銀河系の遥か彼方、地球から6万光年の距離に惑星Ziと呼ばれる星がある。
長い戦いの歴史を持つこの星であったが、その戦乱も終わり、
平和な時代が訪れた。しかし、その星に住む人と、巨大なメカ生体ゾイドの
おりなすドラマはまだまだ続く。
平和な時代を記した物語。過去の戦争の時代を記した物語。そして未来の物語。
そこには数々のバトルストーリーが確かに存在した。
歴史の狭間に消えた物語達が本当にあった事なのか、確かめる術はないに等しい。
されど語り部達はただ語るのみ。
故に、真実か否かはこれを読む貴方が決める事である。
過去に埋没した物語達や、ルールは
>>2-7辺りに記される
ルール
ゾイドに関係する物語なら、アニメや漫画、バトスト等何を題材にしても良いです。
時間軸及び世界情勢に制約は有りません。自由で柔軟な発想の作品をお待ちしています。
例外的に18禁描写はご遠慮下さい。
鯖負担の軽減として【450〜470Kb】で次のスレを用意する事。
"自分でバトルストーリーを書いてみよう"運営スレlt;その1gt;
http://hobby5.2ch.net/test/read.cgi/zoid/1108181848/l50 投稿された物語の感想等は此方のスレでお待ちしています。
スレのルール等もこのスレで随時検討中ですので良ければお立ち寄りください。
ルールに追加された重要事項です。
・スレッド一本の書き込み量は一人につき最大100kb前後です。
100kb前後に達し、更に書き込みを希望される方は、スレッドが最終書き込み日時から
三日間放置された時、運営スレッドでその旨を御報告下さい。
この時、トリップを使用した三人の同意のレスがあれば書き込みを再開できます。(※)
又、三人に満たなくとも三日間経過した場合は黙認と看做し、書き込みを再開できます。
再開時の最大書き込み量は25KBです。
反対のレスがあった場合は理由を確認し、協議して下さい。異議申し立ても可能です。
※ 騙り対策のため、作品投稿経験のある方は定期的なチェックをよろしくお願いします。
・スレッド一本での完結を推奨します。
続き物はなるべく区切りの良いところで終わらせて下さい。
・複数のスレッドに跨がって書き込む人は「まとめサイト」の自作を推奨します。
・一行の文字数は最高四十字前後に納めて下さい。
・誤字など修正のみの書き込みは原則禁止します。但し張り順ミスのみ例外とします。
Q&Aです。作品投稿の際に御役立てください。
Q.自作品の容量はどう調べればいいの?
A.全角一文字につき2バイト、改行一回につき1バイト消費します。
一行を四十字とすると、最大81バイト消費します。
そのため自作品の行数×81で概算は導き出せます。
Q.一回の書き込みは何バイトできるの?
A.2KB、2048バイトです。
又、最大32行書き込むことができます。
Q.トリップはどうやってつけるの?
A.名前の後に#(半角で)、任意の文字列でトリップができます。
1#マイバト擦れ123abc
…とすると、#以降がトリップ表記に変化します。尚、名前は省略可能です
☆☆ 魔装竜外伝第五話「風斬りの、刃」 ☆☆
【前回まで】
不可解な理由でゾイドウォリアーへの道を閉ざされた少年、ギルガメス(ギル)。再起
の旅の途中、伝説の魔装竜ジェノブレイカーと一太刀交えたことが切っ掛けで、額に得体
の知れぬ「刻印」が浮かぶようになった。謎の美女エステルを加え、二人と一匹で旅を再
開する。
辺境の地・リゼリアでのトライアウトに見事合格したギル。だがゾイドバトル・デビュ
ー戦の相手「破戒僧グレゴル」は又しても水の軍団からの刺客。激戦はギルとブレイカー
のコンビに軍配が上がり、グレゴルは「B計画」なる謎の言葉を残して処刑された…。
夢破れた少年がいた。愛を亡くした魔女がいた。友に飢えた竜がいた。
大事なものを取り戻すため、結集した彼らの名はチーム・ギルガメス!
【第一章】
「行くよ、ブレイカー。翼のぉっ、刃よぉっ!」
常ならば薄暗いコクピット内も、澄み切った青空を描く全方位スクリーンで取り囲めば
嫌でも明るくなるものだ。
その座席で力を、心を振り絞る少年はお馴染み・ギルガメス。席上の拘束器具でがっち
り固定された小柄な体躯。ボサボサの髪が、純白のTシャツが、前方から浴びせ掛かる重
力によって大袈裟になびく。だが少年の円らな瞳には、欠片程の動揺も見受けられない。
若き主人の毅然たる掛け声に、応えてみせたのは鮮烈なる深紅の鎧を纏った二足竜。咆
哮の甲高きこと、鋭きこと。コクピットを胸部に擁したその身は民家二軒程に及ぶものの、
ひとたび地を蹴ると二枚の翼と六本の鶏冠を背になびかせ、軽快に滑空。土煙の追随は波
濤にも似た。金属生命体ゾイドの中でも数多の伝説を持つ魔装竜ジェノブレイカーとはま
さしくこの竜のこと。だが若き主人との紆余曲折の末、今は殺戮を意味する「ジェノ」を
外した只の「ブレイカー」を名乗っているのは読者の皆さんも御存じであろう。
深紅の竜・ブレイカーが向ける視線の先にも、竜がいた。こちらは落ち着いたワインレ
ッドの鎧を纏った四足竜。ブレイカーと同等の体躯なれど、胴長・短足な姿は全くの好対
照。その上頭部には鼻先の一本角と錣(しころ)の四本角が特徴的な兜を被り、背中には
幾つもの大砲を背負って立つ。人呼んで「紅角石竜」レッドホーン。惑星Ziにおいて最
も一般的、且つ古今東西、超一流のパイロットにもド素人にも愛され続けてきたゾイド。
滑空し迫る深紅の竜に対し、二度、三度と地を蹴るワインレッドの竜。こちらは目前の
敵よりは鈍重なれど、緻密に間合いを計る能力は寧ろ優っていると言って良い。
踊り立つ深紅の竜、勢いを殺さぬまま旋回。両翼の内側から展開してみせたるは二本の
刃。標的はワインレッドの竜の、顎。土煙の波濤は忽ち時計回りに渦を巻く。それと共に、
地表スレスレで弧を描く左翼の刃。
だが敵も去るもの。元々低い姿勢を更に下げると鼻先の一本角で切先をガッチリと受け
止めてみせる。弾ける火花。地表を、埃をも震わす衝撃音の独唱。深紅の竜、臆すること
無く反時計回り。襲い掛かる右翼の刃。
しかし渾身の一撃も、ワインレッドの竜には「読めている」。今度は半歩後退、喉元に
迫ろうかという切先に、自慢の一本角を見事合わせる軽妙振り。深紅の竜の若き主人とし
ては、反撃自体は予想通り。しかしながら熟練度は予想を遥かに越えていた。反動に、忽
ち姿勢を崩す深紅の竜。若き主人も慌ててレバーを握り締め、修正に努めるが、その最中、
高々と昇り立った土煙の柱。
事態を理解した主従。レバーを入れ直す若き主人、同時に竜の目前で盾と化した二枚の
翼。だが敵は主従の対応などお構い無し。
地を蹴り込んだワインレッドの竜。鼻先の一本角を傾けての突撃は、レッドホーンの五
体をまさしく血塗られた矢尻へと変化させた。
一本角は翼を抉りこそしなかったものの、圧力は十分。十数歩、よろめいた末に仰向け
に転倒した深紅の竜。若き主人は顔をしかめる。早速レバーを左右に二度、三度と広げる
と、応じて深紅の竜も翼や後肢、長い尻尾を地面に叩き付ける。
「ギル、ギル、聞こえて? ビームを撃ってくるわ。収束・放射に注意して!」
「は…! はいっ、エステル先生!」
全方位スクリーン右方に開かれたウインドウを介し、アドバイスを送る女性は主従の遥
か後方にいた。紺の背広を、そして肩にもとどかぬ黒い短髪をなびかせながら、ビークル
を鮮やかに乗り回す男装の麗人、ひとり。面長で端正な顔立ち、視線はゴーグルに隠され
見えないものの、その奥には切れ長の、恐ろしく鋭い蒼き瞳が控えているのは言うまでも
あるまい。女教師エステルは冷静に状況を観察し、不肖の生徒・ギルに指示を出す。
ビークルの更に後方には塹壕が広がっている。但しその中に潜伏するのは、人の容姿に
似るものの体格はその数倍は大きいゾイド・独眼猩機(どくがんしょうき)ゼネバスゴー
レムが十数匹余り。彼らは農村の溜め池程に広く、深い塹壕の中から、両手に余る程大き
なテレビカメラやパラボラアンテナ、それに彼ら独特の特徴的な一つ目を覗かせている。
肩には「WZB(ワールドゾイドバトル)」のロゴ。赤き竜二匹の攻防は、彼らの中継に
よってお茶の間に向けて生放送中だ。
ゾイドバトルのデビュー戦で見事強豪チーム「ザ・ビショップ」のグレゴルを粉砕した
ギルガメス達。幸か不幸か、この日を境にして徐々に試合のオファーが来るようになった
のである。…だがそれは少年にとって本当に望ましい結果だったのか、どうか。試合を申
し込むチームは、本来なら実現など考えられそうにない位、格の違う強豪ばかり。いずれ
もデビュー戦で俄然、箔が付いた彼らを狙ってのものだ。事実今日の相手も、WZBが中
継を敢行する程の実力派チームと来た。
起き上がり鼓舞しのごとき勢いで、すっくと立ち上がった深紅の竜。間を置かず突っ込
もうとするが、ふと胸元を一瞥。…コクピット内の様子は分厚い装甲に閉ざされ目視でき
ぬ。だが竜はすぐさま「認識」した。その中で身体ごと踏ん張り、レバーを引き絞って制
止に努める若き主人のことを。踏み込もうとした右足を中途で下げるのは、同意の合図。
無論、単に自省したのではない。主人が止めたのは次の好機を伺えという意味でもある。
「そう、それで良いよブレイカー。…見て!」
レッドホーンの錣の四本角から迸る青白い稲妻。このワインレッドの竜が先程繰り出し
た体当たりの結果、技を仕掛けるには十分な位間合いが開いている。無闇な反撃は命取り。
「来る!」
言うが早いか、放たれた四条の輝き。埃色したキャンパスの上で、厳つい錣を起点に描
いた青白い直線は空気を焦がし、切り裂く様はさながらレーザーのメス。
それらが、一気の収束。…蓮の花弁が閉じるかのごとく、前方に向けられた錣の四本角。
その動きに合わせて、折り重なり合うレーザーメスの焦点は言わずもがな、真正面に立ち
はだかった深紅の竜。
収束する閃光の花弁。深紅の竜は左方を睨むと横っ跳び。閉じゆく眩い花弁の隙間をく
ぐり抜ける。
間一髪、脱したかに見えた危機。だが四足竜の追撃はまだほんの序の口。閃光の花弁が
収束し、折り重なり合ってできたそれはまさしく光の大刀。自信の咆哮と共に首を振る。
追随して荒野を薙ぎ払う極太の大刀、風車のごとく。土が、砂塵が、焦げる。背後の岩山
が、砕け散る。
急な追撃にさしもの深紅の竜も、強く踏み込めぬまま横っ跳びを繰り返すばかり。斯く
して着々と作り上げられていく扇状の焦げ跡。その上首の可動範囲一杯まで薙ぎ払えば、
今度は四足を軸に回転を継続させようとする始末。
「調子に…!」
若き主人が踏み込んだのは、両足のペダル。しかしそんなことなど露知らぬ四足竜、大
刀の勢いを加速させるがそれが隙を生んだ。
深紅の竜、再度の跳躍。…右方へ、戻るように!
大刀が虚しく空を斬った時、明らかになった着地点。先程まで単なる荒野だった、扇状
の焦げ跡。主従は、飛び越えたのだ。
「乗るなぁっ!」
言うが早いか、泥の飛沫が舞い上がる。
急停止した大刀、元の方角への追撃を開始しようとしたがそれは叶わなかった。…深紅
の竜が翼を掲げての体当たりを敢行し、それは見事なし得たからだ。
衝撃に、波打つ空気。レッドホーンの左下顎に、前傾姿勢でねじ込んだブレイカー。敵
の前足が浮き上がる。忽ち出力を弱め、消滅する光の大刀。
若き主人が、相棒が、吠える、吠える。まさしくの梃子(てこ)の要領で、徐々に持ち
上がり始めたワインレッドの巨体。このまま三十度程も持ち上げてしまえば勝利できる。
無防備の腹部へのダメージなど、至極容易だ。
だが諦めぬ、レッドホーン。下方の忌々しい深紅の竜を睨み付けると、下顎に取り付け
られた人よりは長い程度の銃器を動かし始める。…幾ら至近距離とは言え、相手は魔装竜
ジェノブレイカー。自慢の分厚い装甲に対してその程度の銃器では効果は見込めぬ筈だ。
ところが。
不意に襲った、それは打ち水の音。
「…!? うわぁっ!」
主従、揃って突如の悲鳴。堪らず手を滑らせ、悶える若き主人。彼の動きに合わせて相
棒もひっくり返る。
仰向けになったままのたうち回る、深紅の竜。好機を逃さぬレッドホーンではない。透
かさず覆い被さり、今度はこのワインレッドの竜が押さえ込む番。あっという間に、形勢
逆転。
若き主人を襲った激痛の正体。彼の左肩から肘に掛けて、火傷のように腫れ上がってい
る。ブレイカーはパイロットとのシンクロ(同調)によって真価を発揮するオーガノイド
システム搭載ゾイド。その副作用でゾイド自身のダメージが少年の身にも鮮やかに再現さ
れる。これほどまでのダメージを与えた銃弾の正体は、被弾した深紅の竜の左腕を見れば
明らかだ。…液体。炭酸のように、泡を吹いている。違う、これは硫酸。レッドホーン奥
の手中の奥の手「高圧硫酸砲」だ。
惑星Ziに伝えられる如何なる神話・伝承においてもレッドホーンは常に「やられ役」。
ところがそんな彼らが絶滅することはなかった。…凄まじいまでに、雑食なのだ。流石に
人のような有機的な生物は喰わないが、それ以外なら土でもダイヤモンドでも平気で喰う。
最も餓死とは縁遠いゾイド、それがレッドホーンだ。彼らは食欲を満たすために消化器官
が異常発達した。高圧硫酸砲はこれを兵器に応用したもの。
身体ごと押さえ込む、レッドホーンの狙いは明らか。下顎を眼下の敵に密着させようと
する。その状態で高圧硫酸砲を発射したら、深紅の竜の各関節に染み渡り、内部から破壊
されてしまうのは言うまでもない。ブレイカーが、ギルガメスが危ない!
「ギル! ギル! 聞こえて!?」
ビークルに備え付けられたモニターを、女教師は食い入るように覗き込む。
「…えて、ます。聞こえて、ます、先生…くぅっ!」
モニターの向こうの若き主人。唇噛み締め、激痛を堪えながらレバーを握り締めている。
無論、彼が一度はレバーを手放してしまったであろうことも彼女にはお見通しだ。だが、
今まだ握り直す気力があるのなら…!
「ギル、いい?…、…、…、…」
女教師の授けた秘策に、意外にも青ざめた少年。
「そ、そんなことしたら、硫酸砲の餌食に…!」
「貴方のレバー捌き次第よ。どちらにしろ他に策はないわ。ブレイカー、貴方も良いわね?」
彼女の一言に、思わず息を呑んだギル。だが相棒は、返してきた。「大丈夫」の文字を、
全方位スクリーンを介して。
「ごめん…ありがとう。ブレイカー、やってみるよ」
意を決した若き主人。一際強く、レバーを握り締めて。
「…はぁっ!」
吠えるや否や、レバーを思い切り前方に押し込む。
合図と共に、下顎を手放した深紅の竜。反動で、一気に覆い被さってきた下顎。だが、
これで狙い通り。透かさず左肩で下顎を抱え込むと、伝わってきた感触を合図に、今度は
レバーを一杯まで引き絞る。
僅かながら地面と、竜の背中との間に空間が出来た。…二枚の翼が、六本の鶏冠が、開
くだけのスペース。逃すわけには、いかない。
「マグネッサー!」
縦に開いた、鶏冠。先端から、弾ける蒼炎。一方二度、三度と繰り返し地面を叩くのは
真横に開いた翼。このまま一気にひっくり返されでもしたら、再び形勢逆転である。慌て
て体重を乗せ直すワインレッドの竜。二匹の竜の、力比べ。
その最中、歯を食いしばるギル。表情の、微妙な変化。…細める、目。
少年の表情を元に戻すだけの材料はすぐに揃った。堪え切れず、虚空を見上げようとす
るワインレッドの竜。錣の四本角を再び正面に向ける。先端に集まっていく光の粒。焦げ
る、空気。ビームの出力を上乗せして、深紅の竜を押さえ込む算段。だが、これが敗着と
なった。
四本角を動かしたお陰で出来た隙。…錣と、首との隙間!
「ブレイカー、今だ!」
右腕の爪を、はたくように横殴り。一発、更にもう一発。嫌がる四足竜、首を左に傾け
て、隙間を塞ごうとするが。
今度の隙間は、右側だ。
吠える、ブレイカー。透かさず唸る、左腕の爪。嫌がるレッドホーン、勢いを付けて首
を右に振る。錣で押さえ込もうという狙いだが、それで却って左側に隙が出来た。
そこをガッチリと掴んだ右の爪。…不自然な姿勢故、力は込めにくい。だが、もうあと
少しでも力を振り絞れば…!
だが、再びギルの左腕を襲った激痛。思わずぎゅっと瞼を閉じ、右目だけ半開きにして
確認したスクリーン上の被害状況。…硫酸砲だ。深紅の竜は首を掴むことに成功したが、
それは自身を半ば固定化させたことでもある。そこを狙ったレッドホーン起死回生の一撃。
歯を食いしばる、少年。未経験に等しい激痛なれど、ここで我慢できなければ勝機はな
い。そしてそれは、レッドホーンとても同じこと。再度、光が集まる四本角。…ビーム、
放出。この四足竜の体重に加え、ビームの出力がのしかかっていく。ブレイカー、首をね
じ切るか。それともレッドホーン、硫酸砲で灼き尽くすか。
ギリギリの攻防は、少年が右手に受けた生卵を握り潰すような感覚と共に、決着した。
スクリーンを見れば、どす黒い液体がぶちまけられてる。…これは、油。ゾイドの体液。
敵の首を、捻り潰すことに成功したブレイカー。傷口から噴き出す油がこの深紅の竜の顔
にも降り掛かる。
それと共に、徐々に出力を落とすビーム。…完全に消失した時、同時に抜けた四肢の力。
もたれ掛かってきたのは、この四足竜が失神したから。
深紅の竜も、蒼炎の放射を止めた。そのままゆっくり四足竜を横倒しにすると、ようや
く立ち上がり胸を張る。…足元の、さっきまで宿敵であったゾイドを一瞥すると今一度、
高らかに雄叫びを…上げたりはしなかった。自らの、胸元をじっと見つめている。
コクピット内では、若き主人が座席にもたれ掛かっていた。まるで42.195キロを
走らされた直後のように息荒く、滝のように汗を零し。そしてそのまま、顔を両掌で覆い
隠す。隙間から、流れゆく涙一筋、又一筋。…だがそれは、嬉し涙などではない。己が痛
みでも、敗者への同情でもない。もしそうなら、啜り泣く声をここまで無理に我慢などし
ないだろう。
向かっていくビークルの機上で、エステルも微かに響く泣き声を聞いていた。…不意に、
大きな溜め息。額を押さえるとぽつり、呟く。
「馬鹿ね。そんなに自分を追い詰めてどうするのよ…」
その日の晩。星は無く、只々双児の月明かりが煌々と照らす大地の下。
遠征先の拠点・リゼリアの城壁外。乾いた土の地面には白線の網目が碁盤のごとく丁寧
に描かれており、升目一つ一つに大小様々なゾイドが行儀良く地に伏せ、身を休めている。
ここはゾイド溜まりだ。
その一角に、ブレイカーもいた。巨体を伏せ、口には御褒美の人程もある煮凝り(食用
ゾイドの骨格や内臓・装甲などを油で正方形に固めたもの)を、はぐはぐとかじり付いて
いる。これが昼間、あれ程の戦闘を行なった竜だとは誰も思うまい。なんとも大人しく、
愛らしくさえある。…そういえば今、このゾイドの脇にはいつもの簡易キッチンやら薬莢
風呂・仮設トイレやらは見受けられず、あるのは精々テントが二つのみ。長期間滞在する
つもりでは無さそうだ。
碁盤の目を横切る道を、駆け抜けていくビークル。気配を察知した深紅の竜は、煮凝り
をくわえつつ首をもたげる。…乗り手はエステル。寝巻き代わりの紺のジャージを羽織っ
た彼女の髪の、何と爽やかになびくこと。月明かりに照らされ帯びた、淡い光沢の艶やか
さは風呂上がりの証。リゼリア城内にはゾイドウォリアー・ギルドが提供する宿泊用施設
があり、そこで風呂を借りてきたという塩梅(城内で宿泊しない理由は簡単だ。ゾイドと
密接な繋がりを持つ職業なら長時間、ゾイドと離れたりはしない)。
竜の目前でビークル、停車。降り立ったエステルに煮凝りを一旦地に置いた深紅の竜、
愛想よく尻尾の先端を振る。
「ただいま。…ギルは?」
言われて、竜は脇のテントを見遣る。つられて振り向いた女教師。じっと耳を済ませば、
深い寝息の音がここまで聞こえる。
「OK。…ログを見たいけれど、いい?」
優しき竜は、熟睡する主人を気遣ってか極めて遠慮がちに一声鳴きつつ胸を張ってみせ
た。開いた、胸部コクピットハッチ。一方の女教師と言えば、ビークルのコントロールパ
ネルからスルスルとケーブルを延ばす。手慣れた仕種で速やかに竜の胸元までそれを引っ
張り、内部に乗り込むと座席のすぐ下にある蓋を開けた。…接続口だ。ケーブルを差し込
んだ彼女は飛び降り、ビークルのコントロールパネルを軽やかに弾く。
機上のモニターに、ズラリ、並んだ文字の列。よく見れば、得体の知れない記号と共に
日付けと時刻が秒単位までしっかりと記されている。これは、パイロットが入力した動作
やパイロット自身の身体に再現されたダメージなどの履歴。…ゾイドは生物だが、極めて
機械に似た側面を持ち合わせる。例えばこの履歴のように、「記憶」を具体的なデータと
して一定期間「記録」しておくことも可能だ。エステルのような「監督」は、これを毎日
閲覧することで、ゾイドの体調やパイロットとの相性など様々な情報を引き出すのである。
モニター上を凝視しつつ、何か気になるごとにコントロールパネルを叩く。時刻が午前
中の内は思いのほか飛ばし読みしているが、午後になると一変。秒単位の情報に対し、ま
さしく秒単位にまでチェックが及ぶ。その間、ブレイカーと言えば胸を張ったままひたす
らおとなしくしているのだから大したものだ。
ふと、女教師の指が止まった。…額に指を運びつつ何やら試案の表情をすると、コント
ロールパネルの別のキーを叩く。
モニターに再現された、その向こうにはワインレッドの竜がいた。それが右に左に、奥
に手前に移動を繰り返す。その度、揺れ動くモニター。何とかしてワインレッドの竜を映
し出し、時に刃を命中させ、時に組み合っていく。
その中央付近。妙な白点が横並びに二つ。それはワインレッドの竜の特に目の辺りに浮
かび上がり、例えモニターが激しく揺れ動こうともすぐにそこへ戻っている。
「…いいわね。良く視線がついていってる。実戦の賜物かしら。
中三日のペースで試合を続けているだけのことはあるわ」
グレゴルを倒したあの日から、チーム・ギルガメスの元に舞い込んできた大量のオファ
ー。書類の山を見たエステルは(ゾイドウォリアーの現金なこと)と眉を潜めたが、ギル
と言えば驚きの表情を浮かべつつ円らな瞳をこれでもかと言わんばかりに輝かせた。それ
以来だ、この異常にハイペースな日程は。
一日目…試合の日。
二日目…休息の日&移動日。ギルの体調次第で軽いメニュー。
三日目…ひたすら練習の日。
四日目…時間の許す限り限り練習の後、試合場まで移動。
五日目…試合の日。以下、繰り返しとなる。
(…幾らシーズンとは言え、このペースによく食らいついているものだわ)
チーム・ギルガメスはデビュー戦後、やや間を開けてから六試合、こなしている。恐る
べきはいずれも格上の対戦相手であり、又いずれも勝利したこと。締めて、七連勝。誰の
お陰かと言ったら、それはこの大人しい深紅の竜の奮戦であり、又女教師の的確な監督ぶ
りにある。並々ならぬ経験者達の前では、さしもの少年も影が薄い。…しかしながら、彼
も着々と実力をつけてきた。
「ありがとう、ブレイカー」
コントロールパネルの電源を落とした女教師。早々にケーブルの接続を外してやると、
お預けを喰らっていた深紅の竜は上手そうに煮凝りを食べるのを再開する。
「これなら、そろそろ『あれ』を教えてもいいかも知れない。でもさしあたって問題は…」
ケーブルを片付けると、つかつかとテント二つの辺りにまで。出入り口の前にしゃがみ
込むと、そっと、左側を覗いてみる。
寝袋に包まったギル。なんとも深い寝息。…ブレイカーとのシンクロによって生じた傷
は試合後早々に、相棒の持つ「ゆりかご機能」で塞がれはしたが、それでもある程度の手
当ては必要となった。顔と一緒に表に出した左手には、丁寧に包帯が巻かれている。そし
て…意外にも、目許が腫れてはいない。
(流石に、夜泣きする気力も残らなかったようね)
顔を戻したエステル。だが直後、切れ長の蒼き瞳を刮目。振り返ってみればブレイカー
の顔が真正面にあるのだから無理もない。この深紅の竜は、彼女の背後からテント内を覗
き込んでいた。心配そうに、首をかしげる。彼女は半ば呆れつつも、笑みを浮かべた。こ
の優しき竜の性格からすれば当然の行動だ。
「大丈夫よ、大丈夫。
それより、明日はよろしく頼むわね」
「さて、貴様に任務が与えられてからもうすぐ一ヶ月だ。どういうつもりだ、ヒムニーザ」
丘の上、同じ双児の月明かりを浴びる者達。
仁王立ちする、男が一人。その背後には、視界を遮る程大きな四脚獣が一匹。純白の装
甲が月明かりに照らされ思いのほか、眩しい。
彼らの対面には、平気で地面に胡座をかく男が一人。背後にゾイドは居らず、跪いた白
装束の女が独り。彼女の更に背後を睨めば、リゼリアの城壁と、街の灯りがどうにか確認
できる。
第一声を発した男仁王立ちした方。テンガロン・ハットを被った眼光鋭い中年。鼻鬚・
顎鬚は見事に切り揃えられているものの、眉間には余りに深すぎる皺が数本。服装は上が
長袖のシャツにベスト、下がジーンズ。左足にはホルスターが釣り下げられており、収ま
る拳銃はこの男自身の腿程もの長さ。俗に言う「AZ(アンチゾイド)マグナム」。「ゾ
イド猟」の必需品。人呼んで「銃神」ブロンコ。水の軍団「暗殺ゾイド部隊」の刺客。
純白の四脚獣は、胴の長さのみを見れば魔装竜ジェノブレイカーにまさる巨体の持ち主。
背中には身長程もある二門の銃器と、その半分程の長さを持った銃器らしきものが二本。
両肩にはミサイルポッドと思しき箱が二基づつと、中々の重武装。特徴的な頭部は神機狼
コマンドウルフにも似た細面の上に、無骨なスコープをわざわざ被せているという代物。
他に例を見ない奇妙な意匠を持ったこのゾイド、人呼んで「王狼」ケーニッヒウルフ。ブ
ロンコの相棒であり、「テムジン」の徒名を持っている。
ブロンコに話し掛けられた胡座をかく男は、パイロットスーツを身に纏った長身の青年。
尤も襟から腰の辺りまではファスナーを開け広げるというラフな格好。その上長い金髪を
束ねもせず、伸ばし放題にしている。極め付けはその面構え。彫りが深く鼻筋の通った、
誰もが二枚目と認めるだろう造作。しかしながら鼻や顎、頬は無精髭で覆われており、見
苦しいことこのうえない。
「どういうつもりも何も、あんたはしくじった奴を処刑すればいい。只それだけのことじ
ゃあないか?」
戯けた表情で言い返した、この無精髭の青年こそがヒムニーザである。
「ふざけるのも大概にしろ!」
ブロンコの怒声は太く大きく、人の気配がないこの辺りには思いのほか大きく谺してし
まう。だがこの生真面目な中年、目前の怠慢な青年の前では自重の二文字を連想しそうに
ない様子。
「あの小倅(こせがれ)が刻印を操るのはお前も知っている筈だ。それだけでも十分過ぎ
る位暗殺の理由たり得るというのに…!」
「所詮は『家出少年』だろ」
怒声を遮るヒムニーザ。両耳は人差し指で塞いでいる。顔をしかめてはいるものの、口
元だけは不敵な微笑を絶やさぬのが彼の流儀。
「…それなら俺やあんたなど使わず、リゼリア自治政府に根回しでもした方が遥かにマシ
だ。軍隊を動員させて物量で攻めれば幾ら魔装竜ジェノブレイカーといえどもかなうまい。
その程度のことをせず、敢えて暗殺ゾイド部隊を使う理由って一体何だ?
俺だって命を張って戦っているんだ。それしきのことも説明できないなら悪いが仕事は
受けられないぜ?」
二人の間に、訪れた沈黙。その傍らで跪く女は身じろぎもせず、じっと聞き入っている。
「…そこから先は、私が話そう」
ケーニッヒウルフ「テムジン」のスピーカーを介して彼の元に届いた助け船は、ノイズ
混じりの重低音。
「水の…総大将殿!」
背筋を正し敬礼するブロンコ、ヒムニーザは胡座のまま首を傾けるのみ。…只一人、微
動だにしなかったのは白装束の女。
「ヒムニーザよ、君は腕が立つとはいえ、一時的に我ら『水の軍団』が雇ったのに過ぎな
い以上、最重要機密を漏らすわけにはいかん。だが、言わんとすることは良くわかる。
…戦乱に明け暮れた惑星Ziを、我らが『ヘリック共和国』が平定し、はや五十余年。
四大陸の実に九割五分を手中に収めた結果、実現不可能と思われた平和がようやくこの
星にも訪れたのだ。だが、戦乱を望む者は至る所に潜伏している。
某国、と仮に呼んでおこう。彼らは恐るべき機密を握った。…もしこれを実行に移せば、
惑星Ziが再び戦乱のどん底に陥るのは間違いない」
「その『機密』とやらが、『家出少年と飼い馴らした竜』に関係するってわけか」
「うむ。機密が表に出れば、如何なる国家・自治政府といえども血眼になって『チーム・
ギルガメス』を捜し回り、手中に収めんとするだろう。そうなってからでは遅い」
「で、その機密って奴は…」
「知れば後戻りできなくなるぞ?」
無精髭の苦笑。
「…まあ、満足はしないが、納得はした。あんたらとしては、彼奴らの存在自体、無かっ
たことにしたいわけだな」
すっくと立ち上がったヒムニーザ。不敵な眼光のまま微笑む。
「明日中に、仕掛ける」
ブロンコの、舌打ち。わざと聞こえるかのように。
「まあ、そう腹を立てるなよオッサン。もっと早めに回答を頂いても明日仕掛ける予定で
変わりは無かったんだぜ?
総大将、生きの良い獲物を狩るのは趣味でやるべきだ。俺は弱った獲物を確実に仕留め
る。近日中の吉報を期待してくれ」
「良かろうヒムニーザよ。必ずや『チーム・ギルガメス』を倒し、首級三つを奪い取って
参れ。惑星Ziの!」
「平和の、ために!」
「さて、うるせえ奴も行ったことだし、戻るとするか」
ケーニッヒウルフ「テムジン」の足音を耳にし、ヒムニーザは大袈裟に伸びをした。
「時に、お館様。総大将が語っていたのが噂の…?」
遅れて立ち上がった白装束の女。それではっきりした服装の正体は、東方大陸由来の
「着流し」。容貌は彫り深く肌白い、かの「蒼き瞳の魔女」にまさるとも劣らぬ。黒髪は
天辺で簡素に結い、残りは腰まで長く伸ばしている。そして手元に握られているのはこれ
も又、東方大陸で「カタナ」と呼ばれる長刀。それを手慣れた手つきで腰に差す。
「…恐らく『B計画』なんだろうな。まあ、それがわかっただけでも話しは大分、違う」
背伸びを止め、彼女の前に向き直した男。まじまじと、見つめ合う。女も相当な背丈の
持ち主だが、それでも男の方が頭一つ、高い。
そっと動いた、女の両手。…男の頬を、硬い無精髭を撫でる。意外にも、羽毛の手触り
を楽しむかのごとく。
「こんなに伸びてしまわれたのですね…」
やや呆れ気味の微笑。
「すまないな、迷信深くて。だが、それもきっと今日までだ。
必ず奴らを倒して、全てを終わらせよう。…スズカ」
そう、名を呼ばれた女が次の瞬間、つり上がり気味な漆黒の瞳を丸くした。
吸い込まれていたのだ、男の胸元に。星の引力にもまさる強力な磁場の発生は、しかし
彼女が嫌うところではない。寧ろ進んで、その身を委ねる。
「…全てを、始めましょう。お館様…ヒムニーザ様」
双児の月は、男女の時間を暫し止める程度には寛容の筈だ。
(第一章ここまで)
【第二章】
惑星Ziの夜明けはしばしば朝もやに閉ざされる。肌寒く、日によってはこれから太陽
が昇るまでの数時間が激しい苦痛となる時間帯。それは、今日もそうだ。
二つ立ち並んだテントの片方。…出口から、そっと独り、人影。ギルガメスだ。いつも
通り、上は白い大きめのTシャツに、下は膝上まで丈のある半ズボンの出立ち。但し目の
下は隈ができる程に腫れている。何より、いつも以上に頑なに閉ざした唇の真一文字振り。
背伸びすらしない少年。不意に、両手で口を閉ざす。思わず瞑った瞼。うっすらと濡れ
ていったのは彼が欠伸(あくび)を堪えた証拠。横目でちらり、右方のテントを見遣る。
…別段の変化は見られないことに、安心したギル。次は左方をちらり。こちらは言わずも
がな、深紅の竜ブレイカーだ。あの民家二軒分程もある友達も俯せになり、頭と尻尾を丸
めながら寝息を立てている。胸を撫で下ろした少年。抜き足差し足、このゾイド溜まりを
区画する白線の外に出ると徐に軽いステップ。手足をほぐし、そして身構える。両腕を軽
く前後に振る仕種から、彼がこれから何をしようとしているのかすぐに明らかになった。
このゾイド溜まりを走り抜けるつもりだ。
だが彼の思惑は、簡単に崩壊した。…ひょいと、小柄な体躯ごと引っ張り上げられたギ
ルは、友達がよもや狸寝入りを決め込んでいたなどとは思いもよらなかったのである。
「ぶ、ブレイカ…はっ!」
大声が出掛かったギル。慌てて己が口を押さえる。
「何だ、君、起きて…ってうわっ、止めっ!?」」
深紅の竜、若き主人を両掌でがっちり掴むといつものように、鼻先を彼の頬へ数度、す
り寄せる。親愛の情を示すもの。
「な、何だよ、どうしたんだよブレイカー…って、うわあっ!?」
首をもたげた深紅の竜。胸元の、忽然と開かれたコクピットハッチ。内部の座席はずっ
と奥の方。竜自身の首の位置からは明らかに視認しにくい位置にあるにも関わらず、ため
らうことなく若き主人を押し込み、ものの見事に着席させる。途端に、座席後方から手前
に拘束具が延び、がっちりと彼の動きを封じてみせた。
「ば、馬鹿! 出してよ、出してってば! ブレイカー無視するなよ!」
主人の罵声などお構い無しに、自動的に閉じられたハッチ。それでもしばらくハッチ越
しに雑音が聞こえたが、いつの間にやら静かになった。
ことの成りゆきに満足した深紅の竜。今一度自身の体を丸め、眠りについたのである。
残酷な陽射しは、闇夜を、朝もやを、片っ端から斬って回る。いつしか大地は灼熱の橙
色に染まっていく、これが惑星Ziの昼までの攻防。
もう一方のテントの中から、現れたエステル。大きく背伸びをする。いつもの紺の背広
こそ羽織ってはいないものの、上はワイシャツにネクタイ、下はズボン。…普段、僻地で
のキャンプ時に見せる奔放な振る舞いが影を潜めるのは当然か。しかし元々地味を演出す
る筈のワイシャツが、彼女の肢体を強調させてしまうのは皮肉な話し。絶妙な曲線美に道
行く誰もが振り向いてしまう。男装の麗人とはよく言ったもの。
彼女の右手には、両手で抱え切れる大きさの紙袋が握られている。見たところ、さした
る重量を感じさせないがこれは一体。
「おはよう、ブレイカー」
蹲っていた深紅の竜。傍らで頷く女教師に気付くとピィと愛想よく鳴き、やおら持ち上
げた胸と首。
開いた、胸元のハッチ。…その奥から聞こえてくる寝息は言うまでもなくギルガメスの
もの。深紅の竜ブレイカーの持つ「揺りかご機能」で若き主人はぐっすり眠りこけていた。
やがて陽射しはハッチの奥にまで侵入し、彼の安眠をも容赦なく妨げる。数秒、呻いた
後パッチリ開いた円らな瞳。
「あれ、まぶし…。たいよ…太陽っ!?
ブレイカー、今、何時だよ! ああもう、なんてことしてくれたんだ…」
堪え切れず、両掌で顔を覆うが。
「おはよう、ギル」
声に反応し、指と指の隙間から覗く。…ハッチの外、女教師の、余りに屈託ない微笑み。
対する掌を外した不肖の生徒の、なんとも情けない表情。
「どうしたの、朝っぱらからそんな憂鬱そうな顔して」
「そ、それは…!」
女教師の質問に答えられず、少年はそっぽを向かざるを得なかった。
「ブレイカー、離してあげて。
ギル、これ。中で着替えていらっしゃい」
言いながら、先程テントから出てくる時に用意した紙袋を手渡す。
「え、その…ここで、ですか?」
「そう、ハッチの中で。慌てなくて良いから」
彼女が手を振ると、同時に閉じたハッチ。口調とは裏腹に何とも一方的な展開。困惑す
るギル。だがそれは序の口に過ぎない。
「せ、先生! 何ですか、何なんですかこれ…は!?」
ハッチから出てきたギルの驚きは二重のもの。何しろ外を見渡せば、テント二つの内一
つは大方片付いてしまっていたのだから無理もない。だが本題はテントの行方にあらず。
「あら、結構時間が掛かったわね。…どう、気分は?」
「き、気分も何も!」
ハッチから躍り出た少年の、初々しいこと。紺の、ブレザー。エステルの背広と比べれ
ば若干明るい色合いが、ひたむきな彼の姿勢を十分に演出している。ところが着用した本
人は何とも弱り果てていた。
「これ、ゾイドウォリアーが着る服じゃあないですよ。わ、悪いけど僕には余り…」
「ウォリアーにもお洒落は必要よ。それに…」
しばしテントを片付ける手を休めた女教師。腕組みし、ジッと見入っていたが、やがて
自然と緩んだ表情。口元も、瞳も頬も。
「貴方、似合ってるわ」
「え…」
もし彼の真正面に鏡があったら、赤面する己の表情が恥ずかしくて仕方なかったに違い
ない。
「良かった。私の見立てに狂いはなかったわ。それじゃあ急ぎましょ」
かくして再開したテント解体。だがギルには様々なことが彼の理解を越えていた。
「い、急ぐって何を…」
「決まってるでしょう? 帰る準備を済ませて、朝食、食べに行くわよ」
深紅の竜は我関せずとでも言いたげに欠伸をした。胸元で展開される二人のやり取りが
さっさと終われば良いのだ。
薄暗い一室は、一体何処の高級ホテルなのかと尋ねたくなる位広く、そして清潔な居間。
だが部屋の左方にはズラリ沢山の本棚が並び、悉く手垢のついた学問書・辞典の類いで埋
め尽くされている。
本棚を右方へ、目で追い掛けると部屋の隅へと行き着く。そこに配置された、古びた机。
その上からは電気スタンドの灯り、モニターの輝きが放たれ、着席した若者が一人、黙々
とキーボードを叩いている。…栗色髪、成人したのかどうか、微妙な位幼い顔立ち。紫を
基調としたゆったりとした服装は北国の民族衣装だ。
ふと、手を止めた若者。天井を仰ぎ軽く、溜め息。すっくと立ち上がると机の右方、本
棚の対角線上に位置したカーテンを両手で、爽やかにに開ける。ベランダへと続くサッシ
越しに、黄色い朝日を浴びた若者。大きく伸びをし、光の向こうを凝視。
「レガック、いる?」
朝日が作った若者の影。不自然に、伸びる。
「私はいつでもヴォルケン様のお側に…」
喋った、影。若く、そして低い男声はその持ち主の素顔を勘ぐってしまいたくなる程落
ち着き払ったもの。眼の辺りが数度、明滅。
「本国に伝えて。『獣勇士』至急召集、リゼリアへ」
「リゼリアに…で、ございますか。して、使命は如何に」
影の、呟き。
「チーム・ギルガメスを人知れず、守る。それがひとえに国益となり、B計画阻止にも繋
がるでしょう」
「御意。…時に、『風斬りのヒムニーザ』が彼らを狩ろうと動き始めた模様です」
影の言葉に、ヴォルケンは眉を潜めた。
「やはり、そうなりましたか。
彼とぶつかり合えば、チーム・ギルガメスの面々も只では済みますまい。何故なら、彼
も又…」
影と、本体との間を流れる沈黙は重苦しい。
「しかしあのヒムニーザを、見事討ち果たしたのなら『伝説の魔装竜』の名に偽りなし。
早速本国に伝えましょう。では、御免」
伸びた影は、不意に縮まっていく。日中良く見られる長さに戻るまで、ものの数秒も掛
からなかった。
若者は左手を組み、右手を頬に添えてじっと、窓の外を見つめている。
「差し当たって今日辺りが、山場でしょうかね…」
外に広がる光景は、少なくともZi人なら誰もが見果てぬ楽園を見るかのごとき眼差し
を投げ掛けることだろう。何しろ一面、木々の緑。「森」という規模ではない。これは
「樹海」のレベルだ。そしてその間を、縦横に細い道路が走っている。所々、建物らしき
ものは緑の区画内に散見されるものの、とてもじゃあないが主役と言えそうな規模ではな
い。そして緑の向こうには高い城壁も確認でき、地平線はもっとその先だ。彼が滞在する
この建物、この階は相当高い位置にあると思われる。
だがガイロスの若者・ヴォルケンの瞳には、この誰もが羨む環境でさえも虚しく映るら
しい。
「だって、ここは飼い殺しの楽園だよ?」
彼は憂鬱そうに溜め息をついた。
「頂きます。んっ、美味しい!
…ギル、食べないの?」
レストランは一面、ガラス張り。窓際の、四人掛けのテーブルを二人で占拠。それで一
向に問題ない位、店内は広く、空いていた。
朝の陽射しをガラス越しに浴びるのは、美女と少年が出会って以来のことだ。…だが不
可解な位御機嫌な彼女に比べ、少年の何とふて腐れたこと。目の前に並んだバゲット、目
玉焼き、手作りのコーンポタージュ、そして何より新鮮なサラダ(ビークル搭載の冷蔵庫
では積載量に限度がある!)は本来なら少年の食欲を大いにくすぐるものだが、彼は努め
て無関心を装っている。
(もう、しょうがないわね…)
半ば呆れつつ、自身は黙々と食べ進める女教師。こういう時は、下手に刺激しない方が
いい。
彼女の判断は正しかった。結局、我慢仕切れなくなったのは少年の方。…食欲が、では
ない。
「…練習、するつもりだったんです」
ボソリ、呟く。
言った方も、聞く方も、視線は合わせないまま。
「今日は、移動日よ」
舌鼓を打ちながらも、やんわりと、否定。
「そんなの、関係ないです! やれる時にやっておかないと…!」
対面の美女。ナイフとフォークを置き、右の人差し指を立て、口元へ。この人影まばら
な店内で「静かに」の合図が相応しいかどうかわからない。だが彼女の真意はもっと別の
ところだ。瞳の矛先が朝食から少年に切り替えられた時、彼は怒気を堪えざるを得なかっ
た。
「…又、水の軍団が襲ってくるかも知れないと」
「そうです! だから…!」
再度、投げ掛けられた彼女の視線は厳しい。口を閉ざす少年はそれでも苛立ちを隠せな
いままだったが、女教師の次の一言でパニックに陥ることとなる。
「つまり。襲ってきた彼奴らを殺す練習、したいわけ?」
ものの数秒だったが、少年は確かに呼吸することを忘れていた。
「そ、それは…!」
忘れかけていた言葉を、辛うじて紡ぎ出す。その間にも口元をナプキンで拭う余裕すら
獲得していた女教師。
「ギル、貴方…昨日の対戦相手のこと、もし『水の軍団』だったらって、疑いながら戦っ
ていたでしょう?」
「は…!? は、はいっ!」
「だから貴方、昨日は形の上ではゾイドバトルだったけれど、心の中では『殺し合い』を
していた。涙を流したのも、どうにか生き残れたから。勝ったのが嬉しかったわけではな
い」
「そ、それは…そんなこと…」
だが彼は、結局言い返せなかったのだ。あれが単なるゾイドバトルなら、泣くにしても
もっと嬉しく泣けただろうことは、彼自身がよく理解していた。だからこそ項垂れ、唇を
噛み締める少年の、それが指された図星への態度。
「…少し、自分のことを見つめ直した方が良いかもね。貴方、心が折れ掛かってる」
「そ、それって、どういう…」
「言葉通りよ。
さぁ、さっさと食べないと冷めちゃうわよ」
言いながら食事を再開した女教師に、少年も追随せざるを得なかった。
丁度同じ頃、うら若き美女が独り、リゼリア中央を貫く石畳の大通りを歩んでいた。何
とも落ち着いた足取り。人影もまばらな中にあって、白い着流しに、長い黒髪が一層生え
る美女。…スズカの立ち居振るまいには一遍の迷いも感じられない。只一つ、いつもと違
うところがあるとすれば、腰にもう一本差した太刀の存在か。質素を好むだろう彼女の性
格とは凡そ懸け離れた華美な装飾が、鞘と鍔に施されている。それに絶えず左手を添えて
離さぬ辺り、いずれ劣らぬ名刀なのかも知れないが、さて…。
路地裏に回るスズカ。…道路は鋪装と区画整理が丁寧に行なわれてはいる。だが建物だ
けは、リゼリア自治政府と言えどもどうにもならなかったようだ。何しろ戦後のゴタゴタ
がこの街を再構築させたと言って良い。だから大通りこそ石造りの建物が整然と立ち並び、
歴史ある街並を演出してはいるものの、一歩路地裏に回り込むと、凡そ首都の街の建物と
は言い難いあばら家が至る所にひしめいている始末。只その有り様は徹底されているため、
寧ろそれらが寄り集まることで見事に調和しているとは言えるかも知れない。影のない街
など、きっと存在しない筈だ。
スズカはいつしか、左右を石壁に囲まれた細い路地を歩んでいた。壁際には数人のチン
ピラがたむろしていたが、彼女は意に介することなく先を急ぐ。ところが勢いよく歩を進
めたその足が、ふと、止まった。
爪先の前を横切る、石ころ。
「よぅお姉ちゃん、そんなに急いで何処行くのさ」
「俺達と、遊んでいきなよ」
不適な笑みを浮かべながらにじり寄ってくる。…しかし、相対する着流しの美女はと言
えば。
右手を口元に当て、声を押し殺しつつ微笑。らしからぬ品の良さ、屈託の無さに、チン
ピラどもは却って不審げだ。
「…ああ? てめぇ、何がおかしい」
「ふふっ、まさか『お姉ちゃん』と呼ばれるとは思わなかったのでな。
良かろう、これを持てたら付き合ってやる」
言いながら、腰から鞘ごと抜いたのはあの華美な太刀だ。既に彼女のペースに陥ってい
ることに気付かぬまま、チンピラの一人が手を伸ばす。
「何だよ、たかが刀じゃあねえかって、これは!?」
着流しの美女が手を離すや否や、跪いたチンピラ。…いや、太刀に掛かる重力に、体ご
と引っ張られたのだ。
「な、な、何だこりゃあ!?」
「おい、兄貴を助けろ!」
残りが団子のように集まり、数人掛かりで太刀を持ち上げようとする。しかし太刀はび
くともしない。
「せえの、せえの、…だ、駄目だ! 一体どうなって…あ、あれ?」
不意に、彼らを襲う重力が解放された。…着流しの美女の右手。軽々と握られていたの
は、あの不可解な太刀そのもの。
「うぬら、『機獣斬りの太刀』も知らぬのか」
良く見れば、彼女の瞳の黒きこと。…エステルの、あの蒼き瞳は刃のように鋭いが、ス
ズカのそれは輝きを見る間に失っていく、漆黒の闇のよう。例えるまでも無い、宿してい
るのは狂気。
「や、やべぇ、この女、猟兵だ! お前ら、さっさと行くぞ!」
「りょ、猟兵…!? あわわ、お助けぇ!」
一目散に逃げていくチンピラを顧みもせず、スズカは歩むべき道を見据える。彼女の行
く先は、もはや言わずもがな。
あばら家の立ち並ぶ中にあって、それらよりは明らかに品があり、大きく、しかしやは
り木造の三階建て。階下へ続く階段がミシミシと音を立て、それでも一向に意に介さない
男装の麗人が降り、すました格好の少年が後に続く。しかし彼の態度は服装とは裏腹にび
くつき、腰が座っていない。
細い路地裏に出ると何とも快活そうに、伸びをした女教師。だが不肖の生徒と言えば、
釈然としない顔のまま腕を組み、じっと己が足下を見つめるに留まる。それもその筈だ。
この、目前の美女に与えられた言葉はまだあどけなささえ残る彼には難解すぎた。
(心が、折れ掛かってる…どういう意味だろう。自分を見つめ直せって言うけれど)
ぶつぶつと、呟きながら女教師について行く。…前方からは派手な服装をした女共が数
名、お喋りしながら近付いていた。この時間帯を仕事もせずほっつき歩く人種は、惑星Z
i的には二種類程度しかいない。即ち、水商売と、ゾイドウォリアーである。
道の脇に寄る女教師。…ところが生徒はまるで気付いていない。女教師が声を掛けるよ
りも前に。
「わっ!?」
鉢合わせした、少年と女共。幸い、どちらも転倒したり荷物を落としたりといった大事
には至っていない。
「ご、ごめんなさい…」
慌てて深々と、頭を下げる少年。男装の麗人も、申し訳なさそうに会釈を返す。女共は
相手の素早い対応に満足したのか、会釈を返すと道を急いだ。
だが情けない表情で頭を掻いた少年の耳には、聞こえたのである。
「クスクス…あの子、結構格好良かったわね…」
「それに、ちょっと可愛いかも…」
ハッとなって振り向くが、女共は大分遠ざかっている。
ふと、己が格好を見直したギル。
格好良い!? 可愛い!? この僕が!
ゾイドウォリアーが異性に恵まれるためには、勝って金と名誉を手に入れるより他無い。
汗と油と金属の匂いにまみれた野郎共に、好き好んで微笑む女など滅多にいない。
「…ギル?」
「あ、はい、すみません! あんなこと言われたの、初めて…」
少年の一言は余りにも思慮に欠けていたが、結果として女教師の滅多に見せぬ表情を垣
間見るに至った。
「私、さっき『似合ってる』って言ったけど?」
再三魔女と形容された女の、思わぬむくれ顔。いや、それさえも演技では無いかと思わ
せる部分が彼女にはあるが。いずれにしろ、少年を狼狽えさせるには十分。
「は…!
え、あの、その…ご、ごめんなさい、ごめんなさい…」
情けない表情を浮かべたまま、ひたすら平身低頭。少年の畏縮は女教師を苦笑させたが、
決して本意ではない。
「フフッ、気にして無いわよ。
さぁっ、ブレイカーが我慢してるわ。さっさと…」
言い掛けたところでふと、立ち止まる。何に気付いたというのか。少年の頭越しに、先
程通り過ぎて行った女共の行く先をじっと眺めると、不意に踵を返してみせる。
そっぽを…実質的には少年と、同じ行く先を見つめ直していた女教師。しかしながらそ
こに気付かぬ少年は、だからこそ、彼女の次の行動に面喰らった。
白く、長い指の左手。そっと、横に伸ばして誘う。
余りの唐突。初心な少年の顔は、今にも火を噴きそう。真意をはかりかねた彼は、背を
向けた女教師の表情を斜め後ろから覗き込む知恵さえ働かぬまま。
誘われるがままに伸びて行く、少年の右手。彼の意志か、何か他の意志によるのか、区
別もつかぬうちに。
折り重なった、掌二つ。
柔らかい。そして思いの他、握力は強い。
少年はそれが現実であることを初めて実感したが、しかし同時に、己が経験の無さをあ
らゆる意味で痛感させられることになる。
「走るわよ」
「…え」
女教師の囁きを耳にした時は遅かった。魔女が見せる夢は、破れ方も又強烈だ。
(第二章ここまで)
【第三章】
先程少年が鉢合わせした水商売の女共は、そのすぐ後にも災難に遭った。曲り角からい
きなりぶつかってきたのは、風変わりな服装をした黒髪の女。それが東方大陸に伝わる
「着流し」なる代物であることなど彼女らは知らない。
「御免!」
言い放つなり走り去って行く白い影を、女共は怪訝そうな表情を浮かべて見送るより他
無い。
「お館様、勘付かれました。追います」
右手を裾から伸ばすと、現れた手首には彼女の服装に似合わぬ腕時計型の通信機が巻か
れている。
彼女が電波を飛ばした先は、暗く、狭いコクピット内。計器類の照り返しを受けつつ目
を閉じていたが、声を聞き付けるとすぐさまカッと目を見開き、レバーを握り締める。
「…何と! 彼奴らの行く先は?」
「予想するまでも無く、正門です」
「わかった。俺も出る。スズカ、無茶するなよ」
「お館様こそ!」
言い放つと走る速度を上げていく。
路地を曲がり、曲がって出たその場は大通り。スズカの、ひと睨み。道の遥か向こうに、
師弟の姿が…!
やはり追っ手と同様に、点在する人影・物陰を避けに避けて一足先に大通りに出ると、
軽快に突っ走る師弟二人。…意外にも、焦りの色濃いエステル。彼女に振り回されるかの
ごとく、必死に連なりを維持するギルは激変する展開に目を回しそう。飲み込み辛い事態
も去ることながら、本気の状態で見せる女教師の脚力にはついていくのが精一杯。
(よもや白昼堂々と刺客が乗り込んでくるなんて。しかも『辻斬り』なんて時代錯誤も甚
だしい!)
ほぞを噛む女教師。その様子を後方から見遣った生徒は、ただならぬ事態をようやく認
識した。
「先生、先生、もしかして、追手ですか!?」
振り向いた彼女。唇を噛み締め、悔恨を隠さない。
「…ごめんね。ちょっと、迂闊だったわ」
「そ、そんなこと!」
「ありがとう。とにかくまずは、正門を抜けるわ」
速度を上げる二人。先程から前方に見えているのがゴジュラス二匹分程はあるリゼリア
城壁。その中央にポッカリ開いた正門は、カノントータス一匹を上乗せした位の規模はあ
る(非常事態ともなればゾイドを格納して籠城できるよう、大きめの造りになっている)。
その両脇には人が通れる程度の小さな門が二つあるものの、こちらは深夜専用の出入り口。
今の時間帯は封鎖されており、目指すところでは無い。
人影少ない時間帯ながら、職員十数名が常駐し検問する、常識的には万全の警備体制。
「そこの二人、止まりなさい!」
「ビザと通行証を見せろ!」
慌てて懐から取り出そうとする生徒だったが、女教師はそんな言葉に耳を貸すつもりな
ど毛頭ない。
忽ち輝く、額の刻印。同時にカッと見開いた蒼く鋭い眼差しは、職員達の意識を深く、
抉る。
「これは…失礼…しました…」
「どうぞ…お通り…下さいませ…」
一転、ことごとく虚ろな表情を浮かべた職員達。波が引くように、二人の道を開ける。
「さ、催眠術!? それはひどいよ先生!」
「今さら真面目ぶらない!
…例え、その行く先が!」
生徒の方を振り向き、詠唱、開始。薄暗い正門内部を照らしつける程に輝く、彼女の刻
印、そして蒼瞳。
真意を理解した生徒。カッと見開き、彼も追随。
「いばらの道であっても!」
「『私は、戦う!』」
少年の額にも宿った、刻印の輝き。辺りを一層明るく照らす。
不完全な「刻印」を宿したZi人の少年・ギルガメスは、古代ゾイド人・エステルの
「詠唱」によって力を解放される。「刻印の力」を備えたギルは、魔装竜ブレイカーと限
り無く同調できるようになるのだ!
靴音鳴り響く門内をくぐり抜ける。薄暗い中、道の向こうに確認できた光源。それが徐
々に大きくなっていき…。
外の光を再び浴びた、その時。
「離すわよ」
「え…!?」
潮が引くように、離れる二人。次の瞬間、彼らの間を割って入った金切り声には狂気が
混じる。…絶叫が収まった時、師弟の間を挟む空間は断絶されていた。砂埃と、地面に深
々と走った亀裂によって。
立ち止まるエステル。振り向くのも左前に構えるのも一緒。今初めて一歩先に出たギル
は、事態をようやく完全に把握した。後方の女教師が殺気を隠しもせず睨み付ける相手は
白い、着流しの女。地面を抉った得物を軽々と持ち上げると中段に構え直す。女教師とは
好対照の長い黒髪、そして漆黒の闇に彩られた扁桃型の瞳も好対照。
「ブレイカーに、合流しなさい」
言い放つが、生徒の方には振り向かない。…振り向ける筈が無いのは、彼にも十分理解
できた。今まさに、魔女と鬼女の激突が始まろうとしている。
「…は、はい! すぐに、戻ります!」
急ぎ、立ち去る。前方にはビークルや、人よりは大きい程度の3S級ゾイドが並び、ゾ
イド溜まりは更に向こうだ。全力疾走の、開始。
「そこのお前達! こんなところで何をやっているか!」
早速警備兵達の追撃だが、この場に残った女二人は一向に問題にしない。只、カッと瞳
を見開くのみ。
鋭利な蒼瞳が、闇に彩られた瞳が、彼らを包み込み、意識目掛けて斬り付ける。
「し…失礼しました…」
「ごゆっくり…どうぞ…」
強烈な集団催眠は忽ち事態を収めた。…表向きには。百名以上に膨れ上がっていた警備
兵が、引き潮のごとく戻っていく。
「あら、貴方も風流を解するのね」
そう、感心した風にエステルが言えば、
「これも淑女の、嗜み」
と返す。二人の、苦笑。だが一転気を引き締めた、エステル。目前の相手を睨み付ける
が、スズカも又同じこと。
「いくわよ!」
「いくぞ!」
一方、主人の帰りを待つ深紅の竜は。
先程二人を見送ってからというものの、しばらくは微睡んでいた。…このゾイドとて、
Zi人との付き合いは長いのだ。大体彼らがどの程度食事に時間を消費するのか位、良く
わかっている。待ちわびる程のことでも無かろう…そう、さっきまでは安心していた。
ところが、不意に起きた事態の急変。…正門の方から、異様な殺気が立ち篭めている。
おまけに何やら騒々しい怒鳴り声を聞くに及んで、今まで丸めていた巨体を腹這いに修正。
もし主人達に危機が訪れたのなら、一目散に馳せ参じる準備を整える。もとより、Zi人
の社会で生きるにあたってインストールされた封印プログラム(※人は法を破った者を罰
する。ゾイドは法を破らせないようプログラムする)など、この頭の良い竜自身はとっく
のとうに解除済みだ。しかし、今は向かうわけには行かない。勇み足は却って主人達の立
場が悪くなる(※ゾイドの管理を怠ったとして法に問われる)。だから、ブレイカーは待
つ。向こうから、主人達が戻ってくるのをじっと、息を潜めて。
遠くから、見えてきた。若き主人の姿が。息せき切って、駆けてくる。…ちょっと待っ
た! 女教師はどうしたというのだ。それに、ビークルにも乗らず、わざわざ駆け足して
戻ってくるなんて。
ピィピィと、騒ぎながら首をもたげた深紅の竜。異変の、確信。早速胸を張ってコクピ
ットを開けると、ギルをコクピット内に迎え入れる。
「ブレイカー、水の軍団だ! 先生を助けたい、早く!」
言いながら上着も脱がず、座席の拘束器具を降ろして相棒とのシンクロ、敢行。かくし
て両翼を広げ、滑空を目指そうとした深紅の竜。だがここで勘付いたもう一つの、殺気!
一度羽ばたこうとしたその瞬間。感知した方角目掛け、被った両翼。静けさをどうにか
保つこの一帯を、包み込んだ打鐘のごとき金属音。
顔をしかめる、ギル。ブレイカーはパイロットとのシンクロで進化を発揮する「オーガ
ノイドシステム」搭載ゾイド。この竜が受けた衝撃も又、彼の五体に反映される。
「着弾…どこから!?」
「ここだ、ここだぁっ!」
首を傾ける竜。少年も又全方位スクリーン上でその方角を追う。
声の主は既に、遥か後方。…地上、百メートル。つまり上空を通り過ぎ、狙撃したのだ。
足下に弾痕は見受けられない。たった一発を、防御されたとは言え高速移動の内に見事決
めてみせた、この正確すぎる技は一体何だ。
その、虚空に浮かぶ射手の正体。…少年は、初めてみるゾイドだ。二本の腕、二本の足
を伸ばした人に近い形。しかしながら背中からは二枚の翼、尻からはそこそこ長い尻尾を
伸ばしており、シルエットは十分に人の形を逸脱している。体色は黒を基調としながらも
手足には人の火照った肌にも似た橙色が配色され、禍々しいことこの上ない。そして何よ
り特徴的なのが両腕。…これを、ゾイドと認識できるのか。ギルは悩む。右腕に生えてい
るのは相棒ブレイカーの双剣にも似た禍々しい二本の刃。その付け根には二本の銃身が伸
びている。さては、これが先程の狙撃に用いた武器か。そして、左腕はと言えば。…長い、
二本の槍。ブレイカーの胴体程もある。いやそれよりこのゾイド、変わり果てた両腕で何
を食べようというのか。
だがギルの疑問は、すぐに氷解した。胴体を被う装甲の隙間から、見えるのは黒色と、
銀色の立方体群。…聞いたことがある。確か東方大陸伝来の技術で生み出された人造ゾイ
ド。ブロックスと、呼称した筈だ。推測が正しいのならおそらくあの立方体群こそはブロ
ックすを構成するゾイドコアに違い無い。戦うためだけの理由で生み出されたのなら、こ
の無気味な容姿も理解できるというもの。
立方体群の中央部が赤く、明滅。それと共に、ゆったり羽ばたいた翼。肩についた指の
ような突起が禍々しく揺らぎ、そして頭部。逆三角形の兜、中央にはエメラルド色した巨
大な水晶がぼんやり、輝く。実際のところ「民家二軒分程もある」ブレイカーに比べてふ
た周り程も小さいが、威容はそれを問題にしていない。
「よう、坊や。悪いが今すぐ、ここから西へ十キロ先に、移動してくれないか」
「いきなり、何を…!」
レバーを握り締める。目前の敵の、追撃を振り払って女教師に合流する腹積もりだった
が相手の方が一枚も、二枚も上手だ。
「西へ、十キロだ。
さっさと行け。でなけりゃ…わざと、外すぜ?」
右手を、ゆっくり伸ばす。開かれた二本の刃。同時に間から伸びた銃身、二本。
とんでもない脅迫だ。わざと外す…つまり無関係の一般人・一般ゾイドを傷付けると言
う。そうなれば、寧ろギル達が困る。私闘により他者を巻き込み、甚大な被害を与えたと
なれば運良く逃げおおせたとしても今後ゾイドウォリアーとしてやっていけるか、どうか。
「ひ、卑怯だぞ!」
禍々しいブロックスは、ギルの非難などお構い無し。ゆっくりと、銃口をギルの周囲に
向ける。少年、顔面蒼白。
「…ま、待てよ! 待ってくれよ!」
唇を噛み締め、レバーを入れる少年。相棒たる深紅の竜は主人の意を汲み、憎悪の炎を
両眼にたぎらせながらも渋々、方向を転換する。
(先生、ごめん。急ぐから…)
拘束器具を解除すると、着ていたブレザーを、ワイシャツを素早く脱ぐ。座席の下部を
撫でると開いた大きめのポケット。そこから着替えのTシャツとズボンを取り出し、ブレ
ザーらを放り込む。…戦闘・ゾイドバトルの試合に関係なく、長期戦はつきもの。コクピ
ット内に空調が効いてはいるが、それでも汗は大量に掻く。だから複数の着替え所持はゾ
イド乗りには必須。早々に着替えて、西へ十キロ先に移動したらこの禍々しいブロックス
をさっさと眠らせる。そして先生を助けるんだ。決意する少年だが、そんなに簡単にいく
のだろうか。
着流しの女が浴びせる剣撃に、防戦一方のエステル。連続攻撃は、ない。しかし一撃の
早さ、破壊力が補って余りある。突き、振り降ろし、そして逆袈裟。どうにか皮一枚残し
て避ける魔女だが、そのたび背後のビークル群が紙のように斬られ、地面に亀裂が走る。
だが攻めるスズカも、決して有利を実感していない。何しろ目前の麗人は、斬るたび、
突くたび、柳のごとく躱していく。その上決して怯むことなくこちらを睨み、隙あらば懐
に飛び込まんと間合いを維持している。鬼女も、魔女も、見掛け以上に苦戦を実感。
(ちぃっ、これじゃあ埒が開かないわね。いっそ…)
(得物を持っての長期戦は私に不利。ならば…)
不意に一歩、間合いを離したスズカ。ところが、同じ動作をエステルもこなす。不審げ
な表情を一瞬浮かべた二人だがすぐに迷いを払い、そして。
一転、昇竜のごとく吠えた鬼女、電光石火の突き。だが動作を見切るには十分な間合い
だ。紙一重で右に避けた魔女、そのままの勢いで懐深く、飛び込まんとする。
だが、その動作が寸前で、止まった。魔女には、見えた。太刀から左手を離した鬼女が、
透かさず右の袖に手を伸ばしたのを。…隠し武器だ! 手裏剣か、飛礫か。だがいずれに
しろ!
微妙なポーズで、数秒、睨み合う。やがてどちらともなく、離した間合い。
「…大したものね。それも、淑女の嗜みって奴?」
感心半分、皮肉半分に呟けば。
「出しゃばらず、殿方を影で支えるがその秘訣よ。だが…」
右の袖を、左を、裾を弄っていく。それと共に外されたのは、四本の皮の帯。…いずれ
も十本を超す細長い手裏剣が差し込まれている。
「小細工は、止めにしよう」
今一度、両手で太刀の柄を握り締めると、天高く振り上げる。敢えて腹部の隙を晒しま
でして、披露した構えに一変したエステルの表情。
「『合掌の構え』!? もしや貴方…!」
「我が名はスズカ…スズカ・イスルギ。『石動(いするぎ)一刀流・合掌の構え』、受け
てみよ!」
合掌の構えは実在する。只一心不乱に太刀を振り降ろし、相手の脳天を叩っ斬ることだ
けを考えた、誠にシンプルなもの。
(あの太刀、材質から考えて『機獣斬りの太刀』に間違いない。…伊達じゃあなさそうね。
でもその闘志、一体何処から湧いてくるのかしら)
詮索を止め、今一度、魔女も左前に構え直す。
女と女の技と、魂の激突は、どちらに軍配が上がるのか。
リゼリアより西に十キロ、先。
見事なまでに荒野が広がり、身を隠すものさえ何も無い。邪魔者はいないが、助ける者
もいない。遠方のリゼリア城壁も、その又先のレヴニア山脈も、単なる背景に成り下がる。
そこに滑空して行き着いたブレイカー、そして後方から銃口を突き付ける禍々しいブロ
ックス。…並みのゾイドの歩行速度に毛が生えた程度。そうしたのもギル達主従が好機を
見出し、このブロックスを振り払おうと考えていたからであるが、しかし相手は一向に隙
を見せる気配が無い。仕舞いには、
「隙を見て、逃げ出そうなんて…思うなよ?」
などと言われる始末。
だが目的地に着いた時。勢い良く、舞い上がる砂塵。深紅の竜は勢い良く地面を蹴り込
んでいた。背後の敵は右手を被うがその隙に間合いを離し、じっと、身構える。一方彼ら
のことなど問題にせずゆっくりと羽ばたき、大地に近付くのは禍々しいブロックスだ。し
かし、着地…しない。奇妙なことに、地面すれすれに爪先と尻尾の先端を伸ばして浮遊し
たまま、ピタリ、静止。さながら虚空に浮かぶ邪神像のごとく。
ブロックスの頭部後方パーツが突如、開いた。…ここに、コクピットがあったのだ。中
から現れたのはパイロットスーツに身を固めた長身の青年。ヘルメットを装着していない
ものだから、金色の長髪が風になびく。眼光鋭く竜を見遣ると、右手の甲で撫でた顎の無
精髭。片膝つき、竜を指差し、不適な笑みを浮かべて大喝。
「坊や、君と面と向かって話するのは初めてだな」
何のつもりだろう。訝しむギル。さっき、あれ程狡猾な態度に出たかと思えば、今度は
一転して自らを晒してみせるなんて。…いや、これもきっと罠に違い無い。
「何なんですか、貴方は! 水の軍団なんでしょう!? 他の人は関係…」
「無いから、こうして移動してみせた」
ギルの舌打ち。何だろう、この人。心の奥底まで見透かしているような気がする。
「…それより、坊や。君は今、俺と本気でやり合う準備をしているか」
自らの、腿を一発叩いたギル。
「ブレイカー、ハッチ、開けてよ…良いから、早く!」
戸惑う相棒を余所に、自らも躍り出る。…晒される、円らな瞳、真一文字に結んだ口、
そして何より、額に輝く刻印。それこそが、決意の証だ。
「これで、文句あるかよ!」
ところがそれを見た青年の、更に一転、高笑い。
「な…何がおかしい!?」
「いや…満足した。俺も本気でやれる。返礼だ、良く見ろ!」
先程まで伸ばしていた右の人差し指を、今度は己が額に当てる。力む、青年の全身。そ
れと共に、彼の額が割れる!
いや…現れたのだ。青年の額から、水色の宝石のような、水晶のような得体の知れない
物体が。それが忽ち眩く輝く。
「ば…馬鹿な! 刻印…なのか!?」
「まあ、似たようなものだ。
それより自己紹介が遅れたな。俺は人呼んで『風斬りのヒムニーザ』、これなる相棒は
風王機ロードゲイル『ジンプゥ』。いざ、参る!」
着席したヒムニーザ。閉まるハッチ。それと共に、虚空を仰いだロードゲイル「ジンプ
ゥ」の咆哮。やはり同様にハッチを閉じて戦闘準備を済ませたギルは、妖しい鳴き声に思
わず耳を押さえる。…ソプラノ歌手の歌声にも似た荘厳さの裏に見え隠れするのは、全て
を魅了し術中に収めんとする呪いの歌。まさか、鳴き声に催眠効果があるというのか!?
いやまさか、まさか…。
しかし判断するよりも先に、彼はレバーを強く押し込むしか無かったのだ。相手がどん
な手を使おうが、破り、振り切らない限り女教師との合流は叶わない。
主人の動揺を察知しつつも、ブレイカーは身構える。思いの他緩やかに、羽ばたいたジ
ンプゥ。少年と若者、そして異形の機獣二匹、激突の顛末や、如何に。
(第三章ここまで)
【第四章】
ギルガメスとヒムニーザ。ブレイカーとジンプゥ。彼らが相まみえる無情の荒野がリゼ
リアより西へ十キロ先というのなら、長尺の銃器二門を背負ったこの純白の四脚獣の居場
所は何処にあるというのだろう。ケーニッヒウルフ「テムジン」の周囲も又、乾いた大地
が広がっている。
テムジンの目許に被さった、無骨なスコープ。この純白の四脚獣は遥か遠方をスコープ
越しに睨んでいた。向こうでは、時と場合によってはこれから獲物になるやも知れない二
匹のゾイドが戦っているのだ。
テムジンの頭部・コクピット内。モニターでは今まさに睨み合う二匹が写し出されてい
る。だがそれにしても、映像の画質の悪さよ。どちらも特徴的な容姿故、シルエットだけ
で最低限の状況はどうにか視認可能ではあるが、細かな異変を見抜くのは容易ではない。
「若造め、こうも辺鄙なところで仕掛けるなというのだ…」
モニターを凝視するブロンコ。生真面目な銃神にはヒムニーザが選んだ決戦の舞台が不
満でならない。邪魔者が現れればすぐにわかるのは利点だが、おかげで彼と相棒が隠れる
場所も確保できず、仕方ないからこうしてゾイドの視力でさえ視認の困難な遠距離から観
察せざるを得ない事態と相成った。
不意に、鳴り響いたアラーム。誰が通信を求めてくるか、ブロンコには想定できていた。
「これは恐れながら、水の総大将殿」
「ブロンコ、そろそろか?」
「左様でございます。しかしながらヒムニーザめ、何を考えているのやら。かような地勢
では不測の事態に対処し切れませぬ」
「まあ、そう怒るな。彼奴の策にも一理ある。それより、監視は怠るなよ」
「御安心下さい。万が一チーム・ギルガメスが逃走した場合には、必ずや我ら主従が追跡
し、粉砕させてみせましょう」
「よくぞ言った、それでこそ銃神ブロンコ。期待している。惑星Ziの!」
「平和のために!」
ジンプゥが、深紅の竜に近付いてくる。この禍々しき黒衣の悪魔が、自慢の翼をゆっく
り羽ばたかせながら。一回、二回と打ち降ろし、振り上げるたび、ジリジリと詰まってい
く間合い。緩慢とさえ言える敵の動作。だがギルは、寧ろ息を呑まざるを得ない。…両手
両足をだらりと下げたまま近付いてくる黒衣の悪魔。一見隙だらけな彼奴の構えから漂っ
てくるのは只々邪悪の香りのみ。両手も両足も前に出さず、後ろに引かず。まさしく左右
対称の姿勢からは、どれを繰り出すのか却って見極めがつかない。
(どっちだろう…。右手か、左手か、それとも脚か、尻尾か…はっ!?)
いつの間にやら、目前にまで近付いていた黒衣の悪魔。…被い被さってきた影に、我が
目を疑ったギル。深紅の竜の、一体何倍の大きさだというのか。
溜まらず地を蹴った深紅の竜。数歩、真後ろへ跳ねて後退すると、胸元を一瞥。この優
しきゾイドが気付いた異変。…若き主人は、動揺している。
「ご、ごめん、ブレイカー。でも彼奴…わからないんだ」
心配する相棒に強がってみせることもままならない。彼は気付いているのか。自らの腕
に走った鳥肌を。
「あっはっはっ、坊や、君はずいぶんと臆病なんだな」
ヒムニーザの、高笑い。
「…なっ!?」
「だってそうだろう? 隙だらけの俺達に、何もできず引き下がるなんてな。
ゾイド乗りだったら仕掛けてみろ。でなけりゃあ、君の大事な『先生』とやらを、助け
に戻ることもできないぜ?」
挑発に、潜む悪意は高濃度。突如、まなじりを決した少年。先程までの鳥肌は何処へや
ら。血液が沸騰する程紅潮した頬。叩き付けるようにレバーを絞った両腕は、怒りに打ち
震えたまま。
「ブレイカー、行くよ!」
相棒も応えて吠える。だが咆哮の調子は一段低く。…深紅の竜は気付いていた。主人が
怒りに我を忘れていることに。彼をなだめなければシンクロによるより強力な、より正確
な攻撃は望めまい。だが、その思いは主人に届いているのか、いないのか。
広げた、翼。地を蹴る、深紅の竜。下半身が砂塵で隠れる。一歩、又もう一歩。竜の助
走は滑空の合図。強大な脚力で忽ちの加速は、両者の距離を一気に縮める。
「翼のぉっ!」
「坊やの無謀な勇気に拍手」
唸る左の翼。内側から双剣、展開。しかし微動だにしない黒衣の悪魔。
ヒムニーザの口元がやや、緩んだかに見えた。
「刃よぉっ!」
「だが遅ぇっ!」
ブレイカーの「翼の刃」、弧を描いた切っ先。黒衣の悪魔を正確に捕捉する。だがこの
禍々しきブロックス、音もなく相手の懐へ飛び込むや否や。
前方に、向けた右肘。次の瞬間、バネのごとく伸びた。
逆袈裟気味の一撃。根元から、弾かれた竜の翼。
「は、弾かれ…!?」
破られた、必殺の一撃。だが少年が事実を認識するよりも早く、襲い掛かるは悪魔が左
腕の二本槍。
耳をつんざく衝撃音が止んだ時、伸び切っていた悪魔の左腕。正拳突きのごとく、竜の
胸元に突き立てられたかに見えたが。
10センチ前か、それとも5センチ前か。寸前で、どうにか受け止めた深紅の竜。両の
爪が力に震え、押し返さんとする。悪魔の二本槍は、根元から回転。掘削機のような唸り
声。竜の爪から噴き溢れる火花。相棒とシンクロした副作用によるダメージが、レバーを
握りしめる少年の掌から滴る流血となって再現される。
「畜生! 畜生! 『翼の刃』がこんな簡単に返されるなんて…!」
唇が紫色に変色する程、噛み締めたギル。だが少年が見せた悔恨の表情に浴びせられた、
ヒムニーザの嘲笑。
「攻撃が返されるのは、坊やが弱いからさ」
「な…!」
「もっとわかりやすく教えてやる」
直後見せた悪魔の異変を、少年は視認できなかった。不意に外れた悪魔の二本槍。今ま
で襲い掛かってきた力が瞬時に抜けた反動は大きい。前のめりに倒れ込んでいく深紅の竜。
五体を捻った、黒衣の悪魔。胴を軸とした回転は風車のごとく。
勢いで、右腕の刃が。
右の翼が。
右足の爪が。
尻尾が。
左足の踵が。
左の翼が。
立て続けに、竜の胸に浴びせ掛けられ。
交差し、体が入れ代わった機獣二匹。
「…機獣殺法『風車(かざぐるま)・六枚羽根』」
振り返った、黒衣の悪魔。
深紅の竜も又首を傾けようとしたが、それは果たせぬまま、膝から崩れ落ちた。首から
胸元にかけては大きく抉れ、どす黒い油が飛沫となって噴出。
左手をかざした黒衣の悪魔。磁石のように引き寄せられ、元通りに接続された二本の槍。
「惜しい、コクピットはもう少し下だったな」
そう、悪魔が放った斬撃の傷は、ブレイカーの胸部コクピットハッチより僅かに上を通
過していた。だが、肝心のパイロットといえば。
全方位スクリーンをキャンパスに、ぶちまけられた鮮血。…若き主人の前屈み。純白の
Tシャツは朱に染まり、ギルは襲い掛かった痛みを前に歯を食いしばる。乱れた呼吸、円
らな瞳に滲む涙。だがその身を今一度持ち上げ少年は吠えた。レバーを怒りに任せて引き
絞りながら。
両腕を地に叩き付け、巨体を引き起こした深紅の竜。背後の敵に向き合ったのと、翼の
刃を振り降ろしたのはほぼ同時だ。
勢い余った刃は荒野に亀裂を作ったが、その場には既に、それだけ。土煙舞う中を竜は
キョロキョロと見渡すが。
不意に、襲い掛かった重力は後頭部から。またしても前のめりに転倒する深紅の竜。透
かさず半身を持ち上げるが、頭上には翼広げて浮遊する黒衣の悪魔が。
「ほら、どうした。坊や、これでおしまいか?」
悪魔の鳴き声は主従を蔑むようにも聞こえる。
魔女と鬼女の決闘も又、佳境を迎えようとしていた。悠然と左前に構えるエステルだっ
たが眉間にらしくない皺が寄り、並の敵相手ならば常に見せている筈の余裕も又完全に消
えている。額の刻印は一層輝きを増してはいるが、その人ならざる力を目前の相手に向け
て放つ機会は伺えないまま。一方のスズカも又、「機獣斬りの太刀」を振りかざしたきり、
微動だにしない。彼女も又、相手に隙を見出せずにいる。…当初、魔女が丸腰で戦うのは
切り札として古代ゾイド人特有の刻印の力を持っているからだと考えていた。だが実際に
立ち合ってみればどうだ。そんな力など使わず、堂々と対峙するこの「蒼き瞳の魔女」か
らは百戦錬磨、生まれついての武人の匂いが発せられているようでならない。
辺りを耳鳴りのような金属音が包み始める。音源は他でもない、鬼女が握る太刀からだ。
「ああ、やっぱり『機獣斬りの太刀』だったのね」
合点がいったエステルの不敵な笑み。だが目つきは一層険しくなっていく。
「如何にも。これぞ我が一門に伝わる名刀『石動』。正真正銘、太刀型の金属生命体よ」
遠くに離れていた3S級のゾイドが吠え、鳴き始める。…彼らは怯えていた。彼らの何
百分の一にも満たないちっぽけな金属の棒が今まさに、人の生き血を、ゾイドの油を欲し
て邪気を振りまいている。この場にZi人はいないが、いればいたで耳にした金属音で発
狂しかねない。
音もなく一歩、エステルは前に出た。微妙な均衡を崩す合図。不敵に笑ったスズカも又。
一歩、又一歩。縮まりゆく間合い。そして。
叫ぶ魔女、そして鬼女。疾走、一気に近付く両者の間合い。
両者の間が「一足一刀の間合い」に達した瞬間、遂に振り降ろされた機獣斬りの太刀。
だが、合掌には合掌。魔女の頭上、あと数センチ、あと何百分の一秒か。頭蓋骨を叩き
割らんというところで鳴り響いた拍手の鋭利な音は辺りを切り裂き一転、静寂で包み込む。
鬼女が叩き込んだ渾身の太刀を、どうにか頭上で受け止めた魔女。真剣白羽取り。そう
言えば聞こえは良い。だが…エステルは唇を噛む。完璧に、太刀を掴んだかに見えた両掌
の間から程なく流れ落ちたそれは、一筋の血。
力を込めるスズカ。漆黒の瞳に魔女の姿を映しながら。太刀も又一層甲高く鳴き、エス
テルの額に迫る。
だが不意に、あらぬところに向いた両者の意識。…蒼と黒、四つの瞳が西の方角を睨む。
「…ギル!?」
「無駄なことだ。所詮心の折れ掛かった少年ごときでは、お館様とジンプゥには叶うまい」
だが鬼女の一言は、結果として余計だった。…魔女の蒼き瞳に宿りし炎。禍々しい煌め
きと共に、額の刻印が眩く輝く。
「…言ったわね」
太刀を受け止めていた両掌から、溢れ始めた光。徐々に、太刀を押し返していく。
「な、なんと…!? ええい、『石動』よ!」
鬼女の呼び掛けに応えた太刀、一層の高鳴り。魔女の放つ光が吸収されていくが、それ
で彼女が諦めるわけもない。エスカレートする光の横溢は両者を、そして辺りを照らし、
遂に。
押し返した、太刀。血塗られた右手をかざす魔女、力の解放。太刀で受け止める鬼女だ
ったが圧力は凄まじい。忽ち数メートルも押し込まれ、バランスを崩し、膝をつく。
絶好のチャンスに、禍々しく輝いた魔女の瞳。今度は左手の番とばかりに振りかざした
が、ところが。
まじまじと、眼下の敵を見つめる魔女。一秒、二秒…。今、左手に宿りし力を解放すれ
ば、確実に鬼女を捉え得る。命中かどうかはともかく、絶対的有利に立つことは疑う余地
もない。
だが、魔女は踵を返した。
「…なんだ? 何のつもりだ!?」
吠える鬼女だが、魔女は答える素振りを見せない。敵のいない方角を見渡すとすぐさま、
走り去っていく。
「逃げるか、貴様ぁっ!」
「勝負より、こだわってるものがあるからね」
横目で言い返しつつ、消えていくエステル。
妖刀「石動」を杖にしつつ、ふらふらと立ち上がるスズカ。しかし魔女エステルの姿は
最早ビークル群の中に溶け込んで見えない。程なく、聞こえたエンジン音。上昇したビー
クルの姿を遠目で睨み、呪いの言葉を吐き捨てる。
「おのれ、おのれ…!」
彼女も又、辺りを見渡す。「お館様」と慕う主人を勝利に導くためにも、ここで追撃を
諦めるわけにはいかない。
「それにしても…」
ブロンコは訝しむ。
「総大将殿、何故にヒムニーザなどという無頼の徒を雇ったのでございますか」
会話の相手はいつもの通り、プラネタリウムのような室内にいた。円錐状に盛り上がっ
た中央部の頂上で着席する、軍帽・軍服・マントでさえも水色で染め上げた男。馬面に痩
けた頬、落ち窪み、守宮のような瞳をもった異相の男。人呼んで「水の総大将」。
頭上のスクリーンに映る銃神に対し、表情を変える隙など見せず、男は語る。
「実力は十分に魅力だった。…だが、それだけではない」
「まさか…!?」
引きつる、銃神の表情。
「奴も又、『B計画』の犠牲者と言えるからな。
貴重なサンプルを前にして、データを取らぬわけにはいかんだろう」
溜まらず立ち上がったブロンコ。コンソールの先に見える主人に詰め寄る。
「お、恐れながら! ならばチーム・ギルガメスよりも前に彼奴を討伐すべきではござい
ませぬか!」
だが水の総大将は意に介する素振りを見せない。
「それには及ばぬ。…そうでなければ『某国』の連中とて奴を野放しにはしない。
何処までいっても、奴はサンプルでしかないのだ」
「で、ですが…!」
「ブロンコ、くどいぞ」
「御…御意」
溜め息をつきながら、ブロンコは再び着席する。遥か彼方で戦う者共がもし仮に和解で
もしたら…。銃神の不安は尽きない。
乾いた大地に素早く蹴り込む銀色の爪。周囲にできた、摩訶不思議な形状の巨大な影。
その周囲を、ふた回り程小さな影がまとわりつき、時には重なる。そのたび拭き溢れた火
花は影を切り裂き、地表に焦げ跡ときな臭い香りを残す。白昼夢に添えた彩りは鮮烈だ。
「畜生! 畜生!! 畜生ぅっ!!」
ギルガメスの叫びとレバー入力、そしてブレイカーが刃を叩き込むタイミングは完全に
合致していた。無論そんなことは外部からではわからぬが、しかしそれならば、何故に黒
衣の悪魔・ロードゲイル「ジンプゥ」はこの深紅の竜の斬撃を、いとも軽やかに躱し続け
られるのだろう。ジンプゥはそもそも避け方からして尋常ではない。さながら翻る羽毛の
ごとく宙返りし、刃に巻き付き、風に流され圧力をことごとく無効化。そして一旦攻撃が
止んだ時、やはり先程までと同じように両足と尻尾をだらりと下げて虚空に浮かんだまま、
間隙を突いて正確な銃撃・槍の突きを放つ。結局激突の間が空いた時、思い知らされるの
だ。傷の、有無を。
首に、肩に、肘に、膝に。容赦なく叩き込まれた攻撃は着々と、深紅の竜を血まみれな
らぬ油まみれに。傷の再現は若き主人の五体をも容赦なく傷付ける。
対する黒衣の悪魔の全身には一筋の傷も突かず、依然、ふわりふわりと宙を浮いたまま。
それにしても、おかしい。少年の相棒が差し挟んだ疑問。…全方位スクリーンの右方に、
開かれたウインドウ。同時にアラームを鳴らして警告。その内容は誠にシンプル。敵ブロ
ックスが見せる動きは常人の操縦技術によるものではではない、と。相棒は期待したのだ。
敵の実力は、きっと何かしら卑劣な要因によって支えられている。それを若き主人に推理
してくれれば、勝機は見出せるのではないか。
しかし竜の警告が生んだ、思わぬ波紋。
「うるさい!」
若き主人、コントロールパネルに八つ当たり。メッセージが心に届く余裕などとっくの
昔に無くなっている。
期待を遥かに下回った反応は、相棒には辛過ぎた。耐え切れず上げたか細い悲鳴。それ
を耳にしてようやく我に帰った少年。
「…!? ブレイカー、ご、ごめん。でも、もう、全然わからないよ。
どうすればいいんだろう。頭の中が、真っ白…」
最後の方は声にもならず、気が付けば啜り泣いていた少年。流した涙を拭くことさえも
できず、俯き、スクリーンを正視できなくなった苦悶の表情は、現実からの逃避を始めた
かに見える。
(ゾイドが主人に問いかける時間が極端に長くなっている。そろそろだな)
悪魔の主人が無精髭面で浮かべた笑みは、勝利の確信。
「坊や、もう止めにしよう」
左のウインドウに現れたヒムニーザの面構えは意外にも、神妙。だがそれも彼の狙い通
りだ。
心身共に傷付いた少年が、罵声を返すこともできぬまま辛うじて顔を持ち上げる。しか
し円らな瞳の奥底は虚ろ。輝きは、潰えたのか。
「最早坊やの、心は折れた。俺が楽にしてやろう。
我が最強の機獣殺法…」
両腕を広げた黒衣の悪魔。虚空に漂う、十字架のシルエット。尽きかけた気力でどうに
か、レバーを押し込む少年。応じて刃で斬り付けた深紅の竜。
だが刃の軌道に浮かんだ十字架は陽炎のように消え去り、そして。
悪魔は東の、遥か彼方。太陽を背に飛び立ったその左腕に起こった異変。…二本槍の、
消失。その事実に主従が気付いた時、悪魔の攻撃は既に解き放たれていた。
「風斬り十字!」
深紅の竜の両脇から、意志を持ったかのように単独で襲い掛かる槍、二本。翼を左右に
展開、寸前で受け止めた竜。錐を揉む高鳴りは、若き主人を嘲笑うかのよう。シンクロは
彼の背中に痛みを伝える。
しかしこの極限に近い状態でも、どうにか堪えた深紅の竜。二本の槍を、どうにか払い
除けるが。
「だがそれこそが、この技の肝。
交差する槍の攻撃を受け止める間、ゾイドは動けない。どうにか弾いてもその瞬間、大
きな隙ができる!」
主従が我に帰った時、既に遅し。目前に、迫っていた…その名の通り、陣風となって。
刃を広げた右腕が、伸びる。
深紅の竜も又左腕を振るって薙ぎ払おうとするが、その神速に匹敵した一撃をかいくぐ
って。
遂に命中した、悪魔の右腕の標的は竜の腹部。それと共に、閉じた刃。刃と刃の間から
は、忽ち火花が拭き溢れていく。銃撃の破壊力をも借りて、今まさに切り裂かれていく竜
の脇腹…!
ヒムニーザの雄叫び、ギルの悲鳴。
激痛に一瞬瞳孔が開いた少年。天井を見上げ、逆流する胃液をまき散らしながら、それ
でもスクリーンに焦点を戻す。ひたすらレバーを滅茶苦茶に入れるとその動きを反映して
か、滅多矢鱈に竜の翼が悪魔に襲い掛かる。
だが悪魔は、技術なき攻撃など問題にせぬまま。竜の脇腹にメキメキと音を立てながら
亀裂が走り…。
遂に刃が閉じ切った時。竜の身体を強く蹴り込み、跳躍して離れた悪魔が構え直す。
地表に突如、ちりばめられた大小様々の黒真珠。未だ昇り切らぬ陽光を受け止め、自ら
が抱く価値を精一杯訴える。だがそれらを拾い上げることは最早叶わない。
何故ならそれは、竜の傷口から吹き出したどす黒い油だから。
若き主人の身に反映されたダメージは、もっと深刻。…最早そこに、純白のTシャツな
ど消え去っていた。全方位スクリーンも又、左方には血飛沫がべっとり吹き付けられ、本
来の用途をこなし切れる状態には無い。
それだけの、流血を前にした少年、喀血。瞳の僅かな輝きさえも徐々に失っていき…。
拘束器具で固められた上半身の、肩から、首から、力が抜けた。
相棒も又殉死するかのごとく前のめりに倒れ伏したのである。
「…ギル、ギル、聞こえて? ギル、ギル、さっさと返事をなさい。…ギル!?」
コクピット内にようやく魔女の呼び掛けが届いた時、既に決着はついていた。
エステルの、蒼白。彼女にも、茫然自失の表情は持ち合わせていた。
だがすぐに、いつも通りの余裕の表情に戻す。…しかしそれが、一瞬崩れ掛かる。透か
さず魔女は、自らの頬を両手で張った。おかげで朱に染まった彼女の頬。
「エステルの、馬鹿! 同じことは繰り返さないと、誓ったでしょう!?」
自らに言い聞かせ、ビークルのエンジンを吹かす。
だがその背後には、既に鬼女のビークルが追いすがっている。
「これは…やったか? やったのか!
総大将殿! ヒムニーザめ、遂に…」
無言の内に頷いた異相の男。立ち上がるや否や、素早く手持ちのサーベルを抜刀。頭上
のスクリーンに切っ先を向け、鼓膜が割れんばかりの大喝。
「見事なり、ヒムニーザ! これでB計画は阻止されよう。
さあ、今こそ彼奴に、とどめを刺せ!」
「言われる間でも無いぜ。これで全て、終わる」
悪魔が音も無く、近付いていく。
深紅の竜がコクピット内。若き主人・ギルガメスに息はあるのか無いのか、顔を俯せた
状態では判断できない。だが力を失った筈の指先は、痙攣しているようにも見える。或い
は振動で揺れているだけかもしれぬが、真実は一体。
果たしてギルガメスの、魔装竜ブレイカーの命運や如何に。イヴが与えし試練は残酷!
(了)
【次回予告】
「ギルガメスの折れた心は、彼自身の手でしか治せぬのかも知れない。
気をつけろ、ギル! 逆転の秘技・魔装剣。会得できねば大事な人は…!?
次回、魔装竜外伝第六話『星空に、誓え!』 ギルガメス、覚悟!」
魔装竜外伝第五話の書き込みレス番号は以下の通りです。
(第一章)8-21 (第二章)22-31 (第三章)32-40 (第四章)41-51
魔装竜外伝まとめサイトはこちら
ttp://masouryu.hp.infoseek.co.jp/
「あーあ、こんな日にゃ飛びたくねぇよな」
自分の愛機へ乗り込み、起動させながら青年が呟く。
開いた格納庫から見える、薄暗い空。
溜め息を一つ残し、灰色の機体は飛び去った。
フクロウをモデルとしたBLOX、ナイトワイズ。
爆撃用としての能力を持ち合わせてはいるが、ここでは使われていない。
この機体が専門としているのは、偵察。
高精度のレーダーとカメラによる威力偵察は、何度もこの部隊を助けてきた。
目標地点まで半分ほど来た辺りで、雨が降り出した。
「やっぱし降ってきやがった。・・・帰ったら、洗ってやるからな」
後半の言葉を聞き、ナイトワイズは少し嬉しそうに速度を上げてみせた。
この機体にとって、今の立場は非常に幸せなものだった。
主人とも呼べる、良き理解者がいて。
帰還すれば毎回、彼が整備してくれるから。
レーダーに反応が一つ。前方から、こちらへ飛んで来ている。
「な・・・レドラー!?」
慌てて機体の角度を変更する。刹那、紫色の敵がその場所を高速で駆ける。
振り向きざまに放たれる機銃。
ほとんど装甲を持たないナイトワイズにとって、これは十分に脅威である。
「くそ・・・振り切れるかっ?」
鋭い音と共に、嫌な振動がコクピットに伝わる。雨粒のそれでは、ない。
ぐらりと傾くナイトワイズ。片方の翼に、機銃を浴びてしまったのだ。
姿勢を整えるので精一杯の機体に、レドラーは加速して突撃する。
誰もがレドラーの勝利を確信する状況下で、その奇跡は起きた。
急激な加速。ナイトワイズにのる青年がそれを理解するには時間を要した。
落ちていくレドラー。頭部は付いていない。
一呼吸置いて、ナイトワイズの爪からそれが落ちた。
敵が向かってくる寸前、彼は自分に積まれた機械を駆使し、計算したのだ。
相手までの距離。スピード。一撃で仕留められるポイント。
無理な軌道を描いたために、翼が激しく痛む。
「ありがとな。帰ったら・・・修理も、してやるからな」
いつの間にか、雲の間から日の光が差していた。
流石に今の状況では、ナイトワイズは喜びを鳴き声でしか表せなかったが。
整備を受け終え、格納庫でナイトワイズは考えていた。
最初の頃は、人間に生み出された自分を嫌悪してさえいたのだ。
それでも、今日の出来事は、彼のそんな思いを断ち切らせてくれた。
この身体を与えられて、良かった、と。
この場所にいられて、良かった、と。
「うっ! この嫌な感じは……覚えがある」
リニアが見やった通路の奥。そこは、作業用車両などが通ったであろう大型通路だ。
そしてそちらから、一定の間隔で地響きのようなものが伝わってくる。
「ゾイドの足音? こんな所に用があるなんて、一体誰が……?」
相手が誰か、リニアにはわかっていた。騎士とはまた違う不快な殺気。間違いない、 こ
の感覚は――。
「! こんな海底にまで……ヤツが!?」
「ヴォルフガング・フォイアーシュタイン……」
身を屈めて通路に現れたのは、デッドボーダー。まぎれもなく、槍と翼を持ったそれは
ヴォルフガングの駆る初号機だった。
「おや、騎士を追いかけてきてみれば……まさしく一ミサイル二シュトルヒ、一石二鳥!
今回の私は一味違います。覚悟してくださいネ」
と、彼が言った瞬間には、オリバー達の身体は銀色のリングによって拘束されていた。
――アレックスを除いて。
アレックスは素早くデッドボーダーの足元を潜り抜けると、通路の反対側に踊り出る。
そして滑らかな床に何かを設置すると、一回転してその場に立った。
「……誰です、アナタ? 邪魔立てする気なら、彼らと一緒に逮捕してもいいんですよ?」
「覚えていないとは言わせません、ヴォルフガング・フォイアーシュタイン。あなたは私
の仕事を邪魔したのですよ」
互いに言葉遣いこそ柔らかいものの、そこにはリニアでさえ鳥肌の立つような気迫が
ぶつかり合っている。
そして、アレックスは床に取り付けた装置を起動した。
「落とし前は…………つけさせて頂きます」
全員がその光景を理解できなかった。アレックスの背後の空間が揺らいだかと思うと、
そこに一瞬で大型ゾイドが出現したのだ。
鋭い角、輝く翼。全体的に赤と黒の色調をもつ彼の機体。その名はエナジーライガー。
「これは非常に便利なアーティファクトでしてね……物質を超高密度のエネルギーと認識
し、一定の範囲内でエネルギー座標を任意に移動させる事で、遠隔的にモノを運べる……
……早い話が、『ワープ』です」
軽やかにコックピットへと飛び込むアレックス。エナジーライガーは唐突に通路の奥へと
飛び去っていき、そのままガトリングを放ってヴォルフガングを挑発する。
その時、不意をつかれて損傷した彼の機体が、瞬時に再生していくのをリニアは見た。
「いいですよ!? まずは、本番前の肩慣らしといこうじゃないかッ!」
姿勢を低くして、デッドボーダーは通路の奥へと疾走する。拘束されたままの3人は、その
場に取り残されてしまった。
「アレックス・ハル=スミス……野郎、喰えねぇな」
ラインハルトの呟きは、空虚な海底の闇に消えた。
「……で、このリングは何だ? いきなり現れて拘束されてるんだが、俺たち」
「あの構築速度は……見覚えがある。あの男、禁忌の技術に手を出したな」
苦々しく吐き捨てるリニアの脳裏に浮かぶ顔は、2年間ずっとルガールと共に彼女を悩ま
せ続けてきた兄のもの。幼き日の微笑み、そして『あの日』見せた狂気。
どちらが本当の兄だったのだろう。今はもう、聞くこともかなわぬ願いだ。
「ナノマシンによる、高速の物質構成技術。知らぬ間に散布されたナノマシンが私たちの
周囲の物質を分解、再構築し、こうして私たちを拘束している」
遥か昔、地球の存在する太陽系で星間戦略兵器として用いられた技術。物質の種類その
ものを変化させ、文字通りの『錬金術』――銅を金に変える、などといった芸当が実現できる。
その技術は惑星Ziにも持ち込まれていた。が、戦乱の絶えないこの星にはまだ危険な
技術だと判断した地球人は、巨大構造体『方舟』にそれを封印した。
そして、その封印を解いた人物こそ、リニアの兄――セディール・レインフォードである。
「もともと、デスザウラーのコアを幼生段階で変異させたものがデス・メテオだった。
それにナノマシン技術を付加することで、兄は文字通り最強のゾイドを作ろうとした」
そして、兄はルガールによって止められた。しかし今、あの男は同じ過ちを犯そうと
している。それも、もともと強力すぎるゾイドにそれを使おうというのだ。
何の意味がある?
際限なくゾイドを強化していって、その先にあるものは何だ? 世界の支配でもしよう
というのだろうか。
「こんなことに……何の意味もないのに……!」
もともと、ナノマシンは医療のために研究されていた技術である。あんなモノを持って
いるのなら、政府はその技術を病院にでも提供すべきではないのか。
逡巡を断ち切るかのごとく、ラインハルトが自由な方の手で腰の剣を抜き放った。
「!? お前、ゾイドと同じ剣……?」
「俺はなぁ。いや……騎士はみんな、命令されたことをやってるだけなんだよ。お前ら
能力者はいつか、この星を滅ぼす。だから俺たちはそれを殺す……少しでも、 能力者が
どうして生まれるか考えてみた事があるか?」
突然の問い。答えるオリバーの声は、どこか自信を欠いている。
「知らないが……人類の進化、じゃねえのか?」
「ちがうッ! 能力者とは……体内にアーティファクト・クリーチャーの細胞を埋め込んで
作り出された、実験体の特質を持っている人間のことだ!」
そして彼は深紅の刃を振り上げ――銀色のリングを破壊した。
「あるべきでない存在は、やがて星を殺すんだと……そう信じて! 俺たちは俺たちの正義
に従って行動しているまでだ!」
そのまま、刃がオリバーの首に突きつけられる。
「……お前はなんでそんなに、ゾイドに肩入れできるんだ? ……なんで、そんなに…
…優しいんだよ? “存在すら許されない者達”なのに!」
緋の刃が閃き、オリバーの金髪を数本薙いだ。突然明かされた真実に混乱する師弟の前
で、その切先は刀身と同じ深紅の鞘に収められた。
「お前がそんなに優しかったら、俺はお前を斬れないだろうが……!」
心中に沸き起こった思いを押し隠して、リニアは問う。
「待て。どうしてお前がそんなことを知っている? 騎士とて元々は、政府が随分昔から
研究してきた生体兵器であったはずだが?」
ラインハルトは我に返り、ギクリと振り返った。――感傷に任せて喋りすぎた。こいつ
らは俺の敵だ。本当のことを知られた以上、尚更生かしておくわけにはいかない。
「お前らに……勝ち目はないぞ」
「俺は友達を助けたいだけだ。勝ち目なんてのは後で考えればいい」
またも、頭を殴られたような衝撃がラインハルトの意思を揺るがす。
何なんだ、こいつらは? どうしてそんな小さな理由で戦える?
そして、どうして『大義』のために戦っている俺達が、こいつに負けるんだ?
デッドボーダーが床スレスレを飛びながら、熱線砲を吐きかけてくる。
アレックスはそれを『感知』すると、火線の見えた空間にガトリング砲をばら撒く。熱線砲
をチャージャーガトリングで迎撃するなど、通常の人間にはまずできない。
熱線砲はどちらかと言えばレーザーの類で、すなわちその速度は光速。にもかかわらず
それを撃ち落とすことができるのは、きわめて珍しいアレックスの『能力』にあった。
――メビウス・ヴィジョン。
系統としてはエメットの絶対知覚が最も近いのだが、その能力は全く違う。エメットの
能力が『現在の全てを知覚する』のに対し、アレックスの能力は『未来を見る』のだ。
無数の可能性事象から最も高確率のものを見せるとか、周囲の挙動を感知して動きを
先読みするとかその力に関しては諸説ある。ただひとつ確かなことは……
「常に先手は私にある! そんな攻撃は当たりませんよ!」
……彼に攻撃を命中させるのは、至難だということ。
(ふうむ、敵はまだデッドボーダーの次元歪曲能力を使用してこないようですね)
相手は最大の武器を使っていない。いや、アレックスが相手では無理もない話だ。
ヴォルフガングが最も得意とするのは、『ゲート』から敵の背後に一瞬で回りこみ、そこ
から不意打ちを狙うというものである。しかしこの相手にだけは不意打ちなど不可能だ。
むしろ、ゲートから出た瞬間を撃たれる可能性すらある。
そこで、アレックスは考える。ならば敵は次にどう出るか? と。
「しかし、何て狭い通路だ! どこか広い場所でもあれば……」
数千年も前の船がこうして形をとどめているだけでも奇跡だが、あまり激しい戦闘を行う
と壁に穴が開き、浸水しかねない。こんな深海でのそれは一つの結果しか生まない。
その時、壁に書かれた文字が彼の目に止まった。
『Computer Room →』
――目的は発見した。
あとは、しつこく追ってくるあのバカを何とかしてあそこから引き離す。
しかし彼にはたった一つの気がかりがあった。以前見たときは無かった銀色のユニット。
「……敵の手の内が完全には読めない以上、迂闊なことはできない」
執拗な砲撃をかわしつつ、次第にエナジーライガーは船体の底部へと降りていった。
「やっぱ、彼が議長の隠し玉だってのはホントらしいな」
水色がかった優美な銀髪が闇の中を流れる。彼は操縦桿に手を掛け、軽く前に傾けてみ
せる。その動作だけで彼の機体は凄まじい加速を始め、コックピット内に急激なGが掛かる。
そのGさえも、ただ彼には心地よいだけの物だった。
「もう一人は、世界最初の能力者。うぅーん、まさに僕の獲物に相応しい……」
その瞳には敵を蔑む冷たさと、自己陶酔の光が共存している。品定めするかのごとく、
モニターを見つめる顔に浮かぶ笑み。
アーサーの命令は念頭にない。手柄さえ上げてしまえば、あとはどうにでもなる。
「いいですか、ティベリウスさん。せっかく実行犯の役目を譲ってあげるんですから、必
ず仕留めてくださいよ?」
彼の背後の闇には、地底にてオレーグ・カーティスと死闘を繰り広げた騎士ティベリウ
スが控えていた。
「不意打ちなど、私の“道”に反する……」
「勝ちゃあいいのさ! さあ、向こうのレーダーに映ってやるとしますか!」
突然、戦いに割って入ってきた第三者に戸惑う二機。敵を『射程圏内』に捉えるなり、
彼の機体が手にした剣が閃く。
ひと振りにして、深い無限軌道の傷跡が通路に穿たれた。
「はは、動揺してるんだろう! 僕の名は“幻想士”セラード……“騎士”が一翼!」
大見得を切って登場、そして自己紹介。これが彼のスタイル。
「最も美しく! 最も華麗なる騎士! それが僕だ――お仲間が世話になったみたいで、
どうもありがとうね、ヴォルフガング・フォイアーシュタイン!」
翼を持つデッドボーダーは槍を構え、様子を見ている。相手が自分を恐れているものと
解釈したセラードは、一見ただの実剣に見える獲物をこれ見よがしに掲げた。
「んじゃま、とくと見たまえよ。……これが僕の“剣”だ」
刀身がぐにゃりと捻じ曲がる――次の瞬間、鞭のように曲がる凶器と化した『それ』が
ヴォルフガングを襲った。
主人公マリン=バイスは賞金稼ぎ兼Ziファイター。ある日、マフィア組織に利用され
そうになるも拒絶した、祖母の形見とも言えるゴジュラスギガ“カンウ”を引き取った
時から彼女の波乱の人生の幕開けだった。次々現れる強敵との激闘や、三匹の古代虎に
関連した大企業同士の騒乱に巻き込まれる等、様々なトラブルが襲い掛かるが
仲間達と共に乗り越えていく。
時は流れ、マリンと愉快な仲間達はゾイドバトル版オリンピックとも言える
オラップ島バトルグランプリへ参加する為に受付会場のあるポルトへやって来た。
そこで出会ったのはマリンの兄マリナンであった。マリンの親友であるルナリスに
一目惚れしたマリナンはマリンのチームに参加すると言い出す。
突然の事に不安を持ちながらもマリン等は受付へ向かう・・・
その後、特に何のトラブルも無く受付にてエントリーを済ませたマリン等はポルトの
街の中を見物していた。
「それにしてもかなり色々な店があるね〜。もうお祭り騒ぎどころじゃないよ。」
「まあこの街は普段から人で賑わってるし、大会にもなればそのドサクサで一稼ぎ
しようと考えてる奴も少なくなかろう・・・。」
と、街中の人込みを見詰めながらその様な会話が行われていたのだが、その際マリンは
何気無くルナリスに話し掛けていた。
「ねえ、ウチのお兄ちゃんについて・・・どう思った?」
「ハ?何故それを私に聞く。」
「いや、何と無くだよ・・・。とにかくどう思った?」
「ん〜、そうだな〜。」
ルナリスは考え込み始め、皆はそれぞれの気持ちを代弁してくれたマリンの英断に
内心拍手を送り、皆それぞれマリンの方にウィンクしながら親指を立てていた。
その後でルナリスは口を開いた。
「マリンに兄貴がいた事はマリンの実家でお世話になった時から聞いていたが、
私の想像とは随分イメージが違うと思ったな。マリンの兄貴だから相当酷い奴だと思って
いたが・・・、随分違うんで拍子抜けしちまったよ。」
と、ルナリスが笑いながらそう言っていた時だった。マリンはキッと鋭い目となり
彼女を睨み付けたのだ。
「て〜と何?それだと私は酷い女になるって事?」
「え?違うのか?」
「・・・。」
ルナリスの爆弾発言に皆は唖然とし、マリン自身も涙目になってルナリスに抱き付いた。
「ひ、酷い、酷いよルナリスちゃん!私はこんなに貴女の事を想っていると言うのに!」
「わ!こら離せ!勘違いされそうな発言やめろ!あとちゃん付けするな!」
事は大騒ぎに発展しかけたが、なんとかマリンをなだめる事に成功した後、
再びルナリスは話を戻してていた。(ちなみに先程のマリンのセリフは殆どが冗談)
「それにしても。お前とお前の兄貴とじゃあ随分感じが違うんだな?性格だけじゃなく、
その風貌とかも。」
「あれ?前言わなかった?お兄ちゃんお母さん似だって。」
「それは分かってるが、分かっていても不思議に思う事だってある。」
と、そう言い合っていた時、今度はキシンが口を挟んできた。
「しかし・・・、姐さんには失礼ですが、あの人本当に大丈夫なんでしょうかね〜。
俺等のチームの一員で試合に出ると言ってますが、試合に出た事無いのでしょう?」
「う〜ん。でもお兄ちゃんのんびり屋だけど、やる事はしっかり出来るからね〜。」
「そう言えばあの人の包丁さばきは凄いと思いました。試合とは関係ありませんが。」
「まあとにかくお兄ちゃんなら何とかなるんじゃないかな?多分。」
「多分って・・・。」
皆気まずい顔で黙り込むだけだったが、暗い空気を振り払おうと、キシンが別の話題を
振ってきた。
「でも流石に大会前だけあってこの街は凄い事になってますね。ただ人が多いってだけ
じゃなく、見て下さいよ!普段テレビでしかお目にかかれないような
超A級Ziファイターがあちこちに。」
キシンの指差す方向を皆は注目したが、確かに彼の言う通り、
有名凄腕Ziファイターがごく普通に街を歩いていたのだ。
「確かに色々凄いのがいるね。」
「あっちの人なんかインタビュー受けてる人がいるよ!」
「え?」
その方向を見ると、あからさま過ぎるイケメン男が新聞社などの記者からインタビューを
受けており、またファンと思しき女性達から黄色い声援を浴びていた。
「こういう時になるとけっこういるよね。ああいうのが。」
「無名な私達には縁の無い事だがな。だが、何処かで見た事ある顔だな・・・。」
インタビューを受けるイケメン男にマリン等は眉を細めるだけだったが、ルナリスは
何か気になる様子で腕を組んでいた。が、その間にもイケメン男は周囲から黄色い声援を
浴びていたのだった。
「ラスターニさん!この大会に対する意気込みをお聞かせ下さい!」
「そんな事は決まっているだろう?我らブラックインパクトはトップチーム!
もう確実に優勝するに決まっているだろう!」
「キャー!ラスターニカッコイイ!」
と、その様な事を聞いていたが、キシンが何か思いだした様子でポンと手を叩いた。
「そうか!アイツがブラックインパクトのラスターニか!」
「何それ?」
「ブルーシティーを拠点とするZiファイターチームですよ姐さん。
でも俺ぁあんなあからさまな男は嫌いっすよ。」
「あああ!思い出したぁ!!」
今度はルナリスが大声を上げて叫んだ。ただし、ラスターニと呼ばれる男に対する
声援にかき消され、それが聞こえたのはマリン等のみだったが。そして彼女は
ラスターニを指差して言った。
「何処かで見た事があると思ったらアイツ、あの時のカッコ付けたがりじゃないか!!」
「知ってるの?」
「ああ。まだ私が10歳の頃の話だがな。金持ち同士で集まるパーティーに
出席した時会った事がある。でもそれがまた自惚れの強い奴でな!やたらカッコ付け
たがるクセに相手が自分より上手とわかるともうおしまい!とんだヘタレ男だったよ・・・
ってあれ?」
ルナリスがその様な話をした時、ビルト・ミレイナ・キシンの三人がガクガクブルブル震えて
いた事に気付き、マリンとルナリスは拍子抜けした。
「どったの?」
「いや・・・だって金持ち同士で集まるパーティーって。ルナリスさん貴女。」
「あれ?知らなかったの?ルナリスちゃん結構ブルジョアなの・・・。」
「だからちゃん付けすんなって。」
マリンはやっぱりルナリスの鉄拳制裁を受けていたが、三人はなおも唖然としていた。
「は!まさか貴女の名字のバッハードって、もしかしてバッハードコンツェルンの!?」
「そう言うこった!じゃ!この話はここで終わり!だから次行くぞ!」
「ちなみにね〜!ルナリスちゃんそう言うお嬢様な生活が嫌でグレて家出、
そのままスケ番になっちゃってたのよ〜!」
「余計な事言うな!あとちゃん付けも!!」
マリンはまたも鉄拳制裁を受けていたが、やはり余り答えてはいなかった。
が、それでも三人はまだふれて唖然としていた。
こうして街をさらに歩いていたマリン等は街の中心部にそびえ立ち、ポルトの
シンボルとも言える発電ゾイド“ウェンディーヌ”の所へ来ていた。
「これがポルト名物ウェンディーヌか〜。間近で見るとかなりデカイね。」
「しかしこの一見タダの建造物にも見えるこれがゾイドって言うんだから驚きだ。」
そして皆はウェンデーヌの柱の足下に建てられた一つの記念碑の様な物の場所へ向かった。
そしてその記念碑にも似た物には昔に描かれたと思われる龍の絵と、何かを記した
文字が記されていた。
「何々?緑色の神龍伝説?」
“緑色の神龍伝説”
昔々、そのまた昔、まだヘリックとネオゼネバスがいがみ合っていた時代。ポルトは
海の向こうから現れる魔物に脅かされていた。魔物はポルトの象徴であり、
同時に不思議な力を持つとされるウェンディーヌの力を我が手にしようと虎視眈々と
狙っていたのである。しかしその魔物に対し、ヘリックとネオゼネバスから派遣された
若き戦士達が立ち向かった。戦士達は魔物を次々に退治していくが、その魔物の大将
とも言える巨大な魔物には苦戦を強いられた。もうここまでか?と思われた時だ。
突如緑色に輝く神龍がポルトに飛来し、魔物の大将を一撃のもとに退治したのだ。
それ以後、我らポルトの民は緑色の神龍をウェンディーヌと並ぶ神と祭り、この神の
奇跡を人々が忘れない様ここに記す。
ポルト街立祈念碑「神龍伝説」より
「神龍伝説?何かウソくせ〜な〜。」
「うんや!多少脚色されてはいるけど、それは事実だよ!」
「!?」
背後から聞こえて来た声に反応し、皆が後ろを向いた時だ。何とそこにはハガネと
チョコの姿があったのだ。
「ハガネさん!」
「や〜や〜皆さん久しぶり。」
と、そう軽く挨拶した後、ハガネはキシンの方を向いた。
「と、メンバーが一人増えてる見たいだね。」
「キシン=ガンロンっす。」
「私はハガネ、そしてこっちはチョコちゃん。まあよろしくね。」
こうしておのおの軽く挨拶を済ませた後、マリンはハガネに問い掛けていた。
「所でハガネさん。この神龍伝説って言うのが事実って本当ですか?」
「そだよ。確かに昔話っぽく大袈裟に脚色されてはいるけどさ、一応これは事実なワケ。」
「そう言い切れる根拠は何ですか?」
「根拠は何ですかって・・・そりゃ決まってるでしょ?私その現場に立ち会ってたもん。
ちなみにマリンちゃんの曾お祖母ちゃん曾お祖父ちゃん、そしてルナリスちゃんの
お祖父ちゃんもね。」
「な・・・何ですとぉ!」
ハガネの言葉にマリンとルナリスは絶句していたが、ハガネはマリンを指差し言った。
「ちなみにこの件はマオちゃんとカンウが特に大きく関わっているのよ。」
「ええ!?どういう風に関わってるんですか!?ハガネさん!」
何か意味ありげなハガネの言葉にマリンは興味深く聞き入った。が、ハガネは鼻で
笑ったのだった。
「でもどう関わっているかは今は教えない!まあ気長に待つ事だね!」
「なら初めから言わないでよ。気になるじゃない!」
と、マリンも拍子抜けてガッカリしていたが、彼女等の会話とその事情が詳しく
飲み込めていないキシンは何気なくビルトとミレイナに質問していた。
「なあ、あのハガネさん?って人、姐さんとどういう関係なんだ?」
「何でも100年前の大戦で、当時共和国将校だったマリンさんの曾お祖母さんの
ライバルとして帝国軍側で戦った人らしいですよ。」
「え?でもどう見ても俺より年下にしか見えないし、それにそんな昔から
生きていたら絶対老婆じゃないとおかしいだろ?」
「まあハガネさんロボットですから歳取りませんし。あ、驚くのも不思議では無いと
思いますよ。私達もそうでしたから。」
「・・・。」
キシンは唖然としたが、それ以上とやかく言うと面倒な事になりかねないので黙り込んだ。
「所でハガネさん。貴女方がこの街へ来た理由って・・・もしかして大会参加の為ですか?」
「ああ!今までは大会期間中に限って忙しい仕事が舞い込んで出られなかったけど、今年
はそう言うのが無かったから出る事にしたのよ。ってあれ?二人とも何で気を
落としてるの?」
ハガネが驚くのも無理は無かった。何しろマリンとルナリスの二人が突然その場に跪き、
気を落としまくっていたからである。
「ゆ、優勝の可能性が、一気に下がった・・・。」
「そ、そんなの気にする事無いよ〜!とにかくがんばりなさいよ〜!」
ハガネは二人を励ましつつ起きあがらせていたが、その後でウェンディーヌを
見上げながらさらにこう言った。
「いや〜それにしてもこの大会に出場するのも久しぶりね〜。もう80年ぶりかしら〜!」
「そんなに昔から、ですか?」
「うん。自慢じゃないけど第一回大会の優勝者って私だもん。」
「おいおいおいウソだろぉぉぉぉぉ!?」
普段ならばここでマリン等の「な・・・なんだってぇぇぇぇ!?」が出てくる所で
あったが今は違った。そして代わりに突然響いて来た叫び声は彼女等の誰の物でも無く、
さらに後ろから響いてきたのだ。
白狼は駆ける。己の命を感じるため、戦いの喜びを取り戻すために。
キャノピーに浮かぶ鋭い眼。それが一瞬光ったかと思うと、耳を劈く衝撃音が試験場に鳴り響いた。
追うように悲痛な叫びがこだまする。激しい爆音が一瞬でそれを掻き消す。
どす黒い煙から覗く純白の姿。足元に試験用ゾイドの亡骸を1つ抱えている。
低く唸り声をあげるワイツウルフ。その光景に怯える数機の無人コマンドウルフ。
沈黙の時が流れる。足を震わせ、互いの顔を確かめ合うコマンド達。
仲間を一瞬にして残骸へと変えた白いゾイド。
自分達と同じ狼の姿を持ちながら、何故かその凶暴性には通じ合える部分が
殆んど感じられない。深い違和感を覚える。あのゾイドは一体…。
仲間を奪われた事に対する感情は、人の手で制御された今も、確かに存在していた。
野生の記憶が漂う精神の海。そこで感じ得る数少ない情、怒り。
だが同時に、それに匹敵する違う感情も覚えている。…恐怖だ。
生物にとって、最も奥底に位置する血の記憶が伝えている。
敵わない。相手は自分よりも絶対的に上の存在である。
そして、それと戦うという事は必ず敗北を、死を迎えることを意味するのだ。
それに、それが単純な力の強さによるものではないことも分かる。
自分が飲み込まれそうなほど、底が深い…。
力だけではなく、強大な何かを持っているであろうこの存在。
これに対して抱く感情は、恐怖というよりも「畏怖」という方が正しかった。
突然、六機全てのコマンドが大きく身震いした。
そして互いの顔を確認し、簡単な意思を交換した。
ワイツが悠然とそれを見つめる。コマンド達がその顔を睨む。
恐怖と喜びが混ざり合っている目。
力強く吠える六つの機獣。敬意を持って、ワイツが咆哮を返す。
黒煙が広がる。スモークディスチャージャー。
全方位に広がった暗黒が視界を奪う。ザッと金属の触れ合う音が聞こえた。
コマンドの一機が、右から姿を現す。直感でそれを避けるワイツ。
引いた左後足に激痛が走った。それを口切に背中、尾、右肩と次々に衝撃が伝わって来る。
一瞬の内に、ワイツの全身はコマンドの青い姿にすっかり覆われた。
恐ろしいまでに息のあった連携攻撃。
通常の無人ゾイドはおろか、どれほど息の合ったチームにも真似の出来ない動き。
何が彼等をそうさせるのか。ワイツウルフの基礎的な戦闘データを採取する目的で
モニターを観察していたDrランドは、思わず目を丸くした。
電磁の牙が高速ゾイドの薄い装甲を切り裂き、強靭な前脚が銀のボディを削り取る。
見た目にダメージは計り知れない。実際に操縦席に納まるカルロ自身も、流石に危ういか
と思った。だが、ワイツはこの程度では屈しなかった。伝説という肩書きは、決して伊達
ではないのだ。操縦桿を伝わり、不思議な感覚が再びカルロを襲った。腰部に備えた三連
ブースターが熱を帯びる。首に噛み付いた一機を気にも止めず、天をも貫く咆哮を放つと、
ワイツは風のように駆け出した。体中にコマンドがしがみ付いているため、全身に掛かる
負担は尋常ではない。白い装甲が粉雪のように舞い散り、キャップが砕けた。
剥がれ落ちた肉体が、白黒紫の三色の血となって床に飛び散る。
間接が捻れ、肩に亀裂が生じる。針で抉られるような激しい苦痛を必至に堪える白狼。
気高い王の魂が唸る。ボロボロになった肉体に力を込め、纏わりつくコマンドを薙ぎ払う。
尾が千切れ、背中からは燃料が噴出す。体制を立て直し、再度立ち向かってくるコマンド。
その青い姿に浮かぶ、オレンジのフードを狙い定め、カウンターを仕掛けるワイツ。
コマンドの爪が、大きく裂けたワイツの首元をかすめた。
ワイツの爪が、コマンドの頭部を貫いた。
粉々に吹き飛ぶコックピット。散り散りになったキャノピーが、照明を反射して煌く。
半回転して地面に叩きつけられるコマンドの肉体。剥き出しになったコードの束が、
痛々しく火花を散らす。ワイツが着地と同時に地を滑り、身体を敵の群れに向き変える。
その瞬間、酷使した右前脚が挫けた。そこに容赦なく襲い掛かる5機のコマンド。
ブースターが火を吹いた。中央の一機がピンボールのように弾け飛んだ。
片足を引きずったまま、ブースターの推進力のみでタックルを仕掛けたのだ。
右に向きに、大きな弧を描いて滑り抜けたワイツを、呆然とした顔付きでコマンドが見つめる。
屈んだまま動かない白狼。もはや抵抗する力は残っているまい――コマンドはここが
最大のチャンスだと思い、一気に攻勢に出た。まず二体のライフルが火を吹き、
ワイツの背部装備を破壊した。燃料に引火し、爆発が起こる。続けざまに両脇から
残り二体がその煙の渦へと飛び込む。オレンジのキャノピーが、鮮やかに青いボディを映す。
けたたましい衝撃音が天を走った。激しい炎と煙の狭間から1つ、白い影が揺らいだ。
青いゾイドの姿は見えない。直後に、ズシンと地が轟いた。
遠距離で見守っていた二機のコマンドの視界に、白いゾイドが猛スピードで近づいてくる
のが入った。確認しきれない速さというわけではないが、何か出来る程の速さではなかった。
風を率いてワイツは爪を閃かせる。首、腹。急所だけを狙い、一思いに二体のゾイドを
葬ってやった。満足げな断末魔。コマンド部隊全滅の瞬間だった。
全ての敵が沈黙し、爽やかな風の吹くバトルフィールド。
その中央で、砕けた青い装甲を踏みしめ、白狼が高く吠えた。
長い長い沈黙の時を経て、再び戦いの喜びを味わせてくれた者。
再びこの世に生きる己の命を感じさせてくれた者。
それら全ての感謝を叫ぶかのように、強く、気高く吠えた。
そこに転がるのは…血塗れの生首。
そこでそれを心配そうに見詰める人外の女性。
胴体を掴んで嘲笑する不統一の塊の様な人間サイズのゾイド。
生首が…そのゾイドに一言だけ言う。
「痛いではないか?」
その後そのゾイドは何かを掴んで一目散に逃げて行った…。
ー セラエノ追跡奇譚 ー
ここはセラエノと言う場所。そこの石造りの超巨大という言葉も霞む図書館。
更に何故こんな物が有るのか解らない…模様が歪な滑走路の上。
ミリアン達はやっとの事で巨大竜型飛行要塞ゾイド”レザルドリュング”から降りる。
今回の彼女等の目的は帰還の為に必要な不思議グッズを集める事。
「夢を見て…それに従うと酷い目に遭うことが多かったけど…
流石に今回はスケールが違いすぎるわっ!ミリアンのお馬鹿っ!」
自分で自分を叱責する。
「まあまあ…そんなに夢を責めなくとも。だがこれはチャンスだ。
兵員としてもそれ以外の者としても!ここには非情に珍しい物が在る。
片手間で手に入ればそれは場合によっては高価な美術品、
もしかしたら金のなる機(魔導機)かもしれん。使用は厳禁だがな。」
レイガがミリアンを慰めながら自身の欲求を言う。
「「「(お宝目当てかよっ!!!)」」」
リガス、リオード、リカルドは思う。だが…それは彼等にとっても魅力的。
「「「「「見付けたら山分け!!!」」」」」
バロック以外が気合いを入れるように叫びゾイドに乗り込む。
バロックは彼自身が特殊な生体戦闘用ゾイドな為付いて行く事は簡単だ。
その上ミリアンとリオードにカメラの修理をして貰い目も見える様に成っている。
初めて見る外の世界が…これだがまあまず見る事のできない場所の風景…
それだけで充分そうだった。
10分以上も掛かって漸く図書館の入り口に到達する一行。
一行を待ち構えていたのは…首を回して漸く全てが読める大段幕だった…。
「え〜っと”大歓迎!!!全世界共通人類ツアー客10000組み目!”?」
ミリアンは首を傾げる。何とも緊張感の無い大段幕に一同がほうけて居ると…
「どうもいらっしゃいませ。此方はセラエノ大図書館でございます。」
姿の基本こそ人間だが周囲に漂う気配が異常に強烈な美人。
丸い眼鏡を掛けニコニコしているが…その気配の所為でドン引きしてしまう。
「すいません申し後れました!!!私はナイアル書店からの派遣司書をしています。
アルラ=トリスと言う者です。お客様方への案内のサポートをして居ります。」
ペコリと頭を下げるアルラ。
右も左も解らないので彼女の事を含めてセラエノ大図書館の事を聞いてみる一行。
先ずはアルラについての事だが彼女は或る本を読んでしまった為にここに来たらしい。
その時に闇のデーモンと言う状態に転生してしまったそうだ。
体の年齢に関する時間が止まってしまいどんな酷い目に遭っても死なない不老不死。
その為か何時も何故か痛い目に遭っているらしくその姿は包帯でぐるぐる巻きである。
ナイアル書店は聞いた事が在るので関連性を聞くと…
ナイアルと言うのは本名がもっと長い存在自体が災害レベルの邪神。
唯何をする訳でもなく奇妙な計画を立てては引っ掛かった者を生暖かい目で見守る。
そんな存在が大株主のチェーン店だそうだ。ろくでもない神様が居るものである…。
その規模は本を読めるレベルの人類が存在する世界全てという規模らしい。
店自体は先ず見付からないのではあるが。
この図書館は今は幾つかのブロックに分れており今目の前にあるのは、
石書館と言う石に象形文字等各種の文字を刻まれた物が置いて有る様だ。
「多分読めないと思います。なので翻訳館で翻訳版をご覧になると宜しいですよ。」
太陽の如く明るい笑顔でアルラは説明するが漂う気配の所為でミスマッチ甚だしい。
司書服に体が包帯ぐるぐる巻きの為何方かと言うと非常に怖い。
「他には秘石館や博物館の様な図書館とは呼べないのでは?と言う所も在ります。
当然美術館もあります。館内以外の用途に御用なら写本館や鑑定館…
それとお土産屋館にどうぞ!」
館をつければ如何でも良いのか?と思うぐらいの膨大な種類が在るのには驚く。
更には…ゾイド館も当然の様に有るのは最早お約束である。
規模が巨大なのは人以外の来館者が居る為で…
今横を身の為8m程の豪華な服を着た魔族が石書館入って行く。
「後…館内への兵器の持ち込みは自由ですが多分効かないので、
当てにしないでくださいね!」
笑顔でアルラが注意事項を教えてくれるが別の意味で危険な事を示唆している。
武器が当てにならない…事態は最悪な方面へ急転直下だ。
「お〜い!アルラちゃん!石版が汚れてるよ!拭きに来て!!!」
さっきの魔族から呼び出しがあって彼女は去っていくが去り際に何か投げ付ける。
それをキャッチして袋を開けると…
”一日無料入場券及びお土産袋に詰め邦題無料パス”
と言う物が入っていた…。それを横目に羨ましそうに見る異形の者まで居る。
「アンタラ、ウンガイイナ!」
ドロドロのゲル状の物体にそう言われてはっとした一行は入場する事にした。
驚いた事に館内は天井が空間が歪んでいる様に高く…と言うか天井が見えない。
更に人間サイズの魔族がゴジュラスに乗って移動している。
如何足掻いても武器が通用しない訳だと妙に納得できてしまう一行。
倒せそうな相手はゾイド等に乗って居る。諦めて武器をしまい石版を覗いてみる。
確かに読めないが中には…(´・ω・`) とかヽ(゜∀゜)ノアヒャ とか刻んである物も…。
「下手に石に何か刻むとここに展示される可能性が有るのね…気を付けないと。」
ミリアンはぼそりと呟く。
「何という事だ!」
突然レイガが声を上げて頭を抱えて蹲る。
「隊長。何…が…?プフ〜!?」
リカルドが吹き出してしまう。何かと蹲るレイガを無視して石を覗くと…
消え掛かっているが壁へのラクガキで相合い傘に〇〇(プライベートの侵害)と
レイガの名前が…誰かの悪戯なのだろうが展示されている…。
石書館を出た一行の顔は暗い。どうやら全員該当品が展示されていた模様。
マナー違反に近いが石笛と黄金の蜂蜜酒の聞き込みを来客者に行ない、
その結果鑑定館に模造品が展示されている事を突き止める。
移動開始!正にそんな時の事だった…。
「こ、この声はまさか・・・。」
皆が後ろを向いた時、そこにはマリン等にとって見覚えのある相手がいた。青い服と
青い髪をした少年を先頭に、その後ろに同じく青い服を着たオレンジ色の髪をした青年、
そして覆面レスラーみたいな変なおじさん。さらにその背後には数人の人がいたのだった。
「あ、貴方達は。」
「誰かと思えば君達か。久しぶりだな。」
覆面レスラーみたいな変なおじさんが前に出て軽く挨拶しようとした時だった。マリンと
ルナリスは口をそろえてこう言ったのだった。
「ええっと・・・確かマッハハリケーンの皆様でしたよね?」
ずげげげげげげっ!! どっか〜ん!!
青髪、オレンジ髪、覆面レスラー、そしてその他もろもろはまとめてウェンディーヌの
巨大な柱に頭から突っ込んだ。
「ちょっとちょっと、いきなり何全員で頭から柱に突っ込んでるの?今ブルーシティー
じゃそう言うのが流行ってるの?」
「違うぅぅ!俺達のチーム名はマッハストームだ!」
青髪の少年は頭を押さえつつ必死にそう主張していたが、マリン等はマッハストーム
なるチームとは以前ある仕事で共闘した事があった。が、そんな事にかまわず、青髪の
少年=RDはハガネに食い掛かっていた。
「おいおい!良く分からないけどアンタがこの大会の第一回優勝者ってマジかよ!」
「ちょっとRD!いきなり失礼でしょ!」
RDの背後にいた同年齢くらいの女性=スイートが彼の肩を掴んで止めようとしたが、
興奮している彼は止められない。が、それでもハガネは落ち着きにあふれていた。
「まあ私こんな見てくれしてるから、信じて貰えないのも仕方がないよね。だから証拠を
見せて上げるよ。」
と、ハガネが取り出したのは大会委員会から無料配布されているパンフレットだった。
「このパンフレットにはさ、歴代優勝チームとその構成員の写真が紹介されてるページが
あるんだけどさ、ほら、この第一回優勝者の項。」
「あ、本当だ・・・。」
その時RDだけで無く、他のマッハストームメンバー等も唖然とした表情で見入っていた。
確かにその第一回優勝者の項にはハガネの姿がきっちりと収められていたのだ。
「ね!分かったでしょ?」
「あ、ああ。だが、80年前と今とで全然変化してないのは何故だ?」
「そりゃそうでしょ。私ロボットだから年取らないし。」
ハガネの一言にマッハストームの皆様は唖然としていた。
「じゃ、じゃああんたの隣にいる二人は何者だ?」
彼の言う通り、ハガネの写真の隣にはそれぞれ男女の写真が写っていた。
「ああ!この二人はマリンちゃんのお祖父ちゃんとお祖母ちゃんだよ。」
「ええ!?マインお祖父ちゃんとミンお祖母ちゃんも若い頃こんなだったの!?」
まあ確かに二人の内、男の方=若き日のマリンの祖父は性別の違いこそあれ、マリンと
傷の付き方まで随分と似ていたりした。
「何か内輪ネタになってきたな〜。」
シグマは呆れた顔になっていたが、その時だった。
「お前達もこの大会に参加していたのか。」
「ブレード!」
「おや?また新しい人かね?」
何の脈絡の無く現れたのはRDのライバル、ブレードだった。しかもその背後には
バートンと、なんとサンドラまでいるでは無いか。もうサベージハンマー大集合である。
が、その一方でリュックの姿が見られなかったのだが・・・。
「サベージハンマーも参加していたのか。」
「ああ。言っておくが決勝まで残れよRD。お前を倒すのはこの俺だ。」
「そんなの言われるまでも無い。もっとも、負ける気も無いがな。」
RDとブレードは互いに笑みを浮かべていたが、バートンは思いきりマリンに
睨み付けられていた。
「おやおや、貴方生きていたのね〜。フフ。あの時の事、しっかり覚えてますからね。」
「・・・。」
マリンは腕組をした状態で笑みを浮かべつつバートンを睨み付けており、
バートンもそれに対し苦笑していた。
「姐さんどうしてあの男をずっと睨み付けてるんすか?」
「ああ、ちょっとあいつのせいで酷い目にあった事があってな。」
砲撃音。それも壮大な数の巨大砲塔の轟音だ。
その音源を見た5人と1体は呆然とする。それもその筈で…
その光景はさながら第1次中央大陸戦争の様相を再現しているらしく、
白色のゴジュラスガナーとジョイントカラーやディティールカラーが黄橙色の…
アイアンコングMS。両者とも旧大戦期のカラーリングと言う事は?
「MK−U量産型。こんな所に大量に…?」
どうやら派手に戦闘中らしく激しく打つかり合っている。
「ああ〜!!!そっちは危ないですよ〜!!!」
真っ青な顔で石書館からアルラが走ってくる…がその速度異常極まりない。
どう見てもブレードライガークラスの速度だ。
やはり…安全に止まる事は有り得ず頭から床にダイブ…ヘッドスライディングだ。
「え〜っと今連絡が有りましたが…彼処の方達は、
昔からヘリック共和国軍ファンのデモント公爵とゼネバス帝国軍ファンの…
アリエイル書記長です。目を合わせると途端にああ成るので…。」
ファン…一言で言えば済むものではないレベルの熱狂的なファンのようだ。
デモント公爵はアークデーモン。アリエイル書記長(女性)は…
スペリオルデビルと言う変異体型の最上級デビルなのだそうだ。
「アリエイル!今日こそ貴様を倒してヘリック共和国軍が勝利してやる!」
「お〜ほっほっほっほ!それは此方のセリフですわ!
私のゴ〜ジャスなゼネバス帝国軍が武骨な恐竜等粉砕してあげますわ!」
キレた会話が聞こえて来る…さっさとこの場を去った方が良いとアルラに指示され、
一行はアルラと共にその場をそ〜っと立ち去ろうとする。
「ややっ!?そこに見えるは…メガトプロスとサンドスピーダー!!!」
「まあっ!?彼処に見えるはドントレスちゃんでは有りませんかっ!!!」
見付かった…それも最悪のタイミングで…。
「しまった!見付かったぞ!!!」
「嘘…速く逃げないと…。」
「あわわわわわ…。」
見付かったとなれば逃げるのみ。二手に分かれて石書館へ逃げ込んだ。
「えっ!?ちょっと!御待ちになってぇ〜!!!」
「あいや待たれい!!!もう少しその姿を〜!!!」
デモント公爵とアリエイル書記長も後を追うが…入り口で肩がぶつかるや否や、
激しい喧嘩が始まっている。種族としても相当仲が悪いデーモンとデビル。
そして館外ではまた砲撃音が聞こえてくる…尋常でない場所だ。
「申し訳有りません!!!今日はあの方達が来る日だったのにド忘れしていました!!!
住所も近いらしくて近所迷惑甚だしいそうですから…。」
何とか事無きを得て司書室に通された一行。
「まあまあまあまあ…!!!アルラちゃん派手に額から出血して!
ちょっとこっちにいらっしゃい…治療して無いと黴菌が入ってまた膿んじゃうでしょ?」
また見た目は普通の人だがアルラと同じ様な感じの存在。
「またあ…バニラお姉ちゃん?あんまりアルラを甘やかしちゃ駄目でしょ?もう…」
もう一人。どうやらアルラから聞いた姉2人らしい。
彼女達も包帯等を捲いてはいるがこの2人は派手ではない。
「メイディちゃん?幾ら半人前にしか見えないからって厳しくしちゃ駄目よ?
貴方だってつい2世紀程前はアルラちゃんとたいして変わらなかったじゃない?」
「う〜〜〜お姉ちゃん。それは…。と言うよりお客様を立たせたままで良いの?」
「あら!?どうもすいません…此方にお座りになって御待ち下さい。」
石のくせに底反発素材のような弾力を持った不思議な石のソファーに座る一行。
当然治療の場面は目を背ける事にする。
…間違い無く大手術の様相を呈していたからだった。
「すいません…今はあの方達が暴れているので地表移動は無理そうですね…
アルラちゃん?ギルベイダーは出せるかしら?」
サラリと流れる最強ゾイドの名前に一行は驚くが…
「バニラお姉ちゃん?あれは借り物…。」
「良いの良いの!ちゃんと使用の許可は貰っているわ。
鑑定館にアレを持って行く時間でしょ?聞いてみたら丁度良い見たい。
だから乗せていってあげなよアルラ。」
バニラとメイディに押される形でアルラは一行をギルベイダーに乗せてくれるらしい。
随分と都合の良い渡りに舟だが…一行は余計に不安に成ったのは言うまでも無い。
そして…通された司書室の地下。
エレベーターで2分程とは言えこの速度は100km/hを超えた物だ。
「実物…素晴らしいものだ。」
「良く私達のお爺ちゃん等はこれに襲われて生きていたもんだ…。」
「角…丸鋸…切断翼!間違い無い!」
「ビームスマッシャ!!!丸鋸荷電粒子砲!不思議なものだ。」
「…玩具を目の前にした子供の表情ね。」
「貴方は…ラドネーテタイプですか?」
バロックの最後の一言は調製の方式らしい。
「そうですよ。ラドネーテタイプです。通称皆殺しタイプですね。」
ニコニコしてサラリとそう言う事を言うから引かれるのに気付いて欲しい…
と言う希望は多分叶わないだろうとアルラを見る一行。多分天然なのだろう。
地下道とは言えこのクラスのゾイドが飛行できる広さを持っている。
元々見た目のサイズでは推し量れないのが本館を見たので理解はできるが…
まさか音速で飛行可能な地下道という物が有るとは思いもしなかった。
そんな一行とアレをお腹に抱え揺らぐ事無く一直線に飛ぶギルベイダー。
だが…
「警告!?敵機が接近中!?皆さん!大変です!敵襲です!」
ギルベイダーの後方から何かが出現する。銀の装甲を纏った小型のゾイド。
それを追い掛ける様に…一回り以上大きな同じタイプのゾイド。
ゾイドと一目で分かるのは胸部に怪しく光る赤いコアの存在だった。
「何…?ここは何処だ!?私はラ・カンの消息を求めて移動中だった筈!
迂闊な…彼処の森はゾイド隠しが起こるとは聞いてはいたが自分が掛かるとは…。」
中央の銀のゾイドの中で若い男が唇を噛み締める。
しかし目の前を音速で去っていくギルベイダーを確認して呟く。
「どうやら場違いな場所らしいな。あれ程巨大で飛行するゾイドが存在する等。
ラプター隊。追うぞ!その代わり戦闘行為は厳禁だ。無傷で勝てるとは思えん。」
「ディガ!」
無機質で聞き取りにくい声が返ってくる。
彼の名はザイリン。招かれざる客であり時間の壁さえ越えてしまった不幸の人だ。
状況が理解出来ていないキシンにルナリスが軽く説明していたが、
マリンはバートンに近寄って言った。
「ねえ、貴方また何か変な事言って私達を陥れたりするの?」
「そんなの決まっているじゃありませんか。」
バートンは苦笑いしながらそう言うと、マリンはさらに笑みを浮かべつつ睨み付けた。
それに気付いた途端に彼は蔓延の笑みを浮かべて突然ゴマスリを始めたのだ。
「貴女様にケンカを売るなんてもう滅相もありませんよ。だってそうでしょう?
私ごときが貴女様に勝てるワケ無いじゃないですか。」
すると彼はどこからかジュースの入ったビンを取りだし、マリンに差し出した。
「これはこの間のお詫びの品で、西方大陸特産の超高級オレンジジュースで御座います。
ささ、お納め下さい。」
バートンはマリンの方へゆっくりとその超高級オレンジジュースを差し出す動作を
行っていたが、マリンが疑う様な表情で受け取ろうとした瞬間、突然物凄い形相に豹変し、
ビンのフタを開けると同時にジュースをマリンの顔面へぶちまけたのだった。
「って言うと思ったかこのクソガキャァァ!五体満足でこの大会終えられると
思うなよ!貴様ごときこの俺様に掛かれば即死なんだよ!ガキの産めねぇ体に
してやるから楽しみにしていなぁ!」
と、大声で叫びながら今度はカラになったビンを振り上げ、マリンの顔面に
叩き付けようとした。が、マリンは表情一つ崩さず、そのビンを受け止めていた。
バートンはそれを引き剥がそうとしたが、ビンを掴むマリンの手は岩の様に動かなかった。
無理も無い。マリンは百キロ以上の重量装備の特訓に耐えた事により、以前にも増して
相当な力を付けたのだ。思わず目が点になるバートンは、すぐさまビンから手を離して
ブレードの背後に身を隠した。そして、
「・・・と、このブレードがおっしゃっていました。いや〜世の中ひどい人がいる物ですね。」
「こら!人に責任押し付けるな!自分のケツは自分で拭け!」
「だって〜、あいつマジバケモンなんだも〜ん。」
まるで子供の様に駄々をこねるバートンにブレードは呆れていたが、彼もその気持ち、
わからないでも無かった。何故なら彼もマリンとカンウの冗談の様な技に翻弄された
被害者なのだから。
「貴方達いつまでそんなじゃれあっているの?そろそろ行きますよ。」
サンドラが手を叩きながらそう言ってブレード等の前に出たのだが、その時突然ハガネが
彼女を指差し、叫んだのだ。
「ああ!何処かで見た顔だと思ったら、貴女ひょっとしてサンちゃんじゃない!?」
「あ、貴女はハガネ・・・。」
どうやら二人は知り合いだった様子であるが、再開を喜ぶハガネに対し、サンドラは心の
底から驚いた顔をしていた。
「いや〜!久しぶりね〜サンちゃん!それにしても見違えたね。でもまあこうして
会うのも十数年振りなんだから仕方ないか〜!」
「あ、貴女こそ、元気そうね・・・。」
「貴女だってそうでしょう?どうせ今でも財力に物を言わせて色々
悪い事してるんでしょ?よ!この悪女!」
ハガネは大笑いしながらサンドラの肩をバンバン叩いていたが、状況を飲み込めない
他の皆は唖然とするばかりだった。
「サンちゃん?」
「あのメイド服とサンドラに一体どう言う関係が?」
皆は黙り込んだまま二人の行動を見守るしかなかったが、その後サンドラが苦笑しながら
後ろを向いた。
「そろそろ行きますよ。それでは皆さん。大会で会いましょう。」
と、社交事例的敬語を使いつつ、サベージハンマー三人組は去って行ったが、
その後でマリンがハガネに問い掛けていた。
「あの見たまんまブルジョア〜な人とハガネさん。どう言った関係が?」
「昔、あいつが子供だった頃に色々あったのよ。」
ハガネは笑いながらそう言っていたが、それ以上の事は語らなかった。
「速度を上げて追って来ました!!!如何しましょう!?如何しましょう!?」
完全にパニック状態のアルラだがそれとは反比例して姿勢制御が成されている。
後ろに移る銀色のゾイド3機。見た目ラプトルタイプの機体。
珍しいと言えば後方の大型ゾイドは…
「メガラプトルね…でも野生体なんて見た事無いのだけれど?」
ミリアンは首を傾げる。
それはしょうがない事で…
恐竜型ゾイドの殆どはマグマ溜まりの脇の岩場に棲息している事が多い。
その為未だ全容が知られていないのが現状。そこに居たのならばアンノウン決定だ。
たまに地表に突然現れて我が物顔で周辺を荒らす強力な野生体。
中には荷電粒子砲が使えない事。それだけでデスザウラーが敗れる程の存在も居る。
そんな特定不明種の戦闘ゾイド。その自力は侮れない物が有る。
見る限り一番見た目で若そうに見えるアルラだがこの中で一番長く生きている身。
口調は大慌てだが手の方はやるべき事を行なっている。
直にスペックが弾き出される。
確かにそれ程でも無い戦力ではあるがギルベイダーの弾き出した答えは…
勝利は難しいと言う答え。特に装甲として纏う銀光の装甲は圧倒的な硬度と、
それと反比例する柔軟性を持つと言う装甲としては理想の形を着込んでいる。
更に鋭い爪と一瞬口を開いたときに確認した火炎放射器の存在。
幾ら頑強な装甲とフレームを持つギルベイダーと言えど中味がローストにされれば飾り。
乗る者が居なく成れば動く物体でしか無い。
物騒な装備満載のギルベイダーは操縦する者が居ないと自動で機能を停止する。
そんな安全装置が確りと装備されているのだ。
ここは一本道と在りミリアン達と相談した結果正面からの睨み合いと言う事となる。
下手に逃げを打てば相手が調子に乗るかもしれない。
調子に乗せてしまえばこのセラエノと言えどゾイドハザードの憂き目に遇う可能性が有る。
幾ら神クラスの存在の所有地と言えど唯の所有地でしかない。
荒らされても所有者は寿命無しの存在。一時の荒廃など歯牙にも掛け無いだろう。
自らを穢す行為が無い限り基本的に揉事にはノータッチが決まりなのだ。
「相手が止まったか…速度を落として接触する。何か有ったら攻撃しろ。」
「「ディガ!」」
後方に控えていたザイリンはバイオメガラプトルを前に出しギルベイダーに近付く。
「そこのゾイドのパイロット!一つ聞きたい事が有る!」
姿勢こそ高圧的だが言葉を選び要求に答えれば何もしないとアピールする。
「はいっ!何でしょうか?」
アルラが対応する。すると相手のゾイドからはこんな言葉が帰って来た…
「私は或る森を後のバイオラプター2機と移動していたのだが…
どうやらゾイド隠しに遭ってな。ここが何処であるか解らないのだ。
ここは…何処だ?」
余りにも戦闘やらと無縁の言葉にアルラとミリアン達はふにゃ〜と気が抜ける。
「そうか…酷い話も有ったものだ。」
ギルベイダーは後ろにバイオメガラプトルとバイオラプター2機を牽引する形で飛ぶ。
敵対する必要が無ければ彼も同じ物を求める味方と言う事で…
彼ザイリン少将以下2名?もミリアン達と同じカーゴに乗って居る。
「ディガルド武国…先の世界も大変ね。」
ミリアンは溜息を吐く。今の状況が仮に自分達が勝利してもその先は解らない。
「これだけ卓越した技術を持つ過去が一瞬で崩れ去ったとは誰も思わんだろうな。
現に私の居る時代は飛行できるゾイド等数える程しか居ない。
その一つだって今我が国が開発中のバイオプテラだ。」
お互い大変と変な方向にだけ意気投合する一行。
「到着しました〜!着陸します!」
アルラの声が聞こえて来る。しかし距離にして100kmは有に超えた距離の移動。
「私達は無駄に動かん方が良いな…すまないが例の物の件は任せる。
もし武力介入が必要になったときはこれで連絡を取ってくれ。」
若少将がまん丸パイロットスーツから通信機を取り出し渡す。
「無駄な会話は不要だ。そのボタンを押せば直ぐ行動を開始する。健闘を祈る。」
多少の安心感が生まれるミリアン達。突然手に入ったジョーカー。
その装甲は多少の物なら荷電粒子砲やフォトンボムの類すら通用しないらしい。
その火炎の極点温度は一万度すら超える心強いゾイドだ。
「あの〜…?」
「何か用か?」
「一応司書しか司書室には居られ無いので…。」
「すまん…そう言う事か。外に出ればいいのだな?」
事を大きくする訳にはいかないと言う事で取り敢えずザイリン以下ディガルド勢は…
外で待機と言う事と成る。
だが…良く目立つバイオゾイド。あっと言う間に野次馬に囲まれ、
身動きが執れなくなる。周囲は大小の魔族や亜神達に囲まれあれこれ質問の雨。
「ええい!…何時の世も野次馬には敵わんかっ!?」
別な形で鑑定館の外は封鎖されてしまい小一時間程ザイリンは、
質問の受け答えに大忙しだったそうだ…。
「それにしても…これは何かしら?」
アルラが後生大事に抱えて居る要鑑定の品。レイガの見た目では唯の質の悪い宝石。
奇妙な透明感とその一部急に不透明な場所が幾つか有る。
「電子レンジやオーブンに掛けたら割れそうだ…。」
リオードが呟く。彼の言っている事はルビー等の一部の宝石の類の事で、
高温で熱すると輝きを益す宝石の類には鉱石の含有度や、
気泡の有無で爆発や破裂、燃焼して焼失する等の事を思ったのだろう。
「鑑定してもらわないと解らないですからね。でも困った事が…。」
アルラの表情は暗い。
「困った事ですか?」
バロックがアルラに聞いてみると彼女はその訳を話してくれる。
「鑑定館の鑑定士の方が60年程前に変わったんです。でも…その人が…。」
「その人が?」
今度はミリアンが先を促すと…
「悪戯好きなんです。しかもとてもとてもいやらしい物ばかりで…。」
思い当たる節がレイガ等には有るので…ある写真をアルラに見せてみる。
「…この人です。エントヴァイエンと名乗っていました。」
一同閉口する。そこには紫紺の法衣を着た如何にも悪戯好きそうな青年の顔が映っていた。
この青年は嘗て惑星Ziにとある神を降臨させた首謀者。こんな所で生きていたのだ。
「ま・・・まあとにかく!お互い大会頑張ろうぜ!」
と、気を取りなおす意味を踏まえてRDが威勢良くそう言っていたが、
その後で、彼の隣にいた一人の恐らく十歳くらいの少年、“マット”が彼に尋ねた。
「ねえRD。さっきのブレードのお兄ちゃん達、あの傷のお姉ちゃんに少しビビってた
感じがするけど何かあったの?」
「ああ、あの時はお前は留守番していたから分からないだろうけど、
以前の仕事で色々あったんだよ。」
「色々じゃ分からないよRD。それにあの二人がビビる理由じゃないし。」
「う〜ん。だがハッキリ言ってあいつは色々な意味でアレだからな〜。このオレでも
未だにワケがわからん。」
「だからアレって何なのさ〜!」
上手く説明出来ないRDと、ワケの分からないマットはともに困った顔をしていたが、
それに見かねたマスクマンが間に入って説明を始めた。
「一言で説明すると、彼女、確かマリンと言う名前だったか。
彼女はあのガミーチーフ同様ゴジュラスギガに乗っている。」
「え?凄いんじゃないのそれ。」
マットは驚いていたが、今度はRDが口を開き、
「しかもその実力はガミーのおっちゃんと同等、嫌、それ以上かもしれねえ。
まあ先程のバートンとのやり取りを見てると、あれからさらに腕を上げているみたい
だから、その実力は大会が始まればおのずと分かるだろうな。」
「へ〜、あの娘がゴジュラスギガにね〜。人は見かけに寄らない物ね。」
マッハストーム組の中でも後の方にいた赤を基調とした服を着た女性“エミー”が
関心していたが、マリン等は少し戸惑っていたりする。
「姐さんも色々あったんっすね。」
「まあね。」
と、こうしてマッハストームの皆とも別れようとした時の事だった。
「お?何だお前達じゃないか!お前達もこの大会に参加していたのか?」
「ああ!貴方は!」
またも突然何の脈絡も無く現れた者達がいたのだ。それはなんと以前マリン等と共に
戦った事もある、タイガス=ハンシーンとラッキー=トルワートだった。
「人形もいるし、何か初めて見る奴もいるしな。この大会は面白くなりそうだ。」
タイガスは腕組みしながら笑っていたが、この後でマリンが彼に尋ねた。
「ねえ、貴方達ひょっとして二人だけで参加するの?」
「そんなワケ無い。ちゃんともう二人仲間がいる。」
と、タイガスとラッキーの二人がそれぞれ横に移動すると、そこには二人の男女がいた。
「ラーク=エクトリウムです。18です。」
「パリカ=エクトリウムです。同じく18歳です。」
一見普通な感じのする男女がそう自己紹介しながら挨拶をしていたが、ルナリスは
違和感を感じていた。
「苗字が同じ・・・、兄妹か姉弟かどちらか知らんけど、何か似てないな?」
すると二人は笑いながら手を振っる。すると二人の左手の薬指には指輪がはめられていた。
「実は私達夫婦なんですよ〜。」
「そ・・・そうですか・・・。」
「若年結婚か〜・・・。」
意外な展開に皆は唖然としていたが、タイガスは自信たっぷりに
「だがな、こいつ等の実力は俺が保障する。一人一人の強さも去る事ながら、
そのコンビネーションも一級品だ!」
「よろしくお願いします。」
「とりあえず試合では容赦しないけど、今はまあ仲良くしようよ。」
と、そんな感じで話が進んでいたが、何とまあまた誰かやって来たのだった。
「おお!誰かと思えばゾイキュアと愉快な仲間達じゃねーか!」
「ゾイキュアってどう言う意味・・・ってあ!」
今度現れたのは何と元ズィーアームズでかつてマリン等と壮絶な死闘を繰り広げた、
ドラゴス=チュウニッチと彼の彼女っぽい感じでメカニックでもあるリューコ=カリトン。
そしてドラゴス同様マリン等と死闘を繰り広げた“黒い三銃士”こと、ゴイア、アルテガ、
モッシュの三人だった。
「おやおや、貴方方も来てたんだ。」
「まあな、まあこっちもまたコイツ等と組む事になろうとは思いもしなかったが・・・。」
ドラゴスは眉を細めつつ黒い三銃士を見つめてそう言っていたが、リューコは笑顔で握手
を求めていた。
「あ、ちなみに私は選手じゃなくて、メカニック兼マネージャー!まあよろしくね。」
「は、ハイ・・・。」
と、マリンとリューコの握手が終わった事を確認すると、ドラゴスが彼女を睨み付けた。
「決勝まで生き残れよ。お前を倒すのは俺なんだからな、二代目緑の悪魔よ。
もっとも、今度はちゃんとルールに乗っ取ったクリーンファイトで臨むつもりだ。」
「うん。でもこっちだって負ける気は無いから!」
「その意気だ!そうでなければ面白くない!アッハッハッ!!」
ドラゴスはそう言いつつ豪快に笑っていたが、皆は少し開いた口が塞がらなかった。
「何か次から次へと人が来るな〜・・・ってまた誰か来たぞ!」
ルナリスがある方向を指差すと、今度は何とあの獣王教のザビエルとミカエルが数人の
仲間を引き連れてこちらへやって来ていたのが見えたのだった。
「お〜!これは奇遇で〜すね〜!」
「うわぁ!ザビエルだぁ!」
「お前等またライオン軍団で乱入して大会をぶち壊す気かぁ!?」
ザビエルとミカエルに、マリン等とRD等はそれぞれ下がっていたが、彼等を知らない
者達は意味が分からなかった。
「ねえ、何であの人達にあんなにビビってるの?」
「奴等は獣王教って言う危ない宗教団体でな、お前も聞いた事あるだろ?ライオン軍団が
何の脈絡も無く現れて破壊活動とかする奴!」
「ああ、あのライオン軍団の首謀者が彼等なの!酷い人もいるんだな〜。」
皆は彼等を軽蔑の眼差しで見つめていたが、ザビエルは戸惑った顔で手を左右に振った。
「ねえ、何であの人達にあんなにビビってるの?」
「奴等は獣王教って言う危ない宗教団体でな、お前も聞いた事あるだろ?ライオン軍団が
何の脈絡も無く現れて破壊活動とかする奴!」
「ああ、あのライオン軍団の首謀者が彼等なの!酷い人もいるんだな〜。」
皆は彼等を軽蔑の眼差しで見つめていたが、ザビエルは戸惑った顔で手を左右に振った。
「オ〜ノ〜!勘違〜いしない〜で下〜さい!別に大〜会を壊そ〜う何てこ〜れっぽっち〜
も思ってい〜ませんよ〜!」
「そうだぜ!俺達はちゃんと大会に参加する為にここに来たんだ!」
「参加する為?」
「そうで〜す!この大〜会で私達獣〜王教団チ〜ムが優〜勝し、ライオ〜ン型ゾ〜イドの
素晴らし〜さを世界に改〜めて知らし〜めれば獣王〜教団の宣〜伝にもな〜りますし、
き〜っと入信希〜望者も沢〜山来ま〜すよき〜っと!」
「何か凄い取らぬ狸の皮算用ね。」
相変わらずミュージカル口調なザビエルにマリンは呆れるしかなかった。
「あ!アレはあのライン=バイスの曾孫じゃ無いか?」
「おお!マジだ!」
おや、何とまあまたまた誰かやって来るではありませんか。
「今度は誰?」
次々と現れる人々にマリン等はほとほと呆れていたが、今度現れた者達は
これまた懐かしい人々だった。以前マリンとルナリスは覆面Xの依頼で、
“ヘルレーサーズ”と言う暴走族チームと戦った事があったのだが、その時に
総長をしていたデーモンスズキとその親衛隊長オガールとその他数人だったのだ。
「あらら〜、何かスッゲェ懐かしい人が出てきたな〜。」
「貴方達もう出所したの?」
「おうさ!俺達あれから暴走族から足を洗って真面目に働いてるぜ。」
「こう言う状態なので…何時も困っているんですよトホホホ…。」
アルラは涙目で鑑定館の館内を説明する。
まるで…騙し絵その物が実物になったかのような館内。
展示物や関連書籍、贋作見本等で見事な…立体迷宮が作られている。
魔族や低級神族すらを1人で使役できる存在ならこの程度は造作も無いのだろう。
「…その代わり自力で外に出れなくなったんです。(涙)」
何とかと何とかは紙一重と言うがどうやらここの館主は…後者。
つまり大馬鹿者と言う事だ。
館内の迷宮は取り敢えず無視して展示物を覧ながら移動する。
目を引くのは荒唐無稽な謳い文句で仰々しく飾られた贋作群。
これを覧て彼等一行が思うのは…贋作の方が真作より綺麗である事。
無理に似せて作るので無く独自性を打ち出せれば或いはと言う程の物が大量に有る。
「技術と独創性は一つに合さる事が余り無い…芸術の永遠のテーマね。」
ミリアンがそんな事を呟きながら関連書籍に目をやると…
贋作の持つ技術的・魔術的可能性と言うタイトルの本に目が釘付けになる。
著者にF=Aと有るのだ。
「何時の間にこんな物を書いていたのかしら?真っ当な半生を送ってないと聞いたけど。
誰に頼まれて書かされた事か…。」
大凡執筆等に向いていそうな筈が無いので手に取ってどんな翻訳がされているのか?
覗いてみたい気もするが時間の無駄になるだろうと諦める。
やはり先を急ごうとして進めば見落としたかもしれない物の数々。
レイガ達が潜入工作等の任務を主としている事も手伝って隠された抜け道や、
展示物などを移動させて道を開くスイッチを次々発見していくのだが…
妙に数が多い気がする。
「罠…かもしれんな。流石に致死性の有る物は無いだろうがあからさまな配置が多い。
それに…かなり遠くでアルラの声が聞こえるのだが?逸れてしまったのか!?」
レイガの予想は当たりだ。闇雲にスイッチを押しまくった結果…
一行はミリアン、レイガ、リカルドとリオード、リガス、バロック、アルラに分断。
ついさっきまで有った筈の通路が後方に無いとありきたり且つ不味い状況。
ドントレスはミリアン。メガトプロスはレイガと戦力も偏ってしまっている。
更に困った事に…この鑑定館は客が居ないのだ。
石書館の賑わいを見ればここにも魔族なり何なりが居てもおかしくない場所。
それなのに誰1人として彼等の他には誰も居ない。
この仕掛けが難解であると言う事の証明でも有ろう…。
「あの〜…バロックさん?肩を貸してくださいますか?」
アルラがバロックに肩車を頼む。
「ええ。良いですよ。」
リガスとリオードが羨ましいとバロックを睨むが睨まれた方は意味が全く解らない。
要求が少し特殊で途中から足首を支えて欲しいとの事。
その理由は割と当り前な物で…先程本棚に阻まれて押せなくなったスイッチ。
それを押しに戻るという基本に忠実な物だった。
直に前後の元在った通路が現れアルラが戻ってくる。
「何時もはこれができなくて苦労するんです。前に進むのみなので…。」
それは辛いだろうと思うリガス達。非常に似通った配置が多い為間違えたらもう1周。
入り口に「1人での入館禁止」と警告が在ったのも頷けるものである。
お使いを1人で遣さなかったバニラとメイディ。
彼女達にミリアン等一行は丁度良いサポート役だったと言う事だ。
そんなこんなで何とか一行はまた元通りの一塊になって行動を再開する。
そんな一行を取り敢えず目当ての展示物が出迎えてくれる。偽物ではあるが…。
「これの本物を探すのか?奇珍で今まで見かけた物とは全然違うな。」
特殊な石でできたフルート。穴の数が通常のフルートより少なく、
何方かと言えば和風の横笛がイメージにしっくりとくる。
翼らしき物を形どった異質な装飾が見る物のその目を奪う不思議な笛。
隣りにはセットで扱う物なので中味は空っぽだが華美な金メッキの徳利。
お猪口まで付いて居て先にもう1体のバロックが使用した物とは全然形が違う。
「石笛は…材質がこの石なら形は問題有りません。この鈍い輝きを覚えて下さい。
黄金の蜂蜜酒の方は金メッキの入れ物なら問題無いです。
後は元の蜂蜜酒を入れてセラエノの大気の中一時間程寝かせればできあがりますよ。」
展示物が少なくともかなり本物に近い偽物と言う事は解った。
とりあえずは奥に居る駄目魔人にアルラの持ち物を渡せば外に出れる筈だった。
「…なる程こう言う訳ね。所でこれは何のアトラクションかしら?」
もうやってられないと言った表情でミリアンは血塗れの生首を掴み上げて言う。
「いや…その…不慮の事故だ。少し不覚を執って…な。」
本棚やら展示ブースを巧みに使った迷宮を通り抜けてきたらこれなのだから…
たまったものでは無い。
「痛い…です。止めてくださいませお客様。」
へつらった言葉に耳もかさずミリアン達は部屋の端に転がっていた彼の体を…
気が済むまで約10分程殴る蹴るの暴行を加えていたという。
「だからあれだけ言ったのに…。」
おいたわしやと言った表情とポーズで(当然形だけ)マリエスは内心ほくそ笑んでいた。
「余に依頼されたのはこれの鑑定か…だから痛いです。
殴らないでください…本物はそこのゾイドの同類に強奪されたばらぁっ!!!」
アルラは止めに入ろうとするもマリエスに腕をがっちり抱かれて動けない。
見た目異様に両耳に後辺りから伸びる角が長いだけの女性の姿だか、
彼女はアークデーモンでも最強と名高い存在。何処かの書籍では…
マリエス=D(デストロイヤー)=バレンシアと明記されて特記されていた。
内容は唯でさえ単体で強力であるにも係わらず巨大な竜に乗って現れるという。
どうやら借り物のギルベイダーは彼女の所有の物だったようだ。
ギルベイダー本来の壊滅的な攻撃力と共に局地的天災で相手を叩きのめすそうだ。
「了解した。貴公と似た奴を見たら追跡すればいいのだな?」
魔族騙りも一頻りなザイリンにバロックが伝令として状況を報告。
一応外に逃げた場合なら固有識別コードを入力したラプター隊に感知される。
中は空間が歪み別の世界として区切られているらしいので直ぐ解るそうだ。
しかしそれも束の間…今度はセラフィムの一団に囲まれてしまう。
「何と…悪魔の次は天使か!何時になったら飽きてくれるのやら…。」
少将殿の足止めはまだまだ続く。
「やれやれ…やっと頭と胴体が元どうり。しかしあれは…計画自体が失敗した筈。
何故実物が存在するのかが少々解せん。ここにもう1体居るが…
何か貴公は自身の出自を知っているのか?それならば教えて貰いたいものだ。」
「その点は公にできなかったからだと思いますよ。
私達は…言うならば人の癌細胞やら肝細胞にゾイドのコアとしての機能を付加。
それに更に金属細胞の比率を無理矢理引き上げた生体義手とかに付けた。
そんな存在ですから…。」
疑問として残された人とほぼ同じ全高等の問題。ちぐはぐな姿。
それを解決したのは廃棄された人の遺伝子を持つ人工コアと医療ゴミ等の集合体。
それがバロックという存在の全て。
「奴が余にゾイド臭を感知させなかったカラクリはそう言う訳か。
確かに余や彼奴では感知できん存在ではあるな…。」
今更だが写真に在った彼の容姿と今の姿に差異が有る事が確認できる。
半世紀以上前からその人口が一定を保っているという遺伝子異常の人やZi人…
学術名μテリアンと呼ばれる存在と一致している。
異常が在るのは背中のシルエットと法衣よりはみ出た色違いの髪状の存在。
多触腕種と言う異常だ。最悪の魔導士にして最強のμテリアン。
それが魔人エントヴァイエンと言う人物の全て。それ以上でもそれ以下でもない。
今でこそこんな場所でのんびり自由自堕落の日々を送ってはいるが…
瞳に宿る闇は写真のそれより遙に暗く鮮明。鋭くなった好奇心が知識欲。
それが偶々バロックの素性を明るみに出しただけに過ぎない。
それよりも奪われた物に関する事が彼等を打ちのめしたのは言うまでも無い。
「だから…簀巻きで逆さ釣りにしないでって。余は一応大人だ!」
非難の言葉を全く聞いていない一行。正に…折角ここまで来たのに状態だ。
「あの爺さんにしてもこのお馬鹿魔人にしても…同一人物は解り易い反応ね…。」
「あの〜?一応鑑定をして貰わなければならにので…降りてきてください。」
ミリアンの呟きが掻き消えるアルラの鑑定依頼の声。
「余は…お仕置き中だ。またにしてもらおごぉおあああっ!?」
見事にみぞおち当たりにクリーンヒットする拳。
「駄目ですよ。御主人様?依頼を受けないと追い出されますよ?
唯でさえ他の鑑定士を追い出して居坐っている身なのですから…。」
更に物理法則は全く通用しないと言わんばかりに左手の爪を素早く伸ばし…
マリエスは大事な御主人様の足を縛っている縄を切り裂いた。
デーモンスズキを筆頭とするヘルレーザーズの皆様は、かつては各地で
暴れ回った悪逆非道の暴走族達であったが、マリンとルナリスに敗れ、なおかつ
今なおアウトロー業界では最強の暴走族と名高く、彼等からもさながら神の様に
信望されていたライン=バイスがマリンの曾祖父と言う事や、その後ラインの
歩んだ道などの現実を知るや否や、戦意を喪失し、一度警察に自首したりしたのだが、
今のあの時に比べて遥かに丸くなった彼等の姿を見ていると、口先だけじゃなく、
本当に足を洗った様子である。ま、スズキ本人は今だにビルト&ミレイナの先駆者ばりの
メイクを施しているのは変わらなかったが。
「と言う事で、俺達も一から仲間を集めてこうしてこの大会に参加する事にしたのだ。」
「そう、まあせいぜい頑張って。」
「おお!あそこにおるのはRD達では無いか!」
「また誰か来たよ。しかも貴方のお知り合い?」
今度現れたのはバイキングの格好をしたゴツイ中年の男、忍者の格好をした若い男、
そして中華風の格好をした若い女性の三人だった。どうやらRDの知り合いの様子である。
その為、RDもちょっと挨拶しようとしたのだが・・・
「ああ!お前達もこの大会に。」
「誰かと思ったらバラフちゃんじゃない!」
「おお!それを言うお主はハガネでは無いか!」
いきなりRDのセリフに横から割り込んできたのはハガネだった。
「いやいや本当に久しぶりね〜。もう10年ぶりかしら〜。
バラフちゃんもこんなに老けちゃって。そしてツルギ君やファンちゃんも
いつの間に大きくなったりして〜!」
「それを言うお前は全然変わっとらんの〜!ハーハッハッハ!」
「私もこんな所であんたに会えるとは思わなかった。」
「ニン、ニニン。」
謎の三人組はハガネの知り合いの様子だったが、他の皆は状況が理解出来ていなかった。
「ハガネさん、あの人達知り合いなの?」
「なあ、あんた等あいつと知り合いなのか?」
マリンはハガネに、RDはバラフにそれぞれ事の次第を聞いたが、それに対しては
ハガネが説明を始めた。
「彼等3人は東方大陸の中でも特に東の方にある武闘派民族、“サクイの民”の3人よ。
私も以前、マオちゃんも昔サクイに立ち寄った事があるって聞いて、訪ねた時に
サクイの人達にはお世話になった事があってね。」
「・・・。」
笑いながら言うハガネの言葉に皆は唖然としていたが、バイキング姿の中年=バラフは
腕を組んでしみじみとした顔で言った。
「うむ。マオと言う名は確かにワシもガキの頃に死んだ爺ちゃんから聞いた事があるぞ。
我々サクイの民は東方大陸拳法の総本山でもある聖地カランへ臨む武芸者が、そこで
修行するに値するか試験すると言う役目も担っているのだが、そのマオと言う者は
女子の身でありながら試験を軽々合格する所か、当時のサクイ四天王をやすやす倒し、
しかも普通なら十年以上の時を要するカランの修行すらわずか1年でクリアしたと
言うでは無いか。」
「いやはや真に恐ろしい奴がいた者よ。女として私もあやかりたい者だ。」
「ニン、ニニン」
バラフの言葉に続いて、中華姿の女性=ファン、そして忍者姿の男=ツルギがそれぞれ
腕組しつつ言っていたが、それにはさらにRD達は唖然としていた。
「あ・・・あんた等をそこまで唸らせる奴がいるのか。すげぇ奴がいる物だな。」
「まあ、ここにいるマリンちゃんがそのマオちゃんの曾孫なんだけどね。」
「マジかよぉ!」
マリンの頭をポンポン叩きながら言うハガネの言葉に反応し、RD達は思わず目が
飛び出しそうになっていた。
「お主、先程ハガネがマリンと呼んでおったな。お主が真にマオの曾孫か?」
「え?は、はい。あまり信じられないでしょうけど。」
「ほう・・・。」
バラフに真顔で問い詰められて内心戸惑ったマリンであったが、その直後だ。
突然二人の姿がフッと掻き消えたのだ。
「き・・・消えた!」
「いきなり消えた!」
「何処へ行った?」
その場にいたほとんどの者は状況が理解出来なかった。しかし、ルナリス、
ハガネとチョコ、そしてファンとツルギの5人だけは分かっている様子だった。
93 :
小さくとも強い灯 1 ◆ok/cSRJRrM :2005/09/18(日) 20:02:29 ID:u3+AbFQo
かつてのキダ藩の領主、ラ・カンが反ディガルド武国の狼煙を上げた。
通信網などは発達していなくとも、情報が伝わるのに時間は掛からなかった。
それが、一見すれば希望の報せであったから。
山中の小さな村で、会議が行われていた。
「我らが村も、ディガルドと戦うべきだ!」
一人の男が言えば、次々と賛同の言葉が沸き起こる。
いつ来るか解からぬ支配。それに怯える生活。
誰もが、疲れ果てていた。
ディガルド武国を滅ぼせば、その悩みは消える。
だから、人々は戦うことに異論を持たなかったのだろう。
時を見計らって、青年の声が発せられた。
「戦っても勝ち目はない。ここは待った方が良いのでは?」
静まり返る場。しかし、それも一瞬。
罵倒が取って代わるまで、時間は不要だった。
「この腰抜けめ!」
「子供は黙ってろ!」
村長は、自分の息子に尋ねた。
「ディル・・・何故、ああ言ったのか・・・理由は?」
血の繋がった間柄である。聞かずとも、答えは解っている。
「ディガルドに対抗し得る集落やら部隊には既に誘いが行ってるんだろ?
それがこの村に来なかった・・・だったら簡単。この村は戦力外って事」
父親は黙ってそれを聞いていた。そして苦笑した。
自分の考えている事と、寸分の違いも無かったから。
「俺なりの正義ってやつかな?『耐え忍ぶ事も戦いだ』ってね」
『正義』、その単語を使うのが恥ずかしかったのか、微笑みながら言う。
その言葉は、彼の父親の口癖でもあり、生き様でもあった。
「私はそれに慣れているがな。お前はまだだろう?・・・無理はするな」
村長の息子としては合格なのだろうが、普通の子供としては間違っている。
本来ならば、もっと自由に生活している年齢だと言うのに。
「じゃ、これを機に慣れりゃ良いだろ?」
そう言った青年の横顔には、どこか若さが感じられなかった。
結局、村の結論は様子を見る事、で折り合いがついた。
95 :
名無し獣@リアルに歩行:2005/09/18(日) 22:36:08 ID:WbEgvQZN
ばおい
今度はこのスレを汚しに来たか
「待て!勝手に追い出したことにするな!!!名誉棄損で訴えるぞ?」
「悪魔に名誉棄損ですか?裁判官は誰になるのでしょうね?御主人様?」
「むぐぐぐぐぐ…最近と言うか彼奴に負けた後から随分扱いが酷くないか?」
「それは勿論♪相手が一身上の都合で貴方を殺せないのに負けましたから。
それに私は…趣味でお仕えしているので。その辺をお忘れなく。」
「…もう良い。所詮は余も定めからは逃れられんと言う事か。女難の相…
とそれはともかくツァトゥグァの御大は何処へ行ったのやら?
本体は彼処だろうが分体でここで仕事をしていた筈…。
分体ではそうそう遠くへは行けないのだが?」
半分痴話喧嘩の様相を呈していたマリエスとエントヴァイエンの会話。
その中にちらりと聞えた旧支配者の名前。
アルラは何かを思い出したかの様にポンと手を叩き…
「確か…お土産屋館で昨日見かけましたよ?」
「おお…そうか。残念ながら余は人の身。そこに持っているそれは人の目を欺く。
人では鑑定できない代物だ。残念ながらな。」
一応はすまなそうに言っている。だが…その言葉が示す物とは?
ずばり骨折り損のくたびれ儲けである。
帰り道…どうしようも無い脱力感と焦燥感が全員を包む。
強大な力を持つ存在ですら自力で出れなかったと言うだけは在り…
行きはよいよい帰りは絶望。そんな替え歌が脳裏を過る程脱出は困難を極める。
言い換えれば設計ミスと言う事だろう。
何せこの逆回りはスイッチが通路の向こう側だったり天井だったりと支離滅裂。
準周りでは時間が掛かり過ぎてしまう上にもう1体のバロックには絶対追い付けない。
相手は道理を無視して無理矢理移動している事を考慮しても間に合うかは微妙な腺。
全員で手分けしてスイッチや回天扉を探す。
天井の方は流石は魔族と言う事でマリエスが浮遊してそれ等を探す。
「ありました♪」
何が起こるか?解らぬまま見付けた勢いで押してしまうスイッチ…
そう言う時のスイッチの効果はほぼ決まっている…落とし穴。
誤って起動した落とし穴は近くの贋作を根こそぎ闇へ引きずり込んだ。
「だっ誰だ!?命に別状が在りそうな仕掛けは無さそうだって言った奴は!?」
レイガが真っ青な顔でミリアンを睨む。
「…無さそうだは断定系。絶対に無いと言う意味には成らないでしょうに?
怒っても何も出ないわ…と言うより出せたら私もその日から立派な魔術師ね。」
嫌味を含んだ発言だが余り嫌味に聞えないのは…
ミリアンの表情が誰よりも真っ青でその声は仮定形の形で放たれている。
後半は本当だったらどれだけ良かったかと言う響きに聞こえた。
「ダストシュートでしたね…このスイッチ。てへっ。」
「…てへっ。では無い全く。今度は右肩から先が潰れてしまったではないか。」
先程落下する展示棚に右半身を持って行かれ良い具合に潰されてしまったらしい。
そんなアンデットマンオブジイヤーな存在を一行は目に入れないようにするが…
「すいませ〜〜〜〜ん!底まで落ちちゃいました〜〜〜っ!!!」
遠くからエコーの掛かったアルラの声。それに良く見れば…ドントレスの姿が見えない。
穴の底にアルラと共に落下してしまったのだろう。
やはり足止めを喰らってしまう事になるのだった。
「やっと天使殿も引き上げたか…しかし何故こうも気の狂いそうな連中が集まる?
確かにバイオゾイドは珍しいのかもしれん…だがっ!
こちらから見れば貴様等の方が余程珍しいわっ!!!」
バイオメガラプトルの全身から聞える…ぺったんぺったんと言う音。
天を見上げれば正に雲を貫く巨大な影。
「無駄だと思った知識がこれ程役に立つとは思わなかったよ…。」
直前までの怒りは何処かへと消え去りザイリンはエルダージャイアントを見る。
「勝てるか!こんな規格外相手に…。しかも1ダースも!」
その音は巨人が機体を触っている音。一つの島ほども在る巨体。その数12人。
だが…助かった事も一つ或る。
ファイヤージャイアントとフロストジャイアントが居ない事。
どんな強固な装甲と耐熱フレームに包まれようと中に居る人には関係が無い。
空調の調製が効かなくなれば一息空気を吸うだけで人は死ねるのだ。温度次第で。
数百度℃以上の熱気やー100℃以上の冷気を肺に入れれば肺は焼けもしくは凍る。
息を殺しながら、もし帰れたら胃薬をいの一番に飲もうと誓うザイリンだった…。
「!?レーダーに反応だと?」
「移動中のゾイド有り。タイプ…アイアンコング43。それと同数のアンノウン。」
「アンノウンだとっ!?如何言う事だ?」
「過去の特殊ゾイドのデータと一致。タイプ…ゴジュラス。」
「ゴジュラスだとっ!!!確かあれはバイオゾイド化に失敗してストックが既に無い筈。
それを43体もだとっ!?」
唯でさえ危機的な状況に拍車を掛ける86機ものゾイドの存在。
片方は高機動ブースター装備タイプのアイアンコング。大した事は無い。
だが…ゴジュラスの方は1度も戦闘経験は無い。その上巨大な砲門を2機背負っている。
ディガルド本国が発掘したゴジュラスには装備されていなかった武装。
そのタイプは最も警戒すべき強力な実体砲撃。
それの直撃に耐える事ができても万が一近場で地面に炸裂。
その後フレームを何かの飛礫や強烈な衝撃に晒されればやはり厳しい。
ディガルドの勝利は綿密な戦略によってバイオゾイドの弱点をひた隠していた為だ。
それが一般のゾイドとほぼ変わらない事はばれると非常に不味いものである。
「おのれ…アリエイルめ!余計なことをしおって。」
デモントは1機だけ黄金のゴジュラスの中に居る。通称大統領専用機。
ゴジュラスとは名ばかりで内部機構はキングゴジュラスからのフィードバックを受け、
通常機の数倍もの戦力を持ちデスザウラー等雑魚でしかない程のワンオフ機だ。
外の装備もMK−U限定型やGTOと同じ物。正当後継機としては間違い無く最強。
「あの凸角…その角をへし折ってあの大口に突っ込んでさしあげますわ!」
アリエイルは巨大な棺桶を背負ったアイアンコングに搭乗している。
本来はデッドリーコングと言う格闘仕様機の為の物で試作品を背負っている事になる。
試験型だけ有りマニューバスラスターを搭載している辺りかなりの重量を誇るのだろう。
机上の空論の装備をきっちり再現している辺りその格闘能力は侮れない幻の一品。
両軍は鑑定館近くの開けた場所を貸し切りにし決着を付けようと凄んでいる。
ザイリンは一触即発の危機の中身動き一つしない…と言うよりできない。
その外見で件の公爵と書記長であることは明白。係わるだけ無駄。
だが…ゾイドを見る目に肥えた2人がバイオゾイドを発見するのはそう遠くない。
「変幻自在の刀身を持つ、幻惑剣“フェアリーテール”! 美しく優雅に、そして強く!」
その動きは巨大な銀色の蛇にも見てとれ、デッドボーダーの手にした槍と弾きあう攻防
が続く。アレックスの視点から見るならば、ヴォルフガングが守りに回っているようだ。
アレックスは既に、銀色のユニットが何であるかの見当をつけていた。先程リニア達を
拘束したリングは、何もない空間から現れたように見えた。あれは……。
奇しくも彼の心情は、数千年昔の地球人と同じである。この星にナノマシン技術という
神の業に近い力はまだ早い。あるいはもっと人類が哲学的な思考を持ち、闘争本能の抑制
が可能になるならば――いや、争いに疲れるだけでもいい。兵器以外の道にこそ真の有用
性があるというのに、なまじ戦乱の耐えぬ星であったばかりにそれは災いと転じた。
しかし――ゾイドはある意味“戦ってこそ”の生命体だ。農業、移動用ゾイドよりも戦
闘用ゾイドの方が種類、個体数ともに圧倒的に多いのが現状である。そんなゾイドと密接
に関わって生きてきたこの星の人間に、「戦うな」という方が無理な注文だろう。
すでに彼の頭には、解決案がある。現在は単なる賭博でしかないゾイドバトルをもっと
大衆に広め、競技という形での戦いを職業及び娯楽とするのだ。そうすれば、ゾイド乗り
として腕を鳴らしてきた者が職を失うこともあるまい……。
そんな考えがアレックスの脳内で渦巻いている間にも、暗殺者と“騎士”の戦いは激し
さを増していく。
空間歪曲でセラードの背後を取ったヴォルフガングが超重力砲を放つ。大質量の小ブラ
ックホールが相手を貫くかと思われたが、セラードはリボンのように剣を操り、自機の周
囲を包む『繭』を作り出し、その柔軟性で流体の如くブラックホール弾の軌道を逸らした。
一瞬の後、背後の壁がブラックホールの崩壊と共に球状に抉られる。
当たれば即死。だが、そんな予測に意味はない。
「そんなド遅い弾で僕を殺ろうっての? フッ――馬鹿?」
ブラックホールは質量の関係上、あまり高速で射出することができない。ミサイル並み
のスピードこそあれ、そんなものは強化された騎士の動体視力の前では止まっているに等
しい。――引力の問題もない。“剣”にこの世界の物理法則など通用しないのだ。
熱線砲を銀色の繭が弾き、壁面を溶かす。そろそろこの艦への損傷も無視できないはず
だ。もともとは宇宙船――海の底に潜るための設計は為されていないのだから。
アレックスが赤いトリガーに指をかけようとした瞬間、彼の目に自らの死が映った。
「――――もう一人……ッ!?」
エナジーが飛び退くと、背後の空間から蒼く煌く刃が突き出される。混戦の中、妨害手
段もないまま、オープンになっている通信回線から舌打ちが漏れてきた。
「ちっ! ティベリウスさんよォ!」
「お主はアーサーの命に背いている……その機体と遭遇したら逃げろと言われたはずだ!」
ティベリウスが闇の中から進み出る。“デスブリンガー”をかまえ、エナジーと正対した。
「……その中途半端な武士道、アンタの命取りになるよ」
こうは言ったものの、三十秒ほど後にセラードは自らの強情さを悔いることとなる。
ここまでのやりとりで沈黙を守っていたヴォルフガングだが、不意にその口元が大きく歪
んだ。彼は自分が新しい力に頼らずとも騎士と同等以上であることを短い手合いで確認し、
その上でアームレストの先端に取り付けられた球体に手を載せたのだった。
鋭角的な銀色の翼が展開される。骨格だけの黒い翼とはあまりに対照的で、その姿を見れ
ば大多数の人間は『天使と悪魔の翼を両方持ったゾイド』と形容するだろう。
そしてそこから空気中に撒かれる、虹色の霧。熱帯地方に住む蛾が振りまくりん粉とも見
えるが、その霧は意思を持つかのごとく渦を巻き、球状に拡大してゆく。
この狭い空間では、騎士も逃げ場があるまい。ついでにあの能力者も片付けてやる。彼の
意思を敏感に感じ取り、通路に満ちたナノマシンは攻撃的な挙動を開始する。
彼の標的となった三人はほぼ同時に―アレックスだけが半瞬早く―自機の装甲が、攻撃さ
れてもいないのに崩壊し始めたことを察知する。共通の危機に三機は阻害しあうことも無く、
傾斜した通路の奥へと走り出す。それを追って、壁や天井が解けるように崩れていく。
「ふふ……ハァーッハハハ! 騎士ふたりと能力者が僕の前には逃げの一手か!」
最高だ。セディール・レインフォードが執着するのも無理はない。もっとも、彼は使い方
も考えも誤ったようだが……。
「さァて、さて、さて……どうやって追い詰めてあげましょうか。どうせバックアップはあ
ることだし、艦ごと海の藻屑になってもらってもいいんですが……」
しかしこの艦は一応、重要な遺跡だ。沈めるなら兄さんの許可が要る。
「やっぱ、普通に殺りますか」
オリバー・ハートネットは闇の中にいた。
通路が暗過ぎる訳ではない。幾星霜の時を経ても、グローバリーの内部システムは生き
ている。
「大丈夫か、オリバー? 顔色が悪いぞ」
リニアが声を掛けてくれるが、あまり助けにならない。彼を悩ませているのはひどい頭
痛であり、またそれに伴う眩暈でもあった。足元がふらつく。
「いや……大丈夫だよ。イクスは俺を待ってるんだぜ、止まっちゃいられない」
それに、アレックスがいつまでヴォルフガングを引き付けておいてくれるか解らない。
「ほら、コンピュータールームだとさ。データベースが残ってりゃいいんだがな」
アレックスが見つけた矢印に従い、小さなドアから室内に入る。中は大小様々なモニタ
ーと、時折光の走る半透明の物体が雑然と並ぶ埃だらけの部屋だった。
電源は生きており、リニアは試しにいくつかの機械をいじってみる。モニターに現れる
文字の羅列はみなアルファベットで、大戦前の年代の者ならまともに読めなかったであろう。
皮肉にも、地球文化に対して関心の高まった大戦後からの教育体制が、たった二十六種の
記号によって形作られる『旧・地球圏共通語』を復活せしめたのである。
彼女らが求める情報は一つ。生命活動を停止した生命体を、蘇生させる技術だ。
「人体の……研究資料、細胞レベルの解剖データ……凄いな、この時代には病気で死ぬ人
間が、死者の割合に0.1%以下の割合だ。医療も軍事技術も、今の惑星Ziよりよほど進んで
いる…………これは?」
彼女が目を留めたのは『クロード理論』と銘打たれたデータだった。記述された内容はこうだ。
……生物の細胞を動かす根源たるエネルギーは一種の電気信号である。この信号が無ければ
生命体は単なる有機物の塊であり、逆に言えば生きた人間と死体の差異というのもただこの
信号の有無でしかないと言ってよい。そこで、我々は死体に対して生者の体躯を流れるもの
と同質の電気信号を定着させることで、『死者を甦らせる』ことが可能だと考えた。
このために必要なことは、細胞を動かす信号を何らかの手段で解析し、その波長などを完璧
にコピーすることである。この解析を行うため、A.D2231に開発が凍結された技術『フラッシ
ュバック・キューブ記憶システム』の実用化を検討し…………
リニアは一端そこで顔を上げた。頭の中で、いま手にした情報を整理する。
――要は、イクスが生きていた時と同じ『信号』があればいいのだ。
しかし彼女は自問する。どうやって? 個体ごとに神経構造など異なるに決まっている
のに、もう得られないオリバーのイクスの生体信号をどのようにして得るというのだ?
頭痛が止まないのか、オリバーは部屋の隅でモニターに寄りかかっている。その姿に、
彼女は罪悪感さえ覚えた。もともとあるかどうかも解らないモノを『あるはず』との決め
付けでここまで探しに来たのは彼女だ。心のどこかでは、無いわけが無いという願望に足
を掴まれていたのかも知れない。
ともあれ、このまま帰ることはできない。なにか方法は無いのか――彼女が再び文字の
羅列に目を落としかけたとき、視界の端で何かが動いた。続いて、ドサッという音。
「オリバー!?」
暗い床に、少年は倒れていた。駆けよったリニアは、その身体に触れた瞬間、何か不吉
な戦慄が全身を駆け巡るのを感じる。
悪寒は感じた。だが、この後何が起こるかまでを予測することは何人にも不可能だった。
「……オリバー? おい、大丈夫なのか?」
彼はリニアに微笑んで見せた。とても優しい表情だったが、ラインハルトは確かに全身
の毛が逆立つのを感じた。その笑みには『何か』が隠されている。
「やぁ…………ひさしぶりだね、リニア」
リニアは短い悲鳴を上げた。その声は、オリバーのものではなかった。
「折角、村の皆を丸め込んだのに・・・」
忌々しげに呟くディル。その視線の先には、銀色の点が見える。
銀色の装甲を有する機獣――バイオゾイド。
まだ距離があるが、数時間もすればこの村に到着するだろう。
「迎え撃てば良いじゃねぇか!」
臨時で開かれた会議の、大半の意見はそうだった。
ディルの、銀色の装甲の強さについての説明も意味は無かった。
倒すべき敵を前に興奮した人々を止める力は最早、村長にも無い。
村のゾイドが総動員され、迎撃の準備は整った。
「返り討ちにしてやるぜ、ディガルドめ!」
男達の怒号が、小さな村に響き渡った。
戦局も何も無かった。
数でも、機体の性能でも、搭乗者の能力にも、差は大き過ぎた。
こちらの攻撃は銀色の装甲を前に無力と化し。
敵の火炎は確実に味方を焦がしていく。
焼かれて行く村を背に、皆、先を争って逃げ出した。
105 :
小さくとも強い灯 2 ◆ok/cSRJRrM :2005/09/19(月) 17:47:27 ID:QvCkSGDA
小さな村。それが、消えた瞬間。
燃え続ける故郷を見ながら、ディルは地図を描いた。
悲しみと恐怖に震える手を懸命に抑えながら。
自分の故郷が存在した、その証として。
そこに、どんな人が暮らし、笑い合っていたのか。
そこで、どんな夢が生まれ、育まれていたのか。
描き終えた地図を丁寧に折り畳み、最後にもう一度、振り返った。
そして。前を向いた彼の目に、迷いは無かった。
自分に、村長の息子としてできる事。そのためにも。
「『耐え忍んで、前に進む』・・・これが、俺の新しい正義だ!」
まだまだすべき事は多い。
村の皆を受け入れてくれる場所も探さねばならない。
父だけでは荷が重い。少しでも、ディルがそれを支える。
最高の次期村長の誕生。
村の皆にとって、失ったものは計り知れないが、得たものも大きかった。
ディルならば、良き指導者となるだろう。
他ならぬ、現村長の目には、自分の息子が太陽よりも眩しく見えた。
声が響く。天井を駆け抜け、繰り返し聞こえる猛々しく高い声。それが消え終わらぬう
ちに、ワイツウルフは急に体のバランスを失って積み木が崩れるかのように倒れこんだ。
恐らく今まで蓄積されたダメージや疲労がピークに達したのだろう。
…メインシステムの反応が途絶える。これは、ゾイドの完全な停止状態を意味していた。
すぐに操縦者を救出する必要がある。先ほどの戦いぶりを見る限りまず間違いなく重傷だ。
ランドは急いで救護班に出動要請を送った。通信用スイッチを押すその指が小刻みに震
える。この試験中に起こった数々の出来事。それを目の当たりにしていながら、直ぐにこ
のような行動に出ることが出来たと言う事は、少々冷静すぎるくらいだった。
三分と経たないうちにリングに一台の車が姿を現した。一部始終を見守っていた多くの
研究員が、呆然とした顔でその白い車を見つめた。
まさか、こんな事態になろうとは。誰もがそう思っていた。弱体化改造を施した試験用
のあのコマンド達がまさか。さらに、いざと言う時のために係員総出でしっかりと調整し
たはずの脱出装置までもが何故。まさか、まさか…。まさか。
救護作業員が二人。床にうつ伏せた頭部によじ登っていく様子が見えた。
無数の細かい傷が刻まれた橙のキャノピーをこじ開けてみると、そこには気絶したパイ
ロットの姿があった。ヘルメットにはヒビが入り、白の下地に黒く鋭いラインが入った特
別製のパイロットスーツには、大きな赤いシミが浮かんでいる。危険だ。直ぐにここから
運び出さねばなら無い。二人は無言の合図を交わすと、直ぐ作業に取り掛かった。
応急処置が済むと、作業員は腰元にあるレバーを引いて椅子を倒した。続いて道具箱か
ら取り出した解除キーで、操縦席のロックを手動で外す。後から上ってきた二人が加わっ
て、シートごとパイロットの身体を持ち上げる。ゆっくり、そして慎重に足場を選んで降
りていく四人の作業員。大きな弾みがつけば、固定装置など簡単に意味をなさなくなって
しまう。焦らない事が、今このパイロットを救う確かな方法だった。
無事、カルロが救護車に乗り込むのを確認したランドは、続いてワイツウルフの移動を
命じた。移動先は修理場。この決断をする事は彼にとって容易な事ではなかった。
普通、パイロットが重傷ならばゾイドもそれ以上のダメージを負っているものだ。その
ため修理場への移動を優先することは極当たり前の事と言える。
だが、モニター越しに見えるゾイドは、奇怪ながらもほぼ無傷だった。見た目だけでの
判断に限らず、検査中ずっと採取していたデータにもその証拠は現れていた。
証拠と言っても、勿論全ての攻撃を避けた記録などが残っているわけではない。コアの
様子を観察したデータを現すグラフ。秘密はそこにあった。
試合が始まった直後から、それは普通のゾイドとは異なる鼓動を発していた。古代種で
あることが一目で分かる今の環境にはさほど必要性の無い速い鼓動。それは戦闘中に異
常なペースで高まり、ある時点で最大計測値を越えた。その時、それは起こっていたと考
えられる。体内に補完した特殊な金属イオンを急速精製し、傷付き失われた肉体の各部を
自らの手で瞬時に補うという、常識を遥かに越えた行動。駆動系までもコアの独自解釈で
作り直してしまう、まさに夢のような能力。
そう、夢のような能力。だが、これは夢ではない。同時点で様々なアングルから捕えた
カメラの映像と並べてもそれは見て取れた。時間もコアのグラフと一致している。
つまり、その信じがたい出来事は夢などではなく、間違いようの無い現実として確かに
存在していたのだ。だが、ここまでの材料を目の前にぶら下げられても尚、ランドは迷った。
確かに肉体その物は回復している。しかし、その一点を過ぎた瞬間からコアの鼓動は高
まるのと同じくらいの異常なペースで弱まり、最後には睡眠状態に陥ってしまった。
もし、ここで調査を優先して下手な刺激を与えてしまったらワイツは死んでしまうかもしれない。
だが、ここでコアの回復を優先して自分達の手を加えてしまえば、
もう二度と今回のような現象は見られなくなってしまうかもしれない。
カルロが運ばれていくまでの十数分、ランドは何度も二つの考えを行き来した。
そして、決断した。やはり、ここでワイツの命を奪ってしまうことになれば、自分は後
悔することになる。ずっと追い続けてきた自分や旧チームの夢。それを目先のさもない現
象に囚われて、失ってしまうことは間違いだ。問題無い。もし、今回の判断がきっかけ
で、この能力が失われてしまったとしても、きっとワイツが生き続けてさえいれば、
また何時の日か、それを取り戻す事が出来るはずだ。迷う必要は無い。
決心を固める中で、ふと自分の頭に、異変について気になる事が、未練がましく渦を巻
いている事に気付いた。だが、それを振り払う事は簡単だった。確かに、長年このゾイド
に取り憑かれてきた彼の目に、それらの事柄はあまりにも魅力的だった。
だが、このゾイド自体への想いはそれよりも遥かに高いところにあった。
単なる実験の対象ではなく、欠くことのできない自分の友。既にそういう存在になっていたのだ。
ランドは白い車が完全にリングから出て行くのを見ると、直ぐにコアを始めとした様々
な機関のデータを簡単にまとめた。調整を行う上で、きっと役に立つはずだと考えたのだ。
そして、それを修理場のコンピューターへと次々に発信すると、近くに居た研究員を適
当にいくつか連れ出して、急ぎ足でワイツを運ぶ輸送車へと向かった。
…それから、ちょうど五分ほど経って、1人の男が息を荒げてこの施設に訪れた。
彼は端の折れ曲がった識別カードをメインゲートに差込み、中へと入ってすぐに会った白
い服に身を包んだ研究員らしき人物に声をかけた。ある人物を探していると言う内容であ
ったのだが、返答は芳しくない物であった。
「本当か?嘘じゃないだろうな」
「ええ、確かにランド博士は、特別修理工場の方に向かいましたよ。」
「あの爺、人を呼びつけて置きながら…。で、どこにあるんだ?その特別ってのは」
男は不機嫌そうな顔をして、白衣の男の両肩に手を置いた。
「失礼ですが、それは教えられません。」
男が俯き顔で答えた。
「何で」
「場所を知らないからです。」
意外な答えに男は眉を上げた。
「はぁ?だってお前、ここの人間じゃないのか」
「確かにここで働いております。」
「じゃあ何で」
「さぁ。」
あまりに淡白な答えに、男は怒りを抑え切れなくなった。
「その研究所はどこにある?」
白衣の下に着こんだ青い服の襟に手を移して、男は繰り返し尋ねた。
だが、研究員の方は顔を曇らせ
「さぁ。見当つきませんね。」
と、明後日の方向を見ながら短く答えた。
疑いの眼でその揺れる瞳を睨みつける男。こいつは工場の場所を知っているに違いない。
そう結論に達した男は襟を掴む腕にさらに力を込め、グッと華奢な男の身体を持ち上げた。
「言え、知ってるんだろ?教えねぇと…」
「ちょ、おい待て!!だ、誰か、助けてくれぇ〜!」
研究員が大声で叫んだ。すると大柄の男が1人、駆け足で近寄ってきた。
「どうした。」
灰色の髪に、青いコートを纏った長身の男。
その褐色の顔に刻まれた、傷と皺に力強さと威厳をたたえている。
「あ、アデルさん!!こいつが…」
「あんたも、ここの人間か?」
研究員の言葉を、男は遮って尋ねた。
「一応な。それよりも悪いがそいつを放してやってはくれないか。用件なら私が受ける。」
「お、そういう事なら話が早い。」
男はそう言うと、今まで掴んでいた男の首元から手をパっと離した。
わぁっと短く声を上げて地面に尻餅を付いた白衣の男は、
急いで立ち上がると襟元を正して、縋りつくように男の影に隠れた。
「で、どんな用かな。」
「いやな、ランドって爺さんに呼ばれてここに来たんだけど、どうも留守らしくてな。
そこの奴が特別研究所ってとこに行った事までは教えてくれたんだが、
肝心の場所を聞いたら、隠して教えようとしないんだぜ?全く、参っちまうよ」
「ふん、お前みたいに何処の馬の骨かも分からん奴に…」
「あぁ?」
グラントが睨みを利かせると、白衣の男は小動物のように長身の男の影にサッと身を隠した。
アデルはその様子に溜息を付き、男のほうを見た。
「…つまり、それを私に訊きたいという訳か。」
「そういうこと。アンタもここの人間なら知ってるんだろう?」
アデルは目を瞑って、ふっと息を吐いた。
「まあ、知ってるといえば知っている。だが、だからと言って誰彼構わずに教えるというわ
けではない。この者の言った通り、どこの所属かも分からない者に易々と教えてはいけな
い決まりでな。まず、それを訊かせてもらおう。見たところ服の方も個人の物であるよう
だが、ここへ入って来たという事で一応社の人間と見なそう。」
男は手を拱いて、あからさまに困った顔をした。所属…とは何の話だ?ただ新しいゾイド
を受け取るためだけにここに来たというのに、そんなことを知るはずが無い。
「えーっと、悪い。所属ってのはよく分からねぇもんで、名前でも良いかな?」
「ん?まあ、自分の名前に自信があるならば言ってみるのは自由だが…。」
アデルは不可解な返事を聞いて、この男がこの組織に長い人間ではないと直ぐに分かった。
「名前はグラント。GALESのグラント・アベールって言えば分かるかな?ゾイドバトルに
関してちっとでも興味のある人間なら一度聞いたことくらいはあると思うんだけど。」
グラントは少々自慢げに名乗ってみせた。
「グラント、GALESの…なるほど。確かに名前で十分だ。」
名前だけで所属は知れないだろうと考えていた研究員を他所に、アデルは軽い笑みを浮か
べた。GALESのグラントと言えば、もう何度もその名を聞かされていたからだ。
「例の大会、私も見させてもらったよ。実に素晴らしい戦い振りだった。」
「え、…まあな。」
突然の話題にグラントは少し戸惑った。
「確か君はあの大会の上位三位者だったと記憶しているが、やはり今日もその件で?」
「あ、そうだ。多分そうだと思う。」
「ふむ、そういう事ならばこれを頼りにすると良い。」
男がポケットから小さなチップを取り出した。
青と白、そして黄色い文字でデザインされたZOITECのロゴがついている。
「これはZOITEC内である計画に関わっている者のみに持つことの許された特殊な地図だ。
ある計画、というのはいわなくても分かるね?」
「ああ、確かワイツとかってゾイドの関係だろ?」
「そうだ。その計画の一環で、それぞれ護衛にあたる者達が受け取っている特殊仕様のゾイ
ドがあるはずだ。これはそのコックピットに設置されているナビゲートスロットに差込み、
君の識別カードのナンバーを打ち込んでくれれば使えるという仕組みになっている。」
「特殊仕様のゾイド?」
「ああ、既にそれぞれのパイロットに配られたという話だが?」
グラントは記憶の糸を手繰ってみた。そういえば、替えのゾイドの話が出たときに、
『元々特殊な仕様を施す予定だったのだから、手間は同じ――』とかランドが言っていたような気がする。
「…そうか。多分、今日俺が貰うゾイドはその特殊仕様って奴なんだな」
「(貰う…そうか、ゴジュラスは…)」
グラントの言葉に、アデルはあの雨の日のことを思い出していた。
「なあ、どうしたら良いと思う?」
グラントが切り出した。
「どうしたら…うむ、難しい問題だな。私のライガーゼロは今動かせないし、
他に頼れる物も…ん、まてよ?確か、今度ホワイトに昇進するリリー・ベルネットが
今日辺り改造ディバイソンのテストに来る予定だったな。」
「リリーってあの?」
グラントは以前共に戦った、少女の姿を思い出した。
「そうだ。彼女のディバイソンもこの地図を開ける。初対面と言うわけでもないので、
事情を説明すれば協力してくれるはずだ。…ちょうど三時を回った所か。」
アデルは腕時計に目をやると、その目線を自分の背のほうへ移した。
「お前、今日この後に予定はあるか?」
「へっ?いや、今日のところはワイツウルフのデータ測定のみですが。」
白衣の男は嫌な予感がした。まさか…。
「つまり暇という事だな?」
「え、いや。一応今日は三ヶ月ぶりに早く帰れるという事なので家族サービスを…」
男は出来る限りの知恵を振り絞って、目の前の危険を避けることに尽くした。
そして、それを聞いたアデルは満面に笑みを浮かべて言った。
「…そうか。それなら問題無いな。」
しまった!男は思った。そう、彼が独り身であることは周知の事実だったのだ。
「う。えぇ、あ、アデルさん…?」
男が救いを求めるような目で見た。だが構わずアデルは続けた。
「私はブルーチームのリーダーとして、色々と用事がある。だが、この者を放っておく訳に
もいけないだろう?私から与える直接的な仕事として第七ホール、リリーの元へとグラン
トを連れて行って欲しい。出来るな?」
ここまで来たら、もう駄目か。…男は早々に諦めた。
「あ、アデルさん直々の指示という事なら勿論。」
「じゃあ、そういうことでヨロシク!」
グラントが強引に肩を組んだ。アデルも頷いて男の顔を見た。
その顔にはありありと後悔の色が浮かんでいた。
「色々とありがとな!」
やつれた研究員を脇にはさんで、グラントが振り向いて手を振った。
それに対してアデルは片手を低く上げて
「また、いいゾイドに会えるといいな」
と言葉を送り返した。「おうっ」とグラントの短い返事。
二人の姿が遠くなる。それを見つめつつ、アデルはもう一度小さく繰り返した。
「そう、今度こそもっと強いゾイドに――」
「なるほど。中々やる娘だな。バラフと互角に渡り合うとは。」
「ニン、ニニン。」
「と言うかあんたん所のおっさんもあんなデカイ図体であそこまで動けるとは
マジで冗談みたいに凄過ぎだろ。」
「オイオイお前等何言ってるんだよ!俺達にも説明してくれ!いきなり消えたって事は
連中生身でホロテックとか出来るのか!?」
ワケの分からないと言った顔のRDがそう問い詰めていた時だった。
『おおおっとぉ!これは凄い!マリン選手と互角にやりあうこの男は何者だぁ!』
『いやはや世界は広い。まだ見ぬ強豪と言う奴は数多くいるもんですなぁ。』
「うわぁ!あんた誰だよ!」
いきなり実況中継を始めた二人組にRD等は驚くばかりだったが、彼等はマリン等の
行く先々でやたらと会う実況解説コンビ、イチロウ=フルタチ&シテツ=ヤマモトだった。
『どうも!実況は私イチロウ=フルタチ!解説は新Ziプロレスのシテツ=ヤマモトさん
です!我々はこのたびのオラップ島バトルグランプリにおいても熱い実況解説を
行う事になりました!』
『よろしくお願いします。』
「こ、こちらこそよろしく・・・。」
実況中継っぽく挨拶を行うフルタチとヤマモトに、皆も戸惑いながら礼を返していたが、
その後で気を取りなおして、ハガネがRDに対して説明を行う事にした。
「とにかく、別にホロテックなんて使ってないよ。ただ常人の肉眼では見えない
凄い速度で組み手をやってるだけ・・・っと!もう終わったみたいだね。」
と、ハガネがある方向を向くと、そこに突如としてマリンとバラフの二人が現れた。
「いや〜おじさん強いね〜。超重量装備の修行で身体能力的には相当自信が付いた
つもりだったんだけど、やっぱり世界は広いね。」
「何を言っておるか!お前こそ全然息も切らしておらんし、汗もかいておらん!
手加減しておるのバレバレじゃ!まあ、手加減していたのはワシも一緒じゃがな!
ハーハッハッハッハッ!」
「ハハハ。」
「凄いっす姐さん凄いっす!」
「・・・。」
お互い笑う二人の姿に、ルナリス等を除く皆は唖然とするしか無かった。
『なんと二人はアレだけの事をやっておきながら本気を出していなかったー!
凄いぞマリン選手!凄いぞ謎のバイキングマン!』
『バイキングマンの実力はまだまだ未知数ですが、マリン選手は以前にも増して技の
切れが良くなった様ですな。』
「あーもー何でこう奇人変人ばかりが集まるんだー!?」
相変わらず実況解説をするフルタチ&ヤマモトに、RDは頭を抱えて叫ぶしかなかった。
一方、バートンはその様子を物陰に隠れて一人見守っていたのだが、
「あの女・・・以前からバケモンだったが、今はさらにバケモンになってる・・・。」
と、ガクガク震えながら驚愕するしか無かった。
次から次へと現れるキャラのラッシュにマリンもさながら呆れた顔になっていたが、
その時、しばらく背景同然になっていたマスクマンが珍しく口を開いた。
「しかし、この大会には本当に数多くの実力者が参加している様だ。テレビ等で有名な
各シティーのランカー選手から、君達の様なまだ見ぬ強豪までな。」
「確かに、あんた見かけは中途半端な覆面レスラーみたいだが、
中身はしっかりしている見たいだな。」
「・・・。」
ドラゴスの言葉にマスクマンは気まずい顔になったが、言い返す事も出来なかった。
確かに彼等が周囲を見まわすと、あちこちに様々な強豪選手がズラリとそろっていたのだ。
そしてマスクマンがある方向を指差したのだが、そこにはゴツイ体格をした男達の姿が
あったのだ。パターン的には見かけが凄いだけのザコキャラと思われたが、その内面から
発せられる気は相当な物があり、実力者である事が予想された。それを証拠に・・・
「彼等を見ろ。彼等は“ゾイドバトルのぶっ壊し屋”の異名で有名な
チーム“ワールドバスターズ”だ。使用ゾイドそのものはゴジュラス・ゴルドス・
サラマンダー・ウルトラザウルスの四体だが、その四体がユニゾンして誕生する
“ケンタウロス”に敵うゾイドはいないと言う。」
「奴の噂は俺も知っている。確かに一見平静としていても、凄いオーラが
漂っているのがすぐ分かる。」
そしてさらに彼は何やらマジシャンの様な格好をした男達を指差した。
「あそこにいるのはチーム“マジシャンズ”だ。その名の通り、マジックの技術をゾイド
バトルに応用し、思いもよらないトリッキーな戦法で最近話題のテクニック系チームだ。」
そして次に、マスクマンが指差したのは一見冴えそうに無い格好をした男達だった。
「あそこにいるのはチーム“エンターティナーズ”彼等はお笑い芸人でもあり、
お笑いの技術を応用したバトルスタイルはおかしくも恐ろしいと評判だ。」
「え〜?そうなのか〜?マスクマン。」
RDは呆れた顔になっていたが、マスクマンの顔は緊張していた。
「彼等のお笑い殺法は恐ろしい。何故なら対戦相手のほとんどが彼等のギャグで
笑い転げ、試合どころでは無くなってしまった所を一網打尽にされると言うケースが
ほとんどなのだからな。」
「ま、マジかよ・・・。」
RDは少し驚いていたが、マスクマンはさらに別の方向を指差していた。
「あそこにいるのは――――。」
「おや?誰かと思えば、あんたもしかしてマリンかい?」
「何だ?またお前の知り合いか?」
今度は誰が現れたんだ?とばかりに呆れた顔でその声のあった方向を向いたのだったが、
そこに現れたのは始めて見る顔だった。年齢的にはマリンと同じ年位、長い黒髪と
和服と言う何とまあ大和撫子的美少女だった。
「なあ、アイツは何者だ?どうせあんた等の知り合いだろ?ノリ的に何か似てるし。」
「嫌、私も知らん。」
シグマに問い詰められたルナリスも流石に返答に困っていたが、マリンは
その謎の人物に一歩近付いて言ったのだった。
「シズカちゃん!」
「やっぱりお前の知り合いか?」
「珍しい…だが共和国軍タイプではないな。だが帝国軍タイプでもない。」
デモントは千里眼を用いる事が出来る。既にバイオゾイドを舐め回す様に鑑賞し、
取り敢えずアリエイルの増援でない事だけは確認する。
だがアリエイルの方はと言うと…
「何かしら?あの趣味悪い銀メッキは…恐竜だから安直に凸角とは言えないけど、
何か有ったら困りますわね…?討ってしまいましょう!」
流石は悪魔である。
そう言うが速いか?既にロケットランチャーのトリガーが引かれていたという。
「ぬお!?撃ってきたかっ!ロケットランチャーを…?」
弾頭の種類や撃ってきた相手を確認している間に本来は当たっている筈。
それが当たらなかったのは運悪くバイオゾイド装甲の質感を楽しんでいた手…
アースジャイアントの手にぶつかっていたのである。
しかし元が巨体と言う言葉が本当に語源的に合っているのか?と思う程の巨体。
ロケット弾は虚しく彼の表皮辺りで砕けそれに気付いた巨人はポリポリ手を掻いた。
余り知られていないがエルダージャイアントと言われる程の物には低級魔族は敵わない。
実際人間が存在できる空間では基本的に高位魔族は存在できない。
つまり…巨人種や巨竜種の様な存在こそが物質世界の王者なのだ。
「…糞巨人。まあ良いですわ。アレは凸角の増援ではないようですし。
乱戦に誘い込んで私自らが仕留めて差し上げますわ。
矮小な人如きがゾイドに乗るなんて甚だ不愉快ですから…。」
アリエイルがとんでもない事を宣っている。
「…貴様の乗っているゾイドは我々人間が生み出したものだっ!!!」
余りの不遜さに流石の少将も怒りが募り言葉が自然と口から零れていた。
「お〜っほっほっほ!やっとお喋りになりましたわね!」
「しまった!!!所属の識別が目的だったか!嵌められたっ!」
今でこそアースジャイアントの手が有るから何事も無いだけで…
それが無くなればどうなることか?集中砲火を喰らえば流石に厳しい所ではない。
アリエイルの攻撃の矛先は完全にデモントからザイリンへと移行している。
このままでは座して死を待つのみ…正にその言葉の通りだった。
突然鳴り響く轟音。
それはアリエイルの駆るアイアンコングDC(デッドリーカスタム)に直撃。
2〜3回転横に回って転倒する。
「ぐあっはっはっは〜!!!儂を相手によそ見とは。どうやら死にたいらしいな?
アリエイルよ?」
デモントのゴジュラスのロングレンジバスターキャノンの一撃だった。
「むっきいぃぃぃぃぃいいい!!!この凸角!やってくれましたわね!」
それが合図と成り壮絶な戦闘が始まる。
鋼と鋼が打つかり合う音。鳴り止まぬ砲撃音。床に炸裂し弾ける砲弾と床材。
熱き血潮が滾ると言った所だろうか?大型ゾイド同士の乱戦は見る物を圧倒する。
何とか戦端を切る事が無かったザイリンではあるが…
人間である事がばれてしまった。
それ故に…
「また集まってきたか!?野次馬共が!!!」
先に見学が終わった者も人が居るとなれば話は別。
神様のありがたい話やら悪魔の囁き。それ等の集中砲火を喰らう事と成ったのだ。
「ええい!迂闊な!それはともかく。多すぎだろう?この数はっ!!!」
周囲は天使や魔族、元から居た巨人に合せて竜人族や上級妖精等の山・山・山。
ストレスも限界に来て…
「ヘルファイヤーッ!!!」
遂にバイオメガラプトルのその口より破滅の炎を発射する。
だがそれは脅しには成らない。その炎の揺らめきに目を奪われたのか…
アンコールの要求が飛んで来る羽目となる。
「もう…道化の道しか残されてないと言う事か。」
鑑定館の前は近年稀に見る空前絶後の大賑わいとなったそうだ…。
「ダストシュートがこれ程まで大きいなんて…アルラ?大丈夫?」
ロープを伝ってミリアンがダストシュートの底に降りて来る。
「わ…私は大丈夫です。でも…でも…ミリアンさんのドントレスが…。」
言葉に詰まって泣き出してしまったアルラをミリアンはそっと抱き寄せてその先を見る。
底にはコア以外が見事なまでに大破したドントレスの姿があった…。
皆は一斉にマリンに近寄っていたが、マリンは冷静な顔で頷き・・・
「うん。彼女、“シズカ=ヨシツネ”は小学校の頃の私の知り合い。小学校卒業と
共に何処かに引っ越しちゃってそれ以来だったんだけど・・・、久しぶりに会えて嬉しいよ。」
「私も嬉しいさ。何しろあの時の決着まだ付いて無かった物ね。」
笑顔のマリンに対し、シズカは不敵な笑みを浮かべてそう言っていた。
「お前等何か因縁でもあるのか?」
「因縁って程でも無いんだけどね〜。て言うかあんな事今更出されても。」
マリンは困った顔をしていたが、シズカは真顔で彼女を指差した。
「確かにマリンにとってはあんな事かもしれない!しかし私は真剣だ!お前必ず決勝まで
勝ちあがりなさいよ!お前を倒すのはこの私だから!」
「・・・。」
一見子供っぽさの残る外見であったが、彼女の内からにじみ出る気迫は相当な物であり、
皆黙り込むしか無かった。と、そんな時だ。彼女の背後にあった人ごみの奥から、
年齢的に25歳位で、ゴツイ僧兵の様な格好の男が現れたのだ。
「シズカ様!こんな所におられましたか!」
「おお、ベンケイか。ちゃんと受け付けでエントリーをして来たのだろうな?」
「勿論。」
ベンケイと呼ばれた巨漢の僧兵がそう彼女に言うと、彼女は後ろに振り向きつつ
顔だけマリンに向けて、
「とにかく、大会本戦でまた会おう。」
と、そう言い残して去って行った。
「アイツ・・・何者だったんだ?」
RD等は唖然とするばかりだったが、一方タイガスとドラゴスは真剣な面持ちで
何か言い合っていた。
「な、なあ、アイツが従えていたあのデカイの・・・、もしかしてあの
“五条ビッグブリッジのベンケイ”じゃないか?」
「ああ、恐らく間違い無いだろう。」
「何!?五条ビッグブリッジのベンケイだと!?」
彼等の前に突如そう口を挟んで来たのはマスクマンだった。が、他のほとんどは
状況が理解出来なかった為、タイガス等は説明する事にした。
「まず、幅だけでもホバーカーゴ数機並べられる程の大きさを持つ五条ビッグブリッジと
言う巨大な橋があってな。そこに一体のマッドサンダーが居座り、通り掛かった
凄腕Ziファイターに挑戦しては倒しまくっていると言う。そしてそのマッドサンダーに
乗っていたZiファイターの名は“ベンケイ=ムサシボウ”恐ろしい男だ。」
「つまり、そこから五条ビッグブリッジのベンケイということか?」
「ああ、まさかあのベンケイを軍門に下らせてしまうとは、あの女相当な実力者だぞ。」
皆はまだ見ぬ強豪の存在に驚愕していたが、マリンは一人こう呟いていた。
「なるほど・・・シズカちゃん結構腕上げたってワケね。」
「ご免なさい…私が慣れていないばかりに。」
ミリアンはその運良くか運悪くか完全に無事な状態のドントレスのコアを手に取る。
機体を体と認識させているダミーコントロールシステムをゆっくり外し機体を廃する。
これを速く外さないとコアは機能停止では済まず化石かを起して死に至る…
戦場では乗り捨てられる事が多い為生き残れる可能性は少ないそうだ。
だが今は助ける時間が有る。その為の幸運?なのかもしれない。
流石に古今東西の物品が無秩序に展示されているだけあってウインチを発見。
それを使用してアルラとミリアンを引き上げるバロック。
「使ってしまって大丈夫なのですか?」
そんな事を今更ながら聞いてみるのだが…
「気にするな。道具は使ってこそ価値が産まれる。
美術品等見るだけで価値が産まれる物とは違うのだからな。」
潰れた右肩から先を再生させながらエントヴァイエンは言う。
しかし上ってきたのは2人とコア一つ。それで充分状況は理解できる。
「コアは助かったけど正直きついわね。ゾイド1機の損失は。」
ミリアンがアルラとコアを抱えたまま呟く。
アルラの方はずっと泣いたまま。責任を強く感じている事だけは確かだ。
結局は目の前の右腕を再生させている存在と同じく何処までいっても人は人。
そう言う事だろう…禍々しい気配や不死身な体とは言え本質は曲げられない。
だから外見の年齢相応の精神年齢しか持ち得ない彼女は泣くのだ。
泣き続ける彼女の頬にミリアンはそっとドントレスのコアを当てる。
「!」
「そう…もう治らない訳じゃない。でも体を失ってしまった事は確か。
だから元気を出して。この子のコアを預かっていて欲しいの。」
「どうしてですか?」
えぐえぐと啜り泣きながらアルラが聞くとミリアンはこう答える。
「私には…動けないゾイドを護ってあげられる程の力は無いわ。
それに貴方のように盾になってあげることもできない…残念だけど。」
その言葉には自身の情けなさと例え異質であろうと力を持つ物に対する…
畏敬の念が含まれたものだった。
「…解りました。責任を持ってお預かりします。」
少し時間が必要だったがそう言ってアルラはコアを受け取る。
それまでの間に他の者が道を見つけ出しある程度の所まで進路が確保されている。
「さあ…行きましょう。待ってくれているわ。」
「はい!」
目を真っ赤に張らしたアルラは頷きミリアンに手を引かれ一行に合流する…。
その間にマリエスの方は何かを必至に探しているようだ。
「何を探しているのだ?必至になって?」
その役立たず気味な御主人様に聞かれてマリエスは答える。
「責任は取らないといけませんからね…確かアレのデータが有った筈ですが?
何処ら辺に移動してしまったことやら?」
首を傾げながらマリエスは有る物のデータを探している様だった。
「アーマードエクステンションの事か?それなら余が持っているぞ?」
逆襲の一手。マリエスの動きで何を探しているのかを当てるエントヴァイエン。
もう彼此合計すれば…億単位の時間を共に過ごしている身。
その程度なら直に解る…だが、
「解っているなら直に出してください。首を撥ねますよ?」
珍しくマリエスの声に怒気が混じっているらしくエントヴァイエンは後ずさる。
「了解した(ヤー)…。」
嘗てほぼ生身で大型ゾイドに拮抗しうる戦力を持った集団が居た。
その集団は虫族の武闘派出身らしく体に異様な装甲を纏い…空を駆ける。
それだけでは無くその装甲はサイズに合わぬ強力な兵器を複数搭載し、
更には巨大ゾイドの格闘すら一撃なら耐える事ができたという…。
甲殻遊撃隊。その組織が使用していたゾイドこそ装着型ゾイド。
アーマードエクステンションと呼ばれる代物である。
遊撃隊が解散した後もアーマードエクステンションの技術自体は残り…
ヘリック共和国軍が嘗てネオゼネバス帝国からヘリックシティを奪還した後。
その後数年の間に極少数が公私共に少数投入されたという記録があり、
その中には酷い物でゴジュラスギガのコアを何らかの技術で小型化した物。
そんなとんでもない一品も存在していたという噂が或る始末だ…。
天変地異によって文明が崩壊して千年以上の時が流れた時代。もはや文明と言う存在さえ
人々の記憶から失われて久しい。文明の失われた世界は原始のごとく弱肉強食の世界と
なり、さながらこの世は地獄と化していた。そんな地獄を逞しく生きる一人の少年がいる。
少年の名は“マオーネ=バイス”、バラッツであるガイスティングと共にあての無い旅を
続けている。彼の故郷はもう無い。現時点で最大の軍事国家とされるディガルド武国に
滅ぼされたのだ。しかし、実家ではゾイド修理や整備を請け負う職人をやっていたし、
護身術として拳法も学んでいた彼は一人になってもなんとか生き延びる事が出来た。
彼は普段、俗に言う“賞金稼ぎ”を行って生計を立てていた。文字通り賞金首を捕まえて
その首に賞金を掛けた町の自警団に差し出して金を貰うのが主だが、他にも用心棒やら
何やら色々な事を彼はやった。人はヤクザな商売と蔑むが、彼も生きる事に必死なのだ。
彼の仕事の中でディガルド武国のバイオゾイドと戦う機会も少なくは無かった。一般的に
バイオゾイドはリーオと呼ばれる特殊鋼を装備したゾイドで無ければ倒せないとされて
いるが、マオーネはリーオを使わずにバイオゾイドを倒す方法を既に熟知していた。
「簡単な事だ。要するに鎧の無い部分を狙えばそれで済むだろうが。」
それが簡単に出来れば苦労は無いと人は言う。しかしマオーネにとっては簡単な事だった。
小さい頃から親に嫌々叩き込まされた拳法の見切りがこんな所で役に立っていたのである。
しかしそんな彼にも最大のピンチと呼べる時が来た。あんまりバイオゾイドを倒し過ぎた
為か、ディガルドに目を付けられてしまったのだ。たった一人のマオーネを相手に多数の
バイオラプターが迫る。愛機のガイスティングは既に殺されてしまった。しかし、最後の
力を振り絞ってまでマオーネを脱出させたガイスティングの男気に応える為にも彼は
生き延びるねばならない。しかし非情にもバイオラプターは追撃を止めなかった。
マオーネは運動能力には自信があったし、拳法の技も合わさって自分より大きな相手を
倒す事も造作では無かったがバイオラプターは流石に相手が悪すぎた。逃げるのが精一杯。
彼は可能な限りバイオラプターの入ってこれない様な狭い場所を選び、身を隠しながら
逃げるがバイオラプターはこちらの位置を把握しているかの様に追って来る。
「もうダメだ!」
そう観念した時だった。突如地震が発生し、それに伴う地割れによってマオーネは
地の底へ落とされてしまった。そこで彼は後の運命を大きく変えるある存在と出会う。
気が付くと彼は地下に出来た巨大な空洞の中に倒れていた。上を見ると、先程自分が
落ちた地割れが随分高く見え、その深さを実感した。途方にくれつつもどうにか脱出する
方法を探そうとした時、彼はとんでも無い物を見てしまった。
「こ・・・これは・・・、でっでけぇ!」
その地下空洞の中には、まるでマオーネを見下ろす様に聳え立つ巨大なゾイドの姿が
あったのだ。この時代、ゾイドは主に地下から発掘される物がほとんどである。しかし、
それは実家でゾイド修理や整備等を行う際に様々なゾイドを見て来た彼をしても、未だ
かつて見た事も無いゾイドだったのだ。白と緑を基調とした重厚な装甲、太く強靭な健脚、
鋭い爪、首から尾まで幾重にも生えそろった強固そうな背びれ、細くもよく引き
締まった腕、長く太い尾、裂けた口から除く牙・・・、そこで彼は気付く。バイオラプターに
似ていると・・・、しかし、他のゾイドより生物的意味合いの強いバイオゾイドと違い
目の前の巨大なゾイドはそれが見当たらない。何より銀色では無い。むしろ通常の
ゾイドと同じ機械的な質感をしていた。
「コイツは一体何なんだ・・・?」
マオーネは蝋燭に火を付けて明かりを作り、細部をよく調べる。確かに各部の機構は
彼の知る他のゾイドと共通する部分が所々に見られる。しかし体型はバイオゾイドと同じ。
「何か頭がこんがらがって来たな・・・。こんなゾイドは初めてだ。」
全くワケの分からない彼はとりあえずコックピットに乗って見た。コックピットの形状も
彼が知りうるそれとほぼ変わらない作りになっており、体型はバイオゾイドに似ていても
とりあえず明らかにバイオゾイドとは違うと彼は悟った。その瞬間だった。
まあ…着込んでいるのは人の為最終的な戦力は着る者に左右される。
前進の武闘派の面々が肝が据わっていた為異常に強力に見えたのだろう。
実際には空を飛ぶのには高所恐怖症では無理。
ある程度の運動神経が無ければゾイドに対しての格闘戦は無理。
踏み込む勇気が無ければゾイドに近付けない。
ある程度の腕が無ければ射撃は狙った所に当たらない等。
実はゾイドに乗るパイロットよりも不利な要素が目白押しだったりする。
一行の前を何かの影が横切る。その一瞬だが金の輝きが確認できた。
「…どうやら相手も迷っていたようだな。」
レイガは手にスナイパーライフルを取ると、素早く影に狙いを定め発砲する。
直撃を確信するレイガだが相手が悪い。
カーンと聞くだけで解る弾かれた金属音。目標は立ち止まり銃声の方向を見る。
「…この短期間で構成素材を入れ替えたようです。
あの姿…それだけでは無さそうです。何か私達とは正反対の力を感知できます。」
バロックが指差す方向には事の元凶を起こしたもう1体のバロックだった者。
元々秩序だった物は四肢しかなかったがその四肢のディフォルメ具合が変わり…
肘より下と膝より下が手首足首までの間に限り二回り程太くなっている。
更に関節がより機能的且つ構成パーツが大きくなり更なる大型化を予測させる姿。
肥大化した関節とそれ等のパーツが彼の姿を一層不気味に仕上げている。
「くくく…ははは…これの力は予想以上だ。貴様も満足だろう?
望み通り神の降臨に成功したぞ!この体は私の外殻として壊れるまで使ってやる。
光栄に思う事だ!ふははははは…。」
今一意味が理解し難い内容の言葉。奇妙なエコーが掛かり一層意味が解りにくい。
「どうやら奴は石笛を取り込んでしまったらしいな。余の見る限り…
性の悪い旧神を体内に降臨させたらしい。見事にコントロールを奪われている。」
エントヴァイエンがそれを睨む。
「仕方が無い。余は現役を引退為たつもりだったが…もう1度やらねば成らんらしい。
時間稼ぎにしか成らないかもしれんがな。マリエス。後は任せる。」
何かをマリエスに投げると…紫紺の法衣をはためかせ空中に制止する。
一瞬の寒気が場を支配した後、もう1体のバロックだった者は光の槍の群に貫かれた。
「はぐぁ!?…貴様!賢者の王か!?だがそれににしては力が弱い。
だとすれば大魔導士。おのれ…我が存在自体に手傷を!」
階位(クラス)は術者の各種能力と魔導機の価値の総計で決まる。
魔導機らしき物を持たない男が1位の地位を持つ事自体異次元のレベルである。
伊達に神々を冒涜する者の名を名乗っている訳では無いようだ。
「この…ゲザを傷付けるとはな。だが!」
自らの存在を名乗った憑依神は依代の腕を振るう。
そこには幾つもの銃口が光り、その中には破滅を象徴する光が湛えられている。
「人如きの器で収まる存在が…神その物を相手する等100億年早い!」
破滅が銃より吐き出される…。
一応この図書館の館内は特殊な能力を10分の1以下に抑える力を持つ。
そこで周囲が爆破に消える状況。撃った方は本気とは言い難い。
一体本気で攻撃をすればどうなるのかは見当も付かない状況だ。
マリエスの誘導でミリアン達は逃走する様に素早く非難をする。
「所詮旧神とは言え勝手を知らねばその程度か…笑わせてくれる。
その程度で在るから貴様等は嘗て遍く世界より拒否されたのだ!
形有る物に乗り移り…その力を持って悪意を世に散蒔く。
それだけでは無い!かつて世界の形を概念付ける無形の世界樹の根にアレを…
狼頭のラドーンを放ったのも貴様等だ。何時まで我等が足掻く様がみたい?」
破滅の光を湛えた攻撃を避ける事無く受け止め無傷のままエントヴァイエンは叫ぶ。
「聞きたいのか?答えは…何時までもだ。」
ゲザの両腕に剣が握られる。それは依代のバロックの腕ではなく彼自身の腕。
何も無い空間に剣が二振り浮いている状態だ。
「大丈夫かしら?幾ら何でも神相手に喧嘩を売って無事で済むとは…。」
ミリアンの当然の不安にマリエスが冷淡に答える。
「無理でしょうね。無事で済まなくても取り敢えず大丈夫だから足止めを買って出た…
それだけでしょう。神という存在を打ち倒すには最低2人以上の存在が必要です。
1人では絶対に存在根源を…本質を仕留められない。それが神と言う存在です。」
さらりと負けを宣言するマリエスに一同は何故2人以上なのか?と言う疑問を残す。
今は案内される先へ走る事しか彼女達には道が無い。
『貴様か、我を目覚めさせた者は・・・。』
「!!」
突然何処からか聞こえて来た低い声にマオーネは硬直した。しかし、謎の声は続く。
『答えよ。貴様は何ゆえ我を目覚めさせた・・・。』
「(こ・・・これってまさかこのゾイドが喋ってんのか?前代未聞だぞオイ!)」
『答えよ。』
「あ!ああ・・・、ちょ、ちょっと見た事無いゾイドだったんで気になって乗らせて
もらったよ。悪かったな。今直ぐにここから出てくよ・・・。」
やっかいな物はゴメンだとばかりに彼は出て行こうとするが、声の対応は意外な物だった。
『いや、その前に少しの間で良いから話し相手になってはくれまいか?』
「へ?」
マオーネは拍子抜けした。それに対し声は寂しげに語り始めた。
『我が心の底から信望したご主人は既にこの世に亡く、我一人が生き長らえてしまった・・・。
世間とはかくも厳しい物よ。弱い者は生き残れないと言うくせに、かと言って強い者に
対しては直ぐ悪魔だ魔物だと蔑む・・・。ご主人と共に生きた時の中ならその様な蔑みも
さほど苦にはならなかったが・・・、ご主人が天の国へ旅立った後は地獄も同然だった・・・。』
「う、うう・・・分かる・・・分かるよその気持ち・・・。俺も人よりちょっと強いからって良く
不気味がられたもんだよ・・・。」
何故か貰い泣きしていたマオーネと、謎の声は語り合った。世渡りの辛さや戦う事の
厳しさなど、お互いを励ましあう様にしていく中で何時しか二人には友情とも言える物が
芽生えていた。もう彼にとってそのゾイドが何故喋れるのか等どうでも良い話だった。
『貴様とは何か他人と言う気がしないのだ・・・。まるで長年共に修羅場を潜り抜けた戦友の
様に・・・、そう考えると顔もどこか死んだご主人に似ているようにも思えるし・・・。』
「そうかそうか・・・まあ似た顔の奴なんて良くある話だもんな〜。そう言えばお前は
一体何て名前なんだ?」
『機体名称はRZ−064ゴジュラスギガだが、ご主人は我にカンウというもう一つの
名を付けてくれた。我としてはこちらの名で呼んでくれた方がしっくり来る。』
「そうか、カンウか。俺はマオーネ=バイスってんだ。よろしくな!」
『マオーネ・・・バイス・・・か・・・。もしかして貴様は・・・。』
「?」
カンウには一瞬マオーネの姿が今は亡きかつてのご主人と重なって見えた。が、その時、
突然上の方から爆発音が響き渡った。
『な・・・何だ?』
「あ・・・、あいつ等まだ帰ってなかったのかぁ?」
『何かに襲われていたのか?ならば我が友情の証としてそ奴らを追い払うのを手伝って
やろう!マオーネよ!我を使え!マニュアルコントロールモードオーン!』
直後、カンウのコックピットの各部が点灯し始めた。マオーネはカンウの好意に感謝し、
操縦桿を握った。
一方地上ではバイオラプターが火炎放射で森を焼きながら周囲を荒らしまわっていた。
「さがせぇ!どこかにあのガキが隠れているはずだ!」
後方で隊長と思しき将兵がそう叫んでいる。その直後、地下から地面ごとバイオラプター
数体を吹き飛ばし、物凄い勢いでカンウが飛び出して来たのだった。として高々と舞い
上がると共に着地するが、マオーネは驚きに耐えなかった。
「うおぉ・・・この巨体でなんっつージャンプ力だよ・・・。」
『すまんな。久々なんで力の加減が上手くいかなくてな。それはそうと、あいつ等が
お前を追っている敵とやらか?それにしても我も色々な奴と戦って来たが、あんな形の
ゾイドは初めて見るぞ。』
「奴らはバイオゾイドと言ってな、連中の全身を覆っている銀色の鎧は光の弾も鉄の弾も
弾いちまう。だから鎧の無い部分を狙うのが先決だ。」
カンウは初めて見るバイオに興味津々だったが、ディガルド部隊は混乱状態にあった。
「ななな何だあのゾイドは!バイオゾイドに似ているがバイオでは無い!何なのだ!」
「それじゃあさっきのお返しいくぜ・・・。」
改めてマオーネは操縦桿を握り、精神を集中させた。共にカンウはゆっくりと構える。
バイオラプターが飛び掛るが、カンウの拳の一撃で容易く打ち落とされ、粉砕された。
恐るべき威力。装甲は無事でも内部から破裂してしまう程の衝撃を与えていたのだ。
――市街。
何日で一年が回っているのか既に解らない以上、カレンダーが作成されていない。人々
はただ季節の到来によってぼんやりと「ああ、そろそろ新年か」などと悟るのだが、今年
はやけに冬の到来が早い気がした。
エルフリーデ・ラッセルは灰色の空を見上げ、降り始めた雪を手に受け止める。彼女の
柔らかな手の上で雪は溶け、冷たい水に変わる。
電光掲示板は、大型低気圧の警報を出していた。が、彼女はただ寒くなりそうだから早
く家に戻ろうとしか思っていなかった。
――その時、唐突に彼女は悪寒を感じる。刹那、脳裏に浮かんだのはオリバーの顔。そ
して彼がもたらす筈の安らぎと反比例するような恐怖。
「オリバー……?」
彼女は愛する者の変化を敏感に感じ取ったのかもしれない。しかし、それを感じたとて
今のエルフリーデにできることは無かった。
「うそ、そんな……どうして! どうしてみんな、今になって私の前に現れるの!」
リニアは叫んだ。心が砕けるほど望んだ再会はしかし、二度にわたって望まぬ形で実現
したのだ。
今、彼女の前に居るのはオリバー・ハートネットではなかった。その身体を借りた、彼
女の兄。
セディール・レインフォード。世界最強の能力者――かつ、世界最悪のテロリスト。
「僕は死の瞬間、完全に蒸発する前に……脳の一部を残っていたナノマシンで分解するこ
とに成功した。僕の『精神』を持ったナノマシンは空気中を漂い……」
……戦いを見守っていた“ギルド”の能力者、オリバーの体内に侵入した。
彼は言う。オリバーの脳の一部を寝ている間に分解、セディールの記憶などを潜在的に
組み込んで再構築し、『生き延びる』ことに成功したと。
長い間、オリバーの脳内の片隅から世界の様子を『彼の目を通して』観察してきた。彼
がリニアと接触した時は流石に驚いたが、強く成長した妹を見て安堵したとも――。
「……やめてッ!」
不思議な感情を抱きつつあった少年の口から、微妙にトーンの違う声で紡ぎだされる兄
の言葉。どうしてこんな残酷な再会しか許されない?
「彼の目を通して、二年間いろいろなことを見てきたよ。……僕は、そこの“騎士”が言
ったことも知ってた」
リニアにそれを伝えたかったが、セディールの意識が表に出られるのはオリバーの自我
が何らかの要因で弱まった時だけだった。その『自我が弱まる時』とは即ち、極度の精神
的付加が掛かった時である。
「じゃあ、やっぱりアーサーと戦ったときに現れたのは……兄さんだったのか」
しいて感情を押し殺し、声を絞り出すリニアを兄は哀れと思った。そうなった責任は自
分にあると知っているからこそ、余計に胸が痛む。
「この少年には悪いが、イクスではもう彼の能力についていけなかった。だから僕はあえ
て無茶な攻撃をした……アーサーが退くことも、一応は計算のうちだった」
「そんなこと! あの機体はオリバーの……大切な友だったんだ!」
リニアはその場にひざをついた。立ってなどいられない。
やはり、彼女の兄は冷酷な人間だったのか? あの暖かい笑みは偽りだったのか?
「解ってる。けど、そんな失望の目で見ないでくれるかな」
か弱い少女に戻ってしまったかのようなリニアの前で、セディールは溶けるように消え
てしまった。最後の言葉は――。
「……大丈夫だよ、ちゃんと彼の相棒は生まれ変われるから……」
「出てきなさーい! それとも、艦が沈むまで隠れているつもりですカァ?」
ヴォルフガングは油断なく、しかし余裕を持って歩を進める。
どうも艦底部にある何かの格納庫に来たらしく、ゾイドが小さく見えるほどのスペース
が粘りつくような暗闇を抱え込んでいる。周囲に見えるのは脱出艇だろうか?
「不時着の際に脱出もできなかったワケですか。可哀想にネェ……」
と、周囲に纏っていたナノマシンのセンサーが反応した。
「! 後背からの奇襲ですカ。しかし!」
――奇襲の条件が整っていて、前から襲ってくるヤツが居るものか!
「セオリー通りに過ぎるッ!」
片足を軸に翼で旋回、その回転の勢いのまま槍を突き出す。
激突――400m余りに伸ばされたセラードの“フェアリーテール”と、デッドボーダーの
槍が火花を散らし、淀んでいた空気を震わす。天井からバラバラと埃が落ちてくる。
「あいにくと、僕はどっちかといえば後ろから刺すほうが好みなんでね。誰かと違って!」
ヴォルフガングが気付いた時には、数秒前『正面』だった後ろからティベリウスが迫る。
「後ろから襲い掛かるのは好みでないがな、しかしむざむざ敵に背を向けたお主が悪い!」
蒼い刃が閃く。触れれば死を呼ぶその凶刃は、確かにデッドボーダーを貫くはずで。
まさかその刃が自らに死をもたらすなど、一人の武人は思いもせず。
「な…………ッ……!?」
「ただの挟撃、とはいえシンプルながらも強力な攻撃ですネ。私でなければ通用したので
しょうけど……己の無力を呪ってくださいヨ」
ヴォルフガングとティベリウスの間には、『空間の断層』が作り出されていた。あらか
じめ後方以外の三方に張っておいた防御手段――この断層を通り抜けた攻撃は、捻じ曲が
った亜空間を通り、その攻撃者を撃つ。究極のカウンター技術である。
デスブリンガーはこの断層に飲み込まれ、そしてその主を貫いたのだった。
ティベリウスは、自らの命がデスブリンガーに奪い取られていくのを感じた。
――そうか、今まで私が屠ってきた敵も、こんな感覚にとらわれたのだな……。
瞼が閉じる前に、彼の脳裏には見たことの無い光景が浮かんでくる。
木造建築の古風な家が立ち並ぶ、どこか東方の文化をもつ街。騎士として生まれてから
こんな場所には行ったことが無いはずだ。にもかかわらず、その風景にはどこか懐かしい
ような感情――郷愁を覚える。
――そうか。
やっと思い出した。死の寸前になって、自分の本当の姿を。
きっと仲間は誰も知らない。アーサーですら、自分が何者であるのか知らないに違いない。
――我々は……本当は…………。
糸の切れた人形の如く、ティベリウスの機体は崩れ落ちる。セラードは流石に驚愕した。
一人であのバケモノに挑むのは馬鹿のやることだ。今は退くべき――そう結論付け、恐怖
心を押し隠すと、セラードの機体はその剣を天井へと伸ばし、切先をアンカー代わりに天
井を貫き、上階へと離脱していく。
ヴォルフガングはそれを見送った。
追いつけないわけではない。ただ、逃げる魚を追うよりも、追い詰めた魚を獲るとしよ
うではないか……そう考えたのだ。
その頃…外はと言うと…
「何という事だ…これは凄惨すぎる。もう我慢ならん!その徴発乗るぞ!
その思い上がりを湛えたまま…消え去れ。」
ザイリンの目の前に映る物は…夥しい血の跡。倒れている悪魔や天使達。
戦闘に巻き込まれた訳でも巨人達に踏まれた訳でもない。
意図的に…アリエイルの攻撃を受けた。自らの同胞も巻き込んでの暴挙。
格の違いは同族の価値をも屑と変える物なのであろうか…?
アースジャイアントの手から抜け出しブースターを最大出力で吹かし突撃する。
目標は…アイアンコングDC。唯一つ。
「ほほほほほ…やっと乗ってきましたわね。直に鉄屑に変えて差し上げますわ。
今度の人はどんな嘆きを私に見せてくれるのかしら?」
アイアンコングDCの双眸が怪しく輝きそれに呼応して背の棺桶の眼が開く。
「さあ!さあさあさあさあ!鋼鉄のダンスとしゃれ込みましょうか?」
迫るバイオメガラプトルと同じかそれ以上の加速度で走るアイアンコングDC。
「部外者を巻き込むとは…余程あのゾイドに御執心と見える。
だが!儂の前で背を向けたからには生かしては帰さん!」
コクピットで狂喜乱舞しているだろうアリエイルの顔を浮べてデモントは…
不愉快極まりない表情でトリガーを引く。
ロングレンジバスターキャノンは2機の接触予想地点に着弾する。
アリエイルはともかく人の方が如何でるか?それだけが彼の楽しみである。
「砲撃?やはり横槍は当然か…ならば。」
更に加速するバイオメガラプトル。銀光の矢が爆発的な推力で駆ける。
それを凄まじい勢いで追う巨大な影が出現する。
「?どうやら…天は地を使って私に好機を与えたらしいな!征くぞ!メガラプトル!」
砲弾の着弾は遙頭上。アースジャイアントの手の甲に炸裂し巨大な飛礫を生む。
本人からすれば薄皮1枚程度だろうが広場の床に落ちてくる物はかなり大きい。
アイアンコングDCの砲撃を躱しヘルファイヤーを吹き付ける。
直撃を避けるように緊急回避を行なうアイアンコングDC。大きなサイドステップ。
「そこだ!!!」
振るわれた爪。だが…それは何処からともなく現れた爪に遮られた。
「砂糖より甘くてよ。」
棺桶の中から伸びたサブアームらしき物。その先に鋭い爪が隠されていた。
「ふん…何方が甘いのか?」
バイオメガラプトルの爪を受け止めて得意になっているアリエイル。
それに横槍を入れるように黄金の腕がアイアンコングDCを吹き飛ばす。
「凸角!?また私の邪魔をしようと…。」
「悪かったなアリエイル。だがな…儂のゴジュラス部隊と貴様のコング部隊。
共に交換率1対1で既に全滅だ!安定性のコングだと?笑わせるわっ!」
「むきーーーーーーーーーーっ!!!」
実際のところアイアンコングとゴジュラスの交換率は…
1対1、5体。ゴジュラスの方が近付かないとどうしようも無いと言う所からこうなる。
だがMSとガナーの場合だと…それが逆転するのである。
これはアイアンコングが遠距離と格闘距離の二つで不利になってしまうからだ。
こうして結果相打ちと言う事になったのだ。傑作=最強では無いと言う良い例である。
戦闘は三つ巴の形になり激しい地響きが周囲を戦慄かせる。
血塗れになっていた者達も何とか持ち直し観戦モードと相成る。
昼なお暗いセラエノということで…何時の間にかライトが付けられている。
サイズは一回り程不利なバイオメガラプトル。
とは言えその才を生かし自慢の装甲で攻撃を巧みにブロックするザイリン。
アイアンコングDCがメタルZiの装備を持っている事で爪や牙でもそれを防ぐ。
手数で勝負するアイアンコングDC。
パワーで押し潰さんとするゴジュラス大統領専用機。
周囲では賭けすら始まる始末であった…。
内部の爆音や術の起動音が小さくなってきている。
そんな距離まで何とか離れた一行。途中途中でマリエスは足を止め…
何かを集めている。先にエントヴァイエンより渡された物が関係しているらしい。
「何を探しているの?」
気になってミリアンはマリエスに尋ねる。
「アルラが持っているドントレスのコア。それに新しい体を差し上げようと思いまして。」
悪魔の微笑みで答えるマリエスに一同は背筋が凍る様な気がしたようだ。
「どうやら私の目論見は…当たった様だ。せいっ!」
剣を片方蹴り飛ばしもう片方を真剣白刃取りの要領で受け止めるエントヴァイエン。
「何…うがぁ!?」
素早く掴んだ剣を引き寄せ頭部に貫通の効果を付加した膝蹴りを叩き込む。
効果という物は結果として現実となり頭部に大穴が空きオイルの血が大量に流れる。
右目辺りに大穴が空きその結果相手の左からの攻撃が視認できなくなる。
その途端…直前までの強気は何処吹く風。
こう言う場合のお決まりの捨て台詞すら吐く余裕も無く展示物の海に消え失せる。
「ちぃ!逃したかっ!」
追跡を開始するエントヴァイエンだがその速度は非常に遅い。
「…逃げたと思わせて後からは常套手段。
まあ自らを至高と言う輩は為ないだろうがな?」
「…おのれ…。」
頭部の修理と各部の拡張を進めながら…歪みの旧神は呟く。
その言葉に反応して奇襲を行なえなくなったのが余程悔しいようだ。
いい加減なプライドなら燃えるゴミの日にでもゴミと一緒に出してしまえば良い。
そんな単純な喩えを挿した答えでも出せれば良いのだが…
残念ながら彼にはその程度のジョークを思い付く暇が無い。
彼等にとってこの世界を含む数多の世界は融通の効かないゲームの様な物。
気に入らなければ壊してしまえば良いと考えている程だ。
そこに棲むその下賎の輩に虚仮にされた事は非常に不愉快極まりない。
そう思いながらレーザーキャノンを肩に取り付ける為、肩の大型化を目論む。
「今回の依代…バロックとか言ったか?非常に面白い殻だ。」
ユニット交換自由自在のブロック構造と拡張し放題の体は既に彼のお気に入りだ。
そして…彼はこの有り余る部品の海で悪意を、害意を剥き出しにする。
「石笛の代わりを何とかしないといけないな。」
レイガ達は移動の最中もそれを探している。ミリアンやアルラは素人。
蛇の道は蛇。仕事だけはきっちり熟すべきと代わりに成りそうな物を探す。
しかし…材質までなら何とか成るが笛の代わりに成りそうな物は何一つ無い。
金メッキの入れ物の方は…何故か見当たらない。
「あの〜?」
必至に探し物をしている彼等にアルラが声を掛ける。
「何だ?用件は手短に頼む。」
「はい…実は非常に言い難いのですが…?」
「それで?」
レイガは何故そんなに気不味そうな顔をしているのかが理解できない。
「…黄金の蜂蜜酒。それは探さなくて良い事に気が付きまして…。」
「「「「なんだってえええええええ!!!」」」」
余りの声に尻餅を付きそうになるアルラ。それを4人は素早く支えて…
耳元で囁く。
「単刀直入に頼む。」
「実は…近くの自販に売っているんです。ほら…彼処に…。」
「「「「「「……。」」」」」」
不気味な数のコイン投入口の有る自動販売機。120HZ¢だった…。
「…よし。取り敢えず人数分買うか。リガス?小銭を貸してくれ。」
結局有事に供え結局1人頭3本それを持つ。
「隊長?後でちゃんと返してくださいよ?」
「わかっている。だが…後でな。」
明らかに迫る敵意に気付き火器を構えるレイガ。
その眼差しの先には…どう形容して良いか表現に非常に困る物。
そうとしか言い様のない物体が迫って来ている。
「実に…バロック(歪み)な。」
ライフルの銃口からマズルフラッシュが切れ目無く灯る。
「こっちにも!」
飛び掛かってきた物体をガンファーで叩き落とすミリアン。
下手な発砲は避ける。元々彼等のライフルより装弾数が少ないハンドガン。
それに硬度の高い材質のトンファーを被せた物。要するに…ぶん殴り推奨仕様。
銃身の保護が成されているので遠慮無く相手を殴る。
どう見ても命が宿る筈のない壊れた物を一括りにした部品の山。
それが動いていると言う骨の折れそうな相手だった…。
「な・・・なんて威力だよ・・・。」
『ほぉ、貴様も拳法の心得があるか。』
「いや、だからそう言う問題じゃなくて、この威力・・・。」
マオーネは戸惑うばかりだったが、カンウの猛攻は目を見張るものがあった。次々に
バイオラプターを殴り砕き、握り潰し、踏み潰し、尾で叩き壊し、噛み潰した。
それと同時にカンウは高い回避力を見せ付け、バイオラプターの攻撃をかわしまくった。
何とか当てる事が出来ても、その強靭な装甲はラプターの爪が逆に欠けてしまう程だった。
「なんて強さだよお前・・・、パワーだけでもエレファンダー・・・、嫌、あの雷鳴のなんとか
ってのが使っているって言うデッドリーコングさえ遥かに超えてるんじゃねーのか?」
そこでマオーネはカンウが言っていた、かつて人々に悪魔と蔑まされたと言う言葉を
思い出し、同時に納得していた。リーオも無しにバイオゾイドを真っ向から破壊する
このパワーだけでも十分に悪魔と呼んで差し支えないと思えたのだ。
「お!おのれっ!ではアレを出せっ!」
隊長の号令に合わせてラプター隊が下がると、後ろから一体の大型バイオが現れた。
ディガルドの誇る数少ない大型バイオの一つ、バイオメガラプトルである。
「最近やっと量産が軌道に乗ったメガラプトルだ。慣らし代わりに可愛がってやる。」
『また始めて見る奴だな。しかもグロテスクだし。ご主人が見たら吐くかもしれんな。』
「あれはメガラプトルとか言うらしい。だが気を引き締めろよ。あれはかなり強いぜ。
以前たった一体のあれにエレファンダー遊撃隊が壊滅させられていたのを見た事がある。」
バイオメガラプトルは素早く飛び掛った。カウンターで拳を合わせるカンウ。
しかしバイオメガラプトルの装甲はまるで柔らかいゴムの様にその衝撃を吸収していた。
『なるほど。先程の小さい奴とはワケが違うか。しかし・・・。』
追い討ちで爪を振りかざすメガラプトルだったが、それより速くカンウがメガラプトルの
腕を掴み、引き千切ったのだった。のた打ち回るメガラプトル。
「確かに装甲は破壊出来なくてもこう言う方法があるよな〜。」
『所詮“メガ”に“ギガ”は倒せん。』
少し論点が違うような気がしたものの、カンウは既にメガラプトルの動きを見切っていた。
「く、くそぉ!何なんだ!これでも食らえ!」
メガラプトルの口から高熱の火炎砲“ヘルファイヤー”が放たれた。しかし、突如として
カンウの周囲の空間が歪み、その歪みによって火炎は弾かれてしまった。
「凄ぇや!お前、光の結界まで持ってるのかよ!」
『正式にはハイパーEシールドと言うのだが、この時代の人間はそう呼ぶのか?』
もはやメガラプトルの運命は風前の灯火だった。
「どうする?このまま千切り殺すのも良いけど、もっと格好良く倒したいが・・・。」
『好きにしろ。』
「そんじゃ、行かせてもらおうか!」
逃げ様としたメガラプトルの尾を素早く掴んだカンウはその場で振り回し始めた。そして
勢いが乗ると同時に上空へ振り飛ばしたのだ。さらにカンウも高く跳び、足を突き出した。
「これが良く分からんが家に古くから伝わる古武術の技の一つ!“真空大斬脚”だっ!」
メガラプトルの落下するスピードに加え、カンウの蹴りの勢いが加算されて恐るべき
破壊力となった蹴りは瞬く間にメガラプトルの装甲の限界を超え、蹴り砕いていた・・・。
『この技は紛れも無く我が主人が使っていた流派の物だ・・・、ではまさかこやつは・・・。』
「ひっ退けぇ!撤退だぁ!」
ディガルドの部隊が去った後、バイオの残骸の幾つかを抱えて歩くカンウの姿があった。
「いいのか?俺と一緒に行くなんて・・・。」
『貴様と共に戦った時、かつてのご主人と戦った日々を思い出した。それに先程も言った
はずだ。貴様は何か他人と言う気がしない。貴様が嫌で無ければ付いて行かせては
くれまいか?それに、この世界はどうやらいつの間にか様変わりしている様だ。改めて
世界を見てみるのも面白いと思った。少なくとも地底で寝ているよりかは楽しかろう。』
「それなら別に良いけど・・・、お前確か昔は悪魔と蔑まされたと言っていたよな?」
『そうだ。それがどうかしたか?』
「しかしよ、悪魔も別に悪くは無いんじゃないのか?その力、使い方次第によっちゃぁ
人生楽しくなるぜ?」
『言っておくが犯罪の手助け等はせんぞ。』
「ちげーよ。けどよ、俺の頭とお前のパワーがあれば、この地獄と化した世の中も極楽の
様に楽しく生きられるかもしれねーぜ!」
『ほぉ・・・。貴様がどう考えているかは知らんが、まずはこれからの目標として考えて見て
も良いかもしれん。』
マオーネとカンウ・・・、彼等が“緑の悪魔”とディガルドから恐れられる存在になるのは
そう時間の掛かる事では無かった・・・。
『所でこのバイオゾイドとやらの残骸、持ち帰ってどうするつもりだ?』
「鍛冶屋に持っていけば意外と高く売れるんだ。加工すれば色々な物に使えるらしい。」
おしまい
「…ソロネ達はどう見る?あの三つ巴。」
全く所構わず争うあの2人の監視は疲れるとカムサリエルは衣装を直す。
突然勝敗の行方を予想しろと言われ彼の取り巻きのソロネ達は口々にそれを言う。
「無難なところだな。まあ来期のアーマゲドンも迫っている事だし…
君達には休暇を与える。ここを見るなり帰るなり各自自由だ。
休暇返上で仕事をしたければそれも構わないぞ。」
監視者。それが彼の仕事だ。6枚の翼を広げもっと広い視野でそれを見ようと…
音も無くはばたき鑑定館の屋根に降り立つ。
だが…
「こんな時に…旧神が現れたか。それも性の悪い悪神の方が。
奴等は厄介過ぎる。倒しても倒してもきりが無い。その上正体がアレではな…。」
セラフィムとは言え彼は面倒臭がりだ。今はタバコを吹かし、
旧神が外に出てこない事を大いなる主に祈るほか手は無かった。
館内では…急に仮初めの命を得た物体の群と戦闘をしているミリアン達の姿が有る。
辺り構わず火花が散り金属片や木片、化学繊維の切れ端が舞う。
砕け散る命無き者。しかし頭数が違いすぎる上に…
破壊した先から残骸同士が別の者に再結合するので数はいっこうに減らない。
致命的なシチュエーション。それが少しづつ形になっていく…
その様は当事者にとっては地獄の針山に投げ出された気分だ。
何時の間にかミリアンの後方に擦り抜けてアルラに迫っていたそれ。
だが…ここで思いも寄らぬ反撃が待っていたのだ。
「本当は怒られるので使いたくは有りませんが…伊達に何世紀も包帯に巻かれてません。
我流包帯神拳。圧殺梱包。」
何かとても不吉な言葉を吐いてアルラは腕の包帯を解き放つ。
正に意志を持った蛇がごとく包帯は対象に巻きつきそれを締め上げる。
有り得ない世界が其処に有る…締め付けられた相手は圧縮されて小さな塊と化してしまう。
数秒後アルラの周囲には無茶な圧力を掛けられ、
質量に見合わない大きさに成った塊が幾つか有るだけだった。
彼女のしている包帯は使用されている繊維等も違うらしく…
いざという時にはその身を守る鎧にも武器にも成る特殊な物だったらしい。
「中は相当に大変らしいな…あの馬鹿共が暴れなければ手を貸してやれたものだが、
暫くは耐えてくれ。こっちはもうそろそろ決着が付きそうだ。」
千里眼と透視を用いてミリアン等の状況を確認して呟くカムサリエル。
眼下ではザイリン、デモント、アリエイルの戦闘が続いている。
だが始めの勢いはもうどの機体にもない。パイロットがへばっている証拠でもある。
驚くべき事は…疲労こそ有るが相手の攻撃の手が緩んだと見て仕掛けるのではなく、
自らも行動速度を落とし疲労を抑えているザイリンの経戦技術。
焦らず体力の消耗を抑え疲労を重ねる相手をゆっくりと仕留める。
高い操縦技術と柔軟な発想が彼にそれをさせているのだろう…。
だが、それは同時に自らを窮地に追い込むかもしれない可能性を含んでいる。
「どうした?悪魔共め。さっきまでの勢いは何処へ行ったのだ?」
解り易く見え透いた挑発の言葉だがこれでも充分効果は有る。
ザイリン自身は受けをメインに戦っていたため他の2人ほど疲労は多くない。
逆に一番疲労しているのはアリエイル。
機体の素のスペックが他の2機に劣るためでは無くサブアームの操作も同時に行なう。
その為必要な行動が逐一多いのだ。
デモントの方はその強大なパワーを持つ機体に振り回され、
それを抑えるのに苦労している様だ。
「「「この一撃で決める。」」」
3人の考えが重なり各々必殺の一撃を繰り出す。
「ゲヘナフレアー!!!」
「クリティカルスナッパー!!!」
「ハウリングディサイダー!!!」
バイオメガラプトルの地獄の劫火。アイアンコングDCの隠し武器による一斉攻撃。
ゴジュラス大統領専用機の火器の至近斉射。この三つが打つかり合う。
その結果…アリエイルだけが格闘攻撃だった事が災いし、
派手に空中へ舞い床に叩き付けられ数十m床を削りながら滑って行く。
「…止めが砲撃何て男らしく無くってよ!恨めしいですわ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」
アリエイルの恩讐の言葉が幕引きとなった様だ。
「ふっ…人間よ。やりおるわ。」
デモントはその一言を最後にゴジュラスを後退させる。
そして…バイオメガラプトルの火炎が当たりにくくなる距離から後方に向き直り去る。
彼がゲートを開きゴジュラスの姿が消えると同時に掻き消える様に…
他のゴジュラス達も姿を消す。
一方アリエイルのアイアンコング等も本人がセラエノから消えたと同時に姿を消す。
ザイリンにはその経緯が良くは解らなかったが…
「転送先が決まっているらしいな。」
それ以上は何も考えない事にする。どうせその方法が解ったとしても、
多分今のディガルト武国の技術では応用不能であろう事が確かだからだ。
「さあ…本来の仕事に戻るか。」
今はじっとしている事。それが今の彼にできる最良の行動である。
「…以外にあっけなかったな。デモントがあれだけ簡単に引くとはね。
さて。邪魔な取り巻きも追い払ったことだし…本業と参りますか!」
観戦を終えたカムサリエルは手より棒を取り出す。
鈍く輝く青みが掛かった銀色のそれは…彼の身の丈も有るほどの穂を持った槍と化す。
「蒼月の…ブリューナク。力を借りるぞ?」
それを肩に担いだ織天使は鑑定館の屋根に融けて消えて行った…。
「しつこい!」
誰となく叫ぶ館内では銃撃戦が続いており幾ら撃っても数が減らないと言うのが痛いが…
討たなければ命は無い。
数が中々増えないのはリミッター解除状態のアルラの謎の包帯神拳のお陰である。
包帯の材料が特殊な事とアルラ自身が持って居る得体の知れない気配…
これがどうやら相手の疑似生命構造を破壊しているらしい。
「…付加系術生物(エンチャンテッドクリーチャー)なのかしら?ならこれで…?」
ミリアンはハンドガンのマガジンを解呪弾装填の物に変えて発砲する。
それを喰らった者は暫くもがいていたがやがて…バラバラに成って動かなく成った。
ホバーカーゴで暇潰しにファインが作っていた物を了解済みで拝借していたミリアン。
怪しさ大爆発のエロジジイだったが今回はその怪しさが丁度良く状況を打破。
これで今度は少しづつ相手の数が減り始めている。
観客の声援の中で繰り広げられるゾイドバトル。
広く設定されたフィールドの、外円部。
「あぁ〜、まだ終わんねーの?」
白と青とに塗り分けられたコマンドウルフ。
肩部に付いたパトライトから、治安局の機体であると知れた。
ジェス=ラインハック。17歳。
彼の仕事は、ゾイドバトルの監視。
もっとも、レフェリー等の類ではない。
近くを通りかかった人にフィールド内に入らないように呼びかけるだけ。
「・・・制限時間ギリギリまで粘る気かよ・・・ん?」
小型ゾイドの反応が一つ。
近付いてきたそれは、ヘルキャット。
コマンドウルフを見て、どこか怪訝そうにしている。
仕方なく、ジェスは指向性通信の電源を入れた。
「あー、現在、このエリアではゾイドバトルが行われております。
今から範囲のデータを送るので、フィールド内に立ち入らないで下さい」
型にはまった台詞を言って、付近の地図を送信する。
「あ・・・あ、ありがとうございましたっ」
慌ただしい声を残し、ヘルキャットは大きく迂回してそこを離れた。
声だけで判断するなら、あれは女性のもの。
それも、ジェスとさして変わらぬ、少女と呼べるだろう人物。
つまらない事を考えている内に、大きな音が耳に飛び込んで来た。
「あ、やっと終わった」
欠伸をして、彼は岐路に着いた。
「あー、美味い話ってな、滅多にあるもんじゃねーんだな」
主人の少し間抜けな様に、コマンドウルフは苦笑するような唸り声を発した。
そしてマリン等は他のライバル達と互いを激励し合った後、別れ、マリナンのいる場所に
戻って来た。すると、彼は丁度店をたたんでいる最中だった。
「お帰りみんな。所でちゃんと僕の分もエントリーしていてくれたよね?」
「うん。一応しておいたけど、一体どんなゾイドを使うの?」
マリンは不安な顔をしていたが、マリナンは円満の笑みを浮かべていた。
「まあとりあえず今はこの辺で待っててくれないかな?今お店たたんでる最中だから。」
「なら私も手伝うよ。」
「そうかい?悪いな〜。」
と、こうしてマリン等が手伝った事で、店はあっという間にたたまれた故、
早速マリナンの使用するゾイドの話題に移っていた。
「所でお兄ちゃんは一体どんなゾイドを使うって言うの?それにお兄ちゃん一応
Ziファイターの資格持ってるけど試合とか出た事無いんでしょ?」
「確かに僕は試合に出た事無いよ。でも旅先で盗賊とかに襲われる事も少なく無かったし、
そう言った自分の身を守る戦いはよくやってたんだよ。」
「まあ、お兄ちゃん何だかんだ言って強いからね〜。」
マリンは腕組みして何か考えていた様子であるが、マリナンはグスタフの各種コンテナの
中の一つを指差していた。
「普段はあの中に僕のゾイドを格納してるんだ。今開けるね。」
マリナンがそのコンテナを開いた時、そこに格納されていたゾイドは凱龍輝だった。
しかも血は争えないのか、その装甲はメタリックグリーンカラーが施されており、
その両腕にはジェットファルコンのバスタークローを構成するブレードが装備されていた。
「凱龍輝・・・。」
「凱龍輝だね。」
少し意外な展開に皆は唖然とするばかりだった為、マリンはマリナンに訪ねた。
「ええ、そこのお兄様?一体何処でどうやって凱龍輝を手に入れたのでございますか?」
マリンは少しカタコト混じりだったが、マリナンは笑って答えたのだった。
「別に大した事は無いよ。以前ちょっとした料理大会に出場した事があってね。その時の
優勝賞品がこの凱龍輝ってワケさ。ちなみに僕は彼を“シェフリュウキ”って呼んでる。」
「シェフリュウキって?」
「呼んで字のごとくさ。シェフで凱龍輝だからシェフリュウキ。戦う料理ゾイドさ。」
「・・・。」
マリナンの笑みを絶やさない力説に皆は唖然とするばかりだったが、
何故かルナリス一人は平静としていた。
「ま、世の中色々いるから別に良いんじゃないのか?大切なのは強いか弱いかだろう?
実際名前は知られていなくても強い奴とか沢山いるしな。」
「さすがルナリスさんは良い事を言う!」
マリナンは喜んでいたが、マリンはまだ釈然とせず、
「でも何か宝の持ち腐れって気がするんだけどな〜。」
「それを言うならお前のカンウはどうなる。今までハガネさんに散々曾お祖母さんに
比べると格段に性能を引き出せてないとか言われただろ?」
ルナリスに真面目に注意されたマリンは言い返す事が出来なかった。
「ま、とりあえずこの件に続きは明日の朝、大会に備えて練習するからその時だな。」
「でも今日の分の宿とかどうする?何か客とかかなり多そう。」
「そ、そう言えばそうだな。」
皆は大切な事をすっかり忘れていた。その日の宿は何処に泊まるかについて。
そして日も暮れ始めている。今から宿を探しても到底見つからないであろう。
と、思われた時だった。マリナンが笑みを浮かべてこう言ったのだ。
「それなら僕の居住コンテナを使用すると良いよ。ここならタダさ!」
「え?でもそれじゃあ狭くありません?」
「大丈夫だよ。むしろ僕一人じゃ広くて余るくらいさ。それに、僕ずっと
一人だったから久しぶりにみんなでワイワイやるのも良いな〜って思ったり。」
「お兄ちゃん・・・。」
さりげなく悲しげな事を言うマリナンであったが、その顔は笑っており、いまいち実感が
沸かなかったが、その日はマリナンのグスタフに引かれている居住コンテナに泊まる事と
なった。そしてその夜は、皆で枕投げをしたりして楽しい夜を過ごしたり、
皆が寝静まった後、マリナンが一人ルナリスの寝顔見てハアハア興奮したり
(でもただ見てるだけで、何か行動に移したワケでは無い。)したのだが、
こうしてその日の夜は明ける事となった。
「あー!、あ・り・得・ねぇーっ!!」
ジェスは地元の治安局の支部に戻り、今日のミーティングに出席した。
本来ならば、それで彼の一日は終わるはずだった。
だが、一人の発言が彼を再びコマンドウルフの元へ向かわせているのだ。
「本日、我が治安局の管理するゾイドバトルのデータが盗まれた。
犯人は女性で、怪しいヘルキャットが確認されている現在も逃走中だそうだ」
できるだけ、ジェスは冷静になるよう努めた。
(・・・『本日』、『女性』、『ヘルキャット』、『逃走』・・・)
彼がゾイドバトル終了間際に通した相手は、これらを全て満たしていた。
(俺のウルフ見て挙動不振だったのも、口調がどこか慌ててたのも・・・)
けれど。まだ間に合うはずだ。
「脚部用ブースター・・・接続問題なし、っと」
コマンドウルフに乗り込み、取り付けたばかりの装備を確認する。
ここから最も近い街は、北へ進んで山を一つ超えた場所にある。
相手はヘルキャット。山に入られては勝ち目は無い。
だが、今の彼のウルフならば、ギリギリでその前に追いつく事が出来るのだ。
「あんの・・・泥棒猫がっ!」
気だるげな、気持ち程度の咆哮と共にコマンドウルフは駆け出した。
「・・・やっぱりそう簡単に逃げられないか・・・でも!」
まだ姿は見えない。けれど、レーダーの反応で解る。
彼女の乗り込むヘルキャットの後方を、何かが追ってきている。
サイズから考えれば、目前に迫る山中に到達すれば逃げ切れるはず。
ヘルキャットの右前脚を地面に突き立てて機体を水平に回転させる。
「怪我したら、御免なさいっ!」
装備された小型のビーム砲を発射した。
着弾したかどうか確認している時間はない。すぐに振り向き、逃走を再開する。
――あと少し。あと少しで――
「この手の相手を止めるには・・・脚を撃てば良いんだよな?」
ジェスは愛機の背のロングレンジライフルの照準を合わせる。
と、敵がこちらに振り向いた。
(ん?自主してくれんの・・・って!)
放たれた無数の光の束。
「うわっ、ちょ、ちょっとストップ!」
その瞬間、偶然はさらなる偶然を呼んだ。
銃身がずれて本来とは違う方向へと弾丸が飛ぶ。
それはヘルキャットの足元に着弾。機体を空中へ押し上げた。
慌ててジェスが掴んでしまったブースターの最大加速レバー。
しかし、その内の片方は、先のヘルキャットの射撃で外れていたのだ。
回転しながら進むコマンドウルフ。その進行方向のヘルキャット。
「よ、避けてくれっ!」
操作を受け付けないコマンドウルフの中で叫ぶジェス。
「こ、来ないでっ!」
空中で身動きの取れないヘルキャットに乗る少女も返す。
「「無理言うなっ!!」」
二人の声が重なった時、二つの機獣の影もまた、重なった。
「あらぁ〜やっぱりやっちゃったみたいアルラ。」
メイディが司書室で呟く。包帯には封印が成されており…
勝手に外すと解る様になっている。
「でもしょうがいないじゃない?また旧神が出たみたいよ?メイディちゃん?」
「それはそうだけど…あの子不器用だから巻き直せないのよね。ふぅ…。」
アルラの怒られる原因と言うのはこのレベルで有ったりする。
「よし!其処までだ諸君!私が来たからもう安心だよ!」
突然天井からそんな声が響いたかと思えば声の発生源より…
三流探偵ルックスの人影がミリアン達の上空に現れる。
黒で統一された上下くたびれたスーツに誰かが狙いを付けるのに使いそうな帽子。
背に直接繋がっていない3対の猛禽の翼。手に持った仰々しい装飾の槍。
そして…光り輝く輪っか。疑い様の無い存在だが衣装で全てが台無しな天使。
「随分俗世間にどっぷり浸かった織天使だ事…イメージがぶち壊しね。」
ミリアンのその言葉に傷付いたのか…有り得ない速度で彼は墜落した。
「あたたたたた…手厳しい。」
口では痛いと言ってはいるが怪我をしている様子は無い。
起き上がり際に手持ちのブリューナクを一閃。それで物体群は全て崩壊した。
「…カムサリエル。と言う事は外の騒動は収まったのね?」
あくまで背を向けたままマリエスはカムサリエルに問い質す。
「当然終わったよ。巻き込まれた銀のゾイドの1人勝ちだ。パイロットの男…
相当の手練だったよ。殻を失っていなければ手合わせ願いたくなる程の奴だ。」
カムサリエルの左手の掌からサイズ不相応のコアが浮上する。
アルラが護っているドントレスのコアと同じく死の直前に難を逃れた者だろう…。
「…さて。本格的に…迷ったな。幾何学模様に展示館を建てられている。
高低差こそ有るが等間隔の距離に有っては何処が如何だか見当が付かん。」
鑑定館の前に戻ろうとしたザイリンでは有ったが…
戦闘時に元々向いていた方向を忘れてしまったのが原因でそのまま適当に前進。
見事に道に迷ってしまうのであった。特殊な磁場乱流でコンパスの類は役に立たない。
諦めて近くの建物で待機をする事に決めたザイリンであった…。
「…こいつは相当の脳天気のようだな。まさか余もこれ程の莫迦に遭うとは。」
逃走した旧神を探していたエントヴァイエンではあったが、
少しの時間を経てそれを簡単に発見する。
一生懸命新しいパーツを作りながらああでもないこうでもないと…
着せ替えのように取り替えながら少しずつ大型化している最中だ。
既にそのサイズは小型ゾイドの域に達している。
そろそろ1人では危ない領域に成りつつある…頑張って背伸びをしてみても、
所詮人のサイズでは限界が在る。
特に移動に擁する労力と防御力にはおのずと限界が在るものである。
攻撃力だけなら手持ちの火器や武器、極一部の者なら技術や術式等で賄える物だが。
事戦闘に於いて最終的にサイズの差が勝敗を決する事はそれ程珍しい事ではない。
サイズの差から来る重量差や体躯の差は非常に跳ね返し難いものである…。
最悪勝つ事ができてもその体が質量兵器として伸し掛かってくれば?
避けれない場合即アウトである。小さい事と言うのは何かと心配事が多いのも問題だろう。
「随分と大きくなったみたいですね。私も必要ならそれができますが…?」
バロックは変わり果てた同胞を見て言う。
「残念だがそれだけでは彼を乗っ取った奴を排除できんよ。無理する必用は無い。」
カムサリエルはその案を却下する。権限が在るわけでないのであるが…。
一斉に不満の眼差しを突き刺されるカムサリエル。弁明の必要が有るのは確かな事。
「何も知らないのではそうなるね…良し!この私が説明しよう。
先ずは…奴等の特性からだ。奴等の本体と言う存在は正確には存在しない。
そこに居るのは奴等の代理で存在するエネルギー体だ。
それに…そのエネルギー体は自らの居る位置を正確に旧神に送信する端末でもある。
なのでこれを破壊したところで相手を倒す事はできない。
その上物理的にもこの二つの機能を同時に排除する事が単体戦力では不可能。
送信機能と攻撃端末の機能を止めない限り奴等はその位置にエネルギー体を送信。
もしくはエネルギー体をサーチして送信コードやリンクを張り直す。
これを置き換えれば…簡単な話ネットゲームのプレイヤーキャラのような代物だな。」
充分すぎる程理解ができた。嫌と言う程。相手が死ぬ程厄介と言う事だけであるのだが。
早朝、マリン等は朝食を済ませるなり早速ゾイドに乗り込んで、練習の為に街の外へ
繰り出したが、既に街の外の荒野では多くのゾイドバトルチームが大会に備えた練習に
勤しんでいた。
「うわ〜いるいる。もう沢山いるな〜。」
「って思ったんですけど、姐さんの姿が見えないですが?」
「何?さっきまでいたのだが?」
確かにいつのまにかマリンとカンウの姿が消えていた。皆は左右をキョロキョロ眺めるが
一向に見つかる気配は無く・・・と思ったその時だった。上空から声がしたのだ。
「みんなー!こっちこっちー!」
「ああ!マリン!あんな所に!」
上空には他のチームの飛行ゾイドに混じって大空を飛ぶカンウの姿があった。
そしてすぐに皆のもとへ戻って来たのだった。
「よし!強化型バスターロケットのテスト終了っと!」
「強化型バスターロケット?いつの間にそんなのこしらえたのかよ?」
皆はカンウの背中に装備されているバスターロケットを注目したが、確かに従来の
バスターロケットの側面にブースターが増設されており、また、それぞれの
バスターロケットにゾイドコアブロックが一つづつ追加され、さらにそのゾイドコア
ブロックには右側は小型レドーム、左側にはナイトワイズの頭部が装備されていた。
「説明するとね、従来のバスターロケットの側面にブースターを増設する事で
推力を高め、ロケット本体にもゾイドコアブロックを装備して出力アップ!
ちなみにレドームとナイトワイズの頭部は索敵能力向上の為に装備したの。」
「う〜ん・・・。(私も久々にダブルウィングスラスター復活させようかな〜)」
ルナリスは釈然としない雰囲気でハーデスと共に腕を組んでいたが、とにかく
皆気を取りなおして練習に入った。ちなみに、マリンとルナリスは練習だからと
言う事で、あの例の重量装備を再度身に付けていた。
「あ〜!あの重量装備特訓か〜。いや〜アレは重いよね〜!それにしてもお父さん
今頃何してるんだろう・・・。」
と、二人の重量装備を見たマリナンが実家を思い出したりしていたが、この事は
この際どうでも良かったりする。ちなみにビルト&ミレイナも、練習と言う事で、
あの例のチーマーファッションはしていない。
こうして皆はそれぞれ練習の前の準備運動を始めるのだが、カンウ等二足歩行恐竜型は
ラジオ体操を行っており、その光景は中々シュールですらあった。
「準備運動が終わったという事で、練習に・・・と思ったけど、お兄ちゃん?」
「なんだいマリン?」
カンウと共に睨み付けるマリンにマリナンはのほほんと対応していたが、マリンは
冷静な口調でこう問う。
「ここで一つ、お兄ちゃんの実力を見ておきたいのよ私は。まあいくら私でも
お兄ちゃんが弱いとは思ってない。むしろ私より強いからねお兄ちゃんは。」
「マリンさんしれっと凄い事言ってませんか?」
ミレイナが気まずい顔でそう口ずさんでいたが、マリナンは頭をポリポリと掻きながら、
「ああ分かったよ。大会はチーム戦なんだからお互いの実力を把握しておいた方が
作戦とかチームプレイとか立てやすいだろうしね。なら僕とシェフリュウキの力を
見せてあげよう。ルナリスさんにも良い所見せておきたいし・・・。」
と、その時、それまでのほほんとしていたマリナンの顔が途端に真剣な物となった。
「誰か手近な岩を僕に投げてごらん?」
「あ、ハイ分かりました。」
彼の注文に答え、ビルトとミレイナは素早くそれぞれのゾイドをユニゾンさせ、
合体ジャクシンガルとした。マリンとルナリスが始めて会った時の二人は素顔の状態では
まともに歩かせる事すら出来なかったと言うのに凄い成長振りである。
「それじゃあマリナンさん!行きますよ!」
合体ジャクシンガルはジャイアントクラブを伸ばして大岩を掴み、
ブンブン振りまわすと共にシェフリュウキへ投げつけたのだった。
Lサイズゾイド級のサイズを誇る大岩が物凄い速度でシェフリュウキへ迫るが
マリナンはうろたえてはいなかった。そしてシェフリュウキは素早く口を開き・・・
「冷凍荷電粒子砲発射!」
シェフリュウキの口から水色の粒子線が発射された。荷電粒子砲の一種である事に
変わりは無かったが、従来の圧倒的高熱によって対象や空気等も含めた進行方向に
存在する物質を蒸発させながら突き進む物では無く、逆にそれらを瞬間冷却させ
ながら突き進んでいたのだ。そして大岩もたちまち凍り付いた。
「あ痛たたた〜。・・・私、死んでないよね?」
右手、左手、右足、左足。頭を軽く打っただけのようだ。
ヘルキャットの方は、右前脚が完全に動かなくなっている。
あの治安局のコマンドウルフとの衝突が原因だろう。
ふと、物音がした。
外部から、ハッチのロックを外している音。
できるだけ、不安を顔に出さないように、彼女は努力した。
開いたハッチから覗いたその顔は、彼女と同じ位の年齢の少年だった。
「良かったぁ。死んでなくて」
一瞬、少女が固まった。
それが予想していた言葉では無かったから。
「・・・貴方は?」
服装から解ってはいたが、とりあえず聞いてみた。
「治安局員のジェス。あんたを追って来た理由は言わずもがな」
続けて、彼が名前を尋ねた。
しばらく逡巡した後、仕方無さそうに彼女は答えた。
「・・・シェイル・・・リーヴル」
周囲を見回して、シェイルは聞く。
「・・・それで、そっちのコマンドウルフは動けるの?」
ジェスは軽く笑いながら、決して笑えない冗談を言った。
「だったら、とっくに支部に連行してるさ」
彼のコマンドウルフもまた、左後脚と胴体を繋ぐシャフトを破損しているのだ。
しかし、考え方によってはこれは幸運とも言える。
あれだけの衝突をして、損傷がそれ『だけ』で済んでいるからである。
「じゃ、これからどうするの?それに、ここどこ?」
「順番に答える。まず前者。・・・決めてない。
で、後者。山の割と奥の方。ちなみに電波状況は最悪」
絶句するシェイル。試しに自分の機体の通信機を調べてみる。
確かに、恐ろしく受信状況が悪い。
「それで、だ。こいつにも聞いてみてくれ。どっちに行くべきか」
ジェスが言うこいつ、とは、シェイルのヘルキャットを指している。
ゆっくりと巡らした頭部が向いた先は、木々の生い茂る一角。
「こんなことするより、私達の機体が地面に付けた跡を辿れば?」
溜め息を吐きながらシェイルが言う。
「・・・ってすると、こうなっちまう訳なんだけど」
ジェスに案内されて来たシェイルはまたも言葉を失った。
半ば崖とも言える坂を見上げると、自分達の転がり落ちてきた跡が残っているのだ。
「登りたいか?」
彼の問いに、彼女は無言のまま激しく首を左右に振った。
ここを登るのは、例え彼らの愛機が万全の状態であっても困難だろう。
「・・・ゾイドの勘に頼りましょう」
「まだまだ在る…奴等は何処に居るか解らない。奴等の嗜好はそれぞれ、
まあ誰かの目や耳を借りて情報を得る奴から今居る奴の様な存在。
逆に我々の手助けをしてくれたり間違いを正す奴。
嗜好どころか固体毎のアイデンティティーまで様々。十人十色の言葉通り。
…とは言え敵対する相手のみ気にしていれば良い話なのだがな。」
カムサリエルは一番重要な部分の言及を避け説明を終える。
彼と彼を使役する大いなる主のみの秘密…旧神の正体。
これをまだ人に教えるのは速過ぎる。他の天使にも話せない秘密でもあるのだ。
ミリアンはその天使の話し方から何か隠していることに気付くが…
その隠し方から知ってもろくな事では無い事が容易に解る。
こう見えて国の根幹に係わる仕事をしていた身。人の仕草等で、
それを知るには充分すぎる程の経験をしている。
話半分で大体言いたい事を理解できた彼女は自分なりに何か役に立つ物は無いか?
そう考えながら周囲を見回すと…床に消え掛かった文字を発見する。
そこにはヴェルマンウェと言う単語が記されて在った…。
「ミリアンさん?そんなに床を繁々と見て何を…こんな所に…お手柄ですね。」
床を眺めているミリアンが気になってマリエスもその辺りを見ると…
丁度探していた術式兵装を見付けたのだ。邪魔な織天使を畳返しで退かし、
その場にしゃがみ込む。
「ぐおっ…そんなに慌てる事でも…ヴェルマンウェ(祝福されし風)だと!?」
「あら?気付いたの?それなら話は早いですね。それの封を解いてくださる?
一応これは逆転の一手に成り得る物よ。」
悪魔風情に指示されるのは癪に障るが美人?のお願いとも成れば断れない…
嘗て人の頃からの彼の悪い癖である。数秒もしない内に開封は終わり、
その文字の周辺が音を立てて開き何かが迫り出してくる。
それは…緑が掛かった可視光線を発する風の渦。
それは…緑が掛かった可視光線を封じた抜き身の短剣。
その二つの姿を行き来する存在こそ件のヴェルマンウェである。
「これと…後装甲材に使用したいのはマルギアナの魔石ですね。
賢者の石やヒヒイロカネの方は用意がありますから…。ミリアンさん?
貴方が持って居る筈ですが?どこに紛れ込んで居るか解りませんか?」
突然ミリアンはマリエスにそんな事を言われるのであるが…
当然そんな物を持っていると言う事は無い。何処かで紛れ込んだらしいとの事だ。
「何か…最近手に入れた物?」
着ている物からそれを必死に探すミリアンだが見付かる様子は無い。
マリエスとカムサリエルは確かにミリアンの周囲にそれが有ると言う事が解るらしいが…
正確な場所うが解らないと言う困った状況である。
「おっと…そこの御仁。メガラプトルの前に出て来るとは危ないな。」
とある建物の前でザイリンは手足が細くそれに似合わぬ河馬のごとき胴体の存在に会う。
「ほっほっほ…すまんのう。よっこいしょっと…。」
長い舌を伸ばし器用に自身が座られる椅子を取りそれに座る存在。
ザイリンの見る限りこの生物は人より遙に知性に富んだ存在だと推測する。
「それはそうと…お土産屋館に何用かね?」
巫山戯た名前の建物だと思いながらザイリンはその存在と暇潰しに世間話を始める。
だが…その存在こそがアルラが持ち込んだ物を鑑定できるツァトゥグァ。
その事をザイリンが知る由も無い。
「…!こう言う時にはダウジングか?」
リオードがポケットをごそごそ探してダウジング用の振り子を出そうとするが…
「忘れてきたらしいな…すいません。お役に立てなくて。」
そう言って落ち込み気味に成るリオードにミリアンは
「これを使って。」
と振り子っぽい物を渡す。それを受け取ってダウジング始めるリオードだが、
一向に変化が現れない振り子に…一行に嫌な汗が浮ぶ。
「「「「「「「「「…(もしかしてこれなのかっ!?これがそうなのか?)…。」」」」」」」」
そう…振り子は自身を指そうと必死に動こうとするが無理な話である。
遂に振り子は自身を指そうとして遂に罅が入る。これで予想は確定する。
「「「「「「「「嘘おおおおおおおおおおおおおおっ!?」」」」」」」」
灯台もと暗しとはこれ如何に。意外な物が求める物であると言う良い例だった…。
「料理の開始だよ!包丁ブレード展開!」
シェフリュウキは凍り付いた大岩へ向けて飛び上がると共に両腕に装備したブレードを
正面へ向けて展開し、煌かせた。
「閃光包丁捌き!!」
それは一瞬だった。シェフリュウキと凍り付いた大岩がすれ違った直後、大岩がたちまち
切り刻まれたのだった。この技はマリンの使用する“鉄破微塵切り”に酷似していたが
また別の技だった。
“閃光包丁捌き”
新興格闘流派“マオ流格闘術”の技の一つ。元々料理のテクニックを応用した物で、
対象を素早く捌く技である。しかし、技として作って見たものの、格闘技としては
使用頻度が低く、結局料理で食材を素早く切り刻む時に使用する事が多くなってしまった。
鋼獣書房刊「格闘技のトホホ」より
「あのブレードはただ単に斬る為と言うワケでは無く、料理の包丁捌きの技術を応用する
為だったんだ。」
マリナンとシェフリュウキの手際の良さを見た皆は思わず手を叩き、近くにいた
他チームの人間すら感心して見つめていた程だった。
「おー・・・。」
「分かってくれたかな?僕の実力。」
「うん。でも冷凍荷電粒子砲ってのは?」
「ちょっと手を加えてね。ハイパーフリーザージェネレーターを内部に組み込んだ
んだよ。これで荷電粒子エネルギーを冷凍化し、最大マイナス二百度近くまで
対象を瞬間冷却出来る冷凍荷電粒子砲を撃てる様にしたんだよ。ま、普段は出力を
調節して食材を瞬間冷凍するのに使う事が主だけどね。」
「そうなの・・・。まあとにかく安心したわ。」
マリンはなんとか納得した様子であるが、カンウの隣にいたハーデスはなおも手を軽く
パンパン叩きながらルナリスがマリンに問い掛けていた。
「それにしてもお前の兄貴のほほんとしてて結構凄いな〜。お前の口からは先日から
強いと聞いていたが、この目で見るとなおさらそう思うな。その上お前と違って
良い人みたいだし。」
「そんな言い方は無いよルナリスちゃ〜ん!」
「こら!ひっつくな!つーかちゃん付けすんなって!」
マリンともども涙を流しながらハーデスに抱き着いてくるカンウにルナリスは
戸惑うばかりだったが、丁度そんな時だった。
「おお!お前等も早朝練習に来ていたのか!」
そこに現れたのはマッハストームの面々だった。
「誰かと思ったらマッハハリケーンの皆さんじゃありませんか。」
「だからマッハ“ストーム”だっつってんだろ!!」
「ごめんごめん!って思ったんだけど、あんたのゼロって何時の間にかゼロファルコンに
なってない?あの赤いフェニックスは何処へ行ったの?」
「それは・・・。」
マリン等がかつてマッハストームの面々と出会った時、RDのライガーゼロとユニゾン
するのは赤いフェニックス=ファイヤーフェニックスであった。しかし今彼女等の目の
前にいたRDのゼロとユニゾンしていたのはジェットファルコンだったのだ。そして
その事を突っ込まれたRDはファイヤーフェニックスを失った事を思いだし、気まずい
顔で口篭もってしまったのだが、その事に気付いたマリンはカンウ共々頭を下げた。
「ごめん。色々ワケありみたいね。私が悪かったよ。」
「そ・・・そんな事無いって!」
気まずい雰囲気になりそうだった所をRDが作り笑いで払拭しようとしていたが、
彼等の後方にいたマッハストームの所有するグスタフの中でマットが、
「わー!本当にゴジュラスギガだー!デスザウラーもいるー!」
とかはしゃいでいたりもしたが、この際どうでも良い話であった。と、その後で
RDがシェフリュウキを指差していたのである。
「で?何でそんなデータなんか盗んだのさ?」
ゆっくりと片足を引きずって進むコマンドウルフから、ジェスが尋ねる。
シェイルが盗み出したデータは、かなり昔のゾイドバトルのもの。
「あぁ、コレ?特に意味は無いけど。一番プロテクトが甘かっただけ」
それに、と彼女は続ける。
「目的は、軽〜い復讐?みたいな感じかな」
ジェスが絶句し、これまでの二人の立場が逆転した。
つまり、一方的に話す側と、それを受ける側が入れ替わったのだ。
「あ、偽名のままだったね。私の本当の苗字はヴァイリース。これで解る?」
明るい声でそう口にするシェイル。
(ヴァイリース・・・え〜と、よく聞く名前だったような・・・っつーかまさか・・・)
その名を思い出そうとしていたジェスは、自分でも顔が青ざめて行くのを感じ取れた。
「し・・・しし支部長の娘さん・・・ですか?」
(そう言えば、あの会議の時、支部長だけずっと苦笑いしてたような・・・)
「そ。でもそこまで慌てなくても・・・」
彼女の父は、彼らの街の治安局支部長を務めている。
ジェスはそこで働いている。
つまり、彼から見ればシェイルは社長のご息女に当たるのである。
だと言うのに、ジェスこれまでの彼女に対しての言動は失礼極まりなかった。
「も、申し訳ありませんでしたっ!」
(ヤバいヤバいヤバいぞ俺。クビにされでもしたら・・・)
会話を続ければ必ずぼろが出る。彼の頭はそう判断し、口を閉ざす指令を発した。
「・・・ねぇ、何か話してよ」
長く続いた沈黙を破ったのは、シェイルの方だった。
あれから十数分。一言も喋らずにいるには長過ぎる時間。
「・・・話さないと、お父さんにクビにしてもらうように頼むよ?あと敬語も禁止」
「ちょっ・・・何でそうなり・・・るんだよ!?」
悲しきかな下で働く者の性。『クビ』と言う言葉に瞬時に反応してしまう。
シェイルは、不機嫌さを少しも隠さずに吐き捨てる。
「つまらないから。だってこの移動速度だよ?退屈じゃないの」
彼女のヘルキャットと、ジェスのコマンドウルフ。
どちらも、後脚が一本、使い物にならない状態なのである。
よってその速度は極めて遅かった。気が遠くなるほど遅かった。
「えっと・・・じゃぁ、復讐って、誰に対しての?」
ジェスは不思議な気分で話していた。
敬語を乱さぬように言葉を捜し、会話する事には慣れている。
だが、目上の相手に、しかも敬語にならないように気を配るのは初めてだった。
「お父さん、だけど」
再度、ジェスが硬直した。
「お父さんってば、ちっとも家に帰って来ないから、ちょっと驚かそうと思って」
「・・・」
ジェスの中で少し、支部長への見解が変化した。
大勢の上に立ってふんぞり返っている人物。今まではそう思っていたのだ。
だが、どうやら悩みの種もあるらしい。それも特大の。
(案外、あの人も苦労してんだな・・・)
「あれ?じゃ、俺が追っかけて来なくても戻って来たんじゃ・・・」
シェイルの目的が本当に、彼女の父親を驚かすだけならば、もう達成されている。
彼女からは軽く肯定の返事。つまり、彼の行動は無駄だった、と言う事。
「しかも貴方が撃つから、今こんな目に会ってるんじゃないの」
彼の記憶が正しければ、先に撃ってきたのはシェイルの方である。
その結果、互いの機体が衝突し、今があるはずなのだ。
けれど、無駄な論争は避ける事にした。
「あーはいはい。で?そろそろ山を出るけど、どうすんの?」
どうやらゾイド達の勘は正しかったらしい。
このままの速度で進めば、日付が変わる前には街に戻る事が出来る。
「戻る。もう目的は果たしちゃったし、疲れた。それなりに面白かったしね」
軽く微笑んでそう告げるシェイル。
(・・・このまま黙ってりゃ可愛いのに。天は二物を与えず、だっけか?)
苦笑しながら頷くジェス。
彼も、今回はかなり疲労している。特に、精神面でのそれは著しい。
「あ、そーだ。名前、聞かせてもらえる?」
街に入る時、シェイルがそう聞いてきた。
「ジェスって言ったじゃねーか。もう忘れちまったのか?」
半ばおどけた様に答える。
対する彼女は、呆れた様に言う。
「あー、そうじゃなくって、フルネーム」
不思議そうにしているジェスだったが、特に問題は無いと考えた。
「ジェス=ラインハック・・・俺のは偽名じゃねーからな」
「それは君が踊らされているのでは無いかね?」
何処から取ったか奇怪な生物を頭からバリボリ食べた後ツァトゥグァはザイリンに問う。
ザイリンはメガラプトルを降り彼の隣りで無料で振る舞われる茶を飲んでいる。
「解っているさ。ならばジーンがどこまで私を躍らせられるか?それを計っている最中だ。
だが…此処から戻れればの話だがな。所詮奴は権力の亡者。
その上実力不相応の野心家ときている…到らぬ男の願望を叶えるのも一興だ。」
そう答えるザイリンの目に在る一線を通り越し飼い慣らされた狂気が或る。
ザイリンを見るツァトゥグァとツァトゥグァを見ながら出された羊羹を摘むザイリン。
お互いの存在に興味津々といった風景だった…。しかし、
ザイリンには連絡が届いていないので目の前に居る存在が捜し人であることは…
当然知らない。
「何故当たらぬ!何故当たらぬ!何故!何故何故何故!当たらぬ!!!」
どうやら一段落アッセンブルが終わった旧神はエントヴァイエンに砲撃を行なうも、
照準の事をさっぱり考えていなかった様でさながら拳銃を使い慣れない存在が…
必死に近距離の的を撃ちながら全く当たらないと言う状況を思わせる状態。
必死で堪えているエントヴァイエン…辛いのだ。笑いを堪えるのは結構辛いものである。
笑いながらこう言ってしまいたい…
「FCSとレーダー、後メインカメラが火器に繋がっていないからだ!!!エ〜ヒャヒャ〜。」
とこの鑑定館に響く大声で。
だが折角相手が大ボケをかましてくれているのだから火に油を注ぐ事にする。
「せいや!」
エントヴァイエンの掌から高圧縮プラズマ弾の雨が旧神に降り注ぐ。
「ぬおおおおおおおおう!?」
プラズマ弾の雨に怯む旧神。一々大袈裟なのが今回の旧神の特徴だが…
その一方疑問が深まる。そして、エントヴァイエンは衝撃波を浴びせる。
それを防ぐ行為も無く直撃を受けて周囲を巻き込んで派手に転倒する旧神。
「言動と行動…二つに統一性が無いな。もしや?」
今度は何故か…大盛りのカレーライスを招喚するエントヴァイエン。
それをどうやったかは知らないが素早く旧神の口に流し込む。
当然激辛である…後は結果を待つのみだ。先に手に入れた情報により、
バロックには味覚が有る事を確認済みなのだ。
「ぐぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!
かーらーいーぞおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」
凄まじい音量の声で断末魔を上げる旧神。
「やはりな…此奴…ガキだ。間違い無い!幽霊の正体みたりだな。」
満足そうに転げ回る旧神を空中から見下ろすエントヴァイエンだった…。
時間稼ぎはまだまだできそうである。
「これで材料は略全部揃いましたね…ミリアンさん?質問があります。」
突然まじめな顔でマリエスに質問されてミリアンは硬直する。
「いえ…2〜3の簡単な質問です。高所恐怖症でないか?
閉所恐怖症でないか?
後…首周りや胴体への一時的な圧迫感に対する過剰な逃避反射が有るかです。」
「…私が着る事になっているのね。一応無いわ。やっぱり今日は厄日ね…泣きたいわ。」
作る側の問題なのだろう…多分彼女は男物を仕立てる事ができない。
それは確定だろう。如何考えても戦闘員向きではないミリアンに合せるのは間違いだ。
それを以て推すのだから疑いようも無い。ミリアンは肩を落としてマリエスについて行く。
目的地は…鑑定館内のイミテーション製作用の工房だ。
「なあ?織天使様よ?何をそんなに探しているんだ?良ければ手伝うが?」
何とか着いた工房だが当然の問題として男衆は外で待機。
カムサリエルに到っては…透視を使用出来ない様に目に封印をされてしまっている。
たまにぼんやり輝く透明な文字が彼の目の周囲に描かれているよ様だ…。
「ああ…ゾイドに関する文献を探している。このコアに新しい体をあげたくてな。」
恐るべき力で呼び出したコアを空中浮遊させている天使。
エネルギー係数から天使が持つには在るまじき…デスザウラーの物。
となればデスザウラーバリエーションの資料やそれに応用できそうな資料なのだろう。
周囲の警戒はカムサリエルにやって貰わないと困るので…
バロックとレイガが資料の探索を担当する事になる。
「…使えそうな物はデスエイリアンぐらいまでだな。対抗馬でデスベイダー辺りか。」
レイガは科学的に可能な範囲で捜索をする。
一方のバロックは追加装備に関するデータを漁る事に成っている。
応用範囲は最大でもBーCASまでだろうと考えていた…。
「あれ・・・?お前ん所に凱龍輝の姿があるんだが俺の気のせいか?」
「気のせいって・・・あれが凱龍輝じゃなかったら一体何なのさ。」
間の抜けた顔のRDにマリン等は眉を細めていたが、マスクマンがRDに通信を送った。
「確かにサベージハンマーの所有している凱龍輝と同じだが、色が違う。
つまり単なる同型と言うだけの事だろう。現にその手のネタはあのマリンと言う娘の
ゴジュラスギガで経験積みであろう?」
「そりゃ分かるけどさ〜何かやっぱり納得いかない・・・。」
「アッハッハ!もしかしたらRDのライガーゼロファルコンと同じ物がこの大会
出場者の中にいたりしてな!」
シグマも笑いながらRDを茶化していたが、さりげなくキシンは怒っていた。
「俺のテッコウはスルーかよ・・・。くそ・・・やはり中小企業の作ったゾイドじゃ世間は
相手にしてくれないのかよ!こうなったらますますこの大会で活躍して
ムラサメライガーとガンロンコーポレーションの宣伝をしなければ!」
「でもキシンさん?あんまり力みすぎると負けちゃうよ?」
「しかし姐さん・・・。」
マリンに諭されたキシンはガックリと肩を落とすしか無かったが、丁度その直後だった。
「貴様・・・その凱龍輝、何処で手に入れた!」
「うわぁ!ブ・・・ブレード!」
何時の間にかゼロファルコンのすぐ背後に凱龍輝の姿があり、いきなり背後から声が
聞こえたもんだから、RDも思わず驚いてゼロファルコン共々飛び退いていた。
「ブレードって確か以前会ったRDのライバルっぽいイケメン兄ちゃんよね?って
あんたバスターフューラーはどうしたのよ。」
「そ、それは・・・。」
速攻でマリンに突っ込まれたブレードもこれまた気まずい顔で黙り込んでしまった。
「ああ、やっぱり貴方もワケありなのね?」
「そんな事はどうだっていい!貴様等のその凱龍輝は何なんだ!?」
本来クールなブレードですらシェフリュウキの存在が気に入らなかった様子だった。
無理も無い。彼は今まで自分の乗る凱龍輝は唯一無二の存在であると思っていたのだ。
それが今目の前に色違いとは言え、同型機の姿がある。それが怒らないワケは無かった。
「そんな事言われてもね〜。お兄ちゃんは料理大会の優勝賞品として貰ったとしか。」
「料理大会の優勝賞品!?」
マッハストーム組+ブレードの叫び声が周囲に響き渡った。
「料理大会の優勝賞品だとぉ!?一体何処のどいつだよ!そんなもんに凱龍輝を
出す奴って・・・お、お兄ちゃん!?」
今更マリンの口から出した“お兄ちゃん”と言う言葉にブレードは驚愕の声を上げた。
「どうも、私がマリンの兄のマリナンです。いや〜マリンも旅先で色々お友達を
作っていて羨ましいな〜!」
「友達じゃない!」
勝手にマリンの友達扱いされたブレードは真剣に怒っていたが、マリナンは相変わらず
のほほ〜んと笑っているだけだった。一方、RDはマリンの方を向いていた。
「それにしてもお前兄がいたのかよ?でも全然似てないな?」
「しょうがないでしょ?私は父さん似。お兄ちゃんは母さん似だから。」
「あ、そう。」
その話題はあっさり終局を迎えていたが、ブレードはまだ納得出来ずに怒っていた。
それにはRDも呆れるしか無く、
「ブレードの奴まだ怒ってるぜ・・・別にどうでも良いじゃねーか同じゾイドがいても。」
「そうよね〜。凱龍輝くらいゾイテックに行けば腐る程あるってのに。」
「マジかよ。」
「え?貴方ブルーシティーに住んでるくせにそんな事も知らなかったの?」
マリンに突っ込まれたRDは唖然とするしか無かったが、丁度その時だった。
一体のゾイドが上空からマリン等のいる地点へ飛来してきたのだ。
「ブレード君?君はこんな所で何遊んでいるのかね?」
「あ!マトリクスドラゴンだ。」
「マトリクスドラゴンだと!?」
あれから数日後。
結局、あの事件はデータベース内のプログラムの欠陥として強引に片付けられた。
それでも、支部長はと言うと、笑って済ませている。
娘が可愛くて仕方が無いらしい。俗に言う親馬鹿である。
「親子揃って・・・あんなのが人の上に立つなんて間違ってるだろ・・・」
治安局の施設の一室で、ジェスは大きく溜め息を吐いた。
と、彼の前に置かれた電話のベルが鳴り響いた。
仕方無さそうに受話器を取る。
「あーはい、こちら治安局苦情受付係・・・」
「やっほ、楽しんでる?」
扉を開けて入ってきたのはシェイル。
あの後、ジェスは急に仕事を変えられた。
ゾイドバトルの周辺警戒から、ゾイドバトルに関しての苦情受付係へ。
「貴方なら、こっちの方が似合ってると思って」
明るくそう言う彼女を前にして、ジェスはわざとらしい溜め息。
「えぇ。お蔭様で。親切なお心遣い、痛み入ります」
どこか恨みを込めた雰囲気を纏いながら答えた。
「腐らない腐らない。で、今日は空いてる?」
その言葉を待っていたと言わんばかりにジェスの目に光が戻った。
ゆっくりと席を立ち、掌に拳を打ち付ける。
「あぁ。連勝記録を伸ばしてやらぁ」
言って、二人でゾイド格納庫へと駆け出した。
あの日の一瞬の攻防にすっかり夢中になってしまったシェイル。
これまでに数回、ジェスを呼び出して模擬戦をしているのだ。
使用するのは、前例に懲りたために訓練用のペイント弾ではあるが。
「今日は絶っ対に勝つ秘策があるんだから」
そう言い残し、互いの機体に乗り込む。
「秘策って・・・コレかよ!?」
ジェスのコマンドウルフの前にいるのは、シェイルのヘルキャット
――ではなく、セイバータイガーだった。
「大丈夫。中身(あたま)はあの子のままだから」
あの子、とは彼女の愛機であったヘルキャットを指している。
「反則だろ、いくらなんでも!」
それでもジェスは間合いを取り、数発の牽制弾を撃ち込む。
大型ゾイドとは言え、セイバータイガーの俊敏性はかなりのものだ。
コマンドウルフでも振り切る事は困難である。
「ハンデだよ、ハ・ン・デ」
まるで雨のように降り注ぐ弾丸。
それを全て避けるのは困難だと考えたジェスは、大きく跳んだ。
相手の背を跳び越えて、反対側に着地、勝負を付けるつもりだった。
そう。あくまで、『だった』のだ。
彼のコマンドウルフはセイバータイガーの背へは十分に届いた。
だが、そこで上昇は終わってしまった。
「うそっ!?砲台ってこんなに高いモンか!?」
下から見上げる分にはそう高くは見えなかったのだろう。
このままではそれに衝突するのみ。
だが、神の悪戯は再び巻き起こる。
166 :
名無し獣@リアルに歩行:2005/10/14(金) 21:24:58 ID:IWT+BNhp
「えっ、そっち!?」
相手の捕捉を、武器に付いたカメラで確認しようとしたのである。
レーダーを頼りに、シェイルは砲塔を回転させた。
またしても偶然が偶然を呼んだ瞬間。
接近するコマンドウルフは、見事に銃身で弾かれる事となった。
衝撃。そして浮遊感。また衝撃。
一瞬ではあるが、ジェスは軽く気を失った。
「見〜つけた。・・・えい」
横転しているコマンドウルフに軽く手を置くようにするセイバータイガー。
慌ててジェスが操縦桿を動かすが、もう遅い。
「やったっ、初勝利〜」
首の部分にペイント弾が着弾、赤く染め上げる。
「やっぱ反則だろ、ありゃぁ・・・」
どこか虚しい、コマンドウルフの咆哮、否、遠吠えが悲しく響き渡った。
「これは…マグネッサーシステム応用の浮遊端末兵器に関する物。
ミリアンさんがちょっと前に手に取った本と著者が一緒ですね。」
バロックは著者F=Aの本を持ち上げて言う。
「F…A?ああ…ヘリック共和国の馬鹿技術者共がネオゼネバスの技術を欲しがって、
そいつに大枚と国内での行動の利便を図る事で出させた技術書の一つだな。」
レイガはにべも無く言う。因みに…戦争が終わった年の物で共和国は大損だったと言う。
「ファイン=アセンブレイスと言う偽名を使っている魔術師の事だな。
君等の世界に居る…エロジジイだ。玉石混在の思想から玉だけを取ってきたのだろう。」
カムサリエルは少し上を向いて過去を振り返りながら思う。
「(まだ生きているか…しぶとい奴だ。まあそれがなければ唯の魔術師だがな。)」
そこで…何かを思い出したらしい。
「デス…ゲイザー。その名前の機体のデータが無いか調べてくれないか?」
「了解した織天使どの。」
レイガの声が展示物の海に消える。
禁書の類だろうと見切りを付けて探した為簡単にそれの機体データを見付けるレイガ。
「随分と無茶な機体だな。魔眼荷電粒子砲とか空冷式3連荷電粒子コンバーターとか…
何と言っても内部フレームが存在しないと言うのが…バロックの見付けた物とセットだ。
その技術の応用でシルエットに囚われない戦闘が可能と。少なくとも私には乗れんな。」
持ちだし禁止の書物”パイロット殺し指南書”と言う縁起でもないタイトルの物。
その他にも10人乗っても操縦に四苦八苦するという難物も在ったという…。
何時の世も技術者は突飛な物を生み出してしまう宿命に在るのだろうか?
そう言った匂いを感じさせる本だった。
「ご苦労様。これで少しは役に立てそうだ。」
バロックとレイガから捜し物を受け取りカムサリエルは早速それのパーツを制作する。
輝く粒子がカムサリエルの周囲に集まり始めると…次々と結合し分子構造を変容させ、
文面や参考データを元に大胆なアレンジを加えられた部品が完成していく。
「ホドが守護する形を作る力があれば…この程度造作も無いさ。
ラファエルが統括する一派の天使なら誰でも大小の差があれど使用できる。」
生まれゆくコアを守護する鎧を見上げる彼らに解りにくい種明かしをするカムサリエル。
「しかし…余りにも天使のイメージとはかけ離れている。」
リオードが呟くのも無理は無い。デスゲイザーは禍々しい…。
「気にしない気にしない…君等一般的な知識では天使と悪魔は不倶戴天の敵だろう。
だが実際は各世界の今後の方針に口出しする方を決めるアーマゲドン…
その時以外は争う事は無い。例外は敵対者同士にお互いの影が呼ばれた時のみだ。
いつも争っていると肩が樵る。理由無き闘争に意味が有るのかにゃ〜?」
何故か語尾を悪戯っぽい言葉で締めるカムサリエル。大した意味は無い。
それを見上げていた彼らが振り向くと親指を立てて気にするなとゼスチャーを送っていた。
転げ回る旧神。その勢いは留まる事を知らず遂に外壁に激突する。
かなり以前にエントヴァイエンと誰かが派手に大図書館を破壊してしまった事が有り…
それを反省点として内外に強力な空間固定の結合強化結界を使用している。
その筈だが外壁に罅が入っている事をエントヴァイエンは見逃さない。
「運が悪い。そう言えば今日は結界の効果が切れる日だ。」
程なく今までとは比べ物にならない大音響と共に周辺の外壁が崩壊する。
とにかく転げ回っていた旧神はそのまま外に転がり出してしまった…。
「ぬおっ?ナイスにバッドなタイミング?旧神が外に出てしまったぞ!」
遂に旧神は棚から牡丹餅で外に逃走してしまう。
しかし…本人がそれに気付くのは何時になってからだろうか?
未だに激辛カレー攻撃の影響下に在る旧神。子供らしい…
そろそろカムサリエルが内緒にしている事が何か?分かり始めてくる者が出てくる。
レイガは…あちゃーと言う感じに額に手を当てている。
リガスは…天に届く事の無いだろう祈りを捧げる。かなり事実が容認し難い様だ。
まあ物解りの非常に良い大人ならここまで来ればそれに気付いていることだろう。
その答えとは…正に先のカムサリエルの説明の通りであったという事である。
世界は何処で何処に繋がっているか解らない。それ故に本当に…
何処かの世界のゲームや情報端末にリンクしてしまっていると言う事なのだ。
誰が来るのかは正に解らず来たそれが何をするのかは全く以て不明。
色々な意味で今其処に有る危機と言うどうしようも無い巫山戯た状態だ。
そのゾイドはマトリクスドラゴンだったが、マッハストーム組はそれを見た瞬間緊張した
顔になった。何故ならそのマトリクスドラゴンはクラッシャーズと言うチームによって
運用され、RDのライガーゼロフェニックスを大苦戦させた事があるからだ。とはいえ、
色々あってサンドラにお払い箱にされたはずだったのだが・・・。
「お前等!しばらく顔見せなかったと思ったが生きていたのか!」
「勿論生きていますよマッハストームの諸君!」
「一度はサベージハンマーをお払い箱にされた俺達だが、今こうしてこの大会の為に
サベージハンマーへの復帰が許されたのだ!」
クラッシャーズの3人は胸を張ってそう言っていたが、ブレードは気に食わない顔だった。
「気に入らんな。こんな大会ごとき俺一人で十分だ。確かに以前あの緑色のゴジュラス
ギガに遅れを取った事があったが、今の俺はあの時とは違う。この凱龍輝さえあれば
どんなゾイドも敵では無い。」
と、彼が独り言言いながら格好付けていた時、
「おーおー!ゴジュラスギガにライガーゼロファルコンに凱龍輝の三体が一同に
会していらっしゃるじゃーありませんか!昔を思い出すね〜!」
「ハガネさんにチョコちゃん!」
今度現れたのはハガネ&ゼノンとチョコ&トラグネスだった。
「アイツは昨日の妖怪ロボット女と無口子供・・・。」
「聞こえたよ!」
さり気無く愚痴を零していたRDのゼロの頭をゼノンが軽く叩いたなんて事もあったが、
その後でゼノンはカンウ、ゼロファルコン、凱龍輝の姿をそれぞれ見て言った。
「いや〜!カンウとゼロファルコン、凱龍輝の三機が並ぶと流石に昔の大戦時代を
思い出すね〜!」
「大戦時代?」
「百年前の大戦さ。で、マリンちゃんのカンウは元々その時代の機体でさ、マリンちゃん
の曾お祖母ちゃんであるマオちゃんが操縦してたのよ。って・・・あれ?」
ハガネの言葉に、その場に居合わせていた者達の何人かが唖然としていた。
マリン等は元々知っているし、マッハストーム組もマリンの口からそう言う話を聞いた事
がある為、まったく驚いてはいなかったが、ブレードの衝撃は相当な物だった。
そして彼は平面状は冷静を装いつつもハガネに問い詰め始めたのだ。
「と言う事は何だ?俺は100年前の旧式に痛い目に遭わされたと言う事か?」
「貴方がマリンちゃんに何されたかは知らないけどさ、カンウを舐めては行けないよ。
100年前の機体って言っても、聞く所によるとその100年間はコールドスリープ
してたらしくて状態としては当時と変わってないし。」
「だが所詮は100年前の旧式だろうが。何故そんな物が・・・。」
「カンウと戦って生きてるだけまだマシでしょ?マリンちゃん弱いからさ、カンウも
マリンちゃんの力量に合わせて力をセーブしてるけど、カンウが本気を出したら
勝てるゾイドっているのかしら・・・。もしかしたら私の乗るゼノンでも勝てないかも。」
「・・・。」
のんきな顔でしれっと言うハガネの言葉に、今度は全員が一斉に唖然としていた。
「あ、アイツが弱いだと?」
「マジかよ。」
「マジ。確かに普通の人よりかは強いだろうけどね。」
「・・・。」
「お主?良いのかな?どうやら目的地が解ったようじゃがの?」
大音響と共に外に転がり出した旧神を舌で指差し?ツァトゥグァはザイリンに言う。
「…随分と聞いた話と違う様だが?一応固有反応はそのようだが。」
やっと出番が来たかと腰を上げるザイリン。
「すまんなご老人。ご馳走になってしまって…。」
その言葉に、
「なになに。獣臭い儂の無駄話の相手になってくれた礼じゃよ。ほっほっほっほ。」
ツァトゥグァは気にしている様子は無い。
メガラプトルの瞳に火が灯りロケットブースターを点火して素早く走り去る。
その姿を手を振って見送るツァトゥグァだった…。
結局ザイリンは重要な事に気付く事は無かったのである。だが…彼に非は無い。
知らない事には対処のしようが無いのだ。
実際に特殊な物を作る現場に居た事が無いミリアンだったが…
一目で解る普通じゃない工程に目を離せない様だった。
自分が取り出したマルギアナの魔石製のダウジング用の振り子。
それにマリエスが掛ける錬金の呪法にそって同じ金属の糸を質量を無視して精製している。
元々そう言った反応を起こす為に作られた存在であるが実際に目にする事は無いだろう。
嘗て目を通していた法律にはこれを使用しての過度の金属精製は法律違反となっている。
その法律は…商法と刑法の二つである。
商業としては当り前。それができれば事実上幾らでも必要な金属を精製できる。
これでは金属の価値その物を塵芥にしてしまうので当然の話だ。
刑法の方は…これによる精製物が最も厄介な術式使用の犯罪に結びつくからである。
今回は…世界が違うのでセーフ。気にしてはいけない。
その作業中に…突然マリエスは隠していた翼を一気に広げると、
その内の一対を無造作に引き抜き床に落とす。これにはアルラとそろってビックリするが、
当の本人は表情一つ変えずにそのまま作業を続ける。
血塗れでバッサバッサ騒いでいた翼だがその内静かになる…ご臨終のようだった。
「…ねえ?自分の翼を引き抜いて何に使うの?物凄く怖いのだけど…?」
これには流石のミリアンも動揺を隠せずマリエスに質問する。
「これはお守りです。空に裏切られない為の…ええ?私の方は大丈夫ですよ。」
もう何が何だかワケ分からん事になっていたが、マリンがハガネに問い掛けていた。
「それはそうとハガネさん?私のカンウとあの人達のゼロファルコンと凱龍輝を見て
大戦時代を思い出すってどう言う事なの?」
「ああ、その件ね?それはね、カンウの先代パイロットであるマオちゃんには二人の
直属の部下がいたんだけど、その二人のそれぞれ乗っていた機体がゼロファルコンと
凱龍輝なワケよ。」
「な・・・なんだってぇぇぇ!?」
「ちょっとちょっといくらなんでもオーバーに驚きすぎ!」
驚愕の声を上げる皆にハガネも呆れていたが、RDとブレードが凄い勢いで彼女に
問い詰めていた。
「ちょっと待て!それは一体どう言う事だよ!」
「どう言う事って、そう言う事よ。この時代じゃちょっとした希少な機体みたいな
扱い受けてる見たいだけどさ、ゼロファルコンも凱龍輝も昔は結構量産されてたんだよ。
勿論ゴジュラスギガやデスザウラーもね。そして当時はマリンちゃんの曾お祖母ちゃんの
マオちゃんがカンウに乗っていて、その部下二人がゼロファルコンと凱龍輝に乗っていた
のよ。ちなみにゼロファルコンに乗っていたのはライン君。つまりマリンちゃんの曾
お祖父ちゃんでもあって、凱龍輝に乗っていた方は母方の曾お祖母ちゃんだったりする。」
「サリーナ曾お祖母ちゃんが?」
そう口を開いてきたのはマリナンだった。そしてハガネはさらに言う。
「その通りだよマリナン君。そしてマリナン君の青髪はサリーナちゃんの血を
継いでるって事を意味してるのよ。そしてマリンちゃんはマオちゃんの血を一番
色濃く継いでいるけど、あの顔の傷がライン君の血も継いでいる証拠かな〜。」
「この傷始めからあるワケじゃ無いんだけどね・・・。」
マリンは気まずい顔をしていたが、ハガネは昔を思い出す様な雰囲気で空を眺め、
「ライン君のゼロファルコンもサリーナちゃんの凱龍輝も緑の悪魔と呼ばれたマオちゃん
とカンウの影に隠れて余り知名度は高くないけど、他の部隊でなら十分エース張れる
実力の持ち主だったよ。当時は私も帝国軍に勤めていて良く戦闘交えた事あったけど、
地味に苦戦させられた物だよ・・・。そしてその曾孫の二人が片方はカンウへ、そして
もう片方は同型とは言え凱龍輝に乗っている。凄い運命の巡り合せだと思わないかい?」
「うう、何か良い話やな〜。」
早くも背景キャラと化していたクラッシャーズもさり気無く貰い泣きしていたが、
ブレードはまだ納得が出来なかった。
「下らんな。とにかく俺には同型とは言え凱龍輝が奴のゴジュラスギガごときの軍門に
下っていた事が気に入らん。」
「な・・・なんですってぇ!?」
そう叫んだのはハガネだった。そしてゼノン共々ブレードと凱龍輝を睨み付けた。
「マオちゃん達をバカにすると私が許さないよ!」
「それでどうするつもりだ?言っておくが俺の凱龍輝はお前の知っている凱龍輝とは
一味も二味も違うぞ。」
両者は睨み合い、いつ死闘が始まっても不思議ではない険悪なムードになっていたが・・・、
『こうらお前達!練習ならともかく、こんな所で戦闘をするのはいかんぞ!
戦うのは大会が始まるまで我慢しろ!』
マイクで増幅されたその様な声が周囲に響き渡たせると共にパトランプを輝かせた
一体のゴジュラスギガが現れたのだった。
「ガミーのおっちゃん!」
RDの言う通り、そのゴジュラスギガに乗っていたのはブルーシティー治安局のチーフ、
ガミーだったのだが、今度はハガネが口を挟んで、
「あ!誰かと思えばガーちゃんじゃない!久しぶり〜!何時の間にかゴジュラスギガに
乗れる身分になっちゃって〜!」
「ってお前はハガネじゃねーか!しかもそんな見た事も無い虎型ゾイドに乗りやがって!
お前高速ゾイドは嫌いじゃなかったのかよ!」
「あいつサンドラだけじゃなくガミーのおっちゃんとも知り合いなのかよ・・・。」
皆、詳しい状況は飲み込めなかった物の、最低限の根底だけは何とか把握する事が出来た。
気にするなと言われても非常に目のやり場に困るミリアンとアルラ。
動きを止めた2枚の翼は独特の金属の輝きを有している…丁度目の前の物。
彼女自身が恐ろしい勢いで錬成による複製を行なっているマルギアナの魔石。
更に…良くマリエスの角を見ればそれも同じ輝きを持っている事に漸く気付いた2人。
「こう言った物の制作に関して有る部族では生き翼を捧げる風習が或る…
…と言うのは冗談ですが、翼を持つ神族、魔族、天使等の翼はお守りに最適なんです。
それに…私に限って言わせて貰えば翼は多く有っても邪魔ですし何より、
爪みたいに伸びても角の様に手入れのしようが有りません。引き抜かない限りは。
痛み…ですか?それは髪の毛や体毛等を引き抜く程度ですよ。
血はそれに比べれば天地の差程流れますが…。」
以上説明終わり。極一部の魔族限定の生態を喋られても…
そうなんだぁ〜と言うレベルの話で、そしてお守りとしての効能の方が気掛かりである。
精製された糸は既に彼女達の腰の辺りまで折り重なっている。これ程の量となると、
疑い様の無い答えが出る。これを布地状に織あげるのは確実だろう。
相変らず放って置かれている翼は気にするだけ気にして糸の精製を見守る。
ミリアンの手にはヴェルマンウェが握られ、アルラはドントレスのコアを抱いている。
どうやら糸の精製は終わりらしいが突然マリエスが動いたかと思うと…
ミリアンは服の外側から多数の巻き尺で雁字搦めとなり、
アルラの解けた包帯は綺麗に元通り巻き直されていた…。
「余りにも邪魔なので巻き直させてもらいました。」
事務的な答えがマリエスから返って来るがはっきり言って怖いを通り越している。
逆らったら首が次の瞬間飛んでいそうな素早さだった。
何時の間にか気付けば着込んでいるウサギのきぐるみが嫌な感じに恐ろしい。
「ちょっと待って下さいね。すぐに調べますから。」
素早く取り出したメモ用紙にされた何かの切れ端に記入されそれと同時に、
記入された場所の巻き尺に加わっていた何かの力が消えて床に落ちる。
程無く全ての巻き尺から解放されるミリアン。その光景を見ているだけのアルラ。
その記入が終わるとミリアンに振り子を返すマリエス。
振り子は罅割れは消えて消え掛かっていた模様が浮き彫りに成っていた。
「さあ…忙しくなります。危ないので工房の端にさがって下さい。
アルラさん?もしもの時は頼みます。」
マリエスがそう言うとアルラは頷いてミリアンの盾になる形で工房の端に後退する。
「動力機関はこの小さな賢者の石とドントレスのコアです。装甲は…
今しがた精製したマルギアナの魔石。内蔵火器は…ミリアンさん?どうしましょう?」
上りに上ったボルテージとテンションが一気に下降する言葉をマリエスが言う。
頭を掻きながらミリアンは幾つかの武器の名前を挙げた。
「…外に出た!?」
漸く館外に出た事を確認した旧神は立ち上がり走り出す。
しかも外に出た事で抑えられていた力が元通りとなる。
大小関係無くゾイドの体はパーツであっても自分の体として認識する事ができ、
それによって多少の傷を自力で修復したりできる。
だが…今のこの体には1つの生命エネルギーと旧神のエネルギー端末の2つを持つ。
その相乗効果は絶大かつ膨大で暴力的な自己進化を体に強要する。
そして…バロックのゾイドとしての設計思想は進化を題材とされている。
1+1では無くA=XY±Zの形式でのパワーアップとなる。
XはバロックYは旧神±Zは周囲の状況と考えれば良い筈なのだが…
そこから出る答えは決まって”そんな馬鹿な!?”と言う結果になるのは必然なのだろう。
「エヴォルトだと!?」
その光景を目の当りにしてザイリンは大いに驚く。
彼の居た時代では状況に応じて姿を変容させる能力を得る厄介な固体能力だ。
既に追撃を開始していたバイオラプターは完全に引き離されている。
背中が盛り上がり昆虫の羽を生やし始める旧神。飛ばれると厄介と言う事で、
多少威力は落ちるがヘルファイヤーで羽を焼くメガラプトル。
だがそれを物ともせずにどんどん形が出来上がる昆虫の羽。更に…
その付け根にはブースターが見えている。
「くっ!本当に飛ばれると面倒だ。だが!阻む要素のない状況でのエヴォルト…
普通では考えられん。これが嘗て滅びた文明の力ということなのか!?」
最悪の状況を踏まえながらヒートハッキングクローを構え、
最大戦速で強化されつつある旧神に挑み掛かるメガラプトルだった…。
「所でガミーのおっちゃん!何でここにいんだよ!まさか出場するとか?」
「そんなワケが無いだろうがRD!俺は治安局の人間だぞ!っと普段なら言う所だが、
実は俺は治安局選抜チームの一人に選ばれたのだ。」
「治安局選抜チーム!?」
RDは少し戸惑っている様子だったが、ガミーはフンと一息付いた後で説明を始めた。
「ただしだ、このオラップ島バトルグランプリはゾイドバトル版オリンピックと呼ばれる
程の盛大な大会であり、相当な国家事業でもある。故にこのどさくさにまぎれてテロを
起こす輩が現れないとも限らない。だからこうして俺を始め、各シティーから治安局員が
集められて各地に配置されているのだ。他にも本戦でのルール違反者を取り締まる役目
などもある。言っておくが俺は治安局選抜チームとして本戦に参加すると言っても、
治安局としての任務は忘れていないつもりだ。もしもルールに反する行為を行ったら
この俺が真っ先にとっちめてやるからな!RD!特にお前はな!」
「わ、分かったよおっちゃん!」
ガミーから発せられる気迫にRDも汗を流しながら戸惑うばかりだったが、その直後
だった、それまで堂々としていたガミーのゴジュラスギガが急に蛇に睨まれた蛙の様に
硬直したのだ。
「お・・・お前はあの時のぉぉ!」
「や〜や〜貴方こそこの間のテンガロンハットおじさんじゃありませんか!
どう?あれから少しは勉強した?」
ガミーのゴジュラスギガの前に現れたのはカンウだった。そしてガミーも何故かマリンを
前にするとそれまでの威厳が何処かへ飛んで行った様に弱々しくなってしまった。
「お・・・お前等いつの間に知り合いになったんだよ。以前会った時は知らないって言って
無かったか?」
「まああの後色々あったのよ。」
「・・・。」
皆はワケが分からなかったが、まあその件に関しては
ttp://www1.bbiq.jp/tetukemono/marintokubetu2.htmlを参照して頂きたい。
「と!とにかくだ!お前等ルール違反したらこの俺が許さんからな!」
ガミーは腕組みしてそう叫んでいたが、ギガ同様に焦り、マリンとカンウにオドオドして
いるのがバレバレで威厳が感じられなかった。
「まあ貴方も頑張ってね。あの時みたいに一方的に負けちゃダメだよ。」
「わ、分かってるよ。」
「一体あいつとおっちゃんの間に一体何が・・・。」
マッハストーム組は唖然とするしか無かったが、丁度そんな時だった。
「キャー!テロよー!」
と、余りにもわざとらしい女性の悲鳴が響き渡ったのだ。
「おいおいこんな時にテロする奴なんて・・・マジでいるしー!」
皆は戸惑った。何しろ余りにも場の空気を読んでないとしか思えないテロ活動行為が
目の前で展開されていたのだ。
「くそー!まだ大会まで数日あるってのに許せん!」
ガミーのギガは一斉にテロリストゾイドへ向けて飛びかかって行ったのだった。
そしてあっという間に鎮圧した。そして超合金ワイヤーでがんじがらめにしたテロリスト
ゾイドを引きずりながらこちらの方へ戻って来ていた。
「お前等!もしも変な事したらコイツ等みたいになるからな!」
「が・・・ガミーのおっちゃんやっぱ強いじゃん。」
強いのか弱いのか分からないガミーにRDは唖然とするばかりだったが、丁度そんな時、
周囲にいた他のチームのZiファイター達のひそひそ声が聞こえたのだった。
「おい!あそこにいるのはあのブルーシティーのガミーじゃないのか?」
「おお!アイツがあのガミーか!さっきのテロリストも運が無いな〜。ガミーがいる所で
テロ起こすんだもんな〜。ああ可哀想。」
皆口々にそう言っていたが、やはりガミーはかなり強いと言う事なのだろう。
そんな彼等の会話を聞いたマリンも、感心してカンウと共に手をパンパン叩いていた。
「なるほどなるほど。おじさんもあれからしっかり勉強したって事ね。」
「あ、当たり前だろうが。こ、これが俺の・・・本領よ・・・。」
ガミーは口では強がって見せていたが一方で震えており、本心はビビッている様子だった。
オリバー・ハートネットは闇の中にいた。
今度は視覚的な暗さではない。彼は自分自身の中に閉じ込められている。
うずくまったオリバーと対照的に、舞台に立っているのは少し年長の少年だ。
――なあ、アンタは誰だ? なぜ俺の中にいるんだ?
しかし彼には自我を取り戻すだけの意思が無かった。とても疲れている。いっそ、この
まま眠ってしまいたい。
そう思ったとき、舞台に立つ少年が口を開いた。
「――ダメだね、僕じゃきみの代わりにはなれない」
どうしてだ? と問う。
「僕は成長することをやめたからさ」
オリバーを見下ろすかたちの彼の背後に、ゆらり、と巨大な影が現れる。――イクスだ。
「彼が生き返るためには、きみの力が必要なんだ」
どういうことだ? と、口に出して言ってはいない。しかし舞台の上の少年はその意を
正確に読み取り、スクリーンのようなものを暗闇の中に出現させる。
それはオリバーの耳が聞き、脳が刻んだ記憶。リニアの横顔とその声が流れる。
「……死んでしまったイクスの“信号”なんて解るわけがないじゃないか……」
――“信号”?
スクリーンが光を失い、少年は答える。
「そう、信号だ。イクスのコアを甦らせるには、固有の信号パターンを流すしかない。そ
のためには、唯一その信号を知る者……幾度となくイクスとシンクロしてきた君が必要に
なる。コアさえ蘇生すれば、ボディはどうにでもなるからね」
「俺は、そんな信号知らない!」
「いいや、君の無意識の記憶領域にはしっかりとその信号が刻まれている」
断言する彼に、オリバーは反論すら忘れる。
「恨むなら僕を恨め。君にはその正当な理由がある。だが――」
オリバーは苛立った。ここは『俺の中』であるはずなのに、俺は無力だ。
このどこかで見た男が誰であったか、思い出すことさえできない。
「――イクスを死なせたのも、僕が君に賭けたからだ」
少年が消えようとしている。いや、周囲の全てが消えようとしている。オリバーは背を
向けた彼に叫んだ。
「まてよ、アンタは誰だ!」
陽炎のように消えゆく暗闇の中、少年は名乗った。
「僕の名はセディール・レインフォード……君の家族を殺し、イクスを死なせた張本人だ」
そしてオリバーの視界には完全な闇だけが残され、そのうち眠るように彼という存在は
『部屋』の片隅に丸くなってしまっていた。
本当に、悪いことをした。
セディールはつくづくそう思う。あんなに悲しんで、何度も大切なものを失って。
「けど、君にはこれが必要だ。そう――力が」
リニアならば、技量においてもアーサー以外の騎士を凌駕している。しかしオリバーは
まだ一歩彼らに及ばない。時間が足りない以上、無理矢理にでもオリバーの力を引き出す
必要がある。
そのために敢えてセディールは『用意しておいた』のだ。彼の天才はゾイドの操縦のみ
に留まらず、その設計にまでも及んでいた。
目の前にはモニターとキーボード。リニアたちの踏み込んだ第一コンピューター室から
二階層ほど離れた第二コンピューター室で、彼は一人『仕上げ』にかかる。実現可能なレ
ベルまでに脳内で練り上げた機体設計をデータにし、ディスクに収めるという作業に。
旧時代のゾイドがいまだ現役で活躍し続けているのは、外部的な変更が必要なかったた
め、内部機関のマイナーチェンジが繰り返されてきたからだ。イクスもそんななかの一体だ
が、それでは足りない。性能的にデスザウラーの改造型とイクスでは差が開きすぎている。
これまでオリバーが勝ってきた戦いは奇跡と言うほか無いものだった。
――データだけしか存在せず、実戦投入されたかは怪しい超高性能機――
モニターに映し出された奇抜な形状のライガータイプがそれだ。性能による戦力差を埋
め、同時に扱いの難しい高性能機を乗りこなす訓練をすることでオリバーの技術向上を促
す。
設計図を作っておけば、あとはあのアレックス・ハル=スミスとかいう男が何とかする
だろう。僕と戦って生き残った男だ。ヴォルフガングごとき小物に負けはすまい……。
「ゾイドコアも別の機体を使う予定だったけど、イクスのものを使えるならそれがいい」
カチッ――恐るべき機体のデータを収められた光ディスクが機械から押し出される。セ
ディールはそれをそのままオリバーのポケットに入れると、再びどこかへと姿を消した。
その戦いはまさに、『二手三手先を読まねば死』というに相応しいものであった。
ヴォルフガングはアレックスの背後に“ゲート”を作り出そうとし、アレックスは一瞬
先を予知してその位置から巧妙に機体をずらす。それも、つねに移動先は障害物があるよ
うにして連続的なゲートによる追撃を避けるのだ。
「チィッ! 地味に見えますが……あの能力、並ではない!」
側面から衝こうとゲートの向きを変えれば、こちらが撃つより速く向こうがゲートに向
けてエナジーキャノンを叩き込んでくる。下手をすればこちらの特殊能力を逆手に取られ
て死にかねない。
「しかし、これならどうですかネェッ!?」
銀翼が展開し、膨大なナノマシンが空中を流れる川のようにエナジーの退路を遮断しに
かかる。これなら避けられない――!
だが、ここで相手は予期しなかった行動に出る。
アレックスは自らナノマシンの奔流に突っ込み、同時に機体が凄まじい勢いできりもみ
回転し始めたのだ。エナジーウイングが開かれ、翼端から放出されるタキオンエネルギー
がまるで光の翼のように……
「――まずいッ!」
ナノマシンは高速の動体を分解することはできない。表面に取り付けないからだ。この
狭い船内ならば、エナジーとてマシンが分解できないほどの高速機動はできまいと踏んで
いたのだが――甘かった。ヤツは機体を最小の回転半径で高速回転させることにより、走
ることでは得られない速度を機体表面に与えたのだ!
あれならば漂うナノマシンなど障害にならない。ゲートは間に合わない。どうする?
「……かくなる上は、こうするッ!」
エナジーの回転が生み出す巨大な光の渦。それがまさにデッドボーダーを捉えようとい
うとき、呪われた槍が緑色の閃光を発した。
アレックスにとっては起死回生の賭けであったが、どうやら成功しそうだと思った。し
かし彼は、未来を見る自らの『もう一つの視界』が突然緑色に、次いで白く染まるのを見
た。
――なんだ!?
次の瞬間、正面に捉えた敵手が持つ槍が輝いたかと思うと、轟音と共に床面が巨大な亀
裂によって両断され、そこから間欠泉のように海水が吹き上げてきた。掘削工事用ウォー
タージェットに匹敵する水流の直撃を受けたエナジーはバランスを崩し、大きく展開した
エナジーウイングはデッドボーダーの片腕を斬りとばすに留まった。
「そんな……この巨大な宇宙船の底部に裂傷を負わせたと!」
何という破壊力。その張本人はすでに自ら作り出したゲートに飛び込み、この危険極ま
りない空間から脱出している。
グローバリーV世号の巨躯を、激震が駆け抜ける。幾千年もの時をただ海底に沈んで過
ごしてきた地球の遺産が、ついに崩壊の時を迎えようとしていた。
「まったくワケがわかんねぇぜ、アイツもアンタの兄貴も、それにアンタもだ!」
走る足もとが小刻みに振動するなか、ラインハルトが毒づく。続いてリニアがその後を
追う。
「……いまは私達の脱出で精一杯だが……アレックスなら大丈夫だ。問題は、」
と言ったところで、彼女たちの目の前にエナジーライガーが飛び出してきた。
「お二人、無事でしたか! 早く乗ってください、残念ですがここはもう持ちません」
「いや、オリバーが……」
はぐれてしまった、と言う前にエナジーのコックピットからオリバーが顔を出した。
「何してんの、師匠! 早く乗って!」
「オリバー……!?」
――本人の人格に戻っている?
「煩い奴だ…消えろ。」
口等から発するのとは明らかに違う音源の声が響き旧神の全身の隙間が発光する。
それが体の端々火器に吸い込まれると一斉にメガラプトル目掛けて発射される。
物理法則を無視して光線は曲線を描き方向転換までして迫る。
「荒唐無稽!望むところだ!」
今更この程度で揺るぐザイリンではなく…各々を最寄りのヘルアーマーで防ぐ。
光線はヘルアーマー同士を経由して威力を失い消滅する…
しかしこれはヘルアーマー内のエネルギーを消費するのでそうそう連続して使用出来ない。
ザイリンも良くは知らないがこの装甲材質は特殊でディガルド武国にしか精製できない。
その他バイオゾイドが死んだりした場合はその力を失い茶色く変色して力を失う。
彼自身もヘルアーマーの事は理解しきれていないので過信はできない。
ザイリンは中央の人間がこれ等の技術の事をひた隠しにするに苛つきを覚える。
その性能を十二分に発揮するにはその事を知る必要が有るのは明確であるからである…。
ヒートハッキングクローが旧神を引っ掻く。
熱を帯びるだけではなく更に別の力で切れ味を増す爪が装甲を切り裂く。
だがそれも装甲奥に届く位置では無かった為その威力はダメージに繋がらない。
裂けた装甲は瞬時とは言わないがゆっくりと塞がっていく。
その間にも旧神は姿をどんどん変え自らを更なる高みへと変異させていく…
そこへ久方振りの外へと出て来たエントヴァイエンはこう感想を漏らす。
「正に幼稚の極み!そして…至高なる厄介物の姿だな。うん…清々しい程にまで。」
呆れて絶賛するより手は無い姿を見せる旧神。
「…首が25。中央の物が本物で残りは自動攻撃端末としての多少の知能を保持。
つくづくメガラプトルに付いて居る機能には謎が多い。1度見ただけでこれだけのデータ。
そもそもゾイドという者自体謎が多いが…どれだけの力がる?お前は?」
当然その声に答える事は無いメガラプトル。
搭載された機能を使う事はできてもそれを説明する機能は無い。
だが代わりに力強く吼えてみせるメガラプトル。
「そうだな…気にしても仕方がない!特に!彼処で空中浮遊をしている…
上半身をはだけた破廉恥男とかは。」
極力視界にエントヴァイエンを入れないようにするザイリンだった。
「?何故目を逸らす?この美しくスパルタンな余の腹筋を拒むというのか?」
何か恐ろしげでナルシストと言うか…常識が因果地平の彼方にありそうな言葉を、
吐く男を無視してザイリンは旧神の姿を再確認する。
何でもありと言う様な外見をしているそれ。
先にヘルファイヤーを喰らったのを嫌がったのか昆虫の羽を更に外側から覆うように、
鱗の生えた様な翼を肩より生やし、骨格は獣脚類の恐竜を人の様に立たせた姿。
風の噂に聞いた事のある竜と言う種類のゾイドの姿が一番近いだろう。
「その様だな。更に言えば…何でも強そうな物は一切合切と言う感も有る。
幾らこのゾイドがビームや多少の格闘攻撃を無下に捌けてもきついだろう…。」
「なっ!?何時の間に私の後にっ!?」
「良いではないか。唯浮いているのも疲労が溜まる。それに…何故余から視線を逸らした?
余の何がいけなかったのだ?説明を求む。」
突然メガラプトルのコクピット内に乱入したエントヴァイエンの言葉に、
ザイリンは呆れるしかなかった…。むしろ何故上半身の法衣をはだけているのか?
そっちの方が気になるのは当然だろう。
「…良しこんな所か。完成完成。」
できあがった機体を見上げてカムサリエルは満足そうに言う。
「織天使様よ…一つ聞いて良いか?」
その機体を見上げてレイガが呟く。
「なんなりと。質問にお答えしよう。」
「そうか…じゃあ…あのヘイローは何だ?」
「ああ…天使の輪っかの事か。あれは当然…洒落だ。笑って見過ごせ。」
そうは言われても見過ごせないのが人間である。
そのデスゲイザーと呼ばれる機体を元にした姿は肩パーツがガルガリムを模しており、
頭部の上には仰々しい装飾で飾られた天使の輪が輝いている。
その天使の輪に準ずるようにステンドグラスの様に色々な色の大小の構成物が、
飾り羽の様に後方に流れ垂れている。機体の特性上当然繋がっていない。
説明が遅れるが…ガルガリムと言う存在は天の戦車の車輪を勤める戦輪の天使。
上位の存在になると人の姿を模した天使以外の姿の天使が増えてくるのは…
余り知られていないだろう。
「ヴィクター。君と戦地を翔るのは久しぶりだな…よろしく頼む。」
「ふ〜ん。じゃあ私が直接どの位強くなったか見ても良い?」
「え?」
カンウがゆっくりとガミーギガの右腕を掴んだその直後だった。一瞬にしてカンウは
ガミーギガに脇固めを極めていたのだ。
「うぉぉ!ギブギブ!」
「あ〜らら〜。あんまり強くなって無いんじゃな〜い?」
「バカ野郎!関節技なんて想定外なんだよ!」
その光景にマッハストーム組はやはり唖然とするしか無かったが、キシンは一人熱く
なっていた。
「ヒャッホウ!凄ぇぜ姐さん!重量装備で動きが制限されているのにも関わらず
その速攻!流石です姐さん!」
一方RDはおどおどしつつルナリスに話し掛けていた。
「って言うかあいつ関節技とか使えたのか?気功拳法とかだけじゃなかったのか?」
「ああ、元々アイツの得意技は関節技だ。ったく強引なごり押しでも勝てる力が
ありながら関節技を得意とするとはなんとまあセコイ女だよアイツは!」
「ま、そこがマオちゃんの血を引いてる証拠と言えるし、あの娘の良い所だけどね。」
と、最後はいきなり割り込んで来たハガネが綺麗にしめていたりする。
もう何がなんだか良く分からん事になっていたが、そんなマリン等を遠くから
見つめるシズカとベンケイの姿があった。
「連中練習とは名ばかりの遊びをやってるだけみたいですな。これなら楽勝なのでは?」
「本当にそうか?」
「!」
シズカに睨みつけられたベンケイは一瞬硬直した。
「私は奴の事をガキの頃から知っているが、奴は見かけで実力を判断すると痛い目に遭う
良い例だ。今だってああして遊んでいる振りをして他チームを欺きつつ、裏では凄い事を
やっているのだ。それを見抜けない限り勝てないぞ。」
「す・・・済みませんシズカ様。」
ベンケイは申し訳なさそうな顔で頭を下げるが、シズカは言った。
「別に謝る必要は無い。とにかくこちらも修行を開始するぞ。」
「ハ!」
両者はそれぞれゾイドに乗りこんで行った。ベンケイはマッドサンダーへ、
そしてシズカはロードゲイルをベースに両腕をシェルカーンのハンマーナックルに
交換、さらに脚部と碗部、そして背中にエヴォフライヤーとナイトワイズの翼を肘の部分
にはマグネイズスピアを装備した異様な殺気かつ優雅にも思える(?)ゾイドだった。
「行くよシャナオウ。」
シズカにシャナオウと呼ばれたそのゾイドはゆっくりと舞い上がった。
「飛ばれれば終わりだぞっ!手は無いのか?」
相変らず後の天然度300%突破兼変態度500%突破男を無視し、
ザイリンは呟く。あの巨大な存在が飛んだ場合先ず追い付けない。だが…
「無理だ。奴は少なくともこの星、いやこの図書館からは逃げる事はできん。
余の全てを賭けて断言して良い。」
後から答えが返って来る。しかし何故そんな事が断言できるかは、
ザイリンには理解ができなかった。その瞬間に遭遇するまで…。
突然空中で天井にでもぶつかった様にリアクションを取った旧神が墜落するまで。
「な…馬鹿な?何故この星から出られんのだっ!?」
旧神が叫ぶ。それに変態さんはこう答えるのであった…
「坊やだからさ!」
「翼は空への捧げ物。翼無き者が空に嫌われない為。空に信愛を伝える為。」
歌を歌いながらマリエスは糸を布に、布を服に、服を鎧に仕上げていく…。
そして鎧を機体へ作り替える。その流れは阻む物無い川の流れの様に流麗。
ミリアンが見るその光景は非常識極まる物だった。
明らかに強化服のサイズを超える重武装を体積を無視し質量を無視して詰め込む。
まあ材料が物理法則を無視した所に有るものだから理論的には可能。
その作業の最中に無造作に引き抜いた自らの翼を投げ込むマリエス。
その翼も他の物質同様輝きシルエットしか見えないそれの中に消えていく。
どうやら外側は完成らしくその中からコア接続用のプラグを引っ張り出す。
「アルラ。コアを…。」
「わっわかりましたぁ!」
慌てて駆け寄よろうとするアルラだが…コアだけをマリエスに投げよこし…
本人は既に一歩目で何も無い所で躓き顔から床にダイブしていた。
「あ痛たたたた…また転んじゃいました…。」
鼻を掻きながらアルラは言う。場違いな金属音がした割には床も本人も無事。
では?何が鳴ったのか?と言う疑問が残る。
それが外の旧神が墜落した音だと解る筈も無い。
工房の外の待ちぼうけ組も当然解らなかった…。
旧神にとっては何処からとも無く侵入可能なこの世界。
ただし…この世界に存在する物には果てしない空間でも旧神にとっては、
認識の限界がある。その限界を超えた場所に旧神は移動できないのである。
簡単に言えば先が有ってもROM容量の限界で先に進めない箱庭型ゲーム。
これが完全に一致するのだ。エントヴァイエンの”坊やだからさ”と言う言葉。
これの表す真の意味は…まだ認識と言う物が上手く取り扱えない。
つまり旧神の移動範囲は恐ろしく限定された物であると言う事なのだ。
更に以前の過程で旧神の正体が何処ぞの世界の子供と断定している。
それが完全に確定した瞬間でも有った。
星の海には逃げる事ができない。そう言う事である。
だがそれは…この図書館敷地内を鬼ごっこする羽目になると言う事に気付く。
この場合逃げる方が圧倒的に有利。逃げる方は逃げる事だけ考え、
追う方は途方もない空間を逃げる相手を捕まえる為に四苦八苦する。
何とか出鼻を挫こうとゲヘナフレアーを使用しようと接近するが…
先の一件で飛行できる高度の限界を見付けたか器用に避けられてしまう。
「くっ…大きさの割に何という浮遊能力。翼の角度だけでそれだけ動くか!」
ヘルファイヤーを連射するがもうその程度の火力では意味は無い。
爆音を轟かせて旧神は飛び去ってしまう。
「逃げられたか…厄介だな。今使える太陽の網程度の物では捕獲できそうにも無い。」
随分と落ち着いた言葉ながら絶望的観測を簡単に言ってしまうエントヴァイエン。
それを前で聞いているザイリンは渋い顔をするしかない。
しかしもっと問題なのは…先の質問に対する答え。棚上げにして居るが、
この手の人間は絶対にそう言う事を忘れない。やはり彼も例外では無く。
コクピットの中ではまたその話が持ち上がっていた。
「…この気配。もう直ぐ完成らしいな。良し…覗くか。」
織天使に有るまじき行動を起そうとしているカムサリエル。
それを見てレイガ達はこいつが堕天するのもそう遠くないと思う…。
だがそれは今一歩遅く工房の扉から出て来たアーマードエクステンション。
それに身を包んだミリアンに顔面を蹴飛ばされる形で失敗した。
「大変です!“緑色の破壊神”が目覚めたとの情報が地上監視部の報告に・・・。」
「何?奴はあの“神々の怒り”によって滅したのでは無かったのか!」
「しかし、遥か太古の時代に滅びたはずでありながらも突如として現れたその
ゴジュラスギガは緑色だったそうです。これはあの古代神話に伝わる“緑色の破壊神”
以外に考えられません!歴史から現れては消えてを繰り返し、その度に幾多の伝説を生み
出した最強の破壊神・・・。その力はゴジュラスギガの限界と言う壁さえ超越し、“神”の
領域にまで到達していたと目する研究家も少なくありません。それが今、突如として復活
した理由・・・もしかするなら我々に対する復讐では・・・。」
「それは考えすぎでは無いか?近年、ディガルド武国のバイオゾイドとは異なる
“メカニカルダイナソー”の発掘が各地で確認されていると言う報告もある。」
「では・・・。」
「今は様子見と言う所だな。そのギガが本当に“緑色の破壊神”か否かはこれから
調べて行けばおのずと分かるだろう。それが利用出来る存在なら利用すれば良い。
だが、我々を破壊しようとするのなら破壊しなければならない。それがこの世界を
数千年もの間、天空から管理して来た我らの使命と義務だ。」
「アンノウンゾイド?」
ディガルド軍本部にて、一人の将官がそう呟いた。そして副官が答える。
「そうです。アンノウンゾイドです。最近各地で正体不明のゾイドの発見が相次いで
いると言う報告が確認されております。それ故にその正体不明ゾイドがいかなるゾイド
なのか、と言う点が明らかになるまで、このアンノウンゾイドと呼称しようと言うのです。」
「正体不明・・・と言えば、この間我が軍の部隊を壊滅させたとか言う緑色のゾイド等がそれ
になるのかな?メタルZiを持たないにも関わらず、我が軍のバイオゾイドを容易く
撃破すると言う、悪魔のごとき強さを持つからと、“緑の悪魔”と呼ぶ兵も少なくないとか。」
「ハイ。その兵達が緑の悪魔と呼ぶそのゾイドも、体型そのものは我が軍のバイオゾイド
に酷似していながら、その外見はバイオゾイドでは無いと言う話です。それ故にあれも
アンノウンゾイドと呼称しても十分かと存じ上げます。我が軍全体の今後の情報の混乱を
避ける為にも“アンノウン001”と正式に登録する事を提案いたします。」
「うむ。確かに緑の悪魔・・・アンノウン001の力、たった一体と言えど侮れん物があると
言うしな。奴が反乱勢力に参入する様な事があれば、その反乱勢力全体を勢い付けさせて
しまうだろう。そう言う意味で、我が軍全体に害を及ぼすような存在にならんとも
言い切れん。だが、やたらに攻撃を仕掛けても無駄な損害を出すだけだ。ここは様子を
見て奴に関する情報やデータを取っておく事が得策だろう。まあ、仮に
仕掛けるとしても、データ収集を目的とした威力偵察に留めておく事だろうな。」
「ディガッ!」
それから数日、ディガルド武国のバイオラプター隊によるアンノウン001=ゴジュラス
ギガ“カンウ”に対する威力偵察攻撃が行われていた。
「ったくやっこさんもしつこいよな〜ア〜ラエッサッサ〜!」
成り行きでカンウと共に旅をする事になったマオーネ=バイス(16)はうんざりして
いたが、カンウはラプターの火炎を素早く体を反らしてかわしつつ、拳を合わせて一体を
破壊し、間髪入れずに横滑りの勢いを乗せたショルダータックルで隊長機の量産型メガ
ラプトルを吹っ飛ばし、岩に叩き付けられて怯んだ所に上半身と下半身の継ぎ目に蹴りを
入れて倒した。力に物を言わせた強引な攻撃や、装甲と装甲の継ぎ目を狙った攻撃は
一見乱暴に見えるが、リーオの武器を持たないカンウがバイオゾイドを倒す手段は
これ以外に無いのである。そして一通りバイオゾイドを倒すと、ディガルドの部隊は
撤退して行く。
「まったく連中も飽きずによくやるね〜。ま、この残骸売れば金になるから良いけど。」
ここ数日、ディガルドの小隊が突如攻撃を仕掛け、一通り撃退すると直ぐ様撤退し、
残った残骸をマオーネが町の鍛冶屋に売って、またディガルドが来て、の繰り返しだった。
『だがこのままではいかんな。』
「ん?」
カンウは精神リンクを通じてマオーネと会話する事が出来る。その上下手をすると
マオーネ以上に知識、知能を持っているかもしれないそれは、“恐竜型ゾイド”と言う存在
が人々の間から忘れ去られて久しいこの時代において、存在そのものが謎なカンウの謎を
さらに深める要素だった。だが、今はそれに関して深く言及する時では無かった。
『我は以前にも同じ様な状況に陥った事があるから分かるのだ。今はまだ小隊規模だから
良いが、いずれ大部隊がやってこないとも限らん。このままでは数で押し切られるぞ。』
「確かにこのままじゃヤバイよな〜。こう何度も来られちゃ流石に疲れる。」
『それにな、あのバイオゾイドと言うのが未だに良く分からんのだ。殴り心地も何かゴム
みたいだし、倒すと爆発せずに焼け爛れる。色々なゾイドを見て来た我でも気色悪くて
得体が知れないと思うのだ。』
「バイオが何者か?なんて考えた事無かったな〜。精々ディガルドの兵器と位しか・・・。」
倒したバイオゾイドの残骸を掻き集めながら両者の議論は進む。
『せめてもっと効率良く連中を撃退出来る方法があればな・・・。地形を生かした作戦や
その場限りの奇策はそう何度も通用する物では無い。敵の数が多い時はなおさらだ。』
「バイオゾイドを効率良く倒す方法ね〜。もうリーオの武器を装備する位しか・・・。」
『リーオとは?』
「特殊な鍛え方をした鋼と言う話だが、詳しくは俺も知らん。だが、リーオの武器なら
バイオゾイドの体を真っ向から豆腐のように切断する事が出来ると言う。」
『それは凄いな。かつてのご主人の知人が持っていたメタルZi製の武器を思い出す。』
「と言ってもだ。リーオの武器なんてそうホイホイと出て来る様なもんじゃない。
じゃなきゃ近隣諸国がディガルドにデカイ顔なんてさせないだろ?」
『だが、一応情報位は集めておく事は必要であるだろうな。我が分析するに、この時代に
おいて、我の知りうる時代の武器やゾイドが遺跡として発掘される物となっている。確か
に簡単では無いだろうが、探せばいずれ見付かるだろう。これは他の事にも大切な事だ。』
「わ〜ったわ〜った!色々調べとくよ。にしてもお前の話し方どうも堅苦しくて敵わん。」
『すまんな。我にも色々な事があったと言う事だ。あんまり気にせんでくれ。』
こうして、バイオゾイドの残骸を背負ったカンウは近隣の町へ向かっていた。
と、その時だ。カンウが何かの気配を感じ取り、上空を見上げた。
『まずいな・・・もう次が来てしまった。しかも上空からな。』
「何!?」
雲を割って何かの編隊が現れた。それは大きく翼を広げたバイオゾイドだった。
「空飛ぶバイオゾイドっ!やばっ!あれが噂に聞く“バイオラプターグイ”かよ!」
バイオラプターグイは急降下しつつカンウへ向けて口から次々に何かを射出した。
「結界!」
『だからハイパーEシールドだと言っておるだろう!』
カンウは素早くシールドを展開して防御する。が、何かがシールドに直撃した直後、
シールドが忽ち凍り付いてしまった。もっとも、厳密に言うとシールド周囲の空気が
凍り付いた事により、シールドが凍り付いた様に錯覚しただけの事なのだが・・・。
『こいつ・・・冷凍兵器を装備しているぞ!これは実にまずいっ!こちらは対空兵器の類は
持っていない上に冷凍兵器・・・。直撃を食らおう物なら間違いなく凍り付いて身動き
取れなくなるぞ!』
その頃、後方のディガルド本陣は大爆笑だった。
「ハァァァッハッハッハッ!やはりこちらの思った通りだ。奴は空からの攻撃に弱い!
これならばチマチマとした威力偵察では無く、一気に倒す事が出来るぞ!ようしっ!
予備兵力も続いて投入!一気にアンノウン001を畳み込んでしまえっ!」
「ディガッ!」
「アッラーッ!!!」
微妙なカムサリエルの悲鳴。どうやら天使は天使でも仕事の方面は…
イスラム教圏だったらしい…。キリスト教にもイスラム教にも天使は存在する。
後で聞いた話では…一世紀毎に配置が換わるそうで場合によっては、
守護するセフィロトの位置まで変わって使える力が変わったりするらしい。
小間使いは大変そうだと一同は思ったが本人の大変さを本当に解る者は居ない。
「しかし…随分変わった物だな。趣味が違うと言うか嗜好が違うと言うか…
まあ良くできてる事は一目で解るな。」
目を見開きながらレイガはうんうんと頷いている。
アーマードエクステンションと言う物は見た目を無理に元のゾイドに似せなくて良い。
だがミリアンのそれは最大限にドントレス。つまりカマキリの特性を色濃く残している。
先ずは腕に抱いているヘルメット。複眼の機能を最大に発揮するマルチカメラアイ。
内部を覗くとフルスクリーンで緊急時の為の覗き穴は通常時には外に露出しない。
マルチカメラアイ内部の構造は簡単なターレットスコープの応用。
各種カメラを自由にローテーションしてモニターにそれを表示するらしい。
機能的に右に寄ってしまったが触角も臭気センサーレーダーと通常レーダーを装備。
こんな物を24強化服レベルのサイズで実現できるのだから恐ろしいものだ。
その見た目もカマキリの頭部を模した扇形の前部とヘルメット状の後部に分れている。
体の部分は重装甲と柔軟性の追及で筋肉や表皮に添って装甲板をカット。
かなりの数の小型装甲が犇めき合っている。
虫と人間の中間と言う存在が居たら多分こうだ!と思える見た目である。
「艶めかしい上に気持ち悪いわね…流石に。」
ミリアンはそれを見ながらそう思う。だが命と見た目を天秤に掛ける奴はまず居ない。
その上に胸部と腰部に更に装甲を纏い、その部分の先の腰部後には…
カマキリの腹部を模した武装プラットフォームが存在する。
「…椅子の機能付き。浮遊する椅子か。」
リカルドはボソリと呟く。奇妙な所で体に優しい親切設計のようだ。
それはマグネッサーと重力コントロールをする腹部下部と…
推進器、武装プラットフォームの上部に分れ展開が可能な様だ。
推進器には昆虫特有の3対同所接続式。1対ずつのシャフト接続。
一番外側の1対は装甲板に繋がったイオンブースターを持ち、
残りの2対はイオンブースターのみの計6機イオンブースターを装備。
武装プラットフォームの方には今回は何も無い。
腕部には…お約束の鎌だが非常に小さくそこから件の剣ヴェルマンウェ。
それの力で鎌鼬を起こす右手側、左腕にはその鎌鼬を固定させ…
攻撃を防ぐ鎌を装備されている。装甲の方は体と違い大型の物が肩に1対ずつ。
空気抵抗を減らす時に用を成すと予測される。
更には先の制作でミリアンが確認した重火器群を発射するハイドクラッシャー。
それの発生機が両腕手首部分に付けられている。
撃ちはしないがテストでミリアンが出し入れをしていたら運悪くその場にまだ居た、
カムサリエルを潰したのは言うまでも無い。
「酷い…神よ。邪な計略を思い付いた私への罰でしょうか?ぐふっ!!!」
口から血の赤い一筋を残し気を失ったらしい。
足…普通の見た目にかなり大きな膝のカバー。これも空力関係だろう。
その上…太股の部分に特徴が有る。間違い無く接続されていない物が有る。
先の工程でマリエスが放り込んだ自身の翼。それが姿をより鋭角に変え、
太股を覆いその先は爪先辺りまで伸びている。元の存在を覚えているのか?
動かすとペラペラ力無く揺れる。だが太股側面を軸としてそこから離れる事は無い。
「それは…もしもの時に役に立ちますよ。」
ニコニコしてマリエスが胸を張って言う。自身を持って言っているが…
ポーズがポーズな為、男衆には少々辛い状況。目のやり場に困る。
脛部は防御力とキックの威力を重視して装備が多重になっている。
だが基本的に飛ぶらしいので問題無いだろう。
サブアーム成らぬサブレッグとしてカマキリとしての残り1対の足も有る。
先端にはインパクトカノン内蔵の高周波ブレードが存在していた。
取り敢えず旧神が外に出てしまったという事なので一同は外に出る事にする。
マリエスは後でギルベイダーで追い付くそうなのでカムサリエルを引き摺って…
ミリアン達は改造デスザウラー”ヴィクター”と共に外へ繰り出した。
☆☆ 魔装竜外伝第六話「星空に、誓え!」 ☆☆
【前回まで】
不可解な理由でゾイドウォリアーへの道を閉ざされた少年、ギルガメス(ギル)。再起
の旅の途中、伝説の魔装竜ジェノブレイカーと一太刀交えたことが切っ掛けで、額に得体
の知れぬ「刻印」が浮かぶようになった。謎の美女エステルを加え、二人と一匹で旅を再
開する。
遂にゾイドウォリアーとなったギル。しかし水の軍団が繰り出す刺客を恐れ、精神的に
追い詰められていた。エステルは外食に連れ出し緊張を解き解こうとするが、次なる刺客
「風斬りのヒムニーザ」は二人を分断。ギルとブレイカーを瀕死の危機に追い込んだ…!
夢破れた少年がいた。愛を亡くした魔女がいた。友に飢えた竜がいた。
大事なものを取り戻すため、結集した彼らの名はチーム・ギルガメス!
【第一章】
燦々と大地を照らす陽射しは既に闇夜も雲も切り裂き、虚空を海色のスクリーンで被っ
てみせる。投影された白い幻影は常ならば、希望の炎に例えられるのだろう。だが今の一
時だけは、その形容は当てはまりそうにない。…幻影は変貌を遂げていた。ちっぽけな命
の炎を掻き消さんとする、死神の凍てつく眼差し。
地表に倒れ伏し、白日の元に晒された巨体。…旧家の倉程もある胴体。頭部は矢尻に鶏
冠を生やしたような流線型は古代の竜に近い。尻尾は胴体よりも細長く、誠にしなやか。
胸元に引き寄せられた短かめの前肢は三本指をY字状に伸ばし、うち二本の上辺は死神の
鎌のように鋭く、長い。後肢は三本指に加え踵の一本指が長く鋭く、常ならばこれらでし
っかり大地を踏み締めているに違いない。そして何より奇妙な、背中の造作。中央に背負
った瞼とも口ともつかぬ閉じた大穴。そこに被い被さるように生えた、筒状の鶏冠が六本。
更に鶏冠の左右には、胴より大きな翼が二枚。胴より大きな面積を備えたそれは、桜の花
弁にも似た艶やかな形状で見る者を惑わせる。全てのパーツをまとめれば、きっと民家二
軒分程にはなるであろう。これら各部の所々を果実のように深く鮮烈な紅の鎧で被った、
かの巨大なる生き物はまさしく金属生命体ゾイド。異形振りからかつて魔装竜ジェノブレ
イカーの徒名で呼ばれていたゾイドだ(今は単にブレイカーと呼ばれているらしいが)。
だがこの、伝説を数多生んだ深紅の竜が、追い込まれた危機はまさしく絶体絶命。俯せ
た状態で必死に覆い隠そうとしてはいるが、それでも容易には隠せぬ腹部の切傷。滴り落
ちるどす黒い油は残酷なる陽射しに照らされ、眩い光沢を放つ。地表が吸い上げるには大
量に過ぎ、いささか食傷気味の感はあるが零した当事者がすくい上げる余裕などない。
竜の胸元に括りつけられた箱の中身はコクピット。両手を左右に広げられる程度には広
い室内で、生命の危機に瀕した少年が一人。彼の名はギルガメス。この部屋中央のシート
に着席してはいるものの、拘束具で括りつけられた胴体を除いて皆、力を失い前方に投げ
出されたまま。円らな瞳の輝きも真一文字に結んだ口も、ボサ髪に隠れて見えない。だが
きっと、瞳は濁り、口元は苦痛で歪んだままに違いない。それは朱に染まった彼のTシャ
ツを見れば明らかだ。…深紅の竜ブレイカーはオーガノイドシステム搭載ゾイド。パイロ
ットとのシンクロによって力を発揮するが、その副作用が最悪の形で表面化した。ゾイド
が負った腹部の傷が、パイロットの身体にも忠実に再現されてしまったのだ。ブレイカー
の死は、ギルガメスの死をも意味する。コンビの命が、危ない!
投げ出されていた前肢の指が、動いた。痙攣させながらも地表に爪痕を残し、その身を、
首を持ち上げようとする深紅の竜。胸元をちらり、一瞥。…若き主人を気遣いピィ、ピィ
と囁くように鳴いてみせる。
コクピット内の主人の四肢は、相棒の動きに合わせてぶらぶらと揺れるだけ。指が、か
すかに動いたようだが見間違いかも知れない。
意を決し、顔を持ち上げた深紅の竜。主人の無事を信じ、又懇願し、睨み付けた前方に
は悪魔が立ちはだかっていた。
体格自体は深紅の竜の半分程度しかない。だが威容は圧倒的にこちらが勝る。二本の腕、
二本の足、それに二枚の翼とそこそこ長い尻尾を有した姿はまさに空想上の悪魔そのもの。
それが死神の黒衣を彷佛とさせる装甲を纏い、手足を染める火照った人肌と相まって禍々
しさを一層際立たせている。一方両腕に取り付けられた武装は容姿以上に不気味。右腕に
は二本の刃がハサミのように取り付けられ、蝶番の部分には二本の銃身が埋め込まれてい
る。一方左腕には手首の付け根から生えた槍が二本。いずれも敵を殺傷するのに適しこそ
すれ、日々を平和に生きるには余りに不便極まりない。この悪魔の正体は黒衣の装甲の隙
間から見える黒色と、銀色の立方体群から伺い知れる。ブロックス。東方大陸伝来の技術
で生み出された人造ゾイド。立方体群はあれを構成するゾイドコアに違いない。
真っ赤に明滅する立方体の中央部分。緩やかなテンポはこの禍々しきブロックスが脈動
する証。それと調子をあわせるように、逆三角形した兜の中央に埋め込まれた水晶がエメ
ラルド色に明滅。肩の突起が禍々しく揺らぐ。
「足掻くねぇ。感服した。
我らが必殺の機獣殺法『風斬り十字』、命中の寸前で急所を外すとはな。
でもな。生きて帰りたいなら躱さなければいけなかった。…できるとは思わんが」
兜のすぐ後ろに括りつけられた箱の中身はコクピット。但し深紅の竜のそれと比べて何
とも狭く、人一人がギリギリ入り込める程度だ。その中で、不敵に笑みを浮かべる声の主
こそ「風斬りのヒムニーザ」。乱れ揺らいだ金色の長髪、その隙間から垣間見えるは彫り
深き面構えに無精髭、そして野獣の眼光。よれよれのパイロットスーツを差し引けば、風
貌はさながら太古の落武者とも、亡霊騎士とも。
ヒムニーザの額には、他のZi人にない器官が備わっている。水色の、宝石。第三の瞳
を主張するかのごとく、明滅する禍々しさに続いたそれは手向けの言葉。
「じっとしてろ。楽に逝きたいだろう? とどめだ、ジンプゥ」
声と共に、翼はためかせたブロックス。風王機ロードゲイルというのが一般的な呼称で
あり、ジンプゥというのはこの個体の相性だ。だがこの威容、実力の前にはどれ程の意味
を持つのか。まさしく、黒衣の悪魔と形容すべき代物。
その、悪魔が近付いてくる。両手を構えることもなく、直立の状態でふわり、ふわり、
宙を泳ぐ様からは力みも疲れも一切伺えない。それと共に忍び寄る、影。立ち上がらんと
する竜の巨体に掛かっていく。完全に被い尽くした時、彼ら主従の命脈は尽きるのだ。い
つしかカチ、カチ…と、右腕のハサミを開閉し始めるジンプゥ。影の肥大と共にゆっくり
身構えた、その時!
虚空を切り裂く銃声と、爆煙が悪魔の五体を瞬く間に包囲したのはほぼ同時。今日初め
て受けたダメージは見事な不意打ち。忌々しげに頭をもたげたその目線の先には、ゾイド
よりは遥かに小さなビークルが只一機。体格差は精々人と小鳥程。だが空中でエンジンを
吹かし静止を試みる姿に、深紅の竜はか細いながら歓喜の鳴き声を上げた。それもその筈、
かのビークルのパイロットは生半可なゾイドなどより、余程頼りになる。一方相対するジ
ンプゥとその主人にしてみれば、これほど鬱陶しい存在もおるまい。苦虫を噛み潰したが
ごとく、眉間に皺を寄せるヒムニーザ。
「…よもやスズカを振り切ったか、『蒼き瞳の魔女』めが!」
ビークルの機上。座席後方から伸びる銃器は一般的な大人の身長を遥かに上回る長さと、
腿回り程の太さを兼ね備えたまさしく規格外の大きさ。それもその筈、これは本来ゾイド
に搭載されるべき銃器「AZ(対ゾイド)ライフル」なのだ。このような代物を玩具のご
とく扱ってみせる人物は、本編では一人しかおるまい。コクピットから上半身を持ち上げ
たエステル。座席を肩から被う拘束器具が外れ、紺の背広が、肩にも届かぬ黒髪がなびく。
操縦桿とそれを握り締める両掌は鮮血にまみれていた。…そして、彼女の彫深き美貌も。
冷静さを取り戻すべく、傷付いた掌で容赦なく張ったために雪のように白い頬は朱に染ま
った。切れ長の蒼き瞳が放つ禍々しさと共に織り成す調和はこの絶体絶命という場でしか
なし得ぬもの。
「ブレイカー!?…ギル!」
既に通信を受け付けていないのは承知していた。だからこそ、倒れ伏す異形の友を目に
した時、共に戦う不肖の生徒が瀕死の危機に陥っていることも予想していた。だがいざそ
の場を目にした時、沸き上がる負の感情は彼女自身の想像を遥かに越えた。カッと瞳が見
開かれ、友を、次いでその向こうから影を伸ばす黒衣の悪魔を睨み付けるが。
竜が、哭く。上半身を起こす。臨界点ギリギリの魔女を敢えてなだめるために。その効
果は大きい。目前で揺れた小山を目にした魔女は声にこそ出さぬが嘆息し、口元を緩めた。
だがこの場では、心を落ち着ける時間など数秒程度で良い。
透かさず座り直し、上半身を傾けた女教師。途端に降りた拘束器具。そこからビークル
が傾き、加速に掛かるまで瞬く間もない。黒衣の悪魔も右腕を前方に伸ばした。忽ち開か
れた二本の刃、放たれる銃弾。だが追撃を紙一重で躱すビークル。そのまま悪魔を中心に
円を描きつつ、銃撃、銃撃、銃撃。
その度、黒衣の悪魔を取り巻く爆煙。正確な、余りに正確な射撃…かに、見えた。しか
しふと、急停止したビークル。パイロットの表情から伺えた、異変。唇を、噛み締めるエ
ステル。眉間に寄った皺の深さよ。苦悶の理由は両掌を見れば明らかだ。流血の勢いが止
まらないまま操縦桿を握り続けた上に、相当な速度でビークルを操縦していたのだ。
爆煙を払うジンプゥ。五体に銃創は見当たらない。狭いコクピット内で一転、安堵の笑
みを浮かべるヒムニーザ。それは単に己と相棒の無傷を喜んだことによるものではない。
「心配したぞ、スズカ」
モニターの向こうを見遣る。遠方より、近付いてきたビークルがもう一機。操縦者は又
しても女性だ。…身に纏うは東方大陸伝来の白い着流し。エステルに勝るとも劣らぬ彫深
さ、肌白さ。だが黒髪は天辺で簡素に結い、腰までもある残り髪は着流しの袖と共にはた
めいている。そして腰に差すはこれも東方大陸伝来の「カタナ」なる長刀が二本。その内
一本が女教師の掌に深手を負わせたのは前回で御覧の通りだ。スズカと呼ばれた女剣士の
表情は思いのほか、険しい。本来ならこの場に向かうまでに魔女を斬って捨てる筈だった。
だが彼女は逃走、こうして深紅の竜との合流を許す始末。不甲斐無き自身への責めと、愛
する者に貢献できぬ悔しさがない交ぜだ。しかしながら…。
「申し訳ございませぬ、お館様…」
「いや、彼奴めに手傷を負わせてくれた。これなら足止めも同然」
半分は生真面目な彼女を気遣っての言葉だが、もう半分はヒムニーザの本心。何しろ敵
は、腕も立てば、機知にも富む。良いようにあしらわれた挙げ句、あっさり目前の竜と合
流される可能性も想定していただけに、足止めし、手傷も負わせ、その上見た限りは無傷
で馳せ参じた彼女の姿に安堵と、感謝の気持ちが沸き上がらずにはおれない。
「ジェノブレイカーの始末は最早後でも十分。先に女を仕留めるぞ!」
「は、はいっ! 『蒼き瞳の魔女』よ、覚悟!」
さっきまで見せた憂いの表情は何処へやら、清楚なる乙女の笑顔に早変わり。だがそれ
も束の間。扁桃型の瞳からは忽ち輝きが失せ、漆黒の闇に彩られていく。操縦桿を握る右
手を離し、変わりに握るは長刀の柄。するり、軽々と引き抜き水平に構える。機獣斬りの
太刀「石動」(いするぎ)の刀身に宿った残酷な陽射しの眩さ。それまでには無表情の内
に敵を狩る鬼女の面構えに戻っていた。黒衣の悪魔、そして白衣の鬼女による挟撃。深紅
の竜、悲痛な咆哮。爪を立て、どうにかして立ち上がらんとするが。
重圧をあっさり吹き飛ばしたのは意外にも、微笑。ヒムニーザが、スズカが、そしてブ
レイカーまでもが訝しむ。発信源は身を抱え、腹がよじれるのを堪えているかのようだ。
「フフ、クックッ、ハッハッハッ…。
たかが二十歳(はたち)やそこらのZi人風情が、私に『覚悟』ですって? 笑わせる
んじゃあないわよ!」
外れた拘束器具。すっくと立ち上がった女教師。血塗られた両腕を頭上で交差すれば。
辺りに突如、誕生した超新星。否、それに見紛う程の青白い光輝は怒濤の膨張。瞬く間
も許さず、衝撃の波紋を地表に刻みつけていく。これには鬼女も事態の認識がおぼつかぬ
まま、それでもどうにか握り締めた左掌の操縦桿。ビークルは数十回転、翻弄の果てに暴
風域からようやく外れた。透かさず機体の体勢を整えこの超常の発生源を睨むが、しかし
彼女が目の当たりにした光景は、認識より先に驚愕を強いた。
光輝の中心に浮かぶビークル。機上で立ち上がった魔女の額に浮かぶ刻印…いや、額だ
けでは無い。頬全体に渡って紋様が浮かび上がり、機械的な明滅を繰り返している。それ
と共に風を泳ぐ魔女の背広、そして黒髪。そのすぐ上に、超常の発生源は掲げられていた。
両腕の交わりから発せられたる光輝の渦。うねり、弾け、古(いにしえ)より伝わるヒド
ラや八岐大蛇のごとき脈動を繰り返す。この邪悪な力をコントロールすべく、全身を痙攣
させまでして力む魔女。切れ長の蒼き瞳で一心不乱に放つ眼光。
彼女の標的は今や五体を光輝に絡み付かれ、拘束を余儀無くされていた。両腕を、両足
を、果敢に振り上げようとするジンプゥ。だが超常の力はそれさえ許さぬまま、着々と悪
魔を地表目掛けて圧しに掛かる。
魔女の恐るべき底力には、さしもの「風斬りのヒムニーザ」も呆然。レバーを振り絞り、
マグネッサードライブの出力を幾ら高めても、挽回の兆しは見えない。万策尽きたかに見
えた悪魔の主人。いつしか吐いた溜め息の深さは放り投げた鈍器のよう。だがそれを合図
に平静を取り戻すと、コツ、コツと、額の水晶を指でつつく。
途端にこの狭く暗いコクピット内までもが、光輝に彩られた。モニターに表示された出
力計が、エネルギー残量が、そしてシンクロ率が着々と回復。それに連なるかのように、
角度にして5度程度だが動き始めた黒衣の悪魔の各関節。この数値が10度、15度と積
み上げられていくことにより、エステルの、そしてギル達主従の命運が決まるのだ。
ヒムニーザが、エステルが、吠える、吠える。まるで自らが機獣の化身であるかのごと
く。その有り様を虚ろな目で見守るのが深紅の竜なら、悲痛な叫びを上げるのは…。
「お館様!? いけません、無闇に刻印の力を開放したら…!」
超常の力に割って入れぬまま、スズカは魔女と悪魔の激突を見守るよりほかない。
暗く、狭い密室の上方に、等高線と光点が描かれる。その中でも他に比べてやけに大き
く眩いものを見つめながら、くたびれた軍服・軍帽にちょび髭の男が唸る。
「爆音も聞こえんのに大型ゾイドを遥かに上回るエネルギー反応、か…」
室内のリズミカルな揺れ具合から、この一室も又ゾイドのコクピット内だということは
明らかだ。彼はリゼリアの守備隊長。第二話「僕のゾイドになれ!」では東リゼリア村の
住民と共に、ギル達師弟を襲う水の軍団を追い払った実直な男だ
「隊長、反応付近では軍の演習もゾイドバトルの興行も一切申請されていません」
モニターの隅で開いたウインドウ。若き部下の発言は守備隊長が決断するにの十分だ。
「私闘の可能性がある。向かうぞ」
生暖かい陽射しの下、駆ける四足竜が数匹。ワインレッドに全身を染め上げ、深紅の竜
と同等の体躯なれど胴長・短足、そして鼻先の一本角と錣(しころ)の四本角が特徴的な
兜の持ち主。錣(しころ)には青・赤・紫の三色で彩られたリゼリアの国旗が描かれてい
る。守備隊の「紅角石竜」レッドホーンは熟練した主人達の意思を早々に理解し、地表へ
の蹴り込みを一層強くする。
まさしくそれは私闘であるが、当事者から滲み出る心情は又別の問題。
「蒼き瞳の魔女」と巨大なる黒衣の悪魔との戦いは佳境に達しつつある。狂気と不条理に
彩られた応酬は、魔女の放つ得体の知れない光輝の波動に対し、悪魔が抗い切れるか否か
に全てが託された。この規格外の力比べが勝敗を…生死を分けるのだ。
魔女も悪魔の主人も、いつしか額や頬に浮かべた脂汗。交差する両腕が、レバーを振り
絞る両腕が力み、骨が高鳴る。力比べはどちらかが精根尽き果てるまで続くかと思われた。
不意の空咳は、悪魔の主人によるもの。五度、六度と立続けに咳き込んだが、流石に
「風斬りのヒムニーザ」の徒名を戴く強者。すぐさま我に返りモニターを睨み直す。しか
しこの数秒にも満たない時間に起きた異変は並の戦士ならば根底から揺さぶられかねない
筈だ。…モニターが、朱に染まっている。誰が絵の具をぶちまけたのか、当のヒムニーザ
自身も十分理解していた。喀血にまみれた口元を右手の甲で拭うと、再びレバーを振り絞
ろうとする。しかしイヴは彼を見限った。押され始めた形勢を挽回しようとするや否や、
再び彼を襲った空咳数度。力むこと叶わず集中もできず、額の水色宝石が不安定に、明滅。
膝をついたジンプゥ。すぐさま立ち直そうとするがそれは容易には許されず、各関節が
虚しく軋む。魔女は力を緩めぬまま、押さえ込むように前方へ突き出した両腕の交わり。
一層強まる光輝の波動に、黒衣の悪魔も必死の抵抗を試みるが。
深紅の竜が泣き叫んだのと、それぞれの計器類に警告のアラームが鳴り響いたのは同時。
「…リゼリア守備隊!?」
事態を認識するや否や、両腕の交差を解く。光輝は弾丸のごとく解き放たれた。命中と
共に盛大に弾けると悪魔の全身を拘束、遂に地べたに這いつくばる。それを尻目に、座り
直したエステル。ビークルの操縦桿を握る両掌は先程までの光輝が何処へやら、鮮血は流
れ続け傷が塞がる気配も見せない。しかし今の彼女は全く痛みを感じないのか、平然とエ
ンジンを吹かす。
「ブレイカー、行けるわね?」
巨体を苦にしながらも、どうにか立ち上がった深紅の竜。腹部から流れる黒真珠色した
油(ゾイドの血液に相当する)が痛々しいが、それでも踏ん張り、軽く嘶き、土煙をあげ
る。近付いたビークルを前肢に収めると、砂塵巻き上げ滑空を開始するのはいつも通りだ。
…尤も本来備えていた尋常ならざる移動速度は全く期待できないが。
「『蒼き瞳の魔女』よ!」
後方からの声は、百衣の鬼女によるもの。「お館様」と慕う相棒と彼が操るブロックス
が一時的にとは言え、戦闘不能にまで陥った。機獣斬りの太刀「石動」は水平に構えられ
たまま、怒りに打ち震えている。
「何故…何故、私との戦いでその『力』を使わなかった!?」
言い放つスズカを一瞥するが、ふと、丸っきり意に介する様子も無く踵を返したエステ
ル。それを合図に地面を蹴った深紅の竜。
満身創痍の竜が、ようやく逃走。滑空する姿を、しかしスズカは見守る余裕すら無い。
「…お館様! ジンプゥ、大丈夫なのか!?」
黒衣の悪魔を拘束する光輝の鎖は徐々にだが脈動を減らしつつある。一瞬、地に包まっ
たかに見えたジンプゥ。だが姿勢の真意は四肢をバネとして拘束を振り解こうというもの。
ようやく弾け飛んだ光輝の残骸。地表を焦がすと徐々に消滅を開始。
足下をふらつかせつつも立ち上がったジンプゥ。決して高くは無い声で相槌の喉鳴らし。
「スズカ、連中は?」
「…申し訳ありません、逃げられました」
「なぁに、気に病むことはない。それより、今はさっさとこの場を立ち去らないとな」
相棒の意図を理解したスズカ。ビークルを右手で抱えたジンプゥはひとたび大きく翼を
はためかせると、残酷なる陽射しの中、飛翔と相成る。
その間にも、スズカは抱えられたビークルの機上でじっとジンプゥの首の後ろを凝視し
ていた。今、彼女の大事な存在がどんな事態に陥っているのか、十分想像はついている。
「ごめんなさい、しばらく頼むわね。
無理に速度を上げなくても良いわ。ゆりかご機能もあるんだし」
見上げた魔女は、了解した竜の視線を確認すると大きく、肩で一息。
「こんな力、軽々しく使えるわけないでしょう、全く」
両掌を走る電流に顔をしかめる。鬼女との攻防で負った傷は依然、塞がる徴候を見せぬ。
魔女の美貌は額も頬も汗まみれだ。それを拭うゆとりすら見せぬまま、いつしか力が抜
け切っていた彼女の肢体。うっすら、消えていく額の刻印の輝き。
ビークル越しに魔女抱え、胸元に若き主人抱え。精一杯の速度で滑空を続ける深紅の竜。
「これは…一山あったな」
所々抉れた地表。ぶちまけられた油。彼らの職業が様々な可能性を連想する。
「ゾイドの死体も無い、当事者もいないということは…」
有力なのは、ここでついさっきまで私闘が繰り広げられたものの、彼ら守備隊が近付い
たことで逃走した可能性。しかしこうなってしまうと彼らとしては厄介だ。被害者は確認
できないし、名乗り出てくるとも思えない。役人としては「動けない」。
地表に降り立った守備隊長。からり乾いた風は思いのほか心地良い。…足下に目を遣る。
陽射しを浴びてキラキラ輝くそれは赤と黒の欠片。薮睨みし、ちょび髭を軽く弄る隊長。
「念のため、標本は回収しておこう。これも不測の事態への備えだ」
陽射しは一向に衰えを見せぬまま、小高い丘の上に到着した深紅の竜ブレイカー。言わ
ずもがな、ここは東リゼリア村付近、チーム・ギルガメスのキャンプ地だ。うち半分のス
ペースはブレイカー用。早速ふわり、軽やかに着地しようとするがいつものように穏やか
にとは行かず、丘全体を軽く揺らすとそのまま前のめりに倒れる始末。流石にビークルま
では手前に伸ばして押し潰さずに済んだものの…。
だが、だが問題はこれからなのだ。こちらは正真正銘羽毛のごとく舞い降りたエステル。
黒衣の悪魔との激突後、あれ程の疲労感を浮かべた彼女だったが今は表向き、十分に回復
したかに見える。あくまで表向きだが…。重傷の中、ここまで運んでくれたブレイカーに
対し礼はおろか一顧だにせぬままビークル後部のトランクを開ける。しかしそれはやむを
得ないのだ。瀕死の生徒を救うために必要な舞台すら、整っていない。
ブレイカーに占拠されていない丘のもう半分は貯水タンクや簡易キッチン、トイレや薬
莢風呂など必要なものは揃っている。ゾイドバトルの試合は日程の間隔が短いため、無理
に片付けずにいつも移動していたが、一つだけ常に携行しているアイテムがある。…トラ
ンクから引っ張り出したテント。雨露を凌ぎ、又極小単位での共同生活では欠かせぬ個人
の世界を作るアイテム。息つく間もなく一つだけ組み上げると初めて口を開いたエステル。
「ハッチ、開けて」
竜は言われるがまま、首をもたげ、胸部コクピットを覆うハッチを開ける。つかつかと
近付くと共に、内部から漂ってきたのは血腥い(ちなまぐさい)匂い。室内にあれだけぶ
ちまけら、その上ここに戻るまでに室内洗浄の機会など無かったのだから当然とは言える
が、しかし魔女は全く動揺の表情を見せないまま暗い室内を見渡す。
上半身を拘束器具の許す限り、俯せていたギルガメス。エステルが器具に触れると共に
拘束は外れ、グラリ、前のめり。彼女にはそれも予想の範囲内、しっかり受け止めると両
腕で抱きかかえ、陽射しの下に降り立つ。瞬間、彼女を襲った激痛の発生源は傷を負った
両掌から。電気の痛みを唇噛み締め脳の奥から吹き飛ばしつつ、向かうテントの中。
掌中の生徒は喘ぎ、時折顔を歪める。微かな吐息が痛ましい。意識が回復した様子は全
く見せず、だが不規則に、身をよじらせる。何度かバランスを崩しそうになる女教師だが、
その度踏ん張り、抱き寄せて阻止。ようやくテント内に入り込むとマットの上に横たえた。
朱に染まったTシャツが力任せに引き裂かれた時、露になった傷口の深刻さ。…全身に
走る無数のかさぶたは、ブレイカーの備える「ゆりかご機能」で治療に成功した証。問題
は二ケ所の裂傷。一つは左肩から胸板にかけて、もう一つは腹が真一文字に割れている。
いずれも刀創のごとき長さ、深さ。今なら赤子の掌でも彼を致命傷に至らしめよう。これ
程の裂傷もギルとブレイカーの圧倒的に高いシンクロ率から生まれ、しかもゆりかご機能
では到底治療不可能な規模で再現されたのだから皮肉な話しだ。
少年の右脇で手早くズボンの裾を整え、正座した魔女。脱ぎ捨てた背広、素早い腕まく
り。そうこうする内にも傷口から流れる鮮血。瞬きもせず見つめる間に、漏れ聞こえる少
年の吐息。…最善の策は、このキャンプ地近くの東リゼリア村に行って医者の面倒になる
ことだ。だがそれは、ある一点に限っては最悪の策に成り下がる。真っ当な治療を受けた
いのなら「お上」に被害届を提出せねばなるまい。それでは彼らと黒衣の悪魔達との「私
闘」がゾイドバトル連盟に知れ渡る。少年が持つゾイドウォリアーの資格は剥奪されよう。
意を決すると、うっすら額に浮かんだ刻印。…輝きの衰え著しいが、彼女に迷いは無い。
両掌を、少年の傷の上に。指の隙間から漏れてきた光輝は、先程の激闘で見せたそれと
は明らかに性質が違っていた。…きっとそれは、古代においては豊穣の象徴とされた地上
の女神の肌色。その場に居合わせた誰もが穏やかな気分になれる、温もりの色。
掌から溢れる光の粒子。少年の傷口に舞い落ちると次々に弾けていく。
反り返る少年の身。悲鳴と血痰を吐き出し、もがきもがいて悪夢からの逃走を試みる。
容態の急変に、エステルは躊躇わず左掌を少年の額に翳す。いつしか額を、頬を伝う玉
の汗。噛み締めたままの唇は、動揺を、自暴自棄を押さえつける強靱な精神力の証。
徐々に、少年の痙攣が落ち着いてきた。傷口にも確認できた奇跡。ちぎれかけた肉片が
繋がり合い、少しずつ鮮血が占める勢力図を肌色やかさぶた色に塗り替えていく。
状況の好転を、エステルはようやく確信した。合成繊維で閉ざされた低い天井を見上げ、
瞼伏せる。ピアノ奏者の恍惚を想起させる魔女の艶やかな動きと共に、テント内に充満し
ていく光の粒子。…布地より漏れてきた穏やかな輝きは、外でうつ伏せして治療を待つ少
年の相棒の瞳にも確認され、か細く鳴いて安堵を示す。
不意に力を失い、右方に項垂れた少年の首。気がつけば収まっていた吐息の乱れ。くの
字気味の体勢は温もりを注いだ側にすがったかのようにも見える。気がつけば、彼の腹部
からあらかた失われた鮮血の赤色。肌色とかさぶた色が制圧したのだ。…成功した奇跡。
掌中の輝きが、魔女の刻印が消えゆく様は、蝋燭の炎が消えゆくようにぼんやりと。
何もかもが落ち着いた時、薄暗いテント内に残されたのは昏睡状態の少年と、彼を救う
ために精根尽き果てへたり込んだ魔女の姿。…二人とも、流れ落ちる汗の量がひどい。魔
女はじっと掌を見つめる。自身が負った傷も粗方塞がっていた。
ポケットから、取り出したハンカチ。それでそっと、拭いてやる少年の額、そして頬。
光景が映し出される瞳の蒼さは慈愛で満ち溢れている。
だがそれも数秒のこと。彼女が救わねばならない命は一つでは無い。汗を拭いもせぬま
ますっくと立ち上がり、テントを出て向かう先は言わずもがな。
目前でうつ伏せていたブレイカー。一度は首をもたげるものの、腹部に走った痛みは電
流のよう。首が上がり切らぬ内に悲鳴を発し、そっと…そっと、姿勢を戻す。その間、口
を閉ざして堪えはするが、悲鳴はすきま風のごとく漏れてくるのだから痛みも伺い知れる。
エステルは竜の様子をまじまじと見つめる。左肩と、腹部に受けた傷口の大きさはZi
人が余裕で入り込める程。若き主人がシンクロの副作用で受けた傷も理解できる。中から
は血管や神経に当てはまるチューブやコード、それに皮膚に当てはまる金属の格子などが
鮮やかな切り口をさらけ出す。幸いなことに体内を巡る油の流出だけは止まっていた。内
圧のコントロールや各所の隔壁封鎖などで食い止めたようだ。ゾイドならではと言えるが、
早急に傷口を修復し、体力を回復させないと走ることすらままならないことに違いは無い。
ある程度目星をつけた魔女。この丘の片隅に向かうと、被せてあったシートを剥ぎ取る。
無造作に置かれていたそれは金属の棒。鉄骨と形容できるものもあればガス管より細い
ものも見受けられる。材質不明のチューブ類も散見。これらの出所は皆、死んだゾイドの
パーツ。ここは資材置き場なのだ。工具入れはビークルのトランクから引っ張り出す。
まず用意したのは極太のチューブ。竜の傷口を覗き見て、同口径のチューブを探すと仕
立て屋のごとくあてがってみる。決断はものの数秒、工具入れから下膊(かはく)程もあ
るハサミを取り出すと慣れた手付きでチューブを切り裂き、断片を傷口に合わせる。無闇
に長くも短くも無い、絶妙の長さを確保したそれの両端が不意に、柔らかく変化。…竜の
機械仕掛けの肉体に同化しようとしているのだ。早々に、魔女の手を借りずとも接続した
チューブ。彼女は矢継ぎ早に数本のチューブをあてがい、切り分け、接続していく。それ
が済むと、再び戻るは資材置き場。今度目星をつけたのは金属の棒。これらを数本まとめ
て引き抜くと小走りに竜のもとへ駆け寄り、傷口目掛けてぐいと押し込む。さしもの竜も
これには激痛が走ったようで、悲鳴に音色の厚みが上乗せされる。
「…我慢、してね?」
歯ぎしりし、必死で悲鳴を、痙攣を押さえる竜。続々と傷口目掛けて金属棒を押し込む。
かくして塞がれた傷口は、見た目にはゴミ屑を突っ込んだかのような体裁。だが、生命
力の強い金属生命体ゾイドにはそれで十分だ。やがてゴミ屑にも、ぴちぴちと帯びてきた
柔らかみ。同化開始の、合図。完全修復し無敵の肉体と化すまでにはそれなりの時間が掛
かるだろうが、どうにか目処は立った。前屈みし、膝に手を置いた魔女。肩で大きく吐い
た息。竜も健気に甲高い鳴き声で感謝の意を表す。
解れた、魔女の表情。甘えるブレイカーの頬を、そっと撫でる。喉を鳴らす深紅の竜に
とって、至上の幸福。やがてうつ伏せのまま、深い吐息を数度。竜にも確かに寄せられた
魔女の慈愛は、鋼鉄の野生が巡らす緊張でさえ緩めさせ、微睡みのひとときを与えたのだ。
それも、長くは続かなかった。…深紅の竜が首をもたげたのと、魔女の瞳に厳しい輝き
が宿ったのはほぼ同時。つかつかと、今度は一つしか無いテントの中に戻る。
悶えるギルガメス。依然意識は無いが汗をびっしょり掻き、吐息は苦痛にまみれている。
首をテントに突っ込んでいたエステルは一旦振り向き、背後にいた患者に目配せ。ブレ
イカーは驚く程素直に頷き、同意を意思表示。…この聡明な深紅の竜は、Zi人の肉体が
ゾイドより遥かに脆いことを十分理解している。
さっきと同じように少年の右脇に座り込んだ魔女。手早く少年の汗をハンカチで拭く。
少年の身に起きた異変は高熱だ。魔女は眉一つ動かさぬものの、額に浮かべた刻印は先程
までと比べても更に朧げ。だが瞳の輝きは僅かな揺らぎも衰えも無く、今一度少年の胸の
上に両手を翳す。再び両掌から溢れる光の粒子は先程までと同様、実に暖か。
しかし、さしもの「蒼き瞳の魔女」も、疲労の表情は拭い切れない。頬や額の汗は勿論、
息の乱れさえも伺える。それでも彼女に迷いは無い
既に、陽が傾き始めていたテントの外。
夕暮れを背に羽ばたくジンプゥ。常ならば空を泳ぐがごとく優雅に舞うところだが、流
石に先程の激戦で受けたダメージは隠せない。得物を装備した両腕はビークルを抱えどう
にか体勢を維持しているが、爪長い両足はだらしなく垂れ下がり、さながら切れた弓弦。
よろめきながら丘の上に着地した時、舞い上がる土煙も、谺する地響きも不自然に高い。
片膝をついた黒衣の悪魔。そっと、抱えたビークルが地に置かれると降りてきたスズカ。
それを確認し、頷く悪魔。首の後ろからふわり浮き上がったコクピット。羽もエンジンも
無いのに浮遊できるのがマグネッサーシステムのおかげなのは、ゾイドファンならお馴染
みの筈だ。ブロックスの設計は用途最優先のため、大概迷惑な位置にコクピットが設置さ
れている。その代わりこうして単独行動可能なビークルとしての機能を備えたものが多い。
スズカのビークルと横並びに着地したジンプゥのコクピット。埃が舞うが、スズカは裾
の乱れよりも視界が塞がることを嫌い、咄嗟に手を翳した。
開いた、ハッチ。中から転がり落ちてきたボロ切れこそヒムニーザ。額の水晶は見当た
らないが代わりに脂汗を浮かべ、全身で呼吸せざるを得ない始末。
「お…お館様!?」
仰天し駆け寄ると、何のためらいも無く落武者の右肩を担ぐ。疲労困憊のヒムニーザだ
が自然に浮かんだ微笑みに照れくささは微塵も無い。
「案ずるな。それより…」
一転、見上げるとスズカも追随。鬼女の狼狽も落武者の安堵も、既に怒りの炎に変貌し
てしまっている。何故なら、視線の向こうには…。
「説明してもらおうか、ブロンコ。…あの女、一体何者だ」
彼らの前で仁王立ちするテンガロン・ハットを被った眼光鋭い中年。丁寧に切り揃えら
れた鼻鬚・顎鬚と、深過ぎる眉間の皺を数本抱え、長袖のシャツとベスト、ジーンズに身
を固めてはいるが明らかに軍服の方が似合いそうな彼こそが銃神ブロンコ。背後に控えた
純白の四脚獣は彼の相棒「王狼」ケーニッヒウルフ、徒名はテムジン。魔装竜ジェノブレ
イカーと同等の体格の持ち主は、主人の背後からジンプゥを睨んでいる。
彼の任務は竜と悪魔の激突を監視すること。竜が逃走を試みた場合は追撃の役目もあっ
た。…しかしそれはリゼリア守備隊という珍客のおかげで断念。迂闊に現場に近付いて水
の軍団の存在を勘付かれるわけにはいかないのだ。だからこそ、彼も相当に苛立っている。
「…俺はなぁ、ガキと、古代ゾイド人の女と、ゾイド一匹を始末しろと聞いた。化け物退
治は任務に無い」
「なら、任務を降りるか」
舌打ちを隠しもしないヒムニーザ。ブロンコはあくまで彼の疑問には答えないつもりだ。
「ここまで来て諦められるか! 四日後、もう一度仕掛ける。それで全て、終わりだ」
夕日を背景に、踵を返した男と彼を睨み続ける男。純白の王狼は身を伏せ、主人をコク
ピット内に招き入れると走り去っていく。
一連の光景を、黙って見守るより無かったスズカ。そっと右掌で主人の胸元を摩る。鼓
動も呼吸も全く落ち着く兆しを見せぬ。さしもの鬼女も、募る不安は隠せそうに無い。
と、その手が無造作に握り締められた。鬼女の、赤面。掠れた悲鳴は少女のもの。
「止せよ、甘えちまうだろう? 全て、終わってからだ」
無精髭が見せた微笑みに、決意新たにした鬼女。彼と共に立ち上がるのが新たな使命だ。
(第一章ここまで)
一方、カンウはバイオラプターグイ隊の空襲を何とか避けつつ、バイオラプターの残骸を
投げてぶつけたり、低空に下りた所を跳んで叩き落したりしていたが、効率が悪かった。
『うぬぬ・・・。このままでは効率が悪いな。せめてバスターロケットがあれば・・・・』
「バスターロケットって?」
『我が以前装備していた大型のロケットエンジンの事だ。昔はこれで大空を飛んだ物だ。
特に大魔王ズィーサターンとの成層圏を舞台にした空中戦は我ながら見物だったと思うぞ。
生きた心地がしなかったが・・・。っとそんな昔に浸っている暇は無い!囲まれた!』
「何!?」
その直後だった。周囲の木々の陰から量産型メガラプトルが大挙して現れたのだ。
「何てこった!前門の虎、後門の狼だ!」
『ええいっ!このままでは埒があかん!』
瞬時に周囲を取り囲むメガラプトルの中から包囲網の薄い部分を見つけ出したカンウは
その位置のメガラプトルを叩き壊し、一気に駆け出した。バイオ隊もその後を追う。
『地図によればこの先は霧が濃く、入り組んだ地形のはずだ。それを利用すれば何とか
なるかもしれん。』
「何とかしなちゃまずいだろこの状況ではっ!」
その瞬間、カンウの足元でメガラプトルの火炎弾が爆発した。その衝撃で地面を含め、
周囲の脆い岩が崩れ始め、崖崩れに落ち込み、さらに上からも岩石が落ちて来た。
「うわっ!八方塞だぜこりゃっ!」
『だがこれさえ利用せねば生きる術は無いっ!』
「・・・。」
マオーネとカンウが気付いた時、そこはそれまでの岩山とは一風変わった風景。周囲を
鉄で覆われた巨大な部屋の中にいたのだ。
『これは・・・、格納庫か?』
「こりゃすげぇ!古代の武器庫だっ!」
何と言う事か、崖崩れによってカンウが落ち込んだ先には、長い時の流れによって埋も
れた地下格納庫の姿があったのだ。しかも、カンウの落ちた穴は岩の塊が塞ぐ形を取った
為にディガルドにもその存在は気付かれていなかった。
『まさかこの時代にもこんな物が残っていようとはな・・・。』
「当然だろ!ゾイドや他の武器だって地下から出て来るんだ。この位どうって事無いぜ!」
『しかし何かご都合主義な気が・・・。』
「だが棚から牡丹餅って言葉もあるしな〜。世の中何があるか分からんって事だろ?」
格納庫の動力も未だ生きているのか、格納庫内は証明によって明るく照らされていた。と、
カンウは格納庫の隅にあるコンピューターを発見したのだ。
『少し移動するぞ。我はこれからあのコンピューターへアクセスを試みる。』
「え?コンピ・・・何?」
マオーネは始めて聞く単語に全く状況が理解出来ずにいたが、コンピューターの前に
移動したカンウは早速アクセスを開始した。マオーネの眼前に広がるコックピット
ディスプレイにも意味不明の単語や図形の羅列が映し出されていく。
と、その中に一つ、マオーネでも読む事の出来た文字があった。
「彼らが遺伝子操作によって生み出したバイオゾイドは確かに画期的な物かもしれない。
だがあれは危険過ぎる。もしやするなら後の時代にまで災いをもたらす存在となるやも
しれぬ。その時の為に私はこれを残す。だが、これも下手をすればバイオゾイド同様に
危険な物となってしまうやもしれん。だが私は願う。後世の人間がこれを見付け、
良き方向へ使ってくれる事を・・・。」
その時だった。コンピューターの先にある巨大な扉が開き、光り輝く何かが現れたのだ。
「こ・・・、これは!リーオの武器!」
『なんと!貴様の言うリーオとはメタルZiの事だったと言うのか!?』
長い時の流れの中、朽ちもせずになお美しく光り輝くその武器に、双方は驚くばかり
だったが、直ぐ様カンウは他のデータも吸い出していた。
『なるほどなるほどっ!貴様っ!我の指示する場所にこれらを装備するのだ!』
「おうっ!って何で俺が!?ってそんな事言ってる暇は無いかっ!」
『急げっ!』
外に踏み出した一行。ヴィクターはミリアンからカムサリエルを受け取る。
そしてコクピットに投げ込む…もう織天使の偉大さなど欠片も無い状況。
「…所で貴方達は如何するの?」
ミリアンはレイガ達に聞くと…
「我等は先にアルラと一緒にお土産屋館に行ってくる。戦力外だしな。」
「そう…気を付けてね。後…。」
「「「「「お宝は山分け!」」」」」
非常に現金な彼等ではあるがそう考えでもしなければ既にやってられない状況。
バロックはミリアンに付いて来るらしい。チーム分けが終わった所で行動開始。
ミリアンはヘルメットを被る。
途端に青金に輝くアーマードエクステンション。その光が一周すると機動するそれ。
”戦闘システム起動 オペレーションモードを索敵に設定します”
とモニターに表示され直に外に居る存在を確認して行く…。
賢者の石を用いたCPU。それに予め仕組まれたシステムは装着者の行動を知り、
先にそれに適したシステムで機動すると言う親切な機能。
機械的技術だけでは実現できない快適さがそこに在る。本来はセキュリティの関係上…
一般の家庭での術式起動サポートは禁止とされているがこれも今回は目を瞑る。
もうミリアンは大統領秘書と言う肩書きを失っているし何より反政府軍に格下げの状況。
後で綺麗に処理しておけば済む事だ。それにゾイドであれば余り関係無い。
何と言っても相性が良ければ敵だってシートに誘うと言う問題は未だ解決できない。
人が仕掛けるセキュリティ処理等はゾイドの本能の前では蟷螂の斧と言う事だ。
程無くザイリンのメガラプトルと内部のザイリンとエントヴァイエンを確認。
彼らの追う先に…体が大きく育った旧神を確認する。
「悪夢ね…悪趣味も極まれば夢にまで出て来そうな勢い。」
そのデータをバロックとヴィクターに転送すると少し考える…。
「(下手に追い掛けても…逃げられるだけ。とは言え足止めできるのは、
多分ギルベイダーと私とヴィクターの3機。それに今は2機…
罠が欲しいわね。とびっきりきついのが有れば良いのだけれど?)」
取り敢えずは動きべきとバロックを抱えると勢い良く空中に跳び出す。
「あの羽のお守りの意味はこう言う事だったのね。」
お守りとして付けられた羽は器用に動き横風で体が揺れるのを抑える。
どうやら飛ぶ為に必要な姿勢制御を勝手に行なってくれるらしい。
一般的なゾイドのように大型ならともかく人が1人のサイズでこれは凄いものだ。
「ちょっと揺れるけど我慢していて。今の内にどんな動きが出来るか?
試してみるから。」
バロックが頷くと直にアクロバット飛行を試し自分の力量でできる事を確認する。
ここでも例のマリエスの羽のお守りとしての効果が効いてくる。
本来こんな事ができる程ミリアンは大胆な方ではない。危険が有れば尚更である。
しかしそう言った恐怖心を取る効果も在ったらしい…。
「良い意味で嵌められた見たいね…あの歌は強力な術式暗示だったみたい。」
マリエスの羽を見る度に妙に気分が落ち着き晴れるのは流石に異常だからだ。
「…うう?何故コクピットに?」
ヴィクターのコクピットで目覚めたカムサリエル。ヴィクターは、
デスザウラーとは思えぬ速度でミリアン達を追っている。
「レディマンティスっといった様相だな。?奴め確り透視をソがオできるようにしている。
その癖…凡欲を持っている者が時に困るスタイルだなおい(汗)。」
24強化服サイズとは言え特殊な仕様なのだろう…下に着ている服を痛めない程度に、
タイトに成っている強化服。
そう言っている当の本人が人間であった頃ならばどうなっていたか?
容易に想像がつく方も居ることだろう…。
ヴィクターは関節やフレームと言った物が存在しない為、
関節の負担を恐れて速度を落とすと言った気遣いは無用の機体。
ミリアン達がアクロバット飛行を楽しんでいる間に簡単に追い付く。
「…エナジーライガー並み。一昔前の封印戦役って何処までの化け物が居たのかしら?」
歴史上詳細が抹殺された過去の戦役。高官クラスでも名前程度しか教えてくれない過去。
それを便宜上”封印戦役”と言う。
ヴィクターの元に成ったデスゲイザーと言う機体もこれに該当する制作禁止の機体。
現存しているそれ等は特A級改造ゾイド群と言われ今では…
それをサルベージして売れば一生金に困る事が無いとまで言われる機体となっている。
【第二章】
ギルガメスが瞼を広げた時、目前に広がる世界の不可解さ加減に気付くまで、少々時間
が掛かった。元々、血圧の決して高く無い少年ではある。しかし合成繊維とその微細な隙
間から浸透する陽射しで彩られた薄暗い天井を認識した時、流石に刮目せざるを得ない。
(キャンプ地、か。…きゃ、キャンプ地!?)
右手を首元に近付けた時、又受けた驚き。親指と人差し指とを合わせ上下に二度、三度
と動かしてみるがそこにはチャックが無い。彼は普段、寝袋で就寝するのだ。じっと動き
を止め、皮膚感覚を取り戻して気付いた。その身に被せられているのはタオルケットのみ。
(それに、何かスースーする…って、えぇっ!?)
思わず持ち上がった上半身。だが背筋が垂直に伸びる前に、全身を駆け巡った激痛は少
年に声無き悲鳴を上げさせるに十分。
(な…何だろう、これ。寝過ぎたとか、そんなんじゃあないよな。それより…)
タオルケットを持ち上げ、その中を覗いてみた時初心な少年は大いに落胆した。
(パンツも履いてないし…)
辺りを見回したが下着の準備はない。テントの外に出て、ビークルのトランクか相棒の
コクピット内から回収して来なければいけない。
ふと、枕元を見る。置かれているのはいつも身に付けている、腕時計型の端末だ。しか
しそれでさえも、目に映った異変。
(三日、経ってる。三日前と言ったらゾイドバトルの試合の日だよな。
…あれ? 試合、どうなったんだっけ?)
視線を足下に戻せば、今度も見慣れないものが視界に飛び込んできた。ハンガーに釣り
下げられた紺のブレザー。新品らしく、皺の一本も寄ってない。
(そのまま着るわけにはいかないけど…それより、あんな服、持ってたっけ?)
何故だろう、額がズキズキと、痛む。
首だけを、そっと、テントの外に突き出してみる。大体素っ裸で平然と外を歩ける玉で
はないし、「着替え取ってきて」などと馴れ馴れしくお願いするわけにはいくまい。辺り
を首だけ動かし、見渡す仕種は不審者にでもなった気分。
テントの薄暗さから、外が未だ陽が高かろうことは十分予想できた。
(先生は何処に…)
テントから十数メートルも離れた簡易キッチンの辺りに彼女はいた。テーブルに着席し、
香ばしい湯気が立つコーヒーカップを勢い良く飲み干すと半ば叩き付けるかのように置き、
手元のポットに入ったコーヒーを勢い良く注ぎ込む。やけ酒喰らうかのような仕種は機嫌
が悪いのか、眠たいのか。そう言えばコーヒーカップ同様彼女の全身からも、湯気が…。
(…って、風呂上がりじゃないか!)
慌ててタオルケットを腰に巻き付ける。テント内に監視者はいないが、初心な少年にと
ってはそういう問題では済まない。
エステルは逆上せ気味だ。黒髪は濡れそぼったまま、上半身は一糸纏わず肩にバスタオ
ルを引っ掛けたのみ、下半身はパンティー一枚のみと来た。もともと並外れたスタイルを
維持する彼女。神々しさが先に立つ…筈だが、毎度ながらの無頓着ぶりは少年には刺激が
強すぎる。引っ込めるべき首が、身体が硬直して動かない。
(はっ!? ぼ、ぼ、僕は、もしや男として最低なことを…)
我に返ったギル。着替えは先生が服を着てからでも遅くはない。なるべく音を立てない
ように、首をすぼめかけたその時。
ピィと、頭上で甲高い鳴き声。
引きつる顔面。見上げれば目前に相棒の顔。小首を傾げつつじっと若き主人を見つめる。
互いの視線が、重なってしまった。
突如、無くした宝物を見つけた子供のように、はしゃぎ出した深紅の竜。
「…ギル!?」
少年が狼狽えるのと、逆上せ気味の女教師が彼に気付くのはほぼ同時。待ってましたと
ばかりにサンダル突っかけ駆け寄ってくる。カッと見開いた蒼き瞳の何と澄み切ったこと。
だが少年は、彼女の一変した表情に気付く余裕もなく、慌ててテントに潜り込む。
「せ、先生!? ごめ、ごめ、ごめんなさ…うわっ!」
狭いテント内を這い回るが見事にタオルケットを踏み、仰向けにずっこける始末。そこ
に容赦なく入り込んできた女教師。覆い被さる勢いは、獲物を捕まえんとする女豹か。
組み合った両者の格好を第三者が見たら何と言うだろう。…だが少年はともかく女教師
にそういう発想は無さそうだ。左手を硬直する少年の額に当て、静止すること数秒。
「…良かった。熱、下がったわね」
手を戻すとほっと、胸を撫で下ろす。少年には何故彼女がここまで動揺し、又安堵の表
情を見せたのか理解できない。
(僕は、風邪でも引いていたのか…?)
だが女教師は、彼に疑問を差し挟む余地など与えない。
「風呂、湧いてるから入りなさい」
テントから出ていく女教師の残り香と湯気は、少年の汗くささを浮き立たせ、当人に自
覚させる結果になった。
薬莢風呂の湯舟に身を浮かべる。少年の全身に巡らされた疲労感という名の細かな穴に、
染み込んでいく暖かさ。自然と漏れた深い溜め息は恍惚の証。
ふと、落とした視線は湯に沈めた己が肉体に釘付けになった。
(ゾイドウォリアーになって以来、傷やかさぶたなんて気が付けば何処かしらに出来てい
たけれど、こんなのは初めてだ)
左肩に、そして腹に。刀で叩っ斬られたのかという程に長いかさぶたは、皮膚内に深く
めり込んでもいた。こんな代物を何処で貰ったか全く覚えていないなんて、流石にどうか
している。一体いつ、何処で…。
又だ。記憶の奥を辿ろうとしたその時、再び額を襲った痛みの激しさ。風呂に浸かって
いる内は忘れておこう。
長湯を楽しんだ筈のギルだったが、大分抜けた疲労感とは裏腹に、額に受ける妙な痛み
は増幅の予感がある。考えることを放棄したつもりだったが頭の片隅には結局残ったまま。
今度こそ大きめのTシャツと膝下まで丈のあるズボンで身を固め、薬莢風呂を覆うカー
テンから飛び出した時には、エステルも又黒のタンクトップに紺のジーパンという出立ち
に着替えていた。…これでも刺激が十分強いというのが少年の本音だが(何しろ身体のラ
インがもろに反映される)、それでもさっきよりはマシというもの。テーブルに着席した
ままコーヒーを飲み干していた女教師は、憮然たる少年の態度にも不快感を示さない。
「お腹…空いてる?」
「…いいえ」
彼女の声に釣られて腹を押さえてはみたが、どうもそういう感覚はない。
「うん、わかった。空いたら、言ってね。それと…明日の試合、キャンセルするからね」
不意を突かれ、惚けた少年。一秒経ち、二秒経ち、ようやく彼女の言葉を理解した時、
少年自身でさえも腹の底から罵声を吐き出すものだとばかり思っていた。だが実際のとこ
ろ、漏らしたのは消え入るような相槌のみ。目を丸くした女教師。何か、言い掛ける。だ
が言葉をぐいと飲み込むと、そっと、外した視線。
二人の間に訪れた雰囲気は、ひどく気不味い。だが、やがて立ち上がったエステル。こ
の場を逃げ去るように、二つ立ち並ぶテントの隣で停止したビークルに向かう。
逃げ出したい気持ちはギルも同様。尻尾を抱え丸くなっていたブレイカーのもとへ。近
付く少年に気付き、軽く首をもたげた深紅の竜。尻尾の先端を軽く振って示すは親愛の情。
相棒の鼻先と、頬を合わせる。その仕種を、どちらも中々止めようとはしない。いつも
なら少年の方が相棒の熱烈さ加減に音を上げるのだが。そうしながら、ちらり、横目で相
棒の身体を見遣る。…やっぱり、あった。腹部と、左肩にできた、妙に真新しい装甲部分。
かさぶたが剥げ、その下で再生した皮膚のようなもの。間違いないと、少年の確信。
(僕は、ブレイカーを危険な目に合わせた。その時受けた傷がシンクロで僕の身体にも再
現されたんだ。でも、それはいつ、誰と…)
「おかしいわね、全く」
呟いたのはエステルの方だ。ギルとブレイカーがじゃれ合う間にも、通信を試みている
のだが相手に反応がない。無論、相手はリゼリアのゾイドウォリアー・ギルド。既に陽は
高い。明らかに営業時間中なのに、一切反応がないとは一体…。
突如、鳴り響いたアラーム。受信の合図ではない、何者かが送信してきた合図だ。女教
師はコクピットのモニターに覆い被さる。
「はい、チーム・ギルガメスです」
「…おはようございます、エステルさん。少々、お時間よろしいですか?」
モニターの向こうに映ったのは、ちょび髭の守備隊長。背景はコンクリートに囲まれた
広い一室。どうやら詰め所にいるらしい。女教師は快活に、だが表情はそれ以上変化させ
ずに頷く。大したポーカーフェイスだ。通信相手を映し出すモニターの左方は、この三日
間の通信記録で埋め尽くされている。無論その全ては未受信。理由は説明する間でもない。
「三日前、昼頃にですね。リゼリアより西へ10キロ先で私闘の痕跡が発見されたのです
よ。そう言えば前日に皆さんの試合が付近で行なわれたとお聞きしていたものですから、
何か心当たりがあればと思いまして…」
「ああ、その頃でしたら、既に帰途についていた筈ですわ」
「戻られましてからは、如何様にお過ごしで?」
「流石に厳しい試合が続いてましたからね、完全休息を決め込んでました。
ああ…成る程。通信記録、今確認しましたわ。済みません、接続も切ってましたから」
詫びはするが、あくまでも表情を変えぬ女教師。それは守備隊長も同様ではある。
「わかりました、何かお気付きのことがございましたら…」
言い掛けた矢先、突如彼の背後で聞こえた慌ただしい雑音。失礼と眉潜めつつ振り返る。
「守備隊長殿! 出動要請です!」
「何が起こった?」
「ゾイドウォリアー・ギルドが何者かの手によって襲撃、火災発生。被害規模から小型ゾ
イドが携行可能な重火器によるとのことです」
表情を一変させた守備隊長。エステルも目を見張る。
「…何かございましたら御連絡下さい、朝からお騒がせしました」
敬礼と共に、途切れた通信。残ったノイズをしばし見つめていたエステル。やがて思い
出したかのように身を持ち上げ、振り返る。
「…ギル?」
いつの間にか、少年はやんちゃな相棒を従えすぐ後ろにまで近付いていた。虚ろな表情。
風呂上がりだというのにすっかり顔面蒼白。深紅の竜は心配そうに首を傾げる。
「そうなんですか? 三日前から今日まで、オフだったんですか」
「ギル、貴方まさか…」
「そんなこと、ないですよね。僕らの身体に妙な傷、出来てるし。
でも、でも変なんです。思い出そうとすると…くぅっ!」
堪え切れず、少年は額を押さえる。血相変えて走り寄る女教師。だが転倒の危険は驚き
の鳴き声を上げた深紅の竜が、背後から咄嗟に鼻先伸ばし受け止めて、どうにか回避。
相棒の鼻先にもたれ掛かる少年。顔を伏せ、額を押さえ。肩を抱きかかえようとした時、
相棒は、そして女教師は気付いた。少年の全身が、小刻みに震えている。
彼女は手を止めた。…止めざるを得なかった。目前で項垂れる不肖の生徒は三日前の出
来事を覚えていない。どう接すれば良いのか。暫し、二人の間で時間が止まったその時。
再び辺りの空気を切り裂くアラーム。ビークルのモニターを睨むエステルは目を剥いた。
「先日はど・う・も?」
あの、金の長髪に無精髭の若者だ。敬礼する右手、頬杖をついてくつろぐ左手、浮かべ
る笑みは大胆不敵。応対する女教師はその名を知らぬが、傍らで打ち震える不肖の生徒を
完膚なきまで叩きのめした張本人だということは承知している。誰に促されるまでもなく、
忽ち凍てつき眼光轟かせる切れ長の蒼き瞳。
「…何のつもりかしら」
「なぁに、用があるから通信してるんだ。坊や、あれしきでくたばってはいないだろ?」
「おかげさまで。誰かさんの下手な腕前に助けられたわ」
眼光に倍加される凄みは最早殺意に等しい。だが相対する無精髭は一歩も引かない。
「それは良かった。じゃあこの際だ、バトルしようじゃあないか。それで完全決着だ」
「ゾイドウォリアーは、私闘を受け付けないわ」
「おいおい、つれないこと言うなぁ。どうせあんた達も暇だろう?
今頃、ギルドも火事で大慌てだ。連盟もテロの疑いで試合を自粛するより他あるまいて」
口元に浮かべる歪んだ笑みとは裏腹に、瞳は殺意満々の眼光を湛えている。
「何ですって」
「万が一、あんた達が試合場に逃れられでもしたら大変だからな。色々考えるわけよ。
それより、坊やには伝えときな。…逃げたら、その時は東リゼリア村を焼く。
じゃあ、明朝四時頃。場所はこの『地図』の通りだ。待・っ・て・る・ぜ?」
人を…いや無敵の魔女をも喰った挨拶と共に、通信は途絶えた。地図と称された画像を
睨むエステル。…場所自体は決して遠くない。このキャンプ地より南へ、10数キロ程先。
地形は先日同様平地が続き、姿を隠す要素はほぼ見当たらない。神速で相手をかく乱する
タイプにはうってつけだが、それはブレイカーもジンプゥも同じこと。問題は…。
数秒後、女教師の背後で崩落の音がするのを女教師は覚悟して耳にした。こんな時にど
う接してやれば良いのか判断に窮する。己に恥じ入り、彼に己が非力さ加減を詫びもして
いたが今、そのことは言えない。曲がりなりにも少年に対し「先生」と呼ばせているのだ。
覚悟して振り向いた女教師の足下には、少年が亀のようにうずくまっていた。心配する
深紅の竜。背中を鼻先で撫で、つっ突いてみるが、止め処ない嗚咽の前には完全に無力。
折角取り戻した記憶が少年に与えた仕打ちは、むごい。
「ふっ、決まっ…」
「お館様っ!」
突如開いたジンプゥのコクピット…否、コクピット部分となるビークル。それと共に耳
をつんざく怒声。堪忍とばかりに耳を押さえる無精髭。
「な、何だよスズカ。そんな耳元で怒鳴るなって」
「いいえ、怒鳴ります! ちょっと私が目を離した隙にいなくなったかと思えば、何なん
ですかこの作戦は!」
「リゼリアのギルド事務所まで飛んでいって、すれ違い様に一発屋根に当ててきただけだ。
ジンプゥの速さなら撮影も覚束無い。大体これしきでくたばる奴はお人好しにも程が…」
言いながら、ビークルを降り立とうとするヒムニーザ。だが当たり前のように片足を颯
爽と跨いだその時、起きた異変は当人も予想だにしない。滑った、足下。股間を軸に、全
身の半回転。頭から地面に落ち掛けたところを、どうにか抱きかかえたスズカ。…愛する
若者の身体を支えた時、彼女は思い知らされた。ひどい体温の上昇。額に浮かべた汗、青
ざめた頬。乱れた呼吸を必死に整えようと堪えている。
「そのために、又『刻印』を使ったのですね? 十分に休息を取ってないというのに。こ
れでもし、彼らが勝負を避けでもしたら…」
「それは…全く心配してない」
地べたにへたり込みながらも、精一杯余裕の表情を示す。その自信が何処から来るのか
興味を持つ気にもなれず、只ひたすら若者の背を摩るスズカ。
「あれもお前と同じでな、女が良過ぎる」
手が、止まった。彼女が抱いた興味を見透かすように、若者は言い放つ。
「どんな時でも男を立てることを忘れない、あれはそういう奴さ」
かける言葉が、見つからない。
途方に暮れる女教師。可愛い生徒の負傷は自身が持つ得体の知れない力でほぼ完全に治
療した。…だがそんな能力でさえ、心に受けた傷の前では無力だ。少年が陥っていたのは
一種の記憶障害。恐らく彼は、先の敗戦で精神的ダメージを負った。それを緩和させるべ
く何らかの要因が記憶を無理矢理忘却させ、心の傷を癒そうとしたのだろう。だがそれは、
他ならぬ心に傷を付けた張本人を目にして脆くも瓦解したのだ。
嗚咽を止める術を知らぬまま、少年はうずくまり、身を震わせ続ける。圧倒的実力差で
黄泉の入り口まで追い詰めた「風斬りのヒムニーザ」に対し、抗う手立てが見出せない。
今、彼にできることは絶望に打ちひしがれることのみ。
いたたまれず、少年の傍らで身を屈めた女教師。震える肩に手を添える。
「ギル、あのね…」
返事はない。最早泣き崩れる以外何もできぬ生きた屍なのか。
不意に、二人に覆い被さる影が、晴れた。原因は先程まで心配げに鼻先で戯れついてい
た深紅の竜だ。数歩、下がると臥せた巨体。…二人をじっと見つめたまま、漏らす鳴き声
は掠れている。何故そう聞こえるのか、女教師はすぐに理解した。竜の両手両足の爪は大
地を鷲掴みにし、小刻みに揺れている。この優しき相棒は、耐えているのだ。若き主人が
再び立ち上がることを信じ、己自身までもが絶望に屈しないために。
女教師の決意は、素早い。唇噛み締め、失いかけた気合いを取り戻し。
「立ちなさい」
少年に変化の兆しは見られない。
無理矢理その身を起こされた少年。力の源たる女教師の美貌を真正面から見たのは、ほ
んの一瞬の出来事。だが少年は確信した。例え己が記憶を失えど、彼女の表情を忘れるこ
とはないだろう。怒りの涙に潤んだ蒼い瞳を。
胸ぐら掴まれたまま、首が右へ、左へ。乾いた破裂音。思わず首をすぼめる深紅の竜。
少年の頬に浮かんだ手形の烙印は非対称の彩り。より鮮明な朱に染まった左の頬を襲っ
た違和感。恐る恐る撫で、感触確かめ、その手に付着した液体を認識した時、彼は悟った。
「先生、まさか掌、怪我して…!?」
右掌を、隠すように握り締めた女教師。だが開いた傷口は存在を明らかにすべく容赦無
く鮮血を流す。少年といえども先の戦いで負ったであろうこと位は想像がつく。慌てて彼
女の手首を握る。だが同情を、容赦なく振り払った女教師。遂に見せた魔女の気概。
「こんなもの、放っておけば治るわよ。でもね、折れた心は勝たなければ絶対に癒えない。
ギル、先生として命じるわ。闘いなさい。泣く力が残っているなら、貴方はまだやれる」
励ましの言葉は願いごとのようにも聞こえる。真正面からまじまじと、潤んだ瞳で言わ
れているのだ。彼のごく短い人生の中でもきっと初めてのこと。だがそれ故に、少年は視
線を反らさざるを得ない。
「でも…でも、どうすれば勝てるのかわからないんです。あのロードゲイルに、只の一撃
も当てられなかった。それに、彼奴の必殺技…。あんな奴、一体どうすれば…!」
言い掛けたその時、少年は再び見せつけられたのだ。魔女の潤んだ蒼き瞳を。傷口が開
いた右手とさっきまで胸ぐら掴んでいた左手は、彼の頬をがっちりと押さえ、反れた視線
を今一度重ね合わせる。
「私に、任せて」
「まそう、けん?」
「そう、『魔装剣』。荷電粒子砲が『表の必殺技』なら、これは『裏の必殺技』とでも言
えば良いかしらね。どんなゾイドが相手でも、決まりさえすれば絶対に勝てる最強の打撃
技。それが『魔装剣』よ」
両手にビークルを抱え、深紅の竜は滑空する。いつものようにギルはコクピット内、エ
ステルはパーカーを羽織ってビークルのコクピット上だ。…実は彼女、ビークルを運転す
るつもりだった。これに猛反対したのが他ならぬブレイカー。「放っとけば治る」をまさ
に有言実行しようとした女教師だったが、いざ傷口の開いた右手でアクセルを吹かすと竜
は突如頭と尻尾を丸めてうずくまった。目の前で包帯を巻いてみせても寝たふりは止めな
い。ビークル上でお手上げすると、ようやく機嫌を取り戻したのだ。竜のやんちゃぶりに
少年は笑みを取り戻す。だがその真意は今の時点では計りかねていた。
全方位スクリーンの右下に開いたウインドウ。現在の飛行速度が表示されている。…時
速200キロ前後。その気になれば音速も夢ではないことを考慮に入れれば、竜の体調は
万全には程遠いと伺える。
それにしても、僕達は一体何処へ行くのだろう。
「…大昔にね、やっぱりヘリック共和国が惑星Ziの完全統一を目論んだことがあったわ。
その時生み出されたたった一匹のゾイドに、沢山の国が蹂躙された。山のような大きさで、
どんな攻撃も受け付けない。信じられない話しだけど、鳴き声だけで沢山のゾイドを破壊
できたと言うわ。
かつてのガイロス帝国もそいつに滅ぼされかかった。最後はゾイド自身が暴走して自壊
しちゃったけれどね。でも連中は忘れなかった。ヘリックが又いつこの化け物ゾイドを蘇
らせるとも限らない。そこで最悪でも特攻で自軍を勝利に導く『決戦ゾイド』が盛んに研
究されたの。ブレイカーもその時生み出されたゾイドの一種よ」
女教師の話しを聞く内に思い出す少年。「ジェノブレイカーは『死ぬために生まれたゾ
イド』」…この徒名にうんざりさせられたことを竜自身が告白していたではないか。
「…つまり『魔装剣』は、決戦ゾイドとしてのブレイカーの切り札だということですか」
ビークル機上のモニター越しに見せた少年の表情は複雑だ。自身の出生を呪った深紅の
竜を受け入れることで、今まで主従としてやっていけた。もしや魔装剣を使うのは、相棒
の心を踏みにじることになるのではないか。
「ちょっと、違うわ。…ブレイカーを見かねて使い方を工夫してくれた人がいたの。昔、
この子の相棒だった人がね。
この子の鶏冠に仕込まれた短剣を、相手に突き刺す。そのまま五秒間、エネルギーを相
手の体内に注ぎ込めば大抵のゾイドが失神するわ。これが魔装剣の極意」
言葉と共に、全方位スクリーン上で展開されるシミュレーション。…命中した瞬間はじ
き出された凄まじい数値にギルは目を見張る。成る程、敵の内部からダメージを与えるわ
けだ。そしてゾイドコアの失神に必要な時間が…五秒。
「命中すれば、必ず勝つ。されど殺さず。この子は自分の力をコントロールして、弱さに
打ち勝ったの」
ずっと荒野だった風景が、徐々に迎えた変化。…山や丘の高さが一概に下がり、代わっ
て見えてきたのが…川? いや、湖? もっと大きい。こんな開けっ広げな風景、見たこ
とがない。もしかしたらこれが海というものか。
水平線の向こうまで広がる水面。敷き詰めた銀紙のようなさざ波に、降り注ぐ陽射しが
乱反射して宝石をちりばめる。あの向こうにも又大陸があるというのだ。現実逃避の旅に
誘われ、暫し惚けた少年。だがスクリーン越しに指示する相棒に我を取り戻すと、一転口
を閉ざし、追随する。
巻き上がった砂煙は、目前の波濤をも凌駕する。全方位スクリーンが映し出す不自然な
明度にたじろぐ少年。それもその筈、この砂浜には影が成立する要因が殆どない。人もい
なければゴミもない、只々平坦な砂浜とさざ波のみが構成する世界。深紅の竜と師弟は恐
らく久し振りの来訪者である。
うつ伏せる竜。手中のビークルから女教師が降り立ち、次いで胸のハッチから少年が現
れる。むせ返るような潮の香りは少年には初めての経験。一歩、足を踏み入れたその時、
感じた違和感。キュッ、と済んだ弦楽器のような音と共に足下がたちまち数センチもめり
込む。一歩、又一歩歩むにつれ、後味の悪さも増していく。
その間にも、女教師は着ていたパーカーを、次いでサンダルをも脱ぎ捨て機上に置き去
る。先程同様、黒のタンクトップにジーパンという出立ちのまま、素足で向かう先は波打
ち際。少年も慌てて靴を脱ぎ、彼女を追い掛ける。
女教師が立ち止まった足下には、敷き詰められつつある満ち潮のカーペット。追いつい
た少年の足下にも波は掛かる。思わず顔をしかめざるを得ない冷たさ。
女教師は、波間を凝視していた。その頭上で彼女を見守る太陽。これもいずれ、水平線
の向こうに隠れゆく筈。
「ゾイド猟用のナイフ、用意してあるわね?」
振り向かぬまま後ろ手に右腕を伸ばす。慌てて手渡した少年。かつて深紅の竜が少年に
初めて出会った時、彼を試すべく授けたナイフだ。
受け取ったナイフをひとしきり見つめると、胸元に当てる。…しばし瞑想。近寄り難い
雰囲気に、唾呑み込む少年。二人を隔てる断絶は、しかし彼女自身の言葉で取り払われた。
「…魔装剣の力の源は、増幅されたゾイドコアのエネルギー。でも消費量は尋常ではない
し、それに射程も短いからね。僅かなチャンスを見つけた時、直ちに発動し、確実に決め
なければいけない。
そのためには、貴方とブレイカーのシンクロ率を、瞬時に限り無く百%に近い状態にま
で引き上げる必要がある」
「せ、先生それは…!?」
無茶な話しだ。少年には不完全ながら刻印の力を持つとは言え、相棒とのシンクロは戦
闘中に少しずつ高めていったのだ。異なる生き物である以上、シンクロは簡単ではない。
「だからこそ、貴方には『極限の集中力』を会得してもらうわ。必要に応じてシンクロ率
を一気に高める技術をね。見てなさい…」
少年はまだ気付いていない。何故彼女が振り向こうとしないのか。それはこれから起こ
す行動の所為もあるが、既に彼女の額や頬には玉の汗が浮かんでいる。
言葉紡ぎが止んだと共に辺りを包み込む静寂。聞こえるのは波濤と、海鳥の鳴き声のみ。
ナイフを左の腰に当てるや否や、女教師、疾駆。瞬く間に足首を、脛を、波間に埋めた
その眼前に、覆い被さる波濤!
だがそんな、海の獣の咆哮さえも、掻き消した彼女の気合い。引き抜かれたナイフ。横
一線の太刀筋は、足下に見事平行。
波濤、切断。女教師の眼前に、広がる水平線。断末魔の海の獣は彼女を呑み込まんと覆
い被さるが、虚しくさざ波と同化した時、水平にナイフを構え現れた勇者の姿に少年は驚
嘆。…彼女の肢体に目立って濡れた様子は皆無。彼女は波濤をかいくぐり、叩っ斬った。
しかし勇者の誇りはここで潰えた。肩で大きく息をつき、ナイフを鞘に戻し掛けたその
時。黒い短髪が、しなやかな足がゆらり、潮風に流される。弾け立つ水柱に声上げる少年。
これは蜃気楼か、あれ程気丈な女性が昏倒するなんて…!
「先生!? 先生、エステル先生!」
砂に、波に、足を取られそうになりながらも、血相変えて駆け寄っていく。背後で慌て
ふためく深紅の竜。何しろ自らが近くに向かいでもしたら二人とも波に呑まれてしまう。
地団駄を踏んだ竜はひたすら泣き叫び、主人が救い出すのを待つより他ない。
立つこともままならず、波間に横たわる女教師。右腕伸ばし、彼女の左肩をすくい上げ
た時、少年は思い知らされた。…なんて軽いんだ。なんて華奢なんだ、柔らかいんだ。僕
はガラス細工の女王を抱いているのか。
だが、彼が肩で支える女性は紛れもない、現実世界の住人だ。それも、著しい体調不良
に喘いでいる。この波濤の中でさえ、焼ける程身体が熱い。
呑み込んだ潮を吐き、咳き込んだ女教師。それでも浮かべる笑みに混じった自嘲の色。
「格好悪いところ、見せちゃったわね」
「そ、そんなこと…! 先生それより、熱が…」
「一晩寝てれば治るわよ。それより、ギル」
少年の動揺する眼差しには一向に興味を示さず、只ひたすら水平線を眺めて語る。
「『極限の集中力』を身につければこの程度、わけない。でも、武術の経験がない貴方が
いきなりここまでやれる筈もない。
だから命じるわ。ギル、せめて波の飛沫を自在に切り裂けるようになりなさい。明け方
三時までにね」
厳しさが戻った魔女の蒼き瞳は、少年に視線を合わせることを強要する。
「は、半日で!? む、無茶だ、そんなの…」
「ごめん。本当はね、こんなことにならなかったら基礎からじっくり教えるつもりだった
わ。連日の厳しい戦いで、貴方はそれだけの実力を身につけたからね。
でも、悠長なことは言ってられなくなった。ヒムニーザは勝負を避けたら予告通り、東
リゼリア村を焼き払うことでしょう。対抗するためには貴方が『極限の集中力』を会得し、
魔装剣を使いこなせるようになるしかない。
もし三時までに会得できなかったら、ブレイカー共々再戦の場には来なくて良いわ。私
一人で戦う。…教え子を、むざむざ殺させるわけにはいかないからね」
さざ波に足を取られ、よろめきながら歩む二人。ギルは胸を締め付ける苦しさに唇を噛
む。この女性は本気だ。そう断言できる理由はもう十分過ぎる程揃っているではないか。
「…やれる?」
悪戯っぽい少女の微笑み浮かべながら、右手でナイフを差し出す。既に掌は傷口が広が
り、流血が波間に滴り始めている。
頷く少年。空いていた左手で彼女の右手ごと握り締める。はっきり宣言する勇気はない
が、今は前を向いて進むより他ない。僕がやらなければ誰が先生を守るって言うんだ!
銀紙色した水面を背に、明日を誓った二人のシルエット。
(第二章ここまで)
一方、上ではディガルド部隊が周囲を探索していた。
「探せ!アンノウン001の破壊を確認しなければ我が隊の手柄にはならないぞ!」
「奴はもう先程の崖崩れによる落石の下敷きになってしまったのではありませんか?」
「なら岩をどかしても探せ!」
威力偵察と言う本来の任務を忘れ、出世欲に目がくらんだ隊長が副隊長の制止を
振り切って一人熱くなっていたが、それにはほとほと副隊長も困り果てていた。
「また崖崩れが起きたらどうするんだろう。それに何か霧が濃くなってきたし・・・。」
副隊長が周囲の徐々に濃くなってくる霧を心配していた時だった。いそいそと崩れた岩を
どかしながら探索を行っていた量産型メガラプトルの数隊が突如として、周囲の岩石ごと
真っ二つになり、その場で崩れ落ち、焼け爛れたのだ。
「何だ!第6小隊が・・・。」
「霧の中に何かいるぞ!」
霧の中から現れた者・・・。それはカンウの姿だった。
「ハハハ・・・。バカめ・・・、自分からひょっこりやられに来るとは・・・。」
「しかし隊長、何か見慣れない装備がありますよ・・・。ここは様子を見た方が・・・。」
「うるさいっ!全機攻撃を開始しろ!」
その瞬間だった。カンウがメガラプトルの側面を走り抜けると共に、メガラプトルが
綺麗な断面を残して切断されたのだ。
「凄い威力だな。確か“バイオクラッシャー”っつったっけ?この剣・・・そのまんまだな。」
『だがお前、剣術の心得はあるのか?それ次第で戦術の立て方が違ってくるが・・・。』
「剣術ね〜。木刀を使った事しか無−よ。刃物なんて包丁で食材を捌く時位しか・・・。」
『いや、それで十分だ。元々マオ流剣術は料理の技術を応用した物だからな・・・。』
「っておいっ!何でお前がウチの流派の事知ってるんだ!?」
『そんな事は良い!それより前を見ろっ!攻撃が来るぞ!』
バイオメガラプトル隊の火炎弾攻撃。しかし、カンウが右腕に装備したメタルZiの大剣、
バイオクラッシャーは火炎ごとメガラプトルの一体を一刀の下に両断した。続いて
狼狽する隣のメガラプトルに蹴りを入れ、岩に叩き付けつつ左腕の手首サーボモーターに
取り付ける形で装備したメタルZi製の六本の爪、“シザーアーム”を展開する。拳の
インパクトと同時に襲い掛かるメタルZiの爪はカンウの拳の威力と相まって
メガラプトルの身体を細切れにする威力を見せ付けた。今度は真上からメガラプトルが
三体飛び掛かって来た。しかし、カンウは冷静にバイオクラッシャーを合わせ、
三体まとめて串刺しにしてしまうのだった。
『これが本当のバイオメガラプトル三兄弟って奴だな。』
「何だそりゃ?」
『今の者には分からんだろうが、昔はこう言う童謡があったのだ。っとまた来るな!』
カンウは串刺しにしたメガラプトル三体を素早く抜き落とし、残った敵も次々と
斬り倒していたが、後方のディガルド隊長は歯がゆい思いをしていた。
「おのれ〜・・・。一体どうなっておるのだ!霧のせいで戦況が分からんでは無いか!」
「だからさっき言ったじゃありませんか・・・。」
「うるさい!」
隊長は副隊長を軽く殴り、双眼鏡で最前線の様子を必死に確認しようとするが、後方に
位置する本陣からは霧でその様子が一向に分からず、空しく音が聞こえるだけだった。
「こうなったらバイオラプターグイで上空から様子を確認させるのだ!」
「ダメですっ!こう霧が深くては上空からでも様子は分かりませんし、下手に高度を
下げると霧で前が見えずに山に激突してしまう可能性があります!」
「八方塞では無いか!」
隊長は半泣き状態になっていたが、霧の向こうではカンウが視界の悪さをもろともせず、
霧に戸惑うメガラプトル隊を一方的に斬りまくっていた。
一方その頃…
「海に逃げられる!何か手は無いのかっ!?」
何とか四肢付きホエールキングっぽい者の背中にへばりついている…
パープルオーガとマクレガー。パープルオーガはあの後外に駈け出し、
見付けた兵器群からプラズマハープーンを100本程それに投げた。
しかし…まるっきり効果は無い。
正確には確り突き刺さっているが得物の大きさの関係上ダメージに成っていないのだ。
「シット!オオモリサン!銛が全然効きやせんぜ!」
既に洒落にも成らない意味不明の負け惜しみをしながら何とか内部に潜入を試みる。
だが、
途端にハッチが開きその中へ真っ逆さま。
パープルオーガは鯨の内部へと消えていった…。
「ほう?面白いものだな。着るゾイドとは…その技術が発掘されるのが楽しみだ。」
ザイリンは追い付いてきたミリアン達を見てそう言う。
その可能性は遙に低いがもし発掘できたならば強大な力となるだろう…。
それを手にしてはしゃぐジーンの顔が容易に想像できるザイリン。
思わず口元がにやけていた。
「何をにやけている?余の色香に灼かれたか?」
「黙れ!変態!」
そう言うや否やザイリンは操縦桿を手放しハッチを開き…
素早くエントヴァイエンの首根っこを掴むと思いきり外に投げ飛ばした。
「にゃっ!?」
背中を丸めた猫の様なポーズで回転しているエントヴァイエン。
その光景にミリアンは思わず吹いてしまう…その後の状況は後の祭り。
バロックを落としてしまったミリアン。実際には落ちて行くバロックは無事。
と言うよりバロックは放り投げられたエントヴァイエンをキャッチして着地する。
「おお!其方が余のマイダーリン!?」
あまりの奇行と変態的発現に頭が痛くなったので…不死身っぽいのを良い事に、
ミリアンは試し撃ちとして…エントヴァイエンの眉間をレーザー砲で撃ち抜いた。
「ノ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!?」
眉間を見事に撃ち抜かれエントヴァイエンは床を転げ回る。
貫通しているのに死なないとは有る意味ゴキブリもビックリな生命力。
それに脳の方は状況を見る限り腐っていそうなので気にしない事にする。
否。気にしたら多分…負けだ。ミリアン達はそう思った。
その後足の速いミリアンが旧神に果敢に切り込むが失敗。
避けた所をレーザー砲とビームガトリングで追い打ちを掛けるが決定打には成らない。
その間に3手に分れてヴィクターの邪眼荷電粒子砲。
メガラプトルのヘルファイヤー。エントヴァイエンの真空波。
それが3方向から旧神を襲う…これにより真空波とヘルファイヤーが直撃する。
旧神は見た目の怖さに反応して本能的に邪眼荷電粒子砲をブロックしたのだ。
呻き声を上げながらも高速でその場を離脱する旧神。
それを4手に分かれて包囲するべくミリアン達は行動を開始する…。
しかし流石にこの手は読まれていたようだ。
エントヴァイエンに向かって空間が砕け爆裂のレールを形成する。
予め誰を潰すのか?と言う事に答えを出していた旧神の狙い撃ち。
その速度とエントヴァイエンの立ち位置からは絶好の一手。
避ける事は既に不可能。しかし…それを喰らって体が弾けたのは、
エントヴァイエンの隣に居たバロックだった…。
「(…馬鹿な?余が助けられた!?)」
そんな予想外の結果が頭をグルグル回って混乱させる。
追跡は一歩遅れた形となりエントヴァイエン。小脇には計算し尽くした形で…
最低限の無事を確保していたバロック自身の頭部のみが有る。
「(余の行動基準を正常に戻した事…死ぬ程後悔させてやろう。覚悟っ!!!)」
エントヴァイエンの影が急激に肥大化し描かれる招喚陣。
それより出でたるは彼の愛用する最凶最悪の機獣の姿だった…。
ー セラエノ追跡奇譚 終 ー
「しかしよ〜。お前この深い霧の中でよくこう動けるよな。」
『この手の環境での戦闘には慣れているからな。相手の気配や空気の流れを読めば簡単な
事だ。もっとも、我としてはお前が付いて来る事が出来るかどうかの方が心配なのだが。』
「何を〜!」
自分を馬鹿にされたマオーネは少しカチンと来ていたが、間髪入れずにカンウが言った。
『次は空の敵を討つ!飛ぶぞっ!』
「ええっ!?って言うかあんなので飛べるのかよっ!」
『スペック上なら多分飛べるはずだ!嫌!飛んで見せる!!』
カンウが装備しているのはメタルZiの各種武装だけでは無かった。
同格納庫にあった高出力ブースター“ウィンドダンサー”も背中に装備していたのだ。
ウィンドダンサーが火を噴き、カンウは猛烈な勢いで飛び上がった。
「ひょええええええっ!」
マオーネは飛行ゾイドの操縦などした事の無い為、現在はオートモードによるカンウの
自由意志によって行動していたが、そちらの方がむしろ遥かに強かった。霧の為に身動き
取れないバイオラプターグイを翻弄、次々に斬り倒し、突き倒し、殴り倒し、蹴り倒した。
もっとも、マオーネ自身の耐久力や、Gによって体に掛かる負担等も考えに入れ、
これでも随分と手加減している方だったりするのであるが・・・
「うわぁぁぁ・・・。」
「ぜ・・・、ほぼ全滅ですね・・・。」
「どうしようどうしようっ!」
「もう撤退するしかありませんよね。大人しく将軍様に怒られましょう。」
もう完全に泣き出してしまった隊長をあやしつつ、副隊長は冷静に撤退命令を出した。
それから、ディガルドの猛攻を退けたカンウは例によってバイオゾイドの残骸を抱えて
山を降りていた。なお、バイオクラッシャーは背中に付け直している。格納庫に
置かれていたそれは、恐らく様々なゾイドへの装備を前提にした物だったのだろう、
カンウを含め、様々な規格に対応出来るジョイントパーツも同様に存在した。
その為背中にバイオクラッシャーを背負う姿はさながら侍の様でさえあった。
「まさかあんな所でリーオの武器が手に入るとは・・・。幸運だよな〜。お天等様は俺の
日頃の行いの良さを見てくれているのかな?いずれにせよこれで鬼に金棒だ。」
『だからと言ってのぼせ上がるなよ。貴様は筋は悪くないが、まだまだ甘い。先程の
戦いも我のサポートが無ければ武器の性能を引き出す事さえ出来なかっただろう。
明日から特訓だな。』
「なっ!何ですと!?」
マオーネは戸惑っていたが、同時にカンウも様々な思いをはせていた。
『(メタルZi・・・、以前までは便利な金属としか考えていなかったが・・・、これは
本当に扱い方を間違うと大変な事になるぞ・・・。』
翌日、泣きながら完全武装した盗賊団相手に木刀一本で大立ち回りしまくるマオーネの
姿が確認されたとかされなかったとか・・・
『実戦こそ最高の特訓だ。実戦の中、剣術の感覚を自分の体で覚えるのだ。』
「畜生!こうなったら行く所まで行ってやるぅ!」
「うわぁ!このガキ強ぇ!木刀でバラッツ破壊しやがった!」
彼の実家がゾイド修理工だっただけに各ゾイドの構造は頭に入っており、同時に構造的に
弱い部分も頭に入っていたのだが、それを踏まえているとは言え木刀でバラッツを倒す
マオーネの実力。カンウにとっては弱くても、一般人にとって考えれば十分強いと言う
事は言うまでも無かった。
おしまい
【第三章】
念入りに若き主人とキスすると、深紅の竜は立つ。胸に抱えたビークルには疲労に倒れ
た女教師が座席をベッド代わりに横たわっていた。長い爪で前方をよく隠し、風避けを作
ると少年のもとから数歩離れ、名残惜しそうに背後を気にした後おもむろに蹴った砂浜。
花弁状の翼二枚と筒状の鶏冠六本を広げ、背後に蒼炎宿し、去り行く竜。次に戻ってくる
のは明け方三時。それまでに少年は、女教師に命ぜられた「波の飛沫斬り」を会得せねば
なるまい。成功した場合、竜は決戦の場への案内役。失敗したら…。
「ば、馬鹿! ギル、今はそんなこと考えていたらダメだろ!」
自らに言い聞かせるとシャツを脱ぎ捨て海原に向かう。上半身は腹と左肩のかさぶたが
痛々しいが、晒すことを気にする必要は全く無い。この海岸には彼以外、誰もいないのだ。
シャツと共に残されたのは篝(かがり)二本とバスタオル、バゲット数切れに蒸留水入
りの水筒一本。これだけを頼りに、今から約半日で収穫を上げなければいけない。決意を
胸に秘めながら、少年は波間に素足を突っ込んだ。
キャンプ地の丘に、帰還した深紅の竜。そっとビークルを降ろすと、横たわる女教師を
鼻で突つく。意識を取り戻した彼女。優しき友に感謝のキスを返し、重い身体をやおら起
こすが、既にその段階で足下のふらつきは尋常ではない。ビークルから地面に降り立った
その時、引っ掛かった爪先。大きくバランスを崩し、倒れ伏すかに見えたが流石にそこは
深紅の竜が掌かざしてかばい切った。ピィピィと、喚く竜。不安なのだ、こんなにも疲れ
切った魔女の姿など、そうはお目にかかれない。
竜の爪を支えに姿勢を戻す。覗かせた笑顔はこの状況でさえ屈託がない。
「ありがとう、ブレイカー。…貴方はこれから、食事してきなさい」
ここで「食事」とはつまり野生ゾイドを狩ってこいと言っているのだ。
「最善を、尽くしたいと思うの。貴方はとにかく傷を完治させないといけないから…ね?」
女教師の表情を覗き込む竜。…この聡明なゾイドは確認し、安堵した。彼女自身は疲労
になど全く屈していない。
丘を軽快に滑空する深紅の竜を眺めつつ、女教師はよろめきながら薬莢風呂に向かう。
しゃがみ込んで火をつけると、あとは湯が湧くのを待つのみだ。風呂に入る理由は作戦で
あり、女性として、少年の保護者として整えておかなければいけない身だしなみでもある。
それから三十分後か、一時間後か。それ自体はどうでも良いことだ。風呂から上がると
背広を着用、濡れた黒髪をタオルで拭くと、再び向かったビークルの操縦席。コントロー
ルパネルを叩き、相手の反応を待つその時点で彼女は変貌を遂げた。…先程まであんなに
疲れ切った表情は何処へやら。いつの間にか、不肖の生徒以外の人物に接する時に見せる
クールな眼差しに切り替わっている。それが、彼女の戦術。
「もしもし、チーム・ギルガメスですが…」
誰を相手に話しているかはわからぬが、重要な布石の一つであるのは言うまでもない。
「…えいっ」
ひた向きに、刃を振るう。
「…やぁっ」
だがそう簡単に報われる筈もない。
「…こうか?」
一太刀、又一太刀斬り付ける度、飛沫は嘲笑うかのように飛び越し、又沈み行く。
「…これなら!?」
たまに当たったりするが、あくまで「当たる」だけ。「切り裂く」域には程遠いし、何
しろ波が作り上げたちょっとした水柱にたまたま刃が当っただけだったりもする。
既に陽射しは傾いた。全く太陽とは残虐な神で、空高ければ敗者を白日のもとに晒し、
沈む間際には人の眼球に矛先を向ける。その上この神に従い乱反射する水面は、容赦なく
少年に無数の光の矢を差し向ける始末。…だが敵は太陽のみではない。この海という代物
は、初めて出会った少年をじわじわと嬲りつつある。不意に膨れ上がった波のカーテン。
「き、来た!?」
と身構えるは良いが、その後が続かない。圧力にあっさり押し流される。しかも何度も
そういう場面を繰り返す内に、罠にはまりつつある少年。…何だろう、時間が経つにつれ、
足取りが重く感じられる。疲れなどとは違う、もっと根本的な違和感。
「…もしかして水かさ、増してる!?」
さっきまで脛の辺りだった水かさは膝上まで達している。これが満ち潮という奴か。そ
こに又膨れ上がった高波。海の獣は容赦なく少年に襲い掛かり、豪快に叩き伏せると満足
して消えていく。間違いない、この試練は空と海の神に精一杯逆らわねばならないのだ。
天幕が橙色に塗り替えられるのを境に、この地にも夜が訪れようとしている。彼方へ飛
び去ったあの群れは渡り鳥か、それとも飛行ゾイドか。呼吸揃えて鳴いてみせる、その寂
しき歌声は地上の主役が人からゾイドへと譲り渡される合図なのだ。
何処かの丘の上に、じっとしゃがみ込むロードゲイル「ジンプゥ」。夕焼け空に橙色の
肌はすっかり溶け込んでおり、この禍々しき黒衣の悪魔が彼岸の住人であると思い知らさ
れる。そういえば、首の後ろのコクピット部分が見当たらぬ。主人がすぐ近くで暫しの休
息をとっているのだ。…その足下。寄り添うように並んだビークルの、片一方はこいつの
コクピット部分ではないのか。そして更にすぐ近くに、小屋程もある大きなテントとキャ
ンプに必要な小道具が幾つか立ち並ぶ。
テントの中から、琵琶の音が聞こえてきた。辺りに染み入る涙の音色。室内は、既に二
人のみで構成された近寄り難い雰囲気が出来上がっている。夕焼けを折り込んだ布地を背
に、胡座をかいた着流しの美女が琵琶をかき鳴らす。スズカの扁桃型の瞳の輝きが注がれ
るのは目前で横たわる勇者にのみ。ヒムニーザはくたびれたパイロットスーツを脱ぎ、布
団に包まってじっとしていた。あの猛々しい若者がぼんやりと、低い天井を眺めている。
投影されるのは故郷の風景か、この戦いが終わりし後のことか。愛する者を眺め続ける内
に、スズカはふと安堵し、表情を崩した。無精髭の勇者の瞳が潤んでいる。布越しの夕焼
けを浴びて輝く涙に白衣の女剣士が感じ取った穏やかな胸中。
突如、無精髭が咳き込んだことにより、中断された優美なる琵琶の音色。咳が止む気配
は一向に伺えぬが、それは女剣士も承知のこと。すぐさま傍らに寄り添い、布団をめくる
と露になった寝巻きの上からそっと、無精髭の胸を摩る。躊躇い、恥じらいの表情を一切
見せず、それが当然のことだと言わんばかりに。
「済まないな…」
「いいえ、お気になさいますな。…お水、召し上がりますか?」
無言の頷きの中に、感謝と、詫びと、悔恨が入り交じる。
傍らの水差しを差し出す美女。ゆっくり口に含む無精髭。やがて満足し、水差しを口か
ら離すとこれが至上の幸福と言わんばかりに屈託無く…但し力なく微笑んだ。
「明日だな…」
「明日でございます」
この美女には無精髭の一言一言が既に想定の範囲内だ。だがそれが彼女には嬉しい。全
てを知り尽くした男が己が元で安らぎ、己のみに向けて話し掛けているのだ。
「これだけ働いて、『人造刻印』の実験台にまでなって、それでようやく借金帳消しなん
だから全く傭兵なんてのは割に合わねえよなぁ…」
「仕方がございませぬ。それももうすぐ終わります」
「…スズカ」
「はい」
布団からふらふら差し伸ばされた左腕。それを両手でしっかり掴むと女剣士は胸元に引
き寄せる。互いの温もりを確かめあい、二人は明け方を待つのみだ。
空の番人は、遂に星達が取って代わった。小粒だが、天幕全体に渡って占拠すると放つ
光芒も相当なもの。この周辺は人も住まない辺境故、輝きを邪魔する黒雲もない。何しろ
民家の灯りは背後を囲む丘のその又後方にちらほら見えるのみ。事実上、この場は星達が
仕切った。…圧倒的な数で迫る、少年の監視者。
だがギルガメスの奮闘は未だ、空の番人が下す嘲笑を掻き消す成果を挙げてはいない。
ますます荒ぶる海の獣の牙に叩きつけられ、追いやられるのはもうこれが何度目だろう。
「畜生! 畜生!」
精一杯吠え立て、悪態ついて立ち上がるのも。
今更ながら、彼はこの試練の高難度ぶりに呆然とさせられる。知識の無かった潮の干満
もそうだが、波の圧力はこうも速く、強いのか。ちょっとした波では飛沫に向かって斬り
つける時間など殆ど確保できない。かといって大きな波を待っても、斬りつけるより前に
あっさり圧力に押され、昏倒させられる有り様。一度そうなると死の恐怖が待ち構えてい
る。荒波に流され、外海にはじき出されたら…。
気がつけば仁王立ちが猫背に、猫背が馬跳びにまで折れていた。息継ぎにしても鼻呼吸
から口、肩とどんどん要素が追加される。何度も繰り返していく内に彼は腹に手を当てた。
砂上にかがり火を焚き、肩にはバスタオル。ガツガツとバゲットに食らいつき、蒸留水
を流し込むとたちまち完食。その間、ずっと波間を見守る。揺らぐが故に不定形な水面。
そこに満天の星が、背後のかがり火が写り込む。思いのほか、光源には不自由していない。
裏を返せばこれら光輝を司る精霊共は少年を監視し、失敗すのたびに彼を嘲笑して止まぬ。
そういえば、女教師が波を切り裂かんと疾駆した時、スタート地点はここよりもっと前
方だった筈だ。満ち潮はこの場まで彼を追いやったのだ。
休み時間も惜しいとばかりに、彼は立つ。孤立無援の戦場と化した海原目掛け。…だが
勢いとは裏腹に、老いを感じさせる程深い眉間の皺。そうならざるを得ない位、切っ掛け
が見当たらぬ。それでも彼は前進するより他ない。
別の星空の下では、純白の四脚獣・王狼ケーニッヒウルフ「テムジン」が地に伏せてい
る。見渡す限りの荒野はつくづくこの狼に似合う。それにしてもかのゾイドも又夜行性故、
本来ならじっとしてもいられぬ筈だがこの大人しさ。訓練は、ゾイドをここまで変える。
その頭部コクピット内では銃神ブロンコがモニターを睨んでいた。映像の向こうにいる
のは言わずもがな、水の総大将。例によって水色の軍服と軍帽を折り目正しく着こなし、
馬面に痩けた頬、落ち窪んだ上に守宮のように瞳が大きな異相の男。映像が「水の軍団」
の移動拠点、玄武皇帝タートルカイザー「ロブノル」の頭部指令室内であるのは言うまで
もない。「惑星Ziの平和のために」を錦の御旗に、日夜暗躍する謎の組織…。
パラパラと、印刷された写真を凝視する水の総大将。被写体にはゾイド随一の視力を誇
る誇り高き狼が映し出した先の一戦が選択されていた(もっとも被写体からは限り無く遠
ざかっていたがために映像の不鮮明さは如何ともし難いのだが)。
被写体がジンプゥとエステルとの攻防になると写真をめくる速度が一気に落ちる。常軌
を逸した一戦であったのは言うまでもないが、しかし意外なのは守宮の瞳に驚きの色が伺
えないこと。興味深げではあるが不自然な感情の変化を見せたりはしない。まるで過去に
何度も見知ったことであるかのように。
「まことに『刻印』とは恐るべき力でございますな…」
「だがこれですらも、問題の一側面に過ぎぬ。時に、ヒムニーザは?」
ぴくりと銃神が眉を動かす。個人的感情をどうにか押さえつつ。
「現在休息中につき、リゼリア時刻の明日四時に仕掛けるとのことです」
「休息中、か。偽の刻印の力も相当だが、所詮、偽者は偽者ということか。武運がないと
はこういうことを言うのだろう。
ブロンコ、明日も早いのだろう? 任務に響く、今日はひとまず休みたまえ」
銃神の、敬礼。だが後に言葉が続いた。
「しかしお言葉ですが…私は決戦が、成立するとは思えません。映像で確認する限り、魔
装竜ジェノブレイカーの負傷は相当なもの。オーガノイドシステムが噂通りならばパイロ
ットも同様と思われます。結果を見届ける私の役目が重要なのは理解しておりますが…」
「俺は決戦必至と考えている。…ブロンコ、相手はジェノブレイカーを従え、古代ゾイド
人を味方にした少年だ。その強さが本物ならば、どん底からでも這い上がってこよう。だ
からこそ、潰さなければいかん。
全てを見届けるのだ、ブロンコ。それがお前の使命だ。惑星Ziの!」
「…平和のために!」
銃神は刮目し、事態を再確認した。
少年のみは迷走し、行き場を失いつつある。
斬り、薙ぎ、突き、払う。そのたび空を切り、あるいは水塊に勢いを殺される刃。水の
獣に叩かれ、足を搦め取られ、突き飛ばされるのはこれが何度目か。畜生、畜生と怒鳴り
付ける気力さえも失いつつある。一方でますます荒れ狂う水の獣。少年の足下にはきっと
クラーケンが泳いでいるのだ。砂粒程の希望が海原に溢れ落ちる無惨を、嘲笑う悪魔が。
もう何故、立ち上がるのか自分自身でさえもわかっていない。全身使って呼吸して、よ
うやく姿勢を維持してはいるがそれが立っていると言えるか、どうか。予定通りに構えた
直後、まさしく予定通りに波の剛拳を浴び、予定通り流された。それでも、立つ。だが今
度は構えるよりも前に波に呑まれ…。
気が付けば、浮木と化す自分自身がいた。眼前に広がる光景は満天の星空。言い換える
なら、少年は本来の敵から視線を反らした。…不覚にもそれは、心地良かったのだ。
濁った瞳。少年は泣いていた。しかし波の揺さぶりと潮の香りは感覚を麻痺させる。己
が頬を伝う涙の認識すら阻害する非道。だがそれこそが、敗者の末路なのだ。今、彼に残
された感覚は現実逃避した視力と、辛うじてナイフを手にする握力のみ。これらを放棄し、
己が五体をこのまま海の獣に捧げれば、彼の、そして信じた者達の敗北は完成する。
不意に星空が、欠けた。銀色の影が少年の視界を立て切りにするとそのまま頭上でポチ
ャリ、波紋を作る。魚だ。人の気配が失われたのを察知し、戯れ始めたのだ。
少年は海の知識がなければ、海の魚を間近で見るのも初めてだ。まさかこの瀬戸際に、
見られる光景だとも思っていない。…又、跳ねた。産卵すべく海岸付近まで近付いたのか。
口元が微かに、動く。囁いているようにも見える。銀色が又しても少年の視界を突き抜
けようとしたその時。
「鬱陶しい!」
衝撃は、刃を振るった己自身にも響き渡る。我に返った、切っ掛け。
天に向かって真直ぐ伸びた一撃は魚の横っ腹を掠め、身に固めた銀の鱗を数枚剥いだ。
パラパラと雪のように降り掛かるが正気を取り戻した少年はそれには目も暮れず、透かさ
ず姿勢を戻し、足下を見遣る。
「ご、ごめん! 大丈夫…!?」
会話の通じよう筈もない相手に、よもや詫びの言葉が出るとは本人も思っていなかった。
足下に沈んだ魚はすぐに姿勢を回復し、逃げ去っていく。少年は肩で安堵の息をついた。
「もう少しで無駄に命を傷付けるところだった…はっ!?」
姿勢を正す気力が回復すれば、刮目する意志も回復。消えた筈の瞳に満ちていく輝き。
今一度、憎き大海原を見つめ直す。しかし少年は、次に本来すべき構えを放棄した。両腕
をだらりと下げ、背筋は伸ばすが肩の力を抜き、じっと…じっと、目前にうごめく不定形
の敵を凝視。高く、或いは低く波打つその姿は盛んに挑発しているようにも見える。
だが最早、少年が翻弄されることはない。
(僕は大きな思い違いをしていた。無我夢中で斬りつけることばかり考えていた)
自分の耳にもよく聞こえるよう、故意に大きな深呼吸は無駄な力みを落とすため。
(波よ、視界に飛び込んでこい!)
揺らぐ、水面。いや、これはさざ波。映る星空が潮にまみれてはいない。じっと静止。
続く波は大きく、近過ぎる。見えない敵の攻撃を受けるかのごとく、左前に不動の構え。
先程までなら不様に流されている荒波を受け切った時、遂に少年が掴んだ好機。己が身
の丈二つ分程前に膨れ上がった水面、泡立つ潮。目標はその、落下点だ。
「跳ねる魚が見切れるのに…!」
無くした筈の体力さえ再び身に宿し、ぐいと一歩、渾身の踏み込み。爆発する集中力。
「波の飛沫が見切れぬわけ、ないだろう!」
水平に構えたナイフ。左手を添えるや否や。
眼前に舞い降りた無数の真珠。映し出された星空が、横薙ぎに砕け散る。破片は続く大
波に次々と跳ね飛ばされ、先端に次々と波紋を作り出し…。
海の獣が消え去ったその場には、渾身の一撃を決めた少年が只独り、ナイフを構える。
微動だにせぬまま一秒、二秒…。小さな身体が震えている。だが少年が実感している程、
結果は奇跡ではない筈だ。魔装竜ジェノブレイカーと恐れられた深紅の竜をどうにか従え、
既に何度戦ったというのか。その努力の証が、特訓で一気に引き出されたのに過ぎない。
「どうだ、見たか!」
天を仰いで、吠えた。罵声の矛先は星空に、そしてさっきまでの弱かった己に対してだ。
この荒波の中でさえひとしきり谺する程の大声に、発した本人をも目を丸くする。研ぎ澄
まされた神経が若干弛んだこの時、背後から実感した不自然な風力と荒波。…振り向くよ
りも前に、覆い被さる影は少年を歓喜させた。
「ブレイカー!?」
二枚の翼を水平に広げ、水面すれすれを浮かぶ深紅の竜。少年の清々しい笑顔に満足し
た優しき相棒は妙なことに、口から湯気を出している。何だろうかと訝しむ少年だが、相
棒は構わず彼に向かって巨大な三本指の両掌を差し伸べる。飛び乗ったことを確認すると、
この竜のスケールからすれば誠に恐る恐る(少年からすれば十分な勢いの)、口から何か、
液体を零す。見事な不意打ちに少年は思わず両手で顔を抑えたが、正体は浴びてみてすぐ
にわかった。…湯だ。真水の。どこか近くの川で掬ったままここまで来て、その時までに
竜の体温で温めたのだろう。特訓を成就させた主人への労い、それに海水まみれのまま胸
部コクピットに乗り込まれでもしたらゾイドとしては非常に困るという意味合いもある
(何しろコクピット内にパイロットの着替えを抱えているゾイドだ)。
「ブレイカー、ちょっと熱いよ。もう少しそっと…」
文句を垂れながらも、少年は先程までの厳しい表情を洗い流し、満面の笑みを取り戻し
つつある。深紅の竜も又気持ち良く鳴いて相槌を打ちたがっていたが、ひとまず主人の笑
顔で我慢するつもりだ。
彼ら主従の遥か彼方、水平線に未だ夜明けの兆しは伺えない。
兆しは、水平線も地平線も共有するものだ。エステルが指定された荒野に到着した時、
背景は遠く東にそびえ立つレヴニア山脈と満天の星空に限られていた。だがそこにもう一
色、青白い光輝が彩りを添えた時さしもの蒼き瞳の魔女も嘆息した。
「そろそろ四時だ。…始めようか」
彼女の背後で響いたスピーカー。エステルとしては別に仕掛けられても問題はなかった
が、儀礼的に振り向いてみせた。仁王立ちするブロックスゾイド一匹、白装束の鬼女一人。
ブロックスゾイドの主人は頭部後方のコクピット内で一人、憮然。頬杖つくヒムニーザ
の失望感は大きい。
「…お館様、ここは私にお任せ下さい」
華美な装飾を鞘と鍔に施した機獣斬りの太刀「石動」(いするぎ)を引っさげ、立ち塞
がるスズカ。平静ではある。しかし漆黒の闇に彩られた扁桃型の瞳は光沢をとっくの昔に
失い、いつでも狂気を体現できる状態にある。躊躇わず人を斬る者の眼差しだ。
「待て、スズカ」
「いえ待てませぬ。この女の底力はお館様も御存じの筈。発動される前に叩っ斬ります」
この時とばかりは愛する者の言葉に耳など貸さず、すらり引き抜いた「石動」。右八双
に構えられた刀身は目前に立つ魔女の姿をくっきり映し、その命をも吸い込まんと黄泉路
へ誘う。己が表情を垣間見たエステルは、不覚にも心奪われた。…奪われても仕方ないか
と、そう思い掛けた時。
レヴニア山脈の尾根が途切れ、荒野が広がるその向こうから、昇らぬ筈の太陽が顔を覗
かせる。否、それは深紅の竜ブレイカー。二枚の翼を水平に広げ、元々低い姿勢をますま
す下げて滑空する様は双刀使う剣士のごとく。鶏冠六本は背中一杯にまで広げ、先端から
吐き出す青白き炎は風の精霊を従えた証。我が身の数倍にも及んで脅威の推進力に変える。
勢いは太く長い後ろ足の蹴り込みで持続。一歩踏めばたちまち己の数倍も押し出し、その
繰り返しで次々と爆ぜる地面。炎と土煙とが共演した末、竜は地表に弧を描き、両足で滑
り込むように勢い殺して遂に静止。土煙が止むと共に、目前の敵を睨みつつ竜は吠える。
「え、エステル先生、お待たせしましたぁっ!」
胸部コクピットハッチが開き、表れたギルの何と清々しいことか。目を見張るヒムニー
ザ、眉を潜めるスズカ。そして肝心のエステルと言えば。
「遅いわねぇ、レディーを待たせるものじゃあないわよ?」
人差し指を左右に振って、何度も舌打ちして。人を喰った態度に無精髭は吹き出し、鬼
女は怒気を強め、そして少年は冷や汗かき平身低頭した。それが余程つぼに入ったのか、
無精髭は腹を抱える始末。愛する者の思わぬ背信には鬼女も不快感を露にする。
「お館様…」
「ああスズカ、悪かった、悪かった。それじゃあ改めて、始めよう」
碧色の瞳と額の水晶に光宿らす黒衣の悪魔・ロードゲイル「ジンプゥ」。
「ギル、準備は良い?…例え、その行く先が!」
魔女の額に浮かぶ刻印。蒼き瞳にも宿りし鮮烈なる輝き。実際のところ魔女と竜との間
は数百メートルも離れているが、蒼き瞳の明るさはその程度の距離をものともしない。決
戦の合図に少年も迷わず視線を重ねる。
一方、機獣斬りの太刀「石動」を右八双から脇構えに移行し、やおら走り出す鬼女。
「いばらの道であっても!」
「『私は、戦う!』」
少年の額にも宿った刻印。癒えた心の力強い証。
不完全な「刻印」を宿したZi人の少年・ギルガメスは、古代ゾイド人・エステルの
「詠唱」によって力を解放される。「刻印の力」を備えたギルは、魔装竜ブレイカーと限
り無く同調できるようになるのだ!
しかしその間にも、疾駆し迫った鬼女。
「エステル先生!?」
慌てて吠える少年と竜だが心配は全く無用。魔女の背後から逆袈裟に斬りつける鬼女。
だが魔女は軽やかにとんぼ返りして躱すや否や、振り向きざまに返す刀は飛び後ろ回し蹴
り。咄嗟に柄を頬まで引き上げ巧妙な反撃を封じた鬼女、防御もそこそこに逆襲の斬撃に
転じる。魔女も透かさず構え直してこちらは決戦開始の合図。
胸を撫で下ろす少年と竜だがその間にも迫る黒衣の悪魔。ヒムニーザが自らの額に指差
せば、たちまち表れた水色の水晶体。輝きと共に悪魔の加速も倍増。
「坊やの相手は俺だろう!」
左腕に備えた二本槍で渾身の飛び突き。竜は咄嗟に両の翼を前方に展開。響く轟音、弾
け飛ぶ火花。辛うじて突き技を防いでからようやく胸部コクピットは閉まる。だが戦闘準
備を整え翼を薙ぎ払う竜と槍を引く悪魔の動きが殆ど同時なら、お互いの間合いを維持し
つつ横に疾駆を始めるのも同時。かくして始まった竜と悪魔の睨み合いは、確実に魔女と
鬼女の攻防から離れた。
竜と悪魔、少年と無精髭、魔女と鬼女との三対三決戦、開幕。
(第三章ここまで)
「これで・・・最後だっ!」
その巨体からは想像も出来ない驚異的な跳躍力で高く跳び上がったカンウは一撃の下に
盗賊団首領の搭乗するエレファンダーを葬り去った。
「いや〜まさかエレファンダーが控えてるとは思わなかった・・・。」
『すまんな。もっと敵の戦力を良く調べておくべきだった。』
これは“鬼に金棒、悪魔にメタルZi”の少し後、メタルZiの武器を手に入れた
マオーネとカンウであったが、その武器を完全に使いこなす為の特訓としてカンウが
マオーネに対し貸した、“木刀一本で盗賊団壊滅特訓”だったのだが、エレファンダーまで
出て来た為、しょうがなくカンウに乗って倒したと言う次第だった。
『最後のエレファンダーは除いて、他の盗賊30人+バラッツ5機の撃破に掛かった時間が
8分45秒・・・。まあまあと言う所か。』
「まあまあって・・・こっちは生きた心地しなかったんだぞ!」
『まあそう怒るな。だが、お前にはさらに高みに到達して貰わなくては困る。竜王気斬剣
や竜王真空横一文字を初めとするマオ流の技を実戦レベルで使いこなしてもらわなくては。
我とて死にたくは無いのだからな・・・。』
「へ〜へ〜分かったよ・・・。にしてもお前は何でウチの流派の事知ってるんだよ?」
『さあ、どうだかな?』
カンウはそれ以上語らなかった。説明しても今のマオーネには理解出来ないと考えた
からだ。と、その時カンウは自らの遥か上空を旋廻する一機のゾイドの存在に気付いたの
だった。
『(あれは・・・デカルトドラゴンか?)』
カンウはそれ以上特に詮索しなかった。上空のデカルトドラゴンは特に仕掛けてくる
様子は無かったし、何より殺気さえ感じられなかった。たまたま上空を飛んでいるだけ
だろうと考えたのだ。そしてカンウは気を取り直してマオーネへ言った。
『とにかくこれからもビシビシ行かせてもらうからな!(貴様には我さえ使いこなす程の
男に成長してもらわねば正直我も本気を出せないからな・・・)』
「地上監視部からの追記連絡です。例のゴジュラスギガですが、メタルZiの武器を
手に入れ、さらに飛行する術まで得たとの事です。そして所詮辺境の一部隊だったと
言えど、ディガルド武国のバイオゾイドを多数蹴散らしたそうです。これは危険では
ありませんか?」
「今の所そうはあるまい。ディガルド武国の部隊を蹴散らした件についても、元々は
ディガルドの方から仕掛けただけで、単なる専守防衛に過ぎないとも聞いている。連中の
尻拭いは自分でさせるべきだ。だが、例のゴジュラスギガへの監視も怠ってはならんぞ。」
「はっ!」
一方、“鬼に金棒、悪魔にメタルZi”でマオーネ&カンウに攻撃を仕掛けたディガルド
部隊の所属する基地では将校達が頭を抱えていた。
「うわ〜・・・調子に乗って戦力を投入しすぎた・・・。上に一体どう説明すれば良いんだ・・・。」
「このままじゃあ軍法会議もあり得ますよね?」
「とにかくアンノウン001に手を出すのはしばらくの間やめておこう。」
「ラ・カン一味率いる反乱軍に参入すると思われましたが、その様子は一切見られないの
がせめてもの救いでしたね。」
「ああ・・・これ以上無駄に戦力を投入すればジーン大将に笑われるだけでは済まなんぞ。」
その頃、マオーネを乗せカンウは草原を進む。
『さて、これから何処へ行くか?』
「ならちょっと行きたい所があるんだ。」
『ほお?それは何処だ?』
「それは・・・。」
数千年の時を経て復活したカンウと彼が選んだ少年マオーネを軸に回り始めた運命の
歯車・・・。カンウの存在は破壊の悪魔となるか、地獄と化した世界を正す救世主となるか・・・
今はまだ分からない・・・
おわり
【第四章】
ゾイド同士の戦いにギャラリーが立ち会う余地は少ない。死闘を演じる鋼の獣達を人間
が生身で観察することなどもってのほか。
だからこそ、今宵も馳せ参じていたケーニッヒウルフ「テムジン」。頭部コクピット内
でブロンコ、憮然。相変わらずの、決戦の舞台からは相当に離れての観戦には流石に苛立
ちを隠せない。しかしこれはこれで、仕方ないのだ。一連の作戦はもともとヒムニーザ単
独での任務。彼奴の能力を最大限に生かすための舞台選びは尊重されなければいけない。
遥か彼方の三対三決戦、ギャラリーはいないが監視者はいる。満天の星空と双児の月と、
そして彼ら主従。決戦は審判と言い換えるべき様相を呈してきた。
深紅の竜と黒衣の悪魔。疾駆しつつも横目で睨み合う両者。竜の足下では次々と地面が
爆ぜ、低空飛行する悪魔の真下は馬蹄形の土煙が追随する。そんな敵の動向を、注意深く
観察する両者。例えばもし片一方が急停止し、もう片方がそれに気付かず突っ走りでもし
たら後者は高い確率で敗北する。抜き去ってしまった瞬間、背後が隙だらけになるからだ。
両者は単に互いの瞳のみならず翼を、足を、ちらりちらりと伺う。
不意に、どちらともなく疾走が止んだ。互いの足下、土煙が一掃の高まり。駆け引きの
必要無しとどちらも認めた合図。
翼を水平に構えつつ、依然低い姿勢で臨む深紅の竜。剣士と化した竜の狙いはこの二枚
の翼から繰り出す重い一撃。これを浴びせてこそ他の様々な技が生きてくる。
対する黒衣の悪魔は直立姿勢のまま宙に浮き、身構えず、四肢の力さえ抜いた自然体。
これこそがこのゾイドの構え。構えぬからこそ何を仕掛けてくるのかわからない。
お互いを遮る砂埃が止むと共に、重なり合う視線の鋭きこと。…だがヒムニーザは気が
ついた。目前の竜が見せた変貌に。
(こいつ…ジンプゥの間合いギリギリまで近付いてやがる)
剣の道で言うならば一足一刀の間合い。あと一歩、お互いが踏み込めば攻撃が見事に命
中してしまう間合いだ。この距離を維持するということはつまり、派手に殴り合うのを希
望している。そんな攻防に耐え得るだけのタフな心を引っさげて、あの少年は帰ってきた。
(…立ち直りやがった。よもや、あれだけ折れ砕けた心が治ったというのか)
実のところ、立ち直りはしたが万全には程遠い状態でもある。ブレイカーの胸部コクピ
ット内、拘束器具でがっちり固定されたギルの額には既に玉の汗が浮かんでいる。特訓を
終えてから休まずにこの場に向かったのだから無理もない(この愛らしい相棒の機転で身
体を洗い流せたのは大きいが)。だが少年の表情から迷いは失せた。荒行「波の飛沫斬り」
を達成した成果をこの決戦の場で披露すれば良いのだ。…できなければ全てが水泡に帰す。
しかしそれで恐れるわけにはいかない。
不意に黒衣の悪魔、翼をひと扇ぎ。それを合図に左へ回り込む。間合いを崩して好機を
狙う接近戦の常套手段だが、それは深紅の竜も同じこと。土砂が跳ね、鏡のごとく左へ回
り込む様は思いのほか軽やか。更に悪魔が左に回り込めば竜も左に追随。右に回り込めば
右。円の動きに派手さはないが、翼のひと扇ぎの度、又地面に蹴り込む度、互いの視線が
腕に、足にと突き刺さる様は一撃を巡る緊迫の攻防。僅かな隙が命取りだ。
ふと気がつけば、ヒムニーザの無精髭が濡れている。いやこれは彼の汗。この攻撃なき
攻防に気をとられる余り、伝う汗にも気付かずにいた。彼も又、先日の襲撃で蓄積した疲
労が抜け切れない。だが問題はそれだけではあるまい。
(刻印の力は俺をどんどん蝕んでいる。長期戦は勝算が薄くなるだけ)
悪魔の左腕が、消えた。いや目前の竜目掛けて伸びたのだ。神速の突き、標的は言わず
もがな竜の胸部コクピット。
だが肩・肘・手首が伸び切る前に、切っ先がぶれた二本槍。衝撃に悪魔の姿勢もグラリ、
揺らぐ。打突失敗の原因を悪魔と主人は右方に見出した。…右肘に、竜の双剣。翼を水平
に構えたまま、悪魔の仕掛けに見事合わせた左の「翼の刃」。
しかしながら翼の刃は致命傷に至っていない。深紅の竜も又揺らぎ、よろめく。…胸元
に出来た傷は確かに悪魔の二本槍によるもの。相打ちが、両者の一撃を相殺した。
胸を摩るギルガメス。ひりひりと痛むがそれよりも特訓の成果に溢れた笑み。
「あれはさざ波、あれはさざ波…」
姿勢を戻す。翼を引くと同時に翼の内側に隠れた双剣。再び少年が肩をほぐし、力を抜
けば、竜も又自然と戻した低い姿勢。
悪魔も相手の動向を睨みながら直立姿勢に戻す。…無精髭の、痙攣した右肘。刻印の副
作用。実はこのコンビに技を喰らったのはこれが初めてだ。
「やるじゃあないか、坊や」
少年が耳を貸せば、不謹慎なことを色々囁いてリズムを崩してやろうという考えだ。し
かし竜の側から反応はない。…音声があったらしいことは全方位スクリーンの表示で確認
済みだが、スピーカーのスイッチはとっくの昔にオフ。女教師の声以外、拾わぬよう竜と
少年は事前に打ち合わせていた。脱力と共に集中力を高めていく少年、竜にとってはそれ
が至上の幸福とばかりに軽快な動作を再開。
「…洒落臭い!」
再び翼をひと扇ぎする悪魔。竜も低い姿勢のまま地を蹴り、間合いを計る。
魔女と鬼女の攻防は攻守がくっきりと分かれた。スズカが機獣斬りの太刀「石動」振る
い、剣技を頼りに斬り込めば、エステルはそれをかいくぐり、近付いて拳の一撃を試みる
展開。彼女達が初手合わせした時と酷似してはいるが、しかし全く違う点も多い。
お互いが、お互いを観察することでそれは容易に実感できた。向こうで争う男達同様、
彼女達の額にも早々に玉の汗が浮かんでいる。寒々とした夜の荒野で掻く汗は、見掛け以
上にお互い疲労している証。長期戦はどちらにとっても望ましくない。
(…ならば何故この女、この前見せた大技を仕掛けてこない?)
訝しむ鬼女。ロードゲイルのごとき魔性のブロックスゾイドをねじ伏せる力を持ちなが
ら使わない。この場で使うなら何者かにばれる心配もないというのに。…お互い、相手の
切り札を理解している。殊に鬼女は、目前で身軽に動く魔女の切り札は防御不能と承知し
ながら挑んでいるのだ。しかし、いくら疲労しているとはいえそれを繰り出さないとは…。
「どういう了見!?」
何度目かの技の交差を躱しつつ、凄む鬼女。相手の血液が沸騰しつつあるのを肌で感じ、
魔女は構えを一層深くする。
「『蒼き瞳の魔女』よ! 何故に貴様、先日ジンプゥを苦しめたあの技を使わぬ!?」
「あ、あー…」
宿敵から投げ掛けられた又も同じ質問を受けるとは思っていなかった。殺気が失せ、と
ぼけた表情で首を傾げる。
「死ぬ程体力使うのよあれは。それに…」
魔女の答えが余程不満だったのか。漆黒の瞳から殺気迸らせ、一気に間合い詰める鬼女、
神速の袈裟掛け。それを紙一重で躱す魔女、拳振り上げ目指す渾身の一撃。だが密着に近
い間合いにしっかり用意していた鬼女の防御。鎖骨目掛けて襲い掛かる拳をがっちり「石
動」の柄で受け止め、弾き返して続けざまに薙ぎ払い。
「それに、何だ!」
息つく間もない剣技を一歩、又一歩と退いた末、剣も拳も交わらぬ距離まで離してから
構え…いや、腕組みし右掌を頬に当てる。余裕綽々の魔女。
「教育上、好ましくないってところかしら」
「…はあ?」
この女、舐めているのか。正反対に鬼女の怒りはたぎる一方。
「あの子達、他人を当てにしていたら強くなれないでしょう」
鬼女の漆黒の瞳がますます輝きを失っていく。後ろに結った長い黒髪がゆらり、風にな
びくがそれでさえも彼女が解き放つ裂帛の気合いによるものかと錯覚せずにはおれない。
「…その意見には同意。しかし不快だ! そういう台詞は私を倒してから言え!」
大上段に構えられた「石動」。石動一刀流・合掌の構え…魔女でさえも受け切れなかっ
た必勝の構え。辺りを震わす耳鳴りのような金属音は他ならぬこの太刀より発せられしも
の。何しろこの「石動」こそ太刀型の金属生命体。人の生き血吸わんと吠えている。
「今度こそ貴様の脳天、かち割ってみせる!」
魔女の予想より早く訪れた決着の時(それは彼女が望んだことだが)。両手を手刀にし
つつ、一層深い左前の構え。次の一合で、全てが決まる。
竜と悪魔の死闘は未だ決着の様相を見せない。傍目には永久に続くのではないかと思わ
せる戦況は誠に息苦しい。初手で確定したような流れだから致し方ないが…。
とにかく一足一刀の間合いを維持して睨み合い、動き回る。ちょっとでも隙が出来たら
仕掛けの始まり。刃が、槍が、蹴りが走る。だが相手は防御ではなく、相打ちを試みる。
ブレイカーもジンプゥもそうだ。結果、予定通り相打ちとなり、姿勢が崩れる。どちらも
連続攻撃を加える好機が獲得できないまま。これで両者のいずれかがブズゥやライネケ
(第三話・第四話参照)のような特殊能力を備えていたら又違う展開になるのだが、幸か
不幸かどちらも接近戦主体の正当派ゾイドと来た。最早パイロットの精魂尽き果てるまで
殴り合い、斬り合うより他ないのか。
(それは…俺の負けだろう)
この場で只一人、攻防の長期化はあり得ないと承知している者の弁だ。ヒムニーザの額
に埋め込まれた刻印は彼に過度な負担を強いて止まぬ。ジンプゥが受けたダメージの反映
も去ることながら、刻印が発動している限りシンクロによる相棒の華麗な動きと引き替え
に、自身が激しく消耗していく。スズカには隠しているが、本音を言えばあと何分持つか
もわからないのだ。今、彼を支えているのはひたすらに気力のみ。
ジンプゥ、直立姿勢から軽く身構えたかと思えば、次の瞬間弾け放たれし左の回し蹴り。
だがしなやかな一撃に対し、今日初めて退いて躱したブレイカー。
「これはさざ波…じゃない!」
敵コンビの実力からすれば一見何とも拙い攻撃。左の爪振り上げ、一気に間合いを詰め
る深紅の竜。
これぞ、無精髭の罠。空を切った悪魔の回し蹴りに続き、しなる尻尾。その又後に控え
るは残った右足での後ろ回し蹴り。
それでも、竜は躊躇わない。悪魔の懐深く飛び込み、左の爪を振り降ろす。一撃は又し
ても互いの攻撃と相殺された。悪魔の肩を叩いた竜の爪、竜の頬を叩いた悪魔の尻尾。一
撃の圧力に又もお互い間合いを離し、姿勢が崩れる。
「…やはりさざ波じゃあなかった。良いぞ、ギル。彼奴の動き、よく見えてる」
自らに言い聞かせる少年。既に肩で息する程苦しい筈だが、善戦はそれを感じさせない。
一方剛を煮やしつつある無精髭。自らの腿を何度も叩き苛立ちを露にすると、休む間も
なくレバーを捌き仕掛けを再開。
ふわり宙を浮いたかと思えば何の変哲もない、右足の飛び前蹴りだ。
「これは…何?」
確かに何の変哲もないが、目前に飛び込んできてはいる。迷い半分、決断した答えは左
の翼での叩き返し。しかし反撃は無精髭の思うつぼ。
左の翼が掠る瞬間、五体すぼめた悪魔。縮小した標的に深紅の竜、まさかの空振り。風
に泳いだこの翼こそ、悪魔が誘い出した真の標的。すぼめた五体をバネと変え、翼を壁に
見立て叩き込んだ渾身の蹴り一閃。
竜と悪魔との距離が一気に離れた。一足一刀の間合いが崩れたのだ。
「…しまった!」
「好機到来!」
感情が露になったパイロット二人。互いの相棒は既に小型ゾイド数匹分も離れている。
マグネッサーシステムの推進力を頼りに技を繰り出すにはもってこいの距離だ。
ここぞとばかり大きく翼を扇ぐジンプゥ。地を強く蹴り込んで間合いを詰めようとする
ブレイカー。だが目前で竜とパイロットの視界に入ったもの。…弓矢を引き絞るように半
身に捻ったジンプゥ、矢に当てはまるのは無論左腕の二本槍!
雷鳴轟き、火花散り、明らかになった二本槍の切っ先は竜の胸元。…突き刺さってはい
ない。がっちりと、竜の両掌が受け止めてはいる。だがこの姿勢に少年、戦慄。
「…『風車』か!?」
受け切ったのではない。術中に陥りかけている。…力比べの最中に槍を接続部からわざ
と外し、梃子の原理で竜を前のめりにさせる。バランス崩した竜目掛けて身を捻り、右腕、
翼、足、尻尾…と、一気に浴びせかける「風車・六枚羽根」がその狙いだ。前の戦いで深
紅の竜に手傷負わせたブロックスゾイドならではの妙技。
「『…どうする?』」
同じ言葉を呟くがニュアンスは全く違う。一層翼を振動させるジンプゥ。対するブレイ
カーは地に爪先を立てた。いつ、二本槍を外してくるか。迷う主人に向けて、全方位スク
リーンの正面に開いたウインドウ。「な、何だよブレイカー! 今、それどころじゃあ…」
ウインドウに描かれた波形。それは徐々に大きくなる。
「そ、そうか。ごめん…同じ、だね」
今又、少年が肩をほぐしたことを悪魔と無精髭の主従が知る由もない。
二本槍が、外れた。
「いくぞ! 風車…な、何ぃっ!?」
爆ぜた地面。竜の鶏冠六本が花火のごとく広がり、先端より放たれし蒼き炎。梃子の原
理で竜の姿勢を崩す予定が覆った。機に乗じ、己が推進力を頼りに深紅の竜、体当たり。
悪魔の出掛かった技が、崩される。地に叩き伏せられ、そこに振り降ろされる翼の刃。
横転して回避し、透かさず立ち上がるがそれまでには目前に迫った深紅の竜。よく見れば
「一足一刀の間合い」が復元しているではないか。
「…あれは中の波ってところかな」
とぼけた台詞は自信に結果が裏付けされてきた証。一方苛立ちが頂点に達しつつある無
精髭だが、その時彼方では。
大上段に妖刀「石動」構えたスズカ。鬼女の狙いは只一つ、目前で身構える「蒼き瞳の
魔女」の脳天のみ。果たせれば愛する者が請け負った使命の半分が達せられるのだ。黒の
長髪が蛇のごとく風にうねり、扁桃型の涼しげな瞳が見る間に釣り上がる。殺気に怒気が
倍加され、般若と化した美貌。
対するエステルはゆったり構えたその姿に限れば至極穏やか。だがもともと眼光鋭く、
普段は本人でさえ持て余し気味の蒼き瞳は一層鋭さを増す。切れ長の眼を細め睨み、一歩
も退かぬ殺気をぶつける相手は言わずもがな目前の鬼女。
互いのしなやかな足が、動いた。砂を掴む音を一度、又一度繰り返し、その感覚が徐々
に短くなり…遂に、駆ける。
吠える、二人。呪詛のごとく。両者の間合いが触れ重なるや否や。
叩き込まれた「石動」。鋼の太刀は、だが又しても中途で勢いを失った。頭上寸前、が
っちり受け止めた魔女の両掌。…鮮血は、滴り落ちない。真剣白刃取り、完成。しかしこ
の形こそ、真の攻防の幕開け。
「喰らってしまえ、『石動』ぃっ!」
鬼女に呼応し発せられた耳をつんざく金属音。高鳴りは魔女の生命を吸い取る合図。そ
れは魔女も望むところ、たちまち輝きほとばしらせる額の刻印。太刀掴んだ両掌から溢れ
る光。妖刀が光を吸い尽くすか、光が妖刀に限界を突き付けるか。拮抗、崩れる気配無し。
やがて、落ち着き始めた高鳴り。「石動」が許容範囲を越えたのか。一瞬、表情が強張
りかけたスズカ。…しかしそれが、すぐさまもとの憤怒に満ちた形相に戻る。訝しむエス
テル。大概、平静を装う時は取るに足らぬ策を講じているのだ。だが鬼女は憤怒を維持し
た…こういう時は必勝の策を講じているもの。
表情の変化と共に、剣の圧力が抜けたかに見える。徐々に押し返す魔女。
遂に逸れた切っ先。刀身ごとねじ伏せられる。勢いと共に鬼女、転倒。剣を地に叩き伏
せ、魔女が振り上げた拳。そのまま渾身の一撃を浴びせるかに見えたがそれこそが鬼女の
策。地べたに横たわるスズカの右手は既に…懐!
しなった、鬼女の右腕。至近距離での手裏剣撃ち。外しようもない秘策の一撃は…しか
し、空を切った。肘が伸び切るよりも前に、絡み付く魔女の右腕。手裏剣が虚しく後方に
放たれる間に、残る左腕で鬼女の肩を押さえ付ける。激痛に鬼女が浮かべる苦悶の表情。
「…スズカ!?」
元々血色良くない無精髭の頬から色素が抜け落ちた。…膨大な冷や汗と共に、流れ出た
のだ。鎖断ち切る野獣のごとく、吠えるヒムニーザ。今や彼を拘束せんと試みる、強大な
理不尽の神。己が生命を賭さぬ限り、彼に勝機は訪れない。
咆哮と共に閃光弾ける偽りの刻印。
ジンプゥにも到来した異変。主人同様、額に埋め込まれた碧色の水晶体を明滅させつつ、
右腕を弓引くように振り絞る。…右の装備はハサミのごとき二本の刃。牙と化し、蝶番が
壊れんばかりに大きく開く。左の二本槍程射程はないが、敢えて振るう真意は如何に。
「これはさざ波? 中の波?」
ギルはスクリーンに釘付け。相手の射程は短い、もっと引き付けていい筈だ。
ハサミが一足一刀の間合いを、破る。今一歩、今一歩、今…。
ブレイカーの目前で、閉じた蝶番。飛び散る火花。空を切ったバネの音が辺りに谺。一
瞬の静寂に、今度は少年の血の気が引く番。
「ね…猫騙し!? しまった!」
身を屈め、深く構える深紅の竜。慌てて無闇な攻撃を返すよりも丁寧に受け切るが上策。
…それは正解だった。構え直すまでに、竜の視界遠くまで一気に離れ飛んだ黒衣の悪魔。
「これで終わりだ! 機獣殺法…」
悪魔の左腕に抱えた二本槍は既に消失。それを少年が認識するまでに、竜の両脇から襲
い掛かる二本槍。錐を揉む高鳴りを、どうにか両の翼で受け切ってみせる。
はね除けた二本槍。だがこの瞬間、創出された完全無防備の隙。悪魔にとって絶好機。
「風斬り、十字!」
その名の通り陣風となって、神速接近。刃広げた右腕が、伸びる。
「これは…大波!」
少年が悟った天王山。広がった間合いが急速に狭まる。決着の時まであと数秒。
「ブレイカー、魔装剣!」
腹のそこから声振り絞れば、スクリーン上の各ゲージが急上昇。極限の集中力、発動の
証。限り無く百%に近いシンクロ率の獲得はまさしく特訓の成果。
竜の頭部、前方に鶏冠が展開。短剣と化したそれと共に、首を鞭のごとく唸らせる。
目前まで迫る悪魔。その禍々しき右腕をかいくぐって、首は伸び切った。…悪魔の腹部
に、突き刺さった「魔装剣」。注ぎ込まれるエネルギーは傷口より溢れ、ほとばしる。
「1、2、3、4、5っ!」
数え切った、必殺の五秒。ぐいと短剣引き抜けば、目前で倒れ伏す黒衣の悪魔。揺れる
大地。土煙が立ち篭める。…それが徐々に晴れた時、露になった悪魔の成れの果て。これ
でも人造物か、全身を痙攣させ、もがき苦しむ様は断末魔のもの。
今一度身構える深紅の竜だが、それも僅かな時間。よろめき、足下から崩れ落ちる。横
たわった竜は全身で息継ぎを続けた。勝利の恍惚に伴う、途方もない疲労感。
胸部コクピット内。相棒と同じように全身で呼吸する若き主人がそこにはいた。レバー
を添えた両掌が、離れない。握り締める余り、指が動かなくなってしまったのだ。いやそ
れ以前に肩や顔の筋肉まで鉛のように思い。疲労感はギルの感覚を奪い、涙腺にだけ自由
を与えた。…勝利の美酒に、酔い痴れる涙。
鬼女の右肩を、二の腕を魔女は引き絞る。渾身の脇固めは逆転を狙う鬼女必殺の手裏剣
撃ちを躱し、全身を地べたに押さえ込んだ。あと数センチも力強めれば鬼女の腕は折れる。
鋭利な視線で、エステルは睨む。苦悶浮かべるスズカの視界に割って入った魔女の威圧。
この状況に陥ってでさえ、怯む様子を見せぬ鬼女。却って睨み返す、その真意をエステル
は探る。ちらり、ちらり、視線を移した末に…。
「ああもう、止め止めっ!」
突然の休戦は、勝勢確実なエステルから申し入れたもの。極めた肩から腕を外すと立ち
上がり、膝に手をつきながら特大の溜め息。…理不尽な、余りに理不尽な結末は瀬戸際に
立っていたスズカを身じろぎさせる。
「な!? 『蒼き瞳の魔女』よ、これは何の…痛っ!」
激痛は右腕から。先程まで捻り上げられていたのだから無理もない。脂汗をハンカチで
拭うエステル。だが目前の鬼女から視線を外すことはない。
「あれだけやっても降参しないじゃない。…左の袖、探ってたわよね?」
図星だ。鬼女は唇噛み締める。そう、左の袖に隠した手裏剣で、今度こそ仕留めようと
考えていた。限界まで右腕を捻られ姿勢が崩れた時こそ魔女の最期と、決意していたのだ。
「私はね、あの子達が勝てば十分だから。万が一破れるようならこんな命、くれて…」
言い掛けた魔女の視線が揺らいだ。見る間に血の気を失った頬、そして唇。腰を上げは
するが直立を維持できずよろめく様は本当に先程までの気丈な彼女なのか。
全方位スクリーンの片隅に、死神をギルは見た。
全身軋ませ、ゆらり立ち上がった黒衣の悪魔。風王機ロードゲイル「ジンプゥ」。
あり得ない。そんな馬鹿な。たった今、彼奴は倒したはずじゃあないか。特訓の成果
「魔装剣」が、完璧に決まったはずじゃあないか。どうして、どうして!
「見事だ坊や。いや、ギルガメス君よ! 我らが必殺の『風斬り十字』を破るとはな!
だが…詰めが甘かった。あと0.5秒、エネルギーを注げば本当に負けていた」
ヒムニーザの声は通信を遮っている以上、聞こえはしない。だが他ならぬ少年の相棒が、
冷静に分析し原因をウインドウで示す。鶏冠の短剣を突き刺し、1、2、3、4…カウン
トと、少年の秒読みを照合した時、少年の声がやや早く終わって短剣が引き抜かれている。
魔装剣は、未完成だった。
「『風斬り十字』は破れたが、それでも我らが勝つ。…はあっ!」
掛け声と共に、眩い閃光放つヒムニーザの刻印。水色の輝きと共に、ジンプゥの額に埋
め込まれた碧色の水晶も明滅。光は瞬く間に全身を包み込み、あれ程のダメージが嘘のよ
うに修復される。再び姿勢正した黒衣の悪魔。
「サクリファイス。…刻印ならではの緊急措置って奴、だ」
モニターに、コントロールパネルに撒かれる喀血。口から溢れるそれを拭い、今にも消
えてしまいそうな瞳の輝きを今一度、視界に突き立てる。
「君の刻印は、自分では発動すらできない。切り札を引いた我らの勝ちよ」
一歩、又一歩、ジンプゥは近付く。翼を、右腕のハサミを引き摺りながら。サクリファ
イス(生け贄)でどうにかダメージを修復させた黒衣の悪魔だが、それでも飛べる程では
ない。しかし、それで十分なのも又事実だ。何しろ深紅の竜は…。
先程まで勝利に酔い痴れた涙は、敗北を呪う涙に変わっていた。額の刻印も最早風前の
灯、輝きの衰えは瞳も同様。負けたのか、僕は、僕は。
(ギルガメスの、馬鹿ぁっ!)
突如脳天に叩きつけられたのはテレパシー。動かなかった筈の四肢が痙攣。…スクリー
ンを見渡し、唯一の発信源を探す。ウインドウを通じ拡大、又更に拡大され、表示された
女教師の浮かべる涙。
「貴方、何で今まで頑張ってきたのよ! こんなところで、こんな奴に負けていいの!?
男なら、大事なものがあるならもう一度立ち上がりなさい! 根性見せなさい、ギル!」
あんなに奇麗な女性が、瞳を充血させて。何処か達観した雰囲気をかなぐり捨てて。人
目も憚らず泣き喚くエステルを視界に捉えた時、少年の瞳から失せた濁り。再び、ぼんや
りと輝き始めた額の刻印。
スズカは地べたにへたり込んだまま、自身の力では見ることのできなかった魔女の半狂
乱を呆然と見つめるのみ。…だが、やがて唇を噛み締めたのは覚悟の証。
深紅の竜の脇腹にまで、遂に辿り着いた黒衣の悪魔。振り上げられた右腕。開くハサミ。
「これで、終わりだ!」
振り降ろされたその時。…地面に突き立ったハサミ。しかし、宙を舞ったのは土塊のみ。
油も金属片も見当たらない。身をよじらせ、紙一重で躱した深紅の竜。少年の指先に、力
は戻った。悪魔が再び右腕振り上げるよりも早く、若き主従が、吠える。
「ブレイカー、魔装剣!」
再び首を鞭と化し、しならせつつ展開された鶏冠の短剣。悪魔の脇腹を正確に捉える。
夜明け前の荒野を照らすエネルギーのほとばしり。
「1、2、3、4、5、これで…どうだ!?」
言葉と共に、ゆっくり短剣を引き抜く。咄嗟の判断で紡いだ言葉こそ、僅かな誤差の修
正策。その結果はすぐに明らかになった。…尻餅を、ついた悪魔。今一度両腕を支えに立
ち上がろうとするが、尻がやや浮いたかと思いきや今度は肘が、崩れる。
「どうした、ジンプゥ!? 立て、立てぇっ!」
レバーを懸命に振り絞る。上半身を右へ左へと揺さぶる悪魔だが、それで身を起こすこ
となく、やがて仰向けに、倒れた。
よろよろと、ブレイカーが…深紅の竜が、立ち上がる。一秒、二秒、動かぬ気配を見せ
ぬ悪魔を目の当たりにした時、遂に星空見上げ、勝鬨。
少年の涙は止まらない。勝利でも、敗北でもない、きっとそれは感謝の涙。
「…結局は、破れたか。わざわざ危険な可能性を膨らませて、だ」
純白の狼が、地を蹴る。但し吠えはしない。何故ならこの四脚ゾイド、王狼ケーニッヒ
ウルフ「テムジン」の使命は作戦に失敗した者の暗殺。それに加え、目的地には疲れ切っ
た深紅の竜もいる。これ以上はない好機に銃神ブロンコの仏頂面にも溢れる笑み。…だが
変化する状況は又しても彼を裏切った。
「この光点…。リゼリア守備隊!? 又してもか、だが何故こうも簡単に発覚する…」
モニター上、中型ゾイドを表す複数の赤い光に色めく銃神。正直なところ、葬り去るの
だけなら容易い。しかし身を隠すのに適した障害物は何もない。狙撃可能な距離に近付く
までにこちらの正体は完全に察知される。どうする、それでも仕掛けるか。
だがそこに追加された、銃神の決断を鈍らせる要素。…赤い光点に引き続き、わらわら
と押し寄せてきた白い光点。Zi人の生体反応。中には3S級ゾイドのそれも複数垣間見
える。歩兵か、それとも素人か。いずれにしろ、作戦中止だ。水の軍団の正体は絶対的に
秘密にせねばならない。あの傭兵共を残しておくのは余りに悔やまれるが…。
ゾイドウォリアー風情に軍隊を大量に呼べる筈などない。死闘を演じた四人と二匹の外
周を取り囲むのは、東リゼリアの村人達だ。老村長と、せがれのパン屋も松明を掲げて集
結している。そして彼らの中に割って入るかのように、群れを為す紅角石竜レッドホーン
数匹。いずれも青・赤・紫の三色で彩られたリゼリア国旗が錣に描かれた守備隊専用機。
それらが囲む風景は、何ともきな臭い。腹這いになるブレイカー、仰向けに横たわるジ
ンプゥ。立ちすくむエステル、地べたにへたり込んだままのスズカ。激戦を戦い抜いたパ
イロット二人は依然、コクピットの中。
その片方。ブレイカー独特の「ゆりかご機能」で傷を癒すギルの表情は暗い。
「守備隊…それに村の人達まで…」
どうして今日は、頬がこんなに紅くなったり蒼くなったりするのだろう。いずれにしろ
言えるのは、私闘がばれた、ということ。決戦に勝利し、どうにか生き長らえたギル達だ
が、これでゾイドウォリアーの資格が完全に剥奪される。
「エステルさん、お待たせしました」
一匹のレッドホーン、頭部コクピットが開く。降りてきたちょび髭の守備隊長は小走り
して女教師に近付くと早速敬礼。対して深々と御辞儀するエステル。
「ありがとうございます守備隊長さん、村長さん。あれが…交通事故したゾイドです」
言いながら、後ろを指差す。惚けたギル、扁桃型の瞳を丸くしたスズカ、そして…吹き
出すヒムニーザ。ブレイカーでさえ、大きな顎が外れたかのようにポカンと開けっ放し。
「ちょ、ちょっと待て! 幾ら何でも俺達を交つ…!?」
スピーカーを介して怒鳴り散らそうとするヒムニーザだが激痛が先に立つ。
「はいはい、怪我人は静かにね。それではよろしくお願いしまーす?」
もう一度、御辞儀。早速守備隊長と配下、それに村人一同は作業に取り掛かる。事故な
どして放置されたゾイドを回収する場合、体格が大きすぎれば運搬が大変だ。そこで人手
を集め、ある程度解体してから運搬と相成る。貧しい村にとって格好の臨時収入。
「これで良いのか、『蒼き瞳の魔女』よ…」
スズカの声に、振り向くエステル。瞳の輝きは悪戯っぽさと、寂しさとがない交ぜ。
「取り引きをしたのよ。それに貴方、負けたら『処刑』されるとは考えていても、『自決』
しようとは考えてないでしょ? 私の生徒に変なトラウマ、植え付ける必要はないからね」
「成る程、全てはあの少年のために、か。確かに女が良過ぎる」
嘆息したスズカ。暗躍する水の軍団に関する情報(つまりヒムニーザ達)を提供する代
わりに私闘を見逃してくれと願い出たわけか。破れた理由がわかったような気がした。
スピーカーに聞き耳立てていたヒムニーザ、憮然。その分、瞳に生気が戻りつつあるが。
(死ねるわけねぇだろ、馬鹿野郎…。全く、金と女以外にやる気を植え付けさせやがって)
エステルは立ち去ろうとしたがふと立ち止まり、振り向きざまに言い放つ。
「それと、今度会った時はちゃんと名前を呼んで欲しいわ」
「ブレイカー、そろそろ良いでしょう?」
ピィと甲高く鳴き、長い首もたげ胸部コクピットを露にした深紅の竜。暗い室内から怖
ず怖ずと這い出てきたギル。どうにかまともに歩ける程度には回復した模様。
最初に視界に飛び込んできたのは女教師の蒼き瞳だ。あれ程の激戦を経て尚、輝きに慈
愛の柔らかさが満ち溢れるのだから誠に底知れない。…次に飛び込んできたのは彼女の右
手。それをしっかり掴んで…レバー以外に掴めるものがあったことに人知れず感動して、
降り立ったのは夜明けを控えた星空の下。
「良くやったわ、ギル」
言いながら撫でられる頬。素直に嬉しい。だが実のところ、子供扱いだよなと少々口惜
しげなのも事実だ。少年は今より背伸びしたくなってきている。
「ありがとう、エステル先生。それより、何で守備隊や村の人達が…」
女教師がさっきも見せた寂しげな表情に、少年は半ば真意を理解した。
「村長さん達に、話せることは話したわ。それで、助力をお願いしたわけ。
でもギル。その代わり、私達は今すぐ旅立たなければいけない」
「儂らはそこまで慌てなくてもと思うのじゃがのぅ…」
二人に割って入った老村長とせがれのパン屋。毛糸の帽子を脱ぎ、老村長は挨拶する。
「ですが又同じ手口で村が狙われるやも知れません。私達が去れば安全なのは事実です」
気丈に言い放つエステル。ギルも残念だが、覚悟を決めるより他なかった。今日の戦い
のように、今後も上手く立ち回れる保証は何処にもない。
「わかりました。そこまで決意が固いのなら。でも、約束して下さい。ほとぼり冷めたら、
又遊びに来て下さい。お待ちしております」
「ギルガメス君、その時は今よりもっと上手いパンを用意してやるからな!」
村長のせがれに言葉掛けられ、涙腺が弛んだ少年。無言の頷きは再会の誓いでもある。
東方、レヴニア山脈の稜線からようやく漏れ始めた青白い輝き。あれ程ギルを嘲笑っ
た星空でさえ、遂に明けようとしていた。
「おのれ、チーム・ギルガメス!」
モニターを介し、怒鳴り散らす水の総大将。銃神ブロンコの報告は、あの冷静なカリ
スマを激昂させて余りある。何しろ「ゲリラ殺しのジンザ」「破戒僧グレゴル」に引き
続き「風斬りのヒムニーザ」まで破れたのだ。おまけにヒムニーザに至ってはリゼリア
守備隊の手に落ちたと来た。
「ブロンコ、次は貴様の番だ。…狼機小隊の使用を許可する!」
「はっ! しかし、よろしいのですか? 狼機小隊は対『某国』用の…」
「構わぬ。チーム・ギルガメスが生き長らえれば結局は『某国』に知れる。『B計画』
のために彼奴らを手中に収めんとするのは間違いなかろう。
『B計画』阻止のために、最早なり振り構ってはいられぬだろう」
「わかりました、総大将殿。狼機小隊を用い、必ずやチーム・ギルガメスを潰して御覧
に入れます」
「よくぞ申した、ブロンコ。期待している。惑星Ziの!」
「平和のために!」
夜明けの山に、遠吠えするケーニッヒウルフ「テムジン」。水の軍団の追撃は、とど
まることを知らない…。 (了)
【次回予告】
「ギルガメスを囲む狼の群れは、如何なる状況でも彼を狙うのかも知れない。
気をつけろ、ギル! 猿(ましら)の戦士は、敵か味方か…!?
次回、魔装竜外伝第七話『竜と群狼と、そして』 ギルガメス、覚悟!」
魔装竜外伝第六話の書き込みレス番号は以下の通りです。
(第一章)194-210 (第二章)215-228 (第三章)235-245 (第四章)248-262
魔装竜外伝まとめサイトはこちら
ttp://masouryu.hp.infoseek.co.jp/
兄が身体の支配権を手放したというのか。不可解にも思ったが、ここで尋問していては
全員が海の藻屑と消えるまでだ。
リニアとラインハルトが飛び込むなりハッチが閉じ、エナジーは数階層分の天井を最大
出力のキャノンで貫いて飛び始めた。
「……まったく、この船を一撃で沈めるなんて」
ぼやくアレックスが放つ、二発目の砲撃。穴を空けた天井から覗き見えるのは、自分達
が降りてきた階段。しかし階段が通るシャフトはゾイドが通るようには設計されていない。
どうする?
答えは数秒後に得られた。トリガーを引き絞るアレックスの指。三度目の閃光。
「う、うそだろォォッ!?」
アレックスは中央の支柱もろとも階段を吹き飛ばし、エナジーがギリギリ飛行できる程
度のスペースを確保したのだ。
しかし支えを失い、歪み出すシャフト。たちまち外壁が破れ、水が滝のように流れ落ち
てくる。その水流に逆らい、翼を輝かせてエナジーは飛ぶ。機体が通った後からシャフト
の崩壊が始まり、水圧で捻じ曲がった金属片が海底へと沈んでいく。
「アレックス、間に合うのか!」
リニアの叫びにかぶせるように、とうとうシャフトが獣の咆哮の如き断末魔を上げて傾ぐ。
「間に合わせます、ご心配なくッ!」
遂に前方からも水が流れ込み、四方を水に囲まれるエナジー。しかしその速度は落ちず、
前方の泡立つ水壁に向かって飛び込む。
――刹那の間、モニターを白い泡が覆う。次の瞬間、機体は勢いよく薄暗い虚空へ飛び
出していた。
逃げ帰ってきたセラードを迎えたのは、アーサーからの冷たい視線。そして、リノーの
容赦ない平手打ちだった。
「仲間……死なせといて、なにをいけしゃあしゃあと帰って来てんのよ!」
手柄欲しさに命令違反、結果がただでさえ人数の少ない仲間を更に一人死なせる失態。
それで一人逃げ帰ってきたとあっては、いまの彼に考え付く限り最悪の状況である。
だがこんな状況でも彼は、自分が全面的に悪いとは思っていなかった。あらゆる手段を
駆使して、彼の頭脳は自らの責任を否定する。
――あのバケモノがどう危険なのか、説明しなかったアーサーが悪い! それに僕より
強い“剣”を与えられながら負けたあの武士道野郎もだ!
アーサーが近付いてくる。叱責か、殴打を覚悟してセラードは身を硬くしたが、アーサ
ーはただ溜め息をついて呟いただけだった。
「……もういい。お前の能力の限界が、よくわかった」
たったそれだけの言葉を重く言い放つと、彼は“聖域”に入っていってしまった。入れ
替わりにセラードは茫然から醒め、目も眩むような屈辱感がその精神を焦がす。
『僕の限界がわかった』?
『もういい』?
ふざけるな。このままにしておくものか。
竜巻のように荒れ狂う怒りの炎が、目標を定めて集束する。悪いのは、自分に恥をかか
せた敵だ。
どこか冷めた面持ちでこちらを見ているリノーを睨み返すと、彼は部屋を出て行った。
“市街”が白く染まる。
見回せばどこも、一面の雪景色。道路では、滅多に使われることの無い除雪車が久々の
出番を与えられ、脇で見ているロードスキッパーに得意げなエンジン音を聞かせる。
そろそろ本格的に冬になる頃だ。とはいえ、この雪の量は異常である。
それでも人々は、『ただの異常気象』だと信じて疑うこともしなかった。気象という自
然の力に、何者かの作為が影響する筈などなかったからだ。
「あぁ〜……さむい」
毛布にくるまって小さく震えるレティシアの姿が妙にかわいらしく、エルフリーデの頬
が自然に緩んだ。その微妙な表情の変化を相手は見逃さず、すぐに年齢に似合わない艶の
ある声で「なぁに笑ってんのよォ」と口を尖らせる。
「ううん、普段あんまり大人びてるもんだから、はじめて歳相応のアクションを見たなー
……ってさ」
その時、ドアを開けてエメットが飛び込んできた。
「帰ってきましたよ、オリバーさんたち」
「……なるほど、これがポケットに入っていたと」
アレックスがキーに指を走らせる。オリバーのポケットに『なぜか』入っていたディス
クを、店のコンピューターで解析しているところだった。
その横では、エルフリーデが泣きそうな顔でオリバーと向かい合っている。
「もう、また無理したんでしょう……そんなに私を心配させて楽しいの? オリバー……」
これだけ馬鹿をやっていれば、被害者意識を持たれても仕方がないか。
涙を見せまいとこらえる少女は儚げに映り、守りたいと――彼はそう思った。
「オリバーさん、これはどうやら……」
目を向けた彼がモニター上に見出したのは……見たことのない、ライガータイプのゾイ
ド。このディスクに収められていたデータはその設計図だ。
だが、誰が何の為に?
「罠でしょうか? データを見る限り、ロストテクノロジーの塊みたいな機体ですが……」
オリバーがまさに欲していた情報が、皿の上に綺麗に盛り付けられて差し出された。普
通に考えればまず罠だ。
しかし、罠だとしたらこんな高性能機、それも未確認の新型のデータを偽造するだろう
か? 第一、オリバーのポケットにディスクを入れる機会など“騎士”にはなかった。だ
とすれば残る可能性は――。
「――兄さんだ」
感情の読み取れない表情で、リニアが呟く。
「兄さんは私とラインハルトの前から姿を消し、あの艦でこのデータを仕上げた。そして
これを自らポケットに入れ、アレックスの前に現れて身体のコントロールをオリバーに返
した」
「待ってください。兄とは――セディール・レインフォードのことですか?」
アレックスの刺すような視線にも彼女は臆さず、頷く。
「私は兄さんを信じる。これはきっと、彼なりの“贖罪”なんだ」
時はへリック共和国軍とネオゼネバス帝国軍の大戦からおよそ百年後。
場所は東方大陸。我々の世界において『ゾイドフューザーズ』と呼ばれる物語の舞台である。
しかし神の気まぐれか、いつしか『フューザーズ』本来の時間軸から分岐したこの世界においては
Ziファイターこそ多数存在するもののRDたちの姿は影も形もない。
さらに言えば『フュ―ザーズ』自体も『バトルストーリー』と呼ばれる物語とは
事実上別の時間軸に存在しているので、旧大戦の記録が我々の知識と一致するかどうかも怪しい。
そして、この世界の東方大陸には三つの大国が隣接し政治的なイニシアティブを握るべく暗闘に明け暮れているのだ。
この物語においては惑星Zi人の言語を翻訳する際、便宜的に国名をわかりやすく改変している。
へリック共和国系移民が多く存在する『青の国』。
ガイロス帝国系移民が多数を占める『黒の国』。
そして―――今回の物語の発端となるネオゼネバス系の『赤の国』。
とある軍高官の邸宅。横一列に植えられた植木をなぎ倒して10機のゾイドが邸宅を後にする。
『黒の国』を中心に『赤の国』でも正式採用されているゴリラ型ゾイド、ハンマーロック。
彼らの先頭を行くのは共和国系の技術で開発されたゴリラ型ゾイド、レイコング。
「お頭、ガンタイガーみたいな足の速いゾイドにおっかけられるのは覚悟してたんですがね」
刹那、光の帯がゴリラ部隊をかすめていく。
小型ゾイドなら一撃当たれば機能停止か、あるいはそれ以上の威力か。
「あんなゴツい飛び道具を持ってる奴におっかけられるなんて聞いてませんぜ!」
「言うな、黙って走れ!」
必死の思いで敷地内の小さな森に飛び込むゴリラ部隊。それを追撃するのは赤い二足歩行ゾイド。
近年レブラプターの後継機として採用されたパラブレードと呼ばれる機体である。
実際は『赤の国』の大型強襲ゾイド・デスレイザーの支援機として同時開発されたが
ネオコアブロックの出力と遠近両方での高い攻撃力を買われ一部が個別に配備されているのだ。
ほどなくゴリラ部隊はパラブレード隊に追いつかれ、肉弾戦が始まった。
それはさながら一昔前の不良学生による河川敷での喧嘩の様相を呈している。
「行ってください、お頭!」
「頼んだぞお前ら!俺らは先に・・・逃げる!」
「後で落ち合いましょう!」
一機のハンマーロックを連れて逃走を図るレイコング。そのコックピットには中肉中背の男と
身動きができないように縛られた少女の姿があった。
先の会話といい、ゴリラ部隊の構成員がまっとうな職に就いているようには見えない。
ある程度走破したところで、草陰から何かが彼らを狙って飛来してきた。
先行していたハンマーロックの脇腹を紙のように切り裂く。急速に生命力を失い、崩れ落ちた。
「待ち伏せかよ!」
一機のパラブレードが先回りしていたのだ。
少なくともゴリラ部隊よりは敷地内の勝手を知っているし最高速度はハンマーロックを上回っている。
十分にありえることだった。プラズマレールキャノンをかわし躍りかかるレイコング。
敵の両手をしっかりと握りこむ。コング優勢かと思いきや敵頭部のエクスブレードでつつかれる。
さらには小型機とは思えないほど太い足で蹴りをもらう。
「政府の犬は教科書通りやってりゃいいんだよ!」
無理矢理引き抜いたエクスブレードで敵の首を切り落とし、両腕を引きちぎる。
戦闘不能となったパラブレードを残し、コングは合流したハンマーロック隊と共に夜の闇に消えていった。
「で、俺に猿退治をやれと?」
「はい。サル型の野生体が人里で暴れた時は事態の収拾に貢献したとか」
「それ専門じゃないんですけど、ねぇ」
軍高官の使者は盗賊退治と令嬢の救出を男に依頼した。盗賊は『青の国』に根城を持ち、
関係があまり良好とはいえない『赤の国』は手が出せないのだ。
本来なら恥を忍んで『青の国』に助けを請うことが当然、なのだが父親は軍の非主流派に属していた。
派閥の中でも下から数えたほうが早い彼が最新鋭機のパラブレードを警備に回せたのも奇跡と言っていい。
そのため弱みを握られるリスクを犯してまで助けるような重要人物ではない、
あくまで秘密裏に救出せよとの指示が下ったのだ。
その後、人里に下りてきた野生ゾイドの激しいラッシュをかわし捕獲に成功した様子が
『赤の国』全国ネットのニュースで放映され、それを見た父親が藁にもすがる思いで接触してきたのだ。
「・・・わかりました、やってみましょう。ただ、用意してほしいものがあるんでね。
潰しのきくブロックス一機と―――」
一週間後。
「こちら偵察兵。『青の国』の討伐部隊の主力ゾイドはベアファイターです」
「ベアか。四足高速型ほどじゃないが山岳戦にはもってこいだな。可変機能と厚い装甲も持ってる」
「ベア部隊はいつでも突入できる状態です。作戦開始から撤収までギリギリのタイミングになるかと」
「わかった。手早く終わらせる」
「あの・・・」
「なんだ?」
「本当にやるんですか、アレ」
「お嬢さんにケガはさせないさ」
直後、盗賊のアジトに轟音が響き渡った。どこからともなく放たれた砲弾が着弾したのだ。
作業をしていた二機のハンマーロックが直撃弾をくらい炎上した。残り6+1。
砲撃は止むことなく続き、地面にいくつも大きな穴を穿っていった。
「お頭、レイコングの外装パーツはまだメンテ中ですぜ!」
「ああ、くそっ!ハンマーロックを全部出せ!」
砲弾が飛来した方角を向く。朝日がまぶしい。敵は太陽を背にして自分たちをあざけ笑っているのだろう。
「実弾でこれだけの威力を出せるのは、ゴジュラスのバスターキャノンしかありえねえ」
残り全てのハンマーロックが砲撃地点に急行。だがそこにはバスターイーグルのキャノンを背負った
傷だらけのパラブレードだった。あっけにとられていると、その機体から閃光が走った。
手下が向かった地点での爆発。パラブレードが自らのコアを爆破させたのだが、お頭と呼ばれている男は
そんなことは知る由もない。体中の血管が怒りで沸騰する。
一方、アジト内の牢屋。膝を抱えてうずくまる少女の姿があった。そこに一人の男が姿を現した。
「あなたは?」
「助けにきたのさ。走れるか?」
二人は男が通ってきた通路を逆走し、一機のギラファノコギリクワガタ型ゾイドに乗り込む。
それはワンブロックス、またはバラッツと呼ばれる超小型ブロックスのギラフソーダに酷似していた。
しかし、その装甲は白く、フレームは爽やかな青色だ。パラブレードのプラズマレールキャノンを装備している。
可能な限り音を立てないように脱出するが運悪く盗賊のボスが操るレイコングに見つかってしまう。
「しっかり捕まってろよ。ちょっと怖い思いをすることになるぜ」
バラッツのプラズマレールキャノンから大出力のビームが放たれる。
コングはパラブレードとの戦闘時と同じように横滑りでかわし、今度は砲身そのものを掴んだ。
「むしり取る気か!」
「俺は一つの芸で食ってる男じゃねぇ」
ジャーマンスープレックス。いわゆる投げっぱなしジャーマンだ。レールキャノンを失いながらも体勢を元に戻す。
パルスキャノンを撃ちつつ突進。最大出力で繰り出される二つの拳をすり抜け、
コアブロックとパワー増幅用のライトブロックに一撃を見舞う。
作動不良を起こし地面に伏したコングを尻目に帰途につくバラッツ。
遥か後方の山中では小破したハンマーロックにベアファイター隊が襲いかかっていた。
翌朝。邸宅の玄関先に立つ3人の男。
「今回の君の働きには本当に感謝しているよ。これが今回の報酬だ」
「どうも。金塊の数が最初の取り決めより多いようですが?」
「感謝の気持ちさ。こんなことしかできないがね」
「ありがたく受け取っておいた方がいいですよ。しかし、なんでブロックスを砲台の代わりにしたんですか」
「いや、普通に砲台を調達するより安くつくし」
「ああ、そうですか」
「何だよその顔。もしもの時はリモコンで動かすなり直に操縦して脱出するなり色々できるだろ?
もっとも、俺の相棒『ブリッツソーダ』を乗り捨てるつもりは毛頭ないけどな」
「相棒、ね・・・あのパラブレード、レイコングにやられた私の機体なんですよ」
「正直スマンカッタ」
「ところで、娘の姿が見えないが」
「今回のことは精神的に大変辛いものがあったと思います。よろしく伝えておいてください」
行く当てもなく、舗装されたゾイド用道路を行くブリッツソーダ。『青の国』にある故郷に帰ろうか、と思う。
そこへ赤い見慣れないブロックスがやってきた。コックピットに座っていたのはあの御令嬢ではないか。
「何でついてきてるんだよ?」
「箱入り娘の生活はもう沢山なの。お父様の立場上色々と問題もあるし。この際だからついていっちゃおうかと」
「帰れ!」
「何よ失礼ね。せっかく最新の実験機を持ってきてあげたのに。ハーケンっていうのよ、この子」
「なおのこと帰れ!そんな不具合の洗い出しも済んでなさそうな物をどっから持ってきた!」
2人の道中は始まったばかりである。 (終)
「動くな…動くとお前の姪の命が危うくなる。
俺の目的はラ・カン!あんただけだ。」
時は遙未来。更なる自然災害によりゾイドが発掘される時代。
世界はディガルド武国の席巻とそれに反旗を翻し再起を賭ける…
ディガルド討伐軍の進軍の最中の出来事である。
今を去ること…30分程前。
「しまった!?読まれていたか!」
その時討伐軍は不利と知りながらも敢えて崖に挟まれた細い峡谷を進軍。
その出口に運良く進行ルートを読んでいたディガルド軍の一軍の襲撃を受ける。
極点戦力差およそ8:1。絶望的な戦力差であった…。
その戦力差は一見リーオの武器で充分抵抗できそうでは有るが…
それは相手がバイオラプターの話。今はメガラプトルを中核とする混成小隊が相手。
ティゼの駆るブラストルタイガーより灼熱の雨が放たれる。
それにより後続に被害を与えるも先頭では数機のゾイドが必死に相手を抑えていた…。
逆にディガルド軍側でも想定外の出来事が発生していたのも討伐軍は知る由も無い。
「高速で接近するゾイド有り!その数…1です!」
「機種は!?」
「…コマンドウルフ?いえ!?一致しませんカスタムタイプにも該当機種無し!」
「映像を回せっ!」
「ディガ!」
その映像には青光りする装甲を纏い背に銃剣を思わせるの武装を持ったコマンドウルフ。
該当機種が無いのは四肢の付け根。
肩等に3角形の頂点を組むように付いたサーボモーターを装備したドラムモーター。
更に四肢と牙、背の付け根より伸びる…多分4連インパクトカノンの基部、
その左右に2機並んだ4機の銃剣がメタルZiである事だ。
要するに…たった1機の小型ゾイドでも危険性が異常な存在の急速接近だった。
更にその速度もコマンドウルフの最高速度を軽々一回りも超える物。
驚かない方がおかしいのである…。
「ちっディガルドか。折角情報を手に入れたのにこれとは…。
だがラ・カンは俺の得物だ!貴様等には指一本!
いや!ソードウルフの装甲の擦り傷一つもやらん!」
背の砲塔が閃光を放つ。この装備は元々このコマンドウルフに有った物。
相棒のインパクトウルフの主力兵器だ。つい最近機体が変質した際に性能が変わり…
それの一撃はバイオゾイドの装甲を貫く光の球を発生させるようになっていた。
同時に4機バイオゾイドが沈む。
エヴォルトと言う現象らしいが…エヴォルト様々と言った所だ。
慌てふためくバイオゾイド共。もうここいつ等には俺達を抑える術は無い。
空から援軍も来るがその為に装甲を犠牲にした飛び蜥蜴。グイとか言ったか?
背の機械の鼻は冷酷に奴等の動きを捉えて示す。
それで終わりだ…トリガーを引けばそれで火の玉と化して地面に落ちる。
「な…コマンドウルフの亜種に100機を超える我が軍が推されているだと!?」
運の良さそうで実は悪かったディガルドの指揮官。悪いがお前に用は無い。
そいつに俺は通信する。
「おい…?さっさとそこを退け。そうすればこれ以上お前等に攻撃しない。
退かないなら…俺の復讐のために死んでくれ。以上だ。」
一方的な脅し。ディガルド武国は所詮バイオゾイド共の驚異と恐怖が戦力の半分。
それに屈しない者にはめっぽう弱い。絶対の立場の傘に隠れた臆病者。
更にその下にその力で屈させられた人々。実際には烏合の衆以下に成り得る。
恐怖で従えた者等更なる恐怖の前では一溜まりも無い。
コマンド程度で戦線が崩壊するのだから当事者が感じる恐怖は計り知れない。
その指揮官は何とか恐怖に屈せず向かってくるが…
俺達が通り抜けた後に4枚におろされていた。
目の前で討伐軍の奴等が呆気に取られている。
あいつ等は俺が自身以外に護る者が無い為にこの芸当ができた。
この事を理解できる奴は余り居ないようだ。ソウルタイガーやケーニッヒウルフ。
そこら辺が隙無く身構えているが…他の奴等は俺の事を味方だと思い込んでいる。
最近は続々と仲間が集まっているそうだから便乗させて貰おう。
何喰わぬ顔で俺は…先頭の奴等を通り抜けた。
殺気が全く無い白銀のライオン。ムゲンライガーを通り抜ける。
最近現れたらしい。話ではこいつは俺の相棒と違いエヴォルトをしても…
その必要が無ければ元の蒼いムラサメライガーに戻るそうだ。
他にも真紅のハヤテライガーと言う姿にも成るらしい。
乗り手のルージ共々要注意の相手だ。
ソウルタイガーのセイジュウロウと並んで厄介な存在だ。
今度は巨大な大猿…デッドリーコングの前を通り過ぎようとする。
すると…
「おい?無茶するなよ…そんなのじゃ早死にするぜ?」
ドスが利いたそれでも優しそうな男の声が聞こえる。雷鳴のガラガだ。
巨漢で毫腕、豪快で強引。相棒のロンと一緒に少し前まで抵抗組織を持っていた。
ここらで解るだろうが俺の相棒の機械の鼻は他の奴とはかなり性能が違う。
ディガルドの奴等が持っている情報を結構な距離から根こそぎ取ってくる。
そのお陰で俺は常に事情通に成れる。比較的安全に物事を行なえるのだ。
彼等の情報をある程度持っているのも見た目と裏腹に凄い相棒の力の賜物。
感謝しても感謝しきれない。
どうやら渓谷を抜けた少し後で野営地を設営する様だ。
ここで俺にチャンスが訪れる。角を強化したランスタッグとソードウルフ。
その2機が目の前に現れたのだ。
そして…話の冒頭に戻る。
無防備の相手など組み伏せるのは容易い。
ラ・カンの姪のレ・ミィがとんでもない傍若無人な言葉を口走っているが無視する。
だが…困った事にラ・カンはそのまま通り抜けようとしたのだ。
こうなったら声を荒げて足を止めるしかない。相手の方が1枚も2枚も上手だった。
反省してももう遅い。更に困った事に…
脇を固める討伐軍の主力はかなり遠巻きに俺達を包囲。
普通に考えなくても逃走は不可能な状況となっていた…。
「またみたいだね…大概初めて合流する奴は揉事を起こす。君?
要求はなんなんだい?」
ロンがコクピットから出て無抵抗をアピールしながら俺に問う。
それならこっちも奴を驚かせる為にそのままコクピットから出て地面に降りる。
そこで周囲か一斉に騒ぎ出す…
それもその筈で俺の相棒は元々野良ゾイド。それにそのまま乗っている。
相棒と俺が離れても相棒は止まらないのだ。それに相棒は用心深い。
油断無く…そして力を掛けすぎず傷付けずランスタッグを押さえ付けている。
「大したものだよ…野良ゾイドを乗り熟すなんてそんな話は初耳だからね。」
一時的に形成逆転。取り敢えずもう1度要求する。
「ラ・カン…用が有るのはあんただけだ。ソードウルフから降りて…
俺の相棒の前に来い。その間に俺はソードウルフに方に行く。」
返答の是非を問わず俺はソードウルフに向かって走り出す。
この場合待っては成らない。待てば俺は一方的な絶対悪となる。
あくまで自分勝手の域で俺の評価を持たせなくては成らないのだ。落とせば…
直に誰かが俺を討つ。ソードウルフのコクピットが開き、
同じくラ・カンは相棒に向かって歩き出す。
擦れ違いざまにお互いの顔を一瞥する。俺はそのラ・カンの顔に驚愕を覚えた…。
そこに在ったラ・カンの顔は嘗てキダ藩を統治していた時と同じ顔。
藩を捨て逃げた男の顔等そこにはなかった。それでも…ラ・カンは親の仇。
捨てられた藩に残された俺達の家族は一方的にディガルドに蹂躙された。
襲われた際に姉2人と妹と弟は焼き払われた。一つ身で俺達を育ててくれた…
母は偶々キダ藩の中枢に近かりし血縁の1人として嬲り殺しにされた。
家を焼かれた際に運良く焼き払われなかった俺だけが残された。
目の前で母を殺される様を見ながら…。
「命はまたの機会にしてくれないか?ロウフェン。」
後から聞こえて来るラ・カンの声。何時の間に素性がばれていたのだろうか?
ここで俺の目論見は淡くも崩れてしまったのだ。もう2度と俺の刃は届かない。
既に…”仇としてのラ・カン”は自らのを後悔の炎の海で焼き払っていたのだ。
そこに居たのはディガルド討伐軍のラ・カンのみ。
「ラ・カン!追わなくて良いんですか!?」
ルージはラ・カンに問い詰める。命を狙った相手を見逃したのも不満だが…
それよりもそこで彼を口説き落とそうとしなかった。そちらの方にも不満が有る。
「良いんだルージ。刃が折れた者に戦え等、口が裂けても言えない。
力が有るなら使えと人は言うだろう。だがそれを彼に言える程…
私の肝は据わっていない。それにそんな言葉を掛ければミィ共々私もこの世に居ない。」
大きく息を吸ってラ・カンはルージにこう言った。
「私は結局あの時、討伐軍を旗揚げした時の約束を守れないかもしれない…。
だが、それが敵わなくてもその足場ぐらいは…土台ぐらいは作りたい。」
それを言い終えたラ・カンは唯青い空を見上げるだけだった…。
それを見てルージはそれ以上言葉を続けようとしない。
それを語るラ・カンの声にこの件に関しては完全に無理と言う答えを感じ取ったのだろう。
「…さて。如何するかな?相棒?」
俺は相棒に尋ねる…すると相棒は思いきり遠吠えをすると森へ入り込んだ。
取り敢えずは食事らしい。レッゲルを捜しに入っている相棒。
そう…取り敢えずは…生きてみる事だ。
今までの道は砕け散った。ならもう1度道を探せば良い。それだけの話。
ラ・カンを討てなかったのでその後配置替えに成ったキダ藩進行部隊の奴等を…
根こそぎ仕留めた俺にはもう仇は居ない。有る意味快挙だ。
「今度は…賞金稼ぎでも始めるか。その次は…」
全速力で駆け抜けた復讐の道程。そのお陰で再起への時間はたっぷり有る。
因みに…俺が逃げ去る際にラ・カンに吐いた捨て台詞それは…
「人違いだった…笑って許せ。」
極上のかつ傍若無人の負け惜しみだった…。
何時か…何時かこれを取り返す!そう胸に誓う。
問題は如何やってそれを取り返すか…?大難問だった。
ー 終 ー
文明が隆盛を迎えたある時代、とある研究所にてある画期的なゾイドが誕生した。
「成功だ!ゾイドの常識を覆すぞ!成長する戦闘ゾイドだ!」
「成長する戦闘ゾイドとは?」
「本来のゾイドは戦闘用に改造されたらその成長はストップする。
しかし、このゴジュラス系ゾイドをベースとした実験体“G−003”はその常識さえ
超越した画期的ゾイドなのだ。最新鋭の生機融合技術により、生身でありながらも機械
としての強さも併せ持つ。今はまだ赤子の状態であるが・・・これから様々な事を
教え込んでいけば、あの我等の仇敵、バイスの奴等に一泡ふかせられるかもしれんぞ。」
しかし数日後、後の世の人々に“神々の怒り”と呼ばれる天変地異によりそれまで人類が
作り上げてきた文明は一瞬にして崩壊し、研究所の期待を一身に背負った“G−003”
も行方不明となった。
そして数千年の時が流れた時代のある山村、外の世界ではディガルド武国と呼ばれる
軍事国家が近隣諸国を荒らしまわっていたのだが、その山村では無縁の話だった。
彼等とて一応行商の話等からディガルドの恐ろしさは知っていたが、山村にはディガルド
の欲しがる様な物は無い為、襲われる事は一切無く、貧しくも平和な村だった。
そんな山村に住む一人の少女が山菜を取りに山に登っていた時、ある物を発見した。
「こ・・・これは・・・何?」
少女が見付けたそれは彼女の見た事も無い物だった。小動物位の大きさで、銀色に輝く
不思議な生き物。恐る恐る触って見ると、金属の様な触り心地であったが、暖かかった。
「もしかして・・・ゾイド?」
直感的にそう思った少女はそのゾイドが衰弱している事に気付き、次の瞬間そのゾイドを
抱いて走っていた。山の中にはわずかではあるがレッゲルが湧き出している場所があった。
そこでレッゲルをあげれば元気になると考えたからだ。そして実際に元気になった。
野生ゾイドと言う存在さえ忘れ去られ、ゾイドと言えば地中から発掘される乗り物
として認識されている傾向が強いこの時代。少女はそのゾイドの正体が何なのかは
さっぱり理解出来なかったが、とりあえず安心した。その事がきっかけとなり、ゾイドは
少女になつく様になった。しかし村に連れて行けば皆が騒ぐと思った為、山の中で一人
こっそり出会うと言う事をやって行く事にしたのだった。
その後しばらくは何事も無く時は流れていたのだが、ちょくちょく他の村人に秘密に
山奥に入っていく少女の行動に他の村人が不穏に思わないはずが無く、怪しんだ一人が
少女の後をこっそり後をつけていた。そしてゾイドはついに見付かってしまったのだ。
「見ろ!この銀色の体・・・小さいがこれは恐らくディガルドのバイオゾイドに違い無い!」
「違うよ!ただの勘違いだよ!そんな事無いよ!だってあんなに大人しいのに・・・。」
カマや斧、竹槍で武装した村人に囲まれ、怯えるゾイドを少女は必死にかばった。しかし、
少女一人で勝てるはずも無く、直ぐ引き離され、斧を構えた村一番の力持ちがゾイドへ
斧を叩き込もうとした。その時だった。斧がゾイドの体を叩き斬ると思われた瞬間、
少女がゾイドの前に飛び出して来、少女は背中から斧で切り裂かれたのだ。
「お・・・お前この後に及んでもこのバイオゾイドを庇い立てするか!?」
「ち・・・ちが・・・逃げて・・・は・・・やく・・・。」
これが少女の最期の言葉だった。そしてゾイドは物凄い速度で逃げ出し、村人の捜索にも
関わらず、完全に姿を消していた。村人はバイオゾイドの大群が村を襲うのでは?
と恐れたが、その後も特に何事も無く数年の時が流れ、村人達もその様な事件は
すっかり忘れてしまっていた。が・・・
「うわぁ!怪物だぁ!」
その事件から数年後、山村を一体の銀色に輝く巨大なゾイドが襲った。神々しくも
思えるその銀色の体とはうわはらにその目は憎悪に怒り狂っており、山村はわずか
数分で消滅した。山村を襲ったゾイド・・・それは数年前、少女が山奥で発見した
小さなゾイドが成長した物だった。それがまさか古代文明人の遺伝子操作で生み出された
実験体“G−003”であるとは誰一人として想像だにしないであろう。
古代文明の記憶を持ったまま現在を生き続ける一体のゾイドを除いて・・・
「と言う話があったそうだ。多分お前も似た様な物だと思うからその辺の見解をどうぞ。」
『なるほど。自分を庇って死んだ少女の仇を討った謎の銀色のゾイドね・・・。泣かせる話
だが・・・、その村の奴等も可哀想ではあったな。それはそうとだ、今目の前にいる
ゴジュラスタイプ・・・、我々に敵意を燃やしているみたいだが・・・どうする?』
「え?あれ?バイオゾイドじゃないの?」
『いや、違うだろう。どちらかと言うと奴は我の同属だ。しかし・・・あれはもしや
エーマキングダム研究所の遺伝子操作ゾイドか?あそこの作るゾイドはどいつもコイツも
気味悪くなる位強いから嫌いなんだよな〜・・・全部ぶっ倒したけど。今でもこう目を
閉じれば、奴等の気味の悪さに泣き叫ぶご主人の姿が・・・。いや〜ホント可愛かったな〜。』
「ってオイオイ!襲って来たぞアイツ!もう戦うしかないぞ!」
月の光さえ遮られた暗夜の山奥で人知れず、銀と緑・・・二体の巨竜が激突した。
おわり
で、次スレ経ってるのはいいが落とすのか?
「…コイツは大したもんだ。」
正直に驚き相棒と共に既に死に絶えていたと言われていたそれの顔を見上げる。
ウルトラザウルス。嘗ての人はこの巨大な竜をそう呼んでいたらしい…。
しかしその個体差たるや既に常識の範疇を通り越している。これだけは確かだ。
何故俺と相棒はこの巨大なウルトラザウルスの背中に居るかというと…
俺と相棒の無茶が原因だったりする。
「ビックリしましたよ…まさか筏で隣りの大陸を目指そうなんて凄いです。
でも私達が偶々通り掛からなかったら海の藻屑でしたね…。」
数年に1度俺達の住む大陸の何処かに現れる行商人。それが目の前の彼女だ。
俺に話しかけてきたのは俺と同じぐらいの年だろう…。
紫色の髪が印象的なちょっと…(悪い意味ではなく)抜けていそうな顔の娘だ。
「所で…まだお名前を聞いていませんでした。貴方のお名前は?」
その声に俺は大見得を張って虚勢を張って格好を付けて名乗る。
「俺はロウフェン。コイツは相棒の…インパクトウルフ。
ブルーアベンジャーだ。」
それに合せて相棒も遠吠えしてみせた。
「それにしても…なあ?カリン?如何して1人だけなんだ?」
俺はカリンにこの質問をした事を後悔した。彼女の目に突然涙が溢れ出したからだ。
績を切った様に俺にしがみついて泣くカリンを突き放す程の冷酷さは俺にはもう無い。
恩讐の刃を失った俺には目的が無く唯遠くに行きたいと言う一心で筏を造ったぐらいだ。
半時も経った頃漸く落ち着いたらしいカリンからその顛末を聞く事となる…。
この背の上に有る沢山の瓦礫の山。それの生まれた原因を。
「グイでない飛行ゾイド…それも白い奴だったって事だな?」
「はい…何の警告も無く突然襲って来ました。でももう良いんです。
たとえ相手を倒したとしても壊れた物は治りませんし逝ってしまった人は帰ってきません。」
正論だ。至極当然の代わる事の無い事実。完全に諦めて心が折れた思考だ。
「ならさっさとこれを片付けよう。もしかしたらまだ助かる奴も居るかもしれない!
相棒!鼻を利かせろ!生きている匂いを嗅ぎつけるんだ!」
それから日が暮れるまで俺達は生きているかもしれない人を探す。
結果は散々なものだった…が何もしないよりは遙にましな成果だった事は間違い無い。
カリンに看取られて息を引き取る事のできた物が10人以上居たからだ。
「辛かったかもしれないがカリン…ましだったろ?」
涙を拭きながらカリンは頷く。少なくとも彼女に看取られた人達は他の奴より幸せだ。
誰にも看取られること無く逝った者や死に様を弄ばれた者に比べれば天地の差だろう。
世の中は死ぬ事にだって不公平だ。
…そしてその不公平に泣くのは何時も力の無い存在だけである。
ウルトラザウルスは指示された通りのルートを唯泳ぐだけらしく、
カリンの話ではずっとこの背中の家で育ったそうだ。陸地には縁の無い生活。
それ故にディガルドや他の脅威に晒されることの無かった人々。
そんな生活だけに空から来た白いゾイドの襲撃は致命的だったのだ。
朝が来る…空に一瞬輝く何か。相棒の鼻はそれがゾイドで有る事を示す。
「カリン…隠れているんだ。良いか?何が有っても絶対に中から出てくるなよ。」
それだけ告げると俺は答えを聞く事無く相棒に乗り込み甲板の中心に陣取る。
やがて…シルエットが見えて来るそのゾイド。
相棒に係わらずゾイドという存在は非常に物知りだ。直にそれが何者か?
それを弾き出す。近付くそれはデカルトドラゴン。
2体の恐竜型ゾイドを合体させてドラゴン型に仕立て上げた強力な合成生命体。
そいつは音も無く俺達の居る甲板に降り立った…。
「そこに居るのは誰だ!この神聖なる竜に足を付ける等…無礼極まりない!」
何を言っているんだ?デカルトドラゴンに乗っている馬鹿はとんでもない言葉を放った。
「ならお前はそんな不遜な事をして良くその言葉を言えたもんだな?頭でっかちめ!」
俺がその言葉を言い終わった途端エレクトリックディスチャージャーの電撃が奔る。
「ぷっ!図星を吐かれてそれか…お前頭悪いだろ?それに乳酸菌ちゃんと執ってる〜?」
手応え有り!相手の攻撃が激しくなる。どうやら挑発に引っ掛かったらしい…。
威嚇射撃でも無く確実に俺達を葬ろうとして打ち出された攻撃。
それを相棒は交わす事無く背の剣で切り払う。戦闘開始の瞬間だった。
しかし問題が有る。非常に厄介な問題だ。
あのデカルトドラゴンの装甲は間違い無くリーオの物。
中途半端な攻撃は全く通じそうにも無い。その上相棒と同じく高機動戦闘型。
その上相手は空を飛ぶ。グイの時の様に相手が格下でない以上は落せるか?
それも解らない。だが俺はやらないと成らない!そう言う思いが生まれている。
今このウルトラザウルスの甲板の上で俺は重要な事に気付いてしまったからだ。
俺には復讐する機会が有った…それを成す手段が有った…その事に。
そう!不幸のどん底に見えて…まだ俺は幸せ者だったのだ。
カリンというそれがしたくてもままならない存在に出逢ったことで思い知らされた。
だからこそ…絶対に負ける訳にはいかないのだ。
だからと言って状況は後転する訳じゃないし限りある財産で奴に勝たねば成らない。
ここからが腕の見せ所といった所だ。
瓦礫とは言え相棒が隠れる事のできる場所が沢山有る。
それの陰に隠れながら俺は…久しぶりにあの手を使う事にした。
「馬鹿な!?奴が何処にも居ない!?」
デカルトドラゴンのパイロットは焦っている。
それもその筈で相棒が攻撃を仕掛けて来るのを見て奴は攻撃しようとするが…
そのコクピットに俺が居ない。その事に気付いたからだ。
しかもそれで攻撃の正確さが失われること無く攻撃が続けられている。
かなりのショックを受けている事だろう…。
乗っていても乗らなくても変わりない動きと強さ…そう思っていて俺が悲しく成ってきた。
それ程相棒の操縦再現のレベルが高いという証明だ。
その間に俺は瓦礫の一つに隠れてディガルドの歩兵部隊から嘗てくすねていたそれ。
スナイパーライフルを構えている。弾丸は接触後に爆裂するスプレッドシェル。
これをデカルトドラゴンの関節部…それも首筋に見えるコアブロックにぶち込む。
その為に隙を伺っているのだ。更に罠として瓦礫の幾つかに…
奴の白銀の装甲が反射する光に反射する鏡のようになる物を仕掛けている。
先ずは捨て扶持に1発。奴の足元にスプレッドシェルを撃ち込んだ。
大慌てしてその場を逃げるデカルトドラゴン…いい気味だ。
狙撃が終わると俺は直にビークルに乗り込みその場を離れる。
数秒経つこと無く今まで俺の居た場所は電撃を纏った瓦礫の散弾に替わる。
奴は挑発に乗った振りをしていた事がこれで解る。だが…
だから頭でっかちだと言う事だ。俺もそうだが相手も自分が主導権を握っている。
そう思っているに違い無い。だが主導権を握っているのが何方か?
それはそうで有る事を疑って掛かる者こそが手に入れる事ができるものだ。
奴の動きにはそれが無い。つまり…デカルトドラゴンの性能に頼ったお山の大将。
乳酸菌どころかDHAも足りなさそうな相手だった。
どうしてそんな栄養素の事が解るかって突っ込まれても困る…
それは全て相棒のデータに有ったものだ。
私は…隠れてその戦闘を見ているしかなかった。
私は唯の船頭で商品を陸地に運ぶ手伝いをしていただけだ。
ゾイドには乗った事も無いし戦い方なんて何も解らない。
ロウフェンさんと白いゾイドに乗っている人…何方が正しいのすら解らない。
否、多分…何方の言い分も正しいのだろう。唯それから目を背けているだけだ。
昔お爺ちゃんに聞いた事が或る。
「この世界に間違った考えなんて無い。立ち位置が替わればその意味も替わる。
同じ位置に立ったとき…自分がその考えを持たないという保証は無い。
それに悪い事を悪い事として行なう者は最も馬鹿な存在。
争いは正しい事が打つかるから起こる事だ。何方が正しいと言う答えは無い。」
でも私はそんなに強い考えは持てないし持ちたく無い。
自分が正しいと思う事で必死に苦境に耐える事しかできない身だ。
「…強いな。本当に地上人は馬鹿で愚鈍な羊なのか?」
コクピットで私は思う。規格外コマンドウルフのエヴォルト体。
それを駆る青年は高度な戦術を駆使し機体から下りて私のデカルトを狙撃してきた。
本来なら空からそれを適当に撃ち続けていれば終わる事だった…。
それに上層部が考える神聖なる存在に対する信仰と言う物にも疑問が或る。
仲間がした事だが神聖な存在の上に住む者を神聖な者を傷付けてでも排除、粛正する。
私にはそれがあべこべにしか思えないのだ。
唯…私達から事実という物を覆い隠して奪っているだけかもしれない。
長引く戦闘…あちこちで紫電が奔り光が弾ける。
その中で踊る2機の機獣。その美しくも見えた戦闘は唐突に閉幕の鐘を鳴らされる。
「この不遜者共め!神の怒りを受けて見よ!」
その言葉と共に数機のデカルトドラゴンが砲撃を開始した。
私は…気付くと青いコマンドウルフの青年の隣りに寝かし付けられていた。
「あ…目が覚めましたね。良かった…。」
私の顔を覗き安心している紫色の髪の女の子の顔が私の上に有る。
「はっはっはっは…お前仲間に見捨てられた様だな。いい気味だ!あいててて…。」
青年が痛みを堪えて嘲笑っている。だがそれに釣られて私も笑い出していた。
「(いい気味だ!本当の馬鹿は私だけでなく空に住む無知な私達だった!
今私の前に居る2人が羊な訳が無い!私達と同じ人間だ!)」
自嘲のふんだんに篭もった笑いは私の気の済むまで続いた…。
「へぇ〜…空の上に住んでいたってか?はっきり言って笑えない話だな。」
ロウフェンの言葉は関心と憤慨を含んだ匂いを孕んでいる。
深く責めないのはカリンが目の前に居るからだろう…。
一方カリンの方は私がここを襲った者で無い事に心底安心している様だ。
「そう言えば…貴女の名前は聞いていませんでした。お名前は?」
何故か後で吹いているロウフェンを無視して私はカリンに新しい名前を告げる。
「私は…シープで良い。元の名前はもう必要無い。」
今回の一件で私は空を捨てる決意をした。偽りだらけの楽園に未練は多分もう無い。
私は私の居場所を都合良く見付ける事が出来たのだ。
私と同じく馬鹿な2人。丁度バランスの良い居場所。妙に落ち着く場所。
今まで絶望的にまで乾いていた何かが足りない感覚。
それが私から消え去っていた事に気付き私の表情は自然と緩んでいた。
「さて…今回の目的はこのウルトラザウルスの侵入場所を探すことだ。」
シープが何時の間にか上の立場に居る事が気に食わなかったが俺は慇懃無礼に対処する。
表情を多少硬くするがそれ以上は無い。争う事自体無駄。もう解っている事だ。
まあ俺と同じぐらいに知識は有るだろうから問題無いだろう…。
俺達の後では何時の間に仲が良くなったのか?
相棒と奴のデカルトが仲良く瓦礫を片付けている。
使えそうな物は3日ほど前から回収を始めて殆ど揃っている。
運良くカリンの関係する物は一通り揃っても居るので精神的負担は軽いだろう。
問題はシープが趣味で如何でも良さそうな物を一杯拾ってきた事だが、
持ち物の管理は本人各々に任されているので関係無いだろう…。
時間は一杯有る。前にもこんな事を言った気もするが当然気にしない。
住む場所は…当然ウルトラザウルスの中にする。
あれだけの攻撃を受けて全く傷1つ付いていなかった甲板。
それから考えると中に居れば奴等に攻撃を喰らう心配は少ない。
まさか神聖な存在の中に弾をぶち込む馬鹿は無神論者ぐらいだろう…。
どう言う風の吹き回しか解らないが天空人と言う奴等は、
勝手に過去の遺産を神格化しているのだ。だが府に落ちない点が或る。
これまで手を出さなかった甲板の上の集落。それを急に襲った事。
シープの話ではこれまで髪の背に住む物を傷付けるなんて話は無かったらしい。
シープの推論では焦っているらしいと言う事だ。
ディガルドからレッゲルを巻き上げいたと言う話から考えればそう成るそうだ。
飼い犬に手を噛まれそうに成って焦っている…笑える話だ。
4日前に火花を散らしていた相手同士が仲良く?同じ事をしている。
カリンはその風景を見て笑っている。失ったものの代わりは少ない。
だが得たものはその内大きな物に成るかもしれない。
少なくとも今の状況では誰か話せる者が居るだけで随分と違うだろう…。
この一件で彼等は人1人では寂しくて生きて行けないかもしれないと言う事を知った。
一つ賢くなった馬鹿3人。取り敢えずは同じ方向を向いて歩いて見ようと考えた。
先に何が有るかは解らないが現状を打破する。それが当面の目標だった…。
まあ打破できるかどうかは未定だがそれは彼等自体に掛かっている。
ー おちまい ー