自分でバトルストーリーを書いてみようVol.17

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242魔装竜外伝第二話 ◆.X9.4WzziA
【前回まで】

不可解な理由でゾイドウォリアーへの道を閉ざされた少年、ギルガメス(ギル)。再起の
旅の途中、伝説の魔装竜ジェノブレイカーと一太刀交えたことが切っ掛けで、額に得体の
知れぬ「刻印」が浮かぶようになった。謎の美女エステルを加え、二人と一匹で旅を再開
するが、竜はギルを拒む。正体不明の追っ手を遠ざけはしたが、竜は山をも砕く危険極ま
りない能力の持ち主だった…。

夢破れた少年がいた。愛を亡くした魔女がいた。友に飢えた竜がいた。
大事なものを取り戻すため、結集した彼らの名はチーム・ギルガメス!

【第一章】

 やがて昇りゆく朝日は残酷な、現実よりの使者。
 深き闇夜を空と山とに分断していく朝焼けは、損壊したレブニア山脈の稜線を白日の元
に晒そうとしていた。光の槍を投擲され、傷付いた霊峰の何と無惨なことか。勢いづく強
き陽射しはそのまま闇の住人を狩っていく。標的の中には小型(とは言っても民家一軒程
はある)の金属生命体ゾイドが十匹程もいたようだがよもや誰も気に止めない。夜明けと
いう、この世で最も非情な裁きの前では。
 断罪の光景は、ギルガメスをひどく憔悴させた。全方位スクリーンに囲まれたこの狭い
コクピット内は音も匂いも遮断するが、代わりに彼「ら」の為した所行の顛末を厳しく突
き付けて止まない。未だ十六才に満たぬこの小柄な少年は既に目を背ける気力もなく肩で
息するばかり。輝きを失っていないのは、依然として額で明滅する刻印のみだ。
「…馬鹿野郎」
  項垂れ、か細い声で呻く。両の拳はやり場のない感情と共に、自然とコントロールパネ
ルに叩き付けられていた。何度も、何度も。
「馬鹿野郎、何やってんだよ君は…」
 一方、ギルに「君」と呼ばれた深紅の竜。伝説のゾイド・魔装竜ジェノブレイカーは、
時折その大きな二枚の翼をはためかせつつ、稜線の高さ程にまで浮かんだままじっと傷跡
を見つめている。溜飲を下げたと言わんばかりの表情はまことに太々しい。だが竜の僅か
な充足感はすぐに消失した。原因は、胸元に括り付けられた小さな箱。首を傾け、じっと
様子を伺ったかに見えたがそれも束の間。
243魔装竜外伝第二話 ◆.X9.4WzziA :04/12/28 11:41:03 ID:???
 二枚の翼を大きく羽ばたきつつ、悠然とその場を離れてゆく。
「そ、そっちに行ったらエステル先生とはぐれちゃうよ!」
 胸元の箱の住人は慌てて叫ぶが、深紅の竜はそんなことなどお構い無しだ。
「ギル、ギル、どうしたのよ今度は!?」
 コクピット内に鳴り響いた声の主は、深紅の竜の遥か下方にいた。地表すれすれを浮か
ぶ年代物のビークル。男装の麗人エステルがマイク片手に怒鳴りつけている。
「エステル先生? いや、もう何がなんだか…んっっ、わあぁっ!?」
 既にビークルとは大分距離を引き離した状態で、突如。全方位スクリーン上に描かれる
風景が上に上にと流れていく。…急降下する深紅の竜。背中の六本の鶏冠から弾け出る蒼
炎は、非常識な加速の証し。だが胸元の小箱内に潜むギルには、風は感じられても強い重
力は一切感じられないのが不思議なところ。これも深紅の竜に搭載されたオーガノイドシ
ステムとやらの為せる技なのだろうか。
 そして、その後すぐにエステルは確認した。遥か前方で聞こえた落雷にも似た轟音と、
朝焼けが照りつける大地に舞い上がった巨大な砂埃。
 だが、コクピット内のギルには着陸した実感が湧かない。…高山の頂上程の位置から急
降下したにも拘らず、だ。
「本当に君の身体、一体どういう仕組みなん…」
 呟きかけたところで正面のスクリーンが上下に割れた。コクピットハッチが開いたのだ。
外の眩しさに一瞬片手で目を遮るが。
 ふと、ギルを座席に括り付けた拘束が解かれるや否や。
 体感した、空気のような身軽さ。
 いや、それは錯覚。深紅の竜にコクピットから引き摺り出されていたのだ。サイコロの
ように一転、二転、三転。…呆然たるギル。仰向けに静止した彼を覆わんとする朝焼けに、
我を取り戻すと慌てて立ち上がる。遅れてきた痛みに一瞬たじろぐが、それでも燃え盛る
憤怒の形相。
「な、な、何するんだよ君はーっ!」
 怒声はこの広い荒野に響き渡ったが、相手は全く意に介さない。…それどころか抗議す
る少年に対し、却ってそっぽを向いて無視を決め込んでみせるはないか。
244魔装竜外伝第二話 ◆.X9.4WzziA :04/12/28 11:42:33 ID:???
 ギルの、歯ぎしり。苛立ちは募るばかり。…無理もない、彼はゾイドウォリアーを目指
して研鑽を重ねてきた。そこらの大人よりは余程上手にゾイドを扱えるし、事実今まで扱
ってきた。しかしそんな経験が、直面する深紅の竜の前では全く通用してくれない。
 だがそんな、気難しい竜が表情を覗かせたかに見えた。…軽い、一瞥。おやと表情の変
化に気付くギルだったが、しかしそれも束の間のこと。
 いきなり、辺りが土煙で覆い尽くされる。深紅の竜の力強い蹴り込み。突風と地響きに、
ギルは為す術もなく転倒した。
 彼が慌てて立ち上がった時、既に竜は遥か向こう。レヴニア山脈に向かって疾駆してい
たのである。
「馬鹿ぁーっ! 戻れぇーっ! 勝手に帰るなぁーっ!」
 悪態をつくだけついてみるが、すぐに竜の姿は見えなくなった。へたり込んだギル。肩
で何度も息し、疲れ切った表情を浮かべる。着いた溜め息も殊の外大きい。
「わけ、わかんないよ…」
 ぼやいた、その時。
 後方から近付いてきたエンジン音。深紅の竜のリミッターよりは遥かに静か。…音の主
はビークルだ。
「あっ、え、エステル先生!?」
 立ち上がるギル。彼の左側、やや離れた位置にビークルは止まった。早速相談しようと
近付いていったがそれよりも早く。
 目前に飛び降りた、男装の麗人の右手が伸びる。風船が、割れるような音。…ギルは受
けた。エステルによる張り手の洗礼。余りに唐突な出来事。喰らった本人は目を丸くする
ばかり。
「何で追い掛けてあげないの!」
「え…」
「貴方、あの子の主人になったんでしょう?
 だったらもっと尊重しなさい。ゾイドは道具じゃないのよ?」
 エステルの諭しの口調は努めて穏やかだが、あの蒼き瞳の鋭い眼光とワンセットでもあ
る。相当な迫力に息を呑まざるを得ないギル。
245魔装竜外伝第二話 ◆.X9.4WzziA :04/12/28 11:44:17 ID:???
「で、でも、追い掛けたとしても僕の足じゃ…」
「だからそれが間違ってるの! 走りながら貴方の態度、伺ってるわよあの子は。
 あぁもうしょうがないわね。乗って!」
 言いつつそそくさとビークルに戻ったのである。

 朝焼けは雲海を泳ぐ玄武皇帝・タートルカイザー(ロブノルという名前らしい)にも照
り付けていた。飄々としたこの超巨大ゾイド目掛け、飛んできた網目羽根の竜・プテラス
達。いずれの腹部にも銀色の二足竜・ゴドスが釣り下げられている。いずれの体格も民家
一軒程はある筈だが、目前の玄武皇帝の前では芥子粒程度にしか見えない。
 ゆっくり口を開けたタートルカイザー。その中へ、急減速しつつ我先にと飛び込むプテ
ラス達。…内部はちょっとした滑走路。次々と踏ん張り着地していくのはゴドスの役目だ。
すると瞬く間に天井から伸びるクレーン。プテラスの背中に引っ掛かったと同時に腹部の
連結器が外れ、ゴドスはゆっくり歩きながら、プテラスはクレーンに釣り下げられながら
滑走路の奥へと向かっていく。
 ゴドス達の行き着いた先にはちょっとした団地並みに広大な空間が広がっていた。何と
も非常識な規模の格納庫だ。見渡してみれば、同族を始め幾種類かのゾイドがじっと待機
していることがわかる。その一角の、更地のごとく開いた領域に彼らは順に収まり、伏せ
蹲っていく。
 すると停止した二足竜達の周囲に、いつの間にか青色の作業服で身を固めた者達が群が
っていた。様々な大きさの容器や道具、それらを運搬する台車を用意し、竜達の手足の、
特に爪付近を念入りに観察。何かに気付くとその都度ピンセットで摘み容器に回収してい
る。整備が目的で動いているのでは無さそうだ。
 彼らを余所に、一斉に開かれた頭部・キャノピー。降りてきたパイロットはいずれも疲
労の色が隠せない。只彼らの相棒に群がった男達に関しては、まるで空気のように存在を
全く意識していない。と、その一人のもとに近付く作業服の男。小太りで面皰(にきび)
面。眼鏡の分厚い中年。風貌はぱっとしないが思いのほか機敏。端末や各種工具などを積
んだ台車を軽快に走らせてきた。
 ヘルメットを外したパイロット。眼鏡の中年と敬礼を交わした彼は一回りも若い青年で
ある。
246魔装竜外伝第二話 ◆.X9.4WzziA :04/12/28 11:45:37 ID:???
「よろしくお願いします…」
 先に口を開いたパイロットの青年は沈痛な面持ち。しかし眼鏡の中年はそれを吹き飛ば
すように笑って言い放った。
「任せてくれ。一矢の報いを何倍にもするのが俺達の役目だからな」

 タートルカイザー「ロブノル」の頭部・指令室。ドーム状の室内はプラネタリウム程に
広い。中央は円錐状に盛り上がり、頂上にこの超巨大ゾイドの主人が着席する…筈だが、
今現在、そこには誰も着席していない。
 主人と思しき人物は、この室内の外周付近・通信士達の背後で仁王立ちしていた。馬面
に痩けた頬、落ち窪んだ上に守宮のように瞳が大きい異相の男。そして彼の周囲を数人の
側近が取り巻く。いずれも、水色の軍服と軍帽を折り目正しく着こなしており、その上明
け方であるにも拘らず眠たげな様子を微塵も感じさせない。まことに、精悍。
 室内外周は、その半分程がコントロールパネルや適度な大きさのモニターで埋め尽くさ
れている。通信士やこの超巨大ゾイドの操縦要員が着席しているのだが、彼らの目線より
も上の段には蒲団程も大きいモニターがやはり室内の半分程に渡って幾つも嵌め込まれて
おり、さながらパノラマのようだ。
「追撃部隊は全機帰還。現在『鑑識班』が標本採集を行なっております」
 若い通信士の報告に、大きく頷いた異相の男。
「まず我らにとって不利な要素は…」
 側近のナンバーワンらしき初老の高官が口を開く。それを合図に彼らの視線はパノラマ
モニターの一枚に向けられた。瞬く間に地図の画像が浮かび上がる。
「一つ、敵地であること。迂闊に我らの痕跡を残せば国際問題に発展します。
 二つ、この地の守備隊が早々に動くだろうこと。レブニア山脈は天険の要害。守備隊も
手薄ではありますが、先程確認した荷電粒子砲の一撃までも見落とすとは思えません。
 以上の二点から、電撃的且つ秘密裏に処理せねばなりません
 そして、三つ目ですが…」
 言い掛けたところを異相の男が軽く手を挙げ、遮った。高官は深々と頭を下げ、これに
応じる。
247魔装竜外伝第二話 ◆.X9.4WzziA :04/12/28 11:47:15 ID:???
「それは鑑識班の報告次第だな。有利な要素は?」
「はっ。逆に有利な要素は…」
 今度は別の高官が敬礼し、口を開く。彼も決して年若くは見えない。と言うよりは側近
一同、異相の男よりはひとふた回り程も年が離れたものばかりで構成されている。
「物量戦が可能だということ。当機はレブニア武装蜂起鎮圧作戦のために、ゴドス30匹、
プテラス5匹を輸送しております。
 内、先程帰還した5匹は整備の上休ませるべきですが、鎮圧作戦に使用した20匹は既
に整備完了の上、15時間以上休養しております。そして残りの5匹を加えれば実に25
匹が作戦投入可能です。
 これに総大将操る『マーブル』が加わるのですから、秘密裏はともかく、電撃的な処理
には十分な数でしょう」
「有利な点はもう一つあるかも知れんな」
 口を開いたのは異相の男だ。 
「…と、おっしゃいますと?」
「恐らくゾイドとパイロットの関係は最悪だろう。目立ちたくないのは彼らも変わらぬ筈。
 なのに、あからさまに正反対の立ち回りをしてしまった」
 成る程と、頷く一同。
「いずれにしろ、採れる作戦はごく限られている。
 まず、俺とマーブルが単騎で仕掛ける。その隙に包囲網を完成し、機を見て総攻撃する。
問題は…」
 異相の男の言葉と共に蒲団程のモニター上で赤と青の光点が一つずつ、そして沢山の白
い光点が動いていく。と、その時。
「総大将、皆さん、お待たせしました!」
 右隣のモニターが切り替わる。敬礼するのは青い作業服を着た、あの面皰面に眼鏡の男
だ。一気に流れる一同の視線。
「おお、鑑識班長! 如何であったか?」
 初老の高官が問いかける。
248魔装竜外伝第二話 ◆.X9.4WzziA :04/12/28 11:48:34 ID:???
「…驚くべき、結果ですぞ?」
「勿体ぶらずに早く言わんか!」
「おお、これは失礼しました。
 まず一つ。出撃したゴドスの爪などに付着した細胞を鑑識した結果、千年近く前にガイ
ロス帝国での存在が確認された魔装竜『ジェノブレイカー』のそれと一致しました。…完
全に、です」
 面皰面の鑑識班長の言葉に追随して左隣のモニターにデータが描き出される。
「何と、オリジナルだというのか!?」
「断定は危険ですが、違ったとしても精々二〜三代目程度と推測されます。それ位、遺伝
子に変化の形跡が見られないのですよ」
 地球は日本のゾイドファン各位の間では、ゾイドを兵器と看做すか生物と看做すかにつ
いて、しばしば議論がなされるところだ。只、『金属生命体ゾイドを兵器と看做す』とい
うのであれば、その絶対的長所は自ら進化し、ある程度環境に適応することだと断言でき
よう。それ故に、惑星Ziにおける国家的規模の組織は、いずれも自前でゾイドの特徴や
遺伝子情報をまとめたデータベースを所有している。例え正体不明のゾイドに破れても、
僅かな細胞さえ入手できればそれをもとに正体・能力を割り出し、然るべき対策を導き出
すのである。
「まさか黒騎士伝説の『それ』が生きていたというのではあるまいな…」
「いや、それは幾ら何でも飛躍し過ぎというもの。『北のガイロス』の暗躍を考えるべき
では…」
「静かに。相手の出自を憶測するのは作戦終了後で良い」
 異相の男の重々しい一言に、この場が静まり返る。
「…二つ目。当該ゾイドに関して初遭遇時、最高速度マッハ1以上を観測しております。
ところが出撃した各ゾイドの戦闘記録を調べた限り、最高時速約700キロ。運動能力が
著しく低下しています。パイロットとの相性が必ずしも上手くいってはいないようですな」
 側近一同が頷き合う。異相の男の推測が別の形で裏付けられたからだ。
「そして、三つ目。こちらを御覧下さい」
 鑑識班長の言葉と同時に左のモニターが再度切り替わる。…映し出されたのは、深紅の
竜よりやや離れた位置で浮かぶ年代物のビークルだ。乗り手は、黒い短髪の女性。
249魔装竜外伝第二話 ◆.X9.4WzziA :04/12/28 11:50:12 ID:???
「サポートですな。この人物も、今回の出撃で初めて確認されました」
「成る程。このゾイド本来の飼い主か…」
「三つ目の『不利な要素』、打開できそうですな」
 初老の高官の言葉に大きく頷いて返す異相の男。
「うむ。…時に鑑識班長。ジェノブレイカーは夜行性だな?」
「データ上は、確かに」
「わかった。今現在の調査結果に関して、30分以内にまとめ、提出してくれ」
「了解しました。惑星Ziの、平和のために!」
 右のモニターの電源が、落ちた。元の地図画像に戻ったのは左隣だ。それと共に上がる
異相の男の声。
「作戦は決まった。…現状、当該ゾイドの消息は杳として知れない。あれ程の熱源が嘘の
ように見当たらぬ。まさに三つ目の『不利な要素』だったが、それも鑑識結果によって打
開の糸口が見出せた。
 何しろ、ビークル一台では積める物資もたかが知れている」
「この辺一帯はここ、東リゼリア村以外に…」
 側近の一人が左隣のモニターを指差す。
「村や町がない以上、我々の手から逃れる前に一度ここに補給に訪れるざるを得ないでし
ょう。それも、ごく早めに」
「そこで早速屈強の者を募り、東リゼリア村付近を張り込む。近付いたら仕掛け、潜伏し
た当該ゾイドを引き摺り出す」
「仮に近付かないとしても、当該ゾイドは夜が明けて運動能力が極端に下がるでしょう。
数や装備で優る我らが虱潰しに探せば、潜伏地を突き止めるのは容易いことです」
「そういうことだ。発見できさえすれば、後はさっきも打ち合わせた通り。
 ひとまず張り込み組とマーブルのみ出撃だ。後は待機しつつ探索を続けてくれ。
 …張り込みには俺も合流するからな」
「えっ、総大将もですか!?」
「行かねば不味いかも知れん。胸騒ぎがする」
 一同を緊張が走る。総大将と呼ばれた異相の男の勘は、相当なものらしい。
「それでは作戦を開始する。惑星Ziの!」
「平和の、ために!」
250魔装竜外伝第二話 ◆.X9.4WzziA :04/12/28 11:52:13 ID:???
 暁に彩られ始めたレブニア山脈目掛け、深紅の竜は走る。このゾイドを遮るものなど何
もない。だがこの勇者の、何と寂しげな仕種よ。ずっと、俯き加減。人ならば、涙を零し
ている。
 走りながら、ちらりと後方に視線を傾けてみた。…しかし、密かに期待していた者が影
すら見せぬことに気付くと、溜め息をつき、足を速めた。首を軽く持ち上げ、涙を堪える
ように。
 やがて、足を止めた深紅の竜。行き着いた先には自らの何倍もある岩山が無数に乱立し
ている。その辺一帯をしばらく物色すると、やがて手頃な岩と岩の隙間に入り込んだ。夜
行性であるこのゾイドにとって、今は貴重な就寝時間。裏返せば隙の多くなる時間帯故に、
より安全な場所を見つけて身体を休めるのである。
 身を潜め、身体を丸める。大きな、溜め息。…だが左右の腕の爪だけは、何故か地面に
突き立てられていた。時折、深く握りしめる。まさしく八つ当たりの的。
「…大体この辺よ。運動量を落として熱反応を押さえても、図体を小さくはできないから
ね」
 聞き慣れた…古代ゾイド人の女性の、声。慌てて首をもたげ、尻尾を持ち上げる。
 竜の視界の左から中央へと、迂回してきたビークル。声の主を視認して一瞬嬉しそうに
尻尾を振るが、それも束の間。助手席にはあの忌々しい少年が肩を並べているではないか。
ぷいと横を向き、丸くなる。
 わがままな勇者の前に、早速立ち並んだギルとエステル。それにしても、この男装の麗
人の背丈。隣の少年より頭一つ分も高い。
 先に一歩前に出たのはエステルだ。
「…ギルが、謝りたいそうよ」
 予期せぬ言葉を耳にし、思わず声を上げ掛かるギル。だがエステルの蒼き瞳に横目で睨
まれ、息を呑んでしまった。頭を抱え、仕方無しに彼も一歩前に出る。
「あ、あの…さっきは、ごめ…ん?」
 少年の言葉など耳を貸さない竜がいた。一層丸くなり、何やらわざとらしそうに寝息を
漏らす。見る間に顔を引きつらせていくギル。…だが、ぽんと軽く肩を叩かれた。我を取
り戻した彼の横で、エステルは何故かまじまじと竜の寝顔を見つめていた。そして。
 突如、目頭を押さえる。
 目を丸くするギル。閉ざしていた視線を開放する竜。
251魔装竜外伝第二話 ◆.X9.4WzziA :04/12/28 11:54:28 ID:???
「お別れね。…ギル、この子は独りで一生懸命生きていくんだって。
 今まで楽しかったわ。又何処かで会いましょう」
 踵を返す。…震える肩。それに、啜り泣いているのか。
 エステルの豹変に、竜もギルも、ただただポカンと口を開けるばかりだ。
「え!? ちょ、ちょっと、エステル先生?」
「この子の決意は固いわ…」
 ビークルに向かってとぼとぼと歩いていく。背中に、滲む哀愁。
 足音が一歩、又一歩。
 突如、甲高い声で鳴き出した雛鳥。否、深紅の竜だ。ピィピィと、その体格には凡そ似
つかわしくない愛くるしい鳴き声で哀願する。だがエステルは歩を止めない。咄嗟に身体
を持ち上げた竜。
 ガッシリと、ビークルを両手で押さえる。二人に覆い被さった竜。砂埃に思わずギルは
顔を押さえるが、竜はそんなことなどお構い無しに、エステルの頬に鼻先を寄せ、摺り合
わせる。…暫しの後、求めに応じたエステル。
「うん、うん、わかったわ。じゃあ…」
 くるりと竜の(そしてギルの)正面に向いた彼女。
「仲直り、してね?」
 恐ろしい位晴々とした笑顔。…しかしその瞳。凍てつく程の鋭さに、竜と少年は呆気に
取られた。
 謀られたのだ。思わず抗議の鳴き声を上げに掛かろうとした深紅の竜。だがエステルは、
尚も笑顔で迫る。
「な、か、な、お、り、よ?」
 そう言いつつがっちりと鼻先を押さえる彼女の両手。
 観念した竜。力なくビークルを手放した。
252魔装竜外伝第二話 ◆.X9.4WzziA :04/12/28 11:55:35 ID:???
 それを確認し、満足げに頷いたエステル。竜の鼻先を手放すと、颯爽とビークルに飛び
乗り、エンジンを吹かす。
「え…? せ、先生!?」
「ちょっと離れたところに村があるわ。色々補給しに行ってくるわ。
 額の『刻印』、私が消すか、貴方が気を失わない限り消えないから。問題なくこの子を
操縦できる筈よ。
 じゃあ、私が戻るまでに仲直りしておいてね〜」
 ポカンと口を開けたままの両者を尻目に、ビークルは去った。運転しながらエステルは
溜め息をつく。
(きっと追っ手は私が補給する隙をついてくるでしょうね。
 でも、今の貴方達では追撃を振り切るのは到底無理。だから、ちゃんと仲直りして。信
じてるから)
 覚悟のアクセルを、踏む。ビークルの速度は徐々に高まっていった。
253魔装竜外伝第二話 ◆.X9.4WzziA :04/12/29 11:50:38 ID:???
【第二章】

 雲海を急降下するタートルカイザー「ロブノル」。己が巨体を隠し切れるだろう貴重な
空間を、敢えて離脱してみせる理由は如何に。
 ロブノルの身に纏う鋼の鎧が、うっすらと橙色に輝いていく。やがて朝焼けの輝きに酷
似していき、それと共に起こった変異。…透き通るように消えていくロブノルの巨体。地
球の生物・カメレオンのごとく、体色を周囲に合わせて変化させたのだ。所謂「光学迷彩」
とはこれのことか。
 やがて見渡す限りの荒野に舞い上がった、リング状の土煙。辺り一面を鷲掴みする程大
きなそれに、近くで身を寄せ合っていた二足竜の群れが蜘蛛の子を散らすように逃げまど
う。
 だが、徐々に土煙が収束していくに連れ、彼らはおかしなことに気付いた。辺りには何
も見当たらないのだ。…不審に思った一匹が近付くと、突如。
 空間が、割れた。中から現れたのは、疾駆する水色の小暴君・ゴドスと数台のビークル
だ。見た目には、余りに異常な事態。実際は光学迷彩未使用のタートルカイザーの口内が
開いただけの話しなのだが。しかし二足竜達にとっては理解を超える事態。今度こそ彼ら
はこの場を逃げ去った。
 水色のゴドスは途中手頃な岩場を見つけると、ビークルと別れて自らはそこに隠れた。
 それぞれのビークルに搭乗しているのは屈強な兵士達。いずれも白色と青色に彩られた
鋼鉄の鎧・ヘルメットを身に纏っている。だが一台のみ、水色の軍帽に制服、マントとい
う格好の者が同乗している。総大将と呼ばれる異相の男だ。
「…さて東リゼリアだが、御多分に漏れず貧しそうだな」
「地図の上では高台作りですね。
 今朝の事件直後ですから、おそらく村人が回り持ちで外を巡回していることでしょう」
「でなければ困るな。村に紛れ込まれてはやり辛くなる」
 Zi人は金属生命体ゾイドとの共存を選んで今日に至る。…だが、代償は甚大だ。ゾイ
ドはとにかく巨大な生き物。それ故に、相当な自然環境を彼らに譲る一方、彼らに侵され
る危険が少ない安全な住環境を確保せねばならない。
254魔装竜外伝第二話 ◆.X9.4WzziA :04/12/29 11:51:58 ID:???
 富裕層は、平地に城や濠を築いて町を為し、大規模な田畑を確保した。一方貧困層は、
ゾイドに踏み込まれる危険の少ない高台や谷間などを探し、そこに逃げ込まなければいけ
なかった。しかしそういった地域は大概、田畑に割ける面積も限られているもの。ゾイド
との共存は、Zi人に希望を与えた。だが一方ではZi人を限りない貧富の篩(ふるい)
に掛けたのである。
 遠方に、見えた高台。中腹には所々土嚢が積まれているが、これらが必ずしもゲリラ対
策に限らないのは言うまでもない。そして頂上付近には土嚢の間に申し訳程度に取り付け
られた木製の門と、屋根の低い民家が立ち並ぶ。
 異相の男が無言で手をあげる。どのビークルの搭乗者も身を低く屈めたかと思えば、瞬
く間に透明化していくビークル。これらも光学迷彩の恩恵を受けている様子。ビークルは
姿を暁の中に掻き消しながら散開していった。

 ギルの背後には、深紅の竜が一歩下がった位置で首をもたげていた。
 遠方に上がる土煙を、できる限り目で追う両者。だがそれすらも視界から消え去るまで
に時間は掛からなかった。ひとしきりの間の後。
「はぁぁ…」
 ギルの大きな溜め息。だがそれは絶妙なタイミングで竜のそれと重なる。…思わず、左
の肩越しに横目でちらり。
「…!?」
 竜も、右の瞳で覗き込もうとしていた。視線の交差も何故か絶妙のタイミング。慌てて
目を反らす両者。
(どうしよう、本当に…)
 つまらない意地だということは、そろそろ感じていた。要は謝ってしまえば良いのだ。
ゾイドは押し並べてプライドが高い。それこそこちらが「お兄ちゃん」になって、尊重す
べきは尊重し、叱るべきは良く説いてあげれば良い。…だが、相手はちょっと苛立ったか
と思うと、いきなり口から光の槍を吐き出す程に気難しい。生易しい相手でないのは間違
いない。
 一方、深紅の竜。…もう一度、右の瞳を傾けた時、このゾイドは気がついた。ギルの左
の頬が腫れていることを。エステルに引っぱたかれたダメージは思いのほか高く、未だに
手形がくっきり残っている。これが誰の手によるものか、このゾイドにはわかったのか、
どうか。だがいずれにしろ、目前の少年は傷付いている。
255魔装竜外伝第二話 ◆.X9.4WzziA :04/12/29 11:54:42 ID:???
「…んっっ」
 ギルの左の頬を走った、ひんやりとした感触。頭のてっぺんまで心地よさが一気に届く。
ゆっくりと振り向いた時、ギルは感触の正体に気がついた。深紅の竜が、寄せてきた鼻先。
いたずらにすり寄せ甘えるのではなく、そっと、あくまで自然に触れてみせる。
 暁を背に、いつしか寄り添う。…刹那の、共有。やがて。
 くすくすと、ギルは笑みを零した。
「エステル先生に、怒られたよ。君を尊重しろって」
 唐突に、頬を離す。一転、真剣な眼差し。
「教えて欲しい。伝説じゃない、ありのままの君を」
 両者の視線が今度こそ重なり合う。
 今一度首をもたげた深紅の竜。徐に、胸のハッチが開く。…乗れと、言うのか。
 だがギルは、おかしなことに気がついた。奥の全方位スクリーンに描かれているのは、
周囲の風景ではない。妖しげにうねる、彩り。水彩絵の具をでたらめにぶちまけたような
映像は、まさしく異次元への扉。
 思わず生唾を呑み込む。…だが、その中に答えがあるというのであれば。額の刻印が、
決意に応じて強く明滅する。
 少年に後ずさりする余地はなかった。竜も又同様に、心を閉ざす余地はなかったのであ
る。

 高台の、麓。土煙を上げてビークル、到着。土嚢の間に取り付けられた木製の門の、丁
度真下辺り。そこへ行き着く坂道の幅は、町中に入れても法には問われない3S級ゾイド
(ゴーレムやバトルローバーなど、牛や馬程度の大きさのもの)が歩ける規模のもの。
 その辺一帯よりやや離れたところ。辺りの岩や地面の亀裂に、潜伏するのは異相の男と
鋼鉄の鎧を纏った者達。物陰からそっと覗き込み、ヘルメットの耳辺りのダイヤルを弄る。

 ビークルから颯爽と降り立つ、男装の麗人。…一歩、前に出ようとしたところでふと、
何かを思い出したかの様子で立ち止まる。
「忘れてたわ…」
 言いつつ懐から取り出したのはサングラスだ。暫しそれをまじまじと見つめた後、軽く
溜め息を着きつつ伏し目で掛けると再び胸を張り、進もうとするが。
256魔装竜外伝第二話 ◆.X9.4WzziA :04/12/29 11:59:49 ID:???
「動くな!」
 突如土嚢の影から立ち上がった、ボロ切れを纏った男、数人。手にするのはいずれも型
は古そうだが身なりよりも小奇麗に手入れされた小銃だ。纏ったボロ切れの下は重ね着で
着膨れている。
 サングラスを掛けたエステルの瞳は見えない。だが、ゆっくり手を上げてみせた彼女の
様子からして動揺の色は全く伺えない。
 男の一人が前に出る。線の太い、ガッシリとした体格の持ち主。小銃の構えは解かぬま
ま。
「何のようだ」
 低いがよく通る声で、問い掛ける。
「旅の者です。申し訳ございませんが食料とワインを分けては頂けないでしょうか」
 エステルの声もよく通るが、澄み切ってもいた。因みに彼女が水ではなくワインを求め
たのを奇異に感じる読者はいるだろう。だが生水よりもしっかり殺菌処理の施された酒類
の方が安全且つ安価な地域は、地球でも惑星Ziでも案外珍しくない。
「余所者に分けてやる食料などない。帰れ!」

(おいおい、随分な言い方だな)
(だが良い展開だ。さっさと離脱してもらわねば俺達もやり辛い)

「まあ待て、お主ら」
 男達の後ろから割って入ってきたのは、杖をつき、毛糸の帽子を被った老人だ。
「お、親父!?」
「お嬢さん、まさかゾイドも無しに一人旅ということはないじゃろう?」
 老人に向かい、まずは一礼したエステル。
「私の生徒と共に、遠くで待たせております。いきなりゾイドを伴っての来訪は失礼かと
思いました」
 落ち着いた物腰に、誰もがじっと聞き入る。
257魔装竜外伝第二話 ◆.X9.4WzziA :04/12/29 12:01:24 ID:???
「成る程、よくわかり申した。ワインと数日分の食料、それに朝食程度は御馳走できよう」
「親父、いいのかよ!? 昨日の、今日だぞ!」
「馬鹿者。略奪が目的なら礼など尽くさずさっさと仕掛けておるわ。人を見る目は曇らせ
るな。
 生徒さんとやらとゾイドを、お呼びなさい。貧しい村故、大したものは御用意できませ
んがな」
「ありがとうございます」
 深々と、頭を下げたエステル。

(これはまずいぞ!?)
(総大将、如何なさいますか?)
(…俺が合図するまで、絶対にここを離れるな)
 周囲に視線を送りつつ腕時計型の端末を口元に近付け呟くと、すっくと立ち上がる。
(そ、総大将!?)

「御婦人、茶番はその程度にして頂きたい」
 声の主は、エステルより遥か向こう。ザッ。ザッ。石と砂を一歩又一歩と踏み締めなが
ら近付いてくる。軍帽、軍服、マント、ありとあらゆるものが水色に彩られた男。遠目に
もわかる程に背は高い。そして男の異相。守宮のような瞳は、その場にいる者達全ての心
の奥底を覗き込むような凄みがある。
 半身で振り返ったエステル。動揺の色は全く、見られない。
「さて、どちらさまでしょうか」
「俺も聞きたい。『どちらさまでしょうか』…伝説の、魔装竜の主人殿!」
 エステルはサングラス越しに目を見張った。噛み締めた、唇。村人達を振り返ると再度、
深々と頭を下げる。
 向こうで、飛び散る砂利の音。
258魔装竜外伝第二話 ◆.X9.4WzziA :04/12/29 12:02:52 ID:???
「申し訳ございません。折角無理なお願いをお聞きして下さいましたのに…」
「…危ない!」
 叫ぶ男達。だがそれよりも早く。
 振り向きざまに、軽い助走をつけつつ飛翔。
 怪鳥音。交差する、飛び蹴り。
 着地する、二人。体が入れ替わる。エステルは向こうへ、飛び蹴りを仕掛けた異相の男
は逆に村人達の側へと。
「この余所者がぁっ!」
 小銃を振り上げ、或いは突きつけようとする村人達。老人も杖を構える。異相の男、ま
ずは殴り掛かってきた男達に鉄拳の洗礼。強烈なボディブロウに沈んでいく者、一人、又
一人。その三人目をむんずと捕まえると、小銃を突きつけた男達目掛けて突き飛ばす。仲
間の巨体をぶつけられてたちまちバランスを崩す彼ら。老人も思わずへたり込む。
 暴挙に出た異相の男を止めるべく、後方より放たれた拳。エステルの一撃だ。しかしこ
れを振り向きざまに受け止めると忽ちの連打、連打。しかし、応じるエステルの防御も隙
がない。その上しっかりと受け止めつつ反撃するものだから男の拳も休まらない。
 まさに達人同士の応酬。それを老人以下村人達は声を失ったまま見入るより他ない。
 ぶつかり合う、右の拳。骨のぶつかり合う音が響き、ミシミシと、互いの拳が、腕が、
五体が軋む。
「私を倒したら、お目当てには巡り合えないわよ?」
 この激戦の最中でさえ微笑んでみせるエステルの余裕。だが、それは異相の男も同じこ
と。
「魔装竜とギルガメス君の仲は良くないようだな」
「!」
「このまま只で御婦人を逃し追跡を掛けたとしても、彼らの居場所に案内してはくれぬだ
ろう」
「…中々の推理ね。でも貴方、効率悪いわ。よく周囲を見渡してみればいつの間にかお仲
間が沢山隠れているのに、一人でしか戦えないなんて。その上武器も使わないし」
「迂闊に銃弾を使おうものならそれで出自が割れるご時世なのでな。それに、見知らぬ兵
士が村を襲えば国際問題だが、見知らぬ者が辺境で殴り合うだけなら守備隊も、動かん!」
259魔装竜外伝第二話 ◆.X9.4WzziA :04/12/29 12:04:38 ID:???
 拳が、離れた。
 腰のサーベルに手を掛けた異相の男。
 だが、しなやかな動きで男より大きく離れたエステル。右手でサングラスを外す。と、
忽ち妖しく輝く額の刻印、そして凍てつく程鋭い蒼き瞳。翳された、左手。
 目には見えぬが、得体の知れぬ力が迸ったのは村人達の目から見ても明らかだった。両
者の間で抉れる地面!
 しかしこの見えない打撃を、受け止めた異相の男のサーベル。凄まじい力に全身を震わ
せながらも、遂に、渾身の逆袈裟斬り。
 辺り一帯に拡散した、地面の抉れ。…その時既に、エステルはビークルのすぐ近くまで
走り切っていた。
「追えぇーーーーっ!」
 異相の男、絶叫。待ってましたとばかりに岩場や地面の亀裂から飛び出てきた鋼鉄の鎧
を着た男達。ビークルに搭乗し、光学迷彩を解くと次々と追撃に転じる。
「少々、手の内を明かしてやった。知恵が働くなら罠など掛けず、魔装竜のところへ案内
してくれる筈だ」
「了解! 総大将は如何なされますか?」
「言わずもがな! マーブルと合流し、諸君らを追う!」
 腕時計型の端末で指示を出しつつ、走り去った異相の男。
 村人達は一部始終を、只々呆然と見守るより他なかった。よろめきながらも再び立ち上
がる老人。
「…お、お主ら、大丈夫か?」
 痛む腹を抱えながらも、男達は立ち上がった。
「あぁ…どうにか、な。それより親父…俺、古代ゾイド人なんて初めて見たぞ」
 その言葉に頷く老人。
「おお、そうか、そうだったな。それにしても…」
 顔を見合わせる彼ら。
「伝え聞く『魔女』の風貌にそっくりじゃった」
260魔装竜外伝第二話 ◆.X9.4WzziA :04/12/29 12:06:06 ID:???
「…ここ、は?」
 全方位スクリーンを取り囲む異常な色彩感覚の映像が一転、切り替わった時。ギルは深
紅の竜の過去の記憶を追体験していることに気がついた。今、彼らは水槽の中。温い、培
養液の海を竜は気持ち良さそうに泳ぎ回る。ギルは固定器具で座席に括り付けられた状態
であるにも関わらず、相棒と皮膚感覚を共有していた。これも彼の額で輝く刻印の為せる
技か。
 そう言えば、背中が少々むず痒い。…まだ、翼や鶏冠は生え揃っていないようだ。
「君は、人の手で生み出されたゾイドなのか…」
 ギルの問い掛けに答えるかのごとく、靴の音が聞こえてきた。…水槽の、外。何人かが
立ち止まってこちらを見ている様子だが、暗がりで顔が見えない。
「実験は成功のようだな。順調に成熟したら、早速最前線への投入だ」
「勿論でございます。ジェノブレイカーは『死ぬために生まれたゾイド』でありますれば」
「或いは『殺戮と破壊の使徒』か。如何なる生き物にも相応しい『場』というものがある。
楽しみにしておるぞ、ククク…」

(「死ぬために生まれたゾイド」?「殺戮と破壊の使徒」? 一体、どういうことだろう…)
 意味ありげな彼らの言葉が引っ掛かる。が、その時。
 薄暗い全方位スクリーンが突如、明るくなる。と同時に、前方に映し出されたのはこの
辺りの地図。深紅の竜が備える優れた五感がそのまま反映されるものだ。
「何だ、この光の点。…ビークル、か。ってまさかエステル先生!?」

 爆音を上げて、地表すれすれを飛行中のビークルが一台。やや遅れて、執拗に追尾する
ビークルの群れ。着々と夜明けの階段を踏みはじめる朝日に照らされ始め、やがて地平の
キャンパスに描かれ始めたシルエットは実に眩しい。
(…どうしよう、本当に)
 先行するビークルにて思案するエステルの、何とも渋い顔。折角の美貌が台無しになる
程彼女を悩ませる理由は簡単だ。
 時折後方から放たれる光弾を華麗に避けてはいる。だがその間にも巡らす思考が、早く
も堂々回りに陥っていた。
(彼らを振り切るのは容易ではない。…でも、拳を交えてみたからこそ、私にはわかる。
 今のあの子達では、彼奴には勝てない!)
261魔装竜外伝第二話 ◆.X9.4WzziA :04/12/29 12:08:33 ID:???
 一方、追跡する鋼の鎧を纏った兵士達も必死だ。
「とにかく振り切られるな! 足止めして包囲する方向に持っていくんだ!」
 時折群れの左方が広がり、エステルの愛機を狙い撃ちに掛かる。
「その調子だ! ジェノブレイカーは夜行性。ならば東へ隠れることはない!」
 と、そこへ。右方から轟く咆哮、リミッターの回転音。鎧の兵士達が思わず振り返る。
背中に二枚の翼、六本の鶏冠を生やした二足竜。氷上を滑るように地面を断続的に蹴り、
鶏冠からは蒼炎を吹き出しながら疾走。荒野が土砂の波飛沫を上げている。
「隊長、ジェノブレイカーです!」
 一転、不敵な笑みを浮かべる面々。
「よし、後は総大将とマーブルの到着を待つのみだ!」

「先生! エステル先生っ!」
 コントロールパネルに埋め込まれたモニターに、映し出されたのは不肖の生徒。息せき
切って、馳せ参じてきた。
「貴方達、どうしてここに…!?」
「だってこいつ、先生が追われてるって…」
 しまった。頭を抱えるエステル。自分でも気付かぬ内に、深紅の竜が備えるレーダーの
守備範囲内に入ってしまったのか。
「…仲直りは、済ませたの?」
「え、えっと、一応」
「じゃあ、その子の言い分、全部聞いてあげたのね?」
「…え」
「何なの、その『え』ってのは」
「いや、その…」
262魔装竜外伝第二話 ◆.X9.4WzziA :04/12/29 12:09:57 ID:???
 想像と、期待を遥かに下回る展開。操縦桿を握る彼女の両手が怒りに震えている。だが、
事態は彼女に罵倒する権利さえも与えない。
「!? 来るわよ、左…いや、上!」
 思わず自らの左方を振り向くギル。その方角に突き立っているのはやけに長い金属棒。
そして、それと平行に上方へ立ち上っていく土煙、一条。…相手は、地を蹴った!
「う、えっ!?」
 暁に照らされ、浮かび上がった影。空を見上げる竜と少年が呆気に取られるよりも早く。
 水色のゴドス、落雷のごとき蹴り一閃!
 慌ててレバーを引き絞ったギル。渾身の蹴撃に対し深紅の竜は顎を引き、堅い頭部で受
け止める。だが破壊力は予想以上。水色のゴドスが着地した時、受け止めた彼らも仰向け
に昏倒。
 コクピット内のギルは、前後或いは上下のシェイクを余儀無くされた。
「な、何だよ、今の…わっ!」
 気が付けば竜の首のそばに、立っている敵。
 全身を、横転。その場を土砂が舞う。
 鋭利な爪が、荒野に深々と突き刺さっていた。水色のゴドスは悠然とそれを引き抜くと
後方に跳ねて下がり、再びあの得体の知れない金属棒を手にして構える。
「昨日の雑魚よりは、できるようだな。心して行くぞ、マーブル!」
 異相の男と呼吸を揃え、水色のゴドス、気合の咆哮。
 辛うじて立ち上がり始める、深紅の竜。コクピット内のギルは頭を何度も振ってダメー
ジを軽くするので精一杯だ。
 彼らの屍が、暁の元に晒されようしていた。
263魔装竜外伝第二話 ◆.X9.4WzziA :04/12/30 00:50:40 ID:???
【第三章】

 爆音。轟音。金属音。咆哮に次ぐ咆哮。
 朱の輝きが眩しいレヴニア山脈の方角から、様々な音が谺してくる。只、これらを組み
合わせたとしても、決して優れた楽曲は完成し得まい。ゾイドが、Zi人が殺し合う音に
間違いないのだから。
 東リゼリア村の麓では、老人以下数名の者達が山脈の向こうを見つめていた。と、遠く
からやってきたのは、人のように二本の手と二本の足を備えたゾイドだ。纏うは白い装甲、
両腕は長く、前屈みになって地に拳を打ち付け、その勢いで身体を前方に進ませる。この
歩き方は地球の生物・サルにそっくりだ。しかし頭部は寸詰まりの上、大きな一つ目は逆
に掛け離れた印象を与える。人呼んで独眼猩機(どくがんしょうき)ゼネバスゴーレム。
惑星Ziでゴーレムといえば大抵これを指す。
 老人の元に馳せ参じたゴーレム。精々人の二倍程度の背丈。腹の部分にまで広がる口を
開けると、中には簡単なコクピットが埋め込まれていた。そこからゴーレム自身の手を借
り、地面に立ったのは先程の戦いで老人を親父と呼んだあの男だ。声を掛ける老人。
「どうじゃった?」
「おっ始まってる。『魔装竜さま』と、水色の、変な棒を持ったゴドスだ。
 まさか生きてる内に『魔装竜さま』が拝めるなんて思わなかったが、大分動きが悪いぜ…」
「そうか…」
 老人以下この場にいた村人達は一様に表情を曇らせる。そうするより他、ないのか。

 深紅の竜と水色の小暴君・マーブルとの戦いは、俄に猛獣使いの調教風景の趣を見せつ
つあった。…目前の敵の何倍もの体格を持つ前者は、きっと、間合いを近付ければ掴み掛
かって力技で引き裂いたり、捻り潰したりできるとでも高を括っていたのだろう。だが後
者の立ち回りは凡そあらゆるゾイドの常識を超えていた。
 地を蹴り間合いを縮めようとすれば、あの金属棒で足首目掛けて正確な突き。
 飛び跳ねて頭上を越えようとすれば、すぐさま上半身を倒し背部の銃器で装甲の薄い股
間や膝・足首など関節部分を狙撃。
 転倒したら渾身の後ろ蹴り・ゴドスキックで襲い掛かる。その度、翼を前方に展開して
どうにか防ぎ凌ぐより他ない。
264魔装竜外伝第二話 ◆.X9.4WzziA :04/12/30 00:51:59 ID:???
「落ち着けよ、落ち着けったら! 突っ込むだけじゃ駄目だ。サイドステップ!」
 だが即席のチームでは、こんなにも動きが悪くなるというのか。どうにかなだめつつも
無理矢理な動きはベタベタと地面を踏み鳴らし、まことにぎこちない。
 ベタ足の間隙を縫って、忽ち襲い掛かるゴドスキック。慌てて後方へ下がろうとするが。
「ん、うわっ! な、何故転んだ!?」
 すぐさま顔を持ち上げて相手を見つめれば、そこには背部を見せるマーブルの姿。しな
やかに曲がる尻尾の先端で、金属棒を括りつけている。
「後ろ蹴りに見せ掛けてリーチの長い棒での一撃…はっ!?」
 澱むことなく再度、身体を回転してみせるマーブル。…転倒した深紅の竜にとって、頭
部や胸部ゾイドコアはゴドスキックの格好の標的だ。間に合わぬ、翼での防御の代替は何
とか、両腕で。だが、この圧力は何だ。全身が、軋む。ギルの脳天から足の爪先まで、一
気に貫通する衝撃。
 その上で、深紅の竜の頭や首目掛けて度重なる踏み付け、棒での突き。マーブルの攻撃
は留まるところを知らない。
「ギル、ギル、聞こえて!? とにかくはね除け、立ち上がりなさい! 間合いを維持し
なければ貴方達は勝てない!」
 こちらは依然、追っ手の猛攻を交わすのが精一杯のエステル。乗り手の腕前は彼女が一
枚上手のようだが、相手は数が違う上に何とも執拗。機を見て包囲を目指し、又激突すれ
すれの交差で撹乱を試みる。取り敢えずギル達に指示を出すことはできても、乗機の武装
やあの得体の知れない能力を使う好機が見出せない。
 だが、彼女の劣勢を気に止める余裕すらないのが今のギルと深紅の竜だ。
「は、はいっ! 軸足、狙うよ! …そうじゃない、軸足だって!」
 ギルの指示とは正反対に、踏み付ける相手の蹴り足を右腕で払おうとする。だが見事に
すり抜けられ、却って右腕目掛けて踏み付けられる羽目に。今まさに、この即席チームは
不馴れな連携から自滅への階段を転げ落ちようとしていた。
(どうしよう、どうすれば良いんだ!?)
 唇を噛み締めるより他ないのか。だが、そんなギルの心の声を耳にしたかのように。
 深紅の竜の、背中。通常は六本の鶏冠が覆い被さっている部分。そこが突如、口のよう
に開くと、眩い光の粒が吸い込まれていく。
265魔装竜外伝第二話 ◆.X9.4WzziA :04/12/30 00:53:39 ID:???
「まさか、又…!?」
「止めさせなさい、ギル!」
 荷電粒子砲だ。止めなければ。止めなければ! 止め…な、かったら?
 悪魔の囁き。己が危機に大きく揺さぶられる少年の心。レバーを握りしめる掌が、僅か
な弛み。
「…しまった!」
 竜の口から放たれた、光の槍。反動で、自らの身長程も後退。踏み締める両手両足の爪
と、槍の破壊力によって、地面に深々と傷跡が彫り込まれる。
 思わず目を背けたギル。レヴニア山脈の向こうで岩盤が砕ける音がする。…やってしま
った、やってしまったのか? 恐る恐る、視線を戻してみれば。
 目前に伸びる大地の傷跡中央に、垂直に突き立ったあの、金属棒。…上!?
「ギル、上ぇっ!」
「はっ!?」
 見上げた時には、既にマーブルのゴドスキックが目前に迫っていた。仰向けに、転倒。
一方、この軽妙な水色のゴドスはしなやかな動きで着地し、何もなかったかのように身構
えてみせる。
 敵機の攻撃をどうにか躱しつつ一連の攻防を横目で睨んでいたエステルの、歯軋り。…
幾ら即席チームとは言え、相手が悪い、悪すぎる。
「成る程。当たれば最強だ。…当たれば、な」
 異相の男が呟く言葉の、何と辛辣なことか。こちらは汗一筋も流してなどいない。
 反面、ギルと深紅の竜は、既に息も絶え絶えだ。
「何でこんなに速いんだ? 重いんだ? それに、あの金属棒! 荷電粒子砲ですら傷一
つ付かないなんて…」
「知りたいか? これは『ホエールカイザーの鬚(ひげ)』。ホエールカイザーの口の中
には無数の鬚が生えている。これを使って餌と空気をこし分けるのだ。只、餌はゾイドだ
からな。その硬さも尋常じゃなく、又弾性も見ての通りさ」
 言いながら、ジリジリと後退りする水色のゴドス・マーブル。
266魔装竜外伝第二話 ◆.X9.4WzziA :04/12/30 00:55:46 ID:???
「『そろそろですな、総大将?』」
 ゴドスのコクピット内は深紅の竜のそれとは違い、非常に狭い。外部視認の手段も全方
位スクリーンではなく、キャノピーによる直接視認と立体映像による補助を使い分ける、
実にオーソドックスなもの。その立体映像が異相の男の左右に浮かんだ。右はタートルカ
イザーで待機する初老の高官。左は鋼の鎧を纏ったビークル部隊の隊長だ。
「頼むぞ。…御苦労!」
 前者の言葉は高官に向けて、後者は隊長に向けてだ。
「ロブノル、口部ハッチを開け! ゴドス部隊、出撃。その後、ビークル部隊を回収」
 高官の合図と共に、再び切り開かれた、空間。依然光学迷彩使用中のタートルカイザー
「ロブノル」が口を開くと、内部からワラワラと銀色のゴドスの群れが隊列を組み、疾走
を開始する。その数、二十五匹!
 一方、突如退却し始めたのがビークル部隊だ。訝しむエステル。
「な、何だって言うのよ…まさか!?」
 コントロールパネルを見遣る。レーダー、範囲を拡大。…辺り一帯を取り囲もうとする
無数の光点。
「包囲網! このままでは、あの子達は!?」
 エステルの瞳に映る大小二匹の激突は、今まさに佳境。後退りするゴドスを見て、仰天。
あの挙動は退却の証などではないからだ。事態は悪化どころの話しではない。
「ギルガメス君、君の素質は中々だが、いかんせんゾイドとの相性は最悪だ。
 今わの際に覚えておくが良い。最強のゾイドも最強のパイロットもない、只々、最強の
チームあるのみ。
 …喰らえっ! 機竜、三段蹴り!」
267魔装竜外伝第二話 ◆.X9.4WzziA :04/12/30 00:57:15 ID:???
 後方へ、一際高く飛び跳ねる。地面に突き刺さった金属棒「ホエールカイザーの鬚」を
壁面代わりにし、高角度の三角飛び! 落下点目掛け、伸びるマーブルの蹴り足。
 轟音。
 どうにか立ち上がった深紅の竜目掛けて、余りに酷な蹴撃。際どいところで展開された
翼。だが蹴りの重みは半端ではない。鈍い金属音。起立早々にふらつく足元。
 後方へ飛び退くマーブル。だが着地点は地面ではない。…バネのように揺れる金属棒。
その反動を頼りに!
 轟音、再び。
 襲い掛かる蹴りは更に重く、しなやか。…深紅の竜が、膝をつく。翼の防御が、解けた。
 再々度後方へ、飛び退くマーブル。
 轟音、三たび。
 とどめの一撃はやはり後ろ蹴り・ゴドスキック。バランスを崩し回復もままならない深
紅の竜の首目掛けて、遂に炸裂。
 ゆらり、仰け反る深紅の竜。そのままゆっくりと、大の字に倒れた。
 マーブルは後方へ見事な宙返りを見せつつ着地。すぐさま背後の金属棒「ホエールカイ
ザーの鬚」を地面から抜き取ると両手で構えてみせる。
 深紅の竜はぴくりとも動かない。その元へ、飛んできたビークル。
「立ちなさい! …立てぇぇーーーーっ!」
 モニターに向かって。或いは目前の本体に向かって。怒鳴るエステル。だが深紅の竜は
ピクリとも動かない。
「御婦人、そこまでだ」
 マーブルから発せられた異相の男の声に対し、機体を真正面に向け、不甲斐無い生徒達
を背負ってみせたのは不退転の決意の現れ。しかし劣勢は、如何ともし難い。
 と、そこへ。彼らを取り囲むように立ち上った土煙。…銀色のゴドス、二十五匹の包囲
網。
「射撃、用意。目標、『魔装竜』ジェノブレイカー」
 抑揚のない声で下された異相の男の指示。波打つように、銀色のゴドス達は腹部の銃器
を一点に向けてみせる。
268魔装竜外伝第二話 ◆.X9.4WzziA :04/12/30 00:59:01 ID:???
「…いいの、貴方達?」
 流れゆく、朝焼けに焼かれた鰯雲。エステルは、背後の生徒達に問いかける。
「私は構わない。千年前に一度は捨てた身だしね。
 でも、貴方達。折角の出会いを、可能性を、台無しにしたままこんなところで野垂れ死
んでしまって本望なの?」
 サングラスを、懐にしまう。拘束を解かれた蒼き瞳は真っ赤に充血してはいるが、決し
て涙を流したりはしない。額の刻印を眩く明滅させ、ゴドス達をひと睨みする。
「撃てぇっ!」
 異相の男の容赦ない号令が、谺した。

 深紅の竜のコクピット内で、ギルは惚けていた。眼前に敵は、見当たらない。…視界の
外に、いるだけだ。何しろ彼らは仰向けのまま、立つこともままならぬのだから。
(これ、で、終わり…?)
 視界を、灼けた鰯雲が覆い尽くす。
(…や、だ)
 雲を払い除けようとするが、肝心の右手が持ち上がらない。
(嫌だ、嫌だ、いやだっ、いやだぁっ!)
 無理矢理手を伸ばし、雲を引き裂いた時。突如、切り替わった全方位スクリーンの映像。
 鰯雲の一変。…立ち篭める黒雲。光閉ざされた、頭上は曇天。
 これは如何にと身を持ち上げようとしたギル。意外にも、今までのダメージが嘘のよう
にふわりと持ち上がる。それに合わせて、九十度回転してみせた全方位スクリーンの映像。
 姿勢を戻した時、ギルは状況の激変に初めて気が付いた。
 死屍、累々。人の骸も、ゾイドの骸も。それらが見当たらぬ箇所には流血、或いはどす
黒い油が。不意に、口を押さえたギル。完全密閉されたコクピット内であるにも拘らず、
腐臭が鼻につき、吐き気をもよおさせる。
「ここは…」
 その答えを指し示すものが、曇天を引き裂く雷鳴と共に現れた。稲光りによってシルエ
ットしか見えないが、それだけでもギルには十分だ。…あの四本足、それに巨大な頭部。
所謂高速ゾイド「ライガー系」の仲間か。それが、三、四、五…え、一体どれだけいるん
だ!?
269魔装竜外伝第二話 ◆.X9.4WzziA :04/12/30 01:00:52 ID:???
 何度目かの、落雷。それを合図に、一斉に地を蹴った四本足のゾイド達。
 対する深紅の竜。何ら動じるところを見せず、徐に翼を広げたかと思うと。
 一気の、疾駆。土の代わりに骸が舞う。
「ば、馬鹿ぁっ! そんな大軍相手に何しようって…!?」
 慌てて両手を力ませる。ところが。何の手応えもなく、易々と引き絞れてしまったレバ
ー。不意の事態に何度もレバーを動かしてみるが、両手の感触も目前の風景も、何らの変
化も生じてはいない。操縦系統の異変を知らせるエラーメッセージは全く表示されないの
だから、故障では無さそうだ。
 一連の現象は、何だ。この気難しいゾイドが思い描く夢のようなものか。
 いやそれとも、僕自身が夢現つでコクピット内にいるということなのか。
 襲い掛かるライガー達。翼の内側から双剣を展開した深紅の竜。鮮やかな横斬りは宙に
弧を描き、半径に収まったライガー達の足を、尽く薙ぎ払ってみせる。返す刀で、額のキ
ャノピーを、或いは腹部のゾイドコア部分を砕き、貫く。その戦いぶり、まさに残忍。ま
さに狂乱。
「止めろ! そんなことしたら、ゾイドも人も死んじゃうよ! 止めろ、止めろってば!」
 無反応なレバーを、それでも懸命に引っ張った時。不意に視界が、雨で、濡れた。…い
や。
 これは、涙。わけもわからず肩で、腕で拭ってみるが留まるところを知らない。こうも
止め処なく溢れる涙とは一体なんだ。そこに思い至った時、ギルは涙の正体を直感した。
 深紅の竜の、依然伝え得ない気持ち。それを、人の生理を刺激する形で無理矢理にでも
伝えようとしたのだ。つまりこのゾイドの真意は…!
 後方から飛び掛かる、別のライガー。それを振り向き様に口を開けば、放たれたるは光
の槍。忽ち串刺しとなって墜落する。だが追撃は八方、十六方から。それらにはたった今
出来上がったゾイドの骸を投げ付けると、返す刀で光の槍、槍、槍。
 今再び、辺りを覆う静寂。曇天を仰ぐ深紅の竜。雷鳴と、咆哮だけが響き渡る。
 勝鬨であるわけがない。
 これは、慟哭。他に表しようもない、己が真意。ギルの瞼から溢れる涙も勢いを増すば
かり。
270魔装竜外伝第二話 ◆.X9.4WzziA :04/12/30 01:03:44 ID:???
「そんなに、辛かったのか…」
 今ここに立ち尽くすのは、激しい気性や優れた身体能力などという、Zi人の勝手な都
合で戦場に駆り出された一匹のゾイドに過ぎない。己が生きていけさえすれば、それ以上
の殺戮を重ねる理由は何もないというのに。
 やがてポツリ、ポツリ。癒しの雨音。傷付いた竜の心を洗い流すかに見えたが。
 落雷と共に、再び浮かび上がったシルエット。今度はライガーか、それともゴジュラス
か。しかしそのようなことなど問題にしない…できない深紅の竜。翼を水平に構え直し、
腰を落として力を溜める。
「止めろよ…」
 骸を踏み散らかして、助走。ギルの呼び掛けなど、最初から聞こえていないのか。
「馬鹿! 止めろってば!」
(馬鹿ゾイド! 父ちゃんを返せ!)
「…え」
 全方位スクリーン一杯に迫る小石。卵。それから…。
(何が「決戦ゾイド」よ! 夫を返して!)
 罵声を浴びせ、物を投げ付けるのは古めかしい民俗衣装を着た女子供だ。皆、顔に入れ
墨をしている。出身部族を表したりするこの風習は、ヘリック共和国の強引な「民主化政
策」の名の元に相当昔、禁じられた筈だ。ではこの映像は…!
(お前なんか、死んでしまえ!)
「ちょ、ちょっと待っ…」
(粉砕、千。大破、五百。素晴らしい。実に素晴らしい。まさに「殺戮と破壊の使徒」)
 いきなり切り替わった映像。
(スリーパーでもこの戦果だ。次の戦闘も期待しているぞ?)
 白衣を着た者、それに、軍服を嫌味な位折り目正しく着こなす者。
(ん〜? 何だ、その顔は? 明日の朝日を拝みたいなら、今まで以上に殺せ!)
「む、無茶苦茶…!」
 言うなよ、と続けようとしたギル。だが怒声は、簡単に掻き消された。
(死ね! 死ね! 死ね! 死ね!)
(殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ!)
271魔装竜外伝第二話 ◆.X9.4WzziA :04/12/30 01:05:42 ID:???
 全方位スクリーンを、女子供が、軍人や学者共が埋め尽くす。
 激変する映像はギルの口を真一文字に結ぶゆとりすら与えない。これが…これが僕と、
君との間の深い溝、か。あんなに拗ねてみせたのは、僕の無知さ加減に絶望したからなの
だな。君自身の過去を受け止め切れる器じゃないと。
(死ね! 死ね! 死ね! 死ね!)
(殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ!)
「止めろ…」
 掻き消される。だがそれでも。
(死ね! 死ね! 死ね! 死ね!)
(殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ!)
「だから、もう止めろぉっ!」
 汗で吸い付いた両手のレバーをかなぐり捨て、抱き締めた、上半身の固定器具。
 映像が、止まった。
「自棄(やけ)に、なるなよ…」
 それは愛しい人の慟哭を宥めるかのように、強く、そして優しく。ふとギルの瞼を見れ
ば、断ち切られた涙。
「僕が、全て受け止めてあげるよ。…怒りも、悲しみも。そして、分かち合おう、喜びを。
 ジェノブレイカーの名前は今日限りだ。これからは只の『ブレイカー』、呪われし運命
を共に砕き、切り拓こう!
 だから『ブレイカー』! 僕の、ゾイドになれぇっ!」
 ギルの叫びと共に、全方位スクリーンを光が包んだ。

 解けた光。
 再び、灼けた鰯雲が眼前を覆い尽くす。
 砲声、乱打。…怒濤のサイレンに、我を取り戻したギル。スクリーンの、向こうに映る
人は!
272魔装竜外伝第二話 ◆.X9.4WzziA :04/12/30 01:07:46 ID:???
 深紅の竜を守るべく、宙に留まるビークル。その機上ではエステルの仁王立ち。明滅す
る額の刻印。己が持つ超常の力でゴドス二十五匹による一斉射撃を防ぐつもりだ。一か八
か、自らの心身が持ちこたえられる保証もないが、それでも彼女に迷いはない。
 だが、彼女の死を賭した挑戦は、ギリギリのタイミングで回避された。
 乱れ撃つ、金属音。…それはついさっきまで己が肉体に浴びせられるはずだった、あの
砲声の成れの果て。
 深紅の竜は翼を広げ、彼女をビークルごと覆い隠していた。自身は装甲の薄い部分を蹲
って極力庇う。
「ギル…あ、貴方達…!?」
「先生、すみません。たった今、『ブレイカー』と…」
 初めて指し示された相棒の名。不肖の生徒の言葉に彼女の涙腺が緩みかける。しかしそ
れも束の間、更なる銃撃の雨。その度、コクピット内で揺れ動くギル。振り子を逆さまに
見るようだ。
「うわっ!? あ、あれっ!? 一体、どうなってるんだ?」
「ギル…貴方、刻印は?」
「え、刻印? あれ?」
 額に手を当てるがあの妙な熱さはどこへやら。あの不思議な光景を目の当たりにした時、
彼は意識を失い刻印も消失していたらしい。
「…どうやら、本当に死ぬ一歩手前でわかり合えたみたいね。
 OK、ギル。ならば、私の瞳を…」
 美貌の女教師の刻印が、蒼き瞳が光輝を湛える。スクリーンの向こう、導く彼女と視線
が重なった時。
273魔装竜外伝第二話 ◆.X9.4WzziA :04/12/30 01:08:47 ID:???
「『例え、その行く先が』」
「『いばらの道であっても、私は、戦う!』」
 二人の声が揃うと、ギルの額にも浮かび上がった刻印。
 不完全な「刻印」を宿したZi人の少年・ギルガメスは、古代ゾイド人・エステルの
「詠唱」によって力を解放される。「刻印の力」を備えたギルは、魔装竜ブレイカーと限
り無く同調できるようになるのだ!
 深紅の竜の、唐突な、跳躍。異相の男にすらまるで動きが読めなかったのは無理もない。
相手の動きからは力の溜めが一切伺えなかったからだ。慌てて「ホエールカイザーの鬚」
を繰り出すものの、虚しく宙を斬る。
 群れの囲みをいとも易々と飛び越えたブレイカー。辺りを骸ではない正真正銘の土煙が
舞う中、その掌からはビークルが悠然と離れていく。
「さあ貴方達。仲直りの証、見せてもらうわよ?」
「はいっ! ブレイカー、行くよ!」
 暁を背に、浮かぶ二十六匹のシルエットは忌わしき死神の葬列。
 片や、暁に照らされ始めた魔装竜ブレイカー。深紅の身体はまさしく地上の太陽。
 目指すは勝利、そして過去との決別。決戦の火ぶたが、遂に斬って落とされた。
274魔装竜外伝第二話 ◆.X9.4WzziA :04/12/30 13:05:24 ID:???
【第四章】

「二十六対一で挑み掛かるとは、お主ら正気か?」
「二十六対一だから、友達を見捨てろって言うのかよ!」
 散開する銀色のゴドス部隊。急進するブレイカー。ビークルが後に続く。
 ゴドス部隊は瞬く間に陣形を整えた。三重の、鶴翼陣。断固として突破を許さぬつもり
だ。
 一方、改めてブレイカーとのシンクロ(同調)を果たしたギル。突き抜ける風は、実に
爽やか。
「ブレイカー? 囲みを突破して、さっさとここをお去らばしよう。エステル先生、どう
ですか?」
「同感ね。この子の決意が鈍る前に…」
 そう彼女が答えた途端、振り向いて抗議の鳴き声を飛ばすブレイカー。深紅の竜の決意
は、本物だ。苦笑し手を上げてエステルは謝罪する。
「おっと、そうはさせるかぁっ!」
 上方からは飛び蹴りの、やや遅れて下方からは横隊で決めるゴドスキック「草刈り鎌」
の雨。だがそれよりも早く。
 翼を前方に展開し、ブレイカー、跳躍。
「飛び蹴りが、伸び切って打点に到達するより前に…!」
 押し返す、渾身の力で。敢え無く吹っ飛ばされるゴドス達。草刈り鎌のゴドス達を飛び
越え、着地したブレイカー。
「おのれ、味な真似をぉっ!」
 振り向き様、再度の草刈り鎌。だがブレイカーも振り向き様。
 長い尻尾を、力まずに旋回。忽ち巻き込まれ、横倒しになるゴドス達。尚も続く草刈り
鎌には、翼での回し打ちで応戦する。技を放つ度、こうも的確に命中するとは一体何が変
わったというのか。
「あれが、あの子本来の力。理解し合える友を得た今、動きにためらいがない…!」
「ええい、遠巻きに銃撃だ!」
 陣形の最後尾が放つ乱れ撃ち。流石にこれは躱し切れず、装甲に守られない首や肩の関
節部分に命中する。途端に、朱に染まった全方位スクリーン。
275魔装竜外伝第二話 ◆.X9.4WzziA :04/12/30 13:06:58 ID:???
「これは…んうぅっ!?」
 首元を走る激痛。一帯を覆うぬるりとした感触。…血だ。ブレイカーが傷付いたと同時・
同箇所にギルも傷付いている。
「怯んだぞ! 今だ…うわっ、ど、どこから!?」
 今度はブレイカーの後方から、ビークルの支援。…長尺の対ゾイドライフル。エステル
の正確な射撃がゴドスの銃身を一門、又一門と粉砕していく。
「ギル、ギル、聞こえて? シンクロが極限まで達すると、ブレイカーの負傷が貴方の身
体にも再現されるわ!」
「そ、そういうことはもっと早めに言って…あ、ブレイカー、シンクロ率は下げなくてい
いよ!」
 ギルの負傷に応じてシンクロ率の低減を示唆したブレイカー。だが肝心のギルがそれを
押し止める。
「約束したじゃないか、『全て受け止める』って。さあ、この調子で…」
「調子に乗るな、この若僧があぁっ!」
 飛翔、空からの猛撃は水色のゴドス「マーブル」の飛び蹴り。翼を交差させて受け切る
ブレイカー。
 着地し早々に「ホエールカイザーの鬚」を構えたマーブル。苛立つ異相の男。対する全
方位スクリーン内。ブレイカーは伝えてきた、己が体内に埋め込まれた武器の名を。
「わかった、じゃあいくよ! 翼のぉっ!」
 水平に広げた翼。内側から双剣、展開。
「刃よぉぅっ!」
 左、右と華麗に薙ぎ払う。しかし敵も去るもの。一撃一撃を確実に捌き、隙あらば突き
技のお返しだ。
 何度目かの突き返しを凌ぎ、間合いを取る。蟹歩きで隙を伺う内に、次第に二匹の周囲
を覆う、近寄り難い雰囲気。
「これで、ようやく五分か…。ブレイカー、あの『ホエールカイザーの鬚』をどうにかし
たいんだけど…」
 そう言った直後、ギルはしまったと思った。荷電粒子砲でさえどうにもならなかったの
に。
 だが、ブレイカーの返事は意外。
276魔装竜外伝第二話 ◆.X9.4WzziA :04/12/30 13:08:25 ID:???
「成功率…50%。五分前だと…値が低すぎて算定不可能って、凹むようなことを言うな
よ…。
 でもいいよ、やってみよう。今の君となら何だってできる気がする」
 じりじりと、足場を固める両者。そして、不意の、助走。
 咆哮する鋼鉄の竜、二匹。
「いい加減に、眠れえぇっ!」
 マーブル、低い姿勢で「ホエールカイザーの鬚」の急所突き。狙うは魔装竜ブレイカー
の胸部コクピット。
「眠るのは、飽きたってさ! エックス!」
 一直線に迫る「ホエールカイザーの鬚」目掛けて、袈裟掛けに斬り付けられた右の「翼
の刃」。飛び交う、火花。
 勢いを殺された金属棒に対し、間髪を置かず。
「ブレイカーっっ!」
 左の「翼の刃」での袈裟掛け。轟音。火花の軌跡。そして、双剣の軌跡と共に。
 叩き折られた「ホエールカイザーの鬚」。後方に吹っ飛んだ片割れ。宙に何度も円を描
きながら大地に突き刺さる。前のめりになったマーブル。
「『エックスブレイカー』だと!? 最速の、二連撃かぁっ!」
「そこだぁぁぁぁっ!」
 腕を振り上げたブレイカー。このまま、奴の首を押さえ付ければ…!
「させるか、たわけぇっ!」
 半分になった「ホエールカイザーの鬚」を両手で水平に翳し、尚も魅せるマーブルの凌
ぎ。力と力の攻防。ミシミシと軋み始める両者の腕。二匹のゾイドの全身のリミッターが
解放され、周囲に火花を巻き散らす。…ギルと、ブレイカーの驚き。如何に体格差がある
とは言え、中型ゾイドの腕力を押し返すなんて。一方異相の男も驚嘆していた。よもやこ
の土壇場で、ここまで成長してみせるとは。
 紅と青、二匹の竜の鍔迫り合いが暁を背にシルエットを浮かべた時、この二十六対一の
決闘は最高潮に達したかに見えた。しかし。
「そこのゾイド! 至急戦闘行為を止めよ!」
277魔装竜外伝第二話 ◆.X9.4WzziA :04/12/30 13:10:45 ID:???
 遂に昇った朝日の向こうから、やってきたのは三匹の四足竜。表皮は赤いが、ブレイカ
ーのそれよりは落ち着いたワインレッド。胴は長く足も短い。とてもじゃないが俊敏な動
きは期待できそうにない。だがその代わりに巨大な兜を被り、鼻先の一本角と錣(しころ)
の四本角が必殺の突撃を、長い背中にありったけ積んだ銃器が鉄壁の守備を暗示する。人
呼んで「紅角石竜」レッドホーン。
 辺りにいた二十七匹と二十八人が一斉に振り向く。
「リゼリア守備隊である! 付近住民から被害届が出ている。双方、退けぇっ!」
 レッドホーン達の傍らには、数匹のゴーレムが随伴していた。開かれた口を見て気付い
たエステル。あの、東リゼリア村の民だ。老人の姿も見える。尽力してくれたであろう彼
と目が合い、女教師は軽く会釈した。
「総大将! 増援はたかがレッドホーン三匹です! このまま…」
「馬鹿もの! そのたかが三匹とぶつかれば立派に国際問題だ!」
 ゴドスパイロットの提案を一言の元に退ける異相の男。
 依然ブレイカーと鍔迫り合いが続く中、不意に開いたマーブルの頭部キャノピー。敢然
と立ち上がった彼は、少しも臆することなく目前の宿敵を睨み付けるとサーベルを引き抜
き、辺りに響く程大喝。
「見事だ、少年。そして忌わしき魔装竜。
 だが、所詮は『殺戮と破壊の使徒』…!」
「『ジェノブレイカー』の名はもう捨てた!」
 怒声と共に、今度はブレイカーの胸部ハッチが開いた。マーブルの頭部よりは低い位置。
だが見上げて睨み返すギルの瞳にも、怯んだ様子は見られない。
「今は『ブレイカー』だ。
 僕らは運命を、砕き、拓く!」
「…その意地、どこまで貫き通せるか見せてもらうぞ。
 我らは『水の軍団』、我が通り名は『水の総大将』!」
 サーベルを鞘に戻し、マントを翻す。途端に閉じたキャノピー。全身のバネを使って後
方に跳ねたマーブル。大地に突き刺さった金属棒の片割れを引き抜き、そして返した踵は
撤退の合図。
278魔装竜外伝第二話 ◆.X9.4WzziA :04/12/30 13:12:41 ID:???
 マーブルを追い掛けるように、銀色のゴドス部隊が続く。それをじっと睨み付けていた
ギル。やがて全方位スクリーンの視界から消え去った時。地平線の向こうでぼんやり点が
浮かんだかと思うと、それは急速に空高く飛び上がっていく。…タートルカイザーだ。遠
ざかっていく座標を暫し見つめていたが、やがて大きな溜め息と共に、全身を脱力。彼は
ようやく、戦闘終了を実感した。
 と、その時彼は、首元が痒くなる感触を覚えた。…そっと、触ってみる。
「瘡蓋〔かさぶた)…? 何でこんな、急に…」
「『ゆりかご機能』よ、ギル」
 声の主は、ビークルでブレイカーの脇に近付いてきた。
「シンクロの負担は大きいけれど、それを減らす能力も持ってるわけよ。
 余りダメージが大きいとパイロットを強制睡眠させてしまうこともあるけどね」
「な、成る程。だから『ゆりかご』…言われてみれば、ちょっと身体が軽くなったよう、
な!?」
 いきなりハッチが開いたかと思うと、固定器具が勝手に外れ、大きな爪に引っ張り出さ
れる。
 ギルは今、ブレイカーの掌中だ。腰の辺りを絶妙な握力で掴まれている。
「え? な、何?」
 まじまじと、主人を見つめるブレイカー。そして、何をするかと思えば。
「…ひゃっ!?」
 冷たい鼻先を、ギルの頬に寄せる。
「わっ、馬鹿っ、ブレイカー冷たいって…あっ」
 狂おしい程に。頬を、首筋を、胸元を。
「ちょっ、ちょっとそこは…あひゃ、あひゃひゃひゃひゃ!
 先生、た、助けて…頼むから…うひゃぁ!」
 なんとも情熱的且つ一方的な愛情表現に暫し口を押さえ笑っていたエステル。だが流石
に不肖の生徒が可哀想に思えてきた。彼らのそばに近付き諭す。
279魔装竜外伝第二話 ◆.X9.4WzziA :04/12/30 13:14:15 ID:???
「ほら、ブレイカー? ギルがもう止めてって言ってるわよ?」
「そ、そ、そうだ! ブレイカー、君はふしだらだ!」
 深紅の竜は、ギルの一言に小首を傾げる。
「そんな難しい言葉、この子にはわからないわよ…」
「えっ、はい…ぶ、ブレイカーの、エッチ!」
 ピィと一声、「我が意を得たり」とばかりに気持ちよく鳴くと、愛撫の再始動。それに
しても、あれ程反発し合っていた彼らが、こうも変わるものなのか。美貌の女教師は不肖
の生徒の資質を確かに感じ取っていた。
「だから、見てないで止めさせて…ぶ、ブレイカー止めて止めて止めて〜!」

 既に陽は、家によっては朝食を済ませているだろう程に高くなっていた。
 東リゼリア村の麓では、地べたに椅子とテーブルを並べたごくささやかな宴席が設けら
れていた。…人に限った宴ならば村の中ですべきだろうが、ゾイドが加わるとなるとそう
もいかないのである。
 だが一方の主役・ブレイカーは宴席の向こうで身体を丸め、気持ち良さげに眠っていた。
無理もない、本来は就寝している時間帯であり、何より先程の戦いはこのゾイドを随分疲
れさせたと推測できる。だが、それでも大いに満たされたらしく、深い寝息は実に静かだ。
 深紅の竜の安眠の原因は、テーブルの上座でゼェゼェと荒い呼吸を依然繰り返していた。
汗びっしょりのギル。疲労感はある意味先程の戦闘以上。着替えは済ませたみたいだが、
大きめのパーカーを肩に、バスタオルを首に掛けて汗を拭い、身体を冷やさぬようにして
いる。いずれもエステルがビークルに積み込んだトランクの中に入っていたものだ。彼女
の準備の良さに、不肖の生徒は舌を巻かずにはおれない。
280魔装竜外伝第二話 ◆.X9.4WzziA :04/12/30 13:15:48 ID:???
 女教師の如才なさはこの宴席でも如何なく発揮されていた。ギルと共に上座に着席した
彼女(この場ではサングラスを掛けている。眼光鋭いあの瞳を彼女は殊の外気にしている
ようだ)に、問いかける者がいた。くたびれた軍服にちょび髭のこの男は守備隊の隊長と
名乗り、入国の経緯について尋ねてきたのだ。驚くべきことに、先程の戦闘に大喝して割
って入ったのはこの男らしい。(そう言えば、僕らはパスポートも無しに民族自治区とは
言えよその国に入国しちゃったのだけれど、どう説明するんだろう)内心ハラハラしてい
たギルだったが、エステルは何ら動じることもなく、トランクから何か取り出した。…二
通のパスポートだ。しかも御丁寧に写真まで張ってある。(偽造!?)思わず声が出そう
になるギルを、目配せして静止しつつ、事情を朗々と語ってみせる。内容は、目前のパス
ポートに掛かる根本的な大嘘と少しの細かい嘘を除けば、周囲を納得させることができる
ものだった。
「成る程、レヴニア山脈で隠遁生活を送っていた貴方とお友達の赤いゾイドは、ジュニア
トライアウトを不当な理由で不合格となったギルガメス君と出会い…」
 メモを書きつつエステルの様子を伺うちょび髭の男。だが微動だにせぬ彼女。
「師弟の契りを交わし、トライアウトに再挑戦すべくリゼリアに入国した、と。それは大
変でございましたなぁ…」
 正直、ギルは良心の呵責に耐えない。そう訴える視線をエステルに投げ掛ける。すると
横目を向けた彼女は囁いた。彼にしか聞こえぬ程の小声で。
(そう思うなら尚更頑張りなさい。胸を張って謝ることができるまで、ね)
 不肖の生徒は腹を括るより他になかったのである。
「トライアウトなら来月中頃にリゼリア近くでやるのじゃろう?」
 老人の言葉に、ちょび髭の男が補足する。
「左様でございます。お二方、リゼリア民族自治区では治安向上の一環としてゾイドバト
ルを推奨しておるのですよ。トライアウトも年間四〜五回行ないます。お察しの通り受験
費用も共和国と比べれば遥かに格安ですから…」
 二人の言葉に顔を見合わせる師弟。急に、道が開けた思いだ。
281魔装竜外伝第二話 ◆.X9.4WzziA :04/12/30 13:18:28 ID:???
「親父! パンが焼けたぞ!」
 ゴーレムの口に乗りつつ高台から降りてきたのは老人の息子だ。両腕一杯の大きな籠に
長尺のバゲットを沢山入れている。当初エステルらへの援助を頑なに拒んでいた彼は、今
度は打って変わって歓迎の姿勢を身体で表してみせたのである。
「息子はリゼリアでも少しは名の知れたパン職人。どうか召し上がってやって下さい」
「『少しは』は余計だって。ささ、お嬢さんも坊ちゃんも沢山食べてくれ」
 焼き立てのパンの香りに腹の鳴る音が二重奏。
「そう言えば、昨日の夕方から何も食べてばかったっけ…」
 ギルの一言に一同、笑みが溢れる。
 エステルは思う。道は、開け始めた。しかしあの得体の知れぬ連中の正体に手掛かりが
ない今、彼らによっていつこの平穏の時が破られるのかも知れない。だが、それでも今は、
この時を祝おう。
「それでは、チーム・ギルガメスの結成を祝って、乾杯!」
 チーム・ギルガメスの戦いは、始まったばかりだ…。

 高度上昇を続けるタートルカイザー「ロブノル」。リゼリアからの退却手段は他に手立
てがなかった。何しろ目前にはレアヘルツに覆われたレヴニア山脈が聳えている。迂回し
ようにも既に日中故、目立ち過ぎる。残るはレアヘルツの影響を受けない遥か上空にまで
逃れた上で、山脈越えを果たすより他ない。
「あ、総大将。お疲れでございました」
「御苦労…」
 頭部・指令室へと向かう通路で初老の高官が出迎え、追随する。上司の口数の少なさ、
それに滲み出る表情から先程の作戦が如何に不本意な結果だったのか、伺い知れた。
 やがて自動ドアをくぐった二人。目前にドーム上の広大な指令室が広がる。
「リゼリアに潜伏中の同志を至急、呼び出せ!」
 怒鳴りつつ、自らは室内中央・円錐状に盛り上がった部分の頂上まで駆け上がる。
 忽ち、緩やかな曲面で構成された天井の壁に、網目模様が張り巡らされる。そのマス一
つ一つに浮かび上がってきたのは…影絵。人の、胸より上のシルエットだ。
282魔装竜外伝第二話 ◆.X9.4WzziA :04/12/30 13:20:54 ID:???
「これは総大将。通信の上でとは言え我らを至急召集とは、如何致しましたか」
 影絵の一人が切り出す。
「水の軍団創設以来の非常事態だ。
 一つ、ジュニアトライアウトを不合格に『処された』少年・ギルガメスがリゼリアまで
逃亡した。
 二つ、ギルガメスは既に『刻印』を発動し、レヴニア山脈に潜伏していた魔装竜ジェノ
ブレイカーを手なずけた。
 三つ、彼らには古代ゾイド人の女が手を貸している。ギルガメスが刻印を自在に操るの
も時間の問題だ」
 「水の総大将」の一言に、ざわめく影達。
「何と。追撃はされなかったのですか」
「…我が『マーブル』を加えゴドス二十六匹がたった一匹に遠ざけられた。実に恥ずかし
い話しだ」
 影達のざわめきは大きくなる一方。それを遮るように怒鳴る「水の総大将」。
「諸君らにはリゼリアに潜伏するテロリストの暗殺という重大な使命が託されていたが、
今やそれどころではない。彼奴を放っておけば後々、惑星Ziの平和を乱す元凶となる。
特定の能力・戦法では俺とマーブルをも凌駕する諸君…『暗殺ゾイド部隊』が適任だ。
 よってここに命じる、『チーム・ギルガメス』を潰せ!」
283魔装竜外伝第二話 ◆.X9.4WzziA :04/12/30 13:26:24 ID:???
「ならば一番手は私めにお任せあれ」
 早速名乗りを上げた影の一人。ひどく嗄れてはいるが良く通る声。思いのほか若そうだ。
「おお、毒蠍機ガイサックのジンザ! やってくれるか!」
「必ずやチーム・ギルガメスを潰し、首三つを届けてみせましょう。我に秘策あり」
「頼んだぞ、ジンザ。惑星Ziの!」
「平和の、ために!」
 ジンザと名乗ったシルエットと「水の総大将」が敬礼を交わす。ここに新たな刺客が放
たれた。
 チーム・ギルガメスの戦いは、始まったばかりなのだ!
(つづく)

【次回予告】

「ギルガメスに立ち塞がった戦士は束の間の喜びも許さぬのかも知れない。
 気をつけろ、ギル! 蠍の狙いが踵(かかと)だけとは限らない!
 次回、魔装竜外伝第三話『暗殺ゾイドは地獄の底から』 ギルガメス、覚悟!」

魔装竜外伝第二話「僕のゾイドになれ!」は以下のレス番号で御覧頂ける…筈です。

http://hobby5.2ch.net/test/read.cgi/zoid/1101864643/242-283n