くるまオタク養成講座X 〜Fun Fun Fun〜
1 :
相当逝ってる ◆B9CPtVclVQ :
2007/06/30(土) 23:28:36 ID:vuIU9nCn0
2 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/06/30(土) 23:30:48 ID:7/qGwNxy0
とりあえずキモい車ヲタの1がしねばいいとおもいます
放っといてくれ(w
さて、新スレ立って早々とナンですけが・・。 時々思う事ですが、 私や、このスレを見ているような一種偏屈なオタクに人気の有るメーカーや車って 一体何処に由来するものでしょうか? 過去スレの中で取り上げたメーカー・車は数多いですが、話が盛り上がるのは意外に変なところで 一般的な知名度とか人気とは無縁な気がします。 良い例が“戦後のパナール”とか“ナッシュ・メトロポリタン”で、一般的知名度とは無関係に このスレでは妙な人気。 逆にそっちに話を振ったら放置プレイ化したのがデューセンバーグJとかトヨタ・カローラ・・ 有名な割にはこのスレでは不人気だったようです。
当たり前に「名車」だと食いつきが悪いような気もするね。 デューセンバーグって名車として知名度があり過ぎるし。 何か変だったり、名車と言うにはちと難ありだったりする方が好まれるようだ。
6 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/07/01(日) 03:11:58 ID:UKjM55XdO
このスレに定着する椰子は、いままでそれなりにトリビアを時間かけて蓄えてきた筋金入りの連中ばかり。2のようなヨソモノからキモがられようがお構いなしだw。
7 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/07/01(日) 06:04:16 ID:ON8xA0Pf0
>途中で落ちた事も無いけれど、1000迄行った事も無い謎のスレ(w くだらない冗長レス入れてたらそんなの当たり前じゃんww やたら長ったらしい名前のバカコテも居るしなwww 要するにムダにdat容量増やしてるだけの糞スレってことww
スレ立てZ加齢さまです。
9 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/07/01(日) 09:07:50 ID:UKjM55XdO
ところで、前スレはなんで538で停まったんだろう? パッカードやらZISの話の途中だったんだが。 ちなみに、1942年パッカード・スーパー8にそっくりのZIS110は戦後占領期に、東京でも対日理事会やソ連代表部などの建物の近辺で見られたそう。
>>9 7が悪態ついているとおりだが、つまりは容量オーバーだ罠w
旧・ソ連の1940年代以前の道路事情は、日本と同じで道路整備以前・モータリゼーション以前の劣悪なもので、
それはドイツ軍が泥濘と酷寒の荒野に進撃を阻まれたことでもうなずける。
で、そういう国情には基本的にある程度大型でパワフルな車が合っていたのも道理で、
GAZ工場のスタートは、日本同様、米国フォードの国産化からだった。
こういう素地から、ZISのような大型車や、GAZの四駆も出てきたと言える。
面白いのは、日本が乗用車に関する限り戦後はヨーロッパ系小型車の流儀に移行したのに
(クラスとしてのアメ車的規格はクラウンエイト辺りまで途絶える)
ソ連は共産党幹部公用車としてパッカードやリンカーンをパクったアメ車風大型車を送り出しつつ、
それと並行して、オペル・カデットを頂いたモスクヴィッチなどの小型車の系譜があること。
中型以上はアメ車傾倒が強いようで、ポピエーダもアメ車の影響明白、ヴォルガもフォード・ファルコン風。
昔から進歩性というのはそんなにない
(でもモスクヴィッチで四駆仕様作ったり、ヴォルガでオールアルミエンジン採用したりと意外な挑戦はある)。
西側からの輸入がままならないし、輸入もしたくない、という事情が、
こういう妙な国家的フルライン態勢を構築させたんだろうね。
11 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/07/01(日) 20:53:45 ID:UKjM55XdO
中国なんかも、開放政策以前から自力更生かなんかで、一様フルクラス揃ってたね。ソ連車を真似て。 しかも、最近のかの国の生産車とやら、いまだに外国車の模造じゃん。まあ漸く60〜70年代のソ連の水準に達したということかなあ。
>一様
前スレが512kb逝って数日間を置いて(サボった w)の新スレでしたので、
いきなり放置されないか心配でしたが、杞憂だったようでひとまずは安心・・。
旧ソ連とかになると判らぬ事が多いのですが、パッカード好きで有名なスターリンの希望に応じて
ルーズベルトがプレス型一式売るようにメーカーに掛け合ったっつうのは結局どうなったのでしょう。
ZIS110はパッカード180のコピーと書かれているのを多く見ますが、
34年型フォードがプレス型一式ソ連に売却され、36年からのGAZ M-1になったように、
コピー元とのまともな契約の下に生まれたものだったのでしょうか?
>>10 >西側からの輸入がままならないし、輸入もしたくない
そう言えば・・。輸入とは違いますけどラーダの始まりはフィアットとの協力関係の下に124(曖昧)を
国産化したことだったように記憶しています。
フィアット車は、旧ユーゴスラヴィアでもライセンス生産されていたとかで(名前は失念)
何故か共産国とは縁が深かったみたいですね。
GAZOO.comには何故かVAS(LADA)の名が無いのですが、あれこれと見てみると
ベルギー辺りで生産して西側で売られたモデルも有ったようですし、イギリスとかでは
結構モスクヴィッチ412なんつう車が売れたとかって話も何処かで読んだ記憶が有ります。
粗悪なイメージだらけのソ連製大衆車ですが、案外と西側への輸出は有ったのでしょうか。
・・でもイギリス人って、ああいういい加減・・つか守旧派な設計の車が好きみたいな気がする(w
イタリアが親共だった時期がありましたからねー おっしゃるとおりフィアット124のライセンス生産でラーダを作るとか、タトラ613のビニヤーレデザインとか フィアットエンジンは人気車になった四駆のラーダ・ニーヴァにも使われましたね。 昭和30年代の日産におけるオースチンエンジンと同じで、いろいろ活用されたようです。 時折聞かれる逸話に、 モスクヴィッチを戦後に西側に輸出して「パーツはどうするんだ」と聞かれると「そっちにあるだろ」 確かに初代オペル・カデットのパーツをそのまま使えたんでしょうが…… 真偽不明とはいえアネクドート臭い話ではあります ラーダは西側にもそれなりに輸出されていたようで、品質はともかく安さが売りだったとか
15 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/07/02(月) 07:31:01 ID:hoqWFocDO
ユーゴ版フィアットといえば、ザスタバですね。
現在でも東欧で作られ続けているフィアット127用空冷二気筒エンジン、 基本設計は古いままですが、部材、製造工程や品質管理は現代のもの。 という訳で、定格出力は楽々とクリアーし、かつてのライトチューンエンジンくらいの 性能は普通に出ているそうです。
オペルはシトローエン5CVのもろコピーなんて事をやって、地盤を固めたメーカー。
そう思うと、自らのオリジナルをソ連にコピーされるのも因果応報だったのかも。
同様に、現代中国にコピーされる側になった日本車ってのも・・
・・ナンテことはともかく・・。
一昨日、“私の如き一種偏屈なオタクを惹き付けるメーカーや車は何故にそうなのか?”
みたいなことを書きましたが・・。
確かにモデル毎に見ると、
>>5 で書かれている方もおられるように「何か変」だったり、
また、実際に乗って楽しめそうな車が人気になるのでしょう。
メーカーの方を考えてみると。
オタク(ちょっと偏屈っぽいマニア)に人気つか、話題になる事の多いメーカーの条件というと、
“技術者が立ち上げ、自らが信じる最善の車を自由奔放に作ったメーカーとか
レース等の競技に於いて、輝かしい実績を持つメーカー等ではないか?”と、漠然と思っていました。
逆にあんまり私のような者の興味を惹かないのは、
“自動車作りを事業として捉え、売れる車作りにのみ専念して来たような会社”でしょうか。
そう考えるならば、旧共産国の国策自動車会社等は興味を惹かない最たる物という事になり、
このスレを見るような人からは見向きもされなくとも不思議は無いような気がします。
・・ところが、意外に日本では車そのものも見られない旧共産圏のメーカーにも興味を持つ方も
結構おられる様子・・。っつう事は、認識を改めないといけないのかも・・。
でも、そのメーカーが作った車にも興味有りという訳でもないでしょう?
車そのものを見てしまえば、単に“他国で組み立てられたフィアット”でしかなかったり・・ですから。
>>17 ラーダだけが共産圏の車ではないですよ。
だいたい、「CG」「NAVI」「ENGINE」的価値観とはちょっと毛色の違うスレの筈だしw
(俺はネコパブ系だ、という人もいるかも知れないけど、個人的には「オールドタイマー」ぐらいの異様さが欲しい)
共産圏という「壁の向こう側」では、
ガラパゴス状態の独自進化を遂げた車や(タトラが筆頭)、
あるいは、欧米の有名車をパクろうとしたら
品質はさておいて、見るからに何か変なモノが出来上がったケース
(ザポロジェッツ、チャイカ、初代紅旗、初期形の上海760etc)、
別に凄くも何ともないけど時代を感じる妙な味わいが漂うモノ(ポピェーダ)、
今更DKWかよ!なトラビーとかFSO、
こういう西側社会ではとても考えられないような
百鬼夜行な代物を輩出してたんだから、楽しみようはあります。
19 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/07/03(火) 01:16:02 ID:bxHklHkbO
資本の論理が入ってくる前のイデオロギー国家の実態が自動車からも伺われ、大多数の東欧市民からすれば過去の悪夢の象徴でしかないものが、西側の我々や東欧の一部の物好きにとっては愛すべき対象でさえある、一時代のモニュメントであります。
ふと思ったんだけど、相当逝ってる 氏が段落ごとに分割カキコすれば、
1000なんて軽いんじゃないかとオモタwww
フィアットは地の利と、ローマ法王のコネで、冷戦時代から東欧に進出していたんですね。
スズキに決まりかけていたのを土壇場でひっくり返したのも有名らしいし。
ロシアでは、ほんの数年前までフィアット131のライセンス生産車が現役バリバリの
新車で売られていたそうで、131ミラフィオリ乗りの友人は、新たなパーツ入手経路の
開拓に燃えています。
・・・でもロシア娘の店通っても無駄だと思うんだけど。
>>15 その名も「Yugo」という車名でアメリカで売られてたフィアット車がありましたな。
131はブラーヴォ、リトモはストラーダ・・・なんだっけ?
↑ >段落ごとに分割カキコすれば
・・それは判っているのですけど、1000逝く事が目的のスレって訳でもないですし、
分割書き込みしたところで、今度は“無駄にレス数消費している”って言われそうな気もするし・・(w
まぁ、それはともかく。
世の中には私などの理解の及ばぬオタク道がまだまだ有るようで・・(w
DKWで思い出した話。
あの車、圧縮ボール紙を樹脂コートした素材で作られているって話はよく聞きますが、
“それは俗説で、実は繊維強化プラスチックなのだ”って記述もよく見掛けます。
どっちが本当なのか?ちょっと改めて調べてみても、いろんな説が出て来て本当の事は結局不明。
http://balkanhonpo.hp.infoseek.co.jp/ohanashi/trabant.html 例えば此処では「松脂を原料にした樹脂を羊毛で補強した物」などと書かれていますし、
「サイドマーカーを追加する為にドリルで穴開けたら、オガクズみたいな切り粉が出た」
なんて話も聞いた事が有るっつう具合。
どうやらその時々で入手可能な材料を適当に使っていたみたいに思えるのですが、
いずれにしても植物由来の材料を使用していた事は確かなようです。
(エコロジー・・なんでしょうかね??)
思えばトラバント。
>>18 さんも書かれているように元はDKW。で、DKWの祖先の一つには、
以前このスレで話に出た木製モノコック(つか風呂桶と言うか木箱 w)のサイクルカー、
電気自動車なんてのも有り
http://proxy.f2.ymdb.yahoofs.jp/users/e6ddb2d7/bc/7fb6/__hr_/3375.jpg?bcD8QAHB4s7f3Dox そう思えば、トラバントって先祖返りしたみたいな所も有るのかも知れません。
22 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/07/04(水) 07:12:28 ID:5Gsm8lbv0
>7氏の意見にある通り無駄にdat容量を増やしている常駐コテが約1名いる。
毎度知識の羅列に終始して一体何を主張したいのか皆目わからない。
リンクは
ttp:// 〜と書けば数バイト少なくなる事を知らないのだろうか。
名前欄にageを入れる行為に至ってはまったく理解不能だ。
23 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/07/04(水) 12:41:33 ID:Y2U4KPPDO
まあ、そう目くじら立てんと、氏の蘊蓄を拝聴しようではないか。 500番台でオーバーするスレなんか、他にないし。 一日一回のカキコミに力を入れている逝ってる氏に拍手を。
24 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/07/04(水) 18:39:14 ID:5Gsm8lbv0
>23氏の意見にも一理あることは認めよう。 だが名前欄もといE-mail欄にageを入れる行為だけは解せない。 ageたければ正々堂々と上げればよい。 一見sageを装いつつ上げるとは姑息ではないか。
>>22 さん
相当逝ってるさんが無駄にdat容量を増やしているとは思わないけど。
23さんが書いてるように500番台でオーバーするスレなんてスゴイと思う。
それもただ文字が多いだけじゃなく数々の蘊蓄と見識あふれる意見がいっぱい。
でもメール欄にageを入れるのは確かに疑問ですね。
試しにキーワードを「メール欄にage」で検索してみるとわかる。
荒らしだとかネガティブな意見がたくさん出て来るんですよ。
>>相当逝ってるさん
メール欄にageを入れるのはやめたほうがいいのでは?
age (アゲ) sage の反対だが、メール欄に何も入れなくてもスレは上がる。 以前はメール欄に文字を入れると ID が消えたのだが、今は強制 ID 表示になっている。 本文に age と書くのはスレが下がりすぎたときに、 倉庫落ちを防ぐためや参加者を増やすために age ますよ、という意味。 ID:5Gsm8lbv0 お前の話のほうが無駄だ そして俺のレスも無駄だ
本人不在のまま盛り上がってますが、貶されたり褒められたり・・
>>25 >試しにキーワードを「メール欄にage」で検索してみるとわかる
検索してみましたが、age書き込み全般についての記述が殆どのようで
>>26 さんの書かれたように
“メール欄に「age」と書くことがあるが機能上の意味はなく、
「意識してこのスレッド上げている」という意思表示である”
って書かれている事が多いみたいですし私もそうです。
まぁ、印象が悪いなら、別に何を装うつもりも無し。他の何でも良いのですが。
また、URLのh抜きは他スレで以前
「それやられると携帯で見るのに不便」という書き込みを見たのでやっていません。
後は・・えと・・・・まぁ、固い事言うなって(結局これか w)
で、さすがに話がガラリと変わるので分割書き込み
理解不能と言えば、トラバントのような本来大衆車である筈の車に樹脂製ボディーを採用した意図。
合成樹脂の種類等の話はさすがにキリが無いので省略しますが、
自動車のボディー外皮みたいな大物に使用される樹脂っつうと、常温反応硬化型の
ポリエステル系が殆どでしょう。(トラバントの場合、松脂説も有りましたが)
トラバントのデビューは1959年だそうですが、樹脂製ボディーの採用例としては特に早い訳でもなく
アメリカでは53年に最初のコルベットが生まれていますし、ほぼ同時期には以前“変態ドア”の話で出た
カイザー・ダーリンも登場しています。
http://proxy.f2.ymdb.yahoofs.jp/users/e6ddb2d7/bc/7fb6/__hr_/f45f.jpg?bc7CmAHB.Y.lvp1P 常温硬化反応型樹脂の特性(大掛かりなプレス設備不要も硬化に時間が掛かるので、少数生産向き)
からしてロータスのコリン・チャップマンがエリート(初代・57年)に採用したような例なら判るのですが
大量生産して安価に売られるべきトラバントのような大衆車には全く不向きだと思います。
例え、幾ら材料(鉄板)が入手難だったにしても。
恐らくは“大掛かりな生産設備不要”の方が、樹脂製ボディー採用の決め手だったのだと思うのですが、
粗末(に見える)なトラバントも旧東独では贅沢品の域から出られなかったというのには
この生産方法も原因の一つに有ったと思われます。
西欧・米国側での例とは言え、既に幾つかの先例が有り、コスト研究も出来た筈の樹脂製ボディーを
大衆車に使い続けたというのは、競争相手不在の共産国経済圏故の事だったのでしょうか。
しかし、大掛かりな生産設備(プレス設備)不要の設計で、しかも大量・安価に作られた大衆車も
西側には有りました。
2CVはこれといった競争相手も無いのに当時の庶民に向けて、そうやって作られた訳で、
その意味に於いてトラバント以上に平等社会を体現した存在だったのかも知れません。
大体、自動車のボディー素材っつうと、古くは木材も有りましたけれど、大量生産車の多くは鉄。 少量生産の場合には手作り成形に向くアルミ。戦後はそれに樹脂が加わったっつうのが 大雑把な流れでしょう。ステンレスのデロリアンなんてのも有りましたけど、あれも鉄合金ですし。 以前書いた話ですけれど、戦前の日本ではアルミ板が入手困難であったことから 鉄板をテバタキして成形、木骨に合わせてガス溶接して完成させるなんつう超人的な職人さんが いらしたそうですが、それは飽くまで例外でしょう。 曲率指定すら無いような図面から、そうした職人さんの腕に頼って作られたダットサンやら オオタのボディーは、幾ら職人さんの手間賃が安かった頃と言っても決して安い物ではなく、 大型プレス機で量産されたフォードやシヴォレーよりも遥かに小型なのに値段はそれ程安くないっつう 完成車の値段にかなり影響していたことと思われます。 それでも、企業規模やらいろんな事からの絡みもあって、当時は生産設備の一新に踏み切れず、 結局は職人さん頼みになっていた事が、当時の国産車メーカーが大きくなれなかった原因の一つ。 量産に向かない樹脂製ボディーのトラバントの場合にも似たような物を感じます。 このボディーを除けばトラバントっつう車の設計、59年という登場の時期で見ても 全くやる気が無いとしか思えません。基本的な構成は戦前のDKWから一歩も出ていないようですから。 西側で、これに比較し得るのは英フォードの旧式モデルのパーツ寄せ集めた安価車 ポピュラー程度でしょうか。 樹脂製ボディーの採用も、目新しさを狙ったっつうよりも、むしろこうしたやる気の無さの表れでしょう。 以前“安物だってココロザシ高く作られた物も有る”みたいな事を書きましたけど、 そんな訳で、私はトラバントからはココロザシは感じられません。
30 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/07/06(金) 21:15:26 ID:rEdTMS9CO
トラバントって、戦後スバル360と同様ミニマムな国民車の一種として企画されたんだろうけど、生産効率や技術革新の面で、お国のお偉方の脳みそ同様デビュー当時のまま足踏みしてたから、血筋が絶えてしまったんだね。ポスト東独メーカーはとめどなく壊滅。
戦後の東ドイツ。 戦後もDKW系の車を製造していた旧ホルヒ工場のVEBザクセンリンクは、 800cc級の生産を旧BMW工場のVEBアイゼナハに移されてしまった。 アイゼナハはDKW系2スト3気筒前輪駆動車を正常進化させて、1957年に初代ワルトブルクを作る。 (これはスペックと洒落たデザインだけ見れば、 少なくとも同時期の西のアウトウニオン車にひけをとらない水準。スタイルでは完全に勝ってすらいる。 対して2代目があんな四角い共産圏カーになって、20年近く作られ続けたのは情けない) で、ザクセンリンクが代わりに生産したのが、トラバント。 これは確かに、基本レイアウトは戦前の2気筒DKWから大して進歩してないねえ…… しかし東ドイツは、なぜ4ストエンジン付の手堅いFR車を作らなかったのだろう。不思議だ。
32 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/07/06(金) 23:15:41 ID:rEdTMS9CO
実は、ザクセンリングは1955〜59年頃、P240という2.4L、6気筒の中型車(ソ連のGAZ21ヴォルガに相当)を造っていた時期があり、それが鼻先にホルヒのエンブレムを誇示している。多分これが数少ない東独のFR車ではないだろうか?1382台が作られたとのこと。
>>31 アイゼナハは、旧BMW工場だっただけにワルトブルグ以前には戦前型のBMW321を
そのまま作っていたそうですから、一応それも4ストFR車の内に入るでしょう。
こちらが発展しないで終わったのは、安物のDKWの方が生産が簡単だったから
手間の多いBMWの生産設備は寿命と共に廃棄されたからではないでしょうか?
旧共産国のことはよく知りませんが、アイゼナハ社は元々オースティン・セヴンのドイツ版(Dixy)を
作っていた会社で、BMWはそれを傘下に収める事で4輪車事業に参入したことから
少しだけ記憶が有ります。
ちなみに。アイゼナハ社っつうのは19世紀にまで遡れる老舗だったそうで、
ワルトブルグと言う車名は19世紀末〜20世紀初頭にも存在し、30年代に二代目が有ったとかですので
50年代に登場したのは実は三代目なのだそうです。
とか言いつつも・・。
私はサヨク系の思想の持ち主と何度か書いた事は有りますが、本質的にはアナキストであり
共産主義とはそりが合わないのです。
そんなことも、どうも共産圏の車にあんまり興味が持てない理由・・ですかね・・?
34 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/07/07(土) 01:55:01 ID:bhuNOoW80
前スレに“嘘”の書き込みがあった。 505 :名無しさん@そうだドライブへ行こう:2007/06/19(火) 14:40:53 ID:HR0Du+Y+0 そういう意味で残念だったのが、新フルビア発売断念のニュース。 どのディテールも似てないくせに、全体を見るとフルビア以外の何者でもないあのデザイン、 1.8Lツーシーターで、ABS以外の補助デバイスは一切はぶくという潔さ。 発売されたら値段にかかわらず絶対買う、と意気込んでいたのに悔しい限りです。 7月5日にトリノで行われた新型フィアット500発表会にて、フランソワ社長が大矢アキオ氏の質問に対し、 「新型フルビアの生産化の可否は現在も検討中である」と答えた。 つまり 新フルビア発売断念のニュース という書き込みは“嘘”である。 今後このような“嘘”の書き込みは厳に慎んでもらいたい。 ちなみにフランソワ社長は、ランチアの日本正規輸入を2009年春に再開する予定であることを明かした。 ランチスタの狂喜乱舞する姿が目に浮かぶ。
35 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/07/07(土) 05:37:52 ID:IwQdJ8e9O
本質的にアナキスト? ひょっとして、逝ってる氏は元KFシンパ? ちなみに、ENGINE編集長は元赤ヘル。まあ、新左翼ってソ連スターリン主義批判に始点があるから共産国の車なんか歯牙にもかけないんだね。車好き自体プチブル趣味じゃん。
36 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/07/07(土) 06:21:12 ID:IwQdJ8e9O
左翼業界や共産圏のなかで自動車趣味がどの程度認知されているか興味深いところだ。多分道具以上の価値を見出ださないんだろうか? でも指導層で車好きが多かったのも事実だし。
>>34 ”嘘を嘘と見抜けないと難しい”
このひろゆき氏のお言葉を捧げます。w
さて、アテクシも旧アカ圏のクルマは興味無ひ為あまり尻ません。
しかし、それで思ひ出したのは恒例脱線になりますが東独のプラクチカ。
レンズマウントにその名を残す
(ったってまぁみんなバヨネット”銃剣”式になっちまった訳だけど)
このプラクチカ、本体はまぁだうでもEんです、問題はレンズ。
写真機w、ぃあカメラなんつな本体は言はばただの箱。
箱がどんなに高度に進化したって最後に物を言ふのはレンズ、
レンズこそカメラの命。
で、このプラクチカ、交換レンズがなんとカール・ツァイス・”イエナ”なんですな。
つまり戦前カール・ツァイスの本家本元。もちろん西側にも同社はあり
それこそ京セラ製コンタックスなんぞにも付ひてました。
股、同社は冷戦下でも相互に連絡があったとも聞きます。
しかし、いかに高価なドイツ光学機器とは言へ西側のコスト要求に晒される
西独ツァイスとは違ふに違ひ無ひ、
ぃあきっと戦前の手間暇かけた技法を進化に取り残され守ってゐるであらう、
そしてお値段は(それでも高かったけど)アカ圏値段、これは!と相当その気になったものです。
まぁさうは言ひつつもあれこれ迷ひつつ、カタログまで集めつつも
道楽としてのプライオリティーがカメラは比較的下でしたのでそのまま、
そして時代は銀塩写真から電子写真へと移ってしまひました。
まぁその実態はだうだったんでせうかね? 今となっては分かりません。 同様に冷戦終結後急に偉くなったドイッチュ時計、元々ドイッチュつうところは クロックは素晴らしく良ひのですが(シュヴァルツバルト・黒森のハト時計とかw) ウオッチがメタメタ駄目。唯一比較的真っ当なのが辛ふじてランゲ・ウント・ゼーネだけ。 このランゲの正統な継承者はぢつは今のグラスヒュッター(スウォッチ系)で 今のランゲは10年程前に商標権を横取りしたもので実態は戦前ランゲ直系ではありません。 で、この正統グラスヒュッテ時計のグラスヒュッター、 今でこそ西側資本と技術で過去の遺産の上に新しい現代を築き相当偉くなりましたが 冷戦直後の”再発見”された時期の製品は酷かった。 戦前の技法からあまり進化してゐなひどころか 所詮アカ品質でぐちゃぐちゃ。古き良きを化石のやうに守るどころか フタをあければ親方鎌とハンマー。w あまりの惨状に衝撃を受けたものでした。
39 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/07/07(土) 20:24:17 ID:bhuNOoW80
さて、旧アカ圏の、書ひてすっかり忘れてましたがシュコダつう物件、 今ではVW系の最廉価ブランドとして完全に復活しておりますが 思へばVW自体が”フォルクス”の”ヴァーゲン”でありまして 国民等しく買へる廉価で充分な機能・性能を持つ移動手段だった筈です。 開発したフィルデナント・ポルシェ博士もそこに重きを置き、 且つVW社自体が半官半民であることもその現れな筈。 一方、シュコダのチェコは戦前は大変な工業国で 旧日本軍でも採用した”チェコ機銃”などの例もあり (ベレッタM92以前に一時期話題となったCZやVZ72拳銃とかも) 股、アカ時代にも東欧圏で唯一ポルシェ公認チューナもあった筈です。 そのシュコダ自体も極めて古ひ歴史を持ち、高級車も相当手がけた筈です。 それがまぁアカ時代の各社住み分けで廉価車専門になったやうですが だからと言ってVWの安物ブランドにされてゐるのは 個人的にはあんまり面白ひものではありません。
イスパノ・スイザ車をライセンス生産した歴史があるというだけでも、シュコダの格の高さはうかがえますね。 それと、カーオブザセンチュリーで唯一の東欧車だった「T87」を産んだタトラ。 このチェコの2社は、もしチェコが東側に入らなければ、いつかは世界的な名声を勝ち得ていたかも知れませんね。
42 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/07/07(土) 23:40:56 ID:IwQdJ8e9O
かつてはV12のT80さえつくったタトラが1999年に乗用車生産から撤退。リアエンジンの高級車ってなんか違和感があったんじゃないかなあ。或は、1930年代当時なら先進的だったんだろうけど、技術面で足踏みしているうちに陳腐化旧態化したんだろうか。
・・ランチスタって言うとお昼休みのサラリーマンみたいですね・・。
>>35 私の根本思想(って程のものでもないけれど・・)は山口瞳さんの「居酒屋兆治」とか
「江分利満氏の優雅な生活」から多大な影響を受けている気がします。
>>37 共産圏とは違いますが、伯剌西爾製アルファロメオっつうのも有った筈。アレなんかは如何でしょ?
共産国に於いては価格競争で製品が淘汰される事が少なかった事が幸いして、
昔ながらの職人芸がそのまんま生き残れたかっつうと、そう上手くは行かなかったようで、
ナンだって作れば一応売れたのか、粗悪な代物ばかりになってしまった物もかなりの数に上るのでしょう。
自動車に関して見るならば、それこそトラバント等よりもVW・ビートルとかシトローエン2CVの方が
余程人民の幸福な生活に貢献したと言えるでしょうし、
良く出来た実用車は、その詩的な風情から趣味性に於いても優れた物だと思うのです。
それこそがココロザシっつうモノを表わすところでしょう。
PSAとトヨタがチェコで合弁事業を行っているような現代では殆ど私の拘りに意味はないのでしょうが、
私が創始者が自らは自動車設計には直接手を下した事もなく、
また華やかなサーキットで行われるレースには直接一度も登場した事も無い
つまり
>>29 で書いたような条件には全く当て嵌まらないシトローエンに惹かれるのは
そうした過去の製品から今に至るココロザシを信じる為ですし、
また亡くなる直前まで「パリの街を美しくする」その為だけにポケットマネーから幾つもの街灯の
照明等の維持費を支払い続けたというアンドレ・シトローエンのエピソードに惹かれるからです。
一応品質管理ができてたのは、 対象ユーザー層からして十分に品質管理しないことにはヤバ過ぎることになる ZIS/ZILやタトラぐらいなんだろうな それ以外は、共産圏なりの品質であったろう、とw
45 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/07/08(日) 03:43:35 ID:4ojKfnLwO
ZISは、フォード・ゼファーやビュイック・ルセイバーそっくりのオープンを試作していた。 ZILにもオープンがあり、ブレジネフはヤルタで乗っていたとか。 指導部だけが豊かな暮らしを享受できる、専制国家そのままだったわけですわ。
46 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/07/08(日) 04:07:53 ID:4ojKfnLwO
(訂正) ×…フォード・ゼファー ○…1940年リンカーン・コンティネンタル (補足)ビュイック・ルセイバーというのは1951年のGMのコンセプトカー(ドリームカーと呼ばれたうちの一つ)。
昨日の書き込み、引用レス番間違ってました。(スマヌ w)
また脱線。
>>29 で書いた事の中で、戦前の日本の自動車ボディーの作り方の話。
こういう事を私は、戦前のオオタのデザイナー大田祐一さんやダットサンの富谷龍一さんの
インタビュー記事から知りましたが、
馬車の歴史の無い日本にはボディー職人さんと言う職業は元々存在しなかった為に
ボディー製作にあたっては、所謂板金職人さんが集められたそうです。
太田さん等が仰るには「彼等は一枚板から薬缶でも急須でも叩き出す名人でしたから
自動車ボディー程度は朝飯前だったのでしょう」とのことですが、それは有り得ません。
私の知人に多い、現代の板金職人さん達は口を揃えて
「銅や真鍮、アルミならともかく鉄板でそんな芸当は出来ない」
と、言います。それ程昔の職人さん達の仕事は超人的な物だったのだとか。
http://proxy.f2.ymdb.yahoofs.jp/users/e6ddb2d7/bc/7fb6/__hr_/f27b.jpg?bcZx5BHBkqGQqaIF これは現在休館中の山中湖高村美術館に有った37年式ダットサン・フェートン
チリの合わないボンネット等、見た目に雑な所は有りますが、そんな話を聞くと無理も無いのでしょう。
こうした今に残る実車だけを見て、欧州のコーチビルダーと職人さんの技量を比較されてしまうのは
大変残念な事だと思います。
http://proxy.f2.ymdb.yahoofs.jp/users/e6ddb2d7/bc/7fb6/__hr_/639e.jpg?bcZx5BHBdz8oPi63 ついでに。こちらはニッサン自らがレストアしたもうちょっと古い型のダットサンですが、
当時こんなに綺麗な内装のダットサンがどれだけ有ったのかはちょっと疑問の有るところ。
さすがにボディーも念入りに仕上げられていますが、どうやらアルミ製ではないかと私は思っています。
そんなところまで当時のままに拘っても意味は薄いでしょうし、職人さんも泣きます。
まぁ、幾ら意地の悪い私でも、磁石を近づけて確認した訳では有りませんが(w
48 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/07/09(月) 20:57:50 ID:8ku86o1wO
ダットサンの乗用車はオースチンの模倣から始まったようなもの。自動車の自国生産が先進国のコピーから始まるのに洋の東西の別はない。独自性なんか後でついてくるもの。ダットサンにしても、よくあれだけのものを造れたものだと思います。
最初のダットサンがオースティンのコピーなのか否かは昔から良く言われる事ですが、 少なくともパテント侵害の有無に関する限りは全く無かったのだとか。 オースティン社が、サンプルを取り寄せて細かく調査した結果だそうです。 実際にダットサン側が手本としたのはベンジャミンっつうフランス製ライトカーだと言う説も根強いのですが この車については全くと言って良い程資料を持ち合わせておりませんので、 私からはナンとも言えません。 僅かに「同時代のプジョー“クヮドリエット”を良く研究して生まれた車」と言う記述が書物の中に 見られるのみで、最初のダットサンにも前スレで話に出た、プジョーの特徴である ウォームのファイナルドライブが見られるのはその影響なのかも知れません。 しかしその他にはダットサンとプジョーとの近似はあまり見られず。 強いて言うならば横置きリーフの固定前輪軸程度ですが、これはT型フォードとかオースティンセヴン等 この頃の大衆車には珍しくない形式ですので、特にどうという事もないと思います。 では、ダットサンが全く他の影響を受けていないかと言うと、それは無く。 周到に他者から模倣を訴えられる事を避けるあまりに、有名なプラス側アースの電装など おかしな設計になった部分も有るのではないか?と、私は考えます。 ・・えと・・今日は“もう日本には昔の手作り職人さんの技能は途絶えた”みたいな事を 書こうと思っていたのですけど、ダットサンの話で終わり(w ついでに。 ちょっと昔、20年くらい前。未だ私が職人さんの有り難味もロクに判らない小僧だった頃。 超人の域にあった職人さんの最後の生き残り世代だった或る方が、ニッサンのサニーを買った時に ディーラーで「おや?今のダットサンはマイナスがアースなんだね」と言って、 若いセールスマン氏を驚かせたとか。 そりゃ、言われた方も訳ワカランって(w
50 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/07/10(火) 20:46:41 ID:VwHXjaaeO
和製コーチという観点はかなり興味深い。昭和初期に街頭で撮られた外国車などは、工賃が安かったからか、結構国内の板金屋に作らせたボディを纏わせている。福澤諭吉の子孫がかつてもっていたというデューセンバーグでさえ、国内コーチだったらしい。
ところが、その日本製コーチワークボディー。あんまり一般の評価は高くありません。 理由は上の方にも書いたように、本来ならアルミでやるべき物を鉄板でやった為。 中にはアルミをなんとか入手して製作された物も無かったとは言い切れませんが、 アルゴンガスを用いた電気溶接の技術も無かったことから、かえって苦労したかも。 例えば30年代初頭に英国から輸入されたオースティン・セヴンの場合。 SCG13号に詳しい事が書かれていますが、かいつまんでみると。 当時の小型車規格(今の軽自動車枠のようなもの)に合わせる為に、本国からシャシーで輸入し 日本で独自のボディーを架装したそうですが、本国製ボディーを架装した車と比較すると酷く重く 走らせてもトップへヴィーな事はすぐに感知されたとか。 なぜそんなことになったのか?っつうと、此処からは私の想像混じりですが。 英国製セヴンのボディーも量産大衆車の常で鉄製ですが、プレス成形で曲面を出した為に薄板でも 充分な強度が有ったのに対し、日本製ボディーは作業性の問題から恐らく倍くらいの厚みの板を 使用していた為でしょう。 良い職人さんほど、出来る筈の仕事が何らかの理由で出来なかったとしたら、それを恥と考えます。 本来テバタキボディーに使用するべきアルミ材が入手出来ず、苦労して作った鉄製ボディーが 本国で大量にプレス加工された物に見劣るのはさぞ面白くなかったと思われます。 ちょっとまた脱線気味の余談。 こうしてワードソフトのような物が無かった頃には印刷屋さんには活字拾い職人さんってのがいらして、 一個ずつ印字を拾い印刷原版を組んだのだそうですが。 ある小説家の原稿は酷く乱暴な殴り書きでそうした職人さん泣かせだったそうです。 本来一日拾える分の7〜8割しか仕事がはかどらない時の職人さんの気持ち(給料には無関係でも)が その作家には全く判らなかったのでしょう。 その作家は今、都知事として「ものづくりの継承」なんて事を言っているようですが そんな話を聞いた事の有る私にはむしろ不愉快ですらあります。
この作家本人は、驚異的な速書きができる書き手なんだけどねw 「狂った果実」を小説とシナリオ並行のメディアミックスででっちあげて発表、 シナリオも中平康監督が猛スピードで速撮りして (ついでに弟をその映画にコネで出演させ、弟の歌うテーマ曲の歌詞まで作詞) できた映画がトリュフォーに評価されるような名作になってしまうのだから (そして弟は大衆的な人気を誇る映画スターになってしまったのだから) 世の中わからんw
作家の場合、遅筆かつ悪筆=大作家のイメージがあるようで、 ・専属の植字工しか原稿が読めない ・印刷所に缶詰になって、1枚書く毎に活字を拾った ・(劇作家が)リハーサルと同時進行で戯曲を書いた 等々の伝説が語られてますな。 逆になんでこんな作品を書く人が大きな顔してるんだろうと思う作家は 枚数と〆切をきっちり守る穴埋め職人が多いとか。
>>52-53 まぁ、そっちは飽くまで余談ですが。
職人さんっつうのも修行すれば誰でも一流になれるってモノでは無くって、
本当に才能に恵まれた人ってのはそう多くは有りません。
かつての日本は、劣悪な労働環境とか無茶な要求で、
そうした職人さん達の技能を浪費してしまったように私は思います。
例えば昔はインチ基準の機械とメートル基準の機械とを両方並べて殆ど同時に使える旋盤工
なんて人がいらしたそうですが。それこそ、明治時代に既にメートル法条約に加盟していたのに、
自動車に関してはインチ基準のアメリカ車が主流だった時代があったという、
日本独特の事情に特化した方だったのでしょう。
今思えばメチャクチャに面倒な事ですが、その割にはあんまり役に立たないっつうか、
製品の出来栄えには無縁な技能で、一般から高い評価は受けられない、隠れた超人技です。
そんな具合になんだか報われない事ばかり多いと、後継者が出て来ないのも無理は無いのかも。
ところで。製造業にしろ、サービス業にしろ。様々な形で様々な職人さんのお世話になる事は多いですが
そういう時に、意外に困るのが要求のはっきりしない客なのだそうです。
以前、機械板金の職人さんに物を作って貰った時の事。簡単な図面を書いて持って行き
「寸法の書いていないところは、やり易いように適当で良いですから」と言ったら
「そういうの、困るんだよね。却ってやり難い」って言われてしまいました。
例えば床屋で初めての客が「やり易いように、適当に」と言ったら床屋さんも困るでしょう。
そういう物だそうで。
「そんな風に言われて助かるのは受身系風俗くらいのものじゃないの?」
・・ですと(w
オチがそれですかw メートル、インチに尺貫法と入り乱れていた戦前日本は大変でしたね。 とにかく現在では無理矢理メートルに一本化されましたが。 英米ではいまだにヤードポンドインチガロンがのさばってますから…… 連中がいろいろな規格制定で大きな顔をするからややこしくて困る。
逝ってる師は最近欲求不満気味なのでしょうか?あちらでもアレだし。 ヨーロッパ車に多用される13mmのボルトは、もしかして1/2インチの工具でも回せるから 選ばれた、なんてことはないでしょうか。ただの思いつきですが。
うむ・・。実は私がこうして毎晩夜更かしをしている為、ずっと家庭内は険悪で・・ (生々しい話・・・・つか違うってば w) なんて事はともかく・・。 六角の頭が1/2インチというと約12.7mm≒13mmですからM8のボルトですか。 1/2インチ工具で回せるから多いって事は恐らく無いとは思いますけれど、 13mmになった理由はそれなのかも知れません。 昔のM8ボルトには12mmだったか14mmだったか忘れましたけど、寸法が違う物も有った筈。 組スパナ等に12とか14とかの使い道の無い寸法が有るのは、そういう物がかつて有った為なのだとかと 聞いた事が有ります。もしかしたら旧JIS規格って奴なのかも知れません。 戦前の日本、横浜製フォードや大阪製シヴォレー等。最初は単なる組立工場だったそうですが 少しずつ部品も国産化されて行き、戦争勃発の頃にはかなりの割合が日本製だったそうです。 その時に、インチ基準の機械を導入する下請け会社も多く生まれたようなのですが、 戦争が始まった時、メートル基準で設計された日本の兵器には全く使えなかったとか。 (伝聞調の書き方だらけですが、実際に見た訳ではないのでそこは悪しからず) インチの旋盤でメートルネジを切る事を「大変面倒」と以前他スレに書いた事が有りましたが それは間違いで、事実は「全く無理」でした。 本来なら乗り物関係の部品を作る事に慣れている筈のそうした工場がまるで使えなかったというのは 結構な痛手だった事でしょう。 これ「周到に用意された連合国側の罠だったのではないか?」って、現実で機械屋さんに話したら 「んな訳ねーだろ」と一蹴されてしまいましたが、未だに私はちょっと疑っていたり・・
日本はかつてダイムラーベンツ製V型12気筒ガソリンエンジンのライセンス生産に失敗しました なのでいまだに、トヨタ以外のメーカーではその事実がトラウマとなり量産に踏み切れてません 特に当事者のスバルと三菱は精神的ダメージがかなり強いらしく、V12のガソリンエンジンの設計を語る事も厳禁とされてます。 プリンスの血が薄く入ってる日産もV12に関しては消極的なようです。 競技用エンジンとディーゼルエンジンは別なようですけど
59 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/07/13(金) 22:27:44 ID:8E+Im+HB0
V型12気筒といえば・・ フェラーリ312Bのアレは180度V型12気筒というのが正しいみたいですけど 水平対向型12気筒と180度V型12気筒って何がちがうんですかね
対向するピストンがクランクピンを共有しないで、左右対称の動きをするのがのが水平対向。
クランクピンを共有し、左右対称に動かないのが180度V型だそうです。
>>58 ダイムラーベンツの航空エンジンを国産化した“液冷熱田エンジン”の稼働率が低く
陸軍三式戦闘機“飛燕”が使い物にならなかったっつう話ですね。
あのエンジンはは愛知航空機が生産を担当していた筈で、(熱田は愛知航空機の有った土地の地名)
現代は愛知機械工業株式会社という名前で主にニッサンのエンジンや変速機を生産していますので
スバル・三菱(中島系)が当事者というのは少し違うみたいです。
ちなみに愛知機械工業、一時期コニーって名前の付いた小型車を生産していました。
車からは(また w)脱線してしまいますが、そのダイムラーベンツ設計の航空エンジンは
倒立V型12気筒っていう凝った設計のもので、液冷(高空用に冷却水の成分が異なるくらいで水冷と同じ)
航空機エンジンの経験が少なかった日本で生産するのは最初から無理が有ったみたいです。
同時代に英国ロールスロイスのヘンリー・ロイスはこのレイアウトを「潤滑に無理が有る」として
通常のV12型“マーリン”を設計していますが、こちらはアメリカでもパッカードが量産して
結局最も成功した連合国側航空エンジンとなりました。
“熱田”が失敗した理由は鉄の質の問題だとかいろいろと言われていますが、
例のインチ問題も多少は有ったのではないか?って私は想像しております。
また元はアメリカ製ダグラスC-47用をライセンス生産した“金星”エンジンは空冷という事も有り
成功していますが、元からインチで設計されていた為も多少は有るのではないかと。
そして“熱田”が失敗した為に沢山できてしまった“首無し飛燕”が“金星”を搭載することで
優秀な迎撃機“五式戦”になった事は日米両方にとって皮肉な結果だったと思うのです。
・・なんだか、脱線も度を超えている気がする・・(w
>>58 それって、単に、作っても使い道がないからだろう。
ヨタはセンチュリーという特殊車に搭載する途があるから作ったんであって。
何で
>なのでいまだに、トヨタ以外のメーカーではその事実がトラウマとなり量産に踏み切れてません
>特に当事者のスバルと三菱は精神的ダメージがかなり強いらしく、V12のガソリンエンジンの設計を語る事も厳禁とされてます。
なんてことを、ソースも無しに言えるのかな、58よ?
逝ってる氏も順番が逆だろう。
マーリンの原設計は1930年代初頭だが、ダイムラーの倒立エンジンDB601出現はそれより後の筈。
倒立エンジンなんてものに面倒がつきまとうのは分かり切ったことで、
ヘンリー・ロイスならずとも普通は手を出さない。
(ちなみに、マーリンの品質は、ロールスロイス製よりもパッカード製のライセンス生産型の方が上回っていたとか)
DB601も無茶な代物だった。
なにより、普通のエンジンならメタルベアリングで済ませるようなクランクのメインベアリングを
ニードルローラーベアリングにした、ダイムラー・ベンツの独善もここに極まる設計。
ドイツ人どうかしてるよ。あの品質を大戦末期の窮乏の中でも達成してたんだから。
だがローラーベアリングの要求精度があまりに高すぎて、
技術も資材もなかった当時の日本じゃとてもまともな品質では量産できなかった。
>>62 >なんてことを、ソースも無しに言えるのかな、58よ?
>>37 >”嘘を嘘と見抜けないと難しい”
>このひろゆき氏のお言葉を捧げます。w
>>61 「三菱(中島系)」という表現にすごい違和感。
ハ140は、豊田でも量産準備中だったんだな。
>>64 大変失礼。別に富士重工と三菱とが同系列と思っていた訳でもないのに、
何故そんな風に書いたのかも不明な間違いでした。
>>62 あれ?そうでしたっけ・・?
何処かでヘンリー・ロイスはダイムラー・ベンツ式倒立V型に言及していたと読んだ記憶が有りますが、
ヘンリー・ロイスの死去(33年4月)DB600系最初の飛行(35年暮れ)マーリンIの完成(これも35年暮れ)
こう見ると、私の記憶違いだったかも。
脱線ついでにDB601Aの写真
http://www.wdic.org/p/MILI/db601a.jpg 倒立レイアウトってのは、やはり見た目に変なモノですね。
ロールス・ロイス“マーリン”の写真
http://jnpassieux.chez-alice.fr/images/Merlin_2.jpg やはりこちらの方が見慣れた感じで安心して見られます。
何処かにブガッティ航空用エンジンの画像って有りませんかねぇ。
以前レールカーに転用されたT41のエンジン画像は有りましたが、まさか航空機用もあんな風に
きさげ仕上げが施されていたなんて事は・・?
少しは車の話。
航空機用には第一次大戦初期に同時期のダイムラー・ベンツ製エンジンを参考にして
SOHCを採用していたロールス・ロイス製エンジンですけど、自動車用としてはずっと後までOHVに固執。
その必要を認めなかったという事なのでしょうが、長年の使用の内に必ず伸びて騒音の元となる
チェーンの使用も嫌い、補機類の駆動全てを手作業で仕上げたヘリカルギアで行ったという
ロールス・ロイス車らしい事ではあります。
くるまオタクには飛行機好きも多いようですが、大体はレシプロ機好きでありジェット機となると あまり明るくないという方が多いようで、私もその一人です。 小学生だった頃には第二次大戦時の戦闘機模型を幾つか作っていました。 双発以上の大型機は面倒でしたし、小スケールでも飾る場所もないので殆どが単発戦闘機でしたが 根っからの平和主義者でしたので、機銃等の装備は全て取り付けず、 また地味な暗い色は嫌いでしたので派手に塗りたくって架空のレース仕様にしていました。 後に成長して「人を殺める戦争が嫌で滅んだ国が存在するなら、その国民でありたい」と書かれた 山口瞳さんに傾倒する下地は既に有ったのでしょう。 (嘘・細いパーツはすぐに折れるし、車模型にも使える艶有りの塗料しか買えなかったから w) 由良拓也氏も同じ事をしていたと、本の中に書いていた事が有りますが、思想上の理由かどうかは 良く判りません。 その頃に疑問に思った事が有って。空冷フラットエンジンの信奉者であったF・ポルシェ博士は 何故航空機エンジンを手掛けなかったのかという事。 まぁ、今思えばそんなのは巡り合わせでしょうが、子供の頃から今に至る下地は有ったようです。 先日書いた「偏屈なオタクに支持されるメーカー」の条件に、「元・航空機(エンジン)屋」ってのも 入れるべきでしょうか? しかし、サーブとかBMWとか(富士重工も?)かつて飛行機屋だったという事を誇りにしている (ように見える)メーカーは数多いですが、なんだかユーザー側にすれば「だから何?」みたいに思われ あんまりイメージアップの材料にはなっていないみたいに思います。
もうちょっとだけ飛行機がらみで。
第二次大戦集結後、暫くは戦前型の車が走っていたGPレース。
そこで圧倒的な勝率を残したアルファ・ロメオ・ティーポ158“アルフェッタ”ですが
この車もご多分に漏れず戦前・1938年に登場した戦前型でしたので、構造的にはその時代の水準
つまり大径楕円鋼管を主構造に用いるラダーフレームシャシーでした。
楕円鋼管を更に拡大、ツインDチューブに置き換えて立体的な構造としたモノコック構造のレースカーは
その後50年代のジャガーDタイプの登場まで見られないようです。
F-1等のシングルシーター・フォーミュラでは更に後、60年代のロータス25が最初にそうした構造を
用いた事で知られています。
これは間に小径多鋼管スペースフレームの時代を挟んだ事も影響しているのでしょうが、
航空機の世界では30年代には既にアルミ製のモノコックが一般化していた事に比べれば
かなりの遅れをとったとも言えるでしょう。
戦後間もない頃に、航空機の構造をレースカーに転用しようとする発想を持った人がいたならば
戦前設計型のアルフェッタの独走は無かったかも知れません。
で。第二次大戦末期に試作で終わった日本の戦闘機に“震電”ってのが有りますが。
http://images-jp.amazon.com/images/P/B0006NGMPS.09.LZZZZZZZ.jpg http://www3.ocn.ne.jp/~konishi/72sinden.JPG これなんか、リアエンジンでサイドから冷却風取り入れ(空冷エンジンですが)でペンシルノーズ。
ですから1/2に縮尺して翼も脚も取り除きコクピットをオープン化、タイヤ4つ付ければ(全く別物か w)
かなり近代的なフォーミュラカーの形になるでしょう。
丁度緑色ですから、ノーズにオレンジのラインでも入れればBRM風で格好も良いかも。
これ、実は私が中学生くらいの頃に空想した事でしたが、模型屋等に入ると今でも時々思い出します。
暴走モード 昨日書き込んだ後で思った事。第二次大戦中の英国の多目的航空機に“モスキート”って 有名な代物が有りますが、これはご存知の方も多いでしょうが、当時としても時代遅れと言われた 全木製の機体を特徴としています。 軍事産業とは無縁な家具工場等の設備も使えるなんつうミもフタも無い理由もあって作られて 結果は大成功した機体ですけど、構造を良く見てみれば中々これが侮れない先進性も 持っていました。 由良拓也さんがその著書の中で指摘しているように、ラジエーター配置もその冷却風の抜き方も 77年のF-1・ウィングカーの元祖ロータス78のサイドポンツーンを彷彿とさせるものですし 木製モノコック構造というのも、見方によっては60年代のマーコス(レースカー) を先取りしているとも言えます 私は昔、アルミ材が不足していた日本にこそこういう機体が必要だったのではないか? って思ったのですが、日本が主に戦場とした南方では当時の接着剤はもたなかったのかも。 それにもしかしたら、熟練の指物師や大工さんが「接着剤なんて邪道でぇ!」って言って 凄まじく手の込んだ“ホゾ”とか“継ぎ手”を作りこんで、dでもない機体が出来てしまったのかも (・・・・私の空想は中学生時分から何も進歩していないなぁ・・・・) それにしても本当に第二次大戦機の空力ってのは見ていくと面白い事だらけで、 “シシャモ”と呼ばれたアメリカの戦闘機P-51のエンジン冷却風取入れ口が 胴体から少し離れたところに設置してあること等もかなり興味深く F-1でもそうした設計が見られるようになったのは、 サイドラジエーターが一般化してからかなり後のことと言った具合。 余談ですが、マーコスの設計者フランク・コスティンとロータスのコリン・チャップマンは旧知の仲 なのにマーコス登場からロータスのモノコックフォーミュラカー誕生まで数年も間が有るのは 何故なのでしょうか?(・・って車の話の方が余談かい w)
よく「戦争は科学技術を進歩させる」みたいなことが言われますけど、 ガソリンエンジンにとっては第二次大戦はどれ程の進歩を与えたのでしょうか? 全くの素人考えでしかありませんが、意外と目に見える部分には大きな進歩は無く、 あえて言うなら、エンジン本体よりも過給技術の方に進歩が見られるように思うのです。 ダイムラー・ベンツの航空機用エンジンDB600シリーズもロールス・ロイスのそれも、 SOHC4バルブを採用していますが(倒立V12のDB600系でもオーバーヘッドとはこれ如何に?) この形式自体はヴィンテッジ期のベントレー他で既に自動車でも見られた形でした。 ダイムラー・ベンツに至っては(設計はむしろ後でしょうが)37年の750kgフォーミュラ(車重制限)GPに DOHC4バルブ構造のW125を走らせている事を思えば、DB600系の凝った設計も レースカー程の事は無い様にも見えてきます。 (勿論、只のカウンターフローOHVだったこの時期の市販車よりは数段進んでいますが) 勿論、気筒内直噴機構等、様々な試みが航空機用エンジンには取り入れられていますけれど、 排気量に制限が有る訳でもない戦闘に用いられるエンジンですから、 下手な事して信頼性下げるよりも手堅く行く事が求められるのでしょう。 戦後のGPレースで戦前設計の“アルフェッタ”が活躍出来た理由にはそうしたものも有ったと思います。 初期型の出力(1937年で195HP)が戦後型では倍以上(47年には275HPも、最終51年型では 瞬間的には450HP)に増大出来たのは戦時中の過給技術の進歩と無縁ではないでしょうが。 “アルフェッタ”を用意出来たアルファ・ロメオはマシな方で、 戦争のダメージが大きく残った他のメーカーチームはGPカーを用意出来ず、 仕方なく1.5リッター過給機付きと4.5リッター無過給で戦後のGPは再開されましたが、 これも戦前型高級・大型車のエンジンを使用する車の参加を期待して作られた規則だったとか。 別に此処で平和の尊さ等を語ろうって訳でもありませんけれども、 もしも戦争が平時の倍の速度で科学技術を進歩させたとしても、疲弊した社会が元に戻るのに 戦争で失われたのと等しい時間を必要とするならば、全く意味は無いって事なのでしょう。
レシプロエンジンの主要なメカニズムは両大戦間にほぼ出尽くしているので、 第二次大戦が影響を与えたとすれば生産技術でしょうね。 組み付け精度の向上、大量生産技術と品質管理技術。 これらがなければ設計出力の向上も自動車の大衆化もあり得なかったでしょう。 あと指摘しておくとすれば、金属素材とその加工技術の発展かなあ。
戦争のおかげで少なくとも私たちが生きている間は地球温暖化の心配はありません。 もし戦争がなかったら世界の人口は今よりもっと多いため地球温暖化は相当進行しているでしょう。 そして私たちが生きている間にデイアフタートゥモローに直面していたと思うとガクガクブルブル。 戦争で多くの人が死んで本当に良かったと思います。
>>71 成る程。素材の事とかになると話はややこしく、訳がワカランところだらけになってしまいますが、
生産技術の方では以前
「欧米に於いて、二度の大戦は生産の現場に女性が進出するきっかけとなった」
みたいな話を読んだ記憶があります。
そうした事も、生産設備の近代化が有ってこその事だったのでしょう。
逆に、日本が大戦中に兵器の進化に一歩遅れをとった原因もその辺にあったようで、
熟練工頼みの生産設備を、そのまま素人工にあてがった為も大きかったようです。
この辺には、先日も書いた職人技術の軽視が根底に有ったとも思われます。
ちょっと軌道修正。
自動車の世界では、第二次大戦による疲弊からの立ち直りが最も早かったのは、
やはり国土が直接戦場にはならなかったアメリカでしょう。
47年型としてスチュードベーカーがフェンダーとボディーを一体化した大胆なデザインの
新型車をデビューさせています。
ビッグ3はそれに2年程遅れ、フォードが有名な49年型で話題をさらうまでは
戦前型を化粧直しした程度の物に留まっていますが、
これは戦後の新車不足に応える為にモデルチェンジどころではなく生産を急いだという
他国から見れば贅沢な事情による部分も大きかったようです。
欧州に目を向けると、やはり主要な真の戦後型と言うべき車は戦後間も無くは出なかったようで、
40年代に登場した新型車、フランスのシトローエン2CVやルノーの4CV、ドイツのVWビートル等、
これらは戦前に開発が始められた車ですから、48年登場のプジョー203は例外的に早く
(これも戦時中に開発が始まった可能性はあります)
一般的には50年に登場したイタリア、アルファ・ロメオの1900やフィアット1400辺りが
真の戦後型としては最も早く生まれたものでしょうか。
イギリス車は・・この頃から守旧派デザインに固執するようになったようで、
何処からが真の戦後型やら、ナンだか訳が判りません(w
第一次大戦の終結後には、英仏両国を中心にサイクルカーと呼ばれた粗末な小型車が流行しましたが 第二次大戦の後にはその両国には再びそうしたブームは起きなかったようで、 今度は敗戦国のドイツを中心に“バブルカー”と呼ばれた超小型車が続々と生まれました。 第一次大戦後のサイクルカーの流行の場合には、戦勝国にいくばくかの好景気が生じた事から それまで自動車には無縁だった庶民層が、少しばかり気を大きくしてそうした車に手を出したそうですが、 結局のところ、町工場レベルで作られたそれらの品質は酷いものが多く、 大メーカー製の安定した品質を持つ小型車に駆逐されていったという経過を知る者は、 二度とそうした代物には手を出さなかったということでしょうか。 第二次大戦後のフランスでも戦前に既に自動車の世界からは撤退していたガブリエル・ヴォアザンなど、 耐乏型の小型車を提案した人もいたようですが、結局は殆ど無視されたように 他国で細々と生産化されたに留まったようです。 また、フランスでサイクルカーブームが再燃しなかった事には、戦後間も無い46年には ルノー4CVが、その2年後にはシトローエン2CVがそれぞれ戦前からの開発期間を終え誕生したという そうした事も影響していると思います。どちらも最初は中々一般には入手出来なかったようですが、 「その内に買えるようになるだろうから、今は粗末な物に散財するのは控えよう」 と思わせる効果は有ったのではないかと。 一方、第二次大戦後のバブルカー・ブームが主に敗戦国ドイツで起こったことは、 先のサイクルカーブームから四半世紀の時代変化を表わすことのように思えて興味深いところ。 戦前のドイツに於ける自動車の普及率は決して高くなかった筈ですが、 それでも既にそれ無しでは生活が成り立たないところがかなり生まれた後だったのでしょうか。 恐らく、サイクルカーに手を出した時の英仏人とは、かなり異なった理由から、 バブルカー(キャビンスクーター)を入手したものではないか?と私は想像するのですが。
75 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/07/22(日) 22:48:18 ID:ZMBsSbmSO
サイクルカーに関する資料があんまり見つからない。バブルカー関連は時代が後なので、関連本もあるんだが。 2CVってさ、ヴォアザンの影響を受けているんじゃないの?
シトロエンのブーランジェ ル・コルビュジエのコンセプトカースケッチ 万能農民車の無謀な野望を抱く ↓ ↓ ガブリエル・ヴォアザンに影響→部下のルフェーブルに影響 ↓ ↓ ↓ ↓ 会社がこけてからささやかなビスクテルを作る シトロエン移籍 ← とにかく作れ ↓ 世紀のド変態珍妙生物車2CV誕生 こういうことになるのかなあ
以前に書いた事を重複する部分も多いですが、サイクルカーっつうのは第一次大戦の前から
英仏両国で流行した簡素な小型車の総称で、その多くは町工場レベルの小さなメーカーが
既製品のエンジンを用いて作った物でした。
本格的な流行は第一次大戦後のことで、この種の大衆向け経済車の保護も図られ、
現代の日本に於ける軽自動車枠のような税制優遇措置もとられたようです。
しかしその基準は最大重量350kgという過酷なものでしたので、この中に収める為には主要な構造材まで
思い切った軽量化策を講じる他なく、フロントアクスルを薄い鋼板で補強した木材で済ます等、
品質の低下に一層の拍車を掛ける結果となり、大メーカー製のシトローエン5CVやルノーの6CV等、
品質の安定した安価な小型車の登場と共に多くは消滅して行きました。
しかし中にはアミルカーやサルムソン、またフレーザー・ナッシュに発展したGN、初期のモーガン等、
優れた設計のものは流行の終わった後にも生き残り、第二次大戦前のライトウェイトスポーツという
独自の市場を開拓する事に成功しています。
フォーミュラカーがGP(F-1)ヴォワテュレット(F-2)サイクルカー(F-3)とクラス分けされたのは
この頃に由来する事だそうです。
初期のサイクルカーとして知られるべデリアっつう車の画像(携帯でも見られるでしょうか?)
http://www.vaq.qc.ca/vaq/voitures/bedelia12.jpg http://ned.ronet.ru/0/1913%20Bedelia.jpg 後席を運転席とするタンデム2座、センターピポットでステアする一本の棒で済ませた前車軸。
デフはおろか、変速機もクラッチも無く、後輪直前に立つレバーの操作で後車軸の位置を変え
ベルトの張り具合を変化させる事により、動力の断続と(滑りを利用した)多少の変速を行うという
思い切った設計(w)が理解出来ると思います。
まぁ、この手のモノは長生き出来なかったのも無理はないのかも・・。
あと、2CVの設計で中心になったアンドレ・ルフェーブルさんは元ヴォアザン社のエンジニアでしたが
2CVへのガブリエル・ヴォアザンやヴォアザン社の直接の影響は私の知る限りでは無いと思われます。
78 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/07/23(月) 08:01:33 ID:lEud5l06O
フランス辺りにはサイクルカーの愛好家がいるんですねえ。 逝ってる氏の画像を見て、モーガンのスリーホイーラーなんかは、サイクルカーのイメージの延長上にあるんだろうかと、ふと思ったんだが。
延長上つか、モーガンの発祥は正にサイクルカーそのものだと思いますよ。
サイクルカーをどう定義するかは難しいところも有りますが、軽量化や低価格化の為に
何かを省略した車はその範疇に入れて良いかと思います。
つまりスリーホイーラーは、税制上の優遇措置の都合も有り、後輪を一個とデフを省略した車と。
サイクルカーの流行は、幾つかのメーカーを残した他に、優秀な人材を発掘してもいます。
例えば1920年代にシトローエンで5CVを設計、粗末なサイクルカーの氾濫に終止符を打った
ジュール・サロモンさんは第一次大戦前にはル・ゼーブルという小型車の設計に携わっていました。
http://proxy.f2.ymdb.yahoofs.jp/users/e6ddb2d7/bc/7fb6/__hr_/7d15.jpg?bcfi2GHBiQgVXQtW これはそのル・ゼーブル車(1915年製)ですが、必要な物は一応全て備えた小型車で、
そういう意味ではサイクルカーと言うよりもライトカーと言った方が良いのかも知れません。
私はこうした簡素な小型車が好きですので、サイクルカー愛好家の気持ちも良く判るつもりです。
事情さえ許すなら、一台手許に置いて玩具にしたいと常々思っております。
こうした車の何に惹かれるのか?っつうと、その奔放さから来る面白味もさることながら、
目で見てその仕組みが理解出来るという判り易さもその一因ではないかと思うときが有ります。
単純な構造、むき出しにされたメカニズム等、私のような素人にも全体が把握出来る面白さ。
恐らく私の中には、少し前のスケルトンカラーの機械モノの流行に飛びついた人にも通じる、
ある種の幼児性が有るのでしょう。
ところで。
>>76 さんの書き込みを見て“ル・コルビュジエの人間サイズの車”の資料、何処かに有った筈と
思ったのですけれど、捜しても出て来ない・・。
確かに“2CVの面影を感じるなぁ”と思いつつ見たという記憶も有るのですが。
そんな訳ですので、その辺の資料が出て来たらいきなりまた話はそっちに戻るかも。
80 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/07/24(火) 18:54:42 ID:ANodFvVIO
そういや、メッサーシュミットもイセッタなんかもバブルカーでかつスリーホイーラーですね。単純だからこそ乗って楽しいとw
81 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/07/24(火) 22:17:20 ID:TJAQ3ABi0
前2輪で後1輪だとサイクルカーなんですね。 その逆に前1輪で後2輪でもサイクルカーなのかな。 それとも三輪車かな。
イセッタは一応は四輪ですよ。メッサーシュミットも、強力版には四輪型が有ります。
>>81 まぁ、その辺には厳密な規定とかは有りませんから、見る人次第(w
ドイツ辺りでは、バブルカーのコレクターなんて方もいらっしゃるようですが、
そういう方々の中には、日本で大流行したダイハツ・ミゼットなんかもバブルカーの範疇に
考えるという人もいるそうです。まぁ、そう言われるとそんなものかも。
あと前一輪型の三輪車っつうと、戦前のDKWの小型トラックにそういうのが有ったようで、
このスレの初代で少し話に出た事もありました。
その写真を何処かで見た事が有るのですが、何処で見たのかは失念。
その内に出て来たらスキャンしてみますが、アルミ一体鋳造製のフロントフォーク上部に
2サイクル250cc程度の小型エンジンを持ち、ハンドルと一緒にエンジンも動くっつうものでした。
バブルカーについては【マイクロ】小さな車につて語ろう【ヒストリック】
http://hobby9.2ch.net/test/read.cgi/car/1184837618/l50 こんなスレも有りますので、小型好きの私も参加したいところですけれど、
あんまりマジメに考えると、この手の物って、昔の規格の軽自動車復活みたいになる気もします。
何処か省略して、変な車にしないといけない(w)のでしょうけど。
サイクルカーってのは、昨日も書いたように、何処かを省略して簡易化したような車だと思います。
それが大まかな合意というか、一般的な認識のようで、大メーカーの製品であっても、
前スレで話に出たデフを省略したタンデム二座のプジョーなどは、サイクルカーの範疇に入れ、
似たような大きさであってもシトローエンの5CVや、オースティンセヴンなどは
普通に小型車の範疇に入れて考えられる事が多いように思います。
83 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/07/25(水) 00:07:55 ID:su4v2WWI0
低所得層に自動車を普及させる手段であり、高度経済成長の落とし子であるサイクルカーと 敗戦国で最大の顧客である軍を失った企業の窮余の策であったバブルカーを同列に語るのも 難しいでしょうね。 日本でも軍需物資の流用からはじまったスクーター産業もありますね。 むしろアルミの鍋の方が有名かも。
84 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/07/25(水) 00:15:42 ID:2OuoV1rj0
原付カーもサイクルカーの範疇なのかな。 いくらなんでもトライクは違いますよね。
85 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/07/25(水) 05:39:08 ID:wNH8Ugj/O
最近のトライクやスリーホイーラーは、サイクルカーなりバブルカーの範疇には入らない高価な玩具であるが、サイクルカーやバブルカーに通じる要素があるんだろうなあ。
>>83 日本でもフライングフェザー等計画段階迄行った物は有っても、実際の生産には至らず、
結果キャビンスクーター迄行かずに只のスクーターで終わったという事でしょうか。
>>84 まぁ、一応サイクルカーっつうのは1910年代〜20年代半ば迄に作られた簡素な車という
定義ですので、現代の原付カーとかは別の物とするべきでしょう。
>>85 現代では少量生産車は高い物につくのは仕方ないところでしょうから、
あの手の物でも安価に作ろうってのは中々難しいと思います。
何一つ省略することなく、マジメに作るとそれこそゴードン・マーレイの“ロケット”みたいに
なってしまうのかも。
http://proxy.f2.ymdb.yahoofs.jp/users/e6ddb2d7/bc/7fb6/__hr_/876f.jpg?bc25gHHBx2bigYWl サイクルカーの息の根を止めたとされるシトローエンの5CVですが、
CGの小林彰太郎さん辺りは、これを
「大型車が備えるもの全てを欠かさず、縮小した小さな大型車」と表現しますが、
実際にこの写真を見てからそう説明されても、私は正直に言って「どこが??」と最初は思いました。
でも先日リンク張ったベデリアのような簡素なサイクルカーと比べてみれば、
ギアボックスも有ればクラッチも有りデフも有るという具合ですから、
確かに「全て欠かさず備えて」いる訳ですので、今ではその言葉の意味も理解出来ます。
小型車ならば小型車なりに、大型とは異なる発想で小さな空間を有効に利用しようと言う考え方で
大胆な設計を用いるようになるのはもう少し後の事。
その発端は更に10年程後に生まれた、初代・フィアット500"トポリーノ”辺りからでしょうか。
この時代の小型車はその前の段階として、まずはとにかく
「何一つ省略する事なく、必要な全てを備えた物」を作る事が求められたのだと思います。
87 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/07/26(木) 20:19:52 ID:y49oAmaMO
オースティン・セブンやらトポリーノは小型車ではあっても、軽便車ではない。 いま、軽便車の残滓を探すとしたら、街でたまーに目撃する、原付ベースのミニカーやモーター付チャリぐらいしかない。
最初に一つ訂正。
>>82 で「イセッタは一応四輪車です」と書きましたが、その全てがそうだった訳では無かったようです。
オリジナルのイタリア版とかBMWがライセンス生産したものは、確かにチェーンケース両側に
小さな後輪を二つ持つ四輪車なのですが、三輪車に優遇税制を与えるイギリスでは
イセッタGBという会社が独自の三輪車バージョンを作ったのだそうです。
ところで最近の軽便車と言えば、車よりもバイク寄りですけど宅配ピザ屋さんの三輪車とか・・。
より自動車的な物を真剣に考えると、あれこれと要求が厳しくなってっ結局のところは
軽自動車と大差なくなってしまうのでしょう。
全体を小さくまとめようと考えればあれこれと工夫が必要となり、
一つ一つの部品を小さくする事では追いつかなくなった時に、新たな発想が生まれるのでしょう。
リアエンジン車とか初代ミニの横置きエンジンなどがその代表例かもしれません。
しかしそれは一応、小型ながらもまともな車を作ろうとして考え出された形であって、
それでも足りないとなった時には一見珍妙とも思えるすっ飛んだ発想が出て来るようで。
そこがサイクルカーやバブルカーといった奔放な軽便車の鑑賞ポイントでしょうか。
その車そのものを、こうした軽便車の範疇に入れて考えるべきか否かは別として。
戦前ドイツのDKW、二気筒横置きエンジンの前輪駆動車(殆ど同社のモーターサイクルの動力系を
前車軸上に置いただけ?)だとか、
前スレでも話に出たオランダDAF車の無段変速機付きベルト駆動車とかもそうした軽便車的な
発想から生まれた物ではないでしょうか?
でも、これらは後に前輪駆動用のドライブジョイントの発展や現代的なCVTの誕生の布石となる等、
軽便車の発想から後の時代の車に大きな影響を与えた物も生まれているようです。
昨日の書き込み、DAFを“無段変速機付きベルト駆動車”ってのは変な書き方で、
“ベルト駆動無段変速機付き車”と書くべきでした。
さて。バブルカーとかキャビンスクーター、その手の車の本場ドイツ語だと
カビネン・ローラー(KabinenRoller)と呼ぶみたいです。
バブルカー(BubbleCar)っつうのは勿論英語風の呼び方で、バブル(泡)ってのは
それらの車の形を表わしているのでしょうけれど「ほんの思いつき」みたいな意味もあるそうで、
そう聞くと「少し前にはもっと粗末なサイクルカーに夢中だった癖に」って突っ込みたくもなりますが、
この手のバブルカー、アメリカにも玩具感覚で少量が輸出されたそうですから、
もしかしたらアメリカで生まれた呼び方なのかもしれません。
この手の車の愛好家は今でも多いようですので、Googleを利用すれば
これでもかというくらいに珍妙な車の画像が出て来ますが、そんな中でも代表的な物を幾つか
イセッタ(Isetta)
http://www.diseno-art.com/images/bmw_isetta_open.jpg この車の最大の特徴、前開きのドアと連動して倒れるステアリングシャフトが判ります
メッサーシュミット(Messerschmitt)
http://www.seriouswheels.com/pics-mno/Messerschmitt-TG500-Tiger-White-fa-lr.jpg 実は航空機設計者のウィリー・メッサーシュミットさんは箔付けに名前と工場を貸しただけというのは
現代では既に良く知られた話。
ツェンダップ(Zundapp Janus)
http://ned.ronet.ru/0/1957%20Zundapp%20Janus%20250.jpg 乗員が背中合わせに座るのは、19世紀にも“ドサド”という呼ばれ方で有りましたが
(向かい合うのはヴィサヴィ)その形に合わせてドアも付けた生真面目さが今では妙に可笑しいところ。
他にもハインケル(Heinkel kabine)とかゴゴモビル(Goggomobil)辺りが代表格でしょうか。
実物を常時展示している日本国内の博物館としては、大宮のハタガレージには
メッサーシュミットとBMWイセッタが有りましたが現在は休館中。
小松の日本自動車博物館にもメッサーシュミットが有った筈。
90 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/07/28(土) 02:32:15 ID:/IjeEfMi0
バブルカーの代表格と言えばシーマでしょうね。 バカ売れしてシーマ現象と言われた頃が懐かしいです。 他にもキャラやセラなど個性的なバブルカーが多かったなぁ。
91 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/07/28(土) 07:39:45 ID:U+1OScKrO
余談ながら、ツェンダップは西独の二輪メーカーなんだが、1984年に倒産後、生産機材を中国が買い取り、自国でTIANJINという名前で2ストモデルを作り続けているらしい。このあたりは、昨今のMG買収とその後の技術移転を思い起こさせる。
日産だって倒産したグラハムページのツールで大型車生産をスタートしたんだから珍しいこっちゃない罠
94 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/07/30(月) 22:17:50 ID:BijOMxruO
ヴォアザン氏は自動車技術の最先端の現場にあろうとしたから、それがサイクルカー的なものであったり、V12の高級車やGPカーであり、戦後の小型車であったりしたわけで、ここが彼が徹頭徹尾技術者であった所以だと思います。
>>94 あと、ヴォアザンさんの場合、既に航空機会社の企業主であったという都合も大きかったと思います。
自動車産業に進出するときに同時に検討したのがプレハブ住宅の製作販売だったことからも、
とにかく企業を維持するに充分な市場の存在する商品を探っていたようで。
その結果があの時点では高級車に落ち着いたのではないかと。
前スレでも書いた事ですが
ヴォアザンさんが自動車産業に参画を試みた第一次大戦直後という時期には、
欧州には未だ大衆車というジャンルが殆ど存在していなかったようで、
そこで生まれたのがサイクルカーのブームだったのでしょう。
それを一過性のものと捉えてブームに乗らないことにしたのがヴォアザンさんであり、
“これからは大衆車市場が出来て行く”と思い、その可能性に賭けたのがアンドレ・シトローエンさん
だったのではないでしょうか。
「自動車は距離と時間を征服し、人々に移動の自由を提供するものでなくてはならない」
アンドレ・シトローエンのそうした考え方は、シトローエン社の行動やその車の個性に現れています。
サーキット(直訳すれば回路)の中で瞬間的な速度を競うレースには見向きもせず、
その代わりに行ったのがアフリカ大陸やユーラシア大陸の冒険旅行や
数ヶ月にも及ぶ長時間耐久走であったこと等もそうですし、
アンドレの死後に誕生した2CVが、軽量で簡素な構造で初期には60km/h程度の性能でしかなくとも
長時間の走行に耐えられる乗り心地を重視していたことや、外寸を奢る事で4人が楽に乗れ、
同時期のバブルカーとは一線を画す物であったこともその現れだったと思うのです。
しかし普通の車が行き渡った現代の先進諸国では、悪化する一方の都市内交通事情に対して
かつてのバブルカーのような物が有っても良いだろうという考え方も有るでしょう。
そこを突いたのが、そのまんまベタな名前の“スマート”なのでしょうが、名前のセンスはともかく
その提案には一応の理解が得られているように思います。
>>95 軍需企業の民生転換に関するビジョンで、アンドレ・シトロエンの方がより先を見据えていたということね。
(もっとも、流れ作業方式で砲弾製造を行ったという時点で
早くからフォードの手法を意識していたことは確かでしょう)
ヴォアザンのWW1後のプレハブ住宅案は当時の建築業界に潰されてしまった訳ですが
こちらは発想が先を行きすぎていたって事ですね。これも何十年か後なら成功していたでしょうが。
WW2後にアメリカでは、軍用建築物の効率的建造のノウハウを
一般住宅に転用したウィリアム・レヴィットが、低コスト木造建築の大量建造を行い、
郊外の一戸建て新興住宅地の造成までパッケージングした「レヴィットタウン」を実現してますね。
あれが戦後アメリカの「郊外」を作り上げたわけです。
商機をつかむのは難しい。
97 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/07/31(火) 23:16:14 ID:U43Y0SfnO
驚くなかれ、ヴォアザン氏は1920年代にパリの再開発計画さえ描いている。これは、現在的高層ビル群を想定したもので、これとてやはり先見の明があったと言わねばならない。 ガブリエル・ヴォアザン恐るべし。
ガブリエルさんが小型大衆車に向かわなかったのには、企業規模の問題とかも有ったのかも。 いずれにせよ、飛行機や自動車が大好きな方でしたようですので、 例え他の何かに手を染めても、最後には乗り物の技術屋になっていたことと思うのです。 ヴォアザン社は短命に終わりましたが、ガブリエルさん自身は第二次大戦後も 長く自動車の技術研究や後進の育成に尽くされ長寿をまっとうしています。 それに対してシトローエン社は今もその名前を残していますが、アンドレ・シトローエンさん自身は 自らが育てた会社も全て失った後に、若くして胃癌で亡くなっています。 何が人の幸福なのか、今も多くの人に尊敬されていることも、アンドレさんにとっては どれ程かの慰みになるのかどうか。・・あれこれと考えさせられます。 閑話休題、そしてまた幾らでも閑話(w スマートのような、都市内近距離用小型車。そういう用途に特化するならばバブルカーのような物が また復活する事も有るかも。 特に平均速度の低い日本では、都市郊外でもせいぜい80km/h程度までの加速がまともに出来れば 他の邪魔になる事もなく、一応の役目は果たせるでしょうし。 スズキから“ツイン”が出た時には、手持ちの部品を有効に使って上手い事考えたものだと感心しました。 しかし同時にあの形では売れないかもしれないとも思ったものです。 “スマート”がベタな名前だと思えるということは昨日も書きましたが、 あの手の車を買う人にとってはそういう(スマートな)選択をした人に見て貰えそうな雰囲気も 大事な要素ではないでしょうか。 安いことは結構ですけど(それもスマートな選択でしょうし)それだけでは駄目だと思うのです。 今の消費者の多くは、安い物は好きでも安っぽい物は嫌いでしょうから、 単に短縮した(それもちょっと古臭い形の)軽自動車然としたツインの外見では スマートのようには市場に受け入れられなかったのも、無理は無かったと思うのです。
99 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/08/01(水) 00:44:06 ID:4762ii2D0
スマートは日本では不人気車ですよ。ぜんぜん売れてません。 ツインが売れなかった理由は2シータ−だったから。
日本人は例え本当に乗る事は無くても ともかく乗車定員は多いのが好きですからね。 そんな事とか値段を思えばスマートは健闘している方? 半額以下で買えたツインよりも良く見掛けるのだから
スマートはブランドの御利益だろう。 2人乗りじゃゆとりがないが、4人乗りの5ドア車ならリアシートを荷室代わりにして レジ袋を足元にぽいと放り込める。 それにフルサイズの軽乗用車でも走るのに苦労するような道路なんて、限られた範囲にしかない。 また2シータータイプのコミューターだと、 ショートホイールベースによるドライバビリティの悪化も無視できないものがある。 何より、そこまで駐車や進入、転回に苦労するほどのところにエンジン付の乗り物で行く必要があれば フルサイズ軽自動車の代替としては、桁外れに維持費の安い原付バイクという乗り物がある。
・・えと・・実は昨日書き込んだ後に自分でも思ったのですけど、 路上駐車に厳しい日本では、路肩に縦列駐車をする機会って滅多にないので、 欧州の都市部で役立つ、極端に全長が短い二人乗りの最大のメリット (駐車場所が見つけ易く駐車そのものも楽)が全く何の役にも立たないと・・。 (如何にも思いつきでテキトーに書き散らしているのがバレバレ・・w) まぁ、それでも都市部(特に昔からの住宅地等、細い路地の多いところ等)では 小型車が便利ですし、小型には小型なりの良さっつう物が有ります。 でも、値段が大きく変らないならば、大きい方を選んでしまうって気持ちも無理はないところ。 例えあえて小さい車を選ぶ事が“スマート”な選択という事が理解出来ても 実際に購入の段となれば中々そうはいかないってのも判らないでもありません。 手許のSCG13号に、1929年に当時の輸入元が作成したオースティン・セヴンのカタログの一部が 掲載されています。 この中で興味深いのがゴルフ場のクラブハウスを背景にセヴンの姿が水彩で描かれた頁。 そこに添えられた文章には 「電車やバスで行くのではスポーツの愉快さを少なからず減殺してしまひます。 かと云ってあまり大型の車でも仰々しくていけません。置き場でご不便を感じることも〜(後略)」 と有ります。 このカタログは当時の英国版を元につくられたそうですが、この当時から今に至る駐車場等の問題が 生じていたということでしょうか。 しかし、以前にも書いたように、英国から輸入したセヴン(750cc)の値段は当時のポンド高もあってか 横浜組み立てのフォード(3リッター級)と大差なかったとか。 後席は子供しか乗れない小型車セヴンにも、小型ならではの良さが有った事は疑いないのですけど 燃料が意外に安かったらしい当時「あまり大型の車でも仰々しくていけません」と言われても どれだけの人が「成る程、そういうものか」と思ってくれたことでしょうかねぇ??
久々に出てきて股も藪からチン棒な話ですが、 アンドレ・ギュスターヴ・シトローエン氏、彼が彼の会社を破綻させたのは ある種の”罠”に嵌まった、とも言はれております。 それは後発のシトローエンに危機感を抱ひたルノー家が 当時最新鋭を誇ったルノー工場をアンドレ氏に視察させたのださうです。 もちろん、単純に同業他社との交流なんつうヌルひ理由ではありません、 そこには魂胆あってのこと。 前輪駆動車、トラクシオン・アヴァンの開発に膨大な資金を投入して 財政状態の宜しく無ひシトローエン社、そして猪突猛進型のアンドレ氏の性格を知ってゐた ルイ・ルノー氏は自社の最新鋭を見せつけることでアンドレ氏が 無茶な会社運営をして自滅するであらうと読んだのです。 そして、その結果は・・・残念ながらルイ氏の思惑通りとなった訳です。 巴里、セーヌ河畔にルノーを凌ぐ巨大な最新鋭工場を無理矢理建設、 間もなくシトローエン社は経営が破綻しました。 まぁルイ氏の読みが外れたとも言へるのは、タイヤ屋ミケリンが引き継ひだことでせうか。 そして独創の新技術、トラクシオン・アヴァンはミケリンの資本で開発が続けられ製品化され 歌にもなりレコード(シトローエン社の宣材なのですが)にもなり絶賛を浴びるのですが その陰でアンドレ氏は自らの手を離れた会社の栄光とは裏腹の最期を迎へた、と言はれます。 そしてそのルイ・ルノー氏を当主とするルノー家もやはり第二次大戦後、 戦時中のドイッチュ・ナチス政権への協力を国家反逆と断罪され全ての財産を共和国に没収され ここに国営ルノー公団が誕生したのであるます。
さて、上記で”独創の”と書きましたがFF自体がツトローエソの発明でないことは周知のことと思ひます。 ツトローエソの功はFFを実用量産車として成功させたことにあり、 それが為に”前輪駆動”トラクシオン・アヴァンは同社の代名詞の如くなり得た訳です。 で、ここの住人的にはこのFFの等速ジョイントの実用化のお話あたりが琴線に触れませうが その辺は股の機械かこのネタ引継ぎたひ方にとりあへづお任せしませうか。 股してもグレゴワール・トラクタ、トラクタ式等速ジョイントとか重箱の隅突付くやうな、 クルマヲタ検定にすら出てこなひやうな難問・奇問、 ププン酢女史あたりではとてもではありませんが手に負へ無ひやうな脱線話をしたひとこではありますが 今週末にお遊びを控へ、週明けには会社のシステム大更新をも控へ ヲタ話の暇あるかだうかですので、何卒以後宜しく、と書きっぱなしのネタ振りっぱなしにて失礼。
ぁあ、さうだ、逝ってる師の話で思ひ出しましたが 弊社本社のある欧州某国某市では路駐はともかく人の積み下ろしの際 あらうことか歩道に堂々とクルマが入り込んで、 例へばアテクシ泊まったホテル(車寄せのあるやうな郊外の高級なとこでは当然ありません、 街中のそれこそミケリン★★ぐらひのとこ)の玄関先に本社の迎えのSAAB9000だのなんだのが それこそクルマのドア開けたらホテルのテナントの下着屋wのショーウインドウに当たるか っつなとこまで侵入して停まってて恐れ入りました。 更に笑ったのが当地に半月ゐたある日、本社で誰かが地元のローカル新聞読んでゐたのですが その1面のトップ記事が「当市では歩道の駐車が大問題となってゐる」つう話。 なんだよ、さういふ慣習なのかと思ったぢゃなひか。w
明日を控へて今日は訂正のみかな、 上記★★は誤りで★★★でした、宿の名誉の為w訂正。
>>103 実はその“罠”の件はルイ・ルノー氏自らが後にそれを認める旨の事を述べていたとされています。
曰く「私はアンドレ・シトローエンに対して一度だけ汚い手を使った。
それはスガン島の新工場を彼に見せた事だ」と。
その結果、アンドレ・シトローエンはルノーが30年をかけて行った事を僅か3ヶ月でやり遂げ、
代償として破滅への道を歩んだと手許の本には書かれています。
・・しかし。それは一応の史実を順に書き並べただけの事であって、
現実はそんなに単純なものではなかったであろうとも私は考えております。
もしもルノーの新工場を目にしなかったとしても、恐らくアンドレさんはジャベル河岸の工場を改築し
結局最後には破滅していたと思うのです。
1933年、新工場の完成を前に既にトラクション・アヴァンの開発はほぼ完成していましたが、
アンドレさんはこの車で他社を技術的に5年分は突き放すつもりでいたそうです。
ですが、トラクション・アヴァンはその程度の物ではなく、旧態化したジャベル河岸の旧工場では
量産に多くの問題を抱えていたそうです。
新工場の完成は1933年10月初旬。シトローエン社の財政破綻は翌年2月下旬のこと。
最初のトラクション・アヴァン7CVのデビューはそお僅か後、3月3日のこと。
アンドレさんの綱渡りの賭けは僅かにタイミングを逸したのでしょう。
彼の死後、アンドレ・シトローエン河岸と名前を変えた旧ジャベル河岸。
近くに有るメトロの駅も二つの内一つはアンドレ・シトローエン駅と名付けられ、
その構内にはかつてのシトローエンの生産モデル等の写真が飾られていました。
そして今はその工場も無く。跡地は美しい公園になっています。
http://proxy.f2.ymdb.yahoofs.jp/users/e6ddb2d7/bc/7fb6/__hr_/20f8.jpg?bc_fKKHB0BMFU0Jh http://proxy.f2.ymdb.yahoofs.jp/users/e6ddb2d7/bc/7fb6/__hr_/71c6.jpg?bc_fKKHBpJnG7xgf 風景のごく一部を切り取ったでけですので
そう言われて見なければ、一体何を撮った写真なのかワカランでしょうね(w
アンドレ・シトローエンさんの猪突猛進型っぷりっつうのは事実大したものだったようで、 その一例は先日も触れた“粗末なサイクルカー達の息の根を止めた”小型車5CVの終焉にも見られます。 1922年3月に誕生した5CV。最初は二座でしたが誕生翌年には三座(2+1)のC3に発展 26年までに8万台余りが生産されてそこで生産は終了しています。 これは僅かに遅れてイギリスに誕生したオースティン・セヴンが 実に39年迄生産され続けたことと比べてみれば、かなり短命だったと言えるでしょう。 生産終了の時点で5CVの売れ行きは全く落ちていなかったと言われています。 5CVの終焉は、アンドレさんが当時暖めていた生産効率の向上策 木材等を構造材に一切用いない全鋼製ボディーの採用の為と言われています。 車両重量が嵩む事は避けられないこの改良には、小型(850cc)の5CVは適さないと思われ、 生産ラインか外されたのだと。 しかし売れ行き好調だった車をそうした理由から生産中止にするとは普通考え難いのですが、 常に先(だけ)を見るアンドレ・シトローエンさんにとっては当然の帰結であったのでしょうか。 オースティン・セヴンが生産量のピークを迎えたは35年のこと(2万7000台余)ですし、 5CVを模倣したとされるオペルの“ラウプフロッシュ”(雨蛙)も改良を重ねて38年迄生き延びたように、 このサイズの車の需要は5CVの終焉後に更に膨れていったこともあり この時のアンドレさんの決断はちょっと勿体無かった気がします。 オースティン・セヴンは最終的に30万台弱を売り上げ、それに加えてドイツではDixy社によって ライセンス生産され、Dixy社を併合したBMWの基礎を築いていますし フランスでもローザンギャール。アメリカでもバンタム(軍鶏)の名前でライセンス生産されるなど 世界中で大成功を収めました。 もっとも、セヴンの成功に縋り次の一手を打てなかったオースティン社のその後を思うとき、 アンドレさんの決断は少し早すぎただけで間違いではなかったとも言えるのかも知れませんが。
オースチン氏は、助手の少年製図工と二人でアイデア出し合って ごく内輪にセブンを設計しちゃったんだっけ。 三角フレームとか、いろいろ不思議なところがあるね。
なるほど、トルクチューブドライブにすることで牽引力はシャーシ前方に伝えられるから、 後車軸回りのシャーシ構造は簡素化できるわけだ。 うまいこと考えやがったな。
114 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/08/06(月) 19:29:43 ID:ze7VOG4GO
ちょうど百年前の北京・巴里間のラリーでは 一位 イターラ 二位 スパイカー 三・四位 ドゥ・ディオン・ブートン スパイカーはそれを記念して、子供が書いた自動車の絵そのままの四駆車を販売するそうな。
↑ ど・どんな代物なんでしょうね?? 北京・巴里ラリーはいろんなところに記述が見られますが、何が何やら・・ですねぇ・・。 さて。オースティンセヴンのトルクチューブドライブですが、 リアの1/4楕円リーフに加減速のトルクを伝えないもう一つのメリットは、 スプリングを柔らかく設定出来る事でしょうか。 ホイールベース2mにも満たない小型軽量車のセヴンですから、結構この事は大きかったでしょう。 1922年の誕生時、オースティン・セヴンの車重は僅か350kgだったとか。 フランスでのサイクルカー優遇税制(この法律自体も1914年にイギリスで出来たものの影響大とか)で 定められた最大重量にも丁度合致しますが、そこを狙ったのでしょうか? しかし、年と共にセヴンも重量を増していき、最初はオープンのみだったのがファブリックサルーンも バリエーションに加え、更にはアルミ製サルーンボディーやら、そのコストダウン版鉄製サルーン・・。 最終的には誕生当初の倍近くの重量に喘ぐ始末。 これに対してエンジンパワーは当初の10.5HPから僅かな向上に留まり、主な重量対策としては ギア比の引き下げがその中心だったとか。 まぁ、長い事生産された車の場合には多かれ少なかれ重量は増して行く物ですが。 戦後のシトローエン2CV等は重量も増しても馬力はもっと増し。 最初は60km/h程度しか出なかったのが最後期モデルでは、東名高速くらいなら 時には追い越し車線にも出られました(変な自慢 w) 今の日本の軽自動車なんかはその点どんな物でしょう? 一応、エンジン技術やATの進化で性能は保てているみたいですが、 それが行き詰まったらそこから先はどうなるのか? オースティン・セヴンの教訓は生きるのでしょうかね?(まぁ、他人事 w)
>>115 長生きな大衆車の重量増加問題は世のならい。
フォードモデルTも苦しんだのよ。
重くなって行く軽自動車は、ガス喰いを承知で、
排ガス浄化がエミッション枠内に収まる限りの過給と高回転でもってしのぐことになるんじゃないかな。
無意味に重くなったクルマには不自然にフラットにしたトルクカーブのエソジソと 向かふが透けて見へるやうなペラペラのギアを束ねたチャリンコかと思ふやうな多段変速機でせうか。 ペラペラのギアと水のやうなオイルで使ひ捨て\100ライターのやうなクルマ作って ぢゃぶぢゃぶ燃料冷却してエコでござひと言はれてもアテクシは困ります。w
重くなっていくのは軽自動車だけではなく、今の自動車全ての抱える問題でしょうけれど、 軽自動車の場合は特にその名前から、900kg近くあるのが当たり前になった現状には どうも変な感じがすることは否めません。 重量が増加していても、かつての性能を一応保っているのは技術の進歩のおかげなんでしょうが 逆に考えれば進化を重量が吸収してしまっている訳ですから、やはり変でしょう。 それに重くなった車は本当に安全性が向上しているのか?って疑問も有ります。 閑話休題。例によってまた更なる閑話。 >長寿な車が重量増加していくのは世の習い 例外的なのはフィアットの初代&二代目500くらいでしょうか。 二代目を例に見れば470kgで始まって、最後期には530kg。 安全性の要求も厳しくなる一方だったことを思えば大人一人分程の重量増加は仕方ないところでしょう。 この車の場合には、すぐ上に600がありましたから 「贅沢な要求を言うのならそっちに行けば良い」ってなったのでしょうが。 初代500も1936年の登場から55年に600に道を譲るまでの間、重量の増加はほぼ大人一人分程。 当時のフィアット技術陣の中心にいたダンテ・ジアコーザさんがしっかりと本質を見ていた事の証でしょう。 「最小限の自動車」の先駆けになったのが20年代登場のオースティン・セヴンであり シトローエン5CVであるならば、30年代に登場した初代500は第二世代であるとよく言われます。 最初の世代が、大型車にあるものを全て残さず縮小して備えた車とするのならば 500(トポリーノ)は小型車の設計のあり方を考え直し、合目的に設計された最初の車とも。 ところが・・。 単純にスペックだけを追っていくと誕生時の500と同時期に作られていた最後期のセヴンとは 案外差が無いみたいに見え、当時の人々は500をどのように理解していたのか?と、 考えさせられる部分も有ったりします。
これは極論でしょうが。 私は軽自動車っつうのはかつての初代フィアット500とかスズキツインのような物で良いと思うのです。 二人乗りに割り切る事で軽量に作り(とは言え、コペンとかカプチーノみたいな遊び車的ニ座は無し) その結果として、燃料消費量を最小限に抑え、法定速度+αまでなら他と対等に走れるという、 スクーターとベーシックカーの間を埋める車。 元々が軽自動車って、低所得層にも自家用車が持てるようにと生まれた物の筈ですし、 税金面で優遇措置を設けるのであれば、何かを我慢するのも仕方ないことだと思うのです。 かと言っても安全性を犠牲にする訳には行かないでしょうから、定員数を抑えることで より小型化しても一人あたりに割り振る空間はむしろ大きくなり、安全性も向上させると。 それに家族揃って(4人くらい)乗れないと困るのであれば、中古でもっと大きいのが幾らでも有りますし。 そんな物では売れない、誰も買わないかも知れませんが、 それはそうした低所得層向けカテゴリーが本来の役割をまっとうして不要になったという事で、 消滅してもそれはそれで良いのではないでしょうか。 今いきなりそうなったらかなりの反発も有るでしょうが、 現状の軽自動車には「税金が安い事以外には特に魅力が無い」と思っている人もいて そんな中には「格好さえもっと練れていたならツインも良かったのに」と思う私のような者もいるかも。 初代、そして二代目のフィアット500はそうして生まれた車だったと思います。 (二代目も誕生当初は二座)スクーターとベーシックカー(初代の時はバリッラで二代目の時は600) との間を埋める車。 普通の小型車となった三代目が印象に残らず、二代目の形をモチーフとした新型が ベーシックカーのパンダの上位車種として出たのは、 イタリアにはかつての500そのものを必要とする人が少ないからとも考えられます。
ある時期まで軽は特別な貧乏人用w実用オンリー車ではなく 小型車(要するに5ナンバー、3ナンバーの普通車に対する)でもまだまだ一般に普及するには 余りに高額であった時代に今で言うしましマーチwやビッツwのやうな存在だったと思ふのです。 それはバブル期の軽スポーツのやうなものではなくもっと普通のクルマに近ひ存在。 例へばマックス・フェローを頂点とする軽パワー・ウォーズとか、同じく同車で採用された 当時普通車・小型車の流行を取り入れたハードトップ(正しくはサッシレス)スタイルとか それ1台で若ひ人のおサレな遊びグルマにもなりをぢさんヲヴァさんの実用車にもなり、 といふまさにマーチやヴィッツのやうなポジションだったと思ふのです。 先日会社の同僚が下駄グルマ買ふ、つひてはそれこそマーチ・ヴィッツクラスと軽を天秤に掛け 悩んでおりましたがアテクシ「軽はいまや充分に”重”だ、しかしエソジソは660のまま、 それで1dに迫る質量を動かすには加給して常に回して走らねばならづ それでは決して効率良くなひ、リッターカーゆるゆる回して走ったはうが燃費的にも良く 余裕もあって使いやすひ。軽のメリットは税金と地域によって車庫証明が要らなひことだ」と。 この税金分も走る量によって元が取れるかだうか損益分岐があるのでせうが。 荷物をどれだけ載せるのか、人をどれだけ乗せるのかもあるでせうが その点で今のリッターカーと軽の差は微妙です。そしてどなたかが既述されたやうに 日本の大都市圏でのシティ・コミュータとしては雨風のことを考へなければ原チャでせう。 さう考へると現在の規格の軽の存在理由は非常に希薄だとアテクシも思ふのです。 さて、その同僚(現在は同業他社に移りましたが)の選択は結局ワゴソ尺のNAエソジソ。 彼曰く「これまであんなに80km/hから100km/hが遠ひと思ったことは無かった」。w
さて、現在最も軽が軽であるメリットを生かしてゐるのは軽トラでせう。 あれこそ軽の本分を遺憾無く発揮してゐると。 アテクシしばしば遊びに行く大阪にはコーナンといふホームセンターがあり ここでは長尺もの買って配達ではなく自分で持って帰りたひ、 しかし店に行ったクルマが例へばヌパイダで長尺ものは積めなひ、などといふ場合 軽トラ貸し出しサーヴィスがあるのです。これ一度借りてみたくてせうが無ひのです。w 憧れのコーナン軽トラ。w
関西にいた時はお世話になったなー、コーナン。 最近は軽トラ貸出は多くのホームセンターでやってるね。 軽トラ乗り比べに利用できるかw ああいうコンパクトなミニトラックって日本以外にはないんだろうか? 乗用車派生のようなピックアップやヴァンで間に合ってるのかな?
↑ぃあ、上には上があってイターリャにはapeつう3輪軽トラがあります。
http://www.vtl.piaggio.com/index.html これ恐れ入ったことに、さすがに今はラインナップされておりませんが
なんとヂーゼルまであった。見ての通り製造元はあのピアッジョ。
ちなみに4輪のポーターの元ネタはダイアツ(伊語式w)ハイゼットです。
4輪が軒並みFIAT傘下のご時世、2輪は軒並みピアッジョなのか
ジレラもグッツィもアプリリアもみんなピアッジョなんですな。
http://www.piaggio.com/ アテクシ2輪はからきしダメなのですが、
もし2輪糊だったらグッツィあたりに乗ってた鴨。w
ぃあ、しっかし見れば見るほどこのアペっつな欲しくなります。 近所のスーパーにはこれで買い物に行って、 荷台にくくりつけた保冷箱にぽんぽん買い物放り込んでパタパタと引き上げる。w 決してタンマ印だのヴォイエッロだののパスタや生バジリコやオリオ・オリーヴァでなくとも apeのある食卓wは楽しひ気がするのです。 ボーソーはアルファ・ロメオに任せてご近所・ご町内の買い物はape。 そして一方、このピアッジョの”まうひとつのチンケ”ピアッジョ・チンケチェント。 考へてることはスマートやオサムちゃん謹製ツインと同ぢなのでせうが なぜかイタリアン・デザインを身に纏ふと妙にカッコEのが不思議です。w
海外の商用車の話ってのはあんまり日本には入って来ないので、良く判らない事が多いのですが、 欧州では税制上の優遇措置を、日本で言うパネルバン型などに適用する国があるとか。 ですので、軽トラックよりも乗用車派生のルノーカングーとかシトローエンのベルリンゴみたいなのが ポピュラーになるのでしょうかね? バン型で面白いのが、日本では上に開くテールゲートを備える商用車が多いのに、 欧州では観音開きで180度開くのが多い事。 雨が多い日本だと上開きは有りがたいのですが、 フォークリフトで荷物積む事が多いのなら観音開き型が便利なのだとか。 それぞれのお国柄が表れるところでしょうか。 一度乗ってみたいと思いつつ、またその気になればいつでも乗れるのになんとなく機会を逸している そんな車って有ります。 軽トラックならば近所のレンタカー屋さんにも一台置いてあるのですが 借りる機会が無くって乗った事無いです。 昔、スズキのマイティーボーイに乗ったことなら有りましたが、変なところにマジメなスズキ。 200kg積みの商用車扱いのあの車にもちゃんと軽トラックの足回りを与えていたのか 空荷では硬すぎる乗り心地に辟易して、もうちょっとで買いそうになったのを思いとどまりました。 ところで、以前何かでアルファ・ロメオの商用車がどうのこうのって話が有った記憶が有りますが 以前フランスのサヴィエムっつう商用車メーカーとアルファ・ロメオが提携していた事が有ったとか。 で、サヴィエム設計の車体にアルファのエンジンって商用車が伊仏両国でそれぞれの名前を冠し 作られていた事があったみたいです。(由良拓也氏の著書「由良拓也のらくがき帳」参照) アルファがフィアット傘下入りする以前の話だったようで、今では恐らく作られていないでしょう。 (ナンだかととりとめのない書き込みだな w)
ぢつはアテクシ、何度か幾人かにアルファのライトバンつか
ワンボックスの商用車があったつう話を聞いたことがあり
アテクシは知らなかったものであれこれ調べても見当たらづ
知ってる限りで普通の乗用でないのは軍用、
平たく言へばジープのM1900ぐらひだよなぁ、と思ってゐたのですが
SAVIEM(これはルノーの商用部門です)をヒントに調べたところ
まぁあるわあるわ。w
http://en.wikipedia.org/wiki/Alfa_Romeo ↑このウィキのLCV(Trucks, light commercial vehicles)の項目見ると
ライトバンどころかバスにトラックに挙句の果てにトロリーまで。w
で、乗用では元のA.L.F.A.に端を発するALFAで呼ばれるのですが
この手の商用バンではいっときスカして”俺はちょっと違うんだぜ”の方々が呼んでたやうにw
”ROMEO”のはうを使ってますな。多分元々乗用(つか基本ツアラーとスポーツとレーサー)の
A.L.F.A.を吸収した機械製造総合メーカのNicola Romeo社の流れ、つうことなのではありますまひか?
ちゃうど乗用はメルツェーデスwで商用はダイムラー・ベンシのやうに。
或ひは似非自動車のチョンヨタwとフォークリフトのトヨダ(元は豊田自動織機)のやうに。
>>127 調査済みでしたか。
・・今日(もう昨日か)はあれこれと雑用片付けながら、
時々息抜きに久し振りに立っていた左ハンスレで遊んでいた・・つもりだったけれど、
あんまり深入りすると前にこのスレとかにも書いた事の繰り返しみたいな事を書く羽目になりそう。
幾ら長文好きな暇人・変人の私でも一度書いた事をまた書くのは面倒ですし、
以前おっちゃんが深入りして「大人げない」って言われてた二の舞も嫌だし(苦笑
ちょっとまた軽自動車の話に戻りますが、
CG誌の巻末テストデータの変遷を追っていくと、この四半世紀程の間に結構自動車の性能って
向上しているのですが軽自動車に限ると動力性能は最高速度が110km/h程だったのが
10km/hちょっとくらい向上しているのみで、加速性能はあんまり変化していないようです。
テスト時の燃料消費量もほぼ変わりないのですが、現実の路上では他車に合わせて走らねばならず
使用される環境にかなり左右されるのかも知れません。
空いている道で使われる事が多く、ゆっくりと加速出来る環境ならばリッターカークラスよりも燃費良く、
常に流れに乗る事を考えながら走ると却って悪くなるという具合に。
恐らく、私が主に使う川崎・横浜の郊外地区では軽自動車よりもリッターカークラスの方が
燃費は良いかも知れません・・・・普通の人ならば・・ですけど・・。
大体、よくよく考えてみれば。
>>121 でエロスパ氏が書いていられたような「リッターカーゆるゆる回して」走るなんてことが
私やエロスパ氏に出来る筈も無く、前が空いていれば何時でも全開。明日無き暴走(w
アクセルは「踏む」のではなく「踏ん付ける」エンジンは「回す」のではなく「ぶん回す」・・。
そんな事やってばかりいれば、結局は大きいエンジンは大きいなりに燃料食うので
小さい車の方が幾分マシだったなんて事になったりして・・(w
左ハン、やめなさひってば低脳ゐぢって遊ぶのは。w さう言へば>エロスパ氏に出来る筈も無く、かつておっちゃんにアテクシ 「なんでエロセンセは何に乗せてもシゴひて乗るのか」 とヤな顔されたこともありましたっけ。w さて、さういふアテクシにとって盆暮れの都内は空ひてゐて 通勤にも買ひ物にも楽で速くて助かるのですが、それを妨害する盆暮れドライヴァども。 サンドラよか始末の悪ひこの連中、しかし年に2回しか動かさなひクルマがよく壊れなひものと。w アテクシ今日は免許の更新に行って参りましたが、この手の盆暮れの多くはゴールド免許でせう。 まぁアテクシのやうな不良運転者は2時間講習ですが”優良運転者”は30分講習。 しかし、このコールド=優良っつうのも如何かと。 アテクシ的にはゴールド=ペーパーと、どっちかてえとGoldといふよかRust免許と思ひうのです。 シコーキでも滞空時間つうのが重要視されますが走行時間の少なひドライヴァには ゴールドの優遇どころかそれなりの制限とか課すべきとさへ思ってゐるのです。
ところで >アクセルは「踏む」のではなく「踏ん付ける」エンジンは「回す」のではなく「ぶん回す」・・。 それと”ブレーキは踏むのではなく蹴飛ばす”もの。w ぃあ、実際欧州の教習所ではかう教へます。もちろんそれはいわゆるパニックブレーキ、 本当の緊急ブレーキです。よくレギュラーな(つまりMTの)欧州車に乗って ブレーキの効きが甘ひといふ人がゐますが、 それは国産AT車の初期制動だけが全てのブレーキに慣れてゐるからであって リニアに効ひてコントロール性の高ひブレーキの意味合ひを知らなひのでせう。 さういふブレーキの欧州車では本当にロックさせなひといけなひときは まさに”蹴飛ばす””踏み潰す”のであり、 股これは国産も含め緊急ブレーキの基本中の基本です。 ABS? あんなものは飾りです、下手な人にはそれが分からんのです。w つか、本当にクルマを止めるにはタイヤがロックしなひと止まりません。 例へばおベンシではそれこそ目一杯ブレーキ蹴飛ばすとABSがカットされます。 そこまで目一杯踏まなければABSは作動します。 これはさすがおベンシ、ABSは緊急回避の為にハンドル操作が生きる域内でのことであって 本当に止まらなければならなひ時にはロックさせなひといけなひことを知ってゐるからです。
>>129-130 今日は書きこむ前にリロードして読んだのですけど、131全部書き終えた後だったので
そのまま投稿(w
確かにペーパードライバーならばゴールド免許っつうのは変な感じがします。
この制度、根本に「車は遊び道具也」「自動車の運転は上品な行為ではない」とか
「車夫・馬丁は下賎な職業」と言った大昔の黴臭い考えがあるように思います。
今ではさすがに「馬丁さん」なんて言葉を知る人の方が少なくなったように
自動車の運転が下賎なことと思う人もいないでしょうが。
今度は「自動車を買って経済に貢献するのは良い事。
だけどそれを運転して危険や排気を撒き散らすのは悪い事。ペーパードライバーの方が偉い」
みたいな変なことになっている気もします。
まぁ、それはそうと・・。何故か私の免許証は金色。更新は5年置きだったりして(w
子供の頃から(別に何時でも傘持ち歩いていた訳でもないのに)
傘持っていない時には雨に降られないみたいな悪運だけは強いのです。
この事だけを見ても、如何にゴールド免許なんてアテにならない物かが判るというものでしょう(w
アテクシ以前欧州某国行った際に目に付ひたのはチョン車・大宇のなんとかって超小型車でした。 まぁ日本同様狭隘な道路の多ひ欧州ではマイクロカーにそれなりの需要があるのでせう。 マトラつうとアテクシ的にはマトラ・シムカつう組み合はせ。 それとムレーナとか珍妙な3座ミッドエソジソ車。 で、確かぷぢょさんの309、当時の205とかとは明らかに違ふ形状・成り立ちは 元々ぷぢょブランドではなくマトラブランドで出す予定だった為とも聞きました。 なんでしたっけ、当時ぷぢょさんがどこだっけ?ラリー屋一派を救済吸収して その連中がハンドリングしたクルマが205や309だった、それでそれまでのぷぢょとは 隔絶した乗り味になったのだ、とか聞きました。 で、その205や309でも関係深いピニンがマトラのHP上にだういふ脈絡か載ってゐるのが だうも良く分かりません。 ま、”消滅した”っつってもアバルトがだうも股新500で出てくる気配ですし、 一方本当のアバルトは人によって72年で終わったと言ひますし、 そしてキヴァッソにあった実態としてのアバルト製造部門も90年代末には閉鎖とも聞きますので このやうな単なるブランドホルダーとしての存続は(アバルトの場合FIAT内で)あるの鴨知れません。
>>133 ピニンファリーナがデザインしたと言われてきたプジョーの205ですが、
近年これまで公の場には出る事が無かったプジョーデザインチームの責任者の方が
「205ではピニンの基本デザインをかなり変更した」旨の発言をされています。
後に社内デザインが中心となった、その変革点があの車だったのだとか。
ところで、今月のCG誌で丁度軽自動車の比較特集をしていますけれど、
編集者さん達それぞれの選択基準となると「軽らしからぬ物」「違和感無く乗れる物」となるようで、
まぁ、それが普通のユーザーが思う事にも近いのでしょう。
恐らく「軽はもっと簡素になり、リッターカークラスとは全く異なる価値観で作られるべき」
みたいに思う私のような者は少数派なのだろうと我ながら思います。
でも(特に初代)フィアット500の写真やスペックを見る度に
「本来軽自動車ってこういうもので良いんじゃないのかなぁ?」って思うのです。
スズキのツインが売れなかったとは言え、見た目に美しく持って愛着の沸く形が与えられていれば
(それが大変に難しいのでしょうけど)また違った結果が出たかも知れません。
思えばオースティン・セヴンはオースティン社の幹部誰もが「そんな小型には需要無し」と反対した為に
社長さんの個人的なプロジェクトの形を採り生まれたのでしたし、
初代フィアット500が生まれた時、セヴンは旧態化しシトローエン5CVもルノー6CVも既になく
5CVのコピー、オペルのラウフプロッシュは大型化し、「既にこのクラスには商機無し」みたいに
言われていたようでした。
車そのものに魅力が有るならば、市場調査からの予測などは大して役に立たない事も有るでしょう。
それに市場調査に振り回されていては新奇な代物等は生まれて来ない筈。
それこそ、トラクション・アヴァンや後のDSのように、誰もが誕生を予想出来なかった車は
市場調査からは生まれようもないと思うのです。
匹夫車夫の伝統はタクシーに生きております。w B民Chョン民だらけ、会社自体パチンコ屋と並びぢつは大半Chョン系。 ぷぢょさんのデザイン外注は405、605がきっかけとも聞きます。 外装デザインは小振りの405ともかく605に至っては完全に164と同じ。 違ふのは顔とお尻だけ、あまつさへ605ではダッシュ周りの基本デザイン・骨格まで164と同ぢ。 確かにイタリアのカロッツェリアは昔から同ぢデザイン画を複数のメーカに提案・販売してきました。 イタルの手になるヌオヴァ・ジュリエッタとAE71カローラ・セダンとか、 ジャギュアw・ケンジントンとチョンヨタ・アリストとか、 FIAT・Unoと日産・初代マーチとか。ピニンも例外ではありません。 多くの場合、それぞれのメーカで手が入り元デザインとは 異なってくる(殊に日本車の場合)のですが 欧州の場合、しばしば元デザインそのままに近ひ場合が多く 405・605と164は不幸にして双方余りにそのままだったのだと思ふのです。 これに懲りたのがぷぢょさんで次の406からは強烈に自社色を強く打ち出してきました。 その一連の流れの中に205もあったのでせうか? 確か205は405や605より先だった記憶があるのですが。
推敲不十分、 × ぷぢょさんのデザイン外注は405、605がきっかけとも 〇 ぷぢょさんがデザイン外注を再考したのは405、605がきっかけとも
>>134 日本で言えばスズキのジムニーとワゴンRのそれぞれ初代か。
売れないだろう、という予想を見事に覆したな。
しかし、ワゴナールについて修ちゃんの英断というのはどうも後付けのガセっぽさがあるなあ
えげつない商売は上手そうだが、修ちゃん
>>205 え〜と・・一応記憶に頼らずに調べてみると、プジョーの205は83年の発表で
405が87年、605は89年ですね。
CG5月号に、プジョーのデザイン責任者の方のインタビュー記事が有りますので
詳しくはそちらなのですが、そう言われてみると此処にある
「205以降のモデルはプジョー独自の作品と言って良いでしょう」
という言葉もちょっと不思議なところ。
まぁ、インタビュー記事を読む限り、この方も記憶で話しているようですので
彼の印象に残っているほどには、変化は急激ではなかったのかも知れません。
「今もピニンファリーナ他のデザインチームとの関係は続いている」とも言っているように
205以降いきなり全てが変ったという事ではなかったのでしょう。
また、405や605が他と似てしまったのに懲りてピニンファリーナへの依存を薄れさせたというような事も
恐らくは無かったものと思われます。
大体、自動車のデザインには著作権等有っても無いようなもののようで。
そうでなければ、フィアットの新型500なんてのも、
ダンテ・ジアコーザさんの遺族の了承でもなければ出せかったでしょうし、
また「あれとあれが似ている」みたいな話は幾らでも有る事は今更言うまでもないところ。、
まぁ、全く関連性の無い会社同士で似た車を出してしまうと顰蹙物になりますが。
それに似てはいても、実際にプジョー605とアルファ・ロメオ164とを見間違える事って意外に無くて
その点、現代の日本のミニバン、トヨタのノアとニッサンのセレナみたいに、
“大して似ている訳でもないのに見分けがつかない(w)”なん方が余程問題かも。
↑アンカー打ち間違え。
一瞬「なんで205なんだ?」って自分でも不思議に思った(w
>>137 そう言えば初代ワゴンRが出た時「かつてのホンダステップバンか」みたいな言われ方も有ったような。
それが今では「この形の先駆者」(今月号のCG誌・軽自動車特集から)とか言われている様子(w
>実際にプジョー605とアルファ・ロメオ164とを見間違える事って意外に無くて アテクシは立場上wさうなのかと思っておりましたが、やはり誰が見てもさうですか。w 実際のディメンションまで調べた訳では無ひのですが、605のはうが164よりもっこりと背が高く見へ 全体に大柄に見へます。164は605より低くよりスポーティに見へます。 全体に164のはうが605よりウエッジがきつく全体に薄く見へますし。 もちろん、何より強烈なボンネットから流れる盾へのラインと特徴的なハイデッキを強調する 尾灯の形状もあると思ひますし。
一方、アテクシにも冷蔵庫(キューブ・Bbの類)とか 土缶(ヒジカタの缶詰、廃エーズ・エスティマ、オデッセイの類)はみな同じに見へ 車種も区別も付きません、当然。w 尤も、昨今は国産ベルリナもチョンヨタか日産かの区別ぐらひは付きますが それぞれのどの車種かはさっぱり。w だってどれも同ぢだもん。
以前ボディーカラーについて語るスレッドっつうのが有って、 「この車にはこの色が似合う」みたいな話をしていたのですが、私が例によって駄文長文書き散らしたら 変に場がしらけたのか途中で落ちてしまいました(w まぁ、あれはさすがに話題がピンポイントに過ぎたとも思いますが。 家の近所に銀色の164が停めてあるのですが、赤が多数派を占めるのが通例のアルファ・ロメオも あの車に限っては赤が少ないみたいな気がします。 それに対して、プジョー405や605は(共に日本では絶対数が少ないのですが)小豆色とかも含め 赤系が多いみたいな印象が有ります。 まぁ、これは私個人の印象に過ぎませんが、多分そんなに外れていないと思いますし、 少なくとも私が受けた印象を表わしてはいるでしょう。 オーナーさんの殆どは皆、「この車にはこの色が似合う」と思って色選びするのでしょうが、 意外にこの両者、似ているようで全体の印象は結構異なる事が、こんなところにも表れているのでは? ところで。現代の日本のミニバン、特にトヨタのノア/ヴォクシーとニッサンのセレナとか。 似ている訳でも無いのに見分けがつかないってのは本当で(飽くまで私個人の話) 色にしたって皆白か黒か銀ばかりですし。 「この色が似合う」から選ばれているのか「他の色では変」なのか? まぁ、私のような偏屈者の興味を惹くのが目的の車ではない事も確かでしょうけど、 買う人ですらも皆、「使い勝手が良さそう」とは言っても走らせてどうのこうのとは言わないようですし、 雑誌の試乗記事とかを読んでも「ハンドリングを云々するような車でもないだろう」みたいに いい加減な扱いを受けているように見えます。 (つか、アンタが云々しなけりゃ誰がするの?って思うのですが・・) ナンだかあの辺のユーザー層ってメーカーやそのデザイナーになめられているみたいな 気がするのですが。 それでも買う人は買う。その先がどうなろうと私は知らない(w
>>142 俺も最近、トヨタと日産のあのクラスのミニバンの区別が付かなくなってきた。
基本的に俺にとってはどうでもいい存在の車種だから、別に困らないけど。
銀色は経年劣化の程度が遅いのと、通常の汚れが目立ちにくいというメリットがあるので、
塗色こだわり派でも洗車ヲタでもないイパーン人が手を抜いて乗るには、まー便利な色ではある。
古いプジョーの薄汚れたのがパリの街角に無造作に止めてあるのを
外車ヲタが「粋だ、自然体だ」とか言ってるが、
たいがいの日本人ドライバーだって同じようなことはやってるわけでw
しかし、日本の最高気温レコード更新というこのイカレた猛暑では、
洗車する端から水滴が蒸発して水垢になったり
塗装を水滴のレンズ化で傷めたりすることが必至で、
とても汚れ落とそうと手出しする気になりませんわ。
古い車が自然体で停めてあるというのとはちょっと違いますが
http://proxy.f2.ymdb.yahoofs.jp/users/e6ddb2d7/bc/7fb6/__hr_/9701.jpg?bcMSGPHB0O097Ruz トランクの張り出した戦後型トラクション・アヴァン11CV。
今でもこの車の人気は高いようで、さすがに「度々見られる」とまでは行かなくとも
気をつけていれば週に一台かそれ以上は見られるようです。
部品の供給も愛好家の手によって確保されているそうですので
「古い車を持ってみたいけど、買った後の事を思うと・・」というような人には丁度良いのでしょうか。
この写真の車は明らかに最近塗りなおされたものですが、新車当時のトラクション・アヴァンは
殆どが黒だったとか。
その昔、T型フォードもコストダウンの為に黒一色にされた例もありますが、他ではそうした例は
寡聞にして聞いたことがありません。
戦後の物不足の頃でも、ルノー4CVはアフリカ戦線で使用された迷彩用塗料の残りを用いて
黄色く塗られた車をショーに並べ「黄色いバターの塊」と呼ばれたように、
フォードTの時代とは異なり、塗料は黒の他に無かったという訳でもないですし、
タクシー仕様は茶色に黒い屋根と決まっていたように他の色の備えが無かった訳でもないようです。
とは言え、トラクション・アヴァンと言えば黒。
大体、フランス人は黒がお好きという説も有りますが、そんな事も関係しているのでしょうか?
こうして見ると白もまた似合うと思うのですが、やはり黒くないトラクション・アヴァンには
違和感が有ります。
日本に輸入された車も殆どは黒だったようで、自動車史家の佐藤章三さんは
その著作の中でこの車の印象を「粋な黒猫」と書かれています。
パナール・ディナミークを「漫画」の一言で片付けプジョー402も「まるで霜焼けの地腫れのよう」
と書かれたように、初期流線形には点の辛い方にしては例外とも思える好意的な書かれ方。
粋な黒メコ ♪きみはやらしいぼくの黒メコ 赤いチンコが良く似合うよ だけどときどき汁を出して ぼくの心を悩ませる 黒メコのまんこ まんこ まんこ ぼくの恋人は黒いメコ 黒メコのまんこ まんこ まんこ メコの毛のようにきまぐれよ ララララララ・ラーラ! お腐卵臭に於ひて車体色、特に黒が目立つとは思はなひのですが さう言へばそれこそ164、あの時代っつか80年代に入ってイターリャでは 車体色がそれまでの白だの水色だの黄色だのが一気に減って シルヴァーメタリックとかガンメタだのなんだのと暗色系が非常に増へました。 うちの75も、まぁヌパイダがロッソ・アルファの正攻法であったこともあり 出来ればイターリャ・お腐卵臭などラテンの国のモスト・フォーマルカラーである 紺を探したのですが見付からづ、ガンメタも宜しひがまうひと捻りつうことで 濃グリーンメタつう色にしました。 クサンティアとかクサラとかあの辺のツトローエソにも似た塗色ありますな。 アテクシのイメージではCXがオフ白、GSも同様か茶メタっつな按配です。 オフ白か黒つうとDS辺りでせうか。それとSMはオフ白か黄緑。 意外とツトローエソには昨今のぷぢょさんのやうな おフレンチ・ブルーが見当たらなひ気がします。 まぁラテンのクルマで紺が意外とありさうで無ひのは やはり公用車チックだからでせうか? をっさんの乗り物ランチャあたりにはしばしばあり(特に4枚ドアつかベルリナ) これ股似合ふのであるますが。
>>145 をちょっと訂正と言うか追加。
戦後間もなくのトラクション・アヴァンは黒一色しか選べませんでした。
その前後にはいろんな色が用意されていましたし、メーカーの広報写真も様々な色を宣伝しています。
でも、結局は黒ばかりが売れたのだとか。
登場から暫くの間は2CVもグレー一色しかなかったように、この時代には色選びなんて贅沢は
出来なかったのですねぇ・・。
>>146 イタリアでは黄色はタクシーの色として不人気みたいな事を聞いた事が有ります。
まぁ、コンパクトは色とりどりでもタクシーに使えるくらいのサイズになるとフォーマル感を求めるのか
地味な色が多くなるのは何処の国でも同じなようで、
中型以上の箱型に純正での黄色の用意は無い車種もあるのでしょうけれど。
以前、先日も少し触れたカラーリングスレッドにも書いた事の有ることですが、
シトローエンを特徴付ける色っつうと確かに青や水色ではないと思えます。
では何色なのか?っつうと、昔から私は薄茶(ベージュ)だと思っています。
エロスパ氏の書かれた「オフ白」はこの色でしょうか?
それこそ目立たない、地味な色で他のメーカーの車ではあまり見た事が無い気がします。
http://www.602cc.com/images_drive/main_1.jpg http://farm1.static.flickr.com/28/51180480_57d4549f3d.jpg こんな色。日本人の好みには合わないだろうと思ったのか、2CV以外では日本仕様では
選べなかった車種も有ったようですが、GSやBX、XMにも存在し意外と似合っていました。
最新のC6ではメタリックですがこの系統の色がいきなりショールームに出現していましが
ナンとも奇妙な魅力を感じました。
ぁあ、さぅさぅこの色。>ツトローエソ白 なんつうか昔の冷蔵庫とか洗濯機みたひな色と書きたかったのですが。w この色こそツトローエソ色と思ひます。 一方、まぁ本国ではまづ見なひのですが164の真っ赤、あんな大型ベルリナですら ロッソ・アルファが似合ふつうのもなかなかだと思します。 が、昨今の166辺りはだうも真っ赤が似合わなひ。159もだうかなぁ。 ブレッラはまぁまぁ、ブレッラ・ヌパイダもそのレヴェル。 どなたかが以前書かれてましたが(逝ってる師でしたっけ?) やっぱジュジャーロ御大つか今のイタルは遊びのクルマは下手だなぁ、と痛感します。 乗り味だけでなく見てくれも下手なドイツ車チックになりかけたのでせうか。 これもどこかで読んだのですが、必死に遊び人にならうとしてゐる今のドイツ車、 それは必死でレオンかなんか読んでチョイ悪をやぢぶりっ子したひ ダサひをぢさん連想しますし、 一方必死で堅気にならうとしてゐるイタリア車、これ股チンピラヤクザが 必死でスーツにネクタイ締めてビジネスマンとして フロント企業で合法ぶりっ子してるやうにも見へて まぁどっちも身に付かんことは見てるはうが辛ひものであります。w
>>148 本場のイタリアンスーツの多くは、イメージよりは地味なものだし、
地味な色にしたランチアのサルーンを使ってるマヒアの兄さん方も
彼の地にはいらっしゃるんじゃないでしょうか
ドイツは……いろいろ頑張るほど悪趣味になりますな
全然関係ないが、弟が
「子供が産まれるんで、MR-Sからイストの旧型に乗り換えることになった」
「それはわかったが……おまえが、なんでイストだ?」
「いやあ、MR-Sで世話になってるヨタディーラーが、
モデルチェンジするんで旧型在庫車安くしてくれるからって」
「……」
車への拘りが強くない平均的日本人の
コストの制約とおつきあいとで決まる自動車購入の典型か……
カネがないのはわかるし、
嫁も乗せてなおかつチャイルドシートを付けられないと困るのもわかる。
俺がどうこう言うべき立場ではないが、
外車は無理としても、MR-Sから旧イストって……それはちょっと違う気がするぞ
>>147 イタリアのタクシーは白ですが・・・?
自家用車においては白はもちろん不人気です。
紺とか水色あたりはパトカーとも被るけど、こっちはそれほど不人気ではない様子。
>>149 ドイツが頑張った場合、どうしてもチバラギチックな香りを感じるのは私だけでしょうか。
アテクシ愛用のカナーリなんぞもまぁ一見地味ですわな、 尤もヴェルサーチェであらうがフェンディであらうが 基本お仕事&公式行事用のアテクシのスーツは当然一見地味ものになる訳ですが。 さうは言ってもそこは内勤で今はまづ外にその存在を見せづに済むのでw 普段はぢつに汚ったねえw格好で会社行きますが。w 休日より汚ひ。w クルマも通勤時には洗車もしなひ、休日遊びに行くときぐらひ。w つな訳で、クルマの汚ひに関しては伊・仏・米あたりが三羽烏、黒い三連星でせうか?w 日・独は異様にきれいですな、その理由はぢつは両国異なると思ひますが。 マヒアのあんちゃんたち御用達は芸能人と同様どっちかってえとマゼラーティです。 これも昨今はドイツ車が大人気ですが。ところが不思議なものでイタリア車、 なかんづくアルファ・ロメオあたりが大好きなのがヱゲレスぢんとドイッチュぢん。 まぁ好きですな連中、ドイッチャーどもが好きなのはゲーテ以来南方への憧れ、 南欧の太陽への憧憬でせうか?w ヱゲレスぢんが好きなのもシェークスピア、ペニスの商人wやらロメオeジュリエッタ以来の 欧州文明発祥・長らく中心であったイターリャへの思慕でせうか?w そのイタ公どもがこれ股英国趣味好きといふ相互主義。w で、欧州の高速で気が触れたやうにぶっ飛んで来るバカタレは大概アルファとBMW、 玉にポルシェっつな按配です。
フェラーリは本国ではまづ滅多に見ません、ところが国境越へて周辺国行くと結構ゐる。 尤も、連休中の港区内ほどは見かけませんが。w だうもイタ公の意識としては フェラーリっつな基本的に輸出専用車っつな感覚のやうです。 イタ公とっ捕まへて速ひ、ぶっ飛ばすクルマったら何?と聞くとちょこっと前までは 圧倒的にアルファ・ロメオだらうつう答へが多かった。今はなんでせうかね? お腐卵臭の連中がこれ股自国ではヌポォシカァ作って無ひくせに異様にその手のクルマ好き。 で、これ股どこでも飛ばす飛ばす。 伊・仏では意外やクルマの改造にうるさくあんまり変な改造車は見なひですが これがヌイヌ行くと結構DQNチューン車がおります、しかし非常に道交法が厳しく ボーソー車両はあまりゐません。玉に大ボーソーゐると思へば越境してきた黄色ひナンバー、 つまりお腐卵臭。w 道交っつへば幹線道路には赤ワイン入りの割れたグラスのポスターがあって ”飲酒運転はやめませう”とのこと。しかし昼飯にもワインは有り、当然です。w グラスワインの1杯や2杯で運転に支障の出るやうなヤシは元より免許持たせてはいけません。w とりとめありませんが、こんなとこがアテクシの見た理解した西欧クルマ事情でせうか。
ぁあ、あとイターリャのスーツつかジャケットで特徴的なのは 日本ではあまり見ませんが”マロン”つう色。栗色とも違ふちょっと独特の茶系色です。 それとアテクシも愛用ドブネズミ色より紺系が圧倒的に多ひ。 これは先述したフォーマルカラーが黒ではなく紺だからでせう。 礼服まで紺がありますから。
そう言えば先程N響アワー見ていたら、コンサートマスターの人だけが紺の服着ている時が有りました。
あれ、格好良いですねぇ。礼服新調する時があったら検討してみたいところですが、周囲がどう思うか?
>>150 イタリアには行った事が無いのですが、以前、ルカ・モンテゼーモロさんが
黄色のフェラーリに乗っていたら、信号待ちで並んだ彼とは気付かないタクシー運転手から
「アンタも物好きだねぇ」と言われたという話を何処かで読んだ気がしていました。
ネタが古かったですかね?一応
http://www.taxisite.com/wld/country/14.aspx こちらにも「白か黄色」と書いてあったのでそのまま信用していました。
今日は昼間、珍しく真っ赤なミニバンを見掛けましたが(例によって車種不明w)
一瞬、消防署の車かと思いました。
戦前の日本では「消防車と間違えられる」という理由から皇室専用車以外には
赤系統の色が許されなかったらしいという話は以前にも書きましたが、
消防車と間違えられると何が不都合なのかは良く判りませんけど、確かに何か変なモノではあります。
家の近所に、真っ赤なトヨタ・ラッシュがいつも停めてあるのですが、
あれもナンだかレスキュー隊の車のように見えて仕方が有りません。
万が一の災害でもあった時に、あんなの(失礼かな?)が目の前を素通りして行ったら
「何で止まらないんだ?」って怒る人がいそうな気がします(w
で、此処でまた一つ正直に書くと。
私イストって車がまだ生産されていたって事を先日迄全く知らなくって、
ラッシュがその後継車だとばかりずっと思っていました。
新型イストはラッシュよりも4cm幅広い3ナンバーサイズでCVT採用だそうですが、
その他何が違うんだろう?と、先程トヨタのHPで両者の比較を見たら余計に判らなくなった・・(w
つか・・・、ラッシュってなんですか?w 通勤時に”イズイズ”wつうのは見かけますが。 このアイシス(イシス、古代エジプトの豊穣の女神)のプラタナつうのはなんでせうか? ファンカーゴの後釜がナントカって乳製品みたひな名前になったのは 知って(なひぢゃなひかw)ますが。 なんだかおんなぢやうな物件散弾銃のやうにまき散らされてもなぁ。
ところでひとつ訂正っつか。 ”マロン”と書ひてなんか違ったと思ったのですが”マローネ”です。 ま、栗に変わりは無ひのですが。 で、この”マローネ”お腐卵臭語になって”マロン”、 更に英語になって”マルーン”ですな。さぅさぅさう言ふと分かり易ひ、 いっときアメ車にときどきあった、そして今も阪急電車の車体色にその名を残すw ”マルーン・カラー”あれです。チョコレートがかった赤茶みたひなあの色。
マルーン、本当は栗色ではなくマロニエの実の色だなんて話も有るようですが
正確なところは良く知りません(テキトー w)
ちなみにマロニエの実ってのはこんなの
http://pds.exblog.jp/pds/1/200410/06/87/b0018887_1551563.jpg 自動車に限っては、栗色と小豆色が混同されているような気もします。
栗色っつうと、染髪剤の(本来の栗色とはやや異なる)あっちの色の方が連想されるようで。
ところで、またトヨタには失礼な話になるのかもしれませんが
トヨタのコンパクトクラスって、殆どが皆「ナントカ調」で括れるように思います。
SUV“調”のラッシュ、ミニバン“調”のシエンタ、セダン“調”のベルタに
貨客兼用フルゴネット“調”のラクティスという具合。
皆ナントカ“調”ではあってもABCビスケットのように材料は同じで、ナントカそのものではないと。
でも、そんな(存在の)軽さが車にあんまり悩みたくない人には丁度良いのでしょう。
ですから私等から見ると全く異なるカテゴリーの車への乗り換えをする人がいたとしても
当の本人にすればABCビスケットのAからB等への移行でしかないのですから違和感なくて当然。
何か問題があるとするならば、異なる材料を用いたバタービスケットも顧客の多くからは
ABCビスケットと同じみたいに思われてしまう事でしょうか。
>>149 さんが「ちょっと違う」と感じたことはこの辺に由来するのではないか?と、思った次第
そんなトヨタの弱点、つか意外に下手なのがレトロ“調”という商売ではないでしょうか?
これまでに“トヨダAA型調”とか“初代クラウン調”を試みていますが、
どちらも元ネタそのものが(VW・ビートルとかフィアット500等から比べれば)
今ひとつ弱いものだった事も有ってか、あまり成功したとは思えません。
過去にこれといった強い印象を与える形の車を作っていない弱みとも思えますが、
トヨタ・スポーツ800調の小型クーペとかならば意外と話題になりそうな気もするのですけど
どんなモンでしょうね?
>>156 阪急電車の車両造りのポリシーは何となくメルセデスっぽい気がする
詳しくは鉄ヲタにでもきいとくれ
先代イストは、ヴィッツをベースに外観をSUV風にした車でしたね。 ラッシュの外観もSUV風ですから、イストの後継車と思うのはむしろ当然かも知れません。 しかし意外にもラッシュという車、中身はヴィッツそのものかと思いきや、全くの別モノなのです。 その証拠にボンネットを開けて中を覗くと、なんとエンジンが縦置きに搭載されています。 そこでふと思い出したのが、初代スプリンターカリブです。 初代スプリンターカリブは、エンジンが縦置きのコンパクトSUVという車でしたね。 じつはラッシュは、初代スプリンターカリブの後継車だったのです。←大ウソw ところでラッシュには、今やこのクラスでは珍しいFRの設定があるのは何故でしょうね?
>157 栗の外皮か中身かということですか。 MR-Sはバタービスケットだったと思いますがもう一押し欲しいですね。 >159 テリオス後継クロカンという設定なんでしょね。
♪大きな栗と栗鼠の下 アナルとワギナ 仲良くほぢりましょう 大きなクリトリスの下 マロニエ、橡(とち)の木つうヤシですな。 アテクシ省棒の頃秋になると城跡の公園でこれを大量に拾って帰ったものでありました。 別に食へるものでは無ひのですが、 (地方によってこれをさらして粉にして”橡餅”つうのをこさへるところもある) なんとなく集めたものでした。栗と違ひイガは無ひ実を剥くと種である (逝ってる師画像には申し訳のやうなイガの名残はありますがアテクシの地方のはツルツル) 逝ってる師画像の中身がかすかな湿り気と共に出てくるのです。 このマロニエも語源はマロン、つか大元のマローネと同ぢ。 つひでに花の香りもこれ股御馴染み栗の花。w カルキ・ざーぢる・栗の花。アテクシのは臭ひませんが。 今回クルマ話無く失礼。
>>159 ラッシュって、エンジン縦置きでFRも有りなんですか。
パッソ/ブーンがベースかとばかり思っていました(我ながらいい加減・・w)
>>160 MR-S自体は真面目に作られた良い車だったと思うのですが、形に色気が無さ過ぎた気がします。
ミドシップの小型スポーツのデザインって意外に難しいのかも知れなくって、
以前私も「ミドシップ市販車に美しい形の物は少ない」みたいなことを書いた事も有りますが、
もうちょっと抑揚のある形なら人気も出たのではないでしょうか?
また少し車の色の話。
これも以前に少し書いた事が有る話ですが、レーシングカーの世界ではあまり見られなくなった
“ナショナル・カラー”ですが、市販車(つか、日本に於ける輸入車)に於いては
それぞれの定番色のような人気が有るみたいです。
つまり、ドイツの銀(及び本来のナショナルカラーの白)とか、フランスの青、イギリスの緑に
イタリアの赤といった具合。
例外は先日エロスパ氏も書かれたようにシトローエン。
その昔、アンドレ・シトローエンがシトロン(レモン)に引っ掛けて5CVのイメージカラーを黄色にして
大ヒットさせた事も有りましたし、トラクション・アヴァンの黒に2CVのグレー、そしてベージュ。
あんまり青いシトローエンはイメージに有りません。
他では、ドイツ車とは言え国際色の強い独フォードやオペルでは白や銀の人気は高くないようですし
イタリア車そのもののフィアットも赤のイメージはあまり有りません(でしょ?)
フィアットのイメージカラーっつうと特にこれといって思いつかないのですが、
500や600に限ってはパウダーブルーに赤いストライプっつう“あれ”(でしょ??)
私が最近欲しくてたまらない新500も、出ると噂のアバルト仕様なんかには
“あの”配色が用意されませんかねぇ?
で、勿論エンジンフードは半開きに固定して、爆走するのがお約束・・(今度のはFFだってば・・w)
ことほど左様に”ブランド力”は、”未来への貯金と結果としての過去の遺産”は そのメイクが持つ主張、意思と哲学の結晶なのです。 翻って最もその遺産を持たなひメイクの代表がチョンヨタでせう。 チョンヨタ哲学はぢつは明確にあります、それは”目先金になればそれが全て”です。 この哲学にベンシさへ感染しました、そしてベンシは自らの歴史を閉じやうとしかけてゐます。 常に”顧客満足”の美名のもと何ら一貫性の無ひ行き当たりばったりの 売れ筋ばかり右顧左眄のメイク、結果何ら自らの歴史の遺産を残せなかったメイク、 それがチョンヨタです。それがセルフカヴァー、自らの歴史の遺産を食ひ潰さうとしても 食ふネタ無く一顧だにされなひのは当然。レクサスづっこけたのも当然の帰結。 しかし、チョンヨタにも厳然とした、アテクシも一目置く強みがあるのです。 それは”何時如何なる時でも動きさへすれば良ひ”、逆に言へば何時如何なる時も 必づ動くだけなら動く、味もへったくれも無ひが最低限動くことだけは期待出来る、 これです。ぃあ、これだけです。ぎりぎり最底辺だけは死守出来る、この強み。 例へ極地であらうが灼熱の砂漠であらうがこれがキープ出来る、期待出来る。その強み。 この最底辺が確保出来ればクルマ動きさへすれば良ひ北米市場や クルマ必需品であるけれどもクルマ音痴のをぢさんヲヴァさんが狙へる日本の地方部では 圧倒的な強みを発揮出来るのです。あとは着せ替へグルマで散弾銃式に取りこぼし防ぐと。 コスプレ高級な店舗で田舎のをぢさんたぶらかしてLの字バッジを\120マソで売る、と。 そりゃキャバ嬢くづれだか上がりだか臭ひねーちゃんが受付のアレーゼよか ショーウインドウの外から見る限りレクサス屋、アテクシの目にも高級に見へますもん。w
「トヨタは壊れない、故障しない」という「トヨタ伝説」ね…… 確かに認めざるを得ない。 親父の100系マークUが10年10万km走ってる。 居住性とかABペダル、サスやステアリングの設定はロクでもないシロモノだが トラブルが「一度たりとも起きていない」。掛け値なしに。 トルクが乏しくてスムースさだけが売りの1Gエンジンもまったく平気で回り続けている。 点検は車検ごとの工場任せ、あとは3000km〜10000kmごと(親父はずぼらだ) にオイル交換してるだけなのに…… 42年間車を運転してきて運転技術は十分だが、 クルマの取り扱いには極めてずぼらな父親(タイヤが坊主になっても危険性を意識してない) の常にご無体な扱いでも平気で動き続けるのだから、呆れる。 我が家でヨタ車が重大トラブルを起こしたのは、 25年前に当時所有していた3代目カローラのMT車がクラッチ系のトラブルで変速不能になって、 工場までの20kmばかりを2速固定でノンストップ回送する羽目になったのが、最後だ。 父親はその後ヨタ車を4台乗ったが、例の無体な扱いにも関わらず、どれもトラブルフリーだった…… もっとも本人は国産なら何でもいいやぐらいの無頓着で、100系マークUも C34ローレルの末期型を知人のニサーンディーラーにおったけられかけた親父が 行きつけの工場の旦那に「だまされるな!電装でトラブる!トヨタにしておけ!」と説得されての購入だが。 自営用のトラックは三菱ふそうにコネとハッタリを効かせて4割引で買ったりしてるし……(orz) 全くエロスパ氏の言うとおりで、 「クルマ必需品であるけれどもクルマ音痴のをぢさんヲヴァさん」向けなんだな。 修理屋の旦那に言わせると、「主力車種はエンジンルームの整備性がいいし、 部品をオーダーすればすぐ届くからすぐ治せる」から、「修理屋にとってはいいクルマ」なんだろうが。
最近のトヨタ車、そこまで丈夫でも無いみたいで、家に有る小さいのも結構あれこれと有りますけどね。
>>163 似たような事を思う人はいましたか。まぁ“アバルト調”の方は多分いるだろうとは思っていましたが、
あのルーフスポイラーはいけませんよね(ね? w)
アバルトは既に実体は無いのでしょうが、それでもフィアットが高性能版小型車に付ける名前としては
それ以上の物は他に無いでしょう。
そういう名前を持っている事もまた、フィアットというメーカーの財産だと思います。
過去の貯金というのとはやや異なるかも知れませんけど、
他の会社には使えない名前を持っているっつうのは(シムカでも残っていれば別ですが)強みでしょう。
行き当たりばったりは別にトヨタだけではなく、他にもルノー等も、こうした小型高性能車に用いる名前を
例にとって見ると“8ゴルディーニ”→“5アルピーヌ”→“クリオ(ルーテシア)・ウィリアムス”
→“クリオ・ルノースポール”と全く連続性無し(w
こういうブランド名みたいなのって、使い続けることとその名前に恥じない物を作り続けることでしか
その価値を保ち、高める方法って無いと思います。
ですからフィアットも“アバルト”っつう名前を使うのであれば、とにかくしつこく使い続けて
元の意味を知らぬ人にも“アバルト”って名前に有り難味を感じるまでに高めて貰いたいもの。
ところで・・。
先日
>>160 さんも書かれていたように、ダイハツ・ヴィーゴ(トヨタ・ラッシュ)はテリオスの後継らしいですが
夕方そんな話をある人としていたら言われたこと。
「ラッシュってのはキャミの後継なんですよ」
「・・はぁ・・?キャミ・・ですか・・(そんなの有ったっけ・・?)」
「憶えていません?不気味な赤ん坊がラインダンスするCMで一時期話題になった・・」
「あぁ・・そんなのも有りましたねぇ・・」
そういう車が有ったの、すっかり忘れていました。(つか、忘れていた人多いでしょ??w)
まぁ、あれだけ手抜き膜ってれば、そら壊れるでせう。 遂に自ら蒔ひた”限界まで、そして過剰なまでコスト落とす”病が日本に、世界に蔓延し 自らの首を絞め始め、自らの蒔ひた種を刈り取る時がきたのでせうか。 日本製品、アテクシこれ股電気製品に関しては(そして電装品に関しても)25年程前からは 国産を絶対的に信用し評価してきました。しかし10年程前からその信頼が揺らひでおります。 過剰なコスト・コンシャス、労働力の質の低下(もっと言へば企業自体の意識の低下)、 それを後押しする教育のレヴェルの低下、B民チョソ民的”民主”意識の蔓延(いわゆるモラル・ハザードも) 日本ジリ貧沈没でせうか。 安かろう最低限使へりゃ製品で始まった日本の工業化、その部門はチョン・シナに取られ 苦難の末に身に付けた高性能と絶対の信頼性が揺らひでは売り物が最早ありません。 元より独創と出る杭を許さなひ風土もありますのでその方面も期待0。 この転換点は長引ひた不況期ではなく、その前のバブル期であったとアテクシ考へております。 メーカすらも自ら額に汗してモノを作ることをやめ、濡れ手に泡wの味を覚へた。 あの経験が真面目なモノ作りを日本から放逐する下地となったと思ふのです。 そして、その底流に戦後日本の文化の基軸が”カネ”になったこともあると思ふのです。
さて、アバルトですがこれ股難しいものがあって、 あれだけの名前になるとさすがに安直には使ひ難ひのだと思ひます。 日本限定でならまぁEとして、現地欧州では今だに迂闊なものにアバルトの名を冠することは 躊躇するものだと思ふのです。確かプント・ヌポルティング・アバルトも日本向け仕様のみだった筈。 それは日産・ヌカイライソが6発に非ずんばGTのバッジを自らに許さづ あの本気のFJ20にすら”R”は与へても”GT-R”を許さなかったやうなものでせうか。 さて、今日潰れるか明日潰れるかと言はれたFIATも持ち直しつつある気配ですが 今年2月に手持ちブランド・会社の再編成が行はれ、”FIAT自動車グループ”つう持株会社が出来ました。 その傘下にそれぞれ”FIAT自動車グループ”が100%出資する完全子会社、 ”FIAT自動車””ランチャ自動車””アルファ・ロメオ自動車”が独立しました。 これまでまぁ飼ひ殺しとも言ふべき状況だったランチャもアルファもだうにかなって行くのでせうか? その中でアバルトも(元はと言へば88年アルファ合意で凍結されたブランドなのですが) 新たな居場所を見つけるのでせうか?
キャミを憶えている人でも、スパーキーとなるとどうでしょう? それにしてもダイハツ製トヨタ車というのは意外に多いですね。 デュエット/ストーリア、パッソ/ブーン、キャミ/テリオス、ラッシュ/ビーゴ bB/COO、スパーキー/アトレー7、カムリ/アルティス、と色々ありますね。 ちなみに販売台数はトヨタのほうが圧倒的に多いそうです。
・・スパーキー・・??憶えていないと言うよりも全く知りません・・(w トヨタの方が販売台数が多いっつうのは判る気がします。ナンと言ってもあの店舗数ですもんねぇ・・。 あれだけの販売力があれば(本気で売ったら)大体の物は売れそうな気がします。 (でもキャバリエは・・本気で売ったかどうかは知りませんけどね w) 前スレで「顧客第一主義は必ずしも正義ではないでしょう」みたいなことを書きましたけど、 ここ数日の書き込みがなんとなくその理由になっていると思います。 市場調査から、その時々の市場に合いそうな物を次々と売り出すのは良いのですが、 それだけでは後に何にも残らないですし、熱心な支持者も生まれない。 値段の割りには良く見えるってだけでは、いつかはもっと人件費の安い国の製品に追い上げられるかも。 また、私は良く言われる「顧客満足度」ってデータを信用しません。 車種やメーカーによって、顧客層も異なりますし求められる物も全く異なるでしょうから。 私事(ちょっと違うか?)になりますが。 以前、実家にコロナ・エクシヴのMTなんつう珍車(w)が有り、兄嫁がバンパーを酷く擦ってしまったので 交換した事が有りました。 その交換後の姿を見た私「あれ?前のと違うね。穴(冷却口)が多いよ」 兄「ん?そうか?」 私「違うグレードのをつけちゃったんじゃないの?」 兄「・・ふーん・・」(オシマイ) こんなの(身内だから好き勝手に言える w)の満足度が高くても、あんまり自慢にならんと思います(w どうもトヨタの事になるとあんまり好意的ではない書き込みが多くなってしまう傾向にありますが、 意外なことに、この会社ほど自動車の文化的な面を重視しているところは他にそう無いでしょう。 自動車メーカー自前の博物館で、自社製品よりも他社の物が遥かに多く置いてあるところなんて 他に知りません。 また、ネット上でもgazoo.comやその中の(いつもお世話になる)名車館など、 他には見られない活動をしている事は評価しなくてはいけないでしょう。 これらは皆、自己批判的な考えからなのでしょうか?まぁ、ナンとも不思議な会社でもあります。
カムリ/アルティスは
トヨタが文化事業に熱心なのは、自らに誇るべき過去が無い事を自覚しているからとも思います。 これは別に貶めている訳ではなく、この国の歴史を思えばある程度は仕方の無いことであります。 似たような会社としてBMWが挙げられます。例にとって見るならばこちらの方が判り易いかも。 最近はクラシックカー・イベント等のサポート事業に熱心と見えるBMW。 歴史も、過去に誇れる生産車もそれなりに有る会社では有りますが。 いかんせんライバルと目されるメルセデス・ベンツに比べてしまうとこの点は弱く、 戦前の車のコンクールなどでも、出て来る数は決して多くは有りません。 1920年代末にオースティン・セヴンのライセンス生産をしていたDixy社を傘下に収めることで 自動車産業進出の足掛かりとしたこともあり、戦前のレース界での実績も少なく、 2リッター級の“328”がレースで活躍し始め、初めてミッレミリアを制した頃には、 既に第二次大戦が始まろうとしていました。 ですから“復刻版ナントカレース”みたいなイベントにベンツやアルファの古典版ワークスチームが 意気揚々と乗り込んで行くのを見ても、それを真似しようにも出来ない歯痒さはきっと有るでしょう。 それに戦後も経営難の時代が長かった事もあり、60年代にツーリングカーレースで頭角を現す迄は これといったレースには出たくても出られなかった事情も有ります。 でも、クラシック・イベントにも参加はしたいし、出来れば自らの存在感も少しくらいは示したいところ。 そこでこうしたイベントのサポートに力を入れるようになったのではないでしょうか。 トヨタに目を移せば。 BMWよりも更に歴史的遺産が少ないのは無理も無い事ではあります。 この会社には、私のような偏屈者はあれこれと批判的なことばかりを言いがちですが、 皆が車に興味を失う事が自動車メーカーにとって好ましい事ではないのは当然であって、 自動車の歴史を文化として捉え、伝え広める活動に熱心になることは単なる奇麗事とも言えないところ。 これもまた(エロスパ氏の言われるところとは少々異なりますけど) 将来に向けての“貯金”になるかも知れないのですから。
ところで、過去の遺産っつう物。あんまり堅苦しく考えないで “デザイン上の遊び要素”とか“見る人に親近感持たせる形状”とお気楽に考えるならば、 中型以上を主に作って来たメーカーには、案外とそういうものを持つところは少ないと思います。 まぁ、無ければ無いでBMWのように他の会社が作っていた車の名前(ミニ)を買い取ってしまうという ちょっと強引な手段も有るのでしょうが。 VWがニュービートルを出した時に“フロントエンジンのビートルなんて・・”みたいな事を 結構あちこちで聞いたような気がしますが、今度のフィアット新500では今のところそういうことは 言われていないように見えます。 ニュービートル以上に先代のイメージを上手く表現出来ている為でしょうか。 それに、新500も採用している現代の横置きエンジン前輪駆動システムそのものが かつての500の生みの親であるダンテ・ジアコーザさんの発明による物ですので そういう意味では正常進化とも言えなくもないのかも・・。 そう考えると、かつてのフィアット小型車が如何に先進的で魅力的だったかと、改めて思わされます。 ダンテ・ジアコーザさんの偉大さと言うべきかも知れません。 彼が設計陣に加わる以前のフィアットと言えば、欧州ではルノー辺りと並び 保守的な設計の車を作るメーカーでしたから。 フィアット躍進のきっかけになったリッタークラスの小型車“バリッラ”にしても、 進歩的な設計という訳ではなく、堅実に練られたバランスの良さで売れたようです。 またダンテ・ジアコーザ時代にしても、中型以上のフィアット車は今語られる事は無いように、 あまり魅力的には見えません。 オリジナル・ミニの設計者であるアレックス・イシゴニスさんはかつて 「幼少時にセヴンに親しんだ私は小型車の設計を好む」といった旨の発言をされたそうですが、 ダンテ・ジアコーザさんにも似たようなところが有ったのでしょうか。
今日はいつものように長文書き終え、投稿しようとしたらそのタイミングで家の中の無線LAN混線。
例によって大した中身でもなし、また同じ事を書く気にもなれず・・。
ところで
http://www.fiat500.com/home_32.asp ・・・・これって、何か間違って無いでしょうかね・・?
キャラクターの女の子の台詞「もっとログインキボンヌ」なんて変な日本語が書いてあるのに
日本語バージョンにのみ、この頁は無い辺りは恐らく確信犯かと(w
外国の事となると大袈裟に取り上げられるのは何処の国でも似たような物ですが、
その内に「今、日本では痛車がブーム」みたいなことを大袈裟に流され、
その地のアニメイベントとかで「アキハバラに行くぞ!」みたいな気勢上げているおかしな連中
(いるんですよね・・)に真似される日も遠くないのかも。
多分、今痛車って言われている車の源流はこの辺に有るのか?
http://www.geocities.jp/d_force_net/CAR/HASEGAWA/SP/SP77.JPG 私の身近にいやがる今時の若者の一人に言わせると、
彼自身も痛車には否定的ながら
「自分だって、機首に女の子の絵の描かれた戦闘機の模型持っているじゃん」
・・ですと。第二次大戦時の米軍機のノーズアートと痛車の絵。
かなり感覚的には違うとは思うのですけどねぇ・・。
・・まぁ、そんな事言っていても仕方が無い。
勝手、かつ強引に話は変わり、その第二次大戦時の戦闘機P-38からヒントを得て始められたという
50年代アメリカ車の象徴テールフィン、その最盛時の59年型キャディラック
http://www.cromoclassico.com/eng/wallpaper/cadillac_59_1024.jpg 賛否両論は有るでしょうが、これはこれで格好良い事は間違い無いと思うのです。
しかし、現代に再び生かす事は中々出来ないと言う意味に於いてはメーカーの過去の貯金とは
言い難い部分も有ります。
視界を含む安全性とかコストの問題、空力的要求など、
様々な理由からテールフィンが現代に甦る事は恐らく有り得ないでしょうが、
このキャディラックに見られる豪華な雰囲気をアメリカ車は取り戻すことはこの先あるでしょうか?
57年にイタリアで生まれた“ヌォーヴァ500”のデザインが復刻され人気なのを見ると
POP&CUTE系(日本人的には萌え系と見えるのか?)とは異なる系統の50年代テイストも
もう少し見直されても良いのではないか?と思うのですが、
ダウンサイジングした上であの雰囲気を実現するとなると、中々難しいところでしょうね。
昨日、偶然見つけたのですが。先日エロスパ氏が欲しがっていたピアッジオ社のApeっつう三輪トラック
日本でも入手出来るようになったようです。
http://www.walk.co.jp/ape50/index_b.html 以前から個人で輸入し、使用している方もいらしたようですが、中にはこんな風に
立派に実用にされている方もいらっしゃるようで。
http://www.karakiya.net/ 確かに世田谷辺りの酒屋さんなら、狭い路地の配達には便利に使えるかも。
問題は値段ですが、ミツオカのキットカー等と比較してもこのくらいは仕方が無いのでしょうか?
正直言ってちょっとねぇ・・。
でも
>>125 で書かれたように
>近所のスーパーにはこれで買い物に行って、
>荷台にくくりつけた保冷箱にぽんぽん買い物放り込んでパタパタと引き上げる
これは中々に楽しい買い物でしょうね。
只、オプションのパワーアップキット入れないと、何時も買い物に行く近所の郊外型スーパーの、
屋上駐車場に登る急なスロープが登れるか?
まぁ、勢いつけて一気に登れば問題無くとも、前がつかえて一旦停止する羽目になったらどうなるのか?
(かなり真剣に考えた w)
・・でも欲しいなぁ・・。
こんなの買ったら、買い物全部一人で行かされそうだけど・・(w
このApeのスペック、昔のダイハツ・ミゼットと比較すると結構興味深いところ。
http://gazoo.com/meishakan/meisha/shousai.asp?R_ID=7078&ex_spec=spec エンジンの排気量以外はかなり近いようです。
ほほぅ、取り扱ひ代理店、なんと牛角ですか、へぇー。
http://www.walk.co.jp/ape50/comp.html ボアアップキットその他、これ股ゐぢり心をそそる物件ではありませんか?w
当然目一杯排気量拡大してツインキャブにタコ足・・・付けやう無ひか。w
車検無ひのをEことにフラットトラッカー・バイクの250だの400だのの単コロエソジソ
こっそり積み替へる、なんつなことはイカンのでせうね。w
しかしね、確かにこんなので\100マソは考へるところ、こらEとこ\50マソまででせう。
\100マソ出したら本物のw軽トラ買へる。車庫証明も車検も無ひのは魅力ですが。
>>176 数年前から取り扱う業者は出てましたね。
知り合いの車屋(イタ車メイン)が、その友達の車屋に誘われて色気を出していましたが、
「やめとけ」と言っておきました。
ただでさえ在庫車両がダブついてるのに冒険する時期じゃなかろうと。
案の定、友達の方は2台入れたものの1年ほど掛けて1台売れただけ。
残る1台は泣く泣く自家用お買い物車にしたそうです。
イタリアで何回か見掛けましたが、路上の障害物と化してました。可愛いけど。
やはり50ccでは無理が有りますか。
オプションのパワーアップキット使ったところで大した変化は有りそうにないですしね。
改めて考えてみれば、軽自動車の値段っつうのは凄いものです。
以前、ダイハツから出ていたミゼットUの最廉価バージョンは確か50万切っていた筈ですし、
スズキ・ツインにもそうしたグレードが存在していた筈。
水冷4サイクル・三気筒エンジンだけでもそれくらいはしてもおかしくない気がします。
ミゼットUが出た時にも少し気になったのですが、
当時の軽自動車規格よりも幅は100mm程しか狭くなく、(とは言えApeより50mmしか広くないのですが)
あんまり洒落っ気の無い形とも相まってそれ程欲しいという気にはなりませんでした。
他ではこうしたトラックみたいな形のもので欲しくなったものというと、
以前にも書いたスズキのマイティ・ボーイとか。
別にApeのように三輪車である必要はないのですが車庫証明も車検も無いという現実以上に
マイティーボーイやミゼットUでは存在が重い。つか、玩具としては立派に過ぎる気がして
簡単に手を出す訳には行かなくなってきます。(全く、ああだこうだと・・w)
あんまり私事ばかりでもナンですので。
ステアリングを簡略化した前一輪にしても、デフを省略した後一輪にしても、
四輪マイナス一輪車のイメージから、どうも半端な印象がついて回る三輪車ではありますが、
カール・ベンツの試作車(彼はアッカーマン理論を知らなかったとか)も三輪車でしたし、
1769年のキュニョーの蒸気車が三輪(しかも前輪駆動)だったことを思えば
動力三輪車の歴史は四輪車よりも長いと言えるのでしょう。
このスレでは結構良く名前が出てくるチェコのタトラも1929年に軽便な三輪車を作り(T49)
トラックバージョンも存在しています。
http://ned.ronet.ru/0/1929%20Tatra%2049.jpg 正面から見たら、もの凄く大きい車が来たように見える気がする・・(w
日本と比べて信じ難ひ程街中でもクルマの流れの速ひ欧州、 イターリャも例外ではありません。そこにapeでは動くシケイン。w しかし実際まぁよくゐるのも事実で、なんでかってえとイタリア名物路地・細街路。 どこの町にも細かひこちゃこちゃした通りがあって、 しかも八百屋だの魚屋・肉屋だの惣菜屋だの酒屋だのはたいがいかういふところにあるもんです。 さういふ店の搬出入つうことになるとapeでなひとだうにもならなひ。 まぁ日本の原チャと軽トラの中間的なものが実用的なのです。 まう少し大きな通りに面してゐれば今度は本当の軽トラ、ダイアツ・ハイゼットのピアッジョ生産分 つまりポーターが出てくる訳です。だいぶapeからポーターに主力は移ってきてるやうですが しかし街があれですので相変らづapeには存在理由があり続けてゐるのです。
さて、アテクシ事ですがw、今月はゴーヂャス10日間のヴァカンツァを計画しております。 つか、やっとこ今頃夏休み。で、これ股500`超のグラントゥリズモ大阪行き。 で、お母ちゃん乗っけて半分は東京へ戻る、と。 ところが当然ですがどっちにゐても日々の買ひ物には行く訳です。 大阪や尼wのカルフールはお腐卵臭に敬意を表してスーパーではなくマルシェと呼びw (だうせ何言ったってイオンの郊外スーパーぢゃねえかw) お母ちゃんのぷぢょ206で行くこともあるのですが、ご町内や近隣郊外の大型店行きには apeどころか大概ショファー付きのwアルファ・ロメオが買ひ物の足となるのです。 名門アルファ・ロメオもスーペル・メルカートwのポリ袋積んでネギはみ出させて走る訳です。 スーパー袋だのトイレットペーパー12巻詰めだのリアトレイに満載したヌパイダ見て お母ちゃん曰く「ホンマによう似合ふねぇ、アタクシのぷぢょさんでは許されん姿やわw」。 トランクにはマイバッハ、ぃあマイバッグと称してスーパー袋の束常備させられる始末。 これはいけません、情け無さ杉。 で、本日ヌパイダのフロアマット新調つひでにalfaRomeoロゴ入り買ひ物用袋仕入れてきました。 憧れのapeスーペル・メルカート買出しは叶はなくとも、apeではカルフールの駐車場5階まで登れなくともw 真紅のアルファ袋からネギだの大根だのお値引き商品だのwはみ出させて良しとしませう。w
やはりエロスパ氏には是非Apeを入手して、長期レポート寄稿して頂きたい。 で、大阪の華子さんにも見せびらかし、羨ましがらせて頂きたいところ(w 自走して行くのはさすがに大変でしょうが、 今調べてみたら普通の軽トラックの荷台サイズは1.4mx2.0mだそうですから、 Apeなら前輪をステアして後部あおりを開けばナントカ積める筈。レンタカーでも借りてやってみては? (親ガメの背中に子ガメを乗せて〜 w) まぁ、そんな他人事は放っといて(w) 今更言うまでも無い事ですが、二輪と四輪とではロールする向きが逆になります。 ロールセンターと重心の関係は、WEB上にいろいろと図解入りで説明が有りますが、 正直に言って感覚的に理解するに至っていない私は難しいところまでは書けません。 ロールセンターと重心の関係が二輪と四輪では逆になるのでロールする向きが逆になるとかですが、 図で説明されても「何故そこがロールセンターになるのか?」ってところが納得出来ないのです。 まぁ、そう言ってもとにかくロールが逆になるのは事実ですので、 前後どちらが一輪であろうと、三輪車では前と後ろとではロールしたがる向きが逆という事になります。 実際には荷重の大きな方に幾らかはロールするのでしょうけれど、 突き詰めるとピザ屋さんのジャイロのような自在に捩れるフレーム構造が欲しくなるのでしょう。 で、何故昨日いきなり菱形車輪配置の車に強引に話を持って行ったかっつうと。 こうした車はコーナリンク中にどんな挙動を示すのかって疑問が沸いて来たからなのです。 ゴットリープ・ダイムラーさんの試作車は基本的には二輪車であり、 左右の補助輪には大して荷重は掛かっていないでしょうから内側にロールする筈ですが ヴォアザンのコッシネーユとかPFXなどはどうなることやら? これが前後輪が主で左右は補助輪的な役割なら二輪のようにロールするでしょうが 乗っている人は変な感じがするでしょう。 こういう車に詳しい方(どんな人だ w)っていらっしゃいませんかね??
apeではマルシェw駐車場のらせん状スロープが危険だと思ふのです。 上りが登れるかも問題ですが、買ひ物して荷物積んでの下り。 かなり急で旋回のRが小さひスロープですので舵角大きく切って急な下り坂、 フロントに大荷重掛かってまぁコケる可能性非常に高ひと思ふのです。 ダイヤゴナルロール(3輪なのにさう言ふのか?w)でひっくり返る、みたひな。 腰ネーユ、転倒虫wですから。 ほら昔、知人がヌバルの転倒虫で転倒したではありませんか。w コチネッラと伊語で言へば今度の休みに行ってみやうかとも考へてゐる お手頃価格な北摂イタ飯であります。w
それとお母ちゃんにapeなんざめっかった日にゃ股怒られます。 「股こんなしょーも無ひガラクタこうてきて!」。w
187 :
34 :2007/09/03(月) 01:00:41 ID:GikZ/z7v0
>>186 昔3号のみで廃刊になった模型雑誌とは“エムズガレーヂ”であろう。
件のドイツ郵政省バージョンの作例は確かvol.3に掲載されていたはず。
ちなみにvol.1及びvol.2の付録ペーパークラフトは秀逸だった。
ドイッチュ郵政省・ブンデスポストってもしや民営化されてDHLになったんでせうか? と思ったら、なんと民営化されたブンデスポストがDHL買収したんですな。 道理でDHLの黄色ひクルマの後ろに丸ひラッパ (ホルンね、欧州郵便屋の象徴にしてブンデスポストのマーク)が付ひてる訳だ。 さて、転倒虫配列車輪、これってやうするにステアリング機構もデフ機構も省略して簡素化でき、 且つひっくり返りにくひ、安定した車輪配列つう魂胆だらうと思ふのですが。 今に残って無ひつうことは結局ダメなんでせうな。 >前後輪が逆位相で大きく切れ、内側のホイールを軸にしてクリクリ一ヶ所で回れたそうで いっとき大流行りの4WS、これが目一杯ハンドル切ると逆位相になるのありましたな。 ホンダ・プレリュードとか。舵角が小さひときは同位相で高速でのレーンチェンジなどで安定し、 低速目一杯旋回のときは小回り利かさうといふ。これも昨今余り流行らなひ気が。 まぁ小回りに関してはキャタピラ物の超信地が一番でせうが。w 以前、テレビでJ隊の車両の中、特別に同乗撮影つうのがあって 90式戦車の中見せてましたが、この超信地旋回の際の操作にボカシ入れてやんの。 そんなの軍事機密でも何でも無く、工事現場行けばさんざやってるだらうに。w
>>187 付録ペーパークラフトは秀逸だった・・・ですって?
34さんはアレを作ってないでしょw
私はチャレンジしてみましたけどアレってマトモに作れるシロモノじゃないですよw
まぁブラバムBT46BとかアルファT33/TT12とかアイテムは好きだったけどね。
雑誌のペーパークラフトと言えば初期のオプションがよかったなぁ。
作りやすくて見栄えよくてスケールも正確でエムガレのとは雲泥の差でしたね。
結構知っている人もいらっしゃるようで(w 私もあの付録は作らぬまま放置してあります。
今ならばスキャナーもプリンターも有るので、もっと硬質の紙に印刷し直して作ってみようかとか
思った事もありますが。
>>188 サンビームの菱形車輪配置の車は知りませんでした。
英国人も時にはおかしな事を考えるようですね。
研究のみで終わったようですが、ヴォアザンのコッシネーユも予定では前後輪共にステアして
その場でグルグル回れるようになる予定だったとか。
ピニンファリーナの場合、PFXでやりたかったのは単に真上から見ても
完全な流線形にする事だったようで、曲がる時の事までは大して考えていなかったのかも知れませんが
ガブリエル・ヴォアザンさん程の方ともなれば車の重心と挙動に関しても大家でしたから
(つか、もうマッドサイエンティストめいて来ていますが・・w)コーナリング時のロールその他まで
考えていなかった筈もないでしょう。どんな操縦性になる予定であったのか・・?
もしも実車(星型5気筒エンジン搭載予定だったとか)完成にまで漕ぎ着けていたならば、
直列12気筒車をも凌ぐヴォアザン最大の珍作になっていたのかも。
ところで、時には英国人もおかしな事を考えるっつう話のついでに。
サンビームの菱形車輪配列車の写真を見ていたら思い出した物ですが、
三輪車の上(?)を行く二輪車の実例、ウーズレーのジャイロカー。
http://www.dself.dsl.pipex.com/MUSEUM/TRANSPORT/gyrocars/schilovs.htm 昔懐かしい、タイガー商会・地球ゴマを連想しますが。
これも一体どんな狙いで作られたのか?全く不明な車ではあります。
これの応用でロータリーエンジンを平らに積んで、エンジンが回っている間は転ばない二輪車とか
出来ませんかね?(無理か w)
ぃあ、ならいっそ漫画アキラかなんかに出てた1輪で行けるかと。<恥丘ゴマ車 ジャイロの軸の傾きで前進後退、コーナリングも極めてトリッキーな運動が可能かと。w 逝ってる師のリンク先、タイトルぼやっと見てゐたアテクシ、 ”SCHILOVSKI”をシコルスキーかと見間違へ さすがヘリコプター屋はジャイロ得意か、と一瞬思ひました。w
保守。 ・・ついでにちょっとだけ。 昨日、一輪自動車の乗り心地の心配等かきましたが。 乗り心地と言えば、菱形車輪配列の素人にもすぐに想像出来る欠点がそれでしょう。 ごく単純に考えても、普通の四輪車であれば路上のギャップを前車軸と後車軸とで 二回乗り上げれば済むところを、前・中・後と三度乗らなければならなくなる訳ですから。 反面、長所は何処に有るのか?これは良く判らないところであります。 エロスパ氏も先日書かれたようにステアリング機構もデフも簡略化出来る事はメリットでしょうが、 運動性能面での効果っつうのは一体何か有ったのでしょうかね?
>>193 の並列二輪車は試作だけでもホントに作られたのでしょうか?
ドライバーが握っているハンドルの先はどうなっているのでしょうね?
やっぱりねぇ・・。ピニンファリーナの“X”が意図したように、空力的なボディー形状を得るのに有利では
あるかも知れませんが。
ルマンの小排気量クラスにでもああいうのが出ていれば面白かったかも。
>>195 そう言われてみれば・・ステアリングホイールで一体何を操作するのでしょうか?(w
改めて良く見ると左右輪は全くソリッドに結ばれているみたいに見えますので、
どうにもロールも出来ず、まず曲がらない筈。
ところでヴォアザンの“コッシネーユ”
この車のフロント部分からは戦後日本で作られたダイハツの三輪乗用車“Bee”を連想します。
http://gazoo.com/meishakan/meisha/shousai.asp?R_ID=8205&ex_spec=shousai ・・これもかなり意図不明な車ではあります。
空冷リアエンジンという成り立ちから後二輪になるのは判るにしても、前を一輪にする必然は
一体何処に有ったのかと。
先日も書いたように、日本の三輪車っつうと前一輪が殆どですけが。
この形だと制動時の安定性に欠けるのみならず、本来三輪車の長所になる筈の小回り性能も
そんなに良くはならない筈。
前二輪にしたところで、最小回転半径の数値そのものはそんなに小さくなるというものでも無いでしょうが、
内輪差っつうモノが無くなるだけでも取り回しはかなり楽になるでしょう。
一時期ホンダが熱心だった四輪操舵も、小回り性能の面に限ると最小回転半径の違いは
思った程の事はなく(2WSモデルに対してマイナス80cmは大きいと言うべきか?)
それよりも内輪差が無くなることから、狭い路地でも頭が入れば後はナントカなるっつう部分の方が
大きかったと思うのです。
海外で良く見られる二両編成バスなんかでも有効な技術ですが、乗用車では流行らなかったのは
車体後部が外に膨れる感覚に運転する側が馴染めなかった事などが影響したのでしょうか?
四輪操舵を今でも採用しているのは日産だけですね。 世界で初めて四輪操舵を採用したという自尊心が強いのかな?
量産車で世界初の4WSっつうとニッサンなんでしょうか? 昨日年バレスレにメインさんが書かれていたように、重機やバスではかなり昔から有る技術ですし、 旋回時の後輪制御という考えの先駆けは恐らくポルジェ928の後輪に使われた “ヴァイザッハ・アクスル”だったと思います。 かなり昔から少しずつ進化した技術ですのでどれが最初と考えるのかは意外に難しいところ。 全輪操舵の早い例としては、第一次大戦時の軍事車両で試作されたものですが 前席と後席の両方でそれぞれ前・後輪の操舵を可能にした物が有った筈。 もっとも片方で全ての車輪を操舵した訳ではないので一般にいうところの全輪操舵とは異なりますが。 これは早い話が敵に後ろを見せることなく、また無防備になり易い敵前での旋回をせずに 前進も後退も出来るという狙いから生まれたものだそうです。 この時代、ドイツのエアハルト社製の装甲車には本来の意味での4WD&4WSの車が有った筈ですが やはりこうした狙いから、ギアボックスは前進5段後退5段を備えていたとか。 ところで、高速旋回時の後輪制御はまた別の話として。 低速時の小回りが利くかどうかという印象は、意外と内輪差の大小にも左右されると思います。 時には最小回転半径よりもこちらの方が大きかったり。 かのシトローエンDSが3125mmという長大なホイールベースを持っていたにも関わらず、 「どんな狭い路地でも平気で突っ込んで行けた」と言われるのはこうした事に影響されているのでしょう。 この為に、DSの前後トレッドは1500/1300mmと極端に後ろが狭くなっています。 後ろのトレッドが狭ければ内輪差は小さくなるので、頭が入れば後はナントカなるという理屈。 これは前作トラクション・アヴァンが「大型旅客機並みの小回り性能」と言われたことから (ドライブジョイントの未熟も有り最小回転半径は7m超 w) 反省した為も有るでしょうが 車軸配置を始めとする車両設計の自由度が高いハイドロニューマティック有ってのもの。 ちなみにWB2845mmのCXではトレッドは1470/1360mm WB2550mmのGSでは1380/1330mmと、 ホイールベースが常識的な値の車になれば極端に後ろを狭くしている訳でも有りません。
わざわざ「“乗用車で”世界で初めて四輪操舵を採用した」と書くべきでしたか? そう言えばトヨタがエスティマハイブリッドを発売したときに 「世界初のブレーキバイワイヤを採用しました」と宣伝したところ ダイムラーから「当社のトラックこそ世界初だ」とクレームが付いたそうですね。 トヨタにしてみればそんなことは百も承知でしょう。 カテゴリー違いのトラックの話を持ち出されても苦笑する他はありませんよ。
まぁ、そう言わないで下さい。 日産が4WSを採用した頃って、後輪の位相制御が流行していた時期でもあり 何処の何をもって世界初とするのかが、私の中で整理出来てないのです。 また60年代に4WD乗用車・ジェンセンFFを生んだ事で知られるハリー・ファーガソンとかも 4WSの研究にはかなり熱心だったようですし、 同時期のアメリカに“モビ・ワン”という四輪操舵乗用車を作ったモーリス・ビショップなんて技術者もいて 以前「世界初の量産ミドシップスポーツはどれか?」って話みたいに 量産という言葉の定義次第では思わぬ伏兵が現れる可能性も有ると思います。 そんな訳で、昨日も「量産車で世界初の4WSっつうとニッサンなんでしょうか?」と 判らない事は判らないのでその通りに書いた次第。 ただ4WS乗用車の最も早い例とされる1923年のアレックス・ホール(英)の車とか 上記したファーガソンやビショップの研究が駐車の容易性などを考慮した小回り性能の為だけの物で 恐らくポルシェ928に始まる高速旋回時の後輪位相制御というところは含まれていないように思います。 ですから同位相と逆位相を一つの制御に統合した四輪操舵となれば、 恐らくは80年代にまで現れていなかった可能性は高いのでしょう(自信無し) ところでニッサンが現在も使い続けている四輪操舵システム。 今のモデルでは低速時の同位相制御は行っているのでしょうか? その手の車に乗った事は多少は有りますが、逆位相制御が感じ取れるところまで試した事も無い為 あんまりあれこれと判ったような事は書けませんが。 四輪操舵を行ったところで限界そのものが高まるとは思えず、限界が判り辛い事になるのでしたら その一線を越えてしまった時の挙動変化が唐突になるような気がして、却って危ないように思うのですが その辺って実際のところ、どうなのでしょう?
その辺、現在の国産車は物理法則を無視できるまでに進化してしまっているので 心配はご無用かと。 実際首都高速のカーブにアクセル踏みっぱなしで突っ込んでいく(そして何事もなく 走り抜けていく)ミニバンを見るたび、趣味として車を語ることの無力を痛感します。
世界初の四輪操舵を採用したのは日産だと主張されてる人がいますけど 7thスカイラインのハイキャスって…あれって四輪操舵なんですかねぇ? リアサスメンバーごと一体で左右に動かす…と言ってもわずか0.5度だけで 当然アッカーマン理論なんか無視した乱暴なメカニズムでしたよね。 あれはどう見てもバイザッハアクスルの亜流でしょ(笑) そういう意味ではマツダのトーコントロールハブ付マルチリンクサスとか イスズのニシボリックサスなんかも同類ですね。 四輪操舵ってのは左右の後輪がタイロッドで繋がっていて連動するからで バイザッハアクスルとその亜流のように左右の後輪がバラバラに動くのは 四輪操舵とは言いませんよ。 いわゆるコンプライアンスステアってやつでしてブッシュがヘタった車は すべてそうなります。
>>203 あれって油圧で積極的に動かすので、それまでに出ていた後輪位相制御(パッシブステアの物)とは
やっぱり分けて考えて良いのではありませんでしたっけ?
ニッサンのそれがタイロッド式になったのと、ホンダがプレリュードで機械式4WS採用したのと
どっちが早かったのか?とか、細かなところは全く判りませんけど。
>>202 最近思うのですけど、タイヤの進歩は緩慢な運転手の動体視力を超えてしまっているような・・
雑誌などで、車両姿勢制御装置のあれこれについて“カット出来ない事”とか
“お仕置きのように介入後しばらくはペースが上げられない事”を良くないことのように書く人もいますが
そういう制御が必要な人も多いのだから仕方ないとも思います。
首都高速と言えば、一度トラックの荷崩れで怖い思いをした事が有りました。
まぁ、大きな車の後ろに着いた時のセオリー通りに少し車間開けていたことも幸いして
また、丁度一台追い越した直後というタイミングもあり、ステアリングで回避出来ましたけど
もう一度同じ事が起きたら避けられる自信無し。
落下物には縁が有るのか、一度は246の上り市ヶ尾駅前辺りの直線(ローカルな話 w)
ちょっとペースが上がっていて80km/hくらい出ていたときの事。
やはり前を走っていたトラックから何かが落ちて行くのを見つけた事がありました。
この時も幸い空いていたこともあり、咄嗟に隣の車線確認して移動する事が出来ましたけど、
その時に乗っていたのが(何故か)先日も少し書いた、実家に有ったという初代コロナ・エクシヴで。
レーンチェンジ後暫くの間は発生した旋回力が収束せず、勝手に左右に振れ続けるステアリングを
呆れた思いで見た記憶が有ります。
回頭性重視のセリカのシャシーを、前後を伸ばして使ったという成り立ちからなのか、
アレほど直進安定性の無い前輪駆動車は他に知りません(w
>>204 日産のHICASはR31スカイラインに従来型セミトレに採用されたもので、確か'85です。
HICASUは、一応マルチリンクに装備されたので、それなりの評価はあったようですが。
私は、S13時代、ハイキャス無しを注文し、ロアアームの前側ブッシュにデルリンのブッシュを動かなくするモノを挿入していました。
FC3Sでも同様の対策している人が多かったw
(なにしろ無理矢理トーインにさせるため、ブッシュ強度で動くものだった)
ホンダのメカ4WSは'87で同時期、マツダのカペラやギャランもありました。
尚、乗用メカ4WSとして日本初ではありましたが、世界初ではないです。
切り始めが同位相で、切り込み角度がある基準を超えた時点で、逆位相になるというもので
速度に関係ないものでした。
この点、マツダのメカ4WSは、'79に特許取得していますが、ホンダと違い、
35km/hを境界とした速度制御を加えたため、若干、デビューが遅れたらすぃです。
(当時の資本の問題もあったのでしょうか・・・)
ギャランに関しては、リアデフに油圧ポンプを駆動させ、50km/h以上で
同位相のみだったようです。
量産車で世界初の四輪操舵を採用した車は何か? その答は当時の雑誌広告を見れば判るはずです。 私の書架にはCG誌の全バックナンバーが揃っていますので早速調べてみました。 CG誌85年10月号よりニッサン・スカイラインの広告には「電子制御サスペンションの“HICAS”を搭載」 とあります。 広告のどこにも四輪操舵もしくは4WSの文字はありません。 CG誌87年6月号よりホンダ・プレリュードの広告には「世界初の“舵角応動式”四輪操舵システムを搭載」 とあります。 CG誌87年7月号よりマツダ・カペラの広告には「世界初の“電子制御車速感応”四輪操舵システムを搭載」 とあります。 これでお判りでしょう。 答はホンダ・プレリュードです。
ぅーみゅ、ハイキャスの時には役所がリアステアにE顔しなくて、 そんで表立って”4輪操舵”と書けなかったとかってありませんでしたっけ? なんかそんなうろ覚へもあるやうな無ひやうな、まぅその辺になると忘却の彼方。w あの手のギミックw(敢へてギミックと呼ばせてもらふ)が流行らなくなったのは やっぱ重くなるからではなひのか?とアテクシ考へてゐるのです。 それで無くともパッシヴ・セーフティが過剰に叫ばれ 無意味にデカく重くなったクルマにあの手の仕掛けの重さは勘弁なのでは無ひでせうか? 高級なヴァイスアッハ・アクスルとは対極の安物アシでもその手の作動を視野に入れた物件が その当時ありました。FIATのオメガ・サスです。Ωつうよか実際にはΛ型なのですが この頂点を支点として更にトレーリング・アームで位置決めされるもの。 このΛの頂点の支点やリンケージの関節のブッシュ・ゴムの容量チューンで 横Gに対して4WS的作動も多少する、との話なやうです。
>>204 >日本初ではありましたが、世界初ではない
四輪操舵っつうと、先日も少し触れた外国の試作車の類が有りますが、量産車でも有ったのでしょうか?
>>205 成る程。マツダではカペラが最初だったというのもちょっと意外な気がしますね。
それにしても、>CG誌の全バックナンバーが揃っています
・・・・凄いですね。床抜けません?(w
>>206 なんだかイタリア人がそういうことを言うと怪しい気がしません?(w
4WSに4WD。どうもこの辺は苦手な分野で、あれこれと図解見ていても理解出来ているのかいないのか?
自分でもあんまりよく判らないという心細い事態(w
以前にも書いた事ですが、元々私が戦前の古い車好きな理由の一つは
「見た目で動作が想像出来る単純さ」も有りますから。
先日ちょっと触れた4WDの研究者で60年代に4WD乗用車ジャンセンFFの誕生にも関わったという
ハリー・ファーガソンさんの名前から名付けられたというファーガソンシステムっつうのも
検索してみても農機具ばかりが引っ掛かるので一体何が何やらです。
プジョー205ターボ16も採用していたというこの仕組み。通常の4WDシステムとはどう違うのでしょ?
(説明されても理解出来る自信が無いのですが・・w)
ところで4WS&4WDの試みっつうと、また「畑違い」と言われそうですけれど
19世紀半ば頃から実は蒸気トラクター用としての研究はされていたようです。
(農業用だもん。それこそ正に畑違いだよなぁ・・w)
ネタか本気かは判りませんが、蟹のように真横に動ける車なんてものも試作では存在したようですが
実用に耐える次元までは達せずに終わったとか。
J.A.グレゴワールさんが1926年に前輪駆動用の等速ジョイント発明する遥か前の事ですから
それも無理は無いのでしょう。
で、このΩサス、見やうによってはド・ディオンのドライヴシャフト無しのやうにも見へます。 が、ドライヴシャフトが無ひのでド・ディオンとは言ひませんw、 つか言へなひので”オメガ”と言ったのでせう。 しかし、その形状から分かるやうに乗り味としては確かにド・ディオン風味もあり Y10(のちにパンダも)の短ひホイールベースの割りには長周期の動きは なるほど一番小さひ一番安ひとは言へランチャなのだ、と思はせるものであります。
>>208 間違い訂正します。
「元」某H社の友人に訊いたところ、発表時点では世界初だ!と言ってました。
(更に舵角応動タイプとしては・・・と付け加えてましたがw)
尚、当時の運輸省型式認証では、マツダが1週間先だったようですね。
PWS付ディーゼルと共に結構、話題になったカペラでした。
昨日の私の書き込み、レス番が全部一個ずつずれていましたね・・(またかよ w) エロスパ氏がギミックと書かれた後輪位相制御。 重量増も確かにあるでしょうけれど、やはり私は限界が判り辛くなる事の弊害も有ると思います。 また各輪に断続的に制動を掛け、車両姿勢を制御する技術も発展した事やら タイヤの進歩なども有り、矢鱈に限界付近までニュートラルを追求する意味も無くなったとも。 さて、ハイテクは苦手な私。 こうした四輪操舵やら四輪駆動に関する資料等見ていても、目が行くのはやはり昔の車。 以前にも少し話に出ましたけど、史上初の四輪駆動車っつうのはオランダのスパイカーだとか。 それもセンターデフを持つフルタイム4WDレースカーだったそうです。 例のパリ-北京に出場したスパイカー車はこうしたタイプではなかったそうですが。 この4WDスパイカー。フロントエンジンの後ろに定石通りギアボックスを備え、 その直後に二速の副変速機と一体のトランスファーとセンターデフを持ち そこから前後にドライブシャフトが伸びるという複雑な構成だったようです。 センターデフを備えるのは、勿論4WDに特有の前後の回転差から来るブレーキング現象に 設計者が気付いていたからでしょうけれど、 この車が登場した1903年当時には前輪駆動用等速ジョイントは存在してなかった為に ギクシャクする前輪の動きに全体が悪影響受けるのを避ける意味合いも有ったのかも。 それと興味深いのはこの時代には珍しく無かった事とは言え、 ブレーキは車輪に利かずギアボックス(この車の場合にはトランスファー)に利いたという事。 ですから、史上初の四輪ブレーキ装備車は1909年のイソッタ・フラスキーニとされていますが それ以前に四輪全てに制動が掛かる車が存在したということになります。 (ブレーキ一個で四輪全てに利いた訳ですから)
>>208 205T16は確かエンジン-トランスファー-ギアボックス-クラッチの順に横置きですが、
そのことかなあ。要するにミッドシップレースカーのドライブトレインを横向けて
真ん中から動力を振り分けるレイアウトです。
このレイアウト、左右の重量配分は楽ですが、えらく横幅をとるのが難点。
959のハイテク満載の電制四駆を、そっくり前後逆にしたのがアルシオーネVXで ポルシェの10分の1の値段で作ったスバルもとい日本の技術は本当に素晴らしかった。
そう言えばポルシェ959は以前タミヤ1/24を作った事が有りました。
>>212 >左右の重量配分は楽ですが
動力の伝達経路を何処かで折り返させないとドライブシャフトがオフセットしてしまうように思えるので
それはちょっと意外な気がします。
タミヤからはプジョー205ターボ16も出ていた筈。その内に買ってみますか。
あの当時、パリ-ダカールに出ていた405とかシトローエンZX等も中身は同じモノだったのでしょうか?
"世界初ナントカ”はどれか?っつう話は常に難しいところが有ります。
昨日の四輪ブレーキのことにしても、その定義を「四輪全てにブレーキを備える車」と考えるか。
それとも「ブレーキが四輪全てに利く車」と考えるか。
もしも後者にするならば、スパイカーの4WDレースカーはそれに該当すると言う権利が有るでしょうが
まぁ、普通はそういう風には考えないもの。
また、少し話は脱線しますが。
“量産車初の前輪独立懸架”っつうのは、ランチア・ラムダ(1922年)というのが定説ですけど
少し前にサイクルカーの話の中で触れたモーガンのスリーホイーラーは、
ラムダの誕生以前から同様のスライディング・ピラー式前輪独立懸架を採用しています。
モーガンの生産規模では“量産”という言い方には値しないと思われているのか、
それともやはり三輪車では例外の扱いをされてしまうのでしょうか??
もしもモーガン・スリーホイーラーが“世界初の量産前輪独立懸架採用車”とするのであれば、
自動的にこれは“世界初の量産「全輪」独立懸架車”でもあるとは言えないでしょうか?
・・ってのはさすがに無理があるのでしょうけれど(w
“自動車のシーラカンス”だの“生きる化石”だのと言われ続けているモーガンが
誕生当時には実は先進的な試みをするメーカーだったというのは少し意外で面白いところ。
>>214 逆にいえば
「誕生当時には実は先進的な試みをするメーカー」でなかったら、
「“自動車のシーラカンス”だの“生きる化石”だのと言われ」るまで
システムを変えずにいられないのかもしれませんね。
>>149 ょぅ あんたは間違いなく俺の兄者
google先生に導かれてやってきました
スレ違いスマソ
弟者ワロス
>>214 四輪駆動車の定義は「エンジン一個の駆動力を四輪に伝える車」ですよね。
四輪インホイールモーターEVのように「四輪全てに電動モーターを備える車」はありますけど
まさか「四輪全てにエンジンを備える車」はありませんよね(多分)。
前後に一個づつエンジンを備える車はありましたけどね。
それと同じことで
四輪ブレーキの定義は「四輪全てにブレーキを備える車」でも「ブレーキが四輪全てに利く車」でも
どちらかを満たせばOKだと思いますよ。
四輪駆動車の定義は「駆動力が四輪全てに伝わる車」と書くべきでした。
・・何をやってるんですか(w
もしも私の兄がこのスレ発見したら嫌だなぁ・・。先日も“こんなの”扱いしちゃったし・・(w
>>215 勿論それは有るとは思います。
でも、同時に「一体何時の“先進”だよ」っつう突っ込み文句も思い浮かびませんか?(w
何せモーガン・スリーホイーラーの誕生は日本で言うなら大正時代。
最初の四輪車4/4の誕生にしても1935年(昭和10年・・・・)
モーガンスリーホイーラーの模型は1/16で以前出ていましたがそれは買っていません。
4/4(四気筒/四輪車の意味だった筈)のキットはタミヤから出ていて、そっちは作った事が有ります。
その説明書を保存してあったので見てみると
「この車の主要な機構やスタイルは(キット発売時点で)60年以上殆ど変わっていない」と書いた後、
「これは印刷ミスではない」とわざわざ付け足しています(w
>>218 まぁ、何をどう定義するかで結構あれこれと変る事も有りますが、
別に世の定説を覆そうなんて大それた事を思っている訳でも無し。
「こういう風に考えれば、こうとも言えるかも」程度のお気楽な雑談ですから。
ただ、四輪駆動でも二輪駆動でも良いですし、後一輪の三輪車のような一輪駆動でも良いのですが
車輪に駆動力を与えて前進する車でなければ“自動車”の定義からは外れる気はします。
つまり昨今の地上絶対速度記録挑戦車とかは、自動車とは認めたくないと思うのです。
・・ナンテ言いつつ・・。以前話に出たこれ。
http://www.helica.info/eindex.htm これくらい愛嬌が有ったら許しても良いかな?みたいな勝手な事も考えるのですけどね。
>・・何をやってるんですか(w 自演でしょw
そう言えば、以前年バレスレに家で起きた事そのまんま書いたら 「父さん、恥ずかしいからウケ狙いで家の中の事書くのやめてくれよ」っつうレスが ついた事が有ったっけ。勿論嘘、偽物さんでしたけど(w 今日は昼間遊び疲れたので保守だけ。
C5の後継車と噂される「C5エアスケープ」がフランクフルトで公開されましたね。 デザインについては賛否両論あるようで否定的な意見も多いようですが…。 ところで私は「C5エアスケープ」という車名に着目しています。 これまでシトロエンはモデルチェンジで同じ車名を続けて使ったことはありません。 モデルチェンジするときは常に別の新しい車名を与えてきました。 例えばDS→CX→XM→C6しかり、GS→BX→エグザンティア→C5しかりです。 もしもC5の後継車の車名も「C5」であるなら、これはシトロエンの歴史上初の“事件”でしょう。
>>224 シトローエンってモデル名には無頓着っつか、いい加減ですからねぇ。
C3とかC4、C6なんて名前は20年代に一度使った事を忘れていたんじゃないか?って思う程(w
「コロコロと名前のつけ方を変える」って伝統(?)を、「やっぱりそれじゃイカン」って思ったのなら
それは確かにちょっとした事件かも知れませんけど、また10年も経ったらどうなるのやら(w
さて。特にネタも思いつかないのでもうちょっと前輪独立懸架の話で引っ張りますが。
世界初の前輪独立懸架車っつうのは19世紀末にフランスのレオン・ボレーさんが作ったもので
上下二枚の(中心がシャシーに固定された)横置き半楕円リーフで左右前輪を吊るものだったとか。
しかしこれ、フロントのアクスルビームを簡略化する目的で作られたみたいで、
あんまりロードホールディングの向上とかには結びついていないみたいです。
現在の独立懸架のイメージに近いものとしては、20世紀に入ってから前輪駆動研究家として有名な
アメリカ人のウォルター・クリスティーさんが作った物というのが一般的な考えみたいです。
フロントエンジンの前輪駆動車の場合、デフ(及びデフケース)をバネ下重量とは出来ませんから
前輪は左右独立懸架にするか、ド・ディオンにするしかないのでやむなく考えられたものでしょうが、
このクリスティーさんの場合はスライディング・ピラーの原始的な物を考案し、採用したそうです。
しかしこのクリスティー車、レースカーだったのですが
「クランクシャフトがフロントアクスルを兼ねる」という乱暴な設計の横置きエンジン車でもあったとか。
この辺の事は様々な資料に書かれていますが、写真が残っていなかったのか、
古い資料程想像混じりで困惑気味に書かれているのが面白いところ。
「ギアボックスは何処に置いたのか?」「エンジンがバネ下重量だったのか?」等。
勿論エンジンはシャシー上に固定されていて、バネ上重量とされ、
短いドライブシャフトと片側二個ずつのユニバーサルジョイントを持つようですが、
ローリングスタートのオーバルコース用に割り切って、ギアボックスもデフもクラッチも無かったようです。
殆ど“フロントエンジンの巨大なレーシングカート”みたいなものだったのでしょう。
ボレー親子は、独立懸架のほかにも フロントエンジン・リアドライブ(でもボイラーはリア)とか、 ペリメーターフレームとか、原始的ながらアッカーマンステアリング機構導入とか、 1870年代から1880年代にかけて、かなりすごいことやってるんですけど、 それを全部 蒸 気 自 動 車 でやってしまったので、 20世紀に入ってからのガソリン車の大発展時代までには忘れられた技術になって、 後世の技術開発には直接結びつかないままに終わっちゃったようですね。
>>225 たとえローリングスタートのオーバルコース用に割り切っても
ギアボックスとクラッチはともかく、デフは要るのでは?
↑ それが全く付いていた様子が無いのですよ。
まぁ、デフが無くともメチャクチャにアンダーが出るだけで何時かは曲がる(w)でしょうし、
コーナー毎にバンク角ついているコースであれば、どうにかなったのでしょう。
ちなみにこのクリスティー車、愛称は“Killer”だったとか(w
しかし、インディーに於いて史上初めて一周の平均時速100マイルの壁を突破したのも
クリスティー車だったとか。もっともこの頃(1916年)にはデフも装備されていたのかも知れませんが。
あと、クリスティー車に直接関係は無いでしょうが、
ドライブシャフトにゴムを利用したフレキシブルジョイントを用いた車ってのも見た事が有ります。
ゴムは先が太くなっている物を先細のパイプに圧入したようで、
差動が必要な時にはパイプ内でこのジョイント部分が滑る事でデフの役を果たしたようです。
写真に撮ってあった筈なんですが、ちょっと今、見つからないのは残念。
>>226 父・アメデーさんはともかく、子のレオン・ボレーさんは結構ガソリン車にも関わっていますが
やはりその才気を感じるのは、今ではマイナーな存在の三輪車とかなんですよね・・。
河口湖の自動車博物館に、そうした三輪車が一台展示されていた筈。
メッサーシュミット同様のタンデム二座三輪車ですが、運転席は後ろに有り、
サイクルカーの話の時に出た“べデリア”同様に後輪を前後させ(WBを調節して)
平ベルトの張りを変える事で動力の断続を行うという設計だったようです。
http://www.maxmatic.com/threes/images/98leon.jpg レオンさんは四輪車に転じてからは、かなり常識的な設計をするようになったみたいですが
それでも優れた設計者ではあったようで、
前スレで少し話に出た、20世紀初頭に成功したフランスのメーカー・ダラックは
彼が設計した小型車の生産から始まっているそうです。
229 :
81 :2007/09/18(火) 22:27:52 ID:2LuXJJdP0
河口湖の展示車と同じですね。 色はグリーンだったかな。 説明文に「この車は世界初のスポーツカーです」と書いてありましたよ。
>>229 事実、幾つかの都市間レースの軽量級で、幾つかの良い成績を残しているようです。
http://imagesource.allposters.com/images/pic/VAS/0000-1056~Leon-Bollee-Posters.jpg こんなポスターも残っているように、市販もされたようですけれど、
自分の前には全く何も無い前席に乗るのはなんとなく怖そうな気がします。
二輪の後ろに乗るのも、前に座る運転者の挙動が見えるのと見えないのとでは
心理的にかなり違うでしょうし。
ところでこのレオン・ボレーさんの“ヴォワテュレット”ですが、この車には例の上下共板バネを用いた
左右独立懸架は用いられていません。
どうやらサスペンションと言える物自体が無く、小径のパイプフレームの撓みに頼っているようです。
自重200kg程度、速度も自転車並み(それでもレースで良積が残せたっつうのも時代ですね)なので
思い切った簡略化を図ったということなのでしょうか。
また、昨日ちょっと触れた“後輪駆動用の”(こう記述すべきを忘れていました。失礼)
平ベルトの張りを変える事で動力の断続をするという設計ですが、
考えてみればエンジンとギアボックスの間にはクラッチを備えない為にそうした訳ですから
恐らく変速は困難を極めたことだったでしょう。
個人経営の博物館は中々維持が大変なようで、
自動車博物館もあちこちで閉館や休館と淋しい話を聞きます。
河口湖は未だ大丈夫なようですが、毎年8月のみの開館だそうですので、また見たければ一年後(w
例え有料ではあっても他人に自分のコレクションを展示して下さるコレクターの方って
大変貴重であり、政府や地方自治体はもっとそういう人を支援して頂きたいと常々思います。
そしてその前に。皆様、是非博物館へ足を運んで下さい(勝手なお願い)
三輪車はノーサスでもタイヤの接地性は確保できますからね 下手にサス付きにしてアライメント変化するよりマシかと…
成る程・・言われてみれば確かにそうですね。 乗り心地の方はシート下にスプリング入れて誤魔化すという手もありますし。 少し先日のクリスティーさんの前輪駆動車の話の続き。 レースでの成績はあまり良くなかったようですが、それに懲りずにタクシー用等も作られたそうです。 例によって資料は混乱していて「レース用と同様にエンジンから直接車輪を駆動するものだった」とか 「前進一段後退一段のギアボックス(って言えるの??)を持っていた」と書かれたものとか様々。 確かと思えるのは「コーンクラッチを介して云々」という説明のあるもの。 さすがにタクシーではクラッチも無しでは困るでしょうし、デフの代わりも無い事には 交差点一つも満足に曲がれない恐れが有るでしょうから。 まぁ、それでも当然(?)失敗作に終わったようですが・・。 クリスティーさん等の前輪駆動の研究は、最初に前輪独立懸架から市販車の取り入れられたようです。 デフとギアボックスの間に長いプロペラシャフトを持たない前輪駆動車の場合、 言うまでも無くデフ(つかデフケース)をバネ下重量とし、車軸と共に上下動させる訳には行きませんので デフはバネ上、シャシーに固定する必要があります。 この為に「前輪駆動車は前輪を独立懸架にしないと成り立たない」と言う人もいますが、 ド・ディオン軸にするという手も有リますから、この言い方は正確ではありません。 事実、初期の前輪駆動車として知られる1920年代のアルヴィスFWDレーサーとか インディーで活躍したミラーFWDレーサー、市販車のコードL29などは皆、 前輪にド・ディオンアクスルを採用しています。 冒険を避けた故のことなのか、それとも安定した品質のコイルスプリングやトーションバーが 手に入れ難かった時代、板バネでも成り立ち易いド・ディオンが好まれたのでしょうか。 もっとも現代のエンジン横置き型の前輪駆動車では、ド・ディオンチューブの配置に困る事は免れず。 従ってこの形に限って言うなら、確かに前輪は独立懸架必須なのかも知れません。
世界初のリトラクタブルヘッドライトですね。 ライトが開いている画像ってありますか?
開くと、1938年型のオペル・カピテーンみたいで妙な感じになる。 (オペルも戦後型は普通なライト回りになっちゃったけど)
補助灯がステアリングと連動して左右に動くようになっていますね。 この車に限らず当時の車で左右に動く補助灯は多かったですね。
>>236 書き忘れましたm(_ _)m
コードの画像ありがとうございました。
ステアリングに連動して首を振る補助灯、戦前にはかなり流行したアクセサリーだったそうです。 最近、トヨタがハリアー(?)でそれを洗練・発展させた技術を盛り込んだヘッドライトを「世界初」とうたい 車メ板のシトローエンスレで「気分悪い」と書き込まれていましたが、 別にシトローエンが始めたモノでもないので固い事言う程の事もないかと。 昨日の話の続き。 前輪が固定懸架だった頃のエンジン他ラジエーターなど迄ホイールベース内に収めた車、 多くは前輪の荷重は不足気味で、 例えば船舶用かと見紛うような巨大な六気筒エンジンを積むSシリーズメルセデスなども ステアリングは女性でも回せる程に軽かったなんて話を聞きます。 その時代にコードが作ったL29って車、正面からデフケースが見える事からも判るように スカットル前に通常とは前後逆に直8エンジンを積み、その前にギアボックス、デフと配置。 ですから普通の後輪駆動車以上荷重は後ろ寄り。駆動輪に掛かる荷重は少なく、 その為に「前輪駆動車は上り坂に弱い」と評価されてしまったとか。 またドライブジョイントの未熟から幾らも切れないステアリングは直8エンジンに起因する 長大なホイールベースと相まって小回りが全く利かない車にしていたようです。 そこで36年に登場したコード810では、先に欧州で誕生していたシトローエン・トラクションアヴァンに倣い ギアボックスは前車軸前方にオーバーハングさせる形に配置。 エンジンで生まれた力はまずシャフトを経て其処に伝えられ、デフに折り返すようにされています。 更にエンジンも前後に短いV型8気筒にされ、バランスはかなり向上していた筈。 ところが試乗記事等を読む限りこの車もあまり評価は高くありません。 シトローエン流の長いシフトリンケージを嫌って採用した負圧作動の半自動ギアボックスが、 動作はスローな上にギア抜けも多発するという全くの失敗作だったのが全体の印象を悪くしている様子。 大メーカー・シトローエンも開発には多大な時間を必要としたように この時代に前輪駆動車を生み出すにはかなり多くの問題が山積されていたようです。
ホンダにも似たようなレイアウトがありましたね。 FFミッドシップと称して前からデフ、エンジン、ギアボックスの順に配置していましたよ。
調べてみるとFFミッドシップはレジェンド、インスパイア、ビガー、セイバー、アスコット、ラファーガの 6車種も採用していました。 やはり前輪荷重が少なくトラクション不足が解決できなかったため廃止されたようです。
直列5気筒縦置きのアスコットだったかラファーガだったかを買った人が当時知り合いにいたので
一度乗ってみたいと思いつつ、結局乗り損ねました。
結構面白い車だったと聞きますけど、後が続かなかったのはやはり問題も有ったのでしょう。
シトローエンのトラクション・アヴァン。
前輪に充分な荷重が掛かるようにした結果としてステアリングが重くなったと言われますけれど
パワーアシスト無しの車に乗った経験が有る人ならば、充分に常識の範囲内だと思います。
6気筒型の15-sixだったらまた話も違うのでしょうが、
私のごく限られた経験の中でも、特にステアリングが重い車だったという事もありません。
ただ、小回りの利かない車だったというのは本当で、オーナー氏曰く
「回転半径はジェット旅客機並み」(w)
ところで。現代ではフランス製乗用車はごく一部の例外を除き、全て前輪駆動とされていますが、
第二次大戦前にはむしろフランスよりもドイツの方が前輪駆動車の研究には熱心だったようで
アードラー・トルンプとかDKW・F1などの前輪駆動型がシトローエンに先駆けて生まれています。
http://lobiala-diversity2004.eopolszczyzna.pl/audi/31.jpg http://wilk.wpk.p.lodz.pl/~whatfor/ak/adler-trumph-junior38.jpg 上はDKW-F1、下はアードラー・トルンプ。
リアエンジン車の研究に熱心だったのもドイツでしたし、
雪が多い所だって事も多少は関係が有るのでしょうかね?
ところが手許にある佐藤章三さんの著書にはちょっと面白い話が書かれています。
戦後ドイツのある自動車雑誌がケルン近郊に於いて数台の車を雪上試験したところ、
ある地点に於いて全ては駆動力を失い立ち往生。
前輪駆動車DKW等もその例外ではなく横を向いたままで停まってしまった中。
ただ一台シトローエンだけが散らかった車の間を縫うように通り過ぎて行ったとか。
10月26日27日に東京赤坂の東京ミッドタウンにて、日本初のヒストリックカー・コンクール『東京コンクールデレガンス』が開催されるそうです。27日が一般公開日だそうです。近辺にお住まいの諸兄はご覧になられたらいかがでしょうか?携帯から失礼しました。
ステアリングの重さは前輪荷重の他にも、ステアリングギア比やスクラブ半径など様々な要因があります。 一概にアシスト無しのFF車は重いというわけでなく、重くない車も少なくありません。
>>244 まぁ、そうなんですよね。スクラブ半径とかまで語り出すとキリが無いですし調べようもないのですけど
シトローエンの場合、スクラブ半径は小さいのが常でDSやID、GS等はゼロスクラブに設定され
クイックなステアリングギアを実現するのに一役買っていたとかと聞きます。
で、トラクション・アヴァンですが。絶対的な切れ角が少ないのでなんとも言えないところも有りますが、
意外にステアリングはクイックだったと思います。
つまりギア比を遅くしてまで操舵力を軽くする気は無かったものと思われ、当時の設計陣は
アレはアレで良いのだと考えていたのだろうと。
ところで昨日までの話にも幾つかシトローエン以前の前輪駆動車が出たように、
別にトラクション・アヴァンは世界初の前輪駆動車って訳でも無いですし、
モノコックボディーと前輪駆動とを組み合わせると言う発案もシトローエン独自の物ではないのだとか。
1931年アンドレ・シトローエンはアメリカを視察旅行した時に、以前全鋼製ボディーを採用した際
技術供与を受けたアメリカの鉄道車両等のメーカー、バド社に於いて
バド社が独自に開発したモノコック一体構造ボディーの利点を示す前輪駆動試作車を見ているそうです。
バド社が試作した前輪駆動車というのがどのような物だったのか、今では判りませんが。
アンドレ・シトローエンがそれを見てから、最初のシトローエン試作車完成迄2年以上掛かり
その間にはルノーにいた元ヴォアザンのエンジニア、アンドレ・ルフェーブルさんを招聘したりと
かなりの難産であった事が伝えられているように、生産型トラクション・アヴァンとは
かなり異なる未熟な代物であった事は容易に想像出来ます。
それ以前に生まれた前輪駆動車が皆“先に前輪駆動ありき”で作られたのとは異なり、
トラクション・アヴァンにとって前輪駆動は高速巡航可能な大衆車という目的の為の手段でしかなく
それ故に前輪駆動で走るというだけでは満足しなかった事が、
世界初の前輪駆動車でもないのに“トラクション・アヴァン”という愛称を授かった
最も大きな原因だったのでしょう。
>>243 これ↓ですな。
http://www.concours.jp/index.html ヴィラ・デステとひとこと言はれては立場上見物に行かねばなりますまひか?w
ミッドタウンなぁ、開業当初のあの混雑の印象強く、
あんまり寄り付きたく無ひ気もするのですが若干なりとも沈静化したでせうか。
それと1,000マイル祭も日程の詳細が出ております。
http://www.lafestamm.com/2007/ 音出ます。
さて、クルマっつな加速時には荷重が後ろに掛かり、減速時には前に掛かる、
こら当たり前この上無ひ話なのですが、エソジソが前にあるっつうことは
常時前に荷重が掛かってる訳です。通常のFRで大体6:4、
やれトランスアクスルだ重量配分最適化だと言はれるアルフェッタシャシでも
ぢつはF:R比はほぼ6:4、意外やうちのヌパが5.5:4.5ぐらひ。
まして後ろスッカラカンで重ひ物は全部前のFFなら、例へ事実上エソジソがFアクスルの後ろにあらうとも
それなりの荷重は掛かってゐる筈。よっぽど目一杯のロケットヌタート決めやうといふので無ひ限り
荷重が後ろに行き過ぎて前輪が空転は無ひとは思ひますが
それでもやはり加速時には前輪の荷重が減ってトラクションに影響はある訳です。
で、勢ひフロント荷重大きくする訳ですが・・・。
だからと言って先般の156GTAのやうに前軸荷重900`オーヴァー、1dに迫る、
前2輪に昔のジュリア、それもGTA(本物w)どころか並ジュリア1台分の荷重が掛かってるつうのも
如何なものでせうか?
とは言え、現代FFレイアウトの本家本元フィアットの車は、クーペフィアットに至るまで 前輪荷重がじぇんじぇん足りず、雨に日にはホイールスピンしまくりだったりします。 横断歩道の白線で派手なスキール音を立て、道行く皆さんにまじまじと見られるあの恥ずかしさよ。 もちろん私がへたくそなんですが。
248 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/09/25(火) 22:48:22 ID:w1J1S8DA0
クラッッチミートが下手な奴は何に乗せてもダメ。
>>239 トヨタは「世界初」とうたってましたっけ?
ちなみにハリアーよりMR2(SW20型)のほうが先に採用してましたよ
技量の巧拙云々とは股別の話として、おんなじ軸荷重でもそら太ひタイヤ履ひたら 単位面積当たりの荷重は減る訳で、なんぼフロントに荷重が掛かっても タイヤが太けりゃヌピソもし易ひでせう。 FRですがうちのヌパだってその気になればドライな路面ですら簡単にお尻振らしてヌタート出来ます、 一方75がこれやるの結構難しひ。ヌパが15インチ、75が14インチながらどっちも195なんですが。 まぁギア比とかクラッチ径とかゐろゐろ要素はあるでせうが。 あと、もちろんTAの場合ペラシャフト(ポルシェ語でツェントラルwチューブ)はエソジソと等速で回りますので 伝達トルクは確かに小さひ、しかし結局ミッションetファイナルで減速するので ドラシャのトルクはシステム・パナールでもTAでも同じことな筈。
>>249 その辺はシトローエンスレで読んだのをうろ覚えにして書いているところもあるのですが、
確かそうした機構の何処かに世界初の部分が有ると謳っていたような・・(自信無くなって来た w)
>>247 “クーペ・フィアットだから”って所も有るのではないでしょうかね?
先日、以前実家に有った初代コロナ・エクシヴMTの事(殆ど悪口 w)の事等書きましたけど、
思い出してみるとあれも発進には気を使わされる車でした。
低回転で粘りの無いエンジンと、踏力が軽いだけで無神経にぺタっとつながるクラッチと。
更に簡単にグリップ失う安タイヤの組み合わせは最悪でした。
当時はトラクション・コントロールなんて有りませんでしたし。
まぁ、ケチ臭い話ですけどタイヤすり減らす方がクラッチすり減らすよりかは安い物だと思いますが
あれではATばかりが売れるのも無理は無いかと思ったものです。
フロントオーバーハングに重量物を集中させれば、前輪荷重は嫌でも大きくなるでしょうけれど、
それで全てが上手く行く訳も無し。
また、前輪駆動にすればそれで直進安定性が良くなると言うものでも無し。
最近ちょっと(あまり良い意味ではなく)気になっているのがトヨタのブレイド・マスターとかっていう車。
3.5リッターV6積んで、ベースになったオーリスって車種から200kg程重くなっているのですが
その内どれくらいがフロントオーバーハングに集中しているのやら。
それでも同じエンジン積みながら、これよりも更に重いエスティマに乗る人の話では、
「低速から急なアクセル操作するとトラクション・コントロール利きまくり」とのことですから
このブレイド・マスターって車も似たような傾向にはあるでしょう。
それにしても・・一体どんな人が買うのでしょうか?全く読めない車でもあります。
さらに読めない車が、きょう新発売のマークXジオ。 車名はマークXですが、中身はブレイド・マスターとのこと。 言うまでもなくマークXは後輪駆動ですが、マークXジオは前輪駆動です。
またトヨタお得意のバッジエンジニアリングか それにしても「ブレイドのボディ+V6・3.5横置き+マークXの名前」とは げにえげつない組み合わせだ
>>246 個人的には156GTAのエンジンは好きですよ。
友人が156GTAワゴンMTなんてのに乗っていますが、
フロントヘビーなFFの割に意外とバランス良かったです。
正直、驚きました。
ブレイド・マスターの前身には
ハリヤーFFなんてのもある。
FFんなると左フェンダーにミラーがなくなるので外観はスッキリしてたけど
売れなかったみたいねw
ハイラックスサーフの貧相なFRバージョンの如くww
>>253 さらに一代限りのマークUクォリスなんちゅうFFワゴンの前科のあるw
あれなんざカムリの4気筒FFだからねww
↑ぢつは156はツルシの一番なんでも無ひ、それも足とタイヤゐぢり壊した日本仕様では無く 確かごく少数入った本国仕様ほぼそのままの初期タイプがGTAよりもっとEです。 それとアテクシザーメンながら試す機会まだありませんが156と147継ぎはぎカーwとも言ふべきGT、 あれが156シャシでは最高の出来らすぃです。 エソジソも今は無きあのV6、そらアルファ(サラwにはFIAT)の至宝と言はれた銘機ですから。 あれもぢつはES30あたりまでのOHCのはうがもっと濃厚な感触で後年のDOHCより宜しひです。 トップエンドで爆発的なパワー感、といふ昔のアルファ・エソジソらしいと言へばDOHC版鴨知れませんが 2000〜2500も回せば重ひ鉄球がゴロゴロブンブンとぶん回るやうな分厚ひトルクを感ぢさせる、 それでいて踏めばその重ひ鉄球の力でぐいぐいと押し出されるやうな感覚、 それとともに4000ぐらひから音が揃って絶唱に向かひ、 回転計の針がレッドゾーンに吸ひ込まれるやうに加速度的にパワーを感ぢる あのOHCの感触は個人的にはのちのDOHC版より好みです。 うちの4発も2000〜4000のトルク感はヌパイダのシングルスパークが、 4000〜6000の勢ひはツインスパークの75がEんです。 両方のEとこ取りした感ぢがOHC・V6。
ちなみに直進性の良く無ひFFっつうと916GTV/ヌパですな。w 元がFIATティーポ、そのまんまアウターパネル着せ替へて 無理矢理アルファ風味に仕立て損ねてケツまくった155と違ひ トランクと後席の容量考へなくて済むのをEことに後ろ足マルチリンクにした916シャシ、 これが股そこそこ昔のFRアルファ風味を再現してて良ひのですが そのトレードオフとして直進性が宜しく無ひ。 尤も、うちのFRヌパだってそれこそ漫然運転のクルマ音痴用盗用多に慣れた人なら 真っ直ぐ走らせるのは至難の業鴨。w
>それにしても・・一体どんな人が買うのでしょうか?全く読めない車でもあります。 世界販売1000万台を目指している会社ですよ。 素人には読めないような多種多様な人々が買うのでしょう。
>>257 そりゃそうですね・・って、結局“読めない”って事ですか(w
マークXジオって車、未だ実物は見ていませんけれど。かつてセドリックとかグロリアとかに有った
荷室の床下に補助席収めて定員7人にしたワゴンの現代版みたいな気がします。
しかし、今マークXのネームバリューっつうのも微妙なところで、それを与える意味がどれ程有るのか?
そっちの方も疑問に感じたり・・。
RAV4に三列シート与えた車にはヴァンガード(でしたっけ??)って新たな名前を用意したのですから
こちらもそうしても良かったような気もしますが、まぁどうせ他人事。
ところで、今多いエンジンをフロント・オーバーハングに横置きする前輪駆動レイアウト。
ホイールベース間を全て客室に割り振る事が出来る、大変合理的な配置ではありますが。
室内長を一杯に取るとホイールハウスが前席足元に張り出すのは仕方の無いところ。
最近はタイヤが幅広く大径になって行く傾向にありますから、昔ながらの5ナンバー枠に拘ると、
更に足元は狭くなるようです。
Lhd車の場合なら、MTでもステアリングコラムとホイールハウス間にクラッチペダル一個で済みますが
アクセルとブレーキの二つのペダルを配置しないといけないRhdの場合は結構困った事になるようで、
我が家の小型トヨタ車の場合も、漫然としているとペダル二つを一緒に踏みそうなほどに
アクセルとブレーキペダルは接近しています。
かといってアクセルだけ踏むにはホイールハウスが邪魔なので、外股気味な私は常に右足捻って
変な姿勢での運転を強いられます。
先日少し現行型ヴィッツを運転する機会が有りましたが、
やはり接近しすぎたペダルは踏み間違える危険が有ると言われたのか、少し離して配置してありました。
しかし今度はそれ故に、ブレーキペダルがステアリングコラムの真下に来ているので
好みの姿勢を作るとブレーキ踏む度にステアリングコラムに膝が当たる(w)困った事態。
いっそ皆Lhdにするか3ナンバー幅に広げるかしろってのも無茶でしょうし、
他の人は皆、あれで我慢出来るのでしょうか?
そこで運転席を車体中心にオフセットして助手席の女性とギュッギュッですよ ついでだからシフトレバーと灰皿をドア側に追いやればいい
>>257 ダイハツと日野を合わせて「世界一」なんて、私は認めませんよ
>>259 助手席にうっかり男が乗ったら、アーーーッ!!♥ でせうか?w
>>259 レーシング・スポーツや昔のロールスロイスじゃあるまいし(w
・・・・20年くらい前だったらどうだったかなぁ・・。
室内長を目一杯に長くとるのは後席の足元等に余裕を持たせる為でしょうが、
その為に前席足元が狭くなり、昨日書いたようなことから運転手がシート下げざるを得なくなり、
結局後席の足元が狭くなるのでは、全く出来の悪い冗談としか言い様が無いところ。
現行ヴィッツ。まぁ、良いと思ったところも有り。
CVT車にはかなり久し振りに乗ったので、以前に乗った旧型マーチの記憶のそれも曖昧ですが、
かなり制御は洗練されていたように思いました。
その恩恵なのか普通の4ATとの比較では加速も力強く感じられ、
高速への合流などでも左程の痛痒は感じませんでした。
ただ、これは全く個人的な思いでしかありませんが、CVTって空走感が無いのは良いのですが
全く何も考える事も無くって、運転に関わっている感覚が薄くなるような気がします。
ところで前スレでこのベルト式CVTの話は出ましたけど、無段変速の試みはそれ以前から有り、
二枚の円盤を直交させ、被駆動側の円盤を駆動側の上で前後させ(有効径を変化させ)
変速するという形は20世紀初頭に既に見られるのだとか。
第一次大戦前後に流行した軽量サイクルカーにもそうした試みは見られますし、
非力な車では結構有効だったようです。
これと原理は共通のトーリック式ATっつう代物も有ったそうで、30年代にはオースティン車にも
採用されていたとか。
ですから実は無段変速のロードカーって、トルクコンバーターを備えた(40年のGM)よりも
歴史は古いって言えるのでしょう。
逝ってるさん、 1939年式オールズモビルのハイドラマチックは、まだフルードカップリングで、 トルクコンバーターを使ってのトルク増幅までには至ってないぞ
読解力が無いのか? 逝ってるは無段変速のことを書いているが、トルク増幅のことはヒトコトも書いてないぞ
流体継ぎ手、トルクコンバータの歴史。
http://www.jatco.co.jp/PRODUCTS/at_history.html byジャトコ
ま、トルコン(AT)なんざぢぢヴァヴァ女子供とカタワの乗るモノ(失礼w)と思ってるアテクシには
興味の範囲外であるます。尤も昨今は我々中年をぢさんが一番MT慣れしててボーソー傾向高ひつう問題も。w
さて、CVTであるますが、今のはそれなりに進化してるとも聞きますものの
その昔、出始めのこれ乗っての感想は”エソジソの回転が上がらなひのに加速してキモひ”でした。w
>>262 トーリック式を進化発展させたのが日産のトロイダルCVTでしょうか?
>>266 発想は近いと思いますが、原理そのものは実に単純ですので直接のつながりとなるとどうでしょうか?
>>264 262の最後の一行で「トルクコンバーター装備の」って書いています(w
これ、263さん御指摘の通り明らかな間違いでした。失礼。
言い訳させて頂くと、手許に有った資料の中で自動車史家の折口透さんが
「史上初のAT」っていう記事の中で勘違いをされているのを鵜呑みにしていました。
Web上でも同じ間違えをしている記述は散見されるようです。
また、幾つかの資料の中では流体継手採用の前年に、同じくGMから全機械式のセミATが
オプションで装備できるようになっていて、ハイドラマチックはその発展形であるとされていますが
そちらの方は詳しい事が良く判りません。クラッチは自動遠心式を使っていたのでしょうかね??
ATの仕組みとかトルクコンバーターの仕組みとか。
そういうややこしい事になると文章だけで話を進めるのは面倒なところもあり。
また、過去に存在したセミオートマティックのいろいろなど、その仕組みもまた様々なようですが、
中には全くその仕組みが理解出来ていないものも多く有ります。
例えばトラクション・アヴァンが採用しようとして、全くモノにならなかったという
サンソー・デ・ラヴォーって人の発案によるAT等、当時幾つかのメーカーが熱心に研究したようですが
実物が残っていない事もあり、全く訳が判りませんし、どんな仕組みなのかという記述も
資料によっては多少の違いが見られるという有様。
まぁミもフタもない言いかたすれば、中身がどうなっていようが運転する自分の思うように動いてくれれば
結局それで良いのですけれど、どうしてもAT(セミATも含む)には違和感が残る気がします。
自分で操作するからこそ思い通りに動くのであり、勝手に動かれては困るのです。
戦前のフランス車に良く見られるコタル式のように(自分で乗った事は有りませんが)
あらかじめ次に使うギアを自分で選んでおくと、アクセルOFFにした時に変速が行われるというような
飽くまで運転手の意思で動くものならば話も別でしょうが、全段シンクロ装備の今のMTならば
それを採用する意味自体が薄い気もします。
全段フルシンクロとは言へ、そのシンクロが怪しく上げるも下げるもダブルクラッチ必須、 さういふ物件に乗ってゐると2ペダルMTっつのもありか、とつひ思ひがちではあります。w 尤も”今の”とは言い難ひ物件でもあることは確かなのですが。w が、少なくともセレヌピードなんつう物件に乗るとこらまだまだ発展途上つうか 根本的に無理があるかな、とも思ふのです。F1のやうなレース使用オンリーならまだしも あまりに千差万別な公道上の使用では細かな不満がきり無ひ。 シフトダウンの際にブリッピングくれたりはEのですがタイミングがこっちの思ふドンピシャでは無ひ、 シフトアップが下手糞で切れ悪ひ、とかとか。やっぱり機械に主導権持たれて こっちの気が済むやうに動かなひ感が付ひて回って面白く無ひのです。
フルードカップリングのトルク増幅はゼロではないです。
>>269 そうなのですか。その辺の事は正直言って良く判らないのですが。
どうでも良いような話ですが、60年代に活躍したレースカー・シャパラル
(我々世代は“チャパラル”と言うべきとエロスパ氏に言われそうな気がする w)
GM製のエンジンやATを使用していた事でも知られますけど
その初期には、そのATのギアは一段しか無かったとか。
もしもこれがトルクコンバーターを用いていない流体継手のみの物であったならば、
先日のクリスティー前輪駆動車の物と同様に「変速機」と呼んで良いモノかと思うのですけど、
こちらの場合は、一応変速機という言葉の定義を満たしているのかと思います。
(正にどうでもいい話 w)
ところで昨日エロスパ氏がCVTの第一印象を”エソジソの回転が上がらなひのに加速してキモひ”
だったと書かれていましたが、私は全く逆でした。
いきなりアクセル強く踏んだので回転だけが先に上がって加速はその後っつう事が起き、
その瞬間思ったのは「イカン、クラッチが滑っている」でした(w
これは50ccのスクーターなんかではごく普通に起きる事でありますから、
むしろスクーター慣れしている主婦層などは違和感無くCVTを受け入れられたのでしょうか。
また私も今までに経験した限りでは、2ペダルATは今ひとつって印象が強いです。
そりゃ、ギアボックスだけで数百万もするような代物ならば話も違うかも知れませんけど、
現在市場に出ている多くは、ATとMT両方を用意する面倒を省くのが目的のような物に見えます。
まぁ多機能である事は確かなのでしょうが、私個人の場合で言うならば、
今のところは普通のMTで間に合っているので、特にそれ以上の物は要りません。
運転するという一つしかない目的の為には多機能である必要も感じないのです。
きょう新発売のエボテン、ツインクラッチSSTの出来は相当良いそうです。 とはいえ所詮、ワーゲンDSGの真似ですけどね。
クラッチつなバチッと切ってドンッと繋ぐのが正しひのです。 しかし現実には、ことにアテクシボーソー時以外には本来悪ひと尻つつ 半クラだの断続クラッチだの多用します。セミMTはこれが満足に行かなひ、 つまり思った回転数で思ったタイミングで思ったやうに切り替はらなひのです。 これが何より困る。
ツインクラッチのDSGってのは重量増とか価格面でのデメリットを除けばかなり良いような話を聞きますが どんな物なのでしょうね?一度体験してみたいものであります。 元々はポルシェが耐久レーサーで使用したPDKとかというシステムだったように記憶していますが、 渋滞時の微低速走行などはどうなのでしょうか? 最近試した2ペダルMTっていうと、シトローエンのミニバンC4ピカソだったのですが、 自動変速モードを選択していると、アクセルペダル踏んだ状態のままでも勝手にシフトアップしてしまい つんのめる感じのシフトショックが絶えないのはちょっと困った物だと思いました。 しかしマニュアルシフトしてしまえばその点はかなりマシで、学習機能有りとかナントカ言っても 結局基本的にはMTなのだと感じた次第。 あの車の場合、社内左右を楽に移動する為に通常の位置にシフトレバーを置きたくないので ああいう形にしたのでしょうが、他にもみられるようなインパネシフトにせず、 あえてかつてのDSを想起させるようにステアリング奥、上部に配置したのは面白いところ。 今時の車にしては驚くべきウルトラソフトな乗り心地とか、オーバーサーボとも思えるブレーキとか、 昔のハイドロシトローエン風味を金属バネ(リアは簡略型のエアサス)で再現して 恐らくはわざと“慣れないとギクシャクする車”にしているようでした。 シトローエンというメーカーの場合、幾ら良い車を作ったとしてもシトローエン風味が薄ければ 「良い車ではあるが良いシトローエンではないから駄目」と評価されてしまうようなところが有ります。 今回のC4ピカソって車はその点、とにかくシトローエンらしさを前面に押し出したようでもあり。 結果として良いシトローエンである事を追求すれば、おのずと良い車になるのだと再確認しました(w ミニバン型はセカンドカーには全く不向きですので今の私には買えないのですが、 走り出した瞬間にその乗り心地に驚くなんて車は滅多に無いでしょうし、 何か言い訳作って無理矢理買っちゃおうか?と暫し悩みました(w
DSG、ちょっとだけ乗ってみましたが特に違和感はありませんでした。 シフトはとてもスムーズで、40キロくらいで走りながらパドルをかちゃかちゃすると ショックなく一定速度を維持しながらエンジン回転だけ上下する、という芸当を かるくこなします。したがって低速走行でもぎくしゃくすることはなさそうです。 欠点は、スムーズよすぎてトルコンATと区別がつかないこと。 せっかく高価なシステムなのに、こんなに癖がないのでは「所有する喜び」半減です。
7人乗りは不要なのでC4ピカソはセカンドカー候補から外れそうです。 でも本国仕様のC4ピカソなら候補に入るのですけどね。 ジャポンはC4グランピカソだけでなくC4ピカソも入れてくれないかな。
↑ それ、私も同じ事を思いましたが、ディーラーの方曰く
「5人乗りのクサラピカソの売れ行きがあまり良くなかったので・・」とのこと。
グランピカソが一杯売れたら希望も出てくるのかも知れませんけど、現状では望み薄でしょうか。
ところで、あの車のリアのエアサス。本国ではオプション扱いと聞いた記憶が有りますが、
普通の金属スプリングバージョンでは荷重の変化に備えてもっと固めにセットされ、
乗り心地も普通の車に近いのでしょうかね?
>>274 そんな不満を言われても、メーカーの人も困るでしょうが(w
しかし、僅かなタイム差を競う競技用車両ならば、また話も違うと思いますけれど、
日常の(広義な意味での)快適性の為と考えるなら、少なからぬ差額を支払って、
得られるものがただ「クラッチ踏まなくても普段通りに運転出来る」って事だけではちょっと淋しいかも。
「自動車の歴史はイージードライブ化の歴史でもある」なんて言い方もされます。
これは当たっているところも有りますが、必ずしも全てが当たっているとも言えないと思うのです。
高速化は当然運転者への負担の増加でもありますから、それを補う意味で
イージードライブにも応用可能な装備の数々が生まれたと捉える事も出来るでしょう。
また、行き過ぎた自動化は人間の堕落につながり緊張を削ぐという考え方も昔から有るようです。
そうした考え方をする人の見本のような自動車史上の有名人がエットーレ・ブガッティさんで、
総重量3dにもなろうかという巨大なT41"ロワイヤル”のブレーキですら
一切何もサーボを付けなかったとかはそうした考えから来るエピソードのように思われます。
まぁ、この方の場合は単座が許されるようになった後にも二座に拘ったGPカー作リ続けたりと
自分が美しいと信じる車を好きなように作っていただけではないか?って見方も出来ます。
現代のブガッティ・ヴェイロンにはとにかく最高の物を掻き集めたかのように作られ
VWグループご自慢のDSGも採用されていますが、もしもエットーレさんが生きていたなら
恐らく2ペダルドライブは認めなかったでしょう。
277 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/10/03(水) 12:18:22 ID:ZLhFqLn80
なんで昔のレース車両には 縦の2本のストライプが はいってるかわかるひといますか?
なぜ?という理由は初めに使った本人でないとわからないけど、 チームカラーとか、色で見分けやすいとか、速そうとかw
280 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/10/03(水) 20:01:26 ID:AcTepgaj0
じゃー真似してる車は なんとなく真似してるのか ずっと気になってたけど 「なんとなく」だったんだ。 すごいいわれがあるのかと思ってた。
>>276 セニックも現行モデルはグランセニックしか入れてないですね。
やはり日本では7人乗りのほうが需要が多いということでしょう。
282 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/10/03(水) 20:42:19 ID:n9KDaCwSO
そして、最近のフォードGTに至るまで「なんとなく」継承され続けている。 ジャージのストライプと意味性は同程度かと思われる。
昔って、ナショナルカラーにレースカーが塗られていた頃でしょう?
新聞の白黒写真では、詳しい人でなければフェラーリもジャガーも同じに見えてしまうでしょうから、
「じゃあ、ストライプ入れて見分けが楽につくようにしよう」
「よそが一本線入れたから、ウチは二本入れよう」・・くらいの事ではないかと・・。
>>281 7人乗りが今は人気というよりも、5人乗りで背の高い車ってあんまり需要が無いと言うか、
その良さが判り難いと言うか・・。
「5人乗りならば、素のC4サルーンとかメガーヌでも別にいいんじゃない?」
・・って思われてしまいそうな気がします。タワーパーキングは入れないし・・。
でも、キューブとキューブ・キュービックとでは前者の方が売れているみたいですし、
7人乗りでなくても売りようによっては売れると思うのですけどね。
ところで。
先日、トーリック式無段変速機の事など少し触れましたが、改めてどんな物だったのかと
調べてみても(書いた後から調べるなって w)あんまり詳しい事は判らず。
原理的には262で書いたような物に間違いは無さそうなのですが、単なる円板では芸が無いと思ったか、
トーリック円環体とか言う形状の物を用いているのだとか。
で、このトーリック円環体ってどんな形なのかと検索してみると、乱視矯正コンタクトレンズとか
そんな物ばかりが引っ掛かって結局訳が判らずじまい。
まぁ、そういうレンズみたいな形状の円板を組み合わせたものだということなんでしょう(いい加減 w)
で、興味深いのはこの変速機。オースティン社自身が開発したものではなく、GM特許だったらしい事。
大トルクのアメリカ車には不向きと判断されたのか、お蔵入りになりかけていた物を
オースティンが買ったようです。
ですからGMはこの時期、機械式セミATにハイドラマティック、48年に登場したトルコン式“ダイナフロー”
無段変速のトーリック式と、ありとあらゆるATを同時に研究・開発していたようです。
やはりアメリカ人って基本的にオートマティック・ナントカってのが好きなんでしょうか??
シンクロが付いていなかったり、付いていても利き目が怪しかったりといった頃には ATの開発も今とは意味合いが異なっていたのでしょうか。 思えば、かのフォードT型も前進二段。ペダルを用いて変速するというセミAT的なものでしたし。 即ち、ペダルを放した普通の状態では二速。半分踏み込んでニュートラル、 奥まで踏み込んだ状態が発進と急坂用の一速。 要は走行用ギアは一つだけ。 48年、GMのトルコンAT“ダイナフロー”も走行用ギアは一つだけで、急勾配用に下のギアが有るという T型フォードと同じ発想。さすがに時代は違うので、速度が上がった分だけ複雑になったとも言えます。 戦前にはロールスやイスパノスイザ、アメリカ車ならパッカードやキャディラック等が、 トップギアに放り込んだまま、如何に低速走行もスムーズにこなせるか?なんて事を競ったのも 結局のところ、当時の変速機の出来があまり宜しくなかったことの裏返しでしょう。 ですから30年代には様々な形の変速機がいろいろと現れているようですが いろいろと資料を漁ってみると、そんな中には変速機そのものを無くしてしまおうという 無茶な方もおられたようです。 そうした発想のもとに30年代には既に過去の物となりつつあった蒸気機関に再注目。 ガソリンエンジンを熱源としてスチームを作り出そうという、 言わばガソリンと蒸気のハイブリッド機関なんつうものすら真剣に考案されたのだとか。 ストールする心配こそ無いのかも知れませんけれども、 蒸気機関ってのも回転を激しく上下させて使うにはあまり向かない物でしょう。 ですから変速機を無くすその為に、そんな面倒な事するのも無理だと今の私等には思えるのですが、 当時のエンジニアさんは真剣にそれを検討されたようです。 そのエンジニアさんの名前、こういう話には必ず出て来るガブリエル・ヴォアザンさんだったとか・・。
勘弁してくれムッシュ・ガブリエル…… 多段自動変速機の開発過程として 現実的なところではプリセレクタあたりがスタートと言えるんでしょうね。 レースでの使用にも堪えたんですから十分実用性はあったと思う。
一段しかなくてもギア比1:1でなければ変速機と言うんですね。
>>286 つーか、トルクコンバーター自体が変速機の動作を行うので、それを備えるものであるならば
仮にギアが一段しかなくとも変速機と呼ぶべきかと思うので270にそのような事を書いたのです。
ややこしい話ですが、トルクコンバーターの説明など、検索してみると良いかと。
>>285 確かにATの歴史などを調べると、プリセレクター式がその始まりと書かれたものが良く見られますね。
どんな仕組みなの物なのか、説明読んでも眠くなるだけで良く判らない(w)のですけど、
19世紀末にランチェンスター車が始め、自動クラッチとか流体継手などと組み合わされて
20〜30年代には英国車を中心に広く用いられたようです。
フランスで流行したコタルってのも、クラッチの形が異なりますが中身は似たような物なのでしょうか?
ちなみに、MGでは普通のクラッチと組み合わせて変速が速いというメリットのみを生かしたそうですが
オプションで用意されたそれは、車両本体の5〜10%位の価格だったそうですから、
やはりそれなりに高価だったようです。
さて。アクセルは踏むのではなく踏みつけるもの。エンジンは回すのではなくぶん回すもの。
ブレーキも踏むのではなく蹴飛ばすモノという見解のこのスレ(w
その伝で行くと“シフトレバーは叩き込むもの”という事になるのでしょうが、
以前にも書いたように、私の愛用するシトローエンのシフトは大変軽く
叩き込むような動作をすることは全く有りません。
事実私は自分の車に乗る時にはシフトレバーを指先でつまむように持つ癖がある程。
少し前にトラクション・アヴァンの話の中に出たセンソー・ド・ラヴォーさんという方の考案したという
自動式無段変速機など様々形の変速機が現れたフランス自動車界ですが、
その割りにはフランスでのATの普及率は低いまま今に至っているようです。
結局のところ、彼等には出来が良いシンクロ付きMTが有れば自動式の必要は無かったのでしょうか。
>>287 プリセレの理屈自体はそんなにややこしいものでもない。
我々の知ってるATの遊星歯車変速機のコントロールが
オートでなく、ドライバーの任意選択で、
予めシフト動作を決めて、チェンジペダル踏んで切り替わるってだけで。
そのレベルからGMがハイドラマチックに飛躍しちゃったのは素直に凄いと思うけど。
だうもアテクシの周囲ではアテクシの運転を常時全開か全制動で中間が無ひと思ってゐるやう、 アテクシそこまで下手糞ではありません。w まぁジェットコースター運転とも言はれますが。w ヌパイダも75も、古き良きアルファ・ロメオの悪しき伝統でwシフトのストロークが長ひ。 ギアボックスからリンケージを介さづ直にシフトレヴァーの生へたヌパイダはともかく リアのファイナルと一体になったギアボックスから長ひリンケージを介して操作する75の場合 若干その感触が曖昧であるます。シフトの軽ひに関しては圧倒的に75です。 尤も、なにせシンクロ(アルファ・ロメオのシンクロはぢつはポルシェ式であるます)の怪しひ連中、 ダブルクラッチは必須。ならいっそシンクロメッシュではなくコンスタントメッシュにしてくれても 良かったらうに、アルファ・ロメオに乗らうといふ程の人なら上記操作出来て当然の筈。w クルマの進化はイージードライブ化の歴史、これは紛れも無ひ事実です。 いづれ単純なMTはATやセミMTだかATだかに取って代はられるでせう。
一方でイージードライブ化はユーザの力量を信用しなひところから始まるもの。 その最たるものがベンシ、完全にドライヴァーを信用しないところから全てが始まっております。 彼らの「人間はミスをするものでR」といふ基本認識とその大前提に立ったクルマ作り、 それはそれで正しくアテクシも好悪を別に一目も二目も置くものであります。 股、昨今ではフェラーリが自分とこの客は運転が下手糞だ、といふことにやっとこ気が付ひてw それに合はせたクルマ作りをしてゐます。フェラーリも客を信用しなくなった。 安全性が重視されるご時世、それはどんな客が乗っても、それが自社が想定する以外の客が乗っても 一定以上の安全性を確保せねばならんことを意味します。それは今や全てのメイクが逃れられなひ。 かつてのアルファ・ロメオは違ひました、かつてのポルシェもさうでした。 「うちの客ならこのぐらいの技量はある、あって当然。そこまで逝って無ひヤシはうちの車に乗る資格無し」 そしてメイクがさうなら客も客で 「あのメイクなら俺の技量であんなことこんなことが出来る、出来るクルマを出す筈」 といふある種の相互信用があった訳です。それがいわゆる”閉じた世界”だった訳です。 ポルシェは比較的早ひ時期に拡販には”閉じた世界”がマヅひことに気が付きました。 アルファは幾つもの事情があってそれが遅れた、つか結局つひ最近までそこから脱却出来なかった。 アテクシのやうなクルマ道楽者としては余りに敷居の低ひ、有象無象の大量流入してくるやうなクルマ、 つまりは客を余りに信用してなひクルマは面白く無ひのですが、時流はそれをなかなか許してくれません。
板移転に気付いていなかった・・(w
>>288 実はあんまり判ったような事書いて、細かいところに突っ込まれても面倒だという
ちょっとずるい思いも有ったり・・(w
イージードライブと言えば・・。
戦後の一時期に流行したコラムシフトMTなんかも「イージードライブの為」と説明されますが
あれって、別に楽でもナンでもなかったように思うのですが、どうでしょうか。
前席三人乗りを可能にする為と言うなら納得ですけど、普通のフロアシフトの方が楽な気がします。
ATのセレクトレバーならば何処に置くのも自由でしょうが、コラムMTの復活は恐らく無いでしょう。
ギアボックスが助手席の足元に有るような、現代の横置きエンジン前輪駆動車では
やりたくてもやりようも無いでしょうし。
19世紀末にプリセレクターを考案したとされるフレデリック・ランチェスターさんという方も、
改めてその業績を見ていくと、かのガブリエル・ヴォアザン氏にも比肩しうる才人と思われます。
こうした多方面にわたり才能を発揮したタイプの人と言うと、他にはJ・A・グレゴワールさんとか
戦前には数人が例に上げられますけど、戦後はあまり見られなくなったと思います。
それだけ自動車産業が個人の才能を反映し難くなったと言う事でしょう。
しかしそんな中で例外と言えるのは、自ら自動車会社を立ち上げレースにも参加した
ロータスのコリン・チャプマンでしょうか。
で、当然のようにチャプマン氏もギアボックスには新奇な考案をしています。
74年に期待されてデビューしたF-1タイプ76ではシフトレバーの頭部に電磁クラッチのスイッチを設け
クラッチペダル廃止というモノを考案。でも、そこで止めればいいのにやり過ぎるのもこうした型の人。
左足でもブレーキ踏めるようにと、ブレーキペダルを空いたスペースに設置。
ついでに(何故か)アクセルも左足で踏めるようにともう一個ペダル追加(w
それに付き合わされた当時のエースドライバー、R・ペテルソンも可哀そう(w
シフトレヴァーの頭にスイッチ付けて電磁クラッチ作動させる、 これはポルシェ/VWのシュポルトマティークとか 例のヴァンケルエソジソ第1号車NSUのRo80もその低域トルクの薄さから採用されてた筈です。 ACBC氏のレースでの使用は今のF1などのセミMTへ繋がるものであったの鴨知れません。
>>292 シトロエンDSがクラッチペダルレスMTを採用していましたね。
CGTVのDS特集で「あれは滅多に故障しない」と話していた記憶があります。
一体どんな仕組みだったのでしょうか。
ランチェスター先生は航空技術にも手を出したけど、
軍事戦略理論「ランチェスター法則」まで着想しているぐらいだから
ヴォワザン氏とはまた違った意味で多芸ですね。
>>294 Wikipediaに書いてあった。
本物のDSヲタたちが書いてるらしいから一応正しいんじゃないですか?
>>293-295 確かにシフトレバーがクラッチの“スイッチ”を兼ねるっつうアイディア自体は珍しい物ではなく
ロータス76の新奇なところはそのペダル配置にあったと言うべきでしょう。
そういえばポルシェのシュポルトマティックなんつうのも有りましたが、あれも電磁式クラッチでしたっけ?
確か2リッター時代の911の低速トルク不足を補う為に、トルクコンバーターも装備されていた筈。
DSの半自動MTが壊れないというのは「ちゃんと整備された車ならば」という但し書きが必要でしょう。
もっともハイドロニューマティックシステムが壊れたならば、ギアシフトする以前に車高すら上がらないので
全く走れませんが。
余談ですけど、何時の時代にも凝った装備はまず高価格な車に採用され、其処から徐々に安価な車にも
降りて来る物ですが、シトローエンの場合はそれがちょっといい加減な所があって、
安物の2CVが既に4段フルシンクロを装備していたのに、後に誕生したDSは当初2〜4段のみがシンクロだったり。
また電装もDSの廉価版IDの方が先に12V化されたりとか、不思議なところが有ります。
さて。フレデリック・ランチェスターさんという方、光学や写真術にも長け、
更には音楽や詩にも並々ならぬ才能を発揮したと言われますから、
タイプとしてはルマンを舞台にした小説を書いたというJ・A・グレゴワールさんが近いのかも知れません。
ガブリエル・ヴォアザン氏に近いと見えるのは、やはりコリン・チャプマン氏でしょうか。
ヴォアザン車に見られるブレーキライトカバーの省略の為に赤く着色した剥き出しの電球とかは、
時代的にはヴォアザン氏の方が先ですからこう言うのは変なのですが“チャプマン的”と思えます。
またこの二人、意外に激情家でトラブルメーカーだったらしき所も変に似ています。
レースに熱心だった時期のヴォアザン氏、あるツーリングカーレースで、
規則で或る程度以上のボディー幅を持つように規則で定められていたところに
規則をクリアする為に、ごく一部分のみを不自然に膨らませた幅の狭い車を持ち込み
「そんなのじゃ駄目」と言われて大憤慨、大騒ぎを起こしたとか。
これなんかも後のチャプマン氏が如何にもやりそうな事ではないでしょうか(w
↑ 規則で〜規則で定められていたところに 規則をクリア〜 ・・全く推敲していないのがバレバレなクドイ文章(スマヌ・・w
シュポルトマティーク、だうもアテクシも記憶違ひ勘違ひしてたやうで
シフトノブに電磁クラッチスイッチではありませんでした。
http://www.geocities.jp/cafedcv/cocc/sportmatic.html 電磁なのはソレノイドで、それで負圧サーボの開閉をする、
それによってトルコンと組み合はせた通常の単板ダイアフラム式クラッチを
吸ひ付けて切ったり繋ひだりするやうです。
で、ロータス76につひてもちょこっと調べたところ、
4つペダルは確かなのですが、アクセルは右端1ヶのみで左端のはスタート時専用の
クラッチペダルだ、つう解説もありました。まぁなんにしても良く分からん、
珍奇wなものに変はりは無ひでせう。
MG−AだかBだかに電磁オーバードライブってありませんでしたっけ。 どんなしくみだったんだろう。
>>299 WikipediaにMGBと書いてあった。
4速MT本体とは別に設けられたODユニットを、エンジン回転による油圧を電磁バルブでON/OFFし、
油圧によりピストンで円錐型のワンウイェイ・クラッチを作動させ、ギアチェンジを行う。
>>298 ロータス76のペダル配置、私が書いた物は以前模型雑誌で読んだプレス発表時の説明だった筈ですが
開発途中で二つのアクセルは(当然w)捨てられ実戦には登場していないのかも知れません。
アレが意図した物は、ハードブレーキングを短時間に行う事が出来るように、
ヒール&トゥをする必要を無くして全力でブレーキを蹴飛ばせるようにする為だったとか。
>>299 私もあんまり良く知りませんが、
>>300 さんが書かれたように変速機本体とは別のODユニットってのが有り
それを繋ぐとギア比が高まるという仕組みだった筈。
常に接続している訳ではないので副変速機とは異なりますけど、働きは似たような物と思っても良いかも。
作動にはシフトレバー等に設けられたスイッチを操作する仕組みになっていて、
クラッチペダル操作無しで変速可能だった筈ですが、
現代のATに備わるODスイッチとは意味合いも構造も異なる物。
また普通はオーバードライブというとエンジン回転数よりもギアボックス出力軸の回転が高い状態にする
ギア比を指しますが、低いギアに入れた状態でもこのODユニットを繋ぐ事は理屈では可能ですから
その意味ともちょっと異なります。
もっともそれをやる意味も無く、このユニットへの断続は決して速やかでもなかったので
殆どの車の場合はトップギアに入った状態でのみ利くように設定されていたと思います。
車種によっては3〜4速で使用可能にされていたのも有った筈。
4段ギアボックスに5段とほぼ近い機能を持つようにするデバイスですが、4⇔5がスムーズではないので
“4段+OD”と表示されるこの仕組み。どう考えても普通の5段を装備する方が理に適っているのでしょうが
新たに変速機を設計するよりは簡単だった為か、昔は結構広く用いられたようです。
MGを例にとると、英国自動車界に再編成の嵐が吹き始めた60年代末頃に、この仕掛けが採用された筈。
車種整理や合理化が進められる中では新型ギアボックスどころではなく、社外製のODユニットを
オプション装備に設定するのが精一杯だったのでしょう。
昨日の電磁式オーバードライブから思い出した事。 ヴォアザン車の中でも最も小さな1.5リッター級の物には、高速巡航用の為に オーバードライブレシオを可能にする副変速機を備えた物が有ったそうです。 エンジンの進化は高回転化の歴史でもあると以前話に出ましたけれど、 静粛な作動を好んだヴォアザンさんにとっては、例えスリーブバルブエンジンであっても 高回転を多用する事はむしろ自らの嗜好に対する逆行だったようです。 そこで4段ギアボックスを用意出来ればそれに越した事は無かったのでしょうが、 ヴォアザン車は小型と言えども同サイズのシトローエンの倍もする価格の高級車、 ギアボックスは社外製コタルの電磁式セミATを採用していた事も有ってか そう簡単にギアを増やす事も出来なかったのでしょうか。 結局折衷案のような副変速機を備えることで、高速巡航時の騒音を抑える事にしたのでしょう。 同じ時代のロールスロイスやパナール、イスパノスイザ等の高級車メーカーは、 大型のエンジンに低い圧縮比と高いギアレシオを与えて静粛さを追っていましたけれど、 ヴォアザン社は大型も小型も用意し、小型車にも大型車並みの静粛さを与えようとしていたようです。 また、ロールスロイスと比較してみると、ヘンリー・ロイスさんは決して手堅い設計から外れる事無く、 入念な工作や生産管理、悲観的とも思える程の検査工程を設定し、 思いつく全ての箇所に注油口を設ける等の手段を講じていたのに対して、 ガブリエル・ヴォアザンさんは飽くまで自らの機転で様々な問題に対処しようとしていたかのようです。 大型エンジン付きの車に専念出来なかったのには如何なる理由が有ったのかは定かではありませんが、 ヴォアザンさんにとっては大型並みにスムーズで静粛な小型車を設計する事もまた 技術的な理想の一つとして欠かせない物だったように思われます。 そしてそれを飽くまで設計主導で達成しようとしていたように見えるところが 如何にも天才肌のエンジニアらしいところではないでしょうか。
国産車がセミATを採用しないのはなぜでしょうね。 唯一採用していたMR-Sもすでに生産中止ですし。
借りて乗ったMR-Sのシーケンシャルは、どうも好きになれなかった。 しょせんMTのような小器用なテクは使えないし、ATみたくイージーでもない。 どうにも中途半端さが拭えないきらいはある。
個人的な好き嫌いはどうでもよいでしょう。 欧州車にあれほど普及しているセミATにもかかわらず、国産車は普及するどころか 今やまったく無いという現状は、どうにも不思議です。 この類のギミックは国産車が最も得意なのですから。
此処暫くAT、セミATネタが続きましたが、結局のところセミATの定義ってナンなのでしょう?(w
シトローエンDSの油圧シフトなど、完全に手動選択ですしシフトタイミングも運転者任せですが
多くの本はアレを“セミAT”と呼んでいます。
もっと極端な例としては先日前輪駆動ネタで話に出たコード810/812ですが、
アレなど、小さなHパターン上のレバーを指先で動かすとバキュームサーボが働きシフトされるだけで
クラッチペダルも普通に有るのですが、それでも“セミAT”という言葉を用いている文献も有ります。
・・何処が“オートマティック”なのでしょうか・・?
と、言う訳で
>>304-306 MR-SのセミATというのがどのような物だったのか知らない事も有り、此処で言われている“セミAT”が
どういう定義の物なのかもちょっと不明なところが有りますが。
自動選択機能を備えてそっちモードでも使用可能なMTと考えるならば、
全ての車種に全自動変速機を用意している国産車の場合、新たに半自動を用意する意味が薄いのでは?
欧州車の多くが用意している半自動って、結局のところは元々ATの需要が少ない車に
新たにAT仕様を作る手間を惜しみ、手持ちのMTの小改良でAT需要を満たす為に存在していると思います。
それに対して国産の場合、最初から普通のATが有るのですからそれをベースとして
ロックアップ領域を広げて手動選択モードを備えたモノを作る方が、MTに複雑な制御回路を追加するよりも
むしろ簡単なのではないでしょうか?
また、ベースとなる肝心のマニュアル・ギアボックスの出来そのものが今の国産の多くは
ATばかりが売れている今ではあんまり芳しい物では無い事も多いって話も以前有りましたし。
>>305 まぁシトローエンのショールームですから、ドゥブル・シェブロンだらけは当然(w
ロゴ・マークって言えば、以前にも他スレ(だったかな?)で書いたかもしれない話ですが。
アルファ・ロメオって当然イスラム教国でも売られているのでしょうが、あのエンブレムもそのまんまで
反発されたりしないのでしょうかね??
確かにイスラム教徒を食ひ殺す大蛇と十字軍の盾から成るセルペンテ・ヴィスコンティの紋章、
これではイスラム圏では売りやうがありますまひ。
タイ国ではアルファ車がKD生産されてゐますが、まぁ仏教国ですから問題は無ひ。
一方でアラブの酋長、ぃあ首長だのAV嬢大好きwブルネイの王様がアルファ買った話も
寡聞にして聞ひとことありませんな。
中東やアジアはともかく欧州とアジアの接点、トルコ国は厳格な政教分離国家ですが
言ふまでもなくイスラムの国にして欧州にも属する地理条件、トルコで売ってるのか?
なんつうあたりも不明です。
つうことで早々本国のHP見ますと、マレーシアやトルコでは販売されてゐる模様。
マレーシアはイスラムの世界では存在感の大きひ国ですが、
その割りには戒律が緩やかなのでさもありなん。
しかし案の定つうか中東などは見当たりません。
http://www.alfaromeo.com/
309 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/10/14(日) 07:54:32 ID:sOxmmFwTO
でも、アラブではお馬さんが跳ねている紋章の車が昔から売れてる。フェラーリの購入層にとりお馬さんが身近な動物だから、親近感が持てるのか? 国民の平均所得が高いから、新興工業国みたいなアルファのセグメントの購入層はあまりいないのかも。
>>307 MR-Sはクラッチが自動で、ギアセレクトは手動でした。
セミATというより、どちらかといえばセミMTですね。
国産車でセミATは、NAVi5だけだったと思います。
>>309 まさか、高額所得層だらけで中間層はいないという国も恐らく無いとは思いますが。
いっそエンブレムにモザイクかけて売るとか・・無理か?(つかバカ w)
>>310 セミAT=二軸か三軸式ギアボックスをベースにしたATと考えるなら、昔のホンダの(今のはどうだか知らん w)
☆レンジ付きホンダマチックなんかもそっちに入れて良いのではないでしょうか?
ここら辺はセミATの定義次第でしょうから、見る人によって異なるのでしょうが。
☆レンジ付きホンダマチックって、通常よりもストール比の大きなトルクコンバーターを用いて
無段変速を行うという物だったようですが、
実際にはトルコンスリップ・熱損失も莫迦にならず、乗った事が有る人の多くは加速の鈍さに痺れを切らし
手動で変速していたなんて話も聞きます(乗った経験無し)
まぁメーカー側もそれは承知の上で、多段ギアを用意していたのでしょう。
以前、名前だけ出た30年代のフランスで開発されたというサンソー・デ・ラヴォーさんという方考案の
変速機とほぼ同時期に、このホンダマチックと似たようなもの(だったらしい)が開発されたそうです。
コンスタンチコという方が考案したと言われるそれ、トルクコンバーターだけの無段変速機だったと言いますから
その詳細は判りませんが、☆レンジみたいなものを想像します。
で、もう一方の機械的な無段変速機発明者デ・ラヴォーさんとはかなり激しい論戦が有ったとかなのですが
結局はどちらも急坂や大負荷ではスリップ過大で実用には至らなかったとか。
50年代オランダのDAFから始まったベルト式無段変速機が進歩した現在では
そうした過去のアイディアをまた持ち出す意味も無いのでしょうが、
先日のトーリック式等も含め、ベルト式の前に淘汰された技術にも結構興味深いものはありそうなので
そういうのをまとめた資料とかってのも、有ったら読んでみたいもの。
>>307 > 欧州車の多くが用意している半自動って、結局のところは元々ATの需要が少ない車に
> 新たにAT仕様を作る手間を惜しみ、手持ちのMTの小改良でAT需要を満たす為に存在していると思います。
なるほど、もっとな意見だと思います。
しかし例外もありまして、例えばマセラティ・クワトロポルテやBMW 650iですが
トルコン式ATに加えて、MTベースのセミATを設定しています。
なぜ2種類のATを設定しているのか、どうにも理解できませんね。
もっとな意見→もっともな意見orz
>312 クワトロポルテはセミATが先で,後からトルコンATが追加されたんじゃなかったっけ。 うろ覚えだが。
>>314 > クワトロポルテはセミATが先で,後からトルコンATが追加されたんじゃなかったっけ。
その通りですが、それが何か?
フェラーリのF1、マゼラーティのカンビオコルサ(現:デュオセレクト)、 アルファのセレスピードは同ぢものです。 これらはセミATと言ふより2ペダルMTに軸足が置かれ、一応ATモード (アルファでは”シティモード”と呼ぶ)はあるにはあるのですが所詮おマケ機能。 真っ当なATのつもりで乗ると相当がっかりすると思ひます。 で、多分仕方無しに(ことに日米対策で)アルファ語で言ふQマチックだったかQトロニックだったかつう 普通の(アイシン製ったっけ?)ATを後出しで追加してます。 状況はマゼラーティも同様だった筈。 思ふにDレンジ入れっぱなしでクルマ任せで走るのが好きな日米用と 例へ自動化されやうとも自分でギアをガチャガチャ上げ下げしなひと気が済まなひ欧州用、 そんなことで半自動と全自動が混在してゐるのではありますまひか。
あと、一応念の為に書ひておきますが、 アルファは現在北米市場からは撤退したままです。 米国の衝突安全基準を満たさなひのが理由ですが、 今のアルファは何が何でもアウデーの欧州での牙城を崩すことで頭一杯で 北米どころでは無ひのです。w
>>312 先日ちょっと話に出たシトローエンC4ピカソも、二種類のATを同時に発売しています。
・・言われてみれば何で二種類出す必要が有るのでしょうね・・??
先日も書いたようにアレは車内左右の移動を楽にする為にシフトレバーをステアリング奥に配置したくて、
セレクトバー配置が自由になるように、普通のMTをセミAT化したのだと思うのですが、
別にトルコンATも同時に用意する意味は無いような・・。
アルファのQマチックのような、ATに手動モードのオマケ付けたのは多分ポルシェのティプトロニックが
最初だったように思うのですが、その直後に追従するように出た三菱のINVECS(だっけ??)は
試させて貰ったことが有りました。
「買って暫くは手動モードも使ったけど、すぐ飽きた」とオーナーの人が言っていたように、
機械に遊ばせて貰っているみたいでナンだか腹が立って来たのを憶えています(w
ところで、何度かこのスレでは話に出ていますが、
現在のダンテ・ジアコーザ式エンジン横置き型前輪駆動車の始祖と言えば
1965年に誕生したアウトビアンキ・プリムラですが。
この時代のイタリア車って対米輸出に熱心だった事も有ってか、それともアメリカ車の悪影響を受けたのか
コラムシフトの車が結構多かったみたいです。
普通の実用セダンはまだしも、アルファ・ロメオ1900/2000とかスポーツ型のランチア等もそうでしたし
プリムラもその例外ではなくコラムシフトでした。
その為か、偶々F-1特集が面白いので入手したこの車が発表された当時のCG誌には
「トランスミッションが左にオフセットされたこの構造では右ハンドルの製作は不可能に近いのでは?」
と、書かれています。
勿論、フロアシフトにすればこの件に関する限り問題は無いのでこの形式はRhdの日本車にも普及しましたが。
・・・・最近「現代のナントカ」と書くと韓国メーカーの車の話みたいでちょっと困る(w
オラツィオ・サッタが手がけた1947年の戦後型6C2500から、アルファもコラムシフト症候群にかかってしまっていたんですね。 スターリング・モスがコラムシフトのサンビーム・アルパインでモンテカルロを戦ったりと、 1950年代には多くの車が「コラムシフト病」になっていたわけで。 呪縛が解けたのは、1960年代以降にマニュアルギアボックスが3/4速から5速に移行したおかげですかね。
>>318 > 別にトルコンATも同時に用意する意味は無いような・・。
そうですよね。
実は国産車にもありまして、例えばニッサン・ティーダやマツダ・デミオですが
普通のATを設定するのは当然として、更にCVTも設定しているのです。
なぜ2種類の“全自動変速機”を設定しているのか、どうにも理解できませんね。
デミオのCVTはミラーサイクルエンジンと組み合わせた燃費スペシャル。 ティーダはCVTが主力で、4段ATは最下級及び法人向けグレードのみなのであります。
>>321 > ティーダはCVTが主力で、4段ATは最下級及び法人向けグレードのみなのであります。
最下級グレードだけでなく、上級グレードの4WDも4ATです。
しかし最上級グレードはCVTだけですね。
生産上の都合なのかも知れませんが、どうにも理解できません。
>>320-322 様々な形式は用意していても、メーカー毎に軸足の置き方は微妙に異なるという事みたいですね。
う〜む・・AT黎明期のGMみたいに、何が主流になっても追従出来るようにあれこれ開発しておいて、
様子を見ているのでしょうかねぇ・・??
>>319 アルパインもコラムシフトだったと言うのは知りませんでした。ルーツ系はどれも地味な印象が強い為か
あんまり見る機会も資料も無いような気がします。
アルパインも実物を見た記憶って無いのですよね。何処かで見ているのに忘れているのかも知れません。
考えてみれば当時の英国製スポーツカー、殆ど対米輸出用みたいなものだったようですから
コラムシフトにするという発想も、有っても不思議はないのでしょう。
しかしブリティッシュスポーツカーといえばエンジン/ギアボックスは後退位置に置くのが常でしたから
コラムシフトにする為には、かなりおかしな取り回しのリンケージが必要だったのではないでしょうか?
一度その辺も見て見たいもの(物好き w)
戦後一時期のアルファ・ロメオ他のイタリア車にコラムシフトが流行したのには、
アメリカ流のイージードライブ至上主義に毒されたと言う説の他にも見方は有って。
ピニン・ファリーナ他のカロッツェリアが戦後型Full widthデザインを推し進めた彼の国ですが
一般のユーザーは意外に保守的でもあり、戦後型を理解して貰うには結構苦労も有ったようです。
そこで幅広い室内のメリットを手っ取り早くアピールする為に前席横三人掛けを採用したのだというのがそれ。
・・しかし私はこの見方には否定的な立場であります。
だって、50年代終わり頃に有った俗悪なデュオ・トーンに塗り分けられた1900とかの写真を見てしまうと、
やはりアメリカ調に毒されていたとしか思えないところですから。
今更改めて言う事でも無いでしょうが、私はコラムMTって嫌いなのです。
以前給料泥棒をしていた(w)会社で使っていたライトエースが5段コラムMTで、
トラブルメーカーだった私はごく稀にしか外回りはしませんでしたけど、
タマにしか乗らないものですから余計に乗り難くて悪い印象しか残っていないというせいも有ります。
こうして毎日のようにダラダラとあれこれ車の話(だけでもないけどw)を書き散らしている私ですが
実はくるま音痴に近いというのも相変わらず。
昼間知人との会話
「ヴァンガードって車、売れると思う?」
「ヴァ・・ヴァンガード?あのアメリカ車を小型化みたいなの?あんなの今更誰かが売るの・・?」
既に頭の中はこれ(つか本当に売ってるよw
http://uk.geocities.com/vanguard49au/ そりゃ、こんなのを思い浮かべる私も変でしょうけれど、そんな車名を使うトヨタも悪いと思うのですが。
さて。先日も書いたようにATのセレクターなどは別に何処にどのような形で置こうと自由でしょうし、
レバーである必要すらも全く無い訳です。
過去にはシトローエンDSの油圧を用いた2ペダルMT(ステアリング上、少し奥に編み棒のような細いレバー)とか
50年代のクライスラー系のATのプッシュボタン式セレクターとかも有りましたし、
短命に終わりましたがフォード系のエドセルに至ってはステアリング中央にクライスラーと同様の
プッシュボタン式セレクター。マッハ号か?(まぁ、こっちが先ですが)
最近は車内左右の移動の利便の為、ダッシュボードにセレクターを配置する車も有りますが
こうしてあれこれと変った形態の物が出て来ても、結局は未だにMTフロアシフトのレバーと同じ位置に
似たような形のレバーを配置するのが主流で有り続けているのはLhd/Rhd共用の為か
それとも使う側がMTへの未練を断ち切れないのか?少し不思議に思うところであります。
手動モードのオマケ付きにしても、そんな必要も無いのにMT風だったり。
先に触れたプッシュボタン式。当時の物は操作感覚が硬めだったのか、
「御婦人のマニキュアを傷付けてしまう」という理由で廃止されたそうですが、
今風にタッチスイッチ化してイルミネーションでも追加すれば“Cool !!”とか言って
結構ウケるのではないかと思うのですが。
プッシュボタン式セレクターは今でも採用している車があります。 それはアストンマーチンです。 そう言えばジャガーは伝統のJゲート式セレクターをやめるのでしょうか。 新型セダンXFはダイヤル式セレクターを採用していますから。
ちなみに戦車(73式だったか90式だったか両方だったか忘れたw)の変速ギアセレクタは ターレット式(昔のテレビのチャンネル式)っつか、あれ式であるます。
327 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/10/18(木) 20:00:19 ID:KhH0YqgmO
プッシュボタンATだったのは、ファセル・ベガやブリストル407もありますね。ちなみにどっちもクライスラーV8を搭載しておりまする。
そして同じ頃のチャイカもプッシュATをパクっていた 思えば下らぬモノをパクったものである
アストン・マーティンとチャイカは知りませんでした。 アストン・マーティンの方は雑誌記事を捜してみるとダッシュボード中央にボタンを配置している様子。 少し遠いような気がしますが、どうなのでしょう。 戦車などの重機はかなりの多段で高度な変速機を持っているそうで、 その為にセレクターも普通の形態ではないのでしょうか? 重機メーカーの変速機技術はかなりなものらしく、ロータスF-1の末期にスポンサーをしていた 日本の重機メーカー・コマツがF-1用のフルATをロータスチームの為に開発しようとしたなんて話も有りました。 規則改変で実現はしませんでしたが。 戦車と言えば・・。 知り合いの出身校に、元日本陸軍の技術将校だったという先生がいらしたそうで。 その方、終戦時に戦車の操縦資格は持っていたものの普通の車の運転は殆ど経験無し。 しかし、戦後に免許書き換えた時に大型特殊所有と認定されてそれを取得する過程で必要な免許も 全て一括して無試験で貰えたと自慢されていたとか。・・本当かよ(w ATの意義っつうのも、MTが進歩する前と今とでは結構異なると思います。 昔の上げるも下げるもダブルクラッチ必須だった頃でしたら、イージードライブ化の為と言うのも納得ですが 正直に言って、今のMTならナイフとフォークのような物。 自動化するのは付加価値で商売するメーカー側の都合とか、機械物マニアウケを狙っただけで この車板にも蔓延する“MTは面倒”というのも実はメーカーの策略で 作られた思い込みなのではないか?って思う事が有ります(w また、本当ならばトルクバンドの狭い小排気量車程多段の変速機が必要な筈と思うのですが 昔から逆に高価な車ほど高価な多段の変速機を持つのが当然になっています。 今の車を見ると、燃料消費率には不利な大排気量車の効率をカバーする為に 多段の変速機が与えられているかのように感じます。
>>329 > 今の車を見ると、燃料消費率には不利な大排気量車の効率をカバーする為に
> 多段の変速機が与えられているかのように感じます。
その通りだと思います。
メスセデスが7ATを採用したら、レクサスが負けじと8ATを出すというわけです。
そのうち9ATや10AT、12ATも当たり前になるでしょう。
その一方で、CVTをプログラミングで疑似6ATにしている車が増えています。
せっかくの無段変速機をわざわざ有段化するのは、どうにも理解できません。
>>330 CVTを擬似6ATにですか?擬似6MTなら、スバルの軽自動車とかで有ったと思いますが。
先日も書いたように、フルATのオマケ手動モードって、結局のところは単なるオマケ。
オーナー氏が仰ったように「買った時はちょっと遊んだけど、すぐ飽きる」みたいなものでしょう。
また、変な言い方でしょうがそれで良いのだと思います。
間違っても自動変速モードを使う気が無くなるような物であったり、習熟意欲をそそる物であったりして
「まるで本当のMTのようだ」と思わせる物であってはいけないのだと思います。
それならば「最初からシンプルなMT買った方が良かった」という事になってしまいそうですから(w
さて少しギアボックスの話が続きましたが、勝手すけどこの辺で少し話を変えて。
(勿論、ギアボックスの話も有ったらまだ続けますが)
今月のCG誌で永島譲二さんが書かれていたE・J・ペニントンとかH・J・ローソンという人の事。
このペニントンという人、自動車史家の折本透さんの本とか佐藤章三さんの書かれた本などで見て
以前から興味が有ったのですが何分断片的な事しか書かれておらず、
“その内にもう少し何かが判ったらネタにしよう”などと思っていたのですが。
今月のCG誌で永島譲二さんが、その連載随筆の中で書かれているので
CGを購読されていない方でも本屋さんでその部分の立ち読みが出来る内に(w)一度触れておきたいと思います。
永島さんは随筆中で、このペニントン氏について割と好意的と思える書き方をされていますが、
私が過去に見た資料の中では、この人ははっきりと「ペテン師」と書かれていました。
また彼の特許を買ったという英国人で週刊「AUTO CAR」誌の創刊者の一人H・J・ローソンという人についても
折本さんは「超一流のペテン師だった」と書かれています。
この、謎の多い二人が作ったとされる車(?)の画像(CG記事の冒頭で永島さんが書かれた物と同一でしょう)
http://www.histomobile.com/histomob/internet/472/732601.jpg http://www.histomobile.com/histomob/internet/472/732602.jpg この車に限らず、この二人の事について何か御存知の方は何でも良いので是非書き込みして下さい。
メルセデス・ベンツの親会社名がダイムラー・クライスラーからダイムラーに変わりました。 ところがダイムラ−・クライスラー日本の新社名はメルセデス・ベンツ日本です。 なぜダイムラー日本にしなかったのでしょう。 そう言えばダイムラー・ベンツの時代からダイムラーというブランド名の車って出てませんね。 デイムラーに配慮しているからでしょうか。
333 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/10/20(土) 06:28:17 ID:uUtxS2vVO
そもそもダイムラー本社から、分かれた英国の会社が「デイムラー」ですよ。 ちなみにオーストリアの支社はアウストロ・ダイムラーで、地元のポルシェ博士がスポーツカーの原型を作りました。いまはマグナ・シュタイア社に吸収され、300Cを生産していました。
334 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/10/20(土) 06:39:06 ID:uUtxS2vVO
ダイムラー・ベンツじたいも、ダイムラーとベンツが第一次大戦後に合併して成立したもので、それまでは別の自動車会社でした。 ベンツ社もレースに頑張っていて、ブリッツェン・ベンツという巨大エンジンの車が活躍しました。
335 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/10/20(土) 06:57:30 ID:uUtxS2vVO
日本法人については、ダイムラーとクライスラーが合併する以前からメルセデス・ベンツ日本のままだったかと思います。販売網もメルセデス・ベンツとクライスラーは別でしたね。
336 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/10/20(土) 06:58:45 ID:uUtxS2vVO
日本法人については、ダイムラーとクライスラーが合併する以前からメルセデス・ベンツ日本のままだったかと思います。販売網もメルセデス・ベンツとクライスラーは別でしたね。
337 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/10/20(土) 07:06:50 ID:uUtxS2vVO
二重カキコすみません。 独・英・墺のダイムラー社の歴史や、かのブリッツェンベンツについては興味深いものですから、逝ってる氏に後日もう少し詳しく講釈いただきませう。それでは(^-^)/
>>331 >E・J・ペニントン
誠実な雰囲気で大規模な計画を語り、出資者を集めて会社を作り、そして逃げるw
そんなことばっかやってた人です。
車絡みでは、イギリス滞在中の三輪車(
>>331 のリンク)と亀みたいな装甲車を
やってます。
彼がもっとも名を馳せたのが、飛行船計画。
"Mt. Carmel" "airship" で検索するといろいろ引っかかりますよ。
>>337 そんな、無責任な(ww
ブリッツェン・ベンツに関してはSCG47に詳しく書かれていますのでそれ以上の事も書けませんが。
英国ディムラー社は元々英国人エンジニアF・J・シムスさんという方がダイムラーエンジンの特許使用権を買い
自動車作りを始めた事から生まれた会社で、資本的なつながりは無いようですので
ドイツのダイムラー社の分家とはいうのとはちょっと異なるようです。
ダイムラー製の自動車、よく知られているように1902年以来販売権利取得者で後に会社の重役にもなった
エミール・イェリネックさんの愛娘の名前“メルセデス”を商品名としていますので、
それ以降ブランド名としての“ダイムラー”っつうのは航空エンジン等の一部にのみ使われているだけのようです。
日本法人の名前もメルセデスなのは自動車だけしか扱っていないからなのか。
語呂が良いと判断したくらいのモノなのか。まぁ大した意味は無いと思いますけど。
ちなみにドイツのダイムラー社もディムラーも英字綴りでは共にDaimlerですから、
この二つを異なる発音で区別しているのは案外日本だけなのかも。
>>338 早速有難う御座います。どうもその飛行船というのが(アメリカに居辛くなって)
渡英することになったきっかけだったようですね。
このペニントン氏のイカサマな特許というのを買ったのが“The Auto Car”誌の創刊者H・J・ローソン氏。
19世紀末の英国で自動車関連の特許を片っ端から買い漁り、英国自動車産業を独り占めしようと
“ブリティッシュ・モーター・シンジケート”(如何にも怪しげで良いですね w)を作り上げた人。
この組織が最初に目を付けて傘下に収めた自動車会社というのが、
同時期のパナールの劣化版みたいな試作車は出来たものの、量産化に必要な資金を得られずに苦労していた
F・J・シムスさんのディムラー社だったとか。
結局ローソン氏は失脚し、ディムラー社は地道にスリーブバルブ車などを研究開発し、
後には英国王室御用達のメーカーとなったのですが。
340 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/10/21(日) 07:11:29 ID:k2JjLDXEO
在仏外交官で商売人エミール・イェリネックは、英国デイムラーとの名称の問題も確かにあるのですが、「ダイムラー」の名前が外国で売るにはイメージが堅すぎたから、自分の娘メルセデスの名前を冠したということです(二玄社の世界の自動車Aより引用)。
341 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/10/21(日) 07:31:51 ID:k2JjLDXEO
本国D社と英国デイムラーとの関係について言えば、英シムズが本国の役員に、またダイムラー本人が英国デイムラー社の設立当時の役員だったということです。その後、デイムラーは独自発展を遂げた、というところだそうです。
>>339 > ちなみにドイツのダイムラー社もディムラーも英字綴りでは共にDaimlerですから、
> この二つを異なる発音で区別しているのは案外日本だけなのかも。
噂では、フォードはデイムラーを売り払う予定らしいです。
しかしジャガーはともかく、ダイムラーを欲しがる会社はあるのでしょうか。
同じ英字綴りのよしみでダイムラーが買い取ってあげればいいかも。
ダイムラーを欲しがる会社→デイムラーを欲しがる会社orz
一応、かつては「王室御用達」で ロールスロイスと同格、の筈だからねえ…… ジャガーとディムラーのバッジエンジニアリングは、長年続いたおかげで ロールスに対するかつてのベントレー同様、「そういうもの」として普通に受け止められているし 少なくともローバーみたく見捨てられることはないと思う (ジャガーのバッジ換えであっても、売りようでジャガーとの棲み分けができるブランドだし) ローバーなんかBL以降のブランド戦略がダメダメで中途半端なブランドに堕してしまい、 長い歴史で培われた「ロールス、ディムラーに次ぐクラスのアッパーミドル」 としての貴重なステータスが失われてしまって(成り行きでジャガーに凌駕されたとも言えるが)、 メーカーとしても独自の個性があったランドローバーとミニを持って行かれ、死に体になり…… 悲惨なブランドだ
>>343 市場が被る部分の大きなジャガー/ディムラーをメルセデスがそれだけの理由で買っても
ただ混乱を招くだけになりそうな・・(w
>>341 その件は初めて知りました。
英国ディムラー社も、H・J・ローソン氏の介入が無ければアウストロ・ダイムラーと同様の道を
辿った可能性も有ったということでしょうかね?
メルセデスという商品名は最初フランスで使用されたそうですが、普仏戦争の後遺症で
アルザス・ロレーヌ地方もドイツ領とされたままの当時、フランスでは対独感情はかなり悪かった為
ドイツ的なダイムラーという名前では売り辛いという判断も有ったという話も何処かで読んだ記憶が有ります。
ペニントン氏の話の続き。
自称発明家のこの人、1893年には「オットーサイクルとは全く異なる原理で作動する」というエンジンを発明
それを用いたモーターサイクルを製作したそうで、その一番のウリは
「20m程の飛行が可能である」ということだったそうです(・・ヲイ・・)が、飛行どころか走行する姿も
誰一人として見た訳ではなく、翌年製作された四輪車も同様。
この調子で作られた車の数はペニントン氏の生涯の中で15台とか。
結局、資金集めに用いる広告用という役割のみの物だったのでしょう。
一台も他人の手には渡っていないそうです。(ですから、当然現存もしていないでしょう)
こんなモノにならない特許を買ったというH・J・ローソン氏ですが、
英国自動車産業を独り占めにしようと、ディムラーやハンバー等を支配下に収めていたというのに
ペニントン氏のペテンに加担する必要は無く、彼はただその怪しげな特許の数々を見抜けなくて
引っ掛けられただけという見方も有るようです。
ところが。ある本ではこのローソン氏「有能エンジニアであった」とも書かれています。
1881年に20代にしてガスエンジン付き自転車を完成させるなど、本来は技術者であったそうで、
この事からペニントン氏のイカサマが見抜けなかったとはどうにも思い難いところ。
そこで私には、やはりこの人もかなりいかがわしい人物であったように思えるのです。
346 :
エスナリ :2007/10/22(月) 00:20:10 ID:nlwgh/KiO
漠然と車に詳しくなりたい
347 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/10/22(月) 01:54:24 ID:V5S2sBdjO
デイムラーはジャガーのバッジエンジニアリングのままで行った方がいいのかなあ?現状ロールスロイスのライバルイメージもないし。BSA傘下期のV8搭載のSP250「ダート」はデイムラーの独自性の最後のものだ。ダブル・シックスが無き後は世間的存在感は未知数。
348 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/10/22(月) 21:28:04 ID:V5S2sBdjO
興味深いことに、デイムラーと同様にBSA傘下にあったのが、これまた名門コーチビルダーのフーパーで、デイムラーのシャーシ上にドッカーとかいうユニークなボディを架装した他、盛り上がったトランクのデザインで後のカーデザインにインパクトを残しました。
>>345 > 市場が被る部分の大きなジャガー/ディムラーをメルセデスがそれだけの理由で買っても
> ただ混乱を招くだけになりそうな・・(w
フォードはジャガーとデイムラーをセットで売り払うのでしょうか。
もしデイムラーだけ買い取ることができれば、案外おいしい買い物かもしれません。
少なくともマイバッハよりデイムラーのほうが知名度が高いですから。
すでにV12エンジンはあるので、デイムラー・ダブルシックスを復活させるとか。
>>347-348 フーパーもBSA-ディムラー・コンツェルン傘下でしたか。その辺は興味深いですが、
えと、あの・・前から思っていたのですが・・適当なところで改行して下さい(w
>>349 >マイバッハよりデイムラーのほうが知名度が高い
・・そうでしょうか?結構微妙な気がしますが(w
どうせ他人事(w)ですが、今やジャガーにとってもディムラーの名前を持ち続ける意味は
殆ど無くなっているように思います。
「お買い得な車」のイメージが強かったジャガーが高級感を入手する為に傘下に収めたのが
王室御用達メーカーだったディムラーで、その目的を達成し高級車メーカーのイメージを身につけた今、
もう皆が半ば忘れたディムラーというブランドを持ち続ける意味は(何でも記憶力の良いらしい英国人以外には)
無くなってしまったのではないかと。
ところで、ジャガーというと。
良く知られるように前身はウィリアム・ライオンズさんが作ったサイドカーの会社。
32年にスワロー・コーチビルディング社となり34年にはSS社になり、
45年にはまた社名が改められてジャガー社となり。と、簡単に書かれている事が多いのですが
サイドカー部門の方も子会社として存続していたのに、忘れられたかのようにこちらはスワロー社のまま。
それを買い取った他社が戦後にスポーツカー、スワロー・ドレッティを生産しています。
http://www.doretti.no/images/1954%20Swallow%20Doretti_adv.jpg こういう場合、どちらが本家で家元なのか?
私はこういう状態のものを「川崎大師の咳止め飴状態」若しくは
「ジェファーソン・エアプレーンとスターシップ状態」と呼ぶ事にしています(解る?w)
↑ 「スワローサイドカーはウィリアム・ライオンズさんが作った」というのは間違い。 創業者は別人でした。指摘される前に訂正(w
>>350 でもリムジン作るなら、ジャガーじゃなくてディムラーの名前でやって欲しいと思う
ジャガーのリムジンというのは抵抗感がある
だからってDS420みたいなヘンなシロモノじゃ困るのだが
単なるジャガーサルーンのストレッチでいいから
353 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/10/23(火) 05:45:41 ID:y3Ua0YSaO
ぎざぎざのラジエーター・グリルを、ジャガーのストレッチ・リムジンに付けてくれ、と。 確かにジャガーの最高級車のバッジということで定着してるし、ロールスとベントレーみたいに分離できる程、ブランド・アイデンティティは確立してない。
354 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/10/23(火) 06:26:39 ID:y3Ua0YSaO
ロールスのような過剰な仰々しさも、ベントレーのルマン5回優勝のような伝説もない。 イギリス最古の自動車メーカーとして、今のままマターリと残っているのが、ベターです。
>>260 > ダイハツと日野を合わせて「世界一」なんて、私は認めませんよ
最新情報ですと1〜9月の販売台数はトヨタ約705万台、GM約706万台でGMが逆転したそうです。
あと3ケ月で再逆転できるか微妙ですね。
>>355 その統計って、GMにオペルやヴォクスホールは含まれているのでしたっけ?
50〜60年代頃のGM他アメリカ自動車会社のエピソードなどを見ると景気の良い話が一杯有りますが
トヨタが巨大化して莫大な利益をあげても、なんだか誰一人として儲かっていないみたいなのはちょっと不思議。
>>353-353 そんなものでしょうかねぇ・・。あんまりディムラーには思い入れも無い私にはなんとも・・。
これは私が実際に目にしたディムラー車は地味で特に印象に残る物が無かった為も有ります。
また技術的にもスリーブバルブをいち早く導入したという事くらいが目に付く程度で
戦前一杯それに固執したパナールや、また31年に傘下に収めたランチェスターのように
矢鱈と進歩的と思えば、他が皆ステアリングホイールを採用した後もティラーハンドルに拘ったという程
“変”ではありませんし。
他では30年頃に「流体式フライホイール付きトランスミッション」の採用ってのが興味を惹きますが
これは単なる流体継手のことで、ウィルソン・プリセレクターを組み合わせた初歩的なセミATだったようです。
スリーブバルブと言えば、戦前に数台のスリーブバルブエンジンを備えたディムラー車が輸入され、
戦後まで長く使われていたようですが。そのエンジン音について
自動車史に詳しい元関東自動車デザイナーの佐藤章三さんは著書の中で
「古くなっていた為もあってか、ボンネットを開くと衝突的雑音こそ確かに無かったが
関節と摩擦部の多いことによるらしきにぎやかさは異様であり、それだけでも回転は上がりそうに思えなかった」
と書かれています。
ところでディムラーと聞くと思い出す事。
以前買い物先で喫茶店に入り、窓際の席から外を見ていた時の事。
一緒にいた家人が「あ、あの車ジャガーでしょ?」と言ったその車、ディムラーのダブルシックス
「あれはディムラーって車で・・」と私が言いかけたら
「なんだ。違うの・・(明らかにがっかり)」
・・英国人が聞いたら泣くぞ・・(w
DS420、アテクシなかなか嫌ひではありません。
まぁなんとなく結婚式場のクルマかフューネラル・コーチか(これが股似合ふw)
つう気もしなひうでもありませんが。
http://www.myds420.info/hearses.html http://homepage.mac.com/caesar5/caesar/OTHER/91dl/91dl.htm ディムラー、ぃあダイムレルwつうクルマはかつてロールズより前に
英国王室御料車であった栄光と格式のあるクルマ、ジャギュア風情とは格が違ひます。
ましてやアテクシ、スペーサかまして引っ張って伸ばしたのがリムジーネでRとは思っておりません、
リムジーネとはこれやファンタムを言ふのでR、と。
(まぁ尤もDS420だって成り立ちはあらかたジャギュア引っ張って伸ばしたと変はらんのですが。w)
もちろん、これだのロールズ(コルニッシュ除く)だのは運ちゃん付きでなひといかん訳ですが。
アテクシならセル潮だのクラウソだののリアシートでひっくり返って按摩器で揉んでもらうよか
これら正しひリムジーネで正しひトルソーアングルで毅然とリアシートに収まりたひ。
ベンシのデカひのだのならいっそ自分でハンドル握りたひ。
ショファー・ドリヴン前提しか許されなひクルマ、そんなのが1台2台ぐらひあってもEのではなからうか、
それに値するのはコルニッシュを除くロールズとディムラーのリムジーネ、
百歩譲ってキャデのフリートウッドだと思ふのです。
>>356 でも1950年代、いち早くサルーンに四輪ディスクブレーキを採用していたのは意外な進歩性。
正直、BMW傘下に入っちゃってからのロールスってなんかイヤだ。
シルバーセラフは現代の車なりの格式があってそれなりに好ましかったけど、
今のファンタムは、はっきり言ってエグくてキモイ。
それだけに、英国車としての歴史があり、車格でメルセデスぐらいには対抗でき、
かつジャガーをベースにすればある程度まともな車に仕立てられそうなディムラーには
今後もぜひ細々とでいいから存続して欲しいなあ、と思うのです。
ディムラーのスリーブバルブエンジンは、世界初の戦車(タンク)にも使われたけれど
パワー不足が仇になってトラブル続きだったようですね。
>>357 イタ車党のエロスパセンセにはブリティッシュリムジンやアメリカンタウンカーは勿体ないです
無理してランチアのリアに収まるか、
さもなくばネタで、センチュリーかZILに押し込められていただきたい
359 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/10/24(水) 06:14:30 ID:bfz8kak/O
デイムラーって、ロンドン・バスも製造してたんだっけ?
↑ダブル・デッカーはBL(ブリティッシュ・レイランド)。 うみゅ、ランチャなら自分でハンドル握ります。 昔のマゼラーティ・クアトロポルテならハンドル握っても後ろでもE鴨。 ビトゥルボ4枚ポルテとか現行4ポルテならこれ股後ろよりハンドル握りたひです。 いっそネタでオナペットの最高級車センズリーとかアカ貴族御用達の汁も一興でせうか。w そのクチならアカシナ貴族の”紅旗(ホンチー)”つう物件もありましたっけ。w
今日、ニッサンGT-Rが発表されました。 クラッチ/ギアボックス/トランスファー/リヤデフを一体化した世界初のトランスアクスル4WDを採用した と広報資料に書いてありますが、本当に世界初なのでしょうか?
>クラッチ/ギアボックス/トランスファー/リヤデフを一体化した世界初のトランスアクスル4WD ならFホイールへの動力はだうやって伝達するのでせうか? まさかペラシャフト2本(に見へる)???w なんだそりゃ?w さう言へばなんか以前ここでそんな技術者のオナヌー的システムつう話題ありましたっけ。 それより何より、せっかくのRなのにヌカGに見へ無ひ。 R34まではヌカGだなぁ、つうのがあったんだけどV35からはそれが無くなってしまった。
>>361 エロスパ氏も言われるように、かなり面倒な取り回しになりそうな構造ですねぇ・・。
確かにそうした例はすぐには思いつきません。・・つか、普通はそんな面倒な事しないでしょうねぇ・・。
>>359-360 正直言ってバスは全く興味の対象外なのですが“Daimler bus”で検索かけると結構いろいろ引っ掛かるようで。
それも意外に最近の物も出て来るということは、大型車部門は乗用車とは別に存続しているのでしょうか?
一度くらいはディムラーでもロールスでも良いですからリムジンの後席にふんぞり返ってみたいもの。
シトローエンDSに有ったパーティション(前後の仕切り)付きの“プレステージュ”でも良いです。
・・このバリエーション、安価版の筈のIDにも何故か有るんですよね。
・・質素なリムジンと言うのもナンだな・・(w
ところで。ロールスロイスと同格か、それに比肩しうる格の高さを持つメーカーというのも、
現代では殆ど壊滅状態ですが、戦前には結構一杯有ったのは誰もが御存知の通り。
英国だけ見ても、かつてはディムラーにベントレー、ネピア、ランチェスターなどが有った訳ですが
そんな中で、あまり知られていないのがオーウェンというメーカーではないでしょうか。
E・H・オーウェンさんという方が率いたと言われるこのメーカーの車、
1921年のモデル“オーウェン・エイト”を例に見るなら、同時期のロールスロイス・シルバーゴーストよりも
シャシー価格で一割程高価な値段をつけた広告が出されていたとか。
残念な事に、私はこのオーウェンという車の実物を見た事は有りません。写真すら見た事は無いです。
つか、この会社が存在していたらしき1899〜1935年という長期間中でも、この会社の車に乗った人はおろか
見たという人すら誰一人としていなかったのだとか・・。
その間カタログだけは常に有り続けたのに、注文を受けた様子も無く(ですから詐欺とかでもない)
それでも社主のE・H・オーウェンさんは実際に自動車を製作・販売したと主張し続けたというこの会社。
ただ人を煙に巻くだけの為の冗談として36年もの間カタログを作り広告を出し続けたというのか?
全く不思議な話ではあります。
GT-Rのそれってどんな構造なんだ…… いずれにせよプロペラシャフトが2本必要になるとしか思われないが…… 車体後部にトランスアクスル搭載だと、メインペラシャは高出力・高回転による振動問題、 前輪を駆動するためのターンのペラシャのロスとか無理が感じられるので、 縦置きFF車同様に一切合切フロントに詰め込んで、後輪は左右独立した2本のプロペラシャフトを装備する、 としか考えられない。しかしそれに何の意味があるのだろう? 或いはガセネタにみんながのせられているのかも知れないが ツインペラシャで思い出すものというと、ヤーノさんの設計したアルファのレーサーとか 飯田三吉設計の丸山車輌ウォーム駆動単端式ガソリンカーとか(それ自動車じゃないだろ!)
なんか勝手に無理な方無理な方へ連想して否定してるだけじゃん。
まさかペラシャフトがコ・アクシャル(同軸)で エソジソからミッションへの入力側がインナーでフロントへのターンがアウターとか?w なんでもやりゃあEってもんでも無ひと思ひますが。w
>>367 意外と常識的、というか構造上これ以外は無理!というレイアウトですね。
せっかくトランスアクスル採用するんなら、直6復活させればよいのに。
>>368 そう言えば“Daimler bus”では当然ドイツ・ダイムラー社の製品ばかり引っ掛かるので
“Daimler londonbus”で検索したのでした(w
ところで。
GT-R自体には興味は無いので特にどうと言う事も無いのですが、新聞の発表記事読んで思った事。
「ミニバン等を中心とする現在の品揃えでは若年層の車離れに歯止めは掛からない為に
スポーツ型の開発が必要とされているという声に応えたもの」
みたいなことが書かれていましたが。
幾ら内容からすれば安価な値段が付けられているとは言え、800万もする車を若い人がそう買えるものでも無し。
結局はアレはイメージリーダー、もっと簡単に言えば釣りの餌。
でも、釣られようにも受ける網が無いのでは何にもならないと思います。
ゴーンさんはGT-Rを見にディーラーに行った人が「GT-Rを作ったのと同じ、ニッサンの車だ」とか言って
ティーダやセレナを買う事でも期待しているのでしょうか?
閑話休題。例によってもっと閑話。
他に誰か興味が有る人がいるのか、全く不明な「あやしい自動車メーカー」の話ですが
私はこういうネタ大好きなのでまだ勝手に続けるつもり(w
先日話に出たイカサマ臭い発明家、E・J・ペニントン氏の特許による車を生産する為という触れ込みで
Auto Car創刊者H・J・ローソン氏が作った“グレート・ホースレス・キャレッジ社”なんつうのは
実は単に一般から資金を集める為だけで生産的な事など何もしないという、実態の無い詐欺会社で
こういうのは洒落になりませんけど。
例えばDunkleyなんつう会社(イギリス)。1899年最初に作ったのが菱形車輪配置(まだ有ったか w)で
他にも街頭のガス管から燃料補給するというガス自動車とか怪しい代物ばかり(w
終いには何を思ったのかエンジン付き乳母車(1923年・どんなのだ?w)
こういうの、画像残っていないかなぁ・・(w
371 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/10/26(金) 06:16:06 ID:Bi19x48nO
外見上、試作車だけ作ったが生産には至らなかったプロジェクトというのも、はじめから資金集めだけが目的の詐欺だったか、区別は困難ですね。 初期の自動車事業に投機紛い・出資金目当てというのが紛れていても、不思議ではない。
372 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/10/26(金) 20:58:24 ID:Bi19x48nO
あ、明日はいよいよ、赤坂ミッドタウンにてクラシックカーコンクール『東京コンコース』一般公開がございます!東京近辺にお住まいの諸兄は足を運ばれ、ご覧になられてはいかがでしょうか。 小生は当日都合がつかず、来年は必ず参ります(ノ_・。)
>>372 う〜む・・お天気悪そうなのと、参加車が今ひとつ地味なのと・・。
デューセンバーグは見たいかなぁ・・それとアトリウムとかに展示されるというアウトユニオンタイプCに
ブリッツェン・ベンツあたり・・。
>>371 まぁ、あやしいメーカーと一口に言ってもタイプはいろいろですが。
ホントに洒落にもならない詐欺会社っつうのも有れば、昨日のDunkleyなんて会社みたいに
直球勝負に出る自信が無かったのか?いきなりナックルボールで行って失敗したみたいなのも有り(w
先日のオーウェンなんつうのは一体何が何やら・・。イギリス人が好きそうな、ひねくれたジョークなのでしょうか。
全く、モンティパイソンじゃあないんだから・・。
あやしいメーカーの有名どころにして、極みと言えばBUCCIALI(ビュシアリ)ではないでしょうか?
元々はフランスの小規模メーカー“ビュック”を経営していたビュシアリ兄弟が
先日無段変速機の話でも触れたサンソー・デ・ラヴォーさんという方と合流する事から生まれた
超高級・大型の前輪駆動車を試みたメーカーですが、生産車の数はメーカー自らの発表でも僅かに38台。
しかし実際に作られたのは更に少なく14台程度とか。・・言う事のなんと6割は嘘という不思議なメーカー。
その内の更に僅かな数がユーザーの手に渡ったとされていますが、
中には直列八気等エンジンを二台積んだ16気筒車“ドゥブル・ユイ”なんつう代物も有り。
しかし近年、放置されたままになっていたその車のエンジンを開いて見たら中には古新聞しか入っていない
単なるモックアップでしかなかったとか・・。
このメーカーの場合は目標は高かったものの、いろんな意味で力不足だったのでしょうか。
僅かな数しか生産車は無いのに計画された車の数だけは矢鱈に多いというのもそう感じさせます。
こうした破天荒な夢を見た末に破滅したメーカーは、程度は違えどもこの時代には他にも多かったことでしょう。
経営が苦しくなりつつあった時期のヴォアザン社が、こうして破滅したメーカーの煽りを受けて
懐疑の目で見られる事が多いようになったというのも、ある意味で無理は無い気もします。
374 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/10/27(土) 08:28:08 ID:TjtPnDeeO
破滅型メーカーといえば、デロリアンなどを思い浮かべます。 GM役員の個人的野心から生まれ、いざベルファスト工場を稼動させたものの、前衛的デザインが理解されず生産も停滞、デロリアン自身の麻薬使用が判明し、あぼーんしました。
375 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/10/27(土) 12:40:11 ID:TjtPnDeeO
訂正 誤)麻薬使用が判明 正)麻薬使用容疑が浮上 スンマセン。
376 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/10/27(土) 19:28:30 ID:gyW7wXDd0
でろりあん、何故にエンジンは慣れ親しんだV8で無くプジョー&ボルボのV6なのか…
377 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/10/27(土) 21:00:15 ID:TjtPnDeeO
いわゆるマッスルカーとは違う、新感覚のスポーツカーを模索したんではないでしょうか。 スポーツカー冬の時代に敢えて新しいコンセプトを提案するつもりだったのが、中途半端な印象を与えて失敗したのでしょう。
378 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/10/27(土) 21:17:37 ID:TjtPnDeeO
このデロリアンの失敗は、北アイルランドへの産業誘致に動いた英国政府や投資家をも巻き込んで大騒ぎになり、開発に関与したコリン・チャプマンを疲労させるなど、まあエライ禍根を残したようです。 そういう経緯も絡んでカルトカーであり続けてます。
PRV、思ふにV8はデロリアン氏の古巣GMを始めビッグ3が供給してくれなかったのでせう。 だいたい円満独立ではなかったやうでもありますし、GM始めビッグ3に反旗を翻した訳ですから。 一方で今年夏あたり、だうも名跡を継ひで復活させる計画もあるさうですが これ股それこそ怪しげな集金ドロン会社のやうにも思へますし。 その手のビッグネームのブランド権を獲得して怪しげな商売っつうパターンは あらゆる業界にある訳です、アテクシぢつはブガッティもそのクチと思っております。 VWもかういふいかがはしひ商売に手を染めてだうするのかと思って見ております。 歴史的に何の脈絡も無く復刻されたブランド名なんつなだうにも信用なりません。 時計で言へばブランパンとかペルレとかね。w ブレゲもそのクチに近ひけど、 まぁ完全に途絶では無ひとして良しとしてあげやう。w
デロリアンはアメリカ車でしょうか。 前スレで「アメリカ車のエンジンを積んだ欧州車」はあるが、その逆はないという話がありましたが デロリアンがアメリカ車なら「欧州車のエンジンを積んだアメリカ車」ということになりますね。
MVアグスタと言えば、1974年のロードレース世界選手権最高クラスのチャンピオン・メーカーですが それ以来、昨年まで日本メーカーがチャンピオンを独占していましたね。 しかし今年ついに、33年ぶりに日本メーカー以外がチャンピオンになりました。 やったね、ドゥカティ!
デロリアン、中心となった元GM副社長ジョン・Z・デローリアン氏という方もかなり癖のある人物だったようで、
独立の際してはエロスパ氏も書かれたように、結構軋轢も有ったようです。
アメリカ製のV8を採用しなかったのにはその辺の事情も有ったのでしょうが、純粋なリアエンジン車ですので
重量配分も考慮した面も有ったのではないでしょうか。
また
>>377 さんが書かれた事とも重複する事かも知れませんが、
この会社の当初の目標は年間二万台の生産にあったとかですので、
イタリア製のGTやスイスのモンテヴェルディみたいな車にはしたくなかったことでしょう。
そう思うとデロリアン、後のチ・ゼータとかよりも戦後間もない頃のタッカーの系譜に連なる会社と言えるのかも。
それにしても。タッカーはそのまま映画の題材になりましたし、デロリアンは映画の小道具として有名ですし
ハリウッドの人って、あの手の破滅型メーカーやその車が好きなのでしょうか?
第二次大戦後になると、人もさすがに賢くなったかペニントンクラスのいかがわしさとかは見られません。
一般投資家を巻き込んでの詐欺事件つうモノは何時の時代にも絶えませんけど、
ペニントン型のやり方では、もう人は騙されなくなってしまったようです(残念に思っているみたいな書き方w)
だからと言って、真面目にコツコツとやっていれば何時かは良いことが有るとは限らないという事を知らされる
自動車界とは非情な世界でもあります。
下位に低迷したまま、何時の間にか消えたレーシングカーなんてのも一杯ありますし、
ロードカーを作る一方でGPにも参加したは良いものの、レースでも結果は残せずに生産車も売れず、
何時まで経っても駄目なまんまで終わったなんて悲惨な会社も有ります。
「何も良い所がない車というのも、また珍しい」だの「そういう車も有った」だのと
現代の文献の中では一言で片付けられてしまう会社というのもまた悲惨なものでしょう。
下級フォーミュラでの実績も無いままにトップカテゴリーに参加して、下位を低迷するばかりのあの会社が
いつの日か「そんな会社も有った」と一言で片付けられてしまうことは、まぁ無いとは思いますが・・。
まぁ”あの会社”はチョーセン的な体質ですから。w 学名”parassitanum coreanum”(アテクシ命名、和名はご存知の通り)つう生物がゐますが あのクチで生き延びやうとするんでせう。w
387 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/10/28(日) 06:36:12 ID:FhRzsHwIO
ううむ、エロスパ氏や逝ってる氏のご指摘にあるような、業績不振の復刻メーカーでGPにも参入したが思う結果が出ていないところが思い浮かびましたぞ。 NL国の○パ○カー!
388 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/10/28(日) 06:54:59 ID:FhRzsHwIO
第二次ブガッティも派手に資金を使い、ロータスにさえ手を伸ばしながら、デロリアン並の破産を遂げたのは記憶に新しいです。 一方、元クライスラーのV・エクスナーが手掛けたネオ・スタッツなどは、この種の事業としては珍しく20年近く存続しておりまする。
389 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/10/28(日) 08:58:35 ID:FhRzsHwIO
スタッツが80年代後半まで辛うじて存続したのは、 @始めから銀行家が経営権を握っていたこと Aアメリカの富裕層の中にケバ豪華でベラボウな車への需要がまだあったこと BGM既製のV8やシャーシをうまく調達できたこと 以上が考えられます。
デロリアン、本社はデトロイトだからアメリカ車じゃね?
>>380 つナッシュ・メトロポリタン(オースチン)
つAMCイーグル・プレミア(ルノー)
>>381 あれ、復帰してから4年くらいでコケて今は別会社に商標が渡ってます。
来年モデルの予約を募ってるけどまたコケそうな予感も。
392 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/10/28(日) 22:38:21 ID:FhRzsHwIO
現地の会社が当地仕様のものを独自に製造すればその国の車になるかもです。 ただデロリアンの場合はアメリカの会社が英国政府の工場誘致に乗っただけなので、うーん、アメリカ車と考えるしかないですね。なんとも無国籍な感じが否めませんけど。
>>390 Nash Metropolitanはたいていの人が思いつくんだけど
英国生産だからなぁ・・・
「欧州製エンジン積んだアメリカ車」って、前スレでナッシュ・メトロポリタンやクライスラー300Cが 話に出た時に一緒に出た話ですよね。 「そっちはない」って話にはなってましたっけ? スパイカー(あ、書いちゃった w)って、名称を復活させてレースにも出て。 或る程度知名度が上がったら売り払って商売しようと考えているのではないかと思う事が有ります。 まぁ、儲けが出るのかどうかは知りませんけど。 GPチームの方は他から設計を買う事が可能になる一方で新規の参戦には規制が掛かるようになるそうですし、 今の内に参戦しておくと、チーム売却で商売が出来そうな気配も有るとか聞きましたし。 買い手次第では結構良い商売になるのでしょうか? それにしても、あんな調子で下位に低迷するばかりでは(トヨタもそうですが) 却ってイメージダウンなのではないか?って余計な事も思いたくなるところですが・・。 ヴィンテッジ期迄のフランスにRolland-Pilain(ローラン・ピラン?)というメーカーが有って。 創業は1900年代と結構古いのですが、レースには結構熱心だったようで結構様々な車で出場しています。 技術的には結構面白い試みをしていたようで、 22年型のGPカーでは四輪ブレーキ(前は油圧で後ろは機械式というおかしな二系統)とか 23年型ではバルブレス(スリーブバルブの模様)エンジンを試みたり。 結果は全く伴わず、完走すらままならぬという具合。24年からはスポーツカーレースに矛先を変え ルマンに出場するも、初年度に6位入賞したのが最高で後は全く奮わず。 こんな調子であっても一応は31年頃まで存続し、市販車の方も多少は売れて商売になったそうですから やはり「レースに出ている」という事は結果はどうあれ一応の広告効果をあげたのでしょうか。 今のトヨタもGP参戦効果なのか欧州でのシェアは上がったそうですから、 アチラの方って、結果には拘らず敗者にも優しいところが有るのかも知れません。
逝ってるは最近の状況に疎いな スパイカーチームはとうに売却済み
ちなみに新オーナーはインド人 新チーム名はフォースインディア
ちなみにミッドランドから買った値より インド人に売った値のほうが大きいから 損はしていない
ちなみにドライバーはまだ未定 左近はたぶんクビだろう
ちなみにエンジンはフェラーリのまま
ちなみに400ゲト
402 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/10/29(月) 07:33:51 ID:oLjCU/96O
まあ、泥沼にはまる前に足を洗えてよかったですね。あるいは投資活動・資金捻出のためのF1参入だったのでしょうか。 小メーカーがF1に参入するなら、自社商品の販売促進のためという半端なものではなかなか難しいようですね。
403 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/10/29(月) 07:49:46 ID:oLjCU/96O
フェラーリみたいに、F1で勝負を続けるために市販車を売る、くらいの覚悟がなければ、スポーツカーレースで留まっていた方が賢明なのでしょうか。
セカンドカテゴリーでトップ争いするよりも、トップカテゴリーに参戦(結果を問わず)する方が スポンサー効果は高いそうな。
405 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/10/29(月) 21:15:28 ID:oLjCU/96O
スパイカーの社主ビクトル・ミュラー氏はジョイント・ベンチャー系の起業家(このコトバにも今や胡散臭さが付き纏いますなあw)だそうですが、メーカーとして戦略を欠いたままF1参入した観が否めません。 やはりローソンやシムス同様の輩なのでしょうか。
>>395 イギリス車なんか1940年代までロールスロイスを含めて
ブレーキがフロント油圧、リアはメカニカル、ってけっこうあったと思うが。
・・今回はこのスレとしては久し振りに600レス超えるかも・・
一時期は一週間くらい私一人で書き込んでいた事も有ったことを思うとかなりの活況(w
>>396-401 そりゃまた失礼。
まぁ、スパイカーの場合は最初から数年で売却するだろうと見られていたようで、予定の行動だったのかも。
しかし参戦する権利の売買がビジネス化するというのもねぇ・・。
>>406 ロールスロイスのブレーキはシルヴァーゴースト最後の年1925年から66年のシルヴァークラウドVまでは
有名なイスパノ・スイザ特許のメカニカルサーボだった筈。
しかしステアする前輪にのみ油圧という例は如何にも有りそうなので、その辺は近く調べてみたいところ。
ところで昨日触れたRolland-Pilain(ローラン・ピレーンとかローランパランとか、本によって表記まちまち)
例によって書いてから調べる悪い癖(w)で、幾つか資料を漁ってみると、
1923年のGPカーはDOHCデスモドロミックであり、サン・セバスチャンGP(スペイン)では1〜2位を独占したと
書かれている物も有り。どうもこちらの方が正しいようですので訂正しておきます。
デスモドロミックというのも以前少し話の中に出かかりましたが、いろんな形式が有るモノで
押す側と引き抜く側との両方のロッカーアームを持つものだとか、バルブの頭が環状に加工されて
中でカムが回転する方式とか。
また、スリーブバルブだって一種のデスモドロミックと言えなくも無い訳ですが、
まぁそういうのは別としても皆一括りに“デスモドロミック”の一言で片付けられている例が殆どみたいです
それぞれがどのような仕組みであったのかと、もう少し詳しく知りたいと思う事も暫し。
もっとも、バルブスプリング素材の発達等でバルブサージングの恐れ無く高速回転が可能となった現代
あんまり必要が無くなった技術のようではありますが。
>>407 > しかし参戦する権利の売買がビジネス化するというのもねぇ・・。
それが理由なのかどうか、近年はチーム名がコロコロ変わるF1コンストラクタ−が少なくないです。
例えば「ティレル→BAR→ホンダ」とか「スチュワート→ジャガー→レッドブル」などです。
それにしても件のコンストラクタ−は、たった2年の間に何回チーム名を変えているのやら。
「ジョーダン→ミッドランド→スパイカー→フォースインディア」と冗談にもほどがあります。
それがビジネスの為だとしても、ちょっと呆れます。
410 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/10/30(火) 20:38:07 ID:58gIy3qfO
それはF1ビジネスが土地転がしみたく虚業のネタと化しているんでしょうね。 BRICsやらドバイやらが台頭してから一段とそういう傾きが強くなっているのではないでしょうか?
>>408 昔、雑誌か何かでいろんな形式のデスモドロミック見た事が有るのですが、やはり実用化されたものというと
カム形式は様々でもそういうダブルロッカーアーム式(そんな言い方が有るならば w)しかないのでしょうか?
こうして見ると複雑さ故に却って回転は上がらないような気がするのですが、
案外これって昔は良く聞かれたバルブスプリング折損トラブルの対策の意味の方が大きかったのかも。
固有振動数とか難しい事は良く判りませんが、サスペンションの話でも出たように
昔はコイルスプリングの信頼性が低かったようですし。
>>409-410 考えてみると、現在F-1に参戦しているチームでフェラーリに次ぐ歴史を持つのって、
私の中では新興チームの印象が抜けないウィリアムスなんでしょうか。
マクラーレンは60年代後半から参戦しているとは言え80年代にロン・デニスのプロジェクト4に
乗っ取られているみたいなものですし、ホンダはマクラーレンよりも数年早く参戦したとは言え
空白期間が長く、今のチームは
>>409 さんの書かれたようにティレル→BARの流れですし。
またフェラーリよりも古い歴史が有るルノーにしても、今のチームはトールマン→ベネトンの流れ。
メルセデスはエンジンのみなのでカウント出来ず。
別に「昔は良かった」なんて事を思う訳でもありませんし、またそう言える程昔を知っている訳でもないですが、
秘密主義で毎年の車の進化も良く判らず、また目に見える部分での大きな進化も少なくなった今のF-1では
その仕組みが目で見て理解出来ないと面白くないと思う私のような(一種子供じみた)者には
何処が勝とうと興味を持ち難いところがあります。
やはり“グランプリ・レース”と言うのは、血のように赤いアルファ・ロメオと冷たい銀色のメルセデスが競い合う
そんな組み合わせこそがロマンチックと言うものではないでしょうか?
・・そんな事を思うのは私だけで、普通の人(?)はこの組み合わせは
「少し昔のDTMみたいだな」とかって思うのでしょうね(w
>>411 > こうして見ると複雑さ故に却って回転は上がらないような気がするのですが、
今年のモトGPチャンピオン・マシン「デスモセディチGP7」を見れば、その心配はないでしょう。
それどころかパワーが有り余り過ぎて、コーナー立ち上がり時のトラクション問題が出る始末。
その対策の為に敢えて不等間隔爆発にして、パワーを断続的に出るようにしていたそうです。
それにしても、チャンピオン・マシンをそのまま市販車「デスモセディチRR」として発売するとは驚き。
価格はなんと5万ユーロだそうです。
>>412 それはまた、随分と消極的なトラクションコントロールですね(w
すると、少なくともデスモにしたデメリットはほぼ無いと思っても良いのでしょうか。
通常のバルブスプリングを用いていても高回転が可能な今。逆にメリットは何処にあるのでしょう?
バルブスプリング無ければカム軸は軽く回るでしょうから幾らかは損失減るのでしょうか(??)
あと、考えられるのはバルブリフト量が大きく取れるとか??
まぁ、素人の下手な考え休むに似たり・・。
で、またもや下手な考えかも知れませんけど、近代F-1の始まりを何処に考えるかというのも
結構複雑なところも有るようで、一般にはドライバーズ・チャンピオンシップの制度が出来た
1950年とするところが多いようですが、その年の車両規則は47年から続いていた
過給1.5リッター無過給4.5リッターのままでしたし、47年から既にフォーミュラ-1と言う言い方は有ったとか。
ですのでこの47年を始まりとする見方も有るようです。
とは言え・・まだ選手権シリーズってモノが始まったばかりのこの時期は変なところも多くて
例えば50年のシーズンは何故かインディー500も選手権に含め、そこには欧州勢は全く参加無し。
当時のインディーの規則がF-1に近かったこの年と翌年まではまだ判るにしても
選手権がF-2にかけられた52年〜53年のシーズン以降(60年迄)は全く何故インディーが
選手権シリーズに含まれていたのか、今の感覚では全く判りません。
こうした混乱期は、まだF-1前史とか序章と考える方が自然と考える人も、恐らくいるのでしょう
結局欧州勢が戦後のインディーに勝利するのは65年のロータス/ジム・クラークまで有りませんでしたが
この時には既にF-1選手権とは全く無縁の存在。
その数年前から参戦を続けていたクラークでしたが、その為にF-1選手権レースは欠場しています。
戦前にはプジョーやドラージュ、メルセデスなどがインディーに優勝していますから
この時期(50年代)が、もっとも欧米のレースシーンに距離が有った時代だったのでしょうか。
>>413 > こうした混乱期は、まだF-1前史とか序章と考える方が自然と考える人も、恐らくいるのでしょう
コンストラクターにタイトルが制定される1958年までは、序章だったのかも知れませんね。
そう言えば今年のF1は三つ巴の末、僅か1ポイント差でチャンピオンが決定したそうです。
そこでふと思ったのは、もう1戦あったらチャンピオンは別の人になったかもということ。
今年は全17戦でしたが来年は全18戦ですから、年によってレース数が変わるのは如何なものかと。
415 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/11/01(木) 07:43:01 ID:hT0sXrcWO
蛇足ながら、過去のSCGのクレマンタスキーの写真の中に、インディーカーのなんたらスペシャルが遥々新大陸よりイタリアに遠征に来た時のものがあった覚えが…。
416 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/11/01(木) 20:14:17 ID:hT0sXrcWO
あれぇー、今月発売のSCG、内容予告マダぁー?
>>416 編集後記の頁に休刊のお詫び記事有りました。
これについては言いたい事、愚痴りたい事有りますが、また後ほど。
また
>>415 の写真についてなのですが、クレマンタスキー氏の写真特集記事は見た記憶が有りますが、
どの号でどんな写真が有ったか?迄は記憶に有りません。
アメリカ製フォーミュラカーが戦後初めて欧州に挑戦したのは1960年、このスレでは何度か話に出た
ランス・リヴェントロウのスカラブだったと思い込んでいましたので、大変気になります。
1951年迄はF-1は過給1.5リッター無過給4.5リッターで、同時期のインディーも4.5リッターが上限、
四気筒DOHCのオッフェンハウザーが全盛でしたからこの時期かと思いますが
簡単に調べがつく50〜51年シーズンにはそうした記録は見つけられませんでした。
詳しいことを思い出されましたら是非教えて下さい。
>>414 年間のレース数もさることながら、得点のルールが変更される事の方が大きいと思います。
年間レース数の方は、むしろ通算勝利数などの記録に与える影響の方が大きいかと。
ちょっと80年代迄の得点ルール(一位9点二位6点三位4点以下3・2・1点で七位以下はノーポイント)で
今年の上位三人を計算し直すと(ヒマな人 w)
年間一位のライコネンは総合110点獲得でしたが昔のルールでは78点、
二位のハミルトンは109点が83点、三位のアロンソは109点が81点となり、ハミルトンが王座に輝きます。
しかし「ベスト12戦の得点のみを有効とする」というルールが有った時だったならば
ハミルトンは四勝、二位五回、三位三回までで12戦になりますので四位一回と五位一回の計5点が無効になり
この方式では得点を損しないアロンソに逆転され、アロンソがチャンピオンとなるという具合。
まぁ、戦う過程で得点計算はしない筈は無いのであんまり意味は無いでしょうが。
418 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/11/02(金) 04:29:46 ID:ZPa6A+q2O
あ、そやったんですか。 それは大変残念なことではありますが、まあ、そんでも一回目の休刊から4年ぶりに復刊して、36号から50号までなんとか続いたのはたいしたもんですわ。 復刻版名車やないけど、二回目の復刊を期待しませう。
419 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/11/02(金) 04:48:44 ID:ZPa6A+q2O
とりあえず、昨日のインディーカー?の件、後程ご報告いたします。 とりあえずは、本スレが当該誌の2ch上逝ってる氏主筆の気ままな私家版も兼ねるという理解でw、小生も携帯から勝手に投稿か寄稿しますんで、(^-^)/
つ ID:ZPa6A+q2O 503 :名無しさん@そうだドライブへ行こう:2007/11/02(金) 04:53:22 ID:ZPa6A+q2O SUPER CG あぼーん。
>>420 > SUPER CG あぼーん。
深夜にもかかわらずあちこちに書込むZPa6A+q2Oさんは、スーパーCGの廃刊が余程残念なのでしょう。
それにしても近年の二玄社はつまらない雑誌が増えました。
むしろ助六やらスティーレやらを廃刊にしてでも、スーパーCGを残すべきですよね。
廃刊→休刊orz
二玄社は「世界の自動車」シリーズを完結させる気は・・(今更無理 w)
>>419 あんまり持ち上げられても・・みたいなところは有りますけどね・・。
それと、次スレからは他スレでリクエストされたこともあり、
昔、今はパチンコ攻略本ばかりの白夜書房から出ていた某エロ雑誌の私家版に衣替えする予定(嘘
さて、時間が取れたら自分でもそのインディーカー(?)の写真は捜してみますが、
この手の記録を捜すのは結構難しいところもあるでしょう。
その理由の一つに、昔は選手権シリーズに含まれないF-1レースが存在した事も有ります。
所謂ノンタイトル戦と一括りにされる物で、中では70年代終わり頃まで英国で開催されていた筈の
“Race of Champions”が有名でしょうか。
今も同名のイベントは存在しているようですが、全く内容は異なるようです。
また英国国内シリーズのF-1戦というのも70年代くらいまでは存在したようで
世界選手権で使用された1〜2年落ちの車の再利用先になっていた様子ですが、
こうしたレースの記録をこちらで捜すとなると中々難しいところが有ります。
この英国国内レースは現代でも行われているヒストリックF-1と同様に“F-1の記録”とは別物として
扱うのが通常とされているようですが、何かにつけてプライド高い(らしい)英国人達の中には
上記レース・オブ・チャンピオンズのような、英国で行われた非選手権レースも
一応はF-1の記録として扱っている方もいるようです。
(勿論GPシリーズ戦の記録とは混乱しないように分けられているようですが)
ですから、例えばグランプリ・レースでは77年に一勝を挙げたのみの筈のシャドウも、
彼らによれば「F-1での初勝利は75年のレース・オブ・チャンピオンズ」とされていたり。
しかし「へぇ・・。そうなのか」と思って調べてみると、この年のそのレース、実はF5000との混走だったり。
これは厳密な意味で“F-1レース”と言って良いのか?と、ひねくれ者の私は考えます。
よくまあ他スレでのカキコを見つけましたねえ。 見つけられた方は、小生の行動パターンをよくお見通しか、或はお暇だったのかと、お察しいたします。 朝の4時頃って深夜かというと? 逝ってる氏の告知に衝撃が走ったのは確かですが。
426 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/11/03(土) 03:22:16 ID:x2HNE1n7O
確かに最近同社の雑誌数がやたらふえたのが気になるのは確かです。 闇で、傾いてるんかなあ、とも勘繰りたくなります。毎号楽しみにしていた方も同様の受け止め方をされていると思いますので、経緯説明と掲載予定だった内容の別途公開を求めたく。
先般、カキコしました米インディー勢のイタリア遠征の件ですが、TWO WORLD TROPHY(別名モンザナポリス、モンザ500)という名前で57年58年にモンツァで開催されました。 詳しくは SCG NO.40の78〜81頁までをご参照くらはい。
この件にかかり小生は、クレマンタスキ氏の撮影と申していましたが、正しくはピーター・コルトリン氏によるもので、後にクレマンタスキ・コレクションに所蔵されたというものでした。 スンマセン。
昨日書き込んだ後で思ったのですが、昔はF-1が他のクラスと混走するレース自体は珍しくなく
60年代頃まではF-2のレースと同時に行われる事も有ったようです。
これは参加車両が少ないと見る側も面白くないだろうという配慮によるものなのでしょう。
また、雨の中で行われたレースで若き日のジャッキー・イクスが
非力なF-2を駆りF-1の群れの中を快走した等例外は有りますが、
幾つかのクラスのレースが同時にスタートするスポーツカーレースのような発想であり
昨日書いたF5000が混走した“Race of Champions”と同様に考える事は出来ないと思います。
>>427-428 有難う御座いました。インディーカーが欧州のレースに出場したという訳では無く
単発のイベントだったようですね。
60年代に日本で開催された“日本インディー”に近い(ただし欧州車も出場可能)ような物だったのでしょう。
早速、その記事を読んでみましたが、どうにも判らないのが欧州車に示されたレギュレーション。
51年迄の4.5リッターフォーミュラで用いられたエンジンを流用した車とか、二座スポーツカーとか
いろんな物が出場しているみたいで訳が判りません。
レースの方は遠征のアメリカ勢が1〜2位を得たとかですが、そういう具合ですから欧米の力量差を
正確に反映した物とは言えないでしょう。
インディーカーの規則の変遷は詳しく知りませんが、
この58年頃というとエンジンは252Cu.in(4133cc)NAの“オッフェンハウザー”が全盛で
シャシーの方はやっと前後共横置きリーフとラジアス・アームで吊った固定から脱却し始めた頃。
30年代に既にメルセデスやアウトユニオン等四輪独立懸架のGPカーが走っていた欧州と比較すると
かなり遅れていたと考えざるを得ないところ。
実際にこの時期にも後輪は固定懸架の車も多かったようですから、
この記事にも何度か書かれているモンツァの荒れたバンクでは酷く飛び跳ねて
エンジンパワーを有効に使えなかった出場者も多かったものと思われます。
>>425 > 朝の4時頃って深夜かというと?
はい、午前4時台は深夜です。
その証拠に、労働基準法に深夜は「午後10時〜 午前5時」と規定されています。
尚、この時間に労働した場合は、通常の労働時間の賃金の2割5分以上の割増賃金が支払われます。
>>425 少なくとも私は午前4時台は深夜だと思いますが、そう思わない人がいても構いません。
人それぞれ時間に対する観念が異なるのは、むしろ当然のことでしょう。
ですからZPa6A+q2Oさんが「朝の4時頃って深夜かというと?」と疑問に思うのは理解できます。
ところで、メール欄に文を入力するのは何故ですか?
432 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/11/04(日) 07:14:53 ID:3RNgWGMyO
カキコした文のタイトルとか頭のコトバを入れるところがどうしても欲しくなっただけです。 あきませんかねえ…。
↑ PCではメール欄にカーソル合わせないと何が書かれているのか判らないので“??”となるというだけで
別に不都合とかではありません。
インディーカーの規則の変遷が分り難いというのは、
勿論欧州のGPレースに比較すれば資料が少ないからですが、規則そのものが複雑なこともあります。
単に何cc以下、または過給は何cc無過給は何ccと規定されているだけならば話は簡単なのですが
シリンダーの数によっては規制が緩かったり、DOHCとプッシュロッドOHVで制限が異なったり。
様々な参加者を広く集めるのが目的なのかも知れませんが、
それらの全てに公平な勝機を与えようとして無理のある規則になっている事も多いようです。
インディー・カーの規則が幅広い車種の参加を認めていることから出場出来た変り種として、
良く知られているのが60年代に活躍し、優勝一歩手前まで行ったガス・タービンエンジンでしょう。
この車とかタービン・エンジン車の話は近い内に触れてみたいと思いますが、
一体この時期に規則上タービン・エンジンがどう扱われていたのかは不明なところも多いのです。
66年に登場したSTPタービンカー(子持ちシシャモみたいなアレ w)
http://www.autodrome-cannes.com/indy67_grid_parnelli_jones.jpg この時にはエア・インテークの面積で規定されていたそうですが、
その面積というのが一体何を根拠に定められていたのか?と言うと、よく判らないという具合。
恐らくは同時期のレシプロエンジン車との比較から決められたのでしょうが、
そうやって実力を推理すること、それ自体に無理が有ったと思うのです。
戦前からこうした傾向は有って。1927年に自らの自動車会社を売り払って
インディアナポリス・モータースピードウェイを買収した第一次大戦の撃墜王エディー・リッケンバッカーは
1930年に実用エンジンの参加を目論み過給2.5無過給6リッターという規格を作ったそうですが
その時期に最も成功したのはミラーの直4-3.6リッター。
規格作りで失敗して混乱期にあったそうですが、何でこの大きさのエンジンが成功したのか?
細かく規則を調べない事にはまるでサッパリではあります。
>>417 > ちょっと80年代迄の得点ルール(一位9点二位6点三位4点以下3・2・1点で七位以下はノーポイント)で
> 今年の上位三人を計算し直すと(ヒマな人 w)
その当時は7位と8位は0点でしたが、現在はそれぞれ2点と1点ですからね。
順位の価値がその時代によって変わるのは、何か理由でもあるのでしょうか?
中島悟が中島一貴に「お前のデビュー戦は10位だったが、俺は7位だったぞ」と自慢したそうです。
すると中島一貴は「今のF1の10位は、昔の7位よりすごいよ」と言い返したとか。
中島→中嶋orz
>>434 得点ルールが変った時って、何がありましたっけ?もう忘れちゃいました。
今の10位と昔の7位。スタートする車の数は昔の方が多くとも、完走率は今の方が高いだけに
そう言えない事もないのでしょうけど、さて、どんなものでしょうか?
>>436 前輪ブレーキ付きというのはリッケンバッカーがアメリカ初という訳ではなかったのですから
余計にそう思います。この人やメーカーの事も、もう少しちゃんと調べてみたいもの。
ところで。
タービンエンジン車の話に行こうかと思ったのですが、その前に一応時事ネタでモーターショーの事など少し。
WebCGでモーターショーの話題など見ると、話題別のアクセス数から見た人気記事は
1位〜10位まで全てコンパニオン関係(w
http://www.webcg.net/WEBCG/autoshow/2007/tokyo/carscope/companion/index.html ついでに、先日物持ちが良い知人から10年前の雑誌「モーターファン・別冊1997年東京モーターショー完全速報」
というのを頂いたのですが、先週の競馬新聞見ているみたいにつまらないので
処分する前に、そこからスキャンした当時のコンパニオン記事(w
http://lint.s1.x-beat.com/up/img/up12156.jpg ナンだか今の方が地味で、不健康に痩せている人が多いみたいな気がします。
先日も他でちょっと書いた事ですが。以前見に行ったパリ・モーターショー
(今は正式にパリ・サロンという呼び方は用いられていないようです)にもコンパニオンはいましたけれど、
普段ディーラーにお勤めの方がそのまま来たみたいな感じで、
パンフレット渡す合間に、テーブル下に置いたお菓子を口に運びながら仕事していました。
それにしてもモーターショーと聞いていつでも思う事。
1955年10月6日、他のあらゆる車を時代遅れにしたDS誕生の瞬間。その興奮の中にいたかった。
439 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/11/06(火) 05:42:51 ID:jcByi4ndO
キャバクラやピンサロで東京モーターショーのコスチュームをリサイクル使用したらウケると思うが。
ダメですよ、こーんな変態客ばっかり集まっちまいますぜ。
>>437 その興奮の中にいた人は相当逝ってるぞwww
>>438-439 前に何度か
「もしもこの自動車メーカーの名前をパクった風俗店が有って、在籍嬢の源氏名がモデルネームだったら」
ってネタが有りましたが、その線でチェーン展開出来そうですね。
とりあえず近い内にアキバ辺りに第一号店出店。店の名前は「Volvo」あたり。
あの辺には“C30”とか“V70”みたいな源氏名に興奮する若者がいそうな気がする(バカ w)
何故、モーターショーに行くのか?
その理由は人それぞれでしょうが、私の場合やはり一番興味が有るのは近く発売される新型車です。
今回の東京では、そうした車の目玉と言えばニッサンGT-Rなのでしょうが、
私の好みからは外れますし、内容的にも誰も予測出来なかった新機構が有る訳でも無し。
それ程見たいとも思いません。
デザイナーの夢のような外観に技術者の夢のような内容が詰まり、それが複雑に絡まって
一つの車として結晶したDSのような車が誕生する瞬間。一度はそんな興奮を味わってみたいもの。
モーターショーと聞く度、いつでもそんな淡い期待が脳裏に浮かびますが、毎回儚く消えます。
やはりDSはあらゆる意味に於いて夢の車なのでしょう。
似たような事を、かつてSCGで1961年のF-1ワールドチャンピオン・フィル・ヒル氏が書いておられました。
この方の場合「その場で興奮を味わいたかった」場面とは1924年リヨンで行われたACFフランスGPだそうです。
このレースこそ正に自動車レース史上最も重要な物と言っても良く、
アルファ・ロメオP2が初めてGPと名の付くレースの登場した日であり、ブガッティT35のデビュー戦でもあり。
そしてドラージュ2LCVにサンビームにフィアット。アメリカからもミラーが参戦という豪華な顔ぶれ。
フィル・ヒル氏はさすがに元ワールドチャンピオンらしく
「もしもあの場に居合わせたらなんと幸運だった事か。あのレースにもしドライバーとして参加出来ていたら・・」
と書かれていますが、其処まで夢想出来るだけでも羨ましいというもの(w
443 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/11/07(水) 20:03:48 ID:TiNXcV4WO
ジェンセン本を見たら、70年代の東京モーターショーの、ジェンセン・インターセプターの(つまりはコーンズの)ブースはウルトラ警備隊同然のミニスカ・コスプレだったわ。 ただし、今時のRQやらキャンギャルより遥かに お嬢さんなんだが。
>>442 > デザイナーの夢のような外観に技術者の夢のような内容が詰まり、それが複雑に絡まって
> 一つの車として結晶したDSのような車が誕生する瞬間。一度はそんな興奮を味わってみたいもの。
当時としては確かにDSの外観は夢のようでしたし、独創的なサスペンションもまた然り。
けれども車の肝であるエンジンはどうでしょう?
パリに舞い降りた宇宙船には到底不釣り合いな、ガサツで古めかしいシロモノでしたから。
こういうのを「画竜点睛を欠く」と言います。
>>444 いやいや、小さいけど一応点睛だったと思う
確かに古い4気筒だけど、頑張って改良して
ヘミヘッド・クロスフローの2ステージキャブレター付きに改良してあったんだから勘弁してやれ
ワルテル・ベッキアも頑張ったのだ
だいいち、量産車に計画通りの空冷フラット6なんか積んでいた日には、
どんな恐ろしい結果が待っていたか想像も付かない・・・
447 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/11/08(木) 06:57:25 ID:OYtzoty4O
そう、オートクチュール婦人服やワンちゃんもつくいうのがミソですね。 そこらへんは初期のSCGのフランス車特集号で詳しく解説されておりまする。
448 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/11/08(木) 20:10:25 ID:OYtzoty4O
極めつけは、ヴォアザンやブガッティへの各カロスリーによる架装ボディー上に婦人服の色調・文様を施すというもの。 いまではごく当たり前のアパレルと自動車のジョイントの早期の例といえます。
>>413 > それはまた、随分と消極的なトラクションコントロールですね(w
いいえ。むしろ積極的なトラクションコントロールと言うべきでしょう。
スロットルを閉じたり、遅角させたり、ブレーキ制御などの一般的なトラクションコントロールでしたら
当然パワーダウンします。
けれども不等間隔燃焼の場合は、パワーダウンがまったくないのです。
まさに理想的なトラクションコントロールなのですよ。
もっともエンジンの耐久性に悪影響がありますが。
近年のモトGPでは不等間隔燃焼が常識だそうです。
今月のレーシングオン誌12月号の48ページにそう書いてありました。
みゅ、ちなみにフェラーリV8の左右のバンクのカムプロファイルは意図的に左右不均等です。 理由はこれ股意図的にトルク変動させトラクションを確保する為ださう。 アテクシ日々乗ってて思ふのですが、アテクシ馴染みのあった日産直6あたりとか 盗用多1G、BMW大小6発などの直6に比べ4発とかV6ってな非常にパンチの効ひた加速に感ぢます。 まぁゐるゐろ理由はある訳ですが そのひとつに4発やV6のトルクの出方が直6よか断続的っつのもあるかなぁ、 と、思ふのです。
>>449 成る程。それにしても不等間隔燃焼が(特に高回転時)実際に駆動力へどう影響するのか不思議な気はします。
その辺も判り易い説明とか捜してみたいですが・・このスレやっていると宿題ばかりが増えて行くなぁ・・(w
>>448 ムシュー・ヴォアザンは自らショーモデルの外装全体にタータンチェックを施してみたりと、
そういうお遊びは結構お好きだったようですね。現代のしましマーチなんかメじゃないってところでしょうか。
アールデコ期にコンクールのお遊びが盛んになった理由の一つは(逆接的な言い方ですが)
大衆車の隆盛にもあったようで。
モーターショーを大衆車に乗っ取られ、多くの庶民が押し寄せるようになったのが面白くない富裕階級が、
庶民達の手の届かないところに避難したように考える事も出来るようです。
それ以前、初期の自動車ショーというと、自動車そのものが貴族の遊び道具に等しかった時代でしたので
貴族他の富裕階級の社交場という側面もあったとか。
後のコンクール・デレガンスの雰囲気漂う優雅な場所であったことでしょう。
パリ・モーターショーが“パリ・サロン”と呼ばれる事が多いのはその名残りで、
世界で最も歴史の長い自動車ショーであることから、初期の華やかさとか“お高くとまった感じ”への郷愁や
ほんの少しの皮肉も混じってのもの。
実際には初期には"Salon”と呼ばれていたのが、今では正式には“Expo”となっているのですが。
先日書いた1955年10月6日、DSが誕生した瞬間のように“自ら体験したかった”というのとはちょっと違いますが
世界初の自動車ショー・1898年のパリ・サロンの詳しい様子というのは大変興味が有ります。
出展車達ってのはきっと面白かった筈。
1898年というと、まだ先日もふれたインチキ臭い“発明家”E・J・ペニントン氏のような人も結構いた筈で
後に大きな影響を与えた発明と一緒に、訳の判らない代物も並べられていたことでしょう。
なにしろレースならば走れないことには話になりませんが、ショーならば並べて置くだけで良く
あとは弁舌とそれらしき模型の出来次第。
もしも「第一回サロン・ド・ロトモビル完全速報・徹底ガイド」ナンテいう雑誌でも有ったら是非見たいもの(w
”レトロモビル”自体胡散臭ry・・・。w
KR250 は、同爆直列2気筒でGPを席巻したのだなぁ。
455 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/11/09(金) 07:43:24 ID:0I3S+n7FO
レトロモビルは縁日の見世物同然ですね。胡散臭いと分かっていながら、なぜ人は集まるのか? コンクール・デレガンスに出展される車両さえ、同じシャーシ番号の物が同時に別の場所にもあったりして。
456 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/11/09(金) 21:34:09 ID:hfu5/ayx0
>>454 市販モデルのKR250はタンデム2気筒を採用していたけど
何かメリットでもあったのだろうか
457 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/11/09(金) 21:36:57 ID:0I3S+n7FO
ところで、アラン・ドロン映画『サムライ』(1968年)を観たことがあるが、当時のフランス高級車事情が分かった。 ファセルあぼーん後、DSこそフランスのフラッグシップに他ならない。 フランス人てマスタングやキャディーも好きなんやね
”親の因果が子に報ひ”ですかな。w<縁日見世物
前世代の因果が次世代以降に報ひたクルマもありさうですが。w
まぁ、縁日の屋台et見世物っつなぁ胡散臭ひ・インチキと分かってゐても
それが楽しひのぢゃあありますまひか?w
誰もイカのポッポ焼きだの杏ジャム煎餅だのを最高に旨ひと思って食ってはゐますまひが
あの場で食ふと楽しひのです。w
お腐卵臭ぢん、結構あの連中アメリカ好きですよ何かにつけ。
やっぱお腐卵臭革命とアメリカ独立の文脈なんでせうかね?
で、デーエス、そらあの時期のお腐卵臭きっての最高級車ですよ、ドゴール大統領御料車だもん。
まぁお腐卵臭の大統領専用車ってその後R25になったりしていささか、いささかだったりしますが。w
映画”ジャッカルの日”では大統領はデーエスで狙撃手”ジャッカル”はジュリエッタ・ヌパイダでした。
そんな人目に立つクルマでだうするのか?とも思ひましたが。w
http://www.kjps.net/user/155ts/virtual/jackal/jackal.html
フォーサイスの原作小説では、 ジュリエッタスパイダーのシャーシに特注狙撃銃を隠し込めるだけのスペースがあるから、とか言ってたが それだったら閉断面ラダーフレーム使ったトラックの方がいいんじゃね?と感じた そう言えば第四共和制時代に大統領用に作られた シャプロン製のトラクシオン・アバン15CVベースのフルワイズリムジンってどんな感じだったんだろう
これの事ですかね?
http://proxy.f2.ymdb.yahoofs.jp/users/e6ddb2d7/bc/7fb6/__hr_/93cf.jpg?bcbNyqHBtL0rrRou 二玄社の「シトロエン・革新への挑戦」に掲載されていました。
左がフラネイ製のリムザン、右がシャプロン製カブリオレ。
ちょっと不思議に思えるのはこのカブリオレの方。
1956年製だそうですから、トラクション・アヴァン15HがDSに代わる形で現役を退いた後に
作られた物だということ。
通常のモノコックのトラクション・アヴァンよりもスケルトン構造のDSの方が
カスタム・コーチワーク向きと思うのですが。
フランス人に限らず、何処の国にもアメリカ車好きはいるでしょうが、
フランスの場合には、大衆車優遇の為に3リッターを超える排気量の車には禁止税的な高率の税金が課せられ
国産大型車は皆無という事情も有ります。
そこで大きいエンジン積んでいる割りには安価なアメリカ車が人気になるという一面もあるのでしょう。
車両価格も高くては、税金払えませんから。
以前にも一度貼った写真ですが
http://proxy.f2.ymdb.yahoofs.jp/users/e6ddb2d7/bc/7fb6/__hr_/afe1.jpg?bcbNyqHBS.St5uRh さすがにこういうのはどんなマニアさんなのか?良く判りません(w
まぁ、フォードもクライスラーもフランスでは失敗しているように、アメリカ車マニアがいるといってもやはり少数派。
あんまり良い商売にはならないのでしょうか。
ところで。レトロモビルは一度行ってみたいと思いつつも未だ果たせずにいますが、
パリ・モーターショーにも縁日の屋台さながらに模型屋、玩具屋などのブースも多数出ていて
更には雑誌社のブースとか、果ては車とは何の関係も無い葉巻屋のブースなども有りました。
また私はそういうのを見て歩くのが大好き(w)ですので、気がつくと結構な散財をしていましたが、
買った物の殆どはお土産代わりに人に差し上げてしまい、手許には幾らも残っていません。
ああいう場所では物を買う事、それ自体が面白くてたまらないので大変困ります(w
461 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/11/10(土) 00:54:14 ID:LVi9d8x6O
も一つ、15CVの4DRカブリオレがあって、これまた別なカロスリーが架装してたよね。 今年のレトロモビルでも大統領特注車のシトロエンが展示されてたで。
462 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/11/10(土) 00:56:51 ID:LVi9d8x6O
御免w スレ主殿が先に書いてはります。
戦後のフランスは結構貧乏だったようで、車両不足を補うために米軍払い下げ車を 使ったり、ドイツ軍のバイクを政府が再生してジャンダルマリに配備してました。 もうタイトルは忘却の彼方ですが、昔のフランス映画でアメリカ兵と女性の乗る キャディラックのコンバーチブルに、軽蔑の言葉と憧憬の視線を向けていたシーン を思い出しました。 戦前は自国ブランドの大型車もいろいろあっただけに、歴史の浅い国の若い兵隊が 派手な車に乗る姿は、微妙な感情を呼び起こしたでしょうねw
>>460 大統領車だけど、「出たばかり」のDSよりは、枯れた設計の15CVの方がいいと踏んだのかも。
それに、ドライブトレーン一切が完全一体ユニット化されていて、フロアパンも頑強な15CVって、
DS以上に特装ボディ乗せるには便利かも知れない。
トラクシオン・アバンのモノコックって初期のもので、「屋根必須」の現代モノコックではないから。
>>463 ジャン・ギャバンの1954年のギャング映画「現金に手を出すな」は
ヴァデットとアロンドと11CVトラクシオンとドライエ135が大活躍な映画だったが、
最後にギャバンが乗って堂々と現れるのはクライスラーなんだよな……
>>464 > 大統領車だけど、「出たばかり」のDSよりは、枯れた設計の15CVの方がいいと踏んだのかも。
そう言えば御両車のベースも最新型のレクサスLSではなく、古めかしいセンチュリーを使っていますね。
これも同じような理由なのでしょうか。
御両車→御料車orz
>>465 違うのでしょ。
レクサスは、自分で運転する高級車。
センチュリは、運転手が運転する高級車。
468 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/11/10(土) 23:27:15 ID:LVi9d8x6O
センチュリの方が基本設計が旧いのは確かだし、ショーファードリブンでもあるから、ご両名の言い分が当て嵌まるでしょう。 旧い設計の車型の方が時とともに熟成している。革新指向のシトロエンでさえ、大統領専用車については旧15CVを選んだわけだし。
>>464 単に、DSの4気筒1.9じゃ足りなくて、15Sixの6気筒2.9の方を
選んだというオチだったりするかもしれませんw
>>469 当時の馬力は75chと76chでほとんど差がないが、シスの方がトルクフルでスムースかな
DSは新技術のハイドロも不安要素だし
471 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/11/11(日) 19:25:04 ID:GcddPBZOO
余談ながら、15CVベースの大統領専用車(シャプロンの方)は、1958年の英女王の訪仏時、女王を乗せたまま故障で立ち往生した、とのことです。 まあ、そのシャプロンがDSデカポタブルという洒落たカブリオーレを造るわけですが。
>>471 おい!それじゃダメじゃん!!orz
だいたいシャプロンに罪はない気がする
473 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/11/11(日) 20:06:07 ID:GcddPBZOO
うん、別にシャプロンが悪いわけではないっす。
>>468 > 旧い設計の車型の方が時とともに熟成している。革新指向のシトロエンでさえ、大統領専用車については旧15CVを選んだわけだし。
現行型のプレジデントはインフィニティQ45がベースですね。
新しい御料車のベースとして使われなかった理由も、そう言うことでしたら理解できます。
大統領専用車って、フランスの場合はメーカーが選ぶのでしょうか。
予算とかのしがらみも有るのでしょうけど、
その時の大統領が勝手に好きなのを選んでいるのではないかと思っていたのですが。
と、いうのも。後のSM改造パレードカーの例も有りますから。
http://forum.avtoindex.com/foto/data/media/29/Citroen_SM_1970-75_1.jpg これなど、元はショファードリブン用でもなければ信頼性も無し(w)
不等間隔爆発の90度V6はイタリア製。どう考えても無茶な選択ですが、注文主がSM好き(変な響きw)だったか。
これだけ改造して元の車とは全く異なる用途にされては、
SMのイメージアップ(w)の為にも別に何の役にも立ってはいないと思いますし。
以前にも巨大な車とか著名人の車ってネタは有りましたが、
正直に言って天皇不要、つかそっちに関心の無い私は現代の御料車などはどうでも良いと思っています。
世の中にはそういう人があんまり増えては欲しくないのか、質素に暮らしている事を強調するように、
最近ニュース画像などで見る皇族さんたち、公式行事以外には専用車は使わない事も多いみたいで、
病院通いなどの映像ではアルファードあたりに乗っていたような。しかしねぇ・・それもナンだか・・。
車そのものとも相まって、更に“どうでもいい感”が漂っていたように思うのは私くらいでしょうか??
今時は宮内庁御用達なんていう言葉の有り難味なんて無いでしょう。
トヨタが専用車作ったからと言って「宮内庁御用達メーカーだから」と、
喜んでカローラやヴィッツ買う人なんてのもいないでしょうし。
大体、宮内庁御用達だから良いモノって事も無し。
それは御用達側の会社も承知で、東京電力も東京ガスもそんな事は謳っていないようです。
かつて世界中に存在する国王や王族向けに作られたブガッティ・ロワイヤルが
注文主の失脚などの不運もありましたが、結局は平民にしか売れなかったように
作る側・売る側の思惑と買って使う側の思惑など、そう上手く一致するものでもないのでしょう。
476 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/11/12(月) 05:49:36 ID:LCgY9mVwO
国家元首なり首脳が国家予算で好みのクルマを買うって、余程石油資源とかで潤っている君主国、或は独裁政権しか思い浮かばない。少なくとも西側民主主義国家なら、もう少し合理的に、国民に理解を得られる形で、トップの公式車両を選んでるでしょう。
477 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/11/12(月) 07:38:51 ID:LCgY9mVwO
先のSMの例など、 再び英女王がおこしになるにあたって、 すでにショーファー・ドリブン車がフランスに無い。しかし、お国柄からして自国のクルマにこだわる。 とするとSMあたりをストレッチして使おうか。 といったところでしょう。
478 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/11/12(月) 21:10:26 ID:LCgY9mVwO
自国首脳については、礼服と同じで、あまりに豪華な車種は言語道断ですが、いい加減なものに乗せるのも世間的に恥ずかしい。 訪れた外国要人には、移動の際乗っていただいて失礼のなきよう、TPOに応じた車種を必要にして十分に備えておくべきでしょう。
乗用車を自国開発できる国なら、きちんとした高級車を製作して、国賓をお出迎えできる態勢を整えたい、 というのは当然の考えでしょうね。 日本でそういう体制が整ったのは、 クラウン・エイトやプリンス・ロイヤルが作れるようになった1960年代中期ってことですか。
480 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/11/12(月) 22:21:09 ID:LCgY9mVwO
その頃かもしれませんね。ただ、日本は準備ができる素地はありながら、車種選択にしろ、更には外交儀礼全般にしろ、どうもチグハグは印象を拭えません。 仏政府は、SMストレッチを準備したことを含め、外交のツボを突いた準備・接遇をしてきたわけで、一つ二つうわてですね。
481 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/11/12(月) 22:35:11 ID:LCgY9mVwO
失礼、「チグハグな」でした。 確かにSMストレッチは、逝ってる氏がおっしゃるように一見奇妙な格好ですが、外交儀礼としては適切なスタイルなのです。 日本政府は同時期にこのような準備をしていたでしょうか。
SMはオリジナルも不格好だと思う。
SMはねぇ・・。まぁ不恰好とまでは言いませんが、もっと良く出来た筈だと思う事は有ります。
また、長く見続けた方が最初の印象よりも良くなっていくという類の形でもないように思うのです。
AMI辺りとは対照的でしょうかね?
>>478 まぁパレードするだけなら2CVでも出来ますし、むしろキャンバストップ開くだけで済むので改造要らずですが
やはりそういう訳にもいかないのでしょうかね・・。
だからといってSMを選ぶ理由っつうのも良く判りませんが(w)同時代のプジョー504や604を改造するよりは
前輪駆動なのでストレッチが楽かも。
いっそ2CVサハラをストレッチすれば・・(バカ w)
ところで
>>452 さんの疑問について、少し考えてみたのですが。
6サイクルと言っても実は4サイクルを済ました後に一回空回りさせているみたいな物のようで、
新たな言い方を与えるのもどうか?と思います。
気筒内冷却が主な目的のようで、圧縮比を高くとっても異常燃焼し難いという事ですが、
最近のナトリウム封入バルブを使用したエンジン等は過給機付きでもかなりの高圧縮比を実現していますし
量産車に使うメリットは無い気がします。
勿論、特別な高熱効率エンジンを一品物で仕立てるのには有効な技なのでしょうが。
「何を今更」ですけど、4サイクルエンジンの定義ってのもなんなのでしょうね?
以前、4サイクルニ気筒に2サイクルの単気筒エンジンを組み合わせ、4サイクルの排気を2サイクル側に導き
もう一度燃やすというエンジンの話を書いた事が有りますが、あれも基本は4サイクルでしょうか。
また、タービンエンジンにしても吸気→圧縮→燃焼→排気の4サイクルを連続的に行っているだけで
理屈上は4サイクルとなんら変りない訳ですから、あれも4サイクルと呼んでも良いものやら?
(あぁ、世の中難しい事ばかり・・w)
>>479 「外国の方をどうもてなすか」が急に現実味を帯びたのが東京オリンピック
「外国の車をどう迎え撃つか」が急に現実味を帯びたのが乗用車輸入自由化
1964〜65年、ちょうど日本は盆と正月が一緒に来たような状態ですね。
そのへんが、既存車種をベースに伸ばしたり拡げたりした、どう見積もっても
商品性に欠ける3ナンバー車が、ほぼ同時期に3メーカーから出た理由でしょう。
プリンス・ロイヤルは別格でしょうね。
宮内庁の意向から始まった、オーダーメイドみたいなものですから。
485 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/11/13(火) 05:47:50 ID:fFl98ur1O
プリンス・ロイヤルについては、韓国ノムヒョン大統領が就任間もなく訪日したとき使用していた記憶があります。 実際そういった使用もできる車種だったので、日本のメーカーが真剣に開発した代表例と思います。
韓国といえば「ソウルオリンピックのVIPを国産車で」とヒュンダイが 三菱に頭を下げて、デボネアV(グレンジャー)が生まれたんですよね。 もしソウルオリンピックがなかったら、ABSにエアバックの付いた初代デボネアが 今なお細々と生産されていたり……するわきゃねぇよな。
487 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/11/13(火) 20:52:31 ID:fFl98ur1O
…まあ、お隣の国柄にも絡んだ内容については、自動車板他スレでも再々述べられていますので、類似した議論に本スレでは深入りしないでいいと思います。 それはそうと、韓国ならやはり、そのデボネアで国賓への対応をするんでしょうか。
SMは滅多に見かけませんね。日本に何台あるのでしょうか。
>>487 彼の国は彼の国なりに、昔のデボネア(初代・現代グレンジャー)よりも
遙かに仰々しい大型リムジンを作れるようになったようで。
ムダに大袈裟な風体はあんまり感心しませんが、まーああいう車でも一応の用は足りますから、
いいんじゃないですか。
最上級車に関する限り、最後には逆の立場(相手の設計)になってしまった三菱は……
まあ自業自得ですかね。
そういえばZILの製造は終わったようですが、
あの「素手で戦わせたら世界の国家元首の中で最強」の元KGBの大統領は、いま何に乗ってましたっけ?
490 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/11/13(火) 21:54:08 ID:fFl98ur1O
国賓を乗せる車両を選ぶにあたって、難しい相手の一つがロシアかもです。 以前大統領が来日した時は、結局彼の国からZILを運んできたはず。 相手国の国際関係など考慮しないで、敵国製の車などに乗せたら、エライことになりまっせ(>_<)
491 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/11/13(火) 22:20:24 ID:fFl98ur1O
プーチン閣下はメルセデスあたりに乗ってるんじゃなかったですか。 そうかー、ZIL4104系も遂に生産中止になったか。ま、あの国は覇権大国主義なんで、いずれ、近年公表していたレンダリングのごときリムジンを国威を賭けて復活するんでしょうね。
優しい眼つきのプーチンさんといえば、GAZ-21ヴォルガ。 先日の資産公開によれば、ブッシュ大統領を助手席に乗せたあの白い60年式と、 もう1台、65年を持ってるそうで。 好き者なんですかね? それともKGBに配備されていたヴォルガが懐かしいのかな?
おい、ずいぶん物持ちがいいな。 ZILやチャイカよりは確かに維持しやすいだろうが
>>488 一時期お世話になっていたフランス車に強い修理屋さんではよく見掛けました。
意外と数は多いと思いますが、走っていないだけ(つか走りたくても中々走れないだけ)だったり・・(w
とは言え、100台は無いとは思いますけど。
496 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/11/14(水) 03:19:34 ID:bxzfTnweO
GAZ21の件ですが、かつてエンジンを二機搭載したものがKGB仕様として少数つくられたそうです。プーチン閣下のものはそのうちの一つかも。 GAZ21じたい、ロシア人精神を表現したものとして、西側でも評価された車両ではあります。
497 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/11/14(水) 03:47:44 ID:bxzfTnweO
フォードそのままの先代ポベーダを、時の皇帝スターリンは「これが我々の最も偉大な勝利ではない」と勿体振った紹介をしたものの、肝心の泥よけが搭載されていないことが発覚。しかし責任者は首で済んだ。 GAZ21はその名誉挽回を期して作られました。
498 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/11/14(水) 07:37:12 ID:bxzfTnweO
この車を使用したのは、主に党の中堅幹部、将校、国営事業所長、知的労働者といった階層の人達でした。
ボタンひとつで煙幕が張れたりハブからドリルが出たり助手席を射出したり、 そういう機能が付いてないわけはないですよねぇ。そのGAZ21。
500 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/11/14(水) 16:54:00 ID:bxzfTnweO
いや、敵を放射性物質で毒殺するような組織ですから、そんぐらいおてのものですよ、きっとw
>>496 >>497 GAZ21が評価されてたって、「誰だよ褒めたりしたのは」と言いたくなったわけだが。
どっちみちこのクラスの中型車を使わせて貰えたのが
>>498 クラスの連中に限られてたのは知られている。
ポピエーダって、1946年の登場時点ではフロントに独立サス使ってるわ、セミモノコックだわで、
同時代(1949年型出現以前)のフォードよりは進んでいたはずだぞ。
1946年式フォードは、デザインはポピエーダとどっこいどっこいだが
前後とも戦前のままで横置きリーフ固定軸だった。
「泥よけ」って、どれのこと?
フェンダーカバー?フェンダーの内張?はたまた後に吊すゴムのスプラッシャー?
502 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/11/14(水) 22:22:38 ID:bxzfTnweO
「評価」というのは、いかにもロシア人が作ったらしい頑丈なクルマだなあ、という程度のものではないでしょうか。 泥よけについては、いずれなのかは不明です。恐怖政治下、責任者はなんとか命拾いしたようです。
>>495 中古車屋とかイベントでしたら見かけますね。
しかし街を走っているSMは見かけたことがありません。
走りたくても中々走れないのは頻繁に故障するからでしょうか。
ほとんど同じメカニズムのメラクのほうは稀に見かけます。
SMの10分の1ほども日本にないはずですが。
メラクっつうのは見た事有ったかなぁ・・?? まぁ、あの手の車は普段の足に使う物でも無さそうですから、 例え壊れてなくっても、車庫で眠っている時間が長いのは仕方ないかも。 ところで。パレードと言えば、実際にその映像を見た訳ではありませんが。 現在、次期天皇とされている人が結婚した時のパレードではロールスロイスの2ドア・コンバーチブルが そのまま使われたそうで、CG誌上でコバショー先生だったかが 「4ドアでそれなりの格式を持つ車を貸して貰えるところくらい、幾らでも有るだろう」 と憤慨されていたような記憶があります。 「馬車の歴史の無いこの国では、TPOに応じた車の使い分けが出来ていない」 みたいな話を時々目にしますが、後席に座る人が主人公である時には後席重視の車を使用するのは当然で 幾らフル4シーター以上であろうとも、ドライバーズカーであるべき2ドアのクーペやコンバーチブルを使うのが 非常識な事などは考えるまでも無い事。 しかしそういう事が、国の行事でも平気で行われているというのも事実のようです。 またパレード用ではありませんが、例の特別仕立ての皇室専用車。 折り畳み式二列目等使用する事など無いでしょうし (そういう形で悪いという事ではないですが)トランクを持つ3BOX型に拘る意味も無い筈。 それよりも前席との間に仕切りガラスの入ったリムジンであれば格が高いという単純かつ間違った思い込みとか 皇室専用車には専用色が存在した歴史の無視等を指摘する人はいなかったのでしょうか? そう言う私自身は全くのところ作法も何も有りはしないという無頼の輩で、何時でも好きな格好で過すのが常。 ですからそんな格好では恥をかくような場所には絶対に踏み入れません。 オメカシして其処にお出掛けしている方達に不快な思いをさせるのは失礼でしょうし、 「自分が行ける場所・行って良い場所」がそういう理由から規定されるのはむしろ便利で楽なものです。 どうしても行かないといけないならば、貸衣装でも利用すれば良いのです。
ID:bxzfTnweOの人、ソースが曖昧なのと、「本当かな?」と疑問に感じてしまう記述と、 「書いてる事象を、自分で理解できてるの?」と心配になる記述ばかりなんですが ポピェーダからGAZ21まで10年以上経ってるし、 21はスターリンが死んでフルチショフがスターリン批判した後の車ですから 名誉挽回も何もないような気がするんですよ それに2エンジンGAZなんて、トランク潰して第2エンジン置く以外に方法がないんですが 普通チューンアップで済ませて、そんな面倒なことしないでしょうし 死ぬほどパワーが要るなら、もともとV8乗せてるチャイカ使うと思うんです、KGBの中の人は
いろいろ突っ込まれてますね
>>496-8 の中の人。
58年のブリュッセル万博で、アメリカと並ぶ規模のソ連館を初めて出展し、
雪解け政策を貿易・文化交流に拡げた時期とちょうど重なるヴォルガは
北欧を中心に、確かUKあたりまで輸出された車です。
(同時期のソ連、東欧製のモペッド、スクーター、バイクなども欧州圏に
結構輸出されてますね)
そういう意味でソ連車としては西側に良く知られた車ですが、それほどの
高い評価はされてなかったと思うけどなあ。
個人的には、地上高を高く取った割にうまくまとまった、なかなか好きな
デザインですが、当時のソ連のデザイナーあたりは
「アメリカ車の追従、コピーに安住している現状は嘆かわしい」と公然と
批判していたりして、アメリカと張り合う自負心マンマンな心情が見えて
微笑ましかったりしますw
>>504 > ドライバーズカーであるべき2ドアのクーペやコンバーチブルを使うのが非常識な事などは考えるまでも無い事。
2ドアのクーペやコンバーチブルは非常識ですね。
ところで近年の日本車において、2ドアのクーペはとても少なくなりました。
今月のCG誌12月号の裏表紙にスカイライン・クーペの広告があり、こう書いてあります。
“今、日本でクーペを名乗るクルマは、スカイラインしかない。”
本当に?、と思いましたが、確かにそうなのです。
>>507 >2ドアのクーペやコンバーチブルは非常識→「パレードに用いるのは非常識」って意味ですよね??
CG誌裏表紙の広告。実は私も気になって少し捜して見たのですが、実はフェアレデイZが有るんですよね・・。
確かにクーペと名乗ってはいませんけど、この場合ニッサン自身が特に名乗らせていないだけですから、
あの広告文句はちょっと筋が通らない話ではないでしょうか?(まぁ、細かい事ですけど w)
さて、共産圏の車の話ですが。これははっきり言って興味無しなので他の方にお任せです。
私は本質的にアナキストですので共産主義そのものと肌が合わないなんて事は抜きにしても、
共産圏で作られた車には、どうにも魅力を感じられないのであります。
辺に理屈っぽく頑固なのは私の良くないところかも知れませんが・・。
自動車とはそれ自体が個人レベルに於ける移動の自由を象徴するものでありますが、
それ故に共産主義的なる物とは根本的に相容れないところがあると思うのです。
ですから其処で作られた車とは単なる工業製品でしかなく、使う側への愛情に欠けたものが多いように見え
私が最も重視する性能=愛嬌であり愛着が湧くことに乏しいと思います。
個別に見るならば、それなりに面白い物も有るのでしょうが、
“自由の象徴”という重要な一面が欠けた車は全体的に見るならばやはり魅力が薄いと感じます。
(まぁ、こんな考え方で車を評価する人って他にいないでしょうねぇ・・w)
ところで“用途に応じた車の使い方”って話。
以前他スレで「彼女と一緒に箱根一泊旅行なんて時にメルセデスのセダンで行くなんてのは野暮の骨頂」って
物凄い勢いで力説していた人がいて、笑わせて貰った事があります。
そういう事をしてはいけないとまでは私は思いませんけど、カノジョと二人きりで親密に過すべき時に
広々としたリアの空間なんて所帯染みたものを一緒に持って行くのが野暮だという意見には賛成します。
つーか、そういうごく一部の好き者にしか理解出来なさそうな事を必死に考えて力説する事。
それもある種のオタク道で、妙に共感してしまうのです。
箱根なら新幹線グリーン車を小田原で捨て 予約した大型ハイヤーに乗り継いで 富士屋ホテルの車回しに乗り付けるぐらいの勢いで逝っていただきたい (ロマンスカーとタクシーではまだ勢いが不足です、ましてやメルセデスなんて)
>>508 相当逝ってる氏のように、我が手で愛でようという点からは魅力のない共産圏車も、
今のように楽にインターネットで情報で得ることができなかった時代、情報もなく
実物を見るなど不可能な物に、逆に好奇心をそそられたものです。
それもまたある種のオタク道。
売るということに縛られない、親方赤旗体質は時折変な方向に深入りすることが
あって、試作車や少量生産車に思わぬ面白いものが転がってます。
デザインセンターのVNIITE(
ttp://www.advtech.ru/vniite/vniitee.htm )が
60年台半ばに、モスクヴィッチやザポロージェツをベースに連作したプロトモデルは
後年のGM車、フィエロやサターン、Trans Sportのスペースフレーム+樹脂構造ボディ
と、いまトヨタが宣伝しているポルテスルーのアクセス性を持ち併せた面白い車です。
……それを『モスクワのタクシー』とキャプションを付けて流すあたり、負けず嫌いの
赤旗体質ですがw
あと、あのリムジン級のZILをセミキャブオーバー救急車にしてしまったZIL118/119
なんてのも絶妙なアンバランスさでそそるものがあります。
……それを党使節団の見得張り用ミニバスや、映画に登場させて宣伝に使うあたり
やっぱり赤旗体質ですがw
511 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/11/16(金) 06:46:26 ID:RyqNowxtO
そう、いまやネット上でЗИЛのミニチュアなんかが手に入るよ。 旧ソ連に限らず旧共産圏のクルマについては、ベルリンの壁崩壊以降、トラバントを筆頭に興味や趣味の対象になっていったのね。
>>508 その箱根云々は、言ってた本人がメルセデスのセダンに乗ってるというオチまでついております。
野暮でない車の方はお不動様のようで。
>>508 > 確かにクーペと名乗ってはいませんけど、この場合ニッサン自身が特に名乗らせていないだけですから、
> あの広告文句はちょっと筋が通らない話ではないでしょうか?(まぁ、細かい事ですけど w)
むしろクーペを名乗らないクーペのほうが多いかも知れませんね。
広告文句はさておき、ニッサンはスカイライン、フェアレディZ、GT-Rとクーペを3車も発売していますが
トヨタは1車もないのは何故でしょうか。
・・「何故でしょうか」と言われても・・(w
まぁ、まともに考えても面白くないので、近々何か変な屁理屈でも考えてみますか。
>>510-511 別に自らが乗り、わが手で愛でることが出来る車のみが興味の対象という訳ではないのですが・・。
共産圏の車ってのも一つずつ見ていけば、それなりに興味深いものも多いとは思います。
しかし、車を見る時にはその生まれた背景とか生み出した人とかも一緒に思ってしまう私ですので
それらはどうしても使う側への愛情よりも生産する側の都合が優先された車に見えてしまい
親しみは持ち難いのであります。
また、車のみに集中出来るという、一種の即物性が無い事が共産主義的なるものへの拒否反応に
つながっているのかも知れません。
まぁ、そういう変人もいるという程度に思ってください。
>>509 大型ハイヤー予約するのは良いのですけど、そこでメルセデスが来てしまったらどうします??(w
>>512 それは恐らく、私が見た元ネタとは異なるようですね。
私が見たのは、もう結構前の話ですが
「戦前から続く箱根の老舗旅館の多くは、建築当時の上流階級の趣味を反映してか、
和風でありつつもアール・デコの影響を強く受けている」みたいなところから脱線して、
其処に乗り付けるのに最適な車とは、あれこれと挙がった挙句に
「自動車に於けるアール・デコが行き着いたところはフラム・ボワイアンであるから、
ここは和風フラム・ボワイアンの究極的姿、宮型霊柩車しかあるまい」って事になっていました
(旅館の人に殴られるって w)
・・勿論、途中から突如変人が乱入したせいでありました(w
しかしナンだな。そんな事書きつつ、箱根の旅館なんて「かんぽの宿」みたいなところしか行った事ないなぁ・・。
>>514 メルセデスが来たら即刻キャンセルするのです
皇室関係者みたいな微笑みを浮かべながらセンチュリーを呼びなさい
516 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/11/17(土) 03:51:46 ID:CKbc2kVBO
共産期のクルマに興味を持つのは、指導者の肖像やバッジなどのキャラ製品を集めるのと同等の趣味かも。アメ車のコピーを誇らしげに乗っていた指導者達は失笑を誘う。 ただ最近の拝金的な社会風潮も、共産社会のそういう奇妙さと相通じると思う。
箱根にオナペットの最高級車センズリーですか。w 以前も書きましたが、箱根辺りにお忍びでシケ込むつうなら フォーマルなベルリナではなくもっとパーソナルな遊びのクルマだと思ふのです。 股、余りに実用的なクルマも面白く無ひ。メルツェーデスのベルリナは、と言ふのは フォーマルで実用そのもののベルリナと三拍子揃ってしまってるからでせう。 そしてさういふコトがヲタ道になってしまふのもクルマ”文化”後進国の証拠ではありますまひか? 例へば映画等で車種が意味を持ってゐたりある種の記号であったりしますが、 その意味合い・記号性を共有できる文化的下地のある人達、さうでは無ひ人達の多寡とかね。 ロールズ・コルニッシュのリアに国家の象徴たる人物を乗せる、なんつうのも その例でせう、アテクシもあの状況を拝した時には「なんたる無礼!」と憤慨したのを覚へております。 ここの方なら皆ご存知の如くコルニッシュはロールズで唯一オーナードライヴを想定したクルマであり、 その主人はドライヴァーである唯一のロールズなのであります。 といふことは最も上座はドライヴァーズシートであり、次ひで助手席であります。 リアシートに押し込まれるなんつうのは極めて低ひ扱ひであり、 乗せる人によっては大変に失礼なことであります。 言ふなれば目上の人の家に招かれた時、床の間の前に座って主人を障子の前に座らせるやうなもの。 この意味合ひが分からなひ時点で真っ当な礼儀を知らなひと決まってしまふのです。 さういふ常識、クルマ常識がこの自称自動車大国に育たなかったことが情け無ひのであるます。 文化以前の話であるます。 衣食足っても礼節が分からんのでは後進国つうよか蛮民扱ひされる、国辱そのものであるます。
さて、箱根シケ込み話、 個人的にはお忍び、シケ込みっつなカジュアルで且つセダクティヴであって欲しひもの、 間違ってもビジネススーツやブラックタイで乗り込む野暮はありますまひ。w と、なってエロ臭ひクルマならうちのヌパイダ。w 2座だし文句無し。w これ股以前書ひたネタであるますが アテクシならヌパイダのトランクリッドにキャリア付けて ヴィトンのトランク辺り括り付けて乗り込んでみたひ。w ヴィトンのトランクつう物件も高級ではあっても実用品ではありますが このLV製品でローラーの付ひたトランクは無ひ、 つまり自分で持たなくて済む人用なのであるます。 まぁアテクシ実際にやったのはヌパイダは使ったものの山中湖半の会員制リゾートに ゼローラ(ゼロハリのローラー付きトランク、ビジネス用・エンジニア丸出しw)積んで乗り込んだ、 そして箱根に向かふ道のオーベルジュでデジュネ、なんつうのがEとこであるました。w まぁ、十二分でせうアテクシにとっては。w
519 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/11/17(土) 05:58:02 ID:Iyd6TFxE0
やたらw連発してるが、ちっとも面白くない。 最近増えた名無しのレス(例の携帯厨とか)のほうが、よっぽど面白い。
520 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/11/17(土) 06:10:28 ID:Iyd6TFxE0
べつにw連発したけれぱ、そうしたらいい。 本人は面白いレスしてるつもりでも、そうじゃないってこと。 それを指摘しただけ。
521 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/11/17(土) 06:36:09 ID:CKbc2kVBO
おお、例の携帯厨が通行しますよw 小生的には、エロスパ氏の言ってることは成る程と思うことが多いが。 人のカキコにいちいち文句をつけるお暇があるなら、あんたもおもろいオタネタでも持って来なさい。 携帯から失礼w
522 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/11/17(土) 10:51:14 ID:Iyd6TFxE0
やっぱり携帯厨のレスは面白い。 「成る程」と「面白い」の区別できてないところとか。
523 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/11/17(土) 10:57:15 ID:Iyd6TFxE0
面白いレスはw連発してもいい。 けど本当に面白いレスはw連発しなくても面白い。
ホストコテのお二人は「箱根に二人で逝くなら2座のパーソナルカー」ですか。 そこまで格好良くはなれないから、俺はジャガーの旧型サルーンがあれば御の字かなあ。 奇をてらわず、メルセデスほど押し出しが強くなくて品がいいから。 背伸びせずに貧乏人らしく、となると、黒塗りのティアナ2.3 これ、性能は「あんまり期待するな」な車ではありますが、 図体がでかいのと、競合するマークX程にはヒエラルキー縛りを喰らってないスタイルのおかげで 国産大型FFにしては日本国内であちこち持っていってもけっこうサマになるんで、 そういう方面での使い勝手はあります。 (昔のイギリスで言えば、ハンバー・スーパースナイブとかスタンダード・ヴァンガードみたいな車にも 当時としては存在価値があったのと同じ事です)
>>514 > まぁ、まともに考えても面白くないので、近々何か変な屁理屈でも考えてみますか。
まぁ、無理して変な屁理屈を考えてみなくても構いませんよ。
それにしても、ニッサンの倍ほどの50車近くあるトヨタに、クーペが1車もないのは変です。
世界一を目指すのであれば尚の事、あらゆる種類の車が必要でしょうから、どうにも理解できませんね。
>>525 無理しないでも、私が考えれば自然と変な屁理屈になります。
つか、このネタについては少し思うところも有るのですが、幾つも話題が並行して有るとややこしいので
此処は失礼ながら一旦置いといて・・。
>>524 いえ、宮型霊柩車です(w
・・書いてて思ったのですが“w”って入れるのって、自分が失笑した時とかであって
笑って欲しいとねだっている訳でもないのですから、入れたければ勝手に入れて良いのではないでしょうかね・・?
しかしこの“車種毎の用途”って話、実はエロスパ氏も言われるように
“さういふコトがヲタ道になってしまふのもクルマ”文化”後進国の証拠”という面は確かに有って。
例えが箱根シケコミとかの冗談であるならまだ良いのですが、例のパレードとかになると笑えない話でもあります。
また私等のような市井に生きる者であっても、服装に気を配らねばならぬ時と場合は避けられず有るモノで
そういう時には本当ならば乗って行く車にも同様の気配りが必要なのでしょうが、
用途別に何台も持てないのが普通ですから、あんまり細かな事を言うのは自らの首を絞めることにもなり
“薄々判ってはいるけど、言いたくない”って思っている人も結構多いのではないでしょうか。
まぁ、そうは言っても。
服装云々と言っても実は日本独特の略礼服って適当な代物で殆どは済ませてしまう訳ですし、
なんたって周囲が用意した車なら2ドアのドライバーズカーのリアに乗り
平気で(?)パレードやっちゃう人に象徴されてしまう国民でもあります。(ナンだか差し障りが有りそうな・・)
事は車だけの問題でもないのでしょう。
セダン型は略礼服と言うよりも紺か黒のブレザーみたいなところがあり、使い勝手は良いのですが
ラテン系のそれに乗っていると、何処か着崩して斜に構えたように見られるようなところも有ります。
それもまた車の性格みたいなものでしょうか。
セダンのことを3BOX車と思っている人が多いのは何故でしょうか。
↑アレコレ書きかけましたが、これ↓貼ったはうが的確で面倒無ひやうです。w
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BB%E3%83%80%E3%83%B3 アテクシ、ヌパイダ1台では足りなくなった理由の一つとして
冠婚葬祭の葬祭用には真紅のオープソ2座では余りに失礼、
且つ残念なことに礼服着るにもネクタイは白ではなく黒が増へる年齢になってしまった、
つうのがあります。そこで暗色のベルリナが必要になった、と。
なんぼなんでも葬式にTシャツジーパンやウニクロのフリースで行くヤシはゐますまひし、
さういふことやる人間がゐたら当然人格を疑はれるでせう、
同様のことががクルマにもあるのです。
そこで便利なのは黒だのドブネズミ色スーツ、かなり広ひ範囲で間に合ひます。
しかし場合によっては辛うじて場違ひでないだけでダサひ、野暮だつう事態もある訳です。
それが白とか暗色系のベルリナでせう。
>ラテン系のそれに乗っていると、何処か着崩して斜に構えたように見られるようなところも有ります。
>それもまた車の性格みたいなものでしょうか。
さういふ性格・嗜好の人がさういふクルマを選ぶのだと思ひます。
さすがに葬祭ではスカして着崩す訳にも参りませんが、
只の背広では面白く無ひ、どっかエロ気が欲しひ、なんつう人なんでせう。
できればスーツ着てもネクタイ締めたくなひ、とかね。<アテクシw
ぃあ、いっそネクタイは頭に巻くものでせうか、助六のやうに。w
↑コントの中だけかと思ってたら、会社関係で実際にやるヤシ目の当たりにして衝撃受けたアテクシ。
>>528 エロスパセンセ、あの「頭にネクタイ巻き」の元ネタが「助六」とご存じだとは
結構なお歳なんですね(失礼な香具師だなw)
今度は紫のネクタイ締めていって、ご自分でやってみてください。
そうすると、黒塗りクラウン級なら一応正式な礼服になりますが、
それ以下の国産セダンだと略礼服扱いかな……
530 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/11/18(日) 16:50:20 ID:+k+4sE29O
そーか、礼服なんだ。センチュリーってクーペとかワゴン、オープンは存在し得ない車種の典型例ですね。リッポン・ブラザーズやらラドフォード、リンクスみたくワゴンやブレイクに改造する香具師もでてきそうにないですね。
センチュリー・コンバーチブルはある
>>527 セダンの語源とか、自動車にその言葉が用いられた経緯は前に有りましたが、アメリカ車から始まったもので。
日本で自動車が広く普及した時期のアメリカ製セダンに3BOX型が多かった事の名残りではないかと思います。
>>529-530 お値段が高くてもクラウンはやはり略礼服みたいな気がします。
元々正式な礼装が略礼服よりも高価で仕立ても良いとは限らないものですし。
この境い目は値段や大きさ等のトヨタ的なヒエラルキーとは無縁なところにあるものでしょう。
センチュリーは紋付羽織袴でしょうか。大きい以外には別にナンと言うこともないセダンでしかないのですが
まず日常的には使用されない車であり、スーパーの駐車場とかでは見かけないですし似合いません。
略礼服とは違う意味で日本独自の正装でしょう(こう書きつつ“スーパーで見た事もある”という報告を期待 w)
とは言え。
昨日書き込んだ後で思ったのですが、服装そのものに例えるのは無理なところもあって。
やはり柄こそ大きな物であっても服装と合わせる服飾小物と考える方が無理は無いのかも知れません。
家の近所に葬儀場が有って今日も昼間自転車に乗ってその前を通ったのですが、
丁度こんな話が有った後だったこともあって駐車場の車種を見ていたら、ミニバンやSUVも結構多い事。
そこから黒服姿が降りて来る様子は、まるでサンダルやウェスタンブーツを合わせてしまったように奇妙でした。
以前に書いた話ですが、洋型霊柩車(Funeral Coach)には何故ランドー・ジョイントが付けられているのか?
そうした事を知るならば参列側もそれなりの気遣いをするものでしょうが、亡くなった方とか
葬儀そのものへの思いが浅いと考えるしかありません。
また、近所にはもう一箇所公営集合住宅の集会場みたいなところも有り、其処で葬儀が行われる事も有りますが
駐車場の備えが無いと判りそうなところにやってきて、近くの路地を占拠してしまうのもそうした車種のようです。
で、此処で「そうした車種に乗る人は〜」とは言いませんし、思いません。
しかし、服装への理解や常識に乏しい方は、他の行動にもそうした面が表れるのだとは感じます。
533 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/11/19(月) 21:01:43 ID:rZmLuFThO
工房の頃、三流アメ車雑誌に影響されて、ハマーのオープンだの、ロールスのピックアップだの、妄想に任せたイメージをノートの隅に書いていたが、そんな変な想像力を働かせなくても、え、なんで?と首を傾げるような事例が大人の世界には無意識に溢れてる。
>>224 > もしもC5の後継車の車名も「C5」であるなら、これはシトロエンの歴史上初の“事件”でしょう。
C5の後継車が先月にデビューしましたが、やはり車名はC5でしたね。
C6と同様にリアウインドウは凹面ガラスで、ハッチバックを廃止したようです。
シトロエンは、ここ30年程続いた5ドア・セダンに見切りを付けたのでしょうか。
>>534 以前書いた話ですが私の経験で、ホテルのゴンドラ式パーキングに一晩置いたら車高が下がり
ゴンドラの両縁が変に高かった為にドアが開けられなくてリアハッチから乗り込む羽目になった事があります。
最近のハイドロニューマティックは数日くらい停めておいても車高が下がらないので
そうした非常事態が発生しないのでしょう。(それだけかい!w)
>>533 ビートルがベースの2CVレプリカだの、
パイプフレームに911のエンジン積んでビートルに似せたプラスティック・ボディー載せたのだの(w
一体誰がどんな目的で買うのかさっぱり判らない物がこの世には一杯有ります。
ところで。先日も含めて何度か私も“皇室専用車”と書いたプリンス・ロイヤルですが。
あれ、外賓の送迎は宮内庁関係ない筈で外務省が所有する車両で行っていた筈ですから、
厳密な意味では“皇室専用車”とは言えないのでしょうね。多分。
ああいう巨大なリムジンで、後席前には広々とした空間が有りお供の人用の補助席を備えるのが
“フルリムジーン”であり、もうちょっと小さくて前後席を隔てる仕切りガラスも必要に応じて下ろせるようなのは
“クロース・カプルズ・リムジーン”または“ツーリング・リムジーン”
セダン型の車の前後席間に仕切りガラスのみ加えたのは“サルーン・ウィズ・ディヴィジョン”と呼び
リムジーンとは区別するのが英国流の呼び分け方なのだとか。
もっともドイツ辺りではセダン(サルーン)をリムジーンと呼ぶようですし、結構その辺はいい加減なもの。
高級、フォーマルな形ほど作られる数は少なくて一つずつ個性も強い事から
その呼び方も作り手や買い手が結構好き勝手に名付けているみたいで、
早い話がブガッティT41の“クーペ・ナポレオン”
http://proxy.f2.ymdb.yahoofs.jp/users/e6ddb2d7/bc/7fb6/__hr_/3cfa.jpg?bcx9EuHBSzbq7rwE これなんか、今で言うクーペの定義を全く無視している訳ですが、
元々フランス人にとってのクーペとはこういう形の物であったとか。
536 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/11/20(火) 07:42:51 ID:grEec99AO
というより、現在での意味合いが本来の定義を無視してるんですね。 クルマのスタイルを事細かに分類していたのは、そういったボディを載せるクルマが上流階級の文化であり、大衆化は定義を破壊する歴史だったのでは?
ところで、英国貴族のシューティングブレーク趣味ってのも
>>533 のような「悪趣味」を
あえて狙ったものだったのでしょうか。
アストンマーチンやらフェラーリのワゴンって、どう考えても実用性皆無の改悪に見えます。
538 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/11/20(火) 21:13:34 ID:grEec99AO
533ですが、アストンのシューティング・ブレイクについて言いますと、表向きは文字通り、然るべき階層の方が領地などで狩猟する時、ライフルや猟犬を運ぶために、という名目です。その辺は、工房が授業中にふざけて書く落書きとは別物でしょう。
>>535 > 最近のハイドロニューマティックは数日くらい停めておいても車高が下がらないので
> そうした非常事態が発生しないのでしょう。(それだけかい!w)
古いシトロエンでゴンドラ式パーキングに入れようとすると、係員に止められる事が多いそうですね。
それはそうと新型C5のボディデザインは、写真で見る限りでは普通の車に見えます。
シトロエンストの目から見て、新型C5のデザインはどうでしょうか?
シトロエンスト→シトロエニストorz
541 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/11/20(火) 21:38:24 ID:grEec99AO
まあ実際は狩猟などアウトドアにはレンジローバーやディフェンダーを使用するでしょうから、アストンなりフェラーリが造った世界最速級ワゴンという存在性以上でも以下でもないと思います。 似た例として、ダッヂ・ラムSRT10もありますね。
542 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/11/20(火) 21:49:38 ID:grEec99AO
こちらは逆に、凡庸なピックアップにダッヂ・ヴァイパーのV10エンジンを搭載した、「世界最速のピックアップ」を自称しています。 しかしこれがピックアップ・トラック本来の用途に使用されているかというと、…?
543 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/11/20(火) 22:01:41 ID:grEec99AO
帯に短し襷に長しという妙な見せびらかし車となってしまいます。 ところで、昨日ロールスのピックアップというのをほざいておりましたが、驚くなかれ、実際にロールス自社製のものが存在したようです。
544 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/11/20(火) 22:15:46 ID:grEec99AO
もともと、シルバーゴーストが装甲車に利用されるなど軍需産業の側面も持つ会社です。 戦後軍用の直8気筒エンジンを利用して、王室専用のファントムIVという最高級車両を造りました。18台作られたうち1台デリバリー・バンというものが!
545 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/11/20(火) 22:22:42 ID:grEec99AO
こちらは、本来装甲車用ガソリン・エンジンというだけあって、ロールスのクルー工場内部の資材運搬など、実際にトラックらしい仕事をしていたようです。 長々と駄文を書き込み大変失礼しました。
あの・・その携帯、文字数制限が厳しいのでしょうか・・?(w
>>536 その辺はなんとも言えないところでしょう。各国各地域、各メーカー毎にバラバラだったボディー名称、
統合整理と新しい形の誕生・複雑化は常に同時にあったのですから。
>>539 結構私は好きです。C4やC6との兼ね合いも有りますからC5はあの形で良いと思います。
しかし大きいですよね・・。GS→BX→エクザンティアの流れで見ると尚更。私などには分不相応で買えません・・。
>>537 シューティングブレークネタってのは以前にも有りましたので、
もし気が向いたら
>>1 のリンクから過去スレ引っ張り出して見て下さい。
まあ、かいつまんでみると。クーペベースのワゴンっつうのはセダンベースのそれよりも実用性は劣るでしょうが、
ベースになったクーペよりも荷室が広ければ良いようなものでしょう。
乗降用の扉が二枚で有ることをクーペベースである事の記号性として残しているので
フォーマルな用途には使えませんし、後席は狭いので家族連れで使うにも不向きかも知れません。
飽くまでオーナードライバーと夫人(又は愛人)だけで長距離を旅行したり狩猟を楽しんだりと言う
粋な用途に特化したシングルパーパスカーなのだと思います。
だからこそ、最も粋でステータス性の高い乗り物なのでしょう。
537さんが悪趣味と見たのは、恐らく社外製の急ごしらえ感のある代物の写真等を見たからと思うのですが、
アストンのシューティング・ブレーク等は結構格好も良いと思いますし、
また、高級車ではありませんがボルボがかつて作ったスポーツクーペP1800Sベースのエステート
P1800ESなどは元のクーペにも負けていない形だと思います。
また、ロードスターがベースのMG-B/GTやトライアンフGT6などもメーカー自らはブレークと言っていませんが
発想は正にシューティング・ブレークだと思いますし、格好も中々まとまっていて私は好きです。
で、丁度クーペ不遇の時代だという話も先日出ましたので
明日以降もうちょっとこのネタ絡みでクーペネタを掘り下げてみたいと思います。
547 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/11/21(水) 20:08:00 ID:yXeZt+ODO
クーペから4DRサルーンに破綻なくリデザインするのってかなり難しいですねえ。 旧くはブリストル405、アストンの歴々の特注車。逆は簡単なのに。 アストンDB9ベースのラピードなんかは今までの経験の賜物なんでしょうか?
>>546 > で、丁度クーペ不遇の時代だという話も先日出ましたので
今月のCG誌巻末の新車価格表で日本車のクーペを調べたところ、ニッサンの3車しかありませんでした。
“今、日本でクーペを名乗るクルマは、スカイラインしかない。”という例の広告文句ですが
“今、日本でクーペを作るメーカーは、ニッサンしかない。”としたほうが良かったかも。
549 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/11/21(水) 22:12:10 ID:yXeZt+ODO
レクサスSCって、どーなったっけ?
昨日は「このネタ掘り下げる」なんて書いたけれど、どうせ私が下手に考えると脱線するんだろうな・・。 まぁ、脱線したらそれはそれで。 クーペと名乗ってはいなくとも今流行りの“クーペ・カブリオレ”だってクーペのバリエーションでしょうし、 補助扉も備えるとは言えRX-8もクーペと呼んでもいいでしょうし、 それにトヨタもホンダも北米ではクーペも作っている訳ですから、 例の広告はまぁ、昔からよくある独り善がりでしょうか。 欧州車メーカーもクーペは作っていますし“クーペ不遇の時代”と言うのは日本だけなのかも。 即物的な事を最初に言えば、土地の広いアメリカや縦列駐車の多い欧州では問題にならない大きな扉が 日本の駐車場では邪魔になりがちな事はクーペが敬遠される理由の一つでしょう。 最近の車は幅広くなる傾向があるので余計に。 欧州でもプジョー1007みたいにスライドドアの車が出ましたが、アレは電動にする為というのが大きいと思います。 ヒンジドアを電動にして外からリモコン操作で開くようにすると、近くに立っている人にあたりますから。 そういう事は別にして。 アメリカと欧州とではクーペに対する意識が異なるように思うのです。 アメリカ人が思うクーペとは、セダンよりも客室や荷室を狭くしても流麗な外観を追求した車ではないでしょうか。 それに対して欧州的クーペというのは、グランツァラーとかコンティネンタルスタイルと密接に関係し、 後席を狭くし(或いは無くし)てでも荷室を大きく取り、 また空力的な形状を備えて長距離旅行に適した形を追求した車なのだと思うのです。 そう考えるとシューティングブレークとは、クーペの定義をアメリカ流に考えるならば 荷室を狭くしてでも流麗な形を追求した車に大きな荷室を後付けしたという矛盾を抱えた車ですが、 欧州的に考えるならばクーペの機能を発展、拡大させた車と考えられるのではないでしょうか。 (・・・・俺って理屈っぽいなぁ・・) 日本の場合はアメリカ流でしょうか。その辺はまた明日以降に続くかも・・
アメリカのクーペと欧州的クーペ、なるほど。 もう一つ、欧州にあってアメリカに無いんじゃないかと思うのが、 レーシングシーンにおける、流線型クローズドボディの隆盛。 スピードの偶像(アイコン)としてのファストバックが、アメリカン クーペの根っこには無いんではないかと。 現代のアメリカ人にとってのクーペ像は、ストックカーを偶像にした 60年代のマッスルカーが原像かも、という気もします。
553 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/11/22(木) 01:00:58 ID:VRM4bPYg0
>日本車のクーペ ミツオカ・オロチが忘れられてる件
554 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/11/22(木) 03:10:18 ID:FPOBXIPUO
そういや、ミドシップ・エンジンの車って、クーペの範疇に入るかどうかが見落とされていますね。
555 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/11/22(木) 23:12:12 ID:VRM4bPYg0
>ミドシップ・エンジンの車 クーペもあればワゴンもミニバンもある
そういえば、昭和30年代に「マイカー」という和製英語を創案した星野芳郎さんが 今月の9日に亡くなってたんですよ。85歳でした。 この方が「クルマ・20世紀のトップランナ−」という本を岩波ジュニア新書から1987年……20年前に出してるんです。 これ、世界の自動車史を中学生レベルで理解できるように 文化的背景まで敷衍して、クルマの最初から1980年代時点の状況まで解説した好著だったんですが、 この本文中で既に星野さん、「日本では将来ミニバンが普及する」と予言してたんですね。 これから自動車の使い方が変わってくる、アメリカ的なミニバンが日本にも普及する、と…… 10年近く後のトレンドを言い当てていた。 偶然ながら、そこに入っていたイラストで、レジャーを楽しむ家族の後に止めてあった車は フルキャブオーバー1ボックス全盛だった当時の日本ではまだ一般的でなかった セミキャブオーバー形ミニバンだったんです。 もちろんアメリカではセミキャブオーバー形が当時から普通でしたが、 カット画家が星野さんに指示されたのかは知るよしもありません。 セミキャブが日本でも当たり前になったのは、この10年ばかりですね。
星野芳郎氏、召されちゃいましたか。 カッパのあの本は、むさぼるように読んだ憶えがあります。 「クラウンは油圧クラッチの出来は良いが、交差点ではスバル360に置いていかれる」 「いろいろな車のデザインを混ぜたコンテッサ」 「後席の居心地のよろしくないスカイライン・グロリア」 と、辛口の文が小気味良かったものです。合掌。
559 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/11/23(金) 12:01:01 ID:dzGZ4ZMU0
星野の文は予言じゃない。 当時すでにプレーリーもシャシオも発売していた。 そしてエスパスも。
560 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/11/23(金) 12:03:49 ID:dzGZ4ZMU0
アメリカ的なミニバンは日本に普及していない。 日本に普及したのはミニバンより小さいミニミニバン。 ノアとかセレナとかステップWGNだな。
561 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/11/23(金) 12:07:05 ID:dzGZ4ZMU0
ミニミニバンより小さいミニミニミニミニバンも。 コンパクトカーを無理やり3列シートにしたやつ。 シエンタとかキューブキュービックとかモビリオだな。
562 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/11/23(金) 12:11:34 ID:dzGZ4ZMU0
日本でアメリカ的なミニバンは普及しなかった。 その証拠にラグレイトはまったく売れなかった。 要するに星野は10年後のトレンドを言い当ててない。
563 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/11/23(金) 12:15:14 ID:dzGZ4ZMU0
セミキャブオーバー形が日本に普及したのは衝突安全のせいだな。
>>550 > つ スバル R1
R1はクーペなのか? と思いましたが、よく考えてみるとR1もクーペでした。
そう言えばR1と似たボディ形状のスマート・フォーツー・クーペは、はっきりとクーペを名乗っていますね。
>>551 > クーペと名乗ってはいなくとも今流行りの“クーペ・カブリオレ”だってクーペのバリエーションでしょうし、
“クーペ・カブリオレ”はクーペではなく、むしろカブリオレのバリエーションではないでしょうか。
例えばBMW3シリーズ・カブリオレは、先代までの幌から現行型は“クーペ・カブリオレ”になりましたが
それとは別に、固定ルーフのクーペもありますから。
>>551 > 補助扉も備えるとは言えRX-8もクーペと呼んでもいいでしょうし、
RX-8はクーペなのか? と思いましたが、確かにRX-8もクーペですね。
ちなみにRX-8のカタログには、はっきりと4ドアクーペと書いてありました。
>>553 > ミツオカ・オロチが忘れられてる件
CG誌巻末の新車価格表をしっかり調べたつもりでしたが、すっかり見落としていました。
ところで、ミツオカはメーカーと言えるのでしょうか?
CG誌巻末の新車登録台数表を見ると、ミツオカは“その他”扱いになっています。
どうやら日本自動車販売教会連合会はミツオカを正式なメーカーとして認めていないようです。
教会→協会orz
>>565 私はクーペ・カブリオレって開け閉めは簡単でも開くと荷室が使い物にならなくなるので閉めた状態が標準で
言わば昔のドロップヘッドクーペのようなクーペのバリエーションかと思っていました。
・・まぁ、実はどっちでも良いのですけど(w
>>557-558 星野芳郎さんという方は存じていましたが、そのような著書が有ったとは知らずにいました。
87年頃にミニバン型が流行すると予想されていたのは面白いところ。
日本で当時既に売られていた三列シートの荷客両用車で、三菱シャリオは乗ったことが有りませんが
ニッサンのプレーリーは酷い代物でしたし。(古くなってから乗ったので余計に印象悪い)
あの頃には、あんな形状の車が一般的になるとはとても思えませんでした。
中を狭くしないと外側は格好良く出来ないというのは間違いでしょうが、
大きさの割りには中が狭い車を作ってしまうのであれば、とにかく外側は格好良くなければ
その車には存在する意味が無いと言って良いと思います。
日本でクーペが流行らなくなった理由の一つは、同じく中の狭い4ドアハードトップと比較しても
格好の良くない物が大量に作られた事。そしてそれらは扉が少ない分、更に使い勝手が悪かった事。
また、メーカー自らがクーペの意味を見誤った事。これ等が同時に有ったと思うのです。
クーペって、元々が日常の実用には向かない車種であって、そんなに一杯売れる物ではないと思うのですが
“デートカー”流行の波に乗って、一時期大量に作られ過ぎた気がします。
昨今は“自分を格好良く見せようと気取る事自体が格好悪い”みたいな風潮が有って
一部からはクーペに乗ることは“気障で格好が悪い行為”と思われているのかも知れません。
確かに日常的な使い勝手の良くない物を痩せ我慢して使っているのであるならば、
それはは“賢い消費者”がすべきことではないでしょうが
モデルチェンジすれば数年で見られなくなる愛着も何も沸かないつまらない物を選ぶのもまた
賢い消費者のする事ではないと思います。大体、賢い消費者である事にどれ程の意味があるのでしょうか。
星野がミニバンが普及するって予言したのは87年。 しかし徳大寺は83年にすでに予言していた。 シャリオの試乗インプレ記事で。
>>562 ラグレイトってアメリカで売ってるオデッセイだよな。
カッコ良くて室内も荷室も広かったのにすぐに消えたっけ。
やっぱり日本でアメリカ的ミニバンは売れないってことか。
>>567 ミツオカってメーカーだろ。
オロチもゼロワンもちゃんと型式指定をもらってる。
メーカーじゃなけば型式指定をもらえない。
最近レス番だけ増やす原因になってる携帯厨1匹 揚げ足取り連投ウザイ オモロイネタがあるかと思えばただの2行3行連投じゃねーか つまらねー悪態ばかり書いて、PCも買えないのかおのれは
>>556 > 我が国では一時期“室内の広さを犠牲にしてでも格好を良くする”手段として
> (実際に格好良かったかは別ですが)4ドアの利便性を兼ね備えた4ドアハードトップなる物が有りました。
ピラーレス4ドアハードトップは、サイドガラスを全開にした時の開放感が魅力的でした。
けれどもピラード4ドアハードトップとなると、普通の4ドアと何も変わりませんよね。
そう言えば、いつの間にか4ドアハードトップは少なくなりました。
今月のCG誌巻末の新車価格表で日本車の4ドアハードトップを調べたところ、レガシィB4だけでした。
>>572 > メーカーじゃなけば型式指定をもらえない。
型式指定はメーカーに限らず取得することが出来ますよ。
>>574 もはや「ハードトップ」じゃなくて、単なる「サッシュレスドア」だな。シトロエンDSと同じ。
レガのあれもいい加減止めたらどうかなと思うんだけど。メリッとないし。
>>576 > もはや「ハードトップ」じゃなくて、単なる「サッシュレスドア」だな。シトロエンDSと同じ。
そう言えばC6も同じですね。
シトロエンはサッシュレスドアに何かこだわりでもあるのでしょうか。
なんだか最近、なんとか少ないレス数で512kb埋めようとする私と、
それを阻止しようとする他の人達とのせめぎあいみたいな塩梅になってきたなぁ・・(w
>>577 特にこだわりとかは無いと思いますが、あれ、ドアハンドルに手を掛けると少しだけ窓ガラスが下がり
気密性を無くすような工夫が有ったりと、結構凝っているのですよ。
4ドアピラーレスハードトップは、以前書いたように実家に有った初代コロナ・エクシヴで経験しましたが
あのサイズではリアドアの後下部にホイールハウスの切り欠きが大きく、
故にサイドウィンドウが完全に下りないので、却って開放感が無くなっていました。
アレはやはり、大きなアメリカ車でないとサマにならない形式だったのでしょう。
ところで・・先日そのネタ振った本人が言うのもナンですけど・・。
4ドアピラードハードトップの定義ってナンなのでしょ?サッシュレスドアのセダン(サルーン)とは違うのですかね?
(我ながらいい加減 w)
三列シートの車の話の続き。
キャブオーバー型のバンをベースにした7人〜8人乗りっつうのも一時期流行しかけた事がありましたが、
衝突安全性は当然有ったでしょうが格好が悪いのと操作感覚に違和感が有るのも大きかったと見えて
現在のミニバン型に駆逐されたのだと思います。
三列シートを持つ乗用車自体は昔から有りましたが、それを現代的に洗練した形で提出したのは
ルノーの初代エスパスだったと思います。
この車のコンセプトは、飽くまでミニバン型の欧州風の呼び名にもなった“モノスペース”であり
僅かに早く登場したクライスラーのボイジャーとは、やや狙いは違っていたように思います。
で、別にそれで悪いと言う事ではありませんが。
現在のミニバン型、普及するに従い結局はエスパス以前にも存在した形状に戻ってしまった感が有ります。
例えばオデッセイなど、シトローエンCXに存在した“ファミリアール”そのものですし、
背の高いミニバンの多くはT型フォードから存在した木製ワゴンの直系でしょう。
>4ドアピラードハードトップの定義ってナンなのでしょ? >(我ながらいい加減 w) いやあ、ピラードハードトップの言葉自体、いい加減なもんでしょうw 『ピラードハードトップ』の初登場は、1971年モデルのFord LTD Broughamだと思うのですが、 市場はハードトップ全盛の一方、連邦安全基準の締め付けが強まって、ピラーレスの4ドアHTでは ロールオーバーを初めとする基準のクリアが難しくなってきた頃です。 Fordは1971年モデルでLTDが新ボディに移行する機会を捉え、 ・売上げの伸びない、LTDの4ドアセダンをラインナップから落とす ・今後の規制対応に備え、ピラー付き、サッシュなしのボディをまず保守層向けLTDに投入 ・HTの一種であることをアピールするため、ピラードの名前をひねり出した こういう商売上の理由なんでしょうねw 同じようなピラー付き、サッシュなしのリンカーンは、特別な名称もなしで売っていた訳 ですから変なものです。 この名称をそっくり頂いたのがトヨタクラウンのピラードハードトップ。 セドグロのピラーレスHTに遅れること3年、後追いでピラーレスを出せば面子が立たない。 そこで 『アメリカの大型車を買って、実際に崖から落としてみると屋根が潰れてしまう。 安全を考えるとピラーレスは成り立たない。トヨタの回答はピラードです』 と、みごとにプライドを保った上、セドグロに当てこすりする商売上手な所を見せました。 このクラウンHT、実はセダンベースではなく2ドアHTと多くのパネルを共用していて、 よりお安く高額車が作れる、一粒で二度美味しい商品になっていました。 そうやって『うちは安全のためにピラードで行きます』と見得を切ってから10年。 みんなが忘れた頃に、ピラーレスのカリーナEDをしれっと出してまた儲けちゃう。 いやはや、なかなか商売上手なものですw
>>578 > 特にこだわりとかは無いと思いますが、あれ、ドアハンドルに手を掛けると少しだけ窓ガラスが下がり
> 気密性を無くすような工夫が有ったりと、結構凝っているのですよ。
あの仕組みは、むしろ走行時の気密性を確保するためでしょう。
サッシュレスドアはサイドガラスがウェザーストリップを外側から押さえているだけですから
速度が増すにつれて負圧でドアガラスが浮いてしまうのです。
そこでサイドガラスを押さえる溝が必要なのですが、そうするとドアを開閉する時に引っ掛かります。
それでドアを開けようとした時にサイドガラスが少し下がるようにしているのですよ。
>>578 > 特にこだわりとかは無いと思いますが、
シトロエンはサッシュレスドアに特にこだわりは無いとのことですが、それは本当でしょうか?
個人的な印象ですが、サッシュレスドアは何となく安っぽく見えて、高級セダンに相応しくないと思います。
世界中の高級セダンを見ても、サッシュレスドアの車は見当たりません。
シトロエンC6にしても、先代XMと先々代CXはサッシュドアでした。
それなのにC6がサッシュレスドアとなったのは、何かこだわりが有るはずです。
いやむしろ、何のこだわりも無く高級セダンをサッシュレスドアにする事は有り得ないでしょう。
そりゃDSへのオマージュかもしれん
>>579 成る程。その辺は全く知らずにいました。そう言えばあの当時、クラウンは
「ぺリメーター・フレームボディーだからピラーレスにすると強度が出ないのを苦しい言い訳で誤魔化している」
みたいに言われていた記憶があります。まぁ、実際にはその辺どうだったのかは知りませんが。
>>580 ボディー側にガラス溝は無かったような気がしますが、あんまり自信無し。
サッシュレスドア自体、何かメリットって有るのでしょうかね?
DSではデザイン上欠かせない要素だったかも知れませんが、
C6の場合等に限らずピラーもルーフも安全性の確保の為か厚みが有る最近の車の場合では
閉めてしまえば、言われなければ特に誰も気にしないようなところでしょうし。
4ドアハードトップって言い方、結局はメーカーの独り善がりみたいなものだったのでしょう。
最近登場した、4枚の扉を持ちつつ流麗な形を追求した車には4ドアクーペと名付けられる事が多いみたいです。
(ボルボのS60、メルセデスCLSなど)
4ドアハードトップという呼び方が、今や陳腐だからとこう呼んでいるのかも知れませんが、
セダンをベースに、先日書いたような“中の広さを犠牲にしてでも見た目の形を追求する”という
アメリカ的発想のクーペにした訳でしょうから、4ドアハードトップという呼び名よりは相応しいのかも。
ただ、4ドアクーペという呼び方にしても60年代にローバー辺りに有ったような気がしますし、
一度マツダがランティスで使ったとも記憶していますからあまり新鮮味は無いと思います。
それどころか。元々クーペは「箱型2人乗り馬車」の事だという事を踏まえて考えてみると・・。
先日ブガッティ・ロワイヤルの“クーペ・ナポレオン”を「今で言うクーペの定義を全く無視している」と書きましたが、
使用人(運転手)は数に入れないと考えれば決してそうと言う訳ではなく“クーペ”そのものであった訳です。
そう考えて行くと「4ドアクーペとは後席の乗客二人の為の車であり、この場合ドライバーは使用人に過ぎない」
・・ということには・・・・まぁ、ならないだろうな・・(w
584 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/11/26(月) 06:43:50 ID:vZNUkA56O
むしろ、オーナードライバーのためのスポーツ・サルーンボディというふうに解釈した方がいいのでは?
>>583 > ボディー側にガラス溝は無かったような気がしますが、あんまり自信無し。
メッキモールとウェザーストリップの隙間にドアガラスの上端が少し嵌まり込むのです。
シトロエニストなら今後C6を見かける機会が多いでしょうから、実車で確かめてみては如何でしょう?
>>583 > 4ドアハードトップって言い方、結局はメーカーの独り善がりみたいなものだったのでしょう。
> 最近登場した、4枚の扉を持ちつつ流麗な形を追求した車には4ドアクーペと名付けられる事が多いみたいです。
2ドアハードトップという名前も、今では2ドアクーペと名乗っている車が多いようです。
例のニッサンの広告文句には“スカイラインは、クーペ文化を守り続ける。”とも書いてありますが
歴代スカイラインを振り返ると、6代目までは2ドアハードトップを名乗っていましたね。
>>583 > 一度マツダがランティスで使ったとも記憶していますからあまり新鮮味は無いと思います。
ランティスはハッチバック付きでしたから、5ドアクーペと言う事になりますね。
>>584 まぁ、普通はそうでしょう。つか、メーカーの狙いはそれなのでしょう。
要はクーペとクーペ・ド・ヴィルとは名前は似ていても全く別物で、セミクジラとセミオートマくらい違うという話です。
(キレが無い・・)
>>585 其処に溝が設けてありましたか。ショールームで確認してみます。
元々ハードトップという呼び名はボディー名称としては不適当だったと思うのですよね。
ボディー名称としてのハードトップが存在するならば、
ロードスター等に幌代わりに後乗せする硬い屋根は何と呼べば良いのか?って思うのです。
ところで、先日シューティング・ブレークの話が有りましたが、今度ミニに追加されたエステートモデルは
BMW自らが「シューティング・ブレークです」と説明しているとか。
CGの試乗記事の中では、この言い方について「BMWグループらしく“ツーリング”じゃだめなのだろうか」
と書かれていましたが、私はこの車はシューティング・ブレークと呼ぶ方が相応しい気がします。
乗降用のドアが二枚という成り立ちもそうですが、それ以上に初代ミニの正統な後継である事を示す為には
あえて英国調にそう呼ぶ方が良いと思うのです。
“ツーリング”も英語でしょうが、ローバー辺りはエステートモデルを“ツァラー”と呼んでいましたし、
この“ツァラー”っつうのも昔のベントレー等の4座オープン(アメリカ調でいうフェートン、フランスのトルペード)を
連想しますから(普通しないんだろうなぁ・・)あんまりピンと来ないところが有りますし。
前スレだったかで、ボルボのC30の話も有りましたが、この手の2ドア+ハッチのクーペ的なワゴン、
日本では例の大きなドアの開け閉め問題も有り難しいところもありますが、少し流行るかも。
新フィアット500辺りにも“ジャルディニエラ”が追加されないでしょうかね??
>この手の2ドア+ハッチのクーペ的なワゴン かつてEXAという徒花が…
>>588 > CGの試乗記事の中では、この言い方について「BMWグループらしく“ツーリング”じゃだめなのだろうか」
> と書かれていましたが、私はこの車はシューティング・ブレークと呼ぶ方が相応しい気がします。
BMWミニはBMCミニの後継車ですから、シューティング・ブレークと呼ぶべきですよね。
しかし車名がカントリーマンでもトラベラーでもなく、クラブマンを名乗るのは相応しくない気がします。
>>588 > ローバー辺りはエステートモデルを“ツァラー”と呼んでいましたし、
> この“ツァラー”っつうのも昔のベントレー等の4座オープン(アメリカ調でいうフェートン、フランスのトルペード)を
> 連想しますから
そう言えば以前、トヨタ・マークIIに“ツアラー”を名乗るバリエーションがありました。
もっとも、マークII・ツアラーはワゴンでも4座オープンでもなく、4ドアハードトップでしたが。
>>589 > かつてEXAという徒花が…
アコード・エアロデッキという徒花もありましたよ。
EXAって、ボディー後半部を乗せ代え出来るってのが売りになる筈だったのが、
当時の規則だかなんだかで許可されず、中途半端になった代物じゃありませんでしたっけ?
>>588 クラブマンが売れたら、更なるバリエーション追加で木枠(今では恐らくダミーになるのかも?)をあしらった
“カントリーマン”を出す計画が有ったり・・(しないかな?)
ボディー形状と、その呼び名の話ってのは以前にも有りましたが、地名が由来というのも結構多いのだとか。
先日少し話に出たリムジーンなんてのも、フランスのリモージュ地方がその語源だそうです。
で、ドイツではセダン型をリムジーン(リムジーネ)と呼び、フランスではベルリン(ベルリーヌ)と呼ぶ。
このねじれには、以前エロスパ氏が
「その土地で使われるものにその土地の名前を用いる方が少ない」とのもっともな指摘が有りました。
つまり洋酒が無かった頃には酒と言えば日本酒であり、わざわざ“日本酒”と呼ぶ必要は無かったのだと。
フランスでは昔はツードア(フォード式表記法 w)の軽快なセダン型をコーチと呼び、
ベルリン(元々大型馬車の意)と区別していたようですが、最近の小型車などでは
クーペに代わる扱いを受けている物も多いような気がします。
プジョー207の強力版、GTやGTIは2ドアにのみ用意されるという具合に。
しかし4ドアとルーフラインを共通する2ドア車しかないのはちょっと淋しいところ。
シトローエンも、クサラでは単に扉が二枚になっただけのモデルをクーペと呼んでいたのを
C4でははっきりとクーペ/サルーンの形をを変えて来たように、
やはり扉の枚数だけではなく全体形も変えて、選ぶ側を楽しませてくれる車が多く現れてくれると良いのですが。
もっとも、2ドア/4ドアでルーフラインが共通という事は、恐らく近く出るであろうワゴン版“207SW”も
ボルボC30とかミニ・クラブマンのような“シューティング・ブレーク”版(つまり乗降用扉は2枚)っつうのを
作る事も出来るでしょうから、そんなのも少し期待してみたり・・。
2ドアベースで荷室を拡大したボディーにGT並みの強力版エンジンを組み合わせた小型ワゴン、
結構魅力的なのではないかと思うのです。
594 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/11/28(水) 20:05:06 ID:NzENA9J2O
ウッディーなワゴンって死滅して久しいね。 ミニ同様、往年のクライスラー・ニューヨーカーみたく300C・ツーリングにもウッディーオプションがあったらウケるのに。
>>593 > EXAって、ボディー後半部を乗せ代え出来るってのが売りになる筈だったのが、
> 当時の規則だかなんだかで許可されず、中途半端になった代物じゃありませんでしたっけ?
ノッチバック形状とワゴン形状の2種類のハッチバックを、ユーザーが簡単に交換できる仕組みでしたね。
日本で許可されなかったのは、どんな理由だったのでしょうか。
ボディ形状が変化するのは、脱着式ハードトップの車も同じですから問題ないでしょうし
ボディサイズ自体は変わりませんから、許可されなかったのは疑問です。
>>593 > 2ドアベースで荷室を拡大したボディーにGT並みの強力版エンジンを組み合わせた小型ワゴン、
> 結構魅力的なのではないかと思うのです。
BMWにMクーペという車がありましたね。
Z3ベースで荷室を拡大したボディーにM3並みの強力版エンジンを組み合わせた小型ワゴンでした。
実に魅力的な車だったと思います。
M3並みの→M3のorz
>>594 ビュイック ロードマスターって絶版ですか?
>>598 今のラインナップは悲惨なものだよ('A`)
本国のホームページ見てごらん。
600 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/11/29(木) 03:09:02 ID:MlW2toQXO
ビュイック・ルセーヌあたりもなかなか目立たないからなあ。 オールズモビルは亡くなったし、ポンティアック、ビュイックもかつての輝きがない。馬鹿デカいトラックばかりが目立つ今日のGMのラインアップ。
601 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/11/29(木) 20:44:46 ID:MlW2toQXO
キャディー、シェヴィー、GMC、ハマー 、いずれもトラック型ワゴンで食いつないでいる訳ですわ。
・・アメリカ車は一体何処に行くのでしょうね?
>>595 どうして許可されなかったのか本当のところは知りませんが、やはりボディー寸法の何処かが変ったのでしょうか。
或いは車重とか?
最近はそんなにうるさい事を言われないようで、クーペ・カブリオレなども問題無く認可されるのですから
ああいう試みがまた有っても良さそうな気はします。
(ふと思った、私の車の車検証の車高って、一体どの状態の物なんだろ・・?)
>>594 ウッディー・ワゴンの話というのも、此処の初代スレでシューティング・ブレークネタからの発展で有りまして、
重複するところは多いのですが少しだけ。
以前、私は木製ボディーで架装されたワゴンってのはアメリカ、フォードがコマーシャルシャシーを用いた
それというのが始まりとおもっていたのですが、ヨーロッパ(英国等)でも結構古くから有り
元々シューティング・ブレークとはそのようなものだったみたいでもあります。
要は猟犬等を乗せる荷室部分を汚れても拭き取りが容易な木材で作ったもの。
アメリカ製大衆車のワゴンもその点は同様な理由から木材を用いたのでしょうが、
こちらは7人乗りが出来るように向かい合う配列の座席を押し込んでいます。
つまり、英国貴族等が犬を乗せたような空間に、アメリカ人達は人を乗せたという事に・・
ですから、ボディー外装に木目をあしらうのってアメリカ的な趣味みたいな気がしますが、
実は欧州的なシューティング・ワゴンをアイドルとした物と思った方が良いのでしょう。
もしも自分でデカール等を用いて外装に木目をあしらうのであれば、ステーションワゴン等にすべきで
ミニバン型でそれをやってしまうと、本来猟犬等を乗せる空間に家族を押し込んでいる事になるのかも・・?
ついでに、以前このスレでその話が出た時に話題になったサイト
http://www.oldwoodies.com/ 此処は大変面白いですので、機会が有ったら是非御覧になる事をお奨めします。
604 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/01(土) 02:58:28 ID:q1P0Y4nGO
フィリピンの、ジープニーって呼ばれる乗り合いタクシーなんかもそれらの範疇に入るんだろうか。 英国のデイムラー、ロールス・シルバーゴーストや初期日本車に於いても、後部荷台を客席に変えて運用していた例があったはず。
605 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/01(土) 03:12:19 ID:q1P0Y4nGO
「自家用車」という感覚が定着しない、モータリゼーションが大衆化していない段階では、乗り合いタイプの車体が運用されているものと思われ。 もっとも共産国などでは、トラックの荷台に、沢山の人が荷物同然に運ばれる場面を見かけるが。
606 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/01(土) 03:32:05 ID:q1P0Y4nGO
ピックアップというのは、そもそも作業車をそのままレジャー使用できる自家用車として使う感覚。 後部座席を設置したり、荷台をトランク同様に蓋と施錠ができるようにして、一般使用できるようにしているが、日本で使用するにはちと大きすぎる…。
607 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/01(土) 03:40:59 ID:q1P0Y4nGO
荷物を置きっぱなしにできる程デカい後部ラゲッジ・スペースというのは、どうも平均的日本人の感覚に合致しない。 大きいとしても、ワンボックスのように7人乗れるぐらいの車体が日本では好まれるようだ。
>>602 EXAの件については当時の資料を検証してみました。
1 ボディ形状の変更が一人では容易ではない
2 重量の変化が大きすぎる
3 ボディの後端部の開放による車体形状の車検証上の不一致
4 部品の強度の計算が違うのでそれぞりに別の類別型式になった
であるとされています。
まず、1について、たしかに一人では到底ハッチの取り外しは出来ませんw
二人でもどうだかなぁw
2については スプリジェットのウレタンバンパーと同等の重量差がありますw
3は箱型なのか、ピックアップなのか、ステーションワゴンなのかどちらなのかという見解の相違。
なるほど、お役所はハッチ/キャノピーをはずして走行した場合も考えたということです。
4についてはFC3SでもATとMTでは類別型式が違うという車はフロア形状が違うということもあるのですが
現物はハッチ以外に変更点が無いため、コレは違うと思われます。
主たる理由は3に尽きるのでしょう。
だから、ハッチの変更は出来ないようになっていたのでしょうねw
>>608 本質的には、2の方が課題だと思うんだけど……
当時の役所の融通のきかなさの証左みたいなものか
役所が認めなかったんじゃないんです。 あれは日産の販売方針で決めたことなんです。 別々の車にして売ったほうが儲かると考えたんです。 だからハッチを変更できないように蝶番の形が違うんです。
611 :
泉 こなた :2007/12/01(土) 14:36:20 ID:Wu/GYLlQ0
meerlove
>>603 デボというかデポ・ハック(depot hack)ですね。depotは駅のこと。
アメリカで鉄道が急速に発展して、その周辺に街やホテル、観光名所が生まれて、
その客を駅まで送迎するサービスのために発展したのがデポ・ハックです。
手軽に大勢を乗せてゆけるので、ご近所揃って教会の日曜学校へ行くときなどにも
重宝されたそうです。
>>612 成る程、デポでしたか。(最近老眼気味で小さい字を良く読み違えるのです w)
那須高原に有る方のT型は寒いところで使われたものか、若しくは幾らか高級なリゾートで使われた物でしょうか。
604の書き込みを見て思い出しましたが、英国製ディムラーの小型バス(1899年製)
http://proxy.f2.ymdb.yahoofs.jp/users/e6ddb2d7/bc/7fb6/__hr_/6e44.jpg?bcbBCyHB7fSVVBhF 時代もやや異なることから、自動車そのものの存在意味も違い、希少価値があったことでしょうが。
使われる環境も恐らくはT型とは格が違う所だったのでしょう。
ところで。パルサーEXAなんつう車を今になって気にする事があるとは思っていなかった・・(w
同世代(だっけ?)のセダン版にスッドのエンジン積んだアルファとの混血ARNAとかならともかく・・
>>610 意外に定説ってアテにならないことも有りますし、それが真実なのでしょうか。
蝶番の話は何処かで聞いた事が有りますが
「後から着せ替え出来ないように、役所が指示した」って話も聞いた事が有り、てっきりそうと信じていました。
考えて見れば扉等の開閉部分っつうのはそれなりの強度が必要なところな訳ですから、
或る程度の重量になるのは避けられ無い事で、ふさ先生も書かれたように一人では取り外しは無理でしょう。
ロードスターやカブリオレ用に後乗せするハードトップ等でも、外した時の置き場所に困る人って多いですし、
もしも着せ替え可能にされていても、日本では恐らく絵に描いた餅で終わったかも。
こうした問題は昔から有ったようで、英国のあるコーチビルダーはこんなことを考えたとか
http://proxy.f2.ymdb.yahoofs.jp/users/e6ddb2d7/bc/7fb6/__sr_/56ed.jpg?bcLUCyHBk.9wNR78 車庫が無いと無理なのは言うまでも無いですけど、そこまでして着せ替えしたいか?(w
ボディー外板がストレスを受けないスケルトン構造ならば着せ替えも簡単でしょうけど
(マツダAZ-1が最初、そんな事を考えていたようではありませんでしたっけ?)
それでも扉部分を簡単には変えられないでしょうねぇ・・。
↑トリンプwスタッグ、寅と言へば英国ライトウエイトスポーツの中でも
バンカラで鳴らしたメイクでありますから何かその辺に思ふところがあったのでせうか。
その手の骨だけ残したオープソならアテクシはBMW02〜3初期のバウアー製カブリオレですな。
http://www.automag.be/IMG/jpg/cabriolet_Bauer.jpg 要するにモノコックの屋根まともに切り飛ばしては剛性が下がり杉る、
まぁアルファロメオのやうにフロアパン1枚を主要応力部材にとは割り切れなかったのでせう。
追記・補完、 >モノコックの屋根まともに切り飛ばしては剛性が下がり杉る これは02だののバウアー製の話でありまして、寅やらMGの当時モノは 自走可能なシャシに皮を被せたある意味前時代的な構造、 今にして思へば開口部の大きなオープソボディー架装してもドライヴァビリティに影響のある 剛性低下は起きなひ設計、であれば寅の場合骨付ける意味合ひは無ひ訳です。 となれば、やっぱりなんかバンカラな意味付けがあったんでせうかねぇ? ダサひほどカッコEとかね。w
8輪車やV8の2輪車やヤヌスなど「売るなよこんなもの」なゲテモノもかなりあって、これはこれで楽しめますし、 メーカー側のあらゆる不見識・無配慮な作られ方で失敗したエドセルやピントが、 批判の対象になるのは当然か。トラバントやユーゴは一種論外。 T形フォードをアイロニカルに捉えるのもまた一見識だと思いますが、 まともな歴史的車両への評価は……頷けるところもあるけど…… デソート・エアフローは「他の全てが後世に残る技術的価値のあった車」なのに 流線型デザインのナニっぷりで全てを台無しにした例ですな。ドーフィンはそこまで酷い車か? ロータス・エリートは「チャップマンのエキセントリックさ」のややこしい産物。これはまあいいでしょう。 インペリアル、EタイプV12なんかは、まあ同種のダメな車多数の代表に挙げられたようなもんでしょうか。 MGAツインカム……傑作車にダメエンジン積んでしまったバージョン、という事例は幾らでもありそうな…… 70年代以降の英国車やイタリアンGTは、品質管理や設計消化の悪さによるトラブルが、叩きの対象でしょうね。 ペーサー、グレムリン、シェベットは、デトロイトが小型車も満足に作れないという証拠。 小型に限らず、ダメになってからのアメ車はいくらでも対象に挙げられますね。 ハマーやエクスプロラーを筆頭に、無駄にでかすぎるか、品質管理がなってないか、 又はその両方という共通した根本問題で。 新ムルティプラwは無茶なデザイン、ジャガー・タイプXは「お手軽ジャガー」としての批判対象、 BMW・7シリーズはデザインとiドライブへの叩き、…… デロリアンの堂々ランクインにもワロタが、モーガンのLPG仕様……悪い冗談の極致だw 日本車が一台も入っていないのは、喜ぶべきなのか、存在感の無さとして悲しむべきかwww
>>610 > あれは日産の販売方針で決めたことなんです。
> 別々の車にして売ったほうが儲かると考えたんです。
その当時のニッサンは、サニーをベースにして数多くの車種を作っていましたね。
エクサの他にもパルサー、ラングレー、リベルタビラ、ローレルスピリット、RZ-1等々がありました。
とても憶えきれない車種が次から次にと増えて行き、そしてあっという間に消えました。
例へばね、TR-7とかエリートにダメ出すんならなんでTVRとかリライアントをノミネートせんのか?と。 寅だの蓮だのがダメならTVRやリライアントなんざ存在自体がダメだらう、と。w まぁその辺はメイクとしての体をなして無ひと言はれりゃそれまでなんですが、 それ言ったら蓮だってそれに毛が生へたやうだろ?と。w XKEがダメなら12気筒フロントエソジソの一連のフェラーリだってエソジソが全て あとなんにも無ひクルマってことになっちゃう。さういふもんでせうか? なんか一部抜粋の一罰百戒wみたひな気がしてせうが無ひのです。
>>613 > パルサーEXAなんつう車を今になって気にする事があるとは思っていなかった・・(w
> 同世代(だっけ?)のセダン版にスッドのエンジン積んだアルファとの混血ARNAとかならともかく・・
エクサは初代がパルサーエクサを名乗り2代目は単にエクサを名乗っていました。
例のハッチバックを交換できるエクサは2代目のほうです。
アルナは初代パルサーエクサと同世代の2代目パルサーのセダンがベースでしたね。
さて、 このスレを見ている人はこんなスレも見ています。(ver 0.20) TVRを助けてください [車種・メーカー] つうところでTVRコテンパンはいささか申し訳無ひ気もしますし、 まぁこれもそっち方面でさんざ言はれたネタでせうが 助けて下さひっつはれてもモノがTVRですから助かん無ひのです、ご容赦。w まぁ今更言ひ訳しますがw、TVR、一切のドライヴァーアシストを斬り捨てた 潔ひ凶暴な野蛮さ、ぢつはアテクシ結構好きですよ。w ダメ出されたマゼラーティ・ビトゥルボもそのクチ、アテクシもダメだダメだと言ひながら その身も蓋も無ひ乱暴さはぢつは結構好きっつう。w
アナルに関しては、アテクシも立場上言ひたひことはゐろゐろあります。 が、言っても詮無きこと、ましてや瞬時に消へた物件ですから 今更ほぢくって悪口言っても仕方ありますまひ。 アナルで重要なのはクルマ本体はだうでも良く、工場のはうです。
2代目パルサーのセダン→2代目パルサーのハッチバックorz
>>621 そうでしたか。しかし教えて頂いてこう言うのは失礼と思われるかもしれませんが、
憶えていても仕方が無い事のような気もします。
勿論、これは偶々記憶されていた方を揶揄するつもりで書いているのではなくて、
エロスパ氏が書かれたような「本体はどうでも良いクルマ」を次々と作って片っ端から忘れられた
当時のメーカーの姿勢に対する批判であります。
“The 50 Worst Cars of All Time”
興味深いところは有りますが、かなりアメリカに偏っている印象が有りますね。
「憎みきれない駄目な人」みたいなものを集めているのかと思えば、
本当に駄目でメーカーの印象を悪くしてしまったような物も有るという具合。
また、「これの何処が悪いと言うの?」みたいなのも多く有ると思います。
もしも私がこういうのを選ぶならば、前者に徹して過去にこのスレッドに出たような車を幾つか入れます。
ブガッティ・ロワイヤルとか、デューセンバーグSJ、ナッシュ・メトロポリタン、パナール・ディナミーク等は
欠かせないところでしょう。モーガン4/4とか、2CVも入れても良いかも。
エロスパ氏は
>>620 で“XKEがダメなら〜”と書かれていますが、あれは“1974 Series III”ってところが肝でしょう。
間延びした+2ボディーが標準で、大型のグリルを持つシリーズVの形は
私もオリジナルの良さを台無しにしていると思いますし、乗ってもかつてのような野蛮一歩手前の豪快さは
失われたと言われていますから。
つまり、アレを選んだ人はそれだけシリーズTやUのEタイプに好印象抱いているのだろうと思われます。
しかし、最もダメなのは時代の中での位置付けだの生産側の都合と言った車そのものの出来とは全く無縁な
その背景しか語りようの無い車でしょう。
日本車が入らないのは、何処をどう語るか悩むしかないからでも有るでしょうし、
それ以前にどんな車が有ったのか、数年で忘れられるからでもあると思います。
>>625 > 勿論、これは偶々記憶されていた方を揶揄するつもりで書いているのではなくて、
いいえ。偶々記憶していたわけではないですよ。
別冊CG自動車アーカイヴ80年代の日本車篇をパラパラ見ながら書きました。
ところで憶えていても仕方が無い事を覚えている人をオタクと言うのではないでしょうか?
しかし、”極悪”と銘打ってゐますが、アテクシなら本当に極悪と評価したいのは 悪くすると人命に関はる欠陥を尻ながら放置したりといった例でせう。 それに類するのはそれこそ一連の身潰し車の偽装設計であったり 某ドイツ車の実用車とそれをベースにしたデートカーであったり、 股上記極悪50で言へばコーヴェアもその例でせう。 コーヴェアに関しては僅か何jかのリアコンペンセイタをケチり、 しかもそれは当初からだうなる知れてゐた(当時北米VW屋の一部では発売当初から この危険を見抜き、コーヴェア用コンペンセイタを販売)、 コンベンショナルなFRしか知らなひユーザにリアエンジン車の挙動の特性や 前後タイヤの空気圧のバランスなど基本的なユーザ教育を怠った、 あまつさへ・・・、といったある種GM(少なくとも当時のGM)らしひチョンボなのです。 それらがきちんとクリアされてゐればコーヴェア自体はこれ程の悪評価はされなかった筈。 件のドイツ車も、これ股ドイッチュ政府が業界とグルになって秘密裏に安全規格を作り (つまりドイツ国内メーカにのみ前もって規格を知らせ)、対応させた上で公表し 世界に向けて「ドイツ車のみが安全優秀でせう」とやるつもりだったのです。 ところがその某社はこの規格をクリア出来づ、新型(当時)の開発は困難を極め、 結果として無茶なレイアウトとパッケージングをした挙句、それでも規格を通らなかった、 といふ話を聞きました。 そのシャシを流用したデートカーは根本的にシャシに問題を抱へた上、デザイン優先、 マーケ優先を押し通し空力の問題に因るリアのリフトを9分9厘尻ながら販売したやうですし 本質的にデートカー以上ではなかった本質を尻ながらスポーツカー扱ひで喧伝したやうです。 かういふ姿勢によって野に放たれたクルマこそが”極悪”の栄誉に預かるべきものと思ふのです。 或ひは、廃バッテリーの処理問題を放置したままエコを謳ふクルマとかね。
かの蛭児神氏曰く、元来オタクというものは人に迷惑をかけるものではない。
しかしながら人に迷惑をかける存在でオタクに似た存在の人々というものが
確認されており、それらを私は「モルテン(漏転)」と呼びたい、とかのLP誌で
表明しているのを確認していますw
まあ、どうでもいいっちゃあどうでもいいんですがね。
>>609 ええ、スプリジェットのバンパーについて知っている方なら50kgより重いかどうか
ということが気になるのは承知していますw
>>610 ニッサンの方針では、なぜ別々の車として売ったほうが儲かると考えたのでしょうか。
蝶番の形が違うのは生産効率の点では工程の相違点としてマイナスですが
儲けを考えるなら、カローラ、スプリンターのようにするべきなのです。
ハッチが変更できないというのは、「違いを生まなければならなかった」ということに尽きます。
車検証上でも、類別型式が違う、それで認可を取る手間を考えれば、なにが「利益」
なのか考えれば行き着く答えとしてはそれはありえないでしょうね。
そう、答えとしてはああいう奇をてらった車は出さないことに尽きると思います。
さて。
ハマーとプリウスをくらべて、エコだなんだと宣伝の為に乗った芸能人の馬鹿さ加減が
明らかになってしまったアメリカではプリウスのCMはどうなっているのやらw
629 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/03(月) 12:19:37 ID:Ewboy4b20
オタクとマニアとエンスってどう違うの?
>>608 エクサのカタログを偶々所持していましたので、それを見ながら書きます。
> まず、1について、たしかに一人では到底ハッチの取り外しは出来ませんw
> 二人でもどうだかなぁw
カタログにハッチの取り外し方法の説明があり「必ず2人以上で行うこと」と書いてあります。
2人だと一応大丈夫のようです。
> 2については スプリジェットのウレタンバンパーと同等の重量差がありますw
諸元表で同じグレードのクーペとキャノピーを較べてみました。
クーペ・LAバージョンタイプX=1060kg、キャノピー・LAバージョンタイプX=1060kg
クーペ・LAバージョンタイプS=1070kg、キャノピー・LAバージョンタイプS=1070kg
クーペ・タイプA=1070kg、キャノピー・タイプA=1070kg
クーペ・タイプB=1080kg、キャノピー・タイプB=1080kg
つまりクーペとキャノピーの重量差は無いようです。
ちなみに上記はすべて5MTの数値で、4ATはそれぞれ40kg増えます。
> 3は箱型なのか、ピックアップなのか、ステーションワゴンなのかどちらなのかという見解の相違。
> なるほど、お役所はハッチ/キャノピーをはずして走行した場合も考えたということです。
ハッチを外して走行する事を認めたのは、脱着式ハードトップの車を認めているので当然でしょう。
尚、外したハッチの代わりに取り付けるキャンバスカバーがオプションで用意されていました。
> 4についてはFC3SでもATとMTでは類別型式が違うという車はフロア形状が違うということもあるのですが
> 現物はハッチ以外に変更点が無いため、コレは違うと思われます。
諸元表で重量もボディサイズも全く同じですからね。
ただし1つだけ違う点が有り、後席の頭上高がクーペ=865mm、キャノピー=910mmです。
ハッチの交換が日本で許可されなかった理由がますます判らなくなりました。 あるいはドアミラーを認めなかった事と同じように理由無き理由だったのかも知れませんね。
>>629 > オタクとマニアとエンスってどう違うの?
そう言えばスレッドタイトルがエンスー養成講座でなく、あえてオタク養成講座とされていますね。
エンスーとオタクは相当違うのでしょうか。
633 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/03(月) 23:12:30 ID:SwOYZWQVO
別スレに『彼氏が車オタクで困っています・・・』というのがあるが、この場合、車イジリに偏執的に金銭を浪費する人物を指す。 本スレも「オタク」を標榜するが、自動車にかかる技術・文化総体を知的好奇心より楽しむもので、これが所謂「エンスー」である。
ヲタ=痛車ロード マニア=くるまにあ エンスー=ENGINE 以上。www
>>626 それは大変失礼しました。
また、昨日書き込んだ後で思ったのですが、
自分の興味が薄いモノを勝手に“どうでも良いモノ”と短絡するのは私の良くない所であります。
ところでオタクとエンスーの違い・・ねぇ・・。
そう言えばこのスレッドタイトルって最初ふさ先生が考えたんですけど(なすりつけ w)
まぁ、私もそれを受け継いだ訳ですし、
元々は私が「オタクな雑談スレが欲しい」と言ったのが始まりでもありますし。
結局エンスーとかっつうと脱線し難いけれど、オタク話っつうとお気楽かな?くらいにしか考えていません(w
丁度もうじき500kbになりますし、スレタイも少し変えてみましょうか?
とは言え、急に何か考えろと言われても思いつかないでしょうし、次々スレから本格的に変えるつもりで、
暫定的次スレタイトル案として「次スレのスレタイ、何が良い?」なんてどうでしょうか?
・・と、バカな事はともかく。
先日書いたことと重複しますが、昔メルセデスの二代目SL(所謂パゴダ・ルーフのハードトップを持つSL)
を買っった人で、ディーラーに
「外したハードトップを預かって貰えないだろうか」と言った方が複数いらしたとか。
その当時のメルセデス。それもSL程の高価な車を買う方でも、駐車場事情はそんな物だったようですから
中々この国では、あれこれと取り外したり着せ替えたりが出来る車を売るのは難しいでしょう。
そこで“EXAは何故着せ替えを諦めたのか”に新説
“使わないキャノピーを引き取らされる事をメーカーが嫌ったから”
・・ダメ?(w
あぁ、変な事を書いていたらシトローエンC3プルリエルが欲しくなってきそうな・・
636 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/04(火) 01:59:32 ID:UckjQJ6n0
637 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/04(火) 19:28:04 ID:PIN2A+OHO
CGは自動車総合誌。CG当初のエンスーなところを継承したのがSUPER CG。 硬派な社会派雑誌がNAVIだった訳だが。 二玄社とネコでエンスーの方向性が違うね。
NAVIとENGINEは、左翼崩れの硬派を気取りながら 半ばファッション誌化した、不定見なスノッブ雑誌じゃないか? コバショー的美学に裏打ちされた権威(あったの?)を維持することに難渋している二玄社系より、 少々頭悪いのは承知でヲタなクルマバカに徹したネコ系の方が俺としては馴染みやすい。
639 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/04(火) 22:16:11 ID:PIN2A+OHO
ネコ「SUPERCAR・CLASSICS」日本版はSUPER CG に良質さでひけをとらなかった。新車雑誌ながら現「AUTOCAR JAPAN」もエンスーな要素が強い。 SUPER CGを無責任にあぼーんさせて、訳分からん新雑誌を乱発する二玄社には当面用がないわ!(・∀・)
>>635 > 自分の興味が薄いモノを勝手に“どうでも良いモノ”と短絡するのは私の良くない所であります。
良くない事とは思いませんよ。
アルナのベースになったパルサーが2代目でも3代目でも、確かに“どうでも良いモノ”ですから。
>>635 > 丁度もうじき500kbになりますし、スレタイも少し変えてみましょうか?
クラウンやカローラのように人気の有る車は代々同じ車名ですよね。
このスレッドは人気が有るのですからスレッドタイトルは同じで良いのでは?
逆に人気の無いスレッドでしたらスレッドタイトルを変えるべきかも知れませんね。
人気の無い車を別の車名に変えると人気が有る車になる事もありますから。
例えばプラッツ→ベルタやクルーガー→バンガードのように。
バンガード→ヴァンガードorz
>>635 > あぁ、変な事を書いていたらシトローエンC3プルリエルが欲しくなってきそうな・・
あのピラーを外すと相当邪魔でしょうね。
ジャポンの店では預かって貰えるのでしょうか。
>>636 > カーグラとスーパーカーグラは?
そう言えば二玄社はカーグラという呼び方を使った事がないそうですね。
645 :
逝ってる携帯 :2007/12/05(水) 00:50:11 ID:t5J0czt1O
うむ・・レス書けない分、失礼します このスレッドが埋まる前に復帰できるかなぁ・・(携帯苦手なのですw)
646 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/05(水) 19:06:41 ID:BTMTiYStO
次スレタイは くるまオタク養成講座IV〜地獄まっしぐら破滅の道〜 に決定www
647 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/05(水) 19:17:15 ID:BTMTiYStO
IV→VI orz
>>645 > (携帯苦手なのですw)
携帯で長文レスをスラスラ書ける人は器用ですね。
ヲタ者よ、書を捨てよ、街に出よクルマで! だからって痛車でアキバに集まられてもね。w
650 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/06(木) 01:51:38 ID:a7FiZZ74O
逝ってるセンセやエロスパ氏も、来年は東京オートサロンや大阪オートメッセにおこしになって、新たなオタ知識を開拓してくらはいなwwwwwww
651 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/06(木) 20:52:36 ID:Aej6xy/k0
700はムリか
652 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/07(金) 18:35:46 ID:Du4BkY2l0
>>430 ETC深夜割引は午前0時から午前4時までって知ってる?
653 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/07(金) 20:06:21 ID:Du4BkY2l0
ちなみにETC深夜拡大割引は午後10時から午前4時だってさw
実はレガシーGTにはライトバンの設定もあったりする ワゴンより50万円安く50Kg軽い
655 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/08(土) 03:45:43 ID:09csyAz1O
いつカキコできなくなるか分からないで待つスレッドって多分車板ではここだけやなあ。 まあ、前回は予告さえなく、突然カキコ出来なくなって驚いたが。
656 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/08(土) 12:49:26 ID:KUPHakqW0
糞コテあぼーん ってかw
657 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/08(土) 12:51:19 ID:KUPHakqW0
糞コテ逝ってよしwww
658 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/08(土) 12:54:47 ID:KUPHakqW0
糞コテのオナニースレはここですか??
糞とは何だ糞とは
我々は単に「 変 態 」なだけだ
「 変 態 」と褒めてくれ
この番組は……もといこのスレは、
逝ってる氏……ホスト
エロスパセンセ・ふっさーる氏……レギュラーゲスト
その他名無し常連組……パネラー・オブザーバー
という配分で長らく変態クルマヲタ談義を進行させているんで、
差し支えなければエロスパセンセにネタを振って貰うのがいいかなあ
>>654 ガセを流すでない
661 :
変態の :2007/12/08(土) 16:40:40 ID:KUPHakqW0
662 :
変態による :2007/12/08(土) 16:41:34 ID:KUPHakqW0
663 :
変態のための :2007/12/08(土) 16:42:34 ID:KUPHakqW0
664 :
変態スレ :2007/12/08(土) 16:43:31 ID:KUPHakqW0
665 :
ってかw :2007/12/08(土) 16:44:21 ID:KUPHakqW0
ああ、冬厨の季節なんだなあ。
667 :
↑ケータイ厨乙www :2007/12/08(土) 22:53:56 ID:KUPHakqW0
668 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/09(日) 03:18:18 ID:g4G19E960
Well, she got her daddy's car and she cruised through the hamburger stand now.
669 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/09(日) 03:19:13 ID:g4G19E960
Seems she forgot all about the library like she told her old man now.
670 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/09(日) 03:20:08 ID:g4G19E960
And with the radio blastin', goes cruisin' just as fast as she can now.
671 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/09(日) 03:21:15 ID:g4G19E960
All the girls can't stand her 'cause she walks, looks and drives like an ace now.
672 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/09(日) 03:22:08 ID:g4G19E960
She makes the Indy 500, look like a Roman Chariot Race now.
673 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/09(日) 03:24:38 ID:g4G19E960
A lot of guys try to catch her, but she leads them on a wild goose chase now.
674 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/09(日) 03:26:16 ID:g4G19E960
Well, you knew all along that your dad was gettin' wise to you now.
675 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/09(日) 03:29:38 ID:g4G19E960
And since he took your set of keys, you've been thinkin' that your fun is all through now.
676 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/09(日) 03:31:28 ID:g4G19E960
But you can come along with me 'cause we've got a lot of things to do now.
おら、阿呆だから英語で書かれても何言ってるかわからんよ
678 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/09(日) 05:21:48 ID://c9A43bO
いや、今は塾長不在の状態すなわち放課後だから、塾生が思うがままに放歌しているのさ。
>>660 お好きですなあ
・札幌 ホテルに駐車して路面電車で行く
・岐阜 店の1階駐車場にそのまま乗り入れる(駅南口まで送迎もありますが)
・小名浜 ララミュウの駐車場から歩いて市街地に逝く
札幌って凄いですね バリューフォーマネーです
小名浜は出てくるのは概してアレでナニですが
協定価格による安心の値付けと、漁師相手の東北弁による独特のふいんきが取り柄、何故か飛田新地を連想w
話は変わって、C6、やはりシトロエンらしくアレでナニな姿が嬉しいですね。
変態の友たるクルマはやはり変態であってホスィ
680 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/09(日) 13:43:38 ID:1Q810uzV0
AC(コブラ以前)
681 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/09(日) 13:44:15 ID:1Q810uzV0
アルヴィス
682 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/09(日) 13:44:47 ID:1Q810uzV0
ブリストル
683 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/09(日) 13:45:54 ID:1Q810uzV0
ライレー
684 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/09(日) 13:46:29 ID:1Q810uzV0
ウーズレー
685 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/09(日) 13:48:42 ID:1Q810uzV0
ローバー
686 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/09(日) 13:50:10 ID:1Q810uzV0
ヴァンデン・プラス
687 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/09(日) 13:50:56 ID:1Q810uzV0
タルボ
688 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/09(日) 13:51:47 ID:1Q810uzV0
リーフランシス
689 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/09(日) 13:52:23 ID:43My66xy0
SLのハードトップを預かってほしいのは、自宅で脱着するのが面倒臭いからですよw 別に場所に困っているわけではない訳で。
690 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/09(日) 14:10:46 ID:1Q810uzV0
クロスレイ
691 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/09(日) 14:11:41 ID:1Q810uzV0
オチキス
692 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/09(日) 14:12:38 ID:1Q810uzV0
グレゴイア
693 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/09(日) 14:13:24 ID:1Q810uzV0
サルムソン
694 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/09(日) 14:14:06 ID:1Q810uzV0
パナール・ルバソール
695 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/09(日) 14:16:05 ID:1Q810uzV0
ロレーヌ
696 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/09(日) 14:17:00 ID:1Q810uzV0
プジョー
697 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/09(日) 14:17:59 ID:1Q810uzV0
バロー
698 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/09(日) 14:20:29 ID:1Q810uzV0
アドラー
699 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/09(日) 14:22:40 ID:1Q810uzV0
アウディ(戦前)
700 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/09(日) 15:20:58 ID:1Q810uzV0
スチュードベイカー
701 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/09(日) 15:21:48 ID:1Q810uzV0
ハドソン
702 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/09(日) 15:22:34 ID:1Q810uzV0
ナッシュ
703 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/09(日) 15:23:47 ID:1Q810uzV0
ビュイック
704 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/09(日) 15:24:43 ID:1Q810uzV0
ランチア
705 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/09(日) 15:25:27 ID:1Q810uzV0
アンサルド
706 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/09(日) 15:26:17 ID:1Q810uzV0
ビアンキ
707 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/09(日) 15:27:51 ID:1Q810uzV0
ブリストル
708 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/09(日) 15:28:42 ID:1Q810uzV0
ジル
709 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/09(日) 15:33:13 ID:1Q810uzV0
プリンス
710 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/09(日) 16:28:27 ID://c9A43bO
サン・ビーム
711 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/09(日) 16:30:46 ID://c9A43bO
アームストロング・シドレー
712 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/09(日) 16:31:38 ID://c9A43bO
ジェンセン
713 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/09(日) 16:32:47 ID://c9A43bO
インヴィクタ
714 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/09(日) 16:35:20 ID://c9A43bO
ランチェスター
715 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/09(日) 16:36:16 ID://c9A43bO
レイルトン
716 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/09(日) 16:36:57 ID://c9A43bO
ネイピアー
717 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/09(日) 16:38:51 ID://c9A43bO
ERA
718 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/09(日) 16:40:38 ID://c9A43bO
モーガン
719 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/09(日) 16:41:30 ID://c9A43bO
ラゴンダ
720 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/09(日) 17:20:32 ID://c9A43bO
BSA
721 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/09(日) 17:22:57 ID://c9A43bO
SSジャグワ
722 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/09(日) 17:23:49 ID://c9A43bO
ブラフ・シューペリア
723 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/09(日) 17:26:27 ID://c9A43bO
ウーズレー
724 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/09(日) 17:28:40 ID://c9A43bO
マラウダー
725 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/09(日) 17:29:59 ID://c9A43bO
アラード
726 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/09(日) 17:31:23 ID://c9A43bO
フレイザー・ナッシュ
727 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/09(日) 17:38:53 ID://c9A43bO
スパイカー
728 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/09(日) 17:40:05 ID://c9A43bO
エクセルシオール
729 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/09(日) 17:41:01 ID://c9A43bO
ミネルヴァ
730 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/09(日) 19:22:38 ID://c9A43bO
アウストロ・ダイムラー
731 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/09(日) 19:24:35 ID://c9A43bO
グラフ・ウント・シュティフト
732 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/09(日) 19:25:21 ID://c9A43bO
シュタイア
733 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/09(日) 19:26:42 ID://c9A43bO
タトラ
734 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/09(日) 19:27:32 ID://c9A43bO
シュコダ
735 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/09(日) 19:28:46 ID://c9A43bO
イスパノ・スイザ
736 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/09(日) 19:29:41 ID://c9A43bO
ペガソ
737 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/09(日) 21:07:15 ID:1Q810uzV0
イソ
738 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/09(日) 21:08:03 ID:1Q810uzV0
ジャンニーニ
739 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/09(日) 21:09:03 ID:1Q810uzV0
ビッザリーニ
740 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/09(日) 21:10:00 ID:1Q810uzV0
ランボルギーニ
741 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/09(日) 21:11:33 ID:1Q810uzV0
モンテベルディ
742 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/09(日) 21:14:07 ID:1Q810uzV0
スチュードベーカー
743 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/09(日) 21:15:01 ID:1Q810uzV0
デソート
744 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/09(日) 21:15:59 ID:1Q810uzV0
ランブラー
745 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/09(日) 21:16:47 ID:1Q810uzV0
イーグル
746 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/09(日) 21:17:37 ID:1Q810uzV0
プリマス
747 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/09(日) 21:54:32 ID://c9A43bO
ベルリーヌ
748 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/09(日) 21:55:27 ID://c9A43bO
アミルカー
749 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/09(日) 21:57:28 ID://c9A43bO
イターラ
750 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/09(日) 21:58:18 ID://c9A43bO
イソッタ・フラスキーニ
751 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/09(日) 21:59:24 ID://c9A43bO
ゴッゴモビル
752 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/09(日) 22:00:11 ID://c9A43bO
ハノマーク
753 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/09(日) 22:01:26 ID://c9A43bO
ボルグヴァルト
754 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/09(日) 22:02:16 ID://c9A43bO
DKW
755 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/09(日) 22:03:01 ID://c9A43bO
ヴァンダラー
756 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/09(日) 22:04:35 ID://c9A43bO
ホルヒ
誰か、子供が拗ねるようなこと書いたっけ?
758 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/09(日) 23:23:34 ID:1Q810uzV0
ファセル・ベガ
759 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/09(日) 23:24:13 ID:1Q810uzV0
マトラ
760 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/09(日) 23:25:02 ID:1Q810uzV0
シムカ
761 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/09(日) 23:26:04 ID:1Q810uzV0
ルネ・ボネ
762 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/09(日) 23:27:02 ID:1Q810uzV0
ベンチュリ
763 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/09(日) 23:27:51 ID:1Q810uzV0
ブガッティ
764 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/09(日) 23:28:35 ID:1Q810uzV0
アルピーヌ
765 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/09(日) 23:29:42 ID:1Q810uzV0
ルノー
766 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/09(日) 23:30:59 ID:1Q810uzV0
トラバント
767 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/09(日) 23:31:48 ID:1Q810uzV0
バルトブルク
768 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/10(月) 05:09:11 ID:K40VAdbAO
IFA
769 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/10(月) 05:10:04 ID:K40VAdbAO
メルクス
770 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/10(月) 05:10:44 ID:K40VAdbAO
EMW
771 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/10(月) 17:37:20 ID:K40VAdbAO
アウトヴェロ
772 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/10(月) 20:01:31 ID:emimOX7B0
豊田
773 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/10(月) 20:02:21 ID:emimOX7B0
日産
774 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/10(月) 20:03:12 ID:emimOX7B0
三菱
775 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/10(月) 20:04:06 ID:emimOX7B0
松田
776 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/10(月) 20:05:05 ID:emimOX7B0
本田
777 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/10(月) 20:06:03 ID:emimOX7B0
鈴木
778 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/10(月) 20:07:05 ID:emimOX7B0
日野
779 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/10(月) 20:08:09 ID:emimOX7B0
大発
780 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/10(月) 20:09:12 ID:emimOX7B0
五十鈴
781 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/10(月) 20:10:46 ID:emimOX7B0
昴
782 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/10(月) 20:11:13 ID:K40VAdbAO
オオタ
783 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/10(月) 20:12:49 ID:K40VAdbAO
スミダ
784 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/10(月) 20:21:45 ID:K40VAdbAO
ミツオカ
785 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/10(月) 20:37:37 ID:K40VAdbAO
ヤマハ
786 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/10(月) 20:40:31 ID:K40VAdbAO
童夢
787 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/10(月) 21:06:18 ID:K40VAdbAO
住江製作所
788 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/10(月) 21:07:11 ID:K40VAdbAO
トミーカイラ
789 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/10(月) 21:08:10 ID:K40VAdbAO
トミーカイラ
790 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/10(月) 21:09:01 ID:K40VAdbAO
ヴィーマック
791 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/10(月) 22:55:53 ID:emimOX7B0
トヨタ
792 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/10(月) 22:58:26 ID:emimOX7B0
ニッサン
793 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/10(月) 22:59:08 ID:emimOX7B0
ミツビシ
794 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/10(月) 22:59:44 ID:emimOX7B0
マツダ
795 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/10(月) 23:00:25 ID:emimOX7B0
ホンダ
796 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/10(月) 23:01:04 ID:emimOX7B0
スズキ
797 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/10(月) 23:01:45 ID:emimOX7B0
ヒノ
798 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/10(月) 23:02:25 ID:emimOX7B0
ダイハツ
799 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/10(月) 23:03:08 ID:emimOX7B0
イスズ
800 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/10(月) 23:03:50 ID:emimOX7B0
スバル
801 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/10(月) 23:22:32 ID:K40VAdbAO
デンツェル
802 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/10(月) 23:23:51 ID:K40VAdbAO
ハンザ・ロイド
803 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/10(月) 23:24:38 ID:K40VAdbAO
ヴェリタス
804 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/10(月) 23:25:57 ID:K40VAdbAO
スバッロ
805 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/10(月) 23:29:08 ID:K40VAdbAO
メッサーシュミット
806 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/10(月) 23:34:24 ID:K40VAdbAO
ディキシ
807 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/10(月) 23:35:44 ID:K40VAdbAO
マイバッハ
808 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/10(月) 23:37:06 ID:K40VAdbAO
グラース
809 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/10(月) 23:38:25 ID:K40VAdbAO
NSU
810 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/10(月) 23:41:17 ID:Vkb4FN5MO
初の1000レス達成に極めて協力的な一見さんがいるスレッドはここですか?
811 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/11(火) 00:49:55 ID:+92PEPUG0
デ・トマゾ
812 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/11(火) 00:50:49 ID:+92PEPUG0
マセラティ
813 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/11(火) 00:51:31 ID:+92PEPUG0
フェラーリ
814 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/11(火) 00:52:43 ID:+92PEPUG0
チゼータ
815 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/11(火) 00:53:27 ID:+92PEPUG0
ベルトーネ
816 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/11(火) 00:54:24 ID:+92PEPUG0
ギア
817 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/11(火) 00:55:19 ID:+92PEPUG0
ザガート
818 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/11(火) 00:56:15 ID:+92PEPUG0
イノチェンティ
819 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/11(火) 00:57:17 ID:+92PEPUG0
アバルト
820 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/11(火) 00:58:08 ID:+92PEPUG0
フィアット
821 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/11(火) 04:37:39 ID:tYtM/am9O
シアタ
822 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/11(火) 04:38:17 ID:tYtM/am9O
モレッティ
823 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/11(火) 04:39:23 ID:tYtM/am9O
OSCA
824 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/11(火) 04:40:00 ID:tYtM/am9O
チシタリア
825 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/11(火) 04:41:49 ID:tYtM/am9O
ジァウル
826 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :2007/12/11(火) 04:42:33 ID:tYtM/am9O
ATS
827 :
名無しさん@そうだドライブへ行こう :
2007/12/11(火) 04:44:53 ID:tYtM/am9O OM