私は彼女の後ろ姿しか知らなかった。
いつだって彼女は桜を見上げていて、私はその背中を眺めているだけ。
彼女の前に回り込む勇気を、到底私は持てそうになかった。
取り付かれるのが怖かったわけじゃない。
彼女になら取り付かれても――ううん、それで彼女と一つになれるなら、そうありたいとすら思っていた。
だけど、彼女の立ち姿はあまりにも神々しくて、私なんかが正面から向き合うなんてとてもじゃないけどできそうにない。
そんな彼女がずっと見上げている桜の木。
植物相手に自分でもおかしいとは思うんだけど、ちょっとだけ嫉妬みたいなものすら感じてしまう。
彼女はどうして幽霊になんてなったんだろう。
どうしてずっと桜を見上げているんだろう。
幽霊になる理由というのは経験上、強い未練が残っていたか、それとも自分が死んだことに気づいていないかの2つがやっぱり多いと思う。
後者の場合、生きていた頃の生活をそのまま繰り返す場合が多いから、彼女は多分前者じゃないかと私は勝手に想像していた。
だけど――強い未練。
なんだろう。
この木の下で告白して、けれど想いが届かなくて自ら命を――。
最初に思い付いたのはそんなところだったけど、この仮説は2つの問題をその内に含んでいた。
1つ目は、この学校が女子高だということ。
まさか学外の男子を、校庭の端とはいえ女子高の敷地内に呼び出すというのは無理だと思う。
ただし、相手もこの学校の子なんだとしたら、これは問題にはならないのかもしれなかった。
そもそも、私自身が彼女に対してそういった想いを抱いているんだからありえない話じゃない。
2つ目は、たぶんこちらの方が私としては覆し難い点なんだけど、彼女が振られるなんてこと、あるんだろうか。
顔も知らないし、直接話をしたこともなかった。
私が彼女について知っているのは、その後ろ姿と、もう生きてはいないというただその2つだけ。
そんな私が言うのもなんだけど、それでも彼女が告白して断られる姿なんて想像することすらできなかった。
私だったらきっと喜んで――。
その時、突然私達の間を強い風が吹き抜けていった。
巻き上げられる大量の花びら。
視界を覆う桜色のカーテン。
その向こうに彼女の後ろ姿が隠れてしまうのと、私がとっさに目を閉じたのはどちらの方が先だったんだろう。
一拍遅れて、一緒に巻き上げられた砂に目をやられたのか、校庭で部活に励んでいた女の子達の小さな悲鳴が私の鼓膜を震わせた。
それからたっぷり数秒は待って、ゆっくり瞼を上げていく。
そこに、もう彼女の姿は存在してはいなかった。
そろそろだとは思っていたから驚きはないけど、胸の中にぽっかり穴が開いたような喪失感は拭えない。
1年の時は、本当にショックだったのを憶えている。
彼女が消えてからもここに通い続け、ようやく受け入れた時にはもう5月の連休が目の前になっていたんだ。
これが、私にとっての春の終わり。
卒業前にもう1度会えるだろうか。
そんなことを考えながら、背もたれに体を預けて空を仰いだ。
目の前に広がるのは青い空――のはずだった。
「こんにちは、ストーカーさん」
一瞬思考が凍り付く。
上下逆さまの、すごく綺麗な女の子の顔。
それがあまりにも現実離れしすぎていて、目の前の光景に頭がついていけなかったんだ。
大きな、まるで磨き上げられた鏡のような黒い瞳。
そこに映る私の顔。
野暮ったい眼鏡をかけた、我ながらうんざりするほど地味な顔立ち。
もう癖にすらなっていたはずの目を逸らすことさえ忘れていた。
「隣、いいかしら?」
桜の花びらのような唇が動いて、そこから声が紡がれる。
あたかも天上の音楽を思わせる耳に心地良い澄んだ響き。
何かを聞かれていることはかろうじてわかった。
ショックのあまり動きを鈍らせた頭では内容までは理解できなかったけれど、それでも彼女に対して首を横に振ることなんてできるはずがない。
たぶんものすごくぎこちなくだけど首を縦に振った私を見て、彼女が微笑みを深くする。
「そう、ありがと」
春の日差しに負けないくらい柔らかな微笑み。
綺麗な人だろうとは思っていたけど、その私の想像のはるか上を飛び越えられたような、そんな感じだった。
彼女が身を引いて、ようやく春の青空が見えるようになる。
そのままベンチを回り込み、彼女は私の隣、空いたスペースに腰を下ろした。
私の、隣に――。
「ずっと見ていたでしょう?」
彼女の口調は非難するものではなくて、ただ確認するだけといった感じのものだった。
だけど、私はものすごく悪いことをしていたみたいな気持ちになって反射的に謝罪の言葉を口にしてしまう。
「あ、あの、ごめんなさい」
「どうして謝るの? ああ、さっきストーカーさんなんて呼んでしまったせいかしら? ごめんなさい、そんなつもりではなかったんだけど」
嬉しそうな、世界の全てが幸福に満ちているかのような穏やかな微笑みを絶やさないまま彼女は言う。
一方で私はと言えば、未だに心臓が張り裂けそうなほど早鐘を打っていて、口を開けば本当にそこから飛び出していってしまいそうなほど緊張してしまっていた。
だって、あの彼女と話をしているんだから、緊張しないわけがない。
「あ、ああ、あの……」
それでも何かを言わないととは思うのに、どもってしまってまともな言葉になってはくれず、それがますます私の焦りを募らせていく。
「私、怖いかしら?」
そんな私の様子に、彼女の表情にかすかな翳りの色が差す。
それは、本当に小さな小さな、ともすれば簡単に見逃してしまいそうなほどの変化だった。
だけど、そんな顔をさせてしまったことこそが、私の本当の罪のような気がして――、
「そ、そんなこと! ……ない、です」
知らず大きくなってしまった声が恥ずかしくて、途中からは結局口の中でもごもごさせる程度の音量になってしまう。
そんな私に彼女は少し驚いたように目を丸くする。
けれど――、
「ありがとう」
次の瞬間には、またあの微笑みを向けてくれた。
ずっとその背中を見つめているだけだった彼女と向かい合い、それどころか話をしている。
改めて、それを認識する。
本当に、夢のようだった。
「あなたが私を見てくれていたこと、実は2年前から気づいていたの」
「……え?」
「あんなに熱い視線を向けられていたら、背後からでも気づくものだわ。
それに、この体になってからは視線を向けられること自体なくなっていたから余計にね」
「そ、そんなに……?」
やっと落ち着きを取り戻しつつあった心臓がまた暴れ出し、顔がますます火照ってくる。
「ずっとお話したいって思ってた。
でも、怖くて振り向くことができなかったの」
「……怖い?」
予想外の言葉を鸚鵡のように繰り返す。
「だって、私は一言で言えば幽霊でしょう? せっかく私のことを見える人が来てくれたのに、下手に話しかけて怯えられたら嫌だもの。
さっきだって、本当はすごく緊張していたのよ」
ドキドキするための心臓はもう動いていないけどね、なんて少し冗談めかした物言いをする。
そんな彼女に、私は自分の情けなさで胸がいっぱいになる。
私は、見ていることしかできなかったのに。
それだけで、満足していたのに。
ううん、満足していると思い込もうとしてたんだ。
「でも、あなたは今年で卒業でしょう? だから勇気を出してみたんだ」
照れたような彼女の微笑みは、それまでで1番眩しく見えて、だからこんな私でも勇気を出そうと思えたのかもしれない。
やっぱり相手の目を見て話すのは苦手で、でもなけなしの勇気を振り絞って彼女の瞳を正面から見つめる。
そして――、
「――ずっと、好きだったの」
さっきまで全然上手く動かなかった私の口から、自分でも驚くほどにすんなり言葉が滑り出していった。
でも、言ってしまってから後悔する。
いくらなんでも、もうちょっと前置きというか、話の流れみたいなものがあったんじゃないだろうか。
事実、私のいきなりの告白に彼女はきょとんとしていて、私はどんどん恥ずかしくなって――。
「あ、あの、そのえっと変な意味じゃなくてね、その……」
「――ぷっ……あはははは」
慌てて弁解しようとする私と、噴き出す彼女。
それが、2年越しになった私と彼女の出会いだった。
「何にも憶えてない!?」
あの日から数日。
さくらと名乗った彼女と一緒に行動するようになった私は、寮の自分の部屋で思わず大きな声を上げてしまった。
「そ。
だからかな、幽霊らしくないの」
えへっ、なんて言わんばかりの勢いであっけらかんとしているさくらに、私は少し眩暈のようなものを覚えてみたりする。
発端は、彼女から切り出したどうしてさくらが幽霊になったかという話だった。
ずっと気にはなっていたものの、ナイーブな問題だから私からはなかなか切り出せずにいたんだけど、そういう流れになったからといざ聞いてみると返ってきたのは『わかんない』という予想外の答えだ。
しかも突っ込んでみると、未練とか以前に、生きていた頃のこと自体ほとんど何も憶えていないとのこと。
「じゃあ、さくらって名前は……?」
「あ、それは勝手にあたしが付けたんだ。
あの桜が咲いてるのを見てると、なんか胸の奥がうずうずするっていうか、何かを思い出せそうな気がするから」
その背中だけを見つめていた頃、彼女がどんな人かについて色々と想像の翼を広げていた。
きっとすごく綺麗で、落ち付いていて、儚げで。
静かに桜を見上げている彼女について、そんな人物像を思い描いていたんだけど……。
実際付き合ってみると、彼女は想像していたよりずっと綺麗で、そして砕けた感じだった。
初めて話したあの日ですら、思っていたよりきさくな感じだとは思ったものだけど、あれでも猫を被っていたらしい。
だからといって彼女に対する私の気持ちが変わるわけじゃないけど、少しだけ、ほんの少しだけショックだったりしないこともなかったり。
死んでしまった後でもこの世に残り続けられるだけの未練には心当たりがなくて、それでもこうして存在していられる。
自分が死んだことに気づいていないわけでもない。
さくらは自分が死んでいて、幽霊だということをちゃんと認識して受け入れている。
別に見えるだけで、その手の専門家でもない私にははっきりと断言はできないけれど、やっぱりこれは珍しいケースなんじゃないだろうか。
「そこで逆に聞きたいんだけどさ、あたしの未練ってなんだと思う?」
「……ええ?」
本人も見当がつかないことを聞かれても、私に答えが出せるはずがない。
「何でもいいから、あたしを助けると思って。
おねがい!」
自分の勉強机に備え付けの椅子に座った私に対して、宙にふわふわ浮いているさくらがずずいっと迫ってくる。
「そんな、急に言われても……」
思わず仰け反りながら言葉を濁す。
一応、1つだけ思い当たるものがあったんだけど、なんとなくそれを口にするのははばかられた。
もしそれが正解で、話した瞬間彼女の記憶が蘇ってしまったらと、そんなことを考えてしまう。
ずるい考えだとは自分でも思ったけど、記憶を取り戻した彼女が私の前から去っていってしまうくらいなら、記憶が戻らないままでずっと一緒にいてほしいと、そう思ってしまうんだ。
卑怯な自分に対する自己嫌悪。
真剣な彼女の瞳が、まるでそんな私を非難しているみたいで、それがますます強くなる。
「ねぇねぇ、りーりーかー」
私の首に両腕を回し、そこを支点にヘリコプターのようにぐるぐる回るという幽霊ならでは必殺技。
触れ合った肌の感触はどこか頼りなくて、でも確かに触れているのがわかる不思議な感じ。
「だ、だから私に聞かれてもわからないよ」
「む、あくまで黙秘権を行使するつもりなら……こうだ」
ちょうど真後ろに来たところで回転を止めたかと思うと――、
「――やっ!?」
いきなり私の胸のあたりに手を伸ばすさくら。
服も下着も着けているいるのに、それらをあっさり透過して直接触れるという、これまた幽霊ならではの――。
「だ、だめ……」
「うひひ……さあ吐くのだー」
耳元で品のない笑い声をあげながら、さわさわと胸をさすってくる。
慌ててそれを止めようとしても、私の手は彼女の腕を擦り抜けてしまって掴むことすらできなかった。
「ず、ずるい……ひゃん!?」
私の抗議もどこ吹く風で、突然きゅっと握ってくる。
痛いほどではなかったけれど、それまでの摩擦によるものとは色の異なる刺激に対して、思わず出てしまう変な声。
「あ、いい反応。
りりかって敏感なんだ」
やけに嬉しそうにそう言ったかと思うと、不意にさくらの手の動きが止まった。
やっと気が済んだのかと思った私は、すぐにその考えが甘すぎたことを思い知らされる。
「ねぇ、りりか」
耳元で囁かれる声。
さっきまでのふざけたような軽い感じじゃない、静かな声音。
実際には存在しない吐息までもが感じられるみたいで、少しだけ耳のあたりがくすぐったい。
「このまま、エッチしてみない?」
一瞬、何かの聞き間違いかと思った。
思ったけど……何度頭の中で再生してみても、その言葉はそれ以外の何かには解釈できなくて――。
「な、何言ってるの……?」
「嫌……? りりか、あたしのこと好きって言ってくれたよね?」
あの日の告白を蒸し返される。
「もしかしたら、そういうことをしたことないまま死んじゃったのが、未練になってるかもしれないしさ。
ね? おねがい」
いつもと同じで耳に心地良い透き通ったさくらの声。
だけど、今のそれは少しだけ粘り付くようなそんな感じがあって、頭の芯が痺れていくようなそんな錯覚に陥ってしまう。
そして、私はその声色に操られるように思わず首を――。
「ううぅ……」
パジャマのボタンをさくらの指が1つ1つ外していく。
その間、私はずっとお祈りするみたいに手を胸の前に合わせてじっとしていた。
正直、恥ずかしくて今にも死んでしまいそうだった。
この場合、死因は羞恥死にでもなるんだろうか。
前を開かれて下着が露わになる。
下着姿自体は、別に初めて見られるわけじゃなかった。
初めて見られるわけじゃなかったけど、他人に脱がされてという条件が付くとその恥ずかしさは何十倍にも膨れ上がると思い知らされる。
2段ベッドの下の段で、仰向けに寝ている私に覆い被さるような体勢にいるさくらの目は、何だかいつもよりぎらぎらしているっていうか、その奥で炎が燃えているようなそんな気すらしてしまう。
「そ、そんなに見ないでよ……」
「どうして? すごく綺麗だと思うけど」
スタイルには自信がなかった。
というより、むしろものすごいコンプレックスになっている。
胸だって同じ年頃の子達よりは小さめだし、くびれもあんまりない感じ。
目の前にいるさくらが逆に平均以上だから、一層その思いが強くなる。
眼鏡を外しているから、少しぼやけたさくらの輪郭。
さくらのウエストとか触れたら折れてしまいそうなくらい細いのに、胸は余裕で私を上回っている。
さくらは女性で、私はまだまだ女の子。
そんな風にすら思えてしまう。
神様は、不公平だ。
「さ、ちょっと腰上げて」
今度はズボンを下ろそうとしているらしい。
そこで、私はふとあることを思いついた。
「あの、さくら、ちょっといい?」
「ん、何?」
「さくらってさ、服の上からでも、ちょ、直接触れるんだし、無理に、その……脱ぐ必要ってないんじゃない?」
色々と恥ずかしいことを言っているからしどろもどろになりながら、それでも最後まで言いきった。
だって、大切なことだし。
触れられるだけでも十分過ぎるほど恥ずかしいけど、そこに見られるというのまで追加されると本当に脳みそが沸騰してしまいそうだった。
なのに、さくらはそれを聞くと、なんだそんなこと、とでも言いたげな顔をして――、
「なんだそんなこと」
本当に言ったよ、この人は。
「簡単なことよ。
あたしが脱がせたいから」
あまつさえ、そんなことまで言ってきた。
顔がかぁっと熱くなる。
上を肌蹴られた時点でもう限界だと思っていたのに、私の体は私自身の認識以上の性能を秘めていたようだ。
「も、もしかして、計画的だったの?」
「何が?」
惚けてみせるけど、その目が如実に真実を物語っている。
だいたい、何だか妙に手際がいい気はしてたんだ。
今私が寝ているのは2段ベッドの下の段。
今は主不在の上の段は、1年生のあやちゃんのベッドだ。
今夜彼女は別の部屋にお泊まりに行っている。
お泊まりは基本的には禁止事項なんだけど、同じ寮内で、そしてあまり頻繁にならない範囲でなら黙認されていた。
あやちゃんは、こういう言い方は失礼かもしれないけど、まるでお人形さんのように可愛らしい子で、彼女と同室になった時は友達からは随分羨ましがられたものだった。
すごくちっちゃくて、1番小さなサイズの制服ですら袖からようやく指先が覗く程度。
しかもすごく明るくて元気がいいから、あっという間にうちの寮のマスコット的な存在になった彼女は、時折お呼ばれしてお泊まりに行っているというわけだった。
さくらの姿は、少なくとも私が知る限り私にだけしか見えていない。
もちろんその声もしかり。
だから、人前で会話しようとすると、私は虚空に向かって話しかけているイタい人に思われてしまうから、基本的に外では、そして部屋の中でもあやちゃんがいる時は直接会話をすることができなかった。
だから、彼女がお泊りに行っている日は思う存分話せるわけなんだけど。
ここまでの展開込みで、未練の話を切り出したに違いないと今私は確信していた。
「止める? りりかがどうしても嫌だって言うなら無理強いはしないけど」
寂しそうな顔でそんなことを言うのは反則だと思う。
私もたいがいずるいけど、さくらもそれに負けないくらいずるかった。
だから、私達はお似合いなのかもしれない。
そう考えると、我ながら単純だけど嬉しくなる。
「……続けて、いいよ」
顔から火が出そうなほどの羞恥に襲われながら、それでも何とか口にした言葉。
ぱぁっと明るくなるさくらの表情に、私の胸にも幸福感が満ちてくる。
「ありがと」
不意打ちのような軽い口付け。
一瞬触れるだけの、私のファーストキス。
「……あ」
「ん?」
「よく考えたら、ファーストキスより前に服脱がされるのってどうかなって思って」
「あはは、それはそうかもね」
厳密にはパジャマの前を開けられただけだけど、やっぱり本来あるべき順番とは少し違う気がした。
そもそも、私達は女の子同士で、しかも彼女は幽霊だから、その時点で普通とは随分かけ離れた関係なんだけど。
そんなことを思って、私達はしばらく笑い合っていた。
「と、納得したとこで腰上げて」
別に納得したわけじゃなかったけれど、それでも言われるがまま腰を少し浮かせる。
パジャマのズボンに指をかけられて、そのまま下に――、
「って、ちょ、ちょっと!?」
ズボンだけでなく、まとめて下着まで下ろされそうになった私は慌てて待ったをかける羽目になった。
「ダメ?」
可愛らしく小首を傾げても駄目なものは駄目。
こっちにも心の準備っていうものが――。
「だいたい、私ばっかり脱がされてさくらはそのままなのはずるいよ」
私の精一杯の反撃は、むしろ墓穴を掘ることになる。
「あ、それもそうだね」
あっさりとそう言ったかと思うと、次の瞬間にはさくらは一糸纏わぬ姿になって私の前に立っていたのだ。
あまりにも躊躇いのないその変身振りに、私はあんぐりと口を開けて固まってしまう。
初めて見る彼女の生まれたままの姿。
そこから振りまかれる後ろ姿から感じていた以上の神々しさ。
それは思わず見入ってしまうほどに綺麗だった。
「ほら、これで今度はりりかの方がずるいでしょ?」
呆然としている間に、今度こそズボンが下着ごと膝下あたりまで下げられてしまう。
「あ、や、やだ!?」
慌ててそこを手で隠した隙をついて、今度はブラをずらされる。
「ふふふ、裸もいいけど、これはこれで」
よっぽど自信があるのか、自分の体を隠そうともせずそんなことを言う彼女。
「さ、さくらは恥ずかしくないの?」
私はもう死にそうだった。
「りりかにだったら見られても平気。
だからほら、りりかも隠さないで見せてよ」
平然と無茶なことを言う。
でも私になら見られても、というのは正直嬉しかったりして、本当に彼女には敵わない。
残されたわずかな精神力を掻き集めてきて、ゆっくりと手をどかしていく。
さすがに恥ずかしくて彼女の顔は直視できなかったけど、体の横に手を移動させ、反射的に戻してしまわないようにシーツをぎゅっと握り締めた。
「ん……んんぅ……」
首筋をさくらの舌が這っている。
触れている間は確かに濡れた感触があったのに、通り過ぎた場所は実際には濡れていないという不思議な感覚。
まるでビニール手袋を着けた手を流水に晒しているような、そんな感じ。
それでも確かにお互いの体は触れ合っていて、さくらの手の平が宛がわれた胸からは、何ともいえない何かが込み上げてきていた。
小さめな膨らみをやわやわと揉まれると、くすぐったいようでいて、それとはまた違う何かを感じてしまう。
今まで自分でするという行為に全く興味がなかったわけでもないけれど、ずっと寮で2人部屋だったから実際にしてみたことはなかった。
だから、こういう形で胸をどうにかされるのは初めてで、頭の中がどうにかなってしまいそう。
「ねぇ、感じてくれてる?」
首筋から耳元へと移動してきたさくらの舌と囁き声。
「わ、わかんないよ……んっ」
それに震える声で答えると、全身をぴりっとした電流が駆け抜けていった。
体が意思とは無関係に跳ね上がる。
何が起きたのかわからなくて、私は何度か目をしばたたかせた。
「痛かった?」
そう尋ねられて、ようやく胸の先のじんじんとした熱を認識させられる。
「痛くは、なかった……と思う」
正直にそう告げると、直接は見えなかったけど、さくらが安心したような声というか吐息みたいなのを漏らしたのがわかった。
「あ、あの……さくらって、こういうの経験あるの?」
思わずそんなことを聞いてしまう。
「さあ? だって、憶えてないから」
そうだった。
そもそも今こういう行為に至っているのも、その話が発端だったのに、私は何を言っているんだろう。
「余計なことは考えないで」
「あぅん!?」
また胸の先端に鋭い刺激。
今度は2回目だから、より鮮明にその感覚を捉えられる。
やっぱり痛くはなくて、だけどそれをされると体が勝手に動いて声も出してしまう。
「だ、だめ……声が出ちゃう」
「あたしはむしろ聞きたいけどな」
「だって、恥ずかしいよ……」
何とか抑えようとはしているんだけど、それでも時々漏らしてしまう恥ずかしい声。
その声が、自分ではすごくはしたないものに聞こえてしまって、ただでさえ早鐘を打っている心臓が、本当に破れてしまいそうだった。
胸に触れている手の平から、きっとさくらにも伝わってしまっているんだと思うと、恥ずかしさがまた倍になる。
「なら――」
正面に来た少し上気したさくらの顔。
そして、もう1度触れ合わされる柔らかな唇。
でも今度はすぐに離れたりしなくて、そのままの状態で行為が再開させられる。
「――んっ……んんん……」
胸を中心にして、時折腋の下や脇腹なんかの敏感な場所をさくらの指が刺激していった。
その度に漏れる吐息がさくらの中に吸い込まれていくのが、まるで私自身が彼女に飲み込まれていくようで、不思議な充足感をもたらしてくれる。
酸素が足りなくなったのか、それ以外が原因なのか、だんだん頭がぼうっとしてきた。
それを見計ったように――、
「――んんぅ!?」
さくらの足が、私の両足の間に割り入ってくる。
くちゃりという小さな水音と、彼女の太股に触れた股間全体から痺れるような感覚が生まれ、私の頭を揺さぶっていく。
さくらの体は、汗をかいたりしていない。
だから、その小さな、だけど確かに存在している濡れた感触の原因は私以外にありえない。
汗もあるだろうけど、それ以上に私が、さくらの愛撫に感じていた証。
すべすべした太股で全体を摩擦されると、それと同時にさくらの股間も私の太股に擦り付けられる。
舌と同じで、そこにも濡れた感触はある。
それは本当には存在しない幻かもしれないけれど、でも確かにさくらの方も感じてくれているんだと思うと嬉しかった。
だから私はもっと感じて欲しくて、それまでシーツを握り締めていた手を、覆い被さっているさくらの体、その胸にそっと伸ばしてみたりする。
さっき彼女にされた感じ。
それを頭の中で再生しながら、たどたどしくではあったけど手を動かしていく。
「――ぷぁ!?」
さくらはずっと重ねていた唇を離して驚いたように目を丸くしたけど、すぐにあの微笑みを浮かべてくれた。
私の大好きな、あの柔らかい微笑みを。
それを見ると、心が得も言われぬ幸福感に満たされていく。
これがある限り、私はずっと彼女のことが好きでいられる。
そう確信した。
次の瞬間、頭の中で白い光が爆発する。
「どう、成仏できそうな感じする?」
全身が鉛のように重かった。
だけど嫌な感じというわけじゃなかった。
心地良い気だるさ、みたいなものを感じながら、横に寝ているさくらに対して声をかけてみる。
「……え、何のこと?」
なのに、彼女はまるで私の言っていることに見当が付かないみたいにぽかんとしたかと思うと――、
「あ、ああ……うん、あれね、うーん、ダメだったみたい」
取り繕うように笑って誤魔化した。
やっぱり、あれは口実だったんだ。
「まあ、そんなところだと思ったけど」
ごろんと寝返りを打ってさくらに背を向ける。
「ご、ごめん、りりか」
別に、怒っているわけじゃなかった。
なのに慌てて謝るさくらの声に、私は噴き出しそうになるのを必死で堪える羽目になる。
むしろ嬉しかった。
まだ、さくらがそこにいてくれることが。
本当なら幽霊である彼女が成仏できるように祈ってあげるのが正しいのかもしれないけれど、それでも私は彼女に傍にいてほしかった。
やっぱり、私はずるいのかな。
そんなことを考えながら、私は疲労に身を任せるように目を閉じたのだった。
以上です。
GJ!!!
神降臨!!
続きを投下します。
「ほら、りりか、起きなって」
体をゆさゆさ揺すられる。
「……んぁ」
体を起こして周りを見ると、横にはさゆりが立っていた。
ここは教室。
今はお昼休み。
外しておいた眼鏡をかけると、視界と一緒に頭の中までクリアになる。
「ほらほら音楽行くよ」
時計を見る。
次の授業は音楽で、だからそろそろ移動しないと間に合わない持間。
普通の科目なら、あと5分は寝ていられたのに。
「……あ、うん」
まだちょっと全身がだるいけど、それでも行かないわけにもいかない。
渋々ながらも立ち上がると――。
「……りりか、よだれ」
「うそ!?」
慌てて口元をごしごしこするけど、濡れた感じはあんまりなかった。
顔を上げると、にんまりとしたさゆりの笑顔。
「う・そ」
「も、もう!」
そんな、のどかなのどかなお昼休み。
私は最近寝不足気味です。
「でもさー、いくらうちがエスカレーター式だからって、最近ちょっと気抜き過ぎじゃない?」
音楽室までの道すがら、さゆりにそんなことを言われてしまう。
「それは、自分でもわかってるんだけど……ぁふ」
言われたそばから小さなあくび。
さゆりと私は去年寮でルームメイトになって、それ以来こうして一緒に行動することが多くなっていた。
この学校では1年ごとに寮の部屋割りが変わっていく。
原則1部屋を2人で使って、1年生は3年生と、2年生は同学年同士でペアを組む。
要は1年の時は先輩に色々教えてもらいながらお世話をして、2年の時は同じ学年の子と力を合わせて共同生活。
そして3年になったら新入生の面倒を見る、という方針の部屋割りだ。
「なんか、あやちゃんも最近寝不足だって言うし、あんた達もしかして……」
「そ、そんなんじゃないって!」
半分図星を突かれて気が動転する。
そう、私の寝不足の原因は、あの日以来毎日のようにしているさくらとのエッチだった。
迫られると強く拒めない私も悪いんだろうけれど、私には昼間授業があるということを少しでいいから考慮してほしい。
「……って、あやちゃんも?」
それは、初耳だったかも。
「知らないの? って、私もまどかに聞いただけなんだけど、結構居眠りしてるみたいよ」
まどかっていうのは、さゆりのルームメイトで、あやちゃんのクラスメイトでもある女の子。
「うーん、いつも結構早い時間にベッドに入ってるはずなんだけど……」
だからこそ、あやちゃんがお泊まりの日以外でも、そういうことができるんだけど。
「ふぅん、ならあの子の場合、それがデフォなのかもしれないね。
ま、春だしねぇ……」
さゆりのしみじみとした言葉とは裏腹に、外からの日差しはそろそろ初夏の気配を醸し出しつつある今日この頃。
いつもだったら、さくらはとっくに姿を消していたんだろう。
でも、今年は違った。
消えちゃうんじゃないかと心配になって聞いてみたところ、別に春にしか存在できないというわけではなくて、単に花が散ると桜に興味がなくなるからそこらをふらふら飛び回っていただけとのこと。
慢性的に寝不足気味なのは辛いけど、でもやっぱり一緒にいられることはその何倍も嬉しかった。
その日の夜、私はあやちゃんと向き合っていた。
場所はもちろん私の部屋で、つまりはあやちゃんの部屋でもある。
小さなテーブルを間に挟んで、なぜか2人とも正座をしている。
本当はそんなにかしこまる必要はなかったんだけど、ちょっと話があるって言ったら彼女の方がそんな感じで座ってしまったから、こちらもそれに合わせたわけで。
「……あのね、あんまり深刻に受け取らないでほしいんだけど」
そう、前置きする。
なのに、その一言に対して、ずっと俯いていたあやちゃんは大げさくらいビクッと肩を震わせた。
もしかして、怖がられているんだろうか。
だとしたら、さすがに結構ショックかもしれない。
懐いてくれてると思ってたのに。
ちょっと落ち込みながら、それでも一応言うべきことは言っておかないといけなかった。
「最近、ちょっと授業中の居眠りが多いんじゃないかって話を聞いたんだけど……」
またしてもあやちゃんは肩を、というより全身を跳ねさせる。
さすがにここまでされると私も怯む。
とはいえ、このまま放っておいて生活指導の先生なんかに呼ばれてしまえばそれこそ可哀想だし、私にできることがあるならしてあげたかった。
「いつも早くに寝てるよね? それでも眠くなっちゃうのかな?」
なるべく優しく聞いているつもりなんだけど、あやちゃんからの返事はない。
ものすごく、気まずかった。
だいたい、今は私自身他人に注意できるほど授業態度がいいとは言えない状態なわけだし。
「りりか、ちょっといい?」
と、不意に横からさくらが話に割り込んできた。
目の前にあやちゃんがいるわけだから、もちろん私の方から返事はできない。
だから、アイコンタクトだけで『何?』と返す。
どうやらそれはちゃんと伝わってくれたらしい。
さくらが言葉を続けていく。
「あやちゃんの寝不足の原因って、たぶんあたし達だと思うんだけどな」
「はぁ!?」
あまりの言葉に思わず声を出してしまう。
出してしまってから気づいたけれど、その時にはもう後のまつりもいいところ。
あやちゃんにしてみたら、部屋には彼女と私しかいない。
その状態で大声なんて出したてしまえば……。
「あ、あやちゃん、今のは違うの……あなたに言ったんじゃなくて……」
弁解しようにも、隣にいる幽霊に言ったのなんて言えるわけがない。
「ご、ごめんなさい……」
ようやく喋ってくれたと思ったら、涙混じりのごめんなさい。
普段が元気いっぱいなだけに、痛々しくて見ていられなかった。
しかもさくらのさっきの言葉が真実だとすると、あやちゃんはさくらと私のあれを知ってる。
頭の中がぐちゃぐちゃになって、私の方こそ泣きたいぐらいだった。
携帯から連投規制対策
「少し、いいかな」
そんな私達に対する救いの手? は、私の隣から差し伸べられた。
私にとっては聞き慣れた、そして何度聞いてもうっとりするほど綺麗に澄んださくらの声。
それに、私だけでなくあやちゃんも反応する。
ずっと俯けていた顔を跳ね上げるという動作でもって。
愛くるしい顔立ち。
加えて、頭の左右で結った髪型が、一層彼女の可愛らしさを引き立てている。
涙に潤んだつぶらな瞳。
それが向けられているのは紛れもなく私の隣にいる幽霊のさくらだった。
「こんばんは、あやちゃん」
何事もなかったかのように、あの微笑みを浮かべながらさくらが話しかける。
「……せ、先輩、こちらの方は……?」
視線はさくらにむけたまま、あやちゃんが私に質問を投げかけてくる。
間違いなく見えていた。
「私はさくら。
今は……りりかの恋人ってところかしら? 幽霊だけどね」
私の代わりに本人が自己紹介。
「ゆ、ゆーれい……」
その自己紹介を、目を白黒させながらうわ言のように繰り返すあやちゃん。
幽霊だなんて、いきなり言われて信じられるわけがない。
けど、さっきまで2人しかいなかった部屋にいきなり現れられたら信じないわけにもいかないんだろう。
たぶん、今あやちゃんの中では常識と目の前の光景がものすごい勢いで衝突しているんだと思った。
「さ、さくら、これどういうこと?」
そして混乱しているのは私も一緒だ。
「ああ、なんか実体化できるようになったみたい。
ちょっと前からだけど」
さくらはこの場でただ1人悠然としていて、さらりとそんな重大なことを教えてくれる。
言われてみれば、いつもは少し透けているはずの彼女の体が、いまは全然透けていなかった。
「どうしてそんな大事なこと黙ってたの!?」
「だって、最初っから見えてるりりかにとっては、あんまり意味がないことかなって」
「た、確かに……で、でも何もこんなタイミングで出てこなくても」
「でもさ、りりかも毎晩1人でしているエッチな先輩なんて思われたくないでしょ?」
「……ぁう」
そ、そうだった。
本来さくらの声はあやちゃんに聞こえない。
その状態で、夜中に私の声だけ聞いたら、あやちゃんは私が1人でしていると思ってしまうのかもしれなかった。
ていうか、それ以外ありえないし。
「あ、あやちゃん、本当に気づいてたの?」
さくらに向けていた顔を、ミニテーブルを挟んで座る後輩に向ける。
「え、あ、あの……はい」
まだ呆然としていた彼女は、それでも言葉の最後に小さく頷いて肯定の意を示してくれた。
目の前が真っ暗になるというのは、こういう状態を言うのかもしれない。
「い、いつから……?」
「あの、1週間くらい前に夜中目を覚ましたら、その、せ、先輩の声が……」
恥ずかしそうに頬を赤らめながらのその言葉。
1週間もあの時の声を聞かれていた。
そう考えると、脳の血管がぶちぶち切れてもおかしくないくらい頭に血液が集まっていく。
さくらと初めて話をして以来、恥ずかしさで人が死ねるならもう何十回も死んでる気がした。
「さ、さくらも気づいてたならどうして……?」
「だって、りりかに教えたら、もうしてくれなくなるかなって」
悪びれもせず、この人はもう……。
「そ、そんなの当たり前だよ!」
私の叫びは空しく部屋に響いたのだった。
連投
「く、くすぐったいです……」
「すぐ良くなるから、少しだけ我慢して」
上の段から聞こえてくる2人の声と衣擦れの音。
あと、ベッドが軋む音もたまにしていた。
どうして、こんな展開になったんだろう。
「あ、そんなとこ……」
そんなとこってどこですか、あやちゃん。
さくらの乱入で一時は収拾がつかなくなるかと思ったあの話し合い。
あやちゃんが私達がしているのを聞いてしまったせいでどきどきして眠れなくなったと告白すると、それならあやちゃんにもしてあげる、なんてさくらが言い出したんだ。
最後まできちんとすればむしろすっきり眠れるからと。
あやちゃんはあやちゃんでそれを受け入れてしまい、現在上の段では2人がお取り込みの真っ最中、というわけだった。
「あん!」
「かわいい声、もっともっと聞きたいな」
正直、こんな状態で眠れるわけがない。
目の毒ならぬ耳の毒。
ごめんね、あやちゃん、こんな状態で1週間も我慢させちゃって。
心の中で懺悔して、毛布を頭から被ってみる。
それで音だけは多少防げるようにはなったけど、さすがに今度は暑苦しい。
とはいえ、頭を出せば聞こえてくるのは2人の声。
今度はそっちでのぼせてしまう。
さくらの指や舌が、今この瞬間にもあやちゃんの肌の上で躍っているかと考えただけで、私の方まで何だか体が火照ってくるのだ。
もしかすると本来ならここは嫉妬の1つでもするべきポイントなのかもしれない。
でも不思議とそんな気分にはなれなかった。
たぶん、さくらがその辺さばさばし過ぎているせいで、私1人がやきもきするのが馬鹿らしく思えてしまうに違いない。
「りりか、りりか」
せっかく暑さに慣れてきたのに、いきなり毛布を剥がれてしまう。
顔を上げればそこにはさくら。
真っ裸。
「な、何……?」
思わず目を逸らしながら聞いてみると――、
「ごめん、バトンタッチ」
なんて軽い調子で言ってくる。
「何言ってるの!?」
「実はさ、タイムリミット忘れてたんだよね」
そう言うさくらの体は、電気を消しているからわかりにくいけど、いつもみたいに透けていた。
つまりは、私にしか見えないいつもの状態。
「せ、せんぱぁい……」
上の段からあやちゃんの弱々しい声と、ぎしぎしという梯子を下りる音が聞こえてくる。
そして――。
「きゃ!?」
小さな悲鳴とどすんと言う音。
「あやちゃん!?」
驚いてカーテンを引くと、そこではあやちゃんがショーツ1枚というあられもない姿で尻餅をついている。
髪を下ろしているから、いつもより少しだけ大人びて見えるけど、私以上に平坦な胸とか、くびれという単語とは無縁のウエストとか、今の今までそういうことをしていたというのがちょっと信じられないくらい幼い容姿。
「いたたた……せ、先輩、さくらさんが急に消えてしまって……」
「あ、うん、なんかね、実体化のタイムリミットが来たって。
だから今日は……」
「そ、そんなぁ……」
泣きそうに顔を歪めるあやちゃんに、私の中に罪悪感が込み上げてくる。
「りりか、それはちょっとひどいんじゃない? 途中で止められる辛さ、知ってるくせに?」
ええ、ええ、知ってますとも。
以前他でもないさくらに焦らされたから。
「そんなこと言ったって、さくらが実体化できないんじゃ我慢してもらうしかないじゃない」
無責任なことばかり言う困った恋人に、そう訴える。
と、その時あることに気がついた。
「そうだ、触るだけなら、そのままでもできるんじゃないの?」
でないと私のパジャマとか脱がせたりできないはずだし。
「できるけど……」
返事は肯定。
でも珍しく煮え切らない感じ。
「でもさ、さすがに見えない相手に触られるのって怖くない? ただでさえ初めてなんだし」
「それは……うん、そうかも」
そういうとこには気が回るんだよね。
「先輩……」
すぐ後ろから、あんまり聞いたことがないような調子の、どこか甘ったるいあやちゃんの声。
「ごめん、ちょっと待ってて……、――っ!?」
いきなり腕を回される。
2つ下とは思えないくらいに小柄な体。
そのあやちゃんが縋りつくように抱き付いてきたんだ。
「あ、あやちゃん……?」
「わたし……先輩にしてほしい、です」
蚊の鳴くような、普段とは全く違う囁き声。
声に足りない力を補うように、回した腕にぎゅっと力を込められる。
「そこまで言われて断るようじゃ、女が廃るってものでしょう、りりか? それに、これはあたしの勘だけど、あやちゃんは最初からあたしよりりりかの方にしてほしかったと思うんだな」
にんまり笑ってそんなことを言う。
「さ、さくら、もしかしてまた全部……」
タイムリミットを忘れていたなんて嘘なんじゃ……。
「先輩……ダメ、ですか?」
上目遣いの潤んだ瞳。
それは中途半端に昂ぶらされたせいなのか。
それとも拒絶されることへの恐怖からくるものなのか。
そんな瞳を向けられて、拒むことなんてできるはずがなかった。
「だ、ダメじゃ……ないけど」
「よし! それでこそ、あたしのりりかだ!」
押し切られるように頷く私に、1人勝ち誇った声をあげるさくら。
本当に、彼女には適わない。
またしてもそんなことを思い知らされた。
連投
私のベッドにあやちゃんを寝かせて、その上に覆い被さるように四つん這いになる。
私の立場は逆だけど、ちょうどさくらと初めてした時みたいな位置関係だった。
目の前にはがちがちに緊張しているあやちゃんの顔。
「ごめんね、さくらみたいに上手くはできないかもしれな――いたっ!?」
思わず口を突いて出た言葉の途中で、いきなり頭をはたかれる。
もちろんあやちゃんはそんな乱暴なことなんてしないから、犯人はさくら以外にありえなかった。
「せ、先輩!?」
あやちゃんには、今はさくらの姿が見えてはいない。
だから彼女に頭を叩かれた私の挙動は、さぞかし奇妙に映ったんだろう。
目をお皿のようにまん丸にする。
「い、いきなり叩かないでよ、さくら」
あやちゃんに事態を説明する意味も込めて、横にいるさくらに対して小声で抗議。
だけど――、
「これからって時に、不安にさせるようなこと言ってどうするの。
こういう時は、はったりでもいいから、リードする方はどーんと構えてないといけないの」
いきなり手を出したことはともかくとして、言ってること自体はたぶん正論だったから、私の方からそれ以上言い返すことはできなかった。
私が不安がってたら、初めてのあやちゃんはその何倍も緊張する。
だからといって、私自身もリードするのは初めてだから、何から始めればいいのか見当もつかないというのが正直なところだった。
服を脱がせる段階は、さくらがほとんど済ませてくれてる。
あやちゃんが現在唯一身に着けている、良く言えば可愛らしい、悪く言えばちょっと子どもっぽいショーツの中心には、小さくだけど色の変わってる部分があるのが見て取れた。
乳房と呼ぶのは若干困難な胸の中心も、ぷっくり膨れているのはわかる。
最初は胸を、いややっぱりショーツの上からでも、いやいやいっそのこといきなりだけど直接……。
色んな選択肢が次々頭に浮かんでくる。
でもそのどれもが間違っているような気がしてしまって、即座に否定されては沈んでいった。
「あ、あの……先輩……」
「な、何!?」
動くに動けず固まっていた私は、下からかけられたかすかな呼びかけに過剰なくらいうろたえた声をあげてしまう。
そんな私を下から見上げてくるあやちゃんは、恥じらうように目を伏せたかと思うと小さな声で囁いた。
「……キス、してくれませんか?」
長い睫毛がふるふる震えて、つきたてのお餅のように柔らかそうなそのほっぺたも薔薇の花びらのように染まっている。
たぶん、恥ずかしくてたまらないんだろう。
頭の上から、さくらの呆れたような溜め息が1つ聞こえてくる。
だけど、わざわざさくらに言われるまでもなく、私は自分の至らなさを思い知らされ打ちのめされていた。
だけど落ち込むだけなら猿でもできる。
今やるべきは別のこと。
とっさに出そうになった謝罪の言葉を飲み込んで、あやちゃんの顔に私のそれを近づけていく。
彼女の方も、応じるように目を閉じてくれた。
さくらのものとはまた違う、柔らかな触感。
甘い、ミルクのようなあやちゃんの香り。
どれくらいそれを堪能していただろう。
唇を離した時、あやちゃんの体からはかなり余分な力が抜けているように私には見えた。
そして、それは自分にも言えること。
さっきまで色々考え過ぎていて動けなくなっていたのが嘘のように、自然と腕が動いていく。
「ぁ……」
平らな胸に手を宛がうと、彼女のそこはちゃんと柔らかくて、薄く浮いた汗のおかげで吸い付くような触感だった。
伝わってくる彼女の体温と、心臓の鼓動。
こうしてただただ触れているだけでも、彼女と深く繋がっているような、そんな気すらしてくる時間が過ぎていく。
「……入学してから、ずっと先輩に憧れてました」
不意にあやちゃんが口を開いた。
紡がれるのは夢見るようなうっとりとした調べ。
「先輩はいつも落ち付いていて、優しくて……」
「本当は、そんなでもないんだけどね」
なんだかくすぐったくて、そんな風に答えてしまう。
「そんなことないです。
子どもっぽいわたしなんかとは全然違くて……。
だから、何だか今こうしているのが夢みたいです」
連投
あやちゃんの微笑みに、さくらのそれがダブって見えた。
本当に幸せそうな、私が大好きなその微笑み。
それを見ていると、目の前にいる小さな彼女が愛おしくて堪らなくなる。
「手、動かしてもいい?」
もしかしたら、いちいち聞かずに進めてあげるのが正解なのかもしれなかった。
だけど、たぶん聞いてしまうのが私なんだと思う。
自惚れかもしれないけれど、そういう私をこの子は好きになってくれたんじゃないかって、そんな風に思えたんだ。
「……はい」
小さく頷くあやちゃんの胸に、慎重に、文字通り壊れ物を扱う時の繊細さでわずかに指を沈めてみる。
いつのまにか、さくらの姿はなくなっていた。
きっと、気を利かせてくれたんだろう。
「ん……」
むずがるような声を出し、体をかすかにくねらせる。
しばらくそんな風に慣らしてから、指の隙間から覗く可憐な蕾をこれまた優しく挟んでみる。
「はん!?」
少し大きめの反応。
でもそこに苦痛に色がないことを確認して、さらに何度か刺激する。
その度に、あやちゃんはピクン、ピクン、と体を跳ねさせた。
「せ、先輩、もう……その……」
瞳をとろんと蕩けさせ、甘えるような声を出すあやちゃん。
そんな彼女の期待に応えるため、私は体の位置を移動させた。
私の頭が、ちょうど彼女の股間の上に来るあたりにまで下がっていく。
ショーツの染みは、確かにさっきまでより大きくなっていた。
そこに、指を伸ばす。
彼女の1番大切な場所に、薄布1枚を隔てて触れる。
指先に感じるかすかな湿り。
その淵をなぞるように指を這わせてから、今度はショーツを下ろしていく。
先天的にそうなのか、それとも単に遅れているのか、彼女のそこには本来あるべき茂みがなかった。
ぴたりと閉じた無毛の女性器。
純粋に、ただ純粋に私はそれを綺麗だと思った。
彼女の体は何から何まで全てが無垢で、不意に私がそれを汚しているような気すらしてきて背徳感が湧き上がる。
「……や、やっぱり変ですよね、わたしのそこ……」
つい動きを止めてしまった私に対し、あやちゃんが泣きそうな声でそんなことを言う。
こんなに綺麗なのに、他の人とは違うということが、やっぱり彼女にとってはコンプレックスになっているらしい。
私はそれを言葉で否定しようとして、けれどすぐに思い止まった。
それよりも、行動で示してあげたほうがわかってくれると思ったから。
甘酸っぱい蜜をたたえた神聖な泉。
そう呼ぶに相応しいそこに優しく優しく口付けをする。
「ひゃぁぁん」
魂が抜けていってしまうんじゃないかと、そんな心配までしてしまいそうなあやちゃんの嬌声。
「せ、先輩……ダメ、です、そんなとこ」
何度か唇でマッサージするように圧迫して、彼女の方が少し慣れてきたところで舌を出した。
舌先を細い隙間に潜り込ませて、小さな突起を探し当てる。
「ひん!?」
そんなつもりはないんだろうけど、まるでもっともっととせがむかのように、彼女の腰が上がって押し付けられる。
くりっと立ち上がった敏感な小粒を、周囲をなぞるように、上から優しく押し潰すように、そして時には尖らせた舌先で突つくように手法を変えて刺激した。
さくらにしてもらって気持ち良かったこと。
それらを思い浮かべて、私なりにトレースしていく。
「ぁう……あ……ふっ、ぅあん!?」
彼女の息遣いが忙しなくなって、彼女のそこから分泌される液体もどんどんその量を増してきていた。
口の周りをべたべたにしながら、私の方も没頭する。
「せんぱい……わたし、わたしもう……」
「イキそう?」
切羽詰ったあやちゃんの声に、口を離して小休止。
「わ、わかりません、でも……なんだか変になっちゃいそうで……」
快感に浮かされた表情の中に、かすかな不安の気配が見える。
その感情には憶えがあった。
何日か前までの私の中にもそれがあったから。
さくらにしてもらうと今までに経験したことがないくらい気持ち良くて、でも大好きな人の前で乱れてしまうことへの恐れもあった。
そんないやらしい自分を見せて、嫌われたりはしないだろうかと思ってしまう。
でも、そんな不安も包み込んで愛してくれたのがさくらだったんだ。
「大丈夫だから、我慢しなくていいんだからね。
私は、あやちゃんが感じてくれてすごく嬉しいから」
私の言葉に、あやちゃんの表情がふっと緩む。
一瞬だけ、不安も快感も抜け落ちた、ひどく安らいだそんな表情を彼女は浮かべた。
私の時も、こんな感じだったんだろうか。
「続けるね」
さっきまでぴったりと閉じていたはずの彼女のそこは、今では少し開いて鮮やかな肉色を覗かせるように綻んでいた。
ちょこんと佇むクリトリスを、今度は直接唇で挟む。
そして、強くし過ぎないよう注意しながら吸引する。
「きゃぅ!」
甲高い、悲鳴とも喘ぎともつかない短い声。
あやちゃんの体が反り返り、私の口元に温かい液体が吹き付けられる。
むせ返りそうなほどのあやちゃんの香り。
ちゃんと彼女をそこまで導けた。
そのことに安堵しながら、私はあやちゃんのそこから唇を離した。
初めての絶頂を経験して、あやちゃんはそのまま私のベッドで安らかな寝息を立て始めてしまった。
その穏やかな寝顔を眺めていると、しばらくしてからさくらが部屋に戻ってくる。
「お疲れ様、りりか」
「さくら……」
「なによ、その浮かない顔は……」
「うん……本当にこれで良かったのかなって……」
あやちゃんを起こさないように小声で、ずっと考えていたことを打ち明ける。
流されるまま、なんて言ったらあやちゃんに悪いけど、彼女が寝てしまってさくらが戻ってくるまでの1人の時間、どうしてもそんなことを考えてしまったのだ。
「いいんじゃないの?」
「そんな簡単に……」
「でもさ、想いを抱えたまま1人で我慢してるのが辛いってのは、りりかだって知ってるでしょ?」
入学してからの2年間。
一目でさくらに心奪われ、でも話しかけることもできないまま過ごしていた2年間のことを思い出す。
「そう……なのかな、やっぱり……」
まだ完全に吹っ切れたわけではなかったけれど、それでも少しは心が晴れた気がした。
実際、今更うじうじ悩んでいても、やってしまったことをなかったことにはできないんだから、それならせめてこれからも私にできる精一杯をあやちゃんに――。
「ところでさ……」
私が内心そんな決意を固めたところで、不意にさくらが話題を変える。
「なんでりりかは寝てないの?」
不思議そうな顔でそんなことを聞いてくる。
「そ、それは……」
「もしかして、イッてないの?」
恥ずかしいことも平気で聞いてくるのは、さくらの特権みたいなもの。
聞かれる方はたまったものではないけれど。
「う、うん、まあ……」
あやちゃんのことで頭がいっぱいで、自分にまでは気が回らなかったとでも言うべきだろうか。
感じてくれてるあやちゃんの姿に精神的には満たされていたんだけど、体の方は実はちょっとだけ中途半端な状態だったりしないこともなかった。
でも、自分が気持ち良くなることを優先して、彼女のことをないがしろにしてしまうことだけは絶対に嫌だったから後悔とかはしてないんだけど。
「まあ、その辺は考え方次第だから、りりかのやり方を否定したりはしないけどさ」
その言い分だと、さくらの考え方は違うらしい。
彼女の場合、きっと相手だけじゃなく自分も一緒に気持ち良くなるべきだと思ってるんだろう。
それも、きっと1つの考え方なんだと私も思う。
「でも、そういうことなら……」
さくらの腕が伸びてくる。
「ちょ、ちょっとさくら……あやちゃんが横で寝てるんだよ!?」
「なら、上に行く? あ、でも、りりか濡れやすいからあやちゃんのお布団汚しちゃまずいよね」
「もう……」
悪戯っぽいさくらの口調に、かあっと顔が火照ってくる。
それでも結局拒み切れずに彼女の行為を受け入れてしまう。
いつものことと言えばいつものことだけど、結局明日も寝不足みたいです。
少々見苦しい感じになってしまいましたが以上です。
ちょっとこの板はSS投下向きでは無い気がしますので、もし続きがあったらエロパロ板の百合スレに移るかもしれません。
GJ!GJ!GJ!
続きが読めればどこでもOK!よ
乙です
よかった!!
続きも見に行きます
356 :
名無しさん@ピンキー:2006/05/20(土) 21:09:38 ID:VoMEwS8D
オレも楽しみにまってる保守
早く続き書いて保守
まだですか?
360 :
名無しさん@ピンキー:2006/06/13(火) 16:59:47 ID:lakSLFRz
保守