【雲台二十八将(序列順)】
ケ禹
呉漢
賈復
耿弇(こうえん)
寇恂(こうじゅん)
岑彭(しんほう)
馮異
朱祐
祭遵
景丹
蓋延(こうえん)
銚期
耿純(こうじゅん)
臧宮(ぞうきゅう)
馬武
劉隆
馬成
王梁
陳俊
杜茂
傅俊(ふしゅん)
堅鐔(けんたん)
王覇
任光
李忠
萬脩
邳彤(ひとう)
劉植
【雲台三十二将】(二十八将に以下の四人を追加)
李通
竇融
王常
卓茂
いつまでも1桁レスだとdat落ちするぞ
山川出版社の中国史の概説書に董卓・袁紹・曹操の関係は
王莽・劉玄・劉秀の関係の再現だとか書いてあった
袁紹も曹操も劉秀を理想にしてたんだろうが
うまくコピーできたのが曹操だったんだな
5 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/07/24(金) 07:38:11 ID:W7uuemeQ0
なぜ、前スレは落ちてしまったの?
まだ、かなり上位にあったじゃん
6 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/07/24(金) 08:51:52 ID:ZlskucmGO
中野英雄
7 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/07/24(金) 09:02:40 ID:NEoBs66XO
>>5 携帯だとログ見れんから落ちたときどういう状況だったかわからんが、
次スレたったからもう落として良いと見なして運営が落としたか、
確かあと10〜20レスくらいだったから埋めた奴が居たか。
8 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/07/24(金) 09:22:23 ID:5LLPb8Dl0
埋めてないよ
残りが気になるなら復活したっぽいにくちゃんねるで見れるだろう。
運営が落とすなんてありえんのか?
980越えて一定時間レスがなかったら自動で落ちるんだよ
10 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/07/24(金) 21:32:24 ID:RzFH5yTI0
結局、新末後漢初最強はケ奉でおk?
>ケ奉
やっぱ親征食らったとき防げなかったからなぁ。
光武勢力と他勢力でそこまで大きな戦力差が無い時期だし、
おまけに光武勢力は包囲されてるような状況だから、
これで親征で破られたら、ある程度は実力の問題として捉えざるを得ない。
あと、堅鐔を一年包囲して打ち破れなかったのはどうよと思わんでも無い。
いや、堅鐔自体実績から見ても軍人としてはかなりの素晴らしい人材だけどさ、
流石に明らかに孤立して困窮してる相手だし。
攻城戦は兵糧攻めよ。城の中で作物作っても知れている。
だから攻める方は包囲して、隣県から補給を受けて、
じっと兵糧切れを待つ。
となると、城中にどれだけ兵糧を置けるかということになる。
せいぜい一年持てば良い方ではないかな。
これは単純に作物がその地域の人口に合わせて作られ、
次の収穫までそれで食い繋ぐ量は確保していると考えれば、
人と兵糧が城内に収まれば、当然1年分と言うことになる
からだ。
ちなみに堅鐔が包囲された期間は実は1年に満たず9ヶ月。
それで野菜で食いしのいでいたと言うことは結構危なかっ
たと思われる。
耿一族ってすごくね?
>>13 どっちを言ってる? 耿伯山の一族、耿伯昭の一族?
どっちもすごいんだけどね。
関係ない話だが、耿エンの一族と耿純の一族、元は一つの一族だったんだろうか。
耿純の一族は鋸鹿の出身だし、耿エンの一族も鋸鹿から扶風に徙された一族だよね?
>>14 耿伯昭の方。
後漢書ざっと読んだら耿況、耿エン兄弟らはもちろんだけどその次の世代もすごい。
異民族征伐に功ある奴多すぎだろう。
耿況、耿エン、耿舒、耿国、耿秉、耿キ、耿恭、耿曄
何か子育ての秘訣でもあったのか、こんなチート一族って他にあるんだろうか。
伯山の方もすごいのか。一族で功たてたのは知ってるけど、河北で迎えた組と一緒に列伝されてるからイメージなかった。
耿伯昭一族
兄弟六人皆な青紫を垂れ(顕官ということ)、当代以て栄と為す。
耿伯山一族
凡そ宗族の列侯に封ぜらるる者四人、関内侯なる者は三人、二千石になる者九人。
異民族討伐に限っては竇一族、馬一族も大したもの。
限らんでも竇武とか馬融とかいるしな。
まあ思いっきり広義にとると、景帝から武帝から宣帝から光武帝から何から全部竇一族の血が入ってるってことになるが。
あとはケ一族も、ケ后含めて優秀だな。
過疎化してるのはやる夫が止まってるからか
やる夫光武帝があってから少し活性化したのは事実だと思うけど、そこまで影響はないんじゃない?
やる夫以降も、前スレから901から981まで三ヶ月かかるスレだし。
その途中、具体的に言うと940〜941の間も丸々一ヶ月レスがない。
それでも板的には過疎と言うほどでもないのは他のスレみればわかるかと。
21 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/08/12(水) 02:07:24 ID:BnnzpaDPO
>板的には過疎と言うほどでもない
まあ、雑談・質問スレですら2006年のものが残ってるような過疎板だからな
22 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/08/13(木) 21:19:36 ID:eflrAe260
結局、光武帝最強のライバルは
ケ奉(身内が最強というのはどうかと思うが)
樊崇(軍事実績では最高)
劉玄(小物なのはねつ造?)
王郎(一番、苦戦させている)
董憲(疑問もでているが、すぐれた武将であったことは疑いない)
延岑(ちょっと、過大評価されすぎていた感も否めないが、とにかく、しぶとい)
隗囂(直接、やられていない。生きていたら、天下統一を遅らせることができた?)
この7択か? 荘尤はかませ感が強い
他の将が相手にならない騎馬民族相手にまともにやり合える荘尤がかませってこたないだろう。
廉丹よりは余程はっきりと実力ある人間だぞ。
他の将が相手にならないってのは、新の他の将がって話ね。
>>22 隗囂や延岑を入れるなら公孫述を入れてやらんと。
統一戦のラスボスだし、統治・軍事ともそこそこの手腕はあったしな。
馬援に酷評されたせいか評価低いけどさ。
というか公孫述と正面切ってやりあうようになったころは、二十八将も結構欠けてたしねえ。
病死とか暗殺とかで筆頭格に有能な将軍である馮異や岑彭もいなくなったし。
新から後漢を題材にした歴史シュミレーションがやりたい
ただ敵が余り強くないのが欠点か?
他勢力で劉秀軍団を如何に倒すかのゲームなら面白そうだ
反乱初期のシナリオならまだ二十八将も全員揃ってないし、敵だったのもいるから遣り甲斐あるかも
で、更に内部の粛正も警戒しないといけないという
これなら難易度アップ
河北で王朗と抗争してる頃からスタートだったらかなり難易度高いと思うぞ。
兵もほとんど無くようやっと任光らに救われた頃なら兵力差的に無理ゲーに出来るな。
劉楊寝返りイベントがあるか、有能な光武配下の将を完全活用しないと詰む感じで。
18年 赤眉軍の挙兵
21年 緑林軍の挙兵、雲杜の戦い
22年 淯陽の戦い
22年11月 小長安の戦い
23年1月 水の戦い
23年2月 更始帝即位
23年5月 宛の戦い、昆陽の戦い
23年夏 劉縯誅殺
23年8月 劉望の即位
23年9月 新の滅亡
23年10月 劉望の滅亡
23年冬 劉秀のドサ回り
23年12月 王郎の即位
23〜24年?月 信都郡、和正郡の帰順
23〜24年?月 真定王劉楊の帰順
24年2月 諸王封建
24年?月 漁陽郡、上谷郡、烏桓突騎の帰順
24年4〜5月 邯鄲の戦い
24年?月 銅馬軍の帰順
24年冬 赤眉の関中侵攻
25年春 平陰の戦い(朱鮪vs馮異、寇恂)
25年3月 赤眉軍vs李松、朱鮪
25年6月 光武帝の即位、劉盆子の即位
25年7月〜9月 洛陽の戦い(光武帝vs朱鮪)
25年9月 赤眉が長安に侵攻
25年12月 劉玄が暗殺
26年春 光武帝が劉楊を粛清
26年 谷口の戦い(劉嘉vs廖湛)
26年12月 赤眉の東帰
27年 赤眉が光武帝に降伏
29年 蘇茂、龐萌の討伐
28〜30年 公孫述の北伐
30〜34年 隗囂の乱
35〜36年 望蜀
40〜43年 二徴夫人の乱
【勢力】
王莽の新、更始帝の漢、劉望の漢、光武帝の漢、劉盆子の漢、劉永の梁、公孫述の成
赤眉軍、緑林軍、下江軍、新市軍、平林軍、舂陵軍
>ドサ回り
これだけ浮いているなあ。「劉秀の撫順」で良いjんじゃない?
ゲームか。ゲームをつくるのか!?
【年表】
18年 赤眉軍の挙兵
21年 緑林軍の挙兵、雲杜の戦い
22年 淯陽の戦い
22年11月 小長安の戦い
22年冬 成昌の戦い
23年1月 水の戦い
23年2月 更始帝即位
23年5月 宛の戦い、昆陽の戦い
23年夏 劉縯誅殺
23年8月 劉望の即位
23年9月 新の滅亡
23年10月 劉望の滅亡
23年冬 劉秀のドサ回り
23年12月 王郎の即位
23〜24年?月 信都郡、和正郡の帰順
23〜24年?月 真定王劉楊の帰順
24年2月 諸王封建
24年?月 漁陽郡、上谷郡、烏桓突騎の帰順
24年4〜5月 邯鄲の戦い
24年?月 銅馬軍の帰順、謝躬暗殺
24年冬 赤眉の関中侵攻
25年1月 孺子嬰が挙兵
25年春 平陰の戦い
25年3月 赤眉軍vs李松、朱鮪
25年6月 光武帝の即位、劉盆子の即位
25年7月〜9月 洛陽の戦い
25年9月 赤眉が長安に侵攻
25年12月 劉玄暗殺、河西の竇融が独立
26年春 光武帝が劉楊を粛清
26年 谷口の戦い、ケ奉の乱
26年11月 堵郷の戦い
26年12月 赤眉の東帰
27年 赤眉が光武帝に降伏
27年3月 小長安聚の戦い
27〜30年 劉永、張歩、蘇茂、董憲、龐萌討伐
28〜30年 公孫述の北伐
30〜34年 隗囂の乱
35〜36年 望蜀
40〜43年 二徴夫人の乱
【勢力】
新:王莽、王尋、王邑、廉丹、甄阜、梁丘賜
赤眉軍:樊崇、謝禄、徐宣、董憲、逢安、楊音、力子都
下江軍:王常、成丹、張卬
新市軍:王匡、王鳳、馬武、朱鮪
平林軍:劉玄、劉嘉、陳牧、廖湛
舂陵軍:劉縯、劉秀、劉茂、劉賜、李通、李軼
所属不明:申屠建、李松、胡殷、韓歆
冀州:信都の任光、和正の邳彤、昌城の劉植、鉅鹿の耿純、邯鄲の王郎、真定の劉楊
幽州:漁陽の彭寵、涿郡の張豊
司隷:陳倉の呂鮪、藍田の延岑、下邽の王歆、覇陵の蒋震、長安の張邯、長陵の公孫守、谷口の楊周、汧の角閎、■厔の駱延、鄠の任良、槐里の汝章
兗州&予州:梁の劉永
予州:汝南の劉望
青州:琅邪の張歩
徐州:東海の董憲
揚州:舒の李憲
荊州:冠軍の延岑、郾の尹尊、堵郷の董訢、育陽のケ奉、黎丘の秦豊、夷陵の田戎
涼州:安定の孺子嬰、河西の竇融、隴西の隗囂、安定の盧芳
益州:漢中の延岑、成都の公孫述
交州:南越の徴側、徴弐
【二十八将】
初期:朱祜
下江軍から合流:臧宮
穎川:傅俊、馮異、銚期、馬成
穎陽:祭遵、王覇
劉嘉の推挙:賈復、陳俊
鄴で合流;ケ禹
信都:任光、李忠、万修
和正:邳彤
その他:劉植、耿純
漁陽:呉漢、蓋延、王梁
上谷:景丹、寇恂、耿弇
河内で合流:岑彭、劉隆
謝躬暗殺以降:馬武
時期不明:杜茂、堅鐔
確か百度の祭遵のグラってとんでもなくヒゲ面で吹いたんだが
コーエーが三国志ツクールとかだせばいい
18〜23 新vs赤眉、緑林
23〜27 漢帝乱立
27〜30 漢vs梁
30〜34 漢vs隗囂
35〜36 漢vs成
40〜43 漢vs南越
だから
§1 8年「始建国」
§2 18年「赤眉之乱」
§3 22年「謹厚者亦複為之」
§4 23年「昆陽之戦」
§5 23年「娶妻当得陰麗華」
§6 23年10月「馮異抱薪、ケ禹熱火」
§7 24年「推赤心置人腹中」
§8 25年「疾風知勁草」
§9 27年「有志者事竟成」
§10 30年「白水険阻、桟閣絶敗」
§11 35年「望蜀」
§12 40年「瞿鑠」
けいたん!
俺は劉秀以外の劉氏が皆イケメンな事に吹いた
いや、そこは逆だろう、なんで劉秀だけきれいな松本人志みたいなんだよと
>>41 新建国と徴姉妹の乱は要らないんじゃないかと。
>41
>23年10月「馮異抱薪、ケ禹熱火」
これは24年1-2月のエピソード
>8 25年「疾風知勁草」
これは銅馬を倒した頃のエピソードじゃない。
寧ろ、王郎の反乱であたふたしていた頃か、
それ以前
49 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/09/12(土) 09:26:55 ID:Xwy2ou2U0
>>48 スマン、8は間違い。
6は他に適当なのが見つからなかった。
>>47 王莽でvs匈奴とか馬援でvs徴姉妹とかやりたいから入れた。
まあ無くても問題なし
伯升の能力が気になるぜ
>>51 伯升は魅力も高いだろ。
親族には信用されてなかったようだが、
侠気があり財産を傾けて豪傑と交わりを結び、
反新軍を立ち上げたり、王常と断金の交わりを結んだりしている。
雲台能力はピンからキリだな
伯升は魅力は80台で、スキル人徳はない
政治は朱鮎より低いかな
55 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/09/15(火) 23:22:46 ID:Z21/+yKS0
ケ禹 統率 武力 知力 政治 魅力
呉漢 統率 武力 知力 政治 魅力
賈復 統率 武力 知力 政治 魅力
耿弇 統率 武力 知力 政治 魅力
寇恂 統率 武力 知力 政治 魅力
岑彭 統率 武力 知力 政治 魅力
馮異 統率 武力 知力 政治 魅力
朱祐 統率 武力 知力 政治 魅力
祭遵 統率 武力 知力 政治 魅力
景丹 統率 武力 知力 政治 魅力
蓋延 統率 武力 知力 政治 魅力
銚期 統率 武力 知力 政治 魅力
耿純 統率 武力 知力 政治 魅力
臧宮 統率 武力 知力 政治 魅力
馬武 統率 武力 知力 政治 魅力
劉隆 統率 武力 知力 政治 魅力
馬成 統率 武力 知力 政治 魅力
王梁 統率 武力 知力 政治 魅力
陳俊 統率 武力 知力 政治 魅力
杜茂 統率 武力 知力 政治 魅力
傅俊 統率 武力 知力 政治 魅力
堅鐔 統率 武力 知力 政治 魅力
王覇 統率 武力 知力 政治 魅力
任光 統率 武力 知力 政治 魅力
李忠 統率 武力 知力 政治 魅力
万修 統率 武力 知力 政治 魅力
邳彤 統率 武力 知力 政治 魅力
劉植 統率 武力 知力 政治 魅力
李通 統率 武力 知力 政治 魅力
竇融 統率 武力 知力 政治 魅力
王常 統率 武力 知力 政治 魅力
卓茂 統率 武力 知力 政治 魅力
馬援 統率 武力 知力 政治 魅力
来歙 統率 武力 知力 政治 魅力
韓歆 統率 武力 知力 政治 魅力
朱鮪 統率 武力 知力 政治 魅力
龐萌 統率 武力 知力 政治 魅力
蘇茂 統率 武力 知力 政治 魅力
彭寵 統率 武力 知力 政治 魅力
ケ奉 統率 武力 知力 政治 魅力
劉楊 統率 武力 知力 政治 魅力
劉秀(BC6〜AD57)
後漢光武帝 世祖
統率82 将軍としての敗戦は一度だけで、部下への指揮能力も高い。
武力96
歴史上を見ても10万の大軍を率いてもなお自ら斬り込む皇帝は光武帝ぐらいではないか。
あの項羽ですら追い詰められなければこんなことはしない。
ところが光武帝は明らかな勝ち戦さで最強のメンツをそろえた上で自ら斬り込んだのだ。一度ならず。
銅馬軍の中を平気で巡回したり、危険を無視して微行を続け、
百万大軍に三千で突入した強心臓ぶりも、真の武力の裏付けがなくてはとうてい不可能であり、
まさに"其勇非人之敵"、人間の域を超えた戦士である。
知力77
敵を徹底して戦争でつぶす方針は駆け引き上手とは言えない。
本人も殺しすぎたことをずっと後悔している。
怪しい予言書をまじめに研究したりするのも減点。
政治92
民政の判断は素晴らしく文句なし。
法律、経済、教育すべて民衆のために徹底していた。
魅力98
皇帝即位後の外様将軍の離反を除くと、部下に誰一人反旗を翻すものもなく、
引退させるのにも、何も言わずに部下が察して身をひいてしまう。
あるいは家臣は勝手に行動するのにそれが光武帝の意にかなってしまうなど、
家臣団の結束の高さは驚異的。
特殊能力
だじゃれで周囲の緊張を解き部下を増やす
だじゃれで美人を口説いてふられる……そらふられるわ
能力値の話題は色々荒れそうだが、どんなもんでしょ。
他力本願になるが、自分はエロい人がシコシコ作ってくれたデータがあれば
独断でつくったものでも暫定値でもいいから、それをありがたく頂戴したいと思ってる
能力値を議論し出すとエンドレスになるはず
杜茂が強過ぎ。
>>58 他人に押し付けなければ、OK
個人的には光武帝はもう少し統率ありそう
コーエー的には武力は個人武勇、統率は軍の強さじゃない?
誰か三国志10か11で新末〜後漢の武将たちの新武将データ作ってうpしてくれないかな
名前だけで自分は断念した
68 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/11/08(日) 18:22:01 ID:x9Qakyv10
そこの80書いたけど、中国ですら慣用表現にならなかった話を
日本人が成句にするのはやっぱり不自然だと思うよ
後漢書は奈良時代には日本に来てたけど、そこから賈復の話みたいな
ハッキリ言ってどマイナー、マニアックな逸話を抽出して成句をつくるほど
後漢書が日本で読み込まれてたわけじゃないだろう
十八史略とか蒙求とかの初学者向けの本に収録されてる話でもないし
もっと前に来てるだろ。
日本書紀の壬申の乱・瀬田の戦いの記述に後漢書光武本紀からの丸写しがある。
おいおい
日本書紀がいつ書かれたと思ってんだよ
http://ci.nii.ac.jp/naid/110007172940/ Kibino Makibi 吉備真備, who returned to his own country in 735,
was the first to bring Hou Hanshu 後漢書 to Japan as a result of the examinations.
Particularly noteworthy in mentioning Hou Hanshu is the importance of clarifying problems
about the title of the book and the source of Nihon shoki 日本書紀.
70が面白いこと言っているので確かめてみた。
両方ともインターネットで探し出せるので、その気になればすぐに出来た。
『後漢書』光武帝紀第一上より
遂圍之數十重、列營百數、雲車十餘丈、瞰臨城中、旗幟蔽野、埃塵連天、鉦鼓之聲聞數百
里、或為地道、衝輣橦城。積弩亂發、矢下如雨、城中負戶而汲。王鳳等乞降、不許。尋、
邑自以為功在漏刻、意氣甚逸。夜有流星墜營中、晝有雲如壞山、當營而隕、不及地尺而散、
吏士皆厭伏。
▲『日本書紀』巻二八天武天皇元年(六七二)七月辛亥《廿二》◆辛亥。男依等到瀬田。
時大友皇子及群臣等共營於橋西而大成陣。不見其後。旗■蔽野埃塵連天。鉦鼓之聲聞數十
里。列弩亂發。矢下如雨。其將智尊率精兵以先鋒距之。
なるほどね。
73 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/11/24(火) 06:47:17 ID:p70JNPBu0
時代は下るが、菅原道真が「我はこれ煢煢たり鄭益恩」とか言ってたりして、
古代日本での後漢書の意外な普及ぶりには油断がならないな。
鄭益恩ってのは鄭玄の息子で、後漢書でもほとんど触れられてない。
74 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/12/12(土) 10:46:08 ID:+ekjklYm0
75 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/12/12(土) 18:48:57 ID:4gxE3Mm50
漢字検定協会が民主党政権を「新」に例えて非難したことから
ネット上で王莽の事跡が注目を集めているそうだ
76 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/12/13(日) 18:47:57 ID:0XAEznOy0
劉隆が脱税で捕まった時に連坐して死罪になった10何人のうちに王元が入ってる気がする
今日のやる夫見て思いついた
>>76 王元が死んだ時の官位は東平国相なので、
劉隆の南郡とは任地が離れすぎている。
完全に別の土地の事件なので、連坐しようが無い。
連坐は語弊があった
嘘の申告が各地で流行ってた時期の事と思ったていう話
やる夫光武帝しかしらない超にわかな俺の三國志11での二十八将の特技妄想
トウ禹 眼力
呉漢 騎神
賈復 威風
耿エン 鬼謀
寇恂 屯田
岑彭 心攻
馮異 洞察
朱祐 補佐
祭遵 名声
はいはいチラ裏チラ裏
ゲームしないから全く分からない。
きっとあってるんじゃない?とテキトーに言ってみる。
ただ特技の意味合いと、必要性が分からない。
しょせん、マニアックな人々から高評価を得る会社の作るゲームに、意味を求める方が悪いとは思うが。
光武帝 覇王
と乗ってみる
11が出てからずいぶんなるが、続編も新シリーズもなしかな?
>>81 昆陽のイメージだと飛将もありかなぁ。
大軍をすり抜けて王尋隊を撃破する感じ。
>>82 そろそろあるんじゃないかなぁ、と、天道出たから期待しつつ。
読売新聞朝刊の次期連載、宮城谷で光武帝だとか・・・
今度は前漢景帝あたりから始まるかな
長沙王の出生秘話とか
読売とってないからわからないけど、本が出版されるまでは二・三年かかるんだろうな
連載始まってるのにやる夫光武帝スレとのこの差のありすぎは一体…。
90 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2010/02/20(土) 14:32:16 ID:ZkiuCQm60
匈奴との戦いで活躍した耿恭て武将は耿弇の親族?
おお、ありがとう
光武帝についてのwikiの頁を見てたら、その記事だけで天才さが分かる皇帝だって思った
諸葛亮が光武帝をベタ褒めしていたみたいな話しあるけど
金楼子って信憑性のある書物なのかな
曹植の立場考えると
曹植と諸葛亮が文通できるタイミングなんてなかったと思うけど
「論光武」の話なら、文通と紹介されることが多いが、原文を見る限りでは曹植が漢の二祖を比較した文を発表した文に対し、
「曹子建はこう言っているが〜」という形で世祖の功臣を弁護した文。
まぁ、昔の論壇みたいなものさな。
三国時代には「名士界」というか、名士間ネットワークみたいのがあったという話があるから、その流れだろう。
それが貴族制に続いていくことを鑑みれば、国家横断的であることも見えてくる。
塚本光武帝は読了してたのかな。
臣光曰く、
教化は国家の急務也、而るに俗吏は之を慢る。
風俗は天下の大事也、而るに庸君は之を忽せにす。
夫れ、惟だ明智の君子のみ深識長慮にして、
然る後に其の益の大を為し、而うして功の遠きを収めるを知る也。
光武は漢が中衰して群雄が糜沸するに遭い、
布衣より奮起して、前緒を紹恢し、四方を征伐するも、
日に暇を給わず、乃ち能く経術を敦く尚びて、儒雅を賓延し、広く学校を開きて、礼楽を修明せり。
武功既に成り、文徳亦た洽し。
孝明、孝章は先志を遹追するを以って継ぎ、雍に臨みて老を拝み、経を横にして道を問えり。
公卿、大夫自り郡県の吏に於けるに至りては、咸な経明行修の人を選びて用い、
虎賁衛士も皆な『孝経』を習い、匈奴の子弟も亦た太学に遊ぶ。
是れを以って上に於いては教えが立ち、下に於いては(風)俗成る。
其の忠厚清修の士、豈に唯だ搢紳に於いて重きを取り、亦た衆庶に於いては慕うを見る。
愚鄙汚穢の人、豈に唯だ朝廷に於いて容れず、亦た郷里に於て棄つるを見る。
三代既に亡びて自り、風化の美、未だ東漢の盛んなる若き者有らず也。
孝和以降に及びて、貴戚が権を擅にし、嬖倖が事を用いて、
賞罰に章無く、賄賂が公に行われ、賢愚が渾殽して、是非は顛倒するを、乱と謂うべき矣。
然れども猶ほ綿綿として亡ぶに於けるに至らざる者、
上に則ち公卿、大夫袁安、楊震、李固、杜喬、陳蕃、李膺の徒有れば、
面引廷争して、公に義を用いるを以って其の危うきを扶け、
下に則ち布衣の士符融、郭泰、范滂、許邵の流有れば、
私に論を立てるを以って其の敗れるを救えり。
是れを以って政治濁ると雖も而うして風俗衰えず。
觸を有して斧鉞を冒すに至りて、
前に於いては僵れ仆して、而るに忠義を奮発し、
後に於いては継がれ起こり、踵を随えて戮に就き、死を視ること帰るが如し。
夫れ豈に特だ数子の賢哉、亦た光武、明、章の遺した(王)化なり!
是の時に当たりて、苟しくも明君作って而して之を振うこと有れば、
則ち漢氏の祚は、猶ほ未だ量るべからざる也。
不幸にも陵夷頽敝の余を承りて、桓霊の昏虐を以って重ねり。
奸回を保養すること、骨肉に於いて過ぎ、忠良を殄滅すること、寇讎に於いて甚だし。
多くの士の憤りを積み、四海の怒りを蓄える。
是に於て何進は戎を召し、董卓は釁に乗じ、袁紹の徒が従いて而して難を構え、
遂に乗輿をして播越せしめ、宗廟は丘拠し、王室は蕩覆し、烝民は塗炭し、大命は隕絶して、復た救うべからず。
然るに州郡に兵を擁し地を専らにする者、互いに相い呑噬すると雖も、猶ほ未だ嘗って漢を尊ぶを以って辞と為さず。
魏武の暴戻を以って強伉し、天下に於て大功有るを加え、其の無君之心を蓄えること久しき矣、
乃ち身の没するに至るまで敢えて漢を廃して、而うして自立せざるは、豈に其の志の欲せざる哉?
猶ほ名義を畏れ、而して自ら抑えるのみ也。
是れに由りて之を観るに、教化安くんぞ慢るべく、風俗安くんぞ忽せにすべき哉!
猶ほ未だ嘗って漢を尊ぶを以って辞むると為さず
だろうか
>>99 資治通鑑/卷六十八ですね。
光武帝万歳? 東漢時代は末代まで初期の薫陶が生きていたと、おっしゃりたい?
何か言いたいことがあるから書き下したんでしょう?
それを教えて下さいな。
そこまでネチネチとつっかかることなのか?
単純に関連の部分邦訳しましたレベルかも解らんし。
ねちねち?
慇懃無礼な態度をそう評したつもりだが。
>>101 元々、小説とかで悪いとこばかり挙げられてた後漢には
地味で駄目な王朝という先入観があったのだが
それを最初に啓蒙してくれた文章を書き下ろしてみた。合ってるかは自信なし
>>102>>104 お気遣い頂き感謝するが、この程度は普通じゃないかな?
光武帝に匹敵するエンペラーって誰よ?
カエサル?トラヤヌス?
109 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2010/09/17(金) 23:53:54 ID:D6huwws80
やる夫の光武帝の作者は気持ち悪い
光武帝も変な奴に目を付けられてしまったか
マジで消えてほしいと思う
110 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2010/09/18(土) 07:29:47 ID:zgZix2xV0
俺もおもった
調子にのりすぎだな、あのバカは
まあ、光武帝は元から地味だからこれで光武帝の評判は傷つくことはないから
もしそう思っていたら安心しろ
題材の対象にされるのは仕方がないのさ
やる夫光武帝を楽しく読んでた身として、
そこまで言われるのはちょっと残念…。
かなり詳しく調べてあって、光武帝周辺の歴史の
流れとかもよく分かったし。
まあ、感想は個人の自由だけどさ。
112 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2010/09/18(土) 21:21:06 ID:oylw80Ja0
ただの嫉妬だろ
李世民スレの誹謗中傷と同レベル
光武帝を神聖化するあまり、理想に完璧にあてはまらなければ、全て貶めればいいと考えているだけの連中
自分ではなにもできない、歴史知識も全くない、反論されればすぐに逃げる
無視するに限る
自演やるならもっとうまくやれよ
>>109-110 脳味噌の代わりに糞の詰まったおまえの頭には酷な注文かもしれんがなw
どれ程の出来であっても「だのォ!」「だわァ!」よりはマシと思えば腹も立たぬわのォ!
115 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2010/09/19(日) 17:28:42 ID:LoLmtY/b0
ふん、こんなにも釣れてやがるwww
李世民厨はほんとしつこいね
やる夫で光武帝なんてただのクズネット小説さ
当然俺はそんなもん以前から光武帝をよく知っているよ
テメエらはニワカだがなwww
「だのォ!」「だわァ!」「ですなァ!」 の塚本節、
なんかレスに出てくるだけでニヤっとしてしまう。
口に出してみるとさらにおかしい。
119 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2010/09/19(日) 23:00:43 ID:LoLmtY/b0
勘違いすんな
俺は李世民厨じゃねえ
低能www
なんで光武帝のスレで李世民厨という単語が出てくるのか理解に苦しむ。
全然違う時代で関連性が全くない人物の厨の話題になぜなるのか?
121 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2010/09/19(日) 23:23:00 ID:VcFnOxZe0
確かに、112の俺は違うな
俺の文章を見てそう思うってことは
光武帝信者に、
@光武帝に関する批判を全て李世民信者によるものと思いこみ、
理想の光武帝像を描けなければ、光武帝ファンすら叩く信者
A光武帝ファンには、そのような人物は存在しないと思いこみ、
@叩きすら、アンチの自演工作としか受け取れない信者
がいるってことだな
Aも傍観してから、流れから書き込んだとしたら、質が悪い
どっちもどっちだな
やる夫の人が見てたら傷つかないかと思って書き込んだが、もう放置するわ
信者同士争っててくれ
俺は、そのすべてのレスに「長文を書いていて、かつ読点はうつのに句点は打たない」という
珍しい特徴があることから同一人物と判定しただけなのだがね。
どんな意見であっても、大樹将軍みたいに、
ほんわかまったりといきましょうよ。
とげとげせずに。
125 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2010/09/20(月) 00:39:46 ID:IpAtPjpK0
うっせーよバーカ
考察なんかしてほんと暇人だな
やる夫なんか死んでくれ
スルーできない沸点の低いやつらだなあ
なんかいたずらがばれて怒られたやんちゃ坊主みたいだな。
拗ね方が子供っぽくて可愛い。
127 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2010/09/20(月) 01:33:08 ID:IpAtPjpK0
まだスルーすらできない奴が残っていたか
まあ、いいじゃまいか。ここは過疎スレ。
題材としては、物凄く面白いし、後日、後漢は3代目まで名君が高い時代に突入するのに
なぜか、小説は少なく、マンガは皆無
やっぱり、光武帝が神がかってる強さのせいかな
王郎以外強敵らしい強敵がいなくてほぼ無双状態だから、
盛り上がりに欠けるんだろう。
ちゅうか、昆陽の印象強すぎでそのあとが……。
概説書でそのあとの統一戦ガン無視されるし。
王郎も純粋に実力だけで劉秀を追い込んだというより、
うまく時流にのっただけのように見えるし。
名前のイメージが悪いんじゃね?>王朗
三国志の……
134 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/13(水) 23:50:53 ID:Bco4B7Rf0
やる夫光武帝はマジで感動した
シナの歴史に初めて興味持てたよ
135 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/14(木) 00:25:55 ID:3mdodPb40
黙れ
クソ野郎
消えろ
なんだ。ただのやっかみか。
やっかみというか、ただの荒らし。
138 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2010/10/14(木) 23:47:37 ID:3mdodPb40
やっかみでも荒らしでもなく、自分の本心をカキコしただけだ
そんなことも読み取れないのか
勝手に決めつけてんじゃねえ
消えろ、バカ共め
やる夫光武帝の作者さん、またなんか始めてくんないかな。
流れるように繰り出すギャグが結構面白かった。
ちょっと幕間とか蛇足が多すぎる気がするが、まあ良作の部類だね<やる夫光武帝
141 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/02(火) 21:30:37 ID:ZEmicalF0
>>139 俺もあれのおかげでハマった
今では光武帝信者です
142 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/03(水) 02:37:06 ID:jL5ZrcGr0
google検索で「王莽」って入れると三番目に「王莽 鳩山」って出て来るんだよな。
ってことは、もうすぐアノ人が現れるのか!?
やっぱみんなそう思うのか…
鳩山の政治活動見てて、すごく王莽っぽいなぁと思ってた。
無能な理想家は、有能な性悪(曹否みたいな)よりよっぽど大迷惑だとよく分かった。
>>142 王莽が自民(前漢)から政権取った鳩山、
更始帝が管直人とすると、そろそろ光武帝が現れてほしいもんだな
現れないだろうなぁwwwww
え〜。光武帝が自民党再建するの〜……
サイアクじゃないかそれ
まぁ経団連みたいな寄生虫を打倒するなら、自民党でも支持しまくるんだけどね
奴隷解放はこの際、ワーキングプア解放という感じで
光武帝って軍縮やるよね
>>143 王莽と鳩山の違いは、王莽は長い間政権を握ってて内乱を引き起こしたけど、
鳩山はあっという間に退場したって事だな。
148 :
尖閣ビデオついにニコニコ動画・youtube等に流出:2010/11/05(金) 02:05:49 ID:1sNgkdMm0
>>147 鳩山はさっさと退場したけど、菅は鳩山よりひどいからなぁ・・・。
管もどうせ長くは無いよ。王莽のように「本人が死ぬまで完全独裁」って事には、絶対ならん。
王莽の一番困った点は、軍事力をもってこいつを殺す以外に、こいつの政治を終わらす方法が無かった事だ。
王莽と鳩山を比較するのは失礼
というかそもそも戦後日本政治史に王莽に匹敵する人物は居ない
151 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/09(火) 02:18:33 ID:k8JYOvkE0
いや、王莽は反乱に負けたんですけど。
日本人の無能さは異常だよな
戦後の日本人なんてアメリカ様のおかげで金持ちになったに過ぎないのに
増長するからこうやって落ちぶれる
日本は叛乱によって政権が転覆していないからな
戦後といっても、中核は戦前が継承され、統治理念が
外圧によって上書きされただけだから、民主主義といった
ところでお上尊重天皇崇拝は相変わらずだよ。
もっとも今の体たらくは、バブルを忘れられない企業様の
銭亡者的思想から来ており、またそれをおおっぴらに批判
しない国民性も大きい。
企業は国際競争力を免罪符に企業利益を最優先している
わけで、今回の流出動画に関しても、中国に気を使ったような
対応は、実は経団連の意向が大きいんじゃないかと勘ぐってしまう
って全然関係ない話だけど、言わせてちょ
154 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/09(火) 19:30:59 ID:X/BpWA3s0
平帝=麻生
王莽=民主
劉玄=谷垣
ってところじゃないの?
で、劉秀は兄貴と同じ時に、マスコミと検察の力で未然に抹殺とw
日本人は職人気質だから、上の方針が定まっていると強いけど、
上が、既得権益者への利権授与と、外国への見栄張りバラマキの
相手先の違いを競っているだけじゃね・・・
こういう場合、職人気質は、自分の首を絞める方向に・・・
日本人は猿真似とポリシーのなさだけは素晴らしい
それ以外に特技ないよね
すぐにプライド捨てて真似したり媚びたりする精神の安っぽさでは世界一
それ以外の能力は特にないね
>>155 日本のは確かに最初は猿真似だが、やがてはオリジナルを凌駕してしまう
という刮目すべき一面がある。
それは
>>154も言っているように、目的が明確なら「一所懸命」を地で行ける
からだろう。
そう一方的に貶めるレスをすることもないと思うぞ
一所懸命って何?そういう下らない精神論ばっか尊ぶから落ちぶれてるんじゃないの?w
努力原理主義みたいなくっせーお前らのゴミクズ思想のせいで糞国家になっちゃったんだけど
反省しろよ愚民ども
目的やできる環境を与えられてもできないヤツはできない
今の日本にはその手の類が繁殖しているがな。
ニートがその代表だが。
精神論を尊ぶと言っても、進取の目的が民意に結びついたとき
どれだけその成果を伸ばすことができるか、という意味で日本人の
一所懸命ぶりを称えたのであって、盲目的・無批判に従事することを
言っているのでもないし、上からの抑圧を賛美する意味でもない。
反省すべきなのは、その批判を横に置くとしても、努力というものを
毛嫌いして最初から軽視・無視あるいは悪徳とする極端な思考をする
方がこそだろ。
慢性的に日本国家がクソなのは同意だが、民主主義を掲げる日本に
おいて、その責任は国民の怠惰(政治的無関心と精神的停滞)にも比重が
大きい。
それをなんぞ、他人事のように語るのは一体何者だ?
>>158 日本人が他国の人間と比較して一所懸命であるという客観的データを出してくれ
客観的に評価したら他人事扱いかよ
お前こそ主観は要りすぎて説得力ゼロなんだが
一所懸命って何?言葉の定義がはっきりしないようないい加減な精神論振り回してるだけじゃん
頭悪すぎる
日本を評価する際に、「日本人がたっぷりと主観を込めて無形の価値を評価してみました」
「なるべく客観的に評価してみました」
確かに後者は前者に比べたら「他人事」かもしれないねw
しかし、物事の評価というものは客観的でなければ信頼には値しない
その行為を否定する意義ってどこにあるの?
君が気持ちよくなりたいだけなら、それで良いだろうけどw
俺たちは日本人なんだから、良くないところも無理矢理精神論で守り立てていかないといけない!
こういう発想は果たして有意義なのでしょうか
ただの現実逃避では?
他人事の意見を率直に聞けなくなった、増長した人間が落ちぶれるのは
歴史的にも良くあることだよね
ん。触ってはいけない人だったか。
失礼
はい、長考した挙句反論できないから敗北宣言来ましたっと
レッテル貼りするだけなら小学生でもできるよね
本当に「触れてはいけない人」だと思ってるなら
>>163みたいな捨て台詞を言う意味はないよねw
反論できずに悔しくて仕方ないからレッテル貼って逃げました、ってお前の気持を
その書き込みが如実に物語っているよ
光武帝好きな人って大体みんなこんな感じなのか
スレ違いの日本人論がウザいので、違うネタを振ってみるか。
王莽の一族の王丹って人が、光武帝の将軍になって戦死して、子が列侯に封じられてる。
他に王莽の従兄弟王コウも光武帝に降伏して、子が取り立てられてる。
王一族でも後漢の時代まで生き残った人もいたんだな。
>>167 光武帝のご近所さんも多いからな
けっこうつきあいもあったらしい
南陽郡は王氏関係の領地がたくさんあった
何の中身も脈絡もなく、スレの趣旨に絡める気もない、日本を貶すだけの明らかな煽りから、
君はどうやって「光武帝好きな人」であるということを見て取ったのだ?
最近の光武帝アンチは根拠レスなエスパー発言が多すぎるぞ。
呉漢って光武帝の配下ではすごい異色の人物だよね。
配下の規律は悪いし、独断で殺戮を行うし。
光武帝の方針や好みとは違う人材だと思うんだが、
あそこまで重用されたのが不思議。
呉漢はスケープゴートにされただけ。
全て光武帝の命令だよ。
光武帝好きな人ってry
>>172 まぁ、明らかに未必の故意レベルはあったことが見て取れるしねぇ。
謝躬の件といい、劉尚による「存在しない」南蛮の反乱制圧の件といい、
敵地を住民ごと容赦なく干上がらせる手立てといい、
対立した高句麗の名君兼名将の戦争中の不審死といい、
光武帝は直接書かれてること以外から窺われる策略・戦略を含めて見ると結構黒いよね。
知略に長じていたことの証左でもあるんだろうけど。
小泉進次郎(爆笑)
このレベルの奴が歴史語ってるのか
能力的には足元にも及ばないって書いてんじゃん。
理念とか実績は置いといて、今いる政治家で
消去法で考えて他に存在感ある人いないし…
まあスレ違いぽいんでもう書きません。
失礼しました。
劉尚って対隗純戦で唐突に登場して、それから五渓蛮との戦いで戦死するまでエース級の活躍するけど、
それまで何してたんだか良く分からん。宗室って以外、何者なのかも不明だし。
侯進と同じぐらい謎の人物。
扱われ方や劉秀の発言を見る限りだと「なんとなく」南陽劉氏の一門っぽいんだけどね。
宗室であれだけの活躍なのに何故あんなに色々と不明なのかもさっぱりわからん。
或いは子孫関連で范曄の方に都合が悪いことでもあったか。
>>177 中英板のスレに現れてはめちゃくちゃなこじ付けをして、偏狭なナショナリズムを鼓舞している奴だから、気にしちゃだめ。
コピペの一部改変みたいな感じで、スレにあわせた話題に無理やりしてる感じ。
つーか、こんなのと同じレベルと思われたくない。
劉植の一族は、一族の頭領が死ぬたびに新しい頭領が将軍に任命されて、
列侯に封じられてるんだが、将軍は列侯じゃないといかんという決まりでもあるのか?
やはり劉姓が優先されんじゃね?
全然話違うけど公孫述=劉備のイメージ
公孫述はむしろ長生きした劉焉ってイメージだな。
官僚として蜀に赴任して、自力で蜀を領国にして、
中央にちょっかい出し続けたことや、
政治・謀略に優れてるけど、軍事は人任せなところとか。
直接の戦闘はともかく、包括的な意味での軍事・戦争には公孫述は劉焉より秀でてそうだけどね。
隗囂支援に力を注いだり、残党をしっかり吸収したり、
白帝城みたいな要地に要害建設したりする手腕を見るに。
大きな失策のない公孫述が劉備と違ってあっさり滅ぼされたのは
孫権役がいなかったからのような気がする。
隗囂が涼州じゃなくて南方に割拠するかケ奉が南方豪族の盟主
になるみたいな展開だったら、もう少し話が盛り上がったかも
秦豊・李憲どちらも小粒だし。
秦豊は相手が悪すぎるし相手が来るのが早すぎるし、李憲に至っては挙兵から一、二年で
・南方に展開しようにも既に荊州南部に進出した傅俊が穎川突騎を用いて揚州制圧にかかっている。
・争奪戦を繰り広げようにも同時に光武帝自身が行幸の名の下に背後の寿春に五千の兵を率いて入ってる。
という詰んだ状態になってるから、本当に当人が小粒だったかどうかは解らんけどね。
彼らは準備期間が短すぎた。
ケ奉がいれば確かに別だったろうなぁ。
一年で滅ぼされるには惜しい逸材だった。
ただ、その想定だと隗囂とワンセットの方がいい気がする。
隗囂は人望もあるし、腹芸もできるから、ケ奉を支配下にすることができれば結構な勢力になる。
李憲も将軍としては実績があるようだし、兵力は結構なものだ。
あとは、ケ奉も隗囂も水に関する逸話が無い辺り南方の利を生かせるかが心配だな。
逆に光武帝と岑彭に水上攻撃の逸話があるのがなんともはや。
あとは日南郡だったか交州だったかの長官が陰氏なのがな。
この人がどっちに付くかで変わってくるかも。
そろそろ南方交易も結構な利益を上げてくる頃なはずだから。
あと、陸氏や鍾離意あたりの南方人士が軒並み南方につくと考えるとそう悪くないのかな?
188 :
名無しさん:2010/11/15(月) 02:26:45 ID:idz36rFY0
光武帝が中国の皇帝だったら占領されてもいい。(中共はやだ!)
>>187 南方には大勢力の交趾牧ケ讓がいたが、岑彭との交渉で配下の江夏太守の侯登、武陵太守の王堂、
長沙の相韓福、桂陽太守の張隆、零陵太守の田翕、蒼梧太守の杜穆、交趾太守の錫光とともに光武帝に降伏した。
>>188 光武帝の死後数十年で外戚が跋扈し、宦官が跳躍し、地方は疲弊。
王朝末期には戦乱が続く大分裂時代の始まりを迎えます。
>>189 荊州南部から交州にかけての地域を支配してる大勢力か。
なにげにケ讓って大勢力なのな。あっさり光武帝に降らず、
公孫述とかと連携して戦ってれば面白かったかも。
それこそケ奉生きてればあり得たかもな。
そこら辺の親戚筋だから。
ケ奉がもうちょっと大勢力だったら、ケンシロウとラオウの親族対決
みたいに漫画的な展開になったかもしんないんだけどな。
陰麗華がユリアの役回り
194 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/25(木) 05:01:04 ID:cawUqUdg0
>>191 そうだね。
もし、そうなったら、劉秀の中華統一が後2〜3年は長引いただろうね。
そういや、長江以南の丹陽や呉や会稽や豫章などの地域の情勢はどうなってたんだ?
ここらに割拠した勢力がいないってのは不自然な気がするんだが。
196 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/25(木) 22:40:26 ID:cawUqUdg0
>>195 とりあえず、揚州制圧までの経緯を振り返りましょう。
ケ奉撃破後、岑彭が荊州の長江北岸を制圧して、南岸に進出したあたりで岑彭の率いる南陽諸軍と
傅俊の率いる穎川突騎の二手に分かれます。
そのあと建武三年、傅俊が穎川突騎を率いて陸上から江東を制圧しています。
荊州から揚州南部を経ずに江東を制圧するには、
わざわざ北岸まで戻って李憲の勢力範囲を突っ切るか、
わざわざ北岸まで戻って山岳を避けながら移動して、
九江郡制圧後に長江を再渡江するという奇特な話になりますし、
馬成の李憲討伐の際に揚州南部の兵を用いることが出来ていますので、
常識的に考えれば、揚州南部から制圧していったという結論になると思います。
ぶっちゃけここまでで、新崩壊から四年しか経ってないので、
名を残すレベルの群雄が立つ暇がなかったんじゃないでしょうか。
例えば三国時代ですと、黄巾から孫策の江東進出までで10年以上経ってますし。
>>197 更始帝の汝陰王・奮威大将軍劉信が揚州南部を平定して、
豫章を本拠に割拠してるけど、洛陽に登って光武帝に降伏してる。
>>198 見落としてたなぁ。
『後漢書』によると、桂陽太守張隆に撃破されて、ですね。
まぁ、記述からするに領地を失ってだと思いますが、
そうなると予想外に張隆の勢力範囲は広かったんでしょうか。
>>199 張隆はケ譲の配下だから、ケ譲の勢力と争って敗れたと考えた方がいいんじゃ?
>>200 あ、そうですね。
こりゃ懐柔した岑彭の功績は絶大だわ。
202 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2010/11/26(金) 23:30:21 ID:m8AeXPOj0
岑彭とケ譲は旧知だったようだから、ケ譲も更始帝系列の勢力だったのかもね。
劉信の叔父で関係が深かった劉賜が光武即位直後っぽい時に帰順してるんだよね。
更始帝政権からの劉賜、劉信の離脱が攻撃を招いたのかも。
どうやら、劉信と張隆の交戦は、光武帝の即位前っぽい。
205 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2011/01/08(土) 19:20:32 ID:omKoBz2h0
劉秀最強
軍略面、人格面、全てにおいてナンバー1
中華帝国皇帝三傑
光武帝劉秀 太宗李世民 聖祖康熙帝
207 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2011/01/16(日) 11:33:53 ID:6dJXlO3c0
>>205 で、これを批判すると、
「このレスは、アンチ劉秀の陰謀!」となり、
李世民スレで李世民を同じように誉めると、
「李世民厨、荒らすな!」
とダブスタがなされるわけですね
分かりますw
「一行レスの正体は光武帝厨だ!」の中の人まだ居たのか。
そもそも、李世民好き煽りやってるの、一年か二年くらい前に光武帝スレに来て、
「新末後漢初はレベルが低い」って短レス荒らししてた奴と同一人物だと思うぞ。
誰に対して言ってるかわからないアスペなレスがそっくりだもの。
釣る相手探してるから、特定の主張がしたい訳でも、特定の相手と会話をしたい訳でもない、
まるで作られたコピペのような、感情の所在が伝わらない感じのレスなんだよ。
というか、やっと矛先がそっちに向かない感じになって来てるのにアホなことやるなよ。
多分嬉々としてレスするぞ。
つかいい加減、君の自演を疑いたくなってくる。
というか、もしかして本当に自演か?
李世民スレ見てきたが、短レス荒らしの後もちゃんとフォローが入って双方尊重する流れになってるのに、
わざわざこっちにそんなレスしに来るなんて、こっちが本来のターゲットで、向こうは最近見ていないような、荒らしとしか思えん。
お前本当に李世民好きなのか?
好きならあの状況を知っているはずだと思うが。
というか、向こう、李世民の方が実質能力上という趣旨のレスがあるけど、何の異論も出てないぞ?
>>208-209 なんか、必死すぎてかえって怪しい
あんたらがマンセーしすぎたから、調子に乗っているんじゃないの?
始皇帝や劉邦、李世民をマンセーしすぎるアンチとか見たことがないぞ
書き込みも中英にしては、早すぎるし
そもそも、李世民の話はスレチっていう。
212 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2011/01/28(金) 20:35:30 ID:DIvxIlyCO
あんたらが、というがidみればわかると思うが一人だ。
劉秀に関する極端なマンセー意見なんぞ、それこそ一行レスか、このスレの1スレ目の約一名か、某宣伝サイトの作者くらいしかみたことがない。
あとそもそも、この問題について、マンセーやアンチが関わっているとは考えていない。
居るとすれば愉快犯だろうと考えている。
まぁ、口ではマンセー意見言いながら回りの制止を聞かずに世界史板の光武帝スレを埋め立て荒らしした奴は間違いなくアンチだろうが。
207のように、何でもかんでもアンチだの厨だの決め付ける奴はアホなわけだ
物事を上辺でしか捉えられない
だいたい単発レスをするのは、特にこれという意見を持たない、ただのイタズラ好きだろう
その程度の事も分からないのか
劉秀の外戚対策がどの程度のものかは気になる
呂雉、王莽の事を知ってりゃ、対策していただろうし
かといって、後漢が外戚に振り回されたのは事実だし
どんなもんなんだろうな?
>>214 十万の兵を擁してて、しかも野心が強い郭后の養父の劉揚を殺した。
陰后一族の代表の陰識は無害な人間だったから、高位と寵愛を与えてかわいがってた。
そうやのうて、魏みたいに外戚が政治に関わるなみたいなこと残していないのかなって
217 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2011/02/02(水) 02:31:08 ID:iQ8ryxuv0
そんなもん知るか
自分で調べろ
すぐイライラするのな
王莽って名君なん?
王莽が政治を混乱させたこととか全国で反乱が起こるぐらい不人気だったことは
漢側の史料で描かれた点を差し引いても褒められたもんじゃない、みたいなことを
宮崎市定先生が言ってた
とりあえず、匈奴・西域との外交をしくじったのは大きな減点材料だよなー
222 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2011/02/05(土) 02:07:24 ID:vJwGLK470
劉エン「兄より優れた弟など存在しねぇ!!」
もし兄貴が皇帝になってたら
劉秀はただの諸侯王で終わっていただろうね
寿命(病死)で皇帝に成れなかったのならともかく、政争で負けて皇帝に成れなかったんだから、「もし兄貴が皇帝になってたら」と想定するのはおかしいだろう。
結局、皇帝に成れるだけの実力が無かったんだから。
その時点で劉縯の実力はたかが知れてる。
224 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2011/02/08(火) 00:19:26 ID:y5GC6N0p0
皇帝に成れるだけの実力が無いというのは語弊があるな
ボンクラな劉玄を立てれば操りやすいと指導者達が思っただけ
実力がやばいと危機感を感じたから取り除いたんだろ
だから、そういうのを切り抜けるのも実力のうちだっつの。
>>225 歴史にifを持ち込むな
この一言でおkだと思う
ぶっちゃけあんな初っ端で排除されちゃった劉縯の実力を
どう史料から読み取れっつーんだ
227 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2011/02/12(土) 01:06:04 ID:mSWseWl10
劉縯「なに、俺をディスってんの? いい度胸だな...」
光武帝に関する作品を読んで、なんで光武帝が今まで人気がないか分かった気がする。
・戦争では勇敢、普段は温厚。民衆や味方には優しく、敵には厳しい。戦に強いのに、好まない。
というのが、あまりにもできすぎて、リアリティが感じられない。ある意味、厨設定。
・敵があまりにも雑魚すぎるのが信じられない。戦争だけは強いのが何人かいるだけ。
正史以上に信じられる史料はないが、これもリアリティがない。
もちろん、本当の歴史とは違うと主張できる根拠はなく、実際の歴史上もその通りだったのかもしれないが、
厨設定の歴史ものライトノベルを本気にしているような妙に恥ずかしい感覚がある。
後年の人物が光武帝をあまり語らないのは、こういう背景があったからではないだろうか?
まぁ、戦乱が長引いたのならともかく、光武帝がすぐに再統一しちゃったからなぁ。
政治力を発揮する暇がなかったんだと思う。
雑魚いと言っても他の時代へ行けば、意外と強い事になるかもね。
光武帝って人気が無いと言う以前に業績の割りに知名度が低すぎるよね
231 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2011/05/08(日) 09:45:48.07 ID:B9i9LmTHO
世間の認識は中興の祖程度だろう
232 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2011/05/08(日) 16:58:12.22 ID:uHJkwcr60
中興の祖って、前代のリソースがあるから割と簡単にできそうなイメージがあるんだよなあ
まったくの別物政権なのにな。
全くの別物だけど、劉秀が劉氏じゃ無かったら統一どころか世にでることも無かったかもしれん
横浜フリューゲルスと横浜FCのような関係に近い
姓のよる名望を後押しに使ったってことね。
隋→唐も近いものがあるね
236 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2011/05/08(日) 23:52:19.38 ID:uHJkwcr60
>>233 実際はリソースあるどころか、ほぼ一からの作り直しだったんだよなあ
劉氏と言っても、数ある劉氏の一人に過ぎなかったんだし
劉氏でなければダメだったけど、勝者が劉秀である必要はなかった
新朝が続いてたら、コネと太学卒が理由で三十過ぎたあたりで
荘尤か劉子駿の派閥で辟召され、竇融と一緒に外征将軍兼高官やってたと思うけどね。
様々な方面で才能を示してるし、あくまでも官吏としてはそこそこの野心もあるようだから。
体格が宜しくないから尚書系の役職が限度かもだが。
監察官として実績残してることだし、その流れで結局司隷校尉あたりになったかもな。
執金吾?無理だろ平均身長付近の劉秀じゃ。
赤眉、緑林軍系の天下でも普通に南陽の地縁と太学卒の名望だけで登用されうる。
当時の情勢なら太学卒で監察官の才があるだけでも、地方太守としては名を残せたろう。
こっちだと性格的にも趙憙と類似する経歴送ったかもな。
まぁ、前述のコネがあることや、そもそも劉氏に対する血縁が無くなるために、
反乱に参加する気が無くなるだろうし、出世は遅くなるだろうが。
そんなこんなで、結局名は残してたんじゃない?
名臣としての盛名と、名君としての威名では
やっぱインパクトが違う。
おれら的に
239 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2011/05/31(火) 05:15:05.92 ID:Wi83eHCXO
保守
高橋尚子の座右の銘は「疾風に勁草を知る」なんだってさ
超過疎スレだがここぐらいしか書くところがねえ
新聞小説だと、ついに皇帝になったねぇ〜
242 :
◆dlfMtMhKqs :2011/09/02(金) 06:42:25.20 ID:WzvAM4gL0
243 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2011/09/02(金) 06:52:02.97 ID:WzvAM4gL0
説明不足だったかな
まず、
>>242の上のアドレスをクリックしたら、左の上から四番目のところに「ダウンロード」があるからそれをクリック
で、SEかFEをダウンロード
その次に、
>>242の下のアドレスをクリック
passを入れてダウンロードする(passはa)
そしたら、〜smpと〜snrが出てくると思うからそれを二つとも、マイコンピューターの中のどこかへ移す(自分はマイドキュメントの中にしてる)
それから、最初にダウンロードした戦国史のソフトを開いて、「新規にゲームを開始する」をクリック
二番目にダウンロードして、マイコンピューターの中に移動させた〜snrをクリックすれば出来る
244 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2011/10/24(月) 00:07:29.80 ID:VsbIy58v0
やる夫面白かった!
やる夫って、やる夫が光武帝になるようですってやつか?
あれってこのスレ的にはどうなんだ
マンガで見る歴史という感じで、非常にわかりやすく、ときに詳細。
ほんとに、すごい薀蓄交えてくるので、目からうろこのときもある。
>>245 個人的には傑作
ただ、なぜ光武帝の評価がイマイチなのかが如実に分かってしまう諸刃の剣
あのシリーズはちゃんと経済的な側面とか
豪族荘園とのしがらみや重要性を描いてるのが凄いな
やる夫光武帝は名作だと思うけど今やってる作者の違う続きもの?は結構ひどいな
知識はあるんだろうけど歴史ものなのに人物を極端に善玉、悪玉に書きすぎてる
明帝すら悪役扱いだし
>>249 あれはまあ、別人がやってるわけだから同じようには書けないだろうけど
ヘタに光武帝のキャラ設定を使い回さないで新たにキャラクターを割り振ったほうが良かったような
人物像も極端だし
まあ史実系のスレッドって大抵そうなるんけどね
やる夫光武帝のデキがそれだけ良すぎたって事かも
>>247 これまでも学者やマニア以外には知られてなかっただけで、十分評価高かったし、
あれを読めばますます高まると思うがな
某信者サイトの強烈な幻想とのギャップに失望でもしない限り
>>249 同じ作者の後宮スレは面白いんだけどなあ
後漢代の知識がやや浅いのか、描写が異様に軽くて泣ける
253 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2011/11/06(日) 01:41:50.12 ID:xnavep7D0
そいつは三国志の人物も異様に貶めている
特に曹操、劉備
知恵袋を見れば分かる
だから嫌いだ
はやく終了しろ
後漢初の人の祭遵がただのギスキャラになってて泣いた
宮城谷の光武帝はどうだった?
>>249-250 >>252-254 作劇の為とか言ってるけど、あの人のやり方は酷く薄っぺらな感じになるのよな。
ああいう人は悪役書けないのに悪役作ろうとするから悪役設定がなされたキャラがマジ小物になる。
ヘタなら悪役作らない方がボロが出ないのに。
途中から読まなくなったわ。
善玉や中心に据えるキャラはどうやっても多少なりと共感や理解を出来るようになるけど、
厚みを持った話を作るなら、共感を得られにくい悪役やかませにするキャラこそ、
本当に身を入れて愛してそのキャラの気持ちになって書かないとダメなんだけど。
問題行動してるなら問題行動してるで、当人のアイデンティティ形成について理解し、
読者に理解させて、どういった「当人としては合理的な判断」でそこに至ったのかを考えないと、
悪役としての重厚さが失われるし、当然それに対応して主人公の凄さや正義も薄っぺらになる。
例えば馬援の死後の失脚の件、全部馬援側に有利な解釈しちゃったせいで、
朱勃の馬援擁護の下りで光武帝の喜んだ反応が意味不明でよく分からない精神分裂病患者みたいになってしまった。
実は『後漢書集解』を見るに、「馬武や侯cがあきらかにした」の下りは法律を表す「章」字を使ってて、
漢文ネイティブの清人である『集解』作者は「馬武、侯cは馬援を糾弾した」という意味で取ってるんだよな。
また、「(帝は)ますます怒った」の下りも反語接続でないことから、
馬武らが詳らかにしたのは「馬援を怒る」行動があって当然な証言であったことが伺える。
実は朱勃の上奏も、宋均の弁護も誰一人として「馬援が冤罪だ」とは主張していない。
その主張を入れたのは前漢外戚で後漢外戚と深い関わりを持ち、馬皇后に史料改竄を命じられたことがある班一族だ。
馬氏や班氏は、後漢初に初めて皇女の婿になれた梁氏などよりずっと、外戚としての中央の澱みに近い。
ここから見るに朱勃の上奏に対する光武帝の反応の件は外戚で寵臣の一人だった馬援を守ろうという意図を持っていたと見る方が容易だし、
恐らく、馬援が冤罪だというのは馬皇后の先祖の罪を改竄しろという命令と後の馬融の身びいきで作られた下りで、
そこで光武帝を貶さないように「光武帝が馬援を裁いたのは本意ではない」という朱勃の上奏に喜ぶ下りを挿入したと捉える方が分かりやすい。
「班固は改竄しなかった」とされるが、実は馬何羅の名が改竄されていることから怪しい点は大量にある。
そしてその点から更に梁松に目を移すと、合理性を残したまま「明帝の感情的一面」を挿入することが出来る。
梁松は実は第五倫と同列レベルで助命嘆願が出ており、第五倫伝に「梁松のことと第五倫のことをこれ以上言うな」と諫言を退ける話がある。
梁一族には法家や理数に長けたと言われる人間が多く、梁松も単純に佞臣と捉えるには疑わしい点も多い。
何よりそこで同列に扱われた第五倫は、人材評価に定評のある曹操も実力主義登用の例として挙げた程の名相だ。
梁松も単なる悪玉でなく、道理ある言葉を述べたことを見せ、梁松の一件は明帝の妻の父の復讐混じりの処置として捉えた方が、
史書以上に貶めることなく、全員のキャラやそれぞれの正義を垣間見せる事が出来る。
更に明帝の妻の父への孝による梁松への復讐は、当時の観念から言えば紛う事なき正義であることを伝えることが出来れば、
誰一人貶める必要は無くなる。
誰しもが持っている情念が、全ての正義のぶつかり合いが不幸を生んだとすれば、物語としての重厚さが生まれる。
それを、馬援に無謬さを付加しようとして全てを失ってしまった。
ギャップのせいで光武帝を失望させる原因になってる某信者サイトもそうだが、
無理矢理な解釈で無謬さを作ろうとするのは無謬さの対象も含めてろくなことにならん。
あ、でも祭ユウの時の対高句麗戦の高句麗キャラだけは多少頑張ってまともな敵役になってた気がする。
ああいうのちゃんとやればいいのにと思うわ。
すまん、間違えた。
× ギャップのせいで光武帝を失望させる原因になってる某信者サイトもそうだが、
○ ギャップのせいで光武帝について失望させる原因になってる某信者サイトもそうだが、
>>256 後漢初のあれ自体があまりおもしろさを感じられないのは同意
ただ三国志系も定期的にスレが立つけど
どれか一勢力に肩入れするために他を下げるみたいな描写や補足が多いし
素人にはそれが限界じゃないのかな
256さんほど詳細に資料も読んでないだろうし
あとは読む側がどれだけ鵜呑みにせず、距離感保って楽しめるかじゃないかと
あるいはほんとに詳しい人がスレ内でつっこみいれるとか
そのうちやる夫スレも、考証担当とAA描写の二人組で作る日が来るのかもね
>>256 悪役のキャラ作りが薄いってのは事実だが、いちゃもんつけるような話ではないだろ
魅力的な悪役(好敵手関係)の多い、三国や楚漢みたいな物語の方が受けるに決まっている
新末後漢なんて、陳友諒・張士誠クラスでさえ不在の時代なんだから諦めろ
材料が微妙なもの、いくら上手に料理しようとしても限界がある
あからさまに悪意があるとか
知識が偏ってたりするならともかくね
>>259 なら素朴に事実を書けば良いんだよ。
時代劇ならともかく史劇に悪役や好敵手を無理に作る必要なんて無い。
>>260 明帝やその近隣には悪意を感じたなぁ俺は。
兵と一緒に起居して慕われ、異民族にも慕われた耿秉を明帝の取り巻きレベルとして書くなど、知識の偏りもあった。
>>259 いや、その陳友諒・張士誠クラスでさえ不在の時代って奴を
やる夫光武帝の人は上手に料理して面白く書いてたからこういう批判がでてるんだと思う
明帝・章帝の代も光武帝の人が書けば面白くなりそうなんだけどなあ
ほんと書き直してほしい
つか光武帝の人が巧すぎるだけで
あの人が特殊なんだよ?
ハンニバルにしろ、家康にしろ、光武帝にしろ
AA系スレはあの辺が頂点で、あの辺を平均ととると痛い目見るよなあ
でも、あの続編の人のせいで、明帝・章帝が暗君枠で挙がるようになったから罪が深い
そういえば新の時代って官吏登用はどういう方法だったの?
郷挙里選のままなのか?
明帝様は地球史上最高クラスの内政王だと認識していたのですが悪役ですか…
初代が功臣をたいして誅殺していない中、自分がそういう汚れ仕事もしなきゃいけないのにたいして殺すことなく初代からの生き残りを使いきり
他の政治を舜様に任してようやくやり遂げた禹王のやったことを大規模にしてしかも負債を残すことなくやり遂げる。
本人の戦は上手いとは言えないが部下に任せて異民族を防ぎ征服もする。
有能な人間(貴族、豪族)の扱いがちょっとおかしいだけで庶民から見れば一番仕えたい君主と言わざるを得ないのですが…
日本で一番まともな2代目徳川秀忠とついでに家光でさえ明帝の前では小物でしかないと思っていたのに。
現代に直すとやっぱり皆会社で自分の出世の基準がちゃんとしているかどうかの方が
会社が続いて皆が職を失わないということより大事だと思う勘違い野郎が多いということでしょうか。
267 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2011/11/13(日) 04:28:57.84 ID:ZwEdh4lRO
このスレ的には宮城谷の光武帝どうだった?
宮城谷の光武帝、下巻発売が12月10日だから、それから3日後くらいに
まともな感想が上がるんじゃない? 読売新聞で読了している人は少な
そうだし。
確かにまとめて読む人のが多そうだな
>>267 読売読破だけど最後が駆け足すぎて残念かな
272 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2011/11/27(日) 04:52:48.86 ID:Z3jdPzZ30
とても面白くためになった
さすが宮城谷先生だ
中国人にもこんな凄い人がいたことを初めて知った俺は勝ち組
>>266 俺には、あのスレの明帝は少しばかり対外政策に消極的なだけなんだよって印象しか受けなかったけどな。
功臣が失脚させされた理由もそれなりに納得がいったし。
274 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2011/12/02(金) 02:06:25.72 ID:HQHPUM+i0
と、キモメンが申しております
ワイが聞いた情報によると、もうじき中国はバブルがはじけて昔の貧乏な中国に戻るらしいで
もう経済は破綻してて、取り戻すのは無理なんだそうや
その世界ではごっつい有名な政府関係者筋から聞いた確かな情報やで
まあお前ら頭の良い連中には、今さらなくらいのネタやな、
お前らからすればもう常識的なくらいの知識やろ?
276 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2011/12/04(日) 22:54:36.77 ID:bCINDW9Y0
やる夫はクソ
やる夫は豪族連合政権説に親和的な感じだったし
終盤には儒教国教化の話もボチボチ出たけど
その頃からアンチ的な書き込みを見かけるようになったなあ
世界史板の漢王朝スレで見たときはまだありうるかなあと思ったけど
一般書籍板の新聞連載小説スレっていう
実質的に草原の風スレになってたスレで見かけたときは流石に引いたよ
そういえば某サイトは極端なアンチ儒教のアンチ豪族連合政権説だった
278 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2011/12/05(月) 03:15:10.80 ID:FXGg53i70
と、やる夫作者が申しております
あったあった
何であんなに某サイトを信奉できて、やる夫の方を否定できるか不思議だわ
280 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2011/12/06(火) 21:04:38.78 ID:NXoTRnAL0
やる夫信者UZEEEEEEEEEE!!!
アンチ撲滅活動に必死www
李世民スレのこのレスの最後も不自然な流れのような
前レスで「布教サイト」っていえば、すぐに分かるだろ。なぜ、陰口になるのか
わざわざ、直リン貼れというのか?
619 :名無しさん@お腹いっぱい。:2011/11/19(土) 21:27:07.58 ID:+RuuDJD50
>>618 くしくもの年号に符号するレス番だが……w
>>自分は、李世民の方が光武帝より、はるかに歴史を大事にした大度と実力のある皇帝だと主張しており、
>>光武帝マンセーの言っていることはでたらめだと述べているだけだ
前半は別にいい。
そう思い、その結論に足る根拠を今まで書いていたのだから。
その解釈の正当性、それに対する批判・反論は別にして。
しかし後半はどうだ?
光武帝をマンセーしてでたらめ言っているのは具体的に誰(どこ)なのだ?
たしかに、一方を持ち上げ、自己を投影して自分が偉くなったような錯覚を
楽しむため、もう一方を不当に貶めるようなことを書く者は、2ch内ではその
例の枚挙に暇がないだろうが……
また「あのサイト」ってのも意味がわからん。
相手が不在のところで陰口言い合うスレですか?
283 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2011/12/07(水) 02:03:14.40 ID:BxQRg1qg0
やる夫と李世民厨はどっちも氏ね
非常に迷惑だから
>たしかに、一方を持ち上げ、自己を投影して自分が偉くなったような錯覚を
>楽しむため、もう一方を不当に貶めるようなことを書く者は、2ch内ではその
>例の枚挙に暇がないだろうが……
テンプレみたいに毎度言われる「曹操は実は〜」「孔明は戦下手」とかですね
わかります
285 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2011/12/14(水) 19:25:43.58 ID:6VEqKd8m0
光武帝はいい加減に特集され注目されてくれ
光武帝より遥かに能力の劣る劉邦と劉備が有名なのはひどく不公平すぎる
286 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2011/12/14(水) 19:50:16.00 ID:pv+b4fDU0
能力劣るのかな・・・
安易に時代が違う人物を比較するのは難しいと思う。
知恵比べにもいるけどさ・・・・・
287 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2011/12/14(水) 19:52:48.41 ID:pv+b4fDU0
宮城谷の草原の風でも、
孫策みたいな奴が、いなかったことは幸運だったと書いてあったように敵にもよるし
出自も違うしな・・・・
曹植と諸葛亮の見解的には劉秀>劉邦は確定なようだが。
劉備は全くタイプ違うからなんとも。
劉邦も人事起用の的確さと起用に関する度量に関しては間違いなく劉秀や曹操を上回ってると思う。
289 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2011/12/15(木) 00:41:51.31 ID:9Lqqbe+sO
注目されるには能力よりも物語性が大事だからな
なんだかんだいっても「項羽と劉邦」「三国志」は面白いわ
劉秀には項羽、曹操のようなライバルがいないんだよ
290 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2011/12/15(木) 01:08:16.18 ID:/zd4FxSL0
石勒の考えでは、劉邦>>>劉秀=石勒だぜ
金楼子に載ってる諸葛亮の光武帝論って
諸葛亮の見解と断定していいのか微妙だと思うんだけどな
曹植の漢二祖優劣論は劉邦の臣下を
「古今にあること少なく、歴世に見ること稀」ていってるだけなのに
金楼子では「諸葛亮曰く、『曹植は光武を論じて武将は韓信・周勃に及ばず、
謀臣は張良・陳平にかなわないとした〜』」てなってて
曹植の文章の引用の仕方からして雑すぎるんだよね
夷狄たる北朝の脅威にさらされてた南朝では
光武帝を儒教の聖人に匹敵する理想的な天子として描くことが行われてたわけで
とりわけ周の武王みたいな戦上手の聖人になぞらえてた節がある
後漢書が東観漢記ですら書かなかった武王白魚の瑞兆を
王覇の河渡りと即位の時の2回も出してきたのはその現れだし
金楼子もこれと同じ流れで東晋以来の蜀漢正統論とあいまって
諸葛亮に仮託して光武帝の深謀ぶりを語らせてみたんだと思うよ
292 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2011/12/15(木) 02:03:22.19 ID:6UK6fbuR0
光武帝こそ真の英雄
英雄とは最後まで成功した人物をいう
>>291 それだと尚更仮託だと取るのは微妙だと思うけどなぁ。
雑と言うが、修辞は当然南朝の頃の方が発展しているし、曹植の煌びやかさは諸葛亮の文にはないよ。
『後漢書』が光武を殊更戦上手の聖人に準えてたというのも微妙だよ。
『東観漢記』原文を見ればわかるけど、『後漢書』は『東観漢記』には存在した様々な実体的賛辞を全面的に削ってる。
更に言うなら『東観漢記』はほとんど散逸してしまって今解るのは注で引かれたり散逸テキストの収集が行われた際に見つかっている部分だけ。
『後漢書』にあって現行の『東観漢記』テキストにないからといってそれを時代性と重ね合わせて見るのは危険だよ。
范曄が更始帝の人格に対する後漢王朝の見解を丸呑みしてしまった件についても、李賢が指摘したのはその部分だけだ。
ついでにいうと、もし雑というのが、諸葛亮が現代に残る曹植の文のテキストの原文をそのまま引いていないことを指しているなら、
同時代人の諸葛亮よりも、裴松之らの方がより現代に近い曹植関連のテキストを手に入れられるだろうと私は思うが。
「漢二祖優劣論」は諸葛亮に対して送られた文ではないからね。
なるほど
でも三国志の本伝にも裴注にも存在を示唆するものがない文章が
南朝梁の文章でいきなり「諸葛亮曰く」と紹介されて、
かつあれだけ元の文と引用とに齟齬があればまず仮託の可能性を考えたくなるけどな
諸葛亮が曹植や南朝の人みたいな美文を書かなかったっていうだけでは
積極的に論光武を諸葛亮の真筆とするには足りないと思うよ
「東観漢記に書かれてない」ていうのは確かに語弊があって、
正確には「現行の輯本にはない」とでもいうべきであることには違いないね
でも現代人が東観漢記と後漢書とを比較するときはまず現存のテキストの異同を問題にすべきで
そうでなければ「東観漢記になくて後漢書にある文章は、もとは東観漢記にあったけど散佚したもの」
ということが簡単に許容されてしまう
もちろん東観漢記になくて後漢書にあることは全部范曄が足したものとも言えないけど
「武王みたいな戦上手の聖人になぞらえた」というのはちょっと舌足らずだった
後漢書は光武帝の聖人としての側面を、金楼子は戦上手の側面を
それぞれ強調したという意味に取ってほしい
宮城谷センセは解釈は極端だからあまり真に受けない方がいいよ
297 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2011/12/15(木) 22:04:55.13 ID:BjJE2uik0
誰に言ってるんだ?
298 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2011/12/16(金) 16:01:30.30 ID:RuwPwgIY0
光武帝が知名度が低く有名じゃないことを嘆き悲しむ
>>293の更始帝の人格描写の話って李賢じゃなくて劉知幾だよね?
で同じような印象操作は劉玄伝だけじゃなくてケ禹伝にもある
後漢書ではケ禹伝でケ禹が更始帝側のオファーを蹴って光武帝を追いかけたことと
ケ禹が推薦した「諸将」がみな有能だったので光武帝がケ禹の人物鑑識眼を認めたことが語られてる
これによって「人物鑑識にすぐれたケ禹に選ばれなかった更始帝は凡庸、選ばれた光武帝は傑物」
という印象を読み手に与えられる
いっぽう東観漢記ではケ禹伝にはオファーを蹴った話も人物鑑識眼の話もなくて、
人物鑑識眼の話はケ禹の推薦した呉漢が活躍したので光武帝がケ禹の能力を認めた話として呉漢伝に入ってた
范曄が更始帝の平凡さと光武帝の非凡さをより強く印象づけるために
ケ禹の人物鑑識眼の話を本伝に持ってきたと言えそうだし
賈復や寇恂もケ禹に推薦されてるから「諸将」と書いても積極的にウソついたことにはならない
オファーを蹴った話の真偽はわからんけどウソつかずに巧みに印象を操作する筆法だと思うよ
なんか光武帝って、日本の俳優にやらせるなら堺雅人が合いそうなイメージ。
陰麗華は志田未来。
>>295 >積極的に論光武を諸葛亮の真筆とするには足りないと思うよ
ううん、そりゃむしろ君が積極的に仮託だと示す証拠を出すべき事例じゃないかな。
真筆だとも偽作だとも完全には示せない場合においては、引かれている典拠を信頼すべきだと思うけど。
>>299 >
>>293の更始帝の人格描写の話って李賢じゃなくて劉知幾だよね?
あ、そうだね。
混同してた。
>ケ禹が推薦した「諸将」がみな有能だったので光武帝がケ禹の人物鑑識眼を認めたことが語られてる
>これによって「人物鑑識にすぐれたケ禹に選ばれなかった更始帝は凡庸、選ばれた光武帝は傑物」
>という印象を読み手に与えられる
そりゃちょっと強引にも程があるんじゃないかなぁ。
「光武帝を選んだケ禹の人物鑑定眼を光武帝が認めた」となって完全に循環しちゃってるから、
余程のアホか、変な結論持って見たりしない限りそうは読み取らないでしょ。
せいぜい「あ、光武帝間接的に自画自賛しやがった」と思うのが関の山じゃない?
光武帝がケ禹を認めた話を呉漢伝からケ禹伝に移すのは再構成としては別におかしな作業ではないし。
あと、ケ禹がオファー蹴った話の私が確認出来る限りの初出は『後漢紀』だったよ。
302 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2011/12/18(日) 02:38:11.01 ID:wTOKF1xJ0
「面白くないから」の理由でいつまでも注目しないのはおかしい
このままずっと地味では非常に惜しい
303 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2011/12/18(日) 03:31:00.24 ID:r0MT8LmL0
ワイが聞いた情報によると、もうじき中国はバブルがはじけて昔の貧乏な中国に戻るらしい
もう経済は破綻してて、取り戻すのは無理なんだそう
その世界ではごっつい有名な政府関係者筋から聞いた確かな情報や
まあお前ら頭の良い連中には、今さらなくらいのネタや、
お前らからすればもう常識的なくらいの知識や
ワイが聞いた情報によると、もうじき中国はバブルがはじけて昔の貧乏な中国に戻るらしい
もう経済は破綻してて、取り戻すのは無理なんだそう
その世界ではごっつい有名な政府関係者筋から聞いた確かな情報や
まあお前ら頭の良い連中には、今さらなくらいのネタや、
お前らからすればもう常識的なくらいの知識や
君らのことだからこの情報ですでに財産は出してるはずだけど
ワイが聞いた情報によると、もうじき漢王朝はバブルがはじけて昔の戦乱な世に戻るらしい
もう求心力は低下してて、取り戻すのは無理なんだそう
その世界ではごっつい有名な大賢良師から聞いた確かな情報や
まあお前ら頭の良い士大夫には、今さらなくらいのネタや、
お前らからすればもう常識的なくらいの知識や
君らのことだからこの情報ですでに黄巾は巻いてるはずだけど
307 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2011/12/28(水) 00:35:29.81 ID:M5CE4HD00
司馬や吉川、横川達は光武帝を詳しく知っていたかどうか疑問
存在すら知らなかった可能性もあるんじゃねーの?
308 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/09(月) 03:54:01.69 ID:aoe4oHFb0
いつになったら光武帝が注目されるんだ
以前のレスにもあった通り、いいかげん取り上げろ
不公平すぎるだろうが
309 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/09(月) 06:01:37.64 ID:+JGRjS6oO
宮城谷の小説のおかげで若干知名度アップするかもね
310 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/10(火) 03:16:51.04 ID:0nYmeTNm0
楚漢や三国志ばっか注目されてることがマジでムカつくわ
二流三流の人物だらけなのに
312 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/10(火) 10:54:16.28 ID:4WBwwp4SO
注目を浴びるのに一番重要なのは一流、二流であることよりも物語性だからな
光武帝が有名になるためには「三国志」、「項羽と劉邦」のような面白い物語が必要だ
ワイは日本人やが聞いた情報によると、もうじき中国はバブルがはじけて昔の貧乏な中国に戻るらしいで
みんなも知っての通りもう経済は破綻してて、取り戻すのは無理なんだそうや
その世界ではごっつい有名な政府関係者筋から聞いた確かな情報やで
君らほど頭の良い連中には、今さらなくらいのネタやな、かえって失礼なくらいに
お前らからすればもう常識的なくらいの知識やろ?
お前ら2ちゃんねるやってるやつなら、この情報でもう大儲けしとるしな
314 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/14(土) 20:48:31.10 ID:JwlyMii20
>>312 日本における唐や明はそういえるけど、
後漢は実際はどうあれ「しょぼい」と思われたから注目が集まらないんじゃないの?
中国歴史書上で注目されたこともなく、講談もできてた形跡もないじゃん
315 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/15(日) 19:55:07.57 ID:2HXwN8z00
だからといってこのまま注目しないのか
おかしすぎるだろ
316 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/15(日) 21:21:04.82 ID:v2SKLLBY0
>>264 >>266 明帝はまだマシな描き方じゃね?
章帝なんか西晋恵帝・北宋徽宗・明万暦帝に匹敵する中国史上最低レベルの愚帝だぞw
まあ史実でも次代で危うく簒奪されかける種を撒き散らしているがね
317 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/15(日) 21:55:47.75 ID:2HXwN8z00
やる夫信者乙
ネットの情報をそのまま信じてwww
318 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/16(月) 01:36:01.61 ID:rIEY/sunO
実際そのとおりだろう。章帝は糞
319 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/16(月) 01:37:47.78 ID:rIEY/sunO
江戸時代の人も気づいたたしな
320 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/16(月) 01:45:44.46 ID:NzIufYiv0
ウソをウソと見極められないお前ら
ほんと哀れ
やる夫信者は出てくんな
うぜぇんだよ
321 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/16(月) 02:30:51.71 ID:rIEY/sunO
中井履軒はやる夫だったのかwww
どんな酷いもんかと思ってこの週末費やしてやる夫スレ見て来たが、
章帝はともかく明帝は普通に名君扱いじゃねえか
あれで暗君扱いされてるってどんだけパーフェクト扱いされないと
気がすまないんだよ
323 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/17(火) 00:49:02.13 ID:w3cYlkav0
と、工作員が申しております
あからさまな悪意が見え見えなんだよ
奴の口調もムカつくし
それただの感情論じゃね
325 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/17(火) 12:15:37.43 ID:0m0nXArMO
やる夫を否定するにしてもどういうとこが駄目なのかちゃんと言ってくれないと
ただ嫌いって言ってるだけのアンチにしか見えない
どこが駄目と思うのか言っちゃうと正体がバレるからウザいキモい連呼するしかできないんじゃないの
アンチ的なレスを見かけるようになったのは本編で緯書とか儒教国教化をやりだした頃からで
某サイトが儒教の何が気に食わんのか知らんけど
メチャクチャな理屈で後漢の礼教主義的側面を必死に否定してるのと関係ありそうなんだけどな
327 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/17(火) 21:01:43.80 ID:vtMW0JzE0
やる夫スレ荒すなよ。
IPさらしあげられるぞ、馬鹿どもwww
328 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/17(火) 23:57:24.88 ID:w3cYlkav0
急に信者が湧いてきたな
駄目な理由は過去レスに書いてあるからちゃんと読めよ
そっちこそ感情論www
329 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/18(水) 00:24:09.38 ID:7Vh2uqlM0
どの過去レスだよ、そんなんだからIPさらされるんだぜ
荒し君wwwwwwwwwwwwwwww
>>326は図星か
あと前スレの劉知幾『史通』で人格がクラッシュしてしまった人も同じかな?
どっちも見苦しいのはかわらんな
コピペ爆撃でスレ潰しやってやる夫IIアク禁喰らってるようなのが
このスレにいたんだとしたら気分悪いな
>>331 ここでファビョってるくらいならともかく、他所様に突撃してスレ潰しとか見苦しいじゃ済まんわ
気に食わないなら見なけりゃいいだけの話なのに、粘着アンチって人種は救いようの無いクズだな
334 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/18(水) 02:54:10.59 ID:6PORAt8P0
と、非リア共が申しております
だまっとけよ、屑が
335 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/18(水) 12:26:18.04 ID:PblEK+G40
>>333 アンチやる夫光武帝のコピペ荒らし=『史通』クラッシュの光武帝厨
=李世民アンチのワンパターンヘイト=曹操患者=粘着蜀アンチ
どこでもここでも迷惑をかけております
曹操患者ってピンじゃないらしいから、集団でなんかやってんじゃないの?
普段頭悪いのに、たまに、それなりの反論を持ってくるから入れ知恵されていると思う
>>322 ちゃんと名君扱いになったのは班超伝入ってからだと思うぜ。
あと、初期は純粋に誤謬が多くて、取り上げてる人物を持ち上げるために他を下げようとする傾向が酷かったから。
班超伝見ずに明帝と耿秉の関係を見れば、我の強い無能な改革派とその腰巾着扱いしてるように見えるし、
詳しくない読者の反応を見れば解るけど、実際そう受け取っている人が非常に多かった。
恐らく耿秉伝見たのはそのあとなのか、或いは自分の持ち上げ手法がかえって望まぬ効果をもたらすものだと気付いたのだろう。
>>326 多分ここでsageも入れずに争ってる振りをしているのは多くが同一人物だと思う。
それとその人物と今居る変なのは違うと思う。
というか、そういう光武帝の信者なら光武帝のスレで暴れたりはしないだろう
今居る奴の一番の敵視対象は光武帝(とその信者)なんじゃないかな。
世界史板の以前の光武帝スレは、同じ口調の、口だけは光武帝を崇拝する奴にラストコピペ荒らしされて落とされた。
延々と光武帝最高みたいなこと書き込んで100くらい一気に進められて落とされた。
李世民はついでだろうね。
一瞬こいつは
>>253が本音かなと思ったんだけど、なんかそれが本音なら名前は出さない気がするんだよなぁ。
正直いって本音が見えない。
持ち上げられてる奴全てが嫌いなのかも。
或いは中国ヘイト系の奴か。
338 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/18(水) 19:07:00.37 ID:6PORAt8P0
お前は何を言ってるんだ?
AA略
339 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/18(水) 19:11:27.81 ID:6PORAt8P0
お前ら全員キモいから
340 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/18(水) 19:14:00.91 ID:6PORAt8P0
やる夫きもい
341 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/18(水) 19:15:08.97 ID:6PORAt8P0
作者きもい
342 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/18(水) 19:15:53.03 ID:6PORAt8P0
読者きもい
343 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/18(水) 19:16:50.24 ID:6PORAt8P0
信者きもい
344 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/18(水) 19:18:00.47 ID:6PORAt8P0
全員きもい
345 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/18(水) 19:18:43.05 ID:6PORAt8P0
作者誰か連れてこいよ
346 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/18(水) 19:19:57.40 ID:6PORAt8P0
てゆうか、作者本人が出てこいや
臆病者め
347 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/18(水) 19:22:07.49 ID:6PORAt8P0
あ
348 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/18(水) 19:22:37.69 ID:6PORAt8P0
い
349 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/18(水) 19:23:05.12 ID:6PORAt8P0
う
350 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/18(水) 19:23:59.52 ID:6PORAt8P0
え
351 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/18(水) 19:25:01.26 ID:6PORAt8P0
お
352 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/18(水) 19:25:36.29 ID:6PORAt8P0
か
353 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/18(水) 19:26:26.90 ID:6PORAt8P0
き
354 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/18(水) 19:26:52.69 ID:6PORAt8P0
く
355 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/18(水) 19:27:47.97 ID:6PORAt8P0
け
356 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/18(水) 19:28:18.44 ID:6PORAt8P0
こ
357 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/18(水) 19:28:44.68 ID:6PORAt8P0
さ
358 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/18(水) 19:29:05.42 ID:6PORAt8P0
し
359 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/18(水) 19:29:38.66 ID:6PORAt8P0
す
360 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/18(水) 19:30:57.14 ID:6PORAt8P0
せ
361 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/18(水) 19:31:46.15 ID:6PORAt8P0
そ
362 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/18(水) 19:32:24.30 ID:6PORAt8P0
た
363 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/18(水) 19:33:20.32 ID:6PORAt8P0
ち
光武帝ファンって陰湿なん?
365 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/18(水) 19:34:28.12 ID:6PORAt8P0
つ
366 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/18(水) 19:35:30.79 ID:6PORAt8P0
お前が言うな
367 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/18(水) 19:36:16.10 ID:6PORAt8P0
とぼけたフリするな
368 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/18(水) 19:38:14.69 ID:6PORAt8P0
低脳が
369 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/18(水) 19:38:46.72 ID:6PORAt8P0
て
370 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/18(水) 19:39:40.58 ID:6PORAt8P0
と
371 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/18(水) 19:40:25.21 ID:6PORAt8P0
な
372 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/18(水) 19:41:21.08 ID:6PORAt8P0
に
373 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/18(水) 19:41:42.51 ID:6PORAt8P0
ぬ
374 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/18(水) 19:42:10.27 ID:6PORAt8P0
ね
375 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/18(水) 19:43:15.09 ID:6PORAt8P0
の
376 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/18(水) 19:44:12.76 ID:6PORAt8P0
は
377 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/18(水) 19:44:37.93 ID:6PORAt8P0
ひ
378 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/18(水) 19:44:58.03 ID:6PORAt8P0
ふ
379 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/18(水) 19:46:51.03 ID:6PORAt8P0
へ
380 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/18(水) 19:47:40.97 ID:6PORAt8P0
ほ
381 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/18(水) 19:49:16.69 ID:6PORAt8P0
ま
382 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/18(水) 19:50:14.56 ID:6PORAt8P0
み
383 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/18(水) 19:50:40.40 ID:6PORAt8P0
む
384 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/18(水) 19:51:36.59 ID:6PORAt8P0
め
385 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/18(水) 19:52:27.80 ID:6PORAt8P0
も
386 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/18(水) 19:53:23.30 ID:6PORAt8P0
や
387 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/18(水) 19:54:10.50 ID:6PORAt8P0
ゆ
388 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/18(水) 19:54:34.07 ID:6PORAt8P0
よ
389 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/18(水) 19:54:54.38 ID:6PORAt8P0
ら
390 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/18(水) 19:55:49.71 ID:6PORAt8P0
り
391 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/18(水) 19:56:13.31 ID:6PORAt8P0
る
392 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/18(水) 19:56:36.69 ID:6PORAt8P0
れ
393 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/18(水) 19:57:02.21 ID:6PORAt8P0
ろ
394 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/18(水) 19:57:36.29 ID:6PORAt8P0
わ
395 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/18(水) 19:58:04.81 ID:6PORAt8P0
を
396 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/18(水) 19:58:29.65 ID:6PORAt8P0
ん
397 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/18(水) 19:59:14.55 ID:6PORAt8P0
ひらがな行
完成
やる夫でIPさらされたからってこっちで荒らすなよ
某スレが埋め立てくらってたからこっちに来てみたんだけど、向こうと全く同じ事してんだな…
向こうでアク禁喰らったのと同じ事をまたやってるのか
>>399 新スレ立ってるぞな
401 :
337:2012/01/19(木) 07:13:59.38 ID:h4kom74W0
なんか変な言葉になってたから追記。
>>326 つまり、
コピペ荒らし=口だけで光武帝を崇拝する奴=先頃李世民ファンや三国志ファンと対立させようとしていた奴=やる夫スレを荒らしている奴
≠初期の光武帝信者
初期の無理な擁護をしている奴はある程度生身の言葉を使っている特徴があったが、
今のコピペ荒らしを見ていると明らかにそれを演じているような、
自分の書き込みの末尾に(笑)を付けたがっているような、
そんな書き込みになってる。
過去の光武帝信者の失言にかこつけて便乗犯的に貶めたがっているような、そんな感じ。
402 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/19(木) 17:23:08.69 ID:ZKBXMdju0
ア
403 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/19(木) 17:23:32.02 ID:ZKBXMdju0
イ
404 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/19(木) 17:25:43.23 ID:ZKBXMdju0
ウ
405 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/19(木) 17:26:02.91 ID:ZKBXMdju0
エ
406 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/19(木) 17:26:19.00 ID:ZKBXMdju0
オ
407 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/19(木) 17:26:56.66 ID:ZKBXMdju0
カ
408 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/19(木) 17:27:41.64 ID:ZKBXMdju0
おおおおおおおおおおおお
409 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/19(木) 17:28:22.22 ID:ZKBXMdju0
fhgftjgyhくh
410 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/19(木) 17:28:51.16 ID:ZKBXMdju0
作者きもい
411 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/19(木) 17:29:16.74 ID:ZKBXMdju0
作者きもい
412 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/19(木) 17:30:32.47 ID:ZKBXMdju0
やる夫作者きもい」
413 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/19(木) 17:31:34.16 ID:ZKBXMdju0
やる夫作者きもい
414 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/19(木) 17:32:08.83 ID:ZKBXMdju0
やる夫作者アホ
415 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/19(木) 17:33:08.19 ID:ZKBXMdju0
やる夫作者アホ
416 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/19(木) 17:34:01.58 ID:ZKBXMdju0
やる夫作者アホ
417 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/19(木) 17:34:44.31 ID:ZKBXMdju0
やる夫作者アホ
418 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/19(木) 17:35:13.82 ID:ZKBXMdju0
やる夫作者アホ
419 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/19(木) 17:37:05.27 ID:ZKBXMdju0
やる夫作者アホ
420 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/19(木) 17:37:31.79 ID:ZKBXMdju0
やる夫作者アホ
421 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/19(木) 17:39:08.31 ID:ZKBXMdju0
やる夫作者アホ
422 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/19(木) 17:39:34.31 ID:ZKBXMdju0
やる夫作者アホ
423 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/19(木) 17:40:27.08 ID:ZKBXMdju0
やる夫作者アホ
424 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/19(木) 17:40:53.18 ID:ZKBXMdju0
やる夫作者アホ
425 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/19(木) 17:41:26.96 ID:ZKBXMdju0
やる夫作者アホ
426 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/19(木) 17:41:59.79 ID:ZKBXMdju0
やる夫作者読者アホ
427 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/19(木) 17:42:36.13 ID:ZKBXMdju0
やる夫作者と読者はアホ
428 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/19(木) 17:43:02.90 ID:ZKBXMdju0
やる夫作者と読者はアホ
429 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/19(木) 17:43:35.25 ID:ZKBXMdju0
やる夫作者と読者はアホ
430 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/19(木) 17:44:19.03 ID:ZKBXMdju0
やる夫作者と読者はヒキニート
431 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/19(木) 17:45:01.10 ID:ZKBXMdju0
やる夫作者と読者はヒキニート
432 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/19(木) 17:45:51.84 ID:ZKBXMdju0
やる夫作者と読者はヒキニート
433 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/19(木) 17:46:34.58 ID:ZKBXMdju0
やる夫作者と読者はヒキニート
434 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/19(木) 17:47:23.10 ID:ZKBXMdju0
やる夫作者と読者はヒキニート
435 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/19(木) 17:47:58.47 ID:ZKBXMdju0
やる夫作者と読者はヒキニート
436 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/19(木) 17:48:31.67 ID:ZKBXMdju0
やる夫作者と読者はヒキニート
437 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/19(木) 17:49:16.11 ID:ZKBXMdju0
やる夫作者と読者はヒキニート
438 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/19(木) 17:49:46.01 ID:ZKBXMdju0
やる夫読者と作者はヒキニート
439 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/19(木) 17:50:15.49 ID:ZKBXMdju0
やる夫作者と読者はヒキニート
440 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/19(木) 17:50:45.87 ID:ZKBXMdju0
やる夫作者と読者はヒキニート
441 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/19(木) 17:51:13.42 ID:ZKBXMdju0
やる夫作者と読者はヒキニート
442 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/19(木) 17:51:40.15 ID:ZKBXMdju0
やる夫作者と読者はヒキニート
443 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/19(木) 17:52:14.57 ID:ZKBXMdju0
やる夫作者と読者はヒキニート
444 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/19(木) 17:52:53.70 ID:ZKBXMdju0
やる夫作者と読者はヒキニート
445 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/19(木) 17:53:42.78 ID:ZKBXMdju0
やる夫作者と読者はヒキニート
446 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/19(木) 17:54:54.43 ID:ZKBXMdju0
やる夫作者と読者はヒキニート
447 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/19(木) 17:55:30.47 ID:ZKBXMdju0
やる夫作者と読者はヒキニート
448 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/19(木) 17:56:21.19 ID:ZKBXMdju0
やる夫作者と読者はヒキニート
449 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/19(木) 17:56:55.47 ID:ZKBXMdju0
やる夫作者と読者はヒキニート
450 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/19(木) 17:57:34.22 ID:ZKBXMdju0
やる夫作者と読者はヒキニート
451 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/19(木) 17:58:15.41 ID:ZKBXMdju0
やる夫作者と読者はヒキニート
452 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/19(木) 17:58:43.34 ID:ZKBXMdju0
やる夫作者と読者はヒキニート
453 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/19(木) 17:59:11.78 ID:ZKBXMdju0
やる夫作者と読者はヒキニート
454 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/19(木) 17:59:43.44 ID:ZKBXMdju0
やる夫作者と読者はヒキニート
史通のときも思ったけど人を殺すのに刃物は要らないんだな
456 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/20(金) 21:11:37.41 ID:+wRqihry0
国家は三代目から衰退していくのはまさに正論で事実だ
大日本帝国も三代目から外戚・宦官ならぬ、右翼・軍部が暴走し衰えて滅亡した
>>401 戦国三国志板で曹操患者って呼ばれてるやつと行動がそっくりだな
458 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/21(土) 14:22:53.25 ID:VoRizdwZ0
短命ってよくゆうけどさ、
大正時代ですら平均寿命が42、3だったんだぞ
あと幼小時に即位しただけで在位期間は普通の長さだ
ちゃんと考慮しないと
今の感覚で約2000年前を捉えてはいけない
>>458 赤ちゃんや幼児の死亡率が高い時代は平均寿命より平均余命で考えるべき
成人した人は実は60,70くらいまで生きるなんてざらだった
460 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/21(土) 23:35:22.14 ID:VoRizdwZ0
でも昔は40歳を迎えると初老だったから、
30代で死ぬことは前漢の皇帝も多かったし当時は普通だ
決して短命ではない
幼小で即位が多かったのが目に付くだけで
461 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/22(日) 00:18:32.62 ID:efZRF1MP0
後漢は再評価されるべき王朝
462 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/22(日) 19:53:47.87 ID:Xsoyb3Zv0
463 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/23(月) 17:20:40.07 ID:mHbCOFHj0
そのレビュー書いたの作者自身だろ
あいつ章帝を異様に嫌ってるから、章帝の悪政が〜って書いてあるし
あと文の読点の挿入も似てる
まさしく今流行りのステマだな
464 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/24(火) 10:18:51.09 ID:B/7MKmBY0
465 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/24(火) 14:40:45.89 ID:5vM8Cd8s0
>>463 レビューを誰が書いたかは知らんが
嫌ってると言うより、資料を端から読み込んでいったらそういう解釈になったらしい
解説で「章帝がここまで馬鹿だとは予想外だった」とあった
466 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/24(火) 16:33:59.50 ID:ra7kV9Uh0
横山はなぜ光武帝だけ書かなかったのか
劉邦と劉備を書いておきながら
ばつが悪い
467 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/24(火) 19:21:08.00 ID:ia3zwCQVO
光武帝で有名な小説や講談が日本にはなかったからな
468 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/25(水) 04:47:19.02 ID:P6SPLdMm0
横山の判子絵じゃ、光武帝の容姿や陰麗華の美しさを表現できないから無理www
ばっかおめー
本気出したときの横山センセの女子キャラはかなりいけるんだぞ
470 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/25(水) 22:57:18.59 ID:P6SPLdMm0
じゃあ、
そのイラストをうpよろしく
>>465 あの作者の章帝の評価は確実に悪意混じってるでしょ
章帝が儒教の使い方を間違えた暗君なのは間違いないけど、作者がそれを悪意を交えながら面白おかしく書いたせいで章帝が中国史で
3本の指に入る暗君とか言われたり妄信的な信者のせいで儒教が不当に貶められたりするのはいただけんわ
悪意と言うならそもそもやる夫系スレって
その手の作者の主観をおりまぜていくのが恒例だからなあ
一番問題なのはそれを真に受けてる一部の読者なんだし
この人物はこういうやつなんだ!ってのがどうしても溢れちゃうんだろうな
司馬遼らがやってきたことと同じことやってるだけ
475 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/29(日) 11:04:57.73 ID:WQduf7uV0
やる夫の影響力は微々たるものだから安心しろ
内容などすぐに忘れる
これ以後やる夫の話は禁止
どうしてもしたい奴は上のオーダー速報に行け
光武帝の本いまから読むとしたらやっぱり宮城谷なのかなあ。
塚本のほうはもうこれ以上ないくらいにぼろくそな評価だし。
宮城谷センセには期待してたのに即位以降を端折られてしまったのがなぁ
周辺の諸勢力と同時進行で戦ってるから書きづらいんだろうけど
ラスト近くのはしょりは宮城谷氏にはよくあること
三巻同時発売だと知らずに、上巻だけ買ってきちゃったんだが
ずーっと、農業かバイトの話ばかり
中巻以降でどうやって天下統一まで持って行くの?この作品
農業の片手間に天下統一するの?
>>475 じゃ影響力絶大な「光武帝と建武二十八宿伝」さんがいかに素晴らしいかの話しするわ
●常人には理解不能な「儒教史観」の意味とその用法!
新たな術語「儒教史観」の意味はよく分からないけど
どうやら歴史叙述に見え隠れする儒教的イデオロギーとかのことで
これを排除してはじめて後漢王朝や光武帝の輝かしい実像が立ち現れるらしい
現代の学者が歴史上の事象を考察するときに儒教の概念を使うことも許さないらしいから
「儒教史観」は春秋の筆法よりもはるかに広い概念なんでしょうね
普通の理解では、史書の記述から儒教の影響を割り引いて読み込んでいく作業は
登場が待望された真主といった、光武帝に付与された輝かしいイメージをむしろ下方修正する手段かと思われます
例えば後漢書の「武王白魚の応」なんかは『今文尚書』とか緯書『尚書中侯』由来の聖王受命説話で
光武帝が天子になることを運命づけられた存在であることを儒教的イデオロギーに基づいて強調するものであって
「儒教史観」を排除するならこういうのが真っ先に否定されるのではないかと
それなのに真逆の方向に行っちゃうところに凄みを感じます
●儒教が大嫌いなのに司馬光は大好き!
また「建武〜」さんでは儒教に関係あるものを徹頭徹尾排除するのかといえばそうでもなくて
通鑑漢紀の最後の論を引いて、司馬光が光武帝を高く評価したとかされている
司馬光の論はガチガチの儒教的イデオロギーを前提として
光武帝以下3代の後漢皇帝の儒教による教化を讃えるものと思うけど
「建武〜」さんでは儒教の振興がどこかに消え失せて、ただ司馬光が光武帝を賞賛したことになってる
史書からご自分が望む記述のみ抽出する便利な手法ですね
そもそも通鑑は「天子の職は礼より大なるは莫く〜」って
のっけから教条的なほどの儒教的価値観に基づく身分の区別を前面に出してきてる
このくだりからもわかるように司馬光は身分の区別は厳守されるべきだと考えてたからこそ
通鑑で光武帝の奴卑解放政策に言及しなかったはず
光武帝の奴卑解放政策が大好きで儒教が大嫌いな「建武〜」さんが
司馬光の見解を好んで引く理由は凡人には計りかねるほど深遠なものなんでしょうね
●手垢のついた語句から導かれる超解釈!
「建武〜」さんのブログには「孝廉の廉は法律を忠実に執行する廉直なさまだから法家の科目」みたいなことも書かれてた
こう解釈すれば後漢における儒教の存在をなかったことにできる訳ですね
凸して議論しようかと思ったこともあるけどこれ読んでこの人と議論しても絶対勝てないと思いました
同じ語句に接しても見えるものが全然違ってるんですから
●唯物史観、後漢豪族連合政権説、「儒教史観」の三位一体!
「建武〜」さんは光武帝の権力が強大であったことを主張されるので豪族連合政権説は当然に批判の対象にされるし
そのついでにこれと唯物史観と「儒教史観」とを同一視されているところがオリジナリティに富んでいます
でも東大の唯物史観を京大が批判してきたっていう日本の史学界の基本的な構図と
東洋史の概説書レベルの知識に縛られたアタマではこの3者をイコールで結びつけるのは無理ですね
例えば京大の谷川道雄氏は豪族連合政権説を採ってる
谷川氏はマルクス主義に拠ってたけどどうしても唯物史観に賛成できずこれを批判するようになった人で
この人が提唱した豪族共同体論では儒教が不可欠の要素になる
一方で東大の五井直弘氏は豪族連合政権説を批判してる
この人は漢代史研究をエンゲルスの『家族・私有財産・国家の起源』と結びつける人で
かつ後漢後半期のことではあるけど「官僚の儒教的教養は
官僚になるための手段に過ぎなかった」と指摘してて、儒教の影響を他説ほど重視しないらしい
この両氏の説だけ見ても、決して唯物史観と豪族連合政権説と「儒教史観」を等号では結べないでしょう
さらには、後漢における儒教の影響力を重視しつつ王朝の統制の強さを認めて豪族連合政権説を否定する見解もある
やっぱり唯物史観と豪族連合政権説と「儒教史観」は全く無関係かと思われます
というかこんな知識に縛られなくても中国でマルクス主義のこじれた結果が孔子廟の破壊だったことに思い至りさえすれば
唯物史観と「儒教史観」とが結びつくことは絶対にありえないのでは?????
しかし根本史料にも先行研究にもとらわれない斬新な後漢像を構築されるだけのことはあって
こんな矛盾も矛盾ではなくなるほどの大らかさがあります
また五井氏が豪族連合政権説を否定する論拠のひとつに、光武帝が即位する直前の耿純の発言がある
耿純が「天下の士大夫が大王に従って戦う理由は、龍鱗を攀じ鳳翼に付して望みを遂げたいということだけです」と言ったのを
五井氏は当時の豪族が皇帝に寄生しないと自己を保てない脆弱な存在だったことを象徴するものと捉えてる
そうすると「建武〜」さんが豪族出身の功臣の活躍をカッコよく描こうとすればするほど
豪族が光武帝の事業にとって重要であったことが強調されて
豪族連合政権説が肯定されやすくなるはずなのに、その点には全く頓着されない
すでに幾多の矛盾を克服されている以上はこんなことは矛盾のうちに入らないんでしょうね
要するに「儒教史観」を排除しようというのは、お気に召さない儒教や豪族連合政権説に左翼のレッテルを貼って切り捨てたり
反対の立場の見解でも使えそうな部分だけを抽出したり超解釈したりすることによって
お望み通りの光武帝像をつくり上げることかと思われます
どれもいわゆる歴史修正主義とそっくりで歴史叙述の態度として最高レベルに到達したというべきですよね!
とりあえず、やる夫も建武なんたらもそのアンチもみんなキモいらしいことはわかった
>>480-481 大体同意だが変な皮肉を用いると
>>482の言うように必死過ぎるキモいアンチ扱いを受けるのもやむ無いぞ。
反論は淡々と説得力を考慮して行うのが望ましい。
韓非も言っているように、進言は内容が正しいだけじゃ何の意味もなさない。
受け入れやすさを考慮しないと独り善がりで終わってしまう。
あと孝廉の廉の解釈については福井重雅氏の『漢代官吏登用制度の研究』に載ってるれっきとした有効な学説なんで、
それをまるで某信者サイトが見つけたみたいに書くのは大いに問題があるかと。
某サイトの異常な儒教否定と変な形で結び付けられて、福井氏の説と無関係な所で説の信用性を下げてしまうのはいただけない。
レトリックにも使い所があって、皮肉はある程度要所で使い方に限度を設けて使わんと、
思想や結論を最初から完全に同じくする相手以外には、
単なるある種の大げさな自賛とちょっとしたヒステリーにしか映っていないことが往々にしてある。
それによって内容が正しくても、内容も他の人にはあんまり正しく伝わらなかったりする。
結論が同じだとむしろ興奮して同意する人も多いけどね。
あの信者サイトが変に受け入れられちゃったのは、
@文章技法が、皮肉などの敵意を感じさせるものが極めて少なく、他人の知識を自発的「発見」と勘違いさせるようなものに満ちていて、
また後述のネットの風潮から、内容がニーズに合致していたため、内容のキモい自賛ぷりが省みられ難かった。
A右翼の人や三国ヲタを中心に、ネットに儒教を毛嫌いするバックボーンを持った人がやたら多かった。
Bしかもそういう人に限って儒教についての正しい、特に肯定的側面や時代性などへの知識に欠いていた。
などの条件が揃っちゃったからだね。
485 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/02/01(水) 01:20:34.55 ID:mTZG8WBHO
それにしても 何で儒教アンチがたくさんいるんだ。やる夫にも気持ち悪いぐらいいたし キリストやイスラム、仏教もここまで言われんだろう
486 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/02/01(水) 01:27:03.18 ID:mTZG8WBHO
それに儒教にしたって 後漢や宋 清でも変化してるし それに儒教の文献 和訳されてるの多いんだから けっこう 違うのに
487 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/02/01(水) 05:04:37.62 ID:optPllWq0
小説家や学者にも儒教アンチがいるくらいだからな
そういうのを何の考慮もせずに受け入れるアホが儒教アンチになる
儒教アンチというか、宗教アンチ勢力が多いな
ひたすら、宗教=迷信=悪という認識で、
歴史上の人物がいかに宗教をツールとして使ったかで有能さを示そうとする勢力が
2chで偉そうに評してもなぁ。
某サイトと違う見解を世に知らしめたいなら、同じようにサイト立ち上げを推奨する。
というか、してもらいたい。
こういった批判や批評に耐えられるだけの精神をもっているならだけど。
490 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/02/01(水) 12:14:08.24 ID:CSII9fP9O
別にそんな肩肘張ったものでもないだろ
納得できない内容やキモいサイトがあったから2ちゃんで表明した
それだけでいいじゃん
そりゃねぇ、それだけでいいんだけどね。
やっぱそれじゃあ単なる陰口の域を出ないなぁと。
せっかく典拠まであるのに、もったいないというか。
>>491 もともと2chはそういうところじゃないか
お前にやる気があるならお前がサイト立ち上げればいいじゃん
>>488 レッテル貼りからしか話が進まないからな
ネタでやってるだけならまだしもマジになって暴れるやつもいるs
494 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/02/01(水) 20:14:25.44 ID:zRo2F1bP0
お前らクズ共が言っても説得力ないよ
なんならまず光武帝を有名にしてみせろや
そしたら認めてやる
494に認められても何の意味もないからな
496 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/02/01(水) 23:48:34.60 ID:zRo2F1bP0
うっせー
池沼
いまさら光武帝を有名にするのは難しいから、俺が光武帝より有名になるか。
などと理解不能なことを口走っており、警察ではさらに余罪を追及する方針。
売り豚みたいなこと言うなよ
恥ずかしいじゃん
>>488 「宗教」とか「信者」とかの例えがいい意味で使われてることがほとんどないのを見れば
それがネットの総意だろうよ、少なくとも日本では。
つか儒教は宗教じゃないだろ。
501 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/02/03(金) 21:26:48.81 ID:9NeohrKE0
江や平清盛ごときが大河の主役になれる今日この頃
俺はいつか光武帝ブームが起きることを信じている
何で日本の大河に中国皇帝が登場するんだ
10年後は中国の属国になってるとかいいたいのか
503 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/02/03(金) 22:35:30.01 ID:9NeohrKE0
何だコイツ
ネトウヨかよ
大河に出てほしいとは一言も言ってねーぞ
空中元彌チョップで元寇退治した大河では出てなかったっけか?>中国皇帝というかモンゴル皇帝というか
505 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/02/04(土) 06:13:10.82 ID:N9GQe+mR0
光武帝はいつになったら注目されるんだ
もしかしてこのまま永遠に地味なのか?
>>505 今ファンに認知されている「すげーつえーしさいこーにじんかくしゃなんだぜー」っていうイメージのままなら、広く注目はされないような気がする
謀殺キャラでも付けるか。
実際謀殺多いし。
>>505 どんなに脚色しようにも、対抗勢力の地味さは覆せないからな
草原の風も、強敵を倒したあとの駆け足ッぷりには笑わせてもらったが
でも、あれが限界だと思う
あれ以上グズグズ残敵掃討やっても日本じゃ受けないよ
つうか『後漢書』から『後漢紀』まで精査しているけど、実際強さと人格以外魅力のない人物だからな。
讖緯なんて魅力に変えようがないし。
>>507 宋王朝建国の兄弟を合体させたような感じになるのか?
(ごめん、歴史をよく勉強せずに書き込んでる)
511 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/02/04(土) 19:25:29.79 ID:N9GQe+mR0
だからといって、劉邦や劉備ばっか特集されるのなんとかならんのかね
東大生ではなくFランが出世してるようなもんだぞ
世の中は不条理
512 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/02/04(土) 19:28:46.41 ID:KPfpdrqsO
東大生が官僚になるよりFラン出が議員とか大企業の社長になる方が注目されるだろ
513 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/02/04(土) 20:00:12.86 ID:N9GQe+mR0
結局は話題性なのかよ
クソッ
全てが優秀なぶん逆に話題になるようなエピソードないよな光武帝、
なによりも劉邦と項羽、劉備と曹操みたいな対抗勢力が地味なのが最大の難点
これからも多分光武帝は地味なまま話題にはあがらんと思う
光武帝ファンは「俺達だけが知っている凄い皇帝」みたいに思っておいた方がいいよ
広く注目されるって点では諦めた方がいい
>話題になるようなエピソード
光武帝といえば屏風。屏風に始まり屏風に終わる。屏風ラブ
517 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/02/04(土) 23:43:44.81 ID:w8fKR3gf0
もうこうなったらライバルを捏造するしかないな
劉邦に対する項羽、劉備に対する曹操みたいな劉秀のライバルを作ろう
公孫述とかか
実はすべての光武帝の敵対勢力と通じて、裏から劉氏の王朝を潰そうとしてたとか
陰謀論に走りすぎてる気がしないでもないが
519 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/02/05(日) 04:23:57.05 ID:q+wMYZU40
日本は光武帝に冷たすぎじゃね?
日本と初めて縁のある皇帝で、最高位の金印紫綬を与えられて
日本が朝鮮とかよりも格上として扱われたというのに
ありゃそもそも日本で中国式の中央集権をやろうとしたゴダイゴがアホだったからのう……
あと、財政無視で大内裏の造営とか、緊縮財政の光武帝とは正反対の方向に突き進んでるし。
たまたま三国志、項羽と劉邦などが、現代でブームになっただけで
昔の日本人は、ふつうに漢籍書籍を読んでいたんだよな。
祇園精舎の一節や、平将門の耶律阿保機になぞらえたり、常山記の上杉謙信は梁韋叡のふうありとか
>>516 先生、意味分かんないです。
光武帝の屏風の話って、先ず『列女伝』の屏風を置いたら、大司空宋弘が
色香に迷うなと諫言して、しゃあないから屏風を入れ換えて、その後、光
武帝の姉の後家さんを、入れ換えた屏風の裏に置いて、宋弘に畳と女房は
新しい方が良いとか何とか言って訊いたら、宋弘が『糟糠の妻』は堂より
出さずって言って、光武帝が姉に「ダメだった〜♪」って話しか聞いてな
いです。
光武帝の話が日本で大衆文化として浸透しなかったのにはそれなりに理由があると思う
神皇正統記の後醍醐天皇条は、武家が実権を握ることの弊害を述べた後に後漢書の二十八将論を引いてる
武人は幕府を持つな、功臣は実権を手放してこそ家を保てる、ということを南朝の立場で主張してるわけで
権力を求める武家の立場とは相容れないし、殊に江戸幕府は朱子学に基づいて南朝を正統としてもなお
天子が実権を握って武家を干す建武新政やその模範である光武帝の治世を理想として仰ぐわけにはいかんかったはず
とすれば大衆文化の爛熟した江戸時代に光武帝を称揚することは
幕府にとってタブーとまではいかずとも好ましいものではなかったんじゃないだろうか
このあたりに日本で光武帝が流行らなかった要因がありそうな気がする
また三国志は元禄時代に演義和訳が出て、読み物として面白い上に
蜀漢を正統とする話は官学である朱子学からも推奨されるから大衆人気を博するのに障害はなかったし
春秋楚漢の故事はもっと昔から非識字層でも太平記読みとかの講談師から摂取できた
これらに対して光武帝モノは中国で荒唐無稽なのしか書かれなかった
中国で通俗小説全盛期の明代には、功臣との関係が円満な光武帝の話は
明初の粛清へのあてつけと取られかねないから史実に即した完成度の高い作品が書けなかったんだろう
そういうのが江戸期に日本に伝来したけど三国楚漢その他とシェアを争えるほど面白くなかったのと
上で書いた事情も手伝って人気が出なかったんじゃないかな
光武帝が流行りにくい状況はこうして何百年と続いてきたと思われるわけで
この何年かのうちにネットで多少話題になったとか本格的な小説がはじめて世に出たとかでは
一朝一夕には流行りそうにもないね
確かに社会情勢というのは両国共に決してバカに出来ない影響があるんだよな。
三国志平話や演義自体が、北辺に対する脅威から士人の輿論が徐々に蜀漢正統論に傾くのと軌を一にしているように、
幾ら民間説話や講談といっても、知識人=支配階級の輿論というのが影響することは避けられないものだから。
北辺の脅威があっても、士人による「亡命政権」という概念を介さなければ蜀漢とは結びつかないし、
三国志内にも、明確にそこら辺は知識人層の輿論の影響がみられるんだよな。
日本の芸能についても、江戸初期の芸能の傾向は石川五右衛門の歌舞伎など豊臣秀吉が悪党になっていて、
幕府成立当初の締め付けが弛緩するにつれてようやっと、徐々に講談などで真田幸村などを称揚するものが現れる。
しかし、同時にそれは幕府の勧奨する儒学的な忠節に関わるプロパガンダ的側面や、
現実に不遇な諸藩出身者や社会不安へのガス抜き的な側面もあって、
かえって一部の新撰組出身者や江戸っ子などの町人の幕府への忠義が生まれる一つの端緒にもなっている訳で。
実際は光武帝の話も水滸伝仕立てにすれば講談としては結構イケるものだとも思うしね。
まぁ、それでもやはり若干娯楽の多い現代には余り受けなさそうだが。
ただ、
>明初
粛清の当てつけよりも光の字が直接抵触(ry
漢委奴国王の時の皇帝として一般的には十分有名だろう
527 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/02/09(木) 04:18:23.11 ID:oL3OsHfg0
後醍醐天皇が目指したのは光武帝だけど、結果的には王莽になってしまったな
考えてみれば、足利尊氏も反天皇という感じで、源平、戦国に比べて数段言の葉にのらないような印象だな。
そのあたり、後世の認識バイアスがあるのかな?
尊氏関連はバイアスどころか完全なタブーだったはずです。
もちろん、天皇尊崇の気運の高まった幕末明治以降〜第二次大戦の終焉までの間ですけれども。
戦前戦中は逆に新田義貞と楠木正成が忠臣としてヒーローでした。
しかし、まぁ明治以降、日本では「脱亜の気風」(オブラートに包んだ表現)から
中国史はあまり顧みられなくなるために、光武帝には目がいかなかったようですが。
そもそも、取り上げられるのはその二人の忠臣ばかりで、後醍醐帝自身も顧みられませんでしたしね。
んで、更に戦後にその新田楠木を賛美する系統が全部潰された経緯から、
太平記系は日本史の中でも完全に乙ったんでしょう。
忠義云々や国家神道系列はGHQにも禁止されましたから。
それで思想・宗教史的には共産主義や怪しげな新宗教の勃興に繋がったりする訳ですが。
>>529 なんか当時の人みたいな言い方だけど、まさか?
それはともかく、吉川英治が三国志ではなく、光武帝を書いていたら……
それでも、光武帝は人気を博さず、吉川英治も大成しなかった、とか。
ま、三国志を書いたところに、光武帝のマイナー、三国志の鉄板さがあったんだろうな。
531 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/02/09(木) 21:53:36.85 ID:XCy2GeM80
吉川なんか二流作家だ
孫が逮捕された
だが三国志が日本でブレイクするきっかけの中の大きな部類だぜ(あとはコーエーさまか?)。
それには作家のランクは関係ない。
的外れなこと言ってんなよw
ま、二流なのかもしれんがな、お前の中では。
533 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/02/10(金) 01:15:02.78 ID:z2aCWC950
さすがに楚漢と三国志はいいかげん飽きた
もう調べることは無い
光武帝はまだまだ未開拓だ
個人的に漫画が読みたい
534 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/02/10(金) 04:51:14.73 ID:1qhN5OZx0
宮城谷の「草原の風」が光武帝版の吉川三国志、司馬の「項羽と劉邦」になると期待していたのに
なんか中途半端な作品になってしまったのがなあ
光武帝の漫画ねえ。横山光輝が生きていたら「草原の風」を元に
書いてくれていたかもと思ったけど、生きていれば77歳かあ。
日本語で読める小説なら、塚本、宮城谷以外にもあるけどねえ。
草原の風読んで思ったけど、呂母の乱関連は確実に塚本の方が物語りとして面白みがあった。
537 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/02/12(日) 13:12:16.35 ID:KGB9pRNM0
日本は光武帝を冷遇しすぎだ
少しは取り上げろ
後半あたりだけ延岑主人公で独立した話として書いてくれてもいいんだけどなあ
誰かいないだろか
乾坤の一滴
光武帝は恐らく小説よりも漫画の題材としての方が活きる
541 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/02/15(水) 01:22:00.11 ID:U7sIG8vg0
542 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/02/15(水) 01:44:08.67 ID:gljSyILh0
やる夫の話題は荒れるから禁止
>>541 後漢を年数で3分割したとして、和帝で丁度前期から中期に代わる辺りになるな
スレだとクシャーナの侵攻を班超が撃退する直前だから89〜90年辺りか
まだギリギリ前期って言えるんじゃねw
はっきり言って春秋〜南北朝あたりまでは
かなりコアなファンも多いし
思い入れのたっぷりあるやつも多いしで
書いてる人間の主観が強く出るやる夫系では
誰が描いても荒れると思う
やる夫雍正帝スレだって定期的に揉めてるし
545 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/02/15(水) 20:06:40.77 ID:dMq2OHUs0
やる夫光武帝スレで、この時代知ろうと思った奴多いと思う。
ニコ動にもあるしな。
まあ、粘着荒しも消えたようだし、話してもいいと思うけどな・・・
>>545 あれはあの人が突出してうまかったのと
誰も貶さない書き方だったしね
547 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/02/16(木) 00:18:47.46 ID:0LEIGRm50
↑やる夫なんかに影響される馬鹿ども
光武帝と後漢を語る資格なし
もう二度とレスしないように
キモクズ粘着が何管理人気取ってんだよ
気に食わないならおまえが来なけりゃいいだけの話だ
いなくても誰も困らないからw
549 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/02/16(木) 15:44:39.51 ID:0LEIGRm50
お前が来んな
いなくても誰も困らないから(キリッ)←ワロスw
こんな奴らに絡まれる光武帝カワイソス
光武帝ファンキモい、っていう印象だけが残った
552 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/02/17(金) 12:43:53.99 ID:41BvHsbs0
ほら、喧嘩するから
何度も書いてあるがやる夫の話題は一切禁止だ
つかやる夫に触れて欲しくない人が勝手に騒いでるだけのように見えるけどな
まあいいか
554 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/02/18(土) 09:47:53.87 ID:JzimIzgn0
まあいいか
だっておwww
555 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/02/18(土) 21:08:08.75 ID:/r+7uJ5R0
ニコ動で、公孫述の奴あったから対抗して
劉秀の作れば・・・
残念ながら、光武帝の死までちゃんと書いたの、やる夫光武帝しか
ないんだよな・・・
漢代紹介ネタで楚漢から三国までやろうとは思ってるんだけど史料集めで時間取られすぎて未だに着手出来ないわ
俺は一生待ってる
558 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/02/18(土) 23:23:35.36 ID:8ykQh77M0
宮城谷には光武帝の死まで書いてほしかった
それとも続編的な話を書くつもりなんだろうか
559 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/02/19(日) 00:54:14.98 ID:TBzmG12m0
560 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/02/19(日) 08:43:10.70 ID:4RuOexjH0
陰麗華ってものすごい超絶美人だったんだろうな
ロリの時に結婚したいと光武帝に言わせるほど
ロリコンだったんだろ
562 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/02/21(火) 09:38:36.52 ID:0bGYQ9Ex0
やる夫のせいで後漢のイメージが悪くなる
もう本当やめてほしいわ
563 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/02/21(火) 10:19:45.10 ID:0bGYQ9Ex0
さっき見てきたけど、とてもひどかった
亀だが
>>557みたいな考えのひと多いんだろうな
みんな年表etc.じゃ飽き足らないんだね それで、やるおの話題が蒸し返される
565 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/02/22(水) 05:57:53.21 ID:pKmwQB/50
あのやる夫は章帝と儒教の貶めがひどい
作者は親でも殺されたかのようなアンチっぷり
あと、おかしい内容や幼稚コメが多くて辟易する
566 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/02/22(水) 19:23:09.34 ID:M0CZzVdy0
やる夫王莽の方はどうなんだろう?
やる夫であれ、塚本光武帝であれ
この時代に興味をもてる人が増えるのはいいことだと思う。
それにしても、やる夫関係なく、儒教アンチが多いのは
宗教自体が創作物で、肯定的に扱われることはまず無く、カルト、詐欺等叩かれてるだけだろうか?
それにしても、仏教でも特定の宗派は叩かれても、仏教自体を叩くことは
そんなにないきがするんだけど・・・
高校日本史で扱う、儒教でさえ、教えに違いがあることがわかるはずだが・・・
儒教自体が窮屈で説教くさい旧弊ていう印象を持たれてる上に
王莽にも古怪な儒教の権化のイメージがあるせいで
新の次の後漢が儒教と縁遠いかのような印象を持たれやすいし
そういう単純な新・後漢の対立の構図が受けやすいんだろうね
実際は新も後漢も儒教の扱いは大して変わらないのに
パブリックイメージって大事よね。
例えば、道教王朝のイメージの強い唐だけど、漢よりも唐の方が詔勅は周代の古式に近くなっていたりする。
一部の官名もそうだったかな?
儒教一尊か他の「も」尊ばれているかという違いだけで、実際は儒教の重要性はずっと高まり続けてる。
569 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/02/23(木) 10:48:41.39 ID:66qJM/Wx0
やる夫は塚本と同様に黒歴史だな
光武帝はほんとメディア化に恵まれないな
えらく、やる夫が高評価だな。
塚本と同レベルに考えるとは。
2chのような場末でしかも冗談交えた落書きが、そこまで影響するかっての。
塚本がやる夫レベry
やる夫光武帝は面白いんだよ、問題は別作者の続編
573 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/02/24(金) 01:06:09.52 ID:TBlxBZhO0
>>572 やる夫王莽もけっこういいぞ。
続編の三次創作はアレなことになるよな
>>572 アレは安能とかその類と割り切れ
まあやる光に関しては、本邦で光武帝の一生をちゃんと書いた創作がロクにないからねぇ
要するに対抗馬が居ない訳でそりゃ目立ちますわ
他の光武帝モノって尻尾ブツ切れだもんなあ
本宮ひろしの天地を喰らうとかあんな感じで
だいたい、王朝の中興の祖を必ず娯楽作品化しなきゃいけないってものでもないだろ
そこまでの題材でもない、ってことだ
577 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/02/24(金) 23:42:03.80 ID:zP7WZxCO0
光武帝は中興の祖じゃないぞ
前漢と後漢は同じようで、実は別物の王朝
それでも、後世の認識では光武の中興なんだよな……
>>577 継体は実は別物の王朝とかゴダイゴは実はべつもryとか言い出したらぶんなぐられっだろ
580 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/02/25(土) 00:34:00.15 ID:bjHL2PX00
劉秀は子孫だからな
581 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/02/25(土) 10:51:10.64 ID:OGxNAp6x0
岩明均に描いてもらいたい
大ブレイクの可能性が大いにありだな
>>581 最近は、シンイチっぽい熱血漢は描かなくなってきているから、あんま期待はできない
ダミッポスやエウメネスのような優男系の光武帝が良いのであればどうぞ
横山先生にやっぱ描いてほしかったな
暗殺に来る刺客が忍者アクションする光武帝
>>576 そこまでの題材でもないかどうかを何でお前が決めてるの?
お前は神かなんかなの?
馬鹿みたいに演戯から量産してる三国志の方が遥かにそこまでの題材じゃねーよ
584 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/02/26(日) 08:42:45.67 ID:oYUHscUU0
なんか色々とひどいな
光武帝は漢王朝を続けることにより、革命などよりも世の安定を優先した
とか、主張するなら分かるが
一個人の所業に過ぎない光武帝の英雄性を高めるためだけに
前漢と後漢を完全に別物という主張に執着するとはな
新の失敗から学んだ光武帝の意図を全く分かっていないし、
唐や宋が滅んだ後は見向きもされなかったのに、
群雄が漢の復興を目指した後漢末の歴史の背景も全く理解していない
大体、中興の祖で何が悪いのか
そういった面があるのをなぜ完全否定するのか
曹操と光武帝を同時にマンセーしているから矛盾であろうか?
そこまで、史上最も優れ、偉大な皇帝と主張することに拘るのか?
本当、こんなのが入っていたら、そりゃ荒れるわ
>>584 >>唐や宋が滅んだ後は見向きもされなかったのに、
いやいやw
唐も宋も、相当こだわられていて中興を為しているんだよ。
唐は則天武后の周が新の王莽的位置でもあるし、朱梁の後も、家系に組み入れられた沙陀唐が再興している。
宋は南宋だな。
再興前より実効支配領域が減っているのは、後漢も変わらんから領土の広さで云々はしないが。
前漢を漢王朝の中での「豊沛」朝とでも名づけた場合、後漢は「舂陵」朝って感じじゃないかな?
劉備は亡命王朝としての「巴蜀」朝で
西欧史学的な観点では、たしかに別王朝と呼号したいところかもしれないけど
当の中国人たちが、漢王朝として連続性が存在していると主張していたんだから
こればっかりはどうしようもないな
587 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/02/26(日) 11:49:54.41 ID:pqj/XMvE0
光武帝って中国じゃどういう扱いなんだ?
日本と同じく超名君だけどマイナーなの?
>>586 中国でも今じゃ前漢と後漢(つか向こうでは西漢と東漢)は別王朝だって認識になってるがな
昔は連続した一つの王朝だって主張が主流だったのは、王莽の新を正式な王朝として
認めたくなかったんだろ
唐の場合は退位させられた中宗が再び皇位に復帰してるし、周以前の宗室が受け継がれてるけど
劉秀の南陽劉氏は劉氏とはいえ前漢の皇統とは百数十年前に分かれてて到底宗室とは言えないような
家柄だから、同一王朝ってのは無理がある
ああ、やる夫光武帝の続編に不満を持ってる人、やっぱりいたんだな
なんつーか、
「ヘッ、どうせどいつもこいつもド汚ぇことばっか考えてたんだろフヘヘヘヘ」
的な人物の扱いに辟易して途中で投げたw
事件の解釈がどうのとか知識の正確性がどうのじゃなくて、
単純に面白くないし不愉快なんだよなw
たぶんスレの作者は女だろうなと思った
エログロを胸焼けがするくらいネットリ書きたがるところなんかまさにソレだろw
590 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/06(火) 20:36:42.15 ID:qNeWjGqs0
591 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/07(水) 16:00:33.63 ID:yySgeV330
やる夫のURLを貼り付けるな
マジで不愉快だ
いい加減終わってくれ
592 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/08(木) 15:22:41.53 ID:rDhc4Pmg0
やる夫はもういい
まが夫(まが男)で中国史AA作れ
そういえば塚本の『光武帝』というタイトルの歴史ものじゃなく、異世界のファンタジーだったね。
戦場では全て連弩が解決のあの光武帝ですなw
このスレの塚本のポジションは完全に癒しキャラだなwwwww
596 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/09(金) 13:45:45.78 ID:5bZIEWB00
何言ってんですか
塚本先生はどこでも癒やしキャラですよ
作風は卑しキャラなのにな
598 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/10(土) 02:47:40.53 ID:iVR5i8bu0
599 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/10(土) 03:03:53.37 ID:+KXdva4O0
だから貼り付けるなって
面白いかってよくきけるなここで
過去レスをちゃんと読め
600 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/10(土) 09:23:43.68 ID:mv07cyeF0
伊藤先生とか第五倫を儒者として挙げてる作者は別にいいんだが、
読者の煽りがうっとおしい
むしろ親に殺されかけでもしたのかもな
>>574 そういや、ニコニコの歴戦動画で有名な人も
最近まで安能氏の影響で孔子にマイナスイメージ持ってたとか
三戦板でよく話題になる私釈三国志ってサイトも相当酷かったし
「人知らずして憂えず」とはいえ、ネット界での儒学好きは受難の時代だねえ
正直、うっとおしいからじゃね?
喪に服すだけで、貴重な人生の期間を浪費しちゃうし。
>>601 宗教儀礼が非効率、非生産的、非人道的なのはある程度当たり前だと思うが…
なーんかキリスト教や仏教への煽りと雰囲気が違いすぎるんだよ
朝鮮儒教が念頭にあって、マイナスの結論ありきで論じてる若干ネトウヨの人が多い気はする。
中国や韓国時代劇ドラマ見て、こんなわざとらしい礼儀?が重視されてるのかよ!!
てのも大きいと思う。
日常でこんな馬鹿馬鹿しい寸劇してやがるのか思われてるのだろう。
参勤交代その他を鑑みるにうちの国は歴史上のわざとらしい礼儀について他者のことを言える筋合いではないと思うが。
まぁ、自分は棚上げしてしまうのが人間という物ではある。
>>604 日本の時代劇とかも笑っちゃうこと多いし
ああいうのが笑えるとか、呆れるってのはわかるんだよ
ただ、関係ない文脈でまで突然「儒教はアジアの癌!」「儒家は皆殺しにしろ!」
とかいい始めるのはちょっと怖い、てういうかおかしい
607 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/10(土) 16:22:44.82 ID:YPEDNTT/0
儒教を叩いてる人で、五経を読んでる人はいるのか?
今の日本だと、朱子学や陽明学すら怪しい。
正直、儒教叩いてる人間は、漢代の儒教と、朱子学を、混同してるふしもある。
儒教好きを自任してる人もみんながみんな儒教を理解してるか怪しいもんや
オッサンの論語講読サークルとかだと
論語を単なる徳目教育のテキストか何かと勘違いしがちだし
609 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/11(日) 02:18:12.69 ID:DdjHeOCd0
儒教好きじゃなくて、論語好きなだけだろ
それは?老子と荘子読んだら道教好きになるのかと同じ
詩経や孝経読んでる奴こそ、まずいない
後漢では孝経がよく読まれていたようだけど・・・・
俺が大学で学んだ中文の先生は儒者を自任している人だったな。
研究室に春秋とかの注釈書本棚一面に置いてあった。
論語の一節引用しただけでいきなり孔子はクズとか煽る人もいるんだよな。
なんなんだもう
どうクズなのか説明を求めれば消えるのでは?
どうせ、どこかで聞いたような批判文しかでてこないだろうし。
孔子も生きた時代に合ってなかったし
戦国時代には、やっぱ韓非子だわ!
615 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/13(火) 09:15:08.33 ID:rdjrGvhg0
光武帝と陰麗華のいちゃラブな小説や漫画出せよ
歴史ドラマにキレる
>>604を想像したらワラタw
お前名刺交換にもキレてそうだなw
620 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/14(水) 11:09:28.84 ID:uHL808460
「秀麗江山」
読みたいけどどうすればいい?
尼になかった
622 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/15(木) 11:00:48.05 ID:RtlCZxVA0
光武帝が地味なのは面白くないからじゃなくて、
皆が知らないからだと思う
もっと知られたら著作物は増えるだろう
623 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/18(日) 15:59:14.69 ID:lSctSc190
光武帝が地味なのでは無く敵となった人物が地味
だから面白くない
>>623 いや、樊崇とか朱鮪とか延岑とか盧芳とか濃すぎるくらいだろ
知名度は以下略だが
書き方次第じゃね?>敵となった人物が地味
宮城谷光武帝は途中で投げそうになった
春秋戦国の故事の引用・解説が多すぎて、新末後漢初の物語なのか
その時代を使って春秋戦国の解説をしたいのかわかんねーんだもん
後半が駆け足だったせいで、隗囂とか公孫述とかの大物の敵も影が薄いし
それに、ぶっちゃけた言い方をすると、「この作品ならではの名場面・名台詞」が
ないんだよな
重耳とか沙中の回廊にはそういう名場面・名台詞がいっぱいあったのに
どうしてこうなった
626 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/18(日) 23:12:48.81 ID:Qbs1T7dk0
>>625 1 仕事をこなすためなので、練り方が足りない
2 年による才能の減退
3 作者の愛情が足りない
4 光武帝が実は魅力がなく、名場面・名台詞を想起させるような活動や事跡が存在しない
これのどれかだろうな
3と4は密接な関係にあり、もしそうだとしたら、
光武帝が今まで人気、評価が低かったことと関連しそうだ
光武帝って、歴史書通りだったらすごいんだろうが、なんか色々な意味で「薄い」んだよな
なんかリアリティとか、人間臭さとかが全く漂わず、存在そのものが希薄で感じるものがほとんどない
宮城谷さんは「劇的な合戦シーン」が決して得意じゃない、というのもあると思う
光武帝の見せ場って戦場が多いし
自分としては光武帝と陰麗華の関係に、「重耳」の、称と斉姜の別れみたいな
美しい場面を持ってくるんじゃないかと期待してたんだが
光武帝の人間味?エロ屏風……いやなんでもない
尺の都合もあるだろうけど麦飯の恩に応える場面とか
いかにも小説的に受けそうな話が書けんかったのも痛いと思うよ
>>624 知名度が以下略?
何で知名度が以下略なのか考えろ
乱世の奸雄やら西楚の覇王と比べるとインパクトに欠けるんだよ
だけじゃない。
味方サイドも悪い。
光武帝はいい。完璧な主人公だ。
その下の28将がまず悪い。多すぎる。キャラを増やしすぎて個性が消えたパターン
その点劉邦はまず軍事、政治、謀略で役割分担がしっかりした三傑がいて
それらを補う形で曹参陳平やらが盛り立てる。
何より三国志やらと比べるからそうなるだけで唐やら宋と比べればそこまで不人気ってわけでもないだろう。
劉秀知らない奴が李靖だの柴栄だの知らんだろうし
「項羽と劉邦」「三国志」が物語として上手く出来過ぎてるんだよ
これ本当に歴史なの?って言いたいぐらい正史でも物語すぎる
>>626 それこそ脚色の有無だと思うがな。
『三国志』は裴注を除けば、呉書以外の記述は淡泊なこと甚だしいし。
あと、范曄の文章が基本的に司馬遷や班一族、陳寿よりも文章が形而上的で浮ついてるってのもある。
『文選』に載った美文をみれば露骨に分かると思うけど。
この問題は原因として、これら三者と違って范曄だけが生の記録を見れなかったというのもあるのだろうが。
ただ、正史全般を読めば、如何に何もないところから創作されているかが分かる。
『三国志』魏書における本当に創作しやすい事績残してる連中の扱いの悪さとか。
「蜀漢正統論」と宋学が結びついて需要が爆発的に拡大しなきゃ今もきっと唐太宗だけが有名だったんじゃないかな。
結局、今知られているどんな物も露骨に思想的な需要ありきだもの。
順当に統一じゃ忠臣も少なくて訓話にも使えやしないし、名君類型としてはより年代も近く、また『貞観政要』等もあって援用しやすい唐太宗の方が有用。
>>正史全般を読めば、如何に何もないところから創作されているかが分かる。
何を言っているんだ、この人は……
>>629 逆にむしろ李靖にしろ柴栄にしろもっと知られるべきじゃね?
劉黒闥や名将劉仁贍も。
>>632 ん?誤解を招きそうな言い方だったかな?
『三国演義』やこれまでの日本の小説と、正史全般との比較の話。
正史にはとりたてて逸話のない黄忠などがやたら創作の対象になり、
逸話の豊富で魅力的な劉放や潘濬等が演義ではほとんど無視されてきた歴史があるわけよ。
正史で薄いか否かは、創作意欲が生じるかどうかという話とは全く関係無いって話。
そうし劉放らは現代になってから創作の対象にされ始めて、人気を博しているわけでな。
>>633 誤解を招いていた。少なくとも632や俺はな。
俺は631の「正史全般を読めば、如何に何もないところから創作されている
かが分かる。」を「正史全般を読めば、(それが=正史が)如何に何もない
ところから創作されているかが分かる。」と読んだ。だから何を言っている
んだと俺も思った。
631は「正史全般を読めば、(演義や小説が)如何に何もないところから
創作されているかが分かる。」と言いたかったか。なら分かる。
635 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/21(水) 12:49:54.03 ID:Lu2dS4YY0
光武帝を有名にした奴にノーベル文学賞をやれ
636 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/21(水) 19:33:52.81 ID:x4vv0srT0
塚本先生のノーベル賞・・・だと・・・!?
637 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/21(水) 22:55:35.21 ID:x4vv0srT0
638 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/22(木) 00:09:43.29 ID:4VNmOrxb0
だから貼り付けるなって何度も言ってるだろーが!!!
お前の神経がとても信じられんな
もしかして作者か?
>>637 これが散々叩かれてるやる夫?
1だけ見たが読みにくい
続き読む気は起きんな
それより黒の農民反乱に何があるかちょっと考え込んだわ
水徳の農民反乱でも起きたら黒を採用するのか
>>638 黙ってなよ
うれしそうに毎度荒らしやがって
641 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/23(金) 10:26:30.40 ID:gOSiqFQ80
やる夫氏ね
作者の顔ぶん殴ってやりてえ
>>633 ムリダナ
楚漢は項羽と劉邦あるし何か例えば無双的なのとか女にしたアニメとかが出れば
一般に広がって三国志に対抗できるようなものになる可能性があるが
それ以外の時代は厳しすぎる。
>>642 中国本土だと、隋唐、宋、元末明初あたりは知名度高いと思うけど、
日本だと、南北朝以降はメンタリティが合わないので無理っぽい。
(金庸などの武侠小説が思ったより人気が出ないのはそのためと
思っている。)
光武帝は、部下に関羽、李靖、秦叔宝、尉遅敬徳、岳飛、劉基
のような民間伝承で神や仙人扱いされた人(主役を張れる人)が
いないのが痛いね。
>>643 実はいるんだけどあのYahoo知恵袋とかで暴れ回った某氏に知られるのが割と本気で嫌なんで正直言及したくない。
645 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/24(土) 14:33:20.67 ID:7G9nDCMz0
>>643 そもそも、短編除けば、金庸自体、宋代から開始だし
梁羽生も唐代が最古の時代だしな・・・
隋唐は単純に創作物の隋唐演義が訳者が
三国志以下とさえ言ってたし、日本の輸入した制度や唐詩を見ても
隋唐は受ける可能性はあると思うんだけどな・・・・
646 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/24(土) 14:42:52.07 ID:7G9nDCMz0
光武帝の場合、王朝の再興を唯一果たしたのは凄いけど
彼がいなくても、劉玄(こいつは除外したほうがいいか)、劉子與(勝ったら本物)、劉盆子、劉永、劉文伯(本物化)、劉嬰、劉信、劉望、劉嘉
が劉氏の王朝を統一まで持っていったと思う。公孫述や李憲よりは可能性は高いと思う。
>>646 劉玄は舐めない方が良いと思うが。
南陽経略あたりの手順は的確であるし、長安陥落劉玄死亡後もそれを信じていない人間が大勢いる。
逆に孺子嬰は論ずるに値しないと思う。
あと、耿純の暗殺がなくて、耿純が与党に居ると考えると劉楊もバカには出来ん。
劉子輿、劉林連合は叛乱の手際こそ非常に上手いのだが、
史実の劉秀にあっという間に再制圧されたせいで色々未知数なんだよな。
648 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/24(土) 18:44:52.00 ID:7G9nDCMz0
>>647 孺子嬰は皇帝に立てられるのが異常に遅かったから
よっぽど、駄目だったんだろうか・・・
確かに劉玄は、豪傑だったろうし舐めすぎたわ。
劉楊もいたな。あと劉賜も・・・
こう考えると、あの時代は、三国志以上に、劉氏の看板が
大きかったんだろうな・・・
光武帝の時代をよく知っている人がいるねえ。
劉信が全国統一というのは『反光武帝』な感じで読んでみたいな。
それにはまず光武帝が人口に膾炙される必要がある。道は遠いなあ。
劉嘉も劉信も光武帝に降ってから、実に大人しいんだよねえ。
劉茂(厭新将軍)も、劉秀が河北で潰れていたら、全国制覇していたかも。
なんせ光武帝より10歳若いから。
650 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/25(日) 09:44:48.86 ID:hHMrhFxQ0
王郎も事の真偽はともかく、本来は劉氏だったのだろう
敗北したから、真実が暴露されたか、もしくはそういうことにされてしまったんだろうな
結局、群雄が劉氏ばかりだから、
「王モウの政治が一時的なもので、漢王朝の威光がいまだ非常に強く、漢が復興するのは時間の問題だった
その中で勝ち残ってきたのが光武帝
だから、これは劉邦や李世民と同列ではなく、中興の祖とみなすのが正当評価」
って判断されたんだろうな
王モウ打倒にはそれなりに巧みな手腕を見せた劉玄が、正史ではあまりにも無能に描かれすぎて
正史そのものの信憑性自体がないことも、あったのかもしれんな
光武帝の河北討伐だって、赤眉の件がなければ、韓信のようになっていた可能性もあるし
実際、劉備が蜀から漢を再興していたら、この場合は漢の威光は小さかったと見なされ、
関羽や諸葛亮補正がなくても、光武帝よりかなり高い評価を受けたんじゃないかな
>>643 ベトナムで神様級の扱い受けてた伏破将軍がいるぞ
652 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/25(日) 17:19:33.28 ID:bXcLbpzF0
劉備wあんなカスがw
おお、中英板で煽り君氏に会えるとはw
655 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/25(日) 19:48:46.41 ID:bXcLbpzF0
劉備なんかカスだろ
光武帝>越えられない壁>劉邦>劉備だから
厨くさいことを言っているのは、
>>641と同一人物か
平日の昼間からご苦労なことだ
そんなに文句があるのなら、自分がやる夫やネット小説でもやればいい
本当に面白ければ、他を押しのけるだろうにな
光武帝好きにすら、相手されずに何もできずに喚くだけか
そうやって、光武帝は少しずつだが確実に嫌われていく
安心しろ
そんなに知名度ないから嫌われることはない
好かれることもないけどな
658 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/25(日) 21:03:05.01 ID:bXcLbpzF0
俺は641じゃねーよ
証拠も無いのに断言するなんてイミフだな
光武帝アンチはここに来んなよ
>>654 あれ、煽り君って中英板じゃなかったっけ? 歴板だっけ?
長いこと見てなかったから忘れたw
私は歴板の「『西漢』 → 『新』 → 『東漢』(光武帝)」
しか書いていませんでしたよ(過去形)。
昔を思えば、今は光武帝の時代を知る人が増えました。
>>656 ID:bXcLbpzF0みたいな無能な働き者が居なければ、光武の業績を広めるのももっと楽なんだけどな。
662 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/28(水) 05:49:22.16 ID:MaQJlz3k0
などと、意味不明な発言をしており
動機は不明
>>650 >正史そのものの信憑性自体がないことも、あったのかもしれんな
ハァ?何事実認定してんの?
おまえがそう思うのはおまえの勝手だけど、自分の意見と客観的事実の区別くらいつけろよ
大体その程度で正史そのものの信憑性がないと言えるんだったら、始皇帝を非道な暴君
扱いしてる史記や、統一戦の時は一武将で蜀・荊州・江南方面の平定には関わってない
李世民を実質創始者扱いして実際の創始者である李淵を優柔不断で無能扱いしてる
新旧唐書とかはどうなんだよw
>自分の意見と客観的事実の区別くらいつけろ
なにがいいたいかと思ったら本当意味不明だな
ただの言いがかりならまだいいが、日本語すら理解してないレベルか?
>始皇帝を非道な暴君 扱いしてる史記
別に間違ってはいないだろ。偉業と非道は矛盾しない
>実際の創始者である李淵を優柔不断で無能扱いしてる新旧唐書
実際の創始者と認めているし。唐の高祖は誰か知っているか?
無能なんて記述はどこにもないし、
優柔不断って、進言を受けて決断したのは李淵だろうが。これもどこにもない。
こんな反証しか用意できないなら、なおさら、後漢書の矛盾感は強いってわけだ
擁護するつもりが、かえって光武帝の首を絞めるとは、本当に無能な働き者は存在するんだな
665 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/04/19(木) 21:26:53.97 ID:qjq4/bE30
正史後漢書自身、劉宋の時だからな・・・・
史通でも、劉玄の悪いエピソードが
付け加えていることが、突っ込まれてるし・・・
劉玄は『後漢書』特に長楽宮に至った時に、惰弱に描かれていますが、
小生は、本当は惰弱でなかったかも知れないと思っています。長楽宮の
シーンの劉玄の描写をよく読むと、単に「あがり症」の症状そのもの
じゃないか? と思うのです。あがった人じゃないと「あがり症」と
いうのは分からないから、歴史家が気付いていないだけでは? と
思っています。私は中学の時に「あがり症」になって、結局慣れまし
たので、その症状は分かります。また、普段人前で恥じることの無い
厚かましいことこの上ない人が、あがっているのを見た時は信じられ
なかったです。
そこで劉玄も「あがり症」だったと推測すれば、史書毎に一見矛盾
するような記述があっても、例えば、押し出しの良い丈夫が、人前で
呆然としていても、矛盾しない、両方とも史実であり間違ったことを
書いてはいない、ということが有り得る。そう思うのです。
667 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/04/21(土) 02:35:26.74 ID:J7/V+0t20
>>667 もはや追いかけない或いは見ないスレの話をされても返答できない。
それに章帝って新末後漢初の話じゃないでしょ?
まあ『後漢書』で范曄は「魏文帝称明帝察察、章帝長者」と余所から
評を引用していますが、僅かに時代を下った三国時代の曹丕は章帝を
出来た人物と見ていたようです。小生の評より魏文の評の方が当てに
なるでしょう。
669 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/04/21(土) 11:56:09.87 ID:/WG2tIW80
煽り君氏もやる夫見てなかったか
少しでも批判したらアンチ乙って言ってきてむかつく
いい加減終われよ
670 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/04/21(土) 13:53:52.86 ID:Vybt6a/60
>>668 三国志の本でも、よく光武帝から章帝までは良かったけど
その後は、外戚と宦官が
671 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/04/21(土) 13:59:44.46 ID:Vybt6a/60
暴れるとか記述が多いので
三代章帝までは、初期扱いでもいい気はします。
672 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/04/21(土) 14:06:06.51 ID:/WG2tIW80
ていうか、そんなにgdgdだったら200年ももたねーよ
和帝から黄巾の乱まで90年ぐらいの年月があるんだぞ
後漢はひどく評価されている
673 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/04/21(土) 14:29:32.54 ID:Vybt6a/60
>>672 gdgdしつつ唐とか宋、明、も200年後も生き残ってるぜ
674 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/04/21(土) 15:40:10.50 ID:/WG2tIW80
後漢だけ異様に貶められてるかんじ
こうなのも地味だからか
675 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/04/21(土) 15:47:44.11 ID:Vybt6a/60
>>674 後漢に限らず、末期になった王朝てどれも叩かれてるよ。
具体的には?
676 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/04/21(土) 15:50:41.10 ID:/WG2tIW80
大体gdgdになったのは桓帝(党錮の禁)以降だろ
和帝からなんて暴論すぎる
そんなに国は脆いもんじゃないだろ
今の日本をみてみろよ
677 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/04/21(土) 15:53:13.31 ID:/WG2tIW80
そりゃ末期は叩かれるさ
でも後漢は叩かれるスピードが早すぎ
678 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/04/21(土) 16:20:12.30 ID:Vybt6a/60
>>676 外戚竇憲が専横してたのは和帝のときだし
それを倒した鄭衆を指して、宦官の禍はここからはじまるみたいな
ことを後漢書で書いてあるし。
側近と行為を見れば安帝もろくな君主じゃないしな。
679 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/04/21(土) 17:15:55.74 ID:/WG2tIW80
竇憲の専横はたった4年だし
安帝の治世はケ太后がほとんど執政しているぞ(親政はわずか4年)
容易にそのまま受け取るな
680 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/04/21(土) 17:18:29.68 ID:/WG2tIW80
なんでお前らそんなに否定的なの
イメージや固定観念で捉えてない?
681 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/04/21(土) 21:15:00.29 ID:/WG2tIW80
煽り君氏に訊いてみたい
後漢は過小評価されているかどうか
煽り君氏ではないが、俺から見たら、むしろネットでは後漢は過大評価だな
復興した形になっている面は否定できず、前漢より大分版図が狭くなっているのに、
統一王朝だの、実質別王朝だの、創業だの、強調し過ぎ
そのくせ、安定の面といった長所も主張するし
なんで、堂々と前漢、唐、宋、元、明、清と肩を並べているかが分からない
版図でしかものを見ないやつってなんなの?
清が最強!!
とか言い出すわけ?
>>682 まともに相手にする必要ねーぞ。
向こうでも荒らして、削除とアク禁願い出されてるしな。
685 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/04/21(土) 23:45:29.34 ID:/WG2tIW80
まったくだ
粘着するアンチは帰れ
686 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/04/21(土) 23:46:46.06 ID:/WG2tIW80
俺はその荒らしじゃねーつーの
お前も帰れ
687 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/04/21(土) 23:49:24.37 ID:/WG2tIW80
684
お前が帰れ
688 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/04/21(土) 23:50:51.29 ID:/WG2tIW80
ヒキニートのくせに
うっせえーぞボケ
689 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/04/21(土) 23:51:46.97 ID:/WG2tIW80
684はヒキニート
690 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/04/21(土) 23:54:31.33 ID:/WG2tIW80
682は李世民厨
しつこい蛆虫だ
>>681 東漢の光武帝がもっと知られれば良いという欲目はあります。けれど
自分が納得できれば、他人はどうでも良いとも思います。なぜなら、
小生は東漢を追うことで、随分と楽しませて頂きましたから。
自分で調べぬ教えてちゃん、ソースは2ちゃんな発言を見るにつけ、
それを自分でチェックして、あれこれ推理想像して、自分で解答を
得るのは楽しかったです。結論じゃなく、そこに至る過程が楽しいの
です。そうすると東漢評価は自分で至った着地点なので、客観視できず、
東漢が世に知られていないというのは分かりますが、自分が過大評価
ないし過小評価しているのは判別できません。
小生には、この評価に至った、誰に吹聴扇動されたわけでも無く辿っ
た、楽しい旅路が見えるだけです。紆余曲折、袋小路に陥り引き返す
こともありました。ひょっとすると今も妙な所を通っているのかも知
れません。だから、道はこっちだぞと大声を上げることはしません。
また大声を上げるからといって、その人を鵜呑みもはしません。ただ
私はその先には何があった、ありそうだと、見たことや予想は言えます。
それだけです。
>>684 向こうのスレ見たがひどいな
病的なまでに荒らしている
しかもこのスレの論調や、やる夫光武帝まで論拠に持ってきて巻き添えにしている
やる夫光武帝も叩いていたはずだが、厨が複数いるのか?
ただネットで自治るために使い分けているのか?
そんなに不満があるなら、「やる夫で馬援」でも自分でやれ
できもしないなら、何の知識のない奴のレスなどいらんから、ずっとROMっていろ
693 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/04/22(日) 13:09:07.51 ID:dpQkV81G0
うっせー馬鹿
そのやる夫が糞なのは変わらねえんだよ
そんなのに頼るお前らが馬鹿すぎ
逆にROMってろ
694 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/04/22(日) 19:39:13.74 ID:L4rrTE7/0
前に、名将100選スレを荒らしていた奴と手口が酷似しているな
あれも必ず定義論争の反対意見でぶちあてる奴がいて潰れてしまったが
自分が面白くない方向で、楽しく盛り上がっている人間にあたり構わず嫉妬しているんだろうか
光武帝を人気にしたかったら、漫画か動画でも作ったらどうだ?
時間もたっぷりあるようだし、そんなに人をこき下ろせるなら素晴らしいのが描けるだろ?
やる夫作者は和帝は後世ではボロクソに書かれているって言ってるけど、本当にそうなのか?
俺は知識不足だから知らないんだけど、実際どうなん?
>>696 手許に『後漢書』(岩波)があるので読んでみた。和帝の詔勅見る限り、
人民の上に立つ人間としては、まっとうな皇帝だ。『後漢書』は本紀の
最後に論評を載せるが、和帝個人については特になんとも言っていなく
て、むしろ、こういう時代だったと述べている。
気になるなら、『後漢書』を置いている図書館を探して、ご自分で確認
されるが宜しいかと。
698 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/04/30(月) 17:33:53.00 ID:J+FFoXq20
和帝という諡号じたい悪くはないよ。
霊帝や煬帝よりもいいし・・・
699 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/04/30(月) 18:56:42.16 ID:00pD90DU0
>>697 専横外戚を倒すのに宦官を使ったことで「宦官が権力を持つのはこの時から」とは書かれてる。
このことから、宦官の禍がここから始まった=後漢の衰退は和帝から始まった、
みたいな言い方は後世されてるな。歴史関係の本ではっきりそう書いてるのもあるし。
あと漢書の著者の班固は外戚竇憲のブレーンで、竇憲に連座して失脚獄死してる。
そのことで学者や歴史家には班固に同情する向きもあるようだ。
700 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/04/30(月) 20:16:18.78 ID:TD9oRgy70
通鑑漢紀の最後で司馬光が後漢を総括して「和帝以降は外戚が権力をほしいままにし寵臣が政治にたずさわり、
賞罰はきまりがなくなり、賄賂は横行し、賢愚はごちゃ混ぜ、是非は転倒した、乱というべし」と言ってる
この文章は典型的な宋学の大義名分論にもとづいてるから
儒教の嫌いな人が後漢後期を批判する根拠として使うのは
エンタテインメントとはいえどうなんかなとは思うね
701 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/04/30(月) 21:09:04.70 ID:0GsRbpTB0
和帝は魏晋南北朝、唐代にはどう思われたんだろう?
諡号は悪くないから、曹魏あたりまでは悪くない気がするが・・・・
702 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/04/30(月) 21:11:47.78 ID:0GsRbpTB0
>>700 宋学自体(新儒教)と表記されてる書籍も
多いけど、人物評価でも旧来の儒教と凄く変わるの?
>>698 諡の良し悪しなんて判断材料にもならないよ
後世の史家の評価はまだしも、諡は政治的要素が強すぎる
704 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/04/30(月) 21:48:44.37 ID:TD9oRgy70
宋代以降の儒教が教条的に硬直していってそれ以前とは別物になったていうのは
一般論としてはそうだと思うけど
後漢王朝(の特に前半期)と当代の人物に儒教的理想を投影する点では
例えば范曄と司馬光とではそんなに変わらないとも思うよ
遊牧民の脅威にさらされて民族意識と儒教とが結合しやすい状況が
南朝宋と趙宋とで似てたんだろうね
あと後漢書や通鑑の史料批判で一番簡単なやり方は儒教的バイアスの存在を指摘する方法だと思うけど
そういうバイアスから自由な立場に立っても後漢における儒教の影響は否定しようがないし
范曄や司馬光は現代人よりはるかに深く後漢の思想状況を理解してたはずなんだから
バイアスだと切り捨てずにむしろ乗っかってみたほうが当時のことがらを理解するのに便利なこともあると思う
>>696,699
脳裏に引っかかっていたので、調べたら和帝の頃の小説あったよ。
8年前から進歩が無いね、小生も世の中も
「『西漢』 → 『新』 → 『東漢』(光武帝)」スレより
442 : 煽り君 : 04/10/18 22:05:12
本屋で見かけて手に取った、宮城谷昌光『三国志』。驚いた。なんと後漢の
衰亡が始まる辺りから、話が始まっている。外戚が横暴する和熹ケ皇后の辺り。
この時代を扱った小説ないから、この時代を知りたい人には良いかも。また、
曹操や袁紹の祖先を扱うため、漢楚戦の辺りや袁安の辺りまで話が及ぶという
底辺の広い話でもある。
707 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/05/01(火) 13:02:06.24 ID:iRRxmlug0
宮城谷三国志か
三国志なのに序盤は全然三国志で無い事で有名なw
宮城谷三国志って信憑性あるの?
あの時代の資料ってあんまり無いと思うんだけど
>>707 宮城谷センセは主役の話よりも、主役の父親とか上司の話のほうが長いうえに面白いから困る
主役になって面白さアップなんて無いよな
重耳、孟嘗君、晏嬰しかり
宮城谷三国志だったら、ケ皇后摂政期までは良い時代
安帝が親政すると最悪に。順帝即位で小康状態
順帝死後、梁冀が暴れてから外戚・宦官の害が甚だしくなって黄色い反乱が起こるんだけどなあ
范曄の評価だったら、和帝は剛毅な良君、という評価だったと思うが……
皇帝の若死にが多過ぎるな。
戦地にいて一番に死ぬ可能性が高かった
光武大帝より早く死ぬなんて何ごとだ‼
713 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/05/05(土) 00:37:16.09 ID:cs+A/znS0
「和帝以降衰退していった」
こう書かれている文献がほとんど
いい加減再研究して欲しいです
714 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/05/05(土) 00:45:05.93 ID:VKh9QpNo0
災害の数半端じゃないからな・・・・
何で、あんなに後漢中期以降災害多いんだ・・・
715 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/05/06(日) 23:32:01.33 ID:C6HfXUwR0
>小生の評より魏文の評の方が当てになるでしょう。
こいつってアホなん?
716 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/05/10(木) 20:36:29.67 ID:svfYavQDO
下句麗w
717 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/05/11(金) 11:30:35.99 ID:qMFkWlYd0
光武帝は中国人嫌いな俺が唯一尊敬できる中国人だ
>>717 たとえば、どういうところが他の中国人と違って尊敬できる点だい?
個人的には、劉秀だけじゃなく他にも尊敬できる中国人がいるので
どう違うのか知りたい。
719 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/05/11(金) 13:55:09.20 ID:qMFkWlYd0
性格が温和で優しいところ
やり方が卑怯じゃないところ
家族や部下を大切にするところ
他にもいろいろある
中国人とか
お前は何をもって中国人としてるのか小一時間なんたら
721 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/05/12(土) 21:31:18.64 ID:Rkxh0o5o0
いちいち揚げ足とんなカス
722 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/05/12(土) 21:39:56.85 ID:yxQ7AicV0
>>720 中国に生きる人を中国人と呼んで不都合でも?
まさか現代の中華人民共和国の略号だとか思ってないよな、この板で。
>>723 中国ってのはいつの中国?
後漢の中国にいた中国人や歴史上の時代時代で中国大陸に住んでいた中国人や今の中国にいる中国人は別の民族だよ。
どの中国人が嫌いなの?全部なの?
どっちにせよあれだけじゃ分かんないよね。それとも「中国人嫌いな俺が」から察せと?
>>721 どこがどう揚足をとってるのか説明してね
まあするわけもないだろうけど
725 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/05/12(土) 22:55:14.89 ID:Rkxh0o5o0
細かいこと考えるんじゃねーよ
中国人は今も昔も中身は変わってない
あと、やる夫貼り付けるな
嫌われてるのがわからねーのか
726 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/05/12(土) 23:26:48.23 ID:vhl6OkQ80
727 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/05/12(土) 23:29:12.19 ID:Rkxh0o5o0
荒らしじゃねーぞ
なんでまた貼り付ける
馬鹿か?
728 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/05/12(土) 23:42:36.48 ID:vhl6OkQ80
>>727 2度荒らしてIP晒されただろwwwww
729 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/05/12(土) 23:44:46.80 ID:vhl6OkQ80
730 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/05/13(日) 00:14:43.24 ID:/gkCOZrj0
死ね
731 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/05/13(日) 00:15:41.68 ID:/gkCOZrj0
死ね
732 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/05/13(日) 00:15:56.04 ID:/gkCOZrj0
死ね
733 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/05/13(日) 00:16:15.70 ID:/gkCOZrj0
死ね
734 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/05/13(日) 00:16:33.33 ID:/gkCOZrj0
死ね
735 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/05/13(日) 00:16:49.07 ID:/gkCOZrj0
死ね
736 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/05/13(日) 00:17:04.48 ID:/gkCOZrj0
死ね
737 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/05/13(日) 00:17:19.34 ID:/gkCOZrj0
死ね
738 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/05/13(日) 00:17:36.61 ID:/gkCOZrj0
死ね
739 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/05/13(日) 00:17:51.36 ID:/gkCOZrj0
死ね
>>724 民族を言ってないんだよ。
中国の歴史書読んでないのか?
四夷に対して、中国っていう認識は変わらないんだよ。
例えば《北史》高閭伝
「・・・閭以江南非中國,且三代之境,亦不能遠・・・」
《南史》夷貊上
「如中國之盛夏。・・・」
それにしても、>どの中国人が嫌いなの?全部なの?
ってのは、
>>718に言ってるのか?おれは
>>719だがw
だとしても、718は劉秀以外が嫌いなんだろうよ。なぜかは知らんけど。
>>740 アンカー間違えたw
誤 「ってのは、
>>718に言ってるのか?おれは
>>719だがw
だとしても、718は劉秀以外が嫌いなんだろうよ。なぜかは知らんけど。」
正 「ってのは、
>>717に言ってるのか?おれは
>>718だがw
だとしても、717は劉秀以外が嫌いなんだろうよ。なぜかは知らんけど。」
742 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/05/14(月) 10:39:07.01 ID:JkPddv6J0
どうでもいい
そんなこと真剣に悩んでるのお前だけ
最近の皇帝による専制をプラス評価する向きが増えたことを考えれば
外戚sage、宦官ageになるのは仕方がないよ。司馬光が外戚を攻撃するのは
宋が科挙第一の官僚万能時代から見たら後漢は糾弾されべき時代だろうな。
744 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/05/16(水) 19:20:06.79 ID:A1XY5ALU0
前の唐王朝で皇帝殺害とか、宦官やりたい放題だったしな。
745 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/05/16(水) 23:47:43.40 ID:AFH4/jqM0
劉備は光武帝のことどう思っていたんだろう?
曹操は意識してたけど
746 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/05/17(木) 19:08:56.34 ID:GssVGz3J0
多分意識してないんじゃない
出自からすると、そこそこの豪族である劉秀と
貧乏かつ、一族に恵まれない劉備じゃあ、立場が違いすぎる。
劉邦の方は意識してたと思うけど・・・
初めて読んだとき後漢王朝の宦官の何が悪いのかわからなくなったのはもしかして俺だけ?
748 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/05/17(木) 20:06:43.58 ID:xWqXn5AT0
馬武と張飛、どこで差がついたのか・・・
慢心、環境の違い・・・
749 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/05/17(木) 23:44:09.84 ID:ersVvaCE0
ああ、配下が略奪したのは本当かもしれんが、何の恨みもない上司の謝躬を裏切り、
卑劣な策謀にかけた劉秀に就いた馬武と、
最後は悪いは、忠誠を尽くした張飛では、後世の名声や知名度が雲泥の差だな
寄らば大樹と、小勢力でも民を置いていかないという義を果たした差だろう
まさに、慢心、環境の違いだな
750 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/05/18(金) 09:07:10.70 ID:osNH9HO70
いや、そのりくつはおかしい
上司が張飛は嫌だ
でもある程度地位があれば張飛ほどいいやつはいないw
むしろ関羽のほうが気難しくて面倒だからな。
馬武をはじめとする光武の諸将が評価されるのは中国正史による「勝てば官軍」理論だからな。
それを考えれば張飛のような賊の属将が評価されるのは奇跡といっていいだろう。
関羽が評価されるのは故郷(といわれている)山東の商人達のおかげだけど。
河東郡解県って山東?
754 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/05/20(日) 12:01:34.04 ID:V9Nax8pg0
周瑜、陸遜とかも評価されてるじゃん。
何言ってんの?
756 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/05/20(日) 19:47:36.12 ID:sPKKYWss0
>>752はよくここにちょっかいかけてくる光武帝アンチ
何言っても反論してくるからスルーが吉
757 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/05/20(日) 20:35:56.09 ID:xkVsfGwY0
>>752 光武帝諸将が評価されるのが中国正史による「勝てば官軍」なのは分かるが、
張飛は、賊の属将なのに評価されているというより、
正統性がある勢力が、小勢力にも関わらず忠誠を尽くしたのと、略奪から逃避する民を守ったからだよ
しかし、謝躬が略奪したから殺したと言い訳ができあがっているのが、うさんくさい
なぜ、敵対して自立したいから殺したと書かないのか、全体的に創作臭がする
758 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/05/21(月) 06:54:56.45 ID:1vdnvr/K0
相変わらず三国志オタはきもいな
創作と実話をごっちゃにしている
759 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/05/21(月) 19:14:07.38 ID:CeAsyWxr0
現行後漢書自体が劉宋成立だからしょうがない。
我らが漢だもん・・・
面白い話になってますね。小生にも一枚噛まさせて下さいな。
『後漢書』『後漢紀』には史家による脚色が見える所があります。
『後漢書』本紀で建武元年六月己未に劉秀は即位し、本紀及び劉盆子伝で劉盆子も
この年の六月に即位していることが分かる。そして隗囂伝では、隗囂は劉秀の即位
を聞いて、劉玄に策を述べるが聴かれずと有り、劉玄伝には、劉盆子の即位後に、
隗囂を交えた謀議が漏れて、結果、長安で三王が叛乱したことが記述されている。
ところが馮異伝で馮異が鄗に召されて、皇帝推戴について劉秀に諮問される際に、
馮異は答えて「三王反畔し、更始敗亡せり」(袁宏の『後漢紀』では「三王背叛し」
とある)と冒頭に述べている。
まず劉玄は、現皇帝だから謚号で呼ぶ筈は無い。まあこれは修辞の問題レベル。
より大きな問題は「三王反畔し」の所で『後漢書』本紀の記載通りなら、劉秀
即位、劉盆子即位となり、その後に三王反畔が生じる筈。その三王反畔が、
劉秀の即位直前の馮異の言に入っている。つまり、劉秀の正統性を強調しよう
と、史家が馮異の言の一部に捏造を行っているのが見え見えなんですねえ。
761 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/05/22(火) 21:39:32.14 ID:uW7KU0pI0
うんこ
762 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/05/22(火) 21:42:27.05 ID:uW7KU0pI0
ちんこ
763 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/05/22(火) 21:42:48.34 ID:uW7KU0pI0
いいいいい
jjjjjjjjjjjjjjnn
n
んん
764 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/05/22(火) 21:43:57.35 ID:uW7KU0pI0
ほむほむ
けいおん!
l
765 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/05/22(火) 21:44:40.74 ID:uW7KU0pI0
けいおん!
けいおん!
;;;
766 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/05/22(火) 21:45:14.93 ID:uW7KU0pI0
まどまぎ
@ぽいふjghfvhj
ぽいうy
767 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/05/22(火) 21:45:56.01 ID:uW7KU0pI0
y
あにおた
768 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/05/22(火) 21:46:57.45 ID:uW7KU0pI0
dddd
lkjh
lkjhg
769 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/05/22(火) 21:47:37.80 ID:uW7KU0pI0
あずにゃーーーーーーーーーーーーーーーん
dddddgdgddddd
fhfhhh
770 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/05/22(火) 22:07:50.83 ID:uW7KU0pI0
けいおん
お
771 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/05/22(火) 22:08:41.27 ID:uW7KU0pI0
h
う
p
772 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/05/22(火) 22:09:40.41 ID:uW7KU0pI0
ttt
y
k
773 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/05/22(火) 22:31:30.62 ID:oxUn7NrQ0
煽り君にも『捏造』って言われたのがショックだったか
光武帝には信者や厨がいてうざいから、叩かれなかっただけなのに、
いいように、暴れていたからな
しかし、本当に打たれ弱いなw
>>773 しかもアニヲタ系を暴露しつつだし、いい年の大人がやってるとなるとアレだなw
光武帝の河北がらみの話はいろいろ不思議な事が多いよね
どうやって馮異が光武帝の河北行きを中央に働きかけたのかとか、李忠やヒトウの家族を助けた更始帝の武将が名無しとか謎だらけ
王郎が成帝の子だったかどうかなんかはその最たるもので
劉揚が10万の兵持ちながら王郎に付いてた事とか、光武帝の配下に造反者が大勢出た事とかをみると
王郎が影響力の大きい存在だったことは間違いないけどそれは王郎の実力のせいなのか血筋のせいなのか
地味ながら怪しいと思う話では銚期が薊で警蹕をとなえた後で光武帝が「また先触れをやりたいか」と突っ込む場面がある
「おれを天子にしたいのか」ということで光武帝が即位するのを暗示した逸話だけど
東観では即位の時に突っ込むのに後漢書だと王郎を倒した直後のまだ河北にいる間に突っ込んでる
しかも後漢書の銚期は「更始の失政で皇統が危うく天下は帰する所がない、あなたが河北の要害と精兵とに拠って
万民の漢を思う心に従えば天下を取れます」と他の史料にはみえない弁舌を振るった直後に突っ込まれてる
実際に銚期の献策の通りにして天下を統一するわけだけど、この献策はたぶん范曄が光武帝の統一の過程をみて後知恵で付け足したもの
すでに銚期は警蹕の逸話で予言者の役割を与えられてるけど
光武帝の統一の事業が運命づけられたものということをダメ押しで強調するために警蹕の話をふくらませたフィクションだろうね
べつに銚期の発言の真偽いかんで歴史が塗り替わるもんでもないけど後漢書の撰述態度がこういうもんだと念頭に置いて損はないし
この話が王郎を討った直後に挿入されてる上に「大統危殆」と皇統に言及する大仰な言葉が使われた意図を勘ぐりたくなるよ
776 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/05/23(水) 00:34:34.88 ID:p3lL8Lgk0
光武帝の輝かしい逸話(言い訳)集
劉秀が皇帝になると予言書にでているのに、決起は兄の尻馬に乗る
→兄には誰もついてこなかったが、自分にはみんなついてきた(キリッ
人間とは思えない武勇を持っているはずなのに、姉の劉元は救えなかった
→あれは劉元の意志。それをくみとった(キリッ
兄が(後漢書によると)無実の罪で殺されたのに、劉玄にわびて忠誠を誓う
→これはただの計略。いずれ仇を討つつもりであった(キリッ
河北討伐に任されたのに、すぐに困窮
→与えられた兵力があまりにも少なかった。任光と劉揚が味方したのは、自分の計略と仁徳だけによるもの(キリッ
劉楊の兵力が10万もいるのに、光武帝のその後の兵力はなぜか数万のまま
→劉楊は離反させただけで、その兵力は借りていない。常に少数で多数を撃破した(キリッ
謝躬を援軍に送られているのに、だまし討ちにして将兵を奪う
→役に立たなかったし、謝躬が略奪していたから殺した。これは正義の誅殺(キリッ
劉玄を裏切って、完全自立、即位
→兄の仇であった。すでに、劉玄は統治に失敗し、天下のために自分が名乗った(キリッ
劉楊は謀反していないといっているのに、謀反で誅殺
→あれは光武帝の寛大な処理。劉邦と違い、ただの一人も誅殺していない(キリッ
引き込んでいた隗囂が再び、自立する
→隗囂は元々、その考えであった。それを見抜いた上で冷遇し、暴発させた(キリッ
ほとんど外交を使わず、全ての群雄を軍事力で撃破。要職を自分の子飼いだけで独占。
王郎も劉玄も赤眉も詐欺師や小人物ばかり。予言で自分が皇帝になると決められていた(キリッ
領土を放棄し、異民族に占領させる
→土地から余っていたから人民に引き上げさせた。そのため、匈奴は分裂し、降伏した(キリッ
これはどういうことだろう?
>>775に自分で突っ込んどくと即位も河北だったな
778 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/05/23(水) 22:39:45.34 ID:5X4ZZZSd0
死ね
屑ども
それに、光武帝は表立っては更始帝に謀反していないように見せかけています。
まず劉秀自体が更始帝と戦っていない。一つは赤眉軍に更始帝を襲わせていること。
次にケ禹と馮異・寇恂が更始帝軍と戦っているが、劉秀の直接関与は無い。
馮異に至っては、朱鮪らを挑発し続け、朱鮪が温を襲った時に逆襲し、この戦いが
如何にも正当防衛に見えるように仕向けています。
劉秀がケ禹・馮異にそのように指図していたかどうかは不明ですが、兎も角、これで
主だった史書が官撰であることもあり、劉秀の謀反と書かれず、論われることも無い。
780 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/05/24(木) 09:49:56.07 ID:Cvv5a/e60
光武帝のアンチ達が必死のもよう。
こんな過疎スレで長文書いたって、全く意味がありませんよ。
やる夫後漢初期作者からの忠告でした。
うそつけw
擁護者が長文も書けないようじゃ、擁護される側もたまったもんじゃないなw
782 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/05/24(木) 19:36:37.78 ID:Cvv5a/e60
ほんとですよ。
今までさんざん私を馬鹿にしていたようですね。
嫌ならみるなですよ。
後漢書二十八将論の「武帝以降は高官の地位が世襲されて在野の賢人が用いられず、
賎業にしか就けずに恨みを抱く者は多く、正道を心に抱きながら顧みられず我が身を草むらに捨てる者は数え切れなかった」
というくだりは前漢の朝野の様子に託した范曄自身の境遇に読める
そうでなければ前漢の在野の人々の不遇をはるか後世の范曄が嘆く理由はないしね
范曄が後漢王朝(の初期)と光武帝を美化して描いたのは北朝の脅威下での儒教的尚古主義がはたらいたのと
おれはこういう王朝や君主に仕えたかった、そうすればエリートコース一直線だったのに
という極めて私的な願望を歴史叙述にぶつけたからだろうな
それは「恩徳を天下に広く施せば必ず賢者を招く道が広がる、考えてみれば当然の事」という二十八将論の締めにもあらわれてる
784 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/05/24(木) 21:48:44.97 ID:7V4QrZTU0
>>778 意訳すると、
『光武帝厨である自分は、光武帝は完全無欠だからマンセーし放題で、
論戦になっても、他の光武帝信者が加勢してくれるので、無双状態でした。
本当は何の知識も理論もないただの中年のアニオタです。後漢書すら読んだことはありません。
サイトを運営している光武帝信者の方々。ageるので早く来て。ライフが0です。
横から煽って、アンチがきれるまで工作するのでお願いします』
ってことだろw
俺もageるから早く来てくれるといいなw
785 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/05/24(木) 22:45:07.44 ID:5B018U1V0
>>780 本人なら、酉付けるだろうし、嘘確定だな
突撃して、IP晒されるアホじゃないからなwww
786 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/05/25(金) 07:49:55.42 ID:t/WnllO/0
わざわざこのようなところまで付けませんよ。
面倒くさいですから。
勝手に嘘と認定しないで下さい。
本当だとする根拠も証明もないからなw
788 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/05/25(金) 17:01:12.89 ID:t/WnllO/0
嘘だとする根拠も証明もありませんよ?
789 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/05/25(金) 18:45:54.51 ID:wIjyntE00
悪魔の証明に落とし込もうと思ったら、先に言われてたw
>嘘だとする根拠も証明もありませんよ?
作者だと主張しておいて、んなこと言い出すヤツが、やる夫光武帝を書いたとはとうてい考えられないな。
アンチ、信者の二極論で考えるようなヤツが、歴史を曲がりなりにも語ることはできない。
やる夫後漢初期と書いてるから、
光武帝作者と別人じゃねーか
792 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/05/25(金) 20:33:55.03 ID:wIjyntE00
やる夫と後漢 初頭○
やる夫後漢 初期×
本人のはずなのになwww
「やる夫後漢初期」のURLが欲しいところだな。
ちょっとコピペしてくださいね、ID:t/WnllO/0さん。
それとは別に、後漢初期と言われれば、光武帝を指すと考えても不都合ないような気がするが。
屁理屈言うなら、「劉秀」だと新末後漢初期となるが、「光武帝」なら後漢成立以前にはありえない
なんてなw
795 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/05/26(土) 09:02:53.54 ID:0VZbfxa/0
ついに、成りすましに押しつけか
こっちをアンチというのなら、少しは反論したらどうだ?
劉楊の件とか、『後漢書に謀反と書いているから間違いない』だけが根拠だったからな
常に厨が煽って批判的な論客が帰っていくパターンで、信者が厨とつながっているのでは? と疑っているのだが
光武帝で特に臭いのは
・大司馬に任命された時、充分な兵力と権威を劉玄から与えられていたのではないか?
・劉玄を無能に描いているのは、謀反を起こす理由づけの完全な創作ではないか?
・劉楊は完全な言いがかりの誅殺であったのではないか?
・異民族に領土を渡したのではなく、実は隠された敗北や譲渡があったのではないか?
・光武帝の厨(笑)武勇から見て、後漢書は他の正史と比べものにならないほどの隠蔽や粉飾があるのではないか?
ってところだな
せっかく、かなり知識のある諸賢らが来ているので聞きたい
>>795 大司馬任命時はろくな戦力はなかっただろう。その後の幽州勢力の支援を得るまでの苦戦を見れば
明らかだろう。劉玄が無能ならその後のストーリー展開で光武帝に打倒されたら完璧なんだが赤眉
に倒されその後殺されたことから劉玄の指導力不足は客観的なものだと思う。厨(笑)武勇の件については
項羽や官渡の曹操の例もあるから特別おかしいものでもないと思うが。
>>796 まともに相手にするなよ。
例のアク禁食らった嵐だから。
>>797 そりゃ、お前だろ
>>796 大司馬任命時はろくな戦力はなかっただろう。その後の幽州勢力の支援を得るまでの苦戦を見れば 明らか
→撃破されてしまったか、劉楊の兵力だけで10万はいるので、統率しきれず逃げてしまった
赤眉 に倒されその後殺されたことから劉玄の指導力不足は客観的なもの
→蓋世の英雄ではないだろうが、韓信に見捨てられていたら、劉邦だって同じことになるだろ
厨(笑)武勇の件については 項羽や官渡の曹操の例もある
→強かったことは(まだ)不思議ではない。皇帝になってからも、戦争中に『自搏戦』するのは光武帝だけ
という風に考えることもできるのでは?
捏造だったら、相当に徹底しているだろうからこれぐらいはやるだろ
自搏戦ってのは、部将もおきざりにして自分が主体となって白兵戦をやっちゃうってことかな。
たしかに、そんなやつぁ劉秀だけだろうな。
前線に立つ皇帝としては、後周世宗も有名だが、搏撃にまんまあたる記録はない。
○○を親しく破る、とか、矢石を冒してその砦を攻める、とか、帝(柴栄)、驍騎を率い今上(趙匡胤)と
これを数十里追う、とかならあるんだが。
801 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/05/27(日) 16:58:58.83 ID:dehwu1XA0
光武帝の信者とアンチの戦いか
いいぞ、もっとやれ
李世民厨の俺は高見の見物といこう
802 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/05/28(月) 06:51:49.42 ID:pnluNmfr0
李世民厨はお帰り下さい
光武帝はともかく、李世民は確実に捏造しているからな
捏造してもトップクラスの功績を残したことは変わりない。
捏造や兄殺しの行為で全否定するのは歴史とは言わん。
統一だけなら朱元璋だってやってる
それ以外の功績が盛られてるってんなら李世民も朱元璋も大差無いわ
そういう比べ方するから、アンチだ信者だと言い合うはめになるんだよ
806 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/05/28(月) 22:13:38.76 ID:nN7z+oy20
光武帝厨と信者の反論できなくなったら存在すらしない李世民厨に成りすます、いつもの手か
本当に情けない
証拠もあいまいな捏造だの簒奪だのを、本スレに書かれて何年も煽り合いを控える厨がどこにいるかよw
李世民信者が他スレに荒らしに来たのもみたことがない
そんな連中は、過大評価スレにいた光武帝批判をしたらファビョる光武帝厨か、
何年もひたすら蜀アンチをやっている曹操信者だけだろうが
光武帝も確実に捏造していることはこのスレでもう判明している
他スレまで出向いて、他の皇帝全てを直接、もしくは遠回しにディスった責任をとって、
膨大な資料をあさってさっさと光武帝の最強最高無敵(笑)ぶりを立証しろ
807 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/05/29(火) 07:46:43.87 ID:pDXvnO7O0
長文乙
粘着野郎は消えろ
>>795 設問が面白いので、私見を述べさせてもらいましょう。
・大司馬に任命された時、充分な兵力と権威を劉玄から与えられていたのではないか?
兵力は持っていなかった。なぜなら、後で信都郡和正郡他で兵を得た時に、潁川・南陽から来た属官の馮異・銚期・賈復他を
次々に偏将軍にして兵を率かせている。他の雲台二十八将で河北にて偏将軍になったと記載されているのが臧宮(校尉から)、
祭遵(刺姦将軍から)、朱祐(護軍から)、堅鐔(主簿から)。他には朱浮も大司馬主簿から偏将軍になっている。
最初から兵を持っていたなら、そういった役職変更が起こる筈がない。
また兵持っていたが、失ったとしよう。だからと言って、いったん偏将軍から格下げすることは考えにくい。
結論は兵力を持っていなかったとなる。
権威は、皇帝から与えられた大司馬の地位と、皇帝の使節であることを示す節杖のみ。劉玄自体に威圧があれば充分な権威と
言える。しかし劉玄の政体に威圧が無ければ画餅となる。
・劉玄を無能に描いているのは、謀反を起こす理由づけの完全な創作ではないか?
これについての小生の考えは、666に書いています。
続き
・劉楊は完全な言いがかりの誅殺であったのではないか?
送られた使者で考えましょう。耿純、劉楊の甥です。同時期に謀反の疑いのあった彭寵に、劉秀はその従兄弟である子后蘭卿を
送っています。劉楊に耿純、彭寵に子后蘭卿と親戚を使いにやるのは譴責などの処罰や監察が目的で無く、懐柔説得工作と見えます。
もし処罰が目的なら送られるのは尚書の宗広(ケ禹の叛乱した武将や、職権濫用の王梁を処罰するために送られた人)でしょう。
それでも耿純が誅殺の命を受けてやられた可能性は残ります。そこで使者として送られた耿純の行動から推理しましょう
(推理の域を出ませんが)。耿純は劉楊の甥です。実に智恵の回る男です。そしてその行動原理は一貫して一族の安泰です。つまり
何を置いても、耿純は自分の一族が生き残る方策に走ります。
(1)そこで劉楊の嫌疑が完全な言いがかりなら、耿純は劉楊を捕えて後その助命を皇帝に願い出るでしょう。なぜなら親族ですので、
生かすことを模索し、皇帝劉秀が劉楊の兵力を潰すのが目的なら、庶民に落すだけで十分と判断できます。言いがかりで命まで取る
皇帝か? 皇帝にとっては、兵さえ奪いとれば、劉楊もその一族も、それに繋がる耿一族も恐れることはない。なら劉楊から兵を
切り離せば良い。また郭皇后は劉楊の姪で寵愛を失っているわけではない。よって郭皇后が嘆願すれば劉楊は助けられると判断で
きます。
(2)では噂が本当であれば、どうするか? 一族の生き残りのためには、寧ろ苛虐な手を用い、皇帝劉秀には何もそこまですることも無い
だろうという、憐憫さえ覚えることを先制して行うべきである。そうしてこそ耿一族に嫌疑を残さずにすむ。故に劉楊には死あるのみ。
(3)(1)の派生で、耿純が説得する積りでも、劉楊が兵を揃えて身構えた場合。この場合、言いがかりだと申し開きできないと同じになり、
耿純は(2)と同じ行動を取らざるを得ない。
実は『後漢書』には劉秀と劉楊の関係に抜け落ちたエピソードがある筈です。本紀で劉秀は劉楊のいる真定に出立し、賈復伝や『後漢紀』
から、真定に行く途中の栢人で朱祐・賈復・陳俊が合流したことが分かります。その次に劉秀が現れるのは下曲陽(和正郡)で、その間に
訪れた真定の話が欠落しているんですねえ。単純に抜け落ちた可能性もあります。この欠けたパズルのピースが分かれば、劉楊の謀略の
有無もあるいは分かるかも。
続き
・異民族に領土を渡したのではなく、実は隠された敗北や譲渡があったのではないか?
まず、これは相手が異民族と広く捉えず、略奪を生来の糧とする騎馬民族だと限定して考えて下さい。彼らに土地は関係なく
襲える村落があれば良いのです。彼らは領土を貰っても嬉しくなく、貰ってもまた余所の国へ行って略奪するだけです。
しかし漢にとって自国の人民をただ後方に移すだけで、騎馬民族にとって得る物が無い土地を作ることになります(つまり焦土策)。
一方、分散していた人民を集めることになり、それに合わせて防衛する兵力も集中できます。後漢初期は人口が激減しています。
辺境に人を置くよりも中央に近い、まだ余裕ある所への農民の再配置を行えば、労働集約となり生産効率を上げるのにも良い。
土地を渡すという不名誉よりも、被害を少なくするという実利を追ったと言えます。王莽や宋時代の人なら怒りそうですが、
光武帝の気質ならそれで良いのです。
・光武帝の厨(笑)武勇から見て、後漢書は他の正史と比べものにならないほどの隠蔽や粉飾があるのではないか?
それ知りたいです。特に光武帝の戦略・戦術を見れば、どこかで兵学を修めていたとしか思えないのですが、どこにも書いていない。
『後漢紀』で呉漢は「上(=劉秀)は兵に尭(あかる)い」と言い、『後漢書』本紀では後の明帝に戦いについて訊かれて、光武帝は
「昔、衛の霊公が陣を問いても、孔子は答えず。これは汝の及ぶ所にあらざる」と答えている。つまり何か兵法を知っていたと分かる
のですが、何が教科書だったか分からない。唯一、兵書からの引用があるのが『黄石公記』の「柔よく剛を制す」だけ。
>>810 異民族の部分は見当違いも甚だしい
騎馬民族たちは、都市からの略奪に依存した経済なのだから
都市を後方に移そうが、略奪・交易・貢納の機会を求めることができなければ
南下・漢族の支配地域まで進出するだけ
「融和政策、さもなければ統治しなければならない」が原則の北方異民族統治において
国境線を下げることは愚策中の愚策
本当に国境線における平和を獲得したいのであれば、後世の世界帝国たる隋唐や明清の
ように首都を関中や幽州のように異民族との国境に近い地域に奠都し、資本・兵力を
最前線付近まで集中させることが必要
812 :
795:2012/05/30(水) 21:18:58.06 ID:iqP52ACD0
>煽り君 ◆ZCHj4hzGyA
あんたも大変だな
厨にはアンチと呼ばれて、厨や信者どもは何一つ具体的に答えきれず、煽るか成りすますだけなのに
俺的には光武帝が、歴史的に評価されない原因は『話が不自然過ぎ、捏造の疑いが余りにも濃い』以外に考えられんのよ
後世の皇帝がほとんど光武帝を問題にしていないのは、そのせいだと思っている
なのに、中国歴史の話題をするとどこからでも飛んで来ては二言目には最高、最強、チート、別格、完璧超人だの喚いて、他の皇帝をディスるんだからな
誠意のあるレスには、後日できることなら自分なりの見解を述べたいと思っている
ただし、異民族に関しては
>>811と同意
国境線を下げれば、騎馬民族は進出してくる。焦土にしても草は生える以上、遊牧に不自由はない
813 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/05/30(水) 21:56:19.68 ID:vTVmiA0L0
>>812アク禁喰らった奴が何言ってんだか
迷惑なのはお前のほうだよ
自分なりの見解なんていらんわ
お前がそう思うならそれで構わんから、邪魔だけはするな
>>811,812
話の進め方に飛躍がありますよ。先ず、小生の見解、すなわち「異民族に領土を渡す」というのは
光武帝の取った「焦土策」であるという見方が的確かどうか吟味すべきですが、それが飛んで、
いきなり、その策が間違っていたという話になっていますよ。
まるで、小生の見解が正しいとして認めた上で、話を展開されているようですが、
それで良いのですか?
>>812 お気遣い痛み入ります。
815 :
811:2012/05/30(水) 23:06:19.00 ID:lWodPRIx0
>>814 「戦略の形成」という本をお薦めする
メインは明代の異民族政策に関する戦略論なんだが
「土地を犠牲にして異民族の侵攻に対する緩衝地帯を形成する」という政策に関しては
基本、「淮水・長江以南まで国境線を下げなければ」達成できないという論調になっている
農業的見地からも、遊牧的見地からも、軍事的見地からも、これは全くその通りなんだが
あなたのおっしゃる「焦土策」って土地をどこまで、どのような戦略的目標をもって
放棄する政策なの?
816 :
812:2012/05/31(木) 00:07:33.37 ID:ZcYpB7GY0
それもそうだな
版図の減少の話をしたら「堅壁清野」の策と言われるので、そう断言されているのかと思っていた
どっかのサイトにもそうなっているし
匈奴討伐軍が敗北したようだが、別に策も何もなく、後漢の版図が奪われていたというのが真実なのかな
それなら捏造でもなんでもなく、光武帝が騎馬民族に手も足もでなかったってことになるな
せいぜい「隠蔽」か
しかし、それなら何をもって「焦土策」という主張をしたの?
817 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/05/31(木) 01:08:13.09 ID:EURfwmRm0
どんだけ光武帝の評価を下げようと必死になってるんだか
何の意味も無いのに、ここまでくると哀れに思えてくるな
>>816 話が噛み合っていない様な気がします。共通前提とお互いに思っているのが違っているのかも知れません。
となれば、それをまず見直す必要があります。
元の設問「異民族に領土を渡したのではなく、実は隠された敗北や譲渡があったのではないか?」の史実が
『後漢書』にどう書かれているか、教えて頂けないでしょうか? まずは確認させて下さい。
ちなみに小生が「焦土策」と言った理由は『後漢書』本紀建武十年の「是歲,省定襄郡,。徙其民於西河。」
本紀建武十五年二月の「徙鴈門、代郡、上谷三郡民,置常〔山〕關、置常〔山〕關 據刊誤補。居庸關以東。」
を読んで、この政策は何を意味するのか考えて、そうか焦土策かと思ったわけですが。
また、上記史実のことを「異民族に領土を渡した」と思っていたのですが、違いますか?
違っていたら、話は噛み合いませんね。
小生は「『光武帝が焦土策を取った』と云う私見を吟味したい」と言っているのに、既に、焦土策自体の是非に
突っ走っている方がいらっしゃられる。
>>815 その本は読んでいないから、そのレスを見ただけの疑問なのだが。
明代にもなると、遼・金・元という華北を支配した前例となるべき遊牧国家
があるので、そういった前例のある後の、遊牧民たちの意識と前の意識と
では、略奪南下するにしても、同じように河北平野を突き進んでくるだろうか?
そうか。いや、てっきり後漢書のどこかに
移住による領土の明け渡し→これは堅壁清野の計である(キリッ→匈奴奪うものがなく、衰退→ウマー
って流れがあるのかと思ったよ。どっかのサイトにそうあったし
後漢書南匈奴列傳第七十九
(建武)九年,遣大司馬吳漢等擊之,經歲無功,而匈奴轉盛,鈔暴日掾B
十三年,遂寇河東,州郡不能禁。於是漸徙幽、并邊人於常山關、居庸關已東,前書代郡有常山關,上谷郡居庸縣有關。
匈奴左部遂復轉居塞內。朝廷患之,緣邊兵郡數千人,大築亭候,修烽火。
匈奴聞漢購求盧芳,貪得財帛,乃遣芳還降,望得其賞。
而芳以自歸為功,不稱匈奴所遣,單于復恥言其計,故賞遂不行。由是大恨,入寇尤深。
二十年,遂至上黨、扶風、天水。二十一年冬,復寇上谷、中山,殺略鈔掠甚眾,
殺略鈔掠甚眾 按:校補謂掠即略,不當殺略鈔掠並言,通志無「鈔掠」二字可證,二字當衍。北邊無復寧歲。
これと
>>816によると、後漢書でも実際は建武九年の呉漢の敗北が激しくて、領土を捨てて後退させていたら、
匈奴に飢饉が起こってウマーの流れと考えてよいのだな
そうだとしたら、後漢書ではなくて、信者の印象操作だな
時代や国力の問題もあるだろうが、二十八将第二位の呉漢が負けているのに、
衛青、霍去病、李靖らに上位陣を並ばせようとするとは、図々しい連中だな。
二十八将の名声が劣るのは当然のことだ。
821 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/05/31(木) 22:13:14.34 ID:EURfwmRm0
はいはいワロスワロス
どうしてもケチがつけたくてしょうがないようで
>>820 それこそ印象操作の謗りを受けますよ。以下の様に820の提出した南匈奴列伝と本紀を時系列で重ねれば、違った印象になりますから。
ちなみに(略)としているのは、匈奴との戦いに直接関係無いと省いたものです。小生こそ、印象操作していると疑われるなら
チェックして下さい。『後漢書』を読まれる方なら造作ないでしょう。
【本紀】(建武九年)九年春正月(略)徙鴈門吏人於太原。
意味:雁門郡の役人人民を太原郡にうつした。
【本紀】(建武九年)夏六月(略)遣大司馬吳漢率四將軍擊盧芳將賈覽於高柳,戰不利。
【南匈奴伝】(建武)九年,遣大司馬吳漢等擊之,經歲無功,而匈奴轉盛,鈔暴日掾B
【本紀】(建武九年)秋八月(略)驃騎大將軍杜茂與賈覽戰於繁畤,茂軍敗績。
意味:大司馬呉漢が盧芳の将賈覧(匈奴軍を含む)と戦うも、戦い不利、功無し。ようするに呉漢・杜茂の負け。
【本紀】(建武十年)十年春正月,大司馬吳漢率捕虜將軍王霸等五將軍擊賈覽於高柳,匈奴遣騎救覽,諸將與戰,卻之。
意味:大司馬呉漢が賈覧を撃ち、匈奴が救援をやったが、諸将が共に戦って、これを退けた。ようするに呉漢らが勝った。
【本紀】(建武十年)是歲,省定襄郡,。徙其民於西河。
意味:定襄郡を省いてその民を西河郡にうつした。
建武十一年以降、光武帝は公孫述との戦いに岑彭・呉漢を投入しています。建武十二年十一月、呉漢は公孫述を亡ぼす。
【本紀】(建武十二年)是歲(略)遣驃騎大將軍杜茂將眾郡施刑屯北邊,築亭候,修烽燧。
意味:杜茂は赦免兵を率いて北辺に駐屯し、物見台を築き、烽火台を直した。
【本紀】(建武十三年)二月,遣捕虜將軍馬武屯虖沱河以備匈奴。盧芳自五原亡入匈奴。
意味:馬武を虖沱河に駐屯させ匈奴に備えさせた。盧芳は五原から匈奴に逃げた。
【本紀】(建武十三年)五月,匈奴寇河東。
意味:匈奴が河東郡に入寇。
【南匈奴伝】(建武)十三年,遂寇河東,州郡不能禁。於是漸徙幽、并邊人於常山關、居庸關已東,
【本紀】(建武十五年)二月,徙鴈門、代郡、上谷三郡民,置常〔山〕關、居庸關以東。
意味:建武十三年に匈奴が河東郡に入寇して以来、押えることが出来ないので、十五年二月に幽州(上谷郡・代郡)と
并州(雁門郡)の人民を、常山関と居庸関の東にうつした。
823 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/06/01(金) 06:38:16.57 ID:zUhx1G+x0
煽り君さん、もう構わないほうがいいと思うよ
>>821の言うように難癖つけたいだけだから
いちいち「どっかのサイト」とか言ってあてこするのはイラっとくるな。
そんなに書いていることが気に入らないなら、どっかのサイトとやらに直接意見の対論に行ってこいよ。
ここで陰口叩いていれば批判もこないからラクってか?
って書くと信者とか本人とか言ってくるんだろうな!
はいはい。信者と厨のお得意の理論で勝てない時の人格攻撃ね
パターン通りでびっくりするわ
「どっかのサイト」って、認知した場所を書かなくて、この場合どう書くの?
「ネットで見た」って書いても大して意味は変わらないけど
それなら、やる夫後漢初頭をここで批判することは容認されているの?
批判的なコメントを送ったら、サイトの運営そのものを妨害することにもつながることは知っているかな?
意見だけをここで批判するのと違うんだけど
もしかして、いつも荒らし行為をやっているから、それぐらいも分からないのかな?
多分、そんなところが真実だろうけど
そういえば、やる夫Uで規制された馬鹿がココにいたよなw
827 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/06/01(金) 23:53:20.19 ID:vaohhPKj0
2回も荒らして、IP晒された挙句
バレバレの成りすましだからな。
ファンサイトの批判 →不可
やる夫後漢初頭批判 → 可
光武帝後漢書の捏造探し →不可
李世民あたりの捏造認定 → 可
荒らしへの光武帝厨認定、武勇や予言の超人設定まである光武帝そのものへの疑念→不可
荒らし行為に、他スレへの他皇帝ディスる煽りレス、光武帝批判への李世民厨などのイミフな認定、根拠なき光武帝マンセー連投レス →可
アク禁までくらう厨は当然にしても、信者の思考回路にはジワジワくるなw
ここまでダブスタだと、本当につるんでいるのか、ID偽装(笑)の同一人物かと本気で考えたくなるな
はいはい単発単発ワロスワロス
>>825 別に「批判するな」とは言っていない。
検討したいんだったら、「どっかのサイト」みたいに嫌みったらしく言わずに、サイトを紹介すればいいだろ。
だいいち、どこでどんな見解がなされているのかも、はっきりしないというのに。
「どっかのサイト」でググれとでも言うのかよw
で、おまえの見解と、そのサイトの見解がどう違うか書き出し、なんならサイト運営者とも議論をかわせばいい。
ここで書く以上、批判逃れの陰口だというのは理解しているのか?
それが嫌なら「どっかのサイト」とかいちいち引き合いに出さないことだな。
>批判的なコメントを送ったら、サイトの運営そのものを妨害することにもつながることは知っているかな?
ネットリテラシーを遵守するなぞ基本中の基本だろうが。
根拠なく口汚く罵ったり、意味の通らない単語の羅列を書くような者ははじくのは当然。おまえがそうか?
しかし見解の相違からくる討論まで荒し呼ばわりされたらたまらん。
サイト運営者だって、不特定多数に向けて情報を発信しているのだから、批判や違う意見がないなど
考えていないだろう。
それを受け付けるか、受け付けないかは運営方針によるが、「批判的コメント」とやらが意見の討論に端を
発している以上、そく運営の妨害になると言うのか?
830 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/06/02(土) 10:24:35.83 ID:cDoasn/m0
まだやる夫なんか見てる奴いるの?
煽り君氏も見てないのに
ていうか、やる夫とかもう既にオワコンだろ
情報を受信しかできない人間にはまだまだオワコンではないw
「堅壁清野」が気になったので、ググりました。多すぎて何処が話題のサイトか分からない。それでも気になる記述を見つけました。
『後漢紀』巻四に記述あり。・・・あり? 読んでいる筈なのに記憶に無い。というので該当する部分を探し出しました。
建武二年
九月,赤眉復入長安,ケ禹連戰輒為赤眉所敗。三輔饑,民人相食,諸有部曲者皆堅壁清野,赤眉虜掠少所得。上復詔ケ禹,令:「
勒兵堅守,慎無與窮寇交鋒! 老賊疲弊,必當束手事吾也。以飽待饑,以逸擊勞,折捶而笞之耳。」
概意:九月、赤眉また長安に入り、ケ禹連戦するも、すなわち赤眉に敗れる所となる。三輔は飢え、民は人相食(あい・は)み、もろもろ
の部曲有る者はみな壁を堅くし野を清め(堅壁清野)、赤眉の掠虜の得る所少なし。上(=光武帝)またケ禹に詔し令す:「
兵を統(す)べ堅く守り、慎んで窮地の寇賊と鋒(ほこ)を交えること無かれ! 老賊は疲弊し、必ずまさに手を束(つか)ねる事に
ならんや。飽食の者を以て飢餓の者を待ち、逸やる者を以て疲労の者を撃つ、鞭が折れるまでこれを鞭打つのみ」
なるほど、三輔で兵力を持っている者たちが、赤眉に対して「堅壁清野」の策を行っていたのですね。ここで光武帝がケ禹に対して
命じている策は、兵法三十六計の「以逸待労」ですが、三十六計ってこの頃に成立していましたっけ?
とにかく光武帝は、やっぱり何処かで兵書習っているよねえ。
『後漢書』のケ禹伝にも同時期の詔勅があります。
【ケ禹伝】帝乃徵禹還,勑曰:「赤眉無穀,自當來東,吾折捶笞之,非諸將憂也。無得復妄進兵。」
概意:帝すなわち(ケ)禹を召し還す、(詔)勅に曰く「赤眉に穀(物)無く、自らまさに東に来る。吾は鞭が折れるまでこれを鞭打たん、諸将
憂えざらんや。また妄(みだ)りに兵を進め得る無かれ」
同じ詔勅が、途切れ途切れで『後漢紀』『後漢書』に入っています。なぜそう思うかと言うと『資治通鑑』では以下の様に一つになってますから。
又詔徵ケ禹還,曰:「慎毋與窮寇爭鋒!赤眉無穀,自當來東。吾以飽待饑,以逸待勞,折棰笞之,非諸將憂也。無得復妄進兵!」
ケ禹も光武帝の命令に従っていたらなあ、後世ボロクソに言われることも無かったのに。
>>829 ところで、
勝手に俺ルールのネットマナーだの自治だのを行い、
不特定多数ならまだしも、特定の論者に突然、喧嘩口調でお前呼ばわりする手合いはコミュニケーションがとれないから、
相手にしてはいけないって言われているのは知っているかな?
俺は先にお前が「お前」呼ばわりしたからあわせてやっているだけだがな
俺が、光武帝関係で荒らし行為をする奴を「厨」だの、その厨が荒らす内容が光武帝マンセーによるものだからと言って放置し、
反論する相手を封じたり、相手に理想の光武帝像を押しつける連中を「信者」だのいうのがお上品でないのは分かるが、
それなら、お前が相手しなければいいだろ。
俺はAA貼りも、コピペも短文連投もやっていないからな。アク禁にはならないから、誰もレスしなければいい。
不愉快なら、「どっかのサイト」に通報して、抗議に来てもらうか、運営にいって俺をアク禁にしてもらったらどうだw
俺もこれ以上、お前の相手をしたくないから、そうしてくれ
こういうマナーには厳格なくせに、近くの厨の煽りや成りすましレスは放置する時点でお前の正体は大体、分かっている
お前自身がどうやってぐぐるか分からないと言っているのに、「どっかのサイト」が特定できるとか、
日本語が理解できんのか、無意味な議論厨かどっちかだろう
ちなみに、煽り君も「どっかのサイト」で分からんと言っているがなw
というか、「どっかのサイト」で分かると考えている時点でもう、ジワジワくるとしか・・(笑)
厨がお前を援護して煽って、お前が放置していたら、さらによく分かるというものだ
834 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/06/02(土) 19:37:14.16 ID:bgILATVl0
で、流れを変えるために、連投
>>822 建武十年の本紀の件は知らなかった。教示いただきありがたい。
だが、呉漢列伝に記述もなく、建武九年に『經歲無功』だの『而匈奴轉盛,鈔暴日掾xとあるのは、大敗だったこと、
建武十年にも是正されなかったことを示唆していないのか?
また、建武十年の侵攻は、攻めているのに、賈覽を討ち取ったわけではなく、『諸將與戰,卻之』なら、実質失敗で、
『なんとか逆に攻め込まれる前に押し返しました』や『なんとか退却できました』程度の意味だと思う。
勝ったとは考えにくい。やたらと、敵を貶める傾向にある後漢書バイアスを考えると、これは妥当な解釈だろう。
それとともに、幽州、并州の人を移したのは『州郡不能禁』からであって、
ただの消極策で、焦土作戦ではなかったのではないかな?
もし、焦土策なら、後漢紀にすでにあった堅壁清野やそれに類する言葉が使われないのがおかしい
ということで、どうかな?
ここは、ただの光武帝政権の軍事的敗北だろう。
そうでなければ、もっと、後漢書で持ち上げられるはずだ。匈奴が衰退したのは結果論だろう。
835 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/06/02(土) 20:29:13.09 ID:cDoasn/m0
どんだけ光武帝が嫌いなんだよお前は
親でも殺されたのかよ?
>>834 呉漢列伝までチェックされたのでしたら、小生も楽に話が出来ます。『後漢書』だけでは
ないのでしょうが、共通の逸話がある場合、被らないように分散していることが多いです。
例えばケ禹の大敗なんかは「事在馮異伝(ことは馮異伝にあり)」と本人の伝に無い。
これは項籍と劉邦の様に、当人にとっての不都合は、他方の紀伝に書くという『史記』
以来の伝統ですね。つまり呉漢伝に無いことは、本人にとって不都合との書き手の判断。
で、建武九年十年の漢対匈奴の戦いは他に記載が無いわけでなく、以下の様に書かれています。
王覇伝の九年・明年から十三年の前まで
杜茂伝の九年から十二年の前まで
他にほんの少しだけ書かれているのが、王常伝の九年、朱祐伝の九年、
盧芳伝の十二年の少し前
これらを読むと戦いの実体が見えると思います。
また小生が中央研究院から原文をひっぱってきて、当該部分の概意を示し
ますか?
小生とすればそこまで粘られれば、岩波書店の『後漢書 第三冊 列伝一』
買ったほうが色々調べるのには早いですよ、とも言いたくもなりますが、
13000円(小生の買った値段:税別)は高いですから、要望があればお答えし
ましょう。
>>833 むしろ「どっかのサイト」に私怨でもあるようにしか見えんわ。
対論をどうこう言っておらず、嫌みったらしく、ある特定のサイトをいちいち引き合いに出すな
っつってるのに、アク禁だとかなんとか、どうしてそういう話になるのかわけがわからんわ。
>煽り君も「どっかのサイト」で分からんと言っているがなw
当たり前だろうが。
心当たりはあるものの、それがおまえの言うものと同じという保証が、こちらに用意できるとでも
思っているのか?
自分はエスパーになれないくせに、他人には要求するつもりか?
もっとも、光武帝やら劉秀やらで、内容の充実したサイトなど、日本ではそうお目にかかれないから
ほぼ特定できると考えてもいいわけだ。
なのに、はっきり紹介もせず、嫌みったらしくぼかして言う根性の悪さときたら筆舌に尽くしがたいね。
それを非難しているのであって、信者だのアンチだのを批判しとらんつうの。
今日びネットで悪目立ちすれば名無しから叩かれるのがデフォだし
批判に耐えるものを作れば叩かれずに済むんじゃないの
それか名無しからの批判には管理人自身か管理人を支持したい人が名無しで反論してもいいやん
でも前スレの劉知幾事件あたりを読み返したら
劉知幾の説のソース出せと迫ってる人は「儒教原理主義の捏造」だの
それこそ「あのサイト」でしか見かけない独特のターム使っててソース出されたら壊れちゃったし
相手が名無しだろうがコテだろうがまともに反論できる人(たち)とも思えないけどね
史通は礼教批判を含んでて伝統中国では叩かれ新中国では賞賛されてきたから
儒教を嫌う人はこの本に親しめるはずなんだけど
新中国の儒教批判はいうまでもなく史的唯物論に基づいてるから
儒教も唯物史観も嫌いな人には親しみようがないか
というかそもそも光武帝と儒教とを切り離して唯物論と儒教をくっつけたスタート地点からもう間違ってるんだよ
>>836 >また小生が中央研究院から原文をひっぱってきて、当該部分の概意を示しますか?
そういう立証責任を求めてもいないが、こっちも一々探すのもなあってのが、本音
>光武帝の厨(笑)武勇から見て、後漢書は他の正史と比べものにならないほどの隠蔽や粉飾があるのではないか?
これは煽り君も反論まではしなかったが、自分がこう思っている以上、あんまり後漢書を本気で検証する気にもならないんだよね
南朝時代に光武帝が極端に偶像化されたってレスがこのスレでもあったし
だとすると、北朝鮮の記録をもとに、金親子の偉業を語るようなものかもしれんしな
上記のような厨や信者どもを蹴散らすのと、後漢書の不自然さを述べるのが目的で、ある程度達成されたからなあ
こっちも、もう反論は求めないから、その代わり、自由にしてもらっていい
後漢の知識ではあなたには遠く及ばない。ここはありがたくご教示してもらうところだろう。
841 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/06/02(土) 23:35:51.25 ID:cDoasn/m0
なんだこいつ
うぜー
光武帝アンチもファンもマジキモいなこの流れ
843 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/06/03(日) 07:52:31.84 ID:XCr+cOPu0
はいはい、もうこの議論は止め
光武帝はエロゲ主人公みたいだ
【王覇伝】九年,霸與吳漢及野大將軍王常、建義大將軍朱祐、破姦將軍侯進等五萬餘人,擊盧芳將賈覽、閔堪於高柳。
匈奴遣騎助芳,漢車遇雨,戰不利。吳漢還洛陽,令朱祐屯常山,王常屯涿郡,侯進屯漁陽。
璽書拜霸上谷太守,領屯兵如故,捕擊胡虜,無拘郡界。
【盧芳伝】後大司馬吳漢、驃騎大將軍杜茂數擊芳,並不剋。
【朱祐伝】九年,屯南行唐拒匈奴。
【王常伝】九年,(略)後北屯故安,拒盧芳
概意:(建武)九年、王覇と呉漢及び王常、朱祐、侯進ら5万人余り、盧芳の将賈覧と閔堪を高柳にて撃つ。
匈奴は騎兵をやって盧芳を助け、漢軍雨に遭い、戦不利(← まともに戦っていないように読める)。
呉漢は洛陽に還り、朱祐に常山郡南行唐、王常に涿郡故安、侯進に漁陽に駐屯させ、盧芳を防がせる。
璽書をやって王覇を上谷太守に拝し、駐屯兵を領することはそのまま、胡賊を捕撃させ、郡境に限らせず。
【杜茂伝】九年,與鴈門太守郭涼擊盧芳將尹由於繁畤,芳將賈覽率胡騎萬餘救之,茂戰,軍敗,引入樓煩城。
時盧芳據高柳,與匈奴連兵,數寇邊民,帝患之。
概意:(建武)九年、(杜茂は)雁門太守郭涼と盧芳の将尹由を繁畤に撃つ。盧芳の将の賈覧は胡騎一万余りを率いてこれを救い、
杜茂は戦うも軍敗れ、楼煩城に引篭る。時に盧芳は高柳に拠り匈奴と兵を連ね、しばしば辺境民に寇し、帝これをわずらう。
(ちなみに郭涼伝は杜茂伝の中にある)
【王覇伝】明年,霸復與吳漢等四將軍六萬人出高柳擊賈覽,詔霸與漁陽太守陳訢將兵為諸軍鋒。
匈奴左南將軍將數千騎救覽,霸等連戰於平城下,破之,追出塞,斬首數百級。
霸及諸將還入鴈門,與驃騎大將軍杜茂會攻盧芳將尹由於崞、繁畤,不剋。
明年、王覇また呉漢ら四将軍6万人で出て、高柳に賈覧を撃つ。詔して王覇と漁陽太守陳訢に兵を率いさせて軍鋒と為す。
匈奴の左南将軍数千騎を率いて賈覧を救い、王覇ら平城の下に連戦してこれを破り、城塞を出て追い、数百級の首を斬る。
王覇及び諸将還りて雁門県に入り、杜茂と会合して盧芳の将尹由を崞・繁畤に攻めるも勝たず。
漢軍も匈奴も決定打に欠けると思うのは、小生の贔屓目かな。ボロ負けもボロ勝ちも無い様に見える。まあ、そういう具合に
書いてあると言われれば、作為の証明も、逆に正しいという証明も出来ませんが。
おおっ。ありがと
とりあえず、バイアス(笑)は無視して考えるか
こういうのは、土地の奪い合いが一番の参考になる
建武九年正月
雁門郡の役人人民が太原郡にうつされる
建武九年六月
高柳の戦い、光武帝側:呉漢、王覇、王常、朱祐、侯進ら五万余 匈奴盧芳連合:賈覧、閔堪+匈奴兵
無功かつ戦不利。呉漢は洛陽に還る。王覇・上谷郡、朱祐・常山郡、王常・涿郡、侯進・漁陽郡を守る。
(王覇は上谷郡には駐屯しなかったかもしれない)
建武九年八月
繁畤の戦い、光武帝側:杜茂、郭涼 匈奴盧芳連合:賈覧、尹由ら一万余(匈奴兵も含む)
軍敗。楼煩城に撤退。賈覧は高柳に拠る。
建武十年正月
再び高柳の戦い 光武帝側:呉漢、王覇、陳訢ら 匈奴盧芳連合:賈覧、匈奴の左南将軍
諸將與戰,卻之。『平城』にて、王覇、勝利する。『破之』の之は匈奴の左南将軍か?
再び繁畤の戦い、光武帝側:王覇、杜茂 匈奴盧芳連合:尹由
不剋。
ここで思うのは、建武十年の時、代郡にある高柳県を攻めていたはずなのに、
戦場が鴈門郡の平城や繁畤(多分、代県のことだからこれも鴈門郡)に移っていることかな?
王覇は幽州付近の兵を率いていたのだから、高柳の方が近いだろう。呉漢が攻めるなら、そちらに散開する必要性はない。
鴈門郡は移民しているわけだし。ましてや、『軍鋒』だしな。それが、平城の『追出塞』。
すなわち、塞を守るのはおかしい。前年まで杜茂が鴈門太守と一緒にいたわけだから、わざわざ回って戦う必要はない。
現地軍司令官に、遠く平城県の塞を守らせるなら、呉漢は無能以外何者でもないが、それは違うだろう。
呉漢伝、杜茂伝でも記載されていない、『卻之』と言葉を濁しているのは、
これは、戦術的な『大敗』としか見えない。おそらく、敗走したのだろう。
幽州方面に兵力を移していたし、壊滅したわけではないから、
匈奴は幽州は避けて、鴈門郡の繁畤の援護に攻めてきたのじゃないかな? おそらく呉漢は幽州方面に撤退しただろうし
で、幽州に攻めさせず、王覇が平城で退けたので、『諸將與戰,卻之』。
もっとも、盧芳からしてみたら、攻撃を退けただけで土地を奪えたわけでないから、
打撃は相当にあったと思うよ。三年後には逃亡するし。
盟友を消耗させたという意味で、ボロ負けではないというなら同意する
これ以上反論を求めないと言った以上、反論は求めないけどね
ID:bgILATVl0は自覚ないだろうけど
傍目には信者やら厨やらアンチへの私怨でバイアスかかってる印象しかない。
他のスレで似たような恨み節垂れ流してるカタギじゃない人と同一なんだろうけど非常に浮いている。
結論ありきの色眼鏡で観測して難癖つけて飛躍した断定をするのは史料への誠意に欠けるし
不自然な詮索をして後漢書の不自然さとやらを述べても説得力と信頼性に欠ける
荒らし認定信者認定だのは思い込みがすぎるし本題と何の関係もない。
自分に反対する人間は全部信者って発想は病的すぎる。そんなことを目的にしてはいけないよ
過去に何があったか知らないけどその恨みをここの住人で八つ当たりしたいのならカウンセリングに行った方が建設的だよ。
またどっかのサイトとやらの主張やそれに影響受けた人々に文句があるなら
自分でサイト立てて妥当な解釈を世間に啓蒙すりゃいいだけ。
そういう人種を下に見てる割に余裕皆無なのは解せない話だな。
>>847 ご立派な向上の割りに随分、上から目線だなw
>>848 ここまでしてもらって悪いが
>これを元に戦闘の経緯を御解説願いましょう。
それは不可能だろ。呉漢の洛陽からの侵攻ルートも分からないし
しかし、高柳から見ると、平城と上谷はまさに逆方向。王覇が守る必然性がない。
王覇は敗走した後、平城に籠もり、進撃しようとした追撃軍をうち破る。楼煩(すなわち西)から来た杜茂は、
崞・繁畤を攻めるが、攻め取れず、撤退した。
と読めるけどな
呉漢が全くいないのは、不自然だから、高柳の戦いがかなりの大敗で、王覇や他の武将を分散して要地を守らせ、
呉漢が再編に忙しかったのじゃないかな?
前年のように無功かつ戦不利とさえ記載しなかったのは、それが書けないほどの大敗だから。
ただし、全軍覆滅でも、名のある将が死んだわけでもないので、隠蔽できる範囲だった。
だから、經歲無功で而匈奴轉盛,鈔暴日掾B
幽州方面に呉漢が撤退したと思えるのは、王覇が分離できたのは、
呉漢が幽州軍を率いたからだと想像したから。
これ以上は自分も推測できんが、新しい資料があれば別だが、今の材料なら妥当な結論と思うけど
>>849 それでは小生の推測を開陳させて頂こう。もとより推測同士であれば、どちらが正しいなんて言えないから
あなたも小生も反論は無意味だ。だけど、あなたに推論が許されて、小生に許されないのは不公平というもの。
スタートラインは、建武九年八月 杜茂、郭涼は『楼煩』に撤退。賈覧は『高柳』に拠る。
建武十年正月、漢軍の出陣、漢軍の総勢は王覇と呉漢ら四将軍(前回のメンバーと考えて呉漢、朱祐、王常、侯進)。
先鋒は上谷太守王覇で、詔によって漁陽太守陳訢を率いて、上谷郡から高柳に向う。他のメンバーは、
侯進は漁陽郡駐屯ですから、太守の陳訢と(王覇とも)、まっすぐ西に向って代郡へ入ります。
朱祐が常山郡南行唐から州境の常山関を抜けて、代郡へ入ります。
王常が涿郡故安から州境の五阮関から、代郡へ入ります。
呉漢は洛陽から来ます。一番近いのは、朱祐のいる常山郡南行唐ですから、朱祐と同行します。
高柳に着いた王覇・陳訢・侯進に対して、盧芳将の賈覧は昨年と同じく籠城に入ります。
そこで、後続軍もあることから、王覇は一将軍を残して、西にある平城を攻めようと考えます。
(呉漢ら三将は、賈覧が籠城している高柳に遅れて到着します)
王覇は平城下に来たものの、平城も籠城に入ります。そこで、王覇は平原で野宿するわけにも行かないので、
通常通り陣を張ります。周囲に木があれば逆茂木をつくり、木がなければ塹壕を掘って、すぐさま攻められ
ないようにします。それを「とりで」と言います。砦、塞と書きます。
(不覚にも844で「城塞」と小生は書いてしまいましたが(原文があって良かった))
そこに匈奴の救援隊が来ます。王覇ともう一人の将軍はやっとの思いでこの援軍を退けます。
王覇はどうするかというと、塞を出て追撃します。
追い切れなかった王覇、今度は、楼煩城に引篭った杜茂と郭涼に連絡を取ります。兵の移動の差し障りたる
匈奴騎馬を追い払った故に、三将は、盧芳の将尹由を崞・繁畤に攻めます。
こうして漢軍は高柳、平城、崞・繁畤を籠城させますが、籠城する側に兵糧はあっても、漢軍は敵地へ
食料を輸送しないといけませんから兵站に支障がでます。一年くらい籠城させないと城は落ちません。
兵站が問題であれば、匈奴はそこを狙います。
前年、賈覧が籠城で勝ち、杜茂・郭涼が籠城でしのいだように、今度も籠城が鍵でした。
というわけで、漢軍は引き上げるしかなかった。平原で騎馬隊の強さの差で勝てても、攻城戦は別ですから。
以上、小生の推論。繰り返しますが、もとより推測同士であれば、どちらが正しいなんて言えないから
あなたも小生も反論は無意味だ。
851 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/06/03(日) 21:32:07.69 ID:XCr+cOPu0
光武帝もここ数年で変な奴らに目を付けられたなあ
注目されて喜ぶべきことか、はたまた誤解されて悲しむべきことか
852 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/06/04(月) 21:27:40.26 ID:oA4mqHjp0
>>849 自分自身が上から目線で異常に尊大なのを棚上げして何言ってんの?
>>795 >・大司馬に任命された時、充分な兵力と権威を劉玄から与えられていたのではないか?
充分に与えられてたが負けたので失った(しかもその負けは隠蔽されている)
という願望ありきの嫌疑。無意味すぎる
>・劉玄を無能に描いているのは、謀反を起こす理由づけの完全な創作ではないか?
更始帝がどんな人となりなのか確かめようがないから論じたりはしないが
味方をまとめきれず赤眉に屈した以上政治家として取り立てて賞賛する要素はないな
>・劉楊は完全な言いがかりの誅殺であったのではないか?
これも嫌疑不十分な言いがかりだな。実際に反意があろうがなかろうが
上司が疑心暗鬼になってる状況で呼び出しに応じず軍勢を率いて威圧してる時点で殺されても文句は言えない
>・異民族に領土を渡したのではなく、実は隠された敗北や譲渡があったのではないか?
>後漢書は他の正史と比べものにならないほどの隠蔽や粉飾があるのではないか?
正統扱いされた王朝が都合のいい隠蔽、粉飾を受けている可能性はどの史料にもありえるが
後漢書だけ比べ物にならないとまで主張するのは明らかに飛躍しているぞ
仮にその通りだとしても、何でそんな駄作が唐以後に三史として扱われるのか説明がつかないけど?
>・光武帝の厨(笑)武勇から見て、
光武帝が部下の手柄を吸い上げている可能性も考えてはみたが、それだと昆陽の戦いが説明つかないね
>俺的には光武帝が、歴史的に評価されない原因は『話が不自然過ぎ、捏造の疑いが余りにも濃い』以外に考えられんのよ
>後世の皇帝がほとんど光武帝を問題にしていないのは、そのせいだと思っている
一個人が評価しないことは歴史的に評価されないことにならんよ
853 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/06/04(月) 21:32:21.49 ID:oA4mqHjp0
太宗も光武帝もどっちも偉大とならんのが不思議だ
854 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/06/04(月) 21:39:08.49 ID:n4eFdgu00
お前は何を言ってるんだ
どちらも偉大だ
対立厨ならお引き取り頂きたい
>>854 無論そうだが捏造連呼してるやつの中ではそうなってるのか甚だ疑問
お前にはそう見えるの?
あと「戦略の形成」とやらを無条件に盲信してるのもかなり問題がある
理屈の上では上策だとしても当時の状況で実行できたか
光武帝の政権基盤で実行できたか何一つ検討してないから紙上談兵にすぎない。
>>815-816はそんな基本的なこともわからずに一人で勝手に結論してるが
長安も洛陽もメリットデメリットがあるからどっちが一方的にいいとかいう話ではない
>>847>>852>>853>>855>>856 本当に光武帝に都合のいい理屈だな
信者が後漢書を妄信し、光武帝を偶像化して思考停止するのと変わらん
>>291の
>夷狄たる北朝の脅威にさらされてた南朝では
>光武帝を儒教の聖人に匹敵する理想的な天子として描くことが行われてたわけで
を踏まえているのに、
>後漢書だけ比べ物にならないとまで主張するのは明らかに飛躍しているぞ
と悪意にとっている。三史なのは、史料が散逸して矛盾だらけの晋書以下と比べればということだろ
>更始帝(略)味方をまとめきれず赤眉に屈した以上政治家として取り立てて賞賛する要素はないな
『取り立てて賞賛する要素はない』と暴君・無能とは違うのに、取り違えている
>上司が疑心暗鬼になってる状況で呼び出しに応じず軍勢を率いて威圧してる時点で殺されても文句は言えない
韓信が、正史上では謀反になっているのに、誅殺と呼ばれているのを忘れている
>昆陽の戦いが説明つかない
厨(笑)武勇とは、皇帝が戦争中に『自搏戦』していること。項羽すらやっていない。故意の間違いだろう。
>一個人が評価しないことは歴史的に評価されないことにならんよ
光武帝が、李世民のように名君の代名詞とならなかったことについて、以前から議論されている
曲解している。
>「戦略の形成」とやらを無条件に盲信してるのもかなり問題がある
>>811>>815は、光武帝の移民政策を焦土策ととらえる論説を「だとしたら失策だ」という根拠に用いているだけ。
焦土策が、北方民族の侵略を防ぐ意図には無益といっただけで、国家体制維持の移民政策の是非には使っていない。
これもすりかえている。
多少、論理展開できるところから、全部誤読ということもないだろうから、全て故意だろ
>>811まで噛みつくところを見ると、光武帝に不利な意見は全てアンチに見えるらしい。
そりゃ、相手の意見を全て悪意に解釈するなら、自分に都合のいい結論がでるわw
>>857 脇から済みませんが、引っかかるので説明願いたい。
================ここから引用===============================
>>291の
>夷狄たる北朝の脅威にさらされてた南朝では
>光武帝を儒教の聖人に匹敵する理想的な天子として描くことが行われてたわけで
を踏まえているのに
================引用終り===================================
全部見るにして、このページの検索で"291"を検索すると、2件だけ、当の291と857だけ。
踏まえているって言われても、見る人に取って引用が分からなければ、了解できないです。
291が857で、自説を引いたとしても、余人にはその脳内が見えないわけですし。
>>857 悪意とか曲解とか意味不明な濡れ衣を着せてくるそのレスで
おまえが史料だけでなく他人への誠意にも欠ける人種だということが証明されてるよね。
おまえはレベルが低すぎてアンチですらないからそのように扱う。
>本当に光武帝に都合のいい理屈だな
>信者が後漢書を妄信し、光武帝を偶像化して思考停止するのと変わらん
ここの時点でニュートラルな立場の人間はついていけないだろうな。
盲信とか思考停止っていうのは確たる根拠もなく捏造、隠蔽と断定して
ろくに読んでもいないうちから後漢書をまともに検証するやる気がない、とか恥ずかしげもなく放言しちゃうおまえのような阿呆のことだ。
胡散臭いならば尚更ちゃんとクロスチェックして検証するべきなのにドヤ顔でやる気ないとか恥知らずにもほどがあるw
なんで勝手に自爆しちゃうの?
>
>>291の
>>夷狄たる北朝の脅威にさらされてた南朝では
>>光武帝を儒教の聖人に匹敵する理想的な天子として描くことが行われてたわけで
>を踏まえているのに、
>と悪意にとっている。
何百前のレスだよ。どう読んでもこちらの読解力の問題じゃないな。
それを含めようが含めまいが、俺のどの史料にも正統扱いへの都合のいい脚色や粉飾はあるって話は無視か。不公平なやつだw
そして、くだらん信者アンチの二元論でパイアスかかってるそれこそ悪意まみれの
>>795はスルーしてる時点で説得力なしw
>三史なのは、史料が散逸して矛盾だらけの晋書以下と比べればということだろ
歴史的に後漢書は晋書以下よりは史料としてマシな扱いって前提が一致してくれたようでよかったよ。でも
>後漢書は他の正史と比べものにならないほどの隠蔽や粉飾があるのではないか?
って後漢書を嫌疑する主張と丸で矛盾してるけどなw
史料が散逸してて矛盾だらけの晋書以下と比較して、
より史料が散逸していなくて、より矛盾がない後漢書の方が、隠蔽や粉飾が比較にならないほどある!
とかどんな理屈の主張?
自分の主張もまともに把握してないとか人生終わってるレベルのバカですか?
本来の三史である東漢観紀の方が上とか主張するならまだ救いがあると思うよ?
ろくに知らないし読んでない悪意塗れのぼくちゃんさんプッ
>『取り立てて賞賛する要素はない』と暴君・無能とは違うのに、取り違えている
行間の読めないぼくちゃんには控えめな表現ってのが理解できないようだ。┐(´ー`)┌ヤレヤレ
はっきり言うがそれは暴君ないし無能と同じ。なぜって結果を出せなかったから。
もちろん単なる結果論を根拠とした大雑把な主張だから真実かどうかは知らん責任も持たんよ(確認しようがないから)
それ以外のより妥当で、より公平性のある基準があるなら是非提示しなよ。どうせツッコミどころ満載のアホ基準だろうけどw
>韓信が、正史上では謀反になっているのに、誅殺と呼ばれているのを忘れている
謀反=為政者への反逆、誅殺=罪をとがめて殺す、で何の問題もないな。
実際に造反する意図があったかは別として(これも確認しようがない)、
劉楊は不審な挙動をして疑われたから殺された、以上のことをこちらは言ってない。
韓信を持ち出されても意味不明。
必死になって反論したつもりになりたいだけか知らんが悪あがきして赤っ恥晒すのが趣味なん?
>厨(笑)武勇とは、皇帝が戦争中に『自搏戦』していること。項羽すらやっていない。故意の間違いだろう。
おまえは後出しでどんどん補足が増えてくな。そんなんで故意とか貶して恥ずかしくないのか?
項羽の記述は鵜呑みにして光武帝の記述は殊更に疑う。まさにダブスタ。
懐疑派ぶってる割に誇張された武勇伝(笑)だの陰謀(笑)だの未来予知(笑)だのは等しく眉唾、とならんのが不公平。
おまえの場合は故意というより「錯乱してる自覚がない」から故意とは明らかに違うってのはわかるwもっとろくでもない危ないやつだ
また自搏戦の意味をどう解釈したのか、史記をちゃんと読んだのかについてもツッコミ所満載w致命的な部分でおまえは終わってるw
>光武帝が、李世民のように名君の代名詞とならなかったことについて、以前から議論されている
>曲解している。
no.論点はおまえが設定したとおり光武帝は歴史的に評価されてるか否かのまま。
それにおまえやおまえのような荒らしを野放しにしてアホどもの以前だの過去など興味ないしどうでもいいわ。自意識過剰すぎる
わかってないようだからもう一度言うけど、おまえの勝手な基準に基づく悪意丸出しの嫌疑だけで歴史的に評価されてないことにはならない。
後出しで
>>795に補足してきた名君の代名詞とならなかった=歴史的に評価されない、って基準だとしても尚更論外。
その基準にはおまえの恣意が入りすぎてて一般性が欠片もないだろ。阿呆だからそんなこともわからんのだろうけど
そして、そんな基準を察してやれなかったとしてもおまえの意図を曲解したことにはならん。
印象操作してる!とか陰謀論ぶってるのに実際に印象操作してるのはおまえの方だって現状をどう申し開きする?
中学校あたりから日本語教育受けなおした方がいいんじゃないの?
他人とまともな社会生活を送れてるか心配してあげちゃうくらいの非コミュ、コミュ障のようだけど?
>
>>811>>815は、光武帝の移民政策を焦土策ととらえる論説を「だとしたら失策だ」という根拠に用いているだけ。
>焦土策が、北方民族の侵略を防ぐ意図には無益といっただけで、国家体制維持の移民政策の是非には使っていない。
>これもすりかえている。
コテハンの主張を勝手に誤読したのっておまえだけじゃんw
すりかえるも何もおまえが勝手に区切ってるだけで侵略を防ぐってのとそのために防衛戦力を集中するってのは同じこと。
おまえは俺が焦土を作れば敵が攻めてこないとかそんな主張をしてるとでも思ってんの?そんな話まったくしてないがw
大体こちらはおまえの無知と詭弁を率直に指摘するだけで足りるのに、なんで論点をすりかえるなんて反則をする必要があるのw
実際おまえは無益、失策と主張する前提をおまえ自身は何〜にも説明できてないじゃんw
本の名前を権威主義で使っただけでまさか何か反論したつもりになったのかよ(笑)
その本の著者ならやらんような論法で名前を汚すような行為を平然とやれる神経が笑えるwまさに破廉恥。人間のクズ
>多少、論理展開できるところから、全部誤読ということもないだろうから、全て故意だろ
おまえは矛盾だらけで論理展開がまったく出来てないのが残念だな。話すたびにボロが出る、阿呆の証拠だ。
まずくだらん信者アンチの二元論から脱する所から始めなければ話にならん。
自分に不利な突っ込みは全部信者の故意に曲解した擁護に見える頭の悪いぼくちゃんをおちょくる意図で上から目線で説教してやるとだ、
おまえの言う通りにバイアスかかりまくりの後漢書でもちゃんと読めば
おまえの言う通りにバイアスかかりまくりの光武帝が別に無謬でも無敵でもないってのはわかるw
おまえの主張は前提からおかしいw
おまえはおまえが叩いてる信者とやらと大して知的水準も行動原理も変わらないw
対立荒らしのマッチポンプですか?ご苦労様w
>
>>811まで噛みつくところを見ると、光武帝に不利な意見は全てアンチに見えるらしい。
指摘された紙上段兵くんの問題点を何一つ理解出来てないまんまなんだな。
おまえ以外の人間には別に光武帝に不利な意見だから叩かれたんじゃないのはレス読めばわかると思うよ。
>「融和政策、さもなければ統治しなければならない」が原則の北方異民族統治において国境線を下げることは愚策中の愚策
国境線における平和を獲得したいのであれば関中や河北に資源を集中させるべき!
→光武帝は不適当な中原に資源を集中させた!
→光武帝は国境線における平和を獲得できなかった!
大前提がおかしければ三段論法は容易に崩れる。まさに錯誤(笑)
おまえは
>>811を誠意あふるる(笑)まともな主張の仕方と思ってたのかもしれんがおまえのような阿呆に扱える類のネタじゃないわw身の程を知れw
ついでにおまえ=そいつは三史で後漢書より上の漢書もまともに読んでないのがバレたぞwまさに致命傷(笑)
読んでないからその本を否定するつもりなど毛頭ないが多分その著者ならもっとマシな主張の仕方をするはずなのだ。
おまえの扱い方がおかしいだけで、その本に余計な先入観までを持つようなマネを俺はしないw
>そりゃ、相手の意見を全て悪意に解釈するなら、自分に都合のいい結論がでるわw
皮肉を言ったつもりでもそっくりそのまま自分に返るのがギャグだよね。
仮想敵と戦って肝心な史料解釈が出鱈目で恥晒してるのに気づかないほんまもんのアホなんだろうけど。
大して持ち上げてる訳でもない
>>853>>855までまとめて光武帝に都合のいい理屈とか言っちゃうあたり
くだらん信者アンチの宗教戦争と何ら関係ない大多数に正気を疑われても仕方ないレスだが
信者を陥れるための落とし穴を必死こいて掘るはいいが自分から落ちて出られない阿呆という印象しかない。
あと未だに誤解してるだろうが俺は別におまえが光武帝のアンチだから叩いてるんじゃない。
おまえが意味不明な動機で板住人に迷惑かける破廉恥きわまりない阿呆だから叩いてるんだ。
そこを誤解してはいけない。
現におまえと類似した近い主張をしてる人間を他所のwikiだかで見かけたが
彼の主張の方がよっぽど論理的で公平で精度が高い。そして俺はそれを信者などではないから否定しようとは思わん。
なぜなら、おまえは私怨と悪意塗れで理の欠片もない被害妄想と電波を喚くだけだが、
彼は合理的で己の解釈を人に正しく伝える術を心得ているからだw今度見つけたら紹介してやるよwおまえのお得意の後日(笑)にな
粘着李世民厨の煽りに長々とマジレス乙>ID:yw10Kw9v0
時間と神経の無駄だと思うがなw
いやいや堪忍袋の緒が切れたという感じで面白かった。
最近読み始めたんではじめの方は見てないが。
>>現におまえと類似した近い主張をしてる人間を他所のwikiだかで見かけたが
>>よっぽど論理的で公平で精度が高い。
>>今度見つけたら紹介してやるよw
そういう有益なモンなら、ぜひとも紹介してもらいたいが、返答待ちか。
まとめサイトっていうんですか? 怖いですね。
よっぽど「面白い!」と思われたか、ノイズを除いて整理する方がいらっしゃる。
写真をデカデカと貼られたり、興味のある所はフォント色を変えて強調なさっている。
それで自分のミスに気付いたので、指摘される前に訂正しておきますね。
>>810 ×「上(=劉秀)は兵に尭(あかる)い」
○「陛下(=劉秀)は兵に暁(あかる)い」
(うろ覚えでした)
>>818 「置常〔山〕關、置常〔山〕關 據刊誤補。居庸關以東」→「置常〔山〕關、居庸關以東」
(注を消そうとして、消す所を間違えました)
>>857 ×2件だけ、当の291と857だけ。
○3件だけ、当の291と293、857。
(単純な見落としです)
次はミスでは無いのですが、後智恵ってやつです。
>>760 「馮異の言に捏造」というのは、『後漢紀』袁宏撰/周天游校注に、注として引かれていて、
別段、小生が見つけたという新規なネタというわけでも無いです。
ですが、馮異の言に捏造は無いという、光武帝信者有利の推理ないし屁理屈?を思いつきました。
折角ですので、これは光武帝信者さんの宿題とさせて頂きましょう。
史書捏造疑惑を言い立ててるのがよりにもよって李世民信者ってのが笑えるわ。
史書捏造で悪名高いのはそっちの方だろうが。
それでも、光武帝が他の王朝創始者には出来なかったことを
やって見せたという事実だけは消しようがないと思うけどね。
2000年続く儒教の帝国を作った事は確かに他の誰もやってないよな
たいていの概説書に載ってる割りにネット界隈では黙殺されてるけど
>>859-862 本当に読む気も全くしない長文の駄文、乙だな
>>863はあたりは微妙と思ったが、
>>868の厨の援護と、こっちのお前のレスの必死さと放置の対比から
間違いなく反論者と他皇帝を徹底的にディスり、
荒らしの光武帝厨は放置して甘やかし荒らしを助長する光武帝信者と確信したよ
泳がせた甲斐もあったなw
>はっきり言うがそれは暴君ないし無能と同じ。なぜって結果を出せなかったから。
こんな理論の連続で断定し、煽りで埋める勝利宣言する、気持ち悪い長文をする非コミュを相手する必要性など毛頭あるわけない
>堪忍袋の緒が切れたという感じで面白かった。
こんな腐った長文をこんな風に読める信者ってのが、どんな連中かは察しがつく
ネットでいつも、光武帝マンセー叫んでいるんだろうな
>現におまえと類似した近い主張をしてる人間を他所のwikiだかで見かけたが
>彼の主張の方がよっぽど論理的で公平で精度が高い。
他はいいが、ここだけは俺も興味があるな。とりあえず、これは教えろ
それができなければ、お前は信者ですらなくて、厨ということになるだけだがw
お前は気づいていないだろうが、お前の長文で厨以外にも、気持ち悪い信者がいることは判明しただろうから、
これを読んだ皆さんはどう思うだろうなw
お前の勝利宣言と裏腹にお前らは墓穴を掘ったわけだw
>>870 >2000年続く儒教の帝国を作った事は確かに他の誰もやってないよな
>たいていの概説書に載ってる割りにネット界隈では黙殺されてるけど
確かに。そういった意味で最強と叫ばれるなら、俺も放置しただろうよ。事実だからな
だが、日本ネット界の光武帝は、連中の価値観での『完全無欠皇帝』というただの偶像だからな
で、それを根拠に光武帝こそが最強と叫び続ける。しょうもない連中だ。
872 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/07/10(火) 14:41:45.43 ID:eAeuWE0x0
李世民厨ほんとうぜえええええ
スルーできないくらい我慢ならんな
厨はどうでもいいとして、
>>859-862の信者はどうした?
>現におまえと類似した近い主張をしてる人間を他所のwikiだかで見かけたが
>彼の主張の方がよっぽど論理的で公平で精度が高い。
やはり、これはただのはったりだったのか
だとすれば、信者が敗北し、厨がわめき出すのは当然のことだ
気が向いたら、後漢書が本当に正しいか、また検証するか
>>873 なるほど、返事が無い時はとことん尋ねるのが作法ということですか。
では、小生もお知恵を拝借して真似させて頂きます。
857の件です(一部直しました)。
脇から済みませんが、引っかかるので説明願いたい。
================ここから857の引用============================
>>291の
>夷狄たる北朝の脅威にさらされてた南朝では
>光武帝を儒教の聖人に匹敵する理想的な天子として描くことが行われてたわけで
を踏まえているのに
================引用終り===================================
全部見るにして、このページの検索で"291"を検索すると、(その時は)3件だけ、当の291と293、857。
踏まえているって言われても、見る人に取って引用が分からなければ、了解できないです。
291が857で、自説を引いたとしても、余人にはその脳内が見えないわけですし。
857は291の方でも293の方でもないですね。どちらかだったら、それは自分だと名乗って、小生の誤り
を指摘されたでしょうから(自分の発言が絡んでいるなら、思い出すものでしょう)。余計に分からない。
くどい、重箱の隅をつつくようだと仰られるかもしれませんが、多分、范曄撰『後漢書』に注を入れた
李賢、李世民の孫で則天武后の子も『後漢書』の一言一句を丹念に吟味していたと思います。そうして
李賢注の『後漢書』という形で、信頼出来ると認められて、他の後漢史を押しのけて現存するに至った訳
ですし、その『後漢書』の捏造を窺う方が、中途半端な言葉遣いでは、その李賢注に反駁できないと思
いますよ。
答える必要もないと思ったのだが
あなたは、ソースを出してくれたことがあったから、答えるか
ソースが2ちゃんの、おそらく
>>291と同一人物のレスしかなく、記憶が混在して、どこかの書籍で読んだと勘違いしていたが、
それでも
>>852に対して、『後漢書の隠蔽や粉飾』を俺個人が勝手に主張したわけではないと述べただけよ
>>852は、俺だけの願望による主張にしたいらしかったからな
このレスだけを根拠に、それを主張すればたたかれても仕方がないが、疑問形のレスだし。煽り君だってこれにレスしただろう
俺の疑問を持った根拠は、『光武帝の厨(笑)武勇から見て』だからな
煽り君も光武帝の兵術や武術については、捏造を疑ったかはともかく、疑問を感じたことがあるようだし
>見る人に取って引用が分からなければ、了解できないです。
>余人にはその脳内が見えないわけですし。
で、これが、自分には『論点がずれている』、『当たり前のことを述べ、怒らせようとしている可能性がある。正直、無礼』と感じたわけだな
それで、答える必要なしと判断したわけだ
大体、光武帝擁護をすれば、論者の意向がどうあろうが、厨が援護で煽るから、相手に精神的負担がかかる
過大評価スレなどを見ると、信者どもは厨を故意に放置しておき、相手を逃亡させたり、厨に反撃させて、勝利宣言すればいいと考えているらしい
ここでも、荒らしまで行う厨は放置しているくせに、俺相手には4レスも煽りで埋める信者もあらわれている
そういったハンデまで受けている以上、答える必要のないと考えたら、答えない
これで理解してくれたかな?
そうでなくても勝手にするが
876 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/07/11(水) 23:16:56.52 ID:aRCpKYt70
おまえがそう思うんなら、それでいいから
もうここを荒らすな
はじめは期待して読み始めたんだが肝心の論証部分になると
するりと逃げるんだよなアホらしくて読むのやめたよ。
みんな良く読めるな
厨だの信者だの、その歪みきったフィルターをまず棄てればどうか
カウンターとしてただの煽りで李世民厨とか言われるが、そういう基準で語るやつこそを軽侮していればいいものを
自分まで同じ穴の狢になってれば世話ないわ
880 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/07/14(土) 11:22:07.06 ID:inuSvPXl0
光武帝の漫画が読みたい
小説でもいい。
光武帝に関する知識が殆どないので判りやすいお勧めがあったら御教示願いたい。
講談社学術文庫の『秦漢帝国』とか
おととしの『歴史群像』6月号とか
>>879 自分は散々光武帝信者光武帝信者と連呼してるくせに
李世民厨って言い返されるのが気に食わんって
ダブスタの見本だなおまえ
そんなに嫌ならまず自分がやめるのが筋だろ
>>883 879は、李世民厨と言われている 人物の 発言じゃなく、
そう言われている 人物への 発言だよ。
>>875 史料解釈で実力の差を無残なまでに見せ付けられ情けなすぎるダサいお追従しまくってこびへつらった一方で
屁理屈こねて反論になってない反対しまくってた間抜けが必死に虚勢張っててうけるー
でも俺はちゃんとこういう展開を読んでたぜ?
おまえが自己愛過剰でアホで間抜けで誠意なんて口先だけの自己中の自己主張したいだけの阿呆だから必ず関係が破綻するってな
>ソースが2ちゃんの、おそらく
>>291と同一人物のレスしかなく、記憶が混在して、どこかの書籍で読んだと勘違いしていたが、
>それでも
>>852に対して、『後漢書の隠蔽や粉飾』を俺個人が勝手に主張したわけではないと述べただけよ
>>
>>852は、俺だけの願望による主張にしたいらしかったからな
はあ?まともに日本語読解出来ないうろ覚えの聞きかじりで勘違いする阿呆老人は被害妄想激しすぎ。
>>291を踏まえていようといまいと「後漢書にも隠蔽や粉飾がある」程度ならそもそも突っ込まれない。
つーかろくに読まないで逃げて出鱈目ほざくから何度もバカだって叩かれるんだバカモノ
他の正史より比較にならないほど隠蔽や粉飾あると根拠から飛躍した電波丸出しな主張するおまえは、
実は他人と正しくコミュニケーション出来るまともな人間性の持ち主ではないのではないか?(断定はしない疑問文とやらで)
>で、これが、自分には『論点がずれている』、『当たり前のことを述べ、怒らせようとしている可能性がある。正直、無礼』と感じたわけだな
>それで、答える必要なしと判断したわけだ
気づいてないのはそれこそおまえだけだろうがこの発言でおまえ完全に精神病って診断されるね。おめでとう
むしろコテハンはおまえのような話通じないのがわかりきってるキチガイにさえ甘すぎるくらいだったけどな
おまえのような精神病全開のキチガイにも人間扱いしてやってた恩を忘れて自分だけ被害者ぶるとかバカ丸出しでうけるー
>大体、光武帝擁護をすれば、論者の意向がどうあろうが、厨が援護で煽るから、相手に精神的負担がかかる
>過大評価スレなどを見ると、信者どもは厨を故意に放置しておき、相手を逃亡させたり、厨に反撃させて、勝利宣言すればいいと考えているらしい
>ここでも、荒らしまで行う厨は放置しているくせに、俺相手には4レスも煽りで埋める信者もあらわれている
>そういったハンデまで受けている以上、答える必要のないと考えたら、答えない
>これで理解してくれたかな?
>そうでなくても勝手にするが
泣き言ばかりで匿名掲示板自体にまったく向いてない。娯楽でストレスためるバカってしょーもない阿呆だな
4レスも煽られた?気狂いのおまえが電波垂れ流して出鱈目認定をしなければ1レスだって煽られないぞ?阿呆
泣き言ほざく前に自分のしたことを少しは反省しろよ阿呆
まだまだ叩くネタは山ほどあるがおまえが黙るならこの辺で黙ってやらんでもないが頭空っぽのおまえは黙らずに傷をさらに広げるんだろうな阿呆だから
負担だとかハンデだとかうつ病しか言わない泣き言ほざくなら精神科でカウンセリングでも受けて来いってプププ
>>873 勝ったと錯覚したくて必死すぎてうける。まじで阿Qそのものだな
他の問題点は全部放り出しておいてソース要求だけしたら勝ったつもりになれるとかおめでてーな。
何の論証も反論も出来ないのに結論先行の妄想垂れ流して勝利宣言とか情緒不安定ボケ老人すぎ。
はったりであろうがあるまいがこちらが紹介しようがしまいがおまえのような阿呆が勝ったことにはならん。
>>871 >>857では必死に全レスで反論になってない反対をしてたのにすぐ折れちゃったか腰抜け野郎すぎてうける
指摘された問題点を何一つ返せずに逃げ腰で駄文認定して捨て台詞吐くだけの無能が自己防衛機制働かせすぎ
残念だが泳がされてるのはおまえの方だよ
コテハンとのやり取りでおまえは致命的ミスを犯しちゃったのを俺はまだ責めてもいない(しかも現在進行形で罪状が増えてるマジで阿呆)
時間をかけるほど不利なのはおまえだけ。
そもそも他人を叩いてるおまえ自身がダブスタ全開のキチガイなんだからどう認定しようが説得力皆無。
仮に賛同するやつがいたとしてもおまえと同レベルのキチガイだけ
しかも間違いなくとか断定しておいて大外れとか本当にこっけいなピエロだぜ
>こんな理論の連続で断定し、煽りで埋める勝利宣言する、気持ち悪い長文をする非コミュを相手する必要性など毛頭あるわけない
おやおや自分のやったことを忘れてしまったのか。このぼくちゃんおじいちゃんは
>>857で的外れにもほどがあるとはいえわざわざ全レスアンカー引きまくってつっかかってきた阿呆の分際で今更そんなこと言っても恥の上塗りでしかない。
こちらがおまえの主張を意図的に取り違えてる、などと被害妄想丸出しな泣き言を喚いたんだからおまえなりに別の基準を示すのが当然だ。
現状おまえは差別化すら出来てないでただ意味不明なレッテル貼りをしつづけてるだけの池沼にすぎない。
必要性を決めるのは非コミュと言われて顔真っ赤で論理展開まったく出来ないおまえじゃないぞ?
おまえはそんなこともわからないまともに話し合いをするやる気が皆無の論点そらしの常習犯の荒らしだからこうして叩かれているってだけだ。
被害者気取りの加害者っておまえみたいに頭がおかしくないとつとまらないんだろうけどな
>こんな腐った長文をこんな風に読める信者ってのが、どんな連中かは察しがつく
>ネットでいつも、光武帝マンセー叫んでいるんだろうな
>お前は気づいていないだろうが、お前の長文で厨以外にも、気持ち悪い信者がいることは判明しただろうから、
>これを読んだ皆さんはどう思うだろうなw
>お前の勝利宣言と裏腹にお前らは墓穴を掘ったわけだw
は?信者がどうとか認定してるキチガイっておまえだけじゃね?
説明を何一つ果たさずに論理破綻と無知を晒した阿呆が芝なんか生やして余裕ぶっても意味ないし
都合のいい妄想に逃げ込むばかりで一人で状況を打開する自信がないんだなくらいにしか思わん
大体キチガイのおまえをボコボコに叩いてたらなんで光武帝の信者になるんだよ?飛躍しすぎだ池沼
レッテル貼りと被害妄想以外なんも出来ない薄汚い気狂いであるおまえが徹底的にきらわれてるだけって現実を直視しないと
>他はいいが、ここだけは俺も興味があるな。とりあえず、これは教えろ
>それができなければ、お前は信者ですらなくて、厨ということになるだけだがw
断る。気狂いの分際で態度がでけーんだよ死ね
興味があるなら自分で調べるのが当然。甘えるんじゃないぞゆとりボーイくん
だがおまえがゆとり全開な社会のゴミクズでも頭の病気を治したらただで教えてやらんでもないぞ?
もしくは頭の病気を治さないでも「このスレで詭弁を使ってはいません」「無知ではありません」「ウソをついていません」と誓えるなら教えてやるよ。
まあここまで煽ったらバカで情動が幼稚園児以下なおまえのことだからもういいやーとか発狂して被害者ぶり請求を放棄するんだろうけどな
行動パターンが猿以下だしおまえって
>確かに。そういった意味で最強と叫ばれるなら、俺も放置しただろうよ。事実だからな
>だが、日本ネット界の光武帝は、連中の価値観での『完全無欠皇帝』というただの偶像だからな
>で、それを根拠に光武帝こそが最強と叫び続ける。しょうもない連中だ。
おまえの場合価値観ですらない気分で恣意的に信者認定して連呼してるのを棚に上げているだけ。
自分の価値観とそれに基づく主張が正しいと思うならそれを述べればいいだけのこと。
論拠もないような主張ならまともに相手する必要ない。おまえの認定と一緒で実社会では何の効力もない。
何の効力もないとおまえが知らないのはおまえが形だけ真似てるだけの無知だから。
スポンジみたいに頭すかすかのゆとりだか嫉妬塗れの氷河期だか知らんがどっちにしろおまえはトンでもな馬鹿。
おまえみたいな馬鹿を説教するのはうけるが少しは成長してくれないとあきちゃうよ阿Qくん
この精神病のゆとり幼稚園児だか氷河期ボケ老人だかの行動原理は非常に単純。
俺の気に入らないやつは信者ダー
俺を怒らせるやつは厨ダー
俺に恥をかかせるやつは無礼ダー
それだけ。
苦しくなったらおまえも迷惑ダー路線で誤魔化しにかかるという猿なみの知性の持ち主だ。
このキチガイが黙るなら俺も黙るのを考えなくもないがこのキチガイは論点すりかえて被害者ぶるのに終始するだろう。
流れを切るようで悪いが、質問。
20年くらい前に読んだ小説で、光武帝をとりあげた小説を読んだ覚えがあるのだが、
どんなタイトルで著者かわからないかな?
20年前なので、宮城谷 昌光と恂{ 史ではないのは、決定的なんだが。
20年くらい前で「こうぶてい」なら、洪武帝のような気がするが。
超巨人・明の太祖朱元璋 (講談社文庫) 堺屋 太一
>>885-889 平日の昼間から、1か月半の遅レスの上、クソ長文5連投かよ
盆は終わっているぞ(笑)
自称・冷静な第三者君(笑)がどういう人間か察しがつくな
荒らし行為に対する長いアク禁か
ソースの提供を求められ、涙目で逃亡して、アホな言い訳考えるのに時間がかかったか
(
>>865も無視してしまっているわけだがw)
親にでもネット禁止にされていて、やっと解禁になったか
それとも長い間、どこかの病院にでも入っていたのかな?
お前と近いメンタルを持った奴が三戦で曹操をマンセーしていて、光武帝もマンセーしていたようだな
そいつはAA荒らしもやるようだしな(笑)
もっとも、そんなことどうでもいいわな
ソースも何も出せないお前が、なにを答えても、なんの意味がないからな(笑)
ただ、異常な光武帝厨の存在が明らかになるだけだからな
しかし、光武帝のプチブーム、これで終わったなw
俺以外の光武帝批判的論者も全て○○○○とこいつは言い切った。
人気者で、きちんとした知識がある煽り君にも嫉妬して、遠回しにいやがらせをしたとしか思えない
週末にかけて、あれほど俺や彼らの意見には、口を出す信者どもはこいつについては、スルーし続けている
要はマンセー意見以外は許されず、勝手な自治を誰もとがめないということだ
ほぼ唯一討論できる場所で、このような状態、これでは小説、やる夫、サイトでの盛り上げもここまでだろう
これが、光武帝を偶像化の終焉につながればいいのだが
で、さすがにこれだけでは後味が悪いので
>>882 >>881じゃないが、『秦漢帝国』読んだぜ〜
西嶋定生 氏も劉楊は謀殺されたと書いていたな
どうも、状況から判断しての推測っぽいが、俺だけの意見ではないってことは証明されたわけだ
で、不思議に思うのは、劉楊は光武帝即位の後、真定王にはなっていたみたいだが、なぜ、官位を受けなかったのだろう?
功績と皇族であることから見て、政治の最高責任者になっていてもおかしくない。
とすると、光武帝の即位自体を劉楊が認めていなかった可能性もあると考えるが?
劉玄のもとでのただの同盟者、もしくは劉楊が血筋がよいから皇帝になるという暗黙の約束があったとするのなら、
使者の迎えに同意しなかった、独立の動きがあったとしてもおかしくはないな。
それなら、『帝憐揚、讓謀未發,並封其子,複故國』も理解できる。もし、本当に謀反なら憐れむもクソもないはずだ。
使者の迎えに応じなかったのだから、殺されて当然と考えると、逆にここで矛盾が生じる
で、独立した動きとその大義名分があったからこそ、耿純が殺す必要性があったのではないかな
>>890 他にあるとすると、「新十八史略」(陳の小説十八史略と別)の光武帝の部分じゃないかな
ここは光武帝の決起ごろについては、小説じたてになっている
>>891 ありゃ、そっちの洪武帝か。いやいや、確かに新末〜後漢初の光武帝でしたぞ。
劉秀と更始帝が出てきたのは、よ〜く覚えている。
中学校の図書館にあったんだがなぁ。一度読んだっきりだしなぁ。
amazonで見てもないんだよな。
国会図書館の検索でも探してみます。
>>894 新版・十八史略物語 第4巻 東漢-西晋
↑
これですよねぇ
新末〜西晋初までが入ってるので、コレではないと思います。
ぼちぼち探します。
有難うございました。
>>892 >平日の昼間から、1か月半の遅レスの上、クソ長文5連投かよ
>盆は終わっているぞ(笑)
>>889の立証ご苦労。有給その他の存在すら知らない社会経験のなさを露呈した精神病のキチガイくん。
3ヶ月も論証ほったらかしの「無知」で「嘘つき」で「詭弁で誤魔化すだけ」の
一年中仮想敵と戦ってる非コミュの精神障害者にも盆休みがあるのか。説得力ないけどなプッ
仮に飼い主がいたとしても迷惑なだけである。はやく屠殺しとけ
>自称・冷静な第三者君(笑)がどういう人間か察しがつくな
自称冷静な第三者とはなんのことかな。いつ冷静だなんて自称したのか。
まあ自称の意味もわからない無知ってことでいいぞ
アホだからまたボロを出しちゃったね。でもおまえは精神病だからそれでいいんだ。だが他人に迷惑かけずに隔離されてろw
>荒らし行為に対する長いアク禁か
>ソースの提供を求められ、涙目で逃亡して、アホな言い訳考えるのに時間がかかったか
>親にでもネット禁止にされていて、やっと解禁になったか
>それとも長い間、どこかの病院にでも入っていたのかな?
>お前と近いメンタルを持った奴が三戦で曹操をマンセーしていて、光武帝もマンセーしていたようだな
>そいつはAA荒らしもやるようだしな(笑)
>もっとも、そんなことどうでもいいわな
>ソースも何も出せないお前が、なにを答えても、なんの意味がないからな(笑)
>ただ、異常な光武帝厨の存在が明らかになるだけだからな
おうおう精神障害者が自分に都合のいい電波を垂れ流しておるwまさにピエロ
「他人を責めるのに何故か自分の自己紹介をはじめる」という症状に改善がまったく見られないな。
おまえと近い病気の非コミュのキチガイは精神病院に沢山いるからそこにお行き。
少なくとも悪目立ちはしなくてすむだろう。
>ソースの提供を求められ、涙目で逃亡して、アホな言い訳考えるのに時間がかかったか
>ソースも何も出せないお前が、なにを答えても、なんの意味がないからな(笑)
質問されて顔真っ赤にして発狂してアホな言い訳して逃げた↓の阿呆にこそそれを言ってやれよ(笑)
>で、これが、自分には『論点がずれている』、『当たり前のことを述べ、怒らせようとしている可能性がある。正直、無礼』と感じたわけだな
>それで、答える必要なしと判断したわけだ
なんの意味もないというレスに随分必死なことだが発言内容にまた矛盾とダブスタが出たなマヌケw
ソース乞食で気狂いで被害者ぶった加害者の無知で嘘つきで詐欺師のおまえは悪い意味しかないから叩かれてるんだ。
こちらの主張はアホな言い訳などではないが、おまえの場合アホな言い訳すら出来てないんだから救いがない。
3ヶ月もありながらなんの論証もしてないアホは自分にブーメラン炸裂させて楽しいのか?まあ気狂いだから楽しいんだろうがな
おまえは気狂いだというこちらの主張がますます補強された。
またソース提供()とやらについてもすでにこちらは
>>888で条件を提示した。
おまえがやることをやってないで一人キチガイ丸出しで勝利宣言してるだけ。
そもそもソースを出さねば厨認定、出しても別に恣意的な出鱈目認定をやめるわけでもなんでもない。
そんな気狂いしかやらん指図をしておいて相手が教えてくれると本気で思ってるのかこの気狂いは?
> (
>>865も無視してしまっているわけだがw)
おまえが逃げずにやるべき条件を果たせばそいつもおこぼれにあずかるだろう。
わかったら妄想に逃げるな精神障害の気狂いくん。
>>893 精神障害者の電波妄想第二段乙。
>しかし、光武帝のプチブーム、これで終わったなw
>ほぼ唯一討論できる場所で、このような状態、これでは小説、やる夫、サイトでの盛り上げもここまでだろう
>これが、光武帝を偶像化の終焉につながればいいのだが
いったい何と戦ってるのか知らんがキチガイくんは自分の存在と知性を過大評価しすぎだ。
おまえのように根拠も基準もなく恣意的に濡れ衣きせて光武帝信者認定する気狂いが暴れて、
何で光武帝の偶像化が終焉するのか全く理屈になってない。
論理的な主張をするわけでもなく無視するわけでもなく電波垂れ流して嫉妬してるだけの豚もブームに加担してるとさえ言っていいw
自分の願望と誇大妄想を垂れ流すのはおまえのような精神障害者には相応しい行動だけどな(笑)
>週末にかけて、あれほど俺や彼らの意見には、口を出す信者どもはこいつについては、スルーし続けている
いつの週末で誰が彼らなのか。おまえの妄想じゃないならちゃんと明示しておけ。
気狂いのおまえの出鱈目認定もスルーしてるんだから別にこちらには何のメリットもない。
>俺以外の光武帝批判的論者も全て○○○○とこいつは言い切った。
この気狂いが精神障害者だということがまたも証明された。
該当部分であろう
>>887の↓がなぜそうなるのか池沼じゃないなら説明しとけ。
>仮に賛同するやつがいたとしてもおまえと同レベルのキチガイだけ
おまえの支離滅裂なキチガイ認定に賛同するやつがキチガイだっていっただけだね。まじで読解力皆無だな気狂いだけに
光武帝の批判がどうこうなんて話はそこでは一言もしていない。精神病は病院でなおせマヌケw
「他人の主張を正確に把握できない」という症状がまた一つ明らかになったという訳だ。おめでとう
>人気者で、きちんとした知識がある煽り君にも嫉妬して、遠回しにいやがらせをしたとしか思えない
それは妄想にすぎないから病院へ行け気狂い。
コテハンに嫉妬()して直接的ないやがらせをしてたのはおまえだけ。
俺はコテハンに不様な媚びを売りつつ屁理屈こねて反抗するキチガイを叩く以外に何もしていない。
おまえがやってるようなことをどうやってやるのか?阿呆だなあ。
>>875だけ見てもおまえが恩着せがましく答えるようなふりをするだけで
実際は論点をそらして質問に答えずに逆ギレして泣き言ほざいて言い訳して逃げただけってのは一目瞭然。正体バレてるよ?
>要はマンセー意見以外は許されず、勝手な自治を誰もとがめないということだ
勝手な自治をしてるのも異論反論を許さないのもおまえのこと。気狂いの自己紹介でしかない
仮におまえが他皇帝をディスる荒らしと認定する存在がいたとしてそれも論拠と論調次第だ。
ぶっちゃけおまえに判断力があるのか疑わしいのでおまえの被害妄想かおまえ自身のマッチポンプという容疑がかかる。
この三ヶ月のおまえの精神障害者そのものな行動がそれを裏付けてるよ。
>>894 >で、さすがにこれだけでは後味が悪いので
最初からおまえが出鱈目認定で俺に迷惑をかけるような阿呆ぶりを晒してなければここまで叩かれないだろ馬鹿者。
>西嶋定生 氏も劉楊は謀殺されたと書いていたな
>どうも、状況から判断しての推測っぽいが、俺だけの意見ではないってことは証明されたわけだ
その作者なら記憶が混在して頭が錯乱してまた聞きとうろ覚えと思い込みだけで主張する知ったかぶりの精神病の気狂いよりは信用性はあるだろうが
権威主義と多数派に寄り添おうとするだけで常に他人頼みでずれてるなおまえは。そんなんだから失笑を買うのだ阿呆。
>とすると、光武帝の即位自体を劉楊が認めていなかった可能性もあると考えるが?
>使者の迎えに同意しなかった、独立の動きがあったとしてもおかしくはないな。
>それなら、『帝憐揚、讓謀未發,並封其子,複故國』も理解できる。もし、本当に謀反なら憐れむもクソもないはずだ。
>使者の迎えに応じなかったのだから、殺されて当然と考えると、逆にここで矛盾が生じる
>で、独立した動きとその大義名分があったからこそ、耿純が殺す必要性があったのではないかな
「劉楊は光武帝に明確には臣従してない」「だから謀反という表現は不適切」とかいう自分勝手な俺基準による論旨なのかは知らんが
光武帝体制からすればおまえが言ってる動きは謀反以外のなんでもない。謀殺されて挙兵には至らなかっただけでな
また勝ち組正当化路線の正史がそれに合わせた表現を取るのも当然。それが真実かは別としてな。
むしろ即位を認めない独立するつもりの輩を謀殺、誅殺して何の問題があるのか?
答えろマヌケ。あるいは答えずに意味不明な妄言吐いて逃げろw
おまえは自分が何を主張してるかも把握できてないんだからどっちでもいいよ。どっちでもおまえの阿呆ぶりが晒されるだけ
つーか光武帝の謀反認定の正当性よりおまえの光武帝信者認定の出鱈目さを検証しとけよ精神科で(笑)
仮に大義名分と独立の計画とやらがあったとしても光武帝よりはるかに劉楊に近い立場の耿純が
それを認めていないという事実を都合よくスルーしてるからダブスタの阿呆扱いされる。
他の論点の反論もどきのネタは1ヶ月以上あっても見つけられなかったようだなw
おまえ本当に気狂いの上に「無知」で「嘘つき」で「詐欺師」としても無能すぎるわw
ではここらで光武帝の偶像化ブームとやらと戦う聖戦士気取り()の気狂いくんの行動パターンを仮にまとめてみよう。
1 光武帝は歴史的に評価されていないと主張する
2 無知なので東漢観紀は知らなかったので後漢書だけで光武帝を批判した
3 思考停止してるのでどの史料にも粉飾や隠蔽はありえるという主張を無視する
4 光武帝への嫉妬で後漢書だけ比べ物にならないほど粉飾や隠蔽があると疑いだす
5 項羽は盲信して思考停止して鵜呑みにするが、光武帝だけは批判するというダブスタを晒す
6 自搏戦は項羽ですらやってないから光武帝を疑うし後漢書を疑うが内容は比較も検討もしない
7 後漢書に比べて晋書以下は史料が散逸してて矛盾だらけと主張する一方、後漢書には隠蔽や粉飾が比較にならないほどあると疑う
8 三史の概念を知らなかったので論理的にありえない出鱈目をほざいて無知を晒す
9 暴君と無能の定義を説明できない
10 謀反と誅殺の定義を説明できない
11 光武帝は唐の太宗と違って歴史的に評価されてないと主張する
12 光武帝が大司馬任命時点で大軍を率いてたと否定するための嫌疑をかける
13
>>853と光武帝と太宗に対する意見が同じだが対立厨認定をした
>>854は光武帝信者認定からはずす
14 全レスで反論になってない反対を行うがそれすらも果たしきれない
15 論点をそらしてソース要求をはじめて勝利したと錯乱しだす
16 自分がやってる行動を相手がやってないのになすりつけて叩き出す精神錯乱を起こす
【
>>811>>812の自演容疑】
1 日を跨いでるだけ
2 名前欄とIDで別人のふり。3ヶ月にわたってもう一人の方は音沙汰なし
3 どちらもまったく主張が同じ
4 どちらもまったく同じ誤読をしている
5 どちらもまったく論証はしない
6 どちらも高圧的な態度で反論になってない反対をやる
7 アルツハイマーなので自分がやった裏工作を忘れていた
【人気者への嫉妬】
1 反論は求めないと連呼しつつ反論になってない反対を繰り返す。
2 解説を要求されて不可能だから無理と泣き言を喚く。
3 不可能だと断定したことをやられて実力の差を見せ付けられる。不様にも敗走する
4 アンフェアなスタンスを喝破される。不様にも敗走する
【後漢書の隠蔽や粉飾は他より比べ物にならないほどあるのではないか(疑問系)】
1 文中で引用もしてないことを
>>291のレスから踏まえてると憤慨しだす
2 答えると言ったそのレスで答える必要がないとか答えないとか錯乱して精神病を曝け出す
3 アルツハイマーなので自分の主張すら忘れる
4 アスペルガーなので何が論点になってるのか把握できない
5 当たり前のことを述べていないから質問され逆キレを起こして敗北する
6 記憶が混在して勘違いのうろ覚えをソースとするのが誠意あるレスらしい
気狂いくんの言ってること
>誠意のあるレスには、後日できることなら自分なりの見解を述べたいと思っている
気狂いくんのやりたいこと
>上記のような厨や信者どもを蹴散らすのと、後漢書の不自然さを述べるのが目的で、ある程度達成されたからなあ
誠意があると思い込んでる気狂いくんのやってること
>答える必要もないと思ったのだが
>あなたは、ソースを出してくれたことがあったから、答えるか
>>見る人に取って引用が分からなければ、了解できないです。
>>余人にはその脳内が見えないわけですし。
>で、これが、自分には『論点がずれている』、『当たり前のことを述べ、怒らせようとしている可能性がある。正直、無礼』と感じたわけだな
>それで、答える必要なしと判断したわけだ
>そういったハンデまで受けている以上、答える必要のないと考えたら、答えない
>これで理解してくれたかな?
>そうでなくても勝手にするが
>>857>>875 >>291を踏まえていようがいまいがどっちにしても指摘に対する反論になってない。
国の元首が搏戰をやるはずない、という理論なら破綻しているし、
>明史本紀第一 太祖邀之,順流搏戰,及於江。
また、項羽ですらやってないから戦場で大将が搏戰をやるはずない搏戰して勝てるはずない、という理論だとしても破綻してる。
>魏書第十八 時布身自搏戰、自旦至日昳數十合、相持急。
>魏書第十九 彰追之、身自搏戰射胡騎、
>漢書列伝第二十四 陵搏戰攻之,千弩俱發,應弦而倒。
>元史本紀第三 複與諸王拔都征斡羅思部,至也烈贊城,躬自搏戰,破之
あと根本的におかしい部分として項羽本紀の記述通りなら搏戰という表現そのものが文章中になくても
それに類する行動をやってなければ状況的におかしいということ。
項羽の場合は上記にあげた例以上にシビアな状況だからな。
よって光武帝に難癖つけるために項羽すらやってないと主張をすること自体が過ち。
仮に光武帝以外誰もやってないとしてもそれを以って後漢書全体を疑うのというのは電波すぎる。
291氏や西嶋定生氏や煽り君その他の主張の断片だけ故意に都合よく曲解して
自分一人だけの主張ではないと論点をずらして的外れな弁解してるが
後漢書の隠蔽や粉飾が他と比較して多いと根拠もなく疑っているのは一人だけなのでそれもまた破綻している。
煽り君のニュートラルな指摘と質問を無礼とか言うのも意味不明だな。
遠く及ばないとかありがたく教示してもらうとか知識ある人気者とか持ち上げてるのと本当に同一人格なのか疑われても仕方ない。
本当にそう思ってるなら非を認めて謝罪すべきだが屁理屈とレッテル貼りでごねて言い逃れするだけでは話にならん。
厨だの信者だの、その歪みきったフィルターをまず棄ててはどうか。
>>898-905 で、5連投の次は8連投か(笑)
有給の上に、また、有給で、開き直って平日の昼間に投稿かよ(笑)
それだけの過去のレスを踏まえた長文
日曜の夜に俺のレスがあって、日曜の夜中に書けていないから、平日に書いたことになるな
どれだけ、暇人だよ(笑)
というか、短文にまとめきれないお前に、つとまる仕事なんてあるわけねーだろ(笑)
後、どっかの単発荒らしとキモイ長文連投繰り返しを使い分ける奴()と違って、自作自演なんか、
そんな家臣の発言捏造するどっかの皇帝(笑)みたいな真似しないから
過大評価スレのは、同じ日に書いたからIDが同じなのは当たり前
あれを自演失敗という心理が、いかに、お前らが自分たちの所行で疑心暗鬼か物語っているな
>>906 >>795などの『後漢書の隠蔽や粉飾が他と比較して多い』ってのは、もともと、光武帝に欠点がほとんど正史でみられないことや、
自搏戦したのは光武帝のみという話を前提とした疑問形じゃん
>>291などもあってそういった可能性がないのか、どの歴史書でも粉飾・美化・隠蔽がある程度はあるのは前提として、
後漢時代の知識のある人に聞いて、自分なりに解析しているだけ
いつの間にか、自分がそれを前提にして主張しているとなっているのはどういうことだ?
非難するなら、読み返してから来るべきだろう
で、自搏戦と搏戦は同じなの?
908 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/09/01(土) 22:09:38.18 ID:Ute/ORft0
それより、wikipediaの光武帝のノートページ、面白いなw
ここを見るより、ずっと参考になる
>以上のように「評価」節などの誤謬は重大かつ多岐にわたるものであり、もはや典拠を探して示すとか
>史料の曲解を正すとかの小手先の修正では救済しがたいように思われます。
>光武帝の根本史料たる『後漢書』光武帝紀の叙述や教科書的な通説が本項目でないがしろにされているのを見るにつけ、
>「光武帝にはこうあってほしい」という編集者の願望を満たすためにつくられた項目という印象しか受けません。
全く、その通りだな
よく、改変してくれたよ。よく言ってくれたよ。あんたは立派だ。
誰だよ。編集した奴w
あ、ノートの上の方で、特定されているのか。すまん、すまん(笑)
余りにもひどいのに、いままで手をつけられなかったのは、中国歴史関係サイト同士のおつきあいってやつだろうな(笑)
後、ここにいる厨どもが暴れると予測されたからだろうな
だから、理屈は正しくても、援護は見込めない状況だった
勇気あるよ。改変した人
狭い世界だが、確実に自分たちの望む光武帝像を押しつけたい連中がいて、それを汚すと、
やる夫のように荒らしたり、ここにいる奴のように延々と粘着する
あんたはあんたの正義を貫いたんだ。十分、誇っていい
909 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/09/01(土) 22:33:22.07 ID:F5Cs5nLC0
こいつは一体誰と闘ってるんだ?
頭ん中やべえw
もう長文が続いてるってだけでうんざり
ファンもアンチもどっちもおかしいっていうのが分かったのだけが収穫だ
911 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/09/02(日) 04:33:36.98 ID:p2q3iNoj0
. (´⌒`)
l | / ノ火
⊂ヽ∧,,,,,∧ γノ)::)
((( <;l|l`田´> キィィィィィ!! ゝ∧ノ ♪
γ ⊂ノ, 彡 . ♪ || ∧_,,∧
し'⌒ヽJ || ∧,,∧ ウェーハッハッハ <# `,皿,´>O キィィィィィ
|l| | . ヽ<`∀´*>ノ ♪ Oノ`从/^/|
人 ・〜 ( へ) \ 国 旗 / ビリビリ
(_) . く )_ヽ_\
)(__)(_ ビタン ! !
⌒〆⌒ヽ(⌒ . _
┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳┳ ┌───┴┴───┐
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┃┃|興奮すると糞を投げるので注意してください|┃┃ │ . │
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┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻┻ └───┬┬───┘
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インド人もビックリです! アイヤー!
.γ~三ヽ ∧∧ | ̄ ̄|.
(三彡0ミ) / \ _☆☆☆_
.(. ;.´_ゝ`). (; .) . (;´_⊃`) ・・・
(,つと,. ) (,つと,. ) . ....= ( ∞ )
| | | .| | | . .....= ( ヽノ
(_(_) (_(_) . ....((((((((( し\___)
912 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/09/02(日) 04:36:42.74 ID:p2q3iNoj0
戦後の混乱期に裏切り者の韓国人が大暴れ、略奪・レイプ・殺人やり放題だった
ウリ達は戦勝国民だチョッパリに制裁を加えてやるニダ
./l_/l
∧_∧ ミミソキ;: (#゚';p゙) 昨日まで一緒に打倒米英って言ってたのに
<# ・∀>、 `iド、 と 0) 裏切り者ー!
と 、_ノ /' / /
/ /、 ) (,,/、_j
.(,,__)(_/ ',,.
男で内地にいるのは老人と子供ばかり、日本の女はレイプし放題ニダ!
V
∧_∧ ∧∧
<#・∀> (*> 0<) < 父親や夫はまだ復員してないし、泣き寝入りするしかないわー
( _ ̄つ⊃ / つ つ
/ /,>" > 〜(,,つ/
(_ノ (__) し'
∧ ∧
ミ ○<#・∀・> <お前たちの食い物はすべて取り上げてヤミ市で売ってやるニダ!
ヽ ∧_ ○))
ミヘ丿 ∩Д<;) < さんざん韓国を助けてあげたのに恩を仇で返された
(ヽ_ノゝ _ノ
∧_∧
<,, ・∀・> 生活保護も税金も優遇しろ、逆らえばこうしてやるニダ!
と⌒ て)从,; ∧∧
( ______三フ∵;゙';;)O<);:.,∴ 敗戦の弱みに付け込むなんて卑怯者ー!
) )" ;W `'ノつ っ
レ' O ;:':/
''(ノ
913 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/09/02(日) 04:40:11.23 ID:p2q3iNoj0
,,,,,,,,,,,,,,,,,,,,
/": : : : : : : : \
/-─-,,,_: : : : : : : : :\
/ '''-,,,: : : : : : : :i
/、 /: : : : : : : : i ________
r-、 ,,,,,,,,,,、 /: : : : : : : : : :i /
L_, , 、 \: : : : : : : : :i / 働いたら
/●) (●> |: :__,=-、: / < 負けかなと思ってる
l イ '- |:/ tbノノ \
l ,`-=-'\ `l ι';/ \ ニート(24・男性)
ヽトェ-ェェ-:) -r'  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
ヾ=-' / /
____ヽ::::... / ::::|
/ ̄ ::::::::::::::l `──'''' :::|
914 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/09/02(日) 04:42:48.98 ID:p2q3iNoj0
((⌒⌒))
ファビョ━ l|l l|l ━ン! チョッパリめ
∧_∧ 人糞をまき散らしてやるニダ!!
.__<# `Д´>__
._∧_ と つ _∧_ 。チャプチャプ
.。゚.|u ̄::| 人 Y .|u ̄::| ゚
ww  ̄ ̄ レ〈_フ . ̄ ̄ww
915 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/09/02(日) 04:47:49.00 ID:p2q3iNoj0
【在日コリアンナマポにネチズンが多いのは何故か?】
1・心地よい帰属感
∧_∧ ∧,,∧ 日陰者だからこそ、仲間との繋がりを求める。
<:.;`;∀;´;:> <:;`;∀;´;:> コリアンという旗印が、強い結びつきを与える。
| つと| と と |
2・在日コリアンでいることに、何の努力もいらない。
____
∧_∧ |〃,---、ミ | 彼は死ぬまでコリアンである。
<:.;`;Д;´;:> | {'-'´?'} | コリアンというだけで労無く偽りの被害者特権を付与されるのだ。
| つ| ミ `'''''´〃| 怠け者の、最後の拠り所が「ナマポ」なのである。
 ̄ ̄ ̄ ̄
3・単純化した思考
/|+
∧_∧ + | | 社会に出たことのない彼らは、現実に即した複雑な思考ができない。
<:.;`;皿;´;:> = 捏造の歴史を一般化・極大化して考え、ナマポは当然の権利と考えている。
| つ .|_|
916 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/09/02(日) 04:56:46.48 ID:p2q3iNoj0
ようこそウリナラハウスへ。
∧_∧ このトンスルはウリのオゴリニダ
<*`∀´>) シュッ
(つ と彡 ./
/ ./
/ ./
/// /
/ 旦 /
/ /
917 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/09/02(日) 05:00:40.16 ID:p2q3iNoj0
◆過去に貼った奴
1481年に書かれた韓国の古地図「八道総図」。
韓国はこれを以って竹島(独島=于山島)は韓国領と主張しています。
しかしどう見ても竹島(独島=于山島)が鬱陵島の西にあるのはおかしい。
│
朝 ┌─┐┌─┐
鮮 │于││鬱│
半 │山││陵│
島 │島││島│
│ └─┘└─┘
ということで…
韓国の独島博物館では以下のように地図を修正して洗脳しています。
│
朝 ┌─┐ ┌─┐
鮮 │鬱│ │于│
半 │陵│ │山│
島 │島│ │島│
│ └─┘ └─┘
これは一般的に捏造と言います。
ちなみに古地図では寄り添っていた二島の間隔も微妙に広げて、さらに都合のよいように捏造を謀っています。
918 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/09/02(日) 05:03:43.23 ID:p2q3iNoj0
★首都直下地震発生したら、省庁代替地バラバラ
「防災の日」を前に、首都直下地震を想定したBCP(業務継続計画)について中央
省庁などに読売新聞がアンケート調査したところ、本庁舎が使用不能になった際の各
省庁の代替施設は、近県に分散しており、緊急時の連携が困難なことが分かった。
また、緊急参集要員の自宅の耐震性について、全てが「分からない」などと回答。
実際に参集できるかどうかも定かでなく、首都機能継続に改めて不安が残る結果となった。
調査は昨年に引き続き、首相官邸と内閣府のほか、全省と復興庁、警察庁の計13省
庁に、首都直下地震のうち「東京湾北部地震」(マグニチュード7・3、最大震度7)
が、休日や夜間に発生した場合の〈1〉被災した本庁舎の代替施設〈2〉緊急参集要員
の数や参集時間など〈3〉自家発電用の燃料や食料の備蓄状況――などを聞いた。
都心部が甚大な被害を受けた場合、官邸は東京都立川市の防災施設に機能を移すが、
同市内に移転するのは総務省、財務省、厚生労働省だけ。外務省は立川から約20キロ
離れた相模原市の同省研修所を、経済産業省や農林水産省、警察庁も約30キロ離れた
さいたま市の出先機関を想定。法務省は「代替施設はない」、文部科学省は「検討中」
と回答した。
中央防災会議の作業部会は今年7月の中間報告で、官邸が立川に移った場合は「各府
省庁の代替拠点も立川周辺に集めることを基本とすべき」としたが、現在は各省庁が出
先機関などの中から独自に決めているのが実情で、今後も、土地や建物を新たに用意す
るのは「コストの面から難しい」(内閣府)といい、有効な解決策は見えていない。
>>910 うんざりしてるならもう見なければいいんじゃないかな。どうせ終わらないよこの話題。
あと勘違いしてるようだが俺はファンではないし光武帝のマンセーなどそもそもしていない。
またこいつはアンチなどではないしただのキチガイだ。
このキチガイが電波垂れ流して認定するのをやめるなら俺もレスするのをやめてやるよ(笑)
住人気取りで勝手に対立荒らしの構図にしないでもらいたいな。迷惑だから。
>>908 > 全く、その通りだな
> よく、改変してくれたよ。よく言ってくれたよ。あんたは立派だ。
> 誰だよ。編集した奴w
> あ、ノートの上の方で、特定されているのか。すまん、すまん(笑)
> 余りにもひどいのに、いままで手をつけられなかったのは、中国歴史関係サイト同士のおつきあいってやつだろうな(笑)
> 後、ここにいる厨どもが暴れると予測されたからだろうな
> だから、理屈は正しくても、援護は見込めない状況だった
> 勇気あるよ。改変した人
> 狭い世界だが、確実に自分たちの望む光武帝像を押しつけたい連中がいて、それを汚すと、
> やる夫のように荒らしたり、ここにいる奴のように延々と粘着する
> あんたはあんたの正義を貫いたんだ。十分、誇っていい
↑の症状は精神分裂病の独語、被害妄想に該当するので至急精神科で治療どうぞ。
聖戦士気取りさんはこれ以上恥を晒す前にはやく病院へ行け。
>>907 有給の存在も知らなかった社会経験のないニートだか隔離病棟の精神病者の連投乙。
おまえが議論から逃げてる時点で話終わってるけどな。三ヶ月もかけて何がしたかったの?
蹴散らされて捨て台詞を吐いたり屁理屈こねたかったのか。
どうせ質問し続けて最後にレスしたら勝ちとかそういう自分ルールでバトルしてるんだろうが無駄。
おまえみたいな詭弁とレッテル貼りに頼る荒らしが恒常的に湧く時点でこの板は「唯一討論できる場所」なんかではない。
俺を認定してる暇があるなら
>>911-918みたいな意味不明なコピペ貼る荒らしを削除依頼しとけばいいんじゃないかな
まあ自分が逃げてることを認めたくないおまえが流れきるために
なりすましのマッチポンプでやった可能性の方がずっと高いからやらないだろうけど(笑)
>というか、短文にまとめきれないお前に、つとまる仕事なんてあるわけねーだろ(笑)
>擁護者が長文も書けないようじゃ、擁護される側もたまったもんじゃないなw
>>781と言ってることが支離滅裂だな。
そのレスを別人主張するのは勝手だがその場合そいつの勝手ないちゃもんを否定するのと一緒ということで。
まあせっかくだから短文でもおまえを叩くし長文でもおまえを叩くけど(笑)
長文で全レスして的外れな後出し補足して結局逃げ出している無能は自分の心配しなよ。
社会的尊敬を受けている知識ある人気者()に突っ込まれて逆ギレするキチガイは仕事以前に学校出たのかも疑わしいが(笑)
だらだら論点そらしと言い訳ばかりしてる無知無能のおまえが仕事を云々するとか意味のないことをする。
ブーメラン乙としかいいようがないがおまえの場合それに
>>903-904その他がプラスアルファされるから人生自体終わってるぞw
短文でまとめるなら、
嫉妬するなよ長文も短文もろくに書けない精神病の無能は(笑)
で終了。
>非難するなら、読み返してから来るべきだろう
比較するなら後漢書も三国志も漢書も史記も読んでから来るべきだろう
おまえの場合精神病だから本読んでも解析が恣意的なものに偏るからどっちみち治療しないと意味ないけどね。
>>907 > 後、どっかの単発荒らしとキモイ長文連投繰り返しを使い分ける奴()と違って、自作自演なんか、
> そんな家臣の発言捏造するどっかの皇帝(笑)みたいな真似しないから
> 過大評価スレのは、同じ日に書いたからIDが同じなのは当たり前
> あれを自演失敗という心理が、いかに、お前らが自分たちの所行で疑心暗鬼か物語っているな
突然興奮して自己紹介するのをやめて落ち着け精神病者くん。
過大評価スレの話なんて持ち出してないし今は言い訳する必要もない。
まあせっかくネタを引っ張ってくれたんだからいずれやってもらうけど(笑)
>
>>795などの『後漢書の隠蔽や粉飾が他と比較して多い』ってのは、
>もともと、光武帝に欠点がほとんど正史でみられないことや、
> 自搏戦したのは光武帝のみという話を前提とした疑問形じゃん
精神病者くんがアルツハイマーだから自分の主張してることを覚えてないという証拠がまたもあがった。
>捏造だったら、相当に徹底しているだろうからこれぐらいはやるだろ
>>799 >俺的には光武帝が、歴史的に評価されない原因は『話が不自然過ぎ、捏造の疑いが余りにも濃い』以外に考えられんのよ
>>812 なんてこといって捏造連呼してるのに疑問文だから許されるなんて虫がよすぎるのではないか?(疑問文)
それも疑問文にして逃げる?(疑問文)
だっておまえは精神病者だもんな?w(疑問文)
>
>>291などもあってそういった可能性がないのか、どの歴史書でも粉飾・美化・隠蔽がある程度はあるのは前提として、
> 後漢時代の知識のある人に聞いて、自分なりに解析しているだけ
じゃあ解析が終わってから結論出せよ。
意味不明な被害妄想垂れ流して仮想敵と戦って迷惑かけずにな。
> いつの間にか、自分がそれを前提にして主張しているとなっているのはどういうことだ?
おまえがいつのまにか自分のレスで言及してもいないことを共有の前提になってると主張したり
それを補足したところで自己弁護になってないのがわからない病人だってことだよ。
>>291がいってもいないことをおまえは言ってるから
>>291を巻き込むのは迷惑かけてるだけ。
まず自分が何を言いたいのか整理してから書き込めば。病気を治して。
> で、自搏戦と搏戦は同じなの?
でおまえが定義する所の厨武勇()とやらがある三国志と漢書はおまえの電波理論だと晋書その他以下なの?(笑)
>>919-922 >うんざりしてるならもう見なければいいんじゃないかな。どうせ終わらないよこの話題。
お前からすれば、都合悪いスレを荒らす大義名分が欲しいんだろうが、俺からすれば、このまま自滅するだけのお前を相手にする必要もないな
光武帝信者や厨の理論は崩壊したも同然
お前は、誰とも会話が成り立たず、その場限りの優位な存在をマンセーしているものに追随して、
仲間にいれてもらうため、暴れることしかできない2ちゃんによくいる類だろうしな
放っておけば、年休()とやらで、平日の昼間や深夜に暴れて、どっかでまた問題を起こして、アク禁になるだろう
西嶋定生 氏すら謀殺としたのを、光武帝は即位しているから劉楊は謀反で誅殺は当然と言い出す、
願望から結論づけるだけの脳みそが歴史の検証などできるはずもない
俺が呉漢の侵攻ルートを特定するのは不可能といい、煽り君が推測に推測を重ねた侵攻ルートを出したことを、
俺の敗走というのは国語能力の致命的なまでの欠陥を物語っている
だから、言葉もワンパターンだし、都合のいい結論しか信じられない
都合悪い事実があったら、相手のせいにした煽りでごまかすしかない
自分の行為を、忘れたふりをしていつも自分自身に嘘をついて生きている
頭が悪すぎて、自分が頭が悪いことさえも理解できない
心が弱すぎて、他人を攻撃することでしか精神の安定が保てないという典型だ
924 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/09/03(月) 22:56:04.77 ID:mCOD0CBe0
/: : : : : __: :/: : ::/: : ://: : :/l::|: : :i: :l: : :ヽ: : :丶: : 丶ヾ ___
/;,, : : : //::/: : 7l,;:≠-::/: : / .l::|: : :l: :|;,,;!: : :!l: : :i: : : :|: : ::、 / ヽ
/ヽヽ: ://: :!:,X~::|: /;,,;,/: :/ リ!: ::/ノ l`ヽl !: : |: : : :l: :l: リ / そ そ お \
/: : ヽヾ/: : l/::l |/|||llllヾ,、 / |: :/ , -==、 l\:::|: : : :|i: | / う う 前 |
. /: : : //ヾ ; :|!: イ、||ll|||||::|| ノノ イ|||||||ヾ、 |: ::|!: : イ: ::|/ な 思 が
/: : ://: : :ヽソ::ヽl |{ i||ll"ン ´ i| l|||l"l `|: /|: : /'!/l ん う
∠: : : ~: : : : : : : :丶ゝ-―- , ー=z_ソ |/ ハメ;, :: ::|. だ ん
i|::ハ: : : : : : : : : : : 、ヘヘヘヘ 、 ヘヘヘヘヘ /: : : : : \,|. ろ な
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丶: :ハ、lヽ: :ヽ: : ::\__ `~ " /: : ト; lヽ) ゝ
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,,、r"^~´"''''"t-`r、 _ -、 ´ヽノ \ノ / お ・
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f~ ,;" ~"t___ ミ、 ^'t | は ん ・
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925 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/09/03(月) 22:59:06.76 ID:mCOD0CBe0
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名無しさん@お腹いっぱい。:2012/09/03(月) 23:00:06.62 ID:mCOD0CBe0
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名無しさん@お腹いっぱい。:2012/09/03(月) 23:02:10.59 ID:mCOD0CBe0
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名無しさん@お腹いっぱい。:2012/09/03(月) 23:03:16.99 ID:mCOD0CBe0
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名無しさん@お腹いっぱい。:2012/09/03(月) 23:04:57.43 ID:mCOD0CBe0
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930 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/09/03(月) 23:07:11.42 ID:mCOD0CBe0
/: : : : : __: :/: : ::/: : ://: : :/l::|: : :i: :l: : :ヽ: : :丶: : 丶ヾ ___
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931 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/09/03(月) 23:09:07.60 ID:mCOD0CBe0
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932 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/09/03(月) 23:52:50.81 ID:h4N6t62F0
>>923 プッおまえより蚊の方が煽りのセンスあるんじゃないの?(疑問文)
>お前からすれば、都合悪いスレを荒らす大義名分が欲しいんだろうが、
>俺からすれば、このまま自滅するだけのお前を相手にする必要もないな
おいおい。おまえには虚言癖があるからすぐに前言撤回することになるぞwwww
だっておまえは最後にレスして勝利宣言すれば正義()を通したことになるらしい病人だしwwww
相手にする必要がないといいつつ今までサンドバッグになってる訳で暇人認定が墓穴にしかなってないのが馬鹿丸出しwwww
本当に自虐ネタで自爆して自滅するのが好きだねぇwwww
>光武帝信者や厨の理論は崩壊したも同然
他人の話を俺へのレスで持ち出されても意味不明なだけだが
おまえの妄想も理論崩壊してるんだけどな。
人のふんどしでいきがるとか精神病者マジこっけいなピエロw
>お前は、誰とも会話が成り立たず、その場限りの優位な存在をマンセーしているものに追随して、
>仲間にいれてもらうため、暴れることしかできない2ちゃんによくいる類だろうしな
西嶋定生 氏とか291とか知識ある人気者()とかに必死に追随してる鬱屈した金魚の糞は自己紹介がお好きですねえw
>放っておけば、年休()とやらで、平日の昼間や深夜に暴れて、どっかでまた問題を起こして、アク禁になるだろう
本当に社会経験もなければ大学にも行ったことないようだなこの精神病者wwww
都合のいい妄想に浸って現実逃避してるうちは社会復帰は無理だぞwww
この三ヶ月の行動を観察するにおまえは意思疎通の必要な仕事はまず勤まらんから社会復帰なんてされても迷惑なだけだが。
だって知識ある人気者()とかマンセーしてるコテハンの当たり前の指摘にさえ
>『当たり前のことを述べ、怒らせようとしている可能性がある。正直、無礼』
とか逆キレおこしちゃう社会不適応の嫉妬心に塗れた粗末なゴミクズなんだぜw
また高度な意思決定には当然参画出来ないから仮に就職してたとしてもワープア()というやつな訳で
その無駄な態度のでかさは己の無知無能を誤魔化すための虚飾にすぎない。
常に意味不明な言い訳して論証から逃げてるのがその証拠w
>>923 >西嶋定生 氏すら謀殺としたのを、光武帝は即位しているから劉楊は謀反で誅殺は当然と言い出す、
「光武帝は劉楊を謀殺してない」なんて俺はどこで言ったのか?
>>902では「謀殺、誅殺して何の問題があるのか?」とは聞いたが。
答えずにおまえは逃げたけど。
>俺が呉漢の侵攻ルートを特定するのは不可能といい、煽り君が推測に推測を重ねた侵攻ルートを出したことを、
>俺の敗走というのは国語能力の致命的なまでの欠陥を物語っている
その話題今更?敗北おめw
というか自分のレスくらい確認してから言い返せよ。
ダブスタと偏向解釈を指摘されたら光武帝信者とか即認定してくる病人がそんなこと言っても説得力ないわw
>願望から結論づけるだけの脳みそが歴史の検証などできるはずもない
>だから、言葉もワンパターンだし、都合のいい結論しか信じられない
>都合悪い事実があったら、相手のせいにした煽りでごまかすしかない
>自分の行為を、忘れたふりをしていつも自分自身に嘘をついて生きている
>頭が悪すぎて、自分が頭が悪いことさえも理解できない
>心が弱すぎて、他人を攻撃することでしか精神の安定が保てないという典型だ
↑の発作は境界性人格障害の病人特有の投影性同一視という症状にもろに該当するな。
引用してもいない291を踏まえてる、などと主張してたのもやはり本物の気狂いだったからだろうw
自分の主張はなんも論証しないのにこちらの主張は論拠を用意してくれる支離滅裂ぶりには失笑する他ないw
精神病者もっと頑張れよw
AAで埋め立てて有耶無耶にしようってことか知らんが話を戻すか。
>・光武帝の厨(笑)武勇から見て、後漢書は他の正史と比べものにならないほどの隠蔽や粉飾があるのではないか?
曹彰程度でも出来ることが厨(笑)武勇で
項羽の武勇伝()は思考停止して盲信するが光武帝の武勇伝()は猜疑するダブスタぶりで
後漢書は捏造だらけではないか?とか疑うとかやはり無理がある。
どうせなら
>・呂布や曹彰の厨(笑)武勇から見て、三国志は他の正史と比べものにならないほどの隠蔽や粉飾があるのではないか?
とか言い出せよw馬鹿すぎて面白いからw
936 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/09/04(火) 00:47:07.15 ID:nwLDrOdT0
932は在日
とっとと半島に帰れ
937 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/09/04(火) 00:49:05.50 ID:nwLDrOdT0
やる夫とかまだやってんの
いい加減終われや
誰も観てないのに
観るのは情弱だけだ
西嶋定生『秦漢帝国』(講談社学術文庫)における誤りの指摘。小生には別段、西嶋先生
を貶す意図は無く、ただ、権威有る人だからと、資料に盲従する人がいると誤りを引き
摺りつづけることになるので、資料は自分自身の手でダブルチェック、トリプルチェック
しないといけないですよと、明確な誤謬があるので、例として示すものです。
417ページ (95)南陽舂陵劉氏一族 の系図に間違い。
劉堅が劉祉の弟になっているが実は劉祉の子。
『後漢書』劉祉伝には「十三年,封祉嫡子平為蔡陽侯,以奉祉祀;平弟堅為高鄉侯。」と
あり、書き下すと「(建武)十三年、(劉)祉の嫡子(劉)平を蔡陽侯に封じ、以て(劉)
祉を祀り奉じしめ、(劉)平の弟の(劉)堅を高郷侯と為す」となる。学研の『歴史群像』
での光武帝特集も、この誤謬のある系図をそのまま引いている。
430ページ 「その部将王求E張卬らは、更始帝を見限って赤眉に降伏し」は端折り過ぎ。
『後漢書』劉玄伝から元の意を汲みながら割愛して記すれば、「その部将王求E張卬らは、
更始帝を脅して南陽に帰る計を立てたが、露見して更始帝と諍うことになり、いったんは
更始帝を長安から放逐するも、敗れて赤眉に降伏し」とすべき。
435ページ 「王郎政権と対立することになった劉秀は、最初の進駐地邯鄲が王郎政権の
首都となったため、ここから真定に逃れ」は、実にいい加減な記述。
『後漢書』本紀一上には「進至邯鄲,故趙繆王子林說光武曰:「赤眉今在河東,但決水灌之,
百萬之眾可 使為魚。」光武不荅,去之真定。林於是乃詐以卜者王郎為成帝子子輿,十二 月,
立郎為天子,都邯鄲,遂遣使者降下郡國。」と、劉秀が真定に去った後、王郎が立てられた
と記していて、
同じく耿純伝には「會王郎反,(注釈:詔取行者車馬,得數十,馳歸宋子,與從兄訢、宿、
植俱詣上所在盧奴,言王郎(所)反(之)狀。)」と、王郎の反に遭遇した耿純が車馬を
徴用し、従兄弟耿訢・耿宿・耿植と劉秀が居るという盧奴に至って王郎の反を伝えた
ことが分かる。盧奴は真定よりも北にあって、劉秀は真定を過ぎ去った盧奴にて、初めて
王郎が立ったことを知ったことになる。
444ページ 「また南陽方面に逃走した延岑も、翌建武三年(二七)に滅亡した」とあるが、
『後漢書』公孫述伝に「三年,征西將軍馮異擊鮪、育於陳倉,大敗之, 鮪、育奔漢中。
五年,延岑、田戎為漢兵所敗,皆亡入蜀。」と建武五年(二九)に延岑と田戎が蜀に逃げ
込んだことが分かり、延岑の最後は公孫述伝によれば、建武十二年十一月の「述以兵屬
延岑,其夜死。明旦,岑降吳 漢。乃夷述妻子,盡滅公孫氏,并族延岑。」である。
939 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/09/04(火) 20:57:45.40 ID:tQoNTJH90
940 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/09/04(火) 21:02:30.44 ID:tQoNTJH90
>>938 西嶋が参考にしたのは正史後漢書じゃなくて、東観漢記、後漢紀、八家後漢書の記述の可能性もあるのでは?
941 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/09/04(火) 23:08:52.44 ID:nwLDrOdT0
何回貼り付けてんだよ
アホ
一人でやってむなしいですね(笑)
942 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/09/04(火) 23:15:59.35 ID:nwLDrOdT0
あ、言っておくけど俺はやる夫は光武帝の方は上手いと認めているよ
但し後漢初頭は糞
キャラ贔屓がひどすぎる
見方が客観的じゃない
以上、分かったか情弱
943 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/09/04(火) 23:22:01.73 ID:IwXZgwE40
情弱でもいいけど、唐突に半島人認定は
ただの馬鹿に見えるから、止めとけよ。
どうみても、あのやる夫は、中国寄りなんだから
>>940 西嶋定生『秦漢帝国』は『中国の歴史』第二巻として1973年に執筆され、1996年に
再編集されています。よって参考文献は1973年時点と、1996年に追加されたものが
両方記載されていますが、1973年時点では528ページにあるように
六 『史記』・『漢書』・『後漢書』・その他
この時代の基本的資料は『史記』・『漢書』・『後漢書』である。
と明記され、『後漢書』の集解・索引は記載されていますが、東観漢記、後漢紀、
八家後漢書には言及がありません。従って小生の指摘した箇所は『後漢書』に由来
しないといけません。
次に1997年に再刊された時に追加された参考文献に546ページに
『後漢紀校注』周天游 1987年
『七家後漢書』周天游 1987年
『東観漢記』呉樹平 1987年
とあるように、これらは初めて現れます。もし小生の指摘した箇所が、1997年の『秦漢
帝国』で書き直されたものとすると、何故『後漢書』の記載に叛く記述をするのか記載
しなければ、筆者のスタンス「この時代の基本的資料は『史記』・『漢書』・『後漢書』で
ある。」に反します。また、小生は東観漢記、後漢紀を見ていますが、小生の指摘した
箇所の元となる記述はありません。八家後漢書についても一応見ていますが、該当する
記述は無いです。
念のため1974年刊行『中国の歴史』第二巻と同じ(書き直しが無い)ことをチェック
すべきですが、手近の図書館には置いていないので、すぐさまチェックできません。この
点はあしからず(チェックした時にこのスレが埋まり、継続スレが無い場合は、報告でき
ませんが、その際もあしからず)。
945 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/09/05(水) 20:02:04.13 ID:89d0AQax0
確かにあのやる夫はひどかったな
もうとっくにみてないが
与太話だな
与太郎
>>944 遊びに他県に出た際、図書館が近くにあったので蔵書検索すると、その近くの分館に置
いてあるとあったので、足を延ばしました。そして問題の4箇所をチェックしました。
1974年『中国の歴史』第二巻を旧版、1997年『秦漢帝国』を新版とします。
新版 417ページ (95)南陽舂陵劉氏一族
旧版 376ページ 162 南陽舂陵劉氏一族 と同じ
新版 430ページ 「その部将王求E張卬らは、更始帝を見限って赤眉に降伏し」
旧版 388ページ 同じ
新版 435ページ 「王郎政権と対立することになった劉秀は(略)
旧版 393ページ 同じ
新版 444ページ 「また南陽方面に逃走した延岑も、(略)
旧版 402ページ 同じ
全然手が加えられていないですね。つまり資料は『後漢書』ですが、『後漢書』記載の
記述と異なる、つまり誤謬があるわけです。
ここまでのスレの中で、時々言及されていても、全容が分からないのが残念と思っていた
ことがあります。『金楼子』です。で、このスレが終わるまでに誰か語るべしと思っていま
した。しかし、そんな奇特な方って居ませんよねえ。仕方ない、自己解決するしかない。
『金楼子』は魏晋南北朝時代の南朝の梁の元帝(蕭繹 508-554)の著作です。この蕭繹、
様々な文献を集めまくった蒐集家です。その数、十数万巻。残念なことに、首都江陵を
攻め落とされる直前にその蔵書を焼き払ったとか。残してくれりゃ、ありがたや、ありが
たや、と後世の歴史家はきっと名を惜しんでくれたと思う。それでも蕭繹の『金楼子』は、
雑多であるけれど、当時の情報や様々な過去文献情報を含んでいるので、結構重要と
見る人もいるようです。ただ、それ本当に正しいの? と、突っ込み入れられると、
贋作の情報が混じっていても判別するのは難しいと答えるしかないです。
そして、このスレで問題となる箇所は巻四・立言篇九下です。言うまでも無く
曹植曰く〜:諸葛亮曰く:〜とあり、光武帝について語っているところ。小生には、直接
関係の無い2つの光武帝賛辞を繋げて、編者蕭繹が評を追加した物に思えます。先ずは
原文と、書き下しを見て頂きましょう。
まあ、2ちゃんがソースなので原文以外は信用しないように(原文は検索すれば見つけ
られる、
ttp://zh.wikisource.org/wiki/%E9%87%91%E6%A8%93%E5%AD%90/10 とか
ttp://big5.dushu.com/showbook/100942/1029454.html 原文も、元に無かった”””,”、”,”。”,”「”,”」”等は出所によって差異があるので注意)。
どこかに貼り付ける場合は、コピペじゃなく、
リンクで由来が分かるようにして下さい。そうじゃないと、単なる嫌がらせに見られ
ますから(書き込んだ時点でそうなる、そう見えるかもしれない、と思うなら自粛して
下さい)。
金楼子 卷四•立言篇九下 の原文(“ が化ける所は手を加えました)
曹植曰:“漢之二祖,俱起布衣。高祖闕于細微,光武知于禮コ。高祖又鮮君子之風,溺儒冠
不可言敬,辟陽淫僻,與眾共之。詩書禮樂,帝堯之所以為治也,而高帝輕之。濟濟多士,
文王之所以獲寧也,高帝蔑之不用。聽戚姬之邪媚,致呂氏之暴戾,果令兇婦肆酷之心。
凡此諸事,豈非寡計淺慮?斯不免于閭閻之人,當世之匹夫也。世祖多識仁智,奮武略以
攘暴,興義師以掃殘,破二公于昆陽,斬阜賜于漢津。當此時也,九州鼎沸,四海淵涌,
言帝者二三,稱王者四五。若克東齊難勝之寇,降赤眉不計之虜。彭寵以望異內隕,龐萌
以叛主取誅,隗戎以背信躯斃,公孫以離心授首。而乃廟勝而后動眾,計定而后行師。
于時戰克之將,籌畫之臣,承詔奉令者獲寵,違命犯旨者顛危。故曰建武之行師也,計出
于主心,勝決于廟堂。故竇融因聲而景附,馬援一見而嘆息。”諸葛亮曰:“曹子建論光武,
將則難比于韓周,謀臣則不敵良平。時人談者亦以為然。吾以此言誠欲美大光武之コ,
而有誣一代之俊異。何哉?追觀光武二十八將,下及馬援之徒,忠貞智勇,無所不有。
篤而論之,非減曩時。所以張陳特顯于前者,乃自高帝動多闊疏,故良平得廣于忠信,
彭勃得行于外。語有曲突徒薪為彼人,焦頭爛額為上客,此言雖小,有似二祖之時也。
光武神略計較,生于天心,故帷幄無他所思,六奇無他所出,于是以謀合議,同共成王業
而已。光武稱登禹曰:“孔子有回而門人益親嘆。”吳漢曰:“將軍差強吾意。”其武力可及
而忠不可及,與諸臣計事常令馬援后言,以為援策每與諧合,此皆明君知臣之審也。光武
上將非減于韓周,謀臣非劣于良平,原其光武策慮深遠,有杜漸曲突之明。高帝能疏,
故張陳韓周有焦爛之功耳。黃瓊言光武創基于冰泮之中,用兵于枳棘之地,有奇功也。或曰:
光武之時,敵寧有若項羽者?余應之曰:“昔馬援見公孫述,自修飾作邊幅,知無大志,推羽
之行。皆較然可見,而胡有疑也?”仲長公理言世祖文史為勝,晉簡文言光武雄豪之類,
最為規檢之風,世誠以為子建言其始,孔明揚其波,公理導其源,簡文宏其說。則通人之談,
世祖為極優矣。
書き下し
曹植曰く:「漢の二祖、共に布衣(=庶民)より起きる。高祖(=劉邦)は細微に欠け、
光武は礼徳を知る。高祖また君子の風少なく、儒者の冠に小便を掛け敬うと言うべからず、
陽を避けて(注1)色を好み、衆とこれを共にする。詩書礼楽、帝尭の所以は治を為すなり、
而して高帝これを軽んず。済済たる多士、文王の所以は寧(やす)しを得るなり、高帝これを
蔑ろにして用いず。戚姫のよこしまな媚を聴き、呂氏の暴戻を致しめ、果たして凶婦人の
欲しいまま○○心の酷きを令ず。凡そこの諸事、あに計少なく慮浅くに非ずんや? これ
卑賤の人を免れず、当に世の匹夫なり。世祖(=光武)は仁智を多く知り、武略を奮って
以て暴を払い、義師を興して以て残(党)を掃き、(王邑、王尋)二公を昆陽に破り、
(甄)阜と(梁丘)賜を漢津に斬る。当にこの時なり、九州の鼎は沸き、四海の淵は湧き、
帝を言う者二三、王を称する者四五。若し東斉の寇賊に勝つること難ければ、赤眉の虜賊
の不計を降す。彭寵は望を以て内に隕(お)ち、龐萌は叛主を以て誅を取り、隗戎は背信
を以て躯を斃し、公孫は離心を以て首を授く。而して即ち廟に勝ち而して後に衆を動かす、
計定まって而して後に師行く。時において戦いに克つ将、計略の臣、詔を承り令を奉る者
は寵を得、命に違い旨を犯す者は危を頂く。故に曰く建武の行師なり、主の心において計
は細心、廟堂にて勝は決す。故に竇融は声に因って仰ぎ附き、馬援は一見で嘆息す」
諸葛亮曰く:「曹子建(=曹植)の光武を論ずるに、将は即ち韓(信)周(勃)に比すること難く、
謀臣は即ち(張)良(陳)平に適わず。時の人、談する者はまた以て然りと為す。吾この言を
以て誠に光武の徳を美大せんと欲すも、而して一代の俊とは異なれりと強いる有り。
なんぞや? 光武二十八将を追いて観るに、下は馬援の徒に及び、忠貞智勇、有らずの
所無き。篤くこれを論ずるに、先代を減ずるに非ず。前者の張(良)陳(平)の特に顕かな所以
は、即ち高帝は多動にして迂闊、故に(張)良(陳)平の忠信を広く得て、彭(越)(周)勃の外より
横行を得る。曲突薪を徒す(注2)(そうすべしという忠告を受け容れていれば、火事を
未然に防げた筈と言う故事[霍光伝])はこのような人の為に有ると語り、焦頭爛額上客を
為す(注3)(火事の予防を進言した人より消火に従事した人を遇する故事、同じく[霍光伝])、
この言小と雖も、時の二祖の似たる有りや。光武は神略を計り較べ、天心より生ず、故に
帷幄(張良の策を巡らせた所)より他に思う所無く、六奇(陳平の為した六奇の様な奇策)より
他に出る所は無く、是以て謀は合議し、共に王業を同じくするのみ。光武帝、ケ禹を称し
て曰く「孔子、(顔)回有りて門人益々親しめり」呉漢を嘆して曰く「将軍いささか吾の意を
強くす」。その武力及ぶべきも而して忠及ぶべからず。諸臣と事を計るに常に馬援に後言を
令じ、以て馬援に策を為させる毎に諧和し合せり、これみな名君知臣の審らかなるなり。
光武の上将は韓(信)周(勃)を減ずるに非ず、謀臣は(張)良(陳)平を劣するに非ず、光武の策慮
の深遠が原(もと)なり、漸く曲突(薪を徒す)の明を閉ざせる有り。高帝の能疎く、故に張(良)
陳(平)韓(信)周(勃)に焦頭爛額の功のみ。黃瓊が言うに、光武が氷が融ける中に基を創り、
枳殻(からたち)と棘(いばら)の地に兵を用い、奇しくも功有りなり。或る人曰く:光武の時、
若し項羽ほどに敵(かな)う者あれば? 余は応じて曰く「昔、馬援は公孫述に見えて、
修飾が辺幅を作る(上辺を取り繕う)より、大志無きを知る、羽(根)を推して行かせる
ようなもの。皆較べて然りと見るべし、而して胡乱に疑う有りや?」
(編者蕭繹の評:)仲長公理、世祖は文史の為に勝つと言い、晋の簡文(帝)は光武は豪雄の
類と言い、最も規検の風を為す。世は誠以て(曹)子建の言をその始めと為し、孔明はその
波を揚げ、(仲長)公理はその源を導き、簡文はその説を広める。即ち通の人の談、世祖極
めて優れたると為す。
注1)辟陽は、避ける陽の意味に取りました。
注2)曲突薪を徒す:真直ぐな煙突の側に薪があると出火しやすいから、煙突を曲げて薪を
移す。
注3)焦頭爛額上客を為す:火事にあたって奮闘し、頭を焦がし額を爛(ただ)れさせた人
物を上客と為して重要視する。
分かるのは、卷四•立言篇九下は、曹植・諸葛亮・仲長公理(後漢の人物、仲長統)・東晋
の簡文帝の言を引いて、通人が言うに光武帝は極めて優れていると、結論づけていること。
そこから考えられる(推測)は、
(1) 卷四•立言篇九下の一文は単に光武帝賛辞の文を集めただけかもしれない。
曹植が光武帝について言及した文は幾つかあり、諸葛亮はある曹植の文について反論して
いるのだが、編者は良いとこ取りしただけで、曹植と諸葛亮の書簡類からただ2つだけを
抜いて、連続に置いた。よってぱっと見て繋がるように思えても、良く見ると齟齬がある
うことになった。
(2) 賛辞が起稿された後、有名人物に仮託されたのかもしれない。
贋作とすれば、問題は何故、曹植・諸葛亮の文をすれ違ったような見苦しい書き方にして
いるのかということ。最初から贋作を作るつもりなら辻褄を合わせる筈。そうでは無いの
は、最初の記述では贋作の意図が無かったから。
実は元々無名氏同士の論であり個々に面白いが、無名氏では様にならないので、曹植・諸葛亮と名前を書き換えた人が間にいたとすれば、筋は通る。そしてそれらを集めたため、ちぐはぐになってしまった。
(3) (1)(2)の組み合わせで、片方が本物で片方が贋作の可能性もある。
とにかく南朝の梁時期までに、光武帝は賛辞を贈られているのは事実。書き手が本人か
どうかは疑念が残る、しかし、誰それが言っているという点を無視すれば、修辞を凝らし
て、熱心に光武帝を論じている点は評価して良いのではなかろうか?
小生、書き下していて思ったのは、故事を引いて、対句を用いて、形を整えて連綿と
逸話を並べ、賛辞を贈るのは、単に暇だから出来るってものでなく、そこに強い熱意が
見て取れることです。並べられた光武帝の逸話は、飾ってはいるものの、ほぼ『後漢書』
にあるもので、捏造されたものではない。逸話から導いていく論調は、言うまでもなく
我田引水になるが、そういう主張自体は贋作・捏造とは関係なく、個々人の論評として、
扱ってあげるべきだと思う。
せっかく煽り君がこの話題を検証してくれたので、レスするか
今までの論調は、
・金楼子ってどれぐらい信用できるの?
・なんか、光武帝評価の論調の話がつながっていない
・南朝時代には光武帝が理想化された動きがある(出典不明)
この程度だったと思う
本当に、曹植、諸葛亮かは不明だろう。
蕭繹については、たくさんある蔵書の一つだから真実を検証する暇はないと思われるので、これもそれほど参考にはならない。
蜀漢の宰相である諸葛亮が『乃自高帝動多闊疏』と劉邦を評価したのが疑問があること。
曹植が後漢時代なら、劉邦をそこまで非難できるかということと、
曹魏時代なら簒奪した王朝の開祖を称揚する政治的な意見を述べられるかということぐらいか。
で、順番に論調を考えると、
・仲長統・・・光武帝は文史によって勝つ→光武帝は儒教的評価を受けてる?
・曹植・・・・劉邦に比べて、光武帝個人がすげえよ。(多分、この後、二十八将は劉邦配下に大きく劣っていたのにと続く)
・諸葛亮・・・光武帝がすごすぎるのでそう見えるだけで、二十八将たちは劉邦配下に劣っていないよ
・晋の簡文(帝)・・・光武帝は豪雄だよ
・蕭繹・・・このように通人は光武帝は極めて優れていると言っているよ
問題は、仲長統とその他の間で評価が違うことなんだよな
光武帝は、儒教的なイメージが仲長統では強いのに、
晋の簡文帝は光武帝は現代日本のネットで行われているような評価をしているように思える。
『光武帝は極めて優れている』は変わらないけど、『文史によって勝つ』なら豪雄である必要はない。
で、曹植と諸葛亮で後者に立っている。なんか、ここが違和感
当該の言葉は、『後漢書』仲長統伝、『晋書』簡文帝紀では見つからなかったが、資治通鑑では儒教的評価にもどっている。
で、唐代では「李衛公問対」を除けば、これほどの特別な賛辞は受けていない模様
なんか、後漢書の存在といい、確かに南朝だけ評価が違う印象を受けるな
953 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/10/08(月) 12:31:04.50 ID:aEv7tF2E0
劉宋の場合はまた別じゃないかな?
本来なら、「劉」姓だし、漢を名乗ってもおかしくないわけだ。
後漢書でも、我らの漢のように、別格な扱いにしてる。
>952
>蜀漢の宰相である諸葛亮が『乃自高帝動多闊疏』と劉邦を評価したのが疑問があること。
>曹植が後漢時代なら、劉邦をそこまで非難できるかということと、
>曹魏時代なら簒奪した王朝の開祖を称揚する政治的な意見を述べられるかということぐらいか。
これらは三史(『史記』『漢書』『東観漢記』)に威光があればあまり問題視され無いのではと思
います。劉邦の悪評の元を辿れば『史記』『漢書』記載に行き着き、それらは叩かれることはない。
『漢書』に至っては官撰である(=お墨付き)。ここでの悪評を看過しているのに、今更の引用に、
そこから導かれる妥当な結論を咎められましょうか。次に劉秀の評判は『東観漢記』に由来します。
三史と呼ばれるように、この頃の『東観漢記』は評価されていました。言論のソースが読むべきと
される正史なら、文句は言われないでしょう。曹魏時代に前王朝の正史編纂の着手とかも無かった
わけですし。
次に、正史から引用しているのに、それを叩けば、もの知らずと逆に教養の無さを蔑まれます。
よって正史という裏書を利用すれば、ある程度の危険は犯せるとも言えます。
結局、光武帝ブームって人知れずいつの間にか終わったのね
10年以上前、目がつけられた時には完璧超人の需要はあったけど
話題になった時には、もうその時代は過ぎていた
昔のwikipediaの記事と信者サイトの完璧超人の内容も大した裏付けのない願望によるもので、
それ以外が素人にしては、それなりの見識があったため、信じられたけど、
それが皮肉にも「やる夫」で話題になって検証されてしまった
結局、講談に対する正史を「正しい歴史」と日本のウェブ界で勘違いした結果、
曹操と一緒に、劉邦、劉備のアンチとして称えられた英雄ってだけだったのね
で、劉邦が正史ではなく、歴史学として見たら案外有能だったり、
正史では、捏造疑惑の李世民よりさらに優秀に描かれているのに、歴史業績はパッとしない光武帝の
実力の信憑性の薄さは、結局、現代に至るまで克服できなかったってわけね
多分、劉玄の件とか、昆陽の兵力42万が3万とか良く分からないことがいっぱいあったと思う
>>955 劉邦は基本優秀だぞ
時々やらかすだけで
変な固定観念が日本で根付いているのは、司馬遼太郎のせいだな、たぶん
957 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/11/11(日) 13:40:26.70 ID:N3/yQ2Ju0
そして誰もいなくなった
959 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/11/25(日) 13:28:30.63 ID:Nfiqayaj0
基本過疎スレだから、燃料が切れたらこうなる。
まあわたしゃ、Kindle WhitepaperでパブーからのMOBIファイル
を楽しませてもらうから、構わないのだけど。
それもなんなんで燃料投下しよう。 曹操二十八将 でググッてみ。
>>959 ○ Paperwhite
× Whitepaper
961 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/11/28(水) 20:19:32.05 ID:gBJkwRms0
962 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/11/29(木) 00:17:37.47 ID:DYxi6QlN0
こんな超過疎ってるスレで宣伝しても意味ないぞ
というか、まだやってんのか
上の方で黒歴史扱いだったのに宣伝とか……ドMなのか
それじゃ、俺が燃料投下するか
ここはまだ、潜在的な住人が、まだ、いそうだ
荒らしは放置と思っていたが、捏造となったらそうもいかんな
光武帝ファンでもマンセーでもないという長文君の、
『後漢書は三史だから捏造が少ないのは間違いない。疑問を持つ人間の頭がおかしい』という論理こそおかしいだろ
元々後漢書は、後漢滅亡後二百年に南朝宋の范ヨウによって書かれたもので、様々な史料により、
当然ながら、途中での政治的立場による偏向や事実誤認が多く含まれている。
で、范ヨウが『本書』として史料の根本としたのが、ここのスレで度々でてきた『東観漢記』だ。
『東観漢記』は『漢書』を編纂した班固らからはじまって後漢政府につくられた歴史書で、
元々は『史記』、『漢書』とならび『三史』と呼ばれていた。(『三国志』の呂蒙伝の注釈などで確認できる)
965 :
964:2012/12/01(土) 22:50:40.34 ID:7eeULISs0
で、ここで問題なのだが、別にこの時『三史』であるはずの『東観漢記』は評価は悪かったんだな。
これまた、度々でてきた劉知幾の『史通』で、西晋の傅玄の言葉を引いて、『班固の漢書は優れているのに、
他の人とともに書いた(東観漢記の光武帝部分の)『中興紀伝』は完全に劣っている。これは政治的圧力と解さなければ、理解ができない』
と紹介しているんだ。劉知幾も同じ意見だったということだろ。
東観漢記はたくさんの編者によって書かれたのも出来の悪い原因だろうが、
光武帝部分は『漢書』と同じ編者だから、政治的圧力があったと考えるのが妥当だろう。(なお、班固が書いたのは明帝時代)
で、他に後漢書も次々と書かれたわけだが、その中でも過去の歴史書を編纂した范ヨウの後漢書が出来がよく、
唐代に李賢が注釈したこともあって、他の後漢書を圧し、ついに、『三史』だの、三国志を加えて、『前四史』を呼ばれたのだな。
劉知幾も『後漢書』は絶賛している。
966 :
964:2012/12/01(土) 22:53:19.15 ID:7eeULISs0
だが、ここで、『後漢書』にしても、別に他の後漢書を削ったり、補ったりして、流麗な文章を整えて評価されたもので、
別に史料として優れていること証明にならないんだな。
ここの住人なら『三国志』の方が『後漢書』より史料的価値が高いと言われているのは知っているだろう。
ここからは自分の推理だが、このスレでの『後漢書』の捏造への疑惑は、主に光武帝の部分にあると思われるので、
傅玄や劉知幾の言う通り、政治的圧力疑惑がある『中興紀伝』の史料をもとにしているのだから、別に捏造疑惑が晴れたわけではない。
むしろ、可能性は高いというべきだろう。
で、ここでの范ヨウの歴史編纂姿勢が問題になる。
彼が歴史的潤色を意図的にまで排除しようと徹底した歴史家なら、『後漢書』の捏造疑惑は薄まるだろう。
967 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/12/01(土) 22:55:14.58 ID:gDpHmovh0
ただ、他の新唐書や隋書、晋書よりはマシだけどな
捏造が少ないのは確か、ただし時間経過、偏向はある。
おまけに、劉宋なので曹操にはきつい立場をとっている
968 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/12/01(土) 22:57:57.60 ID:gDpHmovh0
捏造と言えば、考古資料により更始帝時代に貨幣の鋳造は始まってたな
969 :
964:2012/12/01(土) 23:08:04.13 ID:7eeULISs0
だが、ここでも、『後漢書』を絶賛したはずの劉知幾が劉玄のことで曲筆を批判しているし、
『東観漢記』で昆陽の戦いの兵力を五六萬としているのを、『漢書』にあわせて四十二万としているところを見ると、
潤色排除の姿勢は比較的緩いとしてもよいだろう。
范ヨウは南朝貴族とはいえ、左衛将軍もつとめているし、軍事も無理解とは思えない。
軍事経験がある王邑が一か所の戦場に集めることに意味がない四十二万を集めたことを疑っていない。
(後にフランスのジェミニが一つの戦場で、7万人以上集めるのは無意味と言っている。火器がない時代ではなおさら)
『漢書』を書く時に、突然、昆陽の兵力が42万人になったという史料が見つかったことが考えにくい以上、
范ヨウは派手な記録や面白いエピソードを好むと思われる。
(東観漢記でのあの劉玄のエピソードは劉玄伝にはなかったと思う)
陳寿ならおそらく記載はしなかったと考えるが。
総じて、范ヨウは曲学阿世の類ではないが、名文家とよき編集者であることが本分であり、評価される部分であり、
現代的な歴史家の視点としては薄いと推測されるんだよな。
970 :
964:2012/12/01(土) 23:11:58.80 ID:7eeULISs0
途中で、トイレにいっている間に入ったなw すまぬ
で、ここからは光武帝ファンでもマンセーでもないという長文君に対して疑問なのだが、
ここで、自分が述べた論理は『ここからは自分の推理だが〜』以下以外の大略は、
自分たち日本人が後漢を知る基本的資料である岩波書店の『後漢書』と汲古書院の『全訳後漢書』の解題によったものなんだよな。
ここで思うのは、ファンでもマンセーでないといっても光武帝や後漢書を語り相手の無知を叩く回る君が、
こんな基本的な『三史』の位置づけを知らないとはどういうことなのかな?
これは、相手の無知をいいことに、『三史』の位置づけを『捏造の少ない良識な史料』として印象を捏造していたと思えないのだが?
もっとも、君にはさらに二書の解題よりさらに高次な答えがあるのかもしれない。
それについても、根拠になっている史料や資料などを挙げて良かったら述べて欲しい。
できないのなら、捏造ということになるが、それでよいかな?
972 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/12/11(火) 19:50:56.67 ID:DsZOymWe0
973 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/12/12(水) 00:34:48.34 ID:vMABAlSH0
お前って相当なドMだな
黒歴史って言われてんのにまた貼り付けて
もしかして作者か?
974 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/12/13(木) 19:48:42.17 ID:CM/gZTMI0
誰も見ないのにな
無駄な宣伝乙
975 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/12/14(金) 10:17:59.59 ID:8qEMx0rX0
曹植曰く:「漢の二祖、共に布衣(=庶民)より起きる。高祖(=劉邦)は細微に欠け、
光武は礼徳を知る。高祖また君子の風少なく、儒者の冠に小便を掛け敬うと言うべからず、
陽を避けて(注1)色を好み、衆とこれを共にする。詩書礼楽、帝尭の所以は治を為すなり、
而して高帝これを軽んず。済済たる多士、文王の所以は寧(やす)しを得るなり、高帝これを
蔑ろにして用いず。戚姫のよこしまな媚を聴き、呂氏の暴戻を致しめ、果たして凶婦人の
欲しいまま○○心の酷きを令ず。凡そこの諸事、あに計少なく慮浅くに非ずんや? これ
卑賤の人を免れず、当に世の匹夫なり。世祖(=光武)は仁智を多く知り、武略を奮って
以て暴を払い、義師を興して以て残(党)を掃き、(王邑、王尋)二公を昆陽に破り、
(甄)阜と(梁丘)賜を漢津に斬る。当にこの時なり、九州の鼎は沸き、四海の淵は湧き、
帝を言う者二三、王を称する者四五。若し東斉の寇賊に勝つること難ければ、赤眉の虜賊
の不計を降す。彭寵は望を以て内に隕(お)ち、龐萌は叛主を以て誅を取り、隗戎は背信
を以て躯を斃し、公孫は離心を以て首を授く。而して即ち廟に勝ち而して後に衆を動かす、
計定まって而して後に師行く。時において戦いに克つ将、計略の臣、詔を承り令を奉る者
は寵を得、命に違い旨を犯す者は危を頂く。故に曰く建武の行師なり、主の心において計
は細心、廟堂にて勝は決す。故に竇融は声に因って仰ぎ附き、馬援は一見で嘆息す」
976 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/12/14(金) 10:19:49.85 ID:8qEMx0rX0
諸葛亮曰く:「曹子建(=曹植)の光武を論ずるに、将は即ち韓(信)周(勃)に比すること難く、
謀臣は即ち(張)良(陳)平に適わず。時の人、談する者はまた以て然りと為す。吾この言を
以て誠に光武の徳を美大せんと欲すも、而して一代の俊とは異なれりと強いる有り。
なんぞや? 光武二十八将を追いて観るに、下は馬援の徒に及び、忠貞智勇、有らずの
所無き。篤くこれを論ずるに、先代を減ずるに非ず。前者の張(良)陳(平)の特に顕かな所以
は、即ち高帝は多動にして迂闊、故に(張)良(陳)平の忠信を広く得て、彭(越)(周)勃の外より
横行を得る。曲突薪を徒す(注2)(そうすべしという忠告を受け容れていれば、火事を
未然に防げた筈と言う故事[霍光伝])はこのような人の為に有ると語り、焦頭爛額上客を
為す(注3)(火事の予防を進言した人より消火に従事した人を遇する故事、同じく[霍光伝])、
この言小と雖も、時の二祖の似たる有りや。光武は神略を計り較べ、天心より生ず、故に
帷幄(張良の策を巡らせた所)より他に思う所無く、六奇(陳平の為した六奇の様な奇策)より
他に出る所は無く、是以て謀は合議し、共に王業を同じくするのみ。光武帝、ケ禹を称し
て曰く「孔子、(顔)回有りて門人益々親しめり」呉漢を嘆して曰く「将軍いささか吾の意を
強くす」。その武力及ぶべきも而して忠及ぶべからず。諸臣と事を計るに常に馬援に後言を
令じ、以て馬援に策を為させる毎に諧和し合せり、これみな名君知臣の審らかなるなり。
光武の上将は韓(信)周(勃)を減ずるに非ず、謀臣は(張)良(陳)平を劣するに非ず、光武の策慮
の深遠が原(もと)なり、漸く曲突(薪を徒す)の明を閉ざせる有り。高帝の能疎く、故に張(良)
陳(平)韓(信)周(勃)に焦頭爛額の功のみ。黃瓊が言うに、光武が氷が融ける中に基を創り、
枳殻(からたち)と棘(いばら)の地に兵を用い、奇しくも功有りなり。或る人曰く:光武の時、
若し項羽ほどに敵(かな)う者あれば? 余は応じて曰く「昔、馬援は公孫述に見えて、
修飾が辺幅を作る(上辺を取り繕う)より、大志無きを知る、羽(根)を推して行かせる
ようなもの。皆較べて然りと見るべし、而して胡乱に疑う有りや?」
977 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/12/14(金) 10:21:53.57 ID:8qEMx0rX0
(編者蕭繹の評:)仲長公理、世祖は文史の為に勝つと言い、晋の簡文(帝)は光武は豪雄の
類と言い、最も規検の風を為す。世は誠以て(曹)子建の言をその始めと為し、孔明はその
波を揚げ、(仲長)公理はその源を導き、簡文はその説を広める。即ち通の人の談、世祖極
めて優れたると為す。
978 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/12/14(金) 11:38:26.97 ID:8qEMx0rX0
曹植曰:“漢之二祖,俱起布衣。高祖闕于細微,光武知于禮コ。高祖又鮮君子之風,溺儒冠
不可言敬,辟陽淫僻,與眾共之。詩書禮樂,帝堯之所以為治也,而高帝輕之。濟濟多士,
文王之所以獲寧也,高帝蔑之不用。聽戚姬之邪媚,致呂氏之暴戾,果令兇婦肆酷之心。
凡此諸事,豈非寡計淺慮?斯不免于閭閻之人,當世之匹夫也。世祖多識仁智,奮武略以
攘暴,興義師以掃殘,破二公于昆陽,斬阜賜于漢津。當此時也,九州鼎沸,四海淵涌,
言帝者二三,稱王者四五。若克東齊難勝之寇,降赤眉不計之虜。彭寵以望異內隕,龐萌
以叛主取誅,隗戎以背信躯斃,公孫以離心授首。而乃廟勝而后動眾,計定而后行師。
于時戰克之將,籌畫之臣,承詔奉令者獲寵,違命犯旨者顛危。故曰建武之行師也,計出
于主心,勝決于廟堂。故竇融因聲而景附,馬援一見而嘆息。”諸葛亮曰:“曹子建論光武,
將則難比于韓周,謀臣則不敵良平。時人談者亦以為然。吾以此言誠欲美大光武之コ,
而有誣一代之俊異。何哉?追觀光武二十八將,下及馬援之徒,忠貞智勇,無所不有。
篤而論之,非減曩時。所以張陳特顯于前者,乃自高帝動多闊疏,故良平得廣于忠信,
彭勃得行于外。語有曲突徒薪為彼人,焦頭爛額為上客,此言雖小,有似二祖之時也。
光武神略計較,生于天心,故帷幄無他所思,六奇無他所出,于是以謀合議,同共成王業
而已。光武稱登禹曰:“孔子有回而門人益親嘆。”吳漢曰:“將軍差強吾意。”其武力可及
而忠不可及,與諸臣計事常令馬援后言,以為援策每與諧合,此皆明君知臣之審也。光武
上將非減于韓周,謀臣非劣于良平,原其光武策慮深遠,有杜漸曲突之明。高帝能疏,
故張陳韓周有焦爛之功耳。黃瓊言光武創基于冰泮之中,用兵于枳棘之地,有奇功也。或曰:
光武之時,敵寧有若項羽者?余應之曰:“昔馬援見公孫述,自修飾作邊幅,知無大志,推羽
之行。皆較然可見,而胡有疑也?”仲長公理言世祖文史為勝,晉簡文言光武雄豪之類,
最為規檢之風,世誠以為子建言其始,孔明揚其波,公理導其源,簡文宏其說。則通人之談,
世祖為極優矣。
979 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/12/14(金) 11:46:13.17 ID:8qEMx0rX0
其 聞 首 告 , 被 追 不 赴 者 , 不 得 原 罪 。 謂止 坐 不 赴 者 身 。
980 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/12/14(金) 11:48:23.01 ID:8qEMx0rX0
冬 十 月 甲 子 , 獵 南 海 子 。 壬 午 , 武 平 伯 陳 友 為 征夷 將 軍 , 充 總 兵 官 , 剿 寇 寧 夏 。 十 一 月 甲 寅 , 免 山 東 秋糧
981 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/12/14(金) 11:53:14.73 ID:8qEMx0rX0
言帝者二三,稱王者四五。若克東齊難勝之寇,降赤眉不計之虜。彭寵以望異內隕,龐萌
以叛主取誅,隗戎以背信躯斃,公孫以離心授首。而乃廟勝而后動眾,計定而后行師。
于時戰克之將,籌畫之臣,承詔奉令者獲寵,違命犯旨者顛危。故曰建武之行師也,計出
于主心,勝決于廟堂。故竇融因聲而景附,馬援一見而嘆息。”諸葛亮曰:“曹子建論光武,
將則難比于韓周,謀臣則不敵良平。時人談者亦以為然。吾以此言誠欲美大光武之コ,
而有誣一代之俊異。何哉?追觀光武二十八將,下及馬援之徒,忠貞智勇,無所不有。
篤而論之,非減曩時。所以張陳特顯于前者,乃自高帝動多闊疏,故良平得廣于忠信,
彭勃得行于外。語有曲突徒薪為彼人,焦頭爛額為上客,此言雖小,有似二祖之時也。
光武帝ってネタとしては素晴らしいものがあると思うんだが
やはり統一後の粛清がないとドラマとしては面白く無いんだろうな