【ノーマル】ローゼンメイデンのSSスレ 11【一般】
ここはローゼンメイデンの一般向けSS(小説)を投下するスレです。
SSを投下してくれる職人は神様です。文句があってもぐっとこらえ、笑顔でスルーしましょう。
18禁や虐待の要素のあるSSの投下は厳禁です。それらを投下したい場合は、エロパロ板なりの相応のスレに行きましょう。
次スレは
>>950を踏んだ人が、またはスレ容量が500KBに近くなったら立てましょう。
テンプレは以上です。
では、ごゆるりと。
即死回避支援
即死回避支援
即死回避支援
即死回避支援。
即死回避支援。
あとスレ立て乙です。では投下を祈って。
保守
保守
終わコンすなぁ
保守
ども、TEGです。
前スレでは21話の長きにわたりお世話になりまして。
ありがとうございます。
諸事情によりなかなか筆をとれませんが、
今月中には一本投下します。
保守
前スレが落ちる間際に以前書いたものを書き直したいとか言っていた者です
過疎ってるみたいなので、投下します
内容は、原作と殆ど全く関係ないです。というか、原作の内容をかなり忘れてしまったのでw
ヒロインは一応水銀燈です。ジュン君出てきません(今のところ)。
一昨年くらいに書いてここに投下した作品を9割くらい書き直しました
(一昨年も完全オリジナルストーリーで書きましたが、スレ違とは言われなかったので
とりあえず投下してみます)
17 :
16:2010/11/26(金) 00:47:02 ID:BrthDGBN
どこへ行っても人人人。あっちを向いてもこっちを向いても人間が視界に入る。
現にこのプライベートルームですら薄い壁の向こうでは、あかの他人がアンアンと声を上げて交尾に勤しんでいる。
東京周辺は人間が住むところじゃないなと、住んで半月で判明し、それでもただ我慢に我慢を重ねて2年を過ごした。
大学の夏休みは長い。続けていたバイトを辞めて、丸々2ヶ月実家の田舎に帰ることにした。
別に親が恋しくなったからではない。大学生活が辛かったからではない。とりあえず、都会の喧騒から少し逃げたかった。
バイクに荷物を満載して高速を使って西に向かって約600km。
ストップ&ゴーを繰り返す都会の道路と違って高速道路は何百キロ走っても疲れる気がしない。
実家は関西の某県の山の麓にある。自然も豊かで、市街地と隔離される程山奥でもなく住み良い地域だ。
何より、人口密度が低いのがいい。今まで意識した事は無かったが、僕は多分人間が嫌いなのだろう。
市街地を抜け、山の峠道に入って数分走るとすぐにその集落はある。
人口は・・・何人くらいなのだろうか。分からないが、僕が片道1時間の距離を歩いて通った小学校に、
この村出身の同級生は僕を含め二人だけだった。要はそんな規模の集落だ。
軽自動車二台がギリギリすれ違えるくらいの傾斜した田んぼ道を登ってゆくと家がある。
木造二階建ての立派な家だ。無駄に庭も広く、二棟と倉庫が一棟とプレハブのガレージが一棟。
これが都心にあれば億万長者に認定されるだろう。
こんな建物に現在は人間はたった3人しか住んでいない。昔は7人くらいいたかな?素晴らしい。過疎万歳。
家の門を抜け、ガレージにバイクを停める。
大学のOBの方から格安で譲り受けた僕よりお年を召したドイツ出身のクラシックバイクだ。
よくもまぁこんなオンボロが600km以上も無事に走ってくれたものだ。
排気管からチリチリと焼けた金属の音がする。4ストロークエンジンなのにオイルを吐いているせいで少しオイル臭い。
ヘルメットを脱ぐと、セミの大合唱が耳に響いてきた。都会とは音量が違う。そう、この音だ。この音が聞きたかった。
空を見上げると積乱雲がニョキニョキと高く聳えている。僕を迎えてくれているように感じた。
「おかえり」
振り返ると母親が立っていた。久しぶりに見るが、変わりは無さそうだ。
「変な音がしたからあんたかなと思ったわ。疲れたやろ、ご飯用意してあるさかい」
久しぶりに聞く関西弁だ。
というか、変な音とは何だ。BMW珠玉のOHV空冷水平対抗二気筒だ。
母はそう言って僕の荷物の一部をひょいと肩に下げ、家の玄関の中に消えて言った。
僕は残りの荷物を背負い、母の後ろを追った。
「ただいまー」
玄関を潜ると、なんとも懐かしい、実家独特の匂いがした。
家の中は、僅かに細かい家具などが加わったり配置が変わったりしただけで殆ど出たときのままだった。
そして僕の部屋は2年前の状態そのままだ。
僕は全ての荷物を部屋に下ろし、早速部屋着に着替えてベッドに寝転がった。
反日もバイクの振動に揺られ続け流石にクタクタだった。
僕は知らぬ内に眠ってしまった。
18 :
16:2010/11/26(金) 00:48:41 ID:BrthDGBN
夢の中。
何故かこれは夢だと認識できた。
僕は見知らぬ、中世ヨーロッパ風といった感じ(僕は建築には詳しくないのでよく分からない)の屋敷の一室に居た。
窓から外を見ると立派な庭園が見え、上空には暗く分厚い雲が重々しく垂れていた。
外が薄暗いため、この屋敷の中はまるで夜中のように暗かった。
窓の淵には埃がたまり、真っ赤な絨毯も薄汚れていた。人の住んでいる気配が無い。
少し肌寒かった。僕は暖炉の前にあるソファに腰掛けた。クッションからモワッと埃が舞い上がった。
気が付けば隣に小さな女の子がちょこんと座っていた。僕は何故かそれに全く動じなかった。
その女の子は何も衣類を纏っていなかった。泣いているのだろうか、俯き、ヒクヒクと鼻を鳴らしていた。
艶のある銀色の美しい髪は背中まで伸び、陶器のように青白く、透き通るような肌で、
背中には悪魔の羽根が生えていた。
「泣いているのかい?」
僕は尋ねた。
すると彼女はゆっくりと頭を上げた。
自然が作り出したとは考えにくい程完璧に整った顔、そこにある炎のような真紅の瞳からは一筋の涙が流れていた。
悪魔というにはあまりにも美しく、そして繊細だった。
しかし何か得体の知れない恐怖を感じずにはいられないその姿に僕は釘付けになった。
恐怖に囚われながらも、その絶美な姿には抗えなかった。それはまるで、嫉妬や反逆で天から見放された堕天使のようだった。
彼女は僕の問に何も答えなかった。ただ俯き、静かに泣いていた。
裸では寒いだろう。僕は着ていたボロ着を脱ぎ、彼女の肩にかけてやった。
この部屋自体が寒いのだ。本当は、この部屋そのものを暖めるのが一番なのだ。
でも暖炉の薪も火も、今の僕は持っていなかった。
「ごめんね、僕にはまだ暖炉の火をつけてあげられないんだ」
彼女は僕のボロ着をギュッと握り締めた。そしてもう一度頭を上げて
「ありがとう」そう言った。真っ赤な瞳が僕を貫くように見つめた。その表情は凍てつくほど冷たかった。僕はゾッとした。
19 :
16:2010/11/26(金) 00:50:32 ID:BrthDGBN
今日はここまでです。
今日の晩か、明日の土曜日の夜中にもうちょっと続き投下します。
こんな感じですがよろしくお願いします。
>>16-19 おお、乙っす!!
儚き銀もまた……続きが気になりますな。
楽しみにしてます。
21 :
16:2010/11/29(月) 02:04:36 ID:vp6zucp+
ありがとうございます
続きです
22 :
16:2010/11/29(月) 02:05:32 ID:vp6zucp+
まず、布団の素材や匂いがいつもと違う事に違和感を感じる。
そしてゆっくりと目をあけると、いつもと全く違う部屋が見えた。
そこでやっと、実家に帰省していた事を思い出す。
実家に帰省したとは言っても大学には宿題なんてないし、バイトもなけりゃ暇な事この上ない。
かといって、2ヶ月だけ雇ってくれるバイトなんてこの田舎にはなかなか無い。
地元の友人と遊ぶにしても、働いてる奴も居れば、僕と同じ大学生で、バイトばかりしてる奴もいる。毎日暇な奴なんていない。
ゲームだって数日で飽き、一人で遊べる街の娯楽もたかが知れている。帰省して数日経てば完全にする事がなくなった。
まあ、静かな家でダラダラすることは嫌いではないが、それが毎日となると話は別だ。
僕は仕方なくバイクを引っ張り出し、この糞暑い中ツーリングにでも行く事にした。
オンボロ故に数日エンジンに火を入れないでおくと機嫌を損ね、なかなか動かない。
僕は汗だくになりながらエンジンをかけて、とりあえず涼しい山の中目指して林道を走った。
数十分くらい走ると、最近人が立ち入っていないような道に入った。
路面のアスファルトには苔や雑草が生え、細かい小枝が散乱している。道が自然に還ろうとしていた。
そんなところを気にせず走ると、自動車1台分程度の横幅の小さなトンネルが見えた。
入口にはトンネルの名前が右から左読みの字で書かれ、トンネル内部の側面はレンガ積み、上面は手彫り痕がそのまま露出していた。
路面は堆積した土などで少しぬかるんでいる。好奇心に刺激された僕は、電灯すら無いその長い真っ暗なトンネルへ侵入した。
ドコドコドコと小気味よい独特のエンジン音がトンネル内に反響する。内部は非常に湿度が高く靄で視界が悪かった。
水蒸気で、ずぶ濡れになるが涼しく気持が良い。というか寒いくらいだ。
しばらく進むと出口の光が見えた。案外トンネルは短かかった。
出口を出たその真正面には小さな木造の建物が建っていた。今にも崩れそうな廃虚で、半分は原型を留めぬ程に崩壊していた。
周りには既に木々が生えて建物を飲み込みつつあった。
道端に一体の地蔵さんがころげていた。
苔むして緑色になっている。背中を向けているのか、顔が無い。背中に紋様が描かれていた。
斧の絵だ。大学の一般教養科目で江戸時代の文化を少し学んでいた僕にはその紋様にピンときた。
斧は十字架を表している。キリスト教弾圧を逃れた、いわゆる隠れキリシタンが十字架を作れば捕まるために、
代わりに地蔵さんの裏に斧の絵を堀り、それを十字架にみたてて崇拝したのだ。上手いカモフラージュだ。
バイクを降り、建物内に入ってみると、内部は以外と広かった。礼拝堂的なものだろうか。
カビ臭く、各部が朽果てていた。足が、腐った床を抜かぬように注意しながら歩を進めた。
外部から蔦や木々が侵入し、異様な雰囲気になっている。一応屋根はまだ雨風には耐えているようだった。
別に自分は日本史研究に興味がある訳でもないので、特に面白いものも見つからないので建物を出ようとした。
その時、部屋の片隅に机のようなものがあるが、その上に真新しい革製の鞄が置いてあるのが視界に入った。
状態から見ても、ここ数日の内に誰かが置いたものだ。一体何だ?
しかし、ここへ来る途中、最近四輪の通行した痕跡は全く無かった。
すると誰かが徒歩でこれを置きに来たのか、迷った登山者が置いていったのか…。とりあえず中身は何だろうか。
SFの世界じゃないのだ。まさか中からエイリアンが出てきて顔に張り付いたりはすまい。
僕は金属の小さな取っ手を引き、なかなか重さのある鞄をゆっくりと開けた。
するとその中にはなんと!
何も入っていなかった。
ただ、内部は絹製の布が綺麗に敷いてあるだけだった。
僕は心底落胆した。正直言うと札束でも入ってんじゃないかと心の底で少し期待していた。
「そこで何をしているの」
「はい!?」後ろから突然声がした。僕はとっさに振り返った。
そこには…小さな天使が立っていた。
銀色の長い髪、真っ赤な瞳、美しい陶器のような白い肌。
そう、それはまさにあの夢の中で見た、堕天使そのものだった。
23 :
16:2010/11/29(月) 02:31:22 ID:vp6zucp+
僕はあの夢の中に出てきた少女そのものと対面した。間違いなかった。
不自然に小さな体つきで、破屋に不釣り合いな美しい黒いドレスを着ている。
「君は…」あまりにも非日常的な状況に言葉が出ない。
これは人間なのか、宇宙人なのか、はたまた本当に堕天使なのか。もしかして、森の妖精さんなのか。
彼女は僕を睨みつけた。しかし、その直後、彼女の鋭い目は徐々に見開き、驚きの目に変わった。
「ご、ごめん、これは君の鞄だったんだね。勝手に見てしまった」僕は以外な程冷静だった。
多分、普通なら腰が抜けてもおかしくない状況だろう。
いや、正確にはこの状況を理解するのに僕は一杯一杯だった。
だが、不思議と逃げ惑う程ではない。夢の中とはいえ、彼女(彼女と呼んでいいのか分からないが)
と一度対面し、あの時の様子から少なくとも悪魔では無いであろう事を知っているからだろうか。
「ごめんね、返すよ」僕は後ろに置た鞄を持ち彼女に差出した。
その鞄を見た彼女はさらに驚いた顔をし、僕から鞄をひったくった。
御立腹のようだ。僕は苦笑した。
「ここは…君のおうちかい?」僕は努めて冷静に、辺りを見回しながら言った。
「帰って」
「え?」囁くような小さな声だったので聞き取り難かった。
「帰りなさいと言っているの」
その声は透き通るような美しく繊細な声だった。
しかし、どことなく苛立ちの篭った声だった。
彼女は部屋の片隅の、腐食が少ない床の上に鞄を置いた。
「君…夢の中で泣いてたよね」僕は尋ねた。あれは本当に彼女なのだろうか。
僕の質問を聞いた直後、彼女は少し動揺したのか、動きが一瞬止まったように見えた。
「知らないわ」彼女はそう言って鞄の中に入ろうとした。内部が四次元空間にでもなっているのだろうか。
ここにもしドラえもんが現れても僕はあまり動じない自信がある。
「ち、ちょっと待ってくれよ!」僕は彼女を止めようとしたが彼女は無視して鞄の中に入ってしまった。
部屋には僕一人残された。彼女を叩き出すわけにもいかないだろう。仕方ない。その日は退散するしかなかった。
家に帰ってみると、山の中での出来事は全部嘘のように感じた。破屋、トンネル、そして女の子。
全てがなんだか現実離れしすぎていた。
その日の夜、僕はまた例の夢を見た。彼女の事ばかり考えていたから当然だろう。
相変わらず屋敷は暗かった。部屋には彼女は見当たらなかった。
とりあえず僕は以前のように暖炉の前のソファに腰掛けた。
同じように埃が舞った。しかし隣に彼女は現れなかった。
夢なのに何故か僕は、自分が思ったように彼女を出現させる事ができなかった。
しばらくして。「こんばんは」と、後ろから美しい声がした。彼女の声だ。僕は振り返った。
彼女は例の黒いドレスを着て部屋の入口に立っていた。
その十字架の描かれたドレスはこの建築の暗い雰囲気にマッチした。彼女は夢の中の住人なのだろうか。
彼女は足の長い小さなチェアに腰掛けた。テーブルにはいつの間にかティーポットと二つのカップが置かれていた。
「どうぞ」彼女は不敵な笑みを浮かべながら着席を促した。僕はそれに従った。
彼女はゆっくりとお茶を飲んだ。その動き全てに無駄が無く美しかった。
「オレンジペコーよ」
気が付けば僕の手前に置かれていたカップには茶が注がれており、湯気がたっていた。
24 :
16:2010/11/29(月) 02:32:52 ID:vp6zucp+
「頂きます」
僕はそう言って一口すすった。妙に緊張した。
彼女はカップを置き、一息ついた。僕もそれに合わせた。
「私はローゼンメイデン第一ドール、水銀燈。あなたは?」
彼女は尋ねた。
「僕…僕は高木一義です」まるで就職面接での受け答えのようなぎこちなさだ。
「で?高木さんが一体何の御用?」彼女は僕の目をじっと見つめた。僕を見定めているのか、
その真っ赤な瞳は僕の全てを見透かしているような気がした。
「い、いえ、別に用は無いのですが」
用なんてない。寧ろ僕が逆に聞きたいくらいだ。君は一体何者だ。
以前、ここで泣いていた彼女はとても幼く、か弱い子供のように見えた。
昨日の昼間に見た彼女は、少しやる気の無さげな(失礼)森の妖精といったところか。
そして今目の前にいる彼女は…
「プッ」彼女は突然吹き出した。そして腹に手を当て、声を上げて笑いだした。
僕はどうすればいいのか分からず、彼女の笑いが収まるのを待った。
「ふざけないで」彼女は突然真顔になり、今までの繊細な声からは想像が付かないほどのドスの効いた声で言った。
そして目にも止まらぬ速さで黒い刃物のようなものを僕の首につきつけた。
刃が皮膚に微かに擦り、血がにじんだ。僕は硬直した。
「用も無いのにわざわざ私の夢の中に入り込んで来たの?」彼女は耳元でささやいた。
スッと息が耳の穴にかかった。首筋には温い液体が垂れてゆくのが分かる。夢なら覚めろ!全てがリアル過ぎる。
よく見ると彼女は空中に漂っていた。やっぱり悪魔だ。彼女は悪魔だ。
「し、知らねぇよ!ねねね寝たら勝手にここに居たんだよ!」
僕は両手を上げ、必死に弁解した。額にじっとりと脂汗がういた。
彼女はじっと僕を見つめた。どうか命だけはお助けを!と心の中で叫び、ギュッと目をつむった。
「まぁ、その間抜け具合から見て貴方がラプラスとかその辺の手下には見えないわね」
彼女はそう言うと黒い刃をそっと首筋から離した。
「ラ、ラブプラス・・・?」僕はそんな意味不明な事を言いながら大きく息を吐き、体の力を抜いた。
よく見ると刃物に見えたそれは黒いただの羽だった。
彼女は摘んでいたそれをそっと離した。それはヒラヒラと舞いながらゆっくりと地面に落ちた。
あんなに軽くしなやかな羽が刃物のような強度を持っていたのだろうか。
彼女は空中を漂ってゆっくりとチェアに腰を降ろした。足を組み、紅茶を一口飲んだ。
そして片肘をつき、僕を見つめた。その目にはさっかのような殺気は無かった。
僕は目を剃らし、そっと手で首筋を撫でた。じっとりと血が滲んでいる。結構な出血だ。僕は指で傷口を押さえた。
「で?知らない内に私の夢の中に迷い込んできたって訳?」
「多分…」僕はまるで悪い事をして母親に怒られた息子のように萎縮した。
「どうやって私の居場所は突き止めたの」
彼女は相変わらず僕をじっと見つめて言った。僕がどういう人間なのかまだ探っているのだ。
「バイクで山の中を走ってたら偶然…」
「また迷い込んだの?」
「はい…」彼女はうつ向き片肘をついて頭を抱えて、ため息をついた。
「馬鹿じゃないの・・・。彼処には来ないで」
「何故?」
彼女は僕を睨みつけた。
「わかりました」
しばらく沈黙が続いた。気まずい。僕はうつ向き押し黙っていた。
25 :
16:2010/11/29(月) 02:34:26 ID:vp6zucp+
中途半端ですが本日は以上です
>>25 乙です
やはり普通の人と薔薇乙女が逢うと……気まずいっすね
ども、TEGです。
29【真紅と蒼星石の英雄】
投下します。マッタリ路線です。
英雄はあのお方です。ではいきます。
[2004/10/09 17:07]
[ジュンの部屋。]
真紅「さて…… もう5時前10分ね。 そろそろ、下へ降りなくては……
KT(くんくんタイム)突入なのだわ。」
ジュン「? なんだ真紅、もう5時7分だぞ?」
紅「そんなことはなくてよ、ジュン! 私の懐中時計を見て!
時計は嘘をつかないのだわ……!」
ジュン「貸してみろ? …… ……」
紅「…… ……?」
チク…… タク……
チク…… タク……
ジュン「あー…… 遅れてるな。 秒針がめちゃくちゃ遅れてる。
修理に出すしかないなぁ……」
紅「なんですって!? そんな…… 日々の手入れは欠かさなかったのに……」
ジュン「磨いてもだなー…… 歯車までは、時計を開けないと手入れはできないし
僕は時計の知識がないから、下手に壊したらまずいから……」
紅「……」
10月9日、晴れ。とはいえ、もう夕刻。
夕方5時からの「くんくん探偵」に間に合うように、
錬金術の本を読み進めていたのだけれど……
万一の時以外は必ず肌身離さず持っている、私の懐中時計……
どうやら、秒針に遅れが出ているよう……
確かに、もう長い間使い続けているから、無理もないかもしれないわ。
まだ完全に壊れて、魂も遠くに行ってしまったわけじゃないから、
時の薇を戻すこともできないし…… 困ったものだわ……
ジュン「……今日のくんくんは何期の何話だったんだ?」
紅「1期の13話。土曜だから再放送ね。」
ジュン「ちょっと待ってろ、番組表を調べてみる。
……おっ、Kステーションで朝6時半からだ。家で見られるぞ。」
紅「6時半……ですって……」
こう見えても……早起きは苦手なのだわ。
目覚めは7時、眠りは夜の9時と決めてしまっているから……
ジュン「……DVDは1巻に2話だから、FILE7か……
……あるのか?」
紅「あ……あるにはあるのだけれど……
やはり、リアルタイムに放送されているところを見届けるのが、
一くんくんファンとしての使命なのだわ……。」
ジュン「はぁー…… 仕方ないなー。
同じ日に22時からやるみたいだけど、こっちはどうだ?」
紅「もう眠りの時間を過ぎているのだわ……」
ジュン「こうなったら翠星石あたりに頼んで、6時半に起こしてもらったほうがいいな。
頑張って早起きするほうが、まだいいだろ……」
そうね……9時を過ぎると途端に眠くなるから、
10時のくんくんは見届けられないわ……
二度とこんなことがないように、早く時計を修理しなければ……
ジュン「そうだ。 蒼星石の……柴崎さんの所に行ってみたらどうだ?」
紅「その手があったわね。」
ジュン「……ホレ、840円だったろ。行ってこい。」
紅「ええ。行ってくるわ。」
[17:21]
nのフィールドを抜けて、柴崎時計店に行こうと思ったのだけど……
今日は、少し清々しい空気にも触れておきたい気分だから、
玄関から出ていくことにしましょう……
秋の、夕刻の空は澄んでいて、癒されるのだわ。
普段、留守番をしているときは、テレビの前でクッキーなどを貪っ……
……嗜んでいるだけで、まったく外に出ないから……今のは、ジュンたちには内緒よ。
さて、あの角を曲がれば時計店はすぐそこね。
[17:24]
[柴崎時計店。]
ガラガラッ
紅「ごきげんよう。元治? いるの?」
柴崎元治「おや、その声は真紅じゃな。玄関から来るとは珍しいのう。
時計が壊れたのかな?」
紅「ええ。ひとつ、直していただけるかしら?」
元治「ふむ…… これはこれは…… むう、大変いい仕事をしておる。
ドールサイズじゃが、きちんと動いていたようじゃの。
おーい、蒼星石や。」
蒼「はーい。 あれ、真紅じゃないか。
その時計は……」
紅「ごきげんよう、蒼星石。秒針が遅れてしまっているから、
元治に直してもらいにきたのだわ。」
元治「うむ。お任せあれ。次の日には修理も終わるじゃろうから、
また取りに来るがよい。御代もその時に頂くとしよう。」
紅「ありがとう、元治。」
蒼「時計に関しては、マスターの腕はマエストロ級だからね。」
元治「ほれ、あがっていきなさい。少しゆっくりしていくがよい。
マツよ、紅茶を一杯淹れてもらえんか。」
柴崎マツ「はいよ。ささ、真紅や。今日はくんくんの特番ですよ。」
紅「そ、そうだったのだわ! 2本立てだったことを、すっかり忘れていたわ。
ああっ、くんくん……今日は貴方に逢えないと思っていたけれど……」
蒼「ふふ…… じゃあ、僕もご一緒させてもらおうかな。」
[17:30]
夕方5時半……2本立ての2本目が始まるのだわ。
さあ……その雄姿、見届けなくては……!
パチッ
[探偵犬・くんくん 第14話 魔のダイヤル九万九百#(スクエア)]デデーン
くんくん[怪盗キャットめ、タウンペーヂに電話番号を載せるとは、愚かな奴だワン]
警部[念のため逆探知をしておけよ 頭に186をつけろよ]
くんくん[ガッテン!]
ガチャッ ルルルルル ルルルルル
くんくん[!]
紅「!」
蒼「……」
警部[……]
キャット[…… バカめ、これで貴様らのヤサの番号はこっちのものだ!]
くんくん[……フン 甘いのはそっちだワン 今の声は録音だぁー!!]
警部[!? なにっ!!]
くんくん[…… 後ろで……大犬町役場の12時の時報が聞こえるワン
だが? 今は夜…… これはこっちをビビらせる作戦だ!!]
紅「ああ…… さすがくんくんなのだわ!
周囲の環境を見事に推理に活用し、キャットの居場所を……!」
蒼「ふむ…… 時報なんて気にしている暇はなさそうだよね……
逆にそれが仇になった、というわけか……」
紅「私も、この話をDVDで初めて観たときは、気づかなかったわ。」
元治「ふぉふぉふぉ、よく盛り上がっておる。一樹も笑って見ておるじゃろうて……」
マツ「きっと、そうでしょうねぇ。また一段と賑やかになりましたよ。
かわいい孫が、8人も……」
元治「このあたりは、親父さんには感謝じゃな…… 早く戻ってくるとよいのじゃが……」
マツ「…… いまは、この時を楽しもうじゃありませんか。」
[18:02]
蒼「なら、修理が終わったらジュン君の家に電話するよ! それじゃあ!」
紅「ごきげんよう!」
蒼星石が貸してくれた「限定くんくんウォッチ」を付けて、
帰路につくことにしたわ。もう、6時を2分も廻ってしまっているわね。
今日のディナーは何なのかしら?
紅「ホーリエ? そろそろ日が暮れてきているから、道を照らして頂戴。」
ホーリエ[チカチカッ ポォォ……]
紅「ありがとう。 頼りにしているのだわ。
ふふ、いいでしょう? このウォッチ。」
ホーリエ[ピカッ]
紅「…… あら、それは名案ね。ジュンにオークションを見てもらって……ふふ♪」
ホーリエ[!]
紅「どうしたのホーリエ? あなたも楽しみ…… み…… !?」
突然、ホーリエの光が強くなった…… 何かを見つけたのね。
丁字路の影から出てきたのは……一匹の犬だったわ。
けど、見覚えのあるフォルム……あのゴールドの躯、あの垂れた耳、
それにあのぶち模様! 間違いないわ!
紅「あああ!! くんくん!!!」ドダダダ
ホーリエ[!!]ギューン
グイイイ
紅「ちょっとホーリエ! 袖を引っ張らないで頂戴!
くんくんが……!」
中西「なぁ岸本? 悲鳴が聞こえなかったか」
岸本「悲鳴だったか? どっちかといえば…… 喜ばしいよーな」
紅(……いけない、危うくあの二人組にぶつかるところだったのだわ……)
犬「わふ」
紅「? くんくん…… ついに私を選んでくれたのね……!」
犬「くーん」スウッ
紅「やだ、くすぐったいのだわ……」
中西「……あれ あの犬」
岸本「中西? お前知ってんのか」
中西「ああ、この辺をよくうろついてるんだ なんかテレビで見たことがあんだけどさ」
[18:25]
[桜田家。]
さあ、憧れのくんくんとともに、家の玄関をくぐる時が来たのだわ……!
夢のようね、このひと時……♪ けど、みんなはびっくりしていたわ。
紅「というわけで家族の一員になった、くんくんよ。」
犬「わう」
のり「あら! くんくんって実在したのねぇ♪」
ジュン「あのなぁ…… んなわけないだろ、姉ちゃん。
それに真紅! お前なァ……世話とか大変なんだぞ? 分かってるのか?」
紅「もちろん…… 生き物の世話ができずに、レディは務まらないのだわ。」
翠星石「ししし真紅ぅぅ…… こいつぁどっからどう見ても獰猛なケモノですぅ……
かわいさが感じられないですよぉ……」
紅「失礼ね。この子は私を選んでくれたのよ。」
雛苺「なの! ほら、このくんくんぬいぐるみ、こんなにそっくりなの!」
のり「真紅ちゃん? ちょっとくんくんとお庭をお散歩したいんだけど、いいかな?」
紅「ええ。のりならいいわよ。」チラリ
ジュン「…… ちゃんと世話しろよ。」
紅「言われなくても……♪」
翠「ほら、早くおめーらは席に着くです! のりが庭を一周してきたら夕飯ですよ!
今夜は焼きハムとサラダとシラスごはん、じっくりコトコト煮込んだコーンポタージュですぅ!」
ディナーの後は、くんくんのために探偵ごっこをしたわ。
変身セットが、まさしく役目を果たしたのだわ。
雛苺ときたら、ずっとくんくんの上に載って庭を駆け回っていたわ。
[22:02]
ジュン「さて…… 真紅たちも眠ったし、あの犬っころも寝てしまったな。」
のり「今日そこを散歩してみて気づいたんだけど、あのワンちゃんの首に、首輪のあとがあったわよ。」
ジュン「え?」
のり「最近までついていたみたいだけど……」
ジュン「はぁ…… まいったな。飼い主が現れるまで預かっとくか……
また家が一段と賑やかになるなぁ……」
のり「ふふ…… そうねぇ、もともと4人家族で、2年前まで2人だったのが、3人に増え、4人に増え……
いつの間にか『12人家族』。そして、ここにワンちゃんがしばらくいるから……
おねえちゃん、賑やかなのはとっても好きだから、いいけどね。」
[2004/10/10 15:03]
[桜田家。]
ジュン「おっ、蒼星石! 時計、ありがとうな。」
紅「この限定ウォッチも、とってもよかったわ。ありがとう。」
蒼「お安い御用さ! マスターもいい仕事をしたと言っていたよ。」
ジュン「ところで、この犬を見てくれ。どう思う?」
犬「わふ」
蒼「……すごい。 本当にそっくりだ……
この犬がくんくんのモデルなんてことは、ないよね……?」
紅「あり得る話かもしれないわね。くんくんが5歳よりも若ければ、あるいは……
まぁ、難しいことは考えないで…… 遊びに行きましょう、くんくん!」
雛「ヒナもヒナも―!」
翠「……ぬぅ 仕方ないからついて行ってやるです
せっかく晴れてるわけですから……」
蒼「そうだねぇ。ジュン君たちも行こうよ! (真紅を見守るのも兼ねてね。)」
ジュン「そうだな。こんな日に家にいるのは勿体ないからな!(わかった。)」
のり「それじゃ、出発よぅ!」
それから次の日も、その次の日も、くんくんと遊んだわ。
かくれんぼしている時は、まるで、私がお話の中に入って、事件を解決しているよう……
雛苺さえ、すぐに見つけられたわ。
[16:30]
[公園。]
雛「うゆ…… たったの20秒で見つかっちゃったの。
くんくんと真紅、すごいのー!」
翠「今までの最短記録でも、雪華綺晶の2分でしたのに……」
蒼「そこは、犬だからね。探し物は得意だと思うよ。」
紅「よくやったわ、くんくん!」
犬「くーん、くーん」
紅「ふふ……♪」
[2004/10/11 14:08]
金糸雀「こ、これは…… 本当にくんくんっぽいかしら……
2足歩行でちゃんと服を着込んだら、瓜二つかしら!」
紅「紹介するわ。彼女は姉妹の中でも一番の 策士……
事件が起これば彼女に解決できないものは ……ないわ。」
金「(どーして間が空くかしら……?)まぁ、このカナにかかれば
どんなアクシデントもインシデントも乗り越えられるかしら!」
犬「わふ」
蒼「どっちもほとんど同じだよ……」
金「……(けど、この子は飼い犬だったみたいかしら…… 飼い主が出てくるまでは、
真紅ならちゃんと育てると思うから、大丈夫だと思うけど……)」
蒼「(早く見つかるといいけど。長くなればなるほど、後がつらくなっちゃうから)」
[2004/10/12 13:33]
黒猫「……ぅにー……」
蒼「あっ、やあ、水銀燈! マスターと子猫と、揃ってお散歩かい?」
柿崎めぐ「こんなに晴れてるからね。水銀燈ったら、いつのまにか
この黒猫さんとお友達になっちゃったみたいで……」
水銀燈「……あら蒼星石、真紅、ごきげんよ……う……
あの…… くんくん?」
紅「……そっちの猫こそ、この前出てきた怪盗黒猫に似ているのだわ……」
銀「そうかしらねぇ? ……ちょっと、声当てなさいよ……」
紅「え……ええ、いいわ?」
銀「……くんくん、今日こそ決着をつけようではないか」
紅「のぞむところだ、ワン」
銀「ああ…… まさかここまでリアルにくんくんを再現できる日が来るなんて……
……猫、もう平気なのぉ?」
紅「ありがたいことなのだわ…… くんくんが居れば、猫も楽しい登場人物よ。」
銀「くんくん…… どこまでも恐ろしい子……!」
柿崎めぐ「……ふふ…… 猫に声を当てちゃう水銀燈も、真紅も……かわいい♪」
蒼「ははは…… よくなついてるなぁ……」
黒猫「ぅにゃう」
犬「くーん」
[2004/10/13 16:11]
雪華綺晶「私に追いついてみせてください……!」スゥッ
犬「わうっ」ビュンッ
雪「うふふ……♪ 俊敏だこと……」
薔薇水晶「…… この速さも よく似ている……
おとうさま 例のものを……」
槐「うむ。犬には、これだろう」ヒョイッ
犬「わん」バグルンッ パクッ
雪「わぁ……!」
真紅「空中で宙返りを……完璧なのだわ!」
槐「ふむ…… なかなかやるではないか……
フリスビーを買っておいてよかった。」
……そして、私がくんくんと遊び始めて、六日目の昼さがり。
[2004/10/14 16:39]
紅「さあ、ボールを取ってくるのだわ!」
犬「わうっ!」
蒼「……あそこまではしゃぐ真紅は、初めて見たな……」
ジュン「金糸雀が、前に平日に潜入したところによるとだな、一人でくんくんを観てるときは
それはもうすごいリラックスっぷりだそうだぞ。」
蒼「へぇ……! それは意外だね……
たぶん、見られたらすごく驚くよ。」
ジュン「そして照れ隠しで巻き毛ウィップとくるもんだ。可愛いやつだよ……」
紅「ふふふ……あはは……♪」
犬「わうっ」
「あっ、こんなところに! 探したぞー!」
突然、見知らぬ男性がやってきて……呼び止めた。
くんくんを探していたというの?
それに、この男性の上着、くんくんのテレビ局の……
犬「わふ」
紅「あなた、飼い犬だったの?」
犬「うー」コクリ
「ああ、君が看ててくれたのか。ありがとうよ。
この子は、くんくん探偵のモデルになったんだよ。」
蒼「やはり……! どうりで似ているわけだ!」
ジュン「へー…… そういうわけだったんだ」
「さ、訓太。明日は福岡で撮影だからな、戻るぞ。」
犬「わう」
犬「……」
紅「…… 撮影 がんばるのよ。
それじゃあね。」
犬「…… わふ」ペコッ
[18:00]
蒼「……うーん…… 福岡か……
ここからだと、どれだけかかるんだろう。」
ジュン「撮影だったら、近いうちにテレビに出るだろ。
それに、飼い主が見つかったんだし。よかったじゃないか。」
蒼「ま、まあ……そうだけど……(真紅……)」
キーコ キーコ……
紅「私は……忘れないわ…… この六日間を……」
[19:02]
雛「うゆ…… もうくんくんとは遊べないのかなぁ……」
翠「けっこうかわいい奴でしたのに……」
のり「大丈夫よぅ! くんくんだったらいつも元気にしてるから、大丈夫!」
蒼「まぁ、主人のもとに居るのが一番かもしれないね……。あっ、おかわりいいですか」
翠「泊まっていくですか、なら、真紅の残しちまったぶんまで平らげてやってはくれんですか?」
蒼「そこまでは食べられない、かな……」
ジュン「アイツ、降りてこないなぁ。見てこようか?」
蒼「……眠ったのかもしれない。静かだし……遊び疲れてたからね……
また、朝になったら起きるさ。」
[19:03]
[ジュンの部屋]
紅「…… ……」
たしかに、主のもとで幸せに暮らせるのが、理想でしょうね……
けど…… やっぱり…… 別れは辛いわね。
私たちは、よくわかる……から……
……
…… ……
[21:09]
紅『…… あら? ここは公園……』
紅『いつもの公園…… なのだわ…… 私は確か、
眠りに落ちて……』
『わうっ わうっ!』
紅『あなた……』
『はっ はっ』
紅『くんくん!?』
『ボクとあそんでくれて ありがとう!』
紅『あなた…… ああ……!! こちらこそ……!』
『みんなにも よろしくね!
それと、いつもくんくんを観てくれてるんだね
物語の英雄として、うれしいよ!』
紅『ど、どうしてそれを……!?』
『ファンレターの常連だからさ! とっても美しい真っ赤な服、
その髪型! 写真まで送ってくれてるのは、君しかいないワン!
あと、君にそっくりな子も7人、写真付きで送ってきてくれてるよ!』
紅『くんくん……!(みんな……)』
『ちょっと気分転換に行ったつもりが、一週間も過ぎたから
ディレクターさんには迷惑をかけてしまったよ。
だけど、ありがとうって言ってたワン!』
紅『そう……! それなら、よかったのだわ!』
『いつか、また遊ぼう! これからも応援、よろしくんくん!』
紅『くんくん……♪』
くんくんの言葉…… しかと受け取ったわ!
夢の中でも会えるなんて…… 幸せなのだわ……!
そして…… 一か月近くが過ぎた、ある晩のこと……
[2004/11/10 19:12]
[桜田家 リビング。]
紅「さて、今日の花丸ハンバーグ、とてもおいしかったのだわ。
ごちそうさま。」
雛「うい! はなまるさんが双子だったの!」
翠「おかげで少しお得だったですぅ。さて、テレビでも観るですよー。」
紅「ジュン? 紅茶を入れて頂戴。」
ジュン「ハイハイ。」
ピッ
TV[今回の主役はトイプードルの訓太くん! アクロバティックな宙返りから
燻製肉選びまで何でもこなせるスーパードッグ!!]
紅「あっ……!」
雛「うゆ!」
ジュン「おお!」
翠「わあ……!」
のり「あらあら、あの子じゃない! 俳優さんなのね!」
訓太[……わふ]ニイッ
[19:14]
[廊下、電話口]
翠「蒼星石! 早くテレビを観るです!」
蒼[もう観てるよー。まさか、もう再会できるとはねぇ。
真紅は?]
翠「めちゃくちゃはしゃいでるですぅ。」
紅「蒼星石!? 早く録画ボタンを押しておくのだわ!
この雄姿はくんくんのルーツでもあるのよ!」
翠「きゃぁー! 翠星石の受話器を分捕るなですぅ!」
蒼[ハハハ…… そういえば、夢にくんくんが出てきたんだよ!]
紅「貴女も? 何か言っていたかしら?」
蒼[『応援よろしくんくん!』 だってさ!
夢の中でも宣伝なんて、ちゃっかりしてるよねー。
けどね]
紅「……?」
蒼[『ボクは君たちの英雄であり続けたい』っていう言葉をいただいたよ。
……立派なヒーローだね。]
紅「ええ、その通りね。彼は名探偵、そして英雄なのだわ。」
私の、私たちの英雄、くんくん……!
今週分のファンレターは、いつもよりたくさん書くことにするわ。
もちろん、ジュンだって……いいえ、なんでもないわ。
さて、紅茶でも頂くのだわ。
【真紅と蒼星石の英雄 完】
今回の投下は以上です。読んでくれた方ありがとうございました。
23話から続く第3部、テーマは「伝心」。
真紅と蒼い子、くんくんはどうやって思いを伝え合うかを書いてみたのですが
TALE30でのリラックスぶりが想像以上だったため、今までにない真紅と
それに巻き込まれる蒼い子を書けたように思います……もちろん影の主人公・くんくんもですね。
訓太は思いつきです。
語りが真紅なため、真紅の夢の中を書いてみましたが、
蒼い子も同じような感じです。
ドールズのみの伝心は主人公2人×4作で8人分描きましたが、
次はマスターとドールの話を描きたいですね。
では元栓しっかり締めてグッナイ!
62 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2010/12/23(木) 11:35:53 ID:K3I9R2K2
乙乙
乙ゅ!
久々に和んだ こういうSSがあったのが昔のローゼンスレなんだよな
今はどのスレにも変なのが沸いて困る
乙
つづきまってましゅ
ほ
続きマダー?
ども、TEGです。
第30話、鋭意執筆中ですぜぇ。
15日までには投下できるように頑張ります。
みなさんありがとうございます。
保守!
「ありがとうございました。またお越しくださいませ。」
お客さん一家を送り出す。
もう夕暮れ時。
西の地平線は少し前までは見事な夕焼けだったに違いない。
残照が夜空にそっと押しのけられて消えつつある。
ちらりと時計を見る。
閉店時間まではちょっと間があるけど、もういいだろう。
店じまいにしよう。
入り口の「OPEN」の札を裏返す。
都会でも田舎でもない中途半端な街の、中途半端な場所にある、中途半端な大きさの写真館。
それがうちの店だ。
当時としては珍しい、女流カメラマンだった叔母が始めた写真館。
芸大を中退してブラブラしていた俺がここを手伝うようになってもう9年になる。
かつては細身ながら女丈夫とか女傑とかいう言葉が似合う人だった叔母も60歳を過ぎ、最近は病気がちだ。
ここ半年はほとんど俺だけでこの店をやっている。
別にそれが嫌なわけではないが...
うちの写真館は現像やプリントという「写真屋」の仕事もやるし、撮影も頼まれれば何でも撮る。
でも一応専門があり、いわゆる家族写真が得意だ。
七五三や入学式、成人式、還暦祝い、あるいは家族の誰かの誕生日。
そういう時に家族で集まって写真を撮る。
最近はそういうのは廃れつつあるのかもしれない。
でも、出来た写真とそこに写る笑顔を見ると、悪くない習慣なんじゃないかと思う。
うちの店もデジカメのプリント関係が収入の中心になりつつあるが、家族写真をやめるつもりはない。
叔母の趣味で、うちのスタジオには家族写真のための小道具がかなりある。
ちょっと豪華に見える椅子と机、アンティーク家具。
ステッキや日傘、帽子、アクセサリー。
もはやこれは貸衣装屋なのでは、と思うぐらいの服。
面白い写真を撮るためのかぶり物、着ぐるみ、果てはカブトと刀に提灯まである。
・・・決して、コスプレ写真館ではない...ハズである。
それはさておき、やっぱり小道具で人気なのは・・・特に子供さんに人気なのはぬいぐるみと人形である。
ぬいぐるみは流行のキャラクターの物と、クマやらコアラやらといった一般的な動物のものが一通り揃っている。
人形は質量ともに別次元の充実ぶりである。
叔母が子供の頃に遊んだんじゃないかと思うような古いバービー人形。
もっと新しいバービーやリカちゃん人形。
手芸作品っぽい、布にボタンの目、ぬいぐるみっぽい胴体の人形。
ガラスケースに飾られていそうな古い西洋人形。
もう少し新しくて、わりとリアルな顔をした西洋人形タイプの人形。
呼び名はわからないが、抱っこできるタイプの日本人形。
どの人形も綺麗な服を着せられている。
他にもアジア・アフリカの民芸品らしい人形や、ウルトラマンや怪獣まである。
とにかく、「抱いて写真を撮れる」人形なら種類・新旧をとわず、思いつくままに集めた感じである。
物置部屋にこの人形たちがずらっと並んでいる様はなかなか壮観である。
...夜行くと少し怖い。
人形が好きな子供をこの部屋に連れて行くとみんな一様に歓声をあげる。
しばらく見とれた後、抱いて写真を撮りたい人形を選んでくる。
しかし、皆が皆、新しくて誰が見ても綺麗な美少女・美少年の人形を選んでくるわけではないのが面白い。
相性があるのだろうか。
不思議なものだ。
そんな中、別格の人形がある。
この人形には専用のケースまである。
それも、ありふれたガラスの人形ケースなどではない。
それだけでもかなりの価値がありそうな、年代物の重厚な皮のトランクなのだ。
明らかにハンドメイドで、表面には紋章が打たれ、中には若干の詰め物の上にルクが張られている。
その中で、横向きになって膝を抱えて・・・胎児の姿勢に近い格好で眠っているのがその人形だ。
叔母はこの人形をとても大切にしていた。
それも当然だろう。
人形に詳しいわけではない俺でも、一目見ればこの人形が非常に素晴らしい物であることが分かる。
分類的にはアンティークドールという奴なんだろう。
明らかに新しいものではない。
にもかかわらず全く傷みや色褪せがない。
そしてたいへん美しく、まるで生きているようにリアルだ。
着ている服も古いデザインの物だが素材も造りも素晴らしい。
うちの店にある小道具はどのお客さんにも自由に使ってもらっているのだが、この人形だけは別だ。
ごく一部の昔なじみのお客さんにしか一緒に写真を撮らせない。
見えるところに置いてないし、存在すら教えないのだ。
普段の叔母の態度からすると、ちょっと不自然にも感じる。
他にも高価なアンティークドールはあるし、大事な人形もあるに違いないのだが、叔母は人形と一緒に写真を撮りたい人には喜んで使ってもらっている。
あのトランクの中の人形だけが別格なのだ。
今度の週末、叔母の昔なじみのお客さんが来る。
このお客さんは前回、あの人形と一緒に写真を撮ったはずだ。
今までは撮影のためにあの人形を出して手入れをしておくのは必ず叔母がやっていた。
しかし、叔母は今、かなり体調が悪いようだ。
撮影当日は昔なじみのお客さんに会いたくて何とか顔を出すかもしれない。
でも、下準備のために前もって出てくるのはまず無理だろう。
今回は俺が準備しておこう。
他のアンティークドールで人形の扱い方はだいたい分かったし。
俺は机から鍵束を取り出すと、あのトランクが置いてある奥の小部屋に向かった。
70 :
68と69:2011/01/15(土) 15:53:34 ID:4e8zBaGZ
あ、タイトル書くの忘れた・・・
本文にも一箇所、消し忘れで大きな間違いが。
んと、保守代わりだったという事にしてくだちい。
おつつ
ひこにゃんが着ぐるみにあったら撮りに行きたい
とりま続ききぼんおつ
>>68-69 おお、乙です。
俺も続きキボンヌです。
さて、15日を2日も過ぎてしまい申し訳ないですm(_ _)m。
やっと第30話を書いたと思ったら昔話で第31話も書けましたので
今日夜から第30話を、明日の夜に第31話を投下したいと思います。
ども、TEGです。
お待たせしました、第30話を投下しますよ。
こちらもお待たせしました、トゥモエのターンです。
30【柏葉巴と桜田ジュンの冬物語】
[2004/12/24 07:42]
[柏葉家。]
巴「それじゃ、行ってきます。雛苺のこと、よろしくね。」
巴の母「はいよ。さ、雛ちゃん、髪の毛を梳かしましょう」
雛「はーい! トモエ、いってらっしゃいなのー!」
巴「いい子にしててね。」
雛「うーい!」
12月24日、曇り。薄い雲から、一筋の日光が差している。
今日は2学期の終業式。朝ごはんを食べて、父より20分遅く家を出る。
自転車を走らせて、高校に向かう。
昨日から、雛苺が家に遊びに来ている。
今年のクリスマスは、それぞれのもとで過ごそうと早い段階から決めていた。
雛苺は、私の家でクリスマスを迎えたいと言った。
巴『ほんとうに、いいの?』
雛『うゆ! ……真紅たちとは、いつでも逢えるし、ジュンもなの。
ヒナ、『くりすます』…… トモエとだけでお祝いしたことないから……』
巴『そう……ありがと、雛苺。』
そのあたりは、桜田君も諒承してくれていたし、真紅も翠星石も頷いていた。
いつも週末になると雛苺が私の家に泊まりに来ていたことや、
今年のクリスマスが土曜ということもあって、すんなりと決まった。
剣道の大会で貰った賞状を今日改めて受け取るし、
帰りにケーキでも買って帰ろうと思うから、
少し大きめのバッグも一緒に持って行っている。
歩道の電光掲示板に出ている気温は4℃。冷たい風が、時折耳を撫でるとツンと痛い。
けど……今日のことを考えると、そんな痛みはすぐに飛んでしまう。
もうすぐ、高校が見えてくる。
[12:14]
[1年2組。]
2枚の賞状と成績表を受け取って、ホームルームに臨む。
桜田君は…… 斜め前の席で、ウトウトしている。
ふと外を見ると、雲が大きくなっていた。
教師・蕨「今日はよく冷えるから、雪が降るようだ。
事故など気を付けて冬休みを送ってくれー。
学校は28日まで空いてるから、勉強したい者は図書室でな。」
「「はぁい」」
蕨「じゃ、柏葉。号令を」
巴「はいっ。 起立。礼!」
「「ありがとうございましたー」」
椅子を収める音が響いた瞬間、桜田君は大きなあくびをしながら
軽く伸びをした。全校集会の時もうつらうつらしていたから、
昨日からあまり寝ていないのかな。
ジュン「くぁー…… 終わった終わった。」
巴「桜田君、すごく眠そうだったけど……どうしたの?」
ジュン「ああ…… ちょっとオークションでな。くんくん1/1ぬいぐるみの
黒服バージョンが出てたから、遅くまで粘っていたんだ。」
巴「……服が真っ黒なの?」
ジュン「いや、服だけモノクロにした感じかな。結構渋くてかっこよかったからな……」
巴「ふふ、真紅へのプレゼントだね。」
ジュン「今夜届くと思うから、アイツが寝た後に鞄の横に置いとくよ。
翠星石は…… 何がいいかなー。」
巴「そうだねー…… 『ブーさん』のぬいぐるみとか?」
ジュン「ああ、そういうのもいいかもな。今日、デパートでも見てみようかな。」
ジュン「そーいえば、柏葉も雛苺に何か買ってやるんだろ。」
巴「うん。苺のいっぱい載ったケーキでも買って帰ろうかな、と思ってるけど。」
ジュン「そりゃあ喜ぶぞー、アイツ。」
巴「この近くのデパート、ケーキ屋さん入ってたっけ?」
ジュン「あー、どうだろうな。地下にあったと思うけど、今日は多分混むと思うな。
……行ってみるか?」
巴「行ってみよっか。」
[13:02]
[玄武百貨店。]
桜田君と、あの子のためのプレゼントを買うために、久しぶりのデパート探索。
クリスマスイブということもあって、たくさんのお客さんでごった返していた。
小さいころ、5歳だったかな、そのあたりのこの時期に、家族でここに来たことがあったっけ。
喧騒から逃れて、屋上庭園。時折、近くの小さなゲームコーナーから、
古いシューティングゲームのBGMが奏でる8和音のメロディが流れてくる以外は、
不思議なほど静かだった。……雲はどんどん広がってきていた。
巴「それでね、ここでぬいぐるみを買ってもらったんだけどね」
ジュン「へぇー…… 何の?」
巴「コモドオオトカゲだよ。」
ジュン「!? ……もしかして、アレか? 雛苺のお気に入りの」
巴「そう。あれはね、もとは私が5歳の時のクリスマスプレゼントだったんだ。
あのころの私は動物が好きで、ぐずってやっと買ってもらって……へへ……
それからしばらくは遊んでたけど、小4の時に転校してからはずっと押入れの中にいて……」
ジュン「ほぉ。 それで、アイツが来てからまた日の目を浴びることにな……」
巴「うん。私が、部活で帰りが遅くなってしまってたからね。
それで、寂しくないようにって、私が使ってたおもちゃを、あの子に……
今じゃ、全部のおもちゃに名前が2つ書いてあるよ。」
ジュン「ハハハ…… そういえば、僕はミニカーにはまるまではおもちゃらしいおもちゃは
持ってなかったっけなー。いつも絵ばかり描いてたし…… 姉ちゃんのはなんか
ケティとかばっかりだったし。」
巴「ゲームとかは?」
ジュン「うーん…… なんか、ゲームしてるより絵を描いてるほうが楽しかったからな……
ポケットケモノ……だっけ? あれなんかもすぐ飽きちゃったな」
巴「そうなんだぁ。ポケモノ、結構流行ってたと思うけど……」
ジュン「2代目までな。3代目からは昔のやつが連れていけないだなんだで、
投げたヤツがいっぱいいたから。それに、その時は引きこもってたし……ダハハ。
中学上がってからそういうのやめた奴って居たろ?」
巴「そうだったっけ? ふふ……」
[13:36]
昔のことも笑い話にしながら、長いこと話をしていた。
目的を思い出して、ベンチから腰を上げようとしたとき、
桜田君がもう隣に居なかった。どこに行ったのかな……?
ジュン「柏葉ー! なんか飲んでから、目当てのもの買いに行こうか!」
片手で、50円玉と3枚の10円玉を真上に投げてはつかみを繰り返し、
桜田君は紙コップの自販機に向かっていた……んだけど……
ジャラッ チャリチャリーン
ジュン「わあっ」
巴「もう…… 何やってるんだか……ホラ、80円」
ジュン「ありがと……」
巴「ふふ……」
桜田君はコーヒー、私はココアで一息ついて……
少しずつ賑やかになってきたゲームコーナーを横目に、屋上庭園を後にする。
エレベーターに乗って……お目当てのケーキ屋さんに行きましょうか。
[13:41]
[エレベーター。]
ピーンポーン
[1階でございます。下に参ります。]
隆「ゲーム、ゲームー!」
隆母「タカシ、2画面かPXP、どっちかにせえよ」
隆「えー、どっちも欲しい! パパ、何とかしてーな」
[ドアが閉まります。]
隆父「いやあ、高いからなァ……ママが何とかせえ」
隆母「何とかできんからどっちかにせえっちゅうとるやろうも!
ソフトで決めーや。ポケモノしたいんなら2画面やわ。」
巴「…… ……(くすくす……)」
ジュン「…… ……(ッククッ……)」
ピーンポーン
[地下1階でございます。上に参ります。ドアが閉まります。]
隆母「アベックー、ごめんなぁ。やかましかったろや」
ジュン「(アベック……?)い、いいえ」
隆「メリークリスマスー」
巴「は、はい……めりー、くりすます」
隆父「で、おもちゃ売り場はどこやー……」
ジュン「…… ……」
巴「…… ……」
ジュン「…… 行こうか」
巴「うん……」
あの家族連れ、なんだか面白かった。
私が……小さいころを思い出しちゃった……
[1993/12/24]
[玄武百貨店。]
巴(5)『ねえ! サンタしゃん、来るの!?』
巴の母『いい子にしてたら、きっと来ますよ。』
巴の父『そうとも。何を持ってくるのかな?』
巴『トモエ、楽しみにするね! ライオンさんかな?
とらさんかな?』
……起きたら、隣にはあのコモドオオトカゲのぬいぐるみがあった。
すごく大きかったから、いつも抱き枕にしていたっけ。
雛苺がワニのぬいぐるみを抱っこして寝てるところを見ると、ふと思い出す。
[14:07]
巴「あっ、和菓子屋もあるんだね」
ジュン「ほぉ…… 苺大福は……うわっ、高いなァ」
巴「本格派だからねぇ。後で買いましょうか。
持ち合わせ、けっこうあるし……」
ジュン「おっ、クリスマスケーキ、あるじゃん! どこもかしこも苺のヤツ……
おおっ! あるじゃんあるじゃん!」
巴「もう、桜田君ったら……」
店員・鳥海「いらっしゃいませ。いかがなさいますか?」
巴「じゃあ、この、苺がたくさん載ってる……ストロベリースペシャルで」
ジュン「僕は……チョコのやつにします。チョコレートマウンテン」
鳥海「かしこまりました。ストロベリーが3150円、チョコレートが2980円でございます。」
[15:00]
鳥海「ありがとうございましたー。」
巴「じゃあ、さっきの和菓子屋さん、行ってみましょうか。」
ジュン「よっしゃ。あっ、そーいえば…… 僕ら、自転車だったな。
ケーキ、大丈夫だろうか……」
巴「……歩いて帰らない? たまには……」
ジュン「そーだな…… 寒いけど。」
[15:05]
苺大福を20個。桜田君も同じだけ買って、たくさんのお土産を
自転車の前かごに詰めて、家路につく。
電光掲示板にあらわれた今の気温は、2度。
朝よりも寒くなった。小雪がちらつくのも、時間の問題かな。
白いファーの付いた赤い服を着ている人も、時折見かける。
3時でも薄暗く、イルミネーションがもう点いているところもあった。
巴「ここからだと、40分くらいかな?」
ジュン「……下り坂が有ったら、少し乗ろう」
巴「そうだね。あまり遅くなったら、いけないし……」
[15:30]
[中学の横。]
ジュン「さくら中学か。あれから、もう9か月か……」
巴「そういえば、さっきの店にいた鳥海ってひと……同じ中学だったんだよね」
ジュン「ほえ!? そうだったのか?」
巴「確か2年の時は4組で…… 3年3組だったかな?」
ジュン「へぇー……」
巴「……えーと…… 1年の文化祭の時の、あったじゃない?」
ジュン「!」
巴「一番絶賛してくれてたんだよ。『ああいうのを作りたい』って……」
ジュン「そーなんだ…… 知らなかった。っていうか、名前も知らなかったな……
寄せ書きは6組でしかしてなかったし。」
巴「将来のライバルになるかもね♪」
ジュン「ハハ…… それも面白いかもな……!」
[15:39]
[桜田家前。]
巴「それじゃ、また来年だね。」
ジュン「ああ。年賀メール、出すからよ。年賀状も贈るけど。」
巴「来年は酉年だよ。」
ジュン「分かってるって。05年だから……真紅でも撮ろうかな。
んでこれはお前と? 柿崎さんと、柴崎さんと……みっちゃんさんところと」
巴「Enju Dollと、オディールさんの所だね。」
ジュン「お年玉のやつ、当たるといいな。」
巴「多分、また切手シートかなぁ。」
ジュン「ハハ…… そんじゃ、またな!」
巴「良いお年を! ……ひょっとしたら、遊びに行くかもしれないけど!」
ジュン「ああ!」
[15:48]
[柏葉家。]
巴「ただいまー。」
巴の母「あら、巴さん。お帰りなさい。遅かったじゃない。」
巴「ごめんなさい、ちょっと、いい物を買ってきてたから……」
巴の母「ああ、ケーキ。お小遣い、足りた?
8000円もあれば大丈夫だと……」
巴「うん、大丈夫だったよ。苺大福も20個、買ってきたよ。
玄武百貨店まで行ってきたから。」
巴の母「ああ! あそこのはとてもおいしいから、雛ちゃん喜ぶわね!
いま、居間でお昼寝してるから…… あの子が起きたら、
いっしょに飾りつけをしましょうか。」
巴「ええ。 ……お父さん、何買ってくるのかな?」
巴の母「……苺大福かもしれませんねぇ。あのひと、雛ちゃんが遊びに来たら
ずっと遊んでやってるから……」
巴「はは……」
[16:00]
[巴の部屋。]
4時になり、外はもっと薄暗くなった。
時々、金色の日差しが雲の隙間から現れるけど、
まさに鉛色の雲が広がっている。外はとても静かだ。
ふと、押入れの襖を開けて、下の段にしまってある
おもちゃ箱になっている缶を取り出してみる。
私が小さいころから使っているから、もう傷だらけだ。
ほかのおもちゃと同じように、この缶の蓋にも、
名前が二つ、ひらがなで書いてある。
と も え
ひ な い ち ご
オレンジだけ入っていない12色クレヨンが目に入ってきた。
そう、オレンジ色のクレヨンは、あの時雛苺が、桜田君にプレゼントしたんだっけ。
――2年前。今とは正反対の意味で、夢みたいな日々が続いた……。
中学2年生になってすぐの、ある夜にかかってきた一本の電話から、全てが始まった。
突きつけられた選択肢……「まきますか まきませんか」の2択。
もしかすると、どちらを選んでも、あの子に逢っていたのかな……?
とにかく、いい子で居るしかなかった。かといって、悪い子になりたくもない。
期待を裏切りたくはない、流れに身を任せるだけ。
淋しさとか、そんな感情もあらわせないまま……迎えた14歳。
剣道も学級委員も、断る理由もなく続けていた。
腕は上がり、剣道の大会に出れば何かしらの賞は貰えるようになったし、学級委員も続けてきた。
だけど……
自分が強くあり続けたい。
そう思えるようになったのは…… あの事件があったから。
缶の一番底に、雛苺からのお手紙が入っていた。
5月にも手紙をもらったけど、それよりももっと前。
日付は……2003年3月1日。桜田君たちが、雛苺たちを助けてくれた、次の日。
少しだけ…… 昔を振り返ってみようかな。
【柏葉巴と桜田ジュンの冬物語 完
/第31話に続く】
……本日の投下は以上です。
読んでくれた方乙でした。
巴視点で描く話は、次回第31話に続きます。
「空白の半年」……巴はどうしていたのかを描きます。
それでは、風邪に気を付けてグッナイ。
考えてみると
連載開始時点からリアルタイムと同じように時間が進んでたら巴もジュンも成人しているのだなあ
乙でしたー
ども、TEGです。
またもや遅くなってすいません。
第31話を投下しますよ。
31【柏葉巴と雛苺の伝心】
[2002/09/01 08:00]
[あのアリス・ゲームから 二日後]
巴『…… 8時? いけない、2学期初日から……
あっ、そうだ……今日は、日曜……』
巴『日曜…… ああ、そういえば、今日はあの子と河原でピクニックの約束だったっけ。
桜田君のところに……』
巴『…… 桜田君の…… ああ、そうだった、もう…… あの子は』
巴『…… …… 桜田君の所に行けば 逢えるんだよね』
[08:21]
[桜田家。]
巴『おはようございます…… 柏葉ですけど』
のり『あら、巴ちゃん! ……おはよう、ジュン君なら、今宿題を片付けてるわよ。
……上がってく?』
巴『…… ……はい。』
のり『…… あの子もいるわ。顔、合わせたくなったら言ってね。』
巴『ありがとうございます……。』
[08:24]
[ジュンの部屋。]
ジュン『くぁー…… まさか、こんなに宿題があったとは……
真紅たちに頼むわけにもいかないし…… まいったな』
コンコン
ジュン『ん? 姉ちゃんかー? どした?』
『お邪魔してます……入るよ?』
ジュン『ん!? 柏葉……!?』
巴『おはよう……桜田君』
ジュン『ああ。真紅たちなら下だけど……
……アイツも下にいる。』
巴『そうなんだ……。 ……宿題、片付けてたんだね』
ジュン『最後の1週間までには、やろうと思ってたんだけど。
復学のための勉強とか、その…… アレとかで……手を付けられなくて』
巴『……あと、どのくらい?』
ジュン『うーん…… ああ、でも、あとは美術だけなんだ。
なんか描いて来いってやつ? お前から預かった書類の中にあったんだけどさ、
何描いていいか分からなくてさ……』
巴『17個くらい、コンテストがあって、そのうち一つに応募するっていう宿題だよね。』
ジュン『うーん…… もう、時効だろうし…… ハハ、真紅でも描こうかな。
欧州に関する絵画ってやつにしようか……』
巴『確かに、ローゼンメイデンって、あのあたりの人形みたいだからね……
私もそれにしようかな。丁度……よかった……』
ジュン『……降りてこいよ。紅茶でも飲まないか?』
巴『……いただきます。』
桜田君は、もう明日に顔を向けていた。
1階の、リビングへの扉を開ける。
のりさんが、笑って出迎えてくれる。
ダイニングでは、真紅が、さっそく桜田君に紅茶を淹れるようにせがんでいる。
翠星石……ずっと本を読んでいる。何故か、私たちが使っている
数学の教科書を読んでいた。桜田君曰く、夏に入ったころから気に入ってるんだとか……
そして、リビングのテレビの前……緑色のソファには……
蒼星石と、……あの子、雛苺が座っていた。
あの日から何も変わらないまま。違うのは…… お話しようと思っても、もう……
二人のもとに駆け寄ろうとしたとき、呼び止められた。
翠星石『…… トモエ、ですよね?』
巴『ああ、翠星石…… おはよう。』
トトト
翠『…… 7時にはそこに座ってるです。毎日、座ってるです。
指定席ですからね。くんくんが始まったら、テレビも点けてるですよ。
……昼寝の時間はちゃんと寝かせてやってるんですよぉ……』
巴『…… ……翠星石』
翠『言葉にできない悲しみは、乗り越えるしかないです。それしかないんですけど……』
巴『……ローザミスティカ、だったよね? あの子と、蒼星石のローザミスティカ……』
真紅『……そう。ローザミスティカ。……ラプラスが持って行ったまま、何処にあるか分からないけど……
……きっと、巴の答えと私の答えは同じはず……。』
巴『桜田君も、きっとみんな同じだと思う。ひとりに一つ……
……そのラプラスが持ってるものを取り返せば、誰も傷つくことなく……だけど、
私は、nのフィールドには入れない。もう、指輪は……。』
紅『なら、何かここでできることを…… 雛苺たちが帰ってきたとき、喜んで迎えられるように……
あの子たちのために。』
巴『あの子のために、できること…… そうだ、お財布の中に』
紅『…… おもまり ……お守りね。』
巴『あの子が作ってくれたんだよ。コレを持ってると、なんだか頑張れる気がして。
……うん。私がここでできること…… 見つかったよ。
私、もっと強くなる。強くなって、あの子や…… 姉妹、みんなを護りたい。』
紅『強い思いは、遠くに行ってしまった魂を呼び戻すことがある。
並大抵には出せないけど……今の貴女からは、それが感じられる。』
翠『ですけど……ラプラスは』
紅『そうね…… 問題は……』
巴『どこにいるのか、分からない……』
巴『…… 私は、私にできることをするから……どれだけかかっても、
方法を見つけましょう。』
紅『ええ……』
それから、半年間…… ずっと何の手がかりもつかめないまま、
ただ祈る日が続いた―― そう、桜田君や真紅たちは言っていた。
私も…… ひたすら強くなるために、前以上に剣道に打ち込んだ。
2学期の終業式には、県大会に出場して勝ち取った、金メダルを受け取るまでになった。
あの子が、喜ぶ顔を見たい。帰ってきたら、真っ先に自慢するんだ。その思いだけだった。
もちろん、桜田君と一緒に、勉強も頑張った。
いつしか、桜田君も体育館に残って、心身を鍛えていた。
nのフィールドで戦うだけの、相当な精神力が必要になったから……。
けど、その頃、私はこれ以上何をすればいいか、分からなくなっていた。
暇があればひたすら、名前を頭の中で呼ぶだけ……。
それが、去年2月の話。「決着」の少し前だった。
そして、2月27日。この日の夢に……
[2003/02/27 23:59]
巴『…… ここは 真っ白……』
巴『上も下もない…… どこなの……?』
浮かんでいるのか、沈んでいるのかよくわからない。
ただ真っ白な空間にいる、そんな夢を見ていた。
どれくらいさまよっていたのかも、わからない。
そんな時、声が聞こえてきた。
『…… よ』
巴『……え?』
『…… ここに …… いるよ』
『…… ……』
巴『…… どこ!? どこに……』
声だけが聞こえてくるばかりで、姿が見えない。
上、下、左も右も見てみるけれど……
すると――
『僕は ここ……』
巴『蒼星石……?』
聞き覚えのある、一人称・『僕』、高い透き通るような声。
蒼星石で間違いない。耳を澄ませると、次の声が聞こえてきた。
それは――
『…… ここにいるの』
巴『…… 雛……苺……!?』
一番聞きたかった声。ただ、驚くばかりだった。
あの子は、ここにいるの……!? 姿を見せて。
お願い、ここへ駆け寄ってきて。そう思っていたら――
『…… あなたは …… つよい』
聞いたことがない声がした。はかなく、切ない声色。
いったい、誰なんだろう……
『僕らを 呼んでくれていたんだね……』
『ヒナを……』
『わたしを……』
巴『え……!?』
ぼんやりと、声のするほうから、姿が見えた……
間違いなく、蒼星石と雛苺。いちばん、目にしたかった光景が。
これは……やっぱり、夢……?
あの子たちの後ろに、3人目の姿があらわれた。
うす紫色のドレス、白い髪、そして眼帯……
私は、夢の終わりに……その姿を目に焼き付け――。
[2003/02/28 14:30]
[さくら中学 美術室。]
ジュン『え?』
巴『上も下もない、全部が真っ白だった。そこに、蒼星石と雛苺と、
それから…… こんな感じだったかな』
サラサラ……
ジュン『! 本当に…… 柏葉……も?』
巴『うん…… 名前は分からなかったけど……
桜田君、何か知って……』
ジュン『……間違いない。このドールの名前は<薔薇水晶>……』
巴『ばら……すい、しょう』
あの時現れた、紫色の服の少女。目に焼き付けたその姿を、
桜田君に絵に描いて見せてみたら…… 本当に、その子に
逢ったことがあったみたいで……
ジュン『ローゼンメイデンの……第7ドールと呼ばれていた。』
巴『第7…… あの子の妹』
ジュン『けど…… 8番目になるのかな。 妹であることに、変わりはないけど……
――ローゼンの弟子、エンジュという人形師が作ったドールなんだ。
色々、あってさ。もう、ここには……』
巴『そ……なんだ。 ところで、さっき 柏葉も って……』
ジュン『ああ…… 昨日見たんだ、僕も。そこは 9秒前の白 って呼ばれてる……
nのフィールドにあってさ…… 真紅が来てすぐ、僕も行ったことがあるんだ。』
巴『そう…… 私も、あの子と行ったかもしれないけど、もう、覚えてないや。
けど、あの場所に行けたのなら、そこにあの子たちが居たのなら……
やっぱり、nのフィールドっていうところに――居るんだね』
ジュン『間違いない。今日…… 行くよ。
必ず。 助けに、行くから。』
巴『ありがとう…… 桜田君。 本当にありがとう……
いや、まだ、早いよね……。あの子が帰ってくるまでは』
ジュン『じゃあ、行ってくる。』
巴『桜田君なら、大丈夫だよ。ずっと頑張ってきたから――』
ジュン『ったく、思ったより時間がかかってしまったな。申し訳ない……!』
その日は、帰ってから、ただひたすら祈り続けた。
あの時再会した2人と、出会った1人、そして桜田君たちの、全員の無事を。
食事の間は頭の中で名前を呟き、夜中も寝ないで、ずっと祈っていた……。
そして、次の日――3月1日。あの夏の日と同じ、午後5時。
祈り続けて、もう24時間が経った。
夕闇に染まった空で、一番星が輝いている。
玄関の扉をたたく音が、聞こえた。
[2003/03/01 17:00]
[柏葉家。]
とん とんとん
巴『誰だろう…… 桜田君かな。けど、呼び鈴を鳴らすはず……』
呼び鈴を鳴らせない……? それほど背が低い……
背が低い? 私に、子どもの知り合いはいないし、
ということは……ローゼンメイデンのうち、誰かってこと……
そして、私の家の場所まで知ってるのは――!
ガラッ
巴『…… 雛苺』
『…… トモエ』
ゴシゴシ
巴『雛苺!』
雛『トモエ!』
巴『おかえりなさい! 雛苺!!』
雛『ただいまーなのー!!』
ダダダッ
ガラッ
巴『雛苺……! ひとりで、ここに来たの!?』
雛『うん! ヒナね、とっても…… とっても強くなれたの。
もう、ひとりは怖くないの。怖くなかったけど……
トモエに…… 逢いたかったのよ!!』
巴『私も…… 私もだよ……! 半年……ずっと逢いたかったよおっ!!』
ガシッ
雛『トモエ…… トモエ…… ううっ ヒナ、もう泣かないって……
泣かないって、決めたけど…… なのに……うぐっ……』
巴『いいのよ雛苺…… 今日、は…… ああっ……』
雛『ぶわあああ……』
巴『わあああ……』
ガラガラッ
巴の母『巴さん?』
巴『……!』
雛『……!』
巴の母『……その子は……?』
そうだ、お母さんは……知らないんだよね。
この子のことを……私が、この子と契約していたことも……
そんな時、雛苺の精霊のベリーベルが、お母さんのそばで
強く光り始めた。いっしょに、ついてきていたんだね……
スゥッ
ベリーベル{…… ……} ヘロヘロ……チカッチカッ
雛『ベリーベルゥ!』
巴の母『……まぁ、そんなことが……!』
巴『お、おかあさ……』
今までのことを、教えているのかな。
私がしてきた経験を、見ているようだった。
ベリーベル{……}カッ
巴の母『……そう…… 巴さん、あなた……
……そう』
巴『ごめんなさい…… けど……言えなくて……』
雛『うゆ……』
スッ
巴の父『ん? いないと思ったらこんなところに…… おや、その子は』
巴の母『ろーぜんめいでん、ですって…… 大方、懸賞にでもあたったんでしょうね。
とっても頭のいい子で、ホラ、生きてるんですよ。』
雛『はじめまして、なの。……雛苺、なのよ。』
巴の父『ふむ…… おや? その、ピンク色の……蛍は』
雛『ベリーベルっていうのよ。ベリーベル、よろしくするの!』
ベリーベル{チカッチカッ} フワフワ…… カッ
巴の父『うむ。……何、そんなことが』
巴の母『……それならそうと、早く言ってくれれば……。』
巴『…… ……』
ベリーベルは、お父さんにも同じように、今までのことを
教えてくれたみたいで……
巴の母『……こんなに可愛い家族を、家から追い出したりするわけが無いでしょう。
お人形さんだって、家族でしょうに。あの時のコモドオオトカゲだって、
そう言ってお父さんが……』
巴の父『そうだぞ巴。お前のことだから、なかなか言い出せなかったんだろう……
今まで、いろいろすまなかったな。お前の悩みに気づいてやれなくて……
命あるもの、生きているものは、家族だ。』
巴『お父さん……お母さん わあっ……!』
巴の父『雛苺だったかな? 巴のこと、いつもありがとうな。
いつでも遊びに来るとよい。巴も……妹ができたみたいで、喜んでいるからな。』
雛『うゆ♪』
巴『ふふ……♪』
またこの子と、たくさん笑って、過ごせる……
本当にうれしくて、次の日まで涙を流して喜んだ。
桜田君たちには、感謝してもしきれない。
そして、それから1年9か月と3週間ほどが過ぎ、今日。
[2004/12/24 18:05]
[柏葉家。]
ガラガラッ
巴の父「ただ今、帰ったぞー。おっ、雛ぁ。来ていたか!」
雛「うぃ! トモエのパパも、飾りつけするの!」
巴の父「わっ、ちょっと待っておくれ。いいものがあるぞ。」
巴の母「あら、あなた。お帰りなさい。やっぱり買ってきたんですね。」
巴「お帰りなさい! 雛苺、よかったね。うにゅーがいっぱいだよ!」
雛「うにゅー!? トモエのパパ、うにゅー買ってきたの!?」
巴の父「ハハ、バレてしまったか。そりゃあそうか。雛にはすぐわかるもんな。
さ、ケーキもあるぞ、いただくとしようか!」
巴「ふふ…… はーい!」
雛「はーい!」
ケーキが2ホール、苺大福40個……
半分は明日の朝に取っておくことにして、
みんなでおいしくいただいたよ。
夜の8時ごろ、桜田君から画像つきのメールが来て、
どうものりさんもチョコレートケーキを買ってきてたようで、
同じように盛大なクリスマスイブを過ごしたんだって。
雛「いちごっ♪ けーき♪ うにゅー!
……あーっ! お外、真っ白なのー!!」
巴「雪、積もったんだね。雛苺、ちょっとだけ、雪で遊ぼうか。」
雛「わーい♪」
巴の父「おいおい……まあ、いいか。風邪をひかないように、
早めに中に入るんだぞ。」
巴「はーい!」
[21:47]
[巴の部屋。]
巴「そうだ、おもちゃ箱、ずっと出しっぱなしだった……
あっ、これって……」
巴「ふふ…… 次の日に、読みかえしてたら桜田君が来たんだっけ。
懐かしいなぁ……」
巴「トモエへ……」
__________________
トモエへ
ヒナを ずっと おもってくれて ありがとう
ヒナのこと おぼえていてくれて ありがとう
ヒナを そばにおいてくれて ありがとう なの!
ヒナは トモエや ジュンたちのこと わすれなかったよ
ヒナ ずっと トモエたちを しんじてたから
そうせいせきと ばらすいしょう
そして きらきしょう トモエとあそびたいって
いってたの だから こんど あそぼう!
すいぎんとうも いっしょなの!
おそくなって ごめんなさい
ヒナ さいごまで ジュンやしんくのこと
しんじてたから だれかをきずつけたり
しなかったのよ そうせいせきも おなじなの
__________________
__________________
だけど きらきしょうも ばらすいしょうも
すいぎんとうも たぶん おとうさまも
らぷらすも…… さびしかっただけなの
また ヒナは しんくのところにいく
トモエとずっと あえないわけじゃないから
しんくたちには ありがと しきれていないから
だから また おもちゃ おかせてね
あそびにいったら それで あそぶの
それから みんなで おさんぽするの
ヒナ トモエががっこうにいってるあいだも
よいこにする トモエのママとパパのいうこときいて
とってもよいこにしてるの おるすばんするの
___________________
___________________
ヒナを また おこしてくれて ありがとう
そうせいせきと ばらすいしょうと
きらきしょうを おこしてくれて ありがとう
ヒナ アリスにはなれないけど
これからも よろしくおねがいします
また うにゅー たべよう なの♪
2003ねん3がつ1にち
ひないちご
____________________
[2004/12/25 07:17]
巴「……ふぁー…… 」
雛「えへへ…… おはようなの!」ニコッ
巴「おはよう、雛苺。」クスッ
目が覚めて、最初に目に飛び込んできたものは
雛苺の笑顔だった。すぐに起き上がることができたけど、
同時に雛苺の服がいつもと違うことに気が付いた。
雛「ねえ、トモエ。じゃーん、なの!」
巴「ん? あっ、どうしたのその服……
サンタさんみたい……」
いつものピンクの服じゃなくて、
サンタクロースの服を着た雛苺が、
そこに立っていた……
巴「もしかして、桜田君が?」
巴の母「おはよう、巴さん。これは私が作ったんですよ。」
巴「お母さんが!? すごい……!」
雛「昨日、トモエのママに作ってもらったの!
かわいいのー♪」
巴「ふふ……よかったね、雛苺♪」
雛「メリークリスマスなの!」
巴の母「さ、朝ごはん出来てますよ。お父さんも起きてるし、
今日は土曜だから、お昼から公園にでも出かけましょうか!」
巴「うん!」
雛「うゆ!」
外は昨日の雪がまだ残っていて、
朝日が差すと、宝石が光っているよう。
キラキラ……あの子の瞳みたいに、とても綺麗。
メリークリスマス、雛苺♪
そして――改めて、私の心から、貴女の心に伝えます。
……これからも、よろしくね。大好きだよ、雛苺。
【柏葉巴と雛苺の伝心 完】
……本日の投下は以上です。
読んでくれた方ありがとうございました。
第30〜31話、2話連続で巴の話でした。
巴とヒナ、この二人は本当に姉妹のようで
アニメ2期5話では大いに和ませてもらったもんです。
では、風邪に気を付けてグッナイ!
>>96 ありがとうございます。
もう、大人なんですよね……大学生の巴、見てみたかったり(笑)
127 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2011/01/21(金) 00:04:38 ID:gvQZSpvR
乙
いい話やなあ
「乳酸菌とってるぅ?」
「乳酸菌(にゅうさんきん)とは、代謝により乳酸を生成する細菌類の非学術的な総称。ヨーグルト、乳酸菌飲料、漬け物など食品の発酵に寄与する・・・(wikipediaより)
***************
〜お断り
この作品はトロイメント及びオーベルテューレに準拠していたりしていなかったり。
ともかく、いわゆる「なよ銀」(オーベル時代前半の、まだ大人しくて素直でちょっと泣き虫だった頃の水銀燈)が登場します。
***************
その日、メイメイは怪訝な顔をした。
いや、メイメイに顔はないので、怪訝そうな素振り、というのが正確だろう。
最近の棲家である廃墟になりかけの教会。
そこに入ってきた水銀燈は妙なものをぶらさげていた。
片手にはいわゆる「峠の釜飯」の容器として知られる、小さな陶製の釜。
もう一方の手には、ビニールに入った、なにやら茶色っぽい荒挽きの粉のような物。
「ん?何よ、メイメイ。・・・気まぐれよ、ほんの気まぐれ。え?何をしているのかですって?あんた、それでも私の人口精霊なの?
・・・っと、そうか。あれはまだ、私がローザ・ミスティカを持ってない頃の話だから、あんたは知らないのよね・・・」
ふよふよ。メイメイは小さく8の字を描いて水銀燈の周りを飛ぶ。
「いいわ。話してあげる。あれは・・・何百万時間前になるのかしら・・・」
・・・・・・
あの頃、私はnのフィールドをあてもなく漂っていた。
ええ、文字通り、漂っていたわ。
お父様が私を作りかけのまま居なくなってしまって・・・私は歩く事も出来ず、nのフィールドを漂うように動き回る事しかできなかった。
それでも、お父様を探し続けたわ。
いったい、どのぐらいの間、探し続けていたのかしら。
あの頃の私にははっきりした時間の感覚がなかった。
だから、ほんの数日だったのかもしれないし、数百年、数千年だったのかもしれない。
そのうち、疲れてきて、悲しくて・・・膝を抱えて座り込んじゃった。
nのフィールドを漂ったまま。
いつの間にか、泣いていたみたい。
・・・・・・
お父様を探さなきゃ。
その前に、ちょっと顔を洗った方がいいわね。
泣きはらした顔でお父様に会うわけにいかないもの。
ちょっと見回すと、nのフィールドが小さな泉に繋がっている場所を見つけた。
そこから現実世界へと這い出して、泉の横の岩に体をもたせかけて顔を洗った。
軽く息をついて、空を見上げる。
今は真夜中ぐらいかな。
辺りには人工的な光りは一切ないけれど、月明かりでうっすらと明るい。
中天には満月。うすく夜空を覆った雲。
月は柔らかく浮かび、月光はあたりを幻想的につつむ。
しばし、その美しさに見とれていた。
ハッとして、体がびくりと震える。
ここに居るのは私だけじゃない!誰か居る!
急いでnのフィールドに戻るべきか、岩陰に隠れるべきか?
だが、その一瞬の迷いの間に、気配は風のように殺到し、私の喉元に短い刃物を突きつけた!
驚いて声も出せなかった。
固まったままでいる私。
相手は私を観察するかのように凝視している。
冷ややかな殺気が伝わってくる。
見ると、相手は黒っぽい濃紺色の服に身を包み、顔にも同色の覆面のような
物をつけている。
覆面は目元だけが細く開いており、黒く鋭い瞳が見えている。
しばらく、お互いに一言も発しないまま、見詰め合う形になった。
抑えた呼吸音が静寂の中、鮮明に聞こえる。
数瞬の後、その人物はついに沈黙を破る。
「おまえは何者だ?」
私は驚きに目を見開いた。
その人物の発した言葉は、この状況ではごく普通のものだったろう。
しかし、その声音は・・・熟練の暗殺者の動き、鋭い殺気にもかかわらず、
まだ少女と言ってよい年頃の女の声だったのだ。
「何者かと聞いている。・・・喋れぬのか?」
ぐい、と刃物が喉元に押し付けられる。
「わ、わたしは・・・ローゼンメイデン第一ドール、水銀燈・・・どうして
こんな事をするの?」
「ろうぜん・・・?良く分からぬ。水銀燈、というのがお前の名か?」
「そうよ。・・・ねえ、やめてよ、怪我しちゃう。」
濃紺の少女の目に戸惑いの色が浮かび、喉元に押し付けられた刃に加わる力
が緩む。
「・・・初めは南蛮の人形か何かが落ちているのかと思った。だが、お前、
確かに動いていたな。それに話す事もできる。お前は妖(あやかし)か?」
「あやかし・・・?なぁに、それ?」
「・・・尋常の者ではないようだが、害を為す者ではないようだな。」
喉元に突きつけられていた刃が離される。
警戒を全く解いたわけではないらしく、まだ構えたままであったが。
「水銀燈とやら。お前はこんな所で何をしていたのだ?」
「え?泉で顔を洗っていたんだけど・・・」
「いや、そうではなく、何でこんな所にいたのかという事だ。」
「あ、ああ・・・その・・・」不意に涙がこみ上げて来た。
「お、お父様を探していたの・・・うっ・・・」涙がこぼれだす。
少女はちょっとたじろいだようだった。
「父親を?お前、人間ではないようだが・・・」
「ええ・・・グスッ・・・私はお人形よ・・・でも、私を作ってくれたお父
様を探しているの・・・グスッ」
「むむ・・・作り手をか。売られるか、捨てられでもしたのか?」
「! 捨てられてなんかいないっ!!」思わず叫んでいた。
「捨てられてなんかいない!捨てられてなんかいないわ!はぐれただけよ!
そうよ、ヒグッ、ちょっとはぐれただけだものっ・・・うわぁん!!」
噴き出すように流れてきた涙と激情を押しとどめるように、両手で顔を覆っ
たが、嗚咽が止まらない。
「えっ、えうっ・・・」
濃紺の少女は一瞬、呆気にとられていたが、何かまずい事を言った事に気づ
いたらしい。
「え、あ、すまん。すまん。泣かないでくれ。(オロオロ)そ、そうだな、こ
の辺りの山中は、いかにも職人が隠れ工房を作りそうな場所だ。うん、そうだ
、この辺りを探してみるのはきっといい事よ。だから、ね、泣かないで?」
少女は刃物をしまうと私の前に屈み込み、そっと私の肩に手をかけて、それ
までの威圧的な口調から一変した少女らしい口調で懸命に私を宥めた。
しばらくすると、噴き出した私の激情もようやく収まってきた。
もう一回泉で顔を洗い、水を一掬い飲んで息をつく。
「落ち着いた?」
「ええ・・・。」ふう。
「そういえば、あなたは?」
「私?」少女はするすると覆面をといた。
派手ではないが、整った顔立ちがあらわになる。
「名は、カワセミ。」整った顔に複雑な翳りがうかぶ。
「抜け忍よ。」
〜 話、中断 〜
>>1を良く見たら、18禁要素は禁止なんだな。
一切ダメなのかな?
エロ描写を延々続けるような物ではなく、話の流れ上ちょろっとそういう
話が出るのもダメですか?
昔はすみわけされてた気がするが今はどうなんだろう
エロの方って今立ってないよね…?
とにもかくにも乙です〜
>>133 まずはレスありがとう。
一人で連続して投下してると、どうも迷うというか色々不安になるのでレスは
ありがたい。・・・いや、ここがどういう主旨の場かは大体分かってるから、
黙って読んでくれているにせよ、好きになれないが大人の対応でスルーしてく
れているにせよ、レスのない事に満足・感謝すべきなのは分かっちゃいるんだ
けどね(汗
今はすみわけが曖昧なのか。
でも、だからってスレの主旨を無視するのは何だし、迷うところだね。
・・・18禁になりかねない部分を作中の挿話っぽくしてぼかして書けば、
リアルな描写は必要ないな。多少、作品のバランスは変わってしまうが、
ここで止めなくてすむし。
そういう感じで進めてみます。
お目汚しの書き込み、失礼。
#しかし、まだ全体の三分の一ぐらい(汗
完走できるんだろうか...
「抜け忍・・・って何?」
「ああ、知らないのね。まず、忍(しのび)は分かる?」
「わかんない。」
カワセミは一通り、忍について説明する。
「ふぅん。ちょっと怖いカンジのお仕事なのね。」
「まあね(苦笑)・・・で、掟があって、一度忍になったら、勝手に辞めた
り、逃げたり、勝手な事をしちゃいけないの。でも、掟に背いてでも忍から
抜け出したい人もいるわけ。それが抜け忍。」
「え?でも、それ、掟を破ってるんでしょ?大丈夫なの?」
「多分、追っ手がかかってるわ。」
「・・・その、追っ手に見つかるとどうなっちゃうの?」
「良くても無理やり連れ戻されて厳しい罰を受けるわ。悪ければ、その場で
・・・」カワセミは手で自分の喉を掻き切る仕草をする。
「そんな!ひどいじゃない、それ。・・・カワセミはどうしてそんな危ない
目に合うのに忍を抜けたの?」
「ん・・・それはね・・・」カワセミは少し間をおいてから答える。
「私、任務と父上から逃げて来たの。」
「!! 何ソレ?お父さんから逃げて来たですってぇ?いったい何よそれ。
それ、何なのよ!!」思わず大声を出してしまう。
--------
ふよふよ 〜〜*
(18禁的な描写の回避のため、この話の聞き手であり、ナレーターのメイ
メイさんが要約して解説しに来てくれました。)
カワセミは忍の里で、ある「女ならではの」手段を用いて、あるお偉方から
情報を引き出して来る任務を命じられた。
しかも、その命令を出したのはカワセミの父だった。
無論、父も喜んでそんな命令を出したわけではない。
しかし、父は上忍・・・忍の里の指導者の一人である立場上、その命令を出
さねばならなかった。
そして、任務に最適の者であれば、自分の娘でも・・・いや、自分の娘であ
ればこそ、除外する事はできなかった。
それは父にとっても何よりも辛い事だった。
カワセミが逃げて来たのは、女の武器を使った任務が嫌だっただけでなく、
父を苦しみから救うにはこうするしかない、と考えたからでもある。
(メイメイの解説、続行中)
もっともな事、とも言って良いだろう。
しかしそれは水銀燈にとっては・・・
水銀燈は意識を持って以来、一度もお父様に抱き上げて貰ったり、声をかけ
て貰った事さえない。その事に酷く傷ついている。
とにかくお父様に会いたい。自分を見てほしい。
その一念で「生きて」いる水銀燈には、カワセミの行動は納得出来るはずも
なかった。
どちらにも背景には理不尽、欲望、憎しみや嫉み・・・様々な闇があり、二
人はその闇が生んだ黒い大きな流れに翻弄されていた。
しかしながら、その闇の大きな流れを見据え、直接立ち向かうのは少女たち
にはまだ無理だった。
いや、少女たちでなくとも・・・強い力と豊かな経験を持つ者であろうとも、
それが出来るものがこの世界にいったいどれだけいるのだろうか。
ともかく、納得の行かない水銀燈と、苦渋の選択をし、しかもそれに後ろめ
たさや不安を感じている・・・そしてそれ故に突っ張ってしまうカワセミの
言い争いが月明かりの山中に響き渡る事になる・・・
(メイメイの語り、終わり)ふよふよ 〜〜*
-------
銀「なによ、なによ、せっかくお父様がいるのにそんな事でお父様から逃げ
出すなんて!!」
カワセミ「なっ、そっ、そんな事って何よ!私が何をさせられかけたか分か
ってるの!?お、女(ピー(自主規制))
銀「そんなの、贅沢言ってるだけじゃない!お父様と一緒にいられるなら(
以下くどくどくど・・・)」
カワセミ「何よっ、わからず屋!それじゃ父上が傷つく事になって(以下ぐ
ちぐちぐち・・・」
銀「!!☆×△Π<(`○´)!!」
カワセミ「!!г煤・β(`^´)!」
当然ながら、結論が出たり、意見の一致を見るなどの事は全くなかった。
だが、何も起こらなかったわけでもない。
水銀燈はお父様を探して長い長い間、彷徨っていた。
その間、ずっと一人寂しく悲しみ続けていた。
そして、話をできる相手はいなかった。
カワセミは忍を抜ける、という重大な決断を下した。
彼女にとってはそれしかなかった。
しかし、父や仲間、そしてそれまでの生活を捨てる事になった。
葛藤、迷い、不安。悔恨。
それらが、彼女から笑顔を奪っていた。
二人の言い合いは平行線であり、交わる事はなかった。
しかし、言い合いは自分の中に澱んでいた最大の悩みを吐き出す事でもあっ
た。
真夜中過ぎにはじまった言い争いだったが、気づくともう夜明け間近だ。
銀・カワセミ「・・・・・・ふぅ。」
どちらからともなく、二人は黙り込んだ。
そのまま、泉のほとりに座り込んで夜が明けるのを眺める。
薄明かりが東の空に滲み始め、濃紺の夜空が少しずつ後退していく。
太陽がその上端をちらりと地平線から覗かせるや、唐突に茜色の陽光が射し
はじめる。
その美しさに目を奪われたまま数瞬が過ぎると、地平線は朝焼けに彩られ、
あたりは初々しい明けたての朝の風景に変わっていた。
カワセミ「ねえ、水銀燈。」
銀「なぁに?」
カワセミ「あなた、これからどうするの?」
138 :
乳酸菌取ってる?:2011/02/11(金) 09:05:01 ID://+MiS1J
プロバイダー(OCN)が規制くらいました。
(これは携帯で書いてます)
OCNは規制されると長くなりやすいので、もうダメかも…(T_T)ノシ
>>138 面白くて続きがすごく気になりますが、
聞いた話OCNだけめちゃめちゃ理不尽な
規制を受けているみたいで…
自分もBIGLOBEが面倒な実験に巻き込まれ、
投下がままならない状況にあります…
ついにこの時がきたか…
お互いに、頑張りましょう…
なにやら今月原作がとんでもない展開になっていますが
気にせずに書いていきますよー。
しかし…この状況では…
139さん、レスどうもです。
そちらのプロバイダーも大変なんですね。
こちら(OCN)はまだ回復しません。
ほぼ日刊になるような書き方をしてきたのが裏目に出ました…やっぱり、ある程度まとめて投下するほうがいいんですね。
139さんも頑張ってください。
…携帯苦手なんでつたない書き方で申し訳ない…
♯原作は驚きましたね。○○が他のマスターと会うのは最後の最後、もしくはクライマックスの時になると思ってたんで心底びっくりです。
水銀燈の○○フラグじゃありませんように…(祈
141 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2011/02/16(水) 18:54:47 ID:E93KBvJh
Rozen Maiden LatztRegierenが読めるサイトない?
かなりの名作って聞いたんだが……
142 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2011/02/17(木) 13:22:51 ID:WIAIvJO4
最近の規制ヒドス
オークション>生き物>ペット
☆ 激レア!「水銀燈の卵・専用孵卵器セット」 ☆
激レア!卵生タイプの水銀燈の卵です。
一般には流通しないものですが、当孵化センターで繁殖したものを特別にお分けいたします。
有精卵確認済み。
専用孵卵器で3〜40日温めてやるだけで、かわいい水銀燈が孵ります。
孵化した水銀燈は生まれて初めて見たあなたをマスターだとインプリンティング(すり込み)され、ずっとついて歩きます。
よちよちとあなたの後をついて歩く水銀燈の可愛さは例えようもないものです。
生まれたては体長約10センチ程です。
ドレスは付属しませんが、レース付きの黒いスモックがサービスで付属いたします。体長20センチ位まで着られます。
さあ、この機会に可愛い可愛い水銀燈をお迎えしましょう!
分からない事がありましたら、遠慮なくご質問ください。
オークション開始価格:500,000円
オークション終了日時:2011年4月1日
支払い方法:銀行振り込み
追記:孵化したての頃は若干カラスの雛と似ておりますが、間違いなく水銀燈の雛ですので、安心して可愛がってあげてください。
>>144の文句を最初に見たとき、僕は食ってたラーメンを吹き出した。
何処のスレでも話題になっていないのが妙だったが、最近この手のギャグが流行っているのか。
こんなものに入札する馬鹿がいるのか? と思っていたら、案の定誰もいなかったらしい。質問すら一つも付いていなかった。
順当に、一週間ごとに開始価格は下げられていった。
送料込みで50,000円まで下げられたとき、僕はつい入札してしまった。
気の迷いとしか言いようがない。
まあ、どうせ孵卵器は専用とか言って実は小鳥用のやつだろうから、散々ネタにした後でヤフオクで売れば完全に無駄になるわけでもあるまい。
……というのが、言い訳だ。
当然の如く他に入札者はおらず、僕は送料込み50,000円也を支払う破目になった。
簡単決済で支払ってから数日して、僕の手元に専用孵卵器と卵が届いた。
僕は自分の甘さを思い切り呪った。
孵卵器……。それは、どう見ても中古の革の鞄だった。茶色の革製で真鍮らしい金具で強化されている。
コントローラーもなければそもそも電源コードすらない。どうやって温めろってんだこんなもん。
……と思ったら、これはひなたに置いておけばそれでいいらしい。よくわからん。
卵は卵でおかしな感じだった。ダチョウの卵くらいの大きさなのだが、妙に扁平というか、平べったい。鞄に置いてみるとぴったりと収まった。
これで一月置いておけば水銀燈とかいうのが孵るのか。
もはやそれすらも嘘に思えてきたが、まあいいや。何かのネタにはなるだろう。
この板でも書けるかな?
書けてほしい。
良かった、書けた。
約一週間空いてしまいましたが、
>>137の続き、「乳酸菌とってるぅ?」、再
度投下いたします。
あと、当初の予定より長くなって来たので、どのぐらい続くかの目安になる
ように便宜的に「プロローグ/前編/中編/後編/エピローグ」と分けます。
プロローグは最初の一回目、「現代」における水銀燈とメイメイのやりとり
部分。前編は
>>137の途中までです。
〜 乳酸菌とってるぅ? 中編 〜
ついついのめり込んで一晩中言い合いをしてしまった。
でも、言い争いだったにもかかわらず、険悪さはなく、不思議と清清しい気分
でさえある。
銀・カワセミ「・・・・・・ふぅ。」
どちらからともなく、二人は黙り込んだ。
そのまま、泉のほとりに座り込んで夜が明けるのを眺める。
薄明かりが東の空に滲み始め、濃紺の夜空が少しずつ後退していく。
太陽がその上端をちらりと地平線から覗かせるや、唐突に茜色の陽光が射しは
じめる。
その美しさに目を奪われたまま数瞬が過ぎると、地平線は朝焼けに彩られ、あ
たりは初々しい明けたての朝の風景に変わっていた。
カワセミ「ねえ、水銀燈。」
銀「なぁに?」
カワセミ「あなた、これからどうするの?」
銀「・・・お父様を探すわ。・・・あなたはどうするの?」
カワセミ「私は・・・ひっそりと、普通に暮らせる所を探すつもり。」
銀「普通に、暮らす・・・」
カワセミ「うん。・・・私自身、ずっと忍として生きてきて・・・普通に暮ら
すっていう事がどういうことか良く分かってないんだけど・・・とにかく静か
に暮らせる所を探すの。」
銀「そう・・・」
カワセミ「・・・ねえ、水銀燈、良かったらしばらく私と一緒に行かない?」
銀「え?・・・でも、私はお父様を探すのよ?」
カワセミ「うん、分かってる。でも、あなた、お父様の居場所ってどこか見当
がついてるの?」
銀「え・・・んと・・・」必死になって探し回るだけで、その辺はほとんど
何も考えていなかった。
「見当がついているわけじゃないけれど・・・ともかく探すの。」
カワセミ「この辺りって、いかにも世間から隠れて住んでいる匠とか、小人
数の職人集団とかが居そうな所よ?」
銀「え?そうなの?」
カワセミ「ええ。人里からはそこそこ離れているし、木々が豊かだし、水も
綺麗。鉱物や、焼き物用の土が取れる山もあるし、少しだけれど石炭が取れ
る山もあるって聞いたわ。あまりに険しい山の中だから開拓はされていない
けどね。」
銀(焼き物用の土・・・)
カワセミ「だから、居場所が分からない匠を探すんだったら、この辺りを探
してみるのもいいんじゃない?私も手伝ってあげる。あなた一人じゃ、聞き
込みするの、難しいでしょ?」
銀「そうね・・・それもいいかも。でも・・・」
カ「でも?」
銀「私、歩けないの。」
カ「はぁ?・・・じゃあ、あなた、いったいどうやってここまで来たの?」
銀「えーと、細かく説明すると長くなるんだけど・・・」
水銀燈はnのフィールドについて大まかに説明した。
カ「うーん・・・ちゃんと分かったかどうか自信ないけど・・・つまり、鏡
とか水鏡の裏側に世界があって、そこに入って、別の鏡から出てこられる、
って事なの・・・よね?」
銀「うん、だいたいそんなところ。」
カ「んんん・・・俄かに信じられないけど、でもあなたは実際ここに急に現
れたみたいだし・・・ ・・・・・ねえ、ちょっとだけやってみてくれない
?」
銀「ええ、ちょっとだけなら別にいいわよ。」
水銀燈は泉の水面の静かな部分をnのフィールドに繋いだ。
水面が青白く光り始める。
カワセミが目を丸くしている前で、水銀燈は体の三分の二ぐらいをnのフィ
ールドに入れて見せた。
カワセミの目が更に丸くなる。
今回は近くに別の鏡がないし、移動が目的ではないので、数秒経った所で体
を引き戻す。
銀「ね、信じてくれた?」
カ「す、すごい・・・あなた、凄いのね・・・」
銀「んふ、そう?」ちょっといい気分だった。
カ「ね、その術、私にも教えてくれない?」目を輝かせてカワセミが身を乗
り出してくる。
銀「え?・・・んーと、できたら教えてあげたいんだけど・・・これ、お父
様が私をそういう風に作って下さったというだけで、どうしてこうなるか、
私も分からないの。」
カ「そうなんだ・・・」カワセミはがっかりしたようだ。
「まあ、でも、それじゃ教えてもらうのは無理よね・・・」
銀「うん、ごめんね・・・」
カ「ま、無理なものはしょうがないよね。そういえば、里の館のおばば様が
昔言ってたなあ。鏡は不思議な力を持っていて、異界との扉になったり、良
くないものを連れて来る事もあるって・・・だから使わない時は覆いを掛け
ておかないといけないとか、夜寝るときに自分がうつらないように置かない
といけないとか、色々。
本当だったんだ・・・私、全然信じてなかったよ。年寄りの言う事は聞いて
おくものねぇ。」
(作者註:実際、こういう言い伝えはあるんだそうです。そういえば、蒼星
石のマスターの奥さん(おばばこと柴崎マツ)の姿見はいつも覆いがかけて
ありましたね)
>>142 ありがとう読み終えた。凄い大作だな
誰かこの作者のほかの作品教えてくれないか?
>>151 後半、地獄の黙示録からモチーフを取ったと思われるあの大作だよな?
あの作品は凄かったな。
内容、文体、勢いも良かったし、何と言っても1ログが結構長いのに100ログ越
えてたものなあ。
ちなみにあの作者は俺の知る限りではトリップ付けてなかったし、他にこれが
自分の作品と紹介していた事もなかったと思う。
それに・・・あの作品の色々な知識の盛り込み方の流れとか見ると、あの作品
はあの作者にとっても一回きり、それもあの時にしか書けない物じゃないかな。
だから、あのレベルの長編が他にゴロゴロ出てくる、って事はないと思う。
短編は分からないけどね。
あ・・・ハンドルが入ったままだった(汗
あと、ついつい俺の余計な感想や推測まで書いてしまってすまん。
>>152 >>153 なるほど、確かに半年もかかるような大作はそうそう書けないだろうな。
レスありがと。親切な人多いな
あの作品のスレでは触れられてなかったが
真紅と水銀燈のバトルシーンはスターウォーズ3かな?
あのシーンの戦闘描写が凄かった
155 :
145:2011/02/21(月) 13:29:41.87 ID:YJPu5oYF
勢い良くネタ借りたら全鯖規制に巻き込まれたでござる……
やった経験ないことはするもんじゃないですね(´・ω・`)
カワセミ「あ、感心してて、話がそれちゃったね。・・・まあ、つまり、水
銀燈は鏡の裏を通れる、でもその代わり、普通の場所は歩けない。そういう
わけなのね。」
銀「ん・・・代わりに歩けない、ってわけじゃないんだけど・・・」
自分の体が不完全・・・未完成である事はどうしても気軽に語ることができ
ない。この状態のまま意識を持つようになって相当な時間が経っているのだ
が、ちっとも慣れることができなかった。いや、慣れるどころか、考えただ
けで涙が出てきそうになる。
その思いを知ってか知らずか、カワセミは勢い良く話を進める。
カワセミ「分かった。じゃあ、私が担いで行ってあげる。」
銀「・・・え?」
カワセミ「かついで行ってあげる。背負って、の方が正確かな。」
銀「え、でも・・・そんなの悪いよ。重いし、大変でしょ?」
カワセミ「平気よ、そのぐらい。私はこれでも鍛えられた忍よ?大の大人を
背負って山に駆け上る事だってできるんだから。それに比べたら・・・水銀
燈、小さいから重くても二貫目(約7.5kg)あるかどうかでしょ?」
カワセミは水銀燈の両わきの下に手を入れ、軽々と水銀燈の体を持ち上げる。
銀「え、あ、ちょっと・・・」
カワセミ「ああ、軽い軽い。あなた、一貫目ぐらいしかないんじゃない?」
銀「そ、そう?」
水銀燈は軽く混乱していた。ちゃんと繋がっていない下半身が落ちないか気
になったし、こんな姿勢で持ち上げられている事も落ち着かなかったし・・
・何よりも人間に触れられている事に動揺していた。
お父様が体を作ってくれていた頃の事は薄っすらとしか覚えていない。
人形として生まれながら、意識を持って以来、人に触れられた事がほとんど
ないのだ。
>>154 ああ、そうか!あのシーン、スターウオーズ3か!
オチが違うんで気づかなかったよ。
確かに溶岩地帯での剣での戦闘っていうと、アレだね。
・・・何で、「消滅」する世界のモチーフに力に満ちた火山活動を選んだのか
ちょっと不思議だったんだ。謎が解けたよ、ありがとう。
>>155 最近は規制が多いから、SS書きなら一度は直面する試練らしいね。
ガンバレ!
不自然な持ち上げられ方ではあったが、抱き上げられるというのは結構悪く
なかった。カワセミの手が温かい。
カ「これだけ軽かったら、私なら疲れさえしないよ。それにしても、水銀燈、
お人形なのに柔らかくて、本当に血が通った人間みたいね。」
そういいながら、わきの下を両手で支えた持ち方から、片手を腿の下、もう
一方の手を背中に回したお人形抱っこの持ち方に変え・・・
銀(あ・・・)
カワセミの表情が微妙に変わった。
水銀燈の胴の部分が普通でない事に気づいたのだ。
彼女はなるだけ態度に出さないように気を使ったのだが、その事を過剰なぐ
らいに意識していた水銀燈にははっきりと分かってしまった。
水銀燈は身を硬くし、目を伏せた。
数瞬、気まずい沈黙が漂う。
カ「あ、ごめん、怪我してたんだ。痛くなかった?」
銀「・・・」
カワセミはちょっと慌てたように続ける。
「いや、ほら、最近は戦乱の世の中だったから、うちの忍群にも手足や体の
一部を無くした人が大勢いたし、いて、それでもみんな立派な忍で手柄だっ
て立てたよ。そう、それに、お祖父様の代にうちの忍群がお味方した殿様は
片目のない方だったけど、戦でも政でも大手柄を立てられて、今では北の千
代の地にすごい街を築きあげたんだって。・・・大事なのはその人がどんな
人か、何を成し遂げたか、って事だよね。」
ここまで一気にまくしたてたカワセミだったが、しばらく黙り込む。
カ「・・・気にならないわけないよね・・・」
カワセミは水銀燈の体をぎゅっと抱きしめる。
カワセミは胴部分に細い鎖で編んだ鎧のようなものを着こんでいるので、胴
からは硬いごつごつした感触した伝わってこないが、腕から温もりが伝わっ
て来る。
その温もりに、単なる体温だけではない何かが混ざっているのを感じる。
不思議な感触だった。
温かさに加えて、妙に安らぐ感じ。そして微かな昂揚感。
その時の水銀燈にはそれを上手く言い表す事は出来なかったが、後からあえ
て名前を付けるなら、「気持ちが通う」とか「共感」がそれに近かっただろ
うか。
水銀燈は顔をあげた。
抱きしめられているので、カワセミの顔が触れそうなぐらい近くにある。
カ「私・・・体はどこも悪くないけど、お前には何か欠けてるって言われ続
けて来たの。普通の女として暮らすには何かが欠けてる、忍としては何かが
欠けてる、って。
もう、忍として、はどうでもいいんだ。自分から抜けて来たんだし。忍刀も
捨てた。
私、普通の暮らしを手に入れるの。普通の暮らしをちゃんと送るの。それが
できる場所を探してるんだ。」
朝の柔らかなそよ風が二人の頬をそっと撫でて行き、辺りの梢をさやさやと
揺らす。
カ「・・・水銀燈はお父様を探してるのよね?ね、一緒に行こ?私も手伝う
からさ。」
カワセミの悩みは水銀燈の悩みと完全に同じではない。
似た部分は確かにあるが別物、とさえ言えるかもしれない。
それでもそれは違う事だ、と指摘する気にはならなかった。
少しでも似た思いを抱いている人がそばにいて、共感を示してくれた事が嬉し
かった。
水銀燈は自分を抱きしめているカワセミの腕にそっと自分の手を添え、柔らか
く力をこめた。
銀「・・・ええ。」自然に、柔らかい笑みが顔に浮かんでいた。
カ「良かった!」カワセミの顔に晴れ晴れとした笑顔が広がる。
そうと決まれば二人旅の支度。
カワセミは昨夜私に突きつけた両刃の短刀(クナイ、というのだそうだ)を
取り出すとこれを器用に使い、近くにあった木の枝やつる草を切り取って形
を整える。
それと持参の手ぬぐいを裂いたものを使い、あっという間に簡単な抱き袋と
分解できる背負子を作った。
普段は西洋の船乗りの使うハンモックを縦にしたような形の抱き袋を左肩か
らお腹に向けて掛け、そこに水銀燈を斜め横向きに抱きかかえ、水銀燈が顔
の向きを変えれば進行方向もカワセミの顔も見えるようにする。カワセミの
荷物の入った袋と分解した背負子は背中だ。
険しい地形を行く時や、両手を使う必要がある時は背負子を組み立て、下の
方に荷物の袋をくくりつけ、その上に水銀燈が後ろ向きに座り、落ちないよ
うに手ぬぐいで作った帯で背負子に体を固定するのだ。
それだけ準備できれば、あとは歩き出すだけだ。
手際よく支度したので、まだ昼にもなっていない。
折りしも季節は初夏。
気持ちよく晴れた空の下、カワセミと他愛のない話をしながら山の中を行く
のは楽しかった。
水銀燈はほとんど人間と接した事がなかったのだが、あれよあれよという間
に事が進んでしまったせいか、それとも同じような悩みに共感した相手だか
らなのか、もうすっかり警戒や人見知りを忘れてしまっていた。
銀「ねえ、まずどこに向かうとかあてがあるの?」
カ「んー、まずは人里から離れすぎず、近すぎず、って辺りを適当に歩いて
行くつもり。そういう所には開拓民とか、ひっそり暮らしている人がぽつり
ぽつりと居るはずだから。で、よそ者でもあまり警戒されない雰囲気の所が
あったら話をする、と。」
銀「話?」
カ「そ。よそ者でも受け入れてくれる村がないか、とか、人形職人が近くに
いないか、とか。」
銀「ああ、なるほどね。カワセミ、頭いいね。」
カ「そうかしら?(苦笑)里の学問所ではビリの方だったんだけど」
銀「どうして?カワセミはこんなに聡明なのに。」
カ「どうしてなんだろね。私も知らない(笑)」
道中、木の実や果実、山菜等を見つけるとカワセミは足をとめて摘み取り、
腰につけた袋に入れる。
銀「それ、どうするの?」
カ「決まってるじゃない。私たちのお弁当よ。」
銀「お弁当?」
カ「はぁ?あなた、お弁当知らないの?・・・あなた、ひょっとして、物を
食べないの?」
銀「食べ・・・ええと、食べれば食べられると思うけど、あんまり食べた事
ないわ。」
カ「・・・あなたお人形だものね。つい忘れてた。お弁当っていうのは大雑
把にいうと、出かけるときに持っていく、持ち運びしやすい食料の事よ。ま
あ、今みたいにずっと旅してるときは出かけるときも何もあったもんじゃな
いけど。」
銀「ふーん・・・そうか、人間は長時間出かけるときはそういう食料が必要
よねえ。」
カ「そ。・・・そろそろ、一休みして何か食べる頃合だわ。とりあえず、座
りましょ。」
二人は足を止め、カワセミは手ごろな石の上に水銀燈を座らせ、自分はその
そばの地面にどっかりと胡坐をかいて座り込む。
カ「ええと、今日取れた物は・・・みんな干したり火を通したほうがいい物
ばっかりだね。じゃあ、干飯を食べましょ。」
銀「ホシイイ?」
カ「そ、干飯。炊いた米を干した物よ。食べてみる?」
カワセミは一つまみの白っぽい粒状の物を水銀燈の手の平に乗せる。
水銀燈は干飯に顔を近づけ、くんくんと匂いをかいでみる。
微かな穀物臭がするだけだ。
美味しそうとは思わないが、食べても問題なさそうだ。
少しだけ口に入れてみる。
銀「ん・・・硬いね、これ。・・・あんまり味しないね。」
カ「(もぐもぐ)ま、携帯食料だからね。もっと食べる?」
銀「ううん、要らない。私、多分食事の必要ないし。」
カ「そう。便利ね。(もぐもぐ)水は要るわよね?」
銀「え?どうなんだろう?今までは摂ってなかったけど・・・」
カ「(もぐもぐ)でも、喋ると喉が渇くでしょ?それに、人間と同じような
肌をしてるじゃない。(もぐもぐ)だったら水は摂らないとお肌に悪いって
。」
銀(クスッ)
カ「何がおかしいの?」
銀「だって・・・なんか、力持ちで何でもバリバリこなして、強いカワセミ
がお肌の事を気にしてるなんて、ちょっと意外で。」
カ「はぁ?何言ってるのよ、私だってうら若い乙女よ?ほら、こんなに女ら
しいしぃ〜。」(言いながら、おかしなシナを作る)
銀(ぷっ)
銀&カ「あはははは」
小休憩を終えて、二人はまた歩き出す。
銀「ねえ、カワセミ」
カ「ん?」
銀「カワセミって、時々、『はぁ?』って言うよね?」
カ「あ、あはは。まあ、口癖になっちゃってるね。」
銀「それって、何か特別な意味があるの?」
カ「え?意味はないけど、これはいい女のたしなみなのよ。」
銀「ホント?」
カ「ウソ(笑)」
銀&カ「あははははは」
銀「でも、なんかいいかも。私も使ってみようかな。」
カ「え〜?あんまり上品っていうか、淑やかな話し方じゃないよ?」
銀「いいよ、それでも。・・・はー。」
カ「そんな、『はー』なんて気の抜けた言い方じゃダメ。もっと抑揚をつけ
て、『はぁ?』って。」
銀「は〜ぁあぁぁ〜」
カ「何の歌よ、それ(笑)」
銀&カ「(笑)」
・・・見てる人、いるよね?(汗
ここにおるぞ!(ZAP!)
ここにもいるぞ。
フフフ、こっちだ
どうした、こっちだぞフフフ
ほれ、ユーラリ、ユーラリ、右、左……うぬにはどこにおるかわからぬであろう、フフフ
(白土三平風)
>>165,166
ありがとう。
これでまた投下を続けられる!
>>167 ここで忍術漫画ネタとはw
・・・そこだ!(ヒュッ)職場のPCの前っ!
(これで実は携帯だと綺麗なオチにw)
山の中なので、夕方になったら早めに進むのを止め、寝る場所を決める。
木が茂っていて、雨露に濡れにくい場所に荒布の天幕・・・文字通り、一枚
の布を頭上に斜めに一枚、幕のように張るだけの天幕を張る。
布には何か、水を通しにくい加工がしてあるらしい。
夕食をすませると・・・水銀燈は少量の水だけだったが・・・並んで寝転ん
で、斜めに張った天幕の下から半分ぐらい見える星空を眺めながら、他愛の
ないお喋りをする。
話はいつまでも尽きないが、月や星を見て大体の時刻の分かるカワセミがそ
ろそろ亥の刻だから寝ましょう、と言うとその日はおしまい。
話を打ち切って二人は眠る。
夜明けと同時に目覚めて、また行動開始。
こんな風に過ごしながら、二人はしばらく旅を続けた。
太陽の向きで方角は分かるものの、場所によっては入り組んだ山系の中、道
なき道を行く道のりになる。
完全に迷ってしまう事のないよう、カワセミは時折携帯用の筆入れと茶色っ
ぽい紙を取り出し、簡単な絵地図のような物を描きながら進む。
最初の数日は誰にも会わなかった。
ひょっとしたら山の奥に入りすぎたかもしれない、とカワセミは進路を少し
人里側へ向ける。
その翌日、初めて人を見かけた。
三人組の男で、木を切り倒して四角く切り出して運び出そうとしているよう
だ。
カワセミはいきなり近づく事はせず、まずは少し離れた茂みから様子をうか
がい、男たちの会話に聞き耳を立てる。
水銀燈にとっては、カワセミを除けばこの世界では初めて見る人間だ。
どうなるんだろうとドキドキしながら、茂みに身を伏せたカワセミにしがみ
つく格好になりながら成り行きを見守る。
だが、しばらく観察したあと、カワセミは水銀燈に向かって小さく顔を横に
振ってみせるとそっと後ずさりし、音もたてずに茂みから出ると、水銀燈を
抱えたままその場から離れた。
充分に距離を取ってから、カワセミはもうしゃべってもいい、と言う。
銀「どうしたの?話をするんじゃなかったの?」
カ「あれはダメだね。あれは近くの村の連中が木を切り出しに来てるんだと
思うんだけど、雰囲気が良くない。よそ者に冷たそう。若めの男三人だし、
それが良くない方向に行きそうな連中だわ。」
銀「へえ・・・良くそんなの分かるのね。」
カ「ま、今までの経験もあるし、忍として学んだ事もあるし。・・・話を引
き出すには相手の事を見極める事が大切だから、忍は人を観察する事、しつ
こいぐらいに叩き込まれるから。」
銀「そうなんだ。・・・カワセミって本当に凄いね。」
カ「まあね。」カワセミはちょっとくすぐったそうに笑う。
ヌ……
女童と思って油断したが、儂の敗着であったか……
これをもってゆけぃ……
ゴホッ
っ【ヤクルト】
>>171 居場所、当たりだったのかw
・・・こ、これは、あの伝説の飲料、ヤクルト!!
うむ、ありがたく頂戴する。
これが永遠の別れとなってしまうが、うぬの志とヤクルト、この「くのいち
カ○セミ&水○燈」、決して無駄にはせぬ。
ヤクルトの力でかならずこの乱世に光をもたらして見せる。
心やすらかに逝かれよ。
※この書き込みと連載中のSSの内容は無関係ですw
二人はまた旅を続ける。
とある日。
そろそろ昼時の休憩をしようかと考える頃だった。
辺りは入り組んで分かりにくい谷間になってきていた。
カワセミは時々描いている絵地図を取り出した。
普段であれば立ち止まって少し書き込みをして終わりなのだが、今回はそれ
では足りないようだ。
いつもより細かく書き込みをしながら、方位を見たり地形を見たりしながら
歩きまわっていた。
集中力の要る作業だったため、水銀燈も興味深そうにカワセミの手元を覗き
込むだけで話しかけずにいた。
旅をはじめてから、長時間無言のまま歩くのはひょっとしたらこれがはじめ
てかもしれない。
不意にカワセミが手元の地図から視線をあげ、人差し指を立てて唇にあて、
静かにしろ、という意味の仕草をする。
水銀燈をそっと草むらに降ろすと、懐に手を入れながら足音を忍ばせて近く
の茂みに近づいていき・・・懐から抜いた手を鋭く振ると何かを投げた。
茂みの中からキッ、という小さな声が上がる。
カワセミは茂みを掻き分けて行き、何かを拾い上げる。
カ「やったぁ。今夜はご馳走だよ。」
満面の笑みでカワセミが上げて見せた手には、茶色っぽい色の丸っこい鳥が
握られていた。鳥の胸には細長い金属が刺さっている。
カ「ウズラよ、ウズラ。御馳走だわぁ。」
銀「え?・・・何がどうなったの?」
カ「うふふ・・・。茂みの中に、このウズラが居るのを見つけたんで、この
手裏剣を」カワセミは懐から別の細長くて先の尖った金属・・・棒手裏剣・
・・を取り出して水銀燈に見せる。
「・・・手裏剣を投げてしとめたの。この鳥、焼いて食べると美味しいのよ
。」
銀「へえ〜・・・」
鳥が飛んでいるのは何度も見ていたが、それが食べられる事も、こんな風に
捕まえられる事も知らなかった。
鳥が血を流して動かなくなっているのはちょっと驚いたけれど、その時の水
銀燈は特にそれ以上は感じなかった。・・・彼女はまだ一度も「死」という
物に間近に接した事がなかったのだ。
それよりも、水銀燈の興味は別の所にあった。
カワセミはちょっとはしゃいで続ける。
カ「ちょっと待ってね。血抜きだけやっちゃうから。あんまり見て気持ちい
いもんじゃないから、そこで待ってて。茂みの中でやっちゃうから」
銀「ええ。・・・血抜きって?」
カ「文字通り、血を抜くのよ。血のでやすい所切って、逆さにつるして。」
手を動かしながら答える。
「これやらないと、後で食べるとき不味くなるの。ま、要するに料理の下ご
しらえね。」
銀「ふーん・・・」
カ「よし、と。これであとはしばらく吊るしておくだけね。」カワセミが茂
みから出てくる。
「地図描き終わった頃に回収すればいいかな。」
銀「ねえ、カワセミ。」
カ「なに?」
銀「さっきの術・・・私にもできる?」
カ「術って、手裏剣投げの事?」
銀「ええ。」
カ「これは別に術、ってわけじゃなくて練習して身につける技よ。だから、
小さめの手裏剣でなら、練習すればあなたもできるはずよ。」
銀「本当!私に教えて!」
カ「・・・いいけど、あなた、こんなの覚えたいの?」
銀「ええ。・・・だって、ほら、私、歩けないじゃない?その技を使えば、
離れた所にあるものに働きかけられるんでしょ?」
カ「・・・なるほどね。離れた所、って言ってもそんな遠くじゃなくて、実
用的にはせいぜい二十歩か三十歩の距離だし、働きかけるって言っても、刺
すかぶつけて落とすかぐらいしか出来ないよ?それでもいいの?」
銀「ええ。今の私にとっては大きな進歩だもの。」
カ「分かった。ちょっと待ってね。小さい棒手裏剣、どっかにあったはず・
・・」
何でも素早く取り出すカワセミにしては珍しく、荷物の奥の方をしばらくご
そごそとかき回す。
「あったあった。これだったらあなたでも扱えるんじゃないかな。持ってみ
て。」
カワセミから手渡された小型の棒手裏剣を手にとって見る。手裏剣というよ
りも金属製の串か太い針、といった大きさだ。
カ「うん、手の大きさとだいたい合ってるね。重さはどう?楽に振れて、そ
れでいてある程度重さを感じるぐらいがいいんだけど。」
銀「結構重いものなのね。でも、大丈夫と思う。」
カ「そう。良かった。じゃあ、それで練習しましょ。・・・まともに投げら
れるようになるまではそれなりに時間かかるから、それは覚悟しときなさい
よ?」
銀「ええ、頑張るわ。」
カ「じゃあ、まず、持ち方からね・・・」
そのままこの日は手裏剣の練習になった。
持ち方や基本の動きを覚えるとしばらく反復練習。
その間にカワセミは地図を仕上げる。
新しい事を覚えて、その反復練習の間に血抜きの終わったうずらを回収。
また新しい事、反復練習。
その間に近くで今夜の寝場所を探しておく。
最初はあらぬ方向へ飛んでいったり、すっぽぬけて頭上に飛んだりしていた
水銀燈の手裏剣投げだったが、そのうちに概ね狙った方向には飛ぶようにな
ったし、土などの柔らかい的であればたまに刺さるようになってきた。
まだまだ軌道がぶれたり、手裏剣が飛んでいる間に回ってしまって、先端が
的の方を向いていないので刺さらない事の方が圧倒的に多かったのだが。
夕方になったので、今日の練習は切り上げる。
まだまだ身についたというのには程遠いが、カワセミによれば、水銀燈はか
なり筋が良いそうだ。
カ「これなら毎日練習していけば、そんなに遠くないうちに身につくよ。」
銀「本当?嬉しい。」
本当に嬉しかった。
その時は何故そこまで嬉しいのか分からなかったが、ともかく、持って生ま
れた能力以外の事を身に付けつつあり、それで褒められた事がとても嬉しか
った。
そして夕飯の支度。
いつもの夕飯は・・・旅の途中であるから、干飯と少量の干した果物や木の
実、それにそ山菜や茸を煮て、わずかな味噌を入れるか、ダシ代わりにホシ
ナットウという粒を入れた汁物、というのが定番だった。
が、今日は違う。
カ「さあ、栄養付けるわよ!」
カワセミは張り切って料理を始める。
いつもより多めの薪を用意し、早めに火を付ける。汁物用の湯も沸かす。
ウズラを解体してぶつ切りにし、木の枝を削って作った串に刺す。
それに塩と少しの香辛料、近くで摘んできた香りのいい草を刻んだものをま
ぶし、炭火でじっくり焼くのだ。
じりじりという音を立てて肉が焼けていき、脂が滴り始める。
炭火に落ちた脂がジュッっと音をたてて煙をあげ、美味しそうな匂いが立ち
込める。
銀「わあ、美味しそうな匂いね。」
カ「でしょ〜。うふふ。・・・あれ?水銀燈、この匂いは美味しそうって感
じるの?」
銀「あら?そういえば・・・」
水銀燈は普段、干飯や木の実は特に美味しいと思わず、食べる必要もないの
で少量の水を飲むだけだった。
気が向くと果物・干果を少し口にする事はあったが、その程度の食欲・食事
量だったのだ。
しかし、今回は違っていた。
銀「・・・ええ、すっごく美味しそうに感じるわ。こんなのはじめてかも。」
カ「へぇー、意外。じゃあ、食べてみなよ。充分、二人分あるし。」
焼きあがった肉の中から、小さめでいい焼き具合の串を選んで渡してくれる。
カ「はい。熱いからね。」
銀「ありがとう。」
ふーふーと息を吹きかけて冷ましてから、おそるおそるほんの少しだけ齧り
取る。
そっと咀嚼してみる。
旨みのぎっしり詰まった少しパサパサして硬い肉。
香ばしくて滑らかな脂。
表面がかりっとして、ちょっと焦げ目のついた皮。
それらが渾然一体になり、素朴で野生的だけど、どこか豊かな美味しさをか
もし出している。
さらに噛むと、熱い肉汁が溢れてきて口腔を満たし、味わいをより高める。
銀「・・・おいしい!すっごくおいしい!」
あっというまに一串の肉を食べ終えてしまう。
カ「それは良かった!鳥、好きなんだね。・・・はい、これも焼けてるよ。」
カワセミはもう一本、良く焼けた串肉を水銀燈に渡し、自分も適当な串を選
んでかぶりつく。
カ「うん、美味い!こりゃ絶品だね。」
しばらく、二人ともおいしいね、最高だね、と笑顔で短い言葉を交わしなが
ら串肉を食べ続ける。
すっかり口の周りが脂だらけだ。
カ「しかし、水銀燈みたいな綺麗なお人形が肉好き、って言うのはちょっと
意外だったなあ。南蛮人は肉が好きだっていうけど、南蛮風のお人形もそう
なのかな?」
銀「うーん、分からないけど・・・とにかく、この料理は大好きよ。(もぐ
もぐ)」
カ「(がぶっ、もぐもぐ)ま、とにかく美味しく食べれるものがあるのは何
よりよね。どんどん食べて。」
銀「ええ。・・・あ、でも、カワセミの分が減っちゃうよね・・・」
カ「何言ってるの。私だって、水銀燈と一緒に美味しく食事が出来るほうが
楽しいのよ。・・・水だけ飲んでるあなたを見ながら一人でたくさん食べる
より、ずっと楽しいに決まってるじゃない。」
「それに、あなたが元気良く食べたとしても、私の食べる量の四分の一にも
ならないよ、多分(笑)」
銀「そう・・・そうよね。」
二人は笑顔で話しながら食事を続ける。
カ「汁物もそろそろいいね。食べてみる?」
肉を切り取った後の骨や臓物と、道中見つけた菜物、根菜、茸を多目の水で
煮込んだものだ。
銀「あ、これもおいしいね。」
カ「(ずずっ)うん、上出来。骨からいい味が出るんだよね。」
結構大柄なウズラを丸々料理した上、他にも道中で見つけた物がかなりあっ
たため、二人でお腹いっぱい食べるだけの量が充分にあった。
カ「ふぅ〜、満腹満腹。幸せ〜。」
カワセミは満足げにため息をつきながら、ごろりと仰向けに寝そべる。
銀「本当本当。幸せ〜。」
水銀燈も真似して仰向けに寝転がる。
カ「・・・楽しいね。」
銀「・・・ええ。」
それぞれに重い物を抱えた二人だったが、今はそんな事は思い出しもしなかった。
心地よい満腹感と暖かさと軽い眠気、そして一緒にいること。
満たされていた。
〜 作者よりのお詫び、並びに訂正 〜
便宜的に前編・中編・後編と分けましたが、筆が滑って中編の内容が伸びてし
まい、全然進度の目安にならなくなってしまいました。申し訳ない。
しかも、中編がまだ続く・・・
このバランスだと、カワセミと水銀燈が旅をはじめる辺りからを中編とすると
丁度良くなると思います。
後編は内容的に考えて予定外に伸びる事はありませんが。
ところで、他の方の作品投下がなくなってますよね。
このスレで長編SSを投下するのははじめてなので感じが掴めないんですが、
最近はそんなものなんでしょうか?
それとも、自分が何か他の方が投下しづらくなる事をしちゃってます?
たらふく食べて一晩眠り、元気いっぱいに目覚める二人。
朝食は昨夜の汁物の残りに干飯を入れて軽く煮込んだ雑炊。
これもまた美味だった。
夏の朝は清清しく、景色はまるで作り物のように感じる程に鮮やかで美しか
った。
二人はまた、旅を続ける。
昨日までと同じように地図を描き、食べられる物を摘み取る。
それにに加え、時折、足を止めて手裏剣の練習をする。
さらに、鳥が居そうな場所に差し掛かると注意して様子をうかがう。
おかげで旅ははかどらなかったが、二人とも別に気にしていなかった。
特に、いつまでにどこへ着かなければならない、という旅ではないのだ。
むしろ、旅をじっくり楽しむつもりでゆっくりと進んだ。
数日が経ったころ、二人はやや見晴らしのよい尾根に出た。
しばし、美しい眺めを楽しんだ後、カワセミは例の地図を取り出し、地形を
良く見ながら細かく書き込みをしていく。
カ「あ・・・」
銀「どうしたの?」
カ「あそこの、谷の向こう側の左の尾根の所、見える?」
銀「あ、何かあるね!」
カ「多分、あれは小屋と小さな畑だわ。・・・行ってみましょう。」
いきなり訪れる事はせず、まずは少し離れた所から様子を伺う。
小屋が二つあり、半ば繋がっている形だ。
平地が少ないので大きな建物は建てられなかったのだろう。
小屋の横には小さな畑がある。
斜面なので、いわゆる段々畑の形になっており、何種類かの野菜や穀物が植
えられているようだ。
片方の小屋は今、扉が開いている。
そこから中が一部分見えるのだが、明らかに何かの作業場のようだ。
丸っこい形の物がいくつも並んでいるのが見える。
その裏手には土や石を盛った山がいくつか見える。
人の背丈ぐらいの高さで、少しずつ形は違っているのだが、概ねどれもほぼ
半球型をしている。
この世界の事には詳しくなくとも、自身が焼き物(ビスク)を元にして作ら
れている水銀燈にはピンと来た。
あれは焼き物の窯だ。
ここから見た限りでは、ビスクドールを焼く窯とは違う気がする。
それでも水銀燈の胸は期待に高鳴った。
お父様と関係があるかもしれない。
作業場でない側の小屋の扉が開き、初老の痩せた男が出てくる。
水銀燈の微かな記憶にあるお父様とは明らかに違う姿だが、お父様はいつも
同じ姿とは限らない。
初老の男はちょっと頑固そうではあるが、感じは悪くない。
むしろ、全体的には穏やかな雰囲気の持ち主だ。
カ「よし・・・話をしてみよう。」
カワセミは少し考えると茂みに隠れ、いつも身に着けている鎖かたびらを脱ぐ。
硬い皮の手甲を外し、布の手甲を着ける。
荷物から手ぬぐいと頭にかぶる笠を出してかぶる。
さらに少し考えたあと、荷物から短くて細身の、女性的な色合いの鞘におさ
めた刀を出して腰に差す。
銀「えっ、戦いにいくの?」
カ「違うわよ。忍の姿では警戒されるから、姿を変えてるの。・・・一応、
ちょっと訳ありの女旅人、って感じの姿にするつもり。あまり変装用の小道
具がないから完全じゃないけど・・・で、このご時勢だから、脇差ぐらい差
してる方が自然だと思ってね。警戒されては困るけど、あまりに無力に見え
ても困るし。」
銀「へぇ〜、そういうものなのね。」
>>179 いつも乙です。カワセミと銀、
いいコンビですねぇ、少し切ないけど、なんだか和みます。
食事してるあたりなんかもうたまりません!
長編に関しては、その先のストーリー展開考察や資料縦覧及び裏付けや
仕事等にどうしても筆を止める時間が増えてしまうので、ブランクは
多少あくと思われます……というか自分がそうなんですけども(笑)
34話の筆が進まず多忙なのです(泣)ですのでお気になさらず……
あまりデカイことは言えませんが、自分のペースで投下するのがベストだと思います。
1時間に同IDで10回連続投稿すると「さる」を食らうので、そこだけ気を付けてくだされ。
では続き待ってます。横槍失礼しました。
コンスタントな投下お疲れ様です。
ほのぼのとした水銀燈もいいなぁ。
あと、知識量が凄い。この時代のことにずいぶん詳しいですね。
>>157 自分はまだ不明なとこがあるからもう一回読もうかな。
それにしてもあの作品知っている人がいて良かった。
>>182 凝った作品になりそうで楽しみです。
>>182 TEGさん
コメントありがとうございます。
食事シーンにコメント頂けたのは嬉しいです。
ローゼンってコミック・アニメともに、食事する事と絆、ってテーマがあり
ますよね。なので、コミックやアニメとはちょっと違う方向かもしれないけ
ど、食事のシーンは自分なりに凝ってみました。
・・・長くなる原因なんですけどね。
TEGさんはそんなに事前に調べ物をするんですね。すごい。自分は基本的に
適当に自分が分かるもので書き始め、書きながら調べるスタイルなので、
綿密な事前調査にはびっくりです。
大作が出来そうですね。期待しています。
一時間10回の制限は知りませんでした。ありがとうございます。参考にし
ます。
>>183 コメントありがとうございます。
コンスタントな投下、最初は全然そんなつもりはなかったんですが、途中か
らは意図的にこだわってます。
アク禁、ここが投下出来ないような状況になる、読んでくれる人がゼロにな
る、そういう事がない限り、最低でも二日に一回の投下を最後まで続けてみ
よう、勝手にそんなつもりになっていますw
知識は・・・一時期、時代小説が好きだったんです。そこから借りてる知識
と、Wiki等で調べた事なので、細かく見るとアラがあると思いますが、その
辺はご容赦を。・・・言葉遣いは都合上、現代風のままですしね。
あと、
>>157 の分。
あれをもう一回読むのはかなり大変ですね。今の所、まとめたサイトがない
し。でも、あれはそれでももう一回読む価値があるかも。
ROM暦は長いんであの作品は知ってますよ。というか、読んでた人なら、あの
作品があった事は忘れないでしょ、多分。
どこか、あれをまとめてくれそうなサイトないかな・・・
#しかし、ROMは長くても、いざ自分で長編書くと分からない事や気になる事
はいっぱい出てくるもんですね、SSって。
カワセミは若干服装の細部を直し、荷物の半分ぐらいを取り出して茂みに置
き、また荷袋を背負いなおす。
カ「よし、行ってくる。あなたはここで待ってて。」
銀「あの、カワセミ・・・私も近くまで連れて行って。」
カ「え?あの男と話したいの?」
銀「そうじゃないの。あの人、焼き物を作る人でしょう?私、焼き物の人形
なの。だから、あの人、お父様に関係あるかもしれないと思って・・・近く
で見てみたいの。」
カ「あなた、焼き物だったの?全然分からなかったわ。・・・なるほど、じ
ゃあ・・・あなたを連れて話しに行くのはちょっと無理があるから、前もっ
てあの小屋のそばの茂みに隠してあげる。そこから見てて。」
銀「ええ、分かったわ。」
カワセミはいったん笠と目立つ色の物を外し、水銀燈を顔の部分だけ出るよ
うにして目立たない色の布で包む。
例の男が小屋の中にいる間に熟練の忍び足で小屋に近づき、小屋のすぐそば
の小さい茂みに水銀燈を隠す。
外からはまず見つからない事を確認すると、素早く荷物の所へ戻っていく。
しばらく待つと、先程の旅姿に戻ったカワセミが普通に・・・普段の彼女の
振る舞いと比べると、ずっと目立つし足音も大きく・・・歩いてくる。
小屋にたどり着く前に小屋の主は気づいたようで、扉を開けて顔を出す。
水銀燈は茂みの中で息をひそめながら男を観察する。
カ「こんにちは。いきなりすみません。旅の者なのですが、道に迷ってしま
いまして・・・」
男「おや、そうかい。そいつは大変だね。どこへ行きなさるつもりだったの
かね?」
男は若干は見知らぬ旅人を気にしているものの、相手が女という事もあって
か、それほど強く警戒はしていないようだ。
カ「ええ、海沿いの××の辺りから来まして、○○という町へ出たかったの
ですが・・・」
男「○○かね?そりゃ、向きは合ってるけんど、道筋としちゃ随分違ってる
よ。・・・ここらの道は分かりにくいから絵図を見せてあげよう。立ち話も
なんだから、どうぞお入りんさい。湯でも進ぜよう。」
カ「ありがとうございます。お言葉に甘えさせて頂きます。・・・お邪魔い
たします」
二人は小屋の中に入っていく。
作者より補足。
「湯でも進ぜよう」
書き方が悪かったので風呂と誤解されそうなので。
飲み物としてお湯を出すという事です。
もてなしとして温かい飲み物を出す、という事で、現代なら当然お茶を出す
所なんですが、庶民が気軽にお茶を飲めるようになったのはもっと後の時代
の事らしいです。
水銀燈は失望していた。
男は、同じ職人であるせいか、どこかお父様に似た雰囲気は持っていたもの
の全くの別人だった。
温かい人柄の持ち主のようだが、お父様のような、圧倒的な大きさで包んで
くれる温かさとは違っていた。
小屋の中からは時々笑い声が聞こえてくる。
話し声までは聞き取れないのだが、いい雰囲気で談笑しているようだ。
話は結構長引いた。
小屋に辿りついたのはまだ昼よりも朝に近い時刻だったのだが、昼になって
もまだ終わらない。
どうやら、軽い食事も御馳走になっているようだ。
完全に午後になって、ようやくカワセミが出てくる。
カ「どうもありがとうございました。ご親切にしていただいたうえ、結構な
物まで頂戴しまして。」
男「いやいや、こちらも助かったし、楽しかったよ。こんな暮らしだから、
人と話すことも滅多にないでな。・・・お急ぎっちゅう事だから引止めはせ
んが、また何か困ったらここへ戻ってくるとええ。」
カ「ありがとうございます。本当にお世話になりました。・・・それでは、
これにて。」
カワセミは深々とお辞儀をすると、先程来た方向へ歩いて行った。
男はそれをしばらく見送っていたが、そのうちに小屋へと戻って行った。
水銀燈はぼーっと辺りを眺めながら茂みの中で待つ。
しばらくすると、忍装束に覆面までしたカワセミが音もなく忍び寄ってきて、
水銀燈を抱き上げて連れて行く。
そのまま無言で物陰伝いに荷物を置いた場所まで行き、ようやく一息つく。
カ「ふぅ、お疲れさま。どうだった?」
銀「ん・・・やっぱりお父様とは関係なかったみたい。」
カ「そうか。残念ね。まあ、あの人は壷や茶碗なんかを作る陶芸家だったも
のね。」
銀「カワセミの方はどうだったの?」
カ「んーと、まず、この辺りの地形や様子について随分教えて貰えたわ。
それから、人形職人だけど、残念ながらあの人が行き来する辺りには心当た
りはないって。
もっとも、あの人はほとんど決まった2〜3の村にたまに降りるだけらしい
から、この辺り全部に居ない、って事にはならないけどね。」
銀「そう・・・」
カ「ま、焦らず、じっくり探し回りましょう。・・・それと、東側には、麓
にある村までほとんど誰も居ないらしいわ。炭焼き小屋や木こり小屋はある
けど、それも麓の村のものだって。
その辺の村には焼き物の人形を作る職人はいないし、割と領主の目が行き届
いていてよそ者は厳しく詮索されるらしいから、私たちには用はないわね。」
「今日は結構遅くなったから、もう寝場所を探しはじめましょう。話は歩き
ながらでもできるし。」
荷物を整頓して元に戻し、服装もいつもどおりにし、カワセミは水銀燈を抱
き上げて歩きはじめる。
カ「そうそう、焼き菓子を少し貰ったから食べながら行きましょ。はい。」
カワセミは焼き菓子を2枚取り出し、一枚を水銀燈に渡す。
カ「カワラせんべいって言うんだって。」
せんべいはサクサクしていてほんのり甘かった。
カ「他にも少し食料を分けてくれたし、何よりも栓ができる小さい壷と徳利
を貰っちゃった。こういう容れ物が少なかったから助かったよ。」
銀「へえ、随分いろんな物をくれたのね。親切な人ね。」
カ「うん、親切な人だったよ。・・・逆に親切すぎて泊まっていけ、って言
われそうだったから、少し急いでる事にして出てきたぐらい。
・・・まあ、物をくれたのは、一部は物々交換とも言えるんだけどね。
私の持ってた塩をかなりあげたから。山の中では塩は貴重品だからね。」
銀「そうなんだ。カワセミ、よくそんな貴重な物をたくさん持ってたね。」
カ「ああ、私ね、忍の里を抜けてから、追っ手がかかってる場合に備えて、
遠回りして海辺の港町を回ってきたの。船で逃げたと思わせるためにね。
・・・ついでにそこで塩を多めに買ってきたわけ。海辺では安く買えるから
ね。塩はまだかなりあるし、他にも海辺でしか手に入らない物が多少あるか
ら、しばらく物々交換には困らないよ。」
銀「そうなんだ。すごい。そうか、カワセミは結構長く旅をしてるのね。」
カ「まあ、長いって言ってもこの春からだけどね。最初の頃は追っ手を警戒
して急いでたから、距離は結構伸びたけど。」
「海辺までは、行く先々で土地の物を買って、高く売れる別の場所で売った
り物々交換してたから、里から持ち出したお金、ほとんど減ってないよ。
・・・今、持ってる物考えると、むしろ増えてるかも。ちょっとした旅商人
だね。(笑)」
銀「すごーい。カワセミ、ホントに頭いいね。・・・里の学問所で評価悪か
ったなんて信じられない。学問所の人、見る目ないね。」
カ「まあ、あんまり素直な生徒じゃなかったからね(笑)」
銀「やっぱり(笑)」
カ「何よ、やっぱりって!(笑)」
銀&カ「(笑)」
その夜はその近くで寝場所を探した。
一応、あの小屋から煮炊きの火が見えない場所を探して腰を落ち着ける。
あの陶芸家が襲ってきたり、カワセミの事を誰かに知らせるとは思えなかっ
たが、一応今でも逃亡者には違いないカワセミは用心深かった。
夕食の献立はいつもの汁物と、陶芸家の男に貰ったキビモチ。
火で暖めたキビモチがすごく伸びるのが面白くて、ふたりできゃあきゃあ騒
ぎながら食べた。
翌朝はいつも通りに夜明けと同時に目覚め、簡単な朝食をとると旅を再開。
今度は進路を西寄りに取って進む。
今回は人前に姿を見せた後なので最初だけ急いだが、峠を二つ越えた所で普
段通りの速度に戻す。
また、食料になるものを見つければ摘み取り、時折手裏剣の練習をする。
カ「うん、かなり良くなってきたね。」
銀「本当?」
カ「うん。おおまかに見て水銀燈の体格で十歩にあたる距離で、だいたい一
尺の範囲に当たってるものね。当たりの正確さでいうと、そろそろ合格よ。」
「ただ・・・水銀燈はどうしても肩より先だけの動きで投げる事になるから
、刺さりが弱いよね。・・・これは、取りあえずは手裏剣の向きが正確にな
るように投げる事が一番かな。」
銀「ええ、そうね。もっと練習して正確に投げられるように頑張るわ」
カ「そうそう、その意気!あと、もう少し手裏剣の先を研いでもいいかな。
研ぎすぎると先が弱くなっちゃうけど、もう少しは大丈夫だろうから。
・・・他にも何か方法があるかもしれないね。私も考えてみるよ。」
銀「ええ、お願いね。」
またしばらく進む。
カワセミは歩きながら、空いている右腕で手裏剣を投げる仕草をしてみたり
、指を広げて水銀燈の腕の長さを測り、それと自分の腕の長さを比べてみた
りする。
そうかと思うと素振りの腕の角度を色々変えてみたり、今度は小石を拾って
二本指でつまみ、手首を振ってみたりする。
なかなか、思うような解答が見つからないようだ。
しばらく歩くうちに景色は移り変わり、少し開けた場所に出る。
さほど広くないが、一応、草原と言ってよい所だ。
白や黄色の名も分からない花がぽつんぽつんと咲いている。
数匹の蜜蜂が忙しく蜜を集めている。
カ「ん?」
銀「どうしたの?」
カ「そこに何匹も蜜蜂がいるよね。ちょっと探してみよう。」
銀「え?」
カ「巣よ、巣。」
銀「??」
カワセミは蜜蜂の動きを辿り、より蜂の多くいる方へと歩いていく。
草原の終わり、森との境目の方へと二人は進む。
カ「・・・あった。」
少し森に入ったあたりの木の枝に、人の拳より少し大きいぐらいの蜂の巣が
あった。
忙しく蜜蜂が出入りしている。
銀「ほんとだ、巣だね。でも、これをどうするの?」
カ「まあ、見てなさいって。」
カワセミは指を舐めてからかざし、風向きを確かめる。
巣の風上側に移動し、あたりの枯れ枝や落ち葉を集めると火打石で火をつける。
枯れ枝はすぐに燃え上がる。
カワセミは慎重に枯れ枝と落ち葉や草をくべていく。
どうやら、煙がたくさん出るように調節しているようだ。
あがった煙が蜂の巣の方に流れていく。
しばらく煙を浴びると、出入りしている蜂たちの動きが鈍くなってきた。
やがて、大半の蜂は元気をなくして地面や木の枝にとまる。
完全にひっくり返って地面に落ちているものもいる。
カ「よし。」
カワセミは覆面をし、水銀燈を安全な場所に置くと、手に手ぬぐいを持って
蜂の巣に歩み寄る。
注意しながら巣をつかんで強くひねって巣をむしりとる。
まだ巣にくっついている蜂たちを手ぬぐいで払い落とすと、巣を手ぬぐいで
くるんでしまい、そのまま小走りに巣のあった場所から離れる。
水銀燈の所を抱えるとその場から逃げ、草原を抜けて充分に離れた場所まで
行き、茂みに隠れる。
カ「やったね、大成功。」
銀「すごい手際よかったね。でも、それ、どうするの?」
カ「えへへ〜。」
カワセミはクナイで巣に切れ目を入れるとそこに指を入れて抜き出す。
指が金色の蜜で濡れている。
カ「舐めてごらん。」
銀「ん・・・わあ!甘い!おいしい〜!」
カ「でしょー。蜂蜜は最高なのよ。滋養があって体にもいいし。」
カワセミは壷を取り出すと、何箇所か切れ目を入れた巣を振ったり、軽く絞
るようにし、蜂蜜を集める。
最後に巣の外側の硬い部分をはがして捨て、中の柔らかい部分だけにする。
中には蜂の幼虫が入っているようだ。
カ「ホントはこの幼虫も食べられるんだけど・・・私、ちょっとこれは見た
目が苦手なの。」
銀「・・・うにうにしてて気持ち悪いね。」
カ「でしょ?飢えてる時なら我慢して食べるけどね、今回はこれはやめまし
ょう。まあ、蜜蜂の子はそんなにおいしくないし。」
巣の六角形の部屋の一部に幼虫が入っている。木の枝やクナイを使ってそこ
から幼虫を払い落とすと、巣本体の柔らかい部分を少しちぎって水銀燈に差
し出す。
カ「はい。この部分はおいしいよ」
銀「ん・・・本当だ、ちょっと口に残るけど、ふにふにしてて、蜂蜜の味が
しておいしいね。」
カ「でしょ?おやつに丁度いいんだよね、これ。」
カワセミもちぎった巣を口に入れる。
カ「ん〜、甘さが体に沁み渡る〜。」
銀「ほんと〜。おいしいねー。」
二人で心地よい甘さに身もだえしながら少しずつ食べる。
さほど大きくなかった巣から外側の硬い部分を落としたので、残念ながらあ
まり量はない。
程なく巣を全部食べてしまう。
銀「おいしかった〜。」
カ「やっぱ、甘いものって最高だよね。」
「取れた蜂蜜はまた、疲れた時に舐めたり、料理に使う事にしましょう。・
・・それとも、今、もっと食べたい?」
銀「ううん、今はもういいわ。そんなにたくさんじゃなかったのに、すっご
く甘いもの食べた気分。」
カ「そうそう、結構思いんだよね、蜂蜜って。じゃあ、残りしまっておくね。
・・・一応、さっきの火が消えてるかどうか見に行かなきゃ。小さな焚き火
だし、今は森が乾燥してる時期じゃないから大丈夫なはずだけど、万が一山
火事になるといけないからね。」
蜂に気をつけながら先程の場所に近づき、焚き火が燃え尽きて消えている事
を確認する。
カ「よし、大丈夫だね。出発しましょう。ああ、蜂蜜のおかげで元気みなぎ
ってる!」
銀「私も!」
カ「さ、張り切って行きましょ!」
その日は二人とも、いつにも増して元気いっぱいに喋りながら歩いた。
夕方になり、いつも通り寝場所を探し、夕食の支度。
夕食は汁物だけにした。
たくさんの甘いものを取ったので、二人ともお腹が減らなかったのだ。
再び、旅は続く。
数日間は特に変わりばえのない日が続く。
一度、麓に近いあたりで、木を切ったり茸を採ったりしている人間たちを見
かけた。
しかし、いつもどおり少し離れてしばらく観察した後、カワセミが接触しな
い方がよい相手だと判断し、二人は気づかれないように通り過ぎた。
その間も手裏剣の練習と二人のおしゃべりは続いていた。
水銀燈の手裏剣は日に日に命中率をあげ、以前と同じ距離で六〜七寸の範囲
に命中するようになり、二人はもっと仲良くなっていた。
次の二日間は大雨だった。
無論、雨自体は時々降っていたのだが、二日に渡って振り続けたのは今夏初
めてだ。
二人は幸い、「半分」雨宿りを出来る場所を見つけた。
土手の端っこの部分がやや張り出しており、南側からの雨と真上側の雨の半
分は防いでくれる地形になっていたのだ。
もし、風のない日の雨であればこの地形だけで雨は防げていたであろう。
しかし、この日は風が強く、雨が降って来る方向がころころ変わった。
荷物の中には濡らしてはまずい物もある。
カワセミや水銀燈は多少濡れても問題ないが、やはり濡れるのは不愉快であ
る。
それに、二人ともあまりに濡れれば調子を崩してしまうだろう。
頼りになるのは張り出した土手と、カワセミ持参の天幕だけ。
とても全ての方角からの雨を防ぐことはできない。
風向きがが変わり、雨の向きが変わるたびに、荷物の場所を買え、自分達の
座る場所を変え、場合によっては天幕を張る向きまで変えねばならなかった。
これだけ書くと、悲惨な状況のように思われる。
事実、普通の旅人であったら、随分と惨めに感じたかもしれない。
だが、カワセミと水銀燈の場合は少々趣が違っていた。
カ「あー、今度こっちから雨だ!水銀燈、そっちは?」
銀「こっちは大丈夫よ。あ、でも、荷物の端っこが少し。」
カ「じゃあ、これとこれをそっちへずらして、と・・・」
さああ、と風音がなって、雨向きが変わる。
銀「きゃぁー、冷たい。首、首筋直撃だよ!」
歩けない水銀燈はその場で、小さな手で首をかばう。
「あ、それとそこの荷物、濡れちゃうよ!」
カ「りょうかいりょうかい。じゃあ、まず・・・」
カワセミはひょい、と水銀燈を抱き上げて場所をずらす。
カ「で、これをこっち、それはそっちに重ねるね。・・・ちょっと、積み木
遊びみたいになってきたね(笑)」
銀「積み木って何か知らないけど、大体分かるわ(笑)私、型はめ木細工っ
て玩具見たことある。」
カ「私はそれ見たことないけど、だいたいどういうものか分かる(笑)」
ばさっ
カ「きゃあ、天幕が!あははは。」
銀「あははは、何も見えない〜(笑)」
カ「それえ、救出〜!」
銀「きゃあ、あんまり振り回さないで〜(笑)」
カ「忍術、お人形雨しぶき!(笑)」
と、この調子できゃあきゃあと騒ぎ続け、全くめげる事を知らなかった。
幸い、時折仮眠を取れる程度には風向きが変わらない時間があったため、疲
れ切る事もなかった。
雨向きを観察し、カワセミは荷物と水銀燈を持ち上げては場所を移す。
水銀燈は持ち上げられ、ついでに振り回されて遊ばれながら、小さい荷物を
少し移動させたり、防水布のめくれを直したりした。
銀「あ。ねえ、これ、水をたくさん使って体を洗えるんじゃない?」
カ「あ!そうだね!ここの所、濡らした手ぬぐいで拭くだけの事が多かった
ものね。よし、やろうやろう!」
鍋、木の皿や竹のひしゃく等、容器になるものを総動員して水を溜める。
比較的温かい時刻を選んで体を洗う。
顔、髪、手足をたっぷりの水で洗い、全裸にこそならないものの、もろ肌を
脱いで首筋や肩を洗う。
水は降り始めこそ空気中や梢の埃を含んでいたものの、この頃の雨は清く、
肌に柔らかかった。
湯でないのが残念ではあるが、綺麗な水を惜しみなく使って体を洗うのは爽
快だった。
さすがに少し体が冷えたので、がんどうという覆い付きのろうそく立てを工
夫して使い、ろうそくの炎で少量の湯を沸かす。
それに少量の蜂蜜を溶かして飲むと、元気な二人はすっかり寒さなど吹き飛
んでいた。
・・・正確には、元気だからすぐに体温が回復したのはカワセミだけの話で
、水銀燈は寒い「気分」が吹き飛んだだけなのかもしれない。
ビスクや体内の若干の金属のからくりは、夏の雨の温度程度ではほとんど影
響を受けないのだから。
そして、敏感なカワセミの手が、ちょっとした発見をしつつあった。
雨は翌朝の夜明けとほぼ同時にあがった。
二人は大して疲れているとは感じていない。
しかし、濡れてしまった荷物や、びしょ濡れになり、かつ泥まみれになった
天幕・衣服をそのままにして出発するのは避けたかった。
二人はとりあえず、午前を色々な物の乾燥や後始末にあてる事にした。
乾燥にかかる時間は天候次第。もしも午前で乾ききらなければ午後も使う事
になるだろう。
まずは簡単な朝食をすませ、土手の上まで登ると、まばらに生えた木の枝に
紐を張って簡単な物干し場を作る。
衣類・布類は、濡れただけの物はそのまま干し、泥で汚れた物は溜めた雨水
ですすいでから干す。
布以外の乾かしておきたい物は紐に結び付けて干すか、木の枝に引っ掛ける。
最後に自分達自身も乾かすべく、二人は並んで土手の上に座り込む。
強すぎない日差しのおかげで、土手の上はぽかぽかと暖かくて気持ちいい。
座っていた二人はすぐにこっくりこっくりと居眠りをはじめ、だんだん体勢
が崩れ、結局意識しないうちに横になって寝てしまった。
心地よくて温かい、浅い眠り。
途切れ途切れの夢の中、あたたかい風景と優しい人を見た気がする。
嬉しくて、切なくて、胸が温かくなってそっと涙が滲むような感覚。
夢の余韻がゆっくり遠ざかって行き、半分寝ていて半分目覚めた、あたたか
いまどろみに変わる。
しばらく経つと暑さで目が覚めた。
太陽は中天に高く昇り、朝方は優しかった陽射しが、じりじりと照りつける
陽光に変わっていた。
顔や手の甲が熱くなっている。日に焼けてしまったかもしれない。
カ「んあ〜〜、あふ。すっかり昼寝しちゃったね。いや、この時間だと朝寝
か。」
銀「ホント、良く寝ちゃったね。でも、気持ち良かったよね。」
カ「そだね。いい気持ちだった。たまにはこんなのもいいね。さて、乾いた
かな?」
干してある物を点検して回る。
強い日差しとそよ風のおかげで、大部分の物は乾いていた。
乾いた物を荷造りし、ついでに荷物の整頓をし、出発する。
数日間、変わった事があまりない日が続いた。
変わった事がなかった分、手裏剣に力を割く日が続いた。
地道な稽古を繰り返しているので、水銀燈の手裏剣の腕は少しずつだが順調
に上達している。
カワセミは水銀燈の手裏剣について、何か思いついた事があるようだ。
ここの所の習慣でなっていた、歩きながらの投げ動作の素振りはあまりしな
くなってきていた。
むしろ、自分の腕や脚、背筋の角度を測ったり、水銀燈の腕の角度を測った
り・・・何故か、水銀燈を抱き上げて軽くゆすったり、斜めに抱き上げたり、
からだのあちこちに触れたりする。
銀「ねえ、どうかしたの?」
カ「ん・・・ちょっとね、考えていることがあるの。」
銀「考えている事って何なの?」
カ「いや、えーと・・・もうちょっと考えをまとめさせて。」
銀「??」
珍しく言いよどむカワセミ。
水銀燈は不思議に思ったが、その場で追求する事はしなかった。
何か理由があるのだろう、という事は分かったし、体に触れられる事自体は
別に嫌ではなかった。
カワセミは明らかに考え込んでいる顔のまま歩き続ける。
やがて昼過ぎになり、二人は休憩のために立ち止まる。
カワセミは手近な石に座る。
カワセミは少し迷っていたが、ためらいながら・・・カワセミにしては珍し
い事である・・・切り出した。
カ「ねえ、水銀燈。」
銀「なぁに?」
カ「ちょっと立ち入った事を聞きたいんだけど、いいかしら。その・・・あ
なたの体の・・・あなたの気にしている所に触れなきゃならないんだけど、
重要な事かもしれないから。」
銀「・・・いいわよ。」
カ「ありがと。・・・んー・・・どこから切り出したらいいかな・・・」
「ん、もうずばり重要な事から聞くわ。ねえ、水銀燈、あなた念力みたいな
ものが使えるんじゃない?」
銀「え?・・・念力ってなに?」
カ「念力っていうのは、念じる事で物を動かしたり押したり・・・つまり、
力を加える事よ。」
銀「え?・・・そんな事、できないと思うけど?」
カ「うん、あなたは意識してないのかもね。でもね・・・この間、大雨で崖
のはじっこで雨宿りした事があったでしょ?」
銀「ええ。」
カワセミはだんだん、ちょっと慌てたような、まくし立てるような話し方に
なってくる。
緊張してたり、何か気まずい点のある事を話すときの彼女の癖だ。
カ「あの時、私、あなたを何度も持ち上げて運んだり、持ち上げたり振り回
したりしたじゃない?その時、おや、って思ったの。」
「こんな事言って悪いけど・・・ほら、あの・・・水銀燈、あなたってお腹
の部分が無くて・・・上半身と下半身が繋がってないのよね?」
銀「・・・・・・ええ、そうよ。」
カ「だとしたらね、ちょっとおかしい点があるのよ。
もし、服で支えているだけだったら、強めの力がかかったらその重さの下半
身を支えきれないはずなの。
それだけじゃない。斜めの力やねじれの力が加わったら、体の上下がずれた
り、服が大きくよれたりするはず。でも、あなたはそうなっていない。」
「他にもあるわ。私、ずっとあなたを抱っこしてたでしょう?もし、服でし
か繋がっていないなら、揺れや重みでかかる力は上半身と下半身で違って、
ズレが感じられるはずなの。でも、そんな感じはしなかったわ。
だから、私、あなたは腰周りがへこんでいるだけで、背骨というか芯があっ
て、上半身と下半身が繋がっていると思ってたの。でも、違った。」
カ「他にもね、体が上下に二つに分かれていたらこうならないはずだ、って
思う事がいくつかあったの。」
「ねえ、水銀燈。あなた、自分で意識してるかどうかは知らないけど、何か
普通じゃない力で体を支えているんじゃない?」
銀「え・・・・・・」
水銀燈は驚いた。
そんな事は考えてもみなかった。
自分の体の事をそんな風に考えてみたり、今の状態について考えてみた事は
なかったのだ。
しかし、言われてみると確かに思い当たるふしがある。
辛い記憶だが、自分が動き始めた頃の事や、ドレスをはじめて纏った時、n
のフィールドでの事を思い返してみる。
そして今の自分の体について考えてみる。
かなりの時間、考えたあと、視線をあげてカワセミを見る。
ずっと黙って見つめていたカワセミと目が合う。
銀「ええとね・・・私、こういう事をそんな風に考えてみたことなかったの。
今、初めていろいろ考えて、いろいろ昔の事も思い出してみたんだけど・・
・」
「たぶん、カワセミの言うとおりだと思うわ。確かに、今の私の体には何か
の力が働いて、体を支えていると思う。」
カ「やっぱり!」
銀「でね・・・はっきり覚えていないんだけど、最初からそうだったわけじ
ゃないと思うの。最初は服だけで支えていたと思う。
でも、ちゃんとした人形でありたい、素敵なお人形でありたい、そういう想
いは強かった。私自身のためにも・・・お父様のためにも。
そう思い続けるうちに、想いの力がだんだん強くなってきて、今みたいに体
の上下が離れないようにすることが出来るようになったんだと思う。」
「ゆっくり、少しずつだったんで、今までちっとも気づかなかったけど・・
・確かに、今の私は、想いの力で体を支えていると思うわ。」
カ「そう、やっぱり・・・」
カワセミは少しほっとしたようだ。
カ「想いの力で・・・それはやっぱり念力の一種ね。」
銀「そうなのかな。でも、そんなに凄い力じゃないと思うわ。体を支えるの
が精一杯。」
カ「それでも凄い事よ。あなたって本当に不思議な存在なのね。」
カワセミはそっと水銀燈を抱きしめる。
カ「・・・でね。こんな話をしたのには訳があるの。その念力、少し応用が
きかないかしら?」
銀「応用?」
カ「うん。例えば、最近、手裏剣の練習をしてるけど、上半身だけを軸にし
て、腕だけの力で投げてるからどうしても力が弱いじゃない?
念力で体を支えるなり、手裏剣に力を加えたら、ずっと良くなるかもしれな
いじゃない。」
銀「ああ!なるほど。」
カ「それだけじゃない。ちょっと離れた所の物を取るとか、動かすとかも出
来るかもしれないよ。
それに・・・見た感じ、今の力では足りないと思うけど、その念力がもっと
強くなったら、ゆっくりなら立ったり歩いたりもできるかもしれないよ?」
銀「あ・・・!」
カ「別に歩いたり立ったりしなくても、私が全部面倒を見てあげるけど・・
・それはちっとも嫌じゃないよ?むしろ嬉しい事よ。・・・でも、あなた自
身、もっと色々出来るようになりたいんでしょ?」
銀「ええ。」
カ「だったら、その念力、少しずつでも応用できないか試してみない?私、
念力については良く知らないけど、手裏剣についてだったらどこにどういう
力をかければいいか分かるし、逆に動きを見ればどういう力が掛かっている
かも分かるから、それで念力の練習の手伝いもできると思うよ?」
銀「すごい・・・カワセミってホントにすごい・・・ありがとう、カワセ
ミ。」
カ「そ、私は凄いのよ(笑)」
カワセミは水銀燈をさらにぎゅっと抱きしめる。
水銀燈は感謝と感激をその腕にこめて、カワセミにしがみつく。
とは言っても、意識的に使っていたわけではない念力を応用できるようにな
るには相当な時間がかかるだろう。
二人ともそう考え、まずは水銀燈の念力についてできるだけ詳しく調べる。
その日の午後を丸々使い、さらにその日はそこに留まり、翌日も調べ続ける。
いろいろ試してみたところ、やはり、その力は水銀燈の想いによって、下半
身を上半身に引き寄せているもののようだった。
下半身自体を自由に動かす事は出来ていない。
どうやら、力は上半身だけにあり、下半身は上半身に引っ張られているだけ
のようだ。
力の範囲は狭く、上半身とその周辺だけらしい。
範囲が狭いのは残念だったが、応用については予想は良い方向に裏切られた。
下半身を支えている時はほぼ全力を使っていて他に何も出来なかったが、何
かにうまくもたれ掛かっていて、下半身に力を使わない時は、かなり応用が
きいたのだ。
上半身のごく近くに限られたし、力そのものがあまり強くなかったが、力を
かける向き・場所についてはかなり自由になったのだ。
カワセミの指導のもと、水銀燈はそれを手裏剣投げに使ってみた。
主に、投げるときの力の強化と、手裏剣が手を離れる瞬間の方向の微妙な修
正だ。
最初はうまくいかなかったが、慣れてくると効果は劇的だった。
刺さる力も正確さも格段に向上したのだ。
二人とも興奮していた。
念力を調べる事はほとんど忘れ、手裏剣に熱中する。
その日の午後になると、水銀燈の手裏剣投げは一昨日と同じ距離で2寸の範
囲に命中した。
命中率が少し落ちても良ければ、かつての二倍近い距離でも木の幹に刺さる
威力があった。
これは体格との比・・・つまり投げ手にとって約二十歩の距離という点では、
ほとんどカワセミと変わらない数値だった。
カワセミの二十歩は水銀燈よりもだいぶ長いので、実用の点では当然差が出
るのだが、手裏剣の技能自体で言えばほとんど変わらない、という事だ。
カ「凄いじゃない!私、里でも有数の手裏剣の使い手なのよ。その私とほと
んど差がないなんて。やっぱりあなたは素質があったわね。」
銀「自分でもびっくりよ。・・・カワセミのおかげよ、ありがとう。」
カ「何言ってるの、あなたが頑張ったからよ。・・・さて。」
カワセミは水銀燈用の手裏剣を細長い袋に入れて、水銀燈に持たせる。
カ「最終試験よ。これを常に身につけておいて、これで鳥を仕留めてごらん
なさい。」
銀「鳥を?」
カ「そう。もちろん、この手裏剣に見合った小さい鳥でいいわよ。歩いてい
る時でもいい。休憩している時でもいい。実際に動き回っている鳥を仕留め
てみなさい。それが出来たら、もう手裏剣使いとして一人前よ。」
銀「・・・ええ、やってみるわ。」
その日はもう遅かったので、再びその場で泊まる事にする。
夕食はいつもと同じようなものだったが、ちょっとしたお祝いとして、たっ
ぷり蜂蜜を使った干果の蜂蜜漬けを奮発する。
旅は続いていく。
カワセミに課せられた最終試験を意識し、最初は常に緊張していた水銀燈だ
ったが、しばらく経っても鳥を仕留める機会には恵まれなかった。
カ「そんなに緊張してちゃダメよ。それじゃ鳥に気配悟られるわよ。」
銀「でも、気をつけていないと鳥に気づけないわ。」
カ「そこが最終試験たる所以よ。」
銀「え?」
カ「自然体。ちゃんと状況を見ながら、できるだけ自然体で居る事。
簡単じゃないけど、そんな緊張して、殺気ばらまいてたら相手に悟られちゃ
うって。
ほら、ガチガチになってないで、普通におしゃべりしながら行きましょ。」
銀「・・・そうね。」
完全には緊張を解けなかったものの、少しずついつもの調子に戻って話がは
ずむ。
森の谷間を抜け、急な坂をしばらく登ると峠へ出る。
カ「あ。」
銀「小屋ね。」
浅めの谷間を挟んだ先にある、別の峠に小屋がある。
今回の小屋は斜面に沿って細長く、小屋自体が階段状になっている。
その側にはやはり小さな畑がある。
いつも通り、気づかれない程度に近づいて様子を伺う。
遠目には分からなかったが、小屋にはあちこちに木を彫って作った装飾が付
けられている。
カ「木工職人かな・・・」
小屋には窓があり、中で男が一人動き回っているのが見える。
ごつい体格の男だが、どこか神経質そうだ。
人相は悪くない。
カ「よし、話してみよう。」
カワセミは前回と同じ服装に着替える。
カ「じゃ、行って来るね。」
銀「ええ、気をつけてね。」
カワセミは小屋に近づいていく。
扉が開いて男が出てきて、何か言葉をかける。
そのまま、小屋には入らずに二人は話を続ける。
男は峠の右側の方を指差し、なにやら説明しているようだ。
指先で示す方向が少しずつ変わり、カワセミは頷く。
カワセミが荷物から何か取り出して男に渡す。
男は受け取って軽く頷くと、小屋の奥から何かを取り出してカワセミに渡す。
カワセミは軽く頭を下げて受け取り、最後に大きくお辞儀をする。
男は軽く頷くと小屋の中へ戻っていく。
カワセミはそのままゆっくりと水銀燈の隠れている場所まで戻ってくる。
カ「ただいま。」
銀「おかえり。どうだった?」
カ「多少、このへんの地理を教えて貰って、物々交換で食料を手に入れたわ。
それだけ。・・・他にもいろいろ聞こうとしたんだけど、あの人、もう十五
年ぐらいこのあたりから出てないんだって。だから他の人間の動向どころか、
このあたりの事以外何も知らないってさ。」
カワセミは軽く肩をすくめると、元の服装に着替え始める。
銀「そう・・・じゃあ、お父様の事も、受け入れてくれる場所の事も分から
なかったのね。・・・ところで、十五年って何?」
カ「はぁ?・・・あなた・・・ああ、そうよね。年、っていうのは時間の長
さの単位。季節が一巡りする時間のことよ。
年(ねん)だけじゃなくて、年(とし)ともいうわ。暦っていうのがあって、
春から年が始まって、もう一回春が来ると一年が経って新しい年になるのよ。
十五年っていうのはそれが十五回よ。」
銀「ふうん。じゃあ、結構長い間なのね?」
カワセミは支度を整え、水銀燈を抱き上げる。
カ「そうね、かなり長いわね。人生五十年、って言うから、十五年っていう
とその三分の一近いものね。」
銀「え?人生五十年って・・・五十年経つとどうなっちゃうの?」
カ「・・・人間はそのぐらいで年老いて死ぬのよ。まあ、ぴったり五十年じ
ゃなくて、平均するとそのぐらいって事だけどね。」
銀「・・・・・・」
銀「カワセミも五十年経ったら死んじゃうの?」
カ「まあ・・・ね。でも、そんなのまだずっと先の事よ。気にする事はない
わ。」
銀「ええ・・・」
水銀燈はいつもより少し力をこめてカワセミに抱きつく。カワセミもそれに
応えて少し腕に力をこめる。
しばらく、しんみりとした気分で歩き続ける。
夕方が来て、寝場所も決めて、夕食時。
何となく沈んでしまった雰囲気を吹き飛ばすように、カワセミは元気に食事
の支度をする。
カ「今日はさっき手に入れた食料があるわよ。あの人、色々自分で作ってた
から・・・はい、まずこれ。」
カワセミは薄緑色の何かを一つまみ、木皿に載せて差し出す。
今までの食事にはなかったものだ。
銀「ありがとう。ん・・・」
鼻を近づけ、くんくんと匂いを嗅いでみる。
銀「あら?これ・・・」
銀(なんだっけ・・・これ・・・お父様が・・・そうだ)
銀「・・・これ、ザワークラウト?」
カ「は?・・・ざわ、くら?何それ?」
(作者註 ザワークラウト:ドイツ風のキャベツの漬物。肉の付け合わせとし
て好まれる)
銀「ザワークラウト。あの・・・微かにしか覚えていないんだけど・・・お
父様が時々、肉と一緒に何かに挟んで食べてたの。
私はまだただのお人形だったから食べた事ないけど、この匂い、似てる・・・」
カ「へええ。そうなんだ。でも、これはこのへんで取れる菜物の漬物で、そ
んな名前じゃないと思うよ?」
銀「そう・・・なんだ・・・」
小さめの一切れを口に入れてみる。
銀「ん・・・似てるけど、確かにちょっと違うみたい。噛んだ時の音も違うし。
でも、これ、美味しいね。酸っぱくて、しょっぱくて、少しだけ甘くて、複
雑で深い味わいがあって。」
もう一切れ口に入れてゆっくり味わう。
カ「どれどれ・・・うん、確かに良く漬かってて、いい味になってるね。・
・・しかし、あなた、意外な物が好きねえ。」
「あ!この漬物に似てる食べ物をあなたのお父様が食べてたって事は、あな
たのお父様はこの辺りの人なのかも知れないわね!」
銀「!・・・そうね!」
急に元気になる二人。
カ「あとは、豆から作る物がいくつか。今度は味噌ね。今までも半分干した
味噌を少し汁物に入れてきたけど、今日のはすごく新鮮だし、量もたっぷり
よ。」
いつもより濃い茶色の汁物が出来上がる。
濃厚な芳香が立ち上っている。
銀「ん・・・まあまあ美味しいね。いつもは薄くてよく分からなかったけど、
これも複雑な味なのね。」
カ「あはは、これはそんなに口に合わなかった?でも、そう、複雑な味なよ
ね。」
銀「口に合わないって事はないけど(苦笑)・・・ねえ、これは豆なのよね?
で、さっきのは草なのよね?どうしてこんな複雑な味になるの?
カ「草って言わないで(苦笑)まあ、似たような物だけど、菜よ、菜物。菜
っ葉、とも言うけれど。
そうね、どうしてこんな複雑な味になるんだろうね。どっちも、材料に塩と
いくつかの物を混ぜて、寒くなくて程々に空気の通る所にしばらく置いてお
くと美味しくなるのよ。」
銀「へえ・・・不思議ね。」
カ「言われてみると、本当に不思議よね。きっと、食べ物を美味しくしてく
れる神様が宿るのよ。」
銀「ふうん・・・神様・・・」
何となく違うような気がしたが、水銀燈もこの時点では正しい答を知らなか
った。
漬物をつまみ、いり豆をぽりぽりと噛み、味噌汁を飲んで夜は更けていく。
まだ読んでないんだけど、ヤンジャンで水銀燈周りがとんでもない方向へ行き
ませんように・・・(祈
翌日は薄曇りの一日だった。
涼しくて歩きやすかったし、時折日はさして来たので陰気ではなかったもの
の、何となく視界全体が薄暗いような気分になる。特に午後になるとそんな
雰囲気が強くなった。
こんな時には何となく、内省的になったり、考え事をしてしまいがちである。
別に何か気まずい事があるわけではないが、二人はあまり喋らずに歩いてい
た。
小さな転機が唐突に訪れる。
カワセミの胸に抱かれて、ぼーっと考え事をしながら運ばれていた水銀燈の
視界の端に、微かに動く小さな茶色いものが見えた。
急に世界がゆっくりと動くように見えはじめる。
この茶色いものは小鳥だ。
それが意識にのぼるのと同時か、それともそれよりも先か。
水銀燈の手は袋から手裏剣を取り出し、手と腕は投擲のための構えを取って
いた。
妙にゆっくりに見える視界の中で、茂みから茶色い小鳥が軽く跳ねるように
して歩み出てくると、地面を蹴って飛び立つ。
それと同時に水銀燈の手から手裏剣が放たれていた。
ゆっくりと飛び立つ小鳥。ゆっくりと黒銀色の光りを放ちながら飛んでいく
手裏剣。
狙いはあやまたず、手裏剣は空中で飛び立ったばかりの小鳥に吸い込まれる
ように命中する。
命中の衝撃で小鳥は、とん、と弾かれるように後ろへ揺れ動くと、緩やかな
弧を描いて地面に落ちていった。
ゆっくり動いて見えていた世界が元に戻る。
数瞬、水銀燈もカワセミも固まったように動かない。
カ・銀「・・・・・・」
ようやく、頭が事態に追いつく。
カ・銀「・・・・・・やったあ!」
カワセミは歓声をあげてその場で小さく飛び上がる。水銀燈は笑顔でカワセ
ミにしがみつく。
カ「やった!やったじゃない、水銀燈!凄いよ、こんなに早く!」
駆け寄ると、小鳥を拾い上げる。
手裏剣は見事、小鳥の胴の中心あたりに刺さっていた。
カ「お見事!ど真ん中よ!」
銀「やったぁ!」
ひとしきり、二人で大騒ぎする。
カ「やったね、水銀燈!これで、もう手裏剣術の免許皆伝よ。・・・カワセ
ミ流手裏剣術のだけどね(笑)」
銀「カワセミ流に認められるのがが一番嬉しいわ。」
カ「うふふ。・・・さあ、今夜はあなたの仕留めたこの鳥っで御馳走作って
お祝いね。」
銀「この鳥、食べられるの?・・・食べられるとしても、小さいからあんま
り食べる所なさそうだけど。」
カ「この鳥、スズメだけど、これは名物として食べさせる所もあるのよ。量
はちょっと少ないけど、煮込み料理なら大丈夫。これ、スズメとしては大き
いしね。」
「よーし、ちょっと早めだけど、もう夕食の支度しましょ。」
早速カマドを組んで、薪を集める。
その鳥の手羽の部分だけ小さな串焼きにし、残りは軽くあぶってから味噌と
香辛料と木の実、そしてありったけの具材を入れて鳥なべにする。
正直、肉の量は少なかったのだが、お祝い気分とカワセミの野外料理の腕前
のお陰で夕食は美味かった。
手裏剣の話に華を咲かせながらたらふく食べ、二人は幸せな気分で眠りにつ
く。
翌朝。
煮込み料理の翌日の朝食はいつも雑炊だ。
たっぷり入れた味噌と、種々の具材から出たダシで非常に美味いし、体が温ま
る。
二人は元気に歩き出す。
昨夜の手裏剣談義の続きが始まる。
銀「でも、やっぱり小さい手裏剣じゃ大きな動物は倒せないよね?」
カ「普通に使うとそうよ。そもそも、私の使っている大きさの手裏剣でも、
それだけで大きな動物や人を確実に倒すのは難しいのよ。」
銀「え?それじゃ、困らない?」
カ「それには答が二つあってね。・・・まず、どうしても大きな相手を倒し
たい時は手裏剣に毒を塗って使うのよ。」
銀「毒!?・・・なるほど、そうなのね。」
カ「そして、もう一つ。手裏剣は必ずしも、相手を倒す道具ではないの。逃
げるための隙を作るためや足止めに使ったり、目くらましや威嚇と組み合わ
せて使うのよ。」
銀「なるほど・・・でも、目くらましと組み合わせて使う、ってどういう事
?」
カ「ふふ。じゃあ、一つ見せてあげるね。」
カワセミは水銀燈を降ろし、木の根元に座らせる。
ゆっくり五、六歩離れると・・・カワセミはいきなり落ち葉を一かたまり水
銀燈に向かって蹴り上げる。
落ち葉は広がりながら飛んできて、水銀燈の視界をまばらにながら半ばふさ
ぐ。
と、そこへいきなり手裏剣が飛んできて、水銀燈の頭上五寸程の所を飛びす
ぎ、背後の木にカッと音を立てて刺さる。
銀「!!」
銀「・・・あれ?」
驚きから覚めてみると、カワセミがどこにもいない。
銀「え?・・・え?・・・カワセミ、どこに行ったの?」
念入りに周囲を見回し、カワセミの姿を探すが、どこにも影も形もない。
いきなり水銀燈の背後の木の裏から声がする。
カ「ばあ。」
銀「きゃっ!?」
真後ろの木の陰からカワセミが顔を出している。
カ「ね?こういう使い方もできるわけ。」
銀「び、びっくりしたぁ。」
カ「ふふ。体験してみると分かるでしょ?落ち葉とか砂、乾いた土なんかを
舞い上げて驚かせ、視界を塞ぐ。よく見えない所へ飛んでくる手裏剣でさら
に驚かせて、注意をそらす。その隙に隠れたり、回り込んだりするわけ。」
「別に妖術で瞬間移動したわけじゃないけど、回り込まれたの、全然分から
なかったでしょ?」
銀「ええ。・・・すごい、すごいわ・・・」
カ「こうやって、色々に使いまわせるわけよ。」
銀「すごい、すごいね。・・・あ、でも、私は今みたいに落ち葉を蹴り上げ
たりできないわ。」
カ「今は出来ないかもね。でも、あなたの念力があるじゃない。もう少し、
念力が使いこなせるようになったらどう?」
銀「あ。」
カ「土くれは厳しいかもしれないけど、落ち葉なら何とかなるんじゃない?
なんだったらもっと軽い、鳥の羽を使ってもいいのよ。あればだけど。」
銀「なるほどー、そうね。鳥の羽を飛ばすなら出来るかも。」
カワセミは水銀燈の体から落ち葉と埃を払い落とし、再び抱き上げる。
カ「でしょ?要は工夫なのよ。・・・確かな手裏剣の腕があってはじめて出
来る事だけれど、それはもうあなたは身につけているんだし。」
木から手裏剣を抜いてしまい込むと、再び歩き始める。
銀「本当ね。こんな風に使えるなんて、びっくりしちゃった。・・・ねえ、
いっそ、たくさん手裏剣を投げて今みたいにできないかしら?」
カ「うーん・・・それはちょっと無理じゃないかな。まず、そんなにたくさ
ん手裏剣を飛ばすのは無理。たとえあなたの念力でも、さすがに重くて無理
じゃない?」
銀「うーん、そうね。」
カ「羽根みたいに軽いものを飛ばすならたくさん飛ばせるだろうけど・・・
欲張ってたくさん飛ばすと当たらないよ?」
銀「そうなの?カワセミでも?」
カ「無理。まあ、3本ぐらいまでは同時に投げられるけど、それを全部ちゃ
んと当てるのは無理ね。」
銀「そうかー、残念。」
カ「・・・でも、考え自体はいいと思うよ?全部をちゃんと当てる事は出来
ないけど、威嚇のためなら、たくさんの軽い手裏剣を飛ばすのは凄く効果的
だし。
たくさん飛ばす時は威嚇、狙うときは一本、って使い分けは必要だけど。」
「いずれ、あなたの念力が強くなったら色々試してみたら?凄い事が出来る
ようになるかもよ?」
銀「そうね!」
二人は意気揚々と歩き続ける。
>>209 投下乙です
めぐは既にとんでもない方向に行っちゃってる(水銀燈的には単に失探してるだけかもしれない)ので
もうこれ以上グチャグチャにはなんないでしょう
>>215 あ、ども。
そうですね、ぐちゃぐちゃ、って意味ではもうこれ以上にはならない気がしま
すw
ただ・・・自分が一番恐嫌なのは、めぐまでも失って、水銀燈が失意と絶望の
うちに死ぬ(滅びる)事へのフラグが立つことです。
自分的には水銀燈にハッピーエンドは来ないと思っているのですが、それでも
せめて意義ある最後、満足しての最後を迎えて欲しいので。
・・・これで意外にもちゃんと納得の行くハッピーエンドが用意されていたら、
それもいいですけどね。
二人の旅がはじまってからそこそこの日数が経ち、初夏だった季節は夏の盛
りに入ろうとしていた。
陽射しは熱く眩く、山全体が生き生きとしており、まさに輝かしい夏、とい
う言葉がぴったりだった。
二人は素晴らしい季節に酔いしれて歩き続けた。
歩き続けるだけでなく、食料加工にまとまった時間を使う事もあった。
・・・場合によっては丸一日を費やす事さえあった。
たくさんの木の実や果実を見つけた時はいったんその近辺にとどまって干果
を作った。
山芋の群生地を見つけた時は一日中芋ほりをし、焚き火で焼いてたらふく食
べた。大量にあったので食べ切れなかった分の方がはるかに多く、それは干
して干芋にしたり、穀物の粉と混ぜて芋餠を作ったりした。
ある日には、カワセミが大きな兎を二羽続けて仕留めた。
大きかったので手裏剣を合計で五本、さらにクナイまで投げて仕留めたのだ。
その日は雨だったのだが、二人は運よく小さいが雨宿りには十分な洞窟を見
つけたので、そこで雨を避けつつ、焚き火を使って肉を燻製にした。
おかげで旅はますますはかどらなくなったが、二人の食べ物はますます充実
し、しばらくは飢える事などありそうもなかった。
それどころか持ちきれなくなり、先の洞窟の奥に隠し場所を作り、一部を貯
蔵してきた程だ。
ある日は夜も歩き続けた。
いったん、野営の準備をしはじめたのだが、それほど遠くないところから微
かな人の声と物音が聞こえてきた上、炊ぎの煙らしきものが見えたのだ。
どうやら、何らかの理由で山に入ってきた人間の集団が野営している場所が
たまたま近くにあるようだった。
どちらが先に来たのかは分からなかったが。
カワセミは用心のため、その場所を離れる事に決め、二人はすっかり暮れた
夜の山を歩き始めた。
これは色々な意味でかなり危険な事だったし、怖くもあった。
幸い、月は満月で辺りはうっすらと明るかった。
人を避けるためなので、奥地側に入っていく。
さすがに入り組んだ谷間などは避け、ある程度見通しの良い所を選んでゆっ
くり進む。道は概ねゆるやかな登りだ。
しばらく進むと、濃い森があり、どうやらその森の先には開けた場所がある
ようだ。
夜間、こういった濃い森を進むのはきわめて危険なのだが、逆に言えばこの
森を越えてしまえば先程の人間達とぶつかる心配はなくなり、安心して休め
る。
二人はそこを突っ切る事にした。
比較的安全で通りやすい・・・あくまで比較的、に過ぎなかったが・・・場
所を見極め、なるだけ短い距離でひらけた場所に出られるように計算しなが
ら森の中を通り抜ける。
森の獣と出くわさないよう、小さな鈴を取り出して腰に付け、音が出るよう
にする。夜の森でこの用心がどれだけ役立つか分からなかったが、無いより
は良いだろう。
幸い、危険な獣と出くわす事はなかった。
夜目が効かなくなることを避けるため、明かりは付けない。
足元に注意しながらゆっくり進むうちに、森の終わりが見えてきた。
開けた場所に出るようだ。
>乳酸菌の人
投下乙です
SS投下してたサイトに繋がらない……
もし復旧しなかったらこっちに転載したいな
ショボ━━(´・ω・`) (´・ω:;.:... (´:;...::;.:. ::;... .....━━ン…
スレ違ではあるが・・・
うちは関東だが、それでも今日の揺れはすごかった。
(当地では震度5)
何度も揺れたせいで、何かまだ体が揺れてる気がするし、実際に余震も来てる。
震度6以上だった所や津波にやられた所は大変だよな。
被災お見舞い申し上げます。
災害対策に詳しい訳じゃないので今の所何もしてないが、被災地の事を気に
はかけてるよ。
もし、マジで困ってて、個人でも手助け出来そうな事があったらいってくれ。
俺に出来る事ならする。
ここの連載(?)についてだけど、こんだけ身近にこういう事があったんだか
ら、自粛するとか何か特別にすべきかな・・・と考えはしたんだが・・・
そんな事しても誰も喜ばないし・・・うまく言えないんだが、人はそれぞれ、
その場所ですべき事をやり続ける事がどういう時でも意味があると思うので、
俺はこのスレで出来る事を普段通り続けます。
間違ってると思ったら言ってください。
スレ違い&分かりにくい世迷い言失礼。
>>219 あ、ども。
停電が結構起きてるみたいなので、サーバが落ちてるのかもね。
非常用電源は大抵の所はそんなに長時間用意してないみたいだから。
俺の意見にすぎず、スレ全体の総意とは違うかもしれないけど、ここへの投下
は歓迎です。
よそのサイトとの重複禁止、なんて規則はないんだし、そういう事情なら文句
なんかないし。
作品投下は常に歓迎のスレのはずだし。
ただ、その場合・・・個人的にはそこのサイトが復旧したら、そこでも完結
させるか、ここへのリンクは貼るかして欲しいな、とは思ったり・・・
夜目が効かなくなることを避けるため、明かりは付けない。
足元に注意しながらゆっくり進むうちに、森の終わりが見えてきた。
開けた場所に出るようだ。
ようやく森を抜け、森の端から続く小さな丘を登る。
視界がひらける。
カ・銀「あ・・・」
目の前には緩やかに傾斜した、ささやかな広場があった。
うっすらと明るく見えるその広場には、一面に白いユリの花が咲いていた。
その淑やかな白い花たちが月光を浴び、静かに輝いている。
「きれい・・・」
「きれいね・・・」
それは自然の気まぐれが作り出した、実に美しい場所だった。
滅多に人が通る事さえない、深い森の中にひっそりと佇む、百合の広場。
闇の色に近い濃緑の森と、夜の色の濃紺の空。
その間に月光の雫をこぼしたように、ほの白く浮かぶ花たち。
静かに、夜がしんしんと更けていく。
二人は声もなく見とれていた。
カワセミは百合の原の端にそっと近づき、百合たちの間に水銀燈をそっと降
ろして座らせる。
自分もその傍らに、百合を傷つけないように気をつけながら座り込む。
水銀燈の銀色の髪を手櫛で梳き、服も整えてやる。
カ「本当に綺麗な所ね。あなたもとても綺麗よ、水銀燈。」
それは見事な風景だった。
銀色の月光に照らされた白い花たちの間にたたずむ、銀色の髪に白い肌、優
雅な黒と白の盛装の美しい人形。
桃色がかった赤い瞳が穏やかな光を浮かべて花たちを見つめている。
絵心のある者であれば、誰でも写し取りたくなるような眺めであった。
二人はいつまでもいつまでもこの美しい景色を見つめていた。
>>221 どもども
今書いてある分で論理行で2660くらい(空行含む)
2chの折り返し制限とか無考慮だから、くだらない話なのに完結して整形したら150レスくらいになるかも
取り敢えず、一月は様子見ます
もう一つは長いだけで、多分20000行くらいの連載だから
こっちは諦めて「にじファン」辺りに投下することにしようかな……
>>223 一ヶ月待てば万全ですな。
150レスは別に問題ないでしょう。
今、俺が連載している「乳酸菌取ってる?」もそのぐらいは行きそうですし。
20000行の方は・・・大雑把に計算すると1000レスを超えるくらいですね。
1スレを丸々・・・
かつて、一個だけそれにほぼ匹敵するのもありましたけど、それはちょっと
迷う所ですよね。
これは他のスレ見てる人の意見も聞いてみないと。
しかし、よくそれだけ書き溜めてますね。
俺の今の連載はあっても2日分ぐらいのストック。
日によっては全く書き溜め分のない、綱渡り連載なんで感心します。
結局、夜明け近くになってほんの少しまどろんだだけで朝を迎えてしまった。
名残惜しいが、二人はその場を後にする。
カ「本当に綺麗な所だったね・・・それにあなたも本当に綺麗だった。」
カワセミは軽くため息をつく。
銀「ありがとう。あなたも綺麗よ、カワセミ。」
水銀燈は心からそう言ったのだが、カワセミは軽く微笑んだだけだった。
カワセミとて美しいと言っても過言ではない。
整った顔立ちをしていたし、均整の取れた体をしていたのだが・・・その日
に焼けた肌、つりあがった少しきつい目、何箇所か走る小さな傷跡、鍛えて
引き締まった身体・・・彼女が放つのは若い猫科の猛獣のような美しさだっ
た。
美しい事は間違いないが、花や水銀燈の美しさとは異質だった。
・・・もっとも、異質でなかったとしても、残念ながら美しさでは水銀燈に
は及ばない。それは明らかだった。
そもそも、化粧すらできない環境にいる生身の人間と、名工の手で至高の美
を目指して作られた水銀燈を比べるのは無理があったのだが・・・
それでも水銀燈はカワセミの容姿が好きだったし、美しいと思っていた。
旅を続けていると、時には辛い事もあった。
大雨に一日中降られて、雨宿りをする場所もなくてずっと寒さに震えていた
日もあった。
蜂の巣を見つけて蜂蜜を取ろうとして失敗し、蜂の大群に追いかけられて逃
げ回り、崖から滑り落ちた事もあった。
毒のある虫に刺されて腫れ上がったり、漆や毒草にかぶれた事もあった。か
ぶれたのはカワセミだけだが、かゆいのは水銀燈も同じだった。・・・よく
考えて見ると不思議だ。
それでも二人はそれほど落ち込みはしなかったし、いったん辛い事が去って
しまえばすぐに笑顔になれた。
二人でいれば何でも乗り越えられた。
水銀燈はカワセミと一緒にいれば何でも楽しかったし、何も怖くなかった。
カワセミの方も同じように思っていた。
まだ人と一緒にいるようになって日の浅い、今の水銀燈にとってはそれは少
し不思議な事だった。
銀「どうして?私は何も出来なくて、カワセミに助けてもらったり、元気付
けてもらってるばかりなのに。」
カワセミは温かく笑いながら、あなたのお父様は本当に素晴らしい人形師よ、
と言っただけだった。
>>226 乙です。相変わらず描写がうまいなぁ。
自分も書いてみたいが文才がほしい……少し分けてくれ
>>223 ここは書き手が少なくなったし、せっかく書いたのなら機を見て投下してみては?
自分としてはこっちで見たいし
これは俺のわがままなんだけど
>>224で言っていた作品はたしか半年くらい続いたと思う。
その長さの作品はなるべく短い期間で完結してほしい。飛び飛びになると内容
が分からなくなるかもだし、勢いもなくなってくるし。
短いほうはまったく問題ないかと
228 :
223:2011/03/13(日) 08:48:05.28 ID:1Nc60wSw
>>226 投下乙です
んーと、両方ともArcadiaってサイトで連載中だったんで、復活したらそちらに投下継続予定です
ただ、個人サーバらしいので復旧するか微妙ではあります
>>227 どもです
短いほうもかなり進んでしまってるもので、ある程度のけりを付けてからでないとこっちには投下しにくいです
まずは書き溜めつつ復旧待ちです
長い方はどうするか、うーん、どうしますかねぇ
長いって言っても例の凄いのとは比べ物になりませんし
良く考えたらにじファンみたいな一行が短いところだと見難い体裁なので、そっちへの投下も微妙かなと思えてきました
>なるべく短い期間で完結してほしい
これは耳が痛い……投稿開始してもう9ヶ月ばかりになります
229 :
223:2011/03/13(日) 08:53:55.40 ID:1Nc60wSw
なお、投下スレかつ自分では投下してないなので以後この件の書き込みは控えます。
お目汚し済みませんでした<(_ _)>
何かご指摘あったら書いていただければ目は通してますし、投下乙ついでにレスは付けます。
以後名無しに戻ります。
>>227 どもです。
嬉しいコメントをありがとうございます。
分けるぐらい文才があったらいいんですけど・・・
でも・・・
>>227の書き込みだけからの判断ですが、書きたいと思ってて、
ストーリーさえ浮かべば書けるんでは?
極端に言えば、ちゃんと通じる日本語が書けさえすればいいんだから。
書き込みから見るとそれは余裕でクリアしてるし、文の繋ぎ方なんか結構
良さそうに見えます。
そもそも、SSでは俺みたいにセリフ以外の地の文が長く、描写が細かいのは
むしろ異端w
>>228 ども。
あ、少し勘違いしてました。
2600行とか2万行っていうのは書き終わった分と未投下分を合わせた作品全体
の量ではなく、投下し終わった分の話だったんですね。
・・・という事はさらに増えると。凄い量ですね(汗
個人サーバでこのタイミングで落ちてるんですか。
無事だといいですね、いろんな意味で。
ちなみに、そっちが復旧するとしても、短いほうはいずれここへも投下しても
いいんじゃないですか?
その方が、あなたもこのスレの読者さんも多分楽しいですぅ。
二人の旅路は、基本的には、ある山系の周りを奥地に入りすぎず、人里に下
りすぎず、ぐるりと回っていく行路だった。
かなり大きな山系なので、まだ三分の一周ぐらいだったが。
二人はその道行きの中で、たくさんの美しい景色を見、清清しい空気を吸い、
美味しい野外料理を作り、食べ、お喋りをし・・・等等、色々な楽しい経験
をした。
カワセミを選んだ行路には彼女の読み通り、少数ながら一人、あるいは一家
族でひっそり住んでいる人がある程度居た。
平均すると二、三日に一回ぐらいそういった人を見かけただろうか。
焼き物の職人、木工や漆器の職人、独り修行している僧、山篭りしている剣
術家や武道家、薬草の研究をしている薬師、猟師、あるいは単に人付き合い
が嫌いで人里はなれて住んでいる人などなど。
カワセミはその三分の一ぐらいと接触して話をした。
その度、地形の情報を教えてもらったり、食料や生活物資を手に入れたりす
る事ができ、特に揉め事もなかった。
しかし、二人の求める情報・・・水銀燈のお父様についての情報とよそ者で
も受け入れてくれる場所・・・は残念ながら手がかりも掴めなかった。
それでも二人は焦りはせず、楽しく旅を続けていた。
ある時までは。
それはごく当然の事だった。
ある夜、寝ているととても寒かった。
山の中なので、当然ながら夏でも夜はかなり冷え込む。
多少の防寒装備は持っていたし、カワセミは鍛えていたのでそのぐらいは問
題なかった。
水銀燈は暖かい方が好きだが、水分が短時間で凍ったり、内部の機械が故障
するような低温でない限り活動自体は問題ない。
朝起きても寒く、天幕の下でくるまった掛け布から出るのが嫌だったので、
しばらく二人で寝床でごろごろしていた。
それもまた悪くなかった。
翌日はまた暑い日だったのでそんな事はすぐに忘れてしまった。
しかし、数日後、またもや厳しい冷え込みで夜中に目が覚める。
その後、また暑い日は来たものの、寒い日の割合が増えてきた。
その寒さは今までの夜の冷え込みとは異質な何かをはらんでいた。
輝かしい夏は終わりつつあり、秋が来るのだ。
平地で、夜は家の中で寝るのならまだ問題になる寒さではない。
人によっては涼しくて良く寝られるぐらいかもしれない。
しかし、山の中で、自分で背負えるだけの防寒装備・寝具しか持たない者に
とっては事情は大きく違っていた。
カワセミは朝方、咳をする事が増えてきていた。
昼間はまだまだ暑い位で、日が高いうちは何の問題もなかった。
しかし、夜の冷え込みはごくわずかながら、カワセミの体力を奪い始めてい
た。
それを露骨に見せるほどカワセミはヤワではなかった。
しかし、ずっとカワセミを見てきた水銀燈には、カワセミが僅かながら疲労
を溜めている事、そして時折、僅かながら焦りを感じている事が分かってし
まった。
水銀燈はそれを指摘することはしなかったが、内心不安になっていた。
投下乙です。
カワセミどうか無事で(つД`)
>>230 サーバが復帰したようなので、2本ともそちらに続けて投下することに致しました。
お騒がせしたことをお詫びします。
計画停電って奴の対象エリアになっちゃいました。
まあ、本格的に被災したエリアの人の事を思えばこの位で文句言うべきじゃな
いけど・・・
ひょっとしたら、二日に一回以上のペース、守れないかもです。
まさか、こんな事が起きて影響受けるとは思わなんだ・・・
>>233 回復しましたか。
震災でオーナーが・・・という事じゃなくて良かったです。
気が向いたらここにも投下してくださいね。
それでも、まだまだ楽しい事はたくさんあった。
山々は微かに紅葉しはじめ、美しく色づき始めていた。
植物たちは夏とは違った姿を見せ、それによって変わる景色が目を楽しませ
てくれた。
果樹は競うように実を付けはじめ、二人は果物と木の実に埋まりそうだった。
鳥や獣たちたちも羽色や毛並みが変わって目を楽しませてくれたし、手裏剣
での狩の獲物になる鳥や小動物は肉付きがよく、脂が乗っていた。
実りの秋だ。
他にも夏には見られなかった興味深いもの、綺麗なもの、美しいものがいく
つも現れ、二人を楽しませてくれた。
カ「この辺りの秋もなかなか素敵ね。」
銀「本当ね。とっても綺麗ね。」
カ「それに、食べ物美味しいよね。ね、水銀燈は秋の味覚は何が好き?」
銀「え?何が秋の味覚か良く分からないけど、最近の食べ物はどれも美味し
いわ。」
カ「そか。まあ、この辺の秋を経験するのは初めてなんだものね。
私は・・・キノコのたまり醤油焼きが食べたいなあ。あと、秋刀魚もいいね。」
銀「ふうん・・・茸は探せばたくさんあるよね?あと、秋刀魚って魚だよね。
カワセミ、干した魚持ってなかった?」
カ「ああ、秋刀魚はね、干物じゃなくて取れたての脂ののったのが秋の味覚
なのよ。干物も美味しいけどね。
茸はたくさんあるけど、たまり醤油がないのよ。どこかで手に入るといいん
だけど・・・」
銀「そうなんだ。こんなにたくさん食べ物があっても、まだまだ作れないも
のがあるのね。」
カ「そうよ。食べ物や料理法って凄くたくさんあるのよ。・・・これ、里の
お婆様の受け売りだけど・・・食べる事ってとても大切な事だから、みんな
が笑顔になれるように、たくさんの美味しいものが生み出されてきたから。
まあ、今は山の中だから贅沢は言えないけどね。」
二人は紅葉しはじめた森の中を進んでいく。
夏の濃い緑の森もよかったが、赤や黄の色彩溢れる森もまた美しかった。
そうして秋が駆け足でやってくる間にも何人かの人と出会った。
相変わらず地形情報と食料は手に入るのだが、二人が本当に欲しがっている
情報はさっぱりだった。
また、たまり醤油も手に入らなかった。・・・こちらはどうしても必要、と
いうわけではないのだが、カワセミは水銀燈にたまり醤油焼き茸を食べさせ
てやりたかったのだ。
もう一つ・・・防寒具が必要だった。
しかし、これもなかなか手に入らなかった。
どうやらこの辺りは綿花や麻の生産が少なく、布が不足気味らしい。
気長に探すしかないようだ。・・・しかし、その余裕があるのだろうか。
紅葉はより美しく色づき、秋の恵みはさらに豊かになる。
だが、陽射しは日に日に弱くなっていった。
夏には強い日差しを疎ましく思ったものだが・・・いざ陽射しが弱まってく
ると、それにつれて心の中の何かも弱まっていくようだった。
そして当然、陽射しが弱まれば寒くなる。
しばらく雨の日が続いた。
幸い、雨を避けられる場所は見つかった。
以前なら雨宿りの時も何かとおしゃべりをし、きっかけがあればきゃあきゃ
あ騒いだのだが・・・二人とも押し黙っている事が少なくなかった。
長雨があけると、さらに一回り寒くなっていた。
カワセミは体調を崩し、熱を出してしまった。
とりあえず旅を中断して休む事にする。
洞窟というほどではないが、急斜面の一部が窪んでいる場所を見つけ、天幕
用の布で覆いをつけ、小さな焚き火をおこして暖かくする。
食料を集めるついでに集めてあった薬草を数種類選んで水に入れ、火にかけ
る。
それがすむとカワセミは地面に敷布をひいて横になる。
カ「私もヤワになったものね・・・」
銀「そんな風に考えないで。誰だって調子の悪い時はあるんだから。少し休
めば元気になるわ。」
カワセミは何となく気が立っているのか、横になってもしばらくは眠れない
ようだった。
しばらく経って、ようやくうつらうつらし、程なく浅い眠りに入れたようだ。
水銀燈は焚き火の番をしつつ・・・集めて来た小枝を時々くべるだけなので
座ったままでも出来た・・・カワセミに寄り添っていた。
時折、熱が上がって寒いのか、カワセミは小さく身を震わせる。
水銀燈は出来る限り体を寄せ、小さな手でカワセミの体をさすって温めよう
とする。
眠っているカワセミの顔は苦しそうだ。
手を額にそっと当てると普段のカワセミの体温よりも明らかに熱い。
水銀燈は気が気でなかった。
人間の看病など初めてで、カワセミがどのぐらい悪い状態なのか見当が付か
ないのだ。
まさかこのまま動かなくなってしまうのでは、などと不吉な事ばかり考える。
いや、カワセミはこれは風邪というもので大した事ないと言っていたから・・・
でも、カワセミの事だから心配をかけまいとして強がっているだけで、本当
はかなり悪いのかもしれない・・・
いや、こうやって暖かい所で休めばきっと良くなるはず・・・
でも、ここは屋外で、隙間風も入って来て、あまりいい環境じゃない・・・
考えても考えても結論が出るわけもなく、思考は堂々巡り。
どんどん悲観的になってしまい、不安が募る。
心細くなる。
思わず涙ぐんでしまう水銀燈。
そのまま泣き出してしまいそうだったが、折り良く、薬草を煎じていた小鍋
が沸騰して泡が盛り上がる。
慌てて小鍋を火の弱い位置にずらす。
前もってカワセミに言われていた通り、木のさじでアクを掬い取りながら弱
火でしばらく煎じ、湯の色がすっかり緑になった所で火から外す。
あとは程々に冷ませば薬湯のできあがりだ。
作業は続けながらカワセミの様子を見る。
あまり変化はないように見える。
何かしてあげられる事はないかと考え、まわりを見てきょろきょろするが、
何も思いつかなかった。
どうにも落ち着かない。心細い。
カワセミの額に手をあてたり、薬湯を扇いで冷ましたり、焚き火用の木の小
枝を細かく折ったりして落ちつかなく過ごす。
カ「・・・ん・・・」
しばらく経つと、カワセミが目を覚ましそうになった。
いや、一応目は覚めているのだが、体全体と頭の芯が重くてぼやけているよ
うな感じがしてすっきり目覚める事が出来ず、起き上がる気になれなかった
のだ。
銀「カワセミ・・・カワセミ?」
カ「・・・あ、水銀燈。おはよう。・・・私、寝てたんだね・・・」
銀「ええ、寝てたわ。・・・ねえ、具合はどう?大丈夫?」
落ち着いて穏やかに尋ねたつもりだったが、ちょっと切羽詰ったような声が
出てしまう。
カ「何深刻そうな声だしてるのよ。ふぅ、ただの風邪。大した事ないって。」
カワセミは一呼吸おいてから
「・・・・・・心配、させちゃったね。ごめんね。」
銀「ううん、気にしないで。少しはよくなった?」
カ「ん・・・寝たら、ちょっと、すっきりしたかな。」
銀「そう、よかった。あ、薬湯出来てるよ。」
カ「あ、本当?ありがと。・・・よいしょ。」
カワセミは高熱特有の体がぼやけているような感覚に耐えながらゆっくり体
を起こす。
水銀燈から薬湯を受け取り、顔をしかめながら飲み干す。
カ「・・・まずっ。これは効きそうだわ。ふう。水銀燈、何も変わった事、
ふぅ、なかった?」
息が荒いという程ではないが、頻繁に息継ぎを入れながら話す。話す速度も
ゆっくりだ。
銀「ええ、大丈夫よ。」
カ「そう。今の薬、飲んでから寝ると、ふぅ、熱が下がるはずなんで、私、
もっかい寝るね。
本当に大した事、なくて、ふぅ、薬飲んで寝れば治るから、心配ないから。
あなたも適当に休んでて、ね。
火は消えたら、消えたでいい、から。」
銀「ええ、分かったわ。おやすみなさい」
カ「おやすみ。(ごろり)ふぅ〜。」
カワセミは再び眠った。
最初は先程と変わらなかったが、少し経つと寝ているカワセミは汗をたくさ
んかき始めた。
ちょっとびっくりしながらも、水銀燈は手ぬぐいでそっと汗を拭いてやる。
同時進行で焚き火の面倒も見る。
小さい火にしておけば、今ある薪だけでもかなりの時間もちそうだ。
ついでに先程の小鍋をゆすいでから水を入れて火にかけておく。
多分、少し湯があると役に立つだろう。
意図していたわけではないのだが、湯を沸かしたおかげで洞窟の中は暖まり、
湿度も上がる。
カワセミは汗をかき続け、それを拭いてやる手拭も絞れそうな程に濡れてし
まった。
しかし、多分それが良かったのだろう。
明らかにカワセミの熱は下がり始めている。
洞窟で休憩を始めたのは午後の早めの時間だったが、いつの間にかすっかり
夜だ。
正確には分からないが、おそらくもう夜中だ。
カワセミは熱が下がったお陰か、息遣いも穏やかになり、苦しそうな様子も
だいぶ和らいだ。
良かった。
・・・安心すると、急に睡魔に襲われる。
火の番があるので横になって熟睡することはできないが、座ったままうつら
うつらする。
時折目が覚めると焚き火に小枝を足す。
それを繰り返すうちに夜明けが近づき、東の空が白んでくる。
熟睡していたカワセミだが、普段夜明けと共におきる習慣のためか、天幕の
隙間から朝日が差し始めると目を覚ます。
カ「おはよう・・・ん・・・あ、火、まだ焚いてるんだ。一晩中起きてたの?」
銀「ううん、時々起きるだけで寝てたわ。」
カ「そう・・・」
カワセミは体のどこかが痛くないか確かめるように、ゆっくりと全身を伸ば
していき、大丈夫そうだと見て大きく伸びをする。
カ「んー。・・・うん、すっかり良くなったみたい。」
銀「本当?良かった。」
カ「ごめんね、面倒かけて。」
銀「ううん、全然。」
カワセミの熱はすっかり下がったようだ。
すっきりした顔をしている。
カ「じゃあ、出かける支度しようか。」
銀「えっ!?」
カ「驚かなくてもいいじゃない。もう、熱も下がったし、出発よ。」
銀「え?ちょっと待って。だって・・・」
昨日に比べれば格段に調子が良さそうではあるが、いくらなんでも早いので
はないか。
カワセミの表情は発熱中と比べればすっきりしているのはいうものの、まだ
病人の顔だ。
銀「まだ早いよ。もう少し休まないと。」
カ「本当に大丈夫だって。行こう。・・・行かないと。行くしかないのよ。
本当に冬になる前に落ち着ける場所を探さないと。じゃないと・・・」
そのことは水銀燈にも良く分かった。
一晩中、不安に駆られて暗い事ばかり考えていたのだ。
当然、その事も考えた。
銀「ええ、それは良く分かるわ。でも、せめてもう一日ぐらい休みましょう。
・・・それに、んと・・・私もちょっと疲れてるの。」
あまり良い説得の仕方ではないが、こうでも言わないとカワセミを止められ
そうにない。
疲れたというのは半分以上嘘だったが。
カ「あ、ああ・・・そうよね。ずっと私の看病してくれてたのよね。・・・
ごめん。」
銀「ん・・・とにかく、今日一日だけ休みましょう。」
カ「分かった。じゃ、近くで薪だけ集めてくるね。」
湯で濡らした手拭で汗をかいた体を拭い、朝食をすませ、再び浅い洞窟で横
になる。
やはり本調子ではないカワセミはすぐに寝入ってしまう。
昼間は焚き火をする必要はないので、水銀燈もカワセミに寄り添って一緒に
眠る。
翌日になると、丸一日休息した甲斐があり、カワセミはかなり元気になって
いた。病人の雰囲気も抜けている。
二人は出発する。
山々の紅葉が美しい。
ずっと紅葉した山の中を歩き続けている二人だが、見飽きてしまう事はなか
った。
歩くたびに景色は少しずつ表情を変え、まるで永遠に続く美しい絵巻物の中
を歩いているかのようだった。
数日間、特に何もおきないまま歩き続ける。
幸い、カワセミの風邪はぶり返す事はなかった。
それでも、完全にかつての様に元気いっぱいの状態に戻ってはいなかった。
時折咳をしていたし、その精悍の顔には以前ほどの鋭さがなかった。
ふと、カワセミが足を止め、一本の立ち木に目をこらす。
カ「・・・クマかな?」
銀「え?」
カ「ほら、そこの木、引っかいたような跡があるでしょ?」
銀「あ、本当だ。木の皮がはがれて、爪の跡みたいなのが付いてるね。」
カ「これ、多分、熊が引っかいた跡よ。縄張りの主張なのか、単に木の皮を
食べてるのか知らないけど、熊はこれを良くやるの。」
銀「大きな動物なのね?」
カ「そう。かなり大きな動物で、普段はそんなに好戦的ではないんだけど、
ばったり出会ってしまうと危険なの。
・・・にしても、爪の跡が付いてる位置から見ると、随分大きな熊みたいね。」
銀「どのぐらいの大きさなの?」
カ「普通、このへんにいる熊は、立ち上がると人間と同じぐらいよ。がっし
りしているから重さはずっとあるけど。
でも、この跡をつけた熊はそれよりかなり大きいね。この山の主なのかな。
それとも、もっと北にいるって聞く、大型の熊でも来てるのかもね。」
銀「そうなんだ。怖いね。」
カ「ええ、気をつけましょう。」
その後も、さほど頻繁にではないが、熊の痕跡は続いていた。・・・先程と
同じような爪跡があったり、果樹の枝が大きく折り取られて実を食べられて
いたり、巨大な糞が落ちていたり。
どうやら偶然、二人と熊は同じ方向に進んでいるようだ。
カ「このままじゃ、いずれ出会っちゃうね。うーん、進路変えるべきかな・・・」
カワセミがおなじみの絵地図を取り出し、二人で眺める。
カ「うーん、ここで南方向に変えると・・・」
考え込もうとした途端、進行方向側の尾根の向こうから、低い、野太い咆哮
が聞こえてきた。
書いてあらわすならぐおう、とかぐわあ、と言った感じの叫びだ。
明らかに怒り、威嚇、攻撃、そういったものを感じさせる。
それに混じって、人が何か叫んでいる声が微かに聞こえてくる。
カワセミは一瞬迷ったが、すぐに決断する。
カ「何が起きているのか、確認しましょう。風下側からいくよ。声を立てな
いでね。」
水銀燈は無言で頷く。
指先を軽くなめてかざして風向きを見、手早く紺色の手拭で覆面をし、ほと
んど音をたてず、小走りで尾根の先へ走っていく。
運よく風は向こうの尾根から吹いており、普通に近づけば風下から接近でき
る。
尾根に登ると、その先のやや広い谷間になった部分で何が起きているかはっ
きり見えた。
二人は尾根の上で伏せる。
谷間の山側には、黒っぽい茶色の四足の獣がいた。
がっしりした胴と太い四肢をもち、短くて太い首の先に丸い頭があり、頭の
上側に二つの丸い耳がついている。
見方によっては可愛いと言えなくもないのだが、今、その獣は興奮し、怒っ
ている。
四足になったり、二本足で立ち上がったりしながら、かなりの速さで谷側へ
向かって進んでいく。
谷側のだいぶ離れた場所には四、五人の人間がいる。
全員、弓矢を持っているようだ。
加えて槍を持っている者もいる。
人間たちは時折矢を放ちながら、少しずつ後退している。
矢は半分も熊に当たっていないし、当たってもほとんどが刺さらずに弾かれ
てしまっている。
距離があることと、熊が強靭であるため、有効な攻撃になっていない。
たまたま、いい角度で飛んできた矢が熊の肩のあたりに浅く刺さる。
熊が立ち上がり、怒りの咆哮をあげる。
熊が肩を大きく揺すると、矢は抜け落ちてしまった。
少し血が流れ出したが、巨大な熊にはほとんど効いていないようだった。
むしろ、さらに怒った熊は勢いを増して人間たちの方へ突進していく。
人間たちは熊の方を向いたまま、ゆっくりと退いていく。・・・先程より少
し早く後退しているようだ。
二人は尾根でやきもきしながら観察し続ける。
このままでは追いつかれる、もっと早く走って逃げないと。
だんだん、熊と人間たちの距離が詰まっていく。
そのおかげで人間との大きさの比較が出来るようになったが、本当に大きな
熊だ。
立ち上がった姿は、背丈だけとっても大人の男よりはるかに大きい。
横幅や厚みは言わずもがな、だ。
近づかれてしまえば、とても人間に対抗できる相手ではない。
弓矢と槍を持った人間たちは後退する速度をさらに上げる。が、それは熊を
引き離せる程ではない。
熊が突進していく。
人間たちは凄く緊張しているが、全力で逃げる事すらしていない。
この状況なら、恐慌をきたして散り散りに逃げてもおかしくないのに。
腰を抜かしてしまっているのか?
熊が谷間の広場の真ん中、短い草以外何もない場所にさしかかる。
突然、逃げている人間たちの先頭にいる男が手をあげる。
それが合図だったようだ。
それまで、誰もいないように見えていた正面奥の離れた草むらから、揃いの
黒い笠を被った頭が七、八個、ひょいとのぞく。
頭の主たちはそれぞれ、何か棒のようなものを持っており・・・
パン!パパパン!
その棒が火を吹いた。
耳慣れない大きな、乾いた音が響き渡る。
水銀燈はあやうく飛び上がりそうになる。
カワセミもびくりと体を震わせる。
乾いた音なのに、どうにも不吉な音だった。
カワセミが小声でつぶやく。。
カ「まさか・・・種子島・・・」
火を吹いた棒のまっすぐ先にいた熊は・・・棒立ちになっていた。
その目は驚きに見開かれている。
棒立ちのまま、誰一人物音ひとつ立てない中、数瞬の時が経つ。
熊はゆっくりと前のめりに倒れていった。
ズン、という地響きを立てて地面に倒れ伏す。
わっ、と周辺の男たちから歓声があがる。
奥の方から、尊大そうな男が供をつれて歩いてくる。
火を吹く棒を持った男たちが立ち上がり、笠を取って男に一礼する。
男たちはみな、一様に髪を短く刈っていた。
尊大な男は満足げに頷き、見事じゃ、これならその方らの言い値で払うだけ
の価値がある、がはははは、と大声で笑っている。
水銀燈は思わず小声でカワセミに話しかけてしまう。
銀「い、今のなに?」
カ「(小声で)・・・種子島よ。」
銀「たねがしま?」
カ「うん。種子島、っていう名前の恐ろしい武器よ。・・・あ、大声じゃな
ければ喋っても大丈夫。距離があるし、風下だし、あの轟音の後だから聞こ
えやしないから。」
「でね、あの棒というか筒は種子島っていう武器。鉄炮って呼ぶ人もいるね。
南蛮から来た最新の武器で、最近広まったんだけど・・・こんな所にあれ
だけの数があるなんて。・・・あの連中、根来衆の残党か何かかしら・・・
威力は見ての通りよ。
・・・盾にするものがない場所で、まとまった数の種子島に狙われたら、も
うどうすることも出来ないわ。」
銀「そんな・・・怖い。」
カ「まったくね。
しかし、何でこんな山奥にあんなまとまった数の種子島と鉄炮衆が?
・・・まあ、とにかくここを離れましょう。・・・見つかりさえしなければ
種子島だって怖くも何ともないんだから。」
谷間では槍を持った男が熊に止めを刺そうとしていたが、その必要はないよ
うだった。
横目でちらりとその様子を見、カワセミは水銀燈を抱いてそっと後退し、尾
根の手前に戻る。
慎重に方角を見定め、先程の谷間を大きく迂回する道をとる。
充分に距離が開いた所で、カワセミが彼女らしからぬ暗い声で話し始める。
カ「あの種子島ね・・・広まりだしたのはここ最近なんだけど、いくさ場で
あっという間に広まったの。すごく強力な武器で、その数でいくさの勝敗が
決まった事もあったぐらい。
私も2回だけ使った事がある。実際、凄い威力だし、凄く便利よ。狩に使う
ならとっても役立つわ。
でもね・・・きっと狩だけに使われる事はないわ。
あれはあまりに・・・たやすく人を殺せる。
・・・あれを向け合う事はいくさをもっと惨いものにするわ。死ぬ人が増え
るとか傷が重くなるって事だけじゃなく、ね。
勿論、いくさはどれもむごいものだけれど・・・私自身、その中で任務のた
めに幾度かこの手を血に染めて来たけど・・・あれは、違う。きっと、いく
さを・・・世の中を・・・悪い方へ連れて行く・・・」
水銀燈は黙ってそれを聞いていた。
その時までに水銀燈の経験してきたことでは、カワセミの言葉の意味の全て
を理解する事はできなかった。
それでも、カワセミが憂う気持ちは伝わってきた。
銀「・・・そんな良くないもの、なくなるといいね。」
カ「・・・そうね・・・・・・」暗い声音で答えるカワセミ。
カ「さあ、それよりも、自分たちの事を何とかしないとね。」
夕刻。
早足で歩いてきたお影で、あの谷間からはかなり離れているはずだ。
寝場所になりそうな場所を入念に探す。
暑かった頃と違い、しっかりと寒さを防げる場所でなければならない。
幸い、乾いた細長いくぼ地・・・大き目の溝と言った方が適切かもしれない
・・・が見つかったので、そこで一晩過ごす事にする。
少し傾いているものの、火を焚くと溝の中が暖かくなって快適だった。
それでも火を消すと、寒さを意識せずにはいられない。
幸い、風邪をひく事もなく、ゆっくりと眠る事ができた。
山の中は紅葉よりも、枯れた落ち葉が目立つ季節になっていた。
常緑樹が多いので完全に木の葉がなくなったわけではないが、かつてと比べ
ると森はすかすかに見える。
そのぶん、見晴らしは良くなっていた。その辺りでは一番見晴らしの良い山
の峠まで登ると、カワセミは久々に長時間絵地図と向かい合い、あたりの地
形について新たに分かった事を記入していく。
カ「・・・ん?」
銀「どうしたの?」
カ「ん・・・ちょっとね。地図の事で。」
銀「何かあったの?ねえ、カワセミ、私、最近、ようやくカワセミの地図に
書いてある事の意味が分かるようになってきたの。私にも勉強のために見せ
て。」
カ「いや、勉強になるかどうかは怪しいんだけどね。それに、ただの地図描
く時の失敗かもしれないし。・・・まあ、見せてあげる。
ほら、私たち、このあたりからこう来たじゃない?で、熊と種子島の時の谷
間がここ。で、今がここであの右手のほうに走る尾根がこれね。」
銀「ええ、よく分かるわ。」
カ「で、通ってきた道については間違ってないと思うんだ。それ以外の山や
尾根も目印に書き込んできたじゃない?」
銀「ええ。」
カ「で、この辺りが、通れそうだったけれど、通らなかった所。このへんの
部分を前の紙と繋げてみるとね・・・(がさがさ)・・・分かる?」
銀「あれ?何かおかしいね?」
カ「でしょ?周りのつながりから見てあるはずなのに、実際はない場所があ
るんだよね。」
銀「(景色と見比べて)ホントだ、ないね。」
カ「単純に地図の書き間違えかと思ったんだけど、地図と景色を照らし合わ
せていくと、間違いが見つからないんだよね。どう?」
二人は地図と景色を丁寧に見比べていく。
カ「やっぱり間違いはないよね。」
銀「ええ、ないと思うわ。」
カ「うーん・・・何か、今までに地図にした事のない、複雑な地形なのかな
あ。それとも、少しずつ地図にずれが出てきてるのかなあ・・・地図は得意
だったんだけどなあ・・・」
「ま、いいわ。これから先はもっと慎重に地図を描いて、新しい地形には注
意しましょう。そうやって用心していれば問題ないはずだから。」
銀「ええ、私もできるだけ気をつけてみるわ。」
カ「ふふ、やっぱり二人でいるって心強いね。」
銀「そ、そんなに力になれるか自信ないんだけど・・・」
カ「いいのよ、そんなに力まないで。地図がどうかなっても、多少手間がか
かるだけで、目の前の地形をしっかり見据えていれば大丈夫なんだから。」
銀「そうね!」
カワセミは笑顔でちょっと乱暴に水銀燈を抱きしめる。水銀燈もカワセミに
強く抱きつく。
冷たい風が吹き抜けて行ったが、今の二人には気にならなかった。
そうは言っても、風は日に日に冷たくなっていく。
二人は進路を少し麓側に変える。
こうすれば標高が下がるし、人里にも近くなる。
それが正しい事なのかは疑問があったが、心情的にそうせざるをえなかった。
ただ、二人が麓と呼んでいるあたりも、海に近い平地ではない。山の麓であ
るには違いないが、既にそこはかなり標高が高い高原の村なのだ。
多少は気温が高いはずだが、格段に暖かくなるわけではなかった。
それでも進み続けて2、3日経ったころ。
見晴らしの良い所へ出ると、先の方に小屋が見えた。
造りはここ数ヶ月に見てきた小屋と同じようだ。斜面にうまく適応した小屋
があり、近くに小さな畑がある。
小屋はわりと新しいようだ。畑も輪郭が綺麗な状態だ。
二人はいつもの通り、離れた所から様子を伺う。
小屋の中には細身の中年男が一人いるだけのようだ。
小屋のまわりには薪や貯蔵用の壷が置いてあるものの、男がここで何をして
いるかが分かるような物はない。
男は外見上、別に乱暴そうではないし、あからさまな悪党などではなさそう
だ。ただ、何となく・・・微かに嫌な感じがする。
これは迷うところだが、安全を取って接触は見送りかな、と水銀燈は思って
いた。カワセミのやりかたを見て、水銀燈もいろいろ覚えてきたのだ。
だが、カワセミは意外な言葉を発した。
カ「よし、行こう。」
そうは言っても、風は日に日に冷たくなっていく。
二人は進路を少し麓側に変える。
こうすれば標高が下がるし、人里にも近くなる。
それが正しい事なのかは疑問があったが、心情的にそうせざるをえなかった。
ただ、二人が麓と呼んでいるあたりも、海に近い平地ではない。山の麓であ
るには違いないが、既にそこはかなり標高が高い高原の村なのだ。
多少は気温が高いはずだが、格段に暖かくなるわけではなかった。
それでも進み続けて2、3日経ったころ。
見晴らしの良い所へ出ると、先の方に小屋が見えた。
造りはここ数ヶ月に見てきた小屋と同じようだ。斜面にうまく適応した小屋
があり、近くに小さな畑がある。
小屋はわりと新しいようだ。畑も輪郭が綺麗な状態だ。
二人はいつもの通り、離れた所から様子を伺う。
小屋の中には細身の中年男が一人いるだけのようだ。
小屋のまわりには薪や貯蔵用の壷が置いてあるものの、男がここで何をして
いるかが分かるような物はない。
男は外見上、別に乱暴そうではないし、あからさまな悪党などではなさそう
だ。ただ、何となく・・・微かに嫌な感じがする。
これは迷うところだが、安全を取って接触は見送りかな、と水銀燈は思って
いた。カワセミのやりかたを見て、水銀燈もいろいろ覚えてきたのだ。
だが、カワセミは意外な言葉を発した。
カ「よし、行こう。」
銀「え?・・・あの、少し感じ悪くない?」
カ「大丈夫よ、あのぐらい。それに、小屋が新しめだから、最近の移住者か
も。だとすると、最近の事に詳しいかも知れないじゃない。」
銀「ああ・・・そうね。」
カワセミの言っていることは間違っていないので、同意せざるを得ない。
しかし、水銀燈は男の雰囲気から感じる一抹の不安をどうしても消す事がで
きない。
それに、いつものカワセミは慎重すぎるぐらいに慎重で、こういう判断はし
ないはずなのだ。
水銀燈が考え込んでいるうちに、カワセミはいつもの女旅人の姿に着替え終
わっていた。
笠をかぶり、朱鞘の細身の脇差を腰に差す。
カ「じゃ、行って来るね。」
銀「カワセミ・・・気をつけてね。本当に気をつけて。」
カ「まかせときなさいって。」
カワセミは斜面沿いの道をゆっくりと歩いていく。
特に足音を消してはいないので、小屋の中の男が気づいて出てくる。
カワセミはお辞儀をし、簡単な挨拶を述べる。
男は頷いて、何事か答える。
男は丸腰だし、特に攻撃的な態度も取っていない。
むしろ、穏やかに応対している。
しかし、水銀燈はその男の目が気になった。
敵意はなさそうなものの、何となく、ねっとりとした、舐めるような視線で
カワセミの体の線をでなぞっている気がする。
今までも、カワセミにそういった視線を向けた者はいた。
それは自然な興味でもあったし、見知らぬものへの警戒としてある程度じろ
じろ見られるのは止むを得ない部分はあるのだが・・・今回は何か違う。
カワセミ、戻って!
水銀燈は心の中で叫ぶ。
しかし、男は小屋の中へカワセミを招き入れた。
カワセミは微かに躊躇したものの、一礼して男に続いて小屋の中へ入って行
く。
しばらくは何も起きなかった。
水銀燈が自分の考えすぎだったのか、と思い始めた頃。
小屋から大きな物音と言い争う声が聞こえてきた。
次いで争闘の物音。
扉が開き、カワセミが飛び出してくる。
カワセミの着衣が全体的に乱れ、胸元がゆるみかけている。
男がカワセミを追って小屋から出てくる。
カワセミは男に向き直り、凄い形相で睨み付ける。
対照的に男は下卑た薄笑いを顔に貼り付け、両手を軽く伸ばし、手の平を斜
め下に向けて軽く振り、なだめるような仕草をしている。
男が一歩踏み出す。
カワセミは逆手で脇差を引き抜く。
細い刃が日光を照り返す。
男は足を止めたが、相変わらずなだめるような、丸め込むような態度を崩さ
ない。
カワセミは男を見据えたまま、少しずつ後ずさる。
男が距離を詰めようとする。
男が一歩踏み出すその瞬間に、カワセミは脇差を横薙ぎに一閃する。
刃は届かないが、殺気が奔る。
男は反射的に刃を避ける方向へのけぞり、足元をふらつかせる。
その隙にカワセミは大きく後ろ向きに跳び退ると、男に背を向けて走り去る。
男は後を追おうとするが、出足をくじかれてふらついたせいで一呼吸以上遅
れている。さらに草鞋をいい加減につっかけて履いているため、その足は遅
い。
あっという間に両者の距離は開く。
男は足を止め、大きく舌打ちする。
未練がましく、走り去るカワセミの後姿を嫌な目つきで睨み付けていたが、
腹立たしげに一つ唾を吐き、小屋へと戻って行った。
カワセミはしばらく走り続け、大きく回りこんでから水銀燈のいる場所に走
りこんで来る。
水銀燈と残りの荷物を抱え上げ、さらに走る。
しばらく走り続け、小屋からかなり離れ、身を隠せる茂みの陰を見つけて足
を止める。
水銀燈と荷を降ろし、よろめくように座り込む。
銀「カワセミ・・・」
カワセミは答えず、ただ荒い息をつくだけだった。
水銀燈は気遣いながらも、黙って見守る。
ようやくカワセミの荒い息遣いが収まって来る。
同時に体が震えだす。
カワセミは口元に手を当てる。
吐き気をこらえているようだ、
水銀燈はカワセミに寄り添い、背中をなでる。
そのまま、カワセミは口に手をあてたまま、震え続ける。
水銀燈はずっと背を撫で続ける。
吐いてしまった方が楽だと思われるのだが、カワセミは吐き気をこらえきっ
たようだ。
ようやく、震えが収まってくる。
カ「・・・く・・・あのケダモノめ・・・」
いばらくの間、再び黙り込む。
水銀燈はそっとカワセミの背中を撫で続ける。
カ「・・・あなたの言うとおりだった。あいつは感じが悪かった。もっと用
心すべきだった。」
銀「もう終わった事なんだし、気にしないで。とにかくカワセミが無事で良
かったわ。」
カ「・・・焦ってた。何とか落ち着き先を探そうとして・・・今年の冬がこ
んなに厳しいとは思ってなくて・・・先が不安で・・・怖くて・・・焦って
・・・判断を誤って。
・・・情けない。本当に情けない・・・」
銀「カワセミ・・・」
水銀燈はそっとカワセミにしがみつく。
自分を責めるカワセミの言葉から、彼女が今の状況を自分以上に深く気に病
んでいた事を悟る。
考えてみれば、ほとんどの決断をカワセミ任せにしてきた自分とは違い、彼
女は色々悩みながら今まで水銀燈と自分自身を導いてきたのだ。
責任感、不安、苦悩、恐れ・・・
水銀燈は胸が痛んだ。
自分が何も出来無いばかりに。
自分というお荷物がいるせいで。
自分のせいで。
こんな時、人の思考は行き過ぎてしまいがちだ。
若干、負担をかけているのは事実かもしれないが、今の状況は別に水銀燈の
せいと言うわけではない。
だがどうしても、自分のせいで、という考えが水銀燈の頭から離れなくなっ
てしまう。
片膝を立てて座り込み、目を閉じて下を向き、立てた膝に額をあてた姿勢で
カワセミは黙り込んでいる。
時折、思い出したように体を震わせたり、ため息をつく。
横からそっと寄り添う水銀燈。
二人とも一言も発しないまま、時間が過ぎる。
半刻ぐらいの時間が経っただろうか。
カワセミはため息をついて顔を上げ、荷物から竹の水筒を取り出すと、喉を
鳴らして水を飲み、手の甲で荒っぽく口元を拭い、大きく深呼吸する。
吹っ切るようにきっぱりと顔を上げ、カワセミが強い調子で言う。
カ「ここでうじうじしていても仕方ないわ。進みましょう。もう少し、離れ
ておきたいし。」
強い調子の声ではあったが、どこか無理をしているのは明らかだった。
カ「さあ、行くよ。」
返事を待たず、水銀燈と荷物を抱え上げ、カワセミは歩き出す。
長い時間が経ったような気がしていたが、まだ日は高かった。
カワセミは結構な速度で歩き続ける。
だが、何となく足元が浮ついている。
二人は無言のままだった。
最初は何か気持ちがほぐれるような事を言おうと考えていた水銀燈だったが、
上手い言葉が見つからない。
そのうちに自分の想念に沈んでしまう。
想念はぐるぐると巡りながら、次第に暗い方向へずり落ちていく。
自分のせいで。
自分のせいでカワセミが。
ふと、山歩きの振動とは違う揺れを感じる。
ちらりと見上げると、水銀燈を提げている抱き袋の肩紐が食い込んでいるの
をカワセミの右手が直している。
・・・重いんだ。
私の重さが負担になっているんだ。
元気な頃は問題なくとも、体調が万全でない今のカワセミにはきっと辛いん
だ。
恐らく、実際はそうではなかっただろう。
荷物全体の重さからみると、水銀燈の重さは大した事はない。
それに、時折肩紐を直すのは普段からあったに違いない。
よほど体に合ったものでない限り、荷物を負っていれば誰でもやることだ。
だが、過敏になっていた水銀燈には自分が負担をかけている証拠、とうつっ
てしまった。
ますます、その瞳が暗くなる。
しばらく歩き続け、カワセミは小休止を取る事にする。
普段より早く歩き続けたため、さすがに少々疲れがきていた。
日は西の空でやや低くなっている。
もう少し歩くか、そろそろ今夜の野営の準備にかかるか微妙な頃合だ。
カワセミは取り合えず座り込み、荷と水銀燈を脇に降ろす。
そのまま特に何か取り出したりはせず、黙って座っている。
その表情からは何を考えているのか分からない。
水銀燈は脇に降ろされたが、そのままカワセミに軽く寄り添う。
しばし、考え込む。
一言もないまま、時間が過ぎていく。
水銀燈はそっとカワセミの体から手を離す。
しばらく黙り込む。
なかなか切り出せず、ためらいにためらった後、おずおずと切り出す。
銀「ねえ、カワセミ。」
カ「・・・ん?」
銀「カワセミ・・・カワセミ一人だったら、もっと早く歩けるし、どこかの
村だって行けるよね?」
カ「・・・は?」
銀「私がいるせいで・・・ねえ、カワセミ・・・足手まといになる私のこと
は置いて、どこか暮らせる場所を見つけに行って。」
カ「・・・な・・・な・・・!」
驚き、動転、興奮、怒り。そういった物のせいで言葉が上手く出ない。
カ「・・・何を言い出すの、あなたは!!」
叫ぶような大声を出し、指が白くなるほどの力をこめて、水銀燈の腕をつか
む。
銀「だって、このままじゃ・・・足手まといの私と一緒にいたら、何も変わ
らないまま、冬になって、寒さにやられて・・・」
カ「ば、馬鹿言ってるんじゃないわよ!そんなの、まだこれからいくらでも
何とかなるわよ!・・・あんた、私といるのが嫌になったの?」
銀「そうじゃないわ。それは絶対に違う。・・・でも、私がいるせいで旅が
はかどらなくて・・・焦って危ない目にもあって・・・
私は多少寒くても、食べなくても何とかなるわ。だから置いて行っても大丈
夫よ。」
カ「な、な・・・何言ってるの?あ、こ・・・か・・・」
興奮のあまり、言葉がうまく出ないカワセミ。
しばらく、額に青筋を立てて荒い息を吐く。
平手打ちをするか、金切り声で叫び、罵るか・・・そんな衝動があったのだ
ろうか。
口と手を微かに震わせながら燃えるような瞳で水銀燈を睨み付ける。
水銀燈はひるみつつも、目を逸らさない。
緊迫した時間が流れた
カワセミは辛うじて自分を抑えたようだ。
カ「・・・もう一度聴くわ。私といるのが嫌になったわけじゃないのね?」
銀「違うわ。一緒にいたい。でも、このまま山に居続けたら・・・私のため
にあなたが・・・」
カ「・・・そんな風に思わせてしまったのは私にも原因があるわね。」
カワセミは一転、悲しげな瞳になる。
カ「まだ、打つ手がないわけじゃないのよ。今年は寒いけど、まだどうにも
ならないわけじゃない。それに、歩けないあなたを置いていけるわけないで
しょう。冬山の危険は寒さだけじゃないのよ?」
「っていうか、それは二の次ね。・・・ねえ、私があなたを置いて行って、
自分だけどこかで安楽な暮らしを手に入れて、それで喜ぶと思うの?そんな
人間だと思うの?」
銀「・・・それは・・・」
カワセミは澄んだ瞳でじっと見つめる。
カ「私もあなたと一緒に居たいのよ。あなたが大切なのよ。・・・一緒に行
こうって言ったでしょ?あなたを捨てて行くことなんてありえないわ。」
言葉と一緒に、想いが流れ込んでくる。
暖かさと誠実さ、そして愛情。
カ「水銀燈・・・ずっと一緒よ。命あるかぎり、最後まで。
だから、もうそんな事言わないで。ね?」
銀「ええ・・・ごめんなさい・・・」
水銀燈の頬に涙が一筋つたう。
カ「あ、ごめん、痛かった?」
カワセミは慌てて、水銀燈の腕を強く握り締めたままだった手を離す。
銀「違うの・・・私・・・幸せなお人形だな、って。」
幸福な気持ちとともに、暖かい涙がどっと溢れ出す。
カワセミは黙って水銀燈を強く抱きしめる。
水銀燈も力いっぱいカワセミにしがみつく。
カワセミの頬にも一筋、暖かい涙が流れる。
二人の流した涙の滴が夕日に照らされながら落ちていく。
二つの滴がふわりと触れあい、一つになって落ち、ゆっくりと乾いた大地に
吸い込まれていった。
いつの間にか、もう夕方だった。
近くに野営に適した場所があったので、そこに留まる事にする。
カ「今日はちょっと奮発しようね。」
多目の米と干し肉、穀物の粉、さらにたくさんの干果に蜂蜜まで取り出す。
銀「わあ、ご馳走ね。でも、そんなに食べちゃって大丈夫?」
カ「全然平気よ。食べ物はかなりあるもの。たまには元気つけましょ。」
二人は何の心配もなかった夏の頃のように、明るく夕食を楽しむ。
カ「それから・・・これもやっとこう。」
食後に蜂蜜をたっぷりかけたクルミ団子を食べながら、カワセミは針と糸を
取り出す。
銀「何か縫うの?」
カ「ん。食料入れの袋がいくつかあるじゃない?これを整頓していくつか空
けて・・・
で、今まで敷き布にしていた布と合わせて、大きな袋にするわけ。」
銀「何を入れる袋なの?」
カ「これにね、鳥の羽や綿や、足りなければ木の葉なんかを詰めて、厚みの
ある、布団みたいにするわけ。布団としても使えるし、かぶって紐でしめて
服としても使える。あったかいよ。」
銀「ええ、それは暖かそうね!」
カ「これをやると、布が色々に使いまわせなくなるし、運ぶときかさ張るか
らやらなかったんだけどね。これを被っていればかなりの寒さまで大丈夫よ。
ただ、もう一つ、重大な問題が・・・」
銀「え?何なの?」
カ「・・・これ着ると、かっこ悪いの(笑)」
銀「あはは(笑)」
カワセミは器用に布を縫い合わせていく。
カ「そういえば、あなたはその格好で寒くないの?」
銀「私はこのぐらいの寒さなら平気よ。多分、水が凍る温度より少し寒いぐ
らいまで大丈夫。」
寒さを感じないわけではないのだが、言わずにおく。
カ「へえ、そのへんは便利でいいわね。」
銀「お人形だから。急激な温度変化さえなければ、暑さ寒さはかなり平気よ。
・・・でも、ちょっと安心したわ。カワセミの暖かい服ができて。」
カ「言ったでしょ、まだ打つ手はあるって。あなたは心配しすぎよ。
・・・それに、ちょっと視野が狭くなって突っ走りかけてるわ。
私がなかなか落ち着き先を見つけられないのは、追っ手の事を考えているか
らよ。大きな町の新参者の多いあたりに紛れ込めば住処は簡単に見つかるけ
ど、そういう所は追っ手がまず必ず探す所だから。」
銀「そうなの?」
カ「そ。だから自分のせい、って考えるのは大間違いよ。・・・第一、あな
たがただの人形のふりをすれば、私はどこへでもあなたと一緒に行けるんだ
から。高く売れそうだから持ってきた家財道具だ、って言えばいいんだし。」
銀「・・・そうね。」
先の自分の突っ走り具合が今さらながら恥ずかしくなる。
カ「さ、布団服ができた。とりあえずは落ち葉をいれておいて、鳥を仕留め
たら羽に変えていきましょ。
・・・今夜はこれで暖かく眠れるよ?」
銀「ええ。」
二人とも安心した笑顔になれた。
翌日からまた旅を続ける。
寒さは相変わらず・・・いや、だんだん厳しくなっていくのだが、二人はし
ばらくはあまり沈んだ気持ちになることはなかった。
気兼ねしたり、うまく話せずに一人で煮詰まる事がなくなっただけでこうも
違うのか、と思うほど、二人はまたおしゃべりに花を咲かせた。
また何人かの人と会った。
今度は前以上に用心深く構えたのでごく一部としか話をしなかったが、おか
げで問題は全く起きなかった。
相変わらず必要な情報は得られなかった。
ただ、半月程経った時、幸いにして布地と綿を少し手に入れることができた
のでカワセミの布団服はだいぶ暖かくなった。
加えて水銀燈にもお揃いの服を作る事ができた。
・・・お陰で見た目はさらに悪くなってしまったが。
今では二人の姿は茶色いもこもこした何かが歩いているようだった。
しばらくはそれで暖かく過ごせた。
しかし、季節の流れはさらに加速する。
さらに半月程も経っただろうか。
常緑樹以外の木の葉は全て散り、実りの秋のもたらした果物や木の実もほと
んど見られなくなった。
ついに本格的な冬が来たのだ。
旅を続ける二人。
布団服のおかげで歩いているうちは汗ばむほどだったが、立ち止まるとじわ
じわと冷えていく。
地面に座ると、冷え切った大地が容赦なく体温を奪う。
次第に二人の口数は減っていく。
寒さに耐えるためにたくさん食べなければならなかったが、果物も木の実も
ほとんど手に入らなくなっていた。
残っている食料の量については、もう、二人とも話題にしなくなっていた。
まだ全く無くなったわけではない。
しかし、もはや新しく手に入る量が極めて少ない・・・日によっては全く手
に入らない・・・以上、いずれどうなるかは分かりきっていた。
幸い、水と薪だけは豊富だった。
具の少ない汁物でもたくさん食べれば体は温まる。
ある冷え込んだ夜の翌朝。
朝起きた水銀燈は違和感を感じる。
手で自分の顔や腕に触れてみると、肌が少し硬くなっていた。
ついに寒さの影響が出はじめたのだ。
朝食のために火をおこし、暖を取ると肌はいったん元に戻った。
カワセミには伝えなかったが、限界が近づいているのは明らかだった。
それでも、水銀燈にはもう動揺はなかった。
どうなろうとも、最後までカワセミとともに行く。
・・・どちらかが、あるいは二人とも朽ち果てるまで。
そう心を決めた以上、自分についてはもういちいち騒ぎはしなかった。
ただ、カワセミが心配だった。
彼女の肌はかさかさになり、顔は憔悴し、咳がひどくなっていた。
だが、まだ諦める事はなく、目は強い光を放っていた。
ある日は朝から小雨だった。
それでも二人は進む。
そのうちに何か違和感を感じる。
ふと気づくと、雨は雪に変わっていた。
積もる程ではないが、細かい硬い雪が二人の顔を打つ。
気温は雪が降る前より若干上がっていたが、気分的には陰鬱にならざるを得
ない。
冷たい雪が半ば感覚のなくなった鼻や頬を打ち、張り付いた雪が溶けて顔や
首筋を濡らす。
徐々に服にも水が沁みこんで来る。
カワセミの咳がひどくなった。
半ば、顔を伏せながら進むうちに、ぼんやりと前方に小屋が見えてきた。
かなりどっしりとした小屋だ。
もはや小さめの家と言ってもいいかもしれない。
小屋の前には木の柱が数本立ち、竹で作った天蓋が掛けられていて、雨雪の
掛からない場所が結構広く設けられている。
そこに一人の男がこちらに背を向けて座り、小さな焚き火のそばで黙々と薪
を割っている。
いかつい体つきの初老の男だ。
二人は用心し、いつものようにかなり離れた場所から様子を伺う。
が。
男「おい、何か用なのかい?」
大きな、しわがれた声で呼びかけられる。
カ・銀「!!」
二人は驚き、声も出ない。
男「そこに隠れてるお前さんだよ。」
男は背を向けたまま、二人が隠れている大木の陰を指差す。
こうなってはしかたない。
カワセミはそっと水銀燈をおろすと立ち上がり、一人で男のもとへ向かおう
とする。
男「怖がる事はねえ。取って食やしねえよ。そっちの小っさいお連れさんも
一緒に来な。」
カ・銀「!!」
男が二人の方へ向き直る。
二人ははっとする。
男のいかつい顔には額から片目を通り、頬へ抜ける大きな傷跡があった。
閉じた目は大きくくぼんでいる。
もう片方の目には特に傷はないが、そちらの目も閉じられていた。
恐らく、二人が近づくのは音で気づかれていたのだ。
二人は顔を見合わせる。
当然ながら、水銀燈はなるだけ人前には出ない、やむなく出るときはただの
人形のふりをする、と二人の間で決めてあった。
まだ妖や人外の存在が否定されていない世の中とはいえ、動いて飲み食いし
て流暢に話す人形が現れたら騒ぎになる事は間違いない。
しかし今回は・・・男は水銀燈の存在に気づいているようだが、姿を見てい
ないのだから、小柄な人か子供だと思っているのだろう。
一緒に行って話しても問題あるまい。
カワセミは一つ頷いて見せ、水銀燈を抱き上げて男に向かって歩き出す。
小屋の前にたどり着くと、男は丸太で作った椅子を二つ、火のそばにおいて
くれる。
男「まあ、座んな。」
カ「ありがとうございます・・・失礼します」
男は傍らの籠から湯呑みを二つ・・・大きな湯呑みと小さな湯呑みだ・・・
手に取ると、焚き火に掛けられていた鉄瓶から何か注いで二人に差し出す。
相変わらず男の目は閉じられたままだったが、差し出す向きは正確に二人の
いる方向だ。
カ「どうも、頂きます。」
銀「頂きます。」
カワセミは湯呑の中身を見て少し驚いてから口に運ぶ。
それから小声で水銀燈にささやく。
カ「甘酒っていうのよ。頂きましょう。」
湯呑みの中の液体は白くてどろりとしている。
飲んでみると少しむっと来る味だったが、甘くて熱く、体があたたまる。
飲んでいるうちにどんどん美味しく感じるようになる。
そのうちに雪で冷え切っていた体が芯からあたたまり、力がみなぎってくる。
カ「このあたりではお酒を醸しているところを見ませんでしたが・・・甘酒
があるという事は、どこかでお酒を?」
(作者註:ここで出てきたのは酒粕から作るタイプの甘酒です)
男「おう、まあな。そんなとこだ。」
男は自分の湯呑みにも甘酒を注ぎ、一口すする。
男「で、お前さんたちはこんな冬の山ん中でいったいどうしたんだい?」
かなり長い話の間、男は黙ってカワセミと水銀燈の話を聞いていた。
二人が話し終わると顎に手を当て、少し考えてから口を開く。
男「なるほど、そいつは難儀だあな。・・・そっちのお嬢ちゃんのお父様の
方は見当がつかねえが、他の事には力になれるかもしれん。」
カ・銀「本当ですか!?」
男は立ち上がると屋根のある部分から一歩外へ出、山の一点を指差す。
男「いいか、良く聴きな。
この方向に小半刻ばかり歩くと、ゲンコツ岩って呼ばれてる背丈ぐらいの岩
がある。そしたらそこを真右に曲がる。
そんでしばらく行くと、動物っぽい形の岩が二つ、向かい合ってる岩がある。
大きさは腰ぐらいまでかな。
そしたら、その二つの岩の間を通って・・・回り込んじゃいかんぜ、間を通
るんだ。そんでまずは真っ直ぐ行くんだ。その後はな、いいか?常に行きづ
らい方向、行きたくないと感じる方向へ進むんだ。
その間は殺生は絶対にしちゃなんねえ。木の枝を折ったりするのも最低限に
するんだ。」
カ「は、はあ。」
男「俺が言えんのはそんだけだ。」
カ「え?あの、そうすると一体どう・・・」
男「そんだけだ。行くかどうかはお前さんたち次第だ。好きにしな。」
カ「え、その・・・」
男「お、雪がやんだぜ。行くなら今だ。じゃあ、俺は昼寝すっからこれでな。
あ、湯呑みはそのへんおいといてくれ。後で水汲み行くときまとめて洗うか
らそのままでいいぜ。んじゃな。」
カ「あの、ちょ・・・」
男はそのまま小屋に入っていってしまった。
二人は顔を見合わせる。
はっきり言って訳が分からないし、怪しい。胡散臭い。
しかし・・・つのる寒さと食料不足で、もう二人にはあまり時間が無い。
それに何となく引っかかって来る物がある。
カ「・・・訳わからないけど、何か、嘘じゃないって気がする。」
銀「私もそんな気がするわ。」
カ「・・・・・・行ってみようか。駄目でも一日ぐらい歩き回るだけだし」
銀「そうね。行ってみてもいいんじゃない?」
二人は頷きあうと、湯呑みを椅子の上に置いて、出発の準備をする。
カワセミがごほごほと咳き込みながら、自分の地図を確認する。
ゲンコツ岩とやらまでの道筋は地図でもだいたい見当が付く。
特に問題はなさそうな地形だ。
その先は男の話だけでは距離が全く分からないし、方向もほとんど分からな
いので地図を見てもどうにもならなかった。
地図をしまって出発する。
男が指差していたのは、その方向で一番目立つ山の山頂とほぼ同じ方角だっ
た。
その山に行くわけではないが、目印としては分かりやすいので助かる。
その向きに歩いている間は地図も要らないだろう。
相変わらず寒いが、今度はそれをそれほど感じない。
意味不明でうさんくさい話ながら、興味のある事ができ・・・ひょっとした
ら、と思う希望が持てた事で、気分はだいぶ違っている。
男の指示通り、まずは言われた方向へまっすぐ進む。
どうと言う事はない道だ。
緩やかに登ったり下ったりしながら、まばらに生えた木や茂みの間を歩いて
いく。
天気が悪いので時間が良く分からないが、多分、丁度小半時ぐらい経った頃
だろう。
視界に背丈ぐらいの岩が見えてくる。
近づいてみると、灰色と茶色の中間のような色で、丸っこい形だが、球より
は横長だ。
上の方はやや平たくてでこぼこがあり、確かに何となく人のにぎりこぶしを
連想させる形だ。
カ「・・・なるほど、ゲンコツだね。親指がないけど。」
銀「本当ね。あ、でも、親指は中に入れて握ってるのかも。」
カ「あ、なるほど!(笑)・・・さて、ここで真右に曲がるんだったね。」
カワセミは岩を壁がわりにして地図を押し付け、ここまでの道筋と今見える
景色を描き込む。
カ「さて、真右・・・こっちの方向だね。」
こちらもどうという事のない道である。
ただ、先の方には比較的木の多い場所・・・冬でなければ豊かな森だったの
だろう・・・があり、それより先は見通せない。
また、はっきりした目印がなく、方向が分かりにくい。
慎重に進む。
木の多い場所、つまりは葉の全部おちた森を通り過ぎ、開けた場所に出る。
その先にはさらに濃い森がある。
今度は常緑樹が混じっているようで、濃緑の部分もある。
そこも通り過ぎるとまた開けた場所に出る。
その先にはさらに一回り濃い森がある。
ひょっとしてこれが繰り返されるのだろうか、と思いつつその森を抜けると、
やはりまた開けた場所に出る。
しかも、その先にはさらに濃い森がある。
ただ、今度は一つだけ違う事があった。
正面少し右のあたり、森のすぐ手前に岩が二つ並んでいた。
小屋の男の説明どおりだ。
近寄ってみると、二つとも腰ぐらいの高さの岩だ。
丸っこいが、言われてみれば何かの動物に見えなくもない。
牛?豚?それとも犬だろうか。
とにかく四足の何かだ。
それが二つ、五間ほどの距離を置いて、向かい合って座っている。
カ「この間を通るんだったね。」
銀「ええ・・・」
カワセミは水銀燈を抱いたまま、二つの岩の真ん中を通る。
何か起きるのではないか、と期待していたのだが、特に何も起きない。
カ「・・・じゃあ、この後は行きづらい方向、行きたくないと感じる方向へ
進む、と。」
銀「かなり変よね、それ。」
カ「うん、かなり変。普段は行きやすい方向を選んで進んでるわけだから、
まるで逆だよね。
ねえ、水銀燈。私、無意識に歩きやすい方へ歩いちゃうかも知れないから、
もし気づいたら言って。」
銀「ええ、分かったわ。気をつけてる。」
カ「とりあえず今はどう見てもこっちよね・・・」
三方向は開けた場所で歩きやすく、唯一前方だけが歩きにくそうな鬱蒼とし
た森だ。
二人は森に足を踏み入れる。
森は前方へ行くほど、鬱蒼としている。
進路をそちらへ取る。
しばらくの間、方向を定めるのはそれほど難しくなかった。
明らかに一方向だけが濃い森になっており、見通しも悪く進みづらくなって
いたからだ。
しかしながら、安全な方向へ進みたがる、本能にも近い心の働きに背き続
けて歩くのは精神的に辛い。
しかも、通りにくい道を選んで通って行くのだ。
肉体的にも疲れが早い。
二人は声を掛け合いながら進む。
気ははやるが、疲れ切らないようにこまめに小休止を取る。
カワセミは小休止のたびに地図を書き足していたのだが、次第に方向も距離
も分からなくなってくる。
何しろ、見通しは利かないし、勘が狂うような歩き方ばかりしているのだ。
歩き続けてるとだんだん頭がぼうっとしてくる。
しかも、霧も出てきた。
視界はぼやけ、足元がおぼつかなくなり、何度もつまづく。
突然、視界の隅を白いものが飛び過ぎる。
はっとしてクナイに手を伸ばすカワセミ。
しかし、もう白いものは霧の向こうに飛び去ってしまった。
カ「何だろ、今の・・・鳥?」
銀「鳥・・・よね?飛んでたもの。でも、何か違ったような気がする・・・
薄っぺらかったような・・・」
カ「うん・・・なんか、鳥の形の紙切れか何かが飛んでたような・・・」
銀「そんな感じかも・・・あっ、カワセミ、殺生は駄目って言われてたよ。」
カ「あ、ああ、そうだった。いけないいけない。」
カワセミはクナイをしまいこむ。
カ「まあ、あんな一瞬じゃ、どのみちどうこう出来なかったけどね。でも、
鳥を見ると反射的に狩ろうとする習慣になっちゃってるから気をつけないと
ね。」
銀「ええ、私も気をつけるわ。」
二人はまた進み始める。
霧のせいで見通しは悪いが、進みづらい方向は比較的分かりやすかった。
疲れも出てきたので、そちらに行きたくはないのだが。
進路はまっすぐではなく、蛇行したり折れ曲がったりしている。
次第に方向感覚もなくなる。
それに加えて、どうにもこちらへ進みたくない、という気持ちが強まって来
た。
無論、霧の中で疲れていて、どこにいるかも分からなくなっているのだから、
進みにくくて見通しの悪い方へ進みたくないのは当然だ。
しかし、それ以上に無性に進むのが嫌になってくる。
カ「ねえ、すっごく嫌な感じしない?」
銀「する・・・」
カ「私たち、騙されたのかな?騙されて、遭難させられかけてるのかな?」
銀「そうなのかしら・・・戻る?」
カ「うう・・・戻るべきだと私の勘は言ってる。言ってるけど・・・」
銀「私も戻りたいけど・・・けど・・・」
カ「・・・もう少しだけ行ってみようか・・・」
銀「・・・うん・・・」
|/゚U゚|<ボクノ カクレザト カラ デルニハ イキニクイ ホウコウニ ススムンダヨ!
こんな感じか……?
OCNアクセス規制来ました。
無念。
短期間で規制が解除されたら続き投下します。
>>274 とりあえず乙。
長い間一人で書き続けてきたし休憩取って充電してくれ。
他の職人も投下してみてはどうかな?
短い作品なら規制の間に終わるかもよ。
そんな私も書いてはみたいがネタがない。
過去の未完SSの設定で続きor書き直しというのはダメかな?
もったいないのが有るんだが……
書いてもいいんじゃない?
>>275 作者がはっきり続き書かない、って書いてるのは問題ないんじゃない。
それ以外もまあ、乗っ取りもSSスレでは容認されてるから大丈夫でしょ。
278 :
275:2011/04/01(金) 14:19:35.80 ID:AUQrWPpm
少しだけ書いてみた
ローゼンメイデンの蒼星石を虐めるスレの
>>749さんの作品を少し変えてみた
次スレになかったから未完のままだと思うけど
もしあったら教えてくれ
ちなみに今PC規制で投下できない
>>274 乙です
黄泉平坂をイメージしてしまった。
実は二人とも生死の境を彷徨しているんじゃないかとか……
>>275 取り敢えずGOGO
281 :
275:2011/04/03(日) 04:10:01.73 ID:EIsXwE8S
ここで職人の皆さんに質問があります。
〜する。と
〜した。
はやはりどちらかに統一するべき?
使い分けるべき?
>>279 虐待、グロは書けません。
ちなみに、そのURLの下から二つ目のスレです。
>>280 規制終了と構成がまとまったら投下するよ。
あと、このスレを過去のSSについての雑談に使ってもいいかな?
ファンになったの最近だからSSについての意見交換とかしてみたい……
>>281 他サイト投稿中だからここの流儀は判らないけど。
現在形だけだと、浮付いた感じがしてしっくりこないから併用してます。
逆に過去形だけだと単調になる。
但し、
名前「台詞」
独白
みたいな体裁だとあまり気にならないし、現在進行中なら現在形、過去の事象なら過去形に統一したほうが読みやすくて良いかも。
雑談はどうかな。
結構過去作の話題なんかは上のほうでも出ていたような気がするよ。
色々と嬉しいコメントをありがとうございます。
しかし、一週間が過ぎましたが、規制が解除されません…
まだあきらめてはいませんが…場合によってはどこかのSS投稿サイトへの引っ越しも考えています。
どこかオススメの投稿サイトってあります?
♯出来るだけ、応援してくれた人がいるここで完結させたいのはやまやまなのでで、まだ待ちますが
投稿サイトというわけではないが、SS速報VIPかなぁ……
285 :
275:2011/04/06(水) 07:09:36.97 ID:1scZGMHt
>>282 レスありがとう。
過去系中心に現在系入れてみるよ。
>>283 ここまでやってどっか行くのはもったいないし
俺自身続けて欲しい。
もうOCN解約してしまえ!
こっちは少し進んでは推敲を繰り返しているのでまだかかりそうです。
規制から免れてるスレがあるなら2chの別スレがいいと思う
ちらほらローゼン系が投稿されてるといえば「小説家になろう」と「Arcadia」か
小説家になろうは折り返し制限があったりして2chの投下形態に似てる
投下作品の質は玉石混淆で「俺はこんなゴミ溜めに投下したくない!」って気分になるかもしれん
Arcadiaは登録も要らず纏めて投下するには向いてる
但し、感想人で作法に煩いのが湧くから今のままでの投下は推奨しない
カ「まあ、あんな一瞬じゃ、どのみちどうこう出来なかったけどね。でも、
鳥を見ると反射的に狩ろうとする習慣になっちゃってるから気をつけないと
ね。」
銀「ええ、私も気をつけるわ。」
二人はまた進み始める。
霧のせいで見通しは悪いが、進みづらい方向は比較的分かりやすかった。
疲れも出てきたので、そちらに行きたくはないのだが。
進路はまっすぐではなく、蛇行したり折れ曲がったりしている。
次第に方向感覚もなくなる。
それに加えて、どうにもこちらへ進みたくない、という気持ちが強まって来
た。
無論、霧の中で疲れていて、どこにいるかも分からなくなっているのだから、
進みにくくて見通しの悪い方へ進みたくないのは当然だ。
しかし、それ以上に無性に進むのが嫌になってくる。
カ「ねえ、すっごく嫌な感じしない?」
銀「する・・・」
カ「私たち、騙されたのかな?騙されて、遭難させられかけてるのかな?」
銀「そうなのかしら・・・戻る?」
カ「うう・・・戻るべきだと私の勘は言ってる。言ってるけど・・・」
銀「私も戻りたいけど・・・けど・・・」
カ「・・・もう少しだけ行ってみようか・・・」
銀「・・・うん・・・」
ええ、「乳酸菌とってるぅ?」作者です。(・・・捨てハン付けた方がいい
気がしてきた)
知人からPHSを借りて来ました。WSO11SHとかいう、少し古いけど小さいキ
ーボードが付いてて比較的高性能な奴です。
PCで作成→PHSにメールで送信→PHSで書き込み、というやり方を使えば
、1ログは短くなるし改行は汚くなるけど、一応行けそうです。
手間がかかるので以前よりはペースが落ちる事になりますが、規制解除まで
これで何とか繋いでいこうと思います。
コメント頂いた方々、ありがとうございました。
いずれ、余裕ができたら、改めてお礼のレスをさせて頂きますので、しばら
くご容赦ください。
今は正直、慣れない機械(?)の操作でテンパった状態なので・・・
歩き続ける。
もう、かなりの時間歩き続けているはずだ。
いったい、どれだけ進んだのだろう。
ここはどの辺りなのだろう。
やがて、岩がごろごろしている斜面に出る。
進みにくいのはあきらかにその方向だ。
霧の中でその岩場は不気味で不吉に見えた。
まるで、あの世へと渡っていく渡し場のような・・・
行きたくない。
行きたくない。
しかし、戻っても明るい見通しがあるわけではない。
食料もろくになく、寒さはさらに厳しくなっていく。
カワセミは水銀燈をぎゅっと抱きしめる。
水銀燈はカワセミにぎゅっとしがみつく。
お互いに相手の存在から力を得て、二人はその不気味な岩場に入っていく。
斜面は進むにつれて急になっていく。
岩の密度が濃くなり、岩を乗り越えていかなければならない場所が増えてい
く。
岩だけでなく、妙にねじれて生えている大木が岩場を這っており、視界を塞
ぎ、進路を阻む。
まだ日の高い時間があるはずなのに、一歩進むごとにあたりが薄暗くなるよ
うな気がする。
いったい、何十の岩を越えて来ただろう。
鍛えているカワセミもさすがに限界を感じはじめていた。
ひときわ大きな岩に登ったところで座り込む。
疲れた。
行きたくない。
もう無理だ。
二人は顔を見合わせる。
もう無理だね。
互いにその言葉を口に出そうとした時だった。
霧がわずかに薄くなる。
ごくごく短い時間だけ、微かな光が射す。
進もうとしている方向は相変わらず見えないままだが、それ以外の方向の視
界がわずかに開け、山並みが見えた。
カ「・・・・・・あっ!!」
銀「ど、どうしたの?」
カ「あの山・・・そしてあっちの山・・・」
銀「え?あの山がどうしたの?」
カ「・・・ねえ、水銀燈。前に地図と景色が合わなかった事があったの覚え
てる?
ほら、地図はちゃんとしているはずなのに、景色と地図が合わなくて、ある
はずの場所がなかったこと。」
銀「ええ、そんな事があったわね。覚えてる。・・・それが?」
カ「あれからかなり歩いて、大きく回りこむようにして進んで来たから気づ
かなかったけど・・・このあたり、あの時の『あるはずの場所』よ!」
銀「えっ?そうなの?」
カ「ええ、あの時は南の方から見ていて、今は山系を大きく回りこんできて
北西から見てるけど、あの場所よ。間違いない。」
銀「じゃあ・・・」
カ「ええ、何かがあるんだ、きっと。」
二人は顔を見合わせて頷く。
カ・銀「行こう!」
>>290 がんばれー
投下乙
ところで、スペースカキコとかで無料で2ch形式の掲示板設置できるんだが
そっちに避難所作って
規制喰らって投下できない人はそこに投下 → 投稿可能な人がこっちに転載
なんて方法取れないかな?
避難所の方がメインになって、それも長くは続かず消滅なんて未来もありえそうで怖いけど
えーい、規制退散!
わっ、書けた!
規制解除だ!
>>273 遅くなりましてすみません。
>|/゚U゚|<ボクノ カクレザト カラ デルニハ イキニクイ ホウコウニ ススムンダヨ!
>こんな感じか……?
うーん、それが何か知らないんですが、ゲームか何かですか?
多分、そんな感じで間違っていないと思います。
>>275 レスどうもです。
規制の間、とかこだわらないで他のみなさんにも投下して欲しいです。
何か、俺がスレを独占してるみたいで気が引けるので(汗
未完のSSを元ネタとして新しい作品を書くのは全然アリだと思いますよ。
そもそも、SS自体が他の元ネタあって成立するものですし。
作品、期待しております。
あと、
> 〜する。と
> 〜した。
の問題ですが、俺自身は今投下している作品のように、明らかに過去の(回想の)話の場合は全然こだわらず、適当です。その場のノリですw
語られる時点から見て現在・未来と過去が交錯するような作品の場合は気をつけますけどね。
しかし、ホント、メールアドレスの問題がなきゃ、他のプロバイダに変えちまおうかと思うところです(苦笑
しかし、こういう頻繁な規制は2ちゃんも自分の首絞めてるんじゃないかなあ・・・
>>279 TEGさん
いつもコメントありがとうございます。
感想も頂けて恐縮です。
長年付き合うような友人、長年会わなくても忘れないような相手って、一度や二度は喧嘩したり、深刻なやりとりってしますよね・・・少なくとも自分はそうです。
>>280 コメントありがとうございます。
そういう、黄泉路的な何かを感じ取って下さいましたか。
・・・ごめんなさい、ストーリーの都合上、今はコメントできないです(汗
ホントは俺自身そのへんの話したいんですがw
ともかく感想を頂けて嬉しいです。
>>284 情報ありがとうございます。
SS速報VIPですね。
参考にさせて頂きます。
VIPがらみだとぷん太のニュースが一番好きなんですけど、VIPノリの所へ今の投稿したら浮きますよね、多分・・・(汗
(本編再開)
荷物から残り少ない食料の袋を出し、すぐに食べられる物をさがす。
少しだけ残ってた干果を取り出して食べ、水を飲む。
体力と気力が戻ってくる。
二人は立ち上がり、再び、岩だらけの斜面を登り始める。
きつかったが今度は気持ちが折れることはない。
行きたくない、進みたくない、という気持ちは相変わらず襲ってくる。
しかし・・・気力が戻った今、注意深くその気持ちを「感じて」みると、何
か作為的にそう思わされているのではないか、という感じがする。
自分の・・・いや、自分達の意志で通り抜ける。前に進む。
やがて、岩場の傾斜はゆるくなり、岩も少なくなってくる。
だんだん木の割合が増え、辺りは濃い森になる。
視界は全くきかないものの、地形が変化し、どうやら峠のような場所に出て
いるようだ。
もっとも森が濃い所へまっすぐ進む。
進み続ける。
不意に視界が開けた。
カ・銀「!!」
二人は驚愕に言葉を失う。
濃い森の途切れた所。
そこはちょっとした高台になっており、その先を見下ろす形になっているの
だが・・・
その先は急に開けた地形になっている。
穏やかな平地に、村落・・・それも整備されて整えられた、明るく広々とし
た豊かな村落が広がっていたのだ。
奥の方には牛が数頭草を食んでいる。
辺りを見回すと確かにここは高い山の中、森の奥なのだが・・・
村落の方から、大柄な品のいい老婆がにこにこしながら二人の方へ歩いて来
る。
老婆「ようこそ、里へ。」
「乳酸菌とってるぅ?」
後編 第一の章
水銀燈は縁側に腰掛け、湯呑みを手にして外を眺めていた。
まだ寒さは残っているものの、もう冬の気配はすっかり消え、穏やかな春の
日差しが降り注いでいる。
すっかり元気になったカワセミは体がなまるから、と言って走りこみに行っ
ている。
そろそろ戻ってくるだろう。
今日は自分が手伝える作業はなさそうだ。
それに、あとでカワセミと出かける約束がある。
ここでカワセミを待っていよう。
この里に落ち着いてもう数ヶ月になる。
ここでの暮らしは実に穏やかだ。
・・・生まれて以来、一番穏やかな生活かもしれない。
思えば、ここにたどり着く事ができたのは実に幸運だった。
ここにたどりついた、あの冬の日を思い返す。
あれ?
さっきVIP→ぷん太のニュース、と連想しちゃったけど、あそこは別にVIP限
定じゃなかったかな?
>>286 情報ありがとうございます。
「小説家になろう」と「Arcadia」ですね。参考にしてみます。
作法にうるさい、っていうのはちょっと嫌かな・・・
SS投稿サイトって結構あるものなんですね。
それにローゼンSSも本当にたくさんある。
自分はそれのほんの一部しか目にしていないんだなあ・・・
>>291 応援ありがとうございます。
お陰様で、やる気が折れる前に規制が解除されました。
避難所はいい考えですよね。
うまく使えば、そのまままとめサイトにできるわけだし。
他にも規制に悩んでいる人がいるようだし、同意してくれる人がある程度集まれば・・・短命に終わるとしても、それはそれでいいんじゃないでしょうか。
ただ・・・俺は今現在、作品を投下しているので、自分自身ではちょっとやりづらいです。
老婆「ようこそ、里へ。」
カ「あ、ど、どうも。」
銀「どうも。」
カ・銀(あっ)
反射的に挨拶を返したが、人形の水銀燈が普通に話してしまったのはまずか
ったかもしれない。
老婆「さあさ、外は寒い。とりあえず、私の家に来んさい。」
老婆は水銀燈が喋った事を全く気にした様子もない。
二人は若干戸惑いつつも、老婆について行く。
老婆の家はすぐそばだった。
家族で住んでいるとすればごく普通の大きさの家だ。
豪華というわけではないが、しっかりと丁寧に作られていて、地味な造りな
がらどこか品がある。
二人はそこでお茶を・・・贅沢にも本物のお茶だ・・・御馳走になりながら
老婆の話を聞く。
老婆はこの里の長老の一人であること。
シカという名前で通称シカ婆さんと呼ばれていること。
シカ婆さんには二人の弟がおり、上の弟はこの里に住んでおり、やはり長老
の一人であること。
この里はシカ婆さん姉弟を含めて、行き場をなくして新たな居場所を探し、
辿り着いた人ばかりが暮らしている場所であること。
どういう過去の持ち主でも、里の秩序さえ守るなら受け入れるし、話したく
ない過去は話さなくてもよいこと。
この里はいくつか特産品を生産しており、それをひっそりとある場所に卸し
て生計を立てていること。
それは上手くいっており、生活は厳しくないこと。
シカ婆「だから、もしもここで暮らしたかったら、あんたらもここに住んで
ええよ。」
カ「あ、そ、それはとても嬉しいお話なんですが、あの、その・・・」
これは正に求めていた事なのだが、いくらなんでも急な話だ。
それに聞きたい事、疑問に思うことは山ほどある。
シカ婆さんは穏やかに笑う。
シカ婆「慌てんでええよ。今日はあたしも忙しくない。言いたい事を思いつ
いた順に言ったらええ。・・・そっちのお人形さんも遠慮なく何でも話しん
さい。」
カ・銀「あ、じゃあ」
二人同時に話し出そうとしてしまう。
顔を見合わせ、水銀燈が身振りでカワセミに先を譲る。
カ「じゃあ、あの、水銀燈の事、何とも思わないんですか?」
シカ婆「ああ、こういう二人が来る、って言う事は報せで聞いてたからね。」
カ・銀「えっ?」
シカ婆「はっはっは。ここへ来る前、いかつい男に会ったろう?ここへこう
・・・」
シカ婆さんは指で自分の額から片目、頬となでて見せる。
シカ婆「大きな傷のある男さ。あれはあたしの下の弟でね。わけあって離れ
て住んでるが、それを活かしてこの里の門番みたいな事をやってくれてる。
あの子が知らせてくれたのさ」
二人は唖然とする。
あの男は水銀燈が人形だとちゃんと分かっていたのだ。
カ「・・・弟さんは目が見えないのでは?それに、お人形が話していて、よ
く驚きませんでしたね。」
シカ婆「ああ、あの子の目ね。片目は刀傷で完全にやられてるね。もう片方
の目も閉じてる事が多いけんど、見えないわけじゃないよ。
それに・・・あの子は目を閉じていても、色々なことを感じ取れるのさ。」
シカ婆「それと、あたしらは見ての通り、かなりの年だ。
この年になりゃ、色々なことを見て来てる。
今さらお人形が動いたぐらいであの子も驚きゃしないよ。」
はっはは、とシカ婆さんは笑う。
カ「そ、そうですか・・・じゃあ、この里が外から見えなかったり、たどり
着くのに色々手順が必要なのは何故ですか?何かの術で?」
シカ婆「ふふ・・・」
シカ婆さんは謎めいた微笑を浮かべる。
シカ婆「まあ、ほとんどは工夫だよ。
あたしらの中に方位や地形、物の見え方に詳しい者が居てね。
その知識を使って、色々工夫して・・・言ってみれば地形を利用した結界を
作ってこの里を見つかり辛くしてるのさ。」
カ・銀「はあ〜」
驚いているのだが、間の抜けた声が出てしまう。
シカ婆「まあ、それだけではない部分もあるけんどね。それはまた追々話し
てあげる。
そしてね。
あの結界には新しい場所をさがす者を試す意味合いも少しある。
だから、あの結界を抜けてくる事ができたあんたらにはもう、ここに住む資
格があるんだよ。」
全てがはっきり分かったわけではないし、怪しさもある。
ただ、怪しいと言っても不思議な事が絡んでいる、ということであり、騙さ
れるような不安は感じない。
本当にここは自分達を受け入れてくれるのだ。
その事は確かな感触を持って二人に伝わりはじめていた。
少し、緊張が解ける。
シカ婆さんは言葉を続ける。
シカ婆「そうそう、変わった場所には変わったもんが集まるのか、類は友を
呼ぶってのか・・・」
婆さんはちょっと皮肉に笑う。
シカ婆「この里には、普通の人間じゃない者も何人かおるよ。」
カ「えっ?人間じゃないもの?」
シカ婆「その水銀燈さんと旅をしてきたあんたが今さら何を驚いてるんだい
(笑)
そう、人間じゃない者も居る。
でも、みんなちゃんと里の秩序を守って平和に暮らしているいい子ばかりさ。
心配する事はないよ。」
「そういえば、弟はあんたらの名前は知らせて来なんだ。こちらは水銀燈さ
ん、だね。で、あんたは?」
カ「あ、カワセミと申します。よろしく・・・うっ、ゴホッ、ゴホッ」
カワセミが酷く咳こむ。
今まで緊張のあまり止まっていたのだが、ここしばらくカワセミを悩ませて
きた咳が一気にぶり返したようだ。
シカ婆さんは眉をひそめる。
シカ婆「・・・これはいかんね。普通の風邪じゃなさそうだ。ちょっと上の
弟に診てもらった方がええ。上の弟は医術にも明るいでね。
おーい、ちょっと柿屋敷の弟を呼んできておくれ。病人だって言ってね。」
誰か人が呼びに行った様子はないのだが、それほど待つことなく、初老の男
が大きな袋を提げてやってくる。
白っぽい道服を着たがっしりとした男で、何か不思議な雰囲気を持った男だ。
シカ婆「さっき知らせた、新しく来た人だよ。酷い咳をしてる。ちょっと診
てやっておくれ。」
男は頷き、手馴れた様子でカワセミを診察する。
男「肺炎だな。それも慢性化してる。・・・よくこの状態で山を歩いて来ら
れたな。」
カ・銀「!」
シカ婆「そんなに酷いのかい?」
男「軽くはないね。だが、すぐに儂(わし)が治療すれば命にかかわる事は
ない。」
一同は胸をなでおろす。
男「だが甘くは見ないでくれ。しばらくは療養する・・・つまり薬を飲んで
暖かくして寝ている必要がある。幾度か熱が出るだろうし、冷たい空気は肺
に良くないからな。」
シカ婆「そうなのかい。分かった、そうできるようにしよう。・・・カワセ
ミさんや、そんな訳だから、しばらくこの家に居て療養しんさい。」
カ「え・・・その・・・ごほっごほっ・・・お言葉はありがたいのですが、
その、今日初めてお会いしたばかりで・・・ごほごほっ」
シカ婆「遠慮なんかせんでええ。困った時は助け合いだよ。この家は今はあ
たし一人しか住んでおらんでね、十分に部屋はある。
それに、弟の話からするとあんた、他の村なり麓の町なりに行ける状態じゃ
ないよ。
ここは一つ、この年寄りの言うとおりにしんさい。」
カワセミはしばらく躊躇したが、心を決めたようだ。
カ「・・・はい・・・ありがとうございます。しばらくご厄介にならせて頂
きます。」
背筋を伸ばして正座し、手を付いて丁寧にお辞儀をする。・・・その動作で
さらに咳き込む。
シカ婆「こりゃいかん。すぐに床をのべてあげよう。あと囲炉裏に火・・・
いや、火鉢の方がいいね。あんた、薬を頼むよ。」
男「ああ。」
そのまま話は中断し、慌しく小部屋に布団が敷かれ、カワセミは横になる。
どうやらカワセミの病気はかなり悪かったらしい。
無理に気力で抑え込んで旅を続けていたのだ。
それも限界に近づいていたのだが、安心できる場所にたどり着けたと感じた
事で気が緩み、一気に反動が来たようだ。
布団で激しく咳き込みながらぐったりしてしまっている。
シカ婆さんの弟がいったん自分の家に戻り、薬を調合して来てくれる。
薬草を煎じたものでなく、本格的な粉薬だ。
三種類あり、二種類は飲み薬、一種類は湯に溶かしてその湯気を吸い込むも
のだ。
咳き込んで眠れなかったカワセミだが、薬を飲んで湯気を吸い込むといくら
か楽になったらしい。
火鉢の熱で温められた小部屋でぐっすりと寝入る。
男「さっきと同じ薬を置いていくから、朝晩飲ませて。あと、いずれ熱が出
るはずだから、熱さましも置いていく。これは熱が出たら飲めばいいから。」
シカ婆「ああ、分かった。ありがとうよ。」
水銀燈も小部屋に運んでもらい、カワセミの枕元についている事にする。
そのままカワセミは寝付いてしまう。
実際、かなり病状は重く、半月の間カワセミは床を離れる事が出来なかった。
命に関わる事はない、と断言されていなかったら水銀燈は心配で取り乱して
いたかもしれない。
カワセミは何度も高熱を出し、その都度熱さましで熱を抑え気味にし・・・
無理に完全に熱を下げるのは逆に良くないのだそうだ・・・酷い咳が続けば
薬入りの湯気を吸い込む。
それを繰り返すうちに徐々に病状は軽くなっていった。
薬と、何よりも暖かくて安心できる環境が良かったようだ。
・・・もしもあのまま冬の山中にいたらどうなっていたことか。
水銀燈はその間、ずっとカワセミのそばについていた。
医術の事は分からないので、水を飲ませたり頭を冷やしてやるぐらいしか出
来なかったが、精神的な支えという点では大きかったに違いない。
やがて症状はかなり治まり、何とか床から起きられるようになり、本人も周
りもほっと胸をなでおろす。
数日経つと、カワセミは歩き回ったり行水をしたがったりしたが、まだシカ
婆さんと弟にきつく止められ、さらに一週間ほどおとなしくしていた。
二人ともその間に、すっかりシカ婆さんと仲良くなっていた。
シカ婆さんは穏やかで優しい人だった。
また、聡明で実に色々な事を知っている人だった。
いかにも老女が知っていそうな知恵をたくさん知っていただけでなく、学問
的な事にもかなり博識だった。
どうやらかなり教養があるようだ。
自分の過去については色々あったんだよ、としか教えてくれなかったが。
305 :
291:2011/04/11(月) 12:43:36.50 ID:ZPhT0LIV
>>304 乙、カワセミ生き延びれるのかーそうかー
無料掲示板はいつでも借りれるので
次に規制に巻き込まれた人が出たら設置、でいいとおも
あの手の掲示板は管理が上手く行かないと業者がドバドバ書き込みして潰れるから
纏めに使うのは止めたほうがいいかも
場所として有効に使う、程度に考えといたほうがいい
この里にやってきて一月以上経ち、ようやくカワセミは完全に病床を離れる
事ができた。
病室になっていた小部屋を出、囲炉裏のある部屋・・・シカ婆さんの家で一
番広い部屋・・・でささやかな床上げの祝いの膳を囲む事にする。
髪をくしけずり、新しい服を着て・・・水銀燈にも新しい、黒い浴衣が用意
されていた・・・手と顔を清めてから食卓につく。
病床にいる間はカワセミはほとんど粥ばかりだった。
水銀燈も同じものがいい、と言って粥を食べていたので、普通の食事は久し
ぶりだ。
囲炉裏を囲むのはシカ婆さん、カワセミ、水銀燈だけとささやかな宴であっ
たが、久々に明るい雰囲気の中で食べる食事は楽しかった。
並んだ食事は派手ではなかったが、楽しい雰囲気を抜きにしてもなかなか美
味だった。
川魚を何かに漬け込んで焼いたもの、豆と豆の加工品、芋と鳥肉の煮物、菜
の漬物、汁物、そして少量の酒。
一つ一つ味の傾向は違うが、どれも濃厚で非常に深みのある味わいを持って
いた。
そして、かすかな甘味を感じさせる、素朴でありながら豊かな味わいの炊き
立ての白米。
カワセミも水銀燈も、食べ始めるともう箸が止まらなかった。
カ「美味しい・・・染み渡るわぁ。ねえ、シカさん、この里ではいつもこん
なに美味しい物を食べてるの?」
シカ婆「はっはっは。白米は滅多に食べないね。お祝いだから特別だよ。他
の物はね、前にもちょこちょこと言ったけんど、この里の特産品なんだよ。」
シカ婆さんはぐい飲みに注いだ酒をほとんど一口に飲み干す。
かなりいける口らしい。
>>305 コメントありがとうございます。
ええ、カワセミは生き延びましたw
そうか、無料掲示板には業者書き込みの問題がありましたね。
・・・以前、自分のサイトの掲示板をそれで閉鎖したんだった。忘れてた(汗
そう考えてみると、ぷん太のニュースみたいに掲示板もあるまとめサイトでうまく行ってる所ってのは凄いな・・・
確かにおっしゃるとおり、規制に巻き込まれた人が出たら一時的に使うのが賢明ですね。
作品の推敲中であり、規制も食らってる人いましたよね。
どうなったのかな?
カ「ああ、ここに来た時にも聞いたし、寝込んでいる間にも少し聞いたっけ
ね。漬物とかだよね。他にはどれが特産品なの?」
シカ婆「素材そのものの料理以外のほとんどだよ。この里はね、漬けや醸し
で作る色々な食べ物・飲み物を造っているのさ。」
カ「へえ〜。」
銀「漬けや醸し・・・あの、漬物は分かるけど、醸しって?」
シカ婆「一言に醸し、って言っても難しいんだけどね。味噌や酒のように、
穀物に醸しの素になる麹やら何やらを加えてしばらく置くと出来るものもあ
れば、牛の乳をいい案配の暖かい所に置いておくだけの物もある。漬けだか
醸しだかどっち付かずの物もあれば、干しも組み合わせたやり方もある。
どれにも共通するのは、食べ物に色々工夫し、ある程度の時間置いてやると
美味しくなる、って事ぐらいかね。
その工夫や、置いてやる環境が難しいんで、いいものを作れる所は少ないん
だけどね。
ところで、あんたらお酒はどうだい?」
カ「あ、じゃあ、ちょっとだけ。」
銀「私はちょっと・・・」
水銀燈は酒の匂いがあまり好きではなかった。
シカ婆「そうかい、じゃあ、カワセミ、お一つどうぞ。」
シカ婆さんはカワセミのぐい飲みに酒をつぎ、自分のぐい飲みにもなみなみ
と酒をつぐ。
銀「でも、それで食べ物が美味しくなるなんて不思議ね。新鮮な方が美味し
そうなものだけど。」
シカ婆「ああ、醸しも漬けも合わなくて、新鮮なほど旨い物もたくさんある
よ。
でも、確かに醸しってのは不思議だねえ。
職人たちも、経験的にどうすれば美味しくなるかは分かっていても、どうし
てそうなるのかは分かっちゃいないのさ。」
カ「不思議だよね。私の育った里では、食べ物を美味しくしてくれる神様が
宿る、って言われてた。」
シカ婆「ああ、職人たちも良くそう言うね。感謝も込めて、神様のお陰だっ
てね。まあ、きっとそうなんだろうね。普通は食べ物を放っておけば腐っち
まうのに、やり方次第では美味しくなるんだから、何かが宿るんだろうね。
もっとも・・・これはある学人さんが言ってた珍妙な考えなんだけどね。
醸しは小さな小さな良い生き物が食べ物に住み着くおかげで起きるんだと
さ。」
銀「小さな生き物?」
カワセミと水銀燈は手元の食べ物をまじまじと見る。
二人ともかなり視力が良いのだが、勿論小さな生き物など見えない。
シカ婆「この里で一番目のいい者だって、若い頃のあたしだって何も見えな
かったよ(笑)
なに、変わり者の学人さんの珍妙な説ってだけさ。
ただ・・・そう考えると妙につじつまが合う部分があるのも確かなんだよね
え。」
シカ婆さんの聡明な瞳に考え深げな色が浮かぶ。
シカ婆「まあ、そんな考えもあるってだけさ。それに、小さな小さな神様が
宿るって考えればそんなに違いやしないよ。
あたしたちは感謝を忘れず、醸しを使って美味しい物を作る。それでいいの
さ。」
銀「そうね。」
カ「そうよね。」
三人は食事を楽しむ事に戻る。
カ「美味しかった〜、ご馳走様でした。」
銀「本当に美味しかったわ。ご馳走様でした。」
シカ婆「そりゃ良かった。お粗末さま。さて、お茶にしようかね。」
シカ婆さんは二人分のお茶を入れ、茶菓子を出して二人に勧める。
自分は酒の徳利とぐい飲みを手放さないままだ。・・・かなりの酒好きらし
い。
シカ婆「最近はこの里でもいいお酒が出来るようになって助かるよ。前はち
ゃんとしたお酒は買うしかなくて貴重品だったから、滅多に飲めなかったも
んだ。」
カ「それは何より(笑)・・・あれ?お酒は特産品じゃなかったの?」
シカ婆「ここの気候じゃ、米がほとんど出来ないんだよ。だもんで、米は麓
から運び込まないとならない。
そうなると、あまり量が作れなくてね。自分達で楽しむ分ぐらいしか作って
ないのさ、今のところは。」
カ「ああ、なるほど・・・」
シカ婆「まあ、他にも理由はあるんだけどね。ともかく、麓から物を運び上
げるのはなかなか大変だ。
その上、ここの特産品の都合上、最優先で運び込まないとならないのは塩な
のさ。どうしても米は後回しになる。それに米は意外と重くて嵩張るからね。」
カ「あ、良く分かる・・・自分で食べるぶんの干飯でさえ、結構重くて難儀
したもの。」
シカ婆「だろう?まあ、芋・豆・雑穀はこの里でもたくさん作ってて、それ
で作るお酒もあるにはあるけど、これはあまり売り物にならないからねえ。」
銀「お米、そんな貴重な物だったんだ・・・さっき、あんなにたくさん食べ
ちゃって悪かったわ・・・」
シカ婆「なあに、今日みたいなお祝いの席や、祭の時はいいのさ。そのぐら
いの余裕はあるからね。そういう時に食べてこそ、さ。」
半分意図的に連載っぽくしてきたんだけど、(残りの半分は書くのが追いつか
ないから)可能な時は少しペース上げます。
あまり間を置かずに二回規制来たもんで・・・さらに何かあった場合、永久規
制とかも有り得るんだよね?
それに、あまりに長引くとアレだし。
多少エピソードを削ってコンパクトにします。それでも十分長そうだけど。
カ「ねえ、シカさん、焼酎は作ってないの?」
シカ婆「カワセミ、あんた結構色々知ってるねえ。そう、芋や雑穀からでも
焼酎はそこそこの物が造れるからね。
昔は作れなかったけんど、今は小さい蒸留釜があって、里の者が飲んだり、
医術に使う分ぐらいは作れているんだよ。
ただ、生産量を増やして売りに出すかどうかは・・・今ちょっと里の寄り合
いで揉めててね。出荷にちょっと問題があるんだよ。
もし、あんたらのどっちかが・・・まあ、これはカワセミだろうね・・・出
荷に実際に関わる事があれば、是非意見を聞かせておくれ。」
カ「そうなんだ・・・うん、分かった。」
銀「私はその出荷に関われないの?」
シカ婆「うーん、荷造りは手伝って貰えるかもしれんね。でもね、出荷をや
るのは重たい荷車を引いていく者たちと、それを護衛して行く者たちなんだ
よ。あと場合によっては交渉にあたる者もね。ちょっと向かないんじゃない
かね。どちらかというと、、水銀燈には細かい作業が向いてるんじゃないか
ね。」
銀「そうなんだ・・・ええ、分かったわ。」
カ「そうだ。今まで、ずっとお世話になりっぱなしだったんで、私たちも何
かさせて欲しいんだけど、そのへんどうなの?」
シカ婆「おお、いい心がけだねえ。そう、その話もするつもりだったよ。
二、三日したらね、まずあんたたちを里の衆にお目見えせねばね。
お目見え、って言っても、堅苦しい儀式じゃないよ。
里の中にある作業所や家を回って、初めまして、って挨拶して回るだけさ。
それが終わったら、あんたらはしばらくの間あちこち見に行って、この里で
どんな仕事があるか、どれが手伝えそうか、見て回って欲しいのさ。」
カ「ああ、はい。」
銀「ええ、分かったわ。」
乙す!
働くお姉さんもいいですねぇ。
シカばあさん、勉強になります。
>>311 はしょらなくてもいいと思います。
大長編ストーリーはけっこうありますから……
314 :
275:2011/04/11(月) 23:55:31.64 ID:dCT+ZN3y
>>312 復活ッ!「乳酸菌とってるぅ?」復活ッ!!
乙です
いいんじゃない?長くなっても。
終わったときに没になった話が気になると思うし。
書き手の少ないこのスレを終わらせないためにもコンスタントに
長く投下してくれる人は必要だと思うけど。
私の方は今八千字ちょっとあるんだけど、構成がまとまらないので
もう少し待たせることになりそうです。
シカ婆「水銀燈はさっきも言った通り、たぶん細かい作業が向いてると思う
よ。あんた、手先が器用だし、何よりも手が小さくて細かい作業に向いてい
るものね。」
銀「そうね。きっと細かい事なら上手にできるわ。」
シカ婆「そんでね・・・カワセミはまあ、女のする作業ならどれでも参加で
きると思うけど・・・あんた、元忍だよね?もし、嫌でなければ、出荷の護
衛をやって欲しいのさ。
力持ちは大勢いるんだけど・・・荷車の少し離れた所を警戒して、前もって
誰か近づいてくるのを見つけて警告して、誰かと出くわして問題になるのを
事前に防ぐ・・・まあ、斥候とか偵察って奴かね。そういう仕事ができる者
が今、里には少ないんだよ。」
カ「そうなんだ。うん・・・そうね・・・そういうのだったら得意だけど。」
カワセミは少しだけ迷ったようだ。
カ「ええ、やるわ。それで役に立てるなら是非やらせて欲しいわ。」
シカ婆「おお、それは助かるよ。まあ、もう少し養生して体に力を付けてか
ら、だけどね。
そんじゃ・・・明後日が大安だで、雨雪が降らなかったらこの日にまずお目
見えをすることにしようかね。」
銀「ええ、でも・・・」
シカ婆「ん?早いかね?」
銀「そうじゃなくて・・・私が細かい仕事で、カワセミが出荷の護衛だと、
離れ離れになっちゃうのよね?」
シカ婆「ああ、昼間、作業中はね。でも、夕方になったら二人ともここへ戻
って来て、一緒に夕食を食べて、寝られるよ。まあ、出荷は泊りがけになる
事も無いではないけれど、それはたまにしかないからね。」
銀「そうなんだ。よかった。」
カ「私も安心よ。・・・ここ半年、四六時中一緒だったものねえ、私たち。」
銀「そうね・・・」
カ「四六時中一緒にいなくても、ずっと一緒よ。」
銀「ええ、そうよね。」
シカ婆さんは何も言わず、穏やかな笑みを浮かべていた。
>>313 TEGさん
コメントありがとうございます。
シカ婆さんの話は、ある程度は調べて書いてますが、昔の人は醸し(発酵)
をこんな風にとらえてたんじゃないかな、っていう想像も入ってますので、
話半分に読んでおいてくださいね。
うーん、規制の問題がなければ長くてもいいかもしれませんが・・・
まあ、ストーリー上重要な部分は削りませんから。
>>314 烈先生w
烈先生!ありがとうございます!
でも、あんまり大声出すとショックで乳酸菌が死んじゃいます!w
確かに、没にした話って後で気になるんですよね。
というか、既に最初の方で18禁要素を抜くためにカットした部分が気にな
ってたりして。(そのせいで少しストーリーが変わったせいもありますが)
まあ、ぼちぼちやって行きます。
推敲、納得いくまでじっくりどうぞ。
当分はコンスタントに投稿が続きますので、スレは大丈夫ですからw
(規制が入った場合は除く)
その後も茶菓子と肴がなくなるまで他愛のないおしゃべりを続ける。
明日はお目見えの時の服装を選んで、それから久々に風呂を沸かして、ご飯
はあれとあれを・・・などと話し続けるうちに夜も更けてくる。
三人で「川」の字に布団を並べて眠る。
翌日はお目見えの服を選んで洗濯をした。
水銀燈は元々の服装、カワセミはシカ婆さんの所にあった、普通の生活をし
ている若い女として一般的な服装だ。
その後は風呂の支度。
シカ婆さんの家にはかなり立派な風呂があった。
この時代で山の中である事を考えると相当な贅沢だ。
シカ婆さんは出荷準備の監督に出かけて行ったので、カワセミと水銀燈で準
備する。
水銀燈は釜の前で台に座って火の番。
カワセミは水汲みだ。
里には小さな小川と複数の井戸があり、しかも井戸は「硬い水」の井戸と「
柔らかい水」の井戸があるのだそうだ。
今回は一番近い井戸から水を汲んでくる事にする。
病み上がりのカワセミにとって久々の力仕事なので、体慣らしを兼ねて少し
ずつ運ぶ。
夕方になって帰って来たシカ婆さんと三人で順番に・・・カワセミと水銀燈
は一緒だったが・・・ゆっくり汗を流す。
実に気持ちが良かった。
夕食の支度をしつつ、ふと思いついた事をカワセミは尋ねる。
カ「ねえ、シカさん、この里ってなんていう里なの?」
シカ婆「ん?里の名前かい?」
カ「そう。」
シカ婆「ははは、名前はないんだよ。」
カ「え?名前がないの?」
シカ婆「ああ。外のもんに話すときは便宜的に『漬物の里』とか『醸しの里
』なんていうけどね。本当は名前がないんだ。」
銀「ええ?どうして?」
シカ婆「目立たないため、そして見つからないためだよ。名前を付けるって
事は、他と区別して一つの個にする事で、とっても大事な事だね。
でも、名前を付けるとある方法で見つけられやすくなるんだ。それに、覚え
られやすくなるんだよ。
里について聞かれた時、『何とか里』って名前を言うよりも、ただ『里』っ
て言ったり、『あの漬物の里って言われてる里』みたいに言う方が掴みどこ
ろがないだろ?」
カ・銀「ふーん・・・」
シカ婆「ちょっと分かりにくいかね。
まあ、名前があってもなくても、物事の本質には関係ないさ。それよりも
見つからずに安心して暮らせる事の方が大切だよ。」
カ「・・・そうね。」
夕食は昨夜と比べると主食が雑穀になり、おかずの数が少し減ったもののな
かなか美味しかった。
カ「ここの里の生活は随分豊かね。何か秘密があるの?」
シカ婆「ははは。最初からこうだったわけじゃないだけどね。今では結構楽
な暮らしだね。何せ、水と気候、それに技の問題でここでしか作れない物が
あって、それが高く売れるのさ。」
カ・銀「へぇ〜」
シカ婆「まあ、高く売れても、重たいものや嵩張る物は麓から持って来れな
いから、都のような暮らしは出来ないけどね。それでも嵩張らない物はいろ
いろ運び込んで来るし、それほどあくせく働かなくてもいいのさ。」
カ「・・・素晴らしいところね。」
シカ婆「ああ、ここしばらくでほんに素晴らしいところになったよ。・・・
ただそれでも、隠れ住んでいるって緊張はあるし、警戒は忘れちゃいかんの
だけどね。
でもそれさえ忘れなければ、ここでひっそりと楽しく暮らしていけるのさ。」
翌日は快晴だった。
二人は予定通り、お目見えに回る。
里は寸詰まりのひょうたんのような形で、こういった山中の里としては大き
い方だろう。
とは言え、やはり平地の大都市と比べればささやかで、すぐに端から端まで
歩けてしまう。
大まかに言えば共同作業場、小さな練武場と詰め所、畑、小さな牧場があり、
ぽつぽつと家が建っている。家によっては小さな工房を兼ねているようだ。
人口はだいたい百人ぐらい。
漬けと醸し、及びその材料の生産に携わっている者が半数より少し多い。
残りは鍛治や木工、織などで生活用品を作る者とこの里の警備に携わる者な
ど。
もっとも、複数の役割を兼ねている者もいるし、農繁期や出荷時には違う仕
事の者も手伝ったりするので、あまり厳密な役割分担はないらしい。
里のほぼ真ん中、ひょうたんのくびれの部分に大きな共同の作業場があり、
いくつかの建物と簡単な蔵、簡単な屋根のついた広場があった。
作業場の端には井戸、少し離れていくつかのカマドがある。
ここで色々な物が漬けられ、醸されているようだ。
いかにも職人、という雰囲気の親方の下、何人もの人が働いている。
集中して作業してはいるが、それほどあくせくと働かされている感じはなく、
どこかのんびりとした雰囲気で、明るくてのどかだ。
カワセミと水銀燈はシカ婆さんに紹介されて挨拶する。
おそらく、新入りが来るのはそれほど珍しくもないのだろう。
皆、ごく当たり前のように挨拶を返してくれる。
当然ながら、普通の女の服装をした・・・習慣でクナイと手裏剣を隠し持っ
てはいたが・・・カワセミに対しては皆、自然な対応だ。
奇妙な事に、相当に不思議な存在であるはずの水銀燈に対してもみんなそれ
ほど驚いた様子がなかった。
少し驚いた様子を見せるものもいるにはいたが、すぐに納得するようで、騒
ぎ立てる者は一人もいなかった。
実際、騒ぎになるのではないかと少し心配していたカワセミと水銀燈にとっ
ては拍子抜けであった。
共同作業場を出、穀物や野菜の植えられた畑の傍らを抜け、牛がのんびりと
草を食んでいる牧場の横を通り過ぎながら里の家々を回る。
普通の住宅を何軒か、そして工房と家が一体化した鍛冶屋や木工工房などを
挨拶して回っていく。
そのうちに、一軒だけ少し離れた、他よりも明らかに立派な家にさしかかる。
シカ婆「ここはあたしの弟の家だよ。ほれ、カワセミの肺病を診てくれた。」
カ「ああ、あの。そうだ、お礼を言わないと。」
銀「確か、柿屋敷の弟さん、って言ってたわね・・・なるほど(笑)」
水銀燈が笑うのも無理はない。
その立派な家の壁には出入り口と窓以外、そこら中に干し柿がぶら下がって
いた。
それだけでなく、どうやら家の周りの十数本の木は全て柿の木のようだった。
カ「誰が見たって柿屋敷だね(笑)」
シカ婆「はっはっは、全くだよね。ついでに言うと、家の中の布まで柿染め
だよ。」
カ・銀「(笑)」
家の主人に挨拶し、治療の礼を述べて次へ向かう。
次の家は大きな家だった。
柿屋敷とは大きさの意味が違う。
妙に縦に長い・・・高さが高いのだ。
丁度、その主が出てくる。
カ「ひっ・・・あ、あの・・・鬼?」
シカ婆「違うよ。そんな事言っちゃいかんよ。あの人は異人さんだよ。」
カ・銀「え?異人さん?」
その人物は物凄い大男だった。
この里の一般的な男性より、頭一つ以上大きい。
桃色がかった白い肌に赤ら顔、もじゃもじゃと渦巻いた赤い髪と髭。
額と頭頂部が禿げ上がり、横側の髪が半ば逆立って盛り上がっているのでま
るで短いツノがあるかのように見える。
もっとも良く見るとその薄茶色の目は温厚な光をたたえていたし、服装はこ
の里で一般的な、作務衣の上に毛皮の袖なしを重ねた服装であり、何も異様
な点などない。
大男は水銀燈を見るとぼそぼそと何かつぶやいた。
銀(・・・ん?)
シカ婆「こんにちは、くろざさん。」
大男「コンニチハ。」
男は訛があるものの、普通に話す。
シカ婆「くろざさんはね、南蛮の貿易船に乗り組んでいた異人さんなんだよ。
わけあってここに辿りついたんだけどね。
くろざさん、今度この里に新しく住む事になったカワセミと水銀燈だよ。よ
ろしくね。」
くろざ「ヨロシク。」
数言あいさつを交わし、当たり障りのない話を少ししてそこを去る。
水銀燈は先程、男がつぶやいた言葉が気になっていた。
ぼそぼそとつぶやいたので確信が持てなかったが・・・この世界では、つま
りはカワセミに出会ってからは聞いた事がないが、水銀燈に分かる言葉だっ
たように思う。
銀(あれ、Oh,my God! って言ってたんじゃないかな・・・)
(いずれ、あの人と話して確かめてみよう)
お目見え・・・あいさつ回りは続く。
次は里の外れの木こり小屋のような家だった。妙に薄暗い。
実際に森の近くで木陰になっているのだが、何故かそれ以上に暗い気がする。
シカ婆さんが声をかけると、二人の・・・いや、二つの、だろうか・・・
人影が現れる。
カ・銀「!」
二つの人影は・・・近づいてもまるで人影のようだった。
黒くて、輪郭がぼやけているのだ。
どう見ても普通の人間ではない。
二人とシカ婆さんは普通に話している。
ぼそぼそとしてはいるが、訛もなく、普通の言葉だ。
カワセミと水銀燈も挨拶する。
しばらく世間話をし、そこを去る。
カ「ねえ、シカさん、今の二人も異人さんなの?」
シカ婆「いんや、違うよ。・・・あの二人はね、何でも太古の昔からこの辺
りの山の中に住んでいる種族なんだそうだ。」
カ「えっ?じゃあ、人間じゃないの?」
シカ婆「うーん、人間かどうか、難しいところだねえ。でも、ちゃんと生き
てて、飲み食いもして、話も出来るよ。」
カ「そ、そう・・・」
シカ婆「二人とも大人しいし、親切だし、森に凄く詳しい。あまり人付き合
いは好きじゃないようだがね。
ともかく、あの二人も里の仲間なんだ。それだけだよ。それ以上に何か必要
かい?」
カ「そうね・・・」
カワセミは今ひとつ納得していないようだったが、それ以上何も言わなかっ
た。
水銀燈にとっては、そもそも自分自身が人間ではないのだ。
特に違和感はなかった。
この里は思った以上に懐が深いようだ、と思っただけだった。
銀「ここが里のはじっこなのよね?これで終わり?」
シカ婆「うーん、一応、家としては終わりなんだけどね・・・」
シカ婆さんは歯切れの悪い言い方をする。
カ「家としては?」
シカ婆「んむむ・・・ちょっと、紹介する、というか人に会わせるべきかど
うか、迷った者がいるんだよ。
ちょっと特殊な形で、人との付き合いを絶っちゃってる子なんでね・・・
だが、まあ、やはりあんたらとは会わせてやるべきだろう。
来んさい。」
カ「妖?」
シカ婆「まあ、とりあえず一緒に来んさい。何と呼ぶかはそれから自分達で
決めたらええ。」
カワセミと水銀燈は顔を見合わせる。
シカ婆さんが二人を連れて行ったのは、里の外れに近い、目立たない一角だ
った。
その独特の雰囲気から、すぐにそこが何なのかは察せられた。
お墓だ。
まさか幽霊?とカワセミは身構える。
そこへ微かな足音をたてながら、小さな何かがゆっくり歩いて来る。
二人ははっと目を見開く。
目を伏せながら、ゆっくりと歩いて来たのは、小さな人形だった。
大きさは水銀燈の半分もない。
白い顔に黒髪のおかっぱ頭。
いちまさん、市松人形等とよばれる人形だ。
朱色の地に金色で菊の模様が織り込まれた着物を着ている。
その着物は元々は豪奢な物であっただろう。
しかし、今は古びて薄汚れ、所々が擦り切れていた。
それは着物だけではなかった。
人形自体も、すっかり薄汚れてしまっていた。
人形は小さな手桶と布を手にし、ゆっくり歩いていく。
シカ婆「菊ちゃん。」
人形は一瞬歩みを止めるが、またゆっくりと歩いていく。
弱弱しく、悲哀を感じさせる歩き方だ。
シカ婆「菊ちゃんや。この二人は新しく里に来た人たちだよ。ほら、片方は
あんたと同じお人形だよ。」
人形は歩みを止め、ちらりと目を上げて二人の方を見る。
それきり、関心を失ったように再びゆっくりと歩き出す。
人形は墓の一つの前で足を止める。
きちんとした墓石ではなく、一抱えぐらいの石を置き、大雑把に形を削って
整えただけの墓石だ。
その前に木で作った供物台が置かれている。
人形は墓の前に手桶を置き、顔を少しうつむけ、手を合わせる。
多分拝んでいるのだろうが、その目は閉じられる造りではなく、目は開いた
ままだ。
しばらく拝んだ後、手桶を取り上げ、ゆっくりと墓の掃除を始める。
シカ婆「・・・やっぱり駄目かね。
この子は市松人形の菊ちゃんって言うんだよ。
色々あってこの里に辿り着いた年のいった女性が連れて来たんだけどね・・
・その持ち主さんは一昨年、亡くなってしまってね。
それまでは菊ちゃんももっと元気だったし、片言だけど言葉も話したんだけ
どね。
持ち主さんは元々はいいとこのお嬢さんだったらしいんだけど、家が没落し
て苦労したらしいよ。
その間も菊ちゃんの事は手放さず、ずっと一緒だったらしい。
最初は普通の市松人形だったらしいけど、四十年ぐらい経った頃から少しず
つ動くようになったんだとさ。
いわゆる、付喪神だね。」
カワセミも水銀燈も、魅せられたように菊ちゃんと墓を見つめながら、一言
も発する事が出来なかった。
人形はゆっくりと墓の掃除を続ける。
シカ婆「どこかの家で暮らさせてあげようとしたんだけどね。この通り、持
ち主さんの墓の傍から離れようとしないんだ。
時々、そこにある元々は墓参りの道具入れだった所で休むだけで、ずっとこ
こにいるんだよ。お墓の掃除をしたり、花を摘んできて供えたりしながらね。」
シカ婆さんは手巾でそっと目元を押さえる。
銀「・・・顔や服、綺麗にしてあげないの?」
シカ婆「拭いてやろうとしても、首を横に振るばかりでね。今はもう、誰か
が触れるのも嫌がるんだよ。服も着替えようとしないしね。
・・・そういえば、持ち主さんは裁縫が上手だったから、その服は手作りな
のかもしれないね。」
人形はまだゆっくりと墓の掃除を続けている。
最早、誰も言うべき言葉を見つけられなかった。
カワセミと水銀燈はぎゅっと抱きしめ合った。
三人はしばらくの間黙り込み、立ち尽くしていた。
お目見えが終わると、カワセミと水銀燈は色々な作業を見て回った。
カワセミはこの里の警備のまとめ役、侍事の親方の前で腕前を見せて認めら
れた。
まだ警備に専属するかどうかは決めなかったものの、体力が戻り次第、訓練
に参加し、少なくとも部分的に警備の任に就くことになった。
水銀燈は座ったままでも出来る作業をいくつか見た後、とりあえずはシカ婆
さんの監督している作業の一つ、梱包作業を手伝う事になった。
出来上がった品々を運びやすいように甕から樽や桶に移したり、水を通さな
い油紙や竹の皮で包んだり、品名を書いた紙を貼ったりしていく作業だ。
のんびりした里なので、朝から晩まで働きづめではない。
カワセミが現在は他の作業を手伝うだけで暇なせいもあり、二人は里をあち
こち歩き回り、友達もできた。
二人が・・・特に水銀燈が仲良くなったのは、木工の親方の弟子の仁(じん)
という少年だった。
数えで十五歳、内気で恥ずかしがりの少年だが独特の愛嬌がある。
何となくからかいたくなるような純朴な「男の子」だ。
人付き合いが下手で、仕事をしていない時も作業場で木を削っているような
少年だが、水銀燈とは不思議と気が合った。
暇なときはカワセミと一緒に仁のもとへ行き・・・水銀燈は歩けないので一
緒にしか行きようはないのだが・・・三人で話をする。
そのうちに仁くんをからかうのに飽きてしまうとカワセミは一人で他へ行っ
てしまい、水銀燈は時々おしゃべりをしながら、仁くんが木を削るのを眺め
ていた。
まだ若いのだが仁の木工の腕前は大した物で、ただの木切れから複雑で精密
な部品を作り出したり、動物の形を削りだしたり、眺めているといつまでも
飽きなかった。
カワセミはカワセミで鍛錬をしたり、まだ警備に参加はしていなくても、警
備の若手の少年たちと話したり、作業場で年の近い少女たちとお喋りに興じ
たりと適当に楽しんでいた。
夕食の支度をする頃合になると、カワセミが水銀燈を連れに来てシカ婆さん
の家へと一緒に帰り、お喋りをしながら食事の支度をし、二人で山中をさま
よい歩いていた頃と同じように夕食をともにし、寝るまでお喋りをする。
住む環境が変わっても、新しい友達ができても、結局の所、二人は一番の仲
良しだったのだ。
無論、夕食時以降はたいていシカ婆さんも居るのだが、彼女はにこにこしな
がら聞き役に徹する事が多かった。
こうして日々が平和に過ぎていく。
気のせいか、ここにいると日が経つにつれ、全てがゆっくりと穏やかになっ
ていくような気さえする。
カワセミは日に日に体力を取り戻し、季節はゆっくりと春に向かう。
ここで、少しだけ問題が生じた。
カワセミは遠からず警備の任に就くようになる。
そうすると、常に水銀燈を抱いて移動させてやる事はできなくなる。
別に、他の人間が抱いて移動させてやることも出来るのだが、何となく気が
引けるし不便だ。
初めてこの世界に来た夜と比べると水銀燈の運動能力は幾分上がっていたが、
やはり自力では這って進む事しかできない事には変わりない。
そんな事をぽつぽつと方々で話していたら、木工の仁くんから妙案が出され
た。
水銀燈に合わせた車輪付きの椅子・・・車椅子という物を作ってくれると言
うのだ。
それを使えば、自分で車輪を押しながらゆっくりとなら進む事が出来る、と
いうのだ。
二人は大喜びでその提案を受け入れ、車椅子の製作を仁くんに頼んだ。
最初は試作になるからあまり期待しないでくれ、いずれはちゃんとした物を
作って見せるから、と言い、仁は製作に入る。
はじめは仕事の余り時間だけで作っていたのだが、シカ婆さんから木工の親
方に話を通してもらい、仁は製作に専念できるようになる。
すっかり冬が終わり春になったある日。
試作品が出来上がるので明日の午後に来てくれ、と仁くんが伝えに来る。
二人とも製作中に何度か仁の工房を訪れていたのだが、その時はまだ、何が
何やら分からない木の部品ばかりだった。
どんな物が出来ているのか、二人は翌日を楽しみに待つ。
翌日はいい天気だった。
この日は晴天であれば蔵の整理と前から決められていた。
そうなるとそこそこ力の要る仕事ばかりになるので、水銀燈には全くやるこ
とがない。
カワセミも手伝わなくて良い、という事なので、二人はお茶を入れて日当た
りの良い縁側に座り込み、おしゃべりを始める。
しばらくは盛り上がっていたが、体力を早く取り戻したいカワセミは全く体
を動かさないとなまってしまうから、と言って家の前で鍛錬を始める・・・
お喋りは続けながらだったが。
そのうち、さらに体を動かしたくなったらしく、午後までには戻るから、と
言い置いて走りに行ってしまう。
カワセミが元気になるためなら反対する理由などないので、いってらっしゃ
いと送り出す。
穏やかな春の日差しが降り注いでいる。
静かになった縁側で水銀燈は一人湯飲みを手に、追憶にふける。
カワセミとの出会い、旅、この里に着いた日。
そしてこの里に着いてからの事をゆっくりと思い出していると、あっと言う
間に時間は過ぎていった。
しみじみとこの静かな時間の幸せを噛み締める。
しばらくすると、束ねた髪を左右に揺らしながらカワセミが走って来る。
軽く汗ばんで上気した顔のカワセミは本当に元気そうだ。
ずっと伏せっていた病はすっかり跡形もない。
本人も上機嫌で、水銀燈も嬉しくなる。
カワセミは汗を拭い、二人で軽い中食をしたためるともう午後だ。
身支度をして、仁くんの工房へ向かう。
仁くんは既に工房の前におり、出来上がった物を布で拭いていた。
カ・銀「こんにちは。・・・わあ!凄い!」
そこには水銀燈の体格にぴったりの、木製の車椅子が置かれていた。
垂直に近い背もたれを持つ椅子があり、大きな木の車輪が真横に二つ、小さ
めの車輪が椅子の後ろ側に一つ付いている。
真横の車輪は二重になっており、外側の車輪は内側よりも少し小さく、滑り
止めの刻み目が入っている。
仁「いらっしゃい。どう?試作品だけど、ちゃんと動くはずだよ。」
銀「すごいね。これ、どうやって使うの?」
仁「普通に椅子に座って。落ちないよう、この布帯で体を椅子に結んで。」
銀「こうね。よいしょ・・・」
仁「うん、それでいいよ。横の車輪の、外側の輪を手で押して回して。両側
一緒にね。」
銀「これね。わ、進んだ!」
その車椅子は問題なく機能した。
人が歩くよりはかなり遅い。
水銀燈の大きさの人間が歩くとしたら出る速度の半分ぐらいだろうか。
それでも十分に移動できる。
仁「回す速さを左右で変えれば曲がるよ。」
銀「・・・ホントだ、すごい!」
カ「すごいじゃない、これ。これがあれば水銀燈も自分で移動できるね!」
銀「ええ。本当に凄いわ。仁くん、ありがとう!」
仁「へへ・・・どういたしまして。」
カ「私からもお礼を言わせて貰うわ。ありがとう。
しかし、本当に見事ね。これ、もう試作じゃなくて完成品じゃない?」
仁「うーん、動く事は動くんだけど。多分、乗り心地が悪いよ。荒れた道だとかなり揺れると思うんだ。倒れないよう、後ろにも小さな車輪をつけといたから、そう簡単にはこけはしないけど。
あと、荒れた道や、登りではすごく力が必要だと思うんだ。」
カ「ああ、なるほど・・・でも、それは仕方ないんじゃない?」
仁「いや、今は車輪がただの丸い一枚板なんだけど、これを工夫すればもっ
と何とかなるはずなんだ。」
カ「なるほどね。・・・あなたって、根っからの職人なのね」
仁「へへ、まあね。・・・とりあえず、これ使ってみてよ。乗り心地は座布
団か何か使って。
あ、坂では気をつけて。下に向かって勢いがつくと危ないから。」
銀「ええ、分かったわ。」
何度も礼を言って仁の工房を辞する。
確かにその車椅子は乗り心地が悪く、路面の凸凹が露骨に伝わって来たが、
我慢できない程ではなかった。
進むのにはある程度力が要るものの、幸い里の中央部からシカ婆さんの家あ
たりまではほぼ平地だ。
それに水銀燈は体重の割には力がある・・・力が強いわけではなく、同じ体
格の女の子ぐらいなのだが、体重は半分以下だ。
おかげで車椅子は十分に実用になった。
凸凹が増える里の外縁部には行けないものの、これで自力で移動できる自由
が手に入ったのだ。
嬉しくて、その日はカワセミと二人で里のあちこちを動き回った。
カ「良かった。これで私が居ない間も心配ないね。」
銀「ええ、乗り降りがちょっと難しそうだけど、かなり動き回れるわ。」
カ「ああ、そうか、乗り降りね。いずれ、仁くんに何か工夫してもらうか。
あ、でも、あなた厠に行かなくても平気なんだから、昼間は乗りっぱなしで
も大丈夫なのよね?」
銀「あ、そうね。じゃあ、朝ごはんが終わったらカワセミかシカさんに乗せ
てもらって、夕方までそのままで居ればいいわね。・・・私って便利ね(笑)」
カ「本当ね(笑)」
二人は意気揚々として家へと戻る。
蔵の整理は長引き、翌日も作業が続いていた。
二人は今日も里を歩き回る。
ついでに仁くんの所にも寄り、重ねて礼を言うとともに使い勝手について伝
え、昼間は乗りっぱなしにする考えなどを伝える。
仁は車椅子が上手く動いていることに満足したようだが、乗りっぱなしにす
ることを聞くと・・・
仁「乗りっぱなし?じゃあ、乗ったまま使える止め具が必要だね。」
銀「止め具?」
仁「うん。乗りっぱなしだと、動いちゃうと不便な時があるだろ。降りるな
ら、降りて車止めの木をかませばいいけど、乗ったままだと出来ないだろ?」
銀「ああ、そうね。確かに乗ったまま動かないようにできると便利ね。そん
な事できるの?」
仁「任せとけって。二、三日中には作っておくよ。」
カ「あなたって本当にすごい職人ね。」
仁「まだ見習いだよ。」
カ・銀「それでもよ。」
仁の工房を辞し、また二人は里を散策する。
作業場の横にさしかかる。
醸しの産物の樽や甕が大量にあるのは勿論だが、それ以外にもいろいろな物
が運び出されている。
銀「あ・・・」
蔵から運び出された物の中に大きな鏡があった。
カ「ん?どうしたの?」
銀「あの鏡・・・」
カ「鏡?・・・あ、鏡の中の世界?」
銀「ええ。あの鏡は多分、nのフィールドの入り口に使えるわ。しばらく慌
しかったけど大夫落ち着いて来たから・・・またお父様を捜したいの。」
カ「あ・・・そうだったよね。ごめん、すっかり忘れてた。」
銀「ううん、カワセミは病気だったんだから、気にしないで。あの鏡、どう
するのかな?」
カ「聞いてみようか。」
作業を仕切っているのはシカ婆さんだった。
聞いてみると、鏡は祭などの時は女衆の支度部屋に置かれるのだが、普段は
使われていないらしい。
必要な時は返すので使わせてくれないか、と頼むとあっさり了承された。
若い女であるカワセミが鏡を使いたがるのは何の不思議もなかったので当然
と言えば当然だ。
二人は鏡をシカ婆さんの家に持ち帰り、小部屋に据える。
水銀燈が精神を集中させてみると、鏡は青白く光る。
やはりこの鏡はnのフィールドに繋げられるようだ。
問題はシカ婆さんに打ち明けるべきかどうかだ。
二人は話し合い、とりあえずnのフィールドの事は伏せ、お父様を捜す話だ
けをすることにした。
>>333 乙っす!
幸せそうな銀が脳内再生余裕でした。
ついに鏡再びということでこれは
目が離せなくなってきましたね。
仁くん、なんかJの字の面影を感じる…
※第32話予告
オディールときらきーでお送りします。
>>334 TEGさん
コメントどうもです。
銀が喜んでいる様子が伝わってよかったです。
仁くんはお察しの通り、モデルはJの字です。
ジュンのメガネを取って作務衣を着せ、特技を木工に変えるとだいたい仁に
なりますw
別に先祖とかではないと思いますが。
新作、待ってました!
オディールときらきーですか。
それはまた、通好みで渋い所をw
楽しみにしています。
ちなみにこっちの連載(?)はしばらく終わらないし切りの良い所もなさそ
うなので、こちらの事は考えず、いつでもそちらの都合の良い時に投下して
くださいね。
夕食時になり、シカ婆さんが作業から戻ってくる。
二人は夕食を食べながら、水銀燈がお父様を捜している事を話す。
シカ婆「おや、そうだったのかい。」
銀「ええ。シカさん、何か知ってる?」
シカ婆「・・・ふうむ、人形師、それも水銀燈のようなお人形を作るお人ね
え・・・」
シカ婆はしばらく考え込む。
シカ婆「うーん・・・人形師は何人か会ったことがあるけんど、水銀燈みた
いな人形を作っている人はいなかったねえ。
本当に生きた人形を作りたい、って願いは人形師にとってはよくある望みの
ようだけど、あたしの知る限り、うまくいった人はいないねえ。
どこに住んでる、とか心当たりはあるのかい?」
銀「いいえ、全然見当が付かないの。」
シカ婆「うーん、じゃあかなりの難題だねえ。
何か、こうやって捜すっていう心積もりはあるのかい?」
カワセミと水銀燈は顔を見合わせる。
やはり、中途半端に事情を伏せたままではどうにもならないようだ。
水銀燈は心を決める。
銀「あのね・・・私、鏡を通してnのフィールドっていう所に入れるの。」
シカ婆「えぬ・・・なんだい、それは?」
カワセミが鏡を持ってきて、水銀燈が実際に半分鏡に入ってみせる。
シカ婆「おやまあ。これは大した術だね」
シカ婆さんは驚いているものの、不気味がったりする様子はない。
心配していた二人はほっと胸をなでおろす。
シカ婆「凄いね。あたしももうちょっと若かったら教わりたいぐらいだよ。
でも、今の術は、習い覚える術と言うよりも、元々あんたに備わった力だね?」
銀「ええ、そうよ。・・・シカさん、良く分かるね。」
シカ婆「ま、長く生きてるからね。で、その鏡から入った場所にあんたのお
父様がいるのかい?」
銀「えーと・・・そうかもしれないし、この世界のどこかもしれないの。」
シカ婆「・・・難しいね。ほとんど手がかりがないんだね。」
シカ婆はしばらく考え込む。
シカ婆「よし、分かった。あんたは無理のない範囲で鏡からその世界を捜し
なさい。
そんで、この世界の方だけどね。
時々、あたしらが里以外の事を知りたいとき、お金を渡して色々調べてもら
う人達がいるんだよ。
その人達に、他の事を頼むついでにそのお父様についても調べるように頼ん
であげよう。そうすれば、この近辺にいたり、有名だったりする人ならほと
んど分かるはずだよ。」
銀「本当!?ありがとう、シカさん!」
シカ婆「でも、あまり期待しすぎちゃ駄目だよ。世界ってのはすごく広いん
だ。連中は調べものや噂集めに長けているけんど、何もかもが分かるわけじ
ゃないからね。」
銀「ええ、もちろん。それでも本当に助かるわ。」
カ「ねえ、その連中ってどこかの忍?」
シカ婆「しのび、って言えば忍かもしれないけどね。でもどこかの忍群や領
主に属するもんじゃないから、あんたのいた里とかち合う心配はないよ。」
カ「ふーん、そういう連中もいるのね。」
シカ婆「まあね。・・・ところで、さっきの鏡の術だけど、これは他の里の
者には内緒にしときなさい。この里の者はわりと不思議な事に慣れてるけん
ど、それでもああいった術を怖がるもんもいるからね。」
銀「ええ、分かったわ。」
それからは特に何もない限り、水銀燈は毎晩nのフィールドへ探索に向かっ
た。
昼間は作業に参加したり他の里の人と過ごし、家に戻って夕食から寝るまで
はカワセミやシカ婆さんと過ごす。
そして皆が眠る頃になってから例の鏡を使って向かうのだ。
まずはこの里周辺とnのフィールドの繋がりを調べたのだが、この辺りはn
のフィールドに繋がっている出入り口が少なかった。
nのフィールドと表の世界との繋がりは法則性があるような、ないような微
妙な関係だ。
そのため、全ての繋がった場所を調べつくしたかどうかは分からないのだが、
それにしても少ない。
その上繋がっている場所も小さな物が多く、覗き小窓にはなっても、水銀燈
が通り抜けることはできない場所がほとんどだ。
もっとも、この辺りだとnのフィールドに繋げる事の出来る、光を反射する
ものは鏡、水面、良く研いだ刃物ぐらいしかない。
里には池や湖がなく、井戸の水面は光が当たらない深さだ。
大きな出入り口がほとんどないのも無理はない。
今使っている出入り口の次に近いのは里の外れ、少し森の中に入った所にあ
る泉だ。
戻れなくはならないものの、車椅子なしでそんな場所に出たら帰るのは一苦
労だ。
入り口の位置をしっかり覚え、水銀燈は探索をはじめる。
この頃の水銀燈はほとんど眠りを必要としなかったので、毎晩夜明け近くま
で捜し回ったのだが、nのフィールドは広大だ。
一向にお父様は見つからなかった。
>>334は出先の電話からですんでID違いますが、本人です。
>>335 ありがとうございます。
では、22時頃から32話をイッキに投下しようと思います。
たいへんお待たせいたしました。
今から投下しますよー。
32【オディール・フォッセーと雪華綺晶の結晶】
[2004/12/28 14:58]
[薔薇野マンション210号室 オディールの家]
オディール「やはり、我が家が一番です」
雪華綺晶「1週間ぶりですね……お仕事ご苦労様でした。」
薔薇水晶「……おじゃまします ……」
オディール「さて、さっそくだけど……ミルクティーでも嗜みましょうか」
雪「ふふ…… 私も今、ミルクティーを飲もうかと思っておりました♪」
薔「ふふ…… わたしも……」
6泊7日の、北海道への取材旅行が終わり、槐さんの所に泊まっていた
雪華綺晶と、遊びに来た薔薇水晶といっしょに、久々の我が家。
病院で目覚めてから、あの子を探すために始めた仕事も、大分慣れてきました。
身の丈1mほどある2人の女の子……とても人形とは思えないほど、
日々私に喜怒哀楽の表情を見せてくれます。私が契約しているのが、
ローゼンメイデン第7ドール・雪華綺晶。
もうひとりも第7ドール・薔薇水晶。この子は、近くの人形店を営む
槐という人形師によって生み出されました。槐さんは、雪華綺晶の父で
あり、水銀燈たち姉妹を作り上げた、ローゼンさんのお弟子さんなのです。
昼下がりの、雪華綺晶たちとのティータイム……長い出張の後だと、
いつもより疲れが癒えて……とても好きです。
[15:06]
雪「この『白き恋人』……とても美味しかったです。」
薔「今の時期に……いいよね」
オディール「ふふ、喜んでもらえてよかった。
あなたたちなら、特にぴったりで気に入ってくれると思って、
お姉様がたの分も含めて、たくさん買ってきてますよ。」
雪「雪ですからね♪ ええ、気に入りましたよ。
槐様のところで、北海道のことについて調べていたのですが、
あの地は春を迎えてもしばらくは雪が残っているのですね。」
薔「けど……夏はこっちと同じように、30度を超えるんだって」
オディール「フランスのように、高すぎず低すぎずというわけでは
ないから……しかし、見渡す限りの銀世界、とても
いいものだったわ。パソコンで、見てみましょうか!」
薔「……すごい 銀世界…… 全て、雪。
空の青と……相性がいい感じ……あっ、
まだまだある……たくさん、撮ったんですね」
雪「年賀状には、それを使われてはどうでしょう?
この、きらきらと輝いている写真など……
これが一番気に入りましたわ♪」
オディール「そのアイデア、頂きます。
きらきらしている写真、ダイヤモンドダストというのよ。」
雪「ダイヤモンドダスト…… 素敵です」
薔「とっても綺麗……」
雪華綺晶たちと、年賀状を作ったり、旅先で撮った写真を観たりして、
楽しくお話ししていると、もう日も沈み、空は紫色に。
薔薇水晶を送りに、3人でお出かけしましょうか。
[17:29]
薔「それでね……最近お父様、ゲームに打ち込んでて……
お客様が居ないと……ずっとのめりこんでいて」
雪「昨日も熱中されていましたわ。23日にジュン様が来られた時は、
2人で仲良く、対戦形式のゲームをなさっておりました」
オディール「はぁ。……そういえば、北海道でもそんな光景を見たわ。
時期が時期だったから、子どもの喜ぶ顔をよく見かけたわね。」
そういえば、今日は12月28日。クリスマスをまたいでしまっていました。
だいぶん遅れてしまったけど、明日、雪華綺晶たちに何かプレゼントを……。
さて、ここを曲がれば、槐さんの店です。
[17:39]
[ドールハウス・EnjuDoll]
薔「それでは……また」
オディール「ありがとう、薔薇水晶。」
雪「7日間、ありがとうございました。」
薔「……こちらこそ」ペコッ
すっかり真っ暗になった道を、二人で歩いて帰ります。
空が透き通っているような気がして、星がとても綺麗……
さあ、夕ご飯の買い物をしましょうか。
[18:04]
[スーパー・ゴトーナノカドー]
オディール「今日は……クリームシチューにしましょうか」
雪「ふふ……やはり、寒い日にはちょうどいい……
お野菜、たっぷり入れましょう……♪」
オディール「ふふふ…… あら? ああ、もう鏡餅の季節」
雪「こちらも買っていかれるのですか?」
オディール「今日は持ち合わせがないから、また年内に買うわ。
30日に飾るといいらしいから、明後日にまた来ましょう。」
雪「そうですか。……もう、一年が終わるのですね
去年も同じことを言ったはずなのに……」
オディール「毎年、そう思うものですよ。」
お店からの帰り道は、午後6時を少し過ぎたばかりという時間なのに、
不思議と人が少なくて、時折静寂が訪れました。
遠くで聞こえる、電車が走る音だけが街に響きます。
時々吹いてくる冷たい風が身を震わせますが、そこまで寒いとは
思いませんでした。夜空の星を眺めながら歩いている雪華綺晶が、
風が吹くと、時折身を寄せてくるからでしょうか。
マンションに着くと、ロビーで草笛さんと金糸雀に逢いました。
なんでも、今から大掃除をはじめるために、掃除グッズを買いに
出かけようとしていたところだったそうで……。
[18:29]
[薔薇野マンション ロビー]
金糸雀「あっ、雪華綺晶にオディール! 帰ってきてたかしら!」
みつ「お帰りなさーい!! オディールさん北海道どうでした!?」
オディール「ええ、とてもよかったです。あちこち回ってきましたから、
撮ってきた写真、よかったら年賀状にでも……」
みつ「ぜひとも〜! やったねカナ! 写真が確保できたよ〜!!」
金「わぁぁ〜!! ありがとかしら! けど大掃除が先かしら!!」
みつ「そうだったー…… こないだ通販で見た掃除グッズ、
早く買いに行かなきゃ!」
金「じゃ、行ってくるかしら! みっちゃん、レッツゴーかしらァ!」
雪「お気を付けてー!」
仲良く歩く2人を見送って、午後6時半。
地面を蹴って草笛さんに飛びつく金糸雀を見ていると、
なんだか心が温まった、と雪華綺晶と話して、玄関のドアを開けます。
[19:29]
[薔薇野マンション210号室 オディールの家]
雪「ああ、クリームシチュー、とても美味しかったです……!」
オディール「喜んでもらえてよかった……♪」
雪「……そうでした、オディール様」
オディール「どうしたの? 雪華綺晶……」
夕ご飯も終わって、満足げな顔を見つめ合っていると、
雪華綺晶が突然、真剣な面持ちで話を切り出しました。
雪「ひとつ、お願いがあるのですが……」
オディール「お願い?」
雪「明日、都合がよろしければ、……nのフィールドの、
その奥の私の、世界に……遊びに行きませんか?」
オディール「あなたのフィールド……」
nのフィールド。鏡を抜けて、扉を開ければ
各人の持ち合わせる精神世界へ続くと言われています。
雪華綺晶たち……ドールズも、その世界を持っているといいます。
……私はずっと眠っていて、去年2月末の決着以来も、
そこには自ずとすすんで赴くことはありませんでしたが……
……いいえ、行くべきだった。あの子の気持ちがわかるなら……
オディール「ええ、いいわ。明日の朝、朝ごはんを済ませたら、
行きましょうか。」
雪「あ……ありがとうございます……!」
オディール「じゃあ、髪を梳かしましょう。」
雪「はい……!」
[翌朝]
[2004/12/29 07:11]
チュン…… チュン……
朝食を仕上げて、メニューをテーブルの上に並べ
あの子の好きなミルクティーを、1杯淹れて……
もう一度、寝室へ向かいます。
まだ薄暗い部屋のカーテンを開けると、少しだけ
朝の光が部屋の中を照らしました。その光の筋の先
には、雪華綺晶の鞄があります。
そして、それに呼応するかのように、雪華綺晶の
鞄が開いて……、私たちの一日の始まりを告げます。
パカッ
雪「んく……っ ああ、あっ、おはようございます、
オディール様。」
オディール「おはよう、雪華綺晶。
身支度がすんだら、朝ごはんを召し上がって。」
雪「はい、すぐ参ります♪」
[07:29]
TV[千葉は晴れ、降水確率0%。最高気温は6℃の見込みです――]
雪「今日は、晴れるようですわね。」
オディール「もう、すっかり太陽が出てきて、空がきれいだわ。
いつ見ても、冬の空は心癒される……」
雪「そうですね…… 日によって、時によって、いろいろな
顔を見せる……やはり、おもしろいですわ。」
オディール「ふふ…… さあ、もう食べ終わったようだから、
約束通り、あなたの世界へ行ってみましょうか」
雪「はい! では、そちらの鏡から……」
バシューン……
[07:30]
[nのフィールド]
オディール「ここが……nのフィールド……」
雪「……そうでした、オディール様は……
ここを『歩く』のは、初めてでしたわね……」
オディール「扉がたくさんあって…… どこまでも広がる……
この間北海道で見た銀色の平原より広い、いや、
宇宙のような……」
鏡の中、誰かの心の世界という、とてもとても小さな世界の
はずなのに、その中はその逆で、無限の宇宙を想像させます。
星の代わりに、扉があると言ってもいいでしょう。
5、6分は歩いたでしょうか。途中、雪華綺晶がはたと立ち
止まります。そこは、白い扉の前。扉についているプレートに
「42951」と刻まれていました。
雪「ここが私の世界、フィールド……第42951世界です。
今、扉を開けますから、少しだけお待ちになって……」
オディール「ええ。」
扉の隙間から、幾本かの白い茨がはみ出しています。
言うまでもなく、これがこの子の扉であることを意味し
ここがこの子のフィールドであるという証になっています。
ガチャッ……
雪「さあ、どうぞ……」
オディール「おじゃまします……!」
つまらん
駄作書いてないで雛苺のキンタマひっぱったり、出したウンコを雛苺に食わすSS頼むわw
[07:41]
[第42951世界]
そこは、一面の銀世界でした。昨日、雪華綺晶たちに
見せてあげた雪景色、まさにそのままだったのです。
ところどころに、白い薔薇が咲いています。
雪「ここから少し歩いたところに、家があります……
そこで、お話ししましょう」
オディール「ええ。……あの、白い……いや、透明な
水晶のような家……?」
雪「はい……!」
目指した先には、一部屋ほどしかないような、小さな家が一軒。
その外壁から屋根に至るまで、総てが透けていました。まるで、
大きな水晶の上部を、そのまま切り取ったかのような形です。
しかしながら、きちんとドアがあり、そこから家の中に入ると
外とは全く違う空気が漂っていました。それはとても安らかで、
まるで私の家のよう。
水晶でできたテーブルと椅子のようなものもあり、私たちは
自然とその椅子にゆっくりと腰を下ろします。
雪「さて…… 今日は私と姉妹全員にとって特別な日……
私たちの今の、この時代が始まって、1000日目になります」
オディール「千日……」
雪「といっても、私が実際に貴女のもとへ行ったのは、今から……
950日前。私を含めた7人は千日前に目覚めましたが、
すぐに契約者が見つかったわけではなく……」
雪「私は契約者を、50日間探していました……」
オディール「そう……そんなことが」
雪「また、950日前は、私にもあなたにも……
とても、特別な日なのです。」
頭の中で、ざっと計算すると……今から1000日前は約2年8ヶ月前。
日付にして、2002年4月5日。そしてそこから50日後の日付は、
2002年、5月24日。……この日に、思い当たる節があります。
まさにこの日は、日本に初めて訪れた日……私は祖母のコリンヌに代わって、
雛苺を探していたのです。このために、私は仕事で世界中どこでも旅をできる
ジャーナリストになったのです。ここでの初仕事が舞い込んだのがこの日でした。
そしてこの日は……私が有栖川大学病院に入院した日でもあるのです。
当時宿に使おうとした、線路沿いのビジネスホテルで、その時は訪れました。
[2002/05/24 17:29]
[千葉のあるビジネスホテル]
オディール『千葉、か…… かの有名な遊園地があるけど、
滞在できるのはせいぜい五日。それに、そこでも
あの子を見つけられるかどうか……』
胸に下がるロケットを開け、ふと宙を仰いだ、その時でした。
『…… ……』
オディール『…… ?』
何かの気配を感じ、真後ろの洗面台の鏡に目をやると、
ひとりの少女が写っていたのです。不思議と、その時は
大きな悲鳴をあげるような気はしなかったのです。
むしろ、予想だにしない形で、運命めいた出会いをした、
そんな瞬間のように感じられました。
『……ロケット 見させていただきました……』
オディール『……あなたは』
『私はローゼンメイデン 第7ドール……<雪華綺晶>』
真っ白い髪に真っ白い服……右目からは、白い薔薇。
そんな出で立ちの少女が、鏡越しに見つめてきました。
すんなり受け入れられたのは、彼女が……
ローゼンメイデンだったから、に尽きるでしょう。
オディール『きらきしょう……? ローゼンメイデン……
第7……! 貴女は、あの子の妹!?』
雪『はい…… 貴女は』
オディール『……私は、オディール・フォッセー。22歳……雛苺を探しているわ。
ローゼンメイデン・第6ドールの……』
雪『そのロケットの、女性……あなたによく似ている』
オディール『亡くなった祖母なの。名前はコリンヌ。雛苺の……契約者でした』
雪『前の……ゲームですね……』
オディール『ゲーム……?』
この時、彼女らが姉妹で争いを続けていることを知り、なぜ?
どうして? という取り留めない疑念にかられた覚えがあります。
今でこそ8人で仲良く過ごせていますが、千日前は、逆でした。
そして、まさに運命の瞬間がやってきます。
雪『このあたりに雛苺がいるのです。彼女はもう、このゲームからは
降りていますが……そう、今こそあるべき形に……』
オディール『こ、このあたりに……』
雪『私と、契約をしましょう…… 今、あなたの力が必要なのです……
砂浜のダイヤを見つけるほどの、その、強靭な精神力が。
50日間、それを持つ人をさがし続けた……』
オディール『は…… はい』
雪『では…… 口づけ を……』
この時を最後に、意識が遠のいていきました。契約の瞬間でした。
部屋に崩れ落ち倒れた私は、幸いすぐに従業員に発見され、有栖川大学病院に
搬送されたと聞いています。
一度だけ、一瞬だけ暗闇の中で目を覚ました時に、雪華綺晶の顔を見ました。
彼女は変わり果てていました。契約を交わした時のような活発さもなく、今にも
倒れてしまいそうな、弱弱しい表情だったのです。
ほどなく、私も意識が再び遠のきました。私の持っていた力を、言葉の通り
使い果たしたということは、なんとなく悟っていました。
目を覚ましていたのはほんの一瞬だったはずだったのですが、
雪華綺晶が涙を流しながら這いつくばる姿が、焼き付いて離れませんでした。
……倒れてから次に完全に目覚めたのは、9か月後のことです。
[2003/02/28 18:22]
[有栖川大学病院 1001号室]
ガバッ
オディール『……!? こ ここは……』
ピピピピピ…… ピピピピピ……
「フォッセーさん息を吹き返しました!」
「脈は! 心拍数は!!」
「せ、正常です! 全くの正常です!!」
「オディール・フォッセーさん!? 分かりますか!?」
オディール『え、ええ…… 病院……?』
医師『はい。貴女は9か月前、ここの317号室に搬送されました』
オディール『ええっ…… !?』
医師『7月1日に一瞬だけ息を吹き返して以降、再びこん睡してしまって
そのため、ここ10階に移したのです……』
オディール『あっ……あの時の…… きゅ、9か月って……今日は』
医師『2003年2月28日です。仕事先の方から伝言を預かっておりまして
意識が戻り次第、様子をみて祖国へ戻るように伝えてほしいと。
入院費なども、あちらが負担してくださっています』
オディール『はあ……』
医師『検査のため、退院は明後日ごろになりますが……』
オディール『ええ、大丈夫です。ご迷惑をおかけしまして……』
退院してから空港へ向かう途中、あのホテルに寄りました。しかし、
もう鏡の中にあの子の姿はなく……不意に、涙が止まらなくなりました。
鏡の中に入る術を知らなかったので、どうすることもできなかったのです。
探し人と、仕事が増えました。9か月の間にためた仕事を片付ける合間、
雛苺と雪華綺晶を探し続けました。6月中旬に、再び千葉での仕事をもらって
奔走している最中には、ドールズのいる時計店を見つけることができました。
翌月、七夕の日に再び訪れた時には、ちらりと雛苺の姿も見かけました。
この時、日本での拠点を……いいえ、自分の家をこの街に構えようと決意し、
今の家を契約することも心に決めました。
そして去年の11月1日、講演で東京方面での2泊3日の帰り、以前と同じように
この街を歩いていると、一軒の人形店を見つけました。そこが、槐さんのお店、
「EnjuDoll」。どうして今まで見つけられなかったのだろう、と……
営業時間を過ぎていたので、ドアから店内を窺うことにしました。
すると……壁に……笑顔の雪華綺晶の絵と、写真を見つけました。
ほどなく、槐さんがドアを開けて、店の中へ招き入れてくださって……
雪華綺晶と再会を果たし、抱擁を交わし……1年4か月の空白を埋めました。
涙こそ流していたものの、その涙は逆の意味を持っていました。それは……
絶望ではなく、逢いたい希望が叶った喜びの涙だったのです。私も、同じでした。
そして今も…… 隣には、私が昔を思い出している間にあふれてきたのでしょう、
涙を流している雪華綺晶が居ます。
雪「ここは…… もともと、私の苗床を置いていたところ……
貴女も、歴代の契約者の一部も、ここに居たのです。」
オディール「ここに……ずっと、あなたは」
雪「あの時は、真っ暗だったことを……覚えておられますか?」
オディール「ええ…… 私は、一瞬だけ、でもしっかりと見たわ。
あの時の、このあたりの景色も、貴女の顔も、涙も。
さっきの話で、曖昧だった記憶が、繋がった……!」
雪「ですが…… 私は、ここまで変わることが出来ました。
この時代の…… 1000日という時間の中で……
オディール様の近くにいた、指輪で繋がった950日で」
オディール「ふふ…… 今、貴女はまた涙を流している。
絶望の悲しみでも、怒りでも、念願叶った喜びでもない……」
雪「はい…… 私は今……感謝の念でいっぱいです……!
こんな私と契約してくださったオディール様はもちろん……
身体を作ってくださった槐様、私を受け入れてくださった契約者」
雪「私を助けてくださったお姉さま方、薔薇水晶……
争い無く、1年と10か月を過ごせたことが、なによりうれしくて。
そして、これからも……」
雪「では、私も、少し昔話を……今まで貴女には深く話せませんでしたが、
特に思い出に残る日が、あるのです……」
足元に、雪華綺晶の見てきた記憶の片隅にある光景が映されています。
ここはこの子のフィールド、この子の心の中でもあるのです。
雪「2003年、4月5日。……これは、私が身体を手に入れた日です。
偶然にも、この時代が始まって、丁度1年が経った日でした。」
[2003/04/05 15:00]
[EnjuDoll アトリエ]
薔『さあ 雪華綺晶 ここに……ついに、出来上がったよ』
槐『お前のための……お前だけの身体だ。』
雪『私だけの……身体。』
槐『そう、これからは……自分で切り開いていくんだ……!
何も恐れなくていい、孤独におびえなくていい』
雪『はい…… では 行きます』
スウウ……!!
キラキラキラ……
薔『…… おとうさま』
槐『……ああ、薔薇水晶よ、よく見ていなさい……
ひとつ成長する、その瞬間を……』
スゥ……
槐『雪華綺晶!』
薔『雪華綺晶……!?』
スック……
雪『…… ……っ』
薔『雪華綺晶…… わたしがわかる……?』
雪『……ええ、もちろんです。
……これが …… 私の身体』
槐『大丈夫か……!? うまく、動かせるか』
雪『あ…… ああ…… これが…… 私。
ええ、大丈夫ですわ!』
薔『……もう、大丈夫』
雪『潤む…… 迸る……! これで……どこへでも行ける……!!
ずっと待ち続けなくてもいい……!! ああ……!!!』
雪『ありがとうございます 槐様!
心から…… ありがとうございますっ……!』
槐『よかった…… 本当に……よかった……!!』
薔『本当に…… よかった……!』
雪華綺晶が私に見せてくれたのは、自分だけの身体を手に入れた
その日の出来事でした。アストラル体だった彼女が、初めて自由を、
何もかもを共にできる自由を手にした瞬間、だったのです。
雪「喜びだけでなく……辛いことや悲しいこと、この1000日の間に……、
いいえ、前の時代も、その前の時代も……たくさんありました。
ですが、お父様が私たちを生み出した時からの全てが重なって、今がある」
オディール「ええ……」
雪「そして今、この時代は貴女とともに刻んでいくのです……
アリスの真意を掴んだとしても、これは変わりません。
本当に、ありがとうございます。たくさん迷惑をおかけしますが……」
雪「これからも、よろしくお願いします。」
オディール「こちらこそ……! 私が何かに悩んだときは……」
雪「もちろん、相手になりますわ♪
……すこし、上の方を見ていてください……」
オディール「?」
雪「……!」
雪華綺晶が、真上に手をかざすと……水晶でできた家が光り出し、
私たちを包みました。そして……
キラキラキラ……
オディール「これは……!?」
雪「今までのことと、……ここへ、来てくださったお礼です♪
この瞬間は……今までが結びつき出来たもの、『結晶』、ですから……」
水晶が雪に変わり、光が乱反射し、まるでダイヤモンドダスト。
北海道で撮った写真の中で一番きれいだった、あの風景が今ここに
よみがえったかのような感覚に包まれました。
雪「もう少しだけ、ここで遊んでいきませんか?」
オディール「ええ! お昼まで、遊んでいきましょうか!」
おばあさま、見ていますか?
雪の華のように美しく、綺麗な結晶のように澄んだ、雛苺の妹、雪華綺晶の笑顔。
ダイヤモンドにも似た輝きを、これからも大切にしたいです……
……その後、我が家に戻ってから、お昼ご飯を2人でいただき、
しばしの間お昼寝しました。1時間して、私が先に目覚めました。
まだ少し眠るでしょうから、私はささやかな「お返し」を鞄に……
[13:58]
雪「……ああ、よく眠った……」
オディール「雪華綺晶、よく眠っていたわね」
雪「日の当たる窓辺は、お昼寝には最適ですわ。」
オディール「そうだ、雪華綺晶、鞄の中を見てご覧?」
雪「…… ……まあ、いつの間に!?
雪の結晶のペンダント……」
オディール「北海道のおみやげに、それと、少し遅くなったけど
貴女へのクリスマスプレゼントですよ」
雪「わあ…… オディール様♪」
オディール「ふふ……♪」
[親愛なる雪華綺晶へ……
素敵なひと時を、いつもありがとう。
これからも、よろしくね。
2004.12.29
Odile Fossey]
【オディール・フォッセーと雪華綺晶の結晶 完】
ハイ、というわけで第32話「オディール・フォッセーと雪華綺晶の結晶」
以上で終わりでございます。読んでくださった方ありがとうございます。
名前欄にサブタイトル入れ忘れちゃったけど……(汗)
書きたいものを書いていきます。
では、体調管理に気を付けてグッナイ!
また、いつか。
大作乙
>>380 乙でした。
そう、雪華綺晶とオディールもマスターとドールなんですよね。
この組は「食べられた」とか「養分にされた」印象が強く、従ってオディー
ルは雪華綺晶を良く思っていないと思っていたのですが、状況によっては普
通にマスターとドールであってもいいんですよね。
こうして一人と一体がしみじみと過ごす時もいいものですね。
そのまま、一ヶ月程はあまり変化の無い日が続く。
変わった事と言えば、仁くんが車椅子に乗ったまま掛けられる止め具を付
け、何箇所かに布を貼る改良をしてくれたぐらいだろうか。
春は穏やかに過ぎ、時折暑さを感じる日も混じるようになってきた。
カワセミは一日おきぐらいに練武場で他の警備の者たちと一緒に訓練をし
ている。
里の近場の見回りに出る日もある。
それだけでなく、時々、作業場に来て普通の仕事を手伝っていることもあ
った。
作業場には同年代の少女が何人かいて話が出来る事と・・・カワセミ自身
の微妙な迷いがあるようだ。
無理もない。
カワセミは忍を嫌って普通の生活を求めた抜け忍だったのだ。
里の警備の任務は諜報や暗殺を求められたりはしないが、この時代の女に
とって普通か、というと微妙である。
自分の求めた普通の生活とは何なのか、まだ彼女の中では完全には折り合
いが付いていないのだろう。
それは彼女自身にしか解決できない事だった。
水銀燈はどれだけ長くともカワセミの話を聞いたが、聞き役に徹して見守
る事しかできなかった。
水銀燈はシカ婆さんの監督のもと、個別梱包に加わることになった。
出荷するものの中でも高級な物は一つ一つ丁寧に包装し、商品価値を上げる
のだ。
油紙で包んだ物をさらに綺麗な和紙で包んだり、飾り紐を蝶結びにしたり、
熨斗(のし)飾りを付けたりする。
それ以外の作業にも細かい作業が必要な時は呼ばれて手伝った。
手が小さくて器用な・・・しかも、実は「念力」で細かい操作も出来る・・
・水銀燈はそういった作業にとても向いていたのだ。
梱包のみならず、木工や鍛治、布地の加工や裁縫まで、彼女の小さくて器用
な手は重宝された。
シカ婆さんが調べさせてくれている、「お父様」の情報はまだ届かない。
それでも日々は穏やかに過ぎ、たくさんの漬物や醸し品が仕込まれ、出来上
がり、笑顔が交わされる。
この時期にはカワセミは訓練か任務中で忙しく、水銀燈は仕事がない日が時
々あった。
かつてと違い、車椅子のおかげで水銀燈は一人でも移動できる。
半日暇になったある日、水銀燈は気になっていた事を確認しに出かけた。
行き先はあのくろざさん、大男の異人さんの家だ。
>>381さん
あ、俺にも乙を頂いてたんですね。
コメントありがとうございます。
>SS作者各位
こちらの連載は当分続くので、出来上がったらこちらの事は気にせず投下し
てくださいね。
ただ、今回TEGさんが
>>339 でしてくださったように、前もって予告して
くれればその時間帯は投稿がかぶらないようにします。
勿論、予告なしでも構わないです。
この手の掲示板を読み慣れてる人は、多少投稿が入り混じっても全然気にし
ないでしょうし。
くろざは家の前で作業をしていた。
大きな樽に何かを詰め込んでいるようだ。
水銀燈を見つけ、ちょっと驚いたようだったが穏やかに挨拶してくれる。
くろざ「コンニチハ。」
銀「こんにちは、くろざさん。あの、ちょっと聞きたい事があって来たん
けど・・・」
くろざ「聞キタイ事・・・ナニ?」
銀「あの、最初に会って、私を見て驚いた時・・・くろざさん、『Oh,my
God!』って言ったのよね?」
くろざ「Oh!」
ここでくろざは言葉を母国語に切り替える。
くろざ「君はイングランドの言葉が分かるのかい?」
やはり水銀燈に分かる言葉だった。
若干、言葉の抑揚が違うものの、完全に理解できる。
水銀燈も同じ言葉で答える。
銀「ええ、分かるわ。イングランドの言葉、と呼ぶとは知らなかったけど、
私の知っている言葉よ。」
くろざ「おお!」
くろざの赤ら顔に喜色が広がる。
くろざ「嬉しいよ、また故郷の言葉で話せる日が来るなんて!懐かしい。涙
が出そうだよ。
ああ、僕はジョセフ・クローザー。会えて嬉しいよ。」
銀「水銀燈です。お会いできて光栄よ。」
くろざ・・・いや、クローザーは堰を切ったように話し出す。
元々は口下手なようで、母国語でも滑らかな会話とは言えなかったが、よほ
ど嬉しかったのだろう。
人形・・・それも見方によっては不吉に見えなくもない・・・の水銀燈が話
している事もすっかり気にならなくなってしまったらしく、休みなく話し続
ける。
クローザーはイングランドの田舎の出身であり、料理人になりたくて町に出
たのだがうまく馴染めず、流れ歩くことになった。
流浪変転を経て、この国では南蛮と呼ばれるポルトガルの商船の料理人に雇
われて世界中を回った。
ある時、船主が食料費をけちり、あまりにも乗組員の健康を考えていないひ
どい食料しか積み込まれなかった事があった。
抗議したところ、口下手が災いして大喧嘩になってしまい、結局この国で船
を下ろされてしまった。
その後、紆余曲折があって数年かけてここに辿りついた。
クローザー「それで、イングランド語を話すのは本当に久しぶりなんだ。船
ではポルトガル語ばかりで。
だから、僕の言葉、ちょっとおかしくなってるかもしれないね。元々、田舎
者でなまってるし。」
銀「そんな事ないわ。ちゃんとしてるわよ。」
クローザー「ありがとう。しかし・・・水銀燈、君のイングランド語はとて
も綺麗だね。まるで宮廷の人のようだよ。
その・・・君がどういう存在なのか僕には良く分からないんだけど・・・君
はとっても優雅だし、イングランドの貴族か王族に関係あるのかい?」
水銀燈はクスリと笑う。
銀「いいえ、全然。実はイングランドに行った事もないのよ。」
クローザー「なんだって?じゃあ、いったい何でイングランド語が?」
水銀燈は今までの自分の身の上話をかいつまんで説明する。
クローザー「そうか・・・不思議な事もあるもんだ。じゃあ、言葉もそのお
父様に教わったものなんだね。」
銀「まあ、そうね。教わったというよりは与えられたのだけれど。」
クローザー「すごいな。信じられないよ。本当に神業級の職人だ。いや、も
う神に近いのかもしれない。
君はそのお父様を捜しているんだね?」
銀「ええ。何か知らないかしら?」
クローザーは顎に手を当てて考え込む。
クローザー「むう・・・残念ながら心当たりはないな。僕は人形遊びはした
ことない。
ああ、商船に長く乗ってたから、商品としての人形は何度も見てるけど。
でも、君みたいな見事な人形は見たことがない。それにそんな凄い職人なん
て聞いた事もないよ。」
銀「そう・・・」
クローザー「役にたてなくてすまない。ひょっとしたら、貴族とか金持ちの
お抱え職人かな。そういう職人は滅多に表には出てこないから。」
銀「そういう職人もいるものなの?」
クローザー「ああ、居るよ。ああいう連中はいい物を独占したがるからね。
自分だけが持って、見せびらかしたいのさ。」
銀「うーん・・・」(お父様がそんな人たちに仕えるとは思えないけど・・・)
クローザー「ああ、すっかり外で長々と話し込んでしまった。何か飲むかい?」
銀「あら、本当。結構時間が経ってるわね。」
水銀燈は陽の傾き具合を見る。
かなり時間が経っていて、そろそろ夕食の準備の時間だ。
銀「ごめんなさい、そろそろ帰らないとならないの。夕食の支度があるから。」
クローザー「そうか・・・また来てくれるよな?」
銀「ええ、また来るわ。それじゃ。」
クローザー「あ、椅子、押していってやろうか?」
銀「ううん、大丈夫よ。じゃあ、またね。」
クローザー「ああ、またな。」
家に戻り、夕食を作り、戻ってきたシカ婆さんを交えて三人で夕食を食べる。
食べながら、今日のくろざさんとの話を二人に聞かせる。
カ「へえっ、あの人のお国の言葉が分かったんだ。凄いじゃない。」
シカ婆「そりゃびっくりだねえ。・・・しかし、そういう生い立ちのお人だ
ったんだね。話はしたんだけど、あの人はあんまりあたしらの言葉が話せな
いから細かい事は知らなかったよ。」
銀「不思議な人生よね。ちょっと気の毒なのかな。でも、お国の言葉で話が
出来て喜んでくれたみたいで良かったわ。」
シカ婆「本当だねえ。あんた、たまに話し相手になっておあげよ。」
銀「ええ、そうするわ。」
穏やかな日々が過ぎてゆく。
お父様については相変わらず手がかり一つなかったが、それ以外は全て順調
だった。
みんな元気で笑顔は絶えず、それぞれの仕事も順調。
カワセミとシカさんはいつも近くにいる。
派手さはないが、幸福だった。
季節は移り、夏になる。
この里は小さいながら盆地なので、若干暑さがこもったような独特の気候に
なる。
幸い、山中にあって涼しいのでそれほど気にはならなかったが。
カワセミは元気に警備を続けている。
以前は普通の生活へのこだわりと荒っぽい警備の仕事の食い違いに悩んでい
たが、それも吹っ切れたようだ。
たまに同年代の少女たちと話をしに作業場に現れるが、それ以外はずっと警
備に専念している。
夕食時に楽しそうに警備の仕事や仲間の話をすることも多くなった。
水銀燈はすっかり仕事場に馴染んでいた。
・・・実際の所、最初の頃は他の人たちに距離を置かれていた。
市松人形の菊ちゃんが先に居たお陰で、動く人形だということで騒がれる事
こそなかったものの、非常に異質な存在である事には変わりなかった。
不気味に思う人いたし、親しく言葉を掛ける者はほとんどいなかった。
しかし、ほぼ毎日皆に混じって普通に作業をしているうちにそれも和らぎ、
自然に受け入れられていった。
むしろ、細かい作業の有能さ、穏やかさや素直さ、そしてその綺麗で可愛ら
しい容姿のお陰で今では人気者と言っても良いぐらいだ。
作業場で皆と働き、細かい作業がない時はカワセミが暇であれば一緒に里を
ぶらぶらし、カワセミが忙しいときは仁くんやくろざさんの所に話をしにい
く。
そんな毎日が結構気に入っていた。
お父様が去ってしまった事から来ている深い孤独感もあまり感じなくなって
いた。
・・・無論、お父様を捜すのは変わらず続けていたが。
作者註:繰り返しになりますが、このあたりで書かれている水銀燈はオーベル
テューレ前半の「なよ銀」につながる過去の水銀燈です。
そうじゃないとすげー違和感があるので一応。
シカ婆が頼んでくれたお父様捜しの報告が一度届いていたが、人形職人は大
勢いるものの、それらしき人は見当たらないという事だった。
シカ婆は捜す範囲を広げるように依頼するとともに、調べの手がかりになる
ように、里の絵の上手い者に頼んで水銀燈の絵を描かせ、調べ物をする人た
ちに渡したらしい。
・・・らしい、というのは直接その場を見たわけではないからだ。
どうやら、その連絡は番人・・・この里へ来る際に出会った、一見目が見え
ないように見える、シカ婆さんの下の弟だと言うあのいかつい男だ・・・を
通して行なっているらしい。
そして、その番人からの知らせはいつの間にかシカ婆の元に届いているのだ
った。
里では、恒例であるという祭りの準備が始まっていた。
結構大掛かりな物で、神様をまつる儀式をし、音楽を奏でながら皆で踊り、
里の住人全員でご馳走の膳を囲む宴があるのだそうだ。
無論、全員の膳が並べられるほど大きな建物はない。
普段は屋内作業場になっている建物の一方の壁を外し、さらに隣に天幕を張
ってござと畳を敷いて場所を造るのだ。
その設営の準備と飾りつけ、そして当然ながら晴れ着の準備。
里は陽気に浮き立っていた。
晴れ着の準備のため、水銀燈とカワセミは借りていた鏡は返さなければなら
なかったが、女衆の支度部屋になった小屋はシカ婆の家のすぐそばだったの
でほとんど問題にならなかった。
鏡を使いたければ、そこに行けばすむ事だった。
水銀燈は夜目がかなり利くので、車椅子に乗せてもらいさえすれば夜中でも
全く問題なかった。
ある夕方。
水銀燈とカワセミが自分達の晴れ着の仮合わせをしながらきゃあきゃあ騒い
でいると、疲れた顔のシカ婆さんが帰ってくる。
カ「どうしたの、シカさん。」
シカ婆「ん・・・今日は長老と親方衆の寄り合いがあったんだけどね・・・
ちょっと問題が、ね。」
銀「何があったの?」
シカ婆「ん、これは二人にも聞いておいて貰ったほうがいいかもわからんね。
二人とも、前話した焼酎の話、覚えてるかい?」
銀「ええ、覚えてるわ。出荷するかどうか、何か問題があるとか。」
シカ婆「そう、その話だよ。ここの産物をどこに卸しているか、って話は詳
しくしてなかったよね?」
銀「ええ、細かい事は聞いてないわ。」
シカ婆「それじゃ、いい機会だから話しておこうかね。
ここの産物は、この里の北にある山の中腹にある、お寺さんを通してから商
人に卸しているんだよ。」
カ「あ、そういえば警備の仲間にそんな話聞いたかも。」
シカ婆「ああ、出荷の最後まで警備に付いて行った事のある者は当然知って
るね。
でね、そのお寺ではいくらかの味噌やなんかを作って売ってるんだ。
それだけじゃなく、山やなんかに散らばってる檀家が造った物を取りまとめ
て売ってくれている。
信用と人手がある所だからね。檀家それぞれが商人と交渉して売るよりもず
っと上手くいくのさ。
この里の品物はそれと一緒に、単に檀家の作ったもの、として売ってもらっ
てるんだよ。」
カ「へぇ〜。親切なお寺さんね。」
シカ婆「ああ、ほんに助かっている。
お寺さん、というよりは今のご住職だけどね。檀家の生活を助けるため、そ
れにあたしらみたいな訳ありの者たちが暮らしていけるよう、仲介料さえ取
らずに善意でやってくれているのさ。」
カ「へぇ〜、そうなんだ。本当に立派なお坊さんね。」
シカ婆「ああ、本当に立派な男さ。事情を知った上であたしらを助けてくれ
ていて、ここの事も秘密にしてくれている。
あの男は絶対に信用できる男さ。」
ん?というようにカワセミが微妙に表情を変える。
シカ婆はその事に気づいたようだが、特に何も言わずに話を続ける。
シカ婆「そういうわけで、あのお寺さんを通して物を売る限り、何の心配も
ない。
だけどね。
お寺さんという立場上、獣の肉を使った物や、酒は売るわけに行かないんだ
よ。」
カ「ああ、そうか。なるほどね。」
シカ婆「そう。だから、もしも焼酎を出荷しようと思ったら、新しい卸先を
考えなきゃならない。
だけど、買い叩かれなくて、ここの事を秘密にしてくれて、信用できる商人
を見つけるのは難しいわけさ。
買い叩かれるだけならまだしも、この里の事を知られたくない連中に知られ
たら・・・もう、今の生活はできないんだよ。」
カ「それはそうよね。うん、やめといた方がいいと私も思う。」
シカ婆「だろう?寄り合いも結局、そういう結論に落ち着いたよ。
今のままでも、十分暮らして行けてるんだし。
ただ、細かい事情を知らない者もいたんで、そこまで話をまとめるのに結構
骨が折れてね。」
銀「そうなんだ。それは大変だったわね、シカさん。」
シカ婆「ああ、全く、長老になんかなるもんじゃないねえ。
・・・っと、これは余計な事を言っちまったね。
二人とも、祭の用意に混ざってたんだろ?用意の具合はどうだね?」
カ「ああ、それだったら順調よ。ほら、見て、私たちの晴れ着、仮縫いが終
わって来たんだ!」
シカ婆「どれどれ・・・おお、いいじゃないかね。ちょっと着て見せておく
れ。」
カ・銀「ええ!」
シカ婆さんも混じって三人でわいわいと晴れ着の着付けをする。
祭の準備は続いている。
蔵から祭の時にだけ使う品々が運び出される。
こんなにたくさんあったのか、と思うほどの数の提灯が運び出される。
提灯は飾り紙で飾り付けられ、この里のお社の名前、工房の屋号、ここの産
物の商品名、親方の名前等を書いた紙が貼られていく。
提灯に蝋燭を入れて火を灯すのは祭り当日だけなのだが、華やかな提灯がた
くさん並んでいるだけでも雰囲気が大きく変わり、わくわくしてくる。
水銀燈はふと思い出す。
銀「ねえ、カワセミ。この祭ってみんな参加するんだよね?」
カ「うん、そう聞いたよ。」
銀「だったら、あの菊ちゃん・・・ほら、お墓にいたお人形の菊ちゃん、あ
の子も来るのかしら?」
カ「ああ・・・どうだろう。聞いてみようか。」
二人は近くで祭の準備作業をしていた中年女性に聞いてみる。
菊ちゃんは、持ち主さんが生きていた頃は毎年一緒に祭に参加していたそう
だ。
しかし、去年は呼んだが来なかったらしい。
今年は誰かが知らせているのかどうか分からないそうだ。
銀「ねえ、カワセミ。後で、菊ちゃんの所へ連れて行って。あの辺りは道が
悪くて、車椅子じゃ行けないの。」
カ「うん、分かった。この飾り付けが終わったら行こう。」
カワセミは水銀燈を抱き上げ、墓場へ向かう。
菊ちゃんは以前見たときと変わらない姿で墓場にいた。
若干、以前よりもさらに薄汚れたような気はするものの、外見やその寂しげ
な佇まいは代わりがない。
菊ちゃんは持ち主だった人の墓の前に座り込み、摘んできたと思われる野の
花を手にしている。
小さな手で、ゆっくりとした動作で花の下の方の葉をむしっている。
花立てに立てるため、形を整えているようだ。
二人はゆっくりと近づいていく。
普通に足音を立てていたので気が付いているはずだが、菊ちゃんは何の反応
も見せていない。
持ち主との別れを悲しんでいる菊ちゃんに話をしに来るのに、カワセミと一
緒に来たのはあまり良くなかったかもしれない。
もっとも、一人ではここまで来られないのでどうしようもなかったのだが。
若干気まずい気持ちになり、少しためらうが、とにかく声をかける。
銀「菊ちゃん。」
菊ちゃんは何の反応も見せない。
ゆっくりと花から不要な葉を毟り続ける。
銀「菊ちゃん、あのね・・・もうすぐ、お祭があるのよ。お祭、前に行った
から知ってるでしょう?」
聞いているのか、聞いていないのか、菊ちゃんは全く反応しない。
銀「・・・ねえ、良かったら菊ちゃんもお祭に行かない?私たちと一緒に行
こうよ。」
菊ちゃんは葉を毟り終え、供物台の花立てに花をいける。
そのまま、墓を見つめたままじっとしている。
カ「・・・聞こえてないんじゃない?」
銀「そうじゃないと思うけど・・・」
二人はしばらくの間、さらに言葉を掛け続けたが、結局菊ちゃんは何の反応
も見せなかった。
気まずい思いで二人は家路につく。
祭は天気にも恵まれ、盛大に執り行われた。
開始の儀式は昼過ぎ。
臨時の祭壇が作られ、里のほぼ全員が晴れ着で集まる中、長老の筆頭格であ
るシカ婆さんの弟・・・通称、柿屋敷の先生・・・が祈りを捧げ、平穏な生
活と大地の恵みへの感謝を述べ、この祭を奉納する事を宣言する。
里の住人たちが順番に一人一人祭壇の前で礼をしていき、それが終わると堅
苦しい行事は終わり。
祭の楽しい部分の始まりである。
軽食と酒と菓子がふんだんに出され、しばし歓談した後、楽器が持ち出され
る。
普段は分からなかったが、意外なほど楽器のできる人が多いようだ。
太鼓、鼓、笛、琴、何と呼ぶのか分からない楽器・・・それらが気ままに、
それでいてどこか調和をもって奏でられる。
そして歌、踊り。
夕暮れが訪れる中、日没を背景に、歌の上手い者たちが皆の前で歌う。
拍手でそれをねぎらった後、皆で手拍子に合わせてよく知られた歌を歌う。
じきに日没が来て、提灯に火が灯される。
提灯に貼られた色とりどりの紙で染まった淡い光が辺りを幻想的に照らし、
女たちの晴れ着が美しく揺れる。
踊りの名手が舞台がわりの畳の上で踊りを見せる。
喝采の後、今度は皆で輪になって踊る。
晴れ着の色彩が華やかに翻る。
踊りと音楽が続けられるまま、宴が始まる。
皆、顔をほてらせ、はちきれんばかりの笑顔だ。
料理も酒も次々に出され、音楽と賑やかな談笑が夜通し続いた。
翌日は後片付け。
文字通り祭の後の静けさの中、気の抜けた雰囲気で片付けの作業。
祭が終わってしまった寂しさはあるものの、沈んでいるわけではなく独特の
雰囲気があり・・・言って見れば風情があって、それもなかなか悪くなかっ
た。
祭が終わってしばらくすると、徐々に秋の気配が感じられるようになる。
カワセミと水銀燈が出会ってから二度目の秋だ。
二人が出会ってからもう一年と数ヶ月が経っていた。
水銀燈はその間にたくさんの事を覚えたものの、外見は全く変化していなか
った。
人形だから当然成長も老化もしないが、古びる事も全くなかった。
どうやら、相当長い間もつ人形のようだ。
カワセミは最初の頃は色濃くあった少女っぽさが少し抜けて来ていた。
替わりに大人の女性の成熟した雰囲気が現れはじめていた。
性格はむしろ逆に少女らしくなっていたかもしれない。
年齢不相応に幼いわけではない。
生まれ育った里を抜け、追われ、一人で・・・あるいは水銀燈と二人で旅し
ていた頃は相当に緊張していたという事なのだろう。
今は絶え間ない緊張から解放され、年齢相応の性格になっていた。
ひょっとしたら、理由は他にもあったかもしれない。
最近、カワセミは警備仲間で、侍事の親方の末息子の源三くんと仲がいいよ
うだった。
家での食事のときも、以前は平気であぐらをかいていたのだが、最近は時々
正座したりしている。
祭が終わって戻ってきた、例の大鏡に向かって化粧をしている事もある。
・・・現時点の化粧の腕前では、はっきり言って逆効果だったが。
カワセミもそういうお年頃だもんな
ニヤニヤしてきた
カワセミがアリスだった頃・・・
>>400 まさにそういうお年頃なんです。
ニヤニヤしてやってくださいw
>>401 ワロタw
アリプロの曲とアリスゲームのアリスのダブルミーニングかな?
その発想はなかったなあ。
うむ、カワセミがアリスになるんでもいいかな・・・w
ある日。
シカ婆さんは里の奥側の畑の実り具合を見に行く事になった。
水銀燈もカワセミも体が空いていたので、散歩がてらに一緒に行く事にする。
幸い、今年はどこの畑も並以上の出来で、豊作と言っても良いようだ。
貧しくない里ではあってもこれはとても喜ばしい事であり、シカ婆さんは笑
顔になる。
帰り道の途中、小川・・・川と呼んでいいのか迷うぐらいささやかなせせら
ぎだ・・・に差し掛かると、数人の子供たちが何やら騒いでいる。
どうやら川べりで小さな亀を捕まえたらしい。
最初は持ち上げて観察したり、つついてみて引っ込む様を見て遊んでいたの
だが、だんだん悪乗りしてきたようだ。
悪餓鬼で有名な男の子を中心に、亀を放り投げたり、蹴鞠のように蹴飛ばし
て遊び始める。
シカ婆「これ、やめなさい。」
声音は柔らかかったが、長老の一人であるシカ婆さんに叱責され、子供たち
はぴたりと止まる。
シカ婆「そんなひどい事するもんじゃないよ。亀だって生きてるんだよ。
そんな風に蹴飛ばしたらとっても痛いし、死んじゃうかもしれないんだよ。
もう、放しておあげ。」
ほとんどの子供たちは押し黙る。
悪餓鬼「だって・・・」
少し間を取り、シカ婆さんは、
シカ婆「ほら、これあげるから。」
と言いながら、懐から飴玉を出して子供たちに一つずつ渡す。
子供たちは亀のことは忘れ、歓声を上げながら走って行く。
シカ婆さんは亀を拾い上げる。
死んだり、大怪我はしていないのを確かめ、亀を小川に戻してやる。
亀はすぐに泳ぎ去った。
カ「子供は単純ねー(笑)。でも、シカさん、今みたいに物で釣るのはあん
まり良くないんじゃないの?」
シカ婆「あはは、しつけ上はあんまり良くないかもだね。
でもね、今のは物で釣ったっていうより、ちょっと背中を押してやっただけ
だよ。
あたしの言ってる事が正しいってことはあの子らも分かってたのさ。
でも、何となく素直になれなかった。
そこへちょっと背中を押してやっただけだよ。
亀も助かったし、あの子らも意地を張って間違った事をして、後味悪い思い
をしないですんで万々歳だろ?」
銀「へぇ〜。」
カ「なるほどねー。」
この里は雰囲気が良いが、それはシカ婆さんの人柄に寄る所が大きいのだ、
という事を二人は実感する。
作者註・・・いや、註釈じゃないけどw
こういうのはしつけ上は間違いだと思うので、真似しないほうがいいです。
誰もしないと思うけど。
ただ、意地になってる人の背中をそっと押してやるのって上手にできるとい
いよねえ。
上手に押されるのも。
・・・昔、意地っ張りの男の子だった者の独り言でした。
穏やかな日々が続いていく。
季節は秋の中ごろに差し掛かる。
農産物の収穫期なので新しい醸し作業はやや控えめにし、手助けしあいなが
ら収穫をすませていく。
概ね収穫も終わった頃、大きな寄り合いが開かれる。
普段の長老と親方衆だけのものではなく、幼い子供と出て来られない者・・・
寝たきりの病人や老人・・・を除いた全員が参加する大掛かりなものだ。
収穫期を終わっての報告会、と言った性格のもので、毎年開かれているらし
い。
寄り合いはなごやかに幕を開けた。
収穫期の報告が主たる議題なのだが、今年は不作な畑は一つもなかったのだ。
報告する畑の主たちの表情は一様に明るい。
農産物を使って特産品を作る立場の者たち、つまりこの里の収入の中核をな
す者たちも明るい見通しが立って上機嫌だ。
和やかなまま寄り合いが終わるかに見えた時、若手の職人が手を上げて発言
した。
若い職人「あー、すまねえが、ちっと焼酎と新しい品もんについての話、さ
せてもらえねえかな。」
一瞬、寄り合いの空気が止まる。
長老の一人、侍ごとの親方が発言する。
侍親方「その話はこの前の寄り合いで終わったんじゃなかったかい?」
若い職人「親方衆の寄り合いではそうらしいな。でも、俺たちの話も聞いて
もらいてえんだ。」
長老たちは顔を見合わせる。
長老の筆頭格の柿屋敷の先生が発言する。
柿屋敷「君らの作った物をもっと出荷したい、って話しは聞いてるよ。
でも、里が持ってる販路ではそれは難しくて、新しいつてを開かないとなら
なくなる。
それは危険を伴う事なんだよ。
今のままでも儂らは暮らしていけるんだ。無理をすることはないだろう。」
若い職人「ああ、それは分かってる。そんでも、何とかならないもんかって
思うんだ。
これは金の問題じゃなくてな・・・」
若い職人は語り始める。
その語りはたどたどしくて不器用だったが、纏めるとこういう事だった。
自分たちは、こんな狭い里でずっと人の目を恐れて閉じこもって生きて行く
のはいやだ。
自分達の作った物を広く売り、そして広く世の中と繋がって行きたい。
この里が見つかるなら見つかるでいいじゃないか。
どうせ、里の住人一人一人まで詮議されはしない。
年貢は取られる事になるだろうが、それでも外と繋がっていく方が良い、と。
そして、これは自分一人だけの意見ではない。
若手の職人たち、特に子供のうちに親とともにここへ来たが今は成人した者、
ここで生まれた者の多くがそう考えている、と。
しばらくの間、寄り合いを沈黙が包む。
焼酎出荷問題は単に焼酎とその販売の話ではなかった。
隠れて暮らす里、という特殊な環境。
それに対する不満を溜め込んだ若手の突き上げ、という軽視できない内容を
伴ったもの・・・いや、むしろそれが主たる問題だったのだ。
中年の親方の一人が声を上げる。
中年の親方「馬鹿いうでねえ!・・・おれらはここで隠れて住んでんだぞ。
お前ら若造は外の連中の怖さを知らねえ。うっかりここを知られでもしたら、
どんな目に合うかわかんねえんだぞ!」
若い職人「んだけど、だからって、ずっとここで閉じこもって生きてくなん
て、そんな事おれらには我慢ならねえんだ!」
中年の親方「何を餓鬼みたいな我が侭言ってやがんだ!そんだったら、お前
らだけでこの里から出て行け!」
若い職人「何だと!」
若い職人と中年の親方が立ち上がり、つかみ合いになりかける。
柿屋敷「よさないか!!」
長老の一喝に二人はしぶしぶ離れ、座る。
しかし、場の空気は和らがない。
こちらも長老の一人である、醸しの大親方と呼ばれる老人が発言する。
大親方「まあ、そうそう急に外と関わるのは危ないわな。
しかし、若いもんがそう考えるのは分かるし、職人としては自分の作った物
を広く出したい、って思うのは当然のことだ。ことに、俺たちは良い物を作
ってるしな。」
大親方はこの里の最古参の一人だが、若者にも理解があり、若手職人の人望
もある人だ。
大親方「なあ、どうだろう。
急に所構わず物を出荷しようなんて無茶は言わねえ。
でも、若いもん達の気持ちも考えて、もうちょっと、外と関わっていけねえ
かな。」
大親方はシカ婆さんと柿屋敷の先生に向き直る。
大親方「なあ、あんたらの力で、何とかならんのかい、カモのご姉弟よ。」
シカ婆「その名前で呼ばないでおくれ。」
シカ婆さんにしては珍しく、やや険のある声音で答える。
大親方「あ、ああ、すまねえ。」
少し間を空けて、シカ婆さんは続ける。
シカ婆「あたしたちはそんなに何でもできるわけじゃないんだよ。むしろ、
出来るのはほんの少しの事だ。
・・・だけど、まあ、若い衆からそういう意見が出てきたなら、考えてみな
いといかんね。」
シカ婆は弟である柿屋敷の先生の方を見る。
柿屋敷「ああ、そうだな。」
柿屋敷は大親方と先程の二人の職人の方を見る。
柿屋敷「・・・できるだけ前向きに検討してみよう。
ただ、急に行なえば危険な事だ。ある程度時間がかかる、それは心得ておい
てくれ。
これからきちんと話し合って行くことは約束するから、焦って勝手に何かし
たり、寄り合いでの話し合い以外で揉めたりしない、これは約束してくれ。」
一同は頷く。
先程揉めていた二人も不承不承ではあるものの、ここは矛をおさめる事にし
たようだ。
一応、それで事は収まったものの、皆が完全に納得したとは言えない状態だ
った。
微妙な何かを引きずったまま、寄り合いは閉会になる。
シカ婆さん、カワセミ、水銀燈は家路につく。
シカ婆さんはずっと思案顔のままだ。
銀「難しい事になった、のよね?」
シカ婆「ああ、かなりね。」
銀「大丈夫なの?」
シカ婆「うん、まあ、弟や他の長老たちと話し合って何とかまとめるさ。心
配せんでいいよ。」
カワセミはその間、何か考えながら少し後ろを歩いていたのだが、不意に口
を開く。
カ「・・・ねえ、シカさん。」
シカ婆「何だい?」
カ「さっき、大親方がカモのご姉弟、って呼んでたよね。カモ、って・・・ひ
ょっとして、陰陽師の賀茂氏?」
一瞬、シカ婆さんは足を止める。その後姿の陰影が濃くなり、輪郭が景色の
中で浮かび上がる。
シカ婆「・・・何だね、それは。」
シカ婆さんは振り向かないまま、そのまま歩いていく。
それ以上、何も話さないまま、三人は家に帰り着く。
シカさんが居ないときを見計らって、水銀燈はカワセミに聴く。
銀「ねえカワセミ、さっき話してたカモが何とか、って話、どういう事なの?」
カ「ん、それはね・・・私も忍の里の学問所で習っただけだから、大雑把に
しか知らないんだけど・・・」
若干、歴史と陰陽師について補足しつつ、カワセミは話す。
カ「陰陽師っていう、天文や暦、方位なんかの知識を持っていて、様々な呪
術的な力を使える人たちがいるの。
賀茂氏っていうのはその中でも大物の一族だったのよ。
朝廷から官位と官職を頂いてたほどで、まあ、朝廷お抱えの陰陽師一族ね。
でもね、この一族、近年になって色々あって没落しちゃったのよ。
力のある陰陽師もいたんだけど、ほとんどが官職を失って宮廷にいられなく
なったみたい。
でね。
上の方にいた陰陽師はただでさえ色々な知識や力を持ってる上、官職につい
てた場合は朝廷について色々知っちゃってるじゃない?
そういう大物陰陽師が民間に下って、知識や術、それに朝廷の内情が広まる
のを良く思わない人達がいるってわけ。
・・・自分達で宮廷を追っておいて勝手な話よね。」
銀「・・・そうなんだ。そんな事があったのね。じゃあ、本当にその一族の
人だとすると、シカさん、追われてるの?」
カ「うーん、そのへん、お上がどのぐらい陰陽師が民間に下るのを嫌がって
るか分からないんだよね。厳しい追っ手がかかるのかもしれないし、逆に文
字通り良く思わないだけかもしれないし。」
銀「そうなんだ。・・・それにしても、シカさん、そんな力を持ってる人だ
ったのね。」
カ「はっきりしたわけじゃないけど、多分そうね。
まあでも、何か普通じゃない力を持ってる人じゃなかったらおかしいよね。
そうじゃないと説明が付かない事だらけだし。」
銀「え?そうなの?」
カ「・・・・・・・・・・うん、そうなの。」
作者より補足。
陰陽師とは陰陽道という思想に基づき、天文学・暦学・方位学・占術等の学
問を修めた人。(これは史実)
伝説としては、様々な呪術的な力を行使したとされる。
賀茂氏はかつての陰陽道の宗家の一つ。主に暦道を専門とした。
朝廷に官位と陰陽寮と呼ばれる学問所における官職を与えられていた、いわ
ば朝廷お抱えの陰陽師の一族だった。
有名な陰陽師、安倍晴明の師匠筋の家柄でもある。
室町〜戦国時代にかけて本家が断絶。安倍晴明の末裔である安倍氏(土御門
氏)に官職を奪われ、衰退した。
官職を得るほどの陰陽師は、当時の最新の天文学や暦学を知り、朝廷内部の
事情にも通じていた。
また、占いという形で権力者達の相談にものっていた。
当然ながら権力者たちは、そういった陰陽師が民間に下ることによってその
学術的な知識や権力者の内情が流出する事を好まなかったようであり、一時
期は民間での陰陽道を禁ずる法まであったらしい。
なお、シカさん姉弟は作者の創作であり、歴史上実在した人物ではありません。
しばらくの間、シカ婆さんは柿屋敷に行く事が多かった。
寄り合いも、長老と親方だけの物から若手の職人まで含めたものまで、かな
りの回数が開かれた。
話し合いは難航しているようだったが、里が分裂したり、派閥に分かれて対
立状態になることだけは避けられているようだった。
外との関わりを広げる事への危惧は非常に強かったが、若手の職人たちの情
熱は激しく、何らかの変化は避けられない見通しであるらしい。
秋は早足で駆け抜け、冬が来る。
カワセミと水銀燈がここへ来たのも冬だった。
間もなく一年が経つ計算になる。
降水量の多い地方ではないので雪で完全に閉ざされる事はないものの、冬は
寒さが厳しい。
農作業は一部の寒さを好む作物を除いてお休みだ。
醸しは物によってはこの時期が仕込み時期だが、やはり全体としてはやるこ
とが少ない。また、出荷も少ない。
手工業系の職人は普段どおり働いていたが、それ以外の者は比較的暇な時期
だった。
水銀燈やカワセミは家の中で過ごす事が多くなった。
仕事も少ないし、出歩いても寒いのだ。
シカ婆さんの家には本がたくさんあった。
暦や天文、自然科学についての難しい本もあったが、いわゆる文学に属する
本も少なくなかった。
その中からカワセミが「源氏物語」という本を見つけて来て水銀燈と一緒に
読み始め、この本は二人のお気に入りになった。
二人で火鉢のそばで腹ばいに寝転び、肘をついて肩と頭だけ起こし、二人の
間に本を置く。
カワセミは膝を曲げて足をぶらぶらさせながら水銀燈に本を読み聞かせる。
時折、カワセミは朗読を中断して、感想を言ったりする。
カ「こんな男、やだよねー。」
それが妙につぼに入り、水銀燈は笑い転げる。
時にはシカ婆さんまで笑い出し、あんたらにかかっちゃ古典の名作も形無し
だね、などと笑いにむせながら言う。
一年前は不安と寒さにさいなまれながら山の中を歩き続けていたのだ。
それと比べると、この生活は何と素晴らしい事か。
寒くても全く外に出なかったわけではない。
カワセミは警備の仕事があるし、水銀燈はくろざさんや仁くんの所へ時々話
しに行き続けていた。
カワセミはもこもこに着込んで出かけていたが、水銀燈は昼間の気温であれ
ば一枚余分に着るだけで十分だった。
若干手直ししてもらった子供用の羽織を着、両手で車椅子の車輪を押しなが
らゆっくりと道を進んでいく。
冬に特有の、冷たく澄んだ青空が広がっている。
その空の真ん中あたり、鳶らしき鳥がゆったりと舞っている。
水銀燈はその自由な様をふと羨ましく思う。
文字通り人形のように抱かれて運ばれているだけだった頃には感じなかった
のだが、車椅子で自分で動けるようになってからは時折そんな事を感じるよ
うになった。
あんな風に自由に空を飛べたらどんなに気持ちいいだろう。
翼が欲しい。
無茶な事を考えてしまった自分がおかしくなり、くすっと笑う。
自分はこんなに恵まれているのに。
怪我をして歩けなくなれば寝たきり同然になってしまう人も少なくない中、
自分はこうして車椅子を作って貰えて動き回る事ができるのに。
それでも微かな空への憧れは水銀燈の心の中にあり続けた。
今日の行き先はくろざさんの家だ。
のんびりと景色や空を眺めながら車椅子を進める。
銀「こんにちは。」
くろざ「イラッシャイ。」
歓迎の挨拶だけはここの言葉で言ったあと、クローザーはイングランド語で
話し始める。
クローザー「良く来てくれたね、水銀燈。君と話をできてとても嬉しいよ。」
銀「ありがとう。そう言って貰えると嬉しいわ。」
天候や、最近の仕事の話などをしばらく話す。
一区切りついたところでクローザーは席を立って台所へ行き、二つの湯飲み
に入った飲み物を持ってくる。
クローザー「はい、どうぞ。」
湯飲みには白くてどろりとした液体が入っている。
以前飲んだ甘酒かと思ったが、違うようだ。
銀「ありがとう。これは何?」
クローザー「あれ?飲むの、初めてかい?これはここの言葉でラク、って言
うものだよ。あ、少し薄めて、甘みに砂糖を入れたけど。」
銀「ふうん、ラク・・・」
一口飲んでみる。
思ったほどどろどろした感じはせず、甘酸っぱくて爽やかな飲み物だ。
銀「おいしい。とっても爽やかね。」
クローザー「うまいよな?」
銀「ええ、とても美味しいわ。」
クローザー「僕もそう思うんだけど・・・これ、この国では薬なんだってさ。」
銀「え?薬なの?」
クローザー「よそでは普通に食べ物か飲み物だよ。だからここでは薬なのが
不思議で。」
銀「ふーん・・・よそ、ってイングランド?」
クローザー「イングランドにも一応ある。でも、良く食べるのはもっと東の
方の、山が多い所だよ。
あ、向こうではこれはヨーグルトって言うんだ。」
銀「そうなんだ。あちこちにある物なのね。」
クローザー「ああ。ここでも作ってるし。この国ではあまり作ってる所がな
いせいで高く売れるらしいよ。」
銀「そうなんだ・・・あれ?私、ここでこれ見た事ないわ。」
クローザー「え?そうなのかい?これ、僕が来るより前からずっとここで作
られてるよ。元々の種になったのはシカさん姉弟が持ってきたものらしいし。
・・・あ、そうか、君は共同作業場で梱包をやってるんだよな?」
銀「ええ。」
クローザー「これは甕のまま出荷するし、作ってる場所が共同作業所じゃな
いから見ないんじゃないかな。」
銀「ああ、なるほど。」
話は作業についての事になり、ラクの事はそれきりになった。
しばらくお喋りを続け、夕食の支度の時間になったので水銀燈は家に帰る。
あの飲み物が薬だと言うのが不思議だったので、家に戻ってからシカ婆さん
に聞いてみる。
シカ婆「ああ、酪ね(笑)。
あれはね、古い書物に『滋養薬』って紹介されてるんで、薬みたいに扱われ
てるんだよ。
ただ、滋養薬っていうのは体に良い食べ物、って感じの意味で、病気の時に
飲む薬とは違うよ。」
銀「ああ、そういう意味だったのね。・・・シカさんは飲まないの?」
シカ婆「ああ・・・あたしはあの独特の酸っぱさが駄目でね。ここのもんは
大抵同じ事を言うよ。
薬扱いされてるのはそのせいもあるのかもね。」
銀「ふうん・・・でも、体には良いのよね?」
シカ婆「書物には腸の働きを整え、肌を綺麗にする、って書いてあるよ。実
際、飲み続ければそれは間違いないらしいね。
だからこそ、お金持ちや権力者に珍重されて高く売れるんだけど・・・あた
しにはどうにもあの酸っぱさがねえ。」
銀「ふうん・・・」
作者註:日本における酪の歴史は結構古く、奈良時代の書物に既に登場して
いるそうです。
酪の現物は残っていないので完全に断言は出来ないのですが、製法や特徴か
ら見て、酪=ヨーグルトと歴史家によって推定されています。
それに基づき、この作品では 酪=ヨーグルトかそれに近い何か、としてい
ます。
ただし、現代のプレーンヨーグルトほど洗練されたものではなく、もっと酸
味がとがったものだったと思われます。
別の日。
一人で仁くんの工房に遊びに行った水銀燈は驚いた。
仁「じゃーん。どうだい、二号車だよ。」
銀「え?え?何?もう一台作ってくれたの?」
仁「ああ。色々改良したんだ。今までのと取り換えるんじゃなくて、道の悪
い所へ行く時だけ乗り換える用。」
そこには新しい車椅子があった。
横側の車輪は大きくなり、接地面に凸凹がつけられていた。
後ろ側の小さな車輪はなくなり、横の車輪の前に小さな補助輪が付き、椅子
は低く幅広くなり、所々に竹のしなりを利用したばねが付けられていた。
それ以外にも細かい改良があちこちに加えられているようだ。
仁「さあ、乗ってみて。前のより少し遅いけど、がたがたしないし、かなり
悪い道でも大丈夫なはずだよ。」
乗ってみるとその通りだった。
銀「本当だ、すごい!小石に乗り上げてもほとんど揺れないね!」
仁「へへ、だろ?そこのあぜ道、通ってみなよ。」
以前の車椅子だったらとても通れない道だったが、二号車は難なくでこぼこ
したあぜ道を通り抜けていく。
銀「すごーい!」
仁「うん、成功だね。ただ、二号車は速度が出ないから、適当に使い分けて
。道のいい所を早く動くなら前の、道の悪いとこなら二号車って感じで。」
銀「ええ、分かったわ。ありがとう、仁くん!」
そのままあちこち動き回りたいところだったが、そうすると古いほうの車椅
子・・・仁くんにより、一号車と命名・・・を置いていってしまう事になる。
その時は近場でいろいろ試してみただけでいったん家に戻り、翌日、カワセ
ミと一緒に二号車を取りに行く。
二号車は確かに遅く、家や仕事場のまわりだけを動き回るなら元の一号車の
方が便利だった。
そのかわり、二号車なら急な坂や森の中でないかぎり、里の中のほとんどの
場所に行く事ができた。
楽しくて、今まで行けなかったあちこちに行ってみる。
そして、ふと思い出す。一人で行ってみたかった場所がある。
里のはずれの墓地・・・市松人形の菊ちゃんの所だ。
時間はかかったが、それ以外は特に問題なく墓地にたどり着く。
小さな姿が見えてくる。
菊ちゃんは変わらずそこにいた。
以前と同じように持ち主だった人の墓の前におり、何か手を動かしている。
車椅子の微かな軋み音を立てながら、近づいていく。
銀「菊ちゃん。」
菊ちゃんは相変わらず、何の反応も示さない。
小さな布を手に、墓の前の供物台をゆっくりと拭いている。
菊ちゃんはまた一回り薄汚れてしまったようだ。
着物のほころびや擦り切れも酷くなっているような気がする。
こまめに服を洗濯し、時々入浴もして身綺麗にしている水銀燈とは対照的だ。
銀「ねえ、菊ちゃん。私、今日は一人で来たの。お人形同士なら、その・・
・話せる事もあるかと思って。」
菊ちゃんは相変わらず、手を止めない。
銀「菊ちゃん、あのね・・・」
ふと言葉を切って、水銀燈は菊ちゃんを凝視する。
銀(菊ちゃん、以前会った時より弱っているのでは?)
その時、不意に菊ちゃんが反応を見せる。
わずかに体を起こし、ゆっくりと顔を水銀燈の方に向けたのだ。
水銀燈はかすかにたじろぐ。
が、目は逸らさない。
菊ちゃんはそのままじっと水銀燈の目を凝視する。
何かを伝えようとしているのだろうか。
水銀燈は菊ちゃんの目から言いたい事を読み取ろうとする。
その表情にとぼしい目から気持ちを読み取るのは難しかったが・・・
一途な想い。
ひたむきさ。愚直なまでの、ひたむきさ。
・・・もしあえて言葉にするならそんな所だろうか。
しばらく見詰め合った後、菊ちゃんは視線を外し、水銀燈に背を向ける。
そのまま、ゆっくりと供物台の掃除を再開する。
もう、掛けるべき言葉も見つからなかったが、水銀燈はしばらくの間菊ちゃ
んの後姿を見つめていた。
もうすぐ正月の準備が始まる。
年末を前に、里では臨時に寄り合いが開かれた。
焼酎の出荷と、それに伴う外との関わりの強化を求める若者たちの熱意は衰
えなかった。
里はついに少量ながら焼酎の出荷を始める事に決め、まずは卸し先探しが始
まった。
交渉ごとや調べ者に長けた者が何人か麓に降りて心当たりを探すとともに、
シカ婆さんが調べ者を頼む人たちにも連絡がとられ、信用できる商人探しを
依頼する。
カ「結局、そういう事になったのね。大丈夫なの?」
シカ婆「ああ、きっと大丈夫さ。この里はそう簡単に見つからないし、警備
も厳重だ。
それに、見つかったとしても、あたしらはここで暮らしてるだけで悪い事を
してるわけじゃないんだから。」
カ「でも・・・隠れて住むだけの理由がある人も多いんでしょ?」
シカ婆さんはそれには直接答えず、水銀燈とカワセミについて来るように言
う。
銀「どこへ行くの?」
シカ婆「うん、あんたらにこの里からの脱出路を教えておこうと思ってね。
なに、あくまでも万が一の用心だよ。」
シカ婆「基本的に、里から出るのを妨げるような仕掛けはない。入るのは難
しくなってるが、出るのは自由なのさ。
でも、山の中だし、迷いやすい地形や崖なんかで通れない場所もある。
実際のところ、通れる場所は限られてるね。
カワセミは北側の出荷道は知ってるね?」
カ「うん、勿論。」
シカ婆「あそこから出るのが一番楽だね。何せ、荷車が通れる道だからね。
途中にいくつか道を隠すための茂みや何かがあるけど、まあ荷車なしで歩い
ている分には関係ないからね。
それ以外には三箇所、無理なく通れる道がある。
それぞれ南、東、北西だ。
まあ、うちや作業場にいるぶんには北西は使わないだろうから、南と東の道
を教えておくよ。
それとね・・・」
シカ婆さんは作業場の蔵の一つに入っていく。
土壁でなく、木造の蔵だ。
かなり縦にも横にも大きい。
シカ婆さんは蔵の奥へ入って行き、積んである荷物の陰になっている部分へ
二人を案内する。
シカ婆「ほら、ここをごらん。」
カ「あれ?蔵の中に井戸があるの?」
シカ婆「というか、井戸の上に蔵を建てたのさ。
この井戸は今は枯れ井戸になってるんだ。
そんでね、この井戸には底の方に横穴がある。
その横穴を通って行くと、東の道に出られるようになってるんだよ。」
カ・銀「へぇ〜。」
シカ婆「縄梯子と明かりの蝋燭、火打石はそこの箱に入ってるからね。」
カ「凄いね、これ。こんな仕掛けがあるなんて。・・・わざわざ掘ったの?」
シカ婆「いんや、そうじゃないんだよ。この里が出来て間もない頃だったか
ねえ。たまたま井戸が枯れて、水を探してさらに掘っていたら、浅めの地下
洞窟に突き当たってね。
これはちょうどいい、って事で、その洞窟を活かして抜け道を作ったのさ。」
カ・銀「すご〜い。」
カ「こんな見事な抜け道があるなら、何かあっても安心だね。まさかこんな
仕掛けがあるなんて、誰も思わないもの。」
シカ婆「なかなかの物だろう?まあ、こんな物、使わないにこした事はない
んだけんどね。
一応覚えておきなさい。」
里が十分に非常時の備えをしている事を知って二人は安心する。
・・・本当にこんな抜け道を使う機会がないのが一番だったが。
とは言え、まだ寄り合いで出荷が決まったというだけで、実際に出荷が始ま
ったわけではない。
里での生活は何も変わりがなかった。
里では正月の準備が始まる。
この里では正月を盛大に祝うほうなので、準備の手間は祭並みだ。
もっとも、正月は元旦に全員での初詣があるだけで、それ以外はそれぞれの
家で祝う形になるらしい。
準備も各家での正月料理作りが中心になる。
それでも正月飾作りや餅つきは合同で行なうため、共同作業場はなかなか賑
やかになってくる。
藁を編んだり束ねたりして形を作り、紅白の色紙を貼って飾りを作る。
蔵から臼と杵が出され、もち米が蒸され、威勢の良い掛け声とともに餅搗き
が始まる。
威勢の良い掛け声とともに振り下ろされる杵、ぺたんという音。杵が上がる
とすかさず相方が手を伸ばして餠をかえし、再び杵が振り下ろされる。
単純な作業なのだが、その軽快な調子と息の合ったさま、楽しげな雰囲気は
ずっと見ていても飽きない。
餠が搗きあがると、女たちが粉をまぶしながら小さくちぎって丸める。
ついでにきなこや餡子を持ってきて、賑やかに餠を試食する。
シカ婆「あれあれ、あんたら、搗きあがるそばからみんな食べちまったら正
月の準備にならないじゃないかね(笑)」
そう言いながらもシカ婆さんも次々に餡子餠を平らげる。
水銀燈も口の周りをあんこだらけにしながら餠を頬張る。
口が小さいので、どうしても口の周りに餡子がついてしまうのだ。
・・・もっとも、別に口が小さくない他の皆も、多かれ少なかれ口の周りに
餡子がついていたが。
ひげだー、お行儀悪いー、と笑い合いながら、大量の餠を平らげる。
あ・・・400KB超えた・・・
だいたい1ログが1KBぐらいか。
これはスレを使い切って次スレにまたがる事になるかな。
現スレ、使い切っちゃ困るって人いますか?
いいけど、やっぱ纏め場所欲しいね
>>426 レスどうもです。
確かに纏め場所は欲しいですね。
俺、結構タイミングが悪い奴なんで、終盤の一気に書きたい所とかでちょうど
新スレになる予感が・・・
dat落ちされると前の部分が読めなくなっちゃいますしね。
まあ、確かこのスレの最初の方で書かれてる纏めサイトで自動更新?なの
か、ほぼリアルタイム更新になってるところがあるはずなので大丈夫とは
思いますが・・・
餠つきが終わるとあとは正月料理の準備だ。
お節料理という、縁起物を中心とした保存の利く料理である。
品数が多いのでそれなりに手間はかかるのだが、これはこれで楽しいものだ。
出来上がったお節料理をちまちまと重箱に詰めていくのも、どこか遊びめい
ていて楽しい。
わいわいと支度を進めているとあっという間に時が経ち、今年最後の日にな
る。
家中の大掃除をし、蔵から酒を樽ごと・・・シカ婆さんは酒豪だ・・・運ん
で来、夕食の蕎麦を作って囲炉裏を囲む。
カ「今年一年、色々な事があったなあ〜。」
銀「ほんとね。信じられないぐらい、たくさんの事があったわ。」
シカ婆「あんたらにとっては激動の一年だったろうねえ。・・・楽しかった
かい?」
カ・銀「ええ、とっても!」
シカ婆「そりゃあ良かった。あたしも今年は楽しかったよ。来年もいい年に
なるといいねえ。いや、いい年にしないとね。」
銀「そうね、いい年にするわ。」
カ「うん、頑張ろうね。」
里の女たちが晴れ着の着付けに使えるよう、大鏡は共同作業場に移してある。
しばらくはnのフィールドの探索もお休みだ。
翌日は元旦で誰も仕事がない。
三人で夜が更けるまでお喋りをする。
深夜、微かに鐘の音が聞こえてくる。
除夜の鐘、というのだそうだ。
例の出荷先のお寺には大きな鐘があるらしいので、おそらくそれが聞こえて
くるのだろう。
微かな鐘の音を聞きながら眠りにつく。
一夜明けると正月。
新しい年の始まりだ。
三人はいつもの部屋に姿勢を正して座り、互いに新年の挨拶をする。
朝食は餠を入れた雑煮と、お節料理だ。
作りながらだいぶつまみ食いしたとはいえ、見慣れない料理がたくさんあっ
て楽しい。
お屠蘇という不思議な香りのついた酒も出る。
普段は酒を飲まないカワセミと水銀燈も少し飲み、ほろ酔い気分になる。
正午には里の全員で初詣をする予定になっている。
三人は晴れ着に着替え、作業場の傍の広場へ向かう。
広場には既にたくさんの里の人たちが集まっている。
それぞれと新年の挨拶を交わす。
正午になると初詣の始まりだ。
まずは夏祭りの時と同じ祭壇に皆で順番に詣る。
次に北側に移動し、そこにあった小さな社にお参り。
今度は南に移動し、小さな祠にお参り。
これで初詣は終わりだ。
広場に戻り、みんなで甘酒を飲みながら少し話をする。
寒いので長居はせず、すぐにお開きになる。
里の共同行事はこれで終わり。
夏祭りと比べるとあっさりしたものだ。
里の人々はそれぞれ家路に付く。
帰りの途中、水銀燈はふと思いついた事を聞いてみる。
銀「ねえ、シカさん、今日お参りした三ヶ所の場所ってそれぞれ何なの?」
シカ婆「ん?祭壇や何かの事かい?」
銀「ええ。あの中に神様が入っているの?」
シカ婆「んー、神様が入っているのとはちょっと違うかねえ(笑)。
最初の祭壇はね、この里、というかこの場所の神様が奉られてるんだよ。
中にはこの山の神々が宿っている霊石が御神体として納められてる。
北の社は大きな神社の分社だよ。
ここからは遠いんだけど、職人たちの信仰を集める神社があってね。
そこから頂いてきた御札が納められてるのさ。」
カ・銀「へぇ〜。」
シカ婆「で、三つ目の祠だけど、家に帰る道の近くだから実際にみせてあげ
ようかね。」
いつもの帰り道から少しわき道に入ると祠(ほこら)がある。
人の背丈ほどの高さで、上半分は箱状になっており、正面が格子戸になって
いる。
シカ婆さんは祠に一礼すると、格子戸に手をかけ、そっと開く。
祠の中には小さな木彫りの仏像が納められていた。
本格的な彫刻ではなく、どちらかと言えば素朴な木彫りの仏なのだが、はっ
とするほど神々しい雰囲気がある。
シカ婆「豪華な仏像じゃないけど、なかなかだろう?これはね、例の、出荷
なんかであたしらを助けてくれているお寺のご住職が彫ってくれたのさ。」
カ「そうなんだ・・・本当にいいお顔の仏様ね。」
銀「本当ね。すごく神様らしいわ。」
シカ婆「神様じゃなくて仏様、ね。そう、実にいいお顔だね。あたしらに仏
のお導きがあるように心をこめて彫ってくれた、その想いが入っているのさ。
それに・・・きっと、他にも色々な思いがこの仏様にこめられているんだろ
うね。」
シカ婆はそっと仏像を手に取り、手巾で埃を拭う。
皺深い手でいつくしむように撫でた後、そっと祠に仏像を戻し、一礼して格
子戸を閉じる。
カ「たくさんの神様仏様と、たくさんの人の想いがこの里を守ってくれてい
るのね。」
シカ婆「ああ、その通りだよ。」
作者註、ならぬ、作者の疑問。
自分で書いていて、ちょっと違和感があったんですが、仏像が神々しい(こう
ごうしい)って、ちょっと変ですよね。
仏様なのに神々しい・・・
こういう時・・・つまり、仏様がありがたくて気高い感じの宗教的なオーラを
発しているのを形容する場合、何て言うのが相応しいんでしょう?
仏々しいなんて言葉はないよなあ。
どなたかこういう場合に相応しい言葉、知ってます?
知ってたら是非教えてください。
#案外、宗教がごっちゃの日本の言葉だから、仏様でも神々しいでいいのか
な・・・?
投下乙です
"神様のように素晴らしい"という意味合いなので「ハテ?」となるわけですが
元々、この「神様」は国家神道とかではなくもっと原始的なアミニズムに近いニュアンスですから仏像の出来に使用する分には問題はないです
ただ、文章の上で尖っている表現だと思ったら、「崇高な」「神秘的な」などの類語を適宜使うか
言葉を意味的に開いて「潔く、清らかな」などと表記する方法もあります
>>433 レスありがとうございます。
なるほど、神々しいの神様はアニミズム的な信仰の対象、霊的な物全般として
の「神」なんですね。
それなら確かに仏像に使っても問題ないですね。
あ、文章の上で尖った表現である事自体は構わないです。
というかむしろ、ここでは少しそういう感じを出したかったので。
ここは「神々しい」のまま行こうと思います。
どうもありがとうございました。
正月の残りはほぼ三人だけで家ですごした。
思う存分だらだらする。
時折、すごろくやかるた遊びをする。
かるたはかなり文字の多いものだったが、カワセミがずっと本を読み聞かせ
ていたお陰か、水銀燈も滑らかに字を読む事が出来るようになっていた。
また、新年・正月にちなんで、シカ婆さんが暦について色々教えてくれた。
シカ婆さんは実に暦に詳しく、学問所で一通り勉強していたカワセミも全く
知らないような事をたくさん知っていた。
教え方も上手く、カワセミと水銀燈は色々な暦の見方、使い方をすぐに覚え
てしまった。
そして勿論、おしゃべりと飲み食い。シカ婆さんは酒。
お節、餠、御馳走、菓子、甘酒。
ほとんど体を動かさず、食べ続けていたので三日にはすっかり体が重くなっ
ていた。
シカ婆さんもカワセミも明らかに太り、顔が丸くなっていた。
カワセミにいたっては口の端ににきびまで出来ていた。
カ「何で水銀燈だけ太らないのよ、同じぐらい食べてたのにずるいじゃない
(笑)」
銀「何で、って言われても・・・あと、同じぐらいは食べてないわ。カワセ
ミ、私の百倍ぐらい食べてたじゃない(笑)」
カ「そんなに食べてないわよ!(笑)」
シカ婆「あっははは、まあ、正月だからちょっと肥えてもいいじゃないかね。
一年の始まりに痩せこけてるよりずっといいことさ。まだしばらく寒いから、
肥えてる方が暖かいしね。」
カ「ええー、うら若き乙女の私に肥えろっていうのぉ?」
シカ婆「おや、じゃあお餠とお菓子は水銀燈とあたしだけで・・・(笑)」
カ「駄目〜!(笑)」
三が日が終わり、また普通の生活が始まる。
仕事は少なめだが、正月ぼけしている体と頭には丁度よかった。
そのままゆっくり過ごし、半月程経った頃だろうか。
焼酎の卸し先についての調べに進展があった。
当然にいつもの寺は駄目であり、その近くに広がる村にも適当な卸し先は見
つからなかった。
その先にある町には商人はたくさんいるものの、比較的領主の管理が厳しい。
だが、別の方角から朗報・・・朗報とは断言できないが・・・少なくとも望
みのある知らせが入る。
そこは先程の寺や村、町とは違う領主が治める場所であり、一応「別の国」
「隣の国」に属する村である。
そこに、比較的小口の商売だがやり手の商人がいる。
高い仲介料は取るものの、出どころの怪しい品でも扱っているとのことだ。
そして、十分に儲かっている限り、何も詮索しないし口も堅いらしい。
信頼できる人間と言えるかどうかは疑問だし、仲介料のせいであまり儲から
ない事になる。
しかし、とにかく出荷を行ないたい、という考えならば都合のいい相手だ。
問題はいつもの寺と比べると距離がある事だ。
山道も少なくないし、出荷はかなり大変になる。
長老たちは迷ったが、これを若者たちも参加する寄り合いで話し合う事にす
る。
若者たちの反応は前向き・・・激的といった方が良いぐらいだった。
遠くてもいい。
自分達が頑張って運ぶからやろう。やらせてくれ。
その熱意に押し切られる形で、この商人への試験的な出荷がはじまる事にな
る。
交渉が進められ、出荷の準備がされる。
さらに半月程が経った頃、その隣国の商人への初出荷の日が来る。
そこへの道を知っている者は何人もいたが、複数の荷車で行くのは初の事だ。
荷車を引く役割の若者達以外にも護衛、偵察役、道案内、荷車の修理や道の
整備を行なう装備を持った者まで大勢が同行する事になる。
大げさでなく、里の人口密度がはっきり薄くなるほどだ。
カワセミも偵察役として同行することになった。
おそらく泊りがけになるだろう、という事で、一通りの旅支度を整えるカワ
セミ。
水銀燈もカワセミと一緒に行きたかったが、どう考えても水銀燈が役に立て
る仕事ではない。むしろ、足手まといになってしまうだろう。
出荷隊は夜明けとともに準備に入り、その半刻後に出発の予定だ。
シカ婆さんと水銀燈は早起きして弁当を作り、心配しながらカワセミを送り出す。
銀「行ってらっしゃい。気をつけてね。本当に気をつけてね。」
カ「大丈夫よ、心配ないって。じゃあね、行って来ます。」
シカ婆「ああ、気いつけてな。」
朝焼けの中、出荷隊は出発する。
帰還は翌日の午後の予定だ。
銀「ねえ、シカさん、大丈夫よね?」
シカ婆「ああ、大丈夫さ。普通に品物を商人の所へ持っていくだけだもの。
カワセミもみんなも、山に慣れた者ばかりさ。何の心配もいらんよ。」
銀「ええ・・・そうよね・・・」
頭では分かっても、気持ちは落ち着かない。
結局、その日はずっと心配してばかりで何をするにも上の空だった。
翌日。
予定より少し早く、出荷隊は何事もなく帰還した。
無事に焼酎その他を商人に渡し、代金を受け取り、その商人のところで若干
の買い物をして帰って来たとのことだ。
揉め事もなかったし、怪我人一人出ていなかった。
里の人々は皆ほっとし、出荷に行っていた若者達はみんな満足げな笑顔だ。
カワセミも元気一杯で帰ってきた。
長老達と警備にあたる侍事の親方はしばらくの間、里の警備を厳重にした。
万が一、出荷隊が戻ってくる所を誰かに見られたり尾行されたりした場合の
用心だ。
だが、結局何一つ問題は起きなかった。
出荷は二回、三回と繰り返されて行く。
泊りがけの出荷は大変ではあるものの。それ以外には何も問題は起きなかっ
た。
相当にこの件について気を揉んでいた長老たちはほっと胸をなでおろす。
出荷は順調だったが、里では一つだけ小さな事件が起きた。
ある朝、シカ婆さん、カワセミ、水銀燈が朝食を食べていると、誰かが玄関
の戸を叩いた。
こんな早くからなんだろう、と戸を開けてみると、里の中年女性が沈んだ顔
で立っていた。
三人はその女性と一緒に里のはずれ、墓地に向かう。
墓地のいつもの場所。
市松人形の菊ちゃんが・・・動かなくなっていた。
菊ちゃんは死んだ持ち主の墓にもたれ掛かり、そっと墓石に抱きつくような
姿勢のまま、ぴくりとも動かなくなっていた。
人形だから死んだ、というのとは少し違うだろう。
それでも、動いていた頃にはあった何かが菊ちゃんからは消えていた。
件の中年女性は、数年前に亡くなった身内の命日が近いため頻繁に墓地に来
ていた。
前日に来た時も菊ちゃんは墓によりそってじっとしていたらしい。
その時はただじっとしているか、眠っているのだと思って特に気に留めなか
った。
今朝来て見ると、前日の姿勢から全く動いておらず、この状態だったそうだ。
一同は、また動き出すかもしれないという僅かな望みをかけ、菊ちゃんを敷
き布の上に仰向けに横たえ、何度も呼びかける。
代わる代わる見守って呼びかけたのだが、翌日になっても菊ちゃんは全く動
かなかった。
もう、菊ちゃんが力尽きてしまったのは明らかだった。
一同は相談し、菊ちゃんをかつての持ち主の墓の隣に埋めてやる事にした。
すっかり汚れてしまった服と体を綺麗にした後、菊ちゃんは仁くんが作って
くれた白木の棺にそっと納められた。
その顔は表情に乏しかったものの、穏やかでどこか満足げであった。
シカ婆さんが短くお経のようなものを唱えた後、白木の棺は持ち主の墓のか
たわらに埋められた。
皆、涙を流していた。
水銀燈も泣いていた。
泣いていたが、その涙はどこか甘やかなものを含んでいた。
何故かと言えば・・・
シカ婆「菊ちゃん・・・持ち主さんとの絆を貫き通したんだね・・・絆に殉
じたんだね・・・」
集まった人々から、ひとしきりすすり泣きがもれる。
水銀燈も新たな涙を流す。
その涙は暖かかった。
そう、菊ちゃんは大切な人を想い続け、その絆に殉じたのだ。
いつか来る日、自分もそうする事が出来るだろうか。
投下乙です
菊ちゃんがちゃんと「生きてる」扱いを受けてたのは救われますね
この後銀の字が自分の姉妹である真紅から、あの仕打ちを受けるんだなぁと思うと悲しい(´・ω・)
なんかこの後にどんなハッピーエンドが待っていても
本編知ってるから切なくなってしまいそうな気がする(´・ω・`)
コメントどうもです。
菊ちゃんの最期、そう思って貰えたなら良かったです。
かなり悲しい登場人物ですからね・・・
確かにこの後、オーベルテューレのアレその他、色々ありますよね。
うーん、ついつい語りたくなりますが・・・最初に決めたストーリー通り進
んでいるので(長さは伸びたけど)、ネタバレになることは言わず、黙って
このまま進めさせて頂きます。
ご容赦を。
菊ちゃんの最期はかなり長い間・・・当人にとっても意外なほど長い間、水
銀燈の気持ちの中に複雑な想いを残した。
それでも時は流れ、想いも緩やかな流れ水に洗われるように薄らいでゆく。
長い冬は終わりに近づき、春の気配が濃くなっていく。
水銀燈は久々にくろざさんの家に遊びに行った。
くろざ「オオ、イラッシャイ!」
くろざはイングランド語に切り替える。
クローザー「久しぶりだね。また話が出来て嬉しいよ。」
銀「ご無沙汰しちゃってごめんなさい。色々あって。」
クローザー「ああ、聞いてるよ。君にとっては大きな事件だったよね。」
銀「ええ・・・」
クローザーは台所へ行き、湯飲みを二つ持ってくる。
クローザー「はい、ラクだよ。今日は特別、砂糖たっぷりの甘口さ。」
銀「ふふ、ありがとう。」
二人はゆっくりとラクを飲む。
銀「うん、とっても美味しいわ。」
クローザー「ああ、この酸味がなんとも言えないね。」
銀「そうね。・・・でも、この里ではこの酸っぱさが苦手な人が多いみたい
ね。」
クローザー「ああ、そうらしいね。砂糖を入れればそんなに気にならないと
思うんだがなあ。」
銀「私もそう思うんだけど、皆は違うみたいね。ラクは体にいいのに、勿体
無いわね。」
クローザー「本当になあ。」
話はクローザーの故郷でのラク、ヨーグルトの扱いになり、イングランドの
食習慣の話しに流れていく。
水銀燈はふと思い出した事を聞いてみる。
銀「ねえ、クローザーさん、ザワークラウトって知ってる?」
クローザー「ああ、知ってるよ。ゲルマンの人たちが良く作る漬物だろ。」
銀「ゲルマンの人?それはどこに住んでる人なの?」
クローザー「ええと・・・場所としてはイングランドから海を渡って南東に
行ったあたりかな。あの辺りは戦乱続きで、国も住む場所も頻繁に変わって
るから細かい事は分からないけど。」
銀「そうなの。そこはここから遠いの?」
クローザー「凄く遠いね。大きな船じゃなきゃ行けないし、それも何箇所も
補給に寄らないとならないから、一年以上かかるんじゃないかな。・・・水
銀燈、ゲルマンの国に行きたいのかい?」
銀「ううん、そうじゃないの。私が捜しているお父様がザワークラウトを食
べていた事があったから、何か手がかりがあるかと思って。」
クローザー「そうなのか・・・じゃあ、お父さんはゲルマンの人なのかもし
れないね。
うーん、でも行くのは難しい。それに、ザワークラウトを食べるゲルマン人
は何百万人もいるよ。住んでる場所も色々だ。それだけじゃ手がかりとして
は薄すぎるんじゃないかなあ。」
銀「そう・・・」
クローザー「ああ。確か、シカさんが調査屋に頼んでお父さんを探してくれ
てるんだろ?それを大人しく待ってるのが一番だよ、たぶん。」
銀「ええ、そうよね。」
クローザー「ああ、焦っちゃ駄目さ。・・・・・・ん?」
銀「?・・・どうしたの?」
クローザー「うん、ザワークラウトでちょっと思い出した事があってね。
ザワークラウトって酸っぱいんだけど、同じ作り方をしても酸っぱさが結構
違うんだよ。これは他の漬物でも言えるんだけど。
でね。酸っぱくないのを作りたい場合は、新しく仕込む時に、酸っぱくない
完成品をちょっと混ぜてやると、酸っぱくない仕上がりになる事が多いんだ。
必ずではないけどね。」
銀「へぇ〜。・・・あ、じゃあ、ラクでもそれが出来るかも知れないのね?」
クローザー「ああ。でも、そもそもここのラクは全部酸っぱいんだよな。同
じ種から作ってるし。」
銀「そう・・・それじゃ無理ね。
・・・ねえ、ラク同士じゃなくて、他の漬物や醸し物を混ぜてみたらどうか
しら?」
クローザー「む、どうだろう?・・・うーん、違う物を混ぜるっていうのは
やった事はないけど、似たような作り方をする物なら効果があってもおかし
くないかもしれないな。」
銀「ねえ、試しにやってみましょうよ。ラクは体にいいんでしょう?もし、
酸っぱくないラクが出来てみんなが飲んでくれるようになったら、みんな元
気になれるじゃない。」
クローザー「それはいい考えだけれど・・・うまく他の職人に説明できる自
信がないし、そもそもみんな協力してくれるかなあ。」
銀「説明は私がするわ。それに、みんなの体にいい事だったら、きっとシカ
さんは協力してくれるわ。」
クローザー「・・・よし、じゃあ、君がシカさんを説得できたらやってみよ
う。」
水銀燈は家に戻り、夕食時に帰ってきたシカ婆さんにくろざと自分の考えを
説明する。
シカ婆「なるほど・・・それは面白い話だね。ふむ・・・
うん、みんなの体にいい事だし、新しい醸し物を生み出すのはいい事だ。
他の漬物やなんかを使うのはほんの少しでいいんだね?」
銀「ええ、そうよ。」
シカ婆「よし、試しにやってみなさい。醸しの親方にはあたしが話しておい
てあげる。
ただ、最初から大量に作っちゃ駄目だよ。
あくまでも試しなんだから、少しずつでやるんだよ。」
銀「ええ、分かったわ。ありがとう、シカさん。」
了解が得られた事をクローザーに伝え、方法を相談する。
小さめの容器がある程度の数必要になるが、適当な物がない。
いくらなんでも湯飲みや茶碗では小さいし、鍋は使っていない物がほとんど
ない。
仁くんと仁くんの友達の焼き物職人の見習いの少年に頼み、それぞれ小さな
桶と素焼きの甕をいくつか作ってもらう。
ある程度数が揃った所で酪作りの開始だ。
丁度季節は春真っ盛りになり、気温も程々に高くて醸しには都合がいい。
まずはこの里で普段行なっている通りのやり方で酪を仕込む。
大きな甕に絞りたてか、人肌に温めた牛の乳を入れ、別の既に完成している
酪を杓子で一すくい入れてかき回すのだ。
その後、その酪のもとを温めた部屋に置いてしばらく経つと酪になるのだが、
今回はこれを小さな容器に分けていく。
その小分けした酪の元に、里で作っている漬物や味噌、酒、その他の醸し物
をさじ一杯、あるいは一かけらずつ入れる。
その上で蓋をし、他の酪も置いてある温めた部屋に入れておくのだ。
小さな甕や桶は十数個ずつ用意してもらったのだが、里の醸し物は非常に種
類が多いので一度にはできない。
適当に目立った物から試していく事にする。
力仕事や運搬はクローザーがやり、細かく混ぜたり、中身について紙に書い
て貼るのは水銀燈が担当する。
他の醸しの職人たちは漬物や醸し物を分けてはくれたが、水銀燈たちの試み
には冷ややかだった。
親方に言われたから協力してはくれるが・・・おかしな事をはじめやがった、
そんなもん上手く行くわけないだろう、と言いたげな態度である。
中には露骨に冷笑を浮かべて見ている者もいる。
一回目の試みは散々だった。
特に味噌や酒を入れて醸した酪はもう食べ物ではなかった。
漬物を入れた物は、半分ほどはやはり食べ物とは呼べない出来だった。
残りの半分は一応酪が出来たが、あまり美味ではなく、普通に作った酪より
劣った。
これにめげず、二回目に挑む。
どうやら麹を入れる醸し物は駄目と分かったので、今回は漬物を中心に作る。
しかし、今回も結果は似たり寄ったりだった。
半分ほどが駄目で、残りの半分は酪だが美味しくない、という結果だ。
さすがに少し気分が沈んでくる。
ここでシカ婆さんが面白い提案をしてくれた。
漬物を酪に入れてみるだけでなく、酪を漬物に入れてみるのはどうか、と言
うのだ。
それも面白そうだったので、水銀燈とクローザーは試してみる事にした。
三度目は甕は酪に漬物を足した物、桶は漬物に酪を入れた物とし、それぞ
酪の醸し場と漬物蔵で醸す。
しかし、これも良い結果は出なかった。
結局、職人たちに笑われただけだった。
水銀燈もクローザーもこの試みだけに全ての時間を使っている訳ではないし、
醸しそのものにそれなりの時間が必要だ。
一回の試みごとに、それなりの日数がかかる。
いつの間にか、季節は流れて晩春になりつつあった。
水銀燈とクローザーの二人は作業場ですっかり浮いた存在になってしまって
いたが、それでも試みを続けた。
カワセミは体が空いているときは手伝ってくれたが、泊りがけの出荷が増え
ていたため、暇な事は滅多になかった。
変化が起きたのは六回目か七回目だったろうか。
酪の方は相変わらずだったのだが、漬物の方に一つ、変化があったのだ。
それは比較的短期間で漬ける漬物の一種に酪を加えたものだった。
出来上がった漬物に、普通に漬けた場合にはありえない、独特のまろやかさ
が加わっていたのだ。
食べてみた水銀燈とクローザーは顔を見合わせた。
二人はそれをシカ婆さん、そして醸しの親方の所へ持っていく。
シカ婆「おや、美味しいじゃないかね。」
醸し親方「ほおお・・・これは。おい、ちょっとみんな来てみろ。」
親方は職人たちに声をかけて集まらせ、出来た漬物を食べさせる。
職人たち「!!・・・これは!」
この日を境に、周囲の空気は一変する。
今回できた漬物は日持ちがしなかったので商品にはならなかったのだが、こ
れを境に職人たちが二人の試みに熱心に協力してくれるようになったのだ。
ある職人はこの漬物を混ぜるといいんじゃないか、と選んでくれた。
また別の職人は醸しの温度について助言してくれた。酪を醸す温度と漬物を
醸す温度は違う。中間にしたり、交互にそれぞれの温度にしたりと変化させ
てみるのはどうか、と。
これは醸しの本職でない水銀燈や、ここでは酪以外の醸しをあまり知らない
クローザーには思いつかない事だったので、非常に参考になった。
別の職人は醸しの容器や風通しについて考えてくれ、また別の職人は複数の
種類の醸し物を混ぜる事を提案してくれた。
こうして、二人で初めた試みは里の皆が熱心に取り組む作業になった。
全員に一体感が生まれる。
何よりもその恩恵を受けたのはクローザーだった。
異人であり、ここの言葉があまり流暢でなく、人付き合いも上手ではないク
ローザーはかなり浮いた存在だったのだ。
それが、今回の試みで熱心に皆と協力しあって作業をするうちに、どんどん
周りに溶け込んできたのだ。
水銀燈の通訳のおかげもあって新しい言葉もどんどん覚え、会話も自然にな
っていく。
日に日に皆に溶け込み、笑顔が増えていくクローザーを見て、水銀燈は嬉し
かった。
別にこれが目的だったわけではないが、これだけでも今回の試みをやり続け
てよかった、と思うのだった。
その間も、普通の醸し品はほぼ通常通り作られ、いつもの寺と隣の国の商人
への出荷は続いていた。
隣国への出荷は距離があるため当初かなり負担になっていたが、徐々にたく
さんの焼酎その他を出荷するのではなく、厳選した良い物だけを出荷するよ
うにし、運搬の負担は軽減されていった。
商人との関係も順調な上、隣国でしか手に入らない品も買える。
若者たちの不満もおさまり、焼酎の隣国への出荷は非常に良い方向に行って
いた。
シカ婆さんもほっと胸をなでおろし、まずいことになるなんて思ったのはこ
の年寄りの取り越し苦労だったかねえ、などと苦笑いしていた。
里のみんなは当初の不安を忘れてこの出荷に満足し、焼酎の品質向上のため
に新しい蒸留釜が作られ始めていた。
そんなある日。
カワセミは警備中に失敗をしてしまった。
引継ぎや申し送りに関する事だけだったので大事にはならなかったのだが、
ついつい熱くなったカワセミは周囲と大喧嘩をしてしまった。
侍事の親方が仲裁してくれて喧嘩は収まったが、当然カワセミは叱責される。
それ以上に、自分が悪いのに喧嘩騒ぎまで起こしてしまったカワセミは自己
嫌悪に陥っていた。
久々に水銀燈を抱っこしながらカワセミは言う。
カ「はぁぁぁ・・・何やってんだろ、私。最低よね。」
水銀燈はカワセミの腕に触れながら言う。
銀「そんなに気にしないで。もう、済んだことなんだからいいじゃない。」
シカ婆「ああ、水銀燈のいうとおりさ。それに、誰だってそんな事はあるも
んだよ。
反省して、同じ間違いをしないようにすれば、もうそれでいいじゃないかね。」
カ「うん・・・」
カワセミは水銀燈をぎゅっと抱きしめながらしばらく黙り込む。
カ「ねえ、シカさん。シカさんはどうしていつもそんなに穏やかで落ち着い
ていられるの?」
シカ婆「え?こりゃ唐突だね。あたしはそんなにいつも穏やかで落ち着いて
なんかいないよ。」
カ「でも、私から見ると、シカさんはいつも穏やかで落ち着いていて、人の
事を思いやれる人よ。
それに引き換え、私と来たら・・・」
シカ婆「おやおや。あんた、今日の事がそんなに堪えたのかい?」
カ「今日の事もあるけど・・・何か、こう、私って・・・うーん・・・何か、
いつも自分のすわりが悪いっていうか、居心地が悪くてふわふわした感じっ
ていうか・・・手ごたえがないっていうか・・・うまく言えないけど、何か
駄目なの。」
銀「カワセミ・・・」
シカ婆「・・・そうかい。あんたも生きる事に悩んでるんだね。」
カ「・・・うん・・・多分そうだと思う。だから、シカさんがどうしてそん
な風にいられるのか知りたくて。」
シカ婆「これは難しい事になったね。
うん、じゃあ、今日の事からは離れて、出来るだけの事を答えようね。
あたしだってそんなに穏やかで落ち着いているわけじゃないんだよ。
でも、昔と比べたら・・・あたしの若かった頃と比べたら、やっぱり少しは
そうなってるね。
どうしてそうなったかって言うと・・・『なすべき事をなす』、それが鍵か
ね。」
カ「なすべき事をなす・・・」
シカ婆「そう。なすべき事をなす。
なすべき事を見極める事、それを自信をもってやっていくこと、そして実際
にやり遂げる事。
そんなとこかね。
なすべき事にも色々ある。大きな事もあれば、些細な事もある。
日々、一つ一つを取ればつまらない仕事を積み重ねる事もあれば、誰かと仲
良くする、なんて事もある。
子を産み育てる事もあれば、日々清潔にする、なんてのもそうだ。
大事なのはね、自分がなすべきことを見極めて、あとはそれを信じてしっか
りやり続けることなのさ。結果は後からついて来る。
それを続ければ、自然と落ち着いていられるようになるさ。」
カ「・・・シカさんは幾つもなすべき事をなしてきたの?今もなしているの?」
シカ婆「ん、大きい事だけで三つ成し遂げたかね。小さいことはたくさん。
そして、今はこの里を守り、住みよい所にし続ける事があたしのなすべきこ
とさ。」
カ「・・・うん、そうよね。
私、何も出来てないのかな。今やってる事はなすべき事じゃないのかな。」
シカ婆「とんでもない。あんたは一流の忍の技術を身につけたじゃないかね。
そして、水銀燈を守りながら、ここへ辿りついた。それだけでも大した物だ
よ。
そんで、警備の仕事も、あんたにとってちゃんとなすべき事だと思うよ。
でもね、あんた自身がそれを信じきれてないんじゃないかい?」
カ「・・・そうかもしれない。警備、嫌ではないけど、手ごたえがないもの。」
シカ婆「まあ、ここんとこ、問題が起きていないから、警備は出番が少ない
し、成果が目に見えないからね。手ごたえは感じにくいね。
でもね、手ごたえがなくてもちゃんと非常時に備えているからこそ、この里
も平和で居られるんだよ。」
カ「うん・・・」
シカ婆「まあ、なかなかこれが自分のなすべき事だ、と完全に納得は出来な
いもんだよね。
しかも、納得できない理由もそれぞれだ。
そのぐらい、人間ってのは、そして生きるって事は難しいのさ。
そんで、納得するっていうのは自分自身でしかできない事だ。
色々、良く考えてごらんよ。
考えてみる事で色々気づく事もあるし、本当になすべき事について納得でき
たら、人生変わるよ。」
カ「うん・・・ありがとう、シカさん。」
その時の水銀燈はカワセミが持つような葛藤を持ってはいなかった。
お父様を捜すこと、日々の様々な事をこなしていくこと、笑顔を交わすこと、
そして大切な人たちにとって良いお人形であること。
それが彼女にとってなすべき事であり、その事に何の疑いもなかった・・・い
や、わざわざ信じているかどうか考えるまでもないほど、自然な事だった。
それ故、シカ婆さんとカワセミのやり取りは今ひとつ実感が持てなかったと
いうのが正直な所だった。
しかし、それが大事な事だという事は分かった。
なすべき事をなす。
水銀燈はその言葉を、心の深い場所にそっとしまっておいた。
日々の作業や出荷は続き、カワセミは悩みつつ日々の仕事をこなしていく。
・・・いや、誰もが悩みつつ日々を送っているのかも知れない。
それでも時は同じ速さで流れていく。
季節が変わり、初夏になる。
水銀燈たちの酪と醸しの試みは相変わらず続いていた。
ある日。
その日も水銀燈、クローザー、数人の職人は醸し場に酪の点検に来ていた。
もう、いったい何度目の試みになるのか、分からなくなってしまっていた。
いつも通りにたくさんの酪の甕の蓋を開けて中を確かめていく水銀燈。
そのうちの一つに目を留める。
うん、色がちょっと褐色と言うか肌色ががっているけど、腐ったりはしてい
ない。匂いもいい。
一口舐めてみる。
銀「!!・・・クローザーさん、みんな、これ舐めてみて!」
一同は集まり、その酪の味をみる。
一同「おお!!」
その酪は非常に美味だった。
酸味はあるが、それが非常にまろやかになっており、それでいて爽やかさも
失っていなかった。
さらに、普通の酪以上に深みのある味わいがあった。
水で薄めて、砂糖を入れて飲んでみる。
銀「おいしい!!」
クローザー「ああ、うまい。やったな、水銀燈!」
里の、今まで酪が苦手だった人たちに試飲してもらう。
「あら、おいしい!」
「お、うめえじゃねえか。」
「すごい!美味しいよ!」
シカ婆「これは美味しいねえ。これだったら毎日でも飲みたいよ。」
大好評だった。
すぐにその酪を種にし、複数の大きな甕で新たな酪を作る。
それもまた成功に終わった。
ついにやった。
皆は・・・水銀燈、クローザー、そして一緒に作業したり考えてくれた皆は
・・・新しい酪を、たくさんの人が美味しく飲める酪を作り上げたのだ。
この酪は醸しの親方にも絶賛された。
すぐに本格的な生産が始められる事になり、一つの小屋がこの酪の生産専用
になった。
そして、この酪は「酪水」と名づけられた。
従来の酪よりもさらりとしていること、薄めて飲むことから液体という意味
での「水」。
そして、水銀燈の「水」にちなんだ名前だ。
自分にちなんだ名前を付ける、と聞いた時、水銀燈はとまどった。
水銀燈にとっては、これはみんなが作り上げた物で、自分の名前を付けるな
んておこがましい事だったからだ。
正直にその気持ちを皆に伝えたが、返ってきたのはみんなの微笑だった。
もっと相応しい名前を付けるように頼むべき、と考えなくもなかったのだが
・・・最終的にシカ婆さんとクローザーに、みんな水銀燈にちなんだ名前を
付けたいんだよ、と言われて受け入れる事にした。
なんだかくすぐったかった。
…アクセス規制来ました。
三度目かよ…
>>456 なんか水銀燈、このまま里に居ついて静かに暮らしてほすぃ……
>>457 したらばかスペースカキコで仮投下先借りてみますかね?
そちらに投下した後、誰かがこちらに転載するということで。
もしその方法で宜しいようなら試してみます。
459 :
458:2011/05/06(金) 10:39:31.47 ID:IlLhmE1D
ちょっと目を離してました。
避難先、ありがとうございます。
…お手数かけてすみません、半ばこちらの都合だし、最近は俺しか書いてないのに…
ありがたく活用させて頂きます。
>>460 投下を確認したので代理で転載に掛らせていただきます。
>>458 >なんか水銀燈、このまま里に居ついて静かに暮らしてほすぃ……
作者も、もうそれで良いんじゃないかと思うことがあります・・・
「こうして水銀燈は皆と仲良く暮らしましたとさ。どっとはらい。」
ってね。
でも、最初の予定通りにストーリーを進めます。
賛否両論、みたいになると思いますが・・・
本格的な生産が軌道にのると、里の皆が酪水を飲むようになった。
健康のために我慢してではなく、大人も子供も皆喜んで飲んだ。
甘みを加え、水で薄めて飲む濃さにしたものが一人当たり一日に半合から一
合(だいたい90から180ml)ぐらい配られたのだが、もっと欲しがる者もい
たぐらいだ。
しばらくすると色々な効果が少しずつ現れてきた。
お腹の調子がいい、と言う者が出てきた。
肌荒れに悩んでいた何人かは目に見えて肌が綺麗になってきた。
また、里の女衆には密かに便秘に悩んでいる者が多かったのだが、酪水を飲
み続けた者の何人かはかなり良くなったらしく、水銀燈はこっそり礼を言わ
れる事が何度もあった。
加えて、柿屋敷の先生によれば、年寄りに多い血の巡りが強すぎる病に効果
があるとの事だった。
これで、何人かの年寄りが長生き出来るだろう、という事だった。
いつしか、里では誰か体調が悪い者がいると「酪水飲んでる?」と聞くのが
決まり文句になっていた。
里のみんなのためになることが出来て、水銀燈は嬉しかった。
もう一つ変化があった。
今回の試みで一回り皆に溶け込んだクローザーだったが、この成功によって
更に深く皆に受け入れられ、クローザー自身も変わった。
かつては自分の仕事関係の場所にしか顔を出さず、それ以外はほとんど家に
居て、水銀燈やシカ婆さんのように自宅を訪れてくれる人としか話をしなか
った。
今では時々共同作業場に顔を出して他の職人たちと話をするし、自分から親
しくなった者の作業場や家を訪れて立ち話をする事もある。
勿論、シカ婆さんや水銀燈の住んでいる家にも立ち寄ったし、時々はお茶を
飲んでいく事もあった。
縁側で、小山のような巨体のクローザーと小さな水銀燈が並んで座って世間
話をしているのは見るものの微笑みを誘う光景だった。
やがて酪水の生産量に余裕ができると、これも商品として出荷しようという
話になった。
これは寺が扱っても問題ない品なので、隣国ではなく従来のお寺さんを通し
て卸すことにする。
評判は上々のようだった。
酪水が完成した後も、若い職人たちは色々な醸し物を混ぜて新しい醸し物を
作り出す試みを続けていた。
その結果、時間はかかったが、三種類の新しい漬物が生まれたらしい。
これもまた里にとって喜ばしい事だった。
これらも本格的に生産が始まり、お寺さんを通しての出荷が始まった。
季節は真夏へと移り変わる。
今年は雨が少なく、天気の良い日が続いていた。
農業を生業にする者にとっては少雨がやや気がかりであったが、他の者にと
っては楽しい夏だ。
以上3レス転載しました。
>>462 切ないけどドキドキしながら続きを待つのです。
転載ありがとうございます。
規制解除までよろしくお願いします。
「乳酸菌取ってるぅ?」 避難所より3レス転載します。
最近、カワセミは熱心に槍の稽古をしている。
練武場で稽古するだけでなく、家にも自分の槍を置いて頻繁に練習している。
元から槍も扱えたが、身軽さが身上の忍は槍のようなかさ張る武器は常用し
ない。
しかし、里を守るという立場になると、槍は非常に有効な武器だ。
槍の稽古はカワセミなりの里を守る気持ちの表れなのだろう。
そして、今年も夏祭りの時期が来る。
今年は里にとって、前向きな変化が多かった年だ。
さらに、隣国の商人から新しい品物が入って来ている。
去年と同じように飾りの準備から始まったのだが、飾りだけ見ても去年より
明らかに豪華になっていた。
水銀燈は去年と変わらず、たまたま体のあいていたカワセミと二人で飾り作
りに加わる。
すっかり仲良くなった皆と一緒にわいわいと作業をする。
去年通りの準備以外に、酪水に関わる水銀燈たちと数人の女衆はちょっとし
た菓子を試作していた。
酪水を寒天で固めたものを葛きりのように崩し、蜜と夏蜜柑の汁をかけたも
のだ。
硬さや甘さの調整が難しかったが、祭までには何とか形になりそうだった。
好天は続き、準備開始から祭りの開始まで、一度も雨にたたられなかった。
当日も天候に恵まれ、夏祭りは盛大に行なわれた。
祭壇は去年より豪華になり、神々への感謝の祈りはずっと長かった。
何しろ、最近は里にとって良い事が続いているのだ。
そして食事と音楽と踊りの時間。
酪水を固めた菓子・・・仮に、「酪よせ」と名前を付けた・・・は、暑い時
期の甘味としてぴったりで、大好評だった。
これをきっかけに宴は盛り上がり、歌や踊りも賑々しく始まる。
面白かったのはクローザーだ。
去年までは隅っこで静かに食事をしていたクローザーだったが、今年は積極
的に祭りに参加していた。
仁くんに手伝ってもらいながら作ったイングランドの弦楽器を奏で、皆の前
で故郷の歌を歌った。
異国風の歌は独特の趣があり、場は大いに沸いた。
祭りのどこをとっても、去年よりも上だった。
御馳走は去年より豪華になり、新しい楽器も増え、女たちの晴れ着や装身具
もより華やかだった。
そして、何よりも、皆の笑顔が去年より大きかった。
何しろ里はいいことが続いて希望に満ちていたし、食べ物も飲み物も旨く、
祭りは盛大だったのだ。
大盛り上がりに盛り上がり、夜通し騒ぎ、夏祭りの夜は幸福の絶頂のうちに
終わる。
>>465 >切ないけどドキドキしながら続きを待つのです。
ありがとうございます。
励みになります。
いえいえ、切なくならなくても。
自然体で読んでやってください。
道が曲がりくねっているだけで、ハッピーエンドかもしれませんよ?
夏祭りの後は秋が来る。
実りの秋だ。
農業生産は見通しがあまり良くなかった。
雨が少なかったため、凶作という程ではないものの、やや不作になる見通し
だったのだ。
しかし、里全体としては恐らく問題にならないだろう。
焼酎の出荷、酪水や新しい漬物の出荷で里の収入は大幅に増えており、それ
は農業の不振を十分に補う事が出来た。
恐らく、補うどころか、農業の落ち込み分をはるかに上回る見込みであり、
里全体では豊かになるはずだった。
収入の配分や物のやりくりさえ上手くやれば、皆が去年より豊かな暮らしが
出来る事は間違いないだろう。
一つ気がかりな事が起きた。
最近、里の近くを人がうろついているのを警備の者が見かけたのだ。
そこはまだ「結界」の外だったが、偶然通りかかったのではない感じだった
そうだ。
方角的にはほぼ南西。
出荷は寺であれ隣国であれ、北側なので全く向きが違う。
一体何故なのか。
長老たちや警備の中心になる者たちは何度も寄り合いを開いて話し合い、考
えたのだが結論は出ない。
以上。
4レスでした。済みません。
関係者みんなに乙!!
仁くん万能すぎだろww
5レス転載します。
>>470 >道が曲がりくねっているだけで、ハッピーエンドかもしれませんよ?
これ、失言でした。
すみません、忘れてやってください。
実際にどうなるかはともかく、こういう事は書くべきではなかった。
二重、三重の意味で・・・
さらにさほど間を空けず再び気がかりな事が起きる。
先日、人を見かけたのと同じあたりで煙があがっている。
どうやら、炊ぎの煙のようだ。
実際はそれほどすぐ近くではないのだが、里から見るとすぐ近くで煙が上が
っているように見える。
里人が不安げに囁き合い始める。
警備の責任者、侍ごとの親方は手すきの警備の者を里の南に集める。
実質、別の方向の警備についている者以外の全員だ。
侍親方「あれが飯の支度の煙だとすれば、大きさから見て、居る奴は一人じ
ゃねえがそれほど大人数でもないな。
いいか。いきなり戦を始めちゃなんねえぞ。
まずはあの煙をあげてる奴らが何のためにあそこにいるのか確かめる必要が
ある。
この里に何かしよう、ってんでなければ放っておくのが一番だからな。
それでだ。
物見の与一、カワセミ。」
与一「はい。」
カ「はい。」
物見の与一は小柄で引き締まった細身の中年男だ。
いかにも歴戦の物見(偵察、斥候)らしい、鋭い雰囲気を放っている。
侍親方「お前たちは腕利きの斥候だ。見つからないように奴らに近づいて、
いったい何をしに来てるのか、探って来い。服装や持ち物で判断するんでも
話を立ち聞きするんでも構わん。ただ、くれぐれも見つかるなよ。」
与一、カ「はい。」
侍親方「で、里に手出しするわけじゃないってはっきりしたら、カワセミは
戻って来て報告しろ。
与一はしばらく残って様子見だ。
その時、もし出来るようだったら、木かなんかに登って高い位置から連中の
動きを広く見極めてから戻れ。
多分、柿の先生の結界のおかげで里には入れないはずだが、一応確認するん
だ。
万が一、里を攻撃しようって連中だったら・・・途中に伝令役を置いておく
から、すぐにここへ奴らの人数と持ってる武器を伝令させろ。
ただ、その場合でも、結界のおかげで里には近づけないはずだから、しばら
く様子見だ。
もしも、里が見える所まで近づいて来ちまって、間違いなく里を攻撃する様
子だったら・・・その場合だけは止むを得ない。
少人数だったら始末しろ。
もし人数が多かったら、鳥笛で合図しろ。その時には里に近くなってるから
十分聞こえるはずだ。
それで、奴らの伝令だけは何とか始末しろ。狼煙(のろし)や笛にも注意だ。
とにかく仲間を呼ばせないようにしながらこちらの応援を待て。
普段の武器以外に、与一は毒吹き矢、カワセミは毒手裏剣を持っていけ。
ただ、伝令の始末以外の戦闘は無理する必要はないぞ。合図があり次第、応
援が行くからな。」
与一、カ「はい。」
侍親方「それと、そうだな・・・太助、お前、結界にかからないで行き来で
きるやり方はもう覚えたか?」
太助「はっ、はい、もう覚えました!」
細っこい少年が緊張の面持ちで答える。
侍親方「よし。お前は足が速い。伝令役として二人について行け。そんで、
斥候役の二人の手前で待機してるんだ。場所は斥候の二人の言うとおりの場
所にいろ。」
太助「はい、分かりました。」
侍親方「残りの者は半分に分かれる。半分は少し森の中に入った所で待機す
る。万が一連中が里へ迫ってきたら、里に入られる前に何とかしたいからな。
残りはここで待機だ。」
全員「はい。」
侍親方「よし、与一、カワセミ、太助は準備出来次第出発しろ。あとの者は
隊分けして配置に付く。
ちょっと弓矢が足らないから、二人ばかり行って取って来い。ついでに作業
場へ行って、派手に煙を立てたり、大きな火は焚かないように言ってくるん
だ。
よし、かかれ!」
全員「応!」
里全体に緊迫した空気が漂う。
カワセミと与一、伝令の少年はすぐに出発し、残った警備の者たちは慌しく
万が一のために迎撃の準備を進める。
普通の里の人々は大きな火さえ使わなければ普段通りの生活も出来るのだが、
どうにも落ち着かない。
侍親方たちが張った簡単な陣が見える所に集まり、ひそひそと囁きかわす。
>>473 >仁くん万能すぎだろww
後の伝説的な名工、左仁五郎である。・・・ウソですw
まあ、クローザーと仁くんが作ったのはヴァイオリンみたいな精密な楽器で
はなく、素朴な竪琴みたいな奴、という事で。
あ、イングランドの楽器っていうのはイングランドで使われることもある楽
器程度の意味で、イングランド起源とかイングランド限定の楽器って意味で
はないです。
>関係者みんなに乙!!
ホント、連載を続けられる事になった今回の展開には感動しました・・・
出来る限り、これに応えようと思います。
以上です。
太助〜太助〜おいら男さ 名は太助〜
※ 当レスから4レス転載します。
>>480 それ何だっけ、としばらく考え込んでしまいました。
・・・サスケですよね?w
あと、転載ありがとうございます。
規制解除の気配がないのでまだしばらくご面倒をおかけすることになりそうで
す。
今後ともよろしくお願いします。
時折小声で囁きあう者がいるだけで、大声も物音も立てる者がいないまま時
間が過ぎる。
南側には濃い森があり、かなりうるさくしても向こう側に聞こえる心配はな
いのだが、皆そんな気分ではないようだ。
一刻ほど経ったろうか。
カワセミが一人で戻ってくる。
明るい表情だ。
侍親方「おう、どうだった?」
カ「報告します。連中はヤマ師、つまり鉱山掘りでした。はっきり会話が聞
き取れました。
人数は四人、この辺りに鉱脈があるとにらんで調べているようです。里には
全く関係ないようです。」
一同から安堵のため息がもれる。
カ「連中は少しずつ地面を掘り返しながら、あっちに行ったりこっちに行っ
たりしています。水から見てこの辺りに何かあるのは間違いないんだ、とか
言ってました。
特に里の方に向かって進んでいるという事はありませんでしたが、与一さん
は残って高い木に登り、連中の動きを見極めています。伝令の太助くんは与
一さんの近くに待機しています。」
侍親方「そうか。よーし、よくやってくれた。
里への攻撃じゃなくて何よりだった。
・・・まだ一応の警戒は続けるが、全員でなくてもいいだろう。森の中に陣を
張ってる連中の半数を呼び戻せ。ここの皆も半数ずつ交代で休んでいいぞ。」
しばらく経つと、与一と太助も帰ってくる。
二人とも笑顔だ。
侍親方「ご苦労。だいたいの事はカワセミから聞いてる。その後どうなった?」
与一「ええ、連中はしばらくあちこち掘っては土をがさがさやってましたよ。
どっちへ進もうって決めてる訳じゃなく、掘った土を見て進む方向を決めて
るみたいでした。
傑作だったのはその後でね。
連中、里の結界にほんの少しだけ入り込んだんですわ。
その途端に連中、方角やら何やらが全然分からなくなっちまったみたいです。
ぐるぐる同じ場所を回ったり、あさっての方向に進んだり、完全に迷子にな
っちまったみたいで。
散々苦労した挙句、ようやく進むのを諦めて元の方向に向かったんで結界を
抜けられましたがね。
連中、へとへとになってしばらく座り込んだ後、隊長のくせに何やってんだ
とか、この方向音痴、だのてめえの地図がわりいんだ、だの罵り合いながら
帰って行きましたぜ(笑)」
一同「(笑)」
与一「見てて笑っちまいましたよ。しかし、本当に柿の先生の結界って奴は
すげえですね。改めて感心しましたぜ。」
侍親方「そうか。本当に先生の結界はすごいな。
にしてもきちんと確認してきてくれてよかった。さすが与一だ。ご苦労だっ
たな。」
与一「どういたしまして。でも、カワセミも凄かったですぜ。あの連中に全
然気づかれずにすぐそばまで近づいて、細かく話を聞き取って来たんですよ。
それがなかったら、ヤマ師だって分かるのに時間が掛かったでしょうね。
連中は遠目には地面掘ってるだけですから。
ほんと、カワセミは若いのに大した手練れですぜ。」
カ「いえ、そんな・・・」
カワセミは少し赤くなり、照れて頭をかく。
侍親方「ほう、そうだったのか。それはお手柄だったな、カワセミ。大した
もんだ。これからも頼むぞ。」
カ「はい!」
侍親方「よし、これで一件落着だ。念のため、しばらく見張りはいつもより
増やしておこう。当番の三班に加えて四班も見張りに付け。
俺は与一とカワセミを連れて長老たちに報告してくる。それ以外の者は解散
してよし。
解散!」
当番以外の警備の者たち、不安で集まっていた里の人たちは笑顔になってが
やがやと散っていった。
よかったよかった、安心した。
この里は結界があるから絶対安全だね。
警備の人たちも良くやってるしね。
水銀燈も安心して家路につく。
この里の安全ぶりが分かって安心し、気分がよかった。
間もなくカワセミも帰ってくる。
今回の騒ぎで活躍して褒められ、認められた事で上機嫌だ。
今日の事を話しながら、二人で酪水で祝杯をあげる。
その後も、ヤマ師が近くをうろついている事が数回あった。
里からはその都度斥候を送って様子を見たが、ヤマ師達は警備が手を下すま
でもなく、結界で迷わされて帰っていった。
この里は結界に守られているから絶対に大丈夫だ。
里の皆はそう信じるようになった。
避難所より2レス転載します。
それきり、ヤマ師は姿を見せなくなった。
また、元の生活が戻ってくる。
秋の収穫が終わり、例年通り大きな寄り合いが開かれる。
収穫期を終わっての報告会、と言った性格のものなのだが、今期は見込み通
り、少雨の影響で農作物はやや不作だった。
お陰で畑の主たちの表情はやや暗かった。
しかしながら出荷はどれも順調で、こちらも見込み通り、里全体としては不
作を補って余りある収入増があった。
水銀燈とクローザーは前もって、酪水の売上は皆のために使って欲しいとシ
カ婆さんに伝えておいた。
長老たちはそれを汲み、色々考え合わせ、出荷による売上を通常よりも皆の
ために使い、不作になった畑の主も困らないように配慮する事に決める。
その事と、それが酪水を作った者たちの意思である、という事が寄り合いで
発表される。
不作の畑の主たちはほっとした顔になる。
醸し職人や出荷関係者たちにとってはやや損になる事であるが、状況が状況
であるし、最近里に大きく貢献している酪水関係者がそう言うならまあ仕方
がないか、といった雰囲気でそれを受け入れる。
結果、全員が笑顔になって寄り合いは明るい雰囲気で終わる。
今回からはじめられた寄り合い後の宴会も盛り上がった。
去年は収穫期の後は一時的にかなり忙しくなったが、今年はそれほどでもな
かった。
出荷や買い付けに関わる人たちは忙しいようだったが、水銀燈はそれらには
関係ない。比較的暇な日々が続く。
以前なら、自分だけ暇なときは里内を車椅子で散策し、クローザーや仁くん
の所へ行くのが定番だったが、最近は家にいる事も多かった。
最近は積極的になったクローザーは自分からあちこち遊びに行き、水銀燈の
所へも来る事があった。
それに、意外な事だったが、いつも工房にこもっていた仁くんも自分から水
銀燈の所へ来るようになったのだ。
社交的でない仁の事だ。話に詰まってしまう事も多いし、そもそもわざわざ
来るのは苦になるはずなのに、ある程度の頻度で必ず訪ねてくる。
カワセミは、仁くんは水銀燈がクローザーと仲良くしてるのに妬いてるんじゃない?などと言っている。
それが本当かどうかはともかく、クローザーが水銀燈の家を訪れている事に
何となく対抗心があるのは確かのようだ。
水銀燈にはそういう感情は今ひとつよく分からず、普通にどちらとも仲良く
するだけだった。
それ以外にも、水銀燈の所に茶飲み話に来る人が男女問わず何人か出来てい
た。
水銀燈自身はあまり意識していなかったが、彼女は結構人気者になっていた
のだ。
客が頻繁に来るようになると、ずっと家を開けて散策しているのは気が引け
るので、以前と比べると家に居るようにしていた。
・・・散策も大好きなので、時々は出かけていたが。
カワセミは最近、少女らしさがさらに抜け、大人の女性らしさが増していた。
もう、少女といわれる時期は終わりつつあるのかもしれない。
化粧の腕前もだいぶ見られるようになり、女性らしい立ち居振る舞いも以前
と比べるとだいぶ身についてきている。
他の若い女から聞いた噂話によると、警備の若者の中ではカワセミはかなり
人気があるらしい。
一番仲がいいのは源三くんだが、源三くんは今ひとつ煮えきらず、最近は他
の少年・青年も接近しようとしているとかいないとか。
一波乱あってもおかしくない状況らしい。
カワセミ自身は家ではほとんどそういう話はしないのだが。
結構早い頻度で投下してるよね
すごいなぁ
すごいわ
避難所作った甲斐があるというものです
問題は纏めサイトがないということ
これとか例の超大作なんかは、折り返し制限の緩い環境で纏めて読んだ方がいいと思うんだけどね
wikiも作ったほうが良いのかな
銀足だったり個別だったらまとめサイトあるけど
ここにはなかったのか
こんだけ長く続いてるスレにはwikiほしいよね。簡単な歴史紹介したりして。
でも蒼星石を虐めるスレから数えるとかなりの量になるし
纏めるの大変そうだ。
どうも4スレ目まではまとめがあったみたいなんだけどその後ぽしゃってるんですな
かく言う私も実は10月以降の環境が不確定なので、作っても管理が行き届かなくなる可能性あり
この手の纏めサイトは投稿作があるうちは続いてるのが多いから、中途で投げるのもなんか悔しい
長期間見通しが立つ人に管理して貰えたら有り難いっス
2レス転載します。
秋晴れのある日。
水銀燈がシカ婆さんと一緒に歩いていると、シカ婆さんの弟、柿屋敷の先生
が小川のそばに屈みこんで何か作業をしていた。
シカ婆「おや、何してるんだい?」
柿屋敷「ああ、鉱物調べだ。」
シカ婆「鉱物調べ?」
柿屋敷「ああ。この間のヤマ師の事件の時、カワセミって斥候が聞いてきた
話があるだろう?『水から見てこの辺りに何かあるのは間違いないんだ、と
か言ってました。』って。
あれが気になってな。確かにこの里には水の質が違う、硬い水の出る井戸が
あったりするんだ。」
シカ婆「ふうん。でも、里を作る最初の頃、鉱物の事は調べたんじゃなかっ
たかい?」
柿屋敷「ああ、調べた。でも、あれは地面に近い浅い部分だけで、深い部分
や水周りまでは調べてないんだ。」
シカ婆「おや、そうだったかい。」
柿屋敷「ああ。それにあれからかなりの年月が経ってる。鉱脈探しの技術も
一回り進んでいる。
ここに何かあるっていうのがヤマ師の勘違いだったり、鉱山があっても大し
た価値がなければそれはそれでいい。
しかし、もしも重要な鉱物が眠ってた場合、それを把握していないとまずい。
大きな鉱山利権が絡む場合の危なさは知ってるだろう?」
シカ婆「・・・ああ。よく知ってるよ。
それで、この里から何か出そうなのかい?」
柿屋敷「まだ分からんね。だが、前もってきちんと把握しておけば隠すにせ
よ、逃げるにせよ・・・最悪、交渉ごとに持ち込むにせよ、手の打ちようは
ある。」
シカ婆「・・・あんたの言う通りだね。しっかり調べておくれ。もしも手伝
いが必要なら言っとくれ。」
柿屋敷「ああ、川周りは儂一人で十分だが、深い場所や井戸を調べるときは
手助けを頼むかもしれんからよろしく。」
シカ婆「分かった。・・・ところで、この話は他の長老たちには?」
柿屋敷「まだ話してない。早めに話した方がいいかもしれんが、何か鉱物が
出てからじゃないと説得力がないだろう。」
シカ婆「・・・そうだね。何か出てからでないと話のしようもないね。」
柿屋敷「だろう?それにどの道、調査をする以外に今出来る事はないんだか
ら。」
シカ婆「そうだね。分かった、よろしく頼むよ。少しでも何か見つけたら教
えておくれ。」
柿屋敷「ああ。」
シカ婆さんと水銀燈は柿屋敷と別れ、家路につく。
銀「ねえ、シカさん、困った事になるの?」
シカ婆「うーん、もしも本当に鉱脈があって、しかもそれが里の外から辿っ
て来れて、そこを結界で防げない、なんていう風に悪い偶然が繋がればそう
なるね。
でも、そこまで都合の悪い事が続く事はまずありゃしないよ。」
銀「そうなのね。よかった。」
避難所より3レス転載します。
>>488 あ、ども。
連休中は余裕があったので、マメに投下してみました(^ω^ゞ
ずっとこのペースを続けるのはちょっと無理ですが。
>纏めサイトについて
確かに纏めサイトがあると良いですね。
もしも喜んで作ってくれる人が居れば作って欲しいですね。
結構大変だと思うので無理はしないで欲しいですが。
4スレ目まではまとめがあったって事ははじめて知りました・・・何故ぽし
ゃったんだろう。
やっぱり大変だったから?
夏から秋も少雨だったが、冬が近づいても降水量は少ないままだった。
川は水量が少なくなり、いくつかの井戸は水位が下がっている。
水不足の心配があるかと思われたが、冬は農業で使う水量が少ない上、水位
が下がっていない井戸もあったので無駄使いしなければ何とかなるようだっ
た。
空気も例年以上に乾燥している。
もっとも、それは考えようによってはからりとして気持ちの良い空気でもあ
る。
空の果てまで見えそうな澄んだ晴れ空が続き、本格的な冬が訪れる。
ある日、水銀燈の家に仁くんが小走りでやってくる。
顔を紅潮させ、満面の笑みだ。
銀「こんにちは、仁くん、何か良い事でもあったの?」
仁「はぁ、はぁ・・・うん。・・・はぁ、はぁ。」
仁くんは息が上がったまま無理に話そうとする。
満面の笑顔ではあるが、見ている方まで苦しくなる。
銀「仁くん、落ち着いて(笑)窒息しちゃうよ。」
仁「はぁ、はぁ・・・うん、もう大丈夫だよ。
水銀燈、聞いて。
僕、見習いを卒業して、自分の工房を持つ事になったんだ!」
銀「えっ、そうなの?一人前の職人として認められたのね。
凄いじゃない、仁くん。おめでとう!」
仁「えへへ。」
聞くと、最近出荷が好調な事から、樽や桶と言った木製の容器や荷車がもっ
と必要になり、木工品の需要が急増しているらしい。
まだ若すぎると言う声はあったものの、腕前は十分な仁くんを独立させ、元
いた工房は新しい弟子を取って全体的な生産力を上げることに決まったそう
だ。
実際、最近の仁くんの腕前は大したものだった。
元々優れた資質を持っていた上、水銀燈の車椅子を作った経験により、車輪
や竹の板ばね、椅子などに関しては里一番の腕前を持つに至っていた。
仁「だから、水銀燈のお陰でもあるんだ。最近は、人間用の車椅子の試作も
してるんだよ。ほら、大親方の所のお婆さんが最近足腰が弱ってきたから。」
銀「凄いじゃない。人用の車椅子ができればお年よりはみんな助かるわね。
仁くんは本当に天才ね。」
仁「えへへ。まあ、荷車の車輪作りがたくさんあるから、車椅子ばっかやっ
てるわけには行かないんだけどね。
でも、独立したら、もう少し時間を使えるんだ。」
銀「それは良かったわね。独立はいつになるの?」
仁「工房が出来次第だよ。
大工の棟梁が、春になったら工房を建て始めてくれるって言ってるから・・・
春の半ばか終わりぐらいじゃないかな。」
銀「そうなの。春に新しい工房で独立、素敵ね。」
仁「まあね。・・・でね・・・その・・・」
仁は少し顔を赤くしながら言いよどむ。
仁「あのさ・・・新しい工房が出来たら・・・独立したら・・・その、水銀
燈にも手伝って、欲しいんだ。」
銀「ええ、勿論。手のあいている時には手伝いに行くわ。」
仁「え、あ、う・・・うん。そだね、うん。ありがとう。」
仁はまだ何か言い足りない事でもあるようで、しばらくもじもじしていたが、
結局そのまま帰って行った。
他に何を言いたかったのだろう?水銀燈はいぶかしむ。
まあいい、そのうち分かるだろう。
仁くんには本当にお世話になってるから、工房が出来たらたくさん手伝って
あげよう。
2レス転載します。
アタイの忍術レベルは……?
冬は深まっていく。
まだ本当の年末ではないが、そろそろ正月の準備を考える頃合になってくる。
シカ婆さんの家に弟の柿屋敷の先生がやってくる。
翌日、井戸の底の土・砂の鉱物調べをやりたいのでカワセミ、水銀燈、シカ
婆さんに手伝って欲しいとの事だった。
三人は快諾する。
翌日。
まずは小さな井戸の調査だ。
人間が入るのは苦しい大きさだが、水銀燈なら楽なものだ。
明かりの燭台を持った水銀燈が桶に入り、それを吊るしてゆっくり下げてい
く。
柿の先生が井戸の上から覗き込み、その指図に従って水銀燈がひしゃくで底
の砂を掬ってはそれぞれ別の器に入れる。
器がふさがるといったん桶ごと水銀燈を引き上げ、砂の入った器をシカ婆さ
んに渡す。
シカさんはそれを標本なんとか法というやり方で小分けにし、包んでいく。
数回、水銀燈が井戸の底と地上を行き来しただけでここの調査は終わった。
次は大きな井戸だ。
大きくても水銀燈を降ろす事はできるが、ここは水深が深く、水銀燈では底
の砂を掬う事ができない。
それに、ここでは底だけではなく、側面の土も必要らしい。
ううう・・・珍しく詰まってます。進まん。
それはさておき、スレの容量が500に近づいてます。
>>1には500に近くなったら立てましょう、ってあるけど、具体的にはどのぐら
いなんでしょうね。
480? 490? 499?
あと、一番スレを消費した俺が次スレを立てるべきとは思うんですが、アクセ
ス規制中なので多分立てられないと思います。
規制が解ける前に次スレのタイミングになっちゃったらどなたかお願いします。
多分このレスで467KBくらいだと思うんですが、480くらいで立てれるようなら立ててみようかと思います。
立てられなかったらどなたか宜しく。
3レス転載します。
ここで身軽なカワセミの出番だ。
複雑なやり方で腰に綱を巻きつけ、灯りを持って井戸の壁面伝いに底へと降
りていく。
柿の先生は前回同様、井戸の上から覗き込んで指示だ。
水銀燈は地上でシカ婆さんの小分け作業を手伝う。
今回はかなり時間がかかる。
井戸の側面が石でがっちりと補強されているため、側面の土が上手く取れず、
いったん石をはずさなければならないらしい。
シカ婆さんも井戸べりから身を乗り出し、綱を結んだ桶を上げ下げし、カワ
セミに色々な道具を渡す。
カワセミは井戸の中で難儀しているようだし、井戸べりの二人も忙しそうだ
が水銀燈は手伝いようもなく、やることがない。
必死で作業しているカワセミには悪いが、ついついぼーっとしてしまう水銀
燈。
折りしも、冬らしい抜けるような晴天だ。
その青さにつられるように空を見上げる。
名も知らぬ、大きな鳥がゆったりと旋回している。
その様は本当に自由で気持ち良さそうだ。
また、胸の底の空への憧れが駆り立てられる。
あんな風に飛んでみたい・・・
ふっ、と想像の世界に入り込む。
シカ婆さんの声で我にかえる。
そうそう、そこ、頑張って、などとカワセミを励ましているようだ。
少し進展があったのだろう。
しかし、まだカワセミは上がってこない。
再び空を見上げる。
大きな鳥はまだゆったりと里の上を旋回している。
茶色くて、ちょっと白っぽく、割と頭の大きい鳥だ。
あれはいったい何ていう鳥なんだろう?
見たことないなあ・・・鳶でもないし、鷹でもないし・・・
博識なシカ婆さんや柿の先生に聞いてみようかと思ったが、二人とも作業に
一生懸命で、井戸を覗き込んでいる。
ちょっと聞ける雰囲気ではない。
間もなくカワセミが上がってきたことで、水銀燈も忙しくなり、その鳥の事
は忘れてしまう。
大きな鳥はまだ里の上を旋回していた。
実は、そんな「鳥」はいなかった。
結局、井戸の調査は丸一日かかった。
全員へとへとになって、それぞれの家へ帰る。
もう夕食を作るのも億劫だったが、三人が一日中忙しかったのを見ていた皆
が色々差し入れてくれる。
皆の差し入れを合わせると十分に夕食になった。
里の皆の温かさに感謝しつつ、三人は夢も見ずにぐっすり眠る。
>>500 レベル25忍者・・・ウィザードリィだったらかなり高レベルですねw
いつも転載ありがとうございます。
>>503 そうですね、480ぐらいでいいですよね。
よろしくお願いします。
4レス転載します。
>茶色くて、ちょっと白っぽく、割と頭の大きい鳥
石川五右エ門かはたまた似て非なるものか……
翼が生えた自律胴人形なら無条件で泣けます。個人的に。
でも日本だし、時代も違うし、ないよなぁ。
里では本格的に正月の準備が始まる。
飾り作りが終わると、恒例の餅つきだ。
今年は臼や杵の数も増え、去年よりもたくさんの餠がつかれる。
そして、やはりつき上がったそばから皆で食べてしまい、シカ婆さんに苦笑
される。・・・シカ婆さんも結構大食いなのだが。
今年は餡子に加えてうぐいすきなこや摺り胡麻もあるし、刻んだ漬物や海苔
もたくさんある。
おかげで皆の食欲も底なしだ。
水銀燈も口のまわりをべたべたにしながら全種類の餠を制覇し、動けないぐ
らい満腹になった。
・・・カワセミに至っては、食べ過ぎて本当に動けなくなっていた。
ゆっくりと年は暮れていき、今年も残すところあと三日。
カワセミも水銀燈も仕事がなく、三人は朝からお節料理を作り始める。
途中、シカ婆さんはちょっと外へ出てくると言って家を出て行く。
そろそろ小腹がすいてきたので、二人は一旦お節料理作りを中断し、軽食の
準備にかかろうとする。
程なく、シカ婆さんは少し怪訝そうな顔をしながら戻ってくる。
シカ婆「カワセミ、水銀燈、食事を一人分余計に作っておくれ。夕食も一人
分か二人分余分に要る事になるから、そのつもりで用意しておいておくれ。」
カ「いいけど、どうしたの?お客さん?」
シカ婆「うん・・・急に報せが来てね。下の弟が急に訪ねて来るっていうの
さ。」
銀「下の弟さんって・・・あの、番人をしている人よね?私たちがこの里に
来るときに会った?」
シカ婆「ああ、そうだよ。あのいかつい番人さ。」
カ「へえ。珍しいね。私たちがここに来てから初めてよね?」
シカ婆「ああ、本当に珍しいね。偏屈で、滅多に訪ねて来る子じゃないんだ
が・・・何か用があるらしいんだ。
もう出発しているみたいで、昼過ぎに着くとさ。
あたしはちょっと柿屋敷の弟の所へ行ってくるから、食事と飲み物の用意を
頼むよ。」
銀「ええ、分かったわ。行ってらっしゃい。」
程なくしてシカ婆さんは戻って来る。
下の弟が来るのを、柿屋敷の弟も呼んで一緒に出迎えようと誘いに行ったの
だが、どうしても手が離せなかったらしい。
しばらくすると、里の西側のへりに見覚えのあるがっしりした姿が現れる。
シカ婆さんの下の弟、通称「西の番人」だ。
やはり目を閉じたまま歩いているが、全く危なげなく、落ち着いて歩いて来
る。
三人は玄関の外まで出て彼を迎える。
番人「よう、姉貴。久しぶりだな。」
シカ婆「ほんとに久しぶりだねえ。・・・五年ぶりぐらいになるのかね。元
気そうで何よりだね。」
番人「そうだな、丸五年にはならねえはずだが、まあ、そんなもんだな。
姉貴も元気で何よりだ。
よう、お嬢ちゃんたち。久しぶりだな。」
銀「ええ、お久しぶりね。」
カ「お久しぶりです。いつぞやはお世話になりました。」
番人「もう、二年ぶりぐらいになるんだな。
何やら、二人とも里で大活躍だそうじゃねえか。
里へ導き入れて良かったぜ。」
水銀燈とカワセミはちょっと照れ笑いを浮かべる。
シカ婆「さあさ、うちへ入っておくれ。軽い食事が用意してあるからね。
この二人が用意してくれたもんだよ。」
番人「おお、すまねえな。邪魔するぜ。」
四人は囲炉裏のある部屋へと入り、軽食を載せたちゃぶ台を脇に置きつつ囲
炉裏を囲んで座る。
飲み物も酒、茶、酪水と揃っている。
番人「おお、なかなか豪勢だな。ここんとこ、里はかなり羽振りが良いって
話だったが、こりゃ相当なもんだな。」
シカ婆「今年は畑の方は今ひとつだったんだけどね。でも出荷は順調に伸び
てて、おかげさんで楽に暮らせているよ。」
番人「そいつは何よりだ。今、来るときにちらっと見ただけだが、活気もあ
るみたいだしな。
こんな年の暮れだってのに、楽しげに働いてる職人が何人かいたぜ。
そういや、職人たちを束ねてた大親方は元気なのかい?」
シカ婆「ああ、元気元気。今でもほとんど毎日、作業場で先頭に立って醸し
物を仕込んでるよ。
奥さんはかなり足腰が弱ってきたみたいだけどね。ほら、あそこは姉さん女
房だからさ。」
しばらく、里のだれそれは元気か、あの人はどうしている、等と共通の知り
合い達の近況について話が弾む。
ほとんどがこの里の人で、カワセミや水銀燈も良く知っている人だったので
二人も話に加わる。
その間に食事はほぼ片付き、茶菓子と簡単なつまみ物が出される。
カワセミと水銀燈は湯飲みでお茶、シカさん姉弟はぐい飲みで酒。
どうやら、弟の方も酒好きなようだ。
4レス転載します。
胴人形の話は、「ヴァンデミエールの翼」って漫画です。
黒い作り物の翼の子の話が好き。
いやまあ、どうでもいい類の話ですいませぬ。
>>508 ご、ゴエモンですかw
>翼が生えた自律胴人形
これはちょっと分からないです、すみません。
基本的に、他の漫画やアニメとのクロスオーバーではないです。
まあ、似たようなモチーフは出るかもしれませんが。
しばらくは世間話になる。
話がしばらく途切れた所で、番人は様子を改めて話を切り出す。
番人「なあ、姉貴。今日、俺がわざわざここへ来たのは気になる事があるか
らなんだ。」
シカ婆「・・・ああ。何か、良くない事があったのかい?」
番人「んんん・・・いや、まだはっきりしたわけじゃねえんだ。俺が気にな
ってるってだけでな。・・・ただの俺の取り越し苦労かもしれねえんだが、
どうにも嫌な感じがしてな。そんで、とにかく姉貴と話して見ようと思って
な。」
シカ婆「あたしゃ、あんたの洞察力が大したもんだって事を良く知ってるよ。
話しとくれ。」
番人「ああ。
どっから話すかな・・・うん、最近、調査屋からの知らせがいくつか入って
な。どれも急ぎにはなってない話だけど。
姉貴、江戸に出来た幕府の事は知ってるよな?」
シカ婆「ああ、聞いてるよ。徳川の殿さんの開いたやつだね。」
番人「ああ、そうだ。
で、出来たはいいが、まだまだ太閤さんの息子がいたり、心底は従ってねえ
殿さんも多いんで、危なっかしかったわな。
だが、色々聞いた話を纏めると、その流れが変わったみてえなんだ。
幕府はかなりしっかりと足元を固めはじめてる。
どうやら、江戸幕府、徳川氏が天下統一って事で間違いなさそうなんだ。」
シカ婆「おやまあ。はっきりしたのかい。」
番人「まあ、これはいろんな話を纏めて俺が考えたもんだけどな、もう間違
いないだろう。
で、な。
この分だと、遠からずこの戦乱の世の中は終わる。
平和な世の中が来るんだよ。」
シカ婆「ほおおお。ようやっとかい。」
番人「ああ、ようやっとだ。いくさばかりの世の中になって随分長かったも
のな。」
シカ婆「それはそれは・・・いい話だね。」
番人「ああ、全体ではな。ようやく安心して暮らせる世の中が来るってわけ
だ。
それは万々歳だよ。
ところがな。
幕府は大名たちに領地を与えて藩として治めさせる、幕藩体制の確立を急い
でいる。
そのために次々に領地の割り当てだの国替えだのをやってるんだな。
・・・つい最近も大掛かりな国替えがあったみたいなんだ。」
シカ婆「おやまあ。それはあたしはまだ聞いてなかったよ。」
番人「ああ、これははっきりした情報として入って来たもんじゃないんだ。
しかし、噂をまとめるとほぼ間違いないと思う。
で、幕藩体制が確立すれば、もう領地を巡ってのでかい戦はなくなるわけだ。
幕府の決めた領地を無視して戦をすりゃ、幕府を敵に回す事になるからな。
これ自体はいい話だよな。」
シカ婆「ああ、そうだね。」
番人「で、これででかい戦は無くなった。
でもな。
領地の境が決まるって言っても、地面に線が書いてあるわけじゃねえ。
川が領地の境になってる、なんて分かりやすい場所はいい。
しかし・・・例えばこの大名の領地は何とか村から何とか郡、みたいに決ま
ったとする。
でも、場所によっちゃ、どこまでがどこ村なのか、あるいはある土地がいっ
たいどこの村に属するのかはっきりしない場所ってのがあるわけよ。
昔の言い伝えなんかを調べても・・・領地が決まると大いくさは無くなって
る。
でも、しばらくはそういったあいまいな場所をめぐっての小競り合いや揉め
事がいくつも起きたみてえだな。」
シカ婆「・・・・・・」
番人「なあ、この里って、当たり前だけど、どこにも属してないんだよな?
それは間違いないよな、誰も年貢を取りに来ないし、徴兵にも来ねえんだか
ら。
せめて、この山がどこに属するかははっきりしてるのかい?」
シカ婆「・・・いや、分からないね。お寺さんのある山ははっきり北側の郡
に入ってるけんど、ここはどうなんだか。」
番人「まあ、里が見つからなければいいんだが・・・だけどよ、新しい領主
が来る事になったら、領地の中や、中じゃなくても領地の境目のあたりって、
ほんとにどうでもいい場所以外は調べられる事になるんじゃないか?
ここは山の中だけどよ、ほんとにどうでもいいって程の僻地かっていうと微
妙だわな。
そう考えると、ちょっと気になるんだな。」
2レス転載します。
480KB行きそうなので転載後にスレ立て試みてみるけど、だめだったらゴメソ。
シカ婆さんはしばらく考え込む。
シカ婆「なるほど、あんたの言う事はもっともだ。
あんたはどうしたらいいと思うね?」
番人「まずはこの山はどこかの領地に属するのか、領地の境界は近いのか、
しっかり調べないとな。
それと、このあたりの領地関係だ。
やばい気配がなけりゃそれでいい。
やばそうだったら、何か手を打つか・・・場合によっては、里の場所をもっ
と僻地で、領地の境界争いのない場所に移すべきだ。
まあ、隠れるのはやめて、近場の殿さんにこっちから挨拶に行って領地にし
てもらうって手もあるがね。」
シカ婆「・・・最後のはちょっと嫌だね。
なるほど、あんたはかなり厳しい事を考えてるんだね。
でも、確かにここらの近くで領主が変わったりすれば危ないかもしれない。
幕府はかなり領地替えをやってるんだったね?」
番人「色々な話を纏めてみると、そうみたいだな。
俺も気になったんで、このへんはどこ藩になるのか、ここらの領地関係がど
うなりそうなのか、ちょっと調べてみようとしたんだ。
・・・ほら、今までは割と、ほんとに自分達に近い事と、逆に天下全体みた
いなでかい話の両極端に目が行ってて、真ん中が抜けてたじゃねえか。
しかし、何だか知らんが、いつもの調査屋は随分忙しいみたいだな。これ以
上新しい調査をするのは無理って言われちまったぜ。」
シカ婆「おや、そうなのかい。連中も商売繁盛だね。
今は里からは大した調べは出してないよ。」
番人「ありゃ、そうなのかい。
じゃあよ、姉貴、他に調べ物を出来る連中、知らねえか?
やっぱり早めに調べておきたいしな。」
シカ婆「確かにねえ。まあ、そうそう早く影響は来ないだろうし、結界があ
るからしばらくは大丈夫だけどね。
分かった、ちっと心当たりを当たって見るよ。
あと、いつもの連中とももう少し話をしてみよう。
場合によっちゃ、他の調べを後回しにしてもいいし、特別料金をはずめばや
ってくれるかもしれんしね。」
番人「ああ、里の懐は暖かいんだったな(笑)。
まあ、金をはずめば連中もきっと動くだろ。
いつ頃話が付きそうだい?」
シカ婆「うーん、もう年の暮れだからね。多分、正月明けになるだろうね。」
番人「そうか・・・むう・・・なあ、ちょっとだけでももっと早く話付けら
れねえかな。」
シカ婆「・・・そんなに差し迫ってるのかい?」
番人「ああ、いや、はっきり何かあるわけじゃないんだが・・・」
シカ婆「ふむ。・・・じゃあ、一応、すぐに連中に話してみるよ。多分、正
月明け、って事になるだろうけどね。
なに、正月明けって言ったって、七草まで数えたってあと十日だし、三が日
までなら六日しかないんだ、すぐだよ。」
番人「まあ、そうだな。・・・分かった、出来る範囲で頼むよ。
あと、一応、長老や親方衆にもそういう懸念がある、って事は伝えといても
らえるか。」
シカ婆「分かった。正月が明け次第、すぐに寄り合いをしよう。」
ほんの少し間が空く。
番人「・・・うむ。それで頼むよ。」
今、スレの変わり目ですので、一回だけ保守させてください。
こっちのスレのぶん、読んでない人がいるかもしれないから。
ちゅうわけで保守。