【2次】漫画SS総合スレへようこそpart71【創作】

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1作者の都合により名無しです
元ネタはバキ・男塾・JOJOなどの熱い漢系漫画から
ドラえもんやドラゴンボールなど国民的有名漫画まで
「なんでもあり」です。

元々は「バキ死刑囚編」ネタから始まったこのスレですが、
現在は漫画ネタ全般を扱うSS総合スレになっています。
色々なキャラクターの話を、みんなで創り上げていきませんか?

◇◇◇新しいネタ・SS職人は随時募集中!!◇◇◇

SS職人さんは常時、大歓迎です。
普段想像しているものを、思う存分表現してください。

過去スレはまとめサイト、現在の作品は>>2以降テンプレで。

前スレ
http://yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/ymag/1301615594/
まとめサイト(バレ氏)
http://ss-master.sakura.ne.jp/baki/index.htm
WIKIまとめ(ゴート氏)
http://www25.atwiki.jp/bakiss
2作者の都合により名無しです:2011/07/13(水) 15:53:33.19 ID:lczKNppQ0
永遠の扉 (スターダスト氏)
http://ss-master.sakura.ne.jp/baki/ss-long/eien/001/1.htm(前サイト保管分)
http://www25/atwiki.jp/bakiss/pages/552.html

上・ロンギヌスの槍 中・チルノのパーフェクトさいきょー教室
下・〈Lost chronicle〉未来のイヴの消失 (ハシ氏)
http://www25/atwiki.jp/bakiss/pages/561.html
http://www25/atwiki.jp/bakiss/pages/1020.html
http://www25/atwiki.jp/bakiss/pages/1057.html

天体戦士サンレッド外伝・東方望月抄 〜惑いて来たれ、遊情の宴〜 (サマサ氏)
http://www25/atwiki.jp/bakiss/pages/1110.html

上・ダイの大冒険AFTER 中・Hell's angel 下・邪神に魅入られて (ガモン氏)
http://www25.atwiki.jp/bakiss/pages/902.html
http://www25.atwiki.jp/bakiss/pages/1008.html
http://www25.atwiki.jp/bakiss/pages/1065.html

カイカイ (名無し氏)
http://www25.atwiki.jp/bakiss/pages/1071.html 

AnotherAttraction BC (NB氏)
http://ss-master.sakura.ne.jp/baki/ss-long/aabc/1-1.htm (前サイト保管分)
http://www25.atwiki.jp/bakiss/pages/104.html (現サイト連載中分)

美少女戦士の意外(?)な弱点 (ふら〜り氏)
http://www25.atwiki.jp/bakiss/pages/1223.html
3作者の都合により名無しです:2011/07/13(水) 23:25:34.67 ID:MzYRs3Sh0
スターダストさんスレ立て乙、&力作乙です
なんかだんだんラストが近付いてくるようなキャストの集まりっぷりに
寂しさが募ってまいりますが、精神状態も躁状態になってる?
SSもそんな感じでぶっ飛んでたしw
何にせよ、年内で終わるのは確定っぽくて寂しいな。
4作者の都合により名無しです:2011/07/14(木) 07:23:02.84 ID:5Q27lQDj0
強者も曲者も大集合ですな。草生やしキャラうぜえwwww
ダストさんもお忙しそうですが一気投稿は相変わらずで嬉しい。

現スレは盛るといいですね・・
5こんな感じか?:2011/07/14(木) 09:00:47.73 ID:hvUziHWFO
ハルヒは長門が出した触手に体を弄られてる。
ハルヒ「ひっ…!ちょっとぉ!そこは違う!」
長門「いいえ。避妊でもある」
ハルヒ「くっ…、あ…」
長門「女性雑誌で、こちらがいいとデータあり。挿入します」
ハルヒ「ぎゃー!」
6作者の都合により名無しです:2011/07/14(木) 22:19:16.54 ID:CJF8Xwzl0
お疲れ様ですスターダストさん。
非常な奴や鋭利な奴も多いですけど、8割方は変人ばかりのSSですねw
ところが最近の新キャラは変態まで増えてきたwトキコが一番まともなんだろうな。
変態だけどビッチナースと今回の金髪ピアスはお気に入り。
7美少女戦士の以外(?)な弱点:2011/07/14(木) 22:43:52.15 ID:LE95vfJO0
>>http://yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/ymag/1301615594/302-
刃牙が、じわりと間合いを詰める。優子が、ぞくりと押されて下がる。
優子は考えた。刃牙が何を考えているかはわからないが、弱点その1は間違いなく
的確に優子の弱点を見抜き、突いてきた。こうなると、その2もハッタリや勘違い
ではないだろう。
食らえば一撃KO。だが、必中ではないとも言っていた。ならば、食らわないように
するまで。防御重視、となれば【待ち】一択だ。
「ユーコスラッシュ!」
一つ覚え、と言われてもいい。自分の起点は全てここ。隙の少ない飛び道具、ユーコスラッシュ
をまず放ち、それに対して相手かどう動くかを見て自分が動くのだ。
刃牙は、跳んだ。スラッシュの上を越えて、優子の真上へと。
先ほど、ユーコインテレクチュアルで迎撃されたパターンだ。だが今の刃牙が、一度やられた
失敗を繰り返すとは思えない。何らかの対策を用意しているはず。つまり、ここで
インテレクチュアルを出せば、弱点その2とやらを突かれるのだろう。
『私の対空技が、一つだけだと思っているのなら。インテレクチュアルを破る手段を用意
できたというのが、「弱点その2」なら。貴方の負けよ、範馬君!』
優子は身を沈めた。一見、インテレクチュアルと同じ構えだ。そこへ刃牙が降下してくる。
だが、ここから優子の繰り出す技は、刃牙の想像を越えた威力を持つ技。ここまでの戦いで、
ゲージは既に満タン! 超必殺技の準備OKッ! ピキーンとSEがして光って、
優子は立ち上がったがその上半身の食らい判定は消失、そこを刃牙の蹴りが空振りした瞬間!
「ユーコノーボムッッ!」
ユーコインテレクチュアルを、残像を映す速度で三連続で放つNWOBHM。根元から全段食らえば
六段攻撃(インテレクチュアルは2HIT技)を受けることになり、そのダメージは絶大なものだ。
6HITの手応え、いや足応えを確かに感じて、優子は着地する。地面に、自分以外の人影=
刃牙の影が見える。それがどんどん小さくなっていく。ノーボムを受けて、上空へと舞い上がって
いるのだ。
後は、目の前にべちゃっと落下してディズニーアニメよろしく人型の穴を掘るであろう刃牙を
見下ろすだけ。ノーボムをガードできなかったのは視認したから、万一、立ち上がってきても、
流石にもうヨロレヒだろう。トドメを刺すのは容易だ。
「弱点その2、突けなかったみたいね範馬君」
刃牙の影が、大きくなってきた。落ちてきたのだ。このままここに立っていたら、当たってしまう
かもしれない。優子は一歩下がった。
8美少女戦士の以外(?)な弱点:2011/07/14(木) 22:45:40.08 ID:LE95vfJO0
「ん……?」
影の形が妙だ。気絶して、人形のように落ちてきているのとは違う。
まさか? と思って優子が顔を上げたのと、刃牙の咆哮が轟いたのは同時だった。
「うおおおおおおおおぉぉぉぉっ!」
頭を下にして、両腕を伸ばして、刃牙が元気に落ちてくる。
「そ、そんな馬鹿なっ?!」
ノーボムをまともに根元から全段受けて、こんなにあっさりと回復するなんて? いや、というか、
超必を空中で受けたくせにダウン回避できるなんて、根本的にシステム上、インチキだ。
とか言ってる場合ではない。勝ちを確信していたので、下タメができていないから、
インテレクチュアルは使えない。通常技での対空は不安がある。ここはガードしかないだろう。
間に合うか不安だったが、優子は上段ガードの構えを取る。一瞬後、刃牙が落ちてきて、
「ぅおりゃああああぁぁぁぁっ!」
ガシッッ! と。刃牙は優子の首を脇に抱え込んで、真正面から優子と向かい合う位置に降り立った。
プロレスなどでいう、フロントネックロックだ。
『? し、絞め技? 完全に私の隙を突いたのに? 今のタイミングならガードが間に合わない
可能性は充分あるんだから、最低でもジャンプ大キック→立ち大パンチ→必殺技の基本連続技を
狙うべきなのに。他にも小足の連打とか、投げとの二択とか、なんでもできたのに』
ギリギリと締められながら、優子はほくそ笑んだ。
『ふっ。ちょっとびっくりしたけど、やっぱり初心者ね範馬君。ここで、こんなミス……いえ、
ミスじゃないんでしょう。連続技とかをできる自信がない、もしくはそもそも知らなくて、
絞め技なんかを選択してしまったと。いいわ、締めなさい。そして離れた時、追撃を受けて
貴方は負ける』
ギリギリギリギリと絞められて、優子はちょっと苦しくなってきた。
『何だか……長すぎない、これ? そろそろ離れていいはず……』
ギリギリギリギリギリギリと締められて、優子の顔が青ざめてきた。
『ちょ、ちょっと! ストップ! タンマ! 何よこれ?! 私、さっきの跳び蹴り一発しか
受けてないのよ? まだまだ体力ゲージたっぷりあるのよ? まさか、このまま絞め技
一回だけでKOまで持っていかれるっていうのっっ?』
9美少女戦士の意外(?)な弱点:2011/07/14(木) 22:47:05.12 ID:LE95vfJO0
ギリギリギリギリギリギリギリギリと絞めながら、刃牙が言った。
「弱点その2。会長は、絞め技や関節技に弱い。正確に言うと、それらをかけられた後、
そこから脱出するような技術や力は備わっていない。まるで、そういう技は一定時間が
経過すると、相手が勝手に解放してくれると期待しているかのような」
『そ、そういうもんでしょ普通っっっっ?!』
「なんで会長がそんな風に考えているのかは知らないけど、俺はこのまま、会長が気絶するまで、」
ギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリと、刃牙は優子の細い首を絞める絞める。
「もう、放さないよ」
ギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリギリ……………………優子の意識が、途切れた。

はっと気付いた時、優子はアンティークドールのようにぺたんと座っていて、後ろから刃牙に
支えられていた。どうやら、刃牙に活を入れてもらって覚醒したようだ。
つまり、負けたのだ。
「気付いたみたいだね」
「……負けちゃったみたいね」
はあ、と優子は溜息をつく。頭を振って立ち上がり、自分の拳を見つめた。
それから刃牙に向き直る。
「言い訳はしないわ。範馬君、貴方は強かった。私の常識を越えて、まるで別世界の人みたい」
いやいや非常識とか別世界の人とか、むしろ俺が言わせてほしい台詞なんスけど、
と刃牙は言いたかったが遠慮しておく。
「会長だって、凄く強かったですよ。俺がもう少し打たれ弱かったら、
最後の六連蹴りで終わってます。紙一重の勝負でした」
「ふふっ、ありがと。でもそれは、随分と分厚い紙一重……ってヤツよ」
差し出された優子の手を、刃牙が握る。
「知っての通り、俺にはやらなきゃならないことがあるんで。悪いですけど、
会長の計画とやらには協力できません」
「ん、わかってる。残念だけど仕方ないわよね。私、負けちゃったんだし」
優子は自嘲の苦笑を浮かべて、そっと手を放した。
「じゃあ、私はこれで。貴方の悲願達成を、陰ながら応援するわね」
「ありがと、会長。俺も、会長の計画の成功を祈ってるよ」
屋上を出て行く優子を、刃牙は手を振って見送った。
10美少女戦士の意外(?)な弱点:2011/07/14(木) 22:48:04.02 ID:LE95vfJO0
それにしても、と刃牙は思う。いろいろ言いたいこともなくはないが、とにかく
優子は強かった。まさかこんな身近に、これほどの強者がいようとは思わなかった。
まだまだ世界には、自分の知らない、想像もつかないような強者がひしめいている。
今度のトーナメントには、そんな奴らが集結するはず。
それらを全て打ち倒し、優勝したその時には。自分は、あの父の場所まで
駆け上がることができるだろうか。
『わからないけど……やるしかないよな』
決意も新たに、刃牙は拳をぐっと握って、
「刃牙くううううううううぅぅぅぅんっっ!」
後ろから轟く、梢江の叫びに突き飛ばされた。
振り向くと、またしても何やらただならぬ顔をした梢江が走ってきて、
「一体どーゆーことなのっ!」
「またいきなりそんなこと言われても、わかんねえよっ。今度は何?」
「だったら説明してあげるわ。今、ここへ上がってくる階段で、会長とすれ違ったのよ。
……あ、階段で、だからね。屋上へ出るドアに張り付いて、覗き見とか盗み聞きとか
してたわけじゃないからね」
それはそうだろう。あのバトルを目撃してたのなら、何がどうあれ優子を絞め落とした
刃牙に対して、フラッシュピストンマッハパンチぐらいは叩き込んでくるだろうから。
しかし見ていないのなら、この剣幕は何だ?
「で、会長に何があったのか聞いたのよ。そしたら会長、何だか残念そうに、でも
それを隠すように無理に微笑みを浮かべて、「フラれちゃったわ、私」ってひとこと
言って、去って行ったのよっ!」
『へ、変に気取った表現するのはやめてほしかったな会長っ!』
「さあ刃牙君、白状しなさいっ! あの、全校生徒のアイドルといっても
過言ではない会長をフったってのは、どういうことっ?!」 
「いや、それは、」
……説明してしまってもいいものか。優子はどうやら、自分の格闘能力のことに
ついては秘密にしているらしいし、「計画」のことも部外者に教える気はない=
秘密にしてる、ということらしいし。
などと刃牙が考えていると、
11美少女戦士の意外(?)な弱点:2011/07/14(木) 22:48:45.42 ID:LE95vfJO0
「会長よりキレイな女の子なんて、この学校にはいないと思うし、となると他校? 
もしかして女子大生のおねーさん、はたまた中学生に手を出した? それとも、
ま、まさか、女の子には興味ないとか? 実は男の子の方が……」
「待って待って待って待って! 落ちついて梢江ちゃんっ!」
「だったらどうして会長をフッたのよ」
「だからそれは、」
ここで「梢江ちゃんがいるからさ」とでも言えれば事態を収めることもできようが。
範馬刃牙、格闘経験は豊富でも恋愛経験についてはそうでなく、
まだ色を知らぬ年頃であるからして。
そして梢江の方も、自分が優子を差し置いて刃牙から想われている、とは
想像もしない。松本梢江、こう見えて慎ましやかな少女なのだ。
「ま、まあその、俺にもいろいろ事情があるってことで!」
刃牙は逃げた。
「あ、こら待ちなさーいっ!」
梢江は追いかける。

世界中から強者が集う、最大トーナメントの開催はもうすぐ。
範馬刃牙17歳、血生臭い戦いを控えて、束の間の平和な青春を送っていた。
12ふら〜り ◆rXl0RuLrAVdZ :2011/07/14(木) 22:49:58.91 ID:LE95vfJO0
以上です! ここまでご覧頂き、ありがとうございましたっ!
ベガやサガット、ギース様辺りなら勇次郎でも勝てそうな気もしますが、
流石にゲーニッツは無理だろうなぁ。でもオロチはきっと楽勝。

>>1さん=スターダストさん
おつ華麗さまですっ! 70を越え、振り返れば幾年月。ここまでの、スターダストさんや
サマサさんの総執筆量は相当なものになっているでしょうねぇ。しかも、ただ多いだけでなく、
燃え&萌えの質も充分に高くて。始祖たるパオさんも、そうでした。

>>サマサさん
QB、あくどいけど契約上のルールは厳守するってとこ、本格的に「悪魔」っぽい思考ですね。
で「おまじない」……こういうのはアレですよね、お礼に、とかごほうびに、とかそういう肩書き? 
がつくことで可愛さが増しますな。健気なヒロインと漢なヒロイン、双方それぞれ魅力的でした!

>>スターダストさん(原作のみならず、小説版までご存知とはああああぁぁぁぁっっ?!)
戦部が徹底的に戦部らしいですねえ。戦うことへの姿勢といい、ブレミュの捉え方といい。
とりあえず過去の因縁が一つ。ですが戦士たちは過去、かなりの人数がマレフィックにやられて
ますから、実は昔、親友を殺した謎の犯人が今明らかに! なんて因縁持ちが他にもいるかも。
13カイカイ:2011/07/14(木) 23:14:20.69 ID:F9uQviXz0
ギガゾンビ「独裁者があのスイッチを使った例、そんなもんは都市伝説です」。
「だいたい、『第二の中世』『仙境の中世』と謳われて久しい宇宙世紀にどうやって何を独裁するの?」

ドラえもんが「独裁スイッチ」と呼んだ道具は、惑星の機械化・文明化をテストするものだ。
23世紀に於いては生活用として民間にも開放されているが、22世紀ではまだ違う。

児童・老衰者・各種障がい者はもちろん、性格紊乱者や単身世帯の一般人を
抜き打ちで投入して任意の期間住ませて、期間終了時の健康状態や満足度などを測るのだ。

22世紀ではしばしば、本来の用途でない使い方がされる。
たとえば、バトル・ロワイアル。

ナレーター「お待たせしました、天下一サムライ選手権を開催します!!」
14作者の都合により名無しです:2011/07/15(金) 11:17:01.00 ID:xe5YsLdY0
カイカイです。出場するキャラクターを募ります。
時代はいつでもかまいませんが、飛び道具をあまり用いず
特殊能力も無いキャラクタに限ります。

その条件を満たせば、一般人とかでもかまいません。
15作者の都合により名無しです:2011/07/15(金) 14:12:18.57 ID:gsIDJu/wO
じゃ、WATCHMENのロールシャッハとダークナイト(バットマン)のジョーカーだしてくりゃれ
16作者の都合により名無しです:2011/07/15(金) 16:54:52.38 ID:Q2ZKZxo20
名探偵コナンの毛利小五郎お願いします
17作者の都合により名無しです:2011/07/15(金) 23:25:19.58 ID:aOzyrReJ0
ふらーりさんお疲れ様でした。
久しぶりのふらーりさんの可愛らしい世界を堪能しました
サマサさんとともに完結記録をまた増やして下され。

カイカイさん、斉藤一で。
18作者の都合により名無しです:2011/07/16(土) 02:39:32.40 ID:uNn3gRCW0
ジョーカーはよく銃ぶっ放してるじゃないか
シャッハさんには俺も投票したい
19作者の都合により名無しです:2011/07/16(土) 18:59:56.28 ID:PuosYlXJ0
カイカイさんギガゾンビ好きだなw
じゃあ、ガッツで

ふら〜りさん、またちょくちょく短編でいいので書いてください
あなたの変な方向への走りっぷりが大好きだ
20 ◆C.B5VSJlKU :2011/07/17(日) 23:58:13.54 ID:FK8RoP9b0
「で? いつになったら話してくれるの?
 申し訳程度に作られた地下室。中央のヴィクトリアは嘆息しつつ問い掛ける。まひろはやや俯き加減なので、気持ち上体
を屈め覗きこむような格好だ。腰に手を当て返答するよう鋭い上目遣いを送っているがやればやるほどまひろは委縮する
らしく──怯えているというよりは、「びっきーがこれだけ真剣に聞いてくれるんだからちゃんと言わなきゃ」と言葉選びに一
生懸命になり、ますます言えなくなっているようだ──埒があかない。もとより狭量で短気なヴィクトリアだ。流石に怒りのマー
クが跳ねのある前髪で脈動し始めたころ、意外なところから声が掛った。
「いう必要もない!! 貴様の悩みなんてのはこの蝶・天才の俺にかかれば全部全部お見通しだ!!
「ひゃあああああ!?」
 素っ頓狂な声はヴィクトリアの口から上がった。見ればパピヨンの顔がすぐ横にいる。それだけなら何とか耐えられたが、
なぜか彼は逆さ吊りになっていた。名状しがたき気持ち悪さだった。うっすら涙の溜まった眼で慌てて天井を見る。申し訳程度
に低く作り過ぎたか。長身の彼は片足を天井に刺し、ぶら下がっていた。もう片方の足はバレエダンサーのように高々と掲
げられてはいたがあまり意味は感じられない。ただの趣味なのだろう。薄い胸に手をあて背を丸め「びっくりした」。見た目
相応のあどけなせで荒く息をつくヴィクトリアだ。
「? 何をそんなに驚いている?」
「どうしたのびっきー? 蜘蛛さんでも降ってきた? 任せて! 怖かったら私が取るよ!」
「な! なんでもないわよ!!」
 全く分かってない様子のボケ2人にヴィクトリアはかなり本気で泣きたくなった。パピヨンの容姿は決して嫌いではないが見
る角度によっては美しさが突然醜怪なものに変じるらしい。純粋に突然の声に驚いたというのもある。
「蜘蛛ねェ。おいヒキコモリ。そろそろ蜘蛛の糸を垂らしたらどうだ。この俺がめずらしく貴様の都合に付き合ってやったんだ。
さっさと出口を開けるのが筋にして貴様がやるべき責務! 急げ!! さっさと!!」
「分かったわよ」
 ぐんらぐんらとシャンデリアのように体を揺すってまくしたてるパピヨン(残像さえ発生し、そのせいで5体ばかりのパピヨン
が同時に存在するという悪夢を見せつけられた)にいささか辟易しながらヴィクトリアは地上への入口を開こうとし──…
少し考えてから冷笑を浮かべた。
「足。刺さってるわね。そこに開けたらどうなるかしら? やっぱり落ちる?」
「ホウ。いつの間にか随分なコトを言うようになったじゃあないか! やってみ!!」
「冗談よ冗談」
 クスクスと笑いながらヴィクトリアは部屋の隅に出口を開いた。転瞬パピヨンはくるりと宙を舞い「しゅた!」と言いながら
両手を広げとても華麗かつ美しく素晴らしく麗らかに華やかにとにかくすごくカッコよく着地した。まひろは拍手し「10.0」と
書かれたプレートを掲げた。無理やりそれを握らされたヴィクトリアも嫌そうな顔で相談相手に準じた。
「とにかくだ。武藤まひろ」
 軽く肩をいからせながらパピヨンは出口へ歩いていく。背中を向けているため表情までは分からない。
「奴が貴様の描く予想図通り動いた試しがあったか? なかっただろう。あの男は常に必ずこちらの企図を飛び越える。
ならば貴様如きが幾ら悩み抜こうと無駄なコト。下らない葛藤から逃げ回る暇があるならこの俺パピヨンのように何か一つ
でもそれらしいコトでもやってみせろ」
「……うん。ありがとう監督」
 振り返りもせずパピヨンは鼻を鳴らし──…

 やがて彼の姿が地下から消える頃、ヴィクトリアは嘆息した。

「いいわねアナタは。ああいう優しい言葉をかけて貰えて」
 しばらくパピヨンと行動を共にしているからこそ分かる。あれは彼なりのエールなのだ。平易すぎるまでに要約すれば「心
配無用。アイツを信じろ。やれるコトをやってその時を待て」だ。他者を受け入れないパピヨンとしては破格なまでに親身な
言葉だ。アイツ、とはもちろんカズキのコトだろう。
(私には、何もいってくれないのに)
 ヴィクターの件に関し特に励ましらしい励ましを受けた覚えのないヴィクトリアである。自分の力でどうにかすべきだとは
思っているが、いざ似たような立場のまひろにだけ優しい言葉が掛けられるのを見るとダメだ。心臓が軽く締め付けられ
る。睫毛の細い瞳を伏せる。鼓動が少し早くなる。自分とは違うまひろへの対応にこわごわとしたものを覚え、気づけば
セーラー服の胸元をくしゃりと握りしめていた。
21 ◆C.B5VSJlKU :2011/07/17(日) 23:58:38.06 ID:FK8RoP9b0
(優しいのはアイツの妹だから? それとも──…)
「それにしてもやっぱりびっきーと監督って仲いいよね」
 何気ない一言にヴィクトリアは「ああもうこのコは!」と怒りたくなった。誰のせいで悩んでいると思っているのだ。やや不快
になりつつもまひろはそういう相手だとも割り切っているので口論には発展しない。ところどころ欠点もあるが美点も多い。
明るく、他人思いで、素敵な笑顔の持ち主で、その場にいるだけで周囲を和やかにして──…
 美点を数えるたびその名前の刻まれた石碑が肩にズンズン乗っかってくるようで全く落胆の一途だ。「どれも私にないじ
ゃない……」。羨ましいやら悲しいやらだ。暗い感情の具現たる紫色のどよどよした空気の中、ただただ溜息をつき肩を落
とす他ないヴィクトリアだ。。
(アイツが、アイツが気に入ってもおかしくない…………)
「どうしたのびっきー」
「……ほっといて。というか私とアイツそんなに仲良くないわよ」
 考えれば考えるほど悪循環に陥りそうなのでヴィクトリアは話題を変えた。
「そーかなあ。監督が誰かとあんなに打ち解けて話してる姿、初めて見たよ」
 優しい。慰めてくれる。私怒っているのに……。そんな碑銘の石ころ3つが石碑の塔へ次々ダイブ。重みで肩がまた落ちる。
(ああもうイヤ。悩み聞こうとしただけなのになんでこんな気持ちにならなきゃ……)
「そうよ! こんな会話してる場合じゃないでしょ!! さっさと悩み言ったらどう!!?」
「ええーーーーーーーーー!?」
 突然叫びだしたヴィクトリアに面食らったらしい。まひろは両目を剥いてあらん限りの驚愕を浮かべた。
 しまった叫び過ぎた。らしからぬ感情発露をごまかすようにぜぇぜぇ息を吐き、きゅっと唇を結ぶ。
 ヴィクトリアはやや迷いがちにトーンを落とし、ぽつりぽつりと呟いた。
「………私は、アナタや早坂秋水ほどたくさんの物事を乗り越えてきていないし第一こんな性格だから、解決策なんて出せ
ないかも知れないわよ」
 でも、と今度はややバツが悪そうに距離を取り、そっぽを向いた。そして一呼吸。二呼吸。わずかな沈黙を作ってから静
かに静かに呟いた。
「聞き手ぐらい、努めさせなさいよ」

「…………?」
 聞き逃してしまいそうなほど小さな声だった。最初まひろはこの人形のような少女が何をいったのか分からなかった。それも
その筈で彼女はよほどその文言を告げるのが気恥ずかしいらしく、か細い息をつきながらようやく言葉を捻出しているという
様子だった。右手は垂らし肘に左の掌を。そっぽを向いても”絵”になる少女だった。
「私なんかが相手でも、言って、スッキリして、本音に気付くぐらいはできるでしょ……?」

(あ…………)

 やっとまひろは気付いた。「相談してほしい」。遠まわしだが確かにそう言われているのを。
 微かに赤い頬の上で鋭い三角の目がじーっと自分を見ている。瞳孔は相変わらず明るいところのネコのような夜行性爬
虫類のような垂直のスリット型だ。「冷たい」、平素そう見えるそれもいまはどぎまぎと瞠目中だ。言い方が正しいかどうか迷っ
ているのだろう。そもそも相談に乗ろうとする姿勢が気恥ずかしくて照れくさいのだろう。そんな感情を持て余しているらしく
細い眉さえごうごうと吊り上がっているのも見えた。眦(まなじり)直下にはひとしずくの汗さえ浮かんでいる。焦りと羞恥と
真面目さとでガチガチに緊張した、ユーモラスでさえある目つきだった。横向きの口も珍しくにゃらにゃらとした波線に結ば
れている。まひろでさえ初めて見る表情(カオ)だった。
 もしかするとこの毒舌少女は生まれて初めて相談を受けようとしているのかも知れない。敢えて特技がまったく通じない行
為をやろうとしているのかも知れない。
 気づいたまひろは、後ろに手を回しふわりと微笑した。
「ありがとうびっきー。私なんかのために。心配かけてゴメンね」
「別に。感謝してるならさっさと言いなさいよ。まったく。武藤カズキがらみの悩みだなんて最初から見当ついてたのに」
 すぐ横道に逸れるんだから……ぶつくさと文句を言うヴィクトリアが髪をかきあげ向きなおった瞬間、まひろの腹はくくられた。

「そうだよね。監督の言う通りなんだよね。私がいくら悩んでもいても、「帰ってこないかも」って心配していても、お兄ちゃんは
いつだって戻ってくるって約束して、ちゃんとそれを守ってくれた。「すぐ」か「長いお別れになるけど」って違いはあるけど、
必ず……って」
22 ◆C.B5VSJlKU :2011/07/17(日) 23:59:03.76 ID:FK8RoP9b0
 まひろはとても申し訳なさそうにヴィクトリアを見た。
「実をいうとねびっきー。少し前、秋水先輩が気付かせてくれたの。最後に会ったときお兄ちゃん、「長いお別れになるけど
必ず戻ってくる」って約束してくれてたの。なのにまた同じコトで悩んでいたのはね……」
 いま自分を苦しめている悩み。武藤まひろは訥々とそれを語りだした。


「ほう。こんなに長くねェ」
 校舎の傍の秋水を眺めながらパピヨンは下顎に指を当てた。毒々しい蝶々覆面の下に微かだが感心の色が浮かび、す
ぐ消えた。地上に戻りしばらく歩いていると疾走中の秋水が見えた。向こうはパピヨンにさえ気付いていなかった。何かを賢
明に求めているらしく、ただただひた走り体育館や校舎に入っては落胆と焦燥の表情で出てくるという繰り返し。15分ほど
は走っていた。面白半分に尾け回していたパピヨンは「そろそろ飽きたかな」と1人ごち秋水めがけ優雅に歩き出した。


「 呆 れ た 」
 相談を聞き終えるとまず、まさに言葉通りの顔つきをした。
 ヴィクトリアのコトである。
 乗る前の緊張もどこへやら。いつもの毒舌少女の顔つきで彼女は相談内容を実に簡潔に述べ、斬って捨てた。
「要するに『武藤カズキがいなくて寂しいから』『早坂秋水が自分のコト好きだったらいいなって思った』だけじゃないソレ」
 まひろの顔はみるみると赤くなった。「ちちち違うの」「そうじゃなくて」とあたふたするも悉くを論破され、こっきんと俯いた。
 勝った! 何にどう勝ったのかは分からないが、とにかくヴィクトリアは両手を腰に当て薄い胸を逸らし得意気に鼻を鳴らした。
「……簡単にまとめすぎだよ。びっきー。私、私、もっといろいろ言ったよ…………?」
「でも結局そうじゃない。そうだからそう言えずにアイツから逃げたんでしょ? 違うの?
 ぼっ、という音がした。よく見ると俯いたまひろは首筋まで真赤にして黙り込んでいる。図星としかいいようがない。
「とりあえずアナタのいったコト、順番にいうわよ。まず最近演劇部が賑やかになってきた。転校生たちも何人か入ってくる。
上り調子よ。だから部活が毎日楽しい」
「……うん」
「でもそこに武藤カズキはいない。楽しいからこそ不在が悲しい」
「……うん」
「一度そっち方面に気持ちが行っちゃうと、津村斗貴子や千里や沙織、武藤カズキの親友たちや早坂姉弟にあの管理人
(防人)も寂しいんだろうなって思って、どうしようもなくなる。合ってる?」
「……うん」
 頷くばかりのまひろだ。平素少しは自重しろと思っているヴィクトリアでさえ元気出しなさいよと毒づきたくなる状態だ。
「そして武藤カズキを含む他人のコトを考えると自分だけ楽しんでいていいのかと思う訳ね。で、楽しめなくなる。代わりに
もう解決した筈の”武藤カズキは戻ってくるのだろうか”という不安ばかりがまた首をもたげてきて、押しつぶされそうになる。
寂しくて寂しくて仕方なくなる」
 ヴィクトリアはだんだん楽しくなってきた。いよいよ羞恥が濃くなってきたまひろを冷たい笑顔で眺めた。
 口を開く、銃弾のように言葉を注ぐ。
「でもそれは相談できない。なぜかというとさっきいった通り、周りの人間も同じ悩みを抱えているから。迷惑をかけてしまう
……そんな妙な遠慮が湧いてきて、誰にも何もいえずにいる。早坂秋水でもそれは同じ。いえ、もっとヒドいかしら。なぜなら
武藤カズキの件はアイツが一度解決してるもの。蒸し返せばアイツは無力感を感じるでしょうね。自分の言葉では解決できて
いなかった……本当はそうじゃないからこそ、アナタは早坂秋水に無力感を覚えさせたくない。だから、相談できない」
 罵るような分析と反復だ。相談やカウンセリングにはとんと不向きな少女である。(特殊な需要層はヨロコぶだろうが)
「そんなとき、早坂秋水と目があった。アイツはアナタを見て微笑していた。だから期待してしまった。実は自分のコトを……と」
 ぶんぶんぶんとまひろは首を縦に振った。「そこは否定すべきトコでしょ」。呆れながらもあまりの素直さへ逆に感心さえ覚
えてしまう。
「でもアナタはこうも思った。『武藤カズキがいない寂しさを早坂秋水で埋めようとするのは失礼』……って」
 ここでまひろはやっと復活。いつものごとくヴィクトリアの肩を持ち、大っぴらに揺すり始めた。
「だだだだって秋水先輩まだいろいろやるコトがあって大変なんだよ!? きっとお兄ちゃんに直接会って謝らない限り、本
当の意味で前へ進めないと思うし……!!」」
23 ◆C.B5VSJlKU :2011/07/17(日) 23:59:20.77 ID:FK8RoP9b0
(ハイハイ揺すりなさい揺すりなさい。元気出てきたようで何よりね。とても、すごく迷惑だけど)
 最近まひろに対する気分が悟りの域に達しているような気がしてならぬヴィクトリアだ。ガンジス川のように総てを受け入れ
柳のように受け流すのがもっとも効果的な戦法なのかも知れない。そんなコトを冷めた表情で思いながら束ねた金髪と形の
いい白い顎をやられるままされるまま、がっくんがっくん揺らしている。
「そんな時に私が困らせるようなコト言ったりしたらダメだよ! あくまで私は秋水先輩に協力しなきゃ!! 先輩がお兄ちゃ
んにちゃんと謝れるよう支えてあげなきゃ……今まで一生懸命私たちのために戦ってくれた2人に悪いよ!!」
 ヴィクトリアを解放するとまひろは明後日の方向を向きながら拳固めて力説した。「どこ向いて喋ってるの」。半眼ジト目の
ツッコミはまるで届いていないようだ。くるりと反転すると今度は深刻な表情でこう語る。テンションは乱高下まっさかりだ。
「みんな、みんな……お兄ちゃんがいなくて悲しいんだよ? 寂しいんだよ? なのに私だけ秋水先輩お兄ちゃんの代わり
にしようだなんて…………ダメだよ。斗貴子さんだって辛いよ」
 大きな瞳にうっすら涙を浮かべるまひろをヴィクトリアは無言で眺めた。
 カズキはいまもまだ月面で戦っているのである。この惑星(ほし)にいる大勢の守りたい人のために。その辺りを知ってい
るからこそ、周囲もまた辛さを感じているからこそ、、まひろは自分だけ楽しむコトを許せないのだろう。
「そうね。辛い時、楽しそうな人間が傍にいるのは気分悪いもの。そこまで考えて踏みとどまってるだけ、アナタはまだまだ
マシな方」
「偉くなんかないよ……。秋水先輩、お兄ちゃんの代わりにしようとか思っちゃったもん私」
(代わり、ね)
 まひろを悩ましているのはその言葉らしい。笑みが漏れる。ヴィクトリアは少し昔のコトを思い出した。振り返れば滑稽な、
それでも当時は深刻だった悩みが脳裏に去来する。それを言えばまひろの本音も幾分引き出しやすそうだが、いきなり
核心をついても却って縮こまるだろう。自分の弱さを嫌というほど見てきたヴィクトリアなのだ。弱みを突かれた人間が
どういう反応を示すかぐらいは知っている。まずはまひろの好きそうな話題で外堀を埋めるコトにした。
「別にいいんじゃないの。あっちもアナタのコト、嫌いじゃなさそうだし」
 むしろ別格といえるのではないか? 
 ヴィクトリアはこれまで見聞きした様々な情報を元に、いかにもまひろが喜びそうな秋水情報を提供する。
 沙織の話では入院中の秋水を見舞う女子生徒は数あれど、ともにハンバーガーを食べてるのはまひろだけらしい。
 千里の話では8月の終わりに秋水自らまひろを食事に誘ったとか。
 メイドカフェではまひろのメイド姿に目を奪われていたし、演劇がらみではまひろと一緒に何か作業をしているという。
 学園のアイドルに憧れる他の女子生徒にしてみれば血涙を流したくなるほどの圧倒的アドバンテージをまひろは誇っている。
 にも関わらず当の本人だけはまったくそれに気づいていない。
 なんだか普通の人間の、普通の女子生徒──実際そういう容貌なのだが──がする様なコイバナで持ち上げたり喜ばし
たりするヴィクトリアだ。心中「なにやってるのよ私」という疑問もあったが、話していると不思議なもので心がうきうきと踊り
立ち、だんだんだんだん本当に秋水がまひろを好いているように思えてきた。
 一方のまひろはいろいろ驚いたり期待に満ちた表情をしていたが、すぐに「でででででも」と手をばたつかせた。しかし表情
は満更でもなさそうなのがまひろのまひろたる所以なのだろう。
「いいじゃない。最初はアイツの代わりでも。付き合っていく内にその人そのものを見るようになっていけば案外うまく行く
んじゃないかしら? 人間関係の始まる、ひとつのきっかけとして捉えたらどう?」
「おー。さすがびっきー。大人だね」
「当たり前よ。こう見えてもアナタのおばあ様より年上だもの」
 ヴィクトリアというとあまつさえ上記がごとき悟った意見さえ述べ始めるから分からない。もちろんコレはまひろの心を自分
好みの方へ誘導するための方便だ。まひろ以外の人間を救う措置など何もない。斗貴子に聞かれたが最後ヴィクトリアの
首から上は鎌上(れんじょう)で罵声を浴びるだろう。
24 ◆C.B5VSJlKU :2011/07/17(日) 23:59:34.25 ID:FK8RoP9b0
 他人思いではあるが刺激的な出来事にはすぐ忘我し暴走するまひろだ。呈示された解決策に思わず目を点にし両頬に
手を当てた。だいぶ心が揺らいだらしい。それでもやはりすぐさま他の人間との兼ね合いを思い出したらしく、ぶんぶんと
栗色の髪を左右に振り一生懸命喋り出した。
「確かに秋水先輩、お兄ちゃんのコトで私にいろいろ良くしてくれたけど……でもそれってやっぱりそれはお兄ちゃんのコ
トがあったからだし、ダメ。ダメなの。期待なんかしちゃ! それに、それにね、私!」
 またも拳を固めたまひろ、今度は目をぐるぐるの渦にし滝のごとく涙を流した。
「お兄ちゃんの代わりに私へ謝ろうなんていうのはダメだよ? ってカンジのコト、言っちゃってるしーーーーーーーーー!」
「墓穴ね。自分を武藤カズキの代わりにしないでって言った以上、アナタも早坂秋水をそうできない」
 この世の終わりを迎えているのかと聞きたくなるほどまひろは苦悩している。とうとう彼女はわーっと泣きながらヴィクトリアの
胸に飛び込んだ、
「どうしよう! 私どうしたらいいのかなびっきー!  このままじゃ秋水先輩にあわす顔がないよ!」
 機械のような無表情で頭をぽふぽふと叩きながらヴィクトリアは「そうね……」と言葉を紡ぎ始める。やっと本題に入れる。
 そういう思いがあった。
「馬鹿ね。さびしいから代わりにしたい。それだけしか考えられない人間が、アナタみたいに悩むと思う?」
「ふぇ?」
 ヴィクトリアは顔をしかめた。セーラー服にまひろの鼻水がべっとりと付いている。固めた拳を怒りに震わせかけたが
意志の力で鎮静し、ただしやや迫力のある力強い声で文言を継続する。
「最初に断わっておくわよ。同情はしないで。悪いコト聞いたなんて謝ったりしないで。いい? 私が自分で話すって決めた
コトなんだからいちいち嘴を挟まないで。分かった?」 
 良く分かっていないようだがまひろは不承不承うなずいた。
「ココに来る前、私のママがね。死んだの。しばらく……寂しかったわ」
 その言葉を皮切りにヴィクトリアは語りだす。かつてその母の面影を千里に見ていたコトを。髪を梳いてもらうたび母にそう
して貰っているようで嬉しくて、いつしか彼女を母の『代わり』として見ていたコトを。だが皮肉にもそれがきっかけで千里に
対して食人衝動を覚えてしまった……一時期寄宿舎から姿を消していた理由の暗澹たる部分まで包み隠さずまひろに話す。
彼女はフクザツな表情だが、ヴィクトリアの刺した釘を守り同情めいたコトは何一ついわない。食人衝動についても決して
蔑視を浮かべずただ「道理で辛かったんだ」という光を目に宿した。親友を食べようとした。その事実に対する恐れより、
食べたくなってしまった不幸を悼んでくれているようだった。そんなまひろで、少しだけ嬉しかった。
「いい。経験者に言わせればね。寂しいからすり寄る。そんな感情ならいちいち相手へ悪いとか思わないわよ。情けないぐ
らいめそめそして、悲しさから逃げる為だけにすりよって。そうして上手くいかなくなったら逃げるだけ。まったく。自分でも情
けなかったわよ」
「逃げる……」
 まひろの顔が曇った。「そんなカオは全部聞いてからにしなさい」。ぴしゃりと言葉で叩いてから、ヴィクトリアは冷たい上目
遣いで相談相手を凝視した。
「自分の寂しさを埋めたいから代わりにする。それだけしか考えられない人間が、アナタのようにいろいろ考えると思う?
現にアナタ、代わりにしたいって自覚した瞬間アイツから逃げてるじゃない。私は違うわよ。自覚してからもママとの区別を
つけようともせず千里に髪ばかり梳いて貰ってたもの」
「それは今もなの? びっきー」
「いえ。千里は千里だって分かっているわよ。お陰さまで、アナタとアイツに連れ戻された時からね。でもアナタは武藤カズキ
の代わりにしようとする前に早坂秋水から逃げた。つまり『本心では代わりにしたくない』。その辺りは昔の私と違うわよ」
「うぅ。私の心なのに難しい。難しすぎるよびっきー」
「呆れた。アナタの心だからでしょ。アナタ自身がフクザツにしてるだけじゃない」
 泣き笑いするまひろだが罪悪感はやや消えたらしい。そこを見計らったヴィクトリア、すかさず問題の核心へと斬り込んだ。
「アナタは言い訳しているんじゃないの? 本当の気持ちは別にあって、でもそれを満たそうとすると結果的にアイツを武藤カ
ズキの代わりにしてしまうって気付いてしまった。だから迷っている。私にはそう見えるけど」
 どんぐり眼が瞬いた。言葉の意味を測りかねたのが見て取れた。
25 ◆C.B5VSJlKU :2011/07/18(月) 00:05:50.82 ID:hPXa3lKb0
 それもその筈だ。指摘が示すはまひろの悩みから2段も3段も上の領域だ。
「もう一度聞くけど、アナタの本音はどうなの? アナタの本当の気持ちはどうなの?」
「本音……?」
 切なげに眉を寄せ、まひろは少し視線を下げた。
「私の推測も交じってるけど、アナタ早坂秋水のコト、好きなの? 好きだからこそらしくもなく色々考えて遠慮して、怖がってるの?」
 一気に畳みかけるヴィクトリアだ。まひろ相手にはこれほど直截簡明(ちょくせつかんめい)な物言いの方が効くと踏んだから
だが、言い終わるやいなや別の思案も湧いてきた。
(なにこの青臭いセリフ)
 先ほどまひろの祖母より年上とのたまった少女がいうにはやや滑稽なセリフだ。鐶がするような黒一色の戯画的半眼を
しつつやや引き攣った顔をする。だんだん、恥ずかしくなってきた。何を自分は言っているのだろうかという思いが湧き、つ
いで他人の恋愛に口をはさむより先に自分のコトをどうにかしろという空しさも湧いてきた。恋愛? なぜか浮かぶパピヨン
の顔にやや顔を赤らめながらじつと俯く。知識の中にしかなかった思春期という化石が今は生々しく蘇り感情の中を泳いで
いるようだった。
 まひろはまひろで深刻だ。期せずして2人は同時に盛大な溜息をついた。
「そんなコト……考えたコトもないよ」
 まひろは顎に手をあて悩ましげに俯いた。瞳も熱く潤んでいる。
「そりゃ秋水先輩はカッコいいし優しいよ。でも照れ屋さんで不器用で、見てるとどうしても助けたくなっちゃうし、そこが可愛
いかなあとは思うよ。私だっていろいろ助けてもらったし…………。お兄ちゃんがいなくて、寂しいけど、先輩が色々いって
くれたから今まで何とかやってこれた訳で……。でも、好きかどうかなんていうのは…………分からないよ」
 まひろはくるりと背を向け小石を蹴るようなしぐさをした。腰のあたりに回された手と手の間で時おり幼い指同士がぎゅうっと
絡みう。籠る力は苦悩のほどを示していた。
「だってね。私……斗貴子さんもちーちんもさーちゃんも六舛先輩たちもブラボーも桜花先輩も、監督も、それからもちろん
びっきーも、とにかく周りにいるみんな大好きだよ。もちろん秋水先輩だって大好きだけど、でもみんなへの大好きと違うか
どうかまでは分からなくて……」
(気付きなさいよまったく)
 何度目かの嘆息をしつつ、ヴィクトリアは天を仰いだ。狭い地下なので灰色の天井が広がっているだけだが、何か挙動
を取らなければ間が持たない気がしたのだ。
(ふだん何も考えず突っ込んでくアナタがそこまで深刻になってる時点で──…)

(答えなんて分かりきってるじゃない)

 視線を移す。まひろの背中。語りかけるように凝視する。
 
 彼女はフラれるという結果など恐れていないようだった。秋水がそう決断したとしても彼への手助けはやめないだろう。ヴィ
クトリアは心底からそう思った。まひろは見返りや自分への好意は求めていない。何か問題があれば自分の身を顧みず、
他人のためだけに動ける少女だ。
 だから「フラれる」という結果的なものより、「カズキ不在の中、秋水へ一歩踏み出そうとする」自分の決断、過程こそ周囲に悪いと
思い相手にさえ遠慮しているフシがある。

(これ以上つつかない方が良さそうね。迷う気持ちはそうすぐには変えられない。自分のコトさえ100年間どうしようもなかった
私がこのコの悩みを全部解決しようなんて思い上がりもいい所。傲慢じゃない)

(できるコトは1つ。たった1つ──…)

 近づき、ぽんと肩を叩く。戸惑ったように見返してくるまひろにゆっくりと言葉を紡ぐ。
「とにかく。まずはいまの指摘が合ってるかどうかじっくり考えなさいよ」
 思わぬスキンシップに一瞬喜色を浮かべたまひろではあるが、すぐに太い眉をハの字に歪め哀願するように訴える。
「でも、私そんなに頭良くないよ? すぐこんがらがって分からなくなっちゃうかも」
「その時は今みたく私に話せばいいでしょ?」
 唖然とするまひろに「してやったり」とばかりヴィクトリアは笑みを浮かべた。
「私なんかが相手でも、言って、スッキリして、本音に気付くぐらいはできるでしょ。どうせアナタは一人で悩んで貯め込んでも
何も解決できないわよ。だったらどこかで適当に発散すればいいじゃない」
「で、でも……それじゃびっきーに悪いような」
「悪い?」
26 ◆C.B5VSJlKU :2011/07/18(月) 00:07:38.75 ID:hPXa3lKb0
 フンと鼻を鳴らすとヴィクトリアは思いっきり皮肉と冷淡の混じった笑みを浮かべた。演説の題目は2人の関係性。まひろにされた
所業がどれほど嫌で苦痛を感じたか、だ。氷の釘で射抜くようにチクチクと毒舌を振るう。そしてそれを最後にこう締めくくる。
「今まで散々私を苦しめたアナタよ。いまさら何したって悪いも何もないじゃない。ホラ。こっち向きなさいよ。ねえ」
 戯画的な表情で丸っこい涙をどらどら流すまひろの顎に手を伸ばす。首のしなやかな稜線を駆け抜けた繊手が下顎を撫でると
豊かな肢体がピクリと震えた。刺激に喘ぐ愛らしい顔立ちが恐る恐る見返してくる。いいカオ……妖しく震える嗜虐心。ヴィクトリアの手は
まひろの頬をつるりと撫で皮膚と栗髪の間に潜り込んだ。ぱさついた髪の束が浮き上がり、まひろは小さな叫びを軽くあげた。
「それとも……私じゃダメ……? アナタも武藤カズキしか見てないの……?」
 
 まひろは見た。眼下で急に瞳を潤ませるヴィクトリアを。やや紅潮した顔は名状しがたい切なさを孕んでいた。思わず唾を飲む。
彼女は恐ろしく攻撃的な姿勢とは裏腹に懸命に背伸びをしていた。踵や足の甲がぶるぶると震えていて、それだけなのにとてもと
てもズキリと来た。
 普段軽くのぼらせる「可愛い」とは違った何かを感じる。桜花の美しさともまた違う何かが。今すぐにでも抱きしめたいが抱きしめると
ヴィクトリアの関係性が変わっていってしまうような予感がした。それはともかくとしてまひろは純粋にヴィクトリアの申し出が嬉しかった
ので──そういう明るい感情を前面に押し出さないと美しくも甘い雰囲気にどうにかなってしまいそうだったので──とびきりの笑みを
浮かべ快諾した。

(アナタも? 誰か他の人もそうなの? 秋水先輩のコトならそこまで悩まないよね?)

(誰なのびっきー? その人は)

 かすかな疑問を、残しつつ。

「分かってくれればいいのよ。とにかく逃げるのだけは絶対ダメよ。何の解決にもならないんだから」
 かつて人喰い衝動の件で寄宿舎から逃げた時のコトを思い出しながらヴィクトリアは最後の注意を始めた。
「気遣うコト自体は悪くないわよ。むしろアナタにしてはよく配慮した方。だけど早坂秋水にしてみれば、アナタに逃げられ
るのは迷惑な話よ? 分かるわよね。少し前の話だけど、説得さえ怖がって地下へ逃げ込んだ誰かさんが居たでしょ?
その誰かさんを追ってわざわざ地下まで来るの、大変だったでしょ?」
「私は大変だなんて思わなかったけど……でもいま、秋水先輩は困っているよね」
 まひろはしゅんと肩を落とした。いろいろな感情の果てに彼を一番傷つけずにすむ選択をしたつもりだったが、それでも
やはり迷惑だし解決放棄だった。そんな反省をたっぷり聞くと、ヴィクトリアは「そうね」とだけ呟いた。
「それでもアナタ、少しぐらいいまの気持ちを整理できたでしょ? だったら無難な部分だけアイツにいえばいいじゃないの」
「そ!! そうだよね!! 私が秋水先輩好きかも知れないーってコトいうのが恥ずかしくて逃げたんだから、今度はそこだけ
伏せればいいんだよね」
「ええ。アナタにしては理解が早いわね」
 呆れたように呟いたヴィクトリアはふと顔を上げやや真剣な表情をした。
「どうしたびっきー?」
「やられた。パピヨンね。勝手に招き入れたみたい」
「?」
「早坂秋水よ。向かってきてる。私には分かるわ」
「ええええええええええええええええええ!?」
 まひろは絶叫しながらヴィクトリアの肩を揺すり始めた。
「どどどどうしようびっきー!! 私まだ先輩に何いうか決めてない! というか心の準備が……!!」
「準備も何も、さっきまとめたコトをいえば済む話じゃない。まさか忘れたりしてないでしょうね?」
 大丈夫! とまひろはふくよかな胸をドンと叩いた。
「何を隠そう私は記憶術の達人よ!! え、ええと。まとめるね。つまり私は演劇部が楽しくなってきたからお兄ちゃんがいな
いの寂しくて、でも他の人もそうだから悩みを言えずに困っていて、秋水先輩にもそれをいいたかったんだけど実はこの
前先輩に解決してもらった悩みだからいうの蒸し返すようで申し訳なくて言い出せなくて、で! 逃げちゃった! これで
いいかなびっきー!!」
「ええ。上出来よ。早坂秋水到着まであと5秒。さっさと準備しなさい」
「うん!! きっと大丈夫!! 何とかなる!! 来るなら来いだよ秋水先輩!!」
27 ◆C.B5VSJlKU :2011/07/18(月) 00:08:04.18 ID:hPXa3lKb0
 俄然テンションを高めたまひろは部屋の片隅にある出入口を爛々と睨み──…







 10秒後。ヴィクトリア=パワードを爆笑させた。



 秋水が地下に着くと、まひろは先制攻撃だとばかり一気に駆け寄り、あの、あの! と先ほど逃げた理由を述べようとした。
 しかし彼は機先を制し、「俺の方こそ悪かった。君が悩むとすれば君の兄の件しかない。それにも気付かず不躾な質問をし
てしまった。触れられたくないのは当然だ」と深々と頭を垂れ、謝った。
 決してまひろの心理総てを言い当てた訳ではない、若干齟齬のある理解。しかし思わぬ先制攻撃にまひろはテンパった。
若干の齟齬しかないからほぼ大当たりなのだ。せっかくまとめた言葉が言えなくなった。しばらくあわあわと唇を震わせてから
「あのね!」と「そのっ!」をしつこく連呼し、最後にヤケクソのようにこう叫んだ。

「私! 秋水先輩のコトが好きかも知れなくて!!」

「でもソレが言い出せなくて思わず逃げちゃってたのーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」



「は!!」

 いま自分は何をした? そんな表情で目をパチクリさせるとまひろは全身を思いっきり戦慄かせ、鳴いた。


「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」



 腹の底から笑ったのは一体何十年ぶりだろう。もしかすると1世紀またぎかも知れない。
(アナタは……アナタは……アナタは……アナタは……!!)
 たっぷり1分近く笑って気付いたコトがある。ホムンクルスは笑い死にする。絶対。ヴィクトリアは凄まじい筋肉痛の腹部を
さすりながら思った。きっと錬金術製の気管やら横隔膜やらが呼吸不全をもたらすのだろう。
 もし近くに秋水がいなければ臆面のない大爆笑を続け今ごろは川向うの母と楽しくおしゃべりしていた。
 身を丸め口を押さえてプルプル震え考えるのはそんなこと。
 まひろ。
 相談で得た成果を活かそうとするあまり、相談で得た何もかもをブチ壊してしまっている。普段からアホね馬鹿ねと呆れて
はいたがここまで景気よく自分の尽力を破壊されると皮肉でもなく本当に純粋に尊敬の念さえ覚えてしまう。
 一方、秋水。
 驚愕。まさにその一言の表情だ。真赤な顔で「違う、違うの。これには訳が……!」と懸命に弁明する告白相手を落ち着き
なく眺めている。頬には露骨に汗が浮かび、瞳も露骨に泳いでいる。

 寸劇だ。コントだ。

 パピヨン絡みで仄かに抱いていたまひろへの嫉妬も一時的に忘れ、ヴィクトリアはくつくつと笑いをかみ殺していた。



「嫉妬と」
「傲慢か」

 残っていそうな罪は。
 秋水を除く戦士一同はそんな分析をしていた。
28 ◆C.B5VSJlKU :2011/07/18(月) 00:08:33.28 ID:hPXa3lKb0
 マレフィック……『凶星』を意味する敵組織の幹部たちはいわゆる7つの大罪に憂鬱と虚飾を加えた罪をそれぞれ持って
いるという。ただし10人いる幹部のうち盟主だけは例外的に何の罪も背負っていないという。というより彼の趣味で上記9つの
罪の持ち主が選ばれるらしい。そして鐶や貴信、香美や小札、無銘といった音楽隊が出会ったマレフィックの内
「不肖と縁ありまする『水星』の幹部ウィルどのにつきましてはまさに怠惰の権化!! 勤労のない社会を作るために悪の
組織に属されておりましたのです!! 働かなくてもよい社会! それはまさに地獄でありましょう!!」
「我をこの体に貶めた『木星』のイオイソゴは間違いなく……大食」
『虚飾』『憤怒』『色欲』『強欲』『憂鬱』『怠惰』『大食』は出た。残りは2つ。
 どんな幹部なのだろう。剛太と桜花はあれこれと想像を巡らせていた。




 迫りくる黒い影! それが胸にドンとブチ当てた衝撃!!
 刺された!! 金髪ピアスはぎゅっと目をつぶり思わず身を丸くした。
 しかし数秒後。
 何の痛みもない胸に違和感を覚えおそるおそる目を開いた。
 そこには。

「ひぐっ! ひぐ!! よ、よくも突き飛ばしてくれましたねえこの上なく!!」

 おそろしく情けない表情で泣きじゃくる女性がいた。
 不美人、という訳ではない。むしろこの晩出逢った「青っち」や「女医」に勝るとも劣らない美貌の持ち主だった。
 眼鏡をかけた大人しそうな雰囲気で、見た目は20代前半ほど。ぱちくりとした目と少し聞いただけでも忘れられなくなる
綺麗な声が印象的だ。
 やや傷のある黒髪は踵まで伸び、左耳の前あたりにぱっちん留めがついている。おかげで左肩辺りの髪の束がばさりと
かかりなんとも言えない色気を醸し出している。衣服はその辺りの安物を適当に身につけたという感じで、ロングスカート
はあちこちがほつれている。しかしスタイルは中々よく、着るものさえ選べばかなり化けるように思われた。
 ただし。
 全体に漂う”冴えない”感じが美貌も色気もスタイルも何もかも台無しにしている女性だった。
 詰め寄っている今でも腰を引いている。覇気のなさときたら少し怒鳴るだけで一気に折れそうだ。
 恐らく一番の美点である声さえ台無しにするように、会話の内容も、ひどかった。

「おかげで全身フードがこの上なくズッタズタじゃないですかあ!!」
「怒るポイントそこ!?」
「怒るポイントはこの上なくそこですよ!! あのですね!! 全身フードっていうのはですね!! 未知なる敵の命なんですよ!
「髪は乙女の命みたくいわれても!」

 金髪ピアスは気付いた。胸に当てられていたのはナイフではなく、乱雑に畳んだ全身フードだと。
 しかしなぜこいつらは全身フードを着ているんだ? 根本的な疑問をはらみつつもう1人の全身フード──ディプレス──
を見ると彼は笑い、肩を揺すった。
「こいつはクライマックスwwww マレフィックプルートwwwww 『嫉妬』の幹部wwww」
「そ、そうですよ!! 私こう見えても天性のシリアルキラーでクリスマスとか来るたび誰か世界中のカップル皆殺しにして
くれないかって願いながらも自分では実行しないほど極悪非道の幹部なんですよ!!」
「普通か!!」
「うぐ。でででも冥王星って肩書きからしてもういかにも最強って感じでこの上なくムチャクチャ怖いじゃないですかあ!!」
「惑星から降格されるってウワサあるぞ冥王星」
「え? そーなんですか? あ、いやいやいや。違いますよ。それはもう冥王星のあまりの力を恐れた学者さんたちのやっ
かみなのです。だから怖い筈です! だから謝るならこの上なく今です!! さあ!! さあ!! はやく謝るのデス!!」
 また奇妙な奴に出会った。そろそろこの運命から脱したい金髪ピアスである。
29 ◆C.B5VSJlKU :2011/07/18(月) 00:09:50.99 ID:hPXa3lKb0
過去編の方ではマレフィックが自爆! こちらの方ではまひろが自爆! 自爆祭りじゃアアアアアアアアアアア!!!

ふら〜りさん(完結、おめでとうございますっ!)
ははは。確かに格ゲーなら締め技とかはすぐ終わりますものね。ですが現実的に考えればKOまで続ける方が正しい訳で。
メタ系であるが故にシステム上のご都合主義を信じすぎ、そして負ける。能力故に能力の不備を突かれる。これはやはり能
力バトルだったと!

>『そ、そういうもんでしょ普通っっっっ?!』

普通じゃないんですけど優子の感情考えると洒落にならないwwwwwww
更に最大トーナメント出場前の決め技が”あの”フロントネックロックというのが熱い! あの優勝の何割かは優子との戦い
あらばこそだったと思いたいですね。うん。

mugenですが(キャラクター面から)格ゲーを極めるとこうなります。

http://www.nicovideo.jp/watch/sm1465829
30 ◆C.B5VSJlKU :2011/07/18(月) 00:23:58.66 ID:hPXa3lKb0
>>26訂正
「どうしたびっきー」→「どうしたのびっきー」
31作者の都合により名無しです:2011/07/18(月) 01:06:49.38 ID:NfWT8Gp90
どうしたんだスターダストさんそのテンションw

お疲れさんです。ヴィクとリアとまひろの
「意思の疎通は出来てるけど、微妙に会話が成り立ってない」
感じが好きです。ひたすら素直だけど天然なまひろと、
根は素直なんだろうけど表面上ひん曲がってるヴィクトリアで
結構いい感じだと思うんですけどね。親友になれそうな。
32作者の都合により名無しです:2011/07/18(月) 11:01:52.04 ID:dwMeTei70
カズキを思い出すシーンがちょっと切ない…
33作者の都合により名無しです:2011/07/18(月) 21:17:49.02 ID:yuEtKGPk0
まひろなら何回告られている気がするけどなあ
秋水は何十人も想ってる女子がいただろうけど
完璧超人だし完璧な姉も近くにいるから告白されたなかったんだろうか
告白するのも、告白されるのもお互いに始めてなんだろうなあ

告白経験どっちも無いから知らんが。
ケッ。でも大学のコンパで随分食ったからいいや
快楽のみで刹那的な思い出しかないのも辛いな・・
34ふら〜り:2011/07/18(月) 22:27:05.11 ID:sQkno2HS0
>>カイカイさん(これまたお久しぶりです!)
そういえば独裁スイッチのシステムって、原作では全然説明されてませんよねえ。
消されてもほっといたら元に戻る、ぐらいしか。そんな道具の利用法をこうもって
来るとは……リクエストは「ホーリーランド」のキングか「刃牙」の三崎のどちらかを。

>>スターダストさん
今や秋水や斗貴子たちよりも、つまり誰よりも遥かに深く正確に、まっぴー(とパピヨン)
のことを理解しているびっきー。でもびっきーを挟んでるパピ・まぴの二人が至高の存在と
しているカズキのことは、ほぼ関心なんざ無いびっきー。人間関係の妙ってやつですな。
35作者の都合により名無しです:2011/07/18(月) 23:50:33.46 ID:vwZn68N00
ふらーりさん乙でした。またなんか書いてください。
ここに来てまたスターダストさんハイペースになってきたか?
大団円が見えてきたからテンションが上ってきたのかな。
36作者の都合により名無しです:2011/07/20(水) 09:03:04.46 ID:vouZwA5s0
カイカイです。今のところ、斎藤一、ガッツ、バキの三崎がエントリーです。
他は知りませんが、同じホーリーランドからタカでどうでしょうか。
あと、毛利小五郎の代わりに金田一一でどうでしょうか。

バトロワは、10名を想定しています。
未来の世界では、こんな感じで「あいのり」「ガチンコ!」みたいなのを放送してる設定です。
歴史物では、本人を違法コピーして古民家とか蒸気船に投入してリアル再現ドラマとか。
37作者の都合により名無しです:2011/07/20(水) 11:42:37.21 ID:y+BLRa1L0
カオスなメンツだなー
38作者の都合により名無しです:2011/07/20(水) 23:36:52.66 ID:hHCkpflm0
10名は少なすぎる気がするなー
39カイカイ:2011/07/21(木) 08:47:22.66 ID:bKZNbIxr0
バトロワの武器の当たり外れの要素は、今回は本人の強さで代用します。
あと、不特定多数でリレーするならともかく、一人で完走を目指すなら10人が妥当です。
エクセルで管理しなきゃ作れないようなSSは、僕の作風ではありません。
40作者の都合により名無しです:2011/07/21(木) 18:30:21.91 ID:dNMu6usEO
じゃ、アンケートなんてするなよ
無茶ぶりする奴いるんだし
41作者の都合により名無しです:2011/07/22(金) 06:27:20.39 ID:H6AS/5lz0
ここに書いたSSを、他のサイト(pixivとか)に投稿するのってやっぱマズイかな…?
本人の書いたものであっても。
42作者の都合により名無しです:2011/07/22(金) 06:29:11.20 ID:H6AS/5lz0
>>カイカイさん
エンジェル伝説の北野くんとか
バトロワでもその悪魔の顔と天使の心で場をかき回しそうだ
43作者の都合により名無しです:2011/07/22(金) 09:54:12.83 ID:6g0IMH4Q0
>>40
全く知らないマンガはムリですが、そうでないなら妥協点で進めます。
そこがまた、楽しい。
44作者の都合により名無しです:2011/07/22(金) 23:56:54.04 ID:+W43WI2Z0
自分のなら別にいいんじゃない?

カイカイさんは10人決まってるのかな
漫画の剣士キャラはどうしても超越キャラばかりになるからな
45作者の都合により名無しです:2011/07/23(土) 08:52:22.92 ID:u6Enddp10
>>44
そうかな?
最近ちょっとpixiv小説始めたから投稿してみようかと思ったんで…
46作者の都合により名無しです:2011/07/23(土) 10:06:45.59 ID:gEqpIkvW0
しかしPixiv小説って腐女子のカスみたいなBL小説しか評価されてないし
向こうで評価された時にこっち流れて荒れるってのは嫌だな
過疎は打開できるかもしれねーけど・・・
47作者の都合により名無しです:2011/07/23(土) 22:57:54.70 ID:EsCpvWxp0
同じホモ好きなら腐女子よりまだ淫夢厨あたりの方がマシなんだよなぁ。ちなみにふら〜りさんは違います(ゲス顔)。
48作者の都合により名無しです:2011/07/25(月) 18:44:28.81 ID:ICVr6tLO0
カイカイです。まあ、超越キャラもうまくコンバートしますよ。
たとえば、斉藤やガッツは昔の人物にすぎません。
神谷道場の土壁を砕いたことは、タカにとっては講談の中の斎藤一ですし
マイ世界ではそれが斎藤の戦闘能力です。
タフネスも同様です。タカの真向斬りが当たれば、頭が割れてしにます。
その代わりというか、相手が未成年でもさすのが斎藤です。
さすというより、現実世界でいう伯耆流の突き技ににた感じですね。
49 ◆C.B5VSJlKU :2011/08/01(月) 13:39:33.09 ID:5jouGvM10
 あー、コイツもヘンな奴だ。しかも弱そう。冷めた目の金髪ピアスに構わず女性はひたすら一生懸命まくし立てる。
「私としてはですねー。戦士のみなさんに『女!?』『しかも割と普通の』みたいな反応して欲しかったんですよ。そしてですね、
そしてですよ? もし良かったら『見た目に騙されるな! 奴も幹部見くびってはならない』みたいなー反応してもらえたらー
この上なく嬉しいですなんて思ってた訳なんですけど。エヘヘ」
 後頭部をぽりぽり掻きながら女性は笑った。あどけない、というより幼稚な、世間ずれした笑みだ。「イタい」という方が正し
くもある。
「なあお前」
「なんでしょうーか!!」
「センス古くね?」
「え!?」
「仕方ねーよwwww こいつの肉体年齢ほぼ30だからなwwww」
「ちょ、ディプレスさん!? 女性の年齢をいうなんて失礼じゃないですか!!」
 クライマックスの視線。それを追い振り返る。背後には同伴者(ディプレス)がいた。いつの間にかそこにいる彼ときたら
相も変わらずフード姿だ。頭からつま先まで万遍なくすっぽり覆われているため表情こそ伺い知るコトはできないが……
露骨に震える肩。感情スートが喜怒哀楽いずれかなどまったく見るだけで丸分かりだ。
「な?ww な?ww 見てみwwww コイツの姿をようく」
「はぁ」
 改めて観察してみる。
 一言でいえば微妙だった。パーツだけ抜き出せばスタイルのいい黒髪美人なのだが冴えない雰囲気や安物の服のせいで
恐ろしく野暮ったい。垢抜けない雰囲気がぷんぷんだ。分の厚い黒ブチ眼鏡などもっての他だ。しかもよく見ると両目の瞳
孔の大きさが微妙に違う。更にやや猫背気味。髪もボリューム過多である。踵まであるそれは見るだけでゲンナリする。い
まは暑気残る秋の夜なのだ。切れよ鬱陶しい。そういう心情も相まってますます魅力薄く見えてくる。
(……うぅ。でもスペックはそこそこなんだよなあ。どうせ売れねーんだし試しに付き合って鍛えりゃ結構化けたりする可能性も)

(いや。いやいや。30間近だぜコイツ。遊ぶにゃ重すぎる。こっちの思惑がどうあれあっちはぜってー結婚前提だ)

(切り辛いし切るならよほど上手く切れなきゃ無茶苦茶厄介なコトになる) (だいたい結婚した後はどうするよ?)
(全身フードがどうとか喚く夢見がちなタイプ……幼稚な女だ)
                                     (家庭経営に必要な哲学など持てない)

(厄介事は全部俺任せにするだろーし家事だってちゃんとこなせるか怪しい)
(不況)
(子供)
(作る)
(大変)
(お袋の老後の問題)(場合によっちゃコイツの両親の介護も)
(長女か?)
(長女なのか?)
(兄弟は何人だ?)
(1人っ子だと負担全部来るしな〜。理想なのはアレだな。親が長男夫婦と同居!)

(って! だいたいコイツ悪い連中とつるんでるっぽいしその時点でやべえだろ! ないない。コイツだけは絶対ない)

 びゅんびゅんと脳髄をかけめぐるワードを総合するに、やはり”ない”相手だ。
 そういえば仲間らしき連中は誰も全身フードを着ていなかった。推奨を無視されたのだろう。見え透くのは低いヒエルラキー。

【結論】

(旅先で適当にナンパしてちょっと食べて終わらせる位がちょうどいいレベルの女!)

(だって見た目洗練しようとしてもぜってー途中で飽きそうだもん! 「ありのままの私を愛してくださいよぉ」とかなんとか言
って努力の放棄! こーいう女は論点をすり替えるからな!! 辛いやりたくない、そう思ったが最後ふにゃふにゃした感
情論で正当化ばかりするんだ!!)
 少なくても見た目に関しては「青っち」や「女医」といった連中の方が遥かに上だと金髪ピアスは1人頷いた。前者は天性
の輝くような美貌の少女だし後者は妖しく研ぎ澄まされた雰囲気の美女だ。
 対してクライマックスはなんだか「決して悪くはないが選んだら負け」という感じがして仕方ない。
 男性としてそんな気分を目ざとく見つけたのだろう。ディプレスがポンと肩をたたいた。
「お考えの通りwwwwwwwwwwwマレフィックの女どもの中じゃ一番情けなく、一番トウが立っているwwww」
 反論の余地をなくしたのだろう。クライマックスは口に雑巾でもねじ込まれたように数度呻くと双眸に瞳を湛え泣き始めた。
「うぅ。全身フード破かれた上に謂われなき暴言!!  あんまりです。この上なくあんまりですぅぅぅぅぅぅ!!」
50 ◆C.B5VSJlKU :2011/08/01(月) 13:40:03.21 ID:5jouGvM10
 彼女はとうとう両膝をつきくずおれた。それなりに豊かな胸からズタズタの全身フードが零れおちた。それがますます哀切を
強くしたのだろう。平蜘蛛のように身をつくばらせ物言わぬコスチュームに取りすがって泣きに泣いた。

「あ!! そだ!! 金髪さん金髪さん!! お父さんかお母さんか妹さんあたり殺されてませんか!!」
 10秒は経っただろうか。クライマックスは不意に顔を上げそんな質問をした。表情は泣いていたのがウソのように大変明るく
それが金髪ピアスを覆いに困惑させた。困惑といえば彼女は四つん這いのまま腕ごと胸を地面につける姿勢だ。いきおい臀
部が心持ち高く突き上げられているのだが、佇まいのせいか煽情的というより滑稽な姿勢にしか映らない。
 そういったもろもろの事情もあり金髪ピアスは複雑な表情で頬をかいた。
「いや……一人っ子だし父親は去年ガンで死んだけど。でもなんでそんなコト聞く」
 ぴょこりと行儀よく座りなおしたクライマックス、「え、えぇと」と頬を染めて目を逸らした。ほつれた黒髪ともどもやや愛らしく
金髪ピアスは一瞬ドキリとした。
(くそ。しおらしい表情すると途端に二十歳ぐらいの雰囲気かよ! やべえ罠だ。落ちつけ。こんなのはフォトショ加工した
”出来のいい”一瞬の奇跡! コレに引っかかると後がマズい。表紙買いした写真集にガックリする100万倍マズい!)
 訳の分らぬ葛藤をよそにクライマックスははにかんだような表情で柔らかなブレスを継ぐ。それが妙に艶っぽくますます
どぎまぎする金髪ピアスである。
「この上なく、後付け設定で、ですね」
 まるで告白寸前の女子のような恥じらいとトキメキの入り混じった声だ。とても甘い。元声優だからなコイツ。ディプレス
の解説に成程とも思う。実にアニメアニメした声が耳をくすぐり突き刺さる。経歴は伊達ではない。三十路直前? 声だけ
聞けば10代だ。だからこそ欲望を刺激する。手練手管の限りを尽くしアレやコレやの声を聞きたい。
 やがて彼女はとても美しい声でこんなコトをいった。

「実はお父さんたちの仇が私たちレティクルエレメンツだった的なコトにしたら……その、全身フード破られたのもアリかなーって」

 わずかばかりのトキメキも好意も欲求も何もかもいっしょくたにして粉砕する絶望的な一言だった。泣きたい気分で金髪ピアス
は絶叫した。

「ああよく居るねえそういうの!!! 巨悪が主人公たちとコトを構える前に現れるモブ!! お父さんの仇だっつって
健気にナイフ一本で立ち向かうがボロゾーキンのようにやられるタイプの!! 確かにたまに素顔暴いたりするよね!」
「そ!! そう!! それです! それになってくれますか!!」
「なれるかァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!」
 ヤケクソのように放ったビンタ。それを認めたクライマックスはニヤリと笑って拳を突き出した。クロスカウンター!! 進撃
途中の腕にビンタが当たった。なぜか肘がカクリと鳴った。旋回する前腕部。向きを変えた拳が狙うのは……
「え?」
 唖然とするクライマックス。その顎の下に残影が奔った。やがて来(きた)るは力学の、爆発的開放。
「ぐべぇ!!」
 自らの拳にアッパーカットを喰らわされたクライマックスは情けない声を上げながら後ろ向きに倒れていく。
「うぅ。骨を削って肘の可動範囲を広げたのがこの上なくアダに……」
「プラモ感覚で体改造してんじゃねーよ!!!」
 ジョーを貫きたての拳はそれでも腕ごと頭の方でピンと張りつめられている。なんだか自爆にガッツポーズしているような
アホさ加減さえ感じられ金髪ピアスはつくづく悲しくなった。地面を揺るがす落着音が辺りに重く響き渡った瞬間、感情はと
うとう爆発した。
「何がしたいんだお前!!」
 黒髪を放射状に広げつつ仰向けのクライマックスは息も絶え絶えにこう答えた。
「ク、クロスカウンターをお見舞いしようと……そしたらこの上ない衝撃が下から上へ…………げふぅ」
「その結果が何だよ!! アッパーだよ! 一方的だよ!! 全ッ然クロスじゃないしカウンターもしてない!!」
「wwwwwwww 晩飯のとき漫画喫茶で何とかとかいうボクシング漫画読んでたからなあwwwwwww」
 影響か!! こめかみを抑える金髪ピアスの頭痛は「髪にごみが、髪にごみがあ!!」と泣き叫ぶ声にますます助長された。
「クロスカウンターなんて素人がやってうまくいく訳ないだろ!! ましてビンタ相手に!! 漫画と現実の区別ぐらいつけろ!!」
51 ◆C.B5VSJlKU :2011/08/01(月) 13:40:39.15 ID:5jouGvM10
「そんな!! 一緒になりきって遊びましょうよぉ!! 二次元ってやっぱ素敵じゃないですか!! 金髪ピアスさんだって
漫画とかにアニメとかに可愛い女のコいたらこの上なくトキメクでしょ!?」
「……俺の初恋は峰不二子だ」
 髪を掃除し終えたのか。クライマックスは「しゃん!」と直立した。そして両手の指先をちょんちょん触れ合わせながら「です
よねー」「不二子ちゃん。分かります。いいですよねー」と頷いた。
 今度は妙に落ち着いた様子である。
「wwww 声優の次は小学校で女教師やってたからなwwww マジメにやりゃ割と年相応wwwwwww」
「なるほど」
 ディプレスのいうコトももっともだ。落ちついた様子のクライマックスには何かこう男としてクるものがある。いかがわしい気持ち
というよりはこう、初めて担任の女の先生が家庭訪問に来たときのような、中学校の個別面談で割と真剣な進路の相談に答えて
貰っている時のような、或いは保育園のときに保母さんに覚えたような、甘酸っぱい気持ち。「年上の女性への憧れ」。
 そんな落ちついた女性はニコリと微笑しながらこう言った。
「私いちおう女ですけどー、でもやっぱり漫画とかでこの上なく純粋でかわいい女のコ見たら、お店行って同人誌ないかナーって
探すじゃないですか。あ、同人誌っていうのはこの上なくえちぃ薄い本です!!」
「さすがに探さん!!」
「えー。口にするのも憚られるようないかがわしい行為の数々があんな所にもこんな所にもされまくってる薄い本ねえかなゲヘヘっ
て半笑いでお店うろついたりしないんですか? あと買ってからですね。この上なく白くてドロドロしたエフェクトが不足気味だっ
たら自分で付け足したり……あ、いや、ホワイトとかそういう市販の塗料的な手段でですよ? 付け足したりしないんですか?」
「するかボケ!!」
「ヘンですよそれ!!」
「ヘンなのはお前だ!! 女のクセに直球すぎるわ!!!」
 馬鹿だった。一瞬でも年上の女性へのほんわかした憧憬を抱いた自分が馬鹿だった。金髪ピアスは俯き右前腕部を両目に
当てオイオイないた。そんな反応が不服だったのか、クライマックスは腰に両手を当てムっと顔をしかめた。
「何をいうんですか!! 私なんかで騒いでいたらグレイズィングさんなんて直視できませんよこの上なく!!」
「まあアレの投げる直球はいつも歴史的大リーガー最高の一品でお前のはせいぜい少年草野球の5番手ピッチャーが下痢
ん時に投げるカス球だが!! それはともかく漫画のキャラ! まずは愛でろ!! 普通に!!」
「この上なく普通じゃないですか!! 好きだからこそこの上なくえちぃの見たい!!!!! どこがおかしいっていうんですかあ!!!」
 叫びながらクライマックスはずずいっと詰め寄った。凄まじい勢いだった。体が密着し金髪ピアスの上体を後ろへ押し曲げるほど
大迫力だった。いいデスか! とピストル状にした人差し指をぐいぐい振りつつ主張する。
「私はこの上なく腐ってはいますがね!! でも可愛い女のコも大好きなんですよぉ!! 愛でるなんていうのは漫画とか読んで
ほわほわ萌える状態! いわばデート!! デートを重ねると段々段々この上なくッ!! ”次”に移りたくなるのが人情って
ものじゃないですか! 三次元じゃそれこそこの上なく正しくてお友達とかに相談するネタにさえなるというのに!! どーして!! 
どーして二次元でそれをやるのがダメなんですかあ!!」
「なあもう助けてくれよあんた。こいつもう手遅れだ!! いろいろと手の施しようがない!」
 きーきーいいながら長い髪を振り乱すクライマックスは怒りながら泣きじゃくっておりまったく尋常ならざる様子だ。
 すがるように見たディプレスはしばらく腕組みをして黙っていたが、やがて「ブヒ」と笑いながら口を開いた。
「なあなあwwww」
「何だよ」
「もしココでオイラがフィギュアの鎖骨部分舐めるの好きとかカミングアウトしたらお前ビビる?wwwww」
「お 前 も か あ ーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」
「ウwソwだwよwwwwww 顔真赤wwww 顔真赤wwww ビビった?www オタ2人に囲まれるかも知れないってビビった?wwwww」」
「ああもうフザけんな!!」
 怒りが爆発した。金髪ピアスはクライマックスを突き飛ばした。そして拳を固めて咆哮した。
「俺はちょっとあの青っちとかいう女襲おうとしただけだぞ!! なのにお前らみたいなおかしな連中と関わっちまっていろ
いろヒドい目にあってんだ!! これ以上巻き込むな!!」
52 ◆C.B5VSJlKU :2011/08/01(月) 13:40:59.89 ID:5jouGvM10
「自業自得じゃね?w 自業自得じゃね?ww お前強姦未遂犯だよなwwww」
「女性の敵!!? ケダモノ!!? まままままさか次は私なのデスかーーー!! だだだダメですそーいうのは心に
決めた人じゃないといけません。だいたい金髪さんの顔って二次元の美男子さんに比べたらゴミ以下ですし……」」
「…………オイ」
「そ、そうですよね。気持はわかります。嘘はダメですこの上なく。じゃあお家行きましょうお家」
「は? なんの話を」
「お母さんをちょっと殺します!! そしたら全身フード破壊も、因縁を果たすための前払いみたいな感じになって帳尻が……」
「まだ拘ってたの!? しかもけっこう言うことゲスいのな!!!」
「wwwwwwwww マレフィックに真人間がいる訳ねーだろwwwwwwww」
「つーかマレフィックというのは何だよ!! お前たちはいったい何なんだ!!!」



                                                                     ……ギチッ

 辺りが、静まり返った。いや、違う。金髪ピアスは気付く。今は深夜。静まり返っている方が本来自然なのだ。
 やっと気付く。今までこそが不自然だったのだと。
 夜中に騒いでいる方が。
 そして。
 ディプレス。そしてクライマックス。これまで散々と自分を甚振ってきた連中の仲間。
 彼らがやいのやいのと雑談で騒いでいる方が。
 不自然だったのだ……。


                                                   ギチ

 クライマックスを見る。先ほどまでの騒々しさがウソのような無表情だ。しかし口元だけは微かに綻んでいる。
 腰の前で手を組んだまま氷像のように固まってもいる。
 なのにこちらをじっと凝視する様は彼女が信仰して止まぬ二次元世界の住人よろしく美しく、そして恐ろしい。

 ディプレスの表情は相変わらず分からない。分かったとしても言動の端々に狂気が感じられる男だ。
 腹臓の目論見など最初(ハナ)から計り知れない。
 ただ軽口を一切叩かなくなったのが逆に怖い。

   ギチッ

                    

 じわじわと変質を遂げつつある場の雰囲気に触発されたのか。
 冷汗が一滴、地面に落ちた。

 ギチ


                 ギチ

 ギチギチギチ

                                    ギチッ!


                               ギチギチギチギチギチギチ


「あーあwwwwwwww 突っ込んじゃったwwwwwwwwwww」


 最初に喋ったのはディプレスの方だった。
53 ◆C.B5VSJlKU :2011/08/01(月) 13:41:18.15 ID:5jouGvM10
「教えてやるよwwww マレフィックというのは悪wのw幹w部wwwwwww 知った以上無事じゃいれねえよなあwwwwwwwww」


 先ほどのフィギュアうんぬんの下りと同じ冗談なのかそれとも本気なのか。
 笑っているからこそ分からない。
 ただ確かなのはディプレスの全身からギチギチという音がし始めているというコトだ。
 そして音とともに全身フードのそこかしこが「内側から」ぼこぼこと山を作り、膨れ上がっているというコトだ。

ギチッ! ギチギチギチ……ギチ!! ギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチ
ギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチ
ギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチ
ギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチ……ギチ! ギチギチ!! ギチ! ギチ! ギチ!!!!

ギチ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


「ひィ!!!」

 情けない悲鳴だと自分でも思う。金髪ピアスは尻もちをつきながら震え上がった。
 ディプレスという男の全身フードは変質を遂げていた。
 一回り大きくなった。体は今にもはち切れんばかりに膨れている。
 そして変質を決定づける明らかな異変が起こっていた。

 顔の辺りから、巨大な嘴が生えている。

 目深に被ったフードのせいで目のあたりはうす暗い闇に覆われており内実を伺い知るコトはできないが、おそらくそこも人外
めいた変貌を遂げていると考えて間違いはないだろう。

「さて、どぉーしょっかなアアアアアアアアアアアアwwwwwwwwwww 殺す?w 殺す殺す殺す殺す殺しちゃう? お前いま俺
の正体に繋がるクチバシ見たし他の幹部連中とも関わったみたいだしwwwww 始末しておいた方がいいのかなアwwwwww
wwwwwww」

 笑いたくるディプレスの周囲に黒い靄のようなものが生まれた。最初コウモリの群れに見えたそれは保育用の玩具を思わせる
軽やかな音を奏でながら飛び狂い……塀や、建物や、ゴミや、地面とやかましく擦れあった。
 悪夢のような光景だった。黒い靄の触れるところ霧が立ち込め砂が舞う。塀は崩れ、建物は部屋を露にし、ゴミは風化し、
地面は舗装を粉々にする。その向こうから大きな嘴の全身フードがゆっくりと近づいてくる。先ほどまでそういう仕草はなかった
のになぜか急にびっこをひいているのが一層不気味だった。足を引きつつひょこりひょこりと忍び寄ってくるのだ。

「万が一戦士連中に遭遇して、情報を漏らされても、事・だ・し・なアアアアア〜 でも盟主様は騒ぎ起こすなっていってるけど、
どーしょっかなアアアアアアアアアアアアアアwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」

 全身フードがまた破けた。翼だった。人間の腕を通すべき袖から灰色の翼が生まれた。足元も変貌を遂げており、鳥の
ひび割れた脚が見えている。

 やがて彼の周囲からひときわ多くの黒い靄が噴き上がった。やがて放たれたそれらは総て金髪ピアスへ吸い込まれ──…

「もー。ディプレスさん? やめましょうよぉ。口止めなんてブレイクさんに頼めば済む話でしょ〜」

 金髪ピアスは見た。自分の前で『何か人型をしたもの』が数体、ばらばらと風化していくのを。

「スーパーエクスプレス(レティクル座行き超特急)wwwwwwww 無限増援で防御かクライマックスwwwwwwwww」
「そうですよぉー。もともとスピリットレス(いくじなし)とじゃ分が悪いですけどねー。……よいしょっと」

 暖かな手の感触が両脇の下に挟(さしはさ)まれ視界が上へ上へと昇っていく。どうやら後ろから立たせて貰っている
らしい。ディプレスの口ぶりからすると背後にいるのはクライマックス。知らぬ間に背後へ来るのは彼らの趣味なのだろう
か。とにかく理由も理屈も分からないが彼女に助けられたというのは間違いない。

「分かっていて脅すなんて可哀想ですよー。だからですね。名案があるんですよ。この上なく平和的な解決の」

 ホッと安堵しつつ振り返った金髪ピアスを見てクライマックスもまた笑った。
54 ◆C.B5VSJlKU :2011/08/01(月) 13:42:50.34 ID:5jouGvM10
.



 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・  
 ナイフを大きく振りかぶったまま。

 俗にいうコンバットナイフだった。明らかに首筋を狙っていた。その姿勢のままクライマックスはキラキラと双眸を輝かせ
とても嬉しそうに笑っていた。

「でwww解決手段は?wwwwww」
「この上なくぶっ殺しましょう!!!」
「のわあ!?」

 3つのセリフはほぼ同時に放たれた。岩をも削る勢いで振りかざされたナイフをしゃがみ程度で避けれたのはまったく
奇跡だった。髪が何本か斬撃軌道に吹っ飛ばされたが頸動脈をやられるコトを思えば些細すぎる問題だ。金髪ピアスは
そのまま地面を蹴りディプレスもクライマックスもいない方向へ着地した。無理のある跳躍だったため着地はつくづく不安定
で踵辺りの筋がズキズキと不快な痛みを訴えているがそうしてでも得るべき距離だった。

 一方、クライマックスは空を切ったナイフと金髪ピアスとを不思議そうに何回か見比べた後、首をかしげた。
「なんで避けるんデスか?」
「それ何!? 刃物! 死ぬだろ!」
「死なしてみたいんですよー♪ 夢なんです! 小さい頃からの!」
 胸の前でわきゃわきゃと両腕を動かしてから彼女はブイサインを繰り出した。(ナイフを持っていない方の手で)。
「おかしいだろ!! いまの流れじゃ口封じで殺すの反対、みたいな感じだったろ!!」
「違いますよ。殺す気もないのに脅すのが可哀相って意味ですよぉ」
「wwww アレはコケ脅しwwwwwww 釣りwwwwwwwww」
 ね、とクライマックスはディプレスを指差し、「だから殺して楽にしてあげようかと!」とブイサインを作りなおした。
「いやお前! 俺の、人の命を何だと思っているんだ!!」
 魂を込めた怒号だがどうしてそんなものを投げかけられたのかつくづく分かっていないらしい。
 クライマックスは一瞬メガネの奥で大きな瞳をきょとりと見開いたがすぐさま笑顔でブイサインを翻し、指折り何かを数え
始めた。
「大丈夫! わかってます! この上なく大事でー、地球より重くてー、みんなそれぞれ1度きりのー、とにかくとにかく守る
べきものですよね! ほら言えました! これでも声優やめた後は小学校の先生でしたからー、道徳は得意なんですよ」
 分かっていながらやってるのさ。くつくつ笑うディプレスに「ねー」と相槌を打つクライマックスはとても不気味だった。
「殺人が悪っていうのもこの上なく理解してますよ。誰かから誰かという大事な存在を奪う。うん。この上なく悪いコトです。殺
される人にだって明日の予定とか来月の目標とか来年始まるアニメを待つ心がありますよね。それを一方的に奪うというの
は良くありません。まったく最悪の行為デス」
 でもですね
 と、元声優で元教師のアラサーは胸の前で両手を組みきゃるきゃると瞳の中に星を浮かべた。

「でも最悪だからこそ命! 一度でいいから奪ってみたいんデス」

「二次元で可愛い女のコ見た時に生じるリビドー。綺麗だからこそメチャクチャにしたい!! それとこの上なく同じなんですよ」

 月明かりの下でクライマックスは少女のようにうっとりと笑った。先刻会ったブレイクも同じような表情をしていたが、あちら
は信仰心や集中力といったある種建設的な感情だ。
(コイツは違う。純粋な残虐性……何も生まない利己的な衝動のもと動いてやがる)
 劇団風味のブレイク。元声優のクライマックス。根本が違うにも関わらず両者ともその発露に陶酔を孕むのは芸術的な
感性ゆえか。
「だからですね!!」
 クライマックスは地を蹴った。長すぎる黒髪がぶわりとたなびき風のように舞った。
「いろいろな要素をつなぎ合わせて考えるとー、殺人が一番なんですよ! この上なく!」
 気付けばすでにメガネのアラサーが眼前でナイフを振りかざしている。小さな手にありあまるほど巨大な肉厚のナイフ。
触れれば指ぐらい簡単に切り飛ばされるだろう。一晩に二度もそれは御免だ。決死の思いで横に転がる。風が額を撫でた。
つま先が上へ突き抜ける最中だった。そのロングスカートでよくもまあ、少し中身を見たい思いを抑えながらごろごろ転がると
肩に何か当たった。ゴミ箱だった。自販機の。
55 ◆C.B5VSJlKU :2011/08/01(月) 13:44:45.59 ID:5jouGvM10
「何しろほら、私に好かれたものって必ず後でヒドい目に遭うじゃないですか!」

 缶をブチ撒ける。酸っぱい匂いのする金属筒が宙を舞う。だが悉く紙吹雪のようにサクサク寸断される。何の牽制にもならない。

「逆に嫌いなものほど幸運に恵まれてグングングングン発達します」

 盾にしたゴミ箱も一瞬で寸断。へびり腰で踊るように駆ける。逃げる。回り込まれた。唸る右肘。来る刃。

「なんていうかこの上なく嫉ましいんですよぉ。他の人はちゃんと好きも嫌いも叶えられるのに何で私だけって」

 肩を竦め身をよじり嵐のような猛攻をどうにかこうにかくぐり抜ける。身代わりになった壁や塀が火花を噴く様は絶望の一言。

「だから私は一度でいいから”私の嫌い”を自分の手で貫きたいんです。嫌いかなーって思う相手を私の手でこの上なく
キチンと殺したいんですよ」

 しゅっとクライマックスは息を吐き、脇の辺りでナイフを構えそのまま突進。

「殺しさえすればいつものように!」

 ヤクザのよくやる刺し方! ゾッとする思いで繰り出した足払いは見事に決まった。つんのめるアラサー。

「相手が幸運に恵まれるなんてコトありませんから!」

 鼻のあたりに鋭い感触が奔る。生ぬるい液体が垂れてくる。水平に立てられた刃が飛沫をブチ撒く様が見えた。遥か高いところに。

「それをきっかけに私の不幸体質が治るのだろうとこの上なく信じてます」

 ザっと足の滑りを止めたクライマックスは右腕を曲げ戻した。そしてシャリシャリとナイフを弄びながらニッコリ微笑んだ。
 やられた!! 踵を返し金髪ピアスは走り出した。
 足払いを決められたクライマックスは逆に倒れ込む勢いで攻撃を仕掛けてきた。
 鼻と……肩口に。
(一瞬で2か所も)
「5か所ですよぉ。この上なく」
 甘い声だが心臓を握られる思いだ。クライマックス。彼女は当然のような顔で並走し当然のような顔でナイフを振りかざしている。
 避ける。飛び退く。激痛が走る。脇腹。右大腿部。左側頭部。傷口が一斉に裂け血を噴いた。5か所同時は本当だった。
「ぬぇぬぇぬぇ!(←笑い声)。この上なくいいですよね! やっぱり。命を奪うっていう背徳的行為はきっと私の心を重くして
成長さえ促してくれるかも知れません!」
 そういいながらクライマックスは童女のような表情でナイフの向きをあれこれ変え始めた。ときどき先端を口に近付けては
何かを伺うように金髪ピアスを見て、遠ざける。
「……ひょっとしてベロで血を舐めたいのか?」
「は、はい! お約束ですから!! この上なくナイフ使いのロマンですから!!」
「じゃあ舐めろよ」
 い、いや……とクライマックスは後頭部を掻いた。
「舐め方が、分からないんですよぉ」
「…………」」
「あと金髪さん的にはヒきませんかそーいうの? なんかいやらしいというかやっぱり二次元と三次元の区別ついてないじゃ
ないかとか。あとこの上なく臭くて不健康ぽくて病気持ってそうだから純粋にイヤだなあというのもあります」
「ガチで殺しにきた上そんな暴言まで吐く方がヒくわ!! そーいうコトいう位ならやめろ!!」
「やめませんよ!! 私は私を救うためだったら他の人なんて幾らでもこの上なく犠牲にしたいタイプですから!!
「なんつー傲慢な意見だ!!」

「傲慢? いえ。私はこの上なく」

「嫉妬です!!」


 大きく踏み込むクライマックス。
 凄まじい風が路地裏に吹き込んだ。狂乱はまだまだ終わりそうになかった。
56 ◆C.B5VSJlKU :2011/08/01(月) 13:46:56.89 ID:5jouGvM10
.







「世間で言われてるような傲慢なんてのは存外それほど恐れるべきじゃないのかも知れないね。パピヨン君がいい例さ」
『彼』は指を弾きそして語る。
 パピヨン。
 彼は人を見下すあまり遂には人そのものへの関心を失くし我が事のみに没頭している。
 Drバタフライもそうだった、と。 
「彼はヴィクター君を隠匿せんとするあまりホムンクルスの本分たる人喰いさえ見事に統制しきっていた。むーん。なんとも
コントロラーブル。皮肉だが傲慢さに救われた命も少なからずあるという訳さ」

 ねばついた腐肉がどこまでも広がる異常な部屋の中。
 半ば蹲(つくば)りながら坂口照星はため息をついた。

「そして私も今まさしく傲慢さに生かされているちいう訳ですねムーンフェイス」

 目の前に聳(そび)える長身の怪人は気の毒そうに顔を歪めた。

「同情するよ照星君。どうやら彼らに言わせればキミなどいつでも始末できるらしい」
 しかし、とムーンフェイスは乏しい顔のパーツを今度は最大限にしかめてみせた。
「愚かな話だよ。敵の戦力なんていうのは減らせる時に減らしておくものだ」
「真希士の話なら結構ですよ。コトの顛末は防人に聞かされていますからね」
「おやおや。キミも存外傲慢だね。又聞きだけで部下の生死を割り切るのかい? せめてそれなりの捜索隊に骨の一つで
も探しにいかせればもっと違った結末になるかも知れないのに。オススメするよ。見つけられればこれ以上悪くはならない」
「フフ。お気遣い感謝しますよムーンフェイス。ですがもし隊を編成できるのでしたら私はまず私を探しに行かせます。2人揃
えばもはやどうにもならぬ現状もそれなりに打開されるでしょう」
「……むーん。何とも上手なかわし方」
 剣持真希士を殺めた張本人は何とも期待外れという顔をした。
「もう限界とばかり嘯(うそぶ)きながらなお部下を殺した分裂性と交代性を当たり前のように求められる……キミの恐ろし
い所だね。妄言に見えて少しも熱に侵されてないときている」
「何に感心したかは分かりませんが……買いかぶりすぎですよ。拷問のおかげでマトモな受け答えができなくなっているだけです」
 平然と微笑する照星にムーンフェイスもまた笑いかけた。
「さっきの言葉、訂正するよ。少なくてもレティクルの連中の傲慢さだけは恐れるべきだ。それなりの意図はあるようだけど
キミほどの男をみすみす殺さず捨て置くデメリットを考えればいかなる方策も得策とは言い難い。むーん。まったく誰も彼も
愚か。望みのためとはいえ同盟を破棄できずお喋りに終始している私も含めてね」

「ところで、だね。この世でもっとも厄介な傲慢とはどんなものか……キミは分かるかい?」

 息もつかせず急に話題を変えたムーンフェイス。
 神父よりも静粛な顔つきが一瞬だが微妙な揺れを見せた。
「むーん。一足飛びだけど部下たちのコトでも心配したのかな? そう固くならない。グレイズィング君がやったようなオチは
ないよ。ただの雑談さ。リラックスリラックス」

 ニカリと歯を見せ笑ってみせる月の顔だが照星はいまだ怪訝の色が強い。
 それを無視するように朗々たる語りが悪臭漂う血膿の部屋に響き始めた。

「世界には実に様々な傲慢がある。最も一般的な物はやはりパピヨン君のようなものだね。私の知る限り彼ほどプレーンで
強力な傲慢な持ち主はまずいない」

「ただ前述の通り、世界に及ぼす害は少ない」
57 ◆C.B5VSJlKU :2011/08/01(月) 13:48:11.95 ID:5jouGvM10
「少ないでしょうか」
 いつか写真で見た毒々しいファッションを思い出し照星はうめく。人にとっては恐ろしく不快になる姿だ。
「無害さ。武藤カズキとかいう戦士にご執心のあまり当初掲げていた世界全体への復讐などもはやどうでも良さげ。人喰い
さえもうやらないかも」
「その境地に至るまでかなりの犠牲者を出していますがね」
「キミのいう点も含めて色々難儀な相手だけれど、最も厄介な傲慢ではないね。むしろ月並みにいえば気高い。むーん。月
並み。私がいうと奇妙な感じ。とにかく彼は月(わたし)並みに多くの人間に好かれるタイプさ」
 片足を軽く曲げ人差し指を立てながらムーンフェイスは朗々と語りそして述べる。
「じゃあ権力へ執着し、悪政を敷く独裁者はどうかといえばこれも違う。一般大衆の諸君がすぐさま追い落としにかかる」
「組織の長は何かと目立ちますからね。現に火渡にとっての独裁者はいまこのような状態ですから」
 傷と欠損のよく目立つ体を眺めまわしながら照星は微苦笑した。微苦笑しつつもムーンフェイスの言葉を促す。
 曰く、もっとも厄介な傲慢とは何か?
「独裁者と同じく無能ではあるね。だが目立たない。とても普遍的で世界のどこにでも潜んでいて、害意などカケラもなく
したがって法では裁かれないが人々の嫌悪だけは一身に浴び続ける……そんな人種さ。駆逐不可能な、ね」
「貴方がいうと重みがあります」
 30体に分裂可能しかも1体でも残れば増殖というムーンフェイス。
 そんな恐ろしさを秘めた彼さえ「厄介」と目する傲慢とは何か?


「答えは……『何の力も持たない癖に他者を救えると信じている』だよ」


 もとより静粛な拷問部屋が静まり返った。反応を期待しているのだろう。ムーンフェイスは黙りこみ口元を綻ばせたまま
じつと照星を眺めた。返答を求められている。やれやれという顔で細い息をたっぷりつくと照星は自らの見解を述べ始めた。

「あなたのいいたいコトはだいたいわかりましたよムーンフェイス。結論からいえば『少年少女でもないのに』、ですね?」

「そうだね。今の双子や津村斗貴子ぐらいの年代なら大なり小なり持っている気持ちだよ。純粋、といっても過言じゃない」
 身の程などまるで与り知らないが故にただひたすら全力で大事な存在を救おうとするタイプ……やや嫌悪を込めてムー
ンフェイスは断言した。
「ですがどんなに遅くても防人たちの年齢(トシ)になるころ悟ります。全力を傾けても救えないコトがある。自分の力は決
して自覚や理想像ほど膨大ではないと。もっとも、真に強くなれるのはそこからですがね」
「けど稀にだね。ブラボー君たちが7年前直面したような『自負や理想を粉々にする』ひどい出来事に直面してなお成長して
いない者がいる」
 ムーンフェイスは肩を竦めてみせた。
「彼らは実にひどい。悲劇から自分の矮小さを何一つ学んでいない。無力だという自覚もない……。なのに人を救えると信じ
ている。揉め事を見つけては事情も考えずしゃしゃり出て、結果、ますます事態を悪くする」
「救いたい」、当事者たちの事情を一切無視した自分の考えばかり述べ立てる。
 そういう人種こそ厄介な傲慢の持ち主だとムーンフェイスはいいたいらしい。
「つまりは自分だけが正しいと信じ、諌める者やギャラリーを悪と断じる視野狭窄ですか」
「困ったコトに熱意だけはある」
 そして滅多に法を犯さないがために裁かれるコトもなくはびこりつづける。月の声音は笑いとも怒りともつかぬ様子で言葉
を紡ぐ。曰く、”返事どころではない”被災地に古着を送り続けるタイプ。曰く、事故現場で救急隊員を邪魔し民間療法を進
めるタイプ……。1つ1つ丁寧に事例を挙げるムーンフェイスに照星は嘴を挟んだ。
「いやに饒舌ですが、あなたひょっとして最近そういう者と出会いましたか?」
「むん?」
 話を中座させられた月の怪人はもともと丸い目を更に円やかにした。
「マレフィック。いまこうして私を拘禁してくれている幹部たちは10年前もこれ見よがしに『罪』を掲げていました。今もそうです
ね。10年越しでようやく顔を見せてくれたイオイソゴは『大食』。大家さんことウィルは『怠惰』、デッド、でしたか。あの赤い筒
は『強欲』……いわゆる7つの大罪に古めかしい『憂鬱』と『虚飾』を加えた罪。幹部がそれを標榜する以上、居ますよね?」
 じっと顔を覗き込むコト5秒。ムーンフェイスはしばらく顎に手を当てていたがすぐに指を弾き明るい声で話し始めた。
58 ◆C.B5VSJlKU :2011/08/01(月) 13:49:51.49 ID:5jouGvM10
.「『傲慢』かい? 確かにそんな幹部もいるよ。でもまずは雑談から片付けようじゃないか」
「雑談、ですか。そろそろ遠まわしな紹介にしか思えなくなってきましたが、まあいいでしょう」





 ダム。ダム。ダムダム。




 銀成市の路地裏で何かが弾む音がしていた。





「幸か不幸か。彼はとても頭がよく、そして何より前向きだ。だからブラボー君たちのように何もかもを背負いこんだりはしない。
後悔を引きずるコトもない。並の人間なら自責か責任転嫁で直視できなくなる凄まじい悲劇にさえメスを入れ、過失割合で
も算定するかのようにあらゆる要素を整理してしまう。動機はとても純粋。信念を貫こう。再発を防ごう。ただそれだけさ」




 街頭一つない真暗な露地で弾むそれは漆黒に覆われ色も質感も分からないが、時おり掌らしき物体に上部を叩かれる
たびアスファルトめがけ急降下しその勢いの分だけ跳ね上がる。そしてまた叩かれ、弾み、叩かれては弾み……。
 掌の主は歩いているようだった。掌の座標が前へ前へと移るたび「何か」も前へ前へと進んでいく。



「それもまた悲劇の中で命を繋いだものの務めでしょう。物事というのは何であれ複雑な要素が絡み合っていますからね。
残酷な言い方ですがそれは悲劇にしても同じです。誰か1人。あるいは何か1つ。それらにだけ原因を求め、元凶と呼び責
め続けたところで何の解決にもなりません
 毅然と言い放つ照星をムーンフェイスはいたく気に入ったようだった。
「さすがいうコトが違う。確かに職責が大きければ大きいほど総てを見渡し総てを公平に判断すべき……7年前しくじった
ブラボー君たちにもそうあるべきだとキミは言う訳だ」
「ええ。防人にいたっては感傷のあまり再起不能ですからね。戦士長たるものがそれでは部下に示しがつきません。もっとも
これまで7年前を雪ぐ任務を用意できなかった私も私ですが」



「何か」の動きが止まった。掌に掬いあげられ貴族服の前で静止した。
 かすかに、声が響いてた。

『いやお前! 俺の、人の命を何だと思っているんだ!!』
『大丈夫! わかってます! この上なく大事でー、地球より重くてー、みんなそれぞれ1度きりのー、とにかくとにかく守る
べきものですよね! ほら言えました! これでも声優やめた後は小学校の先生でしたからー、道徳は得意なんですよ』



 ムーンフェイスの舌はよく回る。無理もない。語るのはかつて自分を下した防人だ。密かな対抗意識とそれなりの思い入
れがあるのだろう。
「確かに彼らはいささか感傷的になりすぎだ。しかし私に言わせればまだブラボー君たちの方がマシさ。考えておくれよ」
「最も厄介な傲慢を、ですか?」
 何気なく答えながら照星はわずかに驚いていた。ムーンフェイスが防人を「マシ」と評している。敵はおろか味方にさえ
敬意を抱かぬ男が……。ともすれば比較対象を「自分を捕縛した防人以上に」嫌っているのかも知れない。
 機微を知られているという機微に気を良くしたのか。ムーンフェイスは軽やかに頷いた。
「ああ。責任の度合いはともかくだね。直接関わった、自分の根幹を揺るがすような悲劇の後でなお、守れなかった人間の
屍の傍で負うべき責任の正確すぎる量を弾き出せる……そういう男だからね彼は」
59 ◆C.B5VSJlKU :2011/08/01(月) 13:50:21.35 ID:5jouGvM10
 ムーンフェイス曰く、どれほど責められても分析結果をタテに抗弁する。過失割合以上の反省など決してない。故に人間
好みの成長はないが挫折もなく、ただただ自我のみ貫き邁進する。彼はそうなのさ。念を押すように述べてから、ムーンフェ
イスは高い声をじっとりとねばつかせた。
「まったく面白味に欠けるタイプだよ。からかい甲斐がまるでない」
「フフ」
「むん?」
 不意に漏れた笑いをムーンフェイスは不思議そうに眺めた。めずらしく坂口照星は「素」で笑っているようだった。いまの
話のどこに笑う要素があるのか。訝る視線を感じた照星はまず「失礼」と品良く謝り、理由を述べ始めた。
「やや不快そうですがそれはただの同族嫌悪ですよムーンフェイス。あなたにとってL・X・E壊滅は何ですか? 属する組織
の瓦解……客観的な悲劇さえ最低限の自己反省を差し引けば後はもう単なる事故例。今後の参考材料程度の意味あいで
しょう。もちろんあなたはあの出来事に根幹を揺るがされてはいませんし元より人を救おうという意思もない。ですが求める
物の為だけ動くという点では同じじゃないですか? あなたが不快気に話す傲慢の持ち主とね」
 今度はムーンフェイスが「素」を見せる番だった。戯画的な顔をひどくあどけない無防備な様子にたっぷり歪めてから……
「かもね!」と歯を見せた。それを見ながら照星はサングラスを掛け直し、一言。
「ヤケになって肯定しているようにしか見えませんよムーンフェイス」
 笑顔が硬直し、しかめっ面になるまでさほどの時間を要さなかった。
「やれやれ。キミは本当に恐ろしい。私が彼に抱く嫌悪なんてとうにお見通しのようだね」


 ダム。
 ダム。

 ダムダム。


「私はこれでも寛大な方だけどね。彼だけはまったく好きになれない」


 再び路地裏に静かな音が響き始めた。
「何か」は弾む。ゆっくりと。


「つくづく『病気』だからね。マレフィックはキワモノ揃いだが彼ほど厄介な存在もない」


 貴族服からきらきらと光る粒子が散り、そして消えた。


「他の幹部連中は盟主を含め大なり小なり挫折を引きずりブラボー君たちよろしく背中に影を落としている。だが、彼は違う。
彼だけは迷いも葛藤も復讐心も嗜虐心も何もない。他の幹部たちとは出自からして一線を画す存在だ」

「そう」

「『土星』の幹部。リヴォルハイン=ピエムエスシーズ君はね」


 貴族服は「何か」を弾ませながら歩いていく。金髪ピアスとクライマックスの争う現場めがけゆっくりと、ゆっくりと。


 しばしの沈黙の後、照星は静かに告げた。

「ピエムエスシーズ、ですか。また特殊な武装錬金の使い手ですね」

「ほう。博識だね。まさか略称だけで分かるとは。流石は大戦士長」
「たまたまですよ。職務上そういう手合いの動向はよく耳にしますから」
「私は耳にした時驚いたよ。まったくもって有り得ない武装錬金だからね



「何しろ、その形状というのが──…」
60 ◆C.B5VSJlKU :2011/08/01(月) 13:50:38.49 ID:5jouGvM10
以上ここまで
61作者の都合により名無しです:2011/08/02(火) 22:00:36.30 ID:xKQ1JUxE0
やっと規制がとけた。
ムーンフェイスは奇天烈な風体に結構思慮深いところがあって好きだ。
しかし変人ばかりのSSになったなw原作キャラもオリキャラもw



あとスターダストさんSS、今回は特にテンション高いのに
感想はまた素っ気無いのに戻ったな。なぜだw
るろ剣も実写化されるんでテンションあげてください
62作者の都合により名無しです:2011/08/02(火) 23:28:52.94 ID:EOrmkpsQ0
おーお久しぶりですスターダストさん。
クライマックスはふらーりさんがモデルですか?w
劇場型犯罪者みたいな、妙なテンションですね。
小札と愛通じるものがあるような、ないような。
しかしお話がゴールに近付きつつあるでしょうに
ますます登場人物が増えて賑やかになっていきますね。
大団円が見られるよう、私も見守っていきます。
63作者の都合により名無しです:2011/08/06(土) 18:40:21.27 ID:+E4wichH0
スターダストさんお疲れ様です!
原作変人代表のムーンフェイスが普通に見えるほど
変人変態大集合ですね。太陽系はみんな揃ったかな?
スターダストさんのサイトに出演者一覧表とかないかな?
64ふら〜り:2011/08/11(木) 22:52:50.04 ID:SfopzJTC0
>>スターダストさん
>分の厚い黒ブチ眼鏡などもっての他
おぅこら金髪ピアス、そいつぁ眼鏡属性もちの私に対する挑戦か? 眼鏡ってのはそういう、
洒落っ気のない実用的なものこそ萌え……ま、私が何もせずとも既に悲惨極まってるから許す。
さて、ソフト(精神)・ハード(武装錬金)両面で他幹部と一線を画してるっぽい土星氏はどんな奴?
65作者の都合により名無しです:2011/08/14(日) 19:38:15.16 ID:5Bg9kF9L0
あげ
スレ復活はあきらめたけど
永遠の扉とサンレッドは完結してほしい
66作者の都合により名無しです:2011/08/21(日) 22:08:00.30 ID:Ly5aq1lQ0
それにしても何で最近は新規執筆者が来ないんだろうか?
67作者の都合により名無しです:2011/08/22(月) 12:25:02.04 ID:h7gX7JjE0
まあ・・
永遠の扉は最初から(というか根来から)読んでたので完結してほしいな
ここまで読んでスレの都合で打ち切りとかは勘弁
68作者の都合により名無しです:2011/08/31(水) 13:18:10.28 ID:1HvV/7cF0
保守上げしとくか・・

サマサさんスターダストさん頑張って・・
69作者の都合により名無しです:2011/09/09(金) 21:26:31.21 ID:fEE+2vuSO
二ヶ月で70か
70作者の都合により名無しです:2011/09/10(土) 16:49:59.88 ID:zcSKRJMY0
全盛期は毎日4、5作来てたのにな・・
71作者の都合により名無しです:2011/09/10(土) 21:22:10.16 ID:ARH9xPsf0
なら、何故いまは全然人が来なくなったのか? ってのがさ。
みんなVIPのSSスレッドに行ったのが原因でも無いでしょうに……
72作者の都合により名無しです:2011/09/15(木) 12:51:54.20 ID:yVr79SZQ0
どんなスレにも寿命はあるということなのだろう
2002年くらいからスタートか?
考えてみれば凄い長いな。名作も結構あったし
でも、永遠の扉はちゃんと完結してほしいな・・
73作者の都合により名無しです:2011/09/21(水) 12:59:51.24 ID:2ig0MKk+0
2ヶ月こないってのは厳しいな
74作者の都合により名無しです:2011/09/24(土) 03:26:32.87 ID:MFfx/lE/0
終了
75作者の都合により名無しです:2011/09/25(日) 12:18:57.81 ID:4Ni5dJwM0
まあ書き込み規制が激しいから・・
スターダストさんもサマサさんも完結してくれると信じたい
とりあえず年内は見捨てないよ。今まで楽しましてくれたからな
・・ここ2年は寂しいが。全盛期を知ってるだけに
76 ◆C.B5VSJlKU :2011/10/05(水) 02:52:04.18 ID:6pFOdgc+0
「さあそろそろ犠牲になってくださいよぉ。この上なく尊び(たっとび)ますからあ」
(追い詰められた)

 行き着いたのは袋小路。背後には塀。両側にも塀。これでもかと積まれた灰色のブロックどもは左官の奏功、目測が馬鹿
らしくなるほどの高さだ。登るのを考えた瞬間全身のそこかしこが悲鳴を上げた。手足の傷は決して軽くない。疲労もある。
衣服に染み込んだ血や汗ときたらクチクラやキチン質よろしくバリバリと凝固を重ね運動性というやつを大きく喪失せしめてい
る。もはやできそこないの甲虫外骨格か甲殻類の表面かというありさまで気だるい重量ばかり全身にのしかかる。つまりまっ
たく心身とも登攀(とうはん)不可の極地にまで追いやられている。
 そのうえ眼前には黒い影。
 まさしく絵に描いたような追い詰められ方だった。

 影が一歩進んだ。街頭に照らされ素顔が明らかになった。右手の得物も同じくだ。放たれた鈍い銀光に金髪ピアスは戦
いた。肉厚のナイフ。その刀身に漾(ただよ)うおぞましさという名の陽炎はいまや鹿の大腿を肉ごと切断できそうなまでに
膨れ上がっている。当たれば朽木のように消し飛ばされる……。不吉な、しかしかなり精度の高い予測が全身の汗腺を開
放する。こびりつく脂分や塩分があっという間に流し落された。口の中がひび割れるように痛い。水分ともに全霊が抜けて
しまったのではないか──…逃避じみたコトを考える間にも相手は着々とにじり寄る。
 見た目20代前半の女性だった。どちらかといえば美人だが冴えない感じが頭頂部からつま先に至るまで万遍なく振り分
けられている、黒縁眼鏡のスーパーロングヘアーだった。
 そして彼女は元気よく背筋を伸ばし、叫んだ。

「大丈夫! この上なくっ! だぁーいじょぉーぶ!! ぶいぶい! 死んでもグレイズィングさんが蘇らせてくれますよ!!」
「蘇らせた後どうなる!! アイツは間違いなく拷問狂!!」
「…………」
「いやなんか言えよ!! なんつーのココは三流悪役丸出しにせいぜい苦しむがいい下等種族くけけけみたいな安っぽい
文言吐かれる方が気楽な訳でさあ!! そしたらヒドい目に遭う俺は理不尽な被害者つー感でさ正義じみた怒りで耐えら
れるのになんで何も言わない訳!? 怖いよ、怖い!! 手なれた感じが怖い!!」
「ままま。グレイズィングさん、私の同人誌の監修してくれてますしー。イケニエさんを差し上げるのはお礼というコトで〜♪」
 クライマックスと名乗る女──見た目20代前半、元声優にして元女教師らしい──の口調は軽い。足取りも。殺人以外の
用途がまるで見いだせない武器を可愛らしい手ごと前後に振り振りゆっくり近づいてくる。あまつさえ軽く唇を綻ばせ周囲を
見渡している。あくまで落ち着き払い、「逃げ場のなさを再確認している」。戦慄が金髪ピアスを貫いた。脳天からきんたま
に至る正中線内部ときたら黒く野太い氷柱を差し込まれたようにぶるぶる震えている。
(家を出るときはこんなんなるって思わなかったのに!! ああ、お袋今頃どうしてんだろうなあ。またクラッカーにラード塗っ
て喰ってんのかなあ。夜それやるとますます太るっていつも怒ってんのに聞かねーの。買い物の時はいつもの賞味期限間近
の奴ばかり探すお袋。見つけると店員さん呼んで値引きシール貼らせる厚かましいお袋。息子はいま、ピンチです)
 ばかばかしい日常の一幕さえ今は懐かしい。
 現実はとにかく泣きたいほど悲惨である。
 彼が踏みしめる地帯は三方を高い塀に囲まれ、とても狭い。道路の幅はおよそ2m。正面突破は自殺行為、鋭く尖った
刃にハイどうぞと的を投げるようなものだ。奇跡が起こってすり抜けられたとしても首や背中を深く刺されるに違いない。
 クライマックスもその方向性で一致しているのは明らかでド真ん中で通せんぼ。
 いやな一致だ。涙と情けなさでくしゃくしゃになった顔で眺めていると彼女は不意に止まった。距離は3mほどだ。そこで両
手を胸の前で小さく構えガッツポーズをした。更に両方の拳をくりくりと回すさまは笑顔ともども愛らしい。もっとも右手のナイ
フが総てを御破算にしているのだが。
「ぬぇーぬぇっぬぇっぬぇっぬぇっぬぇっぬぇっぬぇっぬぇっ!」
「!?」
 奇妙な声が上がった。とても高く、いやにアニメアニメした奇声である。表情を見るにどうやらクライマックスは笑って
いるらしかった。とても楽しげにあどけない瞳──30間近とは思えないほど大きな──を輝かせ、マシンガンよろしく
甘ったるい声をばら撒いている。
77 ◆C.B5VSJlKU :2011/10/05(水) 02:52:24.90 ID:6pFOdgc+0
「なにその笑い声」
「ぶっふっふ!! 分かっていませんねえ金髪さん!! キャラを立てるためにはヘンな語尾ヘンな口癖ヘンな笑い声が
この上なく不可欠ですっっ!! なにしろ見ての通り私ってばマレフィックの中で一番この上なく地味地味さん……キャラ立
てないと埋没する一方じゃないですか。ブレイクさんとかリバースさんとかみんなみんなアクが強すぎですし」
「知らん!!」」
「で、最初は敬語キャラで行こうかと思ってましたけどそれは仕事モードのウィルさんと被っちゃってるじゃないですかあ。
じゃあ方言カナって思ったんですけど関西弁ならデッドさん居ますし……」
 喋りながらクライマックスはその黒髪に手を掛けた。
 左肩に乗った、長すぎるそれへ……。
「いや聞いてないし。誰だよウィルとかデッドとか」
 内緒です。悪戯っぽく微笑するクライマックスの下で白い手だけがススリと動く。
「ディプレスさんから聞いてないですかこの上なく?」
 疵だらけの髪を鞣(なめ)すように上へ、上へ。
「とにかく周りを見渡せばこの上なく強烈すぎる人たちばかり!! だから私は埋没しないよう毎日必死!! 体のコトとか
能力のコトとかこの上なく一生懸命考えた結果こういう笑い方になりました!!!」
「……年齢考えるとイタくね? それ」
「イタいイタくないを考えたらやってけないのが声優!! 大御所さんなんか70超えても幼稚園児やりますよ!!」
 どこかズレた答え──そもそもこのアラサー、声優辞めていなかったか?──を返しながらクライマックス、ルンラルンラ
と音符を飛ばしつつ髪止めを軽く弄(いじ)った。左耳のちょうど前あたりにあるそれは少し奇妙な形だった。電車とその操縦
席をミックスしたような奇妙なデザインが幅10cmほどの半円の中にごちゃとごちゃと押し込められている。何気なくクライマック
スの挙措を追っていた金髪ピアスは更に奇妙な点に気付いた。

 液晶画面。

 ぱっちんを形作る奇抜なデザインは決して刻印されていたものではない。画面に浮かんでいたものだった。それが証拠に
クライマックスが表面を一撫でるするやバッとかき消え別のものを映し出した。今度はATMの初期画面──”引き出し”や
”預け入れ”といった項目名が規則正しく並んでいる──を思わせる画面だ。そのうちの1つに指が乗った。ピロリン。小気
味いい電子音とともに別の画面へと切り替わる。ピロリン。ピロリン。ピロリン。目まぐるしく変わる画面と電子音の洪水に
ただただ金髪ピアスは圧倒され呆然と立ち尽くした。好機を見ながらも逃げられない虜囚の心理が全身を支配していた。
「とにかくもーぅ逃げられませんよ金髪さん!! この上なく!!!」
「!?」
 金髪ピアスの両側で光が膨れ上がった。虹色に輝く無数の幾何学模様を内包したそれは瞬く間に人の輪郭を結び確か
な質量で佇立した。
(人形……?)
 左右を見渡した彼は2つほど重大な事実に気付いた。1つ。彼らには顔がない。代わりに迷彩柄が煙のように当所(あてど)
なく輪郭を這いずりまわっている。服飾品は光さえ飲みほしそうな漆黒のヘルメットといかにも防刃防弾の極厚プロテクター。
特殊部隊かよ……不穏な雰囲気に身震いした辺りで彼は気付く2つめの重大事実。

 両手が、拘束されている。

 さらに重大事実3つ目追加。

「ああ、憂鬱wwww」

 クライマックスが、景気よくナイフを構えている。そしてこちらをニッコニコと眺めている。

「クライマックスの武装錬金は装甲列車(アーマードトレイン)wwwwwwwwww 恐ろしく巨大な武装錬金だぜwwwww 長さ
たるや銀成市クラスの市町村をまるっと完全に包囲できるぐwらwいwwwwwwwwwwwwwww」
 肩に小石が当たった瞬間、金髪ピアスは情けない悲鳴を上げ首を背後めがけ捻じ曲げた。

 背後の塀。
 その上に。
 いたのは。

 2mを超える嘴の大きな。
 鳥。
78 ◆C.B5VSJlKU :2011/10/05(水) 02:53:34.47 ID:6pFOdgc+0
 節くれだった鉤爪がごわごわした塀のてっぺんを掴んでいる。コンクリ製だというのに亀裂が入り握力の強さが伺えた。
 彼を見たクライマックスは双眸をキラキラ輝かせた。
「やりました!! 追い詰めました!! 追い詰めましたよっディプレスさん!!」
「手数かけすぎだろお前wwwwww 追い詰める、ってのは要するに追い詰めるまで時間かけちまったってコトじゃねーかww
wwwwwwww 戦士ならともかく一般人ぐらい路上でスパッ!!! ってよぉーwwwwwww 一撃で仕留めろwwwwwwwwwwwwww
幹部だろお前wwwwwwwww 悪wのw組w織wのw幹w部wwwwwwwwwwwwww」
 つくづく馬鹿にした声。クライマックスは一瞬唖然としてからえぐえぐとえづきだした。
「うー。言わないでくださいよぉディプレスさん。ここまでこの上なく梃子ずったのは不幸体質のせい……。殺そうとすれば
するほど相手の人は幸運に恵まれちゃうんです。相手がラッキーマンになるような感じでデスね!! この上なく実力
行使ができないんです。ああ思い返すに辛い不幸の数々!! 偶然転がっていた空き缶!! 偶然飛んできた古新聞!!
偶然埋まっていた不発弾とか偶然支柱部分が整備不良だった街灯とかいったものがことごとく!! 私の攻撃を邪魔して
くれたんですよぉ!!」
 色気もへったくれもない黒ブチ眼鏡から向こうの領土が洪水に見舞われた。引き攣った、葬式の弔辞をうまく読んでいる
ようなよく通る声が路地裏に弁解を振りまいた。よく見ると安物の服はところどころ破け顔面にはドロやススがたっぷりついて
いる。遠くから響くサイレンの音。今ごろ銀成市消防局は不発弾処理に追われているのだろう。ゴミ捨て場を焼く程度の
ちゃちい爆弾で良かった。一市民としては安堵の思いだ。


「つかよーwwww そろそろやめた方がいいと思うぜクライマックスwww 今回も多分ムリだわwwwwwwwwwwああ憂鬱wwww」

 彼はいったん金髪ピアスから視線を外すと『なぜか』説得を始めた。
 「やめておけ」「退散」そんな言葉がよくよく目立った。そして結果からいえば受け入れられなかった。「せっかくここまで
きたのにどうしてですか」。不満げに唇を尖らせるクライマックスからあきらめ交じりに視線を外したディプレス、翼をすぼめ
た。やれやれと、大儀そうに。

「じゃあーーーーーーーーー話ーーーーーーーーー戻すわーーーーーーーwwwwwwwwwww 武装錬金がデカすぎんもんだ
からよぉwwwwwwwwwwコイツいつも部分発動してんだよなーーーーwwwwww」
 何の話? 一瞬呆気にとられた金髪ピアスだがすぐに気付く。武装錬金。何かはよく分からないがどうやらクライマックスの
武器について解説しているらしい。
「髪止めのパッチンは端末wwwwwwwww 早坂桜花が弓なしでエンゼル御前発動できるようにwwwwwwwこいつは端末だ
けを発動できるwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwそして完全発動したり自動人形召喚したりする時にぃーーーーーーー使う!!
さっきお前を援護防御したようにwwwwwwwwwwつwかwうwのwだwっwぜwwwwwwwwwwwwwwww」

 直立姿勢でけたたましく笑う巨大な怪鳥──見た覚えがある。ハシビロコウだ。動かないコトで有名な鳥。テレビで見
た。1年もすれば消えゆく芸人を適当に配置しただけのお安いバラエティ番組で笑いを誘っていた。とにかく奇抜な──は
極端すぎる2.5頭身でずんぐりムックリした佇まいだ。青みがかった灰色はいかにも不吉な色合いで絶望感が加速する。

「あー。オイラは手ぇ出さねえぜwwwwwwwwwwwwwww どうせもう無理だし」

 鋭い三白眼をいぎたない笑みに歪める鳥。
 誰か聞くまでもない。狂的で常に嘲笑うようなその声の持ち主はどうやら全身フードをやめたらしい。
(……?)
 違和感。もう無駄? 小声で諦めるように呟かれたその言葉に引っかかるものを感じた。
(あの女が絶対俺を殺せるって確信があるのか?)
 にしては何か調子が違う。うまくはいい現わせないが……。

「話戻すけどよwwwwwwwwwwwww クライマックスの武装錬金で一番えげつないのはデカさじゃなくて特性wwwwwwwww 無
限増援ってなwwwwwwwww 装甲列車の中から無尽蔵に自動人形が生まれんだwwwwwwwwww 部分発動の時も召喚可能で
wwwwww 端末イジるだけで生みだせるwwwwwwwwwwwwww タッチして数とか種類を決めるんだぜwwwwwwwwwww」

 そういう経緯でやってきた人形どもの力は凄まじい。金髪ピアスがどれだけ身を揺すっても捩じっても微動だにする気配
がない。クライマックスは後ろで手を組み「どうです!」、上体を乗り出した。
79 ◆C.B5VSJlKU :2011/10/05(水) 02:54:19.21 ID:6pFOdgc+0
「本当はー、追っかけてる時300体ばかり自動操作の人形出して追跡させようかな、って思ったりもしたんですけどねー。
でもやっちゃうとほかの市民さん達に見つかってこの上なく大騒ぎになるかもじゃないですかあ」
 それに、何よりぃ〜。歌うように囁くアラサーの唇がニヘリとだらしなく歪んだ。薄桜の肉たぶの端にヨダレが滲む。

「なにより、獲物は自分の手で仕留めたいじゃないですかこの上なく。……あ!! いま金髪ピアスさん、”人形に両手押さ
えさせてトドメさすのはいいのか”ってカオしましたねこの上なく!!! 正解は「ぃぇす」です「ぃぇす」!!! 人間を殺した
コトのない私ですから最初は誰かの何かの介助というのがこの上なく必要なのです。と!! ゆー訳でぇ!!」

 彼女はしゃきりとナイフを構え直し、笑う。「ぬぇぬぇぬぇ!!」。特徴的でけたたましい声のなか金髪ピアスは理解する。死
刑執行を告げられる虜囚ははたしてどんな気持ちなのかと。生きたいという渇望がどれほど反作用的に湧くのかを。
 絶望的な表情にクライマックスは興奮したらしい。「おおー。おおおおお〜」。全身に鳥肌を立てた。高所から落ちたアニメ
キャラよろしく足元からウェーブを駆け昇らせた。
 ご様子はもはや我慢の限界、頭上でぶんぶんナイフを回す。回す。回す。

「イイですよイイですよお〜〜〜〜。予感ッッッ!! っていうんですか!! 3等8万円の宝くじ買った日の朝のような!!
或いはリテイクに次ぐリテイクを迎えた収録現場でオーケーサイン勝ち取る演技をやる寸前のような!! 『今度こそイケる』
無意識の確信ッッ!! 湧いてきましたこの上なく!!  そーいえば今日は朝からいいコトありそうな気がしてたんですよう。
うんうんうん! めざましテレビの占いでも私の星座7位でしたしとくダネのきょうの占い血液型選手権でも3位でしたし!」
「両方ともロクな順位じゃねえwwwwwwwwwwwwwwwwwww」
「ええい放せ人形ども!! 俺はこんな訳の分からん女になんざ殺されたくねえ!!! チェンジ!! チェンジだ!!!
そ、そうだ!! アレ!! あのコ!! 青っち!! 青っちにしろ!! 思い返せば一番最初が一番マトモだった!! 
チェンジ!! チェーーーーーーーーンジ!!
「で、でででででわ行きますよ」
 クライマックスはやや緊張の面持ちで構え、すぅっと息を吸い、吸い、吸い──…
 とても恥ずかしげに瞳を潤した。
「私、人殺すの初めてなんです。優しく……して下さい」
「何をどう!?」
「いいからさっさとやれよwwwwwwwwwww」

 ディプレスは薄く笑った。

「ま、もう無理だろーけどwwwwwwwwwww」

「ふへ?」
 ダッシュ途中でディプレスを見上げたクライマックス。その後頭部で衝突音が巻き起こった。バゴン! 乾いた音に叩き
出されるように彼女は鼻血をしこたま噴いた。笑顔のままというのが逆に惨たらしかった。血は噴水のような勢いだった。
「やっぱり元声優だからアニメっぽく鼻血噴くんだろうか」、ぼんやり考える金髪ピアスの足元に叩きつけられたのは哀れな
哀れなアラサー女。うつ伏せなのはすっ転んだからですっ転んだのはどうやら頭に何かぶつけられたせいらしい。そして彼
女はしばらくヒキガエルのように呻いていたが……やがてめでたく動かなくなった。
「失敗もいいじゃん♪wwwww 次につながっていくならwwwww そうでしょ〜♪ オウオウwwwwwwwwwww」
 気絶。両腕を抑えていた人形が消滅した。自由になった反動で金髪ピアスは前に向かって数歩たたらを踏み──誰か
の背中をクソ長い黒髪越しに思いっきり踏みつけたような気がしたがどうでもよかった。「ぐげぇ」という呻き声も──ただ呆
然と闇を見詰めた。
 正面に広がる、果てしない闇を。

 ダム。ダムダムダム……。
 
 何かが弾む音。悪寒が走る。危機は依然去っていない……緊張がぶり返す。まだ背後の塀にディプレスがいるという
のもあるが、それ以上に。

(あの女に何かぶつけたのは違う奴!! 何をぶつけたかまでは分からねーけどそれはあの馬鹿なアラサーの後頭部に
当たった!! ディプレスは……正面に居た!!)

 つまり第三者が近くにいる。クライマックスの背後から正体不明の何かをぶつけた存在が……。

「ヒュウwwwwwwwwwwwww こらまた予想外のおでましだぜwwwwwwwwwww」
80 ◆C.B5VSJlKU :2011/10/05(水) 02:54:48.92 ID:6pFOdgc+0
 ディプレスが口笛を吹く中、それは来た。
 転がる何かを拾い上げ、闇の中からゆっくりと。

「ようwwwwww病気野郎wwwwwwwwww」

「土星の幹部・リヴォルハイン=ピエムエスシーズwwwwwwwwww」





【同時刻 日本のどこか山深い地方で】


「村だな」
「村ですね」

 狭く、近未来的な部屋だった。パネルやレバーといった操作器具が敷き詰められ電子音が規則正しく響いている。
 その部屋の正面にはモニターがあり今は粗く緑がかった風景を映し出している。

 モニターの中央と向かい合うように椅子が3つ、配置されていた。うち2つは隣同士で1mばかりの感覚が空いていた。
座っているのは両方とも20代以上の男性で、片方はやせ型、片方は小太り。生白い肌と浅黒い肌も対照的な彼ら、
先ほどからモニターを見てひそひそと話している。

 モニターが遠望していたのは確かに村だった。
 いかにも小規模なそこは山の中腹にあり提灯や屋台が所狭しと並んでいた。時節柄解釈するに祭りでも開いているとみ
るのが妥当だろう。いかにも農民風な人々が望遠レンズの映し出す世界で踊ったり屋台に並んだりとにかく祭りを楽しんでいる。

 麓と村を繋ぐ道は1本しかなかった。とびきり長くて緩やかなのが1本だけだった。村付近の斜面はどれも崖という
べき垂直ぶりだ。コンクリートが固めていなければ台風1つで崩落するだろう。しぜん道は傾斜の緩やかな方へと
伸びざるを得なかった。

 村から吐き出された道は山を螺旋状になぞり緩やかな勾配を描いている。と男たちがモニターから読み取れたのはコケ
の浮いたガードレールが木々の中で長々と自己主張していたからだ。規則正しく並ぶ街灯の向こうで碁盤状の法枠(のりわ
く)が整地区画の草花畑をどこまでもどこまでも伸ばしていた。

 様子からして路面はアスファルトだろう。村まで車で15分というところだ。
 
 その道に。

 麓の辺りに無数の人影がいた。
 黒い服とサングラスという「いかにも」な人種だ。それが6ダースほど闊歩していた。
 黒服の男たちはところどころ人間らしさを喪失していた。爪が恐ろしく長かったり牙がにゅっと伸びていたり羽根が生えて
いたりでとにかく怪物性を誇示していた。

「ホムンクルスだな」
「ホムンクルスですね」

 彼らは坂を上っていた。ペースは早い。車ほどではないが人間の速度は凌駕している。
 このままいけば20分で村に着くだろう。
 やせた方の若い男は生白い顔を後ろめがけ軽く捻じ曲げ、こう聞いた。

「どうしますか艦長」

「…………」

 最後の椅子は部屋の一番奥にあった。一段高いところにあるそれは見るからに上役用で肘掛けさえついていた。
 艦長と呼ばれたのはいかめしい顔つきの老人だ。彼はしばらく沈黙を保ったままただただ画面を見つめていた。目深に被っ
た帽子の下で瞳だけが鋭く光っていた。荒波を超え続けてきた男だけが持つ威圧感がひたすら黒服どもを射抜いていた。
81 ◆C.B5VSJlKU :2011/10/05(水) 02:58:15.71 ID:6pFOdgc+0
 黒服たちは知らなかった。
 自分たちが見られているという事はもちろん……背後彼方の場所にある森の中に何があるかというコトを。
 戦艦が一隻、森の広場の中にいた。海からはかなり離れているというのに、どでんと。
 真鍮色のそれは鉄板をごてごて塗り固めたように不格好で、至るところに据え付けられた3連装砲や連装機銃座の数々が
とことん全体のフォルムをややこしくしていた。艦首に居たっては双頭の竜よろしくにゅっと2つに分かれている。
 つまりディティールこそ精緻を極めているが小学生が考えた出来の悪い発明品を思わせる気色の悪い物体だった。
 とても真っ当な軍隊の制式に収まりそうもないそれは錆びついたダンプカーの横にぷかぷかと浮かんでいる。積載量10t
の隣人さえ霞む大きさだった。高さこそ等しくしているが幅や全長はゆうに3倍を超えていた。にも関わらず空気の浮上力
によって一切の重量感を排している。通ってきたと思しき方角を見れば無数の木々が折り重なるように倒れている。強行軍。
これまでの『航路』を言い表すにふさわしい言葉である。

 2人の若い男といかめしい顔つきの老人はその戦艦の中にいた。

 「ディープブレッシング」という戦艦の中に、先ほどからずっと。
 
 武装錬金の中には複数の創造者や核鉄を要するものもある。好例がディープブレッシングであり、核鉄の組み合わせに
よって姿さえ自在に変える。基本形態こそ潜水艦だが宇宙船を思わせる空中戦艦にも変形可能。創造者たちいわく三核鉄
六変化、つまりは全部で6つの形態を持つ変わり種の武装錬金なのである。

 その操縦席の奥で老人──艦長──が口を開いた。とても厳かな声だった。

「諸君。我々は現在大戦士長救出作戦を補佐する立場にある。数多くの戦士たちを合流ポイントに向けて輸送中……。
それもヴィクターにはとうとう見せてやれなかった陸戦艇形態でだ」
「アイアイ」
「アイアイ」
「本来戦艦であるディープブレッシングがこのような扱いを受けている。不当だと感ずる者もいるだろう。だが戦団がヴィク
ター討伐により数多くの輸送手段を失っている以上、やらねばならない。辛いだろうが諸君らの一層の克己と奮励に期待
する」
「アイアイ」
「アイアイ」
「敵はレティクルエレメンツ。1秒の遅参も許されない。海域空中戦形態で空を飛べばもっと早くつけるだろうとかという
文句も戦士たちから上がっているがアレは目立つし第一ヴィクターに見せたからもういい」
 アイアイ。アイアイ。機械のような返事を聞き届けると艦長は深く息を吐き椅子にもたれた。画面の中では黒服たちが
とうとう山の中腹にまで登り詰めている。進行速度は予想以上でともすればあと5分で村は惨劇の舞台になるだろう。
「では艦長。村民たちは」
「航海長。命令を忘れたか。『とにかく余計な戦闘に時間を裂くな』。火渡戦士長は我々にそう伝えた筈だ」
 底冷えのする声だ。航海長と呼ばれた痩躯の男は沈黙した。
「すでに上層部は彼を大戦士長代行とさえ認めている。である以上、火渡戦士長の命令は絶対だ。私は艦長として万難を
排し不要な戦闘を避けねばならない。……という訳だ航海長」
「アイアイ」
 ・ ・ ・ ・ ・ ・
「村へ向かえ」
「アイアイ。また命令違反ですか艦長」
 にこりともせず艦長は答えた。
「人命を助ける。そのどこが余計だね?」
「アイアイ」
 航海長は特にどうという感慨も浮かべぬまま桿を握った。こんな問答は茶飯事らしい。
 やがて戦艦各所にしつらえられた通風口を大量の空気が通り抜けた。唸る艦底。熱ぼったい奔流が艦全体を緩やかに
持ち上げる。草木がさざめいた。流れる木の葉は五線譜の音符だった。さらさらと綺麗に鳴り消えていった。
82 ◆C.B5VSJlKU :2011/10/05(水) 02:58:48.63 ID:6pFOdgc+0
 静かな空気の音が充満する操縦室の中、小太りの男が一言ぼやく。「帰ったらまた大ゲンカか」。浅黒い顔の後ろで腕を
組み天井を眺めるうち艦はとうとう錆まみれの隣人に別れを告げた。
 ほどなくして山裾に達した艦は木々の犇めく斜面を登り始めた。艦長はぽつりと呟いた。
「第一火渡はディープブレッシングをいろいろ小馬鹿にしてくる上に何かと突っかかってくる。嫌いだ。命令など聞いてやらん。
まったく。戦士になりたての頃誰がサバイバル訓練に付き合ってやったと思っている」
「やはり重りを付けて深海に放置したのはマズかったですね」
「火炎同化を持つアイツにはあれが一番サバイバルだと思ったのだ。ディープブレッシングの全形態も見せたかった」
………………水雷長。艦砲射撃準備」
「アイアイ。もう終わってますよ艦長。いつでも行けます!!」

 やがてディープブレッシングは山を登り始めた。道は使わず直接村を目指した。木々の密集する斜面へ突入し山肌を削
るように疾走し、登りながらも高度を上げた。「ガードレールまで距離200」「面舵いっぱい」。大きく円弧を描きながらガード
レールをブチ破り道へ合流。風が法面に吹きつき艦の動きが静止した。
 遥か前方で黒い影がまろぶように駆けている。

「艦長! やはり気付かれたようです!! 黒服たちは……村へ!!」
「ああやっぱり。ばらばらに発動した方が良かったんじゃ」
「艦内へ通達。総員前方からのGに備えよ。これより本艦は最大船速に入る。目標到達後は船速の如何に関わらず村へ
突入……ホムンクルスを殲滅せよ」
「アイアイ。要するに爆走中の戦艦から飛び降りろってコトですか」
「アイアイ。時間がないとはいえ恨まれますよ」
「機動力のあるものや押しつぶされたくないものは直ちに下艦。のち後方より本艦を援護せよ」

 やがて艦後部で空気が爆発した。道路の幅いっぱい以上に広がるディープブレッシングはガードレールを歪なかつら剥き
にしながら火花を散らしぐんぐんと黒服に追いすがり、追いすがり、追いすがり──…

 村の入口付近で6人ばかり撥ね飛ばした。
 振り向いた黒服たちはまず艦の威容に息を呑んだ。慌てた様子で村を振り返り再び艦を見るものもいた。逡巡。わずか
だが一同を迷いが支配しその動きが止まった。その瞬間ディープブレッシング右側面のある位置でハッチが開いた。
 出てきてきたのは老若男女さまざまだ。服装もまちまちで手にした武器もどれ1つとして同じ物がない。
 ただ全員ただならぬ眼光を持っているのだけは共通しており、それが黒服たちに不吉な予感をもたらした。
 戦士たちが、一歩踏み出した。

(来る)

 身を固くする黒服たちの前で…………戦士たちはそろって踵を返し、艦を蹴った。

「あれほど言ったのに急加速してんじゃねえ!!!」
「おぇ。ただでさえ船酔いしてんのに……いきなりあんな速……おぇ」
「最高船速の船から飛び降りろだあ! できるか!! 死ね!」

「あの……」

 黒服たちは困惑した。戦士たちはみな悪態をつきながら執拗に艦を蹴っている。とても異様な光景だった。

「だいたい何で陸戦艇なんだよヴォケ!!!」
「3人別々に小型飛行機発動してピストン輸送する方が効率いいだろ!! どう考えても!!」
「傷病兵だって乗っているんだ!! 目立ちたいからって無茶すんな!!!」
「だからお前らに輸送されたくなかったんだよ!!!!」

 ハッチの奥から海兵らしい人物たちが引きずり出された。若い男2人と老人だった。彼らは顔面に殴られたような痕が
あり衣服もところどころが乱れている。特に老人などは筋骨隆々の中年男に襟首を掴まれいまにも処刑されそうな勢い
だ。(そのくせ眼光は異常なまでに鋭かったが)

「なんかいえよ艦長!! ア゛!!」
「諸君らに告ぐ。我々は目標地点に到達せり。速やかにホムンクルスを殲滅し村民を救助せよ」
「おーおーおーおーおー!!! 命令する方は楽でいいよなあ本当に!!」
「だいたいお前ただのヒラだろヒラ!! 勝手に艦長とか名乗ってるだけだよな!!?」
 筋骨隆々の男は露骨に青筋を浮かべながら艦長のヒゲを引き始めた。それなりの痛覚があるらしく艦長はうっすらと
脂汗を浮かべた。
83 ◆C.B5VSJlKU :2011/10/05(水) 02:59:04.53 ID:6pFOdgc+0
「やめろ。私に手を上げるのは構わんがディープブレッシングを蹴るのは止めてもらおうか……!!」
「蹴りでもしなきゃやってらんねーだろうがアアアアアアアアア!!」
「デカいから目立つんだよコレ!! 人の目のあるところ飛べないんだよ!!」
「潜水艦形態は嫌だっつーし!」
「いつも通るの獣道! しかもそういう場所に限って共同体があるからケンカふっかけられるのな!!」
「お陰で俺たちボロボロ!! 決戦前なのに!!」
「くそう!! あのときパーを出してればヘリ乗れたのになあ!!」
「ヘリ組は毎日ホテルで寝れるらしいぜ。フランス料理とか好きなん食えるらしい」
「もうすぐ決戦で死ぬかも知れないから? いいなあ。俺も寿司食べたい」
「あのー」
 黒服たちは困り果てた。仲間の肩を借りているのは先ほど跳ね飛ばされた者だろう。彼らもまた呆然と見守るばかりだ。
攻撃された恨みも忘れるほど異様で滑稽な喧噪だ。
「クーデターが発生」
「艦内放送後すぐ戦士たちが操舵室を制圧。安全な速度でここまで来る事になった」
「は、はあ」
 いかにもデコボココンビな男たち──航海長と水雷長──の説明に黒服たちが首を傾げていると。
 騒ぎを聞きつけてきたのだろう。
 村人たちが何人か、誰何の声を上げた。

「オイ騒いでる場合じゃねえぞ!! 要救助対象者がホムと鉢合わせだ!!」
「誰だよお前たち!! ココで何を……」
「ええいもうこうなったら襲うしかねえっぺよ!!!」

 三者三様の喧噪の中で最も早く動いたのは黒服たちだ。
 混乱と動揺を振り切りるように村人たちへ振り返るや凄まじい形相で突貫し──…



 30分後。村は灰燼と化していた。
 生き残りだろうか。村人が黒服に追い立てられ金切り声を上げている。
 求められた助け。戦士である筈の艦長はしかし一瞥さえくれず黙殺し、じっとその場にたたずんでいる。
 彼を軸に林立する航海長や水雷長も同じだった。戦士たちはというと事後処理に忙しく駆け回っている。
 怨嗟と憤怒と断末魔の絶叫が混じり合い響き合い、村は狂乱の様相を呈していた。

「航海長。これはいったいどういう事だね」
「アイアイ。調査結果を報告します。ホムンクルスは村人の方でした」
「で、麓から人間攫ってきてお祭り騒ぎかよ」
 大柄な男──水雷長──は溜息をついた。元民家のカーボンが視界両側にどこまでも伸びるこの場所は大通りとみえ
屋台の残骸があちこちに散乱している。「焼き人間」。煤まみれの看板が転がっているのが見えた。比較的原状を保って
いるその屋台へ何気なく視線を移した水雷長はうっと口を抑えた。調理用の小型ガスボンベの前で横倒しになったバケツ
から色々なものが零れていた。長い髪や小さな手はまだいい方だったがウニやネギトロに似た質感のサーモンピンクは流
石にダメだったらしい。「陽菜!!」「ヤスシ!!」。別の屋台の商品もだいたい似たような品ぞろえだ。『商品』へ涙ながら
にすがりつく黒服たちが如実に証明していた。

「……ちなみに黒服たちは人間とのコトです。麓に住んでいるといえば何をしに来たか……言うまでもありません」
「人間!? んな馬鹿な!! お前もモニター見たろ。アイツら確かに牙とか爪とか生やしてたよな!?」
「しかし調査の結果、全員間違いなく人間……錬金術とは無縁の一般人です」
「でもあの黒服たち、ホムンクルスども圧倒してるぞ。陸戦艇に魅かれた人も無事だし」
 水雷長の指さす先で村人が袋叩きにあっている。本来錬金術以外の力では破壊不能のホムンクルスが無手の黒服たちの
殴る蹴るでどんどん壊れている。事態の異常さに気付いたのだろう。何人かの戦士たちが驚いたように凝視している。
「戦士でもない人間がホムンクルス倒せるとかおかしいだろ」
「それですが興味深い証言があります。実は──…」
「オイ!!!! あれはなんだ!!!!」
 戦士の誰かが発したのだろう。割れんばかりの声が航海長を遮った。
84 ◆C.B5VSJlKU :2011/10/05(水) 02:59:21.53 ID:6pFOdgc+0
 すわ何事かと目を剥く水雷長の足元が大きく揺らいだ。すんでのところで転びそうになったがどうにかこうにか持ち直す。ズドン。
足元が再び揺らいだ。それは村にいるもの総ての身上に注ぐ宿命だった。消し炭の家屋も崩滅寸前の屋台も何もかも飛び
あがって元の場所へ叩きつけられた。地響きがしている。当たり前でつまらない結論へたどり着くまで3度のズドンを要した
水雷長は”判断力が衰えている”そんな痛感と──最初に訪れるのは20をいくらか過ぎたあたりだ。もっとも何万かの脳細
胞が死滅し始めるころだいたいは社会に対するうまいやり方を覚え互助に預かれるので30年後ぐらいまでどうにかトント
ンでいられる──痛感と、どよめきの中で見た。

 ホムンクルスを。
 高さ200mを超えるシロナガスクジラ型を。
 そしてダンプカーさえスクラップにできそうなほど巨大なヒレが頭上3mでうねりを上げているのを。

 水雷長の口を叫びが貫いた。恰幅のいい体は猛然と航海長を跳ね飛ばし野太い腕は無遠慮に艦長をひっつかみ、そして
投げ飛ばした。
 痩せた色白の相棒は心得たもので上役を受けとめながら地を蹴った。幸運を上げるとすればヒレの向きがそうだった。水
雷長たちの視線と水平だったのだから。30m超の長さに不釣り合いな狭幅(きょうふく)の稜線。仲間たちがその埒外に無事
逃げおおせたのを確認すると水雷長は誰ともなしにニカリと笑い──…

 山が煙を噴いた。村の辺りからたなびくそれは闇夜にとても生える茶色だった。震度6クラスの振動が大地を揺るがした。

 爆発的な衝撃が水雷長の全身を貫いた。黒光りする749kgの金属板は彼の肉体に接触しまるで勢いを殺さぬまま地面に
向かって振り抜かれた。ダイナイマイトの炸裂の方がまだマシだという破裂音が航海長や艦長の鼓膜を著しく傷つけ膨大な
土煙を巻き上げた。屋台や家屋のひしゃげるめりめりという音がした。難を逃れたものたちはただ唖然とその様子を見ていた。
尻もちをつく黒服もおり中には涙を浮かべる戦士さえいた。

「具申しよう!! みどもはこの村の村長……つまりは共同体のボォス!! どうだこの大きさスゴいだろう絶望だろう!!」

 山の手高くにある村へ悠然と並び立ったホムンクルスはとてもとてもクジラだった。瞳は球体型ジャングルジムに匹敵す
る大きさでそれがぎょろぎょろぎょろぎょろ忙しく動き回りながら戦士を見ていた。

「普段はこの大きさゆえに村入るンじゃあねえ出禁くらってやむなく穴掘って地下でうつらうつら眠っているが今回みたいな
有事の際には何かと頼られるタイプ!! 現に戦士1名殺害!! え!! なんでみんな祭りやってたの!! 先週貰った
お知らせのプリントには一言もなかったのに!! 連絡の不備なのかなあどうなんだろう」

 でっかい頭をぐにぐに左右へ振りながらシロナガス型は「ま。いっか」と潮を吹いた

「戦士全滅させれば誘ってもらえるよねえきっと。うん。さあ覚悟しろこんなでっかい村長さんに効く武装錬金などある訳──…」
「なあー!! いまの文言訂正しておいた方がいいぜー」
 戦士の1人が声を上げた。
「???」
「だからー。お前いま水雷長殺したようなコトいったけどー」
 大通りに振り下ろされたままのヒレに異変が生じた。ほぼ中央。水雷長の居た辺りに穴が1つ。穿たれた。
「??????」
 針でも刺したような、凝視せねば分からぬほど微細な穴。だがそれを中心に大きく亀裂が入った。ピキリ。ヒレの外装が
花瓶のように割れ飛んで火花散る内装を露呈した。ピキリ。ピキリ。スプーンで叩いたゆで卵を思わせる様相で伝播する
亀裂。それはあっという間にヒレ全体を覆い尽くし息も尽かさず粉々にした。そして──…

「なんだ。この程度か」

 破片の雨の中、水雷長はぼんやり呟いた。腕を無造作に突き上げたまま無造作に突っ立っている彼は特にどうという
外傷もなく、それがシロナガス型をうろたえさせた。

「な。言った通りだろ」
「俺らのかなり本気の総攻撃喰らって無事だもんな」
「防人戦士長との組手、33勝56敗だからな。シルスキなしのガチンコだけど」
「負け越し? いやいや素手で勝てるだけでも大したもんだ」
 楽しそうに顔を見合わせうんうん頷く戦士たちがまた混乱に拍車をかける。
85 ◆C.B5VSJlKU :2011/10/05(水) 02:59:38.30 ID:6pFOdgc+0
.
「おーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーい!!!! なんだよ!! なんでだよ!! 村長さんの
ヒレはねえ!! 749kgあるんだよ!! しかもホムンクルスだから金属っぽいし!! なのに生身の人間が直撃受けて
無事なのはどうしてなの! 手ごたえは確かにあったよね! ね!!」
「あー。いや。俺いちおう深海を生身で動けるし。6000mぐらいなら平気」
「はい?」
「だって俺らとか艦長とか潜水艦持ちだろ。万が一武装解除に追い込まれた場合でも核鉄だけは持ち帰れって戦団から強く
いわれてるんだよな。だから訓練した。今まで味わった超深海層の圧力とかの悪条件に比べたらお前のヒレは、そのまあ、
別に……かなあ?」
 気休め程度だけどいちおうこの制服も耐圧使用だし。後頭部をかきつつ淡々と述べる水雷長。シロナガスは「ええと、え
えと」と汗を飛ばしてからまくし立てた。
「いやいやいや。どんな訓練ですかそれは。学研の2年の科学とかだとカップラーメンの容器がめちゃくちゃ小さく圧縮され
るのが深海なんですってば。それ以外にもいろいろあるし、普通絶対死ぬんじゃ」
「いや。戦士の特訓の要領で核鉄治療繰り返せば割と何とかなる。わざと死にそうになって回復。わざと死にそうになって回
復。すると段々頑丈になる。最初は大変だったな。浅いところから始めてみたけど深さ4ケタ辺りから様子が変わってきてさあ
ちょっと生身で潜るだけで半年ぐらい意識不明。植物状態になったな。で、治ったら寝てた分だけリハビリしてまたチャレンジ。
それを8セットぐらい繰り返したかな。10代のころ学校も通わず。航海長も似たようなものさ」
「…………えーと」
「脳だけで200回は手術した。なんだかったかな。よく覚えてないけど血栓だか浮腫だかの問題で手術しなきゃ死ぬって言
われたから仕方なくサインしてさ。自前の肺なんてもう32分の1ぐらいしか残っていない。後は深海用にチューニングされた
人工物。でもまあいいかなって。だって肺ガンにだけはならない、なりようがないって聖サンジェルマンの連中はいってくれるし。
あ、でも骨は一応全部自前。ただ困ったコトに」
 『白い輝き』が不自然に目立つ拳を水雷長は突き上げた。
「頑丈になりすぎちまった。トドメこそさせないけどホムンクルスの攻撃凌ぐぐらいはできるんだよなあ……」
(ヒレに皮膚擂り潰されたせいで露出した骨!! それで防……いや、ヒレにカウンターかまして砕いた!!? うそぉん!!)

「いま考えると部分発動だけで防御できたかもな。こういう風に」

 水雷長の腕の辺りで空間が……”歪んだ”。小さな光とゴテゴテした影が収束し、そして消えた。
 次の瞬間。
 妙な物体が30本ほどシロナガス型を襲撃した。筒に羽根とトンガリのついたタイプのミサイルだった。「3BK29?」「成形
炸薬弾キタコレ」「水雷長のくせにアイツいろいろなミサイル使えるんだぜ」。はやし立てる戦士たちの目の前で巨大なホム
ンクルスは顔面のあちこちを爆発させた。内部機械が剥き出しになり破片がガラガラと降り注いだ。

「あれはキくぜー。ユゴニオ弾性限界を超えた銅のメタルジェットがうんぬん」
「なんやかんやで装甲との相互作用面が装甲材自体の機械的強度を無視するんだ!」
「つまり防御力無視? でかくて頑強そうな分、ショックだろうな」
「ああ。よろめいた。侵徹口から弾片や爆風が染み込んだんだ」

 シロナガスクジラは後ろに向かってたたらを踏んだ。身長ゆえに後ずさりもダイナミックだ。あっというまに先ほどディープブ
レッシングが停泊していた森へ達し。とうとう錆びついたダンプカーに足を──クジラにも関わらず、ある。不思議な──取
られ蹴躓いた。そのとき村にいた戦士のひとりは大笑いした。10tは積める決して小さくはない車両運搬具がヒラリヒラリと
夜空にきり揉んでいた。夜中(やちゅう)にも関わらず観測できた理由は高度にあり、最高時はおよそ58mまで達していた。
弱り目に祟り目。律儀にも垂直に飛び上っていたダンプカーはほぼ元の位置に落着した。そこはやや様子が変わっており、
仰向けで呻くクジラの腹が広がっていた。落着。ダンプカーはささくれたバンパーから全重量をねじ込んだ。柔らかな腹が
地軸へ向かってひん曲りトランポリンよろしく陥没した。ほとんどテイルランプの辺りまで埋まった巨大車両は何本かの脊柱
にヒビを入れた辺りでようやくびょーんと飛び上り森の奥へと去って行った。
86 ◆C.B5VSJlKU :2011/10/05(水) 03:00:46.79 ID:6pFOdgc+0
 さてクジラ。彼は泣きながら立ち上がり大慌てで走り始めた。口から零れおちる消化液臭い大量のオキアミが道程をどし
ゃどしゃと汚した。脊柱のヒビはすぐ治ったが──錬金術制のダンプでなかったのがせめてもの幸いだった──あらゆる非
情の予想外に決心した。
 逃げよう。
 どこか海で暮らそう。

 彼の旅は、ここから始まった。

「逃げるのは勝手だが一言だけ言わせてもらおう」

 エコーの掛った厳粛な声。その出所を求め頭上を見上げたクジラは戦慄した。
 潜水艦。全長だけなら自分を凌ぐ超ド級の武装錬金が……飛んでいる。
 落ちて、来ていた。
 もちろん頭部──急所たる章印のある──めがけ轟然と。
 体感だがそれは音速を超えているようでまだまだ20mある距離などまったく気休めにならなかった。

「私は貴様を絶対に許さん。絶対にだ。なぜなら……」

 わずかな沈黙の後、艦長はいらただしげに肘掛けを叩いた。

「クジラが陸にいるなど……まったく場違いにもほどがある。不愉快だ!」
「潜水艦に言われたかねえええええええええええええ!!!」

 絶叫と轟音が世界を揺るがす中、戦士たちは胸中「まったくだ」と十字を切った。それがせめてもの哀悼だった。


 10分後。夜空を巨大な戦艦が飛んでいた。満ち始めた月も背後に緩やかに飛んでいくその船は艦首に巨大な
ドリルが付いている。やがて雲海の中で艦影が加速を帯びた。艦は何事もなかったように飛んでいく。

「戦団本部に打電。我ら無辜の人々を救出せり。以後は予備兵にて保護されたし。場所は──…」

「……以上だ」
「アイアイ」
「アイアイ」
 いわれたとおりの作業を行うと狭い操舵室に安堵の空気が満ちた。
「しかし結局何だったんだあの黒服ども? 最初見た時は明らかに化け物だったよな?」
「ホムンクルスも圧倒していた。ディープブレッシングに跳ね飛ばされてもほぼ無傷だった」
 珍しく雑談に紛れ込んできた艦長に水雷長は気をよくした。軽く席から身を乗り出し航海長に呼び掛けた。
「でも調べじゃあの黒服たち人間なんだろ? どういう訳だ」
「ええ。人間です。その点については聴取済みです。艦長。報告してよろしいですか?」
「うむ」
 艦長はただ、重苦しく頷いた。


87 ◆C.B5VSJlKU :2011/10/05(水) 03:01:54.53 ID:6pFOdgc+0
【以下、黒服たちの証言】

「山神さまだべ。山神さまがおでらに力ばくれたんたべ!!」

「んだんだ。先代がむかす迷惑かけちまったからって助けてくれた!!」

「よぐできた2代目さんだべ。先代はあなたもう本当ヒドイ奴だったば」

「作物は荒らすわコッコ食べまくるわ娘ご犯すわで本当手がつけられんかった」

「おで子供6人ぐらい喰われたべ。仕方ねーから父ちゃんと頑張って10人ぐらいこさえたべ!! ははは!!」

「先代の山神さんべか? あー。7年前か8年前だったべか? 死んだの」

「金髪の剣士さんとか実況好きな女のコとかが退治してくれたんだべ」

「あんとき不慣れな感じでビクついてた鎖使いさんいま何してだろーね」

「やたら声がでかくてねえ。しゃべるたび山さ崩れるんじゃねーかってオラ不安で不安で」

「2代目の山神さんべか? 1年半ぐらい前からちょくちょく村さ来るようになったべ」

「最近? 最近はあなた来なかったべよ。なんか関東の辺りさ出稼ぎに行くとか何とかで」

「入れ替わりに村の奴らさ来だのもそのころだっぺ」

「あいつらもまたヒドかった!!」

「作物は荒らすわコッコ食べまくるわ娘ご犯すわで本当手がつけられんかった」

「おで子供6人ぐらい喰われたべ。仕方ねーからまた父ちゃんと頑張って10人ぐらいこさえるべ!! ははは!!」

「実際アイツラもまたヒドくて! でもどうせ戦っても勝てねーからってオラたちじっと我慢してた」


「そこであーた2代目さんが帰ってきたべよ」

「いーい山神さんだったべ」

「事情話したらあいつら倒せる力ぽんとくれたべ。最初腕とか変形した時はびっくらこいたけどよー」

「ん? お金取られたかって? いんや何にも。タダでくれたべタダで!」

「怪しい実験? それもされなかったべ」

「んだんだ。ちょっと自己紹介して欲しいって言われたぐらいだな」

「名前教えるぐらい普通だっぺ。それがお前敬意ってもんだぁ」

「最近の都会の若いコたづはそこがダメだべ。ゆとり世代の弊害だべか」」

「とにかく山神さまがオラたち点呼したらキバとか生えたべ」


【以上、黒服たちの証言おわり】
88 ◆C.B5VSJlKU :2011/10/05(水) 03:02:26.23 ID:6pFOdgc+0

「するとアレか? その山神さまとかいうのが黒服たちに」
「ホムンクルスを打破しうる力を与えたようです」
 水雷長はあんぐりと口を開けたまま天井をしばらく眺め……面倒くさそうに溜息をついた。
「いまはもう黒服たち、人間に戻ってるんだよな」
「はい。調査用の武装錬金を持つ戦士が何人か彼らをくまなく調べましたがどの結果も”シロ”です」
「じゃあ何なんだ? ホムンクルス幼体を埋め込まれたって感じでもないし」
「……武装錬金だ」
 はい? 若い男2人は思わずハモりながら背後を見た。
 そこにいるのはやはり艦長で、やはりいつものまま鋭い三白眼をギラつかせている。
「航海長。戦団に再び打電。調査要請を掛けろ」
「アイアイ。相手は誰ですか」

 艦長は迷いなくその名を告げた。

「戦士・千歳と根来だ」
89 ◆C.B5VSJlKU :2011/10/05(水) 03:02:42.16 ID:6pFOdgc+0
以上ここまで
90ふら〜り:2011/10/09(日) 10:10:46.43 ID:JiYeitcn0
>>スターダストさん
>市町村をまるっと完全に包囲できる
バスターバロンなんか「どきなよチビ」ですなぁ。一体このヒトの何が投影というか影響されて
こんなシロモノが生まれたのやら。潜水艦トリオの意外な経歴(?)にも驚きましたが、根来と
千歳! 原作未読状態の私がさんざん萌えた二人が来る! 少しは仲が進展……は、ないか。 
91作者の都合により名無しです:2011/10/09(日) 13:38:44.07 ID:m9t/sGtM0
よかった。久しぶりに来たらスターダストさん来てた。

おそらく物語最終盤だと思いますが、濃いというか
ある意味「キモい」キャラがどんどん出張ってきてますなあw
草連発は2chでもうっとうしいけどSSになると更にウザいw
前作の主役の根来がおいしいところを持ってく予感w


あげとこう。
92作者の都合により名無しです:2011/10/10(月) 14:43:11.44 ID:vFpt8DDB0
クールな根来が小うるさい連中に無双してくれるのが楽しみだなあ。
前作好きだったし。それにスターダストさんが書いてくれたのが嬉しい。
93作者の都合により名無しです:2011/10/13(木) 22:03:14.60 ID:Lks5C5200
イーモバ1ヶ月ぶりに規制解除したよw

スターダストさんお疲れ様です!
今、この状況で投稿してくれるだけでなく、手抜き無しのガチSSで嬉しいっすw
千歳とネゴロの大人の魅力コンビが活躍しそうで嬉しいですね。
強者や曲者たちが続々と集まってきて決戦間近って感じもして嬉しいやら寂しいやら。
94作者の都合により名無しです:2011/10/18(火) 20:07:34.41 ID:6CxH/kAm0
1. 初恋ばれんたいん スペシャル
2. エーベルージュ
3. センチメンタルグラフティ2
4. ONE 〜輝く季節へ〜 茜 小説版、ドラマCDに登場する茜と詩子の幼馴染 城島司のSS
茜 小説版、ドラマCDに登場する茜と詩子の幼馴染 城島司を主人公にして、
中学生時代の里村茜、柚木詩子、南条先生を攻略する OR 城島司ルート、城島司 帰還END(茜以外の
他のヒロインEND後なら大丈夫なのに。)
5. Canvas 百合奈・瑠璃子先輩のSS
6. ファーランド サーガ1、ファーランド サーガ2
ファーランド シリーズ 歴代最高名作 RPG
7. MinDeaD BlooD 〜支配者の為の狂死曲〜
8. Phantom of Inferno
END.11 終わりなき悪夢(帰国end)後 玲二×美緒
9. 銀色-完全版-、朱
『銀色』『朱』に連なる 現代を 背景で 輪廻転生した久世がが通ってる学園に
ラッテが転校生,石切が先生である 石切×久世

SS予定は無いのでしょうか?
95作者の都合により名無しです:2011/10/19(水) 02:33:22.91 ID:c76jXEji0
【2次】ギャルゲーSS総合スレへようこそ【創作】
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/gal/1298707927/101-200
96作者の都合により名無しです:2011/10/20(木) 00:31:37.99 ID:FYDjYs6WO
エロいよね
97 ◆C.B5VSJlKU :2011/10/20(木) 13:00:27.38 ID:wYNuwev60
 影は一歩進んだ。街頭を頂点とする円錐の輝き、そこへ向かって。やがて影が明度的事由により漆黒のベールを脱ぎ捨
てたとき、金髪ピアスは瞠目しつつ思った。

 でけぇ。

 いま背後の壁のてっぺんでケタケタ笑っているディプレスを2mとすればそれより10cmほどは高い。がっしりとした体格
だが逆三角形ではなく筒型で、巨漢ながらも野卑な印象はまったくない。
 しかも着衣ときたらうらぶれた路地裏にまったく不釣り合いで、貴族服だった。上着は青と銀を基調にしたジャケットで、下
は純白のズボン。一目で高級品と分かる生地は内包する筋骨隆々にほとほと辟易しているようで、”今にもはち切れるよ”、
男が動くたび泣いていた。
 顔は衣服に負けないほど気品がある。どちらかといえば短い髪にウェーブを掛けているところは先ほど遭遇したリバース
──青っち──と似ていなくもない。違いを上げるとすれば右側頭部から伸びる髪で、それはいかにも気ざったらしく長く長
くぐにゃぐにゃと伸びている。髪が途絶える辺りのちょうど反対側──つまり左の首筋──には黒いドクロのタトゥーがある
が不思議と全体の気品を損なっていない。
 ただ気品高ずるあまりいかにも貴公子という顔つきなのが逆に欠点ともいえた。庶民は結局相手の高尚さにひれ伏した
りはしない。とっかかりや取っつきやすさといった「自分がどこか優位を覚えられる要素」……欠点や欠如にこそ心惹かれる
ものなのだ。そこから選出された被害者候補は嫌悪を覚えながらもぞっとしていた。男の顔はどこまでも端正で気品に溢れ
ている。だからこそ氷のような冷たさばかり感じられる。冷淡、冷酷。今度はどんな酷い仕打ちをされるのか。不安と恐怖
しか覚えられない顔つきだった。

 その顔が、金髪ピアスをついに見た。そして……喋った。

「大丈夫だったであるか!!」
「…………はい?」
 底抜けに明るい声に瞳をぱちくりとする。視界の中では巨大な体がどたどたと走ってくる。殺到、というよりは飼い主を
見つけた大型犬だ。無邪気な調子ではふはふ言いながら突進してくる。ひたすら嬉しさの赴くまま向かってくるのだ。一言
でいえば……アホ。どこか足りない男のようだった。
「おっと服に泥が……。お取りになってあげよう。紳士たるものやはり身だしなみはしっかりすべきである。すれ違う人々に
不快な思いをさせぬよう頑張ろうという思い。それこそが敬意! もちろんそれ自体はちっぽけなものよ!!」
「ぐぇ!!」
 一歩踏み出した巨人の足元で何かうめき声が聞こえた。金髪ピアスの記憶が正しければ先ほどその辺りに黒ブチ眼鏡の
アラサーがすっ転がっていた筈だ。移動した気配はないのでたぶんそういうコトなのだろう。リヴォルハインと呼ばれた男は
そこで立ち止まり熱弁を振るい始めた。大きな声だった。足元から巻き起こる悲痛な移動要請がかき消されるほど大きな
声だった。
「しかし世界のありようとは結局小さなものが積み重なって積み重なって積み重なって、ななななんだ、うん!! なんかいっ
ぱいのアレコレ!! アレコレが組み合わさったりしたりで決まるのではないか!? ……真偽はともかく及公(だいこう)、
表敬は常にすべきだと思っている!!」
 まくしたてつつ金髪ピアスの着衣を払うと彼は手にした何かを突き始めた。まるで子供だ。或いは明文化さえ危ぶま
れる酷い表現さえ浮かんだ。。踏みにじられるアラサーの声はいよいよなりふり構わなくなっている。「痛い痛い」「重いん
ですってばあ! どいてくださいよぉ」「う゛にゃああああああああああ」。
 助けを求めるように足をつかんだ細い手を無言で振りほどき思いきり蹴り飛ばすと、金髪ピアスは嘆息交じりに問いかけた。
「及公(だいこう)ってなんだよ?」
「”余”みたいな一人称だwwwwwwwww 偉い奴が自分をwwwwwww 呼ぶときのwwwwwwwwwww」
 あーそう。背後で笑うハシビロコウに軽く手を上げると、今度は足元から声がかかった。
「クライマックス先生のはちみつ授業〜〜〜」
 どうやらやっと足をどけて貰ったらしい。元声優の元教師は地べたに伏せたまま青白い顔だけぬっと持ち上げている。
「なんだお前まだいたの? 早く死ねばいいのに」
98 ◆C.B5VSJlKU :2011/10/20(木) 13:00:44.92 ID:wYNuwev60
「この上なくヒドい文言!? うぅ。私これでも一生懸命生きてるんですよぉ。10代のころ私なんかどうせオシャレしたって無
駄だって女磨くの放棄したばかりにいまだに恋人できませんし20代は灰色でしたけどぉ、ひょっとしたらこの先ステキな出
会いがあって救われるかも知れないって。だから退屈な毎日を何とか生きているんですよー」
「生々しい。コメントし辛い」
「過去が消えていくなら私はせめて明日が欲しい! のです、この上なく」
「アニメか特撮かしらねーけどそういうセリフへの拘泥をまず捨てろ。そしてちゃんと現実を見ろ! 救われたいなら尚更!」
「ちちち。甘いですよ! 救われないから拘泥するんですよ!! いろいろ忘れさせてくれますからねこの上なく!!」
 これ以上問答を続けても埒があかない。そう判断した金髪ピアスは本題に入るよう促した。

「『及』は『だい』とも読みます」

「ちょっと特殊な読みですけど! 『きゅうだいてん』の『だい』と覚えればこの上なく簡単です!」

「あー。なるほ……」
 納得しかけた金髪ピアスはふと眉を顰めた。
「……『きゅうだいてん』の『だい』は『第』じゃなかったか? 字ぃ、『及第点』だよな?」
「うぇ?」
 分厚いレンズの向こうで大きな瞳が瞬いた。よく見ると左右で大きさの違う瞳孔が驚愕に絞られるまでさほどの時間を
要さなかった。髪が一房、ぱらりと落ちた。
「ぬ、ぬぇぬぇぬぇ。そそそそーですよォ〜〜〜〜!! そこに気付いて貰えるかというのを先生この上なく試したのです」
(素で間違えてたなコイツ。大丈夫なのか元教師)
 気配を察したのだろう。クライマックスは慌てて立ち上がり金髪を揺すり始めた。すごい涙目だった。必死だった。
「間違えていませんよぉ!! うぅ!! 学習の要諦というのは取っつきやすさな訳でして! あの! あのですねあの
ですね! イキナリ『及』は『だい』と読みますなんて言ったって誰も覚えてくれないじゃないですかこの上なく!! だいた
い生徒さんなんてのはこっちが一生懸命授業してるのに英語の辞書を1枚破りマジックでなんチャラかんチャラ描いて紙
飛行機にして先生に命中させるんです」
「……やっぱお前のセンス古いわ」
「だからこその取っつきやすさです。生徒さんが興味を持つようなアプローチ、記憶に残りやすい授業! それが私の
この上ないモットーです。ああ、あのとき先生が及第点うんぬんミスってたなあという生暖かい記憶があれば及公が
どう読むか覚えられる筈ですこの上なく」
「結局認めるのかよ!! ミスったって!!」
「ミミミミスじゃありません! たとえばの話です!」
 いいかげん認めろよ。呆れる金髪の視線の先で、クライマックスの袖がくいくい引かれた。
「先生!! 先生!! お話は終わりましたであるか!」
 ブラウンの髪を持つ巨大な青年が輝くような笑みを浮かべていた。人差し指を物欲しそうに咥えているのはまったく
大きな子供という感じだ。
「そーいえばお前になんかブツけたのコイツだよな? なんでだ?」
「なんでも何も。リヴォルハインさん、人が襲われていると助けに行くタイプなんですこの上なく」
「えーと。お前の仲間ってコトはコイツも」
「ええ。悪の幹部ですよぉ。でも人助けがこの上なく好きで……だからいつも困るというかぁ……」
 やや歯切れの悪い元声優は肩を落とした。その後頭部をリヴォルハインが「あたまー。あったまー」と歌いながら撫でている。
「先生、つーのは?」
「私がまだ小学校で教師やってたころ、生徒のフリして学校に潜んでたんですよぉ。で、手引きしちゃってくれたもんですから
私以外の先生や生徒さんたち全滅……。その時私をマレフィックに誘ったのがリヴォルハインさんという訳です」
 いやいや。と金髪ピアスはクライマックスの元生徒を見た。身長は2mを超えている。
「なにまさかコイツこんなデカいのに小学生ぶれると思ってたワケ!? ムリだろ! 頭おかしくね? 頭おかしくね?」



「くしゅん」
99 ◆C.B5VSJlKU :2011/10/20(木) 13:01:34.16 ID:wYNuwev60


.
「……風邪か?」
「いえ。ただのくしゃみよ」
 万病の元だな。言葉短かにその男は金の刃を跳ね上げた。ブタの顔を持つ亜人が血煙を上げどうと倒れ伏した。
 男を取り巻いていた群衆からどよめきが上がった。円環が一団と後ずさり粗笨(そほん)さを増した。最外周から人影
が1つまた1つと零れ出した。リーダー格だろうか。プテラノドン型が声を張り上げ制止する。隣のサル型の顔面を
衝撃が貫いたのはその時だ。爆ぜるような音に慌ててそちらを見た彼は相棒の目玉が短刀に高速輸送されているのを見
た。刀はそのまま壁──廃工場の──に当たり……突き刺さるコトなく『埋没した』。

 刀は、忍者刀だった。

「シークレットトレイル必勝の型」

「真・鶉隠れ」

 後はもう終わるだけだった。剣の風と刃の嵐が無数のホムンクルスを薙ぎ払い、薙ぎ払い、薙ぎ払い──…

 壁の下でサルの目玉が塵と化すころ彼の領袖以下総ての集団がこの世から消えた。



 クライマックスは腰に手を当てえっへんと胸を逸らした。
「リヴォルハインさんですね。私と出逢ったときはどういう訳かイソゴさん……あ、イソゴさんっていうのは小さな女の子なん
ですけど、その人の姿になってたんです。だから小学生として潜入できてたわけです」
「はぁ」
 気のない返事を漏らすと超ロングヘアーはなぜか急に眼を剥いた。
「え? リ、リヴォルハインさん? いま私の後ろに居るのってリヴォルハインさんなんですかこの上なく?」
「なに急に驚いているんだ? さっきまでフツーに語ってたんじゃ──…」
「ぎみゃあああ! ヤバイですヤバイ!! 感染カンセンKANSEEEN!! 入れてくださいディプレスさんーー!」
 感嘆すべき逃げっぷりだった。黒光りする害虫のように地面を疾駆したかと思うと、ディプレスのいる高い塀を超高速の
ロッククライミングで登りつめた。
 驚いたのは金髪ピアスである。彼女の叫びは聞き捨てならない代物が過ぎた。真偽のほどを確かめるべく慌てて後を追う。
もっとも、高い壁は登れず、はるか下で見上げるばかりだったが。
 話しかけようとしたとき、ヒソヒソとした会話が聞こえてきた。頭上のクライマックスを見る。とても青ざめていた。
(ちょちょちょちょ、ディプレスさん!? この上なく聞いてませんよリヴォルハインさんが来るなんて!!!)
(オイラも聞いてねーけど?wwww まぁ盟主様のいつもの気まぐれだろ気にすんなwwwwww)
(お!! 落ち付いている場合ですかあこの上なく!! リヴォルハインさんはああ見えて『病気』なんですよ!!)
(確かに病気だけどいいんじゃねwww オイラたちの下準備手伝ってくれそうだし)
(いやいやいやいや!!! そんなのこの上なく吹っ飛ばされますよぉ!! だって!! だって!!)

 一拍置いてクライマックス、身震いしながらこう告げた。

(その気になれば1時間で銀成市民全員殺せますよ!? リヴォルハインさん!!)

 元声優だけありよく通る声だ。小声でもなお聞こえるほど。金髪ピアスは「え?」と息を呑んだ。

(まーwwww 鐶作ったリバースの最新作だしwwww もともとの設計思想は広域殲滅だからなあwwww)
(そうですよ!! マレフィックにはこの上なくいろいろな能力の人がいますけど広域殲滅に限っていうなら最強なのはリヴォ
ルハインさん! この上なく理論的最強で実際やったコトはありませんけど!!)
(やろうと思えばやれるわなwwwwwwwwwwww リルカズフューネラルの特性ならwwwww)
 リルカズ? 耳慣れない名前に首を傾げる金髪ピアス。気配を察したのかいったん彼を見たクライマックスは一層声をひ
そめた。それでも聞こえてくるのは「バンデミック」「致死率100%」「対処不能」といった物騒な言葉ばかり。

(まあよっぽどのコトがない限り皆殺しはしないだろwwww まずはちょっと探りを入れようぜwwwwwwww)
(は、はい。目的によってはこの上なく手綱を握れるかも知れません。

 影が2つ、地上に降りた。彼らは貴族服の青年に向きなおり、質問を始めた。
100 ◆C.B5VSJlKU :2011/10/20(木) 13:02:05.48 ID:wYNuwev60
.


「おつかれさま」
 事務的と形容する他ない女性だった。冷たく輝く美貌には一切の表情が見えない。生来ない、というより意志の力と修
練とで脳髄の奥底にしまっているのが見てとれた。
 工場からやや離れた場所にあるその公園は夜半というコトもあり人影はまったくない。
 ところどころに塗装の禿げや錆の目立つ遊具の中に申し訳程度におかれたベンチ。
 その上に行儀よく腰かけた彼女は日本茶を注いでいた。たおやかな手つきだ。魔法瓶は付属の蓋めがけ緑黄色の滝を
作っている。そこから立ち上る湯気だけが初秋の夜を温(ぬく)めていた。
 やがて短い返事が静寂を破り、ほどよく満たされた杯(はい)が持ち上げられた。まろやかな匂いを立てる湖面に影が落
ちた。白皙の青年だ。顔は細い。目つきの鋭さときたら猛禽類を思わせるほどでまったく剣呑。事務的という括りだけでいえ
ば隣の女性と同じだが、実はまったく真逆らしい。事務的合理的で行く。そんな感情を徹頭徹尾前面に押し出している、と
書けばやや矛盾の気配があるがそうではない。最初に縋ったのが何かを考えれば両者の違いは明確だ。

 前者はまず無邪気な使命感に縋った。だがそのために巨大な罪と癒えぬ傷を追った。
 そして無邪気を捨て、冷徹なる遂行機械たるべく自らを戒めるようになった。

 後者は最初から前者の理想像にたどり着いた。であるがためしくじりは殆どない。

 突き詰めれば彼らの表情を作っているのは自負なのだ。生の自分がどれほどのものか。評価が高ければ掲げるし低け
れば隠匿する。矛盾はない。

 前者は楯山千歳という妙齢の女性だった。後者は根来忍という青年だった。

 やがて根来は茶を飲み干した。まるで毒物とみなしているかの如くむっつりとした顔つきで杯を置いた。
「もう1杯飲む?」
「足りている」
「そう」」
 この合理主義者に云わせれば過度の水分は毒らしい。千歳は一瞬かれが水中毒でも危うんでいるのかと思ったが
話を──とても短い言葉だったが──聞くうち違うと知った。呑み過ぎればたかが膀胱の水分貯蔵量に振り回され
るようになる。精神の箍(タガ)は得てして些細な問題を些細と侮るところから緩み始める。そういう、精神的な意味合い
において過度の水分は毒だという。
「夜も深い。後は適宜貴殿が処理しろ」
「お言葉に甘えるわ」
 千歳の表情がわずかだが綻んだ。根来が何かを気にかけてくれるようで嬉しかった。防人や火渡、照星といった旧知の
人物たちと居るような気分だった。ゆっくりと飲む緑茶は肌寒い夜の中で確実に体を温めてくれた。
「いまの任務の進捗率に関わらず3日後の救出作戦には必ず参加」
「それまでに片付けたいものだ」
 雑談にもなってない言葉の切れ端の見せ合いが終わったのを合図に2人の携帯が同時に震えた。



【同時刻。寄宿舎管理人室にて】

「では戦士・千歳はいま根来と居るんですか?」
「ああ。そうだな。最初は別々の任務に当たっていたが調べていくうち鉢合わせたらしい」
 今は合同で捜査している。防人の言葉に斗貴子は少し目を丸くした。
「合同で? いったいどんな任務だったんですか?」
「そのだな。少しばかり事情が混み合っているんだが……平たくいえば根来は密売人の追跡、千歳は殺人事件の調査だ」
 防人の説明によれば、音楽隊との戦いが勃発する少し前から各地の共同体に奇妙な売り込みがあったという。
「密売人は人身売買を生業にしているようなんだが……少々毛色が違う」
「と、言いますと?」
「食用じゃない。軍用目的だ」
 斗貴子は難しい顔をした。軍用? 人間の戦闘力などたかが知れている。売るならば普通、ホムンクルスではないのか?
「それがだな。どう作ったのかホムンクルス並の力を持つ人間をあちこちに売りさばいているらしい」
「人間なのに、ですか?」
「ああ。調べによれば幼体を投与された気配はない。戦っている時こそホムンクルスのような姿をしているが、1度倒せばすぐ
元通りになる」
「……もしかすると、それは」
101 ◆C.B5VSJlKU :2011/10/20(木) 13:02:31.19 ID:wYNuwev60
「ああ。武装錬金の特性だろうな。何かまでは分からないが……」
 防人は着座すると熱い緑茶を一気に飲み干した。ずずーという音が何ともいえない余韻を生んだ。斗貴子も追随する形で
ゆるりと湯呑みを空にした。
「他にもだ。その密売人はホムンクルスの製法や核鉄も売り捌いているようだ。ホムンクルスに訓練を施すコトもあれば自ら
共同体の警備を引き受けるコトもある。その手際が実に見事でな。討伐に向かった戦士たちは必ず道中不意打ちを受け
気絶する。気がつけば共同体はどこかに消え、核鉄だけが奪われているという寸法だ」
 とにかく神出鬼没。名前はおろか素顔さえ誰にも見せていないらしい。
「確かなのは赤い甲冑と赤い鉄兜を身に付けているというコトだけだ。」
「成程。そんな相手だから根来ですね。戦士・千歳が追っていた事件の方は?」
「被害者は戦士・鉤爪。お前もお世話になった人だ」
「ええ。新人の頃、何度も。確か純粋な戦闘力だけなら戦士長クラスだった筈ですが」
「殺された。死体は見つかっていないが状況から見て間違いない。そして──…」
 密売。戦士殺害。場所も性質もまったく違う2つの事件。
「繋がっていたんですか? それが」
「ああ。もともと戦士・鉤爪はとある学校の襲撃事件について調べていた」
 防人の云うところによれば犯人だけでなく被害者……行方不明者の捜索にも当たっていたという。
「その彼らを見つけたのが、根来だ」
「密売されていたという訳ですね。軍用で、共同体に」
 ようやく斗貴子は納得した。
 密売人の手がかりを求める以上、根来は「商品」たちの出自を調べるだろう。
 千歳は千歳で彼らが行方不明になった襲撃事件を調べざるを得ない。
 彼らが遭遇したのは必然といえる。
「奇縁といえば奇縁だが、まあ何だかんだでいいコンビだしなんとかなるだろう」
 そういって防人はまた茶を啜った。
 とても呑気な調子だ。斗貴子は一瞬とてつもない呆れを浮かべてから努めて静かに呼びかけた。
「いや、心配じゃないんですか?」
「? 何がだ?」
 だから、と斗貴子は柄にもなく世話を焼きたくなった。千歳と防人がどういう関係かぐらい薄々分かる。(ただし後輩が自分
に向ける熱い視線にはまったく気づいていないが)。しかし防人は一応上司でもあるし一個人としても並々ならぬ恩がある。
 露骨な物言いは流石に憚られたので、斗貴子は遠まわしに嗜めるコトにした。
「最近何かと組むようになった相手はよりにもよって”あの”根来。もう少し心配して下さい」
「そうか? 大戦士長の話だとそれなりにうまくやっているらしいが」
 ああこの人は底抜けにお人好しなんだ。斗貴子の全身に怒りとも呆れともつかぬ感情が広がった。折角の心配を違う方に
解釈している。根来は冷徹な奇兵だから殺されないよう気を付けろ、その程度にしか受け取っていない。
(違う!! そうじゃなくて、もっとこう他の……ああもう何で私がヤキモキしなくちゃいけないんだ!!)
「根来は根来で戦友の1人ぐらい作るべきだ。まだ若いんだ。トモダチがいないのは寂しいぞ」
 目を線にする防人は先輩として心から根来を慮っているようだ。それはそれで好ましいのだが、果てしない無防備さに腹が
立つやら情けないやらの斗貴子だ。戦士ではなく女性として思う。いいのかと。千歳だって女性なのだ。付き合いが長いだけ
の最近まるでアプローチなしの男性を捨てるコトもままある。最近仕事上何かと縁のある身近な男性へ走るコトもままある。
「とりあえず戦士・千歳に電話してみたらどうです」
「なんだ突然ヤブカラボウに? 向こうの状況はだいたい分かっている。忙しいだろうし落ちついてからの方が」
「いいから!! して下さい!!!」
 斗貴子の絶叫にやや気押されたのか。よく分かっていないと様子で防人が携帯電話を取り出した。
「ああ、千歳か」。後に続く会話はまったくぎこちないし要領を得ない。一口でいえば面白味のない電話だった。
 スピーカー越しに聞こえてくる千歳の声がやや戸惑いながらも嬉しそうなのが唯一の救いといえば救いだったが。

「ったく。桜花たちが音楽隊の話を聞いている間に打ち合わせしようと思っただけなのに、どうしてこうなる」

 顔にぺたりと掌を貼り付けぐぅと呻く。手のかかる上司にはまったく辟易だった。
102 ◆C.B5VSJlKU :2011/10/20(木) 13:03:24.13 ID:wYNuwev60
「ごめんなさい。防人君から用事で」
「そうか」
 根来はわずかだが微笑した。その反応に千歳は微かな違和感を覚えたが、時々つかみ難いのが根来でもある。
 深くは追求せず、いつものごとく淡々と問いかけた。
「あなたの方は?」
「戦団からの連絡だ。密売と思しき事件がまた発生。余力あらば艦長たちと合流。調べろというコトだ」
 千歳は無言でヘルメスドライブを発動した。根来が頷き終わる頃、彼らの影は光となり彼方へと跳躍した。


「で、何しに来たんですかこの上なく」
 ため息交じりにクライマックスは問いかけた。
 すると。
 よくぞ聞いてくれた!! リヴォルハインは歓喜の表情で右手の何かをダムダムとついた。激しく。早く。
「残暑!! 探し物はまだ見つからないけどのんびりのんびり行かれよう。ああしかし月日とはなんと残酷なものか!! 
散らばるセミ!! 死骸!! 奴らの命ときたらまったく奇抜な味したポテトチップスより期間限定である! やるせない!! 
まったく秋口だからと示し合わせたように続々くたばるアホ命!! たまには摂理に逆うべきである! ! 中にはジジとか
鳴きもうすぐ死にますアピールしてるブラゼがいるから及公の心、散々とかき回されるそれはすなわちズバリ悲しい! 
……ブラゼ? アから始まるくそメジャーなセミの略ですわ。そ! そうそう。カナカナゼミ、カナカナゼミ!」
 何が何やらである。呻き交じりにクライマックスを見ると泣きそうな顔が振り返った。「この上なく絡み辛い人なんですよ」。
ぺそぺそと泣きながらなお彼女はリヴォルハインに向きなおった。問題児に向きなおる教師の魂がそこにあった。
「で、何をしに──…」
「とにかくとにかくジジとか鳴いとる場合じゃないのです!!!! いかにも看取ってくれてありがとうみたいな声出してくた
ばんじゃねえよ!! 悲しいんだよ!!! 及公が!! 命消える瞬間とかおま、滅茶苦茶せつなくて悲しいではないか!!
また救えなかったのかと及公はお泣きになった! 動物の、病院で!!」
「セミを獣医に見せんなwwwwどう考えても無理だろうがwwwwww」
「仕方ないので及公、診察料58万お払いになって病院を出られた!!」 
「またボッタくられてる!?」
「またって何だよまたって!
 絹を裂くような悲鳴に金髪ピアスは軽い頭痛を覚えた。鎮痛すべく額を抑える。また碌でもない奴が……そんな予感ばか
り巻き起こる。その原因はまったく無自覚らしくただただ不思議そうだ。
「ふむ。確かに及公ペット保険に入られている。交渉すれば2割ぐらいにはなったか……。でもいいのだ58万円!!!!
セミを診るなどという荒唐無稽かつ高度な治療を施してくれて獣医さんへの敬意である!! あーーーりがとぉーーーー!
素敵な獣医さあーーーーん!!
 そして彼は感謝のネコ! にゃー!! などという訳の分からぬセリフをほざきながらバンザイした。指は丸まりネコの
手だった。
「で、いったい何しにきたんですか」
 クライマックスはもうだいぶ疲れているようだった。頬がこけ、目の下にはドス黒いクマが生まれていた。
 巨大な体がメトロノームよろしく左右に揺れ始めた。リヴォルハインは楽しそうだった。

「例の『もう1つの調整体』をパピヨンから奪う! 盟主さまから仰せつかった命はそれである!!」
103 ◆C.B5VSJlKU :2011/10/20(木) 13:03:50.95 ID:wYNuwev60
以上ここまで。
104ふら〜り:2011/10/21(金) 22:31:01.33 ID:L03R6BqX0
>>スターダストさん(やる夫スレだけの知識ですが、私の中でクライマックスの外見はみゆきさん)
来ましたネゴチト(語呂悪い)! ふっ、こちとら防人よりもカズトキよりも先にこの二人を
知り、萌えた身。防人個人は好きなれど、カプとなったらネゴチトを応援しますぜこの上なく。
リヴォル氏は最初、クウガのガドル人間態をイメージしました故、口調で思い切りコケましたっっ。
105作者の都合により名無しです:2011/10/23(日) 14:21:48.26 ID:/VATKp7e0
あれ、千歳と根来って千歳の方が年上っぽい?
前作も読んでるのになんか根来って落ち付き過ぎているから
いい年の印象が・・w まあ、千歳は大人の女ですがねw

しかし根来は「敵でも味方でも恐ろしい」タイプですな。
本当に仕事の出来る人間とはこういうものだ。
106 ◆C.B5VSJlKU :2011/11/05(土) 02:46:53.31 ID:E4YnGp5+0
【翌日。銀成学園地上1F。廊下】

「感謝する」
「何がよ?」
 ヴィクトリアは怪訝な顔をした。目の前には秋水がいて深々と頭を下げている。地上に戻るなりそれだ。まったく訳がわか
らない、愛らしい顔つきを不快に歪め詰問する。
「相談に乗ってくれたのだろう。ありがとう」
「確かにそうだけど、なんでアナタが礼をいうの?」
 武藤姓でもないクセに。からかうように笑うと瞳の光が揺らめいた。
 辺りには人気がない。いくつかある校舎のうち一番南側の更に隅っこというところだ。敷地的にも辺境らしく窓の外には
フェンスがある。錆やほつれの編み目を縫うように広がる裏道を一台、豆腐販売の車が通った。うら寂しい笛の音は訳も
なくヴィクトリアの感傷を誘った。フェンスから校舎までは3mほどあり、薄い黄土色の校庭にはコーンやバレーボールが無
造作に転がっている。いずれも乾いた泥や埃の洗礼をたっぷり受けており新品とは言い難い。ゴミ置場かも知れない。
 内外ともよほど人が近づかない場所なのは確かだった。
 廊下の行きどまりにあるのは第三視聴覚室。それを背に見る教室の群れと来たらパっとしないものばかりだ。プレートを
見るだにゲンナリする。美術準備室、多目的教室A、同B……少子化で不要になった教室どもの墓場だった。
(こんなにあるなら部室ぐらいくれてもいいでしょ)
 なぜか練習場所の定まらぬ演劇部だ。いまは専らまひろたちのクラス(1−A)を拠点に活動中。なのにどうして……学校
生活につきまといがちな不合理に軽く瞳を尖らせていると背後から黒い声が掛った。
「確かに遊ばせておくのは惜しいな。理事長とやらに掛け合ってみるか」
「だ、だよね〜! 部室ある方がみんなヨロコブだろうし!」
 どこかわざとらしい声はまひろのものだ。秋水と並び立ちながらも露骨に横を向いている。そして真赤な顔に引き攣った
笑みを浮かべている。ボリュームだけはでかい上ずった声で話しかけているのは美術準備室に取り残された作りかけの顔
面石膏像だった。
 尋常ならざる様子だ。秋水が心配そうに話しかけた。すると赤道直下のまひろフェイスに熱帯低気圧顔負けの渦が生ま
れた。澄みわたる瞳の黒が線となりぐるぐるぐるぐる廻り始めた。それが最高速に達するまでに乱れ放たれた言葉は少な
くても英語圏で生まれ育ち日本語圏で長く過ごしたヴィクトリアにはまったく翻訳不可能なもの言語だった。もはや少女特
有の柔らかさと甘ったるさとまっすぐな明るさだけが取り柄のオノマトペだった。頭から星型した色とりどりのガラクタをばら
撒きながらとにかくまひろは言葉を放ち、放ち──…まったく要領を得ない。
(そんなに恥ずかしいなら離れればいいのに)
 やれやれね。笑いを一齣(ひとくさり)かみ殺し助け船を──好意を示すというより自らの優位性を保つため──出す。
「私の後ろにでも立つ? そこじゃいろいろやり辛いでしょ?」
「……いいよ。ココで」
 柄にもなく静かな声だ。ココとはつまり相変わらずの秋水の横。俯き加減で瞳を熱く潤ませている。
「そう。で、ソコで満足してるのはどうして? 早坂秋水のコトが好きだから?」
 返事は来なかった。代わりにぼっという音がまひろの顔から弾けとび炬燵よりも赤熱した。同時に狭い肩が窄まりか細い
首が埋没した。蒸着した前髪が双眸を覆い隠したせいで表情は見えない。唯一見える桜色の唇が切なげに開きわなないた。
「──」「──」「──」。声というより甘い吐息だった。耳を欹(そばだ)て聴覚経由で言語化したヴィクトリアは色素の薄い唇
を一瞬開けかけ……そして閉じた。代わりにエメラルドのようだと友人一同から大好評の瞳を悪戯っぽく左に振るとすぐさま
ある人物へ視線を移した。
「なんていったのそのコ?」
 驚いたのは秋水である。この欧州少女の声は時おり外耳道や鼓膜にねっとりこびりつく蜂蜜のような魔性を見せるが彼は
一切の悩乱を見せなかった。代わりに息を呑み瞳孔を収縮させゆっくりと「キミ(ホムンクルス)なら聞こえたはずだろう」とだけ
呟いた。
「どうかしらね。ホムンクルスだからって感覚まで強化されるとは限らない。……で、そのコは何て?」
 小悪魔のような冷たい微笑を浴びせかけると秋水は観念した。うっすらと汗ばみながらゆっくりと、文節を区切りながら、
代弁した。
「俺の事については好きかも知れないというだけで確定はしていない。そう言ったのだが」
「ででででも私なんかのために何も考えず地下に飛び込んでくれたのは嬉しいよ。その、ね。……ありがとう」
107 ◆C.B5VSJlKU :2011/11/05(土) 02:47:16.16 ID:E4YnGp5+0
 うっすら頬を染めて上目遣いを送るまひろを秋水は困ったように眺めた。
「へえ。良かったじゃない」
「…………」
 秋水はやや恨めし気にヴィクトリアを見た。パピヨンは、不思議そうに呟いた。
「なんだ。貴様ひょっとして女運がないのか。哀れだな」
「本当ね。でもアナタに言われたくないわよ。むかし財産目当ての家庭教師に誑かされた癖に」
「!!?」
 なぜ知っている。珍しく驚愕を浮かべるパピヨンをよそにヴィクトリアは薄ら笑いを浮かべた。
「ところでアナタ、戦士たちに合流しなくていいの? ガスマスクの戦士がしきりに気にしてたようだけど」
 端正な顔がにわかに引き締まった。そんな秋水にまひろは向きなおった。向きなおったといっても俯きがちなのはそのま
まで、かろうじて正中線をさらけ出したという感じだ。
「ゴメン秋水先輩。忙しいのに邪魔しちゃって……」
「大丈夫だ。戦士長からは不参加でもいいと言われている。それに──…」
 大きな手が肩に乗った瞬間、まひろは小さな肢体をぴくりと震わせた。そうして恐る恐る息を吐きながら顔を上げた。
「俺自身、必要だと思ったから優先した。それだけだ。君が気に病む事はない」
 蒼い光の宿る切れ長の瞳に射すくめられたように少女の時が一瞬止まった。彼女はその容貌からあらゆる強張りを
解き放ちただただ無防備にあどけなく秋水を見た。やがて大きな瞳を少し嬉しげに蕩かせるとそれを細め、射線を外した。
「ありがとう」。切なげな小声を聞きながらヴィクトリアは腰に手を当てた。なだらかな鼻梁を通り抜けた吐息は呆れと安堵
が半々だった。そっと手を離した秋水はその挙動が良かったものかやや逡巡しているようだった。そんな2人はまるで遠い
昔たしかに自宅に居た2つの大きな存在で、悲しみの向こうにある大切な懐かしさの具現だった。自分が何を目指し何を
大事にすべきか示してくれるのはこの無言の蚊帳の外だった。
 もっとも世界というのは常に誰かの心地よさを奪いにくるものらしい。
 美しくも毒を秘めた声が静寂を破いた。
「ところでそろそろ足元を気にしたらどうだ」
「何が言いたい?」
 鼻で余裕たっぷりに笑いながら蝶々覆面、一歩踏み出した。漆黒の棒の先で飾り布が翻る。紫の爪の照準が美剣士に合わ
さった。
「誤魔化すなよ。右足首を捻挫しているんだろ」
 急に話題が変わった。まひろは円らな瞳を白黒させた。
「え? なに? なに? どういうコトなのびっきー」
「あの時。アナタに会うため何も考えず地下へ飛び込んだのよ。人がせっかく作ってあげたハシゴも無視してね。穴は相当
深かった。ホムンクルスならいざ知らずただの人間が着地して無事でいられるかどうか」
 秋水の頬に汗が浮かんだ。その瞳は後悔をもたらす過去を眺めているようだった。
「大方、奴に仕出かした所業のせいでそいつに負い目を抱いているんだろうが生憎俺は貴様ほどお優しくないんでね。下ら
ん逃げを打った結果なにを招いてしまったか。ちゃあんと教えてやるのさ」
 秋水はまひろを見た。彼の映る瞳のガラスは申し訳なさという液体でぶわりと滲んでいた。
「……君は彼女をどうしたいんだ」
「さあね。というか貴様こそどうするつもりだ? 女を追い回した挙句ケガとはまあ随分情けない話じゃないか」
「集合場所はたぶん屋上ってところね。いけるかしら? 歩いて」
「屋上……!! いったいどれほどの苦難が秋水先輩を襲うの……!」
「拳固めてヘンな顔しないの。誰のせいだと思ってるの」
 それは私だよね。まひろはしゅんと頭を垂れた。歌舞伎役者も真っ青の勢いだった。栗色の髪がぶぅんと振り乱れかぐわ
しい匂いを振りまいた。
「重ねがさねゴメンね秋水先輩。私なんかのせいで足を……。劇の練習、斗貴子さんとあんなにすごいアクションしてたのに
…………きっといっぱいいっぱい練習したのに私のせいで……」
「その辺りに支障はない。それに何度もいうが俺が必要だと思ったから優先しただけで……」
(歩かなかったのはこういう気遣いをさせたくなかったからでしょうね)
 一緒にいるだけで顔面筋肉がみるみると解されていくようだ。秋水は、まひろと。平素は謹厳極まる表情の美丈夫が年
相応の揺らぎを大いに浮かべている。聞いたコトもないやや高の声さえ喉から漏らしている。
「本当アナタ必死ね。もう確定じゃないの? 早坂秋水への感情」
「ちちち違うよ! 秋水先輩が好きかも知れないからとかそーいうのじゃなくて!!」
.
108 ◆C.B5VSJlKU :2011/11/05(土) 02:49:20.79 ID:E4YnGp5+0
 眉毛を額の肉ごと切なげに漏り上げながらまひろはぽつりと呟いた。

「私のせいで捻挫しちゃったんだよ。放ってなんかおけないよ……」

 彼女を除く全員がほぼ同時に息を呑んだ。秋水はやや感嘆したらしい。パピヨンは黒い笑みを大いに浮かべた。
(馬鹿ね。放っておく方がいい場合もあるのよ。今がそれ)
 なのに愚直にも助力を考えている。だがそのひた向きさはこの場の男どもの琴線に触れて仕方ないものらしい。
(……羨ましいわね)
 パピヨンが異性の挙動に心くすぐられ笑っている。でもそれを成したのは自分ではない。まひろを見る。いかにも困惑の
極みで自分は無力だという雰囲気にしょげかえっている。いまどれほどスゴいコトをしたかなどちっとも知らないのだろう。
それがやれないコトに無念を覚える者がすぐ傍に居るとは、知らないのだろう。
「…………」
 自らの周囲だけ暗くなっていく錯覚。それがヴィクトリアを襲った。過去何度か味わった苦さ、結局何をやっても報われない
のだという絶望的な感覚。やや形を変えたそれが肌を寒くしていく。
(いつまで経っても進歩がないわね私。本当、嫌になる)
 それを繰り返してもどうにもならない。俯きかけた首をしかし意志の力で立て直し、力強くまひろを見る。ポケットから「ある物」
を引き抜き披歴したのはつまり矜持だった。相談相手を全うする。そうするコトでしか心痛に耐えられそうになかった。
「大丈夫よ捻挫ぐらい。コレ当てておけば治るから」
 まひろの目が点になった。「何それ?」。視線が吸いついたのは六角形の金属片だった。
「核鉄。私の地下壕とか早坂秋水の日本刀とか」
「この俺、パピ・ヨン! のニアデスハピネス!」
「を発動する道具よ。これ当てておけば治癒力が高まるの。捻挫自体軽そうだし、何とかなるでしょうね」
 思わぬ助け船に秋水は「そうだ」と自分のものを取り出した。だから心配には及ばない。訥々とした説明に(よく分からな
いながらも)まひろは納得し語気をやや弱めた。
「そうだ。俺も核鉄を持っている。自分でどうにかできる。君が気に病む方が辛い。処置は俺に任せてくれ」
「そ、そういうコトなら」
 しぶしぶという調子だがまひろは自説を引っ込めるコトにしたようだ。
 総ては丸く収まる。ヴィクトリアが確信しかけた時、それは起こった。
「まあ核鉄の治癒力などという物は生命力を強制変換しているだけに過ぎんがな」
(ちょっと)
 小声で抗議するヴィクトリアもなんのその、パピヨンは実に楽しげにまひろを指差した。
「命を削って無理やり治しているだけだ。平たく言えばその男の寿命は縮む!」
 ええー!! びっくり仰天のまひろをよそに秋水は颯爽とパピヨンに駆け寄った。軽いとはいえ捻挫は捻挫らしく右足
を振り下ろすたび顔をゆがめるのが印象的だった。そして近づくやいなやぬっと顔を近づけ困惑しきりで詰問した。
「また君は。なぜそれを今言うんだ」
「人に命を削らせておきながら自分だけはぬくぬくと過ごす。そういう奴が俺は大嫌いでね」
「構わない。俺は納得しているんだ。なのにどうして……!」
「がなるなよ。ただでさえ短い寿命の浪費.を防いでやったんだ。感謝されこそすれ抗議される謂れはない」
「だが」。胸倉を掴まんばかりの勢いで距離を詰めた秋水だがこの口達者な享楽主義者には何を言っても無駄と気付いた
のだろう。頬を波打たせながら息を吐きこう述べた。
「ならば保健室で手当てを受ける」
「いい提案だけどきっとさっきのガス騒ぎで満員よ? 私なんか華道部で寝てたぐらいだし」
(毒島……!!)
 まひろがどういう申し出をするか気付いたのだろう。
 秋水はその美しさが台無しになるほど暗澹とした表情で俯いた。
 そしてその袖が引かれた。振り返ればまひろが居た。子犬のように瞳を濡れそぼらせ、とてもはにかんだ様子で、おずお
ずと呟いた。


「私なんかでよかったら……肩、貸すよ?」



「普通に歩いた方が早そうね」
 のろのろと角を曲って見えなくなった2人めがけ皮肉をこぼしながらヴィクトリアは嘆息した。
「で、貴様は何をしている?」
 携帯電話を忙しく叩くヴィクトリアを不思議そうにパピヨンは見た。
「メール。早坂桜花に事の顛末を教えてあげるのよ。だって面白くなりそうだし」
「貴様も物好きだな」
109 ◆C.B5VSJlKU :2011/11/05(土) 02:49:43.12 ID:E4YnGp5+0
「アイツが悪いのよ。私はすっかり早坂桜花を忘れてたのに去り際」

(姉さんにだけは言わないでくれ)

「なんて小声で釘を刺すから。墓穴ね。アナタの言う通り女運がないみたい。……さて、送信しようかしら?」
 などと冷笑を浮かべつつも内心良心とやらが葛藤しているのにも気付いているヴィクトリアだ。
 客観的にいえば秋水には恩がある。戦士だが、人格そのものはさほど嫌いではない。
(やめてあげようかしら? そっちの方が恩を売れそうだし)
 黙っておくのが義理だろう。人として行くべき道だろう。
 なので。
「えい」
 ヴィクトリアは送信ボタンを押した。
(だって私ホムンクルスだし)
 桜花という悪魔がこの事実をどう悪用し秋水を困らせるか。
 想像したヴィクトリアはとてもとても晴れやかな笑顔を浮かべた。
「非道いコトを嬉々としてよくもまあ。もっともああいう奴らは不様にからかわれる方がお似合いだがな」
 瞳を濁らせ呵呵大笑のパピヨンはさしものヴィクトリアさえ軽く背筋に寒気を覚えるほど狂的だった。半ば呆れながらも笑
みを浮かべたのは彼が心から嬉しさや喜びを感じているのが分かったからだ。そんな顔を見るだけで微かな幸福感が
全身をよくしていくようだった。
「本当、珍しいわね。アナタが他人を気に掛けるなんて」
「気に掛けてなどいないさ。動ける癖に動こうともしない……そんな奴が俺は大嫌いでね。周りが必死に保護しているなら
尚更だ」
「要するに逃げているあのコが気にいらなかった訳ね」
「そ。奴ならば希望しか信じない。結局それを理解しているのはこの俺パピヨンだけという訳だ」
(奴? ……ああ、武藤カズキの。つまり妹なのに分かってないから)
 厳しく当たった。恩人の妹として礼を尽くし厚遇している秋水とはまったく正反対だ。
(でも根っこは同じ)
 まひろを正しい道にやろうとする作用がある。秋水の場合それはあくまで優しく卵でも扱うようにおっかなびっくりだが、
パピヨンはもうまったくの無遠慮。傷つけてでも首根っこを掴み向かうべきものに直面させようとする気迫がある。
 決して優しさだけではない。けれども抱いた敬意を何一つ妥協せず貫こうとする誇り高さがある。それは時に単なる優しさ
よりも励ましとなり人を立たせていくだろう。
(武藤カズキの妹だもの)
 多少の手心があるに違いない。そう思うとき桜色した薄い胸の奥がきりきりと痛んでしまう。払拭した筈のまひろへの劣等感が
違う形で全身に広がるのだ。自分がパピヨンに抱いている仄かな想いなど遥かに飛び越えた深い絆があるような気がした。
(私もあのコと同じなのに)
 軽く目を伏せる。
 大事な存在が月に居る、という点ではまひろと変わらぬヴィクトリアだ。
 なのに彼はまひろにだけ特等の対処をしているのだ。
(馬鹿ね。パパとアイツは喋ったコトさえあるかどうか分からないのに)
 月に大事な存在がいる。その程度の大雑把な共通項でパピヨンの歓心を求めている。そんな感傷など侮辱にしかならないのに。
自分の弱みがたまらなく嫌だった。
(…………)
 自分はしょせん最近出会っただけの存在で、母の研究成果がなければ共にいる価値さえないという自虐さえ湧いてくる。
長年暗いところにいた精神の悪い癖。分かりながらも落ち込んでいくコトを止められない。砂を噛むような無力感とはまた
別の、むしろそれを乗り越えたからこそ蘇った生々しい1世紀遅れの感傷が心を大きくいじめている。

──「あまり不安がっても仕方ないさ。悪い考えなんてのは願望に似ている。心配が見せるのは一番叶って欲しいコトの対極さ」

 声が蘇る。いつか聞いた総角の。頭では理解できている筈なのに、感情が納得を妨げる。

(どうして縋ろうとしてるのよ。大嫌いなホムンクルスの言葉なのよ。なのに……どうして)
「オイ」
 少女特有の世界が振動によって打ち砕かれた。まずヴィクトリアが知悉したのはむにゅりと歪む背中だった。訳も分からぬ
という顔で横目を這わす。窓ガラスがあった。土色した雑巾汚れがタイヤ痕のように乱舞する透明にヴィクトリアは自分が窓
際に追いやられたのだと気付いた。輪のついた細い両腕──輪はアクセサリーだった。自分でさえ時々つけているコトを忘れて
しまうそれが白いブラウスの半袖に2つして軽く潜り込んでいた──は艶やかな金髪よりはるか上に高々と掲げられていた。
110 ◆C.B5VSJlKU :2011/11/05(土) 02:51:43.43 ID:E4YnGp5+0
目の前にはパピヨン。痩せながらも男性らしくコツコツとした大きな手がヴィクトリアの両手を軽くねじあげていた。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
 翠色の双眸を大きく見開きながらヴィクトリアはパピヨンを見た。相変わらずの仏頂面で感情は読めない。少なくても怒って
いないコトは乱暴のなさから分かったが、それでも鼓動を早めざるを得ない姿勢だった。ひんやりした手は真白な手を造作
もなく拘禁している。辺りときたらまったく人気がない。惑乱に混沌とする脳髄を不安と期待が半々で走り抜けた。反射的に
白い大腿を擦り体を捩らせる。だが逃れられない。男性らしい逞しい力の前では無駄な話だった。もっと拒絶を爆発させれば
スカートから核鉄を引き抜くぐらいはできるだろう。さればすぐにでも地下壕を発現し逃げられるというのに、それをも忘れじ
つと赤い顔で見上げていた。
「な、なによ。いきなり暴力? 乱暴ね」
 かろうじて毒舌を飛ばしてみるがいまいち勢いがない。むしろ声の上ずりを感づかれたような気がした。慌てて口をつぐみ
視線を外す。その挙措がいささか艶めかしい気がしてますます気まずいヴィクトリアだ。視線は揺れ動きながら遂に左爪先の
大外へ落ちた。すると細長くまとめた金髪が2房、さらりと擦れ悲鳴を上げた。ヘアバンチの硬質な打ち合いはそれだけで
ドキリとする余韻だった。パピヨンは直立不動のままだった。遠くから聞こえてくる野球部やサッカー部の掛け声が時間の止
まった世界を唯一現実のものと見せていた。流れ込んでくる昼の青い光は場違いなほど爽やかだった。
(顔、顔……!)
 うひゃあと叫びたい気分──学校生活で猫を被っている時はよく上げるが流石にいまは憚られた──を必死に抑えながら
接近対象を横目で見た。パピヨンは上体を屈め毒々しい覆面ごとその眼差しを近づけてくる。距離が縮むたびもともと大きな
瞳がますます見開かれる一方だ。いよいよ鼓動は章印ごと胸部を張り裂きそうだった。口の細いボトルで注ぐほど大きく激し
かった。軽く後じさる頭。ひくつく口周りの筋肉。自分の白い頬はいま緊張性の汗をまぶしている。鼻先が髪にかかった。き
のう洗髪しておけば良かった。てんでバラバラの役にも立たない知覚をショートした思考回路にブチ込むうちとうとうヴィク
トリアは両目をぎゅうと閉じた。パピヨンの顔は本当にすぐ間近だった。
「こんな時期に戦士どもが打ち合わせをする以上、大戦士長とやらの救出作戦は近い」
「え?」
 覚悟を決めたように両目を見開くと、面白くもなさそうな顔が洞察結果を淡々と出力していた。
「? どうした? 何をそんなに落胆している?」
「べ、別に……。アナタがいう割にはつまらないコトだなって思って」
 少女らしい声に憮然と失望とちょっぴりの安心感をブレンドしながらヴィクトリアは反問した。
「分かってるわよアナタのいいたいコトぐらい。転入してきた音楽隊と特訓するんでしょうね。戦士は。でも津村斗貴子と早
坂秋水はアナタに演劇部を渡したくない。だから残留する。そうすると」
「戦士は連中ともども入部する。練習に託(かこつ)けて戦闘訓練をやるつもりだろう」
「で、私に何をやらせたいの?」
「フム。結論からいってやろう。演劇部のタガは貴様が締めろ」
 とここでようやくパピヨンはヴィクトリアの両腕を解放した。重心の崩れを幸いと身を泳がしさりげなく距離を取るヴィクトリア。
彼女に対し蝶人はとうとう理由を述べ始めた。歌劇でも送り出すような調子だった。
「新し物好きの部員どもだ。音楽隊連中の自己紹介やら自己主張が来れば雰囲気が緩む、劇までもう72時間もないのにな」
「それを引き締めればいいのね。いいわよ。やってあげる。でも顧問でもない新入部員の私がそんなコトしていいのかしら?」
「特別に委任状を認(したた)めてやる」
 そういうなりパピヨンは黒いスーツのとある一か所に手を突っ込んだ。
 腰のあたりだった。両足が骨盤によって合流するデルタ地帯だった。そこに手を突っ込み当たり前のようにガサゴソとまさ
ぐり始めた。「ちょ。何を」。1世紀以上生きているとはいえいまだ精神は乙女のヴィクトリアだ。思わず顔を赤らめるのと同時
にA4用紙がぬらりと現出した。どう入っていたのか考えたくもない。それをパシリと振って広げるとまたも手を突っ込み今度
はボールペンを取り出した。
 その先端を青紫の下でペロリと舐めたコトについてかなり様々な指摘をしたかったがどうせしても無駄だと諦め黙認する。
111 ◆C.B5VSJlKU :2011/11/05(土) 02:52:02.56 ID:E4YnGp5+0
 やがて何事か書き終えたパピヨンは筒と丸めた委任状を投げてよこした。ヴィクトリアのその後続く遠大な人生にメガトン
級の後悔が発生したのは直後だった。思わず手を伸ばしキャッチしてしまった。えもいわれぬ生暖かさが紅葉のような白い
手を這い上がってきた瞬間彼女は自分がしてしまった大失策を怖気とともに痛感した。爬虫類のように酷薄な瞳をこのとき
ばかりは情けなく半円に貶め……力なくその場にくずおれた。
「取ってしまった。取ってしまった……」
 ドス黒い靄が全身から立ち上った。押しつけるように両手をつけ横ずわりするその顔は果てしなく地下を見ていた。
 一方パピヨンはといえばその背後で腰に手をあて高らかに佇んでいた。心なしか腰をくねらせデルタ地帯を押し付けてきて
いるような気がしてヴィクトリアは涙した。いかに好意があれど許容できない行為もあるのだ。
「感動のあまり涙さえでないようだな。もしそれで効果がなければ人を使え」
 使う、といわれても総角とは違い組織を持っていないヴィクトリアだ。その辺りを問うとパピヨンは「居るじゃないか」とだけ
呟き笑みを浮かべた。
「オトモダチにでも頼め。武藤の妹がそうだろう」
「あのコはただの知り合いよ。トモダチなんかじゃないわ。下の名前なんか”素”で呼んだコトなんてないし」
 そこまで呟いてからヴィクトリアはふと考え込む仕草をした。はたして自分と彼女の間柄はなんなのだろう。
 好きかどうかと問われればむしろ千里の顔こそ浮かぶ。取っつきやすさでは(『本物』と出会って間はないが)沙織の方が
まだマシだ。むしろまひろに対しては苦手意識や鬱陶しさ、種々様々の劣等感さえ覚えている。
 にも関わらず関係性を壊そうと思ったコトは──秋水と2人しての説得を受けて以来──ない。ああいう人間だという割り
切りの下つかず離れずなのだ。
(……なのに何なのよこの不安感)
 近々彼女との関係が大きく変わっていきそうな予感があった。先ほどから身の中を通り過ぎる『変化の数々』。それがやが
て未知なる激しい感情へ帰結してしまいそうな。漠然とした胸騒ぎが起こり始めた。


 一度は1世紀近くいた地下を捨て寄宿舎という日常を選んだヴィクトリア。
 彼女がようやく手に入れた筈の幸福な日常と決別するのは──千里に自らの正体を曝け出し、秋水たちとの対立を選ぶ
のは──もう少し先の話である。


 パピヨンは、鼻を鳴らした。
「どうだろうと知ったコトじゃないね。文句があるなら自分にいえ。まったく貴様と武藤の妹の道楽に何分付き合わされたと
思っている? 時間切れだ。息抜きに振り分けるつもりだった時間はもうない。今から研究に戻らなくちゃいけない」
「……意外。時間配分とか気にするタイプだったのアナタ」
「? 何をそんな不思議そうにしているんだ? 遊びは遊び、仕事は仕事。ケジメをつける。至極当然のコトじゃないか」
 ヴィクトリアはぽかんと口を開けたままパピヨンを見た。
「大丈夫なの? 熱でもあるの? アナタがまともなコトをいうなんて」
「至って真剣! そもそも演劇など研究の間の息抜きにすぎん。白い核鉄の研究こそ本命!」
 そういいながら彼は窓をガラリと開け飛び立った。
「という訳だ。残りの雑事は貴様が片づけておけ!」
「ハイハイ」
 重力から解放され蒼穹へ向かうパピヨンに溜息をつきながら窓を閉める。
(やってあげるわよ)
 勝手な言い分に呆れながらも何故か頬は緩んでいる。雑事とはいえまひろにではなく自分に振ってくれるのは嬉しかった。
そこには”見切り”というものがないように思えた。少なくても『貴様には無理だろう』という判断はない。あればそもそもあの
頭だけはいい合理主義者は言い出すコトさえしない。

「さて。どう言い出すべきかしら。適当にネコ被って『なんでか押し付けられちゃった』ともいえばみんな納得するでしょうけど」

 一人ごちながら演劇部に向かいはじめた。

 脳裏に浮かぶのは千里だった。どこか母の面影のある少女だった。


(髪。また梳いて欲しいな)


 ヴィクトリアは歩いていく。待ち受ける運命を知らぬまま。
112 ◆C.B5VSJlKU :2011/11/05(土) 02:53:07.91 ID:E4YnGp5+0
以上ここまで。
113 ◆C.B5VSJlKU :2011/11/05(土) 02:59:02.12 ID:E4YnGp5+0
>>111が差し替え前だった。



「感動のあまり涙さえでないようだな。もしそれで効果がなければ人を使え」



「感動のあまり涙さえでないようだな」
(泣いてるわよ。いますごく泣いてるわよ。私)
 後ろのパピヨンはヴィクトリアの表情が分からないらしい。気楽な調子でこう続けた。
「もしそれで効果がなければ人を使え」
114ふら〜り:2011/11/05(土) 18:35:47.62 ID:VoyMKOj20
>>スターダストさん
達観しているようでいて……達観しているから、か。びっきーは何というか、「前進」は
してない印象ですねえ。内面の「変化」はそれなりにしてますが。まひろの方は、「前進」では
なく最初からこういう子で、今は状況のせいで外からでも見え易くなっている、と思えます。
115作者の都合により名無しです:2011/11/06(日) 22:50:55.40 ID:ZEXAdkdC0
ヴィクトリアは幸せになると魅力が半減しそうなキャラなので
適度にいじめて欲しいw
116 ◆C.B5VSJlKU :2011/11/17(木) 02:41:25.30 ID:LPpwLQ+Y0
【時系列は巻き戻り、深夜。銀成市の路地裏にて】

「なるほど。『もう1つの調整体』を奪うよう盟主様から命じられたのはいいけれど」
「どこにあるか分からないから迷ってるwwwwwwwwwとwwwwwwwwwwwwwwww」
「そう!!!! パピヨンのアジトの所在、及公とんとご存じない!!!」

 声が、聞こえてくる。

「パピヨン自体の目撃証言は『社員たち』から数多く上がってきている。だが奴は常に突然姿を消す。歩いている
時は言わずもがな、飛んでいる時もスラーーーーーーーーーっと降下したかと思えばもういない……そんな報告ばかり
だ。一番近くにいる社員どもは常にそう報告する!! 事実及公ご自身『視点を切り替え』あちこちご覧になるがニンともカ
ンとも見つからぬ!!!」
「いやいやそんな不思議がるコトないじゃないですかこの上なく」

 上の方から。

「『ウィルさんの知る正史』じゃこの時期ヴィクトリアさんと協力しているんですから」
「地下壕の武装錬金使って出入り口を作っているwwwwwwwww アジトから離れた場所にwwwwwwwwwwwwwwww」

 彼らが何をいっているか分からない。

「及公、社員たちを地下にやるコトも考えたがアンダーグラウンドサーチライトは内装自在の武装錬金。尾行者などあっと
いう間に排斥されるに違いないであろう!」
「だいたいヘタに尾行なんかしてバレたらますますこの上なく難しくなっちゃいますよねー。『もう1つの調整体』奪うの」
「アジトさえ分かればwwwwwwwwww アイツのいない隙に奪えるのになwwwwwwwww」
「その考えはッ!! 違うだろディプちょんーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」

 叫び声が聞こえた。次にめきょめきょという分解音が響いた。

「ぎゃあああ!! 及公の腕!! 腕がチーズ状の虫食いだらけにして、ぷらんぷらんではないかー!!」
「あwwww 悪りwwwwwwwww 自動防御発動しちまったwwwwwwwwwwwww」
「うぅ。何やってるんですかぁリヴォルハインさん。スピリットレスはこの上なく攻守に優れた武装錬金。防御に回ればどんな
攻撃もオートで分解! そういったじゃないですかー!」
「く。い、いいのだ。いいのだ。仲間に突然殴りかかるなどという敬意なき行動の結果及公はかかる羽目に陥られておられ
るのだ。いわば自業自得!! どんな理由があるにせよ口頭で!! ちゃんと伝え相互の理解を図るべきだったのだ。
そうやって互いに互いを理解していく的なアレがだんだん相手への敬意になって絆が生まれる!! ああやはり敬意は
いい!! あと、腕がジンジンするので赤チン買って下さいクライマックス先生!!」
「赤チンはなんだか毒っぽいし今も製造してるか分かりませんしそもそもそれはこの上なく大けがなのでグレイズィングさん
に診て貰った方が……」
「やである!! 病院は怖い!! 医師グレイズィングめは何かと執拗に下腹部を触ってくるからきらい!!」
「……話ズレてませんか?」

「そうだった! もう1つの調整体!!」

「正々堂々戦って勝って!! 奪うべきなのだ!! どんな敵が相手であろうとひきょうな手段で陥れ勝ちをかっさらうよう
なマネなどしたくない!! 戦いにおいてもそれは同じでつまり及公真っ向からパピヨンと戦い『もう1つの調整体』を奪って
みたい!」
「おうおうおう随分熱吹いて下さるじゃねーかwwwwww でもよォー、奪うっつーのは果たして正々堂々って言えんのか? ア?」
「そこは知らん!!」
「知らんのかwwwwwww」
「だが及公、奪うという行為を正々堂々なさりたいとお思いだ!! ちゃんと所有者に挑み!! 戦い!! 誇り高い争い
の末!! この手に掴みたい!!」


「引き合っているのだ。及公が細胞の総てが!! 『もう1つの調整体』を掴めと!!」


 恐ろしく熱のある声だった。
117 ◆C.B5VSJlKU :2011/11/17(木) 02:41:51.87 ID:LPpwLQ+Y0
 いや、熱に浮かされ叫んでいるような声だった。

 まるで、病気のような……。

「敬意敬意といってる割にずいぶん自分本位じゃねえかwwwwwwwwww」
「人は何かを欲するがため戦いを挑む!! 奪えるか奪えないか守れるか守れないか、趨勢を決するはとどのつまり精神
力!! 堂々たる戦いの場というのはつまり及公とパピヨンの矜持のどちらが勝るか洗い出すための装置!! 決闘!! 
そーいったチャンスを与えられながら守り切れない方が悪い!!! 敵を前に守り切れぬ、脆弱な精神力こそ悪い!!」

「ところでそこに転がってる人どうしましょう。この上なく……」

 気の抜けた声。視線がこちらに向く気配がした。

「どうしよう」

「どうするも何も……攻撃したの、リヴォルハインさんじゃないですかあ」

 彼らはいま、自分について語っているらしい。
 地面に突っ伏している惨めな自分について。

「ふぅむ。話のさなか突如として殴りかかってきたから思わず及公反撃されてしまった」
「でもなんで急にこの上なく怒ったんでしょうね?」
「!! そうか!! そういうコトだったのか!!!」
「何か分かったんですか!!」
「うむ。誰のせいであのセミが死んだかという割合!! 40:28:22!!! 
「まだ引きずってたんですかぁ!?」
「一番悪いのはコスパ的な問題どうこうで昆虫医療研究しなかった獣医師。次に樹液あげたりしなかった及公。で、地上に
出て1か月も持たんセミもまた悪い!! よし分析完了!!」
「ああそうですか」
「奴らめ!! 何世代何十世代という進化の機会を得ておきながらどうして、どーして!!! いまだ地上でサクリと死に
成虫状態で冬まで生きられんのか!!! 発展しようという意思はないのか!!! 親どもが必死こいて生き抜いた結果
生まれいでるコトができたんだろーがである!! あと生きるためにいろいろ喰っているしその喰ったいろいろにありつけ
んだばかりにくたばった他の命というものもあるのである! 犠牲を出し屍の上に立脚しておきながら旧態依然に甘んじる
敬意なき堕落に満ちた忌むべき種族的傾向こそあのセミの命を奪った一因なのである!!! だから及公悪くない。悪く
てもたぶん28%、ぐらい!! 頑張れよ!! もっと大胆に進化しろよセミども!!」
「なあ、残りの10はwwwwwwwwww」
「その他!! 環境等もろもろの雑駁要素を合算した数値!! 内訳を知りたいなららば披歴しよう!! ちなみに一番責
任の低いのはウラジオストックにある長靴の工場で過失割合は0.0000000000000000289%だ。24年前流出した
ジメチル酸フタレルが人々の愛憎の果て海を越え巡り巡ってあのセミにダメージを……」
「あ。もういいです。黙ってくださいリヴォルハインさん」

 そういって彼らは自分が激高した理由をしばらく言い合っていたが。やがて。

「原因、それじゃね?wwwwwwwwwww」

 ダム。何かが弾む音がした。

「これか

 ダム。ダム。ダムダムダム……。

 転がってくる。自分を怒らせた原因が。

「さっきから何をダムダム突いてんのかなーとこの上なく思ってましたけど」

 目の前に、来た。
 人の顔が。
 見覚えのある、顔が。
118 ◆C.B5VSJlKU :2011/11/17(木) 02:42:20.93 ID:LPpwLQ+Y0
「まさか金髪ピアスさんのお母さんだったとは……」

 変わり果てた肉親の顔があった。
 生首、という生易しいものではなかった。
 むしろ生首”だけ”ならまだ良かった。
 そこにあったのは、全身だった。
 ボール大の肉塊に体の総てが圧縮されていた。
 ヨガで見た記憶。うつ伏せになったまま腰を上げ頭を両膝に間に入れる柔軟の、姿勢。
 それをもっと極端にしたやつだ。

「テラトマのフェルメネスくんもびっくりの変身だな!! うむ! さすが及公!!」

 抵抗の跡、だろうか。年甲斐もなく茶色く染められた髪はざんばりと乱れ根本のくすんだ白銀がいびつなまだらを作って
いる。それが臀部と癒着している。よほど強い力で圧着されたらしく着衣はびりびりに破れぶよぶよとした脂肪の皺やたわ
みの間から乱雑にはみ出ている。荒縄よろしく攀じあわされた両手と両足はバレーボールを思わせる巻き方で表面を覆っ
ていた。とはいえ大きさ自体はバスケットボールほどだ。もっとも人体の容量を踏まえた場合その程度の差異にいかほど
の意味があるというのか。贅肉の波打ち際から覗く顔ときたら歪み切っている。

「やっぱりリルカの葬列。『リルカズフューネラル』。この上なく、この上なく発動しちゃってます……」

 一度後頭部を轢かれた大型犬の死体を見たコトがあるがそれは今見ている光景を形容するため天が与えし配剤なので
はないかと思えるほど、そっくりだった。小学生のころ。確か水曜日だった。4限授業の帰り道、好奇心でひっくり返したセ
ントバーナードはあらゆるホラー映画のあらゆるメイクよりも見事だった。歪んで、崩れて。口や両目同士の中間点が正中
線を通っていない……ただそれだけで人間の視覚受容は吐き気を呼び膀胱の蛇口さえ全開させるのだと知った。半年は
夢に出た。泣かせた。そうやって飛び起きるたびどこからかやってきて、おおよそ世間一般が羨む母親像とはほど遠いガ
ラついた声で文句いいつつもなぐさめてくれた存在が惨たらしく転がっている。

 耐えがたい悲しみが襲ってきたのは歪んだ顔が息を吐き目を動かし、自分の名を呼んだ時だ。

 リヴォルハインと呼ばれた頭のおかしな……。
 病気、というべき美青年の掌の中で。
 歪んだ母親に呼ばれた時。
 ノータイムで感情が爆発し、突進し、衝撃が走り地面に突っ伏し……今ができた。

「ああ、憂鬱wwww ボール人間ここに誕生wwwwww 果たして元に戻れるっかなあwwwwwwwwwwww」
「あー。そういえば及公小腹がすいてたな」
「また何の話ですか……」
「うむ。及公お腹が空いたのでスーパーで買い物された。デッドがいうには賞味期限間近のやつが半額シール貼られる前
に買うのが敬意らしいのでそうされた。お買い上げになった商品は小型パックのマミーと筒入りのマーブルチョコ! あれ
はおいしい!! ホクホクする!!」
「小学生かwwwwwwwwwww」
「で、レジに並んだら前にいたこいつが」

 とボール状態の母親をリヴォルハインは指差したらしい。

「こいつがだな、自分のカゴに入っていた3本1パックの乳酸菌飲料を指指しそしてゴネた」
「はあ」
「売り場の表示価格と違う。向こうじゃ78円だったのにレジスタ通したら88円。10円高いと」
「…………」

 クライマックスという女が息を呑み、黙るのが分かった。

「店員は及公に待つよう促し売り場へ走った。値段を確かめるべく。レジは混雑していた。及公の後ろにもまだ6人は居た」
「…………」

 今度はディプレスという鳥男が黙った。微かだが嘲笑を漏らすのが分かった。

「なので」

「こーした」
119 ◆C.B5VSJlKU :2011/11/17(木) 02:42:46.03 ID:LPpwLQ+Y0
.
「また話飛ばしてる……。うぅ。私たちリヴォルハインさんほど演算能力ないんですから、もっと分かりやすく語ってくださいよお」
「まあ何だ。他に並んでる人もいる訳なのである。10円ぐらいの安い高いで待たせるのはどうかなーと思われたので会計後、
及公その点について指摘を入れられた。『あそこは10円損してでもみんなの会計スムーズにしよう。それが人の道』とか何とか。
するとなんか怒ったので」

「こーした」

「まったく敬意がない。及公待たされたコトについて憤怒を覚えられた訳ではなくもっと公序良俗的なる見地から話をしようと
されただけなのである。なのにどーして怒られなければならないのか。正直ムっとしたので攻撃かつ採用!!」
「……これって課長待遇ですよね?」
「下手すりゃ部長待遇かもなwwwwwwwwww どんな特性が出ちまったかは知らねーけどwwwwwww これで課長クラスの
4割なら悲劇だっぜwwwwwwww あwあw憂w鬱wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww」
「でも良かったです。帳尻があって」
「何のだよwwwwwwww」
「全身フード破いたコトです。お母さんがこうなったとか因縁じゃないですかぁ。破いたのは復讐の、前払いです!!」

「オタこええwwwww しかし……相変わらずえげつない攻撃だよなあwwwwwwwwwwwwwwwwww」



 脇腹に何か固い感触がした。ディプレスの肢にひっくり返されたと気付いたのは目の前に夜空が広がった頃だ。満点の星。
呪詛のように漏れる母親の声さえなければとても感動的な光景だ。



「一体、何をした……」
「まーまー。外傷はないんですからいいじゃないですかこの上なく」
 重い首を持ち上げ体を見る。クライマックスのいう通り目立った傷はまったくない。
「あるのはすげー頭痛に倦怠感……」
「なーにフシギそうにしてんだよwwww」
 凶悪な笑いが夜空に広がった。ハシビロコウという名の嘴の大きな鳥はとてもとても酷薄な笑みを浮かべこちらを見ていた。
「オイラ確かに言ったよなあwwww リヴォルハインは病気だってなあwwwwwwwwww」

 ぞくりという悪寒が蘇生する。
 思い出す。殴りかかったのは肩だった。
 渾身の一撃は恐るべき速度でそこへ殺到した。相手は身じろぎもしなかった。外れるとはまったく思っていなかった。
 結論からいえば拳は確かに肩へ当たった。
 だがその瞬間……肩は粒子となって霧散した。空虚な手ごたえが拳のみならず前腕部をすりぬけた時、美青年は両目を
不等号に細めながらわきゃーと叫び一歩進んだ。足元が縺れ釣り込まれるように懐へ衝突した。そして──…

「リヴォルハインさんは病気……。でもそれは頭が病気という意味じゃあありません

 衝突の瞬間、見た。
 砂のように崩れていくリヴォルハインを。
 端正な顔も美しい服も逞しい体躯も何もかも粒、粒、粒、粒ツブツブつぶつぶTUBU粒つぶつぶツぶつブtubu溶けて崩れて
舞い散って群れになりまとめて飛んで、飛んで──…

 ざらついた赤黒い粒どもの奔流が。
 口に入った。
 粉薬を何万倍にもけむたくした質量はしばらく口の中に留まっていたが後続どもは止まらない。えづきとともに頬が膨らん
だ。口腔の容積はあっという間に満杯だ。ごぎゅり。喉を通過する異常な感触に絶望が奔る。飲んだ。飲んでしまった。ぶう
ぶうに頬を膨らませたまま涙を流す。気管支と食道にきたのは強姦魔だった。押し広げられる。挿入される。性的特権ゆえ
生涯無縁だと思っていた蹂躙が体の内部で起こっている。消化器官の両端どちらかに『突っ込まれる』方がマシだという
恐怖があった。使用済みの注射器に触れてしまったような血膿臭い絶望が空気とともにしばらくドクドク注ぎ込まれた。

 おぞましいフラッシュバック。
 鉛のように重い指を持ち上げる。ぶるぶる震えるそれを口にやるのさえやっとだった。
 蒼ざめた顔の入口に突っ込む。咽頭奥深くに泥まみれの指が当たった瞬間激しい”むせ”が奔る。涙に震えながら一層
強く深く挿入する。惨めな気分だった。汚らしいと軽蔑している吐瀉行為を救済と期する感情に大粒の涙がこぼれた。
120 ◆C.B5VSJlKU :2011/11/17(木) 02:43:24.09 ID:LPpwLQ+Y0
.
 何か言われたような気がした。
 何か答えたような気がした。

 自分だけの、大切な何かについて。


 視界の隅に移ったのは異形の母。同じコトをされたのだろう。
 どうなる。入った。入った。確実に。末路はたぶん……。

 クライマックスは腰に手を当てしゃんと背筋を伸ばした。
 とてもとても得意な顔だった。
 知識を与えてくれる素晴らしい先生の顔だった。
 それが紡ぐ。絶望的な言葉を。
 リヴォルハインは。
 リヴォルハインは……!!

「存在そのものが病気……。『 リ ヴ ォ ル ハ イ ン と い う 病 気 』なんです」
「また感染したかwwwww 流石あの鐶を作り上げたリバースの最高傑作wwwwwww レティクルナンバー1の手間とコストの」


「細菌型ホムンクルス」


 意識が闇に沈んだ。
 ディプレスの口笛が合図だったかのように。




「ナニナニナニどーしたのまっぴー!! いきなり肩なんか組んじゃってェ」
「別にいいけどそういうのは影でやりなさい。ファン多いのよ秋水先輩。後で他の女子に何されるか……」


 口々に囃し立てる河合沙織と若宮千里の声に早坂秋水は顔をひきつらせた。「違う」「これには理由(ワケ)が」。懸命の
弁明も彼女たちには通じない。沙織は瞳を輝かせ、千里は眼鏡を曇らせながらそれぞれの意見を投げてくる。どちらも
言い方こそ違うが要約すれば「こんなコだけど根はすごくいいコだから大事にしてあげてください」。友人らしい思いやり
のある意見である。君たちもいいコなんだなと少し感動したが困惑は収まらない。
 首を後ろにねじ向ける。油の切れた機械のような音が耳をひっかく。背後から刺さるは無数の視線。好奇。嫉妬。絶望。
号泣、笑顔、憤怒、爆笑。祝福やリア充死ね爆発しろといった様々な感情が痛いほどに刺さってくる。
「秋水先輩屋上まで運ぶの! 影なんか歩けないッ!! なぜならこのルートが最短だから!!」
 傍らで少女はぜえはあと凄まじい息を吐き背筋を伸ばした。
「もうそろそろこの辺で」
「まだだよ!! まだ2階! 屋上までまだまだある!!」
 まひろはというとすっかり変なスイッチが入っているらしい。熱血丸出しで太眉をいからせながらエッチラオッチラと歩いて
いる。その肩には秋水の手。体同士が密着。まさに前言通り彼女は肩を貸し歩いていた。
「いやもうここまでくれば大丈夫だから」
「遠慮しないで!! 捻挫させちゃった以上運ぶのは当然!! ふぅ、ふぅ〜!! まだよまだまだ倒れる訳には……!!」
「君の言い分も分かるがあまり激しく動かないでくれ」
「なんで? 足に響くの?」
 あどけなく見上げてくるまひろに秋水は困った。
 制服越しにも分かる柔らかさが確実に秋水を苛んでくる。
 かなりの身長差があるためまひろはほぼ全身で秋水を支えていた。脇の下に潜り込み体の横半分をペタリと密着させて
いた。その位相は必ずしも常に定位置を保っているという訳ではなく階段の昇降や角の右折左折を遂げるたび微妙な変化
を遂げていた。少女の体は時に期せずしてその正面を秋水に擦りつけた。多くの場合それは一瞬の出来事でまひろ自身
特に意に介した様子もなく運搬作業にご執心という感じだったが……。
「…………」
 柔らかな感触は生々しい質量と重量を帯びていた。密着し且つ動いた場合なまめかしく蠕動し形を変えるのが種々の衣料
を介してさえ分かるほどだった。
121 ◆C.B5VSJlKU :2011/11/17(木) 02:47:10.12 ID:LPpwLQ+Y0
 剣一筋に生きてきた秋水である。そういう方面への興味は特にない。いちいち完璧すぎる桜花を見慣れてるため知らず知
らず目が肥えすぎている……というのは総角主税の勿体ぶった学説だがそれを差し引いても桜花以外の女性に対する関
心はとみに薄い。その桜花にしても家族で、守るべき対象で、何より大事な存在だった。男性的欲求など皆無に等しい。せ
いぜいが二次性徴期において変貌を遂げつつある桜花の不思議に少し首を傾げた程度だ。
(弱った)
 いつぞやのメイドカフェで組み敷いてしまった白い裸身。ちらちらと脳裏に浮かんでくるそれを払拭するのに必死だった。
総角や無銘や貴信や逆向といった連中との戦いを思い出す。逃げるように。貴信の効果はまったく覿面だった。侮辱という
より感謝したい思いで彼の顔を必死に思い出す。でなければもやついた感情が尾を引きそうで怖かった。

「クソォー!!! やっぱりオトコは顔か!! 顔なのかァ〜〜〜〜〜!!」
「いや、そういうのじゃないと思うよアレは。まひろちゃん、カズキ君の妹なんだし」
「まあ親切心だろうな。ああなりたかったら下心ぐらい捨てろ岡倉。みっともない」

 三者三様の感想を漏らしているのはカズキの友人たち。剣道の練習のとき見かけた記憶があるのでそれと分かった。




 豪華な部屋、と書くといささか平易だがそれ以外の形容ができないほど豪華な部屋だった。
 壁や天井は金色に輝き大理石の敷き詰められた床には絢爛なる絨毯が広がっている。壁にはこれまた金色の額縁に
入れられた名画の数々が居並び部屋の中央に鎮座する黒檀の机には三又槍を思わせる銀色の燭台が置かれている。
 その机の上を含む周囲には豪華さを消し去る物体がこれでもかと蝟集(いしゅう)していた。
 机の右には高さ1mほどの赤い筒。左には月の顔を持つ燕尾服。上には毛布ごとごろごろする少年。
 傍若極まる連中が部屋の威容をこれでもかと壊していた。

「むーん。細菌型ときたか。とくれば感染者はさぞや惨たらしい死に方をするんだろうね」
 実に興味深い。黒目のない真白な瞳を仄かに輝かせながら月は口を綻ばせた。
 およそホムンクルスの類型というのは3種類に分けられる。植物型。動物型。そして人間型。調整体やヴィクタータイプ
といった存在もいるにはいるがそれらは基本3種の派生形にすぎない。少なくてもムーンフェイスがかつて所属していた
LXEという組織ではそれが通念だった。
 議題に上っているのはリヴォルハインという幹部について。類型に収まらない……細菌型だという彼に錬金術師としてお
おいに興味をひかれたのだろう。柔和な笑みを浮かべながらムーンフェイスは筒と少年を見渡した。
 細く、女性と見まごうほど端正な顔立ちの少年だ。もっともその表情はまったくしまりがない。不真面目で緩みきって
つくづくとだらしない顔つきだった。
「まー厳密にいえばー。リヴォはさあ、色んな細菌のいいところどりした調整体みたいなカンジだけど」
 円卓の上で寝返りを打ちながら相槌が1つ。眠そうな顔の少年は枕に顎を埋めそしてムーンフェイスを見た。
「面倒臭いコトにさあ、アイツいまは無害なんだよね」
「むん?」
「だーかーらーさぁー? 理論上は有毒な細菌1株見つけるだけで乗っ取ってコピーして銀成市ぐらいあっというまにバンデ
ミック。1時間で市民全滅。でもアイツ頭がおかしくてさあ、正々堂々がどうとかいってやらないんだよ」
「なんでまたそんなコトになってるんだい? 私が盟主なら真っ先に命じるけどね」
 ガツッ。机が揺れた。ムーンフェイスは一瞬目を丸くした震源地を見ると薄く笑った。
 赤い筒が微かに揺れている。動いた拍子に当たったのだろう。
 くぐもった咳ばらいと同時に筒の下部へ金髪が引き込まれるのを彼は見逃さなかった。
「結論から言おか。常在菌っておるやろ? 基本、毒にも薬もならん細菌や」
「彼は、それだと?」
「ああ。ホムンクルス化の影響か感染力こそ凄まじいけど人間の体内に入っても発熱1つ起きひん。感染者がホムンクル
スになるっちゅーコトもない。感染して体調崩すとしたらそいつの抵抗力とか体力が極端に落ちとるせい……リヴォのやら
かす『活動』のわずかな労力さえ負担になるほど弱ってなければ、まったく無害な細菌や」
 というより、無害な細菌だけを選びホムンクルス化し自らの支配下に置くのがリヴォルハインという男の仕組みらしい。
 つまり人間ではなく細菌専門の幼体をばら撒いていると考えていいだろう。
122 ◆C.B5VSJlKU :2011/11/17(木) 02:50:03.05 ID:LPpwLQ+Y0
 そして細菌を介し人間に感染……。やや迂遠な気配はある。
「あとはー、もともと病気で免疫力が極端に落ちてる人とかもやばいよねー」
(免疫力が極端に、か。正に適任という訳だ)
 地下に充満する黒死の蝶の映像が円錐に巻かれ脳髄を刺したようだった。」
 赤い筒は一瞬そんなムーンフェイスを見て笑ったようだが実際の表情は分からない。
「リヴォの体は無数の細菌型ホムンクルスからできとる。スイミーみたいな群れやないで。人間の細胞ぜーんぶ細菌に置き換
えたような感じでな、奇妙な話やけど無数の細菌がスクラム組んで1個の生命を作っとるんや」
「それらが人間に感染した場合、まず脳を目指すんだっけ? それから全身に広がっちゃうんだよね」
「そやそや。でも幼体のように自我を乗っ取る訳やない。脳細胞の使われてない部分に住み着くんや。ん? 脳梗塞とかど
うかて? リヴォの細菌はめっちゃちっこいねん。人間の細胞の100分の1とも1000分の1とも言われとる]
「言われている?」
「どうやらリヴォは日々勝手に進化しとるらしく詳しい現状は創造主のリバースさえよく分からん。とにかく最初より小型化し
とるのは間違いない。おっきさ的にはもはやウィルスって感じやけど最初は細菌型やったしそっちの方が呼びやすいので
みんなそう呼んどる」
「感染者がホムンクルスにならないのは、あまりに小さすぎるせいかな? いや、というより我々ホムンクルスが人間の体内
に入り込むような感じだね。入るのが幼体じゃないとくれば保存されるね。相手の自我は」
「あとさー、材質的な問題もあるんだよねー。ね。デッド」
「?」
「そ。ちょっと変わった材質やからな。体内に潜り込んだアイツは人間的には異物やけど免疫系統に攻撃されるコトはあら
へん。もし仮に攻撃されてもそこはホムンクルス、錬金術の産物使わん限り駆除すんのは不可能や」
「むーん。仕組みはだいたい分かったよ。でもどうして君たちは彼の存在を黙認しているんだい?」
「そりゃあ……面倒臭いから?」
「アホ!! アホウィル!! お前は何かっちゅーとそれか!! 月のお兄ちゃんの質問ちゃんと理解したれや!!」
 怒鳴り声と共に何かが飛んだ。机上の上空に達したそれはすぐさま力尽きたようだ。
 幾つか、ムーンフェイスの前へと転がった。
(メダル……?)
 銀色をしたそれは様々な動物の意匠が刻まれていた。どうやら筒の下の方から飛ばされたらしい。またも金色の髪が
波打ちながら赤い円筒へ吸い込まれるのが見えた。素顔ぐらい出したらいいのに。溜息交じりにメダルを弄ぶムーン
フェイスの眼前に渦が現れたのは滑らかな関西弁の咆哮と同時だった。
(ああ。確か武装錬金だったねそれ。クラスター爆弾。特性は)
 媒介を用いたワームホールの生成……だったか。記憶を辿るムーンフェイスをよそに渦が次々と生まれた。
 渦は総てメダルの傍に開き、そして無数の赤い筒型を吐きだしていた。
「むーん」
 閃光と爆音が部屋を揺るがした。机上のウィルが煙に包まれた。標的が誰か言うまでもない。
「仲間割れかい? およしよ。決戦も近いんだし」
「そうだよ面倒臭い……」
 煙の中から出てきたウィルはつくづく言葉通りの表情で生あくびをした。どこからとりだしたのか漫画本を広げ適当に
まくっている。怪我はおろか衣服の破損さえまったく見受けられずムーンフェイスは舌を巻いた。
(『領域の中』限定だけどこの少年は時間を操れる。今のは……時間を巻き戻した。そう。デッド君の特性発動前に)
 メダルの落ちる音が筒の中から響いた。引き攣った声と舌打ちもそこから響いた。
「あとさ。ムーンなんとかさん?」
「むん」
「言外に意味とか込めるのとかやめてよね」
 一瞬場の雰囲気が変わったのをムーンフェイスは痛感した。枕の上で首だけもたげた少年がやや挑戦的な目つきでじぃ
と眺めてきている。それだけなのに空気がキリリと軋み氷結していきそうだった。迂闊だがムーンフェイスさえ妖月の光を
ウィルに認めた。瑞々しい吐息が間近でした。振り返る。短い髪の少年が背後にいた。しかも彼はすでに燕尾服越しに
胸を抱きすくめ薄く笑っている。
(時間が飛ばされたようだね)
 横眼で見た少年はうっすら汗ばんでいるようだった。さらさらとした髪がべとりと顔に張り付き左目だけが甘い輝きを
放っている。
「洒脱なつもりなんだろうけど回りくどいだけだよ」
 尖った顎が撫でられる。とても上品に。愛撫するように。
123 ◆C.B5VSJlKU :2011/11/17(木) 02:50:27.39 ID:LPpwLQ+Y0
「ふふっ。でもそうやっていつまでも勿体ぶって底を見せないところは……好きだよ」
 そうやって笑いながら彼は何度も何度も顎を撫でる。
(……仕事モード。ウィル君の別の顔。1日に1時間しか見せないというアレかい)
 年若い中性だけが持つ凶々しい魅力が闇の中から這い出てきた。そして甘くくすぐっている……幼少期の桜花や秋水に
さえついぞ覚えなかった感覚に薄く唾を呑んだ。
「男に色目使うなやー!!!!」
「ぶげっ!!」
 破裂音が聴覚に三連の爪跡を立てながら消滅した。ムーンフェイスは見た。爆破によって浮きあがった重々しい筒が横
合いからウィルを張り飛ばし壁めがけ吹っ飛ばすのを。
「ううあああ〜〜〜」
 壁を見る。瓦礫や埃の中でウィルは奇妙な声を上げぐるぐると目を回している。
「ぬむあわわぬうぃいーー!! やめぇやホンマもう男同士でそーいうのとか! アカンアカン。男女同士の健全な奴しか
アカンねんクライマックスの奴へんな本見せてきよったけどアカンねんアカンねん男同士でそんなんとか不潔や不健康や……」
 筒を見る。もともと赤い表面が更に赤熱しているのが分かった。時々こんにゃくのようにブリブリ左右に触れたりもしてい
る。どうしたものか。悩んでいると筒は俄かに「はうわ!」とギリシャ字のシグマを飛ばし慌ててまくし立て始めた。
「月のお兄ちゃんの言いたいのはつまり『細菌型の癖して病気感染で人殺せもせんやつ幹部に据え置くな』っちゅーコトや
ろがい!!! おま、たいがいにせえよ!! 仕事モードのときはイソゴばあさんの次ぐらいには頭回る癖に!! 行間読
んでちゃんと答えたんのが渡世やろうが!! それがええ商売人の心意気っちゅーもん違うんかい!!」
 ウィルはと見れば48倍速の尺取り虫のような姿勢でキュッキュと机に昇りつめ、枕にぼふりと顔を埋めた。
「えー。しょうばいにーん? やだよ面倒臭い。ちょっとFXやるだけで2000万円ぐらい稼げるんだよボク……」
「働けやお前は!! そーいう、そーいう虚業で儲けんなや! ちゃんと額に汗してやな、人と人との関わり合い大事にして
お客さん笑顔にした上でお金もらうんが一番やないのか!! ああ!!?」
「えー。ボクたちホムンクルスだしデッドももう沢山人殺してる訳だし正しい道とかいわれても……」
「う、ウチが殺したんは人から何か奪う奴だけやもん。強盗とか盗人とか下らんポカで取り置き別の奴に売ったバイトとか」
「でも殺しは殺しじゃん」
「うううう!! 口だけは達者なー!! このー!!! ぼけー!!」
「あー。怒られたので熱出たー。今日の坂口照星の拷問当番サボっていいよねー」
「サボんなや!! ちゃんとしっかり拷問して血ぃ出すのが使命やろがい!!」
「話がずれてるよ。デッド君。当番なら私が彼を連れてくよ」
 お、おう。悪かったな。筒はもじもじと体を捩らせると息を吸い、言葉を継いだ。
「おにーちゃんおにーちゃん、自分、分散コンピューティングって知っとるか」
「むーん。確か匿名掲示板とかで白血病の解析をやっているアレだね」
「そそ。さすがおにーちゃん頭ええわあ。うんうん。そや。そや。調整体1つ見てみてもわかるよーに、ウチらマレフィックは
LXEなんか足元にも及ばんぐらい高度な研究をしとる。それこそ白血病の解析並や。むっずかしーコトばっかやっとんね
んで。スゴいやろ。主に盟主様がな、スゴいんや。もうすぐクライマックス改造手術して鐶並にするしなー」
 いやに朗らかな声である。案外人懐っこい筒なのかも知れない。
「察しがついたよ。取りついた人間の脳を使っているという訳だ」
「アイツ細菌型でしょ? だからさあ、とりついた人間の脳を使う訳。人間の脳ってふだん使ってない部分がかなりあるから
さ、そのあたりだけ一時的に乗っ取るの」
「無限に近い細菌たちやけど、みーんな意思を共有しとる。そやからこその分散コンピューティングや。スパイウェアにも近い
な。こっそり潜り込んでちょっとずつちょっとずつ勝手にリソース使うんや」
「そしてそれこそがリヴォルハイン君が作られた目的」
「うーん。今はそうなんやけどな。発案当時はちょっと違(ちご)とった」
 筒はあせあせと汗をかいた。
「7〜8年前やったかなー。確かウチとディプレスが例の猫と飼い主を1つの体にした少し後や。前の『土星』が音楽隊にやら
れてなー。その数年前にも一度大破してたし、そろそろ除却して新しい『土星』を作ろって話になったんや」
124 ◆C.B5VSJlKU :2011/11/17(木) 02:50:51.60 ID:LPpwLQ+Y0
(7〜8年前、か)
 といえば防人たちが赤銅島の惨劇に直面したかしないかぐらいの時期である。斗貴子が戦士になる前かも知れない。
(パピヨン君は……中学生ぐらいかな?)
 デッドという筒はそんな時期から幹部をやっているらしい。見た目からは想像がつかないが、なかなか古株なのだろう。
 筒の話、続く。
「せっかくやから何か新しいの考えよってコトでマレフィックたちで知恵出し合ったんや」
「むーん。何ともいい心がけ。LXEではまず考えられないよ」
「そやろ!! そやろ!! 盟主様はウチらの知恵大事にしてくれんねん。偉い人やのに偉ぶらへんねん。だからまあ
ほんま好きやわぁ。ふわふわした服似合うし可愛いしなあもぅ。ぎゅっとしたい!! ぎゅって!!」
「……キミの性別がだんだん分かってきたよ」
「うぅ。顔見といてそれないわ。怖いからか? 怖いから分からへんだんか? それはちょっと傷つくわあ……」
「とにかくさ、最後の幹部を召喚するためにも新機軸は必要でさ」
「最後の幹部……? ああ。イオイソゴ君が捜索中の……マレフィックアースだね」
「そそ。それ呼ぶのに必要なのか何か考えた結果採用されたんがグレイズィング提案の細菌型やったんやけど、それがま
た難しくてなー」
「最初はさー。みんな、ゾンビ映画よろしくホムンクルス幼体のすごく小さいのばらまいてさあ、空気感染で人間次々バケモ
ノにしようとか思ってたんだよねー」
「けど細菌サイズの幼体とかめっちゃ作りづらいんやて。だいたい、細菌型とか何? って話やんか。動植物型みたくテキトー
な細菌基盤(ベース)にしてテキトーな人間に埋め込んでみたけどやなあ、なんかもうグネグネグネグネ動くだけで全然使い
もんにならへん。一応増殖はしたけどやなあ、人間サイズのまま増えよんねんあのアホ。いやいやいや!! そんなでかい
細菌やったら感染せえへんがな! もっとこう細かく分裂できへんのか! って思いつつ実験を繰り返してみたけどあんま
芳しい結果はでえへんかったな」
 いやいやいや、に合わせながらぷんすか飛び跳ねる筒に感心するやら呆れるやらのムーンフェイスだ。ウィルはと見れ
ばラジカセを無造作に置いたきりグースカ眠り始めた。『会話めんどい。再生ボタン押して。タイミングあう』。そんな張り紙
を見た瞬間、ムーンフェイスは柄にもなく椅子から転げ落ちそうになった。
(君はどれだけ面倒くさがりなんだい)
 呆れる思いでボタンを押す。眠そうな声が聞こえてきた
「研究が一気に進んだのは今から2年ほど前。リバースが加入してからだよ〜」
「なるほど。そういえば例の音楽隊の副長を作ったのも彼女……だったね」
 ラジカセに答えながらムーンフェイスは軽く汗を流した。海千山千の連中を相手取ってきたという自負はあるが、ラジカセ
相手はなんだか勝手が違う。
(なんかの漫画の影響かい?)
 ウィルの読み捨てた漫画を見る。冷静で涼しそうなタイトルだった。
「そそ。鐶の作者。割とすぐ細菌型に必要な小型化成功させてさー。長年研究やってるディプレス涙目。リバースってさ、
素手でもむちゃくちゃ強いけどあのコは錬金術師としてもなかなかなんだよねー。怒るとケダモノだけど」
 筒も盛大な溜息を洩らした。
「もっとも、アイツが一番怖いのは怒り狂っとる時やない。自分を救わなかった世界にどうすれば効率よく復讐できるか……
笑顔の裏で冷然と目論んどる時や」
「むーん。確か彼女の武装錬金は必中必殺の『マシーン』(機械)……喰らってしまえば完全回復持ちのグレイズィング君で
さえ根治不能の恐るべきサブマシンガンだったね」
 笑顔の似合う、いや、笑顔そのものとさえいえる清純な少女を思い浮かべながらムーンフェイスは嘆息した。
「それで敢えて『誰も殺さず』『しかしそれ以上の破滅を』、何の罪もない家族にもたらし続けてきたリバース君だ。なかなか
ステキな提案をしたんじゃないかね」
「まーなあ。アイツ曰く、せっかくバンデミック起こして人間ぎょうさん殺しても、5回もやれば大体対処されるようになってしまう
らしい。人間の対処力というのを考えた利発な意見やな。まあそれならそれで毒性を高めたりとかもっと違ったやり方もある
けど、それは結局イタチごっこ……下手すれば蜂起前に察知されまた戦団に負けるかも知れん。だからリバースはそんな
伸びしろのない破壊を敢えて捨てた。目先にある沢山の被害より、長期的にじわじわじわじわ人を害し、恒常的にウチらが
得をするような……アイツお得意の”自分の敵意を見せない”怒りの発露を提案した」
125 ◆C.B5VSJlKU :2011/11/17(木) 02:51:16.93 ID:LPpwLQ+Y0
「具体的には?」
「情報戦略や。常在菌のようにいろんな人の体にへばりついてやな、いろんなところからいろんな情報を仕入れられれば
それでええって考えやったらしい」
「ボクたちが坂口照星の外出を知り得たのもさ、リヴォが戦士の体に取り付いてたからだよね」
(タイミングばっちりやなお前!!)
(いつ録音したかも分からないのに……)
 ラジカセから流れてきたウィルの声に2人して息をのむ。ウィルはグースカグースカ寝息を立てている。枕にしがみつく
彼の顔はとてもとても幸せそうだった。
「そういえばキミたちがLXE残党の浜崎君や佐藤君といった連中に接触できたのも」
「そやな。リヴォの能力のお陰や。そっちにもちょっとした理由とか見通しはあるけど……後にしよ」
 とにかく。と筒は背筋を伸ばした。
「ま。そーいった恩恵はリバース的には副産物に過ぎひん。アイツがリヴォ使った分散コンピューティング発案したのはやな」
「したのは?」
「鐶光。妹の5倍速老化を治すためや。リバースはそうといわんがまず間違いない
「へー。それは初耳だね
「さっきもゆうたけどやな、先進的な研究やろうとするなら白血病解析するぐらい沢山のコンピュータがいる。まして今まで
誰も作ったコトのない特異体質持ち改良しようとするなら尚更や」
「あの5倍速老化はボクたちにとっても未知の領域だからね。ま、ボクの武装錬金を使えばさ、進行はもっと遅く出来る
し巻き戻すコトさえできるよ? もっともそうすると今度は『インフィニティホープ』の籠の鳥だからリバース的には閉じ込め
たくああもう面倒くさい」
「…………」
 当たり前のように会話に参加するラジカセをムーンフェイスが鬱陶しそうに見たとき、赤い筒からも溜息が洩れた。
「ブレイクが聞いた話やと進捗率は90%を超えとるらしい。たぶんウチらと戦団の戦いが終わるころその研究は完成する」
「つまり救われる訳だね。あの音楽隊の副長は」
 それも生き延びられればだけど……皮肉めいた笑みを浮かべるムーンフェイスをよそに筒は自分の言葉を紡ぐ。
「けど……そこにジレンマがある。リヴォはな。リバースの予想さえ上回っとる」
「むん?」
「増殖速度が速すぎるんやアイツは。進化のスピードも」
「そういえばさっきも同じコトを言ってたね。彼の詳しい現状はリバース君にさえ把握できていない……と」
「そや。リヴォルハインはただの実験材料で終わるつもりはさらさらなかったようや。リバースが鐶を救おうとするように
リヴォもまた救いたい存在がいるらしい」
「彼の経歴なら聞いているよ。……傲慢だね。未だに自分の無力を理解できていない癖に」
「誰か分からんけど人を救おうとしとるからな。しかもアイツのやろうとする救いはどこかズレとる。的外れや。その癖大きな
コトだけはいいよるよって始末が悪い。加えて何をやるか具体的に言ったりせえへん。ブレイクの能力で隠し事を禁じてもや」
「暴走の危険がある……ってコトだね」
「そやさかいな。実はリヴォには常に『マシーン』の特性を喰らわしとる」
「アレをかい? 対象の声から逆算した固有振動数で体を緩やかに分解する……例の必中必殺を?」
「治療せんかぎり最長でも発動から2時間で死ぬ。それは人間でもホムンクルスでも同じや。リバース本人でさえ喰らったが
最後解除せん限り絶対死ぬ。しかもおぞましい幻覚のオマケ付きで振り払おうとすればますます死に近づく……本来はな」
「本来は? まさか死なないのかい? それを喰らっても?」
「ああ。リヴォの武装錬金が武装錬金やからな。せいぜい増殖と進化を抑制するのが精いっぱい……」
「むん? いまキミは幻覚のオマケ付きといったよね? そっちはどうなんだい?」
「幻覚自体はキチンと見えとる。が、恐怖は一切感じてないらしい」
「つまり……実質無効という解釈でいいのかな
「無効っちゅー訳やない。放置すれば際限なく感染範囲を広げ想像もつかん境地に行きウチらの敵になりうるかも知れん
リヴォルハインをどうにかレティクルっちゅー組織に繋いどれんのはリバースのお陰や。もっともリバースがそうしとるのは
義妹(いもうと)救うためなんやろうけど」
「リヴォルハイン君の処理能力は決して劇的に伸びない。かといって放置しておけば敵となり演算ができない」
「ジレンマいうたんはその辺のせーやな」
「そんなリヴォルハイン君の武装錬金は、何だい?」
126 ◆C.B5VSJlKU :2011/11/17(木) 02:51:44.36 ID:LPpwLQ+Y0
「『自分は人を救える』。勘違いもはなはだしい傲慢ぶり。そして細菌型ホムンクルスに変貌を遂げたが故の精神の変化。
それらが生み出したおぞましい武装錬金は……細菌型の体ともっとも相性のいい奴や。最悪といってもいい規格外れや」



「そや」




   PMSCs             リルカの葬列
「民間軍事会社の武装錬金・リルカズフューネラルはな」





「リヴォルハインが武装錬金を発動すんじゃねえよなwwwwwwwwww」
「ですねー。どっちかというと武装錬金がリヴォルハインさんって病気を発動するような気がこの上なくです!」


 全身フードをつけなおしたディプレスとクライマックスは誰もいない夜道へと消えていった。

「そう!! この会社の目玉商品はまさに及公という病気! 副業でいろいろやってはいるが、基幹はあくまで及公の流布っ!」
「ハイハイ。でもみんな愚痴ってますよ。いつも。民間軍事会社のどこが武器なんだって」
「え? 民間軍事会社イズ武器ちゃうのであるか?」
「いや名前聞いた時点で気付きましょうや! 武装錬金って突撃槍とか処刑鎌とか、いかにも武器! って奴ばっかですぜ!
よくてチャフとかガスマスクぐらいまで! 何か違う!! 何か違うよ民間軍事会社!!」
 がなりたてるとウェイターが不思議そうな顔で通り過ぎた。
「とにかく民間軍事会社はですねえ! 組織とか国とかがですよ、警備員とか戦闘員の派遣頼んだり補給とか武器の整備
任せたり兵士の教育してもらったり時にはアドバイス依頼したりする組織で傭兵集団みたいな武力とはちょっと違うんですっ
てば」
「おー。そうだったのかー」
「分かってくれましたか」
「じゃあ国とか大きな組織にとっては武器であるな!」
「なんでそうなるんすか!?」
「だって自分の力だけじゃ敵に勝てないからみんな手を伸ばし頼るのであろー? だったら武器である! うむ。キンパくん
がご不満なのはたぶん個人の手に負えない大規模な組織だからであろう。ならば及公もっと巨大な組織と化し果ては国家
規模のネットワークを形成されるおつもりだ! されば解決さまざまな敬意にも反さない!!」
 ああダメだこいつ。細菌感染者を沢山社員にしているせいでマクロすぎる。金髪ピアスはしくしくと泣いた。
(意識取り戻したらなんかこんな格好だし。変なあだ名つけられてるし)
 服装を見る。スーツだった。
(なんやかんやでファミレス来てるし)
 トントンとテーブルを叩きながら辺りを見渡す。深夜というコトもあり人は少ない。よれよれのカッターシャツを着た中年男
性は夜勤明けだろうか? 窓際でベタベタしているカップルはいろいろ造詣がマズく見ているだけで不愉快だ。家でいちゃ
つけ。そんな毒づきを一通り漏らすと金髪ピアスは深いため息をつき項垂れた。
(幸いお袋はすぐ元の姿戻って家帰ったけどよー。どうなるんだ俺の運命)

──『このファミレスで仲間と落ち合うのである!! 待とう!!』

 そう言われて何となくついてきてしまった金髪ピアスだ。もっとももし逃げようとしても「社員」として無理やり服従させられ
るかも知れない。
(実際なぜか敬語で向き合っているしなあ俺。武装錬金の影響下にあるもんだから創造主……社長には逆らえんのか?)
 そもそも武装錬金が何かという認識を持ってしまっているのが悲しい。
(セミナーとかやるんだもんなあ。そして1時間ぐらいで基礎知識全部叩き込むんだもなあ)
 テーブルに転がるノートやテキストを眺めながら盛大な溜息をつく。
127 ◆C.B5VSJlKU :2011/11/17(木) 02:53:46.43 ID:LPpwLQ+Y0
──「え? 勉強するんすか」
──「入社してもらった以上当然である!!」
──「てか手作業!!? なんか能力的なアレで社員にしたのに!?」
──「うん!!!!」
──「うんじゃねえよ!! ふつうそういう時ってご都合主義的に知識とか勝手に流れ込んでくるんじゃないのか!!」
──「うん!! それもできるっちゃあできるのである!!」
──「じゃあやれよ!!」
──「だがやらん!!」
──「なんで!?」
──「なぜなら知識に対する敬意に反する!!」
──「また敬意か!!」
──「手指も動かさず直接脳髄に知識を流し込むなど、良くない!!!」
──「いや最高だって!! 俺のようなぐうたらには!!」
──「入力と思考、そして出力を経て初めて知識は自らのものになる!!!」

(聞けば定期的に新入社員集めて直接教えてるらしいぜ。マジ普通の会社じゃねーか)
 悪の組織やその幹部にしてはあまりに地味すぎる。嘆いてみるが現実は変わらない。

(つーかこの世界には錬金術ってのがあって人間食べるホムンクルスが暗躍してるのか)

 最近銀成市で多発する行方不明事件。ホムンクルスの仕業かも知れない。

(どうすりゃいいんだろ。俺)

「はい!! はいっ!! 先生!! クライマックス先生!! 及公から質問があらせられるそーです!!」
 向かいの席では身長2mを超える美形貴族が楽しそうにピシピシ手を上げている。
「いや俺クライマックスじゃないんですが……」
「じゃあ……クライマックス先生V号っっ!! ぶいごー!! 及公から! 質問があらせられるそーです!!」
 いろいろ突っ込みたくなったが敢えて流し言葉を促す。
「戦団の錬金力研究所、武装錬金な秘密基地は武器に入りますか!!?」
「バナナはおやつに入りますかみたいなノリで聞かんで下さい。しかもサラリと痛いところを……!!」
「本人は無心じゃからて。論破目的でなく心から純粋に不思議がってるゆえ始末悪い」
「そうスね」
 これ以上民間軍事会社を発動するコトの是非を論じても仕方ない。そう判断した金髪ピアスは新しいテキストを手にし
そして広げた。
「社長。あなたこうやって自分の能力教科書にまとめてますけど、いいnスか?」
「いい!! 書いておけばみんなすぐ分かるではないか!!」
「いいのかなー。敵とか正義の味方に見られたら弱点突かれて死ぬかも……」
「知られてなお敵を打破できる。及公の求める強さというのはそれなのである!!」
「はあ」
 気のない相槌まじりにテキストを読む。

【たくさん及公入れた奴ほど偉い!】


社長 … 細菌とてもたくさん
部長 … 細菌ちょっとたくさん
課長 … 細菌たくさん
係長 … 細菌ふつう
社員 … 細菌すこし


「どーしたのであるか?」
「…………もっと詳しく書いてください」
 机に突っ伏したまま呻く。どうやら感染した細菌の数に応じて社員のランクが決まるらしい。
「まーあれじゃよ。その時点に於いてりるかずふゅーねらるが保有する細菌のおよそ5割持っていれば社長になれる。部長
クラスで1割前後。社員は1厘もあればおーけーじゃ。じゃからこの図……いささか大雑把すぎるの」
 ちなみに、と言葉を紡ぐ声はひどく滑らかだった。
「りるかずふゅーねらるの特性はの、『戦闘知識の提供ならびに肉体や精神の強化』。決して社員を無理に操る能力では
ない。と、いうより社員に仕立てあげない限り分散こんぴゅーてぃんぐでちまちま処理能力かっさらうぐらいしかできん」」
128 ◆C.B5VSJlKU :2011/11/17(木) 02:54:10.82 ID:LPpwLQ+Y0
「つまりこの武装錬金……真価を発揮するには契約とかが必要なんですか?」
「武装錬金とはいえ会社じゃからの。社員を使役するにはまず対価を与えねばならん」
「なるほど……」
 広大無辺な能力だがそのぶん制限もあるらしい。便利なのか不便なのか分からぬ武装錬金だ。
「ちなみに係長クラス以上になると武装錬金が発動できる!」
「チートか!! 核鉄ないとムリなんだろそれ!!」
「厳密にいえば疑似というべき武装錬金である。詳細はテキスト24ページ参照されたしっ!」
 見る。


【疑似武装錬金って何?】


ブレイク君    「博士! どうしてリルカズフューネラルの社員は核鉄なしで武装錬金発動できるんですか!」
リバース博士.  「それはだねっ! リヴォルハイン君を構成する物質が、特殊だからだよ!」
ブレイク君    「どう特殊なんですか!?」
リバース博士.  「リヴォルハイン君はパピヨニウムでできているんだよ!」
ブレイク君    「パピヨニウム!? 未来でパピヨンさんが発見した鉱物で! すごーい!!」
リバース博士.  「しかもパピヨニウムは特殊核鉄だって作れるのだー!!」
ブレイク君    「特殊核鉄を身に付けるといろいろな効果があるんだよね!」
リバース博士.  「そうよー! 攻撃力アップ、移動速度上昇、ヒートアップゲージ最大でバトル開始。いろいろできますっ」
ブレイク君    「あれぇー? でもこの時はまだ開発されてないんだよね特殊核鉄。登場はピリオドの後のパピヨンパークですよね」
リバース博士.  「ふっふっふ。実はね。ごしょごしょ」
ブレイク君    「えー! ウィル君が未来から持ってきたんだー! すごーい!!」

「あの、この辺りで読むのやめていいスか?」
「だめ」
「ブレイク……漫画の中とはいえ目に星浮かべて驚くな……」
 軽い頭痛に耐えながら必死にテキストを読む。ブレイクとリバースを可愛らしくデフォルメしたキャラが妙なテンションで
説明をしている。ヘンな漫画だった。「文章:ディプレス=シンカヒア/イラスト:クライマックス=アーマード」という注記は見
なかったコトにする。

リバース博士.  「細菌型の研究が難しかったので使ってみましたパピヨニウム!」
ブレイク君    「無数の細菌が1つの意識を共有できるのはパピヨニウムの効果あらばこそなんだね」
リバース博士.  「うん。核鉄に精製すれば肉体強化可能な鉱物だもの」
ブレイク君    「ホムンクルス幼体に使えば性能上がるよねー」
リバース博士.  「更に武装錬金特性とも相まって核鉄のような効果を出せます」
ブレイク君    「どういうコトですかそれは?」
リバース博士.  「リルカズフューネラルには決まった形状がありません」
リバース博士.  「”会社”という突き詰めればとてもとても観念的で精神的な存在なのです」
リバース博士.  「それを唯一実証してみせているのが細菌状態のリヴォルハインさん」
リバース博士.  「彼は社長であると同時に雇用契約であり労働規約であり社訓なのです」
ブレイク君    「武装錬金発動とどう関係しているのですか?」
リバース博士.  「矛盾しているとは思いませんか? 持つ者が秘めたる戦う力を形に変える」
リバース博士.  「それこそが武装錬金。にも関わらずリルカズフューネラルには形がありません」
ブレイク君    「つまりそれって……」
リバース博士.  「私の学説ですが武装錬金発動時のリヴォルハインさんはとてもあやふやな存在なのです」
リバース博士.  「核鉄によって精神を形にできているのかいないのか分かりません」
リバース博士.  「前述の通り彼は自らの存在を以てしてようやく社員との繋がり、民間軍事会社の存在を証明しています」
リバース博士.  「ならば彼自身が……武装錬金になっている可能性さえあります
リバース博士.  「もしかすると彼という存在の一部は核鉄と混じり合ったまま精神世界のどこかに溶けているのかも知れません」
リバース博士.  「そもそも彼の武装錬金が民間軍事会社というのはあくまで自己申告の結果そうなっているだけです」
リバース博士.  「実はもっと違った、私たちにも想像のつかないおぞましい兵器という可能性さえ孕んでいます」
リバース博士.  「武装錬金の形状が、見えないのですから」
ブレイク君    「非常に不安定」
129 ◆C.B5VSJlKU :2011/11/17(木) 02:54:37.29 ID:LPpwLQ+Y0
リバース博士.  「あくまで仮説ですが、社員に巣食うリヴォルハインさんは」
リバース博士.  「具象化と観念の境界線上を行ったり来たりしているのかも知れませんね」
ブレイク君    「揺らぎのなか時おりごく一部とはいえ核鉄を核鉄のまま現出してしまう
ブレイク君    「そして核鉄がわずかに発動してしまった社員さんの武装錬金を」
ブレイク君    「リルカズフューネラルの特性で何倍にも強化し、無理やり発現させている」

リバース博士.  「そういう可能性が、あります」

頭痛ぇよ!! なんだこの武装錬金ワケの分からない!!」
 悲鳴を上げながらテキストを机に叩きつける。この晩いろいろ厄介そうな能力持ちに遭遇したがこれは段違いだ。
「ひひっ。りう゛ぉ坊は色々規格外じゃからのう。まぁ、漫画好きのでぃぷれすだのくらいまっくすだのといった連中が悪乗り
してわざわざ小難しく書いとるという節もあるが……」
 あまく細い息が横から聞こえた。
「ま、りるかずで発動する武装錬金はの、正規の手段で生まれる奴より三枚も四枚も劣る。しかももともと戦士でもない輩の
武器じゃろ。修練不足も相まって絶大な戦闘力というのはあまり期待できん」
「何でしたっけ? 貴方達と敵対してる組織。音楽隊? そのリーダーの武装錬金より下ってコトですか?」
「まあのう。あっちがコピーするのは「戦いの経験がある奴が」「正規の手段で発動した」奴じゃからの。相性によって復元率
が上下するとはいえ武器の体裁は成しておる。こっちはまあ、歪じゃな。リルカズで生まれるのは不完全な武器が多い。
当てよう如何でホムンクルスは斃せるが……」
「……だったらあまり意味なくね?」
「いやいや。りう゛ぉ坊からの知識提供や肉体強化でそれなりには戦える。それに」
「それに?」
「ひひっ。能力というものに本来上下はないよ。使いようによっては単なる武器複製より役立つこともままある……。まった
く盟主様め味な真似をしおる。ひひ。御蔭でまれふぃっくあーす探しが捗(はかど)りそうじゃわい」
「何の話だ……? というか、あんたは──…」
「細かいコトはどうでも良いのだ!!」
 リヴォルハインはやにわに立ち上がり胸を力強く叩いた。
「及公、大義をお持ちだ! 錬金術の闇を払拭し総ての人々を救うという大義が!!……それを達するためにはレティク
ルの技術力はとても魅力的である。他の共同体や戦団が10年かかっても作り出せぬものがココでは1年で呆気なくだ!」
「声大きいって!」
 少ないとはいえ何事かと他の客たちがこちらを見ている。まあまあとリヴォルハインを制止しながらわざとらしく、もう前の
お店でお酒飲み過ぎたんだから〜と声を上げる。酔客か。ウェイターも客たちもめいめいの世界に戻った。
「何百年も前から固まりきった陋習、誰もが『どうせ無理だろう』と思っているルールは並のやり方では打破できん!!!
及公かつて人を守る組織に居られたが、そこは目先の犠牲を恐れるあまり抜本的な解決などまるでしようとしなかったの
である。そして新たな犠牲が……」
「は、はいはい分かりました。そうですね〜。今の世界は大変デス」
「問題を先送りにし後世に迷惑をかけるぐらいならこの時代で決着をつけるべきである!! 犠牲は確かに避けられん!
だが! 現在(いま)いま『どうしようもないルール』を解決しておけば10年後100年後泣かされる人間はいなくなる!」
「分かります。分かります」
「そして正々堂々の戦いにおいて希望がかなうという前例を!! 及公は仲間たちにお見せしたい!! きちんと努力し
きちんと正しい行為を行えば願いがかなうとお教えになるのだ!! されば仲間を救えると、及公常々信じられておられ
る!!」
「もうそろそろ静かにせんかい。りう゛ぉ坊」
 隣の席が引かれ誰かが座った。不意の声はあまりに自然に入ってきた。一拍遅れの反応。はつと瞠目しそちらを見る。
(……子供?)
 深夜のファミレスにいるのが不自然すぎる年齢の、少女だった。すみれ色の髪を後ろで纏めている。いわゆるポニーテー
ルの付け根には装飾付きの大きな簪(かんざし)が突き刺さりフェレットやマンゴーが可愛らしく揺れている。
 服装はシックな黒ブレザーだ。赤いスカーフを巻き長袖をだぼだぼさせているところはそこはかとない愛嬌がある。
(さっきからしていた声は、このコの……?)
 視線を感じたのだろう。彼女はくるりと金髪ピアスを一瞥すると人懐っこい笑みを浮かべた。
130 ◆C.B5VSJlKU :2011/11/17(木) 02:55:30.27 ID:LPpwLQ+Y0
「おう。初めましてじゃの。その後大過ないかの?」
「あ、ああ」
 いやに古風な物言いだ。よく考えると矛盾もついでに孕んでいる。どう対応していいか迷っていると彼女はテーブルに細
い両手をまっすぐに投げ出した。メニュー表を眺めているらしい。大きく背を丸め胸を机に押し付けている様はあまりに行
儀が悪いが諫めていいか迷われた。初対面というのもあるが少女はひどく楽しそうだった。鼻歌を歌いながら両足をばたつ
かせとてもとても嬉しそうに双眸をきらめかせていた。
(まさか待ち合わせ相手? 仲間、なのか? リバースとかディプレスとかの)
 それにしてはあまりに幼すぎる姿だ。助けを求めるように見たリヴォルハインは驚きの笑みを浮かべた。
「ごばーちゃんだ! ごばーちゃんがきたー!!」
「はいはい来てやったぞ。でも話は後な。な。しばらく黙っとれ」
「うん!! 黙る!! 及公沈黙を守られるのである! でもご飯食べたら遊びたいのである!!」
「はいはい」
 やがて少女は「じーぐぶりーかー!! 死ねえ!!」と明るく叫びながら掌を「お呼びください」のボタンに叩きつけた。

「ご注文は?」
「全めにゅーを6人分!!」

 ええええええええええええええ。唖然とする金髪ピアスをよそに少女は諭吉の束を3つぐらいテーブルに叩きつけ「これだけ
あれば足りるじゃろう」。満足そうに頷いた。
131 ◆C.B5VSJlKU :2011/11/17(木) 02:55:55.95 ID:LPpwLQ+Y0
以上ここまで
132ふら〜り:2011/11/18(金) 23:06:01.54 ID:6g73PJJe0
>>スターダストさん
相変わらず、凄まじい能力を小市民的な動機で駆使してますねえこやつらは……で、ここにきて
金髪ピアスが! 何やら巻き込まれ型主人公のような展開に! 後々、斗貴子や小札たちとも
遭遇して絡んで、彼女たちを助けてしまうとか? 逆に、彼の活躍によって彼女らが窮地に、とか?
133作者の都合により名無しです:2011/11/20(日) 22:36:39.61 ID:sKgaS7eJ0
細菌というとからくりサーカスを思い出す。
そういや錬金つながりか。
細菌兵器が出張るのはもうクライマックスが近いからかな・・

永遠の扉をもってバキスレが終焉を迎えると言うのは
とても良い事かも知れぬ。バキスレ最長の作品だからな。
サマサさんも来なくなってしまったし。

せめてスターダストさん、完結までお願いします。
俺もふら〜りさんと共に最後まで居るから。
134作者の都合により名無しです:2011/12/03(土) 21:43:10.28 ID:fwa0YcWI0
ううむ、スターダストさんとサマサさんは完結してくれると信じたい。
135汝は罪人なりや?:2011/12/09(金) 23:15:07.56 ID:XGA+nI0N0
どうも横から失礼します
金鹿と書いてキンカと申すものです
書きたい物があり悶々としていた所このスレを発見し
構想も固まったのでここに投下しようと思っているのですが
「魔人探偵脳噛ネウロ」と「汝は人狼なりや?」というテーブルゲームのクロスオーバーは問題無いでしょうか?
無事完成すればエセ推理物になる予定ですタイトルは↑
136ふら〜り:2011/12/09(金) 23:19:08.78 ID:rbejvfC00
>>135
ぜひに! 干天の慈雨です!
137作者の都合により名無しです:2011/12/12(月) 03:10:34.95 ID:wXTHcFxd0
気体age
138汝は罪人なりや?[あらすじと人物紹介]:2011/12/12(月) 19:40:20.78 ID:OwVNUnwF0
>>136ありがとう これ投下したら ぼちぼち書いていきます 携帯からなんでおかしかったらごめんなさい
※注意事項※
※オリジナルのゲストキャラが出てきま
※人が死にます
※DCSネタが出てきます

ヤコ…桂木弥子 大食い女子高生探偵として有名 ネウロの協力者もとい奴隷として日々虐げられている
ネウロ…脳噛ネウロ 魔界の住人 弥子の助手を装って事件を解決している 最高の頭脳と最悪な性格の持ち主 根っからのサディスト 
ゴダイ…吾代忍 闇金融会社で働いていたがネウロに事務所を乗っ取られ雑用をするはめに
その他…警察関係者数人 

ゲストキャラ(すべてハンドルネーム)
くらら…気の強い女性 常にあきらを気にかけている
あきら…暗い雰囲気の少女 腕にリストバンドを付けている
エドガー…売れない小説家 ノリが軽い
ジェニファー…舞台女優の卵 ハンネの由来はジェニファー•ユーイング
イニシャルG…桃栗館の持ち主 今回ここを貸すことにした
シロタ…桃栗館の料理人 シロタを尊敬している
デーブ細木…謎のデブ
やられやく…初日に襲われる役で呼ばれた人 文字通り最初の犠牲者となる
GM…ゲームマスター パソコンの向こう側で人狼ゲームの進行役を勤める

あらすじ
謎の気配がする…ネウロが暇つぶしにやっていた「汝は人狼なりや?」というゲームの
オフ会に強引に連れて来られたヤコはネウロの代役として伝説のプレイヤー"ドラム缶"を演じるハメになる
「犯人は…人狼だ!」ネウロの推理をもとに犯人と探偵の死のゲームが始まる
139汝は罪人なりや?[序][ぷろろーぐ]:2011/12/13(火) 23:20:12.08 ID:AZmHM03s0
「ちょっとネウロ 明日から泊まりってどういうこと!」
事務所に壁に掛けられている予定表を見た私は思わず叫び声をあげた
「やっと気が付いたか 我が輩が常連として参加している推理ゲームのオフ会に
謎の気配があってな…貴様に我が輩の代役で出て貰うことになった」
なった…って私何も聞いて無いんだけど
「これ書いたの…いつ?」
「フム…昨日の夜だな」
昨日は夕方に帰ったから私が知らないのは当然 大事な話ならせめてメールで教えてくれれば良いのに…
とがめるように睨む私から視線をそらしたネウロは 猫のような目で明後日の方向を見た
「問題なかろう 推理はすべて我が輩がやるのだからな」
この顔のネウロには何を言っても無駄…あきらめた私は先の事を考えた
「…せめてルールぐらい説明してよ 常連のアンタの代役なんだからルールさえ知らないのは不自然だよ」
「フム…まあ仕方あるまい こちらへ来い」
そう言ったネウロはパソコンを立ち上げ あるホームページを開いた
黒く悪趣味な壁紙に血が垂れている赤い文字で「汝は人狼なりや?」と書かれている 
これがこのゲームの名前なのだろうか
ネウロはマウスを操作し役職と書かれたボタンをクリックすると 
ズラリと並んだ役職の簡易説明を前に画面を指差しながら説明を始めた
「このゲームにおける人狼とは 人間そっくりに化けて油断させ 
毎夜人を喰う化け物のことだ まあ凄腕の暗殺者と思えば良かろう
村人側は住人になりすましている奴らをすべて見つけ出して処刑すれば勝ち 
人狼側は上手く噛み殺して村人と同じ人数になれば勝ちだ…ここまでは分かるな?」
「なんとなく分かったけど…そんなXiみたいな奴らをどうやって見つけるの?」
「そのためにいるのが占い師だ…毎日一度使える能力でその住人が人間か人狼か たちどころに分かってしまう」
「へーじゃあ順番に占って行けばすぐ分かるじゃん」
「そうはいかん 例えば今回なら参加者は10人 
上手くやっても占いは3〜4回しか使えん…'噛み'と'吊り'も考えねばならん」
「さっき言ってた事と似てるね 処刑と噛み殺すだっけ」
「そうだ 昼間村人全員の投票によって一人が殺される これが吊りだ 
これを食らえば人狼だろうが人間だろうが生きてはおれん 
そして夜には人狼達が誰か一人を襲うがこれが噛みとよばれている 
これで死んだ者は間違いなく村人だ この二つの繰り返しでゲームが進行する」
「ってことはつまり…占い師が上手く人狼を見つけ出して人狼を吊って行けば
勝てるってことか…じゃあ占い師に従ってればいいんだね」
「フム…しかし人狼も同じ事を考える…そこで奴らは'騙り'つまり嘘をつく作戦に出る」
「そっか…占い師が一人だけなら簡単だけど 何人もいたりしたら誰が本物なのか見分ける必要が出てくる」
私が言い終えると ネウロの口元が上がって尖った歯がちらりと見えた
「分かっているではないかヤコ」
「まあね あとこの狂人と霊能者ってのを説明して欲しいんだけど…」
「…面倒だ 先生は経験者なんですからド素人の僕にも分かるように説明お願いします」
ネウロ…いきなり助手口調になるのは怖いから止めて欲しい
「うっ…ここの説明によると狂人は人間だけど狼の味方 霊能者は…死人限定の占い師みたい」
「ほう なかなか飲み込みが早いな では明日学校が終わったらここに来い」
「…わかった」
謎の気配があるってことは 誰かが殺されようとしているということ
この時の私は まさか自分が[謎]の一部に組み込まれようとしている なんて想像もしなかった

〜今日の分はここまで〜
諸事情でこれからも携帯から投下になります 変だったらできるだけ治すので言ってください
140ふら〜り:2011/12/14(水) 21:15:05.07 ID:p+zHNRYG0
>>金鹿さま
人狼! ネウロ好きそうですよね、こういうの。普段もさんざん、プレイヤーとして無双してそう。
その代理であり、ヤコ本人も有名人ですから、さぞ注目&警戒されることでしょう。その中で、
あの騙し合いゲームが展開される……ネウロもですが、ヤコ自身の推理にも期待してます!

あと。まとめサイトの仕様上、タイトルに[ ]は使えないようですので、( )で代用して
います。もし他のものが宜しければ、ご連絡下さい。
141作者の都合により名無しです:2011/12/14(水) 21:46:41.17 ID:zcM3fDrN0
マミ「今日も紅茶が美味しいわ」670からの分岐
改変前のマミ生存 OR 改変前のマミ qb 復活
魔法少年オリ主最強ハーレム OR まどか☆マギカの原作知識有りチート男オリ主SS
ヴァンパイア十字界×禁書
スレイヤーズ×禁書
スレイヤーズ×ヴァンパイア十字界
ヴァンパイア十字界×まどか
ヴァンパイア十字界×Fate
Bleach×禁書
ダイの大冒険×禁書
ダイの大冒険×Fate
まどか×Bleach
ダイの大冒険×まどか
blackcat×禁書
ToLOVEる×まどか
ヴァンパイア十字界×まどか
blackcat×まどか
CODE:BREAKER×まどか
吸血殲鬼ヴェドゴニア×まどか
PHANTOM OF INFERNO×まどか
天使ノ二挺拳銃×まどか
鬼哭街×まどか
Claymore×まどか
スレイヤーズ×まどか
dies irae×まどか
式神の城×まどか
鬼切丸×まどか
真・女神転生CG戦記ダンテの門×まどか
鬼畜王ランス×まどか
SSが読みたい。
142金鹿(キンカ):2011/12/18(日) 19:23:58.75 ID:ATkTA9hS0
>>ふら〜りさん
まとめお疲れ様です
[]も代用だったので問題ないですよ〜本当はネウロの単行本に使われているような
[(を黒く塗りつぶした カッコを使いたいのですが 出し方がわからず諦めました
[(手)] [(て)]←のような感じのやつです
人狼×ネウロは面白くなりそうな題材なので いい物が書けるように頑張りますね〜


そして前回事務所だったのにスッカリ忘れてて登場はおろか キャラ紹介にもいなかった彼女のプロフィールも置いていきます 
お手数かけますが まとめる時ゴダイさんの下に追加お願いします
あかねちゃん…探偵事務所の秘書 壁に埋まっていた死体の髪の毛
ネウロの障気によってよみがえり 魔力を分けてもらうことでヤコと一緒に行動できるようになった 
携帯ストラップにもなれる かなりの美少女
143 ◆C.B5VSJlKU :2011/12/20(火) 21:39:15.17 ID:6cwXLucR0
「やれやれ。照星君もなかなかしぶといね。あれだけの拷問を受けながらまだまだ理性は残している」
「そろそろ気づいた頃かもな。ウチらの本当の目的に」
「おやデッド君。よくここまで来れたね」
 拷問部屋から出るとムーンフェイスは視線を下に移した。
 奇妙な来訪者だった。
 陳座していたのは1mほどの赤い筒だった。重々しい存在感は視界に入るなり「でん」、無遠慮なる音を立てた。
「ああもう、遅、遅かった。ウィルさぼらんように見に来たけど、あかん、あかん。やっぱウチの武装錬金、めっちゃ重い。
便利で頑丈なんやけど重すぎるさかい、移動、移動、めっちゃしんどい。着くの遅い。しかも通気性悪いから暑い、死ぬ」
 息も絶え絶えという調子だ。薄く目を細め廊下を見ると荒れ果てていた。壁のところどこどに爆破の跡があり、更に何か
印刷された紙が焦げも露に散らばっている。床のところどころには何か引きずったと思しき痕跡がある。蒼黒くくすんだ
床板の削られようときたら獣が暴れたといって通じるほどだ。その他、円筒形にくぼんだひび割れなど。
「むーん。爆破の反動で移動してきたらしい。しかしどう反応すべきだろうね。重いなら武装解除したらどうだい……などと
いえばキミはきっと傷つくんじゃないかな」
 手を銃へとすぼめながら笑いかける。筒の右上に無数の縦線が走った。それがどんよりとした気落ちのエフェクトだとい
うのは急転直下湿り果てたソプラノがいやというほど証明していた。
「体が体やっからなあ……」
 筒が壁に向かってやや傾いた。人体構造に当てはめれば「俯き」だろうとムーンフェイスは分析した。
「一応慣れとるし下手に気ぃ使われるとそれはそれでアレなんやけど、その、やっぱり言われたら言われたで心にチクリと
くる訳やし……ああなんやろこの葛藤」
 言い訳がましくボソボソ喋っていたら筒はしかし「いやそーやなくて!」と叫んだ。そしてとてとてと筺体を揺すりながら小刻
みに前身し、ムーンフェイスに体当たりした。
 厳密にいえば彼の抱えている、ウィルめがけ赤い表面をブチ当てた。
「起きんかいぼけー! おにーちゃんに手間かけさたらあかんやろーがい!」
「……」
「おま!! いま起きたやろ!! 起きたけどウチと話すのめんどいから寝たフリしとるんやろう!! 見たで!! 見た
からな!! 何かビクリなって腑抜けた図体に力入ったん!! 覚醒や!! 目覚めの時や!! あったらしい朝が来た!
きーぼーうの朝だーーー!!  それやのになにお前やり過ごそうとしとんねん!! きぃー!!」
 実に騒がしい筒である。どーん、どーんと叫びながら引切り無しに体当たりを繰り返している。
「だいたいお前ウチより年上やろ!! しゃんとせい!!」
「……前から言ってるけど年下だってばあ。だってこの時代にはまだ生まれてないもんボク」
「屁理屈こねんな!! いまこうして存在しくさっとるお前の肉体年齢はどう見てもウチより上やろが!!」
「えー。分からないよ……。だってデッドいつも筒だし」
「お・ま・え・はー! 昔ウチの素顔とか裸見ておきながらよくもヌケヌケとー!」
「うぅ。無視してもめんどいよデッド。分かった。やるよ。やればいいんでしょ」
 ウィルはしくしくと涙を流しながら掌を翻した。

 同刻。血膿に突っ伏す照星の遥か上で空間が弾けた。水色の光芒を孕む線が4平方mの正方形を描くや”空間そのも
のが”ガラスのように弾け飛び不気味な風切り音が死臭の部屋を突き抜けた。破れた空間から覗いたのは闇だった。この
世のどんな穴よりも深く、底が見えない……直視したが最期、肉体も魂が何もかも引きずり込まれそうな”虚無”だった。そ
の左右めがけ肉厚の扉が観音開きになっていたが、その水銀色の輝きさえ位相を歪めダクダクと呑まれていた。
 その虚無から節くれだった一本の影が照星に向かって殺到した。影は腕の形をしていた。異形だった。長短さまざまの黒
ずんだ蔦を何万本もより合わせた筋肉のところどころに生臭く輝く鱗や粘膜がこびりついていた。皮がすりむけ薄紅色の
肉を覗かせている部分もあれば虹色の羽毛と薄茶けた体毛が乱雑に入り混じっている部分もある。指は三本でいずれも
形こそ人間のそれだが太さは電柱ほどあった。更に肉など一切なくただただ醜く肥大した骨だけだった。血膿でようやく
かろうじての彩りを帯びた指どもに握られたとき照星の全身の骨が絶望的な悲鳴を上げた。意識なき照星の顔が苦悶に
歪みその口から血しぶきが飛ぶ中、腕は帰還した。何も見えぬ虚無の中へ。
144 ◆C.B5VSJlKU :2011/12/20(火) 21:41:11.51 ID:6cwXLucR0
 ガラスのように舞い散った空間が逆回しのように元へ戻った。
 照星の姿は部屋になかった。腕に掴まれていたようだ。腕ごと虚無の中へ消えたようだ。
 何かを殴るような巨大な音が部屋を揺るがした。音は響くたび遠ざかっているらしい。5回目の打撃音はとても微かで部
屋はそれきり静寂に包まれた。

「同居人にやらすけどいいでしょー。アイツ制御するの結構骨だし」
 しばらく後。ウィルは壁際にへたり込んでいた。
 廊下は濃い青の合金で造られている。近未来的な様相を呈しあちこちで四角いライトが白い光を振りまいていた。それ
に淡く焙られるウィルの顔つきはひどく疲れ切っていた。薄く目を細め汗ばむ彼はどこか病的な色気があり光の効果も相
まってデッドさえ「お、おお」とたじろぐ様子を見せた。
(同居人、か。そういえば。居たね。確かに)
 ムーンフェイスは思い出した。照星誘拐後起こった出来事を。

──突如として大蛇のような巨大な影が空間をガラスのようにブチ破り、ムーンフェイスを襲った。
──「止まれ」
──ウィルの指示で肩口スレスレで止まったそれは低く唸ると、割れた空間に引き戻る。
──そこでは水銀に輝くブ厚い扉が開いており、中には照星の姿が見えた。
──神父風の彼はアザと血に塗れてピクリとも動かない。
──胸のかすかな動きで息があるコトだけが辛うじて分かった。
──「こりゃビックリ」
──感想をもらすムーンフェイスはどこかわざとらしい。
──「失礼。少々気性の荒い者が同席していましてね。坂口照星は殺さないよう命じてありますが、
──それ以外には容赦がなく見物に骨が折れる状態。先に断っておくべきでしたね。申し訳あり
──ません。深くお詫びいたします。戦士を2、3殺したので落ち着いているかと、つい」

「で、あのとき私に攻撃しかけたのは誰なのかな? いや……『何』かと聞くべきかな?」
「誰も何も……」
 ウィルはけだるそうに欠伸をしながら立ち上がった。
「あんたの知り合いでしょ? アレ」
「むん?」
「そやな。あのとき攻撃されたんもそのせーかも知れへんでー?」
 ムーンフェイスの目が点になった。記憶を探るが当たり前というかああいう異形の存在にやはり見覚えはない。もしかす
ると人間時代の知己が改造されああいう姿になっているのかも知れないが……そうだとしても腑に落ちない。
(調べる筈がない。怠惰な少年が米ソ冷戦時代まで……)
 となると「ホムンクルス・ムーンフェイス」の来歴を聞きかじる程度で──…
(把握できる人物。するとL・X・E関係ぐらいしかない訳だけど)
 早坂姉弟やパピヨンは健在。爆爵、金城、陣内、太、細は死亡。ヴィクターは月へ。
(一番可能性のあるのは震洋君だがしかし違う。私が襲われたとき彼は逆向君に体を乗っ取られ銀成市に潜伏していた)

(じゃあ一体……誰なんだい?)



(すげえ)
 空皿の山を金髪ピアスは唖然と見た。回収しにきたウェイターたちも同じ感想らしく凄まじい目で少女を見ている。
(俺の記憶が確かなら15回目だぞ。回収)
 おい急いで作れー!! 厨房の方から騒ぎ声が聞こえてくる。どうやらまだ注文の半分も作れていないらしい。先ほど
店長らしい人間が寝ぼけ眼を緊張に染めながら入ってくるのが見えた。従業員用ではなく顧客用の入口から入って
きたのを見るにつけ余程慌てているらしい。焼き肉ポーションが底をついたとかそういう悲壮極まる叫びさえ聞こえて
くる。米を使った商品については深夜突如の大量注文のせいか一部お作りできませんがいいですかという急使すら
何度か来た。「ないのか」。そのたび少女は寂しそうな顔で人差し指を咥え瞳を潤ませた。潤ませながらもコクリと
頷き机上の皿へと手を伸ばす。はぐはぐはぐむがむがむがむが……。実に元気よく食べている。ハムスターか何か
のようなせわしなさだ。小児性愛者では決してない金髪ピアスさえなんだか「良かったなァ」と和む光景だ。

 ひとしきり食べ終わると少女は皿を置き、きらりと金髪ピアスを見上げた。大きな瞳はどこまでも澄みわたり、この
世の総てを信じ切っているようだった。眺めているだけで薄汚れた20代の垢がこそげ落ちる気分だった。

「紹介がまだじゃったの。わしはイオイソゴというものじゃ。本名はイオイソゴ=キシャク」
「イオイソゴ……?」
「おうよ。盟主さまが僕(やつがれ)の一人……木星の幹部じゃ」
145 ◆C.B5VSJlKU :2011/12/20(火) 21:42:05.84 ID:6cwXLucR0
.
──「木星、イソゴばーさんwww」
──「気をつけなwwww 見た目はチビっこい可愛らしい感じだしwwwww」

──「温和で穏健だからww暴力もエンコ詰めも拷問もしないけどwww」

──「惚れられたが最後、喰われちまうぜ?」



「……あの、俺イケメンじゃないですし、ダ、大丈夫ですよね?」
「ん? ひょっとして誰かからわしのこと聞いとるのか? なら話が早い」
 パスタを啜り終えると彼女はソースまみれの唇を歪めた。「ひひっ」。とてもとても薄暗い笑みだった。
「そーじゃーよ〜。わしはこう見えど人を喰ったやつ! わーるーい、やーつーじゃ〜」
 そういって彼女はバンザイし掌だけ幽霊のように大きく曲げた。どうやら威嚇しているらしい。とはいえ腕をめいっぱい
のばしてやっと金髪ピアスの頭に届くかどうかという身長だ。鼻の低い可愛らしい顔つきと相まってまったく怖くない。
「むう。これでもわしの父御はすごいやつなんじゃぞ」
「はぁ。どんな人すか?」
「薬師寺天膳!!! 伊賀の忍びで不死身じゃ!!」
 本当か、どうか。それはともかく、
「このやろー!! びびれー!! びびるのじゃー!!
 がたりと立ち上がったイオイソゴは金髪ピアスをぽかぽか殴り始めた。きゃあきゃあと幼い笑いを立てるさまは殴るという
よりじゃれるという方が相応しかった。ポニーテールとフェレットたちがじたばた揺れるさまは金髪ピアスの心を和ませた。
この晩さんざんな目にあってささくれだっていた心が癒されるようだった。子供と笑い合う親という存在どもがどうしてあそこ
まで和やかなのか理解できた。
 そのうちイオイソゴはじゃれるのに疲れたのか。くたりとその場に座り込み
「だっこ」
 唇を尖らせた。
「え?」
 聞き返すと小さな顔が露骨にむくれた。拗ねた苛立ち。ぱたぱたする足は割りたての割りばしのようにまっすぐだった。
「もーわしつかれたあー。自力じゃ立てん。だっこ! だっこしてくれじゃ!」
 そういって澄んだ大きな瞳を向けてくるイオイソゴはとても保護意欲をかきたてる存在だった。生まれて間もない子猿の
ような……髪は漆で湿っているように艶やかで輝かしく、控え目な店内照明のオレンジさえ白く瑞々しく照り返している。
「だ、だっこがダメならその……」
 人指し指を咥えながらイオイソゴは瞳を赤く潤ませた。羞恥と躊躇がとても濃い遠慮勝がちな表情だ。
 彼女は視線を外し
「な、撫でるだけでもええぞ……?」
 それから恐る恐る見上げてきた。

「〜♪」
 数分後。彼女は金髪ピアスの胸の中にいた。席は変わり一番奥の角のソファーだ。あちこち灰色に捲れ上がった古めかしい
緑の皮張りの上。そこでイオイソゴは抱きかかえられていた。後ろから。太ももの上にちょこりと腰かけている。ころころと喉
を鳴らしていた彼女が振り返る。マンゴーの爽やかな香りが広がった。髪を撫でる。それだけのコトがとても嬉しいらしい。
幼い老女はくるくると心地よさそうに声をもらし瞳を細めた。
 そして席を立ち隣へ座り、こつり。頭を金髪ピアスの左肩に当てた。凭(もた)れかかった。
小さな体はやがてススリとソファーを滑り隣の男へ密着した。甘えている。甘えられている。未知の体験。どぎまぎと見返す。
純白の笑いが帰ってきた。いわゆる小児性愛じみた背徳を感じた自分を愧じてやまぬほど真白な笑顔だった。心から人を
信じ心から純粋な好意を差し向けてくれる……子供の笑顔だった。頼りない両腕で大人のそれを抱え込み何か他愛もない──
取りとめのなさがとても子供らしい──呼びかけをひっきりなしにやっている。黒目がちな大きな瞳をきらきらさせる鼻の低い
少女はとても悪の幹部には見えなかった。不明瞭な返答にさえけらけら笑い喜んでくれる彼女はやはり人間としてとてもとても
守りたくなる存在だった。
 すみれ色した見事な後ろ髪が垂れた。うち一房が肩にもかかった。その軽さをどうしていいか分からない。そんな顔する
金髪ピアスに
「妹さん? かわいいですね」
 でも深夜の外食はほどほどに。カップルが笑いながら通り過ぎた。リヴォルハインはといえば無言で輝くような笑みを浮か
べながら金髪ピアスとイオイソゴを交互に眺めている。散歩行くの待ってる柴犬。とは社員の描く社長評。
「とにかくじゃ。来てもらったのは他でもない。ヌシら2人の今後をどうするかという話をしたい」
 少女の声が厳かになると同時に金髪ピアスの脳髄に電撃のような感触が走った。
 そして、理解した。
146 ◆C.B5VSJlKU :2011/12/20(火) 21:42:31.72 ID:6cwXLucR0
.(このコ……500年以上生きてる…………!?)
 リヴォルハインからの提供らしい。イオイソゴにまつわる様々な情報が脳髄を暴れ狂った。

 曰く、武田信玄一派に連なる歩き巫女のまとめ役。
 曰く、伊賀の高名な忍者の娘。
 曰く、伝説的な忍び。
 曰く、大食い。

 妊娠中の女性を拉致しチワワの幼体を埋め込んだという情報さえ頭を駆け巡った。

(そして横文字が苦手!)

(しかも鼻が低いのを気にしている!!)

「これ。話を聞かんかい」
 顎が小突かれた。といっても何が起こっているのか察しているらしい。くの一は笑っていた。

「簡単に事情を説明するとじゃな。りばーす、ぶれいく、ぐれいずぃんぐ、でぃぷれす、くらいまっくす……といった連中はい
ま、とある決戦の下準備のため銀成市をうろついておる」
「の、ようですね」
「わしもまたそうなんじゃが……ヌシら2人に関しては彼らほどの企図や方針を持っておらん」
「はい! はい!! 及公は盟主様からちゃんと命令貰ってるのである!!」
「ひひ。盟主様がどれほど気まぐれで場当たり的か知らぬヌシでもあるまい。方策など無きに等しいわ」
「つまり……最年長のあなたの指揮下に入る方が得策。という訳ですか? 確かあなたはまとめ役……他の、アクの強い
連中(マレフィック)たちの調整役……」
 察しが早い。ローストチキンを大きく噛み破るとイオイソゴは満足げに頷いた。
「でじゃな。金髪よ。結論からいえばりう゛ぉはわしの手伝いを、ヌシはくらいまっくすとの交代を、それぞれして欲しい」
「クライマックス? あの冴えない女とですか?」
「おうよ。奴はいまでぃぷれすともども隣の市との境界線を巡っておる。おっと理由は聞くな。言われたままやってくれれば
後はまあ母ともども逃がしてやるわい」
 逃がす。その単語に唾を呑む。居住地たる銀成市からそうするというコトはつまり──…。
 窓から覗く夜景を見る。何の変哲もない街だ。東京辺りと比べれば娯楽も少ない。学生時代はつまらぬ街だと不満を
覚え華やかな都会に憧れたものだ。

 目を泳がせる。従えば自分たちの安全”だけ”は保証されるのだ。逆らったとしても勝てる見込みなどあろう筈もない。
 今晩出逢った男女のうち誰か一人でも勝てそうな相手がいるだろうか?
 いない。
 そもそも彼らはいったい何を目論んでいるのだろう。
 破壊? ただ単純に街を破壊したいだけなのだろうか?
(それも何か違う。こいつらの敵意とか悪意というのはもっと奥底に押し込められてるもんだ。目的のためなら何であろうと
平気で壊せる恐ろしさがある。けど、壊すだけじゃ満たされないって嫌な歪みもある。だから耐え凌ぐっていう概念がある。
何のために耐え凌ぐ? 簡単な話だ、いまこのコが自分で言った。もっと大きな解放にたどり着くための……)
 下準備。
 リバースとブレイク。
 グレイズィング。
 ディプレスとクライマックス。
 そしてイオイソゴ。
 彼らはそれぞれ何か思惑を秘めて動いている。
 めいめいの好き勝手のためではなく──…

(組織の、盟主の理想を叶えるための? 俺はどうすべきなんだ?)

(俺は……銀成市が好きだ。危機を知ってやっと気付いた)

(なーんもない街だけど……壊されるなんて嫌だ)

(じゃあどうすればいい? どうすれば防げる?)

(戦うのか? 勝てないのに)
.
147 ◆C.B5VSJlKU :2011/12/20(火) 21:43:25.90 ID:6cwXLucR0
(だったら)

(だったら……)

(戦士たちに知らせるっていうのが一番良i──…)

 破裂音。思考が現実に引き戻される。音は大きかった。店内の密かな喧噪が途絶した。横を見る。厚手のマグカップを
握るイオイソゴがそこにいて、まさにいま叩きつけたばかりという余韻が漂っていた。白いカップの下部はひび割れており、
小さい破片がいくつか床へ落ちる最中だった。

「考えるのは勝手じゃが……やめた方がいいぞ。古来知り過ぎた奴の末路などまったく無残なもの」

 子供が力余って叩きつけた程度に解釈したのだろう。店内に喧騒が戻ってきた。明け方近くのささやかな喧噪。それに
さえかき消されそうなほど静かな声でイオイソゴは要望を述べた。
「中庸凡庸こそ美徳よ。詮索など全く以て無用。ひひ。無用無用……」
 苦み走った笑いを浮かべながらイオイソゴは何かを金髪ピアスを喉笛に突きつけた。黒い舟形をしたそれはとある筍型の
菓子とほぼ同じ大きさだ。それを親指と人差し指で挟み込み軽く揉みねじる少女の顔が近づくズズイ。
 声は、一層低い。
「僅かとはいえ我々に叛意を催しているようじゃが無駄な事。ひひ。人間という奴はおかしなものでのう。ふだん堕落を貪り
得手勝手やらかしておる癖にいざ澆季末世(ぎょうきまっせい)……滅びを撒くもの近づかば突然倫理をうるさくしおる」
 白い肌と滑らかな髪が眼下で踊る。あどけない少女は相変わらず笑っている。しかし大きな瞳はまったく笑っていない。

「ただなる拒否反応。ひすてりー且つあれるぎーな驢鳴犬吠(ろめいけんばい)を正義とばかり血相を変え唾を飛ばし……ひひ」

ただ射すくめるような光を放っている。声はまったく静かなままだが眼光と同じ清冽(せいれつ)さを孕んでいる。金髪ピアスは
震えた。今まで浴びたあらゆる怒鳴り声より恐ろしかった。彼は悲鳴を喉奥でうろつかせたままただ歯だけをガチガチ打ち
合わせた。それしかできなかった。
「分かるな? 貴様がいま抱きかけている義憤というのはまるで土に根を張っておらん。いや、義憤ですらない。これまでの
腑の抜けた行住坐臥の端々で雇用主なり政治家なり暴力団なりに舌打ちとともに覚えた場当たり極まる怒りじゃ。吹けば
飛ぶ寝ても飛ぶ……小さな、どの対象にも炸裂しなかった庶民の……いいな。理解しろ。貴様はどうしてここにいる? え?」
「ひっ」
「悲鳴などいらんわ。答えろ。え? 今宵さんざ痛苦を味わう羽目になったのは……どうしてじゃ?」
 喉笛に黒い舟形──耆著(きしゃく)という忍者が用いる方位磁石の一種──がめり込んだ。肉が溶けた。ジュらジュら
とした液状に何かに置き換わった。その感触にぞっとしながら震える声で応答する。
「青っち……あんたの仲間のリバースって奴を襲おうとしたから……」
「ひひっ」
 皮肉めいた笑いが漏れた。強姦未遂が少々力を手にした程度で正義面か。尊厳も何もかもせせら笑っていた。
「それもまあ人間らしくて好きではあるが……やめておけ」
 イオイソゴは顎をしゃくった。血走った眼を必死に動かし後を追う。見せつけられたのは……2m超の貴族服。
「筒抜けじゃぞ。ひひ。成程やつの武装錬金は叛意をそそるだけの力を与えはしたが、それゆえ貴様の思考や感情など
丸分かり……。奴のところに行くよ。総てな」
「店員さん店員さんチーズケーキひとつー! 旗立ててね旗ー!!」
 リヴォルハインは元気よく手を上げチーズケーキを注文した。社員の危機にまるで無関心らしい。そのくせ何もかも知っている。
詰んだ。情けない表情で金髪ピアスは頷いた。あなたの嘲笑は正しい。降伏の肯定だった。
「いいな? 忘れるな。おとなしく従っている限りヌシと母御の安全は保障してやる。一時とはいえ仲間は仲間。尊厳は犯さ
ん。れてぃくるの目的は悪だが組織自体の質まで悪であってはならん。助ける、といった以上わしは必ずヌシを守ろう」
 ゆっくりと耆著が剥がれた。喉の肉はみるまに再生した。それを凄まじい半目で眺めた彼女は明らかに欲情していた。
涎を垂らし腹を鳴らし……空腹のもたらす動物的本能に心のほとんどを支配されていた。
「…………」
 唖然と眺める視線に気づいたのか。からぜ気を一つ打つとイオイソゴは
「わしもちーずけーきひとつー!! 旗立ててくれじゃ旗ー!!」
 元気よく手を上げた。声はもう元通り。底抜けに明るかった。今の詰問がウソだったのではないかと思えるほどだ。
(喉も治っているし……夢、か?)
148 ◆C.B5VSJlKU :2011/12/20(火) 21:44:01.02 ID:6cwXLucR0
 そう思いたい自分の世界の中で絶望的な出来事が起こった。何気なく目にしたマグカップ。それ目がけて白い破片が、
”下”から降ってくるのを。思わず目をこする。床に落ちた幾つかの破片はまさに戻ってくる最中だった。
「ひひ。根来めも斯様な忍法を使っておったかのう」
 あたかも割れた過程を逆再生しているように。
 やがて破片は陶器の鬆(す。穴)にピタリと合致した。ひび割れもいつしか消滅している。
ただ唖然とその光景を眺めているとカップから耆著が飛び出した。横薙ぎの腕で軽やかにそれを受け止めたイオイソゴ
今度はとても意地の悪い笑みを金髪ピアスに向けた。チロリと舌を出す様子はお茶目な少女という風だがそぞろに戦慄
を禁じ得ない。

「とにかくじゃ。くらいまっくすめは明日から演劇に参加することになったからの。りう゛ぉにもそっちへ行って貰おうと思っとる」
 演劇? そんな遊びじみたことのために下準備とやらを放棄するのだろうか? 
 疑問に気付いたのかイオイソゴはくつくつと薄暗い笑みを浮かべた。
「なぁに。実をいうとじゃな。演劇をやってもらった方がわしの目的に合致する。りう゛ぉの調整体収奪もやりやすい」
「そう!!! 及公が武装錬金を一気かつ目立たず発動させるには演劇こそ一番である!!!」
「…………」
「おっと。気を使わせたかの? すまんすまん。わしの目的について語ってやらねば動き辛かろう」

「人探し、じゃよ」

「人探し?」



「ああ。最後の幹部。マレフィックアースの器となりうる者を……わしは探しておる」




「で、マレフィックアースというのは一体どういう存在なんだい?」
 ウィルとデッドの一悶着を仲裁し終えると、ムーンフェイスはニマリと笑った。
「未来の話だけどさ。核鉄とか武装錬金とかに関する面倒臭い仮説があるんだよね」
「ほう」
 ウィルを見る。相変わらず面倒くさそうな表情で後頭部を掻いている彼が”そういう”存在だというのは以前から知っている。
 未来から来た。だから、ウィル。
「でもボク的には荒唐無稽だしどうせ話しても馬鹿にされるというか面倒臭いし……やーめた
 赤い筒がウィルの脇腹に突き刺さり、そして吹き飛ばした。硝煙めいた匂いにムーンフェイスは気付いた。爆破の反動で
浮き上がったデッド。それが頭突きをかましたのだと。

「なあおにーちゃん」

 筒は何事もなかったようにムーンフェイスを振り仰いだ。ウィルはその横で尻もちをつきながら面倒臭げに頭をかいた。

「不思議に思ったコトあらへん? 『なんで核鉄は100コしかないんやろ』って」
「あとさ。『本当に核鉄は100コしかないのか』って考えたコトはある?」

「まあ確かに不思議ではあるね。錬金術の歴史は長いんだ。誰か……それこそパピヨン君のような存在が101番目以降
の核鉄を拵えていてもいい筈だ。或いは……造られるのではなく発見という形でもいい」
 何しろ。綽綽とした態度のままムーンフェイスは鋭い笑みを浮かべた。
「有史以来総ての核鉄を管理しきれた組織はないよ。ある程度集めては散逸の繰り返しだ。というのに誰も彼もが核鉄は
100個だと信じている。どこかに101番以降が埋もれているかも知れないというのにだ。信じている100という数が余りに
キリが良すぎるのも良くないね」

 人為的な何かを孕んでいる。何者かの都合がそこにあるような。

「核鉄が人の手によって作り出されたものであるならその研究成果を示す文献ぐらい残っていても良さそうだ。そうだとす
れば……いや、そうでないにしてもか。誰か1人ぐらい作ろうとするだろう」
「なにしろホムンクルスの数は無尽蔵やからな。ちょっと幼体作って投与するだけで化け物の群れが完成や。100個しかない、
核鉄で対抗するにはあまりに分が悪すぎる」
「ホムンクルスの私がいうのもあれだが核鉄も幼体のように量産出来たら……どれほど素晴らしいだろうね」
149 ◆C.B5VSJlKU :2011/12/20(火) 21:46:12.49 ID:6cwXLucR0
「けど、ボクが見てきた長い歴史の中でそれをやろうとした人間はいなかったよ。いつもわずかしかない核鉄にすがり、絶
望的な戦いを繰り広げてきた。どの歴史でもそう。ずっと何度も。……不自然なほどにね」
(むーん?)
 違和感が奔る。何かおかしい。しかしそれも介さずウィルは乱れた髪もそのままに大きな生あくびをした。
「だからさあ。荒唐無稽な仮説だけどひょっとしたら正しいのかも。よく考えると疑う方が面倒臭いし」
「むーん。焦らされる方になって初めて分かるもどかしさ。そろそろ結論を急いでくれるとありがたいんだけど」
 筒は、薄く笑ったようだった。

「もし、やで?」

「核鉄自体が武装錬金やったらどうする?」

「人の闘争本能を形にし戦端を開くための……『武器』の武装錬金やったら」

「手にした瞬間、抜本的な解決をできなくするような強制力があったとしたら」

「武装錬金使うたび消費した体力や精神が……」

「核鉄の創造主のとこ行っていたらどうする?」

「核鉄の創造主だけ利するためだけに使われていたとしたら」

「おにーちゃんはどう思う?」




「うぃるめがいうには世界という奴は無数にあるらしい」
「並行世界って奴ですか? でもそういうのって漫画の話じゃ──…」
 ひひっ。少女はすすり泣くような声を立てた。そして人差し指を金髪ピアスの胸に突き、「いやいや」と間延びした声を上げた。
「現に最近それを証明する輩がこの街に来たではないか。え? ヌシもあの場で見た筈じゃ」
 あの場……? しばし考え込んだ金髪ピアスは「あ」と息を呑んだ。
「ディケイド」
「そうじゃ。次元を渡り歩くという世界の破壊者。わしも見たよ。ヌシ同様、あのメイドカフェ野次馬してたからの」
「そういう輩がいらっしゃるというコトはである!! ウィルの並行世界説! まさに正しいのであろー!!!」
 沈黙に耐えかねたのだろう。2mを超える美丈夫がやおら立ち上がり拳を元気よく突き上げた。
「あの勤労に対する敬意なき少年はいった!!」

「世界は無数に存在する!! と!!」

「で、じゃな。次元というか宇宙というか、とにかくそういう広大な舞台の中には、世界同士近場により固まり、競合を繰り返
す……そんな地帯があるという」
「競合、というのは?」
「戦いである!! 世界の中で戦いを展開し、何やら及公らぶっちぎったドデカイ高次の存在に見せるらしい!!」
「御前試合よろしく判定を仰ぐのじゃ。であるからしてその戦いという奴は”引き起こされた”奴が多い。うぃる坊の与太話の
錬金術師が如く他の世界の存在に気付いた連中が舵を取り、いわゆるげーむますたーとして主導する」
「戦いの質が高ければ高次の存在どもはエネルギーを放出し、その世界をますます繁栄させる。何柱もの神がかった存在
が介入するコトもしばしばだ。世界の動きが滑らかになり色が鮮やかになり美しい音が満ちるのだ」
「むろん戦いの主催者どもも莫大なえねるぎーを手にする」
「しくじったとしても我々が武装錬金に費やしたエネルギーそのものは主催者を成長させる!!」
 頭が痛くなってきた。リヴォルハインの武装錬金といい、今晩は金髪ピアスの脳髄が軋みに軋む時らしい。


「ボクのいた未来の与太話だけどさぁ。えーと。『むかし他の世界の存在に気付いた錬金術師が居ました。彼はずっとこ
の世界を良くしたいと思っていました。他の世界は戦いの代償に発展する可能性を秘めていました。だから彼は研究を
重ねこの世界に戦いを蒔こうと考えました。まず自らをホムンクルスにし悠久の命を獲得した彼は人喰いの衝動を持つ
この生き物を”敵”とし、同時に対抗しうる”武器”を作りだしました。しかし敢えてその数は少なくしました。圧倒的不利の
”味方”が”敵”を全滅するその過程を面白おかしく演出できるよう』……そんな寓話」
150 ◆C.B5VSJlKU :2011/12/20(火) 21:46:35.79 ID:6cwXLucR0
「確かに、荒唐無稽だね。少なくても私は聞いたコトがない」
「しかもその錬金術師、自分が斃されたら戦い終わるから肉体捨てて精神生命体みたいなんになったらしいで。核鉄っちゅ
う武装錬金……精神具象化したアレとは別に。無茶苦茶やろ?」
 笑うしかない説だろう。錬金術につきまといがちな四方山話としかムーンフェイスには思えない。
「真偽はともかく……とかく世界が戦いに傾きがちなのは間違いない」
 つまりだ。なめらかに掌を翻すとムーンフェイスは
「核鉄が100しかないせいで人間の私たちに対する敵意はずいぶんと助長されているからね。もちろん人喰いをやめようとも
しない私たちにも責任はある訳だけど……むーん。そこはなかなかやめられない」
 もし核鉄が無限にあり、人類総てがホムンクルスへの対抗手段を獲得できたとすれば?
「戦い以外の選択肢だって取れる筈だ。文明を発展させ力と錯覚させるさまざまの器具や手順を編み出せば猛獣さえ見世
物に貶める。それが人間だ。現に彼らは本来素手で勝てない捕食者さえ隣人として愛しんでいる。檻を抜け、家族に牙を立
てない限りは、だけど」
 といった。これにはデッドも大いに頷き──猛獣とホムンクルスの頭脳レベルの差を入れていないという反論もわずかに
混ぜたが──次に戦団への批判を上らせた。
「奴らいまホムンクルスへの対抗手段を独占しとるようやけど、それは別に人類さん全部から頼まれた訳やないからな。秘
密結社とか何とかのたまって勝手にやっとるだけや」
 核鉄の数が少ないからこそそれが人類全体の一般的な通念とならず、通念とならないばかりにローカル、またはニッチな
組織だけが一手に掌握している。およそそういう公式性のない新興宗教団体にも似た寄り合いというのは腐りやすい。デッド
はそう断言した。
「ウチのおかん社長でよう言っとったけど、親族経営じみたアレは結局ナァナァで組織を堕落させるもんらしい。だからウチを
継がせるつもりはなかった……ああ話ズレたな。とにかく戦団や。リヴォもゆうとったけどアイツら共存とか、抜本的な解決
は何も考えてない。ただホムンクルス殺して人間守ればいい。それだけや」
 望まずしてホムンクルスになったものだっている。デッドはある少女の名を挙げた。ムーンフェイスも頷いた。
「ヴィクター君のような不都合が起きれば我々でも思いつかないような卑劣な手段で対抗し、隠蔽する。解決も図らぬまま100
年後まで先伸ばしにし」
 現代人を大いに苛んでいる。
 そんな構造を作り出した理由の1つは核鉄の少なさにこそ求められるだろう。核鉄が少ないからこそ戦士も少ない。肉体面
ではいうまでもなくホムンクルスに劣る戦士たちだ。武装錬金を手にしてなお殺される危険性を秘めた戦士たちが些少な数で
──自らのみならず他者を守るという条件付きで──戦うとすればこれはもう手加減知らず。宥和を捨て、闘争本能を振り
絞り殺戮を繰り返すしか術はない。するとホムンクルスたちも抵抗を選ばざるを得ない。核鉄の数が限られているからこそ
奪おうとする。戦士を殺せばそれだけで2倍安全だ。やらない馬鹿はいない。激化する。戦いは。
「そんな流れのようなもの……舞台装置を核鉄やホムンクルス以外の何事かに置き換えれば国際情勢にさえ通用する、
誰かが源から引いた無意識下の闘争本能。人類全体が多かれ少なかれ内包し共有する戦いへの意識……君たちが寓話
じみた核鉄の創造主とやらに形を求める見えざる流れこそ」
「そう。マレフィックアース」
「この星を凶(まが)くする奴や」


「りう゛ぉの分散こんぴゅーてぃんぐというのはじゃな。無論研究の裨益(ひえき)、助けにするためでもあるが……もっと大き
な検証のために存在しておる」
 コーンスープを飲み干したイオイソゴはぽつりと呟いた。あどけない外見がウソのような厳かさだった。
「我々が仮定するまれふぃっくあーす……核鉄の創造主の構造というものが論理的に成立するかどうか。それを試すため
でもある」
「ええと。武装錬金の発動者からエネルギーを集められるっていう、アレですか……?」
「そして!!! 各自めいめいの”知恵”という名のエネルギーは集約できるコトは証明された!!」
 話を聞くうち金髪ピアスにも彼らの目論見が分かってきた。
「つまり……居るかどうかはともかく。あなた達はそのマレフィックアースと名付けた何か巨大なエネルギーを──…」
「そうじゃ。適した器に下ろしたい。憑依させるという方が分かりやすいかの?」
151 ◆C.B5VSJlKU :2011/12/20(火) 21:46:54.57 ID:6cwXLucR0
 とここで言葉を切り、イオイソゴは席を立ちどこかへ歩きだした。どこへ行くのかと眼で追ううち彼女はドリンクの供出装置
やコップの並ぶスペースで立ち止まった。笑いながら指さしたのはスープの鍋だった。お代わり自由。先ほど何やら涙目の
店員が3度目の補充を行ったそれの前にイオイソゴはカップを10個ほど置いた。銀色のお玉から琥珀色の液体がばしゃ
ばしゃ降り注ぐのを金髪ピアスはただ黙然と見送った。今ごろ厨房では5リットルほどのスープがコンロの上で煮立ちつつ
あるのだろう。涙とともに、生まれているのだろう。
「ひひ。器はまさに器よ。斯様に汲み上げる。旨味のあるものを分配し我々の理想のため使役する」
 あ。と金髪ピアスは息を呑んだ。
(コイツのいう器っていうのはカップの方じゃねえ。スープ鍋の方だ。熱とか配合を経た純度のあるモノを自分たち……カッ
プに注ぐための)
「そうである!! しかもあのスープ鍋と違いマレフィックアースの器は汲めども汲めども尽きぬのである! 井戸水のよう
にこんこんと純度ある何かを無尽蔵に!!!」
 リヴォルハインの言葉に背中が粟立つのを感じた。何故ならば……。
 少女はとてとてと戻ってきた。大きな鍋を両手で抱えて。
「もらったもらった!!!」
 双眸を輝かせた彼女は見せるつけるように鍋をぴょこぴょこ前後させている。体の半分ほどあるそれはまだかなりの熱を
持っており傍にいるだけで皮膚がチリチリ焼けそうだった。
「いや、勝手に貰っていいんですかソレ」
「んー。店員さんがもう鍋から直で呑んでええと言ってくれたし、いいじゃろ!」
 幼児特有の高い声を上げながらイオイソゴは両目を細めた。向き合う不等号の形はバブル経済より景気が良かった。
(あれだけお代わりすればそうなるわな)
 厨房から出てきたウェイトレスが壮大な溜息とともに汚れたカップのタワーを回収するのが見えた。ごめんなさい。横目
を這わせながら内心謝る。
「で、何か言いたげじゃがなんじゃ?」
 いや、その。しばらく口ごもるがどうせリヴォルハイン経由で──リルカズフューネラルという武装錬金は社員の意識が社
長に筒抜けなのだ──バレるのだと意を決し、恐る恐るだが具申する。
「だったらあなたたちは……負けないんじゃ」
 マレフィックアースという構造に対する意見である。
「ま、そうなるじゃろうな。仮説が正しければ武装錬金に費やした体力や精神力はまれふぃっくあーすのもとへ行く。我々が
斯様な存在を擁するとすればこれはもう……」
 ワンサイドゲーム。
 戦士たちはマレフィックたちを斃さんと決死の思いで武装錬金を展開し、向かってくるだろう。
 だがそのために消費したエネルギーは皮肉にも斃すべき敵の1人に。
(還元される)
 強化される恐れさえある。
 しかも。
 器を経由し濾過されたエネルギー。マレフィックたちはそれを『何か』に使うつもりらしい。
 リルカズフューネラルという民間軍事会社の武装錬金が分散コンピューティングの要領で鐶光の──リヴォルハインからの
情報で金髪ピアスは”青っち”の妹がどういう存在か知った──5倍速老化の治療法を模索しているように。
 だが同時に疑問が浮かぶ。
(それだけのエネルギー……いったい何に使うんだ?)
 ただ何かを壊すためという風ではない。むしろ破壊さえフェーズの1つにしか思っていないフシがある。好例がリバースだ。
人を撲(なぐ)る。一般的な価値観からいえば罪悪感と自責で押しつぶされるおぞましい行為さえ軽々とこなしていた。意思
を伝えたい。恐ろしく人間じみた衝動を恐ろしく人間離れした膂力で発散し、ぬけぬけと暴力嫌いさえ公言していた。
(世界総てをぶっ壊したいとかいうタイプじゃないんだよなあコイツら。多かれ少なかれ世界って奴が好きみたいでその部分
だけは壊したくないって思ってるみたいだ。例えばクライマックスがアニメヲタクなように)
 先ほどイオイソゴに釘を刺されたにも関わらずの詮索である。猫さえ殺す心のタイプ、野次馬根性はどうも抜けきれない。

(ねーねーキンパくん)
(なんだよ)

 思考を中断したのは……
 念話。リヴォルハインからの通達だ。

(先ほど聞いたけどである。マイドクトア……リバース=イングラムが邪魔なのであるか?」

 どうやら「襲う」という単語をそのまま理解したらしい。どういえばいいか迷っていると、彼はこういった。

(実は及公、マイドクトアを以前より亡きものにしたいと思っている!!)
.
152 ◆C.B5VSJlKU :2011/12/20(火) 21:47:12.51 ID:6cwXLucR0
.
 聞けば彼女の武装錬金がリヴォルハインの増殖速度を極端に遅くしているらしい。

(だから殺す? いや、敬意はどうなんだ敬意は!! お前作ってくれた奴だろうが!!)
(うむ!! その点については及公大変に感謝していらっしゃる!! だからマイドクトアの妹の治療法についてはかなり
本気で演算中だ!! 実際一時期、鐶光めの特異体質を我が身を以て再現し、あれこれ考えられたのである!!)
(あー。だからクライマックスと会ったとき変身してたのか? でもなんでイソゴばーさん)
(ゴばーちゃんが好きだから!!! なぜならば会うたび塩味の飴とかくれる!! 今日はくれるかなくれないかな!!)
(知るか!!!)
(とにかく鐶光めの老化については治す!! ウソも騙しもない正しい!! 研究結果において!!)

 だが、とリヴォルハインはこうも伝えた。

(その完成結果の提供を以て及公のマイドクトアに対する敬意とする!! それが済めば及公の理想がため邪魔なので
消していい!! マイドクトアさえいなくなれば及公の増殖速度は爆発的に増大する!! 比例して処理速度も!!)
(…………)
 仲間意識も何もない男だと思った。そもそもつい今しがたイオイソゴを好きだといったばかりではないか。「組織の質自体
は悪とせん」そう断言し、仲間への温情を見せた彼女を。にも関わらずリヴォルハインはヌケヌケと仲間殺しを宣言してい
る。空恐ろしいものを感じた。
(及公は大義をお持ちだ。達すれば錬金術の災禍に苦しむ人たちを救える大義。マレフィックアースの敷いた果てしない戦
いの宿命を消すコトのできる大義。それを達するためならば多少の犠牲などお厭いにならぬのが及公!!!)



(だから!! リバース=イングラム殺害を……手伝うのだ!!




(こいつ……)


 もし気取られ始末されても他人ごとなのだろう。無数いる社員の1人が消える。その程度にしか扱われていない。


(なんて傲慢な奴だ!!)


「ひひっ」

 苦悩する金髪ピアスを流し眼が一瞥した。気取られたか。じわり焦燥する金髪をよそに老女は笑う。何も知らないかのご
とく、純粋に。

「ともかくじゃ。わしはまれふぃっくあーすの器を探すべく銀成学園に潜入中じゃ。りう゛ぉよ。明日少し手伝え。そろそろ鳩尾
無銘めがくるころじゃ。匂いを誤魔化せ。社員にせずとも柑橘の香水つけさせるぐらいできるじゃろ」
「あいさー!!!」
「さーて、探そうかのう。まれふぃっくあーすの器」

 イオイソゴが指折り上げる器の条件。
 それは。



「まずは稟質(ひんしつ)。生まれつきその本質が清らかであることが肝要」

「次に現状。幸福であってはならぬ。幸福であってはならぬのじゃ…………」


.
153 ◆C.B5VSJlKU :2011/12/20(火) 21:47:31.03 ID:6cwXLucR0
 そして彼女はもう1つ言葉を紡ぐ。

 しばらくのち、銀成学園廊下で毒島に遭遇した時。
 ついぞ彼女には言わなかった情報を。

「最後に。武装錬金」

「器として、分配に適した形状のものを」

「発動できる人間。……それこそ我々の悲願に必要」



(うぃる坊は言った)


【確か居たんだよねー。”どの歴史”だったか忘れたけど正にマレフィックアースにピッタリな奴】



【顔も名前も忘れたけど……】



【この時期、銀成学園に通っていたのは確かだよ】




「ひひ。りう゛ぉの武装錬金特性。……金髪めの母親が”ああ”なったのは武装錬金を半ば強制的に発動させられた為」

「そして演劇。これらをうまく活用すれば器を一気に見つけられよう。ひひっ!!」

「大胆かつ秘密裏に。相反するが可能じゃ。うぃる坊の見た歴史。その一つが実証しておる」

「仮に無理でも最有力候補に縋ればいい。ひひ。寝返らせるなど容易いわ……」

「恋慕。満たされなさ……揺らいでおるよ奴は。少女らしさとやらを取り戻したばかりに」

「かの武藤カズキの妹めに寄せる複雑な感情。それをつけば離間など。ひひっ。容易い。実に容易い……」



「いまのところマレフィックアースの器の最有力候補は」





「? 珍しいわね。私の方に来るなんて」
 書きかけの台本から目をあげると、若宮千里は来訪者に呼び掛けた。声は届いているようだが来訪者はドアの前で止まっ
たままだ。ただ小さな肩ごと胸を上下させているのは分かった。それで千里は来訪者がどうやってきたのか知り
「ダメでしょ。廊下を走っちゃ」
 柔らかい微笑を浮かべた。夕日が眩しい教室だった。差し込む光のオレンジは影の暗さと強烈にコントラスト。でもそんな
光景はなんだか劇的で来訪者にぴったりだなあと千里は思った。
「……うん」
 鼻にかかった甘い吐息を漏らすと彼女はまた走った。今度は千里に近づくために。
「もう」
「廊下じゃないもん」
 呆れる千里の手を取ると、来訪者は悪戯っぽく笑った。そしてしばらく他愛のない会話──とうとうまひろが秋水に対し
154 ◆C.B5VSJlKU :2011/12/20(火) 21:48:00.51 ID:6cwXLucR0
コマを一歩進めたとか台本の進捗状況はどうだとか、監督が急に演劇部を任せてきて大変だとか、でもそれが満更でも
なさそうだとか少しはにかんだ「そんなコトないよ」とか──普通の、女子高生の会話の後、彼女は千里にこう頼んだ。
「ね。千里。寄宿舎に戻ったら……髪。また梳いてくれる?」
 断る理由はなかった。千里はその来訪者に少しあこがれていた。
 金に輝く滑らかな髪。日の光などまるで知らないような白い肌。人形のように整った愛くるしい顔。
 どれをとっても「いかにも地味な」自分とは対極だ。髪を梳くのはせめて憧れをもっと綺麗にしたいという心情のなせる
わざかも知れない。
 筒に小分けした長髪をいじりながら「いいかな。大丈夫かな」と不安げに見つめてくる来訪者……大事な友人の頭を
軽く撫でる。返事はそれだけで十分だった。後は来訪者が「わー!」と嬉しげに抱きつくのを困り顔で宥めるだけだ。


 千里はこの時まだ知らなかった。一見無邪気な友人がどういう人生を歩んできたのか。

 その正体を。

 夥しい血を流し死に瀕する自分を冷たい爬虫類の目で見る未来を。
 のみならず正体を明かし、非情な現実を突きつける未来を。


 何ひとつ知らないまま千里は彼女の名前を優しく呼んだ。



「ヴィクトリア」



「そう。ヴィクトリアや」

「ヴィクトリア=パワードなんや。器の最有力候補は」



「ほう。それはヴィクター君の娘だからかな?」
「というか……」
 だぼついた長袖をけだるげに垂らし、ウィルは答えた。
「あんたの相棒でしょあのコ」
「?」
「だーかーらさー。あんたヴィクトリア=パワードと組んで大反乱劇を開催してたじゃない。忘れたの」
「あのコが器の最有力候補なんはその辺りのせいやな」
「…………?」
 意味が分からない。解説を求め赤い筒を見ると朗らかな関西弁が漏れ出した。
「あー。悪かった。こいつの言うとんのは別の時系列の話や。違う歴史の話」


【銀成学園】

「マレフィックの1人。『水星』のウィルどのの武装錬金。その形状は不明。しかしながら」

「時間を操れるのは確か絶対間違いなし。ゆえに」

 そこで小札はマイクをきゅっと握りしめた。俄かに下がった声の声トーンは聞く者総てに戦慄を与えた。

「過去に飛び歴史を歪め変貌させるコトなど朝飯前」



「今回の歴史はいい感じだよー。ま、そうじゃないと困るけど。マレフィック。正史じゃ今から10年前に全滅してた筈だけど
いろいろ頑張ったからいまこうして坂口照星とか誘拐できてる」
「正史、か。確か前にもキミはそんなコトを言っていたけど」
155 ◆C.B5VSJlKU :2011/12/20(火) 21:48:32.60 ID:6cwXLucR0
そのまんまの意味だよー。知らないの?」


 ウィルはムーンフェイスを見た。猫のように悪戯っぽい瞳を濡れそぼらせ。


「本来の歴史じゃヴィクターたちが月に消えた後、時間は何事もなく過ぎた」

「何事もないまま津村斗貴子たちはパピヨン討伐に赴きそして武藤カズキを月から連れ戻す」






「…………」


「…………」

 ムーンフェイスは沈黙した。たっぷり20秒は黙った後、


「むーーーーーーーーーーーん?」


 ウィルを理解した。本当の意味で。




【銀成学園】

「こ、ここまで来れば大丈夫だよね?」
「ああ」

 屋上に続くドアの前でようやくまひろは秋水から離れた。俯き加減の彼女は何をいえばいいか分からなくなったのだろう。
急に口をつぐんだ。栗色の髪の間から見える額はうっすら湿り桜色で、不覚にも秋水は「綺麗だな」と思った。
 そういえば、と気づく。

 彼女との距離が縮み始めたのは、この屋上の踊り場からだった。


 いま目の前に広がる扉を開けて、そして出会い──…


 ウィルは微笑した。


「少なくてもこの時期──────────────────────────────────────────」


                               「………………………………早坂秋水と武藤まひろは接近しなかった」


 言葉少なだがいつもの会話をする。ギクシャクとしていたまひろの体から力が抜けた。
 いつも通りの秋水に「秋水先輩。大人」とでもどんぐり眼をぱちくりさせ。
 そしていつものように笑った。笑って階段を下り、すぐ途中の踊り場で手を振ってぴょこぴょこ去って行った。

 そんなまひろの姿を見るのが、秋水は好きだった。
156 ◆C.B5VSJlKU :2011/12/20(火) 21:50:13.85 ID:6cwXLucR0
 いつの間にかそんな何気ない光景がとても好きになっている。そう自覚した。
 くすぐったい気持ちをどうにかしたくて、彼は頬を少しだけ掻いた。

 そして扉を開ける。
 彼女と出会った時とは違い……行く手に誰がいるか確信した上で。



                                                     「……つまり、本来の歴史には」


 ムーンフェイスは努めて静かに返答する。らしくもない。頬を流れる汗にそう思う。足元がいまにも崩れていきそうな不安
がある。


                                                             「うん。なかったよ」


 見知ったいくつもの顔がこちらを見る。
 まず目に入ったのは剛太と桜花だ。当たり前のように隣同士で、彼は剛太に礼がいいたくなった。
 鐶との戦いのさなか、傷ついた桜花を励ましてくれた戦友を。
 あの戦いがあったからこそ、桜花も開けた世界で知己を得た。



 秋水は心からそう思い、彼らを見た。



                                             「音楽隊と戦士との戦いなんか……なかった」


 とても賑やかな連中だった。
 もしカズキと出会ったらどういうやり取りをするのか。秋水は時々らしくもなく想像する。


                                                               「正史にはね」


                                       「ザ・ブレーメンタウンミュージシャンズなんてのはいなかった」


                           「総角主税も小札零も鳩尾無銘も鐶光も栴檀貴信も栴檀香美もいなかった」


「武藤カズキに出会えるワケ、ないじゃない」


 ウィルは生あくびまじりに話す。話しつづける。
「ザ・ブレーメンタウンミュージシャンズなんていうのは歴史のズレが生み出した存在に過ぎない。マレフィックが10年前、
あるべき手順で全滅しなかったばかりに生まれいでた徒花さ」

「そして歴史のズレは他にも細かな相違点を生んでいる」

「正史じゃ根来忍と楯山千里はコンビなんか組まないし」

「ヴィクトリアも銀成学園に招かれない」

 いまの歴史にたどり着くまで無数の歴史が生まれ同じ数だけ上書きされ、消えていった。
 ウィルは面倒くさそうに吐き捨てた。
157 ◆C.B5VSJlKU :2011/12/20(火) 21:50:59.40 ID:6cwXLucR0
「防人衛が五千百度の炎で焼け死ぬ歴史もあった」

「武藤カズキの初武装錬金。歴史によってタイミングはまちまち。巳田を殺す奴もそうさ」

「円山と犬飼が武藤カズキではなくヴィクター討伐に赴く歴史もある。そこには早坂秋水も居たかな」

「歴史は武装錬金の位相さえ変える。バブルケイジの特性……クロムクレイドルトゥグレイブの創造主……」

「人もだ。鈴木震洋は殺人経験アリの凶悪な未成年、坂口照星はいまと真逆の」

「武藤カズキの後輩の一人。女だったかな。そいつの父親がホムンクルスだったり」

「ヴィクターがエナジードレインでヴィクトリアを殺すっていうのもある」

「そうそうムーンフェイス。あんたが佐藤と浜崎と一緒に銀成学園の演劇発表襲う歴史もあったよ」



 歴史は変わった。変え続けてきた。ウィルは言う。何の感慨も込めず。

「西山とか言うホムンクルスの捕縛された経緯」

「剣持真希士。邪空の凰。彼らの戦い。組織の内実……首魁の正体」

「防人。千歳。火渡。彼らが現在に至るまでの軌跡」

「そして……100年前。ヴィクター討伐の真実」


「どれも正史とは違うよ」

「わずかな差異で済むものもあれば」

「捏造としかいいようのないほど様変わりしたものも」


 総てウィルの仕業や。歴史改変のせいや。デッドは笑いながらそう述べた。


「随分スゴい話になってきたね。神にも等しい力だ。世界を支配するのも夢じゃない」
 なのになぜ一共同体の幹部に甘んじているのか。そうムーンフェイスが聞くと
「怠けるためー」
 ウィルは無表情でピースした。




「どしたんおにーちゃん。急にすっ転んで」
「い、いやその……ウィル君。キミはとても変わっているね」
 埃にまみれた長身をよろよろと立て直しながらムーンフェイスは反問した。震える声には呆れと戸惑いが存分に混じって
いる。
「そやな。フツーに考えたら歴史改変とか莫大な手間と労力がかかる。いろいろ調べていろいろやって……うまくいくまで
付き合い続ける根気の作業や」
 怠けるだけならそれこそ人の来ない秘境で延々眠っている方が効率的……ムーンフェイスの見解と見事一致したそれ
を赤い筒は並べたてた。滔々と。
「えー。やだよそんなの娯楽のない。ボクはさー。冷暖房の完備した部屋で毎日毎日面白いものだけ見てゴロゴロしたいのー」
 どこから出したのか。大きな枕を強く抱きしめウィルは首を振った。いやいやをするような仕草は恐ろしく子供じみていた。
「なんかボタン押すだけで食事が来てさー、寝てる間に誰か洗濯とか布団干ししてくれて、ゲームも発売日に最強のセーブ
データ付きで届くような。あ、食事ボタンじゃなくてもいいや。ストロー。部屋にでっかいストローつけよう。ウィダーインゼリー
みたいな噛まなくていい奴ちゅーちゅー吸う方が面倒くさくない!!」
158 ◆C.B5VSJlKU :2011/12/20(火) 21:51:54.27 ID:6cwXLucR0
 眠そうな目を一瞬だけ開きキラキラ輝かせるウィル。デッドは言葉さえなくしたらしい。ムーンフェイスもその声を震わせた。
「分かったよ。つまりキミはそういう生活を手に入れるため”だけ”に歴史を変えて変え続け」
「そう。ホムンクルスの自分が戦士に襲われたりしない、戦いのない、ぬくぬくとした庇護の下、好き勝手やれる世界を作るため
”だけ”ウチらに加担しとる。自分1人で戦うつもりなんかサラサラない」
「ある意味、働き者なのかものね。歴史を変えるのは確かに莫大な労力がいる。けど」
「ホムンクルスが戦士に狙われる」、その一文が不動の常態となり果てた社会でウィルの理想を全うするのは恐ろしく困難だ。
生きている限り人喰いは避けられない。多くのホムンクルスはその対策にさえ苦慮し生活を汲々とさせている。人並みの生活
さえ保持できるかどうか。
「ボクは逃げたりしたくないもん。だって面倒くさい。一生懸命逃げても戦士はまたボクを見つけるんだ。人がせっかく一生懸命
考えて引っ越しても数か月でブチ壊しだよ? ほんとー、戦士とかー、イミフー。ちょっと人間食べるだけですーぐブチ切れて
襲いかかってくる。ボクだって苦しんでるんだよー? 食人衝動に。なのにそれ解決しようともせずさあ、殺す殺すの一ツ覚え
でボクの楽しい生活ブチ壊し。まったく。あほだよ。アイツら」
「だからそんなものに逐一対応する位なら……多少なりとも労力を払い、ホムンクルスが……いや。ウィル君が。すごしやすい
世界を作る方が結果的には楽かもね。何しろ、ホムンクルスの人生は長い」
「そー。人間よりずっとね。しかも病気も老いもないし」
「歴史いじれるこいつがジブン人間に戻さん理由やな。はは。ここまできたら老後めざしてコツコツ貯蓄しとるおっさんと変わ
らへんがな。つくづく自分本位なやっちゃ」
 仲間意識もなければ盟主への忠誠心もない。そんな男だ。やや嫌悪交じりに話すデッドに向かい
「だからさー。ボク、いくら怠けても大丈夫な世界が欲しいんだもん。だから何度も何度も時間飛んでさあ。歴史変えようと
頑張ってたんだよ? でもいつもいつも『アイツ』に見つかってダメになってさあ何度も何度もやり直し……」
 ウィルは枕にくたりと顎を乗せた。そして目を細めた。
(……アイツ?)
「というかさあ。この世界なんか変なんだよねー。1回大きな終わり迎えてるみたい。その後2回、何か強力な力の隆起が
起こってさ、歴史が再始動してる感じだよ。しかもその後何度か細かい力が加わって、後から後から細かな修正されてる
ような……お陰でとても改変しやすいんだけど、ヘンなんだよねー」
「むん? キミのような歴史改変者が他にいるだけなんじゃ?」
「んーん。『アイツは確かにそうだったけど』、違うよー。本来の歴史そのものが、歴史自体の持つ力で変わってるの」
「もし例の核鉄の創造主やら世界の競合とかその傍観者の説が正しいとすればや。それらの妙な圧力とか勢いが、この
世界の成り立ちを他の並行世界と違うものにしとる……こいつそんなコトいうねん」
「そうそう。あ。生放送の時間だ。見ていいデッド?」
「ニコ動ばっか見とんなボケ!!」
 ウィルは携帯電話を取り出した。すかさず赤い筒が炸裂し粉々になった。
「うー。いいじゃない。適当に見てダラダラ笑うにはピッタリなのに……」
「だいたいなんでそのケータイ、未来のネットが見れんねん!!」
 また言い争いだ。ムーンフェイスはまぁまぁと笑いながら仲裁した。


「まあ、音楽隊の連中についてはどうでもいいよ」
 ムーンフェイスは軽やかに指を弾いた。
「重要なのは私だよ。私は正史に居たかい? 正史の中で……果たして地球を月世界よろしく荒廃させていたかい?」
「うん。少し未来の話だけどねー。ただ」
「ただ?」
「そのせいかな。ボクが歴史に介入できるようになったのは」
「ま、きっかけの一つではあるな」
 デッドは頷き
「真・蝶成体……やったかな。完成はもうすぐや」
 と言った。ムーンフェイスは「ほう」と会心の笑みを浮かべた。浮かぶ感嘆は誰がためか。
「いちおう試作品は浜崎君で試してはいたけど、そうか。成功したんだね」
「けど、よくなかったな。本来の歴史やと真・蝶成体は地球を破壊し尽くす。おにーちゃんの望みどおり。止められるものは
おらんかった」
「だからこそ、良くなかったんだよねー」
 ウィルは溜息をついた。
159 ◆C.B5VSJlKU :2011/12/20(火) 21:52:28.34 ID:6cwXLucR0
「その時代に1人。歴史を改編しようとする奴が居たんだよねー。親と仲良くしたい……そんな感じのつまらない動機でね。
実際歴史改変は叶ったよ。運よくというか運悪くというかタイムスリップ可能な武装錬金があって、だからそいつは望みどお
り未来を変えた。今から少し先、パピヨンの元を訪れ、両親と協力し……真・蝶成体を打ち倒した」
「未来は平和になった。荒廃したんはなかったコトになった」
 ムーンフェイスはやや気分を害したようだった。一瞬瞳も口も醜く歪め恐ろしい顔つきをした。
「あー。おにーちゃん怒った?」
「むーん。当然だよ。私の理想が阻まれるとあってはね。まったく余計なコトをしてくれた」
 くるりと踵を返し表情を見せなくなったムーンフェイスの背後で筒がケタケタ笑った。
「あ。ひょっとしたらそいつタイムスリップさせたのウィルやと思っとる?」
「キミたちが私に話した情報から想像する限りはそうだね。まあ、まだ何か隠しているなら別だけど」
 怒っとる怒っとる。弾けそうな笑いの中でウィルは面倒くさそうに後頭部をかいた」
「違うよー。それをやったのは別の奴。でもさあ」
 興味深そうに振り返ったムーンフェイスにウィルは目を輝かせた。
「知ってる? 歴史改変って奴は難しいんだ。 何か1つ不都合を消せば新しい不都合が生まれるんだ。まあそれは主観
の話なんだけど、歴史を変えた結果別の何かが生まれてしまうっていうのは結構ザラだよ」
「もう焦らすなやウィル。結論からいうとな。真・蝶成体が地球全体を荒らしまわった結果、結構な数の核鉄が散逸したんや。
殆ど所在不明……人知れず眠っていたものがたくさんや」
 ここまで言えば分かるやろ? デッド=クラスターは柔らかい声を期待に弾ませた。
 ムーンフェイスも、笑った。
「その所在不明だった核鉄がウィル君。キミの手に渡った訳だね?」
「そ。真・蝶成体が正史どおり地球を荒廃させていたなら絶対ボクの手には渡らなかったであろう核鉄がね」
「そもそも正史やとウィルの祖先、真・蝶成体に殺されとったくさいしなー」
 存在しない筈の存在。現存しないはずの核鉄。
「ありえないもの同士が出会い……そして歴史改変が始まった」
 高らかに読み上げたムーンフェイスはしかし腰に手をあてたままふと動きを止めた。
「しかしおかしくないかい? 真・蝶成体を斃すためはるばる未来からやってきたというその人物はいったいいま、何をして
いるんだい? ウィル君。キミが歴史を変えたばかりにレティクルエレメンツは生き延びてしまっている」
 そもそもその改変を呼んでしまった張本人ではないか。
 なのになぜ、真・蝶成体のときよろしく来ないのか?
「まさかキミたち10人合わせて真・蝶成体に劣るというコトもないだろう」
「介入ならしてきたよ。何度もね。随分責任を感じていたようでさあ。もう必死必死。鬱陶しいのなんのだよ」
 ぺたりと座り込み少年は
「だから何度も歴史を変える羽目になってさあ。ああ面倒くさかった」
 堕落の赴くままうつ伏せに寝転んだ。
「ま、真・蝶成体も良し悪しっちゅーコトやな。ウィルが核鉄が持てたのもウィルが邪魔されたのも元をただせば真・蝶成体のせ
い。これやから歴史改変はややこし」
 ウィルは軽く息を吸い、寝そべりながら手を振った。

「本当は殺したかったけどね。色々あってできないんだ」

「でも再びこの時代の連中と手を組まれても厄介だ。異形として管理している」

「何の話──…」
「名前を知りたがっていたね? 紹介するよ」
 少年の横で空間が割れ爆ぜた。漆黒の方形から飛び出したのは異形の手。

「アイツはコイツ。人間のまま時空のねじれでこうなった」

 その先にある爪がムーンフェイスの頬を薄く切り裂き、ピタリと静止した。

 かつて照星に凄惨な暴行を加えムーンフェイスにさえ襲いかかった『同居人』。

 その人物の名前をウィルは告げた。淡々と。淡々と。
160 ◆C.B5VSJlKU :2011/12/20(火) 22:02:04.45 ID:6cwXLucR0
.


「武藤ソウヤ」



「もうすぐ真・蝶成体を斃しにくる未来人」

「武藤カズキと津村斗貴子の子供」

「その……なれの果てさ」










【銀成学園】

「……という訳だ。ここまで何を話したか、ちゃんと把握したか?」
「ああ」
「まったく。まひろちゃんのためとはいえ少し遅いぞ」
 プリプリと怒りの蒸気を噴く斗貴子を秋水は少し不思議そうに眺めた。無愛想で血の気が多い癖に妙なところで親切だ。
「なんだ」
「いや、教えてくれて感謝する」
 その横をエンゼル御前が独特の飛行音を奏でながら通過した。ピンク色の饅頭を思わせる不格好な人形はしばらくふら
ふらと上下していたが、やがて止まった。どこからともなく取り出した煎餅は顔とほぼ同じ大きさだが、一齧りで半分ほどが
口へ消えコナゴナと咀嚼された。そして食事が終ると彼女は
「つーかよー、なんで10年前負けたんだよマレフィックども」
 といった。その頬が内部からぼこぼこと滑らかに隆起しているのを見ながら秋水は──時々本当にこれが姉の内面なの
かと疑いたくなる。もっとも桜花は弟の疑念をただちに嗅ぎつける。そして意外な一面をあたかも下着の紐のように覗かせる。
ますます弟を惑乱させそのさまを楽しむのだ──ふと瞳を細めた。

「確かに……なぜ負けたんだ?」

 10年前居合わせた幹部を指折り数える。

 触れた物を何でも分解できる神火飛鴉(しんかひあ)の所有者。
 蘇生さえ可能な衛生兵の使い手。
 ついぞ戦士の誰にも顔を見せず逃げおおせた伝説の忍び。
 ウィルにいたっては時間を自在に操れるという。

「なお10年前の戦いに置かれましてはマレフィックどの3名ほどご落命されましたが内お2人の能力もまたいずれ劣らぬ
ものばかり!! 残りお一方につきましてはただなるレーション、攻撃力は絶無であります!!」
「そんな連中がなんで負けたんだよ? おかしくね?」
 剛太も垂れ目を更に垂らして総角を見た。
「フ。ついでにいうが盟主は武装錬金特性じゃ殺せんぞ」
「はあ!?」
「マレフィック連中の分解能力や時間操作では絶対死なん。火渡戦士長の火炎同化や毒島のガス操作といった『特性』で
も無理だ。絶対に」
 もう言葉もなくしたという風だ。剛太は顔面のあらゆる筋肉を引き攣らさせた。氷がひび割れるような音がした。
「しかも俺以上の剣腕!! バスターバロンの右腕ぐらい簡単に斬り飛ばせる!」
 すかさず総角は端正な顔を剛太のそれギリギリに近づきおどけた調子で叫んだ。やられた方はとても顔をしかめ
「だから何で負けたんだよそいつら!!!!」
 叫んだ。かすれた声が膨れ上がり秋の空へと木霊した。
161 ◆C.B5VSJlKU :2011/12/20(火) 22:02:30.83 ID:6cwXLucR0
「単純な話だ」
 総角は小札に目くばせした。あどけないお下げ少女はうっすら頬を染めるとしばらく大きな瞳を左右に揺らしていたが、やがて
意を決したように頷いた。それを見届けた総角が一瞬寂寥の影に染まるのを秋水は見逃さなかった。
「奴らよりもっと強い存在が、あの戦場に居た。ただ、それだけだ」
「念のために聞くけど……バスターバロンのコトじゃないわよね?」
 桜花の質問に「そうだ」と総角は頷き肩口の髪を跳ね上げた。
「彼は……強かった。人間の身ながらディプレスとイオイソゴを同時に相手どり見事に退け、一時は盟主さえ追い詰めた」
「……名前は?」
 腕組みする斗貴子の顔に微かな動揺が走ったのは「人間の身で」という部分に反応したせいか。
 総角は紡ぐ。その名前をゆっくりと。



「アオフシュテーエン=リュストゥング=パブティアラー」


「我が音楽隊の雛型たる秘密結社……リルカズフューネラルの社長にして」




「小札の、兄だ」





 同刻。ウマカバーガー。

「奴は強かった。うぃるめが歴史改変を繰り返しこのわしが籌筴(ちゅうさく)計略の限りを巡らしてもその勢いはわずか
しか弱められんかった。結果奴と戦うはめになったわしとでぃぷれすは敢え無く戦線離脱……すでにぐれいずぃんぐめが
半壊していたのもマズかった」
『他に方法はなかったんですか?』
 と書いたのはリバース。いつもの笑顔でいつものスケッチブックだ。
「ひひっ。無理をいうな。正史はもっとひどかったらしいぞ」
『どういう風に?』
「小札の兄め自らをほむんくるすにしおった。そして木星、でぃぷれす、ぐれいずぃんぐ、当時の冥王星海王星天王星に
盟主様を加えた幹部7人を悉く討ち取ったあと、自刎して果てた」
 リバースの手からスケッチブックが落ちた。慌てて拾い上げた彼女はあせあせと
『チートすぎる……』
 と書いた。イソゴは愉快げに肩を揺すり「いやいや」と笑った。
「戦闘力自体も非常に高かったがそれ以上に戦いの段取りがうますぎた」
「戦略的不利は戦術的勝利で覆せない……自分があらかじめ有利に戦える枠組み作るのがうまかったと?」
「そーそー。あおふめは戦団と綿密に連携しておっての。小癪にも我々の動きを逐一報せ先手を打たせた。それを断つため
にも小札の方をほむんくるすにする必要があった」
 ひとしきり息を吐き終えたイオイソゴの前でリバースの笑顔がわずかに傾き、そして曇った。そんな彼女が何かを書かんと
した時
「? 正史じゃお師匠のおにーさん、ホムンクルスだったんすよね? じゃあどうして──…』
 とブレイクが声を上げた。ややわざとらしい調子だがリバースは何事かを感じたらしく微妙なはにかみを彼に向けた。
「ひひ。貴様自身は分かっているのに代理質問ご苦労ぶれいく」
 大事にしてやれりばーすよ……貫禄のある物腰で若い男女を見比べながらイオイソゴこう告げた。
「答えは簡単。小札の兄めは連携を取り終えてからほむんくるすとなった。それは我々を斃すために用意した最後の手段ら
しく、勝つにしろ負けるにしろ最初から死ぬつもりだったようじゃ」
『だからこその連携』
「そーじゃな。どうせ死ぬ以上、確実に勝たねばならん。幹部どもをほぼ同じ箇所に集めたうえ、盟主様に防人をけしかけると
いった──各幹部の弱点をついた──戦士の波状で着実に弱らせおった」
「そこへ人間の枠ブチ破ったおにーさんの攻撃! そりゃあ7タテもできるってもんでさ」
「ひひ。自分という奴に何ができ何ができぬか知悉し抜いた上での段取りよ」
 人間という奴の良さであり恐ろしさ。
162 ◆C.B5VSJlKU :2011/12/20(火) 22:03:26.82 ID:6cwXLucR0
「なるほどなるほど。ただホムンクルス化防ぐだけじゃダメすねそりゃあ。聞けば人間の状態でも馬鹿強かったらしいすし、
戦団とのつながり断ち切れただけでも御の字でしょー」
 シェイクをちゅらちゅら啜るのはウルフカットの恵比須顔。
「ちなみにうぃるとわしと総角は正史にはおらんかった。じゃらからま、今の歴史と共通して存在していたのは」
『土星。リヴォルハイン君の前の……。強いけど化け物丸出しだったとか』
「戦団でも始末できるれべるじゃった。ひひ」
「そーいや遠目すけどお師匠のおにーさん、見たコトありやすよ」
 ブレイクはぽんと手を打った。
「えらいシスコンでしたねぇ」
「ちなみに決戦のどさくさにより死骸はまだ見つかっておらん」


「実はまだ生きているのでは……わしが一番恐れている事じゃ」





「ところでだウィル君。もしこの先我々が負けた場合、キミはまた歴史改変するのかな」
「あー。それは無理だよー」
 けだるげな少年はテレビに向かったまま答えた。振り向きもしない。握ったコントローラーがせわしなく鳴っているところを
見ると佳境らしい。
「それはできへん相談やでお兄ちゃん。ウィルの性格ぐらい何となく分かってきたやろ?」
 曖昧な返事を漏らす。なんとなく部屋を眺める。床には色とりどりな巨大なピースが敷き詰められている。右手には滑り台、
左手にはさまざまなゲーム機。乱雑に転がっているそれらの一つと思しきものが真正面5mほどに鎮座しバーチャルな興奮
をウィルに提供している。声がしたのは彼の左からで、赤い筒がでんと居る。どうやらゲームの様子を眺めているらしい。
(いや、見えるのかい? それで?)
 突っ込みたくなったがよく見ると筒とテレビの間には無数の小さな渦がある。風が軋んでいるような空間のぼやけ。それは
確かデッドの武装錬金特性で視覚情報も送っている……ムーンフェイスがそんなコトを思い出していると……………………
渦の中に”目”が現れた。瞳の両側に大きな傷のある、怪物のような眼差しが。聞くところによれば、デッドのものらしい。

「ウィルの性格なら10年前レティクルが負けた段階で歴史改変するやろ? でもまだこの時代におるっちゅーコトはや」
「できなくなったのかい? 歴史改変」
「時間操作も限定されとる。ま、それは武藤ソウヤ抑えるのにパワー使ってるせーでもあるけど」





「一番の原因は音楽隊の一人……あのコのせーや」





「ねえ戦部。もし音楽隊の中から1人だけ好きな相手を選んで戦えるとしたら誰にする?」

 待機時間のヒマ潰しにと円山がそんなどうでもいい話題を提供すると、戦部はしばらく思案顔をした。

「そうだな…………鐶はもちろん総角や栴檀どもも悪くはないが」


 彼は意外な人名を上げた。そのとき犬飼はやや離れた場所でキラーレイビーズの毛づくろいをしていた。
 そんな彼が思わず面を上げブラシを取り落とすほど意外な名前だった。


「へー。意外。まさか」
163 ◆C.B5VSJlKU :2011/12/20(火) 22:03:58.30 ID:6cwXLucR0
.

「小札ちゃんを御指名だなんて」



 逢ったコトもないのに馴れ馴れしい。そんな円山をよそに犬飼はまくしたて始めた。

「なんでだよ。おかしいだろ! 聞いた話じゃそいつあまり強く──…」
「7色目。禁断の技」
「!!」
「聞けば10年前の決戦のとき、時間を操る幹部を無効化したという。ぜひとも見てみたい」





「あの技はね、本当、すごいよ」

「反射、探索、追撃、回復、射撃、絶縁破壊……小札の持つ他の6色なんてのはあの技を分解し、意図的に弱体化させた
にすぎない。強すぎるコンボから弱Pとか中K×2だけ抜き出したといえば分かるかなー? ただの派生さ」
「逆にいえば小札君の6色の技を同時に発動させるのが……禁断の技かい?」
「更に超必殺技の補正つき」
 テレビに向いたままウィルは指を滑らかに動かした。ボタンがカタカタと小気味よく鳴った。すると画面全体が暗くなり、
プレイヤーキャラクターを中心に金色の光が爆発した。無数に蠢いていた敵らしきオブジェははたしてダメージエフェクトを
盛大にまき散らしながら爆発し、全滅した。戦闘終了を告げるファンファーレにデッドは「おー」と叫んだ。
「破壊や悪意とは対極にある。だからこそ、恐ろしい。恐ろしいんだ。僕のような浮ついた歴史改変者にはね」
「どんな技なんだい?」
「複雑な仕組みなんだけど、一言でいえば因果律に関わる技だね。この世界の時間をだね。一本の太い管の中を流れる
無数のタキオン粒子みたいなものとしよう。タキオンは何となく思いついたアレだから別のでもいいけど……とにかく粒子み
たいなのが大小様々な球体因子を押して前進させている。ボクは時間をそう解釈している」
「むん? 何だか口調が違わないかいウィル君」
「因子自体も自らの意思で動くコトはできる。人間でも動物でも戦士でもホムンクルスでもいい。或いは肉体的な枠を取り
外した意思そのものと見てもいい。ぶつかりあって混ざり合い、大きくなったり小さくなったり、或いは砕けることで世界は
変わっていく」
「歴史改変ゆうのはその因子みたいなのの動きを変えていく作業らしい」
「だが小札零の技はその上を行った……。彼女は、あの実験体は!!」


「時間のみならず因子そのものを追尾した!!」


 コントローラが異様な音を立てた。砕けた。実態を確かめたムーンフェイスは「おー」と笑った。
「哲学的だね」
「時間の作用で押され続けてきた因子に『線』を引くんだ。流れを無数のグリッド線で解釈して……矯める」
 訳わからんやろ? デッドはけたけた笑った。テレビ画面の中ではコントロールを失った主人公が敵にボコボコにされている。
 ゲームオーバーは間近だ。
「小札をホムンクルスにしたのは不和と誤解を呼ぶためだった。彼女の兄と戦団との間に軋轢を生むためには……同時進行
で起こっていた鳩尾無銘誕生の経緯と同じくらい良い手段だった。連携を阻止する最良の手段の1つだった……なのに」
 ウィルはコントローラを投げ捨てた。そしてただ一言呟いた。
「失敗だった」。声は暗かった。後悔というものがたっぷりと滲んでいた。
「彼女やその兄をホムンクルスにしたあの幼体……あれは他のものと違っていた。盟主様でさえ作れるかどうかだ。そして
ボクは思っていた。思い込んでいた。『強者に与えるべきではない』。そうだろ? 高出力なんだよ。ホムンクルスは。だったら
弱い奴に与えた方が安全って、普通だれでも思うだろ……?」
 すするような吐息を洩らしながらウィルは肩を抱えた。少年の体は震えていた。もよおそ悪寒は後悔と絶望の副産物だった。
「なのに……なのに……実は妹の方こそ適合者だったなんて…………ないよ。ありえない」
 体育ずわりで頭を抱えるウィル。すっかり自分の世界に入り込んでいる。赤い筒は呆気に取られていたようだが、すぐさま
姿勢を正し明るい声を張り上げた。
「小札が禁断の技とかいうムチャクチャなワザ発動できるんはー、使とる幼体が特別製やから。たぶんやけどアイツの御先祖
さまがマレフィックアースに対抗するために生み出したんちゃうかな?」
164 ◆C.B5VSJlKU :2011/12/20(火) 22:04:18.46 ID:6cwXLucR0
 その割にはただのか弱い少女にしか見えないけど。ムーンフェイスは皮肉めいた笑みを浮かべた。
「正史でどんな生涯を送ったかはともかくだ。ウィル君いわくの『今回の歴史』だと私は何度か逢っている」
 音楽隊はしばしばL・X・Eを訪れた。最初こそ戦いが勃発し金城や陣内といった連中が傷を負ったりもしたが……。
 総角と爆爵が何事か密約を取り交わしたらしく、関係は以後良好だった。
「メルスティーン君のクローンたる総角君やキミたちが特異体質とやらを与えた栴檀君たちや鳩尾君、そして鐶君」
 彼らに比べれば小札という少女はとても弱い。武装錬金なしでは太や細にさえ劣る……いささか見くびった評価を
つけるムーンフェイスにデッドは
「弱いからや。戦いを嫌い戦いと縁薄い性格やからこそ出来るコトもある」
 けたけた笑い、視線を移した。ムーンフェイスも底を見る。すっかり肩の煤けたウィルが何かボソボソと呟いている。
 どうやら小札に何をされたか言っているらしい。
「しかも僕が時間と定義する筒の外部からも線は来る。他の世界というべき次元からさえ……武藤ソウヤの時間飛翔と僕の
歴史改変のせいで時間の管はただでさえ不安定に膨れ上がり、外郭を薄く、そして脆くしていた。そこに小札零は異様な線を
呼びこんだ」
「そしたらどうなったんだい?」
 膝頭が一層強く抱きしめられた。
「筒の外郭が壊された。時間を移動するとき僕が道標にする外郭をだ。因子とよぶ球体や時間とみなす粒子が……壊れた
箇所から、穴から、流出を始めた。世界の枠を外れた場所を流れ始めたんだ。それだけじゃない。時の流れや因子の動き
の持つ歴史自体の圧力が時間という筒の形をぐんぐんと歪めた。平坦で面倒くさくなかった一本道の時空がとてもややこし
くなったんだ。時空の流れが滝のように外部へ落ち込んでいく個所もあり巨大な僕の武装錬金でさえ流されそうだった。ここ
から歴史改変をやろうとするのは普通に生きて偉業を成し遂げるぐらい難しい。でもそれがやりたくないからこそ歴史改変
してた僕だ……。どうすればいいんだ。どうすれば」
「ディケイドゆうのが本来まったく組成の違うこの世界に引き寄せられたのはそのせーかも知れんな」
「僕自身もまた破壊された。彼女が自らの技を恐れ途中でやめたからこそ……ひどい破壊を受けた。未来からきた僕だ
からこそ常人以上のおぞましい線を張られた。凄まじい質量を背負わされた」


「彼女はそこまで気付いていない。ただ本能的に自分の技に怯えた」


「それでも薄々は感じているだろう。7色目がどれほど危険な技か」

「あれは世界そのものを変質させる力だ」

「時空を渡り歩く者でなければあの恐ろしさは分からない」

「虹色にギラつく60兆の線分が時空の彼方からギザギザ折れくねりながら飛んでくる様は圧巻さ」

「ただ1つの因子を正しくするためだけに時空を何万か所も爆発させるビリヤードのキューさ」

「観測できただけでも6つの文明と58の王朝、283種の哺乳類が絶滅した」

「いや。絶滅という言い方さえ生ぬるいね」

「彼らは……発生さえできなかった」

「抹消されたんだ。歴史から。ボク1人襲撃するためだけに……あらゆる奇跡と偶然と絆を無きものとして」

「とにかく、このさき時間がどう流れていくかは僕にさえ分からない」

──「おんぶ」
──「は?」
──「ほらこの前、武藤と防人戦士長が戦ったときに俺、斗貴子先輩をおんぶしてモーターギアで
──走ったでしょ」
──「そーだったか? 手を繋いで横浜を自力で走っていたような気がするが」
──斗貴子は記憶を辿ってみるがどうもはっきりしない。
──ひょっとすると剛太のいう「おんぶ」もされていたかもしれないし、剛太の勘違いかも知れない。

「ひょっとしたら修正前の歴史が混ざってる部分……あるかもね」
.
165 ◆C.B5VSJlKU :2011/12/20(火) 22:04:32.96 ID:6cwXLucR0
.
「ボクが辿ってきたいくつもの歴史が消え切れず、混ざり込んで」


──「人斬り抜刀斉。京都や東京で活動した後はどういう訳か ぷつりと闘いをやめている。島原へもう一人の継承者を倒
──しに行ったとか北海道でも活躍したとか日清戦争の折に大陸に渡り、帰国後に妻ともども病没したという文献もあるに
──はあったが…… こちらの真偽は分からない」


「影響が出ているとしたら一番モロなのは鐶のクロムクレなんたらかな? 時間を操る以上、その歪みの影響はモロさ」


──「……あれ? リーダーと…………早坂秋水さんが戦っているなら……クロムクレイドルトゥ
──グレイヴだけじゃなくて……もっと色々使ってる筈……です。短剣を解除して……他の物に……
──だから私がいなくても……年齢のやり取りが解除されて……さっきの沼は元の……枯れた場
──所になるのでは……? なんだか……不思議な話です……。込み入りすぎて……難しいです」
──「ボソボソやかましい! というか戦士長に抱きかかえられたままでいるな! 走れ!」
── 長い煉瓦造りの廊下をひた走りながら斗貴子は怒声を張り上げた



──a.クロムクレイドルトゥグレイヴで年齢を『与えた』場合

──『死』を除くあらゆる状態変化は武装解除ともに『消失』する!
──(対象が本来の年齢より未来の時間軸にあるため)

──. ┌      本 来 の 年 齢      ┐ ┌ 与えた年齢 ┐
──┣━━━━━━━━━━━━━━━━┿ ━ ━ ━ ━ ━ ┥
──
── この状態の対象に対する破損・決壊・治癒・成長などの諸々の変化は総て「与えた年齢」の
──方へと生じる。そのため武装解除または年齢の吸収によってこの状態から年齢が減少すると
──諸々の変化は消滅。(なお、吸収した年齢が与えた分を下回る場合、つまり

──「吸収分<与えた分」

──の場合は後者に対する前者の比率分だけ効果が薄まる。
── 単純にいえば10歳年齢を与えた相手へ10cmほどの切り傷をつけた後に年齢を4歳分吸
──収すると、相手の傷は4cm分消滅する)

──(なるほど。街が直っているのは合点が行った。確かに年齢を与えられ、銀成市だけ時間が
──進んでいたからな。というコトは学校も直っているだろう)



── 秋らしく床の感触はなかなか涼しい。貴信はきょろきょろと落ち付きなく周囲を見る。一部やけに真新しい床板と
──鉄柵が設けられている──屋上につくなり剛太が開口一番指差した。曰くこの前鐶にやられた。1階からここまで吹き飛ば
──された。修理の跡だ──以外とりたてて特徴のない屋上だ。










「時間を元に戻す方法? ふふ。僕と武藤ソウヤがこの時系列から消えれば或いは」
.
166 ◆C.B5VSJlKU :2011/12/20(火) 22:06:00.62 ID:6cwXLucR0
.
「小札零が死ねばもっと確実かもね」


「世界は戻るかも知れない。素晴らしき素晴らしき正史へと」








「えーと」
 桜花は小札を見た。その美貌は大いに揺れている。戸惑いを隠しきれないようだ。
「お兄さんがいたの? 小札さん」
「……はい」
 消え入りそうな声を漏らしたきり小札は俯いた。両目がシルクハットのつばに隠れたため表情は見えないが……しっとりとした
声音がいつも通り小札を雄弁にしていた。気落ちしているのは誰の目から見ても明らかだった。
「…………」
 秋水は彼女と総角を覗く音楽隊全員めがけ視線を移した。どうやら彼らも初めて聞いたらしい。鐶は目を丸くし香美は静電
気を浴びたネコよろしく頭髪を逆立たせている。貴信が辛うじて黙っているのは小札の兄が故人だからか。
 もっともショックを受けているのは無銘で彼は
「え? 母上にお兄さん? 我におじさんが? え」
 などと露骨にうろたえている。
(……そういえば俺との戦いで、総角は)
 カズキやまひろへの感情。それを支えに挑みかかる秋水に対して。

──「君を倒す!」
── 双眸に映る碧眼の男は微苦笑した。
──「やれやれ。お前は俺の嫌いな物を見せてくれるな」
──「?」
──「俺の嫌いな物は鏡だ。理由はいわずとも分かるだろう。そして澄み渡る水は銀面となり近く
──の物を写し込む。今のお前の瞳のように」

 と言った。
(似ている……と言いたかったのか?)
 誰かの兄を想い誰かの妹のために戦いを選ぶ。そんな秋水が。

「つーかもりもり何で黙ってたのさ!!!」
『そーだ!!! ズルいんじゃないかなあ!! 貴方は僕たちや鐶副長の過去!!』
「根掘り葉掘り……聞きまくり、でした。なのに……いつも……大事なコト……秘密……このやろリーダー、このやろ、です」
 わっと歓声があがる。見る。美少女2人が総角に詰め寄っている。香美はグーでポカポカをやり鐶は瞳を暗欝に尖らせ
上目遣い。猛抗議。しかし金髪の美丈夫は涼しげに瞑目したまま
「フ。そうだ。お前たちの今の顔。驚き慄くその顔が見たかった」
 前髪をかき上げた。抗議の声がますます膨れ上がる中、無銘はただ1人「おじさん……おじさんが……」と呻き続けた。
「だいぶショックを受けていますね」
「そういえば彼も音楽隊の初期メンバーだったな」
 創立当時からいるのに知らなかった……自負の強い少年にとってとても衝撃的な出来事だ。
「そうだ総角。彼の本当の両親というのは……」
「フ。分からない。だからこそ旅をし探しているのさ」
 防人は呻いた。何か思う所があるのだろう。
「というか先輩。アオフシュテーエンとかリュストゥングとかどこの言葉すか?」
「まったく少しは勉強しろ剛太。ドイツ語だ。アオフシュテーエンは覚醒とか……目覚め」
「リュストゥングは鎧ですね」
 くぐもった声をガスマスクが上げると今度は銀色防護服が首を捻った。
「じゃあ小札。キミはドイツ人なのか?」
「あ、いえ。違うのです!! 一応国籍は持っておりますが100年前から不肖がお家は日本に土着、いわば一族総出の
居候。で、ありますれば配偶のつど混血を繰り返しいたしまするはまったく必然、代を重ねた結果、不肖はほとんど日本人!
ドイツの土を踏んだのは一度きり、迷いに迷われました鐶副長どのの不時着で偶然到着せしただ一度……」
167 ◆C.B5VSJlKU :2011/12/20(火) 22:06:21.09 ID:6cwXLucR0
「あー。道理でそんなちんちくりんなんだお前」
 憐れむような御前の声に小札はぶわりと涙を浮かべた。
「うぅ。ゆらい欧州の女性につきましては生育が早くかのヴィクトリアどのでさえ成長再開が望ましき素地下地79」
 なのにどうして自分はこうなのかという悲しい嘆きを桜花は満面の笑み──勝者だけが持つ特権の──で切り捨てた。
「パブティアラーっていうのは?」
「あー。それは秘密の符丁みたいなものでして、特に意味はありませぬ」
「小札零っていうのは音楽隊用の名前? それとも日本人としてのお名前?」
「ああ何という追及の嵐! 来まする来まする桜花どの! ここぞとばかり追及力の爆発ググググイグイ質問攻め! …………
ええええと苗字は前者でありますが名前は後者、本名のもじりなのです」
「本名は何? やっぱりドイツ語?」
 桜花は小札に迫りつづける。輝くような笑みだ。5歳は若く見える。そんな評論を剛太は漏らし、
「なんかすごい喰いつきいいんだけどアイツ」
 顔だけ秋水に向けたまま黒髪美人を指差した。
「……気にしないでくれ」
 桜花はすっかり舞い上がっている。弟の変な一面に喰いつくときの変なテンションだ。一度発動したらどうにもならないの
は大変よく存じている。
「ウム。他人に関心があるのはいいコトだ」
 防人がどこかズレた感想を漏らすうちにも小札の本名追及は止まらない。香美や御前といった賑やかしも喰いつき鐶さえ
その後ろで興味深げに「あの、あの」と呟いていた。ウズウズする毒島に斗貴子は「キミもか」と嘆息した。
「で、本名は?」
「いえよ減るもんじゃねーし」
「そーじゃん! あやちゃんご主人のほんとーの名前知ってるでしょーが!!」
「私も……知りたい……です」

「ううあああ!?」

 いつしか小札は女性陣ほぼ総てに詰め寄られている。起伏のまったくない体をコキコキ小刻みにゆすりながら後ずさる。
小さな背中が衝突音を奏でた。振り返った小札は幼い顔立ちをあわあわと青くした。屋上の隅に追い詰められている。い
やというほど進路を阻む柵に両肘を押しつける。もはや彼女にできるコトはただ一つ。極まった表情でトレードマークのおさ
げをぶんすかぶんすか横に振るぐらいだ。
 絶世の美人。変な人形。快活そうなネコ少女。虚ろな瞳。それらが本名を求めながら小札に迫り、そして──…

「で、どーすんだ? 助けないのか?」
 顔だけ秋水に向け、小札を指差す剛太。押し黙るしかできない。一度好奇心に火がついた女性がどれほど厄介かつく
づく味わってきた秋水なのだ。どうにもできない。残酷だがそれが結論だった。
 やがてとてもさっぱりした顔つきの桜花が前を通り過ぎた。その後ろに御前や香美や鐶といった連中がぞろぞろ続き、
最後に小札がのったり歩いてきた。足取りはとても重かった。もし核鉄があれば文字通り杖にしていただろう。
「うぅ。もはや隠し立ては不可能。潔く白状仕りまする。不肖の本名は……」
 大きな双眸に涙を浮かべる彼女はとても疲れた様子だった。着衣も乱れ髪も乱れ、自慢のシルクハットさえ情けなく傾
いていた。
 そして彼女は意を決した告げる。自らの真名を……。

「ヌル=リュストゥング=パブティアラー」

((((((意外とカッコイイ!!!))))))

 貴信以外の男性陣と斗貴子と毒島はほぼ同時に同じ感想を抱いた。

「うぅ。確かに通して読みますれば響きはとても美しゅうございます。でも、でも……」
 最初だけ抜き出すととても悲惨! いつの間にかマイク片手の小札はだぁだぁと泣き始めた。
 どういう意味か計りかねている秋水の横で防人と剛太が順番に囁いた。


「ヌル」

「ヌルか……」


 ドイツ語で「零」を指すというが……
 秋水は改めて小札と名乗る少女を見た。
168 ◆C.B5VSJlKU :2011/12/20(火) 22:07:22.64 ID:6cwXLucR0
.
 身長は18歳としては異例の低さだ。小さい。顔つきも童顔で少年のように細くしなやかな体つきだ。パリっとしたタキシー
ドとシルクハットを身にまとい、前髪は分けている。大きなおさげを両肩に乗せ、鳶色の大きな瞳を持っている。
 そんな少女の本名は。

「ヌル」

 改めて呟く。呼気ともにいろいろなモノが抜け落ちていきそうな気がした。
 近くで香美が犬の名前みたいだと呟いた。それは桜花の何事かにダイレクトヒットしたらしく、彼女は盛大に吹き出した。
貴信や無銘から大いに糾弾される香美と姉。まったく他山の石だ。秋水は粛然と表情を引き締めた。


「オイオイ。小札よぉ。合ってんだか合ってないんだかわからねーよ」
「でも……小札さんらしくて……可愛い……」
(また笑ってる)
 唇に手をあてクスクス笑う桜花に秋水は呆れた。姉は最近、笑いに対しゆるくなっている。




 同刻。銀成市のとある病院。診療室にて。

「ヌル。んー素敵な名前だ・コ・ト♪ 名前がエロいっていうのは体もエロいってコトよねん」
「いやなんでそうなるんですか」
 銅色の髪を持つ女医にそっけなく答えると、金髪ピアスはそろりと距離を取った。昨晩散々な目に合わされている。
「ふふ。ひょっとしてあのコが小さくて色気の欠片もない幼児体型だからエロ期待してないのん? いーえ違うわ!!
エロっていうのは体型がどうとかまったく関係なくてよ!! むしろ逆!! 性的魅力のまったくない体が段々段々
反応するようになって!! 戸惑い怯えながらも女として目覚めていく!! そーいう過程こそエロいのよん!! そう!!
心から昂ぶり未知の衝撃に我を忘れて喘ぎまくる!! 女の本当の美しさが見れるのはそこからなのよー!!!!!」
「あの。俺もう帰っていいですか?」
 高い声で絶叫するグレイズィングに頭を抱える。彼女ときたらえらい気合いが入っている。椅子に乗り、片足だけをデスク
に乗せ固めた拳を天井めがけぶんすかぶんすかやっている。
 そして力説。まだ夜でもないというのに口を開けばこうだ。淫語と猥談しか言語中枢にないロボットの方だってもう少し淑や
かだ。つくづくとそう思う。
「あらん。診療時間はもう終わり……好き放題ヤれるのはこれからよ?」
 白い手が頬を撫でた。誘惑する手つきだった。それが恐ろしい。挑みかかれば何をされるか……。
「とにかくよーwwwww 10年前ウィルがミスったのはヌル……小札のせいだわなーwwwwww」
 ベッドを見る。ハシビロコウが腰かけている。2mを超える巨大な鳥が、喋っている。
(イヤな病院だなあ。イヤな病院だなあ!!)
 泣きたい気分で話を聞く。
「アオフ……小札の兄のヤローをホムンクルスにしない。そして戦団から孤立させる。その為にゃよーwwwwwwwwwwwwww
小札をホムンクルスにしちまう必要があったんだわwwwwwwwwwwww」
「なんでまたそんな回りくどいコトを?」
「いろいろ理由はあったさwwwwww とにかく当時としちゃそれが最善だったのwwwwwwwwwwwwwww」
「で・も! あのコったら予想外の踏ん張りを見せちゃったのよん。私たちにとってはただの雑魚だったあのコ……。でも
ある一点に於いてはお兄さん……アオフシュテーエンさえ凌いでいた」
「ある一点?」

「破壊を好まねーってとこwwwwwwwwww それが脅威なんだよwwwwwwwww」

「アイツはwwwwww カウンターデバイスwwwwwww オイラたちのような破壊者へのwwwwwwwwwwww」

「望まずしてなったんだからカワイソーだよなあwwwwwwwww まwwwオイラは救ってやらねーけどwwwwwwwwwwwwww」



【ある山間。ディープブレッシング:操舵室】

「調査へのご協力。感謝します」
「いや構わん。報告義務を果たしただけだ」
169 ◆C.B5VSJlKU :2011/12/20(火) 22:08:37.46 ID:6cwXLucR0
 艦長は重々しく呟いた。内心小躍りしてるくせに。航海長はくすりと笑った。
「しかし何だったんだ? 例の村人の件」
 水雷長はいつもの調子でぼやいた。背後で千歳が何事かと足を止めたがすぐ動き出し操舵室の外へと消えた。美しい
女性が消えただけで部屋はその息苦しさを増したようだ。
「普通の人間が突如として怪物の体になりホムンクルス以上の戦闘力を発揮する……でしたね」
 気のない返事を漏らす相方に航海長はありのままを報告する。
 その顔が光に炙られた。光源を見る。根来が亜空間に潜っていく最中だった。とても何か言いたくなったが見なかった
コトにする。
 話を、続ける。
「同じ案件が現在全国各地で発生しています。戦士・千歳と戦士・根来はそれを調査しているようです」
「なるほどな。他に何か分かったコトは?」
「彼女から提供されたデータを見る限り……どうやら何らかの武器組織が動いているようですね」
「つまり……人間を人間のまま怪物にする何かの武器を売っている。そういう訳か?」
「アイアイ」
 それはこーいうときの返事じゃないだろ。ぼやきを受け流しながら航海長は「私見ですが」と前置きし
「気になるのは売り方ですね」
 といった。すると水雷長はオウム返しを擲ち横向きに身を乗り出した。
「安すぎるんですよ。代金が。実効性や危険性のなさを考えると……データ。モニターに出します」
 やがてパパっとモニターに転送されたのは「武器の売値一覧」。水雷長の目が上に下にと忙しく動いた。やがて総てを
閲覧し終えた彼は感嘆のため息をついた。
「オイオイ。たった5万円払うだけで人間1人がホムンクルス10体斃せるように……!?」
「ホムンクルスが戦団を撒くための費用一覧もありますが、まあ、似たような安さです」
 とてもリーズナブル。欲の見えない価格設定だ。
「もしその武器組織の運営者が先ほど村人たちに力を与えた者だとすれば」
「営利目的の線は薄いよな。じゃあ何のために売ってるんだ?」
「布石、かも知れんな」
 航海長と水雷長は同時に振り向いた。そこには鎮座しているのは艦長だ。目つきは相変わらず厳めしい。
「布石、ですか?」
「たとえば何か、争いの種を撒くための……?」

 いや、と艦長は首を横に振った。

「敵は組織に属している。仲間がやりやすいように、仲間の能力が生かせる土壌を作るため……その武装錬金のみでは、
単騎では無意味に思える行為を繰り返しているのかも知れない」


【銀成市。児童養護施設の前で】

「えー。じゃあリヴォルハインさんタダで色んな人、社員にしたんですかぁ?」
「そうである!! 何やら困っていた及公はみなみなを助けられた!!」
 ちなみに今はもうデリートしたので調べられても問題なし! 意気揚揚の大男の傍らでしかし
「タダはマズいじゃないですかこの上なく。もう」
 クライマックスはがっくりと肩を落とした。
「? なにかマズかったであるか?」
「だから!! あちこちリヴォルハインさんの細菌売って回っているのはデッドさんの武装錬金の媒介にするためじゃない
ですかこの上なく!!! 『ムーンライトインセクト』の特性が作用するのは市場性を有した商品だけです!! だから敢え
て市場を開拓してるんじゃないですか!! 儲け出なくても戦いの火種にならなくても!! デッドさんの武装錬金とコラボ
れるならいい! そーいう考えで売り始めたんじゃないですか!!」
「なるほど!! じゃあタダで売るのは悪かったですかクライマックス先生!?」
「う。まあ、少しだけなら試供品ってコトで何とか……」
 とにかく! 冴えないアラサーは拳を固め突き上げた。

「今日から私たち演劇をやりますよ!! この上なく!!」
「ウム!! 敵はパピヨン率いる銀成学園演劇部!! 劇の見せっこで対決なのだ!!」



「及公は勝つ!! 勝って救うべき存在を必ず救う!!!」

.
170 ◆C.B5VSJlKU :2011/12/20(火) 22:08:56.30 ID:6cwXLucR0
.












「むーん。少し席を離れてみればこれとはね」

 誰もいない部屋の中で、ムーンフェイスは一枚の紙を眺めていた。


<なんや銀成市が楽しそうになってきたからウチらも行く! せっかくリヴォ媒介にしたんや! 近くにおる方がもう1つの調
整体奪いやすいよってな!!>

<アジトの規模ちょっと縮小するねー。銀成行く方が怠けられるってデッドいうしー>




「やれやれ。結局幹部の9割が銀成か。このアジトも何のためにあるのやら」



 周りを見渡す。そこは会議室らしい。いかにもオフィスという感じの床は薄紫でその中央には円卓が置かれている。10あ
る席のうち9つまで「外出中」の三角錐が置かれいる。思わずムーンフェイスは嘆息交じりに微苦笑した。
 マレフィックとはつくづく勝手な連中らしい。




「しかし……」

 ムーンフェイスは手紙を握りつぶした。彼は笑った。黒い胚のような瞳を浮かべ、爛々と。

「他の幹部はともかくウィル君。キミは少し危険すぎる」


──「地球の荒廃? やだよそんなのー。amazonもニコ動もない、食べるコトごときに必死にならなきゃいけない世界なんてー」


「私とは相容れない。歴史さえ改竄できる……いまは無理だが万が一というコトもある。回復される前に、いっそ」

 空間が割れ爆ぜムーンフェイスの肩口が裂けた。ぶわりと舞い散る血しぶきの向こうに異形の腕を認めたムーンフェイスは
四白眼のまま口元を細めた。



「ソウヤ君……だったかな? キミも彼は斃したい……違うかい?」



 利害の一致。本来仇敵であるはずの男にそれを覚える皮肉。不気味な薄笑いが月の顔を支配した。
.
171 ◆C.B5VSJlKU :2011/12/20(火) 22:09:24.12 ID:6cwXLucR0
.



「ったく。いつまでこんなカビ臭ぇ場所にいなきゃならねェんだ」
 パピヨンの研究室にボヤキ声が響いた。
「我慢なさい猿渡」
「我々が蘇ったのは『もう1つの調整体』を守らんがため……創造主(あるじ)の命は絶対」
 最初の声は妖艶な女性の、次の声は堅苦しい戦士の声。
「面倒くさい。出て行きたければ勝手にしろ。ああなってもいいならな」
 机に腰掛けた男が顎をしゃくる。部屋の片隅に妙なものが転がっていた。
「ひどいよ……ちょっとメイドカフェ行こうとしただけなのに……」
 キノコのような髪型の男が涙で顔をくしゃくしゃにしている。首から下はなかった。近くに転がっている小さなガラクタの
山が彼の体で、それは茨や羽根でぐしゃぐしゃに壊れていた。
 惨状。しかし最初の声の主は口笛を吹いた。恐ろしく体格がよい男だった。ランニングシャツ一枚の上半身は今にもそこ
かしこから筋肉が零れておちて行きそうだった。年のころは30間近というところだろうか。
「やるね花房。鷲尾。ウチの若い衆にも見習わせたい位だ」
 花房と呼ばれた女は巨大なフラスコにもたれかかっていた。それだけでむしゃぶりつきたくなる色香の持ち主だ。髪は
長く上着には薔薇の刺繍が施されている。
 鷲尾と呼ばれた男は精悍な顔つきでただ事務的に頷いた。味もそっけもない対応だが猿渡は知っている。
 いま部屋にいる5人の男女の中で最も強く信頼のおけるのは……鷲尾だと。
「しかし難儀だよなあ巳田。面倒くさがりのてめェが蘇らされるなんて」
「別に」
 とは机に腰変えた男性だ。30をやや過ぎたあたりの彼は横分けの髪の下で冷たい瞳をトヨリとさせた。どうでもいい。
そんな顔つきだった。
「『もう1つの調整体』を守る……我々の使命はそれだけだ」

 鷲尾はただ静かに呟いた。




「いつまで待たせんだこの野郎」
 激しく揺れたベッドに鈴木震洋は声にならない悲鳴を上げるしかなかった。ブーツが、側面に刺さっている。鍛え抜かれた
見事な足が蹴り抜いたのだ。白いズボンを怯えたように一瞥すると恐る恐る視線を移す。
「ンだよ?」
 凶悪な顔がそこに広がっていた。目は吊り上がり口ときたら牙が何本もむき出した。咥え煙草が噛み破られていないのが
不思議なぐらいだ。
「じろじろこっち見る体力あんならとっとと尋問に答えろよ。オイ!!」
 そういって彼はガシガシとベッドを蹴る。いよいよベッドの耐久力が限界という辺りで天井のスピーカーが
「そろそろお静かに願います火渡戦士長」
 冷たい女性の声を響かせそのつど攻撃がやむのが先ほどからのお約束だった。
 バツが悪そうに舌打ちを漏らすと火渡はパイプ椅子に腰かけた。折れた! そう思える破滅的なな軋みが響いた。足を
組み凶悪な瞳をますます尖らせているのはとても戦士には見えない。震洋のいた共同体にさえいなかった凶悪な化け物だ。
「クソッタレ! 聖サンジェルマン病院の連中がとっととこっち(日本支部)に搬送してこねーからこういうコトになんだよ!!
てめェもてめェだ!! 脱走なんざしやがって! しかも脱走してすぐ例のクソ生意気な新人(ルーキー)どもと揉め事起こ
して重傷だ!! 話聞こうにも話せねェと来ている! 腕まで折りやがって! 筆談も無理じゃねェか!!」
 そうなのだ。例のメイドカフェの騒動のさまざまなドサクサで震洋は重傷を負い病院に逆戻りした。そして何がどうなった
かは分からないがあれよあれよと瀬戸内海にある戦団日本支部に運び込まれた。
 話によればどうやら例のムーンフェイス脱獄について聴取したいらしい。照星救出が間近に迫っている。少しでも多く敵の
情報を……といったところだ。
(で、その担当というのが!!)
 火渡赤馬。攻撃力だけなら戦団最強と目される男。役職は戦士長だが坂口照星誘拐に伴い現在は大戦士長代行。日本
支部を指揮している。
 防人や千歳の朋輩たる彼はいまかなり忙しいらしい。先ほどから老若男女さまざまな戦士たちが掛け込んでくる。
 電話もかかってくる。
 それらの報告を受けるたび
.
172 ◆C.B5VSJlKU :2011/12/20(火) 22:09:42.79 ID:6cwXLucR0
「まだそんな場所うろついてやがるのかディープブレッシングのヤロウども!! とっと移動するよう言いやがれ!」

 とか

「遅ぇぞ毒島!! 定時連絡欠かすなって言ってるだろうが! あ? 違ーよ! 誰もてめェの心配なんざしてねェ!!」

 とか

「テメーいつまで千歳と居るんだ!! 密売人の追跡なんざ押し付け……護衛? いらねェだろ! 千歳だぞ!」

 とにかくとにかく声を荒げている。喉が壊れていて怒鳴り声以外上げられないのではないか。震洋は本気でそう考えた。

「クソ!! どいつもこいつも使えねェ!!」

 火渡は携帯電話を叩きつけた。どうやら戦団本部が大戦士長代行就任時にまず行ったのは備品代の節約らしい。
恐るべきと力と速度で叩きつけられた携帯電話は割れもせず砕けもせずただ跳ねた。衝撃吸収性と耐久度に富んだマテリ
アルで改修されており──だいたいこうなるコトはみな予想していたのだ。急きょ照星の後釜に据えた火渡が忙殺ともどか
しさに耐えかねるなど。八つ当たりが総額幾らの携帯を葬るか! 筺体の強化はまったく的確すぎるカネと労力の使い道だっ
た──窓や壁を縦横無尽に飛び回ったあげく震洋の頬を痛打した。7章7敗の千秋楽で仇敵とやり合う相撲取りの張り手
さえ優しく思える衝撃が頬肉ごと口腔を貫き彼は横向きに倒れた。追撃。拉(ひしゃ)げた柵に頭が当たりダメージプラス。
 一瞥もくれず携帯電話をぱしりと受け止めた火渡

「? 何ハシャいでんだよ」

 不思議そうな表情である。口をパクつかせて見せるが真意はまったく伝わらない。もっとも伝えたところで文字通りの火に
油だが。

(うぅ。そもそも脱獄の話を持ちかけてきたのはリヴォルハインとかいう変な男なんだ!! 変な能力の持ち主でそれで
ムーンフェイスのいる場所を突き止めた!! でも大戦士長誘拐なんてのは頼んでない!! むしろあいつらは大戦士長
の誘拐ついでにムーンフェイスを脱獄させたフシもあるんでわ……。でもいえない。いわない限り怖いのは止まらないのに……!)

 悩んでいるとドアがあき、若い女性が入ってきた。ドアの前でくるりと身を翻し片手を大きく伸ばすと

「やあやあ火渡戦士長くん。元気しとったかい〜?」
 火渡の顔が一瞬にして不機嫌最高潮に達した。震洋はただ息を潜め──空気のように無きものとして──飛び火を避
けるほかなかった。

 タテシ   タライ
「殺陣師……盥。てめェまだ前線行ってねえのか!!」
 女性は目を細くした。糸よりも、ずっと。
「はっはっはー。志願したけどもっと前線向きの奴がいるだろって後回しされたのぞよー。いやん。なにしろ殺陣師サンの
武装錬金ってば騒擾(そうじょう)鎮圧盾ことライオットシールド! あはは。特性も特性でツッかいづらいしさー。うははははっ」
 柔和な雰囲気な女性だった。年のころは20に届くか否か。袖のない黒いインナーにダボダボの迷彩ズボンといったいで
たちは戦士というよりサバゲー帰りの大学生という調子だ。髪は野性的なショートカットで真赤なベレー帽を被っている。
 顔つきこそ中性的で愛らしい少年のような明るさに満ちているが、その上体は細いながらも起伏に富んでいる。だらしなく
胸元を覗き込んだ震洋だが……。
「こらこら青少年。そーいうの興味あるからってイキナリ見るのはいけないゾ★」
 あはあは笑う女性──火渡が殺陣師と呼んだ──に肩を叩かれ断念した。
「つか殺陣師サンみたいなの見ても仕方ねーんじゃないのかニャ?」
(えーと)
「おお。なんだよそのー、ガックリしちまうぜえ割とマジでっつー反応! くぉのー、いつまで経っても女心の分からん奴めえ」
 女──殺陣師──はそう笑いながら震洋を小突いた。うりうり、うりうり。とてもとても楽しそうだった。
(いつまでもって……いまが初対面だろ!!)
「ウソでもいいからこういうときは見たいですってカオしときなベイベー」
 その癖「見て喜んでくれるなら大いにおっけー!」などという。よく分からぬ女性である。
「あ! この施設から西に3kmほど行った踏みきりの前にあるけど買ってくる?」
173 ◆C.B5VSJlKU :2011/12/20(火) 22:10:06.29 ID:6cwXLucR0
「なにをだ……なにをですか?」
「エロ本!! の!! 自販機!! 何がいい? 巨乳? 貧乳? 女子大生? それとも熟女? ロリはダメだよ可愛いけど!」
 どう反応すべきか。沈黙する震洋をよそに殺陣師は「あのねあのね」と一生懸命しゃべりまくる。
「あのねあのね殺陣師サンああいうの見ると「くはぁー!!」ってなって足早にとおりすぎる訳さね。でもたまには!! たまには
ちょっと買ってみたくもあるから困りものだよゾゾゾのゾ。あはは。ヘンかな? 女なのにねー」
 笑う彼女の背後でびきりという音がした。仁王がいた。顔面のあらゆる筋肉を引き攣らせる火渡が。彼の八重歯は一部欠けて
おりその視認をして震洋は先ほどの「びきり」が何か理解した。欠け割れた先端は当たり前のように火を吹いている。今はチロチロ
蛇の舌。小さく見え隠れしているだけだがいつ激情の爆発が部屋を吹き飛ばすか。
 声にならない声をあげ制止する。
「あーあーあーみなまでいわんでいい分かっとる分かっとる。男のコだもんたまには発散せんとあかんね」
(コイツまったくわかってねえ!!)
 ますます蒼くなる震洋。彼に手を突き出したきり殺陣師は気ざったらしく目をつぶり指で額をグリグリした。
「だからさー。火渡戦士長くんも遠慮なく炎を発したまえ!」
 いままさにそうされんとしたとき殺陣師の背中が光に覆われた。武装錬金が発動した。一拍遅れで理解した震洋の眼前に
巨大な盾が広がった。半透明の素材で構成されたそれは創造主たる殺陣師とほぼ同じ高さだった。
「たまには怒ってスッキリするのもアリだよアリ! 私はこの病室で生けとし生ける総ての存在を守ってみせるからさ。どーぞ〜」
 素早く盾を構えた殺陣師、火渡と数mの距離で向かい合う形だ。
「まーたぶんマッけるけどさ。あはは。負けるんだ殺陣師サン。啖呵きっといて負けるとかいうんだ〜。いやなにこのネガティブっ
ぷり。もうちょっと頑張ろうよ殺陣師サン。負けるなマッけるなファイトだおー!!!」
 そういって殺陣師は片手を上げた。
 実によく分からない女性だ。震洋がいままでの人生で最もビックリしたのは桜花が初めてエンゼル御前を発動したときだが
──いったい何であんな代物が──そこから5ランク下ぐらいには入る状況かも知れない。
「……っとと。とにかくさー。負けはするけどナースさんたちが消火器持ってくるまでの尺ぐらいは稼げるヨー」
 火渡は舌打ちをし何やら口中で何やら文句をごにょごにょ唱えた。多くは聞き取れなかったが
「弱すぎる癖に」
 というのが怒りの大きな要因らしい。
「だーよーねー。そこが殺陣師サンの武装錬金最高の悩み。使うたび傷増えるし入院するし……」
 そういいながら殺陣師は当たり前のようにズボンを下ろした。剥きたてのゆで卵のようにつるつるとした太ももが最初何か
震洋ははかりかねた。少なくてもLXE時代なんとか生き延びた同年代の信奉者の更に女性──主に桜花だが──はその
ような挙措に打って出るコトはなかった。(色仕掛けをされるほど武力も魅力も権力もなかった。震洋は)。蒼い下着を紐ごと
露出させながら殺陣師はケラケラと笑い太ももを何箇所か指差した。
「銃弾捌いたときのアレでしょー。特訓でヤケ起こした斗貴子の介が事故った時の傷でしょー。あ! ウツボカズラ型のホム
ンクルスに剛太の介溶かされそうになった時の傷もだ!! ないと思ったらこんなところに飛ばされてたんだー」
 事もなげに指針を変える殺陣師の指を眼で追ううち震洋は信じられない思いがしてきた。
(なんだよこの傷。何だよ……!)
 ズボンの片側は膝のあたりまでずり下がっている。それで視認できる大腿部は女性らしく細く、そしてとてもしなやかだが
美しさとは程遠い様相を呈していた。青紫のケロイドが豹のまだらがごとく点在しそこに醜くえぐれた肉のクレーターがおぞ
ましいアクセントを加えている。もっとも衝撃的だったのは太ももを走る一本の線で薄紅色したそれはもはや傷というより
再接合の跡──斬り飛ばされたそれを無理やり癒着させた──というべき勢いだ。
 良く見ると殺陣師の腕や鎖骨の辺りもそんな調子だ。古今東西あらゆる傷の展覧会だった。無傷な顔が異常とさえ思え
た。斗貴子よりも傷だらけであるべきなのに……。
「うー。悪いね悪いね堪忍だよ。せっかく見て貰ったのにあまりお得感ないでしょ? ごめんねぇ」
 さばさばとしたようすで殺陣師はズボンを履きなおし、
174 ◆C.B5VSJlKU :2011/12/20(火) 22:10:23.15 ID:6cwXLucR0
「イッつもこんな調子でさー。最初は医療班に頼んで傷とか消して貰ってたけどあまりに面倒臭くなってきたから殺陣師サン、
最近行ってないのよさー。聖サンジェルマン病院にいるトモダチは来い来い言ってくれるけども。気、使ってくれるけども」
 大いに顔をしかめてみせた。
「あ!! ごめんごめん話過ぎたかなあはは。ダッめだよねー。初対面なのに自分語りばっかとか。トモダチにももうちょっと
黙れとか言われるんだけど殺陣師サンついつい喋りすぎちゃって……
「つーかなにしにきたんだよてめェ。遊びに来たとかいったらキレるぞ」
「あ」と目を瞬かせた殺陣師は震洋を指差し
「そのコの検査結果が出たから報告にきたのだよ殺陣師サン」
 おもむろに茶封筒を取りだした。B4サイズほどの大きなそれを親指と人差し指でちょんと持ち、ペラペラ揺すった。
「みんな救出作戦で忙しいからヘルプ!!」
 えへんと得意げに胸を反らす。服越しでも分かる豊かな膨らみがぷるんと揺れた。

「予想通りデッす★ 不完全なもう1つの調整体を使ったのがきっかけとなり」

「彼の体ってば人間とかけ離れつつあるのだっ!」
(え?)
「1か月もすれば駆除対象!! ホムンクルスと同格の化け物。うきゃあ。タイヘン!」
(ええええええ?)
 ここで初めて火渡は笑顔を浮かべた。眉間に濃い影のある凶悪な微笑みだった。
「いまぶっ殺しちまうってのはどうだ?」
「構わん!! 構わんぞよ戦士長くん!!」
(いやそこは構えよ!!)
 殺陣師は意外な言葉を吐いた。
「ただなんかさ。胃袋の一部が核鉄のような材質らし!」
 ホレホレ。殺陣師は自らの武装錬金を指差した。同時にライオットシールドは白く輝き出した。そこに張り付いているもの
があった。レントゲン写真だった。盾はそれを貼るのに最適な装置へと早変わりだった。半透明だった盾はいつしか白く
濁り、しかも奥底から照明相当の輝きがこんこんと湧き出ていた。
(と、いうか)
 青白い骨格と影で構成された自らの透視図を遠目ながらに凝視。震洋の顔からみるみると血色が抜けた。
 悪性腫瘍が見つかるよりひどいありさまだった。
 これだから、これなのだー。殺陣師は写真のある一帯を指差した。
「見ての通り、胃のあたりから神経のようなものが伸びちょーる!!」
「こりゃあ全身にだよな}
 殺陣師は笑顔で頷き影の正体を報告した。分類すれば神経のようなもの。その影響か震洋の身体能力は強化されて
いる。ホムンクルスに近づきつつある、と。
「いまは一般的な人間型の63%ほどのパワー!! 力こそパワー!!」
「だったら別に問題ねェ。しかしどーいうコトだオイ。例のもう1つのなんたら喰った影響か」
 火渡は震洋の頭をつかんだ。そして強く揺すり始めた。
「いいえー。改造手術だボヨン☆」
 殺陣師は横ピースをした。火渡は無言で蹴りを繰り出した。それをアハアハ笑いながらひらりと避け、殺陣師はライオット
シールドの影に隠れた。そして顔半分だけ出して──恐怖刺激を期待するラクダのようの表情で──こう言った。
「ほら、このコ聖サンジェルマン病院から脱走させた鳴滝とかいう予言者いたでしょー? ア・イ・ツ。殺陣師サンが小耳に
挟んだところによるとね。アイツね。なんか別世界の悪の組織の幹部らしいんですよゲヘゲヘ。ひゃー悪の幹部!! 殺
陣師サンも一度ボンテージ着てみたーい!! え? ダメ。そ。鳴滝? ああ。幹部ですもの改造手術なんてのはお手の
物。ん? 斃されたの本物コピった奴だっけ? まあいいや。とにかく後は遺留品のメモ見てちょー☆」



【不完全なもう1つの調整体。大部分はムーンフェイスに抜き取られたが欠片とか粒子はわずかながら残留している】

【それをクウガの世界から持ってきたゴオマのベルトの破片……霊石と融合させてみよう!】

【増幅されるかも知れん。待っていろディケイド!! この武装錬金の世界こそ貴様の墓b】

(鳴滝てめえ!!)

「ゴオマって何だよ?」
「ヨッく分からないけど未確認生命体第3号ぉ! コウモリらし!」
.
175 ◆C.B5VSJlKU :2011/12/20(火) 22:10:41.09 ID:6cwXLucR0
「それが不完全版:もう1つの調整体のイミフな副作用と合わさったもんだからもー大変! 青少年はもはや戦うためだけ
の生物兵器一直線!!」

「いまなら武装錬金も発動できちゃうヨー。治癒力だけなら常人の3倍……え? メイドカフェで負った傷? あーあれは
簡単に言うとねぇー。ふつーの人間ならばらばらになってるレベル!!」
(うげ)
「うむむ。よくぞ頑張ったぞ青少年! で戦士長くんどーするよ?」
 火渡はますます笑った。笑いながら震洋に歩み寄りその襟首をむんずと掴み持ち上げた。
「話は聞いたな。人手不足だ。てめェも救出作戦に参加しろ!!)

(なんて不条理な!!!!!!!!!)




「総角。無数の武装錬金を使える君が敢えて剣術を修めている理由。それは──…」
「フ。想像通りだぞ秋水。仇討……成すためには」



「剣であの男を上回る他ない」

「俺のクローン元をな」






 円卓の上。

 三角錐。

 外出中。
 外出中。
 外出中。
 外出中。
 外出中。
 外出中。
 外出中。
 外出中。
 外出中。

 …………………………。


 拷問中。


 扉が開いた。靴らしき影が競り出した。行く手に広がるのはまだらの沼だった。かさかさに黒ずんだ血液と濃緑色の膿が
混じり合う溷厠(こんし)に劣る床だった。ねとり。ねとり。ねとり。靴は進む、裏底に引く汚物の糸をものともせず。

 照星はまだ意識を取り戻さない。ただ仰向けに突っ伏している。血膿と腐臭に満たされた広い部屋の中央で……。

 彼の傍で靴が止まった。遥か上方で薄い笑いが漏れた。
176 ◆C.B5VSJlKU :2011/12/20(火) 22:11:00.87 ID:6cwXLucR0
「総登場だ。幕間の幕切れは近いよ照星。君はせいぜい血を流してくれたまえ」

 金の奔流が照星めがけ放たれた。風切る音が一拍遅れでようやく響くほどの速度だった。照星の長い髪がふわり棚引いた。

「破壊には準備が必要だ。積み上げた物を壊すのはとてもとても気分がいい」

 照星の右肩から血があふれ出した。黒い外套を穿孔するものがあった。金色をしたそれは刃だった。片刃の鋩(きっさき)
だった。それは靴の持ち主の手めがけ果てしなく果てしなく伸びていた。独特のわずかな湾曲は明らかに日本刀だった。

「だから演劇だ」

 暗い、しかしどこまでも大きく高らかな声を上げ彼は叫んだ。

「演劇をしよう!!」



「MELSTEEN=BLADE」 そう刻まれた認識票が跳ね上がり──…



 やがて世界は暗転した。
177 ◆C.B5VSJlKU :2011/12/20(火) 22:12:02.93 ID:6cwXLucR0
秋水たちの戦いはこれからだ! ご愛読、ありがとうございました!
178作者の都合により名無しです:2011/12/20(火) 23:23:26.18 ID:1nanqJPq0
ものすげーネタ晴らしがきた、と思ったけど
打ち切りエンドは冗談ですよね?w
179汝は罪人なりや?(序)(ぷろろーぐ):2011/12/21(水) 22:11:52.08 ID:LR3WaLKp0
あらすじと登場人物>>138あかねちゃん>>142
本編>>139

翌日は学食を食べたあと早退し すぐに事務所までやって来て残りの時間をおやつの確保に使った
そのせいで荷物を持つゴダイさんが苦労するのは分かるけど…泊まりの旅行でおやつ無しなんて考えられない
「この量はねえだろ探偵…俺を殺す気かよ」
ゴダイさんは駅まで続く道の途中で 前を歩く私たちに言った その目には恨みがこもっている
お菓子で一杯になった4つと旅行の着替えなどが入った1つ合計5つのリュックを持たされているゴダイさんのもっともな抗議は 心なしかいつもよりおとなしい
ネウロはそんなゴダイさんに向けて何事か言っているようだけどあの口が耳まで裂けている顔から察するに良からぬ事なのは間違いない
抑えなきゃとは思ったんだけど…ゴダイさんごめんなさい

そのとき私はポケットに入れていた携帯を取り出すと文字入力画面を開いた 携帯のストラップになっているあかねちゃんが落ち着き無く動くからだ 
「どうしたのあかねちゃん?」
彼女は出てくるなり激しく動きながら時折ネウロのポケットの辺りを指し示している
それに気がついたネウロは私に小さな袋を渡して言った
「おお そうだったな ヤコ急いでこれを身に付けろ」
ネウロが渡してきた袋は近くの雑貨屋の名前が印刷されている 恐る恐るそれを開けると出てきたのは髪止めだった 
桃をあしらったデザインはとても美味しそうで思わず口に入れたくなるほど…じゃなくて思わず着けてしまいたくなるような可愛さだ
だがくれた相手の事を考えるとうかつに身に着けるのは危険だと経験が言っている
「アンタがこんなもんくれるなんて不気味すぎて怖いんだけど…明日隕石とか降って来たりしないよね?」
髪止めとネウロを見比べる私に ネウロは何を勘違いしてか見当違いな話をはじめた
「隕石のかけらというのは売れば高い 物によっては同じ確率の宝くじ一等にも引けをとらん 
もし落ちてくれば事務所の修理費を払ったとしても おつりが来るだろう だが…一攫千金を狙うつもりならもう少し確率の高い物を選んだらどうだ」
隕石についてのムダ知識は増えたけど 今私が知りたいのはそこじゃない
見かねたあかねちゃんが携帯の画面に文字を打ち込んで説明してくれた

−オフ会の目印に桃のデザインの小物を身に付けて行くの 顔も知らない人達との待ち合わせだから−

なるほど 確かにみんなが同じ物を身に付けていれば分かり易いし
それが美味しそうな食べ物なら目ざとく見つけられる自信がある…って私だけか
「なんで桃なの?」
「サーバーの名前に由来しているらしい 他に{栗}と長期プレイ用の{柿}がある」
ネウロが話に割って入ってきた もう一つの袋から出したであろう 桃のネクタイピンがいつの間にやら 首に巻いてあるストールに収まっている
どうやら話してる間に着けたらしい 私はあかねちゃん付きの携帯をポケットにしまいながら言った
「ふーん 桃栗三年柿八年…だっけ?」
私は髪止めに仕掛けがないか警戒しつつ 駅前の店のガラスに映った自分を見ながら髪止めを付ける
ピンク色でけっこう大きいそれはきっと遠目からでも目立つだろうなぁ…なんて思っていると後ろから見知らぬ人の声がした
「あの…もしかして桃栗人狼オフ会の参加者ですか?」
振り向くと声を掛けてきたのは人懐っこそうな若い女性だった 短く整えられた髪に品のいい帽子が乗り 桃の装飾が顔をのぞかせている
連れであろう桃のブローチを着けた長髪の少女が離れたところから伏し目がちに こちらの様子をうかがっていた
「そうですよ」
笑顔で答えた私に彼女は嬉しそうに手を動かしてこたえた
「ああやっぱり!旅は道連れって言いますし良かったら一緒にいきましょうよ!」
なんでこの人はこんなに喜んでるのかと観察してみると その視線はネウロの方に向いている…まあ見た目は良いからね
「私のハンネはくらら この子はあきらです」
彼女は連れに手招きすると私たちに紹介したが 彼女はお辞儀をするとさっさと後ろに隠れてしまった
その一瞬左手首に黒いリストバンドをつけているのが目に入る
「この人はドラム缶先生で 僕は助手です そしてあちらでへばっているのが先生の荷物持ちです」
無駄な労力かけすぎだろ!
嫌がらせとしか思えないハンネに私は心の中でツッコミを入れるしかなかった
  

〜今日はここまで〜
180ふら〜り:2011/12/25(日) 17:51:35.80 ID:mVuRC+7g0
>>スターダストさん
ひっっっっさしぶりに小札がきたっ! と思ったらヌル。うーむ、実際指摘されてる通り、可愛く
且つエロくもあって、実によろしい御名前。ソウヤとムーン、そして異世界も絡んできて、どこまで
いくかというところで……ブログの記載も簡素で……本当に、終わってしまったのでしょうか……

>>金鹿さま
この辺りは、コナンや金田一なんかと共通したノリですね。……ゴダイ&あかねちゃんは除いて。
ネウロは今、謎の気配でヨダレ流してるんでしょうけど、それって殺気というか「事件気」を感じて
るんですよねえ。しかも多分殺人。こういうとこ、能力のみならず人間じゃないなと実感します。
181作者の都合により名無しです:2011/12/27(火) 19:10:01.75 ID:4Fp6NK8K0
しばらく見ていない間に新作きてるーー!
ネウロ大好きなんで頑張ってほしい

けど・・

スターダストさあああああんんん!!
いや、これはきっとネタだろう・・きっと。
でも、今のスレ状況からして仕方ないとも・・。
ちょっとブログ見てこよう
182作者の都合により名無しです:2011/12/27(火) 21:14:50.57 ID:tnQGXtva0
打ち切りはネタでしょう。
大集合・大団円を前にスターダストさんが投げる訳無い。

近鹿さんも新連載してくれたし、サマサさんを始め
またかつての人たちが復活してくれたら、スレ大復活なんだけどな。
183金鹿:2011/12/28(水) 12:40:26.53 ID:FjdwVffR0
>>182
年の瀬でみんな忙しそうだし 今すぐは難しそうだけどそうなるといいね 個人的に復活して欲しいのは「女か虎か」書いた人
ネウロ関連で切磋琢磨したいな 同じ作品のネタを使う方が各々の個性が出て面白いからね

そういえば さんざんタイトルのカッコでワガママいいましたが「女か虎か」のじんぶつしょうかいに使ってるカッコを使いたいって言った方が伝わった気がする…

さて…今年中にプロローグ終わらせて新年に本編いくぞー
184汝は罪人なりや?【序】【プロローグ】:2011/12/28(水) 23:35:22.22 ID:sHFM9VREO
私たちは駅につくと 程なく来た列車に乗り込んだ 心なしか乗っている人が少ないのは向かう先が田舎だからだろうか
二人で座るタイプの座席がいくつも並んでいる様子はまるでバスの後部座席のようだ
ネウロはさっきから帽子の女の子と人狼ゲームの話に夢中になってるけど…私には内容がさっぱりわからなかった
私は場違いな気がして彼女にネウロの隣の席を譲ると離れて座った 目の前からはくららの楽しげな声が響く
「私としては狩人coは…」「ええ しかしそれでは狩人日記が破綻してしまいますね 僕ならばその場合…」
(ネウロ…こうして遠くから眺める分には最高なのになあ)
ぼーっと見ていた私は隣に座ったブローチを着けた子…あきらから謝られた
「姉貴が空気読めないせいで…ごめんな」
申し訳なさそうな顔の彼女に笑顔を見せる
「そんなことないよ〜気にしないで」
私としては一時的にでもネウロの暴力から逃れられるのはありがたい こっちがお礼を言いたいぐらい
「僕は人通りの多い歩道をわざわざ並んで歩いてる時点で気づいたのに 姉貴はプレゼントを嬉しそうにその場で身につけたのも目に入らない…なんてね」
あれ…もしかして私誤解されてる?「違…私たちはそんな関係じゃない」
185汝は罪人なりや?【序】【プロローグ】:2011/12/28(水) 23:38:43.37 ID:sHFM9VREO
私たちは駅につくと 程なく来た列車に乗り込んだ 心なしか乗っている人が少ないのは向かう先が田舎だからだろうか
二人で座るタイプの座席がいくつも並んでいる様子はまるでバスの後部座席のようだ
ネウロはさっきから帽子の女の子と人狼ゲームの話に夢中になってるけど…私には内容がさっぱりわからなかった
私は場違いな気がして彼女にネウロの隣の席を譲ると離れて座った 目の前からはくららの楽しげな声が響く
「私としては狩人coは…」「ええ しかしそれでは狩人日記が破綻してしまいますね 僕ならばその場合…」
(ネウロ…こうして遠くから眺める分には最高なのになあ)
ぼーっと見ていた私は隣に座ったブローチを着けた子…あきらから謝られた
「姉貴が空気読めないせいで…ごめんな」
申し訳なさそうな顔の彼女に笑顔を見せる
「そんなことないよ〜気にしないで」
私としては一時的にでもネウロの暴力から逃れられるのはありがたい こっちがお礼を言いたいぐらい
「僕は人通りの多い歩道をわざわざ並んで歩いてる時点で気づいたのに 姉貴はプレゼントを嬉しそうにその場で身につけたのも目に入らない…なんてね」
あれ…もしかして私誤解されてる?「違…私たちはそんな関係じゃない」
186汝は罪人なりや?【序】2/4:2011/12/29(木) 00:04:59.88 ID:ua6nScs3O
(二重投稿すみません)

あきらちゃんが驚いて私をみたのと後ろから声がかかったのは同時だった「よっ若いの青春してるねぇ」
声のした方を振り返ると髭の生えた中年男と男女二人がこちらをみていた男女二人は桃の小物を身につけている
「お前らも参加者だな バラバラに座ってるのもなんだし 合流しようぜ」
中年男の呼びかけで席を移動するとなぜか私の席はネウロの隣になっていた…恐る恐る座った私の頭はネウロの手で鷲掴みにされる
「我が輩に無断で別行動とは…貴様は謎に食い殺されたいか」
やっぱこうなるよね
私たちが自己紹介をすると今度は向こうの番になった 中年男が口を開く
「俺はエドガー 売れない小説家やってるぜ」
「私はジェニファー 舞台女優の卵ってところね」
「俺はやられやく まあ初日に噛まれる役なんで俺の事は気にしないでやってよ」
私は聞いた
「それだと推理に参加できないんじゃ?」
「実は俺 料理目当てで来たんだ タダ同然で高級レストランのフレンチが食えるなんて滅多にないからな」
「なんでもあそこのシェフはシュプリームSで働いてたが事件後にリストラされてここに来たらしい」
そのとき中年男が声を上げて立ち上がりヤコを人差し指で指しながら言った
187汝は罪人なりや?【序】3/4:2011/12/29(木) 00:43:17.76 ID:ua6nScs3O
「どっかで見たなーと思ってたら…あんたってシロタ捕まえた桂木弥子?」
ほかの人たちは中年男をキョトンとした顔で見てそのうちの一人が言った
「シロタって誰だ?桂木弥子はアヤ・エイジア事件の人だろ?」
混乱する人たちにネウロが鶴の一声を発した
「そうですね どちらも僕らが手がけた事件です ね先生?」
そこからは質問の嵐だった どんなマスコミもここまで次々質問をしないだろう
「なあ あれやってくれよ 犯人はお前だ!って」
普段の私だったら絶対やらなかったろう だが半ばヤケになった私は矢継ぎ早の質問から逃れたい一心で叫ぶ
「犯人は…お前だ!」
恥ずかしいことにいつもの癖でポーズまでとってしまった
…無関係な誰かを指さしてませんように…私が人差し指の先を見るとそこには太った男の人
そのTシャツには萌えキャラの少女がプリントされ その上に大きく「モモ」と書かれていた
あの少女の名前なのだろうか…しまったと思った私は即座に土下座の体勢に入ろうとしたが、彼はおもむろに立ち上がって言った
「見つかった…から…オフ会…参加する」
この時 私が新たな伝説の一ページに刻まれたのは
後にネウロのイタズラのせいだと判明する…そのことを今の私は知らない
188汝は罪人なりや?【序】4/4:2011/12/29(木) 01:13:37.51 ID:ua6nScs3O
「次は桃栗駅〜桃栗駅〜」
私たちが電車から降りると荒れた無人駅があったこの様子だと日に何本かしか列車がこないのだろう
すっかりへばっているゴダイさんと荷物を迎えのバスに押し込むと 車は桃栗館に向かった
途中エドガーさんが私たちの隣にきて録音機を取り出すと愉快そうに言った
「デーブ細木を見つけちゃうなんてあんたすごいな…伝説の一部始終しっかり録音させてもらったぜ」
何がすごいのかさっぱり分からないから苦笑いをするしかなかった
私はメールをチェックしようと携帯を取り出す
「あれ?圏外だ」
「ああ ここらは山間で電波が入らないようになってんだよ
噂では桃栗館の主人が変わり者で わざわざそういう所を選んで館を建てたって話だぜ」
いざ事件が起こったら真っ先に警察に連絡しよう…私のほのかな期待はあっさりと崩れ去った
その横で長旅の疲れからか半分眠っているネウロが小さくつぶやく
「謎の気配が濃くなった…気をつけろヤコ」
その声はあまりにも小さくて 弥子の耳には届かずに消えた

〜今日の分はここまで〜
長くなるからって馴れない方法で書き込んだらこれだよorz
やっと【】の出し方が分かった


次でプロローグ終わる予定
189汝は罪人なりや【序】【ぷろろーぐ】4―1:2011/12/31(土) 15:32:16.15 ID:7P/DZvYmO
まもなく私たちは桃栗館に到着した
ミステリーに出てくるような古びた洋館…そう言えば多くの人がイメージするであろう絵がそのままそこにあった
迎えのバスが行ってしまうと 周りは静寂に包まれ冷たい空気が肌にまとわりつく
ほどなく館の扉がゆっくりと開き一人の老人がこちらに歩みを進めて来るのが見えた
その姿を見て私は凍りついたように背筋が冷え…思わずネウロの陰に隠れてしまった
「お待ちしておりました ようこそ桃栗の館へ 私がこの館の主です」
私たちを出迎えたのは穏やかな老人だった
皺の寄った顔は年期の入った落ち着きを感じさせ 白髪に覆われた頭を下げる様子は物腰の柔らかさを感じさせた
頑固で偏屈な人だろうという予想とは大違いなのに…なぜだか私は震えが止まらない
私にしがみつかれているネウロはさっきからちらちらと私を見てくる
その表情はまるで理解出来ないとでも言いたげだった
「私はイニシャルG…略して"じい"とお呼びください」
顔を見た私は恐怖の正体を悟る 額の中心のホクロ…ああそうか似てるんだ…
私はネウロの耳に顔を近づけて何とか声を絞り出す
「あの人…似てる…お父さんを殺した…犯人に」
190汝は罪人なりや?【序】【プロローグ】4―2:2011/12/31(土) 16:04:21.89 ID:7P/DZvYmO
玄関から招かれた先にはコックの格好をした男が一人立っていた
若い男性ではあるが身長が高いせいで腕を組んでいる様は威圧感がある
その威圧感を押し隠そうとしてなのか顔には不自然な笑顔が張り付けられていた
シロタ…もちろんハンドルネームだと前置きしたうえで…その男は名乗った
「おひさしぶりです桂木探偵」
威圧感に怯んだ様子を見せないように笑顔をつくったら…後ろからも威圧感が
「なああんた…ちょいとこの荷物持っちゃくれねえか?」
振り向くと4つのリュックを抱えたゴダイさんが引きつった顔でコックを睨みつけている
私たちがバスの中で一つ減らしたのに…まだ重いのか
「私にはまだ仕事が残っておりますので」
ゴダイさんが何か言おうとしたが後ろからした声にかき消される
「もう暗いしメシにしようぜ〜俺今日昼飯抜いてるから腹減った」
やられやくさんの様子に呆れたGさんが言う
「仕方ありませんね ではお部屋をご案内した後夕食といたしましょう 皆様各自荷物を持って二階に上がってください」
階段を上がってすぐ右に客室が並んでいる
「各々お好きな個室をお選びください 決まったらドアから鍵を抜くのを忘れずに」
中は結構広く トイレや浴室まで備えてあった
191汝は罪人なりや?【序】【ぷろろーぐ】4―3:2011/12/31(土) 16:34:23.10 ID:7P/DZvYmO
ネウロはどの部屋にするのかな…気になった私はネウロを探すとなにやらGさんと会話していた
「階段から向かって左の方…向こうの大きい部屋は相部屋でしょうか?」
「いえあそこはGMがお泊まりになる場所ですので一般の参加者の宿泊はご遠慮いただいております」
「先生はどうしても相部屋がいいとおっしゃるのですが…」
「夜は各部屋のなかにある端末を操作しなければなりませんゆえ
時間までに部屋に戻らなかった場合失格にさせていただいております
ルール上不可能なのでそこはこらえてください」私が見ているのに気づいたあいつは私に向かって無駄にウィンクしてきた
「だそうですよ ここではワガママは言えませんね」
(ワガママ言ってるのはあんただろ!)

「さて…皆様部屋をお選びになったところで下に参りましょう」
階段を下りた私たちは右側に折れ玄関の正面の部屋に誘導された
Gさんはもう一つ奥の部屋を指さしながら説明をはじめる
「食堂のとなりにあるのが墓地部屋です 噛まれたり吊られたりした人たちはこちらの部屋へ移動して貰います」
「退屈だし 噛まれた人は連れてこられる時に分かるんじゃないの?」
「ルールでは人狼は被害者の部屋に合図を送り入り口付近で待機します」
192汝は罪人なりや?【序】【ぷろろーぐ】4ー4:2011/12/31(土) 17:08:05.11 ID:7P/DZvYmO
そして噛まれる方はアイマスクを付けて出入り口へ行くのです 内部にあるモニターで村人会議の様子が見られますので 変わらず推理が楽しめますよ 必要なものがあれば何なりとお申し付けください」
「こちらの食堂は昼間は村人会議の場所となります どこかにあるカメラが墓地部屋に映像を送っておりますゆえ 下手な事は言わないようお願いいたします」
そう言った彼が扉を開くと…そこには豪華な料理が所狭しと並んでいた
「おいしそ〜」
よだれを垂らしている私を見つけたシロタは さっきとは違う自然な様子でほほえみかけてきた
「さて みなさんお食事の用意が出来ました 誓って薬物など使用しておりませんので どうぞ安心してお召し上がりください」
一同が少し困惑する中…私は遠慮なしにテーブルについた
「いただきまーす!」
まもなくテーブルは皿で埋め尽くされる その様子は巨大な生き物が肉を食い尽くされその土台であった骨が散らばっているかのようだ
「ごちそうさま」
「一皿一秒もかかってないわよ…」
「最後には鍋ごと持ち上げてたぜ」
「すみませーんおかわりありますか?」
「呆れた食欲だ…ドラム缶一杯食べないと満足出来ないのがハンネの由来だと説明したが…甘かっようだな」
193汝は罪人なりや?【序】【ぷろろーぐ】4ー5:2011/12/31(土) 17:37:28.32 ID:7P/DZvYmO
弥子の様子に料理には何も入っていないと安心した人たちは改めて盛りつけられた料理を前に食卓を囲んだ
食後デザートを食べていると大きな電子画面の向こうから加工された声が響く
ゲームマスターが開始を告げる言葉を読み上げた 時計は十時をさしている

「諸君らの中に人狼が紛れ込んでいる 彼らは巧妙に君たちの中にもぐり込み この館の人間を全滅させようと企んでいる
そうされないためには一刻も早く彼らを見つけだし処刑するしかない さあ戦いの始まりだ」
「なお内訳は村人5人 占い師2人 霊媒師1人 人狼2人 狂人1人 諸君等の健闘を祈る」


部屋に戻ったやられやくは呟いた
「ずいぶん大がかりな芝居打つんだなあ…人狼なんているわきゃねえのに」
「しかも俺役職だから村不利じゃん…まあ料理が美味かったからいいか…っと呼び出しか?ずいぶん早いな」
彼はアイマスクを付けると自分の部屋の扉を開けた その直後彼の首に細い紐のような物が巻き付けられる
「あれ…もしかして首輪とかつけるの?まいったな…跡つくと困る…ちょっ…くるし…ガッ」
その夜…やられやくが死亡した…しかし私たちがそれに気がついたのは翌朝になってからだった

〜今日はここまで〜
194金鹿:2011/12/31(土) 17:47:54.97 ID:7P/DZvYmO
さて…何とかプロローグは今年中に終わり、被害者犯人出そろいました。どうぞ直感で犯人あてを楽しんでください

…魔界電池(アーモンドチョコ味)が切れそうなので 補充もかねて二週間ほどは充電します


よいお年をノシ〜〇
195ふら〜り:2011/12/31(土) 18:08:50.34 ID:yZ48NnRJ0
>>金鹿さま(「女か虎か」がなければ、私はネウロを読んでませんでしたね)
今のところあからさまに怪しい奴(そいつは大抵犯人ではない)はいないですね。まぁ
金田一>コナン>ネウロの順に、そういうのは少ないですけど。そして始まった本編、ヤコの
怖がりっぷりはちと可愛かったですが、ここからは犯人とネウロの勝負……ヤコは活躍できるか?

では、よいお年を。続き期待してますよっ。
196 ◆C.B5VSJlKU :2011/12/31(土) 23:57:15.12 ID:zMJqJARv0
「けーれども彼はこ・こ・でさよなら♪」

「「「「「「「「残念だったねェ!!」」」」」」」」

 合唱。それが教室に響くとパピヨンは瞳を細めた。

「フム。やるじゃないか。始めたばかりにしては」

 居並ぶ生徒たちがさざめいた。歓声。仲間との称賛。抱き合う女生徒も何人か。
 ここは銀成学園の一角、とある教室。演劇部の巣窟だ。
「だがつけあがるなよ。貴様たち程度など掃いて捨てるほどいる!!」
「ハイ監督!!」
「この俺パピ・ヨン! のように美しくなりたければひたすら努力あるのみだ!!!」
「ハイ監督!!」
 口をそろえて返事をする演劇部員。ハモリ具合ときたら合唱部も羨むほどだ。一種異様な──新興宗教の祖を呼ばう
ような──な熱気が音波と化して膨れ上がった。それにビリビリと肌を焼かれるパピヨンはしかし笑った。牙をむき出す
邪悪のアプローチで。
「ほう。返事だけは立派じゃないか。ならば課題をくれてやろう」
 そういって彼は股間に手を忍ばせた。黄色い声が膨れ上がったのはその時で、多くの女生徒がパピヨンめがけ駆け
出した。股間からまろびでたのは紙の束。サイズはA4ほどで湯気こそ立っているがシワ一つない。四方が綺麗に裁断され
たそれはやがてビラよろしくバラ撒かれた。ご多分に漏れず両目をハートマークにした少女たち、きゃいきゃい騒ぎながら
紙に飛びつく。パピヨンを中心とする円い人混みは一部もぐら叩きの様相を呈していた。長短美醜さまざまの女生徒が低い
円柱のそこかしこから顔を出しては引っ込めての連鎖を披歴しているのは紙めがけ飛ぶためだ。

「チクショー!! なんであんな変態丸出しの奴が人気あるんだよ!!」

 円柱からやや離れた場所で金切り声があがった。もっとも円柱から絶え間なく勃発する莫大な歓声にかき消されほとんど
誰も聞き咎めなかったが。
「しょうがないよ岡倉君。相手はあのパピヨンだもん」
 恰幅のいい少年だけは袖を引き静かにたしなめた。これといって特徴のない顔を占めるのは嘆息と諦観だった。
「そうだぞ岡倉。あの人何年この街にいると思ってる」
 突き放すように呟くのはメガネの少年。視線の先にはいよいよ煮えたぎる歓心の渦。中心のパピヨンは「やぁやぁ」
とでも言いたげに手を突き出しファンどもを御している。にったりと笑いながら時おり握手にさえ応じるさまはまったく
スターの貫録だった。
「だいたい人気が欲しいならまずその髪型からやめろ。何だその時代錯誤丸出しのリーゼント」
 情けない音がした。次いで大きく揺れ動いた黒い塊ときたらまったく調理失敗で黒焦げたホットドッグさえ幾分マシに見える
惨めな代物だった。しかもそれは
「馬鹿にするな六舛! このリーゼントはなあ!! 岡倉家に代々伝わる由緒正しい──…」
 短慮そうな少年の顔の上に鎮座していた。つまり……髪型だった。
「代々とか言われても……。だいたい勿体ないよ岡倉君」
 髪型さえしっかりすればそれなりに格好いいのに。恰幅のいい少年がそういってため息をついたのは心から友人を慮った
ためだが。
「うるせェ大浜!! モテてぇからってそーいう軽薄な迎合みたいなマネしてみろ! それこそご先祖様に申し訳がたたねえ!!」
 リーゼントの少年はいよいよ目を三角にし喰ってかかった。隣の少年──大浜、という苗字らしい──は頭ひとつほど身長
が高い。恰幅の良さから見積もるにざっと20kgは重いだろう。にも関わらず無遠慮につっかかるあたりなかなか喧嘩っ早い。
岡倉と呼ばれた少年は……つまりそういう人物でいよいよ瓦釜(がふ)雷鳴、腕まくりさえし友人に突っかかった。
「ど、どうしよう六舛君」
「軽薄とか偉そうにいうな。このエロスが。本当はただモテたいだけのエロスが。みっともない」
197 ◆C.B5VSJlKU :2011/12/31(土) 23:57:35.92 ID:zMJqJARv0
「?? どうしたんですか岡倉先輩。何だか落ち込んでいるみたい」
「気にしないでちーちん。六舛君がちょっと厳しく言いすぎちゃっただけだから」
「ま、いい薬だろ」
 教室に入ってきた少女は”何が何だか分からない”、そんな表情で大浜達と岡倉を見比べた。
「違う……。俺はエロスだけど軽薄なんかじゃ……。もっと硬派な……チクショー。エロスでなにg」
 雑然と机が跳ね除けられた教室。そのほぼ中央でブツブツ呟くのは岡倉。4つんばいの彼は黒い霧を一身に背負い今にも
それに押しつぶされそうだ。心の傷からいまだ立ち直れずにいるらしい。
 机はいま、教室の四隅めがけ押しやられている。練習のためだ。ちなみに演劇部の部室に関しては気が遠くなるほど昔から
──伝説では300年ほど前から──申請されているのだがいまだ専用のものがない。その意趣返しかどうかは分からないが
演劇部員ときたら机の除去に関してひどく無精で無遠慮で(所詮他人の教室だ)、ひとたび練習来たらば人海戦術、軌道のつい
た巨大シャベル・ブルドーザーで瓦礫にするがごとく強引に、隅へ隅へと圧縮している。
 そのあおりのせいでいまや学級は物理的崩壊の極地だった。前後の仲間に不格好に乗り上げている机などはまだいい方で
こけている奴、倒立している奴、何をどうしたのか廊下側の上窓に刺さっている奴など盛りだくさん。錆と剥がれの目立つパイプ
がゴミゴミと折り重なる様はもはや教室というより机の墓場だった。
 その中央で膝をつき声も暗くブチブチ嘆く岡倉はとてもとても薄暗いオブジェだったが……。
「それはそうと……転校生の人たち見ませんでしたか?」
 ちーちんという少女にとっては日常茶飯事のようだ。彼女は実にあっけなく話を変えた。
「転校生……? あ、ひょっとして5人組みの? 今日は見てないけど……六舛君は?」
「入部届けはちゃんと出してあるみたいだしそのうち来るだろ」
「しかしあの人たちスゴいよね。特に金髪の人。一度先輩と剣戟やっているの見たコトあるけど」
 なんかこう、人間離れしていた。鳥肌さえ立った。大きな体を抱えるように大浜はそう述べ
「案外、合ってるかもな。あの完璧超人の先輩と互角だったし」
 六舛は淡々と応答した。
「先輩といえばさ、まさかまっぴーとお付き合いするなんて」
 二人の間でひょっこり顔を咲かせたのは黄色い髪の女の子。髪を両側で縛っている彼女は高校生というより中学生の風貌
だ。精神も見た目相応らしく「あのねあのね」と先日の目撃談──要約すると腕を組んでいたらしい──を賑やかしく首振り
首振り語りきった。柔声(やわごえ)の勢い凄まじく──鼓膜に砂糖が焼きつくよう──大浜は軽く眉根を引き攣らせた。
「こら。勝手に決めつけないの。先輩は違うって言ってたでしょ」
「もう。ちーちんはマジメすぎるんだから。もう決定でしょ。まっぴーってばお食事に誘われたし、先輩入院した時は毎日欠か
さずお見舞いしてたし……もうなんていうか通い妻? きゃー!!」
「チクショー!! 俺なんか今年もイヴ1人きりだったんだぞ」
「自業自得だ岡倉」
 その点についてはまったく同意の大浜だ。もっとも大浜にしても今年のクリスマスイヴは侘しかったのであまりに声高に
賛同できないが。
「もー。みんなで一緒にパーティできたんだしいいじゃない」
「そうじゃねェだろ!! もっとこう先輩みたいなストロベリーなお相手とマンツーマンで」
「大丈夫大丈夫。岡倉先輩、髪型さえなんとかすればカッコいいしそのうちいい人と会えるよ」
 えへらえへらと笑いながら少女は先輩の間隙を縫った。ぴょこりと飛び出した小柄な少女にやれやれとため息をつきかけた
大浜はしかし「あれ?」と眉をひそめた。
「どうしたのさーちゃん? ケガしているみたいだけど」
 さーちゃんは「あ、これ?」と人差し指を突き出した。桃色の目立つ瑞々しい爪の射線上にあったのは三角巾でそれは彼女
の右腕を制服ごとスッポリ覆っていた。その両端はさーちゃんの首の後ろで合流し結び目を作っていた。
 つまり簡潔明瞭にいうなら……右腕を『吊っていた』。
「ちょっと骨にヒビが……」
「ヒビ!? いったいどうしたのよ!」」
 幼い顔もくしゃくしゃに泣き笑う彼女がいうには

『昨日オバケ工場に行ったら化け物が居て、襲われた』

 らしい。

「化け物って……何かよく分からないけどよく無事に帰ってこれたね」
198 ◆C.B5VSJlKU :2011/12/31(土) 23:57:57.59 ID:zMJqJARv0
「だいたいあそこは立ち入り禁止でしょ。だいたい前一度ひどい目にあったのに何でまた」
 確か今年の8月。物見遊山で出かけたばかりにしばらく行方不明になった。メガネ少女の糾弾にいよいよその友人──
さーちゃん──は小さな肩を窄ませた。
「う……怒らないでよちーちん。あのときキーホルダー落としたから無いかなって探しに……。でももう行かない。すごく怖かっ
たんだから。襲われたとき、もう死んじゃうのかなって泣きじゃくったし」

 そこに助けが来た。さーちゃんはがっしりと手を組んだ。

「槍の戦士さん」
「槍の戦士さん?」
「うん。あ、時代劇とかに出てくる槍じゃないよ。もっと神話に出てきそうな」
「欧州の槍」
「そう。さすが六舛先輩。んー。なんていうのかなー。シンプルなつくりのじゃなくて」
 しばらくトンビのように言葉をくるくる旋回させていた少女は「そうだ!」と息せき切った。
「確かハルバード!! ハルバードっていうのかな。先っぽの方がスゴいコトになってる槍でね」

 ばーん!! 私を襲った化け物を倒してくれた。さーちゃんはそう述べた。

「そう。とにかく無事で良かった。あ。その人にもお礼をしないと」
「そうだね。さーちゃん。その人の顔は分かる」
「男の人みたいだったよ」
「みたい?」
「あそこ暗いから顔までは。でも雰囲気からすると年上? 声はそんな感じで……きっとカッコいい人だよねちーちん」
「私に聞かれても」
「そうだよね。それに……」
「それに?」
 笑顔一転、泣きだしそうな後輩に大浜は首を傾げた。
「槍の戦士さん、女の人と一緒だったの!! すっごく笑顔の可愛い!! きっと恋人だよね……」
「なんでその人の顔は分かるのよ」
「というかオバケ工場っていつからあるの?」
「さあ。ご先祖様の話じゃ1世紀以上前とか」

 まさか。驚き交じりに答えると六舛は「真偽がどうか調べておく」とだけいった。




 演劇部は忙しい。というのももうすぐ出し物が控えているからだ。
 大道具を任された大浜もそれは同じで

「すっかり遅くなっちゃった。早く帰らないと……」

 本番を明日に控えたある日、彼は夜道を急いでいた。

 寄宿舎まであと僅かというところで……それは起こった。

 バツリ。

「…………?」

 何かが爆ぜる音がした。最初ただの空耳かと思っていた大浜だがしかし違う。
 怒号。誰かが争う音。瓦礫の崩落。
 それら総てがいっしょくたとなり空を裂き──…。

「!!!!」

 手近な塀を突き破った。
199 ◆C.B5VSJlKU :2011/12/31(土) 23:58:25.45 ID:zMJqJARv0
.
 慌てて振り返る。まず目に入ったのは古びたサンドブラウンのブロック塀だ。アスファルト上に惨たらしく飛び散るそれは
それが明らかに現実のものだと残酷なまでに語っていた。されど大浜の心臓を飛びあがらんばかりに刺激したのは破片
踏みしめよろよろと立ちあがる人影。
(転校生の人!? 同じクラスの)
 女生徒。岡倉などは可愛い可愛いとアプローチを繰り返している野性的な少女。
 何がどうなっている。硬直する大浜に新たな視覚情報。
 割れた塀の向こうから。土煙を縫って。
 槍が飛び出した。
 体格のいい大浜でさえ身震いするほど野太い槍だった。
 それが少女の首を消し飛ばすまで1秒も要さなかった。
 なぜか血こそ噴出しなかったが……。
 首を無くした少女は成すすべなく膝をつき、その場へと崩れ落ちた。

 さらに土煙の向こうで影が躍り硬質な音がいくつもいくつも響き。
 首がいくつか飛んできた。
 どれも見覚えのある転校生のそれで、見事な金髪の──かつて大浜の先輩と互角の剣戟を見せた──青年の、緑がかっ
た白目剥く生首を見た瞬間とうとう大浜は絶叫した。
 すると。
 猛烈な風とともに何かが迫ってきた。息さえ出来ぬ風の中、すっ転びつつも大きな図体を転がした大浜の肩を鋭い爪が
切り裂いた。
平凡ながらに他の人間よろしく子を作り孫を得る彼はずっと後だが2親等以降相手に大いに語る。
 人生においてもっとも的確かつ奏功した一大決心はこの時だった、と。
 訳も分からず首を捩った大浜の右目の30cmほど横が巨大な質量に押しつぶされた。惑乱のなかチラリ程度に見たその
像が眼球内で像を結ぶのは戦後しばらくしてからだ。冷静に思い返した瞬間気絶しそうになるほどの危機一髪だった。
 コンドルに似た巨大な鳥の足。それがアスファルトを踏み砕いていた。せっかく生じた破壊力の証左、蜘蛛の巣のようなひ
び割れについては結局直視するコトはなかったが……とにかく大浜は重苦しい体を無様に揺すりながら立ち上がった。
 やがて。
 とてつもない光と力が大浜の背後で爆発した。






「ホムンクルスは全て殺す」







 壊れた塀の向こうである物が動いた。
 それはとある種類の……槍だった。
 ひどく特殊な形の穂先が精密機械のように揺れ動き。

 ある一点を指した。



「闇に沈め……」



 大浜を追う鳥型ホムンクルスの。
 胸の中心を。
200 ◆C.B5VSJlKU :2011/12/31(土) 23:59:31.30 ID:zMJqJARv0


.
「闇に沈め!!」



「滅日(ほろび)への!! 蝶・加速ゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーー!!!!」

 声があらゆる束縛を切断した。
 槍の穂先が爆発的速度で滑り出した。
 鳥型が驚愕とともに振り向くころにはもう遅い。

 槍は。

『蒼いツインテールの』鳥型ホムンクルスの上半身を。

 命ごとこの世から消し去っていた。

 遠くから、鐘が響き始めた。

 重苦しく陰惨な響きの鐘が……。



【永遠の扉】



(まさか……この転校生たちも?)

(さーちゃんがオバケ工場で見たっていう化け物の……)

(仲間)


 鐘の音は鳴りやまない。
 人の持つあらゆる罪科を歌い上げるように1つ、また1つ。




【過去編第000話】




 尻もちをつきながら大浜は……槍の戦士を見た。

 少年だった。


 燻り、夜の蒼さに溶けていく怪物の霧の中に佇む彼は。

 大浜と同じくらいかそれ以下の。

 幼い顔立ちの少年だった。

 瞳は鋭い。×字型に広がる前髪が嫌でも目を引く。
 そうして蒼く輝く槍を持ったまま黙然と大浜を見つめている。
201 ◆C.B5VSJlKU :2011/12/31(土) 23:59:52.22 ID:zMJqJARv0
 ひときわ大きな鐘の音が世界を貫いた。





【過去編第000話 「男達は時代を超えて。ただひたすらに、ただひたむきに」】





「あ。ゴメン。お礼がまだだったね」
 塀に縋りつくようにどうにか立ち上がり頭を下げる。
「気にするな。大したコトは──…」
 ここでようやく口を開きかけた少年だがなぜか黙り込んだ。
「?」
 そのくせ視線は自分の方に釘付けで、大浜は困惑した。
 たっぷり30秒は黙っただろうか。少年はやっとこう切り出した。
「お前もか」
「???」
「まったく河合沙織といい大浜真史といい……ややこしい」
「?????」
 首元から垂れるどこまでも長いマフラー。
 オレンジ色したそれで口を隠すのは癖なのだろうか?
 それきり何も言わず踵を返し立ち去っていく少年に大浜は不思議そうに呟いた。

「大浜真史?」


 とても寒い風がつむじを巻き通り過ぎた。


「どうしてご先祖様の名前を知ってるんだろ?」



 疑問に佇む大浜の耳をまた鐘の音が叩いた。
 それで彼の思考はわずかだが日常めがけ帰り始めた。

「あ」

 大浜は気付いた。
 鐘の音の正体に。

「もう今年も終わりか……」

 持っている携帯端末を開く。

 青白い光の筋が何本も飛び出した。
 それらは複雑に縺れ合い、柱や、木々や、人を。形成した。


「新年あけましておめでとうございます!!」


 元気のいい声を上げたのは短い鬚を生やした男性。
 眼鏡と七三分けの彼は背広姿でマイクを持っている。リポーターなのは誰の目から見ても明らかだ。
202 ◆C.B5VSJlKU :2012/01/01(日) 00:00:53.42 ID:onfA2Qs90
「みなさん!! あけましておめでとうございます!!」

「遂に2305年ですね!」

「西暦2305年もわたくし押倉をお願いいたします!」


 中継先は神社らしい。押倉というリポーターは白い息を吹きあげながら右往左往している。
 手をのばしては参拝客でごったがえする様子をつぶさに伝えている。


「すごいよねーこの人も。先祖代々リポーターなんて。……あ」


 映像の中に知り合いを見つけた大浜は苦笑した。
 栗色の髪を持つ少年が『先輩』の腕を元気よく引いている。
 艶やかな髪をキャリアウーマン風にカットした学園一の美女は少年の様子に戸惑いながらも嬉しげだ。

「いつも思ってるけど」

「男のコなんだから”まっぴー”はないよね。そりゃ確かに剣道やってる先輩の方が強くて、男らしいけど」

「通い妻っていうのも……ねえ」


 苦笑いしていると携帯端末から色とりどりの音符が飛び出した。

 現代風にいうとそれは電話の着信音だった。


「六舛君? あけおめの電話かな?」
203サナダムシ ◆fnWJXN8RxU :2012/01/01(日) 00:34:17.30 ID:7sgPWlYA0
あけましておめでとうございます。
204 ◆C.B5VSJlKU :2012/01/01(日) 03:05:25.12 ID:onfA2Qs90
.
「大浜か。古文書調べてみたけど。やっぱりオバケ工場、1世紀以上前からあるぞ」

「え。本当」

「ああ。知ってるだろ? 300年前の戦い。あの頃にはもうあったとか」

「300年前……っていうとアレ? 武藤クンとか先輩のご先祖様が戦ったとかいう」
「そ。例の武藤斗貴子氏や早坂秋水氏が活躍した」

「で、そのお二方の残した記録によると」
「よると?」
「さーちゃんが逢ったとかいう槍の戦士。時間を渡り歩いているらしい」
「……じゃあ、ひょっとして」
「この時代にも何か用があったのかも」


「ところであの槍、トライデントだったけど」
「さーちゃんは武器に詳しくないからな。変わった槍といえばハルバードなんだろ」




「まったくどいつもこいつも先祖に似過ぎだ。300年も経っているのに……」




 オバケ工場の中で少年──武藤ソウヤ──は苦い顔をした。



「ふふふ。この世界の主役というべき武藤カズキくんの仲間なのダヨ? 遺伝子の強さ最たるものさ」

 柔らかな声が工場内に響いた。


「それはともかくおめでとうソウヤくん」

「君はこの時代に来るまでに」

「2005年時点の戦いに寄与できた」

「……戦士と、音楽隊と、マレフィックの戦いが終わったのは」

「早坂秋水の奮起のお陰でもあるが、ソウヤくんもまた一助を加えるコトができた

「そしてマレフィックを1人殺し」

「ウィルの死も確認した」

「ふふ。ウィルの死。あれは酷かったね」

「彼以外の人間ならああはならない。きっと耐えられただろうに……」

「時空改変を目論むほど怠惰だから、あれほど悲惨な末路を辿る」

「で、この時代はどうだい?」
205 ◆C.B5VSJlKU :2012/01/01(日) 03:27:00.33 ID:onfA2Qs90
「問題はない。オレたちの旅はもう終わりだ」
 ソウヤは答えた。
「西暦2305年……ウィルはこの時代に動き出した。最初に来た時オレは奴を取り逃してしまったが」
「いまはもうこの時代にいない。他の時代に飛んだ痕跡もない。2005年時点で因果ごと消滅したようだ」
「それを確認しに来たんだが。まさか音楽隊もどきのホムンクルスたちが銀成学園に潜り込んでいたとはな」
「いやー。大変大変。月に行った筈のホムンクルスたちが3世紀経ってもまだ地球にいるとはねえ」
「おかげで銀成学園の生徒たちと関わる羽目になった」
「しかしすごいね。あの時代の武藤カズキを取り巻く人たちの子孫が……まったく同じ姿というのは」

 変わらないというのは困りモノだ。灰色の闇が大仰に両手をすくめるとソウヤの怒声が炸裂した。

「お前は変わり過ぎだ!! 」
「はっはっは。ソウヤくん? 我輩がこうなったのはだな。ひとつには君のせいだといえるのだよ?」
 暗闇を縫って人影が現れた。女性だった。腰まである金髪は純金製といって通じるほどまばゆい。ただしその先はどう
いう色素的理由を孕んでいるのか、赤、青、黄、紫、緑、黄、茶……などといった無数の色に分かれている。
「……その件については謝っただろ。何度も」
「何しろ真・蝶・成体を斃したいと願う君を武装錬金で過去に飛ばしたばかりに我輩もとばっちりを受けたからねえ」
 女性は法衣姿だった。まるでソウヤのマフラーに合わしたように白い布地をこれでもかと延長している。だぶついた仕立て
だがそれが却って権威とか知性を醸し出す顔立ちだった。小さな眼鏡をくいと直す仕草一つとってもひどく有能そうだ。
「例のウィル。真・蝶・成体の発生を防いだばかりに現れた時空改変者の影響で我輩の姿ならびに武装錬金はだだ変わりだよ」
「分かっている。奴はお前まで攻撃した。時空改変の脅威になるからな」
「そ。あの攻撃は苛烈だったねえ。想像してご覧? ソウヤくんの周囲4平方メートル以内にスッゲ腹ぺこ餓死寸前のヴィ
クターが5体ばかりいる情景。それだよ。ウィルが我輩に仕掛けた攻撃の威力というのは。まったく24時間365日毎日すさ
まじい時空嵐が巻き起こる。精神を削る削る」
「俺のせいで。すまない」
「大丈夫大丈夫。今の姿は今の姿で気に入っているからね。ま、もし我輩に悪いと思うならだ。とても効果的で簡単な謝罪
方法がある。それを提唱し協議するコトで互いの関係をより良好なる方向めがけ耕そうじゃないか」
「アンタのその回りくどい言い回しはどうにかできないのか。……で、提案というのは?」
「我輩をだな。嫁にしてくれ。好きだソウヤくん。出会ったときから!!」
「断わる」
「これが失恋の苦みか。うむ。いいものだ。折を見てまた求婚しよう」
 そういって女性は当たり前のようにソウヤへ抱きついた。
「ちょ、待て……放せ」
「ふふ。何を恥ずかしがる必要があるのかね? 愛情と友情は別の話さ。いま我輩確かにフラれはしたけれど、しかし
長い時間の旅でソウヤくんとの間に培った絆、友情というやつは消えないさ。永遠に。永久に。つまりこのはぐはぐはだ
友愛の情、恋愛感情はともかく共に闘った仲間として仲良くしようというアレ……っとと引き剥がしたかこの照れ屋さんめ」
 3mばかり先でふぅふぅと息せくソウヤに女性はくっくっと笑った。
「で、何の話だったか。そうそうウィル。実は奴の攻撃なんて別にコタえなかった」
「はア!!!?」
「いやだって我輩はウィルの理論でいうところの”外殻”」
「どんな時代にでも存在できる……とかいうんじゃないだろうな」
「お。さすがソウヤくん。だいたい正解。昔はともかくだ。くく。昔か。我輩にそういう概念があるかどうかはまあさておきだね」
 女性は手近なドラム缶に腰掛けた。足を曲げ胸に付けた瞬間、ソウヤの顔色がわずかだが変色した。細い脚の当たった
部分は大きくたわんだ。体こそ細身だが布地は今にもはち切れそうだ。布がミシミシなるたび少年は顔をうっすら赤くし「あの
その」と口ごもっている。そんな様子を悪戯っぽく眺めながら女性は言葉を続けた。
「今の武装錬金のスマートガンも時空に深く食い込んでいる。ま、我輩ってばもともと時空をさまよう生命体みたいなところある
訳だし、当然といえば当然だけど……長いよ我輩のスマートガン。ビッグバンの発生前から宇宙の崩壊まで、総ての時系列を
一本線で繋いでいる」
「いつも思っているが……ウソをつくな!!」
206 ◆C.B5VSJlKU :2012/01/01(日) 03:28:14.47 ID:onfA2Qs90
「いやいや本当本当。我輩がだね。爪でカリって武装錬金削るだけで1世紀程度カンタンにぶっ壊れるヨ。マジにマジに。そした
ら2005年時点は大崩壊。マレフィックも音楽隊も戦士もヴィクターも……あばばばばばつって駆けまわる素敵生物になる
ちゅーかやってみたいかも知れんいいよなソウヤくん!!」
「やめろ!!」
「ははは。冗談冗談。まったくソウヤくんは面白いなあ。すぐ本気にしてくれる。とにかくだ。たかだが時空改変で偶発的に発
生したウィルごときの攻撃で壊れるわきゃあない。我輩も、我輩の武装錬金も」
「だったら何で時空改変の影響で姿とか変わっているんだ」
「ソウヤくんのお嫁さんになるために決まってるじゃないか!!」
「フ!! フザけるな!!! 冗談も大概にしろ!!」
「いやー。そっちもかなり本気だけど。小札っちの追記モード? あれがなんか面白そうなんで時空ごと喰らってみた!!」
「…………」
「だってー。我輩とか挫折しらずの人生でー。どんな失敗しようがちょっと武装錬金使えば修正できるし、大事な人と死別したっ
てまた戻って過ごし直せばおkだもん。たまには予想外のコトとか、ほーしーいーーーー」
「いつも思ってる。真・蝶・成体の件でアンタ頼ったのは失敗だったって」
「そうかい? 我輩は大成功と思ってるよ。両親と仲良くしたい。できればアレ斃して両親を楽にしたい、戦いから解放したい。
たったそれだけの理由で禁忌ともいえる歴史改変に手を伸ばしたんだからね」
 そういって法衣の女性は微笑した。
「君の持つ純粋な家族愛には本当、心惹かれてやまないよ」
 ソウヤはきまりが悪そうに視線を外した。
「だから我輩にもだな。ソウヤくんの子供を産ませてくれ! なに大丈夫だ、別に男女の関係にならずとも注射器一本
えちぃ本一冊あればどうにかなる訳で!!」
「黙れ!!!」
 ソウヤは槍を──ライトニングペイルライダー。三叉鉾((トライデント)。沙織の子孫がハルバードと間違えた──展開
した。その青白い輝きに金髪を焙られると包囲の女性は「うへあ」と顔をしかめた。
「なんだアレか。少年特有の不貞を嫌う潔癖なアレか。ダメだぞソウヤくん。そーいうのも可愛いが人間って奴は薄汚れ
ちまった中古品にブーたれながらも添い遂げるだけの度量を持ってこそ深みを増すんだ。だいたい私はグレイズィングの
ような行為そのものに溺れるタイプじゃないぞ。うん。言っとくが普段はこう余裕ぶってるがだな。いざその、ちゅー? 
ちゅーされるだけで頭バクハツして訳わからんくなる自信がある。君となんとか長続きしてるのは結局君が私以上、
いや私以下というべきなのか? とにかく私に輪をかけておぼこいからでだな例えば君のお父上とか総角とか照星さん
タイプには連戦連敗して甘く上ずるフツーの女のコだぞ私!!」
「誇れるコトか!!」
「誇れないからこそ弁明しているのだろーが!!」
 絶叫が重なりあいやがて木霊さえ消えた。両者はしばらく真赤な顔を突き合わせたままぜえぜえ息をついていたが
やがて法衣の女性は居住いをただしこう述べた。
「時空改変といえばだ。いつの話かは伏せるが照星部隊の面々も我輩の武装錬金……時空改変の可能性に気付く時が
来る」
「照星部隊といえば……防人戦士長と千歳さん、それに火渡か?
「ああ。我輩は彼らに言った。赤銅島の人間たち……津村斗貴子の家族をはじめとする多くの人々を救ってみないか、とね」
「で、答えは?」
「ノーさ。答えを出すまで相当葛藤していたけれど行き着く先はノーだった」
「…………どうして」
「どうして拒否した? なぜ挫折を乗り越える機会を自ら放棄し、助けるべき償うべき命を斬り捨てた、か?」
 ソウヤは無言でうなずいた。
「ソウヤくんはまだ分からないだろうけど、そーいった選択をしてしまうのが大人なんだよ。例え再び斬り捨てて、殺して
しまう形になってしまうとしても……自分の抱えている『失敗』という要素は投げ出したくない。どんなに辛くても決して捨
てず向き合い続けて…………弱かった自分を本当の意味で乗り越えたい」
「…………」
「ふふ。ソウヤくんにはいろいろな意味で残酷な話かもね。我輩が語っているのは君のひいひいおじいさん以下多くの人
間を救わなかった……という話だからね。歴史を改変する能力を持ち君への愛を高らかに謳いながらも、津村貴蔵たち
は救っていない。防人たちに対してもそれは同じさ。一度目はただ非力と不運で救えなかった。殺したくなかった。そう悔やむ
彼らに選択肢を投げかけ、今度は自らの意思で『救わない』……武藤カズキにさえしなかった再殺の道を選ばせた」
「…………」
207 ◆C.B5VSJlKU :2012/01/01(日) 03:28:39.41 ID:onfA2Qs90
「引くかい? 引くだろうね。でもそこが歴史改変の残酷なところさ。一度起こってしまったコトは変えるにしろ変えないにしろ
痛みは必ず伴うのさ。防人たちはこう言った。”他にも後悔を抱え苦しんでいる人たちはいる。だから自分たちだけが救わ
れる訳にはいかない”。……別にソウヤくん。君を責めるつもりはないよ。人としての正しさとか他者との兼ね合いを考える
あまり恐ろしく不器用で効率の悪い選択をしてしまうのが大人なら、自分の信じる正しさだけ見つめ何も考えず貫けるのが
子供のいいところなんだ。どっちが悪いとかそういう問題じゃない。ただ世界という奴にはどうしようもない流れという奴が
あるんだ。それを変えようとするのも、その中で変わるまいと努めるのも、どっちにしろ莫大なエネルギーが必要になる。
自分たちの失敗を認めるのは強さだ。変わらぬ過去とともに変わらぬ勇気だ。それを選んだ防人たちは代わりに耐え
がたい心痛をずっとずっと身の内に宿していくだろうし、過去を変え、真・蝶・成体を打破したソウヤくんはそれで生じた
新しい歴史を修正する羽目になった」
「…………」
「そして生まれたマレフィックたちはある意味で大人だったけどある意味では子供だった。だから結局破壊という手段しか
選べなかった。自分の人生の一部を捨てたり或いは治したりすれば救われて、普通の人生を歩めたはずなのに、できなか
った。……我輩はね。彼らも好きだよ? 行動からは想像もつかないけど彼らは彼らなりに自分の人生に対して真面目で
純粋だった。簡単には変わらない世界の更に悪い面、人間の感情が作る黒いぬかるみにはまりこんで傷ついたとしても、
パチンコとかアニメとか、簡単すぎる嗜好品へ逃げるコトはしなかった。逃げる程度じゃ満足できなかった。やっぱり本当
の意味で救われたかったんだ。もし武藤カズキのような存在と出会えていたら……そう思わぬコトもない訳じゃない」
「2つだけ聞かせてくれ」
「なんだい?」
「アンタはそこまで分かっていながらどうして歴史を変えないんだ? ウィルはやったのに」
「歴史というのは常にいろいろな人の決断とか勇気で紡がれていくからね。自分の好みだけでそれをフイにするのは
良くないさ。……でも」
「でも?」
「もし本当に心から誰かを救いたいと思う人がいるなら、少しぐらい助力してやってもいいじゃないか。世界は変え難いし
辛い要素もたくさんある。されど救いの手を差し伸べる人間だっているさ」
「オレにつき従ってくれたのはそういう理由……なのか?」
「まあね。本当は総角や小札にもそういう手を差し伸べたかったけど……彼らは結局防人サイドだったね。アオフという
男の死に関しては、だけど。で、もう1つは?」
「…………2005年を経つ時にも聞いたが。ウィルはもう生まれてくるコトさえできないのか?」
「まあね。小札零の禁断の技のせいで彼は自らの因果に重い枷を嵌められていた。ただ皮肉な話、本来発生しなかっ
た筈のウィル。彼の言葉を借りれば時代の徒花、我輩の武装錬金の補助でようやく存在できた”あやふや”な彼は
これまた皮肉皮肉、仇敵と恨む小札零の7色目でその存在を補綴できていた。枷を引く鎖の重みでね。が、彼が
死んだとき彼に対する張力やら何やらが因子に向かって大きく跳ねかえった。綱引きをしているとき突然綱を切られた
らどうなる? あるいは対戦相手が迫撃砲でミンチになれば? 君は尻もちをつくだろう。ウィルを構成していた因子
もそうなった。尻もちどころか進行方向の変更を余儀なくされた」
「単純な話、ウィルの両親や祖父母の出会いが」
「なくなる。そ。一番分かりやすい例はそれかな。本当はもっとだね、卵子やら精子やらの微妙な構成の違いとかも
絡んでけれども」
 手を組み大きく伸びをすると法衣の女性は「今度は私から質問」といった。


「え? じゃあオバケ工場って古墳なの?」
「ああ。正確にいえば墓だな。あの工場どうやら先輩のご先祖様たちが買い取ったらしい」

 電話口の向こうにいる六舛(子孫)は先祖同様淡々としている。大浜(子孫)もまさに先祖がえりという声を洩らし驚いて
見せた。


「2005年といえばウィルの問題は解決したけど、まだもう1つ、問題があるでしょ?」
 法衣の女性とソウヤはオバケ工場の裏手に居た。林の見えるそこにはいくつかの墓石があった。
 月光をぺかぺか反射しているところからして真新しい。誰かが定期的に変えているのだろう。

「コレをどうするか? アンタはそれが聞きたいのか」
「うん。今度は変える? それとも変えない?」
208 ◆C.B5VSJlKU :2012/01/01(日) 03:30:24.52 ID:onfA2Qs90
 墓標は、6つあった。




「2005年の戦いのせいで死んだ6人の戦士。それを埋葬しているの?」
「先輩の先祖たちと縁が深かったからとか何とか」





 ソウヤは墓石を一つ一つ見て回った。

 それらの墓碑銘は。


総角主税
小札零
鳩尾無銘
鐶光
栴檀貴信
栴檀香美


 だった。


「2005年の戦いはとても苛烈だったからね。命を無くしたのは彼らだけじゃない」
「防人衛たちの話の後でそういう物言いをするな」
「こりゃ失敬。で、どうするの?」

 もし感傷があれば歴史改変をし彼らを救う……法衣の女性はそう述べた。


「300年、か」

 ソウヤは瞳を細めた。

「やっぱりおばさん(まひろ)ももう死んでいるんだな」
「まあね。あれほど元気で、死にそうになかった彼女だけど人間である以上……」
 なぜココでまひろの話をするのか。奇妙だがソウヤも法衣の女性も何一つ異議を述べない。
 その代わりソウヤは6つの墓石を遠巻きに眺めた。
 瞑目する彼は何事かに思いを馳せているようだった。

「彼らは命を落とした」

「戦わなければ不老不死を満喫できたのに」

「2005年。戦いに身を投じたせいで……命を落とした」

「本来なら悠久不変。寿命、限りなどなかった命を落とした」

「暗く低い次元へと」


 ゆっくりと紡がれる言葉に法衣の女性は沈黙した。時おり眼鏡を直す時だけささやかな衣ずれが場に音を与えた。
209 ◆C.B5VSJlKU :2012/01/01(日) 03:31:09.67 ID:onfA2Qs90
.
「質問に答える」

「答えは…………」



「ノーだ」



「もともと正史には存在しなかった連中だ。消える方が当然だ」
 法衣の女性は軽く頷いた。ただ首肯しているというより言葉の裏を探ろうとしている気配がある。
 それに、とソウヤは目を開き、今一度墓石の群れを眺めた。

「奴らも納得の上だ。甘んじて死を受け入れた」

「人間として死ぬために……彼らは変えるコトを選んだ」

「オレはその光景を見たしその選択に納得した」

「だから今度は変えないコトを選ぶ。真・蝶・成体の件で懲りたとかそういう訳じゃない」

「望まずしてホムンクルスになった連中が……2005年の戦場で共通の敵と戦っていた仲間というべき連中が」

「元の人間に戻り、そして死ぬための」

「勇気ある決断をフイにしたくない」

「ただ、それだけだ」

「………………」

「無責任? なら顛末をもう1度語ろう」

「総てを言い尽した時、お前は納得する」



「彼らの過去……。なぜ音楽隊がホムンクルスと成り果てたか」

「そして2005年。彼らが命を落とすまでの経緯」

「その2つを再び語り終えたとき…………お前はきっと納得する」




                                       「そもそもの発端はウィル(will)。今、未来からだ」
210 ◆C.B5VSJlKU :2012/01/01(日) 03:46:27.80 ID:onfA2Qs90
以上ここまで。
211ふら〜り:2012/01/01(日) 17:13:25.83 ID:HNWSYQBG0
>>スターダストさん(心配してしまいましたよっっ! あぁ良かった……)
ストーリーというか物語世界の核心が明らかになりつつある中、小札の存在がクローズアップ
されてきてますね。秋水が主役で、その相方がまひろ、しかしまひろは戦闘には加われない、
ので小札は本作のメインヒロインといっても過言ではないですしね。おそらく人気においても!

>>サナダムシさん
おおぉぉ! おひさしゅうございます! サナダムシさんのシコルは、私の中では
パオさんの本部と双璧を為す、萌えバキキャラの一方の雄。できればまた短編ででも!
もちろん、全くの新作でも、お待ちしておりますっっ!

あけましたおめでたい。
危惧していたスターダストさんの再開(というかまぁ私の早とちりでした)に加え、
サナダムシさんのご来訪とは縁起が良い! また賑わうことを祈ってます。
212空想科学ネウロ [歌] [うた]:2012/01/07(土) 21:44:34.66 ID:4CGUVBH50
どうも金鹿です 思うように予定を消化できずムシャクシャしたのでネタ短編持って来ました 暇つぶしにドゾー




ヤコ「ネウロ…何読んでるの?」
ネウロ「これか?我が輩が出演しているというので借りてみたのだが…似ていないから許すとしよう」
ヤコ「…ってそれ学校の図書館のヤツじゃん ネウロ…アンタどうやって学校入ったの?」
ネウロ「なかなか興味深い内容だ…読んでいるうちに人間に対する好奇心や興味が湧き上がって来る…せっかくだ我が輩 長年の疑問を今…科学の力で解決する」
ヤコ「聞け!」
ネウロ「というわけで今日はアヤの歌が現実に可能なのか調べるぞ」
ヤコ「現実に起こってるじゃん…」


〜暗転〜


ネウロ「アヤによれば自分の歌は”ひとりきり”の人間の脳を揺らしているだけと言っていた
…つまり音によって脳を揺さぶるということが出来るなら一連の現象に説明が付くだろう」
ヤコ「作品のテーマとして大事なところ省いた気がするけど…長くなりそうだから黙っておこう」
ネウロ「ここで空想科学読本の6巻の冒頭…ジャOアンの歌の所を見ろヤコ」
ヤコ「…今読んでるこれね」
ネウロ「何か気付かんか?」
ヤコ「…音痴な人ってガラスも割れるんだね」
ネウロ「我が輩の話を聞いていなかったのか?…もう少し後ろだ」
ヤコ「えーと…同じくらいの音で大脳も揺れて…聞き続けると脳みそぼーん♪するって…これ本当に?」
ネウロ「我が輩もそう思う…やはり実際に体験してみることでこそ価値観が広がるものだ…なあヤコよ(ガシッ」
ヤコ「やっぱりそうきたか…ってここ良く見たら刑務所じゃん!」
アヤ「こんばんは…探偵さんに助手さん 私の歌を聞きたいんですって?」
ネウロ「ええ 脳みそぼーん♪の歌が本当に利くかどうか先生は疑っておいでです 今ここで実演して下されば信じる…と」
アヤ「死ぬ覚悟はあるようね…いいわよ」
ヤコ(ネウロに口を塞がれて喋れない…アヤさん気付いて…)
アヤ「脳 み そ ボ ー ン ♪」
ネウロ「…」
ヤコ「…私…生きてる」
ネウロ「アヤは…気絶したようだな」
ヤコ「…もしかして自爆?」
ネウロ「そのようだ…確かに常識で考えれば自分と同じ人間の脳を揺さぶる歌など…歌う本人のダメージがもっとも大きいだろうからな」

結論 改良の余地あり
ゴシ完
213ふら〜り:2012/01/08(日) 19:07:40.31 ID:kxTo4gLI0
>>金鹿さん
ふむむ。でもほら、録音した自分の声と、直接耳で聞く自分の声は違う。なぜなら
自分が発した声は、耳から入る「音」だけでなく直接に頭蓋骨→鼓膜と振動させて感じる
モノが入るから、という話がありますぜ。すると音波の質が変わるから脳へのダメージが云々。
214金鹿:2012/01/09(月) 01:23:54.45 ID:jC1jnYQ30
>>ふら〜りさん
毎度感想ありがとうございます 感想もらえると 嬉しいし励みになります
だから気絶で済んでるんですよw
…というのは嘘で骨伝導のことは思いもしませんでした 確かにぶつかり合えば中和されるかもしれませんね〜
思いっきり真面目に考えた考察をツイッターに垂れて見ましたが…垢晒しっておk?
215汝は罪人なりや?【発】【いちにちめ】:2012/01/18(水) 23:18:10.53 ID:DwciSg1LO
弥子が起きたのは翌朝の早い時間だった さっきから部屋に備え付けられた電話の音が飽きもせずに鳴っている
弥子は無視して寝ようとしたがいっこうに鳴り止まない電話に諦めて受話器を取った
「はいもしもし」
弥子は眠そうに不機嫌な声で答えるとよく知った声が応じた
「先生おはようございます やっとお目覚めになりましたk」
思わずガチャ切りした電話がまた鳴り響く
「貴様我が輩からの電話を切ったな…誰が主人なのか分かっていないようだな」
電話越しに威圧感を感じる声でネウロが言った…もしかして機嫌悪い?
「だっていきなり敬語で怖かっ…ごめんなさい」
「まあよかろう…謎が発生した 貴様のリュックに入れてある捜査用具を持って我が輩の部屋に来い」
ネウロはそれだけ言うと電話を切ってしまった
「はいはい分かりましたよ…」
全く人使いが荒いんだから…そんなの魔界能力(どうぐ)使えば済むじゃん…でも探さなかったら私の身が危ないんだよね…諦めた私は大きなリュックの中身から入れた覚えのない物を探し始めた
「最終日用お菓子のリュックの奥底にあるなんて…絶対嫌がらせだ」
私はお菓子の山をかき分けつつ食べて減らし
やっと見つけた袋を持って部屋を出た
216汝は罪人なりや?【発】【いちにちめ】:2012/01/18(水) 23:42:38.68 ID:DwciSg1LO
しかし下を向いていたせいで前に居た誰かに気づかずぶつかった
「へぶッ…ああごめんなさい」
前に居た人は驚いたように振り返ってこっちをみた
「おやおやドラム缶さんお早いお目覚めですね」
「…Gさん…」
私は何とか言葉を絞り出すとまるで体がコンクリートで固められた様に動かなくなってしまった
「朝食の用意が出来たので皆様を起こしに来たのですが…どうしました?顔色が悪いですよ」
その時弥子の後ろから黒手袋の手が伸び彼女の顔を覆うように包むと自らのそばに引き寄せた
「お気遣いなく!先生はいつもこんな顔なので」助かった…私はやっと自由が戻ってきた体に力を入れ ネウロの服をつかみしっかりと立った
「…ネウロ」
「全く…あまりに遅いから来てみれば…見た目が似ているだけの事で恐れる理由にはならん…理解できん」
私の大変さもいざ知らず軽口を叩くネウロにムッとして言った
「…アンタにはわからないよ」
私たちはそのままみんなと一緒に食堂に向かいシェフの料理に舌つづみを打ち始めた
「おいしーやっぱり一流店のシェフが作ると違いますね」
私は近くで料理を盛り付けてくれているシロタシェフに話しかけた
ネウロは隣で誰かと話しながら 時々料理を私の皿に投げて来る
217汝は罪人なりや?【発】【いちにちめ】:2012/01/19(木) 00:04:14.51 ID:dClpQnarO
「ははは 誉めて頂けるのは光栄なのですが…恥ずかしながら ほとんど冷凍物なのですよ」
その一言に周りから驚きの声が上がった
「こんなに美味しいのに冷凍?」
「こんな場所ですから使う時と使わない時の差が大きくてね…
冷凍物のほうが無駄無く美味しく食べられるという訳です」
「ほとんどってことは…全部では無いんですか?」
「ああスープだけは私が一晩かけて1から作っている お客様には少しでも美味しい物を食べさせたいと思ってね」
その言葉に私はあの事件を思い出した
「シロタさんも…オーナーの…おいしくつくろうという情熱を受け継いでるんですね」
その言葉を聞いたシロタはうつむいて言った
「あの事件…あの人は悪い人じゃないんです…ただ情熱を向ける先をほんの少し間違ってしまっただけで…」

その時 食堂の扉が開きGさんが飛び込んできた。キョロキョロと落ち着き無く周りを見ている彼はかなり慌てている様子だ
「どなたかやられやくさんの行方を知っていらっしゃいますか?」
「見てないわ」
「俺も…昨日の夜から見ないよなあ」
「墓地部屋に朝食をお持ちしても返事が無く…もしやお帰りになられたかもと玄関に来てみたのですが…靴が残っていまして」
218汝は罪人なりや?【発】【いちにちめ】:2012/01/19(木) 00:31:56.83 ID:dClpQnarO
それを聞いたネウロはおもむろに立ち上がって言った
「鍵はどこに?」
「GM部屋の中です」
ネウロは私にウインクすると腕を鷲掴んで言った「行きましょうか…先生」
…正直言うとアンタが人間くさい時の方が普段より怖い…のは言わないでおこう
私たち三人は急いで二階にあるGM部屋へと向かった ノックをしてみても返事が無くドアノブをひねるとなんと…鍵が掛かっていない
「GM部屋がもぬけの殻ですね…おや この映像は監視カメラですか?」
壁に埋め込まれた二つのモニターに目をやって聞いた
「はい墓地部屋と食堂にそれぞれ配置しています…そんなバカな…墓地部屋に居ないなら一体どこへ…まさかまだ客室に!」
動揺しているGさんとは対照的にネウロは冷静に言った
「行ってみましょう…鍵はどこです?」
Gさんは無言で鍵をつかむと奥の部屋に走りドアを開けた
「ああそんな…どうして」
「やられやくさん…死んでるの?」
彼はアイマスクをした姿で扉の前に横たわっていた…変わり果てた姿で
「可能性が現実となり…謎が生まれた…この謎は美味か…否か…人狼たちのお手並み拝見と行こう」

〜〜今日はここまで〜〜
ふう…サブタイ決まらなくて悩んだけど何とか書けた…おやすみzzz
219作者の都合により名無しです:2012/01/19(木) 14:12:54.64 ID:7SMLDwvl0
カイカイです。

のび太&ピクルがインドの密林へ行く部分、どんな展開になると面白いでしょうか。
220ふら〜り:2012/01/20(金) 19:33:31.70 ID:vHto7ZGw0
>>金鹿さん
>私はお菓子の山をかき分けつつ食べて減らし
こういう、ナナメ読みしていたらうっかり見過ごしてしまいそうな、だからこそ見過ごさ
なかった時に気持ちよく笑えるネタは、文字媒体ならではですね。漫画・アニメにゃできない
こと。あとこの事件は設定上、最初からヤコもターゲットの内な可能性が高いのが特徴かも。

>>カイカイさん
ピクルは原始人なんですから、ゴンやドテチンと絡んでマンモス肉を食べるという
展開を誰かやってくれないものかと前々から妄想はしているのですが。いかがか?
221作者の都合により名無しです:2012/01/20(金) 20:25:42.53 ID:vycnnSyd0
ギャートルズは知らないです。
確か最後は、主人公の原始人たちが稲作文明のクニで奴婢をしてるところで
今まで狩りの対象でしかなかったマンモスたちに助けられるんですよね。

ゴンやドテチンは知りませんが、この形でいくと
ピクルが22世紀の自然派の団体にサッ処分されそうなところを
バキキャラたち&のび太が助け出す展開でもよさげですね。

大長編の恐竜ハンターが、更正して慈善活動家になって再び過去の世界を攻める話でいきましょう。
もう一捻りするためのヒントください。
222作者の都合により名無しです:2012/01/21(土) 04:23:55.22 ID:tNsQAdhu0
踵を返すペイン博士。両手に提げたバケツはそれぞれ、10kg近い肉塊が入っている。
20%を超える比率で、培養した肉を含んでいる。
のび太の方へ振り向いた形になるペイン。壁にフラフープをフチとする空洞が開いており、そこから蒼い狸がのそのそ出てくる。

両手を前へ投げ出し、ピクルの元へ駆け寄ろうとする。
しかし、バケツを手放した反動は結果的にペインに尻もちを搗かせる。
のび太が遠慮なく、ペイン氏の腹に前蹴りを入れた。

22世紀帝愛の時間貯金箱が無ければ、ノビスケの成長まで待たないと
発現しないはずだった、のび太が秘める蛮勇。

ドッと音を立てて倒れたペインにはもう、足を引っかけられないか否かの興味しかない。
バケツ一つを両手で持ち、ピクルの元へ駆け寄る。

「やめろ!」。背中から響く声を振り切り、砂埃を立ててバケツをボソッと置く。
「好きなだけ食べて!!」。「パイズニアス!」。「?」。
ペインが慌てて言い直す。「毒入りだぞ!」。「!!」。

ピクルがバケツの取っ手を掴み、豪快に投げ捨てる。
客席の一部が壊れ、中身が舞い散る。毒物は、化学毒ではなかった。
味沢さんがオランダで末期がんの人に出した、フグ料理の素材と同じ物が客席に散乱してる。
223作者の都合により名無しです:2012/01/21(土) 05:00:45.46 ID:tNsQAdhu0
「熟成の始まった肉から、培養を始めるなんて『この世界軸』じゃ2012年の産物じゃありません」。
客席でペインと並んで座り、ドラえもんが語り始める。
23世紀末に一人の鮨メーカー・オーナーがグルメ・テーブル掛けのセーブデータを弄って作るはずの産物。
そして、大富豪ノルマンスタンがその鮨を食べたのがキッカケで、のび太たちは初めて命や人生を懸けた戦いに参じてしまう。

「ピクルは、ノルマンスタン氏が作った。他に麒麟と龍も作ったが、『リリース』は済んでる」。
押し黙るのび太。犬一匹、延命するしないで長く葛藤したのと同じ年、ヒカリ族に与して戦ったのと同じ年に
聞くべきでない未来世界の生命倫理。

花道に影が差す。「烈さん・・・・・・・」。
「麒麟と龍は、拳法に殉じた。そこな野人と同じく、わたしと試合をしたッ!!」。
武の神様に全てを捧げる21世紀人に、諌められたみたいな態度をしつつドラえもんは冷静に考えた。

(ピクルを処分するとき、ヤツはこちらの人間に手を下させる気だ・・・)
(ノルマンスタンが、24世紀を離れられない?)

「ピクルを中国に逃がせないか?」。
ペインが烈を見上げて問いかける。フグ肝が徳川の包丁人の提供なら、頼みのヘリコプタも使えない。
「『どこでもドア』を使うと、未来の世界で密航になってしまうんです」。
ドラえもんが、暗に「ピクルを中国には逃がせない」と言う。

「じゃあ、三輪飛行機だね。あの大きさなら、海沿いをインドまで飛べる」。
「なんてこと言うんだのび太!(郵便ロケットと)速度だって違うんだぞ」。
「ピクルも、三輪飛行機で行くんだよ」。いつになく真摯なまなざし。

見開きでテーマソング:「蝋の翼」(鬼束ちひろ)
東京湾から発つ3機の機影。
224ふら〜り:2012/01/21(土) 23:05:27.46 ID:c8cWaQtL0
>>カイカイさん
中国だインドだと言ってますが。ならば! もうちょっと(?)足を伸ばして、アフリカに
行きましょう。そして、ベッカンコーで木の葉が沈んで石が泳ぐんです。烈やピクルはともかく
のび太ならば血族(??)なんですし、話が通じるかもしれない。通じた後どうなるかはさておき。
225作者の都合により名無しです:2012/01/23(月) 09:44:12.57 ID:PPaZb0GG0
カイカイ界でそれだとむしろ、呪術士がターちゃんファミリーとまともに戦う展開になるし
それはそれで面白いですね。検討しておきます。
しかし三輪飛行機でソマリア入りはきついなあ・・・。
ザイールかボツワナへ渡航できる「券」をのび太が手に入れて、どこでもドアの使用を解禁にするしか。
とりあえずピクルを匿うのは、呪術士に任せます。
ついでに、ターちゃんズの来日のキッカケにもします。
226汝は罪人なりや?【抜】【いちにちめ】:2012/01/26(木) 21:45:09.68 ID:94k76GH2O
(カイカイさん初めまして金鹿と申します バキ知らなかった新参者ですがどうぞよろしくお願いします)

本編


驚いている私たちの後ろから助手ネウロの悲鳴が上がった
「なんということでしょう!」
振り向くとネウロが目を見開いて顔を手で覆っている…うわぁ胡散臭い
「Gさんここは先生に任せて警察と消防に連絡を!」
あまりの事に呆然としていたGさんは その一言で弾かれた様に駆け出し残ったのは私とネウロと出来立ての死体だけになった
「さてヤコよ…捜査を始めるとしよう」
「えっまだ食堂のフレンチが私を待って…」
逃げようとする私にネウロは子犬の様な目と声で言った
「イヤか?」
(戻ったら…殺す気だ!)
「と言っても」
ネウロは携帯を取り出すとアイマスクを着けて床に転がっている遺体と窓枠の一部の映像を撮った
「この状況を見れば犯人の目星は付くがな」
「つまり…犯人が分かったの?」
ネウロは一瞬驚いた表情をしたけど、すぐいつもの余裕たっぷりの意地悪い顔に戻って言った
「やはり貴様には分からんか…アカネに聞け」
「まあアンタが素直に言うはずないよね。言われなくてもそうしますよーだ」
私はネウロに向かって一瞬舌を出してからポケットを探った
227汝は罪人なりや?【抜】【いちにちめ】:2012/01/26(木) 22:18:07.09 ID:94k76GH2O
「あれ?携帯部屋に忘れて来ちゃった」
ネウロは呆れたように目を閉じて溜め息をついた
「…貴様何のためにわざわざ事務所からアカネを連れてきたと思っている。すぐに連れて来て今後、肌身離さず持ち歩け」
そう言われたのと私が部屋から叩き出されたのは同時だった

私は部屋に戻ると迎えてくれたあかねちゃんに愚痴を言ってしまった
「あかねちゃんはいいよね〜何でも出来るからネウロに頼りにされて暴力もないし」
あかねちゃんは答えを即座に携帯に打ち込んで文字にする
(そんなこと無いよ弥子ちゃんだって…)
その時開けっ放しだったドアの向こうから声がした
「よう探偵さっきいきなり飛び出してったけどよ 何かあったのか?」
私は携帯をポケットに入れると振り向いてドアに向かった
「吾代さん…うんまた殺人事件」
「はあ〜…ったくどうしてお前らの行く先々で事件が起きんだよ 事件の探知機でも付いてんのか?」
吾代さんは面倒そうに頭を掻いた
「ははは…本当にね」
(付いてるんだよねネウロに)
噂をしたせいなのか吾代さんの後ろに本人が現れた
「吾代貴様に仕事をやろう」
「のわっ脅かすんじゃねえよ」
「現場は調べ終わったが野良犬が荒らしに来るかもしれん 貴様が見張っておけ」
228汝は罪人なりや?【抜】【いちにちめ】:2012/01/26(木) 22:53:17.34 ID:94k76GH2O
「はあ?なんで俺が」
不服そうな吾代さんにネウロはまた子犬の様な声色で言った
「ダメか?」
(断ったら…殺す気だ!)
「次はGM室に行くぞヤコ」
無言で首を振る吾代さんを残し私たちは捜査に向かった

さっき一度来たその部屋に付くと、やることのない私はあかねちゃんに話しかけた
「機械がいっぱいあるね」
あかねちゃんはいつの間にかネウロの携帯に乗り移り私の携帯と忙しく行き来している…今は話しかけない方が良さそうだ。
私は隣の部屋のネウロに視線を移した
「フム…ベッドを使用した形跡が無いな」
私は寝室のちょうど反対側にあるドアに近づいた
「あっちが寝室ならこっちのドアはなんだろ…あれ開いてる?」

覗いてみると階段があり下に続いているようだ
「降りてみるぞヤコ」
怖くなって閉めようとした私を後ろから来たネウロの手が掴み強引に引きずられる
「こちらにもベッドがあるな…なぜわざわざ階段を下りてまでコチラで眠る必要があるのだ?」
それ…わざわざ私を掴んで引きずり降ろしたアンタが言うこと?
「知らないよ〜」
「おや?扉があるぞ開けてみるか」
ネウロが扉に手をかけようとした時、聞き馴れた怒鳴り声が響いた
「だから探偵から入れるなって言われてんだよ」
229汝は罪人なりや?【抜】【いちにちめ】:2012/01/26(木) 23:20:04.55 ID:94k76GH2O
「吾代さんの声だ」
ネウロはドアを開けるのをやめて階段を登り始めた
「やれやれ…行儀の悪い野良犬だ…我が輩直々にしつけに行くとしよう」
吾代と揉めていたのは弥子からすれば意外な人物だった
「あれ?エドガーさん」
「おお女子高生探偵の弥子ちゃんじゃねえか…いやハンネのドラム缶ちゃんって呼んだ方がいいか?」
(ドラム缶にちゃん付けって…なにこの羞恥プレイ)
若干引いている私の前にネウロが出て言った
「現場に素人を入れると捜査が混乱します。お引き取り願いたいのですが」
ネウロは私の頭にアゴを乗せて覆い被さってくる…重いんですけど
「捜査ってことはやっぱり何かあったのか…まあ素人っちゃシロウトなんだけど小説の参考にしたくてな」
「そういえば小説家だって言ってましたもんね。」
「そうそう!俺は推理小説書いてんだけど、どこ持ってっても『リアリティが無い』って言われてよ…せっかくだから間近で捜査を見たいんだよな…出来ねえかな」
上目遣いでねだってくるおっさんをネウロはバッサリと切り捨てた
「お断りします」
「…ちょっとネウロ」
魔人は私を無視して話を続けた
「先生は内部犯の可能性を疑っておいでです ですから捜査の情報を話す事は出来ません」
230汝は罪人なりや?【抜】【いちにちめ】:2012/01/26(木) 23:47:16.21 ID:94k76GH2O
ネウロの発言で一瞬にしてその場の空気が凍り付いた
(内部犯…つまり私たちの中に犯人が居るってこと!?)

エドガーとネウロの間にはいっそう冷たい空気が流れている
「…へぇ〜もしかして俺疑われてんの?」
「さあ…どうでしょうね」
しばらくにらみ合いをした後、どうにもならないと悟ったエドガーは肩をすくめそのまま階段を下りていった
それを見届けるとネウロは吾代に指示を出す
「吾代、貴様は引き続きここで待機だ。その部屋鍵を閉めるまではな」
そして弥子の方に向き直るとなぜか助手口調で言った
「…現場はもういいでしょう聞き込みに参りましょうか先生」
ネウロは私の肩に腕を回すとそのまま階段を下りようとした
「ネウロ…私アンタの考えが分かった気がする」
ネウロは立ち止まりその碧の目で私を見た
「言ってみろ」
さっきのネウロの発言とあかねちゃんがまとめた資料から導き出した結論…確信を持った私はネウロと目を合わせて言った
「犯人は…人狼だよね」
ネウロは満足そうに目を細めささやくように言った
「…その通りだヤコ」


〜今日の分はここまで〜

長いだろ…次回から中盤なんだぜ…これ
しばらく忙しくなるので更新遅くなるかもしれません…オヤスミなさい
231ふら〜り:2012/01/27(金) 21:06:15.84 ID:UbdOIND70
>>金鹿さん(ご無理はなさらず、ごゆっくり〜)
>ったくどうしてお前らの行く先々で事件が起きんだよ
コナンも金田一もどうしようもないこのツッコミに、応えられるんですねえネウロは。まあ
その二人もどうせ、そんな能力があれば活用して事件に飛び込むでしょうけど。で飛び込み
たくないヤコは毎度引きずられてますけど、流石に慣れてますね。事件と、ネウロの思考にも。

>>カイカイさん
原始人でも呪術師でもないですが、他に「それっぽい」キャラといえば
ワールドヒーローズのマッドマンとかが思い出されます。
232作者の都合により名無しです:2012/01/29(日) 16:16:29.47 ID:CviRt9HS0
あー、そのマンガ、マッドマンがインストラクターになって皆を鍛えるところまで
しか読んでないです。ワーヒーのコミカライズは他にもあるんだろうけど、それぐらいしか。

気長に進めます。「インド」は、キューバやハイチの辺りにもあるし。
アナベベのビジネス仲間も居そうだし。
ただ、大魔境の知的生命犬も出したい気がしてきます。
アウターゾーンで一回だけあった、犬型宇宙人ともコラボできるかな。
233作者の都合により名無しです:2012/02/16(木) 23:58:27.73 ID:Pbab3N7w0
墓場だな…
234汝は罪人なりや?【閥】【いちにちめ】1 :2012/02/18(土) 11:19:09.43 ID:hoecpiy10
私達が食堂にむかうとエドガーさんを中心に集まって何かを話していた。
私達が中に入ると全員の視線がこちらに向き、ネウロはそのタイミングを待ちかまえていたように言った。
「やられやくさんがお亡くなりになられました」
皆ネウロの言葉に動揺する
「なっなんですって」
「おいおいマジかよ」
「亡くなったってどういう事ですか」
「ハア…ハア…」
「冗談はよしたまえ いなくなったの間違いだろう?」
思い思いの反応をする皆を無視してネウロは言った
「いいえ間違いではありません 今から僕たちが何があったのか説明致します。先生お願いしますね」
「えっ私がやるの!?」
いきなりのことに私は驚いてネウロの顔を見た。アイツはあの目でニヤニヤしながら声だけは助手のもので言う。
「何か問題でも?」
(大ありだよ)
激しく突っ込みたかったけど、しぶしぶ前に出て導き出した推理を披露した
「やられやくさんが殺された部屋は入り口と窓に内側から鍵がかかっていました。つまり密室だったんです」
「殺されたって…密室なら自殺じゃないの?」
私はジェニファーさんの方に向き直るときっぱりと言った
「いいえこれは間違いなく殺人です。やられやくさんはアイマスクを身につけて出入口付近に倒れていました。自殺ならそんなことはしない。
何故なら間もなく部屋に来る人狼に発見されて、助けを呼ばれれば自殺が失敗するから。仮に自殺だったとしても人狼が倒れている人を放置するのは不自然です。」
「つまり探偵さんはこう言いたいわけね…犯人は人狼だと」
「そうです」
場は再びざわめき出した。
235汝は罪人なりや?【閥】【いちにちめ】2 :2012/02/18(土) 14:06:31.09 ID:hoecpiy10
「せっかく死因を伏せたのにバラすとは…貴様はカニ味噌か」
「美味しそうな例えなのがムカつく」
すがるような目でくららが聞いた
「この中に犯人が要るのね…誰なの?」
出来るなら答えてあげたかった…けど私には分からない。
ネウロなら答えられるかもしれないと思い視線を送ってみるがアイツは明後日の方向を向いている。
(まさか…私に犯人まで当てろって言うの!?)
しばしの沈黙の後食堂に私の声が響いた。
「犯人は…お前だ!」
皆一斉に私に注目したが…私は叫んだ覚えがない
「犯人はまだわかりません…って今の私じゃない!」
私が慌てて否定すると、もう一度流れた声の方にみんなの視線が向いた
「ワリィいなちょっとしたジョークだ」
視線の先には録音機を手にしたエドガーがイタズラっぽく笑っていた
「変なおっさんは置いとくとして…犯人が分からないなら…これからどうするんだ?」
(あきらちゃん…そこはツッコミ入れてあげようよ)
「それなら…先生に考えがあります 説明は僕が」
(アンタには、もはやなにも言うまい)
ネウロの策というのは二人組を作るという簡単な物だった。みんなはこんなことで防げるのかやっぱり疑ってるみたい
「なあ探偵…本当にこんなんで大丈夫なのか?」
あきらちゃんが話しかけてきた。お姉さんと組むみたいだけど、私は何て言えば良いんだろ?
「今出来ることは少ないけど、警察が来てくれるまでの辛抱だから…それまで我慢して」
私が精一杯考えた言葉をかけると、彼女は納得行かないような顔をした。けど、それ以上質問しては来なかった。彼女と入れ違いにジェニファーさんが来る。
「探偵さんちょっといいかしら?」
236汝は罪人なりや?【閥】【いちにちめ】3 :2012/02/18(土) 17:10:42.48 ID:hoecpiy10
近くで見るとさすがに女優だけあってスタイルいいなあ…出るところは出て引っ込む所は引っ込むメリハリの効いた身体…羨ましいなあ…と思っていたら凝視してしまっていたらしい。
「どうしたの?そんなにジロジロ見て」
「いえいえなんでもないです!ところで私に何の用ですか?」
焦って首を振る私に、彼女はニッコリと笑いかけて言った。
「私と組まない?女同士の方がお互い気を使わなくて良さそうだし」
例の桃の扇で口元を隠しながら言う姿はとても優雅で、住んでいる世界が違うことをひしひしと感じる。
「私でよければ…モガッ」
私の返事は、黒い手袋にさえぎられて消えた。
「先生は僕と組むので残念ですが他を当たって欲しいと言ってます」
「んっふぇなんー!」(言ってないー!)
「そうなの?じゃあ仕方ないわね」
彼女は残念そうだったけど、ネウロが私を放すわけもなく、彼女は余った男性陣に声をかけはじめた。

その横のネウロは食堂の入り口を見、誰にも聞こえない声で一人つぶやく
「遅い…じいはなぜ戻って来んのだ?」

〜今日はここまで〜
諸事情で大変遅くなりました。しかも規制中なので代行です…そんなわけでこれからは更新が遅くなります
237ふら〜り:2012/02/18(土) 19:10:41.73 ID:abBMYNvC0
>>金鹿さん(現状での投下はありがたいです。昔のこのスレを見せて差し上げたい……)
原作ではいつものことですけど、ネウロが何をどこまで考えているのか、ヤコ=読者には
まださっぱりわかりませんねえ。金田一なんかと違って、ネウロ本人は犯人に狙われたって
絶対に殺されたりしない(ヤコと違って)のが、ある意味ヤコにとって腹立つところですな。
238作者の都合により名無しです:2012/02/20(月) 19:32:15.93 ID:X1kV9ic60
ドラえもん のび太の東方幻想郷
【ドラ×ハルヒ】 のび太の終わらない夏休み エンドレスエイト

この手の動画が当たり前にある現在、このスレの意義は何なのか?
幸い、バキではまだこの手の動画が作られてないけど。

マンガのシーンを脳内再生するための描写か、ノベルとしての描写か。
どっちにいくべきなんだろうか。
239銀杏丸 ◆qUi3yTFCmP8i :2012/02/21(火) 22:30:49.69 ID:njkdyAWd0
お久しぶりです
240作者の都合により名無しです:2012/02/21(火) 22:37:08.04 ID:njkdyAWd0
The Times They Are a-Changin'

人の定義は何か、と問われたら私は「己の意思によって立っている者」と応えるだろう。
運命などと、宿命などと、そんな言葉で私は己を偽らない。そんな言葉でこの教皇シオンは揺るがない。
ひなびた老人の、この私の、心の臓腑に突き立つ、黄金の拳を、運命などという言葉で諦観しない。
年老いたとてなおも鮮烈な赤、紅、朱、赫、あふれ出す血潮。
黄金に煌く聖衣を纏う少年、その野心に、その信念に燃えるその姿はひどくまぶしく思える。
今この哀れな老人を屠る少年の姿はひどく眩しい。
正邪など関係なく、その姿は人間なのだ。
死につつある私の体から、法衣を剥ぎ取り、教皇のマスクを奪い去る少年の姿は、
天を仰いで哄笑をあげる少年の姿は、冒涜的なまでに美しくおぞましいまでに純粋だ。
彼の意思はたった一つ、神を祓うこと。
この地上をいかなる神々の干渉から解き放つ、人の手による管理運営。
その果断を若いと切って捨てることもできるだろうが、私はそうはしたくなかった。
己が意思を完遂する。
常人にできることではない。
己の意思の基に行動し、その結果が破滅であったとしても揺るがない精神を持つ人間に私は憧れる。

その姿がどうしようもなく眩しく、そこに至らぬ己がどうしようもなくむなしい。
次の聖戦へのかすがいとなる。教皇の法衣と玉座に誓った私の意志がまるで塵芥のごとく払われた。
230年の我が妄執を、ただの一撃で。
一切合財を、ただの一撃で。
まるで喜劇のような悲劇だ。悲劇のような喜劇だ。
その極光のごとき極彩色の意思は、抗うものすべてをなぎ払う焔となるだろう。
それこそがこの私が求めたもうひとつの煌きだ。
だが、それゆえに聖域の管理者には相応しからぬものなのだ。
聖域の主とは女神アテナなのだ。
彼女の鎧であり、彼女の住処であり、彼女の家であり、彼女の庭であり、彼女の掌の上。
この地上における唯一無二の神の庭、神のゆりかご。それが聖域なのだ。
教皇の位とはたかがその程度でしかないのだと諦めた私と、神々を祓う足掛かりと捉えた彼。

黄金聖闘士・双子座ジェミニのサガ。

彼は、私を討つという事によってついにその領域へと手をかけたのだ。
241作者の都合により名無しです:2012/02/21(火) 22:38:13.87 ID:njkdyAWd0
「哂うか?サガよ…。
 この老人を」

果たしてそれは肉体がつぶやいた声だったのか。
血とともに命が流れ落ちる中、私はこの野心に燃える男に語る。

「お前は、聖闘士としての生き方よりも人間としての生き方を選んだのだ。
 神を否定する戦いを、選んだのだ」

祝福するように、語る。

「誰からも省みられぬ、誰からも祝福されることのない、修羅の道よ」

呪いのように、語る。

「聖闘士となったものならば、教皇の法衣を纏ったものならば、
 一度は脳裏をよぎるのだ。
 一度は思考するものだ」

それは呪詛、たとえ今わの際と言えども、語ることを許されぬ、呪詛。

「女神アテナがいるからこそ、この地上から争いが絶えぬのだと。
 われらが主は、戦の女神。
 戦を司る女神なのだ」

わかっているのだ。それは語るべきことではないと。
わかっているのだ。それは考えるべきことではないと。
わかっているのだ。それを口にしたらもはや聖闘士ではいられないと。
だが、それでも、言わざると得なかった。
たとえ死しても聖闘士。
その言葉どおりに、魂となっても冥王に挑んだかつての戦友たち、偉大なる先達たち、
その彼らとて果たして疑問に思うことはなかったのだろうか?

「いや、現世に出力される存在を別個の神と認識しているだけで、我らの知る神々はすべて同じ一柱の神なのやもしれぬ。
 まるで樹木のごとく、根源は変わらず、ただの枝葉、それが我らが知る神々なのやもしれぬ」

狂いつつあるのか、私はどこまでが己の正気であるのかなどとは思わない。
流れ落ちる血潮の代わりに、焦慮が私の五体を満たす。

「もし、神々からの干渉を防ぐことができるのならば…。
 もし、この地上を本当に人間の手で管理運営することが叶うのならば…」

偉大な彼らと道を違えることになることはわかっている。

「われら聖闘士が、人間が、本当の意味で生きるということではないのか…。
 神々を否定した先にこそ、人の時代がくるのではないか…。
 私が成せなかった事だ、神々を恐れるがあまり、終ぞ成せなかった事だ」

それでも私は言わねばならぬ。
242作者の都合により名無しです:2012/02/21(火) 22:41:25.76 ID:njkdyAWd0
「私はそう、なりたかった。
 お前はそうなるのだな、サガよ」

もはや私に栄光はいらぬ、もはや私に誇りはいらぬ、もはや私に夢などいらぬ。
すでに私は亡骸で、まっているのはコキュートスの凍獄だとわかっている。
死者のすべてを知悉したと言わんばかりに、倣岸に睥睨するあの男の待つ冥府へと行かねばならぬ。

されども、私にはまだ成さねばならぬことがある。

「ならば征け。
 叛徒と成り果て散ろうとも。
 それがお前の道ならば、私は祝福しよう。
 それがお前の道ならば、私は呪おう。
 それがお前の道ならば、決して違えず進むならば、それがお前の正義ならば」

もはや私の声は途切れた。
残り香のごとく空ろに消え行く小宇宙は、聖域を離れる。まだ会わねば成らぬものがいる。

「お前の道は光なき無常の道なれど、私はお前を讃えよう、我が血の果てにあるものよ。
 サガよ、我が遥かな子孫よ」

243銀杏丸 ◆qUi3yTFCmP8i :2012/02/21(火) 22:46:27.17 ID:njkdyAWd0
黄金聖闘士、双子座ジェミニのサガ。
アテナの降臨を機に叛乱。
その十三年後、アテナによって討たれる。
神に抗おうとしたその姿は、神に対してNOを突きつけようとして敗北したその姿は、
私の目にはどうしようもなく眩しく、人間であるように見える。
私は、それが羨ましい。
かすがいとなることを選択したのは己の意思だ。
が、しかし、それでも私は焦がれてやまない。
神に抗おうとしたその姿は、私の目にはどうしようもなく眩しく、人間であるように見える。
いや、偽らずに言うのならば、憧憬すら抱く。
私は神に勝利したかった。
神を打ち倒したかった。
それはいまや私の死に装束となってしまったこの法衣を纏ってから常に抱き続けていた思いだった。
師・ハクレイのように、先代・セージのように、神に抗う人間となりたかった。
私とサガとの違いは、抗う神の数でしかない。
サガは主たるアテナすら倒すべき神の一柱であると断じていたに過ぎない。

遥かな過去、私が愛した女は三人の子を生した。
一人は射手座・サジタリウスの聖闘士となり。
一人は双子座・ジェミニの聖闘士となり。
残る一人は道半ばにて果てた。
何の因果か、我が子ジェミニの末裔が今代のジェミニとなり、
我が子サジタリウスの末裔が今代のサジタリウスとなったのだ。
血族同士が血で血を洗う凄惨な争いが今代の聖戦の幕開けとなったのだ。
【〆】

このssそのものは理想郷に書いたやつの転載で失礼しますが
四月からまた当たらしく星矢のアニメがはじまるそうですね、楽しみです。
昨年は本当にいろんな事ありましたが、バキスレ健在でなによりでございます
オリ設定てんこ盛り銀杏丸の星矢ssですが、どうかよんでやっておくんなまし
では、また
244 ◆C.B5VSJlKU :2012/02/22(水) 11:03:43.57 ID:IM8cDLhu0
第096話 「演劇をしよう!!」(中編)

「不肖がいまおりますのは銀成学園の1−A! ただいまこちらでは発表に向け猛練習の真っ最中!! この熱気が分かる
でしょうか!!」
 ハンディカメラの液晶の中をロバが泳いでいる。ロバといってもそれは属性で風体はもちろん違う。
 パリっとしたタキシード姿の小柄な少女。シルクハットを被り肩に1つずつお下げをたらしている。同学年の中で最も中学生
に近いヴィクトリアよりもさらに幼い顔つきだ。
(小札零。なんで私が音楽隊なんかと……ホムンクルスと一緒なのよ)
「ちなみに不肖たちは演劇のメイキングをば収録中」
(黙って!!)
 ヴィクトリアは口角をみちみちと引きつらせた。家庭用、だろうか。収録に当たりとある部員から貸し出されたそれは片手で
十分なほど小さい。こういう時を想定したのか筺体には黒いバンドが(やや破れとほつれが目立っているが)あり、何とか無事
に保定されている。
 何か見つけたらしい。歓声。ある一点めがけマイクしゅっしゅする小札。
 促されるままカメラの舳先を変えると和装姿の秋水がフレームインだ。剣客だけあり恐ろしく映えている。特に短いながら
も後ろ髪を縛ってるところが女性陣にツボったらしく黄色い声は3割り増しだ。着衣の色は浅黄で袖にダンダラ模様がつい
ていた。もっとも日本史に詳しくないヴィクトリアなので彼が何を模しているか分からないし興味もない。
 遠く離れた外国生まれの少女に分かれというのも酷だろう。欧州基準で考えた場合幕末は陸続きでないぶん三国志よ
り伝わり辛い。或いは好事家が逆境を克服せんとばかり奮起し三国志以上に広めているかも知れないがその努力は
まだヴィクトリアまで届いていない。激動の京都でさえ最果ての一僻地……ましてそこの一警察ならヴィクトリアはなお知らぬ。
「おお!! 新撰組でありますか!! これは渋い! これは誰役ですか斉藤一どのでありますか!? ちなみに一説により
ますれば新撰組に斉藤一なる方は2名いたとか!! 土方どのに北海道までとてとて着いていかれた方は三番隊組長組
長じゃなかった方の斉藤一どのと不肖聞き及びましたがその辺の是非も含めてお答え頂きますれば僥倖っっ!!」
「い、いやただのコスプレなんだが……」
 しどろもどろに答える秋水だがその声はギャラリーにかき消された。「いきなり一瀬伝八とか渋っ!」「会津で官軍とやり
合ってた時の名前持ち出すお前も渋っ!!」「つか組長持ち出すなら普通鈴木三樹三郎からだろ」とかいう無責任な歓声
はヴィクトリアの眉間をますます硬直させていく。自分の知らない話で盛り上がられるのは不愉快だ。ましてそれが自分の
時間を浪費しているのが明確な場合怒りはますます強くなる。
 液晶の中では小札が手際よくマイクを差し出しインタビュー。聞いているのは意気込みとか役作りとかまひろとの関係とか
だ。みっともない。3流タブロイドの記者? あっという間の転落劇にヴィクトリアは冷笑しそれは秋水の答弁でますます深まっ
た。びっくりするほど面白味がない。助けを求めるようにカメラを見る彼にゼスチュア。「恩に着なさい」、ただし貸し1つよ、
冷笑交じりに助け船。

「ね、ね、小札さーん。向こうで何かすごいコトやってるよー」
 トロくさい間延びした声を上げる。ネコを被るのは得意だ。

 はたして小札は指差されるまま視線を移した。
 そこは教室の端の方で……

「心がリンクしてるー! 戦う〜すべてのぉー仲間とぉー!!」

 先日ヴィクトリアがメールアドレスを教えてやった少女──栴檀香美──が津村斗貴子と殴り合っていた。

「スクランぼー! ふぉーつーすりーわんレッツゴー!!」
245 ◆C.B5VSJlKU :2012/02/22(水) 11:05:15.27 ID:IM8cDLhu0
 耳慣れぬ奇妙な歌を歌いながら拳を繰り出す香美。相対する斗貴子は真剣だ。もともと鋭い瞳を更に鋭くしながら踏み込み
左右に身を開き攻撃を避けている。不意に香美が飛び上がった。あっとギャラリーが息を呑んだのは腰骨と大腿部が大胆
な回転連動を描いたからだ。飛び回し蹴り。名うての格闘家でさえなかなかやれないダイナミックな攻撃──それをやれた
のはホットパンツ姿だからだ──が鼻歌の下で当たり前のように芽生え敵の側頭部へ吸い込まれた。一瞬小札はすわ事
故発生かと目を剥いたがしかし流石は斗貴子である。結果からいえば回し蹴りは捌かれた。クラシックな構えをほとんど崩
さず左腕だけをわずかに上げた。ス、ス、ス。いくつもの残影描く繊手。それがネコ足のベクトルを大きく変えた。擦り上げ
られる真剣のよう……後に秋水がそう絶賛するほど見事な捌きだった。であるから中空にあった香美の体が大きく傾き大
きく均衡を欠いたのは当然といえた。飛距離は5m。教室中央めがけすっとんだ。
「合気! 合気でしょーか!!」 
 そう叫んだ小札が驚愕に黙り込むまで1秒までかからなかった。床に落ちるかと思われた香美はしかし敢えて捌かれるまま
大きく宙返りをうった。背中が極限まで丸まったと見る頃にはもう遅い。ネコらしいくぐもった鼻息を吹きながら彼女は目一杯
背筋を伸ばしバンザイをした。両手を床に向ける変則的なバンザイを。タンタンタタン。次の瞬間斗貴子は頚部に異様な
圧迫を感じた。傍観者たるヴィクトリアでさえ最初事態が飲み込めなかったから当事者の惑乱甚だ察するにあまりある。
ホットパンツから延びる白樺のような両足。その大腿部が戦乙女の気管を頸動脈ごと圧迫していた。後にヴィクトリアが映像
記録で調べたところによるとまず香美は逆立ちで着地するや腕の力だけで全身を跳ねあがらせた。そして前転飛びを繰り
返し斗貴子に肉迫。あとは以上の如くだ。
 年代物らしくあちこちキッズアニメのシールの貼られたカメラは確かに映していた。斗貴子の額にヘソを押し付ける香美
の姿を。艶やかな短髪さえ足の間から生えているのを除けば”あぐら”をかくうな姿勢だった。ギリギリという音がした。香美
の大腿部はいっそう深く斗貴子の首にめりこんだようだ。彼女の背中では蜂のようにくびれた両脛がXを描きいっそう脱出
困難だ。あられもなく下腹部を押し付ける姿勢は男子生徒諸君の琴線にふれたらしくどよめきと歓声が起こった。
「俺もして欲しい」そう叫んだのはリーゼント頭の男子生徒でヴィクトリアの不興を大いに買った。
「よっ」
 軽い調子だが見ていたものはひたすらに驚愕した。香美が軽く腰をひねったと見るや彼女の体は斗貴子の首を軸とばかり
に旋回し反転した。つまり肩車のような姿勢に変じた。攻勢は止まらない。シャギー少女が後ろに向かって倒れ込むとグル
ンという不気味な音がした。一同を戦慄と衝撃が貫いた。小柄ながらに不沈戦艦のようだと評判の斗貴子。その体が宙を
滑り天井へ吸い込まれた。フランケンシュタイナー!? 絶叫の小札。追随。ギャラリーたちも鋭く叫ぶ。
 奏でられるは激突音。時間はやや減速した。投げた姿勢のまま、横ずわりをするネコのように臀部を突き上げたままの香美。
重力もやや減衰中だ。空中に漂いながらそして小札めがけピースをした。もっともそれを後悔したのはコンマゼロゼロ何秒
か後である。笑みに緩む頬。その横を青い影が通り過ぎた。はっとするころにはもう遅い。斗貴子の勝ちが確定した。銀成
学園理事長に収まっているイオイソゴが数十分後懇意の業者に天井板を3枚ほど発注したのはこのとき斗貴子が教室の
天蓋を蹴り抜いたからである。ガードレールも拉(ひしゃ)げる脚力で莫大な加速を得た彼女は、絞首と落下を選んだ。意趣
返しとばかり細腕を首に絡ませ腰を沈め……咆哮。耳さえ押さえ震えあがる中ギャラリーは目撃した。揉み合う女性2人轟
然と垂直落下するのを。
 かくして香美は成すすべなく叩きつけられた。床に。「うげぇ」と舌出し呻くだけで済んだのはむろんこれが練習の一貫だか
らである。平生ならそのまま殺してるでしょうね。ヴィクトリアは肩を竦めた。

「というか手筈にない動きを取るな!!!」

 絹を裂くような怒声をあげたのは斗貴子。どうやら彼女らはアクションの練習中だったらしい。そして香美が予定外の攻撃
を仕掛けた……滑らかに説明する小札を映しながらヴィクトリア、「わかっているわよそれぐらい」瞳を冷たく尖らせた。
246 ◆C.B5VSJlKU :2012/02/22(水) 11:07:59.76 ID:IM8cDLhu0
「あのコも凄かったけど」
「ああ。いきなり対応できるあの人もすげえ」
「何て名前だったっけ」
「津村斗貴子さん。2年じゃいろいろ有名」

 ギャラリーたちはまだまだ驚き冷めやらぬ態だ。拘束を解かれた香美は立ち上がるなり斗貴子の肩をたたいた。何度も
何度も。からからと笑いながら。

「なーに言っとるのさ。これ特訓じゃん特訓!! ゲキワザを鍛え悪に挑むのよ!!」

 つまりあたしら正義のケモノ!! 腰に手を当てそっくりかえる香美。裏腹にうなだれる斗貴子。ぷるんと揺れるネコ
少女の胸。「ああきっと戦力差に打ちのめされてる」どこからかそんな邪推が聞こえてきた。


「さあ今度は大道具の方々を映しましょう!! 参りましょう参りましょう!!」
「分かったからせめてカメラに映ってよ」

 ヴィクトリアは猫かぶりverで顔をしかめた。というのもリポーターがカメラマンの肩を抱えしきりに移動を促すからだ。よほ
ど小札は次の場所に行きたいらしい。


(あの、僕は……?)


 特に映されなかった貴信。哀愁漂うその肩を秋水は叩いた。優しく。とても優しく。



「さーこちら工芸室ではただいま演劇本番に向けて各種さまざまの調度品が製造中!! あ!! ご覧ください監督の方が
こちらに手を振っています!! 応じましょう!! おおーー!! おおおーーっ!!」

 くるりと振り返り大きく手を振りだす小札にヴィクトリアは不快の色を強めた。カメラに尻を向けるリポーターがどこにいる。
いや放送業界のルールなど知らないしそれ的には大丈夫なのかも知れないが、とにかくロバ少女のおちゃらけぶりは見てて
正直、「ウザい」。気難しい狭量少女は限りなくそう思った。


「こっち!! こちらにどーぞ!! こちらに!! ああっ、来ました!! いらっしゃいましたこちらが大道具の監督を担当
される──…」
 やってきた大道具監督を見たヴィクトリアは危うくキレそうになった。余裕綽綽、いかにもテレビ慣れしている顔つきを見た
瞬間感情のさまざまな奔流がつい口をつきそうになったのだ。」

「大道具監督さんの……総角主税さんですっっ!!」






「大道具ぅ!!? 裏方!? お前が!!?」


 ヴィクトリアは知らないがこの人事については戦士側も震撼した。口火を切ったのは剛太だ。場所は寄宿舎管理人室で
休憩を兼ねた最終調整……およそ1時間前の出来事だ。


「そうよ総角クン!! あなたはむしろ後からしゃしゃり出てきた分際で主役になろうとして総スカン喰らう役回りでしょ!!」
「そーだぜ!! 揉めた挙句無理やり主役やって失敗してまっぴー辺りに宥められてよーやく渋々ながらに身分相応の役
をやる! で、協調の良さを知って反省して俺たちに頭下げる!! そーいう役回りだろ!!」

.
247 ◆C.B5VSJlKU :2012/02/22(水) 11:11:19.33 ID:IM8cDLhu0
 口ぐちに罵る桜花と御前に心中同意を示したのは秋水。斗貴子といえば良くも悪くもいつも通り睨みつけている。彼女に
言わせればホムンクルスは何をやっても気に入らない。悪行をやれば当然殺意が湧くし善行を見ても腹立たしい。なかなか
屈折しているが戦士が持つべき感覚としてはおおむね一般的だ。普通の範疇である。

「なあなんかえらい言われようなんだけど俺。それなりに譲歩してるよな小札?」

 珍しく情けない表情の総角だ。一筋の汗を垂らし傍らの小札を見た。「普段が普段ゆえ仕方無かろでありまする」。小札
は涙した。

「というか特訓はどうする?」
,


 防人は特にどうという感慨もないらしい。もともとの取り決め──演劇練習に託(かこつ)け特訓する──がどうなるかだけ
聞いた。

「当然やらせて頂く。ただ場所はココ(管理人室)の地下にして貰うと有難い」

 総角がいうには常に全員学校で特訓できるとも限らない……らしい。

「どゆコトだよ桜花?」
「他の人もアクション練習するでしょ? 教室とか体育館じゃスペース足りなくなるでしょうね」
「そう。何も演武を練習するのは俺たちばかりじゃない。だったらセーラー服美少女戦士や秋水も他の連中の面倒を見るだ
ろ? 練習台。試しの相手だ。香美にしろ無銘にしろそれは変わらん」
 確かにな。防人は下あごに手を当てた。劇までもう3日もない。事情を知らぬ部員たちはいよいよ練習を頑張るだろう。
「そういう時に俺たちだけ特訓……という訳にはいかないか」
 秋水も呻いた。
「逆にいえばだ。他の部員連中の面倒見た分を取り返す時間。そーいった物もシフトに組み込むべきだと俺は思う。周り道
した分、より濃密に特訓する地獄のような時間がな」
「……まあいいだろう。私は一応賛成だ。練習がひと段落したら休憩するとでも言って抜け出せばいい」
 学校からココまでは幸い近いし。斗貴子の言葉に最速で同意したのは無論剛太だ。そんな彼にクスクス笑いながら桜花
も手を挙げた。その付属品ども(弟含む)もしぶしぶながら手をあげて音楽隊連中も「ハイハイ」とめいめい頷いた。
 防人の議決が賛成に傾いたのはいうまでもない。

「でもどうして大道具だ?」
 防人は首を傾げた。いきなり主役をやらないのは配慮だとしても──まあそれが普通なのだが──総角のような派手好き
が表舞台に出ないのは何だか妙だ。
 総角は微笑した。自身に充ち溢れた顔つき、いわゆるドヤ顔だ。秋水を見たのは下記の文言にツッコミを求めたからか。
「アレだな。確かに俺が出れば舞台は輝く。というか俺の独壇場だ。総ての女性客は俺へ釘付けとなり男性客でさえ俺の
華麗すぎる剣さばきに目を奪われ熱狂する。控え目にいってもまあ、演技界における俺の伝説がここ銀成市の養護施設
から始まるのは間違いない。なあお前ら」
「師父。お言葉ですがそれは過大評価というものです」
『はは!! 貴方はいつもそうやって夢みたいなコトをいうけれど!!』
「すーぐつまらんコトでつまずくじゃん!! で何か情けない顔するでしょーが!!」
「……リーダーは……中間管理職が……お似合い……です」
 口々に悪口を並べたてる仲間たちを小札はふわりと指差した。両目は向き合う不等号でおかしみ溢れる「わきゃー」で
ある。真白に硬直する総角などとっくの三手前にお見通し。そんな表情(カオ)だった。そして色のない殻にメキメキと罅(ヒビ)
が入り──…
「どーーーーだこの部下どもからの好評嘖々(さくさく)!」
 白磁の欠片をまき散らし再誕する総角だが叫びはやや震えそして弱い。
「悪評しかないように思えるのだが」
「ちょっとヤケになってね? お前」
 うん。うん。秋水は見た。首魁の後ろを。揃って頷く部下どもを。こういうコトはよくあるらしい。
「フ」
 総角は笑った。しかしそれをやるまで2度ほど深呼吸を要したところを見るとそれなりのショックがあったようだ。
「でもアレだ。顔もいいし動きも演技も完璧すぎる俺が演技をやれば一人勝ちになってしまうだろ?」
 斗貴子は無言で身を屈めた。寄宿舎管理人室の床にはこのとき鐶が量産したマレフィック勢の似顔絵の書き損じがかな
り大量に撒き散らかっていた。撒いたのは無銘であまりのクオリティにとうとう癇癪を起したからだがそれは直後勃発した痴
話喧嘩ともども本筋ではない。
248 ◆C.B5VSJlKU :2012/02/22(水) 11:12:07.63 ID:IM8cDLhu0
 とにかくも斗貴子はその1枚を拾い上げた。拳の中で何かが圧縮された。
 次の瞬間響いたポフという音は総角の体表で生じたものだ。一拍遅れてカサリという音が畳でした。
 総角は2、3度瞬いてから下を見た。丸まった紙屑。それが転がっている。
 一瞬かれは斗貴子を凝然と眺めたが視線を外し──剥がす、という形容も相応しかった。意志の力で辛うじて黙殺したという
感じは否めなかった──声を上げる、朗々と。
「いうのは、いいか演劇というのはだな! 絶対の能力者一人で支えるものじゃあないッ! みんな1人1人の努力でよくして
いくものだ」
 剛太の手から白いツブテが飛んだ。つられて香美も投げつけた。2人とも無表情でそれは先駆者も後進(除くラス1)もみ
なみな同じだった。
「特定個人の恣意では人として捻出すべき素晴らしいモノのために、誰もが楽しめる普遍的かつ高度な娯楽のために協力し、
頑張っていくべきものだ。組織が素晴らしい結果を弾き出す時というのはつまりうぐっ、つまり、つまり、それでだな!」
 うぐっは鐶のせいである。彼女の投擲した塊は紙製ながらも時速380kmをはじき出した。速度即応の痛烈さ。それが総
角の脇腹に直撃した。一時とはいえ演説が中断したのはそのせいだ。ダメ押しとばかり鼻柱へぶつかった紙屑は桜花の
投げたものだ。低威力だがそれだけに屈辱。欧州風の端整な顔立ちがそろそろ歪み始めた。
 無銘はどうしたものかと首をオロオロ左右していたが小札がぴょいと投げつけたのを皮切りに倣った。ここでノらぬ防人で
はない。香美の手が二度目の投擲をしたのは貴信の分で、とうとう毒島までもが(謝罪の辞儀をしつつ)投げた。
 御前がここまでおとなしくしていたのは特大の球体をこさえるためでそれは総角の頭上から振り落とされた。
 やがてバラけたそれが足元に落ちきる──白雨やむ──ころ、やっと抗議する(できた)音楽隊リーダー。声は流石に上
ずっていた。
「痛い痛い。やめろ。物を投げるなっ。なんだ!! 何が気に喰わない!?」
「貴様の総てだ!」
 斗貴子の叫び。頷く戦士。誰も彼もかつて一杯喰わされてるから仕方ない。
「フ、フ。とにかくだ。いくら優れているからといって新参に過ぎぬこの俺が他の者を押しのけ舞台の中央へいくようでは駄目だ」
 丸みを帯びる金髪の頂点に紙屑が当たり景気よく跳ね跳んだ。「またか」。暗澹たる面持ちで総角は犯人を見た。
「あ、いや、済まない。儀礼的に一応」
(今頃!?)
(反応遅ぇ!!)
(でも投げるんだ……)
 犯人──秋水──は戸惑い顔だ。

「おのれどいつもこいつも!! もう終わりだな投げないな!! いいさもう、投げたきゃ投げろ!! でもこっからは俺も
全力だからな!!!!  全力でゼンブゼンブ捌いてやるからな!! 覚悟しろ!!」
(あ、キレた)
(昔の口調全開であります)
 ひとしきり吠えた総角は青筋立てつつ一座を見まわした。のみならず床の紙屑総てを拾い上げ窓を開け──…
窓を閉めゴミ箱に捨てた。
(捨てないんだ外には)
(窓開けた辺りで我に返ったようだ)
(理知的なのか感情的なのかわからねーよ)

 そして空咳。総角は叫んだ。

「いいかお前らよく聞け。いいか。組織というものはだな!」

「トップの、自負だけが肥大した何者かのスタンドプレーのためにあるんじゃない! 」

「「「「「お前がそれを言うかーーーーーーーーーーーーーーー!!」」」」」

 絶叫したのは秋水と桜花と御前と剛太とそして斗貴子。
 小札は瞳を細め笑った。にへらーと。
(考えようによっては戦団という組織の方々みなみな総てもりもりさんのスタンドプレーに振り回されておりますコト全く否め
ぬ訳で……)

「くそう紙屑あれば投げてやるのに!!」
「てめーもりもり先読みしやがったな!!」
「先読みして武器を捨てる……か。ったく!! 相変わらず小賢しいな!!」
「今からでも遅くない。回収しようか姉さん?」
「駄目よ秋水クン! 総角クンなんかのためにゴミ箱漁るなんて!!」
「ハッハッハ!! 喚くがいい叫ぶがいい!! だがもう遅い! もはやお前たちに武器はない!! フフフ……ハーッハッハ!!」
.
249 ◆C.B5VSJlKU :2012/02/22(水) 11:15:19.78 ID:IM8cDLhu0
.
「しばらく揉めそうですしお茶にしましょう」
「そうだな毒島。お前たち、イモ羊羹ならあるが口に合うか?」
「あ、どうもです戦士長さん」
 無銘は軽く会釈した。防人には好意的らしい。
,
「フ。毒島よお前の反応が一番ひどい……人に紙屑ブツけておいてそれはないだろ」
 ごにょごにょ口の中で唱える総角だが10の目玉に気付き詠唱中断。
「優れているという自負があるのならその能力は他(た)のために使うべきだ。他を生かすために身を削るべきだ。リーダー
たる俺は常々そう考えているし、人材育成に対してはまったく計り知れぬモチベーションを抱いてもいる」
 斗貴子が短めの母音で反問した。鋭くもギラついた声は悪鬼のそれだった。
「よって裏方だ。部を見たが大道具に回され文句垂れてる連中がいた。そいつらを啓発する」
 ああそう。剛太は羊羹を食べに行った。
「フ。まずは演劇における大道具の重要性を説いてやる。目的意識をハッキリさせてやるのさ。自分たちの作る物がどれほ
ど役者を引き立てるか、観客の関心を惹起出来るのか……頑張れば頑張るほど役者と同じくらい劇に貢献できるというコトを
たっぷり知らしめてやる」
 言ってるコトはまともだけども……「お前が言うと胡散臭いんだよ」。口ぐちに混ぜ返すのは桜花ならびにその派生物。
「大道具の制作がどれほど創作性に富んでいるか、自己表現の媒体としては演技に負けず劣らずの可能性があるという
コトをきっちり教えてやる。フフフ。フハハハ!!」
 総角は哄笑した。両掌を上にむけ十指ことごとく鉤と化し。悪役のような笑いに渦巻かれながら秋水は口を開く。至って
普通のコトを普通に訊くために。
「……君は大道具に携わったコトがあるのか?」
「フ。ないさ」
「ないのかよ!!」
「だが要領など入門書を読めば大体掴める。要は、大道具担当の者たちに目的意識と張り合いを与えられるか、だろ?」


 最後に総角がこう言ったのをヴィクトリアは知らない。


「俺はどっしり構えて知ったかぶりをやればいいのさ。慣れれば誰でもわかる程度の基本事項を面白おかしく吹聴し、「まあ
俺も大道具は初めてだから分からないコトがあれば宜しく頼む」とでも頭を下げればそれで済む。一番大事なのは組織への
帰属意識だ。こいつらと一緒に頑張っていきたい、そう思える雰囲気を作るコトだ。俺はそれを阻む夾雑物を一つ一つ
取り除いていけばいい。組織に不安や苛立ちが満ちぬよう、な。そのためならば幾らでも身を削るさ」


 もし知っていても受け入れられたか、どうか。総角を見る彼女の眼は相変わらず厳しい。
250 ◆C.B5VSJlKU :2012/02/22(水) 11:16:20.03 ID:IM8cDLhu0
以上ここまで。
251 ◆C.B5VSJlKU :2012/02/22(水) 11:18:37.91 ID:IM8cDLhu0
訂正 >>248

× 「特定個人の恣意では人として」

○ 「「特定個人の恣意ではなく人として〜」


いつもの、コトです。
252 ◆C.B5VSJlKU :2012/02/26(日) 05:24:18.42 ID:nGk/PBaX0
過去編

──接続章── 「”代数学の浮かす” 〜法衣の女・羸砲ヌヌ行の場合〜」


『いつでもマイナスからスタート』

『それをプラスに変える』

『そんな出会いがきっと』

『誰の胸にもある筈…さ』



 改竄者にとって大抵の事象がそうである。武装錬金もまた、例外ではない。
 変わりやすい、というコトである。
 ウィルという少年との攻防でいくつもの歴史が生まれ、消えていった。
 総ての戦いに決着が付き、あるべき終止符(ピリオド)に向かって再び動き出した歴史。
 そこに登場し猛威を振るったキドニーダガー。クロムクレイドルトゥグレイブ。
 使用者は鐶光。例外的な存在──総角──さえ除けば発現できるのは彼女だけ。
 皆はそう信じている。改竄と上書きを知らないがため、純然と。

 別の歴史では楯山千歳その人が行使していたなど……千歳さえ知らない。

 羸砲ヌヌ行(るいづつぬぬゆき)。恐ろしく奇抜だが本名である。誕生は2010年代。いわゆるキラキラネームが横行し
始めた時期である。彼女の両親はその点についてまったく筋金入りの連中だった。何をどうやったのか人名配当可能か
どうか疑わしい「羸」(意味は”ヤセる”)を姓に組み入れヌヌ行などという可愛気のない、雌雄の識別さえ困難な──どころ
か有機生命体の愛称として適切かどうかも怪しい──名を娘に与えた。

 スマートガンの武装錬金・アルジェブラ=サンディファー。
 それは発生と消滅を繰り返す歴史のなか偶発的にそして必然的に転がりこんできた。
 名前を変え……形状を変え……特性さえ変え──…

 武装錬金は位相を変える。歴史の変化に引きずられ。
 千歳から鐶へキドニーダガーが渡ったように、または円山の風船爆弾が身長消滅⇔爆裂増殖のように。
 時に創造主を変え特性を変え……あるいは形状を変え。
 さまざまな要点を幾つか異ならせながらしかし同一のものとして、誰かの手に。


 かつて武藤ソウヤという少年を過去へと送り出した武装錬金。

 それは時空改変に抗うべく姿を変えた。

 ヌヌ行自身はその創造主は以前の自分だと思っている。改変とともに今の姿に……とも。
 真偽は、分からない。もしかするとクロムクレイドルトゥグレイブのようにまったく別人から転がり込んだのかも知れない。


 それでも彼女は自分の人生に誇りを持っている。


 決して楽ではない、辛さの多い人生だったとしても……。
 自らの武装錬金で楽な方へ改変可能だとしても……。

 変えたくないと思っている。



.
253 ◆C.B5VSJlKU :2012/02/26(日) 05:25:22.35 ID:nGk/PBaX0
 ヌヌ行がいわゆるイジメに苦しみ出したのは小学4年の頃である。
 他人(ひと)に対し本音で語れなくなったのもその頃だ。

 彼女はホラ吹きになった。虚言癖を得た。旅を終えてもそれは治っていない。

 きっかけはよくあるコトだ。

 勇気を振り絞りクラスの男子に告白をした。だが彼は既に他の女生徒と付き合っていた。地元では有力な土建屋の1人
娘として大いに権勢を振るい各種学校行事においてはリーダーシップを取る……美しいが気の強い女子と。

 もしヌヌ行がそれ──逆らってはならない者が唾をつけている──を知っていれば漠然ながらも危機を察知し告白を取
りやめただろう。
 だが相手や世間に気を払うにはまだあまりに幼すぎた。
 彼女はただ初めてやる告白にただ必死だった。雑多な状況にまでは頭が回らなかった。ただどうすれば生まれて初めて
の恋心を伝えられるのか考えるばかりだった。純粋なのは悪ではない。ただ世界というのは時に悪ならぬ者をむしろ爪弾き
傷めつけ、絶望させる。長じた後に「ぬかるみ」と評す理不尽な仕打ちが待ち受けているなどとは知らず……。
 ヌヌ行は可愛らしい便箋に「下手だが気持ちの籠った」文章をいっぱい書いた。
 そして半年がかりで仕上げたマフラーもつけ、告白に赴いた。


 地獄の始まりは告白後30分を過ぎたあたりだ。
 言うまでもなく告白は断られた。それでもヌヌ行自身まだそれには納得していた。メガネに三つ編みという地味ないでたち、
頭こそいいがクラス特有の活況には乗れず場末で静まり返っている方がお似合い……女子としては下の方だと自分でも
思っているヌヌ行──だいたいこの名前からして可愛くない。そろそろ始まりかけている思春期のなかうなだれている──
だからフラれるコトは(もちろん凄くショックだったが)、同時に爽やかな気分でもあった。
 一生懸命手紙を書き、マフラーも渡した。叶うコトはなかったがそこへ費やした全力、そして伝えるコトを実行した勇気。
 そういったものは子供に近ければ近いほどこそ味わえる経験だ。
 ヌヌ行はまだ子供そのものだった。
 幼さゆえ何が人生を豊かにするかなど具体的に述べられぬがしかしこのときの感情は確かに真髄を捉えていた。だから
こその充足感。悲しみと達成感の混じったフクザツな感慨は確実に自分を良くしていくのだと涙を拭き、胸を張っていると……
何人かの女子が自分を取り巻いた。


 連れ込まれたのは女子トイレだった。
 以後続発する地獄絵図のなか何度も何度も「このとき逃げていれば」と後悔する刻の中、しかしヌヌ行は訳も分からずおろ
おろするばかりだった。
 まず平手打ちが飛んだ。やったのは例の土建屋の娘だ。瞳から火を噴き頬を抑えるヌヌ行めがけおぞましい金切り声を
上げ始めた。隣には取り巻きの女子が何人かいてニタニタと笑っていた。出口の方にも何人か。見張りだろう。
 世界というのは本当理不尽な側面を有している。十何年かのちやっとこのときを客観視できたヌヌ行はやれやれと肩を
竦めた。土建屋の娘のブッ放した怒り。どうやらかなり入り組んでいたようだ。
 クラスでもトップだという自負。そんな自分の彼氏にFランクの女子が粉を掛けた。無論それもあったようだが──…
 果せるかな。裕福な家と何誌もの表紙が飾れる美貌とカリスマとそれらが織りなすクラスでの絶対権力を有する土建屋の娘
には一つだけ欠点があった。
 成績が、悪い。
 もちろん前述の要素を見ても分かるように頭自体は決して悪くない。むしろ幼いながらに持つ牽引力や長たる度量は義務
教育を駆け抜けたのち成績以上の成果をはじき出すだろう。それは美点だったがそれゆえ様々な人間と『遊びすぎた』。学校
の勉強などやる筈がない。他者との交流に比べればいつ使うかも分からぬ歴史年表や数式などまるで関心がない。
 だからか成績だけはとても悪い。この日の朝も口うるさい母親とその点で口論になったばかりだ。
254 ◆C.B5VSJlKU :2012/02/26(日) 05:27:57.16 ID:nGk/PBaX0
 ヌヌ行の成績はトップクラスだった。
 不幸にも彼女の頭もまた悪くはなかった。幾分内向的で”クラス仲間の動静”なる生々しい世間にこそ興味はなかったが、
それだけに試験などという「いかにもやらないとマズい」事象には勤勉なる反応を見せた。しかも両親は奇人だったが頭は
よく、実業家としてなかなか成功していた(収入だけなら例の土建屋の12割はあった)。その遺伝だろう。
「あいつらに勝つ気はないの!! あなたがしっかりしなきゃ負けっぱなしよあんな奴らに!!」
 気位だけは高い──ブランド物で身を固めた紫髪の──母親がそう説教するたび土建屋の娘は猛反発を見せた。成績
1つ負けていたところでどうなのか。他では全部勝っている。だいたい稼業で勝つべきは父親ではないか。なぜ彼に言わない。
声を荒げそう反問し、子供特有の寂しさと怒りの混ざった残酷な推論を叩きつける。言えないでしょ、最近愛人作られて関
係が冷え切っているから。『あなたこそ愛人に勝ったらどう?』。猛烈な平手が頬を赤く染めた。学校終わったら撮影なのに
どうしてくれるの。待ち受けているのは肌のコンディションについて特に口うるさい50絡みのカメラマンだ。
 これだから財産目当ては。つくづくと侮蔑しながら家を出たのが9時間前。頬の腫れが引かぬためどうすればいいか現場に
聞いたのが40分前。あっそう。あれほど顔は大事にっていったのに。今日はもういい。ピシャリと言い放たれたとき土建屋娘
の怒りは頂点に達した。彼女は幼いながらに仕事を愛し、誇りさえ持っていた。なのに行けなかった。現場の人間がどれほ
ど迷惑を被るのだろう。それは自分の経歴に傷がついたコト以上に気掛かりで、申し訳なかった。
 そこでヌヌ行の告白騒ぎである。
 本来母親に向けるべき怒りの矛の先端を彼女に合わせたのは成績の件も少なからず影響していたが……。
 結局は『与し易い』からだ。
 あのブランド物の化け物は言えば言うだけ狂乱し莫大な損害をもたらすだろう。訴えても解決にはならないし却って下らぬ
ものが積もるだけ……。
 大人しく、いかにも純朴そうなヌヌ行はまったく格好の獲物だった。
 逆らうコトなど絶対なさそうで、それは実際そうだった。、

 安易なカタルシスほどブレーキロスなものはない。
 行く手に破滅が待ち受けていたとしてもその圧倒的な快美に見入られる
 自制などあっという間にドロドロだ。

 女子トイレでのやりとりは酸鼻を極めた。
 最初は文句と詰問で終わらせるつもりだったがこういう場合収まる道理はない。事前に決めた理性的な「これまで」など
叫ぶうちあっという間に忘却していた。縮こまるヌヌ行にますます怒りが膨れ上がる。この程度か、この程度の人間が自分
より上の成績持ちでしかも自分の責められる材料になっている。遊び呆けて学業を放棄している自分の怠惰など、もしそれ
を懸命に取り除いたところで「コイツには勝てない」、もともと仄かに抱いていた敬意と憧憬ともどもいずこなりへと追いやって、
ガンガン怒鳴り叫び散らす。取り巻きの女子たちの笑いが一層うすら寒くなったのは狂乱する土建屋の娘の醜態──
とても雑誌の表紙に乗れるレベルではない──が面白かったからだ。自分たちなど足元にも及ばない美貌が実に呆気なく
崩れている。取り乱しを窘めるものなど誰一人いない。なぜなら面白いからだ。
 美しさと知性。自分たちの持ち得ぬもの……それを持っているトップ2人の争いほど面白いものはなかった。勝手に醜く
転落した片方がもう片方を抉り苛み、傷つけている。「あのコたちはスゴいのにどうしてアナタたちは」。母親から勝手に
比較され少女らしい繊細な機微を日々傷つけられている彼女たちにとってもまたこの諍いはカタルシスだった。
 だからヌヌ行を助ける道理はない。仮に助ければ今度は自らが娘に責められる。彼女らが厭悪するのは叱責それ自体
ではない。叱責という醜い表情筋の歪みを引き出す物笑いの種。それこそ厭うべきものだった。それゆえそちらに落ちた
場合助けというのは期待できない。結局何となく連れ立って適当な場所で適当に笑っているだけの間柄なのだ。彼女らは。
 そうやって確かなものを得られぬまま過ごしているからこそ……。
 優れた存在というのは嫉ましい。
 なれぬからこそ疎ましい。
255 ◆C.B5VSJlKU :2012/02/26(日) 05:28:36.05 ID:nGk/PBaX0
 もっとも、優れた存在というのは得てして地道な努力を厭わぬものだ。ヌヌ行にしろ土建屋の娘にしろその最大の美点(知性・
美貌)に関する努力は並々ならぬ。そういったものを最初から放擲し、何もせず磨かずの恣意放埓の赴くまま雑草のように
伸びさかっていた取り巻きどもを思うたびヌヌ行は微苦笑しながら軽く震える。「世界で一番怖いのはキミたちだ」。まったく
十何年後振り返っても戦慄すべき存在だった。

 少女らしい真心を集約したラブレターがついにひったくられた。
 あっと手を伸ばすころにはもう何もかもが破綻していた。
 思い出にと机の引き出しの奥深くに仕舞うつもりだった手紙は猿叫とともに引き裂かれた。ヒステリーに顔を赤く染める土
建屋の娘の手は出来そこなったシュレッダーだ。大きな破片が黒ずんだ灰色のタイル張りの床に撒き散らかった。テープで
止めればまだ。慌ててしゃがみこみ拾い集めるヌヌ行にどっと笑いがあがった。集団による、継続的な憂さ晴らしが決定した
のはこのときだ。傍観者の一人が動いたのは首魁への媚売りのためだ。内心では醜態を笑いながらも「そう動けば」、気に
入られ甘い汁を啜れる……浅ましい嗅覚、そして算段。それの赴くまま特に恨みのないヌヌ行──これまでは普通のクラス
メイトとしてノートの貸し借りをしたりしていた。玉入れで勝てば無邪気に笑いあい抱擁だって交わしたコモある──の手から
手紙の欠片を奪い取り便器に巻き、そして流した。
 マフラーもまた奪われた。後日焼却炉から灰まみれで引きずり出したそれはもはやただの炭のカスだった。悲しさよりも
まず寂しさが全身を貫いた。編み物をするコトに凄まじい抵抗が芽生えた。
 ここからはまあ小学生らしい場所柄を弁えたやり口だ。
 数を頼みに個室へ押し込み浅黒い緑のホースを上にやる。

 数時間後ぬれ鼠のヌヌ行が涙ながらに扉をぶち破るまでそれは続き──…

 学校の備品を壊したー!! 

 無慈悲な爆笑を以て地獄の始まりが締めくくられた。

 以降、クラスの女子の3分の2ほどは敵となった。
 残りはもちろん傍観者だった。「関わらないよう」。総てが決着したとき無関係な第三者ほど安全だ。
 自分の身を守り罪も背負わない。
 そんな第三者どもに対するヌヌ行の復讐は忘却だ。
 彼女らの存在を、ではない。
「何をされたかさえ忘れ」、普通に接してやる。そして彼女らに出来ないコトをやり助けてやる。
 正直奴らのやらかした仕打ちなど”しこり”にしてやる価値もない。

 その後訪れた素晴らしい出会い。自分を救ってくれた人たちに比べれば記憶にとどめる価値など……毛ほどもない。
 何の感情も催さないがそれだけに心から信じている。

 人の善意を信じすがるように眺めた彼女ら。
 事情を話したにも関わらずそっぽを向かれた時! どれほどの絶望が身をすり抜けたか!

 だからヌヌ行は今でも彼女らの顔を覚えていない。同窓会で会い見覚えがなければ「そういうタイプ」だみなし普通に笑い
普通に歓談する。悩みさえ聞いてやり大体は解決してやる。そして無邪気に笑う彼女らに微笑する。

「気楽なものだな」

 内心で少しだけ荒い声を上げながら……それさえも相談ごと忘れてやる。それが一番の復讐だと信じている。

 屈折が生じるほどひどい期間だった。
256 ◆C.B5VSJlKU :2012/02/26(日) 05:30:23.18 ID:nGk/PBaX0
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 子供というものは時に大人をも凌ぐ団結力を見せる。良い方向にしろ悪い方向にしろまだ忘れていない腹式呼吸よろし
く腹臓からの声を出し合い掛け合って奇妙だが純粋なつながりを形成する。
 遊びの時はいわずもがな。
 目的が敵の打倒ならば彼らは一層はげしさを増す。
 不幸にもその2点を同時に持ってしまったのがヌヌ行だ。
 名前こそ奇抜だが温和でおよそ他者を傷つけるというコトと無縁な彼女はただ初めて直面する人の悪意というものに震える
ばかりだった。上履きを隠されてもお気に入りのペンケースを色とりどりのペンごと踏みにじられても然り。
 もっとも参ったのはある日給食の時だ。
 どこから持って来たのか、アマガエルの轢死体がシチューめがけ転落した。
 最初それが何か分からなかったヌヌ行は正体をしるやぞっとした。自然に落ちたのではない。人が落とした。
 教師は教室にいない。
 6人がかりだった。完食までそれだけの人数が彼女を拘束した。
 腹や口から名状しがたいヒモのような器官を飛び出させた緑色の死骸がスプーンに乗って迫ってくる。
 顔を背けようとしても無駄だった。1人が首を固定し1人が口をこじ開ける。
 スプーンを持つ女生徒はもともと良いとはいえない顔の造作を更に卑しい笑みで引き落としていた。
 やがて口中に没入したメニュー外の食物は凄まじい味がした。粘膜の生臭さにむせかえるヌヌ行はとっくに涙し鼻水さえ
垂らしていた。にも関わらず強引に顎を動かされた。咀嚼を、させられた。何が砕けたのかばきりという嫌な音がした。舌の
蕾は初めてきたる激越な味にぞっと痺れた。歯の間をころころと這いまわる2つの球体が何かなど成人してなお考えたく
ない。カエルの最後の晩餐はどうやらハチか何かだったらしい。毒針が喉に刺さったためヌヌ行はこのあと3週間ばかり点
滴生活を強いられた。
 そして嵐のような給食が終わり──…
 灼熱に腫れあがる喉首で辛うじて息をしていたヌヌ行は奥歯の間に何かはさがっているのに気付いた。
 舌が、反射的に触れた。
 呑み損ねた内臓組織。糞の匂いのするそれに気付いた瞬間。
 とうとう吐瀉物をブチ撒けた。

 以後状況はますますヒドくなった。
 気はいいがカバラに熱狂するあまりややおかしい──明らかに精神疾患が疑われるほど無邪気で幼い──両親さえや
り玉に上げられた。父は常に涎を垂らし半笑いで母は所かまわずスキップでかっ飛ばすような人物だった。しかも服装とき
たらくつろぎ用でさえ10万は下らないスーツなのにどれもこれも常にそこかしこに粘土が点々とこびりついており──夫婦
2人してゴーレムの製造に熱中していたので──それがますます嘲笑を呼んだ。

 ヌヌ行はそんな連中の娘でしかも教室で吐いた!!

 未熟ゆえに耐えられぬ異物感。子供というのは常に自分ばかりが正しいと信じている。単なる堪え性のなささえ純然と燃
え盛る義憤と弁じそれらしき理屈の剣で斬りまくる。相手もまた自分と同じ人間であり、感情があり、痛みを感じる機能さえ有
していると幼稚園のころ教えて貰っている筈なのに……やってしまう。まして同じ感情の持ち主どもと寄り集まってしまうと
正誤などあっという間に吹き飛ぶ。なぜ吐いたのか? その経緯などどうでもいいらしい。
 とにかく群集心理だ。誰それがやっているからやっていい。やればスカっとするからやっていい。
 耐えている方が実は強く自殺を選んでしまう方が遥かに優しい……などと彼らは気付かないし気付いたとしても嘲笑する。

 ヌヌ行が小学校と聞いてもっとも強烈に思い出すのは人間の恐ろしさだった。
 給食当番のとき無理やり総てのメニューを配膳させられなおかつそれら総てを目の前で床にブチ撒かれ(汚い汚いと囃された)
コトもあった。吐く素振りを見せるものさえ。
 それは彼らにとってただの面白い演目だったのだろうが……。
 ヌヌ行は以後8年ほど料理が作れなくなった。女子大生になってからも飲食店でのバイトには並々ならぬ抵抗がある。
257 ◆C.B5VSJlKU :2012/02/26(日) 05:30:52.55 ID:nGk/PBaX0
 ただ悲しいコトにヌヌ行の両親は見た目ほど劣っていなかった。むしろ実業家としては6代先までの安泰が誇れるほど成功
しておりその頭脳的優性はヌヌ行にも行き渡っていた。だからこそただの弱者に向ける以上のおぞましさがクラスのそこかしこ
から巻き起こった。苛められても苛められてもトップから転落せぬ頭脳。マスコミに持て囃され校長が集会で折にふれ褒めたたえる
両親(毎年莫大な寄付を行っていた)。嘲弄が嫉妬と化し義憤が邪推になり……とある試験のとき我が消しゴムに書いた覚えの
ない数式がゴマンと刻まれているのを見たときヌヌ行は初めて教師への密告を決意した。
 幸いカンニングの疑いは掛けられなかったし──温和で成績もよく両親が金銭面以外でもよく学校に奉仕していたので──
すぐさま犯人は見つかった。

 そして教師はイジメをやめるよう勧告した。

 クラスの人間は総てハイと頷き反省文を書いた。

 3日後……ヌヌ行の愛犬が行方不明になった。




 両前足を半ばから切り落とされた柴犬が息も絶え絶えに帰ってきたのは更に5日後。
 犯人はいまだ分からない。



 ただ。
 楔を打つような声を上げながら死にゆく愛犬をみた時……ヌヌ行は果てしない罪悪感を覚えた。

 自分のせいだ。
 きっと自分のせいだ。
 告げ口したから報復で……。

 警察も両親も変質者がやったのだと断定していたが──…

 3歳のころから共に過ごしていた友達のような存在を死に追いやったのは自分。

 彼女は悔恨とともにそう思った。


 だから、決意した。

 本当のコトなど話してはいけない。


 自分がいくら第三者に窮状を、同じ世界に厳然と佇む本当のコトを話しても彼らは助けなかった。

 カンニングを仕組まれたのは事実だが、その事実を話したばかりに愛犬を亡くした。
 教師は解決を図ろうとしたが、正しいその行為を呼んだばかりに大事な物を喪った。
 
 そういう状況を作ったのは例の告白のせいだ。
 好き。心から思う本当のコトを話したばかりに地獄のような日々が始まった。

 悪事は働いていない。したコトといえばそれだけだ。

 だからこそ「それだけ」……『真実を話す』行為に嫌気が指した。



 やがて彼女は自殺を決意する。
258 ◆C.B5VSJlKU :2012/02/26(日) 05:31:39.66 ID:nGk/PBaX0
.




 武藤ソウヤという少年に出会ったのは……その時だ。




 ただしその時の彼はまだ…………………………………………………………………………………………



                                                 人のカタチをしていなかった。



 それでもヌヌ行は信じている。

”そこまでの”過酷な人生も”そこからの”人智を超えた激しい人生も、きっときっと意味があったのだろう……と。


 出会いは力をくれた。

 勇気をも。

 何があっても前へ進もう。

 そう思えるのは”たった3人”、そこに居た人たちのお陰だと……。

 心から信じている。





『いつでもマイナスからスタート』

『それをプラスに変える』

『そんな出会いがきっと』

『誰の胸にもある筈…さ』
259 ◆C.B5VSJlKU :2012/02/26(日) 05:32:07.49 ID:nGk/PBaX0
以上ここまで。
260 ◆C.B5VSJlKU :2012/02/26(日) 05:50:15.03 ID:nGk/PBaX0
たてた

【2次】漫画SS総合スレへようこそpart72【創作】
http://kohada.2ch.net/test/read.cgi/ymag/1330202946/
261作者の都合により名無しです:2012/03/05(月) 18:05:16.37 ID:+jaaHcIu0
あげ
しばらく入院してたので読めなかったけど
まだ続いていてうれしいよ
262作者の都合により名無しです:2012/08/12(日) 14:12:15.89 ID:Shok+c6/0
さげ
263作者の都合により名無しです
連投規制くらったー。こっちは書き込めるかな?

続きます。少し不穏な気配がっ?

誤字訂正です。
x相沢千鶴の手刀はそのほどまでに
o相沢千鶴の手刀はそれほどまでに