とりあえず立てましたが、これで良かったでしょうか。
>1
乙です!
ついでに保守。
133.洞(うろ)
何と表現したらいいのか―――とにかく物凄い形相で帰ってきた江草仁貴(背番
号26)の顔がびっしょりと水分に覆われ、円い頬に赤く一文字の傷が走っているの
を認めた瞬間、杉山直久(背番号18)は猛烈な後悔に襲われた。
「スギ……」
狩野恵輔(背番号63)の傍らに片膝をついたまま、杉山は呆然と彼を見ていた。
「見……けたよ」
その時の江草の顔は、この先忘れる事が出来ないだろう。
見開かれた眼と無理矢理吊り上げた口元。時代劇の剣客のように斜めにつけら
れた頬の傷。
「だから、早く……早く行こう」
鬱々と沈む闇の道すがら、江草は一言も口をきかなかった。
左手に銃を、右手に杉山のユニフォームの裾をしっかりと掴み、担いだデイバッ
グのストラップを時々ずり上げる。彼の背中は頑なに会話を拒んでいた。が、杉山
をしかと捕らえて離そうともしないのもまた事実である。
(今、均衡を崩すのは、得策やない)
話をするのは彼が落ち着いてからのほうがいい。
そのぎりぎりの、縫い針の先端で爪先立ちしているような極限のバランス。
(ここで崩すのは危険や)
人一人を背負って歩いても、時間にして15分もかからなかった。森の中にひっそ
りと建つ、半ば朽ちたような木造の小屋。8畳ほどの広さが半分は土間、半分は板
張りになっており、がらんとしたログハウスのような造りだった。窓は左右に一つず
つ、土間の左手には今時珍しい薪ストーブがある。
狩野を床に下ろし、うずたかく積まれたガラクタを手当たり次第に漁る。寝袋二
組、毛布二枚、大判のタオル、ろうそくとろうそく立て、マッチ、薪、薬缶、積み上げ
られた麻袋、赤と黄色のバケツ一つずつ、レジャー用シート、などなど。ストーブの
反対側に置かれたデスクのブックエンドにはごちゃごちゃと本が立てられていた。
据え付けの白電話は受話器を取り上げてもうんともすんとも言わない。
幸い、マッチは湿気っていなかった。かじかむ手でろうそくに火を点けると、ぼう
っと灯った光が目の前の江草の顔をオレンジに染める。
「とりあえず、ほら、これで拭きィ」
汚いけど我慢せーよ、と江草にタオルを渡してふと視線を落とすと、横になった
狩野がこちらを見上げていた。
「杉山さん」
「狩野、起きたんか。大丈夫か? 気分悪ないか? ここ一応安全やと思うし、とり
あえず安心して……」
「夢」
「え?」
水を吸った彼のユニフォームを脱がせかけ、杉山の手が止まる。
「夢を……見てました」
額に一面汗を刷いた、濃い造作の狩野の顔がちょっと笑った。図りかねて覗き込
むと、彼は空嚥下してぱちんと目を閉じる。
「本当だったら、良かったのに」
「―――いい夢やったんや」
「はい」
少し、哀しくなる。
「スンマセン。手伝います」
「阿呆ゥ、病人はいい子で寝てろ」
密閉性が低いのだろう。隙間風が濡れねずみの身体に痛かった。杉山は自身も
ユニフォームをさっさと脱ぎ捨て、靴も脱ぎ捨て、靴下も脱ぎ捨てた。足の裏に土
埃がくっつくのに顔を顰めながら寝袋を手際よく広げる。その上にタオルを敷き、
「ほら、横になっとき」
と、狩野に毛布を投げて寄越した。
「江草、その麻袋の中身、全部出しといてや。ちょっとだけ待っとって。すぐ戻る」
「待てよ、どこ行くんだよスギ」
江草がすかさず、杉山の袖を捕らえた。
「このまんま何もせんとは寝られへんやろ。 色々準備したいから江草はその間に
残りのガラクタ、調べといて欲しいねん」
「お前が行くなら俺も行く」
ここで突き放すのは可哀想だ―――
が、陽はとっくに落ちた。気温も低い。もたもたしている暇などない。
「今、ちゃんと動けんのはオレとお前だけや。作業は手分けした方が速い」
「一人で出てって、万一誰かに出くわして殺されたらどうすんだよ!」
お前が言うなお前が。どんだけ心配したと思てんねん。
「大丈夫やて、すぐその周りで作業するだけやし。遠くには行かん。絶対行かん」
「でも」
「頼むから。オレはお前を、頼りにしてんねんか」
はっと江草は顔を上げた。
上げて、それからすぐ俯いた。掴んでいた杉山の左袖を放して一歩下がる。
(解ってくれたか)
安堵して杉山は裸足のままシューズを突っかけた。ビニールシートを広げ、頭か
ら被って雨避けにする。重ねたバケツを提げ、ドアノブに手を掛けた。
その背中に、声が突き刺さった。
「……俺を置いてくの」
―――ぞっとするほど、低い声だった。
思わず振り向く。冷たい目が杉山を見据えていた。突っ立った江草の向こうで、
上体を起こした狩野が顔を引き攣らせて二人の対峙を見ていた。
「置いてくんだ」
「ちゃう! ちゃうって、何言うてんのやお前!」
がしゃんと滑り落ちたバケツが爪先に当たって転がる。
「何、アホな事……!」
言葉が詰まって、江草の両肩を掴んだ。無意識のうちに揺さぶる。痛い。冷たい
指先が痛い。心も痛い。耳の奥も痛い。
「何を、お前、お前何を言うてんの」
「だって」
「だってもクソもあるかァ!」
「だって、」
杉山にとっては空白の時間。江草にとっては極限の時間。
まだ詳しく事情を訊いてはいないその時間の中で、彼はよほどの思いをしたのだ
ろう―――頬に走った傷からはまだ、しとしとと血が滲んでいる。
「……お前はアホや」
こんなにもちっぽけな傷が、あんなに明るかった江草を変えたのだ。
容赦なく、慈悲もなく。
「オレがお前を、お前らを置いてけるわけない事くらい解れや」
「……」
あまりの剣幕に、ぐす、と江草が鼻を鳴らす。
「それとも何、お前、オレの事、友達やって思てへんかったん」
「!」
「友達やろ。……オレら」
こっちの言葉は効いたらしい。
江草は小さく、ごめん、と呟いた。
「……あと、やっとくから、行って来いよ」
言い過ぎたかも知れない。首を垂れて床を見つめる姿に、少し罪悪感が沸く。
「すぐ帰って来いよ」
「当たり前やん。雨ん中、そんな長い事外に居られへんわ」
「すぐ、だぞ」
「オッケ」
誤魔化すように、江草の頭をぽんぽんと叩いた。自分たち若手をこうやって励ま
したり褒めたりしてくれる年長組たちの気持ちが、今になって少しだけ解ったような
気がする―――何とも皮肉なものだ。
雨は小降りになっていた。
小屋の入り口に設けてあるステップを降り、雨樋の真下に汚れたバケツを置く。
雨がバケツに溜まった埃を落としていく間に、ちょっとした仕掛けを作った。
小屋を囲むように立つ杉の幹の根元に、工具箱の中にあったテグスをぐるりと張
り巡らせてゆく。地面から三十センチくらいの高さだが、雑草などに紛れてぱっと
見には解らない。
「……丁度良いもん、あった」
取り出した三つの鈴。
デスクの抽斗に入っていたのは紙類ばかりではなかった。無造作に放り込まれ
ていた鍵と二つのお守り。それらについていた鈴をちょっと、拝借したのだ。
さくらんぼ大の鈴を振ってみると、リリン、と少し鈍いが涼しい音を立てた。
小屋の中からは聞こえないかもしれない小さな音。
それにすら縋りたいのが現実だ。
(備えあれば憂いなし、ってな)
辺りを見廻す。誰が、いつ、どこから襲ってくるか解らない。やれるだけの事はや
っておくべきだ。
(頼れるのは実際、自分だけやと覚悟しとかなあかん―――)
自分が生きている間は、二人を死なせるつもりはない。
前川勝彦(背番号25)の遺体を目の当たりにした時、大丈夫、と全然大丈夫では
なさそうな顔でいらえを返した親友が哀れでならなかった。あまりに可哀想だ。江草も、狩野も。そして、自分も。
(ああ、可哀想に)
雨と闇に浸される中、かじかむ指で細い糸を扱うのには意外と骨が折れた。作
業の合間にポケットに指を遣ると、無理矢理捻じ込んでちょっと歪んだ野球帽に行
き当たる。指を遊ばせ、輪郭を無心に辿った。前川のものだった。
『大丈夫です。大丈、夫』
あの時、江草の顔も狩野の顔も引き攣っていた。蒼い顔で唇を震わせていた。
『杉山、ゴメンな。……諦めないで頑張ろ』
―――自分は二人を助けてやらなければいけない。こういう考え方は間違って
はいないはずだ。多分。
(オレってこんな性格やったかなぁ)
どこか冷めた目で、自身の情動を見つめる自分。
(『可哀想』って……オレ何言っとんのやろ。他人事やないねんから)
中村泰広(背番号13)との―――中村泰広だったものとの遭遇で焼きついたリア
リティが、いつの間にか逆転している。足掻こうとする自分に現実感を持てない。
自分の中にぽっかりと存在する洞。その空洞を埋めるものは何なのだろう。
友情か、親愛の情か。それとも本能か。或いはもっと違うものか。
(……何やったかてええやん)
ぽつ、ぽつ、と雨が頬を撫で、時折吹く風が身体中を冷たく灼いていた。
寒いはずなのに、何故だか暑かった。
(そうや、オレはあいつらを連れて帰るんやから)
つまりそれだけが真実。
それだけでいい。
(備えあれば憂いなし、ってな)
辺りを見廻す。誰が、いつ、どこから襲ってくるか解らない。やれるだけの事はや
っておくべきだ。
(頼れるのは実際、自分だけやと覚悟しとかなあかん―――)
自分が生きている間は、二人を死なせるつもりはない。
前川勝彦(背番号25)の遺体を目の当たりにした時、大丈夫、と全然大丈夫では
なさそうな顔でいらえを返した親友が哀れでならなかった。あまりに可哀想だ。江
草も、狩野も。そして、自分も。
(ああ、可哀想に)
雨と闇に浸される中、かじかむ指で細い糸を扱うのには意外と骨が折れた。作
業の合間にポケットに指を遣ると、無理矢理捻じ込んでちょっと歪んだ野球帽に行
き当たる。指を遊ばせ、輪郭を無心に辿った。前川のものだった。
『大丈夫です。大丈、夫』
あの時、江草の顔も狩野の顔も引き攣っていた。蒼い顔で唇を震わせていた。
『杉山、ゴメンな。……諦めないで頑張ろ』
―――自分は二人を助けてやらなければいけない。こういう考え方は間違って
はいないはずだ。多分。
(オレってこんな性格やったかなぁ)
どこか冷めた目で、自身の情動を見つめる自分。
(『可哀想』って……オレ何言っとんのやろ。他人事やないねんから)
中村泰広(背番号13)との―――中村泰広だったものとの遭遇で焼きついたリア
リティが、いつの間にか逆転している。足掻こうとする自分に現実感を持てない。
自分の中にぽっかりと存在する洞。その空洞を埋めるものは何なのだろう。
友情か、親愛の情か。それとも本能か。或いはもっと違うものか。
(……何やったかてええやん)
ぽつ、ぽつ、と雨が頬を撫で、時折吹く風が身体中を冷たく灼いていた。
寒いはずなのに、何故だか暑かった。
(そうや、オレはあいつらを連れて帰るんやから)
つまりそれだけが真実。
それだけでいい。
「江草、狩野」
扉を開くと、ギイ、とちょうつがいの軋む音がやけに響いた。
文字通りビクッと身体を震わせ、小屋の奥に垂れ込めるうすやみの中で江草が
振り向く。バケツの中で、ちゃぷん、ちゃぷん、と水面が揺れていた。
「使えそうなん、あった?」
「……賞味期限、とっくの昔に切れてるけど」
にゅっと突き出した手の上に缶詰が載っている。ミックスビーンズ、桃缶、それに
みかんの缶詰。
何だか、ひどく懐かしい。
「あ、ええもんあったやん! 贅沢言うてられんし、腹壊さんとけばオッケーやろ」
怖かったらオレが毒見したるから。―――全部食べてまうかも知れんけど。
「バカ」
冗談めかすと、久しぶりに江草が笑った。
「狩野がさ、だいぶ気分良くなったって」
つられて視線を遣る。壁に背を凭せ掛けた狩野が、一心に作業をしていた。座り
込んだ彼の周りにこんもりと紙の山。
「着火材は多い方がいいと思って」
デスクの抽斗の中にあった本などを、利用価値がなさそうなものを選んで片っ端
から破いていたのだという。
「薪、湿気てへんとええなぁ」
「なるべく乾いてるやつ選っといたんだけど……」
「なら早速」
濡れた上衣は絞って小屋の中に渡したロープに引き被けておいたが、早々に乾
くはずもない。やはり熱源を確保する必要がある。
紙の束とマッチを手に、ストーブへと近づいた。中に残っていた残骸を掻き出し、
薪を互い違いに、キャンプファイヤーの要領で空気が入るように重ねていく。
マッチを擦るとリンと硫黄のにおいがした。ハードカバー十冊分ほど燃したところ
で、漸く薪自体が燃え出す。
「窓ちょこっとだけ開けとこ。一酸化炭素中毒なんてシャレにならへん」
そんな事で死んだら元も子もない。
死は意外と身近に転がっているものだ。
(俺は―――)
ふと想像する。
(二人を守るためやったら、ホンマに……ホンマに誰かを、殺せるんかな?)
相対する縦縞のユニフォーム。自分は銃を構え、躊躇を捨ててトリガーを引く。
反動。鈍い衝撃と破裂音。飛び散る血。倒れる仲間。―――仲間だったもの。
ぞっとする。しかし、生き残るためにはやらなければならないのだ。そして、必要
とあらばそれが出来る人間だ、自分は。
(……あれ?)
そこまで想像を膨らませて、突然引っかかりを覚える。
自分は生き残りたい。生き残るためには嫌でも何でも、襲って来る者たちと戦うし
かない。であるならば自分は誰かを殺す事になるかも知れない。そういう事になる。
話はそこで終わりだ。
しかし杉山にとっては気の毒な事に、話の展開はそこでは終わらなかった。
(じゃあ、何でオレは二人を殺さへんのやろ?)
仲間だから。友達だから。後輩だから。敵意がないから。
理由なんてつけようと思えば幾らでもつけられる。だがそれは、この狂った世界
においては全くの無意味だ。
(オレが殺す相手と、あいつらと、どう違うんやろ?)
違うのは背番号と顔と、名簿から消える名前。そして自分の洞に残る感情。
それだけだ。違いがあるとするならば、「それだけ」とするか、「そんなにも」とする
かという事だけ。それはひとえに主観の問題で―――
杉山は軽く身震いした。
(何考えとんのや、オレは。何を―――バカな)
叱咤する自分はしかし、観察する自分を止める事は出来ない。
ぱちん、ぱちん、と小さな炎が弾ける。
ちろちろと、蛇の舌のように焔がうねっていた。冷えた頬に熱気が痛い。
(もしも、本当にオレたち三人だけが生き残ったとしたら)
―――それ以上は想像しなかった。
出来なかったのではなく、しなかった。
【残り36人】
19 :
542:2006/09/07(木) 22:12:05 ID:B4MzL+N40
>>1乙です!
そして早速新作キテタワァ*・゜゚・*:.。..。.:*・゜(n‘∀‘)η゚・*:.。. .。.:*・゜゚・* !!!!!
えぐすぎ狩野グループ気になってたんだよ職人様ありがとう
江草が無事でよかった
けど、何か不穏…
職人さま早速乙です!おすぎしっかりしろおおおおお
>>1さん超乙!
で早速新作キテタ━━━━!!
狩野の夢の話を思い出して切なくなった…
杉山のこれからがすごく気になるような展開だな
>>1&職人様乙です!
えぐが無事に合流できてよかったけど…
うーん、喜んでばかりいられない雰囲気だ…
>>1 乙です!
そして職人様新作投下乙でした!
杉山が二人をちゃんと守ってくれる事を願う(つД`)
ほしゅ
職人さま新作乙です
って、杉山ああ〜大丈夫かああああ
江草の方も前の話で杉山への信頼が揺らいでたし、すげー心配・・・
>>18より
134.拠り所
「っ……」
まっすぐ突き刺した包丁にさらなる力を加えつつ、桜井は深々と頭を垂れた。
飛び散る血が髪に、額に、鼻に、頬に次々と付着する。
強く握り締めた柄の先が、こつんと前頭部に触れた。
「ちくしょお!!」
勢いよく頭を上げるや、振り下ろした時と同じく力を込めて一気に包丁を引き
抜いた。ほとばしる血しぶきをよけ、立ち上がる。
包丁を投げ捨て、顔についた血を手の甲で乱暴にぬぐい、再び天井を
見上げた。二階からは、物音一つ聞こえてこない。
早く行かなければ、と焦る心とは裏腹に足は動かなかった。
(どうする……?)
二階に上がり、まずなんと言えばいい? いや、喜田の言うように彼が消えて
いたら? いや、それよりも――。魂の抜けたような様子でふらふらと階段を
のぼっていった桟原の姿を思い出す。最悪の場合を想定し、ぞっとした。
それを確かめるのが恐ろしい。
――あいつに見捨てられるのが怖いのか?
殺したはずの喜田の声が聞こえ、ぎょっとして桜井は振り返った。
違う。声をかけられたわけではない。彼が死ぬ直前に吐いた言葉が、今また
よみがえってきたのだ。
――お前はなんで、あいつにくっついてるんだ?
「なんでかって……?」
桜井はもはや動かぬ喜田を鋭くにらみつけた。
「当たり前やろ? 俺には――」
彼が生きているうちには与えてやる気にもならなかった答えを、無意識の
うちに口走っていた。
気がつくと、見も知らない世界の只中にいた。殺し合い? 阪神の選手?
何もかも、わけが分からなかった。これは夢なのだと思えば、説明がつく。
夢の中では、どんな荒唐無稽なことでも起こりうるからだ。だが、夢であれば
いつかは覚めるはずだ。悪い夢を見ている時、よくその中で自分自身に
言い聞かせることがある。これは夢だ、だから早く起きなければ、と。すると、
たいていはそこで無事に目が覚めるのだった。ところが、この不可解な夢は
一向に覚める気配がない。
では、夢ではなく正真正銘の現実なのか?
現実ならば、自分からはプロ野球の世界に入った先の記憶が完全に抜け
落ちていることになる。どんなに思い出そうとしても、頭の中には高校までの
ことしかない。しかし、自分が今高校生だとしたら、現在送っているはずの
高校生活の記憶までがひどく曖昧なのは奇妙だと言わざるを得ない。
こうなる以前、どこで何をしていたか――たとえば昨日はどんな練習をしたか、
チームメイトとどんな話をしたか、食事に何を食べたかといった具体的なことが
何一つ思い出せないのだ。
結局、桜井にはこの事態が夢かうつつかいまだに判断はついていなかった。
考えれば考えるほど混乱するばかりだ。今、自分は人を殺した。刃物を生身に
突き立てた手ごたえ、その時の音、血の赤い色とむせ返るようなにおいなど、
現実のものとしか思えない生々しさがあった。だが、身体がとらえた確かな
感覚とは裏腹に、頭に入ってくる情報にはまったくと言っていいほど
リアリティがないのだ。
あの久保田という男にしても、今すぐそばに死体となって横たわるこの男に
しても、チームメイトで先輩だという話だが、まったく覚えがない。例の名簿に
載っていた数々の名前も、ほとんどは知らないものばかりだ。いくつか記憶に
あったのは、球界で活躍するスター選手たちだった。それとて自分にとっては
雲の上の存在であり、現実感には乏しい。
その中で唯一の例外と言える存在が、桟原だった。
無論、桟原は同じ府内の強豪校に所属する野球選手というだけで、特に
つきあいがあるわけでもない。しかし、桜井には大きな意味があった。
自分とほぼ同じ立場の人間がこの理解不能な世界におり、迎え入れてくれた
という事実。そのことに、どれほど救われたか。
だから――。
「お前の言うとおりになんか、絶対にならんから!」
桜井は喜田に向かって言い捨て、足早に階段をのぼった。
さっきまで寝ていた部屋に戻ってみると、桟原はそこにいた。階段の灯が
ほとんど届かない奥の壁際を向いて、座っていた。
(良かった……)
ふーっと肩の力が抜ける。無事だった。逃げてもいなかった。
だが、問題はここからだ。桜井は投げかける言葉が見つからず、部屋の
入り口に立ったまま桟原の背中の数字「40」をじっと見つめた。自分が二階に
上がってくる足音は響いており、今こうして背後にいることにも桟原は気づいて
いるはずだ。しかし、彼は微動だにしなかった。
「……あの」
思い切って声をかけると、桟原は両肩をわずかに震わせた。それから、
肩越しにゆっくりと振り返った。半ば闇に包まれた表情は、よく見えない。
「済み……ました」
自分でも声が震えているのが分かる。そう言うだけで精一杯だった。
桟原がこちらを見ていたのは、ほんの数秒だったろうか。やがて無言のまま
うつむくと、おもむろにまた壁の方を向いてしまった。
(それだけ――?)
一瞬、肩透かしを食らわされた気がしたが、すぐに胸がぎりぎりと締め付け
られるような痛みをおぼえた。頼むから何か言ってくれ、と思わず叫びそうに
なった。意に背いて喜田を殺した自分への恨みつらみでも罵倒でもいい。
一番こたえるのは、こんな風に無視されることだ。とにかく、言葉をよこして
ほしかった
「あの、桟原さん」
沈黙に我慢しきれなくなり、桜井は再び自分から呼びかけた。
「桟原さん、言わはりましたよね。……俺が誰か殺したら、もうこれまでやって。もうつきあいきれへんって」
それでも桟原は振り向かなかったが、桜井は構わず続けた。
「けど、たとえあいつを殺さんかったとしても、おんなじことなんですよ。
ていうか、俺らが最初に会った時点でもう、手遅れやったんスよ」
そこでようやく桟原が上半身をひねった。暗がりに慣れてきた眼に映る彼の
顔は、意味がよく飲み込めないと言っている。
「あいつを殺す前から、俺はとっくに人殺しやったって言うてるんです」
「――!!」
桟原は立ち上がりこそしなかったが、ばっと激しい身振りで身体ごとこちらを
向いた。
「俺、嘘ついてました。久保田ってやつのとこからすき見て逃げたって言うた
けど、ほんまは、あいつを撃って逃げたんです」
自分が言っていること、言おうとしていることは、およそ論理が破綻している。
百も承知で桜井はしゃべり続けた。
「わざとやないっスよ。最初はただ逃げるつもりやった。けど……」
もみ合ったはずみで、撃ってしまった。あの時点ではまだ、彼は死んでは
いなかったはずだが――。
「どうなったんか気になってたけど……死んでしもたんやな」
いたたまれなくなり桜井は視線を床に落としたが、すぐまた桟原に戻した。
「で、何が言いたいかっていうと――」
足を前に踏み出すと、桟原は座ったまま身体を後ろに引いた。背中が
とん、と壁に当たる。彼の感じている恐怖が手に取るように分かった。
――あいつは、はっきり言ってお前のことを怖がってるからな。
この手で息の根を止めた男の最後の言葉がまたちくちくと胸を刺す。
悔しいが、認めざるをえない。それでも、後へは引けない。
「こういうことです。要するに――」
桜井はつかつかと歩み寄ると、追い詰められた獲物のようにすくんでいる
相手の前に素早く片膝をついた。
「要するに、桟原さんは最初っから人殺しと一緒やったんです」
めちゃくちゃ、だ。
「さっきのやつを殺そうが生かそうが、そんなもん今さら関係ないんスよ」
我ながら、言っていることが本当にめちゃくちゃだ。人を殺したら一緒には
いられないと言う相手に対し、もともと人殺しだったから無効だと主張しようと
いうのだ。しかし、詭弁であろうが、支離滅裂だろうが、この際かまわない。
目の前の男をつなぎ止めておけるなら、なんでもいい。夢とも現実ともつかぬ
この世界で、自分が頼れる唯一の人間なのだから。
「そやから、これで終わりにするっていう理由もあらへんのですよ」
桜井は桟原の目を見据えながらぐっと詰め寄った。それは桜井にとって懇願に
等しかったが、相手には脅迫めいて見えたかもしれない。
「あ……」
この部屋に戻ってからここまで一言も発しなかった桟原のこわばった口元
から、かすかな声がもれた。
「……あ、アホなこと……言うなや……」
【残り36人】
32 :
924:2006/09/11(月) 01:17:18 ID:rksUYN3z0
>>30の3行目で改行を忘れていました。
もうつきあいきれへんって」 は次の行になります。
>>1さん、スレ立て乙です。ありがとうございます。
職人様、乙です!
記憶を取り戻した時、桜井はサジッキーのことどうするんだろう…
新作投下乙です!
こーだいが記憶を取り戻してもさじっきーの事を殺さない事を願う・・・orz
そんな訳にもいかないんだろうと解ってても切ないな(つД`)
ほっしゅ〜ん
36 :
174:2006/09/12(火) 23:34:23 ID:NUgb3T7q0
>>31 135.crash site
腕の時計に目を走らせる。
(11時53分)
時間の感覚などとうの昔になくなっていた。今は、この時計が刻む感覚だけが
頼りだ。
F-4
憎き首脳陣達が潜む体育館と校舎を囲む森の端。枷を嵌められた参加者が彼ら
に近づけるギリギリの場所で、ジェフ・ウィリアムス(背番号54)は来るとも知れぬ時
を待ち続けていた。
繁みの影に身を隠し、機関銃の二脚を立てて濡れた地面に伏せる。雨は少し前
から急速に勢いを落とし始め、今や完全にその影を潜めていた。上空を見上げると、
ちょうど頭上真ん中あたりから雲が途切れ、西側には星空が広がっている。間もなく、
この孤島で天然のプラネタリウムが開演することだろう。
出来るだけ枝振りの良い大きな木の下に身を寄せることで、最低限の雨露を凌ぐ
努力を試みたものの、それも先の豪雨の中では無駄な抵抗に等しく、水分は衣服の
中まで染み込んでいた。
僅かにそよいだ夜風すらも骨身に染み、ウィリアムスは小さく身震いした。
冷え切った身体を温めるのは、己の中に燃え盛る闘志だけだ。
(馬鹿なことをしているのかもしれないな、俺は)
雨の中、屋根の下で過ごすことも知らず濡れ鼠になっているのは、確かに愚かな
行為だ。おもむろにユニフォームの袖を絞ったところで、不意に、少年の頃仲間達
と服のまま海に飛び込み、祖母にえらく叱られた記憶が蘇った。
エメラルドグリーンの海。風邪を引いたらどうするのだと怒る彼女の瞳もまた同じ
色をしていた。
あの頃の自分は、こんな未来を想像してもいなかった。ベースボールのプロフェッ
ショナルとして生活の糧を得ているということも、日本という当時は地球儀の上で
しか知らなかった国でプレイしていることも――絶海の孤島で殺し合いゲームに放り
込まれていることも。
ただひたすら「待つ」時間は、回想との戦いだ。ふとした拍子に集中力を奪い、
取り留めもなく蘇る懐かしい記憶の世界に引き込まれることは、現実に立ち返った時
酷く精神にダメージを与える。
(忘れろ――今を打開することを考えろ)
それらを首を振って振り払い、M60の銃口を夜空に向け、ウィリアムスは射撃姿勢
のまま耳を澄ませた。
雨音すらすでに身を潜め、完全なる夜の静寂が辺りを支配する。
この計画を実行してから、すでに六時間以上が経過していた。
ただひたすら、「あるもの」を待ち続けるだけの時間。
『Actually...』
実は――
襲い来る疲労と睡魔と戦いながら、ウィリアムスはここに来る途中で出会った
八木裕との会話を思い返していた。
『I have an idea』
ひとつ考えがある――曇り空の下、人目を避けた木の陰に座り込み、対峙した八木
に向かってウィリアムスは静かに切り出した。
参加者でなかったはずの八木がそこにいたことに、最初不信感を感じなかったわけ
ではない。だが、疑念はすぐに晴れた。
理由は、首輪を付けていたこと、マシンガンを手にしたウィリアムスと直面し、すぐに
武器をカバンごと放り出し無戦意を示したこと――そして、2年間を一軍でペナントを
共にし、彼の人柄に信頼を置いていたこともある。
代打家業と1イニング限定のリリーフは似ていると思う。
だからこそ、ゲームの中のたった一打席のために準備をし、影でたゆまぬ努力を
続け、淡々と己の役割をこなしている仕事人を尊敬している――以前、ウィリアムス
は八木をそう評したことがあった。
『I'm not sure I'll succeed』
成功するかどうかは分からない。だが――
相手にも分かるように言葉を選びながら、ポツリポツリと話し出したウィリアムスに、
八木はしっかりと頷きながら先を促してくれた。
外国人であり、凶悪な武器を持っている自分に対して、八木はまったく警戒の色を
見せなかった。初めから誰と出会ってもそうするつもりだったのか、ウィリアムスと
いう個人が信頼を置いてもらったのかは分からない。ただ、彼になら話せると思い、
ウィリアムスは一人温めていた、ある計画を口にする決意をした。
実に確実性に乏しい、計画と言うよりは小さな希望の光に縋り付くようなアイディア
を、八木裕は真剣な表情で最後まで聞いてくれた。それだけでも、高ぶり過ぎていた
気持ちが落ち着けるだけの効力があったように思う。
これだけでも、彼に出会えた価値があるだろう。だがこの縁を逃す手はない。
この世界には彼しか、自分の決意を知る者はいないのだから。
ウィリアムスはもう一つ――いや二つ、彼に頼み事をした。
そうもし、この計画が成功したら――
『I think I need your help』
あなたの助けが必要になると思う――
地図を広げ、ウィリアムスが指差したのは、山の上の展望台だった。
空が明るければ、この辺りからでも、少し見通しの良い場所に行けば見えるはずだ。
明日の朝、展望台で待っていて欲しい。
それが、一つめの頼み。そしてもう一つは、
『If you see LIN...』
もしあなたが『LIN』を見かけたら――
幼くも意志の強い瞳を思い出し、ウィリアムスは父のように穏やかなその男に彼
を託した。
(生きて欲しい)
この青年には、生き残って欲しい。
ロクに顔を合わせたこともなかった台湾人の青年に特別な感情を抱いたのが
何故かは分からない。
『Take care』
別れ際に見せた悲しげな顔に、そう強く思った。
そこに、亡きアリアスの魂を見たからかもしれない。
二日目の昼前に、こちらの方角から体育館方向に向かって、ヘリコプターが飛行
していったことにウィリアムスは気付いていた。
こんな島の真ん中に本拠地を構えている限り、現在の移動手段、運送手段は空路
に限られる。
ならば、それこそが自分達の手が届く、唯一の首脳陣との接点である。
無論、このままゲーム終了まで何の動きもなく、空振り三振、全くの徒労に終わる
可能性を考えなかったわけではない。だが、ウィリアムスは直感的にそれはないと
判断した。それは一度目の飛来が、ゲーム開始一日目の午前に早々と起こったせい
もある。
彼らの動きはこれだけで終わらない。食料調達、物資供給、脱出移動――どんな
形であれ、首脳陣が新たな動きを見せるようであれば、ソレは「空」から来る。
ウィリアムスはそう確信していた。
(来た――)
夜のしじまに、空気を振るわす音が混じる。
空を見上げ目を凝らすと、雨雲が逃げていったそこに、満天の星空に混じり四つ
のライトが点灯しているのが見えた。星々では有り得ない速度で移動し続ける三色
の輝き。
次第に近づいてくるそれは目に見えて拡大されていき、やがて月明かりの下、
不格好な鉄の影を作った。
ローターの回転音を響かせながら、急速に高度を落としていく一体のヘリコプター。
降下角度を目で追う。着陸予定地は間違いなく、体育館・校舎のある敷地内であった。
狙うのはローターとエンジンだ。息を詰め、ウィリアムスは慎重に照準を覗き込んだ。
無論ウィリアムスは正確な射撃の腕など持ち合わせてはいないし、ましてやこの
夜間だ。月明かりとポジションライトで位置は掴めるとは言え、狙ったところに撃ち
込める自信はまずない。そういう意味では、自分が手にしている銃がマシンガンで
あったことに感謝せねばなるまい。600発/分の銃の雨は、おおよその狙いさえ
違わなければ、あの飛行物体を蜂の巣にしてくれるはずだ。
(禁止エリアに入る前に、撃ち落とす――!)
何も知らずに照準枠に近づいてくる標的に殺意を向け、ウィリアムスは引き金を
引いた。
(今だ――!)
夜の孤島に凶弾のタップダンスが響いた。
30口径が火を噴き、毎分600発の弾雨に見舞われた回転翼機は、瞬く間に鋼鉄
の蜂の巣と化した。風に押し流されるように機体が大きく傾いだかと思うと、エンジン
部分に支障を来したのか、黒い煙を上げながらヘリコプター後方が発火する。
自動旋回するには低すぎる高度だ。エンジンが機能しなくなったらしいヘリコプター
が、安全運転とは程遠い動きで急下降を開始した。
空中でドアが開いた。当然飛行操作をしていたドライバーが搭乗しているはずなの
で、突然己の身に降りかかった不運なハプニングに、何とか助かろうと緊急脱出を
試みたのだろう。
しかし人影がまろび出てくるよりも早く、尾部で瞬いていたオレンジ色の炎が勢い
を増したかと思うと、鼓膜を震わす爆発音を上げて翼機の後部が爆散した。騎手が
鞭の入れ所を間違えた暴れ馬の如く、機体が空中で無秩序に揺れ動く。
その拍子に、人影は体勢を崩し再び機内へと転がり落ちた。代わりに、飛び散る
破片や炎と一緒に何やら黒い物体がヘリコプターの口を飛び出す。同時に、花火の
ように白い紙の束が舞い上った。爆風に煽られる間に火花が引火し、一部は消し屑
と化しながら濡れそぼった地面へと落ちていく。
今の衝撃で搬送中だった荷物の中身が散開したのだろうか。ウィリアムスはそれら
を目ざとく目で追った。これこそが、今回の襲撃で期待していたものに違いない。
その間にも、完全に爆風と重力に弄ばれた機体は十分に勢いを落とせぬまま森の
中へと突っ込み、立ち塞がる背の高い大木に正面から激突した。
形容し難いまでの轟音。そして一瞬、辺りが昼色に染まった。
「――っ!」
突然明るくなった視界に、本能的に眼球を保護しようと目を覆う。それでも目が痛く
なるような光量は、一時的にウィリアムスから視覚を奪った。
そして再び視力が戻った時――
ウィリアムスの視界を占領したのは、破壊された森と、炎を吐き出す鉄屑の残骸
だった。
【残り36人】
なんかすごいのキタキタキタキタ━━━(゚∀゚≡(゚∀゚≡゚∀゚)≡゚∀゚)━━━━!!!!
ウィルすごいよスケールでかいよウィリ
途中送信orz
職人様乙であります!!
職人さま乙ですうううっ
ウィルがんばれえっ
44 :
若虎鳥谷党:2006/09/13(水) 14:15:14 ID:z+YW9FGU0
45 :
代打名無し@実況は実況板で:2006/09/13(水) 14:42:47 ID:/6ZkUSvM0
作者の人に一言
2ちゃんに投稿した文章って著作権放棄と見なされるじゃなかった?
せっかくイイ作品なのに、垂れ流しは勿体ないよ
そろそろ専用のサイトに導いてはどうだろう?
∩___∩ |
| ノ\ ヽ |
/ ●゛ ● | |
| ∪ ( _●_) ミ j
彡、 |∪| | J
/ ∩ノ ⊃ ヽ
( \ / _ノ | |
.\ “ /__| |
\ /___ /
職人様乙です!
ウィルかっけー!!
職人様乙です!!
ウィルやっぱカコイイよ!
職人様、ご苦労様です^^
ウィル様の英語がちょっと気になるので保管庫行く際にでも少々
直していただけるとうれしいです...
『I'm not sure I'll succeed』 → I'm not sure whether I'll succeed.
『I think I need your help』 → I think I'll need your help (later).
日本語の意味にあわせるならこれで正解かと思います。今のままだと意味変わってしまうので...
50 :
174:2006/09/14(木) 16:03:26 ID:EoF4yPYd0
>>49 訂正ありがとうございます。どちらかというと英語の方のニュアンスで
書きたかったのですが、ちょうどいい日本語訳が思い浮かびませんでした。
もしよろしければ修正スレの方でご教授願えませんでしょうか。
51 :
49:2006/09/15(金) 00:12:39 ID:9cUXom430
>>50 174様修正スレへの誘導ありがとうございます。あちらでお話させて
いただきたいと思います。
捕手
ごおわあぁぁ新作乙です!!
ジェフまでなんでこんな…。・゜・。(ノД`)゜・。・ ウワァァァン
ヤバイ試合だったので保守っとく
今日こそ勝ちますように…(ー人ー)
56 :
代打名無し@実況は実況板で:2006/09/17(日) 19:00:56 ID:DXbKo9paO
保守
課長、スケールでかいな。
被害状況の詳細が気になる。続き早く来てー!
捕手
59 :
代打名無し@実況は実況板で:2006/09/19(火) 15:09:36 ID:ACocHAj6O
捕手
保守っとく
>>40より
136.本当のこと
小宮山は布団の中で身体の向きを変え、大きくため息をついた。
昨夜はほとんど眠れなかった。今夜はしっかり寝ておかなければと思えば
思うほど頭はさえてくるばかりだった。
「まだ起きてるんか? 小宮山」
隣から中谷の声がした。
「あ、はい……」
「俺もなかなか寝つけんのやわ。……雨はやんだみたいやな」
中谷は身を起こし、枕元の懐中電灯をつけて時計を確認した。それから、
小宮山をはさんでその向こうでやすむ男に目をやった。
「よう寝られるな、ほんま」
なかばあきれたような声だった。中谷はひとり安らいで眠る藤原をそのまま
しばらく眺めていたが、やがて思い出したように言った。
「小宮山。ちょっと、いいか?」
手招きしつつ、彼は立ち上がった。
「はい?」
小宮山が起き上がると、中谷は足音を忍ばせて歩き出し、部屋の外へ出た。
意図が分からぬまま、小宮山も従う。彼は廊下をまっすぐ歩いて行き、玄関の
前で立ち止まるとおもむろに振り返った。
「……お前に聞いときたいことがあるんやけど」
トーンを抑えた声で中谷は切り出した。
「なんですか」
「あいつは、大丈夫なんか?」
「……あいつ?」
「決まってるやろ、藤原や」
小宮山は思わず身を硬くした。
「藤原さんが……中谷さんに何か?」
「べつに、なんもない。あいつのことはよく知ってるし、いいやつや。会えて
良かったと思てる。けど、ちょっと気になることがあるんや。……あいつは、
久保田を殺したんやてな」
どくん、と心臓が大きく脈打った。暗いので互いの表情はほとんど見えないが、
小宮山の緊張は中谷にも伝わったらしく、彼はやや急いで言葉を継いだ。
「あ、いや。そのこと自体をどうこう言うつもりはないんや。追い込まれて
どうしようもなくなったら、いやでもやるしかないこともあるはずやから。
俺も秀太さんに庄田を殺されて、その後、お前らには話してへんかったけど
喜田にもやられかけた。もし使える武器持ってたら、反撃して相手を殺してた
可能性がないとは言い切れんし。そやから、藤原が久保田をやったことを
責めようとか、そういう気は全然あらへん。ただ――」
そこまで続けてしゃべると、中谷は少しためらうように間をおいた。
「俺には、あいつが久保田を殺したことを、その……何とも思ってへんみたいに
見えるんや。それだけが気になってしゃあない」
(ああ――)
「なんせ、殺人や。いくら仕方なかった言うても。いや、仕方ないからこそ、
普通の人間やったら絶対にいやな気分とか後味の悪さは残るやろ。
そやのに、あいつはあんまり気にしてる感じでもないってのが、なんか……」
(中谷さんも――気づいた)
ついに来るべきものが、来た。小宮山はそんな風に思った。
この家に潜んでいた人物が中谷であったと分かった時、小宮山は心の底から
ホッとした。彼は藤原が信用するカテゴリーの選手であり、久保田のように
殺される心配はないからだ。だが、同時に別の問題が生じた。
味方と信じる相手にはきわめて友好的な藤原の裏側に隠された異常さと
危険性を、中谷に知らしめるべきか否か。
いつかはきちんと話しておかねばならないと思いつつも、なかなか踏み切れ
なかった。藤原の目を盗んで中谷に話す機会を作れなかったせいもあるが、
小宮山自身にも迷いがあったからだ。
「もしかしたら、心の中ではほんまはすごい苦しんでるけど、表に出さんように
してるんかもしれん。けど、どうもそういう風には見えんのやなあ。俺の思い
過ごしかもしれんし、こんなこと言うのはなんやけど、どっかちょっと感覚が
麻痺してるみたいな気がするっていうか……。で、お前やったらその辺の
ことはわかってるんと違うかと思って。――どうなんや? 小宮山」
(話しても、いいんだろうか……)
こうして当の中谷から正面きって尋ねられても、小宮山は即座に答えられ
なかった。中谷が藤原の尋常でない様子を悟ったとはいえ、あのような狂った
思考にはまり込んでいるとまでは考えていないだろう。
事実を知った中谷はどのように感じ、何を思うか。同い年であるだけに彼の
藤原への親近感は自分よりずっと深いはずだ。本当のことを知らせれば、
おそらく大きなショックを与えるに違いない。小宮山がためらってしまう理由は
そこにあった。中谷の尋ね方一つとっても、かなり言葉を選んでおり、藤原を
疑ってしまっている自分自身を後ろめたく感じていることがよく分かる。
(やめておいた方が……いいんじゃないか?)
「それとも、あれか。久保田がよっぽどひどいやつで殺されて当然なくらい
やったから罪悪感も少ないんかな。それなら、分からんでもないけど」
中谷がふと思いついたように口にした台詞に、小宮山の胸はひどく痛んだ。
(久保田さん……)
――小宮山が久保田に騙されて危ないとこやったんや。
藤原の話では、完全に久保田は悪者にされていた。あのとき自分はといえば、
やりきれない気持ちで聞いていたにも関わらず、藤原を恐れるあまりつい彼に
話を合わせようとしてしまった。結局は涙でうやむやになったが、自分にとって
恩人であり、自分が藤原を連れてきたがために殺された久保田の顔にあやうく
泥を塗るところだったのだ。
(……ごめんなさい)
島に来てもう何度目だろう? 気がつくと、またも涙がこみ上げてきた。
「な、なんや? どうしたんや?」
こらえきれず漏れた嗚咽に気づいた中谷が驚いた声で尋ねた。
(ごめんなさい。久保田さん……ごめんなさい)
もう、あんなことはしたくない。二度と嘘はつきたくない。久保田がこの残酷な
ゲームにおいていかに優しく人としての心を保ち続けていたか。そのことを
知るのは、たぶんこの島で自分しかいない。久保田の名誉を守れるのは、
自分だけなのだ。
(それに……)
このさき中谷が藤原の恐ろしさを知らないまま、もしも彼と衝突するような
ことがあれば、どうなるか。藤原に敵とみなされたなら――。
(たぶん、久保田さんみたいに……殺される)
「なんか……いやなこと言うてしもたな。悪かった。俺も考えすぎかもしれん。
少なくとも、あいつは俺を信用してくれてるわけやし、お前にも優しいもんな?」
すすり泣く小宮山をじっと見ていた中谷が、すまなさそうに言った。
「言い訳みたいになるけど、べつに藤原を信用してないわけやないんや。
ただ、ちょっと引っかかったから念のため聞いてみただけで。そやから、俺が
今言ったことは気にせんといてくれ。な?」
中谷がどう判断するかはともかく、事実は事実としてはっきり伝えておいた
方が良いのではないか。
「もう12時やな。部屋に戻ろうや。ちょっとでも身体休めといた方がいいしな」
そう言うと、中谷は片手で小宮山の肩を軽く叩いた。
「中谷さん……」
ようやく、決心がついた。
「ん?」
「待ってください。本当のこと……話しますから」
小宮山は鼻を一つすすり、手の甲で涙をふいた。
「久保田さんは……藤原さんが言ってたみたいに俺を騙そうとしたわけじゃ
ありません。本当は逆で、俺を助けてくれたんです……」
「なんで、そんな……。久保田が何したって言うんや? その話のとおりなら、
殺す理由なんかどこにもないやんか」
一通り話を聞き終えた中谷の声は、明らかに震えていた。おそらく、彼の顔は
青ざめていることだろう。
「久保田さんが一軍の選手だから……。たぶん、理由はそれだけです」
「『それだけ』て……そういえば、言うてたな。秀太さんの話した時、一軍の人は
俺らのこと虫けらみたいにしか思ってへんとか、なんとか」
「とにかく、藤原さんは一軍の人と外国人はみんな敵だと思い込んでる
みたいなんです」
「分からんなあ。そら、あいつの言うとおり一軍の人で俺らなんかどうでも
いいと思てる人もおるかもしれん。けど、結局は人それぞれやんか」
「普通は、そうです。でも藤原さんは……。今まで何があってあんな考え方に
なってるのかは知らないんですけど」
「厄介やな……。誰でも彼でも殺そうとするやつの方が、はっきりしてて分かり
やすいだけまだマシかもな」
中谷は首をひねった。
「けど、そんなことがあったのに、お前はなんで――」
その言葉は、突如として耳に飛び込んできたただならぬ音にさえぎられた。
「……なんや? 今の」
「雷……じゃないですよね。まるで……」
爆発みたいな、と言おうとした瞬間、先ほどにもまして大きな音が轟いた。
「また? なんなんや?」
中谷がドアの外に目をやった時、奥の部屋から藤原の声が聞こえた。
「小宮山! 中谷! どこにおるんや!?」
(まずい――)
話の途中だが、仕方ない。小宮山は小声で中谷に言った。
「……戻りましょう」
【残り36人】
新作投下乙です!
コミーが中谷と話せて良かった・゚・(ノД`)・゚・
このあと二人と藤原の関係が変化してしまうのだろうか…ドキドキ
職人様乙です!
なんだかんだ言ってこみーは人に恵まれてるな。
新作投下乙です!
藤原を敵視したくは無いが、どうしても中谷とコミーの無事ばかり
願ってしまうorz
新作来てる!!!
通タン、変な正義感に囚われてるだけだから
案外、外からの襲撃者に対しては力強く立ち向かっていくような気が。。。するようなしないような。。。
保守
hosyu
hosyu
73 :
代打名無し@実況は実況板で:2006/09/23(土) 12:38:47 ID:w9d9vHgxO
ほしゅ
遅ればせながら、峰夫タン49歳のお誕生日おめでとう♪保守
75 :
代打名無し@実況は実況板で:2006/09/24(日) 22:29:06 ID:GfVflgIdO
保守
>>74 峰夫タンと葛西タンはその後どうなったんだろう?
早くみんなを助けてあげて・・・
>>65 137.二者択一
頬を叩かれる感触で目を覚ました。
鳥谷敬(背番号1)が重い瞼を持ち上げると、焦点の合わない視界に何やら人
の顔らしい輪郭が浮き上がってきた。少しずつ解像度の増していくその顔は、やけ
に見覚えのあるものだった。葛城育郎(背番号33)、オリックスから阪神に移籍
してきた先輩選手。
雨に濡れざんばらな髪。その下にあるいつもは軽薄そうに笑っている顔は、何故
か今はやけに深刻そうだった。
「……ぎ……さん……?」
相手は認識した。が、一瞬状況が把握できず、彼がこういう顔をしているという
ことは、女に振られたとか二軍に落とされたとかそういう話の途中だっただろうか、
と下らない推測が脳裏を過ぎる。
「おいっ……おい! 鳥谷!」
今までの出来事が全て夢であり、これが飲みに行った帰りについついタクシーで
居眠りしてしまったところを彼が起こしてくれたのなら、これ程このちゃらけた
先輩に感謝した日はないのだが――残念ながら、悪夢のような現実から覚めること
はなかった。
ようやくはっきり見えてきた葛城の顔から目を離すと、途端に夜の森が視界に広
がる。
自分を濡らすものがないことに気付き、雨が止んだのかと一瞬思ったが、凭れて
いた木の枝葉が雨傘代わりになってくれていただけだった。だが木の下で凌げる程
だから、大分小雨になったのは間違いない。
あれからどれくらい時間が経ったのだろう。鳥谷の体内時計では矢野に刃を突き
付けられたのはほんの数分前の出来事なはずだ。しかし、実際に流れた時間がそう
ではないことは、いくら寝起きの頭でも理解していた。
「かつらぎ……さん……」
回らぬ舌で、相手の名前を何とか噛まずに呼び終える。言いにくい名前だ。
口内はやけに乾いていて、舌が縮こまってバリバリに乾いているような気持ち悪
さを覚えた。意識して唾を飲み込んで喉を潤す。
苦労してそれらの行動を終えると、鳥谷を起こした張本人は、強ばっていた顔を
やや軟化させ、鳥谷と、その鳥谷の腕の中で未だ眠り続ける矢野の顔を交互に見やった。
彼にとっては、さぞや不可解な組み合わせだろう。
自分でも何故彼と一緒にいるのか分からないのだから仕方がない。
お互い特に望んだわけでもないのに、いつの間にか一緒に行動していて――気が
付けば、二人だけになってしまった。
真夜中の森の中、不可解なコンビが、土砂降りの雨に晒されて行き倒れている、
不可解なシチュエーション。おまけに、手近なところに転がった物騒な長刀と、身近
なところに転がった物騒な銃殺死体。
何の因果か、こんな不可解なスポットに足を踏み入れてしまった実に気の毒な人間、
葛城育郎。
(アンラッキーだけど、ラッキーだ)
自分にとっては限りない幸運と、親しい先輩の不運に、性格の悪い笑みが浮かぶ
のを禁じ得ない。思えば、彼はいつもそういう役回りだった気がする。最終的に
貧乏くじを引くような。そしてそれを文句も愚痴も言いながら受け入れてしまうような。
自分は、そんな彼を隣で笑いながら、生意気を言い、小突かれ、何だかんだで励ま
されていたのだ。そんな日常。もう二度と戻らないかもしれない日々。
あの後、すっかり睡魔と病魔に屈服してしまった矢野を抱えて元いた民家まで戻る
ことを決意した鳥谷だが、いかんせん自身の疲労もあり、少しだけ、と身体を休めた
のがいけなかった。そのまま熟睡と言って良いほど寝入ってしまったらしい。自覚
すると一気に寒気が全身を駆け上り、鳥谷は込み上げたクシャミを噛み殺した。
「凍死する気か?」
「……こうしてたら……死なないかなと思って」
疲れた顔で笑う。糞真面目に答えるよりは多少気の利いた答えかなと我ながら
思ったのだが、どうやら外したらしい。ますます呆れと困惑が混じった顔で、葛城
は黙ってしまった。後から考えれば、葛城からすれば何故こんなところで2人が
眠っているのか自体が意味不明なのに、さらに混乱を深めただけだろう。
「……とりあえず、正気ならいつまでもこんな所で寝てんな。ほら立て。その人も
起こした方が良くないか?」
「いえ……この人はいいです」
葛城の登場にも全く気付いた様子のない矢野を見下ろす。
自分自身を傷つけて――今も傷付けながら、眠る男。
眠りが心を癒すとは思えないが、少なくとも身体の疲労や体調不良は癒してくれる
はずだ。身体が癒えれば、心も少しは癒えるかもしれない。それも、根拠薄弱な希望
的観測ではあるが。
「起こしてくれて助かりました。俺たちが元々いた民家に戻りましょう」
鳥谷は葛城の申し出を拒否し、自ら矢野を背負って森を出た。
だいたいの方角と道筋を覚えていれば、元の民家に戻るのはそう難しくはなかった。
何より、行きは一人だった道のりが、背中で眠っているのも含めて3人で帰るとなる
と、荷物は重くなったはずなのに不思議と距離は格段に短くなったように感じた。
たった一人、得たいの知れない感覚に導かれながら、得たいの知れない危険が紛
れ込んでいるかもしれない闇を歩く不安。あの時は永久に続きそうだった道のりが、
嘘のように目的地との距離を縮めてくれる。
孤独が人を苛むのなら、一人より二人、二人より三人の方がイイに決まっている。
さらに言えば、自分達を発見して起こしてくれたのが葛城育郎だったのは、最高
のツキの周りだ。
「なんだって、こんな高熱出してる人と雨の中寝こけてたんだ?」
数時間前に飛びだした布団に、矢野は再び横たわっていた。その枕元に洗面器を
置き、更にその隣に座り込み、鳥谷は静かに矢野を見下ろしていた。
壁にもたれかかり、床に足を広げてしゃがみ込んだ葛城が聞いてくる。ぽつり
ぽつりと、掻い摘んで経緯を話す鳥谷の話に、相手は黙って耳を傾けていた。
「そっか……」
呟いた葛城が、一体何を思い何に納得したのか、鳥谷は知らない。
ただ、そこに何かしらの感傷が混じっていたのは確かだ。同情かもしれないし、
共感かもしれない。全く違う別の何かかもしれない。
話すべきことを終え、無音の蝶が室内を舞い踊る。雨音すら聞こえないということ
は、ようやく天候が機嫌を直してくれたのだろうか。
窓の外に視線を移す。ここからは月は見えないが、上空を塞いでいた灰色の雲は
影を潜め、透き通った空に散りばめられた星々が、都会とは比べものにならない程
の輝きで夜を彩っていた。
それを確認してから、再び目線を矢野に引き戻す。すると、釣られるように葛城
の視線が眠り続ける男に落ちた。
日の落ちた室内で、相手の表情を事細かに観察することは難しい。それでも、この
家を出る前に見せたのと同じ険しい寝顔が容易に想像出来た。
何かと戦うような顔。
顔を強ばらせ、拳を握り締め。
(戦う? 何と?)
孤独か、敵か、自分か――
「不思議な人ですね」
ポツリと、呟く。
唐突な鳥谷の感想に、葛城は何を思ったか小さく顎を引いて同意した。
「凄い人だよな。何でも出来るのに、全然飾らないし――金本さんや……下柳さん
もそうやけど」
金本の名の後に沈黙が落ちた意味はあえて詮索するまでもない。
だが違う。そういう意味で彼を表現したのではない。もっとも、どういった意味
かは、鳥谷自身もよく分かっていない。だからこその『不思議』だ。
「この人も、そんな完璧な人じゃないです」
直前に「何でも出来る」と評した言葉を丸々否定され、葛城は様子を探るように
押し黙った。
「だから……俺は……」
そこで言葉を切り、鳥谷は膝の上に載せた拳を握り締めた。
(だから――なんだ?)
何を言いたいか頭の中では分かっているのに、それを表現する適切な言葉が思い
浮かばなかった。己の持つボキャブラリーで言葉にしようとすると、途端に陳腐な
ものになったり、過不足が生じる。
(だから――)
結局、それきり次の句を継げず、鳥谷は口を閉じたままじっと拳を見下ろしていた。
「おっし」
やがて沈殿した空気を払拭するように、葛城が意味のないかけ声をかけて腰を上げた。
「お前も休んだ方がいいぞ、あんな所で何時間もいたのは一緒なんやから」
忠実な番犬のように矢野の隣に張り付いたまま動かない鳥谷に近づき、交代を促す。
先輩の配慮に、しかし鳥谷は断固首を横に振った。
「俺は大丈夫です。丈夫なだけが取り柄ですから」
「だったらなおさらとっとと休め。風邪は引く前に防止するもんだ。いざ引いたら
熱が上がり切るまで下がらんからな」
そこの人みたいに、と顎で横たわる矢野を指す。
「俺が代わりに見といたるから」
半ば強引にそこから引き離そうと、肩を掴んだ葛城の手を鳥谷は反射的に振り払った。
「嫌です……」
「え?」
過剰な反応に、払われた手を宙に浮かせて疑問符を発する葛城。しかし相手を振り
返った鳥谷は、激昂を抑える余裕もなく声を荒げた。
「ダメなんです! 俺がいないと……! 俺が、矢野さんを……っ!」
目を離した隙いなくなった絶望は、未だ記憶の表層部分に張り付いていた。
部屋に吹き込む雨。薄暗い部屋。抜け殻になった布団。
一人、また一人と自分の前から姿を消し、やがて世界には自分独りだけが取り残
されてしまうのではないかという錯覚。襲い来る目眩。アイデンティティの崩壊。
自分を支えていた全てが、あの瞬間崩れ去った。根のない一本柱。自分がそうで
あることを思い知らされた。そして、彼もまたそうであることも。
彼の弱さを知った今、二度と彼を独りにすることは出来ないし、また自分がどれ
だけ独りを恐れる弱い人間かを嫌になるほど自覚した。
(もう、あんな思いをするのは嫌だ――!)
突然噛みついてきた大人しかった子犬の対処に困るように、葛城の目が宙を泳ぐ。
「……すみません」
居心地の悪い沈黙に、鳥谷は自分の行動に非を認め頭を下げた。
「……お前が、矢野さんを心配する気持ちも分かるけど」
そう前置き、鳥谷に向かい合ってあぐらを掻いた葛城が、いつになく真摯な瞳で
鳥谷を見据えた。
「お前はちゃんとお前自身の体調の心配もした方がいい。矢野さんが目を覚ました
時は、俺からちゃんと説明しとくから、な?」
我が儘な子供を諭すような、根気強い口調だった。
彼が自分を心配してくれていることは分かる。分かるが……
「それとも、俺じゃあ信用ないか?」
信用。
それは鳥谷がここに至るまで何度となくその意味を考えさせられ、何度となく
上書きしてきた単語だ。
ぐるぐると脳内を回り続ける単語が、呪文のように鳥谷の思考を絡め取った。
彼の言う信用とは何なのだろう。
最初、鳥谷は信頼と信用は別物だと思った。今でも全く同一だとは思わない。
だが、信頼のない信用とは何なのか、信用のない信頼とは何なのか。鳥谷には分
からなくなってきた。一連の矢野とのすれ違いは恐らくそこにある。あるいは余り
にもその言葉に捕らわれ過ぎてしまった為に起こった過ちだったのかもしれない。
過去形にするには、もしかしたら、まだ完全には解決していないのかもしれないが――
「……怖いんです」
葛城の質問には答えず、鳥谷はそう呟いた。
「また、俺の前からいなくなるのが」
「……そうか」
諦めたような溜息と共に吐き出された相槌が、葛城と鳥谷の間に落ちた。
「お茶」
「え?」
「お茶入れて来いよ、それくらい動くなら問題ないだろ」
何故唐突にお茶くみを命令されなければならないのか。葛城の意図が分からず、
鳥谷は眉を潜めてドアの向こうを指した。
「お茶ならキッチンで……」
「早くしねーと、キッチンでもたもたしてる間に矢野さんが起きちまうぞ。むしろ
俺が起こしたるぞ。ほーれほれほれ」
「何ガキみたいなこと言ってるんですか……あっ! 何本当につついてるんですか!」
慌てた鳥谷の制止も間に合わず、眠っている先輩にちょっかいを出す葛城。頬を
つつかれた矢野は迷惑そうに眉間に皺を寄せ身じろいだが、それきり再び動かなくなる。
「こりゃあしばらく起きそうにないな」
わざとらしく肩を竦めた葛城が、ちらりと横目で鳥谷の様子を探った。
その視線を受け取り、鳥谷は大仰に溜息を付いた。これ以上何かをされてもたまった
ものではない。仕方なく立ち上がり、鳥谷はキッチンに向かった。
「何で俺が……」
「いいから。これは先輩命令だ!」
「いるんですよねー。こういう口だけ……」
「何か言ったか?」
「いーえ何も」
白々しく応え、もう一つくらいこの横暴な先輩に憎まれ口を叩いてやろうと、ドアノブ
に手をかけたまま後ろを振り返った。
その瞬間、葛城の頭越しに見えた輝きに絶句する。
「鳥谷……?」
目を見開き、硬直した鳥谷に違和感を覚えたのか、呼び掛けた葛城の声は遠くから
聞こえた異音に遮られた。紛う事なき、爆発音に。
「何だ――!?」
その音に、弾かれたように後ろを振り向く葛城。窓を破らんばかりの勢いで張り
付き、音のした方角に目をやるが、すでにそこは暗い夜景色が広がるだけだった。
「今、窓の向こうからおかしな光が……それで、爆発音――」
「距離は分かるか?」
混乱しかけた頭を整理しようと、鳥谷は声に出して葛城に状況を伝えた。
「そこまでは……」
見えたのは四散する橙色の光だけだ。
先程までの砕けた空気は霧散していた。強ばった顔で窓の外を睨み付ける葛城が、
唐突に踵を返し大股にドアに向かう。
「ちょっと、確かめてくるわ。やっぱり気になるし」
「俺も行きます。正確な方角が分かるのは光を見た俺の方でしょう」
一人退室しようとした葛城の袖を捕まえ、鳥谷は早口にまくし立てた。
「……それはいいけど、矢野さんはどうするつもりだ。目を離せないんじゃないんか?」
その剣幕に気圧されながら、葛城は迷うように視線を鳥谷から矢野へと移した。
鳥谷自身も、話題に上った先輩を振り返る。今起こっている何事かの異常事態も、
目撃者達の混乱も知らぬ男は、決して穏やかとは言えない表情で眠り続けていた。
「……よく眠ってます。さっきの爆発は俺も気になるし……嫌な予感がするんです」
それは既視感だ。己の意志で出ていこうとする誰かを、引き留めている自分。ある
時の記憶が、気味が悪い程に重なる。
あの時、自分は引き留められなかった。
鳥谷は桧山を殺してはいない。だがそういう意味では――鳥谷の判断が、彼の死
に大きく起因していたのは事実だ。
もし、矢野を任せたと言って出ていった桧山に説得されなければ、彼の死という
途方もない結末は避けられたのではないだろうか。あの時の己の間違った選択が、
桧山を死地に向かわせてしまった。
「この家で、誰かが出ていく背中を黙って見送るのは嫌なんです」
「……分かった。じゃあすぐ戻ってこよう」
思い詰めた鳥谷の目に譲れない決意を見たのか、葛城は重々しく頷き、足早に戸口
へと向かった。
「……行ってきます」
取り残す矢野に最後まで視線を送り、鳥谷は祈るように呟いた。どうか、何事も
ないようにと。
静かにドアを締め、鳥谷は深呼吸をしてから、強く拳を握り締めた。そして、葛城
が待っているであろう玄関に駆け足で向かった。
二度目の分岐点。一度目に間違えたから、次は別の道へ――という選択に与えられる
評価を、今はまだ、鳥谷敬が知る術はなかった。
【残り36人】
>>77-84 職人様乙です!
投下にリアルタイムで立ち会ったのは初めてだ・・・
鳥谷がんがれ!
職人さまキタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!!
鳥谷もイクローも気を付けて…
職人様キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!!!!
乙であります!!
おおおー、いろいろリンクしてきたよーワクテカワクテカ
職人様乙です!
一気に動き出して キタ━━゚+.ヽ(≧▽≦)ノ.+゚━━ ッ ! ! !
でもなんか、トリの不安定さがとっても不安だ…
新作キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!!!!!!
職人様毎度投下御疲れ様です!
矢野さん早く回復汁ー・・・!
しかし何の爆発なのかがもう気になりすぎてwktk
鳥谷しっかりしろよお
職人さん乙です!
最近投下ラッシュで嬉しいことこの上ない
矢野、早く起きてくれ〜ビリバトでも寝っぱなしだし、寂しいぞ
しかし最後の一文が意味深だ…
だ、誰か来るのか…?(((( ;゚Д゚))))
保守
hosyu
hosyu
95 :
代打名無し@実況は実況板で:2006/09/28(木) 20:52:35 ID:lIzTJ+R/0
age
捕手
投手
98 :
代打名無し@実況は実況板で:2006/09/29(金) 18:07:37 ID:/zbOmBMrO
鈴 衛 残 留
99 :
代打名無し@実況は実況板で:2006/09/30(土) 20:09:27 ID:xxyKja2d0
ゴレンジャーきになる・・・。
100 :
代打名無し@実況は実況板で:2006/09/30(土) 23:56:02 ID:vOk3tH1a0
保守age
101 :
代打名無し@実況は実況板で:2006/10/01(日) 16:01:16 ID:yH6ZNrN80
ほしぃ
102 :
代打名無し@実況は実況板で:2006/10/02(月) 11:17:21 ID:WaN9X4WX0
保守
はしもとほしゅ?
104 :
代打名無し@実況は実況板で:2006/10/03(火) 06:52:23 ID:3inO/rCc0
みんながんばれ〜。
105 :
代打名無し@実況は実況板で:2006/10/03(火) 07:00:24 ID:Tv9ksLZEO
ほしゅ飛馬
106 :
代打名無し@実況は実況板で:2006/10/03(火) 17:31:32 ID:3inO/rCc0
みんながんばれ!!
ほしゅ
ほす
ほーしゅ
110 :
代打名無し@実況は実況板で:2006/10/05(木) 19:09:05 ID:CaVnEUgO0
保守
捕手
ほしゅる
萱島…中林…ウワアアァァーン
。・゚・(ノД`)・゚・。
114 :
代打名無し@実況は実況板で:2006/10/07(土) 13:35:20 ID:J5fWMuCcO
捕手
捕手
116 :
代打名無し@実況は実況板で:2006/10/08(日) 12:19:38 ID:jFSaz4NQO
保守
117 :
代打名無し@実況は実況板で:2006/10/08(日) 23:38:41 ID:jFSaz4NQO
保守
もう中日の優勝決まってんのに
「阪神が粘ってもしかしたら逆転優勝!?」
みたいな報道で関心を持たせようとする策略もうやめようよ。
見ててバカらしいよ。
119 :
代打名無し@実況は実況板で:2006/10/09(月) 15:55:04 ID:HnlmSB6lO
保守
>>84 138.can't take it with you.
「おおい!」
画面内が白く染まると同時に、壁の向こう、そう遠くない室外から轟音が響いた。
爆音という名の轟音が。
「ヘリコプターが……!」
「分かっとる!」
思わず椅子を蹴り倒して声を上げた平田勝男が、画面を口を開けたまま凝視して
いると、平塚の悲鳴が耳に届いた。
「やったのはどこのどいつだ!? あっ! クソ!」
それを苛立たしく一蹴し、画面をスイッチしようとして、ノイズに覆われた灰色
の映像に舌打ちする。
見ると現場付近を映していた複数の画面がことごとく暗転し、不快なノイズの海
を映し出していた。
今の衝撃で、周辺の監視カメラが数個、壊れたらしい。
レーダーと併せ見て確認できないこともないが、そんな面倒くさい作業は後回しだ。
「こんな不祥事、監督に何言われるか……」
よりにもよって、総監督が退席している間の事件発生だ。近々ヘリコプターが来る
予定なのは知っていたが、二日目の午前に和田達がやって来た時も何事もなかったので
油断していた。どうせならその時に撃ち落としてくれれば手間が省けて良かったものを。
「岡田監督には――」
「知らせるな! いや、知らせなくていい。問題ない、あれさえあれば――」
問題ない。平田はその言葉を自分に言い聞かせた。
何とかもみ消したい。早急に、内密に、かつ円滑にだ。
ヘリが撃墜された事実ばかりはどうにもならないが、それ自体はたいした問題
ではない。
こちらの本拠地の中枢部、つまりこの部屋のシステムに損傷を与えられない限り
は、いくらかかったのか知らない私用ヘリコプターがへしゃげようが、見知らぬ乗務員
が巻き添えを食らって死亡しようが、このゲームには何の影響も与えないのだから。
問題はプロジェクトDに必要不可欠な物資の輸送が中断されたことだ。あと、周辺
のカメラが数個壊れてしまったのも若干問題と言えば問題だが、黙っていればばれない
かもしれない。
現在、岡田総監督は仮眠中、他の面子はそれぞれの作業に当たっているはずだ。
やらなければいけないことは雑務も含めて山ほどある。人手が足りている方では
決してない。
岡田は今の爆音に気付いただろうか。寝るときは無音を好み耳栓を愛用している
男だから、気付いていないと願いたい。空気の読めない中西あたりががパニックを
起こして叩き起こしていないといいが……
ビービービー
「あーうるさい! こんな時に!!!」
古典的な表現方法として、頭を掻きむしりたい衝動に駆られながら、平田は通信
が入ったFAX台を睨み付けた。
「FAXかよ! 後でだ後で!」
喚きながら横槍に背中を向け、平田は壁に手をついて項垂れた。色々責任転嫁や
言い訳を湧き水のように考え出してしまう頭を叱咤し、今やらなければいけない対処
について思考をシフトする。
「輸送中のもので重要だったのはアレだよな?」
「アレです」
平塚が緊張の面持ちで頷く。アレがないと、岡田が行うと決めたプロジェクトが
立ち行かなくなる。そうなるとまずい。非常にまずい。あの男はやると決めたら何
が何でもやらなければ気が済まないのだ。
アレは無事だろうか。
万が一の場合に備えて、堅牢性や耐久性、機密性等に優れたケースに保管されて
いるはずだ。余程のことがない限り中身の安全は保証されている。
(あとは、ヘリコプターを襲撃した何者かに持ち去られる恐れか……)
「とりあえずアレだけでも回収しないと……!」
「今、あいつが動けるはずだな」
平塚も同じ思いだったのだろう。せっぱ詰まった声で口にした言葉を遮り、平田
は爪を噛んで思考を巡らせた。自分自身を落ち着けるように、極力、声のトーンを
落として呟く。
「あの野郎、もたもたしやがって……あれから何時間経ってると思ってるんだ。
そろそろ獲物を捕まえてきてないとただじゃ済まさんぞ」
八つ当たり気味に毒づき、ストレスを吐き出してから顔を上げる。すぐさま、
この場を任されている現場責任者としての対処案を提示した。
「平塚、秀太に今すぐ現場に向かって、アレを回収するように伝えろ。それから、
お前は秀太が戻り次第プロジェクトDを実行できるように準備に取りかかれ」
「はっ!」
敬礼の姿勢で応えた平塚が、すぐさま通信用デスクに駆け寄り秀太に指示を出す。
その様子を横目で眺めながら、平田は中央の椅子に腰を掛けて脱力した。
「まいっちゃうよも〜」
世にも情けない泣き言を漏らし、天井を仰ぎ見る。
「ここんとこ全然寝てないのに……」
重い瞼を擦りながら、今回の大惨事の事後処理を考えると、泣きたい気分になって
くる平田だった。
「この分じゃ今日も睡眠取れずかなぁ」
参加者達がぱぱっと殺し合いをしてささっと終わらしてくれれば良かったのだが、
もたつき出したために監督がプロジェクトDの始動を言い出したのがそもそもの
ややこしいことの始まりだ。
しかも監督が仮眠中で全指揮を任されている間に、プロジェクトに必要なアレを
運んでいたヘリコプターが撃墜された。
「怒られるかな〜」
デスクに張り付いている平塚が応える様子はない。平田の独り言に等しい問いかけ
は空中で勝手に分解され、物々しい空気の漂う室内に霧散する。
「怒られるよなー」
自明の理を自問自答し、平田はがっくりと肩を落とした。
「ふぁー……」
いつまでも砂嵐の画面を眺めていると妙な眠気が襲ってきて、平田は欠伸を堪え
ながら今後の対応について頭を捻った。
ここでの監視が最優先任務である以上、平田は指示は出せてもここを動くことは
出来ない。
アレが無事であることを祈りつつ、秀太が上手いことやってくれることを期待して
待つしかない。
モニター前の椅子に座り、平田はぼんやりと灰色の画面を眺めていた。
十分に湿気を含んだ森は、突然の発火物の到来にも、その炎を必要以上に燃え広がら
せることはなかった。
もうもうと煙を上げながらも、エンジン不備を起こしたヘリコプターが引き連れて
きた炎は、次第にその火力を弱めていく。
(山火事にはならなくて済みそうだ)
懸念していたことだけに少し安堵する。だがそれで気を緩めている暇はない。十分
な時間を取り小火が収まるのを待って、ウィリアムスは墜落現場に近づき、慎重に
現場検証を行った。
爆発を聞いて誰か駆けつけて来る人間がいるかもしれないとも思ったが、今のところ
はその心配もなさそうだった。冷静に考えれば、大半の人間は危険そうな場所にあえて
近づこうとはしないはずだ。こちらも杞憂だったらしい。
爆風を浴びた顔がヒリヒリと痛んだ。火傷ぐらいはしているだろう。瞬間的に温度
の上がった周囲は、雨上がりの湿気を含みサウナのようなむっとした不快な熱さを
訴えていた。
様々な物質が焼ける異臭が鼻をつく。それに眉を顰めながら、ウィリアムスは吹き
出す額の汗を袖で拭った。
口と鼻を押さえ、ウィリアムスは沈火した地面に膝をついた。指先で触れると、
水分が蒸発し黒焦げた草の亡骸が乾いた感触を伝えてくる。巨大な鉄の塊に激突
された大木は見事なまでにへしゃげており、腰の曲がった老婆のように太い幹を
中程でへし折られて、その上半部分は見る影もなく至る所を炭木と化している。
そこに突き刺さるようにして動きを停止している鉄の機械は、戦争映画のワンシーン
のように力なくローターを緩慢な動きで回しながら、後部を中心に表面を黒く焦げ
付かせていた。悪臭を放つ黒煙を噴き上げ、己を破壊した者を呪っている。
この爆発では、恐らく中にいた乗務員は死亡しているだろう。奇跡的に一命を
取り留めたとしても重傷は免れない。
しかし何の因果かこの悪しきゲームに荷担している、見知らぬ搭乗員の身を慮る
だけの余裕はウィリアムスにはなかった。
これ以上ヘリコプターが無駄な爆発を起こす危険性がないことを確認して、すぐさま
機体周辺に駆け寄り、燃えずに落ちてきた書類を拾い集める。
ウィリアムスの目的はヘリコプターの破壊と、その乗務員の殺害ではない。
もしこのゲームに荷担する主催者の仲間が同乗していたとして、その人間の墜落死
は首脳陣へ一矢報いるという意味では効果的かもしれない。
しかし、『移動中の関係者が墜落事故で死亡』よりも、『運搬中のゲームに関する
何らかの重要な資料・手がかりの奪取』の方が、よりベターな収穫であるのは間違い
ない。
完全に消し炭になってしまった分は諦めるとして、ウィリアムスは短時間で回収
できるだけの紙切れを全て回収した。
しかし、ここで予想済みの問題が発生する。
これらの書類からこの八方塞がりの状況を打開するだけの手がかりを得ることが
ウィリアムスの目的だ。しかし――
ぎっしりと日本語で打ち込まれた書類。
勿論、ウィリアムスには読めない。
文書に混じって、いくつか図や写真が印刷されている用紙を見付ける。中には何か
の薬品や武器、よく分からない道具等の図解もあった。そのうちの一枚は、間違いなく
この島の地図だった。
これらが、このゲームについての何らかの書類であることは間違いない。
もしかしたらその中に、この悪魔のシステムを終わらせる重大なヒントが隠されて
いるかもしれない。
(これを八木さんに――)
それこそが、ウィリアムスが八木に協力を仰いだ最大の理由だった。
自分ではこの収穫を十分に活かすことが出来ない。岡田や平田を始め、今の首脳陣
のほとんどが英語を十分に理解しない。今回の襲撃計画で運良く何か資料を手に入れた
としても、それが日本語で記されている可能性は高かった。そうなると、彼だけでは
これ以上前のコマには進めない。
それにしても、最も危惧していた首脳陣による自爆装置の任意作動という制裁は
今のところ免れたらしい。本拠地に移動中のヘリコプターを撃墜するという大胆な
反乱行動に、彼らが死の制裁を加えてくる可能性は勿論頭にあった。
しかし、そのリスクを背負ってでも、動かなければ先に進むことは出来ない。死
を恐れてやがて来る死をじっと待つか、一縷の望みに賭けて自ら死地に飛び込むか
――ただ、それだけの選択だ。
(”Hope springs eternal."か――)
それは祖父が好んで使った言葉だった。希望は人の胸に永遠に湧き上がる。例え
望みは少なくても、叶わないことが多くても、人は諦めることなく希望を抱くものだ。
右から左に流れて行く程聞き飽きたその言葉に特別な思い入れはないつもりだった
が、思えば己の人生で大きな選択を迫られた時、突き動かしてくれたのはいつもこの
言葉だった気がする。
死んでしまえば終わりだ。死んだら何もあの世には持っていけない。地位も、財産も。
だが、生きている限り、如何なる最悪の事態に対しても解決策は存在する。
(生きている限り希望はある。そして、希望さえ忘れなければ生きていける)
何の気まぐれか生き延びることを許された奇跡に感謝せねばなるまい。ならば、
後は自分の命運を握る男達の気が変わるよりも先に、一刻も早くこれを理解できる
人間に託さなければいけない。信頼できる協力者に。
(あとは……そうだ、あれだ。)
散華した書類と同時に、墜落真際の回転翼機から飛び出した黒い物体。
(確か、こっちの方に――)
記憶を頼りに、それが落下したと思しき周辺を探索する。目的のものは思ったより
も早く見つかった。
それは黒いアタッシュケースだった。
直撃は免れたとはいえ、あの爆発を喰らい、表面に焦げたような跡が残るだけで、
何事もないように繁みに鎮座する黒い箱。その堅強さは尋常なものではない。
力を込めて留め金に手をかけるが、箱はピクリともしなかった。よく見ると、表面
に小さな数字が並ぶキーが付いている。
あの衝撃にも耐え、パスワードまでついているとなると開けるのは不可能だろう。
中身を取り出せない重い荷物を運ぶのは一件愚行のようにも思えるが、これがもし
首脳陣にとって大切な何かだとすると、それを紛失することは彼らにとって損害となる。
ウィリアムスは荷物を担ぎ直して南の山を見上げた。今は暗くて見えないが、体育
館側を向いた山の中腹に、展望台があるはずだ。そこに八木が無事到着し、彼の帰り
を待っていることを期待し、ウィリアムスは左手にしっかりと書類を握り締めた。
「――!?」
一歩目を踏み出したウィリアムスの足が止まった。
いや、足だけではない。
握り締めていた書類が手から滑り落ち、視界がぼやけ出す。書類を落とした原因
が、己の手が思うように動かなくなったせいだと気付いたのは、その場に倒れ込んだ
後だった。
急速に襲い来る、異常なまでの眠気。咄嗟に地面に爪を立て、痛覚で現実世界に
己を繋ぎ止めようと試みたがそれも敵わなかった。
誰かによって、自分は眠らされようとしている。
二度と戻れない永劫の闇の中に。
(頼む……もう少し……あの展望台までは――)
「shit...!」
呟いた罵声すら口内で掻き消え、ウィリアムスの意識は夜の闇へと堕ちた。
最後の瞬間、やはり響いたのはあの祖父の言葉だった。
『標的』を撃墜し、完全に行動停止したことを確認して十分に時間が経ってから、
田中秀太(背番号00)は慎重に繁みの奥から姿を現した。
先の爆発で急激に周辺温度の上がったその場にはそぐわない程固く強ばった顔で、
がっくりとその場に倒れ込んだジェフ・ウィリアムスの身体を凝視する。
握られた、ブローニングよりも更に小柄な、玩具のような拳銃――麻酔銃を突き
付けながら、一歩一歩近づく。
「やった……」
肩で息をしながら、秀太は小さく呟いた。上がった心拍数を抑えるため、ゆっくり
と、大きく呼吸を繰り返す。
先程の爆発が何者かによる、今後必要な物資を輸送中のヘリコプターを撃墜した
ものであり、その運搬途中にあった「あるもの」――それは黒いアタッシュケース
に入っているらしい――を拾って来いという実に小間使いのような命令をされたの
は、夜中に轟いた不穏な音に驚かされた直後だった。
余計な仕事を増やしてくれたものだ。回収しなければいけない物を、下手に持ち
去られたらやっかいだ。この足場も視界も悪い森の中を全力に近い形で走ってきた
田中秀太だった。
しかしそれとは別に、今こうやってジェフ・ウィリアムスを眠らせることが出来た。
爆発を頼りに、ここまで来るのに些か骨が折れたが、これは願ってもない僥倖だ。
これで、命じられた任務を達成できる。重苦しい責務から解放される。
手を伸ばせば届く所まで来て、ようやく秀太は銃を降ろし、無防備に眠り込むウィリ
アムスを見下ろした。
マシンガンを所持した外国人選手。
これほど殺人鬼役に相応しい人間もいまい。
秀太は自分の手柄を褒め称えた。
しかし、その裏に僅かな良心の呵責が心臓の裏側を蹴り上げているのも事実だ。
(これで……良かったのか?)
主催者の本拠地へと移動中のヘリコプターを狙うとは、よく考えたものだ。だが
それは同時に、彼にとって大きな賭だったに違いない。それこそ、己の命すらも賭
けるような――
命を賭して不条理な巨悪に立ち向かった男の希望を、自分はこうしてあっさりと
閉ざした。
(今更、何考えてんだか)
己の中の一瞬の迷いを一蹴し、秀太はその場に膝をついた。
神経を聴覚に集中させると、安定した寝息が聞こえる。彼をこのまま本部へと送
り込めば、自分の荷は下りる。
腕時計を付けた片腕を口元まで引き上げ、田中秀太は深く息を吸い込んだ。
さぁ――迷うな。
自分の中の、良心とは別の部分が厳かに囁いてくる。
――賽は投げられたのだから。
「捕獲完了しました。――背番号54。所持品マシンガンです」
『プロジェクトDEATH』
それは死神を喚ぶ呪文である。
【残り36人】
ジェフうううううううううううううううう
どうなったんだああああああああ
職人様乙です!
プロジェクトDEATHってー!!
こんなときばっか仕事早ぇな秀太…
職人様乙です
職人様乙です・・・!
ウボアァアアア何する気だ首脳陣・・・!
ウィル逃げて超逃げて!!!
132 :
代打名無し@実況は実況板で:2006/10/11(水) 20:26:08 ID:X7h98Iod0
age
保守
134 :
代打名無し@実況は実況板で:2006/10/13(金) 22:16:26 ID:qekrgUmsO
ほ
し
ゅ
137 :
代打名無し@実況は実況板で:2006/10/15(日) 11:10:59 ID:Q8yYP7pSO
片
138 :
代打名無し@実況は実況板で:2006/10/15(日) 20:15:39 ID:qG+dbY9s0
岡
乙
彼
様
で
し
ゅ
た
俺の峰夫が…
阪神辞めちゃったよ…
(´;ω;`)
え!男前の峰夫タンが・・・!
峰夫タン・・・!orz
どうでもいいが
>>139は漏れだぞ
151 :
代打名無し@実況は実況板で:2006/10/19(木) 16:00:55 ID:d65t2oBh0
葛西タン&峰夫タンのその後は?
哀しいよ、峰夫タン・・・
オレの峰夫は何処へいってしまったんだ‥
ほしゅ
なんだなんだ峰夫ファンが集結してるのか!?ほしゅ
157 :
代打名無し@実況は実況板で:2006/10/21(土) 10:19:20 ID:vUdRoSyrO
保守
158 :
代打名無し@実況は実況板で:2006/10/21(土) 10:49:53 ID:Vkq7DnjZO
峰夫タン…
解説とかするのかな…
他チームでもいいからコーチしてほしい
159 :
代打名無し@実況は実況板で: