[武士騎士] 古代中世総合11 [弓馬刀槍剣甲冑船城]
1 :
名無し三等兵 :
2013/01/19(土) 22:12:08.60 ID:cVLzG6Qm 軍事板の古代・中世の総合スレです。
古今東西を問わず、主に銃が登場していない前近代の軍事・戦争に関係する
軍の動員・編成、国家制度・住民管理・領地支配、訓練、鉄器・青銅の製造、
戦闘技術、武術、武器・兵器・長弓・クロスボウ・刀・槍・石つぶてについての運用、
甲冑・衣服、馬・馬具全般、ラクダ・ロバ・牛・鳩・犬などの軍事利用された動物全般、
舟・ガレー船・帆船の製造・運用、河川・海上の利用、道路整備と陸上交通、食料・兵站・輸送、
狼煙などの通信・作戦指揮・伝令、諜報・忍・密偵、築城・縄張・攻城技術・土木技術などのほか
戦争要因となった文化・宗教・経済・農業・民族など
上記分野も含めて幅広く駄弁るスレです。
このスレでのお約束
上記すべての分野を東洋・西洋も時代の区分けも関係なく全部精通している人なんていません。
特定分野に詳しい神が降臨したら歓迎しましょう。
その人が何か別の分野で間違っていても、叩きすぎないようにしましょう。
このスレは、初心者には優しく、敷居は低く、荒らしはスルーしながら、過疎落ちしない程度にマータリ進行です。
900を踏んだ人は次スレを立てて次スレへの誘導レスすること。
950過ぎても次スレが無ければ気が付いた人が次スレ立ててください。
2ch外のURLを貼るときは先頭hを外して直リンを避けること。
関連スレなどは
>>2 以降を参照のこと。
一応、このスレは板違いなどと誤解を招かないように2ch総合案内より軍事板紹介を転載
>軍事に関係するなら時代を問わず、戦略・戦術・軍制・兵器・装具なんでもありの板。
軍事板は現代戦・近代兵器だけの板ではありません。古代・中世も含めて軍事なんでもありの板です。
前スレ
[武士騎士] 古代中世総合10 [弓馬刀槍剣甲冑船城]
http://toro.2ch.net/test/read.cgi/army/1356338040/
2 :
名無し三等兵 :2013/01/19(土) 22:13:10.67 ID:???
3 :
名無し三等兵 :2013/01/19(土) 22:13:57.48 ID:???
4 :
名無し三等兵 :2013/01/19(土) 22:14:46.16 ID:???
5 :
名無し三等兵 :2013/01/19(土) 22:15:43.81 ID:???
6 :
名無し三等兵 :2013/01/19(土) 22:15:45.90 ID:???
いちおつ
7 :
名無し三等兵 :2013/01/20(日) 15:49:36.87 ID:???
民主党を生み出した『団塊の世代』の面々(現在66〜63歳) 消滅へ向かう化石サヨク思想 加藤千洋(65)・・朝日新聞元編集委員(中国の犬) 安田好弘(65)・・死刑廃止論の弁護士(光市母子殺害事件のDQN弁論) 上野千鶴子(64)・・ジェンダーフリー学者(フェミナチ) 班目春樹(64)・・原子力安全委員会委員長(デタラメ君) 若宮啓文(64)・・朝日新聞主筆(「竹島を韓国に譲れ」で有名) 白川方明(63)・・日銀総裁 無能(帰化人説有) 山田伸二(63)・・NHK解説主幹(民主党の熱烈なシンパ) 後藤謙次(63)・・共同通信元編集局長(反日主義者) テリー伊藤(63)・・全共闘崩れ(民主党シンパ(帰化人説有))
8 :
名無し三等兵 :2013/01/20(日) 17:12:32.44 ID:???
はいはいソントソント
9 :
名無し三等兵 :2013/01/20(日) 18:30:48.10 ID:???
969 :名無し三等兵:2013/01/20(日) 16:04:44.66 ID:???
豊臣秀吉の軍勢に対応するために
巨額の戦費を使い倒して没落した明を思い出してしまったw
970 :名無し三等兵:2013/01/20(日) 16:07:08.55 ID:???
まだその俗説信じてるバカがいるのかよ…
971 :名無し三等兵:2013/01/20(日) 16:09:28.60 ID:???
>>970 現実問題、
同時期に発生していた反乱とあわせて万暦の三大征といわれているのだが、
戦費はその中で突出しているよ。
全体の8割近くが朝鮮の役での出費。
972 :名無し三等兵:2013/01/20(日) 16:10:23.93 ID:???
>>971 そのあとの治世で国力回復してるけどなw
973 :名無し三等兵:2013/01/20(日) 16:15:13.17 ID:???
ではご高説を伺いたい。
974 :名無し三等兵:2013/01/20(日) 16:15:30.07 ID:???
>>972 国力は回復してないだろ。税収面での余裕はあったけれど私財で費消してる
まあ、これは国の体制のあり方で戦費負担で没落したというわけではないが
975 :名無し三等兵:2013/01/20(日) 16:17:33.52 ID:???
>>973 お前のでたらめに突っ込み入れただけでそれ以上のご高説なんてねえよw草生やしてまで俗説偉そうに言うから絡んだだけでw
976 :名無し三等兵:2013/01/20(日) 16:19:40.11 ID:???
腐すだけなら馬鹿でもできる
10 :
名無し三等兵 :2013/01/20(日) 18:31:19.78 ID:???
977 :名無し三等兵:2013/01/20(日) 16:24:56.17 ID:???
>>976 馬鹿に腐されても反論できない人はなんていうのw崇禎帝が重臣粛清し始めるまで差し迫った軍事的危険、
明になかったんだけどね。農民反乱は非常時の備蓄を着服してたからで軍事費の負担が継続してたからではないしなw
978 :名無し三等兵:2013/01/20(日) 16:25:05.12 ID:???
>>971 その朝鮮の役の戦費より万暦帝の陵墓の建造費のほうが巨額だったとらしい
979 :名無し三等兵:2013/01/20(日) 16:28:37.05 ID:???
歴史群像の記事からの孫引きだけど
対蝦夷戦争で敗戦した紀古佐美の奏上文(言い訳)を読むと当時の朝廷軍はかなりダメなイメージを持ってしまう。
朝廷軍の拠点の衣川から蝦夷の拠点の志波の片道75kmの糧秣輸送に最低6日は必要(1日12.5kmしか運べない)
馬の数は不明(持っていなかったのかも)だが、征討軍2万7470人が1日に549石の糧秣を必要としており
輜重兵1万2440人では征討軍の糧秣は6215石しか運べないので、征討軍は11日しか行動できない。
この結果、衣川から志波へと進軍して志波を征服するのは朝廷軍ではとても不可能とのこと
余りにもひどい気がするのだが、これは私が軍事行動に無知なためで、古代では当たり前なのだろうか。
980 :名無し三等兵:2013/01/20(日) 16:35:13.41 ID:???
輜重いて敵地で1日10キロ以上勧めるのがダメな軍なんだ…
981 :名無し三等兵:2013/01/20(日) 16:40:04.57 ID:???
>>977 サルフの戦いじゃ朝鮮役で損耗した騎兵不足で急拵えの歩兵主体だったけど
明軍は戦力の回復に失敗したと言えるんじゃね
982 :名無し三等兵:2013/01/20(日) 16:42:21.50 ID:???
前の戦役から25年たってたら普通に代替わりしてるよ
983 :名無し三等兵:2013/01/20(日) 16:50:36.07 ID:???
半農半牧の後金と違って農業国が騎兵の数を揃えるのは時間が掛かる
11 :
名無し三等兵 :2013/01/20(日) 18:31:59.39 ID:???
984 :名無し三等兵:2013/01/20(日) 16:56:01.16 ID:???
>>983 馬の寿命考えてから言えよ。まさか軍隊の去勢馬を戻した繁殖に使うなんて不思議なこと主張したいのか?
それからサルフの戦いの明の敗因は指揮官の連係ミスだろうに。どんだけ各個撃破されてるんだよ
985 :名無し三等兵:2013/01/20(日) 17:00:49.54 ID:???
>>984 どうみても満州八旗の騎馬軍団の進行速度に追い付けなかった結果だろうに
漢の武帝がなぜフェルガナを征服したのか考えろよ
万単位の騎兵を自力で育てるのにどれだけコストと時間が掛るか
986 :名無し三等兵:2013/01/20(日) 17:03:24.58 ID:???
>>985 えーと明の騎兵って去勢馬で構成されてたと思ったけれど勘違いだったかな
牧場は長城の内側にあるんだけどどこから騎馬の補充ができないなんて
不思議な主張出てくるんだ?
987 :名無し三等兵:2013/01/20(日) 17:09:35.52 ID:???
>>986 牧場があるからどうしたんだ?補充が追いつかない状態だったんだろ
サルフの戦い見てみろよ何故明軍は陣地に立て篭もりイニシアチブを後金が握り続けてたのか
988 :名無し三等兵:2013/01/20(日) 17:12:02.09 ID:???
こりゃ早めのスレ立てが功を奏したなww
989 :名無し三等兵:2013/01/20(日) 17:18:06.66 ID:???
>>987 始めから説明しなければいけないのか。まず軍馬は寿命から長くても8年前後で入れ替わるんだ
25年あれば普通に全部入れ替わってるだろ。さらに明の騎兵は去勢馬だから戦地で全滅しても
繁殖とは無関係これで理解できるよな。
それから追いつかなかったも何も杜松が独断で予定より突出して各個撃破されたから
馬林は陣地形成する羽目になったんだろうに。
12 :
名無し三等兵 :2013/01/20(日) 18:32:58.10 ID:???
991 :名無し三等兵:2013/01/20(日) 17:29:24.48 ID:???
>>989 前線の軍馬がそのまま繁殖に使われるなんて誰が言ったの?
消耗した馬の生産が員数に追いつかなかったんだろと言ってるんだが
それに孤立した明軍より常に数的優位を保ち続けたのは騎兵の機動力のお陰だよ
992 :名無し三等兵:2013/01/20(日) 17:32:36.50 ID:???
>>975 つまり腐すだけしかできないってことか。
くだらん奴だなぁ。
993 :名無し三等兵:2013/01/20(日) 17:35:06.36 ID:???
>>991 25年あったらな前線の馬が一頭もいなくなってても後方に管理された牧場
があれば騎兵隊十分再建できるだろうに。
それから軍隊の進軍速度は最も遅いのに合わさるからその主張だと明はすべての軍を
騎兵で編成してなければいけないことになるよ。
994 :名無し三等兵:2013/01/20(日) 17:48:54.45 ID:???
>>986 去勢馬なのか。
それはすごい話だな。
995 :名無し三等兵:2013/01/20(日) 17:49:33.29 ID:???
>>993 ならなぜ歩兵が主力だったの?
確か遼東の李如松も加わってるよね
衛所制も一条鞭法も消し飛ぶ財政難で25年あったら全部隊に補充が利くってどういう理屈だよ
13 :
名無し三等兵 :2013/01/20(日) 18:35:29.56 ID:???
996 :名無し三等兵:2013/01/20(日) 17:57:36.30 ID:???
>>995 一行目は明の編成が歩兵主体だからだろ。
二行目は歩兵醜態の軍に騎兵がいることに何ら不思議はないだろ
三行目は財政難ではなく、貨幣経済の進展に伴う制度の変遷なんだけれど
さらに財政難は構造的な腐敗が原因で、軍の高官は利権得るために自分の手駒たる
軍はちゃんと育ててるんだけど。明末まで外縁部の軍隊はしっかり機能してるよ
997 :名無し三等兵:2013/01/20(日) 18:04:47.12 ID:???
>>994 一方去勢しない雄馬を軍馬として使ってた日本では軍役に口取り2人がつくことに…
998 :名無し三等兵:2013/01/20(日) 18:16:33.31 ID:???
>>996 そりゃいただろ、「いない」わけではなかったろう
しかし碧蹄館の戦いで2万もいた騎兵はどこ行ったんですかね
騎兵の養成に失敗したのも衛所制の廃止と無関係ではないだろう
それと銀の流入に抗えなかった明経済の衰退と貨幣経済の失敗が一条鞭法じゃないの?
999 :名無し三等兵:2013/01/20(日) 18:19:36.25 ID:???
>>998 言ってる主張が変遷してるよ。騎兵の補充が間に合わないって言われたから
25年あれば馬も人も世代交代は終わるから軍としてあり得ないに対して
経済的な理由から軍の補充ができないに変わってるよ
1000 :名無し三等兵:2013/01/20(日) 18:21:38.86 ID:???
うめ、続けるなら二人ともID出してやれ
1001 :1001:Over 1000 Thread
このスレッドは1000を超えました。
もう書けないので、新しいスレッドを立ててくださいです。。。
14 :
名無し三等兵 :2013/01/20(日) 19:11:34.20 ID:???
年度別予算内訳きぼぬ
15 :
名無し三等兵 :2013/01/20(日) 19:32:46.83 ID:???
前スレの話を持ち出していいものか気が引けるのですが。 979,980で蝦夷討伐の際の朝廷軍の行動について 1万2440人の輜重兵が運べるのは6215石(=621万5000合) 征討軍の将兵は2万7470人、輜重兵も食べないと身が持たないので 朝廷軍の兵力は3万9910人、1人1日当たりに直すと1升4合が朝廷軍には必要という計算になる。 馬糧が1頭でどれくらい必要か私には分からないけど 日露戦争に出征した日本軍が1人1日6合が必要と計算していたと思う。 当時の朝廷軍は騎兵が主力だったのだろうか? 1人1日1升4合ないと維持できないとされ、朝廷も認めているということは それだけ騎兵が多かったということかな?
16 :
名無し三等兵 :2013/01/20(日) 20:46:01.58 ID:???
単純、常識的に考えて征討軍の将兵2万7470人が衣川から志和まで全員固まって移動して一か所に野営することなんかありえないだろう。 巣伏の戦いでは中軍と後軍の4000人が渡河したところをアテルイ軍に襲撃されているから、 おそらく2000人ごと、軍団2個程度に区分していたと思われる。前軍2000は疲労したから交代して予備になったのかもしれない。 あとは城警備や街道警備のために残置されてる奴らも多いだろう。そいつらの米は急いで運ぶ必要はない。 あと律令軍団時代の兵力計算は、非番の連中もカウントしてるから征討軍に登録していても非番の奴もいるだろう。 まあ今の自衛隊だってそうだけど。
17 :
名無し三等兵 :2013/01/20(日) 20:51:34.99 ID:???
律令軍団の規定だと火(10人)ごとに駄馬6頭がつくことになってたらしいが。
18 :
名無し三等兵 :2013/01/20(日) 23:18:00.34 ID:???
>>17 そうすると相当な穀物を消費することになるね。
19 :
名無し三等兵 :2013/01/20(日) 23:26:53.50 ID:???
食料以外の装備品の重量はどのくらいあったんだろう?
20 :
名無し三等兵 :2013/01/21(月) 00:56:15.38 ID:???
律令時代の法令書いたサイトってどこだったっけ あれ便利だからテンプレに入れてくれるとうれしい このぐらいの時代だと馬も人も現地調達が主ではなかろうか
21 :
名無し三等兵 :2013/01/21(月) 00:59:15.01 ID:???
律令制なら中国にならって駅の整備してるだろうから現地調達が主ってことはさすがにないと思う
22 :
名無し三等兵 :2013/01/21(月) 01:06:47.18 ID:???
700年代の日本で何万もの兵馬を養う糧秣を集積して それを輸送するなんて出来たのか?
23 :
名無し三等兵 :2013/01/21(月) 01:12:07.76 ID:???
税が物納で一旦、都に集めて分配する時代だったんだから兵站はあったんじゃないの? 700年代だと九州防衛に備えた制度必要なんだから
24 :
名無し三等兵 :2013/01/21(月) 01:19:13.87 ID:???
河を使うというならセオリーだが…
食料を人足で運ぶと効率悪いからなぁ
ちなみに流通自体は弥生時代からすでに想像以上に発達してるよ
ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BB%92%E6%9B%9C%E7%9F%B3 >黒曜石が古くから石器の材料として、広域に流通していたことは考古学の成果でわかる。
>例えば、伊豆諸島神津島産出の黒曜石が、後期旧石器時代(紀元前2万年)の南関東の遺跡で発見されているほか、
>佐賀県腰岳産の黒曜石に至っては、対馬海峡の向こう朝鮮半島南部の櫛形文土器時代の遺跡でも出土している。
ニホンジンブランドダイスキネー
25 :
名無し三等兵 :2013/01/21(月) 01:32:07.02 ID:???
>>22 周辺諸部族を征服していく過程で、
兵站も整えられていったと考えるのが自然だろう。
いうても東北地方くらいまでは勢力圏化だったわけだし。
26 :
名無し三等兵 :2013/01/21(月) 01:37:01.74 ID:???
27 :
名無し三等兵 :2013/01/21(月) 01:37:44.61 ID:???
ちなみに兵站整えるって具体的に何すること考えてるんだ?
28 :
名無し三等兵 :2013/01/21(月) 01:47:14.56 ID:???
>>26 たぶん金属より鋭く加工できるんじゃないのかなぁ
そうすれば柔らかいものに対しては強くなる
参考にした本には黒曜石を使った文明は珍しいとか確か書かれてたんだが
wikiみてるとそうでもないのかなぁと思えてくる
29 :
名無し三等兵 :2013/01/21(月) 01:51:46.85 ID:???
アステカとかは金属加工技術が高くなかったから、 黒曜石の武器を使っていたみたいにWIKIでは書いてあるね。 しかし「戦略の歴史」(ジョン・キーガン)だと、 アステカ軍は非殺傷兵器をもちいて周辺諸部族から儀式の生贄を あつめてくるためにあえて、そういう武器を使ってたみたいな説を となえてたりする。 確かに黄金の加工技術とかはあるもんねぇ。
30 :
名無し三等兵 :2013/01/21(月) 08:44:48.00 ID:???
31 :
名無し三等兵 :2013/01/21(月) 09:00:18.64 ID:???
32 :
名無し三等兵 :2013/01/21(月) 14:19:18.69 ID:???
33 :
名無し三等兵 :2013/01/21(月) 14:24:33.88 ID:???
…どこが居合?
34 :
名無し三等兵 :2013/01/21(月) 14:56:32.67 ID:???
マルシェ(前進)とロンペ(後退)をしながら斬りつけてるのは、まぁまぁ面白いな。
35 :
名無し三等兵 :2013/01/21(月) 20:17:07.68 ID:???
15の書き込みを読んで思ったのだが。 15が信用できるのならばだが、輜重兵2人で1石を運ぶ。 現代表記で1人当たりに直すと輜重兵1人当たり75kgを運んでいたことになる。 幾ら昔の人は頑健でも75kgもの荷物を担いで1日歩くのは困難だと思うので 少なくとも輜重兵は馬を使ったとしか考えられないのだが。 これは私の浅知恵なのだろうか。 それとも昔の人は75kg位なら容易に担いで1日歩いていたのだろうか。
36 :
名無し三等兵 :2013/01/21(月) 20:21:46.15 ID:???
火(10人)に駄馬6というのは、 基本的に輜重用なんじゃないのか?
37 :
名無し三等兵 :2013/01/21(月) 21:54:24.35 ID:???
駄馬を引く6人と見張り4人かな?
38 :
名無し三等兵 :2013/01/21(月) 22:00:55.22 ID:???
>>35 時代による単位の変化がある。
奈良時代の1石は約60kgで、1俵は約30kg。
2人で30kgずつ担いで歩いたと考えるのがスマート。
39 :
名無し三等兵 :2013/01/21(月) 22:02:10.03 ID:???
40 :
名無し三等兵 :2013/01/21(月) 22:09:03.71 ID:???
41 :
名無し三等兵 :2013/01/21(月) 22:44:56.81 ID:???
荷駄でさえ100kgを1日だろ? その半分でも、人が運ぶのは無理があるよ、強力じゃないんだから。 あと、少なくとも日本の場合、一般的な馬より牛の方が力があったそうな。
42 :
名無し三等兵 :2013/01/21(月) 23:41:05.93 ID:???
43 :
名無し三等兵 :2013/01/22(火) 00:27:03.62 ID:???
44 :
名無し三等兵 :2013/01/22(火) 01:10:17.59 ID:???
軍防令によると一般兵士は糒六斗、塩二升を自腹で備えてこいってあるけど この糒が何なのか不明瞭で・・・ 一様、米1俵で4斗らしいからこの6斗は1.5俵ということだな
45 :
名無し三等兵 :2013/01/22(火) 02:15:04.10 ID:???
中国の無理やり徴兵した農民兵はやる気がなくてちょっと不利になるとすぐ逃亡しちゃうので 全滅といってもかなり生き残ってるんだけど律令軍はどうだったのかな
46 :
名無し三等兵 :2013/01/22(火) 09:43:45.46 ID:K4yBWHzV
巣伏の戦いでのアテルイ軍による犠牲者はこれ以上ないくら詳細な記録が残っている。 別将の丈部善理ら戦死者25人、矢にあたる者245人、川で溺死する者1036人、裸身で泳ぎ来る者1257人の損害を出した。
47 :
名無し三等兵 :2013/01/22(火) 10:01:07.60 ID:???
中国は今の時代でもそうだろ
48 :
名無し三等兵 :2013/01/22(火) 10:06:14.25 ID:???
古代から中世の軍なんて逃亡前提だから軍事貴族なんて層が発展できたんだと思う 別に洋の東西問わんよ
49 :
名無し三等兵 :2013/01/22(火) 13:41:07.77 ID:???
文化風習の違いはあるとはいえ、どうなんだろうね。 とはいえ無理に連れてくればやる気がないのは当然で、 健児制とか試してみるものの……といった感じなのかね。
50 :
名無し三等兵 :2013/01/22(火) 13:48:43.77 ID:???
政治将校や後ろから撃たれることなしに 突撃かけられるのは日本人くらいだ
51 :
名無し三等兵 :2013/01/22(火) 14:19:00.45 ID:???
スイス槍兵の全盛期は整然と前進して堀が巡らされてて強行は無理とわかると整然と撤退したりしてるぞ その間射撃浴びながら
52 :
名無し三等兵 :2013/01/22(火) 14:21:44.34 ID:???
スイス傭兵はもう規格外の集団だから…
53 :
名無し三等兵 :2013/01/22(火) 14:22:20.70 ID:???
>>51 すげぇなそれ。
教皇を守るために甚大な被害を受けながらも守り通したから、
いまでもバチカンを護衛してるのはスイス槍兵って話もあったけか。
54 :
名無し三等兵 :2013/01/22(火) 14:24:38.14 ID:???
ペルシアで戦ったクセノフォンのギリシア人傭兵や、 スイス傭兵はどうしてそんな鉄の規律を手に入れることができたのかな。
55 :
名無し三等兵 :2013/01/22(火) 14:40:19.46 ID:???
出身地構成だろ確かスイス 稼業できてるわけだし勝手なことしたらねえ
56 :
名無し三等兵 :2013/01/22(火) 14:49:55.61 ID:???
ベースになるのは郷土の名誉、郷土の中での家族の名誉といったところか 日本で言うなら足軽一人一人が武家意識持ってるみたいな感じで しかも武家と違って功名心からの抜け駆けもなく、あくまで集団として動く
57 :
名無し三等兵 :2013/01/22(火) 15:46:28.58 ID:???
北欧が福祉国家なのは、傷ついた仲間や亡くなった仲間の家族の面倒を共同体全体で見るという バイキング社会に由来しているような話を聞いたことがあるが、スイス傭兵も やはりそうした保障制度みたいなのがあったのかな?そういやスイスって保険輸出大国だよなあ。
58 :
名無し三等兵 :2013/01/22(火) 16:14:32.35 ID:???
つか、チューリッヒの小鬼(グレムリン)と言えば、金融の世界では泣く子も黙る無法者集団でな。 世界恐慌の引き金を引いたのも、彼らだといわれていてな。
59 :
名無し三等兵 :2013/01/22(火) 16:29:07.90 ID:???
スイスで裏切ったら家族はリンチだろ
60 :
名無し三等兵 :2013/01/22(火) 19:02:06.50 ID:???
スイスも薩摩の連帯責任みたいなのがあったのかな?
61 :
名無し三等兵 :2013/01/22(火) 19:10:56.66 ID:???
軍事貴族片っ端から処刑したフランス国民軍、皇帝万歳のグランダルメも督戦隊や政治将校なしでも思いっきりやれるぞ。 軍事貴族のラファイエットもデュムーリエもションベンちびって逃亡するくらいだ。 皇帝近衛兵はモスクワからポーランドまで方陣組んで整然と退却したしな。
62 :
名無し三等兵 :2013/01/22(火) 19:38:51.52 ID:???
>>61 さすがにルイ16世の治世下に軍事貴族はいないんじゃないか?
何気にスイス傭兵がフランスの主軸にいたような記憶が
63 :
名無し三等兵 :2013/01/22(火) 20:48:42.50 ID:???
フランス国民軍は熱狂的に突撃は出来ても規律の維持は無理だろ
64 :
名無し三等兵 :2013/01/22(火) 21:07:15.86 ID:???
ナポレオンが指揮していれば第一帝政以前の国民軍でも無敵だ。 マレンゴの時でもナポは第一執政だ。 ルイ16世時代でも軍事貴族いるだろ。伯爵元帥のロシャンボーとか、 フォン・フェルゼンとギベールとか。
65 :
名無し三等兵 :2013/01/22(火) 21:14:29.41 ID:???
軍事貴族の定義ぐらい確認して来いと言ったら荒れそうだな…
66 :
名無し三等兵 :2013/01/22(火) 21:49:42.42 ID:K4yBWHzV
戸田芳実の造語のことか
67 :
名無し三等兵 :2013/01/22(火) 22:50:22.77 ID:???
革命軍は地上最強
68 :
名無し三等兵 :2013/01/22(火) 23:49:16.71 ID:???
ナポレオンも、トゥーロン奪回作戦では 結構甚大な被害出して撃退されたりしてるけどね……
69 :
名無し三等兵 :2013/01/22(火) 23:57:03.49 ID:???
古代・中世なら文字通り無敗の化け物いるのになんでナポレオンなんて話題振ったんだ?
70 :
名無し三等兵 :2013/01/23(水) 02:31:27.11 ID:???
別にリンチには遭わないが『おらが村の親友知人が戦友』なら裏切れないだろ。 もっとも雇い主同志が戦争になって、兄弟が敵味方に別れて交戦した例もあるけれど。 この時は、兄が進み出て停戦を求めたが、弟が「臆病者!」と襲い掛かっ、戦端が開かれたそうな。 プロ意識と仲間意識は、兄弟の仲より上回っていたのか…… それとも「お兄ちゃんはいつも〜」とでも恨んでいたのかw
71 :
名無し三等兵 :2013/01/23(水) 02:37:17.82 ID:???
>>70 こうしてみると郷土愛というのは凄いね。
日本軍も基本的に各連隊はオラが村の郷土連隊みたいなところがあるから、
強かったのかねぇ(第八連隊はともかく)
防人なんかは全国から集められていっしょくたにされてるから
戦意は低かったのかね。
72 :
名無し三等兵 :2013/01/23(水) 02:48:59.58 ID:???
化け物といえばカエサルは個々の戦いをみれば結構負けてるのにアレシアとかここ一番の決戦では必ず勝つな 敵はローマの名将で腹心の部下も裏切り兵力も相手が上でなおかつ平原と勝てるわけない戦いでも勝つし
73 :
名無し三等兵 :2013/01/23(水) 02:54:44.62 ID:???
でも頭皮を見る限りストレスは半端じゃなかったんだろうな
74 :
名無し三等兵 :2013/01/23(水) 08:37:35.18 ID:???
>>71 そのぶん、不名誉なことをやっちゃったときに、故郷の家族・親族が村八分にあうことに対する恐怖ってのも、
大きかったそうだけれどね。
75 :
名無し三等兵 :2013/01/23(水) 10:38:49.13 ID:???
最強の兵卒ってのは仲間のために命を張る兵隊だからな 人殺しも仲間のために殺すのが一番抵抗ないらしいし スイスやグルカみたいな共同体意識持つとこは強い だからヤンキーは犠牲がでるのに助けに行く BHDなんてはたから見ると馬鹿みたいだけど絶対必要だからな
76 :
名無し三等兵 :2013/01/23(水) 12:35:40.01 ID:???
海兵隊なんか分かりやすい例だよな
77 :
名無し三等兵 :2013/01/23(水) 14:19:09.18 ID:???
海兵隊なんかと戦闘中の日本兵が驚くのは、 一人が負傷して倒れると、銃弾が飛び交う中身を挺して2〜3人が飛び出して、 犠牲を出してもなんとかそいつを引っ張っていくことだ、と 日本兵が書いた本のどっかにあった。 一方の日本兵も、敵を積極的に殺しにいくのは何だかなーって人も、 仲間がやられると猛烈な敵愾心が湧いてきて積極果敢な戦闘精神に目覚めるそうだ。
78 :
名無し三等兵 :2013/01/23(水) 14:36:32.03 ID:???
中国だと朝廷軍にそういうことをやりそうなイメージはないなw むしろ賊側がやりそう。
79 :
名無し三等兵 :2013/01/23(水) 14:38:41.36 ID:???
日本兵は負傷者置き去りとか、足手まといだから処断するとか、自決強要するとか普通だからな。 半立憲君主制国家と国民主権のアメリカやフランスのような民主主義国家の違いだ。 イタリア兵がすぐ降伏したのも、国王指名の独裁者国家だったのもあるかもしれない。
80 :
名無し三等兵 :2013/01/23(水) 15:07:21.13 ID:???
>>79 日本兵が捕虜になるくらいなら自決、という話が元になってるんだと
思うが、あれは中国やロシアによる捕虜の取り扱いが信用できないから、
苦しんで死ぬくらいなら自決したほうがマシ、というのが元だったと思うが。
日本兵だって負傷者の収容や治療はできる範囲でやってるよ。
81 :
名無し三等兵 :2013/01/23(水) 16:06:34.58 ID:???
フランスもナポレオンのエジプト遠征で、シリア遠征からの撤退中に足手まといの負傷兵を阿片で処理しているけどね。 トルコ兵の手に落ちて惨殺されるよりは、てのが表向きの理由だったけれど、そもそもシリアでトルコ兵捕虜を虐殺したから・・・ 後年、帰還兵の口から、この話しが広がり出すと皇帝になっていたナポレオンは、ペストに掛かった兵士を病院に見舞い直に触ったエジプト遠征中のエピソードをサロン向けに描かせたと。 フランスとは言え、帝政下の話しだけど。
82 :
名無し三等兵 :2013/01/23(水) 16:17:35.48 ID:???
>>81 帝政下、てのは絵の話しで、エジプト遠征は共和政下。
紛らわしくてゴメン。
83 :
名無し三等兵 :2013/01/23(水) 18:57:55.99 ID:EtUnS6TR
>>80 ペニシリンもろくに装備してない軍隊だぞ日本軍
84 :
名無し三等兵 :2013/01/23(水) 19:04:33.02 ID:???
いやいや米軍相手のアッツ島でもガソリンで負傷兵の集団焼殺とかやってるぞ。 ガダルカナル島でもケ号作戦前に傷病兵の処断や自決強要を大々的にやっている。 サイパンや沖縄でもそう。 できる範囲でやってるのは当たり前。師団軍医部だって野戦病院だってあるしな。
85 :
名無し三等兵 :2013/01/23(水) 19:09:31.48 ID:???
対英米でも住民巻き込んで自決者出した理由が説明ができんな
86 :
名無し三等兵 :2013/01/23(水) 19:40:27.44 ID:???
そら雨公が洞窟を汚物は消毒だーして回っていたからだろ。
87 :
名無し三等兵 :2013/01/23(水) 20:13:59.17 ID:???
降伏すればすんだんですがねー こいつら何でスレタイもテンプレも読めずにグダグダ話し続けてるんだろ…
88 :
名無し三等兵 :2013/01/23(水) 20:22:03.40 ID:???
釣りと釣りあげられた魚たちじゃないの
………さすがに
>>80 は釣りだよな?
89 :
名無し三等兵 :2013/01/23(水) 20:37:55.30 ID:???
古代中世の話に戻すけど 保元の乱より前の伊勢平氏とか河内源氏とかは 実際にはどれくらいの動員力があったのだろうか。 それこそ陸奥話記だと源頼義は関東から数万の兵士を集めて安倍氏との戦闘に突入しているけど
90 :
名無し三等兵 :2013/01/23(水) 20:41:59.86 ID:???
俺たちはこんな数集めたんだぞと過大にいうのはよくあったこと
91 :
名無し三等兵 :2013/01/23(水) 20:44:41.48 ID:???
92 :
名無し三等兵 :2013/01/23(水) 20:51:53.96 ID:???
93 :
名無し三等兵 :2013/01/23(水) 21:31:13.21 ID:???
94 :
名無し三等兵 :2013/01/23(水) 21:32:15.82 ID:???
第一陣、武則の子である荒川太郎武貞率いる総大将軍。 第二陣、武則の甥で秋田郡男鹿(現男鹿市)(山本郡島、現大仙市強首との説もある)の豪族志万太郎橘貞頼率いる軍。 第三陣、武則の甥で娘婿である山本郡荒川(現大仙市協和)の豪族荒川太郎吉彦秀武率いる軍。 第四陣、貞頼の弟新方次郎橘頼貞率いる軍。 第五陣、将軍頼義率いる軍、陸奥官人率いる軍、総大将武則率いる軍。 第六陣、吉彦秀武の弟といわれる斑目四郎吉美候武忠率いる軍。 第七陣、雄勝郡貝沢(現羽後町)の豪族貝沢三郎清原武道率いる軍。 朝廷側の兵力はおよそ1万人と推定され、うち源頼義率いる軍は3千人ほどであった。
95 :
名無し三等兵 :2013/01/23(水) 21:34:06.71 ID:???
訂正、合計1万でその中の源頼義軍が3000か。
96 :
名無し三等兵 :2013/01/23(水) 23:00:15.46 ID:???
清原軍メインで頼義軍は絶対少数みたいなイメージあったから 意外と多く感じる
97 :
名無し三等兵 :2013/01/24(木) 03:03:27.73 ID:vaY8HrJL
ギリシャの神聖隊というおホモダチ部隊が古代テーベにいたそうですが、軍隊でホモを推奨した例は他にありますか?
98 :
名無し三等兵 :2013/01/24(木) 03:19:19.87 ID:???
プラトニックの同士愛と性的嗜好のホモセクシャルは別もんだよ
99 :
名無し三等兵 :2013/01/24(木) 07:47:03.30 ID:2kPkXBnG
ホモセクシャルが当然だったから「理想としての」プラトニックが語られたのではなかったか
>>88 旧軍が敵の重包囲下で自決を選んだのは確かだけど
キスカやアッツ島は顕著だけど前線の海兵隊が捕虜を取りたがらず殺して回ってたのは有名だよ
後方からやって来た陸軍がゲリラとして抵抗するからやめろと戒めても止めなかったくらい
>>100 それって確たるソースあったっけ?
まぁ、だいたい米軍は戦闘中に勝手に投降してきた兵は殺していい、
ということになってるけどね(国際法上もそうだが)。
捕虜として正式に取り扱うには本来双方の指揮官の合意と武装解除が必要。
>>101 探してみたらあった
容赦なき戦争 太平洋戦争における人種差別
孤高の鷲 リンドバーグ第二次大戦参戦記
>>102 いやそれはよくネタにされてるから知ってるけど、
アメリカ人って、たまにものすごく飛躍した論理を展開することがあるし。
逆に信頼できるソースでは目にしたことはない。
遺体を損壊するのが酷すぎたってのはどうも事実っぽいけどね。
まぁさすがに米軍はスレ違いにも程があるからやめとこうぜ
>前線の海兵隊が捕虜を取りたがらず殺して回ってたのは有名だよ 後方からやって来た陸軍がゲリラとして抵抗するからやめろと戒めても止めなかったくらい これに具体的なソースがあると少しはマシだがな。 有名とまではいえんだろうが。
軍板だからそういう話題が伸びるのはわからなくもないが、 もうスレ違いもいいところだぞ。
従軍記が具体的じゃないと? 誇張だと言うなら資料性を否定する客観的なソースを出すべきでは
中世だと捕虜の使い道ってこれぐらいか。 他のパターンはある? 換金:身代金、奴隷売却 取引:自軍捕虜と交換 マンドクサイ:武装解除&放置、タヒる
だいたいキスカ島に米軍が上陸したときは日本軍は木村昌福の艦隊で全員脱出して犬しかいなかっただろ。 犬を皆殺しにしたのかな? あとね、アッツ島に上陸したのはアメリカ陸軍第7歩兵師団。 キスカ島に上陸したのは陸軍第7歩兵師団とカナダ陸軍の第13歩兵旅団。 アメリカ海兵隊はどっちにも上陸していない。
だからさー 米軍はどのくらいの頻度、規模で捕虜をとらず虐殺したの? その統計史料を出した上じゃないとただのイメージの押し付け合いなんだよ 外野としても見てて面白くないんだよね 有名有名っていうだけだった、 例の城丸ごと皆殺し絶国滅祀くんと同じ匂いがするわ
113 :
112 :2013/01/24(木) 14:35:44.91 ID:???
付言しておくとスレチ助長する意図はないから 具体的なパーセンテージや人数が解れば 古代中世とも比較することもできるから スレにとって無益ではないはずだ、現状よりは
統計以前にキスカで海兵隊が日本兵の捕虜とか行ってる時点で全くのデタラメだとわかる。
>>109 本来の意味での中世ヨーロッパのトゥナメントだと、
模擬戦やるのよ。ただしガチの武器でガチガチの集団戦。
で、負けて捕虜になると先祖伝来の鎧とかをとられちゃうんだと。
>>108 そういう個人が書いた手記だけでは具体的なソースといえない。
従軍慰安婦だって個人が書いた個人的な手記、主張だろ。
キスカでいもしない海兵隊がいもしない日本軍をどうやって殺すんだ。
米軍でてけスレからの出張か?全く馬鹿げている。
岡崎久彦は、 蒙古軍が捕虜にした日本人に酷いことをしたことから、 蒙古い(モンゴい)→むごい という言葉が生まれたという説を紹介してたな。 捕虜取扱いがまともだった軍隊って、古代中世にいたのかね?
リンドバーグが将軍の証言を取ったのはニューギニアでしょ 比べる対象間違ってないか
>>117 ttp://j-texts.com/taihei/tk026.html >安部野の合戦は、霜月二十六日の事なれば、渡辺の橋よりせき落されて流るゝ兵五百余人、
>無甲斐命を楠に被助て、河より被引上たれ共、秋霜肉を破り、暁の氷膚に結で、可生共不見けるを、
>楠有情者也ければ、小袖を脱替させて身を暖め、薬を与へて疵を令療。
>如此四五日皆労りて、馬に乗る者には馬を引、物具失へる人には物具をきせて、色代してぞ送りける。
>されば乍敵其情を感ずる人は、今日より後心を通ん事を思ひ、
>其恩を報ぜんとする人は、軈て彼手に属して後、四条縄手の合戦に討死をぞしける。
楠木正行は現代的な意味でもまともな取扱い。
楠木親子贔屓の『太平記』とはいえ、特記するということは余程他が酷かったともいえる。
むくりこくり
>>115 鎧どころか領地まで賭けて見事に負けた奴もいるとか
戦争やって領地のやり取りするよりはましだよ…
>>94 を見ると前九年の役の厨川攻防戦の際の
朝廷軍1万の内3000が頼義軍というのはかなり疑問がある。
7陣のうち6陣の指揮官は清原軍で、もう1陣も頼義率いる軍と陸奥官人率いる軍、総大将武則率いる軍と
書かれていて3軍の混成部隊。
もし、1万のうち3000が頼義軍なら7陣のうち最低2陣の指揮官は頼義軍が占めるはずで
少なくとも頼義が総大将である以上、第5陣は頼義軍単独になるのではないか?
それすらできないということは頼義軍は1万のうち1000にも満たなかったと思わざるを得ない。
ところで朝廷側の兵力は1万と推定されるとのことだけど、何が根拠なのだろう?
総大将が頼義?言ってる意味が分からない
>110 主が誰であろうと忠誠であれっ! ガンホー ガンホー ガンホー ガンホー (これマジです)
頼義はいよかんになるまでは陸奥守・鎮守府将軍だから、 連合軍の最高司令官はやっぱり源頼義だろう。
>前線の海兵隊が捕虜を取りたがらず殺して回ってたのは有名だよ 捕虜は取りたくないというのは本当だよ わざと逃げ道作っておいたりする 最悪は仕方ないから殺す 大和の生き残りかいるが捕虜にはなってない、米軍は救助などせず 救助は日本軍にやらせた 捕虜ってのは戦利品ではなくお荷物、厄介者
その手の話はいくらもあるけど やるならスレでも立ててくれ
>>128 すでに最初の話が否定されてるんだから、
見苦しく抵抗すんな。
米軍犯罪スレにでも帰れよ。
お花畑はジュネーヴ条約とか言い出すんだろうけど、それ以前に敗残の兵に捕虜の資格を与えるかどうかは勝った側の権利 白旗上げれば無条件で捕虜にしてもらえると思ってるなら勘違い そもそも降伏を認めるかどうかは勝った側の権利であり負けた方にはなんら権利はない 負けた側が一方的に降伏できるなら戦争もお気楽なもんだ
さっそく典型的お花畑君登場
>>130 w
べつに米軍を非難してるわけじゃない、戦争とはそういうもんだって話だよ
犯罪にはあたらない
白旗ふるなら殺されても文句は言えない
>>131-132 @最初の君の話は別の人によってすでに否定されている
A古代中世総合スレで米軍の話はスレ違い。
B軍板のこのスレの住人にとっては「その手の話はいくらでもある」レベル。
煽りたいだけなら巣にかえんな坊主。
キスカ虐殺太郎は無視してスレ進行しようぜ。
なに、別スレのコテが名無しで出張ってるの?
まだやってんのか。
>>120 のスレでも行くなり
新スレ立てるなりして消えてくれよ。
根拠は陸奥話記のここの記述だろ。 将軍これを制すること能わず。しかるに常に甘言を以て出羽山北の俘囚主清原眞人光頼、 舎弟武則等を説きて、官軍に与力せしむ。光頼等、猶予して、未だ決せず。 将軍、常に奇珍を贈るを以て、光頼、武則等、漸く以て許諾す。 康平五年春、頼義朝臣任を終ゆるに依りて、更に高階朝臣経重を拝して、陸奥国守となす。 鞭を揚げ進発し、境に入りて任に著くの後、何なくして帰洛す。これ國内の人民、皆前司の指ヒに随う故なり。 朝議紛紜する間、頼義朝臣、頻(しき)りに兵を光頼並びに舎弟武則等に求む。 これに於いて武則、同年秋七月を以て、子弟と万余人の兵を率いて陸奥国に越えて来たり。 将軍大いに喜び、三千余人を率いて、七月二十六日を以て國を発す。 ココ→将軍大いに喜び、三千余人を率いて、七月二十六日を以て國を発す。
編成の詳細は、 同十六日に諸陣を定める。押領使清原武貞(武則が子なり)が一陣となる。橘貞頼が(武則が甥なり。字は逆志万太郎)二陣となる。 吉彦(きみこの)秀武が(武則が甥また聟なり。字は荒川太郎)三陣となる。橘頼貞が(貞頼が弟なり。字は新方次郎)四陣となる。 頼義朝臣が五陣となる。五陣中をまた三陣に分かつ。(一陣は将軍、一陣は武則眞人、一陣は国内の官人等なり。) 吉美候武忠(字は班目四郎)六陣となる。清原武道(字は貝澤三郎)七陣となる。
ということはやっぱり清原軍単独で一万余で源氏軍だけで3000余ということだな。 そうすると合計1万3000余か。 これに対して貞任はこいつらが分散した瞬間を狙って野戦機動軍の精鋭8000で襲撃する。
アテルイ勢1500きました ヤマトは50000
>>138 ,139を読む限り
源氏軍と言ってもどうも陸奥の国人衆も併せて3000余人の気が。
となると清原軍1万以上が主力となるのはやむを得ないな。
それにしても源頼義のこの頃の関東での動員力はせいぜい1000人も満たないのではないか。
平直方の娘婿として坂東平氏にも顔が利く存在になっていたというのに。
本当に微力だったのだな。
>>143 無根拠な推測でなんで兵数減らしてるんだ?そもそも国人って何だよ
ちなみに頼義は雪の中で貞任にフルボッコにされた黄海の戦いでの源頼義軍は1800だ。 但し群卿の議、同ぜず。未だ勲賞行われざるの間、同年十一月、将軍兵千八百余人を率いて、貞任等を討たんと欲す。 貞任、精兵四千余人を率いて金為行の河崎の柵を以て営とし、黄海に拒戦す。時に風雪甚だ励(はげ)しく、道路艱難(かんなん)す。 官軍食無く、人馬共に疲れる。賊類、新羈(しんき)の馬を馳せ、疲足の軍に敵す。ただ客主の勢異なるに非ず。また寡衆の力別に有り。 官軍大敗して死者数百人なり。 この精兵ってのは機動集団のことなんだろうな、
適当に読むと まさに逸を以て労を撃つの典型だな
147 :
名無し三等兵 :2013/01/26(土) 22:21:55.47 ID:pJ+Aa0xY
旧暦の11月って今でいう12月だろ いくらなんでも無謀過ぎないか
無謀なこと考える奴は結構いるな
スタッドレスなしで東北自動車道走るような無謀さだな。 あるいは雪が降ってすっころぶ東京都民。
まあアルプス超える奴がいるくらいだから
9月に頼時を討ったから 一気にいけると判断したんだろう 敵の情報分析が甘かった
152 :
名無し三等兵 :2013/01/27(日) 00:23:57.71 ID:xb9+64ys
成功した奴はどんどん無謀さの部分が後付で過大に描かれる傾向があるから嫌だ 一見大変そうだが、こうしてればそこまで大変でもないよなみたいなのもあるし
雪の降らないところで育った奴は雪の恐ろしさがわからない。 それは今でも変わらない。冬山ナメて遭難する奴は今でも多い。
気象一つとっても、当時の条件を無視した評価があったりするな
攻めを焦る理由が何かあったのかもね。 それでも舐めてることには変わりないが。
>>145 純粋に戦闘部隊だけで4000人って、
なにげに結構規模が大きいよね。
戦闘部隊だけってのは珍しくもないが、当時のことを考えるとそれなりの数ではあるな
冬戦争は雪山の歩き方も知らないでしょっちゅうすっころんでる様な 兵隊相手だから楽勝で殺せたな 東京に住んでる人を動員して函館臨時政府を冬に討伐するようなもんだな
貞任軍は金為行の河崎の柵を以て営としていたから、兵站の計画もバッチリだな。 むしろ真冬にベストタイミングで要所に4000人を突撃させられる貞任側の指揮連絡が十分機能してたということだな。 まさにモクスワ直前でキャタピラ狭いV号戦車に襲いかかるT-34/76みたいな構図だな。
防寒具なんて蓑と藁沓くらいだろうによくやるわ
大鎧を着用するときに毛皮の貫を履くのはこのときの教訓である。
寒い中金属製の甲冑身に付けてるってことはラジエーターつけて体熱を自分から 放散するような感じなんだろうか?
靴音が気持ちよく聞こえるように 軍靴のうらに鉄を仕込んだ軍隊が 行軍で凍傷しまくりした故事があったな
ソ連軍やフィンランド軍はサイズ大きめの長靴に新聞紙丸めて入れてたから大丈夫だったんだよな。
中国も北方では、厚手の服に鉄板を裏打ちした鎧で、防寒を計ってたんだよな。 ラメラーやプレートより簡単に作れて、防御力は大差ない上に、しかも暖かい!
>>165 ?プレートの内側に普通はキルト着るんだけどね
なに出鱈目ほざいてるんだ
コートオブプレートは見た目の威圧感が無いのが嫌われたのかな
>>162 さすがに短甲の下と上に防寒具は身に着けるのでは。
日本は藁マントを付けてたな
>>166 は文頭の中国という部分を読み飛ばしたんだろうと愚考する
西洋だとキルト、鎖帷子、プレートアーマーが一番重い時期の装備
>>171 板金鎧が軽量化に成功するまでは、
騎士の鎧は本当に重いよね。
もっとも歩兵というか、雑兵は皮だけとか、それこそキルトだけとかの軽装も
多かったが。
つっても大鎧と変わらんだろ
まぁ、大鎧も鎧だけで20kg〜25kgあるが、 西洋騎士の鎧が一番重い時期は、 非実用的なレベルのものを着込んでいたようだぜ。 日本の武士は蒙古兵を襲撃するのにも大鎧を着た武士が小舟に乗り込んで 大船を奇襲して暴れ回ったようだが、一番重い時期の騎士にはそんなの無理だろう。
板金鎧は技術の発達で最終的にはコストもかなり安くなったみたいだけど、そもそも一番高かった時期って 一セット買うのにどれくらいしたんですかね?あとそれがどれくらい安くなったんでしょうか?
捕虜を捕まえればタダで手に入る。
鎧を着た豚を捕まえればとんでもない身代金が手に入るからいくらでも鎧買えるよ
>>174 50キロとかはトーナメント専用だろ
結局の所一番きついのは戦闘ではなく行軍だから
馬揃えみたいな時は鎧着て行進するけど 町の外に出ると鎧脱いで軽装で行軍 戦場に着いてからまた着込む これって日本だけ?
それができる安全圏ならどこでもなるべく脱ぐんじゃね
そもそもプレートアーマーって着用者の体格に合わせたオーダーメイド品だろ。 前に科学雑誌に現代人の被験者にプレートアーマー着せてルームランナーの上を走らせて、「プレートアーマーを着ていると 運動時の呼吸が大変に困難な事がわかりました」って発表が載ってたけど、それ、もうちょっと実験条件工夫したほうが 良くない? と思ったもんだ。
内側に詰物着るからある程度の融通は利くようだけどな
自分に似た体格の奴の甲冑なら普通に着れるだろ。古着と同じだ。 捕獲後にサイズごとにわければいい。
184 :
名無し三等兵 :2013/01/28(月) 21:58:05.60 ID:VLbft3r2
古代中国の弩で六石弩(張力180kg)や八石弩(張力240kg)のような まさに超弩級の弩って背筋力だけで弦を引き上げられるの? オリンピック選手でも無理だと思うんだが。
六石弩(張力180kg)や八石弩(張力240kg)の定義が間違えてるか道具使ったんだろ
186 :
名無し三等兵 :2013/01/28(月) 22:06:07.74 ID:VLbft3r2
187 :
名無し三等兵 :2013/01/28(月) 22:07:15.55 ID:VLbft3r2
数人で引っ張りゃいいんじゃないか?
その記述読んでどう解釈したら背筋力のみでなんて文言出てくるんだ?
190 :
名無し三等兵 :2013/01/28(月) 22:12:53.10 ID:VLbft3r2
地面に寝て両手両足の力を使うってそれ結局立って背筋力使って弦を引くのと同じってイメージがあるんだが、 前者の方が力が入るの?
191 :
名無し三等兵 :2013/01/28(月) 22:13:37.74 ID:VLbft3r2
すまん、自分は馬鹿だからよく分からないんだw
>>190 イメージでしか語れんなら黙ってろよ。オリンピック選手の背筋力の数値もググればすぐ見つかるのに
それもせずにほざいてるし。あげてまで自分の愚かさ晒さんでいいよ
193 :
名無し三等兵 :2013/01/28(月) 22:19:50.14 ID:VLbft3r2
>>193 低脳な教えてちゃんがなんだって?六韜の頃の石の単位が今あと一
致するのかさえ確定してないのにそこすら話題に出せない分際で
普通に考えれば地面を固定できる支えとして使った方が立って引っ張るより安定して力はいるわな
1回で一気に引くつもりならどう考えても腕力がネックだ
武備志見てたけどなんで喧嘩が始まってんの…… 腰開弩なら最大十石 足で踏んで立って張るのは二三石って書いてあるな(103巻) 腰開弩の引き方は85巻に出てる これで本当に引けるかどうかは知らないが、御一読あれ
現代リフターのデッドリフトと同じパワーで引けるとすると、ちんこの前あたりまでなら体重の3倍くらい行けるが それ以上深く引くなら一気にガタ落ちだね
スレタイに斧がない
やー、だいぶレスが進んでしまったが
中世ヨーロッパの武術からかいつまんで書くと
1441年のイングランドの騎士サー・ジョンク・レッシーの例だと2000ペンス
だいたい半年分の給料だそうだ
プレートアーマーの値段とコラムの表題があるからそうなんだろう
ちなみにミラノ製のできあいでごわす
オーダーメードだと数倍から数十倍したのではと書いてある
ちなみに従士用の鎧は1640ペンス
高いことは間違いない
>>181 そりゃそうだと思うぜ
従士用の鎧が意外と高いな。騎士の鎧ができあいだから安く感じるだけかな
>>202 ありがとうございます。本人用と従士用2、3人分そろえるだけで
資産がかなり飛びますねw
装備できる層が本当に限られそうだ。15世紀中盤からもうちょっと下ると更に安くなるのかもしれないけど
この時代は十分高嶺の花だな。
農民兵や傭兵の鎧って余り聞かないね
16世紀中盤以降のランツクネヒトに貸与される甲冑はそれなりというか 結構充実した装備だが、それ以前は各人に任されてて下級兵士は 特に悲惨だったみたいだな。
それは新品の値段だろ。中古の甲冑もたくさん出回ってたと思うぞ。 リサイクルやリフォームもあると思う。
>>178 騎士は盾持ち槍持ち引き連れて行軍するからねぇ。
まぁ、トゥナメント用の鎧とか、城に飾る見世物の鎧が一番重いのは
本当だけど、板金鎧に10kg近い鎖帷子、剣、兜をかぶって盾を持って
馬に乗ったら前に突撃するだけだった時代はある。
鎖帷子だけで10kg、盾だけで5kgあったりするからここまでくると非実用的な重さ。
もちろん綿の鎧下着に一部だけが鎖帷子化したものを着用するようになったり、
15世紀の軽量化で騎士はだいぶマシに動けるようになったようだけど。
いま手元にあるオスプレイのメンアットアームズ、 百年戦争時代のフランス軍によると、 1446年時点で、 最高級の装備を揃えると装甲騎兵用の装備ひとそろいで125〜250リーブルかかるそうな。 これが装甲騎兵の給料8か月〜16か月分。 槍隊の装備(サレット、ジャク(?)、ブリガンディーヌor半甲冑)で15リーヴル、 槍隊を一隊全部そろえると80リーヴルと書いてある。 ジャクが何なのかよくわからんのと、槍隊って6、7人分なのか? というのがよくわからんが、装甲騎兵の装備はとにかく高いね。
トーナメントで勝てば相手の甲冑もらえるんじゃなかったっけ?
>>210 ジョーストではもらえないけどトゥナメントではもらえたと思う。
ある程度の領地と高級甲冑一領が交換できるくらいかな?
装甲騎兵の「給料」ってどっから出てるんだろうね。
領民から給されるんじゃね
装甲騎兵はエリートだよね?その年収に匹敵するかそれ以上の価格ってことだと 現代だと数千万クラスの高級外車を買うような感じか?
一生物だから車とは感覚が違うんじゃね 馬は値段的にも車買うのに感覚が近いと思うけど
今やってるアニメ「キングダム」で 歩兵が着ているのがただの「ぬののふく」なんだが 鎧くらい与えてやれないのか
>>215 それがトゥナメントとかで奪われたらたまらんな。
トーナメントには一攫千金を狙うような貧乏騎士も出たりするのかな? そんなヤツと試合組まれても金持ち側にはなんのメリットもないよな。 つか、戦っても名誉にならんヤツとは試合する必要もないか。
さすがに紋章官が身分や持ち物見て相手調整するだろ
ジョーストはともかく、トゥナメントは歩兵も一緒に参加する 集団戦だったと思うんで、身一つの貧乏騎士とかは他の金持ち騎士への 助太刀とかでおこぼれもらうしかないんじゃないかな?
家柄のいい貧乏騎士っていうのもいっぱいいたからな。日本でも家柄のいい貧乏武士はいっぱいいた。 金持ち騎士でトーナメント出るのは貴婦人の前でカッコつけたい自信満々の若殿さまとか、 平和すぎて暇を持て余してる歴戦の鬼騎士とかだろ。
223 :
209 :2013/01/29(火) 19:25:33.56 ID:???
あ、言い忘れたけど
>>209 で出した「装甲騎兵」は若い貴族が完全武装するために
高級な装備をそろえた場合の話とのこと。
トーナメント自体が外交や社交の側面あるからそんな限定はされんかと そのうえ実際に戦争できる武力持ってること示せなければいけないんだから
家名を上げるためには、有能な貧乏騎士には親戚縁者や有力者が金出し合って、 甲冑買い与えて試合に出場させるとかもあるだろうな。領主が家臣のために甲冑買ってやるとかもあるだろう。 今のオリンピック選手みたいなもんだ。
甲冑買うも何も貴族出身の従士養育して甲冑用意して騎士叙勲するの直近の領主の務め…
つまりこいつは使えると領主が判断すれば、ジャンヌダルクのようなドンレミ村の農民娘でも、 最高級の板金鎧を着せてもらえるわけで。
>>227 同時代の絵で板金鎧着せてる絵は存在しないと思ったけれどあるの?
ペチコートに剣だよ
>>228 ものの例えと思った方がいいだろう。
ジャンヌについては真偽の定かでない話がつきまとうからな。
ほぼ同時代でさえ、伝説的存在だから。
火刑に処せられた筈なのに実は生きていて肉親が首実検を行い本人と認めたという話まであったはず。
ぺチコートに剣っていうのはパリ高等法院書記クレマン・ド・フォーカンベルグが描いた素描だろう。 同時代の絵はあれだけで、別にあの絵がジャンヌのフル装備状態という論拠はない。 指揮官待遇のフルアーマージャンヌが戦闘中もペチコートとは考えにくい。
農村出身で軍事訓練受けてない女性がフルアーマーというのはさすがに無理があると思う。 手持ちの軍事力がなかったから権勢持てずに孤立して捕まってるわけだし。
そもそもジャンヌは存在そのものが普通の常識で考えれば思いっきり無理があるんだからそれくらいは関係ないだろう。 ジャンヌが捕虜になったときの身代金が1万リーブルということを考えても、 戦場で従兵のような服装はしてないだろう。農村といっても当時は決して平和ではない。 何より闘志が普通じゃない。
>>232 それは仏は利用価値ないから捨て置いたけど英はジャンヌを魔女として戴冠の正当性
崩さないとないと王位の主張できないから金払ったんで服装やら闘志とは無関係な部分だと思う。
ジャンヌの逸話も広告塔としての側面以外は信頼性に欠けると思うんだけど。
>>232 あの時代のフランスの貨幣はエキュじゃないの?リーブルは時代が違わないか?
リーブルというのはもともと古代ローマの通貨・コインのリブラ (libra) のことらしい。 ポンドを£と表記するのはLibraの頭文字Lで、 リーブルのことはイギリスではフレンチポンドというそうだ。 つまり1万リーブル=1万ポンド。
>>235 いや、リーブルの語源を聞いてるわけではなく通貨の単位リーブルが広く使われるようになったのは
もうちょっと後の時代でこのころはエキュが使われたたんじゃないかって疑問
1450年2月15日にシャルル7世の命令でジャンヌの裁判の調査が行われ、 ローマ教皇カリストゥス3世が裁判のやり直しを命じたのは明らかな史実。 ジャンヌの話はただの神話や伝説ではない。
>>237 それはジャンヌが神託を受けたか悪魔にたぶらかされたのかの裁判についてのもので
それ以外のオルレアン開放やランス進軍の伝説の正しさを示すものではないね
ややこしいけどこのころのイギリスの貨幣、通貨はエキュじゃなく、ポンド=リーブルということだろう。 身代金払ったのはイギリスだし。別にエキュで払う必要はない。
>>239 イギリスはまだこのころポンドではないよ。イギリスが貨幣の単位ポンドにしたのは19世紀になってから。
241 :
240 :2013/01/29(火) 21:45:42.97 ID:???
どちらの国もポンドもリーブルも採用してない。ようはリーブルが身代金の単位として使われてるなら 後代の逸話じゃないかって疑問
別にこの時代のポンド=リーブルがスターリングポンドとか、 1リーヴル = 1/6 - 1/3 エキュ(銀貨) = ルイ・ドール(金貨) 1/40 - 1/20 枚のリーブルということじゃないだろう。 もともとはポンド=リーブルは重量の単位だし。
>>241 この時代の仏はリーブル発行してる。発行されなくなったのは
Paris貨だけでTours貨は発行継続してる。ただ、この時期の
銀の含有量はとても微量で身代金のやり取りに使われる
通貨でなかったということなら同意
オスプレイのメンアトアムスには、1446年時点で、 最高級の装備を揃えると装甲騎兵用の装備ひとそろいで125〜250リーブルかかるそうな。 これが装甲騎兵の給料8か月〜16か月分。 槍隊の装備(サレット、ジャク(?)、ブリガンディーヌor半甲冑)で15リーヴル、 槍隊を一隊全部そろえると80リーヴルと書いてあるらしいが、これも疑問か。
>>243 訂正、欧州は含有量を減らすのではなく
貨幣の重量を減らしてる
>>244 悪口や煽りのつもりないがオスプレイは新紀元社と同等の立ち位置の出版社だから
ある程度、一般化・抽象化してると思う
著者に関してはいくらかマシじゃないかな? まあ学者さんが書いてる軽めの読み物って感じだけど。 あと新紀元社の本は多くは巻末に参考文献出してても、具体的に 何をどこから引いたのかってわからないのが問題だな。
まあそういう本だからしょうがねえよw 最終的には原本に当たらざるを得なくなるしな そのうち原本もどの版が一番正しくてどの文は後世の創作でとかになる 結論 わからないことはわからないといいましょう
そういう意味で新紀元社の本は調査の起点や史料のインデックスとしても 失格なんだよなあ。誰が書いてるとか関係なしにその辺をまずしっかりさせてほしいわ。
のってるだけましじゃね ページ数までのってるのとなるとガチガチの専門書しかないだろ
ぜいたくを言わせてもらえれば章毎に分けてほしいです…
252 :
209 :2013/01/29(火) 23:46:24.85 ID:???
>>248 そうなってくるともはや文献講読の世界になってくるから、
そこはまぁ、なぁなぁでいいんじゃないのかね。
挿絵がついてるのはありがたいね 白黒の見辛い現物写真と自分の妄想で保管することはないし まぁ日本でも笹間氏ぐらいしか描いてくれないけど
だいたい貨幣制度は国家ごとに統一されてるものなんていうのは近世以降の概念だ。 日本だって平安時代から江戸時代まで独自の通貨なんて作っていなかった。 宋銭・民銭を使っていた。
ジャンヌダルクはプレートアーマー着ることはなかったという確実な証言載ってる一次史料があるわけでもないだろう。 推定や先入観で言ってるだけで。
>>25 昔は貴金属が通貨だったからね。
貴金属の価値で、単純に重量換算できた。
日本でも上方の銀・江戸の金は、需給バランスで交換比率が変わったにせよ、重量で交換
されていた。
紙幣は、そもそも、金細工業者が顧客から預かっている金の残高証明書の手形だった。
それを(民間)銀行が発行するようになって、次に国家として安定運営するために中央銀行が
形作られてきた。いわゆる金本位制の時代。歴史的には何度も萌芽があったけど、確実に
記録が残っている西洋の歴史では1661年のスウェーデン。
この時代も、金と紙幣の交換比率があり、その交換比率が為替レートとなっていたので、
結構単純だった。
第一次大戦の頃から、金と発券済み紙幣の量の差が問題となって、通貨危機、国際的な
金融危機が起きるようになり、第二次大戦に、アメリカドルのみが金兌換で、他国が米ドルとの
交換比率を固定するブレトン=ウッズ体制になった。
完全に紙幣が金などの貴金属から独立したのは、1971年のニクソンショック以後。
歴史的に見たら、超最近の話。
>>255 プレートアーマーは着るのに長期にわたる訓練必要とするのは事実としてあるな
さらにプレートを着用できる身分だと当然貴族ってことになるがジャンヌに与えられた
土地や名誉職って何があるの?
>>255 上で指揮官待遇って書いてるのと同じ人だと思うから質問するけれどどの戦で指揮取ったの?
259 :
名無し三等兵 :2013/01/30(水) 13:24:20.79 ID:NWv11eBG
いやだからそもそものジャンヌ話の発端がプレートアーマー着てる奴=必ずしも貴族じゃないって話の例だろ。
ジャンヌに限らずラ・イールや元帥になったジャン・ポトン・ド・ザントライユも爵位はないし、 先祖も子孫もよくわからない。アランソン公にしても領地は英軍に奪われている。 シャルル七世自体、あやふやな存在だった。
>>260 外部リンク見ると明らかだけど数々の伝説を検証なしに
事実として扱ってるな
264 :
263 :2013/01/30(水) 14:01:18.88 ID:???
>>263 Jean Chartier reported that she was
“armed as quickly as possible with a comlete harness
such as would have suited a knight
who was part of the arma and born in the king’s court.
“She was equipped, moreover, like knights of a certain rank:
100 livres tournois was a significant sum.
Jean Chartierは同時代の仏宮廷の一員だから史料としても妥当だな
266 :
209 :2013/01/30(水) 14:29:44.71 ID:???
>>257 煽りたいつもりじゃなく言うんだが、
プレートアーマーの重量は、当時軽量化に成功してたんで15kg程度のものもあるよ。
農家の娘だから肉体労働もずっとやっていただろうし。
水くみだって結構な重量の水の入った桶をかついで往復するわけで。
着るだけなら着れるんじゃないの?
着て敏捷に動いて戦うとなると確かに長い訓練が必要だと思うけど。
高価な鎧はラシュ城でシャルルに会ってから貸与されたんじゃないの
So far as I could judge, I always held her for an excellent Catholic, and a modest woman: she communicated often, and, at sight of the Body of Christ, shed many tears. In all she did, except in affairs of war, she was a very simple young girl; but for warlike things bearing the lance, assembling an army, ordering military operations, directing artillery-she was most skillful. Every one wondered that she could act with as much wisdom and foresight as a captain who had fought for twenty or thirty years. It was above all in making use of artillery that she was so wonderful. 私が判断できる限り、私は常々彼女は非常に優れたカトリック教徒であり、慎ましく控えめな女性であると思っていました。 彼女はしばしば聖体拝領を受け、そしてイエス・キリストの体(聖体パン)を見て多くの涙を流しました。戦争という出来事を除いて、 彼女が為す事全てにおいて、彼女はまさに単なる若い少女でした。 槍を携え、軍隊を糾合し、軍事作戦を指図し、大砲を指揮する ――これは彼女が最も巧みでした、このような戦争に係る事柄を別にすれば。 全ての人は彼女が二十年或いは三十年と従軍した司令官と同じように多くの賢明さと先見性を持って行動できることに驚嘆しました。 とりわけ大砲の用法に於いて彼女は非常に見事でした。
砲弾の道案内!
ジャンヌのころに大砲があったのか?! だったらこのスレの範囲外?
日本戦国時代の話題でもよく盛り上がってるから問題ないかと
俺がガキの頃読んだ子供向けの世界の歴史の漫画でジャンヌダルクは戦法を変えた云々って描写があったな。 ジャンヌから「大砲を活用するのです」とかって吹き出しが出てて、砲兵が射撃してるコマがあったんだが ずっと「これは子供向けにジャンヌの存在をわかりやすくしただけなんだろう」って思っていたのだが、 あの描写、史実の裏付けが一応あったのか。ちゃんと調べて描いてあったんだな。
>>272 ジャンヌどころか百年戦争冒頭のクレシーあたりで既に使われてるんじゃなかったか。
ビュロー兄弟の国王砲兵隊だよ ジャンヌはまあ別にどうでもいいよ
しかし一次史料である復権裁判記録にリッシュモンの甥のアランソン公の証言として、 directing artillery-she was most skillful. It was above all in making use of artillery that she was so wonderful. って書いてあるわけだからな。マジでクシャナ殿下なみだったかもしれんな。 パテーでは乗馬襲撃にも参加してるしな。
で、お仕着せのでっち上げ裁判以外の同時代人の記録ないの? 実際にそんだけの英雄なら戦ったイギリス側に史料あるはずだろ
En 1203, avec le rattachement de l'Anjou à la couronne, sous Philippe II de France, elle remplace la livre parisis comme monnaie de compte du domaine royal. En 1262, la réforme monétaire de Saint Louis étend le cours légal de la livre tournois au royaume. La livre tournois vaut alors 8 271 grammes d'or fin
そんだけの英雄だからイギリスは1万livre tournoisの身代金払ったんだろ。
それだけの軍事的能力があるのなら、実は農家の娘ではなくて貴族の私生児だったとかの説のほうが正しいのかもな
家族が普通にいる敬虔なカトリックの家庭出身者にそういうネタは止めとけよ
逆に貴族じゃないから変な騎士道的面子とかプライドなくて大砲大好き少女になったのかもしれないな。
アランソン公の証言だとshe was a very simple young girlらしいから、別に乗馬や剣術が得意な体育会系とかそういんじゃないんだろうな。 指揮や編成、砲撃指揮が得意ということは、むしろ理数系の頭を持っていたのかもしれない。
軍隊経営の才能は文系の方じゃないか?
ジャンヌが軍を編成してたのか?
BSで変なドキュメンタリーハジマタ 単に馬がでるだけだが
290 :
209 :2013/01/31(木) 00:53:49.09 ID:???
まぁ、いうたらオラニエ公の後ついで戦ったマウリッツも 確か軍人ではなかったろ。 もちろん基本的な指揮は熟練の貴族とかが執っていたのだろうが、 大砲に関してはいろいろなアイディアを思いついて、 それが実際に有効だったとかそんな感じなのかもしれんね。
291 :
209 :2013/01/31(木) 00:54:49.31 ID:???
>>287 たしかマウリッツも砲撃戦強かったそうだが、
マウリッツも建築系学んだ理数系だったような。
指揮編制とか軍政はどちらかというと文型分野だと思うけど、
まぁ技術者以外では文型理系の区分けも無意味だろうし。
とりあえずアランソン公は裁判で、 assembling an army, ordering military operations, directing artillery-she was most skillful. と証言してる。 assembling an armyは広報や募集かもしれないな。守りたい国がある、みたいに言ってたんだろうな。 ordering military operationsは作戦指揮としか訳せない。
ジャンヌなんて無学な田舎娘だろ どうみてもジルドレイやライールが優秀だったおかげ
なんか変なジャンヌアンチがいるな それとも今の定説はおかしい ぼくのみつけたあたらしいしんじつが正しいと言いたいのかな
大砲使えばいいじゃんと思いつきで発言したのが 将軍達の目を覚まさせた感じだろうか
大砲はそれまで花火にでも使っていたとでも
>>293 アランソン公の言ってることがおかしいとするなら、
何かそれなりの反証がないといかんのでは?
そういうことだな。外野だって根拠に基づいた話の方がいいよ。
>>297 反証は無いけど
ドンレミ村の少女がシャルルを説き伏せいきなり司令官に抜擢され
軍隊を縦横に指揮したのが純粋に謎
作戦指揮をボードリクールに習ったのか村の教会で十字軍の戦記でも読んでたのか
はたまた祭り上げられた英雄としてアランソン公が吹いてるのか
英雄として吹くならもっと怪力とか俊足とか無双とか少年ジャンプ的になるだろう。 ホラにしてはアランソン公の証言はやけに専門的で生々しい。 リッシュモンはラ・トレムイユと対立し、貴公子のアランソン公は英軍に領地を奪われ、 ラ・イールやサントライユは素性が怪しい街道荒らしのガスコーニュ野武士で、ジルドレーは黒魔術にはまる変態騎士で、 勇猛でも上手く指揮執れる奴がいなかった。
リッシュモンとか12歳で初陣だけど、少年用プレートアーマーとかもあったんだろうか? ジャンヌに下賜された甲冑はそういうのかもしれないな。
>>299 個別の部隊の指揮はベテランがとれるだろうし、
実際の総指揮もリッシュモン元帥とかがとってたのかもしれんけど、
人格的魅力、宗教的魅力なんかでみんなを精神的に率いてたのかもしれんし、
大砲については既存の戦い方に対して思うところも本当にあったのかもしれんし。
すべては憶測だけどね。
そういうことをいいだしたら父を暗殺されて突然オランダの指導者になったマウリッツは、
それまで大学で建築学を学んでいただけの若造で、
突如として軍事革命をおこし、縦横にオランダを率いてスペインを駆逐したって
話だって結構眉唾になっちゃうぜ。
>>301 高位の貴族ならオーダーメイドで年齢ごとに鎧作るんじゃね
あるいは初陣時、従士ならそれ用の比較的軽装な鎧着てるだろうし
305 :
名無し三等兵 :2013/01/31(木) 17:16:20.94 ID:VRO+g8Vu
ジャンヌに関してはヨランド・ダラゴンの仕込みってのが有力説としてある シャルル7世の妻の母親。 次男がロレーヌ公の長女(伯位継承者)に入り婿してて、 ジャンヌの出身地はロレーヌ公領の首都ナンシーのすぐ近く ドムレミ村周辺はあの辺りでは数少ないシャルル7世側で 恒常的にブルゴーニュ公側に襲撃されてたらしく、 ストレス溜まって神がかった事言い出した娘の噂を聞きつけて 適当に祭り上げたとか何とか それならそこらの娘が王太子に目通し出来て兵を率いるのも説明がつく
シャルルの仕込みって説もあったよね。
>>305 それにくわえてキリスト教内の派閥争いでパリと対立してたのがジャンヌを擁護してたのもあるんじゃね
>>305 あくまで象徴的存在として存在してたんじゃなくて?
実際の指揮は傭兵隊長たちだろ。
ピエールさんか
ハゲちゃうわ
ああ、そういえばいや日本でもそうだけど 騎士には従者がつくものなのに ジャンヌの従者の名前とか出てこないな たとえば義経には弁慶がいたのに
>>311 史実かどうかはわからないんだけど、
マーク・トウェインの書いた「ジャンヌ・ダルク」には従者兼秘書として
シユール・ルイ・ド・コントって奴が出てくる。
創作かもしれんけど、ちょっといま調べようがない。
ジャンヌって転生主人公なんだろ ある日突然軍の指揮官とかありえないだろ
突然、軍の指揮官になったわけではなく段階踏んでるように史料読む限り見受けられる。 若くて柔軟性と意欲ある時にあれだけ連続した経験積めばそこまでおかしい業績に見えんな。
司令官といっても現場部隊をしっかり統制する人たちがいれば 誤解を招きそうな表現だが、極端な話、誰でもつとまるだろう。 自説に固執してかき回すような人だったらだめだけど。
戦場に立って見られることで士気鼓舞することは大事なお仕事だよw
封建貴族を統制しきれずボロ負けからスタートして、王権も揺らいでて絶対王政の国王軍移行はほど遠い って時期だから、神の啓示という電波でもなんでもいいから御輿に乗れる人材がいるのはいいことよ
美少女が旗振ってるだけでフランス兵達は頑張れたんだヨ
果たして美しかったのかどうか
見た目への批判はないから美しかったんじゃないの? ただ、市井に半陰陽の噂があって火刑中に下半身剥き出しに して女性だと周知させる話があったはず。異端裁判の場では 処女であることへの疑いはなかったんだけどねw
ちょっと電波だったばかりに悲惨な最期だな
いまから見ると電波扱いするのは仕方ないけれど 神がかりが敬意を持って扱われるのは洋の東西を問わなかったからな 自分に都合のいい託宣ならなおのこと
>>320 イギリスの反逆者への苦痛と屈辱の与え方といったらもうね……。
自国の王侯貴族でさえ容赦ないんだからそれ以外などと書こうと思ったけれど それほどでもないか。下手すると古代日本の方がすさまじいか
生まれ育ちから考えれば、ジャンヌダルクは垢抜けない田舎娘で、補正がなければ十人並みと考えるのが自然だよ。 あと心理学が未発達だった当時は、『深層心理』こそが神の声だったから、必ずしも電波系とは言えない。 イエスを始めとするあらゆる宗教家が、そうした『神の声』に突き動かされて道を誤っ……切り開いてきたんだ。
乙女十八番茶も出花っていうくらいだから、良いもん着て活発で理想に満ちた顔してればきれいに見えるさ
神の声を聞いた救国の乙女ってだけで物凄い補正入ります。
しかもむさ苦しいというより小汚い野郎どもの巣窟と化した戦場に登場
上司は自分より優れているという思い込みが哀しいねw 上司に必要なのは自分より優れた部下を手足のごとく使うスキルと才能なのさ 東郷平八郎は一言も発せず一歩も動かず、部下はキリキリ働いた リーダーとはかくあるべき 部下の能力を引き出すのが仕事だ いちいち口挟んだり手出したりして部下の邪魔するのは最低の上司
どうやって上司が上司の椅子に納まったかって話だろ
>>331 その東郷の逸話嘘だろw細かいところまで口出しして嫌われてなかったか
オルレアンのかなり無理矢理な包囲網見ても分かるとおり イングランド側はとっくに攻勢限界超えてる 後は負け犬根性付いてて反攻に消極的だった王太子側に攻勢の動機を付ければ良かった 攻勢かけたのがジャンヌで無くても成功しただろうが 卵を割った(あるい割る役割を割り振られた)のがジャンヌだったと 結果知ってる側としてみればはっきり言ってそれだけの話なんだが、 やってる側には神の使いに見えただろうしやられた側には悪魔に見えただろうさ
しかもイギリス側は王様が主導権もってあれこれできる状況でなかったと
>>334 ばらばらなフランスが神というお題目でまとまったのはでかい。
まぁそれでもまだお互いの反目とか小競り合いはあったけど。
アランソン公の証言だと、very simple young girlだからな。 ドブスだったらレンヌからディナンまでで一番醜いとか鎧を着た豚とかブロセリアンドの黒いブルドック観たいに呼ばれるはず。 ジャンヌの役割が重要だったのはリッシュモンが国王から疑われて追放されていたことが大きい。 王族や貴族じゃなくて田舎娘だからかえって信用された。 シャルル七世以降、国王の近衛兵がスコットランド人やスイス人になったのは、フランス人貴族だと複雑な血縁や怨讐でかえって危険だから。
あとシャルル七世のお母さんが淫乱王妃と呼ばれる乱交大好き熟女AV女優みたいなのだったのも大きいね。
王権の維持のために有力者と結んだのを敵対者が誹謗していったことをそう書かれてもな
すまん、 このスレで英仏の代理戦争が始まったように思えてちょっと笑ってしまった。
中世ヨーロッパの武術って本売ってるな。
3スレかそこらまえに話題出てたな
そういえば、日本史の弓の名手と言えば那須与一だけど 他に日本史で弓の名手と言えば誰がいるのだろう。 北畠顕家が弓の名手だと大河ドラマ「太平記」では描写されていたけど これは史実なのだろうか。
鎮西八郎が筆頭じゃないの、流石に
陸奥話記だと源義家もネ申レベルだったらしいな。 将軍の長男義家、驍勇絶倫にして、騎射することネ申の如し。白刀を冒し、重圍を突き、賊の左右に出でて、 大鏃の箭を以て、頻りに賊の師を射る。矢空しく発たず。中たる所必ず斃れぬ。雷の如く奔り、風の如く飛び、神武命世なり。 夷人靡きて走り、敢えて当たる者無し。夷人号を立して、「八幡太郎」と曰う。
源氏のくせに弓が巧みという意味不明の存在だったな
対艦弓
一矢で300人乗る軍船撃沈したんだっけ 。 地対艦ミサイル連隊でも祀った方がいいな。
>>343 鎌倉幕府に反乱を起こした越後の城一族の板額が弓の名手だったとか
>>344 鎮西八郎は遠矢というより、
近距離で大鎧ごと敵兵をぶちぬいてるんだっけか。
信じられん強弓だわ。
まぁ当時の武者はだいたい弓の名手だろうけど。
北畠顕家は数万の軍勢を短期間で東北から京都まで動かしたのが一番凄いな。 どんな兵站を構築してたんだか。
>>343 太平記だと北条高家を仕留めた佐用左衛門範家と新田配下の本間孫四郎重氏かな?
他にも笠置山で荒尾兄弟を討ち取った足助次郎重範
「いつまでも」の怪鳥を仕留めた隠岐次郎左衛門広有
弓じゃないけど矢投げで兜をぶち抜いた妙観院全村かな?
源平合戦の頃の源氏だと源頼政やその甥の源兼綱も弓の名手らしいな。 伝説だと「ぬえ退治」は源頼政の弓だし 源兼綱は以仁王を護って戦死した際に弓で奮戦して 「玉葉」にその腕前はまさに八幡太郎の再来と記されているとか。
そのころだと強い武士=弓の名手だ
北畠の兵站の秘密はやっぱり南部馬に代表される奥州馬だろうな。 大きく立派な馬は乗馬にして、小さい馬はみんな駄馬にする。
いや騎乗で歩兵よりも早い移動(徒歩では追いつけない) 槍より長射程の強弓(歩兵からは届かない) 流鏑馬の技術があればそれこそ個人単位の戦闘なら一方的だよね 密集した合戦ならともかく 小集団同士の遭遇戦だと馬+弓は圧倒的すぎる
>>351 兵站も何も行軍はすべて略奪しながらじゃなかったか
しかも京の目前でそれて親に会いに行くという体たらく
のように聞き及んだが
いつの時代から、何がきっかけで馬+弓+大鎧な武士の原型ができたんだろ? 弩が装備されないから、鍛えれば強くなる弓が好まれた 徒歩よりも騎乗出来たほうが移動も早く、高所から斬り付ける為に威力があがる 短甲から動きやすい圭甲に変化して、弓への防御の為に大鎧ってのは想像できるんだけど 蝦夷の弓がそれだけ脅威だったのかね?
今月の歴史群像には、律令軍団の弓術は頭上から矢を降らせる一斉射撃だったが、 蝦夷の弓術はまさに狙撃だったと書いてるな。 やっぱりアテルイVS田村麻呂あたりでいろいろあったんだろうな。 決定的になったのはやっぱり前九年あたりだろうな。
軍防令見ると律令時代から弓馬に秀でたものは上級兵士として取り立てられたわけだから その辺に武士の祖型があるんだろうけどいかんせん武装とか具体的にわかってることが少なすぎるからなあ。
北畠顕家は武田信玄より先に風林火山の旗を使っていたというからやっぱ性格なんだろうな。
>>359 「東国の武士は下人まで弓矢を撃たせて、矢数で勝つ」(愚管抄)
と源平時代では東西逆になってるな
>>360 だねぇ。
軍事的にもっと研究してもらいたいもんだ。
日本の歴史家はあまり軍事史研究しないからなぁ。
>>359 古代天皇列伝って奴か?
面白そうだね。買おうかな。
>>351 何も東北を数万で出発したわけじゃ無いだろ
九州からの尊氏とか源義仲が代表例だけど、
ある程度集まると後は勝手に雪達磨式に膨れる
勝手に野武士とかが合流してくるのか?
■NHKの間抜けなツイッター工作発覚■ NHKの24時のニュースは視聴者からのツイッターを流しているが 自民党や日本企業の話題の時には批判コメントしか流さないなど、 以前からNHKによる意図的な反日工作が指摘されていた。 1月31日深夜のNHK24時ニュースの放送開始の頃にツイッターのサーバーが落ちた。 その時ツイッターがずっと使えない、書き込み自体が出来なかったのは、視聴者が確認している。 にもかかわらず、その時画面では 「地震だったの?」とか「あ、○○さんだー」「都会にこんなのがあるのかー」 と番組の流れに沿ったツイートが流れていた。 番組終了時にNHKは 「ツイッターを『表示するシステム』の不具合があったので、事前に来ていたツイートを流した」 と苦しい説明。 当然視聴者からのツイートは放送できるものを選別しているのだろう。 選別なら別にいいのだが、問題は 視聴者からのリアルタイムのツイートと称して 実際には、NHKが事前に用意したインチキ捏造ツイートを流していたということだ。
勝ちたい人この指とまれが基本だからな
東北関東の足利、斯波系は北畠通過後にこっそり暴れてみるが、あとで瞬殺される。
>>357 あれは大河ドラマの創作が混じっている。
何としても京都救援に馳せ参じるようにという勅命を受け、北畠顕家は奥州から強行軍を実施。
現地調達で何とかしようと努力したが、勝ち馬心理で参加する勢力のために兵力が増えたことや
行軍している現地自体が戦乱で荒廃していたこともあり、青野原の戦い直後には飢餓状態に陥っていた。
この時、顕家には2つの選択肢があった。
1、飢餓状態で足利軍と戦いながら近江から越前へと強行軍を続ける。
2、南伊勢にいる南朝勢力と合流し補給を受けてから進撃を続ける。
まともな指揮官なら誰でも2の選択肢を選ぶと考えるのは間違っているだろうか。
補給なんて不要、精神力で何とかなるというのなら別だけど。
大体、南伊勢に父がいて父子が再会したというのは大河ドラマの虚構のはず。
しかし略奪とかいうけれど、南朝からすれば、逆賊、テロリストである足利尊氏に協力する奴は基本みんな反乱軍だからな。 鎮守府将軍、顕家からすれば戦時徴発なんだろう。
馬よりも弓と鎧の発達が先だったんじゃないかと思ってる。 日本は山がちな地形だから、野戦よりも砦の攻防戦の比重が比較的高かったと思われる 攻城戦では飛び道具は必須だし、密集しがちだから矢が当たりやすく、鎧が発達 その後馬が入ってくると、野戦では馬がないと圧倒的に不利だから戦士階級は弓と鎧を つけたまま馬に乗ったんじゃないか?馬がないと相手に開戦の主導権が渡るから
しかし大鎧はあきらかに乗馬が前提だもんなあ。
上でBSのドキュメンタリー見てたが 馬超便利よ 超重巡でそれでいて荒ぶる魂だし マジすげえ
>>371 >1、飢餓状態で足利軍と戦いながら近江から越前へと強行軍を続ける。
敵からかっぱらってもいいのよ
>>372 逆賊も何も鎌倉から美濃まで東海道沿いを「草木も残らないほど」(太平記)
掠奪しながらの行軍だったらしいが...
吉野に長福寺の鐘っていう国の重文があるんだが、この長福寺は何と掛川にある寺
顕家が略奪したついでに運んできた物ってのが定説
>>376 60年ほど前にそれをやれと言われた兵隊がどうなったと
ガダルカナルからニューギニア、ビルマ等々と敵軍の物資が豊富ならそれを奪えばいいじゃないか
と言われてできた例が幾つあったろうか。
そして、それを命じた指揮官は称賛されていたかな。
行軍の道中に盗賊やるのは結果的に損だけど敵からの「ぶんどり」は全然問題ない、立派な戦利品だ
>>356 日本の軍馬は気性が荒すぎて短時間の戦闘以外では
口取二人つかないと制御もままらなかったような覚えが
明治時代の陸軍の記録だとそうなっているけど 比較が微妙に違う気がする。 陸軍が主に必要としていた軍馬は荷物を運ぶのに使う輓馬や駄馬 一方、古代中世の軍馬は主に乗馬として必要とされていた。 輓馬や駄馬として使うのならまとまって行動させる必要上、去勢しないと困難。 しかし、日本では輓馬や駄馬を集団で使うことが基本的に明治時代の陸軍までなかったので その必要性を感じておらず、去勢の習慣が無かった。 そして、去勢すると力が落ちて役に立たないからと明治時代の農家は馬の去勢を嫌がった。 そのために日本の軍馬は暴れ馬だと欧米の軍人に評され、日本陸軍は苦心することになった。
しかし草木も残らないほどっていうのが本当なら、 万騎単位の騎射軍団が東北から関西まで一気に移動したというのも本当なのかもな。
それはない。食料はともかく水どうすんだよ
384 :
名無し三等兵 :2013/02/03(日) 11:40:10.90 ID:T3z6TEKm
江戸期から馬方は一人で数頭引いてたんだが・・・
軍馬用の気性の荒い馬をか?
馬方って何人も集まって、数十頭、百頭以上で馬を行動させることってあったっけ? 軍隊で行動させる以上、百頭以上で行動するのが当たり前なのだけど。 江戸期ではそれが当たり前だったというのなら、知識不足で申し訳ない
>>378 人口集密度の差があるからなぁ<ソロモン・ニューギニア・ビルマ
未開の密林と、戦乱で荒れ果てていたとはいえそれなり以上の街・村が点在している地域じゃ、比較には
使えないでっしゃろ。
中国戦線やビルマ中南部戦域じゃ、現地調達しながらの前進でも、必要分は確保できていたのだし。
要するに気性が荒いどうのこうのというのは明治時代に西洋の去勢馬と比較しての話で、 別に江戸時代以前の日本人は別に馬が発情するのは普通で何でもないと思ってたんだろう。 駄馬には別に軍用もクソもないしね。
駄馬には別に軍用もクソもないが、平穏な街道を引くのと戦場に連れてくのはエライ違いだからねえ
後北条氏の50貫級の参陣の数では 主人+口取り1人+槍持2人+鉄砲持1人+旗持1人 1649年に作られた江戸幕府の規定では 二百石級で主人+口取り1人+侍者1人+槍持1人+小荷駄1人+甲冑持1人 五万石級でも56騎に口取り56人、荷駄馬30匹に小荷駄30人
律令時代には既に相当の数の弓騎兵が育成されてたんだっけ? 雄略天皇が騎射をやったっていう言い伝えがあるのを見ても、 武士が生まれるより遥か昔から弓騎兵=エリート戦士って認識だったのは間違いないな 古代の半島での戦争で弓騎兵相手に損害を出して重要視されるようになったとか?
騎射って言ってもパルティアやモンゴルのように走り回りながら撃ってるわけでないからな 流鏑馬と混同しないように
>>392 史料kwsk律令時代は歩兵と弩の組み合わせだったはずなんだけどしかも8世紀に制度瓦解したし
軍団制なら一般兵は弓だよ。すぐれた兵士に弩が支給されたけど
>>395 5世紀の話になんで鎌倉期の話持ってきてるんだ?
疾駆しながら射るというのはやはり蝦夷討伐後の技術提供によってなのかね
討伐よりも一時期、蝦夷を傭兵として利用してた時に湾刀と一緒に伝わったんじゃないかな
日本書紀の雄略天皇が騎射をする話では馬を走らせながら矢を放ったことになってるな あと、続日本紀に騎射が庶民にまで広く知られていることを示す記述があったよーな 八世紀前半だったかな
>>393 >騎射って言ってもパルティアやモンゴルのように走り回りながら撃ってるわけでないからな
では、具体的には「騎射」はどういう行動を指してるの?
>>401 並み足で馬を進ませながら左前方を基本としている射法
>>402 では、その今話題になっている古代の騎射が並足で馬を進ませて行うものなのは
どういう文献から確認できるんでしょうか?
>>403 時代が下るが矢合わせなんてまさにそういう形式なんだけど。これより前の発達してない弓の時代なら
なおさら射法制約されるだろ
狩猟や戦闘で騎射が運用されるようになってから武士が台頭するまで少なくとも2〜300年はあるぞ
そのあいだずっと
>>402 みたいなやり方しかできないって不自然すぎないか
既に八世紀には多数の弓騎兵を養成したり祭りなどでみだりに騎射を行うことを禁止してるほどなのに
>>404 騎射になるのは矢合はせの後、武士が歩兵より前方に出た状況だと思うよ
>>405 大宝以後の軍団制で弓騎兵整備したってなら出典出せると思うけど
さっきから〜と思うしか言ってないじゃないか。そもそも騎兵の軍事訓練以外では
生活のための狩猟で馬使うの遊牧民ぐらいなのに
矢合わせだけが騎射じゃないんだけどな。
>>402-405 横レスだけど武士が鎧着て行う騎射と祭事・狩猟の騎射混同してないか?
戦闘時の騎射の制約は鎧の形状の制約受けてること丸無視してる。
鎧なしなら笠懸のように疾走した馬からでも弓撃てるよ
矢合わせって並み足と決まってるのか?
>>404 はその根拠を書くべきなのに。
>>410 なるほど5〜60けんの距離で向かい合って撃ち始めてそこから前出する馬が疾走するわけだw
>>412 それは見たことあるけどどうやってそれで実用的に使うんだ?
いい加減、雄略の時代の弓騎兵や軍団制化の弓騎兵の史料出せばいいのに
神亀元年の騎兵三万教習の話はいったいなんだったのか
>>413 よく分からないが近距離での騎射全否定ってこと?
>>415 戦場で相手との位置関係考えろよ。よくわからないなら極論なんて言ってないでさ
>>415 三万人に乗馬と射術を教えたのが弓騎兵を育成したと読める頭に感服w
どちらかだけでも習熟するのにw
>>414 雄略に関しては弓騎兵部隊どうこうではなく当時の騎射の扱いについていってるんだろ
日本書紀が書かれた時代にその中で天皇自身に騎射をさせてるって面に注目してるんじゃ
>>413 そうだね日本の押し捩りはパルティアンショットと違って実用性ないよね。
ここにいる人的には「騎兵と歩兵の中世史」って本はどうなの? トンデモなの?参考になるの?
>>418 それは単に高貴の存在が狩猟時の馬上から弓引いたってだけだろ
そっから当然に弓騎兵の存在導き出してるから突っ込んでるわけで
田村麻呂の親父の坂上苅田麻呂は藤原訓儒麻呂を「馳せて射て殺」してるな。 この一族は「家世に弓馬を事とし馳射を善くす」という氏族だったようだ。
射猟は「うまゆみ」と読むそうな。騎射と同訓だが、鹿を騎射で狩る 狩猟行事だそうだ。
>>418 むしろさすが天皇馬走らせながら弓撃つなんてすげーって意味なんじゃね
結構幅広い階層に騎射が浸透していたことが伺われるがどうだろうか? 『続日本記』 「神亀元年(724)五月癸亥(五日)条 天皇重閣の中門に御して猟騎を観る、一品已下無位に至るまで、 豪富の家及び左右京・五畿内・近江等の国の郡司并に子弟・兵士・庶民 勇健にして装飾に堪えたる者は、悉く猟騎の事に奉せしむ、
>>425 だからいい加減軍制で整備されたの出せって言ってるんだよ
さっきから出してるは奉納できるかどうかだろ
うえの坂上の一族も特異だからわざわざ記述あるのに普遍化する書き方してるし
>>419 積極的な攻撃策である前者に比べてあくまで防衛法としての
後者はその意味では実用性に劣るね
>>422 ごく一部の例外をさも全体だと言い張るそのつらの厚さに感服
少数派だから特記あるんだろうに。で、5世紀に弓騎兵が
整備されてた根拠は?
>426 言わんとすることの意味がつかめないが騎射ができる=弓騎兵でないと主張してるのか?
あと、衛府か何かの武官の選抜試験は騎射と歩射両方じゃなかったか
>>425 698年、702年の記述では、「賀茂の祭りの時集まって騎射するのやめろや」って言ってる
幅広い階層が騎射イベントに参加してるのに一部の例外ねえ。
>>427 五世紀に大規模な騎兵部隊が整備されてたなんて誰も言ってないだろ
七〜八世紀に成立した日本書紀で騎射をしてる人物が五世紀の雄略天皇ってだけじゃん
>>424 出家した天皇が女性とり合って貴族と弓撃ちするんだからこの程度普通だw
問題は馬の上から弓を撃ったかじゃなくて馬を(歩かせながらじゃなく)走らせながら弓を撃ったかだろ
吾妻鏡でも撃たれたけれど相手の手綱側に回り込めたから助かったなんて話あるぐらいだから 遠距離から撃ち愛したわけではなさそうだけど何を根拠に議論してるのかさっぱりついていけない
騎乗からの直射だと交戦距離って10m前後なんじゃない? これより遠いと走りながら撃つ場合は狙撃じゃなくて散布になるだろうし
年平均(円/ドル)(円/ユーロ) 2003 116.49 ↑ 130.92 2004 108.28小泉134.40 2005 109.64 ↓ 137.67 2006 116.25 146.01 安倍 2007 117.93 161.24 福田 2008 104.23 152.41 麻生 2009 93.52 130.19 鳩山 2010 88.09 116.44 管 2011 79.97 111.06 野田 2012 78.71 102.65 今92円だが126円だが、どこが円安?何か文句ある?
軍防令隊伍条 ・凡兵士、各為隊伍。便弓馬者為騎兵隊、余為歩兵隊。 (凡そ兵士は、各隊伍為れ、弓馬に便ならむ者をば、騎兵隊と為よ、 余をば歩兵隊と為よ、)
となると律令時代の騎兵=弓騎兵なのかな?
しかしオマケみたいな存在だったことは軍防令からもわかるな。 西日本はその後の時代も馬少なかったからな。
おまけかどうかはともかく、弓騎兵がまとめられていたのは間違いないんだな。
おれに言わせんなよ、恥ずかしい。
>>442 騎兵が十分な数作れないから限定かけて選りすぐってるんじゃないの?
ないの?とか自信なさげに聞かれても困るよ。 もっと自信もって答えてくれよ。 数が少ない=オマケでもないしなあ。
>>447 数が少ない=おまけだよ。軍団制の目的はそもそも中国からの侵攻に対処するもんなんだから
何のために軍団制を整備したんだ
>>420 ちょっとボリューム不足な感じもするが
この分野の中ではなかなか良書
だいたい編成がどう見ても弓歩兵中心だ。 兵役であっちこっちからゾロゾロ集まった庶民中心・役人指揮の律令軍団を騎兵中心にするのは最初から無理。 まあたまたま騎射の得意な狩猟民でもいたら偵察とか後衛かなんかに使おうという程度だろう。 アテルイや貞任みたいに地縁血縁で固めた精鋭騎兵軍団とは対照的。
数が少ない=精鋭ってのはオマケなんだなw
>>450 >だいたい編成がどう見ても弓歩兵中心だ。
その編成は何からわかるんですか?
>>452 主張はともかく、いい加減史料から具体例を引いてそれを元に自説を展開くらいやってくれよ。
>>452 こいついつもの荒らしか。まともにデータも上げられずに言葉尻とらえてばかりですげえうぜえ
無作為抽出で軍そろえるときに歩兵が中心にならんわけがないだろ
で、弓が主力ってのは軍団制装備した目的が拠点防御なんだから当然だろ
この説明で納得できないなら一から日本史学び直せ
>>454 具体的に話せとかソースを出せと言われて逆ギレかよ。
だいたい編成は何からわかるのかって聞かれてるだけじゃん。 歩兵中心がどうの騎兵がどうのなんて質問に含まれてないだろ。
457 :
454 :2013/02/03(日) 21:44:47.11 ID:???
>>455 具体的に話すとなると西日本から九州にかけての城砦の構築やら
西日本で集められたのが在地にとどめられた理由とか細かい事話さなければいけないんだけど
お前みたいな煽りしかできない低脳に付き合う気はない。調べたければ十分にヒント出してるから
自分で調べろよ。煽ってばかりいれば釣られて一から十まで説明してもらえるなんて思うなよカス野郎
何この人一人でキレてるんだろうか?
>>458 この文脈で何に切れてるか理解できないのか。羨ましい頭の持ち主だw
つまり騎射は律令制度の最初から存在して、天皇や貴族の中でできる奴もそこそこいたが、 徴兵で編成される律令軍団自体は、西日本の官庁防御、海岸防御が第一任務で、 短期速成の一斉射撃訓練を受けた弓歩兵が主力で、弓騎兵もいたがそれは主力ではなく補助兵力、 ということがわかるな。
あの時代、皇族も貴族もしっかりした戦闘訓練受けてる節があるから 国民全体の割合では騎射ができる層は有力者に偏ってたと判断した方が よさそう(馬を私有できる財も併せて考えるに)
年平均(円/ドル)(円/ユーロ) 2003 116.49 ↑ 130.92 2004 108.28小泉134.40 2005 109.64 ↓ 137.67 2006 116.25 146.01 安倍 2007 117.93 161.24 福田 2008 104.23 152.41 麻生 2009 93.52 130.19 鳩山 2010 88.09 116.44 管 2011 79.97 111.06 野田 2012 78.71 102.65 今92円だが126円だが、どこが円安?
>>457 で、その辺を具体的に語れないから逃亡するってわけか。
スレの雰囲気を悪くした挙句有益な情報の一つも出ないなんて
あんたが荒らしそのものだわ。
次の板ID出るところに立てようよ。最近なんか変なのが流れ込んできてる IP出るところの方が個人的にはいいけどさすがにそれは賛同得られそうないか
フォーブスがどうのとか言って逃亡したアイツと一緒かな? アイツも具体的な話やソースからの引用を避けてたな。
律令時代の軍団の編成が具体的にわかるなら是非教えてほしいわ。 矛とかの扱いは軍防令見ても実際の運用方法がよく見えてこないし。
>>463 ,465
はあ、なに寝言言ってるんだ?続日本紀に目を通してるくせに西日本の城砦に
ついて一切言及できないほど低脳だとは思わなかったよ。レッテル貼りもいい加減にしろよ
>>466 大陸伝来の武器は大陸に準じた扱い方でいいんじゃないかな?あくまで印象だけど矛は握り
が滑らないようになっていて主に片手でついて使う武器、長刀は十字に回すっていい回しからも
集団戦で使わないで個人で多機能に取り扱える武器、鑓は両手で持ってなめらかな柄を
滑らせて威力ある月を放つ武器と捉えている。
矛と長刀と鑓の用法の区別について詳しく語った本を探してるんだけれど見つからないんだ。
終わったかな?せっかく
>>433 でネタ出せたと思ったのにスルーされちゃったよorz
フォーブスが話題になってたのか。 フォーブス古代の技術史に古代においてバーレーンが投槍の製造センターだったとか さらっと書いてあるんだけど、出典がわからない。 いつの時代の製造センターでその製品がどの辺にまで出回ってたんだろうね。
まさかローマ軍団兵の投げる槍がバーレーン製ってことは ないと思うがヌミディア騎兵の投槍とかかな?
素人の素朴な疑問なんだが、 鈴木説以来、日本は明治までまともな騎兵の運用ができなかった!って説がさかんじゃん? でも、戦闘に使える馬が普通に生息してた地域の中で日本だけが千年以上もまともな 騎兵部隊を持てなかったって、ずいぶん不自然というか偏見じみてないか? 少数の騎兵がそれぞれ歩兵を引き連れて戦い、騎兵だけをまとめて運用することは なかったってよくいうけど、千年以上もそんな馬の長所を殺す戦闘を続けるとは思えん…
473 :
名無し三等兵 :2013/02/04(月) 17:54:17.07 ID:I3Eb1Zd6
>>472 北畠顕家なんかあきらかに騎馬部隊じゃん。
多賀城から鎌倉経由して坂本まで950キロを23日間で行軍だよ。
1日40キロ以上移動してるわけで、モンゴル軍より速い世界史レベルでも屈指の機動力。
歩兵引き連れて出せる速度じゃない。
>>473 その手話は敵地か自勢力の圏内を通ったのかも一緒に比較せんと
上でも明と後金の戦を単純に行軍速度で比べる愚を犯してる
>>472 鈴木は鎌倉までの騎馬武者は否定してないのに鈴木フォロアーは
その時代すら否定しちゃったりするからなあw
>>474 北畠顕家は一応、敵地じゃね。地理把握してた上に敵の主力はいない状態だったけどw
だからこそ略奪して物資補給しながら行軍できたわけだし
>>473 それだけできて敗死した理由がわからんw
>>477 この人、完全な貴族出身のくせに武士圧倒するチートなんだよな
後醍醐天皇本人と折り合い悪かったようだから兵の補充とか上手く行かなかったのかな?
>>477 むしろ強行軍と連戦に次ぐ連戦で討死しない方が不思議
>>480 替え馬は略奪とは関係ない概念じゃないか?馬の供出元によっては略奪になることあるだろうけど
律令時代に置かれた東国の牧ってのはその後の時代もしばらく存続したのかねえ。 将門のときは牧を押さえてあったから馬をふんだんに使えたようだが。
自勢力の圏内を迅速に移動して、内線の利を生かして少ない兵力で機動防御・各個撃破するのも、 装甲騎兵の本領。陸自の第7師団もそのコンセプト。
>>482 少なくとも平安時代末期に至るまで東国の牧というのは存続していたみたいです。
当時の貴族の遺産目録の中に東国にある「牧」というのが出て来るそうです。
>>479 実際に最期は顕家は討ち死にしているな。
それにしても、弓矢の名手というのはやはり大河ドラマの創作なのだろうか。
このスレの中でその話題はスルーされたままだ。
またこいつ来たのかよ
>>484 その頃までもってたのか。
でも以降の貴族や寺社の領地が武家に切り崩されたり侵食される時代に入ると大規模な牧なんて
解体されちゃいそうだな。
488 :
名無し三等兵 :2013/02/04(月) 20:02:12.70 ID:iM5OjmqW
最近流れが速くていちいち突っ込めないでいるんだけれど、基本的な馬事文化について 知っているスレ住民が少なすぎて、議論が奏功していないケースがある気がして、勿体ない。 "並み足"とか、みんなが突っ込むようであらまほしい・・・
>>488 基本的なことをご存知の方に一つ知識をご披露していただきたいんだが。
490 :
名無し三等兵 :2013/02/04(月) 20:09:02.37 ID:2VrBM8b2
確かに馬の並足を歩行と同視してるのは良く見かけるね
>>489 こういう煽りしかできないのがいると話題が細るのも仕方ないな
どんな例にも例外あるのに一般論話してるときに出してドヤ顔したり
極論で議論を潰したりと全くむなしくならないのかね
492 :
名無し三等兵 :2013/02/04(月) 20:31:25.92 ID:iM5OjmqW
ではひとつ。「『騎射』は常歩」という書き込みがあった。 他方で、現代のショウ的な流鏑馬は駈歩なことは多くの方が見知っていると思う。 では「詰まった速歩の『騎射』」はナシなの? 歩度が伸びた常歩より揺れないけど? 言い替えると、基本三歩様は、速い遅い、振動が激しい少ないと割り切れるものなの? あるいは。玉付きは荒いという。昔の日本馬は荒いという記録がある。昔の日本馬は去勢していない。 でも、だからといって、玉付き=荒い なの? そこに別の要因はないの? 季節は関係しない? 馬格もしばしば話題になる。キ高高何センチという数値で見るのは間違ってはいないんだけど、 120-130cm、今のサラ、昔のサラ、WW2日本の騎兵用のアングロノルマン、WW2日本の「輓馬」etc それぞれ違うわけです。 同じペルシュロンといっても、戦中から昭和までの本来のペルと、ばんえいレースが 盛り上がった以降の最近のペルとは大違い。後者は釧路重種として別物扱いすべきなのよ。 こうしたことを踏まえた上で意見交換するほうが実が上がると考える次第。
ヒットラーの戦車に関する薀蓄もこんな感じだったとアルベルト・シュペーアが書き残している。
ヒトラーの特殊な性格の一つはディレッタントであった。彼は決して一つの職業を修得したこともなかったし、 結局何をやってもアウトサイダーにとどまっていた。多くの独学の人のように、 彼も本当の専門知識とはどんなものであるかを判断することができなかった。(略) (『第三帝国の神殿にて』上巻p.400)
ぶっちゃけその知識と関係ねえよな。癇性持ちの馬に関しては 軍馬として優れてるから選びたがるけど戦場で乗りこなせなくて 死んでもしらねえよとあったけど何だったかな?吾妻鏡かと 思って読み返したが見当たらん
……ヒトラーは、各種の兵器の口径、銃身の長さ、射程等についてよく知っており、 最も重要な軍需品の在庫量と月間生産高をも覚えていた。(略) 戦前の自動車産業や建築の場合と同様に、 今では軍需生産部門の分類された数字を楽しんでいるヒトラーの単純な喜びは、 ここでも彼のディレッタントぶりをはっきりとあらわしていた。 彼は、自分は専門家と同等であるとか、あるいはそれよりもまさっていることを示そうと絶えず努力しているようにみえた。 本当の専門家というものは、本を参照すればすむようなこと、 また部下にやらせればすむような細目まで自分の頭に負担をかけたりしないものである。 しかしヒトラーにとっては、自分自身のためにも彼の知識を示すことが必要であったのだ。 そして彼はそうすることに喜びすら感じていた。(略) (『第三帝国の神殿にて』上巻p.401)
>>471 ローマ帝国の最大領土でもバーレーンはローマ帝国ではない。
戦闘技術の歴史 古代編によると、共和制末期〜帝政初期の騎兵は投げ槍、長槍、スパタ、ロリカ・ハマタ、盾、兜。
200年頃からカタフラクトが出現している。
原発事故の時の菅直人もそうだけど 中途半端な知識と、やたらプライドの高い奴は手に負えないのよ 下のものの意見をくみ上げようとはしないからな
やっぱり荒らしが常駐してるな
荒らし連呼がかえって荒らしを呼び込んでるように見える。 逆に雰囲気を悪くする荒らしの自演かもしれないがな。
まあ、具体的な根拠を出せとか言われてキレだすヤツは どっちが荒らしかわからんよな。 相手の根拠にケチつけるだけで自分は根拠を出さないとかやったら 議論も停滞するだけだし。
自分は無根拠でネチネチ根拠根拠と叫んで相手切れさせるんですね さすがです
>>494 ,496
そりゃこのスレってかこの板にいる奴のかなり割合で当てはまることだろ
古代史中世史の教授なり研究者なりがここにいるとも思えんし
ここに限らず歴史系スレはプロをくさす書き込みが多い
だいたい日本の史学者は、伝統的に軍事を知らないか興味がないし、何とか戦国時代を手掛けてるだけだ。 ミリオタの歴厨と、どんだけ違う?
史学者が調べようと思い立てばミリオタより遙かにやれることは多いだろうけど 興味無いんじゃなあ
>>502 中世の西洋剣の話題なのになぜかフォーブス古代の技術史から自分の論拠を
引かずにこれに載ってるこれに載ってると頑張るあいつとかなw
>>506 鋳鉄は西洋では広く使われてなかったことの説明の一環にフォーブス引いたのに
延々と曲解して意味不明の絡み方してたな。おかしいところあるなら自分で
読んでから文句言えって言っても黙られたし。一章丸ごと要約してあげろとでも
508 :
507 :2013/02/05(火) 12:53:18.40 ID:???
>>506 ついでに言えばフォーブスの本の言及は中世まで射程に入れて書かれてるんだが
その書き方は一切読んでないことを示してるね
>>507 あれは鋳造・鍛造と塊鉄・鋳鉄(cast iron)の
取り方の混乱から生じたもので質問者は
絡んでないと思う。あの方向で説明したい
なら先に金属(この場合は鉄)の強度を高める手法と
精錬手法は別物であること説明しておかないと
大半の人は置いてきぼりの話になりますよ。
精錬に関する具体的な話はほとんど出ないな
東方のこしき炉風のものと西方の塊鉄炉の違い。 シュテュック炉から高炉への発達なんてまとめられれば とても良いネタになるから誰かしてくれないかな(チラッ
日本じゃ明治維新まで延々と玉鋼だったけど、西洋ではどう変革していったかは興味深いな。 そもそもかなり昔から、水車を利用した動力ハンマーや、回転砥石を使ってたらしいけど。
>>510 そこまで行くと金属工学の知識が必要になるからでは?
古代の鋼にしたって、ローマやガリアのノリクム鋼、インド鋼、古代中国の百錬鋼のように色々あるし。
>>512 その話は良く出るけれど玉鋼を最上級とする
品質の技法であって玉鋼を安定して量産
できてたわけではないんだorz
銅は江戸時代から重要な輸出産業だったんだけどね
資源の輸出元であることと技術の水準に直接は関係ないんじゃないか?
つーか、何で弥生〜室町初期の頃に江戸の輸出品が出てくるんだ? 騎兵=戦車・装甲車、騎馬弓兵・騎馬弩砲=自走砲、弩砲・自走砲=大砲に置換するより支離滅裂・無茶苦茶だ。
訂正 弩砲・自走砲=大砲ではなく弩砲・投石機=大砲ね。
>>515 江戸どころか平安〜鎌倉の頃から主要輸出品目だったよ
政府が管できてないのに主要輸出品目って何だそれ
鎌倉時代は元寇で大変だったからな。
宋から大量に銅輸入してたような銭の形で。そもそも銅鉱山の開発が平安時代?
東大寺の大仏の銅は国産ってじっちゃが言ってた
>>525 突っ込まれたくねぇなら古代史〜中世史の話しろ。
具体的に、日本では何年までOKなんだよ? 俺ルールなんて振りかざされても困るぞ
銅を輸出してたと言っただけで噛み付き過ぎだろこのキチコテ 日本が資源を輸出してたことが気に入らないのかな
つか銅が何か関係あるのか?
銅がどうした?
日本は火薬の材料の硫黄も中国に輸出してたよね しかも、鎌倉幕府が硫黄交易を管理してた だから大陸の軍事情勢に関する情報は逐一鎌倉幕府に入ってたはずだ
>>527 日本だと室町以前、西洋はビザンチン帝国滅亡まで、イスラム世界はマムルーク朝の滅亡、中国は元滅亡まで。
これがスタンダードな中世の区分だろ。
安土桃山から江戸幕府成立まで日本史でいう中世 世界史でいう中世基準だと廃藩置県までか
ジャンヌダルクの時代には、既に大砲もロケット弾も使われていたが、これも歴史区分としては中世なんだよな。 同じ時代にはフス派のキチ共が、馬車要塞と常備軍で暴れていたし、自動車化ならぬ馬車化歩兵(!)まで運用してたけど。
同じ時間の進み方してるわけじゃない 中東やアフガンは実質いまだ中世、本当は民主化どころじゃない
>>535 世界史でいう中世基準だと中国は中華民国、朝鮮は大韓帝国まで中世になっちまうが。
>>536 こいつは何を言ってるんだ?鉄の主産地で技術力上だった所が障害物おいて
射撃に持ちこめてたから勝ててたことを全然理解してない。フス派の末路も理解できてないんだろうな
ちょっとズレるんだが、後漢とパルティアが滅び、ローマも軍人皇帝時代が始まって 混乱するのが全部三世紀前半の訳だけど、何か世界的な気候変動でもあったの? 単なる偶然?
温暖期から寒冷期に移行した時期だから関係あるだろうね
>541 山がちなボヘミアで鉄鉱が盛んなことも、後年になっても馬上射撃で名をなしたことも知ってるが、何について噛みついてるんだ? フス派の馬車歩兵については、馬車要塞に使った馬車を、事実に兵員輸送に用いてた事実がある。 それどころか敵陣へ突撃させたことすらあり、ドイツ人学者が「戦車機甲師団を先取りしてた」と絶賛してる。 ……意図したことかどうかすら分からなのに、身びいきが過ぎるとは思うけどな。 グーデリアンの霊にでも取り憑かれたか?
そんなら一時期勝っただけですぐ崩壊してることは何で取り上げないんだ 印象操作失敗したからって恥の上塗りかよ
煽るような書き方で書いた記事に真偽を自分で突っ込めば釣られて 議論が始まるってばっちゃが言ってた
フス派の荷馬車円陣なんてジャンヌダルクみたいな大砲大好き少女と戦ったら木っ端微塵にされる。
イングランドの長弓兵でも勝てますぞ
フスのほうもハンドキャノンのたぐいを装備してたんじゃなかったかな 一方的に撃ち竦められるようなことはないはず。
皇帝軍の編成知ってたからあんな陣組めたんだろうけど、諸兵科連合できる仏・英と戦ったら 勝てそうもなさそう。イスラム勢力相手なら絶望しかないや
ハンドキャノンってピストルみたいなもので大砲とはぜんぜん違うだろ
ジャンヌが大砲大好きって何読んだらそうなるんだ ビューロー兄弟の砲兵隊はジャンヌの火刑の後の話だし、 有力な砲兵隊なんて持ってたらパリ攻略戦でもう少しまともにやれただろ
既出だが復権裁判におけるアランソン公の証言 but for warlike things bearing the lance, assembling an army, ordering military operations, directing artillery-she was most skillful. Every one wondered that she could act with as much wisdom and foresight as a captain who had fought for twenty or thirty years. It was above all in making use of artillery that she was so wonderful. 槍を携え、軍隊を糾合し、軍事作戦を指図し、大砲を指揮する ――これは彼女が最も巧みでした、このような戦争に係る事柄を別にすれば。 全ての人は彼女が二十年或いは三十年と従軍した司令官と同じように多くの賢明さと先見性を持って行動できることに驚嘆しました。 とりわけ大砲の用法に於いて彼女は非常に見事でした。
農民の娘にしては不思議な感じだけど 単に才能があった?だけなのか実は出自が特殊だったのか
まぁいうたら秀吉も農家出身だし、 土方歳三も薬売りだしね。
ああそいえばそうだね たまたま軍事的才能を持った人間が 農家の娘だったって事か・・
何王朝の話か忘れたが(たぶん清)中国だと料理人が砲兵隊の指揮をとって、立派に役目を果たしたとかという逸話があった思う。 職業軍人的な人間にまだ価値のわからない新兵器の扱いだと、岡目八目な所があるのかもしれん。
しかしアランソン公はジャンヌをものすごく褒めてるよね。 これは素直な感想なのか、何か意図があるのか、どうなんだろうね。 想像の粋は出ないが……。
まあ街道荒らしのラ・イールもジャンヌ救出に行って自分が捕虜になったり、 オルレアンの私生児ことジャン・ド・デュノワもジャンヌに協力してるし、 もちろんリッシュモンやサントライユ、変態のジルドレーでさえ。 しかしアランソン公がわざわざ大砲のことを強調してるのは意図があるにしても不自然。 ビューロー兄弟は用兵者じゃなくて職工だから、用法を変えたのはリッシュモンかあるいは本当にジャンヌかも。
イングランド軍にもジャンヌの信奉者はいっぱいいたからな やっぱなんかあったんだろ
そこまで行くと伝説じゃねーの?
秀吉の家はそれなりの名士であって、ド百姓じゃないぞ
>>563 エロという方向より、アイドルはトイレに行かない方向かと
あっちの処女性大事な宗教じゃさw
エロ路線で売り出してたらビッチ扱いで死刑されることはなかった
男装のジャンヌ様っていうのは今でいえば真面目なボクっ子だからな。
>>567 真面目なキリスト教徒がついていかないんじゃw
ジャンヌの異性装って結構なタブーなはずなのに ジャンヌ側では問題視せず好意的な評価が多いから 健康的なエロ路線なら大丈夫、多分
うん?異性装自体はタブーじゃないぞ。犯罪者の悔悟者が身分わきまえずにやったから 悔悛の情なしと判断されただけで
>>571 一応、申命記の記述から否定されてたはず
一般にどれだけ受け入れられたかはともかく キリスト教では厳格にタブー
投獄されてたジャンヌは男装してないとイギリス人にレイプされちゃうから 仕方なかったんだよ
>>565 そうゆう珍説があったなw
福島とか加藤とかの鍛冶屋ふぜいが親戚だったってことだけでも
どの程度の家か察しがつくだろ。
>>565 実際には諸説あっていまいちよくわかっていないってのが正解じゃなかったっけ。
アランソン公はジャンヌの容姿については何も証言していないが、 Mammas、quae pulchrae erant ジャンヌは美乳でした、とわざわざ復権裁判で証言してるんだよな。
秀吉の若い頃からの懐事情は疑問
>>577 それだけじゃわからん!
まあ詳細に書いてあっても困るんだが
つかどんな質問で答えてんだそれはw
>>576 身分が低く裕福じゃ無かったってのは秀吉の書状や同時代人の複数の一次資料から確定的
ただしどのくらい低い身分だったかは定かではない
むむむ
>>580 父親とは死に別れてるんだろ?大名とかになった時に大法要の1つもやったか?
聞いたことないよな、そお言うことだよ、父親がいない・判らない子だ、家柄?な
ジル・ド・レーなんかはジャンヌが美巨乳であるがゆえに、 かえって全く興奮せずに共にいい戦友として戦えたのかもしれないな。
ていうか当時の基準で巨乳って美人の部類に含まれたのか? 更に言うなら当時の巨乳ってぶっちゃけただのデブなんじゃねえの?
健康な範囲のデブなら昔は美人の範疇だったような
しかしフォーカンベルクの素描だと胸はボインなのに、ウエストは細いんだよな。 それでボクっ子・・・。
このように女性の乳の大きさを問題にする際、フランスでは伝統的に成人男性の握りこぶしを比較対象としてきたそうです。 すなわち、握りこぶし一個未満なら貧乳、二個くらいなら普乳、三個ならそこそこ大きい、四個なら巨乳、五個以上なら爆乳だとか。 【参考文献】 図説乳房全書 マルタン・モネスティエ著 大塚宏子訳 原書房
本当にそんな本あるのかよ いやあるのはいいが原消書房なのは吹いたわ
爆乳の原語がなんなのか気になるな
いやソレルか。
どこまでホントなのかググってみたら架空書籍じゃないじゃんw
昔は栄養の取れる人が少なかったんだから おっぱい含め脂肪の多い人は 裕福・貴人の類で羨望の対象だろ。 人前でもおっぱい出して赤ん坊に授乳するのが普通だったから 今ほど興奮しないにしてもな
>>594 でかい本屋行くと、西洋史のあたりで
ヴァギナの歴史とかオナニーの歴史とか5、6冊だだっと並んでることが多いから
ありそうとは思ったけどな
>>595 時代は違うけど、楊貴妃は今でいうデブだったらしい
ありそうだとは思ったしハードカバーなのも予想付いたが 定価6090円だとは思わなかったぞ...
つまり真面目な学術書なわけだよ。ジャンヌのおっぱいぷーるんぷるん。
要約するとジャンヌは肉付きが良かったからそれなりの出自だったと言う事か
なぜそうなるんだ。自由民の農家出身で戦乱に巻き込まれてない地域ならそれなりの体格になれるんじゃないか?
美乳の女友達で、オンラインゲームの城攻めに熱中してるのがいるんだが、 あんがいジャンヌもオンライン城攻めゲームにはまった女子高生みたいだったのかもしれないな。
まぁ、オンラインゲームの城攻めで上位にいるギルドなんて ほぼ軍人みたいな事前準備と動きするもんな。 中身は女子高生だったり普通の社会人だったりするけど。
普通の社会人や高校生は、オンラインゲームの攻略に、二時間も費やしたりしません。
何だか話がずれている気が ジャンヌ・ダルクが活躍した百年戦争に話を戻すけど百年戦争終結に最も功績をあげたのは誰かと言えば ジャンヌは別格としてリッシュモン大元帥だろうな。彼がいなければフランス王国軍の腐敗は解決されないし 野戦でイングランド軍を破り、百年戦争をフランスの大勝利で終えるることもできなかったろう。 そのリッシュモン大元帥がジャンヌを評価しているということは決して軽視できないと思うな。
鎧を着た豚がいなければそもそも…
608 :
607 :2013/02/10(日) 19:38:33.52 ID:???
煽るような書き方だが下級貴族から、王(太子)の信任得て、王国軍率いてあんだけ長期間 王国に仕え続けた存在ということからもその二人なんかよりはるかに大きな功績あげてると思う
さらに付け加えればリッシュモンにとってジャンヌを評価することは 政争の具として必須なことだったんだから
リッシュモン大元帥の敵国降伏大元帥法が勝利の決め手だな。
いやいやハリエニシダを切り払った王女こそが。シャルル七世が狂わなかったのってやっぱり…
ジャンヌはリシュモンの大元帥法によって具現化された天魔鬼神の類だから 異端裁判で処刑もやむなしだな。
ばあちゃんの転生体ktkr!だったとか?
キリスト教徒に対して転生体云々て話触れる時点で歴史への敬意も何もないクソが湧いてることは良く分かる
しかしフランスはドルイド教の文化も色濃く残しているからなあ。竜とか泉とか。
メリージェン伝説だっけな。あれフランスだっけ?
ブルターニュ継承戦争は「2人のジャンヌの戦争」(guerre des deux Jeanne) とも呼ばれていた。 リッシュモンにとってドンレミ村の聖乳乙女はたぶん三人目・・。
平成25年1月27日のドイツ公共放送ZDFの報道
「1月27日のオスプレイ反対デモの参加者は韓国指揮下の日本人のふりをした帰化未帰化在日韓国人であり、
主導者は帰化韓国人の柏崎正憲カシワザキ・マサノリ(通名)である。
この人物も参加者たちも、韓国および人民シナから高額の参加手当てを受け取っている。
この人物は、在日韓国人捏造従軍慰安婦=追軍売春婦による日本国へのタカリ運動、日本国の世界最新原発技術を韓国・人民シナ・フランス・ポーランド・チェコ・ルーマニアへ横流すための日本国内原発全廃運動も主導している。
オスプレイ反対デモの目的は、日本国沖縄県から米国軍を追い出し韓国軍および人民シナ軍を呼び込み日本国沖縄県を乗っ取るためである。」
http://www.youtube.com/watch?v=PW0ueNdIn-Q
中国ならわかるが韓国なの?
フランスは意外と異教のかげもあるな 南フランスで行われた異端とされるカタリ派弾圧だけど あれは異端ではなく異教で、マニ教徒がキリスト教徒だと自称していたというのをどこかで読んだ覚えが 当時の欧州だとキリスト教徒でないと迫害されるから、それでも異端として迫害される。 本当にひどい時代だったと思う。
あの頃の宗教は今と違って政府とほぼ一体化して税収から人別を管理する側面あったから 異端・異教えらぶのは他の権力者(おおむね王権)に真っ向から戦争仕掛けるのとほぼ同義
フス派にしても民族運動の側面があったからな。
まあ日本だって江戸時代ずっとキリス教徒認めてなかったわけだし
フランス国王は言うこときかない教皇拉致して監禁調教とかやってるんだよな。 騎士道的恋愛とか要するに不倫でぜんぜんキリスト教的じゃないし。 中世にアキテーヌ女公とかジャンヌ女伯とか普通にいるのもあまりキリスト教的でない。
>>625 キリスト教でなんで女性貴族がおかしいんだ?
女性が爵位持つのが厳しいのは戦闘指揮官として男性より不利なことと
子ども生むたびにかなりの確率で死ぬからじゃないか?
カトリックでは相手が死ぬまでなにがあっても離婚は許されないというだけで不倫をしてはいけないというのはない 離婚ができないからこそ不倫は許容されてきたんだ 今でもカトリックが強くて離婚が面倒な国はフランスみたいに不倫が許容されるし アメリカのように離婚が簡単な国は不倫は批判される
そこでさかのぼって結婚自体が無効だったことにするんですよ
相手殺した方があとくされないよ
エゲレスのヘンリ−8世は不義密通を理由に王妃を二人ばかし処刑してるけどね。
それは嫡男が出来なかったからだろ ヨーロッパの大半では庶子に基本的に継承権が無い 少し前まで長期間内戦していた国でまた継承で揉める訳にはいかないって 現実的な要請が大きい
>>628 相続とか揉めそうだな
それで現代の法律じゃ離婚は特別に将来に向かってのみ効力を取り消すんだよな
相続法も本になってるのがケルト・ローマ・ゲルマンと多岐にわたるから 結局生き残って権力つかめたものが…になっちゃうんだよな
634 :
名無し三等兵 :2013/02/12(火) 22:22:02.71 ID:OILLF12V
イギリス人も相当に「葬式教会」「自然神OK」だし、ドイツはだからこそガチガチなのかもしれないが、 プレキリスト教の根は深いし。 そも、今のキリスト教の季節のイベントって大半が異教由来な気が。
救い主の生まれた日だって元々、冬至と設定してたぐらいだし…
しかしドイツ人も突然ニーベルンゲンとかワルキューレとかワルハラとか口走って、 すぐ地が出ちゃうんだよなあ。
初期の北方蛮族どもにはキリストの死後復活の話が、死を超越する戦いの神的に曲解されて広まったとか なんというか最初から間違ってる
東方に伝播するにつれて間違った方向に全力疾走し続けて オリジナルとは似ても似つかぬシロモノになった 仏教とか言う世界宗教があるらしい
上座部と大乗に分かれたのはインドの時だろ
大仏如来はアマテラスの化身とかそういうのか。
仏教はこうあるべしみたいなのが無いような
密教とか、ほとんどおまじないだし。 そもそも鎮護国家って何よ、みたいな。
呪殺だからねえ 怨霊信仰
/) ///) /,.=゙''"/ / i f ,.r='"-‐'つ____ ナムアミダブツって唱えてりゃいいんだよ!! / / _,.-‐'~/⌒ ⌒\ / ,i ,二ニ⊃( ●). (●)\ / ノ il゙フ::::::⌒(__人__)⌒::::: \ ,イ「ト、 ,!,!| |r┬-| | / iトヾヽ_/ィ"\ `ー'´ /
浄土(真)宗はだいぶ後だw
一向一揆とか一番たち悪いじゃねえかw
>>630 やっぱり結婚無効になってんじゃん
>>632 この場合非嫡子扱いですと
>>640 逆だ本地垂迹では仏が本当の姿で日本神話の神はその化身
これのパクリで神が本当の姿で仏が化身説を神道側が言った事もあるがそれは仏教じゃない
そもそも成仏の仕方は人それぞれだから自分で頑張るしかない(上座部) でもそれだと大変なんで先に成仏したおれたち(如来)が助けてやるよ(大乗) ってところかな? 俺(神)の言う事を聞く奴だけ助けるぜ(一神教) とは対局にいるような、なんか近いような。
仏はたくさんいるが最高なのは阿弥陀仏とか指定してる時点で浄土宗系は一神教に近づいている。 神が多すぎるってのもけっこうめんどくさい。まあ情報過多ゆえの迷いなんだけど。
日本の城だって横矢掛けがあったし、必ずしも、大砲がなくては無意味という訳ではない。
すまん、近世スレと間違えた。
昔は念仏さえ唱えれば極楽へ行けたのに、今はその上に選挙に行かないと極楽へ行けないという(ry
>念仏さえ唱えれば極楽へ行けた これも浄土教の系譜の発想
メソポタミア神話にはそもそも天国や極楽浄土なんてないんだっけ?
>>652 仏教のくせに極楽行くこと肯定してる時点であれ?
宗教スレだったのか?
>>653 イナンナの話を見る限り黄泉の国しかなさそうだな。
>>656 宗教つーのは中世を語るうえで絶対に切り離せん重要なテーマだべよ。
日本神話も黄泉の国があるだけで天国はなさそうだけど死んで神になるってのはどういう理解なんだろ?
八百万の神はこの世にいるのではないかと。 高天原とかは知らん。
なんで民族・神話学板みたいになってんのw
つまり死んで黄泉の国に行く奴もいるが、靖国神社に行ってネ申になる奴もいるし、 別に統一されていない。イザナミの話はイザナミの場合はそうだったそうですってだけ。
信仰という観点からは靖國神社は邪道っぽいけどな
つか靖国って明治以降でないの
仏教の影響じゃないのか 死んで仏になる→仏=神→死んで神になるみたいな 家康とかそんな感じだし
死んで仏になるってそういう意味じゃないんじゃ。しがらみの一切から離れるってことだから 積極的に現世に関わらないと思う
小乗の方って死後は無いんじゃん? でもあの世無いとカタルシスに欠けて不評だから 色々追加したんだよね
愛国心とか考えると国教としての上座部仏教はけっこう難易度高め
話を変えるけど、中世騎士道花やかなりし十字軍の頃の馬は どれくらいのサイズだったのでしょう。 日本馬とそんなに変わらないと聞いたのですが、本当なのですか。 プレートアーマーを着た騎士が乗る以上、かなり大きな馬でないと持たない気がするのですが
プレートアーマーの全盛期と十字軍と中世騎士道だとどえらい時代が広いと思うんだが
十字軍と騎士道の全盛期はずいぶんとずれてるような てかリチャードの頃だとまだ主力のノルマン騎士はチェインじゃないかな それは置いといて自分で結論出てるじゃないか。重装騎兵なら馬もつ ときに可能な限りガタイのいい頑健な馬選ぶわな 日本の軍馬は大きさよりも足回りと気性が重視されたと聞くが 出典が思い出せないんで知ってる人いたら情報求む
>>669 2chでの定番資料の比較だと日本より10センチくらい上に分布がずれてる感じと思われる
鈴木的に言うとそれでもポニーサイズ
673 :
名無し三等兵 :2013/02/15(金) 21:01:00.30 ID:oyOxkjPw
・中世騎士道 ・十字軍 ・プレートアーマー 全部違う時代な感じがするのは気のせいでしょうか。 お馬さんの大きさも、背、長さ、幅、に分けて考えてみては? 日本馬ったってサイズに幅がありますし・・・ 持つ持たない(保つ保たない、かな。華やかも「花やか」とは書きませんねえ)にしても、 行軍時も乗るのかどうか、替え馬の有無によって、いろいろ変わるかと。 ひとつの参考例としては、クォーターホースがジョン・ウェイン乗せて走れてますな。
最後はともかく、第三回十字軍を率いたリチャード王は騎士道物語の愛好者だったというがのう。
675 :
名無し三等兵 :2013/02/15(金) 21:15:52.10 ID:oyOxkjPw
>>672 「ポニー」という語は注意深く扱って欲しい。
キ高高が14.2ハンド未満という定義なら、多くの「乗用馬」が含まれる。
身長170cm前後だと、踏み台なし、乗るために鐙を長くして乗った後で短く詰めることなく乗れるのは
「ポニーサイズ」なので。
血統、品種的なポニーもある。近くの馬場にいるハフリンガーは血統的にはポニーだが、
150cm超えたから、種馬資格は失った。まあ、もとよりセンだけど。
雰囲気もある。ハミ、つか、口だな。ここを中心として、上顎・鼻側と、下顎側のボリュウムを比べた時、
上が大きいとウマっぽくて、上下等分に近いとポニーっぽい。
>>674 いわゆる騎士道物語もガロ・ローマ、メロヴィングから始まって云々となるから止しとけ
十字軍はいつからいつまでで全部で何回ですか? だけでスレが立つなw
>>669 気にするなら体高より重量の方が大切なんじゃないかな?
>>677 イベリア半島、ドイツも含むかどうかでさらにw
ちなみに闘馬で画像検索すると日本で求められたのはこんな馬なのかなぁってのがでてくる ブケラファスたんももしかしたらこんな馬だったのだろうか 乗れねーよw 動画もでてくるけどなにかのんびりしてるから気にするなw
682 :
名無し三等兵 :2013/02/15(金) 21:48:16.97 ID:oyOxkjPw
>>680 何キ(寸、4尺に加えて)が出ていない時点で・・・
用語をかみ砕いて説明できないでオレは頭いいと悦に入ってる人のみっともなさは異常
南部馬ってなんで木曽馬よりデカイの?
身も蓋もないい方だと用途が同じなら寒冷地の方が大型化するで終わりじゃね あとは牧草の質が良かったとかw
木曽馬は朝鮮系の高原馬で南部馬はツングース・オロチョン系の森林馬だとか。 あと木曽馬はあまり群れないが、南部馬・奥州馬はすぐ群れるとか生態も少し違うらしい。
ボクもソー思う _, ,_ 我ながらつまらんわ! ( ´Д`) _, ,_ ⊂彡☆ ) Д´)
>>686 南部馬は氷河期終了時日本列島が大陸から切り離されたときに取り残された馬で
以後、日本に持ち込まれた馬とは系統が違うって説のこと?そういや岩手県の遺跡から
食用にしたと思われる馬の骨が見つかった話があったような(うろ覚え
>>669 750 :人間七七四年 [sage] :2009/06/20(土) 01:07:18 ID:6UuzqP+c
中世の軍馬の大きさは、長い間議論の主題であった。伝説によれば、騎士の馬は頑丈な軍用馬であり、
これは、現代の荷馬車用の馬と同じぐらいの大きさがあったことを意味するが、そのような馬の遺物は
十四世紀以前には発見されていない。中世後期以前の考古学遺跡から出土した馬の遺物は、体高は、
せいぜい一四二・二センチであった。
J.クラットン=ブロック『馬と人の文化史』
752 :人間七七四年 [sage] :2009/06/20(土) 13:22:02 ID:6UuzqP+c
おまけ
ヘンリー八世(一四九二〜一五四七年)は、彼自身体重が決して軽くはなかったが、王国全域にいる馬
の大きさや体力を改良することに特別な関心をもっていた。彼は一五三五年、実質上の土地所有者は、
一三二センチかそれ以上の雌馬を最低でも二頭は飼わなければならないという布告を出した。そして
一五四一年には、イングランド中部および南部の州の所有地では、一四二センチ以下の種雄馬の放牧を禁じた
あっ畜生 この前その本ブクオフで見つけてほくそえんでたのにもう報告されてたか
>>689 その記述読んだときにイギリスの王立博物館に所蔵されてる150〜160を対象とした
馬具は遺物じゃないのかと激しく突っ込みたくなったな
>>689 さすがに原書が20年以上昔でその後にいろいろ研究進んでる本を例に引いても
内容の真偽まで論ずる知識ないけど、英語のwiki、大きい軍馬の項目
ttp://en.wikipedia.org/wiki/Destrier There are many theories as to what type and size destriers attained, but they apparently were not enormous draft types.[5]
Recent research undertaken at the Museum of London, using literary, pictorial and archeological sources,
suggests war horses (including destriers) averaged 14?15 hands, and were distinguished from a riding horse by their strength,
musculature and training, rather than their size.[6] This estimate is supported by an analysis of medieval horse armour located
in the Royal Armouries, which indicates the equipment was originally worn by horses of 15 to 16 hands,[7] about the size and build of a modern field hunter or ordinary riding horse.
とあって参照してる出版物も年代新しいからその論に賛成しかねる。
関係ないけど今月(先月?)のバルツァーで騎兵が突撃しとった 作者はオタクよのう
一四二・二センチとか細かすぎるだろ。それが騎士の乗用馬かも特定できないし。
単位の違いですね 向こうではハンドとかフィートを使うけど、こちらは尺貫法にセンチだから 意味を移し替える途中で細かくなっただけ
戦闘に適した馬のサイズはどんもんなのかね 移動用なら大きいほどいいだろうが戦闘になると案外小さい馬の方がいいかも
サラブレッドは、小さくてデリケートに過ぎるし、やはりクォーター・ホースじゃないかな? 現実に牧場でカウボーイが実用に乗馬し、短距離ならサラブレッドより早い。 何よりピストル騎兵も、この辺りのサイズを使ってたんだから。
格闘を考えればなんといってもスピードより大きさと重量。
ならタイが最強になってしまうよ
>>669 前々から何度も話題に出ているけど、
初期の十字軍騎士や聖騎士団は、鎖帷子10kg〜にバケツヘルメット、盾に槍だ。
それでも結構な重さがあるが、同時代くらいの鎌倉武士の大鎧は、
鎧部分だけで20kg〜25kgくらいあるよ。
馬が大きい小さいだけでは運べるものの重量は決まらないよ。
サラブレッドは確かに大きいけど華奢で怪我しやすく重量物は運べない。
蒙古馬の系統の和馬は小さいけど足元ががっしりしていて重量物を乗せるのには
適している。
重量だと、日本馬も体高はポニーサイズでも 重量500kgとか普通にいるぜ。
伝令用の馬、使い蕃や母衣衆、小姓の馬は当然軽くて足が速いほうがいいだろう。 また駄馬は背が低いほうがかえって荷の積み下ろしが楽らしい。 しかし大将や寄騎・馬廻りの馬は当然足遅くてもでかいほうがいいだろう。 馬廻りは密集して突撃するための連中だし。 そういう使い分けは当然やってるはず。
そんなに全部自前でそろえるの?
格闘技とかだと、体格よりも重量で対戦相手が決まる、 というのは重量のほうが体の長さよりも大事だからだったりする。 そういう意味では体格のわりに重量のある日本馬は戦闘には向いてると思うがな。
この手のスレだと馬や日本刀の話題はあいかわらずループだな まとめてテンプレに入れとけよ
706 :
名無し三等兵 :2013/02/16(土) 15:41:28.13 ID:Yxdr3xuG
背が高い馬は乗り降りが大変、というのが実は大きい。台を使わず、乗るときだけ鐙を 長くして乗ったら詰める手間も要らないサイズの範囲でそこそこ大きいと良い。 おおむね、キ高高が乗り手の目より低いぐらい。キ高越しに、また鞍越しに反対が見えないと 横について歩くとき怖い。 クォーター、ハクニー、ドン、たいていの「乗用馬」はポニー最大サイズぐらい。400kg前後。 普段使いの輓馬も重いけど背はそんなもん。ブルトンとかノルマンとか。600kg以下ぐらい。 駄馬・農耕馬はもうひとまわり小さいものも多い。 不便をしのんででも大きい馬が切実に欲しい、という時(大将用でも騎士用でも重輓馬でも)に、 160cm以上のが使われる。 和種はガッチリしているけれど、500kgはなかなかいないと思う。中では大きい(純粋和種ではない)道産子で、 かなり大きくて140cm350kg見当。 105cm150kg程度のシェトランド系雑ポニーにも70kgぐらいの人間は乗れるが、 短時間短距離限定。40kg以下ぐらいの乗り手だと無理がない。
落馬する危険が付き纏う戦場だと体高が高い馬は命取りかもね
最強と言われるモンゴル騎兵の馬は小さい ヨーロッパの騎兵は惨敗
モンゴルの馬って森林馬からなにから極めて他品種に上ったような 騎兵の種毎に乗る馬違ったんじゃないの?
>>708 ワールシュタットの戦いの事なら軽装騎兵により騎射で敵陣混乱させた後に
重装騎兵の突撃だから馬の大きさどうこととはあまり関係ないかと
馬の大きさ云々したいなら同時代・同戦法で戦ってた源氏の義仲・義経軍の
争い見た方が。木曽馬を使用した義仲が南部馬の義経にワンサイドゲームされてる
>>710 それは戦いようによって、
大きい馬小さい馬に向いた戦法があるというだけであって、
大きい馬が常に強いことの証左にはならんのだけど。
そうなんだ レヒフェルトの戦いで神聖ローマ皇帝(厳密に言えば違うけど)オットー1世がマジャール人を 圧倒できたのは、馬の大きさの差だというのを信じていた。 馬の大きさが同程度なら、弓が主体の軽装騎兵が騎槍主体の重装騎兵に追いつかれるはずがない。 馬の大きさで圧倒できていたからオットー1世率いる重装騎兵はマジャール人の軽装騎兵に圧勝できたというのを 信じていました。
スタミナの差やらなんやらあるから基本的に大きい方が重いもの持てて長時間動けるからそれでいいかと まあ、その分、食料や水どうすんだって問題でるけど
重騎兵と軽騎兵が正面から打ち合うと、そりゃ重騎兵が勝つだろう。 特に馬の大きさに言及している文献があるなら別だが、 馬の大きさと馬そのものの重量にはさほど関連性がない。 むしろ小さくても足がずぶとくがっしりした馬のほうが 重装備を運搬するのに向いてるんじゃないの? 体格差は槍の長さで補えばいいだけの話だし。
戦国時代だと総予備である総大将と馬廻り衆、あるいは母衣衆がいい馬、大きい馬に乗っているはず。 次に小領主のサムライ大将、○○大将、○○頭が次にいい馬に乗る。寄騎、使い番は当然それより小さい馬。 荷駄馬はもっと小さい馬。 追跡や監視・警戒・妨害には小さい馬の寄騎隊・使い番・足軽使って、決戦の格闘には馬廻り衆を使う。 だから馬廻りには雑用はさせない。
>>710 義経直属の部隊って参考になるほど居たっけ
関東勢が殆どじゃないの?
717 :
710 :2013/02/16(土) 21:10:36.68 ID:???
>>716 便宜上、義経と書いただけで頼朝の勢力は南部馬使ってたという理解でどうぞ
当時の頼朝は奥州藤原氏と敵対してはいないからな。 ところで木曾義仲本人も秀衡からもらった南部馬、というか奥州馬使ってたらしいね。
719 :
名無し三等兵 :2013/02/16(土) 21:40:14.56 ID:Yxdr3xuG
>>710 ,711,715
ほどほど、と言うセンがある。
それより小さいと、小さいがゆえの弱点が目立つ。それより大きくても、大きいがゆえの弱点が目立つ。
4尺が基準だったら、小さいゆえの弱点が目立つ。が、それは、大きいほど有利、ということではない。
6尺は持てあます。どのへんが中庸かといえば、5尺400kg+ぐらいなのよ、と。
>>714 足がずぶとい云々はイメージとしては判るが、そんなに簡単ではない。
背の長さ、体の幅、肩や腰の角度、その他諸々は大前提として、馬匹は改良されてきた。
相馬学という学問が必要となるぐらいにややこしいんだ。
ブルトン、ペルシュロン、シャイヤーはみんな足がぶっといが、得意不得意はみんな違う。
昔の木曽馬、昔の南部馬の詳細は今となっては不明だが、サイズ差以上の違いがあったかもしれん。
残っている「イメージ図」を思うに、首の付き方とかね。
個人的に現在の木曽馬を指して昔の乗用馬と言うのはどうかと思う 数件の農家が農耕用に飼育していた生粋の駄用馬の子孫だし。 明らかに走るのに向いた形質ではない。 江戸時代なら乗用としてはハネられていたタイプじゃないだろうか。 このへんは木曽馬保存会のフカしが入っている気がする。
そういえば南部武士は、 鉄砲や大砲で相手を突き崩してから、 得意の槍をそろえた騎馬突撃を得意としてたんだっけ。
>>721 面白そうだね。出典教えてほしい。どうも東北は伊達の騎馬鉄砲なるものどこぞのゲーム会社が
入れてから…
モンゴルさんは替え馬余裕の機動力チートだから…
ひとくちに戦国〜江戸の日本といっても 各藩いろいろな装備と戦術をもってるよね。 秘伝にしちゃってるから、正確な戦術や運用があまり 残っていないが……。
藤原信頼の馬 約145cm 四尺八寸 平治物語 佐々木高綱の馬:池月 約145cm 四尺八寸 平治物語 佐々木高貞の馬 約130cm 四尺3寸 太平記 新田義貞の馬 約160cm 五尺三寸 太平記 あい嚢鈔 凡そ(およそ)馬というのは四尺を定めて、その上を一寸〜八寸という 八寸二余るをバ長余るという 長二余る大馬も多き 4尺は不足をバ駒という(駄馬?) ↑でいいのかな?
やっぱり完全武装の殺人者集団が馬を走らせてこっちに向かってくる というのは想像すると恐ろしい
迎え撃つ側も完全武装の殺人者集団なんだけどな
>>727 怖いw
時代劇とか戦国物の侍って、なんかヒョロい若者みたいなのがモブの侍
やってたりするが、実際にはいかつい殺人集団なわけだものねぇ。
江戸時代の町人も時代劇だとやられ役の弱そうな感じだが、
なんだかんだ日常の細かい肉体労働で鍛えられたこわもての連中ばっかりだし。
>>727 だいぶ後世の絵じゃないのかこれ
>>732 >>733 えらい金の持ちの遊戯に見えるが女はねーだろw
戦前ぐらいまでは十分荒っぽかったと思うがな
水木しげるの回想とかなかなかすさまじいwジャアンはだいぶかわいいw
馬はおらんが
>>714 軽装騎兵というのは弓が主武器で、重装騎兵は槍や刀が主武器
従って、軽装騎兵は重装騎兵が突進してきたら速やかに逃げ出して弓で狙い撃つのが基本
十字軍の戦いは、キリスト教徒側は重装騎兵が主力で、イスラム教徒側は軽装騎兵が主力だった。
そして、ヒッティーンやアルスーフの戦いではそれぞれの持ち味を生かせた方が勝てた。
レヒフェルトではオットー1世側が馬の体格で圧倒していたので、マジャール人は逃げられなかったと思っていた。
引き際誤って主力と接敵して溶けた散兵なんて珍しくもないさ。 数で勝ってるからと接近戦でとどめ刺そうとしてた時に敵方に援軍到着。 そんな状況でも死亡率比較してみるとオットーぼろぼろw マジャルは略奪利益のために侵入してたのが利益得られなくなったから以後侵入止まっただけ。
視点を変えるとマジャール人が軽装騎兵が中心だったのは、 重装騎兵が少なかったのではなく、単に軽装騎兵が多かったからとも言える。 つまり森林農村帝国のドイツでは森林馬に乗れるのは基本的に領主城主とその家臣だけだが、 草原の遊牧狩猟民のマジャール人は、貧乏平民でさえも草原馬に乗って弓を射る。 マジャールより圧倒的に馬が少ないドイツは必然的に城と貧乏平民からなる徒歩弓兵と、 少数の重装騎士による体当たり攻撃で対抗するしかない。 城だけでは長期包囲されたら兵糧尽きて落城するから、包囲軍を背後から牽制し、 逆包囲で城を救出するためにも重装騎士が必要になる。
妄想乙としか言いようないな。分かってて煽ってる奴は気持ち悪い
オレサマ定義厨につけるクスリはなし。
>草原の遊牧狩猟民のマジャール人 はて、どう突っ込むべきかw
ちゃんと考えてから書き込めよ(笑)
>>735 なぜ馬の体格で圧倒しているとマジャール人が逃げられないんだ?
ちょっと理解できないな。
そもそもドイツ馬のほうがマジャール人の馬より大きいなんてソースあったか?
で、大きくても重量のある重装騎兵のっけてたら長距離では不利では?
そもそも体格が大きい馬のほうが常に早いのか?
>>742 脳内のソースで頑なに壊れたレコーダーやってるのに触れるなよ。
普通にマジャール逃げてるよ。ただ、数の差から乱戦で押し勝てると踏んで
白兵戦になったところに敵方援軍で押し返されたの。
了解、触らないようにするよ。
ところで話は変わるんだが、 前漢は匈奴にだいぶ苦戦してたよね。 まさか歩兵隊でぞろぞろ攻撃に向かったわけではないだろうが、 前漢の軍勢はどうやって匈奴と戦ってたんだろうね。
史記には高祖が歩兵32万を引き連れて匈奴攻撃に向かったとあるな
それぼこぼこに負けた奴だよな
李陵の記述に従うなら弩兵と車陣で対抗してたなあ 軽騎兵で機動力に優る相手だから歩兵と騎兵の混成でもなかなか捕捉できないだろうし 匈奴の側で戦場と時を選べるのだろうから、苦戦するのは当然だろう
衛青や霍去病が匈奴に勝てたのは鉄と青銅の差? 衛青に霍去病ってMS-IMEにデフォルトで入ってるんだな。そんなに有名かこいつら
MS-IMEは安い中国人に作業させてるんじゃなかった? だから辞書が中国語寄りなんだよ。
不思議なのは匈奴は不利と思えばさっと逃げられる印象があるんだが、 どうやって衛青や霍去病が攻撃して撃破できたんだろう。 騎兵を活用したか?
マジかと思って試したら本当に入ってたw 司馬遷、劉邦、鄭和、項羽、 有名どころは入ってるな。 悪来とかハンカイ、リュウショとか武将級になるときつい。
>>751 大量の騎兵使って猛追をかけたはず
特に霍去病が異常(マジで一発で出るのな)衛青はどっちかというと慎重だったんで首
匈奴は家族とか連れてるから純騎兵軍の方が早いし強い
でも最終的に金と損耗がすごくて中止
とかゆう流れだった気がする
フェルガナ遠征もその一環だろうしね
確かに中国は北方は馬の産地だから、 伝統的に北部はそもそも騎兵が多いよね。
衛青や霍去病の頃は純騎兵の編成に成功して、それで遠征をしていたはず ただ、純騎兵を騎馬民族でない漢民族で訓練するのは大変だったみたいで 李陵の頃になると歩兵を遠征に投入せざるを得ない状況になっていたみたい。 それに財政も破綻寸前になっていたみたいだし
>歩兵を遠征に投入せざるを得ない状況になっていたみたい。 そうなると騎兵を倒す必要性が無くなる 歩兵を叩けば勝ててしまう 歩兵がいないというのはものすごく優位性がある
シナが北遊牧民に勝てるのは @前哨戦 A奇襲 B干渉圏内←非遊牧民国土領域外交戦 と必ず小規模小競り合いでしか勝てない。 あとは1000人で10人頃して寓話ちょうで戦勝と宣伝してるだけ。 よたレベルの俺が勝ったいがいは敗北 @漢の匈奴紛争、1対1で辛勝。中立条約が限度で勝ってない A隋唐対こっくり 1勝1対 B宋代の交戦←大敗北で賠償金支払って和解と思ったら属国になってたw C宋対元←不利な状況でシナが自滅して戦わず敗北 D明対北京←小規模元官僚を潰すだけなので圧勝対本体戦争じゃないので圧勝 E明対元(北元)←大敗北、ザナドゥ到達以前。再属国朝貢 でここまでで漢民族対匈奴敗北 清は日本が明壊滅させたので戦わず勝利 清はほとんど交戦なしに元と同盟←あれは同盟に近く 老中北元 清大名 に近い同盟体制
シナの場合勝ったという言葉遊ばせるけど どう見ても敗北なんだよな 対北方民の小競り合いは2勝1分3敗 西方は1勝4敗 対南は3敗ただし「敗北したのに勝利宣言」はしたよw 対東4敗 シナの歴史の伝統は ・汚いやろうといわれ敗北 ・毎回戦争前に強制入植する の繰り返しで伝統的パターン 例えば勝利宣伝してる蜀の南進なんかは軍事じゃなくて侵攻入植 例えば タイの海上警備、海上特殊部隊がスゴイが国境警備隊で対処するレベル と同じ 歴史上古来から伝統パターンだが...... 「正規線でわ必ず負ける」
@非正規戦テロ A小競り合いで軍対警察 B敵が意図的に手を抜いて責めさせた場合 C本隊に敗北する前の前提勝利(挟撃されるための前進) Dいわゆる補給線えんせん作戦での勝利(分断されます) ばっかだよ。 モンゴルレベルの操兵構築できなくて その時代に例外的に強いシナの一部でも外国先進国に弱く 操兵基礎 訓練 装備化してる だけの雑魚なんだよね。 もっといえばシナの行動は軍事じゃない。 難民突撃だ。 例外的なのもあったけどほとんど非正規部隊
例えば文度にしても事実上土人だった戦国を(あれは戦国じゃなく戦部族) 無理やりローマに結びつけるけどそれは嘘で 装備と編成が秦とえん以外なく各部族内部族が独自武装交戦してただけ 装備と軍事の交戦は三国志が発 それと同じでそもそも制度化された軍隊行動が以上に少なく唐と明だけでそれも稚拙でそれくらいしか軍化 国家系システムがない。 戦国なんか国でもないよ。 エピソードもない ようは国家と徴税、徴兵のシステムは秦漢以前では一切なかった。 鉄器と騎兵導入したのもえん、秦くらいで 古墳紛争時代よりも史跡と文物もなく古臭く弱い勢力対立じゃないと行けない。 実際秦の50年全国制覇、えんの鉄器国家化 くらいしか国家的、精力的な構造も戦争構造も見受けられない
>>763 結構意外な話なんだが、
それソースある?
>>761 >>763 そういう話はさる人の孫子本に書かれてたな
孫子は原始の闘争からいかに棄民の群れを操縦するかのノウハウ本だと
ローマ軍のような代物を想像してはいけないと
もしそれが本当なら、 秦軍がオーバーテクノロジーすぎないか? ちょっと簡単には納得できないなぁ。
秦楚なんてが一番の蛮族だったと思うんだが… 燕もその次ぐらいじゃないかったかなぁ 秦の兵士は裸で右手に刀左手に生首もって突っ込んでくるとか(詳しいことは忘れたw) そしんかちょうぎあたりに言われてたはずだが まあ孫武と言えば有名な女官で演習やらせて不真面目だった女(王の愛妾)をぶった切るとかやってるし むしろやたらと規律にこだわるイメージがある(兵が糞ばっかりだったんだろうが) この前新聞に戦国時代の青銅製の鋳物の矢じりが日本にあるってのが乗ってた 普通にどこも武器は作ってたと思うが かんしょう、ばきくやとか剣好きだしな
秦楚は確かに元蛮族扱いだよね。 ロシアがわりと近代も後半にならないと西欧扱いされないのと一緒かw ただまぁ、 ローマ軍団だってゲルマンの蛮族を傭兵や補助兵に使ってるんだし、 中国の戦国春秋時代の兵がさすがに暴徒の群れみたいな表現は少し過激すぎないか。
まあ暴徒の群れとか言い出したら、フランス国民軍だって貴族からみたら暴徒の群だし、 長州の奇兵隊だって俗論党からみたら暴徒の群。鎮台兵も鹿児島士族から見たら暴徒の群。 アメリカの大陸軍だって暴徒の群。労農赤軍だって白衛軍から見たら暴徒の群。 人民解放軍も暴徒の群。
>>765 二十八ならあいつのドヤ顔で語る歴史は思い込みと妄想の産物だぞ
それでもミリ関連なら丹念に史料を掘り起こしてはいたから作業の部分では評価できる部分がないでもないが、
歴史家気取り始めたら、依拠するソースの筋目が悪いし、まあただの電波さんだな
>>767 蛮族なんだけど、楚とか呉越なんかあれで鉄器に関しては先進的だったみたいだな。
南方系の兵主神である蚩尤のイメージはそういう史実の反映として生まれたのかも。
また史料読まないで妄想で語るくん登場か 同じ奴なのかそういう奴が集まるのか
と、ここに来てソースは出せないクンが登場か。
今日の人はなぁ 誤字変換とひらがなと独自用語が多すぎて・・・・・・
すごく同意w 結局読んでない
そろそろ妄想ラジオしたい人はトリップつけてくれればわかりやすいのにね。
小文字がこんな所にも出没しているのかw
文体から察するに土鍋だね 八重の桜スレで相手にされず、近代幕末スレで無視されて、今度はこっちに流れてきたか いつもageてたのになんで今回はsageてるのやら
>鉄器と騎兵導入したのもえん、秦くらいで 胡服騎射とか有名だと思うんだけどなぁ つか二十八なのか 電波強すぎるんじゃないか
>>779 土鍋ってどっかで見覚えがある呼び名だと思ったが、チャンバラスレにいた土鍋ね。
しかしこの文体は土鍋では無いと思うよ。やはり小文字だと思う。
土鍋ならsageないんじゃね?
古代中国や匈奴の鞍ってどんなんだろ。 ローマやケルトに関しては槍でチャージ出来るような特殊な鞍使ってたのが、保有する複数の書籍から確認出来るが。
ヌミディアは騾馬だし 鐙がなければ鞍だけではチャージはしんどいと思うが
>>784 訓練すればヘタイロイみたく鞍なくてもチャージ出来るが。
保有している、古代ローマ軍団大百科P138にこう書いてある。
古代の戦争に関する古い研究においてしばしば出会うのは、鐙を知らなかった古代の騎兵は効果的な突撃
を行うことが出来ず、精々一時的に敵軍を錯乱する程度のコトしか出来なかったといった見解である。
(中略)
ピーター・コノリーの先駆的研究によりローマ式の鞍が復元され、実際に試した結果、この見解が全く誤りであ
ったのは、ごく最近のコトである。
まあアレクサンドロスの戦歴見ればそんなこと一目瞭然なんだけどな。
787 :
名無し三等兵 :2013/02/20(水) 11:56:02.64 ID:ciS9ATmu
>>ローマ式の鞍 画像ください。つかその鞍欲しい。
ローマ馬はものすごく小さかったようで、 乗るのに鐙に足をかける必要も薄かったってのも一因らしいね。 たしかに石像のローマ騎士の馬は小さい。
>>513 インドの製鋼は非常に古い時代から優秀で、インドの都市ナグプールの傍の町 のウリー・ガオンのそばの墳墓から鋼の丸ノミ等が発掘されており、これは紀元前1500 年ごろのものである。
ほぼモーゼの時代のものと 思われ、デリーの柱の可能性のあるもっとも
古い日付よりもさらに数百年前のものである。
ウーツ鋼は柱用の鋼としてではなく刃物用として有名であった。
ウーツ鋼で作られた刀剣は、“もし絹のネッカチーフが刃の上に落ちると自分の重みで真っ二つになり、鉄の鎧を切っても刃こぼれせす、柳の枝のようにしなやかで曲げても折れず、
手を放せば 軽い音とともに真っ直ぐになる”といわれている。
1000年前から欧州各国がインド・ウーツ綱を コピーしょうとしたが失敗した
その出来損ないがステレスだがね
>>790 そのウーツ鋼は原料枯渇で作れなくなった。
ローマは良質な鉄鉱石を産出するノリクムを押さえてたから鋼を作れたし、海のシルクロードを用いてインドからウーツ鋼を輸入してたみたい。
792 :
名無し三等兵 :2013/02/20(水) 13:14:48.09 ID:ciS9ATmu
>>788 折角ですが、どういう鞍骨形状なのかとかまるで判りません・・・
>>792 木製の鞍の四隅が角のようになっていて、さらにその角を金属で補強し革で鞍を覆っている。
古代ローマ軍団大百科より
だいたいさ、鐙なしで乗馬するのは遊牧民でないと無理だが、 鐙さえあれば乗馬素人の農村民でも武装して簡単に乗馬できますとか大ウソに決まってるだろ。 別に中世の騎士は大きくなってから始めて馬に乗った農家の人じゃないんだから。
馬は臆病な動物だよ
>>795 マケドニア、ローマの貴族、騎士階級ならば乗馬しチャージも出来る。
鞍も装備してなかったゲルマニア、北アフリカの騎兵はチャージは出来ない。
ローマの場合は貴族、騎士階級の騎兵が不足がちだったの属州とかから集めた。 ちなみにガリアやブリタニアのケルト人は遊牧民ではなく農耕民な。
フェニキア騎兵とか投げやりで戦ってるよな
ゲルマン騎兵って、ドラマのROMAでは、 馬にのって長剣を振り回すような描写をされていたが、実際どうなのかね。 ローマ騎兵もスパータを使っていたとは思うが。 ハンニバルのヌミディア騎兵に蹴散らされたローマ騎兵は、 ローマ人の騎兵なのか補助兵なのか……。
>>799 ローマ騎兵も投げ槍使用してるし弓騎兵を採用している。
パルティアの弓騎兵に対抗してローマも弓騎兵を採用してる。
>>800 古代の武器・防具・戦術百科によると通常は長剣や下馬して使う長槍、長剣と槍だそうだ。
>>800 古代ローマの戦いによるとカンネーの戦いだと、ローマはローマ騎兵、同盟国のラテン軽装騎兵が参戦している。
>>796 馬は非常に臆病な動物。 音、声への反応には敏感で、警戒心は強い。
「ガラス」と揶揄されるほど故障しやすい生き物でもあります ...
本来、戦には向かない動物だよ
805 :
792 :2013/02/20(水) 20:08:21.82 ID:ciS9ATmu
>>794 鞍壺が深いのは把握。でも、それだと、鐙なくて左右どちらかにずれても踏ん張れずに落ちる、
ことの対策にならないわけで、「鐙なしでも」の説明にならない。
元の論文などご紹介あれ。
>>796 ,804 雑ですがな。そういう切り口は誰も得をしないかと。
「fight or flight」の場面でflightが選択され、その際の「とりあえず逃げとこ」距離が長い、
張ってると(元気が良く疲れていないと)flight傾向が強まる、というあたりが、
ウシなどに比べた時の面倒なんだ。
「ガラス」は馬一般でなくサラの話だし。
ファルサロスの戦いは騎兵の弱点が諸に出戦いだと思うな
>>805 馬はもともと脆いよ
自動車ができるまでは
そのスピード力が軍に重宝されたみたいだがね
まぁ軍馬の条件
障害物を突破していく知力や能力、重い負担物を背負いまたは引いて、遠い距離をしかも迅速に行動しうる体力や持久力、あるいは銃声や大砲の音にもびくつかない度胸。
軍馬自体がエリートで選別されるんだよ
>>790 インドのウーツ綱は古今無双で世界最強の鉄
1600年間の風雪に耐えいまだ錆びないデリーの鉄柱は99.72%という高純度鉄で作られており、表面にはサンスクリット語の碑文が刻まれている。
直径は約44cm、高さは約7m、地下に埋もれている部分は約2m、重さは約10トンの巨大さ。
科学専門誌ネイチャーは、ウーツ鋼でできたこの柱の製造にはカーボンナノチューブテクノロジー゙が使われていたらしい、という論文が掲載された。
それによると、電子顕微鏡で観察するとナノチューブ特有の格子構造が確認できたという。
ロシアに落ちた隕石をまとめ買いすれば 古代さながらの日本刀がつくれるんじゃないかな
流星刀ならもうある
NHKがトップギアやブレイントニックみたいのを作ってくれるなら、払ってもいいが、今のラインナップじゃねぇ。
>>811 いやもっと作ろうぜまた作ろうぜってはなし
>>809 CNTぽいものの話は知らんが、耐腐食性を持たせた表面の形成に一役かってるのかな
純度99.72%の方は純度によって耐腐食性を得るにはほど遠い数字
「俺の知ってる鉄と違う」になるのは99.999%になってからの話だ
まあどっちにしろそこで上げてる話はこのスレ的な意味での鉄の強さとは関係のない
メンテナンスが楽になるってのはあるけど
実際に作られてる俺の知ってるのと違う鉄
http://www.nikkei.com/article/DGXNASDD23006_T20C11A2000000/ >超高純度鉄は、純度が99.9996%と市販されている高純度鉄よりも不純物の量がさらに100分の1と少ない。
>性質は一般の鉄とは全く違い、表面が銀色に輝きさびない。塩酸につけても溶けず、教科書で習う
>金属のイオン化傾向の常識が成立しない。
>柔らかいため、たたいて加工しやすいが、極めて割れにくく簡単に切断できない。
もっと白かったと思ったがこんなものか
日本の超高純度鉄は、科学が発達したつい最近の鉄だが インドのウーツ鋼は、紀元前に遡るのだからすごい
そもそも古代には日本刀なんか無いし
819 :
805 :2013/02/21(木) 11:44:50.48 ID:jyVjVNc+
>>807 何に比べて馬は脆いと? ウシと比べてどうか。大型のレイヨウ(エランド等)と比べてどうか?
馬の品種間の違いはどうか? サラは時速約60kmで走るが、クォーターぐらいの乗用種では時速40km程度。
自動車と併走して計ったこともあるし、草競馬でハロン20秒ぐらいなところからも。で、足はサラのほうが細い。
バネ下重量軽くしたいからね。だから「ガラスの足」なんだ。
でもエランドなんかも同じく、あるいはもっと、バネ下重量の軽減に成功していないかな?
スピード。どのぐらいの速さでどのぐらいの時間走れるのか、人と比べてどうか、
秣の輸送速度が追いつくのか、青草だけで痩せないのか、青草だけで痩せない馬の品種はどんな
タイプなのか。
軍馬の条件。一品種が全てを兼ね備えるわけにはいかない。何でもかんでも「戦艦」と書くみたいに
相反する要素を並べ立てられても・・・。そもそもあなたが書いた諸要素は抽象的すぎ、大まかすぎる。
相馬はもっと細かいもの。乗用馬は短背がよいが輓馬は長背がいいとか、スペインやポルトガルの連中は、「リピッツァーナは(PREやルシターノに比して)輓馬みたい」と言ったりする。
尻を比べて見れば意味が分かると思うけど・・・
そしてエリートを選抜できるほど馬匹にゆとりがあった例ってモンゴル以外にあるっけ? 多くの場合、かき集めてないか?
>>808 百科という二次資料でなく、ピーター・コノリーの原論文(最初から成書で出たなら原著)をお示しあれ。
まあ人間は馬以上に非常に臆病な動物で音、声への反応には敏感で、警戒心は強い 故障しやすい生き物であるのは確かだな。
>>819 日本で手に入る1級の書籍だが。
君はコノ書籍に反論できるローマやケルトの書籍や文献があるのかね?
あるなら見せてもらおうか。
ちなみにこの【古代ローマ軍団大百科】は歴史群像図説激闘ローマ戦記等の史料としても使われてるんだが。
こちらは書かれてる書籍、信用できる著者を示した。それに反論するならばそれを打ち消す最新のローマやケルトの書籍や文献を提示してもらおう。
というか
>>808 の記述だと結局何ができたのかわからんのだが…
何を実験したのかもわからんし
>>822 それは思った。
先駆的研究といってもわからんし、
どう正しく鞍を復元したのか、どのように実験したのかもわからん。
あまり内容がないからはっきりわからん。
>>824 そうじゃなくて、
「ピーター・コノリーの先駆的研究によりローマ式の鞍が復元され、実際に試した結果、この見解が全く誤りであ ったのは、ごく最近のコトである。 」
のの具体的な内容がわからなくね?って話じゃないのか。
疑うとか信用しないとかそういう話じゃない。
>>825 >>819 で原論文と言ってたから、ピーター ・ コノリーがローマの鞍に書いた論文があるケンブリッジのサイトを出したんだが。
>>828 その動画やサイト、先に出してきた論文の「先駆的な研究」と関係があるのか?
どういう実証的な研究をしたのかわからん、と言ってるのであって、
その人と無関係のサイトや動画を出してきても意味ないだろ?
何を荒れてるかしらんが少し冷静になれ。
>>829 古代ローマ帝国騎兵の再現実験や再現映像だろ。
ピーター ・ コノリーの論文が売られてるサイト、復元した兵装での再現実験や再現映像に文句あるのか?
荒れてるんではなく、資料の絨毯爆撃かけただけだが。
831 :
805/819 :2013/02/21(木) 17:09:46.02 ID:jyVjVNc+
ソース多謝。GBP20は高い。構造図だけでもどこかにありませんか?
>>783 「ローマやケルトに関しては槍でチャージ出来るような特殊な鞍」がどう特殊なのか知りたいので。
動画は見た。所感を述べます。
3本目動画の二頭(青黄の栃栗? と芦毛のうちの一頭)以外、非常によく調教された馬である。
乗り手も上手。どんなにセンスが良くても1000時間程度以上の経験を経て初めて達することができるレベル。
1、2本は特に、3本目もスペインとしては相当に、「慎重に、丁寧に」乗っている。
急加速急減速を避ける、回転時には正しい内方姿勢を取らせていて馬を振り回していない。
騎手もオートバイ用語でいうリーンウィズを慎重に保っている。
「古代の騎兵は効果的な突撃を行うことが出来ず、
精々一時的に敵軍を錯乱する程度のコトしか出来なかったといった見解」が
「全く誤りであった(と明らかになった、かな)」については、否定はしないが少し大げさと感じる。
小格馬のコトコトした反撞、首が短く動画のような高度な収縮姿勢を取らせるのが難しいこと(反撞が余計に強くなる)、
野外の不整地では動画のようにうまくは運ばないであろうこと、等から。
鐙を持つ敵騎兵に対した時には、数倍の技倆または戦力の差が必要だったろう。
ただし、騎兵対策に長けていない敵に対しては特に、有効だったことには同意。
てs
834 :
805 :2013/02/21(木) 17:17:55.62 ID:jyVjVNc+
そんで、どんな特殊な鞍なのですか? 私が知る限り、イベリア系(スペインポルトガルウェスタン南米)、ブリティッシュ(乗馬用競馬用)、 ハイブリッド(マッカラン騎兵隊鞍、ストックサドル)、モンゴル、日本、ウシ用の荷鞍まで、 基本の形式はひとつしかない。「前後のアーチをシートで繋ぐ」。 次に、「鐙の有無」「形状を形成するに、鞍骨を使うか、堅く詰め物をした袋を使うか」 「腹帯の取り付け方が、鞍に直接か(大半)、鞍の上を帯が通るか(マッカラン)、併用か(競馬鞍)」。 後は形状のバリエーションに過ぎない。 いわば単胴単発単葉牽引だけあり、脚か浮舟か、鋼管布張か大圏構造かモノコックか、 水冷か空冷か、のようなバリエーションだけ存在して、推進式や複葉や双発や双胴や先尾翼等の「別の形式」は存在しないようなもの。 どのように特殊だったのか興味深い。
>>831 当方が知る限りでは和書だと、ローマ軍の歴史 アシェット版 ピーター ・ コノリー、古代ローマ軍団大百科、オスプレイのローマ軍・ケルト。
フィギュアだとタミヤのローマ騎兵しか知らない。
それか、ケンブリッジの論文を買うしかなかろう。
「古代の騎兵は効果的な突撃を行うことが出来ず、 精々一時的に敵軍を錯乱する程度のコトしか出来なかったといった見解」は
専門家の感想ではなく君の感想であろう。
専門家2人と我等みたいなド素人1人の感想では感想や意見の重みが違う。
ローマ騎兵だとRomacavalry Roman CavalryとググったりYouTubeで調べなさい。
>>829 は軍住人が自分の守備範囲・専門分野に土足で立ち入った不埒者に対しては全力で迎撃したり、資料の絨毯爆撃するのを知らないのかな?
>>833 そのサイトは知らなかった。支援攻撃感謝する。
>>830 そこまで鼻息荒くせんでも。
動画もみたが、馬に乗った相手にチャージしている映像でもないし、
固定もしていない藁屑のようなものを槍ではじいてるだけじゃない。
それで効果的な突撃が行えた、というのはやはり疑問が拭い去れないのだが。
何をもって効果的というかも問題はあるが。
839 :
831 :2013/02/21(木) 19:37:55.18 ID:jyVjVNc+
落ち着かれよ。「駄弁るスレ」なんだから。 「古代の騎兵は効果的な(中略)といった見解」はアナタが書き写してくれた「百科」の記述を再引用したものですがな。 私ゃローマ史の専門家ではないけど馬には乗れる。動画のことぐらいは出来る。自慢ではない。 馬にそこそこ乗れる者なら出来ることだから。 せっかく動画を紹介してくれた礼も兼ねて馬に乗らない諸賢には判りにくいような点も含めて 所感を述べただけ。
突撃は馬の巨体でもって敵を弾き飛ばす効果もあると思うのだが このスレのこれまでの流れだと、馬は臆病だし賢いから立っている人を避けて 走るようなことになってますね。 で、敵陣を崩すというのは組織的な戦闘を不可能にするという意味合いもあるから 敵騎兵を駆逐し、歩兵の陣形を機能しなくなるような形で寸断する、包囲するという くらいの意味合いで考えれば、鐙が無くても騎兵の機動力には意味があると思うのです。
841 :
名無し三等兵 :2013/02/21(木) 19:49:49.67 ID:jyVjVNc+
>>突撃は馬の巨体でもって敵を弾き飛ばす効果 ナイナイ。放馬した馬を止める最も普通の手段は人が両腕を拡げて立ちはだかること。 むろん乗り手が強制すればぶつけることは不可能ではないけれど、馬が意図して体を ぶつかっていくことはない。馬同士の喧嘩を見ていれば馬にはそういう習性がないと判ると思う。 寸断の効果は同意。
別にいままでのこのスレの流れではぜんぜんそんなことにはなっていないですね。 馬は臆病で賢いから立っている人を避けて走るならロデオなんてできませんね。 明らかにあなたの思い込みですね。
馬自体が敵にぶつかったらこっちも転んじゃいますし 馬は横を通り抜けて武器をぶつけるのです
突撃は放馬とはぜんぜん違いますね。 乗り手が強制どころか指揮官の意思で集団で強制するものですからね。 寄親だけ突撃して寄騎が突撃しないとか、 〜大将だけ突撃して馬廻りが突撃しないとかでは馬廻りになりませんね。 寄親が突撃したら寄騎も突撃。大将が突撃したら馬廻りも突撃。 鹿が下りるなら馬も通う。佐々木が突撃すれば梶原も突撃。そうでないと先陣争いにならない。 宇治橋でも足利が川に飛び込めば、ほかもざんぶと飛び込んで一気に渡河。それがいくさにござりまする。
紀元前334年、小アジアに渡ったマケドニア軍38,000はグラニコス川の戦いで小アジア太守の連合軍4万と対峙した。この時派手な甲冑を身に纏っていたアレクサンドロスは騎兵の先頭に立ち、自ら馬を駆って突進すると敵将ミトリダテスを投げ槍でしとめた。 無鐙のマケドニア騎兵の用法はこんな感じじゃないかな。 要するに槍投げに続いて抜剣して切り込むローマ歩兵を馬に乗せたような。
そもそも武装した人間乗せた動物がすごい勢いで突進してくれば人間が逃げる
>>845 槍を投げるならば、短いサリッサを用いる必要は無かろう。
>>847 書籍が嘘というか、
内容があまりないから簡単にそうか、と納得できないなぁ、って
言ってるだけだよ俺は。
だし、動画をみても敵軍に衝撃力をもって突進する、
という話とはちょっと違うのは認めるな?
中世のジョーストを再現している動画と似たようなものとか、
もっと堅そうな的に槍か長剣で打撃している動画なら納得できるが。
ソースを出す以前の問題で、
効果的な突撃ができた、その実証的な研究ができた、
といってる点がなんか中身がなくてあやしくね?って話。
納得するには根拠が足りんというか。
別にローマ騎兵が突撃できなかったとは思わんけど。
ウダウダうぜぇw
軍事史家はかなりのところまで想像に頼って戦場を再現しようとし、 よってたつのは僅かな文献史料や考古資料に、従来の考察の積み重ねだったり するから、騎兵についてもいつのまにか根拠は定かで無いけど皆が書いてる ことが積もり積もっているのはあるかもしれない。 古代や中世の戦闘の場合は、3DCGの発達で映画の特殊効果、特殊撮影が かなり進んできたのも解釈に影響を与えているのかなあ。書く人ばかりでなく 読む側も脳裏にいつのまにか浮かべて影響を受けている。 馬が事故で馬車に衝突したり、落馬した騎手を踏みつけたり、弾き飛ばす動画は 既にありましたから、それと同様のことを戦場で歩兵相手にできていたかですね。
>>849 怪しくはなかろう。ケンブリッジに金払って買う論文をソースにして書かれてる本だ。
しかも書いた論文は古代ローマの著名な学者で、論文を売ってるのはケンブリッジ、それをソースに書いた著者もこだおローマ軍の著名な学者だ。
853 :
839 :2013/02/21(木) 22:34:29.04 ID:jyVjVNc+
その「あのようなローマ式鞍」がどんなんか知りたいわけですが。 身バレするおそれがあるのに動画や映像出すわけもないのに、そんなに攻撃的に絡まんでも。 私は和洋問わず弓術は習ったことがないのできちんと射ることはできませんので おそらくあなたの言われる「騎射」には該当しないでしょうけれど、 地べたに足を付いて下手に射るのと同程度に下手に射る(散布界はもっと広くなってしまうでしょうけど)、 のなら、短縮駈歩している鞍ナシの馬上から出来ます。速歩はいや。 ローマ鞍がどんなであろうと裸馬よりはマシでしょうから、できるでしょう。 弓を射るのは身を乗り出して重心を崩さなくて済みますから。 大昔ですけど、乗馬クラブのお祭りで高校生以下のジュニア選手たちがインディアンの扮装して、 裸馬に乗って暗い中突進してキャンプファイヤーに火を点けるという趣向をやったことがあり、 私がたまたま最年長だったので火矢を射ました。火のついてない矢で少し練習もしましたが、 下手さ加減は乗っていようと立っていようと変わりませんでした。松明を放り込む役のもっと幼い選手たちも同様で、 練習の必要があるのは松明の投げ方であって、「馬の上から」についてはどうでもいいんです。 繰り返しますけど、馬に乗れる、っていうのはそういうことなのですよ。ただし、軍事的にはもの凄い高コストですし、 身を乗り出して踏ん張って力を込めて剣や槍を振り回すのはまったくの別世界なので、鐙は凄い、んですが。
>>853 既に出したソースに書かれてる。
図書館で借りるなり、Amazon・楽天・紀伊国屋で買えば良かろう。それかケンブリッジに金払って論文買え。
出来ないならグダグダ言うな。
855 :
名無し三等兵 :2013/02/21(木) 22:51:09.18 ID:jyVjVNc+
>>馬が事故で馬車に衝突したり、落馬した騎手を踏みつけたり、弾き飛ばす動画は 既にありましたから、それと同様のことを戦場で歩兵相手にできていたかですね。 「事故で」なら生じますが、訓練したり、訓練の上強制したりは大変に難しいのですよ。 馬には、争うときに体をぶつける習性がありません。噛まれたくないので、口を突き出して体は引っ込めます。 馬は物を踏むのも嫌います。踏めば故障に繋がります。盲目の馬に乗ったことがありますが、何かを踏ませない 気遣いが大変でした。 また何かを狙って踏むという習性はありません。 習性があればそれをとっかかりに訓練して確率を高められますが、ベースがないと非常に大変です。
>>851 その妄想や幻想は打ち砕かれましたがな。
858 :
名無し三等兵 :2013/02/21(木) 23:00:51.33 ID:jyVjVNc+
>>854 なんでそんな怒りんぼなのかな。それになんでソース示したゾ、で止まってしまうのかな。
普通の語調でいきましょうよ。「特殊な鞍」と書いたのはあなたなんだし、
論拠を示しつつ「ほれこのここんとこが特殊で、これが突撃を可能にした理由なんだ」
と自説を補強してくださいな。
>>858 自分の守備範囲・専門分野に土足で立ち入った不埒者に対しては全力で迎撃する。そういうときの軍ヲタは手加減と言う言葉を知らない。
2回目の説明だ。
四隅が角のように突き出た木製の鞍の枠の角の部分に金属製の角補強材で補強し更に鞍全体を革製の外皮で覆う。
手間かかせんな。
860 :
855 :2013/02/21(木) 23:14:54.82 ID:jyVjVNc+
>>857 だーかーら、お平に。
私の知る限り、軍馬の調教を本当に知っている日本人はもう一人もいません。
軍馬の調教を本当に知っていたひとの高弟(私は末弟とも言えない生徒レベル)なら、
東関東のT先生、北関東のY先生、と思い浮かびますけれども。
他方、私はアニマルトレーニングの理論については知悉しております。
ラットはレバーを押し下げ、ハトは窓をつつき、ブタはレバーを押し上げるのです。
生得的な習性が存在することを許せないと思う専門家でも、ここんところは行動修正できません。
旧日本陸軍では無理でもローマ軍なら出来たんだ、ということがあり得ないことも存じております。
ウマに物を踏ませる(体当たりetc)のが不可能とは申しません。非常な高コストについて割が合いませんよ、と。
861 :
名無し三等兵 :2013/02/21(木) 23:28:25.71 ID:jyVjVNc+
>>859 鞍骨は木製、前橋と後橋の角高く突出し、そこは金属で補強。
全体を革で覆う。
それだけ? 座面の革は裏表か表表か。シートの形状は? 座面の傾斜、座面の前後長、
前後橋の角度etc・・・その説明では何も説明していることにならないのですよ。
アナタの守備範囲・専門分野では ナ イ のではないでしょうか。
乗れなくてもかまいませんけど、そもそも「鞍」ってモノに触れたことはおありでしょうか?
【鞍と馬具】 古代の戦争に関する古い研究においてしばしば出会うのは、鐙を知らなかった古代の騎兵は効果的な突撃 を行うことが出来ず、 精々一時的に敵軍を錯乱する程度のコトしか出来なかったといった見解である。 この見解を裏付ける記述は我々が手にするどの古代資料にも見当たらないが、その点は不問に付された。というのは、人々は 鐙が無ければ騎兵が安定した騎乗が出来なかったはずだと信じてきたからである。 ピーター・コノリーの先駆的研究によりローマ式の鞍が復元され、実際に試した結果、この見解が全く誤りであ ったのは、ごく最近のコトである。 4本の角のある鞍は、ローマ人、ガリア人、パルティア人、ササーン朝ペルシア人、サルマティア人により━━━━ひょっとすると、それ以外の 民族によって採用されたかもしれない。ガリア起源であるとの説が最有力であるが発明者については不詳である。その他の多くの種類の装備に 関してであったように、ローマ人が敵のデザインを模倣したことは充分考えられる。 このタイプの鞍に跨れば騎手の重みが軽減され、4本の角によって大腿部の鞍はまりが良かった。この鞍の安定感はかなりのものであり、体が 一方に傾いてもすぐに体制を立て直して投槍を飛ばすことも、槍で突き刺すことも出来れば、剣を効果的にふるうことも難しくない。 【古代ローマ軍団大百科P138】
>>861 それだけだ。
ソースもあるし貴公が図書館で借りるなり買えば良かろう。文句あるか?
ココは軍事板だ。ソース出したんだから貴公が図書館で借りるなり買え。
865 :
名無し三等兵 :2013/02/21(木) 23:43:32.48 ID:jyVjVNc+
>>863 ナンでそんなに怒りますか。また、あなたの質問に答えてもナゼ無視なさいます?
>>783 では
>>古代中国や匈奴の鞍ってどんなんだろ。
>>ローマやケルトに関しては槍でチャージ出来るような特殊な鞍使ってたのが、保有する複数の書籍から確認出来るが。
と平穏な書き方をなさっていたのに。こうこうこういう理由で「特殊」だと思った、とまずはご説明くださいよ。
そうでないとあなたの指名するソースを買っても、なぜあなたが「特殊」だと思ったのか、余人には判りようがありません。
それぞれの知識を活かし、足りないところは他人に頼って、ROMのかたにとっても有意義なふうに
穏やかに意見交換を進めていくというのはそんなに難しいのでしょうか?
>>865 一回説明したのにソースを否定し貴公とかが突っかかってくるからだ。
自分の守備範囲・専門分野に土足で立ち入った不埒者に対しては全力で迎撃する。そういうときの軍ヲタは手加減と言う言葉を知らない。
ソースを借りるなり買い、提示したページの図を見れば余程のバカじゃない限りローマの鞍が特殊であるかわかる。
867 :
名無し三等兵 :2013/02/21(木) 23:54:33.59 ID:jyVjVNc+
おお。リロるのが間に合ってなかったごめんなさい。
>>833 は見当違いですが、
>>835 は興味深い。
本当に不思議なんだけど、なんで、
>>783 直後で、
「前橋後橋の端が極端に立ち上がり、乗り手の腰骨がずれるのを防ぐ形状」と
書いてくれなかったのですか?
と短くいうなら「特殊な鞍」でなく「極端にディープシートな鞍」と書けば済むでしょう。
>>867 馬術は知らんから、特殊な鞍と書いただけ。そして、ソースを見れば余程のバカじゃない限り、普通の鞍とは違うと理解できるから。
そしてAAや誘導貼るんじゃないのに無駄な改行多すぎて、読みづらい。
869 :
名無し三等兵 :2013/02/22(金) 00:04:11.52 ID:JB/9CFaw
んで、これは、乗り手に向いて出っ張りがあるのが凶悪やな、というだけ。 ことに上に布張ってタミヤのキットのようにしてしまえば、普通の鞍。 特殊でない。鐙なしでも突撃出来ることと関係していない。 ディープシートだから落ちにくいだろうけど、左右に落ちるのを防ぐ鐙の有無とは直接的な関係はない。 単に訓練された騎兵は鞍アリ鐙ナシでも乗れるよ、ってことで、 「特殊な鞍」は出番なしでありました。
>>869 【鞍と馬具】
古代の戦争に関する古い研究においてしばしば出会うのは、鐙を知らなかった古代の騎兵は効果的な突撃 を行うことが出来ず、
精々一時的に敵軍を錯乱する程度のコトしか出来なかったといった見解である。
この見解を裏付ける記述は我々が手にするどの古代資料にも見当たらないが、その点は不問に付された。というのは、人々は
鐙が無ければ騎兵が安定した騎乗が出来なかったはずだと信じてきたからである。
ピーター・コノリーの先駆的研究によりローマ式の鞍が復元され、実際に試した結果、この見解が全く誤りであ ったのは、ごく最近のコトである。
4本の角のある鞍は、ローマ人、ガリア人、パルティア人、ササーン朝ペルシア人、サルマティア人により━━━━ひょっとすると、それ以外の
民族によって採用されたかもしれない。ガリア起源であるとの説が最有力であるが発明者については不詳である。その他の多くの種類の装備に
関してであったように、ローマ人が敵のデザインを模倣したことは充分考えられる。
このタイプの鞍に跨れば騎手の重みが軽減され、4本の角によって大腿部の鞍はまりが良かった。この鞍の安定感はかなりのものであり、体が
一方に傾いてもすぐに体制を立て直して投槍を飛ばすことも、槍で突き刺すことも出来れば、剣を効果的にふるうことも難しくない。
【古代ローマ軍団大百科P138】
読んだか?ファッキンコメディアン?
そして、ageるな。sageろ。おフェラ豚
中世のランスチャージは無理でも、 上から半分投げつけるように刺す位なら出来るでしょ。
前にも話題に登ったはずだが疾走する馬が衝突すれば 馬自身も怪我するに決まってんだろ
>>872 するよ、だから軍馬には調教をするんだよ。
まさか、そこらの馬にそこらのオッサン乗せて騎兵にするのか?
古今東西、軍馬の育成に四苦八苦してるの知らないのか?
>>873 その通り
で、世界最強の軍馬がインドのマルワリ種だよ
象と戦うために改良された。
くるんとした耳が特徴で軍馬マルワリ馬は過酷な砂漠熱に耐えられるよう飼育され、剣を自在に操る象に乗った敵と戦うよう調教されていた。
>>870 この間からその書籍を挙げているけど、
「ピーター・コノリーの先駆的研究によりローマ式の鞍が復元され、実際に試した結果、この見解が全く誤りであ ったのは、ごく最近のコトである。 」
という話のエビデンスが「どっちも有名な学者だ」的な話では全く納得できんのよ。
その四本の角が云々の話と、結局足でしめつけてのらないとバランスとれないという点が
どこまで改善されるかというのが現代人には理解できない。
そのエビデンスの話をしているのに延々と論文を嫁、学者は有名人だ、
では平行線のままだぜ。どういう状況のことを「効果的な突撃」と呼んでいるかも不明だし。
@効果的な突撃とは何か
A四本の角とやらを具体的にどう使うのか
B実際にどう試したのか
C先駆的研究とはいったい何か
これがわからん。
>>875 何度も手間かかせんな グズ
【鞍と馬具】
古代の戦争に関する古い研究においてしばしば出会うのは、鐙を知らなかった古代の騎兵は効果的な突撃 を行うことが出来ず、
精々一時的に敵軍を錯乱する程度のコトしか出来なかったといった見解である。
この見解を裏付ける記述は我々が手にするどの古代資料にも見当たらないが、その点は不問に付された。というのは、人々は
鐙が無ければ騎兵が安定した騎乗が出来なかったはずだと信じてきたからである。
ピーター・コノリーの先駆的研究によりローマ式の鞍が復元され、実際に試した結果、この見解が全く誤りであ ったのは、ごく最近のコトである。
4本の角のある鞍は、ローマ人、ガリア人、パルティア人、ササーン朝ペルシア人、サルマティア人により━━━━ひょっとすると、それ以外の
民族によって採用されたかもしれない。ガリア起源であるとの説が最有力であるが発明者については不詳である。その他の多くの種類の装備に
関してであったように、ローマ人が敵のデザインを模倣したことは充分考えられる。
このタイプの鞍に跨れば騎手の重みが軽減され、4本の角によって大腿部の鞍はまりが良かった。この鞍の安定感はかなりのものであり、体が
一方に傾いてもすぐに体制を立て直して投槍を飛ばすことも、槍で突き刺すことも出来れば、剣を効果的にふるうことも難しくない。
【古代ローマ軍団大百科P138】
@・・・軍事的に考えれば槍や長剣で突撃できた。
A・・・4本の角によって大腿部の鞍はまりが良かった。この鞍の安定感はかなりのものであり、体が
一方に傾いてもすぐに体制を立て直して投槍を飛ばすことも、槍で突き刺すことも出来れば、剣を効果的にふるうことも難しくない。
B・・・実際に試した結果、この見解が全く誤りであった。
C・・・ローマ式の鞍が復元され、実際に試した結果
小学校の国語からやり直した方がいいぞ。マジで。
>>876 お前さん、こっちは冷静に問題点を話しているつもりなのにあえて煽るか?
ちょっといい加減にしてほしいね。
@槍や長剣で突撃できるかどうかという可能性と、
敵軍を効果的に衝撃力で蹴散らせるかどうかという話は別問題では?
Aそれは角によって太ももをがっちりとはさむということか?
それとも角を何かに利用して体制を立て直すということか?
B実際に「どう試した」んだ?と聞いてるんだよ。
C先駆的研究の具体的内容は何だ?と聞いているのに
「・ローマ式の鞍が復元され、実際に試した結果」では話にならんよ。
どういう風に試してどういう結果が得られたのだ?と聞いている。
小学生のどうのはいただけないね。
あくまで喧嘩腰というのはどうなんだ?
国語力の問題ではなくその実験の中身が不明だという話なんだよ。
お前さんも文言と結果を読んでるだけで、じゃどういう風な実験で、
どういうことが行われ、その結果なぜ否定できたのか理解してないんじゃないのか。
879 :
名無し三等兵 :2013/02/22(金) 08:58:39.50 ID:JB/9CFaw
ローマ鞍は乗馬下馬の動作がやりづらそう。
>>873 で、どうやるの? その調教って
>>878 煽ってはいないが?
白馬のようにウダウダ言いがかりつけて絡んできてるからな。
総じて自分の守備範囲・専門分野に土足で立ち入った不埒者に対しては全力で迎撃する。そういうときの軍ヲタは手加減と言う言葉を知らないため、不用意な侵入者は皮肉と罵倒の嵐を浴び、
シベリアンブリザードで身も心も凍らされ、ケツ穴に精神注入棒を挿入され、資料の絨毯爆撃に沈むこととなる。
@・・・金床と鉄槌や包囲って知ってるか?知らないならググレ。
A・・・4本の角によって大腿部の鞍はまりが良かった。この鞍の安定感はかなりのものであり、体が
一方に傾いてもすぐに体制を立て直して投槍を飛ばすことも、槍で突き刺すことも出来れば、剣を効果的にふるうことも難しくない。
B・・・まさか鞍の再現実験で歩兵の演習でもしたのか?常識的に考えて以前示した動画のようなコトだろ。
C・・・常識的に考えて復元して実際に出来るかの実験だろ。
>>873 血の匂いを嗅がせる。戦闘訓練に何回も参加させる。騒音に鳴らせる。敵を襲うように調教する。
火薬を使うようになってからは発砲音になれさせたり匂いを嗅がせる。
881 :
名無し三等兵 :2013/02/22(金) 09:48:48.25 ID:JB/9CFaw
>>880 どうやって体当たりを調教するのか「具体的な方法」聞いているんだけど。
たとえば障害だったら横木通過から初めてキャバレッティを経て〜とか、バスキュール覚えさせるのは
自由飛越が効果的、とか、基本の段取りがあるじゃない。
体当たり、敵を襲う、についてはどうやるの?
敵味方の弁別訓練するの? 敵の制服を用意して? 敵国人を連れてきて?
うむ、常識だな。騎兵隊も空包使って演習だって何度も集団で演習するわけだからな。 だいたいそれできなかったら戦争映画の撮影すらできないじゃん。
弱い馬、臆病な馬はいる。それは訓練ではじくだけ。 体当たりは寸止め。演習では常識。銃剣突撃だって演習では寸止め。 仮設敵兵の直前で停止して状況終わり。歩兵の訓練とかわらない。 どいつに突撃するかは馬が判断するわけじゃない。騎兵が判断する。 制服とかは関係ない。ニニ六事件のような反乱があれば日本兵へも突っ込む。 だいたい機動演習はみんな日本兵同士だ。それを赤軍、青軍にわける。
885 :
名無し三等兵 :2013/02/22(金) 09:58:35.56 ID:HIVu0M2w
>>883 インドは駱駝騎兵や戦象部隊もあるからね
駱駝は馬に比べてより重い重量の荷物に耐えられるため、二人乗りや物資の輸送も同時に行えるという点も長所がある。
インドでは駱駝にガンキヤノン砲をつけ
おっと途中で(笑) インドは駱駝騎兵や戦象部隊もあるからね 駱駝は馬に比べてより重い重量の荷物に耐えられるため、二人乗りや物資の輸送も同時に行えるという点も長所がある。 インドでは駱駝にガンキヤノン砲をつけてました
>>880 エビデンスがない、という話は言いがかりじゃないよ。
具体的内容がない話を出してきて、それで完結、議論終了というのは
このスレ的にももったいないじゃない?
俺は単純に、鐙があると確かにないより安定しやすい、
足でしめつける鐙なしの馬は騎乗に技術が必要で大変だろう、という
従来の常識を明らかに覆しうる内容だからこそ、
なぜ?なぜ?と聞いてるんであってさ。
@・・・金床と鉄槌や包囲って知ってるか?知らないならググレ。
→知ってるよ。で、効果的な突撃の中身は何だ?
A・・・4本の角によって大腿部の鞍はまりが良かった。この鞍の安定感はかなりのものであり、体が
一方に傾いてもすぐに体制を立て直して投槍を飛ばすことも、槍で突き刺すことも出来れば、剣を効果的にふるうことも難しくない。
→また同じ文言だし。具体的な状況を教えてくれ、という話。
B・・・まさか鞍の再現実験で歩兵の演習でもしたのか?常識的に考えて以前示した動画のようなコトだろ。
→動画のような実験では実証したことにならない。
C・・・常識的に考えて復元して実際に出来るかの実験だろ。
→動画のような実験を指しているならやり方も結果も問題があるだろ。
うーむわかりにくいかな。
煽り抜きでいうんだが、藁屑つついたり馬を走らせてみたところで、
集団で密集した敵歩兵や、槍をそろえた敵騎兵にどう効果的な打撃を
与えられるのか関連性が不明だよ、という話。
わからんかなぁ。
藁束を密に建て並べた障害の中をローマ鞍の上で 縦横に槍を振るう鎧武者を乗せて疾走する馬の動画があれば解決しそう。
>>887 お前が知りたがってることはアチラの研究者に直接メールで聞いた方がはやいと思う
>>889 なるほどそれはある意味本当に名案かもしれんわ。
ちょっとやってみる。
突撃兵 ◆hpJg4qOM9M は
>>887 のような三下に何度もソースを示しましたが三下はソースを確かめずにストーカーのように絡んできますと報告します。
@・・・代表的なローマの騎兵の使い方はザマの戦いやファルサロスの戦いのポンペイウス軍だ。
A・・・4本の角によって大腿部の鞍はまりが良かった。この鞍の安定感はかなりのものであり、体が
一方に傾いてもすぐに体制を立て直して投槍を飛ばすことも、槍で突き刺すことも出来れば、剣を効果的にふるうことも難しくない。
読めばわかる。全文が答えのようなモノだ。
B・・・ではどのような?
C・・・復元し再現実験してるなら問題無い。
で、突撃兵 ◆hpJg4qOM9Mは三下のストーカーに突撃兵 ◆hpJg4qOM9Mが示したソースを打ち消すキチンとした現代における古代ローマ軍専門家の論文や書籍を要求します。
突撃兵 ◆hpJg4qOM9Mはド素人である三下のストーカーの能書きは信用に値しないと深く思います。なので打ち消す現代における古代ローマ軍専門家の論文や書籍を要求します。
バグった。
突撃兵 ◆hpJg4qOM9M は
>>887 のような三下に何度もソースを示しましたが三下はソースを確かめずにストーカーのように絡んできますと報告します。
@・・・代表的なローマの騎兵の使い方はザマの戦いやファルサロスの戦いのポンペイウス軍だ。
A・・・4本の角によって大腿部の鞍はまりが良かった。この鞍の安定感はかなりのものであり、体が
一方に傾いてもすぐに体制を立て直して投槍を飛ばすことも、槍で突き刺すことも出来れば、剣を効果的にふるうことも難しくない。
読めばわかる。全文が答えのようなモノだ。
B・・・ではどのような?
C・・・復元し再現実験してるなら問題無い。
で、突撃兵 ◆hpJg4qOM9Mは三下のストーカーに突撃兵 ◆hpJg4qOM9Mが示したソースを打ち消すキチンとした現代における古代ローマ軍専門家の論文や書籍を要求します。
突撃兵 ◆hpJg4qOM9Mはド素人である三下のストーカーの能書きは信用に値しないと深く思います。なので打ち消す現代における古代ローマ軍専門家の論文や書籍を要求します。
893 :
890 :2013/02/22(金) 10:53:38.98 ID:???
わかりにくいからトリはともかくコテつけるね。
とりあえずゴールドワーシーのサイトと、
邦訳前の原書を発見したから、それを基準に直接聞いてみる。
>>891-892 あーお前さんもういいよ。
お前さんの相手はわざわざせんから安心しろ。
出来れば鶏つけてよ。
自説に自信があるんなら、ね。
896 :
890 :2013/02/22(金) 10:56:57.51 ID:???
了解。つけてみる。 ちょっとしばらく手が離せないので、 対応にしばらくかかるかもしれん。 もしかすると表現の都合上、原書も買う必要があるかもしれんでね……。
あ、ごめん忘れてたわ。
>>895 いや自説に自信があるとかないとかではなく、
先駆的研究ってなんじゃ?というところがわからんから
聞いてみるってだけ。
突撃兵氏には理解してもらえなかったが。
898 :
名無し三等兵 :2013/02/22(金) 11:15:38.65 ID:JB/9CFaw
>>884 じゃあ、「体当たり」「敵を襲わせる」はナシで、騒がしい中でも乗れるようにするだけ、
ってことね。
突撃兵ヒートアップしすぎだろ。
突撃兵だからな
902 :
名無し三等兵 :2013/02/22(金) 12:54:07.15 ID:JB/9CFaw
良い画像。 尻からずり落ちる時には難しいが、落ちそうになる側にへそを向けられれば堪えやすい、かな。 他方、激しい運動には向かない感じ。 自分も「馬事」という専門分野に土足で入り込んでいる、と言う自覚はないのかな。
数人例外はいるけどコテ=クズだから気にすんな
襲撃 第百十六 襲撃ハ最モ猛烈果敢ニシテ敵ヲ壓倒蹂躙スルノ気勢充溢セサルヘカラス襲撃ヲ為サシムルニハ通常抜刀セシメタル後左ノ号令ヲ下ス 襲撃ニ 襲ヘ 「襲撃ニ」ノ号令ニテ(抜刀シアラサルトキハ抜刀ス)漸時ニ歩度ヲ伸ハシ「襲撃ニ」ノ号令ニテ構刀ヲ為シ襲歩ニ移リ威聲ヲ発シテ敵ニ向ヒ突入シ格闘ス 第百十七 襲撃ノ教育ハ漸時兵ノ習熟スルニ従ヒ各種ノ状況、地形ニ於テ敵ニ突入シ諸種ノ目標ニ對シ確実ニ之ヲ斬突スルノ域ニ達セシムルヲ要ス
>>886 ザンブーラキか
重騎兵に大きな損害を与える、ラクダの後部から発射された武器です。
908 :
名無し三等兵 :2013/02/22(金) 15:07:10.57 ID:JB/9CFaw
>>905 そのブログ面白いけど間違いも散見されるので要注意。
>>905 森歩いててこんな奴に遭遇したら
とうとう自分の頭がオカシクなったのかと思うわ
>>886 駱駝ならパルティアやローマも使用してましたよ。
象はカルタゴが使用してましたが、スルー戦術やられて無力化されてますね。ローマだとポンペイウスが戦象採用してましたね。
他にもディアドコイ戦争でも使用されてたりペルシャでも使用されてますね。
>>900 >>901 白馬青牛のようにソースである書籍を示したのに見ずにストーカーのように絡んで来たからですね。ソースである書籍を見て絡むならまだしも。
>>910 コテに言うのもどうかと思うけど、
あんたがロクに応答できないからですやん。
>>911 白馬青牛以外はソース示し確認してからでしたので。つい、全力で迎撃してしまった。
んで、ポンペイウス派(元老院派)はバグラダス川の戦いで、戦象・騎兵部隊で、カエサル軍を撃破してます。
ポンペイウス殺害後の元老院派はタプススの戦いでカエサルに戦象の足元を斧で狙い、足をなぎ払う戦法で戦象を無力化してます。
全力で迎撃じゃなくてキチガイぶりをさらしてるだけやん NGにしやすいからまだ害は少ないほうだけどこういう有害なキチがいつくとスレがつぶれるんだよな
>>910 戦象はインド発祥
ピュロスの戦象部隊もカルタゴの戦争部隊も象使いがインド人傭兵でしょうし、50頭ぐらいで、いかせん数が少ない
まぁインドの戦象部隊は数が桁違いだからね
>>914 だって、ソースも見ずにストーカーみたく絡むから。
>>915 起源はわかる。取り敢えず、無駄な改行無くそう。ディアドコイ戦争での投入数
パラエタケネの戦い・・・エウメネス軍114頭 アンティゴノス軍戦象65頭
ガビエネの戦い・・・アンティゴノス軍戦象65頭 エウメネス軍戦象114頭
ガザの戦い・・・デメトリオス1世軍・・・戦象43頭
イプソスの戦い・・・アンティゴノス朝戦象75 セレウコス朝・リュシマコス朝連合軍戦象400
しかし戦象は対策施されるとほとんど無力化されるのが痛い。
アレクサンドロス大王がやったように戦象の足及び象使いに的を絞って攻撃、大スキピオみたくスルー、カエサルみたく戦象の足を攻撃。
中世だとンガサウジャンの戦いでの元軍のように執拗な弓による攻撃。
近世になるがパーニーパットの戦いでのバーブル軍とかのように銃や大砲。
そのソースだけじゃわからん、に対して ソースは出した出した出した!と言い続けるのは逆ストーカーだろ。 まぁコテと会話しても意味ないからNG行きで。
求められてる解答と無関係な自分のやりたい主張だけだらだら書くのは あるいみ議論の基本だね 2chでも国会でもよく見る
>>916 やはり少ないです
マウリア朝は歩兵60万・騎兵3万・戦象9千を保有カリンガでさえ兵員が歩兵6万・騎兵1千・戦象7百
>>13 騎兵は 集団戦闘に向かなかった。
西洋では騎兵による集団戦法もあったようですが、中国では騎馬よりも歩兵のほうが重要視されましたし、 日本も集団戦法が普及するにつれて、 騎馬兵も戦闘時には馬から降りて戦うようになっていったようです。
>>2 大切な日本在来馬は絶滅寸前ですよ
本州の在来種は木曽馬だけだが
保存活動が行なわれたにも関わらず現在は200頭以下という。
>>917 ソースとなる専門家が執筆した書籍を出したのにウソだと言いがかりかけるんだから、そのソースを打ち消す専門家の書籍は必要だろ。
ソースとなる専門家が執筆した書籍を出したんだから自説ではなく専門家が執筆した書籍を出すのが道理。
例えば召喚魔法で、此方がベルゼブブとかを召喚したのに三下悪魔呼び出すようなもんだ。
>>919 そのような強大な兵力あるのに東方や西方に進出しなかったのは地形的な問題や政治的な問題を抱えていたのかな?
インド史に関しては無知でね。
日本在来馬は需要がないみたいだが 本来、時代劇や大河など和種馬が使われるべなのに洋種馬が使われてる。時代考証的にも和種馬を登場させないといけない
>>922 アショカ王がこれからは仏教の時代だ!!
で、征服活動を辞めちゃった!
925 :
名無し三等兵 :2013/02/22(金) 20:36:59.16 ID:JB/9CFaw
>>923 だれが差額を負担するのが良いのかな? 競馬上がりのサラはほぼタダ。
>>925 日本は危機感がないよ
大切な日本在来馬が絶滅寸前なんだよ
マスコミもスルーしてるし
>>924 了解。
んで、Wikiさんでマウリア朝見たらアショカ王亡き後はアレキサンダー大王亡きマケドニアみたく権力争いみたいなコトが起き衰退。
>>927 軍事・歴史に必要と言うより生物的だろ。
環境省や農林水産省に言え。第1、一般市民の足や業務に使われないのにどう養えと?
自衛隊や警察にしろ、儀仗でぐらいしか使われないのに。馬養うより単車買って単車の維持費やガソリン代のほうが安くつくし均一な数が揃う。
在来馬増やしても馬刺しや皮革製品が安くなるくらいだろ。
931 :
925 :2013/02/22(金) 21:39:51.88 ID:JB/9CFaw
基本、減価償却が済んだ廃棄物だから。生産コスト回収は済んでる。 金掛けて肥育して"センター"に連れて行ってもサラはいくらにもならない。馬運車借りたら特に。 痩せ馬ならなおさら、動物園行き(肉食獣の餌としては脂肪がないほうがよい)。 多少値がついたからって、センターが買ってくれるわけじゃない。 どこかの肉屋さんに買って貰うか、市場まで運ぶか。運送コストが掛かる。 だったら、「馬運車持ち込んで引き取ってくれるのならやるよ」というところも出てくる。 G1買ってるとか故障少ないとか歩様がよいとかの色がついて30くらい。 重種は肉が高いのでタダとはいかない。肉値段でも数十。生産は北海道、直接、またはばんえい経由で 九州で肥育、というパターンが多い。 生産コスト回収の要がある品種の新馬だと30ぐらいから始まる。 道産子は粗放的だからもう少し安いかな。 木曽馬なんかも、道産子なみの値段になれば数がはけると思う。 諸事情違うけど、昔の軍馬にしても、こうした経済動物としての中で かき集められたり、撥ねたり、なはず。 危機感はこれでも少しはマシになっている。上野動物園でも在来馬展示したり。 ただ、「欲望の植物誌」にあるように、家畜(栽培植物)側がその魅力でヒトの 資源をうまく利用するような寄生にならんと難しい。 英国の在来家畜保存だってかけ声だけで回っているわけではなく、お金を払う顧客がいるからゆえなので。 他はともかく(馬刺しも皮革製品も安くならない。馬刺しは重種−ポニーはもっと美味いが意味ある量は流通しない−だし、 国産原皮も量が足らん、皮革製品にしめる原皮価格はわずか) >>一般市民の足や業務に使われないのにどう養えと? には賛同する。北大の近藤さんなんかは地道に啓発しているけど、本州ではキツイ。 スーパーへの買い物とか学校や病院への送り迎えぐらい馬を使いたいが、 乗馬は乗れる人数が少ないし馬車は乗用車より長くて。そして遅い。 舗装路では特に、馬車はさらに、速歩になるとおっかない。自動車等に時間的ゆとりを提供するためにも。 常歩は時速数kmで、馬が飼えるような田舎だと、スーパーや病院等へも遠いんだ。 軽自動車なら10分のところを馬装含めて2時間かかるのはさすがに辛い。
馬は生き物だから365日毎日世話しないといけない お馬様のために生きてるようなもんになるよ
>>931 一般市民の足にするなら、高級車じゃなければ普通の車や単車の方が維持費が安いだろう。馬は毎日、餌やり、ブラッシング、散歩、厩舎の清掃がある。
オマケに、駐車場は無いし公道に出るなら保険は?
心配なのはわかるが此処では畑違いじゃないかい?
補足。 生き物だから、馬も病気になる。獣医は沢山いるが、ほとんど客は犬・猫で、たまに小動物。豚小屋とかあるような郊外でやっと牛・豚見れる獣医がいる。 このような現実なのに一般市民の足や業務に使うのは無理。介護犬や介護猫とかは聞くが馬に犬や猫の代わりはキツいだろう。
道路の規格からどのように駱駝、馬が用いられていたかを考えるというのは面白そうですね。 馬については、調教もあるけど、維持にかかる手間暇を考えると 軍用馬を自家生産し続けられる馬群の維持が大変そうです。 平将門が官牧の管理をしていたとか、源氏は右馬頭だったとか 言われていますが、どの程度のことをしていたんだろう。
937 :
名無し三等兵 :2013/02/22(金) 22:16:12.19 ID:JB/9CFaw
>>933 軽車両ってご存じ? 介護猫って? 馬を散歩? 大動物獣医は動物病院を構えていないだけで・・・
>>935 ごめん、つい長くなりました。社会は変わっても、馬自体は産業革命前と変わらないので
参考になると思ってお許しあれ。
>>936 道路では無いが鉄道の標準軌はローマの馬車に繋がる説もある。
近世になるが、ナポレオン戦争の初期のフランスは騎兵で抜群の能力があったが、騎兵の損害が増えるに従い軍馬や兵の育成が間に合わず他国に対し優位性を維持できなくなった。
>>937 交通事故起こした時の保障は?自転車でも問題になってるのに。
介護猫ってのは介護犬までは出来なくても来客や異変を介護人に伝える能力がある猫。
猫はバカに出来ませんぞ。猫がいたから、食料庫や船倉を荒らしチフスやペストを媒介するネズミを狩って人類を守ってきたのですから。
魔女狩りで猫を虐殺しまくったせいでチフスやペストが欧州で猛威をふるいましたし。
940 :
名無し三等兵 :2013/02/22(金) 23:58:40.54 ID:oNPc5eo3
>>878 Aについてはゴールズワーシーの別の本では、
「乗り手の体重により角の間隔が狭まり、それによって太股を挟み込むことによって支える」
とある。
てか、突撃兵とやらは\無駄に高額(\13000)な本だけを頼りに暴れているのか?w
現代のこと語るならその前に地球から銃を消して下さい
>>940 支援サンクス。
図説古代ローマの戦いP54にも載っていたのね。
図説古代ローマの戦い、古代ローマ軍団大百科、古代の武器・防具・戦術百科、図説・激闘ローマ戦記、ローマ軍の歴史
ローマ軍 カエサルからトラヤヌスまで、ガリアとブリテンのケルト戦士、歴史群像アーカイブ西洋戦死ギリシア・ローマ
を保有してますね。
古代ローマ軍団大百科は軍ヲタ的にはまだ妥当な値段だろ。戦史叢書・ド・ゴール大戦回顧録に比べれば。
戦史叢書・ド・ゴール大戦回顧録は中々手を出せん。
943 :
名無し三等兵 :2013/02/23(土) 12:19:36.79 ID:+VZuby+U
介護猫すごいなあ。実例あったらぜひ
http://www.jsaab.org/ http://www.hars.gr.jp/ あたりで発表してほしい。会員になってくれなくてもいい、特別シンポジウム開くから。
この現実では、介助犬、介助オマキザルはいるしミニブタの試みもあったかな、でも、ネコは聞かない。
ましてや「介護」とは・・・
賠償責任保険か同特約で。現に、今も、日本で、公道で軽車両として運行されている馬はたくさんいるのです。
>>936 >軍用馬を自家生産し続けられる馬群の維持
このコスト算定は興味深いけど難しそう。一頭の維持に必要な飼料からして、品種や地域で大きく差があるから
恣意的な推論が入りやすいし。
>>943 普免の教本でも普通に馬が軽車両で記載されてた様な…
>>943 確か「富国強馬」で日本陸軍が軍用馬として
数品種指定してる旨記載されてましたね。
古代ローマ軍団大百科は原書ペーパーバックなら2000円だけどね。
947 :
945 :2013/02/23(土) 13:06:35.46 ID:???
すみません。嘘つきました。 日本陸軍が軍用馬の品種を規定したんじゃなくて 馬政計画にて品種改良に輸入する外国馬の種類を制限したんでした。 スレチの上、大変失礼しました。
949 :
名無し三等兵 :2013/02/23(土) 13:35:55.83 ID:+VZuby+U
>>943 そうですね。議論があり得るのは、人が引いている時の牛馬は歩行者か軽車両か、ってとこ。
都道府県警によって解釈が異なります。本来の運用法は何か、ってところで。
>>945 馬政二次一期の「サラブレッド、アラブ、アングロアラブ(サラとアラブの交雑)、アングロノルマン(サラとフランス・ノルマン地方の地馬。
血液配合は現在のセルフランセとほぼ同じだが、セルフランセは戦後の改良のため変化している)、ペルシュロン」ってやつね。
時代が早いことなどからすると豪州馬(サラを放牧して生産しているもの。現在はサラ系ミックスという。個体ごとの繁殖管理がされていないので
競馬には使えない)の影響のほうが大きいかもしれません。
日本軍の騎兵かっこいいわ……
競馬なんて遊びだ遊び。馬格の改良で重要なのは騎兵よりも砲兵。 特に戦場での迅速な移動が要求される野砲用のばん馬。 騎兵の乗馬とか駄馬はそれにくらべればどうでもいい。
絶滅に瀕する日本在来馬 日本の馬の総飼育頭数が8万5000頭まで減っている中で、 在来馬はまさに絶滅の危機に瀕しています。 生き残っているのは8種類1860頭に過ぎません。このうち北海道和種馬が1254頭と半数以上を占めています。 日本にはこの他にも明治期まで、南部馬、薩摩馬、土佐馬など各藩の誇る名馬が沢山いました。しかし今は絶滅してその姿を見ることができません。なぜこうなったかについては旧日本陸軍の軍馬養成政策、 それに基づく在来馬の生産統制です。 旧陸軍は日清戦争(1894)、日露戦争(1904年)を通じて多くの和種馬を軍馬として動員しましたが、これが相手側の洋系の大型馬に比べて馬体が小さく非力であることを痛感しました。 欧米諸国の軍人たちから「馬の格好をした猛獣」と酷評されたというエピソードもあります。 軍馬としての整然とした行進もろくできないという意味だったようですが、日本の在来馬は近代的騎兵隊としての集団行動の訓練など受けたことがなかったのですからこれは当然です。 旧陸軍はしゃにむに馬種の改良に乗り出しました。 大規模で徹底した馬事政策でした。アラブ種、アングロアラブ種、ハクニー種など多くの外国馬を輸入し、これを在来 馬と掛け合わせて短期間に150万頭もの混血種を作り出したのです 最後には種オス馬をすべて国有化し、在来馬については全馬に去勢を断行する徹底振りでした。
どこのコピペだ
馬の性能を追求するならやむなし 開発競争は戦車や戦闘機だけじゃないよ
957 :
名無し三等兵 :2013/02/23(土) 15:12:35.80 ID:+VZuby+U
>>943 普通に来客や危険を飼い主に教える猫ならテレビやYouTubeとかに出てますが?
その任意保険を単車や自転車並みに普及しないと無理だし、車道で遅いと車や単車のペースに合わせられず事故を誘発しやすくなる。逆に歩道では人の邪魔になる。
観光地とかでないと、交通システムが狂う。
>>942 別にアンタを支援した訳じゃない。
だからこっち見るな。
960 :
名無し三等兵 :2013/02/23(土) 21:35:34.24 ID:+VZuby+U
>>958 恥の上塗りは誰も得しない。むきになられますな。「知りませんでした」というのには
勇気がいるけれど結局は自分の得になる。
「たまさかそういう行動を取った時に動画が撮れました」と、
「意図して調教してある程度以上の確率でそういう行動を取ります」では違うのです。
意図して仕込んだ"介護"猫の事例があれば教えてくださいね。
交通システムでいうなら、牛馬はすでに組み込み済み。順序が違う。軽車両だから当然車道。
私ゃ今日もお馬さん引っ張って公道を歩いています。古代中世と変わらずに。
>>957 トキとか日本狼は騒がれるが馬は絶滅寸前なのに
マスコミは騒がないね。
>>961 トキ、カワウソ、オオカミは騒がれますし、在来馬も結構ニュースにはなっていると思う。
岬を牧にして保存を図ってたりしますね。古代は官道で京都まで繋がってたんだろうし
品種改良をどこでやってたのか考えると面白そうです。
965 :
名無し三等兵 :2013/02/23(土) 22:32:50.69 ID:+VZuby+U
「たまさかそういう行動を取った時に動画が撮れました」は要らないのです・・・ 馬が軽車両についての「ごめんなさい」はどうなさいましたか? 「ごめんなさい」を素直に書けたらうーんと褒めて差し上げます。 マスコミの扱いは当然ながら切迫度には比例しないので。 野生か家畜かも違う。野生でもオオカミは再導入(省くけど、丸山さんは変節した)と 絶滅していなかってたかも(九州の写真への今泉パパのコメントを増井さん−落馬で亡くなったが−以外が 否定しなかったのは「老父の過ちを正さず」)で、トキは再導入の成否がかかっている、コウノトリも忘れないで、 カワウソはここ最近おとなしかったのが、手がかりあればいままで断られていた(可能性は大きかった)原発付近への 調査が今なら断れない、とか。
966 :
承前 :2013/02/23(土) 22:39:41.68 ID:+VZuby+U
スレ本筋に戻る。 品種改良はみんな人為的なものに違いはないが、傾向としてはふたつに分けられる。 ひとつは、「なんとなく」タイプ。人の集団の移動その他によって成立するから 人為的な家畜に違いはないが、「こういうイヌ」という目標を目指したわけではない、というヤツ。 他方で、「こういうイヌ」が欲しい、といって狙って作られたものもある。 在来馬は前者だし、明治〜昭和23年までの政府の馬政は後者だ。 世界各地の馬の品種を見ても、両方ある。最近に近いほど後者の「狙った品種」が増えるけど。 古代中世を考える際にも、この視点は必要かと。 当然、生産コストも違う。 にも関わらず馬匹改良をした、というのなら、切実な理由があるはず、と。
馬が法律上軽車両の扱いだなんていう、常識かつ無意味な話なぞ だれも気にしちゃいないと思うんだが。 「道交法上の扱い」なんぞではなく、現実の問題として、「法的な問 題はない」とうそぶいて今の都会の道路上をぞろぞろと馬の集団 を走らせるという行為が、交通上どういう問題を引き起こすかという ことは、頭がついた人間ならすぐわかるはずだけどな。 おそらく、本当に実行したら「馬の通行に関する道交法上の規制」 がきつくなるだけだろうな。
突撃兵が次スレか。 なんか嫌だなw
969 :
945 :2013/02/23(土) 23:00:48.43 ID:???
負け犬展開だなw
だって、940、950、960、が建てないんだから。
>>969 ローマの騎兵に関してはちゃんと複数のソースの書籍を示したし。
テンプレ改変って言われたがググったり資料を借りたり買わないでストーカーのように絡んでくる奴がいたから付け加えただけ。
>>966 漠然とした例えですが、大きい馬同士を交配させ続けるのが後者で
たまたま大きい馬が生まれたから重用するのが前者という理解でよろしいですかね?
コテにいうのもどうかと思うけど、 あの程度の表現で疑問にも耐えられない書籍を盾に延々と 同じことしか言わないのはいかがなものかと。
>>973 キチンとした著者のソースを出した場合はちゃんとそのソースを見てから絡むのが当たり前。
それが、軍事板のやり方。
975 :
名無し三等兵 :2013/02/23(土) 23:17:04.02 ID:+VZuby+U
うそぶく 都会 集団 道交法の扱いではなく→道交法上の規制がきつく 詭弁のコピペの具体例みたいですね。大使を乗せた馬車は普通に都心を走ってます。地方でも普通に往来しています。 法改正はしてほしいけど、してもらえないでしょう。 牽引するほうは畜力くくり、乗るのは牛馬のみ(ゾウやラクダやトナカイは違う)、 ミニチュアホースを散歩させていて軽車両? 等の整合性の欠如、 全長12mの馬車がT字路で右折する際にも二段階右折? 進むほうが交通の邪魔しないんですが・・・とか 改正して欲しいことはたくさん。むろん、安全確保のために厳しくなるのも歓迎。 でも、他の諸事情に優先して役所のリソースをつぎ込むほどでもない。 少し前に北のほうで亡くなったかたもおられたけど、サラに馬車挽かせるなというお達しもない。
>>975 「大使をのせた馬車」なんていう例外中の例外を持ち出されてもね。
観光馬車なんてのも、売り物として優遇しての話だし、自動車交通
量の少ない地域での話なぞを一般化されても困る。
詭弁のコピペ云々は、熨斗をつけて返すよ。
当然
>>975 は知っての上で敢えて触れていないんだろうが、あそこで
「普通に都心を走っている」ことになっている大使の馬車というのは、
信任状奉呈のために皇居に向かう時に使う、宮内庁差し向けの馬
車のことで、大使が私的に持ち込んだ馬車なんぞではない。
978 :
名無し三等兵 :2013/02/23(土) 23:32:43.54 ID:+VZuby+U
>>972 そうでもなくて・・・
たとえば日本犬の各品種は、極端に○×な方向に変化していないでしょ。
これは、それぞれの地域で、狩猟なの番犬なりに使い勝手がいいという「なんとなくの合意のもと」
交配されてきたから。駄目な個体は淘汰されただろうけど、「こいつはあかん」であって、
「こうあるべき」には基づかない。
対して、ドーベルマンは、番犬軍用犬警察犬向きを色やスタイル含めて「こうあらまほしい」ところを
狙って作っている。断耳禁止になると予知していれば立ち耳に作っただろう。
「金色長毛なレトリーバーがほしい」ゴールデンレトリーバーとか、
「キングチャールズスパニエルは可愛いけど鼻ぺちゃでなく」なキャバリエ〜とか。
むろん、程度問題なんだけど、手持ちの組み合わせを考えるか、ゴールから逆算するかの差、と言う感じ。
あるいは、近代までなら、改良主が集団か個人か、というところまで落とし込めるかも。
本筋的には、馬でも、最近は狙って作ってるけど、そうして出来た現在の各地方の馬に惑わされないで下さい、
スレタイにある古代中世だともっと素朴だった可能性が高いんです、ということです。
どーでもいいが、 > オマケに、駐車場は無いし公道に出るなら保険は? への返答がなぜ > 軽車両ってご存じ? になるんだろう?軽車両かどうかってのと、事故の時の 保険の話は全く独立な話だろうに。
>>973 だから相手にされないし信用もされないわけだが。
てか持ってる本の受け売りしかできないんじゃあねぇw
てか突撃兵は古代系は
>>942 の本しか持ってないの?
馬の格好をした猛獣と呼ばれたのは去勢してなくて気性が荒かったからだと思う。人のしたいの腹腔に藁詰めて食わせてたというのを読んだことがある。
>>980 他は、図解古代兵器、沈黙の世界史オリエント、沈黙の世界史エジプト、世界の歴史ギリシアとローマ
戦闘技術の歴史 1 古代編 3000BC-AD500はAmazonからの到着待ち。
で、君は?
ソースとなる書籍が無ければどう説明するんだね?証拠となる書籍や論文、映像が無ければ単なる妄想・幻想・自慰だ。
新紀元社レベルでさえ鞍の変遷は普通に示してるんだがこいつらは何をハッスルしてるんだ?
荒らしのコテと上げてる妄想家がいるんだからしばらく触るな 新紀元社は出典もう少し丁寧に記載してほしい
>>983 ソース示したのに確かめずにストーカーみたく絡んできてこの有様です。
いつから、軍事板はソース軽視になったんだ・・・
ソースを示したんだから、図書館から借りたり買えばいいだけなのに・・・
>>975 大使のせた馬車は普通に道交法の規制受けてるよ
>>978 土佐犬と柴犬見比べて極端な方向にOXな方向変化してないって言うなら
どんなもん持ってきても無駄だわなw
>>978 古代人の方が現在より品種改良にかける情熱はすごいんじゃないか?
牛や羊なんて食肉と毛のいずれを重視するかで見た目まったく別の生き物で来てるし
植物にしてもキャベツみたいに傍から指摘されなければ同一の野生種から栽培されたと
分からないものいくらでもあるだろ。なんで古代・中世に馬が役割に応じて品種改良されないと
思い込めるんだ?
>>987 自分に絡んできたのが
>>978 みたいのでしたら、ハートマン軍曹、御坂で相手しても無駄だとわかりました。
>>989 構ってちゃんの荒らしに捕まって見苦しい醜態さらしてたんだからしばらく黙っとけば
馬が臆病だ臆病だっていうけどモンゴルの民話で夜間に狼けり殺す逸話が普通にある程度の臆病さって おちょくりたいな。モデルにした童話があったはずなんだが思い出せん
>>990 新たな兵器【戦闘技術の歴史 1 古代編 3000BC-AD500】がAmazonn工廠から届くのを待ちながら様子を見ながら考えようか。
個人的にはマーティン・J・ドアティの方が読みやすくて面白かったな 戦車の買ってたはずがなんで他も買ったんだろう?
>>760 采石磯の戦いで南宋が金の主力破ってる例出すだけでも論破できるなw
>>985 ソースがあればその表現が不十分でもソースたりえる、
というのは軍板の好事家としてはどうかと思うよ。
ソース軽視でもその原文を疑われてるわけでもなかったろうに。
構ってちゃんって俺のことだろうか……。 まぁいいや。 とりあえず突撃兵氏の言っていた本の原書を入手してきた。 これが原文らしい。 原文の横にはちゃんと四隅に突起のついた鞍の図も描いてあったよ……。 最初にそれを言ってくれればここまでモメなかったのに。 P139 An idea frequently encountered in older books on ancient warfare is belief that lack of stirrups prevented ancient cavalrymen from delivering any form of effective harassing action. This view was not reflected in our ancient sources, but these were ignored for it was believed that without stirrups a horseman could not have had a stable seat. It is only in recent years that the reconstruction of the Roman sddle, pioneered by Peter Connolly,and its subsequent testing has finally demonstrated that this was simply untrue.
んで、突撃兵氏が挙げていた訳文がこれ。 「古代の戦争に関する古い研究においてしばしば出会うのは、鐙を知らなかった古代の騎兵は効果的な突撃 を行うことが出来ず、精々一時的に敵軍を錯乱する程度のコトしか出来なかったといった見解である。 この見解を裏付ける記述は我々が手にするどの古代資料にも見当たらないが、その点は不問に付された。というのは、人々は鐙が無ければ騎兵が安定した騎乗が出来なかったはずだと信じてきたからである。 ピーター・コノリーの先駆的研究によりローマ式の鞍が復元され、実際に試した結果、この見解が全く誤りであ ったのは、ごく最近のコトである。 」 たぶん邦訳版にはそのまんま書いてあるんだと思う。
しかし、原書を忠実に翻訳すると、ちょっと意味が違うみたいだ。 誤訳してたらごめんね。一部ちょっと意訳している。 「古代の戦争についての古い本でしばしば出会うのは、 鐙の欠如によって騎兵がいかなる効果的な嫌がらせを行うことも 妨げられていたと信じられていたことだ。 この見解は私たちの古代の情報源には反映されていなかった。 しかしそれは無視され、騎手は鐙を欠いているため、 安定して座ることができなかったと信じられていた。 近年、先駆者であるピーターコノリーによって、 ローマの鞍が復元され、その後の実験によって、 それが本当ではないと証明された」
少なくともゴールドワーシーの原文には 「効果的な突撃」という表現はない。「効果的な嫌がらせ」 的な表現はある。 で、ピーター・コノリーの研究というのは、 原書を読む限り、 ・ローマ騎兵は従来の見解と違って安定して座ることができた。 ・効果的な嫌がらせ(かく乱などだろうか)を行うことができた。 という点らしい。 邦訳版の、突撃兵氏が持っている本は、超役というか、 ちょっと不可解な翻訳を行っているね。 ゴールドワーシーにメールする前に原書を読んで良かった。 この原書の意味なら特に疑問を持つことなく、 復元された図とあわせて意味が分かる。
>>995 自分は充分にわかる表現だと思うし、ソースの書籍見りゃすぐ理解できると思いましたし。白馬青牛以外はソースを見て理解してました。
だが今回ストーカーのように絡んで来た輩は白馬青牛みたく通じなかった。
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