【隔離】【孤立】【メンヘラ】【精神遍歴】【文学】

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80名無しさん@英語勉強中:2014/05/25(日) 20:09:12.97 ID:Dgj49DHV
>>78
当然のことながら、辞書を引かなかったら、さっぱりわからん。いや、辞書を引いても、ろくにわからんけど。

(6) ich schade mir selbst damit, um so mehr,
wenn ich grosse Aufgaben zu vertreten bestimmt sei.

=== schaden は "to damage, to harm" という意味なので、"ich schade mir selbst damit"
は "I do myself harm with it" というような意味だと解釈しておこう。"um so mehr" は
"all the more"(その分だけいっそう)というような意味かな?Aufgabe は task, question,
problem というような意味。vertreten は、"to act for, to represent, to support"
という意味。bestimmt は、"particular, certain, definite, firm"。そうすると、
wenn ich grosse Aufgaben zu vertreten bestimmt sei.
これは、"if I am sure to support (または to represent) big tasks"
ということになろうか?すると (6) の全体の意味は、次のような感じかな?

和訳の試み: もし私が大きな仕事(問題)に確実に取り組むとしたら、より一層、自分の立場が危うくなるのだ。
*********

なお、僕はドイツ語を勉強していたのは何十年も前で、それからはまるで勉強していないので、
かなり忘れている。
81名無しさん@英語勉強中:2014/05/25(日) 20:26:24.77 ID:Dgj49DHV
>>78 【Friedrich Nietsche の "Ecce Homo"(この人を見よ)をドイツ語で解読できるかな?】

(7) Antwort: diese kleinen Dinge Ernährung, Ort, Clima, Erholung,
die ganze Casuistik der Selbstsucht
- sind über alle Begriffe hinaus wichtiger als Alles,
was man bisher wichtig nahm.

=== Ernährung は "feeding, diet" という意味。Ort は、"place, village, town"。
Erholung は、"recovery, rest"。Sucht が addiction という意味だけど、
Selbstsucht というのは self-addiction という意味か?いったいそれはどういう意味かな?
自分の問題にこだわっているということかな?Casuistik は英語にもある言葉だが、
「詭弁、こじつけ」とでも訳しておこう。Begriff は、"concept, idea”。
"ueber etwas (Akk.) hinaus" は "in addition to" という意味。
bisher は、"until now"。さて、単語の意味は一応はわかったから、(7) の全体を
和訳してみる。けっこう構文が単純なので、僕でも何とか訳せる。

Antwort: diese kleinen Dinge Ernährung, Ort, Clima, Erholung,
答え:これらの小さな事柄、つまり食事、場所、気候、休憩、
die ganze Casuistik der Selbstsucht
自分の問題にこだわることについての詭弁(こじつけ)のすべて
- sind über alle Begriffe hinaus wichtiger als Alles, was man bisher wichtig nahm.
-- それらは、あらゆる考えに加えて、人が今まで重要だと考えてきたあらゆることにもまして重要だ。

わお、今までのところは、何とか訳せたぞ。
82名無しさん@英語勉強中:2014/05/25(日) 20:50:01.86 ID:Dgj49DHV
>>78
(8) Hier gerade muss man anfangen, umzulernen.

gerade は、"straight, upright, forthright, direct"。
anfangen は、"to begin, to start"。
umlernen は、わからん。lernen なら "to learn" だから、"umlernen" も
同じような意味だと解釈しておこう。というわけで、

全体の和訳: ここで単刀直入に、人は事情を探り始めるに違いない。

(9) Das, was die Menschheit bisher ernsthaft erwogen hat,
sind nicht einmal Realitäten, blosse Einbildungen, strenger geredet,
Lügen aus den schlechten Instinkten kranker,
im tiefsten Sinne schädlicher Naturen heraus alle die Begriffe "Gott",
"Seele", "Tugend", "Sünde", "Jenseits", "Wahrheit", "ewiges Leben"…

Menschheit は、"mankind, human race"。bisher は、"until now"。
ernsthaft は、"serious"。erwogen は、わからん。wogen ならば intransitive
verb で、"to surge" という意味。bloss は、"naked, mere" という意味。
Einbildung は、imagination とか fantasy という意味。
geredet は、わからん。Luegen は、Luege (= a lie) の複数形。schlecht は、
bad とか poor という意味。tief は、deep という意味。Sinne は、Sinn (= a sense)
の複数形。schaedlich は、harmful という意味。heraus は out という意味。
Begriff は、idea とか concept という意味。Tugend は、virtue という意味。
Suende は misdeed, sin という意味。Jenseits は、hereafter, beyond という意味。
"das Jenseits" は名詞で、たぶん「あの世」という意味かな?ewig は、eternal という意味。
ということで、単語はすべて理解できた。(あやふやなところもあるだろうけど。)
83名無しさん@英語勉強中:2014/05/25(日) 20:57:48.50 ID:Dgj49DHV
>>78
というわけで (9) の和訳をしてみる。

(9) Das, was die Menschheit bisher ernsthaft erwogen hat,
人類が今まで真剣に発展させてきたことは、

sind nicht einmal Realitäten, blosse Einbildungen, strenger geredet,
現実、単なる空想、強い geredet(?)、

Lügen aus den schlechten Instinkten kranker,
病める邪悪な本能から出てくる嘘、

im tiefsten Sinne schädlicher Naturen heraus alle die Begriffe "Gott",
「神」という概念の全体から出てくる有害な性格を持つ深い感覚において、

"Seele", "Tugend", "Sünde", "Jenseits", "Wahrheit", "ewiges Leben"…
「魂」、「徳」、「罪」、「未来(あの世?)」、「真理」、「永遠の命」・・・
84名無しさん@英語勉強中:2014/05/25(日) 21:05:08.09 ID:Dgj49DHV
>>78
(10) Aber man hat die Grösse der menschlichen Natur,
ihre "Göttlichkeit" in ihnen gesucht…

*************

German-English Dictionary には、次のような熟語を載せている。
● die Größe der Katastrophe = the [full] extent of the catastrophe

gesucht は、suchen の過去分詞。だからこの (10) の全体の和訳は、次のようになるだろう。

(10) Aber man hat die Grösse der menschlichen Natur,
しかし人は、人間性の全体を、

ihre "Göttlichkeit" in ihnen gesucht…
つまりその「神性」を模索してきたのだ。
85名無しさん@英語勉強中:2014/05/25(日) 21:09:52.20 ID:Dgj49DHV
>>78
あと、次の数行だけ残っている。もし明日、時間と気力があったら、訳してみる。
ニーチェの文章って、僕みたいなドイツ語文法の初級の部分をほとんど忘れている人間にとってさえ、
辞書さえ引けば、何とかぼんやりとした意味だけはわかるということがわかった。
そういえば、Goethe の "Faust" もやはり、辞書を丹念に引きさえすれば、今の僕でさえ、
一応は読めそうな部分が多いみたいだ。

★まだ訳していないドイツ語原文★
Alle Fragen der Politik, der Gesellschafts-Ordnung, der Erziehung sind dadurch
bis in Grund und Boden gefälscht, dass man die schädlichsten Menschen für grosse
Menschen nahm, - dass man die "kleinen" Dinge, will sagen die Grundangelegenheiten
des Lebens selber verachten lehrte…
Unsre jetzige Cultur ist im höchsten Grade zweideutig…
86名無しさん@英語勉強中:2014/05/26(月) 07:23:25.80 ID:w/yPPXOj
【朝、起きると、すでに疲れている -- 人生は闘いだ】

僕は20代のときから、朝起きたときからすでに疲れていた。さわやかな目覚めなんてものは
なかった。なぜかというと、いつも、起きている時間は一秒たりとも無駄にせず、いつも
がつがつと勉強していたからだ。

サラリーマンをしていたときも、同僚同士が隣の席の人と
無駄話をしている数分間にも、僕はがつがつと仕事をするふりをしながら、実は工業や商業関係の
専門用語辞典に出てくる英語・フランス語・ドイツ語そしてその他ありとあらゆる言語の単語を
頭に詰め込もうと躍起になっていた。席を立ってトイレに行けば、トイレまで歩く道すがら、そして
便器の前で、そして手を洗いながら、フランス語やドイツ語やラテン語やギリシャ語の単語を
つぶやいていた。

食事の時間として1時間が与えられていたとはいえ、休んだことなんて一度もない。決して
同僚とはいっしょには食事をしなかった。誰かと一緒に行動しようものなら、下らない話に
付き合わされる。時間がもったいない。僕には、広大無辺な学問と芸術の世界に飛翔する
という遠大な使命があるのだ。

だから、起きている時間、目が開いている時間は、一秒たりとも頭をからっぽにしたことがなかった。
会社から帰るときの電車の中では、もちろんラテン語やフランス語やアラビア語や中国語、
そして時には韓国語や、それからいろんな言語をかじっていた。残念ながら、すべての
言語がモノになったわけじゃないが、ともかくがむしゃらだった。

だから僕は、寝ている時間だけしか休息の時間がなかった。寝床についたときは、いつも
へとへとだった。そして、朝、目覚めると、昨日の勉強の疲れがどっと出るので、
目覚めたときからすでに疲れていた。

(続く)
87名無しさん@英語勉強中:2014/05/26(月) 07:23:53.90 ID:w/yPPXOj
(続き)【人生は闘いだ】

17歳くらいのときから(もしかしたらもっと以前から)、還暦前後の今まで、この何十年ものあいだ、
僕はずっとそうだった。

そして今日も、朝からすでに疲れている。そして、お金を稼ぐための仕事についたときは、
仕事なんてする気になれないくらいに疲れている。だから僕は、サラリーマン時代には
怠け者だと思われていた。9時ぎりぎりにしか出社しないし、5時を過ぎるとすぐに走るように
帰宅する癖に、いつも疲れたと言っていたので、僕はいつも嫌味を言われていた。
仕事をしてないのに疲れるはずがない、というのが彼らの言い分だった。

僕に言わせれば、仕事だけなら疲れることなんてない。本当に大変なのは、仕事の合間を縫って
学問と芸術の奥深い世界の本質をつかまえることだった。人生の本質、人間の本質を体得すること
が、本当に大変なのだ。その遠大な使命に押しつぶされそうになりながら、僕は思春期のときから
今までの40年以上にわたって、猪突猛進してきたのだ。

疲れた。こんなことは本当にやめてしまいたい。とはいいながら、やはり続けてきた。
今も疲れている。朝なのに、仕事をする前から、すでに疲れている。仕事の合間に、
その合間を縫って、一瞬たりとも無駄にせず、古典文学や幾多の外国語に命がけで
取り組まねばならぬのだ。

僕の人生に休息などというものはない。休息は、そして本当の幸せは、死んだあとにある。
死んだあとにいくらでも休める。死んだあとにいくらでも幸せをかみしめることができる。
それまでは苦闘だ。

Leben ist Kampf! (人生は闘いだ。)
88777 ◆TFWBMdHdF7zL :2014/05/26(月) 07:44:27.64 ID:QgD5PhGA
TheThe question will be asked of me why I actually have brought
up these small and, according to traditional judgment, quite
insignificant things: I hurt myself thereby, all the more so if I am
destined to assume great tasks. Answer: these small things ―
nutrition, locality, climate, recreation, the entire casuistry of
selfishness ― are inconceivably more important than everything that
has hitherto been considered important. Precisely here one must
begin to learn anew. Those things which mankind has seriously
considered heretofore are not even realities, merely fancies, more
strictly speaking, lies, arising from the bad instincts of sick, in the
deepest sense destructive, natures ― all the concepts of “God,” “soul,”
“virtue,” “sin,” “the beyond,” “truth,” “eternal life”...
But what was sought in them was the greatness of human nature,
its “divinity”...All questions of politics, of social organization,
of education have been falsified down to the ground and ground-floor
because the most destructive men have been taken for great men,
because people were taught to despise the “little” things,
meaning the fundamental affairs of life itself...
If I now compare myself with the men who have heretofore been honored
as the foremost among men, then the difference is obvious.
I do not even count these alleged “foremost ones” as men in general
― to me they are the refuse of humanity, products of sickness and vengeful instincts:
they are absolutely pernicious, fundamentally incurable monsters taking their revenge
upon life...I want to be the opposite of this: it is my privilege to have
the highest acuteness with respect to all the signs of healthy instincts.
89名無しさん@英語勉強中:2014/05/26(月) 16:35:47.34 ID:w/yPPXOj
>>88 とは別の英訳もあるな。
10
The question will be raised why I should actually have related all
these trivial and, judged according to ordinary standards,
insignificant details. I would seem to be hurting my own cause, more
particularly if I am destined to assume great tasks. I rep ly that
these trivial details-diet, locality, climate, recreation, the whole
casuistry of self-love-are inconceivably more important than
everything men have hitherto considered essential. It is just here
that we must begin to learn afresh. All the things men have valued
with such earnestness heretofore are not even realities; they are
mere fantasies, or, more strictly speaking, lies arising from the
evil instincts of diseased and, in the deepest sense, harmful
natures-all the concepts, "God," "soul," "virtue, "sin," "Beyond,"
"truth," "eternal life." And yet men sought in them for the greatness
of human nature, its "divinity. All questions of politics, of the
social order, of education, have been falsified from top to bottom,
because the most harmful men have been taken for great men, and
because people were taught to despise the "details," more properly,
the fundamentals of life. If I now compare myself with those creatures
who have hitherto been honored as the first among men, the difference
becomes obvious. I do not consider these so-called "first" men as
human beings-for me they are the excrement of mankind, the products
of disease and the instinct of revenge: they are so many monsters,
rotten, utterly incurable, avenging themselves on life. . . . I would
be their very opposite. It is my privilege to be extremely sensitive
to any sign of healthy instincts.
http://nietzsche.holtof.com/Nietzsche_ecce_homo/eh2.html

(Friedrich Nietzsche, "Ecce Homo")
90名無しさん@英語勉強中:2014/05/26(月) 16:58:01.77 ID:w/yPPXOj
>>89 の続き。Nietzsche のドイツ語原文のことは知らないけど、少なくとも英訳は読みやすいな。

There is not a morbid trait in me; even in times of serious illness I
have never become morbid; you will look in vain for a trace of
fanaticism in my nature. No one can point out -I single moment of my
life in which I have assumed either an arrogant or a pathetic attitude
. Pathetic attitudes do not belong to greatness; he who needs
attitudes is false. . . . Beware of all picturesque men t Life came
most easily to me when it demanded the greatest labor from me. Whoever
could have seen me during the seventy days of this autumn, when,
without interruption, with a sense of responsibility to posterity, I
performed so much work of the highest type-work no man did before or
will do after m@would have noticed no sign of tension in me, but on
the contrary exuberant freshness and gayety. Never have my meals been
more enjoyable, never has my sleep been better. I know of no other
manner of dealing with great tasks than as play: this, as a sign of
greatness, is an essential prerequisite.
91名無しさん@英語勉強中:2014/05/26(月) 16:58:45.64 ID:w/yPPXOj
>>90 の続き 【Ecce Homo】

The slightest constraint, a
gloomy appearance, anv hard accent in the voice -all these things are
objections to a man, but how much more to his work! . . . One must
have no nerves. . . . Even to suffer from solitude is an objection-
the only thing I have always suffered from is "multitude," the
infinite variety of my own soul. At the absurdly tender age of seven,
I already knew that no human speech would ever reach me: did any one
ever see me disconsolate therefor? To-day I still possess the same
affability towards everybody, I am even full of consideration for the
humblest: in all this there is not an ounce of arrogance or contempt.
He whom I despise divines the fact that I despise him; my mere
existence angers those who have bad blood in their veins.
http://nietzsche.holtof.com/Nietzsche_ecce_homo/eh2.html
92名無しさん@英語勉強中:2014/05/26(月) 17:11:59.93 ID:w/yPPXOj
【Nietzsche が Everyman's Library に入っていない】

僕は Everyman's Library のシリーズが大好きで、2年ほど前から集めている。このシリーズの
数は知れていて、全部合わせてもたぶん500冊くらいにしかならない。そのせいもあるだろうけど、
かなり有名な名著でもこのシリーズに入っていないものがたくさんある。

たとえば、今ここで話題になっている Nietzsche。せめて "Also Sprach Zarathustra" (Thus Spake
Zarathustra" くらいは入れてほしい。それから、Schopenhauer を一冊でもいいから
入れてほしい。二人とも、哲学者であるだけでなく、名文家であり、文学者だと言ってもいい。
Kierkegaard や Voltaire や Rousseau が入っているのだから、ちゃんとこの二人を
いずれは入れてほしいもんだ。
93必殺翻訳人:2014/05/27(火) 20:46:06.57 ID:zFpR6/Wb
>>78で、777がどういう意図でニーチェの文章を掲げたのかよくわからないが、
スレ主さんの世界観、人生観とニーチェの思想は方向性が正反対だね。
94必殺翻訳人:2014/05/27(火) 20:48:36.90 ID:zFpR6/Wb
■再びパスカルについて。

>>57
>>3の英文に対する日本語訳を掲げてくれてありがとう。

しかし、最後の「私は多くの〜」の段落の文章は、うーむ・・・。

おいらがパスカルを読まないできたのは、昔何かの一節で、パスカルの論法が
「キリスト教ありき」、「神ありき」であるように感じられたからだ。

>>57でも
「私は多くの相反する宗教があるのを見る。ゆえに、一つのほかは、すべて偽り
である」
と言い、正しいのは唯一キリスト教だけだと主張したいらしい。
しかし、「多くの相反する宗教がある」からといって、一つが正しいという結論は
おかしい。すべて正しくないかもしれない。
パスカルの書くものにはそういう論理の飛躍がある。決め付けがある。
そう感じるのでパスカルは信用できない(笑)。

ただ、>>3の一節だけは心に沁みる。これは不朽の文章だ。
しかし、>>57の最後の方は単なるドグマと化している。ない方がよかった
(少なくともおいらにとっては)。

(ポーの『ユリイカ』の感触はこれとは違う。
端正な文章の積み重ねによって神(もしくは秩序)に到達している。
そして、「真」に到達しようとするポーの真摯な姿勢と静かな情熱に心を打たれるのだ)
95必殺翻訳人:2014/05/27(火) 20:51:38.35 ID:zFpR6/Wb
>>86
>僕には、広大無辺な学問と芸術の世界に飛翔するという遠大な
>使命があるのだ。
>>87
>人生の本質、人間の本質を体得することが、本当に大変なのだ。
>その遠大な使命に押しつぶされそうになりながら

なぜ「使命」なのかよくわからないなあ。うーむ。
この「使命」のために自らの人生を辛いものにしているわけだけど。
96名無しさん@英語勉強中:2014/05/28(水) 05:03:11.69 ID:KHSfpQs9
必殺翻訳人さんへ
>>93
確かに今回のニーチェの文章は、僕の考え方と反対だね。おそらく777は、僕が日常生活を
軽視し、むしろ非日常に恋焦がれる考え方を批判したがってるのだろう。少し前なら僕は
彼をここで罵るところだったけど、やめておいた。

それよりも、昔のドイツ語、しかも小難しそうな
哲学者の書いたドイツ語の文章にしては、超初心者の僕でもひょっとしたら解読できるかもしれない
と思ってやってみて、辞書を引きまくったら何とかぼんやりとでも意味が分かったような気がしたので、
うれしかった。だから777の批判的な(嫌味ともとれるような)態度にも腹は立たなかった。
もし日本語版をいきなり示されたら、腹を立てたかもしれない。ドイツ語版によってクッションを置き、
そのあとにかなり読みやすい英語版を示されただけなので、腹も立たなかった。変な話だけど、
日本語だったら身につまされるような話だったとしても、外国語ならそれを読んで勉強しようと
いう気になるので、クッションが置かれ、オブラートに包まれて、嫌なものも嫌でなくなるのだ。

第一、僕は高校の時から、Nietzsche の "Also Sprach Zarathustra"(ツァラトゥストラ
はこう語った)の日本語版を愛読していた。彼の思想を本当に理解していたわけじゃないだろうけど、
猿から超人への過渡的な存在として人間を捉えていて、超人になろうと日夜奮闘しながら生きなければ
ならぬという厳しい彼の考え方が僕は大好きだった。今でも好きだ。だからその作品はあれからも
何度もネット上で英語板で拾い読みしてきた。たまにドイツ語版をちらちら覗いてもいた。
さらに、35歳のころ、彼の「この人を見よ」(Ecce Homo) の英語版をペンギンブックスで
読んだこともあった。だから777が引用したこの文章も、大昔に英文ですでに読んであったのだ。
97名無しさん@英語勉強中:2014/05/28(水) 05:17:12.18 ID:KHSfpQs9
>>94
>>パスカルの論法が「キリスト教ありき」、「神ありき」であるように感じられたからだ。

その気持ちは、よくわかる。実は、僕自身もそういう意味では、パスカルをずっと読み続ける気には
なれないんだ。でも、あなたと同じで、>>3 の、全宇宙の沈黙の中で呆然とたたずむ人間の
姿を描いた文章だけは、この40年間にわたり、一か月に一度、あるいは数か月に一度、
英文で読んできたのだ。パスカルの他の文章は、40年前に一度か二度ほど通読しただけで、
さほど感心してはいないのだ。

ただ、僕自身は40年ほど前に家族や親族の反対を押し切って本気でキリスト教の洗礼を
受けようとしたこともあるくらいに、キリスト教にはさほど嫌悪感はないのだ。あれから僕は
キリスト教のみならず、どの宗教にも入る気になれず、神や仏の存在もまるで信じる気に
なれなくなったけど、宗教を信じる人たちの気持ちはわからないでもないような気がするのだ。

僕は正直を言って、何百年も前の時代には、特に西洋では、神を信じる方がむしろ楽だったろうと思う。
大多数が神を信じる世の中においては、神を信じる気がさほどなくても、一応は大勢に順応して
神を信じたふりをした方が楽だったろう。怠惰な連中にとっては、神を信じる方が楽だった。
人間というものは、99.9%の連中はそういうふうに怠惰なので、楽な生き方として有神論に
盲従していた。

しかし現代はその反対だ。無神論を唱える方が楽だ。その方がかっこいい。その方が
頭のいい生き方のように感じられる。だから、怠惰な連中は、神が存在するかどうかを
命がけで考えたこともないくせに、さっさと無神論に傾く。そうしておいた方が楽なのだ。
そういう現代においては、神(そして仏)を信じる生き方の方が厳しく、苦しく、孤独だ。
こんな世の中において厳しく宗教を信仰し、実行し続けている人たちもいる。そういう
修行者的な生き方を貫いている人たちを、僕は尊敬する。
98名無しさん@英語勉強中:2014/05/28(水) 05:23:15.13 ID:KHSfpQs9
>>95
確かに、それを「使命」だと感じることには、論理の飛躍がある。でも、あえて「使命」という
大げさな言い方をしないではいられないくらいに、狂おしい思いが、17歳のときから40年以上にも
わたり、僕の全存在を根底から突き動かしてきたのだ。その思いがあまりにも強烈なため、
その衝動に突き動かされて生きることは苦しみ以外の何ものでもなかった。

人はそれを馬鹿と言う。バカと言わないまでも、一応は尊敬しながらも冷笑する。しかし、こんなにまで苦おしい衝動に
突き動かされてきた僕、3頭の荒馬に綱で結ばれ、どどどおおっと引っ張り回されるがままになるしか
なかったような僕は、これ以外にどういう生き方をすればよかったのだろう?その思いを
「理性的に」抑制して、大多数の人々と共に平和に仲よく楽しく暮らすなんてことは、とうてい
僕にはできなかった。
99名無しさん@英語勉強中:2014/05/28(水) 06:12:18.49 ID:KHSfpQs9
現代では宗教をこき下ろすことが流行っている。でも、僕が思うには、現代には従来の宗教に
馴染まない人が増えてはいるけど、数百年前までの世界では、宗教は大いなる役割を
果たしたと思う。

特に白人社会におけるキリスト教がやり玉に挙げられるけど、白人社会には、
ぜひともキリスト教が必要だったのだと思う。あれがなければ、白人たちはその傲慢さに
歯止めを加えるものがなく、悪魔そのものに成り下がっていただろう。

強大な絶対神を設定しない限りは、白人たちの社会は成立せず、途中で、彼ら自身の傲慢さゆえに自滅
していただろうと思う。キリスト教は、この世が最悪の状態になるのをかろうじて止めていた
歯止めだったのだと思う。キリスト教のせいで今の世の中がここまでひどくなったのではなく、
もともと地獄そのものにまで堕ちて自滅していたはずのこの世界が何とかゴミ捨て場くらいの
レベルで留まったのは、キリスト教などのおかげだと僕は思っている。

キリスト教を押し付けようとして白人たちがアメリカ先住民を全滅に近い状態にまで追い込んだのではなく、
本当は、キリスト教がなくても同じことを彼らはしていただけじゃなく、キリスト教がなければはるかに
もっとひどいことをしていただろう。それに歯止めを加えようとしたのが、キリスト教徒を初めとする
一部の人たちだったろうと思う。
100名無しさん@英語勉強中:2014/05/28(水) 06:50:11.64 ID:KHSfpQs9
ニーチェはキリスト教に敵対し、「神は死んだ」と叫んで、それまで人々がうすうす感じていたことを
果敢に唱えたわけだけど、彼の生き方は逆説的に、最も宗教的だと思う。超人になろうという考えは、
宗教的と言わざるを得ない。宗教的と言って悪ければ、修行者的と言うべきか。そもそも宗教という
ものは、自らを超えようという健気な思いの現れではないか?怠惰な人間、周囲の人々の意向に
合わせて何となく楽しく生きればいいと思っている人に、宗教など必要なわけはない。

残念ながら、そういう最も修行者的な人にとってさえ、従来の宗教には矛盾がいっぱいに見えてしまうから、
従来の宗教だけを取り上げて宗教全体を否定してしまってはもったいないと思う。

僕は宗教を信じないし神も仏も信じないけど、僕はある意味で最も宗教的な人間だと思っている。
究極の生き方を目指して、人生を絶え間ない修行の場と捉える人間を、宗教的と呼ばずして
何と呼べばいいのだろうか?

神は存在しないかもしれないけど、神を存在するものと仮定して、あたかも人生や森羅万象に
整然たる一つの目的と秩序があるかのように信じているふりをしながら一生を生きている人々を
僕は尊敬している。実存主義も、そういうものじゃないかと思う。
101名無しさん@英語勉強中:2014/05/28(水) 07:05:33.13 ID:KHSfpQs9
ニーチェの「この人を見よ」(Ecce Homo)の10あたりの文章を誰かが引用していた。そこには、
神だとか永遠性だとかいう目の前に見えていないものばっかり求めていないで、目の前の日常的な
ものを大切にせよと言っている。

しごくもっともなことを言っているように見える。そしてこの言葉を振りかざして、何だかんだと
修行者的な生き方や宗教人たちを非難したがる現代人の安易な豚のような生き方を僕は
弾劾したい。

ニーチェの時代には、永遠性とか神とかを第一に考える姿勢が主流を占めていて、それを否定して
日常的な楽しみや本能的な喜びを追求することが罪悪だと思われていたのだ。そういうときに
それと反対のことを言ったニーチェは偉大だ。

しかし、そのニーチェの考え方が主流となった現代において、その現代の多数派の考え方に
そのまま乗っかるのは、ただの安易な怠惰な生き方に他ならない。

現代にはむしろ、厳しい宗教人の方が偉大なのだ。どの世においても、その時代の主流に
逆らってでも厳しく自分を見つめる生き方が偉大なのだ。大多数の連中に迎合するだけなら、
猿でも豚でもできる。一見、かっこよさそうに見える無神論をふりかざす現代人は、
ただの豚だ。
102名無しさん@英語勉強中:2014/05/28(水) 07:14:28.32 ID:KHSfpQs9
僕が言いたいのは、現代であっても、無神論者であっても宗教人であってもいいのだ。
どっちにせよ、命がけで生き、命がけで考え、自らの生命の根底から湧き上ってくる
思いと、社会におけるあらゆる悲哀とを敏感に感じ取って、その上で無神論者になったり
ペシミストになったり、自殺したり、あるいは金の亡者になったり、あるいは性の奴隷に
なったりするのは偉大だ。

しかし、ろくに考えもしないで、ろくに命を賭けて生きたこともないくせに、
その時代の主流の考え方に乗っかって生きるのは、親や先祖の残した
財産によって敷かれたレールの上をそのまま走って威張っているアホどもと
同じく、ただの豚に過ぎないということだ。

そういうカスどもに比べたら、「洋書スレ」にいる「性」さんは
はるかに偉大だと思う。
103名無しさん@英語勉強中:2014/05/28(水) 12:49:05.04 ID:KHSfpQs9
【僕のペシミズムの根本原因】

僕のペシミズムの根本原因は、子供をこの世に生み出すことをどんなことがあっても自分に許しては
ならないと固く決意しているからであるらしい。

もし僕がこの世に生きていることをしばしの間でも楽しんだら、僕は僕にもこの世に子供を生み出す
権利ができたかのように思ってしまう。僕も人並みの人間なので、旅は道連れというわけで、
僕自身の分身がほしいに決まってる。

しかし、分身を作ったらおしまいだ。子供を作り出すことは、人類の犯しうる最も大きな罪悪なのだ。
親となる僕は、人並みに子供を「愛し」、人並みに子供を利用し、人並みに子供に
生きがいを感じ、人並みに子供に期待し、人並みに子供に対して適度に価値観を押し付け、
そして人並みに子供を苦しめ、人並みに子供を精神的に虐待し続けながらも、
人並みに「俺は子供を誰よりも愛しているんだ」と思い込んで生きるだろう。

その人間の性(さが)の恐ろしさ、妖婆性を、その根本から僕は知り抜いているのだ。
愛というものの恐ろしさ、愛というもののエゴイズムを根底から感じているのだ。
だから僕は、どんなことがあっても、どんなにみじめであっても、どんなに死ぬほど寂しくても、
分身を作ってはならないのだ。

そう自分に言い聞かせ、22歳のころからか、あるいは20歳のころからか、僕は今まで40年近く、
分身を作ることだけは自らに厳しく禁じてきた。そのために、僕は性交のときに避妊具は
欠かさなかった。いわゆる「中出し」は一度もやったことがない。だから、本当の性交の
歓喜も味わったことがない。中出しは、どれほど楽しいことだろうか。セックスを肯定し、
人間の欲望をそのまま素直に肯定すれば、どれほど楽しいだろうか。

しかし僕は、人生を楽しんではいけなかった。楽しむことを自ら禁じた。それは、学問や
芸術の広大無辺な世界に飛翔することを遠大なる使命だと感じていたからだけではなかった。
実は、本当の理由は、いま言ったことにあるのだ。すなわち、自らの欲望を肯定するという
ことは、性欲を肯定することにつながり、それは自らの分身を作り出すことにつながる。
104名無しさん@英語勉強中:2014/05/28(水) 12:56:05.85 ID:KHSfpQs9
>>103 の続き 【僕のペシミズムの根本原因】

それだけは、その大罪だけは犯してはならなかった。僕の噛みしめてきた、僕が
体験してきた恐ろしいほどの悲劇を、この悲哀に満ちた思いを、誰か別の者に味あわせては
ならない。そんな思いをする子供が、僕の子孫のうち10人か100人に一人でもいるとしたら、
僕は子孫をまったく残さないことを躊躇(ためら)いもなく選ぶ。

僕が一人だけしか分身を作らないとしても、その子供がまた一人だけ分身を作り、その孫がまた分身を作っていけば、
ゆくゆくは100人くらいの子孫が生まれることになるではないか。そしてその100人のうち
一人でも僕のような思いをしながら生きたら、僕はその子孫に対して申し訳が立たない。

そういうわけで、僕は分身を作らなかった。それは絶望的に寂しい選択だった。
その寂しさを紛らわすためにも、僕は余計に学問と芸術の道に邁進する必要があった。
血のにじむ思いだった。命がけだった。髪の毛を振り乱し、目は血走っていた。
そんな思いで、思春期以降の40年も50年もの人生を生きてきたのだ。
そんな僕を、カスどもは「遊びも知らないガリ勉」と嘲笑し、「糞まじめ」だと
軽蔑し、誹謗中傷を繰り返してきた。僕は何も言わずに堪えてきたのだ。

2ちゃんねるでは僕は確かに周囲を罵倒しまくっている。しかし僕は、現実の世界では
そんなことをしたことがない。それどころか、品行方正なることきわまりない。
いつも静かに笑っていて、人の話を真面目に聞き、相手の望む話題にそのまま
合わせ、豊富な話題を提供するので、僕の本質的なペシミズムを知らない人は、
僕に近づいてくる。しきりに誘ってくる。静かに僕はそれをお断りする。
105名無しさん@英語勉強中:2014/05/28(水) 12:56:47.69 ID:KHSfpQs9
>>104 の続き 【僕のペシミズムの根本原因】

どうせ僕と本気で付き合おうなんて思う人はいないのだ。僕の本質的な
ペシミズムを根底から知れば、みんな逃げていくだろう。
僕の激しく絶望的な思いに耐えられる人なんて、いるはずがない。

ネット上、特にこの2ちゃんねるのような匿名掲示板では話が別だ。
常に僕は名無しだ。仮にこの隔離・孤立スレで連日連夜にわたって長文連投している
から僕が特定されるとはいえ、あくまで僕の顔や住所が特定されるわけではない。
あくまで僕は名無しであり続けられる。僕の素性のうちかなりの部分が暴露されてしまったら、
そのときは黙ってこの2ちゃんねるから去っていけば済むことだ。

だからこそ、僕はここでかなり好きなことが書ける。こんなに僕は僕自身の魂の奥底を
素直に書き綴ったのは初めてかもしれない。以前も、ブログや掲示板やメーリングリストで
書きまくったこともあったが、今ほどではなかった。
106名無しさん@英語勉強中:2014/05/28(水) 13:14:32.93 ID:KHSfpQs9
【友達を作るのは簡単だが、孤独である】

僕は孤独だ。いつも一人でいる。一人だけ、40年以上も前からの友人がいて、その人とだけは、
週に1度または2度、会う。会ったら、いろいろと世間話をしたり、互いの生活の大変さを報告し
合って慰めあったりするが、一緒に経済英語の勉強会もする。二人で一週間あたり3時間から5時間
くらい、勉強会をする。

その他の人とは、すべて付き合いをやめてきた。正面切って絶交を言い渡した相手もたくさんいる。
口げんかして、そのあと連絡するのをやめた相手も、何人もいる。さらに、絶交を言い渡したけども
相手から10回くらい付き合いの再開を求められたこともある。それでも僕は、どうしても付き合いを
再開できなかった。それを試みたことは何度もあった。しかしまた喧嘩してしまうのだ。
喧嘩してしまって、僕も嫌な思いをするのが嫌だし、相手に嫌な思いをさせるのもいやなので、
付き合いを再開しないでいる。

そこまで濃厚な付き合いをしないまでも、たとえば散歩をしていると、話しかけてくる人がときどき
いる。毎日、少しずつ話をしていると、たとえば食事に誘われたり、一緒にどこかへ行こうとか
いう話になる。しかし僕は、すべて丁重にお断りしている。
107名無しさん@英語勉強中:2014/05/28(水) 13:15:01.95 ID:KHSfpQs9
>>106 続き

若い時には、そういう付き合いをも大事にしていた。たくさんの人と付き合った。そしてたくさんの
人と絶交し、喧嘩し、あるいは喧嘩しないで疎遠になっていった。

喧嘩したわけではないが、離婚もした。そのあと何人かの人に激しく恋した。そして失恋したり、
あるいは別の理由で別れた。

好きなタイプの女性は何人も見かける。話ができる関係になるときもある。しかし僕は、なるべく
好きな相手には話しかけないようにしている。相手が男であれ女であれ、好きな相手であれ、
さほどではない相手であれ、ともかく僕は、僕のようなものが話しかけては申し訳ないという
思いが強く、ついつい話しかけないままで終わる。

好きでたまらない相手にも出会うことがある。道を歩いていると、好きでたまらないタイプの女性が
ちらほら見受けられる。話がしたくてたまらないが、しかし、僕が話しかけたりしては申し訳ない
と思ってしまう。

そういうわけで、僕は一人ぼっちなのだ。気が狂いそうに寂しいが、同時に、これで誰をも
傷つけなくて済むのだから、それでいいか、と思っている。
108名無しさん@英語勉強中:2014/05/29(木) 12:38:02.63 ID:APuG9uZo
【たかが英語、されど英語】

吹けば飛ぶような下らぬ英語に、
賭けた命を笑わば笑え。
凡庸な頭を持って生まれ、
12歳という、頭の最も柔軟な時期にさえ、
俺は英単語1つを覚えるのに
百回も大声で唱えながら、
百回も書かないと
覚えられなかった。
いや、百回でも覚えられない単語も多かった。
そういうときには、二百回も唱えながら書いた。

たかが英語ごときに命をかけないとダメなくらいに
凡庸な俺は、中学さえろくに通えない両親に
育てられ、アルファベットさえわからない親から
何かを教わるなんてことは無理だった。
きょうだいや親戚からも、知識を教わるなんてことは
夢の話だった。
109名無しさん@英語勉強中:2014/05/29(木) 12:38:32.82 ID:APuG9uZo
>>109 からの続き

塾にも英会話学校にも通えず、
大学院にも行けないし、
英語圏に旅行さえできなかった俺は、
命を賭けて英語に取り組んだけど、
結果は、見ての通り、たかが知れている。

しかし、俺は英語でしか飯を食っていく手段がない。
メンヘラ寸前の俺に、他の仕事なんてどだい無理な話。
さすれば、強靭な英語力を身に付けるしか道はない。
外国で博士号を取ったような人に勝てるはずなどない。
誰かに勝とうとしても、無理に決まっている。
だから俺は、自分と競争してきた。
これからも、死ぬまで苦闘は続く。
命を削ってでも、英語をモノにしてみせる。
たかが英語、しかしそれくらいのことしか俺にはできないのだ。
だから、せめて英語だけはちゃんとできるようにならないといけない。
でないと、俺は飯が食っていけないのだ。
いつ競争から振り落されるかわからんのだ。
90歳まで生きられるとしたら、
俺は死ぬ直前の90歳まで
英語で金を稼ぎ続けねばならぬ。
110必殺翻訳人:2014/05/29(木) 20:09:43.09 ID:5zqMumg+
>>96
777の意図についてはおいらもそう推測した。

『この人を見よ』のペーパーバックはおいらも持ってる。

このスレのキーワードである「孤立」、「精神遍歴」に沿おうとするなら、
やはり『この人を見よ』の冒頭の一節を掲げておくべきだろう。
実に印象的な文章だ。

PREFACE
1
Seeing that shortly I must confront mankind with the heaviest demand
ever put on it, it seems to me indispensable to say who I am. Basically
one should know it: for I have not left myself "unattested." But the
disparity between the greatness of my task and the smallness of my
contemporaries has found expression in the fact that one has neither
heard nor even seen me. I live on my own credit, it is perhaps merely
a prejudice to say that I am alive? ... I need only speak to one of
the "cultured people" who come to the Ober-Engadin in the summer to
convince myself that I am not alive ... Under these circumstances it
is a duty against which my habit, even more so the pride of my instincts
basically rebels namely to say: Hear me! For I am such and such. Above
all, do not mistake me for someone else!
111必殺翻訳人:2014/05/29(木) 20:12:33.10 ID:5zqMumg+
>>97に関連して。

無神論もしくはキリスト教の神の否定は少数派ながら西欧の歴史を強靭に
貫いて流れているようだ。
ヴォルテールの『カンディード』もそのひとつらしい。
スピノザもその気配がある。
ニーチェはその潮流の中のひとつの頂点だった。

つい最近も著名な生物学者であるリチャード・ドーキンスが『神は妄想である』
という過激な書を上梓して、物議をかもした。
欧米の無神論者たちの戦いはまだ苛烈に戦われている。


ポーもおそらくキリスト教の神は信じていない。
しかし、妻と義母が敬虔な信者であったから、無神論を唱えるわけには
いかなかったのだろう。当時の米国南部で無神論を公言することは社会的な
死を意味しただろうし。
『ユリイカ』でポーが示した神はキリスト教の神ではまったくない。
それはほとんど合理性または理性の同義語であって、トートロジーの趣きを
呈する(とおいらには感じられる)。
しかし、とにもかくにも、ポーは、キリスト教の神ではないにしろ、現世に
おける神の存在、秩序の存在を示すことで、美と真の統一を成し遂げたのである。
112必殺翻訳人:2014/05/29(木) 20:15:32.96 ID:5zqMumg+
>>98
なるほど。多少は理解できた。

スレ主さんの論には同意できない点があるけれども、ここでおいらの
持論を展開する気にはなれない。
レスは主に文学的なものにしぼって、自分の感想や補足的な情報を
書きつけるだけにしたいと思う。
113名無しさん@英語勉強中:2014/05/29(木) 20:51:15.82 ID:APuG9uZo
>>110
その文章の別の英訳をここに挙げておこう。僕自身がこの文章をよく理解するために必要だから。

Ecce Homo
How One Becomes What One Is
Written 1888; Published 1908.

Translation by Walter Kaufmann © Random House 1968

Preface
1.

Seeing that before long I must confront humanity with the most
difficult demand ever made of it, it seems indispensable to me to
say who I am. Really, one should know it, for I have not left myself
"without testimony." But the disproportion between the greatness of
my task and the smallness of my contemporaries has found expression
in the fact that one has neither heard nor even seen me. I live on
my own credit; it is perhaps a mere prejudice that I live.

I need only to speak with one of the "educated" who come to the Upper
Engadine for the summer, and I am convinced that I do not live.

Under these circumstances I have a duty against which my habits, even
more the pride of my instincts, revolt at bottom―namely, to say: Hear
me! For I am such and such a person. Above all, do not mistake me for
someone else.

http://nietzsche.holtof.com/Nietzsche_ecce_homo/preface.htm
114名無しさん@英語勉強中:2014/05/29(木) 21:03:53.27 ID:APuG9uZo
>>113
ドイツ語がすいすい読めるわけではないけど、勉強のためにここに原文を貼り付けておく。

Friedrich Nietzsche

Ecce homo

Wie man wird, was man ist

Vorwort

1.

(1) In Voraussicht, dass ich über Kurzem mit der schwersten Forderung
an die Menschheit herantreten muss, die je an sie gestellt wurde,
scheint es mir unerlässlich, zu sagen, wer ich bin.

(2) Im Grunde dürfte man's wissen: denn ich habe mich nicht
"unbezeugt gelassen".

(3) Das Missverhältniss aber zwischen der Grösse meiner Aufgabe und
der Kleinheit meiner Zeitgenossen ist darin zum Ausdruck gekommen,
dass man mich weder gehört, noch auch nur gesehn hat.
115名無しさん@英語勉強中:2014/05/29(木) 21:04:37.60 ID:APuG9uZo
>>114 からの続き


(4) Ich lebe auf meinen eignen Credit hin, es ist vielleicht bloss ein
Vorurtheil, dass ich lebe?…

(5) Ich brauche nur irgend einen "Gebildeten" zu sprechen, der im
Sommer ins Oberengadin kommt, um mich zu überzeugen, dass ich nicht lebe…

(6) Unter diesen Umständen giebt es eine Pflicht, gegen die im Grunde
meine Gewohnheit, noch mehr der Stolz meiner Instinkte revoltirt,
nämlich zu sagen: Hört mich! denn ich bin der und der.

(7) Verwechselt mich vor Allem nicht!

http://www.gutenberg.org/cache/epub/7202/pg7202.html
116必殺翻訳人:2014/05/30(金) 21:25:52.67 ID:MD9Oa0wN
>>110で引用したニーチェの『この人を見よ』の序文をおいらなりに
訳しておこう。


1.
まもなく私は人間にかつて課せられたもっとも大きな要求を引っさげて
彼らに対峙しなければならない。であるから、自分が何者であるかを
まず言っておくことがどうしても不可欠であると私は感じる。もっとも
彼らはとうにそれを知っているはずだった。なぜなら、私は自分を「証明」
せずにはおかなかったのであるから。しかし、私の作品の偉大さと私の
同時代人の卑小さとの間の隔たりのために、人が私のことをまるで知らない
という事態が生まれた。私が生きているのは私がそう信じているからであり、
ひょっとすると、私が生きているというのは思い込みにすぎないのかもしれぬ
・・・。夏にオーバーエンガーデンにやってくる「文化人」のひとりに
話しかけてみさえすれば、自分が生きてはいないのだと納得するには十分である
・・・。こういった次第であるから、私の習慣、さらには私の本能的な誇りが
逆らうにもかかわらず、こう言っておかなくてはならない。私の言うことを
よく聞け。私はかくかくしかじかの者だ。どうか他の誰かと取り違えるのは
よしてもらいたい、と。
117名無しさん@英語勉強中:2014/05/31(土) 05:29:23.41 ID:8UHtVAvA
>>116 の日本語訳をありがとう。おかげで深くこの部分が理解できた。それにしても、この
"Ecce Homo" を読んだことがあって面白く思っていたのに、それが25年近く前のことなので、
内容を忘れてしまっている。いま改めて読んでいると、「ほう、こんなことが書いてあったのか」と
感心したりしている。まあ、ニーチェのことだからこういうことは書くだろうとは思うけど、でもやっぱり
そうだったのか、と改めて感心したり確認したりして、面白く思っている。

それにしても、序文の1と2を読んでみて思うのは、必殺翻訳人さんの言う通り、僕の希求してきたものとニーチェの
生き方とは正反対だな。どこかで共通すると思っていたのだが、少なくとも言葉づらを見る限りでは、
正反対のように思える。さて、コピペばかりですまんけど、ちらほらと読んでいて面白く思ったので、
序文の2の英訳をここに貼り付ける。それにしても、ドイツ語原文はわからないけど、英語訳を
見る限りでは、やはりニーチェは名文家だと思う。

2.
I am, for example, by no means a bogey, or a moralistic monster―I am
actually the very opposite of the type of man who so far has been
revered as virtuous. Between ourselves, it seems to me that precisely
this is part of my pride. I am a disciple of the philosopher Dionysus;
I should prefer to be even a satyr to being a saint. But one should
really read this essay. Perhaps I have succeeded; perhaps this essay
had no other meaning than to give expression to this contrast in a
cheerful and philanthropic manner.(続く)
118名無しさん@英語勉強中:2014/05/31(土) 05:30:15.25 ID:8UHtVAvA
>>117 の続き 【"Ecce Homo" の序文の (2)】

The last thing I should promise would be to "improve" mankind. No new
idols are erected by me; let the old ones learn what feet of clay mean
. Overthrowing idols (my word for "ideals")―that comes closer to being
part of my craft. One has deprived reality of its value, its meaning,
its truthfulness, to precisely the extent to which one has
mendaciously invented an ideal world.

The "true world" and the "apparent world"―that means: the mendaciously
invented world and reality.

The lie of the ideal has so far been the curse on reality; on account
of it, mankind itself has become mendacious and false down to its
most fundamental instincts―to the point of worshipping the opposite
values of those which alone would guarantee its health, its future,
the lofty right to its future.
http://nietzsche.holtof.com/Nietzsche_ecce_homo/preface.htm
119必殺翻訳人:2014/06/02(月) 21:09:43.96 ID:/2QMREi2
>>116に補足。
おいらの訳の他に、新潮文庫『この人を見よ』の西尾幹二氏の訳も念のため
掲げておこう。
おいらの訳は>>110の英訳文に基づいたもの。西尾氏の訳はもちろんドイツ語原文に
基づき、哲学的著作という側面に重点を置いた、かなり原文に忠実たらんとした訳文
であるらしく思われる。

序言

私の予測では、近いうちに、私はかつて人類に課せられた要求の中でも最も困難な
要求を人類に突きつけなければならなくなる。それだけに、そもそも私が誰である
のかを言っておくことが、必要であるように思われる。こんなことは私が言わなくても、
世間の方で知っていてよいことであろう。私が自分を「身元不詳のままに放置」して
おいたわけではないのだから。それはそうなのだが、私の課題は大きいのに私の
同時代人は小さく、両者の関係が不釣合いであるために、結局、私の言を聴く者はなく、
私の書いたものに誰も目を向けさえもしないという事態に立ち至ってしまった。私は
自分で振り出した信用借入金(クレジット)を当てにして生きているようなものだ。
ひょっとしたら私が生存しているということ自体が、私の独りよがりにすぎないのでは? 
・・・ 夏にオーバーエンガディーンにやって来る「教養人」の誰か一人をつかまえて
私が話し掛けてみさえすれば、それは分る。そうすれば、私は自分が生存していない
のだな、と得心がいく。・・・ 以上のような次第であるから、本来なら私の習慣に
反しさらにまた私の本能の誇りにも反していることではあるのだが、次のように言う
義務が私にはあるのである。すなわち、吾が言を聴くべし! 吾はかやうしかじかの
人間なれば也。何よりもまづ吾を取り違へ給ふな! と。
120名無しさん@英語勉強中:2014/06/04(水) 15:38:50.36 ID:tUrIvA3N
【Pascal の言葉:気晴らしなどについて】

131
Weariness.[66]―Nothing is so insufferable to man as to be completely
at rest, without passions, without business, without diversion,
without study. He then feels his nothingness, his forlornness,
his insufficiency, his dependence, his weakness, his emptiness.
There will immediately arise from the depth of his heart weariness,
gloom, sadness, fretfulness, vexation, despair.
http://www.gutenberg.org/files/18269/18269-h/18269-h.htm
121名無しさん@英語勉強中:2014/06/04(水) 16:16:20.65 ID:tUrIvA3N
【Pascal: Diversion】

"Les Pensees", 139
★Diversion★.―When I have occasionally set myself to consider the
different ●distractions● of men, the pains and perils to which they
expose themselves at court or in war, whence arise so many quarrels,
passions, bold and often bad ventures, etc., I have discovered that
all the unhappiness of men arises from one single fact, that they
cannot stay quietly in their own chamber. (中略)

The king is surrounded by persons whose only thought is to ★divert★
the king, and to prevent his thinking of self. For he is unhappy,
king though he be, if he think of himself.

This is all that men have been able to discover to make themselves
happy. And those who philosophise on the matter, and who think men
unreasonable for spending a whole day in chasing a hare which they
would not have bought, scarce know our nature. The hare in itself
would not screen us from the sight of death and calamities; but the
chase which turns away our attention from these, does screen us. (中略)

Thus passes away all man's life. Men seek rest in a struggle against
difficulties; and when they have conquered these, rest becomes
insufferable. For we think either of the misfortunes we have or of
those which threaten us.

("Les Pensees," Blaise Pascal, 1669)
http://www.gutenberg.org/files/18269/18269-h/18269-h.htm
122名無しさん@英語勉強中:2014/06/04(水) 16:34:13.07 ID:tUrIvA3N
>>121 のフランス語原文 【Pascal: Les Pensees】

Quand je m'y suis mis quelquefois à considérer les diverses agitations
des hommes, et les périls, et les peines où
ils s'exposent dans la Cour, dans la guerre d'où naissent tant de
querelles, de passions, d'entreprises hardies et
souvent mauvaises, etc., j'ai dit souvent que tout le malheur des
hommes vient d'une seule chose, qui est de ne savoir pas demeurer en
repos dans une chambre. (中略)

Le roi est environné de gens qui ne pensent qu'à divertir le roi
et à l'empêcher de penser à lui.
Car il est malheureux tout roi qu'il est s'il y pense.

Voilà tout ce que les hommes ont pu inventer pour se rendre heureux
et ceux qui font sur cela les philosophes et
qui croient que le monde est bien peu raisonnable de passer tout le
jour à courir après un lièvre qu'ils ne
voudraient pas avoir acheté, ne connaissent guère notre nature. Ce
lièvre ne nous garantirait pas de la vue de la
mort et des misères qui nous en détournent, mais la chasse nous en garantit.
(中略)
Ainsi s'écoule toute la vie; on cherche le repos en combattant
quelques obstacles et si on les a surmontés le
repos devient insupportable par l'ennui qu'il engendre. Il en faut
sortir et mendier le tumulte.
Car ou l'on pense aux misères qu'on a ou à celles qui nous menacent.
http://www.ub.uni-freiburg.de/fileadmin/ub/referate/04/pascal/pensees.pdf
123名無しさん@英語勉強中:2014/06/04(水) 17:06:54.78 ID:tUrIvA3N
>>120 の英訳に対応するフランス語原文

622-131 Ennui.
Rien n'est si insupportable à l'homme que d'être dans un plein repos, sans passions, sans affaires, sans
divertissement, sans application.
Il sent alors son néant, son abandon, son insuffisance, sa dépendance, son impuissance, son vide.
Incontinent il sortira du fond de son âme, l'ennui, la noirceur, la tristesse, le chagrin, le dépit, le désespoir.
http://www.ub.uni-freiburg.de/fileadmin/ub/referate/04/pascal/pensees.pdf
124名無しさん@英語勉強中:2014/06/05(木) 20:24:38.57 ID:8LJY6Unt
【回答者としての心境】

以下の文章は、あるスレで書きたかったけど、説教がましく聞こえてもいけないので、
ここにひっそりと書く。

******************************

回答者は、必ずしも自己顕示欲だけに突き動かされているとは限りません。
確かに人間には誰でも、そういう欲求はあるでしょうし、僕にもあります。
しかしそれよりも何よりも、自分自身が勉強したくてたまらないのに
勉強することが許されない環境にあり、誰一人として自分に何かを
教えてくれる気力も学力も何もない状況に育った人が、
死にもの狂いで勉強したあと、なんでかわからないけど、
僕は僕と同じように勉強したくてもできない環境にいる人も
いるんじゃないかと思ってしまうのです。

それで、おせっかいかもしれないのに、ついつい
いろんなことを教えてあげたくなってしまうのです。
それはただの自己満足だろうし、他人にとってはむしろ
迷惑なことかもしれません。だから、感謝してもらおうなんて
思っていません。

(続き)
125名無しさん@英語勉強中:2014/06/05(木) 20:25:12.66 ID:8LJY6Unt
>>124 の続き

ただ、勉強するためには、
恥をかかないといけないのです。教える側も、恥ばかりかいているのです。
英語がすごくできるようになったあとで教え始めたのではないのです。
初心者のうちから教えていたのです。初心者のうちから
英語で飯を食っていたのです。そして恥ばかりかいてきたのです。
恥をかいてきた回数により、人は技能を身に付けるのです。

回答者は、実は質問者よりもはるかに恥をかき続け、
質問者よりも実は臆病なのです。
血と涙と汗を流しながら、回答しているのです。
大げさに言えば、命を賭けて回答しているのです。

そういう思いで回答している僕に対して、
何でもかんでも簡単そうに頼らないでください。
少しだけでいいから、自分でも恥をかいて、
涙がこぼれそうになるほど辛い思いをしながら
質問してください。
126名無しさん@英語勉強中:2014/07/20(日) 18:07:21.11 ID:3Bd0YGRv
もともと僕が主な拠点としていた隔離スレである「専門的すぎる〜」というスレが、
500 kB を超えたというわけで、急に書き込めなくなった。だから、次のスレを作った。

【隔離・孤立】英文学・方言学・歴史言語学など
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/english/1405815963/l50
127OED に片思い ◆5o7MC4F0bo :2014/08/02(土) 13:32:57.47 ID:vL+dNJBd
うれしいことを書いてくれる人がごくたまにいるけど、今まではすべて日本語によるものだった。
今回は、ネイティブまたはネイティブに近い英文によるうれしいコメントを頂いた。もしかしたら
僕のことを言ってるわけじゃないかもしれないけど、僕のことを言ってくれているのだと勝手に
解釈して、喜んでこの言葉を受け止める。
****************

日本語→英語スレ Part398
972 :名無しさん@英語勉強中:2014/08/02(土) 06:21:09.62 ID:3fWMqj1E!
>>971
Most people in this thread are very selective when it comes to translating. They do only easy ones because they don't want to make a bad translation and be picked on by nasty people like you.
However, that コテ guy is different. He does literally all translation without being selective. It's a lot of work. And it definitely needs high english skills.
Now, if you don't have the nerve or abilities to do the same shit, just zip your mouth and appreciate the fact that someone else does what you can't do for you.
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/english/1400944956/972
128OED に片思い ◆5o7MC4F0bo :2014/08/07(木) 13:42:00.39 ID:aigPd91y
面白いことを言ってる人がいて、僕は思いっきり笑った。ここにそのレスを貼り付ける。

******************************

>>http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/english/1407153751/101

I'm not well acquainted with those internet things,
and no idea is in my mind about the way of proving who is who,
and thus if you say you're a different figure from OED,
then I have no other choice than to take your assertion at its face value.

>>http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/english/1407153751/102

Bizarre though your turns of speech in Japanese and patterns of behaviour are,
your intellect is way beyond average (at least hundreds of millions times what that of mine is),
and you write English in as untrammeled a manner as a soaring skylark glides in the air,
thus leading to my unavoidable suspicion that there is no such person as momi or Random Gaijin
―only one person whose name is OED.

If you feel offended owing to my scepticism, I must give my sincere apology.

http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/english/1406546975/288
129OED Loves Me Not ◆5o7MC4F0bo
★★ I've made yet another thread ★★

I've just made a thread for my own soliloquy in English. If anyone
is interested in reading any of my endless monologue, I'll welcome them.

My Endless Soliloquy【隔離孤立】英文で独り言)
http://awabi.2ch.net/test/read.cgi/english/1407567293/l50