クセナキスについて

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150名無しの笛の踊り
>>143
乗りかかった船で最後までマジレスしてみよう。(part3)

> Paul Mefanoは「クセナキスの音楽はおもしろいねぃ。たかが効果音
> だけどさぁ。」というコメントを残したが、亡くなってしまった今、
> このコメントの意味は深い。
伝統的な作曲家が、クラスター的な作曲家を「効果音」と罵倒するのは
大昔からよくあることで、深い意味はない。ベリオも、新ロマン主義に
転じる以前のペンデレツキをそう非難していた。

> たとえMefanoがクセナキスに劣る作曲家としても。
メファーノの発言であることに意義を見出すとすれば、彼は作曲家で
ある以上に指揮者であることを思い出すべきだろう。彼はシェルシの
紹介を先頭に立って行ってきた一人でもあり、単に音楽観が保守的
だからそのような発言をしたのではない可能性もある。

> 時間外の音響を提唱しながら、録音メディアの発達にもっとも相応しい
> 音楽になってしまったことを、彼は本当に喜んだのだろうか?
クセナキスの言う「時間外構造」というのは、要素積み上げ方式ではない
音楽の構造化のことを指しており、音楽が録音メディアに定着されること
とは何ら矛盾しない。語感からの連想だけで突っ走るのはやめよう。

> 普及が進んだとはいえ、彼の作品を満足に聞けることはほとんどない
> 日本の現状で、決してクセナキスの批判を行ってはならない。
クセナキスの作品が満足に聞ける国なんて、世界中どこにもないのでは。
むしろ日本は、クセナキスに好意的な国だと思う。実演の質はさておき。