朝飯前
休憩して飯にしようという光武帝の提案に反対し
自ら突撃して敵を敗走させた賈復に因む
と記憶してたんだが
ぐぐッたら江戸時代がどうのと出てきた
本当のところはどうなんでしょう?
日中辞典や中国語会話の本で「朝飯前」を引くと
「朝飯前」を表す成句として「軽而易挙」とか「易如反掌」とかが挙げられ
「そんなことは朝飯前だ」は「那好弁得很呢」とある
「とても簡単」とか「手の平を返すがごとし」とか言うだけ
あと「小菜」ともいうらしいがこれはa piece of cakeみたいなもんだね
少なくとも中国語では簡単な仕事の比喩に「朝飯の前」は使わない
ということは「朝飯前」は日本語とみるべきだが、日本人が後漢書・賈復伝の
光武伝召復曰:「吏士皆飢,可且朝飯.」復曰;「先破之,然後食耳.」
をもとに「朝飯前」ということばを作ったという証拠も見当たらない
どうやら言い出しっぺは後漢初のファンサイトらしい
ネット上に後漢初の情報が少なかった頃からの老舗サイトで
けっこう影響力があるみたいだから広まりやすかったんだろう
おっと
那好「办」得很呢 だな
折檻みたいに、間違って伝わるのも困るが、最初の情報源って大事なもんだな
83 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2010/02/09(火) 23:43:14 ID:d2lju41KO
後漢書以前に左伝に朝飯云々という話があるし、求めるならそっちじゃないのかと
まあ負け戦だけど
てかまあ日本語だろうが
84 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2010/02/11(木) 19:36:31 ID:Rg1azmb10
「上に政策あれば、下に対策あり」
お上が政策を決めれば、下もそれに倣う。
出典は何だっけ?十八史略あたりかな?勘だけど。
倣うってか、お上に従わず勝手にマイルール作るって意味じゃないの
あと政策って単語は歴代正史だと清史稿にやっと出てくるぐらいだし
近現代の言葉な気がする
「上有下策下有上策」じゃなかったかな。
お上は下策ばかりだが民衆は上策を持ってる、という言い回し。
政策なんて単語入ってたかな。
李承晩(イ・スンマン)ライン事件と言うのがあって、
韓国海軍が日本人の漁師数千人を拉致して
人質にして日本政府を脅迫した事があるんだよ
その時に、人質解放の条件として韓国側が
(1)韓国人犯罪者の釈放
(2)韓国人密入国者の滞在合法化
…を要求してきたの。当時日本はまだ自衛隊が無くて
戦争できなかったから仕方無く要求を呑んだのよ
今なら確実に戦争なんだけどね
本来、不法入国者=犯罪者である在日がのうのうと
日本で暮らせているのは韓国のこの犯罪行為のおかげ
88 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2010/02/14(日) 13:42:30 ID:LDlGknLP0
89 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2010/02/14(日) 17:52:09 ID:wzsVh64X0
>>84 上有政策、下有対策。とは、
お上が政策を決定しても、下々も政策に対する対策を編み出す、という意味。
なかなか政策どおりにはいかないということさ。マイルール作るというのとはちょっと
ニュアンスが違うかも。
どこの国でも当てはまる言葉だと思うけど、そんなに古い格言じゃない。
だが出典はおれも知らん。知ってたら教えて。
上有天堂、下有蘇杭をもじったらしい。
虎穴に入らずんば虎子を得ず
後漢の班超の言葉
賢者は適当にあしらって愚者は丁重にもてなせ という風な故事があったと思うのですが誰か知りませんか?
93 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2011/07/26(火) 15:03:28.49 ID:OEbzPTl70
誰かお知恵をお貸し下さい。
ある王様が三階建ての家を造るよう職人に命じて職人が土台を建て始めたら
「そんな下の階はいらない。三階だけ造れ」と無理なことを言って職人が呆れた
という話は何という故事でしょうか?出典などがわかると助かります。
95 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2011/08/18(木) 04:23:18.66 ID:spmmBbb50
男損女肥
>>92 「六韜」の12の文伐のなかにそういうのがある
他国の有能者が使者に来たら交渉を長引かせて
代わりの使者が来たら交渉成立させて彼らを仲違いさせよというもの
97 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2011/09/02(金) 21:43:24.77 ID:u4jtrU7a0
鶏鳴狗盗
風林火山
99 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2011/11/06(日) 01:35:42.99 ID:C/KpF3oB0
刎頚の交わりのレンパって
ただのドM野郎にしか思えない
>>99 罪の意識を感じて、相手が一番喜ぶであろう事をやってくれと言いに行ったのだから
ドSなんじゃないかな。
だが藺相如はドMだったのでそれを断り、互いの趣味を感じ取った二人は硬く結ばれた
101 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2011/11/11(金) 17:19:08.36 ID:/ROi7+bx0
大刀向鬼子头上砍去
歌の詩そうだ
102 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2011/11/23(水) 01:05:41.58 ID:IGKWiA9j0
杞憂
103 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2011/12/25(日) 00:00:26.49 ID:LT8Rez4N0
金縷の衣は再び得べし、青春は再び得べからず。 王粲
「金縷の衣」は金糸で刺繍した衣服。
いかに高価な美服でも金を出せば再び買えるが、人生にただ一度の青春は千金を投じても買い戻せない。
王粲は中国三国時代の魏の代表的な詩人。
104 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/26(木) 12:37:58.81 ID:6a6qcy6y0
三個の零
劉備が諸葛孔明を軍師として迎える際の話。
劉備は自ら、隠遁生活を送る孔明の草庵を訪れ、相当な額の報酬を提示し、
「どうか蜀の軍師として力を貸して欲しい」と頼んだ。しかし、孔明は
すでに俗世とのかかわりを捨てた身であると断られてしまった。
諦めきれなかった劉備は、「報酬が少なすぎたかも知れぬ」と思い、
二度目の訪問をした際、「先日は失礼した。十倍の報酬を出そう。どうか
蜀の為に力を貸して欲しい」と申し出たが、やはり断られてしまう。
しかし、どうしてもあきらめ切れない劉備は、三度目に訪問した際には
「先日の更に十倍の報酬を出そう。そなたの力が必要なのだ」と申し出るが、
それでも「報酬の多寡の問題ではございません」とやはり断られてしまう。
業を煮やした劉備は、「ええいそれではさらに十倍、初めの千倍の
報酬を与えようぞ、それでも嫌だと言うなら諦める!」と叫んだのである。
孔明は劉備の熱意に感動し、蜀の天下制覇のために働いたという。
105 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/23(金) 20:35:23.77 ID:i5dL33Il0
胡蝶の夢
106 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/23(金) 20:36:18.85 ID:i5dL33Il0
忘年の交わり
107 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/04/22(日) 23:29:29.46 ID:320e9tJS0
逆鱗に触れる
竹馬の友
桓温という武将が、出来の悪い幼馴染みの友殷浩を差して言った言葉
桓温曰く彼は常に自分の後ろをついて回り、竹馬も自分の乗り捨てた奴で遊んでいた。どうせ自分には敵いっこない
109 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/10/15(月) 17:56:08.60 ID:I53K9oV60
110 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/10/17(水) 10:08:43.95 ID:zlk6cK9N0
111 :
名無しさん@お腹いっぱい。:
将将