ブーヴレスはあの芸でコレージュ・ド・フランス入りしたから…
死後絶対に残らないことは確実。
思えば悲しいキャラだ。
ポストモダン評論家
ラクー・ラバルトわけわかめ。なにを押さえてから読むべき?
ハイデガーとかいったらやーよ。もっと簡単なやつにしてね。
「経験としての詩」でございます。
フランス文学史。
ドイツ文学史。
>>947 あなたの関心がどの辺にあるのかにもよる(哲学系、文学系、芸術系etc.)けど、
入門としておすすめなのは『虚構の音楽』(未來社)でしょうか。
どれかすきな章を一つ選んで読んでみてください。
ワーグナーについて少し知っていれば入っていけるはず。
それから注意しておくと、ラクー=ラバルトはきちんと論理的に文章を展開する人なので
ゆっくり読んで丁寧に論旨を追ってください。
そうすれば必ず理解できるように書かれています。
ラクー=ラバルトの文章というのはわりと啓蒙的なのですよ。
ラクー=ラバルトが読んでいるテクストも併読すれば、申し分ないでしょう。
>>948 岩波からでてる文庫本のやつなら持ってます。(部分的に読みました)
>>949 レスありがとうです。ちまちま熟読していこうと思います。
やっぱりハイデガーは読んでおいたほうが良いのですね。(当然か)
951 :
吾輩は名無しである:04/02/21 03:03
ラクー=ラバルト読んでからハイデガー、ヘルダーリンダーリンに行く手も蟻。
952 :
ノマド ◆HAAd4wEbmI :04/02/21 21:37
えっと、こちらにもお邪魔しておこう。
デリダは脱構築が語源学的なものとは違うと否定しているけども
いくら戯れだといってもやっぱ語源学的な言葉の多義性をスキルにしてるわけで
その部分は彼の著作活動の最初から最後まであって、
ハイデガーの遺産をしっかりと継承している。
で、それがストラテジー的なスキルだとしても
これだけ語源学的な方向性を随所に見せてしまうっていうのは
やっぱ「原初に真実ありき」みたいなニュアンスを与えられるところがある。
>>952 あなたの主張を明確にしたいのですが、
語源学が、デリダにとっての「原初の真実」に見える、ということ?
それは一つの戦略としてデリダが関わっているということでいいのではないでしょうか。
954 :
ノマド ◆HAAd4wEbmI :04/02/21 22:04
>>953 えっと、補足します。
デリダの思想には「原初に真実ありき」はありませんよね。
彼のグラマトロジーや脱構築は「始原」を脱臼させるのですから。
ただ、言葉の語源を参照しながらの脱構築的読解は
どうしても語源学的な方向性をもってしまうと思うんですよ。
で、デリダのストラテジーはアンビヴァレンツなところがあるなと。
つまり、「始原」を脱臼させつつもその「始原」に囚われているような、
あるいは「始原」を否定しつつも(絶対的な始まりなどない)、
やはり「始原」を求めるデリダの欲望は強いな、と感じてしまう。
>>954 その「アンビヴァレンツなストラテジー」というのは
まさにデリダ自身が主張していることじゃないですか?
あなたはデリダに反論しようとして、デリダの主張
を反復しているにすぎないのではないでしょうか。
>>954 「アンビヴァレンス」ではない「散種」の意義がつかめていないだけ
>>956 アンビヴァレンスを許す多義性と、デリダのいう散種との違いが
分かってないということですか?
そもそもデリダにしては積極的な「散種」という用語は、
こういうお決まりのツッコミを予期して練られたもの。
彼のテクスト読解が語源学に見えるというのは、
そもそもハイデガーの通俗的読みに由来する。
デリダの動機は、
ハイデガーをより「ラディカル」に展開することだ。
精神分析を積極的に取り入れているのもその現れ。
959 :
ノマド ◆HAAd4wEbmI :04/02/21 23:41
955さん、958さんの言うのはその通りだと思いますよ。
954で書いたわたしの印象が紋切型であり、
デリダによってさらりとかわされることは充分に承知しているのです。
そんなスキはデリダにはないこともわかっているのです。
ただ、954で書いたような個人的印象がぬぐいきれないので、
あえてちょっと書いてみた次第なんですよ。
デリダの脱構築的読解が語源学に回収されるとは思いませんし、
従来のロゴス中心主義などなどのズラシに有効である事も疑えません。
それでもなおかつ残り回帰してくる亡霊的印象だといえば、
デリダの愚鈍な悪しき模倣になってしまうでしょうか・・・
960 :
吾輩は名無しである:04/02/22 10:51
「散種」による脱構築的読解がはまったときは恐ろしいほどすごい。
ただ、「これは少しこじつけっぽい戯れではないか?」と思うときもある。
ツェラン論やブランショ論はいいがニーチェ論なんかはちょっとね。
Schibbolethがデリダの最高傑作
962 :
吾輩は名無しである:04/02/22 22:13
デリダの文学論的テクストで私的ベスト3は
ブランショ論『パラージュ』、カフカ論『プレジュジェ』、ツェラン論『シボレート』
『ユリシーズ・グラモフォン』はよく理解できなかったな。
『火ここになき灰』で初めてデリダ読みました。
なんか不思議な本ですね。詩みたいな感じ・・・
よく意味はわからなかったけれども、よかった。
964 :
吾輩は名無しである:04/02/24 22:03
>963
そういう入り方も蟻鴨。確かに『火灰』は文学作品として読める。
ジャベスやブランショのレシなんかを読む感じで。
『火 灰』は短いし、邦訳も流暢だし、
解説もたっぷりついている。おトク。
文学に興味あるならデリダ入門として吉。
火灰はもともと朗読込みの書物。
自称日本最高のデリディアンw高橋氏の新刊がでますね。
Glas読むの諦めた。これどうやって読解していくの?
みなさん助けて!
あの分厚くでかいGlasを読んでる人いたのか!
邦訳を待つしかないんじゃないか・・・。
もしかして無謀なことしてた?・・・やっぱり諦めよ。
『丸3』読了。デリダうける、かなり挑発的。
イーグルトンが石頭マルクス主義者だとか、スピヴァクは馬鹿とか、ザコ扱いしまくり。
もうジジイなのに元気だなー。
Bまだ読んでないや。そんなにデリジイは元気なのか?
で、そろそろ次スレの話題なんかも触れつついくか。
アマゾンで翻訳者がボロクソに言われたらしい。
書評子は貶し屋のようだが、実際どうなんですか?
どんな書評?
レビュアー: マックアンドパーム (プロフィールを見る) 江東区
著書のうち訳者解説部分が2割弱あり、著書の基本的部分をなす。デリダ本人の本論は読まずに 、この解説から入った。
途中で投げ出したのだが、この解説が要領を得ない。何を言っているのか不明なのだ。
論文の構成や論理等が読者を想定して書かれているであろうか。著書の位置づけが見えてこなく、不明な研究ノートを読まされているような感じだ。
翻訳者は院生で翻訳者や解説者としての能力や力量が脆弱なのではないのか。むろん院生が悪いとは言わないが、その力量がである。
その前に、翻訳者はデリダの思想・哲学の学習途中であって、翻訳出版の社会的義務をなしえない理論水準なのではないのか。解説から、そのように感じた。
翻訳者が適切であったのか、岩波の出版企画に疑問が残る。岩波の宣伝文に釣られて購入したが、後悔した。
岩波の編集者はこの解説を理解されたのであろうか。解説の解説が必要ではないのか。
まあざっくりいって嫉妬でしょ
次ぎスレは デリダの余白に(;・(●●)・)ブヒブヒ で決まり!
アマゾンの書評は7割がたあてにしないほうがいい。
『デリダ─脱構築』『デリダ─知の教科書』
『言葉にのって』『滞留』『法の力』『火ここになき灰』
と読んできたわけですが、この次に何読んだらいいでしょう?
ちなみに『火ここになき灰』は全然意味わかんなかったです。
>>980 守中高明訳のが読みやすくていいんじゃないかな。
『シボレート』とか『たった一つの、私のものではない言葉』とか。
>>981 『シボレート』はもう品切れみたいです。
『たった一つの、私のものではない言葉』ですね。了です。
>>980 初期の『エクリチュールと差異』『ポジシオン』はまだ読んでない?
>>979 スレタイだけど下記の案じゃダメかな。
@【差延】文学者としてのジャック・デリダ【散種】
A【脱構築は】文学者としてのジャック・デリダ【いかが?】
@【亡霊的】文学者としてのジャック・デリダ【郵便的】
983訂正(スマソ
B【亡霊的】文学者としてのジャック・デリダ【郵便的】
あとテンプレ案として
>ヴァレリー、マラルメ、ジュネ、アルトー、ジョイス、カフカ
>ポンジュ、ジャベス、ツェラン、バタイユ、ブランショなど、
>文学者を扱ったテクストもかなりあります。
3は荒れるからやめようぜ
それから丸数字は機種依存(マカーなどが文字化け)だから使わないでね
1でおながいします
近いうちに(といってもいつなのかはわからんが)
ウニベルシタスから『余白』上巻が出るらしいから
スレタイはそれ入れてもよいかも。
>>983 まだ読んでないです。なんかものすごく難しそうだし、訳がボロクソ言われているので・・・
近刊(らしい)
『コーラ―プラトンの場』守中高明訳〔未來社より刊行予定〕
『エコノミメーシス』〔未來社より刊行予定〕
『名にはふれずに』(Sauf le nom)〔未來社より刊行予定〕
『哲学の余白』高橋允昭ほか訳〔法政大学出版局より刊行予定〕
まだ先(ぽっい)
『宗教』〔湯淺・廣瀬訳、未来社より刊行予定〕
『マルクスの亡霊たち』〔藤原書店より刊行予定〕
『テレビのエコーグラフィー』翻訳・西垣通監修〔NTT出版より刊行予定〕
『フッサール哲学における発生の問題』高橋哲哉 檜垣立哉ほか訳〔サイエンス社より刊行予定〕
『哲学の権利/法から哲学へ』〔みすず書房より刊行予定〕
『時間を与える―贋金』〔みすず書房より刊行予定〕
『割礼告白』鵜飼哲ほか訳〔みすず書房より刊行予定〕
文学関係テクスト
アルトー論:『デッサンと肖像』所収『基底材を猛り狂わせる』『Artaud le moma』(みすず書房から出てる『デッサンと肖像』所収の論文と同じくみすず書房から出てる『基底材を猛り狂わせる』は同じものです)
ヴァレリー論:『哲学の余白』所収
カフカ論:『カフカ論』『どのように判断するか』所収『Donner la mort』(朝日出版社から出てる『カフカ論』と国文社から出てる『どのように判断するか』所収の論文は同じものです)
ジャベス論:『エクリチュールと差異』所収
ジュネ論:『Glas』
ジョイス論:『ユリシーズ・グラモフォン』
ド・マン論『Memoir』
ツェラン論:『シボレート』
ブランショ論:『Parages』『滞留』
ポンジュ論:『Signeponge』
マラルメ論:『Dissemination』所収
■デリダ用語集その1「パルマコン」(Pharmakon)
パルマコンは薬も毒も意味するから
デリダを読むことは喜びでもあり苦痛でもある、
あるいは人によって毒にも薬にもなる、
ってことをいいたいわけだね
■デリダ用語集その2「デコンストリュクシオン」(Deconstruciton)
ちなみに英語のディコンストラクション、日本語の脱構築とは少しズレる
構造主義の後で登場したので、その構造を壊すようなイメージがあるが
それともズレる(むしろ現象学と存在論がコンテクスト)
テクスト内の「ズレ」と暗黙の前提を見出す戦略である
■デリダ用語集その3「散種」(Dissemination)
文字通り種をまき散らすこと
ほとんどの男性が実践している