えようと奥歯を食いしばる。 何処ともしれぬ島に護衛船ごと流れ着いた時、弟と親友、ふたりの姿はなかった。 大丈夫かもしれない。クイーン・アミスは襲撃に耐え切り沈没せずに済んだのかもしれないし、よしんば 海に投げ出されたとしても後で救出されたのかもしれないし…… 握る拳に力がこもる。 そんな都合のいい話。あるわけが、ない。 「隊長?」 呼びかけに慌てて意識を戻す。 「あ、ああ、すまん、もう一度頼む」 「いえ……やはり奇妙です。嵐は多く見積もってもせいぜい四時間。その間に全く位置の掴めない 場所まで流される等、普通なら在り得ません」 そう、在り得ない。普通なら。 だが原因は何かと聞かれれば、首を横に振るしかない。 要するになにひとつ判らないのだ。 溜息を寸前で殺し、思い出したように訊ねる。 「そういえば、ビジュ達はまだ戻っていないのか?」 「偵察に向かったのは三十分前ですよ。戻るにはまだ早いでしょう」 「……まだそれだけしか経っていないのか」 不安が時間感覚を狂わせているのだろうか。 見上げれば満天の星空。 押し潰さんばかりの煌めきに、アズリアは我知らず身を震わせた。
森の中は星明りがあるせいか、意外なほど明るい。 乾いた土を踏む自分の足音がアティの耳に届く。それからまばらな虫の音と、小動物の駆けるがさりという 物音。濃密な木の匂いが、ふと故郷を思い出させた。 帝都では滅多にお目にかかれない、生き物のさわめく闇。 頭痛は大分治まっていた。耳奥のあたりに淡く淀むものがあるが、警戒を乱す程度でもない。強いて言えば 違和感、とでも表せばいいのか、ボタンをひとつ掛け忘れてしまったかのような落ち着かなさがある。 懐のサモナイト石を何度も確かめる。直接的攻撃には自信のないアティにとっては、召喚術だけが頼りになる 武器だ。 違和感。 しかし此処は何処なのだろう。体力の消耗具合からそう長くは海に浸かっていたわけでもなさそうだから、 帝国領海なのは確かだろうが、こんな島があるとは知らなかった。 「海図、見落としちゃったんですかね……」 それとも未だ発見されていなかった島なのか。 違和感。 不安がある。焦燥が胸を灼く。同僚らは無事なのか。他の乗客らはどうなったのか。 海賊は。輸送していた術具は。 自分はこれからどうすれば。 違和感――― そこまで来て、やっと気づく。 虫の声が何時の間にやら止んでいた。 足を止め周囲に警戒の視線を巡らせる。一度知覚してしまえば、何故それまで気づかなかったのか 信じられない。 こんなにも、強張り重く冷える空気だというのに。 頭痛が少し増した。 脳髄に響く剣戟のせいだろうか。 ……剣戟。
戦いの音。 「……っ!」 迷いが動作を留める。情報を得るべく危険を犯してでも近づくか否か。それとも君子危うきに近寄らずを 実践するか否か。 迷っていたはずだった。 なのに足は勝手に音源へと走り出していた。 心臓が喧しい。不快な淀み。 早く、と自分では無い誰かが囁いた。 偵察を命じられてから半時間ばかりが経つ。ビジュに率いられた偵察隊総勢六名は、 ちょっぴり危機的状況だった。 「ちっ……なんだよここは……」 構えた腕が一閃し投具が放たれる。刃はあやまたず、兵士のひとりに襲いかかろうとしていた影へと 吸い込まれた。 「はぐれだらけじゃねェかよっ!」 罵声と共に、もう一撃。 ひこひこ動く五歳児くらいの大きさのお化けキノコ、という、見ようによっては愛らしくなくもない……いや、 限界まで裂けた口のせいで矢張り可愛くないはぐれ召喚獣が、胞子を撒き散らし悶えた。 召喚獣の種族によっては胞子に毒を含むものもあるのだが、これはどうやら大丈夫のようだ。 舌打ちが洩れる。注意はしていたが慣れない場所のこと、知らぬ間に召喚獣のテリトリーに入り込んで しまったらしく、あとからあとから襲ってくる。 縄張りを荒らしたこちらが悪いといえば悪いのかもしれないが、 「―――はぐれの分際で人間サマに楯突いてんじゃねェ!」 攻撃を受けたなら、徹底的にやり返す。当然の話だ。 「うわわわわわわっ!!」
背後から情けない悲鳴が響く。 振り返れば、 『……』 「見てないで助けて下さいよおっ!」 小さめのお化けキノコが兵士の腕に噛み付いている。軽いパニックに陥ったのかひたすら腕を振り回している 姿は、はっきり言って間抜けだ。嵌めた手甲で召喚獣の歯が止まり怪我することもないのが、じゃれあいに 見せているのだろう。 「……和みますかね?」 「和むかっ!」 怒鳴って懐から抜いたナイフをぶち当てた。 「ビジュさん当たりますって危ないですって!」 「知るかボケ」 落ちて痙攣を起こす赤っぽい傘つきの塊からナイフを引き抜き、止めに蹴りを、 『―――待テ!』 くぐもった制止。背筋に落ちる悪寒に圧され、思いっきり地面を蹴る。 直後、空間を薙ぐ皓い刃。 飛び退き五歩ほど下がったところでやっとビジュは相手を見た。 白く霞む空気を纏い、白い大剣を構える、白い鎧の『何か』。 ニンゲンではない。見れば判る、こんな異質な気を放つものが自分たちと同質であるはずがない。 「化け物の親玉、ってわけかよ」 『……』 「だんまりか……気に入らねェな」 低く呟き鎧に向かって構える。呆然としていた兵士らも慌ててそれぞれの武器を向けた。 鎧が、表記し難い咆哮を上げ。 再び剣が振り下ろされた。
何が起こっているのか。何が起ころうとしているのか。 アティは、走る。息を切らし汗を滴らせ肺を酷使し、尚駆ける。 不安なのだろうか。それこそ非友好的な態度を取られかねないとしても人を求めてしまうほど、心細かった のだろうか。 ―――違う。 この軋みはそれだけではない。 疑問を抱えたまま唯走り、 視線の先に、 見慣れた姿を見つけ 「……っ?!」 頭痛が消える。替わりにかちりと何かが嵌まる音がして、視界がひどくクリアになる。 思考より先に編み上げる術。誓約とサモナイト石を用い異界より力持つ存在を喚び、己が魔力を代償に 使役する。 其れ即ち、召喚術。 二度目の新手は、人間だった。しかも見知った顔があった。 「―――帝国の!」 「海賊?! はぐれとつるむたァ、テメエらに随分お似合いだな」 嘲りは多少引きつっていたかもしれない。 半日前に剣を交えたばかりの海賊らと、見慣れぬ顔がふたつ。赤毛の青年と、理知的な眼鏡美人。 どうせ彼らも一味だろうと見当はつくが、何故ここにいるかは、 (……こいつらも嵐にやられたか?) まあどうでもいい。重要なのは敵が増えたということだ。
「ファルゼン、貴方は下がって」 『……』 眼鏡の忠告に従い、鎧が戦線から離れる。これで六対六だが、連戦で消耗しているこっちと来たばかりの 彼らではかなりのハンデがある。どこまで戦えるか。いざとなれば逃げる算段もとらねばなるまい。 抜き身の剣を油断なく構え、赤毛の青年が前に出る。 その視線は―――地面に転がる召喚獣の遺骸に注がれていた。 「んだよ。人間の癖に化け物に味方するってえのか?」 「……っ」 青年は視線を上げる。紺青の瞳がビジュを見据えた。 「そうじゃない! ただ、」 責める眼だった。 「こんなの悲しすぎるから……っ!」 悲しい? はぐれが死んだことが? はぐれを殺したことが? むかついた。 赤い髪と青い目の姿に苛立った。 ひとの都合も知らずに奇麗事を―――! 「偽善者が」 吐き捨てる。敵意に相手が一瞬怯むが、直ぐに強い眼差しを返してくる。 緊張が高まる。誰かが踏み出せば一気に弾ける脆い均衡。破るのは。 「「―――っ?!」」 横合いより魔力が放たれる。同時に夜の森に響く詠唱。 「―――異界より来たれ、シャインセイバー!」 白い輝きが中空に出現する。異界の武器を模るエネルギーの塊がゆらりと揺れて。 落ちる。突き刺さる。形が崩れ弾け衝撃を生み爆風が薙ぐ。 丁度、両陣営の中間、誰もいない場所に。
火花残るその場に滑り込む人影が、ひとつ。 どちらの陣営も、互いに相手への加勢だと思った。 それが誰か分かったのは、 「軍医!」「アティ?!」 ビジュと、赤毛の青年だった。 紅の髪の女は、帝国軍側に背を向け海賊たちに対峙する。ぜいぜいと肩を上下させるその顔はほの白い。 女―――アティはきっと前方を見据え、 「一体何がどうなっているんですか」 青年に問うた。 「せ、先生あいつと知り合いなの?!」 でっかいテンガロンハットを背負った少女の疑問に頷いて、青年はアティに答えた。 「正直、俺にもわからない事だらけだけど……その人達を止めなきゃいけない」 「分からねェなら首突っ込むなガキが!」 「話がこんがらがるので黙っててください! むしろ混乱気味なので下手に動くと何するか不明ですよ?!」 アティのよくわからん台詞にビジュの機嫌が三割り増しで悪くなった。 と。好機と見たか兵士の一人が動き。 「ひとの話は聞きなさあいっ!」 一喝。アティの掌から紅い光が溢れ、 「へ? うわわわっ?!」 兵士の前にぽん、っと召喚獣が現れる。タヌキと茶釜をかけ合わせた姿のそれがおんぼろ唐傘を振るうと 煤が飛び散り兵士の視覚を奪う。 「って何味方に攻撃かましてんだテメエは?!」 「混乱してるって最初に言ったじゃないですか!」 とりあえず直接的なダメージを与える術ではなかったのが、理性の名残とでも言って。いいものか。
「はーい。質問」 急に、細身の男がひらひらと手を挙げる。 「どうぞ」 「ふたつあるんだけど、まずひとつ。この前の怪我、もう治ったの?」 「ええまあ。その節はどうもお世話になりました」 皮肉っぽく答えるアティ。男は全く気にせず、 「じゃあ次ね。貴女がその位置にいるのって、そこの軍人さんの攻撃を身をもって防ごうってつもりなのかしら」 皆の視線が集中する。アティは特に言葉を発せずに、すいっと微笑んでのけた。 「で、どうします? 出来ればそろそろお開きにしたいのですが」 冗談めかした台詞に一同脱力する。 気が抜けた、というか、興を削がれた、というか、忌々しいが現在流れを牛耳るのは彼女だ。 眼鏡美人が今だ警戒を解かぬまま言った。 「……もし、貴方がたに話し合う気があるのなら―――明日の正午、また此処に来なさい」 譲歩、なのだろう。 「上の者に伝えます」 アティが勝手に返事をしたが、咎める者はいない。約一名軽く毒吐く男がいたが、まあ無視していいだろう。 とりあえずこの場はどうにか収まりそうだった。 「―――アティ! 良かった…本当に生きていたんだな」 「幸いにして。軍医アティ、これより隊務に復帰します」 船長室にてアティを迎えたのは、憔悴の色を僅かに浮かべつつも破顔するアズリアだった。 「うん、良かったな……しかしビジュの機嫌が悪かったようだが?」 「不可抗力です」 「……戻って早々、何をしているんだお前らは」 それでもくすくすと笑うアズリアに、 「アズリア」
「何だ」 「非常事態に何ですけど、五分間だけ休みを頂けませんか」 意図が掴めずに眉をしかめ、何故と問い返す。 「疲れたのならもう休んでも」 首が横に振られ。静かに。 「―――今から五分でいいんです。貴女に部下としてではなく、友人として接したい」 アズリアが一瞬呆けて、何事か言い返そうとし、 「あ」 小さく呻き。 崩れる。 「あ…う、ああっ……」 汗と潮のにおいが染みついたシャツを掴み、その下の自分よりほんの少し華奢な身体に縋る。 潮風で痛んだ髪を撫ぜられて―――限界を超えた。 泣きじゃくる。恥も外聞もなく、それでも声を外へと洩らす事だけは避けて。 「ちが…お前も、他の皆も、助か、ったんだから……。それだけで奇跡、みたいなことなんだから…。 でも」 肩に顔を埋めているから、相手の表情は判らない。 「あの子が……イスラが助からなかった…! 私が、ちゃんと守ってあげなくちゃいけなかったのに……っ!」 それでも黙って触れる手は、優しい。 また、この部屋を出れば。先程のことについて報告を受ければ、『隊長』に戻り泣き言は許されなくなる。 だから今くらいは―――甘えても構わないだろう。
あ
漂流キタ━━━━(゚∀゚)━━━━ッ!! 軍人さんたちのお仕事の中の人、GJ!
エロでも萌えでもなくてむしろネタ風味なのだけれど、少しお借りします。
長い髪を両脇で三つ編みのおさげにした、やや年かさの方が口を開いた。その手には抜き身 の刀が握られている。 「しかし、徒手空拳でかの支倉令の"妹"たるこの島津由乃を仕留められると思っているのか」 頭の両脇に螺旋のような巻き毛を垂らした小柄な女の唇端がにい、とつり上がる。 「勝てる算段もなしに来るものかよ」 かっ、と頭に血がのぼった。怪鳥のような叫びとともに、由乃は刀を大上段から振り下ろす。 だが、ぎぃん、との鋼同士の弾ける音がするだけであった。 「みたか、"螺旋髪"」 由乃の振り下ろした刀は、瞳子の頭側から伸びた錐のような髪に挟み取られていた。 「白刃取りかっ――」 「支倉令の剣ならば、いかな螺旋髪といえど防げはせんよ、だがおぬしの未熟な技ならこの とおりたやすいもの」 錐のような髪は甲高い音を立てて回転し、由乃の剣をねじり折ると、さらに軌道を変えて 由乃の喉笛をえぐらんと迫る。
「とったり」 瞳子の哄笑を、ありうべくもない声がさえぎる。由乃だ。瞳子の秘術・螺旋髪の鋭い切っ先は、 由乃の皮一枚傷つけてはいなかった。 「忍法"鉄黄薔薇"――これがわたしの"黄薔薇のつぼみ"たる何よりのゆえんよ」 鉄黄薔薇! 伴天連の秘法によりみずからの体に刃も弓矢も通さぬ堅牢さを与えるもので ある。しかし、それは秘法を施術するにあたっての地獄の苦痛に耐えたものだけが得ることが できる。島津由乃は、支倉令の側にありたいとの一心のみでそれに耐え抜いたのであった。 「――ひっ」 「そして、髪をあやつるは紅薔薇のみにあらず」 その刹那、由乃の二本の三つ編みが毒蛇のように鎌首をもたげ、身をひるがえそうとした 瞳子の首にからみつく。ぼきり、との鈍い音が響くと、あり得ない方向に顔を向けた瞳子はゆっくりと膝をついて崩折れ、二度と動くことはなかった。 「おのれの術におぼれたがうぬの命とりよ」 由乃はそうつぶやくと、瞳子のなきがらに軽く手を合わせ瞑目した。 ************************************ 「これ何ですの、由乃さま」 「今度の文化祭の演目のイメージスケッチみたいなものかな」 「……何をなさるおつもりで」 「今回はあえてオリジナルで、名付けて『リリアン忍法帖』!」 「その山田風太郎と白土三平を足して割ってお湯で薄めたみたいなの、ほんとにやるの?由乃」 「うるさい令ちゃん」
申し訳ありません。冒頭部が切れたのでそこだけ再度投下。 ――――――――――――――――――――――――――――――― 西洋焼菓子を思わせる扉を背景に、二人の女は、じっと相対していた。 ともに身にまとうのは漆黒に緑を一しずく落としたかのような深い色の制服。 象牙色のタイも、スカートのプリーツも凍りついたかのように微動だにしない。 「やはりうぬが刺客であったか、松平瞳子」 長い髪を両脇で三つ編みのおさげにした、やや年かさの方が口を開いた。その手には抜き身の 刀が握られている。 「しかし、徒手空拳でかの支倉令の"妹"たるこの島津由乃を仕留められると思っているのか」 頭の両脇に螺旋のような巻き毛を垂らした小柄な女の唇端がにい、とつり上がる。 「勝てる算段もなしに来るものかよ」 かっ、と頭に血がのぼった。怪鳥のような叫びとともに、由乃は刀を大上段から振り下ろす。 だが、ぎぃん、との鋼同士の弾ける音がするだけであった。 「みたか、"螺旋髪"」 由乃の振り下ろした刀は、瞳子の頭側から伸びた錐のような髪に挟み取られていた。 「白刃取りかっ――」 「支倉令の剣ならば、いかな螺旋髪といえど防げはせんよ、だがおぬしの未熟な技ならこの とおりたやすいもの」 錐のような髪は甲高い音を立てて回転し、由乃の剣をねじり折ると、さらに軌道を変えて 由乃の喉笛をえぐらんと迫る。
GJ!
スレも終盤になって新しい人が。『山風+白土のお湯割り』GJ。 480kbも無事越えたことですし、新スレ立て挑戦してきましょか?
496 :
494 :04/07/10 22:41 ID:MaDMr0r2
すいません自分ではスレ立て出来ないみたいです…どなたか、後を頼みます。
スレ建て試行してみます。しばしお待ちを