256 :
魔装竜外伝第八話 ◆.X9.4WzziA :2006/06/12(月) 03:23:00 ID:sIpQVxyQ
異相の男は視線を上方に向けている。天井付近に映し出された映像はまさしく地上の地
獄絵図だが、その上に被さるように映し出されたのは士官の姿。もうそろそろ中年の域に
差し掛かろうかという雰囲気は、あと少しの経験次第で立派な軍人と称せられる素質が感
じられてならない。そしてそれを裏付けるように軍服の胸元・首元には勲章と思しき装飾
を幾つか施してある。
「御協力、感謝致します」
スクリーン越しに深々と一礼する士官に対し、異相の男は片手を翳し、制止した。
「チーム・ギルガメスを始末できぬ現状、B計画に少しでも歯止めをかけるため、我々の
作戦参加は当然だ。
それより、作戦地域に複数の巨大な生体反応を感知している」
その一言に、顔色を変える士官。「巨大な生体反応」が何を指し示すのか、本編読者な
らばおわかりの事であろう。
「わかりました、引き続き作戦遂行、よろしくお願いします」
彼が再度敬礼すると、途切れた映像。再び地上に繰り広げられる地獄絵図を映し出す。
と、今度は又別の映像が拡大される。…鳥瞰図だ。緑線で規則正しく並べられた長方形の
群れこそが「ゾイドアカデミー西方第三校舎」なる地域を表し、その南端に巨大な水色の
光点と無数の小さな赤い光点が確認できる。そして辺り一帯に着々と包囲網を完成しつつ
あるのが白の光点だ。
「第二方面軍司令官、か。中々実直な手腕だが、少々緊張が足りんな」
そう呟くとすぐさま右腕を水平に広げて大喝。
「ロブノル、降下!」
合図には室内の誰もが咄嗟に反応した。室内外周の乗組員達が、円錐中腹の座席に付く
高官達が、速やかに機械を操作し、指令を出す。
「『ロブノル』乗組員に告ぐ! 『ロブノル』乗組員に告ぐ!
本機は午前5時00分、交戦開始。これより攻略地点上空百メートル以内に降下する。
すぐに着席し、手摺に掴まること。繰り返す…」
「『ロブノル』、降下しつつ口部ハッチを開け! ゴドス部隊、出撃準備は良いな!?」
高官がつく座席のコンソールに、早速描かれた映像はゾイドのものと思しき狭いコクピ
ット内だ。
「第一陣五機、いつでも行けます!」
257 :
魔装竜外伝第八話 ◆.X9.4WzziA :2006/06/12(月) 03:25:17 ID:sIpQVxyQ
覇気ある声で宣言した若きパイロット達の返事に高官は満足し、円錐上部に着席する彼
らの長に無言で指示を仰いだ。こうなれば阿吽の呼吸だ。サーベルを引き抜いた異相の男。
「出撃開始! 惑星Ziの!」
「平和のために!」
樹海に次々と飛び込んだ銀色の二足竜。着地の瞬間、人のようにしゃがみ込めばへし折
れる木々が悲鳴を上げ、たちまち水柱のように木の葉が舞い上がる。本来の直立姿勢に戻
した竜達は人の姿にも似るが、何しろ二?三階建ての建物にも匹敵する巨体だ。おまけに
頭部の半分を占める橙色のキャノピー部分は異常発達した一つ眼のごとく、ギロリと視線
を周囲に投げかける。目の当たりにした群衆は蜘蛛の子を散らすように逃亡せざるを得な
い。これぞヘリック共和国軍が生んだ名機中の名機「小暴君」ゴドスが醸し出す威圧感と
いうもの。
ゴドス部隊は差し当たり、攻撃を一切仕掛けるつもりは無い。只、周囲を睨みつつじっ
くり歩を進めれば良いのだ。それだけで烏合の衆との力の差は歴然である。
「馬鹿野郎! こんなところまで来て逃げるな! 校舎に乗り込め!」
「仕方が無い、ガーニナル隊をここで使う」
正門付近にまで接近していた張りぼて達がたちまち、脱皮する幼虫のごとく真っ二つに
なる。と、中から姿を表すよりも前に放たれた閃光。しかし異変にはゴドス部隊の面々も
咄嗟に反応していた。軽いステップで躱す二足竜達の動きにはもう一拍の余裕すらある。
だが閃光の破壊力は恐れるに足りた。数条の光の刃はたちまち森を焦がし、進んだ道を業
火で包み込む。
戦況を見つめていた異相の男が刮目し、関心を寄せる。
「ほお、ガーニナルか。珍しいものを」
張りぼての中から現われた箱型の鉄塊は樹海に溶け込む深緑色。人の身長に毛が生えた
程度の体高ながら、その後方(ゴドス部隊に向けた部分)には尻尾のような長い大砲が備
え付けられており、それらを考慮すればゴドスすら上回る体格の持ち主だ。おまけに前方
部分には頑丈そうな兜と幾つもの銃器を備えた、攻守に渡って安定した能力を伺わせるこ
の鉄塊こそ「鎧砲虫(がいほうちゅう)」ガーニナル。分類上は元々完全人工のゾイドコ
アをベースに生み出された「ブロックスゾイド」の一種だ。その数、十か、二十か。
258 :
魔装竜外伝第八話 ◆.X9.4WzziA :2006/06/12(月) 03:28:15 ID:sIpQVxyQ
「ゴドス部隊は接近戦を展開せよ。連中の切り札は自ずと絞り込まれる」
指示を確認した二足竜達は次々と前傾姿勢をとり、尻尾を地表と平行に伸ばすが速いか
怒濤の蹴り込み。木片が、土が高々と舞う。所謂T字バランスの態勢で疾走、開始。背中
に搭載した銃器で威嚇射撃しつつ一気に間合いを詰めていく。だが周囲で逃げまどう群衆
からすればこの世の地獄だ。どうにかゾイドの移動ライン中から外れたとしても折れ砕け
た木々がたちどころに襲い掛かってくる。ゾイド達の足下はまさに地獄絵図の様相を呈し
つつある。
尻尾の大砲を次々と連射するガーニナル達。しかし命中率の差は歴然だ。二足竜達は疾
走しながらの威嚇射撃でさえ敵機に対し正確に命中させていくが、ガーニナル達は強力な
光の刃を放ちつつも尽く、照準を反らす始末。両者の間合いが数メートル以内に縮まるま
で、何ら攻防を差し挟む余地が無い。
「ええいっ、奥の手を使う!」
深緑色した鉄塊のパイロットが言い放つ。狭いコクピット内で両手のレバーを思い切り
良く引けば、ふわり浮遊、上昇を始めた鉄塊。その底部には足と称するのが適当かどうか
すら疑わしい無数の突起が二列に渡って生えている。これらが見せる有機的な波打ちと共
にこのブロックスゾイドが浮遊を開始し、バランスさえ取っているのは間違いない。
「いいぞ、餌は…向こうだ!」
鉄塊のパイロットが大喝すれば、地表に平行に浮かんでいた筈のこのブロックスゾイド
が突如、見せた行動。次々とバネのごとく飛び跳ね、ゴドス部隊にのしかかろうとする。
その底部、前述の突起と一緒に見えるのは橙色にぼんやり輝く不気味な明滅の繰り返しだ。
しかし思わぬ奇襲も歴戦の勇者揃いである水の軍団の前では大して効果を為さなかった。
透かさず片足を軸に半回転するゴドス。背中を見せたかと思えばその時にはもう伸び切っ
ていた残る片足で渾身の後ろ蹴り。所謂ゴドスキックの正確な一撃は呆気無くガーニナル
達を吹き飛ばした。地表に叩き付けられ、勢いで木々が折れ重なっていく。仰向けに昏倒
したこの鉄塊の、露になった底部は突起群が懸命にもがき、その中央、例の橙色した明滅
の正体が明らかになった。
259 :
魔装竜外伝第八話 ◆.X9.4WzziA :2006/06/12(月) 03:31:05 ID:sIpQVxyQ
黒い球体の、露出。所々、穴が開いてあってそこから輝きが漏れている。間違い無い、
これはこのブロックスゾイドのコアブロック。ゾイドの中には体の一部を他のゾイドに接
触させて養分を吸収し、あまつさえゾイドコアを支配しようとする種類が少なからずいる。
このガーニナルも同様に、ゴドス部隊に心臓部ごと無理矢理接触してエネルギーを吸収し
ようとしたのに違い無い。
折角の切り札をいとも簡単に封じられては、さしものガーニナル達も後退を試みるより
他ない。しかし退路にはゾイドアカデミーの長大な塀が控えている。最早進退は極まった。
「よし、敵は怯んだ。第二陣、第三陣、続け!」
異相の男が放つ号令と共に、タートルカイザー「ロブノル」の口部ハッチから出撃を開
始するゴドス部隊。彼らの背中には箱のようなものが括りつけられ、そこに五、六名程の
兵士が乗り込んでいる。いずれも白と青で彩られた鋼鉄の鎧で身を固めており、降下完了
と共に次々と地上に降り立つ。目標は言わずもがな、今や集団の維持に失敗し、散り散り
になった若者達を押さえ込むこと。
ゴドスの頭部・コクピット内ならば地平線の彼方に見える朝焼けの眩しさも良く見える。
作戦終了は時間の問題だ。
依然、寝ぼけ眼(まなこ)のヴォルケン。だが眠りから冷めて少々時間が経つというの
に、却って憮然とした表情。…彼を目覚めさせた筈の怒号は随分小さくなってきている。
声質の変化も著しい上に、破裂音の方が圧倒的に多くなった。
「密告の成果だね。そうでなければ神出鬼没のロブノルでも不可能な作戦だ」
現実問題として「国立ゾイドアカデミー西方第三校舎正門」なる地形の上空で、ロブノ
ルは相当な長時間待機し続けていた。本来ならば水の軍団の旗艦にそこまでの行為を、ア
カデミーも共和国政府も許可しないだろう(かような事件が発生しなければ水の軍団の住
居不法侵入は明らかだ。前話までを御覧の通り彼らには超法規的な側面があるが、それで
も権限の見直しが生まれるのは必然と言える)。電撃的な掃討作戦を実現させるためには
やはりそれなりの支援者が必要なのだ。
260 :
魔装竜外伝第八話 ◆.X9.4WzziA :2006/06/12(月) 03:34:58 ID:Juc9Odg8
やおらリモコンを拾い上げると、彼はテレビの電源を落とした。そのまま、大の字に横
たわる。…数秒か、数分か、意識が飛びそうな時間を経た後、ばねのように上半身を跳ね
起こす。
「スーパーゾォィドッ、ターイムッ!」
おどけた表情で再度リモコンのスイッチを押せば、お目見えした映像はまさに子供向け
に作られたヒーロー番組だ。
『ゴジュラースッ!』
共和国軍の制服を着た若者が怪しげな道具を天に翳すと、光の中から現われてきた巨大
な銀色の二足竜。リモコンのスイッチを再度押し、チャンネルを変えるヴォルケン。
『ライガー、変身!』
こちらはゾイドのコクピット内にいると思われる若者の声を合図に、青い四脚獣が疾走
を始める。すると神秘的な描写で瞬く間に外装を変化させていく。ニコニコしながらチャ
ンネルを変えるヴォルケンだが、その瞳の奥には確かに映っていた。映像の端に、入った
テロップ。
《ゾイド貿易自由化法案撤回を求め、国立ゾイドアカデミーの学生が各地で暴動》
《ゾ大暴動は五時未明、共和国軍により鎮圧。死亡者多数》
ひとしきりチャンネルを変え続けたヴォルケンは、ふと肩で溜め息をついた。そのまま再
度、ゴロリとベットに横たわる。
(凄い洗脳振りだよね。あんなに凶暴なゾイドが今や子供のヒーローなんだから。
近い将来、嫌でも各自治区が共和国政府に頭を下げざるを得なくなるだろう。それだけの
政策を連中は着々と積み上げてきた。なのに何故、今になってゾイド貿易自由化法案など強
行したのだろう?)
流石の彼も、にわかには閃かない。やむを得ず身を捻り、掛け布団を引っ掛ける。疑問が
解決しないのも、二度寝するのも実のところ、予定の内だ。数時間後には共和国軍の連中に
叩き起こされるだろう。アリバイがあろうがなかろうが、先程の事件について取り調べを受
けるのは確実だ。それがシュバルツ家に生まれた者の宿命なのだ。
(もうしばらくは、馬鹿を演じなければ駄目だろうね。はぁ…)
261 :
魔装竜外伝第八話 ◆.X9.4WzziA :2006/06/12(月) 03:36:31 ID:Juc9Odg8
「成る程、『時』が来たのですな…?」
周囲の大半を占めるキャノピー。外に見える映像は双児の月に照らされた夜更けの川原。
周囲には所謂地球で言うところの「狼」に姿・形が良く似たゾイドが占めて、五匹。
「『刻印の少年』が現れたのは望外の幸運。手詰まりに陥っていたB計画だが、これで一
気に実現の目処が立った」
キャノピーに映像は表示されない。代わってスピーカーから聞こえる声の印象は実に、
落ち着いたもの。かといって老いを感じさせるものでもない。例えるなら「老成」。元か
らの聡明さと若くして積み上げた数多の経験とが融合することで初めて発せられる声色。
「先立って決定した『ゾイド貿易自由化法案』も全ては『時』を無効なものとするため。
しかし、そうは行かぬ。既に本隊はもう一つの『B』について、在り処を突き止めてあ
る。無事これを発掘すればあとは『刻印の少年』を引き合わせれば万事、上手く行く。そ
のために我々は長年、研究を続けてきたのだ。
指令を与える。一つ、水の軍団を内部から突き崩せ。差し当たり、君が所属する部隊を
全滅させよ。二つ、シュバルツセイバーに『刻印の少年』を渡すな。既に獣勇士が彼に近
付いている。
君は漁夫の利を得るのだ。二つの使命が達せられれば、あとは本隊がやってくれる」
「わかり申した…」
映像すらないにも関わらず、聞き手は恭しく一礼した。
「目先の平和にばかり気を取られ、真なる惑星Ziの繁栄を理解できぬ愚か者は地獄に落
ちるが良いのだ。それでは君の吉報に期待している」
声は、ここで途切れた。
聞き手だった者はキャノピー越しに周囲を伺う。恐るべきことだ。陣型を維持しながら
疾走を続ける五匹の狼が彼らのやり取りに何ら関心を示してはいない。これはつまり、機
上の主のみが確保する通信手段があることを意味する。水の軍団は内通者を得て留学生の
暴動を未然に防いだが、彼らの中にも内通者が潜んでいた。しかも今や「刻印を持った少
年」抹殺の最前線に立つ者達の中にだ。
彼を含めた六匹の狼は月夜を掛ける。その月夜を描いた漆黒のキャンパスにも下方から
紺の彩りが添えられ始めていた。夜明けの、そして作戦開始が近付く印だ。
(第一章ここまで)
【第二章】
チーム・ギルガメスの面々が今朝の事件をすぐに知ることはなかった。…多分、知った
ところで嫌な事件として記憶の片隅に留まる程度だったろうが。
「ぎ、ギル兄ぃ何だよ、急にそんな大声出して…」
フェイは困惑していた。並みの大人以上の背丈と体格を持ち、彫り深く目許涼しい赤茶
けた髪の美少年。トレードマークの黒ジャンバーは腰に巻き、上はブラウス、下はジーパ
ンという出立ち。朽ち横たわる巨木に腰掛けた彼はかつて経験したことのない非難に狼狽
え、その身を仰け反らた。左腕につけた腕時計型の端末を弄ろうとしていたようで、右腕
で左手首を押さえたものだから受け身が取れない。…彼の背後では小山程もある鋼の猿
(ましら)が透かさず右腕を伸ばし、壁を作る。
「あ…ガイエン、ごめん」
忠誠を誓う若き主人にその名を呼ばれた猿(ましら)の腕は、自らの胴よりも長い。黒
を基調とし、所々に濃い赤を配した地味な体色。だが武装の豪華さは体色とは正反対。右
肩には小型ゾイド程もある大砲、左肩にはミサイルポッドを有し、共同浴場の煙突程もあ
ろうかという剥き身のミサイル二本を背負う(これの正体は前話「竜と群狼と、そして」
参照)。人呼んで「鉄猩(てっしょう)」アイアンコング。かつてのゼネバスやガイロス
といった帝国の象徴であったがために、ヘリック共和国の手によって乱獲された悲しき種
族である。
その、アイアンコング「ガイエン」が主人の身を支えながら、首を捻っている。元々大
人しく又知能が良く発達しているが故に、主人が困惑する原因を目の当たりにして違和感
を隠せない。鋼の猿(ましら)は己が真正面、「原因」の更に背後で畏まる深紅の二足竜
に対し、注意を促す軽い鳴き声を上げた。
深紅の竜は目前の鋼の猿(ましら)程ではないが、それでも民家二軒分程もある巨体の
持ち主。今は腹這いだが必要ならば直立し、背を、短かめの首を、長くしなやかな尻尾を
地表と水平に伸ばす「T字バランス」の姿勢で疾走する。その際には背中より生えた巨木
のごとき鶏冠六本と桜の花弁のごとき翼二枚を広げ、艶やかに舞うに違いない。人呼んで
魔装竜ジェノブレイカー(現在、主人には単に「ブレイカー」と呼ばれているらしい)。
金属生命体ゾイドの中でも数多の伝説に名を列ねるこの二足竜、目前の猿(ましら)に劣
らぬ知能の持ち主ではあるが、何しろプライドの高いゾイドだ。返事はせず、只一瞥し、
その胸元でしゃがみ込む己が若き主人に鼻先を近付けてみる。
「だからラジオ、聴くなって言ってるんだ…」
蚊の鳴くような…しかしこの朝もや漂う川原一帯にはどうにか響く声。ギルガメスは朽
ち木に座るフェイの真正面で仁王立ち。肩で息をし、消耗し切った小柄なその身を無理矢
理拡声器と変えたが、成果は今一歩だ。白無地のTシャツに膝下までの半ズボンというい
つもの出立ちの上には大きめのパーカーを羽織り、フェイのすぐ向かいに立つ。それにし
ても、汗が酷い。ボサボサの黒髪までがしっとりと濡れている。そして…円らな瞳の、充
血。瞼の腫れようも尋常では無い。もう二言、三言、なじったら爆発するのではなか。
ギルの左肩から、鼻先を近付ける深紅の竜。若き主人の心身を案じてか、囁くような甘
い鳴き声でスキンシップを求める。
思わぬ横槍に一瞬眉を潜めるギル。だがそれを相棒の駄々と認識すれば、たちどころに
表情を緩め、求めに応じる。しかし、その動作。…己が瞼をひたすら竜の冷たい鼻先に押
し当て、じっとしたまま。いつもなら大概、頬や唇を重ね合わせるところだろうし、相棒
の熱烈さ加減に圧倒されていることの方が普通だ。この賢い竜は、彼と愛撫を重ねながら
も助言を求めて周囲をちらちらと見渡す。
ギルと彼の相棒が見せる不自然な動作に、フェイも気付いた。まずは怒鳴られた原因た
る腕時計型端末のスイッチを落とすのが先だが、次にすべき動作は決定している。努めて
音程を下げつつ…。
「兄ぃ…きついの?」
ギルは、答えない。
しかしそれ故に、フェイにはギルが消耗した原因も大方、察しがついてしまった。彼は
この一晩、仮眠も取らずに相棒ブレイカーを操縦し続けたに違いない。
チーム・ギルガメス一行はアンチブルで開催される「新人王戦」に参加するため、ブル
ーレ川を遡って上流のリゼリアとアンチブルとの国境を目指していた。途中この不思議な
美少年フェイそして相棒ガイエンと、ひょんなことから合流したギル達一行。その数時間
後には恐るべき水の軍団「狼機小隊」の襲撃を受けたが、彼らの協力でどうにかその場を
脱出、昨晩夕方から今朝に至るまで凡そ半日逃げ続けてきた。しかし代償はそれなりに大
きく、本来の進行方向に繋がっていたブルーレ川を大きく迂回する結果となった。
さてひとまずは、ブルーレ川の支流付近に辿り着いた一行。しかし狼機小隊はいつ彼ら
に追いつき、襲撃を掛けるかも知れぬ。その上、水の軍団が送り込む刺客が連中のみであ
る保証もない。今彼の目前にいるフェイにしても、余りにタイミングの良過ぎる登場故に、
ギルは相当疑っている。様々な事象を孤独な少年が意識し始めた時、彼が必要以上に警戒
し、疲弊するのは無理からぬこと。…しかしブレイカーの「ゆりかご機能」による強制睡
眠さえ拒絶したのは流石に無茶し過ぎではある。
「黙ってたら、わからないじゃん…」
「…あのさ、ラジオを聴くなんて連中に居場所を教えるようなものだろ」
「それなんだけどさ…いや、そうじゃなくて!」
「二人とも何を揉めてるの?」
割って入った男装の麗人。彼女の一声に、少年二人は慌てて背筋を正す。凹凸の激しい
川原を何とも軽快に歩いてくる女性。紺の背広を纏った肢体は背丈高く足長く、遠目にも
映える。その上肩にも届かぬ黒い短髪、面長で端正な顔立ちには誰もが溜め息漏らすこと
間違いないが、今朝は唯一のマイナスポイントやも知れぬ切れ長の鋭利に過ぎた蒼き瞳を
も晒している。…エステルは両手をタオルで拭いながら戻ってきた。
一行唯一の女性がひとまずこの場を離れていた理由は手洗いのためだ。彼女には少々誤
算があった。今回の移動で簡易トイレをゾイドウォリアー・ギルドから借りてはいない。
半日程度でアンチブルに到着する見通しだったからだが、狼機小隊という思わぬ強敵の出
現で予定を大幅に狂わされた。彼女はやむを得ず一旦小休止の時間を設けたのである。
「あ、エステルさん。ギル兄ぃがラジオを聴くなって…」
助け舟にホッとした表情のフェイ。対するギルは苛立ちを隠す素振りも見せない。
「だから音立てて聴いたら連中に気付かれるだろう!? もう少し音量、絞れよ!」
「ギル、貴方の声も大きいわよ?」
「は、はい…」
途端に、肩を落とす。彼の消耗振りは感情の起伏にまで影響を与えている。良い状況で
はない。些細なことが原因で彼の心が揺り動かされ、正常な判断の妨げになるからだ。エ
ステルは軽い溜め息をついた。
「休憩には適当な場所を選んだつもりよ? これだけ視界が広ければ水の軍団が近付いて
もすぐにわかるし、身を潜ませての狙撃も難しくなるからね。
それにね、どうせ彼らもすぐに追いついてくるでしょう。だから済ませるべきはさっさ
と済ませてここを発とうと思うの。…貴方達も、お手洗いは済ませたわね?」
頷く少年二人。それができるのも、この付近に流れるブルーレ川の支流にどうにか辿り
着けたおかげだ。
「じゃあ、クッキーでも摘みながら天気予報位、聴いておきましょう」
エステルは別に、ピクニック気分で提案しているのではない。この状況では下手に朝食
をとった挙げ句、戦闘中に腹痛を起こしでもしたら悔やんでも悔やみ切れない。だからと
言って、何も喰わないまま戦闘中に腹が鳴るのもまずい。そこで消化の良いものを軽くか
じりつつぬるま湯を口に含んで、最低限の飢えは凌ごうという考えなのだ。
渋々ギルは、首を縦に振った。しかし悄気る彼の表情はすぐ又憮然たるものへと変わる。
「ああそれと、兄ぃ、ちょっと調子が良くないみたいです」
気を遣ったつもりのフェイの一言だが、ギルにしてみれば余計なお世話だ。腫れた瞳を
見開き睨む。思わず肩をすくめるフェイだが、突き付けられた矛先は鮮やかに逸れた。
「…ギル。仮眠、取らなかったのね?」
「う…」
「何故、休める時に休んでおかなかったの」
今度は彼が肩をすくめる番だ。女教師の視線は元々本人が気にする程厳しく、それが一
層鋭さを増す。氷の刃を浴びせられた時、途端に浮かべた眉間の皺・口元の歪みは悔恨の
証。彼女の右腕が、しなる。ギルは歯を食いしばり瞼を伏せる。両手で視界を遮ろうとす
る深紅の竜。フェイとガイエンは思わず息を呑むが。
ギルの頬の寸前で、エステルの平手は制止していた。そのまま手首を返し、甲を彼の頬
に当てる。…ブルーレ川の水で洗い、冷えきった手の甲だ。
「ひゃっ!?」
思わず飛び退くギル。目を丸くし、慌てて両手で左の頬を押さえる。
「あっはははは…」
エステルは口元を押さえ、意外な程楽しげに笑う。ギルの赤面は熱した鉄のよう。しか
し彼の動揺を何よりも誘ったのは、目前に立つ女教師の笑顔だ。不意打ちもさる事ながら、
彼女がこんな年端もいかぬ少女のような表情を浮かべて笑うことを、ギルが今まで知るこ
とはなかった。それが彼の頬を、耳を一層熱し、鼓動を昂らせる。一方、眺めるより他な
いフェイとゾイド二匹は呆気に取られるばかり。フェイに至っては口を半開きにしたまま
何度も瞬き。
笑い転げた女教師は、しかしやがて笑みを軽い溜め息に変えた。
「反省する気があるんだったらせめて今は、休みなさい」
諭す口調は手玉に取れてしまうことに対し、寧ろがっかりさせられた風にも聞こえる。
女教師は踵を返した。彼女がクッキーも積んでおいたビークルは、今のやり取りですっか
り脇に追いやられた深紅の竜の、更に左脇だ。
残り香がふわり、漂う。残された少年二人も含めて皆少なくとも一日以上は風呂に入っ
ていない筈だが、彼女に限ってはそんなことなど関係なさそうだ。しかしギルには妖精が
残す鱗粉を前に嘆息せざるを得ないのに対し、鼻を二度三度と鳴らし、胸一杯に吸い込も
うとするフェイの大胆なこと。流石に目前から放たれる強烈な眼光を感じたものだから、
慌てて顔を伏せ、左手首の端末を弄り直す。極力音声を絞ることとしよう、番組も無難な
ニュース番組に合わせないと、何しろ兄ぃの音楽の好みも良くわからない。一方ギルはギ
ルで、舌打ちしつつ顔を背けた。ふて腐れる以外の動作を狙ってできる程、彼は器用では
ない。
ひとまずこの場から緊張は解消された。ギルは頬杖つきながら、フェイはラジオのチャ
ンネルを合わせながら共に朽ち木に座って待つ。丸く収まれば彼らの相棒も一安心するの
は自明だ。かくして流れ始めたかに見えた穏やかな空気はエステルがクッキーの包みと水
筒を持参することで完成する筈だった。エステルがまさに少年とゾイドで構成された輪の
数メートル以内に近付いた時。
彼女の視界の何百メートルも向こうで、朝もやが揺らぐ。隙間から溢れた光沢の、鈍さ。
…鈍さ?
「伏せて!」
エステルが叫ぶのと、朝もやの向こうで死神の手拍子が数度谺したのはほぼ同時だ。そ
して恐るべきは、ゼロコンマゼロ数秒程遅れながらもフェイも又殺気に気付いたこと。慌
てて己が長身をうつ伏せる。彼らに続いたのがゾイド二匹だ。慌てて少年達を守るべく両
腕を降ろし、防壁を構築しようとする。
ギルガメス只一人が、反応に遅れた。どうにもならないことだが。
川原にクッキーの包みが、水筒が打ち捨てられるや否や、たちまち輝く魔女の額。刻印
発動と共に全身身構え両手を突き出した時、屈む動作も途中だったギルの数十センチ以内
で揺らいだ空気。…彼の目前で伏せたフェイには、見えてしまった。黒光りする物体が原
子の粒と化していくさまを。それからやや遅れて(それでも数秒以内での出来事だ)、完
成したゾイド達の壁の向こうで数発、金属音が響く。心無しか、二匹の口から漏れ聞こえ
た苦悶の呻き声。この攻撃にはそれだけの破壊力がある。
早速鋼の猿(ましら)が右腕を肩の大砲に添える。突如の襲撃に対し狙い定めんとする
が、それを制止したのがほかならぬ深紅の竜だ。甲高い鳴き声上げて注意を促すと朝もや
の向こうを睨み付ける。主旨を理解したのか大砲を持ったまま、ぐっと力を堪える猿(ま
しら)。…そうしなければいけない理由ははっきりしていた。
「そうだガイエン。この殺気、一人じゃあない。迂闊に乱射したら分散されて後手に回る」
伏せながらもフェイは、相棒に指示を送る。先程までとは一転した凛々しき表情を、ギ
ルは頭を両腕で抱えながらまま呆然と見つめるより他ない。
そこに額の刻印を消しつつ、ようやく到着できたエステル。この応酬の前では僅か数メ
ートルが異様な長距離と化す。身を臥せる二人の脇で片膝つくのは、ゾイド二匹の腕で構
成された障壁越しに、敵の動向を伺うためだ。
「ギル、フェイ君、大丈夫?」
「勿論ですよ、エステルさん! この通りピンピンしてます」
「エステル先生、これってまさか…」
「そのまさか、みたいね」
笑顔の客人、憂い顔の生徒。対照的な二人の少年が無事であるとはっきりすれば、残る
は敵を正確に把握することのみだ。ちらり、壁の向こうを覗いてみれば。
朝もやの中、影が揺らぐ。立ち上がる人物は、しかし一人では済まない。
「こいつは驚いた! よもやブロンコ様の狙撃を察知するとは…」
最初に立ち上がったのは紙一重の差で失敗した襲撃に対し、本気で感心する風な口ぶり
の男。大柄且つ良く肥えた体つきながら二の腕や桃は良く引き締まった弁髪の巨漢。今日
はパイロットスーツのチャックをしっかり閉じ、腰には長刀をぶら下げ仁王立ち。
「その上、AZ(アンチゾイド)マグナム弾を破壊する超常の力。流石は『蒼き瞳の魔女』
と呼ばれるだけの事はありますな」
次いで立ち上がったのは見るからにギル達と同世代であろう少年だ。しかしくたびれた
パイロットスーツと狂気を孕んだ眼光、そして腰に引っさげる短刀の柄を握って離さぬ隙
の無さから相当熟練の腕前だと見て取れる。
「しかし我が策は二段、三段構え。ここからが本番」
次に立ち上がったのは猫背の男。パイロットスーツの襟をつっ立て顔の下半分を覆い隠
している。上半分から白目剥いた瞳で遥か遠方を睨み、不自然に長い両腕を腰に当てれば
透かさず抜き放たれた二本鞭。
三人の影の後方で、更に立ち上がる影が三つ。中央の人物は最早お馴染みであろう、銃
神ブロンコ。トレードマークのテンガロンハットを被り、この追撃作戦においてでさえ鼻
鬚・顎鬚は奇麗に切り揃えた粋な中年。但し服装は周囲の奇人同様パイロットスーツを纏
っている。その布地の裏側にどんな悪意が隠れているのか。一方彼の周囲には中肉中背、
頬も艶やかな美青年二人が護衛する。彼らの容貌は鏡のごとき生き写し。それぞれの得物
である分銅、鉄串を外されたら簡単には区別がつくまい。
「既に古代ゾイド人の超能力は散々見せつけられているからな。これ位では驚かん。ジャ
ゼンの言う通り、ここからが本番なのだ。…狼機小隊!」
銃神ブロンコの号令は低く、だが良く通る。身構える六人。
「ギル、フェイ君。…見えるわよね?」
ゾイドの腕越しに頭を覗かせる師弟と客人。ギルは充血する目を細めつつ、フェイは数
メートル先にあるものを見るかのごとく自然に頷く。
「五…六人…って昨日の奴らか! 気配を殺して近付くために敢えてゾイドに乗らず近付
いたんだな」
忌々しげにフェイは言い放つ。
「でも、この距離からだと逆に狙撃しかできないんじゃあ…」
「それはちょっと甘いかしらね。…いや」
首を捻るギルの背中に、載せられたエステルの右掌。左掌は無論フェイの背中だ。
「ごめんね、ギル、フェイ君。甘かったのは私の見立て。…貴方達、合図したらすぐこの
子達に乗りなさい。ブレイカー、ええとガイエン? 頼んだわよ」
ゾイド二匹は低い唸り声で返事に代えたが、肝心の少年一名のみは未だ事態を飲み込め
ずにいる。
「え? 先生、それってどういう…」
「質問はあと!」
実のところ、エステルが詫びた「見立ての甘さ」は、ブロンコの恐るべき銃の腕前、そ
して魔女の超能力をもってさえ気付くには至らなかった狼機小隊の潜伏能力だけでは無い。
…彼らの真の恐ろしさは数秒も待たずにはっきりした。
地を蹴る、人影。
「今よ!」
打ち合わせ通り、左右で身構える相棒の胸元に駆け寄るつもりだった少年二人は、しか
しその間にも注意深く観察していた影の動きに愕然となった。
人影の背後から、発せられた光の粒。それを境にフィルムを早回しするかのように巨大
化する影。…いや、それは目の錯覚にも程がある。奴らは生身の人間ではあり得ない速度
で空を駆け、接近しているのだ。影の先陣は弁髪の巨漢と狂気の眼差しで睨む少年の二人。
「うわっははは、これぞマグネッサージャケット! 一の牙『デンガン』だ!」
弁髪の巨漢が長刀を引き抜き、吠えれば。
「これのおかげでデンガン様でもレッドホーン並みの脚力が持てるというもの。二の牙
『クナイ』、参る!」
狂い眼の少年は短刀を引き抜き逆手で構える。
「ほざけ、クナイ!」
「デンガン様こそ遅れるなかれ!」
影の急接近に青ざめる、ギル。舌打ちするフェイ。
「あ…あんなに小さなマグネッサーシステムがあるのかよ!」
「ギル兄ぃ、いいから走って!」
一方エステルが駆るビークルは三人の遥か後方だ。それでも彼女の脚力なら十秒も待た
ずに到達できる距離ではあるが、急展開の数々に見舞われ動揺する不肖の生徒を前にして、
それが実質数百メートル程も延長された。そうこうする内にも刺客二名は急接近している。
「ギル、急ぎなさい! …ええいっ!」
やむなくエステルは大地を蹴る。そうしなければ生徒を襲う災厄は遠ざけられない。
「死ねぇっ、ギルガメス!」
吠えるクナイ。若き刺客がゾイド達の腕の壁に到達すれば、彼らが壁だった腕を持ち上
げ払い除けようとするのは当然の流れだ。しかし動きの緻密さではこの小さな若武者が上
回る。腕を勢い良く持ち上げた深紅の竜。若き刺客が巨大なる腕に払われる目前で宙返り
すれば、数秒前まで厳然と存在した壁が消滅している。
してやったりと、飛び込むクナイ。非常識な敵の攻撃に慌てふためき、足がもつれるギ
ルの頭上へと切り掛かる。
後ろをちらちら気にしていたフェイ。だが遂に止まってしまった退避の疾駆。
「ぎ、ギル兄ぃ!?」
うつ伏せに転倒したギル。溜まらず頭を抱え、円らな瞳を瞑る。覚悟を決める余裕すら
無い場面で、しかし少年は運命の女神に守られた。
狂気孕んだ少年の両腕を、がっちり掴んだエステル。お互いの五体が拮抗する力故に震
えている。
「ええい、女! その腕、離せ!」
「あら失礼ね、離して欲しかったら『お姉さん』って呼びなさいな。ギル、立って!」
目をぱちくりするギル。女教師の叱咤にどうにか我を取り戻し、身を起こしに掛かる。
遠目にも力が籠る攻防に胸撫で下ろすフェイ。だが刺客は彼の目前にも迫っている。
「小僧、少しは自分の心配をしたらどうだ!」
長刀振りかざし、飛び込む弁髪の巨漢。今度はガイエンが腕を持ち上げる番だが、巨漢
の…いや正確には彼が羽織ったマグネッサージャケットの速度が勝る。巨大なる剛腕を越
えるや否や、背の高き美少年の頭上に振り降ろされる長刀。
「フェイ君!?」
若き刺客との力比べの真っ最中だったエステルも、流石に安否を気遣わずにはおれぬが。
しかし彼の美少年の秘めた能力は、居合わせる誰の想像をも越えていた。想定の範囲内
なのはきっと相棒たる鋼の猿(ましら)のみだったに違い無い。…仰向けに転倒したフェ
イ。だがそれは防御の秘技へと移行するための予備動作。振り降ろされる長刀目掛け、放
たれた両足。
がっちりと、両足は長刀を左右から挟んだ。足を使った真剣白刃取りの完成だ。
「ぬおお、味な真似を!」
「いや、そうでも…ないよ。足は手の三倍の力はあるって言うからさ。
エステルさん、ギル兄ぃは!?」
渾身の力比べの最中にも、他人を気遣う余裕を見せる。やはり力比べの真っ最中である
女教師にとって、フェイの活躍は嬉しい誤算だ。
「大丈夫よ、貴方も急いで」
「わっかりました…おっと!」
両足を離すや否や、後方へとんぼ返り。格好をつけたわけでないのはデンガンが同時に
仕掛けた次の一手から見て明らかだ。太い首をひと回しする巨漢。長い弁髪の先端には短
刀が結び付けられているではないか。暗殺の刃を間一髪躱しつつ、身を起こしてフェイは
身構える。
「小賢しい、猿のような奴!」
美少年をなじりつつも追撃を緩めぬ弁髪の巨漢。その勢いを殺したのは頭上から振り降
ろされた鋼の猿(ましら)の鉄拳だ。すぐに察知したデンガン、長刀をくわえるや否やフ
ェイ同様に魅せた後方へのとんぼ返りは彼の体躯では考えられぬ美技。早速身構え、もう
一太刀とばかりに踏み込まんとするが、流石にそれは叶わなかった。
振り降ろされたガイエンの鉄拳は、振り上げる時には若き主人をその掌に載せていた。
してやったりとばかりに舌を出し挑発するフェイ。…だがデンガンは不敵に笑った。指を
くわえ、口笛を吹き響かせるや否や遠方から砲撃のこだま。正確な射撃はガイエンの背中
に命中。不規則に揺れる巨体。掌の主人は面喰らってその指にしがみつく。
朝もやの中から現われたのは黒い五体に鮮やかな赤色の鎧を纏った狼。深紅の竜より一
回り程小さな体躯なれど、背負った箱は右にその身程もある長刀、左に短刀を折り畳み、
両の前足にはそれぞれ機銃を備える重武装の持ち主は人呼んで「剣狼」ソードウルフ。装
甲に覆われた頭部の内、額にはキャノピーが広がっているが、パイロットの姿は見えない。
…何故なら本来の主人は今まさに、美少年主従に肉迫しているからだ。
「これぞ『主従分身の術』! いいぞアルパ、今は遠巻きに砲撃だ!」
言い放つやデンガンの背中が眩く輝く。パイロットスーツにはアコーディオンのような
パーツが背筋をなぞるかのごとく埋め込まれており、そこから光の粒を吐き出す。これが
マグネッサージャケットの正体だ。跳躍と共に鋼の猿(ましら)の掌目掛けて食い下がる。
若き主人を覆い隠すように握りこぶしを作るガイエン。消極策は急に動き出したらそれ
こそ主人の体を壊しかねないからだが、しかし巨漢が放つ長刀の一撃に溜まらず呻く。恐
るべき破壊力はこの鋼の猿(ましら)の指にくっきりと傷をつけた。もう片方の掌を振り
上げて追い払おうとするガイエンだが弁髪の巨漢はちょこまかと逃げる上に、遠方からは
彼の相棒・剣狼ソードウルフ「アルパ」の援護射撃が着々とダメージを与えていく。
一方、魔女と若き暗殺者との攻防も予断を許さない。光の粒を飛ばすクナイ。空中から
力を込めて掴まれた腕を振り払おうとするが、エステルがあっさりそれを許す筈もない。
舌打ちすれば、たちまち額に現われた刻印の輝き。倍増される力に加えて、目前で放たれ
た光芒がクナイの狂気孕んだ瞳に襲い掛かる。不意の攻撃は彼に瞼を閉じるのを強要した。
「ギル、急いで!」
女教師の声を合図に、身を起こすのに成功した不肖の生徒。ギルは声にもならぬ返事を
上げて走り出す。目指すは相棒ブレイカーの胸元。いや、叶わなければ掌でもいい。
若き主人の意図は、深紅の竜もすぐに理解した。攻防から離れたギルを確認するや否や、
ブレイカーはその身を覆い被せる。両腕で作った囲いの上に胸で天井を作り、首と頭で蓋
をすれば鉄壁の守りはひとまず完成だ。大事な宝物を取り返した竜は、歓喜の余りピィー
ッと甲高く鳴く。
「良くやったわ、ブレイカー。ギル、早くコクピットに…はっ!?」
竜の方角に気を取られた隙に、走った激痛。右腕に加えられた一撃が、目前の若き暗殺
者では発せられそうにない代物であったことは痛みの性質から理解できた。身を斬るよう
な痛みの後、グイグイと引き絞る陰湿な締め技へと変わっている。視界の方角に怒れる眼
光を放てば。
クナイの右脇から放たれた、それは鞭の一撃。やはり宙を舞う戦士はパイロットスーツ
の襟を立てその上から白目を剥く。放たれた鞭は左腕から放たれたものだが、振り上げた
右腕にももう一本、残されている。
「じゃ、ジャゼン様!」
「この一撃で怯まぬとは、流石に『蒼き瞳の魔女』と呼ばれるだけのことはあるな」
「…スズカ(※第五話・六話参照)の時もそうだったけど、みんな何故その名前で私を呼
ぶのかしらね」
「宿命、以外の答えが欲しいなら、我らを倒してみるがいい」
振り降ろされる、ジャゼンの右腕。伸びる鞭が女教師の左腕に絡み付き、かくて挑まれ
た力比べは流石に彼女には不利だ。その鋼鉄の意志をもってしても、クナイの腕を掴んだ
握力が徐々に緩むのは避けられない。
「今だ、クナイ。ギルガメスを追え」
「はっ! ありがとうございます、ジャゼン様!」
信頼のおける先輩の援護を受け、感極まった若き暗殺者。満面の笑顔は年相応の無邪気
なもの。だが彼の感謝の証は殺戮によってのみ、形となるのだ。
「待てぇっ、ギルガメス!」
背中のアコーディオンから光の粒を吐けるだけ吐き出し、深紅の竜に急接近。だが竜は
既に囲いを作った後だ。この奇襲を防ぐには己が巨体に自然とできる隙間をできるだけ塞
いでしまえば良い。かくしてますます首をすぼめる深紅の竜。
さて囲いの中。ギルの目前でこの頼れる相棒の胸部ハッチが開き、扉が降りる。乗って
しまえばひとまず安心だ。息せき切ってハッチの扉を駆け上るが、しかし彼はその最中、
見てはならないものを見てしまった。…ブレイカーが埋めた筈の隙間から、両腕が、頭が、
胴が、徐々に隙間を縫って入り込んでくる。
「ば、化け物…!」
「失礼なことを言うな! 関節を外したのだ!」
慌ててコクピット内に乗り込むギル。思わぬ敵の体術に慌てて首と肩を擦り合わせよう
とする深紅の竜だが、僅かにできる隙間は簡単には塞がらない。そうこうする内にも五体
を囲いの内に潜り込ませた若き暗殺者。今まさに閉じられようとするハッチの目前にまで
駆け寄ると、透かさず両腕をねじ込む。
本来ならば、ハッチが完全に閉まると同時に暗い室内を全方位スクリーンが明るく照ら
す筈だが、それも当然阻止された。室内に差し込む光は、今や迫り来る若き暗殺者が放つ
禍々しき眼光一条のみ。着席して深呼吸しかけていたギルの心臓は不意の事態に壊れんば
かりに高鳴る。密閉される筈だったハッチの接合部から、伸びる両腕、振り回される短刀。
「う、うわぁっ!?」
ギルガメス、顔面蒼白。無我夢中で目前に伸びる両腕を蹴り込むが、敵もさるもの。ギ
ルのでたらめな攻撃を自在に躱しつつ、着々と接合部からその身をねじ込んでいく。…ハ
ッチの外より差し込む眼光は殺意の具現化。ギルの心をも切り刻まんと刃を振るう。
「ギル…!?」
悲鳴を耳にした女教師はその身を馳せ参じようとするが、その意志は別の力が阻んだ。
二本鞭の力を強めるジャゼン。その後方より見えてきた二人の影は先程まで銃神ブロンコ
を護衛していた双児の美青年。やはり背中のアコーディオンより光の粒を吐き出しながら、
一人は分胴を振り回し、もう一人は鉄串を両の指に数本づつ挟み込んで急接近。
「三の牙、ザリグ」
この緊迫した事態にも全く表情を変えず、今まさにエステルの両腕を縛るジャゼンと対
照の位置につくや否や、振り回していた分胴を投げ付ける。放たれた鎖は魔女の両腕に絡
み付き、遂に完成したか、磔刑の図。
「見事なり、ザリグ」
「あとはマーガ、頼むぞ!」
「お任せあれ、ジャゼン様、兄者。四の牙、マーガだ」
拘束が完成するまでには、陰険にもエステルの後方に回り込んでいた美青年の片割れ。
両腕を翼のごとく広げるや否や、たちまち放たれた無数の鉄串。この武器は言わば近距離
用の散弾銃。一度に何本も持ち放つことができるため、広範囲に攻撃が可能だ(この特性
故か、「千本手裏剣」とも呼ばれる)。勿論、下手な鉄砲とばかりに出鱈目に撃つのは誤
った使用法だ。
襲い掛かる無数の串を、流石に気付かぬエステルではない。左足を軸に、後方へ右足を
伸ばし、捌く。羽を繕う鶴の首か、軽やかな足技がたちまち鉄串を弾き飛ばすが、その隙
を狙われ両腕の拘束に掛けられる負荷。溜まらず舌打ちする魔女だが、鉄串の攻撃は留ま
るところを知らない。徐々に正確さを欠き始め、足捌きよりも身をよじり、捻る動作が増
えていく。
その隙に、砲撃の谺。揺れる大地にさしものエステルも踏み締める左足がよろめく。だ
が刺客の攻撃は容赦ない。ジャゼン、ザリグがそれぞれの拘束を強めれば、倒れ込んで鉄
串の的から逃れる切っ掛けも与えぬ。遂には彼女の髪を、頬を掠め始める鉄串の雨。
砲撃の正体は魔女の右手側、苦闘を続ける深紅の竜のさらに後方。現われたのは二匹、
魔女に迫る双児と対だ。まず一匹はくすみが掛かった白い体色、もう一匹は光沢鮮やかな
紺の体色。白き狼は背中に機銃二門、右足に矢尻を備え、紺の狼は背中に長尺の大砲二門
を備えている。人呼んで「神機狼」コマンドウルフ。やはり主人をコクピットに抱えず単
独での行動はソードウルフ「アルパ」同様の「主従分身の術」だ。
コマンドウルフの砲撃は本来ギル達主従を狙ってのものだが、空気すら震わす振動はこ
の場で只一人地に足付ける生身の女性にとって十分な脅威だ。何しろ相手は奇怪なるマグ
ネッサージャケットを纏うものだから、多少の振動を喰らってもすぐ浮遊の姿勢を取り戻
してしまう。
「ゲムーメ、ゼルタ、そのままジェノブレイカーを釘付けにするのだ」
「とどめはブロンコ様とテムジンが刺してくれる」
双児の声にエステルが、ギルが、フェイがハッとなる。狼機小隊の面々が続々と現れ出
た正面の方角からは満を持して、飛んできたテンガロンハットの銃神。流石にマグネッサ
ージャケットには相当不馴れな様子で、狼機小隊の面々程の速度は出さないが、人の駆け
足には十分上回る。その遥か後方から、ようやく姿を表した王狼ケーニッヒウルフ「テム
ジン」。深紅の竜と互角の体格を備えた純白の狼。前後に長い頭部の前面に降りたスコー
プは仮面のごとく、後方に伸びた鋭い耳は研ぎ澄まされた聴覚の証。背中には自らの半身
程もある銃器二門を伸ばし、いつでも狙撃可能にある。
テムジンだけではない。エステル達の後方から現われた狼二匹。濃緑色の小柄な狼と、
その二倍程の体格を持った鮮明なる緑色の狼だ。小柄な狼は刃のごとき長い尻尾を持ち、
黒色と銀色の立方体群でその身が構成された人造ゾイド・ブロックスの一種。明緑色の狼
は腹部に得体の知れない車輪を抱えている。前者は忍狼ジーニアスウルフ「ヴィッテ」、
後者は重騎狼グラビティウルフ「プシロイ」だ。
余裕をもってエステルの真正面に着地したブロンコ。二、三十メートル程はあるが、魔
女の超能力を察知するには十分。邪魔するゾイドも砲撃の釘付けとなれば、これ位でも狙
撃するには目と鼻の先の距離と言える。
「見事なり、狼機小隊。完璧な包囲網だ。二度とジャケットは着たくないがな」
薄笑いを浮かべながら、ゆっくりAZマグナムを引き抜く。
しかし、薄笑いを浮かべるのはかの絶体絶命に陥った魔女も同じことだ。如何なる勝算
があるやもわからぬが。
「本当に、見事なお手並みね。気配を消すために生身で近付き、続くゾイドと併せて二重
の包囲網とは勉強になったわ」
「だが、学んだことが役に立つ機会は二度と来ない。…死ね」
二人掛かりの拘束、一人の攻撃に見舞われる中、今まさに兇弾AZマグナムの標的にさ
れようとする女教師。不肖の弟子とその相棒は狂い眼の少年の襲撃を追い払えぬまま。身
軽な美少年に至っては気がつけば相棒のコクピットにすら乗り込めぬまま。
三人と二匹の命運や、如何に!?
(第二章ここまで)
【第三章】
朝もやの中から突如仕掛けられた奇襲。今やパーティーのリーダーは両腕を拘束され、
背後からは鉄串の雨、真正面からは今まさにAZマグナムの餌食になろうとしている。追
随してきた少年二人も依然、逆襲の好機を見失ったまま。
「蒼き瞳の魔女」エステルには大きな誤算があった。銃神ブロンコ以下狼機小隊の面々
は、彼女が持つ古代ゾイド人の超能力を相当に警戒していた。そこでギル達パーティーの
数百メートル先で完全に気配を消してみせ、まず先手を取った。そして彼女に実力を発揮
させる機会を与えぬための「主従分身の術」。…敵と人畜無害な野生ゾイドとを見極める
方法は簡単だ。人が搭乗しているゾイドは野生ゾイドより体温が高い。しばしば必要以上
の運動を主人に要求され、又頻繁に意思疎通を計るからだ。これを逆手に取って相棒達を
野生ゾイドに偽装。ゾイドに乗らない不利をマグネッサージャケットで埋め、遂に魔女の
拘束に成功したのである。
ブロンコはゆっくりと、だが無駄のない動作でAZマグナムを構えんとする。ゾイドを
も屠るこの武器最大の欠点は、破壊力がもたらす莫大な反動。だから仁王立ちし、深呼吸
と共に姿勢を整える。それで何の問題もない、惑星Ziの平和を脅かさんとする邪悪な魔
女の命運は彼と同志の手中にある。一方その姿を確認した四の牙マーガは鉄串の乱れ撃ち
を中止し、腰の筒に戻した。しかし気を抜いて手を離すような愚かな真似を見せる気配も
なく、右に数歩の摺り足はAZマグナムの射程から外れるため。
エステルは微笑み絶やさず、しかし凍てつく眼光も弱めず横目で周囲を伺う。
フェイはアイアンコング「ガイエン」の手中で一の牙デンガンの奇襲を凌いではいる。
しかしこの巨漢、美少年の相棒が何度残る左腕で払い除けようが蠅のごとく執拗にまとわ
りつき、スズメバチのごとく凶刃を振り翳す。間合いを確保すべく跳躍を試みたがそれは
すぐに不可能と悟った。相棒の手中で慌てて指にしがみつく美少年だが、それでも滅茶苦
茶に揺さぶられる。しかし頭部コクピットハッチを開こうとすれば、巨漢の凶刃に加えて
彼の相棒ソードウルフ「アルパ」が遠方から正確に砲撃。決断を渋る内にも砲撃の五月雨
は着々と彼らの動きを殺しに掛かっている。
不肖の弟子に至ってはどうにか胸部コクピット内に搭乗できたものの、二の牙クナイは
閉じ掛けのハッチに両腕をねじ込み潜り込まんとしている始末。内部に潜入されたら一巻
の終わりだろう。何しろかたや若いとは言えプロの暗殺者、かたや生身では完全な素人と
来た。そして浴びる砲撃はガイエン以上。二匹のコマンドウルフ「ゲムーメ」「ゼルタ」
の放つ砲弾が深紅の竜の背中を、足を嬲る。
その、不肖の弟子が血相変えて両足を踏み付けている。恐るべき刺客を追い出さんとせ
めてもの抵抗を試みるが、その内にふと、足に感じた鋭い痛み。…ざっくりと、両の脛か
ら開かれた傷口は暗い室内でも鮮やかな朱の色。声にもならぬ悲鳴を上げ、ギルは飛び退
く。クナイはしめたとばかりに両腕を室内に叩き付けた。あと数十センチ程も潜り込ませ
れば、彼の勝利はほぼ確定する。
恐怖に怯えるギル。迫り来る絶望に、堪え切れず両掌で視界を遮ろうとするが。
(落ち着きなさい、ギル!)
両掌の動きが止まった。指の隙間から現実を垣間見る。憧れる女教師が脳裏に響く。
(え、エステル先生!?)
(ギル、ナイフを使いなさい。一太刀受けたら大声上げて)
「流石に弟子の最期は気になるか」
ブロンコの低い声が、魔女のテレパシーに水を差した。…その効果に彼が気付いていた
ら、形勢は揺るがなかったに違いない。
「あの子は生き残るわ」
「ほざけ」
引き金に指を掛けた銃神。
ギルガメスは悲鳴を上げつつ、座席真下の蓋を開けて中をほじくる。何十枚もの着替え
やタオル、非常用のクッキーらの中に、それは隠されていた。ゾイド猟用のナイフ。少年
の、尊厳を証すもの。古びた鞘から引き抜かれた刀身は、暗いコクピット内をぼんやり照
らす程研ぎ澄まされている。写り込んだ己が身を睨み、整える呼吸。その間にも刺客の五
体は暗い室内にねじ込まれていく。完全に入り込んだ瞬間。
「死ねぇっ!」
(一太刀だ!)
目を細めたギル。彼にはそれで、十分だった。剣技は素人なれど、波の飛沫を斬る特訓
で必勝の技・魔装剣を会得した少年だ。
一呼吸も置かず振るわれた刺客の短刀。宿敵を惑わす考えなど微塵もない、クナイの狙
いは首筋一点。
だからこそ、暗い室内に谺した金属音。ギルの眼前で、見事に受け止められた刃。反動
は二人を襲ったが、ギルには次の一手が決まっている。
「今だ、ブレイカー!」
声を合図に、開かれたハッチ。放り込まれた鋼鉄の爪がよろめくクナイをむんずと掴む。
勝鬨上げる、深紅の竜。右腕を高々と翳せば、そこには捕縛されたクナイの姿が。
神機狼二匹の追撃が、止んだ。…止めるより他、ない。
「ば、馬鹿ぁっ! 砲撃、止めるな! 私が死んでも構わん、撃て、撃てぇっ!」
そんなことを言われても困るのが、主人の判断を仰げぬ今のコマンドウルフ達の心情だ。
止んだ砲声、飛び交う怒声。さしもの銃神もトリガーを引く指が止まる。
「何事…はっ!?」
怒鳴り付けんと横目で睨むブロンコだが、視界に飛び込んできたものは彼の想像を遥か
に越えていた。パイロットスーツを纏った少年が、唐突に朝もやをさえぎる。地べたに叩
き付けられる銃神。必殺の銃撃が虚しく天に放たれた時が反撃の合図。
「『ぶ、ブロンコ様!?』」
三人掛かりで魔女を拘束していた三人が素頓狂な声を上げる。驚愕は拘束を緩めさせた。
エステル、大喝。激しい息吹と共に、彼女の額に現われた刻印の輝き。空中より引っ張
り上げられていた両腕を伸ばせば、その方角に刺客二人が浮遊している。瞬時に放たれた
念力の標的は彼らの腹部。たちまち襲い来る激痛に、狂うバランス。ジャゼン、ザリグ、
墜落。川原に五体をしこたま叩き付ければ、刺客達も得物をその手から離さざるを得ない。
やはり必勝を帰していたはずのマーガも青ざめた。慌てて腰の筒から鉄串を放つがそれ
は無意味。既に身を捻り、両腕の拘束を解いたエステル。振り向きざま、後方の敵に向け
て両腕翳せば悪意の針、空中にて停止。もう一声、魔女が大喝すれば鉄串は押し返され、
本来の主人を襲う。これには乱れ撃ちの名手も即座に倒れ込んで回避するしかない。
エステルは返す刀で両腕を翳す。やはり危機の最中にあるフェイ達の方角だ。
ガイエンの指で組み上げられた壁に、依然斬り付けていたデンガン。その巨体がぐらり、
揺らいだ。魔女の念動力といえども遥か遠方の敵にそこまでの力を発揮はできないが、こ
のケースでは十分な援護射撃。小うるさい蠅を追い払うように、薙ぎ払われるガイエンの
左腕。どうにかかいくぐって姿勢を取り戻すデンガン。だが敵を守っていた筈の巨大なる
右拳も又、視界から消えている。…亀のように巨体を丸める鋼の猿(ましら)。遠方から
の砲撃には尻を向けて防ぎつつ、主人を頭部に近付ける。
(い、今のが…古代ゾイド人の念動力?)
猿(ましら)の指の隙間から一部始終を覗いていた美少年。だがそれに気を取られてい
る暇はない。転がるようにコクピット内へと乗り込む。
「よっしゃあ! ガイエン、たっぷりお返ししてやろうぜ!」
彼の檄に呼応して立ち上がる鋼の猿(ましら)。しかし今度は巨漢が姿を消す番。何処
にありやとキョロキョロ動く猿(ましら)の首。…それは隙だとばかりに乱射してきた遠
方からの砲撃で、巨漢の居場所は察知できた。腕を十字に構え受け止め、睨んだ方角には
赤い鎧を纏った狼が接近してくる。しかしながら一目散に猿(ましら)目掛けて襲い掛か
ったりはできないだろう。マグネッサージャケットで逃げ戻る主人の回収が先だ。
ならばと右肩の大砲を構えんとする猿(ましら)だが、闘志の爆発は中止と相成る。
「フェイ君、行くわよ!」
スピーカーから聞こえた声はエステルの、腕時計型端末から発せられたもの。一度は薙
ぎ払った刺客達に鋭い蒼き瞳を投げ掛け警戒しながら、後方のビークルまで急ぎ駆ける。
早速マーガが起き上がって鉄串を乱れ撃つが、それは魔女の予想通り。後方に手を翳し見
えない壁を作って弾き返すが、その最中に垣間見えた。…この刺客達の首領がよろめきな
がらも立ち上がる姿。鉄の意志で任務を遂行するブロンコならば、立ち上がるだけで済む
わけがない。両掌でAZマグナムを握り占め、問答無用に引いたトリガー。
ゾイドの装甲にさえダメージを与える兇弾と魔女の念動力のいずれが勝るか…興味深い
テーマは、しかしこの場で立証されることはなかった。澄んだ金属音と共に、二人の間に
割って入った果実のように赤い翼。
「ギル、ブレイカー、ありがとう」
深紅の竜が築き上げた文字通りの鉄壁は、魔女が余裕をもってビークルに搭乗するチャ
ンスを与えた。…それは彼ら主従の真価を導き出す上で格好の切っ掛けともなる。竜の胸
部コクピット内、全方位スクリーン上に突如映し出された魔女の…いや女教師の決意みな
ぎる表情、額にくっきり浮かんだ刻印の輝きは、不肖の弟子に奮起を促す。蒼き瞳と円ら
な瞳が視線を重ね合わせた時。
「例え、その行く先が!」
「いばらの道であっても!」
「『私は、戦う!』」
弟子の額にも浮かんだ刻印。全方位スクリーンを一層明るく照らす。
不完全な「刻印」を宿したZi人の少年・ギルガメスは、古代ゾイド人・エステルの
「詠唱」によって力を解放される。「刻印の力」を備えたギルは、魔装竜ブレイカーと限
り無く同調できるようになるのだ。
「ブレイカー、行くよ! 先生、しっかり掴まっていて!」
若き主人の声を合図にビークルを両腕に抱え、翼広げる深紅の竜。川原の砂利をぶちま
ける程の強い蹴り込みは憤激と、竜より小型ゾイド一匹分も離れた位置で昏倒から立ち上
がろうとする刺客の面々への追い討ちも兼ねた。
「ちょっとギル兄ぃ、待ってよ!」
遅れて鋼の猿(ましら)が続く。低く身を屈め、極端に長い両腕を後方に伸ばすその名
も「影走り」の姿勢に移行しつつ。
少年二人の脳裏には、既に奇襲に対する突破口は浮かんでいた。今まで彼らの後方に位
置付けていた二匹の狼…ジーニアスウルフ「ヴィッテ」とグラビティウルフ「プシロイ」
目掛けて突っ走る。ヴィッテは小柄な体格に相応しく竜の蹴り込みに反応、疾走の開始。
駿馬のごとく上体を持ち上げ、腹部から車輪を引き出したプシロイがあとに続く。
ばねのごとく跳躍したヴィッテ、腹部の車輪を猛回転させるプシロイ。天地双撃の猛攻
なれど、怯むことなく一層強く大地を蹴り込み、二手に別れる竜と猿(ましら)。弾ける
砂利をものともせず着地し、押し退けた狼二匹だが、着地点で後方を睨んだ時に後悔する
羽目となった。…一目散に駆け抜けていく深紅の竜。あとに続く鋼の猿(ましら)は疾走
しつつ半身を捻って左腕を伸ばしている。握られているのはいつもは右肩に載せた大砲だ。
数発の砲撃に足下をすくわれ、転倒する狼二匹。
さて狼機小隊の面々で最初に立ち上がったのは、ギルをあと一歩のところまで追い込ん
だ狂い眼の少年だ。瞳に映り込んだのは不甲斐無くも宿敵の放った牽制に這いつくばった
相棒らの姿。頬を烈火のごとく染め上げると、早速ゾイドに負けじと砂利を蹴り込む。
「おのれ、ギルガメス!」
「馬鹿者! クナイ、今その武装で追撃できるか!」
蹴り込みと共に腰のベルトに手を当てる。マグネッサージャケットを起動させんとする
クナイだったが、一時中断を余儀無くされた。傍らで膝をついたブロンコにむんずと掴ま
れた足首。AZマグナムを使いこなす握力にはさしもの向こう見ずな少年も抗い切れない。
「ならばヴィッテで、追います!」
「ブロンコ様、私も行きましょう」
傍らより届いたスピーカー越しの音声は赤い鎧の狼ソードウルフ「アルパ」から。巨漢
デンガンはどうにか相棒への搭乗を済ませ、追撃できる態勢にある。
「頼んだぞ、デンガン。我らも、すぐにあとを追う」
アルパの額・橙色したキャノピー越しに、敬礼を返す巨漢。早速の追撃開始だが、彼の
一番手は早々に奪われた。狂い眼の少年がマグネッサージャケットを使って向かったのは
相棒ジーニアスウルフ「ヴィッテ」の方角。早々に背中のキャノピーを開き、コクピット
に搭乗すると勇気百倍とばかりに遠吠えする緑色の忍狼。パイロットの存在がゾイドの精
神的支柱になるのはブロックスでも同様だ。たちまち開始した疾駆は先程までとは打って
変わった怒濤の勢い。先を行くアルパを早々に追い抜く始末。目を丸くする巨漢デンガン
だが、頼もしげに笑みを浮かべると自らも一層強く操縦桿を握り締める。
「全く、呆れたものだ。根性は大いに評価するが…」
両手をついて、立ち上がるブロンコ。たちまち視界から遠ざかった狼二匹の有り様に口
元が微妙な緩み方をする。
「あの坊主、いつもあんな感じか?」
「左様、生来の向こう見ず故、我らの手を焼かせることもしばしばでございます」
ブロンコに引き続き立ち上がったジャゼンの相槌。そこに割込んだのはザリグだ。
「しかしブロンコ様、彼奴の場合やむを得ぬ理由がございますれば…」
「ほう、理由とは?」
ザリグの話しに耳を傾けるブロンコら一同。
「面白い、チーム・ギルガメスを叩き潰すにはそれなりの動機がなければ勤まるまい。
彼奴の奮戦に期待しよう。我らもすぐに追うぞ! 惑星Ziの!」
「平和のために!」
砂利の飛沫を巻き上げながら、竜と猿(ましら)は緩やかな坂道を駆け抜けていく。左
右には防風林が延々広がり、そこに朝もやが絡み付き、かくて築き上げるは夢幻の隧道
(すいどう)。しかし山神の悪戯が潰えるのも時間の問題だ。空を見上げるまでもなく、
着々と周囲が明るくなっている。陽が昇った時にはこの鬱陶しい霞も晴れよう。
だが、心中に掛かった霞が全く晴れそうにない者も一名。
(これで…二度目だ)
右の親指の爪を噛むギルガメス。もし周囲が全方位スクリーンとコントロールパネルで
囲まれていなかったら容赦なく怒鳴り散らし、物でも投げ付けて八つ当たりしていた…そ
う考える程度には冷静だが、それで頭が一杯でもある。
狼機小隊の面々は、二度に渡ってギル達主従を完全に包囲し、奇襲を成功せしめたのだ。
何故そんな真似ができるのか。そう考えた時、疑わずにはおれない人物が一名いる。しか
もその者は、よりにもよって彼ら主従の背後を懸命についてきているのだ。
「…ギル兄ぃ、何か言った?」
全方位スクリーンに開かれた小さなウインドウ。疑われた本人の呼び掛けからは全く他
意を感じられない。が、ギルは声を鼓膜に届けるのを拒絶した。嘆息するフェイだが、相
手の気難しい反応が何を原因としているのか依然として思い当たらず首を捻ることしきり。
(出来過ぎだ! なんでこんなにあっさり追いつかれる? 包囲される?)
「二人とも、ごめんね」
ギルの思考を遮るかのように映し出された女教師の表情は、思い掛けず暗い。しかしそ
れは、生徒の苛立ちを一層かき立てるものだ。
「私の考えが甘かったわ」
「そ、そんなことないですよ、エステルさん! きっと悪い偶然ですよ…」
(君が言うか、君が!)
フェイの朗らかな声とは裏腹に、ギルの心の叫びがそのままエステルに伝わりはしない。
彼の刻印は不完全だ。
「アンチブルまであと三、四時間は掛かるでしょう。小休止する唯一の機会を失った以上、
もう到着まで走り続けるしかなくなった」
空のキャンパスに水色の絵の具が徐々に加えられていく。しかし皆の心を晴らすには至
らない。竜が、続いて猿(ましら)が土煙上げて急停止。足下を見下ろした二匹が唸る。
切り拓かれた防風林の向こうには、一面に広がる急傾斜。角度を目測しようとしたギル
はすぐに断念した。この頂上部から見ると辺り一面に森が生い茂り、その合間をぬって岩
山が不規則に点在している。複雑な地形に腹を立てる位ならさっさと下った方がましだ。
コントロールパネルを睨む女教師が安堵の溜め息をつき、しかしすぐ表情を引き締める。
「この辺一帯がリゼリアとアンチブルの国境よ。一気に下っていけば、遠からずアンチブ
ル国境警備隊の駐屯地に到着する。…もう一息だからね」
「は、はい!」
「はい…いや」
若き主人が返事するや否や、深紅の竜が身震いした。振動は竜が抱えるビークルにも伝
わり、女教師は慌てて操縦桿を握る。
たちの悪い悪寒の発信源は胸部ハッチ。竜は胸元を、女教師は頭上を覗き込む。
「先生は、先に行って下さい…」
全方位スクリーンの光源に照らされた少年の表情は険しい。が、一歩も後ろには引かぬ
強い決意を眉間の皺に滲ませてもいる。
「…ギル?」
「ギル兄ぃ、どうしたの…?」
「君は黙ってろ!」
不意の罵声に耳を塞ぐフェイ。怒りの振動はスピーカーを介して鋼の猿(ましら)の広
々としたコクピット内を反響させるに至り、この背の高き美少年はようやく目前の兄貴分
が見せる心の変調に気付いた。しかし彼も若者とすら言えぬ年齢だ。
「い、いきなり頭ごなしになんだよ! ひどいじゃないか!」
精一杯怒鳴り返すが、最初に怒鳴った方は寧ろ冷静だ。スクリーン上のウインドウに美
少年の表情を確認しても、表情を変えずにそれを消し、別のウインドウを開かせる。
「エステル先生、お願いです」
女教師は生徒が抱えた心の闇を察知した。しかしあっさり聞き入れる彼女でもない。
「理由、聞かせてくれないかしら?」
溜め息は流石に漏れた。しかしそれ以上は努めて表情を変えず、極力穏やかに問い掛け
てみる。生徒にはそれが悔しい。舌打ちしつつレバーを握り締め、相棒に気持ちを伝える。
竜のか細い鳴き声からは困惑の表情がありありと伺えたが、しかしこの相棒も又意を決し
た。ゾイドにとって、主人こそが世界の全てだ。
左の翼を広げる深紅の竜。内側から双剣を前方に展開させるとそれを翻すように伸ばし
てみせる。その先に見えるのは…。
「な、なんだよ兄ぃ!? 何の冗談だよ!」
竜の翼は後方に向いた。刃の切っ先は猿(ましら)の鼻先に突き付けられている。
「いい加減正体を表せよ、水の軍団」
美少年、絶句。何かしら、疑われることはあると踏んでいたが、これは青天の霹靂に等
しい。そもそも彼が獣勇士筆頭レガック・ミステルより授かった任務はチーム・ギルガメ
スを護衛することにあるのだから、彼の使命感は根底から揺さぶられた。
「何で二度も、あっさり包囲される? 簡単な話しさ、手引きする奴がいるからだ。
さっさと蹴りをつけようじゃないか。三度も囲まれるのはごめんだ」
「ギル、ちょっと待ちなさい! 貴方、自分で何を言ってるのかわかってるの!?」
竜の掌中で発せられた女教師の怒鳴り声は打ち震えている。もし彼女が武芸百般など縁
のない只の女性ならば、きっと慟哭している。
フェイはモニター越しにまじまじと、刃の切っ先を見つめていた。だがふと、がっくり
項垂れ、寂しげな笑みを浮かべる。荼毘に付される肉親の亡骸に別れを告げるように。
鋼の猿(ましら)が真後ろに振り返った。さっきまで、駆け上がってきた川原の方角だ。
隙だらけの姿勢に、さしものギルも緊張がやや弛んだ。小首を傾げ、相手の次の一手を
予測しようとするが、それは全く無用だった。
鋼の猿(ましら)はそのまま右腕を持ち上げる。左右に振ったのは別れの合図。
「フェイ…?」
「さよなら、兄ぃ。短い間だけど、楽しかったよ」
もっさりした動作で踵を返す鋼の猿(ましら)。しかしそれは、後ろ足でのみ地面を踏
み締めているから。一転、両腕を足下に叩き付けるとたちまちできた砂利の噴水。それを
合図に、猿(ましら)は今来た道を下っていく。
ギルは心の準備が既にできていたつもりだ。相手とは至近距離だ、打ち合いより殴り合
いで戦闘開始だ、初手は右腕か、左腕か、こちらから先手を取れるか、取れるなら翼の刃
か、爪か、蹴りか、尻尾か…。しかし全く予想だにしていない一手を、今目の当たりにし
た。レバーを握る掌が汗で滲み、力んだ肩が心臓をも圧迫するが、緩めることができない。
「…ギル、先に行ってなさい。ブレイカー、離して」
少年の呪縛を解いた、女教師の一声。ハッと気が付いた深紅の竜。ビークルを握る爪の
握力を緩めようとするが、それは中途で停止。体内に走った微弱な電流が許さない。
「せ…先生!? 何処に行くんですか!」
竜の胸元が開く。中から現れた生徒の形相をまじまじと見つめた女教師。刻印輝く己が
額に指を当て、一際深く嘆息。
「決まってるでしょう? あの子を連れ戻しに行くわ」
「先生、彼奴は水の軍団の…!」
「証拠は?」
言い放った女教師の蒼き瞳が突き付けられた時、生徒は気付いた。微かに潤んだ瞳の輝
き。眼光で射抜かれると覚悟していた彼だが、罪悪感はその苦痛を遥かに上回る。
「でも…二回も、ですよ。こんなにあっさり襲撃されたら…」
「回数の問題なの? じゃあ私やブレイカーは当然、水の軍団ね?」
「そ、そんなこと…!」
「自分の顔を、鏡で見なさい」
竜に微笑む女教師。気付いた竜はハッとなって握力を解いた。
猿(ましら)のあとを疾駆するビークル。しかしギルはそれを目で追う余裕すらないま
ま暫し呆然。…ふと、雲間から差し込んできた暁。思わず手をかざしうつむいたが、その
時彼は見た。目前のコントロールパネルのメタリックな質感。そこに映り込んだ己が容貌
のぶざまなこと。目の下には隈ができ、常ならば輝きを失わぬ円らな瞳はどろりと濁って
いる。疲労、睡眠不足だけが原因ではない、これは…恐怖に怯える者の表情だ。安息の代
償になるなら何だってする、敗者の姿がそこにある。
目前に垣間見えた地獄からギルが目を背けた時、突如遠方より谺した。心臓の奥まで響
く重低音、鼓膜を破らんとする破裂音。
(作戦、失敗だ! これじゃあレガック兄ぃにあわせる顔がない…)
フェイの端正な顔が歪む。元々がエステルをも上回る身長ということもあって大人びて
見えるが、実際はギルよりも若いのだ。本人の予想だにしない喜怒哀楽が滲み出た時、化
けの皮は剥がれた。紅潮した頬に大粒の涙が彩りを添えると、顔がくしゃくしゃとなる。
いつしかコントロールパネルに覆い被さり、顔を埋めた美少年。呆れる程の大声で泣き
喚く姿は運命の場所で告白し見事失恋した男子生徒と何ら違いがない。
(何が黒騎士の再来だ! 何が英雄ギルガメスの誕生だ! あんなにちっぽけな度量で主
役どころか、「木」の役だって勤まるかよ! 全く、兄ぃの馬鹿、馬鹿、馬鹿!)
しかし少年が慟哭する権利は一瞬にして奪われた。己が相棒目掛けてたちまち降り掛か
る砲弾の雨に、さしもの獣勇士が気付かぬわけもない。透かさず放棄していたレバーを握
り直し、全体重を掛けて押し倒せば相棒は軽やかに地を蹴り、身を伏せる。透かさず砲撃
された正面を睨めば。
道を覆う左右の林から姿を現した狼二匹。左からは赤色の鎧を纏った巨大な狼。右から
は緑色の鎧を纏った小型の人造狼。
「おや、魔装竜ジェノブレイカーはどうした? シュバルツセイバーよ…」
無線を通じ、美少年に呼び掛けてきたのは弁髪の巨漢。デンガンは鎌を掛けた。
「ふ、ふん、知るかよ。
オッサン、人をシュバルツセイバーだなんて決めつけるのも大概にしな」
フェイの心に傷がなければここはしれっと言い放っていたに違いない。
「声がうわついてるぞ、坊主」
「な、なんだと…!」
(デンガン様、かような雑魚など放っておいてギルガメス一行を追い掛けては…)
同行するクナイの提案だが、それに応じるデンガンではない。何しろこの狂い眼の少年、
腕こそ立つものの苛立ちを声色から隠そうともしないようでは前方で立ち塞がる猿(まし
ら)の主人と何ら大差ない。
(なあに、ここは急くな。邪魔者は一人ずつ刈り取っていくが確実)
言うが早いか赤色狼、脚力一気の爆発。たちまち猿(ましら)の目前まで詰め寄ると頭
上への跳躍。全身弓なりに反り返りつつ、振り上げた左の爪。しかしこの狼の背中には分
類名や徒名にある通り、大剣を畳んであるのだ。爪は大剣を浴びせるためのフェイクか、
それとも大剣を警戒させて爪を突き刺す狙いか。
身構える鋼の猿(ましら)。敵の最終目標は彼ら主従の遥か後方。ならば神速の一撃で
仕留めようとする筈。
頭上で空振りする狼の爪。両腕振り上げた鋼の猿(ましら)。駆けに勝ったとフェイの
表情に宿る笑み。そのまま狼の背中から繰り出される大剣を白刃取りで受け止めに掛かる。
しかし、フェイの笑みが歪む。ゼロコンマゼロゼロ秒単位で敵の攻撃を見切る戦士だか
らこそ、彼には見えた。狼が、相棒の懐近くに落下。その間、瞠目して伺う必勝の機会。
…しかし、外れた彼の読み。大剣は、目前で急な放物線が描かれるまでに少しも動かぬ。
そのまま赤色狼が懐に着地した時、変わって頭上に現れたのは緑色した人造狼。慌てて掴
み掛かった長い両腕をくぐり抜け、喉笛に喰らい付く。
猿(ましら)の悲鳴は金切り声。金属生命体にも色々あって、良く吠える獣もいれば声
帯自体が存在しない獣もいる。人に最も近いこのゾイドは元々寡黙。だからこそ、上げる
悲鳴に込められた苦しみは相当なもの。
五体を栓抜きのように捻り上げる人造狼。バランスを崩され、昏倒する鋼の猿(ましら)。
両腕を首筋に掛けようとするが、左腕は成功、右腕は阻止された。手首には赤色狼ががっ
ちり噛み付く。振り払おうにも、自らの半身以上に匹敵するゾイドの噛み付きだ。こうな
っては短い両足をばたつかせ、残る左腕で叩き、払って首筋に食い込む大過を取り除くの
み。しかし人造狼は自在に小柄なその身をくねらせ、反撃を躱し顎の力を強めていく。
レバーを何度も入れては戻す。しかし猿(ましら)の動きは、握力は反比例するかのよ
うに失われていく。美少年に人を喰った雰囲気は既にない。
(獣勇士フェイ・ルッサがこんなにもあっさりと土俵を割るのかよ…)
血の気が引いた頬は蝋燭のよう。全ての現実から逃避すべく両腕の握力を放棄し、その
まま顔に当てて視界を閉ざそうとした、その時。
数発の銃声。首筋付近、右手首付近を正確に捕捉、標的と化した狼二匹は彼らを上回る
理不尽な攻撃に身をくねらせる。続く音速の体当たりで地獄送りの連携攻撃も崩壊した。
(ましら)から吹き飛ばされる狼二匹。雷雲なくとも響く雷鳴、砂利の飛沫が防風林に叩
き付けられ、無数の木の葉が、枝が舞い落ちる。
「フェイ君、大丈夫?」
「フェイ、大丈夫か!?」
堂々、割って入った深紅の竜。両の翼を広げ、庇うは猿(ましら)の巨体。その傍らに、
寄り添うようにビークルが近付く。
「え…ぎ、ギル兄ぃ!? エステルさん!」
猿(ましら)は締め上げられた首筋に左腕を当て、右手首を何度も揺さぶる。一方、翼
を一層広げた深紅の竜。転倒から身をよじらせ、立ち上がる狼二匹を眼光で斬り付ける。
「おのれ、今一歩のところで!」
毒づく弁髪の巨漢だが、一方で狂い眼の少年は、意外にも不敵な笑みを浮かべている。
「しかしこれで望むべき展開となった。…デンガン様、ギルガメスめは私が殺します!」
折角掴みかけ、失った勝利を嘆く素振りも見せず、不敵に笑う二人。
「エステル先生、ひとまず戦うしかないのでしょうか」
「…振り切れる程度にはね。フェイ君は大丈夫?」
女教師の呼び掛けに美少年は凛々しき微笑みを返す。
「任せて下さい、エステルさん!」
二人のやり取りが無線を通じて飛び込んでくる。しかしギルは、多少意識的に深呼吸す
ると視線を全方位スクリーンに向けた。今はそれで十分だ、疑惑も嫉妬もあとでいい。…
あとでもきっと何とかしてくれる女性が、ゾイドが、彼の味方だ。
「ブレイカー、行くよ! フェイ、足引っ張るなよ?」
「言ったなギル兄ぃ!」
背負いし鶏冠を逆立て吠える深紅の竜。鋼の猿(ましら)は両腕で胸を乱打、乱打。向
かうは目前の狼二匹。
(第三章ここまで)
【第四章】
かたや深紅の竜、鋼の猿(ましら)に魔女が駆るビークルを加えた混成部隊。かたや赤
色鎧の狼と、緑色した人造狼の二匹。異色の対決は現状、細い坂道に二匹が鮨詰めになっ
ている分、前者が圧倒的に不利だ。幸い、この混成部隊と目前の狼二匹との間にはゾイド
五、六匹分程の距離がある。さっき竜が体当たりで吹き飛ばした成果だ。
だからギル達主従の選択肢は、既に決まっている。
「先生、行きます。フォローを…」
後方で猿(ましら)の頭上につけたビークル。女教師がOKと返事するまでには、深紅
の竜はしこたま砂利を踏み付けていた。それを合図に上昇するビークル。飛び散る砂利を
避けつつ援護射撃の狙いだ。既に長尺のAZ(アンチゾイド)ライフルが機体後方より伸
びており、狙撃準備は万端。
竜の突撃は、相対するデンガン主従にとっても望むところ。この禍々しき敵が音速の猛
威を振るうには、もっと助走距離が必要なのだ。ゾイド五、六匹分の間合いなら、体格で
一回り劣る剣狼ソードウルフ「アルパ」でも打ち噛ましに遅れはとるまい。赤色鎧の狼も
突撃、開始。
「クナイ、うぬは忌々しいアイアンコングを…」
言いながらキャノピーに描かれたレーダーを睨んだ時、大声を上げた弁髪の巨漢。人造
狼を示す光点が、己が頭上にて奇麗な放物線を描いているではないか。
「ギルガメスーっ!」
「ば、馬鹿者! クナイ、うぬは奴らの援護を潰さねば…!」
小柄なゾイドは狭い地形では大いに頼りになる。俊敏な動きで地形の隙間を自在に切り
抜け、相手に接近できるためにしばしば強力な遠距離攻撃となるからだ。しかしこの狂い
眼の少年がとった選択肢は定跡無視も甚だしい。
頭上より襲い掛かる災厄の牙。忍狼ジーニアスウルフ「ヴィッテ」の噛み付きを察知し
た深紅の竜は、敢えて両腕を翳した。がっちりと歯を突き立てる緑色の人造狼。渾身の一
撃かに見えたが、狭い視野で臨んだ狂い眼の少年には想像だにしないアクシデントが待ち
構えていた。…赤色鎧の狼が、今さら打ち噛ましの助走を止められるわけもない。低い姿
勢の突撃で、肩が竜の胸元に命中。仰向けに吹っ飛ぶが、しかし動作の大袈裟なこと!
滑るように倒れた深紅の竜。だがこの瞬間、ビークルや鋼の猿(ましら)と赤色鎧の狼
との間に障害物は一時、消滅。一方打ち噛ましを決めた時の衝撃で、赤色鎧の狼には姿勢
を戻すための隙が生じている。
「先生! フェイ!」
狙撃を促すギル。吹っ飛んだかに見えた深紅の竜は、両の翼をできる限り広げてしっか
り受け身をとっていた。はめられたことに気付いたクナイは顔面蒼白。
「OK、ギル!」
「よっしゃあ、ギル兄ぃ!」
大砲を、AZライフルを連射、連射。ビークルは徐々に弧を描き、赤色狼の右方に回り
込みつつ。鋼の猿(ましら)は大砲を右肩に背負いながら。横殴りに吹き荒れる銃弾の雨
あられには赤色狼も抗い切れず、無理矢理左方の防風林に巨体をねじ込まざるを得ない。
横転と共にメキメキと木々の幹が折れ、緩やかな波を形成する。
「で、デンガン様!? ええい、ギルガメスよ!」
牙を食い込ませる人造狼。竜の両手首に突き刺さり、それがギルの両腕にも反映されて
紫色に腫れ上がる。シンクロのマイナス効果だ。少年は手短かな通信で打開を試みる。
「フェイ、その子を逸らせてくれ!」
モニターの片隅に開いたウインドウ。必死の形相を目の当たりにすれば美少年にそれ以
上の説明はいらない。砲撃の手は緩めず、着々とレバーを傾け相棒たる鋼の猿(ましら)
に道を開けさせていく。
「ブレイカー、行くよ! 先生、僕らは有利な地形に移動します!」
仰向けになった深紅の竜が、ブリッジするように反り返った。否、背負いし六本の鶏冠
が広がったのだ。弾ける蒼炎、その上で両の翼を地面に叩き付ければたちまち加えられる
マグネッサーの推力。
風を感じたギルガメス。これもシンクロ機能を備える深紅の竜ならでは。腕に人造狼が
食らいついたまま、仰向けの姿勢で砂利道を駆ける。反対に未経験の重力をまともに喰ら
ってクナイは悶絶。急激な加速が加えられ、やがて防風林が開けた時、一面に広がる急傾
斜。生い茂る森、点在する岩山。しかし並みのゾイドならば絶体絶命の危機なれど深紅の
竜には翼がある。マグネッサーがある。
「ブレイカー、宙返りだ!」
巨体を反り返らせる深紅の竜。しなやかな動きは弓か三日月か。背負う蒼炎も後押しし、
鮮やかに決めた背面宙返り。七百二十度より掛かる異常な重力にはさしもの人造狼も噛み
付く力を失い落下の中途で墜落。次いで竜が、森の固い絨毯に腹這いに着地。木々が根元
から引っこ抜かれ、出来上がった形状はクレーター。その上をすっくと立つ。背を低く屈
め、尻尾を地面と平行に伸ばすT字バランスの姿勢は無傷の証。
緑色の人造狼も腹這いで着地していた。竜よりは小規模な凹みを森に刻み付けて立ち上
がったが、全身を襲う痺れは相当だ。四肢を揺さぶりダメージを軽減させる。
ゾイド単位では数え切れぬ程、広がった両者の間合い。高低差は坂道を敵より先に着地
した人造狼に分があるが、元々凸凹した地形だ。思いのほか、アドバンテージは少ない。
狂い眼の少年が荒い呼吸を整えつつ、禍々しき眼光をキャノピー越しに浴びせ掛ける。
「おのれ、ギルガメス! 貴様はこの場で倒す!」
「…君も『B計画』阻止のために、僕らを殺すと言うのか?」
耳にしたクナイは目を丸くしたが、一転して薄気味悪い笑みを浮かべる。
「それ以前の問題だ。貴様のように、全ての不幸を背負った面をしている奴は許せない!」
竜の外周をジリジリと歩き始める人造狼。まだ痺れは抜け切らない筈だが闘志は衰えを
知らない。それに合わせるように深紅の竜も横歩き。一歩、一歩進める毎にお互いの眼を、
爪先を、武器を睨んで牽制の繰り返し。やがて二匹の挙動が同時に中断した、その時。
木の葉が、枝が、垂直に舞い上がる。深紅の竜が、人造狼が疾駆、疾駆。
「翼のぉっ! 刃よぉっ!」
若き主人の声を合図に広がった翼。裏側から双剣が展開すれば、あとは斬撃の間合いに
入るのみ。しかし人造狼の疾駆も無策によるものではない。
一呼吸の間にも急接近した両者。しかし竜が刃の間合いまであと数歩というところで、
跳躍した人造狼。U字磁石のごとき洗練された軌道は雲にも届かんばかりに高く。
咄嗟に右足を前に伸ばし、滑り込む深紅の竜。
右前足を振り上げる人造狼。ギルは読む。これは同じ体型のゾイドならばよく見られる
爪での一撃狙い。ならばカウンター。災厄に恐れることなくスクリーンを凝視、透かさず
レバーを引く。しかし敵の技が一枚上手。
「喰らえ、忍狼兜割り!」
狂い眼の少年が吠える。合図と共に放たれたのはゾイドの常識を超える代物。…外れた、
狼の右腕。惑星Ziの重力に魅入られたかのごとく急加速。
ハッと気が付いたギル。透かさず左方のレバーを前方に押し込めば、左の翼で出来上が
る盾。震えんばかりの金属音は、しかしギル達主従にとっては反撃の合図。受け止めた右
腕を払い除け、残る右の翼から刃を展開、迎撃に打って出る。しかしその時までには目前
に迫っていた。人造狼の牙が、残る左腕の爪が。
交錯する刃、一対。
「部隊を分けるべきだと?」
コクピット内でブロンコが問い返す。元のブラウスにジーンズの出立ち。座席後ろには
マグネッサージャケットやパイロットスーツが放り込まれている。相当嫌だったのだろう。
「左様、ここより先は細い一本道。我らが一斉に向かっても団子のように詰まるばかり。
これでは数の有利も失われてしまいましょう」
嗄れた声で告げるのはジャゼンだ。この不気味な体躯の持ち主は正反対にジャケットの
襟を立てたまま、表情を隠して話し続ける。
狼機小隊の後続一同は坂道のふもとを前にしていた。周囲をさえぎる防風林が鬱陶しい。
「ここは敢えて、各ゾイドが単騎で林を突っ切り、駆け上がるべきです」
「ジャゼン様、木々の海を進めと言うのか!」
双児の片割れザリグが怒鳴るが、当然とばかりにジャゼンは頷く。
「ザリグ、まさかコマンドウルフで獣道を見極められぬと言うわけでもあるまい?」
「むむ…」
「あいわかった、ジャゼンよ。ザリグ、マーガ、お前達は林を突っ切れ。コマンドウルフ
ならそれも容易い。俺とジャゼンはこのまま坂道を駆け上がる」
「御意…」
二人の口論に割って入ったブロンコの指令。ザリグは不満げだが、一方で銃神ブロンコ
に腕前を期待されている証拠だとも認識できた。それに、ブロンコが駆るケーニッヒウル
フ「テムジン」は深紅の竜と互角の巨体故、林をかき分けるのは困難だ。そして…。
「『プシロイ』にはこれがあります。先に彼奴らに追いつき、信号弾を打ち上げましょう」
重騎狼グラビティウルフ「プシロイ」の腹部から引き出された二枚の車輪。他に何の特
徴もない緑色した狼の切り札は、これを回転させて地面を高速で滑走すると言うもの。魔
装竜も顔負けの異形振りながら、平地での追撃に限れば狼機小隊一の速度を誇る。
「くれぐれも手柄を独り占めしないで下さいよ、ジャゼン様」
双児の弟マーガが戯けるように言う。
「言わずもがな。チーム・ギルガメスは水の軍団暗殺ゾイド部隊の精鋭を尽く退けてきた。
抜け駆けなどできぬ相手よ」
馬のごとく身を反り上げると再び姿勢を戻した時には腹部の車輪でのみ、大地に立つ。
プシロイ発進、砂塵と共に坂道に一本の溝が刻み込まれる。それを確認するまでもなく、
ブロンコが繰り出す次の指令。
「ザリグは左、マーガは右から行け。俺はジャゼンの後を追う」
体格が勝れば有利というものでもない。ギルガメスが何度も体験したことだ。それを今
回もまざまざと思い知らされつつある。深紅の竜が放つ翼の刃を鮮やかにかいくぐった忍
狼ジーニアスウルフ「ヴィッテ」。竜の喉元にこの人造狼の左腕が突き立っているがそれ
は流石に両腕でがっちりと受け止めた。ジリジリと押し返し、跳ね返す。後方に跳躍した
人造狼が軽やかに着地すると木々の絨毯に打ち捨てられた右腕が引き寄せられていく。禍
々しき技は円らな瞳の少年に悪寒を感じさせて止まない。
「驚いたか、ギルガメス? これぞ東方伝来、ブロックスゾイドの暗殺術だ。貴様のよう
に惑星Ziの平和を乱す奴らを滅ぼすための、な」
黙って聞いていれば、滅茶苦茶な言い分だ。気色ばむギル。
「き、君も言うのか! 僕の何がそんなに邪魔なんだ!? 嫌なんだ!?」
「ふん、貴様…アーミタの出身だってな。片田舎の農村だ。ゾイドウォリアーになれない
ならなれないで大人しく百姓になっていれば良かったのだ。
俺の故郷イカロガイにはハイスクールは愚か田んぼさえなかった。…無くなってしまっ
たんだよ、ゲリラに荒らされてな。滅びた故郷を捨てて難民となった俺を、召し抱えてく
れたのが水の総大将様だ。俺は御恩に応えるため暗殺術を必死で学んだ」
人造狼が繰り出す軽快なステップ。右へ左へと体を振りながら着々と間合いを近付ける。
身の上話しを仕掛けてくる相手は得てして好機を伺っているものだと、ギルは女教師に習
っていた。深紅の竜にも摺り足での横歩きを促す。軽快ではないが、腰を落とした姿勢の
維持は一撃に秀でるこのゾイドらしい。
「総大将様の平和を願う志は、本物だ! 惑星Ziの平和を維持するために自ら進んで汚
れ役を買っているのだからな。俺は総大将様が殺せと言えば殺す、それだけのこと」
地を蹴る、人造狼。小柄な体を揺さぶりつつの突進にギルは迷う。右か、左か。それと
も先程のように跳躍するのか。
たちまち詰まった二匹の距離。あと数歩で一足一刀の間合いというところまで接近した
時、悟ったギル達主従。先程の「忍狼兜割り」のごときカウンター崩しは、来ない。そん
な技を繰り出せる間合いではない。最早迷わぬと、右翼の刃を横殴りに浴びせた深紅の竜。
正確な一撃は完璧に敵機を捉えたかに見えた。
深紅の竜、左足を軸に九十度、回転。それが百度を超えた辺りで主従が感じた強烈な違
和感。百五度、百二十度となっていく内に青ざめる少年。百八十度、即ち半身を切るまで
に一秒にも満たぬが…。
(はめられた!)
幾ら相手の体躯が小柄でも、打撃が命中したら無反動で旋回など出来はしまい。人造狼
は消滅した。それも、瞬時にだ。半身の姿勢を戻しつつ周囲を睨み見渡す深紅の竜。
「ふふふ、何処を見ている?」
地の底から響き渡る声。いや待て、発信源は確かに…!
竜の足下には散乱していた。バラバラになった人造狼の五体が、へし折れた木々と共に。
…黒と銀の立方体群を良く見れば、彫り込まれた溝が妖しく明滅している。
「掛かったな、ギルガメス! 機獣殺法『骸(むくろ)固め』!」
クナイの声を合図に、バラバラの五体がピクリとうねり、跳ね上がる。各部に開けられ
た穴の部分から光の粒を吹き出し、竜の胸元目掛けて急加速。
深紅の竜、咄嗟の判断はともかくも胸元を防御すること。両腕を交差してコクピットを
遮るが、牙が、手足が容赦なく突き刺さり、立方体群がへばりつく。竜の艶やかな皮膚に
密着した立方体群は彫り込まれた溝が一層輝きを増し、穴から放出される光の粒が竜の巨
体へと染み込んでいく。
一見美しい光景。だが内部で繰り広げられているのは惨劇。ギルの全身を駆け巡る電流。
心臓を、脊髄を襲う急激な圧迫に全身が反り返る。立方体群から発せられるマグネッサー
が、竜の体内に染み込んで引き起こされた変調をシンクロで伝えているのだが、だとすれ
ばこれはある種の拷問だ。
堪え切れず膝を落とす深紅の竜。全身を揺り動かして振り解きたくとも力が入らない。
その眼前に、躍り出たビークル。前面をキャノピーで覆ったそれは、紛れもない人造狼
の背負うコクピット。ブロックスゾイドのコクピットはビークルとしても運用可能だ。機
能最優先の設計故、大概迷惑な位置にコクピットが据え付けられているからだ。
キャノピーの中から狂い眼の少年が浮かべる邪悪な笑み。
「あっはっは、ギルガメスよ、相棒の死が即ち貴様の死に直結するとは羨ましい。このま
ま主従共々ショック死してしまえ!」
砲撃、銃撃と斬撃との攻防は佳境に達しつつある。弾丸の雨あられをまともに喰らった
赤色狼は依然、防風林の絨毯にその身を預けたまま。このまま際限なく敵の弾丸を喰らい
続ければ命が危ない。
「ええい、アルパよ! 一か八かだ!」
狼の腰の辺りから噴射される光の粒。三本の尻尾となり、手にした味方の名は推力。竜
が背負う鶏冠のような爆発力はないが、今の劣勢を打開するのは十分だ。横倒しのまま突
き進む赤色狼は背負いし大剣を前方に展開。木々が紙のように切り払われ、突っ込む先は
鋼の猿(ましら)の足首だ。地を這い進む大剣にさしもの猿(ましら)も横転し身を躱す。
そのまますり抜けていった赤色狼。光の粒が拡散した時、再び離れた二匹の間合い。
「フェイ君、大丈夫…はっ!?」
猿(ましら)の主人の身を案じた魔女だが、時同じくして彼女の心に届いていた。生徒
の全身に走る激痛が、心の叫びとなって彼女の心臓奥深くにまで響く。
「だ、大丈夫ですよエステルさん…エステルさん?」
危機に転じても愛想良く振舞う猿(ましら)の主人。だがその微妙なタイミング故に、
彼は気付いた。憧れる女性の心が向く先に。
一方、僅かながら生じていた心の空白にハッとなる魔女。
「ああ、フェイ君、ごめんなさい。大丈夫ね?」
「ギル兄ぃから、ですか?」
美少年は尋ねながら少々後悔していた。
「…ちょっと、ヤバいみたい。急ぎましょう」
魔女は魔女で、お茶を濁した。まさかテレパシーなどとは言えまい。
「わっかりました。それじゃあ…」
互いに立ち上がろうとする猿(ましら)と狼。先に立ち上がったのは狼の方だ。キャノ
ピー越しに外周を睨む弁髪の巨漢。強敵を見定めると早速身を捻り、助走も程々に。
「シュバルツセイバー、覚悟!」
赤色狼、跳躍。最早矢尻と例えるべき軌道を描き、大剣を振りかざす。
遅れて立ち上がった鋼の猿(ましら)。しかしこのゾイドに後手番は左程不利にあらず。
力士の仕切りのごとく両腕を地面に打ち付ければ、弾け飛ぶ土砂。全身バネに変えて跳躍。
空中で二匹、激突。…いや、掴まれたのだ。狼が、猿(ましら)の両腕に。たちまち失
速、さば折りの姿勢で横転する二匹。
「我らの技が、見切られた!?」
「見切っちゃいないよ、でも技を潰すだけならこれで事足りる」
主人同士の応酬と共に二転、三転。遂に動きが止まると今度は猿(ましら)が我先に立
ち上がる。次の一手は遅れて立ち上がろうとする赤色狼の巨体を両腕で抱え上げること。
バーベル扱いされ赤色狼はじたばたするが、こうなっては術中にはまった。ついた膝をジ
リジリと伸ばし、高々と掲げる。
もと来た坂道を睨むフェイ。既にふもとでは微妙な輝きが見て取れる。
「やっつけるよりこっちのほうが時間が稼げるよ、な!」
坂道の脇、延々広がる防風林目掛けて猿(ましら)は真っ赤なバーベルを放り投げた。
「おのれシュバルツセイバー! 今度出会った時は…!」
木々の海を転がり続け、やがて霞の中に消えた声。これしきでくたばる程剣狼ソードウ
ルフが柔だとは思えないが、ともかく時間は稼いだ。英雄候補の弱虫を助ける時間だ。
坂道の先を振り向く鋼の猿(ましら)。視線の向こうにはビークルがいる。座席に見え
るのは右手上げて発進を促す憧れの女性の姿。
「ギル! ギル! 聞こえて!?」
全方位スクリーンの左方に展開されるウインドウ。ギルの意識は辛うじて保たれた。
急傾斜の頂上付近に馳せ参じた一機と一匹。うつ伏せて悶え苦しむ深紅の竜は、助け舟
の登場に頭をもたげ、歓喜の鳴き声を上げる。
「え、エステル先生…」
「ギル兄ぃ、大丈夫!?」
こっちの声は嫌さ加減で意識が保てそうだ。
(うざいのも来たな…)
「なーんだと、兄ぃ」
「あら、私?」
「い、いやエステル先生! 先生じゃあなくて…」
内心舌を出していた女教師だが、生徒の反応には安心した。勝算は十分にある。
「こ…これは何としたことか。デンガン様が退けられたというのか」
一オクターブ程も高い声を上げた狂い眼の少年。しかし彼にも勝算はあった。
「しかし無駄な足掻きだ。魔装竜ジェノブレイカーに取り付いたブロックスパーツを取り
払うには誤射を覚悟で腹部を狙わねば…」
「ギル、お腹ね?」
ゴーグル越しに照準を定め始める女教師。狂い眼の少年などお構い無し。
「よっしゃあ、兄ぃ、腹だな?」
鋼の猿(ましら)も右肩の大砲を両腕に抱える。
目を丸くしたギル。いつの間にかこちらの希望も、覚悟も伝わっていた。
「貴様ら、外せばギルガメスも魔装竜も一巻の終わりだぞ!」
「ブレイカー、ちょっとだけ我慢しよう。僕も…我慢する。それっ!」
ピィと甲高い鳴き声を合図にゴロリ、仰向けになった深紅の竜。
放たれた銃撃、砲撃。僅か数発だがそれで事足りたのはひとえに彼女らの熟練した射撃
技術によるもの。
快音と共に、立方体群が一つ、又一つと弾け飛ぶ。
「馬鹿な…! ええいヴィッテ、先にそいつらを…!」
声を合図に方向転換した手足のパーツ。パイロットを積まぬ浮遊武器だ。ふわり浮かん
で発射されれば、あり得ない動きと加速でさしもの女教師達も翻弄される。
「行けぃ!」
「行かせないよ!」
あわや射出されかかった手足のパーツを、横殴りに払った深紅の竜。木々の海に人造狼
のパーツが打ち捨てられる。…竜の胴体には既に立方体群はない。女教師達の正確な射撃
が竜達主従の危機を救ったのだ。
「ありがとう先生、…フェイ」
微妙な間はあったが、女教師は胸を撫で下ろし、美少年は照れくさそうに微笑んだ。
「おのれギルガメス。まだだ、まだだ!」
吹き飛ばされた立方体群が、手足のパーツがビークルの下に再集結の開始。
「決めなさい、ギル」
「はい、先生。ブレイカー、魔装剣!」
深紅の竜、突進。勢いと共に額の鶏冠を前方に展開させれば、あとは必勝の奥義「魔装
剣」を振るうのみ。ゾイド数匹分もない短距離にも拘らず背の鶏冠六本に蒼炎宿らせ、肩
口から渾身の体当たりを決めれば、人造狼の結合しかけた五体が揺らぐ。接合面が開かれ、
見えた銀色の立方体こそ強敵のゾイドコア。
鞭のようにしなる首。剣の切っ先を突き刺して。
「1、2、3、4、5、これでどうだ!」
ゆっくり引き抜く。低く沈めた巨体を離し、身構える。水平に伸ばした両翼はまさしく
この竜ならではの「残心」の構えだが、そこまでしなくとも、勝利は確定していた。
魔装剣の横槍が解かれた後、ようやく再生を果たした人造狼の五体。しかし威嚇のうな
り声を上げ、左の前足を振り上げた時、ガクリと膝から崩れた。
「馬鹿な。ヴィッテ、立て、立て!」
レバーを何度も揺さぶるが反応はない。敵ゾイドを完全に失神させるのが魔装剣だ。
敗者の呆然を見届け、翼を畳んだ深紅の竜。傾斜の頂上に首を向けると一転、甲高い鳴
き声で女教師らに追随を促す。
「クナイ…っていうの? 再戦は、いつでも受けて立つよ」
らしからぬ捨て台詞を敢えて残してギルがレバーを引けば、踵を返す深紅の竜。背の鶏
冠をやや遠慮がちに広げ、蒼炎宿らせ後続を待つ。
傾斜を下ってきた鋼の猿(ましら)。不自然に身を屈めた姿勢は「影走り」のポーズ。
脚力に劣るこの系統のゾイドならではの走行姿勢だが、常ならば後方に伸ばす両腕はがっ
ちりとビークルを抱えている。少し前ならギルも相当に腹を立てていたかも知れない。
両翼を広げ、深紅の竜、疾駆再開。鋼の猿(ましら)も後に続く。
「…あんな捨て台詞を言うなんて、どういう風の吹き回し?」
ビークルの席上でようやく腰を落ち着けた女教師が、教え子に尋ねる。
不肖の生徒が浮かべた笑みはどこか寂しげ。
「彼奴も水の軍団なら…自決するかも知れない。でも、それはうんざりだ。僕はそんなこ
とを繰り返すために家出したんじゃあない。
僕を憎むのが生きる理由になるなら、その方がマシかなって。…思い上がってますか?」
モニターに映った生徒の表情を目の当たりにして、女教師は少々意地悪そうに首を捻る。
「うーん、ちょっとね」
「えー…」
「もっと強くなりなさい。願いを叶えたければね」
師弟の様子をひとしきり、コクピット内で聞いていた美少年。深い溜め息をついた。込め
た感情が複雑を極めた分、誠に重苦しい。
(思ったより割って入る隙がないよな…)
「フェイ、フェイ?」
「う、うわっ! 何だよ兄ぃ!?」
隙を伺う相手の顔が、不意にモニターの左下角に映し出された。
「新人王戦のスパーリング、改めて頼むよ」
「え? あ、あのぅエステルさん…」
「私からもお願いするわ」
右下角には女教師の御辞儀が。鋼の猿(ましら)のモニターは外周半分にも満たないた
め、開かれるウインドウは小さい。しかしお願いする彼女の声が聞けた、表情が見れた、
それだけでもフェイは嬉しかった。それこそ任務抜きでだ。
「も、勿論です! 任せて下さいよー」
「それとさ、フェイ。…新人王戦、終わったら故郷の話し、してよ」
神妙なギルの表情。思わずにやけるフェイ。
「なになになに、急にどうしたんだよ兄ぃ?」
「真面目に聞けよ。…僕も話すから」
円らな瞳の真直ぐな輝きを見て、自然に宿った清々しい笑み。
「わかった。でもそれは『終わったら』じゃあない。『優勝したら』だよな?」
微笑み合う少年二人。だが意味合いの違いを理解しているのは一方のみだ。
(まあ、英雄になることに納得してもらうためには東方の話しもした方が良いよな)
様々な思いを乗せて、二匹のゾイドは傾斜を駆け降りていく。木々の青々とした匂いを
嗅覚センサーで十分に感知しながら。…アンチブル国境警備隊の駐屯地まで、もうすぐだ。
慟哭するクナイ。コントロールパネルの上に顔を埋め、泣き止む兆しは一向に見えない。
相棒たる忍狼ジーニアスウルフ「ヴィッテ」も失神し、意識の回復する兆しは伺えぬまま。
その足下目掛けて、絹を割くような音が近付いてくる。否、それは木々の海を踏み付け
る車輪二枚の音。凡そ惑星Ziには不釣り合いな道具の持ち主は、重騎狼グラビティウル
フ「プシロイ」の腹部に埋め込まれたもの。
「如何致した、クナイ」
コントロールパネルから響く嗄れ声。ハッと飛び退く狂い眼の少年。遅れてきた味方の
声を耳にして、立ち所に涙腺が引き締まる。
「じゃ、ジャゼン様!? 良かった、良かった…」
「うぬ、敗れたのか」
感情を排した嗄れ声に一転、少年の小柄な体が震え上がる。
「も、申し訳ございませぬ、ジャゼン様…。
しかし! しかし、彼奴めには手傷を負わせました。今すぐに追撃を敢行すれば、或い
は仕留められるかと…」
「そうだな。それでこそクナイだ」
嗄れ声と共に一歩、又一歩近付く車輪の狼。
「…ジャゼン、様?」
追撃の態勢は愚か、この歩の進め方はどうしたことか。信号弾は、仲間を呼ぶ遠吠えは。
「他の者では手傷どころではすまぬと内心、ハラハラしておった。
これで『B計画』の切り札は生き長らえたのだ。うぬが非力に、感謝する」
キャノピーの真上に振りかざされた前足を視認して、初めて狂い眼の少年は悟った。己
が同志と信じてきた者の中に、志を異にする者が潜んでいたことを。
この少年の無念は、水の軍団の決意の言葉さえ吐けぬまま全てが終わることだ。キャノ
ピーが砕ける。人造狼を構成する立方体群が次々と破裂する。
「信号弾!? デンガン様、急ぎましょう」
ひょいひょいと、軽快に林の中を歩んでいくのは光沢鮮やかな紺色の狼。神機狼コマン
ドウルフ「ゼルタ」が後方を振り向けば、ついてくるのは足を引き摺った赤色狼。剣狼ソ
ードウルフ「アルパ」の惨めな姿だ。
「先に行け、マーガ。あの若僧一人でどうにかなる相手ではない。…嫌な予感がする」
ゼルタの主人は双児の美青年の弟。マーガは疲労困憊する弁髪の巨漢デンガンの表情に
意を決した。彼の不安は十分理解の範囲内だ。彼とて共に死線を乗り越えてきた兄がいる。
「では…御免!」
木々を掻き分け、頂上部に到達した紺色の狼。だが足下に見えたのは、無惨。
胴体部分を完膚なきまで砕かれ、炎上した人造狼の成れの果て。その脇で、車輪の狼が
寂しく遠吠えを始める。
「な、何ということだ…。ジャゼン様、これは如何に!?」
「見ての通りだ、マーガ。我が相棒の脚力をもってしても、間に合わなかった」
紺色狼の後には同体格の白き狼、銃器を背負った白き狼、そして手負いの赤色狼が続く。
「ば、馬鹿野郎、俺より先に逝きやがって…」
デンガン、慟哭。人目を憚ることなく、コントロールパネルに何度も拳を叩き付ける。
「ジャゼン、死因は自決か?」
銃神ブロンコが襟立てた戦士に向けて、モニター越しに問い質す。
「いや、上方から何度も踏み潰されております」
「成る程、遂に奴らの尻にも火がついたというわけか…」
既に何度もギルガメスに敗れた暗殺ゾイド部隊の面々を処刑してきた男だからこそ、そ
う推測する。あの少年はいつもとどめを差すのは躊躇してきた。それが遂にとどめを差し
たということは、精神的余裕を完全に失ったことを意味する。…ブロンコの推測はある意
味、正しい。報告の根本的な問題に気付いていなければの話しだが。
「ザリグ。マーガ。次はうぬらの番ぞ。必ずやチーム・ギルガメスを葬り去れ。クナイの
死を無駄にするな」
決意を胸にし、頷く双児。
「御安心召されよ、ブロンコ様」
「我ら兄弟の機獣殺法は不敗。たとえブロンコ様でも、水の総大将様でも…」
一転して浮かべた笑みは殺戮を楽しむ者のそれだ。
「確かに、あれを破るのは至難の技。期待しているぞ。惑星Ziの!」
「『平和のために!』」
遠吠えする狼五匹。果てしなき追撃の手が緩むことはない。
(了)
【次回予告】
「ギルガメスに追いすがる双児は、秘術の限りを尽くすのかも知れない。
気をつけろ、ギル! 心通わせた者同士にしか、できぬ技とは?
次回、魔装竜外伝第九話『機獣達の宴』 ギルガメス、覚悟!」
魔装竜外伝第七話の書き込みレス番号は以下の通りです。
(第一章)252-261 (第二章)262-277 (第三章)278-290 (第四章)291-304
魔装竜外伝まとめサイトはこちら
ttp://masouryu.hp.infoseek.co.jp/
「…止めましょうよタナカ少尉?はずいっすよ…。」
その言葉に振り向く怪人。
「あんだぁ〜?俺っちのブイブレードファイヤーに文句をつける気か?
やっと口五月蠅い上を押さえ込んで仕立てたのに元に戻せってか?
…じゃあ聞くが………
……素のギガで帝国の(規制!とても酷い言葉の数々な罵詈雑言)とやりあえってか?
奴等は目が肥えてるんだよっ!!!もう普通の見た目じゃ警戒すらしやがらねえ。
見ろ!この血の様に赤い勇姿を!そして感じろ!輝く勝利の刃をっ!」
リーゼントタナカと人はその怪人を呼ぶ。
如何やって仕上げたのか?そのスーパーロングハイグレードリーゼント。
額から間違い無く50cmは離れているだろう髪…
入浴以外では絶対に外さない特製サンバイザーで支えている奇珍な特攻服姿。
その背には…”愛国真鬼 剛波来迎”と意味不明な漢字が刺繍されている。
「もう良いです少尉…でもこれだけは意地を貫かせてもらいます!」
タナカにくって掛かった少年兵はそう言うと背を向けて…
何やら巨大な靴っぽい物をアロクラフターでオニマユに取り付け始める。
「なっなっなっ!?ショウ!てめえ俺の舎弟に何履かせてやがる!?」
少年兵の名はショウ=ウヅキ。タナカにカミソリショウと勝手に通り名を付けられていた。
”タナカ特攻隊”
この部隊は自然とそう呼ばれる様になったそうだがその経緯は大方予想が付くだろう…。
尚…ショウの階級は大尉だったりする。特攻服姿の少年大尉。
この不釣合いのコンビのみの小隊が完全に崩壊しかけた戦線を護る驚異の存在。
帝国軍からはバッドガーダーと呼ばれて忌々しがられているのだ。
「シュミット少尉…帰りましょう。
アレを見せてまだ襲撃する気なら骨を拾う覚悟はしていた方が良さそうでありますね。」
「…目に痛いファイヤーパターン。もう見飽きましたよ中尉?
義理とは言えゴンザデ中隊の殿役はそろそろ勘弁して欲しいものです…。」
音も無く小高い丘から消えるネオゼネバスの群服の影。
殿どころか遂に偵察まで兼任しなければならなくなったこの2人組に幸は無い。