336 :抜道21/29 ◆6lu8FNGFaw:2010/04/12(月) 02:31:09
佐原の表情がさっと曇る。
「…何だよ、これ」
「棄権の権利だ」
佐原は怒りを露わにして黒崎に詰め寄った。
「権利だとっ…!?こんな封筒一枚っ…!今すぐ元の世界に戻せよっ…!汚ねえぞ…!!」
「文句を言うのは、とりあえず中を見てからにしたらどうかね」
黒崎の言葉に、佐原は一旦怒りの矛先を収め、封筒から一枚の紙を取りだした。
『※棄権の権利チケット※
ゲームが終局を迎え、島から主催陣が引き上げるとき、
このチケットを持っている者は主催陣と共に島から帰還出来る。
このチケットを持つ者は、その権利が行使できる時が来るまで
無くさぬよう大切に保管すること。再発行不可』
「……このゲームが終わるまで…!?」
「ああ、それまでは我々もこの島からは出られぬのだから。
ゲームが終了次第、迎えが来る。その時まで券は無くさぬように」
「じゃあ、それまでの間、俺はどこで待っていれば…?」
「何だ、そんなことを心配していたのか。
安心したまえ、安全に待機できる場所を用意してある。すぐに案内させよう」
黒崎が示した黒服を見ると、黒服は頷き、佐原に付いて来る様に言った。
337 :抜道22/29 ◆6lu8FNGFaw:2010/04/12(月) 02:33:10
◆
数十分前。
南郷は佐原と別れ、黒服の一人と共にエレベーターに乗った。
エレベーターは地下からすぐに一階まで上がったが、黒服がボタンを操作しドアを閉めたままだ。
南郷が訝しげな顔で黒服を見ると、黒服は言った。
「今から、お前はゲームに戻るわけだが、いくつか注意点がある。
先ず一つ目は、他の参加者にこの場所を教えぬこと。
地下に潜って棄権場所を見つけるのは、参加者一人一人が自分で気がつくべきことだと我々は考えているからだ。
だから、地下に降りると首輪の電波が届かぬようになることもみだりに口外せぬように。
もしお前が他の参加者に話し、ゲームの進行を妨げるようなら相応の処罰を下す。首輪を爆発させることも有り得る」
南郷は、額に脂汗をかきながら頷いた。
「二つ目、ここはお前もわかっていると思うが、禁止エリアだ。
首輪の電波が届かぬのはこのエレベーターの内部のみ。ここから外に出たら、当然首輪は作動する」
「ああ…!?」
「さて、この首輪の基本性能をお前に教えておこう。
この首輪は、禁止エリアに入ると警告音を出し始める。最初の警告音から、爆発までの間隔は10秒間。
このエレベーターは外に繋がっている。ドアが開いたら、真っ直ぐ正面に見える裏門めがけて走れ。
裏門を出たら、そこがちょうど禁止エリアと隣のエリアとの境目になっている。裏門までの距離は約50メートル。
平坦な地面だから思い切り走れば十分間に合うだろう」
「ちょ、ちょっと待ってくれ、俺は足を…」
「三つ目、今お前に話した首輪の事、裏門のことも他言無用だ。これも他の参加者に話せば処罰の対象になる。
これで説明は全てだ。さあ、行け」
黒服はそこまで言い切ると、開くボタンを押した。
338 :抜道23/29 ◆6lu8FNGFaw:2010/04/12(月) 02:34:17
ガーッ……
エレベーターの扉が開き、呆然とする南郷の首輪が反応を始めた。
ピーッ… ピーッ…
「う、うわああ!!!」
南郷は慌てて無我夢中、全速力で走り始めた。
ピッ… ピッ… ピッ… ピッ… ピッ…ピッピッピピピピピピピ
ザアッ…!!
一心不乱に走り抜け、裏門に滑り込むと…、首輪からの音は消えていた。
「……っ……ハアッ……ハアッ……!」
物を考えられる状況ではない。体中が熱い火花のようになり、心臓の音が五月蝿い程に耳の奥で打っている。
しばらくすると、太腿から鈍痛が襲ってきた。
「くそっ…傷口が……」
無理に動かした為、撃たれた場所から再び血が滲み出していた。
しかし、ずっとここでへばっている訳にもいかない。
南郷は痛みをこらえながら起き上がると、身を隠せそうな場所を探して歩き出した。
◆
339 :抜道24/29 ◆6lu8FNGFaw:2010/04/12(月) 02:36:12
黒崎とのギャンブルに勝利し、棄権の権利を得た佐原は、黒服の後についてエレベーターに乗った。
エレベーターは上昇し、ある階で止まる。
「さあ、出ろ」
「ここは……?」
エレベーターを降り、佐原はきょろきょろと周囲を見回した。
「棄権者待機専用のVIPルームだ。ゲームが終わるまで、お前はここで好きなように待っていればいい」
「はあ…」
そこは開会式の会場や、地下の交換所とは比べ物にならぬ程豪華な内装だった。
エレベーターが開いた場所は10畳程の広さの休憩スペースになっており、そこから廊下が見える。
廊下には個室のドアが点々と並んでいるが、ドアとドアの感覚からして一部屋の大きさが相当な広さであることが伺える。
ふと廊下の奥を見ると、一人のスーツ姿の男がこちらへ向かって来た。
黒服と違ってサングラスをかけていない。外見年齢からいって黒服の上司だろうか。
「最初の棄権者を連れて参りました。後はよろしくお願いいたします」
「これはこれは…。お待ちしておりました。首を長くして…」
黒服と、そのスーツ姿の中年は手短に挨拶を交わすと、すぐに黒服は下がり、エレベーターに乗って階下に降りて行った。
「……佐原様ですね。ここからは私が案内いたします、どうぞ」
先程の黒服と比べてずいぶん言葉遣いの丁寧なその男は、物腰も柔らかく佐原にお辞儀をした。
「あ、アンタは…?」
こんな扱いをされることに慣れていない佐原が、戸惑いながらその男に名を尋ねる。
340 :抜道25/29 ◆6lu8FNGFaw:2010/04/12(月) 02:40:14
「私は袋井と申します。ゲーム棄権者のVIPルームへの案内を仰せつかっておりますので、どうぞ肩の力を抜いて下さい」
そう言うと、袋井は薄く笑った。
二人は廊下の最奥、他のドアとは造りの違うドアを開け、中に入っていった。
再び真っ直ぐな廊下が現れ、その奥にまた重厚なドアが現れる。袋井はその重厚なドアをノックした。
「袋井です。最初の棄権者を連れて参りました」
部屋の中からは返事が無かったが、袋井は構わずドアを開け中に入った。
ドアの奥は薄暗く、だが陰気な雰囲気ではない。淡い色つきの照明が壁に当たり、小さなカウンターバーが設置されている。
部屋の中はビリヤードやダーツ、チェス盤、ルーレット、自動麻雀卓等、あらゆる道具が絶妙な間隔で並べられていた。
まるでギャンブルルームの様な雰囲気である。
佐原はギャンブルルームに入る機会が無かったので、そういった感想は抱かなかったのだが。
「簡易ですが休憩室も備えております。是非ご利用を」
「あ、ああ…どうも…」
予想以上の優遇ぶりに、佐原は面食らいながら答えた。
ふと、背中に軽い寒気を感じ、佐原は反射的に後ろを振り向いた。
「君が…佐原君かね…?」
奥のドアがキイと開き、中から少しくぐもった老人の声が響いた。
「待ちくたびれたよ…。帝愛の話では、もう少し早く棄権者が出るだろうという話だったのに、ずいぶんかかったようだからね」
奥の部屋から現れた老人は、どこか人を圧する独特の存在感があった。
威厳があるとか、気品を漂わせているのとは少し違うのだが、得体の知れぬ雰囲気を身に纏っている。
薄ら笑いを浮かべ、ぼんやりと焦点の合わない目をこちらに向けている。
341 :抜道26/29 ◆6lu8FNGFaw:2010/04/12(月) 02:42:30
「佐原君、ゲームが終了するまでの間、ワシの話し相手になってもらえんかね…?
何、簡単なことだ。佐原君がゲームの中で経験したこと、感じたこと、それを語ってくれるだけで良い。
ゲームの中にいた臨場感、空気の片鱗を、ほんの少しでも感じることが出来たらそれで良いのだ」
◆
「ただ今、袋井に佐原を引き渡して来ました」
「ああ、ご苦労」
黒服からの報告を受け、黒崎は銜えたタバコに火をつけると、煙をゆっくりと吐き出した。
袋井に、つまり蔵前に棄権者を引き渡すのは、ゲーム開始前から蔵前の要望で決めていたことであった。
だが、なかなか棄権する人間が出ず、蔵前が痺れをきらし、そのうち袋井を通じてメールで催促して来るようになった。
所持金が一億に足りない佐原を「慈愛のゲーム」で勝たせたのは、その辺りの事情があったからである。
『最初の者だけの特典』と理由をつけたり、じゃんけんで最初の一回目には多少リスクを負わせたのは理由がある。
形だけでも尤もらしく取り繕っておかなければいけなかった。
逆に何のリスクも負わせずに佐原を棄権させたのでは都合が悪い。
『何が何でも棄権させなければいけない事情があるのではないか?』と、主催側の事情を知らないギャラリーが余計な詮索をする事態を避けたかった。
これ以上余計な火種は起こしたくない、というのが黒崎の本音であった。
(あの老いぼれめ…。弱き者を肴に宴に興じる、悪趣味な物の怪め…)
黒崎は、フッと息を吐き、黒服が差し出した灰皿にタバコを押し付けた。
(まあいい。これでまた一つ仕事を終わらせた…。奴に“生贄”を差し出すという仕事をな…。)
◆
342 :抜道27/29 ◆6lu8FNGFaw:2010/04/12(月) 02:44:33
「は、話を…?」
「そうだ…。何、佐原君の手を煩わせるんだからタダでとは言わん。そうだな…。
今から一時間程付き合ってくれるのなら100万出そう。無論、キャッシュでだ」
蔵前は懐から無造作に札束を取り出すと、佐原の目の前のテーブルにポンと放り投げた。
普段の佐原なら考え無しに飛びついていたかもしれない。
だが、殺し合いのゲームから離脱したばかりの佐原には、その100万はナイフや銃の類に見えた。
まして相手は主催者側の、その中でも見るからに地位の高そうな爺さんである。
「何を考えてる…?何か裏があるんじゃないかっ…?もうコリゴリだっ、騙し合いの類はっ…!」
佐原の剣幕に、蔵前は分かっているという風に頷いて見せた。
「おお、おお、急かしてすまなかった。まだゲームを降りたばかりで、疲れも溜まっていることだろう…。
休憩室でしばらく休むといい。儂も眠くなってきたところだ。明日の朝、ゆっくりと話をしようじゃないか」
蔵前の口調はどこまでも穏やかで、だが逆にそれが不気味に感じられ、佐原は顔を強張らせたまま返事をしなかった。
「もしかして、儂が佐原君に危害を加えるとでも思っているのかね…?そんな事はありえないのだよ。
棄権の権利を持つ者に、危害を加えてはならないというルールがあり、儂はそれを犯すことは出来んのだ。
だから、安心して体を休めるといい」
「……本当なのか、その話っ…?」
「本当だとも。我々は嘘はつかん」
それでも何か言いたそうにしていた佐原だが、敵の陣中にいる今、あまり相手の機嫌を損ねるのは得策ではないと考えた。
佐原は、袋井に促されるまま、休憩室に入り、体を休めることにした。
343 :抜道28/29 ◆6lu8FNGFaw:2010/04/12(月) 02:46:00
◆
蔵前の寝室で、袋井と蔵前は小声でひそひそと囁き合っていた。
「喉元過ぎれば熱さ忘れる、とな…。しばらく奴の好きなようにさせてやれ」
「かしこまりました。…明日が楽しみでございますね」
袋井の言葉に、蔵前は下卑た笑いを漏らした。
「緊張が解け、弛緩した気分の中で大金をちらつかせてやれば、必ず乗ってくる…!
最初は話を聞くだけで、いくらか金を掴ませてやる…。
そのうちレートの低いゲームに誘い、うまく乗せてレートを引き上げる…!
危害など加えんさ…負けが積もれば、ここから帰還するときには奴は儂のペットとなっておろうからの…。
可愛いペットに、危害を加えるはずも無かろう…!」
頷いていた袋井もまた、蔵前の様に酷薄な笑みを浮かべていた。
「楽しみですね、奴が崩壊していく様を眺める、その時が来るのが…」
「ククク…。平井銀二、森田鉄雄が破滅したというニュースを早く聞きたいものだが、
それまでの暇つぶしとしては十分楽しめる…!」
「そうでございますね…。平井、森田は、つい先程合流したそうです」
「おお、そうか…。今後どうなるか、楽しみで眠れんわ…!」
「ええ…。ですが、あまり起きていらしたら体に毒でございます。もうお休みになられたほうが…」
「そうだな。明日に備えて…。だが、奴らのニュースが飛び込んできたら直ちに知らせるのだぞ」
「かしこまりました。必ず…。ではお休みなさいませ」
袋井は蔵前の寝室の照明を落とし、静かに出て行った。
344 :抜道29/29 ◆6lu8FNGFaw:2010/04/12(月) 02:47:53
【C−3/草むら/黎明】
【南郷】
[状態]:健康 左大腿部を負傷 疲労
[道具]:麻縄 木の棒 一箱分相当のパチンコ玉(袋入り) 支給品一式
[所持金]:1000万円
[思考]:生還する 赤木の動向が気になる 森田の首輪集めを手伝うか迷っている 森田ともう一度話したい
※森田と第3放送の一時間前にG-6のギャンブルルーム前で合流すると約束しました。
※一条をマーダーと認識しました
【D−4/ホテルVIPルーム/黎明】
【佐原】
[状態]:健康 首に注射針の痕
[道具]:棄権の権利チケット(他の佐原の持ち物は全て黒服に回収されました)
[所持金]:なし
[思考]:生還したい 今は体を休める 主催者側の人間を信じない
※森田が主催者の手先ではないかと疑っています
※一条をマーダーと認識しました
※ゲームを棄権しました。首輪を外されました。
【佐原 棄権】
【残り 23人】
345 : ◆6lu8FNGFaw:2010/04/12(月) 02:48:37
以上です。
途中から、代理投下が消えていた…
コピーミス申し訳ない。
新スレありがとうございます。
代理投下お疲れ様です。助かりました。
こちらに投下で良いんですかね…?
間違えでしたらお許しください。
毎回投下が遅くて申し訳ございません。
では、投下させて頂きます。
この男、村岡隆は絶望の淵に立たされていた。
開始早々に所持品を全て奪われ…。行く先々で散々な目に遭い…増えていくのは誓約書と言う名の足枷ばかり。
そして、今。
その足枷を解く、唯一のチャンスにも勝負に負け続け、流れを失った村岡には何の意味ももたらされ無かった。
黒崎に嘆願をしてから約20分…。時間と言うものは実に律儀な物で…確実に、その針を進めて行く。
遠の昔にその20分を使い果たした村岡は、100万円のチップを上乗せし、更に30分の猶予を得ていた。
が、しかし…。
「どうして…どうしてざんすか…っ!!黒崎さばぁぁああっっ…!!」
本当の最後…。
生と死さえも左右するであろう、この期に及んでも、黒崎からの返答はまるで皆無だった。
「ワシに…死ねと…そう…仰るざんすか…!?それは余りにも…酷い……っ」
呪う…!自身の完膚無きまでの不運を…!
そして、何の反応も見せぬ黒崎を…!
「時間だ…即刻立ち去れ…!!」
無情にも響き渡る、黒服の声。
しかし、村岡には素直に応じられるだけの心の余裕は残されていなかった。
「黒崎様っ…!!どうか…どうか…お慈悲をっ…!!」
その場に膝を付き、床に頭を擦り付け懇願…!!
引き剥がしに掛かる黒服を諸ともせずに、村岡はその額を床に叩き付けた。
当初は呆気に取られていた黒服。
しかしこのままにもして置けず、村岡の後ろに回り込み、身動きが取れないよう羽交い締めにし、その身を拘束した。
「アンタ…死にたいのか…!首輪が爆発する前に早く立ち去れ…っ!!」
村岡の顔色がみるみる失せていく。後ろからでも分かるくらいに、急速に…。
「うぐっ…!!がっ…!ぐぅっ…しかし…けど…でも…っ!!」
最早言葉にすらならぬ羅列を吐き出し、尚も抵抗しようとする村岡。黒服の願いや虚しく、もう冗談では済まされない状態に陥っていた。
金もなく、5分以上ギャンブルルームに留まってしまったのだ。金で払えぬ以上、その身で精算する他無い…。
『ククク…何か問題でも起きたかね…?』
それは、諦めかけていた天の声。
唐突に…突然に響く、希望の福音…。
――――――
『ククク…ッ!!クカカカッッ…!!!!』
この小一時間…。村岡にとってはあっという間に過ぎ去った時間に思えたが、実は意外に長いもの。
少なくとも、この男…兵藤和尊にとっては実に劇的…且つ、充実した物であった。
驚喜に狂った笑い声とも、奇声とも付かぬ声を高らかに上げ、その実感に存分に浸っている。
黒崎…っ!!良いぞ…実に…愉快っ…!!
宣戦布告までしてきたのだ…。それなりの…覚悟も自信も…あると言う事…!!
ワシは…そう言った輩の鼻を…根本からへし折るっ…!!
『クゥ〜ッ!!クゥ〜ッ!!クキキッ…!!これ程の舞台…っ!!そう、巡り遭える物ではないからの…!!』
礼は…たっぷりとな…!!それこそ…持て余す程にっ…!!
もっと…もっと…ワシを高みに…!!絶壁の淵へと…追い詰めて見せよっ…!!!!
『クカカッ!!…ワシは…その絶壁から…逆に貴様等を叩き落としてやろう…!!クフッ…クヒッ…クカカカ…ッッ!!』
だらしなく涎を垂らし、焦点の合わぬ黒目を晒す兵藤…。
その姿は、最早人とはかけ離れ…悪魔染み…獣染み…化物染みている…。
その出立ちに、本来ならば見慣れている筈の側近である黒服も思わず言葉を失う。
兵藤の命じに、暫く気付けない程に…。
『何を呆けておるっ…!!さっさと動かぬかっ…!!』
痺れを切らした兵頭が、その右手を唸らせ決して安くは無いステッキを振り上げた。
それは一直線に、黒服の額目掛けて降り下ろされる。
その衝撃を受け、黒服は漸く意識を兵藤に向けた。
「あ…も…っ申し訳ありませんっ…!!つい…その…」
『言い訳は良いわっ…!!それより…嘆願の映像じゃっ…!!早く出さんかっ…!!』
矢継ぎ早に命令を下す兵藤に、頭の痛みも忘れ、一心不乱にキーボードの上に指を走らせる黒服。
「お待たせ致しました…!!こちらに…」
画面が切り替わり、スクリーンの大画面には一刻前の嘆願の映像。
そして、分割された小画面には今現在の映像が映し出された。その数は悠に十を越え、様々な角度から村岡を捉えている。
『ほぉ…まだ粘っておるのか…ククク…良かろう。黒崎への礼はコイツだ…!
…監視カメラの配信を一時停止…ギャンブルルームの黒服と、黒崎が連絡を取れぬ様にしておけ』
この老獪の思惑には、まだ誰も気付く事は出来ない。
―――――
「え…?え……!?黒崎様…?黒崎様ざんすか…っ!?」
否。そうではない。
「違う…この声は…会長だ…」
答えを出したのは黒服。
希望の光にも思えた天の声。しかし、黒服には分かる…!
この老獪に目を付けられてしまっては、逃げることなど不可能であると…!
『なんだ…?ワシでは不満かの…?忙しい黒崎の代わりに…お主の要求を呑んでやろうと思ったのだが…』
音声を流しているのは、防音設備のなされたギャンブルルーム内に於いても、定時放送を聞けるよう設置されたスピーカーから。
兵藤はこれを介し、村岡と接触を図っていた。
「いやいや…まさか!この村岡隆…感謝の気持ちこそあれ、不満なんて思いは…これっぽっちも無いざんす…!!」
そう、諦めかけていた村岡に取ってみれば、黒崎だろうが兵藤だろうかは大した問題ではない。
主催者側の人間…自分を、この窮地から救い上げてくれるのなら、誰でも良かった。
『ククク…そうか…。ならば…お主には死んでもらうぞ…村岡隆…!』
しかし、返ってきた言葉とは…あまりにも、望むものからとはかけ離れていた。
「今…なんと…」
恐る恐るその疑問を口に出してみる。
一縷の淡い期待…聞き間違いかも、と言う半ば現実逃避に近い物を胸に秘めつつ…。
しかし、勿論ながらそんな期待は、水泡の如く呆気なく消え去ってしまう。
『当たり前ではないか…。情報によれば…お主、軍資金はもう…使い果たしたのだろう…?
時計を見てみろ…。払えるのかね…?一文無しの、今のお主に…!』
含みのある笑いに乗せ、自身の立たされている現状を惜しむ亊なく…遠回しに言い聞かせる。
そう、当然と言えば当然なのだ。
“ギャンブルルームは30分の利用につき100万”
“違反者は首輪が爆発する”
帝愛側がそう明言している以上、知らなかったでは済まされないだろうし、どんな弁解をしようが全く意味を為さないだろう。
言ってしまえば、自業自得に過ぎないのだ。
たかが5分…されど5分。その代償は不釣り合い過ぎるほど、重い…。尤も、そうなるように仕向けたのは、他ならぬこの兵藤自身なのだが…。
こうなってしまってはもう、村岡はその場凌ぎの姑息な手段に走るしかない。
「か…必ず…必ずお返し致しますっ…!!そう…そうっ…!!武器さえ…武器さえ頂ければ、それで誰かのっ…!!」
苦しい…あまりにも苦しすぎる言い分。当然の如く、兵藤がその要求を快諾する筈も無かった。
だがこの悪足掻き、意外にも功を奏し、思わぬ好機を自身にもたらす事となる。
『…そうだな…武器をやることは出来ぬ…。
が…しかし、ただ殺すのでは…良心が痛むと言うもの…!!』
心にも無いような、白々しい台詞。
それは、相手に己の置かれた立場、恩着せがましく思わせるための口実でしかない。
しかし、こう言った状況ではその効力が存分に発揮されるのだ。
拒否権を与えず、未曾有の大チャンスを与えて“やる”と…暗に含ませて。
「会…いえ、兵藤様…なんと…慈悲深いっ…!!チャンスを…与えて下さるざんすね…!?」
今すぐに死ぬことは無くなった、と確信した村岡は、実に単純な物で…先ほどの情けない必死の形相は何処へやら。
すぐさま回復し、得意の大振りなリアクションを織り混ぜて、恭しく腰を折っている。
『そうさな…やはりここは…ギャンブルで決めようではないか…!!』
兵藤の語色が、明らかに黄色味を帯びた。
良い退屈凌ぎ…そう、まるで体の良い暇潰しを見付けたかのような…。
「おぉ…!して、どの様なギャンブルざんすか?」
急かす村岡に、そう焦るなと一言。
兵藤はあるギャンブルをするべく、まずは場所を移動するよう伝える。
『そこのギャンブルルームに…黒い麻雀卓がある筈だ。まずはそこに移動して貰おう』
その発言に、眉を潜ませたのは黒服。
表情を輝かせたのは村岡である。
―麻雀は無いと思ったざんすが…まさに僥倖…っ!!
『最期のギャンブルになるかも知れんのだ…やはりここは…自信のある麻雀が良かろう…?』
村岡としては願ってもない麻雀での勝負。
今まで負けに負けて来たが、やはり麻雀以外に、自信を持って受けられるギャンブルと言えば他には無かった。
が、対称的に黒服の表情は冴えない。
何を隠そう、この黒服…初心者顔負けの麻雀下手なのだ。
『何をしておる…時間がないのだ。さっさと案内しろ…黒服よ』
困惑する黒服であったが、兵藤の思惑など考えるだけ無駄と言うもの。
ギャンブルルームの角の隅。然程需要が無いのか、軽く埃を被ってそれは佇んでいた。
『さて…ギャンブル内容について…だったかの』
一瞬の間を置いて、兵藤の言葉は続いた。 『ククク…“振り込み麻雀”…!!お主には、これをやって貰おう…!』
兵藤の提示したギャンブルは、至って単純な物だった。恐らく、村岡が得意とする十七歩以上に。
『要はそこの黒服に、和了牌を打ち込めば良いのだ。
親である、お主の第一打で下家の黒服が和了事が出来れば…お主の勝ち…!!』
「え…は…?第一打…って…河に牌が一つも無い状態で何を…」
ここで漸く、尤もらしいことを口に出した村岡。そうなのだ…捨て牌が無ければ相手の手配…待ちを読むことなど不可能。
しかし、兵藤は心配には及ばんと一笑し、言葉を続ける。
『ワシもそこまで馬鹿では無い…。ククク…勿論、捨て牌は無い…有っては困るのだ…が、代わりにヒントをやろう…!』
それと同時に、村岡の座す麻雀卓が唸りを上げた。どうやら自動卓の機能が起動したらしい。
『準備が出来たようだな…。では…ヒントだ…っ!』
漆黒の卓の四面に沿うように、ぱかりと溝が開かれ、するりと黒い段が持ち上げられる。
カチッ…と小気味良い音を立て、全ての音が止んだ。
律儀に並び伏せられた、卓と同じく黒い麻雀牌。
『聴牌は役満…待ちは6面…!数えは…言わずもなが…役満とは言わぬな。役満は一般的な物を使う。
制限時間は30分…牌を開いた時点でスタートだ。質問はあるかね…?』
暫しの考察を挟み、そして確認するように村岡は口を開いた。
「このギャンブルに勝てば…反則行為は不問…。嘆願の件も聞き入れて下さる…。間違い無いざんすね…?」
村岡にしてみれば、多少の誤算は有ったものの、結局は求めるものに手が届く。
要は…
『ククク…そうさな…!勝てば良いのだ…勝てば…!』
代弁したのは兵藤。
結局は拒否することなど不可能。ならば腹を決めるしかない。
―勝てばまるっと全部…完璧に終始万全…解決ざんす…!!
深い深い…一つの溜息を吐き出し、覚悟…と言うより観念と言った方が近い感情を腹の底に沈め、己の手を伏せられている14枚の麻雀牌に伸ばす。
「文字通り最後のチャンス…必ずや解いて見せるざんすよ…!!」
両手を使い、手慣れたように一発で牌を開く村岡。
『ククク…!振り込み麻雀…スタートだ…っ!期待しているぞ…』
こうして村岡は、己のこの後の人生…その全てを賭けたギャンブルに最期の望みを託す事となった。
下家に座す黒服は、不安で一杯だった。麻雀を打つ必要性は無くなったものの、一抹の不安が頭を過り離れない…。
無理もない。彼の上司は黒崎であって兵藤では無いのだ。
人事権を握っているの黒崎であり、首を吹き飛ばすのも黒崎である。
―勘弁してくれ…!ゴタゴタは…!!責任取る…と言うか…取らされるのは…俺っっ…!!
本部からのメールで、何か異変があれば早急に連絡をしろと、念を押されていた。
勿論そんな暇も無ければ、意識も向いてはいない。
主催者、それも会長直々のこのギャンブル…これが異常でなければ何が異常だと言うのか…。
黒崎の憤怒に満ちた表情が思い浮かばれる。
―そんな中でもし…この男が死んでしまったら…。黒崎様がどんな立場に置かれるか…!!
悶々と自論を立てる黒服を余所に、村岡は14枚の牌の中から、一つの牌を絞り込んでいた。
まず最初に思った事、それはこの卓の特性…配牌が自由に選べるのではないか…といった漠然としたもの。
―でなければ…明らかに異常ざんす…!この配牌…!
『もう、気付いているとは思うが…その卓は特殊での。遠隔操作で…全ての牌の位置が指定出来るのだ。よって…下家の手牌も聴牌済み…役満手がな…』
牌を開いてからも兵藤の説明は続いた。どうやら、必要最低限の情報だけは得られるようだ。
支援
おぉ…こんな時間に…!
全力で支援!!
要約すると、“振り込み麻雀”のルールはこう言った物である。
・村岡の第一打で黒服を和了させる事が出来れば村岡の勝利。
・聴牌は役満。待ちは6面
・和了牌は全て村岡の手配に入っている。無いものは必然的に和了牌ではない。
・制限時間は30分
・通常麻雀における反則行為は自動的に敗北。
全ての説明を終えた兵藤は、“健闘を祈る”の言葉を最後に通信を断った。
一見すれば、簡単に思えるこの振り込み麻雀。しかし、ルール程単純な物ではない。
少なくとも、黒服にはまず、6面張役満手…と言うものが思い浮かばなかったのだ。
―6面張…?6面全てで和了れる役満…?そんなもの…無い…有るわけ無いだろ…!
しかし、今まで17歩と言う、麻雀を糧に荒稼ぎをしてきた村岡は違った…!
―役満6面張…ざんすか…。上手いざんすね…が、しかし…甘い…甘いざんすよ…!!
「黒服…!別の麻雀牌か…紙とペンっ…!!早く持ってくるざんす!」
そう、既に村岡の頭には一つの役満手が浮かんでいた…!
黒服は近くにあった麻雀卓から、通常の白色の牌だけを拝借し、簡易なワゴンに乗せ村岡の横に置く。
因みにこの黒服、自身の手牌には全く手をつけず、伏せられたまま。
黒崎と自身の保身のために、この男をここで死なす訳にはいかない。
口出しが出来るように、敢えて自身の配牌を開かなかったのだ。
「な…なぁ、役満で6面張なんて…不可能だろ…?」
会長の動きを見るために、黒服は問う。
結果は黙認…。
会長から咎めの言葉は無かった。
ほっと胸を撫で下ろし、黒服も一緒になって考え始める。
「何故…そう思うざんすか…?」
逆に質問を投げられた黒服は、手持ち沙汰に一萬を手に取りつつ自身の解釈を述べた。
「え…普通に考えたら…他面張役満なんて…13面国士無双か…、純正九連宝燈…。
6面全てで上がれる役満なんて…有り得ないだろ…」
そんな事を言いつつ、黒服は村岡の手牌として余った牌を並べてみる。
一萬、一萬、一萬、
二萬、二萬、
三萬、三萬
四萬、五萬、六萬、七萬、
八萬、八萬、
以上の計14枚。
通常の麻雀ならば、まず有り得ないような配牌。村岡がこの卓の特性に気付くには十分な材料だっただろう。
そして、場に捨て牌が一枚も無い以上、これが唯一の足掛かり…ヒントの筈だ。
しかし、この手牌を見ても、黒服には何も思い付かない。謎が謎を呼ぶだけである。
頭を悩ませる黒服を余所に、村岡は白い麻雀牌を順序良く並べて行く。
ただし、黒服からは背しか見えていない。
「…まぁ、そうざんすね…。確かに、まともに考えてたら…6面張役満なんて…有り得ない。
と言うか不可能ざんす…!」
言葉とは裏腹に、不敵に口角を吊り上げ、村岡は麻雀牌を揃えていく。
カチャリ…
麻雀牌同士が擦れる小気味良い音を立て、村岡の手が止まった。
どうやら聴牌が完成したようだ。
「が、しかし…!出来るざんすよ。聴牌までは…!」
言うや否や、刮目せよ!と言わんばかりに自信を込めて牌を倒し、興奮を孕んだ口振りでその名を発す。
「それは…四暗刻…単騎っっ…!!」
それを視界に捉えた黒服は、脳内に走る電流に弾かれ、思わずその腰を浮かせてしまう。
「四暗刻単騎…っ!?」
三萬、
四萬、四萬、四萬、
五萬、五萬、五萬、
六萬、六萬、六萬
七萬、七萬、七萬
開かれたそれは、確かに紛れもない…役満…!
四暗刻…それも単騎…!!
「カカカッ…!そうざんす…確かに、形としては…四暗刻単騎…!が、しかし…っ!待ちは…6面…!」
自信満々に笑い声を上げる村岡をよそに、黒服は率直な意見を述べる。
「ちょ…ちょっと待てよ…!確かに、6面待ちにはなる…けど…でも、三萬以外じゃ…役満とは言えないんじゃないか…?」
恐らく、大多数の人間が抱えるであろう疑問に、これ見よがしに溜め息を吐く村岡。
時計を見やり、麻雀牌をみやる。
「…仕方ないざんすね…。まぁ、時間も残ってるし…教えてやるざんすよ…!」
「まず…会長さんの言葉を思い出すざんす。…会長、一言も役満手を和了させろとは言って無いざんすよ…」
そう。確かに、兵藤は明言していない。
黒服を和了させろとは言ったが、役満で…とは明言を避けたのだ…!
「言うまでもなく…6面全てで上がれる役満なんて存在しないざんす…!だから…“聴牌は役満…黒服を和了させろ”
そう言ったざんすね…。言わば逃げ道のある言い回し…。
もし、相手が“6面待ちの役満なんて無い…!”とか言った時に、誰も“役満で和了させろ”とは言っていない…!とか何とか言えるざんしょ…?」
一旦ここで言葉を切り、村岡は視点を麻雀牌に戻す。
「そしてこの四暗刻単騎形の聴牌…三萬は文句無しの役満和了…。問題は…その他…!
恐らく、単騎以外の和了牌は…さっきとは逆に、それは役満とは言わない…!
とか難癖を付けて反故にする筈ざんす…!」
この考え、実は図星…!完璧に読見切っていた。しかし内心で、兵藤はほくそ笑む…!
―ククク…ここまでは…辿り着いて貰わねばな…!だが…まだ甘いな…。
「えっと…この待ちは…二、三、五、八、と…えーと四、六…か?
あ…そうか…一萬は3枚持ってて…、二、三、八萬は2枚…。
四暗刻の絶対条件は暗刻4つ抱え…。
で、6面張にするなら暗刻は…連番で揃えなきゃ駄目…と」
「そう言う事ざんす…!更に、蛇足するなら…待ちが九萬も駄目…。
何故なら、手牌に丸々含まれて無いざんすからね。」
配牌を見れば、一目瞭然。
四暗刻単騎形にさえ気付いていれば、何て事無かったのだ。
例えば
一萬、一萬、一萬、一萬
二萬、二萬、
三萬、四萬、五萬、六萬、七萬、
八萬、八萬、八萬、
この様な手牌であったなら選択肢が一つ増えていた。
二萬単騎の以下連番暗刻。
二萬
三萬、三萬、三萬、
四萬、四萬、四萬、
五萬、五萬、五萬、
六萬、六萬、六萬
と言ったような形。
更に、九萬が一枚も含まれていないため、
八萬、
七萬、七萬、七萬、
六萬、六萬、六萬、
五萬、五萬、五萬、
四萬、四萬、四萬
九萬が待ちになってしまう、この形も否定される。
「つまりは、三萬単騎以外あり得ないって事ざんす…!」
「な…成る程…けど…」
この解説には黒服も感心するしかない。
しかし、どこかしっくり来ない。何かが引っ掛かる…。
黒服の杞憂をよそに、村岡は黒い牌…打ち込めば最期かも知れない…その牌に手を掛けていた。
「お…おい!ちょ…待てって…!!」
三萬を掴む右手を、衝動的に引き留めてしう。
村岡を助けたいとか、そんな浮わついた感情からではない。
圧倒的に困るのだ…死なれては…!
「もう少し良く考えてみろよ…!場を見て…何か良く分かんねぇが…余りにも…単純過ぎないか?」
他に手など無い筈なのに…。
しかし、言い知れぬ何かが邪魔をする。
その一言は、村岡の決心を揺るがすには十分すぎる物で…。
「う…煩いざんすねっ…!!大体…なんでアンタみたいなのが帝愛の黒服なんかやってるざんすか…!」
三萬を戻しつつ、悪態を付く。
しかし、黒服の言葉にも一理あった。
確かに、ものの数分で辿り着いた6面張役満手。
そもそも何故、6面待ちなどと比較的特定しやすい物にしたのだろうか…?
それこそ、指運に任せても当たるような…。
思えば…そう、席位置ここからして違和感があった。
これは二人麻雀なのだ。何故、対面では無く上家と下家に…。
配牌にしても、もっと字配を入れるとか…ここまで分かりやすくする必要があったのだろうか…?
上家…下家…
第一打で…捨て牌があっては困る…?
聴牌は役満…
役満は…一般的な物…
「え…?あっ…ああぁぁっ…!!」
村岡に走る、圧倒的閃き…!
「俺は…まぁ、腕っぷしだけは良かったから…」
恐らく先程の質問に答えたのだろう。だが村岡は眼孔鋭く睨みを効かせ、それを黙殺する。
違う…全てが逆だった…。
“6面張役満、黒服を和了”…
ここから既に逆だった…!!
「ククク…カカカカッ……!!危うく…危うく見落とす所だったざんすよ…!!」突如として笑い声を上げる村岡を前に、黒服は困惑した様子で声を掛ける。
「え…?どう言う事だ…?」
「つまり…」
村岡は黒服に、自身の考えを伝える。
「…!!」
「どうざんす…?これなら…何もかもに説明が付く…!!」
「アンタ…良く気が付いたな…確かに…突拍子もないが…理に叶っている…」
こうして、残り時間…3分。
ここで漸く至る…!全ての答えに…!!
手牌の中から、その1枚を拾い上げ、勢い良く打ち込む…!
それと同時に、兵藤の声がスピーカーから発信された。
『さて…時間ギリギリまで使い込み、至った答え…説明してくれぬかね…?』
村岡が打ち込んだのは…唯一暗刻として抱えていた一萬…!
「いやはや…流石は兵藤様…!この村岡、危うく終わる所だったざんす…!!
がしかし…!!最後の最後に…降りてきたざんすよ…神が…!!」
ニヤニヤと嫌悪感を誘う笑みを浮かべ、勿体つけるように放つ村岡。
興味無さげに続けろ、と促され、口角を上げながら先を話す。
「最初…言ったざんすね…“聴牌は役満。待ちは6面”…。ククク…つまりは…ここから既に罠…ブラフ…!!
一見頓知めいた謎かけに見せるための…!」
そう…つまりは先程話した解説、四暗刻単騎形…それこそが兵藤の狙い…!
確実に和了牌以外を打ち込ませるための…ブラフだったとしたら…!!
「考えてみれば…そう、6面待ち…。この時点で気付くべきだったざんす…!
単騎や2面待ちを特定させる方が、圧倒的に至難の筈ざんす…!じゃあ…何故わざわざ有利であろう、6面待ちにしたのか…?
答えは簡単…本当に役満が聴牌していると思わせたかったから…!!
だが…実際はまるで逆…!!役満なんか聴牌していない…!!」
再開してるっ!支援だ!
このままでは矛盾してしまうのでは、と思われた村岡の解説。
この時点では、まだ核心には至っていない。
「ここで漸く、分かったざんすよ…!“聴牌は役満”“待ちは6面”“黒服を和了させろ”…。
“上家の第一打で”“下家に振り込む”…その意味が…!!!」
決定打はここで打ち込まれた。
「人和ざんすよっ…これ…っ!!」
たった一言…!!たった2文字…!!全てがこの2文字で片付いてしまった…!
人和…子が配牌の時点で聴牌し、最初のツモより前に捨てられた牌でロン和了した際に成立する役満手。
成る程確かに、役満が聴牌してなくても役満で和了する事が出来る訳で、兵藤の言い回しにもなんら矛盾はない。
『…………』
押し黙る兵藤を前に、自らの持論を説く村岡。自信満々に勝ち誇った表情を浮かべている。
「役満で和了させろと明言しなかったのは気付かせないため…。それと同時に、別の意味も持たせられる…!
そして、この席順…!更には配牌…!!確信を持てたのはこの配牌ざんす…!ミスリードさせる為とはいえ、
わざわざ抜く必要無いざんしょ…?この九萬…!!当たり牌ではないとは言え、まるまる入れない理由にはならないざんす…。
なら…逆…!!入れなかった…のではなく“入れることが出来なかった”だとしたら…!」
視線を落とし、先程四暗刻単騎を型どっていた白い麻雀牌を並べ直していく。
「九萬4枚使いの…6面待ち!!」
二萬、三萬、四萬、五萬、六萬、
七萬、七萬、
八萬、八萬、
九萬、九萬、九萬、九萬
「一、四、七、二、五、八待ち!!…人和がある以上、何でも良いとは思ったざんすが…一萬なら…高目ざんしょ?
加えて、三萬が和了牌に無い…!これが核心に至った答えざんす…!!」
カカカッ…!
高笑いをすると、村岡は黒服に向き直り、手牌を見るよう促す。
兵藤は相変わらず押し黙ったまま…。
「さぁ早く…開くざんすよ…黒服!」
言われるまでもなく、黒服は伏せられた自身の手牌…村岡から見て右側の伏せられた配牌に手を伸ばす。
―助かった…!黒崎様も…俺も…!!
黒服は村岡の閃きに確信を持って、手際よく牌を開く。
しかし…
「………え?」
声にならない叫びは…兵藤によって代弁された。
『………クッ…ククク…ッカカカッ!!』
「…嘘だろ…」
自信と確信を秘めた一萬を前に、黒服は手牌を倒すことが…出来ない…!!
倒せない…
倒せない…!
倒せない…っ!!
『ククク…!!いやいや…際どい物だったぞ…!黒服よ、お主の“助言”のお陰だ…。
負けるかとも思ったが…救われたぞ…!まさにファインプレー…!』
反論できない…。
まさか…こんな事が…。
「…え?…え…?」
困惑の表情を隠せない村岡に、兵藤は嬉しさを含めた口調で言い放った…。
『ククク…当たっていた…途中までは…!だが…黒服の言葉で揺らぐような決意では…このワシには勝てん…!
負け続けて当然と言うもの…!』
しえん!
村岡の脳髄に…フラッシュバックする…!赤木…原田、井川…そして伊藤開司…!
負け続けて来た…。確かに、負け続けて…。だから…勝ちたかった。
勝てば、見返せた…見返す筈だった…!
『黒服…山牌を引くが良い。結果を見せてやれ…ククク…』
そう言われれば引くしか無い…。
もっとも、村岡の手牌を見知っている黒服には結果は目に見えていた訳だが…。
「……っ」
晒される…三萬…!!
倒される…黒服の手牌……!!!
「四暗刻単騎…ツモ…」
三萬、
四萬、四萬、四萬
五萬、五萬、五萬、
六萬、六萬、六萬、
七萬、七萬、七萬
四暗刻単騎…!!
あろうことか…一度は捨てかけた三萬…!!
「あ…あぁ……」
視界が歪む。焦点が合わない。
頭の中は真っ白。顔はきっと蒼白…。
当たっていたのだ…!余計な亊などせずに、ただ己のみを信じ、打ち込んでさえいれば村岡は助かっていた…!
「貴様っ貴様…貴様ぁぁああっっ…!!余計なことを…!!余計なっ…ぐぅぅっ… 騙したざんすか…!!全部…すべからく…!!ワシを…負けさせる為にっっ…!!」
黒服の皺一つ無い一張羅のスーツを鷲掴みし、これでもかと顔を寄せ詰め寄る。
血色は失せ、眼孔は血走っていた。
無論、黒服にそんな気は無かった。
必死だったのだ黒服なりに。ただ、裏目に出てしまっただけの亊。
全てが…兵藤の思惑通りだった。
村岡が四暗刻6面待ちに辿り着く事も、人和に気付く亊も…。
そうなるように仕向けた、と言うべきか。
黒服との会話を黙認したのもその一貫。黒服の行動さえ読んでいたのだ…!
彼ら現場を押さえるのは黒崎の直属の部下達…。従順な下僕は、何時でも最善を選ぶ筈だ…!
そして決定的な差は…確信の差。
兵藤は決して自身を疑ったりはしない。
他人の言葉に決断を委ねたりはしない…。
三萬以外を村岡に打ち込ませていれば、兵藤は必勝であった。
何故なら、人和はゲーム等に掲載されほどメジャーな役満手に思われ勝ちだが…。
実はこれ、地域によって取り決めが区々…所謂ローカルルールなのだ…!
ローカルは即ち…一般的な役満には相当しない…!!
もし、これを持ち出して役満だと言い張れば、これで玉砕する…!
だが…兵藤は敢えてこう答える…。
『ククク…何故、別々に考えたのだ…?聴牌は役満…態々明言したと言うのに…! 四暗刻と人和…2つが重なって初めて条件に合う…!他に無いではないか…6面全てで和了出来る手など……!!』
つまりは…無駄…。
無意味な発見…下手に裏を読む必要は無かった。
結局、ごっそり…根刮ぎ引っ掛かってしまったのだ。罠と言う名の網に…。
見透かされていた…自身の本質を…。
だが…だがしかし…!
余りにも悔やまれる結果…!!
『では…約束だからな…爆破だ…!』
その言葉と、耳に響く電子音。
突如として現実が押し寄せる…!
まだまだ支援!
そして案の定、村岡は宣う。
「こんなっ…こんなもの……無しっ…!!ナシ…なーしっ!!無効ざんすっ…!!」
―終わり…?本当に…これで…?
『残念だったな…!そこの黒服が…余計な事さえ言わなければ…!ククク…』
「かはっ…くはっ…!!こんな…そんな馬鹿な…っっ」
電子音は、次第にその間隔を狭めていく。まるで自身の心音の如く…。
―そうだ…!あの黒服さえ…いなければっ…!!
「…ククク…カカカ…!!ただで…死んでたまるか…!!お前も道連れにしてやるざんす…!!」
そう叫んだかと思うと、村岡は勢い良く黒服に掴みかかる。
その腹に、首輪を密着させる様しがみついた。
今の村岡を支配するのは…憎悪と…明確な殺意だ…。
全ての矛先は、その場にいた黒服へとむけられる。
「なっ…離せっ…!!やめっ…」
振り払う間もなかった。
頭が吹き飛ぶ程の衝撃なのだ…密着していれば巻き添えを喰らうに決まっている…。
一際長い電子音…続けて発破音が響き渡る。
鮮血が…肉が…頭蓋が…ぶちまけられた。 「う…あ…ぁ…」
ぐちゃり…
呻き声を上げられるのは黒服だけ。
返り血と…自身の肉が裂けているのをその手が確認した。
崩れ落ちる頭部の欠けた村岡と、腹膓を抉られた黒服…。
迸るは朱…
流れる涙も…頬の返り血を吸い込み血涙となって落ちる。
壁を頼りに、這うようにして助けを求める。
―どうして…何で…こんな…。
「黒…崎さ…ま…」
バックルームへ足を入れ、内線電話に手が届くかといったところ。
彼はそこで、力尽きた…。
―――――
『ククク…カカカッ…!!これだからやめられんのだ…命を賭けたギャンブルと言うものは…!!』
その凄惨な猩々の有り様を、兵藤は感嘆の声を洩らし眺めている。
それにしても、何故これだけのために態々大掛かりな下準備を施したのだろうか。
その疑問は、側近の黒服からもたらされる。
「あの…これだけの為なら…タイムラグの映像を流しておいた方が良かったのでは…?」
歯並びの揃った前歯を剥き出しにし、兵藤はその質問に答える。
『ククク…それでは反目の糸が切れてしまうではないか…』
黒崎にも与えてやらねば…反抗の糸口と言うものを…!!でなければ張り合いが無さすぎる…。
「と…言いますと…?」
イマイチぴんと来ない黒服は、兵藤の言葉を待つ。
『わからんか…?卓に残る、対主催の立場を取る参加者への暗号…。
態々カメラの配信をストップさせたのは…黒崎に嗅ぎ付かれない為だ…』
兵藤は決して、対峙する者を過小評価をしたりはしない。念には念を…入れすぎると言う事は無いのだ。
『息子だけが有利では詰まらんからな…!あの四暗刻の待ちは…数字の若い順に並べると…武器庫の鍵となる…!!
しかし…カメラの配信が復旧された時、ギャンブルルーム内に死体があればどうなる…?
当然…言うまでもなく…ギャラリーの怒りを買うだろう…!!
そうなれば卓に転がる、麻雀牌などどうでも良い話…!ククク…』
兵藤の思惑は、想像異常にスケールが大きいものだった。
後にギャラリーに説明するために、敢えて村岡と時間が過ぎてから接触した。
契約違反と言う大義名分を得るために。
黒服と連絡が付かぬようにしたのは、ギャンブル中に余計な水を差されない為。
そして、不慮の事故を想定しての事だ。
管理人が死んだと悟られれば、そこはすぐに禁止エリアにされてしまう。
ギャンブル内容に至っては、どちらでも良かったのだ。
村岡が助かれば、それはそれで自身の駒としていくらでも利用価値はあった。
カメラが動作不能になった事情も、何とでも理由をつけ、客に説明…言いくるめられる。
だから、比較的単純な物にしてやったのだ。
まぁ…少なからず至るところに罠を仕掛けてやったのだが…。
『ククク…こうも上手く…事が転がるとは…跳満から役満に化けたような心地だぞ…!!』
結果は最高の形で迎えられた。
村岡は裏の読みすぎで自爆し、事故と言う形で真実を知りうる、黒崎の手先を片付ける事も出来た。
その卓に暗号を含ませ、黒崎を窮地に追いやる。
そして黒崎に、この状況を打開する術はほぼ皆無…。
『見ものだぞ…黒崎が、この窮地をどう脱すのか…!』
叱責の嵐…!
罵倒の数々…!
焦る黒崎の滑稽な有り様…!!
考えるだけで笑みが込み上げてくる…!!!
『ククク…無論…ワシは持っておる…!』
チラリと黒服をみやり、目を細める。
「は…っ!証拠の映像は、こちらで制作致しました。会長のご要望通り、ギャンブル中の映像は一切省いたものを…」
『ククク…それで良い…。ギャンブルは補足…突っ込まれれば口頭で答えれば良い…』
これは、やはり黒崎に勘づかれ無いため。チャンスを与える為にギャンブルをさせたが…とでも言っておけば問題はない。
『嘆願と…ギャンブルルームに居座ろうとした姿勢が伺えれば…。客も然程突っ込んだ質問はしないだろう…。
肝心なのは…ワシは黒崎とは違う…依怙贔屓も…特別扱いもせん…!!客にそう見せ付けられるかだ…。
そうすれば…理解する…!信用に足る人物は…どちらなのか…!』
ただし、この切り札はすぐには出してやらぬ。
頭を垂れ、土下座でもしてみれば…考えてもやるがな…!!
さあ抗え黒崎よ…。
この窮地…どう脱す…?
ほうほう。
【D-1/地下王国/黎明】
【兵藤和尊】
[状態]:健康 興奮状態
[道具]: ?
[所持金]: ?
[思考]:優勝する 黒崎の足を引っ張る 主催者達を引っ掻き回す 積極的にゲームに介入する
※次のようにスパコンの予測が出ました。
何らかの要因で予測が外れることもあれば、今後条件を満たせばさらに該当者が増えることも考えられます。
大型火災が発生したことで、高熱となった建物の内部及びその周囲にいた参加者の首輪は電池の水分が蒸発し、失われた。
それによって、0時30分現在、田中沙織は約18時間。遠藤勇次は約2時間30分後に首輪が機能停止する。
※在全が兵藤の思惑を察していると考えております。
※全ての監視カメラで、一時的に映像の配信を停止させました。
※ギャンブルルームの黒服と、本部へのメール送受信及び電話等の通信は、暫くの間シャットダウンされます。兵頭サイドが解除しない限り、復旧には最低4〜5時間は掛かる模様です。
※客を納得させられる、証拠捏造VTRがあります。嘆願と黒服に掴み掛かるシーンが収録されています。詳しい内容は次の書き手様にお任せします。
【村岡隆/死亡】
【残り22人】
途中3時間も開けてしまったにも関わらず、長文、拙い文章の中、数々のご支援有り難うございました。
麻雀歴3ヶ月の書き手が書いたものでしたので、結果が読めてしまった読者様、申し訳ありません。
また懲りずに書かせていただきます。
有り難うございました。
>>44 お疲れ様でした。
社長、自信を持って挑んだギャンブルに悉く負け続け
誓約の枷をいくつもぶら提げながらも
必死でもがき奮闘する姿は見ごたえがあったなぁ。
主催者側トップが次から次へと提示してくる黒い思惑。
参加者たち(及び側近の人たち)は
あとどれだけ踊らされることとなるのか…
お二人とも投下乙です。
抜道
佐原、良かったね、首輪外れて。
良かった、良かった…って、これは良かったのか…?
却って悪化の一途を辿っているようにしか思えない…。
猩々の雫
社長頑張ったのに…。
黒崎は苦労人認定されてもいいと思う…。
そして、今夜、某スレが葬式に…。
個人的に黒服が可愛くてしょうがなかった…。
まだ、貼っていないため。
【基本ルール】
全員で殺し合いをしてもらい、最後まで生き残った一人が勝者となる。
優勝賞金は10億円。
また、1億円を主催者側に払うことで途中棄権の権利が購入できる。
参加者には食料などの他1000万円分のチップが支給され、
他者からの奪取やギャンブルルームでのやりとりが許されている(後述)。
ちなみに獲得した金はゲーム終了後も参加者本人のものとなる。
【支給品】
数日分の食料と水、1000万円分のチップ、地図、コンパス、筆記用具、時計
以上の物品が全員に均等に振り分けられる他、
ランダムに選ばれた武器や道具が0〜3品支給される。
【ギャンブル関連】
主催者側が管理する「ギャンブルルーム」が島内に点在。
参加者は30分につき1人100万円の利用料を支払わなければならない。
施設内には様々なギャンブルグッズが揃っており、行うギャンブルの選択は自由。
また、賭けるものは、金、武器、命など何でも良い。
ギャンブルルーム内での暴力行為は禁止されており、過程はどうであれ結果には必ず従わなければならない。
禁則事項を破った場合、首輪が爆発する。
【首輪について】
参加者全員に取り付けられた首輪は、以下の条件で爆発する。
・定時放送で指定された禁止エリア内に入ったとき
・首輪を無理矢理取り外そうと負荷を加えたり、外そうとしたことが運営側に知られたとき
・ギャンブルルームに関する禁則行為(暴力、取り決めの不履行等)を犯したとき
なお、主催者側の判断により手動で爆発させることも可能である。
【定時放送】
主催側が0:00、6:00、12:00、18:00と、6時間毎に行う。
内容は、禁止エリア、死亡者、残り人数の発表と連絡事項。
【作中での時間表記】 ※ゲームスタートは12:00
深夜:0〜2
黎明:2〜4
早朝:4〜6
朝:6〜8
午前:8〜10
昼:10〜12
真昼:12〜14
午後:14〜16
夕方:16〜18
夜:18〜20
夜中:20〜22
真夜中:22〜24
抜道 佐原君 とりあえず爆死の可能性がなくなってよかった。
佐原君はこれから、蔵前に飼われることになるんだろうか。
神経を尖らせた佐原君を見るのは気の毒だったけど、
まだ、いろんなアンテナ立てたままのほうが安心して読んでいられる。
「若いもの」に容赦ないな、福本漫画のご老人は。
【主催者】
兵藤和尊(帝愛グループ)@賭博黙示録カイジ
蔵前仁(誠京グループ)@銀と金
在全無量(在全グループ)@賭博覇王伝零
【参加者一覧】
【アカギ 〜闇に降り立った天才〜】6/8
○赤木しげる(19歳)/○南郷/●安岡/○市川/●浦部/○治/○平山幸雄/○鷲巣巌
【賭博黙示録カイジ】3/7
○伊藤開司/○遠藤勇次/●船井譲次/●安藤守/●石田光司/○利根川幸雄/▲佐原(棄権)
【賭博破壊録カイジ】1/4
●大槻/○一条/●坂崎孝太郎/●三好智広
【賭博堕天録カイジ】1/3
●坂崎美心/●村岡隆/○兵藤和也
【銀と金】3/8
○森田鉄雄/○平井銀二/●有賀研二/○田中沙織/●神威秀峰/
●神威勝広(四男)/●吉住邦男(五男)/●川松良平
【天 天和通りの快男児】3/4
●天貴史/○井川ひろゆき/○原田克美/○沢田
【賭博覇王伝零】1/4
○宇海零/●板倉/●末崎/●標
【無頼伝涯】1/3
○工藤涯/●澤井/●石原
【最強伝説黒沢】3/4
○黒沢/○仲根秀平/○しづか/●赤松修平
【残り22/45名】
【予約について】
キャラ被りを防ぐため、任意で自分の書きたいキャラクターを予約することができます。
したらばの「予約スレ」に、トリップ付きで予約するキャラクターを宣言をしてください。
有効期間は予約当日から一週間。
期限が切れても投下はできますが、混乱を招くため歓迎されません。
間に合いそうにない場合は、【期限が切れる前に】延長を申請するか、予約破棄宣言をお願いします。
延長申請がない場合、予約は解消され、そのキャラクターはフリーになります。
【他、書き手の注意点】
作品投下はトリップ必須(捨てトリ可)。
内容に自信がなかったり、新たな設定を加えたりした場合は
本投下前にしたらばの「一時投下スレ」に投下するとアドバイスをもらえます。
さるさん規制を喰らった場合もそちらにどうぞ。
>猩々の雫
投下乙です
面白かった。深読みし過ぎて爆死…最後まで哀れな。でも黒服まで巻き添えとか、さすが悪役。
まぁあの状況じゃ黒服の言葉聞いて罠かと疑っても仕方ないよなぁ…それで駄目だったから黒服が嵌めたんだと考えても仕方ないよなぁ。
話の演出が良くて引き込まれた。
ところで兵藤会長が言った武器庫の暗号というのは、村岡の死体かあるギャンブルルームの金庫だけの暗号ってことでいいのかな。
暗号は345678か。
和也のギャンブルルームの金庫の暗号は五文字(37564)だったし。ギャンブルルームごとに暗号が違ってもおかしくはないね。
黒崎がまだこの事態を知らないから、参加者が先に村岡の死体のあるギャンブルルームにたどり着いて暗号解読、という展開もあり…?
面白い…
面白いんだけど…
圧倒的に有利な主宰が、参加者を陥れたり殺したりする展開が続くと
初期から参加者同士の戦いを期待してた身としては、少し複雑な心境
参加者も多数のキャラが結構早い段階から対主催者なスタンスを取ってるから仕方ないんじゃないかな
確かに対主宰多いし、主宰に刃向かった末破れる、ならわかるんだけど
主宰が一方的に弱い参加者を潰していくのはロワとしてどうなのかな、と
それでこそ福本作品らしい気もするけど
>>54 >>56 その意見も分かる。今現在、兵藤と黒崎の戦いや、主催者たちの都合に参加者が巻き込まれている話になってきているから、そういった意見が出るのだろう。
福本作品らしさを重視しているということで…。今主催者が強いのは、そのうち対主催VS主催になるまでの、伏線になるんじゃないかと思っている。
他の色々な作品を混ぜたロワに比べ、身体的に一般人ばかりの福本ロワは、参加者同士に常識のずれや誤解が生まれにくいので仲間が作りやすい(殺し合いに発展しない)のだと思われる。
参加者同士が殺し合う理由の一つに、参加者の作品の背景からくる常識の違いからくる思い込み、意志疎通のずれがあると思う。
他のロワは魔法が使えるようなファンタジーな作品や、元々殺し合いをする作品から来たキャラと、一般人キャラとの認識の違いから悲劇が生まれやすい。
福本作品の参加者は、ギャンブルによる命の取り合いやケンカによる戦いはするが、戦争や殺し合いを背景にした作品はない。
それに中学生や高校生キャラもかなり人間ができており、安易に殺し合ったキャラは初期退場している。
つまり初期に参加者同士の戦いの段階は済んでしまっていて、次の段階にストーリーが移行したのだと考えて欲しい。
ただ帝愛組など、まだまだ参加者同士が戦う話の作られる余地も充分に残されているので、がっかりせずに気長に読んでいってほしい。まだ24時間経っていないのだ。
長文失礼しました。一書き手の主観なのであまり大げさにとらないでください…。
最近の主催者はアクティブだよね。
初期のゲームを公平にというよりお互いの覇権争いを行っているって感じ、このゲームを通じて。
それはそれで面白いと思うし、足並みの乱れが対主催が主催に漬け込む要因になれればいいと思う。
ただ、ルールって制限をそれを監視する側が自分達の勝手で取っ払うのはギャラリーも読み手も苦痛に感じるのは確か。
制約の中で裏をかくというのがバトロワや福本作品の醍醐味だから。
今の展開も面白いけど、介入しすぎ感があるから、ちょっと主催者は自重した方がいいかも。
主催者はギャラリーに一度怒られた方がいい。
確かに、各作品の主人公各キャラ同士の疑心暗鬼や殺し合いが少ない。
共闘もいいけど、せっかくのパロロワなのにって感じもする。
まだまだこれからっていうのもあるけれど、読み手も書き手も、
彼らには人殺しをして欲しくないって思いがあるのかもしれない。
例の銀さんの名言があるし。
60 :
59:2010/04/13(火) 19:09:01 ID:???
主人公各→主人公格
恥ずかしい。。。
キャラの性格を考えるとこういう展開になるのは必然だと思うけどな
キャラ崩壊してマーダーになってるアカギとか見たくないし
極力キャラを壊さず、ここまで話を進めた書き手さん達って、
本当にすごいよね。
いやーほんと福本キャラの味が出てるよな
キャラ崩壊しがちなパロロワでそれは珍しい
三好とか田中沙織は精神崩壊して原型なかったけど
キャラクターの尊重って難しいな。
「このキャラはこんなことしない!」っていっても一人一人の解釈は違うわけだし、
「やっぱこのキャラならこうなるよな。」ばかりではいまいち面白くないし。
原作では決して出会うことのないキャラが出会うわけだから、
それぞれのキャラに変化が生じるのはパロロワの魅力だと思うが、
それによって出てくる違和感も消さなくてはならない。
書き手のみなさん本当にお疲れ様です。
その二人だけにとどまっているのが、かえって奇跡。
今だから話せるけど、佐原、赤松、涯は話の選択肢によってはマーダーになると思っていた時期もあった…。
>>61 ニコロワβでマーダーアカギに会えるよ。
斜め上の狂気の沙汰で大暴れしていた。
三好や田中沙織も、「このキャラでこういう状況にあったらこういう思考回路になってもしょうがなあなあ」という
整合性というか、読者が納得出来るように展開を持って行くところが書き手さんってすごいなと思った
マーダーはある意味バトロワの華だし、バトロワに独特のヤマが出来て読み応えあるから
自分はマーダー絡み結構期待してる派
>>65 アカギ出てるの知らなくて今ちょっと見に行ったけど、ああいうアカギも面白そうだw
漫画ロワのアカギは滅茶苦茶格好良かったな…あっちもそうとう引っ掻き回してたがww
なあなあってなんぞ…
一行目はしょうがないなあのタイプミスです
キャラ崩壊の話題に変わっているけど、正直『抜道』は納得いかない
一億集めたら棄権、っていう一番最初に決まったルールがあるのに
最初にたどり着いた人はギャンブルして勝ったらOK、って特殊ルールが
突然でてくるのはちょっと強引すぎでは?
書き手がオリジナルルール作って良かったら、はっきりいってなんでもアリになってしまう
同じ書き手として、できたら事前に相談が欲しかった
ただ、抜道は一時投下スレに事前に投下されていたし、
話としては強引さはあるかもしれないけど、矛盾はなかったと思う。
第一話の地下にあるって伏線も活かされていたし
◆6lu8FNGFawです(アク禁に巻き込まれたのでレス代行していただいてます)
>>68 ご意見ありがとうございます。
したらばの作品議論スレで話し合いさせてください。
こちらで議論をすると、他の作品の感想を書きたい人が書きにくくなってしまうと思いますので。
あと私自身が規制で、こちらに書き込めないので。
71 :
代理投下:2010/04/15(木) 22:06:11 ID:???
◆6lu8FNGFawです。
議論の結果、前スレ
>>642(「抜道12/27」の部分まで)で、あとは破棄させていただきます。
新スレに渡って代理投下していただいたのに申し訳ありませんでした。
まとめサイトの管理人様、すいませんが「抜道」の本文は自分で修正できるのですが、他の部分(現在位置など)の修正方法がわかりません。
修正お願いいたします。お手数をおかけします。
状態表を書き直しました。こちらの状態表でお願いいたします。
【D−4/ホテル地下・交換所/黎明】
【佐原】
[状態]:健康 首に注射針の痕
[道具]:レミントンM24(スコープ付き) 弾薬×29 懐中電灯 タオル 浴衣の帯 板倉の首輪 支給品一式
[所持金]:1000万円
[思考]:首輪を集める これからチップを稼いで脱出する 自力で生還する 森田を信用しない 遠藤と会いたくない
※森田が主催者の手先ではないかと疑っています
※一条をマーダーと認識しました
※佐原の持つ板倉の首輪は死亡情報を送信しましたが、機能は失っていません
【南郷】
[状態]:健康 左大腿部を負傷
[道具]:麻縄 木の棒 一箱分相当のパチンコ玉(袋入り) 懐中電灯 タオル 支給品一式
[所持金]:1000万円
[思考]:生還する 赤木の動向が気になる 森田の首輪集めを手伝う 森田ともう一度話したい
※森田と第3放送の一時間前にG-6のギャンブルルーム前で合流すると約束しました。
※一条をマーダーと認識しました
>>52 一応、いろいろとフラグを立たせて頂きました。
実は会長を出し抜けるフラグもあります。
52様の仰有る通り、その様な展開もアリですね。
生かすも殺すも、次の書き手様次第です。
どうなるのか、自分が一番ワクワクしております!
そして、前作・今作とご感想頂き、有り難うございました。
今回の事を念頭に、更なる作品作りをしていきたいと思います。
>>71様
了解しました。
残りの箇所は本日中に修正します。
また、修正が終わり次第、本編を投下をしたいと思います。
どうか、その時は皆様、支援をお願い致します。
すみません。
本日中にと言いながら、仕事疲れから転寝してしまい、次の日の日付に・・・。
これから作品を投下します。
75 :
偶然と誤解の末に 1:2010/04/16(金) 00:23:26 ID:6evkP1JO
遠藤は目の前に建つ民家を見た。
民家は一階建ての安い借家のような建物で、乾いた畑を連想させるようなやや煤けた壁とこげ茶色の屋根が印象的である。
周囲が闇に包まれていることもあって、人間の生活臭が感じられない外観はどこか不気味さを覚えてしまう。
少し前に遠藤のパソコンに参加者のデータが送信された。
一時間前、黒沢は石田と治と共に沙織から逃れるために民家へ逃げ込んでいた。
そのまま朝方まで身を潜めているかと思われていたが、ショッピングモールが炎上した直後、
石田は突然、ショッピングモールの方面へ移動してしまったのだ。
現在、黒沢もその後を追っている。
なぜ、石田が燃え盛るショッピングモールの方へ向かったのか。
明らかに危険であると認識する場所に赴くにはそれなりの理由が必要である。
主催者はその理由を断定できなかったらしく、パソコンのデータでは経緯についてしか触れていない。
しかし、今までの石田の行動から判断すると、石田は道中、ダイナマイトをいくつか紛失している。
ショッピングモールの火災はそれが原因であると考え、さらなる二次被害を防ぐために・・・。
ここで遠藤は頭を振る。
――行って何になるっ・・・!
ダイナマイトを回収しようというかっ・・・!
第一、あの火災は沙織が給湯器を撃ったことによって起こったもの・・・!
ダイナマイトとは一切関係ないっ・・・!
仮にダイナマイトが付近に落ちていたからといって、あの火災を鎮火できるとでも思っているのかっ・・・!
76 :
偶然と誤解の末に 2:2010/04/16(金) 00:32:01 ID:6027zSI1
あくまで、遠藤が考えた石田の行動理由は推測でしかない。
しかし、石田がショッピングモールへ向かった理由が二次災害を防ぐためならば、それは己の罪を滅ぼした気に浸るための自己満足以外の何物でもなかった。
何よりも遠藤には気がかりなことがあった。
石田の位置を確認した時、もう一人の人物の姿を確認することができたのだ。
その人物は遠藤にとっては忌まわしき―――
――田中沙織っ!!
マシンガンで撃たれた時の痛みと血飛沫、
己の真上を過ぎていく銃弾、
牙を剥いたオオカミのような沙織の形相、
燃え盛る室内、息苦しさ、骨折の激痛・・・。
ショッピングモールでのおぞましい出来事が、フィルムのコマ送りのように遠藤の脳裏に蘇る。
遠藤は己の肘の下にあるキャリーワゴンを見た。
キャリーワゴンは木の組み方がしっかりした作りで、高さはバーのカウンターぐらいであろう。
今の遠藤は右肩負傷、左足首が骨折という重傷を負っている。
そこでこのキャリーワゴンに両肘を置き、それに寄りかかりながら移動することによって、右肩と左足への負担を軽減させている。
――あいつのせいで、俺はこんな目にっ・・・!
遠藤は歯がゆさと苛立ちが入り混じった重々しい表情を浮かべる。
熱を持った爆弾のような精神状態の沙織の至近距離に石田はいる。
石田がこのままショッピングモールまで進んでいけば、おそらく沙織と接触し、その命を狙われるだろう。
そして、石田を追っている黒沢も・・・。
もし、そうなれば、石田と黒沢は殺されるか、瀕死の重傷。
仮に重傷を負ってしまい、この民家に戻ってくれば――
――守ってもらうどころか、お荷物が増えちまうじゃねぇかっ・・・!
遠藤が黒沢たちに目を付けたのも、ほかの参加者に対して何の見返りもなく介抱すること、
腕力に期待できる黒沢がいること、
何より治はともかく黒沢と石田は無傷であり、遠藤を受け入れた時、その介抱に回る余裕があると判断したためである。
しかし、二人が沙織によって負傷されれば、遠藤に目を向ける余裕などない。
それどころか、もし、沙織が追いかけてきたら、遠藤達は沙織のマシンガンで蜂の巣にされるだろう。
――早くここから離れた方が無難なんだが・・・
それでも遠藤はこの地へ来てしまった。
理由はただ一つである。
――ダイナマイトっ・・・!
黒沢は石田を追いかける時、何を思ったのかダイナマイトを民家に置いていったのだ。
遠藤は武器としてコルトパイソンを所持しているが、弾数が心もとない。
そこで身を守るための新たな武器として、このダイナマイトを奪ってから、ここを離れようと考えたのだ。
右腕が不自由で尚且つ、ライターなどの点火器を持ち合わせていないが、
相手に脅威を与えることは可能であるし、どこかで某かの点火器を発見するかもしれない。
また、石田と黒沢は現在、D-6とC-5と民家から離れた位置にいる上、幸いなことに周辺には他の参加者が存在していないのだ。
つまり、長居しすぎると危険だが、短い休憩拠点としては悪くない場所。
しかも、武器が隠されている。
こんな都合のよい状況を遠藤が見逃すはずがなかった。
遠藤はキャリーワゴンを入り口前に一旦置いておくと、やや痛みが和らいできた左足を引きずり、民家の中へ入っていった。
玄関の正面には台所へ続く廊下が伸びている。
廊下には光を受け入れる窓がないため、玄関を閉めれば、探索するのに一苦労するだろう。
しかし、他の参加者の侵入を防ぎたいという無意識の防衛本能から、遠藤は玄関を閉めてしまった。
廊下は墨のような闇に浸される。
しかし、例外的に廊下の先にある台所、廊下の左側にあるわずかに扉が開いた部屋、この二か所には窓があるためか、扉の隙間からぼやけたような光が漏れている。
遠藤はその光に導かれるままに、廊下を歩きだした。
手始めに、扉が開いた部屋を覗き込む。
遠藤はその部屋の光景を見て、一瞬、言葉を失った。
部屋中に鮮血がぶちまけられ、まるでB級スプラッター映画の惨劇が起きた直後の様相を呈していたのだ。
遠藤は呆れたような溜息をつく。
「これは・・・やりすぎだろ・・・」
状況を分からない人間であれば、殺人が起きた直後の現場と認識する可能性もあるが、
それを差し引いても、まるで熊が部屋に侵入して大暴れした後のような荒れ具合である。
あまりにも過剰演出すぎて、却って怪しまれてしまう可能性の方が高かった。
黒沢の侵入者対策はある意味、初めから頓挫していたと言える。
「それになぁ・・・」
遠藤は部屋の中央に横たわる物体を見た。
物体の上には毛布がかけられており、もともと赤い毛布なのかと誤解させんばかりに血糊がべっとり染みついている。
遠藤は赤い毛布を捲った。
そこには蒼白した表情で眠る青年がいた。
「こいつが・・・治か・・・」
黒沢達と同行していた青年で、道中、嘔吐と頭痛を訴え、倒れた。
原因は不明。
パソコンでの履歴を確認すると、どうもゲーム開始早々、末崎さくらという男に頭部を殴られたのが原因のようであるが、遠藤には治の病状などどうでもよかった。
むしろ、気になったのは・・・
「これじゃあ、“彼は生きています”と言っているようなもんだろ・・・」
毛布は部屋のどの場所よりも血糊が集中しているのに、肝心の治自身には血糊が降りかかっていない。
部屋中に血糊をぶちまけたのも、事情を知らない参加者がこの現状を見れば、碌に確認せずに逃げ出してくれるという考えに至ったからこその戦略なのだろう。
しかし、そんな肝の小さい参加者はほんの一握り。
ほとんどの参加者は生き残るため、死体から犯人――殺し合いに乗っている参加者の特徴を特定しようと治を探り始めるだろう。
毛布を捲って、治にまったく血が付着していないことを確認してしまった参加者は・・・
「血糊はブラフと判断、優勝に近づくため・・・治を殺すだろうな・・・」
治を庇うどころか、治を更なる危険にさらしてしまう戦略。
この詰めの甘さに、黒沢という男の底が見えてしまったような気がした。
遠藤は毛布を投げ捨てる。
手についた赤い塗料を忌々しく睨みつけたまま呟いた。
「あの男に頼ろうとした俺がバカだった・・・」
黒沢達の唯一のメリットであるダイナマイトだけ拝借し、早々に立ち去ろう。
遠藤はそう決心すると、治の周辺を見渡し始めた。
◆
ズル・・・ガタ・・・
耳元で物音が聞こえる。
治はうっすらと目を開け、辺りを見渡した。
治の目に飛び込んできたものは壁から滴り落ちる鮮血によく似た塗料。
――あ・・・赤い・・・
治の意識は泥の中に溶け込んでいるかのように、現実と夢が交錯するまどろんだ状況である。
そのため、なぜ、赤い液体が壁に付着しているのかという考えまでには至らない。
――僕は・・・
混濁した記憶から、倒れる直前、黒沢と石田と行動を共にしていたことを思い出した。
横を見ると、黒沢と石田とも該当しない背格好の男が自分に背を向けている。
――黒沢さん・・・石田さん・・・は・・・どこに・・・
「くろさ・・・」
治は彼らを探そうと勢いよく身体を持ちあげようとする。
しかし、その動きは途中で止まった。
脳の奥が絞られるようにズキンズキンと鈍く疼く。
それに刺激されたかのように、胃の奥で何かが押しあがる。
――この感覚は・・・
治はその場でうずくまり、口を大きく開けた。
◆
「何っ!」
遠藤は反射的にコートの下に隠し持っていたコルトパイソンを引き抜き、音の方へ標準を合わせた。
そこには物言わぬ人形も同然であった治が半身を起こし、吐瀉しようとゲェゲェと激しい過呼吸を繰り返していた。
しかし、胃に内容物がないのか、涎だけが床に零れ落ちる。
治は標準の定まらない瞳で遠藤を見つめる。
「あ・・・あなひゃ・・・わ・・・」
治の表情が凍りつき、喉に手を添える。
「あ・・・かは・・・」
言葉を発することができない。
自分の身に何かが起き始めている。
しかし、それを考えようとすればするほど、拒むように体中に激痛が走る。
治は身体の痛みを抑えるように、再び、その場に倒れこんでしまった。
遠藤は治の様子を見て一つの結論に行きつく。
「・・・脳挫傷か・・・」
脳挫傷とは、頭部を強打するなどの要因によって外傷を受けた際に、脳組織が損壊してしまう病状を指す。
これで脳の一部が機能しなくなり、治癒したとしても、言語障害などの麻痺が残る場合があり、今の医療技術では回復は難しいとされる。
さらにこの時、頭蓋骨が骨折しているとなお厄介であり、骨折により脳内の血管が傷つけられ、血が溜まり、
嘔吐・意識障害・運動知覚麻痺・痙攣発作・視野の欠損などの症状が起き、重症では昏睡状態になることもある。
治の症状はまさにそれであり、頭部の瘤は頭蓋骨骨折でせき止められた血液が溜まったものだった。
遠藤はコルトパイソンを下した。
「哀れだな・・・」
治の状況は事故が起きてから12時間ほどしか経過していない。
しかし、病状はすでに言語障害まで進んでいる。
つまり、急性脳出血。
すぐに医者に見せなければ、治の身体は更なる麻痺、酷ければ知能障害の可能性もある。
治に待っているのは死か、人格を失った人形になるか。
どちらにしろ、人間として欠陥品になることだけは確かであった。
通常の人間でも苦しい体勢である。
脳に血液が刻一刻と溜まっていく治の肉体とって、どれほどの重荷となっていたのかは想像に容易い。
病状が異常な早さで進展してしまったのは至極当然のことであった。
遠藤はパソコンのデータから治が安静とは程遠い状況下にいたこと、黒沢達が最善を尽くそうとしていたことを理解している。
しかし、全てのタイミングがかけ違えたボタンのようにずれていき、修正が効かないところまで転がってしまった。
遠藤が口にした“哀れ”とは、誰の“努力”も“思い”も報われない結末への無慈悲さに対してであった。
◆
「哀れだな・・・」
“この無能者がっ・・・!”
遠藤の一言は治にそう誤解させ、精神を引き裂く破壊力があった。
――僕は・・・僕の身体はっ・・・!
治の心は抉られたように悲鳴を上げ、慟哭する。
治自身、自分の身に何が起きているかは把握しきれていない。
しかし、直感的に自分の身体はこれから悪化の一途を辿っていくだろう。
それだけは理解できた。
支援
機能しなくなっていく肉体は黒沢や石田に負担をかけさせるだけである。
彼らに迷惑と思われたくはない。
迷惑に・・・
治は思考を止め、室内を見つめる。
壁は鮮血が滴り落ち、惨劇が繰り広げられていたことを物語っている。
また、目の前の男の右手は血に染まり、拳銃が握られている。
なぜ、壁に赤い液体が垂れ流れているのか、
なぜ、黒沢と石田がいないのか、
目の前の男は誰なのか。
疑問を突き詰めた時、パズルの最後のピースを当てはめたように、全てのヒントが一つの真実を導いた。
――黒沢さんと石田さんは・・・この男に殺されたっ・・・!!
実際は全くの間違いである。
黒沢達がいなくなったのは、石田がショッピングモールの火災に責任感を感じたため。
部屋の血糊はほかの参加者を治から遠ざけるため。
遠藤の手が血に染まっているのは治に掛けられていた毛布を握っていたため。
遠藤がコルトパイソンを所持していたのは己の身を守るため。
これらの偶然は、治が“二人は遠藤に殺された”というシナリオと構築するには十分すぎるパーツであった。
治の中で憎悪がたぎってくる。
黒沢と石田のために一矢報いなければならない。
治が覚悟を決めた瞬間、その機会が訪れてしまった。
遠藤があるものに気付いたのである。
◆
「あれは・・・」
遠藤の目にとまったのはディバックであった。
遠藤がここへ来た目的はこの民家にあるダイナマイトを頂くためである。
勿論、手に入れれば、すぐにでも退散する。
ここで善良な偽善者がいれば、治という弱者を見捨てる気かと説教をするかもしれない。
しかし、遠藤とて、他人を保護するまでの余裕はない。
遠藤は自分の身を守ることを選んだ。
「悪いが・・・このディバックもらっていく・・・」
遠藤がディバックに手を伸ばした瞬間だった。
「う・・・うおぉっ!」
突如、治が遠藤の左足に絡みついたのだ。
「なっ・・・!」
遠藤の身体がバランスを崩す。
「うがぁぁっ!!」
床に叩きつけられた途端、遠藤は苦悶の声をあげた。
治が掴んだ足は遠藤の急所――骨折した箇所であったからだ。
ドリルで穴を空けられているような無骨な痛みが遠藤を苦しめる。
なぜ、治が足に掴みかかったのか、遠藤には理解できない。
それもそうである。
治は直感的に感じたのである。
あのディバックにはダイナマイトがある。
二人を殺した男に取られてはいけないと。
“偶然と誤解の末に”決めた覚悟を貫いているのだから。
痛みに耐える遠藤に治の心情を汲みする余裕などない。
遠藤は治の頭を掴み、足から引き離そうとする。
「離れろっ!!!」
しかし、治はそれを聞き入れない。
治にとっては弔い合戦なのである。
ここで退いては、天国にいる黒沢と石田にどんな顔向けをすればいいのか。
――僕は・・・二人の仇をっ!
治はあらん限りの力を振り絞って遠藤の左足に噛みついた。
ブッと肉がちぎれる音がする。
その音は遠藤の激痛に悶える悲鳴にかき消される。
「この野郎っ!!!」
ここが遠藤の我慢の限界だった。
遠藤は近くにあった毛布を治に被せる。
視界が暗くなったことに治が驚いた瞬間だった。
遠藤はコルトパイソンの狙いを治の頭部に定めた。
淡い月明かりとそれを呑みこもうとする闇が混じり合う静謐の空間に、乾いた銃声が轟いた。
部屋の中には血臭と硝煙の残り香が立ちこむ。
遠藤はしばらく呆然としていたが、我に返ると足を毛布から抜いた。
不幸中の幸いなのか、病状がかなり進行していたため、治の顎は本来の力を発揮しきれていなかった。
左足の傷は歯型が浮かぶものの、血がぽたぽたと滲む程度で済んだのだ。
しかし、足にはその傷で生まれた血とは別物の血がべっとりついていた。
遠藤はその血の主を見る。
治は毛布を被ったまま横たわっていた。
部屋に入った状況に戻ったと言えるが、毛布に広がっていく血痕は映えるような血糊の赤とは異なり、濁った赤茶色という表現がしっくりくる。
治は部屋の状況にふさわしい姿となった。
遠藤は身体を伸ばし、ディバックを手にした。
治がこのディバックを守ろうとしていたのはこの中にダイナマイトが入っていることを知っていたが故であろう。
「さっきのもみ合いは・・・オレとあいつが生き残りをかけた戦い・・・
そして、オレが勝者になった・・・それだけだ・・・」
遠藤はどこか自分に言い聞かせるように、治を殺したことに意味を見出すと、ディバックを開けた。
「え・・・」
中身を見て、遠藤の心の中で何が落下した。
「う・・・嘘だろ・・・」
ディバックの中には、コートと拡声器、一般支給品のみで、肝心のダイナマイトがないのだ。
ちなみにダイナマイトは黒沢が民家を出る直前、台所の床下収納に隠しているが、パソコンのデータはそこまで情報を密に記載していない。
「ふ・・・ふざけるなっ・・・!」
遠藤はディバックを床に叩きつけた。
遠藤と治はこのゲームの流れを大きく覆す恐れのある“ダイナマイト”を手中に収めるために泥仕合をしたのだ。
こんな結末では、わざわざ手を汚した遠藤の行為も、治が命をかけて守った理由も・・・
「無駄じゃねぇか・・・」
遠藤の心に罪悪感がじわじわと浸食していく。
もし、治が最低限の戦闘能力を持ち、且つ、殺意を向けていた青年であれば、遠藤も割り切っていただろう。
しかし、治は怪我に身体を蝕まれた病人、弱者であり、遠藤に立ち向かったのも、ディバックを守ろうとしたためである。
遠藤にとって、生き残るためとは言え、弱者を一方的にいたぶったという行為は不愉快極まりない。
だからこそ、自分を納得させる理由が欲しかった。
しかし、その理由は根底から崩れてしまった。
「畜生っ・・・」
治を殺害する直前に毛布をかけたのは、死体の直視を避けることで、己の罪の意識を少しでも霞ませようとしたため。
佐原には散々、殺し合いに乗ってみろと脅しておきながら、いざ、自分が殺し合いに乗ると、その罪の重さに押し潰されそうになっている。
はっきり言って、人を殺す前にその重さに気付いた佐原の方がよっぽど賢い。
「おかしくなったのは・・・強運を手放してから・・・いや・・・見放されてからだ・・・」
森田と決別した後から、遠藤の歯車が狂い始めた。
沙織の来襲、
ショッピングモールの炎上、
肩の銃痕と左足の骨折、
そして、治の殺害。
遠藤は森田を手放した代わりに、誰よりも神に近い目を手に入れた。
しかし、運命はそれをあざ笑うかのように、次々と試練を与えてくる。
それは神に近づきすぎた罰のようでもあった。
遠藤は呟く。
「哀れだな・・・」
この“哀れ”とは守る必要のなかったディバックを守って犬死した治に対してなのか、
“全てのタイミングがかけ違えたボタンのようにずれていき、修正が効かないところまで転がってしまった”自身に対してなのか。
それは本人にも分からない。
【C-4/民家/黎明】
【遠藤勇次】
[状態]:右肩銃創(痛むが腕を軽く動かすことは可能) 左足首を複雑骨折(応急処置済)と噛み傷 頬に火傷
[道具]:参加候補者名簿 コルトパイソン357マグナム(残り4発) キャリーワゴン(島内を移動する為に使う)
ノートパソコン(データインストール済) バッテリー多数 CD−R(森田のフロッピーのデータ) 不明支給品0〜1 支給品一式
[所持金]:800万円
[思考]:ダイナマイトを持って逃げる 沙織、森田、南郷、佐原から逃げる
※森田に支給品は参加候補者名簿だけと言いましたが、他に隠し持っている可能性もあります。
※森田の持っていたフロッピーのバックアップを取ってあったので、情報を受信することができます。 データ受信に3〜5分ほどかかります。
※キャリーワゴンは民家の表にあります。
【治 死亡】
【残り 21人】
治かわいそうに・・・・
アカギに会ってほしかった
こちらで以上です。
救いようのない話でごめんなさい。
すみません。
抜けている箇所がありました。
本来なら、短時間で、ここまで悪化するのは稀な例である。
悪化の要因の一つに、黒沢達の対応が的確でなかったことがあげられる。
まず、脳内出血を起こしたら安静に横にし、脳に振動を与えないように配慮すべきであった。
しかし、彼らは隠れる場所を探すため、治を“おぶって”移動した。
しかも、追い打ちをかけるように沙織に襲われ、全速力でD-5の別荘からC-4の民家へ移動した。
揺さぶられた移動という時点で脳にかける負担は大きい。
その上、黒沢達は逃げることに全神経を集中させたため気付かなかった。
背負っていた治の頭がのけ反っていたことを。
以上です。
寝ぼけたまま、投下したがゆえに・・・
本当にすみません。
投下乙です…!
凄い…!
あのフラグからこんな事態になるなんて…!!
まさかの遠藤マーダー化か!?
続きが楽しみですっ
おおお乙です!
仕掛けが空回りなところが黒沢らしい…
石田さんも治も亡くなった黒沢はこれからどうさていくんだろう
乙です!
治ぅうううううううう!!!!!!!
体調に異変が出た時点で悪い予感しかしなかったがここで退場か…
せめて一度くらいアカギに会って欲しかったよ、ほんと
次の放送で治の名を耳にしたアカギは何かしらの反応を見せてくれるだろうか
スルーされる可能性も否定できないけどね
治…お疲れさま
これぞロワって感じですね
遠藤も苦しいし、どうなるか…
残り人数ってあってますかね?
佐原棄権が無くなったから社長の時のも…
と、忘れてた
乙です
皆様、ご感想ありがとうございました。
そして、治、ごめんなさい。
生存者人数ですが、
まとめサイトにアップした際に修正しました。
ちょっと見ないうちに投下が三つも
テンションがめっちゃ上がったわww
そのあとめっちゃ鬱になった
村岡、治・・・
ていうかギャンブルルームて村上以外もいたんだな
え?
104 :
マロン名無しさん:2010/04/18(日) 01:11:59 ID:+d3gpV+d
え?
本スレでは、はじめまして。
一時投下スレにてご指摘頂いた点も含めて修正したものを、投下させて頂きます。
「――――引き続き、諸君の健闘を祈る」
二回目の定時放送が終わったその時、仲根と別れた市川は、商店街を抜けて足裏の感触だけを頼りに、舗装された道を無造作に歩いていた。盲である彼にはあずかり知らぬところであったが、方向としては病院の方へと向かっている。
そう、盲人が一人、杖もその代わりになるものも持たずに、闇雲に歩く。
市川は半ば自棄になっていた。なるようになれ。そうさ、なるようになるものさ。
赤木に殺され、無為に過ごして来たこの6年間、そのうち野垂れ死ぬだろうと立った流浪の道で、なぜだか自分は生き続けてきた。そして今、この馬鹿げたゲームに放り出されてもなお、己は生き続けている。
――つい今さっきあった放送によれば、また4人が死んだ。
生き死にというのは市川の考えではとても簡単なものだったはずだ。それはこのバトルロワイアルという異常な環境下に限らず、それぞれ、おのおのにとっての「日常」の中でも変わることはない、と市川は思っている。
望めば望むだけ、死ねないものなのか。ならば、拒めば拒むだけ、死に近づけるとでも?
市川は、この島に来て以降、あまりに不安定にたゆんでいる己のツキに、思わず苦笑を洩らす。
◆◇◆
市川という男は6年前のあの晩に、赤木しげるによって殺された。
市川が己のものとして自覚している「死」というのは、何も、13のガキに負けたという結末ではないし、また、それにより己の代打ちとしての名に傷がついたことでもない。
ああいう人間の存在することそのものが、市川を打ちのめした。
何十年も裏の世界にいて、そこで5本の指に入るとまで言われていた、そんな高みに住んでいた市川をしても、なお、想像だにしなかった世界があった。
ぽっかりと口を開けて市川を飲み込んだ闇は、盲目の彼をしても足の竦む闇、もしかしたらそこは地獄の淵、それが赤木しげるという――化け物だった。
市川の心はあの瞬間、赤木に食われてしまった。そうして脱け殻になった市川には、いじけることしか出来なかった。
結局のところ――そういう6年間だったのだ。
市川は、ひっそりと思った。そうだ、認めなくてはならない。
わしはあやつが憎いのではない、あの鬼の子が、怖いのだ。
◆◇◆
ふと、背後から人の足音が市川の耳に届いた。
不思議な足音、軽快とでも言い表せそうな、ひどく場違いな足音。
しかしこの足音の主は、決して危機管理のなっていない能天気な間抜けではない。
むしろ逆。全てに注意を巡らし警戒しながら、それでいて、どうあっても避けようのない危機に出くわしたとしたら……その時は、己をすっぱりと諦めきれる、そういう準備と覚悟のある人間。
捨て鉢なわけでも強がっているわけでもない、最善を尽くすことを当然とし、そしてそれ以上に、人事を尽くしたところで天命が来るとは限らないことを当たり前としている心持ち。
常人の神経ではない。
市川は後ろから来る人物の足音だけでそれだけのことを読み取って、そしてほくそ笑んだ。
そうだ、こいつだ。これこそわしが望んだ相手よ!
市川はピタリと歩みを止めて、言った。
「誰だ」
待ち望んだ獲物がいると思えば、知らず口元には笑みが浮かぶ。
そして、突然誰だと問われて馬鹿正直に答える者もいないだろうと思って、後ろを振り返り――己が盲目であることを告げようとしたその時、信じられぬ声を聞いた。
「久しぶりだな、市川さん」
――――赤木しげる!
赤木は村岡とのギャンブルを終え、使い様によっては己の身も滅ぼしかねないカード、鷲巣との待ち合わせに、病院へ向かっている最中だった。
鷲巣との約束では、二回目の放送後に病院でという話だったが、その放送は先程終わってしまっている。
やれやれ、完璧な遅刻だな。
赤木は心中ひとりごちる。今から急いで向かったところで遅刻は遅刻であるし、病院はもうすぐそばだったから、赤木は、市川から何か得る物があるかもしれないと考え、少しばかり寄り道をすることにした。
◆◇◆
市川を一瞥し、「アンタ、生きてたんだ」と続けた赤木の声はあまりにも平坦。平静そのものだった。市川の動揺と比較すると、市川が哀れなくらいだ。
無論、今の今まで背後の相手が誰だか分からなかった市川とは違い、目明きの赤木にとっては、歩く自分の前方に見覚えのある影を見つけ、方向が同じだったからそのまま後ろを歩いていたというだけのことではある。
――いや、動揺したとか平静であるとかいう話ではなく、今、両者の再会というこの場面に、赤木が、情報収集以上の意義を見出していない点が、市川にとっての酷であったか。
◆◇◆
市川は、赤木には会いたくなかった。仲根には恨み言を吐いたし、腹の中でも、幾度も赤木を思い起こしては、面白くない、はらわたが煮えくりかえる、と怒りをため込んでいた。けれども、市川は二度と赤木には会いたくなかった。だのに、出会ってしまった。
この島には、赤木に会うことを目的にしていながら未だ出会えずにいる参加者が多くいる。そんな中、赤木しげるにだけは会いたくないと願っていたはずの市川が、今こうして赤木とはち合わせてしまう。
やはり、望めば望むだけ願いは遠のき、拒めば拒むだけ、そいつはにやにや顔でこちらに近づいてくるのか。
めぐりあわせの不幸はあまりに皮肉に出来ている。
◆◇◆
赤木はぽつぽつと何やら話をしているようだったが、市川の頭には、その言葉はほとんど入って来なかった。そんな市川の様子を気にする風でもなかったから、赤木の話とやらも、大した話ではなかったのだろう。
――市川の耳には赤木の言葉が入っていかない。
市川が眼前にいるのは赤木と知って、真っ先に湧き上がった感情、それは恐怖だった。
つい先ほどひっそりと認めた己の感情を真正面から突きつけられる。
市川はそれをそっと自嘲の笑みとともに受け入れた。アレが化け物であることは、このわしがこの身をもって体感したことだ。
しかしだからと言って、市川も、やられっぱなしで黙っていられるような性質ではない。
それに赤木の異常性に恐怖したと言っても、この男を憎む気持ちが萎えたわけでは決してない。
市川は、話を続けている赤木の声を頼りにその距離と位置をつかみ、そうそれはいつか、6年前のロシアンルーレットでのことのように、しかしあの時とは異なり今は胸倉を、掴みかかろうと手を伸ばした、が、その手はパシンといとも簡単に、赤木によって軽く払われてしまった。
「今のアンタはちっとも怖くない」
赤木はそう言った。そして、何がおかしいのか「フフフ、」と小さく笑い、続ける。
「もっとも、6年前のアンタが怖かったかと言えば……。ククク、答えかねるがね」
そして赤木はまたしばし、独りで笑う。市川は払われた手もそのままに茫然としている。
◆◇◆
笑いをおさめた赤木は口を開いた。
「アンタのそれはニセの怒り…。自覚しているんだろう?分かっていながら道化を演じるのは感心しねぇな」
「…フン、わしなど貴様に負かされたその瞬間から道化さ」
「――それでアンタは、このゲームを自分の死に場所に選んだのか」
「…何か、言いたそうだな」
「いや別に。道化らしい最期なんじゃないか」
しごくあっさりと赤木はそんな感想を口にした。
赤木のその言葉の裏の、蔑むようなニュアンスに、市川は激しい怒りを覚えた。カッと頭に血が上る。しかし赤木はそんな市川の様子に頓着しない。
「じゃあな、市川さん。俺、急ぐんだ」
それだけ言って、立ち去っていく。赤木は、市川への興味を失っていた。サクサクと、来た時と全く同じような足取りで、市川からどんどん離れていく。
残された市川は、その場に立ちすくみ、ただブルブルと拳を震わせている。
赤木に対する怒りはほんの一瞬だった。今は、道化であると自ら認めた矜持の低さに、突然に強い恥を覚えていた。
◆◇◆
市川は立っていた。ただ立っていた。立ち尽くしていた。頭の中をめぐるのはこの島に来てからの、数々の言葉。
(ダメッ………!ダメですよ……自殺なんて………何があったかは知らないですけど……
希望を持っていれば誰かが助けてくれることだってあるっ………!)
(アンタ、死に場所を求めてきたと言ったよな……
たかが参加者数人道連れにしたところで、満足か?
雀ゴロやただの中年、そんな奴らばかり殺して満足するのかよ)
(‥‥‥このゲームに参加してたら、死ぬことなんて簡単なのに‥‥、わざわざ、あんなことを言った‥‥‥。
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥きっと、ただ普通に死ぬのは嫌だったんだ‥‥‥‥‥‥。)
(うふふふっ………慌てない慌てない………いつでも殺してあげられるんだから……今回は見逃してあげるよ……)
(俺から見たら、アンタはただふてくされてるだけにしか見えねえ)
(いや、いいや…。どうでもいい…)
(今のアンタはちっとも怖くない)
(分かっていながら道化を演じるのは感心しねぇな)
どいつもこいつも、好き勝手言いやがってっ……!!
◆◇◆
やり場のない感情を胸に、市川は背負っていたデイパックを力任せに地面へと叩きつけた。
手榴弾は上着のポケットに入っているが、デイパックの中にはICレコーダーのような精密機器も入っている。――そんなこと、今の市川の頭にはない。よしんばあったとして、ICレコーダーが壊れたところでどれほどのものかという気分でもある。
市川は、脱け殻の人生に嫌々している。飽き飽きしている!
誰が、好き好んで道化など演じるものか。そこまでわしを追い詰めたのは、赤木しげる、貴様だろう!
しかし、ここで市川は悟る。赤木が憎いわけではない。むしろ――市川は赤木を羨んでいた。己の持ち得なかったものをたかが13の子供の身体に宿した赤木しげるという奇跡を、ずっと、恐怖しながらも羨望していた。
市川の憎いのは、運命とも言うべき何か。
己と赤木しげるを出会わせ、戦わせた、その「力」!
人は常に、それに抗うことも許されず、生かされ、殺され…。
市川は標を思い出した。聡明な子供、全てを見透かすかのような瞳は赤木を思い起こさせて不愉快であったが、未来ある、可能性に満ちた、抜きん出た子供。
それが十に一つの一つに殺された。
不運だった。
あわれな。
同じことなのだろう。
わしが赤木しげるに出会ってしまったことは、不運。
ただただ、不運だったと。
それだけのことだったのだ。
◆◇◆
生きるか死ぬかという、このバトルロワイアルの中に長時間いて、また、多くの、多様な人間とぶつかり合って、そして何より赤木しげるとの6年ぶりの再会を果たして、市川の精神はかつてない境地にいた。
人や自己や命、生、人生とかいったものを、真に無造作に、他人事のように考える。
一度そちら側に足を踏み入れてみれば、これまでの自分がいかに薄っぺらい偽物だったのか、強く思い知らされる。
結局、わしはわしが一番かわいかったのだ。
それで、それがいけないということではない。大物を気取っていながらそういう己の甘さ、不平等さを自覚していなかったことが、今となってはお笑い草なのだ。
誰もが等しく死ぬときは死ぬ……口でそういいながらも心のどこかで「しかし自分は違う」という考えがあった。
それは意志を持ち思想を抱き未来を見ることの出来る人間にとって、決して消しえぬ感情。死をすっかり受け入れることなど不可能である。
だから、否定するのではない。
受け入れるのだ。あるいは、諦めるのだ。
共存しえたその時、人間は人間としての殻を破る……!
「フ、フフフフ、クックックック……」
市川は笑った。市川は今、赤木をニセの感情でもっても憎いと思わない。
それどころか、この6年間どうやってもぬぐいきれなかった「みじめさ」すら消え去っている。
まるでそれは、6年前に死んだ市川という男が、今、生まれ変わったかのような。
◆◇◆
心に一陣の風が吹きぬけていった。
それは地獄から来る風。
市川は風の来た方を見据えた。
あれ程までにこだわってきた赤木のことが、今ではさほどでもなかった。
地獄の淵は臨めるだろうか。
狂気――偽物ではない、相手を脅すための見せかけでも、トリックでもない、本物の狂気が、市川の心を覆っていた。
【E-5/路上/深夜】
【赤木しげる】
[状態]:健康
[道具]:五億円の偽札 ロープ4本 不明支給品0〜1(確認済み)支給品一式 浦部、有賀の首輪(爆発済み)
[所持金]:500万円
[思考]:もう一つのギャンブルとして主催者を殺す 死体を捜して首輪を調べる 首輪をはずして主催者側に潜り込む
※主催者はD-4のホテルにいると狙いをつけています。
※五億円の偽札
五億円分の新聞紙の束がジェラルミンケースに詰められています。
一番上は精巧なカラーコピーになっており、手に取らない限り判別は難しいです。
※2日目夕方にE-4にて平井銀二と再会する約束をしました。
※鷲巣巌を手札として入手。回数は有限で協力を得られる。(回数はアカギと鷲巣のみが知っています)
※鷲巣巌に100万分の貸し。
※鷲巣巌と第二回放送の前に病院前で合流する約束をしました。
※第二回放送後に病院の中を調べようと考えています。(ひろにメモが渡ったのは偶然です)
※首輪に関する情報(但しまだ推測の域を出ない)が書かれたメモをカイジから貰いました。
※参加者名簿を見たため、また、カイジから聞いた情報により、
帝愛関係者(危険人物)、また過去に帝愛の行ったゲームの参加者の顔と名前を把握しています。
※過去に主催者が開催したゲームを知る者、その参加者との接触を最優先に考えています。
接触後、情報を引き出せない様ならば偽札を使用。
それでも駄目ならばギャンブルでの実力行使に出るつもりです。
※危険人物でも優秀な相手ならば、ギャンブルで勝利して味方につけようと考えています。
※カイジを、別行動をとる条件で味方にしました。
※村岡隆を手札として入手。回数は有限で協力を得られる。(回数はアカギと村岡のみが知っています)
【市川】
[状態]:健康 軽い興奮
[道具]:モデルガン 手榴弾 ICレコーダー ライフジャケット 支給品一式
[所持金]:0円
[思考]: ダイナマイトを取り返す ゲームを覆す才覚を持つ人間を殺す
※有賀がマーダーだと認識
※6年前赤木に敗北したことから始まる、全ての精神的しがらみを克服しました。
※克服により、市川の思考が上記状態とは変わっている可能性もあります。(次の書き手さんに任せます)
以上になります。
粗相はない…と思います。
乙です。
本当に初投下の方ですか?
文章が綺麗すぎて驚きました。
…私もそんな文章を書ける人間になりたい…。
ここでまさかの支援伝説アカギの再来ですか…。
市川さんにまさかのエンジンがかかってしまうとは…。
沙織とはまた違った火種の持ち主。
今後、どうゲームに影響を及ぼすのか期待です。
感想ありがとうございます!
そのように言って頂けると、とても嬉しいです。
個人的に趣味で小説を書くことはあったのですが、パロロワやリレーは初体験です。
独りで好き勝手に書くのとは違った楽しさがありますね。
ハマってしまいそうです。
書き手の皆様が、アカギを漫画ロワのアカギとは違う道を歩ませようとしていることは、一読み手としてひしひしと感じていました。
しかしそれと同時に、このロワでの市川にとって、アカギに敗北したことがその後の人生にどれほど影響を及ぼしたのか、というのも大変に強く感じられ、アカギと再会することによって覚醒(?)する市川というものを書いてみたくなってしまいました。
結果は…ご覧のとおりですw
実のところ、へろでの、まさかの市川生きてた!に衝撃を受け、市川にスポットを当ててやりたくなったのです。
…長文失礼しました。
……一部日本語が変ですね。
酔っ払いの粗相です。失礼しました。
というか市川さん気にしすぎだよな
勝負は互角だったわけだし
まあ勝負後のアカギの倍プッシュに応じず抜け殻になってるあたりが
本物かどうかの境目なんだろうな 鷲巣とは違うところ
ロワの鷲巣にもワシズのワジズ並に滅茶苦茶やって欲しいというのは叶わぬ願いか・・・
そうそう、「手札」での、赤木に対する鷲巣の反応には感動すら覚えたなあ。
赤木に負けてもなお、委縮せず立ち向かう鷲巣はすごくよかった。
いや、鷲巣は現状でも、あれだけ体ボロボロにしながらよく頑張っていると思うよ。
と言いつつも、確かに、「鷲巣ならきっと」と、期待している自分もいる。
おおっと、失礼。
そして投下乙です。
個人的に、なんとなく市川に対してモヤモヤ〜っとしたものを感じていただけに、
今回の展開は白黒ついたかんじがしてスッキリしました。
これから市川は「狂気」のままに突き進んで行くのか。楽しみです。
投下乙です
これは初投下とか凄まじいな…
市川は…勝負には負けたが一皮向けた
これからが怖いわ…
わく…
てか……
, ' ,.へ、 \ _|__ ゝ
/ ./ v\ ヽ |, -‐ 、
ノ 〈 u \、 ヽ..___, 1 ', .<| _,ノ 来いっ……!
,.. -一''´ /⌒i 〉 v v゙ヽ ヽ.__,. !. }
∠_-‐ l(7//u { \、l,,`ー'' レ _|__ ゝ 来いっ……!
_,,.. -‐'' " ̄,二ニ=‐、 ヽ/'∧ヾ:ヽ._。ン,, _'.ニラ"´ |, -‐ 、
` 、,,. -‐'' " │ i. l |ヽヾ:ミ;;彡 <。_ノ .<| _,ノ
. ヽ | !. ! ト、ヽ,\r- v' |ッ' 来いっ……!
. ', | l │U\,.、`'ー`ュ、 :| _|__ ゝ
|. | !. |.\. ~`'ー= ェェシ`’ .|, -‐ 、 来いっ
! | | ト、 ゝ、ー /! | <| _,ノ 来いっ……!
. ! .> レW%ラ'ヽ`´| | |
. ,' │ |%二7 / | W _|__ ゝ
/ |. |)// ./ | .|, -‐ 、 来いっ……!
、/ | |/ / / l <| _,ノ
\ |. l. /,.イ l_,,. ‐''" 来いっ……!
\ | l /' l l -─-、
\ | l∠..‐''"レ''" ̄``ヽ __ノ
. \ _,,. ‐''" / \ o 投下よっ
, ‐'''`ー-、 {. /´⌒ヽ. ヾ.l i.゙、 o 来ぉいっ……!
ヽ. / `‐、 ヽ.) } .」 } } } o
. ` ( 、_ \ r'_,ノノ.ノ/ 予約でもいいからっ…
. \ 、 \ \、 ヽ ` 「| 来いっ……!
保守…
予約来たああああああああああ!!!!!
一応ご連絡しておきますと、早くて3日、遅いと6日に投下かなと思います。
タイトル「ひとつの決着」
利根川は地図上F-3の大通りを北上していた。
標的は赤木しげるただ一人。
和也から下った「赤木を殺せ」という直々の命令を、利根川は果たすつもりでいる。
森の中へと逃げ込まず、大通りというあまりに分かりやすい道を、道に沿って歩いてゆく……。そのような行為は、この命をかけたギャンブル、バトルロワイアルにおいてあまりにも愚かしい、危険な行為だと利根川は思っている。普段ならば絶対に選択しない道だ。
だからこそあえて、利根川はこの道を選んだ。
それをするのが赤木しげるという男。和也が警戒する、値千金の男。
病院前で一度、一条と二人がかりでこの男を追い詰めておきながらそれを逃がしたのは、あまりに痛かった。
だがあの場面は、いくら地雷の爆発が場を混乱させたとは言え、二丁の銃を向けられていながらそこから姿をくらまし、しかもあえて逃げ出さずに近くの物陰に隠れるという選択をした赤木こそがファインプレーだった。
普通なら、人は危機から少しでも早く、少しでも遠くに逃れたいと思うはずだ。しかし赤木はあの時留まった。先程まで一条が隠れていた茂みに身をひそめ、危機――利根川と一条が去るのを――じっと待っていた。
あまりにも冷静な対処。「普通」を裏切る選択。こちらの思慮をあざ笑うかのような一手。
そもそも、あの絶体絶命、危機のさなかに、地雷の爆発という虚を生じさせることそのものが、赤木しげるという男の役者なのかもしれない、と利根川は考える。
利根川は赤木を「本物である」と評価している。そしてその上で、その赤木を殺ってみせようと、心に誓っている。
相手というものを見誤らないことだ。警戒しすぎて、あるいは、疑心暗鬼にかられて、相手の心を読んでいたつもりが、それは鏡に映った己の心だった。――そんなことが二度ないように。
己は指示待ち人間ではない。己の判断で、動き、勝負し、結果を残す。自分にはそれが出来る。俺は今まで見てきたクズ共とは違う…!!
利根川は右手の中にあるデリンジャーをギリ、と握りしめ、唇を噛む。己が受けた屈辱を、絶望を、苦痛を思い起こす。顔と両手のやけどの痕がうずくようだ。
◇◆◇
利根川は大通りを歩いているが、辺りへの警戒は怠っていない。急に視界が開ける場所、あるいは死角の多く存在する場所に到れば、物陰や茂みに身を潜め、人のいないことを確認して、また歩みを進める。
利根川は過ぎるほどに慎重であった。だが、それも利根川の手にある武器を思えば当然のことである。
利根川の右手に収まるのは、デリンジャー。片手の中に収まるサイズである為に、殺傷力は決して高いと言えず、さらに弾も一度に二発しか込められない。これで人を殺そうと思ったら、近距離での不意打ち、奇襲しかない。
利根川は、相手に気づかれることなく距離を詰め、死角に潜み、相手の隙をついて突撃、タックル等で相手を転倒させ、腕力と体力で劣る己の優位を作り、そして反撃の間も与えずに頭を撃ち抜く、ということを、赤木相手にやらねばならない。
もっと確実な方法はないかと策を弄してみもしたが、赤木のような切れ者が相手では、あれやこれやと思考を巡らせることこそ赤木の主戦場のように思える。プランそのものはシンプルな方がいい。一気に近づき反撃の隙を与えずに頭を撃ち抜く。
強引な手に思えるが、利根川はあまり気にしていない。なぜなら利根川の読みでは、赤木はおそらくまともな武器を持っていないからだ。
病院で赤木を取り逃がした時のことを思い出す。
赤木はあの時、多くの参加者と同様にデイパックを背負い、そして右手には大きなジュラルミンケースを下げていた。一条と自分が発砲すると、赤木はそのケースの中身をぶちまけて、身を隠した――。
中身が大量の新聞紙と、カラーコピーされた一万円札数枚であったことは、一度病院に戻った際に確認している。――ニセ札――。使い道は幅広くあると言える支給品だが、こと戦闘において役立つかと言えば、外れの部類であろう。
赤木が、ニセ札よりも有効な武器を隠し持ちながら使わなかったという可能性はあるだろうか。いや、その可能性は低い、と利根川は踏んでいる。
大きいとは言え、ジュラルミンケースはデイパックの中に収まる大きさである。もし武器を所有しているのなら、ケースではなくそちらを持っていたはずだ。武器を隠し持っていたのだとしても、だったらなおさら、ケースなどで右手を塞いでいるのは得策とは言えない。
いくら赤木が、あえて危険を選択し相手の逆手をとるあまのじゃくだったとしても、そのようなめちゃくちゃをやる男ではないだろう。武器を保有していながらケースを手に持っている、という状況は、よほど手持ちの武器が使いにくい場合しか考えられない。
つまり、あの時赤木は、戦闘となったら盾か目くらましぐらいには使えるかもしれないジェラルミンケースしか頼るものがなかった、という可能性が極めて高い。
これならば、機を逃さなければ勝てる。
――無論、これらは全て、赤木を見つけることが前提になっている。このまま見つかることなく、和也から「戻ってこい」とでも連絡が入れば……これらの計画はひとまずご破綻である。
が、今、その前提が成った。
利根川は赤木の姿を見つけたのだ。
ここで利根川は不審に思う。和也からの話では、赤木はしづかと共にいるはずである。しかし、利根川が物陰に隠れて伺う赤木に連れなどいない。
……あの後別れたのか?
利根川は声を潜めて、ギャンブルルームの和也と繋がっているはずの盗聴器に話しかける。
「和也様、赤木を見つけました。ですがしづかの姿は見当たりません。奴一人です」
しかし返答はない。
やはり、和也様の身に何かあったのか…?
一瞬、すぐ傍に赤木がいるということも忘れて、わが主の安否に思考が流れる。が、しかし、あちらは一条に任せたのだ。
何、構わん。赤木を見つけましたという報告ではなく、赤木を殺しました、という報告をすれば良いだけの話……!!
利根川は、少し急いている。
赤木を何としても殺さねばならん、と、その思いは強迫観念にも似た強さでもって利根川の心を縛り付けていた。
仕方あるまい、利根川は今度こそ失敗するわけには、負けるわけにはいかないのだから。
この島で結果を残すことは、再び返り咲く為には、必須。
何より、この島に和也様がいて、さらに今その方の下についているというのはこれ以上ない幸運ではないだろうか。
この島での働きが和也様の利となり、さらに己の能力も認めて頂けたならば、私はまた戻れる。持たざる者から、持つ者に。再び、築き、積み上げる者になる。
その為の第一歩であり、大金星が、この、赤木しげるの始末……!!
利根川は息を潜めて赤木との距離を詰めていく。慎重に、しかし素早く。
赤木は、追われているという自覚があるのだろうか、平然と、ゆったりとした速度で大通りを歩いている。
ちょうど辺りは地図上で言うところのE-3、道の両脇に森が生い茂る、身を隠すには絶好の場所である。音を立てないよう、細心の注意を払いながら赤木を追う。
赤木はやはり、武器を持っているようには見えない。どこかに隠している可能性もあるが、シャツはきっちりジーンズの中に仕舞われ、袖も半ばから折り返されていて手首から先が良く見える。何かを仕込めるような箇所はあまりない。
赤木の、時折伺える横顔から得られる情報は極端に少ない。
利根川とて、多くの修羅場を見、時には経験し、なにより帝愛のナンバー2まで昇り詰めるに相応しいだけの、「人間」を見てきた。
その経験をもってしても、赤木という男は全くの未知。
種類分けだとか、こういうタイプと見当付けるだとかいうための嗅覚が働かない。
いわば、無臭の男。
そんな不気味な男を相手にしなくてはならない。そのことに関して恐怖がない、というのは全くの嘘である。
しかしそんな危険人物だからこそ、仕留める価値があるのではないか!
利根川はそっと音もなく腰を浮かせた。
幾度と繰り返したイメージを再度思い浮かべる。
俺は一気にこの茂みから飛び出し、赤木に体当たりをする。揉み合いになる前に、この、右手のデリンジャーの銃口を、眉間か眼球か、確実に死を取れる場所に押し当てて、素早く引き金を引く。
それで、ジ・エンドっ!
利根川は小さくほくそ笑む。
右足に力を込めて第一歩を踏みしめたその時。
「ビーーーーーーーーーーーーーーーッ」
背後から突然の大音量。一瞬動きが止まる。
何の音だ、何が起こった!?
音のした方――左後方を振り返る。
緑の森が広がっているだけだ。
次の瞬間、右肩に鋭い熱!いや、これは痛み!?
思わず右肩を抑える。ぬるりとした温かい感触……。
そして利根川は視界の中に、日本刀を構えた男をとらえた。
目の前の男は肩で息をし、必死の形相で血に濡れた日本刀を掲げている。そんな男の姿に利根川の背中がスッと冷たくなった、が、それも一瞬のこと、こちらにもデリンジャーがある。
半ば反射的に右腕を動かし銃を撃とうとした、途端に、鋭い痛み。利根川はうめいた。発砲はしたもののろくに狙いはつけられず、銃弾は明後日の方向へと飛んで行った。しかしながら、日本刀男が怯んだのは分かった。
そのとき、利根川は見た。日本刀を掲げる男のその先に、赤木しげるの姿を。
見られた。見つかった。失敗だ。大失敗もいいところ……!!
頭がクラクラした。地面が歪んでいる。貧血を起こしたかもしれない。世界がねじ曲がってゆく。自分がぐにゃぐにゃと芯を失っていく。
心が、打ちのめされてしまう……っ!!
膝をつきそうになったところを、利根川はしかし堪えた。
耐えて――再度右腕を掲げる。激痛が走る、が、こいつも耐える。
デリンジャーをかざして威嚇とする。日本刀男はやはり怯んだ。
この距離では利根川のデリンジャーよりも、若い男が振り回す刀の方に軍配が上がる。
だがそういう現状を見てとれずに自分に向けられた銃口に怯えるさまは、利根川にほんの少しの勝機を見せた。
逃げおおせることが出来る、というだけの、「勝ち」でもなんでもない、「機」……!
だが利根川はそれに縋るほかない。
利根川は大仰にデリンジャーを振りかざし、右に左に構えて見せる。最後に残弾一発を放って隙とし、彼らから距離を取る。
そして利根川は、翻り、走った。後ろを振り返らずに。敗走。一目散に、背中を向けての退散、撤退である。
負け……負けた……一度ならず二度までも、赤木に届く前に邪魔が入ったのだ……。
◇◆◇
利根川は動揺していた。赤木への不意打ちがそうそう上手くいくものではないと、分かっていた。失敗する可能性について考えていなかったわけではない。それでも、こんな形での「負け」はあまりにも想定外だった。
赤木ではない、別の者による妨害。さらに自分は右肩に傷を負った。応急処置は施したものの、利き腕の怪我は致命的である。
その時、外れかけていたイヤホンから声が聞こえた。
ずっと気にかけ、聞きたかった声。
しかし今となっては、最も聞きたくなかった声。
主たる和也からの通信であった。
『よう、利根川。赤木を追ってから結構経ったけど、そっちはどーよ』
咄嗟に、利根川は何とも答えることが出来なかった。まだ敗北のショックから立ち直ってはいない。無言のままただ唇を舐め、口を開くも言葉は出ずに、再び口の端を湿らす。
そんなしばしの無言に和也はなぜだか頓着しない。
彼の声色は、妙に明るい。元々、場違いなほどに飄々とした態度でこの殺し合いに参加していた彼だったが、今の和也の声は、上機嫌と言ってもいいほどのものだ。
上機嫌。そう、在全とのギャンブルに見事勝利して、その結果手に入れた武器庫の武器に、和也は今現在夢中だった。大興奮している。
『つーかさ、正直、今はもー赤木とかほっといていいぜ。お前ら帰って来いよ』
無邪気が残酷な和也は今、己のその無邪気さにすっかり身を委ねている。
在全とのヤバいギャンブル、小太郎とかいう道化の、図星をついたら顔を真っ赤にしてもがき苦しんでいたその間抜け面、そして見事正解を導き出した先にあったこの武器の数々!
早く利根川と一条に武器を見せびらかして、そしてことの次第、オレの武勇伝を聞かせたい。
和也の事情などひとつも知らず、さらに予想外の敗北に打ちのめされている利根川には、和也の言葉はまるで「最初からお前には別に期待とかしてなかったぜ」と聞こえた。
「……いえ、和也様、私と一条は先程別れまして、一条がそちらに向かっています」
『ん?そーなの?じゃあ、お前は?』
「私は、……赤木を見つけまして、ヤツを仕留めるべく後を追っています…!!」
利根川の、覚悟を決めた嘘の報告。
対する和也は気のない返事。終いには、『いーからお前も戻って来いって』と利根川の決意に泥を塗る始末。
普段の和也ならばこんなヘマはしなかっただろう。場合によっては、利根川の嘘の報告を見破ったかもしれない。
しかしこの時の和也は、珍しく年相応に浮かれていた。利根川の心の内を考えていない。己と利根川の関係を失念している。――彼らは互いに互いを利用している。
利根川にとって和也とは己の再起のための糸である。
和也にとって利根川とは己の優勝のための駒である。
糸はただ垂れ下っているだけで掴み進み上りあがるのは己の腕力のみ。
駒は「特別ルール」と言うその場しのぎから出た脆い嘘の上に立っている。
和也はそういうことを忘れて、まるで、村上をも含めたこの4人が嬉しも悲しも苦痛も喜びも分かち合う、一蓮托生の仲間のように錯覚したのかもしれない。村上と共に死線を越えた直後の勝利が、未だ若い和也をこの瞬間だけ阿呆にさせた。
はしゃぐのは和也。利根川は苦い。
特に和也は、現在、しづかに仕掛けた(実際は赤木が持っている)盗聴器の盗聴も怠っている。
そこまで知るよしもないが、決死の覚悟でバトルロワイアルを生き抜こうともがく利根川にとって、今の妙に浮かれた和也の軽さは、怒りと苛立ちを抱かせる。
和也様、私を見下し馬鹿にするのもいい加減にして頂きたい!
利根川は心の内で叫んだ。
私は和也様への従属を誓ったが、しかし人間としての誇りを失い、ケモノか奴隷になったつもりは微塵もない。無論、和也様にとっては落ちるところまで落ちた私などは、ケモノや奴隷と同等なのかもしれないが。
ならば、示せばいいだけの話。
ケモノでも奴隷でもない、人間であることを示せばいいだけの話。
「和也様、私が赤木を殺して御覧に入れましょう。ヤツを仕留めるまで、戻りません」
一方的に言って、利根川は和也と繋がるイヤホンを耳から抜いた。コードをぐるぐるに丸め、盗聴器と一緒にデイパックの奥底に片づけた。指示はいらない。私がやるのだ。
和也様、私が赤木を殺して御覧に入れましょう。
◇◆◇
利根川に味方したのは、天か、魔か。
赤木との三度目の遭遇である。
そして、赤木の傍に先程の日本刀男とは別に、見知った顔があるのに利根川は気付いた。
「平山…幸雄……」
そう、一時期、利根川の手駒だった男。
しかし今はあのような小物、どうだっていい。眼中にない。
今、オレが求めるのは赤木の死体、それだけ……!!
3人は道の端で何やら話をしている。やや揉めているような雰囲気であった。特に、平山が赤木に対して怖気づいているようなのが利根川の位置からでもよく見て取れた。
決して険悪ではないが、和平的とも言い難い。間延びした空気を感じる。
そういう時こそ隙は多い。
利根川は躍り出た!
右手に握りしめたデリンジャー。弾は2つきりしか込められず、殺傷能力も低い銃。予備の弾はすぐに取り出せるポケットの中に入れたが、果たして補充が間に合うものなのか?
何はともあれこれひとつを武器に、3人を相手にするのは愚行以外の何者でもない。
たとえ赤木を仕留めたとしても日本刀男――ひろゆき――がいる。平山もいる。平山は、利根川の知る限りでは有効な武器など持ってはいなかった。しかし、新たに何かを手に入れた可能性も十分にある。
赤木は大金星だ。だが残りの二人は――利根川の見立てでは凡人。
何も築けぬ、何も積み上げられぬ。ただ生産と消費を繰り返すだけのクズ。
だから問題ないとでも言うのだろうか。
3対1には成りえぬ、1対1、赤木さえ始末すればカタが付く、と。
それとも。
利根川のこれは特攻なのか。赤木を仕留めることが出来ればその後日本刀で切り刻まれても構わない、己の命も惜しくないとでも言うのだろうか。
本末転倒。
目的のための手段であったはずだのに、利根川は今、手段のために殉じようとでも言うのだろうか。死を見据えている?
もはや和也に己の力を見せつけることのみに執心したのか。
実のところは分からない。
利根川の考えは利根川自身にも分からない。考えることをやめてしまっている、と言っていい。
ただ、やるしかないのだ、と。
あの焼き土下座と同じである。
マシンに体の自由を奪われ無理矢理やらされるか、それとも自分の意思で膝をつき、手をつき額を押しつけるか。その二択と同程度の選択肢しか今の利根川には存在しない。
利根川はいつの間にかすっかり追い詰められていた。もはや前に進む以外の道はない。
(本当はある。きっとある。多様にある。いくらでもある。利根川には見えないだけである)(そしてそれが利根川の限界……)(圧倒的立場から弱者をいたぶることしか出来ない利根川の限界……)
どこで間違えたのだろうか。
いいや、間違えてなどいない。私は間違えていない。
走馬灯のように駆け巡っていく、帝愛という巨大な組織のピラミッドを駆け上がってきたことを、高みを臨んだことを。
オレは成功者だと確信しながら生きてきた。選ばれた人間である。
カイジに負かされ全てを失った今でも、利根川はそう信じている。
「己」というものを信じている。
私がここで終わるはずがないのだ。
利根川のそれは信仰のよう。
思えば利根川は、惨めに落ちぶれてからは誰にも相手にされず、現状を打破する機会もなく、腐らぬよう闘争心を掲げ、維持することにすら強い精神力を要した。
そのような生き地獄を経ての、このバトルロワイアルである。利根川が奮起しないはずはなかったのだ。
ここで勝たねば死ぬのと同等……!!
◇◆◇
目の前に赤木の横顔。涼しい顔をしている。
すぐにその顔を死の色に染めてやる。
利根川は指を引き金にかけた。
パァン
鳴り響く銃声。
目を見開く赤木の顔。驚愕の表情。
しかし利根川も驚いていた、右腕を掴む者の存在に。
――平山!!
平山が赤木と利根川の間にいた。両手で、利根川のデリンジャーを握る右手をしっかりと掴んでいる。弾は上空へ消えた。
利根川は左手で平山の腕を掴み、引きはがそうと力を込める。
「平山っ!その手を離せ!」
「は、離すかよっ!」
平山は心底怯えていた。利根川の後をつけている最中もそうだったし、赤木が狙われているのを発見して、ひろゆきとの事前の打ち合わせ通りに防犯ブザーを鳴らしたときも、自らこちらの位置と存在を教えるような自殺にも等しい行為に、心底怯えていた。
今だって平山は怯えている。
己の命を握っている男との直接対決。汗をかく。体が熱い。利根川の腕を抑える両手が、ブルブルと震えているのが分かる。しかしそれでも、この手は離さない。
視界の端に、日本刀を構えながらオロオロしているひろゆきの姿を確認した。
密着し、激しく揉み合う2人に、手を出すに出せないのだろう。
ひろゆきは、赤木に出会えたことに舞い上がり、利根川の接近に全く気付けなかったことばかりを考えてしまう。
首輪探知機という武器を持ちながら、それの起動を怠った己のミスは悔いても悔いきれない。
その結果、平山が今、危険に身を晒している。援護しようにも、利根川の右手にしっかりと握られた銃が、右へ左へ、上へ下へとあちこちへ銃口を向けている中では、軽率な行動は取れなかった。
平山が赤木をかばうように利根川の前へ出て行ったのは、考えがあってのことではない。利根川の姿を認識したその時、咄嗟に体が動いてしまった。
姿を見られた以上、後には引けない。そう思った。
首輪につけられた装置という弱みがあるからこそ、逃げるのではなく立ち向かう。その選択は、かつての平山では考えられないことだった、けれど、ひろゆきやカイジと出会い、彼らに触発され、平山は少し変わった。
怯え、逃げまどうだけの自分とは決別、おさらばだ。立ち向かうことでしか、きっと道は開かれない。そう言い聞かせながら心を奮い起こす。
利根川は必死である。まさかクズと見下し、さほど気に留めていなかった男に阻まれるとは。そんなこと、あっていいはずがない。
しかし必死さで言えば、平山もかなりのものである。
利根川の腕を自由にさせてしまったら、平山にはデリンジャーで撃たれる以上の確実な死が待っている。
リモコンで、首輪に付けられた装置を作動させられれば、首輪は爆発。首は切断されて――死。
ホテルで首輪を爆破して殺された、山口という男のことが頭をよぎる。
あっけない爆発音。
かすかな肉の焦げたにおい。
鮮血。
静まり返った広間。
横たわる首の取れた遺体。
頭のない首から広がってゆく血だまり。
侵食してゆく、死が、どんどん広がっていく。
ひょっとして、もう平山のすぐ足元にまで来ているのかも、しれない。
そうだ、いつ自分があのようになってもおかしくない状況なのだ。
オレも死ぬ――このままでは死ぬ――死ぬ――死ぬ――死ぬんだ…………!!!
二度目の銃声が響き渡った――。
◇◆◇
「ハァ、ハァ、」
荒い呼吸を繰り返すのは平山。茫然と立ち尽くしている。その視線の先には、利根川。血の海に伏した利根川。落命している。
揉み合いの中発砲された銃弾は利根川の顔面を撃ち抜き、脳にまで食い込んで、その命を破壊した。
平山は広がってゆく赤い海を眺めている。その様は平山の脳内にあった死のイメージそのもの。
殺した。
自分が、利根川を殺した。
平山は揉み合いの最中、必死だった。必死だったくせに妙に落ち着いていた頭。
その頭の中の自分が言ったのだ、さぁそこだ、今だ、銃の引き金にかかる利根川の指を思い切り押さえ込め。
頭の中の声は、銃の引き金を引けとは言わなかった。利根川の指を押さえ込め、と言った。
銃口が利根川の顔面に迫った瞬間に聞こえた声。「指を押さえ込む」も「引き金を引く」も、結果はどちらにしても同じである。同じであるのに、声は直接的でない表現を選んだ。
ギリギリの中、生きるか死ぬかの中にいて、死にたくない、死ぬくらいなら殺してやるとまで思ったはずなのに、別のところではそんな自分を正当化しようとしている。ヤツの手を握りこんだだけだ、引き金を引いてはいない、だなんて、詭弁もいいとこだ。
手の中には、利根川の指ごと引き金を引いた時の感触が残っている。
その瞬間、利根川はどんな顔をしていたのだっけか。見たはずなのに覚えていない。いや、銃しか見ていなかったのかもしれない。
ひろゆきは、かける言葉を失っていた。
揉み合っているうちに銃が発砲されてしまっただけだ。それにもし、あの瞬間の平山に殺意があったとして、それは仕方のないことだ。平山の行動は正当防衛である。殺さなければ、殺されていた。
そんな当たり前の理屈を述べたところで、それが平山の慰めになるわけがない。罪になるとか、ならないとか、そんな話ではない。そもそも、ここでは殺人が認められている。
そうじゃない、これは、当人の心の問題。
理由も理屈もない。人を殺めたということについての、恐怖感。
正当性を主張した程度でぬぐえるような感情ではない。
折り合いが簡単につくようなものではないし、そもそも、折り合いをつけてもいいような事柄なのか、ひろゆきには疑問である。
異常な場所にいて異常なことばかり身に降りかかってくるからこそ、自分は自分を失いたくない、人としての心を失いたくはないと、ひろゆきは強く思っている。おそらく平山もそうだ。
そんな彼に今かけてやれる言葉など、何もない。
下手な慰めはむしろ平山を愚弄することになるだろう。
重苦しい沈黙。それを打ち破ったのは赤木の声。
「……助かった」
囁くような静かな声。
平山は赤木を見た。
赤木は死体となった利根川を見ていた。じっと、目をそらさず。死を見つめている。
その視線が上にあがり、平山のものとかち合う。
相変わらず何を考えているのか全く読めない瞳だ。しかも無表情である。
「…フン、コイツは、オレが自分で決着つけなきゃならない相手だったんだよ」
平山の言葉は苦し紛れだった。だが口にしてみれば、確かにその通りだった、と、この殺人という行為を正当化したわけではないが――何か奇妙な納得のようなものを心に得た。
業と言うのか、定めとでも言うのか。何かそういう、縁にも似たものが、オレと利根川を何度も出会わせて、そして今、こういう結末を迎えたのだ。
実は赤木は、かなり早い段階で利根川が接近してくる気配に感づいていた。
一回目の奇襲のときと異なり、今度はあまりにも殺気がただ漏れだったのだ。赤木にしてみれば、利根川の毒々しいまでの殺気は、大声で殺人予告をしているのと変わりない。
そこを赤木は気付いていないふりをして、利根川を、引きつけられるギリギリまで引きつけて、返り討ちにし、捕えるつもりだった。帝愛元ナンバー2という男を逃すのはあまりにも惜しいし、この男には聞きたいことが多くある。
利根川の武器は一回目の奇襲のときに分かっていた。赤木の身体能力をもってすれば、銃を奪い、利根川を捕えることは可能。そういう考えでいた。
赤木にとっての誤算は、あそこで平山が自分をかばったことだった。
しかし赤木は余計なことは言わず、ただ平山に礼を言った。
赤木の立場になってみれば、平山の行動でプランを駄目にされたとも言える。だがこれは、平山もひろゆきも動かないだろうと勝手に決め付けて、自分一人で利根川に対処するつもりでいたそのツケだと赤木は思った。
こちらのプランを二人に伝えておけば、平山が利根川を殺すこともなかっただろう。
だからオレが利根川を殺したも同然だ。いや、平山に引き金を引かせている分だけ余計タチが悪い。
そう思ったので、赤木は伏した利根川の遺体から目をそらさなかった。
赤木は改めて平山を見る。
己が知っている、自分の偽者を名乗っていた平山とは少し違っていた。
あれから何かあったのか、それともこの島で修羅場をくぐって来たのか。今さっきの返答にしても、赤木の気に入るところだった。
平山の変化に赤木は感心していた。だから、平山の覚悟に敬意を表す。
そういう意味も込めて、赤木は事実を話さない。そうか、と小さく答え、「それでも礼は言っておく」と赤木なりのけじめをつけた。
「それに、おかげで爆発していない首輪が手に入った」
赤木の言葉に、平山とひろゆきの頭上にクエスチョンマークが出現する。赤木は無表情のまま、ひろゆきの手にある日本刀を示し、続けた。
「刃物もちょうどある」
そしてニヤリと冗談めかして笑う。
「ちょっ、まさか……!?」
平山は気付いた。つまり、首を切断して首輪を手に入れる、ということか?しかも口ぶりからすると、爆発済みの首輪はもう持っているということになる。
コイツ、この島で一体何をやってるんだ……!?
怖気づきながらも、平山は赤木に食ってかかる。
何考えているんだ、普通じゃない、異常だ、と、赤木に詰め寄る。
だが、「考えの読めない普通じゃない異常者」とはまさに赤木そのものじゃあないかと思い当ってしまい、そうなると、何も言えなくなってしまう。
赤木はククク、と小さく笑う。その目は冗談とも本気ともつかぬ表情をしていて、平山はますます引いていく。
成り行きを眺めていた年長者であるひろゆきは、張り詰めた糸のようだった緊張感がいつの間にやらすっかり緩み切っていることに気付いた。
顔だけはとても似通っている2人のやり取りが可笑しくて仕方がない。場違いに違いないはずなのに、思わず笑ってしまった。そうしたら、平山に睨まれた。
【E-5/ギャンブルルーム内/黎明】
【兵藤和也】
[状態]:健康
[道具]:チェーンソー 対人用地雷残り一個(アカギが所持)
クラッカー九個(一つ使用済) 不明支給品0〜1個(確認済み) 通常支給品 双眼鏡 首輪2個(標、勝広)
[所持金]:1000万円
[思考]:優勝して帝愛次期後継者の座を確実にする
死体から首輪を回収する
鷲巣に『特別ルール』の情報を広めてもらう
赤木しげるを殺す(首輪回収妨害の恐れがあるため)
利根川、一条の帰りを待つ
※伊藤開司、赤木しげる、鷲巣巌、平井銀二、天貴史、原田克美を猛者と認識しています。
※利根川、一条を部下にしました。部下とは『和也同盟』と書かれた誓約書を交わしています。
※遠藤、村岡も、合流して部下にしたいと思っております。彼らは自分に逆らえないと判断しています。
※『特別ルール』――和也の派閥のみがゲームで残った場合、和也の権力を以って、その派閥全員を脱出させるという特例はハッタリですが、 そのハッタリを広め、部下を増やそうとしています。
※首輪回収の目的は、対主催者の首輪解除の材料を奪うことで、『特別ルール』の有益性を維持するためです。
※しづかの自爆爆弾はアカギに解除されましたが、そのことに気づいていません。盗聴器はアカギが持っています。
※第二放送直後、ギャンブルルーム延長料金を払いました。3人であと3時間滞在できます。
※武器庫の中に何が入っているかは次の書き手さんにお任せします。
※アカギの盗聴を怠っています。利根川の死にも気付いていません。
(補足>首輪探知機がある、としづかが漏らした件ですが、それは和也しか盗聴していません。利根川と一条はその頃、病院に爆弾を仕掛けに行っていました。)
【E-3/道路沿い/黎明】
【井川ひろゆき】
[状態]:健康
[道具]:日本刀 首輪探知機 懐中電灯 村岡の誓約書 ニセアカギの名刺 アカギからのメモ 支給品一式×2 (地図のみ1枚)
[所持金]:1500万円
[思考]:赤木しげるから事の顛末を聞いた後、ギャンブルで闘う この島からの脱出 極力人は殺さない
※村岡の誓約書を持つ限り、村岡には殺されることはありません。
※赤木しげるの残したメモ(第二回放送後 病院)を読みました。
※カイジからのメモで脱出の権利は嘘だと知りました。
※鷲巣から、「病院に待機し、中を勝手に散策している」とアカギに伝えるよう伝言を頼まれました。
【平山幸雄】
[状態]:左肩に銃創 首輪越しにEカードの耳用針具を装着中
[道具]:支給品一式 カイジからのメモ 防犯ブザー
[所持金]:1000万円
[思考]:田中沙織を気にかける カイジが気になる
※計器に不具合が起きていることを知りません。 (計器の生体信号の不具合だけです。利根川の持つリモコンからの電波では正常に作動します)
※カイジからのメモで脱出の権利は嘘だと知りました。
※カイジに譲った参加者名簿、パンフレットの内容は一字一句違わず正確に記憶しています。ただし、平山の持っていた名簿には顔写真、トトカルチョの数字がありませんでした。
※平山が今までに出会った、顔と名前を一致させている人物(かつ生存者)
大敵>利根川、一条、兵藤和也 たぶん敵>平井銀二、原田克美、鷲巣巌
味方>井川ひろゆき、伊藤開司 ?>田中沙織、赤木しげる 主催者>黒崎
(補足>首輪探知機は、死んでいる参加者の首輪の位置も表示しますが、爆発済みの首輪からは電波を受信できない為、表示しません。)
【赤木しげる】
[状態]:健康
[道具]:ロープ4本 不明支給品0〜1(確認済み)支給品一式 浦部、有賀の首輪(爆発済み)対人用地雷 盗聴器
[所持金]:500万円
[思考]:もう一つのギャンブルとして主催者を殺す 死体を捜して首輪を調べる 首輪をはずして主催者側に潜り込む
※主催者はD-4のホテルにいると狙いをつけています。
※2日目夕方にE-4にて平井銀二と再会する約束をしました。
※鷲巣巌を手札として入手。回数は有限で協力を得られる。(回数はアカギと鷲巣のみが知っています)
※鷲巣巌に100万分の貸し。
※鷲巣巌と第二回放送の前に病院前で合流する約束をしました。また第二回放送後に病院の中を調べようと考えていましたがどちらも果たせず。(ひろにメモが渡ったのは偶然です)
※首輪に関する情報(但しまだ推測の域を出ない)が書かれたメモをカイジから貰いました。
※参加者名簿を見たため、また、カイジから聞いた情報により、 帝愛関係者(危険人物)、また過去に帝愛の行ったゲームの参加者の顔と名前を把握しています。
※過去に主催者が開催したゲームを知る者、その参加者との接触を最優先に考えています。 接触後、情報を引き出せない様ならばギャンブルでの実力行使に出るつもりです。
※危険人物でも優秀な相手ならば、ギャンブルで勝利して味方につけようと考えています。
※カイジを、別行動をとる条件で味方にしました。
※村岡隆を手札として入手。回数は有限で協力を得られる。(回数はアカギと村岡のみが知っています)
※利根川と一条は任務中の為、アカギの盗聴器から盗聴しているのは和也だけですが、和也は今、それを怠っています。
【利根川幸雄/死亡】
【残り22人】
以上になります。
和也の状態表に
※アカギの盗聴を怠っています。利根川の死にも気付いていません。
と記載させてもらいました。
赤木の状態表も
※利根川と一条は任務中の為、アカギの盗聴器から盗聴しているのは和也だけですが、和也は今、それを怠っています。
という風に一部変わっています。
この部分、小説内でそういう場面を書くつもりでいたのですが、
どこに入れても全体のテンポを崩してしまい、入れることが出来ませんでした。
一応、和也が浮かれていることの描写を増やして、利根川と連絡が取れなくなってもしばらくは
あまり気にしないだろう、武器に夢中で赤木の盗聴を再開しないだろう、といった様子を強化したつもりで…います。
小説内に書かれていないことを状態表で書いちゃうのはダメだろ、ということであれば、状態表の上記2点を変更いたします。
乙!
ついに利根川が死んだか…。
めっちゃスリリングでした!
あ、あとそういやひろゆきは3人の中じゃ年長者だったねそういえばww
天の最終巻ではなくHEROのひろゆきで想像したほうがいいのかしら。
投下乙!
利根川先生は死にそうな気がしてたけど
まさか平山に殺されるとは思わなかった
それにしても平山はロワに放り込まれて
本当に変わってきてるなw
投下乙です!
平山がアカギに認められたのがすごく嬉しい
平山はやればできる子だと思ってたよ
皆さん感想ありがとうございます!
ひろゆきは、天終了時ですよね…?
そう分かっていながら、ひろゆきと言われると真っ先に、東西戦中のひろゆきを思い浮かべてしまうんですよねw
どちらにしろ、利根川から見れば「若い男」でいいかな〜と。
平山は本編でも他ロワでも不憫すぎる奴だから、ここでの、
もうダメギとは呼ばせない平山に感動を覚えていまして。
始めは利根川との相討ち案もあったんですが、まだまだ頑張って欲しいなと思い、活躍してもらいました。
したらばでも書きましたが、皆様の感想が本当に嬉しくて、リアルで頑張る活力になっています。
本当にありがとうございます!
連投になっちゃいますね…失礼します。
したらばの感想スレでのご指摘を受けて、一部修正させて頂きました。
wikiは編集済みです。
赤木が、ニセ札よりも有効な武器を隠し持ちながら使わなかったという可能性はあるだろうか。いや、その可能性は低い、と利根川は踏んでいる。
あれだけの大きさのジュラルミンケース、中身がただのニセ札だというのなら、持ち歩くよりも、どこかに隠しておいた方がよい。
他に武器があるというのなら、わざわざ大きなケースを持って右手を塞いでいるのは得策とは言えない。ジュラルミンケースなど捨ててしまってもいい。
いくら赤木が、あえて危険を選択し相手の逆手をとるあまのじゃくだったとしても、そのようなめちゃくちゃをやる男ではないだろう。
「ジュラルミンケースはデイパックの中に収まる大きさである」の一文を削除し、前後をつなげました。
つくづく、エニグマの紙は便利だなぁと思いましたw
ダメギ出世したなぁ〜。(原作とか漫画ロワとかニコロワと比較して)
福本ロワは原作以上に大活躍するキャラクターが多くて嬉しいときがある。
158 :
元社員:2010/05/09(日) 11:21:13 ID:???
そうなると無言で他界したセッティングパパは感慨深いなw
あっさり死ぬヤツもいれば、本編以上に活躍しちゃうヤツもいる、
そんなとこもパロロワの醍醐味だよな〜。
ホントこれからの展開が楽しみすぎる!
書き手の皆さん、本当に尊敬します。
しかし利根川死んだとなると一条もそのうち死にそうだな
マーダー不足に拍車がかかったから、むしろ、もう少し長生きしそうな気がする。
村上との会話はどこか死亡フラグを感じるときがあるが…。
原作以上に活躍したキャラクターって、誰だろ?
ダメギ、沙織、赤松、しづか辺り?
誰かも言ってたけど、個人的には和也がどう動くのかが気になるな。
あとは。ひろゆき…アカギに会えてよかったな…と思わざるを得ないw
163 :
マロン名無しさん:2010/05/09(日) 21:58:02 ID:U3E0K/gA
船井さんも最後に少し雑草を咲かせた感じ。
話しかけられたら死んでた浦部(笑)といつの間にか死んでた西条(笑)はなんなんだろうなw
活躍と言えば、三好もそうじゃね?
三好のマーダー化は、意外ながら説得力があって好きだ。
あっけなかった連中も、残念な気持ちもあるけど、それあってこそのロワだよなーとも思うんだw
平山は最近原作でもいいとこあって見直したけどな
>>163 涯の友達(名前忘れた)も忘れないでやってくれ
>>166 石原だ…。
書きこんだ本人も忘れてどうするwwww
そろそろ脇役陣のみならず
天に次いで主役キャラも死んで行きそうだな
「主役級キャラ(アカギ、カイジ、零、涯、銀二、黒沢とか)は最後まで
生かしておかなきゃならない」ってルールはないよな
もちろんそんなルールはない。
死亡フラグ匂っていたけどもう少し生きているだろうと
(個人的に)考えていた利根川が死んだだけに、
もう、誰が死んでもおかしくないとこまで来たのかなと思う。
wktkが止まらないぜ!!
残り22人か…
通常のロワならもう半分減ったら対主催戦なんだが…
ここはどうなるか先が読めん
うおお、ついに赤木とひろの鬼ごっこが終わったのかw
無事合流できてよかった。。。悲惨な出会い方を想像して一人ハラハラしてたぜ・・・
これでそろそろ近麻組も病院集結・・・・か?
・゚・(ノД`)・゚・
あーん!トネ様が死んだ!
トネさま土下座本&トネさまFack.Clubつくろー!って思ってたのに…
願ったことすべてが 叶う世界ではない
だからこそ少年は 大きく羽ばたくだろう
すまない、ふと数えてみたんだが、残り21人じゃないか…?
以下、生存者。
アカギ、南郷、市川、平山、鷲巣
カイジ、遠藤、佐原、一条、和也
森田、平井、沙織
ひろゆき、原田、沢田
零、涯、黒沢、仲根、しづか
……俺、誰か忘れてる…?
もしや、優勝を目指している兵藤和尊もカウントされている…?
21人であってる
…治の死亡表記を持ってきて人数を書き変え忘れたんじゃないかなぁ
残り人数、確かに間違えていました。申し訳ありません。
>>175様の言うとおり
コピペして人数変え忘れたんだろうなぁと思います。間抜けすぎる…。
>>174様、ご指摘ありがとうございます。
まとめwikiの方は21人となっていました。
修正して頂きまして、ありがとうございます。
最初のうちは正直「あんまし人気orインパクト
なさそうなキャラから順々に消えてくんだろうな〜」と思ってた
実際ほぼそうなったし
残りはなんというか主役or目立つ脇役勢ばかりだから
誰が消えていくか見るのが楽しみだよ
178 :
紫苑の底闇 1/8 代理投下:2010/05/30(日) 16:54:22 ID:8p/RdoqB
※天がかなり悲惨な事になります。申し訳ございません。
※グロ表現に拍車がかかっております。苦手な方、ご注意下さい。
平山、井川と姿を消した病院では先程の喧騒は何処へやら。辺りは静けさを取り戻していた。
在るのは一つの遺体と、狂気を具現化したかの様な老獪…鷲巣巌…唯一である。
そんな男が一人、口角を吊り上げ不適な笑みを溢し佇んでいる。
見下ろす先には命の恩人とも言うべき、天貴史の亡骸。
目を覆いたくなる様と言うべきか。そんな有り様の彼を前に鷲巣は、ただ笑っていた。
「ククク…丁度良い所で死んだものだな…天貴史よ…」
言いつつ鷲巣は、遺体には最早不必要となっているデイバッグを剥ぎ取り、適当な場所へと放る。
「アレは後で良い…先ずは…“首”っ…!!」
血走った眼を細め、徐にしゃがみこんだかと思いきや何処から拝借してきたのか、鷲巣の手にはすらりと伸びる鋏が現れる。
そう、目的は唯一つ。首輪の回収である。ろくな刃物一つ持たない鷲巣にとって、鋏は貴重な発見であった。…メスが無いかと探していたが、処置室にはそこまでの完備はされていなかったようだ。
とは言うものの、処置室にあった刃物と銘打つ代物は鷲巣の手の内に収まるそれ一つのみ。流石は剛運と言った所だろうか。
179 :
マロン名無しさん:2010/05/30(日) 17:02:14 ID:kfOaRT7h
支援
それを手にした鷲巣は、案の定と言うべきか…信じられない行動に及ぼうとしていた。
即ち、その鋏で首を“切る”と言うのだ。
鋏を左右限界まで開ききり、片刃を首筋に這うように突き刺す。そうすると、皮膚を突き破り鋏の先端が顔を出す。そうしてしまえば後は鋏本来の、上下に反復させ文字通り“切る”作業をしていくだけ。
流石に医療用と銘打つ代物だけはあり、大した抵抗もなく、思いの外あっさりと筋やら皮膚やらが裂けて行った。
―恩を仇で返す行為?死者への冒涜…?クククッ…!!死んだモノを生きる我々がどう扱おうと勝手じゃ…!!
寧ろ死んで尚、役に立つのなら本望ではないか…!!と言うかワシは鬱憤が溜まっておる…発散したいんじゃ…!!
…恐らく後者が本音であろうことは、誰の目にも定かである。
じゃき…じゃき…
響く音はやけに軽い。それこそ紙か布でも切っているかのように…テンポよく刻まれていく。まさか首筋を断つ刃音とは、誰が想像しうるだろうか。
やがて鷲巣の右手が悲鳴を上げ始め、長袖の大半を返り血が染め上げた頃、漸く線が一つの輪に繋がり、頭蓋と胴体とを繋ぐ芯が露になった。
「全く…手こずらせおって…!!」
悪態を付きつつ、苛立ちを込めたように骸を蹴りつけた。そう、これで終わりと言うわけではないのだ。
鷲巣は溜め息を一つ付くと、もう一度屈み込み最大の難所に取り掛かる。
首輪を取ろうとするならば、切れ目を入れただけでは無意味に等しい。その頭をどうにかしてもぎ取り、出口を作ってやらなければ…。
「ぬぅ…怪我さえなければ…どうにでも出来たものを…っ!」
が、言葉程単純でも無いのだ。
忌々しげに奥歯を噛み締め、鋏の先端を突き立ててみる。が、駄目…。ヒビの入った右腕では鋏を動かす事は出来ても、力を込めて突き立てるのは不可能だ。
またしても大きな溜め息を付き、今度は下にいる天にではなく頭上に広がる天を仰ぎ見る。
―こんな所でグズグズもしておれん…。仕方あるまい…ここは諦めて…。
「…む…?」
その時、鷲巣の脳裏に一閃の閃きが走る…!
視線を落とした先には、非常口の扉。そしてその下の、地面とコンクリートの足場とが成す段差に目が止まった。
「カカカッ…!!」
狂気の光を取り戻した双眼を見開き、鷲巣はその発見に思わず高笑いを上げた。
要するに、梃子の原理である。
例えば、首から先を段差の先へせり出すとしよう。頭を支えるものは無い状態で、今度は胴体部分を動かないよう固定する。
その状態で、頭に衝撃を入れたらどうなるだろうか…?
鷲巣はその想像に思いを馳せ、吊り上げた口角もそのままに直ぐ様実行へと移した。
――――――
月明かりに照らされ、手に持っている鈍色を浮き上がらせる。それがひどく、彼には似合っていた。
利根川と別れて数分。小走りだった一条はその歩みを止める程の、不可解な現象に遭遇する。
―和也様以外にも…随分と良い趣味を持ったも者がいるものだな…。
思わず眉間に皺を寄せ、一瞬だが確実な嫌悪感が走る。
――遺体が、自分の頭を抱いている…。
仰向けにされ、律儀に指を組まされたその間にすっぽりと、首から先の欠けた部分が収まっているのだ。
一見すると腹から首が生えている様にも見える。
「…首輪、か…」
だが、その様を見ても同情するわけでも無く、憤る訳でもない。ただ冷静に、一条は見当を立てた。
―不穏分子か…。どうするか…
一条は一刻前の情報交換を思い出す。彼らの親玉は首輪を集め、また、首輪を集めようとする者を快くは思っていない。
だが、一旦戻ってからでも遅くはないのでは、とも一条は考える。和也の安否と、それを利根川に知らせる役目を担っているのだ。
「……………」
一条はどちらにせよ、様子を見るだけだと自身を納得させ、暫し寄り道をすることにした。
―――――
満足気な表情を浮かべ、鷲巣は手持ち無沙汰に先程剥ぎ取ったばかりの首輪を、人差し指で器用に回していた。
「ククク…ッこれでワシも自由じゃ…!!アカギに借りた金も返せる…!探す手間が省けて良かったと言うもの……!!」
デイバッグを引っ提げ、手頃な杖と武器…と言うには心許ないが、兎も角鋏も手に入った。
更には手当ても受けられ、自身が手を下すまでも無く、一人の参加者が消えた。
―やはり…この場に於いても…剛運がワシの味方…っ!そしてもう一つ…果たして見付けられるか…?
だが鷲巣の剛運はこんなものではない。まるで…何かに魅入られているかの様に…強引に引き込むのだ。
天賦の才…―ある意味、鷲巣にとって最高で最強の武器。
そして鷲巣はまたしても、その才を発揮する事になる。
鷲巣がこの病院に残った理由…。アカギとの約束は勿論、この病院には何かあると鷲巣は直感していた。
―でなければ態々、兵藤の息子らがこの施設を訪れる理由が無い…!
天から聞いた話では、“一階が外来、二階が入院施設”それはまず間違い無く、案内板や受付に残されたパンフレットで確認が出来た。
しかし、何故こんな孤島にこれだけ大きく設備の整った病院が必要なのか…?
鷲巣はパンフレットを閉じると、他に目ぼしいものが無いか受付内を物色する。
「なんじゃ…?奴等が探しているものは…」
と、その時…。
…カツーン…
独特の高い靴音が辺りに響き渡る。
態々人避けの為に、遺体にあんな小細工を仕掛けたと言うのに…。
が、鷲巣はこれを逆に好機と見た。
即ち、あの有り様に動揺するわけでも、逃げる事もなくこの建物に侵入したと言う事は…。
「ククク…意外に早かったな…。アカギは仕留められたのか…?」
各々が因果を孕む薄闇の、紫苑の底に彼等は対峙した。互いの距離も掴めぬまま、気配のみを読み取り相手を計る。
この出会いが凶と出るのか吉とでるのか…はたまた新たな悲劇の序章となるのか。
鏑矢を放つは、どちらだ…―
【E-5/病院/黎明】
【一条】
[状態]:健康
[道具]:黒星拳銃(中国製五四式トカレフ) 改造エアガン 毒付きタバコ(残り18本、毒はトリカブト) マッチ スタンガン 包帯 南京錠 通常支給品×6(食料は×5) 不明支給品0〜3(確認済み、武器ではない)
[所持金]:3600万円
[思考]:カイジ、遠藤、涯、平田(殺し合いに参加していると思っている)を殺し、復讐を果たす
復讐の邪魔となる(と一条が判断した)者、和也の部下にならない者を殺す
復讐の為に利用できそうな人物は利用する
佐原を見つけ出し、カイジの情報を得る
和也を護り切り、『特別ルール』によって村上と共に生還する
利根川とともにアカギを追う、和也から支持を受ける ※利根川とともに、和也の部下になりました。和也とは『和也同盟』と書かれた誓約書を交わしています。
※『特別ルール』――和也の派閥のみがゲームで残った場合、和也の権力を以って、 その派閥全員を脱出させるという特別ルールが存在すると信じています。(『特別ルール』は和也の嘘です)
※通常支給品×5(食料のみ4)は、重いのでE-5ギャンブルルーム内に置いてあります。
【鷲巣巌】
[状態]:疲労、膝裏にゴム弾による打撲、右腕にヒビ、肋骨にヒビ、腹部に打撲 →怪我はすべて手当済
[道具]:不明支給品0〜2 通常支給品 防弾チョッキ 拳銃(銃口が曲がっている) 鋏(医療用) 松葉杖 天の首輪
[所持金]:500円
[思考]:零、沢田を殺す
平井銀二に注目
アカギの指示で首輪を集める(やる気なし)
和也とは組みたくない、むしろ、殺したい 病院内を探索する。
※赤木しげるに、回数は有限で協力する。(回数はアカギと鷲巣のみが知っています)
※赤木しげるに100万分の借り。
※赤木しげると第二回放送の前に病院前で合流する約束をしました。
※鷲巣は、拳銃を発砲すれば暴発すると考えていますが、その結果は次の書き手さんにお任せします。
※主催者を把握しています。そのため、『特別ルール』を信じてしまっています。
※天のデイバッグを手に入れましたが、まだ中身は確認していません。
こちらで以上です。
乙です
パロロワらしくてドキドキする展開!
投下乙です。天さん死んでからもカワイソス
この二人はバトル必至になるのか回避するのかwktk
鷲巣様の所持金がw
保守
ずっとパソコン規制…。
ワクテカしつつ待ってるよ
フラグ乙
次の書き手はどうするんだろうか
予約キタワァ
ひろ・・・主役になった・・・
薄靄の森の中、黒沢は石田の姿を捜し求めていた。
大声で名前を呼びたかったが、いつ誰に襲われるか分からない状態で、周囲に己の位置を知らせるような愚は冒すまいとグッとこらえていた。
自分が襲われるのはまだいい。声を上げてこちらへ呼び寄せた時、石田の方が先に襲われないとも限らない。
空は少しずつ白み始めている。
日が昇り始め、陰気な宵闇から逃れて、閉塞感から開放された様な、ホッとした気持ちになる。
状況は何も好転していない。だが、ゲームが始まってからずっと緊張感を強いられ続けた為、疲労の蓄積によって感覚が麻痺してきているのだ。
(ぐっ…いかんいかん…!)
黒沢は首をぶるぶると振った。
(先程の大きな音…!まるで…まるで何かが爆発したようなあの音…。
そして、石田さんが「ダイナマイトを落とした」と嘆いていた事実…!)
その二つを結び付けるにはまだ情報が足らない。…だが、酷く嫌な予感がする。
腹の底からざわざわと這い登ってくる黒い不快感を無理やり捻じ伏せながら、黒沢は必死に石田を探した。
◆
火は周囲の木々を焼き尽くし、少しずつ火勢を弱めてきていた。
沙織は、ぼんやりと虚ろな目で、石田のいた辺りに視線を彷徨わせながら、座り込んでいた。
(…アツイ)
熱い空気が沙織の濡れた頬を撫でる。だが、沙織はそこから動けなかった。
ここに座り込んでいたら焼け死んでしまう、それは頭の片隅で理解していた。
だが、立ち上がれなかった。己の生きている意味、生きる意義が見出せない。
それは他人を犠牲にしてでも踏み台にしてでも主張していい権利なのだろうか?
今の沙織には、そういった『言葉』は沸いて来ない。ただ、胸の奥を渦巻く罪悪感だけが、沙織を縛りつけ動けなくしていた。
『……げて…くれ……』『早く……逃げて……』
沙織の罪を赦そうとした者の声、沙織を『生かした』者の声が耳の奥で木霊している。
それでも、沙織はその場から動けない。
ふと、沙織の手元から何かがボトリ、と落ちた。ぼんやりとしたまま、音のした方を見る。
それは、先程無意識に拾い上げた首輪だった。石田の…
「……ああ」
沙織は震える指を伸ばし、再び石田の首輪を拾う。
「……守、らなきゃ」
沙織は首輪を両手でそっと包み、ぼそりと呟いた。
「『この子』…守ってくれた………わた……私も…守らなきゃ………」
沙織は、石田の首輪を大事そうに握り締めると、その『首輪』に向かってブツブツと言葉を紡ぐ。
そして、燃え盛る火に背を向け、足をもつれさせながら逃げていった。
◆
「くそっ…」
遠藤は、もう何度目かも分からない悪態を吐きながら、毛布をかぶったままの治の死体から離れて座り込んでいた。
血の匂いが鼻腔をくすぐる。後味の悪い殺害。…いや、後味のいい殺害などあるはずもないが。
「…ここでじっとしているのはまずいな…」
茫然自失だった遠藤だが、時間が経つにつれ少しづつ頭が働き始める。
田中沙織より先に石田を見つけた黒沢が、戻って来るかもしれない。治を殺してしまった今、黒沢は遠藤を敵と見做すだろう。
もし黒沢や石田が田中沙織に出会い、死ぬか重症になっていたとしても、次は遠藤自身が田中沙織に狙われる番だ。
まして、今はこんな手負いの身…。
「八方ふさがりだ、くそっ…」
策はない。今するべき事はどの方角へ逃げるのが一番逃げ延びる確率が高いかを見極めることだ。
遠藤はノートパソコンを開き、電源を入れた。
◆
「アンタは…!」
茂みの間から、黒沢の視界に突如飛び出したのは、数時間前に自分達を騙して襲った女、田中沙織。
「ああっ…」
沙織は黒沢の顔を見るなり激しく怯え、その場に座り込んだ。
そのまま、前のめりに蹲り、体中を激しく震わせている。
「なっ、何だ!?今度は何の演技だっ…!?今更そんな、弱い者のフリなんかしたって騙されるかっ…!」
「あああ……ぅあ、ああう…………」
「ま、またそうやって油断させて、不意を突こうっていうのかっ…!」
「…ゃあ……ああ……あああ……」
沙織は蹲ったまま、言葉にならない叫び声を挙げ首を横に振る。
「…?」
黒沢は近くの木に体を隠しながら、恐々と沙織の方へと目をやる。
どうも様子がおかしい。
いくら演技といっても、前屈みで延髄を晒すのは圧倒的に無防備。力任せに殴りつけられたりすれば危険であることくらい分かるはずだ。
様子を伺っていると、沙織は消え入りそうな小声でブツブツと呟いている。
「…ごめんなさい…ごめんなさい……」
「……い、今更謝ったって、アンタのしたことは……」
言いかける黒沢の耳に、聞きたくなかった言葉、だが全ての要素を繋ぐ言葉が聞こえた。
「……爆発……した……イシダサン……私……庇って……火が……燃えて……いっぱい……熱くて……ああ……あ……!」
沙織は声を詰まらせながらも一息に言うと、顔を上げ、両手で握っていた首輪を掲げて見せた。
「守ってくれた……私……だから……守らなくちゃ……私も…………」
「……それっ…、石田さんの首輪か…!?」
「……お守り…。『この子』、守らなくちゃ…誰にも…壊させない………」
思わず沙織の手の中を覗き込んだ黒沢から逃れるように、沙織は座り込んだまま身を引き、首輪を握り締めた。
沙織の目は焦点が定まらず、宙を見つめたままブツブツと独り言を呟いている。
その尋常ならざる様子に黒沢は驚き、殺されかけたことも忘れて沙織と向かい合う。
「お、おい…い、石田さんの体は…?」
沙織はぼんやりとしたままゆっくりと首を振る。
「光って……それで……全部……いっぱい火が出て……燃えちゃった……」
「うっ…!!」
黒沢は唇を噛み締め、俯いた。
石田の死に激しいショックを受けながらも、黒沢は思考を巡らせていた。
沙織の様子はおかしいものの、発した言葉に嘘はないように思う。
根拠はある。最初に沙織と出会ったとき、黒沢からも、石田からも、ダイナマイトのことは沙織に一言も話していないのである。
だから、『爆発物』と『石田』を関連付けた尤もらしい「嘘」など吐きようがないのだ。
石田は、自分がダイナマイトを落とした事をとても悔やんでいた。
だから見回りの際、ダイナマイトを探して歩いていてもおかしく無い。
そしてダイナマイトが、なにかの切っ掛けで爆発したのだ。もしくは、誰かに拾われて悪用されたか?それを今確かめる術がないが…。
沙織は、石田が沙織を庇ったと言った。
自分を殺しかけた人間を庇えるほどの度胸が石田にあるように見えたか、というと何とも言えないが、
石田が、落としたことを悔やんでいた『ダイナマイト』から沙織を助けた、ということなら、石田の人間性を考えると十分納得できる。
(………本当にそうか?
石田さんからダイナマイトのことを聞き出してから、沙織は石田さんを殺し、今、俺の前で演技をしているのではないか…?)
そういった疑問も湧き上がる。何せ一度騙され、殺されかけているのだ。
…だが、それにしては演技が過剰すぎる。目の前の沙織はあまりに無防備で、正気を失っているように見える。
(…どうするべきだ…?彼女が迫真の演技をしている名女優なら、俺は一目散にここから逃げるべきだが、でも…)
黒沢はもう一つの可能性を考え、奥歯を噛み締める。
(石田さんが、彼女を庇って死んだのなら……)
「おい、あまり歩く速度を緩めないでくれ…!」
黒沢は、自分の横を後れがちに歩く沙織に向かって言った。
「まだアンタを信用したわけじゃない。後ろに立たれると怖いから、なるべく見えるところで歩いてくれって…!」
沙織は心ここにあらずといった感じで、ぼんやりと足を引きずり気味に歩く。時折、ブツブツと手の中の首輪に話しかけては、大事そうに握り締める。
「……まぁ……そんな風になっちまっても仕方ないんだろうな。こんな恐ろしい島で、殺すだの殺されるだのやってりゃあ、誰だって…」
美心が殺されたときを思い出し、グッと言葉を詰まらせる。目頭が熱くなる。
「……っ、クソっ、何だって殺し合わなきゃならないんだっ…!」
黒沢は吐き捨てるように言うと、拳を握り締めた。
(石田さんは、この人を庇って死んだ。なら、遺志は出来るだけ引き継がないとな…!
…殺さなければ、殺されていた。確かそう言ってたな、この人も……。
生きるために殺すか、殺されるか………どちらが正しいかなんて、分かるはずもねえっ…!)
「……あの民家だ。治…。さっきアンタに診て貰おうとした患者が、この中で寝ている。」
C-4の民家の前まで辿り着き、黒沢は沙織の顔を見ながら言った。
沙織は相変わらずぼんやりとした表情だったが、その瞳が僅かに揺れた気がした。
ここ、知ってる、と沙織は呟いたのだが、その声は小さすぎて黒沢の耳に届かなかった。
「今度こそ、診て貰えないか?…手術しろとか、治療しろなんて無茶は言わん。看護士として、看てやってくれないか…?」
黒沢は、沙織に話しかけながら、自分が暴走族の若者らとの戦いで頭を何度も殴られ、死線を彷徨ったことを思い出していた。
酷い目に遭ったし、そのために借金も出来てしまったが、今思えばなんと恵まれた世界にいたことか。
119番に電話すれば救急車が来て医者の下に連れてってくれる。
…救急が来るまで、みんな…あの時、周りにいた仲間が泣いてくれて、手を握ってくれて……
……そうだ。せめて、出来るだけ治の傍についていてやりたい。治療が絶望的な今、せめて……!
そんなことを考えながら、黒沢は民家の玄関を開けた。
◆
遠藤は、手馴れた手つきでノートパソコンを操作しながら送られてきたデータを確認する。
データによると、後で補足されたものなのか、黒沢はダイナマイトを『床下収納』へ仕舞ったと発言した、という記述があった。
遠藤は苦虫を噛み潰したような顔でモニターの文字を睨みつける。この一言、たった一言が一時間前に送信されていれば、治を殺す必要も無かったのだ。
データは一時間ごとに更新されているが、出来事が実際に起きた瞬間から、情報を収集して取りまとめるまでの間にタイムラグがあるということだ。…考えてみれば当然の事だが。
ダイナマイトの回収は後回しにし、遠藤は再びノートパソコンのモニターに目を落とす。
「…石田が死んだ…。」
石田の死因は、火事の延焼から、落ちていたダイナマイトに引火し、爆発したところを巻き込まれたから…らしい。
らしいというのは、火事や爆発による轟音、周囲の監視カメラの焼失により、判断材料が少なかった為だ。
轟音によって、会話も正確に拾えなかったらしい。
爆発があった時、傍には田中沙織がいて、沙織はやっかいなことにまだ生き残っている。
モニターには黒沢と田中沙織が接触し、黒沢が警戒の声を上げたところまでが最新情報として更新された。
「黒沢と田中沙織が接触か…。こりゃあ、黒沢も死んだな」
沙織と遭遇し、派手に撃ち合いをやった遠藤にとって、それ以外の結果があるなど思いつくはずも無かった。
まして、どうやって石田が死に、沙織が生き残ったかの経緯がデータでは曖昧になっていたから、なおさら疑問に思いようが無い。
遠藤は油断していた。データが更新されるのは一時間ごと、そして情報の不完全さ、タイムラグがあると分かっていたのにも関わらず。
もし黒沢若しくは沙織が「最新情報」からすぐに移動していたら、隣のエリアであるこの民家に辿り着く時にはまだ次の最新情報が流れてこない。
疲労が体中を覆っていた為、判断力が鈍り始めていたのだ。
データを洗い浚い調べてから、ようやく体を起こした。台所床下にあるダイナマイトを回収して勝手口から逃げようと考える。
先程家の中に引き入れておいたキャリーワゴンに体を預けようとしていたその時、玄関の扉が開いた。
「……っ!?」
「あ…!?」
遠藤は黒沢の顔を見るなり、驚きのあまり体制を崩してキャリーワゴンの上に倒れ込んだ。
黒沢が沙織と接触した時点で死んだものと思い込んでいた遠藤にとって、幽霊でも見たかのような衝撃であったのだ。
「……な、なぜ生きて…!?」
「治っ…!」
黒沢は、床に毛布で顔を包まれて血塗れになって倒れていた人物を、服装や状況から治だと気づいて声を上げた。
黒沢の後ろから、沙織が顔を出し、治の死体を見て悲鳴を上げる。
「きゃああっ!!!!!!あああっ!!!」
「う、うわあああああああ!!!」
遠藤にとって、沙織は死神に等しい存在である。黒沢の『幽霊』に加え沙織の姿を見て、遠藤は恐慌状態に陥り、キャリーワゴンから崩れ落ちた。
黒沢は、床にへたり込んだ遠藤に近づいて胸倉を掴み、怒りに任せて問い詰めた。
「お前っ…!治を…治を殺したのかっ…!!」
「………うっ…」
「何故…!?治は、昏睡状態で何も抵抗出来なかったはずだ…!何故…!何故殺したっ…!」
「…違うっ…!この男は目を覚ました…!それで、部屋を物色しようとしていた俺の、傷口に噛み付いてきて、それで…!」
遠藤は、ただただ必死に釈明した。銃を取り出すことを思いつくよりも先に、言葉が溢れてきて止まらなかった。
「俺だって、殺したくて殺した訳じゃねえっ!!仕方なかったんだ、ただ、ダイナマイトが見つからなくて……」
「…!?ダイナマっ……な、何で知ってるんだ、それっ……!」
「そ、それは…。いや、それよりもお前さん、何故田中沙織と一緒にいるっ…!?そいつは超一級の危険人物だ…!!殺されるぞ…!!」
「知ってるさ、そんな事は…!」
黒沢は、遠藤から手を離し、沙織の方へと視線を向ける。
沙織は、治の死体や、遠藤と黒沢の怒鳴り合いに怯え、啜り泣きながら部屋の隅に縮こまっていた。
「彼女は…。田中さんは、酷い目に遭い過ぎた…!だからおかしくなってしまったんだっ…!
だが、見てみろっ…!今は戦意のカケラもねえ…!」
黒沢は、沙織の傍まで歩いていき、安心させるように沙織の肩に手を置く。
カチリ、と金属が擦れ合う音がして、黒沢は後ろを振り向いた。
「……フン。馬鹿がっ…!そんな演技に騙されるとはな…!」
遠藤は、床に座りこんだまま黒沢に銃を向けていた。黒沢は動揺する素振りもなく、鋭い眼差しでじっと遠藤の持つ銃を見ている。
治の死に方、毛布にあいた穴から、銃を遠藤が持っていることは察していた。
「…どいてろ。俺が今からその女を殺してやる。見たところやっかいなマシンガンも無くしたようだし、絶好のチャンスだ…!
どかねぇならお前から撃つぞ…!」
「……アンタ、名前は?」
「…は?」
黒沢の問いに、遠藤は頓狂な声を上げる。
「……冥土の土産に聞いておきたいのか…?…いいだろう。俺は遠藤だ」
「そうか…。遠藤さん、銃口が震えてるぞ」
「……っ…!」
「アンタ、今さっきなんて言った?『殺したくて殺した訳じゃない』って言ってなかったか?」
「だったら何だってんだ……」
「なら、殺すな…!その震えはアンタの良心だ…!アンタも、田中さんに襲われたり、酷い目に遭ったのかも知れん。
だが、それは田中さんも同じこと…!」
「……何、綺麗ごと言ってやがる…!」
「だいたい、俺と田中さん殺して、その後どうするんだ?見たところ足も肩も怪我してる。満身創痍じゃねえか」
「…だから、何だ…?」
「田中さんは、元看護士さんだから、看て貰ったらどうだ…?」
黒沢の提案に、遠藤は腰を抜かしそうになった。
「何いっ!?ば、馬鹿言えっ…!そんな恐ろしい真似出来るかっ…!」
黒沢は、そんな遠藤の態度をよそに愚痴り始めた。
「…だいたい、何で…。何で殺し合わなきゃならん!!お互いに持ち慣れない武器持って、何でこんなこと…!」
「…そりゃ、優勝して生還、賞金十億もらう為だろうが…!」
「ふざけるなっ…!そんなモン知るかっ!」
「………いや、知るかってそういうルール…」
「ルールなんて知るかっ!があっ!!」
「…………………………。」
「俺は縛られないっ…!何者にも縛られたくないっ…!夜の校舎で窓ガラス割ってから、盗んだバイクで走り出してやるっ…!」
……黒沢は他にも何か叫んでいたが、それ以上聞くことを遠藤の耳が拒否した。
(…俺は、こんなのを頼ろうなんてさっきまで考えてたのか………)
傷口から入った黴菌のせいと、改めて見込み違いだったと感じたショックのせいで熱が上がり、遠藤はクラクラと眩暈を起こした。
……「強運」の森田に比べると、黒沢は不運というか、厄介ごとに巻き込まれるのが得意だということまでは、遠藤の持つデータには載っていない。
「治……。」
ひとしきり騒いだ後、黒沢は治の死体に目を落とし、唇を噛んだ。石田も、治も死んでしまった。
「遠藤さん」
「……何だ」
熱でフラフラとする頭を抱えながら、遠藤は半ばヤケになって返事をする。
「治を、どこかに埋めてやりたいんだが…。手伝ってくれるか」
「は…?」
何を言っているのか理解しかねるといった遠藤を横目に、黒沢は言った。
「生きている者の自己満足かも知れないが…、少しは心が楽になる。田中さん、アンタもだ」
黒沢は、後ろを振り向いて沙織に話しかけた。沙織は部屋の隅に蹲ったまま、視点の定まらない瞳を虚空に彷徨わせ続けている。
205 :
疲労11/12 ◇6lu8FNGFaw(代理):2010/06/20(日) 23:38:50 ID:1a7oHSPI
【C-4/民家/黎明】
【黒沢】
[状態]:健康 やや精神高揚 軽い疲労
[道具]:不明支給品0〜3 支給品一式×2 金属のシャベル 小型ラジカセ 特殊カラースプレー(赤)
[所持金]:2000万円
[思考]:カイジ君を探す 美心のメッセージをカイジ君に伝える 情報を集める 今後について考える 沙織を保護する 治を埋葬したい
※メッセージは最初の部分しか聞いてません。
※田中沙織を、石田さんの遺志を継いで守ろうと考えていますが、まだ警戒しています。
※デイバック×3は【C-4/民家】に放置されています。石田のダイナマイト4本は民家の床下収納内に置かれたままです。
【遠藤勇次】
[状態]:右肩銃創(痛むが腕を軽く動かすことは可能) 左足首を複雑骨折(応急処置済)と咬み傷 頬に火傷 微熱 疲労 精神消耗
[道具]:参加候補者名簿 コルトパイソン357マグナム(残り4発) キャリーワゴン(島内を移動する為に使う)
ノートパソコン(データインストール済) バッテリー多数 CD−R(森田のフロッピーのデータ) 不明支給品0〜1 支給品一式
[所持金]:800万円
[思考]:森田、南郷、佐原から逃げる 沙織をなんとかしたい 黒沢をなんとかしたい ダイナマイトを回収したい
※森田に支給品は参加候補者名簿だけと言いましたが、他に隠し持っている可能性もあります。
※森田の持っていたフロッピーのバックアップを取ってあったので、情報を受信することができます。 データ受信に3〜5分ほどかかります。
※遠藤の首輪は、大型火災によって電池内の水分が蒸発し、夜中3時頃に機能停止しています。データには偽の情報が送られているため遠藤はまだ気がついていません。
【田中沙織】
[状態]:精神崩壊 重度の精神消耗 肩に軽い打撲、擦り傷 腹部に打撲 右腕に軽い切傷 背中に軽い打撲
[道具]:支給品一式×3(ペンのみ1つ) 30発マガジン×3 マガジン防弾ヘルメット 参加者名簿 ボウガン ボウガンの矢(残り6本) 手榴弾×1 石田の首輪
[所持金]:1億200万円
[思考]:石田(の首輪)を守りたい 絶望 武器が欲しい 死にたくない 一条、利根川幸雄、兵藤和也、鷲巣巌に警戒 カイジから逃れる 涯、赤松、その二人と合流した人物(確認できず)に警戒
※沙織の首輪は、大型火災によって電池内の水分が蒸発し、2日目夜18時30分頃に機能停止する予定。(沙織は気がついていません)
※標の首を確認したことから、この島には有賀のような殺人鬼がいると警戒しています。
※サブマシンガンウージー(弾切れ)、三好の支給品である、グレネードランチャー ゴム弾×8 木刀 支給品一式、有賀が残した不明支給品×6がD-5の別荘に放置されております。
※イングラムM11は石田の側にありますが、爆発に巻き込まれて使用できない可能性があります。
※石田の死により、精神的ショックをさらに受けて幼児退行してしまっています。
※石田の首輪はほぼ無傷ですが、システムに何らかの損傷がある可能性があります。
※B-6,C-6,D-6のどこかにダイナマイトが落ちています(残り4本)
※石田の荷物は【C-4/民家】に放置されています。
※この火災により、他のダイナマイトが暴発する危険性があります。
※ショッピングモールの火災は、C-6,D-6まで燃え広がり、収まりつつありますが、まだ落ちているダイナマイトに引火すれば、この他にも燃え広がる可能性があります。
※石田の死体の側にイングラムM11がありますが、爆発に巻き込まれ使用できない可能性があります。
※石田の死体は原型を留めていません。(焼失しました)
以上です。
208 :
マロン名無しさん:2010/06/21(月) 00:20:38 ID:ZT+KWy+8
GJすぎる。治・・・
PCから書き込めない…
乙!沙織がかわいそすぎて辛い。黒沢も仲間が一気にいなくなって…
石田さんと治の為にも生き残ってほしい
乙。これまたいいところで切られたなぁ
遠藤は銃を持ってるけど心が揺れてるっぽいな
これからどうなるのだろうか
乙
遠藤がどう転がるか…
いい人にもなりそうだしマーダーにもなりそうだしあっさり死ぬかも知れんし
ただどんなにシリアスな状況でも黒沢さんは笑わせてくれるw
予約キターーー
ほす
わくわく
215 :
◆uBMOCQkEHY :2010/07/14(水) 00:39:37 ID:/GuTAqK2
アク禁のため、先程、したらばに作品を投下しました。
もし、書き込み可能な方がいらっしゃいましたら、
代理投下をお願い致します。
216 :
英雄 1:2010/07/14(水) 07:42:46 ID:???
――――――英雄とは“自分自身であろう”と求めゆく者のことである。
オルテガ・イ・ガセット
涯は目を開けた。
鬱蒼と木々が茂る森だった。
闇の冷やかさを含んだ風が涯の頬を撫で、身体の熱を奪っていく。
月が雲で隠れているため、森の先は闇に溶け込んで先が見えない。しかし、周囲が見えずとも、直感的に涯は感じていた。ここは見覚えのある風景、かつて来たことがある場所だと――。
「いい風だ・・・」
聞き覚えのある声に、涯は反射的に振り返った。
再び、風が吹いた。
その風で雲に隠れていた月が顔を覗かせ、周囲を再び照らし出す。
月光がその声の主の輪郭をはっきり映し出した。
――あ・・・
声の主は今、そこにいるべき人間であり、そして、存在するはずのない人間だった。
――あ・・・赤松っ!
涯の目の前にいたのは田中沙織から涯を庇い、命を落とした赤松修平、その人であった。
赤松は思い出に耽るかのように、柔和な表情で遠くを見つめている。
赤松の腕には涯のYシャツが巻かれ、フォークできつく結び付けられていた。
――ここは・・・!
涯は周囲を見渡した。見たことがある風景のはずである。
ここは田中沙織と出会い、襲われた森の中なのだから・・・。
赤松の様子から察して、田中沙織を説得した後、彼女と別れ、休んでいた時とそっくりそのままの状況のようである。
――なぜ・・・?
涯の心臓が早鐘を打つ。
なぜ、赤松は生きているのか。
なぜ、あの場面に戻っているのか。
疑問が頭の中で理性を引っ掻きまわす。
涯はそれまで多くの修羅場をくぐり抜けており、ちょっとやそっとの困難では動じない少年である。
しかし、過去に戻ったという受け入れられない状況、そして、この先に待ち構えている田中沙織の襲撃、赤松の死。
これらの怒涛の惨劇、身が引き裂かれるような痛哭を瞬時に整理できるほど、少年の心は成熟しきっていなかった。
――オレは・・・オレは・・・
「涯君・・・」
涯を諭すように発せられた有情の一言。
――あ・・・
生前と何一つ変わることのない、囁きかけるかのような柔和な声色――赤松という男の性質を表わすかのような声色。
涯の乱れた鼓動が朝日に照らされた潮騒のように穏やかに静まっていく。
涯は冷静さを取り戻していった。
218 :
英雄 3:2010/07/14(水) 07:46:27 ID:???
確かに今は理解しがたい状況ではある。
しかし、この状況をとりあえず理屈抜きで受け入れられる余裕が涯に生まれていた。
赤松は自分の一言が涯の混乱を収めたとは知らない。知らないまま、申し訳なさそうに俯いた。
「・・・さっきは・・・首を絞めてしまって悪かった・・・」
――赤松・・・どうして謝・・・
「勘違いなんだろ・・・」
涯は愕然とした。
涯が言わんとしていた言葉とは全くの別物のセリフ。涯は驚きのあまり己の口を手でふさごうとした。しかし、腕が、指が、全く動かない。
――つまり・・・これは・・・
この瞬間、涯は悟った。
今、目の前にある景色は、現実ではなくて、記憶の断片。
記憶が再生されているだけで、目の前の赤松も、実際の赤松ではなく、記憶が映し出している場面の一コマでしかないと。
役者としての涯は一字一句間違えることなく、次のセリフを口にする。
「状況が状況だ・・・別に恨んではいない・・・
それに今のオレたちは利害が一致している・・・
そんな感情的な問題は関係を無駄にこじらせるだけだ・・・」
「そうか・・・」
あの時のあの場面の会話、仕草が、涯の意思とは関係なく、台本通りに淡々と再演される。
涯は不思議な感情に囚われていた。
表面の自分は記憶通りの行動を忠実に再現している。
しかし、内なる自分は映画でも見ているかのように、その場面を眺めている。
表面と内なる自分の間には厚い膜が貼っており、それが二つの自分をつなげる回路を遮断し、この舞台の中断を防いでいた。
無言と木々の擦れ合う音がその場を支配する。
場面を演じる涯は気恥ずかしそうに言葉を濁す。
「赤松・・・さっきは・・・その・・・」
この時の感情を涯は覚えている。
赤松に礼が言いたかった。
涯は人を殺めたという罪の意識に苛まれ、その罪に押し潰されそうになった。
殺人という手段を何の疑問も抱くことなく実行した事実もそうだが、殺人という行為に対して、もっともらしい自己弁解を繰り返し、その事実から目を逸らし続けた己の惰弱さが腹立たしかった。
つまり、涯は自分が許せなかった。
そんな自分を許しても構わないと悟らせたのが赤松だった。
もし、この考えに気付くことがなければ、涯は己の罪を否定するかのように、多くの人間を傷付けていたに違いない。
その意味では赤松に感謝している。
しかし、赤松は少々お節介すぎた。
今でこそ、赤松の考えを受け入れてはいるが、当時は思想を押し付けられたという嫌悪感を少なからず抱いていた。
他人に屈従することと意見を受け入れることの違いを理解しきれていない、少年らしい反発であった。
結果的に、この反発心が赤松に礼を言うタイミングを永遠に失わせてしまった。
220 :
英雄 5:2010/07/14(水) 08:56:17 ID:???
――オレがあの場面で躊躇しなければ・・・
涯は当時の行動を後悔する。
しかし、涯が感謝の言葉を口にできなかったのにはもう一つ理由があった。
――田中沙織が・・・
涯がその言葉を口にしようとした瞬間、田中沙織が現れ、赤松の注意がそちらへ移ってしまったからだ。
「あれは・・・」
赤松の視線は涯から道路の先へ移動する。
まさに筋書き通りの行動。
このまま進めば、待ち受けているのは筋書き通りの惨劇――田中沙織が赤松にボウガンを放ち、そして、赤松は――
221 :
英雄 6:2010/07/14(水) 08:56:50 ID:???
「ダメだっ!!!」
涯は目を開けた。
視界に飛び込んできたのは薄暗い天井だった。
「ここは・・・」
「随分・・・うなされていたようだな・・・」
涯はゆっくり身を起こし、声の方を振り返る。
目の前にいたのは赤松ではなく、沢田だった。
沢田は月光を背負い、玄関の扉に寄りかかって涯を見つめている。
その手には暇つぶしのためなのか、標のメモ帳が握られていた。
涯は夢と同じように周囲を見回した。
青臭い畳にちゃぶ台、一昔前であれば、どこにでも見られそうな民家であり、涯の横ではカイジと零がすやすやと寝息を立てている。
沢田は畳に腰を下ろし、涯にタオルを差し出した。
「とりあえず、汗を拭え・・・」
涯は黙ってそれを受け取ると、顔に押し付け、擦った。皿を拭くかのように無頓着に汗を拭う。
沢田はそんな涯を見据えながら呟いた。
「もしかして・・・赤松のこと・・・考えていたのか・・・」
涯の腕がぴたりと止まった。
涯の顔がみるみる渋る。そこにあったのは心を見透かされたという“いたたまれない恥”の感情であった。
沢田は微苦笑を浮かべる。
「いや・・・丁度、オレが考えていたから・・・お前もかなって・・・」
本音を言えば、涯が寝言で赤松の名前を洩らしていたからこそ、知りえていた事柄である。
だが、それを大っぴらに公言してはならない。
涯と行動を共にして察したことであるが、涯は己のテリトリーの侵入に対して過敏に反応する嫌いがある。
特に赤松の事となれば、涯にとっては大変デリケートな部分に当たる。
偶然を装い、嘯いていた方が、涯本人にとっては精神的に楽に感じるはずであろう。
沢田は“不愉快にさせてしまったのであれば、すまない・・・”と詫びを口にすると、立ち上がり、玄関先に戻ろうとする。
「沢田さん・・・聞いてほしい・・・」
沢田は足を止めた。
涯は先程見た不思議な夢について、そして、己の内の中に蟠る後悔の念について語り始めた。
涯の口から刺繍の糸が解けるかのように説明がするすると紡がれていく。
涯の言葉は常に端的でかつ要領を得たものである。
しかし、同時に必要以上のことは表現しないため、時に機械的、無感覚さを感じることがある。
沢田が涯の感情の起伏を感じる時は、他人に強悍を見せつける怒りの感情を表わす時くらいだろう。
その涯が己の見た夢を――赤松に詫びたかったという弱さを含めて、胸の内を饒舌に語ったのだ。
沢田は涯の言葉に頷きながら、涯にとって赤松がいかに大きな存在であったのかを理解せずにはいられなかった。
涯は一通り話すと、自嘲を浮かべる。
「オレ・・・アイツに詫びたかった・・・礼を言いたかった・・・だが、下らない見栄や意地のせいで永久に機会を失った・・・それに・・・」
「それに・・・」
涯は沢田から目を逸らし逡巡する。
しかし、黙っていた所でしょうがないと諦念したのか、沈んだ声を洩らした。
「あの時・・・オレがもっと早くに田中沙織の行動を察知していれば・・・赤松は・・・死なずにすんだのかもしれない・・・」
「涯・・・」
涯の心は赤松に対する自責の念に駆られていた。
おそらく、涯はこれからもこの場面の夢を見て、その度に悔悟し続けるだろう。
今の涯に必要なのは、それを受け入れ、目標へ進む力だ。
「涯・・・面白いこと・・・教えてやろうか・・・」
沢田は涯に標のメモ帳を手渡す。
「このメモ帳・・・ちょっと目を通してみろ・・・」
涯は言われた通りに、メモ帳をペラペラと捲り、斜め読みの要領でページを追っていく。
涯はあることに気付いた。
メモの記述の大半はこのバトルロワイアルのヒントとなりそうな場所、人物についてである。
しかし、そのページの途中途中で目につくのは赤松の記述なのだ。
「これは・・・」
「おそらくだが・・・標は赤松もバトルロワイアルを潰すために必要なピースと捉えていた・・・だから、ほかの記述と隔たりなくメモに書き記した・・・というところか・・・」
涯は黙って赤松の項目を拾っていった。
赤松には妻と二人の子供がいること。
“穴平建設”という会社で現場監督をしていること。
このような経歴的な話から、妻にこのゲームに参加することを明かさなかったことへの後悔、もし、帰れたら、妻に詫びを言いたいという思いなど、内面的なことまで事細かに記されていた。
「赤松・・・」
ページが進むうちに赤松の別の面が見えてくる。
しかし、それは意外性に飛んだものではなく、予想通りの人柄を指し示すもの――あのお人よしの性質を証明するものであった。
224 :
英雄 9:2010/07/14(水) 09:32:05 ID:???
そして、それを確固たるものとした記述が――
「このギャンブルに参加したのは・・・黒沢って男の治療費を集めるため・・・だと・・・」
この意外な理由にはさすがに涯も閉口する。
沢田は涯から一旦、メモを返してもらうと、別のページを開き、涯に再び渡した。
「そこのページを読んでもらえば分かるが・・・黒沢って男はヤンキーの襲撃からホームレスを守り、大けがを負った・・・
で・・・その治療には何千万もかかる・・・
赤松はな・・・こう考えたそうだ・・・その金を稼ぐためなら・・・この男のためになら、危険なギャンブルに身を投じるだけの価値がある・・・と・・・」
涯は沢田が開いてくれたページに目を通す。
標のメモは常に簡略的に且つ客観的に事象を記している。
標たちが首輪を手に入れた経緯を例にあげると、
“村岡、死体から首輪、赤松さんに渡す。目的は仲間になること”
という具合に。
勿論、この黒沢の箇所もその程度の箇条書きでしかない。
しかし、事柄だけを淡々と並べたメモの中で、赤松が黒沢に抱く畏敬の念の行はどこか抒情的であり、他の項目と比較してもどこか異質な雰囲気を放っていた。
読み返せば読み返すほど、この文が赤松の声で聞こえてくる錯覚を覚える程に。
沢田は頭を掻きながら苦笑を浮かべた。
尊敬する男のためにギャンブルに参加する。
仮に殺し合いのゲームであった真実を知らされていなかったという事実を差し引いたとしても、愚鈍すぎる選択としか言いようがない。
しかし、この愚鈍さは赤松修平らしい生き方であり、また、沢田が理想とする生き方でもあった。
支援
226 :
英雄 10:2010/07/14(水) 17:17:46 ID:???
沢田は苦笑を収め、話を続けた。
「で、ひでぇ話だが・・・その黒沢は・・・このゲームに参加しているっ・・・!」
ここで沢田は零のディバックから参加者名簿を取り出した。
涯はそれを受け取り、ページをめくる。
“黒沢”という名前はすぐに見つかった。
涯の脳裏に、実は同姓同名の別の人物ではないかという考えも過った。
しかし、赤松と同じ“穴平建設”に勤務しているという説明文を読んでその期待は簡単に吹き飛んでしまった。
沢田はかつて赤松が涯にしたように、諭すように語りかける。
「涯・・・赤松もな・・・お前と同じようにやり残したことがあって、多分、死んだことを後悔しているはずなんだ・・・
だから、お前が赤松のやり残したことを引き継ぐんだ・・・あいつの代わりに家族に詫びること・・・田中沙織を脱出させること・・・そして、黒沢という参加者を助けること・・・
そして、伝えていくんだ・・・お前が見た赤松修平の生き様・・・あいつの“侠”を・・・それがお前のできる赤松への“礼”の示し方だ・・・!」
涯は呆然と沢田を見遣るも、やがて肩から力を抜き、頷いた。
「分かった・・・」
沢田は涯から張り詰めた負の感情がなくなったことを感じ取り、安堵を浮かべる。
――これで一先ず、悩みから解放されるだろう・・・
「ところでさ・・・」
涯の呟きに沢田は“どうした・・・?”と穏やかに尋ねる。
「黒沢って・・・どんな奴だろうな・・・」
「うーん・・・黒沢か・・・」
沢田は腕を組みながら、黒沢という人間像を考察する。
「なんだかスケールが大きそうで想像もつかないが・・・ここで一つ言えるとしたら・・・」
沢田はまるで赤松と目を合わしたかのようにクスッと笑いを洩らした。
「赤松にとって、黒沢って男は“英雄”だった・・・のかもな・・・」
227 :
英雄 11:2010/07/14(水) 17:18:37 ID:???
「治を、どこかに埋めてやりたいんだが…。手伝ってくれるか」
「は…?」
何を言っているのか理解しかねるといった遠藤を横目に、黒沢は言った。
「生きている者の自己満足かも知れないが…、少しは心が楽になる。田中さん、アンタもだ」
しかし、黒沢の言葉が耳には入らないのか、沙織は呆けた表情のまま遠くを見つめている。
遠藤は肩をわなわなと震わせ、憤激を露わにする。
「オレは反対だっ・・・!なんでそんなことをしなくちゃいけないっ・・・!」
確かに黒沢の言う通り、もしかしたら、罪の意識は薄れるかもしれない。
しかし、埋葬という儀式の間、遠藤は頭から血を流して息絶えた治を直視し続けなければならないのだ。
治の亡骸は無言のまま訴え続けるだろう。
“どうして、僕は死ななければならなかったのですか?”
“僕は死にたくない・・・”
“とても痛い・・・助けて・・・”
この黙然たる訴えは、遠藤にとって、鋭利に研ぎ上げた刀で切りつけられるに等しかった。
本人は気付いていないが、その刀は取り返しのつかない罪を憎む遠藤の良識でもあった。
遠藤はどこまでも常人であった。
常人であったが故に持ち合わせていなかった。
涯のように己の罪科を受け入れる勇気を、沙織のように罪と己を放棄する勇気を。
だからこそ、遠藤はいつまでも罪の重さから抜け出すことができず、己を責め立てる声に怯え続けなければならなかった。
まさにそれは出口のない迷路のような悲嘆の責め苦。
遠藤の駄々っ子のような反論は良心の呵責からの逃避に他ならなかった。
228 :
英雄 12:2010/07/14(水) 17:19:21 ID:???
しかし、遠藤の心情など知らない黒沢は尚も突っぱねる。
「何が何でも三人で埋葬するんだっ・・・!」
「嫌だっ!!」
「なんで、反対するんだっ・・・!」
「嫌だからだっ!!!」
こんな子供の口喧嘩のような押し問答が何度も繰り返された。
やがて、黒沢はふと尋ねる。
「そういえば・・・どうしてアンタはダイナマイトのこと・・・知っていたんだ・・・?」
「それは・・・」
遠藤は気まずそうに口ごもる。
先程、治のことを問われ、言い訳の如く口を滑らせてしまったことを思い出した。
あの時は遠藤も黒沢も治の死に重きを置いていたため、軽く流されてしまっていたが、ここに来て運悪く黒沢がそのことを思い出してしまったのだ。
勿論、遠藤がダイナマイトのことを知りえたのは参加者のデータを送信するフロッピーを持っていたからである。
遠藤は己の失態に舌打ちをし、無言を貫く。
黒沢はなぜ、遠藤が石田の持ち物であったダイナマイトの存在を知りえていたのかを考えていく内にあることに気付いた。
遠藤のディバックが不自然に膨らんでいることを。
黒沢は遠藤に近づき、手を伸ばす。
229 :
英雄 13:2010/07/14(水) 17:21:16 ID:???
「支給品に秘密がありそうだな・・・お前のバック・・・ちょっと見せてくれないか・・・」
「えっ・・・ふざけるなっ!!!」
遠藤は思わず、自身のディバックを抱え込む。
一種の防衛本能から生まれた行動であるが、それはディバックに秘密があると告げているようなもの。
いよいよ確信を覚えた黒沢は遠藤のディバックに掴みかかる。
「一体、お前は何を持っているんだっ!!!」
「やめろっ!!!」
黒沢の猛攻に対して、遠藤はディバックを奪われまいと、必死に抵抗する。
しかし、骨折など大けがを負った遠藤に対して、無傷の黒沢。
しかも、黒沢は仕事柄、体力だけには自信がある。
どちらに軍配が上がるのかは至極当然の結果であった。
はたして、黒沢は大人が赤子からおもちゃを取り上げるかのように、遠藤からディバックを奪ってしまった。
「か・・・返せっ!!」
遠藤が渾身の力で黒沢に掴みかかる。
しかし、所詮、満身創痍の人間の“渾身”の力である。
黒沢にとっては子犬がじゃれている程度の抵抗でしかない。
さして大した反抗ではないが、やはり気になるものは気になる。
黒沢は遠藤に親指の腹に引っかけた中指を突き出した。
「ちょっと・・・待ってくれないか・・・?」
この直後、遠藤の眉間にぺチンと痛みが炸裂した。
遠藤は“ぐあぁぁぁ・・・!”とうめき声をあげ、仰向けに転倒してしまった。
230 :
英雄 14:2010/07/14(水) 17:22:03 ID:???
「え・・・嘘だろ・・・?」
黒沢は“すまなかった・・・”詫びながらも、複雑そうにため息をつく。
「そこまで痛がらんでも・・・」
黒沢が遠藤にしたのは、世間一般で言う“デコピン”。
勿論、黒沢は牽制目的で放ったため、力はまったくかけていない。
しかし、20年間の土木作業で培かわれた松の幹のように硬い指ともなると話は少し変わってくる。
本人は意識していないが、その威力は遠藤の額を赤く腫れあがらせる程だった。
遠藤は額を抱えながら、あることを思い出した。
――そう言えば、こいつは平手打ちで一人殺してるんだっ・・・!
殺された相手は三好。
頭の打ちどころが悪かった事故だったこともあるが、素手で他者を殺したのは意外なことに現時点では黒沢一人。
裏返せば、黒沢の腕力が規格外の金剛力であるという証明でもあった。
――もし・・・これ以上、抵抗すれば・・・
次の死亡者リストに名前が載るのは自分である。
遠藤からみるみる反発心がそぎ落とされていく。
遠藤は捨て鉢な態度で叫んだ。
「この野郎っ・・・もう勝手にし・・・」
しかし、その言葉はとまった。
遠藤は部屋をきょろきょろと見回す。
「おい・・・田中沙織はどこだっ・・・!」
しえん!
wktk
233 :
英雄 15:2010/07/14(水) 21:45:58 ID:/GuTAqK2
黒沢も沙織を探すが、リビングにはその姿はすでに存在しなかった。
どうも男二人がもみ合っている最中に姿を消したらしい。
「どこにいったんだ・・・アイツ・・・」
「早く見つけるんだっ!!!」
遠藤は怯え混じりの金切り声で黒沢を怒鳴りつける。
黒沢も焦ってはいたが、沙織の脅威を黒沢以上に直接経験しているだけに、遠藤のおののきは黒沢の比でない。
黒沢は遠藤の狼狽に思わず閉口する。
「お・・・おい・・・確かにアイツは殺し合いに乗っていたが・・・今は頭がおかしくなっていて・・・殺意はもうないんだ・・・」
「フン・・・どこまでもヌルい奴だなっ・・・!」
遠藤は危機感の欠片も無い黒沢の当惑をせせら笑う。
「殺意がないだと・・・アイツな・・・助かるためなら何だってするっ・・・!現に、石田のほかに、二人も殺しているんだっ・・・!」
「ふ・・・二人もだと・・・!」
黒沢もこれには絶句する。
あの華奢な身体で、そんな凶行に及ぶことができるのか。
色を失う黒沢に、遠藤は理解の兆しを見届け、更なる追撃をする。
234 :
英雄 16:2010/07/14(水) 22:18:41 ID:/GuTAqK2
「両方男で、しかも、片方は “平成の殺人鬼”・・・有賀研二っ・・・!」
「あ・・・有賀・・・」
有賀研二、この名はニュースに疎い黒沢でも耳にしたことがある。
かつて、関東一円の1都6県で7件の連続殺人事件を起こし、世間を震撼させた殺人犯。
女性や子供など弱者を生きたまま体を切り刻むなどの逸脱した凶悪さは、日本の犯罪史上類を見ない。
「あと・・・もう一人は・・・確か・・・」
ここで遠藤は言葉を詰まらせる。
有賀研二はそのネームバリューから印象深い。
しかし、もう一人の方は無名の一般人であるため、中々名前が出てこなかった。
遠藤は少し考えた後、思い出したらしく、おぼろげな口調で呟く。
「・・・確か・・・赤松修平・・・って名前だったか・・・」
この直後、黒沢は弾けるように廊下へ飛び出した。
赤松修平。
黒沢の同僚であり、黒沢の理想の生き方を常に歩む男だった。
土木の資格を大量に取得し、仕事は出来、家庭を持ち、仲間からは信頼され、穏健で、無欲で――。
あまりにも理想的すぎたために、赤松がどこかで活躍したという話を耳にする度に、不愉快さを覚えることさえあった。
その男がなぜ、このゲームに参加し、田中沙織に殺されたのか。
それを問い質したい一心で、黒沢は沙織の姿を探した。
235 :
英雄 17:2010/07/14(水) 22:21:42 ID:???
「馬鹿なヤツだ・・・」
遠藤は黒沢の醜態を唾棄するように嘲笑う。
あの様子だと、黒沢と赤松という男は面識があるようだ。
今、思い出した事であるが、赤松は工藤涯という少年を殺そうとした沙織を説得し、2000万円を渡した。
しかし、棄権は不可能。
それを知った沙織は無差別殺人、優勝というスタンスを取り、手始めに助けてもらった赤松達に対して恩を仇で返すかのように、その命を狙った。
ここで赤松達が沙織を殺害していればよかった。
現に、赤松達は沙織を気絶させることに成功し、そのチャンスがいくらでもあった。
だが、そのチャンスを“可哀そうだ”という甘っちょろい理由で、見逃したのだ。
結果、赤松は重症の身体で無茶な逃亡を図り、その寿命を縮めてしまった。
その愚鈍さがどこか黒沢と相似しているように思えてならなかった。
――何処までも甘ちゃん・・・!そういう隙を付け込まれた・・・!
赤松や黒沢のようなお人よしは、この謀略渦巻くゲームの中では付け入れられるためにあるようなものだ。
良いように利用され、価値がなくなれば即刻消される。
――そうさ・・・このゲームでは甘さこそ命取りっ・・・!
とにかく勝てば官軍・・・!
どんな外道な行為、理由でも・・・相手が誰であろうと・・・
遠藤は笑った。
赤松の聖者の如き清らかな暗愚さを。
その聖者を死にたくないという俗物的な欲望で惨殺した沙織の痛快さを。
しかし、その嗤笑はやがて陰りを見せる。
「罪のない男を自分本位な理由で殺すか・・・オレと一緒じゃないか・・・」
遠藤の笑いはどこか自嘲めいたものだった。
236 :
英雄 18:2010/07/14(水) 22:25:48 ID:???
黒沢は廊下を見渡した。
廊下はねっとりとした墨汁のような闇が広がり、黒沢の行く手を阻む。
しかし、例外的に先程まで黒沢達がいたリビング、廊下の先にある台所、この二か所には窓があるためか、扉の隙間からぼやけたような光が漏れている。
玄関が開閉する音は聞こえなかった。
だとすれば、沙織はまだ、この民家の中にいると思われる。
歩くのに不自由するほどの闇の中で目指すとすれば、それは光。
――田中沙織がいるのは・・・台所っ・・・!
意を決し、黒沢は台所の扉を開けた。
台所は何もない部屋だった。窓辺に設置されているガスコンロが、ここは台所であると薄弱な主張をしているが、別段、物置と言っても差し支えがなかった。
窓から月明かりが射しこんでいるとは言っても、その閑散さは閉館したダンスホールにどこか通じる。
その部屋の中央に沙織はいた。
漂う霧のようにおぼつかない足取りで台所を旋回する。
沙織の視線は虚空に据えたきり、はたと動かない。
明らかに、沙織は現実ではなく、幻想の中を彷徨っていた。
それが分かっていたとしても、黒沢は沙織の真正面に立ち、その腕を掴む。
「お前・・・赤松を殺したのは・・・本当なのか・・・!」
237 :
英雄 19:2010/07/14(水) 22:27:55 ID:???
「あ・・・あ・・・」
呼びかけた所で、沙織の視線は黒沢と交わることはない。
今の沙織は現実を正しく認識する能力を失っている。
誰の目から見ても、話が通じるようには思えなかった。
それでも黒沢は問い直す。
「頼む・・・教えてくれ・・・赤松は・・・どうなっちまったんだ・・・」
沙織にそれを尋ねるのは砂漠でオアシスを探すほどに無謀で且つ見込みのない行為かもしれない。
けれど、黒沢はそれでも知りたかった、否、知らなければならなかった。事実を。
事実を渇望し、問い質し続ける黒沢の声は怯えた子供のように脆弱に震えていた。
黒沢が何度尋ねたことだろう。
「あ・・・赤松・・・さん・・・」
突然、沙織から言葉が漏れ出したのだ。
「お・・・思い出したのか・・・!」
黒沢は沙織を凝視する。
その直後、黒沢の目に飛び込んできたのは予想だにしなかった光景だった。
「ご・・・ごめんなさい・・・」
沙織の瞳から涙が滲んでいた。慟哭に喉を震わせる。
「ごめん・・・なさい・・・ごめんな・・・さい・・・あ・・・赤松さ・・・ん・・・」
この告白は沙織が赤松の殺害を認めたことに他ならなかった。
238 :
英雄 20:2010/07/14(水) 22:31:03 ID:???
「・・・分かった・・・」
沙織の謝罪は黒沢を叩きのめした。
黒沢は俯いたまま、沙織を手放した。
支えを失った沙織は糸が切れた人形のように、へたり込む。
「あぁ・・・ごめんな・・・さい・・・ごめんなさい・・・あぁ・・・」
謝罪を言うべき相手がすでにこの世に存在しない事実を知ってか知らずか、沙織は懺悔を繰り返す。
黒沢はその場に立ち尽くしながら、拳を震わせ、涙を流した。
赤松の死を知るきっかけは思えばあったのだ。
その機会を黒沢は逃してしまっていた。
否、逃していたのではなくて、目を逸らしていただけなのかもしれない。
心の底で理解することを拒んでいただけなのかもしれない。
嫉妬深く思いながらも、同時に羨望を抱いていた男が、こんな下劣なゲームで自分より早く命を落としていたなどとは――。
赤松には妻がいた、子供がいた。
家族を置いて、客死したことはさぞや無念だっただろう。
赤松の心中を察すれば察するほど、涙を止めずにはいられなかった。
黒沢は嗚咽を洩らしながら、亡き赤松に問いかける。
「どうして・・・赤松っ・・・死んじまったんだよぉ・・・」
239 :
英雄 20:2010/07/14(水) 22:35:11 ID:???
「赤松が死んだ経緯・・・知りたいか・・・」
黒沢は背後からの声に振り返る。
遠藤が壁に寄りかかりながら立っていた。
遠藤はディバックを黒沢に差し出す。
「オレの支給品は参加者の動向を追うことができる・・・それで確認しろ・・・」
黒沢は涙を拭いながら、そのディバックを受け取る。
「アンタ・・・あんなにディバックの中身見られたくなかったのに・・・どうして・・・」
遠藤は長い沈黙の後、それに答える。
「さあな・・・」
遠藤は話をはぐらかすように“とにかく早く見ろ・・・”と黒沢を急かす。
黒沢は言われるがまま、ディバックからノートパソコンを取り出し、電源をつけた。
慣れない手つきでありながら、必死に事実を知ろうと奮闘する黒沢の様子を遠藤は静観する。
240 :
英雄 22:2010/07/14(水) 22:45:39 ID:/GuTAqK2
遠藤の行為は助け舟以外にほかならない。
それどころか、自分の手の内を見せてしまったのだから、今後、黒沢と駆け引きを行う上では不利になるのは必至。
遠藤とて、このゲームでは慈愛という甘さが命取りということはよく弁えている。
しかし、消えぬ罪に懊悩する沙織、知り合いの死に切歯扼腕する黒沢の姿は、殺人という罪から逃れようと足掻く自分と重ねずにはいられなかった。
遠藤が黒沢に参加者のデータを見せようと思ったのも、自分と重なる彼らを助けることで、精神の枷を外したかったため。
つまりは、まやかしの罪滅ぼし。
それが最もたる理由であるが、更に言及すれば、黒沢という男に同情を覚えたからというのもある。
しかし、哀れなことに本人はその両方の感情に気づいてはいない。
遠藤は呆れかえったようなため息を洩らし、もっともらしい言い訳を自分に言い聞かせる。
――今、この場で頼れるのはコイツぐらい・・・
まず、号泣を止めねぇと、話にならねぇからな・・・
241 :
英雄 23:2010/07/14(水) 22:48:07 ID:???
「嘘だろ・・・」
黒沢はパソコンの画面を直視しながら、愕然とする。
赤松が死んだという事実もそうであるが、黒沢はそれ以上に心に深く突き刺さる事実を目の当たりにしてしまった。
「なぁ・・・」
黒沢は半ば抜け殻のような眼差しで遠藤を見上げる。
「“対主催”って・・・何だ・・・?」
「“対主催”・・・か・・・」
読んで文字の如くだろと遠藤は心の中で突っ込むも、黒沢は裏社会とは無縁の生活をしていた人間なのだから、その概念を受け入れることができなくて当然かと、一人納得する。
「あぁ・・・“対主催”ってのは、このゲームを企てた主催者を倒そうって考える・・・ご立派なスタンスをお持ちの命知らずの連中さ・・・」
「そうか・・・」
黒沢は視線をパソコンの画面に戻し呟く。
「赤松は・・・“対主催”だった・・・」
「え・・・」
言われてみれば、赤松のスタンスは“対主催”である。
しかし、今回、このゲームの参加者の半数以上は、“対主催”派のため、遠藤は特別気に止めていなかった。
「そう言えば、そうだな・・・だが、そんなに珍しいことか・・・」
「オレのスタンスは“不明”なんだぜ・・・」
「そうか・・・で・・・?」
遠藤は黒沢の言葉を軽く受け流す。
“不明”とは、要は“マーダー”“対主催”のどちらにも属さない者を指す。
その分類は“脱出”“状況未把握”“日和見”など細かいため、“不明”という大雑把な形式で表わしているにすぎない。
その人物の真のスタンスを知りたければ、履歴で行動を追えばいい。
242 :
英雄 24:2010/07/14(水) 22:49:27 ID:???
しかし、なぜ、そんなつまらないことを気にかけるのか。
遠藤が疑問を投げかけようとした時、黒沢の変化に目を疑った。
黒沢は再び、すすり泣いているのだ。
「お・・・おいっ・・・一体どうしたってんだっ!!」
遠藤は黒沢にどう声をかければいいのか分からず、おろおろと困惑する。
知り合いの死を改めて思い知って泣いているのか。
では、なぜ、スタンスのことなど尋ねたのか。
黒沢は一頻り泣き終えると、嗚咽混じりの自嘲を浮かべた。
「アイツ・・・やっぱり・・・“英雄”・・・だよな・・・」
「アイツって・・・赤松のことか・・・?まぁ・・・そう捉えられなくもないが・・・」
確かに赤松の功績には評価すべき点もある。
だが、なぜ、黒沢は泣くのか。その涙はうれし涙なのか。
ますます遠藤は黒沢の意図が分からなくなる。
そんな遠藤に対して、黒沢も言葉が足りなかったことを察したのか、ぼそぼそと力なく語り始める。
「オレと赤松は同じ職場で働いていた・・・
だが、出来が悪い男だったオレと違って赤松はトントン拍子に仕事を覚えてしまった・・・
で、オレよりも早く家庭を持って、子供に恵まれて・・・
アイツはオレより若いのに、仕事でも人生でも常にオレの先を歩いていた・・・
この殺し合いの場でもそうさ・・・
いち早く“対主催”ってカッコいいスタンスを選んで率先的に行動していた・・・
で、最後は涯という少年のために命を落とした・・・
まるで、物語のヒーローっ・・・圧倒的主人公っ・・・!
それに比べてオレは・・・そんな考え、微塵も思い付かず、石田さんや治や美心を守れず、ただただ状況に流されて・・・」
243 :
英雄 25:2010/07/14(水) 22:53:58 ID:???
遠藤は黒沢の独白を聞きながら、頭を悩ませる。
黒沢の涙は言わば、人の見本となるような生き方を貫いた赤松への嫉妬。
男は社会で比較され続ける分、この手の嫉妬は女のそれよりも根深かったりする。
――こりゃ・・・黒沢の立ち直りは遅いだろうな・・・
遠藤は黒沢を一瞥しながら、“黒沢の精神が落ち着くまで、この民家でどう過ごすか”や“ただ、治の亡骸、沙織は何とかしたい”などと一考する。
遠藤も治を殺害し、その罪の重さから情緒不安定であったが、黒沢達に対してまやかしとは言え、罪滅ぼしをしたこと、
年甲斐も無く号泣する黒沢や、己以上に精神崩壊をしている沙織を目の当たりにし、自分が彼らをまとめなければという義務的な考えが生まれたこと、
これらの要因から、遠藤の精神は皮肉にも安定してしまったのである。
更なる一歩を踏み出すこともできず、逆に狂うこともできない常人故のバランス感覚の賜物とも言える。
――とりあえず、当分の間はこの台所で過ごすか・・・
ここの床はビニール製の素材を使用しているのかと益体ない考えに耽っていた時だった。
「だけどよぉ・・・本当に悔しいのはさぁ・・・」
遠藤はその声が黒沢であることを察し、顔をあげる。
黒沢の言葉はあくまで中断していただけであり、終わってはいなかったのだ。
黒沢は怯えているかのように肩を震わせる。
「その赤松がゲームに参加した理由が・・・“オレの治療費を集めるため”だったんだよぉ・・・」
この告白こそが黒沢の涙の理由である。
いよいよ黒沢の咽び泣きは、火がついたような号泣へと変わる。
244 :
英雄 26:2010/07/14(水) 22:55:40 ID:???
「なんで・・・なんで・・・オレなんかのために死んじまったんだっ!!!」
黒沢はその場で跪くと、母親を失った幼子のようにおいおいと慟哭する。
その慟哭は獣の遠吠えのように激しく、愁傷がにじみ出ていた。
――確かに・・・黒沢にとっては・・・“英雄”・・・だろうな・・・
遠藤は床に置かれたノートパソコンを手繰り寄せると、赤松の履歴を確認する。
確かに、その参加理由には“黒沢の治療費回収”と記載されている。
一度、家庭を持つと、男はそれを守ることに徹し、得てして保守的となる。
赤松も、黒沢という男に出会わなければ、そんな保守的な人生を歩んでいただろう。
だが、赤松はその人生を捨てて、一人の男を救うため、ギャンブルという危ない橋を渡ることを選んだ。
見ようによっては、一度は男子が憧れる“侠”の生き様。
だが、同時に、黒沢にとっては己さえいなければ、赤松は死ななかったのだという罪の意識を持たせる結果となってしまった。
――どうしたもんかな・・・
それこそ黒沢の慟哭は周囲にただ漏れであり、近くに殺し合いに乗った者がいれば、すぐに飛びつくだろう。
しかし、遠藤はノートパソコンの情報からこのエリアには自分たちしかいないことを知っていた。
――まぁ・・・しゃあないか・・・
遠藤はその場にしゃがみ込むと、黒沢が泣きやむまで傍観に徹することに決めた。
245 :
英雄 27:2010/07/14(水) 22:56:52 ID:???
【E-3/民家/早朝】
【伊藤開司】
[状態]:睡眠中 足を負傷 (左足に二箇所、応急処置済) 鳩尾にごく軽い打撲
[道具]:果物ナイフ 地図
[所持金]:なし
[思考]: 田中沙織を探し説得する (最優先)
仲間を集め、このギャンブルを潰す 森田鉄雄を捜す
一条、利根川幸雄、兵藤和也、鷲巣巌に警戒
赤木しげる(19)から聞いた情報を元に、アカギの知り合いを捜し出し、仲間にする
平井銀二の仲間になるかどうか考える
下水道(地下道)を探す
※2日後の夜、発電所で利根川と会う予定です。
※アカギのメモから、主催者はD-4のホテルにいるらしいと察しています。
※アカギを、別行動をとる条件で仲間にしました。
※明日の夕方にE-4にて待つ、と平井銀二に言われましたが、合流するかどうか悩んでいます。
※カイジ達は田中沙織に関する情報を交換しました。 その他の人物や、対主催に関する情報は、まだ交換していません。
※参加者名簿、パンフレットは一時的に零に預けてあります。
【工藤涯】
[状態]:健康 右腕と腹部に刺し傷 左頬、手、他に掠り傷 両腕に打撲、右手の平にやや深い擦り傷 (傷は全て応急処置済み)
[道具]:鉄バット 野球グローブ(ナイフによる穴あり) 野球ボール 手榴弾×8 石原の首輪 支給品一式×3
[所持金]:1000万円
[思考]: 田中沙織を探し、殺人を止める 零と共に対主催として戦う
※石原の首輪は死亡情報を送信しましたが、機能は停止していません。
246 :
英雄 28:2010/07/14(水) 23:00:25 ID:???
【宇海零】
[状態]:睡眠中 健康 顔面、後頭部に打撲の軽症 両手に擦り傷
[道具]:麻雀牌1セット 針金5本 標のメモ帳 不明支給品 0〜1 支給品一式 参加者名簿 島内施設の詳細パンフレット(ショッピングモールフロアガイド、 旅館の館内図、ホテルフロアガイド、バッティングセンター施設案内)
[所持金]:0円
[思考]:田中沙織を探し説得する 対主催者の立場をとる人物を探す 涯と共に対主催として戦う
※標のメモ帳にはゲーム開始時、ホールで標の名前が呼ばれるまでの間に外へ出て行った者の容姿から、
どこに何があるのかという場所の特徴、ゲーム中、出会った人間の思考、D-1灯台のこと、
利根川からカイジへの伝言を託ったことなど、標が市川と合流する直前までの情報が詳細に記載されております。
※カイジから参加者名簿、パンフレットを預かっています。目を通すまで借りていられます。
【沢田】
[状態]:健康
[道具]:毒を仕込んだダガーナイフ ※毒はあと一回程度しかもちません 高圧電流機能付き警棒 不明支給品0〜4(確認済み) 支給品一式×2
[所持金]:2000万円
[思考]:田中沙織を探し説得する 対主催者の立場をとる人物を探す 主催者に対して激しい怒り 赤松の意志を受け継ぐ 零と涯とカイジを守る
※第三放送まで見張りをし、他の皆を寝かせておくつもりです。
247 :
英雄 29:2010/07/14(水) 23:01:38 ID:???
【C-4/民家/早朝】
【黒沢】
[状態]:健康 号泣 軽い疲労
[道具]:不明支給品0〜3 支給品一式×2 金属のシャベル 小型ラジカセ 特殊カラースプレー(赤)
[所持金]:2000万円
[思考]:カイジ君を探す 美心のメッセージをカイジ君に伝える 情報を集める 今後について考える 沙織を保護する 治を埋葬したい 自分のせいで赤松が・・・
※メッセージは最初の部分しか聞いてません。
※田中沙織を、石田さんの遺志を継いで守ろうと考えていますが、まだ警戒しています。
※デイバック×3は【C-4/民家】に放置されています。石田のダイナマイト4本は民家の床下収納内に置かれたままです。
【遠藤勇次】
[状態]:右肩銃創(痛むが腕を軽く動かすことは可能) 左足首を複雑骨折(応急処置済)と咬み傷 頬に火傷 微熱 疲労 精神消耗
[道具]:参加候補者名簿 コルトパイソン357マグナム(残り4発) キャリーワゴン(島内を移動する為に使う)
ノートパソコン(データインストール済) バッテリー多数 CD−R(森田のフロッピーのデータ) 不明支給品0〜1 支給品一式
[所持金]:800万円
[思考]:森田、南郷、佐原から逃げる 沙織と治の死体をなんとかしたい 黒沢が泣きやむまで休む ダイナマイトを回収したい
※森田に支給品は参加候補者名簿だけと言いましたが、他に隠し持っている可能性もあります。
※森田の持っていたフロッピーのバックアップを取ってあったので、情報を受信することができます。 データ受信に3〜5分ほどかかります。
※遠藤の首輪は、大型火災によって電池内の水分が蒸発し、夜中3時頃に機能停止しています。データには偽の情報が送られているため遠藤はまだ気がついていません。
248 :
英雄 30:2010/07/14(水) 23:03:57 ID:???
【田中沙織】
[状態]:精神崩壊 重度の精神消耗 肩に軽い打撲、擦り傷 腹部に打撲 右腕に軽い切傷 背中に軽い打撲
[道具]:支給品一式×3(ペンのみ1つ) 30発マガジン×3 マガジン防弾ヘルメット 参加者名簿 ボウガン ボウガンの矢(残り6本) 手榴弾×1 石田の首輪
[所持金]:1億200万円
[思考]:石田(の首輪)を守りたい 絶望 武器が欲しい 死にたくない 一条、利根川幸雄、兵藤和也、鷲巣巌に警戒 カイジから逃れる 涯、赤松、その二人と合流した人物(確認できず)に警戒
※沙織の首輪は、大型火災によって電池内の水分が蒸発し、2日目夜18時30分頃に機能停止する予定。(沙織は気がついていません)
※標の首を確認したことから、この島には有賀のような殺人鬼がいると警戒しています。
※サブマシンガンウージー(弾切れ)、三好の支給品である、グレネードランチャー ゴム弾×8 木刀 支給品一式、有賀が残した不明支給品×6がD-5の別荘に放置されております。
※イングラムM11は石田の側にありますが、爆発に巻き込まれて使用できない可能性があります。
※石田の死により、精神的ショックをさらに受けて幼児退行してしまっています。
※石田の首輪はほぼ無傷ですが、システムに何らかの損傷がある可能性があります。
※B-6,C-6,D-6のどこかにダイナマイトが落ちています(残り4本)
※石田の荷物は【C-4/民家】に放置されています。
※この火災により、他のダイナマイトが暴発する危険性があります。
※ショッピングモールの火災は、C-6,D-6まで燃え広がり、収まりつつありますが、まだ落ちているダイナマイトに引火すれば、この他にも燃え広がる可能性があります。
※石田の死体の側にイングラムM11がありますが、爆発に巻き込まれ使用できない可能性があります。
249 :
◆uBMOCQkEHY :2010/07/14(水) 23:05:46 ID:/GuTAqK2
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
あと、代理投下してくださった方、本当に助かりました。
この場を御借りしてお礼申し上げます。
乙!
これ黒沢キツイだろうな
黒沢だから病んでマーダー化ってことは多分ないと思うが
投下乙。
死んだ赤松の大きさを思い知らされる話でした。
だけど、個人的にはこの話の見所は悪い意味で普通の人な遠藤だと思う。
死体を埋めることを拒む理由を問われて、
「嫌だからだ!」と即答できる遠藤はある意味、とても潔い。
とりあえず殺し合いにはならなかったけど
何とも不安定なメンバーだなぁw
でも遠藤も黒沢も人間臭さが出てていいね
赤松って、生前もそうだが、
死後も行動が空回りしているよな…
乙!おもしろかった!
とりあえず遠藤頑張れ
まとめサイトに作品を上げている者です。
昨日、カイジと利根川のクオリティの高い作品が没ネタスレに投下されたため、
これまでの没ネタやしたらばに投下されたその他の作品などを、
保管庫という形でまとめました。
ぜひ、確認してください。
256 :
マロン名無しさん:2010/08/04(水) 23:00:42 ID:x4TWK4Xu
アゲ
このスレはageるのはやめた方が
ほす
ほす
予約kt!
262 :
マロン名無しさん:2010/08/31(火) 14:10:14 ID:6Jg5+pS9
ほすあげ!
hoshu
保守!
もう完結無理なのかなあ。凄く面白いのに。
お久しぶりです。
今まで他ロワに浮気しておりました。
今、こちらのロワの話を書いております。
ただ、自信がないため、したらばの井戸端スレにプロットを書きこんでおります。
麻雀がわかる方、ネタバレになってしまいますが、どうか確認をお願い致します。
てす
赤木命日
保守…っ!圧倒的保守っ!
麻雀ネタ書ける書き手とか少数なのか?
そのキャラらしい麻雀の打ち方、が
ちょっと難しいんじゃないかなぁ
>>270様
少なくとも麻雀が書けない書き手がここに一人…
先日、皆様からアドバイスを頂きましたプロットの修正が完成しました。
したらばの井戸端スレに載せております。
ワガママかもしれませんが、麻雀がわかる方、どうか確認をお願い致します。
何度も申し訳ございません。
3度目の修正プロットを先程、したらばの井戸端スレに投下しました。
お時間がある方、麻雀に詳しい方、
もし、よろしければご確認をお願い致します。
これより投下します。
「ええ、この男が例の…“とにかく運の強い男”です……!」
銀二の言葉を皮切りに、互いに軽い紹介をし合う原田と森田。
そして、原田は銀二にメモを渡す。
『病院の監視はしておく。森田との話に専念して欲しい』
原田の判断に無言で感謝を示すと、銀二は森田と向き合う。
「それで…森田、お前の持ってるネタってのは何だ…?」
そう言いながら、銀二はカメラの死角に入るように森田へメモ用紙を手渡そうとするが、森田はそれを軽く制止する。
「銀さん、俺のネタは別に主催側に知られちゃまずい話ってわけじゃありません。寧ろ…奴らはとっくの昔に知ってる話なんです…」
「どういう意味だ…?」
軽く疑問の色を浮かばせる銀二に森田は話を続ける。
「第2回放送直前のことです。俺はあるギャンブルルームで契約を交わしました…主催側の人間と…これが、その契約書です…」
そう言って森田は契約書を取り出すと、銀二へ手渡す。
「要するに…俺は主催側の人間とギャンブルをしている最中だということです…期限内に首輪を6つ集めるという… ギャンブルを…
死亡者から回収した首輪1つ、生存者から奪ったものは1つで2つ分とカウント、
俺の首輪と……銀さんの首輪はそれぞれ3つ分とカウントするという条件で」
「なるほど…別に契約上、口止めされてるわけでもないから、こうして喋っても大丈夫ってことか…」
「ええ…それで、銀さんにも首輪の回収を協力してもらえないかと思いまして…そして、もしものときは……」
森田が言い終わるのを待たず、銀二は速記したメモを見せる。
『第3放送の直前になっても首輪が集まらなかった場合、信頼できる参加者に権利を譲渡し、2人でギャンブルルームに行き、首輪を差し出せ…ってことか?』
突如、筆談に切り替えた銀二の考えを慮り、森田もそれに調子を合わせる。
「もしものときは……俺の後始末をお願いしてもいいですか。首が吹っ飛んで野晒しってのはどうも……」
『その通りです、銀さん…勿論これは最後の手段…俺があと2つ首輪を回収すれば銀さんを巻き込む必要はなくなります…ですが、もしものときは…第3放送前にG-6のギャンブルルームへ同行していただきたい…!』
「確かに野晒しってのはあまり気分のいいもんじゃあねぇな……分かった。万が一のときは俺に任せろ…」
『首輪の回収は協力する…が、ギャンブルルームには同行出来ない』
「…ありがとうございます。銀さん…」
表面上の会話では賛同を得られ、礼を述べる森田。だが、肝心の筆談での申し出は却下され、失意を拭えない。
そんな森田に銀二は続けてメモを渡す。
『俺はまだ死ぬわけにはいかない。この島でやるべきことがある』
『銀さん…一体何をするつもりなんですか? 俺に協力できることは…?』
森田のまっすぐな視線に銀二は若干の戸惑いを覚えた…銀二にはこの時点で読めていた。
これからの己れの行動によって、森田がどう動くのか…
(それでもいいか…森田は…それでこそ、こいつは……)
そして、銀二は原田に教えたのとほぼ同じ内容……
主催側の規模… 黒幕が帝愛、在全、蔵前であること。
自分がバトルロワイアルの首脳会議に参加し、今回の企画立案をしたこと。
病院がらみのスキャンダルを利用し、この場をもって主催者を潰すこと。
脱出の申請を行うはずのD-4ホテルは禁止エリアだが、何らかの方法で脱出の申請を行うことができること。
これらをメモに次々と書き出していった。
無論、急な沈黙を主催に疑われぬように、表向きは再会を喜ぶ談笑まじりの会話をしながらの筆談である。
「銀さん…それじゃあ、俺そろそろ行きます。首輪集めないと時間が危ないから…」
すべてのメモを読み終えた森田は立ち上がると、銀二から視線を反らし、そう告げた。
「森田…!」
「何ですか…銀さん…?」
そんな森田に銀二は声をかけるが…振り向いた森田の表情から何かを察する……
「…原田さんがギャンブルで勝った相手に村岡という男がいる。そのとき結んだ契約で、その男は首輪の構造や性質…首輪の解除に役立つ情報や物資の収集と調達をしている。
もしかしたら、首輪そのものもサンプルとして採取しているかもしれない。必要ならば、その男から首輪を譲ってもらえ…確か、2時間程前にはE-2のギャンブルルームにいたはずだ」
「…ありがとうございます」
一礼すると、森田は辺りの様子を伺いながらその民家を後にした。
「なかなか切れ者のようやな…ただ運がいいだけってわけじゃなさそうや…」
森田が出て行き、2人きりとなった家の中で原田は口を開くと同時にメモを見せる。
『病院周辺はゴタゴタしとる。迂闊には近づけん』
「森田鉄雄か…何にしても再会できてよかったやないか。あんたの言う通り、頼り甲斐のある仲間……」
「森田はもう来ませんよ…私の前には…仲間としてはね」
原田の言葉を遮り、銀二は強く語った。
「どういうことや…!?」
原田には銀二の言っていることがさっぱり理解できない。
病院の監視を続けながら、2人のやりとりを聞いていたし、森田が出て行ったあとに残されたメモも確認した。
得に2人が仲違いして分かれるような要素など微塵も感じられない。
「私には分かるんですよ…原田さん。奴が私の元を離れるのは…いや、奴はとっくに離れていたんです…この島に来るよりも…ずっと前に……でも、安心してください。
味方ではないが…決して私やあなたの働きを邪魔するようなことはしない…あいつは…そういう男です……」
そう呟く銀二は、どこか遠くを見つめるような眼差しで、森田が去って行った方向を見つめていた。
森田は一人走りながら思い出していた。銀二と分かれたあの日のことを………
『結局…銀さんも誰か大きな悪党のために動いてるだけの悪党じゃないんですか…?』
『俺たちのすることで得をするのは悪党だけじゃないですか…』
巨悪を征するのはそれより大きな巨悪……銀二のその思想と、それに基づく動きぶり……
森田はそれに憧れた…そして、乗り越えたかった…金になりたかった……
しかし、森田は気づいた。銀二でさえ、より大きな巨悪に征される巨悪でしかなかったことに……
銀二とともに動いても、特をするのは巨悪たちだけだと………
(帝愛、在全、蔵前…銀さんよりも大きな巨悪……今回、銀さんはそいつらを潰そうとしてる…でも……)
森田は思う…銀二はやはり違うと……
(そいつらを潰すために…どれだけの…無関係な人々が犠牲になる…! どれだけの血が流れる…このバトルロワイアルで……!!
結局、銀さんは巨悪のために動くことが基本になってる…この馬鹿げたゲームを企画すること…それも表向きは奴らの利益のために動いた結果…巨悪のために動いた結果…
いや……帝愛、在全、蔵前を潰すことだって…もしかしたら、別の巨悪へその資本を譲渡するための策の一つでしかないのかもしれない………)
森田は何か強く…それでいて弱い視線のようなものを感じて振り向いた。
…しかし、そこには誰もいない。
(さよなら…銀さん…)
再び民家に背を向けて走り出す森田の頬を一粒の雫が伝い、地面に音を立てて落ちていった……
【F-4/商店街家屋内/黎明】
【原田克美】
[状態]:健康
[道具]:拳銃 支給品一式
[所持金]:700万円
[思考]:もう一つのギャンブルとして主催者を殺す ギャンブルで手駒を集める 場合によって、どこかで主催と話し合い、手打ちにする 銀二に従う
※首輪に似た拘束具が以前にも使われていたと考えています。
※主催者はD-4のホテルにいると狙いをつけています。
※2日目夕方にE-4にて赤木しげるに再会する約束をしました。カイジがそこに来るだろうと予測しています。
※村岡の誓約書を持つ限り、村岡には殺されることはありません。原田も村岡を殺すことはできません。
※村岡に「24時間以内にゲーム主催者と直接交渉窓口を作る」という指令を出しました。中間報告の場所と時間は次の書き手様にお任せします。
※村岡に出した三つ目の指令はメモに記されています。内容は次の書き手様にお任せします。成功した場合、原田はその時点で所持している武器を村岡に渡す契約になっています。
※『島南、港を探せ』『病院内を探索する』『黒幕は帝愛、在全、蔵前』『銀二はアカギや零とは違う形の対主催体制をとる』という内容の銀二のメモを持っています。
※森田が主催と交わした契約を知りました。
【平井銀二】
[状態]:健康
[道具]:支給品一覧 不明支給品0〜1 支給品一式 褌(半分に裂いてカイジの足の手当てに使いました) 病院のマスターキー
[所持金]:1300万
[思考]:見所のある人物を探す カイジの言っていた女に興味を持つ 病院、港を探索する 証拠を掴む 猛者とギャンブルで戦い、死ぬ
※2日目夕方にE-4にて赤木しげると再会する約束をしました。
※2日目夕方にE-4にいるので、カイジに来るようにと誘いました。
※『申告場所が禁止エリアなので棄権はできない』とカイジが書いたメモを持っています。
※原田が村岡に出した指令の内容、その回収方法を知っています
※この島で証拠を掴み、原田、安田、巽、船田を使って、三社を陥れようと考えています。※森田が主催と交わした契約を知りました。
【F-4/商店街家屋外/黎明】
【森田鉄雄】
[状態]:左腕に切り傷 わき腹に打撲
[道具]:フロッピーディスク(壊れた為読み取り不可) 折り畳み式の小型ナイフ(素材は絶縁体) 不明支給品0〜2(武器ではない) 支給品一式 船井の首輪(爆発済み)
[所持金]:1000万円
[思考]:遠藤を信用しない 人を殺さない 首輪を集める 銀さんに頼らない
※フロッピーで得られる情報の信憑性を疑っています。今までの情報にはおそらく嘘はないと思っています。
※遠藤がフロッピーのバックアップを取っていたことを知りません。
※森田が主催と交わした契約を知りました。南郷と第3放送の一時間前にG-6のギャンブルルーム前で合流すると約束しました。
※以下の依頼を受けました。契約書を1部所持しています。
※黒崎から支給された、折り畳み式の小型ナイフを懐に隠し持っています。
※黒幕が帝愛、在全、蔵前であること、銀二がバトルロワイアルの首脳会議に参加し、今回の企画立案をし、病院がらみのスキャンダルで主催者を潰すこと、D-4ホテルで脱出の申請を行うことができる可能性について聞きました。
――――――――――――――――――――――――――
【依頼内容】
制限時間内に首輪を6個集めること。
期間は依頼受託時から、第4回放送終了まで。
死体から集めた首輪は1個、生存者の首から奪った首輪は2個とカウントする。
森田鉄雄、平井銀二の首輪は3個とカウントする。
第4回放送を過ぎても集められなかった場合は依頼未達成とみなし、森田鉄雄の首輪を爆破する。
森田鉄雄がギャンブルルームに規定数の首輪を持参し、申告した時点で依頼達成とする。
資金の受渡は申告と同時に、ギャンブルルームにて行う。
【報酬一覧】
第2回放送終了までに集めた場合
ゲームを棄権する資金1億円+ボーナス2億円
第3回放送終了までに集めた場合
進入禁止エリアの解除権(60分間)>※
他者に譲渡可能。ただし、渡す側、受け取る側、双方の意思確認が必要。
確認がとれない場合、権利そのものが消失する。
第4回放送終了までに集めた場合
報酬、ボーナスともになし
※補足>進入禁止エリア一箇所の永久解除権(権利が発生してから60分間以内に使わないと無効)
以上です
投下乙!
出先なので感想は後ほど
ひとつだけ、森田の状態表に「森田が主催と交わした契約を知りました」ってところ
契約を銀さんに伝えましたのほうが良いと思います
投下乙!
そうか、森田はやっぱり銀さんとは…もしかしたらも思ったが…
まぁ、実際に状況が状況だから対主催が綺麗に見えるから…でも内心は…だからな
投下乙です!
銀さんと森田の共闘は無しなのか、残念だ。
改めて投下乙
銀と金の後日談を読んでいるようでいい流れだと思った
森田と銀ニの生き方の違い、すれ違いがよく出てる
森田がこれから村岡探しに行くとしたら、村岡の首輪が手に入るかも…
ある意味絶妙なタイミングだな…
投下乙です!
変になれあったりするより銀金らしくてよかった
投下乙です!
森田はやっぱり銀さんとは相容れないんだな…
銀金らしくてよかった
投下乙です!
続きが読みたい…っ!
原作とも言い具合にクロスしてて素直に読めたな。
最近投下が少なかったので凄い嬉しかったぜ!
遅くなりましたが、投下させて頂きます。
「生憎、まだ持ち合わせが無いんだ。
今は、本当にお宅らが『棄権』の権利をちゃんと交換してくれるのか、それを確かめに来ただけ…!」
「成程、疑われていたのか。実に心外だ」
黒崎は部屋の中央に置かれた椅子に座り、指を組んだ。
「…まぁ、ここまで来て手ぶらで帰れと言うのも可哀想な物だ。良かろう…話だけは聞いて行くが良い…」
…――佐原君、何故棄権するのに1億と言う大金が必要なのか、考えてはみたかね…?
黒崎の問い掛けに、佐原はピクリと眉を動かす。
「それは……―」
言い掛け、淀む。
何処かでそれが、当たり前だと思い込んでいたのだろうか…。そう、問いかけられる事自体に違和感を感じた。
だが、そう言われれば考えずにはいられない。
そもそもこのギャンブルは、ただの一人の人間が考えた道楽なのだろうか?
借金に苦しむ人間の救済…では森田や南郷には当てはまらない。ましてやこんな、金を溝に捨てるような…。
そこまで至り、佐原は弾かれたように俯いていた顔を上げた。
「………そうか…。あの時と同じ…賭けてやがるのか…てめぇら…っ!」
そう、話は単純明快。
「要するに…お前等はオレ達に争って貰いたいんだ…。必ず勝者を作り出すために…。そう…焚き付け…!
1億と言うのは言わば焚き付けだ…っ!
お前等帝愛お得意の…“ギャラリーを退屈させない”措置…っ!」
目頭が熱くなる。あの時と同じでは無いか。無意味な生の賭け…その言葉が正に相応しい、あの狂気に満ちた夜と…!
言葉にせずとも、佐原には良く分かっている。自らがそうだった様に。
佐原の場合は即ち“死”
屠どのつまり、彼等が望むものは絶望の後に待つ“再起不能”なのだろう。
一体何人がこの甘言に惑わされ、絶望し…自我を喪ってしまうのか。気付けば佐原の頬は幾重にも筋となって雫が伝っていた。
何よりも、この様を見てほくそ笑んでいるであろうギャラリーの存在が佐原を震わせた。
一度ならず…二度までも…っ!!
その事実が佐原には堪え難かったのだ。
その様を見かねたのか、南郷が口を開く。
「ほ…本当なのか…?」
場を取り繕うだけの確認…とでも言うのか。実の所、南郷は状況が上手く飲み込めていない…当たり前であろう。
殺し合いに加え、己が賭けの対象になっているなど、最早話の次元が違い過ぎるのだ。
「ククク…その通りだ…御名答…とでも言っておこう…。だが…そこで思考を止めてしまっては…本当の意味での理解は出来ぬぞ…?
その先…つまり、根本…ククク…核心を掴まねばな…」
その意味深めいた言葉に南郷が声を上げようとした、その時である。
「く…黒崎様っ…!大変な事が………!」
けたたましい扉を開く音と共に、慌ただしく駆け込んできたのは、全身を烏羽に包む彼の部下。思わぬ来客に黒崎は眼光鋭く言い放った。
「場を弁えろ…っ!報告は後に……」
佐原と南郷を意識したのか、咄嗟に発した叱咤…。しかし、黒崎の脳裏に幾時分前の出来事が浮かぶ。背中に嫌な汗が滲んだ。
「…………待て…ここで良い…。話せ…」
黒崎は客人二人を一瞥しつつ、その場から二、三歩下がる。黒服は口元を右手で隠しつつ、黒崎だけに伝わる声で事情を説明した。
「…………っ!?」
黒服からの報告は、あまりに黒崎の想像を上回っていた。
それも、動揺を隠せない程に…。
話の内容は、突然リアルタイムで配信している、全ての監視カメラの映像が停止してしまった事。
そして、点在するギャンブルルームに滞在する黒服と全く連絡が取れない事であった。
しかしそれだけであれば、黒崎もここまで取り乱したりはしない。問題なのは最後の一言であった。
「それと…一瞬だけ復旧した際に…その…何処かのギャンブルルーム内で、黒服と参加者の一名が血塗れになっている映像が…。
それに対して会長が…来賓の方に説明をしろ…と」
この一言で黒崎は全てを理解したに等しかった。
「…………くっ…」
悪態を吐きそうになる己の口と、壁を殴り付けたくなるような衝動を、奥歯を噛み締め拳を握る事で制し、瞳を閉じることで落ち着かせる。
そして、決して口には出さず黒崎は思うのだった。
―…あの古狸めっ…!
恐らくは全て兵藤の自作自演…。確証はないがそう仮定する。兎に角今は、事態の把握が先決…!
そう手短に思考を結論付け、深く息を吐き、開眼。そんな黒崎の眼前に、先程からの先客が映る。
「…あぁ…待たせてしまって申し訳ない…。会長からの通達でね…」
その不可解な一言に、黒服は思わず声を掛ける。
「黒崎様…何を…?」
黒崎の口角が、獲物を狙う蛇の首のように、不気味に吊り上がった…。
―――――
エレベーターの中で、佐原は黒崎から得た情報を頭の中で必死に理解しようとしていた。
―いや、そうじゃない…。理解しなきゃなんねぇのは…要するに……。
南郷は先にエレベーターで上に行っている。つまり今、佐原は一人である。
「取り敢えず…感付かれないようにしねぇとな…」
「押さなきゃ…押される…。そうだ…奪わなきゃ…奪われる…!」
――――――
「会長からの特別な計らいで…もう一つ、重要な情報を与えよう…!只し、情報を得られるのはどちらか一方のみ…。
そして、我々が用意したルートで地上に戻って貰わねばならない…。どうするかね…?」
突然の提案に、佐原と南郷は思わず顔を見合わせる。
「どうする…って…」
先に口を開いたのは佐原である。
先程の情報だけでは煮え切らず、願ってもない話ではあるが、何せ相手は帝愛…。
相手が如何な存在か良く知る佐原には、“好意”だとか“特別に”何かは俄には信じられない物があった。
「良いんじゃないか…?寧ろ、願ってもない話だろう…?」
「……………まぁ…ここまで来たんだしな…。分かった…その話、聞かせてくれ…」
確かに、こんな機会は二度と無いかもしれない。勘繰り過ぎだろう…と、佐原は考え直し条件を呑むことにした。
「よろしい…では…どちらが残るか…このコインで決めよう。裏か表か決めたまえ…」
その言葉と同時に黒崎が取り出したのは、“帝”と“愛”が裏表に書かれた一枚のコイン。
これを受け佐原が表、南郷が裏にする事とした。
「では…最後の確認だ…。このコインが示さなかった一方は、直ちにこの部屋から立ち退いて貰う。その際は黒服の指示に従いたまえ…。
選ばれた一方も話が終わり次第、退室して貰う…。良いかね…?」
「それは分かった…が、一つだけ確認させてくれ…。」
鋭い射抜くような視線で、佐原は問う。
「ここの事…誰かに話しても良いのか…?」
「フッ…まぁ、そう焦るな…。そんなことは話を聞いてから考えても良いのではないか…?」
腹に一物抱えたように黒崎ははぐらかす。佐原もそれ以上は追求しなかった。
「………フン…まぁ、良いさ…。じゃあ…さっさと決めようぜ…!」
その言葉に南郷も頷く。続いて黒崎の親指がコインを弾いた。
キィィン…―
「ほう…出目は表の“帝”…確認したまえ」
開かれた手の甲を佐原と南郷が確認する。確かにそこには“帝”の字が浮かんでいた。
「では…申し訳ないが南郷君…あちらの扉から行きたまえ」
その扉は先ほど入ってきた入り口でも、黒崎が出てきた扉でも無かった。
「…分かった…。じゃあな…佐原」
「あぁ…」
軽く笑い、右手をさっと上げた。佐原は扉に吸い込まれ消える南郷を見届けると、黒崎へと向き直した。
「で…?情報って何だよ…まさかここまでして…」
「…今時の若者は…少し短気すぎだな…」
わざとらしいため息の後、勿体振るような前置きを挟む。
「短気は損気だ…そんなんだから…最後の最後…足を掬われるのだ…。なぁ?」
そして、突き付けるように言い放つ。
「鉄骨渡り…あれを体験した君なら…いやと言うほど思い知った筈だ…ククク…」
冷や水を頭から浴びせられたような衝撃が佐原に走る。帝愛の人間であれば、知っていてもおかしくは無い。が、面と向かって言われるのは嫌な心地しかしない。
あの恐怖…墜ちて行く四肢…思い出すだけで息が上がりそうになる。出来ることならば忘れ去りたい…そんな過去だ。
「…くっ……」
たいした反論も出来ず、佐原は黒崎の次の言葉を待つしかなかった。
「クク…では、本題に入ろうか…」
その言葉を待っていたと言わんばかりに、佐原は顔を上げる。黒崎も一瞬の間を置いて開口した。
「配られた配当金…参加者の人数…棄権費用…考えてみたまえ…。地下にこの部屋が存在する事…」
「え…?」
謎掛けにも似た問いに、佐原は困惑する。
「……何が言いたい…?」
脈絡の無い話に意味を見出だせない。だが次の瞬間、黒崎の言葉に佐原は驚愕する…!
「ククク…果たして、棄権希望者全員の申し出を…統べからく…我々が受理するとでも思っているのかね…?
橋を渡り切った先に…ゴールと言う名の罠を仕掛ける“帝愛”が…!!」
「………!!!!」
―そんな…そんな仕掛けが有ったのか…!
鼻から怪しいとは思っていた。こんな措置が有ること事態が…!
まさに、二重苦…。棄権の権利を買う場所が禁止エリア。更に、例え此処に辿り着いても…先着順…早い者勝ち…!!
「…解釈は君の自由だ…。だが、分かるだろう…勇者よ…」
「え…………?」
本当の意味で、佐原がその意味を理解するのに、そう時間は掛からなかった。
「鉄骨渡りを制した君になら…出来る筈だ…押さなかったら…押される…!」
―…押せっ…!!
こうして佐原は、南郷の待つ扉の先へと向かう事になった。扉の先はエレベーターになっており、ボタンも表示板もない。
だが、浮游間が上へ向かっている事を告げていた。黒服もいない事から行き先は一つだけなのだろう。
―――――
「………ら!おい、佐原…!」
南郷の呼び掛けにはっとする。どうやら黒服が大事な説明をするらしい。
「わ…悪い。続けてくれ…」
「………佐原…」
話の内容は此処を出てから、と南郷には言ったが、出来るものなら誰にも話したくない…と言うのが本音であった。
必然的に口数が減るのは至極当然と言えよう。そんな重い沈黙を破ったのは黒服だった。
「では…この扉から外へ出て貰う事になる…。が…分かっての通りこのホテルは禁止エリアの中にある…。
扉を開けた瞬間から…首輪の時限装置が作動する…」
淡々と語る黒服の言葉に、動揺を隠せないのは南郷であった。
「ま…待ってくれ…!」
足を怪我している南郷は切羽詰まった叫び。だが黒服には通用しない
「首輪の警戒音が止むまで走り続ければ良いだけだ…」
腹をくくるしかないのか…。諦めたように佐原と目配せをする。
―そうだ…俺は独りじゃない…仲間が…佐原がいるんだ…!
しかし南郷の思いとは裏腹に、佐原の脳裏には一点の翳りが生じていた。
―これは…もしかしたら…好機なのかもしれない…
そう…そうだ。南郷は棄権希望者。ライバルは少ない方が良い…。
例えば…南郷が少しバランスを崩した時…。
オレガ……
手ヲ貸サ無ケレバ……
「では、カウントだ…。3…2…」
互いが互いに覚悟を決める。
「1…!」
竜胆に萌ゆる空に、二人の哀れな生け贄達は足を踏み出す。響く足音の先に、悲劇は待ち受けているのだろうか。
渦巻く思考が若者を揺り動かす。
このゲームの冒頭で、佐原は今回のギャンブルを“押さなきゃ押される”そう、称した。
今がその時なのでは無いだろうか…。
ここで南郷が死ねば、金を得る事は難しいが、少なくとも此処を知る者を確実に葬り去る事が出来る。
押すだけ…いや、彼が転ぶだけで…。
そしてそれは、次の瞬間現実の物となる。
彼の一時でも相棒であった彼が、足のバランスを崩したのだ。南郷は押されるまでもなく地に伏してしまう。
「南郷…っ!?」
警戒音が刻みの間隔を早くする。もう数メートル先に行けばその刻みも止むだろう。
―――――
佐原が去った後、貼り付けていた笑みを引っ剥がし、荒々しく戸を開け放し部屋を後にした、黒崎。
―あんな物で気が晴れるかっ…!
殴り付けるようにエレベーターのボタンを押し、苛立ちを眉間に寄せた皺が物語る。
―だが…あの嘘は中々効果的で有ったかものな…
幾分かマシになった眉間を携え、黒服と共にエレベーターへと消える黒崎。
そう、あの話は全くの嘘であった。
最初の話は知られても良い…いや、既に知られている情報を与えたに過ぎない。
後の話は他の人間に話す気を無くさせる…口止めを狙ったものと、細やかな鬱憤晴らしに過ぎなかったのだ。
だから会えて佐原を狙ったのだ。疑心暗鬼に陥りやすく、少し背を押してやればその気になれる性格。
だからコインで残る方を決める際、“帝”か“愛”ではなく、裏か表、と言ったのだ。そうすればどちらが側が上を向いても、表の…と付け、佐原を残すことが出来る。
案の定、何の疑問も持たれず佐原を残し、爆弾を仕掛けられたのだった。
―…それにしても…君の解釈に任せるとは…我ながら良く言ったものだ…ククク
【D−4/ホテル/黎明】
【佐原】
[状態]:健康 首に注射針の痕
[道具]:レミントンM24(スコープ付き) 弾薬×29 懐中電灯 タオル 浴衣の帯 板倉の首輪 支給品一式
[所持金]:1000万円
[思考]:これからチップを稼いで脱出する 自力で生還する 森田を信用しない 遠藤と会いたくない
※森田が主催者の手先ではないかと疑っています
※一条をマーダーと認識しました
※佐原の持つ板倉の首輪は死亡情報を送信しましたが、機能は失っていません
※黒崎から嘘の情報を得ました。他人に話しても問題はありません。
【南郷】
[状態]:健康 左大腿部を負傷 精神不安定
[道具]:麻縄 木の棒 一箱分相当のパチンコ玉(袋入り) 懐中電灯 タオル 支給品一式
[所持金]:1000万円
[思考]:生還する 赤木の動向が気になる 森田の首輪集めを手伝う 森田ともう一度話したい
※森田と第3放送の一時間前にG-6のギャンブルルーム前で合流すると約束しました。
※一条をマーダーと認識しました。
※黒崎から情報を得ました。他人に話しても問題はありません。
以上です。
皆様の投稿、心よりお待ちしております。
有難う御座いました。
お二方投下乙です。
森田・銀さん
彼ららしい距離感が原作を彷彿とさせました。
森田のいく先は吉と出るか凶と出るか…
佐原・南郷
佐原の疑心暗鬼がまた…!
思わず南郷っ!と叫んでしまいました。
黒崎この野郎…!
投下乙…!圧倒的乙…っ!
投下乙!
仮投下の時より文章が整理されていて読みやすかった。GJ
コインの裏表のくだりが面白い。
黒崎の苛立ちが人間臭くていい。たまたま居合わせて八つ当たりされた佐原、気の毒…。
南郷がどうなってしまうのか、続きが気になる…!
投下乙です。
人生逆転ゲーム カイジ の後の
佐原登場だから、嬉しかったり…
黒崎さんは黒いなぁ…
ほす
仲根…
ほ しゅ ほ しゅ
まとめ一気に読んだけど、クオリティがマジ半端ないですね…!
振り込めない詐欺とはまさにこのこと
書き手さん大変だとは思うけど、続き熱望してます
コメありがとうございます。
その言葉が励みになります。
もう少しで、原稿用紙50枚を越えてしまいそうな話が完成します。
(まとめにアップする際には前中後に分けるかと)
今月中に投下できたらよいのですが…。
>>310 超お待ちしております!
まとめは書籍化してもいいレベル
おお、楽しみだ
待ってます
投下されるのを楽しみに待っています。
すっごくたのしみです!!
なんたる僥倖っ…!!
お久しぶりです。
作品が完成したため、本日夜の9時過ぎ頃から投下開始します。
(リアルの都合から遅れるかもしれませんが…)
今回は長い話になってしまったため、
どうかお時間がある方は支援をしていただけないでしょうか。
本当に申し訳ございません。
316 :
マロン名無しさん:2010/11/13(土) 05:25:11 ID:N09+KhUs
後、こちらは提案なのですが、
第三回放送を突破しましたら、
記念として福本ロワラジオをやりたいと考えているのですが、
どうでしょうか?
支援はまかせろー!!
ついに完成したのですね。投下にも結構な時間がかかりそうだ。
ラジオおもしろそうですね。自分はここの書き手では無いので、やったら聞いてみたい!としか言えませんが…
ただ、
ラジオをやるっ…思っているだけならまだしもっ…
それを口にしたら戦争だろうがっ……
乙です!
自分は支援できないけど楽しみに待ってます
ラジオって何?
ざわっ…
ざわっ…
ネットラジオのこと。
パソコンでネット環境が整っていれば誰でも聴ける。
内容は主にそのロワの雑談。
パロロワ巡回ラジオで各ロワをテーマに放送する時もあれば、
ジョジョロワのように単独で開催するときもある。
以前、福本ロワはラジオツアーで1回、
ジョジョロワとの合同放送で1回
ラジオをしたことがあるよ。
そう言えば前にもやってたねラジオ。
是非ともやって欲しいです。
支援者もとりあえず自分含め3人はいるみたいだね。
さるさんにならないようにはどれくらいの頻度で支援すればいいんだろうか?
wktkせざるをえない
325 :
◆uBMOCQkEHY :2010/11/13(土) 21:44:54 ID:7rW02l20
お久しぶりです。
大変お待たせいたしました。
作品が完成したため、これから投下します。
井戸端スレにプロットを書いてから2ヶ月間、キャラクターを拘束するような形になってしまい申し訳ございませんでした。
そして、麻雀が分からない私に的確なアドバイスをくださりました、
野生の福本先生の皆様、本当にありがとうございました。
今回の作品は私の作品ではなく、皆様の作品と言っても過言ではありません。
この場を借りてお礼申しあげます。
では、投下します。
キター お待ちしておりました!
支援!
――――――――束縛があるからこそ 私は飛べるのだ
悲しみがあるからこそ 高く舞い上がれるのだ
逆境があるからこそ 私は走れるのだ
涙があるからこそ 私は前へ進めるのだ
マハトマ・ガンジー
「まさか…本当にコイツの首を切断するのかっ!!」
「オレは本気だが……」
利根川の死体を指差しながら動揺する平山に対して、アカギは淡々と答える。
「けど……」
平山は己の両手を眺めながら、肩を震わせる。
利根川の頭部を撃ち抜いたのはほかならぬ平山自身であるが、それはもみ合いによる不慮の事故であり、そこに意志は存在していない。
しかし、これから行う死体損壊は、その行為への明確な意志がある。
言うなれば、擬似的な殺人。
殺人は他人に死を与える行為であるが、同時に自分の命の終わり――自己喪失を痛感する行為でもある。
それから目を逸らしたいが故に、できることであれば、殺人という選択は避けたかった。
参加者名簿を碌に確認しなかったのも、その感情が起因している。
だからこそ、平山はアカギの言葉に対して戸惑ったのだ。
来てた!
しえん
「平山……」
ひろゆきは平山を物憂げな表情で見つめる。
ひろゆきもまた、平山と同じように殺人を忌み嫌っている。
もちろん、死体から首輪を回収使用する行為もできれば、避けたい。
しかし、ゲームの棄権権利を申告できるB-4エリアが封鎖された今、脱出するためには首輪の情報が必要不可欠である。
(この問題を先送りにしてはいけない……俺にはすべきことが……)
ここで躊躇している間にも、どこかで殺し合いが行われているのかもしれない。
もし、首輪解除の方法が解明されれば、殺人の連鎖を止め、天のような被害者を減らすことができるのだ。
(天さん……)
ひろゆきの脳裏に、天の亡骸、天と過ごした過去が蘇る。
笑いが絶えなかった日々。
まるで、薫風のような快い思い出。
今のひろゆきにとって、天と過ごした日々が戻らないことを受け入れるのは苦痛以外の何物でもない。
しかし、それを受け入れてでも、すべきことがある。
(被害者を減らし、この島から脱出する……そして、伝えるんだ……
最後まで人間としての矜持を貫いた天さんの生き様を、天さんのお嫁さん達に……!!)
その決意は雀士井川ひろゆきではなく、天の友人、井川ひろゆきとしての使命であった。
決意を新たにしたひろゆきはふっとため息をついた。
(でも、まあ、その前にやることもあるんだが……)
「なぁ、平山……利根川の首を切断する前に、自分の首の罠を外した方がいいんじゃないのか……」
ひろゆきは苦笑を浮かべながら、平山の首輪を指差した。
「あ……そうだっ!!」
平山は我に返ったように叫ぶと、利根川のディバックを掴んだ。
平山は利根川によって、首輪にEカードの耳用針具を取りつけられた――平山の命は利根川に握られていた。
その解除キーは利根川が持っている。
忘れていたわけではないのだが、利根川との攻防戦、利根川の死、アカギの利根川の首切断宣言など、整理しきれない事象が多すぎた余りにそのことを意識の奥の方へ追いやっていた。
平山は利根川のディバックをひっくり返す。
地図やパンなどの支給品、メモ帳、チップやノミ、コードが巻かれた塊、“MOVE”(進む)、“BACK”(下がる)と記載されたリモコン、そして、そして、ドライバーのような工具が出てきた。
平山はドライバー型の工具を手に取る。
リモコンには解除を意味するボタンがない。
それから考えて、平山の針具の解除の鍵を握るのは、おそらくこの工具だろう。
「平山、工具を貸してくれ……外すよ……」
「あ…ああ……」
繰り返すっ…
連投規制は認めないっ… 支援
ひろゆきは平山から工具を黙って受け取る。
本来なら、平山自身が解除工具で外すべきであるが、針は首の脇に当たり、平山の視界から外れてしまう。
「へぇ……」
ひろゆきは針具をまじまじと見つめる。
針具は吸盤のような形状の器具で、その中心には鋭利な針がむき出しのまま刺さり、四つのベルトが平山の首に絡みついている。
吸盤の部分に穴があり、どうやらそこに工具を差し込むらしい。
ひろゆきは工具を針具に近づける。
ひろゆきはもう一度、確認した。
「平山……行くぞ……」
「頼む……!!」
恐怖から目を逸らしたいのか、平山はギュッと目を閉じる。
アカギは無言で平山の動向を見つめている。
「外れてくれ……」
ひろゆきは工具を差し込んだ。
パチリ、と。
小枝を踏んだような小気味よい音が響く。
これと同時であった。
平山の首に絡みついていた針具がカランと地面に落ちたのは――。
「あ…」
平山は指で喉をさする。
膿のように首に巻きついていた針具がすでにない。
「は…外れた…針具…外れた…よな…」
平山はその事実を確認するかのように、呆けた顔でひろゆきを見つめる。
ひろゆきは平山に工具を差し出しながら、穏やかにほほ笑む。
「おめでとう…平山……」
ひろゆきの微笑で、平山の中で氷が溶けていくような安堵が広がる。
「あぁ…ありがとう…ひろゆき…」
気の抜けた破顔を浮かべると、平山はその場でへたり込んだ。
「それは“拘束具の解除工具”で間違いないようだな……」
アカギの突然の一言に、二人は戸惑いながら顔をあげる。
しかし、アカギは二人の困惑に答えることなく、ひろゆきの手から針具の解除工具を抜き取ると、利根川の前でしゃがみ込んだ。
「一体どうしたんだ……?」
ひろゆきが不穏な眼差しをアカギに向ける。
アカギは振り返ると、胸のポケットから一枚のメモを取りだした。
「カイジという男から聞いた話だ……」
「お前も……カイジと会ったのか……」
その聞きなれた名前に、ひろゆきと平山が顔を見合わせる。
カイジは対主催を掲げ、脱出する手段、主催者を倒す手段を模索していた。
その男からの情報であれば、ひろゆきや平山にとっても有益であることは確実だろう。
ひろゆきと平山は黙ってアカギからメモを受け取り、それに目を通した。
『Eカードで使用した拘束具は首輪の作りとどこか似ている。 この拘束具を解除する道具で首輪を外すことができるのかもしれない……
外すことができなくとも、今後の首輪解除のヒントになるかもしれない……
この工具は棒のような形状のもので、首輪の螺子に合う様なら……この首輪を外すことが可能かも知れない。 今、この拘束具の解除は利根川幸雄という男が所持している可能性が高い』
「カイジ……」
もし、これが本当であり、首輪をはずすことができれば、禁止エリアの縛りからも、主催者からの監視からも逃れることができる。
「解除工具を差し込む場所なんて……」
ひろゆきは利根川の首輪を覗きこむ。
首輪は鉄製の素材を使用しており、均一に切れ目が入っている。
丁度、首輪の中央――顎の下に当たる所には円系の機械がはめ込まれており、これが首輪のメインコンピューターであろう。
首輪のデザインは腕時計のそれを彷彿とさせる。
そのメインコンピューターのコンピューターとベルトの間に縫い針が通るくらいの小さな穴が空いていた。
「もしかして、あの穴か……あれに差し込んで、上手くいけば……」
「まあ、そういうことだ……」
ひろゆきの察しの良さに満足したのか、含みを持った笑みを浮かべると、アカギは解除工具をその穴に向けた。
解除工具の先が穴を突き刺そうとした時だった。
「待ってくれ……!!」
平山が慌ててアカギを呼びとめたのだ。
平山は青白い顔でアカギを見つめる。
支援
「なぁ…アカギ……もし、この工具が首輪解除とは全く関係のないものであったとしたら……
で、その動きを首輪が感知しちまったら……爆発するかもしれないんだぞ……!
お前だって、ただじゃすまない……爆発に巻き込まれる……!
そもそも主催者がそんな道具、参加者に渡すと思うか…!
分かり切っていることじゃないか…!そんな……」
平山の脳裏に、見せしめに殺された少年の姿が過る。
首から血を溢れだしたまま、崩れ落ちていく少年の胴体は、平山に痛みへの怯え、自身の消失という寂寥感、生への強い渇望――死の恐怖を湧きあがらせた。
この感覚はその天の死体を見た時も現れた。
この恐怖は身体の芯が腐敗していく不快さによく似ている。
(あの工具が首輪を外せるものだと完全に立証してからでも遅くはないんだ…
なのに、確証がないまま、どうして試そうとするんだ…死ぬかもしれないのに…
そんなこと無意味以外の何物でもない…!そんな……)
黙り続ける平山に対して、アカギは冷徹に言い放った。
「…そんな“無意味な死はごめんだ”といいたいのか……」
「え……」
平山は顔を上げ、唇をわなわなと震わせる。
ここでその台詞か 支援
アカギは平山の軟弱さを物の見事に言い当てた。
しかも、かつてアカギから腕一本を賭けた牌当てを提案された時、それを拒むために平山自身の口から出てしまった言葉によってである。
平山は震える唇から、今にも空気に溶けしまいそうなほどに弱弱しい言葉を漏らす。
「確かに……あの時、俺はそう言って、勝負から逃げた…だが…今は無意味な死だなんて……」
平山は俯き、言葉を詰まらせる。
どんなに言葉で取り繕おうと、今のやり取りはかつて怖気づいてしまったあの時――言い訳を並べ、ただただ命の危機から逃れようとしている状況とほとんど一緒なのだ。
これ以上、言葉を並べれば、かつて川田組長の前で露呈した醜態を再び、繰り返すこととなる。
今の平山はアカギと浦部との戦いを見て、自分の底の浅さを理解している。
ひろゆきに対して、己もこのゲームに立ち向かうと宣言しておきながら、その覚悟が実はまだ確固たるものでもないことを理解している。
だけど、改めたい――アカギ程とまでとはいかなくとも、ひろゆきのように目標を見失わずに邁進する精神に近づきたいと切実に感じている。
平山の緘口は、自分の脆弱さへの抵抗であった。
「黙っているのは勝手だが……」
アカギは“相変わらず、お前は成長が見られないな”と言わんばかりに、鼻であしらう。
「俺は思う……麻雀も……この首輪解除もギャンブルだ……!!
ギャンブルってものは先が見えないものさ…その中にはお前が怯える“無意味な死”に出くわすこともあるだろう…
だがな、それを知っていたとしても進まなければ何も変化しない……可能性を見出すこともできない…」
アカギは利根川の首輪を押さえる。
解除工具をその穴に差し込もうとする。
しかし――
「……ダメだったか……」
穴が小さかったため、解除工具が穴に収まることはなかった。
アカギは解除工具を平山に返した。
「俺は利根川に立ち向かったお前を見て、変わったと思った……
だが、それは見当違いだった……お前は勝負師の器としては二流……凡夫だ……」
畳みかけるように攻めるアカギに、平山は反論することもできず、項垂れる。
言われなくとも、知っていた。
いかに、恐怖心から目を逸らそうとしていたかを。
平山は臍を噛む。
平山にとって、まだ、自分に勝負師として至らない人間であるかを痛感したことは屈辱的である。
しかし、それ以上に恥入ることがある。
いかに自分が矮小な人間かをひろゆきに晒してしまったことだ。
ひろゆきは今、平山に失望を覚えていることだろう。
かつて、安岡が平山に見切りをつけた時のように。
(俺はいずれ切られる……ひろゆきから……!!)
平山の目頭が、年甲斐もなく熱くなる。
(そうさ……ひろゆきは思っているはず……
こんなつまらない男となんて係わらない方が……)
この直後、平山の視界を影が遮った。
「えっ……」
平山は思わず顔を上げ、言葉を失った。
ひろゆきがアカギの前に進むや否や、その胸座を取ったのだ。
アカギはそれに屈することなく、冷めた眼差しでひろゆきを見遣る。
「………殴るのか……」
ひろゆきはそれに答えない。
しかし、心の中の嚇怒を抑えつけているかのように震える拳と鋭い双眸。
誰の目から見ても、ひろゆきが平山への暴言に対して怒り、これ以上続けるつもりであれば、アカギを殴ろうとしていることは明白である。
アカギが言う、平山の“勝負師としての器”が至らない点はこれまで行動してきた中で、感じなくもない。
しかし、平山に見切りをつけているアカギに対して、ひろゆきは平山の可能性を諦めてはいなかった。
ひろゆきは東と西の雀士がその雌雄を決する『東西戦』の後、勝負師としての能力が欠けていることを悟り、麻雀の世界から身を引いた。
ひろゆきもまた、平山と同じように、勝負師として器は完璧なものではなかったのだ。
断片的ながらも、アカギから発せられた平山の生き方はかつての停滞していた自分を彷彿とさせた。
勝負や生きることへの可能性を決めつけ、先へ進むことに怯えていた自分と――。
だからこそ、アカギが平山を否定したことに怒りを覚えた。
誰しも、苦難から目を背けることがある。
けれど、背けた先に答えがないことを悟った時、人は苦難の痛みを抱えながら、再び、前へ進みだせることもできるのだ。
「ひろゆき……」
そんなひろゆきを平山は呆然と見つめている。
かつて、ここまで自分を思ってくれた人物はいただろうか。
(ひろゆき……俺…お前のこと……誤解していた…すまない……)
仲間を信じきることができないほど、自分は何と器の小さい人間なのだろう。
ひろゆきへの申し訳なさに、とうとう涙が頬を伝って流れてしまった。
支援っ…
支援
「お取り込み中、失礼するよ……」
全員が声の方向を振り返る。
彼らの視線の先にいたのは、長い白髪に、深いしわが幾重にも刻まれた顔。
風雨に晒された枯木を連想させる老人であった。
(何者だ……このジイさんは……!)
ひろゆきと平山は訝しげに老人を睨みつける。
それまで老人の気配は微塵もなかった。
それにもかかわらず、老人は今、ここにいる。
まるで闇が実態を帯びたかのようであり、その不可解さは二人の常識を超えていた。
老人はククク…と、からかうように眉を動かす。
「どうやら……喧嘩を売られた若造がお前さんに掴みかかったというところか……」
この言葉に、ひろゆきは怪訝な顔をした。
アカギに喧嘩を売られたのは平山だが、その胸座を掴んだのはひろゆきである。
しかし、老人はその行動が同一人物によるものと判断しているのだ。
しかも、どこか又聞きのような言い回し。
まるで、目が見えないかのような――。
「なんだ、俺を追っかけてきたのか……市川さん……」
ひろゆきとは対照的に、アカギは動揺することなく、ひろゆきの手を払うと、老人に近づいた。
どうやら、アカギは市川という老人と知り合いのようである。
ひろゆきはハッと思いだした。
「盲目の市川って言えば……」
雀士として裏の世界を知る人間なら、一度は耳にしたことがある名前。
HEROにて出会った二人がロワでも対峙っ…
その世界で5本の指に入る腕と言われてきた伝説の雀士。
しかし、とある雀士との勝負に負け、この世界から身を引いたという。
「なぜ、そんな雀士がここに……」
しかし、そんなひろゆきの疑問に答えるどころか、市川は風に耳を傾け、ほくそ笑む。
「どうやら……ワシらの他にもこの場の会話に耳をそばだてる者がおるようだな……肉体はないようだが……」
謎かけのような意味深い言葉にひろゆきと平山は顔を見合わせる。
肉体がないが、存在する。
それは死体となった利根川のことなのか。
だが、死体が会話に耳を傾けることなど不可能。
市川は何が言いたいのか。
「肉体はないが、会話を聞いている……」
この直後、アカギは壁に打ち付けられたボールが跳ね返るかのように俊敏に駈け出した。
アカギが向かった先は利根川の支給品。
アカギは神経を尖らせ、耳を澄ます。
風や木々のざわめきで気付かなかったが、神経を集中させれば、認識でできる音――テレビの砂嵐のような雑音が――。
アカギの表情が強張る。
アカギの視線が、繭のようにグルグルに巻かれたコードの塊を捉えた。
「ここからだ……」
コードの先には小さなスピーカーがついている。
このコードはイヤホンらしい。
「まさか……」
アカギはコードを解いていく。
そこから現れたのは消しゴムほどの大きさの黒い四角形の機械――アカギが所持しているものと同じ形式の盗聴器であった。
アカギはイヤホンに耳を傾け、囁いた。
「お前は……誰だ……」
ガガッ……というノイズ音とともに人の声が聞こえてきた。
『ククク……お前がアカギか……』
若く張りのある青年の声。
いつ頃かは分からないが、この青年はここでの会話を“堂々と”盗み聞きしていたらしい。
盲目である分、聴力がよい市川が、その独特のノイズ音から盗聴に感づいたのだ。
イヤホンの声は言葉を継ぐ。
『お前達の会話は聞かせてもらった……
そこにいるのは赤木しげる、しづか、井川ひろゆき、平山幸雄、そして、市川という男……
これがお前の手元にあるってことは、利根川は捕まったか……殺されたか……
で、しづかが持つ盗聴器にはさっきの音声が入ってこない……アカギ……お前、盗聴器に気付いて細工しているな……』
イヤホンの人物は悪びれるどころか、“いたずらがばれちまった……”と、善悪の判断を理解しきれていない子供のように、飄々と言いのけた。
『どっちでもいいや、これからはお前達がターゲットだ……!
首を洗って待って……』
しかし、イヤホンの音はここで止まる。
アカギがイヤホンを地面に叩きつけたからだ。
イヤホンからピシリと亀裂が生じた音がする。
アカギは更に足で踏みつけた。
プラスチックが激しく砕ける音が林に響き、やや焦げ臭い匂いが鼻孔に漂う。
イヤホンからすでにノイズ音はなく、代わりにショートした機械独特の不調和な電子音が漏れていた。
アカギはその破損した機械を拾いあげた。
「これは盗聴器だ……その先の人物は利根川とつるんでいる可能性が高い人物で、しかも、俺達のことを知っていた…姓名でな……
そして、俺達4人の殺害を宣言した…」
盗聴器である以上、イヤホンがついた受信機と音を拾いあげるマイクがついた送信機で一セットとなっているはずである。
送信機をどこかにセットして、受信機に繋がるイヤホンから送信機が拾った音に耳を傾ける。
これが本来の使い方であるが、イヤホンから出た音声は明らかに利根川の仲間であった。
ここから分かるのは、盗聴器は実は複数あり、仲間にそれを手渡した後、お互いの受信機を交換していたということである。
例えば、利根川が送信機で仲間に呼び掛けたとする。
仲間はこの利根川の送信機の音声を拾う受信機を所持しているため、遠くはなれた場所に居ながら利根川の声をリアルタイムで受け取れる。
つまり、盗聴器をトランシーバーのような連絡手段として使っていたのだ。
支援
「これもダメだな……」
アカギは自身のディバックからメモ帳で何重にも包まれた同じ型の盗聴器を取り出した。
本来であれば、この盗聴器を使用し、しづかに爆弾を仕掛けたグループをおびき出す予定であったが、盗聴器の存在に気付いていると知られてしまった以上、所持していても意味はない。
イヤホンの人物はアカギがしづかと行動を共にしていると思ってはいるが、先程の音声の中でしづかの声だけが入っていなかったことから、近いうちに別行動をとっていることを察してしまうだろう。
「後手に回ったな……」
アカギはその盗聴器も足で踏みつぶして破損させた。
皮肉な話であるが、利根川はこれまで散々、アカギに裏をかかれてきた。
しかし、その死後、最後の最後でアカギの裏をかいたのだ、本人の意図しない形で――。
「そんな……」
平山はガクガクと戦慄の声を漏らす。
利根川が味方する者――天から得た情報では、帝愛グループトップ兵藤和尊の息子、兵藤和也とその部下、一条の二名がいるらしいが、この二人だけが利根川の味方とは限らない。
天たちも知らない参加者も加担している恐れがある。
そもそも、4人の参加者の殺害を宣言したということはよほど殺すことに自信があるのだろう。
そのような戦闘に特化した人物が仲間にいるのか、殺傷率の高い武器を所持しているのか、仲間が沢山いるのか――。
利根川の呪縛から逃れられたと思ったら、新たな参加者からの標的となってしまった。
しかも、ひろゆきまで巻き込んで――。
(お……俺のせいだ…俺が盗聴器をディバックから出さなければ……)
「おい、平山……」
アカギは平山の腕を引っ張った。
「ここから逃げるぞ…」
平山はギョッとアカギを見上げる。
「でも、どこへ……?それに利根川の首輪を奪うんじゃ……」
困惑する平山の問いに対して、アカギは呆れたかのようなため息をつく。
「利根川の首をすぐに切断できりようなまともな道具がないんだ…
ここで悠長に利根川の首に構ってみろ……
利根川の仲間に見つかり、襲われることは確実……
今はこの場からすぐにでも離れることが……」
「まぁ、少なくともここよりは安全な場所なら知ってはおるが…」
それまで会話に混ざろうとしなかった市川が、手探りで利根川の所持品だったチップを拾い始めた。
「安全な…場所…?」
誰に命を狙われているのか分からないこの地で安全が保障された場所などあるものか。
平山がそう叫ぼうとした瞬間だった。
「おい、市川さん……アンタは一体、何が目的だ……」
アカギの問いに対して、市川は“カカカッ……”と朗々に笑う。
「ワシがここへ来た理由はただ一つ……お前さんと勝負したい……それだけよ……」
「勝負だって!!」
支援!
アカギ、焦るっ…支援
市川の突拍子もない言葉に、ひろゆきと平山は目を丸くする。
自分達は謎の勢力に追われる身となってしまった。
そんな中で悠長にギャンブルをしている余裕などない。
しかし、アカギにとって、その申し出は予測済みであったようだ。
「追われることを“ダシ”にする気か……」
「ダシ…」
ここでひろゆきも市川の意図を悟った。
「ギャンブルルームに逃げ込む…ということか……!!」
ギャンブルルームのルールの一つに、施設内での暴力が禁止されている。
裏返せば、ギャンブルルームに入ってしまえば、その間は利根川の仲間はアカギ達の命を奪うことができないのだ。
「そういうことよ……悪くない話であろう……」
「ほう…」
アカギは市川の言葉に相槌を打つ。
「暇じゃないが…悪くはない話だ……乗ってやる……で、ギャンブルは勿論…麻雀だろうな…」
市川は皺が寄った唇を歪ませて、ニヤリと人外の笑みを溢した。
「然り…そして、賭けるものは互いの命……」
「なっ…!」
ひろゆきと平山の表情がとうとう青ざめていく。
彼らの間に、何があったのかは分からない。
しかし、この場であえて命を張るギャンブルを行う。
まさに不条理。
そこに意義などあるのだろうか。
「まぁ、アンタとなら当然か……」
アカギは眉ひとつ動かさず、泰然としたまま、周囲を見渡し、ある一点に目をとめた。
林の奥に見える小さな屋根。
ギャンブルルームは意外なことにアカギ達のいる場所の目と鼻の先にあったらしい。
「北の方角にギャンブルルームがある……そこで勝負…だが…こいつらはどうする……?」
アカギはひろゆきと平山を顎で指す。
「これはワシとお前との勝負……“不純物”などいら……」
「待ってくれっ!!」
ここでひろゆきがアカギと市川の間に割り込んできた。
ひろゆきはあからさまに不快そうな視線をアカギにぶつける。
「言っておくが、俺もアカギとの勝負をしたくてここまで追ってきた…俺も勝負に加わる権利があるはずだ…!」
アカギは一瞬、呆れかえったかのような表情をするも、すぐに失笑を洩らす。
「お前も勝負に加わるっていうのか…俺と因縁のある市川はともかくとしてお前と俺とは赤の他人だ……何の意味がある……?」
“無駄な命の張り合いはやめておけ…”と、アカギは子供をあしらうように、ひろゆきを諌める。
「なっ…」
明らかに年下でありながら、尊大。
尚且つ、ひろゆきを頭数にすら入れようとしない傲慢さ。
(何なんだ…こいつはっ!!)
ひろゆきの怒りが込み上がってくる。
ひろゆきは噛みつくように、吼える。
「とにかく、俺はアンタと勝負がしたいんだっ!!」
ここまで来ると、意地による反駁である。
神域・赤木しげるの名を語る若き男、アカギ。
この男は何者なのか。
赤木しげるとどんな関係を持っているのか。
そして、それを知る術が一つしかないことをひろゆきは悟っていた。
(麻雀で戦って、コイツの正体、見定めてやる…!)
「面白い奴だな……」
市川はアカギに提案する。
「こやつも勝負に加えてやらんか……ただし、条件付きでな……」
市川は顔を“ひろゆきの声がした方向”に向ける。
「これだけは言っておく……
誘いはワシの方が先…で、ワシはアカギとだけの勝負を行いたい…
あくまでワシの要求を優先させるのが、スジというもの…
ただ、お前さんの言い分も理解できなくはない……
だから、こんなルールで参加というのはどうじゃ……」
市川は実に底意地の悪い笑みを見せた。
「アカギとワシの勝負、最終的に、点棒が少なかった方の首輪が爆破……。
もちろん、トビになれば、強制的に終了…!
しかし、お主はハコなし……つまり、マイナス点となっても勝負を続けることができる。
だが、そんなものじゃ、お主の自尊心も満たされないのも事実…!
そこで、お主に限って言えば、勝負終了時、点棒がマイナスであった場合、その首輪が爆破する…というのはどうじゃ…」
支援
「マイナスで……首輪爆破だって…」
ひろゆきは眉を歪める。
どう聞いても、ひろゆきは数合わせのような存在でしかない。
無論、不服であるが、この誘いを断れば、二度とアカギと勝負することはできないだろう。
ひろゆきの答えは一つだった。
「分かった…それで受ける…」
「ひろゆき…!」
平山は縋るように、ひろゆきを呼び止める。
平山はいかにひろゆきがアカギと勝負をしたいのかを知っていた。
しかし、なぜ、命を賭けなければいけないのか。
ここは考え直した方がいい。
だが、声に出しかかった反論は喉元で萎んで消える。
平山は理解していた。
ここにいる者は全て勝負に身を委ねる者。
そんな勝負に対して、弱腰の態度を見せれば、それこそ、自身で認めたことになってしまう。
自分は“勝負師の器としては二流……凡夫…”だと。
「……俺も……参加する……その条件で……」
本音と裏腹な参加宣言。
結局、勝ってしまったのは、メッキのプライドであった。
「これで4人揃ったということか……」
アカギは先程の市川と同じように利根川のチップを拾いあげると、その枚数を数える。
「市川さんが持っているものも合わせて、合計18枚……1800万円……利用時間は2時間か…
普通なら、1回戦までいけそうだが、市川さんとの勝負は時間がかかる……いちいち打牌を公言しなければいけないからな…まぁ、東風戦までが精一杯だろう…それでもいいか…」
返答はない。
この期に及んで、反論する者などいないのだから、当然と言えば当然である。
彼らは利根川の荷物だけを奪い、ギャンブルルームへ足を進め始めた。
ざわっ…
ざわっ…
ここで前編終了です。
支援してくださった方ありがとうございました。
ちなみに、投下最中、トイレの水がとまらなくなる事件で家が一時荒れていました。
なんとか止まりましたが…。
では、これから中編投下します。
水のトラブルっ…クラシアンっ…
安くてっ…早くてっ…
安心ねっ…
アカギ達はギャンブルルームにたどり着くと、黒服に1600万円――4人で2時間分のチップを支払い、中に入った。
このギャンブルルームもまた、和也達が立てこもるギャンブルルームと同様、赤絨毯に、典麗な白磁器と、ラスベガスのカジノと美術館を足して二で割ったような内装となっている。
強いて言えば、和也達がいるギャンブルルームとの違いは、大きな窓が存在するか否かだろう。
ちなみに窓は分厚いカーテンによって外部からの干渉が遮断されている。
そんな瀟洒な雰囲気の中で、ギャンブルルームの中央を陣取る雀卓はどこか、場末の安っぽさを感じさせ、明らかに部屋の風景から浮いていた。
しかし、4人にとって、雀卓がどこにあろうと関係はない。
4人は黙ってその席に腰を下ろした。
平山はギャンブルルームの壁に掛けられたカーテンを横目にため息をつく。
(殺し合いから逃れるために命を賭けた勝負をする…本末転倒だよな…)
平山は考えていた。
兵藤和也という殺人鬼がこの近辺に潜んでいた時、どうやって逃げ出すかを。
自分達を含めた参加者の居場所は、ひろゆきから預かった首輪探知機で確認することはできる。
しかし、4人にとって、雀卓がどこにあろうと関係はない。
4人は黙ってその席に腰を下ろした。
平山はギャンブルルームの壁に掛けられたカーテンを横目にため息をつく。
(殺し合いから逃れるために命を賭けた勝負をする…本末転倒だよな…)
平山は考えていた。
兵藤和也という殺人鬼がこの近辺に潜んでいた時、どうやって逃げ出すかを。
自分達を含めた参加者の居場所は、ひろゆきから預かった首輪探知機で確認することはできる。
しかし、あくまで首輪を所持している者の位置を知るだけであって、その首輪が誰の物かまでは把握することはできない。
おそらく利根川の死体を発見した和也とそれに追随する者達は、平山達を捜索し、このギャンブルルーム周辺もうろつくであろう。
(万が一、窓から見える範囲に奴らがいれば、武器なんかを知ることもできるかもしれないが、そんな都合のいいことなんて起こるはずがない……)
この期に及んで、平山の思考は勝負にではなく、姿が見えぬ暗殺者に向けられていた。
点棒がマイナスにならなければ、助かることができる麻雀戦は自分の実力でも乗り切れる関門だが、暗殺者からの襲撃など、これまでの人生の中で、そんな経験は皆無なのだ。
対処の仕方など思い付くはずもない。
手元にある武器といえば、ひろゆきの日本刀とアカギが利根川から回収したデリンジャーくらいであり、暗殺者である和也はアカギ達の殺害を嬉々として宣言した。
利根川がすでに殺されているか、捕まっているか――アカギが利根川から武器を奪っていることを認知した上で。
裏返せば、デリンジャー程度であれば、動じる必要がない――それ以上の武器、武力を持ち合わせているという自信の表れであろう。
平山の集中力が麻雀戦から離れてしまうのは至極当然のことであり、精神的に追い込まれた人間であれば、誰しもそう考える。
しかし、一般人であれば許される姿勢も、賭け事の世界で生きるギャンブラーにとっては酷く致命的であった。
ギャンブルとは絶望の断崖を飛び越えるようなものである。
谷の底は見えず、悲鳴のような風が吹き荒れ、挑戦者の心を震え上がらせる。
それでも、その湧きあがる恐怖を押さえながら、強固な精神で谷を飛び越える。
その時、初めて他のギャンブラーたちと同じ土俵に立つことができるのだ。
しかし、今の平山は本人も意識していないが、逃げ腰の姿勢――暗殺者に対して、いかにして戦うかではなく、いかにして逃げるか――が根底にわだかまっていた。
全ての恐怖をかなぐり捨てるどころか、恐怖が本人の足枷となりつつある。
勝負への集中力の散漫さ、恐怖による委縮は、のちに平山自身を窮地に追い込んでいくこととなる。
場所決めの結果、東家:市川、南家:平山、西家:ひろゆき、北家:アカギでスタートとなった。
ゲームの準備が整ったところで、市川が皆に質す。
「ここで、もう一度、ルールを確認するぞ……」
ルール
・時間は2時間。(2時間ギリギリまで勝負は可能ではあるが、市川と打つ時は捨て牌を読みあげなければならないなどのロスタイムを考慮して、おそらく東風戦までと思われる)
・時間終了時、アカギと市川、点棒の少なかった方の首輪が爆破。
・今回はあくまでもアカギと市川の戦いである。故に、ひろゆきと平山は仮に4人の中で最下位となったとしても首輪は爆発しない。
・そのかわり、一種のペナルティとして、ひろゆきと平山は勝負終了時、点棒がマイナスであった場合、首輪が爆破する。
・イカサマがばれた場合も首輪爆破。(その点は黒服が監視)
・市川が盲目であることを考慮して、打牌は随一宣言する。
・裏ドラあり。
・点棒は各自25000点。
「……これで依存はないか……」
市川の言葉に対して、誰一人微動だにしない。
それは全員からの了解の返答であった。
「そうか……では始めるとするか……」
かくして、今ここに、バトルロワイアルと別の、雀士としての死闘が、火蓋を切って落とされた。
支援ー
東一局。ドラ2萬。親市川。
6巡目。
「6索…リーチ…」
市川はここで6索を捨て、リーチを賭ける。
(何……?)
平山は市川の河を覗き込む。
市川の河は
東 白 7萬 3萬 9索 6索(リーチ)
東一局6巡目でリーチ。それは序盤にしてはあまりにも早すぎると言ってもよい。
その早すぎるリーチは何処か生き急ぎ過ぎている印象さえあり、不可解さが拭えない。
(だが、この勝負は時間が余りにも限られている……序盤で安目で上がって、点棒を少しでも稼ぐ……そんなところか……)
そう考えながら、平山は自身の手牌を見てほくそ笑む。
2萬 3萬 4萬 6萬 7萬 8萬 8萬 2筒 3筒 4筒 2索 3索 3索 発
テンパイ。ツモによっては――4索をツモれば、三色同順にもなる好配列なのだ。
序盤でこのような高目の役を作れることは稀である。
麻雀の経験がある者ならよく分かることだが、明らかに不要な牌を捨て切るのが、だいたい6巡目辺りである。
その6巡目で高目の役のテンパイまで漕ぎ着けるのは、強運以外の何物でもない。
(まだ時間的にも余裕はある……このまま、三色を…!)
平山は勝利の手応えを感じながら、発を捨てた。
そう、今の平山には運を掴んだ者特有の勢いが存在していた。
そして、その勢いは更なるツモを引き寄せることとなる。
7巡目。
(こ…これはっ……!)
平山はその指に掴む牌を見て、抑えきれない心の高揚に相好を崩す。
平山が掴んだツモは、喉から手が出るほど欲しがっていた4索。
(これで三色同順のテンパイっ……リーチをかけてあがれば、7700点っ……!)
痺れるような歓喜が心の芯を震え上がらせる。
序盤で7700点を取れば、頭一つどころか、安全圏。
命が保障されたようなものだ。
ぜひとも、3索を捨てて、5萬、8萬待ちのリーチをかけたい。
ここで問題があるとすれば、市川のリーチぐらいだろう。
もう一度、市川の河を確認する。
東 白 7萬 3萬 9索 6索(リーチ) 南
リーチ時に市川は6索を捨てた。
索子――これから平山が捨てようとしている3索は危険牌ではないのか。
しかし、平山は不敵な笑みで頭を振る。
(いや、3索はおそらく…安全牌だっ!)
なぜ、平山がこのような考えに至ったのか。
3・6はスジのペアだからである。
スジ――両面待ちの時、現れる2種類の待ち牌を指す。
そのペアは1・4、4・7、2・5、5・8、3・6、6・9の6種類。
市川が捨てた6索――3・6で簡単に説明する。
仮に、今のリーチで、市川が4索・5索を抱え、3索・6索の両面待ちで構えていたとする。
しかし、市川は6索を捨ててしまった。
つまり、3索・6索が和了牌であるにもかかわらず、和了になる6索は自分の河に存在する――フリテンとなってしまうのである。
フリテンはロンアガリが不可能であるため、同様に、平山が市川の待ち牌である3索を捨てても市川はその3索でアガルことができない。
麻雀に心得がある者からすれば、自らフリテンを生み出すなど愚の骨頂。
故に、3索は安牌の可能性が高いのだ。
勿論、これはあくまで市川が両面待ちをしているという前提の読みであり、100%正しい読みとは言えない。
しかし、平山には3索を安全牌だと結論付けるもう一つの要因があった。
市川が前巡に9索を捨てているのだ。
9索から6索の捨て方は以下のような手牌を有していた際に起こりやすい。
6索 6索 7索 9索
仮に6索を引けば、6索の刻子、8索を引けば、7索・8索・9索の順子と6索の雀頭が完成する。
自由に且つ、広く作れる並びである。
市川はリーチ直前までこの抱え方で待っていたのだろう。
進むにつれて、どうしても索子を捨てなければならない状況が生まれてしまった。
そこで、この形の中で形を崩しても痛手になりにくい9索を捨てる。
その次の巡で、何らかの牌を引き、テンパイが完成。
5索・8索の両面待ちを狙って、6索を捨てた。
もし、この仮説が正しければ、おそらく市川の待ちは5索・8索。
3索が安全牌なのは明らか。
(この牌は通るっ!俺はこれで7700点をもぎ取るっ……!)
「打3索、リーチ!」
平山は3索とリーチ棒を掴み、卓に叩きつけた。
必勝のリーチ。
パンと、小気味よい牌の音が卓に響く。
その音は平山の自信に満ちた勇みを如実に表わしていた。
そう、平山は約束された勝利に酔いきっていた。
しかし、平山は卓に座った時から、察するべきだった。
目の前に座る男達はいずれも裏社会で伝説を築いてきた男達であることを。
彼らは賭博に対して、鋭敏な能力を持ち合わせている。
その能力を強いて一言で表すとすれば、“一撃必殺”。
勝負相手で仕留めるその強襲は、まさに修羅場を知り尽くした猛虎の攻撃そのものであり、隙が存在する平山は餌も同然であった。
ここで、猛虎の一人がとうとう獲物に飛びかかる。
「こんなに早く引っ掛かってくれるとはなぁ……」
市川はひときわ冷淡に、宣言する。
“ロン”と――。
市川の手牌がパタパタと倒されていく。
そこから現れたのは――。
2萬 2萬 5筒 6筒 7筒 1索 2索 4索 5索 6索 7索 8索 9索
リーチ、一気通貫、ドラ2。
親満貫のため、12000点。
これで平山の点棒、13000点が確定してしまった。
「嘘だろ…」
平山の顔面がみるみる色を失っていく。
優位どころか、ものの見事な最下位。
始まって30分も経っていないにもかかわらず、トップとの差は24000点。
とてもではないが、この大きな差を覆すのは至難の業である。
(くくく……嘆かわしいものだな……)
市川は盲目故、平山がどのような表情で頭を抱えているかは分からない。
しかし、彼が発する絶望は空気を伝って、感じることができる。
市川が9索・6索捨ては無論、待ちが5索・8索であるとミスリードさせるためである。
市川はたったの6巡目でリーチをかけた。
誰しも、こう考えるはずである。
手牌を組みかえられる時間はまだ、十分にある。
単騎などという自分の首を絞めるような待ちをするはずがない。
早々にリーチをして、待ち牌を固定したのは、広い待ちをしているからだろう。
両面待ちのような――。
麻雀において、基本の待ちは単騎待ち、ペンチャン待ち、カンチャン待ち、シャンポン待ち、両面待ちの5種類があるが、単騎待ち、ペンチャン待ち、カンチャン待ち、シャンポン待ちは和了牌が1枚であるため、各牌4枚ずつ存在する麻雀のルール上、待ち牌は最大4枚である。
(厳密に言うと、シャンポン待ちは和了牌2枚である。しかし、シャンポン待ちを成立させるには同じ牌2枚を2組抱えている必要があるため、結局待ち牌は4枚となってしまう)
それに対して、連続した2枚の牌の両側を待つ両面待ちは和了牌が2枚のため、待ち牌は最大8枚。
他の待ちと比較しても、場に出る確率は実に高い。
早期に単騎待ちでリーチをするはずがないという思い込みと9索・6索捨ての流れ。
これだけでも、市川の単騎待ちであった3索が安全牌であるというブラフを成立させるには十分である。
しかし、市川は狡猾だった。
より3索を場に出す確率を上げるために、リーチの際に6索を捨てたのだ――3・6のスジの法則で推理することを予測して――。
6索を捨てた以上、スジのペアである3索が和了牌であるはずがない。
言うなれば、3索は他家が捨てた牌である現物も同然であった。
3索は2重の意味での安全牌であったのだ。
(誰しも欲するのは『安心』……
現物があれば現物を、無ければもっともセーフティーに感じる牌を吐き出す…)
支援
安心を奪う、もしくは安心を目の前にぶら下げることで、相手を誘惑し、自身が望む牌を振り込ませる。
市川が得意とする戦術『素人殺し』。
平山は市川が作りだした虚像の安全を読み取り、見事に引っ掛かってしまった。
(『安心』こそ毒…!博打を打つ人間がその『甘さ』を追うようになったらもう終わり…
わしらはそれを肝に命じているが、素人はいつもその誘惑に負ける…!
強打して自爆する素人などまれ…
大抵は『安心』という重りを体に巻きつけ溺死する……!)
あらゆる表情を欠落させて戦慄く平山に、市川は冷酷に笑いかける。
「裏ドラはどうかの……」
市川の指が、山の方へゆっくり動いていく。
「う…裏ドラっ……!」
平山はハッと顔を上げる。
もし、裏ドラがあった場合、点数はハネ満――18000点となる。
ハネ満になれば、平山の点棒は7000点。
いつマイナスに転じてもおかしくはない状況となる。
(た…頼む…!う…裏ドラだけはっ…!)
すがるような思いで、平山は祈る。
しかし、運命というものは時に残酷なものであり、その人間の蜘蛛の糸のような期待を断ち切ってしまうことがある。
まるで、苦悩にのた打ち回る姿が滑稽だと嘲笑するかのように――。
市川の指が牌をめくる。裏ドラ表示牌は――
「……3筒…」
ルール上、ドラ表示牌の次位牌(数字が1つ大きい牌)がドラとなる。
裏ドラでも同様のルールが適用される。
つまり、裏ドラは4筒。市川は1枚持っているため、
「は…ハネ満……」
平山は口を半開きにしたまま、呆然自失する。
東1局で崖っ縁に立たされてしまった。
しかも、勝負はまだ1時間半以上あるのだ。
その1時間半もの間、残り7000点のみで生き残ることなどできるのか。
「お…俺は……」
平山の心は見通しのつかない不安と敗北感に塗りつぶされていた。
その後、アカギがツモアガリをし、ようやく東1局終了。
この時点で点棒は
市川: 41400
アカギ:28200
ひろゆき:24200
平山:6200
平山は今や、手負いの草食動物と言っても過言ではない。
しかし、市川にとっては、平山を含めた参加者の実力を測るための小手調べにしかすぎない。
彼らの実力、特に平山の実力を知った猛獣は、止めを刺せんと言わんばかりに、東2局で、その牙の威力を更に見せつける。
しえん
支援!
東2局。親平山。ドラ北。
自分が親である以上、何としても一度は上がって、挽回したいというのが平山の本音である。
しかし、市川はその浅はかな考えを見越していた。
「6萬…リーチ…」
5巡目において、市川が再び、最速のリーチをかけたのだ。
(またか…)
平山は市川に気付かれないように舌打ちをする。
市川のリーチは、踏めば身体が原型を残さないほどにちぎれ飛んでしまう地雷のようなもの。
その破壊力は東1局で嫌というほど理解している。
ちなみに、今の平山の手牌は
1萬 1萬 2萬 3萬 4萬 5萬 1筒 2筒 3筒 7筒 8筒 9筒 1索
平和、牌の伸びによってはチャンタに転ずることも可能な配列である。
しかし――
(市川のリーチはとにかく警戒してもしたりないっ……!万が一の時は形を崩してでも……!)
今の平山は先程のハネ満直撃のせいで、完全に弱腰となっていた。
かつて、浦部戦で、浦部のハネ満を恐れたあまり、現物を切ってテンパイを崩してしまった時のように――。
平山は安全牌であることを祈りながら、山からツモを引いた。
その牌は――
(9索っ……!)
平山は市川を含め、全員の河を凝視する。
市川
南 西 白 5萬 6萬(リーチ)
アカギ
1索 西 発 9索
ひろゆき
東 1索 9索 東
(よりにもよってか……)
6巡目故、市川のアタリ牌を知るためのヒントは余りにも少ない。
しかし、あえて市川の河を素直に読むとすれば、待ちを作りやすい5萬 6萬を捨て、また、ヤオ九牌(1、9の数牌)がないことから、
字牌1・9を含んだ面子で揃えるチャンタの可能性が高い。
本来であれば、平山は1索もしくは9索のどちらかを捨てる予定であった。
東1局の市川の戦い方を見れば、危険牌はブラフの可能性もある。
しかし、1索、9索を捨てるわけにもいかない。
今、アカギ、ひろゆきがそれぞれ1索、9索を捨てている――地獄待ちを仕掛けるかもしれないからだ。
地獄待ちとは目的の牌がすでに打牌などで2枚出ている状態での単騎待ちのことである。
仮に、今回の1索・9索のように、白が場に2枚出ていたとする。
字牌は国士無双を除いては、2枚で雀頭にするか、3枚で刻子にするしか使い道がない。
そのため、白を持っている人間は白を活用することを諦め、それを捨てる。
その心理を逆手に取ったのが、地獄待ちである。
1索・9索は数牌であり、順子という組み合わせの余地がある分、字牌に比べて、地獄待ちの成立は難しい。
普通の人間なら、数牌の地獄待ちの可能性はあまり考慮しない。
しかし、相手は人の思考の裏をかく様な戦術を繰り出す市川なのだ。
“数牌の地獄待ちなどするはずがない”という心理を逆手にとるのは可能性として否定できない。
(1索、9索は捨てられねぇ……)
平山に東1局でのハネ満の恐怖が蘇る。
ここで万が一、市川に振り込めば、マイナスはほぼ確定だろう。
(ここは…意地でも逃げるっ…!)
散々迷った挙句、平山は市川が4巡目に捨てた牌――5萬を捨てて、その場を凌いでしまった。
その後、アカギ、ひろゆき共に、市川に合わせるように、南、5萬を打牌。
6巡目、8筒を捨てた市川に合わせて、平山は8筒を処分。
このように平山はその場の流れに身を任せ、牌を切っていった。
7巡目になると、平山の手牌はボロボロになっていた。
1萬 1萬 2萬 3萬 4萬 1筒 2筒 3筒 7筒 9筒 1索 3索 9索
ここまで崩れると、テンパイに持っていくには時間がかかる。
否、すでに平山は和了るどころか、いかに市川から逃げ切るか、それが本題となってしまっていた。
乱れた牌はまるでその心中を投影するもの――今の平山の精神そのものであった。
8巡目。
5巡目、6巡目、7巡目は市川の現物という確実な安全牌で持ちこたえた。
しかし、見苦しい防衛もここでとうとう終止符を打たれることとなる。
市川のアタリ牌の可能性が高いヤオ九牌の一つである1筒をツモしたからだ。
平山は再度、全員の河を見る。
市川
南 西 白 5萬 6萬(リーチ) 8筒 南
アカギ
1索 西 発 9索 南 西
ひろ
東 1索 9索 東 5萬 発
アカギもひろゆきも5巡目、6巡目共に、市川の現物を捨てていた。
アカギとひろゆきからでは新しい情報は望めない。
市川の8筒も、市川の手牌の中に、7筒・8筒・9筒の順子が含まれている可能性が低い程度の情報しかもたらしてくれない。
(くそっ…どれを捨てりゃあ…!)
平山の手牌は、
1萬 1萬 2萬 3萬 4萬 1筒 2筒 3筒 7筒 9筒 1索 3索 9索
平山の手牌でチャンタ成立上、不要な牌は4萬のみである。
(ここは…4萬しかないだろう……)
平山は首を絞められていくような圧迫感を抱きながらも、特に自分の推理に疑問を抱くことなく、4萬を捨てた。
そう、平山とって、4萬打牌は安全牌を捨てるような感覚であった。
それが獰猛さを滾らせている野獣の罠とも知らずに――。
「ロン…!」
嬉々と言い放つ、市川のしゃがれた声。
「ま…まさかっ……」
平山に痺れるような冷気が一撫でする。
東1局で味わった、崩れ落ちるかのような絶望感が平山の精神を蝕んでいく。
気がつくと、卓の下に隠れる足が恐怖で、生まれたての小鹿のように震えていた。
市川は平山の反応など意に介せず、倒牌する。
2萬 3萬 4筒 5筒 6筒 2索 2索 5索 6索 7索 北 北 北
リーチ、ファン牌、ドラ3。1萬、4萬待ち。
実は市川の役はチャンタではなかった。
市川のこの局での強みはドラであったのだ。
ファン牌自体はそれほど高い役ではない。
しかし、ドラ3ともなれば、話は別だ。
満貫8000点。
現在、6200点の平山は−1800点――ゲームが終了すれば、自動的に首輪が爆発する。
「そ…そんな……」
大地が固さを失って崩れていくような目眩が平山の上体を揺らす。
奈落の底に引きずり落とされるような感覚を覚えながら、ここでようやく平山は市川の意図を察した。
自分は市川の栄養供給の役割だったのだと。
この戦いはアカギと市川、最終的にどちらの点棒が高いかどうかで決まる。
市川はこの卓の中で、一番素直な牌を打つ平山から点棒を稼いで、アカギより優位に立とうとしていたのだ。
市川はひろゆきと平山に対して、ハコテンなしという特殊な制約をつけた。
表の目的は、アカギとの純粋な一騎打ちの勝負を妨害されたくないためであろう。
しかし、その裏には彼らから点棒を無限大に搾取するという狙いが存在していた。
(市川の目的に……すぐに気付くべきだったんだっ…!)
その意図を知り、後悔した所でもう遅い。
ハコテンなしである以上、これからも市川から点棒は搾取され続けることに変わりはない。
市川から点棒を絞れるだけ絞られる。
そして、点棒がマイナスのまま、時間切れ、首輪爆破。
見せしめの少年の死、天の死、利根川の死の記憶が、精神の奥から破裂し、平山の心をどす黒く染め上げる。
タイヤが破裂したかのような爆発音。
まるで締め損なった蛇口のように迸る鮮血。
鼻孔に漂う生臭い血臭。
人間は誰しも死を恐れる。
それは人間が『生の欲望』を強く抱いているからであり、生の欲望を忘却できない以上、その反面として、死の恐怖が精神の中に存在する。
だからこそ、人は自己防衛として、自分の死や痛みに繋がることを考えないようにする。
このゲームの中で平山もまた、その恐怖を考えないように努めてきた。
見せしめの少年の死や利根川、天の死を目の当たりにしても。
自分の死を重ねながらも、あくまで他人の死であると“無意識に”言い聞かせることによって――。
そうやって、心の平安を保つためにいじらしい努力を続けてきた平山が『死』の直面に耐えきれるはずもない。
「俺は…俺は…!」
約束された死刑台への道。
あまりにも無情すぎる現実に、平山の瞳から涙がこぼれようとした瞬間だった。
「いや…頭ハネです……」
「えっ…」
全員が顔を上げ、声の主――ひろゆきを刮目する。
これまで沈黙を貫いてきたひろゆきが動き出したのだ。
ひろゆきは無表情のまま、静かに自身の手牌を白日の元に晒す。
5萬 6萬 7萬 8萬 9萬 4筒 4筒 7筒 8筒 9筒 中 中 中
ファン牌。1300点。
安目中の安目での和了である。
「もういい加減にしてくださいよ…市川さん…」
ひろゆきは市川を見据え、低く抑えたような声で呟く。
「言っておきますが、俺も貴方と同じようにアカギと戦うために、このゲームで生き延びてきた……!
そして、やっと会えた……!
それにもかかわらず、勝負の権利を掻っ攫われた……」
ひろゆきは椅子から立ち上がり、ゆっくり腕を動かす。そして――
「突然現れた貴方にですよっ!!!!」
怒声を上げ、市川を指差したのだ。
白刃のように鋭い眼差しは、もし、それが文字通り白刃であれば市川をばっさり切り捨てていただろう。
「“アンタ”は妥協するかのように俺を勝負に加えたっ…!
だが、その実はアカギから点棒を奪えなかった時のための保険の役割でしかないっ!」
怒りのままに直言するひろゆきは、この卓を制圧しようという野心に満ちた賭博師だった。
その賭博師の怒りがとうとう臨界点に達してしまった。
抑えきれない激情を吐き出すかのように、拳をガンと勢いよく卓に叩きつける。
「俺はアンタには食われないっ!!
この和了は俺からの宣戦布告だっ!!!」
「おい、お前……!」
ひろゆきの形相に畏怖を覚えたのか、黒服が止めに入ろうとする。
ひろゆきはやや落ち着いてきたのか、冷めた瞳で黒服を睨みつける。
「ああ…分かっていますよ…ギャンブルルームでは暴力禁止ってことくらい……」
“俺もそこまで馬鹿じゃありませんから…”と付け加え、ひろゆきは卓にいる者達を一瞥し、席についた。
ひろゆきの気迫に、ギャンブルルーム内は一時、しんと静まり返る。
あまりにも淀んだ空気は場の雰囲気を白けさせた。
その雰囲気のまま、東3局へ進む。
東3局は市川へのフリコミを恐れた平山が安目のツモアガリをすることで呆気なく幕が閉じた。
しかし、それはあくまでも平山にとって現状維持でしかなかった。
387 :
マロン名無しさん:2010/11/14(日) 00:03:53 ID:TnYvhehM
ざわざわ……
ざわ……ざわ………
東4局。ドラ9萬。親アカギ。
現時点での持ち点は、
市川:40600
アカギ:27400
ひろゆき:24900
平山:7100
この時点で、時間は残り30分を切った。
ギャンブルを延長することができない以上、おそらくゲームはここで終了だろう。
ひろゆきはそう考えながら、自身の手牌を見た。
2萬 3萬 4萬 2筒 2筒 4筒 6筒 7筒 8筒 2索 4索 西 中
2・3・4の三色が見える悪くない手である。
現在のひろゆきの点棒は24900点。
3倍満以上の直撃がない限り、安全圏をキープすることができる。
先程の宣言の手前、市川へのフリコミを避けるためにも、その動向には注視しなければならない。
大まかな戦略を立てた上で、アカギを一見する。
アカギと市川の点数差は13200点。
ツモで満貫、もしくはロンでハネ満以上でない限り、アカギが市川に勝利することはない。
(時間上、この東4局が最終戦……どう出る……アカギ……)
平山も自分の配牌を確認する。
5萬 9萬 2筒 4筒 4筒 4筒 8筒 9筒 9筒 1索 2索 3索 9索
ドラを一つ抱えていること、4筒の刻子、9筒の対子、1索・2索・3索の順子、悪い手ではない。
しかし――
(ここはマイナスにならないように、ひたすら守りに徹する…それが無難な選択…だが……)
「ほう……」
市川は手牌を指で確かめる。
1萬 1萬 3萬 5萬 6萬 1筒 1筒 3筒 7索 7索 8索 東 西
市川は確信していた。
アカギはこの局で仕掛けてくるだろうと。
かつて麻雀戦でどこまでも市川に迫り続け、負かした男である。
そんな男が、残り時間が差し迫る中で、勝利を諦めるわけがない。
(ここからがお前の本領発揮というところか……)
ひろゆきも市川もアカギがこの局で何らかのアクションを起こすと考えていた。
その予感は3巡目にて、早くも的中する。
3巡目。
「発…ポンっ…!」
アカギは平山が捨てた発でポン、中を打牌したのだ。
カッと牌が卓の枠に当たる音が場の雰囲気を更に硬直させる。
ひろゆきも平山も一瞬で変わった空気の流れにグッと息を呑む。
そんな中、市川のみが口元を歪めて微笑する。
(やはり…ここで仕掛けるか……だが、ワシとの点数差、どうやって埋めるつもりだ……)
どのような手で攻めるのか。
どのように足掻くのか。
アカギの戦略に胸躍る昂揚を覚えながら、市川は山に手を伸ばす。
市川が手に入れたツモは6索。
現在の市川の手牌は
1萬 1萬 3萬 5萬 5萬 6萬 9萬 1筒 1筒 3筒 7索 7索 8索
アカギと市川の点数差は13200点。
これを覆すにはツモによる満貫、もしくはハネ満以上の点数が必要である。
もし、親満ツモを狙う場合、ドラ3を抱えた役、チャンタ三色ドラ1など、
ハネ満であれば、対々と三暗刻の複合ドラ2、対々と混老頭の複合ドラ2などの役も考えられる。
しかし、これらはあくまで配牌の際、大量のドラが手に入ったという前提である。
後がない1局で序盤からドラが2つも手に入ったという都合のよい展開は考えにくい。
何よりも市川は3巡目で、ドラ9萬を引いている。
9萬は残り3枚。(※市川は知らないが、平山がこの時点で9萬を一枚抱えている)
やはり、アカギが狙うは役満だろう。
ポンが成立する役満は大三元、字一色、四喜和、清老頭、緑一色。
アカギは発をポンした直後、中を捨てている。
この時点で、三元牌の刻子を揃える大三元と1と9の数牌だけで上がる清老頭の可能性は消える。
また、索子を連続で捨てていることから、緑一色の可能性は薄い。
(残るは字一色と四喜和か……)
中を捨てたことが気になるが、可能性としてはそれくらいだろう。
(さて、どうやって、この局を楽しもうか……)
391 :
マロン名無しさん:2010/11/14(日) 00:10:40 ID:TnYvhehM
倍プッシュだ…
骨の髄まで絞りとるっ…
市川は各自の河を思い浮かべる。
アカギ
7筒 8索 2索 中
市川
北 西 東
平山
9索 5萬 (発)
ひろゆき
9索 西 ( )
(※( )はポンした際、飛ばされた順番を指す)
4巡目だが、この時点で平山とひろゆきは共に9索、アカギは8索を捨てている。
平山とひろゆきは7索・8索を持っておらず、アカギは字一色もしくは四喜和を集めている可能性が高い。
これらのことから、市川は6索7索7索8索の形から索子を伸ばすことができると予測する。
また、可能性としては低いがアカギがドラを集めている可能性も否定こそはできないため、9萬は当分の間抱えざるを得ない。
(9萬を活かしながら、索子を伸ばす……か……)
市川は方針を定め、3筒を捨てた。
平山とひろゆきも、市川同様、アカギの字一色・四喜和に警戒し、以後、アカギの現物を除いて、風牌、字牌は場に出さなくなった。
全員がアカギの動向に注目する中、8巡目、再び、動きが生まれた。
「打1筒……」
市川、6筒ツモ、1筒を切った。
この直後だった。
「1筒ポンっ…!打4索っ…!」
アカギはこの1筒をポンし、4索を捨てたのだ。
「えっ…」
これには全員が絶句した。
ギャンブルルームは沈黙に包まれているが、その不穏な空気はざわ…ざわ…と動揺が蠢く。
アカギは発と一筒をポンした――索子と発を揃える緑一色はもちろんだが、字牌を揃える字一色、風牌を3種類もしくは4種類集めなければならない四喜和の和了の否定――この卓にいた全員の予測を全否定したのだ。
「勝負を捨てたのか……」
平山は思わず、声を漏らす。
(随分と勝負に出たな……)
狼狽する平山とは対照的に、市川は冷静にアカギの手牌を分析する。
アカギの河
7筒 8索 2索 中 白 7索 7萬 中 4索
アカギは二つのポンによって、役満での和了を否定した。
誰しもこの状況ならば、平山のようにアカギの意図が分からず、言葉を失うのが普通だろう。
しかし、市川は誰よりも早く別の和了の可能性を見出していた。
(奴の役は混老対々ドラ2っ……!!)
混老対々は雀頭と4組の面子全てを1・9の字牌の刻子――老頭牌だけで揃える役である。
それを証明するかのように、アカギの河に老頭牌が出てきていない。
しかし、混老対々は4翻であり(場ゾロを加算すると6翻)、ハネ満8翻以上を成立させるには最低でもドラ2が必要である。
ここで市川は今の状況を整理する。
市川の手牌
3萬 5萬 5萬 6萬 9萬 1筒 6筒 6筒 6索 7索 7索 8索 8索
アカギの河
7筒 8索 2索 中 白 7索 7萬 中 4索
市川の河
北 西 東 3筒 1萬 白 1萬 (1筒)
平山の河
9索 5萬 (発) 2萬 8索 2索 2筒 ( )
ひろゆきの河
9索 西 ( ) 中 白 2筒 6萬 ( )
思い浮かべた上で、アカギが混老対々を成立させるために必要な牌が今、どれだけ場に出ているのか考える。
1萬:2枚(市川捨て牌2)
9萬:1枚(市川1)※市川は知らないが、平山が1枚抱えている
1筒:4枚(市川1、アカギ3枚)
9筒:0枚
1索:0枚
9索:2枚(ひろゆき捨て牌1、平山捨て牌1)
白 :2枚(ひろゆき捨て牌1、アカギ捨て牌1)
発 :3枚(アカギ3)
中 :3枚(ひろ捨て牌1、アカギ捨て牌2)
東 :1枚(市川捨て牌1)※しかし、アカギは見逃している
南 :0枚
西 :2枚(市川捨て牌1、ひろゆき捨て牌1)
北 :1枚(市川捨て牌1)※しかし、アカギは見逃している
ここから判断して、アカギが抱えている可能性が高い、もしくはアタリ牌は9萬・9筒・1索・9萬・9筒・9索・南のどれか。
混老対々は食い制限が存在しない。
迂闊に1・9牌や字牌を捨てれば、アカギはここぞとばかりに三度のポンをするだろう。
(ドラの9萬も含めて、アカギのアタリ牌の可能性がある牌は全て抱え込むのが無難……)
アカギと市川の点数差は13200点である。
このまま逃げ切れば、市川の勝利なのだ。
(勝つために…ここはベタオリだっ……!)
市川は守りに徹しようとした。
しかし、ここに来て初めて見せた、市川の受け身の姿勢を罵るかのような、無情な連鎖が立て続けに起こった。
9巡目1索、10巡目1萬、11巡目9筒と危険牌を引いてしまったのだ。
しかも、1索と9筒は生牌(場に1枚も出ていない牌)である。
(ここで余計なものをツモるとはな……!)
市川は苦々しく牌を握る。
しかし、それを嘆いた所で始まらない。
市川はそれらを抱えたまま、9巡目は3萬、10巡目、11巡目は共に5萬を捨てて、アカギへのフリコミを避けた。
当然のことだが、市川の牌はガタガタに崩れてしまうこととなる。
支援せざるを得ない
1萬 6萬 9萬 1筒 6筒 6筒 9筒 1索 6索 7索 7索 8索 8索
これは皮肉にも東2局での平山の戦術そのものであった。
市川は自嘲しつつも、自身に言い聞かす。
“逃げ切れば、勝てる勝負なのだ……”と。
そう、この勝負はアカギが欲する牌が場に出なければ、市川が勝つ勝負である。
ひろゆきと平山もまた、アカギに振り込まなければ、命を繋ぐことができる。
全員がそれを弁え、アカギの現物を切りを続ける。
これこそがこの最終局面において、アカギ以外の全員が取るべき戦略であった。
しかし、この11巡目において、その暗黙の了解を乱すものが現れた。
「打1索っ…!」
平山が1索を捨てたのだ。
(何を考えているんだっ……!)
市川は眉を顰める。
アカギに振り込んでしまうことで、平山の命がどうなろうと市川としてはどうでもよい。
しかし、これがアカギのアガリ牌であれば、アカギは親ハネ満18000点を得る――点数は逆転、アカギが勝利するのだ。
市川は今更ながら後悔する。
この勝負に不純物を紛れ込ませてしまったことを――。
幸い、アカギはこの1索を一瞥しつつ、見送った。
(通ったか……)
市川はホッと胸をなで下ろす。
この場は何とかしのぐことができた。
おそらく平山が1索を捨てたのは、よほど自身の役に繋がる牌をツモしたからなのだろう。
しかし、あの状況、場合によっては、アカギがロンすることさえあり得ていた。
(そう言えば、先程、あの平山という男…アカギが1筒をポンした時、“勝負を捨てたのか……”と呟いていたな…
混老対々ドラ2の可能性があるにもかかわらず…)
混老対々ドラ2の可能性を思い付かない程度の実力――東1局、東3局での評価も含めて、平山は少々麻雀で遊んだ経験がある程度でしかないと市川は結論付けている。
(初めから奴は拒むべきだったな……)
アカギの動向に注意することはもちろんだが、平山のように中途半端な実力の者の動向にも気をつけなければならない。
いくら自分がアカギへのフリコミに細心の注意を払おうとも、平山のような人間が市川の足を引っ張る――アカギに放銃する可能性はいくらでもありえるのだから。
12巡目。
市川は6萬をツモ。
やっと1・9牌の連続ツモから解放されて一息つく。
当然、6萬はツモ切りである。
平山はアカギのロン牌でないことに安心したのか、1索を再び切る。
ここで市川は平山に対して、ふっと疑問を抱く。
ツモ牌が卓に置かれる音、ほかの牌とすれる音から察して、どうやらこの二つの1索は平山の手出し(手牌から打牌すること)のようである。
(こいつはアカギが1・9索、風牌、字牌を集めていることを承知していたからこそ、今まで二つの1索を抱えていたとすれば……
この危険牌を捨てなければならない状況……おそらく奴はイーシャンテン……いや、テンパイかっ……!)
一方、ひろゆきはツモ切りの8萬。
先程からひろゆきはツモ切りを繰り返している。
おそらくすでにテンパイの状態なのだろう。
この場において、ひろゆきだけがアカギの振り込んでいない。
アカギのアタリ牌を避けながら、着実に役を作る。
市川はその堅実で且つ狡猾な打ち方に、ひろゆきの才能の鱗片を見た気がした。
13巡目。
市川、再び、6萬を引き、それをツモ切りする。
市川がほっとしたのも束の間、平山が今度は北を捨ててしまった。
(またか、この男はっ……!)
北は市川が1巡目で捨てて以降、場には出ていない。
(牌の擦れる音が聞こえなかった……ツモ切りかっ……!だが、いくらテンパイ、もしくはイーシャンテンという状況だからといって……)
もしも、アカギが平山の捨て牌で和了れば、親ハネ満で18000点。
それが直撃した平山の首輪は爆破。
市川はアカギの動きに耳をすます。
(動くのか……アカギ……!)
しかし、アカギは微動だにせず。
(見送ったか……)
市川は息をつくも、心の中では苛立ちが膨れ上がっていく。
(何を焦っている、平山という男は……)
ざわわ…
ざわわ…
ざわわ…
サトウキビっ…
14巡目。
現時点での各自の捨て牌
アカギ
7筒 8索 2索 中 白 7索 7萬 中 4索 8索 4筒 2筒 6索 7萬
市川
北 西 東 3筒 1萬 白 1萬 (1筒) 3萬 5萬 5萬 6萬 6萬
平山
9索 5萬 (発) 2萬 8索 2索 2筒 ( ) 発 3索 1索 1索 北
ひろ
9索 西 ( ) 中 白 2筒 6萬 ( ) 1萬 4索 2索 8萬 北
アカギ、5萬をツモ切りする。
それに対して、市川は8萬ツモ。
市川はどれを捨てるべきかと思案する。
市川の手牌
1萬 6萬 9萬 1筒 6筒 6筒 9筒 1索 6索 7索 7索 8索 8索
(ここは……8萬というところか……)
8萬は前巡でひろゆきが捨てている。
混老対々ドラ2狙いのアカギは当然だが、テンパイの可能性が高い平山もこの8萬には反応しなかった――つまり、完璧な安全牌。
市川は8萬を握りながら思う。
(このまま、流局か……)
18巡目に到達した時、この局は流局となる。
残り4巡。
今頃になって、攻めの様子を見せ始めている平山を除いて、全員が守りに転じている。
403 :
マロン名無しさん:2010/11/14(日) 00:32:39 ID:4DImjiQ6
ざわ…ざわざわ…
(アカギは鳴きを繰り返してきた……あそこまで露骨に泣けば、全員がアカギの役に感付く……
アカギとて、自分のアタリ牌が場に出ないことは百も承知だろう……
今のアカギはツモ以外の勝利はありえない……
それは運に身を任せるということ……!)
市川という男を打ち負かした時のアカギは常に理を持って勝負をする少年であった。
13歳という若輩者でありながら、その攻めは常に相手の急所に狙い討ちする若獅子のようであり、王者の風格さえあった。
しかし、今のアカギはみえみえの闘牌、一貫した守りの姿勢。
涼やかでありながら、煉獄の炎を滾らせた若獅子の面影は鳴りをひそめていた。
(今までワシが抱き続けてきたアカギへの恐れは……ワシが勝手に膨らまし続けてきた妄想でしかなかったというわけか……)
長年恋焦がれてきた勝負が、このような締りがないもので終わってしまうことに不本意さを抱きながら、市川は8萬を捨てた。
この直後、平山が呟く。
「ロン……」
こちらで中編終了です。
支援してくださる方ありがとうございます。
ラストスパート頑張ります。
すばらしい
続きも期待
「何っ…!」
市川から小さな歯軋りが漏れる。
アカギに執着しすぎていたあまり、平山の存在を軽視し過ぎていた。
しかし、市川は精神を切り替える。
(まあよい…所詮、奴は素人だ……)
素人にうっかり振り込んでしまった自分の不注意さに苛立ちこそ覚えるものの、焦りはない。
平山が市川を脅かすのは、市川とアカギの点数差が逆転する13200点以上――倍満以上の和了の場合のみ。
今まで平山は市川の簡単な罠に引っ掛かり、何度もアタリ牌を振り込んできた。
そんな男がアカギのアタリ牌を避けながら、倍満以上の役を作れるはずがない。
(せいぜい3翻ぐらいの役か……)
市川はそう予測していた。
しかし、その直後に放たれた平山の言葉はその予測を否定した。
「四暗刻……役満……」
「なっ……!!」
市川に電流走る。
子である平山の場合、役満の得点は32000点。
それが直撃したのだから、アカギと点数が逆転してしまった所か、最下位に転落である。
「う…嘘だ……」
なぜ、素人があの制限が存在した状況下で役満を作ることができるのか。
市川は茫然自失のまま虚ろに呟く。
「いや…本当だ……」
平山は牌を倒し、それが事実であることを示した。
8萬 9萬 9萬 9萬 4筒 4筒 4筒 8筒 8筒 8筒 9筒 9筒 9筒
8萬単騎待ち。四暗刻である。
しかし、驚く場所は単騎待ちであることや四暗刻を成立させたということではない。
平山は抱えていたのだ。
9萬を3枚――ドラ3を。
つまり――
「アカギは……ドラを持っていなかった……」
アカギは最低でもドラを2枚抱えていなければ、市川に逆転することは不可能である。
では、アカギはどんな役を作っていたのか。
あの状況で、あの河でどうやって逆転するつもりだったのか。
「アカギっ!!貴様の役はっ!!」
取り乱したかのように、市川は勝手にアカギの手牌を倒す。
そこから現れたのは――
2萬 3萬 4萬 5萬 5索 5索 5索
ポン(1筒 1筒 1筒) ポン(発 発 発)
アカギは対々どころかただのファン牌であったのだ。
「う…うそだっ…」
市川の肩から力が抜けていく。
安目のファン牌で市川を出し抜けるはずがない。
アカギとて、それは重々承知のはず。
「なぜ……」
市川は一つの答えにたどり着く。
(初めから奴はワシと真っ向から勝負するつもりはなかったっ…!)
市川にとって、アカギと勝負することは心の喪失を埋める唯一の方法であり、それへの渇望は飢えを満たそうとする本能そのものであった。
しかし、アカギはそんな市川の思いを察するどころか、いい加減な勝負をすることで愚弄したのだ。
(ふざけおって…!)
業火のような怒りが火傷のように広がっていく。
市川は怒り狂った表情で卓に手を叩きつける。
「なぜだっ!!!なぜ、貴様は勝負を捨てたのだっ!!!!」
その目を血走らせたその表情は絶望に苛まれた、瀕死の野獣であった。
その表情を見れば、誰もが剣幕に圧倒され、言葉を忘れるであろう。
しかし、その野獣を目の前にして、アカギは平然と言い放った。
「そのセリフは平山が言ったよな……8巡目にな……」
「平山が…?」
市川は思い出す。
8巡目――アカギが1筒をポンした時。
確かに平山はそのポンに驚愕した余り、口から漏らしていた。
『勝負を捨てたのか……』と。
あの際、市川は平山が、アカギが混老対々ドラ2で和了の可能性が残っていることを考えつかなかった――平山がいかに麻雀に関して素人であるかを如実に表わしている一言だと捉えていた。
しかし、アカギは――
「平山も麻雀である程度渡り歩いてきた経歴がある…
俺の名を騙り、それが通用したくらいのな……
そんな男が混老対々ドラ2に気付かないはずがない…
それにもかからず“勝負を捨てた”と呟いた……
この時点で平山は知っていた…
俺がドラを持っていない…もしくは持っていたとしても1枚のみであったことを……
それを知りえる手段はただ一つ……
奴はその時点で抱え込んでいた……ドラを3枚な……」
そう、アカギが言っていることは正しい。
8巡目、平山の手牌はこうであった。
9萬 9萬 9萬 4筒 4筒 4筒 8筒 8筒 9筒 9筒 1索 1索 3索
アカギは続ける。
「俺は勝負を捨てた訳じゃないさ……
初めこそは役満を目指していた……
けど、様子見に徹しようって思った……
これはこいつらが何か仕出かす……そう感じたからだ……」
「こいつ“ら”…だと……」
アカギは平山のアガリを一人の力でないことを示唆した。
この場で、アカギ、市川以外の人物で且つ、平山に協力する人間がいるとすれば――。
「井川ひろゆきっ…!」
市川の脳内に、ある一場面が呼び起こされる。
「あの……8萬っ……!」
市川の記憶から蘇ったのは、ひろゆきが捨てた8萬の存在である。
ひろゆきは12巡目に8萬を処分。
この時、平山やアカギがその8萬に反応を示さなかったため、市川は8萬を安全牌と判断。
東4局目は平山が西家、ひろゆきが北家。
順番上、平山の次にひろゆきがツモする。
平山は13巡目、北をツモ切りした――12巡目の時点で四暗刻のテンパイが成立していた。
ひろゆきは平山が8萬単騎待ちの形を作った直後に、8萬を捨てた。
最下位の平山にとって、喉から手が出るほど欲しい牌。
見逃すはずがない。
しかし、実際は見送った。
この時点で、8萬はドラ表示牌に1枚、平山の手牌に1枚、ひろゆきの打牌で1枚と場に出ている。
残りはどこに潜んでいるのか分からない1枚のみ。
残り4巡しかない状況でその1枚に賭けることなど愚の骨頂であろう。
どうしても、和了しなければ後がない状況で、貴重な牌を見送ったのは見送ることで生まれる勝算があったのだ。
例えば――
「ワシに8萬が安全牌と思わせ、ワシから振り込ませるために……!」
市川が設定したゲームのルールに異議を唱えた井川ひろゆき。
市川に点棒を搾取され続けていた平山幸雄。
二人とも市川に恨みを持つには充分な理由を持っている。
二人は東2局終了後、何らかの方法で意志疎通し、盟約を交わした。
共に市川は潰そうと――。
しかし、ここで問題が発生する。
「どうやってワシが山から8萬を引くことを知っていた……?」
市川の8萬はツモ切りである。
事前に山を覗いていたなどの行為をしなければ、それを知るのは不可能。
この試合の間、卓で不自然な牌の音は響いていない。
そもそも、黒服が終始、この戦いを監視している。
そんな大胆なイカサマを仕掛けられるはずがない。
「お前達はどうやって……?」
市川の困惑に対して、ひろゆきがため息をつく。
「アカギ……なんで、俺と平山が共謀したような言い方をする……
全ては平山が自分でもぎ取った勝利なんだっ……!」
アカギはどうだかと言うかのように、飄然と肩を竦める。
「共謀じゃないだと…?」
市川はその言葉に愕然とする。
もし、その言葉が正しいのであれば、平山はとんでもないことを“仕出かした”ことになる。
「井川ひろゆきの8萬を見送った……!」
ひろゆきが8萬を捨てたのは、12巡目、平山の8萬単騎待ちの形が完成した直後。
ならば、ひろゆきの8萬を見逃すのは道理に合わない。
市川は平山に問う。
「なぜ、井川ひろゆきの8萬を見逃した……?
どうやって、ワシが8萬をツモすることを知った……?」
「そ……それは…」
平山は当惑したまま、それ以上言葉を紡ごうとしない。
それもそうである。
イカサマが露呈すれば、ルール上、首輪は爆破するのだから。
市川は呆れ混じりに、平山の言葉を促す。
「もう、ゲームは終了だ……アカギは何か知っているようだが、
ワシはお前のイカサマを見抜くことができなかった……
ネタばらしをしても、首輪は爆発しない……」
平山は逡巡する。
しかし、覚悟を決めたのか、その重たい口を開いた。
「全ては……偶然だった……」
平山は順を追って説明した。
10巡目、平山の手牌
9萬 9萬 9萬 4筒 4筒 4筒 8筒 8筒 9筒 9筒 1索 1索 3索
平山は6巡目、7巡目にドラをツモり、最高の流れを掴み、イーシャンテン。
8筒、9筒、1索のどれかをツモれば、シャボ待ちで四刻暗という最終局面としては絵に描いたようなシナリオとなっていた。
平山は山から牌を引く。
その牌は――
(8筒っ……!)
9筒、1索のシャボ待ちのテンパイ。
四刻暗の可能性が更に開けてきた。
しかし、本来なら喜ばしいことであるのだが――
(どうして、これが来ちまうんだよっ!!!)
むしろ、平山はむしられるような苛立ちを覚えていた。
それもそうである。
他者が振り込んでくれる可能性が高い牌を引いてしまったのだから。
アカギは1筒と発をツモし、自分の役が混老対々ドラ2であることを周囲に公言してしまった。
この混老対々ドラ2を成立させるには1・9牌もしくは風牌を集める必要がある。
平山のアタリ牌である9筒・1索はまさにそのアカギのアタリ牌の条件に該当する上に生牌。
ほかの1・9牌以上に、アタリ牌である可能性が高い牌を二人が場に出すはずがないのだ。
勿論、平山はドラを3枚持っているため、アカギの混老対々ドラ2が成立できないのは知っている。
けれど、それを知っているのはあくまで平山のみで、ひろゆきと市川はこの事実を知る由もない。
平山はどうにかしなければと考えるも、その対策を思い付くこともできないまま、3索を捨てた。
11巡目。
平山は8萬をツモる。
不要な牌のため、当然ツモ切りである。
捨てようと牌を握りしめた次の瞬間、平山に一つの考えが浮かぶ。
(待てよ……この8萬は残したようがいいんじゃないのか……)
場に出ている8萬はドラ表示牌で使用された1枚のみである。
8萬は6萬・7萬・8萬の順子で誰かが抱えている可能性が考えられる。
しかし、アカギが7巡目に7萬、市川が12巡目に6萬、ひろゆきが7巡目に6萬を捨てているため、この可能性は崩れる。
つまり、運よく引くことを待つしかない9筒、1索より8萬の単騎待ちの方がアガれる確率の方が高いのだ。
ここで問題が発生する。
(9筒、1索どちらを処分するべきか……)
どちらも生牌で且つ、アカギのアタリ牌。
二人がアカギに振り込むことを防ぐため、その牌を利用した役を作っている可能性があるのだ。
(俺の点棒は7100点……もし二人が満貫以上の役を作っていたら……
それにうっかり振り込んじまったら……俺は死ぬっ……!!)
支援
平山の脳裏に、一つの情景が浮かぶ。
平山は崖の前に立っている。
その崖は底が見えず、谷底から寂しげな獣の咆哮のような風が吹き抜ける。
崖の名は“絶望の断崖”。
ギャンブルに身を投じたものならば、一度はぶつかる人生の岐路である。
この崖はかつてカイジや森田の目の前にも現れた。
“絶望の断崖”は今、平山を試そうとしている。
平山は崖と手に握る8萬を見比べる。
(9筒と1索は明らかな危険牌……
俺はちょっとした判断の甘さから危険牌を幾度となく振り込んできた……
今回だって、もしかしたら、誰かに振り込んじまうかもしれないんだ……!
それに、今更テンパイを崩すなんて……)
平山の心は安全を求めていた。
そして、平山はその心に従順に従おうとしていた。
「どうしてその声に従わなかった……?
11巡目にもなれば、大幅な役の変更は命取り……
しかも、お前の場合、逃げ切れば命は助かる立場なのだぞ……」
“なぜ、危険を冒すような真似を選んだというのか…”という疑問を市川に投げかけられ、平山は当惑し、話を中断させる。
「確かにそれは俺も思っていた……けど……」
平山はひろゆきを一瞥する。
「ひろゆきが見えたから……」
崖の先にひろゆきの後ろ姿があったのだ。
「ひろゆきっ……!」
平山はひろゆきを呼び止めようとするも、ひろゆきは平山に背を向け、黙々と歩き、小さくなっていく。
ひろゆきと平山の距離は彼らの実力の差を表わしているようであった。
平山はまなざしを遠くへ投げる。
「俺、思ったんだ……ここで“絶望の断崖”を越えなければ……
俺はひろゆきに追いつけない……と!
ひろゆきの“気持ち”に答えることができない…と!」
「“気持ち”に……答える……?」
ひろゆきと平山は打倒市川の同盟を組んでいたわけではない。
しかし、アカギが示唆したように、この二人には何らかの繋がりが存在する。
「そういうことか……」
市川はここに来て、ようやく二人の関係を理解した。
「“友”…というものか…」
考えてみれば、東2局、ひろゆきは市川に振り込んでしまった平山の打牌でロンアガリしている。
ひろゆきはそれを市川への宣戦布告だと宣言したが、平山を庇うためのフェイクだったのだ。
「アカギ……お前はそれを知っていたんだな……」
「まあな……」
アカギは“ククッ…”とそれを肯定するかのような微笑を見せた。
平山は話を続ける。
「ひろゆきは東2局目の時、俺を救ってくれた……
だから……」
平山は俯き、その場面の状況を脳裏に蘇らせる。
ひろゆきは頭ハネを宣言した直後、市川に啖呵を切った。
その啖呵は傍から見れば、無数の銃弾を市川に浴びせるかのように荒々しい。
しかし、平山はひろゆきという男が本来は理知的で、感情に流されないことを知っている。
それを知っているからこそ、ひろゆきの意図を瞬時に理解した。
(あれは…フェイクだ……俺とひろゆきが仲間だと悟られないための……)
もし、あのまま、市川のロンアガリが通れば、平山の点棒はマイナスとなる。
平山の実力上、それを覆すのは難しい。
だからこそ、ひろゆきは自身が安目で和了ることで、平山の点棒の減りを最低限で食いとめた。
しかし、これではひろゆきが平山を助けたことは見え見えである。
ひろゆきと平山の関係が露呈すれば、市川はその隙を狙った戦略を組んでくるはずである。
例えば、ひろゆきが平山に振り込もうとした牌で和了るなどの、底意地の悪い戦略を――。
そんな戦略でひろゆき共々倒れたら元もない。
そのため、あくまでひろゆきと平山は赤の他人であることをアピールしなければならなかった。
それがあの大芝居であった。
「俺もそこまで馬鹿じゃありませんから…」
黒服に嫌味で返答したひろゆきは椅子に座る間際、卓に座る者全員を見渡した。
己の敵を確認するかのように。
ひろゆきの芝居はここまで完璧であった。
しかし、もし、ひろゆきの芝居に穴があるとすれば、平山と目があった時。
この瞬間、ひろゆきは酷薄な表情から希望を抱く若者が持つ、熱意に満ちた笑みを浮かべていたのだ。
その双眸に“お前は絶対飛ばさない。共に闘おう”という静かな闘志を刻まれて。
(ひろゆき……)
平山の心にひと肌のような暖かさが広がっていく。
それは、最後まで自分を見捨てない仲間への感謝、何より、この友に答えたいという熱き思いであった。
「……だから、俺は……9筒・1索のシャボ待ちって安全を…捨てた……」
平山が1索を選んだのは筒子より索子の方が場に多く出ているため。
ただ、だからとってそれが通るとも限らない。
最終的な判断は勘であった。
それでも平山はその勘を信じ、“絶望の断崖”を飛び越えた――1索を捨てたのだ。
「だいたいカラクリが見えてきた……」
市川は呆れ混じりのため息をつく。
「12巡目に9筒を引き当て、8萬単騎待ちのテンパイとなった……
その直後、それを知らない井川ひろゆきが8萬を打牌……
本来なら、ここでロンアガリをするところだが……
それで和了すれば、井川ひろゆきの点棒はマイナス……
それを避けるために、お前は井川ひろゆきの8萬を見逃した……」
もし、市川の目が見えていたら、この二人の無言のやり取りからその関係に勘付き、8萬に対してきな臭いものを感じ取っていたのかもしれない。
しかし、市川は終始、二人の関係に気付くことはなかった。
故に、ひろゆきの8萬を現物と勘違いした。
平山は市川の言葉に静かに頷く。
「命の恩人を突き落すことなんて俺にはできない…
勿論、何度も他の単騎待ちを考えたさ……
だが、そうやって、安全な方へばかり考えていたんじゃ、きっと和了することができない…!
確率とか無視してでも、アンタの裏をかきたかった……!
アンタに一矢報いたかった……!
それが…ひろゆきの思いに答えてやれる唯一の方法だったから……」
「平山……」
ひろゆきの目頭が思わず熱くなる。
実のところ、ひろゆきとしては、東2局のあのアイコンタクトは“無理をするなよ…”程度の意味しか持ち合わせていなかった。
平山はひろゆきのメッセージを過剰に解釈していたのだ。
しかし、ここで論点となるのは解釈の相違ではない。
今まで利根川に怯え、牙と爪を失った獣のようにおろおろと混乱し続けていた平山が、勝負に向きあい、自らの力で勝利を手に入れたこと、この点が最も重要なことである。
平山の闘牌はひろゆきのような細やかな戦術を織り交ぜたものでもなければ、アカギのようにその場の状況を大きくひっくり返すような爽快さを伴ったものでもない。
ましてや、ひろゆきやアカギが、平山へ暗黙の考慮をしていたからこそ掴んだ勝利――勝負師としては3流であろう。
それでも、平山は平山なりにがむしゃらに戦って得た結果である。
傍目から見て、どんなに無様であったとしても、それを恥じる理由がどこにあろうか。
「そうか……」
市川は低く相槌を打つと、アカギを見据える。
「なぁ……アカギ……
もし、平山が和了できなかったら、お前はどうしていた……」
「どうしていたか…か…」
アカギは“簡単なことだ…”と、澄ました顔で淡々と答える。
「俺の待ちは2萬・5萬待ち……
あの時点で俺は混老対々ドラ2を匂わせていた……
皆、1・9牌と風牌に注意を注いでいる……
裏返せば、それ以外の牌に対しての警戒は低い……
故に、2萬、5萬は場に出る可能性が高かった……
和了次第、すぐに連荘へ持ち込み、逆転を狙うつもりだった…」
「連荘だと……」
市川は出来の悪い冗談を聞いたような白け顔を浮かべる。
「仮に和了していたとしても、残り15分あるかないか……それで何ができる……?」
確かに残り15分で山を作り、配牌をすれば、残りは5分ほど。
5分で勝負がつくはずがない。
どんなに考え抜いたところで、アカギには敗北の道しか残っていなかった。
しかし、市川のこの常識的な問いに対して、アカギはまるで他人事のように答える。
「なんだ……まだ、15分“も”あるじゃないか……」
「そういうことか……」
市川は暫し呆然とするも、やがて自嘲にも似た笑いを漏らし始め、そして――
「ハーハハハッ!!!」
弾けるように笑った。
アカギに再会するまでの市川は己の地位の転落を否定するが如く、失意にまみれて生きてきた。
しかし、再会したことによって、悟った。
これまでの自分は駄々をこねた子供のように不貞腐れていただけであったことを。
アカギと再び勝負し、勝利することを望みながらも、その勝負に怯えていた事を。
ここで市川に一つの思いが生まれた。
この男と再び、勝負をすることこそ、我が人生が捧げるべきことだったと。
アカギは雀士としての能力もさることながら、その最大の武器は死を恐れぬ精神力にあった。
そのアカギの精神力に対抗するには、死を受け入れることこそ、唯一の道。
市川はその悟りに到達し、アカギと再び勝負した。
死との共存を知りえた市川は無双の力でアカギを引き離した。
しかし、最後の最後で、点棒維持の目的から、ベタオリ――死からの逃避を見せてしまった。
結局のところ、やはり死への恐怖は拭いきれなかった。
市川も心の奥で、安全をどこか求めていたのだ。
しかし、アカギ、平山はどうだろう。
彼らは一見すると、無鉄砲とも言える戦い方をしかけてきた。
しかし、彼らは賭けていたのだ、1%以下の可能性に――。
それは死と隣り合わせ。
否、死は彼らの喉元にまで迫っていた。
しかし、彼らはそれを払いのけた。
一方はギャンブルへの情熱で、もう一方は友への思いに答えるために。
この時、彼らの心に死への恐怖は存在していなかっただろう。
死への恐怖を乗り越えるのは、死から逃れられることはできないと諦め、受け入れるほかに、別の情熱を持って、払いのけるという方法もあったのだ。
それはアカギのような逸脱した才能を持った人物でも、平山のような凡人でもなし得ることができる。
「分かった…ワシの負けじゃっ…!」
市川は膝を叩いて笑う。
その笑顔はどこか吹っ切れたようであり、清々しさすら感じられる。
市川は笑い終えると、遠くを見つめた。
「ワシはこれまで華のように散る人生を求め続けていたが、振り返ってみれば、泥まみれの凡人の人生……だが……」
市川は軽く体を伸ばすと、椅子から立ち上がる。
「そんな人生も悪くはなかった…のかもな…」
市川は“荷物はお前達にくれてやる”と言い残すと、出口へ一人向かっていった。
誰一人、微動だにせず、その背中を見つめ続けていた。
支援
林の中、静寂が市川を出迎える。
夜明けが近いからであろうか。
夜の闇は西の空に追いつめられ、東の空には黎明の新しい光が空を白く染め始めようとしている。
当然、市川の目はそれを捕らえることはできない。
しかし、微々たる夜明けを市川は肌で感じ取っている。
やがて、市川の首輪からホイッスルのような甲高い警告音が響き始める。
首輪が契約内容を果そうしているのだ。
「律儀なものだな……」
死は恐ろしいものである。
なぜ、恐ろしいものなのかと言えば、死は人類にとって未知の領域への入り口だからであり、現世でやり残したことがあったとすれば、当然、そんな場所に身など置きたくもない。
しかし、アカギとの勝負を果たした今、市川にはやり残したことは一つもない。
死への恐怖は微塵もなかった。
一陣の風が林に吹きぬけていった。
いよいよ警告音は乱れた早鐘のように、鋭さを増していく。
「いよいよか……」
市川は目を瞑り、両腕を広げた。
「さあ、風になろうっ……!」
支援支援
【E-3/ギャンブルルーム内/早朝】
【赤木しげる】 [状態]:健康 [道具]:ロープ4本 不明支給品0〜1(確認済み)支給品一式×3(市川、利根川の分) 浦部、有賀の首輪(爆発済み)対人用地雷 デリンジャーの弾(残り25発) ジャックのノミ モデルガン 手榴弾 ICレコーダー カイジからのメモ
[所持金]:700万円 [思考]:もう一つのギャンブルとして主催者を殺す 死体を捜して首輪を調べる 首輪をはずして主催者側に潜り込む ※主催者はD-4のホテルにいると狙いをつけています。 ※2日目夕方にE-4にて平井銀二と再会する約束をしました。
支援っ
誰かしたらばに投下された残りを代理投下してあげて下さい
自分は携帯からなので無力…!
434 :
代理投下:2010/11/14(日) 02:08:56 ID:???
逆境の闘牌77
※鷲巣巌を手札として入手。回数は有限で協力を得られる。(回数はアカギと鷲巣のみが知っています)
※鷲巣巌に100万分の貸し。
※鷲巣巌と第二回放送の前に病院前で合流する約束をしました。
また第二回放送後に病院の中を調べようと考えていましたがどちらも果たせず。
(ひろにメモが渡ったのは偶然です)
※首輪に関する情報(但しまだ推測の域を出ない)が書かれたメモをカイジから貰いました。
※参加者名簿を見たため、また、カイジから聞いた情報により、 帝愛関係者(危険人物)、また過去に帝愛の行ったゲームの参加者の顔と名前を把握しています。
※過去に主催者が開催したゲームを知る者、その参加者との接触を最優先に考えています。 接触後、情報を引き出せない様ならばギャンブルでの実力行使に出るつもりです。
※危険人物でも優秀な相手ならば、ギャンブルで勝利して味方につけようと考えています。
※カイジを、別行動をとる条件で味方にしました。
※村岡隆を手札として入手。回数は有限で協力を得られる。(回数はアカギと村岡のみが知っています)
※和也に、しづかに仕掛けた罠を外したことがばれました。
※和也から殺害ターゲット宣言をされました。
435 :
代理投下:2010/11/14(日) 02:10:35 ID:???
【井川ひろゆき】
[状態]:健康
[道具]:日本刀 首輪探知機 懐中電灯 村岡の誓約書 ニセアカギの名刺 アカギからのメモ 支給品一式×2 (地図のみ1枚)
[所持金]:1500万円
[思考]:赤木しげるから事の顛末を聞いた後、ギャンブルで闘う この島からの脱出 極力人は殺さない
※村岡の誓約書を持つ限り、村岡には殺されることはありません。
※赤木しげるの残したメモ(第二回放送後 病院)を読みました。
※カイジからのメモで脱出の権利は嘘だと知りました。
※鷲巣から、「病院に待機し、中を勝手に散策している」とアカギに伝えるよう伝言を頼まれました。
※和也から殺害ターゲット宣言をされました。
436 :
代理投下:2010/11/14(日) 02:12:07 ID:???
逆境の闘牌79
【平山幸雄】
[状態]:左肩に銃創
[道具]:支給品一式 カイジからのメモ 防犯ブザー Eカードの耳用針具 Eカード用のリモコン 針具取り外し用工具
[所持金]:1000万円
[思考]:田中沙織を気にかける カイジが気になる
※カイジからのメモで脱出の権利は嘘だと知りました。
※カイジに譲った参加者名簿、パンフレットの内容は一字一句違わず正確に記憶しています。ただし、平山の持っていた名簿には顔写真、トトカルチョの数字がありませんでした。
※平山が今までに出会った、顔と名前を一致させている人物(かつ生存者)
大敵>利根川、一条、兵藤和也 たぶん敵>平井銀二、原田克美、鷲巣巌 市川
味方>井川ひろゆき、伊藤開司 ?>田中沙織、赤木しげる 主催者>黒崎
(補足>首輪探知機は、死んでいる参加者の首輪の位置も表示しますが、爆発済みの首輪からは電波を受信できない為、表示しません。)
※和也から殺害ターゲット宣言をされました。
437 :
代理投下:2010/11/14(日) 02:13:59 ID:???
逆境の闘牌80
【E-5/ギャンブルルーム内/黎明】
【兵藤和也】
[状態]:健康
[道具]:チェーンソー 対人用地雷残り一個(アカギが所持)
クラッカー九個(一つ使用済) 不明支給品0〜1個(確認済み) 通常支給品 双眼鏡 首輪2個(標、勝広)
[所持金]:1000万円
[思考]:優勝して帝愛次期後継者の座を確実にする
死体から首輪を回収する
鷲巣に『特別ルール』の情報を広めてもらう
赤木しげるを殺す(首輪回収妨害の恐れがあるため)
利根川、一条の帰りを待つ
※伊藤開司、赤木しげる、鷲巣巌、平井銀二、天貴史、原田克美を猛者と認識しています。
※利根川、一条を部下にしました。部下とは『和也同盟』と書かれた誓約書を交わしています。
※遠藤、村岡も、合流して部下にしたいと思っております。彼らは自分に逆らえないと判断しています。
※『特別ルール』――和也の派閥のみがゲームで残った場合、和也の権力を以って、その派閥全員を脱出させるという特例はハッタリですが、 そのハッタリを広め、部下を増やそうとしています。
※首輪回収の目的は、対主催者の首輪解除の材料を奪うことで、『特別ルール』の有益性を維持するためです。
※第二放送直後、ギャンブルルーム延長料金を払いました。3人であと3時間滞在できます。
438 :
代理投下:2010/11/14(日) 02:17:35 ID:???
逆境の闘牌81
※武器庫の中に何が入っているかは次の書き手さんにお任せします。
※利根川は殺されたか、拘束されたと考えております。
※アカギ、ひろゆき、平山、市川、しづかに対して、殺害宣言をしました。
(補足>首輪探知機がある、としづかが漏らした件ですが、それは和也しか盗聴していません。利根川と一条はその頃、病院に爆弾を仕掛けに行っていました。)
【市川 死亡】
【残り20人】
代理投下してくださった方、
夜分遅くまで支援してくださった方、
本当にありがとうございました。
皆様からのご支援があったからこそ、一晩で全投下を行うことができました。
後、福本ロワラジオの件ですが、
福本ロワでは過去に二回行なったことがありますが、
そちらはパロロワ全体の企画であったり、
ほかのロワ様との合同開催だったりと単独で行なったことはありませんでした。
けれど、今回、ジョジョロワラジオパーソナリティー、スナイプガール様の助言とご指導のおかげで、
私のパソコンでラジオ放送の環境が整いました。
そこで皆様のご了解が頂けたら初の単独ラジオができたらなぁと考えております。
放送は切りがいい第三回放送突破後に。
ちなみに過去二回と同様、ロワについてのネタ潰しをしない程度の雑談を予定しております。
てす
>>351 「利根川の首をすぐに切断できりようなまともな道具がないんだ…
→誤字
>>363 推敲途中で送ったような文になってます
>>365 「……これで依存はないか……」→異存?
逆境の闘牌 読ませて頂きました ただただ圧勝
平山とひろの関係や市川の最期や書き手さんに対する感謝の気持ちがない交ぜになってて
いい言葉がみつからない 読んでて震えた 面白かった ありがとう
442 :
441:2010/11/14(日) 09:05:43 ID:???
圧勝じゃなくて圧倒でした 誤字指摘しといて恥ずかしい
自分は麻雀詳しくなくて気のきいたコメント出来ないのが悔しい
しかし福本漫画みたいに麻雀知らなくても凄くドキワクして読めた
ラジオはよく判らないけど聴けるなら聴きたいです
最初の方に出てきた禁止エリア、Bー2ってあったけど、Dー2じゃなかったっけ
ずっと待っていたかいがありました。
最初はアカギ無双かと思っていましたが、意外な展開と、深い心理描写。
本当に面白かったです。
ありがとうございました!
投下お疲れさまでした
いやはや…圧巻です
アカギと市川の因縁の終焉か…
平山の頑張りとひろの支えもいいなぁって感じです
そして新たなる牙…アカギの流れはどこへ行くか
誤字?と細かい指摘
>>375 ドラですが市川は4筒持ってないです
後編
平山が三暗刻ドラ3であがる気は無いのは判りますが
一応八九 九九形の七萬ペンチャン待ちとの複合なので
単騎待ちしかないみたいな書き方は微妙かなと思いました
(七萬で上がる気がないでしょうから事実上の八萬単騎待ちではありますが、最初の方で注約があるといいかなと勝手に思っています)
もう一度、お疲れさまでした
非常に読み応えがあってよかったです
投下乙です
こんなに長いのにスラスラ読めました
平山の成長が素晴らしかったです
皆様ご感想とご指摘ありがとうございます。
間違いが多くて申し訳ございません。
>>441様
まとめサイトに上げる際にこちらの誤字修正いたします。
あと、私も麻雀は分からないのでご安心ください。ラジオ頑張ります。
>>443様
はい、Dの間違いでした。申し訳ございません。こちらも修正いたします。
>>444様
初めの構想はアカギ無双でした。
ただ、書き手の麻雀技量不足のため、アカギ目線で書くことができず、このような形に…。
>>445様
ドラ表示牌を4筒、裏ドラを5筒に変更します。
これはペンチャン待ちとの複合だと今知りました。
しかもアカギが7萬を15巡目に捨てているため、ダメギはフリテンに…。
そこでアカギ15巡目7萬→中へ変更。
また、アカギ10巡目8筒→7萬
ひろゆき9巡目1萬→7萬
ひろゆき11巡目6萬→7萬
に変更し、これがペンチャン待ちの可能性もありながらも7萬が枯れているため、実質8萬単騎待ちに書き替えます。
麻雀が分からないばかりにこんな初歩的ミス…恥ずかしい…
>>446様
最後まで読んでくださりありがとうございます。
当初の構想からすると、まさか平山の成長話になるとは微塵も思っていませんでした。
すみません。
東4局、14巡目アカギがなぜか牌を一枚多く捨てていたため減らします
更に付け加えて
ひろゆき11巡目ではなく、7巡目に7萬捨てに変更します
450 :
445:2010/11/14(日) 20:33:30 ID:???
PCからなのでIDが変わっております
捨て牌表示の後「アカギ、5萬をツモ切りする。」とのことで
フリテンではないと思っておりましたが…
捨て牌がアカギ14、他13ですので、
「14順目アカギの番」であれば
>>448かと思われますが
7萬が13順目でもフリテンではありません
「14順目アカギが牌を捨て、市川の番」であれば7萬→5萬になるのではと思われます
または「アカギ、5萬をツモ切りする。」が誤文…?かと
文の読み違いがあって指摘が変な方向に飛んで
ごっちゃごっちゃになってしまったらすみません
451 :
◆uBMOCQkEHY :2010/11/14(日) 20:43:38 ID:a7PbNePP
>>450様
実はアカギ14巡目にて5萬を捨てる前に河に14枚何故か捨てられていたんです。
あと、11巡目前に7萬が場に枯れていると、平山が8萬単騎待ちという思考の文を修正する必要がなくなるのでやはりアカギの13巡目(14巡目?)7萬は削除にしたいなぁと考えております。
>>451 把握しました
疑問に答えて下さり感謝です
おつでした!平山の成長が素晴らしいです。ひろゆきとの友情も胸が熱くなりました。
市川さん安らかに眠ってください…
遅くなりましたが投下超乙!
市川退場話なのに読後感がすごく良い。
市川もそうだが赤木、ひろゆき、そして平山のそれぞれの感性を見事に書ききっている。
最後の市川の台詞が印象的。
お疲れ様でした。次も楽しみにしています。
遅くなりましたが読みました!
ガッツリ読み応えがあって、素晴らしいです!
何度読み返してもドキドキする話の展開でした!
平山とひろゆきの関係がすごく良い感じですね!
平山は本当に成長したなあ…でもそれが死亡フラグに思えない事もなくて複雑なのだけども
福本クロスオーバー作品と評される福本ロワですが、書き手さん一人一人の本気の作品がそれぞれ昇華して、ひとつの素晴らしい作品が出来上がって行くのが、いち読み手として本当に至福です!
好きなキャラが死ぬ回は結構辛いですが、まとめは定期的に読んでます
こうして応援する事しかできませんが、完結に向けて是非がんばっていただきたいです!
お疲れ様でした!前作品読みながら、続き気長にお待ちしております!
なめていた!
俺は平山とひろゆきをなめていた、すまない!
俺もてっきりアカギVS市川になるものだとばかり
変則型平山VS市川、楽しませてもらいました
首輪爆破描写とかじゃなくて最後にすごい福本漫画らしいセリフで締めってのもイカスぜ!
面白かったです、投下乙
まあアカギはすでに市川には勝っているし、
ひろゆきは現在現在麻雀で市川と絶賛勝負中だし、
ここではニセアカギとの戦い気味にするというのはいいのではないかと思う
投下乙です
投下乙です。
すごく面白かった!!
21時ごろ読んだのに、興奮しすぎてまだ眠れない!
完璧、ひっかかったわ。
アカギがどうやって勝つのかばっか考えながら読んでた。
今からもっかい読む。
まじ寝れない。
459 :
224:2010/11/22(月) 22:23:23 ID:???
71様
正直すごい寂しいですが、これ以上は申しません。
無理を言いましてすいませんでした。
今までありがとうございました。
本当にお疲れ様でした。
完成した暁にはまたスレに遊びに来て下さい。
完成を一緒に喜んで下さい。
その瞬間を目指して完成させますから絶対!
もしかして…誤爆?
ものすごく面白かったし読んでて興奮したけど、ちょっと気になる点が。
>確かに残り15分で山を作り、配牌をすれば、残りは5分ほど。
山作りと牌配に10分はかかりすぎw
素人でも余程早くできます。
だから、いくら市川が盲目とはいえ2時間って充分な時間です。
東場までしかできないだろうと考えるのはかなり不自然かと。
あと麻雀の解説が大変丁寧でしたがルール知らない向けのものが多くて今さら感がちょっとありました。
すいません、重箱の隅をつつくようなことばかり言ってしまいましたが
麻雀よく分からない中でこれほどのものを良く書かれたと思います。
平山応援してたから嬉しかった!
山作りと牌配に10分は確かにかかり過ぎだな
そこら辺の部室の学生でもせいぜい1〜2分もあればリーパイからハイパイまで終わるし、
盲人だとどの程度時間がかかるかは分からないが、市川ほど手慣れたプロなら大差はない気がする
>>461様
ご連絡ありがとうございます。
申し訳ございません。
お恥ずかしながら、山作りと配牌に10分かかったのは実体験…。
これは山作りなどのカウントを削除し、
15分で何ができる?というセリフに変更します。
あと、今回は2時間に設定しましたが、実際の麻雀では2時間でどれくらい進むのでしょうか?
もし、東風戦のみであった場合、どれくらいの時間で間に合うのでしょうか?
この時間調整は拾うことができた利根川のチップの枚数を減らせば可能なので、
こちらも修正したいなと考えているのですが…。
あと、不必要と思われる説明文の箇所も必要とあらば、削除したいと考えているのですが、
どこをどのように削除するべきか、もし、よい案がありましたら、ぜひ、ご助言を頂きたいのですが、どうでしょうか?
多くの質問を書きこんでしまい申し訳ございません。
どうかほかの読み手様ににより楽しんでいただける話になれるように
どうかお力添えをお願い致します。
>>463 いえいえ。ちゃんと実際に体験までして作ってるってのがすごいです。
>あと、今回は2時間に設定しましたが、実際の麻雀では2時間でどれくらい進むのでしょうか?
連荘や流局が多かったりすると半荘ひとつに2時間くらいかかることはあります。
逆に東場でハコるなど、短ければ30分以内で終わったりもするので状況によって大きく変わりますね。
ありがとうございました。
打牌を読み上げる時間も含めまして、1時間設定に変更します。
(利根川のチップは10枚しか拾えなかったということにして…)
私事で申し訳ないのですが、明日から出張のため、
もし早起きできれば、明日の朝、出来なかった場合は後日まとめサイト、変更します。
申し訳ございません。
おはようございます。
昨日の修正の件なのですが、したらばの意見も考慮しまして、
山作りの時間配分の文を削除、
15分を5分に変更という形で修正しました。
ご意見をくださった方ありがとうございました。
麻雀経験がないばかりにご迷惑をおかけしてしまい申し訳ございません。
予約…っ
唾垂の予約…っ!!
468 :
◆uBMOCQkEHY :2010/11/28(日) 07:48:03 ID:zY4Tp/v8
おはようございます。
作品が完成したため投下します。
今回は短いです。
469 :
我欲1:2010/11/28(日) 07:49:36 ID:???
「南郷…っ!?」
佐原の視界の中で南郷の身体が地面に倒れていく。
石か何かに足を引っ掛け、バランスが崩れてしまったのだ。
佐原の脳裏に黒崎の言葉が蘇る。
――ククク…果たして、棄権希望者全員の申し出を…すべからく…我々が受理するとでも思っているのかね…?
橋を渡り切った先に…ゴールと言う名の罠を仕掛ける“帝愛”が…!!
この言葉は権利購入が“先着順”であり、その先着から漏れれば、いくら1億円を用意した所で無効ということを示唆している。
しかし、この言葉は佐原に疑心を植え付けるため――佐原に殺し合いに乗らせるために言った黒崎の方便。
そんな黒崎の胸中など知るはずもない佐原は、ものの見事にその話術に嵌り、迷いが生じている。
「な…南ご……」
佐原は南郷に手を伸ばそうとする。
しかし、この直後、首輪の警告音の間隔がより短く、けたたましくなった。
「えっ…!!」
佐原は思わず、自身の首輪を抑える。
その間隔の変化は爆発の時間が迫っているサインであった。
470 :
我欲2:2010/11/28(日) 07:51:46 ID:???
(オレは……どうすればっ……!)
禁止エリアを駆け出す前、“もし、南郷が転倒してくれれば、助かる確率が上がるのでは…”という邪な考えが佐原の心を支配していた。
だが、これはあくまでも、その可能性があるという“もしも”の話でしかない。
その展開は佐原にとって都合がよすぎる上に、現実で起こるとすれば天文学的確率。
ありえるはずがないからこそ、“もしも”として考えることができた。
その“もしも”が起こってしまった今、佐原は南郷を助けるかどうかという選択に迫られている。
(オレは…オレは…!)
自分の命も風前の灯なのだ。
南郷に構っている余裕などない。余裕など――。
「うおおおおおぉぉぉ!!!!!」
佐原は咆哮のような叫び声をあげながら、南郷の元に駆け寄るや否や、その身体を持ちあげた。
南郷の肩を強く掴み、尋ねる。
「時間がないっ!!歩けるよなっ!なっ!」
佐原の尋ね方は肯定以外の解答は許さない荒々しさだった。
「さ…佐原……」
南郷は佐原の剣幕に一瞬言葉を失うも、状況が状況なだけに黙って立ち上がる。
「もたもたすんなよっ!走れっ!!!」
南郷に外傷がないことを確認すると、佐原は突き放すように駆け出した。
471 :
我欲3:2010/11/28(日) 07:53:34 ID:???
本来なら肩を貸すなど、佐原は南郷を気遣うべきだったのかもしれない。
しかし、一刻の猶予もならない状況。
献身的なことなどしてやれるはずもない。
南郷を起き上がらせることが、佐原ができる精一杯の情けであった。
佐原は無我夢中で危険エリアを駆け抜ける。
その姿は荒波の中をもがく漂流者のようであり、大きな津波が来ればそのまま藻屑になってしまいそうな危うささえある。
裏返せば、走り方に構っていられないほどに佐原は必死であった。
死にたくない。生き残りたい。
これが今の佐原の思考の全てであった。
その佐原の願いは天に聞き遂げられたらしい。
佐原の首輪の警告音が消えたのだ。
「ま…マジっ!?」
佐原はその場で足を止め、耳を澄ます。
首から響く断末魔のような悲鳴は確かにない。
「た…助かったっ!」
佐原の胸に歓喜が込み上がる。
「やったぜっ!南郷っ!」
佐原は快哉を叫びながら、南郷を振り返る。
この直後、佐原の思考が止まった。
南郷は遥か遠くにいた。
472 :
我欲4:2010/11/28(日) 12:36:53 ID:zY4Tp/v8
先程の転倒の際に足を攣ってしまったのであろう。
その足を庇うように引きずりながら、一歩一歩ゆっくり歩いている。
「南郷っ!!!」
佐原が踏み出した瞬間だった。
佐原の首輪から再び、あの警告音が鳴り響き始めたのだ。
「なっ……!」
佐原は慌てて飛び退く。
すぐに音は消えた。
つまり――
「次の一歩が……禁止エリアとの境界線っ……!」
この一歩を越えれば、佐原はまた命の危機に晒される。
しかし、越えなければ、南郷を助けることもできない。
南郷を助けなければいけないのは分かっている。
しかし、足は死の恐怖と命の惜しさから動こうとはしない。
佐原はその場に立ち尽くし、南郷を見守ることしかできなかった。
「佐原……」
南郷は佐原に向けて顔をあげた。
「え……」
佐原は南郷と視線を合わせて愕然とした。
南郷は今にも泣き出しそうな程に崩れた笑みを浮かべていた。
自分の命が助からないことを悟ってしまった諦念の笑みを――。
473 :
我欲5:2010/11/28(日) 12:37:48 ID:???
「南郷ぉぉぉぉおおおおおお!!!!!!」
佐原は言葉にならない声で叫んだ。
その声が佐原自身の耳に届くと同時であった。
ボンという音と共に、南郷の頭部から鮮やかな赤い火花が飛散した。
まるで川辺で咲き誇る彼岸花のように美麗な紅。
その火花を散らしたまま、南郷の身体は地面に叩きつけられた。
「な……南郷……」
実際の時間としては1秒ほどの出来事であったが、佐原にとっては映画のフィルムを静止画で見せられているかのように長く、鮮烈に脳に焼きつけられるには充分過ぎるほどの時間であった。
南郷の首からは蛇口を閉め損ねたホースの水のように混混と血が流れ、周囲には焼け焦げた鉄と人脂の臭いが広がっていく。
「あ…あぁ……」
悲嘆は認識の後に襲ってきた。
佐原の膝が力なく地に落ちる。
「な…南郷ぉ……!」
佐原の口から嗚咽が漏れ、涙が滝のように流れ落ちる。
足が攣れば、痛みは当然伴う。
南郷自身、気付いていただろう。
しかし、南郷はそれを佐原に訴えなかった、否、訴えることができなかった。
その理由を、佐原は悟っていた。
474 :
我欲6:2010/11/28(日) 12:42:59 ID:???
「オレが……南郷の言葉を……遮っちまったから………」
佐原が南郷の元に駆け寄った時、佐原は南郷の態勢を起こし、怪我の有無を確認した。
追いつめられていた故に当然のことではあったのだが、この時の佐原は取り乱していた。
南郷は佐原を気遣い、従順についてきていた男である。
そんな心優しい男が、生に執着する佐原の神経を逆撫ですることなどできなかったのだ。
「すまない…本当に……すまないっ……」
なぜ、南郷に手を貸そうとしなかったのか。
なぜ、先に逃げてしまったのか。
己の臆病さ、優柔不断さ、卑劣さ、その全てが腹ただしく、情けなかった。
佐原は懺悔を口にしながら、絶泣する
それは声が枯れるまで続いた。
やがて、泣き疲れた佐原はその場で横たわる。
殺し合いの状況下では無防備というほかないが、今の佐原の意識は霞みがかり、これから先のことを考慮できる状態ではない。
南郷を殺したという罪は佐原にとって、あまりに大きすぎる十字架であった。
この島での出来事全てが、佐原の精神のキャパシティを越えてしまっていた。
475 :
我欲6:2010/11/28(日) 12:43:39 ID:???
「南郷……すまない……」
溶けた思考の中で、うわ言のように詫びを繰り返す。
次第に、森の闇に白い靄が混じり始める。
その時だった。
一陣の風が森に吹きぬけていった。
その風になびかれ、木々がガサリッとざわつく。
「えっ…」
佐原はハッと目を見開く。
誰かが隠れ潜んで佐原を見張り、その命を狙っているのではないのか。
背筋を駆け巡る戦慄。
「だ…誰だっ!」
佐原はライフルを掴み、それを音の方へ向けた。
森全体を包み込む静寂。
森の奥は薄らいだ闇と白い霧に閉ざされ、人の気配はしない。
風によって引き起こされた偶然なのだから、それも当然である。
しかし、神経が疲弊した佐原にはその偶然を見分ける力は存在しない。
476 :
我欲8:2010/11/28(日) 12:46:37 ID:zY4Tp/v8
「誰だっ……!出てこいよぉ……!」
弱弱しく咽び泣きながら、佐原はライフルを3発、森に放つ。
銃弾は『誰か』に当たることなく、霧の中に吸い込まれていった。
「そ…そんな……」
巨岩を相手にしているような圧倒感。
恐怖だけが嵩を増し、佐原の神経をさらに摩耗させる。
佐原は本能のままに絶叫する。
「死にたくねぇっ!死にたくねぇ!」
佐原の悲痛な訴えは誰かに届くことなく、靄の中に溶けて消えていった。
【南郷 死亡】
【残り19人】
477 :
我欲9:2010/11/28(日) 12:47:09 ID:zY4Tp/v8
【C-4/森/早朝】
【佐原】
[状態]:情緒不安定 首に注射針の痕
[道具]:レミントンM24(スコープ付き) 弾薬×26 懐中電灯 タオル 浴衣の帯 板倉の首輪 支給品一式
[所持金]:1000万円
[思考]:死にたくない これからチップを稼いで脱出する 自力で生還する 森田を信用しない 遠藤と会いたくない
※森田が主催者の手先ではないかと疑っています
※一条をマーダーと認識しました
※佐原の持つ板倉の首輪は死亡情報を送信しましたが、機能は失っていません
※黒崎から嘘の情報を得ました。他人に話しても問題はありません。
こちらで以上です。
最後まで読んでくださりありがとうございました。
投下乙です
見捨てることはできない、が、助けることもできない…
割り切れないが故の心の揺らぎが物哀しいです
佐原はこれからどうなるのか、それともどうにもならないのか…
投下乙!
南郷…
ロワ内でこの数時間一番波乱万丈だったのは、もしかしたら佐原かも
弱い自分を奮い立てては前に進み、また絶望するのを何度も繰り返して、どこまでいけるのか…
投下乙!
佐原に気を遣って死ぬとか…南郷さんらしい最期でした…
佐原はこれからどうなるのかな
鉄骨渡りのときに太田の幻影を吹き飛ばしたように、持ち前のしぶとさで正気に戻ってくれれば良いのだけど…
書き手さんのモチベーション上げに…
皆はどのキャラの話の続きが気になる?
俺は一条、鷲巣の続きが気になってしょうがないwktk
支援保守
一条はかなり気になる
ぜひマーダーとしてまた活躍して欲しい
あと、カイジ達もそろそろ続きが見たいな
黒沢が気になるな
主役級の中では早期に消えそうな気がするが頑張って欲しい
利根川先生のカイジへのリベンジも気になってたが天に召されてしまったorz
ちなみに福本ロワ語りは今日の23:59までです。
うわ気付かなかった…orz
俺も混ざりたかったよ………
まだか…っ
新作……っ!!
来い…っ
新作……っ!!
あけ…おめ…
こと…よろ…
いつも素晴らしい作品をありがとうございます。
今年も応援しています!
あけましておめでとうございます。
バトロワ作者様、素晴らしい作品を昨年は読ませていただき、
ありがとうございました。
本年も作品投下されることを楽しみに応援しています!
あけおめw
あけおめ
今年も平山の活躍に期待…!
気長に応援してます
493 :
マロン名無しさん:2011/01/17(月) 16:09:27 ID:fJjn2Hb8
ほしゅ
ほっしゅ
495 :
マロン名無しさん:2011/01/25(火) 10:32:16 ID:I1/tEy02
保守!
496 :
マロン名無しさん:2011/01/26(水) 15:59:19 ID:R9eVt398
保守
497 :
マロン名無しさん:2011/01/28(金) 20:40:44 ID:nT+VZRuT
カイジ二期おめでとう
カイジアニメ二期オメ!
今、リアルの都合からロワ離れておりますけど、3月になれば戻れると思います…というか戻りたいです。
ざわ… ざわ…
保守
カカカ… キキキ… ククク… ケケケ… コココ…
ほしゅ…ほしゅ…
福本漫画バトルロワイアル作者のかたがたに感謝を込めて
.,- ̄"'V'" ̄-,. Happy St. Valentine's day♥
| (二m/l二ヽ |
|\//|/)\ /|
\||\ /||/
\ ヽ' /
\|/
ありがとうございます。
今、少しずつですが、書き始めています。
3月に投下できればいいのですが…。
ワクワク、テカテカしながら投下されること待ってます!!
お待ちしています!
生き残りが
アカギ カイジ 零 涯 沢田さん 銀さん 原田 森田 ひろゆき 平山 しづか 沙織 黒沢 遠藤 佐原 鷲巣 一条 坊っちゃん 仲根
主催側
兵藤会長 黒崎 蔵前 在全 黒服(村上)
こんなもんか
仲根が気になる 今までほとんど単独行であまり目立つ機会に恵まれてなかったけど
彼は有能だから残りの猛者ばかりの中でも活躍してくれると期待している
あと黒沢 南郷さん死んじゃって黒沢だけがこのロワの癒しキャラ最後の砦 見守りたい
書き手さん 気長に待ってる
南郷さんの最期は泣けた
主催側と森田との密約とか首輪の電源の弱点とか
>>510 こうして見ると佐原とか全く優勝出来る気がしねーな、女以外は主役と名脇役しか残ってないし
主催側も全くこのまましのげる気がしない
>>510 何で沢田さん南郷さんはさん付けなんだ
いや、何となく付けちゃうのわかるけどw
やっぱり福本作品の主役は格が違ったw
逆境からの逆転や、先読みからの圧勝がキャラの基本骨子だから
中々死なないんだろうなぁw
>>513 そして、なぜか様付けしたくなる鷲巣様。
516 :
◆uBMOCQkEHY :2011/03/03(木) 23:47:09.36 ID:NWXG9X5f
お久しぶりです。
アニメカイジ二期めでたいということで一条と鷲巣様の話を投下します。
途中で疲れて寝ないように気を付けたいです。
517 :
願意1:2011/03/03(木) 23:52:18.82 ID:???
人影のない病院の廊下に、靴音だけが空しくこだまする。
一条はトカレフを構えながら慎重に歩く。
もうそろそろ太陽が昇る頃なのだろう。
闇は幾分か薄らぎ、煙を連想させる薄靄が漂っている。
一条は受付を通り過ぎ、処置室と書かれた部屋を窓越しに覗きこむ。
処置室は診察用の机とベッド、カーテンなど、お約束通りの備品が配置されている。
当然のことながら、人の姿どころか気配すらない。
(誰もいないのか……)
一条の脳裏に、病院の前にあった、首が切断された死体の姿が去来する。
その死体は和也の地雷を踏んだ男であり、当然のことながら、死んだ当初は、首は繋がっていたはずだ。
一条達が移動した後、何者かが首を刈ったということになる。
一見すると、残虐な思考を持つ人間がこの場に存在することを知らしめるための行為とも考えられる。
しかし、その死体には本来あるべきものが存在していなかった。
(ディバック……そして、首輪っ……!)
ディバックだけならまだ、理解できる。
このゲームで生き残るためには少しでも情報や武器が必要だからだ。
しかし、問題は首輪だった。
518 :
願意2:2011/03/03(木) 23:53:50.92 ID:???
(そもそも誇示目的であれば、首を刈るという労力が必要な手段を選ぶだろうか……
もっと残忍な死体損壊の方法などいくらでもある……
つまり、あれは誇示ではなく、首輪入手のために……)
和也もまた、参加者の首を刈り、首輪を集めている。
その理由は二つ。
一つは参加者の動揺を誘うため。
首輪をはずされた死体は過程上、頭部が切り離される。
常識的な感覚を持つ者からすれば、目を背けたくなるほど惨たらしい姿である。
その時、参加者が抱くのは次にこの姿になるのは自分だという恐怖である。
疑心暗鬼に陥り、誰かの命を狙う引き金になるかもしれない。
和也達の目的である“他の派閥”のせん滅に繋げることができるだろう。
もう一つは“対主催”の目論見を打開するため。
このゲームでは何らかの方法でゲームから脱出しよう、ゲームの主催者にひと泡吹かせようと心算する者がいる。
板倉や佐原はこのスタンスであった。
最終目的は人それぞれであるが、共通していることは殺人への否定的考え。
殺戮行為を助長させようとする和也達とは真っ向から相対する派閥である。
和也達にとっては邪魔者以外の何物でもない。
519 :
願意3:2011/03/03(木) 23:56:00.95 ID:???
おそらく“対主催”どもは殺し合いの無用化のために、首輪の解除という目標に行き着くだろう。
そこで首輪を解析するため、機能する首輪を集め始めるはずである。
勿論、帝愛、在全、誠京の技術が結集されているため、例え首輪を手に入れたとしても、その解除方法が見つかるとは考えられない。
しかし、解析が進まなかったとしても、首輪は彼らの目標の道標――団結という働きは成す。
(俺達と対立する連中を増やさないようにするためにも……首輪の回収は必至っ……!
もし、あの男の死体の首輪を所持している者がまだ、この場にいれば、殺してでも……!)
一条はギリリと歯噛みすると、病院の奥へと進んでいった。
◆
「やっと行きおったか……」
深い嘆息を漏らし、鷲巣は処置室から姿を現した。
実は鷲巣は処置室のベッドの下に潜り込み、カーテンをかけ、身を顰めていたのだ。
「さてと……」
520 :
願意4:2011/03/03(木) 23:57:58.24 ID:???
鷲巣は処置室の扉と窓を見上げた。
この病院の処置室には大きな窓、その上には通気口のための開閉可能な小窓があり、ガラスが連なる窓列は動物園や水族館の檻を連想させる。
本来、処置室は患者のプライバシーを考慮し、中の様子が見えないような構造となるのが常である。
しかし、この処置室にはそのような配慮が全く見受けなれない。
患者を隠すものがあるとすれば、窓と窓の間に一定の感覚で並ぶ柱ぐらいだろう。
患者を見世物にするかのような悪意さえ覚える。
そのおかげで、天は和也達が玄関前で集まったことに気付き、その動向を観察することができた訳だが。
「拳銃を所持していたようじゃが……」
鷲巣は天が入り口前で発見した消火器に触れながら笑いを洩らす。
「裏返せば……奴を倒せば、それはワシのもの……」
鷲巣はそう呟くと、革の手袋をはめたのであった。
◆
一条は二階の病室もくまなく探したが、人を見つけることは出来なかった。
(まぁ……当然か……)
首輪入手という目的を達成してしまった以上、ここに長居をする理由はない。
「すぐに和也様達の元に戻って、これまでのことを報告しなければ……」
521 :
願意5:2011/03/04(金) 00:00:20.73 ID:???
病院捜索に見切りをつけ、一条は出入り口へ引き返すことにした。
階段を降り、長い廊下を突き進む。
病院に潜入した際こそは、猛禽類のような鋭い眼差しと神経で周囲を警戒し続けていた。
しかし、人がいないと分かった今、一条の警戒心はほぐれた糸のように緩んでいた。
それもそのはずである。
病院を出れば、和也達のいるギャンブルルームは目と鼻の先なのだから。
「村上はどうしているんだか……」
一条の口角が緩やかに上がる。
しかし、柔和な呟きは刃物のように鋭い殺意に阻害された。
一条の首筋に、痺れるような冷気が一撫でする。
「……誰ですか……そこにいるのは……」
一条は居合抜きの要領でトカレフを視線の方向に向けた。
「ククク……実に威勢がいい……」
処置室から一人の老人が覗き込むように半姿を現した。
流れるような白髪に、顔に刻まれた深いしわ。
年齢は70歳を超えているだろう。
しかし、その瞳はギロリと薄靄の中で光っている。
その輝きは老人とは思えないほど鋭く、野に住む獣という表現がしっくりくる。
革の手袋がはめられた左手には一条と同じく銃が握られている。
522 :
願意6:2011/03/04(金) 00:03:48.61 ID:???
(何なんだ……こいつは……)
一条は老人の不可解とも言うべき自信に薄ら寒さを覚える。
一条はトカレフを構えたまま、消火器が置いてある柱の物陰に身を半分隠した。
「ご老人……何か、私に御用でしょうか……」
弱者をいたわるかのように、一条は朗らかな声で尋ねる。
しかし、澄んだ声とは裏腹に顔には忌々しげな緊張が走っていた。
問わずとも知っていた。
この場は戦場であり、会う者は全て敵。
殺すか、殺されるか。
それだけが、彼らに用意された選択肢であり、“どうした?”などとは明らかに愚問であることを。
相手の底が分からないからこそ今は様子を伺っているが、相手の意志――自分を殺そうとしていると分かれば――己の野望に立ちはだかる敵だと分かれば、すぐにでも発砲する。
お互い、それを悟っているからこそ牽制し合うように視線をぶつけ、隙を伺い続けている。
鷲巣はそんな状況を小馬鹿にするかのように薄笑った。
「ククク……ワシの顔を見ても分からぬとは……兵藤の倅はすぐに察したというのにのう……」
「和也様が……?」
一条は村上の説明を思い出す。
和也がギャンブルルーム前で鷲巣巌を仲間にしようとしたが断られたことを。
523 :
願意7:2011/03/04(金) 00:07:14.89 ID:???
(そうか……この老人は……)
一条はグッと息を呑んだ。
「お前は……共生の……鷲巣巌っ……!」
「カカカ……ご明答っ……!……なら、死ねっ!」
何の脈略もない殺害宣言。
鷲巣は何かを下へ引っ張るかのように身をかがめた。
「このクソジジイっ!」
一条は条件反射のままにトカレフの引き金を引く。
鷲巣との距離は約5メートル。
この程度の距離なら、素人でも標的を撃ち抜ける。
しかし、一条の弾丸は鷲巣から逸れ、廊下に穿たれた。
「クッ!!」
命中する筈もなかった。
一条は大きく飛び退きながら、発砲していたからだ。
ガンと壁に激突する音、そして、何かがロケットのように下から跳ね上がったがために。
「クソッ!」
一条は再び、トカレフを構え、その跳ね上がった物体に標準を合わせる。
「え……」
トカレフを握る手が一瞬、止まった。
一条は己の眼を疑った。
「これは……」
先程まで柱の前に置いてあった消火器だった。
消火器は磁石で吸い寄せられたかのようにガラスの窓に張り付き、一条の視線より高い位置で宙に浮いているのだ。
普通の人間ならこの状況を整理するのに、もう少し時間をかけてしまうだろう。
524 :
願意8:2011/03/04(金) 00:44:19.31 ID:???
しかし、今まで数々の修羅場を機転で潜り抜けてきた一条である。
すぐに原因を察し、皮肉めいた失笑を口元に浮かべた。
「釣り糸ですか……」
消火器のレバーに釣り糸が幾重にも巻かれている。
その釣り糸はガラス窓の上に配置されている、僅かに開いた小窓の隙間から鷲巣の手へ伸びている。
つまり、消火器に括りつけられている釣り糸を鷲巣が引っ張ったため、持ちあがったのだ。
謎の衝突音は持ちあがった際にガラスにぶつかった音。
鷲巣が革の手袋を付けていたのも、釣り糸が手に食い込まないようにするための防衛策であり、他の参加者を絞殺させるために釣り糸とセットで支給されていたのだろう。
不可解な点も、蓋を開けてしまえば、幼児でも理解ができる単純なトリックでしかない。
一条は憐憫と残忍さを入り交ぜた、どす黒い嘲りで鷲巣を見下ろした。
「釣り糸を引っ張り、消化薬剤を撒き散らして、私の隙を作り逃げ出す……もしくは殺害しようとした……。
けれど……レバーへの巻き方が悪く、消火器は噴射することなく、持ちあがるだけで終わってしまった……」
“実にくだらない”と、一条は勝ち誇ったかのように哄笑する。
525 :
願意9:2011/03/04(金) 00:45:53.40 ID:???
「素直に銃を撃てばまだ、勝ち目があったものを、貴方は無駄な……」
「ククク……若いのぉ……」
堪えかねたかのように、鷲巣は吹き出した。
その剽げた笑いには微塵の曇りも存在していなかった。
策略が失敗した直後にもかかわらずに。
「拳銃なんかよりも恐ろしいぞ……消火器は……」
「え……それは……」
戸惑う一条は消火器の不自然な点に気付いた。
「消火器の安全栓が抜かれていない……だと……」
消火器の上部についている安全栓を抜かなければ、どんなにレバーを握ったところで消火薬剤は噴射されない。
もともと鷲巣は消火薬剤を噴射させる気がなかったのだ。
「なぜ、消火器を持ちあげ……」
一条は言いさした言葉を呑み込んだ。
ある物が目に止まってしまったのだ。
消火器の真下に置かれている、“首輪”という不可思議な存在に。
(なぜ……首輪が……)
しかし、一条がその疑問を口にする前に、釣り糸は鷲巣の手から離れていた。
鷲巣の牽引から解放された消火器は重力に従い、落下する。
「な……」
一条の脳裏にゲーム開始当初の黒崎の言葉が過る。
526 :
願意10:2011/03/04(金) 00:48:07.86 ID:???
『皆様の首輪………首を飛ばす程度の威力の爆弾となっております』
黒崎の忠告通り、見せしめとなった少年の首は後かたもなく吹っ飛んでしまった。
威力は天の足を消し飛ばした和也の地雷に匹敵するだろう。
その爆発条件は――
『これは強引に外そうとすること、及び禁止エリアに入ることで爆発致します』
首輪に衝撃が加われば、首輪は歪む。
首輪がそれを探知すれば、解体されたと誤認し、すぐに爆弾を起動するはずである。
考える暇もなかった。
一条は駆け出した。
首輪から少しでも離れるために。
身体が消し飛ぶ――死から逃れるために。
それが唯一の活路だと本能で察して――。
爆炎と轟音が静寂を切り裂いた。
爆ぜた閃光は周囲の風景を白一色に染め上げ、爆風でガラスが一斉に叩き割れる。
一条はその大波にあっという間に飲みこまれた。
◆
「あ……」
在全とのギャンブルでの疲れが現れてしまったのだろう。
コーヒーが並々と注がれたサーバーが、村上の手からこぼれ落ちる。
ガシャンという音と共に、サーバーは床に転がり、コーヒーが血飛沫のように周囲を汚す。
「一条様にお出しするはずだったのに……」
527 :
願意11:2011/03/04(金) 00:49:57.53 ID:???
物寂しげな表情で、村上は床を拭き始めた。
盗聴器に耳を当てていた和也は、そんな村上を“ドジだなぁ…”と笑い飛ばす。
「また、作り直せばいいんじゃねぇ?コーヒーは淹れたてが一番上手いわけだし……」
村上は感心するような呆けた顔を浮かべると、和也と同じように砕けた笑みで答える。
「そうですね……その方が一条様も喜びますよね……」
村上は“一条様が戻ってくる前に作り直しますっ!”と張り切って立ち上がると、事務室へ戻っていった。
事務室の扉がバタンと閉まる。
これを合図にするように、和也の表情から無邪気な笑いが消えた。
「あーあ、どうしたもんだか……」
和也は椅子に深くもたれかかる。
盗聴器に飛び込んできたのは聴覚を奪わんばかりの激しい爆発音。
アカギ追跡に専念させるため、お互いに連絡は避けあっていた。
だが、飛び込んでくる内容から、鷲巣と接触し、その策に弄されたことだけは認識できた。
和也は盗聴器をテーブルの上に置くと、諦念が入り混じったため息を漏らした。
「一条……逝っちまったか……」
◆
528 :
願意12:2011/03/04(金) 00:52:28.98 ID:???
鷲巣は柱の陰から顔を出した。
爆発に巻き込まれないようにするために、釣り糸を手放した直後、近くの柱の陰に隠れていたのだ。
鷲巣は周囲を見渡してみる。
廊下と柱には亀裂が走り、ガラスと消火器の破片が至るところに飛散している。
首輪は無残に破裂し、消し墨と化している。
一条は廊下の奥の方で壁にもたれるように、倒れ込んでいた。
「ほっ!ほっ!ほっ!これ程の威力とはっ!」
狂喜、大悦、歓喜。
鷲巣は赤黒い歯茎を剥き出し、その昂揚に浸っていた。
口元からは恍惚の象徴であるよだれが光っている。
アカギから首輪を集めろと命令されている。
本来なら、地雷の代わりに使用するという粗末な扱いをするべきではない。
しかし、鷲巣はこの契約の盲点に気付いていた。
“機能している”首輪とは言及していなかったことを。
例え燃えカスでも首輪は首輪。
渡せば、アカギとの契約は成立してしまうのだ。
「おお、そうじゃ……奴の命を確認しなければ……」
鷲巣は右手にハサミ、左手には拳銃を握ると、老人とは思えない瞬発力で一条の元に駆け寄った。
溢れるほど湧きあがる喜びの前では骨折の痛みなど、塵芥程度の存在でしかないらしい。
529 :
願意13:2011/03/04(金) 00:54:43.97 ID:???
鷲巣は一条をまじまじと見下ろした。
一条の身体はガラスと消火器の破片で、浅く鋭く切り刻まれていた。
衣類の裂けた部分からは血が滲んでいる。
しかし、すぐに逃げ出したことが幸いしたのか、致命傷には至っていないらしく、口からは呼吸が漏れていた。
鷲巣の眉間に深いしわが刻まれる。
「悪運が強い奴めっ!」
鷲巣はハサミを高々とあげた。
「しかし、ワシには及ばぬぞっ!!!」
鷲巣は一条めがけてハサミの刃を振り下ろした。
ガシッと腕に強い痛みが走る。
「ふぇ……?」
鷲巣は戦慄に身を凍らせた。
意識を失っていたとばかり思っていた一条が、鷲巣の腕を強く掴んでいるのだ。
眼は伏せられ、表情は見えない。
しかし、怒りが全身に浸透しているのは、握りつぶさんと言わんばかりの握力から理解ができた。
「こ……この若造がっ!!!!!」
やけくそとばかりに鷲巣は左手の銃床を、一条の頭部に振り下ろした。
しかし、その腕も一条の片手に阻まれた。
左腕にも痺れるような痛みが鷲巣を苦しめる。
530 :
願意14:2011/03/04(金) 00:56:31.16 ID:???
「な……な……!」
この男は一体何なのだ。
鷲巣の神経は驚愕に連打され、いよいよサイレンのような警告音を発している。
今の鷲巣にとって、感情が読めない一条は、ゾンビのように薄気味悪い生き物に見えてしょうがなかった。
「離せっ!!!!」
鷲巣は両手をばたつかせ、抵抗する。
しかし、一条はそれを両断するかのように、無言のまま鷲巣の腹へ強烈な蹴りを放った。
鷲巣の身体は受け身すら取ることができず、壁に激突する。
「ガッ…!」
背中に灼熱感が発生し、苦痛が神経網を駆け抜ける。
首を絞められているような圧迫感が鷲巣に重くのしかかる。
「く……いい気に……」
しかし、言い終えぬうちに、一条が鷲巣の前に立ちはだかった。
一条は奈落の闇を連想させる底見えぬ眼を鷲巣に向ける。
口を小さく動かした。
「……るのか……」
喘ぎのようにか細い、一条の声。
目の前の若造に心身共にボロボロにされた老人は、虚勢を張るかのようにわめき散らす。
「はっきり言えっちゅうんじゃっ!!!!!!」
531 :
願意15:2011/03/04(金) 00:58:43.83 ID:???
すると、一条は鷲巣の問いに答えるかのように残忍な笑みを作り、脚を高々と振り上げた。
「お前はこの場で成すことがあるのかと訊いたんだっ!!!!!」
“はあああっ!”という気合と共に、一条はその踵を鷲巣の脳天めがけて打ち落とした。
一条の渾身の一撃。
鷲巣の頭部に炸裂する鈍い打撃音がこだまする。
「ウグゥ……!」
鷲巣は白目を向いたまま、気絶し倒れ込んでしまった。
「ふぅ……」
試合を終えた空手家のように一条は呼吸を整えると、鷲巣の手から拳銃を奪う。
「やはり……僅かだが、銃身が曲がっているのか……」
一条は鷲巣と出会ったときから疑問に思っていた。
なぜ、鷲巣は左手に拳銃を握っているのかと。
初めは左手が利き手なのだろうと思っていた。
しかし、その後の消火器と首輪という回りくどい罠や右手に持ったハサミの多様から、拳銃は実は使えないもの――弾切れか、故障かという結論に行き着いていたのだ。
「本来は殺しても良かったのだが……生かすかどうかを和也様に委ねるのも悪くはない……」
532 :
願意16:2011/03/04(金) 01:00:17.15 ID:???
一条がこの島で成すべきこと。
和也を優勝へ導き、このゲームから脱出することである。
それが今までの地位に返り咲く唯一の方法。
だからこそ、かつて和也が求めた鷲巣という人材の殺害を見合わせたのだ。
和也優勝へ貢献する可能性を考慮して――。
「それにな……俺には待っている人間がいるんだ……」
自分を救うために立ちあがった部下、村上。
もし、村上がいなければ、今も一条は復讐の鬼として、ゲームを彷徨い続けていただろう。
村上と再び、共に働きたい。
今の一条を満たすものは未来への希望と野心であった。
「早くコーヒーを飲みに帰らなければな……」
一条は鷲巣の首根っこを掴み、病院の廊下を歩き始めた。
533 :
願意17:2011/03/04(金) 07:38:52.54 ID:RZrFHTil
【E-5/病院/早朝】
【一条】
[状態]:身体全体に切り傷(軽傷)
[道具]:黒星拳銃(中国製五四式トカレフ) 改造エアガン 毒付きタバコ(残り18本、毒はトリカブト) マッチ スタンガン 包帯 南京錠 通常支給品×6(食料は×5) 不明支給品0〜3(確認済み、武器ではない)
[所持金]:3600万円
[思考]:カイジ、遠藤、涯、平田(殺し合いに参加していると思っている)を殺し、復讐を果たす
復讐の邪魔となる(と一条が判断した)者、和也の部下にならない者を殺す
復讐の為に利用できそうな人物は利用する
佐原を見つけ出し、カイジの情報を得る
和也を護り切り、『特別ルール』によって村上と共に生還する
利根川とともにアカギを追う、和也から支持を受ける
※利根川とともに、和也の部下になりました。和也とは『和也同盟』と書かれた誓約書を交わしています。
※『特別ルール』――和也の派閥のみがゲームで残った場合、和也の権力を以って、 その派閥全員を脱出させるという特別ルールが存在すると信じています。(『特別ルール』は和也の嘘です)
※通常支給品×5(食料のみ4)
534 :
願意18:2011/03/04(金) 07:40:55.61 ID:???
【鷲巣巌】
[状態]:気絶 疲労、膝裏にゴム弾による打撲、右腕にヒビ、肋骨にヒビ、腹部に打撲 →怪我はすべて手当済 背中、頭部強打
[道具]:不明支給品0〜1 通常支給品 防弾チョッキ 拳銃(銃口が曲がっている) 鋏(医療用) 松葉杖 革の手袋
[所持金]:500万円
[思考]:零、沢田を殺す
平井銀二に注目
アカギの指示で首輪を集める(やる気なし)
和也とは組みたくない、むしろ、殺したい 病院内を探索する。
※赤木しげるに、回数は有限で協力する。(回数はアカギと鷲巣のみが知っています)
※赤木しげるに100万分の借り。
※赤木しげると第二回放送の前に病院前で合流する約束をしました。
※鷲巣は、拳銃を発砲すれば暴発すると考えていますが、その結果は次の書き手さんにお任せします。
※主催者を把握しています。そのため、『特別ルール』を信じてしまっています。
535 :
願意19:2011/03/04(金) 07:43:03.54 ID:???
【E-5/ギャンブルルーム内/黎明】
【兵藤和也】
[状態]:健康
[道具]:チェーンソー
クラッカー九個(一つ使用済) 不明支給品0〜1個(確認済み) 通常支給品 双眼鏡 首輪2個(標、勝広)
[所持金]:1000万円
[思考]:優勝して帝愛次期後継者の座を確実にする
死体から首輪を回収する
鷲巣に『特別ルール』の情報を広めてもらう
赤木しげる、井川ひろゆき、平山幸雄、市川、しづかを殺す
利根川、一条の帰りを待つ
※伊藤開司、赤木しげる、鷲巣巌、平井銀二、天貴史、原田克美を猛者と認識しています。
※利根川、一条を部下にしました。部下とは『和也同盟』と書かれた誓約書を交わしています。
※遠藤、村岡も、合流して部下にしたいと思っております。彼らは自分に逆らえないと判断しています。
※『特別ルール』――和也の派閥のみがゲームで残った場合、和也の権力を以って、その派閥全員を脱出させるという特例はハッタリですが、 そのハッタリを広め、部下を増やそうとしています。
536 :
◆uBMOCQkEHY :2011/03/04(金) 07:44:10.99 ID:RZrFHTil
こちらで以上です。
最後まで読んでくださりありがとうございました。
乙…っ!圧倒的投下乙…っ!
お疲れ様です。
投下乙…!
鷲巣の機転が良かった。消火器の本来の使い方じゃなくて、そうやって使うか…!と感心しました。
一条の踵落としフイタwww
ここで殺されるのかと思ったら、利根川から鷲巣の話を聞いていたから
鷲巣を生け捕りにしようって発想したんですよね…。
それがなかったら殺されてただろう。やはり鷲巣様、豪運…!
満身創痍だし、今後和也の下へ連れてかれたあと、どうなるか分からないけれど…!
投下待ってました!
乙です 鷲巣対一条 読み応えあった
鷲巣が捕獲されて勢力バランスがどう動くか…楽しみだ
誤字発見
>>528 消し墨 とありますが 消し灰 ですね
>>540様
ご指摘ありがとうございます。
これじゃあ…灰にならない…!
まとめサイトの方で修正します。
感想を書いてくださった方ありがとうございました。
あと、次のプロット案での不安箇所をしたらばの井戸端に書きこんでおります。
ご意見いただけたら幸いです。
>>541 ネタバレになるからあまり見たくないというのが本音なのですが…
大前提として、それまでの話と矛盾がなく
また意味が分からない内容でないのなら
よほどのことがない限り問題はないと思いますよ
ここの書き手さんと読み手さんは無事だろうか…
別所だけど◆uBMOCQkEHY氏の地震後の書き込みは見たよ
被災地じゃなくてもネットをしている状況じゃない人は大勢いるから仕方ない
やっとネットつながった@福島内陸部 震度6強 いち名無しの読み手
まだ断水してるけど沿岸部の人たちの事考えると言葉にならない…
ご心配おかけしてしまい申し訳ございません。
生きています。
別所で確認された方もいらっしゃると思いますが、
旅行中に地震に巻き込まれ、ずっと帰宅難民の一人として東京で生活しておりました。
ですが、本日、会社の尽力により支援物資に紛れるような形で故郷である仙台に戻れることになりました。
原稿はプロットは固まり、前半部は書き終えています。
しかし、現在、仙台は全てのライフラインが使用不可のため、投下は当分の間難しいと思います。
あと、今は電気が通じている場所で書き込みをしていますが、
今後は仙台のライフラインが回復するまでは書き込みは厳しいと思います。
本当にごめんなさい。
したらばに前半部のプロットを書き込みましたが、投下はできないのでどうかなかったことにしてください。
皆様がいてくださったからこそ、ここ数日間乗り切れたのだと思います。
これからの生活は棘の道だと思います。
だけど、絶対戻ります。
本当にありがとうございます。頑張ります。
547 :
マロン名無しさん:2011/03/14(月) 21:48:47.16 ID:zE2jFEKL
ご無事で良かったです…
絶対戻って来てください。
作品が投下されるのを待っています。
549 :
◆uBMOCQkEHY :2011/03/25(金) 11:09:13.47 ID:Ayz7Imnd
お久しぶりです。
投下は当分の間難しいと書きましたが、仙台に戻った当日に電気が回復しました。
ガスはまだですが…。
ご迷惑をおかけして申し訳ございません。
では投下します。
550 :
同窓1:2011/03/25(金) 11:13:32.45 ID:???
しづかは森の中を当てもなく走っていた。
べたつくような深い闇。
せせら笑うような木々のざわめきが、心の奥にある怯えをかきあげる。
しづかは気絶している間、アカギによって勝手に運ばれ、目覚めた途端、勝手に捨てられた。
当然のことながら、方向感覚は失われ、自分がどこにいるのか皆目見当もつかない。
「ここ……どこなんだよっ……!」
今にも泣きそうなほどにか細い声で訴える。
頼れるものはいない。
安心を求めるかの如く、唯一の凶器であるハサミを力一杯握りしめる。
とにかく見覚えのある場所にたどり着きたい。
それが今の彼女の思考の全てであった。
「え…これは……!」
しづかは足を止めた。
闇夜の冴えた空気の中から火薬の臭いをかぎ取ってしまったのだ。
「もしかして、私……元いた場所に戻っちまってるのか……」
しづかの脳裏に蘇る。
天が地雷を踏んだ瞬間に発せられた白い閃光。
血臭と硝煙が混濁する不愉快な焦げ臭さ。
だらしなく弛緩する天の死に顔。
551 :
同窓2:2011/03/25(金) 11:16:12.65 ID:???
記憶から消し去りたいほどに忌まわしい記憶がしづかを震え上がらせる。
「嫌だ……あそこだけは嫌だっ……!」
しづかは恐怖に呑まれないように耳を塞ぎ、歯を食いしばり耐える。
力を持たない少女ができる唯一の防衛策。
仕方ないことであるが、それ故に気付かなかった。
背後から忍び寄る存在に――。
存在は囁く。
「しづか……」
「誰だっ!」
しづかは弾かれたかのように振り返るや否や、手に握るハサミを声の方向へ振り下ろした。
本来ならハサミの刃が存在の筋肉に突き刺さるはずであっただろう。
しかし、ハサミに手ごたえはなかった。
目標物を失ったハサミはそのまま地面に突き刺さる。
相手はしづかのハサミの軌道を察し、寸前の所で右に逸れ、攻撃をかわしてしまったのだ。
「しまった…」
しづかは戦慄し、総毛立つ。
今のしづかは前のめりに倒れ、膝をついている状態――相手に背中を晒している状態である。
(ヤバいっ!殺されるっ!)
しづかは落石から身を守るかのように、身体を屈める。
条件反射の防衛手段。
本来なら逃げるべきであったが、それを選択する余裕など今のしづかは持ち合わせていない。
しづかは死を覚悟した。
552 :
同窓3:2011/03/25(金) 11:18:19.60 ID:???
(殺されるっ!殺されるっ!)
しづかは呪詛のように心の中で言葉を繰り返しながら、その瞬間を待つ。
しかし、しづかが感じたのは激痛ではなく、温かい手の感触と身を案じる言葉であった。
「大丈夫か……しづか……何があった……?」
「え……」
その低い声には聞き覚えがあった。
何よりもその声はしづかの名前を知っていて――
「な……仲根っ!」
金色の短髪、分厚いたらこ唇、見上げる程の長身。
同じ中学校に通っていた仲根秀平、その人であった。
「どうして……お前、こんな所にっ!!」
しづかは驚きと歓喜の余り、声を荒げて仲根の肩にしがみつく。
しかし、仲根は同じように喜ぶどころか、手でしづかの口を塞ぎ、“静かにするように”と人差し指を自分の唇にあて合図する。
「ここら辺で、ヤバいことがあったんだろ……?とにかく一旦、離れるぞ……」
「あ……あぁ……」
確かに騒いでいれば、誰かに見つかってしまう可能性がある。
冷静さを取り戻したしづかは黙って仲根の後についていった。
◆
553 :
同窓4:2011/03/25(金) 11:20:33.73 ID:???
「で……何があった……?」
仲根達は病院から大分離れた北の方角の森の中――E-5の北にいた。
ここより東北の空は火事が起こったのか、煌々と赤く染まっている。
しかし、炎自体は見えず、熱気は感じないため、問題ないと思われる。
低い確率ではあるが、それでも危険と隣り合わせの休憩場所。
しかし、裏返せば、あえて近づこうとする人間がいないことも事実。
しかも、この周囲は茂みが多いため身を隠しやすい。
仲根がこの場で腰を落ち着かせたのも、これらの要因からであった。
「何って……それは……」
仲根が配慮して休憩場所を選んだにもかかわらず、しづかの言葉は続かない。
押し潰されてしまいそうなほどに沈痛な面持ちから察するに、仲根を拒んでいるというよりも、記憶を呼び覚ますことを拒んでいるようである。
「しづか……」
仲根は深く嘆息する。
554 :
同窓5:2011/03/25(金) 11:22:04.48 ID:???
話はかなり前に遡る。
森田と別れた後、仲根は林の中を北へ駆けていた。
すでに時刻は午前2時を過ぎており、普通の人間ならば眠気が身体を襲い始める頃である。
しかし、仲根の顔には疲労の色は浮き上がっていない。
それどころが、瞳にはギラギラとした生気に溢れた輝きさえある。
仲根をここまで駆り立てるもの――それは仲根が手にするメモに隠されていた。
――黒沢は石田光司、治という参加者と一緒にC-4の民家にいる。
治が昏睡状態のため、よほどのことがない限り、
朝まで移動することはないと思われる。
急げば、合流できるかもしれない。
それと、棄権は不可能だ。
棄権申告はD-4のホテルで申し込むが、そこがすでに禁止エリアとなっているからだ。
この情報を黒沢たちにも伝えてくれ。
そして、人を殺す以外の方法で黒沢を助けるんだ。
仲根を返り討ちにした男――森田が残したメッセージ。
黒沢を見つける唯一の手掛かり。
勿論、仲根とて、その言葉を鵜呑みにはしていない。
ただ、黒沢の居場所を知る術がない今、縋れるものはこの情報しかない。
闇雲に探すよりはまだ、建設的である。
「アニキ……どこに……」
555 :
同窓6:2011/03/25(金) 11:24:20.79 ID:???
ドドォーーーーーーーーンッ………
「えっ!」
仲根は我に返った。
林の遠くがほのかに光るや、地鳴りのような震えと太鼓を力一杯打ち鳴らしたような爆発音が、静寂を破壊する。
「何だっ…!?」 その音はまさに今向かおうとしていた北の方角。
確か記憶が正しければ、この先は病院がある。
「何があった……」
胸騒ぎがする。
仲根がいる場所からでは距離があるためか、何が起こっているのか分からない。
「どうすれば……」
その現場に行くべきか否か。
仲根が逡巡した直後だった。
爆発音がした方角から、次は軽い発砲音――銃声が響いた。
仲根に空寒い緊張が走る。
「マズいっ!」
仲根は咄嗟に辺りを見渡し、近くの木の陰に隠れた。
今までの仲根ならば、黒沢の身を案じて、危険を顧みずに現場に直行していただろう。
しかし、黒沢の居場所を把握している今、無益な戦闘は避けたかった。
何より、現場に居合わせている人物はその音から、何らかの爆薬と拳銃を所持していることは明白である。
いくら仲根がナイフの扱いと拳に自信があると言っても、人間を一撃で仕留めることができる凶悪な火器にかなうはずがない。
556 :
同窓7:2011/03/25(金) 11:25:55.50 ID:???
もし、姿を見せれば、体のいい銃弾の的になるのは目に見えていた。
「少し間を置いてから……行こうっ!」
結果的にこの判断が仲根を救った。
爆発音は天が踏んだ地雷。
銃声は利根川と一条がアカギに向かって行った発砲である。
天が地雷を踏み、絶命したのをきっかけに、利根川と一条がアカギを標的に攻撃を開始した。
アカギは機転を利かし、それを回避。
気絶するしづかを抱え逃亡した。
利根川と一条はアカギ捜索を開始。
それから間を置いて病院から出てきたひろゆきと平山も、首輪探知機を頼りにアカギを探し始めた。
これらの混戦は当時、多数の人間が係わっていた事もあり、長い時間を要した。
もし、ここで仲根が介入していたら、更にややこしい事態になっていただろう。
場合によっては、利根川や一条の餌食になっていたかもしれない。
仲根はしばらくの間、木陰に隠れて耳を澄ます。
やがて、辺りは全ての音が持ち去られたような静けさを取り戻した。
仲根は安全になったことを聴覚で確認すると、再び北へ向かって歩み出した。
その道中、仲根はしづかを見つけ、戦闘の現場である病院を避けるように移動し、今に至る。
557 :
同窓8:2011/03/25(金) 11:28:27.88 ID:???
仲根達は病院から随分離れた場所で休んでおり、戦いの余熱は感じられない。
それでも、病院の乱戦の際に発せられたと思われる、火薬と硝煙と僅かな血臭は空気に紛れ漂っている。
その臭いに反応したしづかの表情は何かを思い出したかのように更に重く憔悴した。
しづかが一向に語ろうとしないため、何があったのかを断定することは出来ない。
しかし、彼女がその渦中にいて、残虐極まりない体験をしたのは確かであろう。
口を閉ざしてしまうのも、仕方ないことであった。
仲根はしづかが話し出すまで待ち続けたが、期待も空しくしづかの口は心同様、塞ぎこんだままであった。
森の中という一種の閉ざされた空間の中で、両者はしばし沈黙の静けさを共有する。
「しづか……」
仲根は再び、嘆息した。
しづかの心情を察し、ある程度沈黙が続くことは覚悟していたが、この状況が続けば、黒沢に再会できる確率は低くなる。
もはや時間のロスでしかない。
仲根はしづかに一つの提案をした。
「なぁ……アニキのところに……一緒に行かないか……」
「アニキって……黒沢っていう冴えないおっさんのところかっ!」
558 :
同窓9:2011/03/25(金) 11:31:03.32 ID:???
しづかは“ふざけんなっ!”と言わんばかりに唇をわなわなと震わせ、仲根を睨みつける。
かつて、しづかは不良仲間を引き連れて、黒沢をオヤジ狩りのターゲットにした。
しづかの誘いに応じた黒沢を、まんまと車に乗せ、近くの河原でリンチしたのだ。
もし、今、合流すれば、しづかに待っているのは黒沢からの報復であろう。
「別にそんな男に頼らなくてもいいだろっ!」
「し……しづか……」
しづかの荒々しい剣幕に仲根は閉口した。
仲根もしづかが黒沢を強襲した経緯を知っている。
しづかが黒沢に会うことを嫌がることも理解できる。
それでも仲根は首を横に振った。
「俺はアニキに会いに行く……嫌なら置いていく……」
仲根は立ち上がった。
今の仲根にとって重要なことは黒沢が生きて脱出できるかどうかである。
その価値観の中にしづかが入る余地はない。
「じゃあな……」
仲根が立ち去ろうとしたその時だった。
「ま…待ってくれっ!」
しづかが仲根のジャンパーの裾を強く引っ張ったのだ。
しづかは縋るように仲根を諭す。
559 :
同窓10:2011/03/25(金) 11:33:01.85 ID:???
「黒沢って男、本当に信用できるのかっ!大人ってのはなぁ……いや、大人に限らず、人間ってのはなぁ、わがままで……貪欲で……自分のためなら、いくらでも残忍になれるっ!
ここに集められた連中はそんな奴らばっかなんだっ!黒沢だって、例外じゃないっ!だから……」
気付くと、しづかの瞳から涙がはらはらと零れ落ちていた。
しづかはこのゲームで和也に襲われ、その後、一条からはリンチと土下座、脱衣を強制させられた。
その過程でしづかは理解した。
人間の本質は利己主義であり、生き残るためならどんな手段も選ばない、無秩序な生き物であることを。
勿論、道中、勝広や板倉や天など、誠実な人間にも出会ってはいた。
しかし、そのような人間は皆、その優しさ、甘さに付け込まれ、殺されてしまった。
このゲームが始まって、12時間以上経過している。
もし、黒沢が生き残っているとすれば、その人間の本質を弁え、他者を踏み台するような奴だからであろう。
黒沢の人柄を知れば、そんなことをする人物ではないというのは自明なのだが、かつての黒沢に対する暴力への後ろめたさと、度重なる悲劇によって膨れ上がってしまった疑心暗鬼が、しづかに黒沢拒絶の感情をもたらしていた。
560 :
同窓11:2011/03/25(金) 11:34:57.30 ID:???
しづかは小さく肩を震わせ、怯えた子供のように懇願する。
「大人なんて……信用できない……行くのは……嫌だ……」
「しづか……」
仲根は呆然とした。
震える少女に、かつての女帝の姿はなかった。
かつてのしづかは暴力と性で学校の不良どもを従わせて、学校内で確固たる地位を築き、誰しもその姿を見れば、恐怖に肝を冷やし、彼女の進路を率先して空けていくのが常であった。
しかし、今、あのおごり高ぶった不遜な威厳は微塵も感じられない。
今のしづかは年相応の恐怖に怯える少女の姿、否、両親とはぐれ、泣き叫ぶ幼子と言ってもよかった。
(あのしづかがここまで弱っちまうとはなぁ……)
仲根は困惑の表情を浮かべる。
暴君のしづかのプライドが崩壊するほどの苦難とはどれほどのものなのか。
経緯を聞かずとも、その凄惨さは想像できる。
(だからこそだ……だからこそ……)
「しづか……アニキはな……」
仲根は思いを馳せるかのように、眼差しを遠くへ見据えた。
「ホームレスたちが不良の標的になった時も、見返りを求めず、自分の命をすり減らして戦った……過去に因縁があるお前であっても、アニキなら手を差し伸べるはず……」
561 :
同窓12:2011/03/25(金) 11:37:15.64 ID:???
仲根の心に、ホームレスを守るため、孤軍奮闘する黒沢の後ろ姿が鮮やかに蘇る。
勿論、ホームレスたちを助けた所で、黒沢に何か返ってくるわけでもない。
しかし、黒沢はそれを甘受した上で、私財を投げ打って不良たちとの戦いに備えた。
戦いの過程で、守られる側のホームレスたちの心が折れる場面も度々あった。
それでも黒沢は熱き魂で訴え続け、ホームレスたちに勝利と勇気をもたらした。
黒沢の雄姿は最も理想的な生き様として、今も仲根の心に焼き付けられている。
「アニキは高潔な男っ……!お前も……オレも救ってくれる……だから、大丈夫だ……行こう……」
「え……“オレも”って、仲根もってことか……それって……」
しづかは仲根の言葉に、何か奥歯に引っ掛かったような違和感を覚える。
しかし、仲根はしづかの疑問に答えることなく、歩み始めてしまった。
「え……ちょっと待ってくれっ!」
しづかは慌てて立ち上がる。
黒沢と合流するのも嫌だが、一人になるのはもっと嫌だ。
しづかの意見を顧みない、仲根のやり方に不満はあるが、今は同じ中学校出身の仲根以外信用できる者はいない。
しづかはふてくされながらも、渋々仲根の後についていったのであった。
562 :
同窓13:2011/03/25(金) 11:42:36.97 ID:???
【E-5/森/黎明】
【仲根秀平】
[状態]:前頭部と顔面に殴打によるダメージ 鼻から少量の出血
[道具]:カッターナイフ バタフライナイフ ライフジャケット 森田からのメモ 支給品一式×2
[所持金]:4000万円
[思考]:黒沢を探して今後の相談をする 黒沢と自分の棄権費用を稼ぐ 黒沢を生還させる 生還する 黒沢がいると思われるC−4の民家へ向かう
※森田からのメモには23時の時点での黒沢の状況と棄権が不可能であることが記されております。
563 :
同窓14:2011/03/25(金) 11:45:58.54 ID:???
【しづか】
[状態]:首元に切り傷(止血済み) 頭部、腹部に打撲 人間不信 神経衰弱 ホテルの従業員服着用(男性用)
[道具]:鎖鎌 ハサミ1本 ミネラルウォーター1本 カラーボール 板倉の靴 通常支給品(食料のみ) アカギからのメモ
[所持金]:0円
[思考]:ゲームの主催者に対して激怒 誰も信用しない 一条を殺す 仲根についていく
※このゲームに集められたのは、犯罪者ばかりだと認識しています。それ故、誰も信用しないと決意しています。
※和也に対して恐怖心を抱いています。
※利根川を黒崎という名前と勘違いしております。
※利根川から渡されたカラーボールは、まだディバックの脇の小ポケットに入っています。
※ひろゆきが剣術の使い手と勘違いしております。
※和也達によって、仕掛けられた盗聴器と地雷は解除されました。この盗聴器によって、しづかがひろゆきと平山の会話を聞いたことから、平山が生きていること、首輪探知機を持っていること、ひろゆきが日本刀を持っていること、
また、しづかの独り言から、彼らが病院にいることを和也達に知られています。
こちらで以上です。
最後まで読んでくださりありがとうございます。
投下乙です!
最近黒沢を読み返したので、仲根の思いがすごく納得できた。
しづかも何だかんだで生き残りそうな気がするし、今後に期待。
>「アニキは高潔な男っ……!お前も……オレも救ってくれる……だから、大丈夫だ……行こう……」
>「え……“オレも”って、仲根もってことか……それって……」
涯もそうだったけど仲根も、殺人をしたことが、心にのしかかってるんだな
心のよりどころになっているのが黒沢の存在なんだなぁ
仲根が黒沢を呼ぶときは兄さんじゃなかったっけ?
すみません…兄さんでした…。
このミス、焼き土下座レベルだ…。
まとめサイトでは全て兄さんに変更します。
申し訳ございませんでした。
568 :
マロン名無しさん:2011/04/02(土) 22:59:23.84 ID:XjJYHCIT
保守〜
569 :
マロン名無しさん:2011/04/09(土) 15:24:59.59 ID:FlygZJf3
保守!
570 :
マロン名無し:2011/04/13(水) 20:50:14.57 ID:f61BRqvA
保守
571 :
マロン名無しさん:2011/04/17(日) 18:09:17.17 ID:eJbXpVRg
保守
主人公組の続きが気になる…
572 :
マロン名無しさん:2011/04/21(木) 00:54:00.47 ID:59wrnYLQ
保守…っ!
いつも保守ありがとうございます。
今、少しずつですが、書き始めております。
震災の影響で仕事が忙しくかなり時間がかかると思いますが、必ず投下します。
もう少し待っていてくださると有難いです。
ワシズ麻雀だけで10年以上かけてんだよな・・・
575 :
◆zreVtxe7E6 :2011/04/22(金) 12:46:39.90 ID:HmAqyF7k
お久しぶりです
福島で被災し、今現在は北海道の親戚の元に身を寄せています。
気分転換に来てみました。
もう少し時間と環境が整いましたら投下して行きたいと思っています。
同じ様に被災された読み手様、書き手様が無事であることを願うばかりです。
変わらずの支援、そして皆様の応援心からお願い申し上げます。
576 :
◆uBMOCQkEHY :2011/04/22(金) 22:47:22.68 ID:p6nnq+I0
◆zreVtxe7E6様お久しぶりです。
生存が確認できて安心しました。
福島から北海道への生活拠点の移動は心身共に負担が大きいものだと思います。
なので、どうかリアルの生活を優先してください。
◆zreVtxe7E6様が再び、故郷に戻れること、再び、投下してくださることを祈っております。
577 :
マロン名無しさん:2011/04/24(日) 09:18:34.03 ID:m/jHcuId
保守
いくら祈っても半減期何回か待たないと戻れっこないじゃん
579 :
創る名無しに見る名無し:2011/04/29(金) 08:22:25.34 ID:mId9PsbF
保守
580 :
マロン名無しさん:2011/05/04(水) 10:04:54.06 ID:SGGAwf5O
保守
とうほぐ土人破滅で糞SS打ち切りとか神展開だなwwwwwww
_、‐-、, -‐z._
> ` " " ′.<
/ " " " " ゙ ゙ ゙ ゙ \
7 " " ",.",ィ バ ,゙ ゙ ヾ r‐ ' _ノ
! " " /-Kl/ Vlバ.N _ ) (_
| "n l =。== _ ,≦ハ! (⊂ニニ⊃)
|."しl|  ̄ ,._ ∨ `二⊃ノ ククク…
| " ゙ハ ー--7′ ((  ̄
r'ニニヽ._\. ¨/ ;; なるほど………
r':ニニ:_`ー三`:く._ [l、 凡夫だ…
/: : : : : : :`,ニ、: :_:_;> /,ィつ
. /: : : : : : : : / : : : ヽ\ ,∠∠Z'_つ 的が外れてやがる…
| : :.:.:.:.:.: . :/: : : : : : l : ヽ. / .r─-'-っ
. |:.:.:.:.:.:.:.:.:.,' ''" ̄: : :l: : : :l / ):::厂 ´
|:.:.:.:.::.:.:.:l -─-: : /:_:_:_:_l / ̄`Y´
. |:.:.::.:.::.::l.__: : : :/::: : : : :l/⌒ヽ: :〉
|::.:::.::.::l: : : : : : /:::: : : : : |: : : : ゙/
予約きてるねー保守
保守…!
お久しぶりです。投下します。
森田には時間がない。
銀二と別れた森田は、足早にE-2エリアへと向かっていた。
第三回放送は午前6時に行われる。
それまでに、ギャンブルルームに6つの首輪を持ち込まなければならない。
森田の首輪には3つ分の価値を取り付けてあった。
現時点で所持しているのは船井の首輪、そして森田自身の首輪の計2つ
――つまり換算すれば首輪4つ分を、所持していることになる。
(最低でもあと2つ首輪を集める・・・当然なさねばならない・・・!だが・・・)
主催とのギャンブルに勝利するための道のりには、リスクと不安がひしめいている。
規定数の首輪を集めることは第一として、
ギャンブルルームにて申告を完了させなければ依頼達成は認められない。
相手が主催者という立場である以上、イレギュラーにどこまでの対応を望めるのかは未知。
そもそもすべてが、この舞台を用意した主催のさじ加減ひとつでどうにでもなる。
都合よく事が運べば、南郷と待ち合わせているG-6エリアのギャンブルルームで申告をする予定だ。
しかし、例えば待ち合わせ場所も含め近隣のギャンブルルームすべてが使用中だったらどうなる?
南郷との合流に佐原が同行している可能性があることも、森田にとって無視できない問題だった。
佐原の精神状態が、好転していれば問題ない。
その上での同行ならば、仲間として受け入れることも出来よう。
ただ、南郷を唆して森田に敵対してくる形もありえる。
敵対する二人を説得するだけの余裕は、時間的にも精神的にも無い。
解除権の譲渡――これも森田のクリアするべき要点である。
冷静に考えて、現在の時刻から第三回の放送までに首輪をあと5つ集めるのは難しい。
森田自身の首輪も計上して行動しなければ、非常に厳しい状況だといえる。
自分の首輪を主催者側に受け渡す。そう告げた後のことは想像に難くない。
取引が成立したところで、森田がその口から解除権を行使できる可能性は低いのだ。
解除権の譲渡先として一番に思い浮かぶのは当然、南郷だ。
G-6エリアで合流し、南郷に解除権を譲渡。
そのままギャンブルルームで申告できるのだから無駄がない。
だが森田は、悩んでいた。
南郷という男の信用性が問題なのではない。
その観点から言えば、森田は南郷を信じていた。
佐原のことについては、ひとまず横に置く。
それでも、森田は南郷に解除権を託せるか悩んでいるのだ。
気になるのは、解除権を的確に行使できるかどうかである。
対主催として、このゲームを覆す足がかりとしての解除権だ。
ただ単にD-4エリアの禁止指定を解除すれば終わり、というものではない。
如何にしてその後に繋げていくかが重要だった。
“解除はしたけれどどうしようもない”では死に損だ、と森田は思う。
平井銀二と行動を共にしていた原田克美という人物。
彼に解除権を受け渡せばいい、そう考えもした。
銀二と行動しているくらいなのだから、相応の頭脳を持っているに違いない。
しかし、銀二と袂を分かった以上、原田に協力を頼むのは諦めるほかないだろう。
銀二に頼むという選択肢も、無論潰えている。
(首輪を探す・・・これだけでも大仕事だがっ・・・・確実に繋げたい・・・・・!
対主催の人間たちのための・・・・光なんだ・・・!
協力者っ・・・!探すっ・・・・禁止エリア解除権を託せる人間をっ・・・!)
森田は、引き続きE-2エリアを目指して歩みを進めている。
E-5病院付近に首輪があるのは確かで、
銀二と出会う前まではそちらを回収するつもりでいた。
逆方向であるE-2へ進路を変えたのには理由がある。
その判断の発端が銀二の言葉であることは言うまでもない。
『E-2エリアのギャンブルルームに村岡という男がいる』
村岡は首輪の情報を収集しているという。
首輪自体を集めている可能性も大きい。
銀二によると村岡の所在地は2時間前時点の情報だが、
それでも、今もE-2エリア付近に村岡がいるのではないかと思われた。
村岡の目的が首輪の情報収集ならば長距離を移動することはないだろうと踏んだのだ。
E-2エリアを目指す理由は、まず村岡に会うためだった。
E-3エリアを大きく横切るルートをとれば、首輪探しも両立できる。
E-3エリアに死体があることはフロッピーからの情報で確認済みだ。
何かと人通りの多いエリアであることから、
森田が新しい情報を仕入れられなくなって以降に死体が増えているかもしれない。
村岡に会うこと、その道すがらに首輪を手に入れること。
この二点を両立出来れば、E-5エリアで首輪を回収するよりも状況は良い。
そして、森田の目的はそれだけではなかった。
対主催の志を持つ者。なおかつ、森田の思惑を理解できる者。
森田の求める“牙”との出会い――。
森田は、対主催の人間との接触を狙っているのだ。
南郷と会うまでに、禁止エリアの解除を生かせる人間と手を組んでおく。
最善はG-6エリアの待ち合わせ場所まで、その人間に同行を頼むことだ。
解除権の行使と、その後主催打倒までの一切を託せれば、この上ない。
最低限、森田が対主催の人間と接触をして禁止エリア解除について伝えさえ出来れば、
D-4エリアの解除を南郷に頼んでも、そこで流れが途切れずに済む。
となれば、譲渡候補を見つけ出し、話をつけておくのは重要事項だと言える。
E-2エリアを目指すもうひとつの理由。
有力な対主催人物と会うために、森田はこのルートを選んだのだった。
フロッピーの情報だけを元に導き出したため不安は残るものの、
E-2エリアへの道中付近には、対主催かつ実力のありそうな人物が二人いるはずだ。
周囲の様子を確認してから立ち止まり、手帳を取り出す。
離れた場所の外灯や、遠く月明かりを頼りにしても、文字は読みにくい。
それでも森田は確認するように、手帳をめくった。
程なくして、一人目の譲渡候補のページで手が止まる。
森田は、この“候補”はしばらくE-3エリアから移動しないだろうと踏んでいる。
(この男・・・ウカイゼロ・・・!まずはこいつだっ・・・!
優秀かつ誠実・・・!
遠藤の名簿とフロッピー内に入っていた簡易データだけでわかるほどに・・・!
なによりも・・・ゲームが始まって早々に銀さんとギャンブルをしている・・・!
結果銀さんの勝利・・・だがギャンブルをしたというその事実のみで十分・・・
つまりこいつは・・銀さんがギャンブルの相手に足ると思った人物なんだっ・・・・!
“ジュウヨウカイワ”として送られてきたいくつかの情報を見ても・・・
この男は間違いなく対主催として動いている・・・!)
気がかりなのは、零と行動を共にしている人物だ。
沢田、そして工藤という男は、すでに一人ずつ殺している。
森田の元に入ってきている会話内容から考えるに、
零と行動するようになって以降、いずれも対主催の一員として括れる様子だった。
しかし、腹の中で何を考えているのか、
それは実際に会わなければ推し量ることが出来ない。
森田は続けて手帳をめくる。二人目の“候補”のページ。
この“候補”はマップの縦軸『3』付近を南下している。
その足取りはC-4エリアからD-3エリアへ――そしてE-3エリアに向かう。
森田が最後に確認したとき、彼の位置は丁度E-3エリアに差し掛かるかどうかだった。
フロッピーを壊す直前までの段階で、この“候補”は休息を取ることなく移動している。
ギャンブルルームの利用も、体を休める目的ではなかったようだ。
フロッピーからわかるだけでも、足の怪我、長距離の移動、ギャンブル。
肉体的にだけではなく精神的疲労も蓄積されている状態。
この“候補”が移動を休むのならば第三回放送前の今ではないか、と森田は考えた。
そのため、E-3エリア付近で鉢合わせる可能性は十分あると思われる。
(イトウカイジ・・・!
参加者名簿でも扱いがよかった男・・・田中さんと行動を共にしていた男・・・!
女に手をかけないということは・・・・ゲームに乗っていない証拠・・・
カイジは銀さんと接触した形跡もある・・・それだけじゃない・・!
多くの人物との接触・・・!それにも関わらず・・・生存・・・!
あの有賀との対峙さえ乗り越えて生存・・・!)
しかし、カイジにも不安な点がある。
一つ目は怪我の具合だ。
フロッピーに送られてくる文字だけではわからない。
状態によっては、対主催としての足手まといになるということもある。
二つ目は田中沙織について。
田中沙織の動向は、カイジと別行動になってから大きく変容した。
森田が最後に確認した時点で、田中は極めて危険。
デリケートな扱いを要する人物となっている。
カイジは、その田中沙織との再会を切望しているようだ。
顔見知りである田中は、森田としても会っておきたかった人物だ。
それでも、それはもう叶わないものとして割り切ることが出来る。
田中を見捨てる、というのではなく
現状彼女に出会って救い出せるだけの余裕がない。
主催を倒すことが、田中沙織を救うことに繋がるだろうと割り切るしかないのだ。
だが、カイジがどういった考えを持っているかはわからない。
打倒主催よりも、田中沙織との再会を優先させるかも知れない。
(悩んでも・・・それこそ時間の無駄・・・!今はそういう状況・・・
いくら己の足で、己の目で情報を集めたいと願ったところで・・・・
現段階で有力な情報を持ち合わせていない・・・フロッピーからの情報だけが頼り・・・
主催相手のギャンブルの武器が主催からの情報しかないとは皮肉だが・・・
それさえもギャンブル・・・!
フロッピーから情報を入手した瞬間・・・・すでにオレと主催の博打は始まってたってわけだ・・・・!)
宇海零、伊藤開司。
二人のうちどちらかに会えれば、道は開けるのではないか。
いささか楽観的ではあるが、森田はそう考えていた。
最も望まれるのは、両人に会えることだ。
どちらかが信用に足らない、実力が不足していると思われた場合に
もう一方に賭けることが出来るのならばそれが一番いい。
森田がフロッピーから得た大量の情報。
重要会話や交戦記録といった項目は主催の手が加えられている恐れもある。
しかし、移動歴に限れば、信頼度は高いといえるだろう。
主催は殺し合いを望んでいるのだ。
今回持ちかけられたギャンブルのルール“生存者の首輪の価値”からもわかるとおり、
森田が誰かを殺すのならば大歓迎といった様子。
それならば、参加者の移動歴を偽る必要性があまりに薄い。
移動歴がわかるからこそ、森田は他の参加者より優位に立ち、
ターゲットと接触する確率をあげられるのだから。
手帳をしまうと、森田は再び歩き出す。
まもなくE-3エリアだろうか。
道路に寄り過ぎず、かといって森に隠れきるでもなく、
大胆かつ慎重に森田は移動した。
特に気を配るのは足元で、なぜならば死体が隠れているかもしれない。
身を隠せるような家屋を探すことも怠らなかった。
無論、自分が潜むためではなく、零やカイジを探すためである。
船井の死体をあっさりと見つけたこともあって、
森田は早くに首輪を集められるのではないかと希望を持っていた。
期待は外れ、銀二と別れてから幾らか経っても人影は見つからない。
生きた人間にも、死んだ人間にも、会うことはなかった。
(もっと・・・道路に寄ったほうがいいのか・・・?
たしかに見える・・・外灯に近づいたほうが・・・周囲の様子がわかる・・・
同時に他人から見つかってしまうかもしれないというリスクがあるが・・・・
それを冒してでも・・・・首輪を手に入れたいのは事実・・・!)
いっそのこと道路の真ん中でも歩いた方がよいのかもしれない。
森田がそう考えた瞬間、事態は一変した。
静かな夜に、ひとつ、背筋をざわつかせる音が響いたのだ。
(銃声っ・・・・!)
そう遠くない距離。場所は数百メートルほど先だろうか。
カイジや零が関わっていないことを祈りながら
――誰が関わっていようとも本来銃声の轟く事態など喜ばしくはないはずなのだが……
森田は一層慎重に、銃声の発信源を探った。
僅かな期待が湧き出るのは確かだった。
首輪が手に入るかもしれない、という気持ち。
これでは本末転倒である。
殺し合いを止めたいから、このゲームを覆したいから首輪を集めている。
首輪が手に入ることに、喜びを感じるようでは悪いのだ。
しかし、湧き出るものを肯定も否定もしないまま、森田は耳を澄ませていた。
続けてもう一発。銃声が響き渡る。
(道路の先だな・・・)
おおよその距離感は掴めた。
道路沿いであろうことは間違いなく、このまま森田が直進すれば、
その現場にかち合うだろうことも想像された。
二発の銃声だけでは、詳細な状況は推測できない。
交戦中なのだと判断していいのかさえ、まだわからない。
本来ならば、すぐにでもこの場を離れるべきなのだろう。
しかし森田の置かれた立場は、その“本来”には当てはまらない。
銀二と別れてからここまで、
外灯に照らされた明るい道路からは、数十メートルの距離をとって歩いてきた。
それは己の保身のため。同時に首輪収集のため。
道路上及びその付近に死体があった場合に気付けるだろうギリギリで移動していたのだ。
銃声が響いた今、森田は敢えて道路まで歩み寄った。
銃声の元までは距離がある。例え見つかっても森に逃げ込めば撃たれまい。
細心の注意を払いながら、森田は最寄りの外灯の下へ移動する。
草場で体を隠しながら、明るくなった手元に手帳を取り出す。
(銃火器を支給されたのは・・・)
交戦記録、会話記録などから推測できる範囲で、
危険物を支給されたと思われる人物はマークしてある。
その中から、今E-3エリアにいる可能性のある人物を拾う。
銃声の主が、かなり絞り込めるはずだ。
(佐原・・ではないな・・・。
原田克美も拳銃を持っていたようだが・・・ここにいるはずがない・・・。
三好・・・こいつはもう死んでいて・・・
あぁっ・・・!一条と利根川・・・!
こいつらは・・・銃で他人を殺傷している・・・!)
一条と利根川は、遠藤と参加者名簿を使って話し合った際に
“危険人物”としてチェックした人物でもあった。
(すると・・・高いっ・・・!この銃声が交戦によるものだという可能性が・・・!)
森田は素早く道路を横切り、銃声の方角に注意を払いながらその場を離れる。
発砲したのが一条か利根川であるのならば、目的は間違いなく参加者の殺傷。
このまま道路沿いに歩いていけば、現場に辿りつくことになる。
そこに、誰かの亡骸があるかもしれない。
そこに、森田の求めていた“首輪”があるかもしれなかった。
しかし、今それを探しにいったところで、森田自身の生存率を下げるだけだ。
銃声の主が移動するまでは、この付近にいては危ない。
(まずは村岡に会う・・・・これを優先・・・!
そこで首輪を譲ってもらえれば上々・・・・
その後G-6で南郷と落ち合うまでの道中で・・・・探すっ・・・!首輪を・・・・!
先刻の銃声の発生場所も・・・調べる・・・・!念入りに・・・・!だが今は・・・・)
今まで極力道路に沿って歩いてきた森田だったが、この発砲で状況は変わった。
道路に沿って歩いたのは死体の捜索をしながらE-2エリア向かうため。
ここからは、最短距離でE-2エリアの目的地を目指す。
道路を渡ったことによって、E-2エリアまでは木々の中を抜ければ辿りつく形になった。
ゲームに乗っているかもしれない人物が近くにいるのならば、
死体の捜索よりも、生きているはずの村岡に会うことを優先するべきなのだ。
森田は汗ばんだ手で己の首輪に触れる。
(生きて・・・生きてこの首輪を持っていかなければならない・・・!
この首輪の死ぬ瞬間が勝利に繋がらなけりゃ・・・・オレが報われねぇ・・・・!)
* * *
E-2エリアに入ってから間もなく、森田は目的のギャンブルルームを見つけることが出来た。
目前のギャンブルルームは、異様な雰囲気を纏っている。
この地に置いて、異様ではないものなどありえないのだが、
それを差し引いても、今まで森田が見たギャンブルルームとは何かが違った。
「黒服が不在・・・?」
本来ならばそこにいるはずの、受付の黒服がいない。
ギャンブルルームの利用は30分100万円――これを成り立たせるために、
建物の出入口からは黒服の姿が確認できるはずだった。
(ギャンブル中っ・・・!黒服が受付にいないということは・・・
このギャンブルルームは使用中なんだ・・・・!)
ギャンブルルームが使用中の今、室内に参加者がいるということになる。
その人物が村岡である可能性は十分あった。
情報収集を目的としているのならば、ギャンブルは有用だ。
村岡がギャンブルによって首輪の情報(及び首輪そのもの)を収集していても不自然ではない。
(だが・・・違う・・・!この違和感の正体は・・・
黒服がいないから・・・部屋が使用中だから・・・そうではないっ・・・!)
謂わば本能に語りかけてくるような感覚。
森田の足は自然とギャンブルルームの入り口、扉へと向かっていく。
いくら近づいても、いざギャンブルルームの扉に手をかけても、
一向に黒服が現れる様子はなかった。
耳を澄ませても室内から一切の音は漏れ聞こえず、人の気配さえわからない。
いよいよ森田は扉に添えた手に力をいれる。
あくまでも確認。そういった心持ちであった。
当然、扉は鍵がかかっていて開かないはずなのだから。
しかし、目前のギャンブルルームは森田の予想を裏切る。
(ロックされていない・・・・・!)
ギャンブルルームの扉が、まさかこんなに簡単に突破できるだろうか。
使用中は扉がロックされ、外から開閉出来ない形になるはずだ。
黒服が受付を行っていないということは、ギャンブルルームが使用中である証拠。
しかし、森田がさらに力を込めれば、扉は容易く部屋への侵入を許す。
ギャンブルが行われているのなら、部外者の介入など認められるわけがないのに。
このギャンブルルームで何が起こっているのか、まったく想像がつかなくなった。
森田は強い警戒心を抱きながら、意を決して室内に足を踏み入れた。
ギャンブルルーム内での暴力沙汰は厳禁である。
突然襲われる心配はない、というルールになっている。
とはいえ、懐のナイフに手を伸ばすのは忘れない。
肩で扉を押し留めながら室内を見渡した森田の目に、あるはずのない光景が映る。
「なんだっ・・・?これは・・・・」
二つの死体。
一つは首から上が原型をとどめていない。
目を背けたくなるような肉塊の中に、金属が鈍く光る。おそらく首輪だろう。
これだけでも、死体ひとつでも、ここにあるはずのない光景。
ギャンブルルーム内でこのような惨状が許されるのか。
更なる事態の異質さは、部屋の奥に存在する。
準備室、休憩室、あるいは周辺地域を監視する部屋なのか――
所謂バックルームらしきその扉から、ぴくりとも動かない足が覗いていた。
一つ目の死体の傍から、点々と血を垂らして移動、やがて力尽きたのだろう。
狭いギャンブルルーム内に於いて二つ目の死体である。
この段になると、さすがの森田も鼓動が早まるのを感じた。
辛うじて冷静さを保ちながら、バックルームの死体へ歩み寄る。
(この死体・・・・黒服じゃねぇかっ・・・・!
参加者じゃなく・・・・主催側の人間っ・・・・・・!)
参加者の首輪が爆発し、近くにいた黒服が巻き込まれた――。
状況からシナリオの大筋は、想像できる。
それにしても理解しがたい点が多すぎて、森田はただ黒服の死体を見下ろすほかない。
(どうしてギャンブルルーム内で首輪が爆発する・・・・?
許されていない・・・!参加者には・・・ギャンブルルーム内での暴力沙汰は・・・・!
即ち・・・・ギャンブルで生き死にを賭けたとしても・・・・
首輪が爆破されるのは室外・・・・ギャンブルルームから出たあとだと・・・・そう思っていた・・・)
バックルームには、電話とモニター、事務机に灰皿。
電話は本部にでも繋がっているのだろう。
主催と接触する機会を持つ今の森田には意味のないものだ。
モニターには、どこかで見たような画面が映し出されていた。
(俺に支給されたフロッピー・・・あれに送られてくるデータとよく似ている・・・・!)
モニターの映像、その形式はたしかに、フロッピーの情報と瓜二つであった。
ただし、森田のフロッピーに比べて、より詳細な情報が表示されている。
そのかわり映される範囲は極めて狭まっており
このギャンブルルームを中心に、精精隣り合わせているエリアまでだ。
一時間毎という制約はなく、リアルタイムで状況が反映されているのだろう。
“モリタテツオ”と“ムラオカタカシ”の文字が、モニター上のギャンブルルームで光っている。
“ムラオカタカシ”は赤字で表示されていることから、
首輪がある方の死体は村岡隆その人なのだろうとわかる。
(村岡・・・誰かとギャンブルでもしたのか・・・・・?
負けて首輪が爆破されたのだとしても・・・・黒服が巻き込まれているのは何故だ・・・
ギャンブルルーム内での暴力行為の禁止は、黒服の安全確保の意もあると思っていたが・・・
自由に首輪の爆破をコントロール出来るはずの主催がどうして・・・・
いったい何を考えて・・・黒服を巻き込む形で首輪を爆破したんだ・・・?)
あまりに不気味な得体の知れぬ何か。
その存在を感じたような気がして、森田は背筋を凍らせながらバックルームを後にする。
そもそもが、扉のロックは本部からの遠隔操作も可能だろう。
こんな異様な室内をこのままに、まるで誰かに見て欲しいと言わんばかりに放置しているのはおかしい。
余計な詮索をして、森田自身の首輪まで爆破されるようでは困る。
(首輪の回収・・・・させてもらうぜ・・・!)
森田は村岡の死体の前で手を合わせると、
首輪と言われても一目ではわからないような鉄の塊を、血の海から掬い出した。
その足取りで、ギャンブルルームを退出する。
考えることは山のようにあるが、如何せん森田には時間がないのだ。
【E-2/小道沿いのギャンブルルーム前/黎明】
【森田鉄雄】
[状態]:左腕に切り傷 わき腹に打撲
[道具]:フロッピーディスク(壊れた為読み取り不可) 折り畳み式の小型ナイフ(素材は絶縁体) 不明支給品0〜2(武器ではない) 支給品一式 船井の首輪・村岡の首輪(いずれも爆発済み)
[所持金]:1000万円
[思考]:遠藤を信用しない 人を殺さない 首輪を集める 銀さんに頼らない E-3銃声の場所を調べる(利根川の死体) 宇海零か伊藤開司と接触をはかりたい
※フロッピーで得られる情報の信憑性を疑っています。今までの情報にはおそらく嘘はないと思っています。
※遠藤がフロッピーのバックアップを取っていたことを知りません。
※森田が主催と交わした契約を知りました。南郷と第3放送の一時間前にG-6のギャンブルルーム前で合流すると約束しました。
※以下の依頼を受けました。契約書を1部所持しています。
※黒崎から支給された、折り畳み式の小型ナイフを懐に隠し持っています。
※黒幕が帝愛、在全、蔵前であること、銀二がバトルロワイアルの首脳会議に参加し、今回の企画立案をし、病院がらみのスキャンダルで主催者を潰すこと、D-4ホテルで脱出の申請を行うことができる可能性について聞きました。
――――――――――――――――――――――――――
【依頼内容】
制限時間内に首輪を6個集めること。
期間は依頼受託時から、第4回放送終了まで。
死体から集めた首輪は1個、生存者の首から奪った首輪は2個とカウントする。
森田鉄雄、平井銀二の首輪は3個とカウントする。
第4回放送を過ぎても集められなかった場合は依頼未達成とみなし、森田鉄雄の首輪を爆破する。
森田鉄雄がギャンブルルームに規定数の首輪を持参し、申告した時点で依頼達成とする。
資金の受渡は申告と同時に、ギャンブルルームにて行う。
【報酬一覧】
第2回放送終了までに集めた場合
ゲームを棄権する資金1億円+ボーナス2億円
第3回放送終了までに集めた場合
進入禁止エリアの解除権(60分間)>※
他者に譲渡可能。ただし、渡す側、受け取る側、双方の意思確認が必要。
確認がとれない場合、権利そのものが消失する。
第4回放送終了までに集めた場合
報酬、ボーナスともになし
※補足>進入禁止エリア一箇所の永久解除権(権利が発生してから60分間以内に使わないと無効)
-------------------------------------------------
以上です。ありがとうございました。
投下乙です。
南郷は人間として信頼している。
ただ、自分の求めるだけの器量を持ち合わせていない。
それを見抜いた上で悩んでしまう。
相手の思惑を覆す戦略を組むことができながら、人情も持ち合わせてた森田らしい考察でした。
南郷は死んでいると、分かっている手前、少し切なさも感じてしまいました。
投下乙です。ドキドキして読みました。
森田さんの考え方が興味深かったです。
投下乙!
まさか村岡が、腹いせに罪のない黒服巻き込んだとは想像つかないだろうしなぁ、村岡の人となりを知らないから
今までの話の情報を整理でき、今後の方向性も見えて面白かった。
hosyu
忍法帖がリセットされまくりでよくわからない
とりあえずゆったり投下します
すみません
なんか相当細切れにして投下しないと「本文が長すぎです」で書き込みできないので
今回はしたらばの方に投下しておきますね
608 :
◆uBMOCQkEHY :2011/06/01(水) 20:58:13.16 ID:5jNi2eb/
したらばに新作が上がりましたので
代理投下します。
609 :
マロン名無しさん:2011/06/01(水) 20:59:49.68 ID:5jNi2eb/
分別1/25 ◆IWqsmdSyz2:2011/06/01(水) 18:32:32 「赤松にとって、黒沢って男は“英雄”だった・・・のかもな・・・」
沢田の声音は穏やかだった。
それからいくらか沈黙が続き、すっと物が動くような気配がする。
どうやら沢田が立ち上がったようで、そのまま足音が玄関に向かった。
「まだ時間がある・・・涯、おまえはもう少し休んでおけ」
涯と沢田の会話を黙って聞いていた零は、そこではじめて腕時計を確認する。
時刻は午前4時をいくらか過ぎたところであった。
カイジがこの小屋にやってきたのは、午前2時ごろ。
そこで簡単なやりとりをしてから零と涯が再び眠りについたのは午前2時半ごろだった。
第二回放送後からカイジがここを訪れるまでの間にも睡眠を取っているため
現在までに零と涯の二人は3時間と少し、体を休めたことになる。
長時間の思考に働き詰めだった脳と、緊張状態が解けないままだった体は
わずか3時間の睡眠でも驚くほどに回復していた。
一般にレム睡眠とノンレム睡眠のサイクルは90分と言われている。
カイジと出会うまでに約90分の睡眠、カイジと出会って以後に約90分の睡眠。
合計で凡そ180分。3時間の睡眠というのは、理想的だった。
特に寝入り端の90分から3時間はノンレム睡眠、つまり深い眠りの比率が高い。
ノンレム睡眠が、脳の疲れを癒してくれる。
4時間半、あるいは6時間と眠ることが出来れば疲労もそれだけ回復するだろうが、
長時間無防備でいられる余裕などないことは明白。
レム睡眠中は脳が働いている浅い眠りの時間帯であるため、
この時に目覚めることが出来れば、すっきりと活動を開始することができる。
サイクルに則った睡眠をとることは、効率のよい休養に繋がる。
休むことも許されないような状況の中、この3時間は最善の休息だったと言えるだろう。
610 :
代理投下:2011/06/01(水) 21:29:27.55 ID:???
分別2/25 ◆IWqsmdSyz2:2011/06/01(水) 18:33:05
当然、睡眠のサイクルには個人差がある。
しかしながら、零、涯共に大きな違いはなかったようで、
数分前――涯が夢から飛び起きて沢田と会話を交わし始める頃、零も寝醒めたのだった。
それ以後、二人の会話を盗み聞くような罪悪感を感じながらも、
その会話は成されるべき会話であり、妨げてはならないという判断で
零は狸寝入りを決め込んでいた。
「放送まで2時間近くある。もう一眠り出来るだろう」
「沢田さん・・・あんたが眠っていない・・・!」
沢田の思いやりに、涯は毅然とした声で答える。
当初は第三回の放送まで零と涯が眠り、沢田が見張りをする予定であった。
第三回放送の後に見張り役を交代し、沢田が休息を取る。
昼近くなってから行動を開始するプランで考えていたのだ。
それが、カイジの訪れとともに変わった。
零と涯は午前3時まで体を休める。
3時から第三回放送までは沢田とカイジが眠る。
そう、午前3時に見張り役を交代するという話で落ち着いたはずだった。
とはいえ、やはり「交代」は、年少者を休ませるための方便だったのだろう。
涯が赤松の夢から醒めるまでの間、沢田は決して二人を揺り起こすようなことはなかった。
現在、零の横ではカイジが眠っている。
つまり、零、涯、カイジら三人の仮眠のために、沢田一人が見張り役を買ってでた形になる。
611 :
代理投下:2011/06/01(水) 21:34:20.86 ID:5jNi2eb/
分別3/25 ◆IWqsmdSyz2:2011/06/01(水) 18:33:40
「なぁ涯・・・あまり甘く見てもらっちゃ困るぜ・・・
俺は一日二日眠らずとも十分に動けるように出来てんだ」
「でもっ・・・・!」
涯も引く気はないらしい。
それを悟ったか、沢田は新たな提案を持ち出した。
「・・・二人で見張るってのはどうだ?
お前一人に見張りをさせるなんてのは、大人のすることじゃねぇ・・・・
頭を使うってのは存外疲れるもんだから零は休ませておきてぇし、
カイジも足を負傷してる中、随分長いこと歩いてきたらしい・・・
そんな中 俺は微塵も眠くねぇときたら、涯と俺、二人で見張りをするのが一番だろ?」
名前を呼ばれ、零は相当に戸惑った。
沢田を休ませるために一番良い方法は、ここで零が起き上がり
涯と二人で見張りをすると申し出ることだろう。
いくら子供扱いされたとしても、二人なら大丈夫だと押しきれば拒否はできないはずだ。
しかし、その行動は一方で沢田の思いやりや意志を踏みにじることになるのではないか。
それぞれに為すべきことがある。
沢田が見つけた使命は、零を含めた“息子たち”を守ることなのではないか。
同時に零は、自身が為すべきことを考える。
612 :
代理投下:2011/06/01(水) 21:34:31.33 ID:5jNi2eb/
少なくとも沢田は、零や涯が見張りに立つことを望んではいない。
――否、他人の心境を慮るのは大切ではあるが、
第一に考えるべきは生存率をあげること、このゲームに抵抗し対抗することだ。
行動を共にする仲間が不眠不休でいるようでは、心配事以外の何物でもない。
沢田は第三回放送後に睡眠を取る、と話がまとまったのは数時間前のこと。
カイジと出会い状況が変わった今、放送後に体を休める暇があるかはわからない。
613 :
代理投下:2011/06/01(水) 21:36:36.35 ID:5jNi2eb/
分別4/25 ◆IWqsmdSyz2:2011/06/01(水) 18:35:12
眠気は恐ろしい。
思考力や集中力は著しく低下し、体だけではなく心理状態にまで影響する。
睡眠不足状態は酩酊状態と変わらないという実験結果があるくらいだ。
「・・・わかりました。
第三回放送まで、二人で見張りをしましょう・・・
放送前に零とカイジ・・・カイジさんを起こして・・・
放送後に沢田さんが仮眠をとればいい・・・!」
涯が口を開いたのは、
零が心を決めて起き上がろうとしたほんの僅か前の瞬間だった。
「助かるぜ、一人で見張りをするってのは思ったより骨が折れるもんでな・・・
俺が小屋の南側、お前が北側を見張る。それでいいな・・・?」
沢田の言葉が終わる頃には、玄関から清新な空気が吹き込んできた。
即ちそれが、二人が小屋を後にする合図であった。
引き戸がぴしゃりと音を立てて閉まったのを聞き届けてから、
零は頭を抱えながら起き上がる。
(考えた末に結局何も出来ず・・・・・ただ寝たフリ・・・・!これに終始・・・・!
最悪だろ・・・・!何やってんだオレは・・・・・!)
すぐにでも、寝ているふりなどやめればよかった。
涯と沢田が交わしていた、赤松や黒沢についての会話。
それは、たしかに遮るべきではないものだった。
しかし、その後に続く見張り談義はどうだろうか。
沢田を諌めれば、彼も体を休めることが出来たはずだ。
仲間であるのならば尚更、「眠らずにいても平気」、それを信じてはならない。
614 :
代理投下:2011/06/01(水) 21:38:49.14 ID:???
分別5/25 ◆IWqsmdSyz2:2011/06/01(水) 18:35:55
今すぐにでも、二人の後を追って外に出るべきだ。
零は、標のメモやカイジから借りた名簿、パンフレットをかき集めると
デイパックから食事――食パンを取り出して立ち上がった。
(睡眠と同様・・・食事は大切だっ・・・・!
ブドウ糖の摂取・・・それと同時に・・・・噛むことで脳に刺激を与えることができる・・・)
こんな状況で規則正しい生活など出来るはずもないが、
こういった状況だからこそ、食事と睡眠を最低限とらなければならない。
思考能力や集中力の低下を避け、精神状態の安定にも繋がる。
生きるため、生き延びることを考えるのならば、必須ともいえる行動である。
三人分の食料と、思いの外分厚いパンフレット群ですっかり両手はふさがってしまう。
仕度が済んで間もなく、零の脳裏にひとつ、心配事が浮かび上がった。
部屋をカイジ一人にして大丈夫だろうか。
怪我の具合が深刻であるのならば症状はもちろん気になるところだ。
しかし、零が不安に感じたのは、別の観点だった。
カイジと交わした言葉は多くない。
それでも、カイジは信用に足る人物だとわかっている。
山口の件も含めて、ゲーム開始から現在までのすべてを総括し、
零はカイジを信用性のある人物だと判断していた。
だが――零の見当が外れている危険がないわけではないのだ。
615 :
代理投下:2011/06/01(水) 21:41:09.98 ID:???
分別6/25 ◆IWqsmdSyz2:2011/06/01(水) 18:36:31
零は再び腰を下ろし、一度手荷物を床に置いた。
デイパックの山の中を、一つずつ確認していく。
沢田はダガーナイフを武器として携帯している。
高圧電流の流れる警棒も、見張りの間は腰に差して行動しているようだ。
涯はどうやら、鉄バットを武器として持ち出したようで、
部屋を見回してもバットの影は存在しなかった。
涯の持っていたデイパックから、手榴弾を8つと首輪。
零のデイパックから針金を5本。
武器になりそうなものをすべて取り出すと、使えるかどうか改めて調べる。
それが済むと、零は自身のデイパックの中に武器すべてを詰め込んだ。
(万が一・・・・カイジさんが悪い気を起こすようなことがあったとして・・・・・
基本的には信じているが・・・・もしもそういうことが起きたとして・・・・)
ふと山口の顔が思い浮かぶが、零はそれをかき消すように頭を振った。
(裏切るとか・・・そういうことではなく・・・!
ただ・・・・カイジさんから見て・・・オレたちが信用できると映っているかどうか・・・
そればかりは・・・オレたちからはわからないんだ・・・・・!)
考えたくはないことだ。
だが、カイジが零たちの荷物を検めるようなことがあるかもしれない。
カイジが零たちの所持品を密かに盗むようなことがあるかもしれない。
そうなったとき、カイジを責めることは出来ない。
事前に対策を打てるのならば、心苦しさを無視してでも打つべきなのだ。
616 :
代理投下:2011/06/01(水) 21:43:20.84 ID:???
分別7/25 ◆IWqsmdSyz2:2011/06/01(水) 18:37:11
ずっしりと重さを増したデイパックを、零は静かに背負った。
パンフレットやパンを拾いあげて抱えると、再び玄関を目指す。
零が一歩を踏み出すと床板がみしりと鳴る。
眠っているカイジを起こしてはなるまいと、次の一歩は慎重になる。
それは、ただ純粋に
疲れているはずのカイジをゆっくりと休ませてやりたいという思慮から来る行為だ。
他人に疑念を抱くことは、何も悪いことではない。
悪気を感じることではない。勘違いであるのならばそれでいい。
しかし、どうしても罪悪感は拭えなかった。
「カイジさん・・・すまない・・・・・!」
「・・・・あ」
寝言だろうか、たしかにカイジが声を漏らしたように思われて、零は思わず振り返る。
「・・・カイジさん・・・?」
先程まで寝息を立てていたことは確認済みである。
まさか、零の声で目を覚ましてしまったのだろうか。
それともやはり、ただの寝言なのか。
零は確かめるべく、再びカイジに声をかける。
「あの・・・・起こしましたか・・・・?」
零が一言終えるより先に、カイジは突然に上半身を起こす。
617 :
代理投下:2011/06/01(水) 21:43:33.33 ID:???
あまりの勢いに零は驚きながらも、謝罪の言葉を紡いだ。
「ご・・・ごめんなさい・・・・!騒がしかったですよね・・・」
618 :
代理投下:2011/06/01(水) 21:45:31.51 ID:???
分別8/25 ◆IWqsmdSyz2:2011/06/01(水) 18:39:18
カイジの返答は、零の予想から外れたものであった。
「どこだっ・・・・!ここはいったいっ・・・!」
ただならぬ様子に、零はカイジへと駆け寄る。
カイジはまるで記憶喪失であるかのように、辺りをキョロキョロと見回しながら
落ち着きなく不安げだった。
「どうしたんですか・・・・!」
荷物を床に下ろすと、零はカイジの顔を覗き込むようにして声をかける。
カイジは零の顔を見ると、ようやく事態を把握しはじめたようで、
目線をあちこちに泳がせながら小さくつぶやいた。
「おまえは・・・零・・・・!
ここは・・・・さっきの小屋で・・・・」
“さっきの小屋”という表現には違和感しか存在しない。
カイジは沢田と二人、この民家付近で見張りをしていたはずなのだ。
カイジが零たちの横で眠っていたのは、
途中で見張りを沢田に任せて休息を取っていたからだと、そう思い込んでいた。
しかしながら、今のカイジはまるでこのゲームが始まる前、
あのホテルで目を覚ましたときのような反応をみせている。
「カイジさん・・・一体何が・・・?」
「なぁ零・・・眠ってたか・・・?オレは・・・」
「いつからかはわかりませんけど気付いたときには・・・」
零の返答に、カイジの表情は険しくなった。
619 :
代理投下:2011/06/01(水) 21:47:32.83 ID:???
分別9/25 ◆IWqsmdSyz2:2011/06/01(水) 18:39:50
「何時だ・・・?今・・・」
零が腕時計の文字盤を見せると、カイジは声も出ないといった様子で強く目を瞑った。
自分が眠っていたかどうかの記憶さえないという。
ここまでくると、零も薄々勘づく。
カイジは、眠りたくて眠ったわけではないのだろう。
現在、さながら時間を切り取られたような感覚に陥っているはずだ。
そう、カイジが今まで寝息を立てていた原因は睡眠ではなく、気絶だ。
疲労や空腹、貧血が原因で気絶したとしてもおかしくはない状況。
さしづめ、見張り中に気絶してしまったカイジを沢田が屋内に運び込んだというところだろうか。
(・・・ん?・・待てよ・・・)
整合性はとれている。
しかし、すると沢田の言動におかしな部分が出てくることに、零は思い当たった。
何が原因であったにしても、突然に気絶するような仲間を心配しないはずがない。
今まで共に行動してきた沢田が、今まで通りに行動するのであれば、
涯の申し出た見張り交代に対して、二人体制の提案よりも先にカイジの介抱を頼むのではないか。
そういった提言がなかったということはつまり、
沢田はカイジの気絶をさほど気にしていなかったということになる。
(おかしい・・・沢田さんなら間違いなく・・・・気遣う・・・!
オレたちに対してと同じように・・・カイジさんの体を気遣うはず・・・・!)
怪訝な表情を浮かべる零を前にして、カイジは深く溜息した。
「多分・・・確信は持てないが・・・おそらく・・・いや・・・思い出してきた・・・!」
620 :
代理投下:2011/06/01(水) 21:49:56.59 ID:???
分別10/25 ◆IWqsmdSyz2:2011/06/01(水) 18:40:44
そしてその溜息が吐き終わるより早く、カイジの目に涙が浮かぶ。
「沢田さんだ・・・!沢田さんに・・・!どうしてっ・・・・!」
「どうしたんですか・・!沢田さんが・・・一体なにを・・・?」
カイジは混乱した様子で続けた。
「殴られたんだ・・・!沢田さんにっ・・・!
そこで意識が途切れてる・・・・みぞおちあたりを・・・殴られてっ・・・!」
沢田がカイジを気絶させた。
ヤクザの世界に生きる沢田にとって、油断している素人を気絶させることなど訳ないのだろう。
どうやらそれが真実らしい。すると、沢田の言動に違和がなくなる。
気絶の原因がわかっているのならば、大げさに心配する必要などない。
気絶に対する気遣いは不要になる。
しかし、と零は考える。
それならば、気絶させること事態が、何らかの気遣いになっていたのではないか。
理由なく仲間を殴るなど、沢田は決してしない男だ。
「カイジさん・・・もしかして・・・黙って一人で危険なことを・・・・」
零の指摘に、カイジは落ち着きを取り戻して声をあげる。
621 :
代理投下:2011/06/01(水) 21:50:06.22 ID:???
「そうか・・・!オレを引き止めるために・・・・
でもっ・・・沢田さんは・・・どうしてそこまでしてっ・・・・」
状況が読めてきた。
おそらくはカイジが一人で行動――田中沙織探しに出かけようとでもしたのだろう。
沢田はそれを止めるために、カイジを気絶させ、無理矢理にでも足止めを狙った。
互いが互いの安全を想うが故に起こった出来事ということになる。
622 :
代理投下:2011/06/01(水) 21:54:13.70 ID:???
分別11/25 ◆IWqsmdSyz2:2011/06/01(水) 18:41:38
「沢田さんは・・・・まだ外で見張り番をしてくれてますよ」
零がそう告げると、カイジは俯きながら苦く笑った。
「助けたかったんだ・・・!一刻も早く・・・田中さんを救いたかった・・・!」
それが2時間近く眠ってしまうとは、と後悔まじりの様子である。
沢田の行為の意図に感謝を抱きはしても、
それでも眠ることで無為に時間を過ごしたように思えて悔やまれるのは事実だった。
カイジは焦っていた。
時間が経つことよりも、定時放送が近づいてくること。
それに急き立てられるように、焦っているのである。
第三回の放送を聞くのが怖いのだ。
田中沙織の名前が呼ばれるかもしれない、
あるいは田中沙織が殺した人間の名前が呼ばれるかもしれない。
放送前の現時点で、既に田中沙織が死亡している可能性は存在する。
今この瞬間にも、田中が誰かを手にかけている可能性は、否定出来ない。
それでも、カイジは希望を持てる。持っている。
その希望を打ち砕くのが、放送だった。
故にカイジは、第三回の定時放送が行われるよりも先に、田中沙織を見つけたかった。
彼女の生存を確認し、安心したかった。
「なぁ零・・・・また引き止められるかも知れないが・・・・
オレは探しに行く・・・!田中さんを・・・!
せっかくいい仲間に出会えたのに勿体無いが・・・それぞれの道がある・・・・!
オレは一度アンタらを騙しかけた・・・だが・・・・それでもよければ・・
再会したその時は・・・・・」
623 :
代理投下:2011/06/01(水) 21:56:13.28 ID:???
分別12/25 ◆IWqsmdSyz2:2011/06/01(水) 18:42:46
よろけながらも立ち上がろうとするカイジを、零は腕で制す。
「カイジさん・・・田中沙織は一緒に探しましょう・・・!
オレ達だって田中さんを救いたいっ・・・・・!」
「しかしっ・・・」
田中沙織の捜索が危険を伴うということを、カイジは理解していた。
対主催、ゲーム転覆の望みの綱たちを、何よりも信頼できる人間を、危険に誘うことなど出来ない。
特に、零と涯二人を巻き込むことは避けたいと、そう強く感じている。
だが、強い想いを抱いているのはカイジだけではない。
零はカイジをまっすぐに見据えた。
「オレたちと一緒に行動して・・・後悔はさせない・・・!
カイジさんに・・・よかったと思わせてあげる・・・・!
オレたちがカイジさんと会えてよかったと思っているように・・・・
カイジさんにも決して後悔はさせない・・・・!
一人で行動するよりも絶対にいい方法を・・・全力で考える・・・・!
だから・・・ずっととは言わない・・・しばらくの間でいい・・・
行動を共にしてくれませんか・・・?」
「・・・・」
624 :
代理投下:2011/06/01(水) 21:56:25.56 ID:???
「せめて第三回の放送まで・・・・!
それ以降別行動という形でも構わないっ・・・!
だけど・・・・せっかく出会えたんだからこの出会いは活かさなきゃだめだっ・・・!」
カイジとて、決意は固かった。
それでも、沢田に力づくで止められたこと、
そして今目の前で零が必死に説いてくれているという事実は、カイジの心に迷いを生みだす。
625 :
代理投下:2011/06/01(水) 22:02:18.97 ID:???
分別13/25 ◆IWqsmdSyz2:2011/06/01(水) 18:43:27
田中沙織を探さなければ、救いださなければ。その気持ちは変わらない。
それでも、一度休息をとった体は、さらに癒しを求めている。
足は痛み、精神の疲弊もピークに達していた。
「・・・・だが・・オレがここにいる間にも・・・・
今この瞬間にも田中さんはっ・・・・・!」
変わらず強情を張り続けるカイジ。
しかし、零も諦めが悪い。この件について、譲れないのはお互い様であった。
「ここで情報交換・・・・!きちんと情報を精査して・・・・
その上ちゃんと考えることは・・・田中さんのためにもなる・・・・!
闇雲に1時間捜し回るより・・・まず15分・・・!
15分でいい・・・・!時間を使って冷静に状況を整理するべき・・・・!
田中さんを探すよりも・・・・・手がかりを探すべきですっ・・・・!
田中さんのために・・・まず田中さんの置かれている状況を知るべきなんですっ・・・!」
カイジは不思議に感じていた。
今までこの島で、様々な人間と出会い、そして別れてきた。
再会を信じて、互いの道を歩くことを選んできた。
零は、そして沢田はなぜここまでして、カイジを引き止めるのだろうか。
少し考えれば気づくことだ。零や沢田が正常なのだと。
この島で、この状況で再会を信じるなど、脳天気もいいところだ。
実際カイジは、アカギや平山との再会を果たせていた。
そのため感覚が麻痺している、と言える。
本来ならば、再会など信じられるはずがなかった。
626 :
代理投下:2011/06/01(水) 22:04:34.51 ID:???
分別14/25 ◆IWqsmdSyz2:2011/06/01(水) 18:44:06
田中沙織を捜し続けていることも、カイジだからこその行動だった。
再会できると信じて、再会できるはずだと思い込んでいる節があった。
カイジがこのまま強行で単独行動をする場合。
田中沙織との再会。そして、その後に仲間たちとの再会。
果たせるのだろうか。信じ続けたところで、叶うのだろうか。
疲労の影響で、カイジの思考は停滞していた。
田中沙織と会うために全てを賭ける、そういった勢いで過ごした数時間だった。
一種の興奮状態だったのかもしれない。
別れても、また会える。それを信じ続けることが出来ていた。
気持ちばかりが逸っていた。
田中沙織を説得するためには、複数の仲間を連れていた方がいいだろう、と思った。
そして、零や涯たちを巻き込みたくない、とも思った。
田中沙織を助けることと、仲間を守ろうとする意志は、カイジの中で双方が無理矢理に主張を繰り返し、
結果、無謀な単独行動に駆り立てていたのだった。
「オレは・・・どうするつもりだったんだろうな・・・・」
ぽつりと呟くカイジに、零は一瞬眉を顰める。
それでも、すぐに瞳に輝きを宿すと、明るい声をあげた。
627 :
代理投下:2011/06/01(水) 22:04:44.63 ID:???
「田中さんを・・・まず田中さんのために動きましょう・・・・!」
零はカイジから借りている参加者名簿を広げ、懐中電灯を置いて手元を照らした。
そして、ポケットから筆記用具を取り出す。
「第二回の定時放送・・・4時間前の時点での残りの参加者は26人・・・・!」
今度はカイジが眉を顰める。
しえん
629 :
代理投下:2011/06/01(水) 22:06:39.54 ID:???
分別15/25 ◆IWqsmdSyz2:2011/06/01(水) 18:44:45
「なんなんだ・・・いきなり・・・!」
「カイジさん・・・!あなたが田中さんを探してるってこと・・・・
他に知ってる人いますか・・・・?」
「え・・・まぁ・・・」
「作りましょう・・・!田中さんのためのリスト・・・・!
当然・・・ゲームに役立つ・・・生き残りのためのリストにもなるっ・・・・!」
「はぁ・・・?」
零は紙を広げると、真ん中あたりに直線を引き、紙面を横に分割した。
どうやら本当にリストを作る気らしい。
カイジは呆気に取られ、同時に狼狽えながらも、零の行動に対する興味が生まれるのは確かだった。
今までただひたすらに歩き、彷徨い、田中沙織を捜し続けた。
それでも田中との再会は叶わない。無駄だと思いたくはない。
歩き続ける中で、様々な出会いがあった。
けれども、一番会いたい人間には会えずにいた。
田中沙織を救う手立てになっていると、明確にわかる何かががしたかった。
「オレたちは第二回の放送以後、まったく移動していない・・・
カイジさんと会ったことだけが・・・・第二回定時放送以降に起きた変化・・・」
零の手が、メモに影を落とす。
自然とカイジの視線も、紙面に注がれていた。
630 :
代理投下:2011/06/01(水) 22:08:22.17 ID:???
分別16/25 ◆IWqsmdSyz2:2011/06/01(水) 18:45:25
「当然ゲームには乗らない・・・・!オレと・・・沢田さん・・・そして涯・・・!
カイジさんも加えて・・・・この4人は確実にゲームに乗っていない・・・
そして・・・田中さんを絶対に襲わない4人・・・!」
分割した紙面の上段に零、沢田、涯、カイジら4人の名前を並べて書く。
それぞれの名前の右肩に小さく星印をつけると、零は再び口を開いた。
「オレが今までに会った人間・・・トトカルチョの倍率が低いけど平井銀二って人は・・・・・」
カイジにも、零の意図が伝わり始める。
「平井・・・そいつならオレも会った・・・!
足の怪我を処置してくれたのは平井銀二・・・・
油断できないが・・・ゲームに乗ってる様子じゃない・・・」
「同感です・・・・!要注意人物であることに変わりはないが・・・・
殺し合いとか・・・・そういう次元じゃない・・・あの人は・・・
だから・・・ひとまず」
平井銀二の名前も、上段に記す。
この島で生き残っていると仮定される26人の中で、他者に危害を加える人物がどれだけいるか。
それを確認するための作業であった。
“安全”か“危険”かの分類。
分割したメモのうち上段には“安全”な人間の名前を、下段には“危険”な人間の名前を書きだしていく。
そして、田中沙織に危害を加えないとわかっている人間には星印。
零一行の情報とカイジの情報を合わせていくその作業は、さながら新しい名簿を作るかのようだ。
しえん
632 :
代理投下:2011/06/01(水) 22:10:36.86 ID:???
分別17/25 ◆IWqsmdSyz2:2011/06/01(水) 18:46:08
「あとは・・・・オレは鷲巣巌という老人とギャンブルをしました・・・・・!
70歳を超えているような老体で・・・でもあの雰囲気は異様・・・異質・・・!
とても仲間に出来るようなタイプではない・・・」
トトカルチョの倍率を調べると、優勝の可能性など到底見えないはずの老翁にも関わらず
それなりに賭けている人間がいるのだとわかる。
危険人物であることに間違いはないだろう。
「なるほど・・・鷲巣か・・・・。アカギの知り合いだったな・・・」
カイジは、一番はじめにアカギと出会ったときに行った情報交換を思い出す。
「アカギって人間と会ったときに、鷲巣についての情報を交換した記憶がある・・・
確かに仲間に出来るタイプではないようだ・・・・だがっ・・・・!
アカギは鷲巣を手札にしたと・・・そう言っていた・・・・」
「“アカギ”・・・」
「でも・・・鷲巣が危険人物であることに変わりはないっ・・・!
例え鷲巣とアカギに繋がりがあったとしても・・・・
だからといって鷲巣がオレたちの味方になるわけじゃない・・・!」
カイジの言葉を受けて、零は少し悩んでから、メモの下段にペンを走らせた。
こうして鷲巣は『危険』に分類。
続けて、カイジの口にした“アカギ”という人物を倍率を名簿で確認する。
「赤木しげるって男は・・・ゲームに乗っちゃいないぜ・・・!
あいつはあいつの目的があるようだが・・・・別行動中とはいえ仲間同然・・・!
白髪で飄々としたおかしな男だが・・・頼りになると思う・・・」
633 :
代理投下:2011/06/01(水) 22:12:30.64 ID:???
分別18/25 ◆IWqsmdSyz2:2011/06/01(水) 18:46:54
「ってことは・・・・田中さんに危害を加えるような人物ではないと・・・
そう判断してもいいですね・・・?」
「あぁ・・・アカギは原田克美って人間も仲間に引き入れているらしい・・・
この原田って男は訳あってアカギと別行動中だが・・・
赤木しげるという名前を出せば力になってくれるだろうと・・・そう言っていた・・・!」
メモの上段に、赤木しげる、原田克美という名前が追加される。
そして、アカギの名前には星印がつく。
「他にオレの知る人間だと・・・
この島で会ったわけじゃないが・・・一条、それから兵藤和也って男は危険だ・・・!
殺し合いに乗る可能性がかなり高い・・・
一条については話せばわかるって可能性もなきにしもあらずだが・・・
なにせオレも恨まれてるだろうからな・・・」
「そういえば・・・オレと会うよりも前の時点で・・・
涯が金髪の男に襲われています・・・・男の見た目は十代半ばから後半・・・
名前がわからない以上、生存しているのか確認が出来ないが・・・」
下段に、一条、兵藤和也と“金髪の男”という文字が書かれた。
「利根川って男も危険人物だ・・・だが・・こいつとは戦う必要がある・・・!」
「戦う必要・・・?」
カイジは力強く頷いた。
メモに利根川の名前を書き足そうとした零の手が止まる。
634 :
代理投下:2011/06/01(水) 22:14:19.76 ID:???
分別19/25 ◆IWqsmdSyz2:2011/06/01(水) 18:48:06
「確かに危険・・・だから・・・
利根川の名前は下段に書いてくれ・・・それで構わない・・・!
だけど・・・決闘・・・!利根川とは勝負をつけなきゃならない・・・・
当然田中さんの捜索を優先・・・しかし・・決闘の約束があるんだ・・・・!」
ただならぬ事情があるようで、零は頷くほかない。
田中沙織の捜索と並べて語るほどに、利根川との勝負はカイジにとって意味があるものなのだろう。
「あと・・村岡隆って男・・・!危険人物とは言えないかも知れないが・・・
しかし敵であることには違いない・・・!こいつは下段だ・・・」
利根川と村岡の名前が下段に追加される。
カイジはさらに続けて、二人の人間の名前をあげた。
「アカギによく似た髪を持つ男・・・平山幸雄・・・
三度目・・・次に再会できたときには行動を共にしようと・・・そう誓い合った・・・!
こいつは・・・仲間だ・・・!信用できる・・・!
そして・・・井川ひろゆき・・・眼鏡をかけたサラリーマン風の男・・・・
仲間にはしそこねたが・・・危険人物ではない・・・・
機会があればこちらに引き入れたい・・・そんな男だった・・・!
635 :
代理投下:2011/06/01(水) 22:14:29.70 ID:???
で・・・ややこしい話だが・・・この二人は仲間同士だ・・・!
そして・・・二人とも自発的には田中さんに危害を加えないはず・・・・」
零は平山幸雄と井川ひろゆきの名前を上段に綴り星型を書き足す。
そして、平山とひろゆき、それぞれの名前を丸く囲むと線で繋げた。
「その上・・・平山とアカギ、ひろゆきとアカギ・・・これはそれぞれ知人同士だ・・・!」
アカギの名前と、平山、ひろゆきを更に線で繋げていく。
零の思っていた以上に、仲間に成り得る人間が多くいることがわかってくる。
それだけではない。
各々が繋がりを持っているということは、大きなポイントになるだろう。
支援
637 :
代理投下:2011/06/01(水) 22:16:15.40 ID:???
分別20/25 ◆IWqsmdSyz2:2011/06/01(水) 18:50:34
「佐原って男と石田っておっさんは・・・かつての戦友だ・・・・!
ゲームが始まってからは会えていないが・・・・
もしかすると・・・また一緒に戦ってくれるかも知れない人間・・・・!」
零はメモの上段――非危険人物の欄に佐原と石田の名前を追加する。
その二者の名前に、カイジは括弧を付け足した。
「こんな状況じゃ・・・島で再会してない状況じゃ・・・
残念ながらまだ安全と判断は出来ない・・・・・!
遠藤って男も・・・知り合いだがこの島じゃまだ会ってない・・・括弧つきの上段だ・・・!
それから・・・
アカギの顔見知りだっていう南郷って男、
そばかすのある治って名前の若者・・・これは括弧が必要・・・
市川っていう老人はオレたちじゃ扱いきれねぇだろうって言ってたから・・・
下段に書いとけばいいだろう・・・」
上段には遠藤、南郷、治らが括弧つきで追加され、
下段には市川の名前が書き足された。
カイジの持っていた情報は、膨大であり、零は驚きを隠せずにいる。
零の持ち合わせている情報――標のメモと合わせれば、さらに精度の高いデータが出来上がるはずだ。
638 :
代理投下:2011/06/01(水) 22:16:25.06 ID:???
「そういえば赤松さんの知人・・・黒沢という男も・・・顔さえわからないけど・・・でも多分・・・」
零は標のメモと、涯と沢田が交わしていた会話を思い返す。
黒沢――赤松に大きな影響を与えている男。
彼が沢田の言うように、赤松の“英雄”であったことは想像できる。
しかし、零たちにとっても同じように映るかはわからない。
悩んだ末、上段に括弧つきで黒沢の名前を書くという形で落ち着く。
639 :
代理投下:2011/06/01(水) 22:18:12.09 ID:???
分別21/25 ◆IWqsmdSyz2:2011/06/01(水) 18:51:07
改めてメモを見下ろす。
この島でゲームに参加している人間たちを、零やカイジの都合で分類している。
本来ならば、分けられるはずなどない。善悪は、簡単なものではない。
けれども、こうしてお互いに情報を出し合い、完成したメモは
状況を整理する上でも使い勝手がいいことに間違いはなかった。
上段は現時点で仲間であるか、仲間になる可能性のある人物、
頼りにすることが出来そうな人物、ゲームに乗っていないと思われる人物。
カイジと零の情報を出し合った限りでは、それらの人物は合わせて15名。
その内、確実に信用できると判断した人物は本人たちを含めて9名。
零、沢田、涯、カイジ、銀二、アカギ、原田、平山、ひろゆき。
まだ接触出来ていないなどの理由から安全とは言い切れない人物が6名。
佐原、石田、遠藤、南郷、治、黒沢。
下段は危険思想を持っていそうな人物、ゲームに乗っている可能性のある人物。
鷲巣、一条、和也、“金髪の男”、利根川、村岡、市川の7名。
上段と下段を合計して22名。田中沙織を足すと23名になる。
まさか生存者26名のうち23名のデータが集まるとは。
640 :
代理投下:2011/06/01(水) 22:18:21.43 ID:???
又聞きの情報もあるとはいえ、それでも当初の予想を遥かに超える情報量であった。
星型のついている人間、田中沙織を傷つけるようなことはしないと分かっている人間が7人もいる。
改めて考えると、カイジはこれが非常に心強く感じられた。
当然、田中沙織にしてみれば、こんなリストはお構いなしだ。
彼女が誰かを殺すことを、この民家からでは止められない。
けれども、彼女の命を狙う人間の数が凡そでも把握できたことは、
カイジの心を落ち着かせると共に、活気づかせる糧にもなった。
しえん
642 :
代理投下:2011/06/01(水) 22:20:24.57 ID:???
分別22/25 ◆IWqsmdSyz2:2011/06/01(水) 18:51:45
零は名簿とメモを照らし合わせながら考える。
「森田鉄雄、天貴史、仲根秀平、それから・・・しづかっていうのは女性かな・・・。
この4人のうち誰かが涯を襲った“金髪の男”ってことになるはずなんだけど・・・
いや・・・原田さんと黒沢さんに関しては見た目の情報が全くないから・・・
彼らが“金髪の男”っていう可能性も・・・」
「・・・・」
「カイジさん・・・?どうかしましたか・・・・?」
「いや・・・・森田鉄雄は・・・田中さんが会いたがってた男だ・・・!
彼女の話しぶりから考えるに・・・ゲームに乗っている可能性は低い・・・・
対主催ってことを考えるなら・・・・・・仲間に引き入れたい人物だと思う・・・!」
「なるほど・・・!森田鉄雄か・・・
じゃあ森田さんを差し引いて・・・まったく情報がない人間はわずか3人ってことになる・・・!
そのうち一人が金髪の男だとすれば・・・結果・・情報がないのは2人だけ・・・!」
カイジはどうやら金髪についてが気にかかっているようで、不安気に零の方を見る。
643 :
代理投下:2011/06/01(水) 22:20:56.28 ID:???
「なぁ零・・・その・・・・涯を襲った金髪の男っていうのは・・・
大体どれくらいの背格好だったかわかるか・・・?」
「え・・・?ああ・・かなりの長身だったみたいだけど・・・・190はあるだろうって・・・」
「そうかっ・・・!」
カイジが心配したのは、その金髪の男の正体が佐原である可能性だった。
佐原の体格と、涯の証言は咬み合わない。
かつて共に戦った仲間、一度は死んだと思われた仲間――出来ることならば、今も仲間で在り続けたい。
644 :
代理投下:2011/06/01(水) 22:22:42.45 ID:???
分別23/25 ◆IWqsmdSyz2:2011/06/01(水) 18:55:07
カイジが腕時計を確認すると、零が当初述べていたとおり、過ぎた時間は15分だけ。
この15分でカイジが独り田中沙織の捜索に出かけたとして、
彼女に会える確率はどれだけあっただろうか。
何人いるともわからなかった敵が今こうして視覚的に捉えられるようになった。
メモの下段に記されている“危険人物”よりも、上段に記されている名前の方が数が多いこと。
これは、カイジの精神にわずかだが安寧をもたらした。
しかし、第三回放送でどれだけの名前が減るかはわからない。
また、安全と危険に二分したところで、その境界は不安定なものであった。
いつ誰がどちら側に変わってしまうのか、顔を合わせるまで――否、顔を合わせたところで判断できないこともある。
危険側の人物に注意することは大切だ。
けれどもそれ以上に注意が必要なのは安全側の人物であろう。
便宜上「安全」というくくりを作っただけで、必ずしも信頼できる人物ばかりではない。
田中沙織の捜索が急務であることに変わりはない状況だ。
「放送まであと1時間半はあるな・・・・」
落ち着きを取り戻したカイジに芽生えるのは、
やはり田中沙織の捜索を再開したいという気持ちであった。
しえん
646 :
代理投下:2011/06/01(水) 22:24:33.92 ID:???
分別24/25 ◆IWqsmdSyz2:2011/06/01(水) 18:56:16
【E-3/民家/黎明】
【伊藤開司】
[状態]:足を負傷 (左足に二箇所、応急処置済) 鳩尾にごく軽い打撲
[道具]:果物ナイフ 地図 支給品一式
[所持金]:なし
[思考]: 田中沙織を探し説得する (最優先)
仲間を集め、このギャンブルを潰す 森田鉄雄を捜す
一条、利根川幸雄、兵藤和也、鷲巣巌に警戒
赤木しげる(19)から聞いた情報を元に、アカギの知り合いを捜し出し、仲間にする
平井銀二の仲間になるかどうか考える下水道(地下道)を探す
※2日後の夜、発電所で利根川と会う予定です。
※アカギのメモから、主催者はD-4のホテルにいるらしいと察しています。
※アカギを、別行動をとる条件で仲間にしました。
※明日の夕方にE-4にて待つ、と平井銀二に言われましたが、合流するかどうか悩んでいます。
※カイジ達は田中沙織に関する情報を交換しました。 その他の人物や、対主催に関する情報は、まだ交換していません。
※参加者名簿、パンフレットは一時的に零に預けてあります。
647 :
代理投下:2011/06/01(水) 22:26:41.55 ID:???
【宇海零】
[状態]:健康 顔面、後頭部に打撲の軽症 両手に擦り傷
[道具]:麻雀牌1セット 針金5本 標のメモ帳 不明支給品 0〜1 支給品一式 参加者名簿 島内施設の詳細パンフレット(ショッピングモールフロアガイド、
旅館の館内図、ホテルフロアガイド、バッティングセンター施設案内) 手榴弾×8 石原の首輪 カイジと作った参加者リスト(メモ)
[所持金]:0円
[思考]:田中沙織を探し説得する 対主催者の立場をとる人物を探す 涯と共に対主催として戦う
※標のメモ帳にはゲーム開始時、ホールで標の名前が呼ばれるまでの間に外へ出て行った者の容姿から、
どこに何があるのかという場所の特徴、ゲーム中、出会った人間の思考、D-1灯台のこと、
利根川からカイジへの伝言を託ったことなど、標が市川と合流する直前までの情報が詳細に記載されております。
※カイジから参加者名簿、パンフレットを預かっています。目を通すまで借りていられます。
支援!
649 :
代理投下:2011/06/01(水) 22:28:18.78 ID:???
分別25/25 ◆IWqsmdSyz2:2011/06/01(水) 18:57:11
【E-3/民家前/黎明】
【工藤涯】
[状態]:健康 右腕と腹部に刺し傷 左頬、手、他に掠り傷 両腕に打撲、右手の平にやや深い擦り傷 (傷は全て応急処置済み)
[道具]:鉄バット 野球グローブ(ナイフによる穴あり) 野球ボール 支給品一式×3
[所持金]:1000万円
[思考]: 田中沙織を探し、殺人を止める 零と共に対主催として戦う
※石原の首輪は死亡情報を送信しましたが、機能は停止していません。
※現在鉄バット以外の支給品は民家の中に置いてあります
【沢田】
[状態]:健康
[道具]:毒を仕込んだダガーナイフ ※毒はあと一回程度しかもちません 高圧電流機能付き警棒 不明支給品0〜4(確認済み) 支給品一式×2
[所持金]:2000万円
[思考]:田中沙織を探し説得する 対主催者の立場をとる人物を探す 主催者に対して激しい怒り 赤松の意志を受け継ぐ 零と涯とカイジを守る
※第三放送まで見張りをし、他の皆を寝かせておくつもりです。
※現在ダガーナイフ、警棒以外の支給品は民家の中に置いてあります
以上で代理投下終了しました。
感想失礼します。
零の考察が細やかであり、カイジの至らない点を補っていく過程が良かったです。
これがカイジの支えとなるといいのですが…。
沢田さんと涯の会話は親子のようで微笑ましかったです。
赤松さんといい沢田さんといい、成熟した大人の包容力が涯を成長させるファクターになっていると改めて痛感しました。
投下乙でした。
投下乙です
森田の話に引き続き、考察話として興味深く読ませてもらいました
零らしい描写が多くてよかったです
あと、思った以上にカイジの情報網すごかったんだなと実感w
投下乙です!
なぞの"金髪の男”の描写がおもしろかったです。
物語を読んでいる側には思い当たるのに、物語の中の人物には
断片のみの情報が伝わって、零とカイジの心がざわざわしているみたいでした。
653 :
◆uBMOCQkEHY :2011/06/04(土) 17:34:27.97 ID:uPLYS0mK
お久しぶりです。
作品が完成しましたので投下します。
654 :
愚者1:2011/06/04(土) 17:37:05.47 ID:???
「物騒だからとりあえず隠しておいたというところか……」
遠藤はダイナマイトと黒沢を見比べながら呟いた。
黒沢は赤松のゲーム参加の理由を知り号泣し続けていたが、疲れがピークに達してしまったのだろう。
そのまま泣き寝入りしてしまった。
ちなみに、沙織も黒沢の横に寄り添うように寝息を立てている。
遠藤は黒沢が寝ている間、何か武器になるものはないかと周辺を物色し、台所の床下収納からダイナマイトを見つけてしまったのだ。
「こいつさえなければ……」
治を殺すきっかけを生み出した元凶。
このダイナマイトを探そうと思わなければ――
あの場で治が目覚めなければ――
治が自分を襲わなければ――
「くそっ!」
遠藤は苛立ちを吐き捨てるかのように、床を叩いた。
なんとか冷静さと統率力で精神のバランスを保ってきた遠藤だが、黒沢と沙織が眠ってしまったことで、再び、自責の波が押し寄せてきてしまった。
治の人生を摘み取ってしまった罪悪感、喪失感は吐き気のように身体の奥から逆流し、遠藤を締め付ける。
遠藤は苦々しく自嘲した。
655 :
愚者2:2011/06/04(土) 17:38:35.58 ID:???
「そういえば……俺はあいつに言っていたな……」
遠藤はどうやってこのゲームで生き残るつもりなのかと佐原に尋ねたことを思い出した。
――ギャンブルルームで、棄権費用を稼ぐのか…?
――えっ…?
――じゃあ、対主催者として、ゲーム潰しを目論むつもりか?
――それも…ちょっと…
――じゃあ、参加者を殺して、棄権費用を稼ぐか、優勝を狙うかしかないな…
その後、遠藤は佐原の心構えを確認するために、近くにいる森田達を殺せるかどうか試してみた。
殺人に恐れをなした佐原はその場から逃げ出してしまうことになるのだが、今にして思えば、その判断は正しかった。
今の遠藤のように、呼吸を無理やり止められてしまったかのような懊悩を一生抱えてしまうくらいなら、愚か者と嘲笑されても逃げた方が良かったのだ。
今なら、分かる。佐原の行為を嘲笑った当時の自分こそ――
「愚か者だよな……」
656 :
愚者3:2011/06/04(土) 17:39:59.92 ID:???
その時、遠藤はハッとあることに気付き、自分の時計に目を向けた。
時間は丁度、午前5時。
外は月明かりと闇が空気に溶け始め、東の空に白く淡い光が現れている。
その時刻と空の変化を知らせるかのように動き出したものがある。
「来たか……」
動き出したのは一台のノートパソコン。
画面にはロード中の注意がはっきり映し出されている。
遠藤のノートパソコンは1時間おきに各参加者の最新の情報を受信するようにプログラムされている。
やや長いデータ受信が完了すると、遠藤はダイナマイトをディバックにしまい、キーボードを叩いた。
遠藤が真っ先に行うこと――己の身の安全の確保、自分のエリアであるC-4に他の参加者が侵入していないかどうか確認することである。
殺人の責め苦が心の中でわだかまっているとはいっても、生き残るための作業をつつがなくこなし続ける。
「本当に……俺は人間のクズだよな……」
治に対して詫びたいと心から思っているのか、自分自身を疑いたくなる。
657 :
愚者4:2011/06/04(土) 17:41:35.74 ID:???
「これは……」
遠藤の顔色が不穏に曇った。
「おいっ!起きろっ!黒沢っ!」
慌てた遠藤は黒沢の巨体と揺さぶる。
「ふ……ふぁ……?」
何が起きたのか理解できないまま、黒沢は冬眠から目覚めたクマのように寝ぼけ眼を擦りながら辺りを見渡す。
沙織もつられるように眼を覚ました。
「黒沢……」
殺し合いの場にいることを理解していないかのような黒沢の呑気さに、呆れと馬鹿馬鹿しさが入り混じったような怒りが、遠藤の心に込み上がってきた。
八つ当たりでもするかのように、パソコンの画面を黒沢の顔面に押し付けた。
「これを見ろっ!しづかと仲根って奴がここに近づいているっ!あと……」
「何っ!仲根がっ!」
遠藤が全てを言い終わる前に黒沢はパソコンを奪い取り、食い入るように見つめる。
確かに画面上の地図には自分達がいる民家の近くに仲根としづかの存在を示すマークが表示されていた。
「本当だ……仲根が近くにいるっ……!」
赤松も含めて数多の人間が命を落としているこのゲーム内において、生きながらえていたことは奇跡以外の何物でもない。
658 :
愚者5:2011/06/04(土) 17:42:53.48 ID:???
「仲根……よく耐えたな……」
黒沢は写真に写る懐かしい友に話しかけるように、画面に向かって労いの言葉をかける。
喧嘩に強く、中学生にしては機転がきく仲根がいれば、鬼に金棒である。
「そうさ……仲根がいれば……!」
二人で戦えば、どんな奴が襲いかかろうと負けることはない。
美心や赤松のような犠牲者を減らすことができる。
闇の中で一筋の光明を見出したかのような深い喜びが黒沢の心を満たしていった。
「黒沢……」
希望を噛みしめる黒沢とは対照的に遠藤の表情は硬い。
「なぁ……話したいことがある……」
感情を殺したような重く低い声で、遠藤は語り始めた。
659 :
愚者6:2011/06/04(土) 17:44:32.34 ID:???
朝靄が立ち込める林の中。
決して平坦とは言えない雑草だらけの土地を仲根としづかは無言のまま突き進む。
休んでいないにもかかわらず生気がみなぎる仲根に対して、しづかの表情はどこか気だるい。
この道中で、しづかは仲根に何度も休もうと提案した。
しかし、仲根は“兄さんに会えば、ゆっくり休める”の一点張りで歩み続ける。
酷いと、“じゃあ、お前とはここで別れる”と言い放ち、あえて歩調をあげる時すらある。
その度に、しづかが“悪かった……”と折れて、仲根に従い続ける。
しづかはこの男に他者を労わるやさしさなど期待できないと悟り、少しでも体力を消耗しないように口を動かすことをやめた。
(それにしても、仲根の野郎……どうしてそんなにあの黒沢っておっさんに執着するんだ……?)
勿論、仲根が黒沢に魅せられた理由など知る由もない。
知る由もないが故に、しづかにとって今の仲根は怪しいカルト宗教にのめり込む信者そのものであった。
(宗教くさいと言えば、あいつ……さっき言っていたよな……“お前も……オレも救ってくれる……”って……あれって……)
――兄さんは高潔な男っ……!お前も……オレも救ってくれる……だから、大丈夫だ……行こう……。
660 :
愚者7:2011/06/04(土) 17:46:52.25 ID:???
黒沢の元へ向かう直前、仲根がしづかに漏らした言葉である。
それを口にした仲根の眼差しは夢を見るように呆けていながら、苛立ちに近い焦りも見せていた。
まるで、すぐに黒沢に会わなければ、己を失ってしまうかのような――。
このしづかの言い表わせられない漠然とした違和感は的を射ていた。
仲根は黒沢との脱出費用を稼ぐため、参加者を一人殺している。
その瞬間は主催者が掲げた逃げ道のないルールに対して、何一つ疑問に思わなかった。
それどころか、法律が施行された途端、それに粛々と従う国民のように、当たり前の如く受け入れていた。
しかし、時間が経つにつれ、仲根に一つの波が押し寄せてきた。
自分はとんでもないことを仕出かしてしまったのではないという認識が――。
その認識をもたらしたのは、自分の人生の重さと相手の命の軽さの差であった。
仲根は参加者――浦部の首を切った時、“ハムをスライスしているのではないのかと思ってしまうほどの”てごたえのなさに拍子抜けしてしまった。
661 :
愚者8:2011/06/04(土) 17:48:47.92 ID:???
命はナイフ一本で簡単に奪えてしまうほどに軽い。
しかし、同じ軽い命でも、自分の命――人生は奪われたくはない。
それは目の前に横たわる男も一緒だったのではないのか。
――俺は……取り返しのつかないことを……。
この時から仲根の心には罪の十字架が圧し掛かるようになってしまった。
仲根の心は重圧でぎりぎりと捻じりちぎられていった。
どうすれば、この痛みから解放されるのか。
仲根の出した結論は自分の命以上に価値のあるものを作ることであった。
その大義名分の対象となったのが、黒沢である。
黒沢を救うためには他の参加者を殺害してでも、棄権費用を稼がなければならない。
この殺人は起こるべくして起きてしまったことだ。
こうして、仲根は殺人の正当性を見出し、罪の重圧から解放された。
何かの拍子で、この正当性に疑問を抱く時もあるが、その度に“己の使命とは何か?”と自問自答し、理性を保ち続けている。
この仲根の思考は自身の思想のために時に無関係の人々まで巻き込んでしまうテロリズムに近く、傍から見れば、相当歪んでいると言わざるをえない。
しづかが抱いた宗教臭さもここに起因している。
662 :
愚者9:2011/06/04(土) 17:50:55.50 ID:???
「なぁ……仲根……」
なぜ、黒沢に執着するのか。
しづかがその疑問を口にしようとした瞬間だった。
「あれだ……」
仲根の瞳が何かを捉えた。
「えっ……」
しづかも声につられて、遠くを見つめる。
林と靄の先にあったのは林を横切るようにアスファルトで舗装された人口の道、そして、くすんだ色の壁が特徴的な民家であった。
「あれが……お前の探していた民家なのか……」
仲根の話によれば、分かっているのはC-4の民家に黒沢がいるということだけである。
地図にギャンブルルームの場所が記載されていないのと同じように、この民家も地図には記載されていない。
裏返せば、一エリアに多くの民家が点在している可能性もあるのだ。
もし、目の前の民家が別の民家であれば――
そこにいるのが黒沢ではなく、参加者全員の命を狙う危険な人物であったなら――
「本当にあれなのか……黒沢じゃなくて、もっとヤバい奴がいるんじゃねぇのか……!
今、霧が深いし、太陽もやっと昇ったばっかだしさ……もうちょっと待ってからでも……」
しかし、しづかの言葉はこれ以上続くことはなかった。
仲根の瞳がそれ以上しゃべれば、切り捨てると言わんばかりに鋭利な光を放っていたからだ。
「な…仲根……」
しづかはその威圧的な雰囲気に呑まれ、俯き黙る。
仲根はハッと我に帰り、しづかから目を逸らした。
「お前はここに残れ……俺は確認しに行く……」
仲根はしづかの返答も聞かずに駆け出してしまった。
663 :
愚者10:2011/06/04(土) 17:52:33.52 ID:???
仲根は足音を立てずに玄関に近づくと、僅かに開いた扉から中へ潜入した。
家の中はまだ、薄暗い。
廊下が奥まで伸びて、その先に扉がある。
仲根は懐からナイフを抜き、廊下に左足を置いた。
もし、この場にいるのが、黒沢以外の人間であり、殺意を持っていれば、すぐにその喉を切り裂く。
大雑把な戦略をたて、とりあえず“何となく気になる”奥の扉へ歩もうとした。
「えっ……」
仲根は嗅覚を疑った。
空気の中に血臭が混じっていたような気がしたのだ。
「どこだ……」
仲根はその臭いが左側の扉からであることに気付く。
「誰かいるのか……」
一種の好奇心に導かれるまま、仲根はその扉のドアノブに手を伸ばそうとしたその時だった。
「仲根……」
「えっ…」
仲根の心臓がドクンと大きく高鳴る。
それは長らく待ちわびた懐かしい声。
「兄さん……」
仲根は顔をあげ、廊下の奥を見つめる。
扉を半分開け、その隙間から黒沢は顔を覗かせていた。
扉の奥からの逆光で表情こそは分からない。
しかし、歴戦の武将を連想させるような恰幅のいい体格は間違いなく黒沢以外にありえなかった。
664 :
愚者11:2011/06/04(土) 17:54:20.89 ID:???
「兄さんっ!!!!」
歓喜の塊が込み上がる。
仲根はこれまで黒沢を救うために参加者からチップを奪った。傷付けた。そして、殺した。
あらゆる汚い手段を講じてきた。
しかし、それは黒沢のため、この瞬間のために心魂の全てを注ぎ込んできた結果なのだ。
仲根は再会の喜びを胸に抱き、黒沢の腕にガシリとしがみつく。
自分の汚い行為が無駄になってしまうのではないかという恐怖もあったが、そんな心配をする必要はない。
運命が、こうして仲根の努力に応えてくれたのだから。
「兄さんっ!やっぱり生きていたっ!良かったっ!良かっ……」
「なぁ……仲根……聞きたいことがある……」
黒沢の声は震えていた。
それは仲根のように歓喜の震えではなかった。
どこか冷たく、力がない。
失望や幻滅に近い負の感情の嘆声だ。
「に……兄さん……?」
仲根は恐る恐る顔をあげた。
黒沢は鼻と眼を赤くはらしながら泣いていた。
いかに今まで号泣していたか、顔を合わせたばかりの仲根でも一瞬で察することができる。
665 :
愚者12:2011/06/04(土) 17:56:13.04 ID:???
「どうしたんスか……兄さん……」
仲根は急速に乾いた喉を唾で誤魔化した。
この一線を越えてはいけないという予感が仲根に過る。
しかし、黒沢と自分の間に、そんな一線ありやしないという盲信めいた確信も存在する。
この場では予感が勝ってしまった。
「仲根……どうして人を殺しちまったんだ……」
仲根の頭の芯が激しく痺れた。
「どうして……知って……」
浦部の殺害場面を黒沢に見られたのか。
しかし、あの場には誰もいなかったことを仲根は念入りに確認している。
ではなぜ、知っているのか。
黒沢はそれを示すかのように、窓の下でうずくまっている男のパソコンを顎で指した。
「あいつのパソコンは一定の時間で参加者の情報を伝えてくれる……
それで知った……お前が人を殺したこと……行く先々でいろんな人間を襲っていたこと……窃盗をしたこと……全てが……」
「嘘だろ……」
そんな人の陰部を曝け出すような悪辣な支給品があってたまるかという憤りが腹から込み上がってくる。
しかし、考えてみれば、放送直後に出会った男――森田は参加者の情報を更新するフロッピーを持っていた。
それと似たような機能を持った支給品を別の人間が持ち合わせていた所で何ら不思議はない。
666 :
愚者13:2011/06/04(土) 17:59:21.78 ID:???
「そうか……兄さん……知っちまったんスか……」
名探偵に犯行を暴かれた犯人のように、仲根は事実を認め、肩を落とす。
黒沢に殺人を犯したことを知られるのは確かに辛い。
それでも伝えなければならないことがある。
「兄さん聞いてくれっ!!俺だって、こんなことをしたくはなかったっ!!!俺は兄さんをこのゲームから助け出したかっただけだったんだっ!このゲームは1億円を集めれば、脱出できるっ!しょうがなかったっ!!!」
“分かってくれっ!兄さんっ!”と、仲根は黒沢の腕を更に強く握る。
「仲根……」
黒沢は仲根の気迫に押され、後ずさりした。
「兄さん……」
仲根は己の罪を悔い改めるかのように俯いた。
しかし、その瞳には未だに剛毅な光があった。
仲根には一種の確信があったのだ。
黒沢は自分の行為――殺人に理解を示してくれる、という確信が――。
確かに殺人は世間的には許されるものではない。
しかし、このバトルロワイアルでは殺し合いが強要されている。
そうしなければ、生き残れない環境下にあるのだ。
生きるために、他にどんな選択ができるというのか。
それらの事情を考慮すれば、黒沢は仲根の禁忌を容認することは確実であった。
場合によっては労いの言葉をかけてくれるかもしれない。
そんな期待さえ持っていた。
667 :
愚者14:2011/06/04(土) 18:01:43.13 ID:???
(兄さん……一言でいい……“分かった”って……言ってくれっ!)
仲根は心から祈った。
しかし、黒沢から出た言葉は仲根が求めていたものではなかった。
「そんなの……俺は望んじゃいないっ!!!」
仲根の中で何かが大きくひび割れた。
「そ……そんな……」
理解できない。
どうして否定するのか。
当たり前だと思っていた常識が、価値観が、心の支えが、音を立てて崩れ、深い失意の谷へ落ちていく。
「兄さん……」
精神も涙腺も理性の瀬戸際まで追い込まれていた。
それでも仲根は涙を流すことはなかった。
殺人の正当性をまだ、信じていたからだ。
もう一度、きちんと経緯を説明すれば、今度は理解されるかもしれない。
「でも、1億円集めなければ脱出できないっ!!俺達は人を殺さなくちゃ生き残れなかったっ!!!!」
「だからと言って、人を殺していいわけないだろっ!!一人1000万円支給されているっ!脱出するには1憶円必要っ!お前はそのために9人もの人間を殺すつもりだったのかっ!!!!!」
「そ……それは……」
仲根は言葉に窮した。
どんな時も弱者を救おうとしてきた黒沢である。
黒沢が殺人を否定するのは至極当然であった。
なぜ、それに気付かなかったのか。
あまりの惨めさに、嗚咽の前触れのように顔が歪み始めている。
668 :
愚者15:2011/06/04(土) 18:03:57.66 ID:???
黒沢は先程とは打って変わって落ち着いた口調で語り始めた。
「俺の同僚で……赤松って男もこのゲームに参加していた……」
「え……赤松って……」
仲根の記憶が正しければ、穴平建築で次期社長候補と噂されていたという男だ。
なぜ、突然、その男の話題を持ち出したのか。
黒沢の真意を知ろうと、仲根は黙って耳を傾ける。
「赤松はな……お前と同じように俺を救うためにゲームに参加していた……
あいつは……ここの参加者を一人でも多く救おうと……主催者を陥れるヒントを探し続けていた……そして、涯っていう少年を庇って命を落とした……」
黒沢の声に嗚咽が混じりはじめる。
その震えを押さえながら、黒沢は話を続けた。
「今、生き残っている半分以上の人間が……赤松と同じような考えを抱いて、殺し合いに乗らずに脱出への糸口を探している……やろうと思えば、皆で共同戦線を張れるんだ……お前はその選択を自らの手で狭めちまっていたんだっ…!だから……」
しかし、その続きが黒沢の喉から出ることはなかった。
止まらざるを得なかった。
669 :
愚者16:2011/06/04(土) 18:05:22.79 ID:???
「なぁ…兄さん……俺……」
仲根は一目で分かる程に、明らかな心身喪失に陥っていた。
口から漏れる言葉はうわ言のようにぎこちなく、眼はガラス玉のように虚ろであった。
そのくせ、口元は引き攣ったように笑っている。
仲根の表情は全てがちぐはぐだった。
「な……仲根……」
黒沢は決して仲根を責めているわけではなかった。
仲根に知ってもらいたかった。
殺し合い以外の手段がこの島に散らばっていることを。
黒沢は仲根と共に仲間を増やしていきたかったのだ。
しかし、絶対的な価値観を喪失した仲根にとって、理解できることと言えば、“自分は赤松という男と違って、人を殺す選択をしてしまった”“黒沢から卑下された”“全ては無駄でしかなかった”という結果のみである。
黒沢の魂の訴えは、仲根に新しい価値観を見出させるどころか、混乱と後悔と失望、あらゆる激情を焙り出し、叩きのめす方向に働いてしまっていた。
670 :
愚者17:2011/06/04(土) 19:02:28.51 ID:???
「仲根…人を殺していたのか……」
仲根と黒沢のやりとりをしづかは玄関の隙間から盗み聞いていた。
仲根が民家へ向かった後、心細さのあまり、距離を置きながらもそのままついて行っていたのだ。
「あいつも……一条と同じように……殺人者………」
信頼していた唯一の人物が、最も恨めしい男と同類であった。
当然、ショックは隠せない。
それでもしづかは首を横に振った。
「いや…仲根は違うっ……!!」
一条の場合、人を陥れる行為を楽しんでいた節がある。
しづかを徹底的に痛めつけた後、あえて見逃したのが、その証だ。
仲根も一条と同類であれば、森の中を彷徨っていたしづかを痛めつけた上でチップを奪うか、即刻殺害していただろう。
しかし、仲根はそのどちらも選択することはなかった。
それどころか、行動を共にしようと誘ってくれた。
「あいつ……どこか焦っていたな……」
おそらく仲根は殺人という行為に罪深さを感じ、苦しみ続けていた。
だからこそ、黒沢から許しを得て、罪悪感から解放されたかったのではないのだろうか。
「黒沢の脱出費用を集めるために人殺しちまったのに……その結果が礼じゃなく、あの罵倒ってわけか……ひでえ話だよな……って、あれ……?」
671 :
愚者18:2011/06/04(土) 19:04:33.35 ID:???
ここでしづかの思考が止まった。
人間の肉体の腐敗を連想させる鉄の臭い――血の臭いを察したからだ。
「どうして……ここでそんな臭いが……」
勝広や板倉や天の死体の前で何度も嗅いだ、封印したい記憶の象徴。
臭いは玄関のすぐ近くにある扉からであった。
黒沢と仲根は台所の奥におり、しづかの存在に気付くことはないだろう。
しづかはゆっくりと身体をあげ、その扉へ歩み寄った。
無意識に安心を求めていた。
自分の近くに死体なんてない、血臭は自分が作り出した不安による幻だったという安心を。
しかし、一方では心の警告が悲鳴を上げていた。
扉の先を見るな。触れるな。
「えっ……」
この悲鳴に気付いた時、すでに扉は開いていた。
しづかは目を見開いた。
扉の先に待ち構えていたのは、猛獣が暴れた後のように血飛沫に染まるリビングと脳漿を床に垂れ流す青年の死体――しづかの想像を越える地獄絵図だった。
「あああああああぁぁっっ!!!!!」
672 :
愚者19:2011/06/04(土) 19:07:57.37 ID:???
「えっ……」
民家にいた全員が新たな侵入者を察知した。
台所へ転がり込んできた侵入者――しづかは怯えた表情で仲根に縋った。
「しづか……ついてきていたのか……」
仲根は一時的に我に返り、とりあえずしづかの身体を支える。
「な…仲根……」
初めこそは取り乱していたしづかも、人のぬくもりを感じて落ち着きを取り戻したのだろう。
呼吸を整え、背筋を伸ばす。
「仲根……いいこと教えてやるよ……」
そう呟くや否や、言葉を荒げ、黒沢を指差した。
「その男は人を殺してやがるっ!!!!!!」
「何っ!!!」
仲根はしづかと黒沢を見比べながら絶句する。
黒沢も、突然、何を言い出すのかと言わんばかりの呆然とした表情でしづかを見つめている。
皆、しづかの発言に、思考と動きを止めてしまっていた。
力を持たないしづかにとって、この場を支配するチャンスだった。
しづかは畳みかけるように黒沢を責め立てた。
「そこの部屋に死体があった!!部屋中血だらけでっ!こんな恐ろしいことができるのは体格のいいアンタぐらい……」
「俺は治を殺してなんかいない!!!」
673 :
愚者19:2011/06/04(土) 19:09:49.89 ID:???
しづかの推測を終えるよりも早く黒沢は否定してした。
「治は俺の仲間!誰が殺すものか!!!」
「じゃあ、何で死んだっ!!治って奴は!!!」
「そ……それは……」
黒沢は一瞬、気まずそうに表情を歪ませるも、意を決し、遠藤を指差した。
「こいつらしい……どういう経緯かはまだ、分からない……ただ、事故……らしい……」
「事故……だと……」
しづかは殺人の理由を話さない男と一緒に過ごすことができた黒沢の肝に呆れてしまった。
しかし、次の瞬間、しづかの口から飛び出したのは勝ち誇った哄笑だった。
「聞いたか!仲根!こいつは人を殺したお前をなじっておきながら、自分は殺人犯と仲良くしていたんだとよ!!」
しづかの哄笑はさらに大きくなっていく。
「ガキとか立場の弱い奴に対してはでかい態度で綺麗ごとを並べる癖に、自分に都合のいいものはどんなに汚いことを仕出かしても目を瞑っちまう!!これが大人の本音って奴さ!お前が尊敬していた奴の正体さ!!!」
しづかの黒沢に対する暴言は罵りに近かった。
それは今まで裏切ってきた大人たちに対する彼女なりの復讐だったのかもしれない。
674 :
愚者20:2011/06/04(土) 19:11:42.74 ID:???
「兄さん……」
鬱憤を撒き散らすしづかに対して、仲根は縋るように黒沢を見つめる。
「な…仲根……」
黒沢は言葉を詰まらせる。
感情を吐き出し、事態を混乱させるしづかを力づくで止めるのは容易い。
しかし、それは黙らせただけにすぎない。
そんなことをすれば、しづかは更に言いがかりをつけてくるだろう。
「お…俺は……」
お前を悪く思っていない。
お前と一緒に戦いたい。
こんな簡単な思いをどうすれば仲根に理解してもらえるのか。
しづかの負の感情に引きずられないように踏ん張りながら、黒沢が口を開こうとした時だった。
「えぐ…えぐ……」
全員が声の方向を振り返る。
沙織が愚図りだしていた。
精神が退化した沙織もしづかの怒りに呑まれていた。
幼くなった沙織にとって、しづかの激憤は猛毒の如き、殺傷能力を秘めていた。
「ふぇ……ふぇ……びえぇぇぇぇ!!!!」
とうとう沙織は火がついたように身を震わせて泣きだした。
感情を表現できない赤子のむずかりそのものであり、べそは暴風雨のように渦となって部屋内に吹き荒れる。
675 :
愚者21:2011/06/04(土) 19:13:35.61 ID:???
「この女っ……!!」
しづかの中で、生理的に不快な感情が、湿ったウジ虫のように足元から這い上がってくる。
今までしづかは女の弱さを見せないように、虚勢を張り続けてきた。
しかし、目の前の女はどうだ。
泣きわめいて、“私を守ってください”と男たちに訴える。
精神が退化していることを知らないしづかからすれば、沙織の絶泣は媚売り以外の何物でもない。
我慢の限界だった。
しづかは全身の力を声帯に込めて罵倒する。
「黙れっ!!!黙れっ!!!黙れっ!!!このクソ女がっ!!!!!!!」
しづかは仲根の腕から抜け出すと、むき出しの感情のままに沙織の頬を蹴り飛ばした。
「えっ!」
その場に居合わせた全員がしづかの行動を理解した時、沙織はしたたかに床に叩きつけられていた。
「いい年した女が赤ん坊みてぇにピーピー泣きやがって!」
しづかは執拗に沙織の腹部を蹴り続ける。
沙織が号泣でしか感情を表現できないことと同じように、苛立ちがピークに達したしづかは暴力という形でしか鬱憤を晴らすことができなくなっていた。
しづかもまた、沙織と同じように精神が擦りきれていたのだ。
676 :
愚者22:2011/06/04(土) 19:16:19.38 ID:???
「お…おい、やめろ!!!!」
黒沢と仲根が同時にしづかを押さえて止めに入る。
「離せっ!馬鹿野郎!!!!!」
しづかは捕獲された闘牛のように足掻き、仲根達の制止を振り切ろうとする。
「びえええええええええ!!!!!!!!」
しづかの罵声にシンクロするように沙織も泣きわめく。
否、泣き声というよりも、奇声――無秩序に発せられた、聴覚を狂わせる音であった。
「この媚売り女!!!!!!」
「びえええええええええ!!!!!!!!」
「やめろ!!!」
「ど…どうなってやがるんだ!!」
絶叫、悲鳴、怒罵――感情の叩きあい。
統率を失ってしまった集団は獣以下になり下がる。
あとは流れのまま転落していくしかない。
混乱の渦が洪水のような濁流に姿を変えようとした時だった。
「黙れっ!!!!!」
今まで黙っていた遠藤が窓を背に立ちあがると、天井に銃弾を一発放った。
「ひぃっ!!!!」
その場にいた全員が青ざめ、口を紡ぐ。
混乱の濁流はあっという間に静まりかえり、時間を切りだしたかのように、静寂が部屋の中を支配する。
全員が察した。
今、この場で最も力を持っている者は銃を持つこの男であることを。
「よし…黙ってくれたな……」
遠藤は口角を緩ませた。
遠藤の弾数は残り3弾。
貴重な弾を威嚇として使用するのは正直、避けたいところであるが、理性を失いかけた集団を黙らせるためにはやむを得ない。
「まずはお前ら、頭を冷やせ……。頭を冷やしたところで……情報交換だ……」
677 :
愚者23:2011/06/04(土) 19:18:58.75 ID:???
霧も、東からの日光によって大分霞みつつある。
それでも、霧と同系色の鈍色の色彩は森に溶け込み続け、なお不吉さを仄めかしている。
その森の中を佐原は歩いていた。
風の音に人の気配を感じ、佐原はあの場から逃げ出した。
逃げて隠れて、また、逃げて――。
自分はどこへ向かっているのか。
何から逃げているのか。
佐原自身にも分からない。
「南郷……」
疲弊した佐原の意識の中心を占めていたのは死にゆく南郷の姿だった。
南郷の首が弾ける直前、佐原は南郷を抱きかかえた。会話もした。
その南郷が自分の目の前でたんぱく質のかたまりになり果ててしまったのだ。
もし、過去に戻れたら――。
南郷の足の痛みを察し、肩を貸していたら――。
南郷は今頃、穏健に頬笑みながら、佐原の隣にいたのかもしれない。
「南郷……すまねぇ……」
佐原の頬に熱い涙が一滴滴り落ちる。
しかし、それとは対照的に、心には冷めた論理が蛇のようにとぐろを巻いて潜んでいた。
「南郷は……優しすぎた……」
678 :
マロン名無しさん:2011/06/04(土) 19:20:20.54 ID:kFVOMHbg
支援
679 :
愚者24:2011/06/04(土) 19:21:14.56 ID:???
南郷の優しさが佐原の支えとなっていた時もあった。
平常時であれば、その成熟した気質に恭敬の念を抱いていたのかもしれない。
しかし、今回、それは佐原に別の面を見せてしまっていた。
「これは殺し合いなんだ……甘さを見せれば…気を緩めてしまえば…次に死ぬのは自分っ……!」
死ねば、何もできなくなる。
どんなに無様でも生き続けなければ、これまで紡いできた生の歩みが全て無駄になる。
南郷の気遣いは生きるチャンスの放棄――生存競争からの脱落である。
生への渇望が至らなかったばかりに――。
「そうさ……俺達のような弱者はいつのまにかどんどん隅に追いやられ……ふと気がついたらはじき出されていたという愚か者……このまんまじゃ……椅子取りゲームで椅子をもらえなかった落ちこぼれだ……」
皮肉にも、その言葉はカイジが限定ジャンケンの際に導き出した人生の道理そのものであった。
「俺は……死にたくないっ……!!!」
心からの願望を口から漏れ出したその時だった。
乾いた銃声が轟き渡った。
「なっ!!」
680 :
愚者25:2011/06/04(土) 19:23:00.72 ID:???
佐原はとっさに木の陰に隠れて目を凝らす。
銃声の方角にあったのは一軒の民家であった。
「あそこからだ……」
危険人物が潜んでいる可能性がある。
生きる本能からなのか。
濁っていた神経が、まるで涼風に吹き払われたかのように研ぎ澄まされていく。
今後のためにどんな人物か確認しておいた方がいいと判断した佐原は一流のスパイの如く俊敏に走ると、民家の壁に身体を預け、窓を覗きこむ。
(えっ!)
佐原の背筋に冷たい汗が滲む。
室内にいたのは棒立ちになっている4人の男女、そして、窓に背を向けた遠藤の姿であった。
4人の男女は凍りついた表情で遠藤を見つめている。
当然である。
遠藤の手には拳銃が握られているのだから。
(あいつ……)
あの4人に待ち受けている事象は小学生が習う算数の解答ぐらい明瞭なものだろう。
(遠藤はこいつらを殺すっ…!)
佐原は帝愛のゲーム、そして、このバトルロワイアルを経て、一つの真理に辿りついていた。
(人生ってのは自分のものじゃない……奪い取った誰かの物なんだ……勝ち続けなければ、武器を持って戦い続けなければ……死ぬしかないっ……!)
681 :
愚者26:2011/06/04(土) 19:25:08.75 ID:???
遠藤に命を狙われている4人も生を渇望していたに違いない。
けれど、戦う牙を持たなかったばかりに、遠藤に人生を奪われてしまうのだ。
椅子取りゲームからはじき出されてしまうのだ。
「これが現実ってもんだっ……!」
佐原は静かな足取りで歩み出した。
目的地は窓の延長線上にある一本の木。
その木に寄りかかると、ライフルを肩づけして構え、スコープを覗きこんだ。
遠藤の背中がスコープに映る。
標準を遠藤に合わせたのは遠藤が最も窓に近い位置にいたということもあるが、遠藤さえ潰してしまえば、残りの人間は楽に処理できると判断したためである。
順番の違いこそあるが、民家内の5人を殺すことに変わりはない。
佐原はゆっくり息を吐いた。
ライフルの銃身に心拍と呼吸を合わせていく。
これまでのあらぬ方向への乱射は、佐原を悩ませて続けてきた。
勿論、銃の素人という技術的な問題から来ている面もあったが、その最大の理由は佐原に殺意がなかったこと――殺人への畏怖が大きい。
しかし、今は違う。
佐原にはあった。
遠藤やほかの参加者を殺し、大金を得る理由が。
早く1億円を集めなければ、死ぬしかないという事実が。
銃を正しく扱う覚悟が。
682 :
愚者27:2011/06/04(土) 19:27:24.88 ID:???
それに応えるかのように、スコープはぶれることなく遠藤の頭部を捉え続けている。
今なら標的を撃ち抜けることができる。
揺るぎ無い確信がそこにはあった。
「遠藤……」
ショッピングモールで言われた遠藤の言葉が反芻する。
――棄権費用がほしいんだろ…?殺るなら今だぞ…
「そうさせてもらうぜ……遠藤っ!」
佐原は静かに引き金を引き絞った。
683 :
愚者28:2011/06/04(土) 19:30:46.67 ID:???
(あのオヤジ、銃を持っていやがったかっ!!)
しづかはギリリと歯噛みして遠藤を睨みつけた。
ぎこちない動作で立ちあがり、窓に寄りかかっているところから、身体のどこかを負傷しているようではある。
そのような弱体の男をぶちのめすのは、本来のしづかにとって造作もない。
しかし、その右手に握られている拳銃が反撃の妨げとなっていた。
(くそっ!!!あの銃さえ奪うことができりゃあ……!)
しづかは一条に復讐するために、確実に息の根を止めることができる凶器を欲していた。
もし、遠藤から取り上げることができれば、立場が優位になるどころか、復讐への大きな足掛かりとなる。
(あいつからどうやって奪うかだが……)
遠藤は左手にノートパソコンとディバックを抱えている。
身体が不自由なため、どこか煩わしそうである。
(あのノートパソコンとディバックが左手からずり落ちた時に……その隙をついて……)
可能性がないわけではないが、あまりにも都合が良すぎる展開だ。
(あの男の隙をつく方法なんて……えっ……あれは……?)
684 :
愚者29:2011/06/04(土) 19:32:59.72 ID:???
鈍色の光が窓に映った。
しづかは目を凝らし、その正体に絶句した。
金髪の男がこちらに向かって銃を構えているのだ。
(まさか……)
「伏せろっ!仲根っ!」
しづかはとっさに仲根のジャンパーを強く引っ張った。
それと同時に、銃の轟音と砕け散るガラスの音が響き渡る。
「何っ!!」
しづかは反射的に窓の方を見上げた。
遠藤は何が起こったのか分からないという表情のまま、上半身をぐらつかせている。
その胸部は血に染まっていた。
「う…撃たれたっ…!」
しづかを含め、全員の顔から血の気が失せる。
窓の外に暗殺者がいて、自分達は狭い部屋の中で身を寄せ合っている。
これを追いつめられた獲物と言わず、なんと表現すればいいのか。
遠藤の身体が崩れ、床に倒れたのが合図だった。
685 :
愚者30:2011/06/04(土) 19:39:20.10 ID:???
「逃げろっ!!!!!」
黒沢はとっさに沙織を俵のように抱きかかえ、玄関に向かって走り出した。
「くそっ!」
しづかも全力で駆けた。
しかし、玄関ではなく、遠藤の方にである。
「何をしているっ!!しづかっ!!」
仲根は手を伸ばし、しづかを呼び止める。
その必死な声を無視し、しづかはうつ伏せになっている遠藤の手から拳銃とノートパソコンをはぎ取った。
「しづかっ!!!」
仲根はしづかの腕を強く引っ張る。
何発もの銃声を背にし、二人は廊下を走り抜けた。
二人が外へ出た頃には、黒沢と沙織は霞みそうなほどに遠くを走っていた。
ふと、しづかは横目を使って仲根を伺う。
仲根は切なげな表情で黒沢の背中を見つめていた。
見知らぬ土地に一人取り残されてしまった幼子のような寂しさを滲ませて――。
「し……しづか……!」
しづかの視線に気付いた仲根は気まずさから目を逸らした。
「逃げるぞ……少しでも遠くへ……」
二人は無言のまま、民家と黒沢から離れるように再び、駆けだした。
686 :
愚者31:2011/06/04(土) 19:41:43.66 ID:???
遠藤は力の限りの呼吸を繰り返し、自力の延命を続けていた。
失血で朦朧と意識が霞む。
身体が床に縫い付けられたかのように重く、身体の中心はただ、熱いとしか感じられない。
肺に穴が空いてしまったのだろう。
口から血が逆流する。
自分の命はもう長くはない。
受け入れざるを得ない事実であった。
「5人全員は……無理だったか……」
遠藤の傍らに歩み寄る佐原に動じている様子は微塵もない。
「さ……佐原……」
撃ったのはこいつだ。
遠藤はその事実を確信し、力なき声で尋ねた。
「どう……して……撃ちやがっ……た……」
佐原の瞳は暗闇を見つめているかのようにほの暗いまま、口を開いた。
「なぁ……前に行ったこと覚えているか……ショッピングモールで俺と会った時のお前の言葉……」
佐原はゆっくりとライフルの銃口を遠藤の頭部に押し付けた。
「“参加者を殺して、棄権費用を稼ぐか、優勝を狙うかしかないな…”って……それが俺に残された選択だって……今なら分かる……その意味が……」
687 :
愚者32:2011/06/04(土) 19:44:50.56 ID:???
「なっ……!」
遠藤は愕然とした。
それは遠藤が佐原に対して投げかけた試金石の言葉。
遠藤の愚かさ、佐原の賢さを決定づける分岐点となった言葉でもある。
あの時、二人の明暗を分けた言葉が、今、ここで新たな分岐を生み出している。
「あぁ……言っていたな……俺は……」
泣きたいのか、苛立っているのか、滑稽なのか、惨めなのか。
自分でも理解しがたい感情は、もはや皮肉めいた苦笑でしか表現できない。
「俺を……殺すのか……」
遠藤の問いに、佐原は答えない。
否、揺れ動くことのない銃口がすでに答えを示していた。
「くそっ……」
一体、どこで自分の運命が狂ってしまったのか。
治を殺してしまった時なのか。
沙織に襲われてしまった時なのか。
森田と別れてしまった時なのか。
森田と出会ってしまった時なのか。
帝愛に騙されてこのゲームに参加させられてしまった時なのか。
もし、それらのどこかで別の選択をしていたら――
「まぁ……いいか……」
運命に『もし』なんて存在しない。
それはその時の最良の選択をした後で、もう一方の破天荒な道はどうだったのか…と覗く行為、いわば運命への冒涜だ。
688 :
愚者33:2011/06/04(土) 19:46:06.86 ID:???
「佐原……これ…だけは…言っておく……」
遠藤は最後の最後、残された力を振り絞って、今の佐原にとって最もふさわしい言葉を吐き捨てた。
「お前は…俺以上の…愚か者だっ……!」
佐原は黙って引き金を引いた。
銃声の轟きはただ一発。
呆気ないほど短く響き、遠藤の命を摘み取った。
689 :
愚者34:2011/06/04(土) 19:47:51.29 ID:???
【C-4/森/早朝】
【黒沢】
[状態]:健康 パニック 疲労
[道具]:不明支給品0〜3 支給品一式×2 金属のシャベル 小型ラジカセ 特殊カラースプレー(赤)
[所持金]:2000万円
[思考]:カイジ君を探し、美心のメッセージを伝える 情報を集める 今後について考える 沙織を保護する 自分のせいで赤松が・・・ 民家から逃げる
※メッセージは最初の部分しか聞いてません。
※田中沙織を、石田さんの遺志を継いで守ろうと考えていますが、まだ警戒しています。
※デイバック×2とダイナマイト4本は【C-4/民家】に放置されています。
690 :
愚者35:2011/06/04(土) 19:52:41.70 ID:???
【田中沙織】
[状態]:精神崩壊 重度の精神消耗 肩に軽い打撲、擦り傷 腹部と頬に打撲 右腕に軽い切傷 背中に軽い打撲
[道具]:支給品一式×3(ペンのみ1つ) 30発マガジン×3 マガジン防弾ヘルメット 参加者名簿 ボウガン ボウガンの矢(残り6本) 手榴弾×1 石田の首輪
[所持金]:1億200万円
[思考]:石田(の首輪)を守りたい 死にたくない 一条、利根川幸雄、兵藤和也、鷲巣巌に警戒
カイジから逃れる 涯、赤松、その二人と合流した人物(確認できず)に警戒 民家から逃げる
691 :
愚者36:2011/06/04(土) 19:55:06.24 ID:???
※標の首を確認したことから、この島には有賀のような殺人鬼がいると警戒しています。
※サブマシンガンウージー(弾切れ)、三好の支給品である、グレネードランチャー ゴム弾×8 木刀 支給品一式、有賀が残した不明支給品×6がD-5の別荘に放置されております。
※イングラムM11は石田の側にありますが、爆発に巻き込まれて使用できない可能性があります。
※石田の死により、精神的ショックをさらに受けて幼児退行してしまっています。
※石田の首輪はほぼ無傷ですが、システムに何らかの損傷がある可能性があります。
692 :
愚者37:2011/06/04(土) 20:01:08.38 ID:???
【仲根秀平】
[状態]:前頭部と顔面に殴打によるダメージ 鼻から少量の出血
[道具]:カッターナイフ バタフライナイフ ライフジャケット 森田からのメモ 支給品一式×2
[所持金]:4000万円
[思考]:失意 民家から逃げる
※森田からのメモには23時の時点での黒沢の状況と棄権が不可能であることが記されております。
【しづか】
[状態]:首元に切り傷(止血済み) 頭部、腹部に打撲 人間不信 神経衰弱 ホテルの従業員服着用(男性用)
[道具]:鎖鎌 ハサミ1本 ミネラルウォーター1本 カラーボール 板倉の靴 通常支給品(食料のみ) アカギからのメモ コルトパイソン357マグナム(残り3発) ノートパソコン(データインストール済) CD−R(森田のフロッピーのデータ)
[所持金]:0円
[思考]:ゲームの主催者に対して激怒 誰も信用しない 一条を殺す 仲根についていく 民家から逃げる
※このゲームに集められたのは、犯罪者ばかりだと認識しています。それ故、誰も信用しないと決意しています。
※和也に対して恐怖心を抱いています。
※利根川から渡されたカラーボールは、まだディバックの脇の小ポケットに入っています。
※ひろゆきが剣術の使い手と勘違いしております。
※森田の持っていたフロッピーのバックアップを取ってあったので、情報を受信することができます。 データ受信に3〜5分ほどかかります。
693 :
愚者38:
【C-4/民家/早朝】
【佐原】
[状態]:首に注射針の痕
[道具]:レミントンM24(スコープ付き) 弾薬×20 懐中電灯 タオル 浴衣の帯 板倉の首輪 支給品一式
[所持金]:1000万円
[思考]:自力で生還する 森田を信用しない
※森田が主催者の手先ではないかと疑っています
※一条をマーダーと認識しました
※佐原の持つ板倉の首輪は死亡情報を送信しましたが、機能は失っていません
※黒崎から嘘の情報を得ました。他人に話しても問題はありません。
【遠藤勇次 死亡】
【残り18人】