名も無き小説

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1名無し物書き@推敲中?
「お兄ちゃん、ぜったいだよ…」
「ああぁ、約束だ」
それ以来俺の中では時間が止まっているのかもしれない。
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この印刷会社に就職してもう三年になる…
「これは向こうにまわす奴だろ!」と、課長の怒声が飛ぶ
「申し訳ありません」(はぁ…いつものか)
数分後にやっと課長の呪縛から解き放たれた、正直、もうウンザリだ
仕事に追われ、夢をかなえるための勉強の時間すらままならない、自分にも問題はあるのだが
もしかしたらあの時にもう、夢は終ったのかもしれない、今年で24歳か…。
「毎度お疲れさん」同僚の夏樹がいつものように話し掛けてきた
「もう慣れたよ」課長の視線を気にしながら会話が始まる
「最近はこれが楽しみで会社にきてるもんだしな」同僚の勇夫がにやけながら話し掛けてくる
「オマエも人の事いえんだろうが」(相変わらずひょうきんな奴だ)
「まぁあなぁ〜」と、笑いながら返してきた
「はいはい提案〜」いきなり夏樹が切り出す
「明日は休みだし、今日四人で飲みに逝かない?」
「四人って後一人は誰?」疑問に思った
「ほら、新人の佐奈ちゃん」
「ああぁ〜あの子か」(勇夫は好みと言っていたな、俺は…いや…)そこで考えるのを止めた
「勇夫は喜んで逝くらしいけど、俊哉も勿論逝くでしょ?」正直今日はさっさと帰りネトに繋ぐか寝たかった
しかし、せっかくの土曜だしいいかな、と、安直な考えがよぎる
昔っからこうだ、意志が弱いっていうか、衝動買いとかしちゃう方だし
自分でこれをどうしようとか考えもしない、どうしようも無いから半ばあきらめてる
それに、夏樹にこの眼で見られると操られるように断れない
「勿論逝くって、それと…ワリカンだろ?」
「モチ!」
ふぅ…あと8時間か…長いな…
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2名無し物書き@推敲中?:02/02/07 16:00
仕事も終わり時計は19:20を回っていた。
待ち合わせ場所に逝くと新人の佐奈が既に待っていた
何となく逝きにくかった、恥かしがってる訳ではないのだが
何分、話した事が無いのでどう切り出していいやら…
5分程待ち合わせ場所に逝かずに近くから見ていた
(まいったな…誰もこない)夏樹の携帯に電話しようと思ったその時
「何やってんだよ?」勇夫だ…
「いや、こ、ここで良いんだよね?…待ち合わせ場所」
かなり動揺しながらしどろもどろに聞き返した
「この先だろ?まったくそんなんだから…」と、勇夫の目つきが変わり
「おお!佐奈ちゃんじゃ〜〜ん♪やっほ〜」
(ほっ)勇夫のおかげで少し安心した、そして何気なく待ち合わせ場所に向かい軽く挨拶をする
二人は賑やかに話している、俺はついていけそうに無いので、近くで二人の話を聞いてるだけにした。

10分位たったろうか?時計に目をやると19:36、自分で設定しといて予定より若干遅れてるな…毎回だけど…

6時間前・・・・・・・・・・
「じゃあ、あそこに19:30分集合ね!遅れないでよ!」
「時間にルーズな奴がよく言うよ」
「あら?そうかしら?」顔をほころばせながら言い返してくる

遅いな…ふと、二人に目をやる、まだ喋っている、勇夫は相当嬉しそうな顔をして話してる、
佐奈も勇夫と話が合うのか、二人の会話は途切れない。

「ごめ〜ん!まったぁ?」夏樹がきた。
「ぜ〜んぜん!佐奈ちゃんと話してたか暇しなかったし」
「私も暇しませんでしたよぉ、勇夫さんと話してると楽しくって」
「ほっ、よかったぁ〜、課長から、来週は遅刻無いように!ってもう、しつこくってしつこくって」
おいおい、俺を忘れてないか?俺は非常に…
「ゴメンネ俊哉ぁ、俊哉は怒ってるでしょ?ホンとにゴメン!」
…また、その眼かぁ…ま、いいか。
「いいって、毎回の事だからもうなれたよ、それよりはやく逝こう」
「そうしようそうしよう!」(…立ち直りはやいのにな…)
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3名無し物書き@推敲中?:02/02/07 17:06
「カンパァ〜イ!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
「ウマー」と三人の声が重なる
三人の息が合ってるのに佐奈は少し驚いてるようだ
「どうしたの?」夏樹が聞く
「驚きですよぉ、こんなに息があってる人たち始めてみました」
勇夫が「もう三年の付き合いだもんなぁ」言う。
「そうだねぇ〜三年なんてあっというまよねぇ〜…」と、夏樹が意味ありげに言う
「若かったよな、皆」俺が年寄りのような物言いで言うと
「はいはい、おじさんみたいな事言わない」(そういえば夏樹と俺は同い年なんだよな勇夫は俺より一つ年上)
「佐奈ちゃんは今年で23歳か、不況の中就職おめでとう!今年の新人は四人かぁ
俺らの時は六人だったよなぁ、俺達三人は同じ所に配属されたけどあいつら今頃何してるかなぁ。」
「たしか、剛と香代子と直也だっけか?」懐かしい名前と思いながら口走る
「そうそう!懐かしいなぁ〜聞いた話、香代子と直也は今社内恋愛中らしいよ」
夏樹はそんな話何処から聞きつけるんだろうか…
「マジで?くぅ〜!何気に狙ってたのに!」勇夫…オマエはホンとに気が多いな
「剛は年上の女社員にべたぼれ中だとか」
「皆、それなりに恋愛とかしてんだな…羨ましいよ」
「俊哉さんには恋人とか居ないんですか?」佐奈が聞いてきた
正直驚いた、いきなり恋人居ないんですか?なんて聞かれたのは二度めだ…
居ないと言えば嘘なのかもしれない…三年も昔の事だし…それに子供と交わせた他愛も無い約束…
それでもなぜか常に引っかかる約束だった…でも、きっと忘れてるよな…
「居ない、居たら今日この場に飲みにきたかどうか」これでいいんだ…
「へぇ、そうなんだぁ、私はてっきり居ると思ってたのになぁ」夏樹が興味ありげに言ってくる
「今年24にもなるのに彼女の一人も居ないとは、寂しい奴だ」
「おまえもな」
「じゃあ、私、立候補しちゃていいですか?」
「えぇ〜佐奈ちゃんこんな男がいいの?俺みたいな男はダメ?」
「そんなことないですよぉ、勇夫さんみたいな楽しい人も好きですよ」
「やっぱりぃ!?やっぱり?絶対俺のほうが…
長々しい二人の会話が始まった…飲みながら適当にテーブルの上の食べ物をつまむ
夏樹も二人の会話にはさすがに入れないようだ
「夏樹は恋人とか居ないの?」何気なく聞く
「え?私は…居るけど…」「けど?」なぜかうつむき加減で言う
「実は…」「実は?」…なにを言いたいんだろうか
「結婚する事になりました!」
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「ウソだ! ウソだと言ってくれ!!」
「本当だよ。本当の本当に本当だよ。」
「ウソだろ?」
「……普通かな」
「なぬー?」
「ごめん」
「電波か……」
「いや、どちらかというと電気」

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>4
やめれ。
これからどうするか思考中
6名無し物書き@推敲中?:02/02/07 21:27
迷スレの悪寒、、
7名無し物書き@推敲中?:02/02/08 00:31

「ハァ?」俺と勇夫が声を合わせる
勇夫と佐奈は二人で話してたがいきなり中断して夏樹の発言に反応する。
「先輩!結婚するんですかぁ!?」佐奈が大きい目を更に見開いて驚く
夏樹は、顔を少し赤くして照れたような顔をしている。
「も…もう!そんなに騒がないでよ!それに騒ぐほどのことじゃないでしょ!?照れるじゃない!」
騒ぐも何も、そんなのは初耳だし、いきなりそんな事を言われ、その場で三人はキョトンとしてしまった
「おめでとう!」勇夫がそう言うと、俺と佐奈は我にかえった
「先輩!おめでとうございます!羨ましいですよぉ!」
「相手は誰なの?年上?年下?」と俺が質問する、続いて勇夫が「何してる人?俺らの知り合い?」
俺も勇夫も少し動揺しがちだが、質問を連発する、佐奈も興味津々のようで
夏樹が話し出すのを待っている。
「相手は、よく逝くケーキ店のパティシエなの」
「パテェシ…エって何?」勇夫が何それ?という感じで俺に聞く、
「お菓子とか作る職人さんのこと」そう答えると、夏樹が話を続ける
「私より年上なんだけどね、実はその人高校の時の部活の先輩だったの、私全然気がつかなかったのよ
当時は自信無さげな顔だったのに、今は凄い自信に満ちた顔になってるんだもん、驚いたよ、お菓子職人になるのが
高校の時からの夢、だったんだって、私そういう人に弱いんだよねぇ。」少し照れ気味に言う
…夢…か…
「それで、何回も顔合わせるたびに親しくなって、付き合い始めたの、デートとか続けるうちに
どんどん彼に惹かれていったの、結婚の話はつい最近なんだけどさ。」
デートする時間なんてどこにあったのだろうか?休日といっても俺には理解できない
休日、俺は一日中ゴロ寝するよな奴だからか?仕事に追われ疲れきってるな…俺
「にしても驚いたね〜結婚かぁ〜」そう言うと勇夫が酒を口に含んだ
「まったく」俺がそう言うと、続けざまに佐奈が「仕事とかはどうするんですか?」
そうだ、どうなるんだろう…
「やっぱり退社か?」と、俺が聞くと
「うん…そこまではまだ考えて無いんだけどさ、彼も、結婚してからも、
私が働く事に理解しめしてくれてるし、退社せずに働き続けるかもしれない。」
「ふ〜ん、俺だったら結婚したら妻には働かせないけどな。」勇夫はこう言うが、実際は尻にしかれそうな奴だがな…
「私から見ても理想的な人だなぁ、いいなぁ〜私も先輩みたいな彼が欲しいなぁ〜」佐奈がそう言うと
待ってましたといわんばかりに勇夫が「俺なんてどうよ?」と冗談っぽく言う
…勇夫なりに真面目なのかもしれないけど…
佐奈が「う〜ん、考えときます」苦そうな顔で軽く流したが、勇夫はしつこく言い寄っている
夏樹が、これ以上は勇夫が佐奈を襲いかねないと思い、止めに入る
それを見ながらさっきの夏樹の話を振り返る…夢と言う台詞…
「夢を叶えた…か…いいよな…そういうの…皆の夢は何だったの?」
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8名無し物書き@推敲中?:02/02/08 12:50
 
9名無し物書き@推敲中?:02/02/21 14:16
保全
10名無し物書き@推敲中?:02/04/09 14:42
11名無し物書き@推敲中?:02/04/19 16:33
age
12名無し物書き@推敲中?:02/05/22 16:57
13黒澤敏晃:02/05/22 19:29
私は黒澤敏晃ですが何か質問があればお答えします。       

ちなみにこんなスレも立ててるのでよかったら来てみてください。

http://www2.bbspink.com/test/read.cgi/erocomic/1021258471/
14名無し物書き@推敲中?:02/05/27 15:17
      
15名無し物書き@推敲中?:02/06/06 22:57
                       
16名無し物書き@推敲中?:02/06/26 00:46
17くりすたるぶらうん ◆99OIvFEo :02/06/26 02:33
稲川淳二もびっくり
18名無し物書き@推敲中?:02/07/02 20:30
                              
19名無し物書き@推敲中?:02/07/08 12:30
20名無し物書き@推敲中?:02/07/09 03:17
21名無し物書き@推敲中?:02/07/10 06:16
          
22名無し物書き@推敲中?:02/07/20 05:04
23名無し物書き@推敲中?:02/08/03 07:58
24名無し物書き@推敲中?:02/09/03 10:10
25名無し物書き@推敲中?:02/09/14 05:44
26 :02/09/14 06:40
>ふぅ…あと8時間か…長いな…

テレホマンの寿命はam8時までです。
27名無し物書き@推敲中?:02/09/14 08:03
        
28名無し物書き@推敲中?:02/10/07 11:22
29名無し物書き@推敲中?:02/10/09 18:44
何も書けない
30名無し物書き@推敲中?:02/11/03 00:14
31名無し物書き@推敲中?:02/11/03 00:26
 
32名無し物書き@推敲中?:02/11/04 03:18
 その留守電に気づいたのは、芋洗坂のショットバーを出て柚木はなと別れ、
終電間際の日比谷線六本木駅へと急いでいた時だった。
 何気なくポケットから出した携帯のランプが点滅していた。眠らぬ街の喧噪
を縫いながら録音を再生し、左耳に押し当てて右耳をふさぐと、聞こえてきた
のは思いがけない声だった。
『──久しぶり、元気。こっちは一週間前に戻ってきたんだ。今、前と同じ神
谷町のアパートにいる。暇を見て、遊びに来いよ。俺のほうは、いつでもいる
から』
 K大学時代の友人、三田村佳亨だった。商学部の同じゼミに通ったが、仲間
内でも抜きん出て優秀な男で、就職難のさなか、早々と大手総合商社から内定
を勝ち取った。入社三年目になる今年の四月から、上海での大規模な住宅建設
プロジェクトに加わり、少なくとも一年は戻れないだろうと味噌汁のパックを
山と買い込んで現地に渡ったはずだった。それが、半年で帰ってきてもとのア
パートに住んでいると言う。録音の、最後の言葉にふと胸騒ぎがした。
『──ほんと、待ってるよ。暇なんだ。いつでもいい、いつでもいるからさ』
「いつでも」の繰り返しが気になった。つまりそれは──一日中、ということ
か。
 翌日、僕は営業鞄をさげて六本木5丁目のオフィスを出ると、自転車で神谷
町に向かった。
 水曜日、午前十時半。ふつうの社会人ならこんな時間に部屋にいるわけがな
い、そう高をくくって呼び鈴を押すと、まもなく玄関の扉が開いた。屈託のな
い笑顔で出迎えた三田村に咄嗟にかける言葉が浮かばず、僕は黙って敷居をま
たいだ。
3332:02/11/04 03:20
「久しぶりだな」三田村は素焼きのカップにコーヒーを注ぎながら、嬉しそう
に留守録の言葉を繰り返した。「元気でやってた?」
 一目でそれとわかる輸入物のデザイナーズソファに腰掛けて営業鞄を脇に置
きながら、僕はしばらく彼のペースに乗ることにした。
「うん、元気だよ。相変わらず社長が営業車を買ってくれないから、いたって
健康体だ」
「じゃあ、まだ自転車でテリトリー回ってるのか、大変だな。ここへも自転車
で?」
「けっこう近いもんだよ。そうだ」
手にしたカップをいったんガラスのテーブルに置いて、僕は傍らの営業鞄を開
けた。
「せこい帰国祝いだな」
取り出した紙包みを見て、三田村が声をあげた。
「《浪花屋》の鯛焼きじゃないか、俺、日本に帰ったら真っ先に食おうと思っ
てたんだ」
「そりゃ、よかった。コーヒーには合わないかも知れないけど」
笑って、さっそく一つずつ食べた。
「うん、うまい」
学生時代そのままに顔を綻ばせるのを、僕は黙って見つめた。
3432:02/11/04 03:21
 昔から、甘いものに目がない男だった。皆でしこたま飲んだくれた後に一
人チョコレート・パフェを注文するような極端な両刀遣いだったにもかかわ
らず、どういう訳か体型を崩すこともなく、僕たち凡庸な仲間は大いに嫉妬
した。
「甘い物好きさえなけりゃ、どっから見ても完璧なクールガイなのにな」
誰かが悔し紛れに言ったが、実際彼は何をやらせてもさまになった。しかも、
見端のよさに中身がいささかも引けを取らないとくれば、女の子たちが放っ
ておくわけがない。キャンパスで会う三田村は、必ず二、三人の女の子を引
き連れていた。しかし当の本人はそれを微塵も鼻にかけることはなく、女の
子を連れ回すよりはむしろ仲間と騒ぐ方を好んだ。夏休みにも、K大の学生
がよく世間からイメージされるような艶事に血道を上げることもなく、一人
バックパックを担いでアジアを転々と彷徨った。とにかく、同性の僕らから
見ても惚れ惚れするほど、好き勝手な生き方をしていた。
 同期の仲間が皆、どうにか足並みを揃えて社会に踏み出したときも、三田
村は一人際だっていた。第一志望の総合商社に難なく入社すると、開発・
建設部門に配属され、常々「これからはアジアの時代だ」とぶっていたそ
の言葉通りに、上海の住宅建設事業に加わった。もはや羨ましがるのも馬
鹿馬鹿しいほど、誰の目にも彼の将来は輝いて映った。
3532:02/11/04 03:22
 それだけに、昼の日中から部屋の中で嬉しそうに鯛焼きをぱくついてい
る三田村の姿に、僕は異様な違和感を覚えていた。それでも、あえて訊ね
はしなかった。
「麻布十番、か──」
 鯛焼きの尻尾をしばらく見つめた後、三田村はそれを粛々と噛みしめて
言った。
「──よく行ったっけな、ダーツ投げに」
僕は頷いた。
「夜通し馬鹿みたいに、よくやったよ」
 麻布十番には、ダーツとシガーの店がいくつかあった。就職したての頃、
二人でストレスの解消によく通った。ふと思いついて、僕は言った。
「今夜あたりまた、久し振りに投げに行かない」
 三田村はしかし、いつもの穏やかな笑みを浮かべたまま、ゆっくりとか
ぶりを振った。
 桜田通りを行き交う車の音が、裏路地のここまで届く。間を持て余して
一口含んだコーヒーは、すっかり冷めてしまっていた。
 三田村が、不意にふっと笑った。僕が顔を上げると、彼はやれやれとい
うように溜息をついて言った。
「──やっぱり、一言も訊かないな」
3632:02/11/04 03:23
僕は応えなかった。
「そういう奴だったな、昔から。優しい、って言うか、さ。皆で散々俺の
ことをクールガイだの何だのと好き勝手言ってたけど、俺は、本当にクー
ルなのはお前だと思ってたよ、悟志」
僕は、薄く笑ってかぶりを振った。
「人の事情に首を突っ込むのが面倒くさいだけだよ」
僕の本音に、三田村はもう一度やれやれと苦笑し、再会の探り合いは終わっ
た。

 三田村は、今置かれている状況を淡々と語った。だから、僕も黙って淡々
と聞いた。恐らく、双方ともある程度予想していたことだったのだと思う。
少なくとも、僕は驚かなかった。
 半月前、彼は上海の職場で突然倒れたのだった。診断は、過労だった。睡
眠時間が3時間を切る日が、赴任した翌日から半年間、続いていた。
 すぐに帰国し、虎ノ門の病院で再び精密検査を受けたところ、腎臓と肝臓
が弱っているという結果が出た。三日間の入院を経て、当面の絶対安静が申
し渡された。三田村は、現部署に席を置いたまま休職を余儀なくされた。
3732:02/11/04 03:25
 飼い殺しだ、と三田村は笑った。穏やかな声音とは裏腹の荒れた言葉が、
初めて僕を驚かせた。昔から愚痴めいた言葉はいっさい口にせず、いつも穏
やかに笑って、酒にまかせた仲間たちの乳臭い繰り言に黙って耳を傾けてい
た。いつでも、他の仲間より少しだけ大人だった。
 その三田村の口から、およそ彼らしくもない言葉がぽつりぽつりと飛び出
すのを前に、今日は僕が黙って耳を傾ける。
「いまどき、戦力にならなくなった途端に放り出す会社だって多い中、休職
扱いにしてくれるだけ恵まれてるじゃないか」
そう口を挟もうかと思ったが、やめた。今の彼にとって、これほど意味のな
い言葉もないだろう。
 ひとしきり澱を吐いた後、三田村は大きく息をつき、短く、悪かったな、
と言った。僕は、また来ることを約束してアパートを後にした。
&hearts
&heart
3932:02/11/04 10:50
 桜田通りは飯倉交差点に向かって、自転車には割ときつい上り坂になってい
る。顎を出し、前方数メートルのあたりに視点を彷徨わせてペダルを漕ぐこの
時、少しだけ顔を上げて左前方を仰ぐと、ビルの狭間から東京タワーが間近に
姿を現す。絵葉書によくある、増上寺側から振り仰ぐアングルと違い、この麻
布台からの東京タワーには、どこか東京人と肩を並べる親近感がある。余所者
には見せない寛ぎの表情を覗かせた風景だとは、僕の密かなこだわりだ。
 交差点に登りつめると、目の前の角に一種異様な風貌の黒褐色のビルがそび
えている。ノアビルという名のこのオフィスビルには、多くの外資系企業がテ
ナントに名を連ねているらしい。おそらくはノアの方舟さながらに、厳選され
た次世代を担う有望企業が世間を後目に乗り込んでいるのだろう。
 ビルを見上げながら、僕は先ほどの三田村の「飼い殺し」という言葉を思い
返していた。
 彼の無念は想像に難くない。彼の夢は、いつか「アジアで井戸を掘るような
仕事」に携わることだった。その足がかりとしてまさにふさわしい仕事につい
た矢先のこと、いくら歯がみしたって、将来を閉ざされるかも知れないという
不安を拭い去ることはできないだろう。
 けれど、そのことに心から同情する気持ちと裏腹に、いつしかしたり顔の卑
屈な優越感が腹の底で苦笑っていた。《いくら大企業に入ったって、こき使わ
れたあげく体を壊しては元も子もないじゃないか、零細企業でも日々息災で身
の丈にあった仕事をしていた方がずっと幸せというものだ、そうだろう?》─
─したり顔が頷きかける。僕は素知らぬ振りをして、そいつをひねり潰す。け
れどそいつはすぐに別の隅から顔を出し、にやにやと僕に笑いかけるのだ。
忌まわしいもぐら叩きは、信号が青に変わるまで続いた。
4032:02/11/04 10:50
「コーヒーのにおいがする」
 オフィスに戻ると、営業部の島で一人、売上表に目を走らせていた柚木はな
が呟いた。僕は黙って鯛焼きの包みを差し出す。
「すてき」そして顔も上げず、「お茶も欲しいなあ、濃いやつ」
「調子に乗るなよ」
 僕が勤めているのは、社員20名足らずの輸入食品販売会社だ。営業職とし
て採用されまだ2年足らずだが、名刺には何故か「係長補佐」という肩書きが
入っていて、テリトリーも「ミドル・エリア」、つまり麻布・広尾・白金・高
輪・三田を一人で受け持っている。
 というのも、営業員がたったの4名しかいないのだ。筆頭が児島営業部長。
妻子と30年ローンを抱え、皺の刻まれた猫背の背広に哀愁の漂う我らがボス
だ。ワンマンな社長と何を考えているのかわからない若手の部下──つまり僕
など──に挟まれ、常に疲労を背負っているため、38にしてすでに50代の
老け顔をしている。気の毒極まりない。担当する日本橋から品川にかけての「イー
スト・エリア」での売り上げもこのところ伸び悩んでおり、苦労の種は尽きな
い。
 その下が宮藤係長。営業部のナンバー2だが、売り上げはだんとつのナンバー
1だ。新宿・原宿・渋谷・恵比寿といった食の激戦区がひしめく「ウェスト・
エリア」を担当している。寡黙な人で、僕や柚木はながくだらない世間話に興
じていると、決まってしかつめらしい顔で睨みつける。悪い人ではないのだが、
どう見ても営業向きとは思えないので、どこからあれだけの数字を叩き出して
きているのか皆目見当もつかない。けれど、肩書き通りにこの人を補佐してそ
の秘訣を覗き見するような機会も必要も、今のところ僕に与えられる予定はな
い。
4132:02/11/04 10:51
 その次がこの僕で、最後に営業部一の若手である、今年の四月に入社した木
村圭太、24歳だ。何をとち狂ってか、K大を卒業しての新卒入社と聞いて驚
いた。K大出身なら他にいくらでもまともな会社があったろうに、と言うと、
当然ながら「じゃあ何で椎名さんはこの会社にいるんです?」と逆に訊かれた。
つまり、木村は僕の後輩にあたるのだ。実は、社長自らがK大商学部の出身で、
僕自身、初めの就職に失敗した折りにゼミのOBの口利きで、「セブンシーズ・
フーズ」という何とも据わりの悪い社名を冠したこの会社に、当座しのぎのつ
もりで潜り込んだのだった。
 そんなわけで小心な児島部長としては、学閥の妄想に要らぬ気を揉んでよけ
いに疲労を溜め込むという寸法だが、もっか部長に同行して「イースト・エリ
ア」を回っている木村は、そんなことには全く気づいていない。お気楽な若者
の典型だ。
 その木村が、珍しく昼前の今頃、一人でオフィスに戻ってきた。
「ああもう、参っちゃったな」
他部署の人間をはばかることもなく、訊いてくれと言わんばかりの大声で言っ
た。
4232:02/11/04 10:51
「どうしたんだよ」
自席で、今日から新規に売り込むことになったベルギー・チーズのチラシを数
えていた僕が、仕方なく訊ねた。木村は僕の手元をいちべつして、途端に目を
剥いた。
「あっ、それですよそれ」
そう言いながらもすぐに取りに行こうとはせず、僕の隣の、島の末席にどっか
りと腰を下ろして大げさに溜息をついた。
「部長、ひどいんですよ。新商品の販促ツール持っていくのを忘れたの、俺の
せいにして。銀座から引き返してくる間中、ずっとぶつぶつ言いっぱなしです
もん、疲れましたよ、もう」
「だってお前、昨日部長に言われてたじゃないか。ちゃんと鞄に入れとけって」
「いや、それは──そうなんですけどね」
木村の向かいで柚木はなが、にやりと笑うが何も言わない。
「で、部長はどうしたの」
僕の問いに、木村は弾かれたように立ち上がった。
「いけね、急がないと。下に停めた営業車の中で待ってるんですよ、腕組みし
て」
唇を尖らせてそう言いながら、棚のチラシを束でつかみ出し、冷蔵庫からサン
プルの入った発泡スチロールの小箱を取り出して小脇に抱えると、「それじゃ
あ」と飛び出していった。
 商品管理の白石さんが背筋を伸ばしついでに放るように言った。
「おおい椎名、大丈夫なんかね、あれ」
「僕に訊かないでくださいよ」
「後輩だろ、ちゃんと面倒見てやれよ」
冗談じゃない。柚木はなが鯛焼きを囓りながらちらりと僕を見て、小さく肩を
すぼめた。
4332:02/11/04 10:52
 営業員は4人だが、営業車は2台しかない。僕が入るまでずっと部長と係長
の2人で全エリアをカバーしていたから当然のことで、上の2人が一台ずつ、
あぶれた僕には自転車と、その替わりとでも言うように、区割りし直したテリ
トリーのうち、会社から一番近い「ミドル・エリア」が与えられた。近いと言っ
たっておよそ2km四方のエリアを一年中、雨の日も風の日も自転車で回るの
は大抵のことではない。
 ただ皮肉なことに、お陰で僕は排気ガスの吸い過ぎによる肺ガンの心配こそ
すれ、この仕事を始めて以来、ただの一度も風邪をひいたことがない。以前、
自嘲のつもりでそう言ったら、向かいの宮藤係長が真面目くさった顔でぽつり
と言った。「役得だな」
 またある夕方、外回りから戻った木村が、持ち前の軽薄さを丸出しに言った
ことがあった。
「椎名さんっていいですよね。毎日サイクリングですもんね、気分いいでしょ
うね。俺、一人でテリトリー持つようになったら、椎名さんのエリアがいいな
あ」
 唖然としたが、僕は平静を装って返した。
「お前が独り立ちする頃にはさすがにもう一台営業車を買うだろうから、そう
したらあんなエリア、すぐにでもくれてやるよ」
「マジですか? やったあ」
一度、炎天下か台風の日にでもこいつを同行してやりたいと思うのだが、部長
が小間使いとして重宝がり当面手放す気がないらしいのでその機会もなく、木
村は窮屈さからますます勝手な思いこみを膨らませている。
44名無し物書き@推敲中?:02/11/04 13:05
4532:02/11/04 13:25
 木村の素直に喜ぶ顔にいいかげん辟易しているところへ部長が戻ってきて、
煙草に火をつけながら尤もらしく諫める。「こらこら君ら、勝手にテリトリー
のトレードするんじゃない」
そして木村に向かい、精一杯の威厳を込めて言う。
「椎名君のやってるエリアは、はっきり言ってやりにくいぞ。何せ、まず立地
がリッチだ」
「部長、それって親父ギャグじゃないですか?」
木村が失笑と共に言わずもがなのコメントで腰を折るが、それでも部長は「そ
うか?」などと嬉しそうに笑う。いいコンビだ、一生やってろ、と腹の中で毒
づきながら日報を書いていると、部長がひとしきりヒラヒラと笑って、こちら
も言わずもがなの皮肉を漏らした。
「目も舌も肥えた客を相手にしてる店員の自尊心を、うまくくすぐって懐に飛
び込んでいかなきゃならないんだがね。木村君はその点、まだほんのヒヨッコ
だしなあ。当分は無理だろ」
 木村がたちまち顔を紅潮させて黙り込む。「今時の若者」の扱いをしくじっ
たことに気付いて部長は自らの煙にむせるふりをし、今度は僕の方を上目遣い
に窺って続ける。
「椎名君はその辺の人の扱いが割と巧いんだがなあ、いかんせん、彼にはその
能力を活かそうって気に欠けると言うか、はっきり言うとやる気が見られない
と言うか、覇気がないと言うか──何と言うか」
 結局、はっきり言わない。本人を目の前にして「彼」と呼ぶ部長の下手な当
てこすりに応えて、僕も返事はせず、黙って日報を書き続ける。営業部の島に
奇妙な空気が流れ始める頃、決まって宮藤係長がその日の業務報告を持ちかけ、
部長はほっとしたように身を乗り出す。
 つまりこれが、僕の職場だ。
4632:02/11/04 13:26
「じゃ、ちょっくらまた、行って来るわ」
 営業鞄をさげて席を立つと、柚木はなが顔を上げ、思案げに頬杖をついた。
「そうだなあ──今度は《月島屋》の今川焼あたりがいいかな」
僕はぐっと顔を寄せ、声を押し殺して言う。「えい、ぎょう、だよ」
「なんだ」丸い目をきょとんと見開き、取って付けた笑顔で見送る。「いって
らっしゃい」
 背中で扉が閉まるか閉まらぬかのうちに、再び白石さんの声が飛んできた。
「おおいはなちゃん、大丈夫なんかね、営業部の若手は──」

 児島部長の指摘は正しい。つまり、僕にやる気も覇気もないということだ。
もっとも、この仕事が嫌でしょうがないとか、他にやりたいことがあるとかいっ
たことはない。営業車の件では確かに不満もあるが、それ以外は概ね好きにや
らせてもらっている。じゃあ、何がいけないのか──そう訊かれたとしても、
だから僕には答えることができない。ただ、今の会社に入社するとき、「ここ
に長居することはないだろう」という漠然とした確信を抱いていた。それは、
今も変わらない。つまり、僕の無気力の原因は今の職場にではなく、僕自身に
あることだけは確からしい。
4732:02/11/04 13:27
 ひとつ、自覚していることがある。僕は、人と会うのがあまり好きじゃない。
よく知りもしない相手と言葉を交わして、何かの拍子にその人のエゴが垣間見
えたりすると、肌に紙やすりをかけられるような苦痛を覚える。世間では僕の
ような人間を「人嫌い」と呼ぶのだろう。けれど、それは少し違うと思う。二
六歳という年齢にこの表現はあまりそぐわないような気がするし、だいいち、
本当の人嫌いなら、営業などという仕事はまずできないはずだ。もっとも、そ
の営業が僕にとって適職だとも到底思えないのだが。
 僕は、本当は何が嫌いなのだろう──そう考えると、すぐさま児島部長の顔
が浮かんだ。ついで木村の顔、取引先の誰かれの顔。気も合わなければ、時に
は顔も合わせたくない人達。
 けれど恐らく、僕は、例えば児島多賀夫という「人」が嫌いなのではない。
営業部長としての彼が時折見せる、部下におもねるような卑屈な笑みが嫌いだ。
しばしば怯えた小動物のような上目遣いで漏らす、鬱陶しく救いのない皮肉が
嫌いだ。けれど何より、「彼にそのような行為を強いる何か」が嫌いなのだと
思う。木村にしても同様、無神経な彼が嫌いなのではなく、「彼に無神経であ
ることを許す何か」に、我慢がならないのだ。そう思う。
 そして、その「何か」は、いつもそこら中にころがっているのだ。朝のラッ
シュで肘がぶつかったと掴み合いを始める男たち、渋滞の波間でクラクション
を巡り怒鳴りあう人々──皆、「何か」に突き動かされながら、この大都会を
くらげのように彷徨っている。あちこちでぶつかりあうエゴが、際限なく僕を
疲れさせる。
 もう、何も聞きたくない、何も見たくない──ブレーキもかけず、煤煙混じ
りの風を切って新一の橋の交差点へと駆け下りながら、僕はぼんやり考える。
 ──けれど、僕が何よりうんざりしているのは、本当は僕自身なんだろう。
4832:02/11/04 13:28
 僕のルーチン営業は、通常、麻布十番から始まる。和洋の趣のある店々が石
畳を敷き詰めたプロムナードに軒を連ねる、こぢんまりと味のある街だ。
 この街の中心部の一角に、僕が出入りしているスーパー・マーケット、《パ
ロット・麻布十番店》がある。《パロット》は首都圏一円に店舗展開する大規
模小売店チェーンで、僕のテリトリーにもあと二店舗ある。豊かでバラエティ
に富んだ生活を求める中流家庭にターゲットを定めているため、価格設定はリー
ズナブルとは言いがたいが、そのぶん輸入食材を含めた豊富な品揃えをウリに
している。僕たちのような商売が入り込む余地も、そこにある。
 売り場に入ると、昼時にしてはまあまあの客の入りだった。香辛料、乳製品、
洋酒コーナーをさらりと巡って、僕は売り場担当を目で探した。折りよく輸入
ワインのコーナーで棚をチェックしている鴨池さんを見つけた。今ひとつ気分
が乗らないが、どうせしなければならないのなら勢いで片づけよう。
「ども、鴨池さん、こんにちは」爽やかな笑顔で傍らに滑り込む。「セブンシー
ズの椎名です、いつもお世話になってます」
「あ」ちらりとこちらを一瞥しただけで、鴨池さんは手を休めず首を突き出す
ように頷いた。「どうも」
「お忙しそうですね」検品表を横目でのぞきながら、できるだけ自然に訊ねる。
「うちが置かせていただいているポート、いかがです、けっこう捌けてます?」
4932:02/11/04 13:29
 鴨池さんは検品表を僕から隠すようにして、やはり棚に目を走らせながら言っ
た。
「うーん、まあまあだなあ」
 気のないふりをしながら、鴨池さんは僕たち業者にも一応それなりの気をつ
かう。「まあまあ」とは、つまり「あまりよくない」ということだ。僕は申し
訳なさそうに頷いてみせる。
「なじみのない銘柄だから、ひょっとしたら浸透するまでに少しお時間をいた
だいてしまうかも知れないとは思いましたが」
「試飲会では割と好評だったけどねえ、その後、伸びないね」
「その試飲会なんですけど」僕は、ずい、と身を乗り出した。「もう一度、お
願いできないでしょうか」
「え?」鴨池さんの手が止まる。上げた顔に不審の色が浮かんだ。
 内心、ひやり、としながらも僕は自信たっぷりに頷いて言った。
「というのは、今日ちょっと、ご紹介したいものがありましてね」
言い終わる前から、鴨池さんは僕が小脇に抱えた発泡スチロールの箱に胡散く
さげな視線を落としている。僕はここぞとばかりにもったいぶった口調で声を
落とし、箱を開けた。
「ベルギーのチーズ、《エルヴ》っていうんですが、これがあのポートと実に
よく合うんですよ。いや僕も実際やってみて、びっくりしたんですけど。ちょっ
と、試してみて下さい」
すかさず楊枝で一切れ差し出す。鴨池さんが、ベルギーのチーズなんて聞かな
いなあ、などと呟きながら釣られて一口かじるのを見計らって続ける。
「どうです、舌触りなんかもなめらかでしょう。試飲会でこの《エルヴ》も一
緒に試食していただけば、お客様にもっと印象づけられると思うんです」
5032:02/11/04 13:29
「ふうん」
複雑な顔をして渋る鴨池さんに、僕は畳みかけるようにチラシを差し出す。
「このチーズを使った、簡単なベルギーの伝統料理のレシピです。差し支えな
ければ、試飲会の際にうちで調理師を用意させていただきますよ」
ひとしきり考えた後、鴨池さんは観念したように言った。
「じゃあ、ちょっと考えとくから、サンプル置いていってくれる」
「ありがとうございます」僕はいそいそと試供品一箱とチラシを用意しながら、
さり気なくだめ押しする。「これ、実はDOP(EUが定める原産地指定表示)
指定を受けた製品なんですよ、ここ数年、オーガニック、手作りブームじゃな
いですか、絶対いけると思うんですよね、試飲会の日取りは明後日あたりでい
かがですか」
片手で手帖を繰る僕に、鴨池さんが呆れて苦笑し、手を振った。まかせる、と
いう合図だ。
「それじゃあ、また後ほどご連絡させていただきますので」
よろしくお願いします、と頭を下げ、僕は事務室に向かった。顔見知りの店員
に挨拶をして、冷蔵庫にサンプル品の箱を押し込み、チラシを鴨池さんのロッ
カーにマグネットで留める。
5132:02/11/04 17:45
 店を一歩出た途端、眩暈がして、日射しに立ちすくんだ。
「疲れた」
思わず口をついて呟き、僕は溜息をついた。一軒目にして早、気力を使い果た
してしまった。
 自転車のかごに鞄を放り込みながら、たった今の自分の仕事っぷりを思い返
して、僕は声を出さずに笑った。相手に考える隙を与えず、一方的にまくし立
て、サンプルを押しつけてイベントのアポをもぎ取る。どんぶり飯をかき込む
ような、悪徳商法まがいのひどい営業だ。児島部長が今の様を見たら、なんと
言うだろう。そう思って僕は吹き出しそうになった。──あるいは評価ががらっ
と変わるかも知れないな、「椎名君はやる気に満ちあふれている」──か?
 けれど実際、部長は数字だけを見て僕をやる気がないと評した。そして図ら
ずも、それは全く正しい。数字こそが、僕の営業に決定的な何かが欠けている
ことをはっきりと示している。それがわかっていながら、僕は何故、ただ闇雲
に自らを消耗させるだけの、形ばかりの熱血営業に自分を駆り立てるんだろう
な──。
 毎日のように繰り返す自問を、僕はまたうやむやにかき消してペダルをこい
だ。
5232:02/11/04 17:45
 それからさらに何軒かのスーパー・マーケットを回っては同じせりふを繰り
返したが、もはや一軒目の勢いもやる気もなくなっていた。熱意のなさは即座
に相手に伝わる。サンプルを手渡せればいい方で、たいていはすげなく追い払
われた。
 オープン・エアのカフェで食後のコーヒーを飲みながら、向かいの有栖川宮
記念公園で金髪の子供達が無邪気に戯れるのを遠目に眺め、僕は目を閉じた。
秋の日の、たまゆらの安息だ。ときどき、日がな一日こうして日溜まりの中で
ぼんやりしていられたら、どんなにかいいだろうと思うことがある。俗世の醜
い鞘当てを目にすることもなく常に心穏やかでいられたら、どんなに幸せだろ
う。
 我に返って、僕は片方の頬だけで笑った。まるで老人の考えだ。腕時計を見
ると、午後2時を回っていた。いつの間にか、子供達もいなくなっていた。
5332:02/11/04 17:46
 公園の向かいにあるスーパー、《AZABUインターナショナル》の駐車場
脇のスペースでは、ハロウィンのジャック・オ・ランタンに使う一抱えもある
ような南瓜が売られており、サングラスをかけた背の高い金髪女性がベビーカー
を押しながら品定めをしていた。周りに大使館が多く、外国人客の多いこの店
は、欧米の暦に準じて営業しているのだ。当然、僕のテリトリーの中でも一、
二を争う上得意である。僕は、少しだけ気を引き締めて店に入った。
「どうも、お世話になってます、セブンシーズ、椎名です」
 店内を巡回していたサブ・マネージャーの香坂さんは、僕の顔を見るなり目
を向いた。口をぱくぱくさせ、目の前にいるのに忙しなく手招きをして言った。
「椎名さん、ちょうどおたくに電話しようと思ってたのよ、おたくから入れて
もらってるワインのことなんだけど」
「追加のご注文ですか」
「呑気なこと言ってないで」顎をひき、すねたような上目遣いで僕を睨む。
 香坂さんは、いわゆる「これ」だ。「これ」と言ってわかるわけがないだろ
うが、要するに、掌を反らせ、指の背を頬に当てる「あれ」である。初めは度
肝を抜かれたが、話してみると大変にさばけた気持ちのよい人だ。この店に勤
める前は新宿で「それ」系のホストをしていたという異色の経歴の持ち主であ
るためか、なまじ普通の男性より話がわかる。僕も何故か気に入られ、何かと
贔屓にしてもらっていた。
5432:02/11/04 17:46
 香坂さんは僕を店の隅に連れて行くと、小声で。
「お客さんからクレームが入ったのよ、コルクにカビが付着してるって。あな
たどう思う?」
 ははあ、と思った。コルクのカビは、よくあるクレームだ。ワインの扱いに
通じているはずの香坂さんが知らないはずはない。いちおう発売元の意見を聞
いておきたいのだろう、と思い、僕は訊ねた。
「それは、コルクの上部ですか、それとも瓶の中ですか?」
「キャップ・シールがあるでしょ、あれを剥いて顔を出す部分らしいわよ」
「瓶の口の部分ですね」僕はもう一度頷き、説明をはじめた。「湿気のある地
下貯蔵庫で長い間寝かせると、瓶の口の所にカビが生えることがあります。ご
存じないとびっくりされるでしょうが、これはよくあることで、カビは空気に
触れる外側に繁殖しますので、中身にはいっさい影響ありません。栓を抜く前
にふき取っていただければ問題はないですよ」
「やっぱり、そうよね」香坂さんは安堵したように頷いた。「昔、そう聞いた
ような気がしたのよ」
僕は念のため訊ねた。
「そのクレーム、日本人のお客様ですか、それとも外国のお客様ですか?」
「日本人よ」にやり、と笑って香坂さんが言った。
 大真面目な顔で頷きながら僕も腹の中で、にやり、と笑った。そうだろう。
外交官級の外国人がそんな馬鹿なクレームをつけるわけがない。香坂さんも、
僕と同じことを考えたに違いなかった。
 そんな諸々の雑感はいっさい顔には出さず、僕はありったけの「誠意」を込
めて言った。
「ともかく、お客様に不快感を与えてしまったのは、こちらの不行き届きでし
た。もし何でしたら、僕の方からお客様にご説明させていただきますが」
いやらしい、おためごかしのつもりか、と今度は腹の中で舌打ちした。
 しかし香坂さんは外人がやるように腕を広げ、おどけた仕草で言った。
「いいえ、うちでやるわ。ありがと、勉強になったわ」
 店を出て、自転車を止めたところまで来てはたと気がついた。本来の目的だっ
た新商品の売り込みを、すっかり忘れていた。しかし、踵を返す気にはなれな
かった。僕はまた、溜息をついた。
5532:02/11/04 17:48
 フランス大使館のある細い路地を通って明治通りに出ると、古川橋交差点に
向かってゆっくりとペダルをこいだ。すっかり気力が失せていた。あと二軒残っ
ているが、ご機嫌うかがい程度で済まそう、と思った。
 麗らかな小春日の中、ペダルを踏みながら、ふと、僕は何をしているんだろ
う、と思った。今の僕は、本当に僕が望んだものなのだろうか──そんな腑抜
けた疑問が鼻先にちらついた。
 今の職場に長居をするつもりはないなどと自分に言い聞かせながら、その実、
僕は何ら次に進む手だてを講じてはいなかった。この先どうするつもりなのか、
たとえば十年後の自分の姿も、僕には全く見えていない。まだ駆け出しの営業
マンである僕のポジションが、あたかも安定したレールの上にあるかのような
錯覚を自らに強いて、僕は自分を誤魔化して生きている。
 そんなことを考えながらふと顔を上げると、見えてきた交差点に立つビルの
屋上に掲げられた、ひときわ大きなビルボードが目に入った。最近頻繁にテレ
ビでコマーシャルしている、人材派遣会社の広告だ。思わず苦笑し、小さくか
ぶりを振った。
 ぶつかった桜田通りを南へ折れると、まもなく左斜め前方に魚藍坂と呼ばれ
る登り坂がのびている。狭い地域にいくつもの寺院が集中する地区のへりを通
るこの坂の、麓と頂上に一軒ずつ、麻布十番にあるのと同じスーパー、《パロッ
ト》が店を構えている。すなわち《パロット・魚藍坂下店》と《パロット・魚
藍坂上店》で、僕のルーチン営業を締めくくる二軒だ。いろんな意味で、この
最後の二軒が一番手強い。
 意を決して《坂下店》に入る。すぐ右手の啜り泣くように軋むエスカレーター
で二階に上がると、そのまま客のまばらなフロアを向かって右奥の酒類コーナー
まで進んだ。突き当たりに、缶酎ハイを並べているチーフの相馬さんの姿があっ
た。
 一瞬、このまま引き返そうかと思ったが、それより早く向こうが僕の姿を見
つけて声をかけてきた。「やあ、椎名さん」
5632:02/11/04 17:49
 相馬さんは僕より三つ年上の29歳だが、すでに二児の父親であり、職場で
もその勤勉な仕事ぶりに同僚の尊敬を集め、次期店長と目されていた。温厚か
つ快闊な性格で出入り業者からの信頼も厚い。これといった欠点もなく、たと
えあったとしても、自分で気付くやいなやすぐさまその克服に惜しまず努力を
注ぐ、そんな人だ。
 それだけに、僕はこの人が他の誰にもまして苦手だった。例えるなら、ひど
い二日酔いに頭を抱えた朝の抜けるような快晴、とでも言おうか。この人の前
に立つと、自分の卑小さを鏡に映し出されるがごとくまざまざと見せつけられ
るような気がして、つい顔を合わせるのが億劫になるのだ。もちろん、当の相
馬さんは、僕がそんな気持であることなど露ほども知らない。
 僕の売り込み文句を、相馬さんは相づちを打ちながら終始熱心に聞いてくれ
た。しかし、そうであればあるほど、僕の脇の下にはいやな汗が流れ、口はか
らからに渇いた。今すぐにでも踵を返してこの場から逃げ出したい衝動に駆ら
れた。
「大丈夫ですか」相馬さんが心配そうに僕の顔をのぞき込んだ。「何だか、顔
色が悪いですよ」
 何とかサンプルとチラシを手渡して、僕は這うように店を出た。
57名無し物書き@推敲中?:02/11/04 19:34
何ですかこれは。
59名無し物書き@推敲中?:02/11/04 19:53
意図がわからん。コピペか? >>1か?
6032:02/11/05 01:24
 のろのろと自転車を押して坂を登りきり、交差点の横断歩道を渡る。目の前
に《坂上店》が口を開け、麓より数段小綺麗な店内を覗かせていた。途端に岡
北店長の神経質そうな細面が脳裏に浮かぶ。会う前から、今日の売り込みに対
する店長の返事がすらすらと浮かんだ。──へえ、ベルギーのチーズですか、
聞きませんねえ、ベルギーって言ったらチョコレートでしょ、もっともあちら
じゃチョコレートとは言わず「プラリネ」と言うそうですけど、そうですか、
チーズですか、ふうん、どうですかねえ、聞きませんけどねえ、あのですね、
セブンシーズさん、毎度申し上げるようですが、「食」ってもっとも身近なス
テイタス・シンボルでしょ、私どもはね、ハイソな高輪住民のよきパートナー
であって、その台所をコーディネイトする使命を担っています、素性の知れな
いいい加減な食材を置くわけにはいかないんですよね──。
 最後の店を、僕はそのまま通り過ぎ、交差点を左に折れて、三田へと降りる
細い坂道を自転車を押しながら歩いた。立ち止まって顔を上げると、色の濃い
蒼穹が広がっていた。
6132:02/11/05 01:25
 自転車にまたがり、ゆっくりと坂を下っていた時だった。僕はふと耳を澄ま
せ、ブレーキをかけた。いつもは人通りの少ない静かな一本道の、わずかに折
れたその先から大勢の人間のどよめきのようなものが聞こえてきた。
 何だろう、この先に人の集まる場所なんかないはずなのに──一瞬ためらっ
たあと、僕は少しずつブレーキを弛めた。角を過ぎ、先が見通せる位置まで来
て、慌ててつんのめるほどにブレーキをかけた。
 坂の下の方に、黒山の人だかりができていた。手に手にプラカードを掲げて
いる。こちらを向いたプラカードに目を凝らすと、読めない文字の書かれたも
のに混じって、英語の単語が見え隠れした。
「NO BOMBING」
「PHANTOM KILLER」
「Not War But Warmness」
どこかで見たような似顔絵もある。
 人だかりは、クウェート大使館の前にたむろしていた。どうやら、これから
反戦デモに繰り出すところにぶつかってしまったらしい。目指すは赤坂、榎木
坂か、遠目にも、誰もがゲートの中の競走馬のように静かに興奮しているのが
わかった。
6232:02/11/05 01:25
 僕はとっさに左右に目を走らせた。少し引き返したところに、路地の入り口
があった。Uターンすると自転車を押して小走りに路地に飛び込んだ。いつの
間にか鳥肌が立っていた。
 気を静めてみると、そこは初めての道だった。両側に広がる墓地からブロッ
ク塀や生け垣で仕切られた、私道と見まがうほど細い路地を奥へ奥へと進むう
ちに、僕は先ほどの光景も忘れ、思いがけない間道の開拓に昂揚した。
 ふと足を止めて、僕は鼻をうごめかせた。どこかから、あたりの景色にはそ
ぐわない香ばしい香りが漂ってくる。何か、パンのようなものを焼いているよ
うな匂いだ。
 人の気配のない路地の真ん中で、僕は注意深く周囲を伺った。塀から張り出
した木の枝の向こうに、ちらりと看板のようなものが見えた。よく見ようとさ
らに進んで、僕は呆気にとられて立ち止まった。
 古い家屋の並びが途切れた一角に、明らかに場違いな構えの店が佇んでいた。
一瞬それが草原のただ中にうずくまる包(パオ)に見えたのは、蔦の這った浅
い赤褐色の石壁が風雪に耐えたフェルト地を思わせたからかも知れない。よく
見ると、こぢんまりとした平屋建ての、しかし高い錐型の屋根を頂いた、まる
で画家のアトリエででもあるかのような建物の軒先に小さな真鍮の看板が張り
出している。
6332:02/11/05 01:27
>>58-59
名も無き小説を書いてます。
64名無し物書き@推敲中?:02/11/05 09:35
65名無し物書き@推敲中?:02/11/05 14:15
 
これのこってたの?正直なんか感動。。。1です。途中放棄すまそ。
今違うのかいてます。。。申し訳ない。
67名無し物書き@推敲中?:02/11/06 01:35
68名無し物書き@推敲中?:02/11/06 16:17
「マモル、今日の放課後、ザリガニ釣りに行こうぜ」
 タッキのこの一言が、結局、ことの始まりだ。

 僕は杉田護。国語と図工が得意で、算数がちょっと苦手な、小日向台町小学校の5年生だ。
 その日は6月だってのにまるで夏みたいにムシ暑い日だった。そのかわり天気はよかったか
ら、僕は教室の掃除を終えるとすぐに、タッキの提案にノることにしたんだ。
 タッキは僕の親友だ。本名は「野田達生」と書いて「ノダタツキ」と読むのだけど、最初は
誰も読んでくれない。たいてい「タツナマ」とか「タツセイ」とか言われる。先生も最初の日
「タツオ」と読んで、やっぱり間違えた。タッキがようやくかかってみんなに「タツキ」と読
ませると、今度はまたたく間に「タツキ」が「タッキ」になって広まった。そしてこればかり
は、タッキも止めることができなかったんだ。まあ、「タツナマ」より「タッキ」のほうがマ
シだと僕も思うけどね。
 そのタッキはと言えば、次々と他の仲間も誘って、結局、僕とタッキ、それにパソコンが得
意でガクギョウユウシュウなヨネチャンと、ひょうきんでお調子者のリョウサンの4人で行く
ことに決まった。
69名無し物書き@推敲中?:02/11/06 16:17
 僕らが再び学校の前に集まったとき、僕は手にワリバシを、ヨネチャンは糸巻きを、タッキ
は煮干しを缶ごと持って来ていた。少し遅れてやって来たリョウサンは、口をもぐもぐさせな
がら、手に持っていた「ヨッチャンイカ」の開けさしの袋を見せて言った。
「これもエサにしようぜ」
 迷路のような住宅地を抜けて綴れ折りの石段を下り、広い交差点に出ると、高速道路の下を
川が流れている。神田川といって、もうだいぶ前、この川が歌になって大ヒットしたと母さん
が言っていた。僕もその歌を聞いたけど、どうしてこんな暗い歌がヒットするのか、今でもわ
からない。だいたい神田川はドブ川だ。
 僕らがザリガニ釣りをするのは、この川にそって広がる江戸川公園の池だ。そんなに大きな
池じゃないけど、ザリガニがいるってことは前に聞いたことがある。僕らは池の端に駆け寄る
と、じっとのぞき込んだ。
「あ、いた」
 ヨネチャンが池の真ん中を指さしたとたん、リョウサンは水の上に突き出した岩をひょい
ひょいと渡って、水中をのぞき込んで叫んだ。「おお、いるいる。待ってろよ」
 さっそく僕らは仕掛けを作った。ワリバシの先に30cmくらいの糸を結んで、その先に煮干
しをつるし、そいつを水の中にポチョンと落とす。リョウサンはヨッチャンイカを糸にぶら下
げていた。
70名無し物書き@推敲中?:02/11/06 16:17
「やった」
 ヨネチャンがくすぐったそうな声を上げた。そろそろと引き上げた糸の先には、10cmくら
いのザリガニがふやけた煮干しをしっかと挟んでぶら下がっていた。僕がそっとその背中をつ
まんで乾いた岩の上に降ろしてやると、ザリガニは途方に暮れたようにもそもそと動いた。
「こいつ、どうしよう」
「入れ物、持って来なかったもんな」
するとタッキが、よし、と叫んで残り少ない煮干しをティッシュにくるむとポケットに突っ込
み、その缶に水を少し入れてザリガニを放り込んだ。
「明日学校に持って行って、教室で飼おうぜ」
 それから僕らはしばらく、ザリガニ釣りに熱中した。リョウサンはどうしてもザリガニが
ヨッチャンイカにかからないので、クソと叫んで靴と靴下を脱ぐとボチャンと池に飛び込ん
だ。そしてめくらめっぽうザリガニを手づかみにしようと暴れたんだけど、逆に指を挟まれ、
悲鳴を上げて池の中で飛び上がった。僕らはげらげら笑いながらリョウサンが派手に散らすし
ぶきを避けて岩の上を飛び回った。
 そうやって僕らが騒いでいるときに、「奴」は現れた。
71名無し物書き@推敲中?:02/11/06 16:18
ガラガッチャン、ガランガラガラガラ──
 いきなり背中で派手な音がしたので、僕らはびっくりして振り返った。すぐ脇に置いておい
たザリガニを入れていた缶が、ずっと向こうの道の上に転がっていた。途中で投げ出されたザ
リガニたちは訳がわからずあたふたと地面をはっていた。そして、その缶の置いてあった所
に、いつの間にか一匹の猫が、右の前足をなめながらチンと座っていたんだ。
「こんの馬鹿クソネコ──!」
タッキが怒鳴って猫に飛び掛かったんだけど、猫はひらりとかわして池の端に音もなく着地す
ると、僕らを正面から睨みあげた。
 ほんと。睨みあげたんだ。その目のスゴイこと! ヨネチャンが、首をすくめて猫に釘付け
になったまま、声を落として言った。
「この猫、ウミセンヤマセンだよきっと」
 確かに、僕もそうだと思った。首輪はしてないから飼い猫じゃない。もとは白かったんだろ
う、毛並みもすっかりネズミ色に汚れて、ところどころヨレたりハゲたりしてる。よく見る
と、小鼻の脇に古い爪痕のような傷があった。猫は、小馬鹿にしたように細めた目で僕らを
順々にねめまわし、まるで薄笑いを浮かべたようにヒゲを震わせると、絞り出すような低い声
を出した。「にゃああ」
72名無し物書き@推敲中?:02/11/06 16:18
「ひゃああ」
リョウサンが情けない声を漏らしたけど、僕は笑えなかった。僕は猫がその短い一声の中で、
僕らにこう言ったように思えたんだ──《オ前ラ、コノワシニ断リモナクエライ騒イデクレル
ヤナイカ。ココワシノ縄張リヤデ、挨拶クライシヤ》。
「こっこいつ喧嘩売ってやがる」
興奮したタッキが猫との睨み合いを買って出ると、シャアシャアと怒った猫みたいな声を出し
ながら猫ににじり寄って行った。猫は不意に、フンと息を吐いてそっぽを向いた。
 怒ったのはタッキだった。
「鼻で笑いやがった、くそ、もう許せねー」
怒鳴ったかと思うと、シャアと叫んで、猫も目をむくジャンプで一気に池の端に飛び移った。
だけどそのときにはもう、猫はずっと向こうの木の茂った斜面の上を悠々と歩いていたんだ。
 その日、僕らは早々にザリガニ釣りを切り上げて、猫が消えた辺りにタッキの煮干しをばら
まいておびき出そうとしたんだけど、結局猫はそれきりでて来なかったんだ。
 あんなに態度のでかい猫っているかよ。あれはきっとあの辺りのボスだね。
 僕らが翌日教室で話し合った結果、結論はそんなところに落ち着いた。
73名無し物書き@推敲中?:02/11/06 16:18
 僕がその猫に再会したのは、それから一週間経った火曜日の夜、塾の帰りだった。本屋に
寄って『ジャンプ』を最後まで立ち読みしてて、気がついたら8時を過ぎてた。やべ〜、また
母さんに叱られる。♪わかっちゃいるけどやめられな〜い、なんて歌いながら僕は全速力で自
転車をこいで家に急いだ。
 信号が赤になったので、横断歩道の前で止まった。自転車にまたがったまま僕は何の気なし
に辺りを見回した。すぐそばに江戸川公園の入り口があった。
 水銀灯の頼りない灯が、入り口を入ったすぐ脇の自転車置き場を照らしているだけで、公園
はその奥に黒々とした大きな口を開けていた。僕はふと、あの猫のことを思い出した。ネズミ
色にすすけて、小鼻の脇に爪痕のある、態度のでかい猫。まだあそこにいるのかな。
 信号が青になった。
 僕は走り出さなかった。何だかわからないけど、何かが僕の心をぎゅっと掴んでその場に引
き留めようとしているようだった。僕はしばらく入り口を見つめてから、吸い寄せられるよう
に公園に入った。自転車を止めて鍵をかけ、暗い遊歩道を奥へ奥へと歩いた。砂を踏む、
じゃっじゃっという僕の靴音だけがいやに大きく、ソメイヨシノの並木の間に響いた。生温か
くて、少しクサい神田川の風が鼻先をよぎった。
74名無し物書き@推敲中?:02/11/06 16:19
 やがて僕らがザリガニ釣りをしていて「奴」に会った池が右手に現れた。僕は立ち止まっ
て、池の向こうの斜面の木立に目を凝らした。何もいないようだった。池のほとりの一段高く
なった所に東屋があって、そこのベンチにケラチョ(浮浪者)が一人、布団を被って死んだよ
うに眠っているだけだった。僕はケラチョが起きたら嫌なので、静かに引き返そうと思った。その時、聞こえたんだ。
 僕は耳を澄ました。公園のさらに奥の方からその声は聞こえるんだけど、すごい、一匹や二
匹じゃない。へたしたら二十匹、いや、三十匹はいるかもしれない。もはやみゃあなんて可愛
い声じゃない、うにゃあにゃあにゃああああって地の底から響いてくるどよめきだ。猫のコン
サートホールがあったらこんな感じだろう。僕は一瞬足がすくんだけど、怖いもの見たさと、
何よりスクープを手に入れるチャンスだと思って、ぶらんこや滑り台のある奥の広場に向かっ
て歩いた。
 猫の声は段々とはっきり、大きく聞こえてきた。間違いない。広場にいる。猫の集会って奴
かな。野良猫が夜集会を開くって話、聞いたことある。そして、右手の茂みが途切れた。
 広場の中程に大きな滑り台があって、その脇に水銀灯が灯っていた。その下に人が一人、影
になって立っている。その周りに。
75名無し物書き@推敲中?:02/11/06 16:19
 うわああああああああああああ。これはもちろん心の中で叫んだ声だ。だって本当に声を出
したら恐らく、広場中パニックになってただろうから。とにかく、その人の周りは猫、猫、猫
の猫だらけ。ざっと数えても三十匹近くはいたと思う。白いの、黒いの、茶色いの、三毛、ネ
ズミ色……ネズミ色!?
 僕はそいつをじっと見つめた。そいつは明かりの下に立ってる人のすぐ足元にうずくまって
一心に何かを貪っていた。どうやらその人は猫に餌をやりに来たらしい。次々と押し寄せる猫
の波に、大きなビニール袋から手際よく餌を配っていた。その人がひょいと明かりの方を向い
たとき、僕はその人を知ってる事に気がついた。近所のお弁当屋さん「みよし」のおばさん
だ。僕は急に安心して力が抜けた。そして急いで広場の周囲を伝って水銀灯の下にまわった。
「おばさん、『みよし』のおばさん」僕はなるべく小さな声で呼んだ。
「あらやだ。マモル君じゃないの」
 おばさんは大仰に驚いて見せた。案の定、猫に配っていたのはお店の残りのご飯に唐揚げや
ちくわ、その他諸々のおかず類だった。おばさんはばつが悪そうに、にっと笑って言った。
「マズいとこ、見つかっちゃったね」
76名無し物書き@推敲中?:02/11/06 16:20
 僕はうんと頷いて、おばさんの足元に群がる猫を見渡した。ネズミ色の猫はすぐそこにい
て、光に照らされたその鼻の脇に爪痕があった。あ、こいつやっぱり。
 すると奴も気がついたのか、ついと顔を上げて、じっと僕の目を見据えた。相変わらず無礼
な奴だ。そのすきに脇にいたトラ猫が、奴のかじりさしたれんこんの煮付けを失敬しようとし
た。途端に奴はかっと歯を剥いてその猫を追っ払ってしまった。僕はあきれて奴に言った。
「それくらい分けてやったったていいじゃんか、どけち」
おばさんが笑った。
「“だんな”はここの頭領だからねえ」
「頭領って、ボス? このネズミ色のが?」僕は納得した。「やっぱり」
「やっぱり?」
僕はおばさんにこの間のことを話した。僕らが四人もいて奴に勝てなかったと聞いて、おばさ
んはあっはっはっはと笑った。
「“だんな”はあなどれないよ、相手が子供だと見るとナメてかかるからね」
「“だんな”って、こいつの名前?」
僕は奴を指して訊いた。奴は苛立たしげににゃあとないた。《指サスナ》と言ったようだっ
た。おばさんが言った。
「そう。“だんな”ね。あたし達がそう呼んでんのよ」
「あたし達?」
おばさんは茂みの向こうの池の方を指さした。「おじさんが寝てたでしょ」
77名無し物書き@推敲中?:02/11/06 16:20
 げ。ケラチョの事? 僕が固まっていると、おばさんはさらりとキョーレツなことを言っ
た。
「あのおじさんにもあたしがしょっちゅうエサやってんのよ。おじさんはまた、それを“だん
な”達に分けてやってるらしいんだけどね」
それからおばさんは僕に、ケラチョのことや猫のことをいろいろ教えてくれた。

「じゃあさ、あのクソ猫。半分飼い猫か」タッキが椅子をガタガタいわせながら言った。
「本人は飼われてるつもりないんだろうけどね」
僕が言うとヨネチャンが相槌を打った。
「飼い主も飼い主だからね。弁当屋のおばちゃん、それにケラチョでしょ」
「ケラチョまでが猫に餌やってるとはね。自分も餌恵んでもらってるくせしてさ」
タッキもあきれて言う。リョウサンだけが、『こち亀』の両さんみたいにあごをひねってひと
しきり唸った後、
「ケラチョと野良猫のキョウセイか……」
なんてカッコつけてる。でも言われてみりゃあ、ケラチョと野良猫って似てるかも。僕はふと
その時、そんなことを思ったんだ。そしてその日は、それ以上猫のこともケラチョのことも考
えなかった。
78名無し物書き@推敲中?:02/11/06 16:20
 信じられないかも知れないけど、僕は今日、ケラチョと話をした。こんなこと言ったら母さ
んは死にそうな顔して怒り狂うだろうから絶対に言わないけど、僕はケラチョと友達になった
んだ。
 というのも、猫騒動から半月くらい経って、誰もが“だんな猫”のことを忘れかけたある日
のこと、僕は偶然、奴と再会したんだ。
 いつものように信号を渡って江戸川公園の入り口の前を通り過ぎようとしたとき、不意に猫
が飛び出してきた。
「危ねえ」
 あわててブレーキをかけたので、自転車が倒れそうになった。僕はドキドキしながらそいつ
を見つめた。汚れた鼻の脇に爪痕があった。間違いなく奴だ。奴はまるで僕のことを覚えてい
たかのようにじっと僕を見上げて、《久シブリヤンカ》とでも言ってるのか、糸みたいに細長
い声で鳴いた。それからくるりときびすを返すとスタスタと公園の中に入っていったんだ。
 《ツイテコイ》と言わんばかりの堂々としたその後ろ姿に、僕はついふらふらと後について、自転車にまたがったまま公園に入ってしまった。
79名無し物書き@推敲中?:02/11/06 16:21
 空が紫色になっていた。このままじゃ遅刻すると思ったんだけど、やっぱり僕の体は勝手に
公園の奥を目指して自転車を走らせ続けた。
 前に「みよし」のおばさんが猫の大群に餌をやっていた広場に出たけど、“だんな”はどこ
にもいなかった。自転車に乗ったままぐるりと広場を一周して、まわりを囲む雑木林に目を走
らせたけど、やっぱりどこにもいなかった。僕は諦めて、元来た道を引き返した。そのとき
だった。
「ぼうず、また来たな」
 僕は思わず、つんのめりそうになって自転車を止めた。見ると、遊歩道より数段高くなった
東屋から、ケラチョがニヤニヤ笑いながらこっちを見てるんだ。
 そのときの僕の気持ち、どう言ったってわかってもらえないだろうな。でも言うけど、ほん
と、「ションベンチビリソウ」だった。だってケラチョって言ったら、僕らの間では、カラス
捕まえて生のまま喰うって有名な話なんだから。怖いのなんのって、僕は自転車にまたがった
まま、ぴくりとも動けなかった。
「どうしたぼうず。おらが怖いのか」
ケラチョはまるで僕の心を見抜いたようにそう言うと、突然、はあっはあっはあっ、とひっく
り返りそうな大声で笑って言った。
「ぼうず、“だんな”探しに来たな? そうだろ」
 僕はびっくりした。ケラチョがそう言った途端、今までケラチョが身を乗り出していた東屋
の背もたれの向こうから、ひょいと“だんな”が飛び出して、ケラチョが肘をついている隣に
ちんと座ったんだ。いつのまに。
80名無し物書き@推敲中?:02/11/06 16:22
 呆気にとられて見ていると、ケラチョはひょっとこみたいな顔をして「おいで、おいで」と
手招きを始めた。その顔を見て、僕はなぜか少し、安心してしまった。なぜだかわからないけ
ど、もしかしたらそのひょっとこみたいな顔が、田舎のおじいちゃんが時々見せる顔に似てい
たからかも知れない。だから僕は、すんなりと自転車を降りたんだ。
 驚いたのは、きっと凄く汚いだろうと思っていた東屋の中が、思いのほかきちんと片づいて
いることだった。真ん中の土の上にきれいな段ボールが敷いてあって、その上にきちんと畳ま
れた掛け布団。枕元に何冊かの文庫本とペットボトル数本、隅っこにカセットデッキのふたが
とれたラジカセ。そして、それを囲む東屋のベンチには、“だんな”の他にも数匹の野良猫が
はべっている。
「どうだ。汚いだろ」
 ケラチョはそう言うと、得意そうにがははははと笑った。僕が首を振ると、ケラチョはさら
に大きな声で笑って言った。「子供のくせに、気ぃなんか使うな」
81名無し物書き@推敲中?:02/11/06 16:22
 ケラチョは自分を、「ジン」だと言った。ジンさん、だ。ちゃんとした名前があると知った
途端、今まで怖いと思っていたのがウソのように、ジンさんの目をまともに見られるように
なった。本当に、僕のおじいちゃんみたいな優しい目だった。
 ジンさんは小さな自動車修理工場を持っていたのだけど、フキョウのアオリで潰れてしまっ
たらしい。奥さんと別れて、仕事をいくつか転々としたのだけど、長続きせず、気付いたらこ
こにいた、と言う。
「子供はいないの?」
「息子がいるが、いねぇも同然だな」
「どうして?」
「奴はおらの息子をやめたし、おらも奴の親父をやめたんだ」
 ジンさんの話は半分以上わからなかった。けど、何かとても大変なことがたくさんあったん
だってことだけは、何となくわかった。
「じゃあ、ずっとここに一人でいるの?」
「一人じゃねぇさ」
ジンさんが言うのであたりを見渡してみたけれど、やっぱり他にここに寝泊まりしてる人なん
ていない。すると、ジンさんは口を尖らせて傍らを指さした。
「ぼうず、さっきまでさんざっぱら追い回してたこいつが、お前さんにはもう見えねぇのか
い」
 ジンさんのがさがさした指の先に、“だんな”がいた。
82名無し物書き@推敲中?:02/11/06 16:23
「こいつらはな、おらと同じなのよ」とジンさんは言った。「おらは世間からはじかれた。こ
いつらはご主人様に捨てられた。どっちもお天道さんに顔向けできねぇ日陰者だ」
「“だんな”が捨て猫?」
僕の問いに、ジンさんは目をむいて大きく頷いた。
「おうよ、野良猫っつうのは元をたどればみんな飼い猫だ。邪魔になったから捨てられたんだ
べ?」
邪魔になったから──。ジンさんの言葉が、僕の心にずしんとのしかかってきた。
「でもこいつ、首輪してないよ?」
“だんな”は飼われていた猫じゃない、野生の猫だ──何故かそうでなければいけないような
気がした。それを証明しようと知らず躍起になってそう言う僕に、ジンさんは怒ったように返
した。
「捨てるときにはずすんだべ。足がつかねぇようにさ」
そして最後に、ぽつりと呟いた。「人間つうのは、勝手なもんだべ」
 僕は何となく、そこにいるのがつらくなってきた。ふと広場の時計を見上げると、塾の最初
の授業が終わりに近づいていた。
「もう行かなきゃ」そう言って、僕はジンさんを振り返った。「今度、友達連れてきてもい
い?」
ジンさんは我に返ったように顔を上げると、慌てて何度も頷いた。
「おう、いいよ」そしてにやりと笑い、「友達が嫌がらずについて来るんならな」
いひひひひ、と笑うジンさんの隣で、“だんな”は相変わらず僕のことなんか眼中にないと
言った風に、黙々と毛づくろいをしていた。
 その夜僕は、塾から遅刻の連絡を受けた母さんにこっぴどく叱られた。けど、“だんな”や
ジンさんのことは黙っていたんだ。
83名無し物書き@推敲中?:02/11/06 16:24
 次の日、僕は学校でタッキ達に、ゆうべ“だんな”に会ったことを話した後、それとなくケ
ラチョの「ジンさん」のことを話した。案の定タッキ達はぎょっとしたけど、僕がジンさんと
話したことをきちんと話すと、だんだんみんなも興味を示してきたんだ。
「何かマモルの話聞いてたら、その『ジンさん』って、けっこう優しいケラチョみたいじゃ
ん。猫を捨てる人間に腹を立ててるなんてさ」
リョウサンが言うと、ヨネチャンがいつになく真剣な顔をして言った。
「そりゃあ『ジンさん』でなくたって、許せないよ。僕もうちに2匹猫を飼ってるけどさ、捨
てるなんて考えられないよね。だって家族だもの、親が子供を捨てるようなものでしょ? シ
ンケイを疑うよ」
「だけどさ、お陰で『ジンさん』は寂しくないわけだ。“だんな”みたいなクソ生意気な猫で
も、一緒にいてくれる相手がいるわけだから。そうだよな、マモル?」
タッキが複雑な顔をして訊くので、僕は頷いて言った。
「ヨネチャンの言う通り、ジンさんは“だんな”達を家族のように思ってるみたい。今いる東
屋には屋根もあるし、「みよし」のおばさんが差し入れしてくれるから食べ物にも困らない
し、案外、ジンさんも今の暮らしに満足してるのかも知れない……」
言葉尻があいまいになったのは、正直、僕にもジンさんの気持ちがはっきりわかる訳じゃな
かったからだ。すると、ヨネチャンが首を傾げて、それはどうかなあ、と言った。
「マモルの話じゃ、ジンさんはけっこうなお爺さんなんでしょ? これからもっと暑くなる
し、冬になれば雪だって降るよ。いつまでも公園の東屋で暮らしていられるはずないよ。“だ
んな”達だってそうじゃない? 餌をもらい続ければ増え続けるし、増え続ければきっと近所
から苦情も出るよ。そうしたらいずれ追い出されるかも知れない」
84名無し物書き@推敲中?:02/11/06 16:24
 僕はびっくりしてヨネチャンを見た。実はあの日の夜、布団の中で“だんな”やジンさんの
ことを考えていた時、僕は何だか胸が重苦しかったんだ。でも、それがなぜだかは判らなかっ
た。ヨネチャンは、僕の話を聞いただけで、そのわけをぴたりと言い当ててしまったようだ。
 僕はすっかりヨネチャンを信頼して、どうしたらいいかな、訊ねた。
 ヨネチャンの答は、意外に素っ気なかった。
「どうしようもないよ」そして、言い含めるように身を乗り出すと、「ジンさんは仕事も帰る
ところもなくて今のところにいるわけだし、野良猫だって捨てる人がなくならないから減らな
いんだ。その上、野良猫の間で子供が産まれたりすれば、増えることはあっても減りはしない
からね」
「ジンさんは」僕は、少なくともひとつだけ確かだと思えることを口にしてみた。
「きっと仕事があれば、働きたいんだと思うよ」
するとリョウサンが笑って言った。
「どうかねえ、ケラチョは仕事するのがいやだからケラチョになったんだよ」
「そんなことないよ」僕は思わずむっとして言った。
「ポケモンカード、賭けるか?」リョウサンが言った。
「いいよ、賭けよう」
後には引けなかった。そんなわけで、僕ら四人はその日の午後、ジンさんに会いに行くことに
なったんだ。
85名無し物書き@推敲中?:02/11/06 16:24
 放課後、学校前で待ち合わせて(僕とリョウサンはそれぞれ手持ちのポケモンカードを持っ
て)僕らは江戸川公園に出かけた。
 けれど、東屋にジンさんの姿はなかった。中を覗き込むと、やっぱりきちんと畳まれた掛け
布団の上に“だんな”が寝ていた。僕は“だんな”に声を掛けた。
「おい、“だんな”。ジンさんどこ行ったんだ」
「へえ、けっこうキレイじゃん」タッキが僕の後ろから東屋を覗き込んで言った。「こんなん
なら、俺も時々家出に使いたいくらいだよ」
“だんな”は相変わらず無視を決め込んでいるのかぴくりとも動かない。リョウサンが下の遊
歩道から声を掛ける。
「ねえ、どうすんの? かけはドロー?」
「なんだリョウサン、今頃になってカードが惜しくなったのか?」
タッキが冷やかすように言って遊歩道に飛び降りると、リョウサンはムキになって返した。
「違うよっ。本人がいないんじゃ、どうしようもないじゃんか」
「『みよし』に行こう」僕は言った。「あそこのおばさんなら、ジンさんのことよく知ってる
よ」
「おっし! 行こうぜ」
「えぇ、行くの〜?」
乗り気のタッキと、気乗り薄なリョウサン、それになぜか心配そうな顔をしたヨネチャンを連
れて、僕は、交差点を挟んで公園とはす向かいにある「地蔵通り商店街」に向かった。
86名無し物書き@推敲中?:02/11/06 16:25
 商店街に面したカウンターで店番をしていたおばさんは、僕らの姿を見つけると手を振っ
た。
「こんにちは。おそろいでお出かけかい」
「こんにちは、おばさん」僕はカウンター越しに切り出した。「ジンさんのことなんだけど…
…」
 その途端、おばさんはさっと顔色を変えて「しっ」と指を口に当てると身を乗り出して耳打
ちした。
「裏に回ってちょうだい」
 僕らは面食らいながらもお店の裏の、おばさんちの玄関に回り込んた。おばさんもすぐに、
三角巾にエプロン姿のままやってきた。
「どうしたの、おばさん」
「マモルくん、その話は店の前でしないでちょうだいな」
僕はびっくりして訊ねた。「どうして?」
すると、おばさんは声をひそめ、眉をしかめて言ったんだ。
「弁当屋のおばさんが、夜な夜なホームレスや野良猫に残り物を分けてやってるなんて、もし
周りに知れたら大変だよ。お店閉めなきゃいけなくなるよ」
 僕は、黙ってしまった。するとヨネチャンが、やっぱり声をひそめて助け船を出してくれ
た。
「おばさん、僕たち、ジンさんに訊きたいことがあるんですけど、公園に行ったらいなくて、
おばさんなら何か知ってるんじゃないかって、それで来たんです」
おばさんは僕らを見回すと、少し落ち着いた様子で言った。
「公園にいないんなら、きっと稼ぎに行ってるんだろうね」
87名無し物書き@推敲中?:02/11/06 16:25
「稼ぎに? お仕事ですか?」
 僕らはにわかに色めき立った。僕はリョウサンに手のひらを差し出した。でもおばさんは、
ちょっと複雑な顔をして言った。
「お仕事と言っちゃお仕事かも知れないけどね。リヤカーひいて段ボール集めるのが果たして
お仕事と言えるのか……まあ、日銭稼ぎだね」
リョウサンが僕の手をひっぱたいた。
 不意におばさんは、いっそう眉をひそめると気遣うように言った。
「あんた達、ジンさんの名前知ってるって事は、あの人と話したことがあるんだろうけど……
あんまり大っぴらに関わらない方がいいよ」
「どうしてですか?」
「PTAでね、今問題になってるんだよ。あの公園の野良猫やホームレスのことが。子供達の
遊び場が不衛生になるってね。町内会も夜の見回りを始めたっていうし、そんなわけで、あた
しも最近はエサやりに行きづらいんだよ」
「やっぱりなあ」タッキが腕組みして言った。
 おばさんは続けた。
「野良猫は、たとえあそこを追い出されたってどこかで生きていくだろうけど、ジンさんは身
の振り方が定まるまであの公園にいるつもりだろうからねえ。あたしとしても出来ることはし
てやりたいと思うんだけど、お店の方に差し支えが出ても困るし」
「ちょっと待って、おばさん」ヨネチャンがおばさんの話をさえぎって訊ねた。「“だんな”
やジンさん、追い出されるんですか?」
88名無し物書き@推敲中?:02/11/06 16:26
 おばさんはびっくりしたような顔でヨネちゃんを見た。そして何だかしまったというような
顔で僕らを見回すと、一段と声を落としてここだけの話だよ、と前置きした。
「あたしもPTAの奥さんに聞いた話だから確かなことはわからないんだけど、PTAの一部
のお母さん方が、公園の周辺のお宅からの苦情を集めて、区の生活衛生課に何とかしてほし
いって掛け合ってるらしいのよ」
「せいかつ、えいせいか」
タッキが、かみ砕くように繰り返した。
 僕は、何か言いたいことがあったのだけど、うまく言葉にならなくて黙っていた。何かが間
違ってるような気がするのだけど、それが何だかわからない。けど、やっぱり何か変だ。僕は
何だか気分が悪くなった。
「行こう」僕はみんなにそう言って、おばさんにさよならを言うと商店街に出た。
 タッキが追いついて言った。「何だよ、マモル、急に」
僕は商店街を歩きながら力なく答えた。「別に」
 自分でも、不思議だったんだ。ついひと月前まで、どこにでもいる野良猫だった“だんな”
や、息を止めたり「エンガチョ」なんて言いながら走ってその前を通り過ぎていたはずのケラ
チョのジンさんのことを、今僕は、まるで胸がふさがれるような暗い気持ちで考えてる。「み
よし」のおばさんが言うとおり、関わらない方がいいのかな。関わっちゃいけないことに関わ
ろうとするから、こんな嫌な気持ちになるのかな。
89名無し物書き@推敲中?:02/11/06 16:27
 僕らは黙り込んだまま、車の多い大通りに出て信号を待っていた。すると、車道を挟んだ向
こう側の、神田川沿いの歩道を、リヤカーを引いてゆっくりと歩いてくる人の姿が目に入っ
た。
「ジンさんだ」
僕が言うと、みんなは一斉に行き交う車の向こうに目を凝らした。
「何、あれがジンさんか」タッキはそう言うと、いきなり大声で呼んだ。「ジンさぁんっ!!」
 僕らは口々にジンさんの名前を呼んだ。けれど車の騒音にかき消されて聞こえないのか、ジ
ンさんは気付かずに横断歩道の前を通り過ぎた。
 信号が青に変わった。僕らは走って横断歩道を渡ると、リヤカーに追いついた。リヤカーは
おんぼろらしく、ぎいぎいと音を立てていた。
「こんにちは」
 ジンさんの隣に回り込んで声を掛けると、広島カープの帽子を目深にかぶったジンさんは驚
いて顔を上げ、立ち止まった。
「何だ、ぼうずじゃねぇか」
「友達、連れてきたよ」
 ついさっきまで大声でジンさんの名前を呼んでいたはずの3人は、それでもさすがに少し緊
張しているのか、リヤカーの後ろから様子をうかがっていた。けれど、僕がそう言うと隣に
やってきて、口々に挨拶した。ジンさんはびっくりしたような目で何度も僕らを見回したあ
と、不意に目を細めて頷き、そうか、と言った。
90名無し物書き@推敲中?:02/11/06 16:27
 僕らはジンさんのひくリヤカーを後ろから押して公園のジンさんの「家」まで行き、ジンさ
んに問われるままに学校で流行っていることや通っている塾の話なんかをした。
 途中、“だんな”がすっと東屋に戻ってきて、ジンさんの布団の上に立つといぶかしげに僕
らをねめ回した。
「よっ、久しぶり」
リョウサンがひょい、と手を挙げると“だんな”は一瞬ビクッと身を引き、《何ヤオ前ラ何シ
ニ来タ》という目でもう一度僕らを見回した。勝手が違ってまごついているようなその姿に僕
らが笑うと、ジンさんも笑った。“だんな”はしばらく僕らの様子をうかがった後、少し不服
そうな声で鳴き、出ていった。
「勝った!」
ヨネチャンがそう言って、僕らはまた笑った。ジンさんも顔をくしゃくしゃにして笑った。
 結局、その日は「みよし」のおばさんから聞いた話はせずに、ジンさんの「家」を後にし
た。
 いつの間にか僕たちはみんな、ジンさんが大好きになっていた。
91名無し物書き@推敲中?:02/11/06 16:27
 “だんな”やジンさんが公園を追い出されるかも知れない、という「みよし」のおばさんの
話を、僕と同じようにみんなもまた、真剣に考えていた。
 翌朝、教室に入って席につくなり、ヨネチャンがやって来て開口一番に言った。
「考えたんだけどさ、“だんな”やジンさんが嫌われるのは、『衛生的』でないからだよね」
「汚い」という言葉を避けて、あえて難しい「衛生的」という言葉を使うところが、いかにも
ヨネちゃんらしい。僕は、そうだと思う、と答えた。するとヨネチャンは勢い込んで言った。
「だったら、『衛生的』にすればいいんじゃないかな。僕たちの手で」
どういうこと?、と僕が訊くと、ヨネチャンは、
「例えばね、ジンさんには、石鹸や歯ブラシやシャンプーやタオルなんかをあげるんだよ。そ
んなものなら買わなくたって家にあるでしょ? ジンさんはもともときれい好きのようだか
ら、普通の人と同じようにきれいにすれば、誰も『ケラチョ』とは言わなくなるんじゃない?
 他にも、東屋のまわりを掃除したり、布団を干したり、とにかく近所から苦情が出ないよう
にしてあげるんだ」
やがてタッキやリョウサンもやって来て、ヨネチャンの話に聞き入った。
「猫たちにも、僕らの手で餌をやったり、ちょっといやだけど、フンの始末なんかもする。
で、猫が慣れてきたら、順に体をきれいにしてやるんだ。猫は水が嫌いだから嫌がるかも知れ
ないけど、ブラシだけでもかけてやろう」
「えー」さすがにリョウサンが不満げな声をあげた。「なんで野良猫にそこまでするんだよ
う」
92名無し物書き@推敲中?:02/11/06 16:27
ヨネチャンはよくぞ訊いてくれたと言わんばかりに身を乗り出して言った。
「猫の苦情は公園のまわりの家から出てるんだよ。汚いノミだらけの体でうろついて、ゴミを
漁ったりするから。だから公園で餌をやって、もう町をうろつく必要がないってわからせると
同時に、近所の人にも可愛がってもらえるようにきれいにしてやるんだ。フンの始末をするの
は、公園に遊びに来る人からの苦情をなくすためだよ」
猫好きのヨネチャンらしい、至れり尽くせりな案だった。でも、正直、僕には、本当にそこま
でできるのかという疑問があった。タッキも同じ思いらしく、ううん、と唸ったあと口を開い
た。
「でもよ、いくら何でも体を洗ってやるのは無理だろ? 公園には何十匹って猫がいるんだ
ぜ。なあ、マモル」
猫の集会の唯一の目撃者である僕に同意を求めた。迷いながらも、僕は頷いた。ヨネチャンは
真剣な顔で言った。
「あのね、体をきれいにしてやるのは、実は、苦情対策の他に、もうひとつ理由があるんだ」
僕らはヨネチャンの顔を見た。ヨネチャンは一息置くと、目をキラキラさせて言った。
「僕、インターネットで野良猫たちの里親を捜したらどうかと思ってるんだ」
 僕ら三人は顔を見合わせた。インターネットで猫の里親を捜す──ヨネチャンの大胆なアイ
デアに、僕らはにわかに色めき立った。
93名無し物書き@推敲中?:02/11/06 16:28
「ネット上で猫たちを紹介するのに、写真を載せるんだ。そのとき、少しでもきれいにして
撮ってやった方が、見る人の印象もいいでしょ」
そうヨネチャンが言うと、タッキが興奮気味に言った。
「面白そうじゃん! いいんじゃねえか、やろうぜ、それ」
「面白そうだけど」僕は言った。「そうなると、それこそ僕ら四人じゃ、とうてい手が足りな
いんじゃない? 里親を捜すなら、その間一匹一匹をきちんと世話しなきゃならないだろう
し」
リョウサンが腕組みして頷いた。ヨネチャンも顔を曇らせて言った。
「そうなんだよ。そこが問題だ」
 僕らが頭を悩ませていると、不意に後ろの席から、菊池さんが声をかけてきた。
「ねえ。その話、私たちも仲間に入れてくれない?」僕らの話に興味をもったらしい。
 菊池さんは放送委員で、陸上競技の得意な活発な女の子だ。聞くと、菊池さんの家も一家そ
ろって猫好きで、ヨネチャンちとは生まれた子猫のやりとりをしたこともあるんだって。
「ああ、菊池さんならこの計画にピッタリだ!」ヨネチャンがぱっと顔を輝かせて言った。
 菊池さんのグループは他に、読書家でちょっとフシギな石塚さんと、大人しくて可愛いと他
のクラスからも人気の村上さんがいた。女の子達はジンさんには眉をしかめるんじゃないかと
いう僕たちの心配は、全くの取り越し苦労だった。ジンさんの話を聞いて、菊池さん達はます
ます興味を示し、早く会ってみたいとさえ言い出した。
 そんなわけで、僕ら七人はこの日、一方的に苦情をかき集めているPTAに対抗して「ジン
さんと“だんな”達を守る会」を結成したんだ。
94名無し物書き@推敲中?:02/11/06 16:28
 その日の放課後、いったん下校した僕らはそれぞれの家から石鹸、シャンプー、かみそり、
歯ブラシ、歯磨き粉、タオル、ヘアブラシなどを持ち寄って校門前に集合した。石塚さんは、
もう使わないから、とピンクの小さな手鏡を持ってきた。そして僕らはまず、地蔵通り商店街
のスーパー・丸正に向かった。
 猫の餌には、はじめ、給食の残りやあまった牛乳がいいんじゃないかと僕やタッキが提案し
たんだけど、これにヨネチャンと菊池さんがすかさず反対した。
「人間の食事には、猫によくない塩分や糖分や脂肪が多いのよ。タマネギやニンニクなんか食
べたら中毒を起こして病気になっちゃうんだから」
「それに、よく猫には牛乳って信じてる人が多いけど、これも間違い。特に子猫にはあげちゃ
ダメだよ。牛乳は、お母さん猫の母乳に比べて、タンパク質とかタウリンとか、猫に必要な栄
養素が少ないうえに、脂肪球が大きくて消化しにくいから下痢になりやすいんだ」
専門家が二人もいちゃあ、かなわない。そんなわけで、餌には市販のキャットフードを買うこ
とにしたんだ。
「缶詰と、カリカリの奴とあるけど、どっちがいい?」
リョウサンが両手に箱と缶を持って見比べながら言うと、ヨネチャンがすかさず答える。
「僕らのお小遣いの事を考えたら、ドライフードがいいんじゃないかな。カリカリのほう。そ
れにドライフードは堅いし食べカスが歯につきにくいから、シソウノウロウにもなりにくいし
ね」
95名無し物書き@推敲中?:02/11/06 16:29
「ね、この『FUS対応』って何?」
キャットフードのパッケージに印刷された『FUS対応』の文字を見た村上さんの質問には、
今度は私が、とばかりに菊池さんが、
「FUSって、食べ物に含まれているマグネシウムを摂りすぎることで、猫が尿結石になった
りする怖い病気のことよ。『FUS対応』っていうのはマグネシウムが少ないってことね」
聞くほうは始めから終わりまで感心しっぱなしだ。
 結局、僕らは、1.5kg入り548円のドライフードを一人一箱買った。キャットフード
を抱えた小学生が7人もレジに並んだので、レジのおばさんはびっくりしながら「まとめて会
計してあげるから」と7箱まとめて台に乗せさせた。当然、支払いの段になってレジの脇に小
銭の山ができ、僕らが笑いをこらえて待つ間、おばさんは汗をかきながら必死で数えた。
96名無し物書き@推敲中?:02/11/06 16:29
 そろって江戸川公園の東屋に出向くと、ジンさんは度肝を抜かれたように目を丸くして僕ら
を迎えた。僕らが会の趣旨を説明して持ち寄った日用品を渡すと、ジンさんはまるで呆けたよ
うに長い間自分の手の中のそれを見つめて、それはどうもありがとう、と呟いたきりベンチに
座り込んでしまった。そして、僕たちがゴミを片づけたり東屋のまわりを掃いたり布団を叩い
たりしている間、その様子を目で追うでもなく、宙を見つめて黙り込んだままだった。
「もしかして、何か悪いことしちゃったのかなあ」
 ジンさんにさよならを言ったものの、僕らは少し心配になって何度も振り返りながら東屋を
あとにした。ジンさんは、じっとピンクの手鏡を覗き込んでいた。
97名無し物書き@推敲中?:02/11/06 16:29
 いっぽう、猫の世話は一筋縄じゃいかなかった。
 試しに広場にいた数匹の猫たちに買ってきた餌をやると、あっという間にあちこちから集
まってきた。この日は全部で12匹いた。最初に開けたタッキの箱は、あっという間に空に
なってしまった。タッキが呆然と呟いた。
「まじかよ──俺の今月の全財産、5分で喰いやがった」
そして、猫たちが食べ終わったあとはきちんと片づける。これも苦情を出さないためにとても
大切なことなんだ。
 菊池さんの提案で、よほど埃まみれの猫以外はブラッシングで済ませることにした。
「猫って時々毛づくろいで自分の背中とかペロペロなめるじゃない? このとき、猫の毛の表
面にはお日さまを浴びることでビタミンDが作られていて、猫はそれもなめ取っているの。だ
から無闇に洗わない方がいいのよ」
 猫たちは気持ちよさそうに、大人しくされるがままになっていた。でも、猫によってはブラ
シひとすきごとに何か小さいものがぴょんぴょん飛び出してくるので、僕らの方が大変な騒ぎ
になった。小さいのと一緒にぴょんぴょんとびはねている僕らを、ヨネチャンはお父さんから
借りてきたデジカメを胸に構えたまま、難しい顔で眺めていた。
98名無し物書き@推敲中?:02/11/06 16:30
 ところが、本当に大変だったのはその後だ。僕らが猫の判別と管理のために用意してきた首
輪をはめようとすると、奴らは決まって嫌がり、逃げてしまうんだ。
「ほおら、ほおーら。大人しくするんだ、いい飼い主に見つけてもらうためなんだぞ」
はじめは文句を言っていたリョウサンも、腹を決めたのか猫なで声でなだめすかし、番号をつ
けた首輪をはめようとしたけど、あっさり爪の餌食となった。怒り狂い、仁王立ちで今にも猫
に飛びかかろうとするリョウサンを、村上さんが傷の手当にこと寄せて巧みに封じ込めた。
 結局、夕方までかかって何とか首輪をはめることができたのは、たったの3匹だけだった。
「──これは、もう一度やり方を考えなきゃいけないね」
ブランコを揺らしながら、埃と汗で汚れた顔を夕日にしかめて菊池さんが言った。
 翌日の放課後、僕らは図書室で作戦会議を開き、首輪は子猫と健康状態のよさそうな猫に優
先してつけることに決めた。そしてしばらく悪戦苦闘を続けるうちに、意外にも石塚さんが首
輪をつけるのがうまいことがわかった。大抵の猫は石塚さんに触られると大人しくなるんだ。
僕らは、石塚さんの手を「マジック・ハンド」と名付けた。
99名無し物書き@推敲中?:02/11/06 16:30
 公園に通い始めてから一週間が過ぎた。首輪をつけてデジカメで撮影した猫は全部で18
匹、そのうち、ほぼ毎日公園にいて、餌をやる僕たちにも慣れ里親探しのリストに載せられそ
うな猫は11匹にのぼっていた。
 それぞれの癖もだいぶわかってきた。“だんな”の次に名前の付いたメスの白猫“ちゅ
ちゅ”は、僕らが「ちゅちゅちゅ」と呼びかけるとくすぐったそうに目を細めて体をすり寄せ
てくる、僕らのアイドル的な猫だ。キジ猫の“のほ”は鳴き声から餌の食べ方まで何もかもが
「のほほん」としている。これで野良猫としてやっていけるのかと心配になるほどだ。その
他、僕らを見るとすかさずごろごろ転がっておなかを見せるアビシニアンの“ゴロー”、後ろ
足で立ち上がったりドライフードを手ですくって食べたりするブチの“クマ”など、個性的な
連中ばかりだけれど、大抵はひとなつっこくて助かる。
 その一方で、未だに全く手に負えない奴もいた。“だんな”だ。餌やりの時間になると
ちゃっかりやってくるくせに、いざブラッシングしてやろうとするとさっと身をひるがえして
僕らの手を避ける。石塚さんの「マジック・ハンド」もまるで効果なく、いつもあとちょっと
のところでさわらせてもらえない。でも、かといって逃げるわけでもなく、一定の距離を保っ
てじっと僕らの様子をうかがっているんだ。徹底して僕らを品定めするつもりらしい。全く可
愛くない奴だ。
 そして、“だんな”の他にもそんな僕らをじっと見定めている人がいたんだ。
100名無し物書き@推敲中?:02/11/06 16:31
「あの人、今日も私たちのこと見てる──」村上さんが、そっと僕に耳打ちした。
 その人は、数日前から、決まって午後3時頃に姿を見せると広場の隅のベンチに腰掛け、僕
らが野良猫相手に悪戦苦闘している様を黙って見ていた。あごひげをはやしているので歳がよ
くわからなかったけど、僕の大学生のいとこに少し感じが似ていたので、たぶん同じくらいだ
ろうと思う。
 ある日、いつものように僕らが“だんな”とにらみ合っていると、突然、その人が声を掛け
てきた。
「無理に追い回さない方がいいよ。きっと、昔ひどい目にあって、人間に不信感を持ってし
まったんだろう。気長に餌をやっていれば、そのうちに心を開いてくれるかも知れない」
 その人は三池さんといって、公園の少し先にある私立の稲田大学に通う3年生だった。三池
さんは僕らに手書きの名刺をくれた。肩書きが変わっていた。
「『いなねこ』幹事長……?」
「『いなだ地域猫の会』。僕たちは、これまで『野良猫』と呼ばれて疎まれてきた猫たちを、
『地域猫』として受け入れ、一緒に暮らしていく方法はないかって考えるサークルなんだ」
「うわあ」タッキが素っ頓狂な声で叫んだ。「それ、俺達のやってることと同じじゃん!」
三池さんは笑って頷いた。
「そうなんだ。偶然、君たちがやっていることを見かけて、僕も驚いた。ここ数日見せても
らったんだけど、本当によく頑張ってるなあって感心していたんだよ」
何だかくすぐったくなって、僕らは互いに顔を見合わせて笑った。
101名無し物書き@推敲中?:02/11/06 16:31
 三池さんは、ヨネちゃんや菊池さんに輪をかけた猫博士だった。何と、目の前で猫をぐるり
と一回りさせ、お腹をさわり口をのぞくだけで、その猫が持っている病気がわかっちゃうん
だ。この日、三池さんが診たところ、その場にいた9匹のうち4匹が病気にかかっていた。で
も、悔しいことに、今の僕らにはせっかく仲良くなった猫が病気だと知ってもどうすることも
できなかった。動物の診療には保険がきかず、ちょっとした診察でもけっこうな金額になるん
だそうだ。
「せめて、あらかじめ3種混合ワクチンだけでも打ってやれればな……」
猫がかかりやすい3つの病気を予防する3種混合ワクチンを打つだけでも、1匹6000円は
かかるという。僕たちはうなだれ、黙り込んだ。

 翌日の放課後、僕らは公園に出向く前に、学校に今年新しく作られたパソコン・ルームに
寄った。昨日、別れ際に三池さんが言った言葉が僕らの胸に強く残っていた。
『──僕たちもサークルで地域猫のためのボランティア活動をしてはいるが、本当のことを言
うと、こんな活動はなくしていかなくちゃいけないと思ってる。もともと飼い猫が、人間の勝
手な都合で捨てられたのが地域猫だ。そこをまず変えていかなきゃならない。そして、それと
同時に地域猫どうしの間でこれ以上かわいそうな猫が増えないようにしてやる必要もあるん
だ』
102名無し物書き@推敲中?:02/11/06 16:32
 三池さんが言ったのは、猫に子供を作れなくする手術──ええと、ヒニン・キョセイ手術
だったかな──を受けさせることだ。僕らは初めその話を聞いて、なんてひどいことをするん
だ、と思った。けれど三池さんは、子供が作れないことと、厳しい環境の中で生きていかなけ
ればならない猫が増え続けることと、どちらが猫にとってひどいことなのかをよく考えて欲し
い、とやさしく言った。そう言われると、僕らはぐうの音も出なかった。三池さんの話では、
この手術を受けさせることで、さかりのメス猫の独特の声や、オス猫があちこちに臭いオシッ
コをひっかけて回るスプレー行為と呼ばれる行動を防いだり、猫同志の喧嘩を減らすこともで
きるんだそうだ。
 ただし、手術にはワクチンを打つ以上のお金が必要だった。とても公園の猫たちにそんな手
術を受けさせることはできなかった。
「中にはボランティアで、格安で手術してくれる獣医さんもいるんだが……」
三池さんはしばらく口ごもった後、ひとり言のように、君達がそこまで入れ込むこともないか
な、と言った。僕たちのことを思ってくれているんだろうってことは何となくわかった。けれ
ど、いったん始めてしまった僕らを止めることは、誰にもできない。
 僕らの手で、江戸川公園の猫たちを救ってやるんだ──みんなの気持ちが一つになり始めて
いた。
103名無し物書き@推敲中?:02/11/06 16:32
 「猫」「避妊手術」のキーワードで、少しでも関係のあるサイトを次々と検索していくヨネ
チャンを、僕らは固唾を呑んで見守った。三池さんの言うとおり、地域猫に普通より安い値段
で手術をしてくれる獣医さんは確かにいた。けれど安いと言っても、とても公園の猫たちをま
とめて面倒見てやれるような値段ではなかった。
 クラスで募金を集めてはどうか、と村上さんが言ったことがあった。けれど話し合った結
果、あの猫たちを快く思っていない大人達がPTAにいる以上、学校の中でことを大きくしな
い方がいいということになった。何としても、僕ら七人の力でどうにかしなきゃいけなかっ
た。
「みんな見て」突然、ヨネチャンが叫んだ。「これ!」
 モニターには、地域猫についてのいろんな情報を紹介するサイトが表示されていた。ヨネ
チャンは文章の一部分をカーソルで反転させて僕らに見せた。
『東京都・文京区生活衛生課……地域猫(飼い主不明猫)の去勢・避妊手術事業を行っていま
す。費用は区が全額負担、募集時期に往復はがきで申し込んでください。』
僕らが暮らすこの小日向の町は文京区にある。そして、“だんな”達のいる江戸川公園も、新
宿区との境に近い文京区内だ。みんなの目の色が変わった。
「『費用は区が全額負担』ってことは……」顔を見合わせて、叫んだ。「タダだ!」
104名無し物書き@推敲中?:02/11/06 16:33
「へえ──」
 三池さんは、僕らがプリントアウトして持っていった文京区の情報を、食い入るように何度
も読み返して、感心したように言った。
「これは僕も知らなかったなあ──君たち、よく見つけたね」
「これなら、ここの猫みんなに手術を受けさせることもできますよね?」
菊池さんが勢い込んで訊ねると、三池さんは頷いて、
「あとは、いつ募集しているか、だな」
と言うなり、ポケットから携帯電話を取り出して電話をかけ始めた。僕らが呆気にとられて見
ていると、三池さんはひとしきり相づちを打ったり頷いたりしたあと、電話を切って言った。
「まったく、グッドタイミングだよ。ちょうど今、募集しているんだそうだ」
105名無し物書き@推敲中?:02/11/06 16:33
 こうして、僕らの大プロジェクトが始まった。三池さんはサークルのつてで、猫を捕まえる
捕獲器をありったけ掻き集める手はずを整えてくれた。果たして受けつけてもらえるか心配し
ながら、手術を受けさせたい猫の数を「20匹」と書いて送った往復葉書の返事が、数日後、
僕の家に届いた。受付番号と実施日、実施場所がプリントされていた。実施日は、都合のいい
ことに夏休みに入った後だった。
 計画が着々と進んでいる充実感に僕らは浮き立ち、意気揚々と準備を整えていった。
 ところが──。

 夏休みを間近にひかえたある日、「帰りの会」で保護者あてのプリントを配っているとき
だった。僕はそのわら半紙のプリントに何気なく目を通していて、思わず目を疑った。後ろの
席を振り返ると、菊池さんもまた、プリントを手にまん丸な目で僕を見返した。
「あー、ちょっとみんな聞いてくれ」
 先生が言った。「今配ったプリントにも書いてあることなんだけどな、江戸川橋の江戸川公
園。神田川沿いの細長い公園、みんな知ってるよな」
知ってる、とあちこちから声があがった。先生は頷いて続けた。
「あそこがな、今度、学校の規則で、立入禁止になった」
106名無し物書き@推敲中?:02/11/06 16:34
 クラスがにわかにざわめきだした。僕ら「ジンさんと“だんな”達を守る会」のメンバーは
声もなくお互いの顔を見合わせた。先生がバンザイをして大声を上げた。
「はあい、黙れだまれ。──実はな、知っている人もいると思うが、あの公園には浮浪者やた
くさんの野良猫がいるんだ。で、つねづね近所から苦情が出ていたそうなんだが、先日PTA
でもこのことが問題になってな、うちの生徒かどうかわからないんだが、小学生が数人、公園
の浮浪者や野良猫と接触している、と」
 誰か、たぶんPTAのおばさんが見ていたんだ──僕はまるで全身が石になってしまったか
のように椅子の上でコウチョクしてしまった。さいわい、他のみんなには僕たちの会のことは
知られていなかったけれど、僕はまるで生きた心地がしなった。きっとみんなそうだろう。
 そんな僕らにはまるで気付く様子もなく、先生は話を続けた。
「まさかみんなの中にはいないと思うが、言うまでもなく、野良猫や浮浪者は、その、なん
だ」咳払いを挟み、「あまり衛生的とは言えない環境の中で生活しているわけだ、な」
「あの」
ななめ前の席でヨネチャンが思わず手を挙げかけるのを、そばのタッキがとっさに引き留め
た。ヨネチャンが言いたいことは、僕らみんなが言いたいことだった。僕らは、今先生が言っ
たことを言われないようにするために今日まで頑張ってきたんだ。この状況では、僕たちが公
園で目撃された小学生本人だと先生やみんなにばれていないことは、むしろ不幸中の幸いでは
あった。けれど、僕たちの言い分や、今日までやって来たことすべてが否定されたようで、た
まらなく悔しかった。
107名無し物書き@推敲中?:02/11/06 16:34
 先生の話は続いていた。
「学校としても、みんなの遊び場を奪うつもりは毛頭ないんだが、みんなの安全や健康を考え
ての一時的な決定だ。さいわい、公園は夏休み中に全面改装される予定で、野良猫も一斉に捕
獲されるそうだ。そしたらまた自由に遊べるようになる。それまでは立ち入らないこと。いい
な?」
一斉に捕獲、という先生の言葉に、さすがに女の子達からは、かわいそう、と言う声もあがっ
たけれど、それもじきに止んでしまった。
 「帰りの会」が終わり、下校のあいさつをしてみんな一斉に机を教室の後ろに下げ始めて
も、僕らはまだショックから立ち直れずにいた。
108名無し物書き@推敲中?:02/11/06 16:34
『そうか──それは困ったことになったね』
 携帯電話の向こうで、三池さんが考え込んで言った。こんな時、相談できるのは三池さんだ
けだった。みんなと別れて家に帰った後、僕は思い切って三池さんの携帯に電話したんだ。
 僕がこたえられず黙っていると、しばらくして三池さんは言った。
『とにかく、君達が今までやって来たことを無駄にするわけにはいかないよ。公園の猫たち
は、何とか僕らの方で手を打ってみる。一斉捕獲はいつだって?』
「夏休みに入ってからだって言ってましたけど、詳しいことはわかりません」
『そうか、じゃあ最悪の場合、あと一週間の猶予しかないわけだ』
せめて避妊手術の日まで待ってくれれば、と呟いたあと、三池さんはいぶかしげに言った。
『しかし、おかしいな。ふつう、地域猫は狂犬病予防法の適用がないから、行政による捕獲な
んてないはずなのに。──君達の学校のPTAがそうとうハデに直訴したのかな』
僕は、何だか三池さんに申し訳ないような気がした。三池さんはそんな僕の気持ちに気付いて
か、すぐに明るく言った。
『さいわい、捕獲器の方が二、三日のうちに集まるんだ。そうしたらサークルの連中を総動員
して公園にいる奴らを保護しにいくから、杉田君達は安心していいよ。今度は僕から電話す
る』
僕は何度もお礼を言って電話を切った。
109名無し物書き@推敲中?:02/11/06 16:34
 ところが三日後、電話をくれた三池さんは受話器の向こうで申し訳なさそうに言った。
『──いやあ、僕たちも日頃いろんな猫を相手にしているけれど、あの公園の連中ほど手に負
えないのは初めてだよ』
聞くと、三池さん達は約束通り、集まった捕獲器を車に積んで公園に出向いてくれたのだそう
だ。ところがいざ捕獲にかかると、公園にいた猫たちは一斉に牙をむいて遠巻きに威嚇するば
かりだという。そしてどうやら、それを統率しているのが、我らが“だんな”だというんだ。
『あのネズミ色の、鼻に爪痕のあるふてぶてしい猫。あいつにはうちのサークルの連中も何人
か、爪にかけられたよ。あのすばしっこさがまた、今まで見たことのないほどでさ』
「あの……ごめんなさい」
いたたまれずに思わず謝ると、三池さんは慌てて言った。
『何もきみが謝ることじゃないさ。けれど、あの“だんな”、どうやら単に僕ら人間を敵対視
しているというよりも、何か自分の身に迫る危機を感じとっているような様子だったよ。せっ
ぱ詰まっているというか、とにかく、僕らに指一本さわられてたまるかといった気迫を感じた
な』
僕は受話器を握ったまま、深く頷いた。「奴」なら充分に考えられることだ。
 僕は、今“だんな”が何を考えているか知りたくなった。初めて“だんな”と会った日か
ら、僕にはなぜだか奴の考えていることがわかるような気がしていた。
 長いこと迷った末に、僕は、三池さんと江戸川公園に行く決心をしたんだ。
110名無し物書き@推敲中?:02/11/06 16:35
 その僕の決心に真っ先に反対したのは、意外にもヨネチャンだった。
「だって、どうしようもないじゃないか。学校で『立入禁止』って決まっちゃったんだから。
僕だって行きたいよ、行きたいけど、誰かに見られてまた学校に通報されたら、もっと厳しい
取り締まりが始まって、ますます“だんな”達に近づけなくなるよ」
「でも、三池さん達に捕まえられないとなると、このまま保健所に連れて行かれるのを待つし
かないんだよ?」
「だけどね」菊池さんがなだめるように割って入った。「保健所に送られても、すぐに殺され
ちゃうわけじゃないと思うよ。もしかしたら、ちゃんと里親を捜してくれるかも知れないし」
言葉とはうらはらに、その声はまるで弱々しかった。そう、僕らはこれまでに色々と調べて
知っていたんだ。三池さんが電話で言っていたように、猫には「狂犬病予防法」は適用されな
いけれど、例えば交通事故で怪我をして保健所に運ばれた場合は、予防法にしたがって捕まっ
た野良犬と同じくらいのわずかなユウヨしかもらえず、もしその間に飼い主が現れなければそ
のまま「処分」されちゃうんだ。飼い猫ですらそうなのに、苦情に押されて捕まえられた“だ
んな”達野良猫が里親を探してもらえるとは考えにくかった。もちろん、菊池さんもそのこと
は知っている。
111名無し物書き@推敲中?:02/11/06 16:35
 放課後の教室は重苦しい空気に包まれた。
「おれ、苦手だよ。こういうの」リョウサンがふてくされたように言った。
「あの、ね」村上さんが、おずおずと口を開いた。「最近、毎日、公園に行ってたでしょう? そしたらお母さんが、ね、お母さんが、毎日どこで遊んでいるの、って、訊いてきたの」
村上さんはなぜか、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「私、みんなとの約束だから、言わなかったの。そしたら、お母さんいきなり、当分、学校と
塾以外、外に出たらダメだって」
僕らは驚いて村上さんを見た。村上さんはとうとううつむいて膝の上に涙をこぼしながら、
「学校に告げ口したの、うちのお母さんかも知れない」と消え入りそうな声で言った。
 僕らは言葉もなく泣いている村上さんを見つめた。やがて、菊池さんがそっと村上さんの手
を取った。
「気にしなくていいよ、そんなこと」そして石塚さんを振り返り、「サトちゃんちは大丈
夫?」
「私のうちは、大丈夫だけど」石塚さんはうつむいたまま言った。「大丈夫だけど──」
 校庭で遊ぶ下級生達の声が届いた。
「結局よう」しばらくしてタッキが重々しく口を開いた。
「結局、ここまでなんじゃないか。俺達がやれる、限界はさ」
その言葉を認めるように、みんな黙り込んでうつむいた。
 みんなの顔を見渡しながら、僕は、急に体から力が抜けていくのを感じた。
「わかった」僕は言った。「僕、一人で行くよ」
菊池さんが顔を上げて、何か言いたそうな目で僕を見た。けれど、結局何も言わなかった。
「一人で行く」もう一度言って、僕は立ち上がった。みんなはやっぱり黙ったままだった。僕
は言いようのない寂しさを押し隠して、教室をあとにした。
112名無し物書き@推敲中?:02/11/06 16:36
 公園まで来ると、入り口のすぐ脇にいつの間にか『児童立入禁止──小日向台町小学校』の
立て札が立っていた。僕はそいつをけり倒したい気持ちをぐっとこらえて、まわりに目を配
り、小走りに入り口を越えて公園に入った。広場で三池さんと落ち合う約束だった。
 ここ1、2週間、ずっと猫たちに関わりっぱなしでつい足が遠のいていたジンさんの東屋が
見え始めた。ただ、言い訳じゃないけれど、足が遠のいていたのにはもう一つワケがある。
 実は、僕らがプレゼントをした次の日から、ぱったりとジンさんが姿を見せなくなったん
だ。ときどき東屋をのぞくと、段ボールを敷いた上にきちんと布団が畳まれているので、どこ
かへ行ってしまったわけではないらしいのだけど。そして、たまに遠目に姿を見かけると、僕
らがプレゼントしたものを使ってくれているのかやけにこざっぱりとして、どこに隠していた
のか開襟シャツの上に薄茶色のジャケットなんか着込んで何やら忙しそうに公園を出入りして
いるんだ。
 そんなこんなで、気になってはいたんだけれど、僕らはジンさんとしばらく顔を合わせてい
なかったんだ。そのジンさんが、どうやら今日は東屋にいるようだった。
「こんにちは」
 遊歩道から声を掛けると、東屋のジンさんは一瞬辺りを見回したあと僕の姿を見つけて、丸
くした目をじきに細めた。「ぼうずか」
 ジンさんは初めて会った頃の無精ヒゲもすっかり剃り、髪にくしも入れていた。とてもケラ
チョには見えなかった。
 僕が理由を尋ねるとジンさんはなぜかもじもじして、「うん、まあな」なんて口ごもって
る。何かおかしい。
113名無し物書き@推敲中?:02/11/06 16:37
 すると、ジンさんは話をそらすように訊ねた。「今日は、一人かい」
 僕はこれまでのいきさつをジンさんに話した。ジンさんは終始真剣な顔で僕の話を聞いてく
れた。そして、話が終わると顎をひねったまま黙り込んでしまった。無口なジンさんらしかっ
たけれど、僕はそのとき、ジンさんに何か言って欲しかった。卑怯なおとなについて、そのお
となに対抗することもできない無力なこどもの僕らについて、何でもいいから言って欲しかっ
た。
 けれど、ジンさんはただ黙ってじっと僕のひざのあたりを見つめるだけなんだ。
 しかたなく、立ち上がって東屋を出ようとしたとき、一匹の猫が音もなく東屋のベンチの背
もたれに舞い降りた。“だんな”だった。
 僕は奴をじっと見つめた。
 奴も僕をじっと見つめた。
 僕は再び腰を下ろすと、奴の目を見たまま、静かに話しかけた。
「なあ、“だんな”。お前、どうして三池さん達の邪魔をするんだ? どうして素直に三池さ
んに連れていってもらわないんだよ」
“だんな”は甘えた声で鳴くと、《持ッテンノヤロ、イツモノ》という目で僕のそばにしのび
寄ってきた。僕は鞄からドライフードの箱を引っぱり出してベンチの上に少し盛った。飛びつ
くようにそれを食べ始めた“だんな”を眺めながら、僕は溜息をついた。
「餌をねだるときだけ、取って付けたような声を出すんだよな、お前はさ」
そう言いながら、僕はすぐ目の前に丸まっている“だんな”の背中に触ろうと手をのばした。
途端に“だんな”はベンチから飛び降りていつもの目で僕を睨みあげた。僕はまた溜息をつい
た。
「人の気も知らずに、いつまで疑って、意地を張るつもりなんだよ──」
114名無し物書き@推敲中?:02/11/06 16:38
 すると、それまで僕らの様子をじっと見つめていたジンさんが、不意に立ち上がって言っ
た。
「ぼうず、こうやるんだ」
そして“だんな”のすぐ脇の布団の上にあぐらを掻くと、疑り深そうに僕とジンさんを見比べ
るだんなの目をじっと見つめて、不意に右の手のひらを自分に向け、胸の前にあげて言った。
「おらは、」そして手を広げたまますっと“だんな”のあごの先に下げた。「敵でない」
“だんな”は一瞬びくりと身を引いたけど、逃げようとはしなかった。
 僕はジンさんが始めた奇妙な行動に目を見張った。ジンさんは再び手を胸の前にかざすと、
半開きの目でお経を唱えるように繰り返した。
「おらは、」“だんな”のあご先に降ろし、「傷つけない」
 ジンさんはさらに数度「おらは」「おらは」と繰り返した。そして、何度目かの「何々しな
い」のあと、そっと“だんな”ののどに指の背を添わせた。“だんな”は動かなかった。
「すごい」僕はささやいた。「どうやったの」
「見たとおりよ」ジンさんは“だんな”の背をなでながら静かに言った。「このやり方がいつ
も正しい訳じゃねぇ。ただ、必要なのは『おらはお前と仲良くしたい、お前を苦しめ、辱めた
奴とは違うんだ』ってことを、相手にじっくり解らせることだべ」
僕はすっかり感心してジンさんを見つめた。「ジンさんて、すごいんだね」
「なに」ジンさんはぶっきらぼうに言うと立ち上がって背を向けた。「教えてくれたのは、お
前さんだべ」
「え」僕はびっくりして言った。「知らないよ僕、そんなこと──」
ジンさんはへへへへと笑っただけで、“だんな”の方をあごでしゃくった。「やってみな」
 僕は、ジンさんがやったとおりにやってみた。《何、オ前モヤルンカ。難儀ヤナ》初めは面
倒くさそうに細めた目で僕を見ていた“だんな”は、けれどやがて、骨張ったその背中を僕の
手に許した。僕は初めて、“だんな”の体温を手のひらに感じた。
 僕は、嬉しくてジンさんを見上げた。ジンさんは、優しい目でうなずいた。
115名無し物書き@推敲中?:02/11/06 16:38
 “だんな”と連れだって広場に向かうと、すでに三池さん達が待っていた。三池さんの傍ら
には大きなねずみ取りのような捕獲器や、捕獲器のいらない大人しい猫のための輸送箱が山と
積まれていて、さらに見ている間にもサークルのお兄さん達が広場の背後の入り口から次々と
運び込んでいた。
「杉田君」三池さんは僕を見つけて手を挙げた。
 僕は駆け寄ろうとして、傍らの“だんな”がしっぽを膨らませて捕獲器の山を睨み付けてい
るのに気付いた。
「ばっかだなあ」僕はしゃがんで言った。「あれはお前や仲間達を閉じこめるための箱じゃな
いんだよ。お前達を安全な場所に運ぶための道具なんだ」
《ホンマカ?》“だんな”は目を瞬かせて僕を見上げた。《ホンマヤナ?》
「杉田君、その猫」三池さんが目を丸くして言った。
「ユウコウジョウヤクを結んだんです」僕は誇らしげに言って振り返った。「な」
《知ランワ》“だんな”はそっぽを向いた。
「ミケさん、これで全部です」サークルのお兄さんが最後の捕獲器を抱えてきた。
「よし」三池さんは僕の傍らにやってきてしゃがみ込んだ。「始めようか」そして“だんな”
の目をのぞき込み言った。
「今日は、言うことを聞いてくれよ」
 いつも餌をやっている時間だったので、広場には常連の猫が15匹からそろっていた。ほと
んどは僕らが首輪をつけた、顔なじみの猫たちだ。僕はサークルのお兄さんやお姉さんと一緒
に、一番手近なベンチの上で寝ていた“のほ”から順に、一匹ずつ輸送箱に入れていった。ふ
と見ると、他のお兄さん達も餌箱を据えた捕獲器をちゃくちゃくと周りの林に仕掛けていた。
「だんな」はというと、ひとり広場をうろうろしながら、不安げに僕らの様子を見つめてい
た。
116名無し物書き@推敲中?:02/11/06 16:39
「ミケさん、ちょっと」
 ひとりのお兄さんが、広場での作業を監督していた三池さんに駆け寄って何か耳打ちした。
両手に猫の入った輸送箱をさげて僕が近づくと、三池さんは顔色を変えて、後ろの神田川にか
かる橋の方をうかがっていた。遊歩道に直接続く細い橋の上に、人だかりができていた。
「君らは作業を続けていてくれ。ちょっと見てくる」
三池さんはお兄さんにそう言うと橋の方に駆けていった。僕はお兄さんに訊ねた。
「どうしたんですか?」
お兄さんは橋の様子に目をやったまま、上の空で答えた。
「来ちまったんだ、保健所が」
 僕は思わず両手の輸送箱を取り落としそうになった。嘘だろ、いくら何でも早すぎるよ。夏
休みに入ってからじゃなかったのか!? 僕の頭はひどく混乱した。
 お兄さんは我に返ると、様子がおかしいのに気付いて広場のあちこちで立ち尽くし、めいめ
い橋に目を凝らしている仲間達に向かって声を張った。「さあ、急いでやっちまおう!」
 そのとき、輸送箱を手にしたまま立ち尽くしていた僕の後ろで、声がした。
「マモル!」
振り返ると、タッキが立っていた。
 ヨネちゃんもいた。菊池さんも、リョウサンも、石塚さんもいた。そして、村上さんも。
 僕が声もなくみんなを見回していると、タッキがにやにやしながら言った。
「──猫の手も借りたいだろ?」
117名無し物書き@推敲中?:02/11/06 16:39
七人でどっと笑った。僕らの間のわだかまりはタッキのその一言で吹っ飛んだ。僕は笑いなが
ら、そっと村上さんに訊ねた。「大丈夫?」
村上さんは頬を赤らめて、笑い涙を拭いながら小さく頷いた。「来ちゃった」
 僕らは、心から笑いあった。

 広場に集まっていた首輪をつけた猫たちは、みんなのお陰であっという間に輸送箱に収まっ
た。残るは“だんな”だけだった。でも、僕は“だんな”を輸送箱に押し込むつもりはなかっ
た。箱のふたを開けて、奴が自分から入るのを待った。それが僕なりの、公園の「ボス」に対
する礼儀だった。
「こいつが自分で入るわけないじゃん」タッキがのぞき込んであきれたように言った。
「まあ、見てて」僕は言った。
 “だんな”ははじめ、輸送箱と僕らを遠巻きにうろうろするばかりだった。でもやがて、ほ
んの少しずつ僕らとの幅を縮め始めた。
「お、近寄ってきた」タッキが声を潜めた。
みんなが少し離れたところから固唾を呑んで見守る中、“だんな”は箱の前で長いことため
らったあと、念を押すように僕を見上げた。僕は頷いて言った。「大丈夫。一緒に行こう」
 “だんな”は、ふん、とひとつ鼻を鳴らすと、すっと扉をくぐった。
 みんなが安堵の声を漏らしてそっと駆け寄ってきた。僕が扉を閉めると、タッキが、ほ
おっ、と溜息をもらした。「マモル、今お前、何の魔法使ったんだ?」
118名無し物書き@推敲中?:02/11/06 16:39
 僕らが輸送機を手に橋に向かうと、人だかりはさっきよりも膨らんでいた。
「保健所だよ」そう言うと、みんなは橋の手前で立ちすくんだ。
 人だかりの真ん中で、三池さんと、黄緑色の作業着を着た保健所の作業員が向かい合って
立っていた。
「だからさ、おたく達はどんな公的権限でもって我々の作業を妨害するのかね」
作業員はいらいらした声で言った。三池さんは落ち着いた、よく通る声で答えた。
「何度も申し上げたように、私たちは大学のボランティアサークルです。地域猫を保護し、地
域の方々との共生の方法を探るのが私たちの活動目的なんです。決して妨害ではありません」
「妨害だよ」作業員は居丈高に言った。「おたくの言う『地域の方々』から『どうにかしてく
れ』という苦情が出て、PTAから正式に申し入れがあり、一斉捕獲という行政処分が決まっ
たんだ、わかるかね、おたくらはそれを妨害しているんだよ、え」
作業員の話し方に、僕は次第に気分が悪くなった。
「威張りくさって、何様だよ」リョウサンが小さく毒づいた。
「この地域の皆さんがあの猫たちを快く思っていないことは承知しています」三池さんはあく
まで冷静に話した。「しかし、見て下さい」
 傍らに置いていた輸送箱をささげ持ち、中の猫を作業員に見せながら、三池さんはねばり強
く続けた。「この猫は首輪をつけているでしょう。公園の猫の半分以上が、このように首輪を
つけています。そのような猫を、行政処分だからといって勝手に捕獲することはできないはず
です」
作業員は一瞬言葉に詰まった。けれどすぐに、怒鳴るような口調で言った。
「とにかく、いったん決まったことだ。文句があるなら明日にでも保健所に来ればいいだろ
う」
「だめだ」僕は思わずもらした。「連れて行かせちゃだめだよ」
119名無し物書き@推敲中?:02/11/06 16:40
 その時、傍らにいたヨネちゃんが、何かひらめいたのか僕に耳打ちした。
「マモル、あの返事の葉書、持ってる?」
ヨネちゃんが言っているのは、文京区が実施する無料の避妊・去勢手術の受付葉書のことだっ
た。僕はカバンの奥から葉書を引っぱり出してヨネちゃんに渡した。「どうするの」
ヨネちゃんはにっこり笑うと、葉書をしっかり持ったまま人だかりを掻き分けていった。
 ざわついていた人だかりがふと静まり、不意に三池さんが口を開いた。その声は、確信に満
ちていた。
「あなた方は確か、区の生活衛生課から委託されてきているんですよね」
作業員はそっぽを向き、ぶっきらぼうに言った。「そうだが、何か」
「では、これはご存じでしょうか」三池さんが差し出したのは、あの葉書に違いなかった。「2週間後に、生活衛生課が主催で地域猫を対象に実施される避妊・去勢手術の受付葉書で
す。ここに申込を受理された『20匹』の猫、これは、この公園の猫たちのことなんですよ」
三池さん達を無視して部下に指示を出そうとしていた作業員は、ふと振り向き、葉書を手に
とってまじまじと見つめた。意外だという顔をしていた。
 長い沈黙が流れ、僕らが勝利を確信したときだった。
「この、申込人、いるかね。ええと『杉田護』さん、いますか」
 僕は、まるで背筋に電気が走ったように立ち尽くしてしまった。三池さんが振り返って僕を
捜していた。作業員のだみ声がさらに二度、三度と僕の名前を繰り返した。
「マモル」タッキが僕の肩を叩いた。「大丈夫だよ、がんばれ」
「マモル、負けんな」リョウサンが力強く言った。
「がんばって、杉田くん」菊池さんが緊張にこわばった顔で僕を見つめた。
「杉田くん、これ」石塚さんがカバンから《交通安全》のお守りをはずして僕にくれた。
村上さんがじっと僕の目を見て、頷いた。
「杉田くんなら、大丈夫」
その瞬間、背中にもう一度電気が走った。いつの間にか人だかりが二つに割れて、僕の前に道
ができていた。
 僕は今、無敵だ。
120名無し物書き@推敲中?:02/11/06 16:40
「僕が、杉田護です」
 そそり立つ岩壁のような作業員を見上げて、僕は言った。作業員は僕を見下ろすと、呆気に
とられたように、何だ子供か、と呟いた。そして葉書をかざすと面倒くさそうに訊いた。
「この葉書は、君のものに違いないかね」
「はい」僕は頷いた。
 すると驚いたことに、作業員はいきなり怒りだした。
「君はこんなイタズラをしていいと思っているのかね、まったく今日びの子供は、大人をから
かうにもほどがある」
僕はあ然として言った。「イタズラじゃありません」
作業員はかぶりを振って吐き捨てるように言った。
「いくら行政が無料で実施するからと言って、どこの世界に20匹も申し込む馬鹿がいる」
さすがに三池さんも、むっとして口を挟んだ。
「20匹のどこがいけないんですか。数に制限はなかったはずです」
「おたくねえ、」作業員は苦笑いを浮かべ片手に持った葉書を空いた手でしきりにはじきなが
ら、「常識で考えなさいよ。厄介者の野良猫を20匹も処置して、区からは寸志くらいしか出
んのだよ。協力した獣医だってとんだ迷惑だ」
 僕の隣で、ヨネちゃんが目に涙をため、ぶるぶる震えていた。ヨネちゃんがこんなに怒った
のを、僕は初めて見た。とうとう、三池さんが怒りに僕を押しのけるようにして一歩踏み出し
た、その時だった。
121名無し物書き@推敲中?:02/11/06 16:40
「あやまりなさい!」
 突然、とどろくような声が遊歩道の方から飛んできた。僕は飛び上がりそうになって振り向
いた。他の人達も驚いて、一斉に声のした方を振り返った。
 橋のたもとに、ジンさんが立っていた。ジンさんは橋も揺れんばかりの勢いでずかずかとこ
ちらへ渡ってくると、作業員の前に立ちはだかって言った。「この子達に、謝りなさい」
「あんた、誰だね」作業員が気圧されたように口ごもった。「なぜ、わたしが謝らにゃなら
ん」
 ジンさんはいくぶん声を鎮めると、作業員をはたと見据えたまま話し始めた。
「お前さん、仕事がら多くの野良犬や野良猫を扱ってなさるだろ。その犬や猫が、どうして野
良になったのか、お前さんは考えたことがないのかい」
作業員は馬鹿にしたように鼻を鳴らして言った。
「そんなことを今さらあんたに諭されるいわれはないがね、捨てる人間が減らない限り、野良
は増え続ける、それだけのことじゃないのかね」
ジンさんは頷いた。
「飽きたおもちゃを捨てるように、あるいは手にあまるほど増えすぎたからと言う人間の勝手
な理由で捨てられる犬や猫の気持ちを、お前さんは捕獲しながら考えたことはないかね。降り
しきる雨の夜、寒さに震え、寄る辺なくさまよい死んでゆく小さな命について、お前さんは一
度たりと考えたことはないのかね」
122名無し物書き@推敲中?:02/11/06 16:41
作業員は黙ってジンさんを見た。橋の上は奇妙な静けさに包まれ、ジンさんは静かに続けた。
「お前さん方は、上からの指示で任務を忠実に果たすのがつとめだ。しかし、言われて来てみ
れば、若者や子供たち、あまつさえおらのような偏屈な老いぼれまでが訳のわからぬことを巻
くしてて立ちはだかり、さぞ当惑してなさるだろう。──しかしおらは、野良の捕獲という人
の厭がる仕事を敢えてなさっているお前さんなら、必ず解ってくれると思って話しておるん
だ。お前さんは、自分が捕まえればその犬や猫はきっと殺されると知っていて、そのことに喜
びを感じられるかね」
「そんなわけ、ないだろう」
作業員が低く言った。ジンさんは大きく頷いて微笑んだ。
「いや、それを聞いて安心した。この子達はな、そんな不幸な野良猫を一匹でも多く助けてや
りたいと、ありとあらゆる努力を惜しまずがんばってきたんだ。この子達は、きっとやり遂げ
るだろ。お前さん方も、おらと一緒にもう少し、この子達を見守ってやる気はないかね」
作業員は長い間、黙ってジンさんや僕らを見渡したあと、おもむろに口を開いた。
「あんた達の言い分は解った。そこでひとつ聞きたいが、ここの猫をわれわれの代わりにそっ
くり保護したとして、あんた達、その後どうするんだね、当分保管できるのかね」
「私達が保護した地域猫を一定期間飼育できる物件を確保していますので、心配はいりませ
ん」
三池さんが言ったので、すかさず僕は続けた。
「その後は、僕らが少しずつ里親になってくれる人を捜します」
123名無し物書き@推敲中?:02/11/06 16:41
作業員はそれを聞き、やがて小さく息を吐くと、葉書を僕に返して言った。
「一度決まった行政処分を、わたしの一存でくつがえすなんてことは、もちろんできない」
ジンさんが頷いた。作業員は続けた。
「しかし、現場を一番よく知っているのは、わたしです」
僕はヨネちゃんと目を見交わした。黄緑色の作業着を着たその人は、最後にはっきりとした声
で言った。「今日のあんた方の話を上に報告し、処分の再検討を要請してみるとしましょう」
 一斉に歓声が上がった。
「ありがとう」ジンさんは作業員の手を握って何度も繰り返した。「ありがとう」
「あんた、まるでわたしの父親のようだ」
苦笑いを浮かべてそう言うと、作業員は橋の途中まで持ってきていた捕獲器を部下に引き上げ
させ、帰って行った。
 僕はヨネちゃんと肩を抱き合って笑った。すぐにタッキ達が駆けてきて、僕らはみんなで手
を取り合って飛び跳ねた。橋がぐらぐらと揺れて、菊池さん達が笑いながら悲鳴を上げた。三
池さんが僕の肩を叩いて笑った。僕は、三池さんと固く握手を交わした。
124名無し物書き@推敲中?:02/11/06 16:42
 ふと我に返って、僕は辺りを見回した。ジンさんの姿がいつの間にか見えなくなっていた。みんなもすぐに気がついて、きょろきょろし始めた。そばにいたサークルのお兄さんに訊く
と、お兄さんは橋の向こう側を背伸びして見やりながら言った。
「ああ、さっきのおじいさんなら、何やら荷物を担いで面影橋の方へ歩いていったけどな」
まだお礼を言っていない。僕らは駆け出した。
 大通りの信号の手前でジンさんを捕まえると、僕は息を弾ませながら訊ねた。
「どこかに行っちゃうの、ジンさん」
僕らに囲まれて、ジンさんは当惑気味に目を細めた。「いや、その、まあ、あれだ」
「どこに行くの」菊池さんも訊ねた。
 ジンさんは弱り切ったようにもじもじして、恥ずかしそうに言った。
「その、なんだな、“だんな”達もひとまず落ち着くところができたわけだし、おらも、そろ
そろどこかに落ち着くかなと、な」
125名無し物書き@推敲中?:02/11/06 16:42
「行くところ、あるんですか?」
ヨネチャンが、ジンさんの肩の丸めて縛った布団を見上げて言った。ジンさんはしぶしぶ頷い
た。
「大久保にな、おらのような人間が一人で生活できるように手助けしてくれるセンターがある
んだ。ひとまず、そこに行ってみようかと思ってな」
そして、そこまで話すともうあとは諦めたように、一気に喋り始めたんだ。
「実は、お前さん達に色々なものをもらったときな、あのとき決心したんだよ。このままじゃ
いけねぇ、もう一踏ん張りせにゃあってな。それで仕事を探し始めたんだが、この時代だ、選
り好みなどせずとも、そう簡単に働かせてくれるところなんぞ見つかるわけがねぇべ。それ
で、ひとまずセンターに腰を据えて、じっくり次の生活を考えようって算段さ」
ジンさんはそこまで話すと、いっそう目を細めて、僕らの頭や頬を順繰りになでながら言っ
た。
「そんなわけだから、お前さん達も、元気で、な」
 僕らが口々に今日のお礼を言うと、ジンさんはかぶりを振って言った。
「いやいや、礼を言うのはおらのほうだべ」目が潤んでいた。「本当に、ありがとう」
僕らは、ジンさんが町の人混みにまぎれて見えなくなるまで、手を振った。
126名無し物書き@推敲中?:02/11/06 16:43
 夏休みに入り、実に20匹もの猫の避妊・去勢手術を無事に終えて、ヨネちゃんの作った里
親探しのホームページも完成した。
 あの日、僕らが江戸川公園で保護した、全部で28匹の猫達は今、三池さん達が古い倉庫を
改造して作った保護施設でひとまず安全な生活を送っている。
 そして先日、ホームページの掲示板に記念すべき里親希望者第1号の書き込みがあった。荒
川区で乾物屋を営んでいるというそのおばさんは、数日後、三池さん達の倉庫にやってきて、
ホームページを見て気に入ったという白猫の“ちゅちゅ”をもらっていった。僕らは、嬉しい
ような寂しいような、複雑な気持ちで“ちゅちゅ”を見送った。
 これが呼び水になったのか、最近、希望者が二人、三人と増え始め、僕らはいつになく忙し
く充実した夏休みを過ごしていた。

 そんな矢先、突然かなしい知らせが僕らの間に舞い込んだ。村上さんが、お父さんの仕事の
都合で仙台に引っ越すことになったんだ。
 お別れの日、村上さんは泣きじゃくりながら、倉庫で僕らに約束した。
「向こうの生活に慣れたら、絶対、猫を飼う。その猫を探しに、必ずここに戻ってくるから
ね」
僕は、涙を我慢するのに必死で、ろくな挨拶もできなかった。その時初めて気がついた。
 僕は村上さんを好きになっていたんだ。
127名無し物書き@推敲中?:02/11/06 16:43
 あと一週間で学校が始まるというある日、僕は“だんな”を輸送箱に連れて江戸川公園に散
歩に出かけた。と言っても、公園は改装工事中で、すべての入り口が金網でふさがれ、いちめ
んに張られたビニールシートの隙間からわずかに中の様子がうかがえる程度だった。
 僕は、あの橋の上で“だんな”を外に出してやった。“だんな”は大きくのびをすると、と
ことこと金網の張られた橋のたもとの方まで歩いていき、ビニールシートの裾から内側の、金
網との間に体を潜り込ませた。
 しばらくもぞもぞと右や左に動くビニールシートの膨らみを見ていた僕は、その膨らみが不
意にすっとしぼんだのを見て、慌てて立ち上がった。駆け寄ってシートの隙間から工事中の公
園をのぞくと、すぐ目の前の遊歩道に“だんな”がいた。
「おい何だよ、戻って来いよ、勝手に行かない約束だろ」僕は慌てて奴を呼んだ。「戻って来
いったら」
 “だんな”は振り返ってじっと僕を見つめ、こう「言った」んだ。《別レハ、ツライナ》
「カッコつけるなよ」僕は思わず噴き出しそうになりながら、ふと奴の目を見た。「本当
に?」
《世話ニナッタ》“だんな”は佇んだままぷいと顔を背けた。《達者デナ》
 僕は、遠ざかっていく不格好な“だんな”のしっぽを見つめながら、三池さんに叱られる
な、と思った。そしていつの間にか、それでもやっぱり、奴には林を駆け回る生活の方がいい
のかも知れない、と妙に納得していた。
 ふと、耳をすますと、“だんな”の声が微かに届いた。奴は、非常識にも歌を歌っていた。
《♪可愛イアノ子ニ惚レタナラ タトエ火ノ中 水ノ中──》
「あいつ──!」
やっぱり話すんじゃなかった、と思いながら、僕はポケットの中の手紙にそっと触れた。
 元気でやっているという、村上さんからの手紙だった。


                              ─おわり─
128名無し物書き@推敲中?:02/11/08 09:59
 
129名無し物書き@推敲中?:02/11/08 13:15
 
130名無し物書き@推敲中?:02/11/08 15:53
131名無し物書き@推敲中?:02/11/08 17:01
:イラストに騙された名無しさん :02/11/08 10:49
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読む価値無し。
133名無し物書き@推敲中?:02/11/09 01:17
134名無し物書き@推敲中?:02/11/09 11:11
 
135名無し物書き@推敲中?:02/11/10 06:48
杏奈は今年で11になります。
おにいたんは、2つ上の13歳です。

わたし達は血が繋がっていないです。
私のお父さんと、おにいたんのお母さんが去年、再婚したので兄妹になりました。
136名無し物書き@推敲中?:02/11/10 06:48
19 名前:杏奈 投稿日:02/11/09 07:07 ID:8DMe0M+5
最初、おにいたんは、杏奈とあんまり喋ってくれませんでした。
嫌われているのかと思って、悲しかったです。
137名無し物書き@推敲中?:02/11/10 06:48
21 名前:杏奈 投稿日:02/11/09 07:10 ID:8DMe0M+5
お父さんと、新しいお母さんが新婚旅行に行くことになり、
おにいたんと杏奈は家に残ることになりました。
ふたりっきりになって、何を話したらいいのか困っているうちに晩ご飯の時間になりました。
138名無し物書き@推敲中?:02/11/10 06:49
22 名前:杏奈 投稿日:02/11/09 07:14 ID:8DMe0M+5
晩ご飯は、おにいたんが作ってくれました。
チャーハンでした。
とてもおいしかったです。
おにいたんにその事を言うと、
「母さん、働いていたからな。低学年の時から、飯を自分で作ってたりしたから」
と、照れくさそうにいってました。
それまで、あまり話をしたことはなかったけど、おにいたんはとても優しいおにいたんでした。

23 名前:杏奈 投稿日:02/11/09 07:21 ID:8DMe0M+5
ご飯の後は、テレビを見たり、テレビゲームを二人でして過ごしました。
杏奈の本当のお母さんが、杏奈が小さいときに、マンションのベランダから飛び降りて
死んでしまってから、お父さんが仕事に逝っているときは、お爺ちゃんの所に預けられて
いたり、一人でいることが多かったので、これからはおにいたんがいてくれると思うと、
とてもうれしかったです。


24 名前:杏奈 投稿日:02/11/09 07:25 ID:8DMe0M+5
「お風呂が沸いたから、先に入りなよ」
おにいたんが、そういったので、杏奈は
「おにいたんも、一緒にお風呂に入ろう」
といいました。
「…い、良いよ」
おにいたんは少し恥ずかしそうにしていたけど、一緒にお風呂に入りました。
26 名前:おにいたん 投稿日:02/11/09 07:43 ID:AcfEsKT9
自分の性癖に気が付いたのはつい最近の事だ。
友達が、兄貴の部屋から盗み出したエロ本を見せてくれたとき、それほど興奮しなかった。
20歳くらいのAV壌のヌードグラビアで、脚を大開にして、股間を手で隠してた。
その手のひらから、陰毛がはみ出ていた。
正直、少し吐き気を覚えた。

そんなある日、母親が再婚することになった。
新しく僕の父親になるその人には、僕より2つ年下の女の子がいた。
名前は杏奈。
僕の妹になる…
そう、思った時、僕の股間がうずき始めた。
しずまれ!しずまれ!
心の中の叫びとは裏腹に僕のちんちんは大きくなっていった。
痛いほどに。

7 名前:おにいたん 投稿日:02/11/09 07:52 ID:AcfEsKT9
「…ちょっと、トイレ…」
僕は、そう言うと席を立ち、トイレにむかった。

昨日の夕食の時に、
「母さん、再婚する事になったから、明日、相手の人と、その娘さんに会わせるから」
と、言われ、連れてこられたファミレスで、その親子と初めて合い、僕は、これから妹にな
るその女の子、杏奈に欲情し、ファミレスのトイレで、覚えたてのオナニーをしている。
僕はどうにかしてしまったのだろうかと思ったが、アッという間にでたザーメンは、
間欠泉の様に吹き出し、トイレの壁を汚していた。
28 名前:おにいたん 投稿日:02/11/09 08:09 ID:AcfEsKT9
その後、母は杏奈の父親と再婚し、僕らは家族になり、兄妹になった。
一緒に住み始めるまでの少しの間、僕は時間さえあれば杏奈の事を思い出してオナニー
をしていた。
そして、インターネットで、少女の裸の画像を探しだし、それでもオナニーをした。
7歳くらいで、白人の女の子が毛むくじゃらの太ったオヤジに、無理矢理ペニスを挿入され
ている画像を見つけた時は狂喜乱舞し、その画像だけで三回はオナニーが出来た。
そんな画像ばかりを集め、プリントし、マイオナニー写真集を作ったりした。
32 名前:おにいたん 投稿日:02/11/09 08:33 ID:AcfEsKT9
僕と母は、杏奈達の家に引っ越し、家族としての生活が始まった。
ゴタゴタとした日々が過ぎ、落ち着いたと思ったら、両親は新婚旅行に行ってしまった。
僕と杏奈を残して。
一緒に住み始めて、しばらく経ったが、僕は杏奈とあまり話をしていなかった。
杏奈のことを意識してしまい、話しかけたくても話しかけることが出来なかった。
両親には、そこがギクシャクしている様に見えたのかも知れない。
杏奈の父親、つまり僕の新しい父親とは上手くやっていたが、杏奈とはぎこちなかった。
義父は、新婚旅行に出かける時に、
「杏奈を頼んだよ」
と言っていた。
もしかしたら、ギクシャクしている僕と杏奈を気にした両親が、二人が打ち解ける時間を
作るために新婚旅行に出かけたのかも知れないと思った。


33 名前:おにいたん 投稿日:02/11/09 08:58 ID:AcfEsKT9
夕食は僕が作った。
チャーハンだ。
母親が仕事で、鍵っ子だった僕は、自分で食べるくらいノモのなら、けっこう作れる。
杏奈も喜んで食べてくれた。
二人きりの時間が長かったせいか、杏奈との会話が普通に出来る様になっていく。
夕食の後は、テレビやゲームをして杏奈と過ごした。
風呂が沸いたので、杏奈に入るように言うと、杏奈が一緒に入ろうと言い出した。
頭の中で妄想が広がっていく。
股間に血液が集中していく。
僕らは、兄妹…
そうだ、僕らは兄と妹なんだ!
何を気にする事があるだろうか?
僕は、杏奈に
「じゃぁ、一緒にお風呂に入ろうか?」
と言うと、杏奈を連れて、脱衣所に向かった。
145次回:02/11/10 06:53

一緒にお風呂に入る事になった杏奈とおにいたん。
ぎこちないスキンシップ。
始まったばかりの甘い生活。
そこで知らされる驚愕の事実。
杏奈の小さな手がおにいたんの暴れ鰻に迫る。
146名無し物書き@推敲中?:02/11/10 23:16
馬鹿じゃん?

■■■■■■■■■■ はい終了 ■■■■■■■■■■
147名無し物書き@推敲中?:02/11/10 23:50
>>127
面白かったですよ。
子供の一夏の経験(秋でも冬でもいいんですけど)として、
もう少しオトナ達とのエピソードを付け加えて仕上げられてはいかがでしょう?
癒し系として需要はありそうに思います。
148_:02/11/10 23:50
14968-127:02/11/11 01:12
>>147
お読みいただきありがとうございます。
実はこれ、完成品としてすでにアップしてある作品を、
ちょっといたずら心でここにアップしてみたのです。
でも今後改訂する機会がありましたら是非アドバイスを
参考にさせていただきます。

もし私のサイトを覗いてみようとお思いでしたら、
>>127の最後の一行をそのままぐぐるで検索していただければ
ヒットするはずです。

ありがとうございました。
150名無し物書き@推敲中?:02/11/11 09:53
151名無し物書き@推敲中?:02/11/12 09:33
 
152名無し物書き@推敲中?:02/11/12 09:44
不法滞在率No1の韓国人がビザなしで入国できるようになる政策に賛成する外
務省や問題をクローズアップしないマスコミに対しても抗議するデモOFFを行います。
デモは普通の市民が行う抗議行動。という雰囲気を広めることも大いに狙ってい
ますので前回は少し硬い印象になりましたが、今回は「ショー感覚」で明るく楽しくやりましょう!
・参加資格者 現状での韓国へのビザ免除に反対してる人(国籍問わず)

・日  時 11月16日(土) 雨天決行(先着70名様にはレインコートあり)
・集合時間 13:00〜14:00時集合
・集合場所 港区桧町(ひのきちょう)公園
・地  図 http://www.mapion.co.jp/c/f?el=139/44/10.615&scl=20000&
coco=35/39/34.474,139/44/03.700&pnf=1&sfn=all_maps_00&uc=1&grp=all&
icon=mark_loc,0,,,,&nl=35/39/48.229&size=500,500
・最寄り駅 地下鉄日比谷線または大江戸線の六本木駅の7番出口
・解散場所 渋谷区宮下公園
・公式HP http://dempa.2ch.net/prj/page/demo/
・本部スレ 【11/16】韓国ビザ免除・竹島抗議3【デモOFF】
      http://life2.2ch.net/test/read.cgi/offreg/1036416892/l50

153名無し物書き@推敲中?:02/11/12 17:56
154名無し物書き@推敲中?:02/11/13 08:50
155名無し物書き@推敲中?:02/11/13 22:16

156_:02/11/13 22:17
157名無し物書き@推敲中?:02/11/14 09:33
158名無し物書き@推敲中?:02/11/14 17:50
159名無し物書き@推敲中?:02/11/15 17:35
 
160名無し物書き@推敲中?:02/11/17 11:40
161名無し物書き@推敲中?:02/12/01 22:02
あげとこっかな
162山崎渉:03/01/06 16:15
(^^) 
163山崎渉
(^^)