1 :
名無しさん@公演中:
http://mishimayukio-project.com/main.html 昭和の古典劇、復活上演!
「三島由紀夫全戯曲上演プロジェクト」いよいよスタート
只ほど高いものはない、夜の向日葵、若人よ蘇れ
ボン・ディア・セニョーラ、白蟻の巣、鹿鳴館、ブリタニキュス
薔薇と海賊、女は占領されない、熱帯樹、十日の菊、黒蜥蜴
喜びの琴、美濃子、戀の帆影、サド侯爵夫人、アラビアン・ナイト
朱雀家の滅亡、わが友ヒットラー、癪王のテラス
東の博士たち、火宅、愛の不安、燈臺、ニオベ、聖女、邯鄲、綾の鼓
艶競近松娘、卒塔婆小町、紳士、室町反魂香、地獄變、葵上
溶けた天女、鰯賣戀曳網、班女、熊野(歌舞伎舞踊)、三原色
船の挨拶、芙蓉露大内實記、大障碍、道成寺、朝の躑躅
むすめごのみ帶取池、熊野(近代能楽集)、プロゼルピーナ、弱法師
源氏供養、聖セバスチャンの殉教、ミランダ、椿説弓張月
文樂 椿説弓張月、附子、LONG AFTER LOVE
弧曾菊有明、あやめ、ボクシング、戀には七ツの鍵がある、憂國
2 :
名無しさん@公演中:2005/08/03(水) 10:54:05 ID:kA80IKjL
Aゲット
3 :
名無しさん@公演中:2005/08/03(水) 11:11:53 ID:IqqGVo0h
近代戯曲集、読んだ。
「綾の鼓」が好き。
4 :
名無しさん@公演中:2005/08/03(水) 19:23:23 ID:grukh+4M
鹿鳴館とサド侯爵夫人みたことあるよ。
鹿鳴館もう一度みたい。舞踏会の場面がわすれられない。
5 :
名無しさん@公演中:2005/08/03(水) 21:10:17 ID:IqqGVo0h
「附子」も手がけたことがあるのか、知らなかった。
三島は小説家としてより劇作家としてのほうが良いとよく言われるね。
6 :
名無しさん@公演中:2005/08/03(水) 22:07:06 ID:grukh+4M
三島自身が、劇作家で生活できるのならば小説なぞ書いてない、って言ってるよ。
つーか三島の人生が演劇だよな。w
8 :
名無しさん@公演中:2005/08/04(木) 23:27:32 ID:Cn8zsgLq
生で中嶋朋子みてみたいな・・・
tptで「サド侯爵夫人」見たいな
10 :
名無しさん@公演中:2005/08/05(金) 22:44:42 ID:ge9G06GZ
近代能楽集がやはり三島戯曲では一番かな。
演出しだいで戯曲ががらっと変わるような気がする。
鹿鳴館とかだと誰が演出しても変わらないものね。
11 :
名無しさん@公演中:2005/08/20(土) 01:53:01 ID:aZz1cByW
微妙なタイミングだなぁ。
遺族の誰かが本腰入れて探したんだろうか。
記事読んできた。
このタイミングで見つかった事を発表したのね。
14 :
名無しさん@公演中:2005/08/20(土) 09:07:30 ID:aZz1cByW
記事よく読んでみろ。
「瑤子夫人が亡くなった後の1996年、
藤井氏が三島邸の倉庫で捜し出した。」
つーことは発見は、9年前じゃん。笑笑 笑笑 笑笑
15 :
名無しさん@公演中:2005/08/20(土) 09:16:27 ID:aZz1cByW
しかも、「海賊版がネットオークションなどで出回っていて
粗悪な画面だったので、いずれ発表しなくてはいけないと思っていた」
で、9年間沈黙。「粗悪な画面」つかまされた購入者お気の毒。
16 :
名無しさん@公演中:2005/08/20(土) 19:50:08 ID:aZz1cByW
ついでに映画「MISHIMA」も公開してほしい。緒方拳主演のね。
17 :
名無しさん@公演中:2005/09/08(木) 14:24:16 ID:EmBsTMXq
もっと盛り上がれ
劇団死期〜〜〜〜〜〜〜〜?!
20 :
名無しさん@公演中:2005/10/01(土) 01:05:28 ID:L5Fn3GYu
いやはや
21 :
名無しさん@公演中:2005/10/03(月) 08:25:35 ID:89L35vqF
10月12日から週刊女性にて
ベルばら池田理代子さんで「春の雪」コミック化
夫人が亡くなって、
版権をどっかの会社に預けたな。こりゃ。
てか、子供は息災だったよね?
23 :
名無しさん@公演中:2005/10/05(水) 22:30:28 ID:7ygtRyCe
24 :
名無しさん@公演中:2005/10/24(月) 02:02:48 ID:EZz1HCQC
あげ
25 :
名無しさん@公演中:2005/10/30(日) 00:47:48 ID:djumhq3C
浅利は三島の知友だったので一番三島を知っている人物には違いないが…
ただ距離が近かったからと言って、それが逆に出ることもある
浅利にはその悪寒をぷんぷんさせてくれる人物である
26 :
ホッシュジエンの国内ニュース解説:2005/11/03(木) 19:08:45 ID:GxzCSwUG
衝撃的な三島由紀夫の自決事件から今月で35年となりますが、三島由紀夫が、生前、
「楯の会」に指示し、とりまとめを進めていた憲法改正案の全文を、このほどJNN
が初めて入手しました。
草案は、討議の議事録の形をとり、その中に条文化したものが記されています。草案
では、まず三島がこだわった日本の歴史、文化、伝統の総体としての国柄を、
「第一条、天皇は国体である」と表現し、第二条で「天皇は神聖である」とするなど、
復古的色彩が強く感じられます。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄∨ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
彡ミ ___ __ * 三島は大蔵省出身の作家。官僚機構とのつながりは
|ヽ /| ,,,,,,,,l / / 当然あると見ていい。国策協力者なら自殺はないな。
|ヽ | | ミ ・д・ミ/_/旦~~
⊥ |  ̄| ̄|| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄| 70年といえば中曽根内閣の時代。この頃から
凵 `TT | ̄l ̄ ̄ ̄ ̄ ̄l この人は日本再軍備のチャンスを仕掛けてたんですね。(・∀・ )
05.11.3 TBS 「三島由紀夫の憲法私案、初めて公開」
http://news.tbs.co.jp/headline/tbs_headline3152145.html * こんな工作員まがいの事をして糊口を凌いでいたのなら、大した作家ではありません。
「サド侯爵夫人」初日だね
さてルネがどうなることやら
28 :
名無しさん@公演中:2005/11/05(土) 03:50:26 ID:FB8HRk32
http://www.yomiuri.co.jp/national/culture/news/20051104i418.htm 三島由紀夫の世界、光と音で表現…東京国立博物館
三島由紀夫の世界を表現する「光と音のインスタレーション」
上野の東京国立博物館で4日夕、建物の外壁に映像を映して、
作家・三島由紀夫の世界を表現するユニークな催しが始まった。
同館内で上演されている三島作の舞台「サド侯爵夫人」の関連イベント。
1925年に生まれ、70年に自決するまでの三島の生涯や国内外の出来事を、
当時の読売新聞紙面や写真で振り返るほか、三島作品に登場する金閣寺や能面
などの映像で外壁を彩る。
「光と音のインスタレーション」と題し、照明デザイナーの石井幹子さんが
手がけた映像と、作曲家の三枝成彰さんによる音楽が、舞台とはひと味違う
「三島の世界」を表現する。催しは13日まで。
サド公爵夫人、日曜日鑑賞。
コシノジュンコの衣装がひと昔前のSF調で酷かった。
とんがりコーンやウンコのような髪型や歌舞伎風メイクはまるでコントのよう。
女優はルネとサン・フォンがミスキャスト。
朗詠術にこだわって相当稽古を積んだと思われ、
息詰まる台詞の応酬は音楽的で皆なかなか巧いのだが、
ルネ役者のコケシのような容貌とサン・フォン役者の短躯は、
作者が求める肉体とはあまりに違いすぎる。
博物館内というロケーションや音楽を排した演出、石井幹子の細緻な照明など、
他では得難い長所も沢山あるだけに非常に残念。
30 :
名無しさん@公演中:2005/11/07(月) 08:15:35 ID:wNcHH5ng
サド〜は誰がやってもいつも非難の雨あられですよね。w
コシノジュンコは本人がコントみたいなひとですから・・・
31 :
名無しさん@公演中:2005/11/08(火) 20:32:04 ID:ZInNKt2F
月曜マチネ観劇
サン・フォン伯爵夫人台詞噛みすぎ
ルネは多少台詞が聞き取り辛いところもあったけど
畑違いの人にしては大健闘だったんじゃないかと
衣装や髪型に関しては
>>29さんと同じ
何か2幕で終わりと勘違いして帰ろうとしてた人がいましたね
33 :
名無しさん@公演中:2005/11/10(木) 20:00:51 ID:eAzU3oUE
34 :
名無しさん@公演中:2005/11/11(金) 00:04:47 ID:8tYRamhO
以前ク・ナウカがやってたサド〜はシンプルでよかった。
35 :
名無しさん@公演中:2005/11/13(日) 10:41:17 ID:R/iAE3sC
で、第二弾は何?
四季の鹿鳴館はプロジェクトの一環ではないんでしょ?
別にやるってことだよね?
そして全部上演するのに何年くらいかけるつもりなんだ??
死期は別に決まってんじゃん
39 :
名無しさん@公演中:2005/11/15(火) 09:26:35 ID:Tnku3pgR
劇団四季『鹿鳴館』製作発表会
浅利慶太
「(具体的なことは決まっていないが)三島さんの代表作は全部やりたい」
第一弾が不発で次はなかったりして…
プロジェクトなら、もうちょっと先の予定も教えてほすぃ
42 :
名無しさん@公演中:2005/11/24(木) 14:07:37 ID:W/CYFyC9
>>26 藻前、引きこもりの世間知らずが、斜め上も程々に汁。
嘘は書いちゃいかん。
× 70年代といえば中曽根内閣の時代
○ 70年代といえば中曽根防衛庁長官の時代
三島は新卒でたった数ヶ月の公務員生活を経た程度だ。
これで官僚機構と呼ばれるものと繋がりが生じるほどキャリアの世界はぬるぽくない。
盾の会と、霞ヶ関及び永田町に存在する東大学閥との繋がりは、あったかもしれないが。
一方、日本海軍の士官出身である大勲位が、日本再軍備のチャンスを伺ったところで、
何も不思議はないだろう。
但し、功を焦ってあからさまな再軍備をしなかったところが大勲位のエロいところだ。
結局三島の流した血のりも、大勲位によって日米安保の基礎を固める漆喰にされちゃった
みたいだな。
35年を経た今、大勲位の手で憲法改正の草案が書かれたと言うことは、時代の皮肉か。
それから三島の生活が
>>26が「糊口を凌ぐ」ほどと書くほど、貧しいものだったのかどうかは
検証の余地がある。おそらくこれも適当に書いているんだろうがな。
てゆうか、
>>26もう少し日本語を勉強してから書き込め。バカっぽいぞ。
ヘンナノキタコレ
44 :
名無しさん@公演中:2005/12/06(火) 01:02:14 ID:OPw6iTUO
プロジェクトの予定が全然更新されてないんですけど・・・
このペースだと10年以上かかりそうね。
45 :
名無しさん@公演中:2005/12/20(火) 22:57:43 ID:PL+M+w9u
すごいな、本当に全部やるのかよwww
46 :
名無しさん@公演中:2006/01/15(日) 19:33:14 ID:cNw4x5I1
age
47 :
名無しさん@公演中:2006/01/26(木) 11:41:37 ID:2I9wMyjP
保守
48 :
名無しさん@公演中:2006/01/29(日) 02:10:16 ID:tR/NEctr
49 :
名無しさん@公演中:2006/01/29(日) 02:12:29 ID:tR/NEctr
50 :
名無しさん@公演中:2006/02/20(月) 16:53:11 ID:ne+lKeck
51 :
名無しさん@公演中:2006/02/22(水) 10:46:34 ID:AvO0Cix5
芝居がやりたいけどなかなか出来ない状況にいる僕が来ましたよ
52 :
481:2006/03/01(水) 21:41:47 ID:+N8E6uKx
三島由紀夫は以下の問題に関連して自決したと考えています。
社会版:
http://society3.2ch.net/test/read.cgi/soc/1139132859/ の投稿5と222を読んでいただけないでしょうか? 明治維新時に孝明天皇父子の虐殺
及び長州藩の部落住民による『乗っ取り』があったため血統に正当性がない可能性が
高く、その歪が日本を亡国状況にしている可能性が否定できません。
また社会生態学的に分析した場合、
オーム真理教を「皇室犯罪」と仮定した時には
有機リン剤の専門研究室がある東京大学農学部にて、サリンが製造され、
地下鉄で多数の命を奪っていた可能性も考えねばなりませんが、
万一その場合、毒物製造を担当した東京大学農学部の教員陣は
殺人罪で検挙されるべきかと思うのですが、 この点の検証は行われつつあるのでしょうか?
オーム真理教が「皇室犯罪」か否かで 地下鉄毒物殺人事件の当事者が違ってきます。
東京大学農学部がサリン製造を担当していたかどうか慎重な検証が必要と考えます。
なお、この行政テロの被疑において、英米の関与があったのかもしれませんが、統治行為論により
他国の責任は不問にしてでも、この点の検証は求められると思います。何故ならば
米国の9・11で見られた行政サタニズムミーム(すなわち田中宇氏が主張しているように
米国当局自体がビンラディンである可能性が否定できない)が形を変えて何度も未だに繰り返されている
からです。これは日本国民にとっても米国国民にとっても大変なマイナスです。日米英とも今一度
国民主権に戻りサタンではなくイエス(仏)のミームによる国家再構築が求められるように思えてなりません。
社会生態学という学問の一環として上のスレッドをダウンロードして冷静かつ慎重に読んでいただけるよう
重ねてお願いします。今のまでは日米英ともサタン・ミームに支配されかねません。米国は基本的には
キリスト教国家ですが、これではキリスト教も何もあったものではありません。サタン教は撤廃すべきです。
社会生態学を今後あらゆる分野で育てていく必要があるよう思えてなりません。
久々に全戯曲上演プロジェクトのホームページを覗いたら・・・ガクガクブルブル
ドメインをちゃんと確保しておかなかったのだろうか。
54 :
名無しさん@公演中:2006/04/16(日) 09:53:21 ID:EwF7Ydy3
全戯曲上演プロジェクトは、ホントにサドだけで終わっちゃったのかな。w
55 :
名無しさん@公演中:2006/04/27(木) 19:44:28 ID:v5fM5mZq
明日ですよ
みなさん当然、春の雪、憂国、買いますよね
保守
三島由紀夫は天才!
58 :
名無しさん@公演中:2006/07/31(月) 12:40:00 ID:MLpLo9Gi
ホントに最初の一作品でこの壮大なプロジェクトは終わったみたいだなw
59 :
名無しさん@公演中:2006/08/06(日) 09:10:58 ID:w3HmUfu1
ミッドナイトステージ館 [深夜劇場へようこそ]
8月7日(月) 前0:55〜4:07(6日深夜)
[インタビュー] ゲスト:新妻聖子 聞き手:林あまり/鈴木裕美
[舞台中継] 三島由紀夫全戯曲上演プロジェクト 「サド侯爵夫人」
(東京国立博物館本館特別五室・2005年)
作:三島由紀夫 演出:岸田良二
出演:新妻聖子、剣 幸、佐古真弓、福井裕子、椿 真由美、米山奈穂
「サド侯爵夫人」は、海外でもっとも頻繁に上演される日本戯曲として知られ、
また、雑誌シアターアーツの戦後戯曲ベストテン・アンケートで第一位を獲得するなど、
ゆるぎない評価を誇る傑作です。
今回放送される舞台は、昨年発足した三島由紀夫全戯曲上演プロジェクトの第一回公演として、
上野の東京国立博物館本館の一室で上演された記念すべき作品です。
ロケーションの魅力もさることながら、石井幹子さんの照明、コシノジュンコさんの衣装など、
各界から当代一流のアーティストが集まり、作品を一層華やかなものにしています。
題名の由来はもちろん、悪徳の限りをつくしたことで名高い、ドナティアン=アルフォンス=
フランソワ・ド・サド侯爵ですが、この作品には、彼自身は最後まで登場しません。
妻・義母・義妹など、彼の周囲の人々が、それぞれの侯爵像をさまざまに語っていくという構成に
なっています。聖と俗、敬虔と背徳、貞淑とわいせつ、観念と身体など、三島好みの対立と逆説が
至る所にちりばめられ、それはラストの、主人公ルネの台詞に集約されることになります。
その、背徳と貞淑の化身ルネ役に、新妻聖子さん。三島特有の饒舌な美文による長台詞を、
文字通り歌い上げることができる俳優を、という演出の岸田良二さんの意向で、ミュージカルでの活躍
著しい彼女が抜擢されました。
トークゲストは、その新妻聖子さん。歌手への思いを心に秘めていた、ある優等生の帰国子女が、
ミュージカル界のシンデレラ・ガールになるまでの軌跡を、とてもチャーミングに語っています。
60 :
名無しさん@公演中:2006/08/17(木) 03:16:03 ID:xBOrKglo
あーそれ見た
新妻聖子よかったじゃん ほんとハキハキしゃべるね
くりきんとんみたいな髪型は・・・馴れれば気にならなくなったよ
もっと三島作品テレビでやってくれないかな
61 :
名無しさん@公演中:2006/10/19(木) 15:28:00 ID:3f03ATiG
tptが『黒蜥蜴』やるわけだが・・・
11月24日〜12月20日
62 :
名無しさん@公演中:2006/10/24(火) 22:37:42 ID:wSW7pLjT
2006年11月24日(金)→ 12月20日(水)ベニサン・ピット
麻実れい
in
三島由紀夫作
「黒蜥蜴」
デヴィッド・ルヴォー/門井均 共同演出
63 :
名無しさん@公演中:2006/11/10(金) 07:31:39 ID:p5TU1lzt
いよいよ11月、「黒蜥蜴」リハーサルが走りはじめています。溢れんばかりの
三島由紀夫の言葉、言葉。リハーサル初日、麻実さんはタイトルロール女賊黒蜥蜴
の言葉を隅々にまで心を通わせて美しく響かせてくれました。すでに膨大な量の
言葉は麻実さん自身の言葉となって生きていました。夏からずうっと台本を読み続け
ていたそうです。カンパニーもとてもいい刺激を受け取り稽古場は活気に溢れ、
演出の喜びと、責任とで熱く燃えています。24日の初日に向け、「黒蜥蜴」創造の
現場からの声をfrom Pit からお届けいたします。コクがあり、深い味あいのある
上等なエンターティメントを目指します。どうぞご期待ください。
64 :
名無しさん@公演中:2006/11/18(土) 14:34:17 ID:u+t+A5qx
突然すみません。只今楯の会の制服を探しております。
もし何か情報があったら書き込みしていただけませんか?
65 :
名無しさん@公演中:2007/01/01(月) 17:48:15 ID:eJRyAgeC
NHKBS2
1月2日(火) 後0:15〜3:30
劇団四季「鹿鳴館」
戦後の劇壇にさん然と輝く三島戯曲の最高傑作「鹿鳴館」を、故人の
古くからの友人でもある劇団四季代表、浅利慶太が演出。
夫婦と昔日の恋人をめぐる愛情のもつれ、離れ離れになった親子の
名乗りなど、宿命的な人間関係の縦糸に、政治的陰謀や暗殺という横糸
が絡み合って描かれる愛と憎しみのドラマが、卓越した朗誦術を誇る
劇団の俳優陣により演じられ、6か月のロングランを達成。2006年春の
話題作となった。戯曲誕生から半世紀、最高のスタッフと俳優陣が紡ぎ
出す三島由紀夫の華麗なる世界に心行くまで酔いしれていただく。
(2006年12月 自由劇場で収録)
【出演】日下武史(影山伯爵)、野村玲子(影山伯爵夫人朝子)、
石丸幹二(清原永之輔) ほか
おっ。
見てみるかな。
67 :
名無しさん@公演中:2007/01/12(金) 01:55:08 ID:NxxbYOce
全作品上演プロジェクトきぼん。
【東京足立区監禁コンクリート詰め殺人事件】
日本共産党幹部宅で行われた鬼畜行為(裁判で明らかになってます)(監禁41日間の内容)
・オイルを両大腿、膝、すねにたらして着火する。熱がって火を消そうとすると手にもオイルをかけて着火、火が消えるとまた点火する
・性器に異物を入れて玩ぶ、自分の尿を飲ます ゴキブリを食わす。
・性器を灰皿代わりにする、性器にオロナミンCの瓶を2本を強引に入れる
・性器にライターを入れて着火する (この行為によって何度も気絶し、髪の毛が抜けていったという)
・お尻の穴に花火を突っ込む+瓶を挿入し、思い切り蹴る
・性器に強引に直径3Cmの鉄の棒を突っ込んだり抜いたりして性器を破壊する
・頬が鼻の高さを超えるまで腫れ上がり、目の位置が陥没して分からないほどになるまで暴行
・歌謡曲を流して、歌詞にあわせて脇腹に思いっきりパンチをいれる
・痛さをこらえるので口が変なふうに歪むのを見て面白がる
・真冬に裸で外(ベランダ)に出す 女に顔にマジックで落書きされる
・犯人2人の真ん中に立たせ、左右から肩や顔に回し蹴りを数発入れる
・顔(まぶた)にろうそくをたらす、眉間に短くなった火のついたろうそくを立てる
・6kgの鉄アレイを腹に落とす、鉄アレイで大腿や顔面を何十回も殴る
・かなりの量の水や牛乳を強引に何度も飲ませる
・サンドバックに縛り付け、スーパーリンチ
・全身火だるまにする
・裸で歌わせ、踊らせ、キチガイの真似をさせられる
・死体の体重は50キロが37キロになり、顔は原型をとどめず目の位置もわからない、身体は焼けただれ、
腐敗しており、性器(や肛門)の破壊の度合いは顔や身体以上のもので目もあてられない
・陰部にはさらにオロナミンC2本が入っていた。
(コンクリート詰め事件で検索すればわかる)(栃木リンチ殺人事件も凄い)
http://profiler.hp.infoseek.co.jp/concrete.htm http://kodansha.cplaza.ne.jp/broadcast/special/2000_03_22_2/
69 :
名無しさん@公演中:2007/04/01(日) 18:09:23 ID:5be5dY4X
鹿鳴館、戯曲買おうかな
70 :
名無しさん@公演中:2007/06/25(月) 16:35:19 ID:rGrAMpwW
天才age
71 :
西 良二:2007/07/12(木) 21:00:29 ID:02UqSZRJ
鹿鳴館・杉村春子のための戯曲、昭和38年初代・水谷八重子・森 雅之で上演、この舞台が素晴しかった。四季の朝子は扮装からして朝子ではない。鬘をかぶって左褄をとっての演技ができないなら、そしてあの四季節の台詞回しは最悪、四季は三島戯曲は無理のようだね。
72 :
名無しさん@公演中:2007/07/15(日) 08:53:37 ID:vdVvbfFU
三島由紀夫の作品はどれかな?
@吾輩は猫である
A我はいは蟻である
B猫と庄造と二人のおんな
73 :
名無しさん@公演中:2007/08/13(月) 01:03:14 ID:Sb5R1XQ5
74 :
名無しさん@公演中:2007/08/20(月) 03:14:34 ID:Vwpizves
75 :
名無しさん@公演中:2007/09/15(土) 07:57:23 ID:tYKszbSN
三島由紀夫全戯曲上演プロジェクトは、ホントにどうなったの?
76 :
名無しさん@公演中:2007/09/16(日) 02:16:20 ID:ulSXr95v
>>75 本当ですね、どこにも話し出てないですね。
四季のやつとかは関係ないだろうし…
77 :
名無しさん@公演中:2007/10/04(木) 13:06:25 ID:QWwbRi3t
薔薇と海賊
三島由紀夫 作
11月2日〜9日
紀伊國屋ホール
問い合わせ
03-3945-5384
出演
村松英子 大出俊 伊藤高 他
演出
村松英子
所作指導
野村萬
78 :
名無しさん@公演中:2007/10/23(火) 01:32:41 ID:LLrcH4Oa
劇団四季『鹿鳴館』
平成19年10月20日(土)〜11月25日(日)
自由劇場 作/三島由紀夫 演出/浅利慶太
サロン劇場『薔薇と海賊』
平成19年11月2日(金)〜11月9日(金)
紀伊國屋ホール 作/三島由紀夫 オリジナル演出/三島由紀夫 演出/村松英子
あうるすぽっと柿落とし公演『朱雀家の滅亡』
平成19年12月4日(火)〜12月16日(日)
あうるすぽっと(豊島区立舞台芸術交流センター)
作/三島由紀夫 演出/宮田慶子 出演/佐久間良子
79 :
名無しの悲観論:2007/10/24(水) 21:01:50 ID:cLjC4D1/
四季「鹿鳴館」再上演、下手なヒロイン役者での再演辞めてくれ!
「薔薇と海賊」こちらも大根役者・村松英子の演出、悲しい・・・・。
「朱雀家の滅亡」金田龍之介にちょつと期待。
80 :
名無しさん@公演中:2007/10/30(火) 09:24:00 ID:jfa2CKdT
【テレビ「鹿鳴館」で、田村正和が妻役に黒木瞳を指名!!】
作家三島由紀夫氏の傑作戯曲「鹿鳴館」が、田村正和(64)黒木瞳(47)
のコンビで37年ぶりにドラマ化されることが29日、分かった。
テレビ朝日の開局50周年記念新春ドラマとして放送する。
欧化政策が進む明治時代、その象徴となった社交場の鹿鳴館を舞台に愛と謀略を描く。
田村は主人公の影山伯爵、黒木は伯爵夫人の朝子役。2人はこれで3度目の夫婦役。
同局の出演依頼に田村は、妻役に黒木を熱望して共演が実現した。
これまでホームドラマで息の合った夫婦を演じてきた2人が、今回は“仮面夫婦”を演じる。
[2007年10月30日6時32分nikkansports]
81 :
名無しさん@公演中:2007/11/04(日) 01:58:54 ID:NEdLXL3d
彼(三島)は戯曲を書けば天才である。
篠田一士
82 :
名無しさん@公演中:2007/12/11(火) 08:14:27 ID:2gFmLfjr
縺ゅ≧繧九☆縺ス縺」縺ィ縺ョ蜈ャ貍斐・譛謔ェ縲る未菫り・・莠コ縺ォ縺カ縺、縺九▲縺ヲ繧りャ昴i縺ェ縺・#10;隕ウ繧句燕縺ォ繧イ繝ウ繝翫Μ縺励※縺溘i闃晏ア・クュ縺ォ謳コ蟶ッ魑エ繧・譛謔ェ縺ョ闃晏ア・□
縺昴l縺ァ繝、繝・′縺セ縺溘・縺、縺九▲縺」縺ヲ縺阪◆繧医・#10;
譯亥・菫ゅ・縺九o縺・>蟄舌>繧九・縺ォ縺ェ
83 :
名無しさん@公演中:2007/12/11(火) 23:38:53 ID:tbWiL2et
喜びの琴事件ってウィキを読んでも、いまひとつ解らなかったのですが、どういう事件だったのですか?
84 :
名無しさん@公演中:2008/01/07(月) 12:56:33 ID:1b15UbXT
福田恆存の陰謀と裏切りによる文学座の分裂
85 :
名無しさん@公演中:2008/01/08(火) 17:50:54 ID:UiJzQuuy
三島由紀夫の原作をけっこう変えてたね
86 :
名無しさん@公演中:2008/01/08(火) 17:52:11 ID:UiJzQuuy
↑は鹿鳴館のこと
TVの?>鹿鳴館
影山=田村正和の時点で禿しく違ってるので見なかった
88 :
名無しさん@公演中:2008/01/09(水) 18:05:51 ID:mVddaQOf
age
89 :
名無しさん@公演中:2008/01/11(金) 00:00:26 ID:lRuH3VP8
90 :
名無しさん@公演中:2008/02/08(金) 19:07:51 ID:BIxBc7r3
ワイルドのサロメ、岸田今日子主演を、演出してる写真がどこかにあった
91 :
名無しさん@公演中:2008/02/11(月) 17:01:03 ID:aRxZUDV5
去年録画してあった「サド侯爵夫人」をみた。久々に芝居で
感動した。気の抜けた現代演劇とは月とスッポンだな。
でも第3幕の後半部がいまいち気に入らないのであと10年
長生きしてもっと芝居を書いて欲しかった。図式的過ぎるというか
チェーホフならサド侯爵は最後まで現れなかったろうに。
四季のヘタッピーの「鹿鳴館」、初代水谷八重子・森雅之コンビを観ている私にとっては
あの時以来いいヒロイン朝子は観たことが無い。初代八重子のすぐ後で当時の良重が演じ
たが前の舞台を観ているのでマダマダだ、と思ったけれどその後の女優達の朝子を観ると
良重はよかったなぁと懐かしんでた矢先に6月演舞場で良重〔2代目八重子〕が団十郎と
久々に・・・。「鹿鳴館」ファンはこれを見落とすと涙だよ。三島の目にかなった演出だよ。
三島が元気な時の上演方式だぜ。最近の簡略化された舞台装置と違ってイトウキサクの
きちっと造られた装置も必見。三島戯曲ファンよ。見落とすな!
93 :
名無し@公演中:2008/02/13(水) 21:02:08 ID:lD4FZ1nD
あのコンビは最高の鹿鳴館だったよね。今年の読売演劇大賞・芸術栄誉賞受賞の
戌井市郎演出がよみがえるの。俺は行くよ。楽しみだ・・・・。
94 :
名無し@公演中:2008/02/15(金) 23:12:54 ID:NoFP6onX
たしか八重子・森雅之「鹿鳴館」と同じ頃今は無いサンケイホールで「黒蜥蜴」の
初演でしたね。八重子・芥川比呂志コンビに田宮二郎・大空真弓・賀原夏子などで
ワクワク胸を轟かせました。今の美輪明宏の演出・主演のようにケバケバしい舞台
ではなく大芝居の面白さを役者の演技力で、「そして最後に勝つのはこっちさ」この
台詞場面で客席から拍手が起きていました。ロビーで三島を見かけたのもいい思い出
です。「鹿鳴館「黒蜥蜴」のような三島好みの大芝居また観てみたいものです。期待
しているのですが・・・・。
95 :
名無しさん@公演中:2008/02/18(月) 22:02:53 ID:RxVVkmVC
実物の三島由紀夫に会えていいなあ
96 :
名無し@公演中:2008/02/20(水) 19:47:06 ID:eluOTa8Y
6月、演舞場「鹿鳴館」清原永之輔、演じるのが西郷輝彦だって・・・。不安
初代八重子の最後の鹿鳴館でこの役を池部良がやったけど不安的中だった。
西郷、台詞詠えるのかね? 期待して・でも観るつもり、頑張って、西郷永之輔。
97 :
名無しさん@公演中:2008/02/21(木) 18:59:56 ID:m7ifnp8p
NHK教育劇場への招待「朱雀家の滅亡」
・2008年 2月22日(金)22:25〜翌0:55
・演出:宮田慶子
・出演:佐久間良子・窪塚俊介・中嶋しゅう・森田彩華・中山仁
>97
観客がヘンなところで笑ってたな
どんな層にチケット撒いたんだよ
99 :
名無しさん@公演中:2008/02/23(土) 16:13:23 ID:4cdELGeB
中山 仁は、かつて今の窪塚の役をやっていた。
だから、代役に白羽の矢が立った。 でも思ったより良かった。
100 :
名無しさん@公演中:2008/02/23(土) 16:14:07 ID:4cdELGeB
中山 仁は、かつて今の窪塚の役をやっていた。
だから、代役に白羽の矢が立った。 でも思ったより良かった。
101 :
亡国◎韓:2008/02/24(日) 07:22:39 ID:/klhc4ts
朱雀家、森田彩華の演技が拙すぎて見るに耐えなかった。
103 :
名無しさん@公演中:2008/02/28(木) 01:17:40 ID:wdPWbrD9
サド侯爵〜読んでます
104 :
名無しさん@公演中:2008/02/28(木) 11:54:49 ID:jDxSOJI5
>>102 弁天様に変わった復習の女神にしては威厳がないって感じ?
滅びなさい。滅びなさい!
今すぐこの場で滅びておしまひなさい。
105 :
名無しさん@公演中:2008/02/28(木) 16:17:29 ID:wdPWbrD9
サドのことを観客が知ってる、という
暗黙の前提に寄りかかりすぎじゃ?>サド公爵夫人
>>102 滑舌おかしかったし最後の十二単もコスプレみたいだったね。
でも中山仁が良かったので、自分は見られて良かった。テレビで十分だけどw
>>104 いや、威厳とかそんなこと以前のレベルですよ。
感情をたかぶらせた時の台詞が、息継ぎの仕方が下手で喘ぎっ放しでうるさいし、
前半はずっと声がキンキンしてて耳に不快だった。
あれじゃせいぜい高校演劇レベル・・・って言ったら高校生に失礼かな?
>>106 そうそう、滑舌ひどかった。
テレビで十分、に同感ww
若くてキレイなお嬢さんに演技力なぞ備わろうはずもなく
蒼井優とかにやらせたら面白かったかもしれんが
弁天という雰囲気ではない気もするし
ましてやあの人舞台に立ったことないっけ
蒼井は「アニー」でデビューだよ。
バリパリ舞台ミュー出身。
110 :
名無しさん@公演中:2008/03/01(土) 10:40:46 ID:BdOB2KFA
たとへ私が狂気だつたにせよ、あの狂気の中心には、光りかがやくあらたかなものがあつた。
狂気の後には水晶のような透明な誠があつた。
翼を切られても、鳥であることが私の狂気だつたから、その狂気によつてかるがると私は飛んだ。
三島由紀夫
朱雀家の滅亡
111 :
名無しさん@公演中:2008/03/01(土) 10:41:54 ID:BdOB2KFA
私にはわからない。自分が今なほ狂気か正気かといふことが、自分にはわからう筈がない。
只一つわかることは、その正気の中心には誠はなく、みごとに翼は具へてゐても、その正気は決して飛ばないといふことだ。あたかも醜い駝鳥のやうに。
私は知らず、少なくともお前たちみんなは駝鳥になつたのだよ。
三島由紀夫
雀家家の滅亡
112 :
名無しさん@公演中:2008/03/04(火) 00:30:17 ID:On5kklEW
二幕で終わったと思ったら
もう一幕あったwww
113 :
名無しさん@公演中:2008/03/09(日) 18:52:43 ID:7ktePdPv
>>109 バリバリ舞台ミュー出身なんて言うとそっちで結構なキャリアがあるように聞こえるな
実際は単にデビューがアニーってだけなんだけどね(それもアニー役ならともかく端役のポリー役)
>>113 ニナガワ「オセロ」にも出たんじゃなかったっけ?
その前に蜷川の「シブヤ」にでている。
116 :
名無し@苦言:2008/05/14(水) 21:04:59 ID:zq5z3T6W
ここは三島戯曲上演プロジェクト・・・蜷川版ではないよ!
117 :
名無しさん@公演中:2008/05/19(月) 16:38:13 ID:4KA+WWI+
三島由紀夫「空飛ぶ円盤信じますか。」
江戸川乱歩「ぼくは確証をうるまで信じない方です。心霊現象なんかでもおなじですね。」
三島「ぼくは絶対に信じる。」
芥川比呂志「この間『朝日ジュニア』からアンケートが来たけれども、人工衛星がまわっている世界だから、空飛ぶ円盤だってありそうな気がする。」
江戸川「そういう比論では信じられない。現実に確かめなくては。」
三島「ぼくは頭から信じちゃう。そして、ぼくはお化けはきっといると思うの。(笑)」
山村正夫「心霊実験も信じますか。」
三島「信じますね。」
118 :
名無し@期待:2008/05/26(月) 22:03:50 ID:rJ595ZEz
この所「鹿鳴館」の上演が頻繁に・・・。三島生存中最高の評価を受けた劇団・新派の
鹿鳴館がいよいよ始まる。当時の三島自身も最高の褒め言葉を残しています。初代八重子
森雅之、素晴しかったのでしょう。その時の戌井市郎演出で再び、期待で一杯です。
119 :
名無しさん@公演中:2008/06/03(火) 11:03:03 ID:hfUHwjIq
120 :
名無しさん@公演中:2008/06/10(火) 00:35:53 ID:vesFwfMD
初代と二世、
ま、北朝鮮よりまし(笑)
ゲストは何の役?
ってかめちゃめちゃな人選
122 :
名無し@期待:2008/06/11(水) 21:36:28 ID:qjYsMAdy
多分劇中、鹿鳴館舞踏会のシーンに客として参加、新派120年の祝辞を述べる。
5・6分の出演場面でしょう。祝祭の公演にはよくあるパタンです。
123 :
名無し@期待:2008/06/18(水) 20:30:56 ID:y1o2HauY
演舞場・新派の「鹿鳴館」観劇した人、感想を聞かせてください
西郷輝彦は新派初挑戦とは思えないほど周囲に溶け込んでた。
二代目八重子はドレスがイマイチだった。女性のドレスで朝子のドレスが一番悪趣味に
見えたのはどういうことよ?
三島らしい長台詞の連続だが、さすがに芸達者が多いので退屈せずに聞けた、ただ一人を除いて。
それは團十郎。
時々台詞が歌舞伎調になるし、観ていて聴いていて辛かった。
ドラマの田村のほうがまだ良かった。
影山伯爵以外は脚本、演出、出演者全てがドラマを上回っていましたよ。
あの田村を下回ることが可能だなんて……!
ある意味wktkだなぁ。
片岡の飛田を楽しみに見に行くお
田村は台詞のカットが多かったからなー。
最近の四季は稽古不足がまる分かりな舞台ばっかりだけど、鹿鳴館はどうだったんだろう?
あの台詞量で乏しい稽古だと悲惨な出来になりそうな気がする。
127 :
名無し@願望:2008/06/23(月) 21:56:50 ID:AxzVTHV+
新派「鹿鳴館」22日観劇、三島戯曲に忠実な舞台装置、主人公朝子の扮装〔裾長の
着物の褄を取り、すべて御殿風の和装〕他の劇団では見られない三島好みの大芝居。
堪能しました。団十郎の不思議な存在感、西郷の頑張り、八重子の立ち居振る舞い、
四季の今風な時代色のない演出に比べ、なんと充実した舞台か・・。三島戯曲はこうで
なくては
今日見てきたお
客席から笑いの絶えないなごやかな舞台だったお(^ ^#)ピキピキ
これ、喜劇じゃないはずなんですけど……
TVで見た劇団四季のが百万倍マシでした
舞台に金かけようが衣装が豪華だろうが
歌舞伎のセリフ回ししかやんねぇヤツがメインじゃどーしよーもねーわ
(できないんじゃなくて、やんない、と見た
流暢にしゃべってる時もあったんだから)
やる気がないんならカエレ!
記念公演がこんな内容でいいんか……?
四季の「鹿鳴館」好かったという人、人それぞれですね。この人はきっと美輪の
「黒蜥蜴」もよかったのでしょうね。
130 :
名無しさん@公演中:2008/06/30(月) 00:07:34 ID:yxVwsFcj
テレビで観た四季の鹿鳴館はいいとは思わなかったけど、まだ三島だったよ。
演舞場のはあまりの酷さに驚いた。
團十郎は歌舞伎以外の舞台に立っちゃ行けない。新派は無理な作品を選んだな。
台詞じゃないけど、まさに「猿芝居」「猿踊り」でした。
私の観た影山は、中村伸郎・森雅之・金田龍之介・菅原謙次・山形勲・芦田伸介・
平幹・日下武史そして現団十郎。中村は杉村春子、森・金田・菅原・山形は先代八重子
芦田が佐久間・平が若尾文子・佐久間良子、日下と野村、団十郎は現八重子、多くの役者
を観てきたがそれぞれに一長一短がありました。しかしどの三島戯曲の上演も台詞を
謳える役者、これが決め手です。今、これが出来る役者が少なくなりました。なにしろ
三島戯曲は大芝居なのですから。とくに幕切れの台詞はどの三島戯曲でも見得を切って
謳いあげる技量がいるようですね。ベテラン俳優の池部良が清原を演じた時それを痛感
しました。リアルに演じられる三島戯曲は少ないでしょう。
132 :
名無しさん@公演中:2008/07/01(火) 00:07:38 ID:ZgG0uFCi
水谷八重子って初めて観ました。主役ってオーラが必要だと思ってたのに・・・
133 :
名無しさん@公演中:2008/08/05(火) 10:02:41 ID:e+jOT3Bz
9−10月新国立劇場の弱法師、綾の鼓
遠征なので土日に行きたいが、チケットまだ取れるのかな。
ぴあは結構完売みたいだが・・・日が迫ればオクに出るかな。
主演が舌足らずな十朱幸代というのが、ちょっと残念だな。
134 :
名無しさん@公演中:2008/09/09(火) 10:41:19 ID:GUC4SgsE
三島戯曲「綾の鼓」と「弱法師」が国立劇場小劇場で開演
主演は十朱幸代、共演は多岐川裕美、国広富之ら
三島由紀夫の「近代能楽集」のなかで、あまり上演されることの無かった弐編。
「綾の鼓」は鼓による恋情の吐露だが、鼓のおとが出なかった。主人公は絶望して亡霊になるという芝居。
「弱法師」は、炎に焼かれた自分の目が見るこの世の中の終わりの景色が主題。
9月25日から10月13日まで。
5250円税込み。問い合わせは(5352)9999
国立劇場小劇場は代々木初台
京王線「初台」下車 徒歩1分
135 :
名無しさん@公演中:2008/09/11(木) 11:07:53 ID:2gBxFk5i
この世の終りが来るときには、人は言葉を失って、泣き叫ぶばかりなんだ。たしかに僕は一度きいたことがある。
三島由紀夫
「弱法師」より
136 :
名無しさん@公演中:2008/09/11(木) 11:08:55 ID:2gBxFk5i
僕はたしかにこの世のおわりを見た。
…それ以来、いつも僕の目の前には、この世のおわりの焔が燃えさかっているんです。
…世界はばかに静かだった。静かだったけれど、お寺の鐘のうちらのように、一つの唸りが反響して、四方からこだまを返した。
へんな風の唸りのような声、みんなでいっせいにお経を読んでいるような声、あれは何だと思う?
…あれは言葉じゃない、歌でもない、あれが人間の阿鼻叫喚という奴なんだ。
僕はあんななつかしい声をきいたことがない。あんな真摯な声をきいたことがない。
この世のおわりの時にしか、人間はあんな正直な声をきかせないのだ。
三島由紀夫
「弱法師」より
137 :
名無しさん@公演中:2008/09/13(土) 10:49:39 ID:j9SOO2P1
その視覚的、聴覚的に表現するということを考えた場合、三島由紀夫の戯曲は天才的な言葉で溢れている。
三島由紀夫の溢れる、迸る様な豊かな言葉というのはいうならばモーツァルトの音楽を連想させる。
モーツァルトのピアノソナタは初心者から円熟期に入った大ピアニストまで誰でも魅せられ虜にするが、三島由紀夫の戯曲も思わず音読したくなる様な
人を酔わせる様な豊かな言葉に溢れ、これは自分で演出したい、これは自分で演じてみたいと人を駆り立てる様なものを持っている。
遠藤浩一
「三島由紀夫と福田恆存――演劇をめぐって」より
138 :
名無しさん@公演中:2008/09/15(月) 11:03:00 ID:P8w6UPG6
三島レイク・サロン、ことしは中山仁氏を迎えて
「三島演劇―『鹿鳴館』から『朱雀家の滅亡』まで」を語る
恒例の山中湖「三島由紀夫文学館」主催のレイクサロンは、第五回を迎える。
ことしは11月1日(土曜日)、下記の要領で開催される。申し込み予約が必要。
記
とき 11月1日(土曜日) 午後1330−1630
ところ 山中湖 三島由紀夫文学館となり徳富蘇峰館視聴覚室
(場所は山梨県南都留郡山中湖村平野)
http://www.mishimayukio.jp/access.html 参加費 無料(当日は入館料も無料)
三島由紀夫の映画演劇収蔵展覧会を同時開催中。ポスター、初演プログラム、初演写真、など164点を展示している。
中山仁氏は早稲田大学政経学部中退、文学座を経てNLT入団。『黒蜥蜴』『薔薇と海賊』『リュイ・プラス』『鹿鳴館』などに出演、三島由紀夫と劇団『浪漫劇場』に参加した。
申し込み方法 メールで
[email protected] (1)お名前(2)ご住所(3)電話ならびにFAX番号を書いて。
同様にFAX、電話、はがきでも受け付けています。
FAXは(0555)20−2656
電話は(0555)20−2655
はがきは
401−0502 山梨県南都留郡山中湖村平野506−296
(座席数に限りがありますので、お早めにお申し込みください。
139 :
名無しさん@公演中:2008/10/04(土) 20:01:06 ID:1oLsQ2vz
面白かった
新国立劇場の「綾の鼓/弱法師」を見たけど、つまらなかった。
“近代能楽集”というのを初めて見たのですが、
能自体には全然知識も興味もなさそうな演出に思えてしまいました。
近代能楽集の上演ってどこもこんな新劇っぽい感じなのでしょうか…
近代能楽集の戯曲そのものがそういうものだ。
題材としているが、様式上は能と全く関係ない。
私も、わずかしか見たことはないが、むしろ今回の舞台美術などは、簡素で
今までより、能に近いかも。
弱法師は、蜷川よりよかった。
>>141 ありがとうございます。
題材を能の演目からとっている、というだけのことなのですね…
そういえば弱法師の方は少し能っぽさもあるのかな、という気もしてきました。
>>144 三島は歌舞伎台本も書いているし、日本の古典文学や伝統芸能にも
知識はあるだろう。
能を題材だけでなく、幻想性、時空の超越など、表面的でない部分においても
とりいれ、融合しているだろうが、結果として、あくまで三島文学の世界。
私も三島に詳しいわけではないが・・・
篠井さんのサド侯爵はどうでしょう?
観なくてよし。サドは3本目だが最低だった。
最低!?意外ですw
お手数でなければレポお願いします
全キャストがカミカミ
150 :
147:2008/10/26(日) 18:33:28 ID:HEulO/h9
あくまで個人的感想だが
まずサンフォンの言葉が全く流れてないので冒頭で引く。
完全抽象の舞台に、各役をわかりやすく表した衣装なんだが
これデザイン画段階では良かったのにね…って感じ
良く言えば親しみやすい、悪く言えば三島の世界観がない
ありがとうございました!
なんだか微妙な感じだったんですね。
逆に衣装みてみたくなりましたw三島作品はやっぱり難しいんですね。
152 :
名無しさん@公演中:2008/12/27(土) 15:21:32 ID:5xheCyZV
井上ひさし「サド侯爵夫人は、その完璧なまでに空虚な構造、噴飯もの寸前のみごとな台詞修辞法によって
20世紀の世界劇文学を代表するにたる一作である」
美輪が三島の世界を過度に曲解してるような気がするんだけど。
154 :
名無しさん@公演中:2009/05/18(月) 11:26:11 ID:i0CbEKpl
想像できないものを蔑む力は、世間一般にはびこつて、その吊床の上で人々はお昼寝をたのしみます。
そしていつしか真鍮の胸、真鍮のお乳房、真鍮のお腹を持つやうになるのです、磨き立ててぴかぴかに光った。
あなた方は薔薇を見れば美しいと仰言り、蛇を見れば気味がわるいと仰言る。
あなた方は御存知ないんです。薔薇と蛇が親しい友達で、夜になればお互ひに姿を変へ、蛇が頬を赤らめ、薔薇が鱗を光らす世界を。
三島由紀夫
「サド侯爵夫人」より
155 :
名無しさん@公演中:2009/05/27(水) 11:33:18 ID:s3rb/wu5
初演のときには、水谷八重子さんがみごとな成果をあげた。水谷さんのもつ堂々たる風格と、「無関心の色気」ともいふべきものと、その古風なハイカラ味とは、余人の追随すべからざる成果を示した。
三島由紀夫
「黒蜥蜴」より
156 :
名無しさん@公演中:2009/06/16(火) 11:27:00 ID:cCk/K1zt
初演のときには、水谷八重子さんがみごとな成果をあげた。
…さて、これを他の女優に求めようとしても、この日本の中にちよつと求められない。
新配役による再演が永いこと実現しなかつたのはこのためもあるが、先ごろ「毛皮のマリー」を見て、丸山明宏君の演技に私は瞠目した。
君とは旧知の仲だが、歌は天才的であつても、長いセリフをこれほど堂々とこなせるとは、正直に言つて、想像もしてゐなかつたのである。
容姿から言つたら、「黒蜥蜴」にピタリのことはわかつてゐたが、セリフで作者を唸らせてくれるかどうか未知数だつたのである。
「毛皮のマリー」で、丸山君は、長いセリフをみごとに構成し、一句一句を情感でふるはせながら、しかも強いハガネの裏打ちを施し、
セリフが最後の頂点にいたると、噴出する悲劇的感情で観客の心をわしづかみにするといふ、一種壮麗な技法を示した。
おどろいたのは私ばかりではなかつた。演出の松浦竹夫氏も驚嘆し、二人で相談して、実現をはかることになつた。
三島由紀夫
「黒蜥蜴」より
157 :
名無しさん@公演中:2009/06/16(火) 11:28:07 ID:cCk/K1zt
男が女に化ける日本演劇の伝統様式を丸山はみごとに受けついでゐる。
その伝統が時代に密着して花開いたのが“丸山ブーム”の原因と考へる。
女形は、わづかにかぶきのジャンルにみられるだけで、新派でも早晩衰徴していくだらう。
そのなかで現代女形――丸山明宏の誕生は心づよい。
西洋では“フィーメン・イン・パーソナリティー”といふ完全な道化役者はゐるが、日本のやうな女形は、シェークスピア時代からさびれた。
だから女形は日本のほこりで、女形がなくなったらかぶきは消えてしまふとさへ断言できる。
中村歌右衛門でもさうだが、丸山には女形特有の我の強さ、意思の強さを猛烈に持つてゐる。
よくいへば根性があるといふのか……。それだから彼の可能性は、まだまだ発掘されるにちがひない。
三島由紀夫
「可能性はまだまだ――現代の女形―丸山明宏」より
158 :
名無しさん@公演中:2009/07/14(火) 23:00:32 ID:GK66yDVd
主人比呂志は一九八一年の秋に逝った。
…三島さんと比呂志は、文学座時代の演劇の仕事を通じて、約十二年間のおつき合いがあった。
…後年の「黒蜥蜴」(六三年)は、三島さん脚色、演出は松浦竹夫さんで、比呂志は探偵明智小五郎、女賊は水谷八重子さんだった。
終演後、ロビーで今は亡き顔見知りの方々と談笑されていた三島さんは私を見付け近寄って来られ
「今夜の芥川さんは、六代目(尾上菊五郎)のようでしたよ」と仰言った。
帰宅後主人に伝えると「三島一流の皮肉だよ」と苦笑して云う。
その時は解らなかったが、あとで三島さんの評論集「美の襲撃」を読むと比呂志の言葉が理解できた。
三島さんが、不世出の名女形として高く評価していた六世中村歌右衛門と、六代目菊五郎についての、比較論めいた文章にぶつかる。
芥川瑠璃子
「鮮やかに甦るあの頃」より
159 :
名無しさん@公演中:2009/07/14(火) 23:02:16 ID:GK66yDVd
ながい劇団関係のおつき合いともなると、さまざまな出来ごとがあり、三島さんも比呂志も文学座を離れることになった。
…三島さんは比呂志宛に、数多くの署名入りのご著書を贈ってくださり、私も時々借りては読んだ。
「美しい星」(新潮社)の読後、何やら興奮した比呂志は三島さんにお電話した。
劇化したい旨の相談だったらしいが、長電話に辟易されたのか断られた様子。
その時は迚も残念そうだったが、常々うちで三島さんのことが話題になったりするとき「三島、あれは天才だよ」は変らなかった。
芥川瑠璃子
「鮮やかに甦るあの頃」より
160 :
名無しさん@公演中:2009/07/14(火) 23:02:58 ID:GK66yDVd
…後年、三島さんがお亡くなりになる一ヶ月前に、浪曼劇場で「薔薇と海賊」が再演された。
終演後に三島さんが涙を浮べ「海賊だらけになっちゃった」と呟かれたという。
同じ頃、学習院時代の先輩で「赤絵」の同人誌などで親交のあった、早逝された東氏を悼み
「東文彦作品集」(講談社)のために序文を書き、刊行の労をとられたという。
一流の皮肉や、あの有名な高笑いのかげに、「三島由紀夫十代書簡集」の頃の面影が浮ぶ。純粋な心情とあたたかさを想う。
三島さん没後、夫人の要請をうけて、主人は病躯を押して「サド侯爵夫人」を演出。
逝く二年前には「道成寺」も演出したが、「源氏供養」は念願のみで終ってしまった。
――三島さんと主人の過した、さまざまな演劇の世界、時の流れは今も消えず、折々の想念のなかに、
いまも鮮やかに甦りをつづけている。
芥川瑠璃子
「鮮やかに甦るあの頃」より
161 :
名無しさん@公演中:2009/08/19(水) 17:46:55 ID:p6aOh0Nq
163 :
名無しさん@公演中:2009/09/20(日) 12:46:04 ID:O2VLxMC/
三島さんに初めて逢ったのは、一九五一年の夏だったと思う。
小さい頃から行っていた群馬県の高原の村に、吉田健一さんの山小屋もあった。
三島さんはその頃、吉田さんや大岡昇平、福田恆存、中村光夫さん達の「鉢の木会」というグループに入る事になっていて、
夏の一日、吉田さんの家で例会があり、父(岸田国士)の所に十人位で遊びにみえたのだ。
姉とわたしはお茶を運んだりしながら、ユーモア溢れる会話に聴き耳を立てていた。
何といってもイジメの対象は、他の人より一廻りは若い三島さんで、三島さんも又、からかわれるのが嬉しいように、
あの独特の笑い声を挙げていた。
皆、その夜は村のクラブに泊まって翌日帰京なさる中で、三島さんだけは二、三日帰るのを延ばすことになった。
「仕事は夜するから」といって、昼間はわたしたち、夏の遊び仲間やその友人と、目一杯遊んだ。
年長の作家たちとのお付き合いでは満たされないものを、少し年下の大学生や芸術家の卵たちと、体を使って
取り返そうとでもするように。乗馬、ボート、ダンス。
岸田今日子
「わたしの中の三島さん」より
164 :
名無しさん@公演中:2009/09/20(日) 12:46:56 ID:O2VLxMC/
…この村が気に入ったという三島さんは、翌年の夏も一週間ぐらい滞在した。帰りはわたしも一緒だった。
旧軽井沢のパーティーに寄ってそのお家で泊まることになっていた。
ちょっと危ないメンバーだったみたいで、一晩中、わたしの枕元で仕事をしていた三島さんを忘れない。
…その年の秋、わたしは文学座の研究生になった。文芸部に所属していた三島さんは、一年おき位に作品を提供していて、
わたしは文学座にいた十年の間に、外部出演も含めて三島作品七本、潤色と演出それぞれ一本ずつに出演した。
三島さんは稽古場にもよく顔を見せた。
舞台の出来も気になっただろうけれど、その後で若い俳優たちと遊ぶのが楽しみだったように見えたのは、
わたしの勝手な思い込みだろうか。皆、作品については十分敬意を払っていた。
でも運動神経やファッションセンスに関しては、言いたい放題だった。
自虐的な所のある三島さんが、それを喜ぶことを知っていて、一種のおもねりだったと言えるかもしれない。
岸田今日子
「わたしの中の三島さん」より
165 :
名無しさん@公演中:2009/09/20(日) 12:47:41 ID:O2VLxMC/
ボディビルやボクシングを始めた時も、遊びのふりをしていたような気がする。何回戦だかの試合に出た時は皆で見に行った。
かなり痛々しかったけれど、いつものように後でさんざん悪口を言ってあげた。三島さんは嬉しそうに、大きな声で笑った。
舞台の初日には女優の楽屋の化粧前にカトレアの花が届けられ、客席と楽屋を往ったり来たりするのも嬉しそうだった。
本公演ではたった一本の演出作品「サロメ」の時は、見違えるように真剣だった。
様式的な舞台を創ろうとして、俳優たちに一せいに左右へと首を廻すように指示した時、わざと反対の方を向く人が一人いて、
あんなに怒った三島さんを見たことがない。いつも血の気のない顔が、死人のように蒼白だった。
岸田今日子
「わたしの中の三島さん」より
166 :
名無しさん@公演中:2009/09/20(日) 12:49:05 ID:O2VLxMC/
映画「からっ風野郎」出演の時、ちょうど仕事で同じ撮影所にいたので、三島さんのセットを覗きに行った。
ビールを抜いてたくさんのコップに注ぐ所で、三島さんは何度もNGを出していた。増村保造監督の「もう一度」の声に、
三島さんはますます緊張してリズムが崩れ、ビールが足りなくなって小道具さんが酒屋に走った。
完成すると三島さんは自宅で試写会を開いた。
さんざん悪口を言われて、やっといつもの自分に戻ったようだった。セットを覗いた話はしなかった。
芥川比呂志さんはじめ、これから一緒にやって行こうと思う若手の俳優たちが、レパートリーに不満を持って、
文学座脱退のことを福田恆存さんに相談しているのは知っていた。
福田さんに誘われたわたしは「三島さんが一緒なら」と言った。
「もちろん僕から誘います。三島君に言うと直ぐ洩れるから話さないように」と念を押された。
お家に招ばれながら黙っているのは辛かったけれど、お二人は「鉢の木会」以来の親友だからと、自分に言い聞かせた。
岸田今日子
「わたしの中の三島さん」より
167 :
名無しさん@公演中:2009/09/20(日) 12:50:27 ID:O2VLxMC/
京都に撮影で行っていた或る朝、新聞に脱退の記事が出た。三島さんの名前はない。
帰京してすぐ三島さんのお家へ行くと、「新聞に出る前の晩に聞かされて、動けると思う?」と言われた。
福田さんにだまされたと思ったけれど、どうしようもなかった。
「『双頭の鷲』は生きられないんだよ」。福田さんと三島さんのことだ。慰めだったろうか。
「そのうち、又、一緒に何かする機会もあるから」と言われて、帝国劇場で『癩王のテラス』を上演する時、
六年ぶりに呼ばれた。王の病気が感染して、焼身自殺する妃の役だった。
御自身も文学座を脱退し、楯の会を作った三島さんは遠い人のようで、あまり話もしなかった。
初日には、やっぱりカトレアが置いてあった。
「精神が滅んでも肉体は滅びない」という逆説に満ちたこの芝居が、三島さんの最後の戯曲になった。
岸田今日子
「わたしの中の三島さん」より
「オーラの泉」19日放送で終了 4年半の歴史に幕 (J-CAST)
http://news.www.infoseek.co.jp/topics/entertainment/n_hiroyuki_ehara2__20090920_3/story/20090920jcast2009250071/ スピリチュアルブームの先駆けとなったトーク番組「オーラの泉」が2009年9月19日、4年半にわたる放送を終えた。
出演したゲストは東山紀之さん、 ATSUSHIさん(EXILE)、朝青龍関、松田聖子さん、小雪さん、東国原英夫・宮崎県知事など計200人以上にのぼっており、
最終回は「総集編」として「神秘」の数々を振り返っている。
(中略)
また、最終回の総集編では放送されなかったが、著作権譲渡をめぐる詐欺罪で執行猶予5年の有罪判決を受けた音楽プロデューサーの小室哲哉さんも過去に出演したことがある。
小室さんは「記憶から抹消したい事が多い」と意味深な発言をしていた。
番組終了に関してブログなどでは、
「最近のオーラの泉で共感する事や勉強になることがなく、忘れ始めていたところもあり、複雑な想いです」
「江原さんの講演会に行った方によると、江原さんが番組で本当に言いたかったことなどは実はかなりカットされているようでして、
テレビという媒体では当たり障りのない事しか言えませんから・・・これが限界なのかも知れませんね」
といった書き込みがされている。
[ 2009年9月20日15時00分 ]
169 :
名無しさん@公演中:2009/12/06(日) 22:45:49 ID:u6/aC1rm
170 :
名無しさん@公演中:2009/12/17(木) 16:33:25 ID:jRfwU//+
生前の三島さんを語り合える人も数少くなってしまったが、いま劇場でその劇作は絶えることなく上演され、
「サド侯爵夫人」「鹿鳴館」「近代能楽集」等、舞台を通じて三島さんへの追憶にひたる機会にこと欠くことはない。
文学座を脱退した三島さんは劇団NLTを創立、一九六五年五月、「近代能楽集=班女・弱法師」を、私が
支配人をしていたアートシアター新宿文化で上演することになった。(中略)
その公演の初日直前のある日、知人から電話があった。「葛井さん今夜劇場を貸してほしいんだが、映画の試写、
何分極秘裡に願います。素晴らしい人を紹介しますからお楽しみに……」と。
夜九時すぎ、白い細身のスラックスに皮のポロシャツの男性が颯爽と事務所のドアから現われた。
「三島由紀夫です。今夜はよろしく」
あとは例の破顔大笑、その夜上演されたのは、完成したばかりの映画「憂国」であった。
葛井欣士郎
「花ざかりの追憶」より
171 :
名無しさん@公演中:2009/12/17(木) 16:34:14 ID:jRfwU//+
(中略)終了後、私は戦慄と興奮で暫く席を立つことが出来なかった。言葉を失なったまま三島さんに視線を
向けると、満足げに微笑みを湛えて見返した三島さん。これが三島さんと私の出逢いのはじまりであった。
その夜は酒場「どん底」で祝杯を重ね、ツール映画祭への出品が決った。
(中略)
「憂国」はアートシアター創立以来の大入りで二ヶ月余のロングランとなり、連日三島さんと過す日が続いた。
私にとって三島さんは友というには偉大すぎ、私は敬愛こめて「三島先生」と呼んでいた。作家としての深淵は
私には判る筈もないが、ひたすら慣れ親しんで夜の巷で遊び廻るのが常であった。
然しその交流の中で私は多くの教えを受けた。細やかな気遣いと優しさに充ちた雑談の中で、芸術、文学、
人生について貴重な話をきくことが出来た。
葛井欣士郎
「花ざかりの追憶」より
172 :
名無しさん@公演中:2009/12/17(木) 16:34:54 ID:jRfwU//+
ある時はテネシー・ウィリアムズやトルーマン・カポーティに会った印象、ジャン・コクトオ、レナルド・
バーンシュテインの話、外国の舞台、バレエ、オペラ、音楽など直にその場に居合せ、まるでその人々と
対峙しているように、生きた挿話は私を夢中にさせてくれるのであった。(中略)
夏、下田のホテルできかされた連載小説「命売ります」の荒唐無稽な仕掛けの話、焼玉蜀黍(とうもろこし)を
かじりながらの深夜任侠映画、丸山(美輪)明宏さんのリサイタルゲスト出演のためトレーニングの成果を
聞かせるからと「造花に殺された船乗りの歌」の背景にふさわしい場所でと横浜埠頭まで駆り出された夜、
映画「人斬り」では付人として京都まで随行、自衛隊富士学校への面会、森田必勝君にテーブルマナーを教えると
フランス料理店にお供した夜、「椿説弓張月」の舞台稽古と楯の会の国立劇場でのパレード、等々短かい歳月の間に
数えきれない程、多くのエピソードを残して、三島さんはあまりに早急に逝ってしまった。
葛井欣士郎
「花ざかりの追憶」より
173 :
名無しさん@公演中:2009/12/17(木) 16:35:37 ID:jRfwU//+
そして遂にあの日が来た。
七〇年十一月二十五日、ニュースをきいて私は三島邸に駆けつけた。涙があふれ、唇は乾ききって唾液も
飲み込めない。到着して直ぐ何かの用で三階へと向った。そこは左右対称の円形の部屋で、壁龕には嘗て
「これがぼくの総てだよ」と指し示めされたとおり、三島さんのミニチュアブロンズ像、「癩王のテラス」の
舞台模型、外国語訳の自著群が並び、主を失った部屋は静謐に沈んでいた。
視線を移したその時、片隅のテーブルにレコードプレーヤーが置かれ、蓋が開け放たれ、そこにLPのレコード盤が
残されたまゝになっていた。私は茫然と見詰めていたが、何故か触れることをためらった。若しもあの日の前夜、
三島さんが最後に聴いた曲だとしたら……
然し瑤子夫人も亡きいまとなっては、もはや確める術もない。
葛井欣士郎
「花ざかりの追憶」より
174 :
名無しさん@公演中:2010/03/23(火) 23:36:48 ID:8eLfuVb0
オペラ『鹿鳴館』がやって来る
6月24日から四日間、国立劇場で
三島由紀夫原作『鹿鳴館』が日本でオペラになって上演されます
池辺晋一郎音楽
新国立劇場創作委嘱作品(世界初演)
三島由紀夫の傑作戯曲『鹿鳴館』を池辺晋一郎が初オペラ化!
出演
影山伯爵 黒田博(6月24,26日)、与那城敬(6月25,27日、以下同様)
影山夫人 大倉由紀枝、腰越満美
大徳寺侯爵夫人 永田直美 坂本朱
その娘 顕子 幸田浩子 安井陽子
久雄 経種康彦 小原敬楼ほか
あらすじはご存じの通り
かってドイツに委託されて黛敏郎が『金閣寺』をオペラ化した。今回は初の『鹿鳴館』のオペラ化である。詳細は下記に。
http://www.nntt.jac.go.jp/opera/20000196_opera.html 昨日より発売開始 S席15750円、A席12600円 B席8400円
C席6300円 D席3150円
公演日程 6月24日 午後6時半
25日 午後6時半
26日 午後二時
27日 午後二時
チケット予約 03−5352−9999
0570−02−9999
175 :
名無しさん@公演中:2010/03/23(火) 23:38:20 ID:8eLfuVb0
176 :
名無しさん@公演中:2010/05/11(火) 15:27:36 ID:gm4feVXV
高飛車な物言ひをするとき、女はいちばん誇りを失くしてゐるんです。女が女王さまに
憧れるのは、失くすことのできる誇りを、女王さまはいちばん沢山持つてゐるからだわ。
三島由紀夫「葵上」より
177 :
名無しさん@公演中:2010/05/11(火) 15:27:58 ID:gm4feVXV
不満といふものはね、お嬢さん、この世の掟を引つくりかへし、自分の幸福を
めちやめちやにしてしまふ毒薬ですよ。
三島由紀夫「道成寺」より
178 :
名無しさん@公演中:2010/06/24(木) 13:19:49 ID:doUj1ViF
小説を書くというのは、ことばの世界で自分の信ずる「あすのない世界」を書くことですね。そして、あすの
ない世界というのは、この現実にはありえない。戦争中はありえたかもしれないけれども、今はありえない。
今、われわれは、来週の水曜日に帝国ホテルで会いましょうという約束をするでしょう。戦争中は、来週の
水曜日に帝国ホテルで会いましょうといったって、会えるか会えないか、空襲でもあればそれまでなんで、
その日になってみなきゃ、わからない。それが、つまりぼくの文学の原質なのですけれども、今は、来週の水曜日、
帝国ホテルで会えること、ほぼ確実ですよね。そして文学は、ぼくのなかでは依然として、来週の水曜日、
帝国ホテルで会えるかどうかわからないという一点に、基準がある。それがぼくの、小説を書く根本原理です。
ぼくは文学では、そういう世界を、どうでも保っていくつもりです。それはぼくの悲劇理念なのです。
三島由紀夫
三好行雄との対談「三島文学の背景」より
179 :
名無しさん@公演中:2010/06/24(木) 13:20:14 ID:doUj1ViF
悲劇というのは、必然性と不可避性をもって破滅へ進んでゆく以外、何もない。人間が自分の負ったもの、
自分に負わされたもの、そういうもの全部しょって、不可避性と必然性に向かって進んでゆく。ところが
現実生活は、必然性と不可避性をほとんど避けた形で進行している。偶然性と可避性といいますか、そうして
今の柔構造の社会では、とくにそういうような、ハプニングと、それから、可避性といいますか、こうしなくても
いいんだということ、そういうことで全部、実生活が規制されてしまう。そうすると
われわれも、ある程度、その法則に則って生活しなくては生きられないわけですから。それで来週の水曜日、
帝国ホテルで会うということについても、ある程度、迂回作戦をとりながら、その現実に到達するために努力する。
ところが、芸術では、そんなことする必要はまったくないのですから、来週の水曜日、会えないところへ
しぼればいいわけですよね。ぼくにとっては、そういう世界が絶対、必要なのです。それがなければぼくは、
生きられない。
三島由紀夫
三好行雄との対談「三島文学の背景」より
180 :
名無しさん@公演中:2010/06/24(木) 13:20:49 ID:doUj1ViF
ぼくの小説があまりに演劇的だ、と批評する人もありますけれども、必然性の意図と不可避性の意図が、
ギリギリにしぼられていなければ、文学世界というもの、ぼくは築く気がしない。それはぼくの構想力の
問題であり、文体の問題でもあるんですが、あるいは、法律を勉強したのが多少、役にたっているかもしれません。
犯罪が起これば、これは刑事事件ですから、そこで刑事訴訟のプロセスが進行するわけでしょ。これは完全に、
必然性と不可避性の意図のなかに人間をとじこめてしまいますからね。そういうものがぼくにとっては、
ロマンティックな構想の原動力になるので、私の場合「小説」というものはみんな、演劇的なのです。
わき目もふらず破滅に向かって突進するんですよね。そういう人間だけが美しくて、わき目をするやつはみんな、
愚物か、醜悪なんです。
三島由紀夫
三好行雄との対談「三島文学の背景」より
181 :
名無しさん@公演中:2010/06/24(木) 13:23:32 ID:doUj1ViF
作家というのは、作品の原因でなくて、作品の結果ですからね。自己に不可避性を課したり、必然性を課したり
するのは、なかば、作品の結果です。ですけれども、そういう結果は、ぼくはむしろ、自分の“運命”として
甘受したほうがいいと思います。それを避けたりなんかするよりも、むしろ、自分の望んだことなんですから……。
生活が芸術の原理によって規制されれば、芸術家として、こんな本望はない。
ぼくの生き方がいかに無為にみえようと、ばかばかしくみえようと、気違いじみてみえようと、それは
けっきょく、自分の作品が累積されたことからくる必然的な結果でしょう。ところがそれは、太宰治のような
意味とは、違うわけです。ぼくは芸術と生活の法則を、完全に分けて、出発したんだ。しかし、その芸術の結果が、
生活にある必然を命ずれば、それは実は芸術の結果ではなくて、運命なのだ。というふうに考える。
三島由紀夫
三好行雄との対談「三島文学の背景」より
182 :
名無しさん@公演中:2010/06/24(木) 13:23:56 ID:doUj1ViF
それはあたかも、戦争中、ぼくが運命というものを切実に感じたのと同じように、感ずる。つまり、運命を
清算するといいましょうか。そういうふうにしなければ、生きられない。運命を感じてない人間なんて、
ナメクジかナマコみたいに、気味が悪い。
…「新潮」の二月号に西尾幹二さんがとてもいい評論を書いている。芸術と生活の二元論というものを、私が
どういうふうに扱ったか、だれがどういうふうに扱ったかについて書いている。日本でいちばん理解しにくい
考えは、それなんですよね。それで、作品と生活との相関関係ということが、私小説の根本理念ですから、
その相関関係を断ち切ることは、絶対できない。私の場合は、作品における告白ももちろん重要ですけれども、
実は告白自体がフィクションになる。作品の世界は、さっきも申し上げたように、かくあるべき人生の姿ですからね。
もし、自分が作品に影響されてかくあるべき人生を実現できれば、こんないいことはないわけですけれども、
逆にそうなれないというのが、人生でしょ。
三島由紀夫
三好行雄との対談「三島文学の背景」より
183 :
名無しさん@公演中:2010/06/24(木) 13:24:28 ID:doUj1ViF
そうなれないことが人生で、それでは、そうなれない人生をもっと問題にして、どうにもならんことを小説に
書けばいいではないか、という考え方も出てくると思う。しかし、ぼくは、それは絶対やりたくないですね。
死んでも、やりたくない。そういうことを書く作家というのが、きらいなのです。小島信夫の「抱擁家族」などと
いうのは、そうならない人生を一生懸命書いているわけです。そうなれない怨念を書くのが文学だとは、ぼくは
決して信じたくない。
文学というのは、あくまで、そうなるべき世界を実現するものだと信じている。告白といいますけれども、
告白も、かくあるべきだ、こうなりたいんだ、けれども、こうならなかったという、それを語るのが、
告白であって、告白と願望との関係は、ひと筋なわではゆかないと思いますよ。人はいつでも、告白するとき、
うそをついて、願望を織り込んでしまうと思うのです。
三島由紀夫
三好行雄との対談「三島文学の背景」より
184 :
名無しさん@公演中:2010/06/25(金) 11:10:58 ID:gFn34CrP
文学と関係のあることばかりやる人間は、堕落する。絶対、堕落すると思います。だから文学から、いつも
逃げてなければいけない。アルチュール・ランボオが砂漠に逃げたように……。それでも追っかけてくるのが、
ほんとうの文学で、そのときにあとについてこないのは、にせものの文学ですね。ぼくは作家というのは、
生活のなかでにせものの文学に、ばかな女にとり囲まれるように、とり囲まれていることが多いと思うのです。
だって、ふり払ったことがないから。自分が“もてる”と思ってますからね。
ところが、それをふり払って、砂漠の彼方に駈けだしたときに、そのあとをデートリッヒみたいに、はだしで
追いかけてくる女は、ほんとうの女ですよ。ぼくはそれが、ほんとの文学だと思います。ぼくの場合は、
できるだけ文学から逃げている。するとはだしで追っかけてきてくれる女がいる。それが、ぼくの文学です。
その女に、やさしくしますよ。そのときに、小説を書くわけですね。
三島由紀夫
三好行雄との対談「三島文学の背景」より
185 :
名無しさん@公演中:2010/06/25(金) 11:11:21 ID:gFn34CrP
論理的能力を発見するなんて、昔は想像もしなかった。だから、人間って、あきらめないでじっくりやっていれば、
何か出てくるんだと思うのです。自慢じゃないですが、英語の会話ができるようになったのは三十越してから
ですからね。それまで英語でしゃべれなかった。アメリカへ行っても、ほんとに語学で不自由いたしました。
三十ごろになって、アメリカに半年くらいいてから、まあまあしゃべれるようになった。
人間の能力なんていうものは、ほんとに、早く決めてしまうことないと思いますね。
三島由紀夫
三好行雄との対談「三島文学の背景」より
186 :
名無しさん@公演中:2010/06/25(金) 11:28:48 ID:gFn34CrP
ぼくは、自由意志が最高度に発揮されたとき、選択するものは、決まっていると思う。それが源泉ですね。
その時、自由意志が、ほんとに正当なものを発見したと思うのです。ですから自由意志には、無限定な自由は
ないですね。自由意志は、さまざまな試行錯誤をくりかえしますけれども、自由意志が源泉を発見した時に
初めて、自由意志が、自由になるのだ、と思います。それまでは自由意志は、なにものかにとらわれていて、
もっと自由な何か、もっと広い世界を期待しているわけです。それが、ぼくは源泉だと思う。ヘルダーリンの
「帰郷(ハイムクンフト)」のいう、一種の恐ろしさですね。最もなつかしいもので、最も恐ろしいものです。
現代社会は、そういう、源泉に帰ることを妨げるように、社会全体の力が働いている。人間は源泉からたえず
遠ざかって、前へ、前へ、上すべりしてゆくように、社会構造ができている。
三島由紀夫
三好行雄との対談「三島文学の背景」より
187 :
名無しさん@公演中:2010/06/25(金) 11:29:13 ID:gFn34CrP
たとえば、テレビ、初め映りの悪いテレビ、それがまた、映りのいいテレビ、カラー・テレビになる。現代社会は、
その機械と同じことで、次々と、改良されたものは与えられますけれども、改良された果てに何があるか、
それはなにも与えないで、ぼくらを、先へ、先へ、進めるでしょ。
でもぼくらは、テレビより、もっと遠くみえるものがあるはずです、いちばん前に。(中略)
テレビより、もっと遠くがみえるはずです。それから、人の心も、もっとよくみえるはずですし、つまり、
みたいと思うものは、百万里先だろうが、みなければならない。みえなくしてしまったのは、“文明”ですよね。
ぼくはそう思います。(中略)
目ですね。ぼくは、源泉にはそれがあったはずだと思うのです、ぼくにだって。失っただけですね。
三島由紀夫
三好行雄との対談「三島文学の背景」より
188 :
名無しさん@公演中:2010/06/25(金) 11:29:38 ID:gFn34CrP
剣道なんかやってますと、(そんなこというほどの資格はぼくにありませんが)“観世音の目”ということ、
いいますね。全体をみなければいけない。相手の目を見たら、負けてしまう。まして、相手の剣尖を見たら
負けてしまう。そうではなくて、“観世音の目”は相手を上から下まで、完全に見てしまう目です。そういう
目を鍛錬し、養成することが、剣道の極意だといわれているのですが、ぼくはそれ、源泉に帰ることだと思います。
それから、ネコ。ネコが寝たあと、クッションならクッションの跡みますと、ネコの寝た形が、ちゃんとできている。
あれが、寝るということ、休むということの本当の形なのですね。(中略)
ネコは寝れば、完全に、ぐにゃあっと、液体のようになってしまう。あれが源泉なのですね。それから、
運動でもそうです。運動で、巧緻性とか、迅速性、いろいろ申しますけれども、運動能力というのは本来、
人間にはすべてあるはずなのが、なくなってしまった。…源泉から遠ざかってしまっているわけですね。
三島由紀夫
三好行雄との対談「三島文学の背景」より
オペラ「鹿鳴館」どうですたか
190 :
名無しさん@公演中:2010/06/30(水) 17:21:03 ID:gDuqKipb
>>189 残念ながら観てません。観てたら感想聞かせて。
191 :
名無しさん@公演中:2010/07/07(水) 15:15:54 ID:s8cc4apA
悲しい気持の人だけが、きれいな景色を眺める資格があるのではなくて?
幸福な人には景色なんか要らないんです。
骨肉の情愛といふものは、一度その道を曲げられると、おそろしい憎悪に変はつてしまふ。
理解の通はぬ親子の間柄、兄弟の間柄は他人よりも遠くなる。
政治とは他人の憎悪を理解する能力なんだよ。この世を動かしてゐる百千百万の憎悪の
歯車を利用して、それで世間を動かすことなんだよ。愛情なんぞに比べれば、憎悪のはうが
ずつと力強く人間を動かしてゐるんだからね。
三島由紀夫「鹿鳴館」より
192 :
名無しさん@公演中:2010/07/07(水) 15:22:02 ID:s8cc4apA
花作りといふものにはみんな復讐の匂ひがする。絵描きとか文士とか、芸術といふものは
みんなさうだ。ごく力の弱いものの憎悪が育てた大輪の菊なのさ。
この世には人間の信頼にまさる化物はないのだ。
政治の要請はかうだ。いいかね。政治には真理といふものはない。真理のないといふことを
政治は知つてをる。だから政治は真理の模造品を作らねばならんのだ。
お嬢さん、教へてあげませう。武器といふものはね、男に論理を与へる一番強力な道具なんですよ。
三島由紀夫「鹿鳴館」より
193 :
名無しさん@公演中:2010/07/09(金) 11:29:36 ID:x8qe35mb
お嬢さま、色恋は負けるたのしみでございますよ。
あたしあなたの、その不死身が憎らしいの。誰も愛さないから、誰からも傷を負はない。
お母様がさういふあなたをどんなに憎んでどんなに苦しんで来たか、よくわかつたわ。
苦しみを知らない人にかかつたら、どんな苦しみだつて、道化て見えるだけなのよ。
三島由紀夫「只ほど高いものはない」より
194 :
名無しさん@公演中:2010/07/12(月) 11:17:18 ID:OvbAPR9l
恋と犬とはどつちが早く駆けるでせう。
さてどつちが早く汚れるでせう。
恋愛といふやつは本物を信じない感情の建築なんです。
笑ひなさい! いくらでも笑ひなさい! ……あんた方は笑ひながら死ぬだらう。
笑ひながら腐るだらう。儂はさうぢやない。……儂はさうぢやない。笑はれた人間は
死にはしない。……笑はれた人間は腐らない。
今の世の中で本当の恋を証拠立てるには、きつと足りないんだわ、そのために死んだだけでは。
三島由紀夫「綾の鼓」より
195 :
名無しさん@公演中:2010/07/12(月) 11:41:32 ID:OvbAPR9l
女はシャボン玉、お金もシャボン玉、名誉もシャボン玉、そのシャボン玉に映つてゐるのが
僕らの住んでゐる世界。
女の目のなかにはね、ときどき狼がとおりすぎるんだよ。
女の批評つて二つきりしかないぢやないか。「まあすてき」「あなたつてばかね」この二つきりだ。
子供が生れる。こんなまつ暗な世界に。おふくろの腹の中のはうがまだしも明るいのに。
なんだつて好きこのんで、もつと暗いところへ出て来ようとするんだらう。
三島由紀夫「邯鄲」より
196 :
名無しさん@公演中:2010/07/12(月) 11:45:15 ID:OvbAPR9l
大切なのは今といふ時間、今日といふこの日だよ。その点では遺憾ながら、人のいのちも
花のいのちも同じだ。同じなら、悲しむより楽しむことだよ。
楽しみといふものは死とおんなじで、世界の果てからわれわれを呼んでゐる。その輝やく声、
そのよく透る声に呼ばれたら最後、人はすぐさま席を立つて、出かけて行かなくちやならんのだ。
相容れないものが一つになり、反対のものがお互ひを照らす。それがつまり美といふものだ。
陽気な女の花見より、悲しんでゐる女の花見のはうが美しい。
三島由紀夫「熊野」より
197 :
名無しさん@公演中:2010/07/12(月) 12:05:00 ID:OvbAPR9l
女の貞淑といふものは、時たま良人のかけてくれるやさしい言葉や行ひへの報ひではなくて、
良人の本質に直に結びついたものであるべきだ。
女が男にだまされることなんぞ、一度だつて起りはいたしません。
幸福といふのは、何と云つたらいいでせう。肩の凝る女の手仕事で、刺繍をやるやうなものなのよ。
ひとりぼつち、退屈、不安、淋しさ、物凄い夜、怖ろしい朝焼け、さういふものを一目一目、
手間暇をかけて織り込んで、平凡な薔薇の花の、小さな一枚の壁掛を作つてほつとする。
地獄の苦しみでさへ、女の手と女の忍耐のおかげで、一輪の薔薇の花に変へることができるのよ。
三島由紀夫「サド侯爵夫人」より
198 :
名無しさん@公演中:2010/07/12(月) 12:07:37 ID:OvbAPR9l
想像できないものを蔑む力は、世間一般にはびこつて、その吊床の上で人々はお昼寝を
たのしみます。そしていつしか真鍮の胸、真鍮のお乳房、真鍮のお腹を持つやうになるのです、
磨き立ててぴかぴかに光った。あなた方は薔薇を見れば美しいと仰言り、蛇を見れば
気味がわるいと仰言る。あなた方は御存知ないんです。薔薇と蛇が親しい友達で、
夜になればお互ひに姿を変へ、蛇が頬を赤らめ、薔薇が鱗を光らす世界を。
この世で一番自分の望まなかつたものにぶつかるとき、それこそ実は自分がわれしらず
一番望んでゐたものなのです。それだけが思ひ出になる資格があり、それだけが琥珀の中へ
閉じ込めることができるのよ。それだけが何千回繰り返しても飽きることのない、思ひ出の
果物の核(さね)なのだわ。
三島由紀夫「サド侯爵夫人」より
199 :
名無しさん@公演中:2010/07/12(月) 12:32:07 ID:OvbAPR9l
戦後の頽廃は、すでに戦時中銃後に兆してゐたのだ。戦後のあのもろもろの価値の顛倒は、
卑怯者の平和主義は、尻の穴より臭い民主主義は、祖国の敗北を喜ぶユダヤ人どもの陰謀は、
共産主義者どもの下劣なたくらみは、悉くその日に兆してゐたのだ。
ああ、金色のヴァルハラの広場に、ヴァルキュリーたちによつて運ばれた、気高い戦場の
勇士たちの亡骸は、ひとたび霊に目ざめるや、祖国ドイツのこの有様をのぞみ見て、
いかに万斛の涙を流したことであらう。
もう貧血症の、屁理屈屋の教授連は一切要らん。銃一つ持てないほど非力だから、
我身可愛さにヒステリックな平和主義の叫びをあげる、きんたまを置き忘れたインテリは
一切要らん。少年に向つて亡国の教へを垂れ、祖国の歴史を否定し歪曲する非国民教師どもは
一切要らん。
三島由紀夫「わが友ヒットラー」より
200 :
名無しさん@公演中:2010/07/12(月) 12:36:43 ID:OvbAPR9l
買弁資本家やユンカー一族、保守派の老ひぼれ政治家や老ひぼれ将軍、将校クラブで俺を
鼻であしらつた貴族出身の無能な士官たち、革命や民衆のことを一度も考へたことのない
あの様子ぶつたプロシア国軍の白手袋たち、朝からビールとじやがいものおくびをしてゐる
布袋腹のブルジョアども、官僚といふあのマニキュアをした宦官ども、……あんな連中の
上にのつかつて、あんな連中にへいこらしながら、シーソオ・ゲームに憂身をやつして、
お前が大統領になるなら反対だぞ。断乎として反対だぞ。
三島由紀夫「わが友ヒットラー」より
201 :
名無しさん@公演中:2010/07/12(月) 12:39:14 ID:OvbAPR9l
演説のあとの広場といふものは、発作のあとの狂人の空白のまどろみのやうだ。どこまで
行つても人間は人間を傷つける。どんな権力の衣にも縫目があつてそこから虱が入る。
自分を狂人だと思はなければとても耐へられぬ、いや、理解すらできない瞬間にぶつかる
場合は……自分ではない他人をみんな狂人だと思へばよいのだ。
三島由紀夫「わが友ヒットラー」より
202 :
名無しさん@公演中:2010/07/12(月) 12:43:02 ID:OvbAPR9l
俺を傷つけることができるのは弾丸だけさ。といふよりは俺の体の鋼鉄が、いつか俺を裏切つて、
同じ仲間の鉄の小さな固まりを、俺の体内へおびき寄せるとき。さうだ、鉄と鉄とが
睦み合ふために、引寄せ合つて接吻するとき、そのときだけだ、俺が倒れるのは。しかし
そのときも、俺が息を引取るのはベッドの上ではない。
どんなに行政機構の森深く踏み迷つても、最後に枝葉を伐つて活路を見出すには、
夜明けの色の静脈と共に敏感に隆起する力瘤だけがたよりなのだ。どんな時代にならうと、
権力のもつとも深い実質は若者の筋肉だ。
人間の感情の振幅を無限に拡大すれば、それは自然の感情になり、つひには摂理になる。
三島由紀夫「わが友ヒットラー」より
203 :
名無しさん@公演中:2010/07/12(月) 12:45:41 ID:OvbAPR9l
歌はもうあの鋭い清らかな悲鳴と共通な特質を失つてしまつたのです。死者の目に映る
遠い青空は、変革の幻であつたのに、今、青空は洗濯の盥の水にちりぢりに砕けてしまつた。
あらゆる煙草は、耐へがたい訣別の甘いしみとおるやうな味をなくしてしまつた。
どこかで遠い昔に嗅ぎ馴れた腐敗の匂ひ、落葉のなかで、猟犬が置き忘れた獲物の鳥が
腐つてゆくときの、森の縞目の日光をかすかに濁らすやうな独特な匂ひ。いたるところで、
その腐敗の匂ひが、人々の指先の感覚を、癩病のやうに鈍麻させてゆく。かつて闇のなかで
道しるべの火のやうに敏感に方角を知らせた指は、今では小切手に署名をするのと、
女の体をこじあけるのにしか使はれなくなつた。脱落、脱落、目に見えない透明な日々の脱落。
三島由紀夫「わが友ヒットラー」より
204 :
名無しさん@公演中:2010/07/12(月) 12:51:33 ID:OvbAPR9l
鏡をのぞいてみるやうに、君の右は私の左だ。しかし私の右は君の左だ。だから却つて
鏡を打ち破れば、われわれはぴつたり合ふかもしれないのだ。
友愛、同志愛、戦友愛、それらもろもろの気高い男らしい神々の特質だ。これなしには
現実も崩壊する。従つて政治も崩壊する。
この緑なす大地の底へ下りてゆけば、地熱は高まり、地球の核をなす熱い岩漿(マグマ)が
煮え立つてゐる。この岩漿こそ、あらゆる力と精神の源泉であり、この灼熱した
不定形なものこそ、あらゆる形をして形たらしめる、形の内側の焔なのだ。
雪花石膏(アラバスター)のやうに白い美しい人間の肉体も、内側にその焔を分ち持ち、
焔を透かして見せることによつてはじめて美しい。
三島由紀夫「わが友ヒットラー」より
205 :
名無しさん@公演中:2010/07/12(月) 12:53:58 ID:OvbAPR9l
いつかあなたは言はれましたね。自分自身を嵐と感じることができるかどうか、つて。
それは何故自分が嵐なのかを知ることです。なぜ自分がかくも憤り、なぜかくも暗く、
なぜかくも雨風を内に含んで猛り、なぜかくも偉大であるかを知ることです。それだけでは
十分ではない。なぜかくも自分が破壊を事とし、朽ちた巨木を倒すと共に小麦畑を豊饒にし、
ユダヤ人どものネオンサインにやつれ果てた若者の顔を、稲妻の閃光で神のやうに蘇らせ、
すべてのドイツ人に悲劇の感情をしたたかに味はせやうとするのかを。……それが私の
運命なのです。
三島由紀夫「わが友ヒットラー」より
>>190 大変な労作であるのは分かるが
音楽上重唱をつくるためか台詞を同時に歌われる箇所があり聞き取りにくかった。
音楽はショスタコ(ービッチ)ぽい。
上演時間は劇団四季の公演と同じくらいの90分(第一幕・第二幕)+70分(第三幕・第四幕)
演出はシニカルにしすぎのきらいあり。別演出で再演を観て見たい。
207 :
名無しさん@公演中:2010/07/14(水) 10:59:49 ID:Ct+w1zI4
>>206 細かい報告ありがとうございました。
また機会があったら私も観劇してみます。
208 :
名無しさん@公演中:2010/07/15(木) 17:17:41 ID:E4CGXNPF
不満といふものはね、お嬢さん、この世の掟を引つくりかへし、自分の幸福を
めちやめちやにしてしまふ毒薬ですよ。
自然と戦つて、勝つことなんかできやしないのだ。
三島由紀夫「道成寺」より
209 :
名無しさん@公演中:2010/07/15(木) 17:17:57 ID:E4CGXNPF
いろんな感情の中に、同時にあたくしが居ます。いろんな存在の中に、同時にあたくしが
居たつて、ふしぎではないでせう。
高飛車な物言ひをするとき、女はいちばん誇りを失くしてゐるんです。女が女王さまに
憧れるのは、失くすことのできる誇りを、女王さまはいちばん沢山持つてゐるからだわ。
三島由紀夫「葵上」より
210 :
名無しさん@公演中:2010/07/15(木) 17:18:12 ID:E4CGXNPF
ねえ、人間つて、待つたり待たせたりして生きてゆくものぢやない?
愛はみんな怖しいんですよ。愛には法則がありませんから。
三島由紀夫「班女」より
あまりに強度の愛が、実在の恋人を超えてしまふといふことはありうる。
三島由紀夫「班女について」より
211 :
名無しさん@公演中:2010/07/15(木) 17:18:28 ID:E4CGXNPF
むかし俗悪でなかつたものはない。時がたてば、又かはつてくる。
どんな美人も年をとると醜女になるとお思ひだらう。ふふ、大まちかひだ。美人は
いつまでも美人だよ。今の私が醜くみえたら、そりやあ醜い美人といふだけだ。
人間は死ぬために生きてるのぢやございません。
僕は又きつと君に会ふだらう、百年もすれば、おんなじところで……。
もう百年!
三島由紀夫「卒塔婆小町」より
212 :
名無しさん@公演中:2010/07/16(金) 11:32:46 ID:wQbZN2Lc
複雑な事情などといふものは、みんなただのお化けなのですわ。本当は世界は単純で
いつもしんとしてゐる場所なのですわ。
私の白い翼が血に汚れたとて、それが何でせう。血も幻、戦ひも幻なのですもの。
私は海ぞひのお寺の美しい屋根の上を歩く鳩のやうに、争ひ事に波立つてゐるお心の上を
平気で歩いて差上げますわ……。
この世の終りが来るときには、人は言葉を失つて、泣き叫ぶばかりなんだ。たしかに僕は
一度きいたことがある。
背広といふ安全無類の制服、毎日毎日のくりかへしの生活に忠実だといふ証文。
三島由紀夫「弱法師」より
213 :
名無しさん@公演中:2010/07/16(金) 11:33:00 ID:wQbZN2Lc
僕の魂は、まつ裸でこの世を歩き廻つてゐるんだよ。四方に放射してゐる光りが見えるでせう。
この光りは人の体も灼くけれど、僕の心にもたえず火傷をつけるんです。ああ、こんな風に
裸かで生きてゐるのは実に骨が折れますよ。実に骨が折れる。僕はあなた方の一億倍も
裸かなんだから。
われわれはみんな恐怖のなかに生きてゐるんだよ。
ただあなた方はその恐怖を意識してゐない。屍のやうに生きてゐる。
形が大切なんですよ。だつてあなたの形はあなたのものぢやなくて、世間のものですもの。
三島由紀夫「弱法師」より
214 :
名無しさん@公演中:2010/07/16(金) 11:33:14 ID:wQbZN2Lc
年齢が何だつて言ふんです! 年齢が! 年齢といふものはね、一筋の暗闇の道なんです。
来し方も見えず、行末も見えない。だからそこには距離もないし、止つてゐるも歩いてゐるも
同じこと、進むのも退くのも同じこと、そこでは目あきも盲らになり、生きてゐる人間も
亡者になり、僕同様杖をたよりに、さぐり足でさまよつてゐるにすぎないんです。
赤ん坊も老人も青年も、つまりは同じ場所で、じつと身を寄せ合つてゐるのにすぎない。
夜の朽木の上にひつそりと群れ集まつてゐる虫のやうに。
三島由紀夫「弱法師」より
215 :
名無しさん@公演中:2010/07/16(金) 11:33:28 ID:wQbZN2Lc
僕はたしかにこの世のをはりを見た。五つのとき、戦争の最後の年、僕の目を炎で灼いた
その最後の炎までも見た。それ以来、いつも僕の目の前には、この世のをはりの焔が
燃えさかつてゐるんです。何度か僕もあなたのやうに、それを静かな入日の景色だと
思はうとした。でもだめなんだ。僕の見たものはたしかにこの世界が火に包まれてゐる
姿なんだから。
(中略)
世界はばかに静かだつた。静かだつたけれど、お寺の鐘のうちらのやうに、一つの唸りが
反響して、四方からこだまを返した。へんな風の唸りのやうな声、みんなでいつせいに
お経を読んでゐるやうな声、あれは何だと思ふ?何だと思ふ?あれは言葉じゃない、
歌でもない、あれが人間の阿鼻叫喚といふ奴なんだ。
僕はあんななつかしい声をきいたことがない。あんな真率な声をきいたことがない。
この世のをはりの時にしか、人間はあんな正直な声をきかせないのだ。
三島由紀夫「弱法師」より
216 :
名無しさん@公演中:2010/07/16(金) 11:39:12 ID:wQbZN2Lc
誰だつて空想する権利はありますわ。殊に弱い人たちなら。
余計なことを耳に入れず、忌まはしいものを目に入れないでおくれ。知らずにゐ、
聴かずにゐたい。俺の目に見えないものは、存在しないも同様だからさ。
夢をどんどん現実のはうへ溢れ出させて、夢のとほりにこの世を変へてしまふがいい。
それ以外に悪い夢から治ることなんて覚束ない。
喜んだ顔をしなくてはいけないから喜び、幸福さうに見せなくてはいけないから
幸福になつたのよ。いつまでも羽根のきれいな蝶々になつてゐなくてはならないから、
蝶々になつたのよ。
三島由紀夫「熱帯樹」より
217 :
名無しさん@公演中:2010/07/16(金) 11:39:45 ID:wQbZN2Lc
一度枯れた花は二度と枯れず、一度死んだ小鳥は二度と死なない。又咲く花又生れる小鳥は、
あれは別の世界のこと、私たちと何のゆかりもない世界のことなのよ。
淋しさといふものは人間の放つ臭気の一種だよ。
三島由紀夫「熱帯樹」より
218 :
名無しさん@公演中:2010/07/16(金) 11:40:12 ID:wQbZN2Lc
僕はどこまでも行くんだよ。たくさんの雲が会議をひらいてゐるあの水平線まで……。
人間の住む屋根の下では、どんなことでも起るんだよ。
飲みのこしたコーヒーはだんだん冷えて、茶碗の底に後悔のやうに黒く残るの。それは
苦くて甘くて冷たくて、もう飲めやしないの。コーヒーは美味しいうちに飲んで、さうね、
何もかも美味しいうちに飲み干して、それから、「おはやう」を言ふときのやうに元気に、
「さよなら」を言はなければ……。
三島由紀夫「薔薇と海賊」より
219 :
名無しさん@公演中:2010/07/16(金) 11:40:43 ID:wQbZN2Lc
牛乳配達も来ない朝、窓のカーテンの隙間に朝の光りが、金いろの若草が生ひ茂つたやうに
見えもしない朝、鷄といふ鷄は殺されて時も告げない朝、……もし今が朝だつたら、
そんか朝だもの。どうして「おはやう」つて言ふだらう。そんな朝には誰だつて、
「さよなら」つて言ふだらう。さうして殺された鷄のために泣くだらう。
ちらばつた血まみれの羽が、朝風にひらひら飛んでも、朝が来れば私たちは、
「おはやう」と言はなくては。
三島由紀夫「薔薇と海賊」より
220 :
名無しさん@公演中:2010/07/16(金) 11:41:58 ID:wQbZN2Lc
もう薔薇は枯れることがございません。
この世をしろしめす神様があきらめて、薔薇に王権をお譲りになつた。
これがそのしるしの薔薇、
これがその久遠の薔薇でございます。
薔薇の外側はまた内側、
薔薇こそは世界を包みます。
この中には月もこめられ、
この中には星がみんな入つてをります。
これがこれからの地球儀になり、
これがこれからの天文図になるのでございます。哲学も星占いも、みんなこの凍つた
花びらのなか、緋いろの一輪のなかに在るのでございます。
三島由紀夫「薔薇と海賊」より
>>190>>206 舞台写真はこう
//www.nntt.jac.go.jp/opera/20000129_frecord.html
劇中で「猿」よばわりされてるからといっておかめひょっとこの鹿鳴館は…評価の分かれるところでしょう。
222 :
名無しさん@公演中:2010/07/18(日) 10:38:18 ID:9HSJySE8
「猿」っていうのは、おかめ、ひょっとこのイメージとちょっと違う気がしますね。
223 :
名無しさん@公演中:2010/07/19(月) 11:29:15 ID:aKFgEhpT
贅沢や退屈のしみこんだ肉は、お酒のしみこんだ肉と同じで、腐りさうでなかなか腐らない。
希んだものが、もう希まなくなつたあとで得られても、その喜びは無理矢理自分に言つて
きかせるやうなものなんです。
人間つて決して不幸をたのしみに生きてゆくことなんかできませんのね。
目には目を、歯には歯を、さうして、寛大さには寛大さを。
三島由紀夫「白蟻の巣」より
224 :
名無しさん@公演中:2010/07/19(月) 11:30:01 ID:aKFgEhpT
人を恕すといふことは、こんなことだつたのか。こんなに楽なことだつたのか。……
そしてこんなに人間を無力にするものなのか。
世の中つて、真面目にしたことは大てい失敗するし、不真面目にしたことはうまく行く。
三島由紀夫「白蟻の巣」より
オペラ化された三島戯曲は近代能楽集や最近初演された鹿鳴館に黒蜥蜴がありますな
226 :
名無しさん@公演中:2010/07/21(水) 12:03:38 ID:/lbKcrKs
私は物と物とがすなほにキスするやうな世界に生きてゐたいの。お金が人と人、物と物、
あなたと私を分け隔ててゐる。退屈な世界だわ。
きれいな顔と体の人を見るたびに、私、急に淋しくなるの。十年たつたら、二十年たつたら、
この人はどうなるだらうつて。さういふ人たちを美しいままで置きたいと心(しん)から思ふの。
年をとらせるのは肉体じやなくつて、もしかしたら心かもしれないの。心のわづらひと
衰へが、内側から体に反映して、みにくい皺やしみを作つてゆくのかもしれないの。
だから心だけをそつくり抜き取つてしまへるものなら……。
三島由紀夫「黒蜥蜴」より
227 :
名無しさん@公演中:2010/07/21(水) 12:03:52 ID:/lbKcrKs
若くてきれいな人たちは、黙つてゐるはうが私は好き。どうせ口を出る言葉は平凡で、
折角の若さも美しさも台なしにするやうな言葉に決つてゐるから。あなたたちは着物を
着てゐるのだつて余計なの。着物は醜くなつた体を人目に隠すためのものだから。
恋のためにひらいた唇と同じほど、恋のためにひらいた一つ一つの毛穴と、ほのかな産毛は
美しい筈。さうぢやなくて? 恥かしさに紅く染つた顔が美しいなら、嬉しい恥かしさで
真赤になつた体のはうがもつときれいな筈。
三島由紀夫「黒蜥蜴」より
228 :
名無しさん@公演中:2010/07/21(水) 12:04:19 ID:/lbKcrKs
宝石には不安がつきものだ。不安が宝石を美しくする。
人間は眠る。宝石は眠らない。町がみんな寝静まつたあとでも、信託銀行の金庫の中で、
錠の下りた宝石箱の中で、宝石たちはぱつちりと目をひらいてをる。宝石は絶対に夢を
見ないのだ。ダイヤモンドのシンジケートが、値打ちをちやんと保証してくれてゐるから、
没落することもない。正確に自分の値打ち相当に生きてる者が、どうして夢なんか見る
必要があるだらう。夢の代りに不安がある。これはダイヤモンドの持つてる優雅な病気だ。
病気が重いほど値が上る。値が上るほど病気も重る。しかもダイヤは決して死ぬことが
できんのだ。……あーあ。宝石はみんな病気だ。お父さんは病気を売りつけるのだ。
三島由紀夫「黒蜥蜴」より
229 :
名無しさん@公演中:2010/07/21(水) 12:04:35 ID:/lbKcrKs
危機といふものは退屈の中にしかありません。退屈の白い紙の中から、突然焙り出しの
文字が浮び上る。
どんな卑俗な犯罪にも、一種の夢想がつきまとつてゐる。
トリックはなるたけ大胆で子供らしくて莫迦げてゐたはうがいいんだわ。大人の小股を
すくふには子供の知恵が必要なんだ。犯罪の天才は、子供の天真爛漫なところをわがものに
してゐなくちやいけない。
私は子供の知恵と子供の残酷さで、どんな大人の裏をかくこともできるのよ。犯罪といふのは
すてきな玩具箱だわ。その中では自動車が逆様になり、人形たちが屍体のやうに目を閉じ、
積木の家はばらばらになり、獣物たちはひつそりと折を窺つてゐる。世間の秩序で
考へようとする人は、決して私の心に立入ることはできないの。……でも、……でも、
あの明智小五郎だけは……
三島由紀夫「黒蜥蜴」より
230 :
名無しさん@公演中:2010/07/21(水) 12:04:54 ID:/lbKcrKs
あのときのお前は美しかつたよ。おそらくお前の人生のあとにもさきにも、お前が
あんなに美しく見える瞬間はないだらう。真白なスウェータアを着て、あふむき加減の顔が
街灯の光りを受けて、あたりには青葉の香りがむせるやう、お前は絵に描いたやうな
「悩める若者」だつた。つややかな髪も、澄んだまなざしも、内側からの死の影のおかげで、
水彩画みたいなはかなさを持つてゐた。その瞬間、私はこの青年を自分の人形にしようと
思つたんだわ。
お前は私の人形になる筈だつた。……でも、どうでせう。気がついてからのお前の暴れやう、
哀訴懇願、あの涙……お前の美しさは粉みぢんに崩れてしまつた。死ぬつもりでゐたお前は
美しかつたのに、生きたい一心のお前は醜くかつた。……お前の命を助けたのは情に
負けたんぢやないわ。命を助けてくれれば一生奴隷になると言つたお前の誓ひに呆れたからだわ。
三島由紀夫「黒蜥蜴」より
231 :
名無しさん@公演中:2010/07/21(水) 12:07:36 ID:/lbKcrKs
今の時代はどんな大事件でも、われわれの隣りの部屋で起るやうな具合に起る。どんな
惨鼻な事件にしろ、一般に犯罪の背丈が低くなつたことはたしかだからね。犯罪の着てゐる
着物がわれわれの着物の寸法と同じになつた。黒蜥蜴にはこれが我慢ならないんだ。
女でさへブルー・ジーンズを穿く世の中に、彼女は犯罪だけはきらびやかな裳裾を
五米(メートル)も引きずつてゐるべきだと信じてゐる。
三島由紀夫「黒蜥蜴」より
232 :
名無しさん@公演中:2010/07/21(水) 12:08:00 ID:/lbKcrKs
明智:この部屋にひろがる黒い闇のやうに
黒蜥蜴:あいつの影が私を包む。あいつが私をとらへようとすれば、
明智:あいつは逃げてゆく、夜の遠くへ。しかし汽車の赤い尾灯のやうに
黒蜥蜴:あいつの光りがいつまでも目に残る。追はれてゐるつもりで追つてゐるのか
明智:追つてゐるつもりで追はれてゐるのか
黒蜥蜴:そんなことは私にはわからない。でも夜の忠実な獣たちは、人間の匂ひをよく知つてゐる。
明智:人間たちも獣の匂ひを知つてゐる。
黒蜥蜴:人間どもが泊つた夜の、踏み消した焚火のあと、あの靴の足跡が私の中に
明智:いつまでも残るのはふしぎなことだ。
黒蜥蜴:法律が私の恋文になり
明智:牢屋が私の贈物になる。
黒蜥蜴、明智:そして最後に勝つのはこつちさ。
三島由紀夫「黒蜥蜴」より
233 :
名無しさん@公演中:2010/07/21(水) 12:08:21 ID:/lbKcrKs
明智:あんたは女賊で、僕は探偵だ。
黒蜥蜴:でも心の世界では、あなたが泥棒で、私が探偵だつたわ。あなたはとつくに盗んでゐた。
私はあなたの心を探したわ。探して探して探しぬいたわ。でも今やつとつかまえてみれば、
冷たい石ころのやうなものだとわかつたの。
明智:僕にはわかつたよ。君の心は本物の宝石、本物のダイヤだ、と。
黒蜥蜴:あなたのずるい盗み聴きで、それがわかつたのね。でもそれを知られたら、
私はおしまひだわ。
明智:しかし僕も……
黒蜥蜴:言はないで。あなたの本物の心を見ないで死にたいから。……でもうれしいわ。
明智:何が……
黒蜥蜴:うれしいわ。あなたが生きてゐて。
三島由紀夫「黒蜥蜴」より
234 :
名無しさん@公演中:2010/07/30(金) 12:01:13 ID:hEp+8I4q
人生のいちばんはじめから、人間はずいぶんいろんなものを諦らめる。生れて来て何を
最初に教はるつて、それは「諦らめる」ことよ。そのうちに大人になつて不幸を幸福だと
思ふやうになつたり、何も希まないやうになつてしまふ。
幸福つて、何も感じないことなのよ。幸福つて、もつと鈍感なものよ。
幸福な人は、自分以外のことなんか夢にも考へないで生きてゆくんですよ。
一分間以上、人間が同じ強さで愛しつづけてゆくことなんか、不可能のやうな気が
あたしにはするの。愛するといふことは息を止めるやうなことだわ。一分間以上も息を
止めてゐてごらんなさい、死んでしまふか、笑ひ出してしまふか、どつちかだわ。
愛するといふことは、息を止めることぢやなくて、息をしてゐるのとおんなじことよ。
三島由紀夫「夜の向日葵」より
235 :
名無しさん@公演中:2010/07/30(金) 12:07:55 ID:hEp+8I4q
恋愛といふやつは、単に熱なんです。脈搏なんです。情熱なんていふ誰も見たことのない
好加減な熱ぢやない、ちやんと体温計にあらはれる熱なんです。
恋愛といふのは、数なんです。それも函数(かんすう)なんです。五なら五、六なら六だけ
生へ近づく、それと同時に、おなじ数だけ死へ近づくといふ、函数なんです。
夜の空に太陽を探しだすのはむづかしい。向日葵が戸惑つてゐるのも無理はない。
……しかし夜は長くない。いづれ朝が来る。向日葵は朝になればにつこりする。
三島由紀夫「夜の向日葵」より
236 :
名無しさん@公演中:2010/07/30(金) 12:13:36 ID:hEp+8I4q
あなたらしさつていふものは、あなたの考へてゐるやうに、人が勝手にあなたにつけた
仇名ぢやない。人が勝手にあなたの上に見た夢でもない。あなたらしさつていふものは、
あなたの運命なんだ。のがれるすべもないものなんだ。神さまの与へた役割なんだ。
人のために生きるのが偶像の運命ですよ。
あたくしは人造真珠なの。どこまで行つてもあたくしは造花なの。もしあたくしが豚だつたら、
真珠に嫉妬なんか感じはしないでせう。でも、人造真珠が自分を硝子にすぎないとしぢゆう
思つてゐることは、豚が時たま自分のことを豚だと思つたりするのとは比べものにはならないの。
大丈夫よ、自分を本当の真珠だと信じてゐれば、硝子もいつかは真珠になるのよ。
三島由紀夫「夜の向日葵」より
237 :
名無しさん@公演中:2010/07/30(金) 12:17:51 ID:hEp+8I4q
もう一度仰言つて下さい。「許しませんよ」ああ、それこそ貴婦人の言葉だ。生れながらの
けだかい白い肌の言はせる言葉だ。私はその言葉が好きです。どうかもう一度……
三島由紀夫「朝の躑躅」より
238 :
名無しさん@公演中:2010/08/23(月) 12:58:34 ID:p8QkQRF7
璃津子:このさき日本はどうなるのでせう。
経広:僕たちは、つてききたいのではない?
璃津子:その二つは同じことだわ。
経広:さうだね。同じことだ。
璃津子:お国の右の腕が痛むと
経広:僕たちの右腕も痛むのだ。そしてあの海のかなたへまで晴れやかにひろげられた
お国の裳裾が引き裂かれると
璃津子:私たちも引き裂かれるのだわ!
経広:その引き裂かれた絹の叫びが
璃津子:かうしてゐても海のむかうからきこえてくるわ。……もしかすると、日本は
負けるのではないかしら。
経広:それは世界が夜になることだ。この世でもつとも美しい優雅なものが土足に
かけられることになるのだよ。そんなことにさせてはいけない。
三島由紀夫「朱雀家の滅亡」より
239 :
名無しさん@公演中:2010/08/23(月) 13:02:04 ID:p8QkQRF7
悲しみのあまりだつて? 人はさう言ふ。悲しみは慰められても、悲しみよりもつと
遠くへ行つた人間に、人の慰めなんぞが追ひつくものか。
生きてゐる間は若様でした。私は自分の卑しさのすべてをかけて、あの子を若様と呼びました。
……今はちがひます。あの子は死ぬと同時に、青い空の高みからまつしぐらに落ちてきて、
ここへ、(ト自らの腹を叩く)ここへ、この血みどろの胎の中へ、もう一度戻つて来たのですわ。
もう一度私の賎しい温かい血と肉に包まれて、苦しい名誉や光栄に煩はされることのない、
安らかな眠りをたのしみに戻つて来たのですわ。今こそ私はもう一度、ここにあの子の
すべてを感じます。あの子の眼差、あの子の微笑、あの子のしつかりした手足をこの中に。
三島由紀夫「朱雀家の滅亡」より
240 :
名無しさん@公演中:2010/08/23(月) 13:05:17 ID:p8QkQRF7
経広はおそらく知つてゐたらう、自分の小さな死は無益(むやく)であり、たとへその死を
何万と積み重ねても狂瀾を既倒に回(めぐ)らす由もないことを。しかし又知つてゐたらう、
このやうな御代に生き御代に死んで、すでに閉じられようとしてゐる大きな金色の環へ
鋳込まれて、永遠に歴史の中を輝やかしく廻転してゆくその環の一つの粒子になることを。
身を以て空にかけた悲しみの虹の、一つの微粒子になることを。
苦しみをこえる矜りといふものがあるのだ。たとへば木は大地につながつてゐる。それは
苦しみだ。痛みだ。しかし梢にかかる白い雲は青空に属してゐる。私たちはその美しい横雲と
樹木とを、いつも一つの絵のなかに見るではないか。
三島由紀夫「朱雀家の滅亡」より
241 :
名無しさん@公演中:2010/08/23(月) 13:08:20 ID:p8QkQRF7
……しかし私が気が狂つてゐたとすると、それはどんな狂気だつたのだらう。果して
私自身の狂気だつたらうか。それともはるかかなたから、思召しによつて享けた狂気だつたか。
たとへ私が狂気だつたにせよ、あの狂気の中心には、光りかがやくあらたかなものがあつた。
狂気の核には水晶のやうな透明な誠があつた。
翼を切られても、鳥であることが私の狂気だつたから、その狂気によつてかるがると私は飛んだ。
……今はどうだ。お前は私が正気になつたといふかもしれない。私にはわからない。
自分が今なほ狂気か正気かといふことが、自分にはわからう筈がない。只一つわかることは、
その正気の中心には誠はなく、みごとに翼は具へてゐても、その正気は決して飛ばない
といふことだ。あたかも醜い駝鳥のやうに。私は知らず、少なくともお前たちみんなは
駝鳥になつたのだよ。
三島由紀夫「朱雀家の滅亡」より
242 :
名無しさん@公演中:2010/08/23(月) 13:12:26 ID:p8QkQRF7
光康:もう時代は変つて、手袋を裏返しにしたやうに、すべては逆になつたのに。
経隆:写真の陰画が陽画になつただけかもしれない。絵はもともと一つなのだ。
海と雲とは一色(ひといろ)の重い苦患に融け合ひ、沖に泊つてゐる外国の船の白い船腹を、
苦痛にむきだした白い鮮やかな歯のやうに見せてゐる。日本の船はどこにも見えぬ。
日本の船は悉く沈んでしまつた。
経広があこがれたのは決してこんな海ではなかつた。ただあいつの死の刹那に、海が
青かつたことを私は祈る。あいつのためには、海は晴れやかに青く輝き、そこにこそ
誉れの火柱は高くあがり、若者のおびただしい血潮は、透かし見られる朱い珊瑚礁のやうに
亜熱帯の海を染めなした。あの島をめぐる海は、経広の最後の日に、雲の影一つないほど
晴れ渡つてゐたことを私は祈る。あいつは朱雀家の代々が使はなかつた黄金造りの太刀の、
明るい花やかな朱いろの下緒のやうな死を選んだと思ひたい。
三島由紀夫「朱雀家の滅亡」より
243 :
名無しさん@公演中:2010/08/23(月) 13:17:07 ID:p8QkQRF7
なぜといへ、それを最後に、日本は敗れ、滅びたからだ。古いもの、優雅なもの、
潔らかなもの、雄々しいものは、悉く滅びたからだ。かつて気高く威光さかんであつた
一帝国は滅びたからだ。もつとも艶やかな経糸(たていと)と、もつとも勇ましい
緯糸(よこいと)とで織られてゐた、このたぐひまれな一枚の美しい織物は、血と火の
苦しみのうちに、涜され、踏みにじられ、つひには灰になつた。歴史の上で誰も二度と
ふたたび、同じ見事な織物を織り成すことはできまい。
すべては去つた。偉大な輝やかしい力も、誉れも、矜りも、人をして人たらしめる大義も
失はれた。この国のもつとも善いものは、焼けた樹々のやうに、黒く枯れ朽ちて、
死んでしまつた。
三島由紀夫「朱雀家の滅亡」より
244 :
名無しさん@公演中:2010/08/23(月) 13:19:08 ID:p8QkQRF7
(雪ふりはじめる)
雪がふつて来たな。
(両手で雪を受ける)
この浄らかな冷たさ、雪はすべてを和める力だが、それといふのも、すべての身を一様に
慄へさすからだ。雪は女神に似てゐる。冷たく、美しく、矜り高く、残酷な女神に似てゐる。
その女神の冷たい嫉妬のおかげで、夏のかがやかしい日々は消されてしまつた。
璃津子:滅びなさい。滅びなさい! 今すぐこの場で滅びておしまひなさい。
経隆:(ゆつくり顔をあげ、璃津子を注視する。……間。)どうして私が滅びることができる。
夙うのむかしに滅んでゐる私が。
三島由紀夫「朱雀家の滅亡」より
245 :
名無しさん@公演中:2010/08/27(金) 12:17:19 ID:UMLtHo2P
この世の絶頂の倖せが来たとき、その幸福の只中でなくては動かぬ思案があるのです。
その思案は波間をかすめる太刀魚の背鰭のやうに、幸福の海へ舟出をしてゐる時でなくては
見えないのです。
一つの建築が一つの夢になり、一つの夢が一つの現実になる。さうやつて巨大な石と
おぼろげな夢とは永遠の循環をくりかへすのだ。
今の王様にとつては、ただこのお寺の完成だけがお望みなのだ。そしてお寺の名も、
共に戦つて死んだ英霊たちのみ魂を迎へるバイヨンと名づけられた。バイヨン。王様は
あの目ざましい戦の間に、討死してゐればよかつたとお考へなのだらう。
この世のもつとも純粋なよろこびは、他人のよろこびを見ることだ。
三島由紀夫「癩王のテラス」より
246 :
名無しさん@公演中:2010/08/27(金) 12:17:49 ID:UMLtHo2P
私の前にはただ闇があるだけ。色もない。形もない。死も私にははじめて会つたやうな
気がしないだらう。なぜならそれは、この世と一トつづきの闇に他ならぬからだ。
精神は必ず形にあこがれる。
崩れたもの、形のないもの、盲ひたもの、……それは何だと思ふ。それこそは精神のすだただ。
おまへが癩にかかつたのではない。おまへの存在そのものが癩なのだ。精神よ。おまへは
生れながらの癩者だつたのだ。
何かを企てる。それがおまへの病気だつた。何かを作る。それがおまへの病気だつた。
俺の舳(みよし)のやうな胸は日にかがやき、水は青春の無慈悲な櫂でかきわけられ、
どこへも到達せず、どこをも目ざさず、空中にとまる蜂雀のやうに、五彩の羽根をそよがせて、
現在に羽搏いてゐる。俺を見習はなかつたのが、おまへの病気だつた。
青春こそ不滅、肉体こそ不死なのだ。……俺は勝つた。なぜなら俺こそがバイヨンだからだ。
三島由紀夫「癩王のテラス」より
247 :
名無しさん@公演中:2010/08/30(月) 11:42:44 ID:kb/NQVjS
光:僕はもう夢は怖くない。
看護婦:葵さんは夢に殺されたんですよ。
光:僕は男だ。
看:お気をつけなさい。真夜中にでる幽霊なんかは、知れたものですわ。もつと怖ろしいのは
午後の幽霊なのよ。こんな、何とも云へない退屈な、いい日和の、いつまでもつづきさうに
思へる午後、それは突然現はれるの。午後の幽霊……それに会ふときがあなたの本当の
敗北の時、でもその時こそあなたの本当に自由になる時かもしれないわ。いづれにせよ、
あなたはもうぢきそれにお会ひになるでせう。
光:(時計を見て)さア、もう君は病院へかへらなきやならん時間だぞ。
看:(立上つて)あなたが時間を知らせて下さることはないのよ。
光:(立上つて)I just remembered something funny …………
三島由紀夫「LONG AFTER LOVE」より
248 :
名無しさん@公演中:2010/08/30(月) 11:44:07 ID:kb/NQVjS
今急に俺の家の猫がペンキ壷を引つくりかへしたやうな気がしたのだ。
それも私の罪ぢやないのさ。私の知つたことぢやないのさ。さつきお前さんが恋人たちを見て、
星だの大空だのと愚にもつかぬことを言つた、それとおんなじ気持に溺れて、いい気持で
死んで行つたんだよ。恋が自然にその身を滅ぼし、夢みただけの報いをうけ、私が手を
下すまでもなく、……さうさ、行き倒れの酔つぱらひの上に雪が静かにふりつむやうに、
やつらの上に死がふりつんだ。
(強く)……私に何の科があるものかね。私の顔の美しさから、つまらぬ幻を引き出して、
その報いに死んだだけのことだもの。それ以来私は、私の顔を美しいといふ男は、きつと
死ぬもんだと思ふやうになつたんだ。
三島由紀夫「LONG AFTER LOVE」より
249 :
名無しさん@公演中:2010/09/01(水) 14:56:53 ID:aObfg08M
僕はキラキラした安つぽい挑発的な儚い華奢なものすべて愛した。サーカスの人々をみて
僕は独言した。「ああいふ人たちは」と僕は思つた。「音楽のやうに果敢で自分の命を
塵芥かなぞのやうに思ひ、浪費と放蕩の影にやゝ面窶(おもやつ)れし、粗暴な美しさに
満ちた短い会話を交はし、口論に頬を紅潮させながらすぐさま手は兇器に触れ、平気で
命のやりとりするであらう。彼らは浪漫的な放埒な恋愛をし、多くの女を失意に泣かせ、
竟には必らずや、路上に横はつて死ぬであらう」と。僕は又、天勝の奇術舞踏に出てくる
大ぜいの薔薇の騎士たちを愛した。彼女達は、楽屋でも、日々の生活の上でも、あの危険な、
胡麻化しにみちた、侘びしく絢爛な、表情と身振りとを、決して忘れまいと思はれた。
そこには僕の幼時にとつて禁断の書物であつた講談倶楽部やキングや新青年に出てくる
血みどろの挿絵のやうな、美しい生き方がされてゐるのだと僕は疑はなかつた。長い剣が
触れ合ふたびごとに本当に紫や赤の火花がとびちり、銀紙や色ブリキで作られた衣装が
肉惑的にゆすぶれ乍らキラキラきらめきわたるのをみて、僕は自分の胸がどうしてこんなに
高鳴るのか分からなかつた。
三島由紀夫「扮装狂」より
250 :
名無しさん@公演中:2010/09/01(水) 14:57:19 ID:aObfg08M
僕が何かになつてみたいなあと思ふとき、それは大抵派手な制服であつた。僕の幼な友達も
それに心から同感した。即ちエレヴェータア・ボーイであり花電車の運転手であり地下鉄の
改札掛である。地下鉄の構内には一種麻薬のやうな匂ひがある。日もすがらさういふ匂ひを
吸ひ眩ゆい電灯の白光にその多くの金釦をかゞやかせてくらしてゐるといふことが、
彼等を尚更のこと神秘の人種めかしてみせる。僕には到底ああはなれまいと幼な心にも
思はれた。それで一そう憧れは険しくなる。――ホテルのエレヴェータア・ボーイや
花電車の運転手といふ職業ほど、此世に危険な悲劇的なやけつぱちな職業はないといふ風に
感ぜられる。僕はホテルなどで彼等に話しかけられると、不良少年によびとめられたやうに
我しらずドギマギした。
三島由紀夫「扮装狂」より
251 :
名無しさん@公演中:2010/09/01(水) 14:57:57 ID:aObfg08M
僕は少年期に入る。ブラと仇名された四つ五つも年上の少年。彼は落第してきて僕らの
クラスで暴君のやうに振舞ふ。僕はすぐさま彼に英雄を発見した。言ひかへればサーカスの人を。
彼を不良だと呼ぶことは実にすばらしい信仰である。僕は彼と対等な口をきゝながら息が
つまりさうな気がした。それほどまでに僕は無理を犯した。彼の白い絹のマフラーは、
派手な沓下はまことに好かつた。(中略)
ブラの魂は人には言へぬ暗い汚濁のために哭きつゞけてゐる。――僕はさう思つて同情に
惑溺した。そしてその同情が扮装欲のわづかな変形であることには気附かないでゐた。
……ブラはしばしば学校を欠席しはじめた。それでも偶には来る。あるとき用事で
遅くなつて僕は夕日のほの明るいロッカア室へカバンをとりにゆくために入らうとした。
すると学生監室のドアが陰気に開いてブラが出てくる。ブラは無理に笑ふ。おおでも目の
赤いこと。君でも泣くのかと僕は責めたいやうな気持だつた。僕はだまつてゐた。ブラは
学生監の悪口を二言三言云つた。僕は悪口をいふブラが好きである。一緒にかへらうと
誘つたところが、珍らしくもブラは承引した。
三島由紀夫「扮装狂」より
252 :
名無しさん@公演中:2010/09/01(水) 14:58:26 ID:aObfg08M
(中略)桜のトンネルを出たときにブラは僕の顔をみないで軽蔑したやうな口調で言つた。――
「平岡! 貴様接吻したことある?」僕は後から来ていきなり目をふさがれたやうな気持で
あつた。僕はもうドキドキが止まらなくなつてしまつた。上ずつた声で僕は返事をせずには
ゐられなかつた。「いや、ないんだ、一度も」「フン」とブラは感興がなささうに云つた。
「面白くもなんともないぜ。やつてみりやあね」――二人は赤い煉瓦造のボイラア室の
そばをとほつた。蝶々がうるさく足にからんだ。
「もう、俺、いゝところへいつちやふんだ」「ぢやもう逢へないかもしれないね」
「逢いたかないや」
僕にはこんな露骨な愛情の表現ははじめてだつた。なんといふ粗暴な美しい話術。僕は一瞬、
僕も亦サーカスの人々の絵の中にゐると感じた。僕は返事ができなかつた。僕は耳傾けた。
その言葉がもう一度くりかへされるやうにと。……
だがブラはだまつたまゝ歩きつゞけ、いつのまにか僕らは裏門から、灯のつき初めた町の
一劃へ出てゐた。
三島由紀夫「扮装狂」より
廃墟といふものは、ふしぎにそこに住んでゐた人々の肌色に似てゐる。ギリシャの廃墟はあれほど蒼白であつたが、
ここウシュマルでは、湧き立つてゐる密林の緑の只中から、赤銅色の肌をした El Adivino のピラミッドが
そそり立つのだ。その百十八の石階には古い鉄鎖がつたはつてをり、むかしマキシミリアン皇妃がろくろ仕掛の
この鎖のおかげで、大袈裟にひろがつたスカートのまま、ピラミッドの頂きまで登つたのである。
そこらの草むらには、はうばうに石に刻んだ雨神の顔が落ちてゐた。この豊饒の神の顔は怒れる眉と爛々たる
目と牙の生えた口とをもち、鼻は長く伸びてその先が巻いて象の鼻に似、しばしば双の耳の傍から男根を突き
出してゐる。(中略)
大宮殿はおそらくその下に石階を隠してゐる平たい広大な台地の上にあつた。この正面に相対して、二頭の
ジャグワの像を据ゑた小さい台地があり、さらに宮殿の入口の前には、巨大な男根が斜めにそびえてゐた。
三島由紀夫「旅の絵本 壮麗と幸福」より
壮麗な建築がわれわれに与へる感動が、廃墟を見る場合に殊に純粋なのは、一つにはそれがすでに実用の目的を
離れ、われわれの美学的鑑賞に素直に委ねられてゐるためでもあるが、一つには廃墟だけが建築の真の目的、
そのためにそれが建てられた真の熱烈な野心と意図を、純粋に呈示するからでもある。この一見相反する二つの
理由の、どちらが感動を決定するかは一口に云へない。しかし廃墟は、建築と自然とのあひだの人間の介在を
すでに喪つてゐるだけに、それだけに純粋に、人間意志と自然との鮮明な相剋をゑがいてみせるのである。
廃墟は現実の人間の住家や巨大な商業用ビルディングよりもはるかに反自然的であり、先鋭な刃のやうに、
自然に対立して自然に接してゐる。それはつひに自然に帰属することから免れた。それは古代マヤの兵士や
神官や女たちのやうには、灰に帰することから免れた。と同時に、当時の住民たちが果してゐた自然との媒介の
役割も喪はれて、廃墟は素肌で自然に接してゐるのである。
三島由紀夫「旅の絵本 壮麗と幸福」より
殊に神殿が廃墟のなかで最も美しいのは、通例それが壮麗であるからばかりではなく、祈りや犠牲を通して神に
近づかうとしてゐた人間意志が、結局無効にをはつて挫折して、のび上つた人間意志の形態だけが、そこに
残されてゐるからであらう。かつては祈りや犠牲によつて神に近づき、天に近づいたやうに見えた大神殿は、
廃墟となつた今では、天から拒まれて、自然――ここではすさまじいジャングルの無限の緑――との間に、
対等の緊張をかもし出してゐる。神殿の廃墟にこもる「不在」の感じは、裸の建築そのものの重い石の存在感と
対比されて深まり、存在の証しである筈の大建築は、それだけますます「不在」の記念碑になつたのである。
われわれが神殿の廃墟からうける感動は、おそらくこの厖大か石に呈示された人間意志のあざやかさと、
そこに漂ふ厖大な「不在」の感じとの、云ふに云はれぬ不気味な混淆から来るらしい。
三島由紀夫「旅の絵本 壮麗と幸福」より
256 :
名無しさん@公演中:2010/09/10(金) 14:39:31 ID:cPu6bmig
庭はどこかで終る。庭には必ず果てがある。これは王者にとつては、たしかに不吉な予感である。
空間的支配の終末は、統治の終末に他ならないからだ。ヴェルサイユ宮の庭や、これに類似した庭を見るたびに、
私は日本の、王者の庭ですらはるかに規模の小さい圧縮された庭、例外的に壮大な修学院離宮ですら借景に
たよつてゐるやうな庭の持つ意味を、考へずにはゐられない。おそらく日本の庭の持つ秘密は、「終らない庭」
「果てしのない庭」の発明にあつて、それは時間の流れを庭に導入したことによるのではないか。
仙洞御所の庭にも、あの岬の石組ひとつですら、空間支配よりも時間の導入の味はひがあることは前に述べた。
それから何よりも、あの幾多の橋である。水と橋とは、日本の庭では、流れ来り流れ去るものの二つの要素で、
地上の径をゆく者は橋を渡らねばならず、水は又、橋の下をくぐつて流れなければならぬ。
三島由紀夫「『仙洞御所』序文」より
257 :
名無しさん@公演中:2010/09/10(金) 14:39:47 ID:cPu6bmig
橋は、西洋式庭園でよく使はれる庭へひろびろと展開する大階段とは、いかにも対蹠的な意味を担つてゐる。
大階段は空間を命令し押しひろげるが、橋は必ず此岸から彼岸へ渡すのであり、しかも日本の庭園の橋は、
どちらが此岸でありどちらが彼岸であるとも規定しないから、庭をめぐる時間は従つて可逆性を持つことになる。
時間がとらへられると共に、時間の不可逆性が否定されるのである。
すなはち、われわれはその橋を渡つて、未来へゆくこともでき、過去へ立ち戻ることもでき、しかも橋を央にして、
未来と過去とはいつでも交換可能なものとなるのだ。
西洋の庭にも、空間支配と空間離脱の、二つの相矛盾する傾向はあるけれど、離脱する方向は一方的であり、
憧憬は不可視のものへ向ひ、波打つバロックのリズムは、つひに到達しえないものへの憧憬を歌つて終る。
しかし日本の庭は、離脱して、又やすやすと帰つて来るのである。
三島由紀夫「『仙洞御所』序文」より
258 :
名無しさん@公演中:2010/09/10(金) 14:40:04 ID:cPu6bmig
日本の庭をめぐつて、一つの橋にさしかかるとき、われわれはこの庭を歩みながら尋めゆくものが、何だらうかと
考へるうちに、しらぬ間に足は橋を渡つてゐて、
「ああ、自分は記憶を求めてゐるのだな」
と気がつくことがある。そのとき記憶は、橋の彼方の薮かげに、たとへば一輪の萎んだ残花のやうに、きつと
身をひそめてゐるにちがひないと感じられる。
しかし、又この喜びは裏切られる。自分はたしかに庭を奥深く進んで行つて、暗い記憶に行き当る筈であつたのに、
ひとたび橋を渡ると、そこには思ひがけない明るい展望がひらけ、自分は未来へ、未知へと踏み入つてゐることに
気づくからだ。
三島由紀夫「『仙洞御所』序文」より
259 :
名無しさん@公演中:2010/09/10(金) 14:40:20 ID:cPu6bmig
かうして、庭は果てしのない、決して終らない庭になる。見られた庭は、見返す庭になり、観照の庭は行動の
庭になり、又、その逆転がただちにつづく。庭にひたつて、庭を一つの道行としか感じなかつた心が、
いつのまにか、ある一点で、自分はまぎれもなく外側から庭を見てゐる存在にすぎないと気がつくのである。
われわれは音楽を体験するやうに、生を体験するやうに、日本の庭を体験することができる。
又、生をあざむかれるやうに、日本の庭にあざむかれることができる。西洋の庭は決して体験できない。それは
すでに個々人の体験の余地のない隅々まで予定され解析された一体系なのである。ヴェルサイユの庭を見れば、
幾何学上の定理の美しさを知るであらう。
三島由紀夫「『仙洞御所』序文」より
川端氏は僕の吹く勝手な熱をしじゆう喜んでニコニコしてきいてくれた。おしまひには僕が悲しくなつて了つた。
僕の生意気な友人たちだつたら、フフンと鼻の先であしらひさうなこんなつまらない笑ひ話や、ユーモアのない
又聞き話が、どういふ経緯で川端氏の口に微笑を誘ふのだらう。
しかしかうして一人で喋つてゐるうちに、だんだん僕が感知しだしたのは僕の孤独ではなくて、むしろ川端氏の
孤独なのだつた。ひろい家の中には夕闇がよどんで来た。ひろい家のさみしさが身にしみる時刻だ。
平岡公威(三島由紀夫)昭和22年「会計日記」より
川端氏とのさびしい夕食、川端氏のかへつてゆく一人の書斎、僕は僕の行方にあるものをまざまざと見る気がした。
名声とは何だらう。このひろい家によどんでくるどうにも逃げようもない夜のことなのか?否しかしなほ僕は
名声を愛してゐる。なぜなら名声でやつとたへられるものが僕の中にあるからだ。
名声とは必要不可欠な人間にだけ来るものだ。さうして名声があるために、ある人の慰めになる不幸があるものだ。
こんな孤独の実質を名声は少しもかへえないが、名前と形容詞だけは支へてくれる。
文学の仕事、それが形容詞の創造であるとするなら、かうして形容詞の冷酷で花やかな報いをうけるのは当然だ。
平岡公威(三島由紀夫)昭和22年「会計日記」より
262 :
名無しさん@公演中:2010/09/13(月) 11:49:37 ID:IYdMtgC1
格の正しい、しかも自由な踊りを見るたびに、私は踊りといふもののふしぎな性質に思ひ及ぶ。無音舞踊といふ
のもないではないが、踊りはたいがい、音楽と振り付けに制約されてでき上がつてゐる。いかに自由に見える
踊りであつても、その一こま一こまは、厳重に音楽の時間的なワクと振り付けの空間的なワクに従つてゐる。
その点では、自由に生きて動いて喋つてゐるやうに見える人物が、実はすべて台本と演出の指定に従つてゐる
他の舞台芸術と同じことだが、踊りのその音楽への従属はことさら厳格であり、また踊りにおける肉体の動きの
自由と流露感は、ことさら本質的なのである。
よい踊りの与へる感銘は、観客席にすわつて、黙つて、口をあけて、感嘆してながめてゐるだけのわれわれの
肉体も、本来こんなものではなかつたかと感じさせるところにある。
三島由紀夫「踊り」より
263 :
名無しさん@公演中:2010/09/13(月) 11:50:42 ID:IYdMtgC1
踊り手が瞬間々々に見せる、人間の肉体の形と動きの美しさ、その自由も、すべての人間が本来持つてゐて
失つてしまつたものではないかと思はせるとき、その踊りは成功してをり、生命の源流への郷愁と、人間存在の
ありのままの姿への憧憬を、観客に与へてゐるのである。
なぜ、われわれの肉体の動きや形は、踊り手に比べて、美、自由、柔軟性、感情表現、いやすべての自己表現の
能力を失つてしまつたのであらうか。なぜ、われわれは、踊り手のあらはす美と速度に比べて、かうも醜く、
のろいのであらうか。これは多分、といふよりも明らかに、われわれの信奉する自由意思といふもののため
なのである。自由意思が、われわれの肉体の本来持つてゐた律動を破壊し、その律動を忘却させたのだ。
それといふのも、踊り手は音楽と振り付けの指示に従つて、右へ左へ向く。しかしわれわれは自由意思に従つて、
右へ向き左へ向く。結果からいへば同じことだが、意思と目的意識の介入が、その瞬間に肉体の本源的な律動を
破壊し、われわれの動きをぎくしやくとしたものにしてしまふ。
三島由紀夫「踊り」より
264 :
名無しさん@公演中:2010/09/13(月) 11:51:45 ID:IYdMtgC1
のみならず、何らかの制約のないところでは、無意識の力をいきいきとさせることができないのは、人間の
宿命であつて、自由意思の無制約は、人間を意識でみたして、皮肉にも、その存在自体の自由を奪つてしまふのだ。
踊りは人間の歴史のはじめから存在し、かういふ肉体と精神の機微をよくわきまへた芸術であつた。武道も
もともとは、戦ひの技術を会得するために、まづ肉体に厳重な制約を課して、無意識の力をいきいきとさせ、
訓練のたえざる反復によつて、その制約による技術を無意識の領域へしみわたらせ、いざといふ場合に、
無意識の力を自由に最高度に働かせるといふ方法論を持つてゐるが、踊りに比べれば、その目的意識が、
純粋な生命のよろこびを妨げてゐる。
三島由紀夫「踊り」より
265 :
名無しさん@公演中:2010/09/13(月) 11:55:28 ID:IYdMtgC1
踊りはよろこびなのである。悲しみの表現であつても、その表現自体がよろこびなのである。踊りは人間の
肉体に音楽のきびしい制約を課し、その自由意思をまつ殺して、人間を本来の「存在の律動」へ引き戻すもの
だといへるだらう。ふしぎなことに、人間の肉体は、時間をこまごまと規則正しく細分し、それに音だけによる
別様の法則と秩序を課した、この音楽といふ反自然的な発明の力にたよるときだけ、いきいきと自由になる。
といふことは、音楽の法則性自体が、一見反自然的にみえながら、実は宇宙や物質の法則性と遠く相呼応して
ゐるかららしい。そこに成り立つコレスポンデンス(照応)が、おそらく踊りの本質であつて、われわれは
かういふコレスポンデンスの内部に肉体を置くときのほかは、本当の意味で自由でもなく、また、本当の生命の
よろこびも知らないのだ、としかいひやうがない。
三島由紀夫「踊り」より
266 :
名無しさん@公演中:2010/09/13(月) 11:56:44 ID:IYdMtgC1
…ずいぶん話が飛んだやうだが、実は私は、新年といふ習慣も、この踊りの一種であるべきであり、新春の
よろこびも、この踊りのよろこびであるべきだといひたかつたのである。
新しい年の抱負などと考へだした途端に、われわれの自由意思は暗い不安な翼をひろげ、未来を恐怖の影で
みたしてしまふ。未来のことなどは考へずに踊らねばならぬ。たとへそれが噴火山上の踊りであらうと、
踊り抜かねばならぬ。いま踊らなければ、踊りはたちまちわれわれの手から抜け出し、われわれは永久に
よろこびを知る機会を失つてしまふかもしれないのである。
三島由紀夫「踊り」より
267 :
名無しさん@公演中:2010/09/15(水) 12:06:52 ID:+sQvV0gx
埴谷雄高氏は戦後の日本の夜を完全に支配した。氏は黒い神話になり、ねぢ曲つた現実の回路が或る一個所で
底なしの闇に通じてゐるのをわれわれが発見するとき、必然的に不可避的に埴谷氏の顔に会つた。
あらゆる絶望の予言はすでに埴谷氏の本の中に語られてゐた。だからこれを読むことが希望の唯一の根拠になつた。
明晰な文体と異常な人物、正確な悟性と異様な幻想……そのすべてが氏の容赦なき人間認識から出て、闇の風を
孕んだ深いお告げになつた。氏は分析に足をとられたことのない稀な近代人である。世界は崩壊の一歩手前で
言葉によつて引き止められ、闇は凝視にとつて最小限必要な光りを許してゐることによつて逆説的である。
埴谷氏の文学はただ青年の書であるだけではない。人間と世界の書であることが、今や明らかになつたのである。
三島由紀夫「推薦のことば(『埴谷雄高作品集』)」より
268 :
名無しさん@公演中:2010/09/15(水) 12:15:04 ID:+sQvV0gx
サルヴァドル・ダリの「最後の晩餐」を見た人は、卓上に置かれたパンと、グラスを夕日に射抜かれた赤葡萄酒の
紅玉のやうな煌めきとを、永く忘れぬにちがひない。それは官能的なほどたしかな実在で、その葡萄酒は、
カンヴァスを舐めれば酔ひさうなほどに実在的に描かれてゐる。
…吉田健一氏の或る小品を読むたびに、私はこのダリの葡萄酒を思ひ出す。単に主題や思想のためだけなら、
葡萄酒はこれほど官能的これほど実在的である必要がないのに、「文学は言葉である」がゆゑに、又、
文学は言葉であることを証明するために、氏の文章は一盞の葡萄酒たりえてゐるのである。
三島由紀夫「ダリの葡萄酒」より
269 :
名無しさん@公演中:2010/09/17(金) 11:42:44 ID:+W3Qe90j
「友達」は、安部公房氏の傑作である。
この戯曲は、何といふ完全な布置、自然な呼吸、みごとなダイヤローグ、何といふ恐怖に充ちたユーモア、
微笑にあふれた残酷さを持つてゐることだらう。一つの主題の提示が、坂をころがる雪の玉のやうに累積して、
のつぴきならない結末へ向つてゆく姿は、古典悲劇を思はせるが、さういふ戯曲の形式上のきびしさを、
氏は何と余裕を持つて、洒々落々と、観客の鼻面を引きずり廻しながら、自ら楽しんでゐることだらう。
まことに羨望に堪へぬ作品である。
三島由紀夫「安部公房『友達』について」より
270 :
名無しさん@公演中:2010/09/17(金) 11:45:56 ID:+W3Qe90j
私は残念ながら、大阪における武智歌舞伎時代に、世評の高かつた君の「妹背の道行」の求女を見てゐない。
しかし、その後、映画で見る君の芸風、容姿から考へて、求女がいかに適(はま)り役であつたか、想像するに
難くない。目の美しい、清らかな顔に淋しさの漂ふ、さういふ貴公子を演じたら、容姿に於て、君の右に
出る者はあるまい。
君の演技に、今まで映画でしか接することのなかつた私であるが、「炎上」の君には全く感心した。
市川崑監督としても、すばらしい仕事であつたが、君の主役も、リアルな意味で、他の人のこの役は考へられぬ
ところまで行つていた。ああいふ孤独感は、なかなか出せないものだが、君はあの役に、君の人生から汲み上げた
あらゆるものを注ぎ込んだのであらう。私もあの原作に「金閣寺」の主人公に、やはり自分の人生から汲み上げた
あらゆるものを注ぎ込んだ。さういうとき、作家の仕事も、俳優の仕事も、境地において、何ら変るところがない。
三島由紀夫「雷蔵丈のこと」より
日本の近代詩人のなかで、伊東静雄氏は私のもつとも敬愛する詩人であり、客観的に見ても、一流中の一流だと思ふ。
その煮えたぎつて煮つまつた抒情の底から、一粒一粒宝石をひろひ出すやうな作業は、おそろしいほど自虐的な
苦業だつたと思はれる。作品の上には完全な悲痛の静謐だけが現はれてゐる。伊東静雄氏の詩は私の青春の師であつた。
氏は浪漫派に属してゐるやうに言はれてゐるが、その一面をゲエテ的な明朗な古典精神が支へてゐるのである。
三島由紀夫「伊東静雄全集推薦の辞」より
石川淳氏の志操の高さ、現代文学に稀に見る気品については、語る人も多からう。私は殊に氏の文体が、
あらゆる意味で反時代的なところに敬愛の念を寄せてゐる。それは精神の迅速な運動を裸かのまま跡づけて
読者の目に示すことでは、正しく散文の重要な機能を果してゐるが、同時に、その豊富な語彙と柔軟性の
かぎりを尽した姿は軽業師の鍛へられた肉体を思はせ、文体を通じて、われわれは氏の精神の目もあやな運動に
見とれるのである。それは合せ鏡のやうな文体であり、われわれは氏の精神を喜ぶとき、たちまちその運動を喜ぶ。
しかしこのやうな神速のスピードは、日本の近代文学が忘れ去つた西鶴その他の江戸文学の文体の流れを引き、
同時に氏の西欧的教養は、日本の古い装飾的要素を剥奪して、ただ古い日本語の密度と、天空をゆくが如く
スピードを復活させるのに役立つた。この全集によつて、美しい日本語とはどんなものか知るがよい。
三島由紀夫「美しい日本語――石川淳全集推薦の言葉」より
竜灯祭へお招きをうけて、灯籠流しにもいろいろの趣きがあるのを知つた。今まで私がしばしば見たのは
熱海の灯籠流しであつたがこれはふつうの施餓鬼の行事で、ひろい海面の潮のまにまに灯籠が漂ふのは、淋しい
彼岸へ心を誘はれる心地がした。柳橋の竜灯祭は神事である上に、いかにもこの土地らしい華麗なものである。
川面いちめんに灯籠が流れ出す数分間はふだんはただ眺めてゐるだけの隅田川をわれとわが手で流した灯籠で、
占領してしまつたやうな快感を与へる。地上の豪奢を以て、水中の竜神の心を慰めるといふ趣きがある。それが
いかにも「竜灯祭」といふ名にふさはしいのである。
また、それから引き潮に乗つてあれほど夥しかつた灯籠が、数分間のうちにほとんど視界を没し去るのも、
いかにもいさぎよくて、江戸前の感じがする。執念が残らないで、さはやかなのである。
三島由紀夫「竜灯祭」より
最後まで料亭の舟着場の下などにまつはりついて離れない少数の灯籠もあるが、これも執念といふものではなくて、
そのすぐ上方の座敷のさんざめき、美妓のたたずまひなどに心を残して、無邪気にそこに居据つてしまつた感じで
可愛らしい。あたかもその十いくつの灯籠だけが、そろつて首をもたげてうすく口をあけて、地上の遊楽の
美しさを讃美してゐるやうだ。
灯籠流しといふと、人はすぐ暗い仏教的イメーヂを持つが、私の発見したのは別のものだつた。このごろの
大キャバレエの遊びよりも昔の人はもつと豪奢な遊びを知つてゐた。そして消えない電気の光りよりも、
波のまにまに夜のなかへ馳け込んでゆく灯籠の光りのはうに、はるかに、遊楽に一等大切な「時間」の要素が、
いきいきとこめられてゐるのを知つた。一度花やかな頂点に達してそれが徐々に消えてゆく、そのゆるやかな
時間の経過の与へる快さは、快楽の法則に自然に則つてゐて、いづれにしても花火よりも「快楽的」であると
思はれるのだつた。
三島由紀夫「竜灯祭」より
ひところ歴史小説と現代小説といふささやかな論争が起こり、私は「作家は現代を描くべきものだ」といふ
高見順氏の説におほむね賛同したが、この論争の困難は要するに時点の設定であつて、太平洋戦争を題材に
歴史小説を書くこともできれば、その前の左翼運動弾圧の時代を題材に、高見氏のいはゆる現代小説を書くことも
できるわけである。
少なくとも自分の体験し生きてきた時期だけを現代小説の取り扱ひうる時期だと考へると、そんな現代意識は
歴史から除外されてゐるかのやうで「現代」といふ観念そのものが、経験主義と、あの悪名高い私小説理念によつて
毒されることになるであらう。そのとき作家にとつての現代とは、きはめて主観的な日々の体験の累積に
ほかならず、もつと厳密にいへば、現在のこの瞬間の、感覚的純粋体験そのものになつてしまふ。
三島由紀夫「現代史としての小説」より
しかし高見氏はもとより、一般人も「現代」といふときに、そこにはおのづから、特殊の歴史意識を含ませてゐる。
歴史がなほ生成過程にあつて、歴史的創造の余地を残し、未決定の要素を含んでゐる場合に、これをわれわれは
通常「現代」と呼ぶのであつて、昭和初期から今までを現代と呼ぶか、安保闘争から今までを現代と呼ぶかは、
呼ぶ人の史観の相違にほかならない。一つづきの歴史を、どこまでを既済の箱に投げ入れ、どこまでを未済の
箱に残しておくかは、その人の考へ方によることである。といつても、平安朝から今までを一つづきの現代と
考へることは、常識上ありえないから、これも相対的な問題である。
が、私の考へるのに、現代小説か時代小説(あるひは歴史小説)か、といふ問題提起には、もう一つ「現代史」
といふものに関する特殊な思想が働いてゐるやうに思はれる。つまり現代史といふものは本当に未決定なのであるか、
本当にその中に住む人間の歴史的創造の余地があるものなのか、実際にわれわれの自由意志によつて選択される
可能性のあるものなのかといふ問題である。
三島由紀夫「現代史としての小説」より
ここまで来ると、小説といふジャンルは、現代史を前にして、一体、自由意志の味方なのか、それとも何らかの
決定論的思想の援用なしには成立しないものなのか、そのへんはまだよくわかつてゐないのである。
たとへば、豊臣秀吉なり真田幸村なりを拉し来たつて、彼らの伝記をよく調べ、時代考証も綿密にして、
その上で、つまりがんじがらめの既定の歴史的諸条件を課した上で、彼らに小説家の自由意志を吹き込んでやれば、
ある程度まで巧みに、彼らを「自由意志の傀儡」とすることができる。かういふ場合、(少なくとも表面上は)、
小説なるものは明らかに自由意志の味方であらう。なぜなら、小説家は何らかの決定論的思想などを援用する
必要はないので、それはすでに歴史が決めてくれたことであり、宿命が選んでくれたことだからである。
三島由紀夫「現代史としての小説」より
かうして書かれた人物は、(巧みに書かれさへすれば)、いかにも活々として見え、いかにも自由に見え、
しかも見事に完結してをり、小説として成功しやすいやうに思はれる。そして小説家の思想は、要するに既定の
歴史の解釈の問題であつて、たとへ作者の人間観が浅薄であつても、歴史そのものがこれを救つてくれる。
高見氏のきらつたのはおそらくこの点であらう。
これな反して、現代小説は成功がむづかしく、アラも見えやすい。第一われわれの耳目に親しい時代は、
読者自身が、目前の現象と作中の描写とを、居ながらにして比較することができるからである。作家はもちろん
むづかしいことへ進んで赴くべきである。この点でも私は高見氏に同意である。
(中略)あれほど意志を重んじたバルザックも、「人間喜劇」の総序に、「私はキリスト教と君主政体といふ
二つの永遠の真理に照らされて書く」と宣言してゐる。
三島由紀夫「現代史としての小説」より
歴史小説や時代小説における「歴史」の代用となるものが、現代小説をともかくも芸術として成り立たしめるに
必要な「形式」として使はれてきたことは、否定しがたい事実であつた。そして現代小説に於ける形式とは、
何らかの決定論的思想の援用でなければならなかつた。あるときにはカトリシズムであり、あるときには悲観的
宿命論であり、あるときには進化論と遺伝の問題であり、最後には社会主義リアリズムであつた。これらは
すべて時代々々の、最も流行した決定論のサンプルである。そして読者や文学史家はゆめさらこれを形式とは
思はず、作品の「思想」と呼んだのであつた。
かう考へてゆくと、高見氏の投げかけた問題は意外に大きいのであつて、ひよつとすると、小説家が本当に
現代史といふものに直面したのは、今世紀の意外な事件であり、しかも小説ジャンルの衰退に歩調を合はせて
起こつた悲劇的な事件かもしれないのである。
その例証としては、プルウストとサルトルの二人を挙げるだけで十分であらう。
三島由紀夫「現代史としての小説」より
プルウストの書いた現代小説は、まさに現代といふ時点が、プティット・マドレエヌといふお菓子を舌の上に
味はふその瞬間に凝結してをり、さまざまな現代の事象の大海の上に、彼が落とした一滴のオリーブ油のやうな
その「現代」と、彼が失ひかつふたたび見出した尨大な「時」とは、とてつもない対照を示してゐる。
自由意志による未決定といふ現代史の観念を、彼は、無意志的記憶といふ観念で、みごとに手袋を裏返すやうに
裏返してみせたのであるあるが、サルトルが「自由への道」でやつたこともプルウストと等しく(現代史を
決定論で押し包んで、小説形式を救ひ出さうといふやり方と反対の)決定論によらない思想で、現代小説を
書かうとした果敢な試みであつたといつてよからう。
しかしまた皮肉なことに、かうして書かれた作品の人物たちは、自由意志の恩寵からも見放され、プルウストの
「私」は影のやうにさまよひ、サルトルの小説は自由への道半ばに中絶してしまひ、保守的な、幸福な、
大河小説の作者たちが持つてゐた作品の「形式」は崩壊し、いづれもただ小説ジャンルの形式上の衰退に、
みごとな寄与をもたらすことになつた。
三島由紀夫「現代史としての小説」より
小説にとつての現代史といふ怪物は一体どこにどんなふうにして棲息しどんな相貌をしてゐるのであらう。
一体現代史は、果たして自由意志による歴史的創造の余地を残した未決定のものであるのか、あるひは
ひよつとすると、過去のいかなる時代ともちがつた、あらゆる意志が無効であり、あらゆる歴史的創造が
不可能なものであるのか? かういふ疑問が、ますます先鋭になり、小説と現代史の関係がますます困難になつた、
ことに第二次世界大戦後の状況であつて核戦争の危機がその根本原因であることはいふまでもあるまい。
もし偶発戦争によつて、世界が滅びるなら、現代は美しい夕映えの時代であらうが、その夕映えのやうな美しい
決定論も、古典的な自由意志も、ひとしく時代おくれになつた現代では、テレビが刻々とあらはれ消える
無意味な影像によつて、人の心をとらへつづけるのもふしぎではない。
三島由紀夫「現代史としての小説」より
(中略)
未決定の現代といふ観念が、もし怪しげになるならば、小説は無限に歴史に近づいてゆくか、あるひは一個の
架空の時点を設定するほかはない。そして後者への道には、抽象小説(寓話的な小説や風刺小説を含む)と、
戯曲との、二つしか残されてゐないのである。
カフカからアンチ・ロマンにいたる今世紀の異様な小説の系列は、現代小説を無限に歴史から遠ざけようとする
自己防衛の本能を暗示するものであらうし、小説を何とか純粋な自由意志の産物にするための困難な冒険で
あつたともいへよう。
一方、ピエエル・ルイスのいはゆる「煙草と小説を知らなかつた」古代ギリシャで、歴史文学は完全に歴史家の
手にこれをゆだねて、みごとな宿命論の枠組に押しこめられた劇文学のジャンルが、独立独歩してゐたやうに、
小説が決定論的思想に背反して、形式を失つた以上、ふたたび古代伝来の戯曲といふ純粋形式へ無限に近づく
ことが、もう一つ残された道であるかもしれない。しかしそれが小説の一種の自殺的行為であることには
かはりがないのである。
三島由紀夫「現代史としての小説」より
それからもう一つ、日本人だけにゆるされた現代小説の一方法に、冒頭に述べたやうな私小説の道があつて、
いかなる天変地異が起こらうが、世界が滅びようが、現在ただ今の自分の感覚上の純粋体験だけを信じ、これを
叙述するといふ行き方は、もしそれが梶井基次郎くらゐの詩的結晶を成就すれば、立派に現代小説の活路に
なりうると思はれるが、これにはさまざまな困難な条件があつて、それは私小説が身辺雑記にとどまることなく、
小説ジャンル全体の現代の運命を負うて、無限に「詩」へ近づくことでなければならない。
三島由紀夫「現代史としての小説」より
ベラフォンテがどんなにすばらしいかは、舞台を見なければ、本当のところはわからない。ここには熱帯の
太陽があり、カリブ海の貿易風があり、ドレイたちの悲痛な歴史があり、力と陽気さと同時に繊細さと悲哀があり、
素朴な人間の魂のありのままの表示がある。そして舞台の上のベラフォンテは、まさしく太陽のやうにかがやいてゐる。
彼は褐色のアポロであつて、大ていの白人女性が彼の前に拝跪するのも、むべなるかなと思はせる。
ベラフォンテには、衰弱したところが一つもない。それでゐて、ソクソクとせまる悲しみと叙情がある。
これは、言葉は悪いが「ドレイ芸術」とでもいふべきものの神髄で、たとへば「バナナ・ボート」で、彼が
悲痛な声をふるつて「デオ、ミゼデオ」と叫び歌つて、強い声がハタと中空に途切れるとき、そのあとの間に、
われわれは、力の悲哀といふやうなものを感じ、はりつめた筋肉からとび散る汗のやうなものを感じ……これらの
激しい労働を冷然とながめおろしてゐる植民地の港の朝空のひろがりまでも完全に感じとる。
三島由紀夫「ベラフォンテ讃」より
歌はれる歌には、リフレインが多い。全編ほとんどリフレインといふやうな歌がある。これは民謡的特色だが、
同時に呪術的特色でもある。わづかなバリエーションを伴ひながら「夏はもうあらかた過ぎた」(ダーン・
レイド・アラウンド)とか「夜ごと日の沈むとき」(スザンヌ)とかいふ詩句が、彼の甘いしはがれた声で、
何度となくくりかへされると、われわれは、ベラフォンテの特色である、暗い粘つこい叙情の中へ、だんだんに
ひき入れられる。声が褐色の幅広いリボンのやうにひらめく。われわれは、もうその声のほかには、世界中に
何も聞かないのである。
西印度諸島の黒人の声には、何といふ繊細さがあるのだらう、と私は、たびたびおどろかされたものだ。
黒人の皮膚のあの冷たいキメの細かさと、この繊細さとは、何か関係があるにちがひない。そして、あんな
激しい太陽と海風にさらされては、繊細な魂は、暗い涼しい体内の深部へ逃げ隠れ、わづかに声帯のすき間から、
外界をのぞかうとするのかもしれない。
三島由紀夫「ベラフォンテ讃」より
ベラフォンテの舞台を見た人なら、だれでも首肯すると思はれるのは、その強烈な官能性である。彼もまた、
十分演出にそれを意識してゐると思はれる。けがれのない、素朴な、健康なエロティシズムの表現において、
もちろんその恵まれた外見に負ふところが多いとしても、彼ほどのボピュラー歌手は空前絶後であらう。
そしてその官能性が、詩にまで高まつてゐるのは、まさしく彼に黒人の血が流れてゐるからである。白人の男の
官能性とは散文的なものであり、いつたん昇華しなければ使ひものにならぬ。ベラフォンテの叙情は、カリブ海の
太陽の下のファロスの叙情である。しかもそれが海風に清められてゐるから、少しもきたならしくならないのである。
官能的な激しさにもかかはらず、彼の舞台が清潔なゆゑんである。私は第一部では「オール・マイ・トライアルス」の
美しい哀傷、「ク・ク・ル・ク・ク・パロマ」の逸楽、第二部では「さらばジャマイカ」の哀切な叙情、そして
有名な「バナナ・ボート」や、たのしい「ラ・バンバ」をことに愛する。
三島由紀夫「ベラフォンテ讃」より
288 :
名無しさん@公演中:2010/09/23(木) 11:32:51 ID:w7gLa13k
バレーはただバレーであればよい。雲のやうに美しく、風のやうにさはやかであればよい。人間の姿態の最上の
美しい瞬間の羅列であればよい。人間が神の姿に近づく証明であればよい。古典バレーもモダン・バレーもあるものか。
(中略)
しかし芸術として、バレーは燦然たる技術を要求する。姿態美はすでに得られた。あとは日本の各種の
古典芸能の名手に匹敵するほどの、高度の技術を獲得すれば、それでよい。ただ、バレーのハンディキャップは、
西洋の芸能の例に洩れず「老境に入つて技神に入る」といふやうなことが望めないことであり、若いうちに
電光石火、最高の美と技術に達しなければならぬといふ点で、却つて伝統と一般水準の
問題が重く肩にかかつてゐるといふ点である。
三島由紀夫「スター・ダンサーの競演によるバレエ特別公演プログラム」より
体操といふものに、私は格別の興味を持つてゐる。それは美と力との接点であり、芸術とスポーツの接点だから
である。ほかのスポーツのやうに、芸術の岸から見て完全に対岸にあるものでない。(中略)
はいつていきなり遠藤選手の床運動(徒手)を見たが、ひろいマットの上の空間に、ジョキジョキよく切れる
鋏を入れて、まつ白な切断面を次々に作つてゆくやうな美技にあきれた。私たちはふだん、自分の肉体の
まはりの空間を、どんよりと眠らせてはふつておくのと同じことだ。
あんなに直線的に、鮮やかに、空間を裁断してゆく人間の肉体、全身のどの隅々にまでも、バランスと秩序を
与へつづけ、どの瞬間にもそれを崩さずに、思ひ切つた放埒を演ずる肉体。……全く体操の美技を見ると、
人間はたしかに昔、神だつたのだらうといふ気がする。といふのは、選手が跳んだり、宙返りしたりした空間は、
全く彼の支配下にあるやうに見え、選手が演技を終つて静止したあとも、彼が全身で切り抜いてきた白い空間は、
まだピリピリと慄へて、彼に属してゐるやうに見えるからだ。
三島由紀夫「合宿の青春 『美と力』の接点――体操の練習風景」より
(中略)スポーツの奇蹟は、人間の肉体といふものが、鍛へやうによつては、どんな思ひがけないところに、
どんな思ひがけない楽園を発見するかわからないといふ点だ。常人の知らない別世界の感覚の発見……。
酒や阿片とは反対のものだが、スポーツがやめられなくなるのは、やはりそれがあるからであらう。
(中略)
さつき神のやうだつた選手は、かうして会つてみると、風貌、態度のどこにも人間離れのしたところはない。
むしろ休息時の選手の顔に浮んでゐるその平均的日本人の日常的表情と、あの神業との間をつなぐ、
「練習」といふ苛酷な見えない鎖が感じられる。それは神と人間をむりやりに結びつける神聖な鎖なのだ。
三島由紀夫「合宿の青春 『美と力』の接点――体操の練習風景」より
オリンピックの非政治主義は、政治の観念の浄化と見るほかなく、政治を人間の心から全然払拭することはできまい。
(中略)
「オリンピック東京大会、第一日目を開始いたします」
といふアナウンスのあとで、登場したこの二人の試合は、アラブ連合がしばしばスリップダウンをし、韓国が
判定で勝つたが、判定を待つあひだ、レフェリーを央にして、選手が二人直立して正面に向つてゐた姿は、
プロ・ボクシングを見馴れた目には、すがすがしく、気持がよかつた。
これで最初の日の勝敗が決まつたのであるが、韓国選手の謙虚な勝利者としての表情と共に、アラブ連合選手の
心を思つて、私はシャルル・ビルドラックの「兵卒の歌」の最後の聯を思ひ出して、一種の羨望を感じた。
「私は、むしろ私はなりたい、
戦争の第一日目に
第一に倒れた兵卒に。」(堀口大学氏訳)
三島由紀夫「競技初日の風景――ボクシングを見て」より
何といふ静かな、おそろしいサスペンス劇だらう。(中略)
もちろん選手がバーベルを高くさしあげたときの感動もさることながら、私は、いよいよバーベルにとりつく前の
選手の緊張に興味があつた。多少ともウエート・トレーニングをした人間には、この瞬間の恐怖と逡巡がわかるはずだ。
韓国のキン・ヘナム選手は必ずバーベルのぐあひをたんねんにしらべ、ポーランドのコズロスキー選手は、
手をかけてから長いこと腕の筋肉をふるはせ、日本の三宅選手は相撲の仕切りのやうに長い時間をかけて、
何度か天を仰いだ。
これはおのおのの就寝儀式のやうなものであつて、それをやらなければ安眠できない。ひとたび眠ることが
できれば、完全に眠ることができれば、眠りの中では、丸ビルを持ち上げることだつて可能だらう。精神集中の
究極の果てに、一つの自由な空白状態がポカリと顔を出すのだらう。そのとき力が、おそらく常の人間の能力を
超えるのだらう。
三島由紀夫「ジワジワしたスリル――重量あげ」より
地球を負ふアトラスの忍苦に似た、あくまで押へに押へぬいた努力のいるこのスポーツは、たしかに日本人の
一面に適してゐる。三宅選手は、リングの上ではむしろのんきに見え、豪放に見えるが、こんなに綿密な力の
計算を積み上げてゆくには、青空の下のスポーツとちがつて、研究室の中の科学者みたいな内向的な長い努力が
いつたはずだ。彼は金メダルを本当に計算づくでとつたのだと思ふ。鉄のバーベルの暗い、やりきれない、
うつたうしい圧力と戦ひながら。
(中略)
金メダルを受けた三宅選手は、実に自然なほほゑましい態度で、そのメダルを観衆の方へかかげて見せた。
彼はそのとき、あの合計397.5キロの鉄の全量に比べて、金のたよりない軽さを感じたかもしれない。
美麗のその黄金の羽根のやうな軽さを。
三島由紀夫「ジワジワしたスリル――重量あげ」より
体操でも、この飛び板飛び込みでも、落下のほんの瞬間に、人体が地球の引力に抗して見せるあの複雑な美技には、
ほとほと感嘆のほかはない。あの落下の一秒の間に、花もやうを描いてみせるその人間意志のふしぎな働きと
その自己統制力は、自然(引力)へのもつとも皮肉な反抗であり、犬が人間にじやれつくやうに人間がきびしい
自然にじやれつく最高の戯れだらう。(中略)
重量あげなどの、ジワジワと胸をしめつけるドラマチックな競技とちがつて、水泳競技は、単純なまつすぐな
人間意志の推進力を、美しくさはやかに見せるだけだから、その印象はひたすら直截で、ドラマといふより、
青いプールを縦に切るあの白いロープのやうに、一行の激しい白い叙情詩だ。(中略)
ガウンを脱ぎ捨てて黒い水着姿になつた彼女は、その強靭な、小麦色の体躯に、こまかいバネがいつぱい
はりつめてゐるやうな感じで、それはただ一人決勝に残つた日本女性の、しなやかな女竹のやうな姿絵になつた。
三島由紀夫「白い叙情詩――女子百メートル背泳」より
田中嬢が泳ぎはじめる。もうあと一分あまりの時間ですべての片がつく。彼女は長い長い練習の水路をとほつて、
ここにやつとたどりついた一艘の黒い快速船になる。水しぶきの列のなかで帰路、彼女の水しぶきは少し傾いて、
ともするとロープにふれる。……(中略)
泳ぎ終つた田中嬢は、コースに戻つて、しばらくロープにつかまつてゐたが、また一人、だれよりも遠く、
のびやかに泳ぎだした。コースの半ばまで泳いで行つた。その孤独な姿は、ある意味ですばらしくぜいたくに見えた。
全力を尽くしたのちに、一万余の観衆の目の前で、こんなにしみじみと、こんなに心ゆくまで描いてみせる
彼女の孤独。この孤独は全く彼女一人のもので、もうだれの重荷もその肩にはかかつてゐない。一億国民の
重みもかかつてゐない。
田中嬢は惜しくも四位になつたが、そのときすでに彼女はそれを知つてゐたにちがひない。
三島由紀夫「白い叙情詩――女子百メートル背泳」より
今日のハイライトである百メートルの決勝がはじまる。(中略)選手たちがスタート・ラインについた。
それから何が起つたか、私にはもうわからない。紺のシャツに漆黒な体のヘイズは、さつきたしかにスタート・
ラインにゐたが、今はもうテープを切つて彼方にゐる。10秒フラットの記録。その間にたしかに私の目の前を、
黒い炎のやうに疾走するものがあつた。しかも、その一瞬に目に焼きついた姿は、飛んでもゐず、ころがりもせず、
人間の肉体の中心から四方へさしのべた車輪の矢のやうな、その四肢を正確に動かして、正しく
「人間が走つてゐる姿」をとつてゐた。その複雑な厄介な形が、百メートルの空間を、どうしてああも、神速に
駆け抜けることができるのだらう。彼は空間の壁抜けをやつてのけたのだ。
しかし、十秒間の一瞬一瞬のそのむしろ静的な「走る男」の形ほど、金メダルの浮彫の形にふさはしいものはなかつた。
三島由紀夫「空間の壁抜け男――陸上競技」より
スタート台の上で、一コースの選手をチラと見てから、手首を振る。両手を楽に前へさしのべたフォームで、
柔らかに飛び込む。競技はこんなふうに、どんな会社よりも事務的にはじまるのだ。
水が佐々木の体を包んだ。それから先は、彼はもう重い水と時間と距離とを、一心に自分のうしろへかきのけて
ゆくしかない。
高い席からながめてゐると、八つのコースの選手たちの立てる音は、さわさわといふ笹の葉鳴りのやうな水音に
すぎない。ひるがへる腕は、みんな同じ角度で、褐色のふしぎな旗のやうに波間にひらめく。
――四百メートル。
佐々木は大分引き離された。ターンするところで、あと残つてゐる回数の札を示される。その大きなあきらかな
数字は、おそらく水にぬれた目に、水しぶきのむかうに、嘲笑的に歪んで映るのだらう。
三島由紀夫「17分間の長い旅――男子千五百メートル自由形決勝」より
出発点の水にぬれたコンクリートの上には、選手たちの椅子が散らばつてゐる。佐々木の椅子には、赤いシャツと、
足もとの白い運動靴とが、かなたに水しぶきを上げて戦つてゐる主人の帰りを、忠犬のやうにひつそりと待つてゐる。
これらの椅子のずつとうしろには、記録員たちが控へ、さらに後方に、今日はすでに用ずみの飛込用プールが、
いま水の立ちさわぐメーン・プールとは正に対照的に、どろんとしたコバルト・グリーンの水をたたへてゐる。(中略)
出発点へ選手が近づくたびに、大ぜいの記録員たちはおのがじし立ち上り、ぶらぶらと水ぎはへ近寄り、
スプリット・タイム(途中時間)を記録し、また、だるさうに席へ戻る。必死で泳いでゐる選手と記録員とは、
こんなふうにして、十五回も水ぎはで顔を合せるわけだ。そのときほど、この世の行為者と記録者の役割、
主観的な人間と客観的な人間の役割が、絶妙な対照を示しながら、相接近する瞬間もあるまい。
三島由紀夫「17分間の長い旅――男子千五百メートル自由形決勝」より
――千メートル。
オーストラリアのウィンドル、11分16秒3といふ途中時間のアナウンス。
千五十メートルのところで、あと九回といふ9の札が示される。
佐々木はひたすら泳ぐ。水に隠見する顔は赤らんでみえる。あの苦しげな、目をつぶり口をあいた顔、あの
ぬれた顔、ぬれた額の中に、どんな思念がひそんでゐるか? あんな最中にも、人間は思考をやめないのは
確実なことで「ただ夢中だつた」などといふのは、嘘だと私は思ふ。それこそ人間といふ動物の神秘なのだ。
たとへそれが、一点の、小さな炎のやうな思念であらうとも。
最後の百メートル。真鍮の鈴が鳴らされ、選手はラスト・スパートをかける。
佐々木は六位だつた。平然と上げてゐる顔を手のひらで大まかにぬぐひ、出発の時と同様、左の手首をちよつと振つた。
それが彼の長い旅からの、無表情な帰来の合図だつた。この若者はまた明日、旅の苦痛を忘れて、つぎの新しい
旅へ出るだらう。
三島由紀夫「17分間の長い旅――男子千五百メートル自由形決勝」より
体操ほどスポーツと芸術のまさに波打ちぎはにあるものがあらうか? そこではスポーツの海と芸術の陸とが、
微妙に交はり合ひ、犯し合つてゐる。満潮のときスポーツだつたものが、干潮のときは芸術となる。そして
あらゆるスポーツのうちで、形(フォーム)が形自体の価値を強めれば強めるほど芸術に近づく。どんなに
美しいフォームでも、速さのためとか高さのための、有効性の点から評価されるスポーツは、まだ単にスポーツの
域にとどまつてゐる。しかし体操では、形は形それ自体のために重要なのだ。これを裏からいへば、芸術の本質は
結局形に帰着するといふことの、体操はそのみごとな逆証明だ。
十月二十日の夜、東京体育館の記者席から、まばゆい光りの下、マット上に展開される各国選手の、人間わざとも
思へぬ美技をながめながら、私はそんな感想を抱いた。
三島由紀夫「完全性への夢――体操」より
双眼鏡で遠い鉄棒の演技をながめてゐると、手を逆に持ちかへるときに、掌にいつぱいまぶしたすべりどめの
粉がパッと散る。それは人体が描く虚空の花の花粉である。徒手体操では、人体が白い鋏のやうに大きくひらき、
空中から飛んできて、白い蝶みたいに羽根を立てて休み……ともかく、われわれの体が、さびついた
蝶番(てふつがひ)の、少ししか開かないドアならば、体操選手の体は、回転ドアのやうなものだ。そして、
極度の柔らかさから極度の緊張へ、空虚から突然の充実へ、力は自在に変転して、とどまるところを知らない。
もつともバランスと力を要する演技が、もつとも優美な静かな形で示される。そのとき、われわれは、
肉体といふよりも、人間の精神が演じる無上の形を見る。
ポオル・ヴァレリーが「魂と舞踊」の中で、肉体が「魂の普遍性を真似ようとするのだ」と書いてゐるのは、
この瞬間であらう。(中略)
三島由紀夫「完全性への夢――体操」より
小野は徒手で、遠藤はあん馬で、見のがしえぬミスをやつたが、実際、人間なら、あやまちを犯すはうがふつうで、
あやまちを犯さないのは人間ではない。それらのミスにこそ、むしろわれわれと共通した人間の日常感覚が
ひらめいてゐる。ほんのちよつとよろめくこと、ちよつと姿勢が傾くこと、ほんのちよつと足があん馬に
さはること、ほんのちよつと演技の流れが停滞すること……これこそわれわれが「人間性」と呼んでゐるところの
もので、半神であることを要求される体操競技では、人間性を示したら、たちまち減点されるのである。
この世に、ほんの数秒の間であらうと、真のあやまりのない秩序を実現するのはたいへんなことだ。体操選手たちは、
その秩序を、少なくとも政治や経済よりはるかに純度の高い形で、人間世界へもたらすために努力する。
三島由紀夫「完全性への夢――体操」より
遠藤選手のあん馬のあとで、十数分のものいひがついたあと、五月人形のやうな無邪気な顔と体をした三栗選手が
登場して、おちついた、正しい演技を示して九・六五をとつたのには感服した。
小野選手の右肩の負傷にめげぬ敢闘にも心を搏たれ、同じ三十代の私は、年齢と肉体のハンディキャップを
越えたその闘志に拍手を送つた。練習時間のあひだから、鉄棒は彼の肩を冷酷に責めてゐた。そのとき肩は、
彼の目ざす秩序の敵になり、敵軍に身を売つたスパイのやうに彼を内部から苦しめてゐた。
優勝者遠藤さへ、退場の際、心なしか暗い目をしてゐたのを考へると、体操選手を悩ます「完全性」の悪夢が、
どれほどすさまじいものであるかがうかがはれる。
三島由紀夫「完全性への夢――体操」より
選手たちの登場。宮本がそのすらりとしたからだと、栗鼠を思はせるかはいらしい顔で、機械人形のやうに
おじぎをする。
東側の選手家族席では、宮本のおとうさんがなくなつたおかあさんの大きな写真を膝に抱いて観戦してゐる。
練習がはじまる。お祭りの風船のやうに、たくさんのボールが空に浮ぶ。七時三十分。琴の音楽がはじまり、
いよいよ日本のアマゾンたちと、ソ連のアマゾンたちとの熱戦が開始される。
バレーボールの緊張は、ボールが激しくやりとりされるときのスリルにあることはいふまでもないが、高く
投げ上げられたボールが、空中にとどこほつてゐる時間もずいぶん長く感じられる。そのボールがゆつくりと
おりてくる間のなんともいへない間のびのした時間が、実はまたこの競技のサスペンスの強い要素なのだ。
ボールはそのとき、すべての束縛をのがれて、のんびりとした「運命の休止」をたのしんでゐるやうに見えるのである。
三島由紀夫「彼女も泣いた、私も泣いた――女子バレー」より
第一セットでやや堅くなつてゐた日本は、第二セットでははるかにソ連を引き離し、余裕のあるゲームを見せたが、
なかんづく目につくのは河西選手の冷静な姿である。
彼女が前衛に立つとき、水鳥の群れのなかで一等背の高い水鳥の指揮者のやうに、敵陣によく目をきかせ、
アップに結ひ上げた髪の乱れも見せず、冷静に敵の穴をねらつてゐる。ボールは必ず一応彼女の手に納まつたうへで、
軽くパスされて、ネットの端から、敵の盲点をつくやうに使はれる。
河西はすばらしいホステスで、多ぜいの客のどのグラスが空になつてゐるか、どの客がまだサラに首をつつこんで
ゐるかを、一瞬一瞬見分けて、配下の給仕たちに、ぬかりのないサービスを命ずるのである。ソ連はこんな
手痛い、よく行き届いた饗応にヘトヘトになつたのだつた。(中略)
――日本が勝ち、選手たちが抱き合つて泣いてゐるのを見たとき、私の胸にもこみ上げるものがあつたが、
これは生れてはじめて、私がスポーツを見て流した涙である。
三島由紀夫「彼女も泣いた、私も泣いた――女子バレー」より
306 :
名無しさん@公演中:2010/09/29(水) 17:25:37 ID:IntQkf7T
僕は空を飛ぶのに、思想と肉体と両方で飛びたかつたんだ。
足さへ折らなけりや、今ごろは派手な海軍将校さ。……自爆さ……ドドーン、キュウ……
特攻精神の権化になつてるよ、今ごろは。特攻隊といふもの、あれがわれわれの唯一の
青春なんだからな。……今の時代でいちばんアルトハイデルベルヒ的な青春は特攻隊にしか
ないんだからな。……これはまあ、俺も承認する事実だよ。時代の宿命みたいなものだもの。
どうして飛行機を作るより、飛行機に乗りたいとばかり思ふんだらう。弾丸の中をくぐる生活、
それしか安全な生活はないやうな気が僕はするんだ。かうしてただ何かを待つてゐるほど、
危険なことはないやうな気がするんだ。
動いてゐない人間の顔つて、何て醜いんだらう。動いてゐない水のおもてとおんなじなんだ。
頑固で、貧しくて、固くて。
人間、憎しみといふ感情を忘れてゐるときほど、素直になれることはない。
三島由紀夫「魔神礼拝」より
307 :
名無しさん@公演中:2010/09/29(水) 17:25:54 ID:IntQkf7T
共産主義は資本主義経済内部の一現象にすぎん。資本主義に出来たおできみたいなものだな。
いづれは凹まなければならんものだ。あれは「理想」といふものぢやない。
君にはわからない。おほぜいの盲人の中で、自分一人目がさめてゐると感じることが
どんな苦しみだか。気違ひの中で自分一人が正気だと感じ、大ぜいの馬鹿の中で自分一人が
利巧だと感じること、こいつは決して永保ちのする感じ方ぢやない。もし永保ちすれば、
それは偽物だね。
理想に殉ずるといふことは美しいことだ。
人間が作つたものは、大きければ大きいほど、広ければ広いほど、高ければ高いほど、
不安定になつてしまふ。
がむしやらにうどんを呑み込むやうに時間といふ奴をつるつる呑み込んで、いつか
そのうちに顎の下に山羊みたいなまつ白な毛が生えてくるのを待てばいいのさ。
人生といふ奴は毛生え薬だ、同時に脱毛剤さ。
三島由紀夫「魔神礼拝」より
308 :
名無しさん@公演中:2010/09/29(水) 17:26:24 ID:IntQkf7T
雪の中に、処女(をとめ)の肌のやうな花々が咲いてゐる。その雪の花は百合といふのだ。
百合は聖なる処女を意味する。更に、嬰子のやうな純潔な心を意味する。汝らはそれに
接吻するであらう。その夜、聖なる命が世に放たれるのだ。
いとしい娘よ。そなたは未だ持つてゐるだらう。わしのやつた五つの宝石函を。
その一つは、海のなかゝら、人魚たちが捧げ持つて来る真珠で満たされてゐる。
それらは、女たちの心をうつし取るたからだ。それらは牛乳の風呂で浴(ゆあ)みする
女の肌に似てゐる。牛乳の風呂で浴みする若い女の乳房のやうだ。真珠を月に向つて
透かして見るがよい。そなたの希ふ女の像や心が、その表面に映るであらう。それは殆ど、
三百を数へることだらう。そなたのまるい、すべすべした肩は、真珠が大変よくうつるだらう。
真珠は、なべての悲しみや、希ひをやぶられた女の秘かな歯噛みや、清純な諦めなどを
現はしてゐる。だから、真珠の曇りは清い曇りなのだ。
三島由紀夫「路程」より
309 :
名無しさん@公演中:2010/09/29(水) 17:26:41 ID:IntQkf7T
僕たちにおそろしい妄想を見せるのは臆病といふ病気ですよ。僕たちを縛つてゐるのは
僕たち自身ぢやありませんか。みんな仮の名に、仮の姿におびえてゐるんです。
幸福な思ひ出は不幸な思ひ出よりも人を臆病にさせるものなのよ。
三島由紀夫「灯台」より
太七:船軍で攻められては
源五:たちまち雑魚の佃煮で
弥三:茶漬にして喰はるるまで
岩次:胃の腑の地獄の三丁目
玉市:鱗で涙が
一同:拭かれうか。
人は最期の一念によつて生(しやう)を引く。ふたたび波の越えざる隙に、とくとく
追ひつき奉らん。
三島由紀夫「椿説弓張月」より
この本は私の年来愛読してゐる本で、面白い個所は何度もくりかへし読んだが、特に右の(寅吉がわが身の
宿命について言ふ)一節は山人天狗をそのまま「芸術家」と置き換へて読むほどに興趣を増すのである。
わけても「山人天狗などは自由自在があるといふばかり」といふ一行は美しい。ここに語られた天狗道の無償性は、
なぜ天狗が存在するか、なぜ存在しなければならぬか、といふ根本義に触れてゐる。天狗は人間とちがつて
空を自由に飛行(ひぎやう)することができる。こちらの峰からあちらの峰へ、月下に千里を飛ぶこともできる。
しかもこの超自然的能力は、それ自体が幸福でなければならず、彼には何か、世間普通の幸福を味はふ能力が
欠けてゐるのである。
これを裏から言へば、「自由自在」は羨むべき能力かも知れないが、本来市民的幸福には属さない。それは
生活を快適にする能力ではなく、日常生活にとつては邪魔になるもので、むしろそれがあるために日常生活は
円滑を欠くであらう。
三島由紀夫「天狗道」より
自由自在は詩的概念であつて、市民的自由とは別物である。精神がそのやうな無償の自由を味はふといふことは、
辛うじて芸術にだけ許されてゐることで、一般社会では禁止されてゐる。
しかもこの魔的に自由な精神も、たえず「人間の幸福」を羨んでゐるのである。
天狗がこんなに自在であるにかかはらず、人間の生活に本当に感情移入ができず、「その道に入りて見」ることが
できないのは、ふしぎと言はねばならない。
相手方への完全な感情移入の不可能といふ点では、天狗も人間も同等同質なのであり、そこに相互の羨望が生れる。
私にとつては、天狗におけるこの「人間的」限界が甚だ興味がある。天狗はこの点では、「饗宴」篇中で
ディオティマの語るエロスに似てゐるのかもしれない。
天狗の自在な飛行は、もちろん天狗道の使命に従つて行はれるが、人間の目からはこの使命は見えず、従つて
飛行自体が戯れと見える。
三島由紀夫「天狗道」より
寅吉はなほ人間時代の記憶を留めてゐるから、その戯れを人間的倫理で以て考察しようとするが、「善事か
悪事か」さつぱり分からないのである。
人間は楽でいい、と言つて羨んでみせるときの天狗には、もちろん多大のエリート意識があるが、その
エリート意識を支へるものは、自在の飛行それ自体でなくて、日々種々の苦しい行である。これがなくては、
天狗はたちまち墜落して天狗でなくなる。
かくて天狗は、どうしても存在するために、日夜存在の努力を払ふ必要があり、このやうな存在学的努力は、
人間には本来不要なものである。
天狗にとつて人間は明らかに存在してゐるからであり、天狗のはうが分が悪いのは、或る人間たちにとつては
天狗は存在してゐる必要がないからである。
三島由紀夫「天狗道」より
ここにいたつて、天狗の存在の問題は、そのまま天狗の倫理になる。天狗にとつて、天狗はどうしても存在
しなければならない。それでなければ、天狗はマイノングのいはゆる存在外(アウセルザイン)にとどまるであらう。
そして天狗を存在せしめるものこそ、「日々種々」の苦しい行であり、その発現としての自在な飛行の戯れである。
後段の天狗たることの宿命について語られた一節では、その「我師」といふ一句に、川端康成氏の名を
当てはめたい誘惑にかられるが、それでは私も天狗の端くれを自ら名乗ることになつて、不遜のそしりを免れまい。
むしろ、目を泰西文学に放つて、たとへば「トニオ・クレエゲル」の美しく踊るハンスとインゲボルクの姿を、
暗いヴェランダから硝子ごしにじつと見つめてゐる奇怪なトニオの鼻――それは又作者トオマス・マンの鼻――
が、しらぬ間に長々と伸びて来て、他ならぬ天狗の鼻に変貌してゐたりするところを、想像してゐたはうが
無事かもしれない。
三島由紀夫「天狗道」より
刑事訴訟法は手続法であつて、刑事訴訟の手続を、ひどく論理的に厳密に組み立てたものである。それは何の
手続かといふと「証拠追究の手続」である。裁判が確定するまでは、被告はまだ犯人ではなく、容疑者にとどまる。
その容疑をとことんまで追ひつめ、しかも公平に審理して、のつぴきならぬ証拠を追究して、つひに犯人に
仕立てあげるわけである。
小説の場合は、この「証拠」を「主題」に置きかへれば、あとは全く同じだと私は考へた。小説の主題といふのは、
書き出す前も、書いてゐる間も、実は作者にはよくわかつてゐない。主題は意図とは別であつて、意図ならば、
書き出す前にも、作者は得々としやべることができる。そして意図どほりにならなくても傑作ができることがあり、
意図どほりになつても意図だふれの失敗作になることがある。
三島由紀夫「私の小説作法」より
主題はちがふ。主題はまづ仮定(容疑)から出発し、その正否は全く明らかでない。そしてこれを論理的に追ひつめ、
追ひつめしてゆけば、最後に、主題がポカリと現前するのである。そこで作品といふものは完全に完結し、
ちやんとした主題をそなへた完成品として存在するにいたる。つまり犯人が出来上がるのである。
(中略)
手続法は審理がわき道へそれて時間を食ふことを戒めてをり、いつもまつすぐにレールの上を走るやうに
規制されてゐる。私の考へる小説もさうであつて、したがつて私の小説には、およそわき道へそれた面白さ
といふやうなものがない。しかし、それは作家の性格であつて、一概に小説とはむだ話の面白味だなどと
いふのは俗論である。
三島由紀夫「私の小説作法」より
法律構成は建築に似たところがある。音楽に似たところがある。戯曲に似たところがある。だから、小説の
方法論としては、構成的に厳格すぎるのであるが、私は軟体動物のやうな日本の小説がきらひなあまりに、
むしろかういふリゴリスム(厳格主義)を固執するやうになつた。私には形といふものがはつきり見えて
ゐなければつまらない。
したがつて私の小説は、訴訟や音楽と同じで、必ず暗示を含んでごくゆるやかにはじまり、はじめはモタモタして、
何をやつてゐるのかわからないやうにしておいて、徐々にクレシェンドになつて、最後のクライマックスへ
向かつてすべてを盛り上げる、といふ定石をふんでゐる。私にとつては、これがすべての芸術の基本型だと
思はれるので、この形をくづすことはイヤである。
かういふ私の性格は、残念なことに、毎回が短い連載形式には全く合はない。さういふ形式では最初の数回が
勝負であるのに、私は最初の数回で切札を見せるのがきらひだからである。
三島由紀夫「私の小説作法」より
317 :
名無しさん@公演中:2010/10/04(月) 16:09:21 ID:MRMXpzMV
凍てたる轍は危なやなう。
蹄は裂けて痛やなう。
もうおお、鼻輪は血ゆゑに濡れたわなう。
もうおお、なう、もうおお、なう。
三島由紀夫「室町反魂香」より
猿源氏:…輿の内なる上臈を、一目見しより恋となり、あけくれ思ひ煩ひて、心もそぞろの
呼び声が、かくの始末にござりまする。
海老名:ウム、そんなら恋の病ゆゑ。
猿源氏:ハイ面目次第もござりませぬ。
海老名:これはまたおやぢにも似ぬ不甲斐のないせがれぢや。折ふし教へおきたるとほり、
恋の手引は、ナウ、それ敷島の道ぢや。物の本にも、「目に見えぬ鬼神をもあはれと思はせ、
男女(をとこをうな)の仲をも和らげ」とある。老いたりといへどもこの海老名、
せがれが恋歌の仲立は、胸三寸にあるわいやい。
猿源氏:チエエ忝(かたじけな)い、おやぢどの。なあみだぶつ。なあみだぶつ。
したが相手は雲の上人、こなたは卑しき鰯売、叶はぬ恋となりにけるかな。
三島由紀夫「鰯売恋曳網」より
318 :
名無しさん@公演中:2010/10/05(火) 14:49:31 ID:iBPZ+4FT
あたしも暴力はきらひだわ、でも女はか弱いものなのよ。か弱いものが暴力をもつのは
合理的なことだわ。象はおとなしいけど、蜂はすぐ刺すでしよ。
三島由紀夫「溶けた天女」より
残酷だつて思ふのは人間だけだよ。小鳥だつて、花だつて、樹だつて、もつと残酷な世界に
しづかに生きてゐるんだ。ごらん、むかうの松林、樹といふ樹が、海風にさらされて、
ものも云はずに、しづかに立つてゐる。あの樹があんなに静かな様子をしてゐるのは、
人間よりももつと残酷な心を隠し持つてゐるからかもしれないんだ。それといふのも、
心なんかを想像してみるからなんだよ。心が在ると思ふからだよ。心がなければ、
残酷さなんて生れないんだ。
三島由紀夫「三原色」より
319 :
名無しさん@公演中:2010/10/05(火) 14:50:57 ID:iBPZ+4FT
朝は、朝はなあ、自炊の朝飯を喰つて、軽い体操をして、晴れた日には、灯台の前の
空地の旗竿に、WAYの旗をあげる。W……A……Y。『汝の愉快なる航海を祈る』か。
朝風に旗がひらひらする。一寸した幸福。旗つてやつは、風がはらむと、幸福らしくなる。
しかし弔旗つてやつもあつたな。まあ、どつちでもいいや。幸福でも不幸でも、
旗つてやつは、感情に訴へるよ。心なんてあんなものだ。風をはらめば、ひらひら、ひらひら。
風がなければ死んでしまふ。内容は風だけなんだ。それだけなんだ。
三島由紀夫「船の挨拶」より
死といふやつは、当り籖(くじ)のやうに身をひそめてゐるんです。
三島由紀夫「大障碍」より
320 :
名無しさん@公演中:2010/10/13(水) 13:31:10 ID:ytq0Hzn8
私は歌舞伎といふものは、もちろん台本も大切、心理描写も大切だけれども、一瞬間で人を酔はせることが
できなければ、歌舞伎ではないんだ、といふことがだんだん分るやうになつたんです。(中略)
お客が喜ぶのは、二人の人間が何か一所懸命ぶつかり合つてゐる、しかもただ言葉でぶつかり合つてゐるのでは
なくつて型でぶつかり合つてゐる、性格でぶつかり合つてゐるのではなくて、型でぶつかつてゐる、そこにみな
感動するんです。
そしてその型が一つ一つ見事に磨きぬかれてゐる、たとへば喧嘩でも見悪(みにく)い喧嘩ぢやない、
コノヤロウといふ喧嘩なら、どこでも見せられる。腕の振りあげ方一つ、殴り方一つにもちやんと型がある。
さういふふうに感覚的な魅惑といふものに訴へることなしには、どんなことも歌舞伎は我々に伝へてこない。
もし感覚的魅惑を抜きにして、歌舞伎を分れといつても無理だし、そしてその狭い感覚的な魅惑の道を通つて
歌舞伎といふものが、にゆつと飛び出してくるんです。
三島由紀夫「悪の華――歌舞伎」より
321 :
名無しさん@公演中:2010/10/13(水) 13:31:36 ID:ytq0Hzn8
(中略)私は歌舞伎といふものは、いつでも昔が良かつたもんだ、と思ふんです。あらゆる時代で、昔の方が
良かつたから、歌舞伎といふこの変な生命が続いてゐるんです。
これをよく考へていただかないとね、歌舞伎は、だんだん進歩していくんだ、昔はこんなに原始的であつたのが、
良くなつていくんだと思ふと、大間違ひなんです。今が一番悪い、私で終りだといふ気持がないと、歌舞伎の
これからを支へて行くことはできない。
またうまいことに、歌舞伎といふものは、昔から滅亡論があつた。明治のころから歌舞伎滅亡論といふのが
何度あつたか分らないほどあつたんです。滅びる、滅びるといはれながら、こんな大きな劇場が建つちやつた。
これで歌舞伎が滅びないかといふと、まだいつでも滅びるんです。滅びる用意をしてゐる。
歌舞伎を滅ぼすやうな要因は、いつの時代にも、たくさんありました。あなた方は若いのに、これから歌舞伎を
始めるといふのは、滅びるものに忠誠を誓ふことになるんです。
三島由紀夫「悪の華――歌舞伎」より
322 :
名無しさん@公演中:2010/10/13(水) 13:31:53 ID:ytq0Hzn8
あなた方の前には、もつと新しいものが、いくらでもる。たとえばコンピュータの仕事をしてもよろしい。
…今や日本ではますます新しい仕事は要求されてゐるんです。
滅びるに決つてゐるやうなものに自分が入つて行くといふのは、よほどの覚悟がなければできない。昔は良かつたが、
今は駄目だ、と絶えず言はれる。
ところがその昔は良かつたものに、いつか自分が近付いていつて、その中に溶け込むときが来る、そこが人間の
不思議なところで、歌舞伎は昔に書かれたものですから、もし昔の理想に自分がスーッと溶け込むことができ、
昔の俳優の持つてゐた魂が、自分の中にフゥァーと宿ることがあると、その時がどんな時代であらうと、
歌舞伎といふものは、また蘇つてくるんです。
三島由紀夫「悪の華――歌舞伎」より
323 :
名無しさん@公演中:2010/10/13(水) 13:32:08 ID:ytq0Hzn8
(中略)私はあくまで歌舞伎を愛する、だけど私は観客として、あるひは演出家として、その出て来た華だけを
愛してゐたい。華の向う側に、どす黒いものがあるのは分つてゐるけれども、そのどす黒いものは、そのまま
大切な肥料としてそつとしておきたい、といふ気持が非常に強いんです。
もちろん私は歌舞伎の改良といふことを全然否定するわけではありませんけれども、歌舞伎といふものは、
悪に繋がつてゐるといふことを信じますから、ああ、いくらでもいくらでも綺麗にしてごらん、綺麗にしたら
何が失くなるか、よく考へてごらんといふより他にないんです。
あなた方、この歌舞伎の世界に入つて来たのには、よほどの覚悟がなくてはならんと思ふのは、その悪といふものを
是認するといふこと、そして不合理を是認するといふことです。不合理を自分の中に取り込まなければ、
歌舞伎といふ芝居を演る意味がない。(中略)
一番悪いものと、一番良いものとが結びついてゐるのが、歌舞伎の不思議なんです。それを切つたらば、生命が
なくなる。
三島由紀夫「悪の華――歌舞伎」より
324 :
名無しさん@公演中:2010/10/15(金) 11:20:26 ID:/B9TIL4M
若いやつの死だけが、豪勢で、贅沢なのさ。だつてのこりの一生を一どきに使つちやふんだ
ものな。若いやつの死だけが美しいのさ。それはまあ一種の芸術だな。もつとも自然に
反してゐて、しかも自然の一つの状態なんだから。
デカダンばつかりですからね。それにみんな半病人ですから、自分の個体の存続にばかり
気をとられて、国の永遠の生命といふものを見失つてますからな。
喜んで国のために死ぬといふことと、真理探究とは、両立すると俺は思つてゐる。
人間つて、自分が思ひ込んだとほりのものになるものでねえ。ジャン・コクトオが面白い
ことを言つてゐる。「ヴィクトル・ユウゴオは、自らヴィクトル・ユウゴオだと信じた
狂人だつた」と。諸君はひよつとすると、自ら無気力だと信じてゐる狂人なんぢや
ありませんかね。
日本が敗けたことが何ともないのか。だから俺はインテリがきらひなんだ。きんたまの
ない男をインテリといふんだよ。きんたまがあつたら、祖国が野蛮人の前に膝を屈するのを
黙つて見てゐられるか。
三島由紀夫「若人よ蘇れ」より
325 :
名無しさん@公演中:2010/10/15(金) 11:20:51 ID:/B9TIL4M
占領とは何だ。占領とはつまり、自分の国の幻滅のありたけをその国へ持ち込んで、
そこで幻滅のない国を夢みることだよ。
しばらく物を云はないで。……その窓にあなたのきれいな横顔がある。実に贅沢で、
豪華な横顔ですよ。あれだけの戦争を、いつときのシャワーみたいにくゞり抜けてきて、
日本の古い歴史の高価で淫蕩な血を伝へて本当の東洋の貴婦人らしいあなたの横顔がある。
伊津子:あなたは小さなかはいゝ箱庭を手にお入れになつたのね。でもさうやつて、
人を命令して従はすのつて、すてきでせうね。人をだましたり、人と相談したりして、
結局自分の思ふところへ引張つてゆくといふのは……何だか卑怯みたいね。
エヴァンス:それが民主々義といふもんです。
神様を信じてゐて悪いことをするはうが、信じてゐないでするよりもすてきぢやなくて。
三島由紀夫「女は占領されない」より
326 :
名無しさん@公演中:2010/10/15(金) 11:21:11 ID:/B9TIL4M
私、占領された日本の男の人たちから、「占領された」つていふ悲しい顔をとつてあげたいの。
哀れな、卑屈な、不如意な男の人たちの顔を、みんな私の顔みたいに、明るくて、呑気で、
のびのびした顔にしてあげたいの。だつて女といふものは、やすやす占領なんかされて
ゐないんですもの。
日本といふ国は、占領軍がゐたつてゐなくたつて、蜘蛛の巣におつこちた蝶みたいに、
何一つ思ひ切つたことはできないやうになつてるんだ。
僕のたくさんの上官も、その上に威張り返つてゐるマッカーサーも、いや、最高政策を
刻々ワシントンから指令して来るあのオールマイティの連合国委員会も、何一つ、誰一人、
絶対の意志と絶対の権力を持つてゐるやつはゐないんだ。すべては世界の潮流のまゝに
流されてゐる木切なんだ。大きい木切も、小さい木切も。……ごらん。夜の海のまつくらな面が、
ふくらんだり退いたりしてゐる。潮の流れが沖のとほくのはうからすべてを支配してゐる。
それに従つて木切は動く。そして自分で動いたと思つてゐる。……僕も木切にすぎない。
さうして君も……。
三島由紀夫「女は占領されない」
327 :
名無しさん@公演中:2010/10/15(金) 11:21:31 ID:/B9TIL4M
エヴァンス:僕は一生わすれないだらう。
伊津子:私のことは忘れてもいいわ。たのしさだけはおぼえてゐてね。
エヴァンス:何もかも、僕は一生わすれないだらう。年をとると、何もかもがたのしい
夢のやうに思へてくるだらう。占領政策だの、焼趾だの、革新党内閣だのはみんな
忘れられて、広重の描いたやうな小さな可愛らしい日本だけが残るだらう。それだけが
僕の一生の夢、小さな幸福の思ひ出になるだらう。
伊津子:そのときなら私も安心して、絵の中の女になるでせう。白髪のおばあさんに
なつたときの私なら、喜んで今の私を、絵の中の女だと思ふでせう。
三島由紀夫「女は占領されない」より
不満といふものはね、お嬢さん、この世の掟を引つくりかへし、自分の幸福を
めちやめちやにしてしまふ毒薬ですよ。
自然と戦つて、勝つことなんかできやしないのだ。
三島由紀夫「道成寺」より
328 :
名無しさん@公演中:2010/10/15(金) 11:24:47 ID:/B9TIL4M
どうして作者が主人公を救つたりする必要があるんです、そのためにたとへ地獄へ落ちようと。
安物の小説家は、安手な救済を用意します。あれは安い麻薬です。小説の中に
「生きるための手引」なんぞを上手に織り込みます。あれは売薬の広告です。……もちろん
小説を書くといふこと、実在のまねをして人をたぶらかすこと、それは罪だと私は知つてゐます。
だからせめて私は、救済のまねごとまでは遠慮したんです。
私がまねようとした実在、その結果世間の人がみんな信じるやうになつた実在、あの
五十四人の女に愛された光といふ人間は、はじめからそこらにある実在とはちがつて
ゐたんです。どうちがつてゐたか? どうしてそれが特別の実在だつたか? それは
月のやうな実在で、いつも太陽の救済の光りに照らされて輝いてゐた。だから女たちは
その輝やきに魅せられて彼を愛した。彼に愛されれば、自分も救はれるやうな気がしたからです。
三島由紀夫「源氏供養」より
329 :
名無しさん@公演中:2010/10/15(金) 11:25:03 ID:/B9TIL4M
いいですか。私のしたことはといへば、この救済の光りだけを存分に利用しておいて、
救済は否定したといふことなの。これが天の妬みを買つたんです。そんじよそこらの実在と
安手な救済との継ぎはぎ細工なら、天は笑つて恕すでせうに、私の場合は恕せませんでした。
何故つて光のやうな人間こそ、天が一等創りたい存在だからです。救済の輝やきだけを
身に浴びて、救済を拒否するやうな人間こそ。……わかりますか。天はそれを創りたくても
創れない。何故なら光の美しさの原因である救済を天は否定することができないからです。
それができるのは芸術家だけなんですよ。芸術家は救済の泉に手をさし入れても、
上澄みの美だけを掬ひ取ることができる。それが天を怒らせるのよ。
三島由紀夫「源氏供養」より
330 :
名無しさん@公演中:2010/10/22(金) 00:10:05 ID:XPUILCCX
森:…やつぱりこんなに月の明るい静かな秋の夜だつた。兵隊たちは忍び足で、まつ白な
月かげに剣附鉄砲を光らせて、浜づたひにやつて来たのだ。クウ・デタ。失敗したにしろ、
栄光にみちた言葉だ。とにかく十・一三事件はすばらしい事件だつた。わしはその二年前、
大蔵大臣に任ぜられて、時の内閣に列なつたときよりも、十・一三事件に狙はれたときのはうが、
もつと高い栄光の絶頂に立つてゐたのだ。
豊子:いつもそれを仰言るのね。そのときは慄へていらしたくせに。
森:わしが怖がつたの怖がらなかつたのといふことは問題ぢやない。狙はれたといふことだけが
重要なんだ。暗殺者に、それも一個中隊の叛乱軍に狙はれる。これこそ政治家の光栄の
絶頂だ。よくも狙つてくれたものだ。あの若い兵隊たちの鼻の上には、いつも憎いわしの
銅像が、国賊の銅像、資本家どもの守り神の銅像が、のしかかつて笑つてゐたのだ。
あの一人一人の兵隊の鼻の上に、昼となく、夜となく……。あとでそれを思ふと、わしは
喜びでぞくぞくしたもんだ。
三島由紀夫「十日の菊」より
331 :
名無しさん@公演中:2010/10/22(金) 00:10:26 ID:XPUILCCX
あのころ上層部の生活のちよつとした動きまでが、下級将校の耳にピリリと伝はつた。
同じ血潮の夢をゑがきながら、あんなにまで老人と若者がお互ひに近づいたことはなかつた。
あいつらは知つてゐた、百梃の機関銃の前には内閣も大銀行もフェルトの帽子のやうに
脆いことを。あいつらは一寸それを頭にのつけて洒落てみたいと思つたのだ。実に
若者らしい夢だつた。そのためには老衰した水つぽい血がほんのすこし流れればよかつたのだ。
……それでもお父さんは殺されはしなかつたぞ! 若者たちの夢を裏切つてやることが、
大人たちのつとめだからだ。いや、そんなに固苦しくいふことはない。わしはやつらの夢を
愛してゐたから、するりと身をよけて遠くのはうから、やつらの夢を嘲笑つてやることも、
同じやうに愛してゐたわけだ。……わかるかね、豊子。……十六年前の今夜、白刃と
ピストルと機関銃とに取り巻かれてゐた輝やかしいわしが、今夜はかうして、不恰好な
トゲだらけのサボテンに囲まれてゐる。……いいかね。これが人生といふものだ。
三島由紀夫「十日の菊」より
332 :
名無しさん@公演中:2010/10/22(金) 00:11:08 ID:XPUILCCX
怨みは時が積れば忘れもしようが、一旦人に施した恩は忘れようとしたつて忘れられる
ものぢやない。
稲妻のやうにあの事件が、青い光りをここの御家族へ投げ入れます。……あの晩、はつきり
申し上げますわ、私は旦那様の妻でした。誰も否定できませんわね、旦那様。あの晩私は、
この身一つであなたに歓びを与へ、この身一つであなたのお命を助けようとしてゐる
完全無欠な妻でした。
歴史といふ奴はごみための封印さ。たつた一行書き直しても、封印が破けてしまふ。
そしてそこから数しれない怪物が、翼をひろげて飛び出すのだ。
酔つぱらひの介抱役がいつも介抱するめぐり合はせになるやうに、一度人助けをしたら
どこまでも人を助ける羽目になるものかしら? 私はゆうべ今さらながら、しみじみと
感じたの。助けた人間と、助けられた人間とは、決してわかり合ふことなんかない。
それは王様と乞食みたいに、別々の世界にとぢこめられた人間なんだつて。
三島由紀夫「十日の菊」より
333 :
名無しさん@公演中:2010/10/22(金) 00:11:27 ID:XPUILCCX
重高:菊さん、死んだやつはみんな仕合せだ思はないかね。こんな澄んだ秋の朝空には、
死んだ奴らの霊が喜々として戯れてゐる。空は奴らの霊でひしめいてゐる。満員の
高架鉄道みたいに。しかし肩をすり合はせ、肱をすり合はせてゐても、奴らは厭ぢやない。
個体といふものがなくなつて、透明な全体の中に溶け合つてゐるからだ。……われわれのやうに、
生きてゐるといふことは、つまり何ものかに嘲られてゐるといふことだ。その大きな
嘲笑ひの前には、われわれはちつぽけな虱(しらみ)だよ。
菊:さういふ考へ方もございませうね。しかし生れついての虱だつたら、そんな風に
考へることはございますまい。
豊子:あ、男がコートを草に敷いて、女と並んで座つたわ。女の肩に手をかけた。……
女の肩にはどうしても男の固い重い掌が要るんだわね。恋が女の制服なら、男の重い掌は
そのいかつい肩章なのね。あの掌から女の体に伝はつて来るもの、あれは濃い葡萄酒を
血のなかへ注ぎ込むやうなものだわね。
垣見:さあ、どうでございませうか。ずいぶん感じの鈍い女も沢山をります。
三島由紀夫「十日の菊」より
334 :
名無しさん@公演中:2010/10/22(金) 00:12:05 ID:XPUILCCX
豊子:…時折風に乗つて、あの若い動物たちの麝香の匂ひがここまで伝はる。若いの。
どれもこれもみな若い。あの若さが潮風みたいに、当つてゐるときは気がつかなくても、
あとでひりひりするいやな痛みをこちらの肌に残すの。若いといふことがどうしてそんなに
偉いんでせう。
垣見:第一腰が痛みません。関節が痛みません。それだけでも大したことでございます。
豊子:若いといふことは非難や中傷とおんなじで、人を陥れる働らきをするんだわ。
若さといふものは陰謀なんだわ。悪辣な陰謀なんだわ。さうでなければ、「私たちは若い」
と語つてゐる男や女の目が、あんなにお互ひに素速い親密な目くばせをすることなんか
できない筈だわ。
垣見:陰謀なんて、そりやあ御思ひすごしでございませうな。強ひて云へば、同盟といふ
やうなものかもしれません。いづれにしましても、あんまりお金には縁のない同盟なんでして。
三島由紀夫「十日の菊」より
335 :
名無しさん@公演中:2010/10/22(金) 00:15:03 ID:XPUILCCX
菊:醜い裏切りが美しい犠牲に、化けられるとでも仰言るんですか。助けられた人が
助ける人に成り変れるとでもお思ひなんですか。いいえ、決してそんなことが……
重高:今度は俺が君の確信をこはす番だ。一生のうちにたつた一瞬かもしれないが、
人間はその役割を交換することができるんだ。それができなかつたら、人生に一体何の
値打がある。その一瞬が今朝来たんだ。
重高:…今しがたわかつたんだ。津波はあの海から起るのぢやない。津波は或る朝、
俺の中の死んだ海から、来る日も来る日もいくら釣糸を垂れても魚一つかからない死んだ
海の只中から、突然起るんだと。それがわかつたんだ! 菊さん、津波は今起つたんだよ、
疑ひやうもなく。
三島由紀夫「十日の菊」より
336 :
名無しさん@公演中:2010/10/22(金) 00:16:25 ID:XPUILCCX
森:…ところでわしにも、お前の知らない思ひがあつたのだ。例の事件の只中に、
わしがその抜け穴から逃げ出して、暗い山道を駆けてゐたために、つひに見ることの
できなかつたのが心残りの……。
菊:何をでございます。
森:お前のそのときの輝やくばかりの裸をだよ。
菊:え?
森:ここにお前のその裸が、百年に一度とないほどの歴史の光りに照らしだされたお前の
裸が、倒れた記念碑のやうに横たはつてゐたのだなあ。兵隊たちの吐きかけた唾のおかげで、
ますます誉れを高めたその美しい裸が。……菊、われわれはそのときこそ一心同体だつたんだ。
罵られ、唾を吐きかけられながら、誰も犯すことのできなかつたその神々しいほどの女の裸は、
正に絶頂に達したわしの栄光の具体的なあらはれだつたのだ。お前の裸がわしの栄光であり、
わしの栄光がお前の裸だつたのだ。……しかし残念なことに、わしはそれを見なかつた。
十六年間、このベッドを見るたびに、ここにわしはその夜のお前の寝姿を思ひ描いた。
本当だよ、菊、本当だよ。
三島由紀夫「十日の菊」より
337 :
名無しさん@公演中:2010/10/25(月) 12:22:45 ID:WDM3Hq7n
僕は社会をひつくりかへすために陰険な策謀をめぐらしたり、無辜(むこ)の市民を傷つけるやうな計画を立てたり、
日本の歴史と文化の伝統を破壊しようと企てたり、そのために友を裏切り、恩人を裏切り、目的のためには
手段をえらばぬと云つた、さういふ連中を憎みます。一市民として憎みます。これが僕の信念です。
全学連の女の子が、われわれに怒鳴つた言葉はこたへたなあ。今でもときどき思ひ出しますよ。女子学生がですよ。
かりにも教養のある女子学生がかう言つたのです。「そんな顔でお嫁が来ると思ふか。もつと心を入れかへて
勉強しろ。バカ。無智。人殺し」つて。われわれの親は貧乏で、心を入れかへて勉強しようにも、大学へ
進めなかつたんですからね。
…まあ、女子学生にそこまで言はせた、大きな国際的陰謀があるわけですよ。
三島由紀夫「喜びの琴」より
338 :
名無しさん@公演中:2010/10/25(月) 12:23:02 ID:WDM3Hq7n
国際共産主義の陰謀ですよ。あいつらは地下にもぐつて、世界のいたるところで噴火口を見つけようと窺つて
ゐるんです。世界中がこの火山脈の上に乗つかつてゐるんです。もしこの恣まな跳梁をゆるしたら、日本は
どうなります。日本国民はどうなります。日本の歴史と伝統と、それから自由な市民生活はどうなります。
われわれがガッチリ見張つて、奴らの破壊活動を芽のうちに摘み取らなければ、いいですか、いつか日本にも
中共と同じ血の粛正の嵐が吹きまくるんです。
地主の両足を二頭の牛に引張らせて股裂きにする。妊娠八ヶ月の女地主の腹を亭主に踏ませて踏ませて殺す。
あるひは一人一人自分の穴を掘らせて、生き埋めにする。いいかげんの人民裁判の結果、いいですか、中共では
十ヶ月で一千万以上の人が虐殺された。一千万といへば、この東京都の人口だ。それだけの人数が、原爆や
水爆のためぢやなくて、一人一人同胞の手で殺されたのだ。それが共産革命といふものの実態です。それが
革命といふものなんです。こんなことがわれわれの日本に起つていいと思ひますか。
三島由紀夫「喜びの琴」より
339 :
名無しさん@公演中:2010/10/25(月) 12:23:19 ID:WDM3Hq7n
片桐:……考へてみろよ。二・二六事件の将校は英雄になつたが、彼らに射たれて死んだ警官は名前も忘れられ、
ただガラスのケースの中の英雄になつた。俺たちは永遠の脇役で、権力と叛逆者の板ばさみになつて、
つまらない人間のためにも身を捨てるんだ。そのとき残るのは何だと思ふ。同じ立場の俺たちの信頼だけだ。…(中略)
瀬戸:…警察官も一つの職業だよ。人を疑ふのが商売で、それに徹すりやいいんだ。疑つてるうちに、カンも
発達してくる。さうすりや、疑はないでいいことと、疑ふべきことの区別がついてくる。善良な市民に迷惑を
かけるおそれもなくなる。実績も上つてくる。さうなるための第一歩は、まづ何でも疑つてかかることだ。
人を見たら泥棒と思へ、さ。まづそこからはじめるんだ。さうして疑ふ技術を洗煉するんだ。人を信じるだの
信頼するだのつて、耳や目が遠くなつてからでもゆつくりできるぜ。
三島由紀夫「喜びの琴」より
340 :
名無しさん@公演中:2010/10/25(月) 12:23:37 ID:WDM3Hq7n
野津:この雪の中のあちこちで、毛唐や三国人があひかはらず、悪事をたくらんで動きまはつてゐる。
堀:しかし管内には麻薬犯罪がなくて助かるよ。
野津:白い悪魔の粉のごとく、麻薬のごとく雪はふる、か。
俺はストライキのことしか知らないが、群衆心理つてのは怖ろしいもんだぜ。一人がワッと叫ぶと、みんな
その気になつちまふんだ。まあ、いはば、蕁麻疹みたいなもんだ。それに乗せられるのも一時はいい。一時は
いいが、気をつけろよ。手綱を引きしめるのを忘れるなよ。こんな説教みたいなことは言ひたくないが、
君はまだ若いんだし、今日の午すぎからでも、急にそんな人気者にならないとも限らんし、今のうち言つて
おくのがいいと思ふんだ。マスコミちふのは軽薄だからな。ぽんと乗せて、ぽいと捨てる、そりやあよつぽど
気をつけなくちやいかんぜ。
三島由紀夫「喜びの琴」より
341 :
名無しさん@公演中:2010/10/25(月) 12:24:12 ID:WDM3Hq7n
はじめから憎んでゐたものが憎らしいのは当り前の話さ。……なあ、片桐、思想といふのは、いろんな形をとるものさ。
あるときはライオンの。あるときは可愛い小鼠の。憎むんだから、そいつから目を離さず、そいつの千変万化の
変身にあざむかれず、この世界のあらゆるものにそいつの影を見つけ、花にも自転車にも雲にも小さなマッチ箱にも、
怠りなくそいつの影を読みとらなければならないんだ。それには力が要る。綿密な注意が要る。そりやあ物事を
本当に信じるのとほとんど同じくらゐ力の要る仕事だ。
やはりお前は裏切られた怒りを選ぶのか。そんならこの傷は手ひどく祟るぞ。一生痛みつづけるぞ。それも
みんなお前の罪なんだ。思想よりも人間を選んだお前の罪なんだ。こんなまちがひは若い栗鼠しかやらない。
くるみとゴルフのボールをまちがへるやうなことは、公安のおまはりは決してやつてはならんことだ。
三島由紀夫「喜びの琴」より
342 :
名無しさん@公演中:2010/10/25(月) 12:26:50 ID:WDM3Hq7n
俺はな、ずうーつと前からよ、ずうーつと前から松村を臭いと思つとつたよ。あいつと佐渡との関係も臭いと
睨んどつたよ。カンだな。永年のカンちふものは怖ろしいよ。あいつの目つきから、顔つきから、何から何まで
気に入らない。何かよくわからないが、プーンとアカの匂ひがしとつたんだね。垢の匂ひか。まあ、おんなじ
やうなもんさ。アカは匂ひを立てよるよ。腐つた魚みたやうな。お前、留置場の匂ひを知つとるだろ。あれだ。
はじめから暗い場所へ入るやうにできてる人間は、さういふ匂ひを立てる。今ごろ松村は、いちばん自分の匂ひに
ぴつたりの場所にゐるわけだよ。さうだよ。なあ。
三島由紀夫「喜びの琴」より
343 :
名無しさん@公演中:2010/10/25(月) 12:27:19 ID:WDM3Hq7n
片桐:あなたきこえるんですね。あの琴が。
川添:きこえるとも。たしかにきこえる。
片桐:実は、僕にもきこえるんです。……どうです。あの澄んだ、静かな、心の休まるやうな
やさしい音楽。
川添:お前もきこえるのか。
片桐:さうです。今きこえはじめたんです。しかし今、僕は一寸ミスをやりました。
川添:ミスつて?
片桐:うつかり同僚に「あれがきこえるか」つて訪ねてしまつたんですよ。どうやら
やつらにはきこえないらしいんです。自分一人にきこえるんだつたら、それを秘密にして
おくべきですね。
川添:わしはみんな喋つちまふ。だから莫迦にされるんだ。
片桐:あ、きこえる。きこえる。みんなにはきこえないんだ。
川添:わしら二人だけだ、この世界に。
片桐:いつかみんなにきこえるやうになりませんかね。
川添:無理だらう。わしはどれだけみんなに宣伝したか。何しろ天からまつすぐに、
澄み切つた琴の音が落ちてくるんだから。
三島由紀夫「喜びの琴」より
1人で虚しくならないのかな
345 :
名無しさん@公演中:2010/11/05(金) 12:11:12 ID:kDiawgFT
狸の銀:心づくしの狸汁で、帰りを待つが子分のつとめ、けふの狸はどうぢや知らぬ。
こりや上乗の狸ぢやわい。
鴉の権:肌あたたむる狸汁
梟の八:おんなじ肌のぬくもるにも
狐の拳:女と狸ぢや大きな相違
熊の胆:都恋しき朝夕なれど
狸の銀:ここの稼ぎもやめられぬ。
鴉の権:ハテ親分はもう帰られさうなものぢやなア。
鴉の権:蝦蟇丸(がままる)親分の
子分一同:おかへりだわい。
鴉の権:シテ今宵の首尾は?
蝦蟇丸:獲物も獲物、二つとない品ぢや。花嫁御寮を連れて戻つたわ。
鴉の権:見れば姿もあでやかに、月にたたずむ姫御前は、まことに菩薩か天人か、
拝んだだけで身がとろける。これは結構なお土産を、ヘイありがたう存じまする。
蝦蟇丸:たはけめ、貴様にやるものか。
鴉の権:そんならどなたの
子分一同:花嫁御寮か。
蝦蟇丸:わしのぢやわい。
鴉の権:モシ親分、それではすみますまい。
蝦蟇丸:何がすまぬ。
鴉の権:ぢやと申して、
蝦蟇丸:シーッ。
子分一同:ヘーイ。
三島由紀夫「むすめごのみ帯取池」より
346 :
名無しさん@公演中:2010/11/05(金) 12:12:35 ID:kDiawgFT
菊姫:こりや何の羹(あつもの)ぢやわいなア。
蝦蟇丸:腹中を温むるに、これに如(し)くものなしと古伝の羹、まづ召されい。
菊姫:何やら茶めいたものなれど
鴉の権:ハイ狸汁でござりまする。
菊姫:ヒエエ、狸ぢやとエ。
蝦蟇丸:コリャ姫の御気色直さんため、いつもの踊りを早う早う。
子分一同:ヘーイ。
蝦蟇丸:踊りのあとは盃事、用意の盃、早う持て。
狸の銀:ハア。
菊姫:いかい武張つたお盃、こりや又何のお盃事かいなう。
蝦蟇丸:言はずと知れた、三三九度ぢやわえ。
菊姫:山賊(やまだち)にも似ぬよい殿御と、思ひ定めて来し身なれば、今さらおどろく
いはれもなけれど、夫婦の固めの盃に、無粋な衆の列座もいかが、皆の衆退らしやんせ。
鴉の権:女房気取でぴんしやんと
梟の八:都をしばらく見ぬうちに
狐の拳:とんと近ごろの姫御前は
熊の胆:蓮葉なものでは
子分一同:あるめいか。
蝦蟇丸:何をつべこべ。退れ。退れ。
子分一同:ヘーイ。
三島由紀夫「むすめごのみ帯取池」より
347 :
名無しさん@公演中:2010/11/05(金) 12:14:49 ID:kDiawgFT
今宵は望(もち)の橋渡り、七つの橋を願事(ねぎごと)の、心づくしに綿帽子、
三々九度も夢ならず。されどきびしき掟には、
かたき掟も守るべし。お供したやと心せく、二人を尻目にみなはただ、呆然として欲気なく、
小弓は色香も置きわすれ、お座敷がへりの空腹を、勝手馴れたる居催促。
月に芒(すすき)や猫じやらし、猫に小判と言ふものの、小判はほしや、老いづけば、
金よりほかにたよる瀬もなし、お金、お金、お金、お金ほしやの、お月さま。
金と意気地とどつちが大事、それもこの世はあなたまかせの、旦那次第や運次第、
松の太夫の位がほしや、春と秋との踊りにも主役になりたや、お月さま。
忘られぬ、ぬしが面影、映し画よりも、うつつに見たるお座敷で、二言三言交はせしが、
シネマスコープの恋となり。今は何でもハッピー・エンドがわが願ひ、恋よ恋、恋、
映し画になすな恋とは思へども、恋の成就を、お月さま。
三島由紀夫「舞踊台本 橋づくし」より
348 :
名無しさん@公演中:2010/11/17(水) 19:42:02 ID:VRvmAy28
豊:美濃子! 俺の気持がわからないのか。
美濃子の声:いけません。いけません。あなたの気持などを仰言つては。
豊:美しい美濃子! 俺の二十歳の生涯に、君ほど美しい人は見たことがない。
ある日、天から降つた花びらのやうに、君の清らかな姿は、俺の瞼に落ちかかり、
俺の目をふさいでしまつた。それからといふものは、世界は俺にとつては一片の花びらだつた。
世界は君の姿の形、一片の花びらの形になつた。美濃子! 君のおかげで、意味あるものは
意味を失ひ、とるにたらぬものが香りを放つた。むかしは荒野が俺の住家、今はその住家が
いとはしい、君のやさしい顔の小函、それを夜も昼も家に飾つて、眺めあかして暮らすので
なくては、美濃子、俺の住家はもう墓場だ。それがなくては俺は屍、その小函だけで
世界の幸が買へるのだ。美濃子、君が好き、君が好き、君が好きだ。
美濃子の声:私を好いてはいけません。
豊:なぜだ。
美濃子の声:私たちは結ばれない星の下に生れたのです。
三島由紀夫「美濃子」より
349 :
名無しさん@公演中:2010/12/13(月) 23:15:31 ID:PlUZJHVp
放送スケジュール
2010/12/17 15:00〜16:50 の放送内容 NHK h.
BSベスト・オブ・ベスト HV特集「熱情と静寂のオペラ〜指揮者・大野和士の挑戦」
ワーグナーの「タンホイザー」と三島由紀夫の「班女」(細川俊夫作曲)。
二つのオペラに新たな表現で挑む指揮者・大野和士が、ピアノの弾き語りで自らの創作の秘密を紹介。
ヨーロッパで絶大な人気を誇る日本人指揮者・大野和士が、2つの新演出オペラに挑戦した。
自ら音楽監督を務めるヨーロッパ屈指の歌劇場、ベルギーのモネ劇場で上演したワーグナーの「タンホイザー」と
フランスのエクサンプロバンス音楽祭で上演した創作オペラ、三島由紀夫作、細川俊夫作曲の「斑女」である。
ヨーロッパで花開いた43歳の気鋭指揮者が、2つの舞台をどのように作り上げていくのか、3か月の創作の日々を追う。
出演 【語り】女優…檀ふみ
2010/12/19 26:00〜28:00 の放送内容 日本映画専門チャンネル.
金閣寺
〜ATG・アーカイヴ〜(1976年・112分) 監督:高林陽一 出演:篠田三郎/横光勝彦
★少年の頃から金閣を憧憬してきた青年を描く三島由紀夫原作小説の映画化。
351 :
名無しさん@公演中:2011/01/21(金) 00:04:52 ID:ZzheD4/F
352 :
名無しさん@公演中:2011/01/31(月) 11:58:01 ID:9c7+jYB+
平幹二朗、東山紀之らが主演でミシマ・ダブル
渋谷シアターコクーンで「我が友ヒトラー」と「サド公爵夫人」を同時に
***************************************
これは難儀だろう、俳優にとって。
それでなくともミシマ戯曲は台詞が長い上に言葉が難しいのだ。
一日おきに、ヒトラーとサドを演じるなんて、前代未聞。演出は蜷川幸雄。
サド公爵夫人はそもそも女性六人しか登場しない台詞劇。サドそのものは劇には登場場面がない!
静粛な夫人ルネを東山、母を平が演じる。
我が友ヒトラーは、突撃隊長レームを東山が、武器承認クルップを平が演じる。
「台詞が膨大」と嘆く平は「文学が俳優の肉体を通じて立ち上がり、血が通う。お客様には、その台詞にどきどきしていただきたい」
と豊富を語る(朝日新聞、1月28日)。
また東山はミシマ初出演。「言葉だけで構築された作品と向き合うのは肉体的にも大変。「サド」での平さんとの母娘の口論場面は、格闘技のような気分」(同朝日)
と言っている。
3月2日まで。問い合わせは(03)3477−9999
3月8日から20日は大阪で公演。
渋谷シアターコクーンは、
http://www.bunkamura.co.jp/cocoon/lineup/11_mishima/topics.html
金閣寺上演中
354 :
名無しさん@公演中:2011/02/08(火) 11:02:44 ID:1jeit4qn
アメリカのミュージカルも数多く、中には新派悲劇を歌入り芝居にしたやうなものもあるけれど、
「マイ・フェア・レディ」とこの「ウエストサイド物語」とは、文句なしに傑作であつて、日生劇場の初日は、
興奮の渦に巻き込まれたといつても過言ではない。もともと舞台のものであるし、乱闘シーンなど映画よりずつと
迫力があり、生きのいい魚市場で魚がはねあがつてゐるやうな趣があつて、刺し身好きの日本人には、この生の風味は
こたへられないものがあるにちがひない。
わたくしは一九五七年の初演も見てゐるし、一九六〇年にも見てゐるし、これで三度目だが、少しも飽きなかつた。
のみならず、つぎでどういふ曲どういふ歌どういふダンスが出てくるかわかつてゐながら、それがたのしみで
道具代はりのたびにワクワクした。これで見てもわかるとほり、なん年にわたるながい続演のシステムでも、
好きな人はなん度でも見にくるだらうことが想像される。
三島由紀夫「迫力ある『ウエストサイド物語』――初日を見て」より
355 :
名無しさん@公演中:2011/02/08(火) 11:03:36 ID:1jeit4qn
(中略)
わたくしの好みでは、このミュージカルでもつとも小気味のいいのは、第一場の乱闘シーンやジムのダンス・
パーティーのシーンなどの群舞の場面と、女ばかりの「アメリカ」と男ばかりの「ジー・オフィサー・クラプキ」の
二つの歌である。とくにジー・オフィサー・クラプキのおもしろさは全編の白眉であつて、大宅壮一氏の社会時評の
最良のものを、歌と踊りで表現したやうなものだ。わたくしにはかういふ風刺的要素が、全編を貫流してゐないのが
ものたりないが、それはインテリの偏屈好みといふもので、恋物語の糖衣がなければ、ここまで成功しなかつたに
ちがひない。しかしなんとなく恋物語がよけいだといふ印象はおほひがたく、このミュージカルにかぎつて、
主役ふたりはいつも割りを食ふことになる。
現代の若者を扱つたミュージカルを作らうと思へば、共産中国を除いて、ほとんどの国の青年層は、アメリカ風の服装、
風習、言語動作に染つてゐるわけであるから、だれがどこでなにを作らうと、この本家本元の「ウエストサイド物語」に
かなふわけはない。
三島由紀夫「迫力ある『ウエストサイド物語』――初日を見て」より
356 :
名無しさん@公演中:2011/02/14(月) 23:29:54 ID:yQ4zrlMU
357 :
名無しさん@公演中:2011/02/14(月) 23:35:36 ID:yQ4zrlMU
358 :
名無しさん@公演中:2011/03/06(日) 12:45:15.55 ID:dnfABBS9
映画「憂国」を見た人、いや、それよりも、見ない人が、一様に抱く疑問は、なぜ作者自身が主演したのか、
といふことであるらしい。これが最大の謎のやうに思つてゐる人もあるらしい。そこで考へられるのは、作者の
ナルシシズムだとか、マゾヒズムだとか、ぼろぼろに使ひ古された精神分析用語を持ち出して、もののみごとに
謎を解明したつもりになることである。しかしこれでは何も謎は解明されない。精神分析学の発明以来、
精神分析学を手段として利用しない芸術ジャンルは、ほとんどないと云つても過言ではないのであるから、
上のやうな言ひ方は、単なる芸術の同義反復にすぎない。
(中略)
さて、私は俳優、殊に映画俳優といふもののふしぎに魅せられてゐた。正直に言つて、これは俳優芸術のうちでも、
もつとも自発性の薄い分野である。ある意味では、影の影、幻の幻である。しかし、自発性、意志性が薄くなるに
従つて、存在性が重要性を増してくる。彼が影であることと、彼が確乎とした存在であることは、毫も矛盾しない。
三島由紀夫「『憂国』の謎」より
359 :
名無しさん@公演中:2011/03/06(日) 12:46:44.88 ID:dnfABBS9
まづ彼が、目に見えるモノとしての存在感と「それらしさ」に充ちあふれてゐなければ、影の影、幻の幻としての、
自律性を持ちえないのである。演技はその先の問題であつて、映画ではミス・キャストがいかに致命的であるかを
考へれば、思ひ半ばにすぎるものがあらう。
一方、私は小説家であり、劇作家である。小説家や劇作家は、精神、意志、知性、その他の自発性を第一条件とする。
もちろんこれには感受性が二次的に必要であるが、彼の仕事には、何よりもまづ、そこにモノを存在せしめると
いふ意志の自発性が必要である。
しかし、人間といふものは奇妙なもので、自発性、意志性が濃くなるに従つて、単なる存在性は稀薄になつてくる。
もちろん、私が、一般論として、人間の自発性、意志性が濃くなるにつれて、存在性が薄くなると云はうとして
ゐるのではない。たとへば、政治家の場合は、ナポレオンやヒトラーなど、その自発性、意志性の濃度に従つて、
存在性も濃くなつてゐた、といへるであらう。
三島由紀夫「『憂国』の謎」より
360 :
名無しさん@公演中:2011/03/06(日) 12:48:03.12 ID:dnfABBS9
が、芸術家の場合には、作品といふものがある。芸術家は、ペリカンが自分の血で子を養ふと云はれるやうに、
自分の血で作品の存在性をあがなふ。彼が作品といふモノを存在せしめるにつれて、彼は実は、自分の存在性を
作品へ委譲してゐるのである。
ここに芸術家の存在性への飢渇がはじまる。私は心魂にしみて、この飢渇を味はつた人間だと思つてゐる。
さういふ私が、存在性だけに、その八十パーセントがかかつてゐる映画俳優といふふしぎなモノに、なり代らうと
する欲求は自然であらう。
いはば私は、不在証明(アリバイ)を作らうとしたのではなく、その逆の、存在証明をしたい、といふ欲求に
かられたのである。だから映画「憂国」は、私の不在証明を証明しようとしたものの如く見えるだらうが、実は、
その逆、私の存在証明をしようとしたものだ。そして、さういふときの「私」とは、世間の既成概念にとぢこめ
られてゐる小説家としての「私」ではなく、もつと原質的な、もつと始源的な「私」であることは、いふまでもない。
三島由紀夫「『憂国』の謎」より
361 :
名無しさん@公演中:2011/03/06(日) 12:50:02.32 ID:dnfABBS9
ところで、映画俳優とは、選ばれる存在である。自分で自分を選ぶとはどういふことか? そこには論理的矛盾は
ないか?
選ぶ者と選ばれる者とを一身に兼ねることは、ボオドレエルではないが、「死刑囚と死刑執行人を一身に兼ねる」
ことに等しい。その成否は一に、画面の「私」が、作中人物としての自明の存在感を持ちうるか否かにかかつてゐる。
それは危険な賭である。自己を客観的に見ようとするときに起りがちな誤算は、誰しも免かれないにしても、
この場合は、それが最小限でなければならない。
画面の「武山信二中尉」の存在に、ほんの少しでも「小説家三島由紀夫」の影が射してゐたら、私の企図はすべて
失敗であり、物語の仮構性は崩れ、作品の世界は、床へ落ちたコップのやうに粉々になつてしまふだらう。
この危険が私に与へた魅惑、スリム、サスペンスは限りがなかつた。私が、影の影、幻の幻としての存在感を
持ちうるか否かは、私にとつての、人生の究極の夢に関はつてゐた。
しかも、この賭において、世間はすべて私の敵へ賭けてゐるのである。
さて、あとは、御覧になつた観客各位が判定を下して下さるのみである。
三島由紀夫「『憂国』の謎」より
362 :
名無しさん@公演中:2011/03/17(木) 11:35:27.90 ID:uapW0xyn
別離だから悲しからう、悲しければもたもたするだらう、といふのが浅薄な心理主義と私の呼ぶところのものである。
別離は、劇に於ける超人間的なモメントだといふことが、そこでは完全に忘れ去られてゐる。それは別離を人間の
常態だと説いた哲学からの、なまぬるい離反なのであつた。
そもそも「見られた主体」とは「主張する客体」といふのと同じやうに、不可思議な存在である。戯曲といふ
純粋主体は誰の目にも見えず、俳優といふものの客体的要素が、それを人の目に見せる媒(なかだ)ちをする。
(ラジオ・ドラマでは、肉声が、この客体的要素に当る)。ところで、俳優の客体的要素が高まれば高まるほど、
映画俳優やバレエ・ダンサーのやうに、それはますます、主題を表現する抽象的役割を担ふのである。中では
舞台俳優が、セリフを通じて、もつとも主体的要素を含みつつ、実はその役割は、ますます具体的なものになる。
舞台の上では、裸体ほど抽象的で観念的なものはなく、セリフほど具体的なものはない、といふ逆説が、ここに
明らかになる。
三島由紀夫「芸術断想 舞台のさまざま」より
363 :
名無しさん@公演中:2011/03/17(木) 11:35:47.37 ID:uapW0xyn
芸術家の値打の分れ目は、死んだあとに書かれる追悼文の面白さで決ると言つてよいが、世間をあげて哀悼の意を
表しても、つまらない追悼文しか書かれない芸術家の死は哀れである。
サルドゥの「トスカ」で、私が主要な俳優たちにしばしば忠告したのは、この種の芝居における登場と退場の
大切さであつた。
役の人物があらはれる一瞬前に、役者が登場しなければならぬ。役の人物が退場した一瞬あとに、役者が
退場しなければならぬ。それがかうしたシアトリカルな芝居の味はひであると私は信じてゐる。
(中略)
つまりかういふ芝居で、観客は、役者と演技との或る一瞬のズレをたのしむのだが、それは必ずしもスタアへの
憧れや、あるひは役者の素顔に対する期待を意味するものではない。まづ存在を見、それから演技を見たいと
望んでゐるのである。それは奇術師の対する期待と似てゐて、一つのおどろくべき能力を見せられる前に、その
能力の容器をじつくり見せてもらひたいのである。
三島由紀夫「芸術断想 猿翁のことども」より
364 :
名無しさん@公演中:2011/03/17(木) 11:36:13.31 ID:uapW0xyn
能以外の劇は、すべて、運動会のピストルみたいな幼稚な効果にたよつてゐる点で、大きな顔はできない。
「桜の園」の幕切れの有名な効果音も、いくら象徴的な効果を狙つても、この域を出ない。われわれは、劇の
総合的な効果といふものについて、丁度現実の突発的な小事件の連鎖のやうな、因果律の虜になつてゐる。
ピストルを打てば、消音ピストルでなければ、音がしなければ納まらない。しかし遠い花火があのやうに美しいのは、
遅く来る音の前に、あざやかに無言の光りの幻が空中に花咲き、音の来るときはもう終つてゐるからではないだらうか。
光りは言葉であり、音は音楽である。光りを花火と見るときに、音は不要なのだが、あとからゆるゆると来る音は、
もはや花火ではない、花火の追憶といふ別の現実性のイメーヂをわれわれの心に定着しつつ、別の独立な使命を
帯びて、われわれの耳に届くのである。
三島由紀夫「芸術断想 詩情を感じた『蜜の味』」より
365 :
名無しさん@公演中:2011/03/17(木) 11:37:16.45 ID:uapW0xyn
『真相』なんて、大ていまやかしものに決まつてゐる。いつでもすばらしいのは事件そのもので、それだけなのだ。
「希望は過去にしかない」といふ悲観哲学は、伝統芸能の場合、一種特別な意味合ひを帯び、「昔はよかつた」
といふ言葉にたえず刺戟されないかぎり、芸術的完成はありえないことを、特に若い歌舞伎俳優に銘記して
もらいたいと思ふのである。
低級な剽窃はさておき、小説で模倣の目立つほどの作品は、却つて形式意欲の旺盛な、芸術的な作品に多い。
これから見て、模倣の目立つ絵は、それだけ芸術的に高度な、あるひは高度なものを目ざした絵であるか、
といふと、それはちがふ。絵画では、形式や色彩は、より本質的なものであるから、従つて形式や色彩は画家の
無意識的なものに緊密に結びついてゐるから、その模倣は、一そう低級であつて、第一義を誤まつてゐる。
これに比して、小説の文体その他形式上の模倣は、小説における形式が非本質的かつ知的なものであるから、
その模倣も、多少とも知的なものと考へられて恕される。
三島由紀夫「芸術断想 期待と失望」より
366 :
名無しさん@公演中:2011/03/17(木) 11:37:36.93 ID:uapW0xyn
私には、「ワグナーの純粋化」といふ観念そのものが、世にもばからしく思はれたのである。
ワグナーとは、あらゆる純粋性に対する反措定なのだ。その点では、ワグナーは、象徴主義にとつてさへ敵である。
その「綜合」の意識、「全体」の観念には、おそろしく冒涜的な力があつて、その力がもつとも崇高なものから
もつとも猥褻なものまでのあらゆる価値を等しなみにし、そこに彼独特の甘美な怖ろしい毒を、甘美な病気を
ひろめたのであつた。「トリスタン」は、ただ単に官能的だから怖ろしいのでもなく、ただ単に形而上学的だから
崇高なのでもない。そこではバスを待つ人の行列のやうにお互ひに無関心に、官能と形而上学とが一小節づつ
平然と隣り合つて並んでゐる。こんなグロテスクな無差別の最高原理である「綜合」や「全体」が、死神にしか
似てゐないのは当然だらう。死神の鎌の無差別が、人間精神の全体性への嗜慾の象徴になる。それだから
「トリスタン」は怖ろしいのである。「トリスタン」の腐敗の力に、なまなかの純粋精神などが歯が立たないのは
このためなのだ。
三島由紀夫「芸術断想 三流の知性」より
367 :
名無しさん@公演中:2011/03/17(木) 11:43:54.84 ID:uapW0xyn
芝居とはSHOWであり、見せるもの、示すものである。すべてが観客席へ向つて集約されてゆく作業である。
それだといふのに、舞台から向う側に属する人たちのはうが、観客よりもいつも幸福さうに見えるのは何故だらう。
何故観客席のわれわれは、安楽な椅子を宛はれ、薄闇の中で何もせずに坐つてゐればよく、すべての点で最上の
待遇を受けてゐるのにもかかはらず、どうしてこのやうに疲れ果て、つねに幾分不幸なのであらう。
私は妙な理論だが、こんなことを考へる。つまり人生においても、劇場においても、観客席に坐るといふ人間の
在り方には、何かパッシヴな、不自然なものがあるのである。示されるもの、見せられるものを見る、といふ
状況には、何か忌まはしいものがある。われわれの目、われわれの耳は、自己防衛と発見のためについてゐるので、
本来、お膳立てされたものを見且つ聴くやうにはできてゐないかもしれない。
三島由紀夫「芸術断想 劇場の中の『自然』」より
368 :
名無しさん@公演中:2011/03/17(木) 11:44:33.65 ID:uapW0xyn
芸術の享受者の立場といふものには、何か永遠に屈辱的なものがある。すべての芸術には、晴朗な悪意、幸福感に
充ちた悪意がひそんでをり、屈辱を喜ぶ享受者を相手にすることをたのしむのである。そのもつとも端的な
あらはれが劇場芸術だと言つてよい。(中略)
劇場とは、どんな形であれ「存在」の仮構であるが、劇が進行するあひだ、俳優が存在を代表し、観客が存在を
放棄してゐるやうなあの状態、(いかに観客が舞台に「参加」してゐるといふ仮説が巧みに立てられようとも)、
あの状態からは、何か人間の幸福といふものに関する空しい教理がひびいてくる。もつと厳密に言へば、俳優は
彼自身の存在を放棄し、彼ならぬ別個の人格の「役」の存在証明にすべてを捧げてゐるからこそ幸福なのであり、
一方観客は、彼自身の存在をあいまいに受動的に保ちつつ、彼以外のものになるあらゆる可能性を、俳優によつて
奪はれてゐるからこそ不幸なのであらう。劇場の暗闇へなど入らぬかぎり、われわれはみなそれぞれの社会で
固有の役割を果してをり、決して「観客」などといふ、十把一トからげの、不名誉な呼称で呼ばれないですむのである。
三島由紀夫「芸術断想 劇場の中の『自然』」より
369 :
名無しさん@公演中:2011/03/20(日) 17:18:16.87 ID:ViJC83X/
女のまねをする女形は、女形芸術の墓穴を自ら掘つてゐるものだと思ふ。女形の範はあくまで能の鬘物のシテに
あるので、世にも高貴な美女の仮面をとほして、神秘的な、暗い男の声がひびいて来、美しい唐織の衣装の袖から、
無骨な男の手がむき出しになつてゐるべきなのだ。
といふことは、女形の真骨頂は仮面劇にあるのであつて、歌舞伎の女形といへども、変成男子の神秘感を失つては
ならないのだ。
といつて、私は、女形が日常生活でスポーツ・シャツを着てゴルフをしたり、「僕が」とか「僕が」とかいふ
一人称を使ふのを、推賞してゐるわけではない。ただ、女形美といふものが、女性美とは別の独自性を持つて
ゐることを忘れてはならない、といつてゐるのである。
そんな美的好尚は、もはや現代人からそつぽを向かれてゐるから、女形は衰滅するだらう、といふ主張もある。
事実、明治以後、女形は、だんだん女性美へ色目を使つてきた。かつての九代目団十郎の女形などを、今の人は
想像もできないだらう。
三島由紀夫「捨てきれぬ異常の美――女形は亡びるかどうか」より
370 :
名無しさん@公演中:2011/03/20(日) 17:21:26.22 ID:ViJC83X/
といふことは、一方、世間の女の男性化の傾向にもよる。女形芸のうちで悪婆(毒婦)や若衆方に接近した要素が、
一等早く衰退の気配を見せてゐるのは、悪婆的女性や若衆的女性がふえてきたからである。逆に女性的女性が
減つてきたので、真女形の稀少価値が生じて珍重されるにつれ、女形は女の模倣の方向へ傾きがちになり、女優と
見紛ふやうな芸を見せる役者も出て来て、歌舞伎の女形のセリフからは義太夫の暗い渋い律調が失はれてしまつた。
先々代時蔵の最後の政岡を見たときに、私は哀惜の念に耐へなかつた。
(中略)
さて、その女形の将来であるが、今は万事にアメリカ風の、浅薄な健全第一主義の時代であるけれど、日本人の
血の澱みは、一朝一夕に浄化されるものではない。
女形を気味がわるいと思ふ観客がふえたこともたしかだが、そんならその気味のわるさに将来性がある筈で、
芸術の歴史はみんなさういふ試練を経て来たのである。
三島由紀夫「捨てきれぬ異常の美――女形は亡びるかどうか」より
371 :
名無しさん@公演中:2011/03/20(日) 17:26:07.64 ID:ViJC83X/
私のつねづねふしぎに思つてゐることがある。
前述したやうに、今はむしやうに女が強くなつて男性化した時代のやうにいはれながら、女の顔自体は、昔に比べて、
だんだん男性的威厳を失つてきてゐるのである。理想の美女は、現代では、イタチが猫か少年の顔にちかく、
明治時代の女性のやうに、むしろ男性的威厳を帯びた顔は、ゐなくなつたか、少なくとも、流行らなくなつて
ゐるのである。海水浴などに行くと、たしかに女性の体格のよくなつたことはおどろくばかりだが、顔はますます
小さくなる傾向にあり、髷の似合ひさうな顔は一つもない。明治時代の名妓の面影はあとをとどめない。
女性が女性的であつた時代に、却つて、女形風な顔や美がもてはやされ、沢山生存してゐた、とはどういふこと
だらうか。あれこれ思ふと、現代の女優で片はづしのカツラの似合ふやうな人は一人もなく、過去の壮大な悲劇に
似合ふ舞台上の女性は、どうしても、男にカツラをかぶせるほかはなくなるのである。ブリジット・バルドー
みたいな顔をした八重垣姫なんか、どう考へてもをかしいではないか。
三島由紀夫「捨てきれぬ異常の美――女形は亡びるかどうか」より
372 :
名無しさん@公演中:2011/03/20(日) 17:28:18.05 ID:ViJC83X/
男が女に化けてゐるといふ芝居のウソの前提を、観客がもつと強く意識するやうになれば、女形の将来は捨てた
ものではなく、また女形自身も、舞台では女、日常生活では男、などといふコセコセした枠を作らず、舞台の上で
女形であること自体に、堂々たる男性的威厳を発揮することに努めれば、世間の目も変つてくることであらう。
重ねていふやうに、日本人の血の澱みの深さは、アメリカ人などとは比べものにならないのである。
女形のやうな、面白い、気味のわるい、エクストラオルディネール(異常)なものを、さうむやみに捨て去ることの
できる日本人ではない。その点はもつと安心して、大悟徹底してゐるべきだと思ふのである。
三島由紀夫「捨てきれぬ異常の美――女形は亡びるかどうか」より
373 :
名無しさん@公演中:2011/03/23(水) 13:46:13.23 ID:D7zD4dk2
能は、いつも劇の終つたところからはじまる、と私はかねて考へてゐた。(中略)
能がはじまるとき、そこに存在するのは、地獄を見たことによつて変質した優雅である。芸術といふものは特に
このやうなものに興味を持つ。芸術家は狐のやうに、この特殊な餌を嗅ぎ当てて接近する。それは芸術の本質的な
悪趣味であり、イロニイなのだ。
(中略)
優雅と、血みどろな人間の実相と、宗教と、この三つのものが、「大原御幸」の劇を成立させてをり、かつ文化の
究極のドラマ形態を形づくつてゐる。この一つが欠ければ、他の二つも無用になるといふ具合に。
ところで、現代はいかなる時代かといふのに、優雅は影も形もない。それから、血みどろな人間の実相は、
時たま起る酸鼻な事件を除いては、一般の目から隠されてゐる。病気や死は、病院や葬儀屋の手で、手際よく
片附けられる。宗教にいたつては、息もたえだえである。……芸術のドラマは、三者の完全な欠如によつて、
煙のやうに消えてしまふ。
三島由紀夫「変質した優雅」より
374 :
名無しさん@公演中:2011/03/23(水) 13:46:41.06 ID:D7zD4dk2
かうした芸術の成立の困難は、女院が味はつたやうな困難とはちがふ。女院が、変質した優雅をもてあまして、
表現と体験の板ばさみになつてしまつたやうな事情とはちがふ。むしろ、現代の問題は、芸術の成立の困難には
なくて、そのふしぎな容易さにあることは、周知のとほりである。
それは軽つぽい抒情やエロティシズムが優雅にとつて代はり、人間の死と腐敗の実相は、赤い血のりをふんだんに
使つたインチキの残酷さでごまかされ、さらに宗教の代りに似非論理の未来信仰があり、といふ具合に、三者の
代理の贋物が、対立し激突するどころか、仲好く手をつなぐにいたる状況である。
そこでは、この贋物の三者のうち、少くとも二者の野合によつて、いとも容易に、表現らしきもの、芸術らしきもの、
文学らしきものが生み出される。かくてわれわれは、かくも多くのまがひものの氾濫に、悩まされることに
なつたのである。
三島由紀夫「変質した優雅」より
375 :
名無しさん@公演中:2011/03/28(月) 20:20:28.80 ID:rd/R+2dB
心中といふ形式は、一つの人工的な形式でありまして、云ひかへれば、天然自然の模倣の形式、人間生活を
模倣する一形式にすぎないのです。(中略)時と所をことにして生れた男女が、偶然のめぐみによつて出会ひ、
結合し、夫婦生活を営み、いつかは死んでゆく、といふ人生の模倣の形式です。たゞ自殺とちがふことは、ふつうの
人生においては男女が同瞬間に死ぬことはまづありえないのに、情死は時を同じうして男と女が手をとりあつて
死ぬといふ点で、何ほどか独創的であるわけです。この点で、彼らは単なる模倣ではない人工の行為を通じて、
(つまり人生とは別の道をたどつて)、別様の天然自然に到達します。ここに於て、心中は芸術的行為であり
創造的行為であります。芸術といひ創造と言ひますのも、人工が自然の模倣に了らず、一つの新らしい自然の
創造に関与することに他ならないからです。すぐれた芸術作品はすべて自然の一部をなし、新らしく創られた
自然に他ならないからです。
三島由紀夫「情死について――やゝ矯激な議論」より
376 :
名無しさん@公演中:2011/03/28(月) 20:22:19.53 ID:rd/R+2dB
かくて「同時性」が心中の本質であります。そのとき二人は自分たちが創造した未知の一点に立つてゐるのです。
人生に於て決してありえぬことがそこに起らうとしてゐる。彼らがみちびき、彼らが選択し、彼らが創造した
天然自然の現象が起らうとしてゐる。その瞬間、心中は全くの自然現象でありまして、星の運行や、日蝕現象と
同じものなのです。たとへば夫婦が同時に病気にかかり全く同時に死ぬといふことは殆ど絶無でありませう。
しかし二人の人間が時間と空間を共有してゐる以上、絶対にありえぬ現象とはいへません。二つの事象の同時に
起るといふ蓋然性は、いつも内に保たれ、秘められてゐる筈です。この蓋然性を人工の行為によつて実現するとき、
もはやそれが人工の行為であることは何ほどの意味ももたず、たゞ「ありうべきことがありえた」といふ、現象を
みちびきだす一条件にすぎなくなります。こゝに於て情死者同志の死は、実人生においてさへ殆どありえぬやうな
完全無欠な自然死となります。
三島由紀夫「情死について――やゝ矯激な議論」より
377 :
名無しさん@公演中:2011/03/28(月) 20:24:31.42 ID:rd/R+2dB
この自然死によつて彼らは完全に「人生の模倣」を乗り超えることができ、却つて人生をして彼らを模倣させるに
足る影響力をさへもつやうになるのです。
かうして情死は、自然の一つの新らしい発見であり、自然に対する人間の理解を深めるよすがともなるでせう。
心中によつて創造された死の同時性が、何人(なんぴと)にとつても神秘でなくなるやうな、そんな一つの効用を
与へることになるのです。と言ひますのは、地球上の人類は、全く未知の人同志が同じ瞬間に必ず息を引き取つて
ゐるといふ当然すぎるほど当然な現象を、見て見ぬふりをしてをります。日本の東京の某町に住むA氏が
六月廿五日午後八時十五分廿五秒に息を引取つたとしませう。そのときたとへばオーストラリヤの田舎町の少女Aも
息を引取つたにちがひないし、コペンハーゲンの老婦人Aもスマトラの土人Aも息を引取つたにちがひありません。
次の瞬間にもさうであり、第三の瞬間にもさうであります。誰もそれを告げ合ひません。告げ合ふ術を知らない
からです。ここでは言葉といふ手段も何と貧寒で無力なものでせう。
三島由紀夫「情死について――やゝ矯激な議論」より
378 :
名無しさん@公演中:2011/03/28(月) 20:26:05.33 ID:rd/R+2dB
人々は地球の上でたえず起つてゐるこのやうな奇蹟(その実奇蹟でも何でもないのですが)から完全に目をおほはれ、
盲目にされてゐるのです。そして一つの瞬間のためにえらばれた一群の人間が、お互に決して知り合ふことなく、
しかも兵卒の行進のやうに一糸乱れぬ同じ歩調で死へと歩みつゝあるのであります。このたぐひない同じ運命に
結ばれた同志が地上でお互に全く知りえないといふことほどいたましい事実があるでせうか。仮りに六月廿五日
午後八時十五分廿五秒に死ぬ人間ばかりで構成されてゐる世界を考へ、次の瞬間に死ぬ人間ばかりで成立つて
ゐる世界を考へると、この世界は一瞬間づゝのズレを持つた無数の世界の重なりとも見られるのですが、その
一つの世界の中では誰もお互に知らず完全な暗黒が支配し社会も国家も何もなくたゞ原始的な時間があるだけです。
さういふ世界の仮定こそは正に絶望的なものであり、さういふ世界の仮定を誰もが心の底ふかく秘めてゐるところに、
人間の底しれぬ暗さが兆して来るのであります。
三島由紀夫「情死について――やゝ矯激な議論」より
379 :
名無しさん@公演中:2011/03/28(月) 20:27:29.30 ID:rd/R+2dB
人間の奥底の暗さは「同時性の不可知」をその源としてをります。この点に於て凡ては暗黒であり、希望は
ありません。この暗黒がしらずしらず人を動かして、芸術的な衝動や宗教的な衝動に駆り立てるのです。
ところで人間の力がこの真暗闇の天井のどこかに小さな亀裂を与へ光をみちびき入れることはできないでせうか。
人間があるがままの人間であることを止め、少くとも人間らしい人間になることはできないでせうか。不可知を、
暴力によつてでもよいから、可知に変へることはできないでせうか。
かういふ声にこたへるものが心中であつたのです。自然死にひとしい彼らの同時の死は、この暗黒をやぶる一条の
光りのやうに思はれ、運命に対する的確な智恵を人々の心に与へました。たとへばエドガア・ポオの「諜し合ひ」
といふ小説は、ただ場所を異にしただけで同時性は失はない情死をゑがいて、それを右のやうな不可知の神秘の
神聖な解明の歓びにまで高めてゐます。この小説は全く、さうした的確な智恵の発見に対する讃美の歌だとしか
思はれません。
三島由紀夫「情死について――やゝ矯激な議論」より
380 :
名無しさん@公演中:2011/03/28(月) 20:35:16.94 ID:rd/R+2dB
(中略)
人工的に招来された「同時の死」は、人々の心におのづと理想化の欲求をめざめさせずには措きません。彼らは
それを自然死と感じ且つ、同時に死んだ二人の愛の世界を、あの絶対に音信不通の絶対に暗黒の世界に対比させ
ました。同時に死すべき人間が生前に愛し合つてゐたといふこの奇蹟(もとはといへば人工の奇蹟)は、
われわれの世界の不可知の暗さにとつて何といふ救ひでせう。情死者は運命の智恵にあふれた神であるかのやうに
理想化されます。彼らの愛は彼らの死の原因であつたわけですが、そのうちに彼らの死の運命が彼らの愛の原因で
あつたかのやうに思はれだしてもふしぎはありません。かういふ運命的な愛こそは、人々の社会や国家や
民族相互の愛の母胎をなし象徴をなすものであり、そんなひろい愛の大空にめざめるために、どうしても情死者の
美しい泉のやうな愛が必要だつたのです。ここでもはや私が心中を形式にすぎぬと言つた意味がおわかりでせう。
三島由紀夫「情死について――やゝ矯激な議論」より
381 :
名無しさん@公演中:2011/04/05(火) 12:04:36.16 ID:bjypBUyf
アメリカでは古ぼけた前衛芸術家をからかつて、
「ありやあ後衛(リヤー・ガード)だ」
なんぞといふ。前衛芸術の歴史が古くなれば、前衛の骨董が現はれるのは当然で、日本でもそろそろ現はれて
来る頃である。
ただ日本の前衛芸術が困ることは外国の前衛の行きつくところが、結局東洋的なものだといふことであらう。
さうすると、日本では外国渡来のモダン・ジャズをやつてる連中より、歌舞伎役者のはうが、ずつとモダンで
新しくて先端的なことになつてしまふ。
たとへば舞台へ生首を持ち出したところで、日本のお客は少しも前衛的だなどとは思はず、歌舞伎の真似だと
思ふだけである。こんなことを考へると、日本の前衛芸術家はバックで動く自動車に乗つてるやうなもので、
自分が前窓だと思つてゐたものが実は後窓になつてしまふわけだ。
それならいつそ、前衛は前衛なりに早く古びて、後衛の権威を確立したはうが本筋かもしれぬ。私は先頃、或る
前衛舞踊の会で、有名なシュール・レアリストの美しい白髪を見て、日本のシュールもいい具合に苔が生えて
きたなと思つた。
三島由紀夫「Four rooms 後衛芸術」より
382 :
名無しさん@公演中:2011/04/05(火) 12:06:40.38 ID:bjypBUyf
お客を怒らすことは必要だがナメることは禁物だ、といふのが、すべてのショウ・ビジネス(古典から前衛に
いたる)の鉄則だらうと思ふ。
しかし、このケヂメは実にむつかしい。
だから商業主義のプロデューサーは、お客を怒らせては大変だと、そればかり心配して、却つてお客をナメる
結果になつてしまふ。一方、青くさい実験家は、お客を怒らすことに熱中しすぎて、つひにはお客をナメるのと
同様になつてしまふので、アチャラカのつまらなさと、実験演劇のつまらなさは、観客的観点から見れば同種の
ものである。
われわれは劇場へゆくときに、舞台からの猫撫で声も罵詈雑言も、どちらもききたくないのであつて、こちらが
ジワジワと怒らされれば怒らされるほど、却つて自分の愛着と昂奮を白状させられる形になるやうな、さういふ
ものを与へられたいのである。
六代目菊五郎が喜多村緑郎と芝居をしたとき、二人とも声が小さすぎ、六代目が、きこえないといふ客の抗議に
対して、
「きこえざァ、五側目より前で見な」と言つたのは、傲岸不遜、貴族的な暴言で人を怒らせるが、六代目は
決して客をナメたのではなかつた。
「Four Rooms お客をナメるべきか?」より
383 :
名無しさん@公演中:2011/04/15(金) 11:23:35.21 ID:sfhxBTMb
ウィリアム・ブレークの絵に、よく翼も何もなしに天翔けつてゐる人間の姿が出て来る。それを見てゐると、
その飛翔の姿勢がいかにも自然なので、人間はひよつとすると鳥のやうに飛べるのを自分で知らないでゐるのでは
ないかといふ気がしてくる。
それと同じで、アイスショウの美しい「滑走人間」の群像を見てゐるうちに、私は幻想にとらはれた。誰も、
もう歩いたり駈けたりするのをやめて、滑つたらいいぢやないか。さうすれば未来の大都会の雑踏は、どんなに
流動的に軽快なものになるだらう。
小鳥が枝に下り立つて気まぐれに向きを変へるやうに、休止の姿勢にバランスを保つてゐるスケータアの一瞬の
姿は美しい。どんな一瞬間にもバランスが厳密に要求され、休止の中にも可憐な緊張があつて、彼女らはオペラの
コーラスのやうによそ見をしたりお喋りをしたりすることはできない。
われわれ観客が目を転ずる速度よりも、スケータアのスピードは速い。そこでわれわれは目を以てよりも
イメーヂを以て、その姿を追ふのである。すると夕日をうけた真紅の帆をかかげて疾走するスケータアたちは、
本当に帆船の群に変貌してしまふ。
三島由紀夫「疾走するイメーヂ――世界一アイスショウに寄せて」より
384 :
名無しさん@公演中:2011/04/18(月) 10:38:05.48 ID:65MBhgMX
新聞雑誌の批評は、こぞつて「ローマの休日」のはうへ軍配をあげてゐるやうである。私はむしろ、「サブリナ」の
はうへ軍配をあげる。グレゴリイ・ペックのやうな大根が出て来ないだけでも大助かりである。
どうして時々、私とかう評価が喰ひちがふのか。一例がチャップリンの近作でも、「ライムライト」を私は好かない。
「殺人狂時代」のはうが遥かに面白かつた。ところが世間の評価は逆であつた。
ディズニイの漫画でも、「不思議の国のアリス」は、アメリカ文明生活の狂躁の象徴のやうで、殊に気違ひ帽子屋と
気違ひ兎のパーティーなどは絶妙だと思つた。それが批評はこの作品をあまり認めたがらない。
(中略)
私はお客を置いて、とつとと自分の論理を進めてゆく映画が好きだ。「アリス」のやうなきちがひの論理、
夢の論理であつてもかまはない。「サブリナ」も気持よく自分の論理をとつとと進めてゆく映画である。もつとも
その点では、「イヴの総て」ほどの作品はめつたにないが。
三島由紀夫「アメリカ映画ノオト『麗しのサブリナ』」より
385 :
名無しさん@公演中:2011/04/18(月) 10:38:54.53 ID:65MBhgMX
こいつは正真正銘の傑作だ。もつとも人間といふ厄介な代物が出て来なければ傑作を生み出すのは、(技術的な
労苦は別として)、さほど難中の難事ではなからうが。
私は子供のころから、昆虫や小動物の生活を書いた本が大好きで、ハドスンの本からパンパス(大草原)にあこがれ、
アルゼンチンへパンパスを見に行くつもりでゐたが、ヴィザがとれなくて行けなかつた。そこでこの映画で、
アメリカ西部の砂漠の「鳥獣映画」に堪能した。
私はどういふものか、山猫、カンガルー鼠、栗鼠みたいなムクムクしたものが好きだ。あるひはチョロチョロ
したものが。しかし、伊達者でもつとも感心したのは赤尾鷹のすばらしい横顔と、翼をひろげた壮麗なポーズと
である。これにはハリウッドのよほどの伊達者もちよつと敵ふまい。
三島由紀夫「アメリカ映画ノオト『砂漠は生きてゐる』」より
386 :
名無しさん@公演中:2011/04/22(金) 11:59:35.62 ID:oncEqo1G
恥かしい話だが、今でも私はときどき本屋の店頭で、少年冒険雑誌を立ち読みする。いつかは私も大人のために、
「前にワニ後に虎、サッと身をかはすと、大口あけたワニの咽喉の奥まで虎がとびこんだ」と云つた冒険小説を
書いてみたいと思ふ。芸術の母胎といふものは、インファンティリズムにちがひない、と私は信じてゐるのである。
地底の怪奇な王国、そこに祭られてゐる魔神の儀式、不死の女王、宝石を秘めた洞窟、さういふものがいつまで
たつても私は好きである。子供のころ、宝島の地図を書いて、従兄弟と一緒にそれを竹筒に入れ庭に埋めたりして
遊んだものであつた。
アメリカへ行つたときまづ私が探したのは、おそらく日本に輸入されてゐないさういふ子供むき映画の常設館で
あつたが、いくら探してもみつからなかつた。アメリカの子供は漫画雑誌でしよつちゆう「スーパー・マン」などに
心酔してゐるのに、それを映画で見ることはできないのであらうか。
三島由紀夫「荒唐無稽」より
387 :
名無しさん@公演中:2011/04/22(金) 12:01:26.81 ID:oncEqo1G
最近「乱暴者」といふ映画に大へん感動したが、そこには精神年齢の低い青少年の冒険慾が周囲に冒険慾を
充たす環境を見出だしえず、やむなく平板凡庸な地方の小都会を荒らしまはるにいたる一種の無償の行為が、
簡潔強烈に描かれてゐたからであつた。
映画には青少年に与へる悪影響も数々あらうが、映画は映画なりのカタルシスの作用を持つてゐる。それが
無害なものであるためには、できるだけ空想的であることがのぞましく、大人の中にもあり子供の中にもある
冒険慾が、何の遠慮もなく充たされるやうな荒唐無稽な環境がなければならない。「乱暴者」のやうな映画は、
大人には面白いが、子供には有害であらう。
ハリウッド映画のおかげで、あらゆる歴史的環境は、新奇な感を失つたなまぬるいリアルなものになつてしまつた。
私はもう一度、映画で思ふさま荒唐無稽を味はつてみたいと思ふのである。
ディズニィの漫画で、「不思議の国のアリス」の気違ひ兎と気違ひ帽子屋のパーティーの場面は、私を大よろこび
させた。「ダンボ」の酩酊のファンタジーもよかつた。
三島由紀夫「荒唐無稽」より
388 :
名無しさん@公演中:2011/04/22(金) 12:02:41.04 ID:oncEqo1G
しかしやつぱり人間、この親愛感あるふしぎな動物、写真にその顔が出るだけでわれわれの感情移入を容易にし、
どんなありえない事件の中に彼が置かれても、心理的つながりを感じさせるこの動物が、はつきり登場して
ゐなくてはならない。写真はこの点でふしぎな説得力をもつてゐる。小説ではさうは行かない。
さうして彼は埋没した王国を探りに旅立ち、さまざまな奇怪な人物に会ひ、いくたびか地図を盗まれ、巻数半ばで、
想像を絶したふしぎな国土とその生活にとび込むのである。そこではミイラもよみがへり、美しい女王は千歳を閲し、
怪物は人語を発し、花々はあやしい触手をのばし、危難は一足ごとにあらゆる辻に身を伏せてうかがつてゐる。
それも決して喜劇であつてはならず、おそろしい厳粛さ真剣さが全巻を支配してゐなければならない。
私はいつもそんな映画にかつゑてゐる。そして私のいちばん嫌ひな映画といへば、それはいふまでもなく、あの
ホーム・ドラマといふ代物である。
三島由紀夫「荒唐無稽」より
389 :
名無しさん@公演中:2011/04/30(土) 10:57:24.17 ID:RmQ6qzjT
感受性といふものは、知的ではないところの、それ自体の頑固な様式をもつてゐる。
病気といふものは、個々の作家にとつて象徴的な事柄である。(中略)ニイチェの著作がもつとも多く書かれたのは、
彼の梅毒の初期であり、初期症状の幾多の病徴が、当時の作品群を特色づけてゐる由だが、小説家もまた、
好い作品を書くためには、いつも梅毒の初期症状に似たものを、しかもそれ以上亢進もせずよくもならないところの
症状を、自分の体内に、人工培養しておく必要があるのかもしれない。
精神の停滞を阻む不断の緊張のために、病気を利用することから一歩進んで、もし自由に病気の選択ができると
したら、できるだけ、生の躍動を象徴的に、また内在的にとらへうるやうな病気にかかることが望ましい。
ニイチェはそれを、「強さのペシミズム」「生の豊饒から直接生れるところの悲観主義」と呼んでゐる。
三島由紀夫「卑俗な文体について」より
390 :
名無しさん@公演中:2011/04/30(土) 10:57:52.12 ID:RmQ6qzjT
卑俗な文体、「品質のわるい文体」のもつ異様な説得力は、鴎外の高貴な文体、「最高の品質」の文体のもつ
真らしさ、とはまるで正反対のものであるが、真らしさの点については同程度の成果をあげることができる。
卑俗な文体は一般的な先入主に故意によりかかり、事物を生かさずに、事物に対する常識的な判断を適宜に塩梅し、
それの総和に於て、世にも非常識な現実の真らしさを生み出すことができるのであるが、そこでは通常潔癖な
小説家が、故意に避ける偶然の重複などが、あたかも自明の現実のやうに現前してゐる。そして事実人生には、
小説にしたら嘘ッ八としか思へないやうな、奇抜な偶然の出会や因果関係が存在するのである。
(中略)私が小説のアクチュアリティーを保証する一手段として、この卑俗な文体に抱いた関心は、おそらく
戯曲の文体につながる問題だといふことに気がついた。
三島由紀夫「卑俗な文体について」より
391 :
名無しさん@公演中:2011/05/04(水) 11:21:10.80 ID:4yjQ+YnW
少年時代にほとんど性欲的な知性の目覚めといふものを持たない人は、人生の半面しか知らない人ではないかと
思はれる。
私は徐々に文学の上で知的なものと感性的なもの、ニイチェの言つてゐるアポロン的なものとディオニソス的な
もののどちらを欠いても理想的な芸術ではないといふことを考へるやうになつた。
私はやはりニイチェ的な考へでギリシャの芸術を見てゐたと思ふのであるが、どこをつついても翳のないやうな
明るさ、完全な冷静さ、ある場合には陽気さ、快活さ、若々しさ、さういふものが見かけだけのものではなくて、
一番深いフシギなものをひそめてゐることに打たれた。そして一番表面的なものが、一番深いものだとさへ
考へるやうになつた。なぜなら私は心理分析にあきてゐたし、そこから人間の問題が全部出てくるとは思へなかつた。
むしろ人間のちよつとした表面の動きとか、太陽の光にさらされた平面を描いたものの中に、人間の存在の
恐ろしさとか、暗さとかが逆に出てくるやうに感じた。
三島由紀夫「わが魅せられたるもの」より
392 :
名無しさん@公演中:2011/05/04(水) 11:21:28.30 ID:4yjQ+YnW
私は建設的な芸術といふものをいつまでたつても信じることができないし、そして芸術の根本にあるものは、
人を普通の市民生活における健全な思考から目覚めさせて、ギョッとさせるといふことにかかつてゐるといふ
考へが失せない。もし芸術家のやることが市民の考へることと全然同じになつてしまつたら、芸術が出てくる動機が
ないのである。そして現在あるところのものを一度破滅させなければよみがへつてこないやうなもの、ちやうど
ギリシャのアドニスの祭のやうに、あらゆる穫入れの儀式がアドニスの死から生れてくるやうに、芸術といふものは
一度死を通つたよみがへりの形でしか生命を把握することができないのではないかといふ感じがする。さういふ
点では文学も古代の秘儀のやうなものである。収穫の祝には必ず死と破滅のにほひがする。しかし死と破滅も
そのままでは置かれず、必ず春のよみがへりを予感してゐる。
三島由紀夫「わが魅せられたるもの」より
393 :
名無しさん@公演中:2011/05/04(水) 11:21:51.21 ID:4yjQ+YnW
大体私は死や破滅そのものだけをテーマにした芸術にはあまり興味がない。いはゆる狂気の芸術及び狂気の
天才といふものには大して興味がない。やはり私は死や破滅を通していつもよみがへりを夢見てゐるのであるが、
さういふことを夢見ることと、根本的な破滅の衝動とがうまく符節を合したときに、いい芸術ができるのでは
ないかと思ふ。
立派な芸術は積木に似た構造を持ち、積木を積みあげていくやうなバランスをもつて組立てられてゐるけれども、
それを作るときの作者の気持は、最後のひとつの木片を積み重ねるとたんにその積木細工は壊れてしまふ、
さういふところまで組立てていかなければ満足しない。積木が完全なバランスを保つところで積木をやめるやうな
作者は、私は芸術家ぢやないと思はれる。世の教訓的な作家とかいはゆる健全な作家といはれてゐる連中は積木を
壊すことがイヤなのである。最後の一片を加へることによつてみすみす積木が崩れることがわかつてゐながら、
最後の木片をつけ加へる。そして積木はガラガラと崩れてしまふのであるが、さういふふうな積木細工が芸術の
建築術だと私は思ふ。
三島由紀夫「わが魅せられたるもの」より
394 :
名無しさん@公演中:2011/05/10(火) 10:23:45.28 ID:QYzEO3xG
この地上で自分の意欲を実現する方式に二つはないのではないか? 芸術も政治も、その方式に於ては一つなのでは
ないか? だからこそ、芸術と政治はあんなにも仲が悪いのではないか? ただ、いつも必ず失敗し、いつも
必ず怒つてゐるのは、理想主義者だけなのである。
ワグナーは、加藤道夫氏とちがつて、どうやら、理想の劇場は死んだといふことを、誰よりも鮮明に、腹の中で
知つてゐた男のやうに思はれる。だから彼の「理想の劇場」が建つてしまつたのである。しかしこの壮大な規模の
古代祭典劇の再現を自分で見ながら、やはりワグナーは、その友にして仇敵ニイチェが荘厳な面持で、
「神は死んだ」と言つたやうに、ニヤリと笑ひながら、「理想の劇場は死んだ」と呟いてゐたかもしれない。
私はワグナーといふ男のことを考へると、彼の作品のあのやうな悲愴さにもかかはらず、ワグナー自身は、毫も
悲愴さを持たぬ人間だつたやうな気がしてならない。それは多分彼が「芸術家だから理想主義者ではない」といふ
風土に、育ち且つ生きたからであらう。
三島由紀夫「楽屋で書かれた演劇論 理想の劇場は死んだ」より
395 :
名無しさん@公演中:2011/05/10(火) 10:24:55.89 ID:QYzEO3xG
ラヂウムを扱ふ学者が、多かれ少なかれ、ラヂウムに犯されるやうに、身自ら人間でありながら、人生を扱ふ
芸術家は、多かれ少なかれ、その報いとして、人生に犯される。
ラヂウムは本来、人間には扱ひかねるものである。その扱ひには常に危険が伴ふ。その結果、人間の肉体が犯される。
人間の心とは、本来人間自身の扱ふべからざるものである。従つてその扱ひには常に危険が伴ひ、その結果、
彼自身の心が、自分の扱ふ人間の心によつて犯される。犯された末には、生きながら亡霊になるのである。そして、
医療や有効な目的のために扱はれるラヂウムが、それを扱ふ人間には有毒に働くやうに、それ自体美しい人生や
人間の心も、それを扱ふ人間には、いつのまにか怖ろしい毒になつてゐる。多少ともかういふ毒素に犯されて
ゐない人間は、芸術家と呼ぶに値ひしない。
三島由紀夫「楽屋で書かれた演劇論 俳優と生の人生」より
396 :
名無しさん@公演中:2011/05/16(月) 13:37:50.87 ID:+UzMsxQu
歌右衛門丈については、すでにたびたび書いた。そのたびに同じやうなことを書くことになるのは、丈に
進歩発展がないといふことを意味しない。たとへば一輪のみごとな大輪の菊や、夕闇にうかぶ夕顔の花や、
さういふものについて何度も書いて、そのたびにちがつたことが書けるわけはない。昼夜二部制興行で一日五役や
六役に変貌しても、俳優といふものは役の背後に全く隠れ切つてしまへるわけではない。あらゆる芸術家の中で、
舞台芸術家は、おのれの肉体的条件、おのれの肉体の檻の中にもつとも決定的にとぢこめられてゐる。顔や声や
体つきが個性を暗示するのにもつとも力があるとすれば、顔や声や体つきにもつとも縛られてゐる俳優なるものは、
いちばん個性的芸術家なのである。たとへば個性といふ見地からは、団十郎や菊五郎のはうが、森鴎外や夏目漱石より
個性的なのである。この私の意見はもつと詳述を要するけれど、今はこのくらゐに止めておかう。
三島由紀夫「豪奢な哀愁」より
397 :
名無しさん@公演中:2011/05/16(月) 13:38:49.93 ID:+UzMsxQu
舞台の芸が時間の経過と共に一瞬一瞬に観客の記憶の中へ組み入れられつつ消え失せてゆくことを思ふと、
われわれは俳優といふ存在に一そう熱狂し、それを失ひたくない思ひにかられる。舞台の上に今歌右衛門丈が
踊つてをり、袖がひらめき、美しい流し目が見え裾の金糸がかがよひ、黒い髪が乱れ……さういふとき、われわれ
観客は自分の全存在を歌右衛門に賭けてしまつてゐるのだが、それといふのも丈が世界中にかけがへのない花だと
いふ意識がわれわれにあるからである。
それは一種の幻覚にすぎないかもしれない。丈がかけがへのない存在なら、お客の一人一人だつてかけがへの
ない存在なのであり、地位やお金や才能の高下があつたところで、だれだつて人間は一人一人かけがへのない存在で、
誰しもそれを知つてゐるから、自分の命が何よりも惜しい。それにもかかはらず、舞台の上の俳優の芸の美しい
一瞬一瞬のためにこちらの存在が空つぽになつてしまつたやうに思へること、これはいかなる魔術であらうか。
三島由紀夫「豪奢な哀愁」より
398 :
名無しさん@公演中:2011/05/16(月) 13:40:14.83 ID:+UzMsxQu
丈の舞台はとにかくそれだけのものをもつて来たのである。芸の些末なふしぶしがどうあらうと、とにかく見て
ゐるわれわれには、今舞台の上に、途方もない贅沢千万な生命の浪費が行はれてゐるといふ感じが来る。生命の
大盤振舞、金に糸目をつけぬ豪奢な饗宴がくりひろげられてゐるといふ感じがまづ先に来る。そしてこの途方も
ない浪費は、まさにわれわれのために行はれてゐることに気づくと、たぐひない満足と喜びが感じられるのである。
咲き誇つた花や、庭に突然舞ひ込んでくる大きなきらびやかな蝶を見るとき「今見ておかねばならぬ。そして今
見てゐるものこそ、幻ではなくて、本当の美の瞬間の姿だ」と思ふやうに、丈の舞台を見てゐるとき、私は
ときどき、自分が一生に何度とない善尽し美尽しの饗宴の只中にあるやうな気がし、又、あの歓楽尽きて哀傷生ずと
歌つた詩そのままの、いふにいはれない哀愁を感じることがある。宴のさかりにほのかに吹いてくる冷たい
夕風のやうなものを感じることがある。さういふ感じを与へるところが、丈の身上なのかもしれない。
三島由紀夫「豪奢な哀愁」より
399 :
名無しさん@公演中:2011/05/28(土) 11:06:06.91 ID:bHbv/Mvk
人間の肉体の可視的な美は、せいぜい二十代で終つてしまつて、あとは凋落の一途を辿るだけであるから、
それからの人間は仕事や知恵や精神に携はらなければならぬ。精神の営みの未成熟な若い人の上に起る死は、
病死であれ自殺であれ、結局肉体が滅びるだけのことである。精神や知性の声がそこで途絶えるといふのではなく、
若い美しい肉体が急に音を立てなくなつて、動かなくなつて、腐朽するといふだけのことである。青年の死は
かくて、どんなに哲学的な遺書を残さうとも、要するに一箇の肉体的事件なのである。青年が精神的と考へる
あらゆる問題が、より深い意味では、純粋に肉体的な問題にすぎぬといふ考へは、私が自分の青年時代を経て
到達した頑固な確信であつて、昨今の心中事件を見ても、この確信を変へることはできない。
しかし、私は若い人を蔑するのではない。年を重ねるとともに、人は純粋な肉体上の死が不可能になる。
さうなつてからの自殺や心中を醜い、と私は言ふのである。
三島由紀夫「心中論」より
400 :
名無しさん@公演中:2011/05/28(土) 11:07:49.46 ID:bHbv/Mvk
私は若い人の心中を美しいとする日本人特有の偏奇な美意識から出発して、いつのまにか、若い人の心中に一種の
精神の勝利を見ようとする日本人に共通な感覚と背馳してしまつてゐる。事実、私はかれらの心中に、精神の
勝利などといふものをみぢんも感じることができない。精神といふものは頑固に生き永らへ、頑固に老い、頑固に
形成しようと志向するものであつて、それだからこそ精神は、人間の永い歴史に亘つて、頑固に「生命の代理」を
つとめて来たのである。青春時代をすぎて、生命がその真の活力と魅力を失つた時になつて、あたかも別の生命が
動き出したやうに、精神が生命の働きを模倣しつつ働き出し、生命を凌駕するまでに至るのである。これを
知つてゐたギリシャ人は、人間精神のあらゆる形態を、青年の肉体の彫像で象徴し永遠化しうると考へて、
それに成功した。
(中略)
精神といふものは、多分、起源的には男性の専有物であり、男性の武器であつたが、その武器によつてまた自ら
傷つけられて、精神が孤立して、女性の領分である大地から絶縁される憂目にも会つたのであつた。
三島由紀夫「心中論」より
401 :
名無しさん@公演中:2011/05/28(土) 11:09:02.53 ID:bHbv/Mvk
……さて、私が心中を単に肉体的事件だと云つたのは、低い官能的な意味で云つたのではない。私は、それが
精神上の事件ではなく、女性的な情感的な世界の出来事だといふことも、籠めて云つたつもりである。ところで、
日本では男ですら、大部分がかうした女性的情感的な世界に好んで住んでゐるのである。浪花節やヤクザの
勇ましさは、実は極度に女性的情感的なものである。一方、芸術といふものは、半ば男性的半ば女性的なもので
あつて、といふよりは、一般の平均水準から云ふと、百パーセント男性的なものに、百パーセント女性的なものを
混淆して出来上つてゐるので、純粋に精神と知性だけの制作にかかはるものではない。芸術は、日本では、殊に、
女性的、情感的、肉体的、官能的なものへの嗜好を充たすやうに要請されてゐる。それが心中といふやうな
ティピカルなその表現を見のがすわけがない。かくて近松の有名な心中物の傑作が生れ、もてはやされて来たので
あるが、そこでは常に、男性の理念が、女性の情念に屈服し敗北する、同じ主題が語られてゐる。
三島由紀夫「心中論」より
402 :
名無しさん@公演中:2011/05/28(土) 11:10:21.09 ID:bHbv/Mvk
(中略)
肉体といふものが本質的に滅亡の論理をもち、精神がその対蹠物として据ゑられて、永遠への志向をもつといふのは、
キリスト教や仏教を問はず、あらゆる宗教の前提であつた。
日本人にはかういふ宗教的情操に加ふるに、一種の美的な思考があつて、肉体の持つてゐる滅亡の論理そのものを
美化して、崇敬の対象にしようとする傾きがある。日本人の自殺讃美には、かくて、人間意志の悲劇といふものが
欠けてゐて、自殺や心中といふ人間意志の行為そのものさへ、実にあいまいな形態を帯びるのである。
たとへ自殺や心中をしなくつても、自己破壊が青春の本質的衝動なのであるが、それは青春なるものが「肉体的状態」
であるといふことをしか意味しない。かうした肉体的状態に突如として「永遠」を継木して、自分たちの清純な
恋愛の永遠性を保証しようといふのは、思へば無謀な論理であるが、こんな無謀な論理からしか、心中の美しさが
生れないことも事実なのである。
三島由紀夫「心中論」より
403 :
名無しさん@公演中:2011/05/28(土) 11:14:01.94 ID:bHbv/Mvk
若い人の清純な心中が、忽ち伝説として流布され、「恋愛の永遠性」や「精神の勝利」の証左にされるのは、
少なくともこのやうな架空の幻影のために彼らが身命を賭したといふ誠実さの証拠にはなる。といふのは、
「恋愛の永遠性」や「精神の勝利」なるものは、生きてゐようが、自殺してみようが、心中してみようが、
青春といふ肉体的状態にとつては不可能な文字なのであつて、青春のあらゆる特質と矛盾する性質のものであるから、
それゆゑに、さういふものは美しいのである。精神や永遠に身自ら近づきかけてゐる年齢の人たちの心中が醜くて
不潔に思はれるのは、正にかれらの内部にこそ、生きながら、精神や永遠性への志向が、期待されてゐるから
なのである。かういふ点では、私は、世間の成人たちが若い人たちに対して抱いてゐる甘つたるい幻影に全く
与しない。
ところで心中の美しさといふものも、全く幻影的なものである。文楽の人形で見たつて「知死期」の苦悶は
いいかげんグロテスクな見物であるが、人間の死にざまがそんなに美しからうはずがない。
三島由紀夫「心中論」より
404 :
名無しさん@公演中:2011/05/28(土) 11:15:17.97 ID:bHbv/Mvk
(中略)
大体心中や自殺が人里離れた場所を選ぶのは、死をできる限り「主観的な」事件にしたいといふ欲望からであらう。
他人の目はその死を客体に化してしまふ。恋人の目だつて、他人の目にはちがひないのであるが、心中が自殺と
ちがふ点は、やはりお互ひがお互ひの死を眺め、主観的な死と客観的な死を同時に味はひ得るといふ点にあらう。
いや、一人きりの自殺ですら、ある人々はビルの屋上から人通りの多い路上に身を投げて、自分にとつては全く
主観的な死を、すぐさま客体化したいといふ熱烈な野望に燃えてゐる。
(中略)死を決行しようとするとき、孤独の本源的な意味に触れて、死のみならず生そのものも完全に孤独で
あるといふ結論に到達するには、ある弱さがその妨げをなし、心中といふ形に落着くこともあらう。(中略)
純粋自殺といふものが机上の空想であるなら、自殺の中でもどうやら一等純粋性のあいまいな心中だつて、
悪いことはあるまい。そこではあくまでも物事が相対的であつて(中略)死の客体化の欲求をも充たし、欲張りで、
贅沢で、消費的で、……要するに人智の編み出した一つの技術である。
三島由紀夫「心中論」より
405 :
名無しさん@公演中:2011/06/01(水) 11:08:50.99 ID:xacE3dXS
ここには、湧き立つやうなリオ・デ・ジャネイロの狂熱のカーニバがある。オルフェのギリシア神話の現代版がある。
そしてヴードゥーに似たブラジル特有の神がかりがある。
第一に、この単純な物語の舞台の背景がすばらしい。リオ市の奇妙な特徴は、ふつうなら上流人士の住処に
なるべき筈の市中の山の頂きが悉く貧民窟になつてゐることで、モーロの聚落は、その不潔さと極度の貧しさで
有名である。市中の一等景色のよい、海の眺めのひろい場所を臭気ふんぷんたる連中が占領してゐるのである。
しかも貧しい黒人たちは、一年中働らいて得たわづかな金を、カーニバルの四日四晩で完全に費消してしまふ。
ブラジルは人種的偏見の少ない国だが、それでも黒人の悲願は白人に生れ変ることであり、かういふ宿命を
抱いた人たちは、当然仮装に熱中する。仮装こそ、「何かになりたい」といふ念願の仮の実現だからである。
だから貧しい黒人たちの仮装は豪華であつて、なけなしの金をはたいて、カーニバルの数日のためだけに、
最上の装ひを凝らすのである。
三島由紀夫「『黒いオルフェ』を見て」より
406 :
名無しさん@公演中:2011/06/01(水) 11:09:21.14 ID:xacE3dXS
第二に、ギリシア神話の現代化のために、リオのカーニバルと黒人の生活が選ばれたことが、すばらしい着眼点だと思ふ。
私も一九五二年にこのカーニバルに踊り狂つた一人だが、現代の世界で、これほどディオニュソス的感動に
近いものはないと思つた。(中略)
この映画のラストで、黒いオルフェは、嫉妬に狂つた許嫁ミラに投石されて、崖から落ちて死ぬが、ミラと
その一党は、いふまでもなくオルフェを八つ裂きにしたバッカスの巫女たちの翻案である。しかし、「カーニバルで
狂騒と嫉妬にかられた黒人女」といふ設定は、そのまま「現代のバッカスの巫女」として、何ら無理なく通用する、
「現代のバッカスの巫女」を世界中に求めたら、おそらくここに帰着するだらうと思ふ。
こんなわけで、ギリシア神話が、ここでは、全く自然に、いきいきと蘇つてゐるのである。オルフェの地獄めぐりも、
神がかりのシーンで代置されるが、この神がかりはおそらく、芝居でなくて実写だらうと思ふ。あんまり迫真的
だからである。
三島由紀夫「『黒いオルフェ』を見て」より
407 :
名無しさん@公演中:2011/06/01(水) 11:09:57.00 ID:xacE3dXS
(中略)
閑話休題。これらの点で、ギリシア神話の単純素朴と原始的狂熱を現代に移すのに、リオのカーニバルと黒人以上の
ものはないことは自明である。大体白人はすでに、素朴な恋物語や、純真な情熱や、身を滅ぼす狂躁を、演じにくく
なつてゐるのではなからうか。その衰弱を救ふのが黒人であつて、先頃の「カルメン」Carmen Jonesも、ビゼエの
古い歌劇が、黒人のおかげで、完全に現代に蘇つたのである。
(中略)
私は、オルフェとユリディスが、薄暮の裏庭で語らつてから、一夜を共にし、オルフェの絃歌で、カーニバルの
日の出を迎へるまでの、繊細微妙な演出と、黒人俳優たちの悲しみをたたへた表情の美しさに感動した。
オルフェの神話の翻案としては、警察の書類だらけのガランとした事務室から、オルフェの地獄落ちを暗示する
螺旋階段の長いシーンなどに、面白い趣向を感じた。とにかく趣向の面白さを味はつて見るべき映画である。
三島由紀夫「『黒いオルフェ』を見て」より
408 :
名無しさん@公演中:2011/06/04(土) 12:45:06.28 ID:ZTBJ+Qn5
いま瞼の裏にありありと残つてゐるのは、ポルトガルの首都リスボンの絶妙の美しさだの、カイロのピラミッドの
ふしぎな生々しい存在感だの、香港の阿片窟の暗い夢魔的な雰囲気だの、……さういふ断片的な印象の光彩である。
私はこんどの旅行では、ことさら自分を、一瞬にしてすぎる感覚的享楽だけの受動的な存在に仕立てて歩いた。
たとへばピラミッドの存在感といふものは独特で、実に気味がわるい。私はもとメキシコで、階段式ピラミッドの
無気味な姿を見たが、あれはまだ密林に包まれてゐるから始末がいいので、サバクの中からぬつと突き出し、
近代都市のすぐ近くに接近してゐるギザのピラミッドなどの無気味さとは比較にならない。ゴルフ・クラブの
バルコニーに招かれて、何の気なしにふりむいたところに、ユーカリのこずゑ高く、ピラミッドがのしかかつて
ゐる姿を見たときは、まさにそこにあれが「ゐた」といふ感じだつた。夜中に厠の戸をあけたら、そこにお化けが
「ゐた」といふときの「ゐた」といふ感じはまさにこれだらう。
三島由紀夫「ピラミッドと麻薬」より
409 :
名無しさん@公演中:2011/06/04(土) 12:46:07.73 ID:ZTBJ+Qn5
お化けはまだしも人間に似てゐるからいい。しかしピラミッドはいかにも無機的で、しかもギリシャの廃墟のやうな
建築的形態をとどめたすがすがしい石だけの存在ではなくて、何かいやらしい中間的存在である。それは人間と
精神との間に永遠に横たはり、人間と精神との親密な結合を、いつも悪意を以つて妨害してゐる。ヨーロッパの
すべての遺物には、この種の親密な結合があり、それは高い趣味のものから最低の悪趣味のものまで共通してゐる。
しかしエジプトはいやらしい記念碑を建てたものだ。ピラミッドはたしかにある目的のために建てられたのだが、
いま見ると、それはただ「ゐる」ために、存在するために、存在しはじめたやうにしか見えないのである。
死と永遠の時間に対抗するには、エジプト人は、どうやら人間の力だけでは足りないことを自覚して、精神なんかは
押しのけておいて、ひたすら大きな存在の力を借りたやうに思はれる。かくて人間が存在の中へ埋没し、
ピラミッドだけが「ゐる」ことになつたのだ。
三島由紀夫「ピラミッドと麻薬」より
410 :
名無しさん@公演中:2011/06/04(土) 12:47:08.23 ID:ZTBJ+Qn5
これも一つの文明の方法にはちがひなく、また一つの宗教の帰結にはちがひないが、それは本当に目くるめくやうな
暗い黒い文明で、ヨーロッパをまはつてここへ来ると、はじめてヨーロッパは小さな一大陸の特殊な文明形態に
すぎぬことがはつきりする。
(中略)そこからアジアにかけて、何か途方も知れない暗い文明、ヨーロッパ的人間がかつて一度もその力を
借りなかつた存在学的文明がはじまるのを見るやうな気がする。
さて、人間を手取り早くただの「存在」に還元する方法、それが麻薬といふものだらう。中国人が建てた万里の
長城などの無気味な姿は、同じ中国人の発明にかかる阿片、すなはち、死と永遠の時間に対抗するために、人間の
生身を存在それ自体に変へてしまふ秘法と、どこかでこつそりつながつてゐるにちがひない。
現にエジプトでも、カイロ南郊の訪れる人の少ない半ばくづれたダシュールのピラミッドの片ほとりに、私は
砂に埋もれかけてゐるハシシュのくさむらを見た。この麻薬の草は、サバクを吹いてくる微風に、とげとげしく
身をゆすつてゐた。
三島由紀夫「ピラミッドと麻薬」より
411 :
名無しさん@公演中:2011/06/04(土) 12:48:07.28 ID:ZTBJ+Qn5
香港。私がはじめて見る中国の街。ここへはおびただしい難民と一緒に、中国大陸ですでに禁じられた古い悪徳も
逃げこんできて、わづかに余喘を保つてゐる。
手入れのために十人の警官が踏み込むと、せまい迷路をたどつてその街を出たときには、いつのまにか八人に
なつてゐるといふ九竜城の暗黒街を、私は老練な案内書の懐中電灯のあかりをたよりに歩いた。
深夜の家々は雨戸をとざし、夜業の織物工場の機械音が単調にひびいてゐるあひだを、石段の曲がりくねつた小径が、
臭い溝に沿うて上つたり下つたりする。高い石室のやうな家の二階の小窓が暗い穴を闇の中にうがつてゐる。
ときどき灯明りの洩れるところには、茶店の店先で麻雀をやつてゐる人たちが、我々のはうを鋭い目で見返る。
道ばたで煎つてゐるにくにくの実の嘔吐を催すやうなにほひ。それが通のくと、こんどは人気のない闇の小路に、
血のにほひが漂つてくる。ここらでは豚の密殺も行はれてゐるらしい。
三島由紀夫「ピラミッドと麻薬」より
412 :
名無しさん@公演中:2011/06/04(土) 12:49:04.18 ID:ZTBJ+Qn5
とある家の軒下に、闇に半ば身を浸して、黒い中国服の初老の男が、じつと身をもたせかけて立つてゐる。
あらぬ方を見てゐる目は黄いろく澱み、顔の皮膚は弾力のない馬糞紙のやうな色をしてゐる。明らかな阿片患者である。
彼はまさしくそこに「ゐた」。ピラミッドのやうに「ゐた」のである。存在の奥底に落ち込んでゐるその顔は、
我々の社会的な証票ともいふべき顔の機能をすつかり失つて、一つの小さな穴のやうに見える。それは小さいが
実に危険な穴で、ひとたびその中をのぞき込んだら、世界はその中へ身ぐるみ落ち込んでしまふにちがひない。
しかしそれは存在してゐた。人間と精神を連結しようとするあらゆるヨーロッパ的な努力を嘲笑して存在してゐた。
私はかういふ顔がまだ世界のそこかしこにいつぱい存在してゐることを知つてゐる。そしてかういふ顔を忘れて
暮らしてゐるあひだ、同時に我々は、楽天的にも、死や永遠の時間といふものも忘れて暮らしてゐるのである。
何しろ付き合が忙しいから!
三島由紀夫「ピラミッドと麻薬」より
413 :
名無しさん@公演中:2011/06/09(木) 12:06:46.42 ID:5qZKjgb+
この世界には美しくないものは一つもないのである。何らかの見地が、偏見ですら、美を作り、その美が多くの
眷族(けんぞく)を生み、類縁関係を形づくる。しかも、どうやつたら美の陥穽に落ちないですむか、といふ課題は、
多くの芸術家にとつては、かなり平明な課題であつたと思はれる。彼らはただ前へ前へ進めばよいと思つたのだ。
そして一人のこらず、つひにはその陥穽に落ちたのだ。美は鰐のやうに大きな口をあけて、次なる餌物の落ちて
来るのを待つてゐた。そしてその食べ粕を、人々は教養体験といふ名でゆつくりと咀嚼するのである。
どこかの国、どこかの土地で、歴史の深淵から暗い醜い顔が浮び上り、その顔があらゆる美を嘲笑し、どこまでも
精妙に美のメカニズムに逆らつてゐるといふやうな事態はないものだらうか。ひそかにこれを期待しながら、
この前の旅行で、メキシコのマヤのピラミッドを見たときも、ハイチのヴードゥーを見たときも、私の見たものは
美だけであつた。
三島由紀夫「美に逆らふもの」より
414 :
名無しさん@公演中:2011/06/09(木) 12:08:51.58 ID:5qZKjgb+
(中略)
もはや美の領域で、「ブゥルジョアをおどろかす」やうなものは存在しない。超現実主義は古い神話になり、
抽象主義は自明な様式になつてしまつた。抽象主義はやがて、ゴシックが中世に於て意味したやうなものに
なつてしまふであらうし、それだけのことだ。モデルの体に絵具を塗つて画布の上にころげまはらせても、
悲しいかな、結果は自明であり、美は画布の上に予定されてゐる。われわれはもはや、ウヰリアム・ブレークが
描いた物質主義の代表者「ピラミッドを建てた人」の肖像ほど醜くあることはできず、骨の髄まで美に犯されてゐる。
われわれの住んでゐるのは、拒否も憎悪も闘ひもない美の「民主主義的時代」なのだ。しかも近代の教養主義の
おかげで、歴史上のどんな珍奇な美の様式にも、われわれは寛容な態度で接してしまふ。
香港。――この実に異様な、戦慄的な町の只中で、私はしかし、永らく探しあぐねてゐたものに、やうやく
めぐり会つたやうな感じがする。
三島由紀夫「美に逆らふもの」より
415 :
名無しさん@公演中:2011/06/09(木) 12:10:59.67 ID:5qZKjgb+
私は今までにこんなものを見たことがない。強ひて記憶を辿れば、幼時に見た招魂社の見世物の絵看板が、
辛うじてこれに匹敵するであらう。その色彩ゆたかな醜さは、おそらく言語に絶するもので、その名を
Tiger Balm Garden といふのである。
(中略)
地獄極楽図はまことにグロテスクの極致であつて、神桃を捧げられた神々や、竜馬にまたがつた神将、天女などの
足下には、雲を隔てて地獄の光景がひろがり、(中略)いまはしい囚人の姿が、新鮮なペンキの血をふんだんに
使つて、陰惨なリアリズムで描かれてゐる一方、この庭の童話的な趣向も忘れられずにをり、陰府刑車と大書した
近代的な自動車が、囚人を満載して近づいてくるのである。
ガーデンの特色の一つは、どんな遊園地にも似ず、一切の動きがないことだ。胡文虎氏は電気仕掛を好まなかつた
らしい。氏の庭はすべて永遠不朽のコンクリートで固化してをり、あらゆる激動の瞬間は、死のやうな不動の裡に
埃を浴び、虎は永遠に吼えつづけ、囚人は永遠に呻きつづけてゐる。このふしぎなモニュメンタルな死の気配に、
胡文虎氏の美学と経済学の結合があるらしい。
三島由紀夫「美に逆らふもの」より
416 :
名無しさん@公演中:2011/06/09(木) 12:12:47.47 ID:5qZKjgb+
(中略)
この庭には実に嘔吐を催させるやうなものがあるが、それが奇妙に子供らしいファンタジイと残酷なリアリズムの
結合に依ることは、訪れる客が誰しも気がつくことであらう。中国伝来の色彩感覚は実になまぐさく健康で、
一かけらの衰弱もうかがはれず、見るかぎり原色がせみぎ合つてゐる。こんなにあからさまに誇示された色彩と
形態の卑俗さは、実務家の生活のよろこびの極致にあらはれたものだつた。胡氏は不羈奔放を装ひながらも、
この国伝来の悪趣味の集大成を成就したのである。
中国人の永い土俗的な空想と、世にもプラクティカルな精神との結合が、これほど大胆に、美といふ美に泥を
引つかけるやうな庭を実現したのは、想像も及ばない出来事である。いたるところで、コンクリートの造り物は、
細部にいたるまで精妙に美に逆らつてゐる。幻想が素朴なリアリズムの足枷をはめられたままで思ふままに
のさばると、かくも美に背馳したものが生れるといふ好例である。
なぜ踊つてゐる裸婦の首が蜥蜴でなければならないのか。この因果物師的なアイディアは、空想の戯れといふ
やうなものではない。
三島由紀夫「美に逆らふもの」より
417 :
名無しさん@公演中:2011/06/09(木) 12:15:43.36 ID:5qZKjgb+
いたるところに美に対する精妙な悪意が働いてゐて、この庭のもつとも童話的な部分も、その悪意によつて
どす黒く汚れてゐる。そしてそれはグロテスクが決して抽象へ昇華されることのない世界であり、不合理な
人間存在が決して理性の澄明へ到達することのない世界である。現実は決して超えられることがなく、野獣の咆吼や、
人間の呻きや、猥褻な裸体は、コンクリートの形のなりに固化したまま、現実のなかにぬくぬくと身をひそめてゐる。
しかもここには怖ろしい混沌の勝利はないので、混沌の美は意識的に避けられてゐると云つていい。一つの断片から
一つの断片へ、一つの卑俗さから一つの卑俗さへと、人々は経めぐつて、つひに何らの統一にも、何らの混沌にも
出会はない。おのおののイメージは歴史や伝説からとられたものであるのに、ここにはみぢんも歴史は感じられず、
新鮮なペンキだけがてらてらと光つてゐる。そして人々はこの夢魔的な現実のうちで、只一人の人間らしい顔にも
出会はないのである。
三島由紀夫「美に逆らふもの」より
418 :
名無しさん@公演中:2011/06/10(金) 11:30:25.70 ID:UuST6cNP
本学の法科学生であつたころ、私が殊に興味を持つたのは刑事訴訟法であつた。(中略)
それ(刑事訴訟法)が民事訴訟法などとはちがつて、人間性の「悪」に直接つながる学問であることも魅力の
一つであつたらう。しかも、その悪は、決してなまなましい具体性を以て表てにあらはれることがなく、一般化、
抽象化の過程を必ずとほつて、呈示されてゐるのみならず、刑事訴訟法はさらにその追求の手続法なのであるから、
現実の悪とは、二重に隔てられてゐるわけである。しかし、刑務所の鉄格子がわれわれの脳裡で、罪と罰の観念を
却つてなまなましく代表してゐるやうに、この無味乾燥な手続の進行が、却つて、人間性の本源的な「悪」の匂ひを、
とりすました辞句の裏から、強烈に放つてゐるやうに思はれた。これも刑訴の魅力の一つであつて、「悪」といふ
やうなドロドロした、原始的な不定形な不気味なものと、訴訟法の整然たる冷たい論理構成との、あまりに
際立つたコントラストが、私を魅してやまなかつた。
三島由紀夫「法律と文学」より
419 :
名無しさん@公演中:2011/06/10(金) 11:30:50.62 ID:UuST6cNP
また一面、文学、殊に私の携はる小説や戯曲の制作上、その技術的な側面で、刑事訴訟法は好個のお手本で
あるやうに思はれた。何故なら、刑訴における「証拠」を、小説や戯曲における「主題」と置きかへさへすれば、
極言すれば、あとは技術的に全く同一であるべきだと思はれた。
ここから私の、文学における古典主義的傾向が生まれたのだが、小説も戯曲も、仮借なき論理の一本槍で、
不可見の主題を追求し、つひにその主題を把握したところで完結すべきだと考へられた。作家は作品を書く前に、
主題をはつきりとは知つてゐない。「今度の作品の主題は何ですか」と作家に訊くのは、検事に向かつて
「今度の犯罪の証拠は何ですか」と訊くやうなものである。作中人物はなほ被疑者にとどまるのである。もちろん
私はストーリイやプロットについて言つてゐるのではない。はじめから主題が作家にわかつてゐる小説は、
推理小説であつて、私が推理小説に何ら興味を抱かないのはこの理由による。外見に反して、推理小説は、
刑事訴訟法的方法論からもつとも遠いジャンルの小説であり、要するに拵(こしら)へ物である。
三島由紀夫「法律と文学」より
420 :
名無しさん@公演中:2011/06/11(土) 17:16:03.96 ID:bjwLr69e
作家あるひは詩人は、現代的状況について、それを分析するよりも、一つの象徴的構図の下に理解することが多い。
それは多少夢の体験にも似てゐる。ところで犯罪者もこれに似て、かれらも作家に似た象徴的構図を心に抱き、
あるひはそのオブセッションに悩まされてゐる。ただ作家とちがふところは、かれらは、ある日突然、自分の中の
象徴的構図を、何らの媒体なしに、現実の裡に実現してしまふのである。自分でもその意味を知ることなしに。
若い不平たらたらなサラリーマンの心には、社長になりたいといふ欲求と紙一重に、若いままの自分の英雄的な
死のイメーヂが揺曳してゐる。これは永久に太鼓腹や高血圧とは縁のない死にざまで、死が一つの狂ほしい
祝福であり祭典であるやうな事態なのである。
「俺が滅びるのだ。だから世界がまづ滅びるべきだ」といふ論理は、生きるための逃げ口上に使はれれば、容易に、
「世界が滅びないのなら、俺は滅びることができない」といふ嗟歎に移行する。いづれも死を前提にした論理で
あるのに、死が死の不可能と固く結びついてゐる。
三島由紀夫「魔――現代的状況の象徴的構図」より
421 :
名無しさん@公演中:2011/06/11(土) 17:17:49.94 ID:bjwLr69e
作家は現実の犯罪の手続をとることもなく、又、ただひたすらに孤独から遁れ去らうといふ欲求に身を任せるでもなく、
まづ、生れながらに、絶対孤独を自分の棲家とする。だから、そこに棲んだまま、黙つて、何も言はずに、涸化して
死んでしまつた作家もある筈だ。一行も書かなかつた作家といふものもある筈だ。
作家はこんなにも沢山、自分の絶対孤独の雛型を作つてどうしようといふのであらうか? 私はかつてこんな
不気味な漫画を見たことがある。礼服にシルクハットの人形売りが街頭に立つてゐる。彼の足もとには、彼と
そつくりな礼服にシルクハットの沢山の小さな人形が、背中のネヂを十分に巻かれて、四方八方へ歩き出してゐる。
この漫画の惹起する笑ひには、ぞつとするやうなものが含まれてゐた。これが大方の作家が心に抱く象徴的構図だと
言つてもまちがひではあるまい。他者は永久に来ないことを作家は知つてをり、連帯の不可能も明らかであり、
犯罪は一回きりで終り、劇的な死も一回きりで終るのは明らかである。
三島由紀夫「魔――現代的状況の象徴的構図」より
422 :
名無しさん@公演中:2011/06/11(土) 17:18:40.76 ID:bjwLr69e
(中略)
絶対孤独はいかなる場合も非生産的なものである。しかしこのうつろな非生産性が、歴史に動かされて、もつとも
執念深いもつとも持続的な生産者を作り出す。これが作家といふものであり、作家がある時代の申し子となるのは
こんな事情に依るが、時代のはうでは、それぞれの時代の純粋な絶対孤独の持主に目をつけて、こいつを拾い上げ、
こいつに記録者としての全権を委任することがよくあるのだ。時代は孤独者が孤独の雛型を次々と作り出すのを
ゆるす。後世にのこすためには冷たいタイルの羅列のはうが長持ちするからだ。
それにしても作家は、自分が生きてゐる時代と絶対孤独との関係については、たえず頭を悩まさざるをえない。
これは一体どういふ関係であらうか? それは単に、醜聞のやうなものなのか? 書くたびに、書けば書くほど、
彼はこのことを思ひ詰め、このふしぎな疑問が、はては彼の反復される主題にまでなつてしまふ。
三島由紀夫「魔――現代的状況の象徴的構図」より
423 :
名無しさん@公演中:2011/06/19(日) 10:13:04.18 ID:61KaCbev
昭和三十三年二月十七日(月)
さて今日は格別のたのしみがある。ニューヨークのタイムス・スクウェアの土産物屋で、ゴムで出来てゐる
人狼(ウェアウルフ)のお面を買つて来たのだが、それが実によく出来てゐて怖ろしい。(中略)
かへりのタクシーで、福田氏を文学座の前で下ろし、それからじつと黙つてゐて、タクシーが外苑の暗がりへ
入つたところを見計らひ、やをらお面をかぶつて、うしろから運転手の肩をグイと手をかけたら、ふりむいて
アッと叫んだ。
かういふ風に人を脅かして、人のおどろく顔を見るといふたのしみは、たのしみの極致を行くものである。
おどしやタカリの味を覚えた愚連隊のたのしみが想像される。彼らはそのために一生を棒に振り、私は一日を
棒に振つただけであるが、それも自分に裨益するところは少しもなく、ただ他人の反応だけを目的にした行為であつて、
悪といふものは多かれ少なかれ、これほどに献身的なものである。
三島由紀夫「裸体と衣裳」より
424 :
名無しさん@公演中:2011/06/19(日) 10:13:35.54 ID:61KaCbev
二月二十七日(木)
石橋広次選手はリング上で決して興奮しない人である。ボクシングにおけるほど、観衆の熱狂と選手の冷静が
見事な対照をなすものはない。闘争を見ることの熱狂は人間の本性に根ざしてゐるが、ボクシングはもつとも
よく出来た闘争のフィクションである。スポーツの中でもつとも現実の闘争と似た外観を呈してゐながら、
そのスポーツとしての技術性科学性(私のいふフィクション性)は高度である。私にそれがジャンルとしての
小説を想起させる。映画をのぞいては芸術中もつとも現実と似たジャンルである小説は、それだけに一層高度な
技術を要求されるが、ボクシングの試合を見て現実の喧嘩と混同する観衆の無邪気な熱狂と同じものが、今日
素人小説家の無数の輩出を惹き起してゐる。ボクシングなら叩かれれば痛いから自分の非にすぐ気がつくが、
かういふ連中は痛さを知らないから始末がわるい。
三島由紀夫「裸体と衣裳」より
425 :
名無しさん@公演中:2011/06/19(日) 10:14:05.14 ID:61KaCbev
三月十八日(火)
今まで見たところ大江健三郎の小説には、最近作「鳩」にいたるまで、ひんぱんに動物があらはれる。いはゆる
動物文学とは、多かれ少なかれ、動物の擬人化にもとづいたものであるが、大江氏のはそれと反対で、人間の
擬動物化ともいふべきものであり、われわれのうちにひそんでゐる人間の奴隷化や殺戮の欲望が、動物を相手に
充たされてゐる。状況がゆるせばもちろん人間そのものの動物的奴隷化が可能になるので、「飼育」や
「人間の羊」はその好例である。これを私は新しい動物文学と名附けよう。
(中略)
大江氏の小説の特色は、いろんな点で小説の近代的特色を根本的に欠いてゐるところにある。氏は登場人物の
近代的個性といふものを重視しない。氏の作品に登場する人間は、たかだか一般概念以上のものを要求されないのだ。
そしてそこに登場する動物群にも、個性的な擬人化された動物は出て来ないので、一般概念としてとどまつてゐる。
だから大江氏の小説は、比喩でもなく寓喩でもない。アレゴリーの根本条件が欠けてゐるのである。まして
いはんや風刺ではない。
三島由紀夫「裸体と衣裳」より
426 :
名無しさん@公演中:2011/06/19(日) 10:14:30.19 ID:61KaCbev
強ひて言へば、メタモルフォーシスの小説といふことができよう。「人間の羊」は羊のやうな人間を描いた
小説ではなく、人間が羊に変貌する物語であり、「飼育」は動物のやうに飼はれる黒人兵を描いたものではなく、
飼はれる動物、強い耐へがたい体臭を放つ家畜に変貌した黒人兵の物語である。
氏の小説のサディスティックな嗜欲は、かくて一般概念としての動物を、一般概念としての人間と対置し、人間が
動物を飼育したり殺したりするのを、汎性的な対等の関係でながめてゐる。鼠のやうな、また羊のやうな人間の
悲惨さと弱さは、比喩としてではなく、容易に、人間そのものの常態として語られる。日本人のお尻をバスの中で
まくつて叩く米兵と、叩かれる日本人とは、かかる関係において対等であり、死体とこれを見る青年(死者の奢り)
との関係も、鳩とこれを殺す少年との関係も、黒人兵とこれを飼育する少年との関係も、同様に対等であつて、
あらゆる政治的寓喩や人間的風刺を峻拒してゐる。
三島由紀夫「裸体と衣裳」より
427 :
名無しさん@公演中:2011/06/19(日) 10:14:58.78 ID:61KaCbev
そこには縛られた強者と残酷な弱者、あるひは残酷な強者と殺される弱者があるだけであり、最後に死体と、
殺された鳩の屍とが残される。なぜなら死とエロティックにおいてだけ、人間と動物とは一般概念によつて
同一化されるのであり、個性を持つてゐた筈の人間が一般概念に変貌する際の色情的かつ獣的な美しさを存分に
ゑがいた「飼育」は、殺された小動物の美を暗い背景の前に鏤(ちりば)める「鳩」に達する。(中略)
「鳩」の小動物たちは、それぞれ鼠やモルモットや鳩を呈示するにすぎないが、その宝石のやうに凝つた血によつて、
鼠一般、モルモット一般、鳩一般の荘厳な象徴と化し、色欲的観念の具現となるのである。そこにはサディストの
究極の夢があり、われとわが手で殺した小動物は、動物であるがゆゑに、永遠に一般概念の彼方にとどまり、
精神や個性の片鱗をひらめかすことはない。そこでこの殺戮行為は、黒人を飼育するよりももつと純粋な
エロティックな行為として終るのである。それはアニミズムからもつとも遠い文学である。
三島由紀夫「裸体と衣裳」より
428 :
名無しさん@公演中:2011/06/19(日) 10:19:05.13 ID:61KaCbev
四月十八日(金)
どの小説家も抱いてゐる或る感じ、自分の書いた小説のなかで、あるひはその小説を通じて、はじめて自分の
人生に本当に対面したやうな気のするといふ或る感じ、これは彼の実際に日々生きてゐる人生の像を、幾分か
ぼやけた不確かなものにすることは争へない。認識の手間をはぶいて表現することによつて、作家は生の人生を
幾分かのこしておかなければならないが、今日の河野先生の話ではないが、小説家は厳密に言ふと、認識者ではなく
表現者であり、表現を以て認識を代行する者である。作家が小説を書くことにより、表現してゆくことにより、
はじめて認識に達するといふ言ひ方は正確ではない。作家の狡猾な本能は、自分に現前するものに対して、つねに
微妙に認識を避けようとするからである。殺して解剖しようとする代りに、生け擒(ど)りにしようと思つて
ゐるからである。
もちろん生かしておいて認識するといふ手もある。卓抜なエッセイストはさういふ人種であつて、猛獣使ひの
やうなものであらうか。
三島由紀夫「裸体と衣裳」より
429 :
名無しさん@公演中:2011/06/19(日) 10:19:27.21 ID:61KaCbev
さて、作家が自分の生に対していつもあいまいな放任の態度を持してゐるとき、彼はいはば、それが認識の素材に
なることを免れさせてゐるのである。トオマス・マンの云ふやうに、「作家の幸福は、感情になり切り得る思想であり、
思想になり切り得る感情」(ヴェニスに死す)だとすると、彼の生は、まだ思想にもなりきらぬのみか、感情にも
なりきらない部分であり、さうなることを無意識に抑制されてゐる。感情の中にも思想の中にも安住できない人間が、
幸福になる方法は、おそらく表現することだけで、このやみくもな行為に耐へるには、明敏なだけでは足りない。
もちろんバカなだけでも足りないが……。そして表現したあげくの、創造の喜びといふやつは、又しても彼を
認識者たることから遠ざける。なぜなら認識にとつて歓喜ほど始末に負へぬ敵はないからである。
三島由紀夫「裸体と衣裳」より
430 :
名無しさん@公演中:2011/06/23(木) 10:45:00.20 ID:Ns3G36YK
五月九日(金)
キェルケゴールの有名な「あれかこれか」の一節は永いこと私を魅してゐた。
「結婚したまへ、君はそれを悔いるだらう。結婚しないでゐたまへ、やつぱり君は悔いるだらう」
(中略)
私は又、晩年のフロオベエルが公園を散策しながら、乳母車を押してゆく家族づれを見て、「私もああいふ生涯を
送ることもできたのだ」と述懐したといふ挿話をもよくおぼえてゐた。
人生が一人宛たつた一つしかないといふことは、全く不合理な、意味のない事実である。殊に小説家にとつては、
自分の創造の条件に対する侮辱とさへ思はれる我慢ならない事実である。これに対する解決は何も見当たらないが、
これをなだめすかす慰藉の方法がないわけではない。ディオゲネースのあの定言的な言ひ方を崩すには、たつた
一つの方法しかない。事実が決定的であり、人生が一個であるならば、これをうけとめる人間一般の感情の法則を、
せめて自分だけでも免れようとすればよからう。「結婚したまへ、君はそれを悔いるだらう。結婚しないでゐたまへ、
やつぱり君は悔いるだらう」……それなら、ままよ、後悔しなければいいのである。
三島由紀夫「裸体と衣裳」より
431 :
名無しさん@公演中:2011/06/23(木) 10:45:24.34 ID:Ns3G36YK
(中略)
このやうな悔いは自由意志の幽霊のやうなもので、或る作為あるひは不作為が一個の人生を決定してしまふのを
見た自由意志自身の不安なのである。自由意志は無限の選択をするのではない。選択は百のうちから十、十の
うちから三つ、三つのうちから二つ、二つのうちから一つといふ具合に、徐々に限られて来て、最後に自由意志は、
それをするかしないかといふことだけを選ぶために現れる。しかしここまで追ひつめられた選択と、自由意志の
本質とは必ず矛盾する。自由意志は、選択の機能を本来帯びてゐなかつた自分に気がつくのである。自由意志は
決断のために使はれるべきではなく、作為と不作為との間に常に追ひつめられてゐる人間の、可能性の問題なのだ
といふことに。……自由意志にとつては、本来、人生は一人一個宛ではなかつた筈なのだ。
私がもし悔いないでゐられるなら、それは宿命を是認することになるだらうか。さうではない。
三島由紀夫「裸体と衣裳」より
432 :
名無しさん@公演中:2011/06/23(木) 10:45:47.37 ID:Ns3G36YK
私が悔いないといふことは、自由意志に対する嘲笑ではない。どんな選択も、どんな決断も、どんな行為も
自殺でさへも、最終的に人間の状況を決定することはできない、と私は考へるから、決断に従つたことを悔いも
しないし、おそらく決断に従はなかつたときも悔いはしまい。人間は選ぶことができないのではないが、最終的に
選択の不可能なことを知つてゐるのは自由意志であつて、さればこそ、人生がたつた一つであることをどうしても
肯はない自由意志は、宿命に対抗することができるのである。だから「悔い」といふ形であらはれる不安は、
自由意志にとつて本質的なものではない。宿命はすでに選択してゐるし、自由意志は永遠に選択しない。そして
行為とは、宿命と自由意志との間に生れる鬼子であつて、人は本当のところ、自分の行為が、宿命のそそのかしに
よるものか、自由意志のあやまちによるものか、知ることなど決してできない。結局、海水の上に浮身をするやうな
身の処し方が、自分の生に対する最大の敬意のしるしのやうに思はれる。
三島由紀夫「裸体と衣裳」より
433 :
名無しさん@公演中:2011/06/25(土) 00:42:56.90 ID:XNhgaEr/
八月八日(金) 悪と政治と
いろんな意味で対蹠的なサルトルの「殉教と反抗」(ジャン・ジュネ論)と界外五郎氏の銀座の一級ヤクザとしての
告白「恐喝」の二冊を、それぞれおもしろく読んでゐるうちに、日本よりさらに暑熱のきびしいイラクでは、
大がかりな「切つた張つた」がはじまつた。(中略)
その上私はナセル大統領の「敵に対しては、われわれは原爆さへもおそれてゐないことを警告する」といふ演説に
接して、「矢でも鉄砲でも持つてこい」といふ超現代的表現はかうもあらうかと思つて感心した。こんなバカげた
啖呵を切れる日本の政治家は一人もあるまいが、政治外交上の嚇し文句はそこまで行かなければ本当ではあるまい。
中近東や東南アジアの民族主義に対するわれわれの同意は、伝来の「弱きを助け強きを挫く」助六精神であるけれど、
弱い筈の民族主義者が、モスクワから帰つてくると、「原爆さへもおそれてゐない」と啖呵を切り出し、一方、
「強きを挫く」だけの助六の腕力がわれわれに欠けてゐる以上、民族主義に対するわれわれの立場は、不透明に
ならざるをえない。
三島由紀夫「裸体と衣裳」より
434 :
名無しさん@公演中:2011/06/25(土) 00:43:28.00 ID:XNhgaEr/
第一、日本にはすでに民族「主義」といふものはありえない。われわれがもはや中近東や東南アジアのやうな、
緊急の民族主義的要請を抱へ込んでゐないといふ現実は、幸か不幸か、ともかくわれわれの現実なのである。
今や明治維新の歴史的価値は、ますます高められてきた、と私は感じる。
さて界外氏の「恐喝」に話を戻して、氏のヤクザの定義を読むと、かうである。
「ほんとうのヤクザの社会では、タタキ(屋内強盗)やノビ(忍込み強盗)をするような人間は鼻にも引つかけない。
理由なくして金銭をホシイママにすることを極度に嫌う。泥棒社会の人間など普通ヤクザといわれている者とは
住む世界が違うし、実際に刑務所に入っても全然派閥が違う。というより色彩が違う。人の物を盗むようになったら
完全に浮かばれない。理由はともかく、尠くとも大義名分をはっきりわきまえているヤクザと破廉恥行為以外
なにものもない彼等とは全然世界が違うのである」
三島由紀夫「裸体と衣裳」より
435 :
名無しさん@公演中:2011/06/25(土) 00:44:03.41 ID:XNhgaEr/
(中略)
日本にはキリスト教の神の観念がないから、悪の観念も従つて稀薄だ、といふのはずいぶん言ひ古された議論で
あるけれど、マキャベリ以来の西欧の政治学にひそむ悪、そのもつとも理想主義的な政治学にさへ自明の前提として
受け入れられてゐる悪に比べれば、日本の政治は、正に界外氏の定義にすつぽりあてはまるヤクザ的なものだと
云つてもよからう。おんなじアジアでも、旧植民地諸国の政治家は、自分たちを虐げて来た帝国主義者たちから、
少くとも悪の原理と悪の知恵を学んでゐる。ネールなんぞは私にはその典型だと思はれる。ネールの孤独を、
たはむれに前掲のジュネの孤独と比べて、泥棒の代りに政治家として読み代へてみたまへ。「神に捧げられた子」
としての政治家の孤独がはつきりするだらう。
さて、ジュネは、この孤独から、しばしばの裏切りによつて自己聖化に達するのであるが、裏切りは界外氏の
定義によれば、ヤクザのもつとも忌むところであつて、日本の政治は共産党のいはゆる「民衆に対する裏切り行為」
などに専念する勇気がない。
三島由紀夫「裸体と衣裳」より
436 :
名無しさん@公演中:2011/06/25(土) 00:44:31.52 ID:XNhgaEr/
日本の悪は悪といふよりも、局限的道徳なのであつて、世間一般の道徳との間に範疇の差はなく、ただニュアンスの
相違でつながつてゐるだけで、政治家の道徳とヤクザの道徳は、局限的道徳であるといふ点だけで、世間の道徳に
対して特色を発揮してゐるにすぎない。
イラクのクウ・デタに対する日本政府の三転四転した腰の据わらぬ態度は、私には、日本の政治家が、自分の
ヤクザ性にも、模して及ばぬ悪人性にも、どつちにも徹し切らない中途半端から来るやうに思はれた。「民族主義に
対する裏切り」をおそれながら、一方アメリカにも気兼ねをし、やつとのことで国連的正義感に便乗してゐるのは、
ヤクザにしても性根のないヤクザで、せめてナセル親分ぐらゐに、「原爆おそるるに足らず」ぐらゐのことを
言つたらいい。日本に原爆を落とされた手前、それだけは死んでも言へないといふなら、逆に悪に徹して、
資本主義の走狗をつとめて、民族主義を弾劾するがいい。
三島由紀夫「裸体と衣裳」より
437 :
名無しさん@公演中:2011/06/25(土) 00:45:03.22 ID:XNhgaEr/
東洋の一角で憂ひ顔の騎士が、事あるごとに、厩につながれたままの馬にまたがつて、悲しい御託宣を並べるのは、
毎度のことで、もう漫画にもならない。国家が必要悪であるならば、国家のエゴイズムが最高の要請であるべきだし、
政治が悪であるならば、裏切りがそれを聖化するだらう。西欧のチトー元帥は裏切りの上に国を建てた。しかし
われわれの住んでゐるのは、悪の国ではなく、ヤクザの国であり、界外氏のヤクザの定義はいかにもわれわれの
心性に叶つてをり、悪のイデアに対してほどほどの距離と自己弁護の立場を忘れない。それはまた民衆の
平均的趣味であり、不徹底な現実主義の土壌の上に、ヒロイックな夢を咲かすことである。それにしてもヤクザは
原爆を持つことができず、持つことができるのは、せいぜい機関銃が限度である。
三島由紀夫「裸体と衣裳」より
お 前 自 身 の 意 見 ・ 考 え を お 前 の 言 葉 で 書 い て く れ!!
二島由紀生より
439 :
名無しさん@公演中:2011/06/25(土) 11:21:45.82 ID:XNhgaEr/
八月十二日(火)
私は今、人生に関する文学的誤解からやうやく抜け出して、その次の危険な場所、文学に関する人生的誤解に
そろそろ近づきさうな予感がしてゐる。若い人たちの作品の人生的無知を苛立たしく感じたりするのは、その
危険な兆候だ。戒めなくてはならぬ。とにかく「人生では知らないことだけが役に立つので、知つてしまつたことは
役にも立たない」のであるから。
十月二十日(月)
退屈でないのは慣習や熟練、要するに「くりかへし」の作業であり、冒険こそ、その当人にとつては、一等退屈な
作業だといふことを忘れてはならぬ。また人を退屈させることも怖れてはならぬ。現代の忙しいジャーナリズム裡の
作家の最大の病気は、「読者を退屈させやしないか」といふ神経性である。小説では或る程度の退屈なしには、
読者の精神を冒険に誘ひ込むことができないやうに思はれる。私が今こそわがものにしたいのは、ゲーテの
「ヴィルヘルム・マイスタア」のあの退屈さである。
三島由紀夫「裸体と衣裳」より
440 :
名無しさん@公演中:2011/06/25(土) 11:22:21.09 ID:XNhgaEr/
十月二十一日(火)
ポオのファルスに属するものは、「十三時」「ボンボン」「ペスト王」「ミイラとの口論」などであらうが、
可成物語的構成を持つたものの中でも「タア博士とフェザア教授の治療法」などは、ファルスに入れてもよからう。
そこには知的ノンセンスともいふべき高度の趣味があつて、もつとも下らない馬鹿話の中へ、完全に身を隠し
了せたとき、知性はもつとも美しいものになるといふ逆説が証明されてゐる。メルヴィルの「白鯨」だつて
最大の規模を持つたファルスと云へないことはない。ポオのファルスがどんなに馬鹿さわぎを演じても、品位と
重厚さを失つてゐないのは、知性が遊戯に熱中して柔軟になりきるときにこそ、知性の目的は没却されて、
知性の姿だけが目に見えて来るからであらう。品位は知性の生れながらの態度(アティテュード)であつて、
合目的的な知性は、ともするとこの態度を失ふのである。
三島由紀夫「裸体と衣裳」より
441 :
名無しさん@公演中:2011/06/25(土) 11:22:52.21 ID:XNhgaEr/
十一月二十一日(金)
批評する側の知的満足には、創造といふまともな野暮な営為に対する、皮肉な微笑が、いつまでもつきまとふことは
避けられない。この世には理想主義的知性などといふものはないのだ。あらゆる理想主義には土方的なものがあり、
あらゆる仕事は理想主義の影を伴ふ。そして批評的知性には、本来土方の法被(はつぴ)は似つかはしくないもので
あるが、批評の仕事がひとたびこの法被を身にまとふと、営々孜々として破壊作業に従事するか、それとも
対象から遠く隔たつて天空高く楼を建てるかしてしまふのである。
十一月二十三日(日)
私の言葉は理性的に出てくるのではない。コンディションの良好なとき、気に入つた対象すなはち好餌があらはれると、
私は蜘蛛のやうにその好餌に接近して、言葉の網でしやにむにからめとらうとする。さういふ狩猟に似た喜びの
瞬間には、言葉は精力的に溢れ出し、何か肉体的な力で言葉が動き出し、対象をつかまへて、舌なめずりし、
その対象をできるかぎり丹念に隈なく、言葉で舐めつくさうとするのだ。いささか薄気味わるい比喩だが、言葉が
私の中から湧き出てくるときにはさういふ感じがする。
三島由紀夫「裸体と衣裳」より
442 :
名無しさん@公演中:2011/06/25(土) 11:23:21.40 ID:XNhgaEr/
言葉が花火のやうにはじけ、一瞬にして拡散し、対象の上にふりかかつて、それを包み込まうとする動きを
感じるとき、ほとんど書く手が追ひつかず、次の行に書くべきことを忘れないために、欄外にいそいでメモを
書きとめなくてはならぬ。このときの速度は一体、どんな種類の速度なのであらう。何故なら、書く手が
追ひつかぬほど言葉が先に走つてゆく感に襲はれながら、実際のところ、筆の速度は、大したものではなく、
書ける枚数も二、三枚、多くて四、五枚で終つてしまふ。こんな興奮は決してそれ以上持続しないのだ。
かういふときアメリカの或る作家たちのやうにタイプで原稿を書き、もし又タイプに熟達してゐれば、書く作業に
よつて抑制されることなく、言葉の走る速度にぴつたり合つた文章が出来るかもしれない。しかしそれが文章と
いふものであらうか? 文章はむしろ言葉に対峙するもののやうに思はれる。言葉の本質がディオニュソス的なら、
文章の本質はアポロン的、といふ具合に、言葉は私にとつてはひどく肉体的な、血や精液に充ちたものだ。
三島由紀夫「裸体と衣裳」より
443 :
名無しさん@公演中:2011/06/27(月) 11:04:29.13 ID:ExIQ87H5
十一月二十五日(火)
人にすすめられて「短歌」といふ雑誌を読み、春日井建といふ十九歳の新進歌人の歌に感心する。(中略)
かういふ連作は、ソネットのやうなつもりで読めばいいのであらう。私は海に関する昔ながらの夢想を、これらの
歌によつて、再び呼びさまされたが、十代の少年の詩想は、いつも海や死に結びつき、彼が生きようと決意するには、
人並以上に残酷にならなければならないといふ消息が、春日井氏のその他の歌からも、私には手にとるやうにわかつた。
いづれにしても詩は精神が裸で歩くことのできる唯一の領域で、その裸形は、人が精神の名で想像するものと
あまりにも似てゐないから、われわれはともするとそれを官能と見誤る。抽象概念は精神の衣裳にすぎないが、
同時に精神の公明正大な伝達手段でもあるから、それに馴らされたわれわれは、衣裳と本体とを同一視するのである。
三島由紀夫「裸体と衣裳」より
444 :
名無しさん@公演中:2011/06/27(月) 11:05:00.53 ID:ExIQ87H5
十二月十七日(水)
今夜は日活撮影所へ「不道徳教育講座」のプロローグとエピローグの二カットに出演するため行かなければ
ならないが、こんな私の軽薄な振舞については、一家そろつて大反対である。(中略)
――二度目のテストではセリフをとちつた。もうやたらにセリフをとちるからとて、俳優を莫迦扱ひするのを
止めなくては。トチリとか失敗とかは正に神秘的なもので、人間の努力の及ぶところではない。
昭和三十四年一月二十五日(日)
「夜遊び」といふものがいかに本当の夜から遠いことか。われわれはもう殆ど「夜」を持たなくなつてしまつた。
どんな秘密な遊びも、隠密な犯罪も、厳密に「夜」には属さない。明治神宮の初詣でに深夜群をなして集まる人々を、
晃々と照らすライトの下に映したテレヴィジョン放送を見て、そこにはもはや「夜」がなく、人々が「夜」を
望みもしない状況を、私はつぶさに眺めた。折口信夫氏の「死者の書」のやうな「夜」の文字を、二度と
われわれは持つことができぬであらう。
三島由紀夫「裸体と衣裳」より
445 :
名無しさん@公演中:2011/06/27(月) 11:05:23.82 ID:ExIQ87H5
三月二日(月)
私は外国で大いに世話になり温い親切をうけた外人の来朝には、出来るかぎりの歓迎をすることにしてゐる。
といふのは、見知らぬ他国へ着いた旅人の受ける、その土地の人からの親切ほど、忘れがたいものはないからである。
見知らぬ他国では何もかもが怖しい。郵便局や銀行へも一人ではゆけず、バスや地下鉄に乗つたつてどこへ
連れて行かれるかわからない。善人と詐欺漢との区別もつかず、すべてが五里霧中である。
私にとつても、外国で受けた、骨に徹するほどの不親切の思ひ出もある。むしろそのはうが多いかもしれない。
しかし考へやうによつては、その国の人同士の間では、これくらゐの不親切、冷酷非情のはうがむしろ当り前で、
ふつうそれくらゐのことで人を傷つけるとは思はれない。ところが旅人はひどく傷つくのである。
私はかういふ経験をしばしば味はひ、その中に記憶に残る温い親切を思ひ出すと、自分の味はつたそのうれしさを、
その人にも味ははせてやりたいものだと思ふ。殊に一人旅の旅人には尽して上げたい。
三島由紀夫「裸体と衣裳」より
446 :
名無しさん@公演中:2011/06/27(月) 11:05:57.73 ID:ExIQ87H5
(中略)
一方、日本へ知人の外人を迎へてつくづく思ふのは、さういふ人たちへの一寸した心尽しでも、ありていに云ふと、
こちらの生活の歯車を少からず擾(みだ)すことになるので、立場を変へて、私が当然のやうに受け入れてゐた
外国における個人的厚意が、どれだけ先方の生活の歯車を狂はせてゐたかがわかるのである。外国人は実によく
遠来の客をねぎらふ。私はどれだけ人の私宅へ招かれて泊めてもらつたかわからない。
それにまた外人がわれわれの国の踊りなり芝居なり美術品なりのイカモノに感心しようとしてゐるとき、
「あれはニセモノだよ」と冷水を浴びせてやるくらゐ愉快なことはない。紐育で、メキシコの某クラブで見た
民俗舞踊に感心した話をしてゐたら、居合はせたメキシコの一富豪が、「ありや真赤なニセモノですよ」と
一言の下に片附けたが、そのときの彼の愉快さうな顔と云つたらなかつた。
三島由紀夫「裸体と衣裳」より
447 :
名無しさん@公演中:2011/06/27(月) 11:06:32.98 ID:ExIQ87H5
(中略)
私は今、一向旅心を誘はれない。海のかなたには何があるか、もうあらかたわかつてしまつた。そこにも人間の
生活があるきりだ。どんな珍奇な風俗の下にも、同じやうな喜びや嫉妬があり、どんな壮麗な自然の中にも、
同じやうな哀歓があるのを、この目ではつきりと見て知つてしまつた。そして世界中を歩いてみても、自分の
生涯を変へるやうな奇抜な事件は決して起り得ないといふことも、もしそれが起るとしても、自分の心の中にしか
起らないといふことも。
先生に引率された小学生たちが沢山傍らを通る。子供たちの目はまだ見ぬ世界への夢に輝いてゐる。この
子供たちこそ世界を所有してゐるので、世界旅行は世界を喪失することだ。尤も、生きるといふことがそもそも
人生をなしくづしに喪失してゆくことなのであるから、人間の行為と所有とは永遠に対立してゐる。すべてを
所有しようと思つたら、断じて見ず、断じて動かず、断じて行はないことだ。王国はかくて立ちどころに所有される。
三島由紀夫「裸体と衣裳」より
448 :
名無しさん@公演中:2011/06/28(火) 00:25:12.22 ID:Fc5CX3at
四月十日(金)
庭で素振りをしてから、馬車行列の模様をテレヴィジョンで見る。
皇居前広場で、突然一人の若者が走り出て、その手が投げた白い石ころが、画面に明瞭な抛物線をゑがくと見る間に、
若者はステップに片足をかけて、馬車にのしかかり、妃殿下は驚愕のあまり身を反らせた。忽ち、警官たちに
若者は引き離され、路上に組み伏せられた。馬車行列はそのまま、同じ歩度で進んで行つたが、その後しばらく、
両殿下の笑顔は硬く、内心の不安がありありと浮んでゐた。
これを見たときの私の興奮は非常なものだつた。劇はこのやうな起り方はしない。これは事実の領域であつて、
伏線もなければ、対話も聞かれない。しかし天皇制反対論者だといふこの十九歳の貧しい不幸な若者が、
金色燦然たる馬車に足をかけて、両殿下の顔と向ひ合つたとき、そこではまぎれもなく、人間と人間とが向ひ
合つたのだ。馬車の装飾や従者の制服の金モールなどよりも、この瞬間のはうが、はるかに燦然たる瞬間だつた。
三島由紀夫「裸体と衣裳」より
449 :
名無しさん@公演中:2011/06/28(火) 00:25:47.74 ID:Fc5CX3at
われわれはこんな風にして、人間の顔と人間の顔とが、烈しくお互を見るといふ瞬間を、現実生活の中では
それほど経験しない。これはあくまで事実の事件であるにもかかはらず、この「相見る」瞬間の怖しさは、正しく
劇的なものであつた。伏線も対話もなかつたけれど、社会的な仮面のすべてをかなぐり捨てて、裸の人間の顔と
人間の顔が、人間の恐怖と人間の悪意が、何の虚飾もなしに向ひ合つたのだ。皇太子は生れてから、このやうな
人間の裸の顔を見たことははじめてであつたらう。と同時に、自分の裸の顔を、恐怖の一瞬の表情を、人に
見られたこともはじめてであつたらう。君候がいつかは人前にさらさなければならない唯一の裸の顔が、いつも
決まつて恐怖の顔であるといふことは、何といふ不幸であらう。
それにしても人間が人間を見るといふことの怖しさは、あらゆる種類のエロティシズムの怖しさであると同時に、
あらゆる種類の政治権力にまつはる怖しさである。
三島由紀夫「裸体と衣裳」より
450 :
名無しさん@公演中:2011/06/28(火) 00:26:09.68 ID:Fc5CX3at
六月二十九日(月)
「鏡子の家」は、いはば私の「ニヒリズム研究」だ。ニヒリズムといふ精神状況は、本質的にエモーショナルな
ものを含んでゐるから、学者の理論的探究よりも、小説家の小説による研究に適してゐる。
(中略)
……オンボロ貨物船を引きずつて、船長は曲りなりにも故郷の港に還つて来た。主観的にはずいぶん永い航海だつた。
無数の港々、荷卸しや荷揚げの労苦、嵐や凪、それから航海に必ず伴ふ奇怪な神秘的な出来事、……さういふものは、
まだありありと頭の中に煮立つてゐるが、それも徐々に忘れられるだらう。暫時の休息ののち、船長は又性懲りもなく、
新しい航海のための食糧や備品の買出しに出かけるだらう。もつと巨きく、もつと性能もよい船を任される申し出に
よし出会つても、彼はすげなく拒むだらう。彼はこのオンボロ貨物船を以てでなくては、自分の航海の体験の量と
質とをはかることができないからである。それだけがあらゆる船乗りの誇りの根拠だ。
三島由紀夫「裸体と衣裳」より
451 :
名無しさん@公演中:2011/07/01(金) 14:10:05.24 ID:dAYtlrx+
そもそも推理小説とは欧米でも売れて売れて困るもので、売れない推理小説は、そもそも推理小説の資格がない
やうなものだ。
純文学には、作者が何か危険なものを扱つてゐる、ふつうの奴なら怖気をふるつて手も出さないやうな、取扱の
きはめて危険なものを作者が敢て扱つてゐる、といふ感じがなければならない、と思ひます。つまり純文学の
作者には、原子力を扱ふ研究所員のやうなところがなければならないのです。(中略)小説の中に、ピストルや
ドスや機関銃があらはれても、何十人の連続殺人事件が起つても、作者自身が何ら身の危険を冒して『危険物』を
扱つてゐないといふ感じの作品は、純文学ではないのでせう。
純文学は、と云つても、芸術は、と云つても同じことだが、究極的には、そこに幸福感が漂つてゐなければ
ならぬと思ふ。それは表現の幸福であり、制作の幸福である。どんな危険な怖ろしい作業であつても、いや、
危険で怖ろしい作業であればあるほど、その達成のあとには、大きな幸福感がある筈で、書き上げられたとき
その幸福感は遡及して、作品のすべてを包んでしまふのだ。
三島由紀夫「『純文学とは?』その他」より
452 :
名無しさん@公演中:2011/07/01(金) 14:10:39.18 ID:dAYtlrx+
(中略)
人間、四十歳になれば、もう美しく死ぬ夢は絶望的で、どんな死に方をしたつて醜悪なだけである。それなら、
もう、しやにむに生きるほかはない。
室生犀星氏の晩年は立派で、実に艶に美しかつたが、その点では日本に生れて日本人たることは倖せである。
老いの美学を発見したのは、おそらく中世の日本人だけではないだろうか。殊に肉体芸術やスポーツの分野では、
東西の差が顕著で、先代坂東三津五郎丈は老齢にいたるまで見事な舞台姿を見せたが、セルジュ・リファールは
もうすでに舞台姿は見るに堪へぬ。(中略)スポーツでも、五十歳の野球選手といふものは考へらないが、
七十歳の剣道八段は、ちやんと現役の実力を持つてゐる。
肉体の領域でもこれだから、精神の領域では、日本人ほど「老い」に強い国民はないだらう。室生氏などは
世阿弥のいはゆる「珍しき花にて勝」つた人であらう。
三島由紀夫「『純文学とは?』その他」より
453 :
名無しさん@公演中:2011/07/01(金) 14:11:09.65 ID:dAYtlrx+
(中略)
このごろは町で想像もつかないことにいろいろぶつかる。小説家の想像力も、こんなことに一々おどろいてゐる
やうでは貧寒なものだ。
旧文春ビルのTといふ老舗の菓子屋で買物をしたら、私の目の前で、男の店員が、私の買物を包んでゐる女の店員に、
「領収書は要らないんだろ。もう金もらつた?」
ときいてゐた。
客の前で、大声で「もう金もらつた?」ときく心理は、どういふのだらう。
やはり銀座の五丁目のMデパートで、菓子売場の女店員に、
「舶来のビスケットある?」
ときいたら、
「チョコレートならありますけど、ビスケットは舶来はありません」
と言下に答へた。売場を一まはりして、さつきの女店員の立つてゐる飾棚を見たら、ちやんと英国製ビスケットが
二缶並んでゐる。
三島由紀夫「『純文学とは?』その他」より
454 :
名無しさん@公演中:2011/07/01(金) 14:11:30.51 ID:dAYtlrx+
「ここにあるぢやないか」
と言つたら、
「あら」とゲラゲラ笑つてゐた。
この二種類だけかときいたら、二種類だけです、と答へ、別の女の子が、他にも二種類あります、と持つて
来たはいいが、値段をきくと、全然同じ缶を二つ並べて、片方を八百円、片方を千五百円といふ無責任さ。
そのあひだゲラゲラ笑ひどほしで、奥の売場主任も我関せず焉で知らん顔をしてゐた。
(中略)
――かういふいろんな不条理か事例は、小説に使つたら、みんな嘘と思はれるだらう。もし今忠実な風俗小説といふ
ものが書かれたら、超現実主義風な作品になるのではないかと思はれる。
三島由紀夫「『純文学とは?』その他」より
455 :
名無しさん@公演中:2011/07/12(火) 09:52:14.22 ID:ZxD2YM7S
個体分裂は、分裂した個々の非連続性をはじめるのみであるが、生殖の瞬間にのみ、非連続の生物に活が入れられ、
連続性の幻影が垣間見られる。しかるに存在の連続性とは死である。かくてエロチシズムと死とは、深く
相結んでゐる。「エロチシズム」とは、われわれの生の、非連続的形態の解体である。それはまた、「われわれ
限定された個人の非連続の秩序を確立する規則的生活、社会生活の形態の解体」である。
主知主義の能力の限界は、人間が生の非連続性に耐へ得る能力の限界である。この限界を究めようとする実験は、
主知主義の側から、しばしば、且つ大規模に試みられたが、ゆきつくところは、個人的な倫理の確立といふところに
落ちつかざるをえない。戦後の実存主義も、かうした主知主義的努力の極限のあらはれであつて、死と神聖感と
エロチシズムとを一直線に結ぶ古代の血みどろな闇からの救ひではない。われわれが今ニヒリズムと呼んでゐる
ものは、バタイユのいはゆる「生の非連続性」の明確な意識である。そして主知主義的努力は、その非連続性に
耐へよ、といふ以上のことは言へないのである。
三島由紀夫「『エロチシズム』――ジョルジュ・バタイユ著 室淳介訳」より
456 :
名無しさん@公演中:2011/07/12(火) 09:52:56.06 ID:ZxD2YM7S
バタイユがロジエ・カイヨウの持論を紹介してかう言ふ。
「(中略)宗教外の時間は普通の時間で、労働と禁止尊重の時間であり、神聖な時間は祭の時間、つまり本質的には
禁止違犯の時間であります。エロチシズムの面では、祭はしばしば性的放縦の時間であり、専ら宗教的な面では、
とくに殺人禁止の違犯である犠牲の時間でありました」
しかしかういふ明快な時間割を、現代人は完全に失つた。宗教の力は微弱になり、宗教の地位に、映画や
テレヴィジョンを含む各種の観念的娯楽がとつて代り、文学の少なからぬ部分もこれに編入されることになつた。
それらは毎日、性的放縦の観念と殺人の観念を、水にうすめて、ヴィタミン剤のやうに供給してゐる。いたるところに
エロチシズムが漂ひ、従つて死の匂ひが浸潤してゐる。それがますます機能化され単一化されてゆく機械的な
社会形態の、背景であり、いはゆるムードである。火葬場のある町に住んでゐる人のやうに、かくてわれわれは
死の稀薄な匂ひに馴らされて、本当の死を嗅ぎ分けることができない。
三島由紀夫「『エロチシズム』――ジョルジュ・バタイユ著 室淳介訳」より
458 :
名無しさん@公演中:2011/07/31(日) 11:05:15.73 ID:24wmq5U2
どうしても心の憂悶の晴れぬときは、むかしから酒にたよらずに映画を見るたちの私は、自分の周囲の現実を
しばしが間、完全に除去してくれるといふ作用を、映画のもつとも大きな作用と考へてきた。大スクリーンで
立体音響なら申し分がないがそれは形式上のこと、それで退屈な映画では何にもならぬ。(中略)これを一概に
「娯楽」といふ名で呼ぶのは当を得てゐない。私の映画に求めてゐるのは「忘我」であつて、娯楽といふ名で
括られるのは不本意である。私はただの一度も、映画で「目ざめさせて」もらつた経験もなく、又目ざめさせて
もらふために、映画館の闇の中へ入つてゆくといふ、ばからしい欲求を持つたこともないのである。
官能の助けを借りながら、知的探究をさせてもらふ、といふ、怠け者の欲張りが、いはゆる芸術映画の観客の
大半なのであらう。目に見えるものはいやでも官能に愬へ、しかも音が加はり、色彩が加はりすれば、どんな
知的な映画でも、その複合的効果を免かれることはできないのである。
三島由紀夫「忘我」より
459 :
名無しさん@公演中:2011/07/31(日) 11:06:32.01 ID:24wmq5U2
そして忘我とはこれ又複雑な要素を含み、エロティシズムや恐怖といふ感覚的衝撃も十分忘我の材料になりうる
けれども(因みに、笑ひはたえず人を目ざめさせるから、忘我のたのしみには適しない)、知的なパズルも亦、
しばし自分の頭脳を他人のなかなか隅におけない頭脳の支配に委ねるといふ快感において、忘我のよすがになる
わけであるから、私が喜んで見る映画は、おのづから限られてくる。そしてこれらすべての条件を具備したものが、
他ならぬヒチコック映画なのであるが、今度の「トパーズ」を含めて、ヒチコックの近作に、往年の色艶が褪せて
来たことは淋しい。
美しい人間が出てくる、といふことも映画の与へる忘我の大切な要素であり、「トパーズ」にもやはりキューバの
地下組織の代表者として、目もあやな美人(カリン・ドール)が現はれ、その死までも華麗を極めてゐる。
美しい人間といふものは映画にしか出て来ない、といふのがわれわれの年齢の人間の、幼時から温めてきた信仰で
あつた。逆も真なりで、映画に出る人なら美しい人間に決つてゐた筈であつた。
三島由紀夫「忘我」より
460 :
名無しさん@公演中:2011/07/31(日) 11:07:31.12 ID:24wmq5U2
ところが人間の肉体に対する信仰がどこかで崩れ、肉体の「偉大さ」が信じられなくなつてしまつた。これが
スター・システムの崩壊につながつたことは言ふまでもないが、美貌のみによつて偉大である、といふシンボル賦与の
役割を映画がすでに果さなくなつたことと照応してゐる。
その代りにタブーが取り去られ、「性」が映画の中央にしやしやり出てきて、どんな無気力な性を描いても、
性が主人公である映画が続出するやうになつた。現在氾濫してゐる二流映画の中で、私が感心したのはギリシアの
「猫の舌」ぐらゐのものであるが、面白いことには、性が前面に出てくればくるほど、スターは不要になり、
この面からもスター・システムの崩壊は推し進められてゐることである。
スターは性的シンボルであつたが、それは覆はれた性的シンボルであり、性の無名性の逆説であつた。
三島由紀夫「忘我」より
461 :
名無しさん@公演中:2011/07/31(日) 11:08:46.08 ID:24wmq5U2
すなはち性的対象が一つで、こちらが不特定多数人だとすれば、たつた一つの性的対象に対してできるだけ多数の
不特定人が集まれば集まるほど、経済的効率は上るわけであるから、そのためには宣伝が必要になり、宣伝の
公共性がスターをいやが上にも有名にすると共に、性の無名性(性的独占の条件)はますます薄れ、人々は共有の
法則に従はざるをえなくなる。そこに神聖化が行はれ、幾多の処女伝説が発生した。しかしブルー・フィルムでは、
この事情は逆になる。俳優は無名であればあるほど、性的独占の対象として直接性を帯び、それはいかにも任意の
対象といふ風情をそなへ、観客と俳優は一対一で映像の性関係に入ることが容易になる。そのためには、公共性を
必然的に持つ宣伝は、すべてを阻害することになる。
未来の映画は、すべてブルー・フィルムになるであらう。そして公認されたブルー・フィルムの最上の媒体は、
ヴィデオ・カセットになるであらう。なぜならそれは映像の性的独占を可能にするからだ。
三島由紀夫「忘我」より
462 :
名無しさん@公演中:2011/07/31(日) 11:10:12.27 ID:24wmq5U2
これはもう予期された結末であるが、それといふのも、映画は性を扱ふ時に圧倒的な効果を発揮するにもかかはらず、
劇場映画に要する厖大な制作費の条件は、性を無名性と個人的独占から遠ざけるやうにしか働らかないからである。
かういふことをうすうす感じてゐるからこそ、若い監督たちはあのやうな難解な映画を次々と作るのであらう。
どんな形而上学的主題も、或る巨大な性の影に包まれてゐるといふのが映画の本質であるのに、性を前面に扱へば
扱ふほど、かつてのやうなスターといふ存在のシンボル操作による、あの性の万能性・公共性・象徴性・神聖性は
失はれたのである。従つて、映画は或る巨大な性の影の庇護下にあらゆることを語りうる媒体であることを自ら
諦らめねばならず、一方では文学的演劇的な形而上学的主題へ逃げ、一方では芸術映画に特有な、汚ならしい
男女優による汚ならしい性的シーンの氾濫になつたのであらう。
かくも忘我から遠いものはないために、私は、これを見定めて、忘我を与へてくれさうな映画を見るとき以外に、
映画館へ足を運ばなくなつたのであつた。
三島由紀夫「忘我」より
463 :
名無しさん@公演中:2011/08/16(火) 13:06:56.84 ID:R6Q8qL0E
どうした 夏バテか? 四島由紀夫君!
もっと三島由紀夫の肉体と精神を見習ったらどうだ? えっ?
464 :
名無しさん@公演中:2011/08/17(水) 10:06:32.01 ID:ROXMWSaZ
何がきらひと云つて、私は酒席で乱れる人間ほどきらひなものはない。酒の上だと云つて、無礼を働らいたり、
厭味を言つたり、自分の劣等感をあらはに出したり、又、劣等感や嫉妬を根にもつてゐるから、いよいよ威丈高な
嵩にかかつた物言ひをしたり、……何分日本の悪習慣で「酒の上のことだ」と大目に見たり、精神鍛練の道場だ
ぐらゐに思つたりしてゐるのが、私には一切やりきれない。酒の席でもつとも私の好きな話題は、そこにゐない
第三者の悪口であるが、世の中には、それをすぐ御本人のところへ伝へにゆく人間も多いから油断がならない。
私は何度もそんな目に会つてゐる。要は、酒席へ近づかぬことが一番である。酒が呑みたかつたら、別の職業の
人間を相手に呑むに限る。
何かにつけて私がきらひなのは、節度を知らぬ人間である。一寸気をゆるすと、膝にのぼつてくる、顔に手を
かける、頬つぺたを舐めてくる、そして愛されてゐると信じ切つてゐる犬のやうな人間である。女にはよく
こんなのがゐるが、男でもめづらしくはない。
三島由紀夫「私のきらひな人」より
465 :
名無しさん@公演中:2011/08/17(水) 10:07:18.70 ID:ROXMWSaZ
(中略)
私が好きなのは、私の尻尾を握つたとたんに、より以上の節度と礼譲を保ちうるやうな人である。さういふ人は、
人生のいかなることにかけても聰明な人だと思ふ。
親しくなればなるほど、遠慮と思ひやりは濃くなつてゆく、さういふ附合を私はしたいと思ふ。親しくなつた
とたんに、垣根を破つて飛び込んでくる人間はきらひである。
お世辞を言ふ人は、私はきらひではない。うるさい誠実より、洗練されたお世辞のはうが、いつも私の心に触れる。
世の中にいつも裸な真実ばかり求めて生きてゐる人間は、概して鈍感な人間である。
お節介な人間、お為ごかしを言ふ人間を私は嫌悪する。親しいからと云つて、言つてはならない言葉といふものが
あるものだが、お節介な人間は、善意の仮面の下に、かういふタブーを平気で犯す。善意のすぎた人間を、いつも
私は避けて通るやうにしてゐる。私はあらゆる忠告といふものを、ありがたいと思つてきいたことがない人間である。
三島由紀夫「私のきらひな人」より
466 :
名無しさん@公演中:2011/08/17(水) 10:08:16.56 ID:ROXMWSaZ
どんなことがあつても、相手の心を傷つけてはならない、といふことが、唯一のモラルであるやうな附合を私は
愛するが、こんな人間が殿様になつたら、家来の諫言をきかぬ暗君になるにちがひない。人を傷つけまいと思ふのは、
自分が(見かけによらず)傷つき易いからでもあるが、世の中には、全然傷つかない人間もずいぶんゐることを
私は学んだ。さういふ人間に好かれたら、それこそえらいことになる。
……ここまできらひな人間を列挙してみると、それでは附合ふ人は一人もゐなくなりさうに思はれるが、世の中は
よくしたもので、私の身辺だつて、それほど淋しいとは云へない。荷風も、一時は無二の親友のやうに日記に
書いてゐる人間を、一年後には蛇蝎の如く描いてゐるが、それはあながち、荷風の人間観の浅薄さの証拠ではなく、
人間存在といふものが、固定された一個体といふよりも、お互ひに一瞬一瞬触れ合つて光り放つ、流動体に
他ならぬからであらう。好きな人間も、きらひな人間も、時と共に流れてゆくものである。
三島由紀夫「私のきらひな人」より
467 :
名無しさん@公演中:2011/08/17(水) 10:08:57.84 ID:ROXMWSaZ
とまれ、誰それがきらひ、と公言することは、ずいぶん傲慢な振舞である。男女関係ではふつうのことであり、
宿命的なことであるのに、社会の一般の人間関係では、いろいろな利害がからまつて、かうした好悪の念はひどく
抑圧されてゐるのがふつうである。
第一、それほど、あれもきらひ、これもきらひと言ひながら、言つてゐる手前はどうなんだ、と訊かれれば、
返事に窮してしまふ。多分たしかなことは、人をきらふことが多ければ多いだけ、人からもきらはれてゐると
考へてよい、といふことである。私のやうな、いい人間をどうしてそんなにきらふのか、私にはさつぱりわからないが、
それも人の心で仕方がない。ニューヨークの或る町に住むきらはれ者がゐて、そいつは悪魔の如く忌み嫌はれ、
そいつがアパートから出てくると、近所の婆さん連がみんな道をよけて、十字を切つて見送るといふ男の話を
きいたことがあるが、きらはれ方もそこまで行けば痛快である。私も残る半生をかけて、きらはれ方の研究に
専念することにしよう。
三島由紀夫「私のきらひな人」より
468 :
名無しさん@公演中:2011/08/19(金) 15:50:35.46 ID:4wegOXtl
松本(司会):(憂国の)音楽はワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」でしたね?
藤井:はい。
音楽の打ち合せをした時、レコードを聞きながら三島さんがストップウォッチで計るわけですよ。で、「音楽を
どこから流すんだ」、「ここから流しちゃおう」ということになりまして、(中略)麗子はこういう姿勢でいて、
こういうふうに動く……、ってありますね。そこへ音楽を同時に流すわけですよ。するとピタッと合うわけです。
井上(司会):偶然、象徴的に合うわけですね。
藤井:例えば麗子が夫の帰宅の気配に気がついて振り向いたところで、牧笛が軍隊のラッパのように聞こえるんです。
シーン15です。皆びっくりしてね。神がかりだって。「ええっ!」って素直に子供みたいに喜んだ。あれは
三島さんが芝居したんじゃないかと思ったほどでしたよ。
井上:う〜ん、可能性としてあるかもしれませんねぇ。
藤井:いや、やっぱり芝居じゃないんですよ。ある種のフロックだと思います。
藤井浩明「映画製作の現場から」より
469 :
名無しさん@公演中:2011/08/19(金) 15:51:45.60 ID:4wegOXtl
井上:能舞台のようなセットに、「トリスタンとイゾルデ」という組み合わせが独特ですね。
藤井:ワーグナーは三島さんが最初から使いたかった。
井上:外国で上演するということを意識して?
藤井:いや、そうじゃないと思いますね。あの人はね、もともと外国人に見せようなんて思っていなかった。
はじめ「16ミリでやる」と言っていたので、僕は「やるんだったら35ミリでやりましょう。一般の劇場で上映できるし、
外国の映画祭にも出せるじゃないですか」と言った。それまで三島さんはそういうことを考えてなかった。
いわゆる短いプライベートフィルムを作るのが、小説家とかいろんな人たちのあいだで当時流行っていたんです。
それがベースにあったかもしれませんが、しかし、道楽でやるんじゃないと、三島さんは最初から言っていましたね。
そこで、「あなたの原作、脚本、製作、監督、主演でなきゃ商売になりません」と言ったんですよ。三島さんも
納得してくれました。
藤井浩明「映画製作の現場から」より
470 :
名無しさん@公演中:2011/08/19(金) 15:53:14.01 ID:4wegOXtl
藤井:(憂国は)最初はブニュエルの『小間使の日記』と二本立てでしたからね。これもいい映画でした。
(中略)
山中(司会):ブニュエルと一緒にカップリングしてやるということに対して、三島が何か言っていたことは
ありますか?
藤井:いや、特にないですよ。(中略)
三島さんはね、例えば市川雷蔵の『眠狂四郎』とか勝新太郎の『座頭市』とか、高倉健の任侠ものとかとの
二本立てが出来ないか、というのが第一希望だったんですよ。「俺は芸術映画と一緒にやるというのは嫌いだ」
って言ってた。
井上:それは面白い話ですね(笑)。
藤井:この組み合わせは三島さんの意図に反しているんです。だから三島さんはATGでやりたくなかったんです。
だけど当時は二本立てが普通で、例えば『眠狂四郎』と『座頭市』をやる時に、どっちかを外して『憂国』では、
劇場が買わないんです。(中略)そうしたら、川喜多かしこさんが「洋画と組んだ方が良いんじゃないですか」と
言って下さった。
藤井浩明「映画製作の現場から」より
471 :
名無しさん@公演中:2011/08/19(金) 15:54:43.85 ID:4wegOXtl
藤井:話は前後しますが映画が出来た時に、三島さんが「内緒で一般のお客さんに見せてくれ」と言うんですよ。
「飲み屋のおばさんとかそこらにいるあんちゃんとかそういう人たちを集めて」って。
それでね、(中略)新宿に「十和田」という、有名な飲み屋がありましてね。(中略)女将さんと、ごく普通の
町の人たちに見せたんです。十五、六人いたかな。終わったら、女将が言うんですよ、「どうして日本の音楽を
使わなかったの?」って。(中略)そしたら、バーンスタインが東京に来た時、東宝の試写会でこっそり『憂国』を
見せたら、同じことを彼が聞くんです。「一つだけ君に質問がある」って、三島さんがいないところで私に聞いた。
「なぜワーグナーを使ったの? どうして日本の音楽を使わなかったの?」って。僕は新宿の飲み屋のおばさんを
思い出した。映画もわからないし、音楽もわからないんだけれども、巨匠と同じことを奇しくも言ったのは
不思議だなぁと。
藤井浩明「映画製作の現場から」より
472 :
名無しさん@公演中:2011/08/19(金) 15:56:45.83 ID:4wegOXtl
佐藤(司会):『憂国』という映画は、最初は漠然としたプランから始まって、ATGで大成功するまで大きく
膨らみましたね。
藤井:僕もプロとして真剣にやった。単に嬉しがって一緒になって道楽映画をやってたら、「お前何やっているんだ」
ということになって、会社を首になってますよ(笑)。スタッフも内緒で呼んだわけですからね。会社の誰も
知らなかったですよ。
(中略)
松本:(大映社長の)永田さんに叱られませんでした?
藤井:言われましたよ。「お前が今度やる時は俺にちゃんと言ってからにしろ」って。
松本:それだけで済んで良かったですね。
藤井:永田雅一は三島由紀夫の大ファンなんですよ。永田さんは学校もちゃんと出てないし、田中角栄とか
ああいうタイプなんです。(中略)二十八歳くらいで第一映画というのを作ってますが、今じゃ想像できないくらい、
才能というんですかね、それがあったんですよ。(中略)そういう永田雅一にしてみれば三島由紀夫は凄い存在。
若くしてデビューしてあれだけ売れまくった小説家というのは永田雅一にしてみれば天才だ。
藤井浩明「映画製作の現場から」より
473 :
名無しさん@公演中:2011/08/19(金) 16:00:49.63 ID:4wegOXtl
藤井:だから、別の時ですけど、市川崑さんと僕がフランスへ合作の仕事で行くことになりましてね。三島さんが
講談社の榎本昌治さんと一緒に送りに来てくれたんですよ。その時永田雅一も羽田に来ていました。僕を送りに
来たんじゃないですよ。たまたま国内線で飛ぶために羽田へ来たんです。そうしたら三島さんがいるんで、僕に
向かって、「お前のために天下の三島由紀夫が来るわけがないだろう」って言って、「三島由紀夫が何故ここへ
来てくれたか、わかっているか?」って訊ねるんですよ。「社長、送りに来てくれたんです」って答えたら、
「お前を送りに来たんじゃなくて、お前が大映の人間だから来たんだ」って。
山中:嫉妬しているわけですね(笑)。
藤井:猛烈にやきもち焼いてる。「お前、誰に月給貰っているんだ」、「あなたに貰っている」、「俺が社長を
やっている大映にいるから、三島がお前を送りに来た。だから俺に感謝しろ」って。しょうがないから、
「どうもありがとうございました」って言った(笑)。三島さんは、よく永田雅一の真似をしては、まわりを
笑わせていました。
藤井浩明「映画製作の現場から」より
474 :
名無しさん@公演中:2011/08/20(土) 14:16:08.08 ID:Y8bvq8oG
井上:『からっ風野郎』の時はいかがでしたか。
藤井:『からっ風野郎』の時は、講談社の榎本昌治さんが、僕に「三島の映画やらないか」と言ったんですよ。
「監督? 主演?」って訊ねたら、「馬鹿。主演だ」って言うから、「あ、そう? で、何やるの?」。そうしたら、
「何でも良い」って。(中略)
松本:映画は榎本さんの発想なんですか?
藤井:いやいや、三島さん。
松本:三島さんがそんなに望んでいたんですか?
藤井:ええ。
松本:日活の『不道徳教育講座』にちょっと出てますね。あれがきっかけですか?
藤井:いや、その前からですよ。
松本:何で三島さんは、そんなに望んでいたんでしょうね?
藤井:やっぱり映画に出たかったんじゃないですか(笑)。自分が監督するんじゃなくて、要するに、役者とか
俳優としてですね。
佐藤:その前に『鏡子の家』の映画化の話がありましたでしょう? 大映で。それがいつの間にか『からっ風野郎』の
主演の話になってきますね?
藤井浩明「映画製作の現場から」より
475 :
名無しさん@公演中:2011/08/20(土) 14:17:09.05 ID:Y8bvq8oG
井上:『鏡子の家』を市川崑監督でやると、「スポーツニッポン」が報じてますね。
藤井:市川崑さんが『炎上』をやりましたでしょう。傑作だと思うんですけど、市川さんもあれから三島由紀夫に
注目するようになったんです。『鏡子の家』は、雑誌「声」に冒頭部分が載った時から目をつけていて、本に
なると同時に、市川さんに話しました。やる、と言ってくれたんで、永田雅一に、三島さんが書き下ろしの大作を
出したので、市川監督でどうですかと言ったら、それ以上何んにも聞かなくて、「乗った!」って言うんですよ。
会議できめなきゃいけないのに、もうそれで決まっちゃった。そんな時に、主演の話を榎本が持ってきたんですよ。
『鏡子の家』とは関係なく。つまり、三島由紀夫原作の映画化と、三島由紀夫というスターの主演映画が、運悪く
バッティングしてしまった。それで『鏡子の家』のほうが後回しになっちゃったんです。
井上:そういうシチュエーションがあったのですか。
藤井浩明「映画製作の現場から」より
476 :
名無しさん@公演中:2011/08/20(土) 14:18:09.48 ID:Y8bvq8oG
松本:脚本はどうでした?
藤井:最初はね、「白坂依志夫でやろう」って言っていた。白坂は、『永すぎた春』でも脚本を書いたし、
三島さんともお互いとてもよく知っているんですよ。(中略)二人は話していて、「インテリをやりたくないん
だったら、じゃあ競馬の騎手をやろう」ってことになった。三島さんの体型って割と小柄だし、良かったんですよね。
それでね、「凄い名馬に乗る競馬の騎手が、八百長をやる話」に、三島さんも乗ったわけなんです。それで脚本を
作って、(中略)この時は重役も皆参加して本読みをやった。脚本を読むと、割とよく出来ていたんですよ。
八百長やって最後にカムバックするんですけど、ゴールインした時に死んでしまう話で三島さんにぴったり。
そしたら、永田雅一がですね、「お前何考えているんだ!」って怒り出したんですね。「俺を何だと思っているんだ。
俺は中央競馬の馬主会の会長だっ!」って。「中央競馬が八百長だって、そんなのは絶対できない!」って(笑)。
佐藤:でも、これ実現していたら良かったでしょうね。
藤井浩明「映画製作の現場から」より
477 :
名無しさん@公演中:2011/08/20(土) 14:19:11.99 ID:Y8bvq8oG
井上:しかし、大映の他に日活とか松竹に話は?
藤井:三島さんは、仁義のかたい人だから、そんな軽々しいことはしませんよ。だけど、三島さんは映画のために
二ヶ月もスケジュールを空けているわけですからね。それで「弱かったなぁ」と思った。「とにかく考え直そう」と
いうことになって、フッと思いついたのが、菊島隆三さんが石原裕次郎に当てて書いた脚本があったんですよ。
僕は菊島隆三と親しかったから、すぐに電話して、(中略)「どこにも売ってないですね」って念をおしたら、
「売ってない」って。(中略)そして、菊島さんのところに三島さんとすっ飛んで行って、その場で読んだんですよ、
脚本を。三島さんは「やる! これでいきましょう。」って言った。これが原型なんですよ。それをまた
増村(監督)が直したわけです。三島さんは増村が言う通りにやって良かったわけですよ。(中略)二代目だけど、
気が弱くて、腕力がなくて、組の存続も危ぶまれる、気がいい男。そういう風に全部変えちゃったわけ。あれは、
やっぱり増村の凄いところですね。
藤井浩明「映画製作の現場から」より
478 :
名無しさん@公演中:2011/08/20(土) 14:23:47.20 ID:Y8bvq8oG
松本:だけど、『からっ風』の三島には、どこか借りてきた猫のようなところがありますね。
藤井:その点、『人斬り』は文句のつけようかないでしょう。
松本:そうですそうです。あの存在感は見事ですね。
藤井:もうぴったりです。一本やっているからキャリアが違うっていうかな(笑)。
山中:『人斬り』の時は藤井さんがマネージャーみたいなことをなさってたんですか?
藤井:勝新太郎がまだ大映にいて、(中略)僕はその頃企画部長やっていた。勝が僕にね、「ちょっと頼みが
あるんだけどさ、三島さんに出て貰えない?」とか言うんですよ。
松本:五社監督からじゃなかったんですね。
藤井:ええ。それで「何やるの?」って聞いたら、「人斬り新兵衛だ」って言った。僕はね、一発で出ると思った、
三島さんは。だけど、少し勿体つけなきゃいけない、マネージャーとしては。そこで「勝さん、それはわかんないよ」
と言った(笑)。(中略)で、三島さんに「こういう話が来ているんですけどね」と言ったら、「俺やるよ」って、
やっぱり一発で決まった。
藤井浩明「映画製作の現場から」より
479 :
名無しさん@公演中:2011/08/20(土) 14:25:07.83 ID:Y8bvq8oG
藤井:三島さんは、「この田中新兵衛なら絶対にやる!」って言うんですよ。で、勝さんに、「この間、話したら、
三島さんは、やっても良いと言っているけど」と伝えたら、「会わせてくれ」って。勝もとっても喜んで
くれました。(中略)
松本:三島さんは勝さんの演技に全面的に支えられている感じですね。それが見ていて、気持ちよかった。
藤井:そうですね。それで、(中略)京都の撮影所まで行く。そうしたらね、勝新太郎がね。京都駅のホームまで
迎えに来ているんですよ。で、自分の車で、自分の運転で、都ホテルへ送ってくれて、「それじゃ、三島さん
明朝何時に撮影所で」って言う。その時、「テープにもう入れてある」って言うんですよ。三島さんの台詞と
勝の受けの台詞と両方を。次の日に行って、僕がテープを聴きますとね、勝が一々全部フォローしてくれて
いるんですよ。「ここはこう言った方が良い」とか。
佐藤:三島は、勝新太郎に随分世話になったとか、面倒見てもらったとか書いていますけど、そういうこと
だったんですね。
藤井浩明「映画製作の現場から」より
480 :
名無しさん@公演中:2011/08/20(土) 23:16:47.70 ID:Y8bvq8oG
藤井:それで、セットに入って、宣伝用の撮影にかかったら、当時日本で一番有名なキャメラマンの宮川一夫さんがね、
ふらっと入ってきたんですよ。「あれ宮川さんどうしたの?」って言ったら、「三島さんと君が来ているというから、
俺、応援に来たんだ」って。それで天下の宮川さんが、三島さんのメイクをチェックしてくれるんです。すると、
スタッフの気持ちが全然違ってくるんですよ。宮川さんが三島由紀夫のためにここへ来てくれている。それは
異例のことです。それでいてね、三島さんっていう人は勉強家ですから、都ホテルに戻って「明日は撮影所に
十時」とか予定を確認するでしょ。そうするとね、荷物をポンと机の上に置く。原稿用紙と『椿説弓張月』の本です。
(中略)もう撮影所へ来たんだからそっちの方へ頭が行くのかと思うと、そうじゃないんですね。夜の何時頃からに
なると、『椿説弓張月』に取りかかる。その時は『人斬り』じゃないんですよ。そして、朝起きると、また
大スターになっているんです。
藤井浩明「映画製作の現場から」より
481 :
名無しさん@公演中:2011/08/20(土) 23:17:21.60 ID:Y8bvq8oG
井上:たとえば昭和四十四年の六月七日は京都で『人斬り』のラッシュを見てから、帝劇に駆けつけて
『癩王のテラス』の稽古はじめをして、翌日は楯の会の六月例会です。次の九日は楯の会の活動をやって、十日は
『椿説弓張月』のスタッフ会議、こういう感じですね。動き回っている。
佐藤:切り替えと集中力が凄いですね。
藤井:凄いですね。ちょっと真似できないですよ。
佐藤:それでどうなんですか、実物は。色んな人が書いてますけど、やっぱりあたりを払うような存在感がある?
藤井:それはあるんじゃないですか。
佐藤:そういうのと、映画の銀幕に乗るのとは関係があるんでしょうか? つまり、スターと呼ばれる人は、
もうそこにいるだけで、何かオーラを発していて、それが銀幕に自然に現われるものなんですかね?
藤井:やっぱりね、三島さんは大スターなんですよ。
佐藤:『人斬り』の宣伝写真で、仲代達矢、勝新太郎、石原裕次郎と四人で並ぶけど、負けてないですね。
藤井浩明「映画製作の現場から」より
482 :
名無しさん@公演中:2011/08/21(日) 20:49:07.23 ID:liMe7MSX
松本:『からっ風野郎』の時と全然違うんじゃないですか?(中略)
藤井:全然違いますね。やっぱり一本通して主役をやると、違ってきます。それに『人斬り』のようにゲストとして
出る場合は、気が楽なんです。おまけに五社英雄さんは、増村みたいにがんがん言わない、まっしぐらには
来ないんですよ。おだてあげておいて、「はい、じゃあこのシーン行きましょう!」と。三島さんがとっても
ハッピーになったところで、バーンとやる。切腹するところでもね、三島さんはね、ボディビルで鍛えてるから、
腹筋が動くんですよ。三島さんがこう動かすでしょ。すると、スタッフが「三島さん、もういっぺんやって!」
とか言うとね、喜んじゃって、また見せてくれるんです。もうリラックスしていて、それで撮影するわけですよ。
外へ出ると、今度は「三島さん、居合いをやってよ!」と勝が言うんです。すると本気でやるんですよ。うまいんです。
そうすると勝がね、「でも、あんまり強そうじゃないな」とか「手を切らなきゃいいけどな」なんて、からかう。
僕は心配して見ているんですけど、本当にうまいんですよ。
藤井浩明「映画製作の現場から」より
483 :
名無しさん@公演中:2011/08/21(日) 20:50:28.04 ID:liMe7MSX
井上:三島は非常にご機嫌でしたね、『人斬り』のロケの時は。
藤井:それでね、五社さんが何かに書いてましたけど、名古屋かどこかにキャンペーンに行くんですよ、京都から。
佐藤:帰る時ですね。
藤井:三島さんは仕事で東京へ帰らなきゃいけない。五社さんや勝新太郎は名古屋でキャンペーンがある。で、
名古屋駅で三島さん一人を残して、「じゃあ」って別れて新幹線を降りた途端に、三島さんはこうスチールを
取り出して見るんですよ、嬉しそうな顔して。それをね、新幹線の窓の外から勝や五社が見ている。そういうところは、
何て言うんですかね、やっぱり大物なんですよ。僕らだったら、「あいつらがちょろちょろしていて見られたら
沽券にかかわるから、名古屋を発車して五分くらい経ってから見よう」なんて思いますよね。しかし三島さんは
すぐに見る。
井上:見たくなって、もう我慢できなくなって見ちゃう。
藤井:それが子供のように可愛く映ると、五社さんが書いている。
藤井浩明「映画製作の現場から」より
484 :
名無しさん@公演中:2011/08/21(日) 20:52:15.72 ID:liMe7MSX
松本:三島さんとは映画についてどんな話をなさいましたか。例えば過去の良い映画として、三島さんは
どんなものを挙げてました?
藤井:あの人はね、限りなくひどい映画ばっかり話題にするんですよ。『大アマゾンの半魚人』だとかね。
山中:新東宝とかそういうのが好きでしたからね。
松本:晩年は東映のヤクザ映画。
井上:まあ、映画は趣味娯楽として面白いものに徹していたところがありますね。
藤井:でも、本当は『大アマゾンの半魚人』で満足しているような人じゃないです。
佐藤:映画の心理描写が嫌だっていうようなことを言いますよね。カメラワークや技術で人間の心理を見せようと
するのは嫌だとか、そんなことを言ってましたね。心理ではなくて、物として見せられるかどうかが勝負だって。
三島の『潮騒』のロケ随行記がありますでしょ。あれを見ると、こういうところから三島は始まっているんだ、
(中略)一本筋が通っているのは、映画は物としての人間を見せなければ駄目だというところですね。これは
変わらないなと思いましたね。
藤井浩明「映画製作の現場から」より
485 :
名無しさん@公演中:2011/08/21(日) 20:53:50.76 ID:liMe7MSX
藤井:やっぱり基本的に言えば「映画は心理を語れない」っていうのが、よくわかっていたから。増村も同じことを
言ってますよ。
山中:増村監督もそう言いますか。勘所は通底しているんですね。
佐藤:やっぱり活字文化で育ってきた人の心理ってね、違うと思うんですよね。(中略)
井上:「映画は心理を語れない」という見方では、三島と増村には接点があったことになるでしょうか。さっき
佐藤さんが触れた藤井さんの文章で、増村の論文「原作小説とその映画化」から引用しています。「具象的な
音と画で表現できない主観的なものは、徹底的に客観的なものに転換しなければならない」。こうなんですね。
(中略)
佐藤:増村は大正十三年生れでしたね。
松本:三島と数ヶ月しか違わないわけか。だけど、『からっ風野郎』の撮影の現場では、時には刺々しいことが
あったようですね……。
藤井:刺々しいなんてものじゃないですよ。もう、罵詈雑言、凄いですよ。
藤井浩明「映画製作の現場から」より
486 :
名無しさん@公演中:2011/08/21(日) 21:04:38.96 ID:liMe7MSX
井上:凄い罵詈雑言?
藤井:ええ。それで、増村は撮影が終わった時に言うんですけどね。僕は半分本当で半分嘘だと思うのですけど、
要するに、「俺は三島さんでやろうとお前が言うからやったんじゃないか。俺は三島と東大法学部の同級生だ。
やる以上は彼に迷惑をかけちゃいけない。世間から三島由紀夫が映画の主役をやったって笑われちゃいけない。
だから、叩かなきゃいけないんだ。その叩き方も、なまじじゃとても駄目だ。芝居にならない。同じことを何回も
何回もやらせて、その良いところだけを取って、それをつないでいかなきゃならない」って言うんですよ。(中略)
そうじゃなくても増村はかなりうるさいんですからね。「三島さん、何ですか! その芝居は!」って感じで。
「三島さん、あなたのその目はなんですか? 魚の腐ったような目をしないでください!」って酷いことを言う。
スターに言っちゃいけないようなことを、バンバン言う。皆、ハラハラするんですよ。
井上:若尾文子も、気の毒でとても三島由紀夫の顔を見ることができなかった。
藤井浩明「映画製作の現場から」より
487 :
名無しさん@公演中:2011/08/21(日) 21:05:47.55 ID:liMe7MSX
藤井:若尾文子は、自分の出番がない時は、セットの隅で祈っていた。「このシーンが無事にいきますように」って。
だけど、やっぱり三島さんは偉かった。あれ、普通だったら喧嘩しますよ。
井上:そういう感じですね。
藤井:それくらいボロくそに言うんですから。「だったら俺はもう辞めた。勝手にやってくれよ」って言って
辞めればいい。だけど、三島さんは最後までやり通した。
佐藤:そうなると、三島由紀夫は『からっ風野郎』に出て、本当に良かったんですか?
藤井:いや、映画っていうのが良くわかったんじゃないですか? 凄い経験になったと思いますよ。
(中略)
佐藤:あれに出なかったら『憂国』はなかったとは思うのですよ。仮に藤井さんが話を持っていったとしても。
井上:そうですね。
藤井:やっぱり自分の好きなようにもういっぺんやってみたかったんですよ。それはわかりましたね、僕は。
三島さんも言わないけれども、『からっ風野郎』で味わおうと思って味わえなかったことを、『憂国』で自分の
好きなようにやろうとしたと思うんですよ。
藤井浩明「映画製作の現場から」より
488 :
名無しさん@公演中:2011/08/23(火) 14:24:28.98 ID:34jKkqqx
松本:『からっ風』のロケで頭を打って病院に入った時、「増村を殴って来てくれ!」って言っていたとか?
藤井:それはね、半分本気半分ふざけてそう言ったんですよ。そこらへんはもうゆとりが出て来ていたんです、
最後のシーンですから。
佐藤:でも、あれだって一週間ぐらい入院してましたでしょう? 一週間目くらいには結果がわかっているから
いいようなものの、一日目、二日目って、もう頭の中どうなっちゃっているんだろうって不安だったでしょうね。
これにはムカッともするし、とんでもないことになっちゃったみたいなことにもなったでしょう。(中略)
藤井:(中略)もろに頭を打ったわけですからね、バーンと。
井上:その瞬間は?
藤井:見ましたよ。あれは神山繁っていう文学座の役者が殺し屋で出ているんですが、「三島さんね、もっと
バーンと派手に倒れなきゃ駄目だよ」とか余計なことを言うものだから、三島さんも、「そうかな」なんて思って
バーンと倒れた。
松本:三島ってひとは素直だなあ。
藤井浩明「映画製作の現場から」より
489 :
名無しさん@公演中:2011/08/23(火) 14:25:43.93 ID:34jKkqqx
藤井:それで神山にね、僕は大分後に言ったことがあるんですよ。「あんたが余計なことを言うから」、「いや、
俺はあそこまでやるとは思わなかったから」って。
井上:実際はどのような感じだったんですか?
藤井:神山が三島さんを拳銃で、ダンと撃つ。
井上:それでエスカレーターへ倒れたんですね。
藤井:ええ。当然バーンと倒れました。エスカレーターが上がっていくから、三島さんは逆さまになって上へ
運ばれていく。本当は撮影ももっとうまくやれば良かったんですけれども。でも、あんなに派手にバーンといくとは
思わなかった。エスカレーターの段の角のぎざぎざがあるでしょ。それにバーンと頭を打ちつけた。よくあれで
済んだものですよ。僕は病院へ行ってね、「三島さんすみませんでした」とかなんとか言ったけど、黙ってましたよ。
割とムスッとしてました。
井上:不安だったんじゃないんですか?
佐藤:不安だったろうと思いますよ。
藤井浩明「映画製作の現場から」より
490 :
名無しさん@公演中:2011/08/23(火) 14:26:56.50 ID:34jKkqqx
藤井:でもまぁ、冗談も出たんでもう大丈夫と思いましたが……。
山中:撮り直しの時は怖かったでしょうね。
藤井:その時は万全な体制。で、永田雅一がそれはもう、三島さんのために現場に来たわけですから。スタッフも
ピリピリしていましたよ。二度とやっちゃいけないから。神山ももう何も言わない。三島さんも真剣っていうか
真面目なんですね。そうじゃなきゃ普通二度とやらないですよ。
松本:そういうところまで責任を貫くんですね。
藤井:映画が完成してから、三島邸に増村や僕たちが招待されたんです。その時、三島さんのお父さんが増村に
お礼を言ったんです。「下手な役者をあそこまできちんと使って頂いて」って。増村は驚いてました。けがを
させて申し訳ないと思っていたのに。帰り道、「明治生まれの男は偉い」と、お父さんをほめていましたよ。
お父さんは増村の一高の先輩なんです。
藤井浩明「映画製作の現場から」より
491 :
名無しさん@公演中:2011/08/23(火) 14:28:25.27 ID:34jKkqqx
松本:最後に、(中略)十一月二十五日をどういうふうに受け取られたか、そこをお聞きしておかないと。
藤井:(中略)十一月二十一日、夜中に帰宅したら、三島さんから「今夜どうしても電話欲しい」っていう伝言が
あった。「いくら遅くてもいいからかけてくれ」って。僕は、あの人は夜中から朝まで仕事をするって聞いて
ましたから、余程大事な用があるんじゃないかと思って電話入れたんですよ。『憂国』の話をまた始めたんです。
この間トリノでやった日本映画のシンポジウムで『憂国』が凄く評判が良かったらしいって前に僕が言って
いたものですから。そしたら、その話をもうちょっと聞かせてくれって。僕もあんまり詳しく聞いていないので、
「映画評論家で立ち会った人がいるから、その人にもうちょっと詳しく聞いておきます」て言ったんですよ。
「悪いけどそうしてくれ」って言うんです。「連休明けにその人に聞いてまた連絡します」って答えたら、
「そうして欲しい。じゃあ」って。
藤井浩明「映画製作の現場から」より
492 :
名無しさん@公演中:2011/08/23(火) 14:29:45.41 ID:34jKkqqx
藤井:でね、あの人は話が終われば「じゃあお願いしますねっ!」ってすぐ切る方です。忙しいですから。
でも、その時に限って電話を切らないんですよ。僕は勘がいいほうじゃないから、「じゃあ調べときます」って
また言って、切ろうとしたら三島さんが切らない。それで一時の間ができてね。それで、「じゃあ」って
もういっぺん言うわけですよ。そうしたら「さようなら」と言うんです。二回くらい言いましたかね。で、
電話切ってから「今夜はおかしいな」って思った。あんなに歯切れのよい人が今夜に限って、電話をなかなか
切らなくて。でも一瞬ですからね。不思議な気が直感的にしただけで、何にもわからなかったです。どうして
「さようなら」って言ったんだろう。それはおかしいなって思うけれども、疑いもしませんでしたよ。
三島さんとわたしは、映画を通じて結びつき、長くお付き合いをして頂いたのですが、映画『憂国』が最後の
会話となってしまいました。
藤井浩明「映画製作の現場から」より
493 :
名無しさん@公演中:2011/08/24(水) 11:15:04.19 ID:CSZFzcM/
松本(司会):三島が強く意識していた同時代作家は誰でしたか?
寺田:やっぱり(武田)泰淳さんを一番意識していたと思いますね。後は、安部公房でしたね。(中略)
松本:泰淳との対談も寺田さんが?
寺田:そうです。いつ聞いたかよく覚えていないんですけれども、三島さんは「俺が一番尊敬している作家、
現代作家は誰か知っているか? 泰淳なんだよ」っていう話をするんです。(中略)人前では言わないだけですよ。
編集者には漏らすんですよ。(中略)
三島が死んだ時の泰淳さんのエッセイね、やっぱりもう……。これは酔っ払って書いてるなということわかるんですよ。
後半が乱れてくるんです。本当に泰淳が惜しんでいるんですよね、三島さんを。三島がね、「仮面の告白」の原稿を
坂本一亀に神田のランボオで渡すんだけど、それを泰淳さん、見てるんですね、側で。やっぱり泰淳さんが
特別な人だったのは、そういう現場も見られているということもあって、三島さんとしてはずっと泰淳さんのことが
頭から離れなかったのかもしれない。ライバルというよりも、どういうのかな、温かい先輩としてね。
寺田博「雑誌『文芸』と三島由紀夫」より
494 :
名無しさん@公演中:2011/08/24(水) 11:16:10.66 ID:CSZFzcM/
寺田:段々思い出してくるんですよ。こうやって話していると、延長線上で。やっぱりね、三島さんが文芸誌の
目次に入るか入らないかというのはかなり大きい問題になる時期だったですよね。それを言ってなかったんで、
付け加えますとね。やっぱり文芸誌のビッグネームなんですね。(中略)戦後派の中ではやっぱり三島さんは
一番商業的にビッグネームだったんですよ。そうだ、吉本隆明との対談をね、三島さんとの対談を、本当に
やりたかったですよね。二人ともやりたがっていたんですよ。
違った場所で私は二人から耳にしていて、実に残念だったですね。私がやらなきゃいけない仕事だった。(中略)
もう一歩突っ込んで、三島さんと吉本隆明との対談というのをやらなければいけなかったですよね。
松本:惜しかったですね。
寺田:これは実に惜しかった。これをやっていればね、そこでまた別の何かが開けた可能性があります。三島さんが
死ぬことをやめたかどうかまでは言えませんけど。
寺田博「雑誌『文芸』と三島由紀夫」より
495 :
名無しさん@公演中:2011/08/24(水) 11:17:29.87 ID:CSZFzcM/
松本:その頃はもう決めてたんでしょうけどね。泰淳さんと会った時はもう決めていた。
寺田:決めてますね。
松本:その時の言葉になっていない三島の態度で、何かありましたか?
寺田:うーん。僕は三島さんの最後で思い出すのは、新年号の原稿を頼みに行ったんですよ、もう直前ですね、決行の。
その時に三島さんは別れの挨拶的なことはしませんけれども、顔にやっぱりそういうものが出ていたような気が
後でしました。というのは、「君に児童文学あげるよ」というふうにね、言ってくれたんですよね。「じゃあ、
少年時代をいずれ特集でいただきます」と言わなきゃいけなかった。しかし、私は死ぬ覚悟しているとは
思わないから、「やっぱり新しいもの書いてくださいよ」って簡単に言って引き下がっちゃった。それを実に
後悔しています。
その時のニュアンスでは、「君にはあんまり何もして上げられなかったから、これを記念にあげようかな」という
ような気持ちが少しはあったんじゃないかなと思います。そういう表情がちょっと読み取れたんですよね、
後で考えるとね。
寺田博「雑誌『文芸』と三島由紀夫」より
496 :
名無しさん@公演中:2011/08/25(木) 10:30:31.27 ID:KaE/qcJe
松本(司会):それにしても三島さんは何故こういう『喜びの琴』のような台本を正月公演にぶつけて
きたんですかねえ?
戌井:そこがねえ。そういうことは直接には聞けません。彼は、要するに文学座は杉村春子の劇団で、男連中は
席がないみたいだ。じゃあその男連中に、もっと元気のでる芝居を書くんだ、ということを言ってます。
松本:この台本は、間違いなくお正月の芝居にふさわしくないですね。芝居をやる以上はお客の受けを考えなくちゃ
ならないし、季節も考えなくては。三島さんはそういうことを考える必要は心得ていたはずなんですがね……。
戌井:だから僕は、三島さんのほうが思想的だったと、思っています。長岡輝子さんから聞いたんですが、
長岡さんが三島さんに『喜びの琴』のことを、あれは踏み絵じゃないかと言ったんですよ。すると、「バレたか」と
言ったんだって。
井上(司会):やっぱり確信犯なんですかね。
戌井:バレたか、と言ったとしたら、やっぱりそうした意図があったんでしょうねえ。でも、彼は、劇団が混乱して
中止にまでなるとは考えてなかったと思う。
戌井市郎「文学座と三島由紀夫」より
497 :
名無しさん@公演中:2011/08/25(木) 10:31:57.13 ID:KaE/qcJe
松本:三島のああいう台詞はどこから出てくるんでしょうねえ。
戌井:どこからでしょうね。泉鏡花なんかをよく読んでいましたからね。しかし文体は三島独特のものですよ。
松本:とくに『鹿鳴館』のような台詞はね、聞いていると、歌舞伎ですとね、黙阿弥に非常に近いような気が
するんです。黙阿弥ってのはどの芝居見ても、朗々たる台詞が出てきますね。三島さんのお芝居ってのは何か
ああいう台詞と通じるものがあるんじゃないかなって、そんな感じを持っています。
戌井:三島さんは、もう学習院時代から戯曲を書いているでしょ。
教養として、どういうものに接していたのか……。
松本:三島さんの基本的な演劇教養は、歌舞伎ですね。中学生になった早々から、歌舞伎にこころを奪われ、
熱心に見続けた。
戌井:やっぱり歌舞伎や能の伝統芸能を追及していますね。日本人ですからねえ。
松本:新劇の他の劇作家と、その点が決定的に違う。
戌井:だからあれだけの歌舞伎の台本を書いた……。
松本:それとともに、新劇の世界であれだけの大きな花を開かせることができた、ということがあったわけで。
戌井市郎「文学座と三島由紀夫」より
498 :
名無しさん@公演中:2011/08/25(木) 10:33:12.96 ID:KaE/qcJe
戌井:(俳優は)みんな新劇やろうとすると難しく考えるんです。台詞の意味とか気持たとか。それも必要です
けれども、むしろ自分の台詞のエロキューションですよ。
井上:三島演劇の心理っていうのは、日常から類推される心理のもう一つ先を行くようなところがあるんで、
表面的な心理学で感情を整理するだけじゃ駄目ですね。
山中(司会):写実的な心理模写だけでは届かないかもしれませんね。
松本:心理、感情は観客の方にまかせればいいんですよ。
戌井:前に団十郎さんがやった『春の雪』。こないだから海老蔵君にやれやれって言ってるんですけどね。
これ好きですし。初演の脚本は川口松太郎さんでしたが、今度やる時は新しい脚色で。
松本:それじゃ、戌井さんがやるべき三島のお芝居はまだまだありますね。
戌井:ええ(笑)。
松本:新劇では大芝居ってのはなかったですものね。それを三島ひとりが作ったようなとこがあるでしょう。
戌井市郎「文学座と三島由紀夫」より
499 :
名無しさん@公演中:2011/08/25(木) 10:34:28.72 ID:KaE/qcJe
山中:三島由紀夫が亡くなった時は?
戌井:隣の第二稽古場の二階で会議やってたんですよ。杉村さんもいまして。テレビがついていて……。その時、
そのショックはね……。やっぱり三島さんの思想というものがハッキリしたなあというか、その瞬間に。
井上:じゃあ、『喜びの琴』から一直線上に……。
戌井:あるんですよ。
山中:『喜びの琴』は三島にとっては踏み絵以上の意味があったんでしょうか。しかし、この戯曲、この事件以来
すっかりある種のイメージが出来ちゃったようで、上演史なんかを調べてみると、その後全く再演されてない
ようですね。日生でやった時も、変に固いイメージがつかないようにと考えたのか、宣伝ではスリラーのような
要素を謳ったみたいですが、やっぱり難しいのかなあ。
戌井:これ、もうちょっと短くして、テーマの信頼と裏切りがはっきり分かるような面白い台本にしてね、
僕やってみようかなと思うこともあるんですよ。若い連中を使ったら面白いかもなあと、勉強会でね。
戌井市郎「文学座と三島由紀夫」より
500 :
名無しさん@公演中:2011/08/29(月) 10:34:41.32 ID:ZKO0utw+
和久田:文学座をはじめとする新劇の役者たちは、リアリズムというものを追求して来たため、大見得を切って
芝居をするようなことを恥ずかしがって出来ないんです。それを三島さんが、堂々とやるばいいんだと教え込んだ。
「鹿鳴館」で、朝子と草乃が舞台端から、影山と飛田の会話を窺うところがありますね。あたり前の新劇なら、
植え込みに隠れて演ずる場面です。しかし三島さんは、隠れていることにすればいいんだから、表に出て演じなさい
と言った。これは、歌舞伎役者なら平気でやるんだけど、杉村さんもはじめは全然出来なかったそうですよ。
井上(司会):なるほど。文学座は「鹿鳴館」の翌年、福田恆存の「明智光秀」で、はじめて歌舞伎との合同公演を
やりますが、その下地を三島の「鹿鳴館」が用意したようなところがあるわけですね。こう言うと、福田恆存は
面白くないでしょうが。
松本(司会):三島は、杉村春子という女優を、そういうシアトリカルな方向に押しやることを、意識的に
考えたんでしょうね。
和久田誠男「『サロメ』演出を託されて」より
501 :
名無しさん@公演中:2011/08/29(月) 10:36:35.43 ID:ZKO0utw+
山中(司会):杉村春子は役になりきって舞台に出てくるが、それでは駄目だ、まず杉村春子が出てきて、
それから役になるという具合に意識的に演じろと、三島は「トスカ」の時に注文をつけていますね。
和久田:「サド侯爵夫人」でも、序幕でサド侯爵夫人ルネではなくて、ルネを演じる丹阿弥谷律子が、真白な装束で
下手からバッと出てくる。それを三島さんはとっても喜んでいましたね。ただ、三島さんは、「サド侯爵夫人」では
あんまり役者を動かしたくなかったと思いますよ。松浦(竹夫)さんは、割と役者を動かしたがるんだけど、
三島さんとしては動きとか舞台装置とか、そういうものに寄りかかるんではなくて、セリフでもって芝居を
運ばせるんですね。(中略)
松本:(中略)芥川比呂志が紀伊国屋ホールで「サド侯爵夫人」を演出した時は、割合に動かしましたね。
動かして、よくなかった。
和久田:よくわかりませんが、あれは芥川さんが体調がよくなくて、NLTの岸田良二という人が実質的に
演出をやっていたのかもしれません。彼は松浦的な演出が好きでしたから、動かし過ぎたんじゃないかな。
和久田誠男「『サロメ』演出を託されて」より
502 :
名無しさん@公演中:2011/08/29(月) 10:38:11.97 ID:ZKO0utw+
和久田:自宅が山王で近かったことから、三島さんの馬込のお宅には、しょっちゅう行ってました。伺うのは
だいたい昼の一時ぐらいでしたね。ちょうど三島さんが起きて日光浴しながら食事をする時間でした。ただし
三島さんは自宅の三階を増築、おっぱいの形をした部屋にするというんで、四十年の五月まではホテルニュー
ジャパンを利用してました。ニュージャパンにも行きましたよ。「近代能楽集」の座談会のゲラでも見せに
行ったのかな。そうしたら舟橋聖一さんがいましてね、三島さんと仲よく喋ってました。不思議なんだよね、
この二人の仲がいいのは。(中略)
舟橋さんは、三島さんの家に来るのにも、執事からいちいち電話がかかってきて、ただ今、大崎広小路をお通りに
なりました。あと何分ぐらいでお着きになります、なんて言うんだそうです。大袈裟な奴だって、三島さんは
笑ってました。三島さんと自宅でお話しするのは、その三階の「おっぱいルーム」が多かったですね。
和久田誠男「『サロメ』演出を託されて」より
503 :
名無しさん@公演中:2011/08/29(月) 10:39:16.84 ID:ZKO0utw+
井上:「ブラジャールーム」と言うんじゃなかったですか?
和久田:三島さんは、「おっぱいルーム」って言ってた気がするなあ。一階や二階のいわゆるロココ風の感じとは
全然違って、いわゆるモダンな、シンプルな装飾でしたね。あれは、UFOを見るために作ったんですよ。私ね、
三島さんはひょっとしたらね、宇宙人じゃないかと思うんだ(笑)。とても人間とは思えないです。
井上:わかるような気がします(笑)。実際に会っていて、そう思う瞬間がありましたか?
和久田:いや、そういうんじゃなくて、帰宅後ふっと思い出して、なんだか人間と会ったんじゃなくて、宇宙人と
会って来たんじゃないかという気がしましたね。
井上:波長や感受性が、普通の人とは全然違うんでしょうね。
松本:それは人間としての存在感が希薄ということではなくて……?
和久田:いや、頭の回転が早くて、われわれの十歩も二十歩も先のことを察するとかね。
和久田誠男「『サロメ』演出を託されて」より
504 :
名無しさん@公演中:2011/08/29(月) 23:06:25.17 ID:Vwkdt03d
和久田:昭和四十二年十月、「朱雀家の滅亡」はいい芝居でしたね。私はやはり舞台監督をやりましたが、
快感なんだよねえ。ああいう芝居って、めったにない。春、秋、夏、冬の四幕でしょ。最初は春でツツジの花を
舞台に出す。秋は楓、夏に戻って蔦や夏草、冬は雪を降らせるんです。松浦さんはね、その頃テレビで本物の
雪みたいなものを降らせていたんだけど、三島さんはそうじゃなくて、歌舞伎の三角の雪じゃなきゃ駄目だよ、
と言うんです。最後に村松(英子)君が十二単を着てお社から出てくる場面で、雪を降らせるんだけど、これも
舞台監督としては嬉しいんだよね。
松本:幕が上がると、まず舞台が目に飛び込んできて、観客はわくわくする。四幕ともそういうところを計算して
いるんですね。(中略)
山中:芸術祭参加作品でもあるし、中村伸郎も好評だったようです。
井上:この時から「劇団NLT」を名乗るようになりますね。
和久田:「朱雀家の滅亡」の時にはじめて「劇団NLT」となり、松浦さんが劇団代表になるんです。
和久田誠男「『サロメ』演出を託されて」より
505 :
名無しさん@公演中:2011/08/29(月) 23:07:52.65 ID:Vwkdt03d
これ(「わが友ヒットラー」の三島の本読みのテープ)は私が録音したんです。脱退届けを出しに行ったNLTの
事務所のロッカーには、「サド侯爵夫人」の三島さんの本読みのテープも入っていたんで、よっぽど盗んで
来ようかと思ったんだけど(笑)、持ってこなかった。その後、「サド侯爵夫人」のテープは所在がわからなく
なっちゃいました。「サド侯爵夫人」と「わが友ヒットラー」は三島戯曲の二大金字塔なのに、片方の本読みしか
残っていないのが、本当に残念でしょうがない。
(中略)この原稿で、書誌学的に気をつけなければならないのは(笑)、登場人物が「シュトラーサー」に
なっていることです。(中略)再版ではじめて「シュトラッサー」になった。なぜかって言うと、稽古場に
ヒットラー・マニアの高校生が来てね。
山中:ああ、後藤修一さんという方ですね。
和久田:そう、その時、三島さんもいたんだよね。その子から、これはシュトラッサーですよ、って指摘を
受けたんです。(中略)
山中:(中略)(後藤さんは)それがきっかけで浪漫劇場に来て、色々協力するようになったと何かで読みました。
和久田誠男「『サロメ』演出を託されて」より
506 :
名無しさん@公演中:2011/08/29(月) 23:08:58.97 ID:Vwkdt03d
和久田:三島さんは10・21(国際反戦デーのデモ)なんかを見に行きましたね。その頃、和久田君、事があったら
俺は楯の会の連中と斬り込みに行くけど、女房と子どもは車に乗せて山のほうに逃げてくれよ、なんて言われました。
(中略)
山中:稽古場に楯の会の制服で来ることなんかありましたか?
和久田:ありませんね。ただし「わが友ヒットラー」の初日のカーテン・コールの時は、制服を着て来ました。
楯の会の連中も来ていましてね。それがこの写真で、三島さんはむこうを向いてます。私も真ん中にいます。
山中:村松剛の姿も見えますね。この日は芝居の前に楯の会の例会があって、会の終わりに三島が希望者をつのって
連れてきたそうです。(中略)
和久田:(中略)私が三島さんと一緒に撮った写真は、これと私の結婚式の時のしかないんです。
山中:結婚式はいつですか?
和久田:四十四年の十一月六日です。場所は東京会館、三島さんは君が代を歌ってくれました。
和久田誠男「『サロメ』演出を託されて」より
507 :
名無しさん@公演中:2011/08/31(水) 11:46:55.14 ID:txaKZ0Uz
和久田:その日(十一月二十五日)、私は寝ているところを叩き起こされたんですが、何も考えられませんでしたね。
すぐ劇団に行きましたが、どうしようもない。三島家に行って通用口の門番をやりました。(中略)あとで、
劇団の稽古場で劇団葬をやりました。ただね、「サロメ」は三島さんの演出で私が演出助手ってことになって
いましたが、松浦さんは、とんでもない、本当は俺がやるのがあたりまえだ、って言うんですね。私は呼びつけられて、
お前は若くてこれからいくらでもチャンスはあるんだから、「サロメ」の演出は諦めてくれ、と言われたんですよ。
そう言われれば、松浦さんは私の先生ですし、わかりました、と答えたんです。ところが、(三島の)奥さんが、
「サロメ」だけは何としても主人の遺言なんですから、ぜひ和久田さんにやって戴きたい、と言って、松浦さんも
折れて、演出ではなく公演責任者という役割になったんです。松浦さんは、この年の九月に「朱雀家の滅亡」の
演出をやって、それを追悼公演にしたんです。
井上:そういうことがあったんですか。
和久田誠男「『サロメ』演出を託されて」より
508 :
名無しさん@公演中:2011/08/31(水) 11:47:31.04 ID:txaKZ0Uz
和久田:私はね、この松浦さんとのことがあって芝居が嫌になって、それで芝居をやめちゃった。
松本:ある意味で、和久田さんは三島さんに殉じたんですね。
山中:支柱的存在を失ってしまって、浪漫劇場自体も昭和四十七年の「地球はまるい」で終わりになったという
ことですか?
和久田:そうです。解散ですね。でも、その時のことは私はもう全然知らない。演劇の質が昭和四十年代にすべて
変わってオーソドックスというものがなくなりましたから、私もそこでやめてちょうどよかったんですよ。
(中略)
松本:和久田さんの立場も複雑ですね。それにしても、演出家として「サロメ」をやったということは、
強烈過ぎる体験ですね。
和久田:そうです。なぜ三島さんは私を演出助手に選んだのか。私でなくても、(中略)一向におかしく
ないんですがね。じゃあ、私がどれだけの舞台を作れたかというと、忸怩たるものがあります。
和久田誠男「『サロメ』演出を託されて」より
509 :
名無しさん@公演中:2011/08/31(水) 11:48:07.05 ID:txaKZ0Uz
松本:和久田さんは、(サロメを)三島は自分の劇場葬にしようと意図したとおっしゃった。そのとおりだと
思いますが、ただの葬儀ではありませんね。なにしろ血がたっぷり流され、生首が出るんですから。血が流され、
生首が出るとなると、犠牲が供され、甦りが祈られる儀式じゃありませんか。市ヶ谷では「七生報国」と書いた
鉢巻きをして、死ぬけれど、こちらで甦る。少なくとも芸術家として甦る願いを込めている、と私には思われて
ならないんです。
和久田:なるほど。「椿説弓張月」の最後、為朝が白鳥に跨って昇天するのも、そうでしょうね。
松本:そうなんですよ。(中略)再生の祈りを込めた劇場葬と、一対にして捉えると、腑に落ちるんです。多分、
映画「憂国」の展開でもあるでしょう。当時としては生々しすぎて、そうと受けとれなかったでしょうが。
和久田:三島さんの意図がどうであったか、私には分かりませんが、なるほどなと思います。
和久田誠男「『サロメ』演出を託されて」より
510 :
名無しさん@公演中:2011/08/31(水) 11:50:08.17 ID:txaKZ0Uz
松本:最後にもう一つ、三島について忘れられない思い出を、ぜひお聞かせください。
和久田:「サロメ」の最後の打ち合わせを、十一月二十一日の晩にやったとお話しましたね。その後、三島さんが
飯でも行こうと言って、奥さんが運転する車で六本木の福鮨に行きました。テーブル席に、三島さんと奥さん、
おふたりと向き合って座って、ご馳走になったんですが、そうしてねぎらってくださったんですね。
その時私が車の中で、「豊饒の海」が終わったら、何を書くんですかと聞いたら、それを聞くのはわが家では
タブーなんだ、あとは死ぬしかないじゃないか、ワハハハ……、と三島さんは答えました。それから、帰りの
車の中で三島さんが、しきりに寒い寒いと言い出して、助手席で震えるように縮こまったんです。確かに
寒かったですが、震えるほどではなかった。それを、運転する奥さんが気遣っていました。
松本:……それは、やはり精神的なことからだったかもしれませんねえ。
和久田:そうだと思います。そのことをよく覚えています。
和久田誠男「『サロメ』演出を託されて」より
511 :
名無しさん@公演中:2011/09/01(木) 10:47:33.34 ID:nBaRlWWl
徳岡:ここに三島さんに貸した本があります。バンコックでね。
山中(司会):『和漢朗詠集』ですね。
(中略)
井上(司会):三島さんにお会いになったのは、偶然なんですか。
徳岡:いやあ、バンコックに来るなんて知りませんでしたから。
井上:その『和漢朗詠集』を貸したのは……。
徳岡:三島さん退屈してましたから。三島さんもインドからの帰り道で、インドについては私と全く意見が
違いまして(笑)。僕はあんなとこ地上最低の国だと。(中略)三島さんはそんなことはないって。
(中略)インド人が古いものを守っているということは何事かだって言うんです。インドに向かって、早く
日本のようになれと言うのは全く見当違いだと言うんです。
井上:ガンジーのことなんかしきりに言っている時期がありましたね。
徳岡:あのガンジーの話もしたでしょうけれども、インディラ・ガンジー、あの当時の首相とも会っているんですよ、
三島さんは。だから『暁の寺』にはやっぱり、インドが入ってきて……。
徳岡孝夫「バンコックから市ヶ谷まで」より
512 :
名無しさん@公演中:2011/09/01(木) 10:48:05.36 ID:nBaRlWWl
徳岡:(三島全集に)僕と三島さんとのバンコックでの対談というかインタビューが入ってます。三島さんは
おそらくノーベル賞とるだろうから、取ったらこれ載せたろ、思ってね、「三島さん、暇でしょ? インタビュー
でもしましょ」って言うたら、「やろう」って、ホテルの庭でやったんですよ。
山中:「インドの印象」ですね。(中略)
徳岡さんがインドをお嫌いだから、話が盛り上がっていて。
徳岡:そうそう。三島さんを挑発した(笑)。エラワンホテルの庭でやったんですよね。あれは可笑しかった。
三島さんもう真面目になってね、そういう考えの人はダメだって言うんですよ。
松本(司会):その姿勢が切腹にまで貫いててる……。
徳岡:そう。
井上:徳岡さんは、エラワンホテルに泊まってらしたんですか。
徳岡:いや、そうじゃない。私はまだ家族が来てませんでしたので、単身赴任の日本人が何人か泊まってるとこに
いました。
井上:バンコックで初めて三島を見かけたのもそのホテルのテラスで……。
徳岡孝夫「バンコックから市ヶ谷まで」より
513 :
名無しさん@公演中:2011/09/01(木) 10:48:31.93 ID:nBaRlWWl
徳岡:テラスじゃなくて、ステーキ・ハウス。三島さんはアメリカ人のデッかい男と話していた。
井上:それはもうかなり真面目に……。
徳岡:アホかと思うた、三島さん一生懸命。相手はね野球帽被ってね、Tシャツや。こんな太ったアメリカ人。
ちょっと知ってたんですね、三島という名前を。そうだ、その頃「ライフ」に載ったんですもん。「ライフ」の
影響力って今じゃちょっと想像出来ないでしょう。だからね、日本の自衛隊のこと言ったんでしょう。ほんなら
三島さん、一生懸命に説明する。英語はうまかった。
井上:うまかったですか。
徳岡:うまかったよね。それで一生懸命説明する。アホかと思うて、アメリカ人の後に寄って、三島さん行こ行こと
言うたんですけどね、三島さん、ステーキ食ってる相手に、演説するんですよ。過剰なほど真面目なところがある。
観光客やからいい加減にごまかしておくという態度じゃあなかった。
井上:テンションが凄かったんでしょうか?
徳岡:テンションというんじゃない。静かではあったけど、生真面目。
徳岡孝夫「バンコックから市ヶ谷まで」より
514 :
名無しさん@公演中:2011/09/01(木) 10:49:08.93 ID:nBaRlWWl
松本:徳岡さんはベトナム戦線へ取材に行かれていますが、三島とのかかわりにおいても大きかったんじゃ
ないですか。
徳岡:だったんじゃないかと思います。(中略)当時、共産党が善で、アメリカ帝国主義は悪だというような
傾向があったんじゃないですか。それが六七年の五月頃の香港取材でちょっと崩れました。文化大革命……それから
六八年のテト攻勢で、こりゃ、僕ら忘れられないです。ユエ市民がずーっと長蛇の列をなして、解放されたユエから
逃げて来るんですよ。そういう解放とか平和とか民主って信用できますか。いわゆるね、人民解放軍なんていう
言葉なんかね、ふざけるなといいたいですね。
松本:だけど、それが結局勝っちゃったんですからねえ。
徳岡:いやあ一九七九年には、ベトナム解放しようとした中国人民解放軍がコテンパンにやられるんですよ。
それを誰も思い出さないんだ、日本の新聞は。
松本:だから、日本のジャーナリストの中でも特異な存在にならざるをえない。
山中:その分だけ、やっぱり三島も信をおいていたという……。
徳岡孝夫「バンコックから市ヶ谷まで」より
515 :
名無しさん@公演中:2011/09/01(木) 10:49:35.60 ID:nBaRlWWl
井上:バンコックで薔薇宮の三島の取材ぶりには、その徳岡さんがびっくりなさったとか。
徳岡:そう。あれはねえ、三島夫人にアンタよくねえ殺されなかったね、もし二人とも撃ち殺されたって文句
言えないよって。日本政府が大使館通して抗議したってさ、有名な小説家かどうかなんか知ったことじゃない。
共産党鎮圧本部CSOC、(中略)今でも覚えてる。その司令官よく知ってて僕はよく遊びに行きましたけどね。
ブーゲンビリアの生垣から夫婦揃って覗いてたらアンタ、そりゃ撃ち殺されますよと、私は三島夫人に言った。
井上:(中略)(三島は)もう一度行きたかったんだけど、行けなかった。この薔薇宮の創作ノート、ここに
取材の様子が……。
(中略)
徳岡:凄いなあ。だから真面目にやってはったんですよ。文学を真面目に考えていはったんですよ。三島が
死んでからそういう人いない。こっちも真面目に読んでやらないとっていう気になりますよ。遊び心ってな言葉
流行ってさ、遊び心で書かれたような文学、金出して読まれへんもん。
徳岡孝夫「バンコックから市ヶ谷まで」より
516 :
名無しさん@公演中:2011/09/05(月) 14:18:57.31 ID:RatbVMLl
松本:そろそろ昭和四十五年十一月二十五日の話へ……。僕が一番気になるのは、最初の目標は三十二連隊でしたよね、
あれが変更になった。
徳岡:直前に変わったでしょ。
松本:ホントに直前に変わったんですかね。
徳岡:そうらしいですねえ。やはりわからない。
松本:だけど、意味が違うと思うんですよ。三十二連隊の隊長を拘束するのと、総監を拘束するのと、随分違うと思う。
徳岡:場所が違うしね。三十二連隊なら、決起して国会へ行ったかもしれないよ。
松本:楯の会の会員が集まっているわけですね。三十二連隊が標的なら、それがものをいうことになる。そして、
徳岡さんが車の中におられるわけですね。だからおっしゃるように違った展開になった。
徳岡:だからね、三十二連隊の隊長が不在とわかったんで、三島さんの行動がより象徴的なものに筋書きが
変わっていったんじゃないですかね。
松本:それは成り行きであって、もしかしたら、三島さん、本来は別のことを考えていたんじゃないかなって。
徳岡:わかんない。
徳岡孝夫「バンコックから市ヶ谷まで」より
517 :
名無しさん@公演中:2011/09/05(月) 14:19:22.37 ID:RatbVMLl
井上:裁判の記録からすると、三十二連隊長が当日不在であることが、十一月二十一日にわかり、その日、
中華第一楼へ五名が集まったところで森田が連隊長がいないことを報告、それから計画を練り直したと。
松本:だからね、僕ね信じられないの。
徳岡:ほんとねえ。
山中:そうなると、徳岡さんも書いていらっしゃいますが、あのバルコニーでの演説にしても、たまたまそうなって
しまったという。
徳岡:みんながね、三島が最期の劇を演出したとか何とかいうけどもね、ほんまかいなーって僕は思うんですよ。
早い話が、雨降るかもわからんし。何もね、三島さん、演出とかね、そんな筈じゃなかったと思うんですよ。
結果的にああいうふうになっただけであってね。
井上:十月の二日の会議の時点で、連隊長を拘束し、それが報道されるように、信頼出来る人二人を、つまり
徳岡さんとNHKの伊達宗克さんですけれども、呼ぶ、と。でも、拘束してどうするかっていう具体的なことは
あまりハッキリしないですね、十月二日の時点では。
徳岡孝夫「バンコックから市ヶ谷まで」より
518 :
名無しさん@公演中:2011/09/05(月) 14:19:49.65 ID:RatbVMLl
山中:(三島からの手紙の)封筒の中からいきなり写真が出てきたりして、えっと思いますよね。
徳岡:封筒開けてこうやると、一番重たいものが一番先に出てくる。で、写真が。しかし、写真よりは、手紙を
まず読みました。それから、檄を読んで、写真を見て。で、写真、あの本(五衰の人)に書きましたように、
森田の署名の筆圧に驚いたんですよ。グッグッグッグッって書いてあるんですよね。明日死ぬ若者が書いたんだ、
パレスホテルの一室で。
(中略)
松本:これ、相当激しい筆圧だね。
徳岡:もの凄いでしょ。ガッガッガッって書いてるでしょ。表にも出てるんですよ、その字が。それを見て、
こりゃ何かあると思いましたね。必勝君が心を込めて書いた字でしょうね。
井上:いい顔ですね。
徳岡:そうや。うん。この時二十五?
山中:そうです。森田だけ、なぜ二枚入れたのかな。
松本:こちら、笑ってると感じが違うね。
山中:夏服というのが珍しいですね。
徳岡:これや、これ一番印象がある。表情があるでしょう。僕としては貴重なもんです。
徳岡孝夫「バンコックから市ヶ谷まで」より
519 :
名無しさん@公演中:2011/09/05(月) 14:20:15.89 ID:RatbVMLl
井上:しかし、ホントに当日連隊長がいたとしたらどういう……。
松本:変わってたねえ。あの部隊じゃ、同じ建物の中に東京裁判の会場があるという、象徴的な意味が消えちゃう
からねえ。
徳岡:三島さん、要するに、死ぬのにさ、無為に死ぬかもわからんと、それでいいんだと思ったんでしょうね。
高倉健とか池部良が猛烈にいいと言っていたからね。
松本:より無駄死の印象が強くなる。
徳岡:そうだろうねえ。無駄死するつもりやったんだろうけどねえ。
(中略)
山中:もしちょっとした齟齬によって、これだけ変わったんだったら、偶然なのか、偶然とは言い難い何か
あったのか、やっぱり謎だと思うんですけど。
松本:偶然とは思えないけどなあ。
山中:どの程度用意したか、ですよね。その垂れ幕の長さは……。
井上:二十一日に連隊長がいないことがわかってから、準備した。パレスホテルでの準備もその後だからさ。
徳岡孝夫「バンコックから市ヶ谷まで」より
520 :
名無しさん@公演中:2011/09/05(月) 14:20:44.49 ID:RatbVMLl
松本:三十二連隊長といえば、実際に軍備を持っているのはあすこだけですね?
徳岡:ああそう、そうらしいですね。あとは司令部ですか。
松本:それから通信、補給関係。
徳岡:実践能力のある、連隊のあそこを制圧できたらね、火薬庫やって自殺できた筈だからね。
井上:最初はそういうプランもあったみたいですね。弾薬庫を爆破させるとか。
徳岡:まあ、僕よりももっといろいろ、三島さん考えたでしょうね。
(中略)
松本:多分、三十二連隊を標的にしたのは森田の主張で、三島は一旦、譲ったんでしょうね。
徳岡:あのね、無駄死と言うたけど、無駄死という観念が全く三島さんにはなかったと思うな。何故かというとね、
神風連がそうだ。あれを無駄死といえばあんな無駄死はない。
井上:それでよしとする……。
徳岡:そう、それでよしとする。熊本行きましたか。神風連の墓……。
熊本のあの神社。あれと、忠臣蔵の泉岳寺とは全然違う。一本の線香も立ってないんだ。何日も何ヶ月も人が
来てないってことがわかる墓地や。
徳岡孝夫「バンコックから市ヶ谷まで」より
521 :
名無しさん@公演中:2011/09/06(火) 13:44:22.61 ID:h+SKaWfl
井上:ところで、森田必勝の持ってる影響力ってのは非常に大きかったでしょうね。
徳岡:いや、どっちが決起へ引っ張っていったかわからないと思いますよ。(中略)
松本:中村彰彦さんが『烈士と呼ばれる男―森田必勝の物語』に書いています。彼も、森田必勝が引きずって
いったんだっていう考え方ですね。(中略)
井上:森田の文章なんか、独特の何かを感じさせますね。
徳岡:文章は稚拙ですね。しかし、体から発散するものは凄かったでしょうねえ。それがアンタ、二十五で
死ぬんだもん。死ぬしかないって思ったんだもん。
山中:どちらかというと、三島の方が、青年達のそういった命がけの、何かもの凄いものに巻き込まれていく
というような感じで、結局、具体的な死の予定というかスケジュールを組んで行ったんじゃないと思われるんですけどね。
徳岡:お互いに励まし励まされて行ったんじゃないかな。わかりませんがね。いずれの結論にも達するような
原稿書こうと思えば書けると思いますよ。指導権はどっちだと。しかし、それは意味がないですよ。
徳岡孝夫「バンコックから市ヶ谷まで」より
522 :
名無しさん@公演中:2011/09/06(火) 13:44:51.17 ID:h+SKaWfl
井上:死ぬ覚悟ってのは、昭和四十四年の10・21とか、ああいうときに、巻き込まれて命落とせばそれはそれで
いいって思ったんだろうという、そんな感触があるんですけど、その辺は如何ですか。
徳岡:僕はその時日本にいなかったから。
(中略)
井上:三島はその時自衛隊の治安出勤があったり楯の会の出番があるんじゃないかとホントに思っていたような節が
あって、昭和四十四年のその頃は、ある程度死を意識していたような気もするんですが、しかし、国際反戦デーが
思ったほど激しくならず、四十五年になってしまい、その時点で藤原定家について小説を書きたいと言う。また
『天人五衰』のごく初期の創作ノートなんですけれども、(中略)四十五年の初めの頃だと、その年の十一月に
死ぬっていう感じはないんですね。だけど、三月頃になったらやっぱり、決起するっていう形になってくる。(中略)
徳岡:私は(中略)三月に(ベトナムから)帰ってきたんですよ。そして、六月、帰国して三ヶ月後に会いに
行ったんですね。
松本:決心を固めた後に、お会いになったんでしょうね。
徳岡孝夫「バンコックから市ヶ谷まで」より
523 :
名無しさん@公演中:2011/09/06(火) 13:45:17.67 ID:h+SKaWfl
井上:楯の会の運動も袋小路になって、一種追いつめられた状況にいた時に、徳岡さんが近くにいらっしゃらなかった。
徳岡:いやあ、僕そんな存在じゃないですよ(笑)。あの当時はね、三億円事件の犯人が三島じゃないかって
言われてたの。
井上:顔がちょっと似てる……。
徳岡:顔が似てるよ。あんな複雑な筋書き考えられるのは三島由紀夫だけで、しかも楯の会で金を必要として
いましたからね。
井上:あの頃の週刊誌を見ると、新年の時点で、「平凡パンチ」の一九七〇年の予想特集というようなページで、
防衛大学の学生が反乱を起こして、それを鎮圧するために自衛隊を使うのはよくないので楯の会が出勤、その功績で
三島が防衛大臣になる。しかし、大御心を悩ます悪書追放リストに「悪徳のよろめき」が入っていることがわかり、
天皇に申し訳ないことをしたといって、切腹をしたら失敗し、三島はその後左翼に転向したっていう(笑)。
徳岡孝夫「バンコックから市ヶ谷まで」より
524 :
名無しさん@公演中:2011/09/06(火) 13:45:40.34 ID:h+SKaWfl
松本:『和漢朗詠集』については、お貸しになっただけで、なにもお話しなさらなかったのですか。
徳岡:返してもらった時、「ありがとうございます、楽しかったね、面白かった」ってねえ、三島さん言っただけ。
(中略)
山中:このページを三島が見たんですね。
徳岡:漢詩三篇と、沙彌満誓の歌ね、「世の中をなにゝたとへむ(中略)
山中:天人五衰の言葉が出てくるのは、これですね。「生ある者は必ず滅す(中略)天人なほ五衰の日に逢へり」。
徳岡:それと、「朝に紅顔あつて世路に誇れども 暮に白骨となつて」ちゅうのと、同じ頁だ。(中略)後で
これを見て、あっこれだなって思ったんですよ。
井上:バンコックの時点ではまだ『天人五衰』ってタイトルは考えてないですね。
四十五年になってから、小島さんに『天人五衰』にするって言うんですね。ただ天人五衰って言葉自体、確か、
戦争中の文章で使ったと思う。知らない言葉じゃなかった。
山中:しかし、この本を開いて見ると……。
徳岡:三篇並んでるからね、パンチが凄いんだ。
徳岡孝夫「バンコックから市ヶ谷まで」より
525 :
名無しさん@公演中:2011/09/06(火) 13:46:03.48 ID:h+SKaWfl
山中:徳岡さんはストークスの翻訳を出されていますね。新版も。
徳岡:本人が一生懸命やっているから翻訳してやらないわけにはいかないからやってるんですけどね。ある意味では、
東京にいた新聞記者で、日本人を含めて、三島さんがやってること、これはなにかあるぞ、と思ってたの、
ストークスだけなんですよ。自衛隊の演習だって付いていったんだから。(中略)一流の作家がね一生懸命
やってるんだ。新入社員鍛えるのに自衛隊体験入隊したり、これ昭和元禄の発想や。そんなんじゃなしに、
何かあると思ったら、ね。日本の新聞はそういうふうにはなってない。日本の新聞は、よそに抜かれないように、
デフェンスの取材しかやってないんですよ。
(中略)
松本:あれから後、市ヶ谷へ行かれたことありますか。
徳岡:何十年か経って正門から坂道を登ってみたけど、うわーこの坂走って登ったんかーって驚いた。もの凄い
坂なんですよ。こう曲がって、左手にバルコニーが……。
徳岡孝夫「バンコックから市ヶ谷まで」より
526 :
名無しさん@公演中:2011/09/06(火) 13:47:45.37 ID:h+SKaWfl
松本:あの時、よく誰何されませんでしたね。
徳岡:いや、あの時はそれどころじゃなかったんや。僕は、走りながら腕章してね。それからここへこれ……
(檄文や写真を指さし)。(中略)
松本:走りながら、足のどこに。
徳岡:ここ。靴下の後ろ側。(中略)ソックスの中に隠して……。だからねえ、『五衰の人』をどうしてもね、
書かないかんと思った。だけど、三島はおもろい奴やったなあってことしか書けないんですよねえ。頭は良いし、
原稿書いてもうまいし、そいでアンタ思い切ったことやる。自分の思ったことやり遂げるっていうねえ、こんな奴
ほかにおらへん。
松本:僕は、(中略)いいようのないショックを受けて、数日間もの凄く憂鬱でしたね。(中略)この世は
生きるに値しない、と三島に宣告されたような気がしたんですね。だけど、そうじゃない。逆なんだ、生命を
投げ出してもよいだけのものが、この世にはあるんだ。また、そうでなければいけないんだ、と三島は主張したと
いうことが、だんだん分かって来た。時間がかかりましたけれどね。
徳岡孝夫「バンコックから市ヶ谷まで」より
527 :
名無しさん@公演中:2011/09/08(木) 11:51:18.70 ID:gT8IyJcb
織田:これは有名な話で(六代目中村)歌右衛門さんも言ってますけれども、「芙蓉露大内実記」の時に(三島と)
(市川)猿翁(二代目猿之助)さんとごたごたしたんですね。その時に「台本をとにかく直してくれ」と。
直さなかったら、もしかしたら猿翁さんが降りたかもしれないというような時に、歌舞伎座の頭取部屋のデスクを
借りて三島さんが台本を直したというんですね、一時間ぐらいで。それで稽古を再開して。それが見事にできた
ということで、歌右衛門さんも「大変な才能だ」と褒めてました。それをやらないと駄目なんですね。これ、
三島さんという人もそういう人だけども、とにかく台本を直す時に、何とも言いようがないんだけれども……
南北にでも黙阿弥にでも「なる」んですね、座付の作者になりきってしまう。だから、稽古場の雰囲気で
直さなきゃだめなんです。
井上(司会):三島も座付作者になったということですね。
織田:稽古場の延長線上で台本を直さないと切れちゃう。そこでみんなも気持ちが切れちゃうし。
織田紘二「『三島歌舞伎』の半世紀」より
528 :
名無しさん@公演中:2011/09/08(木) 11:52:13.41 ID:gT8IyJcb
松本(司会):だけど、「芙蓉露大内実記」の場合、あの直しは失敗だったと指摘されていますね。
織田:いや、失敗というより、そうしなかったら上演できないですよ。あの日あそこで直さないと。最終的に
失敗だったかもしれないけれども。「芙蓉露大内実記」は四本目ですよね、作品としては。そのあと、(中略)
「協同研究・三島由紀夫の実験歌舞伎」(「演劇界」昭32.5)という座談会があって、その中で、三島さんは
「芙蓉露大内実記」の稽古のプロセスの話をしてますね、きれいごとになってますけど(笑)。三島さん自身は
「それで大体限界がわかっちゃったんです」ということをおっしゃってますね。「わかっちゃった」というよりも、
「もうこれ以上深入りしない、もういい」ということでしょう。絶交なんですね、これ。
山中(司会):そうなると、これは結構シビアな発言というか、ある種歌舞伎に対する、見切り宣言のような……。
織田:見切りをつけてるんですよ。そのあとでもう一本「むすめごのみ帯取池」をやってますが、それは歌右衛門の
懇望だったんでしょうね。
織田紘二「『三島歌舞伎』の半世紀」より
529 :
名無しさん@公演中:2011/09/08(木) 11:52:59.80 ID:gT8IyJcb
織田:「大内実記」はラシーヌの「フェードル」を下敷きにしているわけだけれども、限界があるんですよ。
ラシーヌの「フェードル」を昭和三十年当時、どれだけの人が知ってますか。それも歌右衛門ファンが。
松本:まあ、知らないですね。
織田:日本の観客、かなりのレベルの識者だってそうでしょう。まして歌舞伎の客なんか、どれだけ知って
ましたか……(中略)
松本:舞台はともかく、「大内実記」は読んでみると面白い。ラシーヌとは関わりなく、よく出来ていると
思いますよ。効果的な工夫も凝らされていて。
織田:やっぱり義太夫の失敗でしょうね、作曲の。これはもちろん歌右衛門もそう言っているし、「もう一度
やってもらいたい、やってみたい」と(現・五代目坂東)玉三郎さんなんかも言ってますけどね。だけど義太夫は
完全に直すべきだとは、歌右衛門さんも言ってますね。
(中略)
井上:三島は『三島由紀夫選集』に「大内実記」を入れる時には、書き直す前のオリジナルの台本を、あえて
収録していますね。
山中:不本意な書き直しだったと、選集には注記がありますしね。(中略)猿翁だったでしたか……。
織田紘二「『三島歌舞伎』の半世紀」より
530 :
名無しさん@公演中:2011/09/08(木) 12:01:12.15 ID:gT8IyJcb
織田:あの人にとっては第一義は文学、それも小説ですね。第二義であるけれども大事だったのが創作戯曲
だったと思う。三番目に、あの人の心の遊びというか、少年の遊びというか、そういうものに帰って行けたのが
歌舞伎だったと思う。そして歌舞伎は、能を扱うのとは全く違った扱い方をしてるわけですよ。能は『近代能楽集』を
見てもわかるように、とにかく能を昇華しきった上で、三島にとっての現代劇になってるわけですね。歌舞伎の場合、
彼が最後の最後までこだわったのは「狂言作者」なんですよ。まずそこから遊びなんです。竹柴ナニガシに
扮している、彼自身が。「三島由紀夫」じゃないんですよ。だから「演劇界」の対談でも利倉幸一さんに、
「狂言作者というとだれまでをいうでしょうか?」と聞いてますよね。利倉さんは「新七まででしょう」と、
三代目の(河竹)新七まででしょうと言っているけど、三島さんはその次は自分だと思ってるんですよ(笑)。
(中略)
山中:本読みを必ず自分でするのも、狂言作者の流れに自分も沿おうとして実践していたというわけですね。
織田紘二「『三島歌舞伎』の半世紀」より
531 :
名無しさん@公演中:2011/09/08(木) 12:01:43.23 ID:gT8IyJcb
織田:あの人にとっては「鰯売恋曳網」がとにかく当たってしまったのが気に入らなかった(笑)。
困惑してるし、歌右衛門さんも言っているように、初演の時からぼやいてるわけですよ。(十七代目中村)勘三郎が
気に入らなかったと。
「弓張月」の時、監事室というガラス張りの部屋が劇場の客席の一番後ろにあるんですが、そこに僕はつめていて、
三島さんと一緒に見てた。初日が開いて何日か経って、二人で立って客席を見てたんですね、誰か来ていないかなと。
(中略)そしたら中村屋(勘三郎)が客席に入ってきたんです。で、三島さんに手を振ったんです。(中略)
僕が頭を下げたら、三島さんが「愛想がいいね、俺の『鰯売』を単なる喜劇にしちゃったんだからねえ、彼は」。
ファルスだと三島さんは言ってるけれども、「あのねえ、そういうことが理解できないんだよ、あの人は」
という話をそこでしましたね。まあ、それは確かにそういう人なんだけどね。単なる喜劇にしてしまったと。
井上:ちょっとふざけすぎというか。
織田紘二「『三島歌舞伎』の半世紀」より
532 :
名無しさん@公演中:2011/09/08(木) 12:02:14.72 ID:gT8IyJcb
松本:ファルスと喜劇との差は何ですかね。
織田:やっぱり、ペーソスなんですね。何か苦い笑いというか。原作のお伽草子を読んでみてもわかるように、
元々は単純な笑い話なんですね。蛍火はお姫さまでも何でもなくてほんとに遊女ですよ。どこの馬の骨かわからない
五条東洞院の遊女。それを三島さんは歌右衛門のために、丹鶴城のお姫さまにしちゃったわけですね。そうすると
あそこで一番大事なところは、二重の身分差別の悲劇、二重の身分違いの恋の悲劇なわけで、三島さんは、
俺はそういうものを設定したじゃないか、と言いたかった。
井上:勘三郎にそういうことを要求してたわけですか。
織田:そうなんだね。また作品世界に要求した。それをよく理解できなかったというところなんだと思います。
山中:悲哀を帯びた笑いが込められている、と。
井上:姫は鰯売りの声に誘い出されて出奔するわけですから、そこには身分差の問題がある。ペーソスもある。
ところが、ただおちゃらけたみたいな、そういうふうになってしまった。
織田紘二「『三島歌舞伎』の半世紀」より
533 :
名無しさん@公演中:2011/09/08(木) 23:11:01.97 ID:gT8IyJcb
松本:あれ(鰯売)は本当に、劇場の中が沸きに沸きました。最近上演された歌舞伎で、あれだけ劇場を沸かせた
脚本ってないんじゃないかと思うんですよ。
織田:それはやっぱり先代も今も勘三郎のやり方を受けて立てる台本だからできるんだけれども、ただ、それは
どうも三島さんの意図ではないらしい。
松本:だけどそれね、三島さんはちょっと贅沢すぎると思いますね。
織田:そうでしょうね。歌右衛門さんも「おもしろくて受ければいいわよねえ」と言ってましたけどね。
松本:笑劇としてはどうかわからないけど、祝祭性がものすごくよく出てる。あれは見事だと思うんですよ。
健康なエロティシズムも出ている。三島と歌右衛門、それに勘三郎も加えてよいかどうか、とにかく共同作業だから、
あれだけのものができたのではありませんかね。
織田:ただ三島さんという人は、照れというか、(中略)まだ若い時だし、二十九ですから、この時。「まだ
もうひとつひねりがあるんだよ」と。そのひねりが、役者にも客にも伝わらない。
織田紘二「『三島歌舞伎』の半世紀」より
534 :
名無しさん@公演中:2011/09/10(土) 23:13:33.02 ID:1J41E3Q+
井上:織田さんは、三島歌舞伎全般についてどんな印象をお持ちになっていますか?
織田:(中略)やっぱり先ほどお話したように、三島さんは狂言作者を気取った最後の人だったんだなという
ことですね。それから僕は三島さんのことだけを考えるというよりも、一九六〇年代の最後から七〇年代の
劇作家の方たち、大佛次郎、舟橋聖一、宇野信夫、川口松太郎、北條秀司、村上元三というような、戦後、
歌舞伎の作品もお書きになった劇作家たちとの仕事をご一緒にやらせていただいて来たわけですが、誰とも違う。
そこが魅力ですね。
井上:そこをお聞きしたいですね。違いとはどういうことなんでしょうか。
織田:それはもう三島さん自身が十七歳の頃からずっと変わらなかった古典志向というか、自分でもお書きに
なっているように「エセ近代歌舞伎」というものをいっさい認めないという歌舞伎観をずっと通して全作品に
通低しているということ。それが同時代のどの作者とも違った道だということです。
織田紘二「『三島歌舞伎』の半世紀」より
535 :
名無しさん@公演中:2011/09/10(土) 23:15:14.16 ID:1J41E3Q+
織田:たとえば宇野先生のいくつかの世話物は、近代歌舞伎の創始者といわれる六代目尾上菊五郎と共にあった。
それよりひとつ以前の岡本綺堂、三島さんは綺堂を劇作家の中でももっとも認めてなかった。でも戦後の
新作歌舞伎というのはみんな綺堂張りなんですよ。そこから最も遠いところにあろうとした。三島さんは最後の
最後まで言わずもがなで言いたくなかったんだろうけど、「擬古典」という言葉を使っていますね。だけど本当は
そうじゃない。これが正当な、歌舞伎の伝統なんだ、これこそ作者の伝統であると、実作者として証明した。
松本:だからもしも三島という台本作家が出てこなかったら、歌舞伎は変わったんじゃないかと思いますね。
三島を除いた新作歌舞伎の人たちが本流になってしまった可能性があるんじゃないか。そうなったら、歌舞伎は
グズグスになってしまったろう。三島が出現したために伝統的な本来の歌舞伎が生き残ったし、今ではかえって
そちらが強くなってるんじゃないかと僕は思っているんですけどね。
織田紘二「『三島歌舞伎』の半世紀」より
536 :
名無しさん@公演中:2011/09/10(土) 23:15:48.04 ID:1J41E3Q+
織田:「三島歌舞伎」とは言っても「宇野歌舞伎」「大佛歌舞伎」とは言わないんですよ。それらとは違う別の
作品なんです。昭和三十年代というのは、書き手がいなくなってしまったことが目に見えてわかった時代ですね。
松本:そうですね。三島以外の誰にもあんなのは書けない。三島だけが書けた。
織田:書こうとも思わないしね。そうすると「三島歌舞伎」対「他の歌舞伎」なんです。三島以外の歌舞伎。
山中:戦後、新作歌舞伎と三島が、ジャンルとして対決しているということですね。
織田:そうそう。だからある意味では孤独峰なんですね、屹立している。
松本:それでいながら歌舞伎本体に深く根を届かせているわけですね。
織田:野坂昭如さんが「三島ってのはすごいよね」と。「義太夫を書ける日本人というのはああいう人しか
今いないんじゃないか」と言ってました。
山中:それは亡くなった後のことですか?
織田:いや、亡くなる前だと思います。
織田紘二「『三島歌舞伎』の半世紀」より
537 :
名無しさん@公演中:2011/09/10(土) 23:16:20.58 ID:1J41E3Q+
織田:何かの時に……三島さんが「おかしいよね」と。「浄瑠璃書けるのが当たり前だよ、日本語で何かを
書こうと思ったら、謡曲や和歌を作ったり、浄瑠璃を書いたりする方が当たり前なんだ、書けない方がおかしい」と。
昭和三十年代というのは戦後の教育がそういう知識を失わせて、もはや「戦後」ではなくて「日本」がなくなった
悲劇的な時代の分岐点で、そういうものに訣別したことが「三島歌舞伎」という言葉を生んだんじゃないかと
思いますね。
(中略)百年後にもう一度日本人がこういうものを作り上げられるかと思ったらそれは大間違いです。絶対に
不可能ですね。文化の伝承、伝統は戦後教育のもとで断ち切られたという思いが三島さんにあっただけに、
かろうじてそれをどこかに求める、そういう気持ちがあの人には強かったんだと思いますね。義太夫狂言で何が
一番お好きですかと三島さんに聞いたら、「鬼一法眼三略巻」の菊畑が好きだと言ってました。何でですかと
聞いたらノリが好きだと。義太夫の三味線に合わせて乗るせりふ。(中略)あれが好きだと。
織田紘二「『三島歌舞伎』の半世紀」より
538 :
名無しさん@公演中:2011/09/21(水) 11:59:02.39 ID:UH5FPBA8
中山:(朱雀家の滅亡の主人公)経隆のものの考え方、生き様っていうのは、初めは全く無私というか、無欲な、
本当にただの忠誠だったんです。それが、だんだん時間を経てくると、お上と自分が同化しちゃう。今まで忠誠を
尽してきたお上と自分が同化しちゃって、ますます、思いが強くなる。その、思いとは、「私は遠くからあなたを
お守りします」ということになるわけですよ。こういう忠誠の仕方というのは、普通考えたらやっぱり奇人変人かな、
と思うわけですけれども、決してそうじゃない。で、そこまで持っていく、ある種の静かなエナジーが必要なんです。
それをずーっと、じーっと追いつづけないと、成立しない芝居なんですよ。その辺で苦労しましたね。
経隆というのは、どういう人かといわれると、今言ったことに尽きるのですが、とにかく、演じるほうと観るほうで、
すごいギャップがあると思うんです。そのギャップが実は最後に正当化されていってしまって、観ているお客さんを
こっちへ引っ張り込むという。そういうある種非常に精神的なパワーのいる仕事でした。
中山仁「三島戯曲の舞台」より
539 :
名無しさん@公演中:2011/09/21(水) 11:59:29.88 ID:UH5FPBA8
井上(司会):NLT、浪漫劇場と、三島由紀夫と交わって、最初はどんな印象をもたれましたか。
中山:三島先生に初めてお会いしたのは、多分NLTの頃だと思うんですけれども、誰かに紹介されて「ああ、
どうも」というふうに御辞儀をした時に、小柄な方だな、それにしては顔が大きいなあ、と……。やっぱり
頭のいい人って、頭が大きくなるんだろうか、とか、いろんなことを考えましたよ。それが一番最初の、先生との
出会いでしたね。それから、色々ありまして、ある時、「冒険ダン吉」みたいな恰好をして稽古場に来られる
わけですよ。半袖の、襟章のついたシャツを着てね。白いハイソックスをはいて、白い靴を履いて、探検家の
帽子をかぶって、「仁くん、どうだ!」って。「先生、どうだ! はいいけど、それ逆だと思いますよ」って。
日本人は、帽子ってひさしの方が前だと思っていますよね。でもあれ、逆なんですってね。後頭部を守るためのもので。
違うんですよ、かぶりかたが。そういうことで大笑いしたことがありましたね。
中山仁「三島戯曲の舞台」より
540 :
名無しさん@公演中:2011/09/21(水) 11:59:57.80 ID:UH5FPBA8
佐藤(司会):前に、岸田今日子さんに、ここに来ていただいて、お話を伺ったことがあるんですけれども、
劇団の中で、若い役者さんたちと随分リラックスして話をされていたと。(中略)それは三島由紀夫が、もっと
若い頃の話でした。中山さんがお会いになった頃は、もういわばこの世界で知らぬもののない作家ですね。
その頃のNLTの中での三島由紀夫というのはどんな人だったんですか?
中山:僕なんか本を読ませて頂いていますから、ああ、凄い先生なんだと思って、なるべく目を合わせないように
しましてね。「おはようございます!」とご挨拶して目をそらしてしまうような感じでした。で、皆さんは、
毎年二日に「三島詣で」をするんですよ、ご自宅に。
山中(司会):一月二日にですか?
中山:そう、一月二日です。でも私は、うちの親父から「正月二日から他人の家になんかいくもんじゃない」と
昔からいわれていましたのと、敷居が高かったという感じが常にありましてね。とうとう、行かずに終わって
しまったんです。行っておけばよかったな、と思いますけれど……。
中山仁「三島戯曲の舞台」より
541 :
名無しさん@公演中:2011/09/21(水) 12:00:22.84 ID:UH5FPBA8
井上:三島由紀夫から何か言われたのでは?
中山:ああ、そうそう。「仁くん、君、僕のこと嫌い?」って。「僕のこと嫌い?」って言われると、ちょっと、
いろいろな意味に取りますよね……(笑)。「いや、そんなことはございません」て、とぼけちゃったことを
覚えています。いやあ、悪いことしたなと思っていますけど。(中略)
井上:ボディ・ビルに誘われたりとか、そういうことは?
中山:ああ、ありましたよ。行きました、後楽園に。それでこう、ハールっていうダンベルの大きいのを、
二十キロか三十キロぐらいするのを持って、こう、やっているんですよ。「どうだ!」って言うから、
「いや、たいしたもんですね。ちょっと貸して下さい」って僕がやったら、「おお」っていって、サッといなく
なっちゃったんですよね。きっと、嫌な野郎だと思ったんでしょうね。
井上:案外軽かったと(笑)。
中山:いえいえ、決してそうではなくて、僕は若い頃、体をつくるために色んなことをやっていましたから。
中山仁「三島戯曲の舞台」より
542 :
名無しさん@公演中:2011/09/21(水) 12:01:09.62 ID:UH5FPBA8
中山:「薔薇と海賊」では、帝一という純粋な青年の役をやりましてね、その時に、ちょうど三島さんと僕と、
今日の会場で一番前の席にいる方ぐらいの距離しかないわけですよ。それで、こう、芝居をやっていて、ちょっと
目線を渡したら、えっ? と思うぐらい目を真っ赤にしている。どうしたのかなと思って芝居が終わったら、
「仁君、よかったよ」と。「なんだ、お世辞をいって」なんて思ったんですけれどね、どうも違うみたいなんですよ。
佐藤:初日にも涙を流したという談話を、村松英子さんは残していらっしゃるし……。
中山:それから、しばらく変なことが続いたんです。三島先生は、蟹という字すら嫌いなんです。それなのに、
「蟹を食いにいこう」って言ったんです。えっ、と驚きつつもみんなで行って食べたんですが、何かがおかしい、と。
井上:「薔薇と海賊」の上演は昭和四十五年十月から、十一月三日までですね。
中山:それじゃあ、本当に亡くなる直前だったんですね。
中山仁「三島戯曲の舞台」より
蟹が嫌い? サルトルみたいだな
544 :
名無しさん@公演中:2011/09/22(木) 17:38:21.84 ID:zQ6EP4kR
三島は蟹の姿形が苦手だけで、食べることはできたようですよ。
545 :
名無しさん@公演中:2011/09/26(月) 10:33:15.58 ID:nubYJ6xb
中山:あの日、十一月二十五日、僕は京都の撮影所でのロケーションで亀山のほうへ行っていまして、(中略)
送りのハイヤーの中で、「作家の三島氏が……」っていうふうに始まったのを聞いて、えっ! と思いました。
それがわずか五分もしないうちに、「犯人・三島は」って言った女性レポーターがいたんですよ。それはちょっと
違うだろうと非常に腹を立てたことを覚えています。その晩は眠れませんでしたね。僕と先生の付き合いというのは、
「おい、元気か?」「はい、元気です」っていう、そういう付き合いだったんです。しょっちゅう皮膚感で
付き合っていたもんですから、切腹して、介錯を……っていうことの衝撃の強さっていうものがあって、何も
考えられなかったですね。その次の日の撮影は休みにしてもらって、飛んで帰りました。
(中略)思考が停止した状態がしばらく続いたんです。少しは考えられるようになったのは、一年ぐらい経って
からですね。ああ、そういえばあの時に蟹を食べたな、あれはおかしいよな、とかね。そういうことでしか
推し量れない。
中山仁「三島戯曲の舞台」より
546 :
名無しさん@公演中:2011/09/26(月) 10:33:39.64 ID:nubYJ6xb
井上:劇団の中で、三島由紀夫が自分の思想的なことを話すとか、文学の解釈について話すとかいうようなことは
ありませんでしたか。
中山:ほとんどありませんでしたけれどね、「仁君ね、僕の台詞は、いいかい、句読点まで読んでくれよ」って
言われたことを覚えています。だから、「だって先生、長いんだもん」なんて言ったってだめなんですよ。
句読点まで読んでくれ、って言うんですから。
それはもう、めちゃくちゃに鍛えられましたね。何とか先生の期待に添おうと思うから、一生懸命にやったんですがね。
NLTって新文学座という意味なんですけど、文学座はリアリズムの芝居をやってきた劇団なんですね。今でも
そうですけれど。NLTは、そうじゃない芝居をやろう、よりシアトリカルな芝居をやろう、劇場性の高いものを
やろう、と。(中略)他の先輩達は文学座で散々やってこっちに来ているから分かるんでしょうけれど、これは
ちょっと待ってくれよという感じがしましたね。いきなりですからね。右往左往したのが、二年ぐらいありましたかね。
中山仁「三島戯曲の舞台」より
547 :
名無しさん@公演中:2011/09/26(月) 10:34:04.21 ID:nubYJ6xb
佐藤:難しい質問……。「中山さんにとって三島美学とは何か」。
中山:よく言われていますけれども、「滅び」っていうのは言葉にしても非常にきれいな響きでしょう?
それに尽きると思うんですよ。全然違うところで経験したんですが、ピーター・オトゥールが、「将軍達の夜」
という映画で、(中略)伝統に培われたものが壊れていくときの悲鳴とか、そういうものをぞっとする思いで
感じました。(中略)そういうことから考えて、たとえばもう絶対にありえない、天皇は天皇として現人神で
あってほしい、しかし、そうはならなかった。それじゃあ、いままでそのために忠義を尽してきた人たちは、
滅びるしかない。それは、全員がそうじゃないかもしれない。いいよ、やめた、っていう人もいるかもしれない
けれども、あそこまで忠義を尽す人間を書いてくると、もう滅びしかないだろうと。それも、多分先生は、見事に
滅びをしたかったのではないのかな、と。見事というのは、他人に対してじゃなくて、自分で許せる見事さ
みたいなものが、絶対にあったような気がするんですね。
中山仁「三島戯曲の舞台」より
548 :
名無しさん@公演中:2011/09/26(月) 10:37:34.19 ID:nubYJ6xb
中山:僕は、お墓参りには行きませんけれども、そちらへ向いて、毎年拝むようにはしていますけど。やっぱり、
これだけのものを遺してくれて……。僕だってもう六十六歳ですから、先は長くないですよ。
井上:いやいや……。
中山:それでもなにかこう、まだやることがあるよ、っていうものを遺していただいたわけですから。やっぱり、
少しでも続けたいなと思っています。
(中略)
佐藤:一番好きな役は……。
中山:うーん、やっぱり今歳を食っちゃいますとね、若い頃のあの役、なんでもいいですよ。久雄でも、経広でも。
あれはもういまや憧れでしかないですから。そういう役を、誰かがやっているのをそっと見てみたいなと思います。
佐藤:たとえば、純な心を持っている三十歳の少年、帝一はやりにくいんでしょうか。
中山:あれはねえ、そういう意味では、どうしようとか、ああしようとか全く考えずにできた役でしたね。
自分の中に滞る部分がなく、できました。だから三島さんは泣いたのかな、と思ったんですが、違ったんでしょうね。
でも、褒めてくれましたよ。
中山仁「三島戯曲の舞台」より
549 :
名無しさん@公演中:2011/09/30(金) 09:15:59.68 ID:4IScw4mj
三島由紀夫の『橋づくし』には、「映画俳優のR」が出てくる。新橋の料亭の箱入娘満佐子が「一緒になりたい」と
願う相手である。(中略)
前田愛は、(「幻景の街――文学の都市を歩く」で)この映画俳優Rは市川雷蔵であるらしいと言っている。(中略)
三十七歳の若さで亡くなった俳優市川雷蔵は、十五年間の俳優生活で百五十八本という数の映画を残している。(中略)
しかし、雷蔵はその「スター」の地位に安住することのない、非常な野心家であった。
雷蔵は長谷川一夫の「美剣士」を継承し、ファンの期待を裏切らないようにそれを守りながらも、新しい市川雷蔵を
作り出していった。(中略)
そんな市川雷蔵にとって、映画デビューをして初めて俳優としての転機となった作品が『炎上』なのである。
言うまでもなく、三島由紀夫『金閣寺』の映画化である。その後、三島原作の映画を雷蔵が演じたのは、
『剣』だけであるが、『炎上』、『剣』のこの二作品は、雷蔵の俳優人生の中でも異彩を放っている。
大西望「市川雷蔵の『微笑』――三島原作映画の市川雷蔵――」より
550 :
名無しさん@公演中:2011/09/30(金) 09:16:27.57 ID:4IScw4mj
(『炎上』公開の)前月、雷蔵は後援会会誌にこんなことを書いている。
《私が『炎上』で丸坊主になってまであの主人公の宗教学生をあえてやるという気になったのはもとより、
三島由紀氏の原作『金閣寺』の内容、市川崑監督をはじめとする一流スタッフの顔ぶれにほれ込んだことも
大きな原因ですが、それと同時に私はこの作品を契機として俳優市川雷蔵を大成させる一つの跳躍台としたかった
からにほかありません。》(「雷蔵、雷蔵を語る」)
(中略)これまで時代劇で人気を博した雷蔵は、現代劇を跳躍台に選んだ。しかし、大映からは今まで築いてきた
「美剣士」のイメージが壊れると反対され、スタッフからも雷蔵ではこの役は務まらないと思われていた。
一方で、映画化決定の際、三島由紀夫と市川崑監督は、主演は市川雷蔵だと期せずしてイメージが一致していた。
雷蔵は、もともとファンであった原作者の三島がそう言っていたことを知り、益々意欲がわいたという。雷蔵は、
周囲の反対を押し切り会社を説得するのに一年を費やしている。
大西望「市川雷蔵の『微笑』――三島原作映画の市川雷蔵――」より
551 :
名無しさん@公演中:2011/09/30(金) 09:16:55.46 ID:4IScw4mj
雷蔵は三島文学の最高峰『金閣寺』を読んで、武者震いのような感動、役者魂に火をつけられたような感覚を
得たのではないだろうか。主人公溝口の美への憧憬と疎外感、難解な観念、そして金閣寺の放火に赴く心理……。
それらを鮮やかな独白体で表現し、現実の事件を芸術作品にまで昇華しえた三島由紀夫の文章は、表現者市川雷蔵を
大いに感化したことだろう。
従来の「市川雷蔵」のイメージを払拭するために、雷蔵は対極に位置するような役を選んだ。化粧を施した
端整な顔と美しい声の「美剣士」から、すっぴんの顔を歪ませながらしゃべる屈折した青年へ。まさに変貌を
遂げる俳優の姿を見せつけたのである。
原作者三島は、映画の制作途中の雷蔵を見ている。三島が撮影現場を見学した日の日記に、
《頭を五分刈にした雷蔵君は、私が前から主張してゐたとほり、映画界を見渡して、この人以上の適り役はない。》
(「炎上」撮影見学〈日記(五)〉)
と書いている。三島は雷蔵主演の成功を確信していたようだ。
大西望「市川雷蔵の『微笑』――三島原作映画の市川雷蔵――」より
552 :
名無しさん@公演中:2011/09/30(金) 09:17:22.48 ID:4IScw4mj
さて、『炎上』撮影見学の約二ヶ月後に、三島は大映本社で完成した映画の試写に参加している。
《この映画は傑作といふに躊躇しない。(中略)俳優も、雷蔵の主人公といひ、鴈治郎の住職といひ、これ以上は
望めないほどだ。(中略)雷蔵君を前に、私は手ばなしで褒めた。かういふ映画は是非外国へ持つて行くべきである。》
(「炎上」〈日記(七)〉)
『炎上』の前年に上演された映画『美徳のよろめき』を《これ以上の愚劣な映画といふものは、ちよつと
考へられない。》(「美徳のよろめき」〈日記(五)〉)とまで言った三島が、『炎上』や雷蔵の演技に対して
大絶賛しているのが分かる。原作者として満足したと同時に、原作を離れて独立した映画作品としても感動を
味わったのだろう。
(中略)『華岡青洲の妻』などで雷蔵と仕事をした増村保造監督は次のように言っている。
《「映画にならない小説」を見事に映画化した成功例として『炎上』がある。(中略)小説の鮮やかな映画的
再構成と云えるであろう。》(「原作映画とその映画化」)
大西望「市川雷蔵の『微笑』――三島原作映画の市川雷蔵――」より
553 :
名無しさん@公演中:2011/09/30(金) 09:18:06.50 ID:4IScw4mj
また、この映画から四年後、(中略)三島は「雷蔵丈のこと」という文章を送った。
《君の演技に、今まで映画でしか接することのなかつた私であるが、「炎上」の君には全く感心した。(中略)
ああいふ孤独感は、なかなか出せないものだが、君はあの役に、君の人生から汲み上げたあらゆるものを
注ぎ込んだのであらう。私もあの原作の「金閣寺」の主人公に、やはり自分の人生から汲み上げたあらゆるものを
注ぎ込んだ。さういうとき、作家の仕事も、俳優の仕事も、境地において、何ら変るところがない。》
三島由紀夫にとって『金閣寺』は、それまでの創作活動の集大成であり、これからを指し示す重要な転換と
なった小説でもある。市川雷蔵にとっても、同じことが言える。同じ作品に人生を賭け、大業を成し遂げた者同士の
共鳴というものをこの文章からは感じることができる。
この映画で雷蔵は、キネマ旬報主演男優賞や(中略)イタリアの映画誌『シネマ・ヌオボ』でも最優秀男優賞に
選ばれた。この作品は市川雷蔵の代表作の一つとなり、日本映画史にも残る傑作となった。
大西望「市川雷蔵の『微笑』――三島原作映画の市川雷蔵」より
554 :
名無しさん@公演中:2011/10/02(日) 11:31:46.30 ID:PMvTFAjp
映画『剣』は昭和三十九年三月に公開された。(中略)小説発表から映画化までわずか五ヶ月である。雑誌に
掲載された小説を雷蔵が読んで、自ら映画化したいと希望した作品である。(中略)
年明けすぐ、午前四時の寒稽古見学、多忙を極める二人がここまでするのは、作品への情熱、そして、三島が
雷蔵を本物の俳優だと認め、期待していたからだろう。
『剣』はTVドラマとしても映像化されているが、三島はそのドラマと映画を比較した感想も日記に書いている。
《加藤剛の主役は、みごとな端然たるヒーローだが、映画の主役の雷蔵と比べると、或るはかなさが欠けてゐる。
これはこの役の大事な要素だ。》(TV「剣」〈週間日記〉)
雷蔵は、次郎の正しさ強さ、「はかなさ」を見事に表現した。映画『剣』に関して、「ここでは雷蔵が三島の
分身ではないかと思わせられるほどだった」(塩田長和「日本映画五十年史」)という感想もあるほど、雷蔵は
三島の理想を体現することに成功している。
大西望「市川雷蔵の『微笑』――三島原作映画の市川雷蔵――」より
555 :
名無しさん@公演中:2011/10/02(日) 11:32:12.81 ID:PMvTFAjp
雷蔵が『剣』の国分次郎を演じたのは、もう一人の同時代俳優、石原裕次郎を意識してのことだったかもしれない。
時代劇で映画デビューをした雷蔵に対して、石原裕次郎は(中略)「太陽族」と言われた戦後派青年の象徴的
存在だった。しかし、同じ戦後派の国分次郎は、(中略)反時代的な生き方をしている青年だ。雷蔵は、
この国分次郎を演じることで「市川雷蔵」という俳優をアイデンティファイするという意図もあったのでは
ないだろうか。
雷蔵は、俳優「市川雷蔵」のアイデンティティーを反時代的な美に求めていたように思う。それは、市川崑監督が
「若いくせに妙にクラシックなところがあって、そのくせ強情なんですよ」と言ったように、雷蔵の生来の
性質だったかもしれない。(中略)
雷蔵は三島作品によって自己を表現することが出来た。自分を思う存分表現出来る作品に恵まれなかった勝新太郎に
比べると、雷蔵の俳優人生にとって三島の作品は、かけがえのない存在であっただろう。
大西望「市川雷蔵の『微笑』――三島原作映画の市川雷蔵――」より
556 :
名無しさん@公演中:2011/10/03(月) 20:14:19.46 ID:tirSU+I2
557 :
名無しさん@公演中:2011/10/04(火) 10:16:19.58 ID:lNhgaVYT
三島由紀夫が描き、市川雷蔵が体現した反時代的な青年は、三島の理想とした反時代的な「美」を象徴する
人物でもある。三島はこういった青年を描くときに、共通した特徴を持たせている。それが「微笑」である。
三島の小説の中で、主人公がしばしば「微笑」することに注目したい。なにげなく書かれた「微笑」という言葉は、
三島の描く主人公のシンボルとなっている。(中略)
まずは『潮騒』の新治の「微笑」である。
《新治は微笑して、壁際に坐つて膝を抱いた。さうして黙つて、人の意見をきいてゐるのが常である。》(第三章)
(中略)新治以外の若い漁師仲間や船長たちが「漁の自慢をしたり」、「愛情と友情について」とか「食塩注射と
同じくらいの大きさの葡萄糖注射があるか」などを熱心に「議論」している場面である。新治はそういう
「議論」には参加しない。ただ「微笑」して聞いている。しかし人一倍海や漁のことを考えているし、いざとなれば
誰もが怖ける嵐の海にも飛び込む青年である。
大西望「市川雷蔵の『微笑』――三島原作映画の市川雷蔵――」より
558 :
名無しさん@公演中:2011/10/04(火) 10:16:45.15 ID:lNhgaVYT
次ぎは『金閣寺』である。一見、主人公の溝口に「微笑」する余地があるとは思われないが、実は「金閣を
焼かなければならぬ」と決意してから、「微笑」し出すのである。
《(中略)
「さうか。君は奇妙な奴だな。俺が今まで会つた中でいちばん奇妙な奴だ」
その言葉は私の口辺から消えぬ親愛の微笑に向けられたものだとわかつたが、私の中に湧き出した感謝の意味を、
彼が決して察することはあるまいといふ確実な予想は、私の微笑をさらにひろげた。》(第八章)
(中略)「人生に参与」することを諦めてからは、「金閣」は溝口の前に現れず、溝口は「微笑」し出すのである。
三つ目は、『剣』である。この作品は、(中略)主人公国分次郎の生き方の象徴として「微笑」が意図的に
使われている。
(中略)
《その微笑は美しかつた。次郎が「くだらないこと」に耐へ、煩雑で無意味なことに耐へるときの表情は、決つて、
その微笑、ただ黙つて浮べる微笑なのだ。》(その三)
(中略)「剣」以外の生活に耐えるときに、次郎は「微笑」する。
大西望「市川雷蔵の『微笑』――三島原作映画の市川雷蔵――」より
559 :
名無しさん@公演中:2011/10/04(火) 10:17:23.70 ID:lNhgaVYT
最後は、『奔馬』である。勲たちの「昭和維新」が実行前に検挙され、長い裁判の結果、勲が刑を免除され
一年振りに家に帰った場面である。
《勲は家へかへつてから、微笑するばかりで何も言はなかつた。》(三十八)
《佐和は大声で獄中の物語をして人々を興がらせてゐたが、勲は微笑を泛べてゐた。》(三十八)
(中略)若い勲が挫折し、目的を喪失したときに「微笑」しているのが分かる。
このように、四作品の主人公に「微笑」する場面がある。(中略)いわば「微笑」は、主人公の内面を覆い隠す
仮面である。(中略)
この「微笑」は、三島の行動や肉体の思想とも関係している。例えば、『潮騒』の新治は、(中略)行動する
若い肉体に「議論」はいらない、という作者の思想が見え、新治の行動力の隠喩として「微笑」は使われて
いるようだ。(中略)
映画『剣』では、次郎の「微笑」が原作と同様、象徴的、効果的に使われている。(中略)クローズアップで
映された雷蔵の顔には、「剣道で昔から言う『観世音』の目」(『剣』)と口角をわずかに動かした「微笑」があった。
大西望「市川雷蔵の『微笑』――三島原作映画の市川雷蔵――」より
560 :
名無しさん@公演中:2011/10/04(火) 10:17:52.72 ID:lNhgaVYT
市川雷蔵は、『金閣寺』と『剣』の主人公を演じた。それは(中略)「美」から疎外された人物と、「美」そのものの
人物の両極を演じることであった。(中略)
市川雷蔵という俳優自体、生活臭がなく人生にも芸道にもストイックなところがあった。そこが「人生」よりも
「美」を選ぶ三島作品の主人公たちを表現できた所以だろう。
雷蔵は、映画化された二作品の他に、『獣の戯れ』の映画化を計画したり、闘病中にも『春の雪』を舞台で
やりたいと構想を練っていたりしたそうである。一人の俳優が、これほどに三島由紀夫作品を映画化し主演したいと
言った例があるだろうか。また、増村保造監督と二・二六事件の青年将校の役もやりたいと相談していたという。
こういったエピソードから、フィールドが違っていても、三島と雷蔵の追求していたものが似ていたことを
思わずにはいられない。
雷蔵が『奔馬』の勲を演じる機会がなかったのが悔やまれる。雷蔵であれば、三島文学の「微笑」の系譜を
作れたのではないだろうか。
大西望「市川雷蔵の『微笑』――三島原作映画の市川雷蔵――」より
難しいね。
562 :
名無しさん@公演中:2011/10/24(月) 11:55:34.31 ID:OZ5MaOg9
ねじまき鳥(『ねじまき鳥クロニクル』村上春樹)が巻いている「世界のねじ」という作家の一つのビジョンは、
八〇年代以降のポストモダンといわれる現実の比喩である。複雑多様な文明社会が、驚くほど容易にある事柄に
よって崩壊する。平和な豊かな日常が薄い透明な破れやすいガラス板の上に乗っかっていて、それがちょっとした
ことによって一挙に破壊される。絶対的な価値を喪失した人間と社会は、歴史の持続を信じることが出来ず、また、
未来を確かなものとして構想することができない。こうした近代世界のニヒリズムは、三島由紀夫がすでに
『鏡子の家』で描き出したものであった。三島はこの長篇で「戦後の日本のニヒリズムを壁画のように描く」と
言っていたが、この作品は当時、十分に日本の文壇で理解されなかった。『英霊の声』は、この戦後のニヒリズムと
絶対者の喪失という現実に対する三島の挑戦であった。村上春樹は、ポストモダン時代の作家として、三島の
この二つの作品、すなわち『鏡子の家』と『英霊の声』の遠いこだまを常に受けてきているように思われる。
富岡幸一郎「『英霊の声』と一九八〇年以降の文学」より
563 :
名無しさん@公演中:2011/10/24(月) 11:56:06.27 ID:OZ5MaOg9
「世界の終わり」という一種の疑似終末論的な発想、世界を巻く「ねじ」という空虚な文明社会の隠喩、いずれも
三島的問題の新たな展開の一端である。
『ねじまき鳥クロニクル』では、一九三八年の満州蒙古国地帯の戦争のシーンが鮮烈に描かれている。作中では
ノモンハンの戦闘を体験した間宮という老人が「僕」にその戦争体験とシベリアの収容所体験を話す。かつて
満州で日本人の将校がロシア兵と蒙古人によって皮剥ぎの拷問をうけ殺されるのを目の当りにした話がある。
間宮老人は、外蒙古の砂漠の深い井戸に突き落とされたときの「無感覚」について、こう語る。
《(中略)私はあの井戸の底の、一日のうちに十秒か十五秒だけ射しこんでくる強烈な光の中で、生命の
核のようなものをすっかり焼きつくしてしまったような気がするのです。あの光は、私にとってはそれくらいに
神秘的なものでした。(中略)地獄のようなシベリアの収容所にいたときでさえ、私はある種の無感覚の中に
いました。(中略)わたしの中のある何かはもう既に死んでいたのです》
富岡幸一郎「『英霊の声』と一九八〇年以降の文学」より
564 :
名無しさん@公演中:2011/10/24(月) 11:56:35.72 ID:OZ5MaOg9
この「無感覚」は、戦争という暴力によって作り出されたものだが、同時にそれは「平和」という名の収容所と
しての「戦後日本」のニヒリズム感覚にも相通ずる。村上春樹がデビュー作以来一貫して繰り返してきたのは、
「何かがすでに終わっている」という喪失感であった。三島は、この戦後的(それはもちろん明治維新以降の
日本の近代化=西洋化に始まるものである)な喪失感に対峙しつつ、『英霊の声』において「天皇」を
「神」として問うことからそのニヒリズムの克服、言い換えれば「近代の超克」をなした。(中略)二・二六事件の
青年将校と特攻隊の「英霊」を自らの作品の言葉の力となしえた三島は、そのことによってあの昭和四十五年
十一月二十五日の自決まで一挙に疾走した。ライフワーク『豊饒の海』最終巻『天人五衰』が作家自身の死後の
時間を描いていることは忘れられてはならない。つまり、そこでは一九七〇年以降の村上春樹が登場してくる
ポストモダン的時空間が予告的に描かれているからである。
富岡幸一郎「『英霊の声』と一九八〇年以降の文学」より
565 :
名無しさん@公演中:2011/10/24(月) 11:57:12.44 ID:OZ5MaOg9
(中略)
(三島は)絶対者を「待つこと」によってニヒリズムを超克する道を示した。「待つこと」は、晩年の三島の
文学と行動のキーワードである。三島の論文『「道義的革命」の論理』でくりかえし語っていたことも
「待つこと」の希望であった。
《二・二六事件はもともと、希望による維新であり、期待による蹶起だった。といふのは、義憤は経過しても
絶望は経過しない革命であるといふ意味と共に、蹶起ののちも「大御心に待つ」ことに重きを置いた革命である
といふ意味である》
《(中略)明治維新は、これほど切なく「待つこと」はなく、又、一方、その指導理念が、北一輝のそれほど
暗い否定に陥つたことは一度もなかつた》
《事件、逮捕、裁判の過程において、いや、事件の渦中においてすら、戒厳令下の維新大詔の連発を待つた彼らは、
待ち続けた。革命としてははなはだ手ぬるいこの経緯のうちに、私は、道義的革命の本質を見る。といふのは、
彼らは、待ち、選ばれ、賞讃され、迎へられなければならない、といふことを共通に感じてゐる筈だからである》
富岡幸一郎「『英霊の声』と一九八〇年以降の文学」より
566 :
名無しさん@公演中:2011/10/24(月) 11:57:51.83 ID:OZ5MaOg9
二・二六事件の本質にあるものを、三島はこの「待つこと」であると言った。「大御心」を待つことによる熱烈な
希望の革命。それが三島がその文学においてあらわしたものであった。サミュエル・ベケットの『ゴトーを
待ちながら』では、二人の男が神を待っているが、ついに神はやってこない。それは、到来しない神を待つことの
逆説的現実をアイロニカルに描いたものであった。三島は「ベケットのこの作品は認められない、神はやって
来なければならない」と安部公房に語ったことがあったが、まさに三島の『英霊の声』は、「神の到来」を希望し熱烈に期待し、
物語ることによって、言霊の力によって、歴史を動かそうとした野心的作品であった。村上春樹の作品世界には、
このような「神の到来」を描く一切の契機がすでに失われている。『ねじまき鳥クロニクル』以降の村上作品は、
グローバリズムという奇妙に拡散した文明社会のニヒリズム状況の中で消費され続けている。三島的問題意識を
内包しながら、一九七九年に作家的出発を遂げた村上春樹は、すでにその文学の内的な根拠を失ってしまった
ように思われる。
富岡幸一郎「『英霊の声』と一九八〇年以降の文学」より
567 :
名無しさん@公演中:2011/11/07(月) 14:51:46.93 ID:VTm/ZsOm
『1Q84』(村上春樹著)を読んで、誰もがこれはオウム真理教のことだ、と思ってしまうでしょう。ただ、
ここに描かれている新興宗教のリーダーは、本当にオウム真理教の教祖がモデルなんでしょうか。決して
それだけではないと思います。もっと大きなシステムを体現した存在である。実に村上春樹がリーダーに与えて
いる規定は、折口信夫が天皇に与えている規定とまったく同じなんです。
(中略)預言者とは、未来を予知する者(予言者)ではなくて、神の言葉を自らの身に預かることができる者です。
村上春樹はそう規定しています。(中略)
さらにこの男は神の声のレシヴァ(receiver)だとされている。しかもレシヴァというのは、ただその人間が
存在するだけでは能力が発揮できず、パシヴァ(perceiver)という認識者が必要不可欠であると書かれている。
(中略)レシヴァが王でありパシヴァが少女であって、王の近親者である。つまり、姉妹もしくは実の娘が
神の声を王に届ける。これは折口信夫が「大嘗祭の本義」等で説いている天皇の規定そのものなんです。
安藤礼二「王を殺した後に――近代というシステムに抗う作品『1Q84』」より
568 :
名無しさん@公演中:2011/11/07(月) 14:52:17.67 ID:VTm/ZsOm
折口は、昭和三年に発表された「大嘗祭の本義」と密接に関連する論考の中で、天皇のことを御言持
(ミコトモチ)であると定義しています。(中略)まさに預言者としてある王でしょう。(中略)
折口はさらに続けます。最高位のミコトモチは天皇であるが、ミコトを預かるという条件を満たせば、他に無数の
ミコトモチが生まれ出てくる可能性がある。(中略)天皇は、天上世界の神々の声を聞き届ける人間であり、
神の声の象徴であるとさえ折口は言う。折口のミコトモチ論は戦後の象徴天皇制の先取りにもなっているんです。(中略)
『1Q84』のなかでは、獣であり精霊でもあるリトル・ピープルが空気さなぎというものを織り上げます。
空気から透明な糸を紡いで繭を織る。その中から新たな存在が生まれ出てくる。それは原型(イデア)としてある
王の分身なんです。折口は「大嘗祭の本義」において、新たに即位する天皇に真床襲衾という寝具であり
衣裳である巨大な布を被せる。同じ情景を『死者の書』では、少女が蓮の花から採った透明な糸で織り上げた
曼陀羅として描く。
安藤礼二「王を殺した後に――近代というシステムに抗う作品『1Q84』」より
569 :
名無しさん@公演中:2011/11/07(月) 14:52:49.97 ID:VTm/ZsOm
曼陀羅は「衣」であり「裳」であると折口は書く。どちらも糸を紡いで織り上げられた繭です。その繭の中から
先代の「天皇霊」(折口の定義によればそれは言葉の霊でもあります)を受け継ぎ、先代の分身となった新王が
即位する。王という存在は滅びないのです。天皇の身体は霊が身にまとう単なる「容器」に過ぎない。反復される
王の即位の際には、王の身体に生命(霊魂)を取り憑かせ、安定させるために「水の女」である后が象徴的にも、
実際的にも性の交わりを果たす。王と少女はまさに「多義的に」交わるのです。
そっくりだというと語弊があるかもしれませんが、私が長年研究してきた折口信夫の『死者の書』と『1Q84』は
非常によく似た物語構造を持っていると思うのです。その核心には天皇制というシステムがあり、さらには
想像力によるその乗り越えが図られている。現実の制度を想像力によって解体し、再構築するのです。新しい王国を、
作品として到来させるのです。こう考えてみると、おそらくは村上春樹が意識的に読み込んだ先行作家の姿も
浮かび上がってきます。
安藤礼二「王を殺した後に――近代というシステムに抗う作品『1Q84』」より
570 :
名無しさん@公演中:2011/11/07(月) 14:53:16.41 ID:VTm/ZsOm
大江健三郎の『燃えあがる緑の木』三部作から『宙返り』へと続く、宗教教団と救世主をめぐるサーガです。(中略)
さらに、より直接的なのは三島由紀夫との関係です。ただし私は、村上春樹が実際のインタビューで三島の
作品群に対して否定的な見解を述べていることを無視しているわけではありません。おそらくそうした個人的な
好悪の判断を超えて、現代の日本で意識的に小説を書こうとする書き手たちの作品、想像力によるシステムの破壊と
再構築を意志した作品はみな相似形を描かざるを得ないのでしょう。三島由紀夫が『英霊の聲』で提示したのも、
まさに折口信夫が「大嘗祭の本義」で大きく準拠した宗派神道に伝わる神道儀礼でした。国家神道と同時期に
無数に生まれ出た新興神道の教祖たちが明らかにした憑依の主体、神主と審神者の構造をもとに、折口も三島も、
天皇制を脱構築しようとしたのです。ただし、ここで三島もまた、折口に対してきわめて批判的な、というよりも
愛憎が複雑に入り交じった両義的な態度をとりました。
安藤礼二「王を殺した後に――近代というシステムに抗う作品『1Q84』」より
571 :
名無しさん@公演中:2011/11/07(月) 14:53:44.99 ID:VTm/ZsOm
三島が『英霊の聲』で依拠したのは、出口王仁三郎の「大本」から分かれた友清歓真の鎮魂帰神法です。神の声が
憑依する「神主」がおり、神主に憑依を促し、それを統御する「審神者」(さにわ)がいる。神主とは神の声の
レシヴァであり天皇である。審神者とは神の声のパシヴァであり后である。折口=三島の天皇論をまとめれば、
こうなります。三島由紀夫が『英霊の聲』で得たヴィジョンを作品として結晶化させたのが、遺作となった
『豊饒の海』四部作だとすると、村上春樹に至るまでの戦後文学の課題が一体何であったのか、おぼろげながらも、
しっかりと把握できるのではないでしょうか。
何度も繰り返すようですが、それは天皇制というシステムの問題なのです。しかもこの天皇制というのは、
太古から連綿と続いてきたシステムではない。この極東の地を含めて世界が一つになりつつあった最初の時期に、
現在でも猛威をふるう強力な資本主義グローバリズムの圧力のもとで、アジアの片隅に勃興した新興の一国家が
生き残るために採用した、近代になって再発見され、再構築されたシステムなのです。
安藤礼二「王を殺した後に――近代というシステムに抗う作品『1Q84』」より
572 :
名無しさん@公演中:2011/11/07(月) 14:58:42.63 ID:VTm/ZsOm
だからこそ、表現においても、実践においても、このシステムに従い、またこのシステムに抗うことが重要に
なってくる。折口も三島も、神道的なるものにキリスト教的なるものを接ぎ木して、グローバリズムを生き抜く
ための理念、恐るべき雑種としての信仰原理を作り上げたのです。東洋と西洋の信仰と文化を怪物的な王のもとで
統一しようとしたのです。
そしてそのすぐ傍には、折口や三島が作品として抽出してきた権力発生の方法を現実世界に応用する人物が
現れてきた。折口と同時代を生きた大本の出口王仁三郎です。出口王仁三郎は結果として、日本の中に天皇の
分身ともいえる存在が統治するもう一つの神聖王国を築いてしまった。しかもその神聖王国を、一国家を超えて
アジアにまで拡大しようとしていた。日本の大陸政策と軌を一にした満州や蒙古への進出です。現実の国家が、
そのようなもう一つの理想国家の存在を許すはずがない。大正、昭和の二度にわたる大本弾圧事件が起こるのは、
相似形をもったシステム同士の齟齬という事態を考えれば必然だったわけです。
安藤礼二「王を殺した後に――近代というシステムに抗う作品『1Q84』」より
573 :
名無しさん@公演中:2011/11/07(月) 14:59:12.24 ID:VTm/ZsOm
しかし、第二次世界大戦で天皇制は滅びず、より抽象度を増し、より純粋なシステムとなった。そのシステムが
まさに飽和状態を迎えようとした時、一九八四年から一九八五年にかけて、大本のネガのような存在である
オウム真理教が生み落とされることになった。オウム真理教もまたこの地上を、そのまま現実のシャンバラ
(楽園)に変えようとします。麻原彰晃を中心とした天皇制の劇画とも言えるシステムを用いて……。つまり
近代という時代は象徴天皇制を条件として、現実世界においても想像世界においても、それを生の指針とし、
その疑似システムとしてしか成り立つことができなかった。そこで意識的な実行者たちは天皇制を模した現実の
組織を作り上げて国家と対峙し、意識的な表現者たちは想像力によって理想の王国をもう一度自分の手だけで
作り上げようとした。それらはみな驚くほど似てくるのです。それが近代日本思想史と近代日本文学史のいずれにも
またがり、その二つが交叉する本質的な問題となったのです。
安藤礼二「王を殺した後に――近代というシステムに抗う作品『1Q84』」より
574 :
名無しさん@公演中:2011/11/07(月) 15:07:58.43 ID:VTm/ZsOm
『1Q84』は、そのような流れの中で形になった作品だと思います。その点に、村上春樹の作家としての創造性と
困難の両方があるのではないかと推測されます。信じられない部数が出たというのも、おそらくは時代の無意識に、
この極東で近代=現代という困難な時代を生き抜いている多くの人々の無意識に、ダイレクトにつながることが
できたからでしょう。我々の誰もが悩んでいるシステムそのものをどう脱構築していくのかという実践が、
この作品の執筆にかけられている。また、だからこそ、村上春樹の多くの作品に、まるで回帰する亡霊のように
「満州」という言葉が何度も登場することになったのでしょう。(中略)オウム真理教の信者たちにインタビューして
仕上げられた作品のあとがきでは、「唐突なたとえだけれども、現代におけるオウム真理教団という存在は、
戦前の『満州国』の存在に似ているかもしれない」という一節がわざわざ明記されなければならなかったのでしょう。
村上春樹にとっては、自分が書いている物語の世界が現実として逆襲してきたんじゃないでしょうか。
安藤礼二「王を殺した後に――近代というシステムに抗う作品『1Q84』」より
575 :
名無しさん@公演中:2011/11/07(月) 15:15:51.06 ID:VTm/ZsOm
(中略)ここに描かれているのは、村上春樹にとって切実な物語であるとともに、近代以降を生きている我々に
とっても実に切実な物語なのではないかと思います。ただ、そのシステムは非常に男性的なシステムなんですよ。
(中略)実際、この物語では女たちだけが不幸になってゆく。男は受動的に享楽を得ることができる。
(中略)システムへの意志、つまり物語が長編小説としてまとめられてしまうことを拒むような拡散への志向、
男性的な権力をたわめてしまう女性的もしくは中性的な未知なる力への夢想。この作品に弱点があるとすれば、
そうした視点があまり見受けられないことでしょう。
システムの矛盾、システムの悪とその解消を描くはずの物語が、理想のシステムそのものとなってしまう。私は
そこに大きな不満を覚えます。
(中略)麻原彰晃は狂ったまま生き延びているし、象徴天皇制は揺るがない。だから王が殺されて物語が
完結するこの小説は、やはり作り物めいてしまう。あまりにもシステム通りに、きれいに作られすぎている。
安藤礼二「王を殺した後に――近代というシステムに抗う作品『1Q84』」より
576 :
名無しさん@公演中:2011/11/07(月) 15:16:23.75 ID:VTm/ZsOm
(中略)現実の出口王仁三郎は破壊的なユーモアの持ち主であるとともに、誰からも好かれる規格外の大人物で
あったといわれているし、麻原彰晃にしても、内部の者に対しては限りのない包容力を持っていたと伝えられている。
それが反権力の闘士となり、また底知れない悪を体現することにもなった。『1Q84』だと、不気味な悪の
源泉であるリーダーをはじめとして皆、格好よすぎるわけです。そして女は死に、男は生き残る。レシヴァで
あった王を引き継いで小説家になるであろう男は無傷のまま美少女と安全な愛を交わす。これではあまりにも
不公平です。
しかし、だからこそシステムは円滑に動いているとも言えるわけです。王と少女の関係が物語の母体となり、
その関係性が反復され、それぞれ展開されてゆく。そこにはまったく無駄がありません。(中略)男はエロスの
物語を生き、女はタナトスの物語を生きる。(中略)小説家を志した男だけが生き残って、リーダーの後を継ぐ。
だけど青豆は物語の構造上、生き残ることができない。青豆は物語の構造に、システムに殺されたのです。
安藤礼二「王を殺した後に――近代というシステムに抗う作品『1Q84』」より
577 :
名無しさん@公演中:2011/11/28(月) 13:59:16.82 ID:/qnWct/+
‐
578 :
名無しさん@公演中:2011/12/21(水) 10:14:43.69 ID:hXbjMsiw
ゝ
広島でのオペラ三島由紀夫原作のオペラ「班女」上演は
主役を強制的に慰安婦にさせられた経験を持つ気高いインテリ層の朝鮮人女性に読み替える
日本ではこれまでにない斬新な演出
580 :
名無しさん@公演中:2012/01/20(金) 16:59:02.61 ID:9g+g/eoH
メタファーに満ちた物語である『英霊の声』を舞台にすることの最大の困難は、一見したところ、プロットの
描写がまばらにしかないという点にあるように見える。その上、降霊の儀式に参加した者たちは、英雄達の死の声を
聞くだけで、ほとんど動くことがない。だが実際のところ、この事実は、この作品を能楽として演出することの
可能性を広げているのである。(中略)『英霊の声』を舞台にするためには、死霊の描写をその強度を殺がずかつ
単純化しすぎることのないように、言葉によらない演技に移す必要がある。このような試みは最初はほとんど
実現不可能に思えるかもしれないが、能楽がつねに象徴的で複雑な話を扱ってきたことを考えれば、実行可能で
あるように思われる。最もありふれた「カタ」を見てみれば、能楽における定められた規則や一連の動作によって、
嘆き、悲しみ、誇りといった『英霊の声』を構成する全ての感情だけでなく、風や雨なども表現することが
出来るだろう。能は儀式的で様式的であるが、これらを制限的なものと考えるよりも、既存の規則は出来事を
美学的に詩的な強度を備えた形で舞台で舞台で表現する機会を与えてくれるものと考えることができる。
レベッカ・マック「三島由紀夫の『英霊の声』――近代の能楽として」
イルメラ日地谷=キルシュネライト編「三島由紀夫の知的ルーツと国際的インパクト」より
581 :
名無しさん@公演中:2012/01/20(金) 17:00:42.77 ID:9g+g/eoH
(中略)
劇場の持つ形式的な条件も、舞台に仕立てることの困難もともにクリアできる。というのは、この小説の様々な
細部は、能楽の標準的な形式と一致しているからである。このテクストが様々な媒体によって演出されうることを
認識するのは、『英霊の声』を能楽として読むことで二通りに作品を読解し全体を理解するために重要である
だけではなく、構造というのは内容のレベルにも遡及するという点からも重要である。戦後の退廃に対する英霊の
不満は、したがって、形式のレベルにおいて、日本の美である古典劇の伝統という最良の例に対比されるのである。
作品が初めて出版されて以来、三島自身がこの作品が二つの媒体において演出できるような構造になっていることを
明言してきたにもかかわらず、『英霊の声』が今まで決して劇として読解されることがなかったのは悲しむべき
ことである。(中略)近代の物語を能楽のように構成することで、三島は伝統的な日本文化は創作に応用できるし、
また応用されるべきだということを示したのである。
レベッカ・マック「三島由紀夫の『英霊の声』――近代の能楽として」
イルメラ日地谷=キルシュネライト編「三島由紀夫の知的ルーツと国際的インパクト」より
>>589 音楽評論家はこぞってブログ・ツィッターで絶賛
まあ、この作曲家の演奏会は演奏が始まる前日までに評論が書き上がっているのが常識ですから。
584 :
名無しさん@公演中:2012/01/26(木) 20:48:57.03 ID:erFf9ZuC
自演の連投はやめてくださいな。
585 :
名無しさん@公演中:2012/02/05(日) 09:41:35.89 ID:LAzE2UDl
誰もが平岡家を語るが、橋家に言及する者はほとんどいない。平岡定太郎と夏子ばかりが論じられて、橋健三と
トミは等閑視されてきた。あたかも三島由紀夫には、定太郎・夏子という父方の祖父母しか存在しなかったかの
ようであり、「一世紀ぐらい時代ずれのした男」と「或る狂ほしい詩的な魂」の女だけが三島文学の形成に
影響を与えたかのような印象を受ける。しかし、それは事実だろうか。三島は、母方の橋家からは大して影響を
受けなかったのだろうか。
健三は、万延2年(1861年)1月2日に金沢に生を享けた。加賀藩士の瀬川朝治とソトの間に次男として生まれ、
武士の血をひく。健三は幼少より漢学者・橋健堂に学んだ。明治6年(12歳)、学才を見込まれて健堂の三女・こうの
婿養子となり、橋健三と名乗る。健三は14、5歳にして、養父の健堂に代わり講義を行うほどの秀才だったという。
岡山典弘「三島由紀夫と橋家――もう一つのルーツ」より
586 :
名無しさん@公演中:2012/02/05(日) 09:42:49.92 ID:LAzE2UDl
やがて健三は妻子を連れて上京し、小石川に学塾を開く。(中略)明治21年(27歳)、共立学校に招かれて漢文と
倫理を教え、幹事に就任する。妻・こうの死去により、健堂の五女・トミを後妻とした。明治27年(33歳)、
学校の共同設立者に加わる。明治43年(49歳)、第二開成中学校(神奈川県逗子町)の分離独立に際して、
健三は開成中学校の第五代校長に就任した。
開成中学校校長としての健三の事績は『開成学園九十年史』に詳らかで、(中略)顔写真を見ると、健三は白い
長髯を蓄えて、眼光炯々とした異相である。生徒は、「青幹」「漸々」「岩石」と渾名をつけたという。
(中略)
漢文の授業では、教科書として四書五経ではなく、『蒙求』を使用した。(中略)『蒙求』は、清少納言から
漱石に至るわが国の文学者に影響を与えた故事集である。テキストの選択から健三の教育観の一端を窺うことができる。
岡山典弘「三島由紀夫と橋家――もう一つのルーツ」より
587 :
名無しさん@公演中:2012/02/05(日) 09:43:20.82 ID:LAzE2UDl
(中略)
(開成の)初代校長は、高橋是清。(中略)第四代校長の田辺新之助は、(中略)英学者にして漢詩人として
令名を馳せた。長男が哲学者の田辺元で、三島は学習院時代から『歴史的現実』など元の著書に親しんでいる。
第九代校長の東季彦は、(中略)一人息子が、夭折した東文彦である。三島と文彦との親交は『三島由紀夫
十代書簡集』に詳しく、晩年の三島は『東文彦作品集』の刊行に尽力した。二・二六事件、田辺元、東文彦……、
健三をめぐる歴代校長の人脈と三島との関わりは以外に深い。
(中略)
健三は雇われ校長ではなく、学校経営者であった。学校の移転拡張を図るため、大正4年に組織を財団法人とし、
校主は理事となる。当時の寄付行為第五条には、三校主(健三、石田羊一郎、太田澄三郎)が学校の動産及び
不動産の全部を寄付し之を財団法人の財産とすることが謳われており、「この三校主の勇気決断は、この学校の
出身者の特に肝に銘記しなければならないことである」と学園史に記されている。
岡山典弘「三島由紀夫と橋家――もう一つのルーツ」より
588 :
名無しさん@公演中:2012/02/05(日) 09:43:51.33 ID:LAzE2UDl
建物は老朽化・狭隘化が著しく、教室の床や廊下は波打ち、机は穴だらけで、生徒は「豚小屋」と呼んだという。
校舎の移転整備が課題であるが、学校側には土地も資金の当てもなかった。そこで健三たちは、窮状を詩文に託して
早大教授の桂湖邨に訴えた。桂はこの話を前田利為侯爵に伝え、大正10年に前田家の所有地を格安で払い下げて
貰うことになった。場所は、現在の新宿文化センター一帯である。詩文で土地を手に入れるとは、三島の祖父に
相応しいエピソードである。漢学者の桂は『王詩臆見』など王陽明に関する論文を著し、『奔馬』の藍本の一つ
『清教徒神風連』の著者・福本日南とも親交があった。(中略)
ところが、この土地に目をつけた東京市長・後藤新平が、電車車庫の整備を計画して、学校側に譲渡を申し入れてきた。
健三は直ちに突っぱねた。是清からも譲渡を勧められるが、硬骨漢の健三は拒絶する。やがて関係者と相談した結果、
市民のために東大久保の土地を譲る。紆余曲折の後、学校は新たに日暮里の現在の高校敷地を入手した。
岡山典弘「三島由紀夫と橋家――もう一つのルーツ」より
589 :
名無しさん@公演中:2012/02/05(日) 09:44:20.07 ID:LAzE2UDl
(中略)
永年にわたり健三は、赤字と襤褸校舎を抱えた開成中学の校長・理事として奮闘した。校舎の移転用地を確保し、
建設資金を集め、震災を乗り越えて新校舎を竣工させた。また、校長就任時に六百名であった生徒定員を文部省との
粘り強い交渉の結果、千人に拡充している。開成学園の今日の隆盛の礎は、健三が築いたといっても過言ではない。
こうした多年の功績により、大正12年2月、健三は勲六等に叙せられ、瑞宝章を授与された。
(中略)(平岡)夏子が一人息子・梓の嫁に迎えたのが、健三の次女・倭文重(三島の母)であった。健三は、
開成中学校校長を辞職後、昌平中学(夜間)の校長として、勤労青少年の教育に尽瘁した。昭和19年、四男の
行蔵にその職を譲り、故郷の金沢に帰った。同年12月5日、健三は永眠する。享年84歳であった。
岡山典弘「三島由紀夫と橋家――もう一つのルーツ」より
590 :
名無しさん@公演中:2012/02/08(水) 12:55:13.34 ID:NNuMMPM5
(中略)
トミは、明治7年に金沢で生を享けた。父は橋健堂、祖父は橋一巴で、いずれも加賀藩の漢学者である。トミは
六人姉妹の五番目で、(中略)姉・こうの死去により(中略)明治23年に健三の後妻となる。健三は29歳、
トミは16歳であった。二人の間には、雪子、正男、健雄、行蔵、倭文重、重子の三男三女が生まれた。(中略)
昭和13年、中等科二年の公威(三島)はトミに連れられて能を観る。初めて目にした能が『三輪』であったことは、
三島の生涯を思うと極めて暗示的である。『三輪』は、世阿弥の作と伝えられる四番目物であり、三輪明神が
顕現する。『奔馬』で本多繁邦と飯沼勲が邂逅する場所は、わが国最古の神社で、謡曲の『三輪』の舞台となった
大神神社である。
昭和20年2月、三島は兵庫県で入隊検査を受け、即日帰郷となる。金沢のトミから三島に宛てた2月17日付けの
書簡には「心の亂れといふものが千々の思ひに幾日かを過ごす」とあって、孫の身を気遣うトミの温かい人柄が
偲ばれる。
岡山典弘「三島由紀夫と橋家――もう一つのルーツ」より
591 :
名無しさん@公演中:2012/02/08(水) 12:55:44.98 ID:NNuMMPM5
(中略)
兄弟について、倭文重は「私なんか娘のころ、男はやさしいものと思い込んでいました。実家の兄たちを
見なれてましたからね」と証言している。
昭和5年1月、公威は自家中毒に罹り、死の直前までゆく。
〈経帷子や遺愛の玩具がそろへられ一族が集まつた。それから一時期ほどして小水が出た。
母の兄の博士が、「助かるぞ」と言つた。心臓の働らきかけた証拠だといふのである。
ややあつて小水が出た。徐々に、おぼろげな生命の明るみが私の頬によみがへつた。〉
(『仮面の告白』三島由紀夫)
『仮面の告白』に登場する「母の兄の博士」が、健行である。橋健行は、明治17年2月6日に健三・こうの間に
生まれた。生母・こうの死去により、明治23年からトミに育てられる。
健行は、ブリリアントな秀才であった。明治34年に開成中学を卒業し、一高、東大医科に進んで精神病学を
専攻するが、常に首席であったという。
岡山典弘「三島由紀夫と橋家――もう一つのルーツ」より
592 :
名無しさん@公演中:2012/02/08(水) 12:56:16.32 ID:NNuMMPM5
斎藤茂吉は、『回顧』に「橋君は、中学でも秀才であつたが、第一高等学校でもやはり秀才であつた。大学に
入つてからは、解剖学の西成甫君、生理学の橋田邦彦君、精神学の橋健行君といふ按配に、人も許し、本人諸氏も
大望をいだいて進まれた」と記している。茂吉は、開成中学の同級生・健行に二年遅れて医師となった。(中略)
健行は、早熟な文学少年であった。開成中学三年(14歳)頃から文学グループを結成した。村岡典嗣(日本思想史)を
リーダー格として、吹田順助(独文学)、健行、(中略)九名で、「桂蔭会」と称して廻覧雑誌を作った。
弁舌爽やかな少年たちで、住居が本郷を中心としていたことから「山手グループ」と呼ばれた。また「桂蔭会」は、
「竹林の七賢」とも称されて、周囲に大きな刺激と影響を与えた。触発された生徒のなかに茂吉や辻潤がいた。
当時の「桂蔭会」メンバー写真を見ると、健行は帽子をあみだに被り、自負心の強そうな面構えをしている。
岡山典弘「三島由紀夫と橋家――もう一つのルーツ」より
593 :
名無しさん@公演中:2012/02/08(水) 12:56:52.03 ID:NNuMMPM5
(中略)
開成中学の『校友会雑誌』は投稿を建前としていたが、実態は課題作文の優秀作を掲載することが多かった。
この度、開成高等学校の松本英治教諭(校史編纂委員会委員長)の御協力を得て、『校友会雑誌』に掲載された
健行の文章が明らかになった。(中略)
〈一たび走れば、数千万言、奔馬の狂ふがごとく流水の暢々たるが如く、珠玉の
転々たるがごとく、高尚なる思、優美なる想を、後に残して止まらざるもの、これを
文士の筆となす。〉(『筆』五年生 橋健行)
蒼古たる文章である。(中略)しかし〈一たび走れば、数千万言、奔馬の狂ふがごとく……〉という一文は、
三島由紀夫という作家を予見したような感がある。そして『校友会雑誌』の常連であった開成中学の文学少年・
健行は、40年後に『輔仁会雑誌』のスタアとなる学習院中等科の文学少年・公威(三島)を髣髴とさせる。
「桂蔭会」で村岡や吹田に伍した健行の文才は、なまなかなものではなかった。
岡山典弘「三島由紀夫と橋家――もう一つのルーツ」より
594 :
名無しさん@公演中:2012/02/10(金) 15:13:30.42 ID:PKO6Hv05
東大精神科の付属病院は、東京府巣鴨病院(後の松沢病院)であった。大正期、院長は呉秀三教授、副院長は
三宅紘一助教授、医長は黒沢良臣講師と橋健行講師の体制をとっていた。(中略)
〈明治四十三年十二月のすゑに卒業試問が済むと、直ぐ小石川駕籠町の東京府巣鴨病院に行き、
橋健行君に導かれて先生に御目にかかつた。その時三宅先生やその他の先輩にも紹介して
もらつた。〉(『呉秀三先生』斎藤茂吉)
健行と茂吉の「先生」とは、呉秀三である。箕作阮甫の流れを汲む秀三は、日本の精神医学の先駆者で、鴎外に
親灸し『シーボルト先生』や『華岡青洲先生及其外科』を上梓するなど名文家としても知られた。そして秀三の
長男が、ギリシア・ラテン文学の権威・呉茂一である。三島は、昭和30年頃に「呉(茂一)先生」からギリシア語を
学ぶ。秀三――健行、茂一――三島の二組の子弟関係は、奇しき因縁である。
岡山典弘「三島由紀夫と橋家――もう一つのルーツ」より
595 :
名無しさん@公演中:2012/02/10(金) 15:14:29.62 ID:PKO6Hv05
大正14年6月、秀三が松沢病院を退任し、院長に三宅、副院長に健行が就任する。昭和2年8月、健行は松沢病院
副院長から千葉医科大学(現在の千葉大医学部)助教授に転出する。6年7月から8年9月まで二年余り欧米に留学。
帰国した年の11月に教授となり、10年3月から付属医院長を兼ねた。しかし翌11年4月17日、健行は危篤に陥る。
川釣りで風邪をひきながら、医院長として無理をした結果、肺炎をこじらせたのである。報せを受けて、茂吉は
急遽千葉に向かう。(中略)
昭和11年4月18日、健行は52歳の男盛りで急逝する。「ルンゲンガングレン」とは、肺化膿症のことであろうか。
(中略)後に茂吉は健行の挽歌を詠み、これを歌集『暁紅』に収めた。
〈弔橋健行君
うつせみのわが身も老いてまぼろしに立ちくる君と手携はらむ〉
岡山典弘「三島由紀夫と橋家――もう一つのルーツ」より
596 :
名無しさん@公演中:2012/02/10(金) 15:14:56.80 ID:PKO6Hv05
昭和16年5月、健行の死から五年ほど後、一人の客が茂吉の家を訪ねる。客は、80歳を越えた健三であった。
(中略)
健三は、亡き息子の墓碑銘の撰文と揮毫を茂吉に依頼した。律義な茂吉は、恩師・健三の頼みを引き受ける。
5月23日から30日にかけての日記には、友の生涯を文に編むために呻吟する茂吉の姿が記録されている。
〈七月一日 火曜 クモリ 蒸暑
客、橋健三先生、墓碑銘改ム、(中略)墓碑銘改作、汗流ル。〉(『日記』斎藤茂吉)
最も期待した長子に先立たれて、老いた健三の悲しみは深かった。茂吉が撰した墓碑銘によって、健三の心は
幾分か慰められたように思われる。三島が北杜夫に好意を寄せて『楡家の人びと』を高く評価したのは、
トーマス・マンを範とする文学観の共通性の故ばかりでなく、健行と茂吉との深い絆を知っていたからでは
あるまいか。
岡山典弘「三島由紀夫と橋家――もう一つのルーツ」より
597 :
名無しさん@公演中:2012/02/11(土) 09:56:41.93 ID:JaoEX0pp
(中略)
昭和19年、昌平中学の校長を(四男の)行蔵に譲って、健三は金沢に帰ってゆく。健三は、苦学生教育を
ライフワークと考えていた。明治36年、健三たちの尽力によって、開成中学にわが国初の夜間中学・開成予備学校が
併設される。第一期入学生は僅か22人でしかなかったが、唯一の夜間中学であったことから、生徒数は年々増加し、
大正10年には1,355人という大所帯となった。生徒の職業は、銀行や会社の給仕から商店の小僧、印刷屋の職工、
玄関番など千差万別で、年齢は15、6から30位までであったという。震災で校舎が消失したため、大正15年、
神田駿河台に新校舎を建設する。昭和11年に校名を昌平中学と改称した。
昌平中学の経営は常に赤字であった。健三は、勤労学生から高い月謝をとろうとせず、赤字が累積し、遂には
身売り話まで出るようになった。昭和16年、四男の行蔵がマニラから帰国する。行蔵の実像は、昌平高校の
米山安一教諭の手記『夜学こそ我等が誇り』に描かれている。(中略)
岡山典弘「三島由紀夫と橋家――もう一つのルーツ」より
598 :
名無しさん@公演中:2012/02/11(土) 09:57:24.23 ID:JaoEX0pp
橋行蔵は、明治34年に東京で生まれた。慶応大学を卒業後、横浜正金銀行(現在の三菱東京UFJ銀行)に入行し、
上海やマニラで海外駐在員として活躍する。帰国した行蔵が目にしたのは、80歳の健三が杖をつき、電車の人混みに
揉まれながら赤字の昌平中学に通う姿であった。これをみかねて、行蔵は父の仕事を手伝う決意をする。
銀行業務を終えると、急いで立ち食い鮨で夕食をすませ、昌平中学に駆けつける毎日が始まった。やがて学校の
理事たちは、「本気で父君の跡を継いでやる気があるのかどうか」と行蔵に詰め寄る。行蔵は、横浜正金銀行の
会計課長として月給250円であった。昌平中学に転職すれば、これが一気に70円に下がる。話を聞いた銀行の幹部は
猛反対する。重役の椅子が待っている有能な社員を、万年赤字学校に行かせる訳にはいかない。しかし行蔵にとって、
大切なのはキミ夫人の意見だけだった。キミは、静かにこう言った。「貴方さえよろしかったら」
岡山典弘「三島由紀夫と橋家――もう一つのルーツ」より
599 :
名無しさん@公演中:2012/02/11(土) 09:58:14.36 ID:JaoEX0pp
横浜正金銀行の退職金は五万円であった。五万円あれば、当時十年は楽に暮らせた。行蔵は、退職金を学校の
赤字の穴埋めにつぎ込む。こうした努力にも関わらず、終戦の混乱期には生徒数が2、30人にまで減少した。
この危機を乗り越えるため、行蔵は奇抜なアイデアを捻り出す。一つは、英文タイプである。行蔵は、共同通信の
記者・中屋健一を説き伏せて、会社の地下室で埃を被っていた英文タイプを借り出した。学校に英文タイプ部や
英会話部を結成して、タイプ仕事を請け負ったのである。(中略)
もう一つのアイデアは、予備校である。戦後の学制改革によって、昌平中学は昌平高校となった。行蔵は、
学制改革で大学の受験競争が激化すると予測し、理事たちの反対を押し切って予備校「正修英語学校」を設立する。
建物は、昼間の空き教室を利用した。(中略)結果的に行蔵の予測が見事に的中し、予備校収入のお陰で夜間学校は
存続することができた。
岡山典弘「三島由紀夫と橋家――もう一つのルーツ」より
600 :
名無しさん@公演中:2012/02/11(土) 09:59:04.30 ID:JaoEX0pp
校長としての行蔵の初仕事は、職員便所の撤廃であった。「先生がションベンしているところを、生徒に
見られたって、別に恥ずかしいこたあ、ねえだろう」行蔵は、生徒たちの悩みや相談ごとにも気軽に応じた。
夜間の授業が終わり、残っている生徒の面倒をみると、行蔵は一人で校舎のなかを見廻った。戸締りを確認し、
火の用心をしてから世田谷の自宅に帰り着くと、午後11時であった。
(中略)
顔写真を見ると、行蔵はげじげじ眉毛が印象的な面長で、笑顔が三島と似ている。ただし、六尺豊かな偉丈夫で
あったという。健三の衣鉢を継いで夜学に後半生を捧げた行蔵は、昭和37年に逝去する。享年62歳であった。
平岡家は官僚・法律家の家系であり、永井家は経済人の家系であって、橋家は学者・教育者の家系である。
この三家の人々のうち、学生時代の印象が三島と似ているのは健行である。理系と文系と進む道は違ったが、
二人とも秀才で早熟な文学少年として認められていた。
岡山典弘「三島由紀夫と橋家――もう一つのルーツ」より
細川俊夫作曲、平田オリザ演出によるオペラ「班女」広島初演
各クラッシック音楽雑誌で絶賛「空前のブーム」「日本語と英語が対立」「日本で初めてのインターナショナルなオペラ」
602 :
名無しさん@公演中:2012/02/28(火) 23:51:38.28 ID:MveLj7wS
三島の曾祖父は、橋健堂である。(中略)父は一巴(幸右衛門)、母は石川家の出で、金沢に生を享けた。
健堂は書を善くした。長町四番丁(城下西部)に「弘義塾」を開くとともに、石浦町(城下中央部)に「正善閣」を
開いて習字を教えるが、後者の対象は女子である。健堂は、多数の子弟を教育し、「生徒常に門に満つ」と称された。
安政元年(1854年)、加賀藩による「壮猶館」の開設に伴い、漢学教授となる。
(中略)
明治3年、藩の文学訓導、筆翰教師となる。廃藩置県後の明治6年、小学校三等出仕に補され、8年、二等出仕に
進み、12年、木盃をもって顕彰された。健堂は、夜学や女子教育の充実など、教育者として先駆的であった。
そして「壮猶館」「集学所」など、その出処進退は藩の重要プロジェクトと連動していた。
(中略)(子が)いずれも娘であったため、瀬川健三を三女・こうの婿養子とした。健堂の『蒙求』中心の漢学や
庶民教育にかける熱意は、養子の健三に継承される。明治14年12月2日、健堂は59歳で没し、野田山に葬られた。
岡山典弘「三島由紀夫と橋家――もう一つのルーツ」より
603 :
名無しさん@公演中:2012/02/28(火) 23:52:27.95 ID:MveLj7wS
(中略)
健堂が出仕した「壮猶館」は、儒学を修める藩校ではない。「壮猶館」とは、加賀藩が命運を賭して創設した
軍事機関なのである。嘉永6年(1853年)、ペリー率いる黒船の来航は、人々に大きな衝撃を与えた。二百余年に
及ぶ幕府の鎖国体制を崩壊させる外圧の始まりである。以後、幕府はもとより、各藩において海防政策が
最重要課題となった。「日本全体が主戦状態にある」という現状認識からである。加賀藩も財政難に苦しみながら、
海防強化に乗り出してゆく。安政元年(1854年)、上柿木畠の火術方役所所管地(現在の知事公舎横)に
「壮猶館」が整備される。施設は、加賀藩の軍制改革の中核的な存在として明治初年まで存続した。
「壮猶館」では、砲術、馬術、洋学、医学、洋算、航海、測量学などが研究され、訓練や武器の製造を行った。
さらに加賀藩では、西洋流砲術の本格的な導入と軍制改革を図るため、洋式兵学者の招聘を検討する。
岡山典弘「三島由紀夫と橋家――もう一つのルーツ」より
604 :
名無しさん@公演中:2012/02/28(火) 23:53:00.55 ID:MveLj7wS
村田蔵六、佐野鼎、斎藤弥九郎の三人が候補に上がり、安政4年(1857年)、西洋流砲術として名高い佐野鼎が
出仕する。佐野は、西洋砲術師範棟取役に就任した。この経緯は、前掲の松本英治教諭の「加賀藩における
洋式兵学者の招聘と佐野鼎の出仕』に詳しい。「壮猶館」では、佐野を中心に海防が議論され、軍事研究の深化が
図られた。健堂と佐野は、親しかったという。佐野は、万延元年(1860年)の遣米使節、文久元年(1861年)の
遣欧使節に随行し、海外知識を生かして加賀藩の軍事科学の近代化に貢献する。七尾に黒船が来航した際には、
アーネスト・サトウと会見した。佐野は、明治新政府の兵部省造兵正に任官する。明治21年に健堂が、佐野の
創設した共立学校に招かれるのは、「壮猶館」における健堂と佐野の親交の遺産ともいえよう。
岡山典弘「三島由紀夫と橋家――もう一つのルーツ」より
605 :
名無しさん@公演中:2012/02/28(火) 23:53:45.37 ID:MveLj7wS
三島の軍事への傾斜については、永井玄蕃頭尚志に淵源を求める声が多い。しかしルーツは、尚志よりむしろ
健堂であろう。健堂は市井の漢学者ではなかった。何より平時の人ではなかった。幕末の動乱の時代、「壮猶館」
関係者の危機意識は強かった。さらに「壮猶館」は単なる研究機関ではなかった。敷地内には、砲術のための
棚場や調練場が設けられるとともに、弾薬所や焔硝製造所、軍艦所が付設されるなど、一大軍事拠点を形成していた。
こうした軍事拠点の中枢にあって、健堂は海防論を戦わせ、佐野から洋式兵学を吸収する立場にあった人である。
「壮猶館」の資料として『歩兵稽古法』『稽古方留』『砲術稽古書』が残されている。これらは、三島が
陸上自衛隊富士学校で学んだテキストの先駆をなすものといえよう。健堂の血は、トミ、倭文重を通じて三島の
体内に色濃く流れていた。晩年の三島が、西郷隆盛を語り、吉田松陰を語り、久坂玄瑞を語ったのは、健堂の
血ではなかったか。
岡山典弘「三島由紀夫と橋家――もう一つのルーツ」より
606 :
名無しさん@公演中:2012/03/04(日) 21:48:14.75 ID:jQJoyaP9
『春の雪』には、「終南別業」が登場する。王摩詰の詩の題をとって号した「終南別業」は、鎌倉の一万坪に
あまる一つの谷をそっくり占める松枝侯爵家の別邸である。モデルは、前田侯爵家の広壮な別邸だという。
「終南別業」を描きながら、徳川末期に橋家三代が仕えて、大正期に祖父の願いを容れて土地を提供した前田家の
ことを、果たして三島は意識していたのであろうか。
金沢が舞台となった小説は、『美しい星』である。「金星人」の美少女・暁子は、「金星人」の美青年・竹宮に
会うため金沢を訪れる。金沢駅、香林坊、犀川、武家屋敷、尾山神社、兼六公園、浅野川、卯辰山、隣接する
内灘などが描かれている。卯辰山には、かつて健堂が教鞭をとった「集学所」が設けられていたが、『美しい星』では
遠景として登場する。(中略)三島は取材のため金沢の街を歩いている。二日間という限られた時間のなかで、
果たして三島は橋家由縁の場所を訪れたのであろうか。
岡山典弘「三島由紀夫と橋家――もう一つのルーツ」より
607 :
名無しさん@公演中:2012/03/04(日) 21:48:42.29 ID:jQJoyaP9
金沢では、人々の生活に謡曲が深く浸透している。小説では、金沢のこの風習が巧みに生かされている。竹宮は、
暁子に奇怪な話を語る。自分が「金星人」であることの端緒をつかんだのは、この春の『道成寺』の披キでからで
ある、と。
〈どこで竹宮が星を予感してゐたかといふと、この笛の音をきいた時からだつたと思はれる。
細い笛の音は、宇宙の闇を伝はつてくる一條の星の光りのやうで、しかも竹宮には、
その音がときどきかすれるさまが、星のあきらかな光りが曙の光りに薄れるやうに
聴きなされた。それならその笛の音は、暁の明星の光りにちがひない。
彼は少しづつ、彼の紛ふ方ない故郷の眺めに近づいてゐた。つひにそこに到達した。
能面の目からのぞかれた世界は、燦然としてゐた。そこは金星の世界だつたのである。〉
(『美しい星』三島由紀夫)
岡山典弘「三島由紀夫と橋家――もう一つのルーツ」より
608 :
名無しさん@公演中:2012/03/04(日) 21:49:18.72 ID:jQJoyaP9
三島は、能舞台が金星の世界に変貌する様を鮮やかに描いている。初めて能にふれた日から、この時までに
ほぼ四半世紀の歳月が流れていた。13歳の公威が、祖母のトミと観たのは『三輪』であった。杉の木陰から声がして、
玄賓僧都の前に女人の姿の三輪明神が現れる。三輪明神は、神も衆生を救う方便としてしばらく迷いの深い人の心を
持つことがあるので、罪業を助けて欲しいと訴える。三輪の妻問いの神話を語り、天照大神の
天の岩戸隠れを物語って、夜明けとともに消えてゆく。謡曲『三輪』は、「夢の告、覚むるや名残なるらん、
覚むるや名残なるらん」という美しい詞章で終わる。
この詞章は、三島の遺作『豊饒の海』の大団円に通じる。現代語訳をすれば、次のようになろうか。
「夢のお告げが、覚めてしまうのは、実に名残惜しい、まことに名残惜しいことだ」
岡山典弘「三島由紀夫と橋家――もう一つのルーツ」より
609 :
名無しさん@公演中:2012/04/04(水) 19:21:28.32 ID:U8nPZ028
¥
610 :
名無しさん@公演中:2012/04/16(月) 00:39:34.30 ID:E4fj1E/8
611 :
名無しさん@公演中:2012/05/08(火) 09:52:40.50 ID:tSze6YPK
宝塚で『春の雪』
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◆宝塚バウホール:2012年10月11日(木)〜10月22日(月)
◆一般前売:2012年9月8日(土)
◆座席料金:全席6,000円(税込)
◆
◆東京特別(日本青年館):2012年10月31日(水)〜11月5日(月)
◆一般前売:2012年9月30日(日)
◆座席料金:S席7,500円、A席5,000円(税込)
バウ・ミュージカル
『春の雪』 三島由紀夫 著 「春の雪」(豊饒の海 第一巻)より
脚本・演出/生田大和
三島由紀夫最後にして最大の長編小説「豊饒の海」四部作の第一巻「春の雪」。
侯爵家の若き嫡子・松枝清顕と、幼馴染である伯爵家の美貌の令嬢・綾倉聡子との
禁断の恋を通して、優雅を規範とする矜り高い青年が、その胸の内にどこまでも
美化された理想と、己の力及ばぬ現実との狭間で揺れた末、求め続けた真実の愛を
見出していく姿を描いたミュージカル作品。
主演は現在の月組二番手男役 明日海りおさんとなります
※公演詳細URL
http://kageki.hankyu.co.jp/news/detail/7c43d8ce6bdf9fc98c7ed96a7e8e8d99.html ◎◎◎
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613 :
名無しさん@公演中:2012/08/13(月) 19:16:23.61 ID:Hoy5wCO7
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614 :
名無しさん@公演中:2012/09/06(木) 16:15:55.90 ID:moHyS4AL
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|;;;| ノリ ミ;;;|
_ゞ;! r─-- 、 ,rェ--- 、ミ;リ
!ヘl;|. ぐ世!゙`` ,ィ '"世ン 「ヽ
!(,ヘ!  ̄'" |:::.`  ̄ ,ドリ 三島由紀夫・・・
ヾ、! !; ,レソ
`| ^'='^ ム'′
,rト、 ー- ─-: /|
_../ i| \ === ,イ.:ト、
/ i| ゙、\ ; /リ.:;!:::\、_
゙! ゙、 `ー─''゙:::;:'::::|::::::::::\
゙、 :::/::::::|::::::
`ヽ、 ゙、 ./ .| ,-、
(
616 :
名無しさん@公演中:2013/01/08(火) 16:19:35.20 ID:TJ5b2Iee
q
617 :
名無しさん@公演中:2013/01/08(火) 18:28:40.49 ID:QsFRmvk7
四島由紀夫は3月から来ないな? 心配だな・・・
618 :
闇の中の光と影:2013/01/14(月) 01:03:45.32 ID:MWZfgsES
【公 示!】
【映画について語り合おう】という
新スレが立ってるよ。参考になるし、
非常におもしろい。
映画情報の決定版! 一読してみたら?
619 :
名無しさん@公演中:2013/04/01(月) 17:33:43.06 ID:tim7QY/y
ふつう言葉は、戯曲という形で俳優に手渡される。現代では誰もこの関係に疑いをさしはさむ者はいない。
しかしはたして、戯曲だけが俳優にとっての言葉なのだろうか。俳優が、戯曲から出発して舞台に辿り着く、
言葉の搬び屋だけに甘んじていていいものだろうか。ぼく自身、劇作者だから、一部の演出家のような
戯曲軽視の立場をとるつもりはない。むしろある意味では、戯曲を絶対的なものだとさえ考えている。
にもかかわらず、戯曲を舞台の出発点だと考える戯曲主義にはまったく反対なのだ。戯曲は到達点ではあっても、
俳優にとっての出発点などであるわけがない。
俳優が、言葉による存在でなければならないのは、戯曲以前の問題なのである。と言っても、べつに驚く者は
いないだろう。大半の俳優たちが、戯曲がなくても俳優は俳優だと信じ込んでいる。たしかに、言葉によって
存在するという条件さえ問わなければ、彼等もまた俳優にちがいない。この楽天主義が、ぼくを絶望させて
しまうのだ。
この問題を考えるたびに、しばしば三島由紀夫とかわした演劇論(というほど改まったものではないが)を
思い出す。多くの面で、対立することの方が多かったが、言葉を喪った俳優に対する絶望という点では、
いつも奇妙なくらい意見の一致をみたものだ。彼は、俳優の舌足らずを戯曲で補おうとして、ますます
その結果に絶望し、ぼくは俳優の言語障害をパロディとして利用しようと試み、やはり絶望した。ぼくらは
その絶望を酒の肴にして、大いにたのしみ、そのうち彼は演劇そのものに絶望してしまったようだが、ぼくは
生きのびて、演劇のグループ結成という自己矛盾にまで足を突っ込んでしまう結果になった。彼が生きていたら、
さぞかしあの高笑いを聞かせてくれたことだろう。
安部公房「前回の最後にかかげておいた応用問題――周辺飛行19」より
620 :
名無しさん@公演中:2013/04/01(月) 17:34:22.10 ID:tim7QY/y
たしかに三島君には、絶望するだけの根拠も資格もあった。彼は言葉のなかに生きていた。あるいは、
言葉を生きていた。彼自身、作品の前にすでに言葉によって存在する作家だったから、俳優に対しても
同じ水準を要求できたのだ。断っておくが、豊富な言葉と饒舌とはちがう。必要なのは座談ではなく、
対話なのである。俳優にも座談の名手は珍しくない。しかし、座談の術は、むしろ言葉によって存在しない術
なのであり、対話の精神とはほど遠いものだ。言葉によって存在するためには、まず対話の真の意味を理解し、
その姿勢を身につけることから始めるべきなのである。
もちろんこれは至難の業だ。作家仲間でも、真に対話が可能なのは、ぼくが出会ったかぎり、三島君と
大江健三郎くらいのものだった。それと同質のものを俳優に要求しようというのだから、幻想に立ち向かう
ドンキホーテなみの、無い物ねだりをしているのかもしれない。だが、俳優も作家同様、言葉なしには
存在しえないものなのだ。べつに俳優に作家になれと言っているのではない。作品以前の場所で、作家と
対等の対話の精神を身につけてほしいと願っているだけである。買いかぶりだと言われるかもしれないが、
なぜ俳優が作者と対等であっていけないのか、ぼくにはさっぱり分らない。(対話が可能な演出家が絶無に
ひとしいこととも、多分関係があるのだろう。)
安部公房「前回の最後にかかげておいた応用問題――周辺飛行19」より
621 :
名無しさん@公演中:2013/04/01(月) 17:35:02.16 ID:tim7QY/y
それにしても三島君は、まさに対話の名手だった。もちろん対話は相手を選ぶ。すくなくともぼくにとっては、
得がたい対話の相手だった。真の対話には、論破することも、されることもない。論争とは違うのだから、
勝敗は問題にならないのだ。また、社交でもないから、譲歩しあう必要もない。なんの妥協もなしに対立し合い、
しかも言葉のゲームをたっぷり堪能するという、いわば対話の極致を体験できたのも、三島君との出会いの
おかげだったと思う。だからぼくの記憶の中では、ファナティックな三島像というものは、どうしても結像させにくい。
けっして謙虚ではなかったが、意味のない傲慢さはなかった。不遜ではあったが、向う見ずではなかった。
だいたい一方的な自己主張だけで、対話が成り立ったりするわけがない。相手の言葉を通路にして、
その瞬間ごとにすばやく相手になり切ってしまう能力と努力が、対話を成立させるための最大の条件なのである。
地動説の地球の芯に居据ったような姿勢では、対話を望む気持も起らないだろう。三島君はつねに他者に対する
深い認識と洞察があった。絶望はいわばその避けがたい帰結だったのだ。
いま一つ、真の対話の欠かせない要素として、ユーモアの感覚がある。もちろん三島君の死にユーモアはない。
或る瞬間、彼はユーモアと一緒に、対話の希望も捨て去ったのだろう。そういう瞬間は、ぼくにだって一日に
何度でもやって来る。ただ彼の瞬間は、ついにそのまま翌朝を迎えることがなかった。だからと言って、彼が
ユーモアを深く理解した人間であったことと、少しも矛盾しないのだ。あの死に方から、ゆとりのない威張った
人間像を思い浮べている人のために、これだけは弁明しておきたい。彼の精神はつねに鋭く緊張していたが、
けっして硬直はしていなかった。対話とは、一種の弁証法であり、ユーモアはそれを持続させるための
潤滑油なのである。
安部公房「前回の最後にかかげておいた応用問題――周辺飛行19」より
622 :
名無しさん@公演中:2013/04/01(月) 17:35:42.72 ID:tim7QY/y
考えてみると、奇妙な感じがしないでもない。思想的にも、文学的にも、ぼくらはつねに対立し合っていた。
一致するのは、誰か文学者仲間の悪口をいうときか、演劇関係者(当然俳優も含まれる)をこきおろす時くらいの
ものだった。そのくせ傷つけ合った記憶はまるでない。対立はむしろ対話のための前提になっていた。いま
あらためて、彼を満していた言葉のゆたかさに驚嘆させられる。けっきょくどんな対話も埋めることの出来ない
絶望があることを、彼から身をもって示される結果になってしまったが、しかし対話でしか埋められないものが
あったことも、同様動かしがたい事実だったのである。あの三島君を、ついに受入れることが出来ず、正当に
評価することも出来なかった日本の新劇界の硬直ぶりには、腹立ちよりも、不気味さを感じずにはいられない。
(どうやら、ぼくの方が、あつかましさでは一枚上手なのかもしれない。)
しかし……と、たぶん反論が出るに違いない。それほど、言葉による存在そのものだったはずの三島君が――
なぜ有能な演技者たり得なかったのか? 理由は簡単だ。彼は、俳優にとって不可欠なもう一つの条件である、
肉体表現のニュートラルを性格的に理解できなかったのだ。理解はできても、ぼくと同様、実行不可能だったの
かもしれない。しかし、もし彼がわずかに自制心を働かせて、ぼくのように演出を目指していたら、おそらく
ぼくに劣らぬ演出の先駆的改革者になっていたのではあるまいか。(「笑」と、対談ならば入るところ)
安部公房「前回の最後にかかげておいた応用問題――周辺飛行19」より
623 :
名無しさん@公演中:2013/09/05(木) 09:00:26.60 ID:bPVDuJXt
、
624 :
名無しさん@公演中:2014/02/11(火) 11:00:43.04 ID:/4WNHsGD
あげ
6月にオペラ「黒蜥蜴」
慰安婦演出のオペラ「班女」もワールドツアー