【2次】漫画SS総合スレへようこそpart56【創作】
1 :
作者の都合により名無しです:
2 :
作者の都合により名無しです:2008/04/14(月) 22:56:28 ID:VBZkirPL0
3 :
作者の都合により名無しです:2008/04/14(月) 22:57:29 ID:VBZkirPL0
4 :
ハイデッカ:2008/04/14(月) 23:00:33 ID:VBZkirPL0
前スレでテンプレ作ってくれた方、ありがとうございました。
随分楽できましたw
とりあえずスレ立てておきました。
サナダムシさんの名前がテンプレにないと寂しいねえ。
お疲れさんです。
6 :
作者の都合により名無しです:2008/04/15(火) 19:47:13 ID:Mz6seMaJ0
なかなか来ないねえ
むー
そういえば邪神さんもご無沙汰だな
ハイデッカ氏が書けばいいんじゃね?
テンプレばっか作っとらんと
>
http://www25.atwiki.jp/bakiss/pages/612.html その淡々とした山崎の声を潰すように、斗貴子の激昂した声が轟いた。
「な、何を言っている! 正気か? ホムンクルスどもに核鉄を渡すなどと……」
「たった一つしか所持していない核鉄を渡すのは、お辛いことでしょう。ですが、こうなっては
選択の余地はありません。例えあなたが核鉄を完全に手放すことになろうとも、人の命
には代えられません。思い出して下さい、津村さん。あなたの先の任務で何があったかを」
『っ……そういうことか』
山崎の言葉を聞いて、斗貴子は察した。山崎は、斗貴子が先の任務で核鉄を入手して、
現在は二つの核鉄を所持しているということを知っているらしい。戦団から聞いたのだろう。
だから一つ渡せと言いたいのだろうが、それでも従えない。確かに斗貴子が核鉄を完全に
失うという事態は避けられるが、鈴木の手に核鉄が渡ることには違いないのだ。戦団の
戦力が核鉄一つ分落ちて、鈴木すなわちホムンクルスたちの戦力が上がる。そんなことは、
錬金の戦士として許されない。
ということを訴えようとした斗貴子の首に、ネクタイ=ブレードの先端がほんの僅かだが、
刺さった。皮膚がぷつりと破れて、細い細い糸のような血の筋が、斗貴子の首を伝う。
「早く渡して下さい」
「……本気なのか」
「無論」
相変わらず気配がなく、声に抑揚もないので、斗貴子には山崎の感情が全く読めない。
何か策でもあるのか、それとも単に人質の命を惜しんで言いなりになっているだけか。
悩んだ末、斗貴子は武装解除した。バルキリースカートが消失して核鉄に戻り、斗貴子の
手に握られる。
それを見た鈴木は、
「ストップ。津村さんはそのまま、一歩も動かないで下さい。核鉄は山崎さん、あなたが
こちらに持ってきてください。その手袋も外して一緒にね。もちろん、ブレードは捨てて
下さいよ」
『……くっ』
斗貴子は心中で舌打ちした。これで核鉄を渡すフリをして鈴木が受け取る隙を突く、と
いう手が使えなくなった。後は山崎に任せるしかないが、その山崎は武装錬金が使えない
のだ。グローブ・オブ・エンチャントも外すとなると、バヅーやグムンに有効なダメージを
与えることはできない。人質の女の子を抑えている(喉を踏んでいる)のはグムンで、
すぐそばにバヅーもいる。これでは手の出しようがない。
「おっと、山崎さんもそこでストップ。それ以上は近づかないで下さい」
ネクタイ=ブレードを捨て、グローブ・オブ・エンチャントも外して(その下に愛用の、普通の
白い手袋をしている)、そして斗貴子の核鉄を持った山崎が、鈴木に言われるままに
三メートルほど離れた地点で足を止めた。
「あなたも津村さんも、人質がいるとはいえ、ヘタに近づかせたら何をするかわかりません
からね。まず、核鉄をこちらに放ってください。それをわたしが受け取ったら、続いて手袋も。
そうっと、柔らかく、ソフトにお願いしますよ。乱暴に投げつけたりしたら、即、この子の首が
踏み潰れるとお心得下さい」
「了解しました」
山崎が核鉄を投げた。そうっと、柔らかく、ソフトに。放物線を描いて飛んだそれは、
何事もなく鈴木の手に受け止められる。
続いて手袋も投げた。そうっと、柔らかく、ソフトに。
それもまた何事もなく鈴木の、
「っ!?」
手に受け止められようとした寸前、突然手袋の軌道が変わって加速して、二つの
手袋は一直線に飛行、それぞれグムンとバズーの額に当たった……いや、刺さった。
そこにあるのは章印、二体は甲高い悲鳴を上げて体を掻き毟る、掻けば掻くほどその
肉体は崩れていく。まるで波に洗われた砂の城のように。もちろん、女の子の喉を
踏んでいた足も同時同様に。
何が起こったのか、疑問に思うまでもなく鈴木にはひと目で判った。
今、グムンとバヅーの額には、山崎の手袋がある。そしてそれを貫いて、山崎の名刺が
突き立てられている。
山崎は手袋を投げた直後、それに隠れる軌道で名刺スラッシュを放ったのだ。名刺は
手袋を串刺しにしたまま山崎の狙い通り真っ直ぐ、グムンとバヅーの額に向かって飛び、
刺さる。その手袋、グローブ・オブ・エンチャントの特性は、
『接触している武器に武装錬金の特性を与える』
まんまと山崎は、グムンとバヅーの章印に武装錬金を突き立てたのである。
事態を把握した鈴木が山崎の方に向き直った時には、もう山崎の拳が目の前に
迫っていた。鈴木はそれを必死にかわし、慌てて女の子を捕らえようとしたが、
「武装錬金っ!」
頭上から響いた斗貴子の声と共に四条の銀光が雷のように落ち、女の子を囲んで
鈴木を阻んだ。山崎の背後から跳躍した斗貴子のバルキリースカートだ。
「も、もう一つ核鉄があったのか!? くそおおぉぉっ!」
鈴木が怒り狂い、歯噛みした。その歯が、奇妙な機械仕掛けの音を立てる。と、
口を開けた途端に鈴木の頭部が大爆発! ……したと思ったのは、あまりにも
凄まじい爆音と閃光のせい。
着地して女の子を抱き上げた斗貴子も、その二人を庇おうとした山崎も、揃って
鈴木の目眩ましに騙され、背を向けて伏せてしまった。
爆発ではないと気付いて二人が振り向いた時にはもう、鈴木の姿は消えていた。
12 :
ふら〜り:2008/04/16(水) 21:20:47 ID:WX187eIn0
好調不調の波があるのはいつものこと、あって当然。これはこれでほら、普段遠慮して
しまっている人が思い切って短編を一本えいっ、ということになり易い状態といえなくもなく。
そういや私が初めて投下したのなんて、次スレ移行後の前スレ残りでこっそりひっそりでした。
>>前スレ381さん&ハイデッカさん
おつ華麗さまです。やはり、テンプレに自分の名があると嬉しいというか誇らしいと
いうか……雑誌の、いつもは流し読みさえしない「目次」に注目してしまう気分です。
>>スターダストさん
死亡遊戯かスパルタンX(ゲーム版)か。次戦、かなりの高確率で「いい気になるな。栴檀は
我らの中で一番の小者」と言われるケース。けど実際、総角に最弱だと断言されてたような
気が……ともあれ、私個人の愛ならば正直、秋水よりもどどんと深い彼・彼女の健闘に期待。
>>前スレ390
そりゃあもう! 毎回毎回、戦う度に名言を残してくれる彼ですが、
「もし生まれ変わることができたら……次は間違いのない人生を送れるのでしょうか……
いや、ワタクシは多分……同じ道を行くような気がするのです……そしてまた……
ここで、こうやって戦っているような気がする!」
これが一番大好きです。
ふらーりさんがいればバキスレは不滅のような気もする
なんとなく座敷童みたいな感じ
14 :
作者の都合により名無しです:2008/04/17(木) 14:07:32 ID:qbjrNSAR0
山崎はさすがにいつも冷静だなあ
猪武者の斗貴子とはいいコンビかも
15 :
作者の都合により名無しです:2008/04/17(木) 20:22:19 ID:3VLmNuBB0
よく考えたら錬金と山崎って10年以上時が経ってるんだよなあ
――汝が久しく深淵を見入る時、深淵もまた汝を見入るのである。
「私は声を聞いたのだ。深淵から叫ぶ声を。『ベイビー、いついつまでも一緒に眠ろう』と」
第零話 『SALEM’S LOT』
「ときこさん、あんぐりー、まいぶらざー、いえすたでーもーにんぐ。『げっとあっぷ!
はりー! はりーはりー! はりーはりーはりー!』」
1年A組の教室に張りのある明るい声が響き渡る。
声の主はクラス一の元気娘、武藤まひろ。
生来活発が売りの彼女らしい教室の隅々まで広がる、いや、隣の教室までも届きそうなくらいに
大きくてよく通る声である。
しかし、その発声の良さに比べると発音の方はひどいものだ。
日本人にありがちなカタカナ英語とでも言うべき発音を、更に斜め上に飛び越えている。
クラスメートには充分通じるだろうが、肝心のアメリカ人がこれを聞いたならば『ロズウェル』や
『エリア51』等の単語を思い浮かべるかもしれない。
最早、“まひろ語”と名づけていいだろう。
今や教室中の生徒達が必死になって笑いを堪えている。それどころか、中にはまひろの親友の
一人である河合沙織のように無遠慮に笑いを発している者も少なからずいた。
そして、笑いを誘うのは珍妙な発音だけではなく、その内容にも大きな原因があったのは
言うまでも無い。
「ばっと、まいぶらざー、せい、『あいらぶゆー』。ときこさん、どんとせい、えにしんぐ、
あんど、べりーべりー、れっどほっとふぇいす。いっと、いず、えぶりーないと!」
英語の教科担任である火渡赤馬が「自分の好きな事や興味がある事を英訳文にして発表しろ」と
一昨日、皆に申し渡した直後から、まひろは真っ先に自分の兄武藤カズキとその恋人である
津村斗貴子の日常を発表しようと思い立っていた。
自分の家族をネタに笑いを取る捨て身の技法は、お笑い芸人によく見られる。
だが、まひろにそのような意図は無かった。
ただ単純に、自分も羨ましくなるくらいに仲の良い二人の様子を皆にも知ってもらいたいという、
少し間違った善意によるものだ。
「まいぶらざー、あんど、ときこさん、いず、すとろべりー!!」
まひろが一際声を高くして結びの文を言い終えた時、教室内はドッと笑いの渦に巻き込まれた。
一応は教師としての威厳を保たなくてはならない筈の火渡もさえも、教卓をバンバン叩きながら
笑い転げている。
「ギャハハハハハハハハ!! おい、武藤! グッジョブ! マジグッジョブ!!」
「へへー」
まひろはやや艶の足りない茶髪に包まれた頭を掻きながら、眉尻を下げている。
皆を喜ばせる事が出来たと嬉しさこの上無い様子だが、どうやらクラスメイトや火渡が笑っている
真の意味はあまり理解していないようだ。
大爆笑の生徒達の中、もう一人のまひろの親友である若宮千里だけは唯一笑っていなかった。
眼鏡を上げながら密かに溜息を吐いている。
「まったく、もう。これが斗貴子さんに知れたらどうなるやら……」
天然気味のまひろに対して軽く苦言を呈するのは生真面目な斗貴子の日課のようなものであったが、
自分が触れて欲しくない姿をこれだけ面白おかしく大勢の人間に広められては流石の斗貴子も
激怒するのではないかと、千里は一人嘆いていた。
火渡は笑い過ぎのあまりに眼に浮かんだ涙を擦りながらほくそ笑む。
「あー、笑った笑った。それにしても、あのクソガキをからかってやる絶好のネタが出来たぜ」
クソガキとはもちろんカズキの事だ。
火渡とカズキには錬金の戦士だった過去に少しばかり因縁があり、仲が良い関係とは決して言えなかった。
そう、過去――
火渡は、世界を脅かす可能性のある怪物“ヴィクターV”と変貌を遂げつつあったカズキを討つ為の
“再殺部隊”を率いていた。
そして過ちとはいえ、火渡はカズキの師であるキャプテン・ブラボー(防人衛)に対し、
再起不能に近い重傷を負わせてしまう。
そこから生まれた因縁であった。
現在は、若干ではあるがお互いの感情は解きほぐれ、以前程の殺伐とした関係ではなくなっていたが。
次は誰を指そうかと火渡が教室を見渡していると、少しばかり忌々しい光景が眼に入った。
「あァん……?」
机の列の最後尾、窓側の席。
一人の女子生徒が居眠りをしているのだ。
それも机の上に小さなクッションを置き、その上に顎を乗せる形で堂々と。
おそらくメイクの崩れや顔に跡が残る事を嫌がっての振る舞いなのだろうが、それにしても
教師を舐めた所業である。
しかも、この授業で教壇に立っている教師は、泣く子も黙ると(一部男子生徒の間で)評判の
火渡先生だというのに。
「ちょっと、晶。起きなって……!」
隣に座る友人らしき女生徒がそっと注意を促すが、時既に遅し。
火渡は教科書を筒状に丸めながら、眠る彼女に近づいていく。
「オラァ、棚橋! テメエの発表が終わったからって寝てんじゃねえ!」
丸められた教科書がポーンとその頭を打った。語気の荒さの割には加減した力だ。
相手が女子生徒だからか、それとも校長の小言やPTAのご婦人方の苦情に辟易してるせいか。
「ふあぁ……。へいへ〜い」
棚橋と呼ばれた女子生徒は悪びれもせず、アクビをしながら身体を起こした。
眠そうにしばたかせた眼はアイシャドウ、アイライン、マスカラ、ハイライトに至るまできつく濃く、
いかにも“ギャル”といった風情のアイメイクに覆われている。
ただ、目鼻の整い方が日本人離れした随分の美形である為に、その濃すぎるメイクが逆に
若さ故の麗しさを殺している感があった。
「あ〜、眠っ……」
まだまだ寝足りない様子の晶は左右に頭を揺らしながら、ブロンドに近いロングヘアを
手櫛で整え出した。
先程とは打って変わった腹立たしさでいっぱいの火渡は、ボヤキながらも授業を進めようと
次に指す生徒を選ぶ。
「ったくよォ。じゃあ、次はーっと……――柴田。お前、発表してみろ」
「はい……」
ひどく低い小さな声の返事だ。
そして、返事の主である女子生徒の容姿も、大多数の人間がその暗い声からステロタイプに
イメージするものと概ね合致していた。
何の手入れも加えられず、ただ伸ばしっぱなしにしたボサボサの黒髪をまとめた三つ編み。
分厚い眼鏡の奥には厚ぼったい一重瞼の眼があり、その眼の周りから頬に至るまでそばかすに
覆われている。
漫画的な言い回しをするならば“ガリ勉キャラ”とでも言うべきだろうか。
女子生徒は“柴田瑠架”と名前の書かれたノートを手に立ち上がった。
「ROKUSHO‐CHO in My hometown is cursed...(私の住む町である緑青町は呪われています……)」
聞く者によってはネイティブかと思う程の流暢な発音が瑠架の口から発せられた。
ただし、文の意味は高校の英語授業に似つかわしくない不気味なものだった。
まひろや沙織などは内容そのものがわからずに「外人さんみたーい」と眼をパチクリさせるだけだが、
千里を始めとした少しでも聞き取り能力に長けた者は皆、その異常な内容に眉をひそめている。
ネットを主な生息地にしている男子生徒は、同類の生徒と共に「中二病」「邪気眼」といった
単語を並べて嘲笑する始末である。
火渡も教師という職務上、一旦発表を止めさせて何かしらの指導をあたえるべきと頭にはあったものの、
子供っぽい好奇心が勝ったのか、そのまま口を挟まなかった。
ざわつく教室内をよそに、瑠架は何の感情も込めない無機質な声で発表を続けた。
「私が生まれ育ち、今も住む緑青町は人口5000人程の小さな町です。特産物も観光名所も一切無い、
ただの住宅都市です」
「この町で育った若者のほとんどは隣の埼玉や東京に就職してしまい、二度と帰ってきません。
反対に移り住んでくる人もいますが、すべてがマイホームを求めてやってくる家族連ればかりで、
町の古くからの住人とは折り合いがよくありません」
「そして、そんな古くからの住人、つまり年寄り達が揃って口にする言葉は、『この町は呪われている』
という言い伝えです。どんなものか聞いたところ、『この町には三十年に一度、厄災が降りかかるのだ』と
教えてくれました」
ここに至り、瑠架にある変化が起こっていた。
無表情で抑揚が無く、発音だけが際立っていた喋り方が徐々に違うものになっているのだ。
まるでリズムを取るように単語ひとつひとつに調子をつけ、何とも楽しげに美しい言葉の糸を
紡ぎ出していく。
よく見れば口元にはうっすらと笑みさえ浮かんでいる。
それは“喜”や“楽”に属する表情の筈だが、どういう訳か正体不明のおぞましさとある種の
迫力に満ちていた。
「私はそれを年寄り達に詳しく聞きました。一番最近の厄災は伝染病であり、感染源になった
病院を始めに、抵抗力の弱い年寄りや子供がバタバタと死んでいったそうです」
「その前は、村が大規模な火災に見舞われました。その頃はまだ町ではなく村だったそうです。
村の三分の一以上が全焼、百人近くが焼け死にましたが、火元は最後までわからないままでした」
教室内のざわつきは頂点に達している。
男子も女子も嫌悪の表情を露にし、中には不快のあまりに耳を塞ぐ者まで出始めた。
まひろにしてみれば何故皆がそんな反応を示すのかわからなかった。幸いなのかどうなのか、
瑠架の話している英語がひとつも理解出来ないからだ。
そして、まひろとは別に、皆とは違う表情を浮かべる者がもう一人。
眠たげな晶だけが憐れむような眼で瑠架を見ていた。
「更にその前になると詳しく知っている人はいないのですが、頭の狂った村人が住民を
次々に惨殺したり、ひどい飢饉に襲われたり、野盗が暴れ回ったり、そんな惨劇が三十年ごとに
繰り返されています」
「……驚く事に、今年は一番最初に言った伝染病の年からちょうど三十年目に当たります。
つまり今年、また新たな厄災が町に降りかかるのでしょう」
教室内は静まり返っていた。
もう誰も悪罵や嘲笑の囁きなどは出来ない。
それをした途端に彼女の言う“町の呪い”が己にも降りかかるのではないかという錯覚すら
覚える程に、“恐怖”が“嫌悪”を凌いでいたからである。
まるで、百物語の最後のロウソクを吹き消すような雰囲気の中、瑠架は締めの一文を読んだ。
「My hometown is SALEM’S LOT…(私の住む町は“呪われた町”なのです……)」
[続]
ども、さいです。
武装錬金×HELLSING第二部『THE DUSK』、始めちゃったりなんかしてみました。
第零話って事で導入部なんで軽く読み飛ばして下さい。
あと、私用の為、しばらくお休みさせて頂きます。たぶん一ヶ月かそこらくらい。
復帰後は『HAPPINESS IS A WARM GUN』と『THE DUSK』を交互に投稿します。
では、しばらくの間ですが御然らばです。
さいさんも休んじゃうのか・・残念。
前作の続きなのでバリバリのアクションと思ってましたが、
ミステリっぽい風味もありですね。展開が楽しみです。
お色気シーンは・・まひろじゃ無理かw 婦警に期待。
23 :
作者の都合により名無しです:2008/04/18(金) 11:27:39 ID:5yDSV6Yz0
まあ、さいさんもお引越しと新しいお仕事の始まりだから仕方ないですね。
明るい話がベースになるかと思いきや、実は違うみたいですね。
まひろの無邪気さは最初に書かれてますけど、恐怖ものになるのかな?
学園ホラーになるかバトル物になるか。
1ヵ月後に期待、ってとこですね。
なんとなくひぐらしの鳴く頃にっぽい雰囲気かな?
いや、ひぐらしやった事無いけどさ
まひろってやはり天然のイメージなんだなあ、どのSSも
俺は意外と頭いいと思ってるんだけど
さいさんは英語ぺらぺらっぽいな
タイトルとかにも英語よく使うし
実は賢い人かもわからんね
火渡、前作の凶戦士から教師にジョブチェンジかw
26 :
作者の都合により名無しです:2008/04/19(土) 10:00:17 ID:SzVKMivb0
実は社会人としては結構勝ち組っぽい>さいさん
こんにちは。また来てみました。
ネウロSS投下します。
登場キャラクターは池谷、サイ、アイ、由香。
ネタバレ警報発令中。原作11巻まで読んでない人は全力で退避。
28 :
ムネモシュネ:2008/04/19(土) 14:53:34 ID:/JMVccm50
Side:池谷通
中古インテリアショップ『池屋』に、際立って美しい影が現れたのは、秋口の風が吹き始めた頃の
ことである。
「『呪いの机』を売っていただきたいのですが」
女は池谷の顔を見据え、明瞭な発音でそう言った。
切れ長の目に嵌まった瞳は黒だが、ほの暗いオフィスの光を浴びると黄昏の色を帯びてきらめく。
長身の背は匠の手がけた弓のようにクッと反り、大柄な女につきまといがちな無骨さをまるで感じさ
せない。
――いい女だ。
池谷は胸中で口笛を吹いた。
派手ではないが、極上の紫檀のような高貴さを秘めている。家具にするなら椅子よりベッドだろう。
疲れ果てた体を無言で抱きとめる褥(しとね)にこそ、こんな女はふさわしい。
「あいにくあの机は嫁に出しちまったよ」
だがひとまずそんな欲望は表に出さず、池谷は顎をしゃくった。
「先月末の話だ。色々と紆余曲折はあったが、結局は一番いいご主人様のもとに納まったみたいでな。
わざわざ来てくれたのはありがたいんだが、他のモンで埋め合わせしてくれと言うしかねえよ。
当てが外れて悪かったな」
「……そうですか」
細い眉がわずかにたわんだ。デザイナーとして研ぎ澄まされた感性を持つ池谷だからこそ感じ取れ
た、ごく微細な変化だった。これが常人なら、無感動に相槌を打った程度にしか思うまい。
ほんのり憂いを帯びたその表情に、池谷は最高級のジャカランダ材の魅力を見た。
ああ、我慢できない。
寝転びたい。
29 :
ムネモシュネ:2008/04/19(土) 14:54:14 ID:/JMVccm50
「なあ、そんなことよりあんた、俺のベッドになってみる気は……」
「そう。今ここにはないわけだ、『トロイ』は」
舌なめずりしながら女に手を伸ばそうとしたとき、男女どちらとも判然としない、張りのある声が
割り込んだ。
「誰に売ったの?」
女の連れである。
少年――だろう、恐らくは。中学生くらいの年頃と思われたが、面立ちもだぼだぼのジャケットに
包まれた体型も、その声同様中性的でどうにも言い切りがたい。池谷が何とか男と判断したのは、両
目の底に男性的なぎらつきを感じたためだ。
まあ百歩譲って少女だったにせよ、この年齢なら加工にはまだ早い。育ちきるまで池谷の興味の
対象外である。
伸ばしかけた手の行き場を失い、指先をわきわき動かしながら池谷は言った。
「売ったんじゃなくて譲ったんだよ。誰かってのは……ちぃっと口止めされててね。俺の口からは
言えねえな」
「教えてくれたらチップは弾むよ。噂で聞いたけど、新ブランドの立ち上げを計画してるんだろ?」
こめかみを叩きながら、少年が言う。
「昔相当儲けたとは聞いてるけど、ここの経営、家具造りやめて中古販売に転じてからは振るって
ないって話じゃない。準備資金はあればあるだけ困らないものだと思うけど?」
いたずらっぽい目の輝きとは裏腹に、口から飛び出した言葉は身も蓋もない内容だった。
30 :
ムネモシュネ:2008/04/19(土) 14:54:48 ID:/JMVccm50
明るい星が灯ったような少年の顔。池谷は唇の端をひん曲げて見せる。
「俺ぁ安ホテルのボーイじゃねえよ。小銭で滑らかになる舌は持ち合わせてねえんだ。知りたきゃ
自分で調べな」
「へえ、案外カタイね。何? 個人情報の保護とか何とか、そういう最近の流れに敏感なクチ?」
「そんなんじゃねえ」
挑発めいた口調に首を振ってみせる。
「せっかく自分が手がけた女にいい亭主がついたってのに、わざわざそこに悪い虫近づけて火種
起こすなんて、阿呆以外の何者でもねえだろうが」
「……おんな? 机の話でしょ、そこで何で女が出てくるわけ?」
理解に苦しむ様子を見せる少年。
と、そこに女が口を挟んだ。
「サイ、ここは大人しく引き下がりましょう。わざわざ店主に問いたださずとも、見つけ出す方法
ならいくらでもあります」
「えー。でも、『悪い虫』とか言われたよ今。売られた喧嘩は買うべきじゃない?」
「あなたがそれを望まれるなら止める権利は私にはありませんが、その行為には何の得もない、と
だけ先に申し上げておきます。それを承知であえて深入りするならお好きなように」
「ちぇ、分かったよ。アイって言い方がいちいち嫌味ったらしいよなあ……」
舌打ちひとつ。それきり少年は池谷からも女からも顔をそむけてしまう。
こちらが女の連れかと思っていたが、どうやら主導権を握っているのは彼の方のようだ。
しばらく幼児のごとくむくれていた少年――サイは、そのうち売り場の隅に置かれたラックに目を
留め、舐めるように観察し始める。『S』の字の一部が欠けたようなデザインのその棚にはディスプ
レイのため、家具デザイン関連の書籍数冊と花を挿した花瓶が置かれていた。
「申し訳ありません。聞き分けのない人で」
「いやいや、若いうちはあーいうのも元気でいいんじゃねえの。なかなか個性的な坊やだが、あんた
の弟か?」
場つなぎのつもりだった問いかけに、女――アイが答えるまでなぜか数秒の間があった。
「……そういう関係のこともあります」
31 :
ムネモシュネ:2008/04/19(土) 14:55:28 ID:/JMVccm50
何やら妙な言い方だと思ったが、まあ事情など人それぞれである。聞かないほうがいい場合という
のもあろう。
そんなことより本題を優先すべきだ。
「ところであんた、家具になりたいとか思ったことねえか?」
「いきなり何ですか」
「家具っていいだろ、椅子とかタンスとかよ。こう、全身で人間を受け入れる包容力に満ちてる所が。
まあ前置きはいいや。あんた、今夜一晩俺のベッドになる気ねえ?」
「おっしゃる意味が分かりかねます。というか分かりたくない世界の匂いがするのでお断りします」
「いやいやいやいやそんなこと言いっこなし。一度くらいはこういう経験してみるのも人生に彩りが
出てイイもんだぜ? あんたなら最っ高のベッドになれる、賭けてもいい! なあ頼むよ、こんな
こともあろうかと思ってしまいこんでた高級羽根布団も引っ張り出してくるからよぉ……」
「どんな彩りですか。手を握らないでください。とろんとした目つきでにじり寄ってくるのも生理的
嫌悪を誘うのでやめてください。どんどん壁のほうに追い詰められていくのは気のせいですか。
取り出したその手錠は一体なんですか。どうして私に掛けようとするのですか」
だが女を拘束しようとしたそのとき、少年の声がまた割り込んできた。
「ちょっとそこのセクハラ中年」
「せ、セクハ……」
池谷は右手に手錠を、左手にアイの手首を握ったまま絶句する。
腰に手を当てたサイは、汚物を見るような目で彼を睥睨し鼻を鳴らした。
「強制わいせつ中年って呼んだほうがいいならそう呼ぶけど。まあそれはどうでも良いんだ。ねえ、
このラックもあんたが作ったの?」
黒く塗られた棚の表面が、サイの指の腹で撫でられる。下品ではない適度な光沢が、白い指の先を
ぼんやりと表面に映し込む。
「ああ。二年と半年ばかり前になるかな……って、ああああ」
答えた隙をついて、アイが手首を捻った。がっちり握ったつもりだった池谷の手は、その一挙動で
いともたやすく振り払われた。がっくりうなだれるデザイナーに、構わずサイが続ける。
「モダンスタイルの本黒檀。『トロイ』と同じだね。あっちは写真で見ただけだけど、造形の流れも
よく似てる気がする」
「ほお」
身を翻して離れていくアイを追おうとして、池谷はふと動きを止めた。
32 :
ムネモシュネ:2008/04/19(土) 15:04:48 ID:/JMVccm50
彫り深い顔に象嵌された目が、自分を注視したのをサイは感じ取ったらしい。ピアノでも弾くよう
なリズミカルな動きで黒い表面を叩き、更に細かい解説を添える。
「線は女性的だけど決してセンチメンタルに流れることなく、むしろ力強さを秘めている。黒檀なのに
印象が重たすぎないのは、表面の仕上げが人肌の透明感を意識してるからかな。高級感と色気が
あるのに温もりを感じさせる、良いデザインだ。秀作だね」
製作者の口から響いたヒュウ、という口笛は、ほとんど無意識のうちに漏れたものだった。
「生意気なだけのガキかと思ったら、なかなか良い目してんじゃねーか」
確かにこのラックのデザインは、『トロイ』に通じている。というよりは、完成品たる『トロイ』
に繋げるための試作品として製作したものなのだ。ただしラックと机とでは形状・用途がまるで異な
るため、素人目にはこの類似は分かりにくい。
細部の指摘も池谷のこだわりをひとつひとつ掬い上げており、少年の感性の鋭敏さを保証していた。
「こっちの道の勉強でもしてんのか?」
投げかけた質問は八割のからかいと、残り二割の期待で構成されていた。
そう遠くない将来、腕を競い合える好敵手が出現するかもしれないという期待。
しかしサイは首を横に振り、池谷のささやかな希望を無碍にした。
「そういうわけじゃないよ。専門は美術品さ、絵とか彫刻とか。それも作るんじゃなく鑑賞するほう。
だからモダンデザインの分野に深く突っ込んだことまでは分からないんだけど」
「この人の見る目は確かです」
黙っていたアイが口を開いた。
「彼の賞賛を得たことは、誇りを持って受け取って良い事実だと思いますよ」
「……そりゃあどうも」
美学史でも学んでいるのだろうか。将来は学芸員にでもなるつもりか。
首をかしげた池谷の頭に、ふと知人の娘の顔がよぎった。
優れた芸術家を父に持つ彼女は、父親の死後一年ばかりが経過してから亡父が身を浴した世界に
足を踏み入れた。父が生きている間彼から得られなかったものを、貪欲に学んで吸収していく様は
見ていてすがすがしい。
彼女が芸術を求めたのは、父と分け合うことのなかった時間を埋めるため。
では、この少年はどうなのか。何が彼を芸術の世界に惹きつけるのか。
顎ひげを擦り、ふう、と息をついたとき、サイがまた言った。
「ねえ、俺あんたが作ったものがもっと見たいな。他にはどんなのがある?」
この板連投規制5回ってきついな……
今回はこのへんで切ってこんなもんで。
ネットカフェからの投稿で分割投稿しなきゃならないのは色々ときついんで、
清算する前にもう一回くるかもしれません。
34 :
ムネモシュネ:2008/04/19(土) 15:37:26 ID:/JMVccm50
削った木材の匂いというのは、一度嗅ぐと鼻腔の深いところにいつまでも残る気がする。
まるで女が身につける香水のようだと池谷は思う。もっとも本来の順序は逆で、木の香りのほうが
香水に使われているのだと、彼も承知してはいるのだが。
作業場である工房のドアを開けると、粘膜を責めさいなむような粉っぽい空気が彼らを迎えた。
削り落とした木の屑。目に見えぬほど微細な粒子が宙を舞っているのだ。これを短期間に大量に
吸い込みすぎると気管支をやられる。
「あんまり他人は入れねーんだがな。ま、出血大サービスってやつだ」
一足先に中に踏み込んだ池谷は、外の二人に向けて手招きした。
『トロイ』を仕上げ、家具作りを一度卒業して以来、長らく遊ばせたままにしてあった部屋だった。
最近また湧き上がってきた創作意欲に、閉ざした扉を開き数年ぶりに踏み込んだばかりである。
つまり、置かれているのは未完成のものを含む最近手がけた品ばかりだ。
白いシーツが、作品の姿を慎み深く隠している。
「直射日光からの保護にしては杜撰なように思えますが」
アイが言う。
「いいんだよ。もともと日当たりのよくねぇ部屋を選んで作業場にしてんだ。空調は調節してある
からカビにやられる心配もねえしな。それに、隠してやってんのは別に日よけのためってだけじゃ
ねえ」
口の端に笑みを乗せて、池谷はアイを見た。
庇うような手つきでシーツを押さえながら、
「着替えも化粧も終わってない恰好で、人前に出てぇと思う女はいねえだろ? 磨いて磨いて磨き
抜いて、これ以上はないってくらいのいい女になるまで極力人様の目には晒したくねぇのさ。
あんたも女なら分かってくれると思うがな」
「いえ残念ながら……」
無表情に、アイ。
あてが外れて髪を掻き回す池谷に、サイが笑い声をはじけさせる。
「ムリムリ、この女にそーいう感性期待するだけ無駄だって。昔のSFに出てくるアンドロイドみ
たいな性格なんだから。きっと血管には血の代わりにオイルが流れてるよ」
「残念ながら何の変哲もない血液です。通常人と大差ありません」
「本当? ほんとにただの血? ちょっと粉々にして確かめてみてもいい?」
「お断りします。目を輝かせてにじり寄って来ないでください」
35 :
ムネモシュネ:2008/04/19(土) 15:38:44 ID:/JMVccm50
会話に割り込むか否か迷っていた池谷に、少年はくるりと向き直り、そして尋ねた。
シーツをまとった『女たち』の群れを見渡しながら、
「で? 完成品は何かないの? まさか全部が全部作りかけってことはないんでしょ」
「ああ、勿論さ」
身勝手を絵に描いて動かしたようなサイの言動に、池谷は早くも慣れてきていた。
家具デザインに限らず、クリエイターの世界には変人が多い。また、変人ほど際立ったものを作り
出すことが多いのもこの世界だ。ちょっとやそっとの奇行にいちいち目くじらを立てていては生きて
いけない。
「今んとこは、これが一番の器量良しだな」
端を掴んで翻すと、シーツが風をはらんで翻った。
現れたのは一脚の椅子だ。
素材はシャープなスチールのクロームメッキ。脚は無駄なくまっすぐに伸びたモダンな印象。
円を描いたクッションは穏やかなベージュで、この種のデザインにつきまといがちな無表情さを
和らげている。
これだけなら最近よく見るオフィス調の家具だが、ことに目を引くのは背もたれだった。一本一本
は細い無数のスチールワイヤーが、神経組織のような複雑さで編まれているのだ。
クッションの端から出発したワイヤーはゆるやかなカーブを描いて伸び、ある一点で枝分かれし、
進み、いつしか再び合流する。そしてまた分かれ、伸び、合流し、分かれ、クッションの反対側の
端にたどりつくまで延々とそれをくりかえす。
背もたれ全体としては人間の脳のようないびつな楕円形。アームは付いていない。ただし背もたれ
の幅が広くとってあり、人体のラインにあわせて絶妙な反りが加えられているため、そこに腕を乗せ
て休憩することも充分に可能である。
ランダムなようでいて奇妙な規則性が感じられる背面のワイヤー細工は、見る者の胸の奥を否応
なしにざわめかせる異様さを備えていた。それでいていつかどこかで見たような、ノスタルジアを
感じさせるデザインでもあった。
生まれる前に母の胎内で見た光景のように――
「どうだ? 気に入りそうか?」
サイの口から感嘆符は漏れなかった。
細い指先を差し伸ばし、触れてみるほうが早かった。年若い肌が、何年も前から約束されていた
かのような自然さでワイヤーの編み込みをなぞった。
「……いいね」
頷きの深さが、言葉よりも雄弁に情動の深さを語っていた。
36 :
ムネモシュネ:2008/04/19(土) 15:44:43 ID:/JMVccm50
「この椅子、名前はあるの? 『トロイ』みたいな」
「ああ、あるぜ。『ムネモシュネ』ってんだ」
職人の自負を込めて池谷は自作の名を告げる。
「むねもしゅ?」
こちらの知識はあまりないらしい。眉間に皺を寄せるサイに、アイが補足した。
「ギリシャ神話の女神の一人です。記憶を司っています」
「記憶?」
おうむ返しに呟いた瞬間、皺がより深くなったように思えたのは、池谷の気のせいだったのだろうか。
「芸術の九姉妹『ミューズ』の母親としても有名な女神です」
「へぇそうなんだ、知らなかった。……でもなんでそんな名前を?」
『トロイ』にもいえることではあるが、椅子のネーミングとしてはあまりポピュラーな部類では
ない。当然といえば当然の疑問だった。池谷は唇の端を吊り上げた。
「ちょいと最近、色々と思うところがあってな。あんま人様にペラペラ喋るような話でもねえんで
細けーことは省かしてもらうが……何つーか、何かを創るっつーのは、良いこたぁ勿論、悪ぃこと
も合わせて全部飲み込んじまうことから始まるんだなと、そう思うようなことがあったわけよ」
『魅惑の雌馬』を目指した『トロイ』とはコンセプトを異にするこの椅子だが、着想の発端その
ものは実はあの机にある。
かつて池谷のもとで修行した弟子であり、ともすれば彼を凌ぐほどのデザイナーとなっていた男が、
殺人罪で逮捕されたのは先月のこと。その際『凶器』として利用されたのが『トロイ』だった。
池谷の最高傑作を呪いの机に貶め、彼に罪を着せ破滅させようとしたのだ。
動機はデザイナーとしての主張の違い。そして――これはその場に居合わせた探偵の推察ではある
が――池谷の才能への嫉妬。
「飲み込んだモンは全部自分の栄養になる。それが気持ちのいいモンか胸糞悪ぃモンかにかかわらず、
自分が創り出すモノに遅かれ早かれ活きてくる。その栄養が『記憶』ってモンだろう。俺みてえな
家具職人でも、絵描きでも彫刻家でもシンガーソングライターでも、多分これは同じこった」
サイは何も言わなかった。ただ『ムネモシュネ』柔らかなクッションをぽふりと叩いた。
「さっき芸術の女神の母親って言ったが、多分そういうことなんだろうな。良いも悪ぃも合わせて
色んな記憶を飲み込んで、それを栄養にして何かを創ってく。そういうことを俺ら人間が何千年も
前からコツコツ続けてきたって証拠が神話の形で残ってるわけだ。……そこまで考えたとき、無性
にその『記憶』の女神様に会ってみたくなった」
全てを包み込み創造の糧となす女神は、きっと素晴らしく魅惑的な女に違いない。
危うさと包容力をともに備えた美女を目指し、池谷はこの『女』を創り上げた。
37 :
ムネモシュネ:2008/04/19(土) 15:46:04 ID:/JMVccm50
柄にもねえな、とぼやいて頭を掻く池谷に、サイが鼻を鳴らした。
「芸術家とかデザイナーってたまに理解不能なこと言うよね。正直ついてけないや」
「おいおい、今も昔もアートってのは哲学と紙一重なんだぜ。ンなこと言っててこの先やってけんのか?」
「別にそれでメシ食ってくつもりはないからいいんだよ。……いいよね栄養にできるモンがある奴は。
羨ましいよ」
ぽつりと付け加えられた言葉に、一抹の寂寥が滲んでいた気がして、思わず少年の顔をまじまじと
見てしまう。向けられる視線が不快だったらしく、大きな瞳が『何?』と池谷に睨みを返してきた。
険のある目から慌てて顔を逸らし、咳払いして『ムネモシュネ』を指す池谷。
「座ってみるなら靴は脱げよ。ちょっとの違いと思うかもしれねえが意外に響いてくるんだ、これが」
「アドバイス感謝。じゃあ座らせてもらおうかな。――アイ」
「かしこまりました」
アイに向かって顎をしゃくるや否や、サイは『ムネモシュネ』に腰を下ろした。
女がサイの足元に跪いたのは、それとほぼ同時だった。細く長い指がスニーカーの紐に伸び、
しゅる、と結び目を解く。
いいねそのプレイ、と茶々を入れようとしたとき、
「あれ、客来てんの? 何だ珍しい」
響いた声は、池谷にとって聞き覚えのあるものだった。
工房の入り口を振りあおぐ。扉を開けて立つ影は、潔いベリーショートに、相反するイメージの
ガーリーなワンピース。
「てっきり工房でトンカンやってんだと思ったから勝手に入ってきちまったけど、売り場で待ってた
ほうがよかったかな……」
「由香ちゃん?」
知人の忘れ形見、絵石家由香がそこにいた。
はて、と池谷は首をかしげる。
魅力的な娘でいつか座ってやろうと画策してはいるが、さりとて向こうからわざわざ訪ねてくるほ
ど密な付き合いはない。最後に会ったのは池谷の弟子が逮捕されたときだ。
喜びと訝しみがないまぜになったこちらの表情に、感受性の強い彼女はすぐに気づいたらしい。
「なんて顔してんだよ。新ブランド立ち上げるんだろ? 餞別持ってきてやったんだよ」
ガサ、と音を立てたのは手にした包み。ひと抱えほどの大きさがある。
特に贈答用のラッピングなどは施されていないが――
38 :
ムネモシュネ:2008/04/19(土) 15:47:43 ID:/JMVccm50
「え? 祝ってくれんの? マジで?」
「……勘違いすんなよ。あたしからじゃない」
あらぬ方向に顔を逸らしながら、由香はその包みを突き出した。
「オヤジがもし生きてたらたぶん、あんたが家具作りに戻るのは喜ぶだろうと思ったからだ。
あたしのことはあいつの代理、単なる使いっ走りみたいなもんだと思ってよ」
「うーん、あの絵石家のジーさんが餞別なんてくれるようなガラだったかねえ……」
目ばかりぎょろぎょろと忙しなく動く、禿頭の老人の顔を思い出して、池谷は苦笑した。
もともと人好きのする性格とは言えなかった由香の父は、池谷と知り合った晩年はことに偏屈さを
増していた。
それでも好みの家具を提供したときだけは喜んでくれたものだ。娘によく似た隈の浮いた目を
ほんのわずか細めた顔は、見る機会が稀だったからこそ未だに忘れられない。
池谷の口元に笑みがひろがった。
「ま、そういうことなら貰えるもんは貰っておくか。サンキュー、由香ちゃん。ところで餞別ついで
にちょっくら椅子になってく気ねえ?」
「ねーよ。そこの工具で脳漿ブチ撒けられたいかこのゲスが」
さりげなさを装った会心の口説きは、吊りあがった目であえなく却下される。
「……由香? 絵石家由香?」
サイの声が耳に響いたのは、それでも諦めきれずなお迫ろうとした瞬間だった。
店主しか視界に入れていなかった由香は、名前を呼ばれて初めて客のほうに目をやった。
池谷に呼ばれた直後とはいえ、自分を知る人間に対する警戒も含まれていたろう。完全なるスト
レンジャーに一方的に名を知られ、それでも居心地よく過ごせる神経の太い者などそうそういない。
年頃の娘ならなおのことだ。
「っ! あんた……」
だがきつい両目を彩っていた警戒は、少年の姿を認めた瞬間色を変えた。
驚愕の色彩へと。
卵型の顔から血の気が引いていく。
39 :
作者の都合により名無しです:2008/04/19(土) 15:59:54 ID:wHXeWfgO0
む?今回はここまでかな。
作者さんお疲れ様でした。リアルタイムで読んでました。
渋い人選ですね、相変わらず。
ムネモシュネって語感からちょっとポップな感じの内容を創造してなのですが
シリアスですね。まあ、サイが出てくるからな・・。
どうやら短編っぽいですけど、願わくば1話でも長く続きますよう。
40 :
ムネモシュネ:2008/04/19(土) 16:03:35 ID:/JMVccm50
「サ……」
「ああ、やっぱりそうだね。あれからだいぶ時間が経ってるからさ、記憶が朧になってて一瞬分から
なかったんだ。どう? 最近は。元気でやってる?」
「なんであんたがこんなとこに……」
「いちゃ悪い? ちょっと気になる品があってね。まあその品自体はここでは手に入らなかったんだ
けど」
『ムネモシュネ』に悠然と腰かけたまま、サイは笑った。
由香にではなく、その横でエアブラシの包みを抱える池谷に笑いかけた。
「ねえ、おじさん。俺やっぱりこの椅子欲しいな。ここじゃ何だから、店に戻ってアイと話をまとめて
きてよ。俺はもうちょっと彼女と話してから行くから」
「ちょっ……」
由香が息を呑む。
彼女の表情が産む懸念を払拭するように、少年は明るく顔の前で手を振った。
「ああ心配しないで、知り合いなんだ。昔ちょっと世話になったことがあってね。ん? どっちかと
いうと世話したっていうのかなこの場合? とにかく久々に会って積もる話もいろいろあるからさ」
「ん? あー、そうなのか。世間ってーのは広いようで狭ェもんだな」
極上の椅子をこの場に置いていくのは惜しいが、確かに、計算機等の清算に必要なものは全て
売り場に置いてきてしまっている。『ムネモシュネ』をこの少年に売るのならどのみち向こうに戻ら
なければならない。
サイの脇に控えていた連れの女が、すっとこちらに向けて歩み出た。行きましょう、というように、
整った顔を工房の出口に向ける。それに合わせて池谷も歩き出した。
「え、ちょ、その、待てよ! こいつは……」
「そーかそーか。置いてかれるのがそんな寂しいか由香ちゃん。心配すんな、清算済ませたらすぐに
戻ってきて座ってやるからよ」
「そうじゃなくて! おいこら待て変態! 外道! 待てったらーーーーーーーー!」
跳ねっ返りほど座りがいがあるもんだよなあ、家具ってのは。
工房の扉が閉まる瞬間、由香の叫びを聞きながら思ったのはそんなことだった。
☆☆☆
前回読んでくださった方ありがとうございました。
よければ本作も読んでやってくださると嬉しいです。
もう書きあがってるんで、次ネカフェに来たときにでも続き投稿します。
41 :
39:2008/04/19(土) 16:24:48 ID:wHXeWfgO0
先走ってしまった・・w
おお、次回もお待ちしてますよー。
なんか次で終わりみたいで寂しいけど。
42 :
作者の都合により名無しです:2008/04/19(土) 17:25:50 ID:SzVKMivb0
腐った百合さん乙!
ネウロキャラを使ったオリジナルミステリみたいでイイ!!
バキスレはピンチの時に必ず良い人が来てくれるなw
43 :
永遠の扉:2008/04/19(土) 20:50:26 ID:P87D6eIiP
第049話 「避けられない運命(さだめ)の渦の中 其の壱」
「あ。そうだびっきー。さっき”ありがとう”っていってたよね。聞こえたよ〜?」
アーモンド型の瞳がみるみると驚愕に開くと、まひろはますますニヤけた。
「え! まさか聞いて……ちがっ、い、いってないわよそんなコト!」
「ほんとぉ〜?」
否定するものの、まひろときたらばっくりと口を開けてカバがニヤけたような表情で迫ってくる
からたまらない。。
「何よそのフザけた顔! 本当にいってないわよ!」
否定しながらも耳たぶに血が上ってくるのを禁じ得ない。
「ふふふ。照れない照れない」
袖で口を覆ってまひろはからかうように笑った。
(まさか、アイツにも聞こえたり…………してないわよね? なによこの感情……ああもう。こ
れだから地上は嫌なのよ……!)
もちろん筋からいえば別に礼などいってもさほどの紛糾材料になどなりえないのだが、あの
状況でポンと自然に口をついた言葉を詮索されるのは、なんというか硬直した脳にはむずが
ゆくて仕方ない。
とにかく、ヴィクトリアは桜花を一人で支えたまま、蝶野邸の長い階段を降りている。
「おお。さすがホムンクルス。力持ちだね」
感心するまひろをヴィクトリアは物言いたげに見た。
「どしたのびっきー? 手伝って欲しいの?」
「……アナタ、さっき私を『ホムンクルスと違う』とかいってたわよね? 出任せだったの?」
「ちちちち違うよ! びっきーはホムンクルスだけどホムンクルスじゃないというか……!」
まひろは真白になって縦線など漂わせつつ、目を丸にして口を三角にして硬直した。
(いいたいコトは分かるけど、なんでこんなコに説得されたのよ私)
きゅっと唇を噛んで気まずそうな表情を浮かべたが、すぐ皮肉な笑みに変更した。
「まぁいいわ。どーせアナタのようなコに一貫性なんか求めても仕方ないし」
「びっきーヒドイ!」
「冗談よ。冗談にも気づかないなんてとことん鈍いわねアナタ」
してやったりと不敵な笑みを浮かべるヴィクトリアに、まひろは「おお」と驚いた。
「びっきー、何か楽しそう」
44 :
永遠の扉:2008/04/19(土) 20:51:05 ID:P87D6eIiP
「うるさいわね。というか何で毒吐かれてるのにいつも通りなのよ」
「だってびっきー、ちょっと斗貴子さんに似てるし」
「はぁ!?」
「斗貴子さんね。ちょっと怖くてとっつきにくいけど、慣れたらすっごく可愛いんだよ!」
云うが早いかまひろは一段駈け下り、正面からヴィクトリアに抱きついた。
「やっぱすべすべー。すべすべぇ〜!」
すべすべの語尾は抜けるような消え入りそうなそうな独特の響きを持っていた。
「放しなさい。さっさとやめないとさっきみたいに頬っぺたつねるわよ」
冷然と断るヴィクトリアだが、まひろは三本線の瞳を外側に垂らし恍惚とした表情ですり寄っ
てきた。まるで体の動きは軟体生物みたいで気色悪い。
「ちょっとだけならいいよ! あぁ、すべすべー……」
「ちょ……やめ……っ!」
ハートマークが際限なく出るアレやコレやの場所をまひろは容赦なく撫ですさるものだから
たまらない。ヴィクトリアは頬を赤らめ身をよじり、もがく他ない。ちなみに桜花は
「うぅ……コントはいいから早く病院に……私、全身の神経を破壊されてるんだけど……」
と苦しそうな寝言を漏らした。
「ああもう! 鬱陶しいからやめて! あまり調子に乗ると頭かじるわよ!」
「かじるのーっ!?」
まひろが飛びのくと、ヴィクトリアは気息奄奄で凄まじく荒い息を吐きつつ怒鳴った。
「し、死なない程度にかじる位なら多分できるわよ! 馬鹿にしないで!」
「じゃあやめる。あぁ、すべすべ……」
(だからなんでこんなコに説得されたのよ私。本当鬱陶しい。やっぱり逃げようかしら)
ヴィクトリアはため息をつきながら何となく空を見た。
とても晴れ渡っていて、大きく開いた瞳に心地よい痛みをもたらした。
両親に対する感傷が芽生えたのは、そのせいかも知れない。
(ママ。パパ。ちょっとだけ普通の暮らしをするけど、いいわよね。落ち着いたら……やるべき
コトをちゃんとやるから、しばらくは許してね。うん。そう。しばらくだけだから、……ね?)
この時、ヴィクトリアの胸に芽生えた一つの決意が後に様々な人間とホムンクルスに影響を
及ぼすのだが、彼女自身はまだそこまでは気付いていない。
45 :
永遠の扉:2008/04/19(土) 20:51:51 ID:P87D6eIiP
ただ忌避していた物と向かい合おうと決めただけであり、忌避ゆえに気付かなかった能力
が自分の中に眠っているとは……この時はやはりまだ気づいていない。しかし時間の流れと
共にやがては花開き、麗しい蝶を傍らに舞わすコトになるだろう。
無論それは知らないヴィクトリアは、ただやれやれといった様子で歩を進めた。
その地下で肉づきのいい脚がひらりと宙を泳いだ。
「ちょとタンマーぁ! あああああたし、腕がかたっぽないっつーのに何すんのよあんたー!」
斬撃をひらりと側転でかわすと香美は憤然と抗議の声を上げた。が。
「君に直接恨みはないが、あと四人も残っている! 悪いが全力で行かせてもらうぞ!!」
香美の足が地につく前に秋水は肉薄し、逆胴を打ち放ったからたまらない。重厚な剣圧が
彼女の体を容赦なく薙いだ。
「やったか? いや……」
剣を受けた香美の姿がふわりと消えた。
「残像じゃん!」
同時に天井からぶら下がる腕を彼女はかっさらい、空中で接合しながら地面に降りた。
「スピードだけならあたしこそブレミュで一番っ! まぁー光ふくちょーは変形したらすっごいけ
ど、元の姿ならあたしの勝ちじゃん。余裕じゃん」
秋水との距離はおおよそ五十メートル。それでもなお両者の背後にはかなりのスペースが
あるから、総角は余程この部屋を広く製造したらしい。
「あーでも、負けたら鳩尾あたりが『栴檀など我らの中で一番の小者』っていいそうじゃん」
ぶちぶち呟く香美は、腕の接合面からしゅうしゅうと煙があがりきったのを契機にグーパー
をして手をぶんぶんふった。修復具合を確かめているのだろう。果たしてあらゆる系統の動
作に支障がなかったようで、ネコ少女は八重歯もあらわにからからと笑った。
「ふへへ〜! 打ち身すり傷 勲章じゃん! きりょくてんしん! はーくりょくまんてん!」
剣道は間を詰めねばどうにもならない。その成立を保障するために昭和二年ごろにはすでに
相手から意図的に離れたり背を向ける「引揚げ」という行為が禁じられていたほどだ。現代の
剣道において打突を決めた者がくるりと反転し必ず相手に正面を見せねばならぬのもその辺
りに由来している。
46 :
永遠の扉:2008/04/19(土) 20:52:50 ID:P87D6eIiP
よって秋水は下段に刀をダラリと垂らした姿勢で地を蹴って、矢のように疾走した。
「そーらにいなづーまカーチェイス!」
香美はタンクトップがはちきれんばかりの大きな胸をたぷたぷ揺らして手を突き出した。いつ
の間にか手はネコのそれではなく人間形態に戻っている。
(何かを撃つ気か! しかし何が来ようと弾くのみ!)
鋭い眼光を香美に吸いつけたまま、秋水はソードサムライXをちょうど打刀を帯びるぐらいの
傾斜で腰に引きつけて次の攻撃へと備えた。
「ねらったらー、どきゅーん☆ にがさなぁい〜♪」
闇夜という名のジグソーパズルがあるとすれば、香美の掌に生じた変化は数ピースの黒い
破片を寄せ集めたようだった。周囲がひび割れどこまでも黒い方形の穴。
そこからやにわに無数の銀の玉が射出されると同時に秋水は刀をキラリと跳ねあげた。
(……パチンコの玉か!)
粒の正体を刀の腹でバラバラはたき落しがてら見極めた秋水は、一気につま先を蹴りあげ
た。あとはさながら大砲の弾丸と機関銃の戦いである。香美に向かって宙空を疾駆した秋水の周り
では無数の剣閃が走り、つぶてをことごとく両断した。
『敵ながらいい判断だ! 玉なら弾いたとしても前途にいくつか溜まり特攻を邪魔するからな!!』
「んっふっふー。でもご主人はそんなのお見通しじゃんー」
香美は喉を撫でられたネコよろしく目を細めて口を丸めて呟くと、どうであろう。
「はしれとべ! はしれとべ! あいのせんしたちよー! ごーぐる、ごー!!」
彼女の腕に変異が生じた。ぷよぷよとした二の腕が生々しい音を立てて隆起し、その隆起が
移動した肘は角ばりながら倍以上に膨れ上がって、最後につまめば折れそうな小麦色の一の
腕が異様な凹凸を描きながら脈打ったのである。しかしそれを目撃しながら一部の乱れも見
せぬ秋水もまた異様であった。クルリと手首を翻した彼は香美のそれを切断せんと下から大き
く斬りあげた。女性に攻撃するなというなかれ。これも戦いであらばこそ……
47 :
永遠の扉:2008/04/19(土) 20:53:36 ID:P87D6eIiP
だが秋水は異様の感触を手に受け、不覚にも硬直した。並のホムンクルスであれば大根の
ように斬り刻める秋水とソードサムライXである。然るに香美の手首に至った剣技刀身は一寸
ばかり喰い込んだきりびーんと鈍い金属の感触に押しとどめられ一向に動かぬのだ!
「どーする! どーする! どぉ・す・る! きみならどーするぅー♪」
景気のいい声とともに掌からびゅるりと何かが現出した。秋水の顔を狙っていたそれは、しか
し咄嗟に首を曲げた彼の髪をわずかにこそぎ落すに留まった。
そして金色の光撒きつつどこかへ飛びゆく謎の物体──…
(これは……まさか)
『その、まさかだ!』
秋水の背中が粟立ったのは、自らの顔面の横でじゃらりと打ち合う鎖を見たからである。鎖、
すなわちハイテンションワイヤー。然るにその鈍色の光は燦然と飛び去った謎の攻撃とは異質
である。
鎖がたわむと同時に秋水が凄まじい足さばきで香美の背後へと移動したのは正に正解とい
う他ない。何故なら彼のいた場所を、鎖の巻きついた忍者刀が突き殺さんばかりの勢いで駆
け抜けたからだ。おそらくいつの間にか香美はシークレットトレイルを拾い、体内に仕込んでい
たのだろう。
むろんそれをただ痴呆のようにながめる秋水ではない。背後からの攻撃はカズキの件を思
えば一滴の躊躇こそあれ、背に腹は代えられないとはなかなか事態に合致した言葉だろう。
秋水は逆胴を放った。が。
「……!!」
息を吐いた瞬間、にわかに気道から血があふれだし、ひどい呼吸困難をもたらした。
(くっ! 逆向から受けた傷がこんな時に!!)
ブライシュティフトという金属片の攻撃に抉られた肺腑が、一連の激しい行動によって出血
したらしい。然るにそこから一瞬で態勢を立て直し、右袈裟に切り替えた秋水はよくやったとい
える。
だが同時に香美は振り返りもせず楽しそうに声を放った。
「ふふん。背後にまわっても変わんないじゃん。ご主人いるし!」
48 :
永遠の扉:2008/04/19(土) 20:59:09 ID:P87D6eIiP
うぐいす色のメッシュの下でレモン型の光が一つ無気味な光を輝いたかと思うと、後ろ手が
しなやかに剣を弾いた。元来、ネコの体は柔軟で皮もグナグナしているものだ。恐ろしいコトに
香美のネコ型の左手は背中を回って右肩のはるか上にあり、指先二つで白刃を受けていた。
「くっ」
呻く秋水は素早く剣を上にあげ、再び迫ってきた鎖付き忍者刀を弾きつつ飛びのいた。
(話通りの相手だが、想像以上に厄介だ…… 糸口はあるのか?)
口を伝う赤い筋を手の甲で拭いながら、秋水は記憶をたどり始めた。
「なんでわざわざ俺に聞きに来たんスか? キャプテンブラボーにはちゃんと報告してあるんだ
からそっちを当たってくれませんかね」
数日前、秋水は剛太を見舞いがてら訪ねた。
「療養中すまない。だが、又聞きでは分からない事もある。体調に差し支えなければ君の戦った
相手について聞かせてほしい」
剛太は頭を掻いて「ったく、姉弟そろってやり辛ぇ。だから信奉者は嫌なんだ」と軽く愚痴ると、
ぽつぽつと香美や貴信について語りだした。
(ネコ型ホムンクルスと人型ホムンクルスの融合体……そして掌から取り込んだ物を射出でき、
男の方は鎖分銅の武装錬金を使う……だったな)
秋水は正眼に構えたまま、精神を鎮静せしめようとした。
(落ち着け。苦戦はしているが事前に聞いた情報さえうまく使えば対抗できる。先ほども天井に
逃げるのを見越してシークレットトレイルを当てれたんだ。落ち着いて相手を見据えれば勝機は
ある。他に……参考になりそうな情報は……)
「あー。それから女の方。ネコ型ホムンクルスの方はあまり頭よくねェ……っつーか、甘い」
「甘い?」
「前戦った時、木の枝にカナブン止まってるの見て、慌てて握りつぶさないようにしてやがった。
ああそうだ、俺が踏みそうになったらビビッて、無事なの確認したら喜んでもいたっけな。まっ
たく、馬鹿だぜアイツ」
といいながら剛太が毒気なく微苦笑を浮かべていたのも印象的だ。
「キャプテンブラボーにも報告したけど、アイツ倒すならネコ型ホムンクルスの時にしときな。
男の方が出てくると心底うるさいし、やたら力がありやがる。刀一本じゃ無理臭ぇ」
49 :
永遠の扉:2008/04/19(土) 21:00:31 ID:P87D6eIiP
(男女別々の人格が一つの体に宿っているところは調整体と少し似ているが、両者とも理性
を保っているため攻撃方法に乱れがない。むしろ男の方が統率を取っている感じがある。や
はり彼が前面に出てくる前に倒すのが最良か)
「ふにゅー」
にゃらにゃらと顔を洗って手の甲を舐める香美を見ながら、秋水は思考を進めた。
(いったいどういう経緯で彼らが体を共有するに至ったか……それが分かれば或いは糸口に
なるかも知れない。何にせよ、闇雲に攻めるだけでは俺の方が先に体力が尽きる)
胸に手を当て、嫌な音のする呼吸を秋水は努めて鎮めようとした。
(まして相手はまだ四人もいる。度を失うな。失えば謝罪の機会さえ──…)
脳裏に映った栗色の髪の少女の姿は、しかし香美の声にかき消された。
「うーにゅ。あー、そだ。あの垂れ目元気ー?」
彼女は別に攻撃する様子もなく、上に伸ばしきった手をばたばたと横に振っている。
「さっきさ、さっきさ、ご主人がいちおう手加減したから、も〜そろそろなおってる頃だと思うけ
ど、そのあたり、どよ?」
「さっき?」
秋水は眼を瞬かせた。
「君が、いや、君達が中村剛太と戦ったのはずいぶん前の出来事じゃなかったか?」
『ハハハハハハハハ!!! 香美は時系列が分からない! 過去のコトはすべてさっきだ!
地球が生まれたのも恐竜が滅んだのも日露戦争もさっきなんだぞ! すごいな色々!!!』
「あ、ああ。そうか」
貴信のフォローに秋水は困惑した。先ほどまで散々に戦っていた相手なのに、毒気も敵意も
なく世間話をするような調子だ。剣道ではそういう現象は良くあるが、しかし戦士とホムンクル
スの戦闘において起こるべき現象ではない。
「んーで、んーで、あの垂れ目だいじょーぶ? げんきなかったらサンマのきれっぱおくるじゃん」
香美はといえば瞳をキラキラさせて返答を促してくるからやるせない。
「ほぼ完治だ」
「よしっ! じゃあさじゃあさ、この戦いおわったら遊ぶ約束とりつけといて! んーと、んーと」
くねくねしていたしっぽが言葉途中でやにわにしおれた。
50 :
永遠の扉:2008/04/19(土) 21:02:09 ID:P87D6eIiP
「……あんた名前なによ? なんて呼べばいいのか分からんじゃん。うわ、なんかムカついて
きた! そうじゃん、ったく、名のるのが礼儀ってもんでしょーが! ネコだって逢ったらふんふ
ん鼻かぎあって名前いいあうし! ネコ見習うじゃんネコ!」
急に怒り出した香美に秋水は汗すら浮かべた。やっぱり最近関わる女性はどうもいちいち厄
介であるらしい。
「早坂秋水」
「はやさ……だーもう! 長い! 長すぎじゃん!」
香美は足を地面に叩きつけ、憤懣やるせないという様子で牙を剥きだした。この少女はもし
かすると記憶するという行為が苦手でしかたないのではないかと秋水は思った。
「うぅ〜! あんたは白ネコみたいになんかぱっとしない奴でじゅーぶんっ!」
(むしろその評価は俺の名前より長くないか?)
指摘したくなったが、しかし感情に火のついた女性に理性的反論を奏上した場合、往々にし
て窓口でくしゃくしゃに丸めつぶされ投げ返されるのが常である。マジで。いや、本っっっ当に
マジで。秋水はそのあたり、最近の日常生活でいやというほど体感している。
「で、なんのはなししてんのあんた?」
香美がそんな質問をした瞬間、秋水は「またか」という顔でげんなりした。
「君曰くの垂れ目の戦士の」
アーモンド型の挑戦的な瞳が訝しげにゆがみ、しっぽがハテナの形に曲った。
「垂れ目って……誰よ? あだだ! ご主人やめてやめて、痛いってばー」
『メッ!! 人と話す時ぐらい会話を覚えるんだ! まるいのブンブン投げてた人だッ!!!』
「あ、ああまるいのブンブン! わかったからはなしてご主人!」
一人で頬をつねって痛がる香美を秋水は悄然として見守った。
(そうか。男……貴信の方がつねっているのか)
という理解がないとどうもやり辛い。
「うぅ、とにかくあの垂れ目無事ならいいじゃん! っつーワケで、再開!!」
頬をヒリヒリさせつつ構える香美に、秋水は不承不承応じた。
一週間には一日早く戻ってまいりました。旅行先から帰ってきてやっぱ家が一番ねーという
感じです。ハイ。2005/05/14に初投下なのでそろそろ三年近く常駐してるので思い入れある
みたいで……
前スレ
>>401さん
組み合わせの妙でしょうね。小札無敗は。例えば根来と戦うと、亜空間
越しにバリアー突入 → 撃破ってなりそうw 剛太あたりも案外行けるかも。
そしてようやくココにきて主役っぽくなってきた秋水も相性的に……
前スレ
>>402さん
恥ずかしながら帰ってきましたw まぁ、ぼつぼつやっていきますw
ふら〜りさん
古き良きジャンプ漫画が好きなので、そのセリフはツボですねw いつか男塾みたいな「お、
お前たちはー!」って見開きでブレミュがずらーっと並んでる場面も描いてみたいw で、仮に
最弱だとしても心根や役割一つで魅力が出るのが古き良きジャンプ漫画ですので、それに挑戦してみたく。
>BATTLE GIRL MEETS BATTLE BUSINESSMAN
二つある核鉄をこう使うか! と。ダブル武装錬金はいかにも派手ですが、あの状況ではむし
ろ相手の虚を突くため時間差でもう一個を使った方がカッコいいw 山崎さん、斗貴子さんより
一段上のレベルで冷静ですね。鈴木はここで一時退場。さらに大きな戦力を引き連れてくるか?
さいさん(新連載・新生活と新づくし。是非とも気分一新でご躍進を!)
やっぱり冒頭はまひろですねw さすがまひろ好き! 瑠架の語る災厄と婦警、そして晶、どう
結びついていくかは分かりませんが、「WHEN〜」とは一風違った、平和な日常と隣り合わせ
の恐怖というものが主軸かなーと。そして火渡、色恋でカズキからかうのは無理だw 素直に応答されるw
まだ400ぐらいしか前スレ消費してないのに何で新スレ立てるんだよ
>>52 500KB超えると書き込めなくなるから。
前スレは470KB超えてたから、ちょっと長めなSS投下あったらば
途中で書き込めなくなるかもだ。
>ねらったらー、どきゅーん☆
ねらーったらー、どきゅーん☆にみえたw
それにしても3年かー。お疲れです。
55 :
作者の都合により名無しです:2008/04/20(日) 20:32:02 ID:jBg0f4CU0
ムネモシュネ作者さん、スターダストさんお疲れ様です。
・ムネモシュネ
ネウロへの愛が伝わってくる作品ですね
原作で亡くなったアイが活躍してくれるのは嬉しい。
サイの圧倒的な存在感に、イスオタクたち風前の灯ですね。
・永遠の扉
まひろといい香美といい桜花といいしかし女性が強いSSだなあw
やはり主役の秋水や剛太が今のところ真面目なだけに女性陣に押されてますが
男性陣の奮起に期待。
>>11 鈴木との戦いから数十分後。斗貴子と山崎は、斗貴子の現在の住まいである
安アパートの部屋にいた。
女の子はまだ気絶しているが、目立つ外傷はなく呼吸や脈拍にも異常はない。もうしばらく
様子を見て、何かあれば戦団に連絡して治療、何事もなければ帰すことにする。
「ホムンクルス二体を倒し、この子を救い出した手腕は見事だったと思う。だが、奴らに
核鉄を一つ奪われたことも事実だぞ」
斗貴子は不機嫌な様子で窓際に立ち、コツコツと指先で窓枠をつついている。
そんな斗貴子に、山崎(今は戦闘モードとやらではないらしく、普通の黒縁眼鏡をかけて
いる)は落ち着いた口調で応えた。
「核鉄の解析には、我がNS社も悪戦苦闘中です。パレットの技術陣とて、一朝一夕には
何もできませんよ。彼らは今回、そんなものと引き換えにホムンクルスの試作品二体を
失ったのです。これは相当な痛手、出費、そして鈴木氏個人にとって大きな失点となるはず」
「だから何だ」
「鈴木氏がこの埋め合わせをするには、遠慮なく実験する分と保存・観察する分とで
合わせて二つの核鉄を社に提出する、ぐらいのことをせねばなりません。遠からず、
鈴木氏はアナタの持つもう一つの核鉄を寄越せと連絡してきますよ。無論、何らかの
罠を含んでのことでしょうが。我々としては、その時の交渉をチャンスとして……」
「そういうことを言ってるんじゃない!」
斗貴子は苛立ちの裏拳で窓枠を殴りつけた。
「あんたの、戦士としての強さは認める。だが戦士としての姿勢は明らかに間違っている!
あの時は、交渉も何もせず、この子を見殺しにして戦うべきだったんだ! そうすれば
核鉄も奪われず、バヅーとグムンを倒せて、鈴木の身柄だって確保できたはずだ!
私に加えて、あんたほどの戦士もいたのだから!」
「お褒めの言葉は光栄ですが、一応あの時、ワタクシも努力はしたのですよ。あの場で鈴木氏
から核鉄を奪還しようとはしたのです。結果としては鈴木氏の逃走手段が勝りましたが」
「だから! そうなる危険があるのは判りきっていたのだから、100%確実に核鉄を奪われ
ない手段を取るのが当然、つまりこの子を見殺しにするのが最善の……真面目に聞けっ!
こんな時に何をしてる!」
居間で吠えている斗貴子に背を向けて、山崎は狭い台所で何やら料理をしている。が、
その割には何かを刻んだり油が弾けたりする音はせず、調味料の匂いなどもしてこない。
している匂いと言えば米、白いご飯の匂いだけだ。
「よし、と。できましたよ津村さん。腹が減っては何とやらと申しますし」
山崎は大きめの皿を持ってきて、居間のちゃぶ台の上に置いた。その皿に整然と並んでいる
のは、三角おにぎり。海苔と佃煮と紅ショウガで髪・目・口をつけたニコニコ顔のおにぎりだ。
斗貴子も言われて気付いたが、もう夜中だ。短時間とはいえ激しい戦闘もしたので、
空腹ではある。
「本来、このような時間に食事というのは好ましくありませんけどね。今は非常事態
ですから、栄養を摂取して心身を回復させるのが急務です。さ、どうぞ」
「……………………わかった」
心身を回復とはまた大仰だが、今夜中にでも鈴木から連絡があって再度戦闘になる
という可能性も低くはない。今の内に食べておいた方がいい、というのは正論だ。
斗貴子はちゃぶ台の前に正座して、山崎の握ったおにぎりを一口、二口と食べた。中身は
梅干だ。奇しくも斗貴子の好物だが、別に珍しいものではないので驚くことではない。
が、もぐもぐと食べていく内に、斗貴子は静かに穏やかに、驚いていった。
『ん……この、おにぎり……この味は……』
見た目は前述のように、少々変わっている。しかしその味は、変わっているも何も
斗貴子にとって一番馴染んだものだった。正確に言うと馴染んでいたもの、だった。
錬金の戦士になる前、平和に暮らしていた幼い頃。学校の行事や家族で出かけた時
などに、母が作ってくれたおにぎりの味だ。
愛する家族や親しい友人たち、自分を育んでくれた全てを、ホムンクルスに奪われたのが
九歳の時。以来、厳しい訓練と血みどろの実戦に明け暮れ、ただただホムンクルスを憎み
続けて生きてきた斗貴子。そのせいで、とっくの昔に忘れていたものが、今、
おにぎり一つで蘇ってきた。
忘れていたもの、といってもそれが何なのかは斗貴子自身にさえ言葉ではうまく
言えない。愛とか優しさとかで括れるものではない、ただ「あの頃の自分の気持ち」としか。
今の自分とはあまりにもかけ離れてしまっている、あの頃の自分。きっかけはもちろん、
幼い自分の目の前で繰り広げられた、盛大な惨殺ショーだ。余りにも凄惨すぎたせい
であろう、その時のことを鮮明には思い出せない。それほどの一大事件だった。
が、自分が変わった原因は、本当にそれだけだろうか。
わからない。わからないがしかし、このおにぎりを食べていた頃の自分は……
「お気に召して頂けましたか?」
山崎の声で、斗貴子は我に返った。
「あ、ああ。けど山崎さん、このおにぎりはどうやって? その……何というか、
すごく私の好みに合っているんだが」
「それは良かった。別に大したことはしてませんけどね。正確なデータの収集と分析と活用
は、ビジネスマンの嗜みというものですから」
山崎は、眼鏡を人差し指で、くいっと持ち上げる。
「まず津村さんの故郷、赤銅島の特産米を取り寄せました。塩と海苔と佃煮と梅干も。
そういった食品の産地でしたから、集めるのは楽でしたよ。それから津村さんのご自宅で
使用されていた釜と竈を調べ、その温度や圧力に合わせるよう、炊飯器を改造しまして」
山崎はスラスラと説明する。斗貴子は感心するやら呆れるやらで。
「い、いつの間にそこまで、そんなことを」
「今回の仕事の話を聞いてすぐにです。NS社の情報網をもってすれば、これぐらいは
容易なこと。この仕事中、斗貴子さんの心身の回復に役立てればと思ったのですが、
予想以上だったようですね。今、とても優しげな、良いお顔をしておられましたよ」
はっ、と気付いた斗貴子は、袖口で乱暴に目元を拭い、意識して表情を引き締めた。
そして咳払いを一つ。
「こほん、その、確かに美味しい。このニコニコ顔もなかなか面白いと思う」
「ありがとうございます。それは昔、ワタクシの母が作ってくれたものでしてね。
……今となってはもう、ワタクシにはそれを味わうことはできませんが」
変なことを言う。赤の他人、それも今日会ったばかりの斗貴子の「おふくろの味」を
しっかり再現してみせたくせに、自分のそれができないとは。
『あ、いや、そういう意味じゃないか』
おそらく、もう山崎の母は亡くなっているのだろう。自分で正確にコピーして作っても、
心情的に違うものだろうし。
今斗貴子が食べているおにぎりだって、斗貴子が同じご飯を使って同じように握っても、
やはり自分で作って自分で食べるのと、誰かが自分の為に作ってくれたものとでは……
「津村さん?」
斗貴子は立ち上がって台所に入った。そして一分もせずに戻ってくると、
「ほら」
山崎に、少し形の崩れたニコニコ顔おにぎりを渡す。
「今、私が握った。あんたみたいに上手には握れなかったし、多分あんたのお母さん
には数段劣るだろうが、まずくはないと思う。食べてくれ」
ぶっきらぼうな口調でそういう斗貴子と、その手のおにぎりを山崎は交互に見つめて、
「……これはこれは。では、頂きます」
一礼して、受け取って、ぱくりと一口。もぐもぐ。
「どうだ?」
「ん、美味しいですよ。もちろん母の味とは違いますけどね。まあワタクシとアナタ
ですから、年齢的に娘の味とでもしておきましょう」
「なんだそれは。娘さんがいるのか?」
言われた山崎の表情が、少し沈む。
「ええ。こうして、おにぎりを作ってくれるような、優しい子に育っているといいのですが」
斗貴子のおにぎりを手にして、しみじみと、しんみりとしている山崎。
「育っているといい、って随分長いこと家に帰ってないみたいだな。だったら
今回の仕事を早く片付けて、帰ってやれ。娘さんはきっと寂しがってるぞ。
休みを取って遊園地にでも連れて行っ……な、何だ」
山崎に、じっと見つめられていることに斗貴子は気付いた。
「ありがとうございます。やはり、アナタはお優しい方でしたね」
などと言われて斗貴子は、珍しくほんの少しだけ、顔を赤らめる。
確かにちょっと、今のは、普段の自分からすると優し過ぎるというか、おせっかいというか。
さっきのおにぎりのせいだろうか。自分が子供の頃、家族と一緒に遊びにいった時のこと
を思い出してしまって。母のおにぎりとか、父の肩車とか。それで……
「へ、変なことを言うな。その、つまり、子供にとって親との思い出は大切なものなんだぞ」
「はい。努力することにしまょう」
微笑む山崎に、斗貴子も照れながら微笑を返した。
刺々しかった空気が和んだところで、まるでそれを待っていたかのように、山崎の
胸ポケットで携帯電話が震えた。
「戦士」に限れば、山崎より斗貴子の方が経験豊富な先輩なんですけどね。とはいえ、
環境も自意識も閉じた中で戦ってきた彼女のこと、やはり不安定な部分も多いのではと。
あと、原作の山崎をご存知の方へ。普段、口を動かして自然に喋ってるんですから、
咀嚼をしてみせることぐらいは可能であろう、ということで。
>>さいさん(心身ともに落ち着き次第、どうかお早いご帰還を〜)
街に忍び寄る不気味な影……これで三人娘と三バカの計六人だけで立ち向かえばますます
『IT』ですな。カタカナ英語どころか平仮名英語を豪快にカマしてくれたまひろですが、これから
襲うであろう恐怖を乗り越えた後にも、変わらずにカマしてくれそう。そこが彼女の強さで魅力。
>>腐った百合の人さん(なんの。原作知らずで楽しむのは、私にとっちゃいつものことです)
最初は、それこそジョジョの吉良レベルの変態かと思ってた池谷が、読み進めていく内に
どんどん印象が変わっていって、いつしか見上げてました。知識や技術がちゃんとあり、並
外れた感性あればこそ非常の行いにして非常の創作、か。人物像の確かな描写に溜息です。
>>スターダストさん(全戦隊のOPとEDは完璧、挿入歌も少しはいけるという私には楽しい)
ネコでボケで突っ込み役も装備して色気もあって。充分な属性を備えた上、基本かつ最重要
ポイントといえる『優しさ』も自然な形で溢れてて。十二分に一作品のメインヒロインを張れる
魅力があると思うのですよ香美は。彼女にも幸あれと思いつつ、本作の結末時が心配にも。
61 :
作者の都合により名無しです:2008/04/20(日) 22:41:39 ID:uJEebXgC0
ふらーりさんとスターダストさんが居る限りは安心だな
トキコを見るといつもガンパレの芝村舞を思い出す
63 :
作者の都合により名無しです:2008/04/21(月) 09:19:12 ID:8XCx7gzh0
スターダストさんといいふら〜りさんといい、戦闘がどことなく可愛いのは良いなあ
スターダストさんの場合は香美や小札というキャラクターのチカラが大きいけど
(でもきっとラストバトルはシリアスでしょうね)
ふら〜りさんの場合はふら〜りさんそのものの性格によるところでしょうな
64 :
作者の都合により名無しです:2008/04/22(火) 18:32:16 ID:hIzIVUS20
前スレは割合に校長だったのになあ
今まで1週間無投稿はあったけど
2週間はなかったな
フラッシュ形式でいろんなエロ漫画が見れるサイトがあった気がするのだけど誰か分かりませんか
>3より
5
急に薬売りに剣を向けられ女将は小さく悲鳴を上げた。
へたりこんでいるその傍には大きく喉の裂けた主人と中村が身じろぎもせず転がっている。
「さあ。あんたの『真(マコト)』と『理(コトワリ)』を」
「わ、わわ私は何も」
おろおろと女将は言う。薬売りはただ静かに見つめている。
桂木弥子はなんとなく居た堪れなくなった。
ヤコが見る限りこの女将は典型的な「善人」である。
犯罪に憤り世の中の不幸に嘆く、「ごく普通」の一般人だとしか思えない。
そして何よりあんな美味しいご飯を作るのに悪い人間がいるわけがない、とヤコは思う。
一瞬コンソメスープの達人が頭をよぎった気もしたが、ヤコは気にしないことにした。
「たたしかに火事は見ましたけど、本当にそれだけで」
りん。
女将から少し離れたところにある天秤が傾く。物の怪の位置を示す、小さな天秤である。
「ひッ……私が見たときには本当に火が凄くて」
りん。りん。
少し近づいたところに有った天秤が傾く。
「た、助けに入れっていうんですか?む無理だわこんなおばさんが」
りんりんりん。天秤の傾く音は近づくばかりだ。
「仕方ないわ!こんなおばさんに何が出来たって言うんですか―――」
女将が喚いたその瞬間、どこからか声が響いた。
『無理心中ですってよ可哀相―――』
『お母さんも子供まで巻き添えにしなくてもねえ可哀相―――』
『本当に凄い火だったのよカワイソウ―――』
『なんか子供たちの声も聞こえてねえ、熱いようとかお母さんとか言っててねえ、もうカワイソウ―――』
『カワイソウカワイソウカワイソウ―――』
それは倒れた主人と中村の口から女将の声で漏れ出ていた。
「や、ヤコ」
「うん……」
ヤコは叶絵と握っていた手に力を込める。叶絵は目を強くつぶっていた。
「善良」な一般人の声は延々と続く。
「なんなのよ!あたし何もしてないじゃない!」
一つ、また一つと傾き近づいてくる天秤、そして主人と中村の口から漏れる自分の声。
女将はそこから逃れるようによろよろと後ずさった。……背後は襖である。
「酷いわ!―――あんなに」
襖に手をかけ、女将は喚く。
「―――あんなに同情してあげたのに!」
ヤコは見た。
襖を開けると同時に崩れ落ちる女将、そしてその向こうには光る目のようなものが三対と闇が渦巻いていた。
「薬売りさん、さっきから不思議だったんですけど」
再び襖を一閃して閉め、静かに佇んでいる薬売りにヤコは問いかけた。
「なぜこのモノノケはかまいたち……兄弟達なんでしょう」
薬売りはヤコに目を向ける。しっかりと目をつぶっていた叶絵もヤコを見た。
「や、ヤコ何言ってんの」
「だって、火事でお母さんと子供が三人亡くなったんでしょ?
心中事件で、でもお母さんは最後は子供を助けようとして覆いかぶさってたって安藤さんの新聞で読みました。
モノノケって、よく分からないけど亡くなった人達のなんらかの想いが高じて成るものなんでしょ?
だったら……何でお母さんじゃなくて子供たちなんでしょうか?
話を聞く限りお母さんの方が色々な想いがありそうなのに、
―――子供たちの方が想いが強いのはなんでなんだろう」
「ほう?」
薬売りは興味を持ったのかヤコに向き直る。そして握っていた退魔の剣を示した。
「まだこの退魔の剣は『形』しか得ていない。
あと『真(マコト)』と『理(コトワリ)』が揃わねば退魔の剣は抜けぬ。
『真』とは事の有様、『理』とは心の有様。
ヤコさん―――あんたは『真』を示せるようだ」
「そんな大層なものじゃないけど」
こちらを真っ直ぐ見据えている薬売りから視線を外してヤコは考える。
勿論ヤコは母親になったことなどないので想像しか出来ないけれど、
少なくとも母親というのは子供を大切に思うものだということくらい知っている。
ヤコの母親はヤコをとても愛してくれているし、
母親がヤコを思う気持ちというのは、きっとヤコが母親を思う気持ちより大きいのだと思う。
勿論中にはそうではない母親も居るのだろうけれど、
子供たち覆いかぶさっていたというならば子供たちを大切に思っていないはずは無い。
なのにその母親よりも子供たちの方が強い思いを抱くような何かがあるというならば。
「きっと前提から違うんだ……」
ヤコは考える。
今まで会った全ての人、全ての事件、全ての想い、そういうものがヤコの中に蓄積されている筈だ。
それを全て出すべく、ヤコはひたすら考える。
「前提……火事?これは間違えようがないし……原因、心中?心中事件が間違い……?」
かたり、と僅かに退魔の剣の狛犬もどきが動いたことをヤコは気がつかない。
「心中じゃないんだ、本当は……子供たちの想いが強く残っているなら―――原因は子供たちなんだ」
外の風のうねりが一層増していることにヤコは気がつかない。
「幼い子供たちが原因で火事が起きたなら……心中じゃない、事故なんだ」
僅かに動いている退魔の剣とヤコを見比べていた薬売りは薄く笑った。
そして剣を襖へと突き出す。
「それがお前の、『真』か」
かちん。
退魔の剣の狛犬もどきが再び歯を合わせた。
〈続く〉
72 :
ぽん:2008/04/24(木) 23:21:20 ID:rqH7ve8e0
超お久しぶりです。
仕事で凹んだりとテンション下がってたんですが
ドラマルーキーズでやたらとテンションが上がり復活しましたw
弥子ちゃんの人の心がやたらと分かるところを上手く出したかったんですが難しいですね。
あと一回だと思います(多分)
次は早めに来ようと思います、連休もあることだし……
73 :
作者の都合により名無しです:2008/04/25(金) 02:55:38 ID:8VO2ytxp0
ぽんさんきた!
大好きな話なので頑張ってください!
ピンチの時に来てくれるのはありがたいよね
雰囲気がネウロ+蟲師って感じで良いですな
結構この作品内でのヤコは可愛らしいというか儚げな感じのヒロインだ
>>59 「おっと、失礼。NS社からですね……はい、山崎です」
山崎は二言三言会話して電話を切ると、携帯電話をしまいながら立ち上がった。
「貴理香さんが……ああ、NS社の技術者なんですけど、今グローブ・オブ・エンチャント
のことを報告しましたら即刻修理させろと怒鳴られましてね。近くの施設におりますので、
すぐ届けてきます。何かありましたらご連絡下さい」
穴の空いたグローブ・オブ・エンチャントを持って、山崎が出て行った。
布団に寝かせている女の子は、今はすやすやと寝息を立てている。この分なら心配
ないだろう、と斗貴子が思ったその時。
今度は斗貴子の携帯電話が鳴った。覚えのない番号からだ。
「……鈴木か?」
《おや、解りましたか》
電話の向こうから、予想通りの声が聞こえてきた。
「私の電話番号を知っているぐらいで驚きはしないぞ。正確な情報収集は
ビジネスマンの嗜みだそうだから」
《山崎さんのお言葉ですか? 確かにその通りですけど、ま、それはそれとして。ご連絡
差し上げましたのは、あなた方が保護されました先ほどの女の子について》
「今更何を言う気だ。お前に心配されなくても、この子なら何の異常もないぞ」
《それなんですよ。あなたもご覧になられましたでしょう? バヅーが食事をする為に、
人間を高所から叩き落して潰して、食べやすくしていたのを。グムンの場合はある特殊な
毒を注入して内臓から肉、骨まで全身を柔らかく、ゲル状に溶かすんです。が、グムン自身
が試作品ですからね。普通はすぐ溶けますが、相手の体質によってはなかなか毒が効かず、
ちょっと時間がかかってしまうことがあるんです。その子のように》
斗貴子の顔色が変わった。が、怯まない。
「よく知らせてくれたな。それなら、今すぐ戦団の医療部に連絡して治療するまでだ。
……ああ、もしかして解毒剤か何かで私と取引するつもりだったのか? ふん、戦団の
技術をみくびるな。お前たちのような、昨日今日錬金術を知った素人とはわけが違う」
《いえいえ、そういうことは理解しておりますよ。ただ、研究用のサンプルとして、
そういう体質の人体が欲しいのです。体液や臓物を調べて、以後のホムンクルス製造の
資料にしたい。というわけですから、その子を連れてきて頂けませんか。持ち帰って、
研究所でじっくりと解剖しますので》
ふざけるな! と怒鳴り返す斗貴子の気迫に押されず、鈴木は淡々と話を続ける。
《津村さん、先ほどのご自分の言葉をお忘れですよ。我々は、昨日今日錬金術を知った
素人。それがどうして、不完全とはいえホムンクルスを創ることができたとお思いです?》
「……どういう意味だ」
《錬金戦団がNS社に核鉄の資料やサンプルを提供したように、我々にも協力者がいる
ということですよ。人間型ホムンクルスを頂点として、銀成市に根を張る共同体でしてね。
その名は超常選……おっと。ここから先が取引です》
鈴木は言う。パレットにホムンクルスの技術を伝えた共同体の情報と引き換えに、
グムンの毒を受けた女の子を連れて来いと。
《あなたの持つ核鉄を渡せと言いたいところですが、それでは拒否されると思いましてね。
あなたが核鉄を失うのは、戦団が核鉄を失うのと同じ。共同体一つの情報とは釣り合わ
ないでしょう。が、何の縁もないただの一般市民、女の子一人の命ならどうでしょう?》
「……」
《わたしの伝える情報によって、戦団がその共同体に先制攻撃を仕掛けて壊滅できれば。
そうすれば、犠牲者の大幅軽減となりましょう。逆に、この取引に乗らず情報がなかった
ばかりに、戦団が後手を踏んでしまえば、犠牲者の増加となります。なお、当社は既に
独自の、大量生産用ホムンクルスの研究開発に着手しておりますので、その共同体から
得るものは、もうありません。むしろ、その共同体も今後の商売のジャマになるかも
しれませんからね。あなた方に潰して頂ければ、ありがたいぐらいでして》
鈴木の言うことは、悪辣だが筋は通っている。斗貴子にはそう思える。しかし……
《よくお考え下さい。この取引に応じて頂ければ、共同体の構成人員や本拠地の
場所まで、詳細な情報をご提供致しますよ。戦団にとっては貴重なものでしょう?
わたくしは、先ほど交戦しました場所でお待ちしてます。期限は日の出までということで》
一方的にそう告げて、鈴木は電話を切った。
『……一人の命……共同体の情報……犠牲者の大幅減少、あるいは大幅増加……』
幼い頃、我が身を襲った凄惨な事件の記憶が、斗貴子の中で不鮮明ながら渦巻く。
あの光景が、より大規模に、より多くの人々を巻き込んで繰り返されたら。そんなことは
あってならない。絶対に。そもそも自分は、その為に厳しい訓練を乗り越えて戦士に
なったのだ。
ならば、そんな事態を防ぐ手立てが目の前にあるのならば、何を考えることがあろう。
斗貴子はそう考え、決意した。眠り続ける女の子へと手を伸ばし……
「すみません、忘れ物をしました」
いきなりドアを開けて山崎が入ってきた。息を飲んで身を竦ませた斗貴子の様子に
気付いたのか気付いていないのか、山崎は室内をぐるりと見渡して、
「ここにもないようですねぇ。どこかで落としたのかな。津村さん、ワタクシの
定期入れを見かけませんでしたか?」
「え、いや、み、見てないが」
「そうですか。仕方ないですね、また買いましょう。ところで」
山崎は、明日の天気について語り合うような口調で言った。
「アナタぐらいの年頃の戦士は、学校への潜入などもする為、怪しまれぬよう普通の
高校生同様の各種教育を受けているとブラボー氏からお聞きしました。そこで一つ、
アナタの教養を試してみたいのですが」
「教養?」
「はい。こんな言葉をご存知ですか?」
【怪物と戦う者は誰であれ、戦っている間に自らも怪物とならぬように心せよ】
ぐっ、と何かを詰まらせたように、斗貴子が沈黙する。
山崎は、そんな斗貴子の瞳を覗き込んで言った。
「ドイツの哲学者、ニーチェの言葉です。ご存知ありませんでしたか?」
「……」
「まあ、受験勉強に出てくるようなものではありませんしね。ただ、日々実際に
怪物と交戦しておられる錬金の戦士の皆様にとっては、いろいろ考えるところの
ある言葉かと思いまして。……では」
山崎は再び、斗貴子と女の子とを部屋に残して出て行った。
自分で描いてみて気付きました。「企業戦士YAMAZAKI」の毎回のパターンって、
「笑ゥせぇるすまん」に近いものがあるなと。ターゲットの決断と結末は正反対ですけど。
どんなに強力な外的要因があろうと、飛翔か転落かを決定するのは自分の意思である、か。
>>ぽんさん(干天の慈雨、とは正にこのこと……ありがたやです!)
>あんな美味しいご飯を作るのに悪い人間がいるわけがない、とヤコは思う。
こういう思考ができる子だからこそ、ですね。理数的なデータ解析ではなく、人の心のあり様
から考えを進めて、心理から真理へと。しかし形式としては安楽椅子探偵してますが、安楽
どころか眼前に物の怪という状況。全て解明されても、それだけでは終わらないわけで……
ふらーりさんはネウロ知らないっぽいね
ぽんさん乙。
ぽんさんの書くヤコは結構ツボです。
ふらーりさんんの作品も面白いけど
オレヤマザキ知らんのだ・・
>>78 どんな文章も人に読みたいと思わせられなければ無意味
まぁとりあえず知ったか乙
81 :
ムネモシュネ:2008/04/26(土) 13:29:34 ID:nH+EOAto0
Side:絵石家由香
「こんのゲス野郎っ! こんなときだけ物分かりのいいこと言ってんじゃねえっ!」
冗談ではない。この怪盗と二人きりで取り残されるなど、想像しただけで十年は寿命が縮む。
工房を出ていく池谷たちと閉まっていく扉の動きを、由香は慌てて追いかける。しかし伸ばした
手もむなしく、断絶そのもののような重い音を立ててドアは閉まる。
「待てよ、待てって――」
閉じた扉のノブをひっ掴み、出て行った二人に続こうとしたとき、少年が背後から彼女を呼んだ。
「絵石家、由香」
何をされたというわけではなかった。怪盗"X"はただ呼びかけただけだ。
声を荒げたわけでもなければ、刃物で脅したわけでもない。むしろ口調は穏やかで、いっそ親しげ
でさえある。つい数ヶ月前、中学時代の友人に偶然再会したが、そのときの彼女の『由香ちゃん』と
いう声が、この殺人鬼の声音によく似ていた気がする。
何が違うのだろう、旧友の声と彼の声と。響くや否や由香の手を強張らせ、膝から下を凍りつかせ
てしまったのは何なのだろう。
胸郭の内側で心臓がぎゅうっと縮んだ。
半年と少し前のあの日味わった恐怖が戻ってきた。
ここにいるのは、今自分の後ろにいるのは、由香自身の家族を含め何百の命を奪ってきた、本物の殺人鬼。
「そんな怖がらなくていいじゃん。失礼だなあ」
嘆息ひとつ。
「ぼんやりしてないでこっち向きなよ。人と話すときに相手を見ないのは失礼だって、母親が生きてた
頃教わらなかったの?」
全身の骨と筋肉が、悲鳴を上げて彼の言葉に従った。
ここで反抗すれば殺されると、なけなしの生存本能が告げたのだ。
池谷の作らしい金属の椅子に、サイはちょこんと小さな尻を下ろしていた。揺れる二本の脚の細さが、
前後の往復運動を振り子の玩具のように見せる。ふうらりふらりと動く足先は、よく見れば靴下を
履いていない。
子供っぽい動きとは対照的に、続いた言葉は大人びていた。
82 :
ムネモシュネ:2008/04/26(土) 13:32:28 ID:nH+EOAto0
「とりあえず久しぶり、って言っとこうかな。正直驚いたよ、まさかこんなとこで出くわすとは思って
なかったから。でもまあ考えてみれば無理もないのか。通は塔湖と親交があったんだものね。
……なんとか言いなよ。なんでずっと黙ってるのさ? 何かあるでしょ、お元気でしたかとかこの間は
どうもとかさ」
剥き出しのまま揺れるサイの足は、それだけ見ればまさしく無邪気な幼な子。
夏の名残りの日に焼けた甲も、大きく空を蹴り上げるたび覗く柔らかそうな白い踵も、『かわいらしい』
という言葉ひとつで片付けてしまえるものだ。
だが彼の本性を知っている由香には、何もかもが擬態としか映らない。
由香は唾を飲んだ。
なけなしの気力を総動員して、これも恐らくは擬態だろう整った造作を睨んだ。
「何で……こんなとこにあんたがいるんだよ。まさか……」
この殺人鬼は、高名な人間や飛びぬけた才を持つ者を次々と『箱』に詰めていく。
彼が池谷のオフィスに現れたという事実は、否応なしに不吉な想像を喚起させる。
「まさか、あいつを箱にするつもりじゃあ……」
『怪盗X またも現る』
『凄惨な現場に転がる赤い箱』
『家具デザイナー池谷通さん(29)復帰直前の無念の死』
雑誌や新聞の使い古されたヘッドラインが、アレンジされて次々と脳裏に躍る。
背筋が寒くなるような想像だった。
ほとんど悲鳴に近い声が喉からほとばしり出た。
「あ、あいつはっ、あいつだけはやめとけよ! あいつは外道で、女を家具としか思ってないドSで、
座れると思えば誰彼構わずの節操なしで、どこに出しても恥ずかしい立派な変態で、とにかく殺した
とこであんたに何の得も――」
「箱?」
しかし、サイの反応は由香の予想と異なっていた。
理解できないというようにぱちりと両目を瞬かせたかと思うと、白い顔の上で無邪気な笑いがはじけた。
「ああ、今回のお目当てはそっちじゃないよ。『トロイ』が欲しかったのさ。ちょっとヤボ用で海外に
出てた間に出遅れたみたいで、別の奴の手に渡っちゃったけどね」
腰掛けた椅子を撫でながら、くつくつ笑う。
83 :
ムネモシュネ:2008/04/26(土) 13:35:47 ID:nH+EOAto0
「通は確かにいいデザイナーだけど、本人よりも手がける家具のほうに面白いもの感じるんだ。
今のところは壊さないでしばらく生かしとこうと思ってるよ。塔湖を箱にせずに作品だけ集めてた
のと同じようにね」
「あ……」
肩の力が抜けた。凝っていたものが溶けるように、口から息が漏れるのが分かった。
胸を撫で下ろす由香に、からかいに似た問いが向けられる。
「安心した?」
「し、してねーよ! キモいこと言うんじゃねえっ」
この犯罪者の手にかかって次なる犠牲者が出るのを、黙って見過ごすわけにはいかなかっただけだ。
たとえその犠牲者が人の皮をかぶった鬼畜ド外道と分かっていても。
高鳴りつづけている心臓を必死で抑えつけようと深呼吸していると、
「ひどいなー、ライオンやクマじゃあるまいし、そこまで怯えなくったっていいのに。俺だって、
何の理由も動機もなしに無差別に壊しまくってるわけじゃないんだし」
「全っ然説得力ねえよ」
ぼやくサイに、由香は呻く。
険のこもった目で怪盗を睨んだ。
「……あんた、あたしの家族殺しただろ。特に理由もないくせに気まぐれみたいに」
「は?」
きょとんとするサイ。真面目に何のことか分からないという表情だった。
「俺、あの事件のとき誰か壊したっけ? あんたの父親と母親殺したのはあんたの伯父さんで俺じゃないよ?」
「その伯父さん撃ち殺したのはあんただろうが! あとあんたを捕まえようとした利参叔父さんも!」
「えー? あー、ちょっと待って、えっと、えーっと」
わしゃわしゃ頭を掻きむしって唸る。
「ちょっと、まさか……覚えてないとか言うんじゃねーだろーな」
「そのまさかっぽい」
『お手上げ』のポーズとともにピンク色の舌が突き出された。
「色々あって、ちょっとばかり脳細胞が不自由でね。自分の親の顔も覚えてないし、おとといの晩メシも
思い出せない有り様なんだよ。半年も前に壊した奴のことなんて覚えてられるわけないだろ。
まあいいじゃん? どーせ塔湖の財産と名声にぶら下がって生きてるだけの不要家族だったんだし、
そいつらのぶんだけ負担が減ったと思えば」
「! っざけんな!」
84 :
ムネモシュネ:2008/04/26(土) 13:37:28 ID:nH+EOAto0
奥歯が軋む音が頭蓋を通して響き、気づいたときには声の限りに叫んでいた。
「あんたから見りゃ不要だったんだろうし、オヤジも多分そう思ってたんだろうさ。けどあたしにとっ
ては血の繋がった家族だった。利参叔父さんはガキの頃よく高い高いしてくれたし、一茂伯父さん
だって、あんな人でも昔は結構優しかったんだ。外から強引に割り込んできただけのあんたに、
うだうだ言われる筋合いなんか一っつもない! 大体なあ……」
「あー、あー、あー。ストップ、ストップ」
サイがまた『お手上げ』をした。
ただし今度は舌を突き出さずに。
「オーケー、分かった。謝るよ、謝る。俺が悪かった、壊しちゃってごめんなさい。これでいいん
でしょ?」
真摯な謝罪という態度ではないし、そもそも謝ればいいという問題でもない。由香はきつい視線を
怪盗に注いだ。
よく『パンダ目』と言われる由香の目は、睨むとなかなかに効果がある。いつだったかたまたま
テレビで観た『白鳥の湖』のオディールの、目の縁に思い切り黒を入れたアイメイクが素顔の彼女に
よく似ていて、伯父たちに大笑いされたことがあった。
あのときは相当憤慨したものだが、今思えばそんなことすらも懐かしい。
「……あんた、一体何なの?」
しかし今度は叫ぶことなく、抑えた声で由香はぽつりと口にした。
「何のためらいもなく人を殺すし、殺したことを覚えてもいない。その相手に家族がいたってお構い
なしだ。――そのくせたまに気まぐれみたいに、そういうのに敏感になってみせたりもする」
父が遺した、あの虹瑪瑙のネックレスの時のように。
「サイ。あたしはあんたが分からない。残酷なのか優しいのか、思慮深いのか馬鹿なのか。あんた、
ムチャクチャだよ。全然意味が分かんないよ」
怒鳴りつけられてもまるで応えず、涼しい顔をキープしていた怪盗は、このとき初めて眉間に
深い皺を寄せた。椅子の背もたれから柔らかいラインで反り返ったアームに肘をつき、頬杖の恰好で
こちらを見つめ返す。その視線すら由香には矛盾に満ちて感じられた。
「あんたはあたしから伯父さん二人を奪っていった。でも同時に、いなかったんだとずっと思ってた
父親をくれた。あんたが教えてくれなかったらきっと、オヤジが自分を見てくれてたことにすら
気づかなかったと思う。たとえあのまま時間が経ってネックレスが見つかったとしても、隠し財産が
ついに出てきた程度にしか考えなかったはずだ」
85 :
ムネモシュネ:2008/04/26(土) 13:41:23 ID:nH+EOAto0
憎むべきなのか感謝すべきなのか分からない相手。
由香にとってサイは、恐怖の対象であるのはもちろんだが、そんな相反する感情の象徴でもあるのだ。
サイは手で顎を支えたまま、由香の言葉を黙って聞いていた。その目つきは、父の創ったあの像を
見ていたときと同じ、すぐれた観察者としてのものだった。
やがてその口から漏れた言葉は、
「『あんた一体何なの』ね。それが分かってたらこんな苦労はしないんだけど」
「は? 何のこと?」
「いやこっちの話。あんたに話しても無駄だろうから省略するよ。……『父親をくれた』っていうのは
ちょっと大げさすぎだと思うな。塔湖はずっとあんたのこと見てたんだから。俺は単に、それを
分かりやすい言葉の形にしてあんたに伝えたにすぎない」
しかしその言葉がなければ、由香にとって父が不在の父のままだったのも事実だ。
サイは顎から手を離し、今度は胸の前で腕を組んだ。
険しかった顔がわずかに温かみを帯びた、ような気がした。
「絵石家由香。あんた柔らかくなったね」
「はぁ?」
素っ頓狂な声を上げてしまった。
「い、いきなり何だよ?」
「今のあんたを見ての正直な評価だよ。いやこの場合感想っていったほうが正しいのかな」
首を傾けるようにしながら、サイ。
由香としては意味が分からず、ひたすら瞬くほかに反応のしようもない。
彼女が戸惑っているのを見てとったのか、サイは『んー』と唸ってから講釈を付け加えた。
「会話のときの反応とか、あとは全体の印象がね。塔湖に興味持ってた関係で、あんたを含めた
あんたの家族もしばらく観察してたんだけど……たぶんあの事件以前のあんただったら、そんな
こと言う前に怒り心頭で食ってかかるか、それか怯えて口もきけないかどっちかだったろうね」
「………………」
「これも塔湖の影響かな」
一息に喋るサイは、気のせいかどこか嬉しげに見える。
「意味がよく分かんねーし、どう反応したらいいかも分かんねーよ……」
「分からなくていいし反応しなくていいよ。観察するのが癖になってるんだ、ほとんど独り言みたいなものさ」
だったらわざわざあたしに言うんじゃねえよ。
喉元まで出てきかかった言葉を、かろうじて由香は飲み込んだ。下手に突っ込んだら殺される。
86 :
ムネモシュネ:2008/04/26(土) 13:42:57 ID:nH+EOAto0
ため息をついて由香は言う。
「……あんたの言ってることは分かんねえよ。分かんねえけど、実際変わったのは確かだと思う。
あたしはもう、あの事件の前のあたしじゃない。その変化のきっかけをくれたのはサイ、あんただ」
少年の眉がぴくりと震えた。
この先を言うつもりはなかった由香だが、その震えを見て気が変わった。
「オヤジが何を考えてたのか辿ることで、いろんなものが見えるようになった。前は見えなかった
たくさんのものが。伯父さんたちを殺したことについては許せないけど、正直な話、これに関して
だけは少しだけあんたに……」
感謝している――
最後の言葉だけはどうしても口にできなかった。心の片隅にひっそりと存在するこの感情を言葉に
することは、彼に殺された全ての人々に対する冒涜のように思われた。
そんな由香の錯綜する心境を、サイが汲み取ったかどうかは分からない。人物観察を得意としている
という彼のことだから、あるいは何もかもお見通しだったのかもしれない。
「勘違いすんなよ。だからって許したとかそういうわけじゃ全然ないんだからね。あんたはあたしの
伯父さんたちを殺した。それは何があっても変わらない事実だし、あたしはそれを絶対忘れない」
「うん。あんたはそれでいいよ。許さなくていいんだよ」
思い出したように声音を強張らせた由香を、サイは平然と受け流した。
揺れていた脚が、ふいに動きを止めた。素足の裏が地に接吻するようにそっと床に置かれる。
人間の眼球には、光の調節を行う薄い幕がある。虹の彩りと書いて虹彩と読むその器官の名は、
本来見た目ではなく機能の方をこそ形容しているが、この少年の瞳はまさにその名のごとく七色の輝き
を秘めている。
虹の光を帯びた瞳で、サイが天井を見上げた。
いや、その目は天井よりもなお遠いところ、決して手の届かない場所を見つめていた。
「いいよね、血の繋がった家族がいるのって。それを忘れないでいられるのって」
呟きもまた由香にではなく、別の何かに対するもののように思われた。
中空をさまよう視線は話しかけられることを拒んでいるようで、由香はしばらく黙したまま彼を
眺めるしかなかった。
連投規制が怖すぎるんでいったんここで切ります。
前回同様、清算する前にまた戻ってくるかも。
書き手がSS以外で何か語ると叩かれるタイプのスレにいたので、
いただいた感想にレスすることに戸惑いや抵抗がまだ残ってるんですが、
こちらでは皆さんやってらっしゃるみたいなんで挑戦してみます。
>>39,41さん
すいません。連投規制と戦ってて間が空きました。手ごわい敵だったぜ……
おっしゃる通りの短編です。たぶん次で終わりです。
ポップな内容もいつか書けたら楽しそうですね。
>>42さん
ありがとうございます。俺はいつも大体こんな感じです。
原作の、ダークなのにどこか愉快でかつ不謹慎なあの雰囲気を
文章で表現するのが夢ですが、そんな所業はネ申にしかできない気もする。
>>55さん
ネウロすげー好きなんです。1巻から全部発売日に買ってます。2冊ずつ。
アイは惜しい人を亡くしましたね。ネウロで一番好きな女キャラなんで
原作で死んだときは動揺しました。サイの回想とかで出てきてくんねーかな。
>ふら〜りさん
それがふら〜りさんのスタンスということなんでしょうから俺なんかが強く言うことはできませんが、
俺が書くものは原作でキモになるような仕掛けのネタバレ要素(犯人の名前とか)がバンバン入ってるので
俺のSSがわかるとか楽しめるとかそういう次元じゃなく、
今後ネウロを読んでみるつもりが少しでもおありなら避けた方が良いかと。
ネウロはとにかく「いかに読者をびっくりさせるか」ということに特化した漫画なので、
ネタが割れてしまうと面白くなくなって勿体ないです。これマジ。
感想すごく嬉しいので俺としてはこんなこと書くのも複雑なんですが……
池谷は原作でもふら〜りさんが仰ったような感じのキャラです。
原作のイメージが出せてたのかなあと、画面の前で一人ニヤついてしまいました。
でも彼が吉良級の変態であることは間違いなく事実だと思う。
88 :
ムネモシュネ:2008/04/26(土) 14:37:29 ID:nH+EOAto0
Side:池谷通
『ムネモシュネ』の価格は、椅子一脚の価格としては桁外れなものだった。庶民感覚を反映している
とは言いがたい値段。にも関わらずアイという女はその金額を、眉ひとつ動かさずぽんと支払った。
唸るほど金を持っている人種というのは確かに存在すると、こういう手合いを見るたび実感せずには
いられない。
「まいど」
計算機をテーブルに置いて池谷は言った。
「良けりゃあぜひ、今後ともご贔屓に願いたいもんだな」
「さあ、どうでしょうか」
女の反応はあくまでも冷ややかだ。
「あちこちを転々とする生活をしているので、あまり多くの家具を所持していても仕方がないのです。
あなたのブランドの上得意になれるとは思えませんね」
「そりゃ残念」
抱えて帰るにはいささか大きい。当然、住所を書いてもらって送付という形をとることになる。
ボールペンの先が綴る文字に目を走らせると、麗しく流れる水茎の跡に『大菅』という苗字がちらり
と見えた。
「『大菅アイ』さん?」
「いいえ」
番地まで書き終え、ペンの先をしまう女。
「私ではありません。受け取りを頼むことになっている身内の名です。住所は送り終えた時点で破棄
していただければと」
「へえ。……んじゃあ、あんた本人は何てんだ? 下の名前は『アイ』でいいんだよな。苗字は?」
「捨てました」
にこりともせずに女が答える。恐らくはジョークなのだろうが、こう躍動感のない無表情では真剣に
言っているようにしか聞こえない。
しかし珍しい、と、池谷は内心唸った。
感情を見せない女というのは、えてして実際の面立ちよりもくすんで地味な印象に見えがちだ。
ともすると薄気味悪さを漂わせることさえある。しかしこの女は違っているのだ。人形を思わせる美貌
のせいか、それとも陶器のように白く透明感のある肌のせいかは分からないが、硬質な表情がしっくり
なじんで自然に見える。
89 :
ムネモシュネ:2008/04/26(土) 14:38:41 ID:nH+EOAto0
星の数ほど女を見てきたが、こんな女は初めてだった。好みという意味なら由香のほうに軍配が上が
るが、たまにはこういう変り種を征服するのも悪くない。
池谷は粘っこい笑みを浮かべた。
「ま、あんたなら、家具買ってくれなくたっていつだって大歓迎だけどな。今夜俺のベッドになって
くれたら十万くらいキャッシュバックするけど、どうよ?」
「手を握らないでくださいと先ほど申し上げたはずですが……」
「いーじゃねーか。布団かぶせて上に乗っかって一晩耐えて十万だぜ? いまどき風俗だってこんなに
稼げやしねぇぞ?」
握った手をいやらしく揉んでみせると、女がわずかに眉根を寄せる。
「何が不満なんだ、金が足りねえのか? 二十万? いや三十万出せばいいのか?!」
「鼻息荒く顔を近づけるのもやめてください。不潔です」
女が一歩後ろに下がると、池谷もそれに合わせて一歩にじり寄る。
二歩下がれば二歩。三歩下がれば三歩。いたちごっこでそのくりかえし。
「そう冷てーこと言わずにさあ。あんたの連れも由香ちゃんと長話きめこんでるみてぇだし、そこに
座ってコーヒーでも飲みながら話だけでも聞いてかねえか? そのまんまだと苦いからよ、中にこの
白い粉たっぷり入れてよぉ……」
「何を盛るつもりですか。やめてください」
と――
「ちょっとセクハラ中年。人の従者に何気安く触ってんの」
少年の声がした。
アイの手首を握ったまま視線を向けると、工房に続く廊下へのドアの前に、腕を組んだサイが呆れ
きった目つきで立っていた。
傍らには由香。
長いまつげと濃い隈に縁取られた目は、さながら直角三角形。こめかみは血管を透かし、小刻みに
ひくひく痙攣している。
「いつまで経っても戻って来ないからこっちから来てみたら……おい外道、おめーあんだけボコられた
くせにまだ懲りてねーみてえだなぁ、ああ?」
90 :
ムネモシュネ:2008/04/26(土) 14:39:58 ID:nH+EOAto0
池谷の口元が引きつった。
アイが不穏な空気を察してか、すすす、と滑らかな動きで彼から離れていく。
「ゆ、由香ちゃ……ごめん俺ぁ別に浮気する気は」
「いつからお前があたしの本命になった、この腐れゲス野郎っ」
由香のこぶしが握り締められる。
グロスの乗った唇がわななき――
「お前なんかの心配したあたしが馬鹿だった! 死ねこのクズ、死ねっ! 死んで償えーーーっ!!」
「し、心配って何のこ……待て由香ちゃん待って待って待って暴力はやめゲフゥッ!」
身じろいだ池谷の顔に拳骨がめり込んだ。突進した由香の渾身の一発だった。
『始末に負えない』とアイが呟いた。
サイが『わぁお』と歓声を上げ、華麗な一撃に賞賛の拍手を送った。
そのどちらも池谷の耳には届かなかった。
一七六センチ七二キロの体は、右フックに続く高らかなハイキックに、見事な放物線を描いて吹っ飛んだ。
91 :
ムネモシュネ:2008/04/26(土) 14:41:25 ID:nH+EOAto0
Side:アイ
「『トロイ』の件は残念でしたね」
「うん。でももういいんだ」
庶民には少々敷居の高い店が立ち並ぶ、高級ショッピングモールの一角に『池屋』はある。
和スイーツを専門に扱う瀟洒なカフェや一着五万は下らぬブランドショップの間を、アイは主人と
並んで歩いていた。いつまでも止む気配のない由香の攻撃に、彼が飽きたためさっさと出てきたのだ。
店を出る寸前、池谷は鼻と口から血を流してのたうち回っていた。由香が冷静さを取り戻せば、
医者なり救急車なりを呼んで手当てしてもらえるだろう。たとえ彼女の怒りが収まらなかったとしても、
それはサイとアイには関係のない話だ。
「呪いの机も面白かったけど、どっちかといえばあの椅子のほうが俺好みの造形なんだよね。代わりに
そっちで満足しちゃった感じ。あの机はもういいや。どの道あんなデカくて重いの、行く先々で持て
余すに決まってるし」
のんびりと歩きながら、サイは大きく伸びをする。
走り回ること、暴れ回ること、これらのことが全てNGとなるインテリアショップで、彼なりに
自分の行動を律していたらしい。気まぐれと破壊衝動の塊のようなこの主人を、すぐ隣で数年間観察
しつづけてきたアイだが、こんなことはほとんど例がなかった。
それだけあの男の作品が気に入ったということなのだろう。
「珍しいですね」
「何が?」
伸びの姿勢のままサイはアイを横目で見た。
「あなたが一度欲したものを諦めるということがです。通常なら、『やだやだやだやだ欲しい欲しい
欲しい欲しい!』とごねて、壁や柱を破壊したあげく店主の体を肉塊にするまで落ち着きませんので」
「いや、いくら俺でもそこまで本能任せでバイオレンスでは」
主人のぼやきは無視して続ける。
「代わりのものが手に入ったとはいえ、目当ての品を逃したことに変わりはないのに、今のあなたの
表情はどこか晴れやかです。原因は絵石家塔湖の娘との会話ですか?」
92 :
ムネモシュネ:2008/04/26(土) 14:42:43 ID:nH+EOAto0
ふっ、と、サイが笑った。
「珍しいね。あんたが他人に興味持つなんて」
「あなたに関することは例外なのです。答えたくないということでしたら結構ですが」
「別に都合悪いことでもないしちゃんと答えるよ。――そうだね、彼女と話したことも理由の一つかな。
そのうち様子見に行ってみようとは思ってたけど、予想よりずっといい方向に変わってた。それが
分かったことがちょっとだけ嬉しかった」
目一杯上げていた腕を下ろし、細い顎を軽く撫でさするサイ。
「彼女は、俺とは違う。一度父親を見つけたからには、もう二度と忘れたりしない。……あの子にずっと
覚えていてもらえる塔湖は、きっと幸せ者だね」
「はい」
サイの口元に浮かぶ微笑に一瞬、暗い影がちらりとよぎったような気がしたが、ひとまずアイは何も
言わずに頷いた。
「でもそれだけじゃないよ」
笑みは消さぬまま、ひらひらと手を振ってみせるサイ。
「あの椅子はいいよ。すごくいい。別に酸っぱいブドウでも何でもなく、俺は『トロイ』よりあっちの
ほうに惹かれるんだ。通が言ってた由来はいまいちよく分からなかったけど、造形の流れひとつひとつ
にあいつの経験とか思考かが篭ってる気がする。通じゃなかったら作れなかった家具だと思う」
「そうですか」
あらゆる知識を叩き込まれているアイだが、一方で芸術やデザインのような感性を必需品とする分野
には疎い。主人がそう言うのなら相槌を打つしかない。
「通が今までの人生でやってきたこと、考えたこと、味わったこと。記憶に残ってるそういうものを
全部活かしたからこそ通はあの椅子を作れたんだろうな、って。あの椅子に限らずあいつの家具は
皆そうだったんだろうな、って。そう思った。……自分の正体が分からない俺にはできないことだよ」
ふぅっ、と息を吐いて、サイは足を止める。
主人の歩みに合わせて歩いていたアイも、やはり立ち止まる。
「いいな。通も、塔湖の娘も、俺が持ってないものをたくさん持ってる。……いいなあ」
アイの主は柔らかい笑みを天に向けた。
東京の外れの秋口の空は、見上げる者の存在など気にも留めぬ風情でただ青く晴れわたっている。
白い手は祈りを捧げるかのように胸の上で重ねられ、虹を閉じ込めた両目は憧憬と羨望にきらめいた。
――それなのにその双眸には、どこか薄暗い影が落ちてもいた。
「俺もあんな風だったら良かったのに」
空を仰ぐサイを、アイは静かに見据えた。
目の前のこの情景を写真におさめ、『無心』とでも題して額に入れれば、百貨店の展示にでも飾れそう
な一つの作品ができあがるだろう。
道端で静止した少年と女を、行き交う人々が不思議そうに眺めていく。
目の前の店の従業員が入ってくる気か否かを見極めようと、必死に目を凝らしているのが視界の端に
見える。
アイはそっと手を伸ばした。胸の上に置かれたサイの手のひらを、そっと包み込んで握り締めた。
「なれますよ」
遠い天を見ていた少年の目が、小さく揺れる。
サイと目が合うと、アイは硬質な美貌を微笑に緩ませた。
「なれます。あなたが憧れを覚えた彼らのように。あなたの正体さえ見つかれば、きっと」
「……アイ?」
「それをお助けするために、私はこうしてあなたの傍にいるのです。憧れを憧れではなく、現実のもの
にするために」
怯えに似た目つきでサイはアイを見返した。その喉から搾り出された声も、少し怯えに似ていた。
「本当?」
「はい」
アイは強く頷いた。
「お供いたします、いつか絶対に来るその日まで。地の果てまでも」
くしゃりとサイの顔が歪んだ。
泣きそうな顔だ、とアイは思ったが、その両目から涙は溢れてこなかった。
「さあ、いつまでもこんな所に立っていてはいけません。通行人の邪魔になりますよ」
握った手にきゅっと力を込めるアイ。
「うん」
サイは頷く。
その表情に、さっき片鱗を覗かせた陰影はもうない。
「……行こうか」
「はい」
水色の空の下で、怪盗と従者は確かな足取りで歩き出した。
(おわり)
以上です。
読んでくださった方ありがとうございました。
『ムネモシュネ』のモデルは
ハリー・ベルトイアのベストセラー、スモールダイヤモンドチェア。
なんて書くといかにも俺がこういうのに詳しいみたいだが
実際はこれ書くために手に取った家具の本で見ただけといういい加減さ。
95 :
作者の都合により名無しです:2008/04/26(土) 15:16:21 ID:vdr0nG/70
お疲れ様でした腐った百合の人さん。
アイとサイのやり取りが原作テイストで良かったです。
あと、由香のサイを恐れないようなやり取りもw
また何時の日にかお会いできる事を願ってます!
96 :
永遠の扉:2008/04/26(土) 18:19:41 ID:qW4pP+if0
第050話 「避けられない運命(さだめ)の渦の中 其の弐」
──技術は手足だ。
と総角はつねづね部下たちに訓戒を垂れるような調子で唱えている。彼にいわせればこの
世に存在する総ての技術は着想を達成するための手段にすぎず、練磨習熟するあまりにそ
の思想に取り込まれてしまっては途端に「かくあらねば」という幻のような前提条件に自由な
着想を封じられ、ついには何事も達成できないというのである。
要するに技術につきまとう思想というのは、技術の発祥した当時の世相や情勢に負うところ
が多々あり、ある意味では過ぎ去った出来事に対する形骸に過ぎず、それに目を取られては
直面する状況の推移を見逃す、という理由らしい。
「だから、手足だ。技術はあくまで自らの末端で動く物として正しく制御しなくてはならない。優
れた技術は数あるが、それを使える自分までもが優れていると錯覚してならない。ただ先人の
紡ぎ出した物を借用しているだけだからな。よってあくまで着想を叶える手足として、謝意を以
て冷静に扱わなければならない。己の勝手を押し通す道具にしないよう、ただ手足として」
だが総角はこうもいうのである。
「思想に縛られるのは良くないが、設計思想を理解する事は決して悪くない……如何なる目的
に特化し如何なる不合理を孕んでいるか? それを知れば漠然と手足を動かすよりも機能的
に扱えるようになるだろう。有事に何をすべきかの指標も得られるだろう」
小札の見るところ、総角にとっての武装錬金も「技術」であるらしい。
彼は小札たちと繰り広げた十年ほどの流浪の中で様々な武装錬金を獲得してきたが、いか
に優れた特性にめぐり逢おうともそれに溺れず、ただただ純粋に研究を重ねて性質を理解し
ようと務めていたのである。
(ふ、不肖がもりもりさんを好きなのは、外見の煌びやかさよりもむしろそういう真摯なる姿勢に
心惹かれる部分が多々あるワケで……)
香美・貴信と秋水の戦っている場所から総角とともに瞬間移動した小札は、口を抑えながら
そんなコトを思った。
97 :
永遠の扉:2008/04/26(土) 18:20:44 ID:qW4pP+if0
見渡せばそこは何かの司令室のような小部屋だった。赤絨毯が敷き詰められ、ところどころ
にリベットが打たれて補強された分厚い灰色の合金が部屋の周囲をぐるりと防護し、その一辺
にはモニターが十枚近く備えられている。更に下にはコンソールパネルがせり出し、座って操
作しろとばかりに肘掛けのついた黒い革張りのプレジデントチェアーが二脚も用意されている。
いずれもアンダーグラウンドサーチライトで作った物だと小札には知れた。総角曰くの「技術」
はさっそくこういう形で手足のように活用されているのだ。
(確か当該武装錬金の特性は、内装自由自在やりたい放題でありまする! おお、着想豊かな
もりもりさんにとりこれほど相性の良い武装錬金はないでしょう!! さぁーさっそくこちらのお
部屋もご拝見!! 果たして何があるのやら!!)
小札は瞳を好奇心いっぱいに輝かせて、モニターに何が映っているのかそわそわと見始め
た。ひどく子供っぽい様子に傍らの総角は微苦笑を漏らしたが、様子を見守る紺碧の瞳は慈
愛と安らかさに満ちている。或いは小札の反応が欲しくて凝った内容を作った節すらある。
あいにくモニターはあまり面白い物を映していない。通路とか空き部屋がほとんどで、中には
ザーザーと砂嵐を映している物すらあった。
ただ、一際光をはなつモニターの中で、秋水と香美が押され押しつつの攻防を繰り広げてい
るのは小札の目を引いたらしい。彼女はきゅうと顔を伏せた。
「『まー、あたしとあやちゃん友達だし、いいじゃんそれで』……だとさ」
ぽんぽんと小札の肩を叩きながら、総角はゆったりとした口調で呟いた。彼女をなだめている
ようであり、香美たちへの期待を孕んでいるようでもある。
「でだ。順番だが、香美・貴信の次は無銘。そしてお前、鐶と来て俺だ」
潤んだ瞳が驚いたように総角を見上げた。
「なんだ。次がお前だとでも思っていたか?」
半ベソの童顔がこくこくと頷いた。
「フ。桜花との戦いで精神力を消耗し、矢傷をいくらか受けたお前だから、回復には結構かか
るだろう? で、性格からすれば一人だけ戦闘を避けたりはしない。けれど俺の直前には鐶
を配置するのがベスト。無銘もその辺りを承知で二番手を引き受けたのさ」
98 :
永遠の扉:2008/04/26(土) 18:21:26 ID:qW4pP+if0
小札はびっくりした様子で砂嵐の映るモニターをしきりに指差した。
「ああ! 今映したら色々ネタバレになるから敢えて砂嵐だ。フ。こういういかにもな勿体ぶり
が何とも少年漫画らしくて、こう、なんか血がたぎらないか? 俺はたぎるぜ」
平素の威厳もどこへやらで、総角はわくわくと呟いた。小札と二人きりになるとこういう人格
に彼はなるのだ。
実は総角が、武装錬金の上手な扱い方も威厳も努力で築き上げてきたのを小札は知って
いる。けれど彼はそういった物を小札の前だけでは脱ぎ捨てて、「素」の青年らしさを向けるの
だ。たぶん今はそれを意識した上で小札を慰めるべく、大仰に振舞っているに違いない。
小札は総角の袖を引くと、涙を残しつつ微笑した。
「で、さっきからずっと黙っているが一体どうした?」
総角はにこやかに笑みを返したまま、口調にちょっとした鋭さを含んだ。
小札にとってその問いは死活問題である。なぜならば……
(さ、先ほどの戦闘で不肖は御前どのの矢を受け、味噌っ歯状態!! ああ、属性的には諸葛
瑾であるべき不肖が荀ケどの状態というこの矛盾! い!! いえ、問題はむしろ不肖の歯が
欠けてしまっているという一点でして、見られる訳には、見られる訳にはぁ〜〜!!)
小札は恐怖した。ただでさえ「美」とは無縁な彼女であるから、自ら認める水準以下の風貌
に生じた新たな瑕疵によって総角に嫌われるのを。
さぁっと顔を赤らめながら咄嗟に口を覆った小札は、薄い胸をずきずきさせた。
(も、もし露骨に幻滅されたら不肖は……不肖は……)
ただならぬ様子に総角は何事かを察したらしいが、フっと微笑を浮かべて小札に近づいた。
「何か深刻なダメージを受けた……という訳ではなさそうだな。もしそうならお前の性格上、必
ず俺に報告するはずだ。それにまぁ、桜花の攻撃方法からは恐らくないが、喋るコトそれ自体
がまずい攻撃を受けていたとしても、マジックの一つでも使って伝達するだろう」
つらつらと分析しがてら接近する総角に、小さなロバ少女はいやいやと首を振りながら後退。
99 :
永遠の扉:2008/04/26(土) 18:21:55 ID:qW4pP+if0
「だが俺に怯えて必死に口を隠しているというコトは、……フ。何かしょうもないコトをやらかし
たな。要するにお前は叱責またはそれに準ずる何かを俺にされると思っている。違うか?」
総角は楽しげに小札を追い詰めていく。ちょっとしたスキンシップ気分らしい。
「安心しろ。俺はただお前に何が起こっているか見たいだけだ。そう、おしゃべりなお前が沈黙
せざるを得ない状況、是非とも確認したい。……フ。隠される方がむしろエロくて燃えるしな」
(エ……エロ!? 平素の威厳はいずこに!? 昔のお人柄が全開ではありませぬかぁ〜!)
脳髄を沸騰させて羞恥に焦る小札の細い肩が何かに当たった。びくっと振り返った彼女の
視線の先には硬い壁が厳然とそびえ、退路を断っている。
「なぁ、小札」
総角は小札の左頬のやや傍に手を伸ばし、壁に手を当てた。
そして、すいっと身を屈めると、慌てふためきちょっと涙ぐんでる小札の瞳をじっと見据えた。
身長差からすると年の離れた兄妹のようだが、彼らはともに十八歳である。青年は麗しい
金の長髪を肩からキラキラと垂らしながら、ひどく真剣な紺碧の光を瞳に込めて小札に囁いた。
「仮に開いた口に何があろうと、お前は十分可愛いさ。だから」
小札はぼっと顔を赤くした。嬉しくはあるが、その言葉に見合うだけの容貌やスタイルを持っ
ていないと自覚しているので、「可愛い」という言葉を甘受するのが恐れ多くて戸惑ってしまう。
「だから、声を……聞かせてくれないか?」
左手でそっと小札のおさげを掴むと、総角は軽く口付けをした。
「ん……」
小札はどぎまぎとしながら目を細めて身を軽く震わせ、「うぅ……」と困った様子を浮かべると
決然と言葉を放ち始めた。
「じ!! 実は、その」
あたふたしながら彼女はばくりと口を開いて、歯の欠損した部位を指差した。
「矢傷!! 矢傷であります!! かかかかっ、かの曹孟徳のような!!」
総角はその様子を息をのんでぽかんと見つめていたが、やがて口を開いて大きく笑った。
ただ笑うだけでは足らず、長身を海老のように丸めて腹を抱えて息ができなくなるまで爆笑
したから、小札は口をつぐんですごく恥ずかしそうに口を閉じた。
100 :
永遠の扉:2008/04/26(土) 18:22:34 ID:qW4pP+if0
「い、いやすまん。だってお前、お前……、可愛く似合いすぎだろそれ」
ビシっと指を指して小札を見た総角は威厳もへったくれもなしに吹き出して、ひぃひぃと引き
つった笑いを立てた。
(不肖の努力や隠蔽は一体……?)
小札は物凄く複雑な表情で立ちすくんだ。
やがて笑いを収めた総角は、ゴホンと咳ばらいすると努めて真剣な表情で彼女に笑いかけ、
シルクハットを持ち上げた。
「別に隠す必要なかったなそれは。大丈夫。安心しろ。歯が欠けていてもお前はお前。十分
可愛いさ」
小札は頭頂部の癖っ毛をこしこしと撫でられながら、困ったように微笑した。
バカップルがいちゃついている間にも、モニターの中の香美と秋水は激しく撃ち合っていた。
秋水が刀を翻せば、香美の爪が刀身にちりちりと火花を撒き散らしつつ攻撃を防ぎ……
「だぁもう!! このパッとせん白ネコやり辛いじゃん!! ふみゃあ!! なんかイラつく!」
状況は一進一退である。香美はホムンクルスとして標準の膂力を持っているが、秋水は刀
技と反射神経で応対するから通常攻撃では押し切れない。かといって彼女が頼みとする掌か
らの攻撃は、体内からの射出という形態上、どうしても小粒だから簡単に剣で迎撃される。
もっとも秋水の方も頼みの斬撃を香美の肉球や速度で上手く当てられず、結果としては激しく
応酬しながらも膠着状態になっているのだ。
こうなった原因の一つには、両者の火力不足があるだろう。相手の戦略構想を一気に打ち
砕いて流れをもたらす強力な攻撃を香美も秋水も持っていないのだ。
とはいえである。香美・貴信の戦闘目的の一つには「小札回復の時間稼ぎ」があるため、
膠着状態は彼らの戦略からすれば十分すぎるほど有利である。
香美はそれも知らずいら立っているが、秋水は逆向から受けた呼吸器官の損傷と併せて
膠着状態のマズさを十分知り、知っているからこそ果敢に攻める。
そうすると香美はますますペースを乱され、イラつく。元来ネコはマイペースな生き物なので
戦略より目の前の快不快に振り回されやすいのだ。
『落ち着け香美!! 刀を掴んで投げ飛ばせば隙は稼げる!』
101 :
永遠の扉:2008/04/26(土) 18:23:47 ID:jTyjOSlU0
見かねた貴信が素早くフォローを入れると香美はやや落ち着いた。
「えええ? かたな、つかむ、なげる、すき? …………」
しばらく考えた香美だが、眉をいからせて頭をぼかぼか叩き出した。
「だああああ! いっぺんにいわれてもあたし分かんないし!」
秋水はそれを隙と見たのか、何度目かの肉迫をしながら逆胴を放った。
『フハハハ! 一行足らずの指示も理解できなとはさすが香美!! なら好きにやれ!!』
「ニャんかよーわからんけど、んじゃ、まずはこのぎんぎらぎんをひっつかむじゃん!!」
ふぅふぅ息を吐きつつ香美はソードサムライXを掌で受け止めた。ずしりとした加速の重さが
彼女の手を伝播して全身を揺らした。特に胸とかをだ。しかし彼女が一切後退しなかったのは
肉球である程度斬撃の凄まじさを緩衝し、ホムンクルスの高出力で下半身を固定したからだ。
彼女は逆胴の衝撃が行き過ぎるとほぼ同時に、刀身をぷよぷよと握りしめ、手首に凄まじい
力をかけた。
「ちからとわーざーとだーんけつの! こぉれが合図じゃん! えいえいおー!!」
「くっ!」
「なくななげくなー! くるしみはぁ、てーきのぼひょうとぉ〜つちのしたー!」
黒い学生服の美丈夫は刀に走った異様な膂力に顔をしかめ足に力を入れたが、時すでに遅
し。かかる単純な態勢の力比べであればホムンクルスに軍配があがるのは自明の理。
コバルトブルーの刀身がミシミシと音を立てつつ異様な湾曲を見せたかと思うと、一気に秋
水の体は愛刀を下に差しのべたまま持ち上げられた。
「んでフッとばす!! ばくはつっ(かんかん!) ばくはつっ(かんかん!)」
しっぽで地面を叩いて「かんかん!」と合いの手を入れつつ香美は、前方に向かって細い腕
を思う様振り抜いた。
「そぉしぃてぇぇぇぇ〜!! 大きく息をすいこんでぇ、にゃあっ!」
シャギーのかかった髪をばさばさと振りみだしながら香美はしゃがみ込み、いわゆるクラウ
チングスタートの姿勢を取った。特に意味はない。ただ達人戦のジャックを真似ただけである。
「やるぅーぞぉ! ふらっしゅー! つっこめつっこめつっこめつっこめ! ヘイ!!」。
102 :
永遠の扉:2008/04/26(土) 18:24:29 ID:jTyjOSlU0
香美はネコの手でアスリートのような綺麗なフォームを猛然と描きつつ、秋水に殺到した。
彼はそれを見つつも、背後に接近する壁を素早く確認した
(まずは壁に足をつけ、その後に彼女へ──…)
秋水は息を呑んだ。香美の掌から鈍色の奔流がびゅーっと走ったのだ。それは疾走する香
美よりも早く秋水と距離を詰めると、やがて彼すら追い抜き背後に周り……拘束。
胸部を圧搾する感覚に秋水は苦悶の声を立て、軽く血を吐いた。同時に彼は背中を壁にし
たたかに打ちつけ、肺腑の空気をおぞましい痛みの中で出しつくした。壁は彼を起点に断裂
と陥没を深く広げ、破片と粉塵がばらばらと舞い散った。
『はーっはっは! 僕のハイテンションワイヤーを忘れてもらっては困る!!』
「そーそー。まぁ、殺しはしないから安心するじゃん」
「だ……が……!!」
秋水は震える手首を跳ねあげた。ただし刀を握っていない左手の方をである。彼は果敢にも
鎖分銅を握ると、凄絶な表情で血反吐を吐き散らしながら後方へ引いた。
ハイテンションワイヤーは香美の片腕から伸びている。それへ上記の作用が加わればどう
なるか。
「さぁ、くらえ峰ぎゃー……うぁう! ちょ、どいてどいてあんたぁー!!」
爪を出して走っていた香美は、にわかにバランスを崩した。こうなっては持前の速度は却って
欠点になるらしい。動揺の中で著しく制御を欠いた香美は上体をつんのめらせながら両手を
バタバタと無様に震わせながら秋水に突っ込んでいき──…
(今だ!!)
拘束が緩んだ隙に、秋水は香美めがけて刀を猛然と跳ね上げた。
どうっと柔らかい肉を斬りあげる独特の感触が彼の手を行きすぎ……
「う……あ?」
左腰部から右肩に向かって刀傷を受けた香美は、転びながら凄まじい音を立てて壁に激突
した。
激しい息に肩を揺すりながら秋水は香美を見下ろした。
(まずは……一人…… だが、核鉄を回収して無効化しなければ……)
しゃがみかけた秋水は、そのまま膝を崩して刀を取り落とした。
気道の奥から熱い違和感が込みあげ、嫌な音のする咳が何度も何度も呼吸を妨害する。
口からは粘り気のある血液がこぼれ、ぼたぼたと学生服のズボンや床を汚した。
103 :
永遠の扉:2008/04/26(土) 18:25:11 ID:jTyjOSlU0
(急ぐんだ。急がなければ……)
震える手を刀に伸ばし、やっとの思いで掴んだ時、恐れていた事態が勃発した。
「あービビった。ダンプみたときみたいにビビったじゃん」
香美がむくりと立ち上がった。
刀傷は衣服を切り裂き、生々しくも刀傷をしなやかな体に刻んでいる。胸部の辺りではかす
かに白い膨らみが覗き、ふくよかなるが故に無残な傷を晒している。
「……く!!」
咄嗟に放たれた地を摺るような斬撃を、香美はひらりと飛んで避け、秋水から離れた。
「勝機を逃したか…… だが苦戦は覚悟の上……!」
そして彼を遠巻きに見た香美は、目を半円にしてやる気なさげに溜息をついた。
「むー、なんかコイツ強い。勝てん。つか怖くなってきたじゃん……」
『ならば選手交代といくかっ!』
香美の手が高々と上がり、鎖をじゃらじゃらと打ち鳴らしながら回収した。掃除機のコードを
ワンタッチで引き込む様にそれは似ていたが、そういう形容をするほど秋水が諧謔的であろう
筈もなく、彼は息を呑んだ。駆け出したかったが不幸にも呼吸器系のオーバーヒートは足に
十分な酸素を提供しておらず、かすかに膝を笑わす他できなかった。
「んじゃご主人のいうとおり、けふん。……おー! いえす! しょーりへのたーたかいぃ!」
『合言葉は一つ!!』
「おう、ちぇん、ちぇん、ちぇーんじ!」
香美は自分の顔に手を当てるとガっと捻りを加えて百八十度反転させた。
同時刻。鳩尾無銘の部屋。
黒い自動人形の足元でチワワがぴくりと頭をあげて彼方を見た。
「この波動……いよいよ栴檀が交代か。もとより奴らは二つの人格を一つの体に宿した特異な
ホムンクルス。だが普段表立つ香美など、武装錬金を持たぬ我の足元に及ばぬ」
ちっちゃいチワワが偉そうに呟き、黒飴みたいな瞳を輝かせながらボールを蹴ってはふはふ
と追い回した。だが彼は止まり首を振った。
「……違う。玉ころを追いかけてどうする我は。ともかく貴信が表に出た以上、ただではすまん」
自動人形がフリスビーみたいな物体(本当は銅拍子っていうシンバル。忍法月影抄に出て
た)を投げた。
「くっ……こんな時に! 静まれ! 静まれぇ……!!」」
104 :
永遠の扉:2008/04/26(土) 18:25:33 ID:jTyjOSlU0
無銘は短い脚をばたつかせながら追いかけてジャンプしてキャッチした。
先ほどまでスレンダーなネコ少女のいた場所に煙がもうもうと立ち込めていた。
『ちなみにコレは別に変身による作用じゃないじゃん!! もりもりがたいたの。ご主人がでて
くる途中にさ、もわもわしたのを!! だって服やぶれたしきがえなきゃかっこつかないじゃん!!』
どこからともなく香美の声が響いた。ひどくノリの軽い戦闘である。
「はーっはっはっは!!! その通り! その通りだぞ!!!」
煙が徐々に薄まると黒い影がそこから現れ、やがて全容を明らかにした。
美丈夫の秋水と相対するにはあまりに釣り合わぬ容貌だ。異相ともいえる。
ふわりとしたミディアムボブの髪のところどころにあるシャギーがようやく香美との共通項を
語っているだけで、後はまるでかけ離れている。
レモンのように見開かれた大きな目の中には申し訳程度に瞳孔があるだけで、白眼の端々
には稲妻のような血管が絶えず収縮している。肉づきの薄い唇は燃え盛るように赤く、ひどく
やかましそうな印象を秋水は受けた。
貴信はタンクトップの上にフードの付いたレイヤーテーラードベストを羽織り、オリーブ色のカーゴパ
ンツですらりとした足を覆っている。香美のいう着替えに要した衣服はつまりそれだけだから、
あまり衣服に頓着はないらしい。
「さぁまずは!!」
貴信の姿が掻き消えた。と秋水が認識した瞬間、彼の脾腹へ生暖かい感触が走った。
「星の光よ!! 瑕疵に抗え!!」
次に秋水が知悉したのは鼓膜を破らんばかりの大声だ。剣客としては自らの断末魔の声を
聞くに等しい大声だ。何故ならば貴信は秋水の背後を取っている……!
秋水が身を捻って反撃するのと、彼の体が貴信の手から溢れた緑色の光に覆われるのは
まったく同時だった。
だが貴信は素早く二十メートルほど後方に飛びのき、刀はむなしく空を切った。
秋水を侵食した光はまるで雲だった。彼のシルエットに沿って薄いグリーンの光が漂い、し
ばらくの間揺らめきながら、雲をちぎったようにもわもわと丸い光を周囲に散らしていく。
(馬鹿な)
105 :
永遠の扉:2008/04/26(土) 18:26:12 ID:jTyjOSlU0
光の消滅とともに、秋水は唖然と貴信を見た。背後を取られた以上、いかなる攻撃も彼は
覚悟していた。然るに貴信の浴びせた光はあらゆる予想をも上回っていたのだ。
「回復している……?」
あれほど秋水を苛んでいた肺や気管支からはすっかり重苦しさが抜けている。茫然として
いると軽い咳が出た。思わず口を押さえた彼は、掌に細かい金属粒子がぱらぱらと吹き出さ
れるのを感じた。
『そ。回復。ご主人はエネルギーをうちだして回復させるコトもできるじゃん』
「一体なぜ……?」
「ははは! 勘違いしないでもらおうか! 回復させた以上、僕は貴方を真っ向から正々堂々
攻撃できるという事だ!!!」
秋水はちょっと気圧される思いで貴信を見た。彼は目を血走らせ、ふーふー息を吐いている。
「ふふ、ははははは! かの逆向凱に傷を負わされたコトなど小札氏からすでに聞いている!
香美相手ならばそれでも十分対等だが、僕が出た以上は相手にハンデは許さない!!」
凄まじい熱気が伝播し、秋水は困った。
「それで僕が負ければ鳩尾あたりに『栴檀など我らの中で一番の小者』とか言われるだろう!!
だがッ! それでも僕は構わない!! 正々堂々とエネルギーを迸らせたからとて、すぐさま花
開かぬ時もある! そんな時は、費やしたエネルギーが地中で芽を生やしていると考えれば
いい!! いずれは日の目を見て想像よりも綺麗な花を咲かすコトもあるだろう! 華やかな
らずとも確かな実をつけるコトもあるだろう!! そう!! エジソンだっていっている!!」
──私は実験において 失敗など一度たりともしていない。
──この方法ではうまく行かないということを発見してきたのだ。
「人間だろうとホムンクルスだろうと、纏う輝かしさを区別するのは能力の優劣じゃない! 成
功をつかみ取るまでその物事を究明せんとする持続的なエネルギーの有無だ!! そ・し・
てぇ!!!」
106 :
永遠の扉:2008/04/26(土) 18:27:17 ID:PsKIN3Dp0
生真面目な青年はどうも貴信のような男に手をこまねいてしまうらしい。秋水は立ち尽くした。
「エネルギーを保つコトなど深く考える必要はない! 要は頓挫より一回多く立ち上がればい
いだけだ!! その一回は自らを静かに探ればいずれ訪れる! 外圧に頭を悩ませれば意気
はただ消沈するがッ! 自らにできる事、自らのやるべき事やりたい事に目を向ければ回復は
容易い! それでも無理なら飲み食いして寝てもう一度自らと向き合えばいいだけだ!! 疲
労している人間は見栄えが悪いが、滋養睡眠十分の人間は実態以上によく見えるからなァ!!」
しかし段々と秋水は頬を軽く緩めた。
「だから僕は! せめて今回復した分ぐらいは必ず削ってみせる!! でなければただ相手を
利しただけになってしまう!!! ……ん? どうした! 急に笑って!?」
「あ、いや……」
刀を正眼に構えると、秋水はこの男としては恐ろしく破格の親しみを込めて微笑した。
「……もし君が俺の恩人と逢ったら、意気投合するだろう。そんな事を考えていた」
「ハーッハッハッハ!! 君の源泉となった者、僕も一目見てみたいな!!」
一瞬、貴信と秋水の間に相手への限りない敬意が充満した。
「「だが!」」
貴信が鎖を構え、秋水が吶喊したその時、充満する敬意は激しい衝突の音に掻き消された。
……えーと。いいんちょさんSSを描く → 髪へのスキンシップに開眼する → 総角にやらす
→ 何描いてんだ俺はぁー! と非常にムズ痒い(今ココ)
「わーっ」じゃない時に髪を弄ぶのって何か物凄い。
あと、予定より遅れましたが日曜から一週間ネット断ちます。その間、できればまとめwikiへ
の保管をお任せしたく。といっても復帰後にも時間はとれる見通しなので、命ある限りは働きますw
そして長くてすみません……
>>54さん
見えますねw このコテとしては三年って年月は何ともいい感じであります。
>>55さん
というコトで今回は、男性陣を地味に奮起させてみました。
一番躍進したのは無銘ですね。やっと方向性が見えてきたかも?
あとは鐶ですね。それから某板での活動が女性陣に色気を与えてくれたら嬉しい。
ふら〜りさん(さすがはふら〜りさん。次は無銘あたりで何かやりますねw
おお、元々は香美、オリジナル作品のサブヒロインですが、いわれてみればヒロインになりうる
かも。こんなヒロインが先輩だったりしたら。うん。『優しさ』って点は何か魅力をつけれないかと
模索した結果ですが、機能しているのであれば幸いです。行く末については、まぁ、色々と。
>BATTLE GIRL MEETS BATTLE BUSINESSMAN
優しいと褒められて照れる斗貴子さん、それでこそ彼女だと思うんですよ。原作絵でバッチリ
浮かびました。おにぎりという好物を介しての絆の深まりや、カズキと出会ってないゆえの、
多数の犠牲より一人の犠牲を選ぶ所も「らしい!」と。で、鈴木。その共同体には息子がいるのにw
>>61さん
ありがとうございます。戻ってきたらまた頑張りますよー。
>>63さん
あとは原作の影響でしょうか。基本的に敵も味方もおおらかなのでw 然るに文章を描く以上は
ドロドロしたシリアスな戦闘にも憧れてます。忍法帖とかカオシックルーンみたいな。
>ムネモシュネ
連載お疲れ様でした!
あえて脇役キャラにスポットを当てて、そのキャラごとの特性を引き出して
面白いSSに仕上げてくれて嬉しいです。やはりアイは良いキャラですよねえ。
また、次回策をお待ちしております。
>BATTLE GIRL MEETS BATTLE BUSINESSMAN
錬金歴の浅いふらーりさんですけど、ばっちり読み込んでいる感じですねw
山崎が大人の渋さ?を見せ付けてトキコよりちょっと格上の感じで良いです。
トキコも熱いですけどねw
>永遠の扉
そういえば秋水ってこの作品のメインキャラの内で唯一真人間っぽいですね。
貴信や香美たち相手だとやりにくいでしょうねえ。ある意味対極だから。
でも変人相手の耐性をつけておかないとまひろとは付き合えないだろうなあ。
永遠の扉しばらくお休みかぁ
せっかく物語りも佳境なのになぁ
秋水は真面目すぎて返って変人ぽいな
なんか描写から香美って美人っぽい
>>77 鈴木からの連絡を斗貴子が受けてから、一時間ほどが過ぎた頃。夜明けには
まだ遠く、街は暗く静まり返っている。
鈴木とグムンとバヅー、山崎と斗貴子が交戦した町外れの工事現場に、鈴木がいる。
そこへ斗貴子が走ってきた。小さな女の子を背負っている。
「おや。もっとお悩みになられるかと思っていましたが、意外と早かったですね」
セメント袋に腰掛けていた鈴木が立ち上がった。足元にはラップトップパソコンが
置かれ、無機質なスクリーンセーバーが映し出されている。
少し距離を開けて立ち止まった斗貴子に、鈴木は一枚のCDを取り出して見せた。
「こちらがお約束の品です。偽物でないという証拠に、今ここで中身をお見せします
から、よくご確認ください。その共同体所属で、過去に戦団に倒されたホムンクルスの
情報も入ってますので。それなら、この情報が本物であるという証明になるでしょう?」
鈴木はしゃがみ込み、斗貴子に背を向けてPCにCDを挿入して、操作を始めた。斗貴子
が核鉄を持っていることは知っているのだから、その斗貴子にこうも無防備に背を向ける
となると、この取引は信用していいだろう。
そう、今背負っているこの子を生贄として差し出せば、共同体の情報が手に入る。多くの
人命を救うことができるのだ。
この子一人を犠牲にすればいい。それでいいのだ。
「……ん?」
何だか妙に熱い。ここまで走ってきたからか? 違う、背負っている女の子が熱いのだ。
斗貴子は女の子を下ろして、地面に寝かせた。見れば、いつの間にか女の子の顔が
別人のように赤く染まっている。手も、足もだ。額に触れてみると、これが人間の体温かと
疑うほどの高温を宿している。
「お、おい! この子の様子が変だぞ!」
「ああ、大丈夫ですよ。ようやく毒が効いてきたんでしょうけど、まだまだ溶けやしません。
効きにくい体質の人体は、とことん効きにくいそうですから。一日や二日は体調不良が
続くだけです。もっとも、」
鈴木は斗貴子に背を向けたまま説明する。
「脳や神経が回復不能になるまでには、そんなにかかりませんけどね。でも死にはしません
から、慌てなくてもいいんです」
そう言う鈴木の背から、女の子へと視線を移す斗貴子。片膝をついて、改めて女の子の
額に手を当てる。熱い。とんでもなく熱い。
それなのに、汗は全く出ていない。異常だ。苦しそうに息を切らせているのは、
この高熱が放出されることなく、体内に強く封じ込められているからだろう。その熱が
内臓や脳を焼いて、だからこんなに……と、女の子の額に触れたまま動揺しながらも
詳細に分析する斗貴子の手に、意識のない、弱々しく震える手が重なった。
その手も熱い。そして小さい。この小さな手、弱い力で今、未知の怪物の毒と
必死に戦っているのだ。圧倒的な力をもって迫ってくる死を、目前にして。
その恐怖、その絶望、斗貴子にはよく解る。七年前のあの時がそうだった。あの時も、
どうにもならないどうにもできない状況で、ただひたすら怯えていた。
あの時、誰かがいてくれたら。助けを求めて伸ばした手を、誰かが握ってくれていたら……
「お待たせしました、津村さん。どうぞご覧下さい。これが……おや? どうされました」
しゃがみ込んでPCを操作していた鈴木が振り向くと、斗貴子は片膝を着いて俯いていて。
その手は、女の子の手を強く握っていた。
『……この子は、私とは違う。まだ、なくしていない。父さんの肩車も、母さんのおにぎりも。
私のこの手で、帰ることができる……』
「津村さん? どうしたのです?」
鈴木の問いかけに、斗貴子は女の子の顔を見つめたまま答える。
「私は、ホムンクルスを倒す為なら何でもする。手段は選ばない」
「はあ。それは錬金の戦士さんとしては当然のことなのでしょう? ですから、この取引
に乗って、その子を差し出して下さる気になったと」
斗貴子は女の子の手をそっと放すと、立ち上がった。そして、核鉄を取り出す。
「手段は選ばない、だから……たった今、お前との契約は反故にする! この子は渡さない、
だがその情報は貰う!」
斗貴子はバルキリースカートを発動させ、鈴木に襲いかかった。鈴木はそれを予測していた
かのように後方に跳んで、
「おっと。先手を取られるとは迂闊でした」
言いながら、指を鳴らす。すると地面を突き破って湾曲した刃が生え、PCを貫いた。
拾い上げようとしていた手を慌てて引っ込めた斗貴子が、身を引いて構えを整える。
刃はそのまま伸び上がり、柄と、それを握っていた手、腕、そして全身が地中から出て
きた。予想通りホムンクルスだ。
バヅーやグムンと同じく、顔は昆虫のそれだが全身のフォルムは人間に近い。黒く錆びた
鉄のような肌をして、やはり筋骨逞しいが体型はどこか女性的で、膨らみのある胸に
章印が刻まれている。頭部というか顔は細く、目つきは手にもつ曲刀のように鋭く冷たい。
そして何より目を引くのは、その刀の鍔の部分。はめこまれているのは見間違えようも
なく、核鉄だ。
「カマキリ型ホムンクルス、ガリマです。己を知り敵を知れば何とやらで、我々も武装錬金
の研究はしておりましてね。先ほどあなたから頂いた核鉄を利用させていただくことで、
ようやく現場で使用できるようになりました。それでも、まだまだ未完成ですけどね」
鈴木が懐から取り出したリモコンのスイッチを入れる。と、刀にはめ込まれた核鉄から
幾条もの電撃の糸が走り、ガリマに絡みついた。ガリマは苦悶の声を上げる。
「ご覧の通り、使用者にとんでもないダメージがいくシロモノでして。人間なら確実に即死
します。ホムンクルスであるこのガリマでさえ、既に脳をやられてロクに思考もできなく
なってます。が、それでも猟犬程度には使えますのでご心配なく」
「何でもいい。お前ともども、まとめて片付けるだけだ」
「それはこちらのセリフです。元々、力ずくであなたの核鉄も頂くつもりでしたから。
とはいえ、意外でしたね。先ほどの戦闘時には躊躇いなくその子を見捨てたあなたが、
危険を冒して戦うことを選ばれるとは。どういった心境の変化です?」
鈴木に指摘されて、斗貴子は少し考えて。
それから答えた。
「……私はホムンクルスを憎み、その殲滅のみを目的として戦う、血に飢えた怪物ではない。
私がこの手で、この世から根絶させるべきものは、『ホムンクルスの犠牲者』」
斗貴子は、
「私はその為に戦う、錬金の戦士だということを思い出したからだっっ!」
バルキリースカートの四本の腕が開き、四つの鋭い刃が閃き、突進する斗貴子と共に
鈴木とガリマへと殺到した。
ガリマが剣を構えて前に出る、と、斗貴子の背後から飛来した数枚のカードが
ガリマの顔面を襲った。
ガリマが剣の腹で受けると、弾き返されたカードは地面に突き立った。それは、白い名刺。
「そうです、津村さん。アナタは正しい」
黒縁眼鏡ではない、特殊ゴーグルをかけた戦闘モードの山崎だ。
「戦うだけならどんなバカにも、チンピラにも、戦闘狂にもできます。が、『戦士』は違います。
『士』とつく以上、そこには道があります。武士道、騎士道、いろいろありますが、アナタは
錬金の戦士、ワタクシは企業戦士。互いに、その道をしかと歩みたいものですな」
と語る山崎の両手には、白い手袋がある。山崎愛用の、いつもの普通の手袋だ。
「遅れてすみません。グローブ・オブ・エンチャントの応急処置でもできればと思ったのですが、
やはりムリでした。が、ここに来ないわけにはいきませんからね」
山崎が斗貴子と並んで立った。鈴木はガリマと並んで立っている。
「山崎さんと津村さん、そしてこちらはわたしと、ホムンクルスが一体。先ほどの戦闘と
比べると、こちらの人数が減っていますな。しかし、こちらには当社製武装錬金が……」
鈴木の言葉を遮るように、斗貴子が地を蹴った。
「何でもいい、まとめて片付ける、と言ったはずだ! お前のお喋りに付き合う気はない!」
バルキリースカートの刃が鈴木に向かう。それを打ち払うべく、前に出たガリマが剣を振った。
刃と剣がぶつかり合い激しい火花が散る、かと思いきや。
「っ!?」
信じられない光景と感触に、斗貴子は弾かれたように後退した。
バルキリースカートの刃が、ものの見事に切り落とされたのだ。だが切られた、というか
何というか、刃が何かに触れた感触は全くなかった。薄い薄い紙や豆腐、どころではなく、
本当に空気だけを切るかのような手応えだった。いや、切られたのはこちらなのだが。
そして、ガリマが剣を振った軌跡をなぞるように、どういうわけか空中に黒い線が描かれて
いて……見ている間に、それは薄れて消えた。
「驚かれているようですな。これが当社、パレット製の武装錬金試作品『リントジェノサイド』
の特性、空間断裂。この剣が振られた時、触れたものは全て切られます。ホムンクルスでも
武装錬金でも、ダイヤモンドでも空気でも、光でも同じです。この世に切れぬものはありません」
自慢げに語る鈴木だが、斗貴子は強がることもできずに冷や汗を流していた。
鈴木の言葉は、今、自分の武装錬金を切られた感触で理解できるからだ。確かにあの剣の
前では、どんな武器も防具も紙切れ同然、いや、存在しないも同然。自分は丸裸同然なのだ。
「ご理解頂けたところで……いけっ、ガリマ!」
鈴木の命令を受け、ガリマが武装錬金・リントジェノサイドを振りかざして向かってきた。
前回の「怪物と戦う者は……」の出典は、天獅子悦也先生の「カーマンに指令を」より。
「むこうぶち」のファンには失礼ながら、天獅子先生にアクション皆無漫画は惜し過ぎる〜
というのが私の悶え。あの覇王翔吼拳、龍虎乱舞、デッドリーレイブなどなどの迫力と
美しさといったらもう。名も無き関節技群でさえ、リアルっぽくてカッコ良かったしなぁ……
>>腐った百合の人さん
む。いや、こちらこそ変に気を遣わせてしまったようで申し訳なく。せっかくのお気持ちを
無にするのも礼を欠きますし、仰る通り読む気はありますので、お言葉に従うこととします。
環境が環境ですので、だいぶ先になってしまいますが……ともあれ、お疲れさまでした!
>>スターダストさん
思えば昔っからそうでした。弱い者いじめ嫌いなのと、正々堂々に拘るのと。優しいヒロイン
と男らしいヒーロー。で、そんな二人が戦ってるのを尻目に、三角関係とかそういうのは
宇宙の彼方なベタ甘カップルが一組。さて秋水、彼ら彼女らに対抗できるのか(何をだ)?
斗貴子がお母さんみたいだなあ
相変わらず直情径行ですが。
しかしむこうぶちってマニアックすぎるw
ふらーりさん、俺が復活するまで頑張って下さい
応援してます
118 :
作者の都合により名無しです:2008/05/01(木) 08:08:29 ID:FodzJCNc0
孤軍奮闘状態だなあ、ふら〜りさん。
山崎&トキコのコンビは結構楽しいですね。
でも、ふら〜りさんの職人スタイルからして
後5回くらいで終わりそうだ。
何回目の暗黒期か
本格的に・・
ま、1ヶ月くらいでスターダストさんやさいさんが戻ってくるそうだから
121 :
しけい荘戦記:2008/05/03(土) 10:14:15 ID:htBVXbAt0
第一話「しけい荘再び」
ひときわ異彩を放つ木造アパート、『しけい荘』。異臭かもしれない。
東京は新宿、真新しい住宅街の中にあって図々しくも居座っている。存在感はそんじょ
そこらの建売住宅や高級マンションの非ではない。
構造はいたって単純である。
二階建て。上と下を繋いでいるのは狭い踊り場付きのくの字の頼りない階段。部屋は一
階に三つ、二階にも同じく三つ。それぞれで一人ずつ暮らしている。つまり、住民は全部
で六人というわけだ。
都会は恐ろしい。品行方正な秀才と他人を糧にする術しか知らぬ無法者が共存し、中に
は秀才と無法者を兼ねる突然変異さえおり、さらにはそんな突然変異と五分に渡り合う凡
人までいる。しかし彼らとて、しけい荘の住人と比較されたなら、その他大勢と区分され
る他ない。
しけい荘でもっとも朝が早いのは柳龍光。102号室で暮らしている。
毎日愛用の鎌で、朝日も昇りきらぬうちから近所の草刈りに精を出している。
彼の素顔は、大手暗器メーカー『株式会社クードー』に勤務するサラリーマン。商品開
発を統括する立場におり、常日頃からより売れる商品、すなわちより効率的に人を殺傷で
きる暗器の研究に余念がない。
「グッドゥモーニング。柳よ、牛乳(ミルク)でも飲まないかね」
柳の背中に声をかけるのは、101号室の住民にして大家でもあるビスケット・オリバ。
世界一自由でパワフルな彼でなければ、しけい荘の大家は務まらない。
「おはようございます、大家さん。せっかくですが牛乳は苦手なんですよ」
「そうか、では私だけ頂くとしよう」
オリバの巨大な手が牛乳瓶の蓋に被さる。ところが目覚めたばかりのためか力加減を誤
り、瓶は粉々に粉砕された。むろん中身は残らず大地に吸い込まれる。
「………」
「………」
122 :
しけい荘戦記:2008/05/03(土) 10:14:53 ID:htBVXbAt0
足下を残念そうに見つめるオリバと、掛けるべき言葉が見つからない柳。この気まずい
空間に挑戦すべく、一人の男が近づく。
「相変わらずお早いな、ミスターアンチェイン、ミスターポイズン。二人とも黙ってしま
って、どうかしたのか」
ヘクター・ドイル。晴れ舞台を目指し、日々精進を重ねている若き手品師。部屋番号は
201。
「ドイルさん。実は大家さんが牛乳をこぼしてしまって……」
「なるほど、だったらいい方法がある」
ドイルが耳をひねると、鼻の穴から牛乳からドバドバと飛び出してきた。これは先週行
った外科手術で体に埋め込んだ液体タンクによる妙技である。
「さぁ大家さん、これを」
「コンビニで新しいのを買ってくる」
103号室に住むドリアンは、ペテン師を職業としている。日々どこかの誰かを騙して
生計を立てているが、計画が破綻したり逆に騙されることも珍しくない。
スーツを身につけドアを開け一歩外に出れば、そこはもう彼の狩場だ。
「さて、今日はシブヤ辺りで若者をターゲットにするとしようか」
風呂敷の中には木綿糸、サラダ油、ドリアンの歌が入ったCDが詰め込まれている。こ
れらをアラミド繊維、ガソリン、そして米国の一流歌手の限定版CDだと偽って高額で売
りつけるという寸法だ。
成功率は一パーセントを切る。しかしドリアンはペテンを止めない。
今彼の財布に渋谷までの交通費はない。しかしドリアンは気づいていない。
123 :
しけい荘戦記:2008/05/03(土) 10:15:30 ID:htBVXbAt0
ドリアンと時を同じくして、アパート最年長者であるスペックも出かける準備が完了し
た。
「オウ、ドリアン」
「スペックか。さっき大家さんが探してたぞ」
「ドウセ家賃ノコトダロ」
「どうせって、かなり怒っていたぞ」
「別ニイイサ。モウスグ俺モ誕生日ダシ、ソウナリャ滞納シテル家賃ハリセットサレル」
「……されないと思うがね」
まもなく97歳を迎えるスペックは202号室に暮らしているが、家賃を払ったことは
一度もない。
「ところでなんでゴルフクラブを持ってるんだ」
「老人会ノゲートボールサ」
「いやだからなんで……」
「今日ハ千ヤードハ飛バスゼ。郭ノジジィニ負ケテラレネェカラナ」
ドリアンとスペックもアパートから出かけていった。
本日もっとも遅く起床したのは203号室に暮らすシコルスキー。彼はとにかくいじめ
られる。ひたすらいじめられる。理由は誰にも分からない。
「少し朝寝坊しちまったな……。こういう日はやっぱりアレだな」
アパートの敷地内にて両手を広げるシコルスキー。大きく息を吸い込むと、
「ダヴァイッ! ダヴァイッ! ダヴァイッ! ダヴァイッ! ダヴァイッ!」
反復横跳びを始めた。
これは彼の故郷に伝わる『ダヴァイ体操』と呼ばれる運動で、アドレナリン放出にとて
も効果があるらしい。
124 :
しけい荘戦記:2008/05/03(土) 10:15:54 ID:htBVXbAt0
101号室のドアが開いた。
オリバはやかましく反復横跳びを繰り返すシコルスキーに一瞥し、優しく微笑む。
そして、
「近所迷惑だ」
とシコルスキーの襟首を掴み、腕力だけで投げ飛ばした。
「一件落着だ」
こうしてしけい荘では普段と変わらぬ日常が繰り広げられている中、外野では一つの策
謀が蠢いていた。
「スッゲェ……今投げられた奴、どっか遠くへ飛んでっちゃったぜ」
「だろ? やっぱとんでもねぇんだよ、このアパートは」
「うんうん。すごく面白くなってきたよ」
「あとはアイツが来るかどうかだけど……」
「来るよ、絶対来る。もし今日来なかったら……」
「来なかったら?」
「死ぬほどぶっ殺す」
あとは色取り取りの下卑た笑い声だけが続いた。
世間はゴールデンウィークの真っ只中、
ホームレス、海王を倒したアパート住民たちの新しい戦いの始まりです。
どうぞよろしくお願いします。
よっしゃー!
流石サナダムシさんはバキスレを何度も救ってくれた勇者だな
しかも新しけい荘。俺のSS暦の中で1、2を争うほど好きな作品。
またシコルス始めこいつらにあえて嬉しいっす。
しけい荘懐かしすぎるw
こいつは楽しみが増えたぜ
128 :
作者の都合により名無しです:2008/05/03(土) 14:31:07 ID:Vj9USEYz0
しけい壮も3シリーズ目なんだよね。
マジでうれしい
ピクル出るかな。アライやヤイサホーもぜひ。
しけいそう復活ですか!
これは嬉しい。
今回はまずメンバーたちの顔見世といった感じですが
どんな騒動になるか楽しみです。
また、前半ギャグ→後半バトルって感じになるのかな?楽しみ。
うおおおおお
しけい荘キターーーーー!!!!!
>>114 山崎と斗貴子が左右に散ると、
「ここで油断してガリマに全てを任せ、逆転されるのが三流悪役のパターンですよね!」
鈴木の声と共に、山崎が弾き飛ばされた。吹っ飛んだ山崎は建築中のビルのコンクリート
壁に激突、背中で大きなクレーターを穿つ。
その前に立つ鈴木の踵と膝裏と肘に小さな穴が開いていて、そこから煙が立っていた。
「ロケットパンチならぬ、ジェットパンチです。踵と膝裏からの超小型ジェット推進によって
わたしの全身をミサイルと化して飛ばし、肘のジェットでパンチを超音速まで加速する。
無論、普通の人間がそんなことをすれば、自分の体が壊れます。ですが我々は、ねえ?」
言われた山崎が、壁に埋まった背中をはがして、よろめきながらも何とか立った。
普通の人間なら即死か、間違いなく瀕死となる衝撃のはずなのに、と斗貴子は
思ったが山崎を心配する余裕などない。空中に幾条もの闇の軌跡を描くガリマの剣、
『空間断裂』の特性を持つリントジェノサイドをかわすのに必死なのだ。
なにしろ、受け止めて防御することができない。弾くのも危険だ。攻撃に転じようとしても、
ガリマが剣を防御に回すと、それに触れるわけにはいかないから寸止めになり、そこから
すぐに引かないと反撃を受けてしまう。バルキリースカートの刃は残り三本、これ以上
減らされたらもう戦えない。
「津村さん……」
鈴木と対峙する山崎の声。
「すぐにお手伝いしますから、しばしお待ち下さい」
「ほう、随分な自信ですな。言っておきますが、わたしの武器はジェットだけではありません。
文武両道がわたしのモットーですからね、例えばこのように!」
鈴木の踵がジェット噴射で加速し、音速を超えた右のハイキックが山崎を襲った。山崎が
しゃがみ込んでかわす、と、キックの勢いそのままでコマのように回転した鈴木の
左後ろ回し蹴りが山崎の足を払い、転倒させた。
倒れた山崎は起き上がりながら懐に手を入れ、数十枚連続の名刺スラッシュを放つ。だが
それも、肘のジェット噴射で加速した鈴木の両手が全て叩き落していく。
「ムダですよ山崎さん! あなたはこれまで、華々しく勝利し過ぎました! わたしはあなたの、
これまでの数多い戦闘データを詳細に分析させて頂いたのです! あなたのどんな技も、
武器も、戦術も、対応パターンは作成済みです! そして、」
雨あられと投げられる名刺スラッシュを叩き落しながら、鈴木はジェット加速で山崎に向かう。
「このジェットがある限り、対山崎さん必勝パターンは正確に完璧に実行される! 理論上、
あなたはわたしに絶対勝てません!」
間合いに入った鈴木のジェットパンチが山崎の顔面を襲う。山崎がそれをブロックする、と
同時に鈴木のジェット膝蹴りが山崎の胸に命中、派手な音を立てて打ち飛ばした。
強制的に後退させられる山崎に、鈴木が追撃をかける。
「終わりです山崎さん! あなたはここで死に、津村さんも死に、我々パレットは武装錬金
もホムンクルスも手中とし、遥かに越え、いずれ錬金戦団さえも潰し……いや買収して、
パレット傘下のグループ企業にしてご覧に入れましょう!」
「……鈴木さん。一つお尋ねしますが」
山崎がネクタイを解き、白熱・硬質化させた。ネクタイ=ブレードだ。
「アナタに、信頼できるビジネスパートナーはいますか?」
「は? この期に及んで何を! ご覧の通り、わたしは一人でも充分戦える! パートナー
など不要です! 他人を糧として己の利益を追求することこそ私の、いや、真のビジネス!
今、あなたと津村さんがわたしの糧となるように!」
山崎の剣術も、そこから派生する格闘技も全て対応済みの鈴木は何も恐れない。山崎が
ブレードを振るが、余裕でかわしながら踏み込んで……と思ったその時、山崎は蹴り上げた。
地面に転がっていたものを。
「っ!」
さっき切り落とされたバルキリースカートの刃だ、と気付いた時にはもう、それは鈴木の
眼前に迫っていた。咄嗟に叩き落した鈴木と山崎がすれ違う瞬間、ネクタイ=ブレード
が一閃! その一撃で鈴木の動きが止まった。
一拍遅れて、鈴木が両膝をつく。振り向きもせず山崎は言った。
「人を活かすことによって自分も活きることがビジネスの本道。そのことを忘れたアナタは、
もはやビジネスマンではない。ただのサラリーマン(月給人間)と成り下がった。それが
敗因です」
山崎が振り向かないのは、既に走り出していたから。ガリマに向かって。
山崎の参戦に気付いたガリマが振り向き、牽制するようにリントジェノサイドを振る。この世
の全てを切り裂く無敵の刃が、中空に闇の軌跡を描いた。
後退してかわした山崎をガリマが追う。その背後から斗貴子が切りかかった。
「隙ありっ!」
バルキリースカートの刃が左右からハサミのように振られ、ガリマの首を切断した。が、
切断面から触手が伸び合って絡みつき、引き寄せて、あっという間に元通りになってしまう。
既に何度かこれを繰り返している斗貴子が舌打ちして、ガリマ越しに山崎へ声を飛ばした。
「こういうことだ! そいつを倒すには、章印に攻撃をブチ込むしかないらしいが……」
「それを百も承知の本人は、章印だけをあの剣で徹底ガード。だから手も足も出ない、と
いうことですか。ならば、」
ガリマと、その手のリントジェノサイドを睨みつけて、
「取るべき手段は一つですね」
山崎はガリマに向かって駆け、勢いをつけてジャンプ! ガリマの頭上を越えて、
斗貴子側に着地した。
ガリマと山崎が同時に振り向き、互いに突進した。ガリマの剣、リントジェノサイドが山崎に
向かって振られる。どうやって防ぐのか、いや防ぎようなんかない、武装錬金がないのでは
有効な攻撃もできない、などと斗貴子が思っていると山崎は攻撃も防御もしようとせず、
何のタネも仕掛けも策もなくガリマの間合いに入った。当然、
「! や、山崎さんっ!」
山崎は真っ二つに切られた。腹の辺りで横一文字、下半身は切り倒されて上半身は、
「今です、早くっ! 津村さんっっ!」
残っていた。右手の指をガリマの両目に突っ込んで、左手はガリマの右手の肘の内側を
掴み、押さえている。
こうなると、さすがのリントジェノサイドも山崎に触れることができない。潰された目は
即座に修復していくのだが、そこに山崎の指がある以上、目隠しされているという状況は
変わらない。つまりガリマは何も見えず、そしてリントジェノサイドによる攻撃も防御も
封じられてしまったのだ。上半身だけの山崎によって。
もがくガリマは左手で山崎を突き放そうとするが、そこへ斗貴子が駆け込んでくる、
その足音だけはガリマに聞こえる。
「グ、グッ!」
咄嗟にガリマは、山崎に押さえられている右腕を何とかズラして、刃で章印をガードした。
が、その腕を肩口からバルキリースカートが切り落とす。切られたそれを、山崎が放り投げる。
遠くへ飛んだ腕を、肩口から生えた触手が追いかける。だが触手が届いた時にはもう、
バルキリースカートの三本の刃が、山崎の下から潜り込むようにして、腹部から胸部の章印
まで深々と突き刺さっていた。そして、
「臓物をブチ撒けろおおおおおおおおぉぉぉぉっっ!」
斗貴子の裂帛の気合いが轟き、章印は胸中の血肉ごと豪快に切り開かれ、切り裂かれた。
ガリマの肉体が、ガリマの断末魔と共に、消滅していく。
支えを失った山崎の上半身が地に落ちた。斗貴子が駆け寄るが、胴体真っ二つと
あっては流石に、核鉄を二つ使っても助かる見込みは皆無だ。それでも斗貴子は叫んだ。
「死ぬな、山崎さん! あんた自身が戦士として、死ぬ覚悟で戦うのは勝手だ!
だが遺された娘はどうなる! 父親を喪った娘の……」
山崎を抱き起こした斗貴子の言葉が止まった。
山崎の体、真っ二つになった胴体の切断面から、一滴の血も出ていないことに今更ながら
気付いたのだ。その代わりに出ているのは、火花とコードといろいろな部品……人間の
肉体ではない。
それは一度死んだ後、『企業戦士計画』によって造られた、サイボーグ戦士の機体であった。
戦団の医療部に連絡した。間もなくここに到着して、女の子を搬送してくれるだろう。
NS社にも連絡した。間もなくここに到着して、山崎を搬送……というか回収というか……
「…………周囲にホムンクルスらしき反応はなし。やはり、あのガリマで打ち止め
だったようですね……安心していいですよ」
上半身だけの山崎が、切断面をバチバチとスパークさせながら、斗貴子の膝枕で言った。
今なら斗貴子は全て納得できる。山崎には(鈴木にも)気配が全くなかったこと。斗貴子
が察知できなかったグムンの存在に気付いたこと。山崎の戦闘能力の高さ。そして、
山崎が長いこと家に帰っていないということも。
「ワタクシは、既に死亡したことになっておりますし……脳の一部と顔面皮膚以外は
全て機械となってしまったこの体で、妻や娘に会うわけにも……っ、ぅぐ……」
「い、痛むのか?」
「いいえ。この体に、痛覚というものはないのです。ないはず、なのですが……生前の
イメージがどうしても残っていて……っ……戦闘に不必要な感覚は、全て削られている
はずなのですが、ね……」
感覚を削られている、という言葉に斗貴子は少しゾッとした。が、同時に気付いた。
「山崎さん。痛覚がないのなら、味覚や嗅覚は?」
「それらもありません……ですから、例えば香水や食料品などの開発時などには、
成分表から推測するしかなくていつも苦労……あ」
山崎も気付いた。斗貴子が何に気付いたのかを。
「そ、その、料理というものは……作ってくれた人の心がこもるから、美味しいのであって、
ですね……つまり、ワタクシは、アナタの作ってくださったおにぎりに、込められた心が、」
「……」
山崎は弁明しているようだが、斗貴子は少し違うことを考えていた。
ほどなくして、戦団からとNS社からとの車が到着。それぞれ女の子と山崎を連れて行った。
ピンチになると救世主。バキスレそのものが少年漫画のような展開をしているなぁと
思い続けて幾年月。何度ものピンチを、何人もの職人さんたちのおかげで乗り越えて
きましたよね……などと、しみじみしたところで私は次回完結です。またいずれ、必ずや。
>>サナダムシさん(もはや、貴方の存在自体がグッジョブ! です!)
皆と共に戦う(少年誌的な意味で)ヒーローとして燃え、皆に可愛がられる(死刑囚的な
イミで)マスコットとして萌えさせてくれたシコル&仲間たちとの再会、嬉しいです。あれ
から原作世界でもいろいろありましたからねぇ……新メンツとの遭遇で、何が起こるか?
137 :
作者の都合により名無しです:2008/05/04(日) 23:32:27 ID:nM/hRdz10
むう次回完結ですか
山崎とトキコの間に情が通ってきたのになあ
お疲れ様ですふら〜りさん。
斗貴子とヤマザキには相通ずるものがあるから
結果として近しい存在になれたかもしれませんね。
次回が最後という事ですが、まだまだ続きそうな感じなので残念。
ふらーりさんすぐ連載始めてね。
また山崎を使ってほしいなあ。
トキコは他作品でいっぱい出てるからいいやw
140 :
永遠の扉:2008/05/06(火) 17:14:44 ID:dF9C6Qed0
第051話 「避けられない運命(さだめ)の渦の中 其の参」
蝶野邸から地上へ長々と続く階段を降り切ると、ヴィクトリアは「ほう」と目を丸くした。
「ご苦労なコトね。それとも私が逃げ出した時の備えかしら?」
「いいえ。あなたの武装錬金ならヘルメスドライブの追跡を遮断できる筈。それに彼と彼女なら
必ずあなたを説得できるからその件について私の出る幕はないわ。違う?」
「見れば分かるでしょ」
誰用かは不明の皮肉を表情に織り交ぜて、ヴィクトリアは軽く肩をすくめた。
「そうね。だから私の役目は今からよ」
塀にしだれかかっていた女性はひどく事務的な言葉で応答すると、右手に装着した六角形
の楯とヴィクトリアの右肩にいる桜花を順に確認し、最後にその背後で鮮やかな影が動くのを
見ると片眉をぴくりと動かした。無表情な美貌に生じた変化はそれだけだった。
「びっき〜 もうちょっとゆっくり歩いて〜」
「まったく。人一人抱えてる私よりどうして遅いのよ」
得意半分呆れ半分のヴィクトリアが振り返ると、すっかりヘロヘロになったまひろがいた。
「だって私、運動、ニガテ〜」
どうやら階段を降りるだけで消耗したらしい彼女は、ヴィクトリアの前の人影を認めると、こ
ちらは大きく口を開けて可愛らしく驚愕を示した。
「……ってアレ? 寮母さん! どうしてココに?」
千歳は返事代わりに軽く目礼すると、桜花にぴたりと視線を吸いつけた。
「到着が遅れてごめんなさい。霧で貴方達の所在が分からなかったからココで待っていたの。
まずは今から早坂桜花さんを病院に搬送します。その次に貴方達を寄宿舎へ」
「? 搬送? え、でも救急車ないよ?」
「本当にお馬鹿ねあなたは」
ふぅとため息をつくヴィクトリアから桜花の所有権がするりと千歳に移ったかと思うと、美女二
人の姿は手際よく掻き消えた。
「ええー!?」
驚いたのはまひろである。戯画的に白眼を剥くと頭を両手で抱えておろおろとした。
「いちいちいちいち鬱陶しいわね。気づいてないの? あの寮母さんは戦士で、瞬間移動の
武装錬金を持っているのよ。多分、二〜三分で戻ってくるわよ」
141 :
永遠の扉:2008/05/06(火) 17:15:36 ID:dF9C6Qed0
「おお〜 ブラボーといい秋水先輩といいお兄ちゃんといい斗貴子さんといい、みんな色々す
ごい武器を持ってるんだね!」
「まあママの武装錬金には遠く及ばないだろうけど。だってデザインもオシャレだし」
ヴィクトリアはふふんと得意げに微笑した。
「じゃあさじゃあさ、私が武装錬金発動したらどうなるかな? できたらお兄ちゃんと斗貴子さ
んの武装錬金をがしゃこーん! って合体させたようなのが欲しいけど、そーいうのあるかな?」
「さぁ。津村斗貴子のはともかく、あなたの兄の武装錬金は見たコトないし」
「んーとね、学校で見たお兄ちゃんの武装錬金はね、こーんなおっきな槍なんだよ!」
まひろは両手をいっぱいに広げると、それでも足らないのか一生懸命両手をぱたぱたさせ
て大きさをヴィクトリアに伝えようと試みた。
「で、ドラゴンさんみたいな顔してるんだ。ね、ね! すごいでしょ?」
(ふーん。でもパパの武装錬金の方が強くてカッコいいに決まってるけど)
内心で大体の見当と評価を下しながら、ヴィクトリアは戯れにまひろの質問の答えを探し出
した。
「三叉鉾(トライデント)はどう? 三又の槍」
「それいい! それすごくいいよびっきー!」
きゃあきゃあ黄色い声を立ててすごく食いついてくるまひろに、ヴィクトリアはやり辛そうな表
情を以て応対した。この会話は千歳を待つ暇つぶしみたいな所があるのだが、今や眉をユー
モラスにいからせながら溌剌と喋るまひろはとっくにこの会話そのものを目的としている。
「名前は何がいいかなー。やっぱこう、お兄ちゃんと斗貴子さんの武装錬金の合わせ技だから
なんかびしゃびしゃーって光が出て、素早い感じがいいよね。うん。じゃあライトニングまひろ
スパスパ槍とか!!」
「確かにあなたにはピッタリかもね。そーいうダサいネーミングは」
冷たい視線を悟ったのか、まひろは頬を膨らませて怒った。
「もー。これでも一生懸命考えたんだよ。じゃあびっきーはどんな名前がいいの?」
ヴィクトリアは一瞬、しまったという顔をした。貶した以上、下手な名前はいえない。
しかし流石にヨーロッパの出であるからして、いかにもな単語は割合すぐに出た。
142 :
永遠の扉:2008/05/06(火) 17:16:53 ID:dF9C6Qed0
「……ペ、ペイルライダーとかどう? ヨハネ黙示録に出てくる四騎士の一人よ」
「うーん悪くはないんだけど、なんか文字数が足らないというか……あ、そだ。じゃあ私の案と
合わせて、『ライトニングペイルライダー』なんてどうかな?」
ヴィクトリアは憮然と答えた。
「あなたにしてはいいんじゃない? でもね」
「うん?」
「あなたは確かに武藤カズキの妹だけど、津村斗貴子とは赤の他人だからあの人似の三叉鉾
の武装錬金なんかはきっと出せないわよ」
まひろは「そんなぁー」と俄かにしょぼくれたが、ぶるぶると顔を振って新たな可能性をすがる
ような目つきで提唱した。
「で、でも、お兄ちゃんと斗貴子さんが結婚して子供産まれたら可能性はあるよね!?」
「まああるんじゃないかしら。といってもあの二人の子供なんて想像もしたくないわ。絶対にひ
どく捻くれてて生意気で考えなしで、無駄に偉そうに決まっているから」
まひろは「えーと……」とすごく物言いたげにヴィクトリアを見た。ひどく捻くれてて生意気で
考えなしで、無駄に偉そうな少女をまひろは見たのだ。でも悪口はいわない。
「大丈夫だよ。きっと可愛いって。おにぎりが好きだったリー、照れ屋さんだけど根はまっすぐ
だったりー。むむっ!」
「今度は何よ?」
「決め台詞浮かんだよ! 『闇に沈め! 滅びへの超加速ー!』なんてどうかな!?」
「ハイハイ。勝手にいっててちょうだい。だいたい自分が滅びへ加速してどうするのよ。そんな
セリフを攻撃の時に叫ぶのは、あなたぐらいおめでたい頭じゃないと不可能よ」
ぼつぼつと返答しているが千歳はまだ戻ってこない。
(アレ?)
そしてヴィクトリアは今の会話からちょっと疑問が浮かんだ。たぶんカズキと斗貴子に子供が
産まれたらその武装錬金は二人のそれの形状を受け継ぐだろう。だが。
(パパが大戦斧でママが兜なのに、なんで私が避難豪なのよ……? おかしくない?)
少し哀愁を帯びた背中に人生を込めて考えていると、ようやく千歳が戻ってきた。
「次はあなたたちね。体重制限があるから順番に……」
143 :
永遠の扉:2008/05/06(火) 17:18:05 ID:dF9C6Qed0
やがて寄宿舎の門前につき千歳の姿が消えると、ヴィクトリアは顔を少し曇らせた。
(戻ってきたのはいいけど……やっぱり何か食べてからの方が良かったわよね……)
なるべく思い出すまいとしていた千里の顔が、いよいよ脳裏で存在感を増している。
(もしまた食人衝動が芽生えたら……どういう顔をすればいいのよ…………もちろん、逃げた
くはないけど、でも)
日常に戻りあらゆる負の呪縛と戦うコトを決意したが、本当に自分がそれを成せるだけの意
志があるかは未知数である。百年もの間思考を止めていたという前歴は、自己の定義や評価
をひどく矮小な物にしてしまうのだ。
「まぁまぁ」
ポンと肩が叩かれた。そちらを見るとあらゆる気苦労とは無縁そうなまひろの微笑がヴィクト
リアを見ていて、不覚にも安心めいた感情が湧いた。
「辛くなっても一人で抱え込まなくていいんだよ。私や秋水先輩や、ブラボーや寮母さんに相談
しちゃえば大丈夫。みーんなそうしてるんだから、びっきーだって大丈夫大丈夫。ね?」
人差し指を立ててやんわり諭す少女にヴィクトリアは瞳を唖然と見開いたが、すぐに口元へ
皮肉めいた嘲罵のシワを刻み込んだのは彼女らしいといえば彼女らしいだろう。
「そうね。わざわざ連れ戻したのはあなたたちなんだし、責任は取ってもらわないと」
「うんうん。何を隠そう私は責任取りの達人よー!!」
「やれやれ。本当、あなたはお気楽で──…」
「ヴィクトリア!」
言葉を斬り飛ばすように玄関から放たれた言葉は、それに紛れて近づいてくる足音とともに
ヴィクトリアの心臓を鷲掴みにして重苦しい緊張をもたらした。
ゆっくりそちらを見、声の主の顔を直視すると、全身の毛穴から冷たい汗が流れた。
「もう、どこに行ってたの! 最近この街物騒なんだから、勝手に出歩いちゃダメでしょう!」
千里だ。おかっぱで眼鏡をかけたおとなしそうな、ヴィクトリアの母に似た少女は流石に気
色ばみ、肩を怒らせ印象にまるでそぐわぬ大股でズンズンと迫ってきている。もしかすると千
歳がその事務的な態度を貫きとおし何の配慮もなくただただ迅速にヴィクトリアの帰還を知ら
せたのかも知れない。そう思わせるほど千里の登場は早く唐突で、心の準備を許さないもの
144 :
永遠の扉:2008/05/06(火) 17:18:41 ID:dF9C6Qed0
だった。
「え!! えーとねちーちん。コレには色々とふかーい事情があるんだよ!」
まひろも動揺したらしく、引きつった笑みで平手を二つ、おおらかな胸の前でぱたぱたさせた。
声はやや裏返り、端々が何かにぎこちなく引っかかっている感じすらある。
「とにかく、びっきーはこうね、悪くないんだけど何ていうか、その、ちょっと困った習性があって!」
「しゅ、習性!?」
千里は大股をズルリと滑らせて、あやうくコケそうになった。ヴィクトリアが反射的に手を伸ば
して体を支えたくなるほどのコケ振りだ。だから辛うじて態勢を戻した少女は眼鏡がズレており、
少し気恥ずかしそうに掛け直した。
「……えぇとねまひろ。もしかして習慣っていいたいの? ほら、生まれた国が違ったら私達の
生活様式と食い違う部分もある訳だし」
「う、うん。ゴメンね。そんな所!」
眼鏡を押さえる千里にヴィクトリアはここぞとばかりに全力で首肯した。
でなければまひろが本当に何をいいだすか分からないし、頼ってばかりいるのも色々な意味
で良くないと思ったからだ。
「そ、そう! 主に食べ物の習慣でね! ……ハッ!」
ヴィクトリアの横眼が凄まじい光でまひろを睨んだのはその時である。
まひろはまひろなりに空気を読んでいるつもりらしい。
それは分かる。
ヴィクトリアの黒い部分をぼかしにぼかして何とか弁護しようとしている。
それも分かる。
だが。
(ちょっと。かばってくれるのは一応感謝するけど、あまり具体的にいわないで。習性とかいっ
たのも忘れないわよ。覚えておいて)
(……ハイ。っていうかびっきー怖い。さすがホムンクルス)
まひろは本気で震えあがり、口を菱形にすぼめた恐怖の表情で凍結した。
一方、千里は生真面目で優等生な彼女らしく、やれ「相談もなしに姿を消したらダメでしょ」と
か「心配したんだから」と人差し指を立ててヴィクトリアの上体がほとんど後ろへ倒れんばかり
に詰め寄りながらガミガミとお説教を下した。道行く人々のうち何人かがその光景を何事かと
驚いたように凝視したが、やがて内容がひどく心配と真剣さに満ちた物だと知ると安心を浮か
べて軽い足取りで行きすぎていく。要するにそんなお説教だ。
145 :
永遠の扉:2008/05/06(火) 17:20:34 ID:yWyjIpMS0
「でも、無事に戻ってきてくれて良かった」
最後にうっすらと涙を浮かべてヴィクトリアの肩を抱いたのも心配の裏返しなのだろう。
(ああ……)
彼女はやっぱりそれをまるで母にされているような錯覚を覚えて、様々な不安が融けていく
のを感じた。
(でも、所詮それは錯覚。いつまでも浸っていては駄目)
ヴィクトリアはすっと瞳を閉じた。
(このコにママの面影を見出したのは、過去を引きずっていたせい。そう、いくら似ていてもこ
のコはこのコ。ママはママ。……未練のせいで私はそんな簡単な区別もつけられなかったか
ら、このコに対する食人衝動にずっとずっと怯えていた。けれど)
──ココで諦めればいつしか本当に君は人を喰うしかなくなる! だから日常に戻るんだ!
──ちーちんと話してる時のびっきーは心から嬉しそうだっ たよ。
(ママを忘れるつもりはないわよ。でも、私がちゃんと生きないと、向こうでずっとずっと心配さ
せてしまうから。パパだって救われないから。だから、だから…………)
恩人たちに倣う。彼らがしている行為に倣う。
(今はもう、昔を断ち切って先に進む時。開けようともせず捨て置いた永遠の扉に向かう時)
ヴィクトリアは瞳を開くと、千里を見た。
自分をただの外国人の少女だと信じ、髪を梳き、心底から心配してくれる少女の姿を。
母の幻影の触媒としてではない、若宮千里という少女の存在を、初めて正面から見た。
「どうしたの? 私の顔に何かついてる?」
「ううん。でもゴメンね。ちょっと嫌なコトがあって。心配掛けて……本当にゴメンね千里」
声はあらゆる強張りから解放されつつある。もしかすると千里を本当の意味で直視できた
せいかも知れない。
描くのを中断し読むのに専念するのはゲームやるような楽しさはないものの、
一応得る物はあるワケで。
しかしやはり得た物はバーっと描いて使わないとつまらない。
描くといえば資料集めの際は、文章のみならず鳥の顔とか動きとかを下手な
がらに絵に描いたりした一週間でした。
>>109さん
恥ずかしながら戻ってまいりましたよ〜 しばらく筆を休めたおかげで、
色々と今後の展開を考えるコトができましたので、また描かせて頂きますw
>>110さん
変態性がないのが変態性……そんなジムカスタムみたいなのが秋水という説もありますw
香美は黙って座ってるとたぶん美人さんだと思います。喋るとなんかアレですが、そこも良いかと。
ふら〜りさん
んー、たぶん付き合いの差が大きいと思うのですよ。秋水とまひろは接近して一ヶ月も経って
ないのに対し総角・小札は十年来の付き合いですからw いずれ余裕があれば彼らが出会っ
た頃のお話も描きたいな〜と。できれば貴信と香美がああなった理由とかも。
BATTLE GIRL MEETS BATTLE BUSINESSMAN
>人を活かすことによって自分も活きることがビジネスの本道
これは色んな意味でそうだと思うんですよ。職を保持するという意味でもやりがいを感じると
いう意味でも。で、原作で何度も語られてた「日常への回帰」。相手がカズキだからじゃなく実
は斗貴子さんの一貫した願いだったんだなーと。で、鈴木。情報分析はサラリーマンらしい上
に、さりげなく根来みたいなコトをw ガリマの破り方はサイボーグならではですね。
前回から
―――噴水広場に一同が会する約三十分前。
エキドナは、鬼でも叱咤出来そうな憎悪で眼前の男を睨み付けていた。
周囲は破壊に次ぐ破壊。しかし白スーツの男は全く無傷で彼女をせせら笑っている。
別に相手が強い訳ではない。撃とうものなら間違い無く一撃だ。
「ルールを説明するぜ、ミズ」
紳士的な声と裏腹に、貌は正しく悪魔の哄笑だった。
「今し方アンタに打ち込んだ吹き矢には、遅効性の毒が塗られている。もう十分もすれば、中枢神経が侵されていく」
―――何故こうなったのか、彼女には判らない。
最初に催涙弾を射ち込まれた時は流石に焦ったが、結局手出しもせずそのまま逃げ惑うだけだった。
しかし何時の間に仕掛けたか、部下達から徴発したと思われるハイテク小銃が至る所から時限装置で射撃、射撃、射撃。
実際の所は蚊トンボ並みだが、それが狡猾な配置とタイミングで襲来した結果、かかずらっていたお陰であっと言う間に
スヴェンを見失ってしまっていた。
それに苛付いた彼女は、周囲を徹底的に破壊した。
対人ミサイル、ガトリングガン、対戦車ライフル、ロケット弾、果ては虎の子の百キロ爆弾。兎に角持てる限りの兵器を用い、
相手ごと更地にするつもりで撃ち込んだのだが…………
後に残った瓦礫の山を前に荒い息を整えていた瞬間、太腿に突き刺さる微かな痛み。
脊髄反射でそれが飛んで来た方向に目を向ければ………手製の吹き筒を構えてマンホールから這い出す件の男。
「其処か…!」「動くなッ!!」
無数の砲口に身を晒し、しかし意に介さず男はボタンを押さえた携帯電話を突き出した。
「今こいつから、停止信号を出し続けている。もし指が離れたら、解毒剤が爆発するぜ」
……それを経て彼女は、目の前の男に攻撃出来ずただ歯噛みするだけだ。
「…あそこの時計塔だ。入り口横の投函箱に、解毒剤の入った注射器を入れておいた。
俺の脚力でおよそ五分、アンタなら三分って所かな。それ以内に行けば充分助かる。
アンタのやるべき事は簡単だ。妨害する俺を殺さずにそれを掻い潜って解毒剤を手に入れれば良い。簡単だろう?」
「……何でわざわざ、こんなゲーム染みた真似を…」
「知ってる筈だぜ? 俺は色々有って女子供を傷付けたくない。しかし、これだけの破壊に関わるなら別だ。
アンタにゃ生半な手は通用しないんでな、死の恐怖ってヤツを、一つたっぷり味わってくれ。
急げよ、この毒は本当に苦しいぞ」
紳士道に沿った、しかしそれだけに悪逆な行為。
だが得意げに解説した彼の鼻先に、ガトリングガンの銃口が突きつけられた。
「…アンタを脅すって考えないのかい? 拷問なら殺さず済むんだけどねぇ」
精一杯の気迫を向けるが、それでも男の笑みは消えなかった。
「アンタ何を聞いてたんだ、何時死んでも良い男相手に何を脅すんだ?
それに、妖女エキドナと心中ってのは、なかなかファン冥利に尽きるシチュエーションだな。
それでも良いってんなら、やれよ。この距離なら逃げも隠れも出来ないぜ」
言い返せず、回転しようとした銃身も僅かに動いただけで停止する。
悔しいが何をしようも無かった。間違いなく場と彼女の命はこの無力な男に握られている。
しかも極め付けに、この男は死ぬ事を寧ろ望んでいるのだ。
「判ってくれて光栄だ。言って置くが、俺は銃弾一発で指を離す腰抜けだ。気をつけた方が良い。
………ところで、良いのかい? こうして話してる間にあと八分って所だが?」
弄う様な言葉に一気に血が昇る。しかしこの男を殺す事は許されず、言われるままにただ行動せざるを得ず、しかも制限時間まである。
「……解毒剤を取ったら、覚悟しな」
「それは取った後に言う台詞だ。ほら、急げ」
そして彼女は怒りを押し殺して踏み出した。
それをニヤニヤ見送るスヴェンの顔に砲弾をぶち込む事を考えながら、建物の波間にそびえる時計塔へとひたすら走る。
だがいきなり――――、屋台の陰に仕掛けられていた小銃が彼女の足を銃弾で留まらせる。
「くッ…!」
まるでシャッターの様に現れたチョバムプレート(戦車用装甲タイル)が安全を確保、そして対戦車ライフルが一撃で小銃を破壊する。
しかし其処へ、背後から放物線を描いて飛来した何かが彼女の周囲に煙を撒き散らす。
「ぐ…っ、この……!!!」
「何を聞いてたんだ。俺も邪魔するって言ったと思うんだが?」
催涙作用も無いただのスモークの向こうから、スヴェンが愉しそうに嘲笑う。
それをを見ても、彼女には怒り心頭で睨み付ける事と急ぐ事しか許されない。
「殺す…………絶対に殺す!!! 殺してやる!!!」
「罵るのは勝手だが早く行った方が良いな。あと七分まで十四…十三……」
腕時計と睨めっこしながら、彼の言葉はますます悪意に満ちる。
―――罠は此処に来て、小銃のみに留まらない。
古典的な足を掬うワイヤー。突然跳んでくる火炎瓶。どこかで小さな爆発が起こるかと思えば、その真逆から襲い掛かるガラスの散弾。
狡猾かと思えば子供染みていたり、危険かと思えばそもそも傷付けるギミックではなかったり、はっきり行って舐めているとしか
思えない。しかしそれでも、彼女の足を止める効果がある事が、腹立ち紛れに思うさま辺りを破壊したい衝動にも駆られる。
これだけの細工を短時間で仕掛けた手際も本来なら賞賛に値するが、今はそれさえ怒りの種だ。
「……おっと、余り派手な事は控えてくれよ? 万が一俺に当たったら大変だぞ?」
彼女の後ろを付かず離れず付いてくるスヴェンが、全く他人事で時折彼女にスモーク弾や罠を起こす為に銃を撃って来たりする。
「―――殺してやる!!!」
「だから何だ? 有利なのはアンタだが、追い詰めてるのは俺だぜ?」
罠のお陰で全力疾走が出来ない。それを良い事に男はのんびり歩きながら煙草を吹かす有様だ。
「この……ッ、クソ野郎!! 付いてくるんじゃないよ!!!」
「そうは行かない。俺にはアンタが死ぬかどうか見届ける義務があるし、アンタも解毒剤を打ったら真っ先に俺を殺したいんじゃ
ないのか? 近くに居た方が良いと思うがね?
それより、予定を大幅にオーバーしてるな。こんな所でもう四分を切ったぞ、これじゃああんたの生存は絶望的かな?」
隔靴掻痒極まれリ。殺すべき敵が目の前に居るのに、何一つ出来ないと言う筆舌に尽くせぬもどかしさ。
更に精一杯の反論すら、理詰めと状況で見事なまでに封じられる。
この道を得て、彼女は無敵だった。しかしこの男と来たら、派手な兵器を一切用いず打つ手全てを制していた。
………罠を吹き飛ばし、悪口雑言を繰り返し、残り時間を気にしながらひたすら突き進み、遂にエキドナは時計塔の正面道路まで
辿り着いた。
「……アレか」
一直線に開けた入り口横に、簡素なブリキの投函箱が置いてあった。
「そう、アレだ。早く行けよ? 不必要に息が上がるのは効き初めの証拠だぜ」
後ろのスヴェンは、どうでも良さそうな紫煙と共に致命的な状況を告げる。
「特別に俺からの茶々は勘弁してやる。この辺には結構危険なヤツを仕掛けたからな。
スゴロクで良くある、『振り出しに戻る』位のヤツだ」
まるで手の上の小動物を弄ぶ様な残酷さ。実際にその状況に置かれたエキドナにとって牙が鋭い分、彼のみならず勢い余って
世界中の加虐嗜好者まで殺してやりたい気分だ。
「そう睨むなよ、良い勉強になるだろ? 『自分に起こってようやく事件』って輩にはな。
さあ、宴もたけなわあと二分。妖女エキドナの活躍振りを特等席で………」
しかし言葉は――――破壊音の狂乱に掻き消された。
「……ほう」
それを経ても無傷のスヴェンは、彼女の仕様に僅かな感嘆を零した。
ガンシップ用のへヴィバルカンがざっと七門、道の左右の建物と道路を満遍なく破壊していた。
その中で、時計塔だけはスヴェンと同様に無傷だ。
多少道は荒れたが、これなら罠など物の数ではない。
「…其処で動くんじゃないよ」
恨み骨髄で指を突きつけ、一目散に目的の場所へと走り出した。
……罠を自ら破壊した事で、彼女は瞬く間に投函箱までやって来た。
焦る気持ちを震える程度まで押し殺し、箱を開くと……其処には透明の液体が入った注射器と、コードで携帯電話と複雑に
繋がった銀色の缶が置いてあった。
普通なら大慌てする所だが、彼女は違う。見るなり爆弾と思しきそれは、生じた波紋の中に沈み込む。
そして注射器を取ると、捲くった腕の静脈を捜し、打つ。
ゆっくりと液体が流れ込むのを見届けながら、同時に湧き上がる安堵と―――――――、滾る様な憎悪。
それは、彼女がこの腐れたゲームに勝ったと言う証明でも有った。
「……覚悟は、出来てるんだろうね…スヴェン=ボルフィード!」
空の注射器を地面に叩きつけ、悪鬼の形相で憎むべき男を睨み付ける。
だがその男と来たら、驚愕するかと思いきや全く変わらぬ笑顔で拍手するだけだ。
「――――何が可笑しいんだい!?」
早速大砲を突き付けたのだが、認識していないのか全く動じない。
「いや……実はな、正直かなり悪い事したな―――…って思ってな」
「はぁ!?」
「…こうまで見事に引っ掛かってくれるとな」
その言葉と同時に、エキドナの視界が大きく傾いだ。
「…?」
傾いているのは視界だけではない、重心もだ。
「こ……これは…ッ!」
「そりゃ効くだろうな。血管でストレートのテキーラを飲んだんだから」
―――酒は、薬学上消毒と麻酔を兼任する。
外用すれば殺菌効果だが、静脈注射すれば強烈な酩酊効果を与える。
早い話が、急性の泥酔だ。
「…何でまず初めに、解毒剤の事を言ったと思う? お陰で俺を殺せなかったろう、そう言う事さ」
混濁する意識が辛うじてスヴェンの解説を捉える。
「まさ…か…」
「そう、初めから毒なんて無い。だが露呈や自棄のリスクがあっても、俺は絶対アンタが乗ると確信してた」
靴音を響かせてゆっくりと近寄る。それに対して、エキドナが出した砲身は波紋の中へと少しずつ沈んでいく。
「露呈はさせない。その前に仕掛けでせっせと怒らせたんだからな。
その上で攻撃出来ないとなれば、怒り心頭この上ないだろう」
既に自分の身体を支える事さえ出来なかった。両手を付いても天地が回る不快さの中、それでも静かに解説が耳に届く。
「しかもアンタの道とやらは実に強力だ。そして自分の力に自信を持つ奴に限って、相手を低く見る。
…格下の相手と心中したい奴は居ないだろう?」
完璧に思考を見切られていた事を理解し、歯噛みするがもう遅い。
「そして決め手が、あの偽物の爆弾だ。言った通りのものが目の前に有ると、言葉をそのまま信じるのが人間てものさ。
ましてや、自分の命が掛かっていてはな」
罠は仕掛けられていたばかりではない、行動、言葉、小道具、全てが罠だった。
「何もさせなくて悪いな、ミズ。これが俺のスタイルなんでね」
罵る、戦う、どれも手遅れだ。結局酩酊の渦に抗う事が出来ず、彼女の意識は――――…混沌の奔流に飲まれた。
……完全に意識を失ったのを見計らって、スヴェンは煙草を捨ててエキドナの上体を介抱する様に起こす。
酔ってなお美しい顔だが、其処には妖女の二つ名は見る影も無い。
だが何故か彼は、倒す絶好のチャンスだと言うのに頬を優しく叩いて意識を僅かに起こした。
「…久しぶりだな、俺だよ」
無論、彼女とは全くの初対面だ。それでもスヴェンは、まるで旧友の様に親しげに語りかける。
「…ぁ……誰………?」
「酷いな、忘れたか? 俺だよ」
受け答えもはっきりしない彼女に、なお優しく語り掛ける。
「え………あ…?」
「思い出してくれ、昔を。憶えてる筈だ、俺≠セよ」
スヴェンが行っているのは、酩酊状態を利用した催眠誘導術だ。巧みに記憶に滑り込む事で居もしない知人に成りすまし、
相手の心の防壁を巧みに取り払ってありとあらゆる情報を搾り取る。
彼がかつてISPOに所属していた頃、狂信のテロリストやIQ200オーバーの知能犯に全罪状を喋らせた手だ。
無論違法捜査だが、それが無ければ当時の地位は有り得なかった。
つまるところ、今までの彼の手管は此処に至るまでの伏線、此処からが勝負だった……と、言っても一方的な勝率だが。
「ほら、憶えてるだろう? 俺だよ。思い出してごらん、昔を」
「……あぁ…」
「…忘れたのか? 哀しいな。俺だよ、憶えてるだろ?」
罪悪感も刺激して、ゆっくりと自分を記憶に刷り込ませる。
「……そう……ああ………アンタか……」
「そう、俺だよ。有難う、思い出してくれて」
――――堕ちた
会心の笑みを忍耐で封じて、あくまで優しげな貌を取り繕う。
「いきなりで悪いんだけど、また教えてくれないか? 何処だったっけ、星の使徒の本拠地」
わがはいは、あくまだー(挨拶&今回目指したスヴェン)。
どうも皆さん、NBです。今回ちょっと少ないかな?
GW中いかがお過ごしですか? …俺? 無論脳ミソ腐るほどぐっすりですが何か?
さて、第十三話「決着」開幕です。
しかしあれですね、長らくやってなかったお陰で文章が錆びてる気がしますね。
いかんなー、名作「魔女の宅急便」でも「書いて書いて書きまくる」と言ってるんだけど。
おっと、字が違いましたか。
それはさておき、自分の過去読みしてると…すごく恥ずかしいですね。セルフ突っ込み連発だもの。
内なる俺に散々言われます。
なのでいつか、HP立ち上げることがあったら片っ端から推敲したいですね。
と、言う訳でその時を夢見て今回は此処まで、ではまた。
・スターダストさん
ヴィクトリアも少しずつ雪解けが近づいているのかな?
色んな人たちとの触れ合いの仲で柔らかくなっていく感じがいいです
・NBさん
スヴェン渋いなあ。トレインとはまた違った魅力ですな。
策士というか搦め手使いと言うか、ジワジワと外堀を埋めるような使い手?
156 :
作者の都合により名無しです:2008/05/06(火) 22:52:16 ID:/KzuDAtn0
スターダストさん、NBさんお帰りなさい!
>永遠の扉
まひろって運動オンチでしたっけ、原作?
それにしても美形の女性ばかりの華やかな回ですねえ。
まひろは相変わらずのテンションですけど・・。
ビクトリアを見守る千里がいい感じかな?
>AnotherAttraction BC
悪逆紳士のスヴェンがカッコいいですね。
酸いも甘いも噛み分けた大人という感じで。
意外とエキドナとは大人同士で似合いの感じになるのかも?
いよいよ星の使途のアジトに乗り込むのかなー。
NBさんとスターダストさん帰ってきてくれたか。
バキスレもまた安泰だ。
長きに渡るブラックキャットの物語もいよいよ本拠地突撃で
最終決戦が近いのかな?楽しみだ。
しかしこの文章力で恥ずかしいとかいわれたら俺なんか困るよw
159 :
作者の都合により名無しです:2008/05/07(水) 20:25:21 ID:LH875Sdr0
スターダストさんとNBさんの復活は嬉しい。
実力ある人が書いてくれると活性化するからね
しかし今回のBCはなんだ、どっちが悪役なんだというツッコミ待ちな気がしてならないw
しかし二つの作品とも長々連載だな
お2人とも幾久しくがんばって下さい
>>135 数日後。戦団所属の病院の廊下を、山崎と斗貴子が歩いていた。
グムンの毒を受けた女の子はここで治療され、どうにか一命を取り留めた。もうしばらく
入院の必要はあるが、後遺症の心配などはないそうだ。
胴体真っ二つだった山崎はというと、あっという間に修理されて元通りになってしまった。
山崎曰く、戦いでこうなることは珍しくないから、NS社にはスペアの部品が常に充分
用意されているとのこと。
だが、当然だが脳だけは取替えがきかず、あと一年もすれば腐敗してしまう。そうなれば
今度こそ、山崎にとって本当の死となるそうだ。
グローブ・オブ・エンチャントの性能はとりあえず確認され、パレットのように錬金術を使う
企業の存在も確認されたので、NS社は研究を続行。とはいえ、まだまだ武装錬金の
解明・開発には遠いようである。
パレットのホムンクルス製造工場は錬金戦団が急襲し壊滅。日本支社の犯罪に
ついては、鈴木の頭脳に残されていたデータから山崎とNS社が警視庁に連絡した。
特車二課というところに、パレットに誘拐され売買された子と面識のある婦警がいる
とかで、精力的に動いてくれているそうだ。遠からず、正式に捜査が入ることだろう。
「……山崎さん」
発声前に考えて考えて、言葉を選んでから、斗貴子が言った。
「あんたはそんな体になったから、表立っては死亡したことになっているから、だから
もう家族に会えないとか言った。けど、私はそうは思わない」
「は?」
「きっと、奥さんや娘さんは、あんたが『仕事』を終えて帰ってくるのを待ってる。
あんた自身は味わえなくても、娘さんはあんたにおにぎりを作ってあげたくて待ってる。
お父さんが、ただいまって言って家に帰ってくるのを待ってる。……と思う」
山崎は足を止めずに、斗貴子の顔をちらりと見て。
「ありがとうございます。ワタクシは、そんなことを言って下さるアナタのような人がいる、
この社会が好きなのです。そして、愛する妻や娘が暮らしていくこの国の未来を護りたい。
ですから、もうしばらくは、今のままの形で世に関わっていこうと思っています。ですが
アナタのお心遣いは、ありがたく受け取っておきますよ」
山崎は、斗貴子のおにぎりを食べた時とよく似た微笑を浮かべた。
それから、その表情を少し引き締めて言葉を続ける。
「その優しさを、いつまでも失わないようにしてください。錬金の戦士として、
この先も過酷な戦いを続けられるのでしょうけど」
「……」
二人は病院を出た。真昼の眩しい日差しに目を細めて、足を止める。
「正直なところ、私はまだ迷っている。あの時、鈴木との取引を捨ててあの子を
助けようとしたのは、本当に正しかったのか。結果的には良かったけど、
ヘタをすれば鈴木の言ってた通り、戦団が後手を踏んで犠牲者を増やすだけ
だったかもしれない。もし、本当にそうなっていたらと考えると……」
「津村さん。こんな言葉をご存知でしょうか」
「え?」
山崎は、ゆっくりと歌うように言った。
【ひとつの命を救うのは、無限の未来を救うこと】
「かつて、災魔一族と呼ばれる恐ろしい侵略者の手から地球を護って戦い抜いた、
五色の戦士たちの言葉です」
「…………ひとつの……命……う〜ん……」
斗貴子は考え込んでいる。山崎は眼鏡をくいっと上げて、溜息をついた。
「ふぅ。戦士とはいえ、アナタのように多感な年頃の少女の心は、ワタクシのような
オジサンの、硬質化した頭や言葉では動かせないのも当然ですかね。ですが、
いつかきっと、それを成し遂げる若者が現れると思いますよ。言葉だけではなく、
想いや行動で」
「?」
「そうですねぇ。例えばこのような」
山崎は空を見上げた。斗貴子もつられて見上げる。
燦々と降り注ぐ日差しが眩しい。
「熱く輝く、この太陽光のようなハートを持った若者が、アナタの前に現れることでしょう。
そして、アナタが本来持っている優しさを引き出してくれる……ただの勘ですけどね」
「なんだそりゃ。だったら、私も言わせて貰うが」
斗貴子は苦笑して言い返した。
「私のような戦士ではない、当たり前の日常を生きてきたごくごく普通の女の子が、
あんたの気持ちを動かして、奥さんと娘さんの待つ家に帰してくれる日がきっと来る。
ただの勘だけど」
「はは、それはそれは。そんな日が来るといいですな。お互いに」
「そう……だな」
二人は、どちらからともなく手を差し出して、しっかりと握手を交わした。
それから別れ、互いに背を向けて歩き出す。
斗貴子は次の任務先、銀成市でのホムンクルス討伐へ。
山崎は次の派遣先、潟純Cワイマートでの部長代理職へ。
斗貴子はその後、運命の少年・武藤カズキと出会う。
『太陽光のようなハート、か。本当にいるのなら会ってみたいものだな、そんな子に』
山崎はその後、運命の少女・鹿島倫子と出会う。
『普通の女の子、か。どんなものですかねぇ、最近の女の子はいろいろ難しいですから』
斗貴子と山崎の、それぞれの出会い。それぞれの物語が、始まる…………
【武装錬金】第一話 『新しい命』
【企業戦士YAMAZAKI】第一話 『コンビニエンス・ウォーズ』
に続く。
以上です! お付き合い下さり、ありがとうございましたっ! この後、ボーイミーツなガールと
なる斗貴子は第一話から携帯電話を使用。が、同じ女子高生たる倫子は友達連中と
ポケベルでやりとりしてました。通話でもメールでもなく、もちろん動画でもなく、ただの
数字だけを。「3341」で「サミシイ」とか。……今時の若いもんは(以下膨大につき略)。
>>スターダストさん(HPでのご指南感謝。まだまだ精進せねばのぅ私)
本人も気付きつつありますが、「包まれてるなぁ」と思えるびっきーの現状。秋水に、まひろに、
千里に。そして、この場にいたとすればおそらくカズキにも。原作の先の展開を知らなければ、
いずれ斗貴子とも和解して、ピッコロやベジータよろしく共に戦う仲間になるとか、なんて妄想。
>>NBさん(HPの立ち上げ、夢見させてもらいますよ〜)
感動の再会はも少し先か。しかしそれに劣らぬものを魅せてくれましたスヴェン。直接戦闘力
はトップクラスに及ばずとも、知力や度胸、敵への容赦のなさといった本人の能力が、それを
補って余りある。「超」能力に頼らない、これぞ本当の「能力バトル」。生々しく迫力あります。
167 :
永遠の扉:2008/05/09(金) 00:41:42 ID:WuBZKtye0
第052話 「避けられない運命(さだめ)の渦の中 其の肆」
「はああああああっ!!」
「でぇやああああああああっ!!」
幾重にもブレながらもつれ合う刀と鎖の斬影が、あたかも癇癪玉のようにバチリと爆ぜて青
白い火花を至るところに撒き散らしている。
貴信が腕を振るうたび真鍮色の鎖が床や壁を削り喰いながら秋水に殺到し、彼のソードサ
ムライXに防がれているのだ。さりとて中空で巻き落とされたり上下左右問わず柔軟に弾かれ
た鎖たちは貴信が手首に微妙な捻りを加えるたびにみるみると息を吹き返し獰猛な大蛇のご
とく再び秋水に襲いかかり、防がれ、また襲うのだ。
(マズいな!! ハイテンションワイヤーの特性を用い、ジャストミートの瞬間にエネルギーを
抜き出せば動きを封じるコトもできるが!)
(しかしそれは戦士・剛太から聴取済み。当てられる前に当てるのみだ!)
いずれも両者の微細な技術あらばこその現象だ。どちらかが気を抜けばどちらかの攻撃が
命中し、危うい均衡を一気に打ち崩すであろう。
(フハハ! ゲッターの歌を歌うヒマもない!)
(これほど長い獲物をよく手足のように使える物だ)
果てしなく見える応酬は、しかし徐々に終焉へ向かいつつあると両者は知悉している。
(一見の互角の攻防だが!!)
(貴信への距離は縮まりつつある。……つまり)
刀は踏み込むコトで真価を発揮する武器である。対して貴信は固定砲台のように静止した
まま鎖分銅を放っているから、秋水は期せずして一見互角の攻防の中で距離を縮めつつある
のだ。
(そして接近すれば剣術の方が優勢……そう考えているな! ならば!)
弾かれた鎖分銅をそのまま手元に引き寄せると、貴信は放胆にも攻撃の手を休めた。
空間は先ほどまで気迫と火花のるつぼと化していたのがウソのように、秋水の突貫に最適
な道を開いた。
美貌の青年の顔に一瞬逡巡が浮かんだが、迎撃あらばそれを迎撃せんと刀を右下段に引き
つけたまま彼は矢のように斬り込んだ。
黒い学生服が加速の中で陽炎のように揺らめきながら飛んでいく様を、レモン型の眼窩に
浮かんだ芥子粒ほどの黒眼がらんらんと燃え盛ったまま見送っていたが、秋水が逆胴の構
168 :
永遠の扉:2008/05/09(金) 00:42:26 ID:WuBZKtye0
えに移ったところで初めて体ごと動いた。
「がっ……!」
刀を握った手の甲に突如走った鈍い痛みに秋水は顔をゆがめた。
貴信はいつの間にか鎖を手の穴にほとんど仕舞い込み、いわゆる「肘切棒」よろしく中指か
ら肘までの長さ(おおよそ四十センチほど)までにまで収縮していた。
そして彼は逆胴の起点とは反対方向に軽く身を捻って刃を避けつつ、すっかり短くなった鎖
で以て秋水の右手の甲を打擲したのだ。逞しいとはいえ人間の宿命として肉薄いその場所だ。
緩衝も何もなく骨にまで沁みる痛みがびーんと駆け抜け、秋水は期せずして愛刀を取り落とし
そうになった。それはただの痛みだけでなく、ハイテンションワイヤーの特性によって運動エネ
ルギーを抜き出されたせいでもあるだろう。
事実秋水の手首からその輪郭を模したエネルギーが飛び出た瞬間、その辺りで跳ねた鎖
が無気味なうねりを上げながら秋水の左側頭部を軽く打ち、首へと巻きついた。
「はーはっはっは!! 知らなかったか!! 鎖分銅の仮想的のほとんどは刀だ!! もっと
もそれを伝える流派はもはや現代では四流派程度しか残っていないが、僕はあいにく修めて
いる!!」
咄嗟に右手で刀を持ちつつ左手を首に差し込んで完全なる窒息をさけたのは流石秋水とい
うべきであるが、貴信はその間にも右手の穴からじゃらじゃらと鎖出しつつ秋水の背後に回り
込む。そして首の左右に両手を伸ばし、鎖を強く締め付けた。のみならず後ろへ倒れろとばか
りに恐ろしい力を込めて……。
「香美が出ている時はこういう技巧は使えないが……ひとたび僕が出てくればこうなる!!」
貴信のいま仕掛けたものは「首級落とし」という技である。本来はここから一気に引き倒して
決めるが、秋水は端正な顔を紅潮させながら辛うじて耐えている。平素の訓練で鍛えた足腰
あらばこその技だが、さりとてホムンクルスの膂力による締め付けを左手一本で耐えていれば
どうなるか。
(落ち着け! 態勢は不利。状況は逼迫している。だがこういう時こそ考えるんだ……!)
緩やかな酸欠への恐怖がもたらす動揺の中、去来したのはブラボーとの特訓である。
169 :
永遠の扉:2008/05/09(金) 00:43:37 ID:WuBZKtye0
「甘いぞ戦士・秋水! 戦いは常に予想外の事が起こるものだ! それに咄嗟に反応できる
かどうか、戦士の真価はそこにこそある!! 何もせず、ただ状況に流されているだけでは
敵のペースにはまるだけだ! 完璧でなくてもいい、とにかくまずは動くコトが重要だぞ!」
(まずは、動く!!)
暗くなりかけていた瞳に再び光を灯すやいなや、秋水は右手の刀を逆手に握って斜め上へ
突きあげた。
果たせるかな、密着状態のため刀は非常に当たりやすくなっている。この場合は幸運にも貴
信の右肘、先ほどシークレットトレイルによる真・鶉隠れによって切断された部分へ滑り込み、
他と比べて脆いそこをまたもや切断した。
そのため鎖を握っていた右手は俄かに力が抜け、秋水はすかさず反転しながら貴信の胴を
真一文字に斬った。逆胴でないのは流石に剣気充溢の状態でなかったためだが、攻撃に転じ
られただけでも十分立派といえるだろう。
されどこの攻防で真に恐るべきは貴信であった。彼は秋水が首から鎖分銅を振りほどく頃に
は自身の右手を掴みあげつつ再び顔に見合わぬ技巧を見せていた。すなわち、中空でとぐろ
を巻くように漂っていた鎖分銅を一気に引き戻し、そのまま秋水の顎めがけて放ったのだ。正
面から見れば星型分銅しか見えぬほど鎖は一直線にびィーんと張り詰めていた。しつこいよう
だが、首から離れとぐろを巻いていた鎖を一秒も経たぬうちに上記の状態にまでまとめあげ、
斬撃半ばの秋水の顎を打ち貫いたのは特筆に値しよう。
だが流石に両者の動きはそこで途絶えた。彼らは示し合わしたように一瞬仰け反ると、反射
的に飛びのき激しい息をついた。
(あのタイミングで交差法とは……! よほどの技量と戦意がなければ出来ない真似だ……)
秋水は割れんばかりに痛む顎を触れた。
熱ぼったい痣が浮いている。ともすれば骨にヒビすら入っているかも知れない。
(……ははは!! カウンターが間に合わなければ恐らく胴から真っ二つにされていたな!!)
貴信は右腕の接合状態を気にしながら、胴の傷を見た。
服を切り裂き体表を二センチメートルばかり抉っている。
170 :
永遠の扉:2008/05/09(金) 00:44:29 ID:WuBZKtye0
(んーと、んーと、……だあもう! 何が起こってるかあたしニャちっとも分かんないじゃん!)
すっかり蚊帳の外の香美は半眼でつまらなそうに思った。
「ハハハ!! お互い武術を学んだだけあり、なかなか勝負がつかないな!!」
「あ、ああ」
殺人鬼のような形相でギョロギョロとねめつけてくる貴信に、秋水は困惑した。
「その、君はもうちょっと静かに喋るコトはできないのか?」
「できない!! 何故ならば僕は他人と話すのが苦手だ! よってテンションを上げねばどうに
もならない!! テンション下げればそれはもう鬱状態になるからな!!」
『そーそー。ご主人はむかしからずっとこうじゃん。だからあたしひろって話し相手にしてたぐら
いだし。コレで意外に繊細じゃんご主人。ずっとずっと恋人欲しいとかボヤいてるし』
(そうなのか?)
秋水は貴信を笑うコトはできない。何故ならば彼も友人は少ないからだ。
「ハーッハッハッハ!! 物悲しい与太話はさておき! ここからは武装錬金の特性を活かした
戦いに移ろうじゃあないか!! ああ! 何かなこの目からこぼれる液体はあああ!! まあ
それはともかく我らが全能なるリーダー、助力をこいねがう!!」
(君も世界の中で色々と苦労しているんだな)
秋水が微妙な表情をしていると、部屋を取り巻く四辺の壁に変化が生じた。
平たく言えば三本の線がぼこりと浮かび、そこからバチバチと青白い光がスパークし始めた。
「コレは……一体?
『ぴんぽんぱんぽーん』
部屋に響いた声は、小札の物である。
『えーこほん。マイク通じてますかマイク。ぽんこんぽん!(←叩く音) おお! 通じております
ね!! されば不肖よりご説明申し上げます。いま壁からせり出しまするモノはいわゆる普通
の電流であります!! もりもりさん名義で引いた電気をここへと集中し、当たれば肉焼け髪
ちぢれる恐るべき代物であります。電気料金も恐るべき代物であります』
「この部屋の形成と同じく、アンダーグラウンドサーチライトの特性か」
171 :
永遠の扉:2008/05/09(金) 00:45:08 ID:WuBZKtye0
『流石は秋水どの、なかなか理解がお早い! こほん。今のはシルクハットつながりのセリフ
ゆえ他意はありませぬが、とにもかくにもこの電流はアンダーグラウンドサーチライトの内装
自在の特性にて築きあげたる物! そしてその理由は』
「総角がヴィクトリアの武装錬金を模倣している以上、自分や部下たちにとって有利な地形を
作るのは当然だろうな。そして恐らくは残る者達も、彼らの武装錬金や性質を十全以上に発
揮できる部屋に居るという事……」
「ハハハッ!! その通り! ちなみに香美の場合は何もない部屋の方がやりやすいからあ
あだった!」
「そして君の場合はエネルギーを吸収し、例の流星群などの技に使う……という事か」
『うぅ、不肖の解説の出番がないほどのご明察、お見事。それではー。ぴんぽんぱんぽーん』
貴信は鎖分銅を伸ばすと、壁の電流に押し当てて吸収を始めた。
「しかしだ、地の利は僕たちだけではないぞ! 貴方の武装錬金の特性を考えれば十分利用
価値はある筈! つまりは五分! そう思ったからこそ戦闘が一段落した時に出して貰った!」
秋水はそのセリフで気付いた。
(思い返せば先ほどの戦闘の最中、俺が壁に接触する場面は何度もあった。しかし彼はその
時、総角に仕掛けの作動を頼まなかった。いや、今だって例えば俺の足元に電流を流せば、
それで片は付いた筈だ。なのにどうして……?)
「ん! どうした浮かない顔をして!」
秋水は一瞬「いや……」と言葉を呑みかけたが、意を決して問いかけた。
「なぜ、君のような男が総角の部下をやっている? 彼は技術に対しては堂々としているが、
しかし根の部分は策士だ。君とは氷炭のように受け入れない筈。なのに、なぜ?」
「なぜか、か。それは……」
貴信は珍しく静かな口調で呟き、舞い散るエネルギーの中で目を閉じた。
(アレから何年経ったんだろうなあ! 七年か八年か……思い出すのも久々だ!!)
「駿馬とて悪路を走らば駄馬と化す……恨むなら悪路をもたらした自身の収集癖こそ恨め」
「貴様ッ!! 香美を、香美をどうしたッ!! 書物さえ渡せば助けるという約束は……一体
どうした!! 約束を違えるのか!? 答えろ!! 答えろオオオッ!!!」
172 :
永遠の扉:2008/05/09(金) 00:46:37 ID:4e7wGLzL0
「おーっと悪ィ悪ィ。つい勢い余っちまってなあ〜 結論からいやあ……ネコは死んだよ。壁に
頭ぶつけてな。今なら頭にできた切れ目から、豚の小間切れ肉集めたみたいな色艶の脳み
そが見れるがどーするよ? っと、ダメみたいだぜ。ウチらで一番のせっかちにゃその時間も
惜しいらしいわ。あーやだねやだね夢かき集めない奴ぁ」
「駄馬にも劣る雑種と飼い主でも兵卒ぐらいにはなるだろう……手向けに混ぜてやる」
「そん変わりお前の人格は死ぬっきゃねーけど、ま、ウチらにゃどーでもいいか」
(……今でも嫌な記憶だな。だからこそ尊敬すべき相手へ語っても仕方ない!!)
貴信はレモン型の瞳をパシパシと瞬かせ、頬を歪めてニカーっと秋水を見た。
「これには色々と事情があるんだ! 話せば長くなるが!!」
『んーにゅ。あたしらさー、もともとご主人とネコで別々だったワケよ』
「だがちょっとした事情で一つの体を共有するコトになったんだ!!」
『そそ。さっきさぁ、なんかこわいれんちゅーにアレコレされてこんなんじゃん! おかげであた
しネコなのに暗いトコとか狭いトコとか高いトコとか苦手っつーかこわいじゃん』
「でだ、香美が僕などと同じ体なのは申し訳ない! いつかちゃんと飼い主として責任を持っ
て、僕とは違う肉体を与えてやりたい! そしてちゃんとしたお婿さんと引き合わせてやりたい!
ただ、それだけだ!」
『んーまぁ、あたしニャむずかしいコトわかんないけどさ、またご主人のヒザでくつろぎたいし、
別々になる方法さがしてるわけじゃん』
貴信は胸を張り、香美はからからと言葉を紡ぎ、秋水は瞳に憂いの色を浮かべた。
「……だから総角の部下となり、各地をさまよっている訳か。だが」
「おっと! 戦団の力を借りろというのはいいっこなしだ!! 僕は一応もりもり氏には香美と
もども命を救われた恩義がある!! だから今さら彼を見捨てるのは男として許せない!!
それにだなあっ! ブレミュはけして居心地は悪くない! だから僕はこの心地の良さを二度と
何者にも破壊させないため、敢えて尖兵として戦おう!!」
実力があるかはまだ分かりませんが、やれる所までやってみますです。ハイ。
色々な人が来てくれたら嬉しいですし……
>>155さん
描いててなんか憑き物が落ちた感じがありますねw
昔から救われる彼女が見たかったので、今の状態は描いてて楽しいです。
>>156さん
確か「嫌い:マラソン」なので運動ニガテかなーと。でもよく考えると三巻でバレーボールしてた
し、そこまでニガテじゃないのかも……うーん、保管の際に変えるべきかもあの部分。ちーちん
は地味ですが良いコですよ。時々千歳さんと名前間違えそうになっちゃいますが、それはそれで。
ふら〜りさん(完結、おめでとうございます! 例のアレはお気になさらず。一ファンの一考察ですから)
ピリオドのヴィクトリアは立場的に秋水や斗貴子さんと敵対してるのですが、そこは二次創作、
「原作で直接対決してない」のを口実にあれこれしてしまおうかと。基本は山風先生みたく「そ
うであってもいい筈だ!」と。話は変わって斗貴子さんにもいずれ「包まれる」展開を用意してあげたく……
>BATTLE GIRL MEETS BATTLE BUSINESSMAN
通して見ると山崎さんはいいキャラだなーと。大人で冷静で、機械だけど無味乾燥な性格でも
なく、たとえば味覚のコトを一生懸命弁明したり。ついつい自分は「太陽光のようなハート」に
ばかり目が行って「おお!」となったりするのですが、よくよく読むと山崎さんの今後を暗示する
セリフも盛り込まれていて、でも脳が「一年もすれば腐敗」……いずれ原作読んでみます。
何はともあれ救いの見えるエンドで良かったです。また鋭気充溢した時に何かを!
174 :
作者の都合により名無しです:2008/05/09(金) 10:45:15 ID:hyo7FQz70
ふらーりさんお疲れ様でした。
ふらーりさん独自のトキコさんたちの活躍楽しかったです。
うーん、これでますますスターダストさんたちの
負担が重くなっちゃうかも。
永遠の扉はまだまだ続くから安心してるけどね。
>ふら〜りさん
山崎の最後の説教が見れてよかったです。
カズキに出会う前のトキコの心にはどれほど届いたのかわかりませんが。
また、ふら〜りさんの暖かい作品にお会いできるのを楽しみにしてます。
>スターダストさん
真剣勝負なのになんか貴信とかはコミカルですね。ある意味秋水可哀相w
でも、意外と貴信にも背負ってるものがあって負けられないようですね。
ふら〜りさんこれで何本目の完結だ?
本当にいつもお疲れ様です。
これからもバキスレの座敷童としてい続けて下さい。
超長編を書いているスターダストさんとかと
中編くらいのを沢山書いているふら〜りさんと
どっちが大変かね?
177 :
永遠の扉:2008/05/09(金) 21:47:08 ID:s9g4KRE+0
第053話 「避けられない運命(さだめ)の渦の中 其の伍」
壁に接触していた星型分銅が勢いよく貴信に跳ね返り、地面へダラリと垂れた。
「筋からいえば貴方は先を急ぎ、僕たちは時間を稼ぐという相反する立場!! が、もりもり
氏に課せられたノルマ自体はすでに果たした!! 一時間!! 僕と香美で一時間!!
それを超えればあとは好きに攻めろと達しがあった!! よって!!」
貴信の手から垂れる鎖に、まばゆい金色の光がバチバチと伝播し始めた。
「ココは男らしく一撃勝負! 最大の技をブツける!! 当てれば僕の勝ち! 当たらなけれ
ば貴方の勝ちだ!!」
光は鎖を伝い落ち、地面に横倒れる分銅の断面からみるみると溢れだした。
その様子を秋水は騒然と見た。
光が風船だとすれば星型分銅は空気入れの口であり、鎖はチューブであろうか。
形を持った光がたちどころに巨大な球体へと成長を遂げた。直径は五メートルはある。
「壁から吸収できるだけ吸収した総てのエネルギーを凝集したこの光球! いつかの新人戦
士に浴びせた流星群などは比較にならない威力だ! 見ろ!!」
貴信は自らの髪を数本千切ると光球に放り込んだ。すると髪は少しくすぶったあと白煙を発し、
もつれ合いながら消滅していった。
「当たりさえすればこうなる!! もっともブツける以上、接触は長くて二〜三秒!! 全身に
第二度の火傷を負い戦闘不能にはなるが死にはしない!! とはいえ貴方の刀とて簡単に
は吸収できないだろう!!」
いかなる工夫があるかは分からないが、体に取り込んだエネルギーを練り込み再度放出す
るには相当の集中を要したと見えて、貴信の顔は汗みずくになっている。息も少々上がってい
るが、そちらはすぐさまいつもの大声にかき消されて分からなくなった。
「なぜならばこの光球の直径はおおよそ五メートル!! 対する貴方の刀は一メートルもない!
斬りながらエネルギーを吸収したとしても、その斬撃が終わる頃には無事な部分が貴方を襲
う!!」
「予想は正しいが、しかし俺のソードサムライXは触れさえすれば如何なるエネルギーも吸収
する武装錬金。対象が巨大だというならこの場を動かず総て防ぐまで」
178 :
永遠の扉:2008/05/09(金) 21:47:52 ID:s9g4KRE+0
秋水が横につかんだ愛刀を顎の前にかざしながらわざわざ説明したのは、貴信に対する一
種の武士道精神かも知れない。彼の技を事前に防がないのも或いはそうだろう。
「フハハ!! 僕とて貴方の立場ならばそうする!! だが!!」
巨大な光球の傍らの貴信に明確な変化が起こった。
まず彼の首が百八十度回転し、髪が伸びて胸が膨らみ四肢がしなやかさを帯び、腹や臀部
がにわかに女性らしい丸みを帯びたのだ。そして。
「う、うにゃ? なんであたしがまた正面に?」
香美は目をぱちくりとしながらネコ耳をひょこひょこさせ、落ち着きなく辺りを見回した。
『僕は貴方が光球を受け止めている間に、光球をもう一つ撃ち放つ!』
「な、何……?」
秋水が思わず飲んだのは、その戦法ではなく予告にである。或いは不意さえつけば秋水を
倒せるかも知れないのに、貴信はむざむざその可能性を捨てているのだ。
『それも正面からではなく、香美の機動力で貴方の死角に回り込み、本命となる二発目を放た
せてもらう!! むろんこちらは外部からのエネルギーではなく、僕たちの全精力を込めて撃つ
から当てれば僕の勝ち! 当たらなければ貴方の勝ちだ!!』
ソードサムライXの切っ先が弧を描きながら秋水の足元にピタリと止まった。
「なるほど。戦法も予告も君らしいな」
構えを取った秋水は、この局面でなお微笑を浮かべた自分に内心驚いた。
一体その心情は何と形容するべきか。
ただただ桜花を守るために目を濁らせ剣を振るっていた頃とは違う感情。
相手を見て相手を認め、ひたすら純粋に技量だけを出し合える心地よさというべきか。
(勝負にはこういう物もあるのか)
もしかすると初めて直面するかも知れない戦いの醍醐味に、安定しながらも張り詰めた緊張
感が秋水の隅々まで広がっていく
『やはり男は最大の技に勝負を賭すべきだからな!! というワケだ香美!! 死角を探すの
はお前に任せるぞ!!』
「う、うん。あいてに見えんばしょ見つけたり動いたりするぐらいならあたしにもできるし」
そして……と、貴信は秋水に声を向けた。
179 :
永遠の扉:2008/05/09(金) 21:48:45 ID:s9g4KRE+0
『流石の貴方とて刀一本で別方向からやってくる二つの巨大な光球を、同時かつ瞬時に打ち
消すコトはできないだろう!』
「……いや、方法ならある」
秋水は壁に歩み寄ると、刀を電流の坩堝へ突き立てた。
「どこまでも正々堂々に拘る君に敬意を表し、俺も手の内を明かそう」
そうでもせねば勝負の根底に流れるきらびやかな物を踏みにじるような気がして、秋水はとく
とくと自身の武装錬金の特性を説明し始めた。
「ソードサムライXは刀身から吸収したエネルギーを下緒経由で飾り輪に蓄積し、時間差をつ
けて放出する事ができる」
果たして言葉通り、電流はみるみると刀身に吸収され、下緒を通り……
『そしてそれを以て、二発目の光球の相殺に当てる、か!! だが果たしてできるのか!!?』
「六対一という戦いに身を投じる事を決意した時から、不利は百も承知だ」
飾り輪がその限界までエネルギーを吸収したのを確認すると、秋水は何かに思いを馳せる
ように目を閉じ、刀を引き抜いた。
「だが少なくても俺の恩人ならば、万人から無謀といわれようとこうするだろう。回避は元より
選ばない。君の技を真っ向から受け止め、そして破る……!!」
澄んだ瞳をすくりと開き距離を取る秋水に、貴信の声がかかった。
『貴方ほどの男にそうまでいわす恩人、やはりいつか会ってみたいな』
秋水にその顔は見えないが、静かな声の調子からは笑みを浮かべているのが容易に推察
できた。
「いまはあいにく地上にいないが必ず戻ってくる。君も生きてさえいればいつかは会える筈だ。
もしかすると君たちの直面している問題さえ解決してくれるかも知れない」
秋水もふと微笑を湛え、それから粛然と表情を引き締めた。
「行くぞ」
『……勝負は一瞬ッ! 全力は尽くすが予告はしたぞ!! 二発目は不意打ちじゃない!』
「分かっている」
「う、あたしは入りこめないけど白ネコぐらいは見るじゃん」
秋水は正眼、香美は無造作に鎖を垂らしたまましばし睨み合い──…
180 :
永遠の扉:2008/05/09(金) 21:50:34 ID:s9g4KRE+0
やがて誰からともなく、声が漏れた。
「勝負!!」
『超新星よ! 閃光に爆ぜろ!』
口火を切ったのは貴信だ。彼は鎖分銅を振り抜くとその先端についていた光球を秋水目が
けて傲然と吹き飛ばした。エネルギーの塊は自身の速度で歪むほどの初速を帯び、床板を
バラバラとめくり上げるとそこから一気に秋水の目前まで迫っていた。
「え、えーと、かーみーのすむ星じゃん! あ、ちがった」
(まずは一つ目!!)
秋水は光球に右肩上がりの斜線をつけるような形で剣の腹をブチ当てると、左手で切っ先を
押さえて迫りくる光球の威力に耐えた。
巨大なそれはまるで機関車か何かのような恐ろしい速度だ。だがソードサムライXの刀身は
確実にエネルギーを吸収していく。黒い学生服は飽和状態の飾り輪からバチバチと迸る極光
に照らされ五色にも七色にも激しく明滅しつつ、緩やかにだがその座標を後方へずらされて
行く……
「押され……ぐっ……!!」
光球はむしろ縮小するたびにその速度を増しているようだった。
腕のみならず上体全てを使い押し返さんとする秋水だが、足元では草履の裏を思わせる灰色
の轍が二本、ズリズリと延長していく。
『そして二撃目ええええええええ!!!』
「お!! 思いだしたコレ、かーみのすーむ星じゃーん!!」
声がどこからともなく響いたのと、秋水が意を決して眼前の光球に斬り込んだのは奇しくも同
時であった。
剣技とは時に極限状況で大きく伸びるものらしい。いまだ直径二メートル以上あろうかという
光球が遮二無二にまろびつつ踏み込んだ秋水に見事両断されたのはソードサムライXのエネ
ルギー吸収特性を差し引いても奇跡としかいいようがない。
だが秋水が斬り開いた道を通り抜け貴信たちの姿を求めた瞬間、奇跡を差し引いて余りある
凶事が注いだ。
「最大の死角……!!」
呻くように叫んだ秋水の瞳がホワイトアウトしたのは……
真正面から第二の光球が到来し、奇跡の代償たる硬直時間ごと彼を呑みこんでいたからだ!
181 :
永遠の扉:2008/05/09(金) 21:51:38 ID:s9g4KRE+0
『ブラフのようで悪いが、しかし結局は真正面から撃つコトしか浮かばなかった!!』
先ほど移動すると宣言した貴信たちは……
一歩たりとも動かず元の位置にいた!
「だってさぁ、ふたりとも頑張ってたワケだし、いまさら不意打ちとか悪いじゃん……」
香美は非常に悩ましい顔つきで光球を眺めたが、しかし彼女の選択は正解といえなくもない。
(皮肉だな! 動かなかったからこそ二撃目が一撃目の影に完全に隠され、後者を斬り捨てた
瞬間に命中するとは……! それにもし飛べば天井の片隅の……いや。もう済んだコトだ!)
香美の髪の中で貴信は瞑目した。
『とにかく、コレで決ちゃ……』
「ちょ!! ご主人!!
何事かを悟った香美の言葉に覆いかぶさるように、裂帛の気合いが響いた!!
「はああああああッ!!!」
気合の出所は光球の中だ。あろうコトかその声の上下につられ光球の表面でプロミネンス
がいくつも吹きあがり、特大の光球を震動させ、
『これはッ!!』
「あ!! あん中ですごいバチバチが出ながら入ってるじゃん!!!」
驚愕の香美が指をさした瞬間、光球は倍以上に膨れ上がった。
『膨れ……!? まさか、彼は……!! 彼はあああああああ!!』
「例え呑まれようとそこで終わりではない!! 終わりにはさせない!!」
光球の一面が下から上へばくりと斬り裂かれ、秋水が弾丸のごとく香美に殺到!!
彼女は眼を見開き手を動かそうとしたが、途中で静かに目を閉じその時を待った。
そして剣が閃いた次の瞬間……
秋水は見た。
咄嗟に香美から貴信に変貌した敵の姿を。
奇しくも香美と同じく──とはいえ軌道自体は逆だが──右肩から左腰部を斬り下げられな
がら、ニヤリと笑う貴信の顔を。
斬り込んだ秋水が勢い余って十数歩先まで滑って行ったため、彼と貴信の間にはそれだけ
の距離がある。
そのまま互いに互いの背を向けたまま、二人はしばし沈黙し……
「……超新星の中に空洞を作ったようだな貴方は」
182 :
永遠の扉:2008/05/09(金) 21:52:50 ID:xDGhgN2B0
あちこちに火傷の痕が生々しい秋水は、「ああ」とだけ言葉少なげに頷いた。
「呑まれた瞬間……俺は丹田の前に飾り輪をかざし、あらかじめ蓄えておいたエネルギーを
一気に総て放出した」
「もちろん放出したエネルギーにも破壊力が伴っているから無傷とはいかなったようだが……
僕の最大の技にただ呑まれるよりはマシ。というコト……だな」
「そう考えた結果、一瞬だけ周囲のエネルギーを相殺するコトができた」
「フハハ!! 相殺ではないぞ!!」
「?」
「エネルギーのうち、幾分かは周囲に押しやられ! ともすれば光球を倍以上に見せていた!
物理的な説明など僕にはできないが!! 要するに僕のエネルギーを貴方の気迫が上回っ
ていたというコトだろうな!!」
威勢のいい意見に、しかし生真面目な青年は戸惑いを率直に述べた。
「いや、俺はただ空洞の中で歩を進め、薄くなった光の壁を斬るのに精いっぱいだった。とて
も君を上回ったとは……」
「ハハハハハハハ!!」
負けたのに哄笑を上げた貴信を秋水は不思議そうに振り返った。
「僕は先ほど、ちゃんといった筈だ!
正々堂々とエネルギーを迸らせたからとて、すぐさま花開かぬ時もある! そんな時は、費
やしたエネルギーが地中で芽を生やしていると考えればいい!! いずれは日の目を見て想
像よりも綺麗な花を咲かすコトもあるだろう!
となあ!! よって配慮は無用ッ! 男ならば勝った瞬間の心情ぐらい堂々と述べるべきだ!!
……何にしろお見事!! おっと、次の舞台には忘れずこの武器を持って行け!!」
貴信の鎖が部屋の隅に転がっているシークレットトレイルに巻きつき、秋水に投げた。
「一つ、教えてほしい」
秋水は忍者刀を受け取りながら、深く息をつきつつ貴信に聞いた。
「技を破られたからといって、君の脚力なら先ほどの一撃は避けれた筈。現に君は栴檀香美
の体と交代するだけの時間は持っていた。にも関わらずわざわざ傷を受けたのは得策とはい
いがたい。なのになぜ敢えて?」
「フハハ! それをいうなら入れ替わりに気づくと同時に章印を外した貴方も相当下策だがな!
得策をいうならば、敵のメンバーなど斃せるうちに斃すべきだ!!」
183 :
永遠の扉:2008/05/09(金) 21:53:39 ID:xDGhgN2B0
貴信は自身の胸を見た。深い傷が刻みこまれているが、人型ホムンクルスの弱点である章
印は見事に外れている。香美の姿なら章印は頭部にあるのでそういう配慮はいらない。
しかし秋水は貴信の姿を認めていながら、章印を外した。
「何故!?」
「そ、それは、もし君が生きていれば彼に会い、抱えた問題を解決できるかも知れないからだ。
君はホムンクルスだが決して悪じゃない。ならばここで斃す必要はない。そう……思った」
複雑な表情の秋水に対し貴信は多弁だ。
「配慮感謝する! さて質問の答えだが、強いていうなら……そうだな。
避けられない運命(さだめ)の渦の中、傷を負っても探し続ける。誰が為に何をするのか。
だ! 香美はネコの頃から病弱な女のコ! 一日に二つも刀傷を与えるのは忍びないッ!!」
『ご主人……』
香美の声がさめざめと泣いて、手を動かして貴信をよしよしと撫でた。
「今の戦いはそういう余地が介在できる戦いであって、決して殺し合いではない……」
刀を佩くように持ちながら秋水は貴信を振り返った。
「つまり、君もそう思ったという事か」」
「ああ! だから勝負を賭けた一撃を外した以上、相手のそれを浴びるのは当然! でなくば!」
悪党のようにギョロギョロと瞳を剥きながら貴信は振り返り、
「貴方の培った技術、そして内包する透き通ったエネルギーに対して無礼だろう!?」
ロシアの殺人鬼のような怖い笑みを浮かべた。ちょっと秋水は引きかけた。
(もしかすると彼が他人を苦手なのは、この形相を恐れられているからだろうか?)
考えていると、その背後で扉が開く音がした。
「約束通り、ココは通そう。あの新人戦士の核鉄も返す! そして!!」
同時に貴信は二つの核鉄と、一つの四角い金属片を投げた。
「僕の核鉄と割符……しっかと身に持ち突き進め!!」
「分かった」
秋水が全てを受け止めたのを確認すると貴信は正面を向き、秋水に後姿を見せたまま右手
を横に突き出し親指を立てた。
「貴方に真ッ向から倒された者として、善戦を祈る! だが次の鳩尾は甘くない!」
『そゆコトじゃん。気をつけろ気をつけろ気をつけろーきみはねらわれてーいるぅー♪』
184 :
永遠の扉:2008/05/09(金) 21:56:50 ID:xDGhgN2B0
二個の人格を有した一つの肉体は声を大きく張り上げたままゆっくりと前のめりに倒れだし……
「さらばだッ!!」
『あんた悪いやつじゃないし頑張るじゃん! えと……はやさか、しゅうすい!』
最後の声とともに地面に落ちた。
「……気遣い、感謝する。難しい事だが、次に君たちと出会う時は敵じゃない事を心から祈る」
秋水は柔らかい微笑を浮かべてから踵を返すと、次の部屋に向かって歩き出した。
即ち。
栴檀香美。
栴檀貴信。
敗北。
(残りは四名。先を急ごう)
秋水が薄暗い通路を走りだしたその五分後──…
「すまないな香美!! 善戦及ばず負け、お前の体を傷つけた!!」
『まーまー、痛いのははんぶんこだしいいじゃん。さすがご主人!!』
貴信は大の字になりながら、しかし顔だけは突っ伏していた。
『でもさでもさご主人、ひかりふくちょーのコトいわなくてよかったの?』
香美はそこで言葉を切り、意外な二の句を継いだ。
『”とくいたいしつ”だっけ? アレ知らなかったら白ネコさ、絶対負けるじゃん。うん』
顔を突っ伏す貴信はしばし黙った。
まるで香美の言葉を否定する材料を持っていないのを示すような調子である。
やがて彼は乾いた唇を震わせながらぎこちなく笑った。
「ふはははは!! 流石にもりもり氏渾身の機密事項は漏らせないな!! それに……彼女
の恐るべき特異体質をバラしていれば僕とお前は殺されていただろう!!」
『どゆこと?』
「鈍いな香美!! 髪の隙間から天井の右隅をよーく見てみろ! お前曰くの”ひかりふくちょー”
は僕が超新星を放つ直前からそこにいる!! 余計なコトをいえば、真っ先に僕たちを葬ってい
ただろうな!!」
「い!?」
香美がいわれた通りにするより早く、彼女の顔のすぐ横に黒い影が舞い降りた。
185 :
永遠の扉:2008/05/09(金) 21:57:32 ID:xDGhgN2B0
「見つかりましたか……さすがは…………貴信さん」
ボソボソした口調の影に、香美は嫌そうな声を漏らした。
『うげ、いたの? つかなによそのカッコ? いつもと違うし、なんか全身まっくろだし』
「そろそろ……板についてきました…………でも見せられません……この前、月の人に見られ
ましたし……」
指摘通り影──すなわち鐶光の全身は影に包まれている。
地下といえどこの部屋の天井には照明がある。壁には電流がある。光源に不足はない。
にも関わらず鐶だけは欝蒼と闇に包まれ、顔すら見えないのである。
見えるとすれば体のラインだけである。それも華奢な体が何やらロングスカートじみた物を
履いているとまでは分かるが後はもう髪型すらも分からないほど、彼女は闇を纏っている。
「ウソはつかないが豆知識!! カワセミやハチドリ、マガモといった金属光沢のある鳥は、
必ず羽毛にケラチン質の複雑な構造を持っており、光を吸収・反射するコトで鮮やかな色合
いを演出している! そう、羽毛に青い色素が沈着している鳥などは実はいない!! 総て
光の作用だ! ちなみにオウムは黄色い羽毛の上で青い光が反射しているので緑色に見え
るという話だ!! これを構造色といい、貴方の全身が影に覆われているのもその応用!
そしてこれこそが『特異体質』の一端!! しかし全容ではない!!」
「はい……ところで、約束を……果たしに来ました。いい……ですね?」
「もちろん!!」
『んー、ぎゃーするようで嫌だけど……約束だししゃーないじゃん』
言葉が終わるか終らぬかのうちに、鐶の握ったキドニーダガーが貴信の首にふかぶかと突
き刺さり、やがて彼は粘液に塗れる衣服の上でホムンクルス幼体へと姿を変えた。
「リーダーからの伝達事項その四。敗北者には刃を。私の回答は……了解」
やがて貴信と香美の居た部屋は誰もいなくなり、緩やかな崩壊を始めた。
てなワケで貴信・香美は退場です。
前々から目立っていた香美はともかく、貴信はこの戦いで一気に自分の中で株を上げた感じですね。
やはり熱血はいい。
残る敵は四人。まだ何とか続けられそうです。ネタも沢山ありますしw もうしばしお付き合いを。
それから長編一つと中編複数では後者のが断然難しいように思います。
何故ならば後者は作品世界を一から練り上げて、かつそれを完遂させねばならないから……と自分は
思う次第。最近某板で「わーっ」な作品を三本ばかり描かせて頂きましたが、描きなれてない作品だと
苦労するのです。現に今もハヤテで……えと、あそこで念仏再登場はないですよね!!
金剛番長の話ですが!!
>>175さん
ブレミュ勢はどうにも温いですからねw 彼らに囲まれて一人で戦ってる秋水、「大変そうだなー」
と思う反面、マジメに反応してくれるので結構助かってます。やはりボケにはツッコミがいてこそ。
スターダストさん鬼更新モードですね。
熱血モードの時の場面は速く書きたいのかな?
188 :
やはり中国拳法は格が違った:2008/05/09(金) 23:52:17 ID:Qd5UQSUy0
おれは中国拳法を使い手なんだが最近中国拳法が最強であることがあらためて証明された
神保町でおれは古書巡りをしていたんだが突然携帯のバイブレが鳴りでてみると
光成の「たすけて〜」「はやくきて〜」とのあえぎ声どうやらピクルがあばれているようであった
おれは光速の1歩手前の速さできょうきょ闘技場に参戦するとちょうどオーガがきていた
おーがは愚かにもピクルになぐりかかっていったが次の瞬間にあわれにも地面にキスをしていた
おれは突進してきたピクルを斜め45度の角度でカカっとバックステッポしてかわし
ついげきの左6回天かかと落としでぴくるをこなごなにした
これは1歩間違えば自爆の大技でギャラリーからは「さすが烈海王」「もう中国拳法以外頼りに出来ない」とざっさんの嵐
オーガは闇の声で「勝ったと思うなよ・・・」とか言ってきたが「もう勝負ついてるから」と返すと
プライドを傷ついてのかひそひそと鳩バスで家へ帰っていった
>>186 俺の中でもこの二回で貴信はだいぶ株を上げました
他は兎も角、念仏だけはないと思ってましたよ!!!
熱血こそ錬金のキーワードかもしれませんな
主役の秋水もクールに見えて意外と内面は熱い男だし
192 :
作者の都合により名無しです:2008/05/10(土) 14:42:47 ID:BZoKHTKK0
オリキャラを書いてる時のスターダストさんは楽しそうだw
193 :
しけい荘戦記:2008/05/11(日) 14:49:09 ID:OGsEOpbS0
第二話「真剣勝負」
笑顔で自分を迎えるクラスメイト。手渡される刃渡り十五センチほどのナイフ。坂道を
転げ落ちるように状況は悪化していく。
「じゃあこれ持って、あのアパートに行って来い」
「で、でも……」
「そんでアパートの誰でもいいから、ナイフ突きつけて『俺と勝負しろ』っていってこい。
それだけでいいんだ、簡単だろ?」
いじめっ子のリーダー格は目で威圧しながら、一方的に命令を与えてきた。
「頑張れよ。応援してるぜ、鮎川」
「大丈夫だよ、殺されやしないって」
リーダーの後ろでは、同じくいじめっ子に属する二人組が無責任な励ましを飛ばしてい
る。あくまで主犯ではないように振舞いいざという時の逃げ道を残しながら、なおかつい
じめによる愉悦をとことんまで味わおうとしている。
「さ、行って来い」
「ちょ、ちょっと待ってよ……僕は……」
「いいんだぜ、行きたくなきゃ。明日から学校が地獄に変わるけどな。写メはいっぱい撮
らせてもらったからなァ」
「ゴメン、わ、分かったよ……行くよ……」
尻を蹴られ、送り出された鮎川ルミナはしけい荘の前に立つ。
置かれている立場が立場なだけに、単なるボロアパートが悪魔が住む魔城のように感じ
られる。
背後から注がれる三つの視線に押されるように、ルミナはアパート敷地内に足を踏み入
れた。
唾を飲み込み、アパート中を見回す。ドアが開く気配はない。
ポケットの中ではナイフが息を潜めている。もし誰かが部屋から出てくれば、これを突
きつけなければならない。
祈る。ドアよ開くな。
祈る。誰も出てこないでくれ。
祈る。ついでに自分をいじめる奴らもいなくなれ。
祈る。こんな情けない自分も消え去ってしまえばいい。
194 :
しけい荘戦記:2008/05/11(日) 14:50:55 ID:OGsEOpbS0
たった数秒が永遠のように感じられた。ナイフと共に未知の土地に侵入しているという
いかにもゲーム的で非現実なシチュエーションが、なんともいえぬ浮遊感を呼ぶ。今すぐ
にでも逃げ出したい。が、逃げ出せば後でどんな目に遭わされるかを計算する理性はまだ
残っていた。
突然、戸の開く音がした。
背筋に電撃が走り、即座に音がした方向に首を動かす。
「あっ!」
侵入せし者とされし者はまったく同じタイミングで異口同音に発した。
鮎川ルミナとシコルスキー。世代も国籍も違うが、日常的にいじめられているという共
通点を持つ二人が出会った。
「なんだ少年(ボーイ)、こんなアパートに用があるのか」
事情を知らぬシコルスキーが、階段を降りルミナに話しかける。すると、
「オッラァァァァァァッ!」
ナイフを取り出しルミナが吼えた。
小学生の咆哮にびびりまくるシコルスキーには目もくれず、ルミナは命じられた通りに
台本通りの台詞を読み上げる。
「俺と勝負しろォッ!」
「ヒィッ!」
いじめられっ子特有の陰の気迫。この場を切り抜けるには土下寝しかない、とシコルス
キーが覚悟を決めた瞬間、見計らったかのように別のドアが開いた。
「君たちの試合、私が立会人となろう」
オリバだった。
近所の空き地。シコルスキーとルミナが向き合う。
セールスマンの巧みな話術に振り回されている善良な市民のような顔の二人と、二人な
ど無視して勝手に段取りを進めるオリバ。
「ルールは特に不要だろう。ただしシコルスキーは素手、そちらの君はナイフの使用を認
める」
空き地に来るまでの間に、シコルスキーは必死でルミナの戦力を分析していた。
──勝てる。
195 :
しけい荘戦記:2008/05/11(日) 14:51:26 ID:OGsEOpbS0
たとえナイフというハンデがあっても、経験値と体格差はそれ以上だ。
この華奢な少年がなぜ挑戦してきたのか、理由は分からない。が、全力を以て迎え撃つ
ことこそが挑戦を受ける者の義務であると感じていた。
「初めいッ!」
開始と同時にシコルスキーが駆ける。が、石につまずいた。
次の瞬間、
つまづいたつま先から足首へ、足首から膝へ、膝から股関節へ、股関節から腰へ、腰か
ら背骨へ、背骨から首へ、首から頭蓋骨へ──。
同時八ヶ所の加速が、奇跡を生む。
強烈な破裂音をご近所に響かせながら、シコルスキーは音速でこけた。地面にめり込ん
だ五体は完全に機能を停止している。
オリバはルミナの肩に手をやり、親指を立てながら微笑んだ。
「勝負あり。君の完全勝利だ」
第一話
>>121 バキ後半〜範馬刃牙のキャラはなるべく出したいと思っています。
前回
http://www25.atwiki.jp/bakiss/pages/608.html ――翌日、斗貴子はロッテリやにいた。
彼女の座る窓側の禁煙席エリアはちょうど下校時間の為か、同年代の高校生達で賑わっており、
銀成学園生徒のみならず他校の生徒達の姿も見受けられる。
そして、やや仏頂面の斗貴子の向かい側には、例の久我阿頼耶。
ここが奇しくも二人が初めて出会った因縁の場所というのは、今更書き記すまでもないと思われるが。
斗貴子にいざなわれてこの店に入ってからは阿頼耶は一言も発さず、目の前のコーラにも
手を付けていない。
しかし、それはホットコーヒーを前にした斗貴子も同様だった。
無言の時は五分程も続いただろうか。
何やらモジモジとした様子で無言のままの阿頼耶を見かね、斗貴子は渋々口火を切った。
会談の場所を自らが指定した手前もある。
「あー、昨日の話だが……――」
「ごめんなさいッ!」
突如とした阿頼耶の声に周りの客達は「何事か」と振り返り、次の瞬間にはその興味を失って
自分達の会話を再開し出した。
だが、向かい合う斗貴子はそうもいかない。
「……?」
大声に対する“驚き”と言葉の内容に対する“不可解”を抱え、斗貴子はまたぞろ無言で
阿頼耶の顔を見遣る。
一言発した拍子か、阿頼耶はやや要領を得ない焦り気味の口調で、己の思うところを斗貴子に
告げ始めた。
「その、なんて言うかさ……。昨日の帰り道も、家に帰ってからも、寝る時も、ずーっと
イヤな気分だった。いつもは相手をブッ飛ばしたらすっごく気持ちが良くてさ、ケンカしてる時が
一番の幸せだって思えるくらいなんだけど……」
一度言葉を切り、コーラをストローから一口啜る阿頼耶。
フウとひとつ溜息を吐き、幾分テンションを下げながら言葉を続ける。
「昨日はそれが全然無かった……。やっぱ、あんな勝ち方だったせいっていうか、だから、
あの、自分でもよくわかんないだけど、会ったらまず一番に謝ろうかなって……。
つまり、えーっと……」
斗貴子は眼を丸くしたまま、阿頼耶の精一杯の告白を聞いている。
やがて、自分は目の前に座る人物に対する認識を改めるべきなのか、という思いと共に
顔が綻んでいくのを自覚した。
「案外カワイイ奴なんだな、キミは」
斗貴子の言葉をどのように受け取ったのか、阿頼耶は顔を真っ赤にして拗ね気味に口を尖らせる。
「カッ、カワイイって……! わたしは真面目に――」
「いや、すまない、茶化したりして。私の方も昨日から色々考えたのだが……。キミの話、
受けようと思う」
それを聞くや否や、阿頼耶の表情は花が咲いたかのような笑顔に変わった。
昨日、あれだけの無茶をやらかしたのに、それでも承諾してくれた事に感謝と喜びと疑問が
ごちゃ混ぜになってしまう。
「本当!? どうして!?」
「詳しくは説明しづらいし、上手くも説明出来ないんだが……“日常を謳歌する”と
“ぬるま湯に浸かる”は別だと気づかされた、と言ったところだ。フフッ、キミの拳も
言葉もよく効いたぞ?」
斗貴子は阿頼耶に向かって手を差し出した。
「私の方はちゃんとした自己紹介はまだだったな。津村斗貴子だ。よろしく、久我さん」
「“アラヤ”でいいわ。よろしく、斗貴子」
阿頼耶もまた斗貴子の手を力強く握る。
「話がまとまったところで……そろそろ“深道ランキング”について詳しく教えてくれないか?」
斗貴子の表情は笑顔から一転、真剣味を帯びた殺伐なものとなった。
スポーツ競技に参加するのとは訳が違う。
よく眼にする“路上のケンカ(ストリートファイト)”とも一線を画しているのではないか。
斗貴子にしてみれば、“たかがケンカ自慢”とタカを括っていた相手に、人外を倒すべき戦士である
自分が完膚無きまでにKOされたのだ。
そして、その彼女をして“化物”と呼ばせる位の猛者がひしめき合う場に身を投じるのである。
聞く者によってはお笑い種なのかもしれないが、“闘い”そのもののレベルとしては『K-1』や
『PRIDE』等のプロ選手が鎬を削る格闘大会並みだろう。
いや、もしかしたらそれ以上か。
同じく表情を引き締めた阿頼耶の方も、相応の“認識”と“覚悟”は持っている。
現在、深道ランキングに参加し、その恐ろしさを嫌と言う程知っているからだ。
「ええ、そうね。どんなものか大体はわかってもらえてると思うけど、特に詳しく説明したいのは
今回の“特別イベント”よ」
昨日言われた深道ランキングについては記憶が曖昧な部分はカズキから伝え聞いていたが、
特別イベントとは初耳だった。
「特別……?」
「ええ。本来なら深道ランキングのストリートファイトは一対一(タイマン)が原則なの。ランカー同士が
街中で顔を合わせた時に合意の上で。たまに主宰者の深道がマッチメイクする時もあるけどね。
で、勝敗によってランキングが上下するって感じ」
身振り手振りを交えながらの阿頼耶の説明は簡潔でわかりやすい。
しかし、重要なのはここからだ。
「でも、今回は違う。
わたし達二人が参加するのは“深道タッグバトル”。
ランカーが二人一組のタッグチームを組んでワンマッチ形式でファイトをするの。
深道は『深道ランキングのエンターテインメント性を追及する為の特別イベントだ』なんて言ってたけど。
タッグの組み合わせは観客のリクエストが基本で、あとは深道の推薦枠チームかな。
対戦カードは深道が決めるらしいわ。
ホントはわたしのパートナーは決まってたんだけど、ちょっとワケがあって出られなくなっちゃって……」
阿頼耶が強引に斗貴子をスカウトしたのも頷ける。
タッグパートナーがいなければファイトは成立しないし、いない以上は無理矢理にでも
探してこなければならない。
「なるほどな。しかし、深道とは何者だ? 全国規模でそんな興行性の高いプロモートが
出来るなんて……」
「さあ? 正体は全然わかんないわ。ただ、一度会ったきりだけど、わたしが見る限りでは
アイツ自身もかなり“出来る”わよ……――って、いけない!!」
「な、なんだ!? どうした!?」
突拍子も無く大声を張り上げて立ち上がる阿頼耶に、斗貴子は驚きの余り椅子から尻が少し
浮き上がった。
周りの客もまたもや「何事か」と振り返る。
まったく注目される為にこの店に入ったようだ。
「今日これから、その深道と会う約束をしてるの! アンタも一緒に!」
言うが早いか、阿頼耶は右手に鞄を、左手に斗貴子の腕を掴んだ。
そして彼女をグイグイと引っ張りながら、一秒も惜しいとばかりに出入口に急ごうとする。
どうやったらこんな状況になるまで大事な約束を忘れていられるのか理解に苦しむところだが、
それ以上に何故自分まで行かなければいけないのか斗貴子には理解出来ない。
「私もだと!? 何の為に――」
「交渉よ! 交渉! いいから早く!!」
近くにいた店員の女の子から「トレイはそのままでどうぞー」と声が掛かる。
言われなくても阿頼耶には待ち合わせ場所への移動しか頭に無く、斗貴子は片付けたくても
引っ張られ続けの状態でバランスを取るのも難しい。
「こ、こら! わかったから! わかったから手を離せぇえええええ!」
時計を見ながら焦りに焦る阿頼耶と引きずられるがままの斗貴子は、他の客達の唖然とした視線に
見送られながらロッテリやを後にした。
女二人なのに姦しさ全開とはこれ如何に。
どうも、お久しぶりです。
さいです。
サナダムシさん、連続で投稿してしまい、申し訳ありません。
ちょっと長く書いてしまったのですが、やはり今日以降でネカフェ行きの時間を作るのが
難しそうなので、また七時間後くらいに続きを投下させて頂きます。
レス数が多くなってしまうのですが、どうかお許し下さい。
では、またあとで。
おお、さいさん連続投稿ですか。
お久しぶりなのに熱心でいい事だ。
私生活もSSも充実しているみたいでいい感じですな。
深町ランキングが斗貴子の加入でどう波乱するのか楽しみ。
都内のとある喫茶店、内装はやや地味めで客の入りも盛況という程ではない。
そんな店内の片隅に“彼”は座っていた。
ポケットだらけのミリタリーコートとカーゴパンツに身を包み、頭はバンダナを巻いた上から
キャップを目深に被っている。
更にはサングラスのオマケ付きだ。
端的に言えば“怪しい人物”ではある。
テーブルの上にはケーキ、コーヒー、そしてノートパソコン。
彼はもうしばらくの間、コーヒーカップに指を掛けたまま、ノートパソコンの画面に見入っている。
せっかくのコーヒーが冷めるのも厭わせないものとは何であろうか。
その答えは画面に映し出された、陽も暮れ始めた公園で向かい合う“二人の男”にあった。
一人は、黒のスーツが少しホストを思わせる銀髪の男。
たっぷりと腰を落とした半身の姿勢で、左腕はやや前に出してダラリと下げ、右腕は腰の高さに
落ち着けている。
もう一人の男は、若者らしい無造作ヘアにTシャツとスパッツ。四肢には肘・膝サポーター付きの
レガースを装着している。
身体全体をユラユラ動かしながらの軽い前傾姿勢で動かない。
「“ランキング2位”ジョンス・リーVS“3位”小西良徳……。
“深道タッグバトル”開会前のエキシビション代わりにしては、あまりに豪華なドリームマッチだったか。
少しサービスし過ぎの感も否めないが……――」
男はようやくコーヒーを口にした。
ぬるくて味がわからない。もう一杯、頼む事になりそうだ。
「――“お祭り”は羽目を外すくらいが丁度良いのかもしれない。それに『空気を読む』のも
主宰者の手腕のひとつだ。いずれにせよ、現代最強の“八極拳士”と完全なる“サブミッションハンター”の
対戦は非常に価値があるな」
不意に――
喫茶店のドアが開き、取り付けられたカウベルがカラコロカランと来客を告げた。
「いらっしゃいませ。お好きなお席にどうぞ」
ウェイトレスの控えめながらよく通る声が客を迎える。
二つの気忙しげな足音が店内を横断し、やがて窓と壁の角、最も隅に位置する席で止まった。
そこにはノートパソコンに釘付けの彼がいる。
この目立つファッションスタイルをあまり広くない店内で見つけ出すのは、そう難しくない。
「待たせたわね、“深道”」
二人のセーラー服姿の美少女、阿頼耶と斗貴子だった。
話しかけた阿頼耶は腕を組んで胸を張り、待ち合わせに遅れた割には随分と偉そうである。
その姿を横目で見る斗貴子は呆れ半分、可笑しさ半分だ。
初めて銀成学園に訪れた際や現在のこの高飛車な態度は、見た目よりも不器用な彼女の被る
仮面なのだろう。
一方の深道はさして気を悪くしている様子も無い。
「久我阿頼耶か。悪いが少し待っていてくれないか? 今から大事な勝負が始まるんでね。
ああ、そういえば――」
何かを思いついたか、いや思い出したのか。
深道は懐からモバイルパソコンを取り出すと、手元で何やら操作し、阿頼耶に手渡した。
「――君も後学の為に観ておいた方がいいかもな。どうぞ、座って。何か頼むかい?」
阿頼耶は斗貴子の顔を窺い、彼女が頷いたのを確認すると、不承不承向かい側の席に着いた。
斗貴子もそれに続く。
そして、二人揃ってモバイルパソコンの画面を覗き込む。
「コイツ……!」
画面に映し出された銀髪の黒服を見るなり、阿頼耶の顔色がサッと変わった。
それだけではなく、緊張に身を固くし、視線には敵意が込められている。
「知っているのか? アラヤ」
現ランカーの阿頼耶が同じランカーである彼を知っていても不思議ではないが、反応の仕方が
尋常ではない。
「ええ、知ってるも何も……。ジョンス・リー、深道ランキング2位。私が初めて闘った
深道ランカーよ……」
「!?」
思い返せば、斗貴子は阿頼耶自身の深道ランキングでの戦歴はまだ聞いていなかった。
まさか、デビュー戦で一桁上位ランカーと闘っていたとは。
(この子の事だ。誰の言葉も聞かず、彼に突っかかっていったのかもな。だが、身を以って
彼ら上位連中の強さを知る事が出来たのは貴重な経験だぞ……?)
出会ってまだ二十四時間と少ししか経っていないが、斗貴子は彼女に対して妙な仲間意識を
抱き始めていた(若干、先輩目線な節はあるが)。
KOされた事すらも己を見つめ直すといった具合に昇華出来たのだ。
どこか似た者同士、お互いに学び合い、高め合える。そんな気持ちで阿頼耶を見ている。
阿頼耶は言葉を続けた。
「対戦時間は1.5秒くらい。魔弾を当てると同時に、コイツの“裡門”とかいう中段肘打ち一発で
吹っ飛ばされた。おかげで丸二日は何も食べられなかったわ……!」
テーブルの上に置かれた両の拳が握り締められ、細かく震えている。
斗貴子が彼女を見る分に、どうやら闘いの“恐怖”や敗北の“失意”よりも、“悔しさ”と“怒り”が
上回っているようだ。
戦士としてはまだマシな状態だろう。そこから何かを学んでくれれば尚良い。
しかし、深道は画面から眼を離さずにボソリと言う。
「彼女の敗因はふたつ。“無知”と“無謀”だ」
「くっ……!」
屈辱に焼き焦がされそうな阿頼耶はキッと深道を睨みつけた。
不穏な雰囲気が三人のいる空間に充満していくのがわかる。
そんな中、斗貴子は疑問とも確認とも取れない言葉を阿頼耶に投げ掛けた。
「キミが喰らった技、それに独特の構え……。この男、八極拳士か」
上手いタイミングで水を入れられた阿頼耶は、意識を斗貴子の方に向ける。
「へえ……。詳しいのね、斗貴子」
「ああ、まあ、大体の武芸はそれなりにな……」
深道は画面から眼を離し、チラリと斗貴子の方を覗き見た。
見たのは一瞬、すぐにまた視線を画面に戻したが。
「そろそろ静かにしてくれないかな? この勝負、まばたきひとつも見逃したくない」
思惑は三者三様だが、この試合への興味だけは共通したものへと束ねられている。
三人の眼差しは、画面内の二人の男に注がれた。
二人が向かい合う公園の広場は、もうだいぶ薄暗くなりかけている。
その公園の灯が自然光に代わって照らし出すのは主役達だけではない。
かなりの数のギャラリーもそこにいた。
電灯の下にも、ベンチにも、そして二人から大きく離れた周囲にも。
観客がこの深道ランキング屈指の好カードを見逃す筈も無いが、それはランカー達にも言える事だ。
最下層の下位ランカーもいれば、これから闘いを開始する彼らと同じ上位ランカーの姿も見える。
純粋な強さに対する“好奇心”。上位に取って代わろうという“野心”。
そんなものがこの空間に渦巻いている。
沈みゆく太陽の最後の光を背に、不動の構えを見せるジョンス・リー。
不敵な笑みを浮かべながら、身体を揺らす小西良徳。
二人の姿は数台のハンディカメラによって、主宰者深道だけではなく、日本全国に存在する
大勢の会員へネット配信されている。
数百数千の緊張感はカメラを通じて今、ひとつに集約され、この二人へと注がれていた。
「今、この時、ここで俺と闘えるアンタはツイてる」
小西が不可解な言葉を洩らす。
「俺は強い。俺は速い。どんなスピードの打撃だろうが捕らえ、極め、折る。即バキバキだ。
だけど10年後はどうだ? 50年後はどうだ?」
口を動かしながらも間合いとタイミングを計る事は忘れない。
ごく僅かずつではあるが摺り足で距離を縮めていく。
「どんな人間でも醜く年老いて死ぬ。今じゃなきゃダメなんだ。今の強い俺じゃなきゃ」
饒舌に語る小西に乗せられてか、これまで一言も発していなかったジョンス・リーもようやく口を開いた。
「おまえ、よく喋るな。俺もまあ割と喋る方だが、おまえの喋りにはサービス精神が足りないぞ。
人を楽しませられない性格ってよく言われないか?」
「今の俺は完璧だ! 完璧に強い! 間に合ったアンタは神か仏に感謝しろ!」
会話など成立させず、己のペースで語りたい事を語り続ける小西。
いささか苛立ちを含んだ呆れ気分のジョンス・リーも間合いを詰め始める。
「あと十秒だけ好きに喋らせてやるよ」
「アンタはサービス精神旺盛なんだな」
二人の距離は徐々に、だが確実に縮められていく。
『アラヤ、この勝負はかなり決着が早いぞ』
『何で?』
『“間合い”だ。八極拳や心意六合拳は数ある中国拳法の中でも、最も“接近単打”を重視する。
おそらく密着状態でも最大威力の攻撃を放てるだろう。だが、それは同時にサブミッション使いの
間合いでもあるんだ。一流の者ならば打撃よりも素早く相手の手脚を捕らえて、折る……』
そこに“制空圏”という概念は存在しないのか。
二人が向かい合う距離は、並の試合ならばとっくの昔に打ち合いが始まってもいいまでに、
組み合いが始まってもいいまでに狭まっている。
だが動かない。もうお互いが必殺の間合いに入っているというのに。
会場の観客も、画面の前の観客も、身体中の筋肉を力ませて震え上がらんばかりだ。
見る者誰もが尿意の限界にも似た緊張感と緊迫感に息を飲んでいた、その時――
“それ”は不意に訪れた。
二人は同時に一言を呟く。
「一撃だ」
「一瞬だ」
地響きのような震脚で踏み込みながら、ジョンス・リーは身体を捻って左背面を打ち出す。
対する小西はその足元目掛け、超低空の片足タックルで飛び込む。
肉眼でもカメラ映像でも満足に捉えきれない高速度で二人は交錯し――
――小西の身体は5〜6m、右側方へ大きく飛ばされ、転がった。
両手足を痙攣させながら這いつくばる小西の姿に、会場の観客は唸るようなどよめきを上げる。
幸いにも小西の意識は保たれていた。
跳ね起きて見得を切りたいところだが、身体が思うように動かない。
打たれた肩口を始めとして全身が熱く、重い。
(おいおいおいおい! なんかメチャクチャ低い裏拳が飛んできたぞ! “アレ”は肩とか
背中とかをぶつける技じゃなかったのかよ! しかも完全に捕れるタイミングで入ったのに!
クッソ! イイ感じに大ダメージだ!!)
一方のジョンス・リーは多少驚いた風な表情で、何故か地面に座り込んでいた。
打撃を放ったと思いきや、足場が崩れるようにバランスを失ってしまったのだ。
(野郎、俺の打を喰らうと同時に足を掬いやがった。って事はアイツのタックルは俺の歩法と
ほぼ同じ速さか……)
『下段裏拳だけであそこまで吹っ飛ばすって……どういう威力なのよ……』
『し、信じられん……! “鉄山靠”の体勢から“捜下崩捶”に切り替えるなんて……』
“生まれたての子馬”とはよく言ったものだが、今の小西の姿はまさにそれだ。
震える上下肢で懸命に身体を支えながら、実に時間を掛けて四つん這いになる。
喉が詰まるというよりも肺が締めつけられる表現した方が正しいのか、呼吸が邪魔され、
満足に声も出せない。
(何なんだ、この妙なダメージの残り方は。頭から爪先まで下痢気味の腹になった気分だぞ……)
やがて、小西は両手を膝頭に突いて、顔を下に向けた前のめりながらも何とか立ち上がった。
ジョンス・リーは未だ座ったままだ。
追撃するつもりはないらしい。それどころか、小西の回復を待っているようにも見受けられる。
「立てるのかよ。“二の打はいらない”が俺の拳風なんだがな。オマケに尻餅まで突かされるし……」
小西はまず呼吸のみに専念した。
吸って吐いて吸って吐いて吸って吐いて吸って吐いて。
とにかく呼吸を整える。全身の細胞に酸素を送る。
今度は上体をしっかりと伸ばし、スーハー、スーハーと深呼吸を二度三度四度五度。
次は勢いをつけて力強く地面を踏み締める。最初は右足、続けて左足。
更に先程までの構えとは対照的に、リズムを刻むかの如く、軽やかなステップワークを踏む。
見る見るうちにステップのスピードは上がっていく。
小西は己を打ちのめした八極拳士を真っ直ぐに見据え、薄笑みで口元を歪めながら言い放った。
「“次”で捕る……」
その言葉を聞き、ジョンス・リーはやっと腰を上げた。「よっこらしょ」という掛け声が似合いそうな
ゆっくりとした起き上がり方だ。
そして、フゥーとひとつ溜息を吐き、まるで愚痴るように呟く。
「おまえはだいぶふざけた事を言ってるな。いや、今日の俺も結構ふざけた状況なんだが……
あー、まあその、何だ……――」
踏み抜く震脚が轟音と共にアスファルトを砕き、ジョンス・リーは再び構えを取った。
眼光が鋭さを増す。表情は豪壮なものへと変貌する。
迫力と圧力がこれまでとは比較にならない。
「“次”で終わりだ」
小西の頬を一筋の汗が伝う。
この闘いの“流れ”をして、ジョンス・リーが抱く八極拳の一撃に懸けるプライドを燃え上がらせたのだ。
先程のように間合いを詰められない。もしや、知らず知らずの内に「間合いを詰めたくない」とさえ
思っているのか。
眼前の八極拳士が発散する気迫に心が掻き乱される。
(威圧されるな! 余計な事を考えるな! 冷静に! 冷静(クール)! 冷静(クール)! 冷静(クール)! 冷静(クール)!)
軽やかなステップを刻み、一定の距離を保ったまま、小西は自分に言い聞かせる。
(俺は完全だ! 俺は完璧だ! どうすればいいか、俺には見える……! 見える……!)
何とも稚拙な自己暗示みたいなものだが、唱えていく内に波立っていた水面は次第に平静を
取り戻していく。
(その映像に合わせて動くだけ。同調(シンクロ)すればいいだけ……)
精神が先鋭化されていく。だが鋭さを増せば増す程、水面には細波ひとつ無くなっていった。
やがて、少しの乱れも無い鏡の如き水面が形成されたのを感じ取ると、小西は素早いフットワークで
一気に間合いを縮めた。
それに合わせてジョンス・リーも前に出る。
一粒の水滴が落ち、美しい波紋を描いた。
「見えた」
相手の攻撃も、どう避ければいいかも、どう捕らえればいいかも、どう極めればいいかも、
すべてがダイレクトに小西の脳内へ映し出された。
あとはその映像に自分を同調させるだけだ。
ジョンス・リーはこれまでにない速度と踏み込みの強さで突進し、小西の鳩尾目掛けて
左掌を打ち込む。
この攻撃に対する小西の反応は事実、“完璧”なものだった。
どこぞの映画よろしく背中を反らせながら身体全体を左へ旋回させ、唸りを上げて飛んでくる手掌を
紙一重で避ける。
そして、両手でガッチリとジョンス・リーの手首を掴み、それとほぼ同じタイミングで地面を蹴って
右脚を大きく回し、彼の上腕部に絡めた。
更には左脚も絡め、完全にロックする。
文字通りの極めつけに、彼の手首を掴んだ両手をしっかりと胸元へ引きつけ、渾身の力を込めて
上体を反らせた。
これら一連の動作を宙に舞った状態で瞬時にやってのけたのだ。
「同調完了――」
完璧な形の“飛びつき逆十字”である。
『“猛虎硬爬山”を捕った……!?』
『何!? 今の反応!』
ジョンス・リーの左肘関節がバキッと生々しい音を立てるに至り、小西は今から数分後に
訪れるであろう自身の勝利を確信した。
あとはこのまま右腕、左脚、右脚を破壊して決着、と。
「――……?」
しかし、宙空でジョンス・リーの左腕を抱えてほくそ笑む小西の眼に、妙なものが映った。
彼の左掌が自分の胸にピッタリとくっつけられているのだ。
それが――
小西良徳、本日最後の記憶映像となった。
次の瞬間、ドォンと大砲の発射音に似た轟音が響き渡り、小西の身体が凄まじい勢いで地面に
叩きつけられた。
ジョンス・リーが腕を振り下ろした訳ではない。手首を僅かに捻り、手掌を小西の胸に当てただけである。
にも関わらず、飛びつき逆十字を極めていた小西は、落下以上のエネルギーで空中から地面に向かって
吹き飛ばされたのだ。
その圧倒的威力を示すかのように、彼がダウンしているアスファルトの地面には蜘蛛の巣を思わせる
大小様々なヒビ割れが入っていた。
「……」
立ち上がる気配は無い。
見事に白目を剥いており、鼻と口からは鼻水とも涎とも吐瀉物ともつかない液体が漏れ出ている。
これはジョンス・リーの勝利確定と見ていいのだろう。
周囲を取り囲む観客達の声が騒がしくなってきた。
ある者は彼の勝利に歓声を上げ、ある者はその技の破壊力に驚愕している。
だが、上位ランカー達は沈黙の内に、一人また一人と会場を後にする。
『は、発剄……! 本物の“剄”を使うのか、この男……』
『“気”ってヤツね。だとしたら、あの無茶苦茶な威力もおかしなダメージも頷けるわ。
魔弾を喰らって平然としていたのも……』
ジョンス・リーもまた早々と帰路に着こうと歩き始める。
特に勝利を喜び、余韻に浸る様子は見られない。倒れて動かない小西を振り返る事もしない。
勝者を畏怖するように観客は皆、後ずさる。
彼は極められた左腕に眼を遣り、何の気無しに一人呟いた。
「左肘、獲られちまったな。まあ、痛みは剄で殺せるし、あの馬鹿馬鹿しいイベントの方は問題無いか」
右手だけをポケットに突っ込んだジョンス・リーは、カメラに背を向けた姿で次第に小さくなり、
画面から消えた。
「ジョンス・リーの底はまだまだ見えないか。しかし、彼の扉の幾つかを開けさせた小西の実力もまた
予想を遥かに超えていた。やはり貴重な一戦だった」
長らく手をつけていなかったケーキを口に運びながら、感嘆に満ちた賛辞を送る深道であったが、
淡々とした表情や口調は変わっていない。
表情を変えているのは斗貴子だった。それも“喜色”と表現した方が良い。
彼女は画面から眼を離さずに阿頼耶へ語りかける。
「これがキミの言っていた“化物”という連中……。凄いな……」
斗貴子はこの闘いを見る事で、阿頼耶の言った言葉すべてに納得出来た。
確かにどちらの強さもストリートファイトの域を大きく逸脱している。
精神、身体能力、戦闘技術。どれも錬金の戦士に匹敵しているのではないかとさえ思える。
だが、斗貴子が珍しく陽の感情を顕にしているのにはもうひとつ理由があった。
それは他ならない、闘いにおける人間の可能性だ。
小西が相手だからこそジョンス・リーは最大威力の剄を放たざるを得ないまでに追い詰められたのだろう。
また、ジョンス・リーが相手だからこそ小西は己の持つ潜在能力を残らず完全に引き出せたのだろう。
二人の織り成した激闘はプラスの意味で斗貴子を驚愕させ、“闘い”と“強さ”が秘める素晴らしさを
再確認させた。
感じ入り、胸躍らせる斗貴子だったが、横に座る阿頼耶の反応が無い。
「……アラヤ?」
斗貴子が覗き込んだ先には、瞳を潤ませ、唇を噛み締める阿頼耶の顔があった。
「私と闘り合った時は半分の力も出してなかったんだ、アイツ……」
掛ける言葉は見つからない。何を言っても彼女を傷つけてしまいそうだ。
斗貴子は阿頼耶の肩にそっと手を置く。
不意に、ノートパソコンの画面に眼を落とす深道が言った。
「安心してくれ、久我阿頼耶。今回のタッグバトルで彼と君を闘わせたりはしない」
「……!」
「貴様……」
皮肉や嫌味ではなく、本当に“安心させる”意味を含んだこのセリフは阿頼耶のプライドを
ズタズタに引き裂いた。
無粋な深道の言葉に斗貴子も怒りを隠せない。
「すみません。注文、いいですか?」
そんな二人の気持ちなど我関せずとばかりに、深道はウェイトレスを呼び、コーヒーのお代わりと
二個目のケーキを注文する。
画面に向かって「ケーキは三ツ星……」と呟きながらキーボードを打つと深道はやっと顔を上げ、
阿頼耶に促した。
「ところで……世紀の一戦も終わった事だし、そろそろ“そちら”の人を紹介してくれないかい?」
今回はこれで終わりです。
長々と投稿してしまい、本当に申し訳ありません。
あと作中の八極拳は正確なものではありません。
バーチャファイターのものです。
実際、原作でもジョンス・リーが使ってるのはバーチャのものですし。
私も本物の八極拳はそんな詳しくないですし。
では、失礼致します。
・サナダムシさん
小学生に負けるシコルスキー可愛いですねw
身長190センチくらいあるのに。でも、この作品のシコルはこうでなくちゃ。
前半こうだからこそ、後半引き立ちますね。後半のかっこいいシコルが。
・さいさん
僕も八極拳はバーチャと拳児しか知りません。だからOKです。
作中、エアマスターとラスボス除いて最強キャラのジョンスリーが
出てきて緊張感増して来ましたね。バトルマニアの斗貴子さんだなあ。
214 :
作者の都合により名無しです:2008/05/12(月) 13:13:20 ID:fE3dcD9T0
相変わらずシコルスキーはかわいいな
ピクルが出るのは確定っぽいかな
サナダさん、さいさんお疲れ様です。
今回はお2人とも男キャラが存在感を出しましたね。
シコルスキーは相変わらずのその弱さゆえw
ジュンスリーは主役をも食うようなオーラで。
216 :
ふら〜り:2008/05/12(月) 17:39:11 ID:ICXzO2ue0
こうして並べてみると改めて……なんというか……こんな凄い人たちと同じ舞台に
立たせてもらえるというのがまた、このスレの嬉しいところ、楽しいところ、得難いところ。
早くまた立ちたい、と思わせてくれます。同じように思ってる方、遠慮せずこの舞台に!
>>スターダストさん
普段他人に見せてるハイテンションは、芯の(真の)弱さを隠す為……か。闘い方は思いっきり
漢らしいのに、仕掛け闘場なんて男塾そのものなのに、この萌えっぷりときたら。加えて香美
との強い絆の源、過去をほんの少しだけ見せといてこの結末とはっっ。どうなる栴檀二人!?
>>サナダムシさん
期待を裏切らず、予想を下回るシコルのヘタレっぷり。ルミナ相手に本気でビビリ、全力で
警戒し、真剣に戦って豪快に敗北。常に懸命に生きてる彼のそんな姿が、可愛くて可愛くて。
その一連についてオリバが驚きもせずツッコミもしないのがまた。いろんな意味で底知れず。
>>さいさん
やはり阿頼耶は漢らしい。敗北した相手に対し、恐怖より怒りってのは根っからの戦士思考
かと。戦いを怖がらず、享楽扱いもせず、真剣に取り組んでるなと。あと、カズキと無関係な
ところで嬉しそう・楽しそうな斗貴子が珍しい。貴重な「同格の女友だち」ができたからかも?
原作の後半のシコルも負けず劣らずのヘタレだからなw
218 :
永遠の扉:2008/05/13(火) 00:02:40 ID:alYxMqHO0
第054話 「このまま前へ進むのみ その壱」
「貴信と香美が負けるとはな。いい勝負だったが後に鐶が控えていてはああなるのもやむな
しというところか……フ。並のホムンクルスにひけを取らぬ栴檀二人、惜しくはあるが仕方ない」
「さて」と総角は手を見た。
そこではおよそ一時間前に受け止めた逆胴の衝撃がいまだ微かな痺れをもたらしている。
一分の創傷すら浮かんでいないがまったく無事というワケでもない。
「腕を上げたな秋水。だが次の相手は貴信たちほど甘くないぞ」
手を握りながら総角は瞑目し、気障ったらしい笑みを浮かべた。
秋水のいる地下空間は総角のアンダーグラウンドサーチライトの作り出した物である。よって
その特性により内装は自由自在……とは先ほどの小札の弁。
然るに広さと複雑さを増すば増すほど創造者の負担が大きくなるアンダーグラウンドサーチ
ライトである。先ほどの貴信の部屋自体相当な広さであり、その前後にも決して短くはない通
路があった。もしヴィクトリアが見れば本来の創造者ゆえの身を削られるような錯覚を覚え、
眉をしかめるだろう。だが秋水の行く手には少なくても広い部屋と通路が四セットばかり待ち構
え、しかも部屋の主に見合った内装を施されている計算──…
ああ、総角主税の精神力やいかほどか! (忍法帖風)
煉瓦造りの通路を駆け抜けていた秋水は、行く手に襖があるのを認めると速度を緩め、息を
整えながら近づいた。
(次の戦いが近い。装備を確認しておこう)
立ち止まると、先ほど貴信から受け渡された二つの核鉄をポケットから取り出し、小脇に抱え
たシークレットトレイルともども確認した。
「シリアルナンバーLXXXIII(八十三)か」
ずいぶんヒビの入った核鉄は貴信の物である。先ほどの秋水との撃ち合いや光球の射出に
よって相当のダメージを受けたコトが見て取れた。
もう一つの核鉄はシリアルナンバーLV(五十五)。いうまでもなくかつて奪われた剛太の物
で、こちらは艶のある鉄色に輝いている。
「LXXXIII(八十三)の方は使用不可能。LV(五十五)は発動可能……」
となれば、である。
(ダブル武装錬金)
219 :
永遠の扉:2008/05/13(火) 00:03:59 ID:alYxMqHO0
秋水は防人から教わったその単語を脳裏に軽く描いた。
ダブル武装錬金とは、読んで字の如く「一人の創造者が同時に二つの核鉄を発動する」コト
を指す。ただしそれによって発動する武装錬金は、多少の意匠こそ違えど根本的な形状や特
性は変わらない。かつてカズキや防人はそれを用いて敵を倒したというが──…
(俺の武装錬金では不向き。二刀流は修めていない)
秋水は断定した。先ほどの戦いでシークレットトレイルを用いはしたが、あくまで補助的な攻
撃にすぎないのだ。
(それに金属疲労の問題もある)
防人の話によると、核鉄はその所有者が短期間のうちに激しく入れ替わると金属疲労を招き
品質が著しく低下するという。
よって。
(以前深手を負った姉さんを救ったように、核鉄は回復に当てるべき。)
実際に貴信の部屋からココに来るまでの間、核鉄を当てていたので体力や傷はわずかだが
回復している。貴信に打ち据えられた顎から腫れが若干引いているのがその証拠だ。
だから時間をおけば完全回復も或いは可能なのだが、秋水にはそうできない事情もある。
(どこまでやれるかは分からないが、せめて姉さんを倒した小札だけは、俺が……)
桜花は秋水がヴィクトリアを説得できるよう、小札との戦いを引き受け、そして敗北したのだ。
そして当座の相手たちの目的は「小札の回復」。時間をおけばおくほど小札のコンディション
は──桜花が懸命に負わせたダメージは──回復に向かう。
(姉さんの健闘や意志を無駄にしたくない。だからこのまま前へ進むのみ!)
やがて襖を開いた秋水は、「ここは……」と部屋の内実にちょっと息を呑んだ。
闇。
照明一つない、暗黒の部屋。
秋水の足元から伸びた光が一面の闇を丈の長い台形にくりぬいて、姿勢のいい影絵を乗せ
ている以外はまったく何も見えない。
(成程。これが『有利な地形』。闇に非力な本体を隠すつもりだとすれば──…次はやはり)
──「貴方に真ッ向から倒された者として、善戦を祈る! だが次の鳩尾は甘くない!」
(貴信の言った通り鳩尾無銘。兵馬俑の武装錬金を操る犬型ホムンクルス)
220 :
永遠の扉:2008/05/13(火) 00:04:46 ID:alYxMqHO0
「確かあなたと彼は旧知の間柄だったとか」
ココで話は数日前に遡る。
剛太に貴信・香美の情報を尋ねた秋水はその足で根来の病室に向かった。
「ええ。彼と総角、そして小札はしばしばL・X・Eのアジトに来てましたので。といっても自動人
形の方と何回かすれ違い、目礼を交わし合った程度の仲ですが」
ちょうど根来の見舞いに千歳が来ていたのは少し意外だったが、しかし或いは秋水にとって
都合が良かったのかも知れない。
「鳩尾無銘の武装錬金の特性について聞きに来たのね。確かに防人君から報告を又聞きす
るより、直接戦った私たちの意見を聞く方が参考になるかも」
聡明な彼女はすぐ秋水の目的を察し、無駄のない口調で要点を述べた。
「すでに聞いていると思うけど、あの自動人形は
『ダメージを与えた武装錬金の特性を創造者に敵対させる』
特性の持ち主。例えばヘルメスドライブからは過去に出会った人が出現して私を狙い、シーク
レットトレイルは亜空間を錐のように捻じって戦士・根来を傷つけ、ご存知の通り戦士・斗貴子
に至ってはバルキリースカートの高速精密機動を操られ全身を斬り刻まれて入院中。……ご
めんないね。本当は直接戦った彼女の意見も聞いた方がいいと思うけれど、傷も精神も今は
あまり良くないから……」
言外に「聴取は控えた方がいい」とニュアンスを滲ませる千歳は、しかし聡明な彼女らしく報
告から綿密に整理分析した斗貴子対無銘の概要をつらつらと述べた。それは客観性に満ちて
いて、ややもすると当人たちより詳しく一挙一動を捉えていたかも知れない。
「成程。彼女が負けたのは連戦に次ぐ連戦の後にそうされ……」
「ええ。不意打ちを受けたせい。むしろ彼女は本当によく戦ったと思うわ。……あんな状態で」
千歳はすこし艶めかしいため息をふうとついた。
「そしてその不意打ちというのが」
「本体……即ち、犬型ホムンクルスの仕業だ」
むっすりとした三白眼が大儀そうに呟いた。根来だ。
「恐らくそれが奴の戦法なのだろうな。自動人形で相手の目を引きつけ、敵対特性で思わぬ
反撃を浴びせる。もし仮に自動人形が斃されたとしても、背後から本体が襲う」
221 :
永遠の扉:2008/05/13(火) 00:05:41 ID:Vrc6vF4/0
無愛想だがよく透る声で呟くと、彼は口をニュっと歪ませ微笑を浮かべた。
「つまり奴は私同様、勝利の為ならば一切手段を選ばぬ男」
よって、と根来はひどく彼らしい合理的な対抗策を述べた。
「奴と戦う場合は貴殿も一切手段を選ぶな。もとより貴殿の気質や武器は搦手を用いる相手
と相性が悪い……加えて、奴の操る自動人形は様々な忍法を使う」
「忍法……? 聞いた事はありますが実在しているのですか?」
根来は少し黙ると……
「いる」
「いるにきまっている」
「何故ならば私が習得しているからだ」
言葉をわざわざ一個一個力強く区切りながら頷いた。
それはもう平素の彼からはかけ離れた異様な情熱を込めて、鋭い目つきをらんらんと輝か
せながら幾度なく頷いた。
「私は忍法帖シリーズを読破し、血の滲む様な修練の末に総ての根来忍法を修得したのだ。
今や口からかまいたちを放ち、人の目の中で逆三角形のプリズムのように凝結して視界を反
転させる唾液を吐くなど容易い。シークレットトレイルによる亜空間移動など私にとってはしょ
せん余技にすぎない……」
秋水は「え?」とすごく物言いたげに根来を見た。
「奴が山田風太郎先生に心酔し、私と同じ真似をしたとしても不思議ではなかろう。まして奴
は自動人形を用いるのだ。多少の無茶などまかり通して然るべき──…」
いわゆる趣味の深みにはまり込み、一般人と一線を画す精神状態に陥った者特有の理解し
がたい暗い情熱がもわもわと秋水をあぶり、彼を困惑させた。
(いや、ホムンクルスでもないただの人間が、本当に修練一つで口からかまいたちを放ったり、
人の目の中で逆三角形のプリズムのように凝結して視界を反転させる唾液を吐けるようにな
るのだろうか……? というか何でわざわざ先生と呼ぶのだろう?)
「理屈は簡単なコト。総てはかかる執念のなせるわざ。第一」
根来は無愛想に秋水をねめつけると、わざわざ墨絵調になって断言した。
「錬金術が実在しているのだ。ならば忍法を体得できても何ら不思議ではない……!」
秋水はぐうの音もでなくなった。現にこの曖昧な事象をいっさい許さぬ合理主義者が忍法を
習得している以上、まったくもって否定の材料がないのだ。
222 :
永遠の扉:2008/05/13(火) 00:07:15 ID:alYxMqHO0
「よって貴殿も初歩の忍法を一つ得てみるがいい。されば理解も深まろう。教えてやる」
「い、いや、その……」
秋水に詰め寄る根来を見ながら千歳はひそかに額に手を当て、うなされるような表情でた
め息をついた。
(とにかく)
いつの間にかシークレットトレイルを複雑な表情で眺めていた秋水は、軽く冷汗かきつつ慌
てて部屋を眺め直した。
(次の相手はあの鳩尾無銘。不用意に飛び込めばそれこそ奴の……忍法…………の餌食)
忍法、のあたりで頬を軽く引きつらせながらも、さてどうしたものかと考える。
なにか、呼びかけてきた。
从ヘハ
フハハ!! もしかするとこの部屋自体がブラフかもな!! > (@Д@#
∧_∧
从 ゚ー゚) < そーそー、なやんでるうちにうしろからバッサリじゃん! ____
__|______|__
などと焦って踏み入りますれば実は奈落であり、真っ逆さまかも知れませぬ! > 从・__・;从
(い、いや落ち着け。落ち着くんだ俺)
どうも調子が普段と違う。もしかすると先ほど戦った貴信や香美や、ついでに声を聞いた小札
から知らず知らずのうちに影響を受けているのかも知れない。
秋水は深呼吸をした。腹式の深呼吸は精神を落ちつけるのにいいのだ。
(こういう時は防人戦士長の言葉を思い出せ)
──「ちょっとした着想で君の武装錬金も闘い方を変えるコトができる」
(これだ)
まったく防人の大らかさはどうだろう。苦悩多い青年期を駆け抜けだけあり、こういう局面で
は何かと支えになるのである。根来の厳然とした冷徹さとは大違いだ。
秋水は無言のまま下緒を掴むと、先端にある物を部屋に中へと放り込んだ。
(先ほど貴信の光球を斬った時のエネルギー。反射的に蓄積していたそれを……)
飾り輪が放出し、一瞬だけ部屋を照らした。
223 :
永遠の扉:2008/05/13(火) 00:18:37 ID:eBXQEy2K0
そこは先ほどの貴信の部屋とほぼ同じ大きさで、くすんだ木張りの床のうち可視範囲につい
ては罠や奈落の類はない。加えて、無銘の姿も本体・自動人形問わず見当たらない。
(やはり死角に隠れているな)
光に慄いたのだろう。再び闇に包まれた世界の中で、微かな動揺の気配がした。
(部屋にいるのなら疑うまでもなく初撃は不意打ち。……故にまずはそれを防ぐ!)
秋水は眼を閉じるとその中で瞳孔だけを開いた。これは夜目に目を慣らすための方法だ。
(今の光で奴の目が眩んでいればいいが、自動人形やホムンクルスが相手では望みは薄い。
ならば)
長身がスルスルとその場に座り込み、右膝を立て左脛を総て床につけるような姿勢を取った。
一方、右手に握ったソードサムライXは更に右側へだらりと垂れさがり、床スレスレに剣先を
浮かべた。
かと思うと秋水はシークレットトレイルを背後に回し、腰の後ろのベルトに差し込んで、次に愛
刀の長い下緒をくわえて左の一の腕の半ばにくいっと一巻きした。
そしてその末端……つまり飾り輪の近くを左拳で握ると、下緒があたかも彼の緊張を示すよ
うにビーンと張りつめた。
この構えは「座さがしの術」といい、忍びが屋敷に忍び込む時の対処である。
(その、押しつけられた……に、忍法ではあるが使えない事も……というかこれは刀術のよう
な……? だいたい本来は鞘を剣先にかけたままやるという。そして鞘から伸びる下緒をくわ
えて微細な動きを知るらしいから)
刀身から直接伸びる下緒をくわえるのは無意味かも知れない。
一瞬少し情けない顔をした秋水だが、すぐいつもの沈着なる美形顔に戻って剣先を襖の裏側
へと這わした。潜入時の心得で、まずは扉や戸の裏側に剣先を入れるのだ。もしそこに敵が
待ち構えていた場合は、突然ニュっと体に触れた感触で動揺するから所在が分かる。そういう
寸法だ。
確認の結果、何者も間近にいなかった。
秋水は意を決して部屋に踏み入り、屈んだままの姿勢でスルスルと歩き始めた。
…………
……扉から五メートルは進んだであろうか
突如として秋水の頭上を「ぶぅん!」と異様な風が行き過ぎた!
転瞬! 彼の口から下緒がぱらりとこぼれ──…
224 :
永遠の扉:2008/05/13(火) 00:19:01 ID:eBXQEy2K0
彼の左側を青い三日月が疾駆したと見るや、闇の一点で竜巻のように荒れ狂った!
「馬鹿な……!」
響いたのは何かがボトリと落ちる音。くぐもった無銘の声。
果たして何が起こったのか判然とせぬ中、秋水だけが叫んだ。
「捉えた! そして!!」
立ち上がりつつ彼は左拳を肩の上でグイと引いた。するとまるで操り人形が傀儡師に招かれ
たように大きな影が滑るように疾走してきた。それが「無銘」という名の武装錬金だとすれば確
かに人形には相違ないが、然るに傀儡師ならぬ秋水に手繰られる理由はない。
ならばただ手向かっただけなのか?
──否。影はほとんど背後に倒れ込むような姿勢で動揺を撒き散らしながら、つま先を秋水
に向け宙を駆けていた。
秋水はそれに向かって猛然と駆けた。
ただでさえ異様な風景であるが、更に異様なコトに影の右足は膝から下が欠けている。
左の脛からは先ほど秋水の側面を駆け抜けた三日月らしい物が垂れさがって加速の中で青
く揺れ輝いていた。
秋水はその揺れ輝きを正面から迷いなく掴み取ると一気に影の左側面へと回り込み、唐竹
に斬り落とした。
一連の動きの概要はこうである。
……秋水は。
頭上で何かが爆ぜた瞬間、即座にそれを囮とみなした。
論拠は非常に単純。背後からの殺気を感知したからだ。
もっとも、もし不用意に飛び込んでいれば感知できたとしても態勢の不十分さで対処が遅れ
ただろうが、然るに「座さがしの術」で警戒を徹底していた以上、迎撃態勢は万全といって差し
支えない。
よって背後から飛びかかってくる自動人形に対して愛刀を投げた。
ただ投げたのではない。左拳に下緒を掴んだままだったから、あたかも貴信操る鎖分銅の
ように刀はビューっと疾走した。
一般に下緒の長さは打刀用の鞘につくもので、およそ百五十センチはあるという。が、ソー
ドサムライXの下緒は、一見するとそれほど長くないように見える。
その原因は、この刀が本来の日本刀に必ず付随している「柄」を持っていないせいだ。
225 :
永遠の扉:2008/05/13(火) 00:19:37 ID:eBXQEy2K0
柄が刀の持つ部分に必ずついている装飾品だとはいうまでもない。ついでにこの柄を外すと
刀工の名や製作年紀を示す「銘」が刻まれているのも広く知られているから詳しくはふれない。
然るに、である。もし柄や鍔を取り払って「銘」が露になった刀剣の写真を見る機会があれば、
「銘」の周辺をよく見て頂きたい。
刀によってこの部分の保存状態は個体差があるが、いずれも必ずヤスリのようなザラザラが
刻まれているのがお分かりになるだろう。
これを鑢目(やすりめ)といい、刀身に差し込んだ柄が抜け落ちぬようにする彫り込みだ。
だが、ソードサムライXは柄のみならずこの鑢目(やすりめ)もない。
何故か柄を固定する目釘穴だけはあるが、刀身のうち握る部分、いわゆる茎(なかご)が何
の装飾もなく剥きだしのため……
ひどく振るいにくい。
ツルツルとした金属は過酷な剣術運動の中で滑りやすい。汗をかけばますます滑りやすい。
……さて、長々と書いたこれらの事実が、下緒の長さと果たしてどう関係するのか?
答えは「その滑り止めに使用するため実際の長さより短く見える」である。
秋水は下緒を茎(なかご)に幾重にも巻きつけるコトで柄に準じた滑り止めの用に供している。
例えばカズキとの戦いやバスターバロンに乗っている時はそうだったし、アニメでのヴィクター
討伐も同じくだ。原作四巻の表紙を見ればどう巻き付けているか詳しく分かるだろう。(ピリオ
ドでは更に手へさらしを巻きより盤石な滑り止めを施していた)
であるから、下緒がふだん短く見えたとしても、それは茎(なかご)へ巻きつけた分が差し引
かれた結果であるから、その分だけは見た目より長い──…
加えて秋水の身長は百八十一センチメートルである。資料によればこの身長における平均
的な腕の長さはおおよそ七十八センチメートルほど……つまりは下緒と併せれば二メートル
先にいる相手も狙い撃てる。
果たして下緒は秋水の背後約二メートルに迫っていた自動人形の左脛に左側にブチ当たり、
そこを支点に勢い余ってぐるぐると巻きついた。もちろん下緒の先に刀あるゆえの遠心力だ。
自動人形にとってそれはたまらない。
226 :
永遠の扉:2008/05/13(火) 00:20:15 ID:eBXQEy2K0
ただでさえ不意打ちには不意打ちとばかりに、まったく純粋な刀法を無視した予想外の攻撃
を疾空途中の死角たる足元に容赦なく浴びせられたのだ。
衝突したのは下緒といえど武装錬金だ。金属が縄のように編み込まれている。だから自動
人形は重苦しいワイヤーに打たれたような衝撃で、安定を欠いた。
なおかつソードサムライXが両刃というからたまらない。あろうコトか足元で両刃の刀が回転し、
右膝から下を切断される憂き目にあった。
そう。
疾駆し、闇の一点で荒れ狂った竜巻のような三日月はソードサムライXだったのだ。
ボトリという音は右膝から下が落ちる音……
左脛から垂れ動いていたのもソードサムライX……
自動人形が秋水に向って引かれたのは下緒あるため……
そして秋水は飛翔する敵から神速ともいえる手つきで愛刀を回収し、振り下ろした。
平素の滑り止めもへったくれもないひどく荒唐無稽な攻撃ではあるが、手段を選ばぬ攻撃と
いうのは得てしてこういう型や常識からかけ離れた物になるのだろう。
とはいえ古流の剣術には下緒を以て敵を制する技もあるから、あながち秋水の判断は剣客
らしい柔軟性と合理性の萌芽を示すものといえなくもない。
かくして自動人形「無銘」は腹部から両断され、下緒を振りほどきながら「どうっ」と凄まじい
音を立てて地面に転がった。
だが。
秋水はそのままつま先を地面にねじ込むようにするとそれを起点に体を捻り、風が爆ぜるよ
うな音を立てつつ横殴りに何かを斬りつけた。
貴信の武器は鉄のような質感だったが、どうやら無銘のそれは硬直した筋肉らしい。
防がれた斬撃にそういう感想を抱きながら秋水は刃を外側から更に押し込んだ。
「初戦を突破したようだが」
(不意打ちは予見していた……しかし、こう来るとは!)
右手を立てて刃を受け止めている自動人形「無銘」の姿を見ながら、秋水は切歯した。
先ほど両断した黒衣の自動人形は相変わらず地面に転がっている。
では眼前のコレは何か?
227 :
永遠の扉:2008/05/13(火) 00:21:56 ID:Uidc/V7q0
(ダブル武装錬金!! 津村斗貴子から奪った核鉄を発動したか!!)
通じぬ斬撃を弾くように外すと、秋水は背後に飛びのき二体目の無銘を見た。
その衣装は黒くはあるがやや青く染まっており、帯や袖にはバルキリースカートの刃を思わ
せる六角形が鱗のようについている。
「いい気になるな。栴檀など我らの中で一番の小者。ザ・ブレーメンタウンミュージシャンズに
入れたのが不思議な位の弱者だ」
兵馬俑の武装錬金の両手がめらめらと燃え始め、松明のように部屋を茫洋と照らした。
以下、
>>222のAAの修正版
从ヘハ
フハハ!! もしかするとこの部屋自体がブラフかもな!! > (@Д@#
∧_∧
从 ゚ー゚) < そーそー、なやんでるうちにうしろからバッサリじゃん! ___
__|___|__
などと焦って踏み入りますれば実は奈落であり、真っ逆さまかも知れませぬ! > 从・__・;从
今度は大丈夫でしょうか?
vs無銘開戦。果たして彼も貴信のような見せ場を持てるか?
根来は回想だけの出番でもアレコレ盛り込みたくなるので困る。
そして>
>>222ズレ杉ワロタorz 前スレに修正版貼ってすみません……
>>227でやればいいと気づいたのは後のコト。
∧_∧
从 ゚ω゚) < ちなみにボツにした香美の顔文字です。これはこれで。ネコは可愛くなくても可愛い。
>>187さん
鉄は熱いうちに打て、ですね。何しろあと四人もいるのでなるべく早く投下していきたく。
それに貴信パートを小出しにするのは彼に悪いような気がしたのですよ。男なら一気呵成だあ! みたいな。
>>190さん
ありがとうございます。彼は彼自身のみならず秋水も引き立ててくれたのでありがたかったですねー。
最後のやり取りとか。あと、普通はサソリですよねw 卑怯が居るのもおかしいっちゃおかしいですが。
>>191さん
それはもう原作の連載初期は久々にきた熱血主人公カズキに燃えて萌えたものですよ!
で、秋水もそうだと貴信戦で再確認した次第。あと、ブレミュ勢に弱いとも。ですので以降の戦いは……w
>>192さん
ええw 自分で可能性を作り出していけるブレミュ勢は原作キャラと違った意味で大好きですw
さいさん
剣が殺人から精神修養の手段に変じたように、斗貴子さんも上位ランカーたちとの出逢いで
戦いに対する意識が変わっていくようですね。鬱屈を叩きつけるような殺戮ではない、心技体
を純然と顕す”闘い”と“強さ”。そういうのは大好きなので、勝敗にかかわらず全力で戦って欲しいです!
ふら〜りさん(『その笑顔で救われる人がいる』と思います。某流星群最後からの引用ですが)
本編に出せなかったのですが、彼がいつも香美を表に出してるのは「僕のような顔の男より香
美が歩いてる方が皆様嬉しいに違いない!」てな自虐含みの配慮があったりしますw で、前
回最後のアレには色々と意味がありますがそちらは彼らの過去ともどもいずれ!
スターダストさんのノリノリだなあw
230 :
作者の都合により名無しです:2008/05/13(火) 17:14:20 ID:M1n5X4lD0
お疲れ様ですスターダストさん。
根来は普段寡黙なくせに喋りだすと結構語りますねw
山田風太郎に心酔している、というのはスターダストさん自身を投影していますな。
やっと主役の秋水中心に話が進行しそうですな。
231 :
作者の都合により名無しです:2008/05/14(水) 00:14:21 ID:6URyVLuc0
「永遠の扉」についての考察
「武装錬金」づてでここへ来て一気読みしたクチだが、正直な批評。
アンチのつもりは一切ないが、原作に照らし合わせて駄目出しをしてるので、結果として批判的な書き方をしているので注意。
ここまで読んできて、やはり全体に拭いきれない違和感がある。
とにかく『ブレミュ』があまりにも有利かつ優位に書かれすぎている。ここに至る戦闘は全て茶番だったと言ってもいい。
各々の武装錬金をとっても
・とにかくどんな攻撃も跳ね返すバリア(応用で攻撃や更に回復も可)。
・とにかくどんなエネルギーも吸収して力を失わせる鎖分銅(更に回復や記憶操作も可)。
・とにかくどんな武装錬金でも特性を狂わせ、実質味方につける特性(それとは別にに種々の道具攻撃も可)。
・とにかくどんな武装錬金でも一目見れば使用可能な特性。
と、半ば相性勝負ともいえる「武装錬金」において、攻撃や武装錬金そのものを一方的に左右してしまう物ぞろい。
更に、そんな武器を持たない美香にすらも剛太では結果的に歯が立たず、副長の光に至っては変形のみでムーンフェイス
30体を圧倒。『特異体質』とやらのおかげで絶対察知されず、その上武装錬金使いときている。
(※この時点で『武装錬金を使えるからこそ人間型ホムンクルス』という基本設定も無視)
大将の総角に至っては言わずもがなである。『サテライト30』と『アリス・イン・ワンダーランド』を使うだけで
まず敗北はあり得ないという前提が茶番臭さに拍車をかける。
こんな『味方のピンチにタイミングよく登場率100%』の連中が『絶対に見つからないアジト』で
『情報をほぼ全て把握し、事態を見通している』。これが茶番でなくて何だというのか。
書いてる方は楽しいのだろうが、真面目に読んでいる方は頭痛を避けられない。
ブレミュメンバーが追い詰められると必ず総角が登場。あっさり逆転というサイクルが、戦闘から緊張感を完全に奪っている。
232 :
作者の都合により名無しです:2008/05/14(水) 00:14:55 ID:6URyVLuc0
次にキャラクターだが、無理があるのが秋水と斗貴子とブラボーの3名。
原作における秋水の立ち位置というのは「るろうに剣心」の蒼紫と全く同じで、『自分のエゴのためだけに他者を手にかける』
という越えてはならない一線を踏み越えてしまった状態(命が助かったのはあくまで結果論)。
ゆえに、個人として誰かを『守る・救う』などと標榜できる立場にはない。思ったり、黙って行動で示すのは当然自由だが。
だからヴィクトリアに対するアプローチは筋違い。
もっとも、筋という話をするなら『全校生徒を生贄にする手引き』をしたあの戦いで、『白か黒か』で最後まで黒を
選び抜いてしまった秋水が、今だに銀成高校に在籍していること自体おこがましいのだが。
さすがに少年漫画にそこまで厳しく言うべきではないか。
斗貴子はキャラクターが根本的に歪められている。
第1に、彼女は八つ当たりするキャラクターではない。むしろ内に抱え込みすぎる性格として強調されている。
第2に、彼女は秋水がカズキを刺したことを恨んではいない。
もともとカズキ優先というだけで、当事者であるカズキ本人が許しているものを斗貴子が引き合いに出すのはお門違い。
(事実、本編においても戦闘以降、斗貴子が秋水に嫌悪や軽蔑を向ける描写は一切なく、『ピリオド』においては
厚意を自然に受け入れ共闘さえしている)
それ以前に、秋水が『カズキを刺し殺した(あえてこう表現する)』件は、直後に姉が『命を捨ててカズキを救った』
ことで既にケジメがついている。(ついでに言うと、その姉の命を斗貴子が救ったことに対しては、秋水自身は何一つ
ケジメをつけていない。見方によっては『ピリオド』の共闘がそうだったのかもしれないが)
ブラボーは逆の意味で歪んでいる。
何故こんなにも、秋水に対して初期から理解があるのかがまず判らない。設定としては『ヴィクター戦後で、
錬金戦団の戦力が激減』『支部長である照星がホムンクルスに拉致され安否も不透明』『手強いホムンクルス組織が
謎の錬金兵器?を求め銀成襲来』で『対抗できるのは自分達だけ』という後のない状況。
しかも『(再人間化やら月に移住を含め)ホムンクルスと和解』という発想すらない時期。
現在は戦闘不能の体ゆえ「いざとなったら責任を取って自分が止める」ことも出来ない状態。
そんなかつてない窮状で、大した面識も実績もない元・信奉者の秋水とホムンクルスのヴィクトリアに放任措置を取れるのか。
状況的にも、心情的にも、立場の上でも、(むしろ斗貴子などよりも)戦団側であるべきであろうに。
『誰よりも近しく、尊敬していたであろう照星』よりも『二重に負い目があり、ずっと見守ってた斗貴子』よりも、
何故かポッと出の秋水の意向を優先しているようにすら受け取れ、理解不能というよりはもはや意味不明。
かつて「その“わずか”に多くの人々の命をかける訳にはいかない」と自分で言った台詞。
カズキを殺してでも貫こうとした信念を、秋水とヴィクトリアに対しては都合よく曲解してしまっている。
233 :
作者の都合により名無しです:2008/05/14(水) 00:15:30 ID:6URyVLuc0
ヴィクトリアにしても、父と同じ境遇のカズキにすら完全に心を開かなかったのに、何の接点もない他人で、しかも信奉者から
錬金の戦士に鞍替えした秋水の、昨日今日身に着けたような正義感に心動かされるというのは説得力に欠ける。
作中ではあれよあれよと流されているが、100年の隔絶はそこまで甘いものだろうか?
まひろを始め他キャラにも一言あるが、そんなことまで言っててはSSなど書けないので割愛する。
とにかく秋水にとって都合の悪い(様に仕立てられた)キャラは見苦しく、都合の良いキャラは(そのキャラの“芯”を
曖昧にしてでも)扱い易い性格に改悪。『空回り被虐キャラ・斗貴子と無責任擁護キャラ・ブラボーがガンバって
いる秋水を挟む』相関には、原作の彼らの面影は皆無だ。
他にも
・秋水の一撃で本気のシルバースキン突破は無理がある。ミサイルの直撃やヴィクター化カズキの突撃以上だとでもいうのか。
・秋水がカズキより実力が上だったのは対戦した当時の話。今はカズキの方が上と見るのが妥当。
『ダイの大冒険』や『ドラゴンボール』の主人公よろしく、カズキも『戦うたびに強くなる』性質付けがされている。
あれから現在進行形で激戦を経たカズキが秋水に劣る道理がない。(というか漫画版でもアニメ版でもいいが、
ヴィクター化もせずにブラボーと渡り合ったカズキの『あれ』と同じ真似が秋水にも出来ると本気で思ってるのだろうか?)
・光は動物型なんだから、人間形態でも出血などないはず。(ムーンフェイスに貫けれるシーン)
・ブレミュのメンバーは基本みな動物型だから、あの性格は『ホムンクルスとしての後付け人格』なのだろうが、
絶対的習性である人食い=人殺しをあそこまで回避・忌避する説得力を感じない。
・桜花の『傷を移す』特性は、あくまでも傷。欠損があれば無効、程度の能力でしかない。拡大解釈され過ぎている。
など細かい点は数え切れないが、上記の理由で割愛。兎にも角にもご都合設定・展開のオンパレードである。
これで「秋水が6対1で勝ち抜いているよオラ盛り上がれ」と言われても「なんだかなぁ」と思わざるを得ない。
あくまで現段階ではだが、
申し訳ないが『俺キャラ(秋水を含む)をヨイショするためなら、設定変更や他キャラを貶めることも辞さない、
少々理性に欠ける作品』という印象。『武装錬金の二次小説』というよりは『武装錬金のキャラ・設定を使った俺小説』、
より正確に言うなら主人公に理想を投影した『秋水=俺な夢小説』という趣き。
他の作家さんのようにクロスオーバーものならば、原作の設定や雰囲気など半ば無いようなものなのでお祭り気分で
楽しめるのだが、原作規準といわれると何かが酷く歪んでいる。
234 :
作者の都合により名無しです:2008/05/14(水) 00:16:07 ID:6URyVLuc0
などとここまで容赦なく書いてしまったが、駄作だなどとは間違っても言っていない。
むしろ非常に面白い。ストーリー展開も先が気になるし、キャラもよく練っている。描写も文句なく丁寧。
ヴィクトリアが周りの手を借りながら世界を開いていく過程や、秋水が傷つきながらも前に進み、贖罪と成長を遂げていく
プロセスも特筆すべき。
ただ、全体に漂う「なんだか自愛を抑え切れていない感じ」だけはどうにかならないだろうか。
途中まで面白かっただけに、そこが非常に惜しい。
235 :
邪神?:2008/05/14(水) 04:58:09 ID:1sHJzoDP0
空気を読まず投下
PCのHDがぶっ壊れて修理に出してました!
メモ帳に記載してたストーリーの流れとか全部吹っ飛びました!
現在再構築中…モチロン吉良の方も吹っ飛びました。
復帰にはまだまだかかるっぽいです(;0w0)
逆にここまで詳しく考察されているって事はそれだけ読み込んでいるって事だね。
俺は「スターダストさんの書く」まひろや秋水が好きです。
原作はそれほど好きじゃなかったし。
>邪神さん
PC壊れる方結構多いですなあ・・
気長に復帰待ってます。
ま、SSなんて全部俺小説だけどね
それも含めてダストさんの作品は好き
邪神さん災難だねぇ
一度書いたのが消えると
もう一度書くの辛いだろうなぁ
239 :
作者の都合により名無しです:2008/05/15(木) 17:13:18 ID:5ZdxokjA0
ハロイさん最近こないな
俺だったらあれだけ読み込んでもらえれば素直に嬉しい。
駄目な点あげつらうだけならともかく、フォローもしてるしな。
長文書いた人も武装錬金好きなんでしょう。
誤爆すまん。忘れてくれ。
新人さんが1人来てくれればまた活性化するんだが
>>234さん
描き手としての至らなさゆえに、抱かれている武装錬金への愛に添えぬ描写・展開をお見せし
てしまい、誠に申し訳なく思っております。
大変申し遅れてしまいましたが、話数にして五十話以上ある拙作を一気にお読み下さり、本
当に本当に心よりありお礼申し上げます。そうして頂けるだけの原作への愛を持たれた方を
お見かけし、一ファンとしては大変嬉しく思っております。
なお、頂いたご意見は今後の参考にさせて頂く所存ですが、
>「秋水が6対1で勝ち抜いているよオラ盛り上がれ」
という意志は全くない事だけお伝えします。
盛り上がりは読んで下さる方々の内面から自然ににじみ出てきた物が幾重にも連なって初め
て生まれる物であり、言い換えれば「盛り上がり」という物は場に生じる一種の流れです。
ですので、一描き手にすぎぬ自分がその好みにあった流れをこのバキスレに強制する権限
や権利は一切ありません。
盛り上げたいと欲するのであればそれに見合った知識や筆力を身につけるべき、でなくば何
もできず向上もないと常々痛感しております。
最後に。
あれだけの文量を隅々まで読んでいただいた事、重ねてお礼申し上げます。
244 :
永遠の扉:2008/05/18(日) 22:27:32 ID:Gg3ofCk80
第055話 「このまま前へ進むのみ その弐」
産科医療の定義では。
人間は妊娠第八週目から「胎児」と呼ばれる。
そう。人間は個人差こそあれ大体その頃になれば「胎児」という「人間らしい」形態になる。
ではそれ以前……妊娠第七週目まではどうか?
受精後二十四時間以内に受精卵は二つに分裂し、二日目には四つ、三日目には八つと分
裂しつつ卵管を移動しやがて子宮に着床する。
そして妊娠第三週目に入る頃に、心臓と主要な血管ならびに脳や脊髄の元たる「神経管」が
発達を始めるが、この頃はまだ「タツノオトシゴ」のような形状であり、つまりはおよそ妊娠第八
週目までは(徐々に人間に近づくとはいえ)、「人間とはやや異なる形状」である。
鳩尾無銘が人間の形態になれないのは、上記の「人間とはやや異なる形状」の頃にホムン
クルス幼体を埋め込まれたからである。
よって彼はチワワをやらざるを得ないのだ。
しかしである。
普通、動物型ホムンクルスがその原型を表すとひどく幾何学的な形状になるというのに、無
銘がごくごく普通のチワワであるのは何故なのか?
原因は、発生の仕方がややイレギュラーなせいかも知れない。
というのも妊娠第四〜七週は前述の通りまだまだ人体が形成されゆくべき時期なのだ。
「絶対過敏期」とすらいわれ催奇形がもっとも警戒される頃であり、薬の服用ですら十分慎重
たれと産科は警鐘を鳴らしている。
或いはそういった時節にホムンクルス幼体を投与されたせいで、不安定な人体はあれよあ
れよと犬の遺伝情報に引きずられ、本来人間の体を作るべき血肉を犬のそれにし、動物型ホ
ムンクルスでありながらひどく生物的なフォルムを獲得するに至ったのではないか?
とまれ生物の可能性は無限にあるゆえ断言はできないが、現にチワワたる無銘の武装錬金
が「兵馬俑」という人間型の自動人形なのは闇に隠れて生きるチワワゆえの早く人間になりた
いという願望が発現したと見て違いない。
果たして無銘は人間形態になれるのか?
その議題からはやや逸れるが、無銘にとり総角は父であり小札は母である。
245 :
永遠の扉:2008/05/18(日) 22:28:04 ID:Gg3ofCk80
むろん、血縁はない。ただし彼らは十年前、諸事情により一団を形成した。
以来、理性的生物が寄り集まった時の自然な希求として家族じみた絆が生じ、かつ無銘は
最年少であるから自然と総角を父とし小札を母とする慣習が生まれたのである。
その慣習が一度、小札に無銘の宿命的議題を論じさせた。
いつだったか彼女は無銘を膝に乗せて向かい合うと、少し考え、ふわりと笑った。
「不肖に難しいコトは分かりませぬが」
その時、濡れそぼる黒豆のような犬鼻にペタリと押し付く物があった。小札の鼻先だ。
「冬来らば春遠からじ。いつしか無銘くんも人間の姿になれましょう! 不肖はそう信じる次第!」
そう彼女は景気のいい声を飛ばしつつ、無銘の頭をもふもふと撫でた。
小札のいうとおり、果たして無銘は人間形態になれるのか?
なれるなれないは別として……
秋水と対峙する自動人形・無銘の全身に殺意が充満した。
(総ては母上を守護するための戦い! 全力を尽くす!!)
身長百九十メートルを超える巨大な自動人形が轟然と床を蹴ると、炎の坩堝と化した極太の
右腕が秋水へと殺到した。
転瞬、むせかえるような熱気と橙色した無数の鱗粉が舞い踊り、巨大な五本のマニピュレー
ターが紅蓮の炎を剥がしつつ端正な顔を握らんとする……!
忍法赤不動。兵馬俑の武装錬金・無銘は肘から掌にかけて一瞬で熱を発するコトができる
のだ!! 温度は数百度から数千度……炎上しているのは油を塗っているからであろうか。
夜目を慣らしていた秋水の網膜はその圧倒的光量に文字通り眩む思いをしたが、しかし咄
嗟に右へ右へと足を送り回避を試みた。
果たして赤不動に燃え盛る巨腕は秋水の斬影を空しく行き過ぎるに留まった。が。
「栴檀貴信。正々堂々に拘る奴は逆向凱の与えた傷を回復し、その分の傷ぐらいは与えると
宣言したのだろうが」
246 :
永遠の扉:2008/05/18(日) 22:28:58 ID:Gg3ofCk80
声とともに秋水の全身に異様な力が加わったのは、赤不動の残り一方、燃える左腕がむん
ずとソードサムライXの切っ先を掴んでいたからだ。
平素青い刀身は、しかし掴まれた剣先から茎(なかご)へ向かって色濃い紅鮭のような色に
染まっていく……
果たせるかな、赤不動が高熱を発する以上、金属にその熱を伝播できぬ訳はない。例えば
熱した錫杖を相手の刀にぴたりと当て、熱伝導によって刀の持ち手を皮がめくれるほどに焼
き焦がすコトも可能なのだ。まして柄なきソードサムライX……わずかに肉の焦げる嫌な臭い
が立ち込めた。
「馬鹿め。核鉄を与えれば辛うじて与えたわずかばかりのダメージすら回復されるコトなど自
明の理。それを見通せないからいつまでも小物だというのだ!!」
無銘は厳然と秋水の顎の傷──貴信がつけたものの彼の核鉄で回復した──を見下しな
がら、吐き捨てるように呟いた。
その感にも剣先は束縛を解こうと打ち震えるが解ける気配はない。
「我は甘くないぞ!」
手を焼き苦悶の表情を浮かべる秋水の右膝下がぐわんと蹴りあげられた。もっとも手にした
剣が握られている以上、秋水は後ろに吹き飛ぶ自由さえないが。
そして不思議なコトに無銘の足は秋水を蹴ったままピタリと止まっている。
「栴檀二人など先鋒に立たさずとも、我が出張ればこの通り」
青黒い忍者頭巾の奥で光る眼球は二個の氷塊のようであった。意志の奥から冷然と白い
冷気を垂れ流し、見る物総てを凍らせるようにさえ思われた。
いや、今やカタカナの「ト」を上下反転させたように接触する秋水と無銘の足を見よ。
秋水の右膝下に貼りついた無銘の足裏からは身も縮こまるような冷気がキーンと漂い、そ
の上から下から新雪を思わせる粒子が次々に舞い落ちたかと思うと、カキカキとぶきみな音
立てつつ秋水の腿や足首までもを凍らせていくのだ。
西洋には見た物を石化させるメデューサがいるというが、あたかも無銘はそれの氷版だ。
これが忍法薄氷(うすらい)という触れたものを瞬時に氷結させるわざだと根来より聞き及ん
でいる秋水ではあるが、掌を焼かれ足を凍らされるという異常な事態に直面しては身震いする
思いだ。
247 :
永遠の扉:2008/05/18(日) 22:29:38 ID:Gg3ofCk80
「古人に云う……善く戦うものは、その勢は険にして、その節は短なり」
「短期決着狙いか! 確かに長引けば本体を探し出される……!」
この自動人形の殺意はどうであろう。動かずにいれば焼死か凍死は免れない。
もっとも本体を探せば勝ち目はあるが、ああしかし、そうしたくとも秋水は動けない──…
(焦るな。いかなる態勢やわざであっても破る術はある!)
無銘はそんな彼を見下ろしつつ
「終わりだ」
とよほど発したかったであろう。
「甘くない」と公言する彼だ。上記のセリフは下記の忍法命中後に呟きたかったに相違ない。
忍法吸息かまいたち。
強烈な吸息により、かまいたちを作るわざだ。人間の頭に当たれば石榴のように爆ぜて死ぬ。
秋水の動きを止めてその直撃を確かな物にしたまでは良かった。
だが、無銘が口をすぼめ放とうとした瞬間……
いや正確にはその二刹那か三刹那前……
秋水は真赤に焼ける茎(なかご)から左拳をぱっと放した。ぱっとというが半ばは「べろり」だ。
焼けただれた皮が茎(なかご)の形にべろりと剥がれたりしたが、とにかく秋水は「ぱっ」といえ
る速度で放した左拳を腰の後ろに回し……
逆手で抜き取ったシークレットトレイルの刃を上に向けつつ赤熱する愛刀の刀身を削るよう
にりりーっと擦りあげ、剣先を握る無銘の親指以外の指を第ニ関節のあたりから切断した。
もとより日本刀に長さで劣る忍者刀だ。一見すると右手の日本刀の剣先を握る無銘の指な
ど切断できないように見える。しかし結論からいえばできる。できるのだ。
もし手近な場所に棒があれば以下の方法を試していただきたい。
まず棒の端を左手で握り、その上からやや離れた場所を右手で握る。
次にそれをタンスなどに振り下ろし、当てる。
当たったら握り手をそのままに二歩か三歩下がり、今度は「腕をいっぱいに伸ばした状態で振っ
ても目標物にギリギリ当たらない」距離を見つけて欲しい。
見つけたら今度は棒から左手を離す。(この際、右手の位置は変えない)
そうして片手持ちになったらもう一度腕をめいっぱい伸ばして、対象物に振っていただくと、
当たる筈である。(説明が間違っていなければですが。ちなみに模造刀では検証済みです)
248 :
永遠の扉:2008/05/18(日) 22:31:35 ID:Yw9S0S7Z0
刀剣を両手で扱う場合、右手を鍔近くに添え、左手を柄頭いっぱいの位置で握らなくてはな
らない。つまり、左右の拳は必ず一定の距離を保つべしという制約がある。
その為、右手はいかに伸ばそうとも左手の伸びる限界に引きずられ、十分に伸ばすコトがで
きないのだ。前述の両手持ちの棒が対象物に当たらないのはこのせいだ。
しかしひとたび片手で持てば、もう一方の手の限度に縛られる事なく本来の腕の長さまでゆ
るゆると伸ばすコトができる。
これを俗に「片手撃ちは五寸の得あり」といい、短刀が長刀に挑む時の方策でもある。
更に「五寸の得」に加えて、秋水は左手でシークレットトレイルの柄頭を握り、右手でソード
サムライXの茎と上身(かみ。刀身を二分した場合、茎と上身に分けられる)の境目を握って
いた。いうまでもなくその境目は普通の刀なら鍔があるべき部分のやや下だ。
だがソードサムライXのそこを握るという事は、刀を「短く」持つというコトである。何故ならば
下にある茎の長さを無視しているためだ。
ましてこちらは無銘にむんずとつかまれ微動を許さなかったから、片手持ちといえど十分伸
ばすコトはできず、位置は両手持ちの時とほぼ変わらない。
反面、シークレットトレイルは柄頭を握っている。つまり柄の長さが刀身に加味されるので、
刀を「長く」持っている……
純然と比べれば日本刀に長さで劣る忍者刀だ。然るにこの局面では以上の片手持ちの利点
と握り方によって本来の長さの差は逆転とまではいかなくてもほぼ拮抗し、ソードサムライXの
剣先を握る無銘の指をシークレットトレイルで切断できたのだ。
なお、刀は別段両手で握らずとも斬るコトはできる。いや、むしろ片手で持つ方が刃筋がぶれ
ず素人剣法でもよく斬れるという話すらある。
とにもかくにも理由を描けば長いこの行動を秋水が瞬時に取れたのは、日々剣道に勤しみ、
片手撃ちたる逆胴を得意としているからだろう。持ち手による刀の長短や片手撃ちの利点は
工夫や修練の中でおのずと覚えていてもおかしくない。
249 :
永遠の扉:2008/05/18(日) 22:32:08 ID:Yw9S0S7Z0
果たして無銘の指はばらばらと地面へ零れおち、炎渦巻く赤不動の腕を剣先から解放した。
ここからの両者の動きは目まぐるしい。
秋水は同時に三つの行動を取った。
一つ。まず下緒を跳ねあげ右膝周辺でエネルギーを放出し、(貴信の超新星から吸収した物のため
高温を宿している)、氷を一気に解凍。
二つ。刀で紅い円月を描いて正眼から一気に下段へ回し、薄氷もたらす無銘の足を膝から切断。
三つ。無事な左足に力を込め、右へと跳躍。
無銘の口から忍法吸息かまいたちが放たれたのはそれに一瞬遅れてであるから、秋水は剣
客特有の鋭敏な感覚で予見していたのだろう。
よっておぞましい空気のかまいたちはむなしく空を切る……
とはこの忍法の本質を知らぬゆえの楽観だ。
確かに秋水の頭こそ外れはしたが、当たれば人間の頭部など内部から弾いて肉石榴の血
味噌和えをブチ撒ける小旋風だ。距離が多少離れたとしても、その外殻の渦がまったく破壊力
を持たぬ訳がない。
よって辛うじて逃れたかに見えた秋水の左耳は、その中心を剣で薙がれたようにバクリと割
れた。
だがその血が溢れるより早く。
秋水は後方へ跳躍。
無銘は金色の円盤を秋水の首めがけ投擲。
円盤はどうやらあらかじめ背中に掛けていたらしく、数は二枚。動いて音がしなかったのは
忍者らしい工夫があるのだろう。
さて、金色の円盤。
これは忍法銅拍子(どびょうし。”どうびょうし”ではない)と呼ばれている。
いわば日本版のシンバルで直径は一尺(およそ三十センチ)。西洋のシンバルと違うのは、
ちょうど灰皿をくるりとひっくりかえしたように中心部が盛り上がっており、そこに革紐が括りつ
けられているところだ。これを手に絡めてお坊さんが打ち鳴らす。
更にこの忍法銅拍子は周縁がひどく研ぎ澄まされており、人間の首などは容易く切断できる。
が、次に響いたのは肉刻むぶきみな音ではなく……
絢爛豪華に割れんばかりの金属音だ。
一瞬激しい光が闇を照らしたかと思うと、一枚の銅拍子が表裏を木の葉のようにひらひらさ
せつつ無銘側に弾き飛び、長細い影がくるくると縦に回転しながら秋水目がけて宙をきり揉
み飛んでいく……
250 :
永遠の扉:2008/05/18(日) 22:33:05 ID:Yw9S0S7Z0
影の正体が秋水の左手から投げ放たれたシークレットトレイルだとは、さしもの無銘も地面に
無愛想な忍者刀が突き立つまで分からなかった。。
かくして銅拍子の片割れは飛刀に撃墜された。では、もう一枚は?
秋水はよく反応した。
横向きに引ッ掴んだ刀で銅拍子を思うさま打ち据え、無銘目がけて撃ち返したのだ。
あたかもバットでボールを打つようだ。いや、打撃の瞬間に「じゃあん!」という景気のいい
音が辺りに鳴り響いたから、大道芸の一種かも知れない。
が、それと入れ替わるように竹筒が何本も飛んできた時、流石の秋水もカッと目を見開き動
揺した。
竹筒には笛のような穴が幾つも開いており、いかにも異形の武器じみている。
(間違いない)
真の問題は、竹筒ではなくその向こうで佇むカカシのような一本足──…
(この自動人形は無茶苦茶だ!)
一体この相手のしつこさと、わざの無尽蔵具合はどうであろう。
一言でいえば「キリがない」。泥仕合の様相すら呈し始めている。
無銘の指から果てしなく伸びる五本線が真赤な炭より赤熱しながら、秋水を横薙ごうとして
いた。
彼らの距離はおおよそ五〜六メートルはあっただろう。しかしその距離を物ともせず、稜線が
迫っていたのだ。これを驚愕といわずしてなんといおう。
忍法指かいこ。平たくいえば指から伸びる長い糸だ。
人間が扱う場合は手指から滲出する繊維素だが、テグスよりも強靭である。ならば武装錬
金たる無銘の放つそれの硬度はいかほどか。
ちなみに緋の稜線と化し輝いているのは、体熱を数百度から数千度までに高める忍法赤
不動の熱伝播あらばこそだ。
赤不動や薄氷を持ちながら飛びこまないのは左足を切断されたゆえの警戒か。
吸息かまいたちを放たないのは左足ないがゆえの不安定さに気を揉んだからか。
銅拍子は彼らの中間点にまだ飛んでいる。が、周縁が鋭利といえど金属は金属。ヒートす
る五本弦の巻き添えを受けるとドロリと溶け落ち、赤い飛沫を地面に垂らす……
むろんそれは過程に過ぎず、高温の弦は空切りつつ秋水とその前方の竹筒を薙いだ!
結論からいえば、竹筒には火薬がたっぷり詰まっていた。
251 :
永遠の扉:2008/05/18(日) 22:33:56 ID:Yw9S0S7Z0
竹筒は正式には「打竹」といい、忍び六具の一つだ。書簡によってはこれに胴火という器具
も加えて「火種」と定義するコトもある。
一方の火薬もまた忍六具の一つだ。書簡によって違いはあるが「薬」ないしはそれを入れる
「印籠」が忍び六具として数えられる。
そのいわば簡易爆弾ともいえる組み合わせが赤不動と指かいこに薙がれて爆発し、黒と赤
のおぞましい光景を闇に描いた。
もっとも秋水はそれを右後方に背負うようにひた走り、すでに無銘の眼前まで距離を詰めて
いたが。
そうして火傷に痛む手を握り締め、凍傷負った右足を心なし引きずりつつ。
秋水は無銘めがけて逆胴を打ち放ち──…
手首を行きすぎるガリガリという嫌な感触に顔をゆがめた。
秋水の眼前には秋水と同じ顔がいた。
秋水の眼前には秋水と同じ構えの男がいた。
(鏡──…)
そう、鏡である。銀色に光る歪な図形が秋水の眼前にそびえ、痛ましい傷跡の終着点で刀
を三分の一ほど飲んでいる。
恐らく先ほど見た無銘の姿は鏡に映った幻影だったのだろう。
よく目を凝らせば、そこは柱になっている。
秋水とちょうど向かい合う部分へ銀色の塗料が歪な形に塗りたくられ、鏡になっているのだ。
しかしである。先ほど見た部屋は広々とした空間だった。
(……一体いつの間に?)
「忍法忍びの水月。──」
「あらかじめ銀幕は張っておいた」
「ついでに今よりこの部屋は我が忍者屋敷だ」
「忍者屋敷は途中で変形してこそ」
どこからともなく響く声に向かって振り返ると、青黒い忍び装束の自動人形が大小様々に佇
み、全員が得意気に腕組みして秋水を眺めていた。
いったいいつの間にそうなったのか。
刀を柱から引き抜いた秋水は悄然と眼前の光景を見据えた。
やはり部屋は変化している。無銘が総角と示し合わせたのだろう。
252 :
永遠の扉:2008/05/18(日) 22:34:32 ID:Yw9S0S7Z0
先ほど見た時はくすんだ木張りの床の他何もなかった部屋なのに、今は柱によってある程
度の区切りを帯びている。
広さや形状で分類すれば、廊下、八畳、六畳、四畳半──…
部屋と呼べる区画の柱の近くには木箱や酒樽が無造作に置かれ、所によっては畳や書院
造すらあり、行灯が仄かな光を放ってもいた。
更に無数の無銘の眼前に垂れさがってきた物がある。紐だ。彼がそれをぐいと引っ張ると、
壁という壁のことごとくがどんでん返しを遂げた。
わざわざ接着されていたのだろうか。新たに出てきた壁には巻物の乗った棚や槍棚、タヌキ
の置物がまばらに並べられている。壁がくぼみ、掛け軸や壺とセットの床の間すらあった。
刀掛も地蔵も机も椅子もよく分からない仏像もある、ある、ある──…
そして部屋にある物は必ずといっていいほど、どこかがきらきらと銀色に輝いている。
すなわち、鏡として。
忍法忍びの水月。これは術者の掌から分泌される銀液を物体に塗りたくって鏡とする忍法
である。鏡は大小問わず術者の姿を映し出し、「迫真の立体像」を帯びる。
部屋にいる無数の無銘は、この忍法の効能によって鏡に映った物なのだ。
(勝てるのか? 本当にこんな相手に?)
……秋水の左耳から溢れた血が、ようやく地面へと滴り落ちた。
自分は脆い人間ですので、ここでご声援を頂いたり友人に話を聞いてもらったりしないと多分
立てないと思います。……本当に色々とありがとうございます。
http://grandcrossdan.hp.infoseek.co.jp/kisin.jpg てなワケで一年ぶりの偽キャラクターファイル。
先日敗れた貴信くん。顔はないです。
本当は顔の所に阿鼻谷先生貼ってやろうかとよほど思いましたが、自重しました。
>>229さん
苦労はありますが、描き甲斐考え甲斐もありますからw
>>230さん
あの構成力と描写力は本当に本当にいいんですよ!
一見荒唐無稽だけれど、根本はすごく精密。何より今読んでも古くないという!
……ゴホン。趣味の話でよく喋るといえば、ジャンプ放送局の土居さんですね。えのんがそう
いうツッコミ入れてたのを覚えてます。二十年ぐらい前ですが。で、秋水がやっと主役っぽいw
>>237さん
ありがとうございます。「絵」という最大のキャラ性なしでも好いて頂けると、ここまで描いてき
た甲斐があります。……くすん。で、でも、好みは時間の流れで結構変わるので、またお気が
向いたら原作の方もどうでしょう? 5巻は本当に良いです。あとゲームも。
>>238さん
難しいところですね。特にこの稿に入ってからはオリキャラに焦点が当たりっぱなしですし……
おお、「作品」が好き……ありがとうございます。機会に恵まれれば今度はフルボイスをば!
254 :
作者の都合により名無しです:2008/05/18(日) 23:29:31 ID:YEn6/NAO0
貴信のファイル本格的だなー
ちゃんと錬金のファイルと同じ仕様になってる
意外と背がちっちゃいな。
お疲れ様です。
秋水が主役らしく熱いバトルを展開しておりますね。
私は剣道とか詳しくないですが、氏は色々と知っておられるみたいですな。
長編を書いていくのは色々と葛藤があるでしょうけど、
是非とも完結して頂きたいと思います。応援しておりますので。
256 :
作者の都合により名無しです:2008/05/19(月) 16:05:35 ID:JRgxu5JN0
スターダスト氏は製作に対して真摯だなあ
筆下手なのでなかなか感想は書けないけど、
確かに楽しみにしている人は俺をはじめ何人もいるので
投げ出さずに頑張って欲しい。
258 :
ふら〜り:2008/05/19(月) 21:05:04 ID:STFlG4f00
♪感謝と敬意〜♪ こういう時の孤軍奮闘はマコトにありがたく。
>>スターダストさん(座さがし〜は、幼き頃に学研漫画の「忍者のひみつ」で見た記憶あり)
AAになっても小札は可愛いなぁ、と思ってたら無銘まで可愛く思えた今回。基本、妹属性
な小札を母と慕うチワワ。だというのに、だからこそ、今の容赦ない闘志の根源が察せます。
総角が小札の前でだけ素顔を晒すように、無銘もまた彼女と二人きりの時は……なのかも。
259 :
作者の都合により名無しです:2008/05/19(月) 22:24:44 ID:yzKOmvmk0
連金はあまり読んでなかったけど
スターダストさんの独自の読み物として読んでる。
20年後のぼくらは
「お疲れ様でしたー」
午後八時過ぎ、ぼくはそう言ってバイト先のコンビニから出ていった。春とはいえ、夜はまだ少し冷える。
「…帰ろう」
誰が待っているわけでもない、一人暮らしの部屋だけど。それでも、少しは寒さから身を守ってくれるだろう。
「ん…これは…」
郵便受けに封筒があった。その中には手紙と、一枚の写真。
「ボーちゃんからだ」
写真の中では考古学者の卵になった、いまでも鼻を垂らしている友人が、荒れ果てた岩場を背景にピースサイン
を送っている。手紙によると、今はアフリカで調査活動の傍ら、趣味の珍しい石集めに精を出しているそうな。
「変わらないなあ、ボーちゃん」
少し安心して―――少し悲しくなった。ぼくは…こんな風になりたくないと思ってた大人になってしまったから。
なんてぼやきながら部屋に入って、ぼくは缶ビールを片手にTVをだらだらと眺める。いい具合に酔ってきた頃、
見慣れた顔が大写しになった。
「あ…ネネちゃん」
画面の中で<ボーちゃん>と同じく幼稚園からの幼馴染が、笑顔で司会者とトークを繰り広げていた。彼女は高校
の頃に念願のアイドルデビューを果たし、一躍国民的スターに躍り出た。そして20歳で女優に転身し、今や押しも
押されもせぬ芸能界随一の売れっ子である。
そうそう、マサオくんは高校卒業した後、彼女のマネージャーになっちゃったんだよな。大学受験に失敗してしまい、
落ち込んでたところを<暇ならあたしのマネージャーやんなさいよ。どういうわけかあたしのマネージャーになった
人、みーんなすぐにやめちゃって、仕事に差し支えてるの>と、こんな具合に。
さすがにマサオくんも渋っていたが、彼女は最終的にはその顔を般若に変えて凄んで見せることで解決した。
<あんた、あたしの言う事が聞けないっての!?>
<ひぃ〜っ!是非ぼくをネネちゃんのマネージャーとして雇ってください!お願いします!>
こういう性格だから彼女に付いたマネージャーはすぐにやめちゃったんだろうな…当時のぼくは思ったけれど口には
出さなかった。何せ顔は可愛いくせに恐ろしい女なので。
「子供の頃は毎日のように<リアルおままごと>に付き合わされたっけ…はは、懐かしいな」
ちなみにリアルおままごととは、ネネちゃんの書いた台本を元に、実にリアルな設定で行われるおままごとである。
大抵の場合、非常にブラックな内容だった。
その時は最悪の遊びだと思ってたけど、あれはあれで楽しかった気もする。そんな勝気で破天荒なところも多い彼女
だからこそ、逆に気弱で優しいマサオくんとは上手くやっていけたのかもしれない。
いまだにネネちゃんの専属マネージャーをやっているマサオくんは、ぼくと会うたびにネネちゃんの我儘にいかに
迷惑しているのかを愚痴りながらも、とても楽しそうに笑っていたから。
―――ぼくには、あんな笑顔はできないだろうな。
「ちくしょう…暗くなるなよ、ぼく」
チャンネルを変える。そこに映し出されたのは、ヤンチャ坊主がそのまま大きくなったような、どこかとぼけた顔の
青年と、幸せそうに彼に寄り添っている、酔いも一発で醒めそうな美女だった。
この二人も―――ぼくの幼馴染。
「しんのすけ…」
―――<天才>だの<日本の宝>だの、彼を語る時、マスコミはそんな陳腐な言葉を惜しみなく使う。しかしながら、
それも仕方ないだろう。野原しんのすけはまさに天才で、その功績はまさに日本の宝というべきものだ。
彼は7年前のオリンピックにおいて、若干18歳にして実に3つもの金メダルを日本にもたらした。若き英雄の出現に
日本中が色めき立ったものだ。ぼくらが通っていた幼稚園の先生方にまでインタビュアーは押しかけ、そして先生方
を代表して、組長…否、園長先生は照れ笑いしながらこう言ったものだ。
「いやあ、あの子は本当に他とは違う雰囲気を持ってました。いずれ何かやらかすと思ってましたよ、はっはっは」
うん。園長先生は嘘は言っていない。ただ、曖昧な表現をしただけだ。
そして彼は3年前のオリンピックでも当然のように日本代表に選ばれ、必然のように出場した種目全てで黄金色のメダル
を手にした。来年のオリンピックでは、どれだけの活躍を見せてくれるのか―――
日本中が彼に注目していると言っても過言ではない。だがぼくの目は彼よりも、傍らの美女に釘付けだった。
「あいちゃん…」
酢乙女あい。日本はおろか、世界でも指折りの資産家の令嬢。のみならず幼少時からあらゆる分野で英才教育を受けた
万能家にして、絶世の美貌の持ち主。絵に描いたような完璧な女性であり―――ぼくが恋い焦がれた相手だった。
「片想い…だけどな」
だって、彼女は子供の頃から―――しんのすけしか、見ていなかったのだから。
だけど、いいんだ。ぼくは、彼女が大好きだったから。大好きな彼女が幸せなら―――喜ぶべきじゃないか。
「おめでとう…あいちゃん」
でかでかとブラウン管に踊る<電撃結婚>の文字を見ながら、ぼくは呟いた。
ぼく―――風間トオルは、誰もが名前を知る一流大学を首席で卒業し、誰もが名前を知る一流企業に入社した。誰もが
認める順風満帆の人生だった。
途中までは。
入社して一年で、その会社はあっさり潰れた。何が原因なのか、一々語りたくもない。本当にあっさりと、何もかも
なくなってしまった。
再就職もままならず、ぼくはバイトでどうにか生計を立てる、しがないフリーターに成り下がった。親を頼ろうにも、
半端なプライドばかり高いぼくは、それがどうしてもできなかった。
こんなはずじゃなかったのに、どうしてこうなったんだろう―――考えてもしょうがないけど、だからこそ、ぼくは
考えてしまう。何故みんなは幸せになっているのに…ぼくはこんな、ろくでもないんだろう。
「―――おい、さっさとしろよ!」
「あ、はい!すいません、お待たせしました!」
ぼけっとしていたせいで、レジに来ていた客に怒鳴られた。慌ててレジを打ち、商品を袋に入れる。
「全く、ウスノロが!」
捨て台詞を残して、そいつは店を出ていった。怒る気もない。ああいう奴なんて、いくらでもいるんだ。ムキになって
相手にしてもいいことはない。
―――仕事を終えて、店を出た。明日の予定は何もないので、ブラブラしようか。そう思って、一人寂しく夜の街を
歩いていた。その時だった。
肩を叩かれ、反射的に振り向く。ぼくの頬に、そいつの人差し指がめり込んでいた。
「アハーン。カザマくんのほっぺた、やわらかーい」
「…お前、よくその年で、恥ずかしげもなくこんなしょうもないことができるな」
そこにいたのは、子供の頃とまるで変わらぬ態度で笑う野原しんのすけ。天才だの、日本の宝だの言われたところで、
ぼくにいわせりゃ、こいつはただのおバカだ。
立ち話もなんだからと、二人して居酒屋に入る。
「カザマくんったら、最近めっきりオラに電話もくれないんだから。オラ、とっても寂しかったのよん!」
「気色悪いしゃべりはやめろ、このバカ!」
「も〜、つれないんだから。オラとカザマくんの仲じゃな〜い」
「お前とそんな仲だった事実は宇宙誕生まで遡っても絶対にないよ!」
昔から思っていたが、こいつ、マジでそっちの気があるんじゃないだろうか。嫌すぎる幼馴染だった。
「全く…本当になんでお前が日本の英雄なんて言われるのか、理解に苦しむよ」
「いや〜。照れますなあ」
「褒めてないよ!」
「え?だってカザマくん、オラがアクション仮面と並ぶ日本最高のヒーローだって言いたいんでしょ」
「どこをどう解釈すればそんな結論に至るんだよ!」
この大バカは、この年になって、いまだにアクション仮面が本物のヒーローだと信じてやがるのだ。理由を聞けば
<だってオラ、アクション仮面と一緒にハイグレ魔王と戦ったんだも〜ん>ときたもんだ。アホらしい。
「まったく…お前は気楽でいいよな」
「そうでもないぞ。オリンピックの準備は大変だし、ひまの奴も反抗期だし、あいちゃんも結婚しても相変わらず
マイペースでワガママだし、オラはオラで困ったもんだぞ」
<ひま>とは彼の5歳下の妹、野原ひまわりのことである。
「ひまわりちゃん、今は女子大生だっけ。しかし反抗期って年でもないだろ」
「いやいや、それがねカザマくん。ひまの奴ったらウチに美人の友達連れてこいって口を酸っぱくして言ってるのに
全然連れてきてくれないんだ」
「口を酸っぱくしてそんなことをほざくんじゃねえ!」
そりゃ遅まきながらの反抗期にもなるわ!
「つーかお前、妻帯者になってもそんなこと言ってるのかよ…あいちゃん泣くぞ」
「いや〜、それを言われるとオラも綿棒ない…」
「それを言うなら面目ないだ!」
「まあまあ…それで、カザマくんはどう?楽しくやってる?」
ぐっ、と、ぼくは答えに詰まる。
「…それなり、かな」
「ほうほう、それは何よりですな。いやー、カザマくん、幸薄そうな顔してたから、どうしたのかなと思って」
「…………」
ぼくは何も言わない。言えなかった。そんなぼくに気付かずに、しんのすけは快活に笑いながら話し続ける。
「ま、でも、カザマくんも元気みたいで、オラも安心したぞ。オラ―――」
「笑うな!」
しんのすけの言葉を、ぼくはそう叫んで遮った。
「…ヘラヘラ笑うな」
「か…カザマ、くん…?」
「バカにしやがって、ちくしょう…どうせお前だって、腹の中じゃぼくをバカにしてるんだろう!」
落ちぶれたぼくを。夢なんて何一つ叶わず、幸せ一つも手にできなかったぼくを。
「お前なんて―――大嫌いだ!」
ぼくは居酒屋を飛び出していた。そして走る―――走る―――走る。
何かから、必死に逃げだすように。
「ちくしょう、畜生、チクショウ―――!」
息を切らせながら、路地裏で薄汚れた壁に、何度もケリを入れる。けれど、胸の中の黒い塊は、そんな事では消えて
くれない。
「―――カザマくん」
振り返ると、そこにはしんのすけがいた。
「カザマくん…どうしちゃったのさ?」
「…………」
「何か…嫌なことでもあったの?」
「…………」
「オラにできることなら、オタスケするぞ。だってオラ、カザマくんの友だ―――」
しんのすけは言葉を切り、自分の胸を見つめた。正確には―――自分の胸に突き立った<それ>を。
「カザ、マ、くん…」
「言ったろうが…ヘラヘラ笑うなって…!」
ぼくはぜえぜえと息を荒げて、しんのすけを睨み付けた。<それ>を引き抜く。ドバっと真っ赤な血が溢れ出す。
<それ>は、ぼくが最近持ち歩くようになったバタフライナイフ。別に意味があって持ち歩いてたわけじゃない。
ただ、なんとなくだ。ただ、なんとなく。その程度の気紛れ―――
それが、こんな結果になるなんて、思いもしなかったけど、ぼくは罪悪感の欠片も感じなかった。だって、こいつは。
「ぼくがこんなに苦しんでるのに―――なんでお前はそうやって笑っていられるんだ!なんで―――なんで
お前ばかり―――お前らばかり成功して、幸せになって、なのに、なんでぼくはこんな風なんだ!」
しんのすけは酷く悲しそうに顔を歪めて、地面に倒れ伏す。そしてぼくは、あいつの消え入りそうな声を聞いた。
「ごめん…」
「え…?なんだと?おまえ…今、なんて、言った…?」
思わず、ぼくは聞き返した。
「ごめん…ごめんよ、カザマくん」
「…………」
その声で、はっと、ぼくは我に帰った。ぼくは―――何をしたんだ?しんのすけに―――何をしたんだ?
「オラ…オラ、知らなかったんだ。カザマくんが、そんなに…苦しんでる、なん、て…」
「やめろ…」
謝るな―――なんで謝るんだよ。ぼくはお前を―――お前を、自分勝手な理由で、こんな目に遭わせたのに。
「なのに…ヘラヘラ…笑ったりして…ごめ…ん…」
「やめろやめろやめろやめろ!謝るなよ、偽善者め!」
ぼくは叫んだ。そうしないと―――押し潰されそうだったから。
「オラ…カザマくんの、ともだち、なのに…ともだちは…大事にしなくちゃ、いけない、のに…」
友達は、大事に。なら―――ぼくはどうだ?ぼくはしんのすけを―――友達を、殺し―――
「やめろぉぉぉぉーーーーーーーーっ!!!」
ナイフを。
「お前は!お前なんて!」
振り被って。
「昔から、ぼくは、お前なんて友達だと思っていない!」
あいつの胸に。
「お前なんて―――大嫌いだった!」
ナイフを。もう一度、ナイフを。
タイセツナトモダチノムネニ、ナイフヲツキタテタ。
ぼくは茫然と座り込んでいた。さっきまでのことは夢だった気もするが、そうじゃない。
傍らに横たわる、赤く染まった身体。全ては―――現実だ。
「しんのすけ」
語りかけても、返事はない。酸素に触れた赤色は、黒に近くなっていた。その事実が、どうしようもなく指し示す。
野原しんのすけは、ぼくが殺したから死んだ。
「なあ…ぼくは、どうしたらいい?」
どうしたらいいんだろう。どうしようもないんだろうか?
「…………」
手にしたままのナイフ。それをぼくは。ぼくは―――
「ごめんな。あの世で会えたら―――ぼくはお前に詫び続けるよ、しんのすけ」
そして、ぼくはナイフを。
ミズカラノノドニ、ナイフヲツキタテタ。
―――ぼく(風間トオル)はネネちゃんから手渡された<リアルおままごと>の台本を読み終えた。
例によって例の如く、非常にブラックな内容だった。
「……何、これ……」
「どう?リアルおままごと・20年後のネネたち編。今回のは我ながら力作よ」
「黒過ぎるしグロ過ぎるよ!」
思わずぼくは台本を地面に叩きつけてしまった。
「ああ!何すんのよカザマくん!」
「なんでぼくが落ちぶれて殺人犯になった挙句に自殺しなくちゃいけないのさ!?いくらなんでも酷いよ!ネネ
ちゃんはぼくをそんな奴だと思ってたのか!」
「うん」
「あっさり頷きやがった!」
末恐ろしいどころか、今すでに恐ろしい女だった。
「ぼくだってどうして勝手にネネちゃんのマネージャーにされてるのさ!しかもネネちゃんは超人気アイドルから
女優になって芸能界一の売れっ子!?おこがましいにも程があるよ!」
隣にいたマサオくんも抗議した。だが―――
「あ``あ``ん!?なんか言ったか、オニギリ!?」
「ひいっ!?ご、ごめんなさい!」
ネネちゃんの一睨みで泣きながら黙ってしまった。本当に肝っ玉が小さすぎる。
「ボ…ぼくとしては、いい出来、だと、思う」
少し離れて座っていたボーちゃんはそう言った。
「そりゃボーちゃんはいいよ。考古学者の卵だし、趣味の石集めも続けてるし…おい、しんのすけ!お前もなんとか
言えよ!お前だってナイフで刺し殺される役回りにされてるんだぞ!?」
「うーん、オラとしては、カザマくんに殺されちゃうのもあれだけど…」
ゲンナリした顔で、しんのすけは言った。
「…なんで、オラがあいちゃんとケッコンしなくちゃいけないの?」
「ふっ…そっちの方が面白いと思ったからよ!」
ネネちゃんは堂々と言い放った。人権もくそもなかった。
「あら?何をなさっているのかしら?」
と―――そこに、一人の女の子がやってきた。長い黒髪を靡かせた、可憐にして優雅なる少女。
彼女こそが、件の酢乙女あいである。あいちゃんは地面に落ちた台本を拾い、読み始める。
「ふーん…20年後のわたくしたち?…まあ!あいとしん様が結婚ですって?台本の上の事とはいえ、なんて素晴しい
ことかしら!ねえ、しん様?」
心底嬉しそうにしんのすけに熱い視線を送るあいちゃんだったが、当のしんのすけはゲンナリを通り越してグッタリ
した顔になった。いくら美少女のあいちゃんとはいえ、しんのすけにとっては同年代などお子様であり、まるで興味
はないのだそうだ。
ぼくがこいつを嫌いな理由の中でも、これが最も大きなウェイトを占める。
「もう、相変わらずつれないお方ですわ…ん…まあ!ちょっと、カザマくん!なによこれは!?」
「は、はい!なんでしょう!?」
あいちゃんの剣幕に、思わず敬語になってしまうぼくだった。
「なんでしょうじゃないわ!しん様を殺すだなんて、許しませんわよ!もうあなたとは絶交ですわ!」
「そ、そんなの台本に書いてあるだけじゃないか!」
「台本…そうよ!こんなロクでもない台本を書いたネネさんが一番の悪党ですわ!」
「何ですってぇ!?ネネの最高傑作をロクでもない!?もっぺん言ってみな、このバ金持ち!」
「何度でも言って差し上げますわ。こんなロクでもない台本を書くなんて、あなたは血も涙もない悪党ですわね!」
「言ったわねぇ!?今日という今日はそのすかした顔、人力で整形手術したらあ!」
言い争いを始めた二人を尻目に、ぼくたち男子一同は見つめあい、頷き、同時に駈け出した!
「あ、待ちなさいよあんたたち!リアルおままごとはどうするのよ!?」
「そうです、しん様!あいとの結婚はどうなるのですか!?」
二人の女王様からの怒声も無視して、今はただただ、後先考えずに走るのみ!
「なにせおままごととはいえ、友達を殺すなんてごめんだからね!」
―――幼稚園は、今日も平和で大騒ぎだった。
投下完了。お久しぶりです。
今回はクレヨンしんちゃんで、作中作という形式で書いてみました。
さすがにこれはそういう形にしないとまずいだろうとも思いますが、よりブラックな見方をしたいなら、
最後の部分は死に際のカザマくんが見た幻だったと補完してください。
そういうのがいやだ、という人は、そのまま素直に読んでくださってかまいません。
―――なお、非情に無責任な知らせですが、現在更新停止中のドラ桃伝については、一旦完全に連載を中断します。
理由としては、モチベーションの低下など色々ありますが、書き進めるうちに、どんどん疑問が沸いてしまうものに
成り果てたからです。
<このキャラをこんなにしてしまっていいものか!>
<もはや原作とはかけ離れすぎてる!>
<どう考えても原作の冒涜だ!これ以上はやめとけ!>
どれだけ書き直しても、そんな仕上がりにしかならなくなったのです。
そんなSSであっても、もしかしたら続きを待っていてくださっていた方もいるかもしれませんし、その方々には
本当に申し訳ないのですが、世に出す自信すら持てない、あまりに独りよがりなものと化してしまっていたので…。
「続けますよー、書きますよー」と大言壮語していた手前、我ながら本当に卑怯者だと思いますが、せめてもの
けじめとして、こうして正式に報告させていただきます。
SSを書くこと自体は細々とでも続けていきたいと思っているので、できればこれからもお付き合いいただければ
幸いです。それでは。
270 :
作者の都合により名無しです:2008/05/20(火) 19:04:46 ID:A8829FIE0
いや、サマサさんが元気に書いてくれるだけで嬉しいですよ
特にこんなバキスレが苦しいときに
桃電も断筆と言うわけでなく、中断ってだけだから
――無人島に流れ着いた俺は寂しさのあまり、手紙をビンに詰めて海に流した。人の住む世界へ向けて。
次の朝、俺は我が眼を疑ったよ。何千、何万もの手紙入りのビンが波打ち際に漂っていたのだから。
第一話 『CASTAWAY』
まず、暗かった。
そして、寝返りを打つのも容易ではないくらいに狭苦しい。自分の身体の横幅より、ほんの少し
余裕がある程度だ。
密封されたこの中は、古い材木の独特の臭いと肌にべとつく湿気で溢れている。
感覚器官を通して伝えられたそれらの情報は不快感を生じさせ、不快感は忌わしい記憶を呼び起こす。
あの時。
まだ幼かった、あの時。
今のように暗くて狭いクローゼットに隠れ、“あれ”を見ていた。
高潔な警察官だった父がチンピラに撃たれて死んでいる。
優しかった母が撃ち殺され、足蹴にされている。
怒りに我を失った自分はクローゼットを飛び出し――
「お母さん……」
自分で呟いた寝言で眼が覚めた。
目尻には流れ落ちる程も無い涙が僅かに滲んでいる。
その涙を指先に触れて、“彼女”は己が正体を思い出す。何とも言いようの無い可笑しさと共に。
心臓は鼓動を停止し、代謝機能は失われ、体温は外気温と同じ。
死者となった自分が未だに泣けるなんて。
毎朝の事だった。毎朝、思い出して認識する。
『そうだった。私はもう人間じゃない。“吸血鬼”なんだ』
それから、最後に思い出すのは自分の名前。人間だった頃も吸血鬼となった今も変わらぬ自分の名前。
“セラス・ヴィクトリア”という名前。
覚醒したセラスが初めに考えたのは『早く起きなくては』の一点だった。
自分が所属し、住まう“王立国教騎士団 HELLSING機関”。
アンチ・キリストの化物から大英帝国と国教を守護する為の特務機関であるが為に、相応の規律が
隊員には求められる。
女吸血鬼(ドラキュリーナ)の彼女とて、それは例外ではない。
ここにいる限りは自ら起きなければ、誰かが起こしにやって来るだろう。
執事のウォルターだったら、何だか申し訳無い。
傭兵隊長のベルナドットだったら、セクハラまがいの起こし方をされそうで嫌過ぎる。
局長のインテグラだったら、それはもう恐れ多い。
それに、もし、あの――
「はぁ、起きなきゃ……」
セラスは自分の寝床である“棺”の蓋に片手を掛け、力を入れた。
だが、蓋はビクともしない。
「あ、あれ? おかしいな……」
押せども押せども蓋が動かない。
彼女は吸血鬼だ。我々人間に例えるならば、羽毛を払う程度の力でも大抵の物は動かせる。
それなのに棺が開かない。
日常行う当たり前の所作が上手くいかないせいか、セラスは焦り気味に両手を蓋に添えた。
寝惚けた頭で気が動転していれば、こんな行為に至るのは仕方の無い事なのかもしれない。
よく考えたら、いや、よく考えなくても“やり過ぎ”なのだが。
「せーのっ」
目一杯の力を入れて、両手を押し出す。
次の瞬間、木製の蓋は強烈な破壊音を轟かせながら宙空高く舞い、たっぷりの滞空時間を経た後、
音立てて床に転がった。
冷たい視線のインテグラと苦笑いのウォルターが、即座にセラスの頭に浮かぶ。
「あ〜あ、壊しちゃった……」
しかし、棺から身体を起こすと、二人の顔はすぐに思考から掻き消えた。
ここは自分の部屋がある王立国教騎士団ロンドン本部、ヘルシング邸の地下室ではない。
三百六十度、どこを見回しても見慣れた光景が存在しないからだ。
床も壁も打ちっ放しのコンクリート。
壁際には幾重にも積まれたダンボール。
どこかの倉庫だろうか。
簡易型のパイプデスク。その上に置かれた煙草の箱、数枚の紙幣、透明な袋。
大きめの手提げバッグやリュックサック。
そして、目の前にいる見知らぬ五人の男達。
「え!? ええ!? ちょ、ちょっと、あなた達は誰!? ここどこ!?」
先程から動転続きのセラスは更に妙な点を発見した。
それは男達の外見にあった。
小さい眼に低い鼻と、全体的に彫りの浅い顔。髪は皆一様に黒く、肌の色素も濃い。
傍から見る分に全員、上背は自分と同じか低いくらいか。
どう見ても東洋人である。
付け加えるならば、やけに人相の悪い連中だ。しかも、シャツの襟元や袖口からやけに広範囲の
オリエンタルなタトゥが覗いている。
男達はひどく真っ青になって、口々に何やら喚き合っている。
「おい! どうすんだよ!? 吸血鬼が眼ェ覚ましちまったぞ!」
「何でもっと蓋をガッチリ止めておかなかったんだ!」
「だから俺はイヤだったんだよ! こんなヤバイもん扱うのは!」
「今更そんな事言ってもしょうがねえだろ!」
「でも金髪でおっぱいだ……」
“震撼”という表現がピッタリの男達は、セラスとコミュニケーションを取ろうとせず、
それどころかジリジリと彼女のいる棺から後退っていく。
これでは埒が明かない。
セラスは棺から立ち上がり、男達に声を掛けた。
「ねえ、ここは――」
怯えきっていた彼らはセラスの声と動作に飛び上がる。
「うわあああ! 来たァ!!」
「撃て! 撃っちまえ!」
「え? 撃つの? もったいない……」
男達はズボンに挟んでいた拳銃を取り出してセラスへ向けると、迷わず引き金を引いた。
数丁の拳銃が一斉に火を噴き、倉庫中に銃声が響き渡る。
「わわっ! 待って! 話を聞いて!」
吸血鬼のセラスにしてみれば、“人間”が撃った“ただの銃”である。
突然発砲された驚きはあるものの、弾の動きはしっかり見えているし、それを避ける事もまた容易だ。
事実、セラスは目にも止まらぬ素早さで襲い来るすべての銃弾を避けてしまった。
男達の足元でガチャリ、ガチャリと金属音が立て続けに鳴る。
驚愕と恐怖のあまり、手にしている拳銃を床に落としたのだ。
「や、やっぱ化物だァ!」
「こ、こ、殺される!」
「逃げろ! 逃げろォ!!」
「困り顔が萌える……」
人間ならば当然の反応と言うべきか。
男達は叫び声を上げながら後ろも振り返らず、脱兎の如く逃げ散っていった。
「ねえ、待って!」
セラスの制止も意味が無い。
余程の恐怖だったのだろう。積まれたダンボールはおろか、机の上の物やバッグも置いたままだ。
後に残されたのはセラス一人。
「何で……? 何で私、こんなとこにいるの? ここって一体……」
何らかの情報が聞き出せそうな人間は皆、どこかへ行ってしまった。
倉庫内を見渡すが、手がかりになりそうな物は見当たらない。
と言うよりも、“物”と呼べるのは積まれたダンボールと男達が置いていった私物くらいだ。
棺から出たセラスは、今更ながらの警戒心から周りに注意を払いつつ、倉庫の中央に置かれた
机に近づいた。
雑多に散らかっている中、特に眼を惹いたのは財布と複数の透明な袋。それはまだ人間だった頃の、
婦警としての観察眼である。
袋を摘み上げ、覗き込む。約5cm四方程度のジップロック式ポリエチレン袋。中身は白い粉だ。
「麻薬……。じゃあ、さっきの奴らはギャングか売人(ディーラー)……?」
次に財布を手に取り、中身を確かめる。
高額紙幣が何枚かと数種のクレジットカード、それに“運転免許証”。
免許証に眼を走らせるが並んでいる文字は英語ではなく、まったくもって解読出来ない。
「この文字って確か“カンジ”だったっけ? じゃあ、こっちの文字は……? うーん、これだけじゃ……」
警官として一定の教育を受けていようとも、様々な国の言語に精通出来る訳ではない。
特に彼女は正義感と身体能力をフル活用して現場を駆け回るタイプの警官だった。
セラスは手に取った物を机に置くと、今度はテーブルの横にあるひとつのダンボールに眼を移した。
かなり大きめだ。軽く蹴ってみると中で金属音がする。
「何となく予想できるけど……――」
乱暴にテープを剥がして開けた箱の中身は、彼女が思い描いていた物と寸分違わなかった。
拳銃やライフルといった類である。
「TT‐33にAK‐47……。何でロシア製ばかりなんだろ。まさかここ中国……?」
トカレフにカラシニコフ。アジアを中心とした裏社会の人間御用達の品々だ。
セラスは「はぁあ……」と大きな溜息を吐いた。
これではいつまで経っても自分の置かれた状況を把握出来ない。まだ、外に出た方がマシではなかろうか。
彼女は瞑目してしばし逡巡しながらも、やがてパッと眼を開いた。
「……よし!」
意を決したセラスは床に落ちていたリュックサックを引っ掴み、その中へ銃を移し始める。
トカレフとカラシニコフを一丁ずつ、そしてそれらの弾倉(マガジン)を入れられるだけ。
「何があるかわからないし、一応武器は持っとかなきゃ……」
愛用の20mm改造対戦車ライフルや30o対化物用砲“ハルコンネン”があれば迷わず持ち出す
ところであるが、今のこの状況では望むべくもない。
数十秒の後。
物騒な物はすべて詰め終えたが、リュックサックからはカラシニコフの銃身がニョッキリと
顔を出している。
「これはまずいかな……」
すぐに他のリュックを引き千切り、銃口に巻きつけて紐で縛る。これで準備は整った。
セラスは立ち上がる。
嫌でも気持ちを引き締めなければならないが、彼女の性格の一面である温和かつ気弱な部分が
どうしても嘆きの声を挙げさせてしまう。
「ああ、なんで私がこんな目に……」
若干肩を落とし気味なセラスは倉庫の扉を開いた。
意外な事に倉庫の外は人っ子一人いなかった。誰かが潜んでいる気配も感じられない。
見渡せば今までいた倉庫と同じ造りのものが幾つも並んでいる。
自分の側に一列。小さな道を挟んだ向かい側にも一列。漆黒の闇の中、少ない電灯がそれらを
照らし出している。
「まずはここから出なきゃ。それから、近くに街でもあればいいんだけど……」
周囲に最大限の注意を払いながら、素早く倉庫の列を走り抜けた。
しつこいようだが彼女は吸血鬼である。その気になれば数kmを秒単位で走るのも可能だ。
安全を見極めて足を止めた時には、出発点の倉庫が立ち並ぶ敷地は遥か後方にあった。
今、立っている道はどこに続いているのだろうか。やや広めで舗装もしっかりしているし、
時折大型トラックがセラスの横を通り過ぎていく。
運転手は怪訝そうな顔で彼女を見ていたが。
周りには煙突を伸ばした工場らしき建物が点在し、そうでない場所はだだっ広い空き地になっている。
「工業地帯……? 人が住んでるのはまだ先かなぁ……」
セラスが心配しているのは“現在地はどこか?”という事だけではない。
一番の死活問題で、しかも万国共通に起こる事象がある。
それは“夜明け”。
今が夜だというのは考えなくてもわかる。
だが、今は何時なのか。そして、あとどのくらいの時間で太陽が昇り始めるのか。
それを確認して身を隠せる場所を探さなくては。
陽が昇り、朝の光が夜族(ミディアン)の彼女を照らせば、その身体は塵に帰してしまう。一巻の終わりだ。
焦燥感に駆られたセラスは再び走り出す。
疾走する車を追い越し、野良犬を飛び越え、人間の眼に映らぬ程の速さで駆けるセラス。
やがて、捜し求め待ち望んでいたものが彼女の眼に飛び込んできた。
「良かった、民家が見えてきた。それに……あれ!」
一軒だけ煌々と人工的な明るさを放ち、存在感をアピールしている建物がある。
それは、コンビニエンスストア。
再び足を止め、今度は常識的な速度でコンビニに向かって歩く。
ちょうど一組の若いカップルが店から出てきた。彼らもやはり東洋人だ。
セラスは足早に歩み寄る。
「すみません! ここがどこか教えてくれますか!? ここは何ていう国なんですか!?
それと、それと、今は何時!?」
突然の外国人からの接触に、カップルはひどく驚いた。いや、“浮き足立った”と表現した方が正しいのかもしれない。
それにセラスが喋っているのは無論、英語だ。しかも焦り気味の早口でまくし立てているのだから
聞き取るのは相当難しいだろう。
「あー、ノーノーノー、英語ダメ。ノーノーノー」
男はただ曖昧な笑顔で手を振りながら「ノー」を繰り返すだけだ。
しかし、無意味なニヤケ面の男の横で、女がおっかなびっくりながらもたどたどしい英語で
セラスに答えた。
「あ、あの、ええと、ここは日本です。日本の埼玉県、銀成市です」
「日本……?」
女の言葉にセラスは愕然としてしまった。
日本? 何故? 何故、自分はイギリスから突然、日本なんかに?
どうすればいいのだろう。自分は日本の事なんかほとんど知らない。
警官時代に仲間とロンドンのスシの店に一度入ったくらいだ。あとはテレビでクロサワの
サムライ映画を観たような気がする。いや、あれはすぐチャンネルを変えてしまったか。
自分の人生で、日本という国に行くなんて考えた事も無かった。
こんな何もわからない国にたった一人? どうすれば?
立ち尽くすセラスに女が付け加える。
「あと、今は四時半、です」
「おい、もう行こう!」
男は女の腕を引っ張って、一刻も早くこの怪しい外国人から離れようと促している。
自分と関わりたくないという意思を、嫌が応にも感じ取らざるを得ない。
セラスは謝りながら二人を解放した。
離れていく二人はチラチラとセラスの方を振り返りながら、「ガイジン、ガイジン」と囁き合っている。
二人を見送ったセラスはトボトボと歩き出した。
女は現在の時刻は四時半と言っていた。
どんなに日の出が遅い地域だろうと、そろそろ陽が昇る時間帯だろう。
身を隠せる場所を探さなくてはならない。
だが、遠い異国の地で一人という事実に大きなショックを受けてしまい、身体も足も心も
すっかり重くなってしまった。
とはいえ、このまま太陽の光を浴びる訳にはいかない。
沈んだ気分のまま周りを見回し、どこか適当な場所は無いかと歩き続ける。
日の差さないところ。人目にふれないところ。
歩き続けるうちにセラスは、絶好とまではいかないが、どうにか身を落ち着けられそうな
場所へと辿り着いていた。
それは公園である。
しかし、公園と言ってもその体を成してはいるだけで、大量のゴミが不法投棄された酷い有り様なのだ。
遊具も錆びたり壊れたりで、とても使用に耐えられるものではない。
ゴミは空き缶やビニール傘等の小さなものから、ブラウン管テレビやタンスなどの大きいものまで様々。
そのゴミの中でも一際目立つものが、大家族向けの大型冷蔵庫だった。
セラスは冷蔵庫のドアを開け、中を確かめる。
かなり広いが、人が入るとなると何とも微妙だ。棚部分をすべて外せば、手足を折り曲げて
何とか入れるくらいか。
「もう、ここでいいか……」
空はいよいよ白み始め、露出した腕や太腿がヒリヒリと痛くなってきている。選り好みしている
暇は無い。
セラスは棚部分を外し、銃器の入ったリュックを他のゴミに埋もれさせると、冷蔵庫の中に飛び込んだ。
やはり狭い。胎児のように身を丸くしてやっとと言った具合だ。
甲羅に閉じこもった亀に似た姿勢で、ドアへと懸命に手を伸ばしながら、セラスは呟く。
「はぁ……私の人生、なんでこんなに不幸続きなんだろ……。この先もずっと不幸に
まみれたままなのかなぁ……」
やがて、ドアはパタリと閉められた。
冷蔵庫に眩しい朝陽が降り注いだのは、それから間も無くの事である。
ども、さいです。
『THE DUSK』第一話です。ようやく物語が始まるです。
気をつけてはいたのですが、またしても長くなってしまいました。本当に申し訳ありません。
ちょっと内容的に『武装錬金』しか読んでない方、『HELLSING』しか読んでない方、
及び両方共読んでない方にはわかりづらいものがあるかもしれません。
そういった部分は後々追々物語の中で語られていきますので、今はこんな感じで。
あと、なかなかレスへのお返しが出来なくてすみません。
執筆と投稿で手一杯になってしまっているもので。
では、御然らば。
280 :
作者の都合により名無しです:2008/05/20(火) 21:24:23 ID:jVTh1Kus0
おー、俺の好きな職人さんが2人とも復活してる。
サマサさんとスターダストさん乙です。
>サマサさん(桃伝残念です)
クレヨンしんちゃんは実は大嫌いwで読んだ事がなかったのですが
ちょっとブラックな感じですな。たとえおままごとでも。
あの鼻につくしんちゃんのキャラの個性が出てて楽しかったです。
>さいさん
作品的にこちらの方はハードな内容になりそうですな。
とても百合的なキャットファイトとは相成らないようですがw
華麗なる強い女を期待してます。インテグラ活躍しないかなー
281 :
作者の都合により名無しです:2008/05/20(火) 23:18:10 ID:gnOlmFp40
さいさんとサマサさんが復活してまたいい雰囲気になってきましたね。
お2人ともご自分のペースで執筆して下さい。
応援してますので。
舞台は日本なのかー
いや、まひろたちが活躍するから日本ですね
まだ頼りない頃の府警ですな
こっちの方がすき
サマサさんの桃伝はショックだが
まだまだ書き続けてくれるみたいなのでいいか。
さいさんは結婚とか転勤で忙しいみたいだけど
執筆の時間とか取れるのかな?
284 :
ふら〜り:2008/05/22(木) 19:32:48 ID:PCXmaxwn0
>>サマサさん(自身が楽しまれるのが第一。それでこそ、読者も楽しめると思ってます)
なかなかキましたね。最後の補完部分、有りも無しも捨てがたい。単なる嫌悪だの憎悪だの
より、嫉妬ってのは抱いてる本人にとって凄く粘っこくて嫌なもので、消し去りたいのに
切り離せず。よ〜く解ります、身に染みて。またこんな短編も、大所帯長編も、待ってます!
>>さいさん
肩書きは仰々しく、素性は謎めいて、身体能力はバケモノ。でも右往左往して溜息ついてる
困り顔ってのは確かに萌え。これはなかなか、まっぴーとの絡みが楽しみな。ジョジョ三部
の開幕時(DIOの棺桶)をちょっと思い出しましたが、はたして彼女はどんな吸血鬼なのか?
>>サマサさん
風間君は原作でも一番しんのすけに呆れてるけど一番の親友って感じですよね
>>さいさん
前作も好きでしたけど婦警が出てくるとまた楽しみですね
しかし錬金とヘルシングって思いの他合いますよね
どっちも魔術の類とか秘密結社とか共通点あるからかな
286 :
永遠の扉:2008/05/23(金) 15:36:34 ID:fJ7JinWB0
第056話 「このまま前へ進むのみ その参」
さしもの無銘も鏡の前に躍り込む際に肉体まで直す余裕がなかったと見えて、鏡の中の彼
らはことごとく右の四指が欠け、右足は膝から下がない。
その様子に一瞬何かを考えた秋水だが、すぐ火傷にひりつく掌を引き締め正眼に構えた。
そして。
虚像を得ながら接近するのは下策とみたか、無銘は飛び道具を用い始めた。
まずはブーメランのように畳まれた三尺手拭を投擲。これも忍六具の一つである。蘇芳染め
になっており、汚れた水を濾過して飲んだり顔を覆ったり縄の代わりにしたりと、用途は様々。
いまは事前に水分が含まれていたとみえ凍っている。むろん忍法薄氷によってそうされたの
は想像に難くない。キーンと白い冷気を漂わせるそれは鏡によって無数に映され、乱舞しつつ
秋水へと吸い寄せられた。
分身といえばムーンフェイスだが、彼相手なら間近に迫ってきた分身を叩ッ斬れば何とか攻
撃を防げるものだ。しかし忍びの水月によって鏡に映されたものはただ一つの実像を除いて
総て虚像なのである。
だから秋水が三尺手拭を迎撃すべく振るった剣はことごとく空を切り、ただ一つの実像が左
大腿部を学生服ごと切り裂きながら背後でくるりと方向を変えて戻っていく──…
それが秋水の右足のすぐ傍でハタリと両断された。無銘一同から落胆と失意の舌打ちが軽
く漏れた。秋水はやや下段の構えを取っていた。そして左大腿部を切り裂いたのと同じ軌道で
戻るブーメラン型三尺手拭は突如行く手にたちはだかった両刃の刃に衝突し、元来持つ運動
エネルギーによってぎゅらぎゅらと巻き斬られた。
それを合図に忍六具の編笠から放たれる無数の矢が無数の虚像を帯びて秋水に迫った。
この頃ともなるとすでに秋水は相手の領分に付き合うのをいい意味で放棄している。根来も
手段を選ぶなといっていた。よって矢をやり過ごすべく素早く手近な柱の陰に隠れたものの──…
アンダーグラウンドサーチライトは「広さと内装が変幻自在」である。そして今いる場所は総角
が創り出した空間だ。つまり、彼にとっていくらでも都合のいい演出ができる訳であり。
柱が、消えた。
(総角……!!)
287 :
永遠の扉:2008/05/23(金) 15:37:22 ID:fJ7JinWB0
『フ。すまんすまん。ちょっとした嫌がらせをしてみたくてな。まあ、コレで最後としておくさ』
どこからとなく響く笑みを帯びた声に切歯しつつ秋水は部屋の角へと退避。
それに合わせて無銘も手の角度を変えたと見え、流星群のような矢どもが追いすがる。
秋水は深く息を吸うとそれらを睨んだ。
「飛び道具ならばまだ貴信と香美に一分の利がある……」
パチンコの玉や鎖分銅や忍者刀やエネルギーのつぶてや巨大な光球と比べればたかが無
数の矢など……静かに見えて意外に直情的な秋水の中で気迫が爆ぜた。
「虚像であれ実像であれ叩き伏せるのみ! 多少の傷は厭わない!」
秋水は迫りくる無数の矢に戛然と目を見開くと、裂帛の気合いを迸らせた。
「はあああああああ!」
手を火傷しているというのに剣の捌きにはまるで乱れがない。虚像を幾度なくスカりはしたが、
がつがつと恐ろしい音を立てながら実像のほとんどを寸断した。
同時に秋水は無数の無銘に向かって駆けた。体のあちこちに落とせなかった矢が何本か刺
さっているが構わず虚像の群れの中に飛び込んで、手当たり次第に総てを斬り始めた。
無銘はその特攻を激発と見て、覆面の下でニンマリと笑った。
秋水はもはや無銘の領分になど付き合えるかという剣気を込めて、虚像さえ見つければ柱
も木箱も酒樽も手当たりしだいに斬りまくっている。途中、行灯が凄まじい音を立てて宙を舞い
飛んだのは踏み込んだ秋水の足に弾き飛ばされたからであり、その行燈も鏡に虚像を映して
いたため、宙空で真ッ二つに斬り下げられた。
「いかに実像と見分けのつかない虚像であれど、それを映す鏡に刀傷を残していけばいずれ
は実像との区別もつく!」
秋水はツツーっと水すましのようにひた走って剣先をめたらやったらに振りまわしながら、書
院造や畳や朱色の机やよく分からない仏像をめちゃくちゃに斬り刻む。
部屋はもはや嵐を招き入れたようだ。銀粉や木片や陶器の破片が混ざり合ってめちゃくちゃ
に飛び交っている。
『フ。内装を壊しているのは俺への意趣返しかも知れないな』
総角が得意気に呟いたようだが、無銘にとってはどうでもいい。
(馬鹿め! 我が吸息かまいたちを忘れたか! せいぜい虚像に怒り狂うがいい!!)
288 :
永遠の扉:2008/05/23(金) 15:37:53 ID:fJ7JinWB0
実像たる自動人形無銘は片足でヒョコヒョコ跳びながら移動し、やがて秋水の背後を取った。
彼との距離はおよそ四メートル。もちろん部屋を荒らすのに夢中で気づいていないように見えた。
よって無銘は限りない殺気の中で口をすぼめ……
秋水が俄かにぐるりと振り返ったのはその時だ。
彼は無銘は捉えた。恐ろしい眼光を吸いつけたまま、疾走してくる。
無銘は一瞬愕然としたが、しかるに吸息かまいたちはすでに口を離れている──…
よって秋水の頭に着弾。
空気を裂くぶきみな音が部屋に木霊し、後は水を打ったように静まり返った。
勝った。
そう思った無銘は、崩壊する秋水の頭が、しかし血の一飛沫も上げずにただただ渦巻いて
しゅうしゅうと消滅するのを目撃した。
(……残像!? では奴は!?)
「逆胴!!」
声と同時に光の一閃が無銘の胴体を突き抜け、身長百九十センチメートルを超える巨大な
自動人形を胴斬りにした。
……秋水は。
無銘が吸息かまいたちを放つ瞬間、残像が生まれるほどの速度で平蜘蛛のように身をかが
めて地面をびゅーっと疾走していた。そして背後で吸息かまいたちが爆ぜる音を聞くと同時に
伸びあがり、真っ向から逆胴を叩きこんだのだ。
しかし、なぜ彼は自動人形・無銘の実像の場所が分かったのか?
「いかに分身していようとムーンフェイスとは違う。鏡に移っただけの虚像。実像は一つ」
秋水は崩れゆく無銘に視線と剣先を吸いつけて残心をとりつつ、一人ごちた。
「鏡に映っているなら左右は逆だ。……俺は先ほど、君の左の指と左の足を斬った」
例えば無銘の指は
──赤不動の残り一方、燃える左腕がむんずとソードサムライXの切っ先を掴んでいた
状態からシークレットトレイルによって
289 :
永遠の扉:2008/05/23(金) 15:38:20 ID:fJ7JinWB0
──剣先を握る無銘の親指以外の指を第ニ関節のあたりから切断
された。よって左の物が欠損して然るべきである。
次に足だが。
── 手を焼き苦悶の表情を浮かべる秋水の右膝下がぐわんと蹴りあげられた。
彼らは正面切って向かいあっていた。ならば秋水の右膝下を蹴り薄氷もたらした無銘の足
は、左であるのが普通だ。よって秋水が
──刀で紅い円月を描いて(中略)無銘の足を膝から切断。
したのもまた左。
以上の理由により実像の自動人形・無銘は「左の指」と「左の足」が欠損しているべきなのだ。
だが、鏡に映った虚像は左右が逆。すなわち。
──ことごとく右の四指が欠け、右足は膝から下がない。
「……そこまで分かれば後は、実像だけが発する殺気を頼りにおおまかな位置を絞り込み、
左の指と左の足がない者を探せば良く、後ろに来るのも予想の一つだった」
ともかくも無数の虚像に一つの実像が紛れているだけの忍びの水月である。例えば犬のよ
うな明敏な感覚を持つ生物であれば実像を捉えるコトはできるし、捉えさえすれば槍一つで
倒せるのだ。それが人間の場合の話であったとしても、自動人形相手なら武装錬金を当てれ
ば倒せるのだ。
「とにかく、これで残るは本体のみ──…」
……
忍者屋敷には様々な仕掛けがある。
最もポピュラーなどんでん返しを筆頭に、外に通じる隠し戸や隠し穴などなど。
更には遁走後に様々な機密情報や家宝などを奪われないようにするため、それらを隠す場
所も設けていた。
名を「隠し物入れ」といい、基本的に障子戸の近くに設ける。そうすると相手は「まさかここに
貴重品はないだろう」と見逃しやすくなるのだ。
290 :
永遠の扉:2008/05/23(金) 15:39:24 ID:fJ7JinWB0
隠し物入れにはちょっとした工夫があり、障子戸を完全に開いた状態で下の鴨井……平たく
言えばレールみたいな部分だ、それを「バカン」と外すと虫食いに見せかけた歪な半円形の取っ
手があり、それを引くと床板に見せかけたフタが開いてデスクトップ型のディスプレイをPC本体
ごと入れられそうなぐらいの収納空間が覗く。
……
秋水達のいる忍者屋敷の一角。その隠し物入れから突如として白い影が飛び出した。
大型犬の成犬のような影。一体どうやって狭い収納空間に入っていたか不思議なそれは
隠し物入れのフタを蝶番ごと吹き飛ばしつつ間欠泉のように天井へ舞い上がり、首を捻って
口のあたりから何やら長い物をびゃーっと秋水の正面きって撃ち放った。
もとより残心していた秋水だ。不慮の事態であっても回避それ自体は辛うじてこなした。が、
不慮で辛うじてであるため、横を行きすぎ彼方の柱に甲高い金属音を一響させて巻き付く縄
の切断までには流石に思い至らなかった。
鉤縄。忍び六具の一つ。柱にしっかと結えられたをそれを伝って滑るように向ってくる影を見
た瞬間、秋水は慄然とした。
幾何学的な犬!
それが忍者屋敷の景観を自動車から見る景色がごとく下に流して突っ込んでくる!
いや、犬が迫ってくるのであれば驚倒ではない。無銘の本体がチワワだとは聞き及んでいる。
だが。
チワワであるべき無銘にしては異様すぎた。
すでに大きさはドーベルマンかシベリアンハスキーかと見まごうばかりに膨れ上がり、しかも
全身は一般的な動物型ホムンクルスよろしく幾何学的なパーツに区分けされている。四肢の
関節部からは赤い鋲を打ちこまれたようなぶきみな突起が盛り上がり、背はその骨に沿って
ボコボコと真四角のシリンダーが敷き詰められ動きにつれて連動している。
更にマムシのように鋭利な三角をした頭部には章印が輝き、目から爛々と紅い光の尾を引
きつつ宙空をカッ滑って秋水に突進してくるのだ!
ここでようやく秋水は鉤縄を寸断した。が、正体不明の犬はすでに自らの推力を得たとばか
りに鉤縄を放し、宙を蹴って秋水にブチ当たった。
刀が首の前で牙と絡みあい、ダラリと垂れ下がる犬の重さが茎(なかご)を握る火傷の皮に
生々しい痛みをもたらしていく……
291 :
永遠の扉:2008/05/23(金) 15:40:44 ID:ocw8FNg60
「我が無銘の特性はホムンクルスにも適用される。L・X・Eの浜崎に用いたように」
秋水の腹を蹴りつつ飛びのいた犬は、低く身がまえ呟いた。
「まさか、鳩尾無銘の本体? だが、その姿は一体……?」
この異常な四足獣への驚きに答えるように
「貴様は、食人衝動の源泉を知っているか?」
無銘の本体が秋水に飛びかかった。
「一説によれば犠牲となった『人間』の部分が元に戻らんとする『本能的な未練』という」
秋水は辛うじて軽い斬撃を繰り出してなんとか迎撃。
「我が! 総てのホムンクルスにもたらす敵対特性は!!」
足をうっすら斬られた無銘は宙返りをしながら後方に着地。
「恐らくホムンクルスならば誰しもが多寡を問わず持ちうる人間の本能的未練に対し、基盤
(ベース)となった動植物の個性を過剰に敵対させるアレルギーのような産物!! 例えば寄
生生物レウコクロリディウムと融合した浜崎は、『寄生』という名の個性を過剰に敵対させられ、
ほぼ自滅に追いやられた……忌まわしき鐶が手出しせずとも死んでいただろう」
ばっと跳躍した無銘は、鋭く尖った爪を打ち下ろした。学生服の袖が切り裂かれ、繊維と血の
デブリがぶわりと舞った。
「貴様が初撃で自動人形を両断した時、容易ならざる相手と見初め、あらかじめ秘匿しておい
た自動人形の爪で我が身を傷つけておいた! 果たして貴様は二体目の自動人形を倒した!
……敵対が進めば人間の部分は完全に喰い殺され、悲願たる人間の姿にはなれぬだろう。
だが、総ては母上を守るため! そうっ!」
獣のような口から溢れる烈火のごとき咆哮が秋水の耳をつんざいた。
「このまま前へ進むのみ!!」
剣の動きよりやや早く、爪が秋水の頬を襲う。
血は流れたものの、とっさに身をよじって目を避けた彼に無銘は歯噛みをした。
「悲願など捨てる! みすみすと貴様を見逃し、母上に害意を及ぼすよりは遥かにましという
物! 自動人形はもはや手繰れないが戦い抜くのみ!」
鳩尾の言葉が真実とすれば、おそらく「犬」としての『忠誠心』が増幅されているに違いない。
「母上……小札か」
秋水はすっと息を吸うと、やや憂いを帯びた目で無銘のガラ空きになった腹を斬った。
「ぐっ!」
292 :
永遠の扉:2008/05/23(金) 15:41:32 ID:ocw8FNg60
悶えつつ飛びのく無銘を見ながら秋水は痛感していた。
(やはり)
この犬型ホムンクルスは執念と敵対特性によって身体能力を向上させている。
が、それだけだ。向上といってもようやく並のホムンクルスになれただけだ。
同時に獣としての属性が強まったため、ただただ真っ向から飛びかかる他できない。
自動人形のような「ハメ」ができない。鉤縄を用いたのが最後の理性かも知れない。
動きに秋水の目はそろそろ慣れてきた。次の攻撃は斬り落とせるかも知れない。
(だが、それを彼に告げてどうする? 小札を守りたいという気迫は本物……)
幼いころの秋水は病気で死にかかった桜花を助けるべく、単身ガラス片を握りしめ、L・X・Eの
創始者たる蝶野爆爵(Dr.バタフライ)その人に挑みかかったコトがある。
──おかねと! たべものと! おくすりを出せ!!
だから無銘の近しい者を守りたいという気持ちは理解できる。
それを蹂躙されればどれほど絶望的な気分になるかも理解できる。
別離を恐れればいかなる手段を用いてでも敵を排したくなる気持ちも、秋水は理解できる。
(何故ならば俺は)
──姉さんのために! 俺達の望みのために!!
──勝つ!! 俺はここで負ける訳にはいかない!!
(武藤を刺した。彼が俺と姉さんを助けようとしていたにも関わらず……)
戦いに身を投じたそもそもの動機は、その贖罪を行うためだ。
ムーンフェイスは「弱いまま、同じ過ちを繰り返す」と評したが、それでも様々な人間の様々な
話を聞き、触れ、いつか開いた世界を一人で歩けるよう努めているつもりだ。
然るに桜花はその手伝い(ヴィクトリア説得の援助)をすべく小札と戦い、負け、傷ついた。
命を奪うつもりはないが、しかし小札を倒さないと桜花に申し訳ない。
のみならず、小札を倒さねば残る鐶や総角も倒せない。倒せなければ戦士に後はない。
だがそれを達するため、必死に小札を守ろうとしている無銘を倒すのは正しいのか。
秋水は深い懊悩を浮かべたが、やがて無銘が再び飛びかかってくるのを認めると、刀を翻し
茎尻(ながごじり。普通の刀なら柄頭のある部分)で犬の喉笛を打ちすえた。
293 :
永遠の扉:2008/05/23(金) 15:43:05 ID:ocw8FNg60
刺さりはしなかったがこのカウンターに無銘は四肢を丸めつつ苦鳴をあげて吹き飛び──…
かろうじて着地した先で、額に青く光る切っ先を向けられ息を呑んだ。
「小札は殺さない。ただ無力化して核鉄や割符を奪取するだけだ」
見上げれば秋水がソードサムライXを突き付けている。切っ先はすでに章印を捉え、もう一押
しで無銘を絶命させられる距離だ。絶対的優位。だが止めは刺さらない。
「それで優位と譲歩を示したつもりか!」
全身から威嚇の気配を立ち上らせながら無銘は吼えた。
「死なずとも斬られれば母上は痛がる! そう分かっていて、見逃せると思うか?」
彼がじりっと歩を進めると、剣先が引いた。
「貴様はどうなのだ! 早坂桜花が傷つく局面を見逃して平気でいられるか!?」
ひどい苦味を感じながら、秋水は低く呟いた。
「君の気持ちも分かる。だが、その姉さんが……俺のために小札と戦い、そして敗れたんだ」
一瞬、無銘はたじろいだようだった。
「約束する。小札はなるべく傷つけずに倒すと。だから武装錬金を解除して欲しい。頼む」
が、無銘は笑った。何故か、笑った。
「クク。師父が我を二番手に配した意味、ようやく理解できたわ!」
鋭い牙が覗く口を無銘は開け放ち、ニヤリと恐ろしい笑みを浮かべた。
「我が聞き及ぶソードサムライXの特性はエネルギーの吸収・放出・蓄積」
刀身の周りに微細なスパークが走り、震え……
「そして敵対特性発動は自動人形の攻撃から三分後。すなわち!」
秋水の足元で飾り輪が閃光を放った! いや、飾り輪だけではない。下緒も刀身もまばゆい
ばかりの光芒を撒き散らしながら爆ぜた。爆発といっていい。しかもその激しい光と熱の渦は
刀身や下緒や飾り輪から浮かび上がると、意志あるがごとく中空でむわりとくねって秋水の右
半身へ降り注ぐ。髪の焼ける匂いの中で秋水はたたらを踏み、左へのけぞった。
彼は失念していた。ソードサムライXが既に自動人形・無銘から攻撃を受けていたコトを。
──赤不動の残り一方、燃える左腕がむんずとソードサムライXの切っ先を掴んでいた
炎に秘匿され見えなかったが、「むんず」と掴まれれば剣先がわずかに潰れひび割れ、無銘
のいう「鱗がごとき物体」の侵入を許すのは必然だ。
294 :
永遠の扉:2008/05/23(金) 15:43:48 ID:ocw8FNg60
(それは甘い貴信の奴めから蓄積したエネルギーだ! 我が敵対特性に掛かればこの通り!)
同時に無銘は跳躍し、ガラ空きになった右半身に攻撃を仕掛け──…
「すまない」
秋水の突き出したソードサムライXに喉首を刺し貫かれていた。
「な……?」
総てが分からないという風に顔を歪め足をバタつかせる無銘に、
「君は津村との戦いの後、武装錬金を解除していなかった。もしかすると傷ついた自動人形は
核鉄に戻さず何らかの忍法で修復していたのかも知れない」
火傷を半身一面に負った秋水は心底から罪悪感を浮かべた。
「だから──…」
話は巻き戻る。
秋水が病院で根来に詰め寄られてしばらく後のコト。
「本当は戦士・斗貴子が負けたすぐ後に提案するべきだったわね。ごめんなさい。でも、私の
仮説が正しいかどうか調べて、断定を下すための時間が欲しくて……」
千歳は寄宿舎管理人室の地下で防人と秋水と桜花にラミジップ(小型のチャック付きポリ袋)
を見せていた。
「でも証明はできたわ。現象が現象だけに少し手間取ったけど、確かにこれは攻撃箇所の微
細な傷から潜り込み、特性を歪ませる。形状が人間の角質に似ているから、あの自動人形の
体表から剥がれ落ちていると考えて間違いないわ。そして傷から内部に潜り込む……」
千歳が指差すラミジップの中では二ミリメートルほどの、半透明をした魚鱗のような物体が何
枚も何枚もうねうねと体ひんまげつつ蠢いている。
無銘のいう「鱗がごとき物体」だ。
同時に千歳が無銘との戦いで採取し、聖サンジェルマン病院で根来に見せた物でもある。
これの侵入によって武装錬金は特性を敵対させられるのだ。
「この先、鳩尾無銘と戦わない保証はないから今のうちにコレを使って、例の敵対特性を防人
君たちにも確認しておいて欲しいの。といってもシルバースキンに効くかは分からないけど……。
あ、戦士・剛太については戦士・根来の核鉄で既に確認済みよ」
蘇る記憶に秋水は瞑目した。
「この街にいる戦士は全員、君の敵対特性のもたらす現象を把握済みだ。だから俺は動揺す
る事なく対応できた……」
今日は秋水と桜花の誕生日であります。だから彼らにちょっとスポットを当てたり。
>>254さん
ご指摘を受けて気付きました。本当に低いですね彼w でもそっちが貴信らしく思えるのがまた
不思議。キャラクターファイルみたいな特定の雛型を真似るのは好きです。何より設計思想や
データをまとめて見れるというのが描いてる側にとってはありがたいのです。
>>255さん
ありがとうございます。頑張ります! 細かい知識はなかなか覚わらないのですが、しかし日
本刀などの仕組みなどを読んでると、その概念そのものがいろいろ勉強になって面白いです
ね。秋水の戦いを描くために自らの指で知識を打つのもなかなか面白味がありますw
>>256さん
他がちゃらんぽらんですからw こればかりは真剣にやらないと……
>>257さん
最近は、ちょっとした日常のお楽しみになるならそれでいいかなぁと。
世の中いろいろ辛いコトもありますが、その、自分で面白いモノを作って楽しみを作り出せる
ならそれでいいのかも知れません。だからやり抜けたらいいなあと。
ふら〜りさん(奇しくも参考資料は同じく学研の本であります。学研の本は資料価値ありますよー
AA、シルクハットもうちょい長くても良かったかもです。そして妹属性という定義に「おお」と。
あのチワワは「母上」という単語一つでだいぶ方向性が定まり、次回でそれをある程度お見せ
できるかと。少なくても、彼が小札に素顔を見せるか否かぐらいは描きたいですw
>>259さん
おお。ならばなるべく面白いと思える要素をがしがし盛り込んでいく所存です。
さいさん
ある本によると物語とは「行きて帰りし」物だとか。その点、突如として来日して言葉も分から
ず戸惑う婦警もその日常から「行きて」の状態で、その原因や「帰りし」のプロセスに俄然興
味を引かれる幕開け! 作劇の参考にしますね! あと、冒頭の男達の最後一人がいちいち面白いですw
ダストさんいつもお疲れ様です。
この姉弟好きなのでスポット当るのは嬉しいです。
297 :
作者の都合により名無しです:2008/05/23(金) 19:35:16 ID:d1AFb5hF0
一つ一つのバトルをちゃんと考えているなスターダストさんは。
きっと物語の終着点は決めてあるんだろうね。
>おかねと! たべものと! おくすりを出せ!!
やはり根本にはこれがあるんでしょうね、この姉弟には
まだ秋水の中では 桜花>まひろなのかな?
それは比べられるものでは無いんじゃ?
例え好きな相手が出来ても、桜花は唯一の肉親だし、普通の姉弟は結びつきの強さが違うからな
姉弟でなくてもまひろと桜花なら桜花取るな
ハロイさんそろそろこないかな
しけいそうも
302 :
永遠の扉:2008/05/26(月) 18:11:03 ID:/uatxgqr0
第057話 「このまま前へ進むのみ その肆」
遠い記憶。
十年前の記憶。
「名前ですか?」
「連れてくなら無ければ不便だろ? さっさとしろ。俺は急ぐ」
「じゃあ、無銘くん。刀に『銘』が『無』い時の呼び名のごとく、無銘くん」
「……なんでそういう名前をつけるんだお前は?」
「え、えーとですね。本名も必ずありましょう。されどいまは不肖にこの子の名前を知る術があ
りませぬゆえ、暫定措置として名づける次第。とはいえ『名無しの権兵衛』では呼び名として
はいささか可哀想。それに、その」
「なんだ。お前はもっと実況をするようにハキハキと喋れないのか?」
「えと、……見たところ男の子…………ですし。カッコよくないと……」
「だから無銘か。なら姓は俺が名づけてやる。俺が総角、お前が小札と大鎧の部位が揃って
いるから、鳩尾。鳩尾だ。大鎧の左胸を保護する板の名前を呉れてやろう」
「というしだ……実況のようにハキハキと実況のようにハキハキと……という次第! さぁ、共
に旅立ちましょう鳩尾無銘くん!」
瓦礫の中でひょいとすくい上げられ、総てが始まった時の遠い記憶。
「まだ……だ!」
首を刺し貫かれダラリと剣先に垂れさがる無銘の瞳に情念の炎が灯った。
「母上に云う。冬来らば春遠からじ」
──「不肖に難しいコトは分かりませぬが」
──「冬来らば春遠からじ。いつしか無銘くんも人間の姿になれましょう!」
「今、人間の形態に成らずしてどうする」
斬れた喉首の奥から冷え切った熱の塊が漏れる。
「かくなる上は我が体を駆け巡る敵対特性に敵対し、毒を以て毒を制すのみ!」
熱の塊は干からびた言葉へと気化し、それを聞く秋水の耳を斬りつけた。
303 :
永遠の扉:2008/05/26(月) 18:11:51 ID:/uatxgqr0
「やめるんだ。もうこれ以上は……」
「黙れ!! 師父と母上は我に名と居場所を与えてくれたのだ!」
無銘は傷口に全ての体重をかけ、振り子のように体を振った。
「元より不慮に拾いしこの命、師父と母上のため使い抜くのみ。貴様ごときの感傷など聞かん!」
彼はその挙措に残るすべての力を込めていたらしく、秋水がつんのめる。
「歪み縮れた我が人間部よ! 今こそ忌まわしき獣心に敵対しろ!」
無銘は首に突き立つ剣先を自らねじり、中から左に向かって切り裂いた。
そして海老ぞった体が飛んでいく。内装を破砕された忍者屋敷の中を飛んでいく。
「其を打ち払うのは今…………この……時!!」
やがて着地した無銘は、しかし言葉とは裏腹にぐらりと崩れ出した。
そこは偶然にも開戦と同時に両断された自動人形無銘のすぐ傍だった。
然るに果たせるかな。無銘自身の薄れゆく意識を示すように巨体は周囲に稲光を纏いなが
ら徐々に透明度を高めている。
(武装解除の兆候)
秋水は足もとに転がるナンバーXLIV(44。斗貴子の核鉄)由来の兵馬俑を見た。
こちらもいよいよ解除が近く、彼は黙然と俯かざるを得なかった。
(章印は外した。死にはしないが、武装錬金が解除されればもう彼に打つ手は──…)
「我、身命を賭して師父と母上の為に動くのみ。その結果死ぬ事になろうとむしろ本懐!」
踏みとどまった無銘の体の至るところがひび割れたと見えたのは一瞬のコトだ。
あとはもう彼は光に飲み込まれていた。
動植物型ホムンクルスが人間の姿から基盤(ベース)の生物を模したモンスターへと変貌を
遂げる時、必ずといっていいほどつきまとう現象が巻き起こったのだ。
……だが、もとより動物型の無銘だ。犬型のホムンクルスだ。だが彼はその姿でありながら、
上記のような「人間からモンスターへ」の変化を遂げている。
ああ、これも出生ゆえに獣の姿を基礎とする無銘ゆえの怪奇現象か。
光の中で幻燈のように犬の姿が人間へと変化を遂げていく──…
「古人に云う……暗いさだめを吹き飛ばせ」
光が止むのと前後して、ばさりという衣擦れの音がした。
「焦がれていた形態だが、なってしまえばあまり感慨はないな」
304 :
永遠の扉:2008/05/26(月) 18:12:27 ID:/uatxgqr0
衣服は自動人形から剥ぎ取ったとみえ、忍び装束だ。
「むしろ着衣などをいちいち調達せねばならぬ不便、如何ともしがたい」
赤い革製の帯は周囲に鋲が打たれ前面には金具がついている。
犬の首輪にもやや似ているが、これは中国の唐宋代の甲冑にみられる「革帯」である。
更に肩には三国志の武将の絵姿によく見られる「披膊(ひはく)」という肩当てを模したのか
布が乗せられ、首の前でしっかと結び目を作っている。足には草鞋。
「少年?」
秋水はそこにいる人影に軽く眼を見開いた。
「聞き及んでいなかったか? 我が年齢は十……」
身長はまさに少年。先ほどの自動人形はおろか、小柄な斗貴子よりもさらに小柄だ。
おそらく百四十センチ代の半ばだから、忍び装束は全体的にぶかぶかとしている。
中央で分けた若々しい黒髪は肩までかかり、左の横髪がやや右より長い。
秋水からは見えないが、後ろ髪は馬の尾のようにくくってもいる。
目は年齢相応にふっくらと丸みを帯びているものの、やや三白眼で気難しそうな印象だ。
少年らしくきらきらと光芒を帯びた瞳は金色。
吊りあがった眉毛は太く濃いが、それに対するように唇は薄い。
「十年前、胎児以前の姿をホムンクルスとされ正常な分娩すら経ずに生まれた故、まだ十歳」
少年はニっと唇を吊り上げた。すると鋭い犬歯が覗いた。
「不老なれど胎児以前の姿にならざるのは何故か? おそらく年齢を決定したのは埋め込ま
れた幼体の方。師父の見立てでは七〜八か月の子犬の細胞が基盤(ベース)らしい。そして
犬の七〜八か月は奇しくも人でいう十歳の頃……」
時おり八重歯を覗かせていた香美に比べ、こちらの笑みはひどく凶暴な印象だ。
とはいえ貴信よりは遥かに整っているので、見るだけで引くという形相でもないが。
「どうやら」
少年……鳩尾無銘は頭の横を撫でるとピタリと動きを止めた。
「さすがに犬の時代が長かったため、完全なる人間形態とはいかないらしい」
さらしを巻いた彼の手先では、白い隆起がホムンクルス特有の金属質感に光っている。あた
かも犬の耳が前向きにぺたりと垂れ下がったような形状だ。
ついでに彼の臀部から極太のしっぽが持ち上がり、ぱたぱた震えた。
305 :
永遠の扉:2008/05/26(月) 18:13:56 ID:/uatxgqr0
「……相変わらずうぜえ。というか収まらんか!!」
しっぽというがホムンクルスの一部だ。サヤエンドウ型をしたそれはひどく幾何学的で、緩や
かな曲線を描く後部には排熱ダクトのような物がいくつも引っ付いている。で、歓喜しているの
か、ぱたぱた背後で暴れている。
「くっ! こんな時に! 静まれ! 静まれェ……!」
「?」
無銘は何やら一喝しつつしっぽを引っ掴んだが、秋水の目線を感じるとツンと取り澄ました
顔でしっぽを背後に押しやって、言葉を続けた。
「ま、まあいい。恐らく半分は犬だろうが、貴様と戦うにはこの形態でも十分だ!」
無銘は足元から核鉄を蹴りあげた。自動人形は解除済みのようだ。
「人型ともなれば別の武器も出るだろう。……武装錬金」
横手に握りしめた核鉄からまたも光が迸り──…
無銘と秋水の中間点に、蛇の目のような六つの光がぼうと浮かんだ。
「で、どうなさいますのご老人? もう帝王切開しちゃいましたケド」
「相も変わらず気の早い娘御じゃて。ワシの武装錬金ならヘソ穴一つで十分だのに」
「早いのはいやぁん。ワタクシはもっとゆっくり突いて焦らして下さる方がこ・の・み♪」
「盛んなのはよろしいコトじゃ。ワシはもう枯れ、食い気のみ先行するから宜しくない。ふぉふぉ」
「ち、ち、ち。性欲も食欲も極意は同じ。お早いのはよろしくないですわよぉ〜?」
「ほっほう。七週目だからかのう。まだまだ人間の形には程遠い。チト早まったかの」
「かじりかけの桃切れを缶詰に戻してお魚の目玉つけたよう。色々な汁気たっぷりでウットリ」
無銘の前に『何か』が浮遊している。
A4サイズの紙を横にしたような長方形が、ゆったりと秋水の眼前を飛んでいる。
数は六つ。
電気屋の店頭に立ちならぶテレビよろしく、いずれも枠の中で二つの黒い影を移している。
まるで古びたフィルムを古びたスクリーンに投影しているような映像だった。
古い映像資料のようにくすみ果て、ノイズや白い線をあちこちに立てている。
しかも半透明でゆらゆらと明滅すらしているから、映される影の姿かたちは分からない。
306 :
永遠の扉:2008/05/26(月) 18:14:45 ID:/uatxgqr0
ふしぎなコトに音声まで伴っているが、ひび割れ、ノイズが混じり、或いは飛び、不明確。
だが言葉の端々に、苦痛の喘ぎと「やめて」という懇願が混じっているのは分かった。
もっともそれは段々と弱まっていき、やがてかき消えたが。
「まあよい。母体が事切れたゆえ急ぐとしよう。幼体はあるかの? 子犬のホムンクルスの」
「コチラに。ああん、さっきから執拗にワタクシに潜り込もうとしてる。ビクビク……してますわ」
「どれ、この赤子に埋め込んでやるかの。ホムンクルスはホムンクルスを喰えんというが」
「快楽追及は、入らない物を無理して挿れてこそ。あぁん。また無理をしようかしらん」
「犬に仕立てた出来そこないの赤子。果たして味や如何? 腹を壊すのもまた一興……」
「一興……」に被り、秋水が耳を覆いたくなるような轟音が響いた。
同時に映像が激しく揺れ、視界が滑り落ちた。
瓦礫の落ちるまばらな音がし、黒い影が降り積もる。
視界もやがて暗くなる──…
「やーん。着地で部屋が踏み砕かれてぐっちゃぐっちゃ」
「ふぉふぉふぉ。まったくいいタイミングで攻めて来おったのう」
「ああん。ここからイッちゃった。大きくて太い……負傷者の救助の前にお花摘みたくなっちゃう」
「やれやれ、折角のメシも瓦礫の中かの。しかしあれが話に聞く」
「バスターバロン」
映像はそこでブツリという音を立て、枠の中央へと光を収束させつつ途切れた。
「今のは一体……?」
秋水が慄然とするのもむべなるかな。映像の最後に出た単語は彼も関わったコトのある武
装錬金。今は創造者が何者かにさらわれ行使不能の武装錬金……
「記憶だ」
無銘は何事かを悟ったのか、狂犬のような破顔一笑を差し向けた。
「我が遠い過去の、な。そしてそれが映し出されるという事は」
映像は消えたが、しかしその空間には桶状の物体が浮遊している。数は六つ。色も形も大き
さも全て同じだ。無銘の顔とほぼ覆えるぐらいで、ことごとく黒い。墨を塗ったというより使い古し
た木製製品のような汚れの黒。上下の縁には縄が巻かれ、上部には角ばった取っ手。
307 :
永遠の扉:2008/05/26(月) 18:17:50 ID:4+9CRf1f0
その桶のような物が秋水へ下部を見せるように傾き、内部から光を浴びせた。
目を眩ませながら秋水は後方に飛びのき体を確認したが、しかし何らダメージはない。
「やはり直接的な攻撃力はないようだ。だが見ろ」
桶の前で、再びA4サイズ大のスクリーンが浮かんだ。数は桶のそれと同じく六つ。
いずれも、光に目を眩ませ後方へ飛びのく秋水を六通りのアングルで映し出している。
「見ての通り、貴様の先ほどの姿、しかと留められている」
映像が消えると、六つの桶はゆらゆらと無銘の周囲を時計回りに浮遊し始めた。
「つまり。映像記録と再現の武装錬金。攻撃には不向きだが、総ては使いよう……いや、体の
扱い同様、まだまだ隠された物がありそうだ。クク……考えてみるか」
「いま気づいた」
「うむ?」
正眼に構えた秋水は、六つの桶へと視線を吸いつけながら呟いた。
「それらは龕灯(がんどう)……。確か江戸時代の中頃に生じたという一種の懐中電灯だ。忍
者も好んで用いたと聞く」
「御名答」
無銘は漂ういう龕灯の取っ手を掴むと、中を覗き込んだ。
内部では二つの輪がジャイロ駒のように重ねられており、片方の輪には蝋燭のような器具
がチロチロと光を放っている。
同時に残る五つの龕灯の前にスクリーンが浮かび、無銘の瞳を映し出した。
あたかもこれは電気店の店頭にあるビデオカメラとテレビの関係のようだ。
筆者は小さい頃、その組み合わせを見るたび無性に嬉しくてカメラの前に寄り、自分の姿が
テレビに映るのを喜んだものだ。もっとも長ずるにつれて映るのが逆に気恥ずかしくなり、今で
はそういうのを見かける度そそくさと遠ざかる哀れなザマだが、無銘に至っては筆者の小さい
頃のようなワクワクで龕灯を覗いているに違いない。
さて、龕灯(がんどう)。
秋水のいうとおり忍具だ。忍者刀、百雷銃、忍び六具といった物の仲間であり。
「いわゆる火器の一つ。レーダーのごとく索敵斥候に欠かせぬ器具……そしてどうやら記録
にはこれから出る光を浴びせる必要があるらしい。再現は我が記憶だけで済むようだが」
目を離した無銘は辺りに向けて様々な角度で照射した。
本来の龕灯は、内部に蝋燭を据え付けている。そして蝋燭を立てる台は、ジャイロ駒のよう
308 :
永遠の扉:2008/05/26(月) 18:18:41 ID:4+9CRf1f0
に重ねられた二つの輪に接合されている。そのためいかに傾けようとつねに直立し、任意の
方向を必ず照らせるのだ。……武装錬金になっても内部の光源にそういう仕組みはあるとみ
え、一つの龕灯はしっかと辺りを照らし、照らす光景は残りのスクリーンに映し出されている。
「呼ぶとすれば、龕灯の武装錬金・無銘。……クク。師父と母上が名づけぬ限り、名前などつ
けはしない。それは我の名とて同じコト。それにしても自動人形同様、我が傍に居らねば使え
ぬタイプとはつくづく嘆かわしい」
無銘が手を放すと、龕灯は彼の傍に舞い戻り、衛星のようにふよふよと漂い出した。
「で、先ほどから棒立ちになっているようだが、攻撃を仕掛けなくていいのか?」
秋水は硬い表情でしばし思案に暮れたのち、「ああ」と頷いた。
「戦法こそ褒められた物ではないが、君の小札を守りたいという意志は本物。勝敗は別として
君の態勢が整うまで待ってみたくなった。……そういう姿勢はもう、蹂躙したくないんだ」
──どっちも! オレはどっちも守りたい!!
青い刃に映る顔が、俄かに曇った。
「フン。先ほど我が喉首を突き刺した分際でよく言うわ」
「すまない。だが君を殺さず止めるにはああするしか」
狂犬のような面罵の奥で一瞬すさまじい歯ぎしりの音が鳴った。
「つくづく甘い。……行くぞ!」
たぁん! と小気味いい音立てつつ無銘は秋水の懐に飛び込んだ。
同時にソードサムライXが袈裟切りに動いた。斬った! と秋水が見たのは一瞬だ。あろう
ことか斬撃半ばの刀身は根本から剣先へと火花散らしつつ外へ捌かれていた!
捌いたのは無銘の手刀だ。と認める間に秋水は左手で首をかばいつつ後退。
「忍法三日月剣。──」
声と同時に無銘の右手が秋水の胸部を学生服ごと切り裂いた。
とっさに身を引いた秋水だから薄皮一枚で済んだが、近接を許すと当然ながら徒手空拳に
妙がある。無銘は息もつかず手刀を振りまわし、秋水に傷を与えつつ後退させ、或いは左右
にたたらを踏ませていく……
(これはもしかすると……?)
秋水は見た。
無銘の右腕にA4用紙大のスクリーンが浮かび、ソードサムライXの映像を映しているのを。
309 :
永遠の扉:2008/05/26(月) 18:19:24 ID:4+9CRf1f0
「気づいたようだな。武装錬金の特性は様々──…。ただの映像記録と再現に留まる筈もな
い! 人の理性と獣の直観が教えた! 龕灯の光を物体に当てよ、さればさまざまの性質を
与えられんとな!」
半透明にゆらぐスクリーンはすうと手刀に吸い込まれ見えなくなったが、日本刀の斬れ味そ
の物は維持しているとみえ、鋭利な傷を秋水に降らしていく。
むろん紙一重だ。それに満足する無銘でもない。援護射撃とばかり龕灯をぶわりと舞いあげ、
秋水を照射。
(戦闘不能になる何らかの性質を付与するつもりか!)
そうはさせじと秋水、丹田に力を込めると光をにらみ返した!
瞳から、剣気を叩きつけるように!
「はあああああああ!!」
ビリビリとした気迫が無銘の体表を撫でた。忍び装束もわずかに裂かれたらしく、微細なささ
くれが発生している。
(……チッ。石と同じ体にしてやろうと思ったが。どうやら生物に関する性質付与は意志の強
さ次第で阻まれると見える。やはり使うべきは我か無機物か)
「特性に頼るというコトは、君の今いった忍法は体得したものではない」
無銘の腕にがきりと噛み合う物があった。鎬だ。ソードサムライXの銘が刻まれた部分が手
刀を受け止めている。
「違うか? 先ほど用いた多くの忍法もいまは使えない筈だ。なぜなら自動人形経由で知識を
得ていたとしても、体はまだそれを覚えていない為だ。知りあいの忍者がいっていた」
──私は忍法帖シリーズを読破し、血の滲む様な修練の末に総ての根来忍法を修得したのだ。
「忍法といえど技術の一つ。剣術と同じく修練なくしては使えない!」
秋水が手刀ごと刀を跳ねあげ、間断をおかず横殴りに無銘の腹を斬りつけた。
「その通り」
しかし刀は残影を空しく斬り、代わりに腕組み直立不動の無銘を乗せるに終わる。
彼の周囲では相変わらず龕灯が頼りなく周回し、小さなスクリーンで目まぐるしく無数の映像
を切り替えていた。あたかも無作為にテレビのチャンネルを変えている時のようだ。
「犬だった我は自ら忍法を修練するコトができぬため、自動人形に覚えさせる他なかった」
310 :
永遠の扉:2008/05/26(月) 18:20:13 ID:4+9CRf1f0
秋水のいうとおり、知識があろうと忍法はしょせん「技」である。いかな技術とてその様式を
伝え聞いただけでは体がおぼつかず、何百何千という技術の反復を経てようやく行使できる
ように、忍法も知識と理解一つでは使えない。
「然るに武装錬金はサイエンスだ。技よりも遥かに率直に我が知識と理解を反映する!」
無銘は刀の上から秋水の左側頭部を蹴りつけた。ただの蹴りではない。かまいたちのよう
な空気の渦を帯びている。高出力のホムンクルスの蹴りを浴びた秋水は、血飛沫や髪の雨の
中で喪神しかけ、先ほど両断した青黒い衣装の自動人形にあやうく躓きかけた。どうやら手刀
への応戦のうち、いつの間にか近づいていたらしい。
一方、反動を利しつつ飛びのく無銘の足にあったのは……吸息かまいたちの映像映すスク
リーン。それは明滅し、足の甲へ吸い込まれる様に消えた。
「ふむ。必殺を狙い付与してみたがどうやら完璧ではないらしい。そもかまいたちは不可視の
渦……映像として再現し性質を付与できただけでも僥倖とすべきか。さて」
着地した無銘は右手を横に力強く差しだし、何かを引き抜いた。
秋水はひどい頭痛をもたらす側頭部を押さえながら、呻くように「何か」の名前を呼んだ
「シークレット…………トレイル」
先ほどの乱戦で銅拍子を弾いて以来、床に突き立っていた忍者刀の武装錬金だ。
「ま、前々から一度使ってみたかった」
逆手に握ると無銘はひどく嬉しそうに眼を輝かせ、ぶんぶんと素人丸出しで振った。
「これが忍者刀。いつかお小遣いを貯めて買おう……」
「小遣い?」
「ああ。壁際にあるタヌキの置物は師父からのお小遣いをコツコツ貯めて買った物だ。母上も
そっと二千円援助してくれたのだ。そして我はついに昨日、信楽焼のいいのを買っ……」
うっとりと刀を眺めていた無銘は、ハっと我に返って秋水を見た。
「見たな……? 母上にもほとんど見せておらぬ我の素を……見たなッ!?」
口調はひどい動揺に満ちている。どころか目を濁らせ恐ろしい気迫を放ちだした。
ただなる殺意であればまだいいのだが、何だか子供特有の逆ギレを向けられたようで秋水
はたじろぐ他ない。
「い、いや、待て。待つんだ。落ち着くんだ。素の顔ぐらい誰にでもある。姉さんだって腹は黒い!」
あせあせと両手を突き出す秋水をよそに、無銘は忍者刀を下段にだらりと垂らし肩をいから
せにじり寄ってきた。
「母上はいろいろ危なっかしいのだ! 考えているようであまり考えてないというか、すぐ動揺
するしあまり自分に自信を持たずひどく繊細で傷つきやすいから、我がしっかりしておらんと
どうにもならんのだ! よって素を出せん! 師父も母上の前ではだらしないザマだし!」
(だし?)
徐々におかしな言動を見せてきた無銘に秋水はほとほと困り果てた。
「……いかんいかん栴檀が如き小物どものような興奮は慎まねばならぬ。慎まねばならぬ。
これは母上を守るための聖戦なのだ。慎まねばならぬ」
一方の無銘はこめかみを押さえて必死に口調を戻したが、時すでに遅し。
(君もそういうタイプなのか……少年らしいといえば少年らしいが)
両者の困惑と動揺を裏腹に、飛びこんだ無銘の忍者刀をソードサムライXが受け止め激しい
鍔迫り合いを始めた。(一方は鍔のない武装錬金だが)
以下あとがき。
詰め込み過ぎですみませんw しかしこれも先々を思えばこそ!
「攻撃力皆無だけど応用力がある」能力が大好きです。ジョジョのクラフトワークとか!
で、秋水から見た桜花とまひろの序列、果たしてどちらがどうなのか……?
自分はどちらかといえばまひろ派ですが、はてさて。
>>296さん
次回と小札戦冒頭にも当てますよー! 早坂姉弟は好きですから!
原作で彼らが活躍できなかったのは悔やまれる点の一つですね。
>>297さん
ありがとうございますw ちなみに
>>227描いた後に、「しまった赤不動は
高熱を発するだけで腕は燃えない!」と気づいて粟を食ったのは内緒ですw
「早坂姉弟の世界」でのできごとは、何年経っても二人から消えないでしょうね……
どれだけ秋水の中でまひろへの好意が深まっても、桜花とどっちを選ぶかを本気で
決断しなければならないならば迷いなく、間違いなく桜花を取ると思う。
なんつーか、そこで桜花を選ばなかったら、もうそれは秋水じゃないとすら思う。
シスコンとかそういうレベルじゃなくて、それが秋水という人間。
まあ個人的な意見なんで、気にしないでね。
313 :
作者の都合により名無しです:2008/05/26(月) 18:53:06 ID:R/DOIvmE0
流石主役のバトルだけ有ってボリュームたっぷりですなあ
無銘とはライバル同士になるのかな
秋水の心がまひろに近づいているって事ですよ
最終的にはまひろ>桜花になってほしい
315 :
作者の都合により名無しです:2008/05/27(火) 00:36:58 ID:jekaZxIR0
スターダストさんは江戸時代の風俗や
忍者侍関係にすごく詳しいな。
その点、作品に凄い生きてる。
確かにちょっと詰め込みすぎの感は有るけど
書きたかった事や今後の為に書かなくてはいけない事が
凝縮されている感じですな
317 :
ふら〜り:2008/05/27(火) 20:49:08 ID:AD+zrt+U0
>>スターダストさん
手加減ブレーキの分、元々秋水に分の悪い勝負……とか考える間もなく無銘がいろいろ。
小札のことが好きで、でも総角に嫉妬する類のものではなく、二人ひっくるめて心配し、
ただ尽くす。口調は武士道してるけど、そこにあるのは「忠」というより「家族愛」だなぁと。
318 :
しけい荘戦記:2008/05/28(水) 23:08:48 ID:rjeD1mnW0
第三話「老いと青春」
窓から景色を眺め、ため息をつくドリアン。
年代物のオーディオから流れる、無名歌手が歌う上品なシャンソンも今は耳に入らない。
久しく忘れていた感情──彼は恋をしていた。
じっとしているだけで心に胸を締めつけられ、痛み、消耗する。
七十を過ぎた我が身に突如降りかかった事態にドリアンは戸惑っていた。豊富な人生経
験を持つ自分が、人生の途上で誰もが味わうこの感情に成す術がない。恋は泳ぎ方や自転
車の乗り方とは違う。しばらくご無沙汰にしていれば忘れてしまうものだ。
キャンディを一気に五個も口に含み、噛み砕き、飲み込む。気持ちが少し静まった。
「やはり相談するしかないようだな」
年下に悩みを打ち明けるのは避けたい。ましてや恋の悩みなど。となると、相談相手は
一人しかいない。
「ハハハハハ! ンナモン、ムリヤリ押シ倒シチマエバイイダロウガッ!」
ドリアンはさっそく後悔していた。スペックの部屋を訪ねてしまったことを。
ジャージ姿にあぐら、スナック菓子を食い散らかしながら大笑いするスペック。笑うた
びに唾と菓子くずが飛散する。
選択を間違えたら意地を張らずに早めに修正するに限る。ドリアンは立ち上がった。
「すまなかったね。変なことを聞いてしまって」
「エ?」
「大家さん辺りに相談するとしよう」
「オイオイ待テヨ」
319 :
しけい荘戦記:2008/05/28(水) 23:09:24 ID:rjeD1mnW0
答えずドリアンはドアノブに手をかける。
「アンタガ惚レタ女ッテノヲ一度見セテクレヨ」
ノブを回す手が止まった。
ふとドリアンは衝動に駆られる。家賃を払わず、部屋は散らかし放題、恋愛を即強姦に
変換する価値観。こんな野放図な怪物にあの女性を自慢したくなっていた。
「いいだろう、ついて来たまえ」
道中、ドリアンはスペックに一目惚れの経緯を話した。
話は二日前にさかのぼる。いつものようにペテンを成果なく終え、ドリアンは力なく歩
いていた。疲れていたからだろうか、普段通る道を少し外れていた。
「しまったな」
こういう日はまっすぐアパートに帰ってすぐ寝るに限るというのに、遠回りになってし
まった。体力と時間とを二重に浪費したことが無性に悔しくなる。
蕎麦屋『なつえ』を見つけたのは、丁度その時であった。
「蕎麦か。たまにはいいかな」
暖簾をくぐり引き戸を開くと「いらっしゃい」と声がかかった。女性の声だ。
中はカウンター席のみ。客は他に誰もいない。商売の匂いはまるで感じられない。
「掛け蕎麦を頂けるかな」
「はいはい、掛け蕎麦ね」
店員は女将一人だけ。年齢は五十くらいだろうか。気品が漂う、美しく年を取った女性
の典型といった印象を受ける。
320 :
しけい荘戦記:2008/05/28(水) 23:11:01 ID:rjeD1mnW0
二人は取り留めのない話をした。
さすがにペテン師という素性は明かせなかったが、仕事に失敗した帰りだと話したら天
ぷらをサービスしてくれた。
「私は掛け蕎麦を頼んだはずだが……」
「いいのよ。お仕事なんて失敗してそこからどう立ち直るかなんだから、しっかり食べて
頑張って!」
「……ありがとう」
蕎麦は滑らかでコクがあり、とてもおいしかった。
「……フゥン。アァ、アト蕎麦ハアンタノオゴリダカラナ」
「分かってるよ」
君はいつも財布なんか持ち歩いていないだろう、と付け加えた。
幸い『なつえ』は「商い中」であった。
「いらっしゃいませ。……あらこの間の」
「やぁ、今日は友人を一人連れてきたよ」
「ヘヘヘ、早ク食ワセロヨ」
ドリアンは天ぷら蕎麦を、スペックは掛け蕎麦を、それぞれ頼んだ。
てっきり一番高い蕎麦をおごらされるかと思ったドリアンにとって、スペックの選択は
意外であった。
想い人が目の前がいる手前、つい見栄を張ってしまう。
「フフフ、いいのかね。もっと高いメニューを頼めばいいのに」
「バァ〜カ、誰ガ一杯ダケダッテイッタヨ」
ドリアンの額に浮かぶ冷や汗。時既に遅し。
蕎麦は大きく音を立てて食べる方が粋だとされているが、スペックのそれはもはや騒音
の域に達していた。
バキュームカーのような勢いでどんぶりから吸い上げられながら、蕎麦は胃袋に消えて
いく。手品というよりも、新手の災害のような光景であった。
321 :
しけい荘戦記:2008/05/28(水) 23:11:24 ID:rjeD1mnW0
やかましさでドリアンは女将とまともに会話もできない。
「あの今度お食事」
ずぞぞっ。
「蕎麦の作り方を教えてくれな」
ずぞぞぞっ。
「ところであなたの名前」
ずるるっ。ずぞぞぞぞっ。
終始このような調子で進展せず、結局ドリアンの財布から一万円札が羽ばたいただけで
あった。いくらなんでも食い過ぎだ。
爪楊枝で乱暴に歯を掃除するスペック。
「イヤァ〜美味カッタ。ゴチソウサン、ゲフッ」
「………」
「オイ? ドウシタンダヨ、暗イ顔シチマッテ」
「うるさいッ!」
ろくに会話すらできず、しかも意味もなく一万円もおごらされた。ドリアンが怒るのも
無理はなかった。
「マァソウ怒ルナヨ。コレカラハ恋ノ好敵手(ライバル)ナンダ。仲良クヤッテイコウゼ」
「え?」
「俺モヨ、アノ女ニ惚レチマッタゼ」
驚愕するドリアン。さすがの彼もこの展開だけは予想していなかった。そもそもスペッ
クの標的にされた彼女の身が危ない。
「スペック! 彼女に乱暴するようなことは許さんぞッ!」
「サテト文房具屋ニ行クカナ」
「文房具……?」
「マズハ文通カラダ。紙トペンヲ買ッテクル」
ドリアンはさらに驚愕した。
「こ、この男……ッ!」
他人には無責任に無謀なアドバイスを与えるくせに、いざ自分が同じ場面に出くわすと
途端に慎重になる。老獪スペック、97歳を目前にした恋の勃発であった。
第二話
>>193 次回はドリアンVSスペックです。
おお爺さん対決ですか。
身内対決はどっちが勝つか分からんなあ。
シコルス以外w
おお、サナダさんきたw
またドタバタバトルが始まると思うと
(多分前半はギャグでしょ?)
わくわくするなあ
325 :
作者の都合により名無しです:2008/05/29(木) 17:35:40 ID:Z/ILqb6p0
サナダムシさんお疲れ様っす
しけい荘の連中に友情はないのかw
相変わらず安定感のある作品だ。日常?風景なのに妙におかしい。
次はスペック対ドリアンですか。
後半の団体戦?バトルはどいつらが相手になるんだろう。
そういやしけいそうに範馬親子って出たっけ?
329 :
永遠の扉:2008/06/01(日) 14:15:32 ID:3jZSVZe70
第058話 「このまま前へ進むのみ その伍」
無銘はソードサムライXを金の刃で力任せに右にいなし、腕の届く距離まで反身で踏み込み
つつ肩を大きく旋回。手刀で唐竹割りに斬りつけた。
すかさず秋水は弾かれた勢いでスルスルと後退しつつ右逆袈裟斬りの型で対応……
しようとした刹那、腹部に異様な質感が巻きついた。
見れば無銘が横に回り込み、右手を秋水の腹に回し動きを封じている。しかも背後から殺
意が立ち上ってくる。
左手に持ち直した忍者刀がナナメに心臓を狙っている……
秋水は見ずしてそう直感し、現にそれは当たっていた。
今の無銘の態勢は、北辰一刀流の「小太刀之形」にみられる物だ。北辰一刀流といえば坂
本竜馬や新撰組総長・山南敬助が学んだコトで有名な流派だが、その形の一つ「小太刀之形」
は相手の手を押さえつけたり、斬撃を後転や跳躍で避けたりと、現代剣道ではまず見られぬ
変わった、しかし実利優先の動作が多い。
もっとも本来は脾腹を狙うというから、無銘の殺意推して知るべし。
「死ね」
右耳のやや下から響く声に秋水は慄然とした。
しながらも彼はソードサムライXの刀身の半ばをむんずとつかむと、掌の肉が裂けるのも構
わずそのまま茎尻を無銘の首の後ろへ撃ちつけた。
少年はたまらず一瞬えずく様な音を漏らしながらも果敢に踏みとどまったが、締め付けの緩
んだ右手は秋水が振りほどくにはうってつけ。彼は間合いを取るべく脱兎の如く駈け出した。
(逃がすか!!)
忍者刀は滑るように秋水の脾腹へ追いすがる。服が裂け、血しぶきが舞った。刀身を握った
彼の手も火傷がすぱりと斬られている。いうまでもなくソードサムライXにも血が垂れて赤黒く
光っている。
そこから両者ぐるりと向かい合い再び撃ち合う……というのは剣術試合だけの常道だ。
踵を返しかけた秋水が異様な「滑り」を足元に感じた時はもう遅い。彼は剣舞でもするかの
ごとくその場できりもみつつ成す術もなく転倒した。
(氷?)
床に打ちつけた背中は痛みより先に冷たさを感じた。目をすばやく左右させると冷気に輝く
水たまり。端には何かの青黒い影を映している。
「我が龕灯の映像性質付与による忍法薄氷だ」
330 :
永遠の扉:2008/06/01(日) 14:16:02 ID:3jZSVZe70
秋水が背を向けた時に龕灯の光を床に当てていたのだろう。
と悟る間もなくいつの間にか足で天を蹴らんばかりの直立姿勢で舞い上がった無銘が、忍
者刀を片手一本でまっすぐ伸ばし秋水へ殺到。
秋水が右に身を転がしたのと忍者刀が氷につき立ったのは同時だ。蜘蛛の巣のようなひび
割れを一瞥すると、無銘は屈みこむように着地した。その足もとから蒸気が迸ったのもまた映
像付与あらばこそ。踵にふっと浮かんで立ち消えたのは赤熱を映すA4用紙大のスクリーン。
むろん忍法赤不動の映像だ。
無銘はそれで焼き殺すとばかりに刀も軸に横方向へ腕と体を伸ばし、空を切り裂く猛烈な蹴
りを秋水に放った。
からくも逃れたばかりの秋水に高熱の蹴りが向かい……。
無銘は見た。秋水が青黒い影を片手でつかみ上げ盾にするのを。
鍔迫り合いに突入する少し前のコトだ。
無銘に蹴りを入れられた秋水は、その青黒い衣裳の自動人形に躓きかけていた。すなわち
兵馬俑の武装錬金・無銘はまだ解除されていない。それを幸い、近くにあった上半身を秋水は
盾にした。装束は赤不動の足型に焦げ、炎がちりちり立ち上る。
その様子を見た無銘は頬を戦慄かせ──…
「それをやると思ったぞ」
ニっと笑った。
同時に自動人形・無銘の首がくるりと半転し、口から「ひゅるっ」という異常な音を立てた。
忍法吸息かまいたち。尖らせた唇から強烈な吸息を放ち、人の頭を血味噌と化す魔技だ。
上半身だけでもなお巨大な自動人形の影で、何かが爆ぜる音がし、血しぶきが舞った。
「我が自動人形は。四肢が欠けようと胴を両断されようと、敵対特性要因たる魚鱗がごとき破
片を損壊部に集中させ、その傷を埋めるのだ。回復もまた傷への敵対──…」
無銘がこの数日武装錬金を解除せず千歳に能力解析の猶予を与えてしまったのも、自らに敵
対特性を用いざるを得なかったのも回復に時間を要するためであろう。
「もっとも敢えて解除せずに捨て置いたのは、回復よりもむしろ伏兵として用いるためだが」
しかし兵馬俑、無銘が人間形態になっても依然健在なのは何故なのか?
それは無銘が人間形態の自分を指した言葉をひも解けばわかる。
331 :
永遠の扉:2008/06/01(日) 14:17:04 ID:3jZSVZe70
──「恐らく半分は犬だろうが、貴様と戦うにはこの形態でも十分」
すなわちその半分の犬の影響がダブル武装錬金の片方に残っていた。もとより動物型であ
りながら武装錬金を使える無銘だ。それですらすでに天外といえるのに、人間形態に至って
は二つの武装錬金を併用できるのはいやはやまったく恐ろしい。二つの核鉄を要するのを差
し引いたとしてもなかなか常軌を逸している。これも生後七週目の胎児ならざる混沌期にホム
ンクルス幼体を投与され、十年ずっと人間形態になれなかったイビツゆえの特異体質か。
そのイビツな特異体質の少年は、自動人形がずるりと滑り落ちるのを見ると歯噛みした。
なぜならばその背後から額から血を流す秋水が立ち上がったからだ。
床に落ち首だけを上に向ける自動人形。その口をちらりと見ると呻かざるを得ない。
そこは横一文字にばくりと裂けている。
(吸息かまいたちが放たれる瞬間に斬り裂いたか!)
そう、吸息かまいたちが唇から放たれる技であるなら斬り裂けばいいだけだ。とはいえ流石
に至近距離であったためか、秋水は発生直後の渦だけはもろに浴び、額から一筋二筋の血
を流している。しかし唇を頬ごと切り裂く間合いにいるのならばいっそ頭を両断してしまえば
良さそうだが……
「津村斗貴子の核鉄から発動した自動人形だ。これ以上の破壊はなるべく避けたい」
ツと自動人形に視線を落とした秋水は一呼吸置くと、なぜか左手でソードサムライXの刀身を
茎尻から切っ先までまんべんなくツルリと撫でた。もっとも無銘にとってあまり不思議な行動
ではなかったが。
(懐紙代りか)
ソードサムライXは血と脂でベトベトと曇っている。先ほど秋水が刀身を握って無銘の首筋を
茎尻で強打したあおりで汚れたのだろう。刀はこうなると斬れ味が鈍る。だから拭う必要があ
る。事実かつて秋水はカズキに十四連斬を降らせ勝利を確信した後に懐紙で拭っていた。
だが今は勝敗定かならぬ局面だ。よって懐紙を取り出せず左手で汚れを取ろうとした……
と無銘は結論付けた。
もっとも左手も火傷しているため、分泌液などで却って汚くなった感もあるが。
「本体さえ倒せばこれ以上のダメージを与えずに自動人形を解除できる!」
332 :
永遠の扉:2008/06/01(日) 14:17:28 ID:3jZSVZe70
叫ぶやいなや秋水、右手一本に握った愛刀を振りかざしながら無銘へと斬り込んだ。
だがしかし敵は水すましのようにツツーっと逃げすがる。成果といえば残影を虚しく斬りなが
ら時々龕灯にかすり傷を降らすだけだ。これらは攻撃力を持たない代わりにひどく堅い。シル
バースキンには到底及ばないが、真っ向から斬っても割れない程の硬度を秋水は感じた。し
かも衝撃を受けても吹き飛ばずノソノソ後退するだけだから、あたかも水面に浮かぶ桶を叩く
ような不愉快な手ごたえを走らせるばかりである。
(自動人形か……まあいい。残しておこう。我の企図が破れた時の保険として)
冷然と考える無銘とは対照的に、業を煮やした秋水は大きく踏み込み逆胴を繰り出した。
むろん無銘は飛びのいたが、ここで秋水は強引な手段に出たからたまらない。
すなわち彼は更に踏み込み逆胴を巻き戻すような真一文字を放ったのだ。
これは両刃のソードサムライXゆえの利点ともいえよう。流石の無銘も予想はしていなかった
らしく斬撃を胸に吸い込み……
斬った! そう確信した秋水に空虚な手ごたえをもたらした。
剣がすり抜けた無銘はやがてかき消え、変わりに微細な傷の浮いた龕灯が後方に現れた。
手ごたえこそ空虚だったが、ソードサムライXの剣先程度はかすったらしい。
「なかなかの攻撃だったが、それも武装錬金の一部にかすり傷を負わす程度だ……」
秋水の背後六メートルほどに寂然と佇んでいた無銘が会心の笑みを浮かべたが、これすら
本物かどうか疑わしい。
「いうまでもなく、貴様がずっと追っていたのは龕灯による映像だ」
さて、と無銘は勝利を確信したように朗々と語り始めた。
「そして貴様に変わり身を負わしたのは不意打ちの機会を伺うためではない。……」
変わり身になった龕灯が無銘へと漂っていく。
「かつて我は忍び六具の一つを偽っていた」
秋水が振り仰いだ無銘は、六つの龕灯を周囲に浮遊させている。
もしかすると本物のかも知れずやはり偽物かも知れず……その真偽は如何?
「忍び六具の内五つはすでに用いた」
虚実さだかならぬ無銘は肩の前で拳を握り、秋水に見せつけるように指立て勘定を始めた。
333 :
永遠の扉:2008/06/01(日) 14:17:55 ID:3jZSVZe70
打竹と薬は簡易爆弾として組み合わせ、指かいこと赤不動の連携で爆破。
三尺手拭は薄氷で凍らせブーメランとして。
編笠は忍びの水月の虚像が構え無数の矢を。
鉤縄は物入れから飛び出した時に振るった物だ。
そうだっただろうかと秋水が勘案するうち、眼は声と共に立ち上がる指に吸いついていく。た
だ指折りの逆をやっているだけというのに無銘の指の動きはひどく緩慢なようであり性急なよ
うであり、ブレたかと思うと急に明瞭な輪郭を帯びてていく。
拳がやがて平手になる頃は薄暗いこの部屋の中で無銘の指の周囲だけが金や緑が輝く極
彩色の世界になっているようにすら秋水には思われた。
「そして残る一つ、かつて我が『忍犬』と偽った最後の一つは!」
綽綽とした声の無銘から秋水に向ってびゅーっと飛ぶ物があった。
それは黒々とした流線型の物体だ。我に帰った秋水が咄嗟に斬りさげたものの時すでに遅
し。剣先から両断されたその物体が秋水の眼へと飛び入った。
「矢立、だ」
無銘は筆をビッと一振りすると、小さな墨壺に据え付けた。
「矢立てとは墨壺と筆を一組とする筆記の道具。或いはこれに石筆(ロウで固めた筆。炉端の
小石などに伝達事項を書き、仲間に伝える)も加えるが」
その解説と質感で秋水は目に入った物が墨だと知った。漂うくすんだ匂いは確かに墨のそ
れだ。秋水は見えないが、閉じた目から涙のように垂れる液体の色も確かに墨色であった。
「安心しろ。その墨はただの墨。毒ではない。だが次に目を開いた時、毒以上の代物だと貴様
は知る事になる。開く開かないは勝手だが、うかうかとしていると我の攻めを許すぞ」
無銘は矢立の墨壺の蓋を閉じ、忍び装束の襟の隠しポケットへと放り込み
(彼のいうとおり選択の余地はない……)
秋水は目を開いた。
墨の薄膜一枚が眼窩に広がり、視界をひどく暗くしている。
「見よ!」
と無銘が一喝したのはまさに秋水が墨に染まる薄暗い視界を開いた瞬間である。
秋水は見た。無銘に従ったというより戦闘中ゆえの自然な心理作用が出た。瞑目中に生じ
た敵の変化を確認せざるを得ない心理が開眼一番に無銘を探したのだ。
だからあくまで「見よ!」という声は最後の呼び水に過ぎぬ。
334 :
永遠の扉:2008/06/01(日) 14:19:17 ID:M/XttAGM0
しかし秋水の意識を下記の映像から離れなくするには十分すぎる一言でもあった。
六つの龕灯が無銘を中心に浮遊している。線で結べば正六角形ができそうなほど整然と。
それらの前にある小さなスクリーンの中で、雨雲のような陰鬱な黒がくねっていた。
まるで墨による視界の暗さがそのまま広がったかのごとくである。
という繋がりを覚えた秋水はますます眼前の光景に吸い寄せられてしまう。
墨のような黒い粒子はやがて緩やかに緩やかにごぉごぉと渦を巻き始めた。
いつしか中心に白い穴が空き、黒い粒子は砂時計よろしく中心に向ってこぼれていく。
やがて白くうつろになった渦は周縁に残った黒い筋だけをぐるぐると回転させていき、目を見
張るような美しい円へと変貌を遂げた。とみる間に横につぶれた楕円形になり、数学記号の無
限になり、異様に伸び異様に縮み、また渦に戻って円に戻ってひっきりなしに変化する……。
最初は確かに六枚のスクリーンで同じように映っていた陰鬱な色の粒子たちは徐々にスクリー
ンごとに独自性を帯びて各自ばらばらの変化を遂げ、遂げたかと思うとまるで六分割の絵の
ような符号を帯びて巨大な円や渦などを映すのだ。
「見よ!」
再び声が響いた時、秋水は六つの絵の中心でギラギラと輝く物を見た。
やや丸みを帯びた三白眼だ。その金色の双眸は凄まじい光を放ち、目を逸らそうと思っても
無意識がそれを許さない。抗えず吸いつけられ、吸いつけられると感覚の何事かが緩やかに
消失していく──…
秋水の瞳から光が消え、彼は傀儡のごとく茫然自失と無銘を眺め始めた。
対する無銘の面持ちはやや疲労の色が濃い。
「我が龕灯によって変わり身を作ったのは、あくまで時間稼ぎだ」
汗をまぶして長い横髪をべたりと頬に張りつけ、頬も今は心なしかやつれている。
「墨壺をじつと眺め、或いは揺すり或いは回し、筆すら執ってあまたの図画を描くため。龕灯に
映りし映像は、つい今しがた見たそれらの映像なのだ。そう、これぞ……」
深いため息が漏れた。これだけ消耗を強いるわざとは……
「忍法時よどみ。──」
335 :
永遠の扉:2008/06/01(日) 14:20:38 ID:M/XttAGM0
金光の魔眼と暗黒の渦を見る秋水は、辺りから音声が消えているのに気づいた。
のみならず傷の痛みも消えている。手を焼かれ足を凍らされ耳を割られ脇腹を斬られたとい
うのに、痛みがない。体温もない。拍動もない。嗅覚も目に映る刀の手ごたえすら手にはない。
(幻術……)
足を踏み出そうとした秋水は、自らがそれを伝達せしめる能力すら失っているのを知った。
夢の世界の中ではしばし体を動かそうにもまるで動かぬというコトがある。それと同じだ。
足を上げようにも持ち上がらず、さればと金光の魔眼から目を逸らそうにも首が動かず。
(一体、彼は何を……?)
「忍法時よどみ……これは見た者の感覚を停止させ、名前の通り時をよどませるわざだ」
要するに一種の催眠術である。
「このわざを受けた者は停止した感覚とは裏腹に、自意識の時計針だけを先へ先へと進ませ
ていく。そうして一年、十年、百年、と徐々に激しく乖離する自意識と感覚のうち前者だけが相
対的に時の彼方へと放り出され、……精神はやがて老衰死を迎えるのだ」
本来は瞳から発する金色の魔力のみで行うわざでもあるが、しかし瞳術は遺伝的素養によ
る所が多く、無銘単体では使えない。よって彼は矢立の墨で秋水の眼を眩ませ、その定かな
らぬ視界の中で龕灯に映る異様な墨のうねりを見せた。そうして自意識を徐々に奪った上で
眼光を叩きつけ、あらゆる感覚を麻痺させたのである。
「貴様には百の小技より一つの大技がいいと思いつき、初めて使ったがうまくいった。さて」
無銘はシークレットトレイルの鍔を打ち鳴らした。
「放っておいても死ぬだろうが、果たして時よどみが功を奏しているか試したい」
金の刃が秋水めがけて放たれ
「真・鶉隠れ。これほど成否を試すのに適したわざもない──…」
剣風乱刃が吹き荒れ始めた。
気付けば投下量が11レスもあったので、今日はここまで。(それでも十分長い……)
>>312さん
>そこで桜花を選ばなかったら、もうそれは秋水じゃないとすら思う。
まさにそうだと思います! ただ、桜花をやっぱり一番に選びつつもまひろも切り捨てない
(恋愛的な意味じゃなく人間関係的な意味で)選択ができるほどの成長を、永遠の扉でさせれ
たらなぁと思ってもおりますです。ハイ。あとは桜花が一番に選ばれつつも、そっと秋水を諭し
てまひろに花を持たせれたら普通のお姉さんっぽいかなと。
自分の中の早坂姉弟像はこんな感じですね。うん。
>>313さん
なんだかんだでいつか気脈は通じると思いますよw しかしアレですね。
自分は必要な事項だけ描いてるのに無銘戦が全然終わらない! すいません。次回かその次には。
>>314さん
鍵は桜花ですね。桜花は「一人で立って歩けるように」と共依存を脱したがっていますので。
この辺りどうすればいいか、なるべく原作に沿った形で考えてみるしだい。
>>315さん
ありがとうございます。資料買いあさってぼつぼつと読んだのが幸いしたかもですw
ただやはり、漠然と資料から抜き出すのはその本書かれた人に悪い気がするので、いつかは
自分なりに直接取材したりノートにまとめた知識を使ってみたくもありますw
>>316さん
いやもう本当ぎゅうぎゅうですいませんw 特に前回などは説明すべき要素満載でもう……
でも布石とか前提条件とかを最優先しております。……あぁでも、やっぱり「遊び」の要素が
ある方がいいかもですね。うん。SSは面白くないといけませんので。
ふら〜りさん
そうなんですよ。「母上」の一言からあれよあれよと家族愛の少年に無銘がなってくれたので
自動人形時よりだいぶキャラが掴めてきた感じですw あとは根来と千歳でできないコトを、無
銘で展開する予定です。にしても秋水、いろいろ手加減せねばならぬのが大変。まだ敵三人いるのに。
337 :
作者の都合により名無しです:2008/06/01(日) 19:59:44 ID:1A85RN5C0
これだけ長いという事は思い入れのあるバトルなんでしょうな
前半の山場かな
スターダストさん孤軍奮闘だなあ・・
侍対忍者、剣術対忍術ですね。
山田先生の風魔忍法帳っぽい。
無銘はライバルキャラっぽく最後まで絡んできそうですね。
339 :
永遠の扉:2008/06/02(月) 17:39:26 ID:XYqqsG3B0
真・鶉隠れ。シークレットトレイルが敵の周囲を飛び交い斬り刻む根来のわざだ。
ところでこのわざ、武装錬金である以上、その飛刀の軌道は奇しくもかつて一線を交えた剛
太のモーターギアのごとく生体電流でインプットされているのではないだろうか? でなくば根
来は亜空間内でいちいち刀の没する場所へと走らなくてはならぬ。それは彼らしくない。
よって生体電流での操作であるというのが筆者の見解であり、総角も秋水もこの要領で放っ
たのである。無銘が使えるのは総角から伝授されたからだろう。
そしてその飛び交う刃、剣風乱刃は。
秋水の薄暗い視界の中でひどくゆっくりと飛翔していた。
金の光が眼前にパっと閃いたと思えばそれきりシークレットトレイルが中空で、ズズ、ズズ、
とナメクジより緩やかに動くのだ。かと思えば新たな金光が視界の横で閃いて、ふと気付けば
半透明にくゆる無数の光の帯が秋水の周囲に漂っている。帯の中にはまた無数の忍者刀……
足を動かせぬようにまぶたを閉じれぬ秋水だ。網膜は本来過大な光から防護してくれる筈の
シャッターを失い、ただ強烈な光の残像を焼けつけるばかりである。そんな無音のおぞましい
世界の中で彼はひたすら剣を動かそうと努めているが、しかしまぶたすら閉じれぬから動かな
い。ただしそう思う秋水の視界の中ではソードサムライXが水に沈むがごとく緩慢な軌道を描
いているからますます自意識を懊悩させる。動かぬ動かぬと思う体が剣を動かしている! だ
が視界の中でかように緩慢であれば果たしてそれは動いているか確証が持てぬ!!
彼の自意識が物事に対応しようとしているのに、停止した感覚はほとんどそれを受け付けな
いのだ。精神力で強引に感覚へ訴えかけても零がやっと一の速度になるばかり。
……こうしてますます自意識と感覚は乖離し、無銘のいう老衰死の待つ時間の彼方へと秋
水を運びつつある──…
一方、無銘の通常の感覚で捉える秋水は、当初こそその意識とは裏腹に流麗な手さばきを
見せていたが、徐々に徐々に目に見えて忍者刀を捌き遅れていく……
それも感覚と自意識の乖離あらばこそ。不調により処理速度が遅くなったパソコンが、文字
340 :
永遠の扉:2008/06/02(月) 17:40:08 ID:XYqqsG3B0
を入力されてもそれを表示するまでに十秒二十秒というラグを催すように、秋水は徐々に徐々
に外界への反応を送らせていくのだ。
ああ、忍法時よどみ、これは正に端倪すべからざる魔人のわざ!
確信の無銘は象牙細工のように白く濡れた奥歯が見えるほど大口を開け、哄笑をあげた。
「ふはは無駄無駄! 気迫激しい貴様といえど、本能に根ざす時の知覚までは自制できまい!」
シークレットトレイルは時よどみの成果を示すように秋水の手足をなますに斬り刻み、血しぶ
きを上げていく。果たしてそれが秋水にどう映っているか、想像するだに恐ろしい。
なお、無銘が心臓を一突きにせぬのは会心の出来栄えと称する時よどみの成否を見たいと
いう、術者ならではの好奇心に起因する。小札を守りたいと欲しつつもこの有利とこの術技の
素晴らしさに陶酔し、即座にトドメを指さぬのはやはり少年らしい未熟さだ。
とまれ果たしてこの術は無銘が欲するように秋水の自意識を時空の彼方で殺せるか?
ふむ、と無銘は手元に戻ってきたシークレットトレイルを掴んだ。生体電流で飛んでいる以上、
手元に一度戻して充電せねばいつか失墜するのは目に見えている。
さあ今一度、真・鶉隠れを放ち忍法時よどみの成否を見極める……
犬歯も露な凶悪な形相でニンマリと唇の端を吊上げた無銘であるが、何故かザラっとした敵
意を感じた。秋水に異変はない。すでにシークレットトレイルがなくなったとも知らず剣を振るい、
しかもその動きは出血のせいか感覚遅延のせいか、とにかく緩慢になりつつある。
だが犬の頃に『敵対特性』を発露していた無銘ならではの感覚が、間近からの敵意を感じて
やまない。
ここは総角の作り出した地下空間。秋水以外に敵意を降らす者はまず来ない。
(おかしい。我は何かを見落としているのではないか?)
時よどみ自体はほぼ完璧といえる。問題はそれ以前の戦闘だ。ひどく些細な挙措の中から
破滅が発端し、今まさに無銘へ降り注ぎそうな予感が芽生え始めている。
顎に珠のような汗すら滴らせ、無銘はひどい息苦しさにやきもきした。
(この違和感は……何だ? 落ち着け。我は有利。今さら時よどみが破れる筈も──…)
341 :
永遠の扉:2008/06/02(月) 17:40:51 ID:XYqqsG3B0
汗をぬぐった無銘は顎に手の甲を当てたまま、ピタリと硬直した。
龕灯が、反転している。
A4サイズ大のスクリーンを投影した龕灯の六つ全てが無銘に向き直って、例の墨が渦まく
映像を見せつけるよう見せているのだ。
(馬鹿な!! 我はかような操作をした覚えはない。なのになぜ!?)
と思う無銘に、うわごとのような声がかかった。
「見ろ……」
それは秋水の声である。自意識と感覚を乖離され外界への知覚を恐ろしく緩慢にされた筈
の彼が、まるで龕灯の異変を知ったように声を上げたのだ!
果たして無銘は秋水を見た。秋水に従ったというより戦闘中ゆえの自然な心理作用が出た。
絶大の自信を持つわざが綻んだのかと確認せざるを得ない心理が秋水を直視させたのだ。
だからあくまで「見ろ……」という声は最後の呼び水に過ぎぬ。
しかし無銘の意識を下記の映像から離れなくするには十分すぎる一言でもあった。
六つの龕灯が秋水を中心に浮遊している。線で結べば正六角形ができそうなほど整然と。
それらの前にある小さなスクリーンの中で、雨雲のような陰鬱な黒がくねっていた……
後はもう、無銘は秋水が先ほど見た龕灯の光景を追体験した。そして。
「見ろ」
再び声が響いた時、無銘は六つの絵の中心でギラギラと輝く物を見た。
気迫に釣り上がる切れ長の瞳だ。その青白く輝く双眸は凄まじい光を放ち、目を逸らそうと
思っても無意識がそれを許さない。抗えず吸いつけられ、吸いつけられると感覚の何事かが
緩やかに消失していく──…
疑うまでもなく忍法時よどみだ。それをなぜか返されている!
無銘はとっさに目を閉じようとした。だがその瞬間、龕灯たちは「ばっ」とその下部から光を
浴びせた! すると無銘の顔、肩、胸、腹、手、足にA4用紙大のスクリーンが現れ、墨の奔
流を渦巻かせつつ彼の体へと吸い込まれた!
(これやよもや敵対特性……? しかしなぜ……いや! まさか、まさかあの時!?)
秋水は無銘の蹴りを防ぐべく自動人形の首をつかんでいた。自動人形の体表には敵対特性
をもたらす魚鱗状の物体がある。体表というから当然首にもある。
342 :
永遠の扉:2008/06/02(月) 17:41:44 ID:XYqqsG3B0
(それをありったけ左手に掴み、刀に塗りつけたのか!)
その後彼は、左手でツツーっと刀身を撫でていた。無銘はそれを懐紙代りと片づけていたが
違うのだ。
秋水は自動人形から採取した魚鱗状の物体を塗りつけたのだ。むろん平素ならできぬが、
もとより血や脂が付着し、それを火傷まみれの手で拭われた刀だ。ろくに汚れが取れていない
ため、いわゆる「ぬめり」へ二ミリメートルの細かな物体を無数にまぶす位はできる。
そしてそんな刀が乱戦の最中で龕灯を斬った。
(つまり奴の狙いはおそらく我ではなく龕灯! 傷はかすった程度だが)
敵対特性要因を帯びた武器が武装錬金を傷つければどうなるか──…
それは無銘自身が一番理解している。
三分後に武装錬金の敵対特性が創造者に降り注ぐ、と。
龕灯が傷ついて以来、無銘は忍び六具の使用状況を指立てて秋水にあげつらった。その後
墨を彼に浴びせた。開眼するのを待った。龕灯を展開し、墨の映像を見せつけた。金の瞳で
じっくりと睨み据えた。技の概要をひとりごち、真・鶉隠れを放った。その様を眺め、戻ってきた
シークレットトレイルを手にした。最後に迫りつつある敵意を感じ、それを探った。
上記の作業は実に三分の間に行われたのだ。
そしていま、この時!
龕灯が、無銘の放ったおぞましい墨の映像が、無銘自身に敵対した!
意識をおぞましい墨の渦巻きが占めた! 音が消えた! 体温が消えた! 拍動も嗅覚も
目に映る刀の手ごたえすら消えうせた!
そしてかろうじて残った視覚の中で秋水が剣を振りかざしつつ緩やかに向かってくる。その
速度は恐ろしく遅かった。遅いが無銘の反射速度はそれ以下に鈍っている!
気づいた時にはもう遅い。猛然と距離を詰めた秋水の逆胴が、無銘の胸を一文字に斬り裂
いた。その損傷が降り注ぐ頃にはもう無銘の自意識は時空の彼方に乖離していたから、気絶
したのは或いは無銘自身の忍法時よどみのせいかも知れない。
──「奴と戦う場合は貴殿も一切手段を選ぶな」
──「(敵対特性の要因は)あの自動人形の体表から剥がれ落ちていると考えて間違いないわ」
──「ちょっとした着想で君の武装錬金も闘い方を変えるコトができる」
343 :
永遠の扉:2008/06/02(月) 17:43:29 ID:XYqqsG3B0
根来、千歳、防人の言葉を思い出しながら、秋水は刀を振りぬいた。
(戦士長たちの言葉がなければ負けていたのは俺の方。君は紛れもない強敵だった)
自動人形から敵対特性の要因を採取して刀に塗り、龕灯に潜り込ませるなどという芸当は
千歳が与えた知識と防人の教えた気構え、そして無銘の特異性あらばこそ。
そもそも無銘自身に敵対特性が及ぶ様を見ていなければ。
根来があらかじめ「手段を選ぶな」と忠告していなければ。
(俺は性格ゆえに「本体は敵対特性を免れる」と決め付け、この芸当を思いつきすらしなかっ
ただろう)
武装錬金は本体の闘争本能から現れる物。いわば本体の一部。一部であるから敵対特性
も適用された。
倒れゆく無銘。
単騎では決して倒せなかったであろう無銘。
彼の体を支えた秋水は、しばし思案にくれ──…
無銘が再び意識を取り戻したのは果たして何分後だったか。
彼は目覚めると気づいた。床へ仰向けに寝かされ、二つの核鉄を胸に乗せられているのに。
一つはシリアルナンバーXLIV(44)……つまり斗貴子の核鉄だ。自動人形の胴切りの余波
で、中心に一筋の大きなひび割れを催している。
左下のひびと欠けは左足切断の、左側半ばの微細なひびは左の五指切断の影響だろう。
一つはシリアルナンバーXIII(13)。無銘の核鉄だ。こちらも中央部に一本ひびが入り、微細
なひびがそこかしこに現われている。自動人形両断と龕灯損傷のフィードバックらしい。
(……立てないか)
体に力が入らぬのに気づくと、無銘は疎ましげに溜息をついた。
思えば自動人形を縦横に操った上に、龕灯まで発現し、一時はその二つを併用すらしてい
た。総ては小札を守るという執念一つで成したわざだが、振り返ればそれは無銘自身の精神
力のキャパシティを大きく超えた所業である。考えてみるがいい、形状の全く異なる二種の武
装錬金を一個人が発現できるコト自体すでに異常だ。にも関わらず無銘はそれを持ち前の特
異体質と執念だけで維持していた。精神力がどれほど摩耗したか察するに余りある。しかも、
344 :
永遠の扉:2008/06/02(月) 17:44:43 ID:qlJY0N+60
その状況で無銘は時よどみという術をかけ、且つ、返された。全感覚を奪われ自意識を時空
の彼方に放り出された。これで精神力は致命的なまでに損耗したというのに、更に胸までも
深々と斬られたのだ。
もはや無銘は傷の様子を確認するのも精いっぱいだ。もたげた首はひどく重く感じられ、今
にも倒れていきそうな感覚すらある。そうして見た胸の傷は核鉄の効果でやっと治癒が始まっ
たという所だ。
「目を覚ましたようだな」
かかる秋水の声に無銘はハっと驚愕を浮かべたが、すぐさま力を振りしぼり動かぬ腕で気息
奄々、自らの核鉄を掴み、武装錬金──…という掛け声を上げかけたが……
ふと、気絶したはずの自分が殺されず核鉄も奪われず、しかも秋水がこの部屋に留まってい
るという違和感に黙り込んだ。
そんな彼の枕頭に秋水は座り込んだ。ソードサムライXをそっと背後に置いたのは、攻撃の
意思がないのを示したのだろう。、
そんな彼を睨もうとした無銘は、秋水の背後彼方、ソードサムライXより数メートル先にシー
クレットトレイルが突き立っているのも散見した。
「約束する」
秋水は折り目正しい正座で無銘の目を覗きこんだ。
「小札の命は奪わない。極力傷つけないよう、一太刀だけで倒す。だからここを通して欲しい」
(それがいいたいがために留まっていたのか)
消耗に眩む頭で、それだけを何とか理解する無銘だ。
同時に秋水の表情から自分に対する共感と、それを破らねばならない苦悩を見てとった。
(気配から察するに嘘はついていないようだ)
自動人形を用い様々な欺きを行ってきた者だからこそ分かる機微もある。
(……口惜しいが戦闘を継続できるだけの体力や精神力がない。今から自動人形を発現し、
代わりに闘わせたところで本体の我が即座に倒されるだけだ。第一、自動人形一つで渡り合
えるなら……かような無様を演じる事もない)
そう、無数の技をふるい忍び六具を用い敵対特性すら縦横に巡らし、兵馬俑と龕灯すら併
用し、忍者刀をも行使してなお秋水は倒せていない。これを敗北といわずして何といおうか。
(仕方ない)
無銘は渋い顔でしばらく黙ると、返事代りに核鉄を投げてよこした。
345 :
永遠の扉:2008/06/02(月) 17:46:07 ID:qlJY0N+60
「……約束するというならば、核鉄と割符はくれてやる」
血色と力の失せた半死人のような手が、忍び装束の大腿部のポケットにふらふらと伸びた。
「おそらく師父も貴様の心情を踏まえ、この部屋に捨て置いたのだろう。母上への思慕につい
て師父は我以上……。あまりだらしない態度を取るのは頂けないが、その師父が母上の戦い
を黙認したというなら我は部屋を通すのみ」
やがて無銘がひゅっと割符を投げた。それを受け取った秋水は軽い安堵と罪悪感を浮かべ
つつ、何かをいいかけ……
「ただし!」
無銘の声とその手から迸る光に言葉を遮られた!
シリアルナンバーXLIV(44)の核鉄! それがいつの間にか無銘の手にあり発動したのだ。
とっさに秋水が背後の愛刀に手を伸ばしたのもむべなるかな。彼は自動人形が向かってくる
のを瞬間的に想像した。無銘にこれ以上の害悪を加えるつもりはないが、しかし攻撃を防がね
ばどうにもならぬ。
「先ほど我が自動人形が与えた敵対特性。それは武装解除とともに失われただろうな」
陰鬱な声の中、秋水は見た。
「だが最後の力で今一度呼び起こす。戦術的敗北が不可避なら戦略的勝利を目指すまで」
六つの龕灯が浮遊し、それら総てが彼の背後を照らすのを。
「まさか」
予感を覚え、血に汚れた髪も乱しながら秋水は振り返った。
そこではソードサムライXに龕灯の光が浴びせられている。切先から茎尻、果ては下緒や飾
り輪に至るまで万遍なくだ。例のA4サイズ大のスクリーンにはうねうねとうねる魚鱗のような
物体が映されている。
「これは自動人形体表から剥がれる敵対特性の要因。そして龕灯の特性は性質の付与……」
秋水は刀身に吸い込まれるスクリーンを唖然と見送り、無銘は枯れ声でしかし朗々と述べた。
「そうだ。いま、龕灯により貴様の武装錬金へ敵対特性の性質を付与した!」
見よ。青い刀身に姿を映しながら緩やかに秋水の周りを漂い始める六つの龕灯を。
それらは秋水の周りに浮遊して、反時計回りに周回を始めた。恐らくどこまでもまとわりつき、
ひとたびエネルギーを吸おうものなら先ほどのように爆ぜて秋水を苛むのだ。
「重ねていう。部屋自体は通してやる。それが師父の考えであるならば従おう」
346 :
永遠の扉:2008/06/02(月) 17:47:40 ID:qlJY0N+60
通す、と無銘はいうが次の相手は壊れた物をエネルギーでつなぎ合わせる小札零だ。なら
ばこれほど憎々しくも危険を孕んだ通行許可証もない。
(次の戦い、一筋縄でいかなくなったな……だが)
──勝つ!! 俺はここで負ける訳にはいかない!!
秋水の胸に去来したのは、カズキを刺した時の記憶である。助けようとしてくれた者を秋水は
刺した。そういう咎を持つ者が、説諭しようとした相手から今のような姑息ともいえる手段を浴
びたとして文句はいえないだろう。
「唯々諾々と貴様の素通りを許したとあっては今の戦いそのものが無意味……! 我はただ
母上が有利に戦えるよう努める。例え我が身が刻まれ芥がごとき欠片になろうとも、役目は生
ある限り全うする!」」
無銘の叫びに秋水はただ寂然と耳を傾けた。
「……殺したくば殺せ。母上の傷つくさまを黙って見逃すぐらいなら、我は死を──…」
「どんな手段を使おうと大事な存在を守りたいという気持ちは分かる」
ひどい沈痛を帯びた遮りに、無銘は不覚にも咆哮をやめた。
「君が小札を大事に想うのなら、小札にとっても君は大事な存在である筈だ。……俺は一度、
そういう絆を引き裂きかけた。だからもう二度と同じ過ちは繰り返したくない」
龕灯を纏った秋水はすくりと立つと踵を返し、出口へと向かって歩いて行く。
「敵対特性は甘んじて受ける。だから自害は選ぶな。選べばその分小札が不利になる」
勝利したというのにひどく寂寥を帯びた背中だ。無銘は一瞬たじろいだが、力なく首を振ると
吐き捨てるように呟いた。
「……敗北は認めてやる。だが貴様自身を肯定できるとは思うな。敵対特性は断じて解除せん」
「承知の上だ。しかし君は昔の俺に似ているんだ。仕打ちは受け止めて然るべき」
目先の勝利のために人を背後から刺し、忘恩を働いた秋水なのだ。
彼は瞑目し、まひろと、そしてここで初めて斗貴子の顔を想起した。
秋水の武装錬金に敵対特性を付与した龕灯は、斗貴子の核鉄から発動した。それは因果と
いえば因果であろう。まるで彼女自身が秋水を責めているようである。
歩を進めた秋水は開眼し、ぴたりと歩みを止めた。
木床につき立つシークレットトレイルがある。彼は迷わず引き抜き……
347 :
永遠の扉:2008/06/02(月) 17:48:32 ID:qlJY0N+60
「俺は贖罪をするために最後まで戦い抜かなくてはならない。だから」
扉に向って力強く足を踏み出した。
「このまま前へ進むのみ」
「…………」
苦渋満面の無銘から意識が薄れ始めた。龕灯の発動が引き金になったらしい、
「覚えておけ。次は母上が相手。一太刀の約束などもとより当てにはしてないが」
彼は土気色の面頬に皺すら浮かべ、秋水を厳然と睨み据えた。
「殺さば、殺す!!」
その言葉を最後に……。
かつて人間形態になれなかった犬型ホムンクルスの少年忍者は気絶した。
龕灯はそれに合わせて一瞬ジジっと輪郭を歪ませたが、すぐに元の形状に留まった。
(意識を失いながらも先ほどのように解除されない…… それほどの想いで発動したのか)
よほど小札を慕っている無銘を振り返り、秋水は念を押すように呟いた。
「一太刀か、できれば傷つけずに倒す。彼女は姉さんを傷つけたが、同時に回復もした」
もし桜花がなます斬りにされて倒されるのは耐えがたい。無銘の心情は秋水のそれだ。
(多くて一太刀……必ず守る)
秋水は粛然と頬を引き締めると、次の部屋に向って走り出した。
即ち。
鳩尾無銘。
敗北。
(残りは三名。ダメージを受けすぎたが……進むしかない)
まさに満身創痍の剣士が朽ち板まみれの通路を走りだしたその五分後──…
浅く目を覚ました無銘はその幼さの残る瞳をいっぱいに開き、寂然と天井を眺めていた。
「古人に云う…… 『鶏』は『稽』なり。よく時を稽(かんが)えるなり」
鶏は夜明けと共に鳴く。だから時間の流れをよく知っている。
とは十六世紀末に中国で編纂された一大薬学書「本草綱目」にみられる記述だ。(なぜ薬学
書に鶏の記述があるかというと、これは博物学書の意味合いも強いからだ)
そもそも「稽古」の「稽」とは「考える」という意味があり、総じて「稽古」の原義とは「いにしえ
をかんがえる」である。つまり「温故知新」と同じ考え方とみていい。
348 :
永遠の扉:2008/06/02(月) 17:49:19 ID:qlJY0N+60
話が逸れた。
無銘の属するザ・ブレーメンタウンミュージシャンズは日本語に訳せばブレーメンの音楽隊
だ。そしてこの童話に出てくる動物は、ロバ、犬、猫、そして……鶏である。
ロバは小札で犬は無銘。猫は香美。ならば鶏は誰なのか? 貴信? 総角? いや──…
「……そろそろ出てきたらどうだアホウドリ。『よく時を稽え』そこにいる副長鐶光」
「ニワトリ……です。あくまで基盤(ベース)は……」
目を閉じて無愛想に呟く無銘に呼応して、梁からふわりと舞い降りた黒い影である。
「無銘……くん。人間形態になれて……おめでとう」
「今の様からすれば皮肉にしか聞こえんな。まあいい。謝辞は渋々ながら受けてやる」
「……嬉しい、です」
「だ、黙れ。勘違いするな。貴様が我より遥かに強いから犬として従わざるを得ないだけだ!
そも、貴様が我に加勢していれば、かの馬鹿げた特異体質とやらで奴を一蹴できただろうに」
「それは……命令違反、です」
「貴様は忍法帖でいう無明綱太郎だな。強いが性格破綻者。組むには最悪の相手」
フンと鼻を鳴らすと、無銘は非常に不愉快そうに呟いた。
「ゆえに貴様に比べればまだタヌキの置物の方が良いというもの。何故ならばアレは俗にいう
美少女フィギュアであり、ひどく可憐で可愛らしい。貴様などと違ってな!」
やや異常な認識である。もっとも鐶は気にした様子もなく腰の前から何かを取り出したが。
「ビ、……ビーフジャーキー、食べます? 私は……絶食中なので無理、ですが…………」
「おうとも! ……ハッ!」
寝ながらしっぽを振りかけた無銘は、顔をさっと赤黒く染めてそっぽを向いた。
「さ、さっさとやれ。無様な姿を貴様に晒すぐらいなら、潔く失せてやる。ビーフジャーキーもい
らんからタヌキの置物はちゃんと師父の元に届けろ。割ったら……殴る!」
「……はい」
言葉が終わるか終らぬかのうちに、鐶の投げたキドニーダガーが無銘の首にふかぶかと突
き刺さり、やがて彼は粘液に塗れる衣服の上でホムンクルス幼体へと姿を変えた。
「リーダーからの伝達事項その四。敗北者には刃を。私の回答は……了解」
やがて鐶が部屋の隅から置物を運び出すと、忍者屋敷が闇へとゆらゆら溶け消えた。
てな訳で無銘退場。長かった……
やっぱり思いつきで忍法を満載するものじゃないですね。
ましてそんな相手に刀二本で立ち向かわせるのなんてもっての他。
でもやっぱり忍法帖は素晴らしい! 読んだコトのない方には
「甲賀忍法帖」「忍者月影抄」「信玄忍法帖」あたりがお勧め。
ちなみに信玄忍法帖での時よどみの破り方、永遠の扉よりもすごく理不尽です。
それから無銘の偽キャラクターファイルをば。
http://grandcrossdan.hp.infoseek.co.jp/long/tobira/mumei.jpg >>337さん
事前の予定とは裏腹に、調べたり考えたりでなかなか思い入れが出たバトルでしたw
山場かどうかは分からないのですが、読んでる方が面白いと思ってくだされば山場かと……
>>338さん
いつか何かの拍子でいろいろな方が投下してくれるようになりますよ。きっと。
で、この稿はまさに「剣術対忍術」。なるべく剣だけで対抗するよう気をつけてみました。ライバ
ルといえばベジータなので今回の最後でちょこっとその要素をばw
バトルでの手強さとキャラクターファイルでの落差が激しいな、無銘w
スターダストさん乙でした。今回のバトルは特に趣味に走っていたようでw
ノリノリで書いてらっしゃるのがわかって楽しかったです。
351 :
作者の都合により名無しです:2008/06/02(月) 20:52:31 ID:Xp5vUu+z0
スターダストさん一気書きだなあ
この戦い、よほど思い入れがあるんだろうなあ
無銘というキャラに思い入れがあるのかな
352 :
作者の都合により名無しです:2008/06/03(火) 12:46:44 ID:4D9tv5EP0
以外と無銘可愛いなw
残り三名のバトルは流石にこれほどのボリュームは・・・と思うが
スターダスト市の事だから油断できないなw
助っ人もそろそろ現れそうで楽しみだ。
ブレーメンの音楽隊ベースだったのか、オリキャラは。
354 :
ふら〜り:2008/06/03(火) 20:34:36 ID:OztK0Trp0
>>サナダムシさん
原作では死刑囚中一番好きなスペック(本作ではシコル)がライバル役とは嬉しい。あと
ヒロインの年齢が良い! 十代の美少女ではなく、この二人が奪い合うに相応しい女性
を、ちゃんと原作から見繕って。こういう土台があるから、破天荒さも活きるんですよね。
>>スターダストさん
敵の力、そして自らの流血をも武器にして。そして無銘には逆らいようの無い一撃を加えて
>選べばその分小札が不利になる
完勝。ここまでされても、タイマン張ったらダチじゃ的な感情が見えないのが無銘の小札への
想いの強さか。で彼の「母上」連呼で、私まで小札への印象が膨らみました。母性にも萌え。
355 :
作者の都合により名無しです:2008/06/04(水) 13:39:48 ID:+Vo6OeM90
サナダムシさん、スターダストさん、さいさんの連載が終わったらどうなることか
ハロイさんやハシさん早く復活してくれないかな
銀杏丸さんでもいいから
さいさんなぁ・・・
連載停止らしいからなぁ・・・
中止じゃないと思うけど・・・
357 :
作者の都合により名無しです:2008/06/08(日) 21:02:22 ID:ilQAiyyB0
マジでやばいな
です
http://www25.atwiki.jp/bakiss/pages/469.htmlの続きです 「さて、ギガース。
貴方は今ここに呼ばれた理由がわかっているでしょうか」
もったいぶった物言いとするときは、大体がニコル自身好まない仕事をする時なのだ。
祭壇星座の聖闘士としてではなく、現在聖域を取り仕切る教皇代としての顔を、
ニコル自身は好きではない。
元々ニコルは、組織の中でこそ生きる官僚型の人間なのだ。
ニコルが組織を運営する立場に立つ場合では、
どうしてもという場合を除き、現状維持以上の行動を好まない。
故に、その煮え切らない態度を好まない聖闘士も少なくない。
嘗てサガが政権を掌握していた時期においてさえ、
彼はあまり人望のある聖闘士ではなかった。
今もその状況に変化はなく、ギガースの召喚という事態において、
彼の横に控えるのは、聖域外部支援者のマース・ヒューズ元諜報中佐と、
白銀相当位聖闘士・髪の毛座コーマの盟だけなのがその証左ともいえる。
これが猟犬座・ハウンドのアステリオンあたりなら、
彼が望まずとも弟子や同僚が着いて来るのだ。
「…」
ギガースの答えは、沈黙。
それが、状況を十二分に理解した上でも沈黙であることは明白だった。
「理解しているようですね。
聖域の内部資料改ざんの件、申し開きがあるのでしたらなさってくださってけっこうですよ」
ニコルの棘のある言葉に、すこし、いいかの?と前置きして、ギガースは語りだした。
「わしは、知ってのとおり聖衣をさずかってはいない。
聖闘士としての才は、聖衣を得た者に勝りこそすれ、劣る事は無いとおもっておったがの。
わが師シオンは、そんなわしを何くれと無く目をかけて下さってな、
聖域の裏方として長年師の助けとなるべく働いてきた。
そう、わし自身が本性を忘れてしまうほどに、熱心に」
だが、と切る。
「それも、十七年前のアテナ降臨までじゃった…。
アテナがこの俗世に降り、にわかに聖域が活気付いた頃かの?
あの二人が聖闘士となったのは。
サガもアイオロスも才気あふれる若人だった」
その口ぶりこそ、昔日に想いを飛ばす老人そのものだったが、
緩やかに熱を帯びる口ぶりは、三人に不審感を抱かせずにはいられなかった。
「しかし、サガはその才気を御しきれんかった。
アイオロスはそんなサガを処断するには情が深すぎた。
二人とも、教皇シオンの後継とも言うべき立場でありながら、な」
そこで、この場にはそぐわぬふてぶてしさしさすら滲(にじ)ませた笑みが、
ギガースの口髭に隠れた口元に刻まれていた。
「わしは、思い出したのだ。
…いや、違うな。
わしが、わし自身が忘れようとしていたの本性は、
若い才能が潰え、歪みゆくその姿を見ながら歓喜に震えていた」
怪訝な表情をするニコルとヒューズを見ながら、盟は一人静かに両の掌を開いていた。
「ああ、これで戦力が減った。
ああ、これで我が真の主もお喜びになるだろう、とな」
熱を帯びた口調で語られた内容に、ヒューズは唖然とし、
ニコルは聖闘士でありながらも呆気にとられていた。
「そうさ、このわしが聖闘士の証たる聖衣など纏えるはずがない!
なぜならわしは…」
噛み付くように吼えたギガースは、そのまま炎を掴んだ拳を振り上げてニコルに踊りかかった。
「巨人の尖兵なのだからな!
我が主の為!その命もらった!」
その場に、もし盟がいなければその意思は遂行されていただろう。
鉄壁という言葉すら生ぬるい黄金の意思を師より受け継いだ盟にとって、
アテナに、城戸沙織に対する造反を、敵対を行う者を看過するという選択肢は存在しない。
己の道を裏切るなかれ、
己の主を裏切るなかれ、
そして己の信じた者を裏切るなかれ。
盟の師・キャンサーのデスマスクが生涯貫いた黄金の意志は、着実に弟子へと受け継がれていた。
━━やらせねぇよ━━
盟の意思は右手から伸びる極細の糸へと伝達され、
教皇代行ニコルと、その傍らのヒューズを守るべく展開。
極薄のヴェールが即座に彼らの前に編み上げられ、ギガースの炎の拳を防ぐ。
二人を守ったヴェールは即座に解され、ギガースを捕らえんと毒蛇のように彼の頭上から雪崩落ちる。
しかし、ギガースは炎の拳で糸を焼き払う。
ちらちらと宙を紅く舐めた糸の群れは、ギガースに後一歩のところで消えていった。
「糸くずごときで巨人の歩みを止められるとでも思うたか!若造!」
敵の最大の武器を奪った安堵からか得意げに言うギガースだが、
その顔は瞬時に驚愕へと塗り換わる。
「ぬかったな、ジジィ」
盟の左手から伸びた糸が、ギガースを拘束していた。
「さて、ギガース。
貴方は今これから何をされるかわかっているでしょうか」
先ほどのニコルの台詞を声色まで使い、盟をぎりぎりとギガースを締め上げる。
苦痛からか、教皇代行暗殺失敗のためからか、彼はうつむいたままだ。
盟という男は、星矢たちとおなじ城戸光政の百人の子の一人だ。
だが、彼はただの百分の一ではない。
城戸家正嫡として養育され、城戸家・グラード財団を背負うべくして育てられたのである。
しかし、彼の本分は善と理性にあり、城戸光政が百人もの子を作った事も、
その子らを聖闘士などという訳の判らないものにすべく、
虐待じみたトレーニングを行った事も決して看過出来るものではなかった。
故に、自ら志願して城戸家正嫡としての立場を捨て去り、聖闘士としての修行地に赴いたのだ。
蟹座・キャンサーのデスマスクに師事し、
師の死後に髪の毛座・コーマの聖衣を得て聖闘士となった彼であったが、
聖戦に参戦できず、兄弟たちに屍山血河を歩ませたこと、
「妹」沙織の非常の宿命の一助になれなかった事を悔いぬ日々はなく、
それが転じてアテナに最も忠誠深い聖闘士として今の聖域に名を知られていた。
その盟が自身の目の前でアテナ城戸沙織が聖域における教皇代行として、
直々に任命したニコルを暗殺せんと凶刃をふるったギガースに容赦など仕様がなかった。
「話せ。
洗いざらいな。
でなくば四肢を一本づつ切り落とす」
盟の声音に、一切の情はなかった。
「のぉ、盟。
このワシに構っていていいのかのぉ。
このワシ一人に、のぉ」
先ほど同様のふてぶてしい笑みのまま、ギガースがそんなことを言った。
同時に、教皇の間に聖域を揺らす爆音が響き渡った。
「くくく、ワシなぞ、ただの囮にすぎぬのよ。
たった一時でも聖域頭脳陣を留める為の、な。
さぁ、急げよ盟。
お前の大事な聖域が陥落するぞ?
十二宮に黄金聖闘士なく、聖域の聖闘士は若輩に未熟者に戦闘未経験者ばかり…。
さぁ、どうする?」
盟の、ニコルの、ヒューズの背に、冷たい汗が流れた。
秋葉原通り魔事件で亡くなられた方々の冥福を祈ります。
秋葉原はもはや形骸といわれて久しい昨今ですが、
学生時代はそれなりに行った事のある思い出の場所だけに
ただ悲しくただむなしくてしかたありませんでした。
お久しぶりです、銀杏丸です。
こんなボクの連載を待っていた方、まことに申し訳ないです。
「無題」の方を更新したかったんですが、長いこと戦闘神話ほうりっぱなしな事に気がつきまして…
今回出張ってます盟は聖闘士星矢小説版ギガントマキアに登場したキャラクターで、
助祭長ニコルと同じ出典です。
我等がデスマスクの弟子という点も、髪の毛座の聖闘士という点も同じですが、
銀杏丸アレンジしております。
ちなみに小説版書いてる方はジャンプノベルの常連者だったりします
では、またお会いしましょう。
366 :
作者の都合により名無しです:2008/06/10(火) 17:40:54 ID:8MvYTHS60
おお銀ちゃんお久しぶり
なんかあんたが救世主に見えるよ
ギガントマニアはしらんけど、ロストキャンバスで
カニ復権がされた今、カニ絡みのネタはうれしい
銀杏丸さんおかえり!
また活躍してくれると嬉しいな。
368 :
作者の都合により名無しです:2008/06/10(火) 21:28:58 ID:L3b8cxhD0
むう、マニア過ぎて出てくるキャラがよくわからんが
オリキャラって訳でもなさそうだ
とにかくお帰り銀杏丸
あまり更新出来ない方が2つ同時連載するとアレだから
まずどちらか1つだけを進行させてほしいな
復帰age
153から
「…本拠地…」
「そうさ、また行きたいんだが度忘れしてな。全く嫌になる」
エキドナを抱えたまま、スヴェンの悪意に満ちた三文芝居が彼女の心の襞を掻き分ける。
本来なら拷問されても言えない事だが、酩酊と二枚舌が静かに秘中の秘を自白さすべく彼女を促していった。
「あれは…ええと……何処だったか…」
「何だ、お前も忘れたのか。いいさ、特徴だけ言ってくれてもいい。近くに何が有った?」
今や彼女の眼前に居るのは憎い敵ではなく、本当に親しい過去の誰かだった。だからこそ口をつぐむであろう言葉にも
真剣に思い出そうと考え込む。
「あれは………」
「あれは?」
彼女の顔を覗き込む。それは、ただ親しみを深くするだけの演技の筈だったが……
「…………ファルセット」
エキドナの瞳に映った巨大な黒影。
咄嗟にスヴェンは彼女を離し、背後に転がると同時に――――、先刻までの彼が居た場所を破壊する豪腕。
「!?」
だがその後降りた体の巨大さと、羽の様な優しさで降り立ったのが距離を取った彼に目を剥かせる。
その黒い怪物は地に足付ける一瞬でエキドナを抱え上げ、その肩にごく自然に乗せていた。それも、着地の衝撃を彼女に
伝えないようにだ。その手管だけで、見掛け倒しで無いことが充分窺がえる。
「……そうか、お前がリンス達が言ってた黒コートの怪物か」
状況の通例で拳銃を向けるが、意に介さない事はスヴェンも承知していた。どう見てもこれ相手には大砲辺りが要る。
「…スヴェン=ボルフィード」
案の定、彼もスヴェンの名前をそらんじているらしい。だが次の台詞が、一気にスヴェンの興味を向ける。
「………貴様は恐ろしい男だ、或る意味黒猫(ブラックキャット)以上かも知れん」
「――――ほう? 何故だ。セコい騙しで自白(ウタ)わせようとしただけなのに」
怪物の口元にかすかな笑み。ゆっくり立ち上がるとまるで小山の様だが、それを見るスヴェンには怯みの類は無かった。
「説明させるつもりか………良いだろう。
まず貴様は、エキドナが重要な情報を握っていると確信していた……違うか?」
「それは邪推だ、俺はただ『知ってれば良いな』程度の気持ちで訊いただけさ」
弄う様な反撃。しかし怪物の弁舌はその程度では止まらない。
「貴様はエキドナの心情と道を把握していた。そして考えていた筈だ、『自分が彼女を使うなら何をさせるか』をな。
それを統合した結果、組織の深部に食い込んでいる事を読み…開口一番本拠地を訊いた。絶対に知っていると言う事を
判っているからだ」
「……悪い奴だな。仲間のピンチを静観してたのか」
スヴェンの唇がまるで毒を塗った曲刀の様に吊り上がる。
……事実スヴェンは考えていた。彼女の道とやらなら、ノーチェックでジャンボ機内に爆弾でも化学兵器でも持ち込めるし、
公的なルートを使って核弾頭の運搬や、常識外の暗殺――例えば、豪華客船内で砲撃――も可能だ。
不可能と思われる仕事が可能な以上、組織のトップエージェント辺りが妥当だ。逆にそう使わない事は愚かとしか言いようが無い。
「そして此処からが、最も恐ろしい所だ」
怪物の言葉に重みが加わる。彼にも確信があるからだろう。
「貴様は………我々とクロノスを全面戦争に仕向けるつもりだった」
……それを聞いたスヴェンは…………呆けた様な目で怪物を見る。だがそのすぐ後、くす、と唇が吹き出した。
「それは飛躍のしすぎだろう。お前の頭を疑うぜ、突拍子が無さ過ぎてな」
「俺は確信で物を言っている、それに冗句は嫌いだ。
………俺も貴様になって考えてみた、『得た情報を最も効果的に生かす手段は何か』をな。
すると、だ……俺にはクロノスに本拠地の情報を流す事しか思い付かん」
そのくだりで、スヴェンの嘲笑が面を剥いだ様に消える。それは無意識の肯定でも有った。
「何故か、と言うとだ、それが我々にとって最もダメージの大きい事態だからだ。
それで完全に潰される…とは思わんが、星の使徒が痛手を負うのは確かだ」
「憶測の域を出ないな。それに、『恐ろしい』に当たるとも思えないがな」
冷静に返される論撃にも、怪物は動じない。
「だがこれだけ仕出かす貴様ほどの男が、全面戦争が起こる事も、それで及ぶ被害を考えんとも思えんのだ。
貴様は把握している筈だ、それによって生じる多大なる犠牲を。そしてそれを承知で、リークする気でいたな?」
……確かに総力戦で行けば、互いに生じる被害は恐ろしい数だろう。星の使徒側の規模は判らないが、それでも恐らくは万単位な筈だ。
それを許容して敢行しようとしていたスヴェンは、大量殺人を働くも同然だった。
「貴様は悪意に満ちている。ともすれば世界を根底からひっくり返すほどに。
…クリードと実に良い勝負だ、やつの側に居る俺が保証しよう」
静かに、そして淡々と零れるそうとは思えぬ非難。しかし、
「だから何だ」
返した言葉は、再び嘲笑にまみれていた。
「デカいの、良い事を教えてやる。
俺みたいに組織のバックアップが無い奴は、手段を選ぶ暇なんて無いのさ」
「…その為に多くを巻き込んでも良い、か。まるで独裁者だな」
怪物に銃を向けたまま、器用に片手で煙草を取り出し火をつける。
「どうせ死ぬのはクロノスの私兵だ。普通の奴には秘匿目的や戦力不足で任せられん。
こっちは奴らに散々舐められた真似をされてるんでな、そのくらいのリスクは負ってもらわんと困る。
『悪いことしたらお仕置き』は、世界の常識だろうが」
「貴様等がそれに含まれないとでも?」
辛辣な怪物の返しにも、紫煙の含笑をさらけ出した。
「……それ≠受けるのは、俺だけって話さ」
馬鹿にした様な嘲笑だが、それをさせるのは損得や生死を超越した覚悟だ。
「死んで良いのも、救いようが無いのも、全部俺だけだ。他の奴ら………トレイン達にこれは関係無い。
俺がISPOを離れ、独り野に下って得た結論は…『綺麗事だけじゃおっ付かない』だ」
其処まで言っている彼は気付いていない、既に本性を隠す笑みを止めている事に。
銃口と同様真っ直ぐに、その眦(まなじり)は非難する怪物を捉えて離さない。
「俺は大切な物を守る為だったら何だってやる、それがあいつらに嫌われる行為でもな。
その俺がクロノスに仕返しして星の使徒を潰す為には、もう犠牲を厭う暇なんぞ無い。俺の命と全精力を掛けてでも、
この腐れた喧嘩を調律して噛み合わす。後顧の憂いを根こそぎ断つまで徹底的にだ」
この男に有るのは悪意だけでは無い、それによって生まれる全てを受け止める覚悟も持ち合わせていた。
今此処に立っている事が、それを頑健に裏付けている。
「俺に言わせれば全ての正義は悪意の上に成り立っている。英雄が悪王に振り下ろす剣に、悪意が無いとは言えんだろ?
逆に言って、真の正道を貫くには悪意と覚悟が不可欠だ。『大輪のバラは牛糞で咲く』とも言うぜ」
……この男は想像以上に深い、多大な犠牲が出ればそれを何もかも受け止めるつもりなのだ。
そしてだからこそ、常人を超えた行動力が有るのだろう。
「…一つ訊きたい、エキドナはこの後どうするつもりだった?」
「決まってるだろう、こっちに引き込む予定だった。
それだけの事態を作ったヤツを、お前らのボスが許すとも思えんからな」
…更に、敵のケアまで考えていた。彼女は気付かないだろうが、実は戦う前から敗けていたのだ。
「どうやら貴様は、俺が思うよりずっと恐ろしい男の様だな」
滑り出た怪物の言葉には、かすかに嬉しそうな笑みが含まれていた。
「何が恐ろしいか、俺にはさっぱり判らんね」
「恐ろしいさ。このエキドナを、勝つどころか助ける余裕まで有るのは凄まじいの一言に尽きる」
だが、声調とは裏腹に空いた手が懐から大砲を抜き出すと、ゆっくりとスヴェンに構える。
「俺は貴様の様な男……嫌いでは無いぞ。近年稀に見る真の闘士だ……それだけに惜しいがな」
拳銃対大砲―――どう見てもスヴェンに勝ち目は無い。
「さらばだ。貴様とは、出来る事なら同志として会いたかった」
「……それは性急過ぎやしないか?」
再び唇に悪意の微笑。しかし、彼が卓越した策士でも眼前に有る砲口には無力だ。
「逃れる手立てが有るとでも?」
「勿論無いさ。だが、考えてみろ。
お前は俺を恐ろしいと言った筈だぞ。その恐ろしい俺が、何で無防備にも近い形でただ話をしてるんだ?」
その時、怪物のアクティヴソナーが後方に敵影を捉える。
咄嗟に砲でエキドナと頭部を庇うと、その上からライフル弾の乱射が火花を散らす。
「!? …な…?」
そしてエコーロケーションで画像を脳内に結べば………其処に居たのは見覚えのあるスーツの集団。
間違い無くそれは、先刻市庁舎で殺したクロノスの私兵と同じ服装だ。
「貴様…ッ…まさか…!」
「おっとっと、別に奴らと組んだ訳じゃない。ただ此処の時計塔からお前らの兵隊を狙ってた時、たまたま見つけたんでね」
スヴェンが悪意と共にエキドナを顎で示す。
「彼女が暴れれば、その跡を手懸かりに来るんだろうと思ってな。で、派手にやらせたって事さ」
………全て彼の思惑の範疇だった。話に乗ったのはただ単に時間稼ぎだ。
「動くな化け物!」
弾けんばかりにナイザーが手で号令を掛けると、飛得物が次々と怪物へと向けられる。
「すげ…何だよあの得物」
「あいつ三メートルは有るぞ…効くのかよ、こんなモン…」
「泣き事言うな! 第二射構え!」
怪物がそれに注意を払わねばならなくなったのを尻目に、スヴェンは悠々と射界から逃れる。
「さてと、どうするデカいの? お前さんが強いのは判るが、俺に構ってる暇が有るかな?」
「……食えん男だ。これでは流石に撤退せざるを得んな」
戦闘不能を一人抱えている以上、此処に踏み止まるのは得策では無い。
「もう一度言うが、貴様とは同志として会いたかった………出来れば、この身体になる前に」
そう言った瞬間―――――ほぼ無動作で巨躯がその場から弾かれた様に跳んだ。
アウトラウンド達が呆気に取られる中、天高く跳び上がった怪物は建物の屋根に降り立ち風の様に走り去っていった。
「逃がすな! 行くぞ!!」
ナイザーと共に一斉に駆け出す黒服の集団。その進む先にスヴェンが居るが、誰一人構う事無くすれ違う。
――――だが彼らの進撃を、突然鳴り響いた銃声が呼び止めた。
振り向くと其処には、背中を向けて未だ煙を吐く銃を天に構える白スーツの男。
「…一つ言っておく」
淡々と零れる声、自然な背中、一聞一見しても其処から感情は読み取れない。しかし、だからこそその根底に渦巻く怒りが強調される。
「……俺は今回…はっきり言ってクロノスに腹を据えかねてるぜ」
それを一つ言い残して、彼は手近の路地へと消える。
………場に居る誰もが、いたたまれない気分だった。
あの男は知っていたのだ、彼らがこの場に居ると言う事が一体どう言う事なのか。
怪物がすぐさま逃げ出した事から、恐らく自分達は罠に使われていたのだろう。其処まで考える男が本来なら意趣返しが出来た所を、
それをせず怒りを飲み込んで利用したのだ。その鋼の様な自制力に、ナイザーは身震いする。
「No1……やっぱり、これは…」
『何をしているのですか。その怪物は星の使徒の手懸かりなのですよ、急いで追いなさい』
インカムから零れる静かな叱咤に、ナイザーは頭を悩ませた。
『今オペレーターに衛星で追尾させています。それに従って追えばいずれこちらとも合流するでしょう』
敵を追い込む為敢えて二手に分かれたセフィリアの声が、彼を泥沼に追い込んでいく。
だが今は正直その事にほっとした。もし此処に彼女が居ればあの男とて自制出来まい。
気付いている筈なのだ――――マリア親子を保護の名目で確保する事に。理由は勿論、彼を介してトレインを従わせる為だ。
『それと、例の奪取作戦は一時保留します。あの男を刺激するのは、どうやらなかなかマイナスになるようですから』
その僅かに情の見える指示に、一瞬ナイザーの心から重さが和らぐ。だが彼は知らない。
彼女が、衛星を介して先刻の会話を聞いていた事を。
スヴェンは奔っていた。発信機モードの携帯を見ながら一直線に。
何と言うことか噴水広場にトレインとリンスが居て動かない。更に、それとは別の発信機を見ると、イヴまでが其処で動かない。
(まさか………無事なんだろうな)
先刻がまるで嘘の様に、彼は不吉な想像に心を逸(はや)らせていた。
悪意を貫くのも、手段を選ばないのも、全て仲間の為だ。そしてまず疑って掛かる頭が、彼らの勝利を安易に想像させてはくれない。
(頼む…無事で居てくれ)
勿論所在が確認出来ないマリアとシンディも含めて。今の彼にとっての勝利とは、攻敵排除と全員の無事だ。
―――イヴに言った言葉を思い出す。胸中に隠しはしたが、全く自己嫌悪に苛まれる内容だ。
アレが別れの言葉になるのだけはくれぐれも勘弁願いたい、それでは彼女が余りにも可哀想過ぎる。
彼女にはこんな裏路地ではなく、陽の当たる所に居て欲しかった。しかしそれ≠選んでしまった以上、スヴェンの夢想など
立ち入る余地が無い。
その覚悟を知ってしまったからこそ、今一度全霊で守らねばならなかった。
(神様…都合の良い話なのは判ってるが………頼む…ッ!)
そして視界が開けたその前に現れたのは、噴水広場とあの怪物、その側に少年、トレイン、リンスとマリア親子……
そして―――――――満身創意で泣きじゃくるイヴ。
「―――――イヴ!!!」
武器である筈のアタッシュケースも捨てて、何よりもまず彼女の元に駆け寄った。
「…スヴェン……」
だが彼は一言も返さない…………代わりに、痛いほどその胸に抱き締める。
「………済まなかった…本当に、済まなかった。俺が……悪かった………」
彼の抱擁を受けながら、彼女は全身で震える肩を感じ取る。それは、切ないほどの後悔と謝罪の証。
「許してくれ、とは言わない………そんな資格が無いのは判ってる……それでも…済まん…」
肩越しの声も震えていた。ただひたすらに自分の言葉を詫びたくて。
それら全てに応える様に、イヴもまたその広い背を掻き抱く。
「いいから……もういいから…もう謝らなくてもいいから…スヴェン……」
胸の暖かさが、新しい涙となって流れ落ちる。
二人は支え合う様に抱き締め合う。互いの傷と、優しさと、強さで。
場を忘れ、形の差異こそ有れその心の温度を受け止めあう二人――――――それは、どうしようもなく彼らが人間である証だった。
「……アレが、エキドナを? どう見ても腰抜けのクソ大人じゃんか」
憎々しげに、リオンは怪物に言い捨てた。
「事実だ。ばかりかあわや星の使徒存亡の危機に立たされる所だった」
怪物の冷静な言葉に、かくて少年は鼻白む。
「………じゃあオレがまとめて殺してや…」「やめろ」
冷厳な制止が、リオンの口に悪態さえ止めさせた。
「言った筈だ、此処で全てを晒すな、と。黒猫もいる上、クロノスの尖兵共も来る。これ以上固執するのは許さん」
「―――何でだよッッ!! 敵が居るなら殺して…!!!」「リオン」
いささか強めた語調に、彼の癇癪が封じられる。
「これは戦術的撤退以前の話だ。規律の問題でもない。
………大人の言う事ぐらい、素直に聞け」
「……」
リオンなら絶対に聞こうとはしない台詞だったが……何故か怪物の言葉には渋りながらも粛々と従う。
怪物が空いた手を伸べると、それを足掛かりに肩へと乗った。
「……待てよ…まさか逃げられると思ってねえだろうな?」
突き刺さる様な殺意でトレインが二人を現状に引き戻す。
既に怪物もリオンも彼の間合いだ、撃てば狙い過たずエキドナを含む三人の頭を吹き飛ばす。
「お前だな? ブリキ人形共の親玉は。聞いたぜ、此処まで仕出かしたのはお前とクリードの指示だってな」
「……破壊は兎も角、人員はな。俺に全権が渡れば、こんな無駄はせん。
俺ならばお前達が祭りに疲れた頃こっそりと襲撃する」
「じゃあ、その両肩のどっちかって事か?」
射殺す眼差しに、リオンの肩が竦む。改めて見るとなんと恐ろしい眼だろう、一体何を経験したらこんな眼になるのかそれ相応の
人生を生きた彼でさえ想像が付かない。
そして、その怯みだけでトレインは下手人を察した。
「成る程な、じゃあ……喋る口はお前だけで良いな」
忌憚を一切払う様にハーディスを振る。それだけで銃剣が達人の素振りの様に甲高い音で空を斬った。
怪物もリオンとエキドナを両肩に乗せたまま、器用に砲を掴み出す。
最早戦闘は不可避、トレインが相手では間違い無く両肩の二人は此処で命を落とす……と言うより万全であってもそうなる。
何の驕りも無い怪物の計算が絶望的な状況を見い出したその時…………
『――――全員動くなッッ!!!』
拡声器を通しての叱咤。だがノイズの無い所を察するに最新型だ。
動じているのかいないのか、トレインの眼がゆっくりと声が飛んで来た先を見やれば……
かなりの数のアウトラウンド達が、三列横隊で銃器類を構えていた。だがその貌は、一様に彼の眼差しで蒼褪めている。
「場は我々が掌握しました。総員無駄な抵抗をやめて武器を捨てなさい」
アウトラウンドの射線を避ける形で、悠然と美女が進み出る。
「……オレを止めたきゃ撃てよ、セフィリア」
これ以上鋭くなりそうに無い眼差しが、一層鋭さを増した。
……足りねえんだよ、バトル分と…大人分がよぉ!!
俺は二つカクんねえとトベねえんだよ!!!
……出せよ。持ってんだろ? なあ、出せってんだよォゥ!!!
………ご心配無く、バキスレで補給済みです。NBです、皆さんこんばんは。
しかし本当に足りねえよ、昨今。
早く一話丸ごとバトル一色の話とか書きたいモンですねえ…
まあ、駆け引きも嫌いじゃないが。
勿論次回もバトル無しですよ、お陰でドーパミンが近頃欠落気味だ。
しかも他の皆さんの作品が凄過ぎて若干凹んだり、マイナスに忙しいな、俺。
ですが、クオリティにはその都度の最高を求めていますので手抜きは無い、と言う事を一応。
と、言う事で今回は此処まで、ではまた。
382 :
ふら〜り:2008/06/13(金) 22:47:16 ID:x/c0kfI80
あわやの危機に颯爽と。葵屋戦の比古かナッパ戦の悟空か。
この地にはまだまだ、守護してくれる英雄たちがいると実感しております!
>>銀杏丸さん
>決して看過出来るものではなかった。
光政のアレやコレやに対しては、普通誰でもそう思うよなぁと思います。が、そこから先の
盟の行動は「誰でも」の域ではありませんね。怒りや不満を散らしはせず、状況を見つめて
常に努力し進んでいる。派手な勧善懲悪や色恋沙汰はなくとも、強いカッコ良さのある漢!
>>NBさん
>何だってやる、それがあいつらに嫌われる行為でもな。
わかってますともさっ、と頷いたところで遂に再会! 互いに言葉少ないところがまた、言葉
にしきれない想いを感じさせてくれます。いやもう本当に待ちに待ってましたこのシーン……。
で、そのおかげで私の脳内から結構薄れてたトレイン、久々に豪快な見せ場が次回、あるか?
うお、黒猫来てる
しかも物語が急に動き出して面白い
イヴが泣きじゃくるってなんとなくイメージに無いな
384 :
作者の都合により名無しです:2008/06/14(土) 15:35:27 ID:AiVaCLRy0
この時期に大好きなNBさんが着てくれるのは嬉しい。
俺はバトルも好きだが駆け引きも好きだし、
氏の書くキャラ同士の触れ合いも好きなので全然問題ありません。
でももっとセフィリアを前面に出して欲しいな・・
NBさんが書き終わるまではバキスレをお気に入りに入れておくつもり
俺はNB氏とサナダムシ氏とスターダスト氏の作品が終了したらバキスレ終了
さいさんとハロイさん、帰ってくるかどうかわからんしなぁ
とにかくNBさん乙
アウトラインは原作に沿いながら、原作よりもしかしたら読み応えがあるのは
いつも恐れ入ります
夕焼け色の空を見た。そうしてグラウンドに目を向けた。たくさんの生徒が、部活動にいそしんでいる。
運動部の男子の声が、空の向こうまで響いていく。教室から見るその景色は、どこか遠くのものに思えた。
教室を出て、階段を下って、校舎を出ればすぐたどり着く、とても近い世界であるはずなのに。
ここは、外とは違う時間が流れている。それはゆるやかで、穏やかなまどろみに似ている。
わたしは、ゆたかとその時間を共有していた。
ゆたかはわたしのそばで寝ている。すやすやと寝息をたてて、穏やかな寝顔をしている。
ゆたかが眠りはじめた後、しばらくの間、教室には他に何人か残っていたけど、少しずつみんな帰っていった。
今はわたしたち二人だけしかいない。
四時間目に、体育があった。先日の雨でグラウンドが少しぬかるんでいたから、場所は体育館に変更された。
種目はドッジボールだった。いくつかの班に分かれて、じゃんけんで内野と外野を決めた。ゆたかは外野になった。
わたしは密かに安堵した。もし誰かの手元が狂って、ゆたかの顔にボールが当たったりしたら、大変なことになる。
できる限り、ゆたかの方にいくボールは取るようにしているけれど、万が一、ということもある。
外野なら、怪我をする可能性はぐんと減る。それに、内野のわたしが頑張れば、外野の負担が減るはずだ。
だけど、途中からコートを離れ、見学しはじめたゆたかを見つけて、複雑な気分になった。
ゆたかは身体が弱くて、すぐに疲れてしまう。 わたしは一人座っているゆたかの隣に行った。
大丈夫? と聞くと、慣れてるから、平気だよ、といった。ゆたかは、いつもそればかり。
でも、わたしは知っている。コートの隅で、体育をしているみんなを、寂しげに眺めている彼女を。
四時間目の終わりまで、ずっとゆたかの隣にいた。
ホームルームの後も、ゆたかは疲れているらしく、ぐったりしていた。
その様子を見て、少し休んでから帰ろうか、と聞いた。ゆたかは力なく返事をして、ちょっと眠るね、といった。
そして、ゆたかはまだ眠っている。
その無防備な姿に、わたしの心はざわついた。すぐ近くに、ゆたかがいる。自然に、手が伸びた。
わたしの指が、ゆたかの髪先に触れた。短い桃色の髪は、さらさらとした感触を伝えてくる。
今度は、指を絡めた。折れてしまいそうなほど細い指。きれいに切りそろえられた爪。
そして、ゆたかの体温が、わたしの手から流れてくる。その感覚が、とても心地よかった。
ゆたかとつながっている。ゆたかの隣にいる。
意味のない行為。意味のない時間。でも、そんな他愛のない時間が、何物にも変えられないと、わたしは感じていた。
こうしてゆたかの隣にいることが、いまのわたしが一番望むことだった。わたしは満たされている。
たとえ言葉を交わさなくたって。ゆたかの顔を見ているだけで……。
ゆたかとつながったまま、わたしはこの幸せを噛みしめていた。 そして、わたしの意識もまどろんで――
寝返りをうって、ゆっくりと目蓋が開いていった。わたしは徐々に見えつつあるゆたかの瞳を覗き込んだ。
目覚めてはじめて見るものが、わたしの顔であってほしかった。そして、ゆたかとわたしの視線が絡み合った。
「……おはよう、ゆたか」
「……おはよう、みなみちゃん」
ぼんやりとしたゆたかの微笑みに、わたしも微笑みを返す。目覚めたゆたかは、あくびをして、身体を伸ばした。
そして目を擦って、教室の時計を見た。その顔が見る見るうちに青くなった。ゆたかが寝始めてから、もう二時間近くたっていた。
あたりはもう暗い。
「ふえ、もうこんな時間!? わ、わたし、こんなに寝てたんだ――」
「……気分はどう?」
「う、うん、だいぶよくなったよ。……ごめんね、みなみちゃん。こんなに眠るつもりはなかったの。せっかくはやく帰れたのに、
わたしのせいで――」
「……そんなことない」
わたしは、やさしくゆたかの頬をなでた。そんなふうにいってほしくなかった。自分が悪いのだと。わたしに迷惑をかけたのだと。
全然迷惑だとは思っていない。わたしは、ゆたかのせいで帰りが遅くなっても気にしないし、できるだけゆたかの隣にいたい。
それに――
「……わたしも、寝ちゃったから」
疲れがたまっていたのか、ゆたかといっしょで安心しすぎたのか、いつのまにかわたしも寝てしまっていた。
目覚めたときには、グラウンドの人もまばらになっていた。わたしは、ゆたかより起きるのが少しはやかっただけだ。
帰りが遅くなったのは、ゆたかだけの責任じゃない。
それを聞くとゆたかは、ちょっと噴出して、
「おあいこだね」
と笑った。
「……うん」
わたしもつられて笑って、それから二人で教室を出た。暗い廊下を、二人で歩いた。
ゆたかの方から手を握ってきてくれたことが、とてもうれしかった。
校舎を出て、しばらく話しているうちに、バスが来た。入り口の段に足をかけながら、ゆたかはこちらを向いて微笑んだ。
「いっしょにいてくれて、ありがとう。みなみちゃんが隣にいてくれたから、ぐっすり眠れたよ」
心臓が、きゅっと縮まった。頬が熱くなった。ゆたかの言葉は、いつもわたしの心を乱す。つとめて、冷静にいった。
「……うん。よかった」
「また明日、学校でね」
「……それじゃあ」
扉が閉まって、バスは走り出した。車内は混雑していたけど、すぐに誰か降りるはずだから、そんな心配はないと思った。
また明日、ゆたかに会えるのを楽しみにしながら、家路についた。
……おひさしぶりです。いろいろ実生活が忙しくて、ご無沙汰してます。すいません。
今回は、リハビリをかねて、らき☆すたSSをかいてみました。
ほのぼの百合風味。書いてて楽しかったですけどちょっと短いですね。
ロンギヌスは今書き進めていますので、もう少しお待ちを。それでは。
ハシさんきた!
こういうほのぼのとしたSSもほっとしていいですな
元ねた知らんが・・
392 :
永遠の扉:2008/06/15(日) 16:59:33 ID:POAKBUP50
第059話 「動けなくなる前に動き出そう 其の壱」
無銘を倒した秋水が小札の部屋へ到着するまで……およそ十五分。
それ即ち──…
「桜花どのの件については本当に申し訳ありませぬ! さりとてそれを理由にここを通せぬ不
肖でもあるコト、ご理解頂きたく存じます! 何故ならば香美どの貴信どの無銘くんはそれぞ
れ約一時間ほど不肖の回復の時間稼ぎをしてくれたのです! ちなみに無銘くんの戦闘時間
の内訳についてはこの通り! でででん!」
約15分 … 部屋に到着されるまで約10分。回想や装備のご確認に約5分。
約05分 … 入室後の座さがしを経て一気に無銘くん人形1が真っ二つ。
約03分 … あらゆる忍法と無銘くん人形2、敵対特性発動すらも破られ無理する無銘くん……
不肖はココでタオルを投げいれたくありました……
約04分 … しかし無銘くん、大・変・身っ! 龕灯も発動! おおお!
約05分 … 撃ち合いの後無銘くん忍者刀入手! (が、ここで龕灯に傷がッ!)
約03分 … 時よどみの発動まで! が、勝負は水モノ生モノ分からぬモノ、思わぬ反撃が!
約20分 … 気絶した無銘くんが意識を取り戻すまで。
約05分 … そして語らうお二方。ここまで合計約60分。
下手くそな字がのたくった大きなフリップを、胸の前でぱしぱし叩くのは誰あろう小札零。
岡目八目とはよくいった物で、先の戦いの概要は当事者より掴んでいるらしい。
「文量が多かったり敵対特性発動までの三分間の密度が異様に濃かったりしましたが、しかし
一時間は一時間っ! いわゆるスラムダンク状態なのでありますっ!!」
厚い紙を叩く軽快な音は、あたかも合いの手のごとく熱っぽい言葉に潜り込み、独特な威勢
の良さを部屋に轟かせていた。
「いや、何をいっているんだ君は。というか先ほどの戦いを見ていたのか?」
一方の秋水。神妙且つ唖然と呟いた彼は小札を遠く真正面に置いている。
相対関係は部屋の入口と出口の付近というところだ。部屋の形は正方形で百メートル四方
であるから両者は遠く離れている。
「ええ! ですから不肖はこの戦いが終わらば無銘くんに忍者刀をプレゼントしたく思う次第!」
393 :
永遠の扉:2008/06/15(日) 17:00:34 ID:POAKBUP50
秋水は部屋に一歩踏み入ったきり熱烈な小札言語に射すくめられている。仕方ないので彼
は勝ち目のない舌戦から意識を逸らし、部屋の様態を観察した。
(やはり廃墟)
正にその一言で定義できる殺風景な部屋である。無銘の部屋にあったような調度品の類は
一切なく、柱が大きな間隔でぽつぽつと立ち並んでいる程度。
白く艶やかな床は総てひび割れ、点在する柱はみな一様にどこかが抉れている。根元に拳
大で石灰質した破片を散りばめているのは、いかにも疾走の妨げになりそうだ。柱の中には
上半分をナナメに斬られ、それを丸太のように横たえている物もある。秋水は剣客らしく「試し
斬りを受けた竹・藁束」を想起したが、もしかするとこの部屋を作った総角もそういう思考で作っ
たのかも知れない。
そして灰色の壁などは巨大な彫刻刀で斬りつけたように深く丸い傷が乱れ走っており、おぞ
ましい鉄筋のささくれが何本も何十本も剥き出しだ。叩きつけられれば容易く体を貫くだろうと
秋水は傷熱籠る体へ冷たい物を走らせた。
そんな彼が数秒前にくぐり抜けた部屋の扉すら無傷ではない。大小様々の穴だらけ。開ける
前から彼方で小さな少女が唇を触って何かを気にしている様子さえうかがい知れたほどだ。
立てつけも悪く、地面に擦りつけるようにしてようやく開ける扉。
それを超えて待ち構える小札もまた何ともちぐはぐな少女である。
「もしかするとこの部屋の意味するところ、お気づきでしょーか?」
小札は自分の胸幅の倍ほどはあるでかいフリップを当たり前のように両手で圧縮し、ぽんと
白煙上げつつかき消した。マジックであろう。道端で実演すればそこそこ稼げそうな熟練技。
然るに小札はその腕前に見合わぬ幼い困惑満面である。栗色のおさげを揺らしつつ突き出
すのはロッドの武装錬金・マシンガンシャッフル。それをマイク代りに恐る恐ると質問した。
「ああ。この『壊れた部分』が多すぎる部屋は、君の武装錬金がもっとも活きる場所だろうな」
「う」と小札は軽く声を漏らした。小声ながら百メートル先の秋水にすら透る声だ。
394 :
永遠の扉:2008/06/15(日) 17:01:55 ID:POAKBUP50
発声の一つのコツとして、「舌をなるべく口の下につける」というのがあるそうだ。そうすると
無理に大声を出さずとも舞台から観客席の隅々まで届くような声を出せるという。闊達な小札
は恐らくそういう技術を心得ているのだろう。ソースはsm2231626だ。
「姉さんが俺宛に残してくれた。君の武装錬金の特性が『壊れた物を繋げる』という事を。とな
ればこの部屋はまさに君にとってホームグラウンド」
桜花は小札との戦闘の最中、小札の武装錬金の特性を紙に記して残していた。
── 桜花は奇麗に折りたたんだ紙片をポケットに滑り込ますと、ふぅとため息をついた。
──(念には念を入れておかなきゃ。津村さんも剛太クンも伏兵にやられたっていうし)
腹黒さと聡明さ、L・X・E時代にコンピュータ関係を任されていた故の情報伝達の発想だ。
敗北すれど敵の情報を残せば仲間が有利になる。そういう念の入れ方を桜花はした。
なお、携帯電話で即座に連絡しなかったのは、折悪しくアリスインワンダーランドの霧が辺り
に立ち込めていたせいであるのは想像に難くない。霧は秋水が指摘した通りヘルメスドライブ
の遮断を主眼にしていたが、同時に携帯電話をも不通にしていたのだ。(実際、銀成学園での
一大決戦時でも同様の現象はあった)
とにかくもそういった事情で桜花が情報を書いた紙は、彼女の敗北後にまひろが見つけ、咄
嗟に丸めて穴に落ちゆく秋水へと渡した。秋水は地下でそれを読んだ。
──「桜花先輩が持ってたんだよ! きっと秋水先輩に何かを伝えたくて差し出したと思うから!
──秋水はさっそくまひろ経由で得た桜花のメモ書きを開き、しわを伸ばしながら熟読した。
──(…………そういうコトか。しかし姉さんを倒した方法は別にある筈)
(しかし絶縁破壊までも伝える時間はなかった筈! 不肖はこの点有利! 加えて)
秋水の体の周囲には無銘の龕灯が浮遊している。これはソードサムライXに敵対特性が付
与された証。マシンガンシャッフルのエネルギーを無効化しようとすれば、或いは小札の攻撃
以上の『敵対』を秋水が受ける羽目になる──…
395 :
永遠の扉:2008/06/15(日) 17:03:03 ID:POAKBUP50
(……正に無銘くんが執念でくれた有利。ああ、できれば一声でも掛けてあげたかったです。さ
りとて気持ちに整理がつかぬ状態で的外れの言葉をもらうのは、却って辛くもありましょう……。
うぅ。無銘くんは不肖を『母上』と慕ってくれますが、欠如多い不肖にはむしろ怖れ多くもあるの
です。人間形態になれたお祝いによしよしと頭を撫でてあげたくも、それではチワワ扱いみた
いであるのも否めない! あああ、不肖は一体どうすればぁ〜!)
「……仕掛けていいか?」
ナルト渦のように目をぐるぐるとさせる小札は、しかし秋水の声によって意識を現実の闘争
空間へと引きずり戻された。
「ハッ! そういえば戦闘中でありました! え、えーと。では張り切ってどうぞ!」
おろおろといかにも弱々しくロッドを構える小札であるが──…
「ただし!!」
面頬に幾筋の汗を垂らしながら神妙に告げた。
「一撃打破への拘泥は御無用! もとより重傷と敵対特性という二大不利を抱えたお体であ
れば戦略変更は当然であり、それによる不肖の負傷もまた必然!」
「君がそう思おうと無銘の意思は汲むつもりだ。命を奪うつもりも元からない」
龕灯を纏った長身の影がゆらりと一歩歩み出た。先ほどこそ激昂して斬りかかった秋水では
あるが無銘との戦いによって幾分沈静したらしい。
「ありがとうございます。無銘くんが聞けば喜びましょう。しかしさりとて不肖がおよそ八割ほど
まで回復できたのは香美どの貴信どの無名くんのご助力あったらばこそ。なのにどうして不肖
一人が無傷を望めましょうか。不肖も勝敗は別として、傷つきながら全力を出して然るべきな
のです。無銘くんには悪かれど、それが貴信どの香美どのへの…………その、節義ではない
でしょーか?」
華奢な体を抱えるようにして軽く震えながら、小札は目を伏せた。
(痛いのは怖いですが)
ロッドから光が放たれ、秋水が緩やかに走り出した。
(いざとなれば敢えて秋水どのを接近させ、相討ち覚悟で絶縁破壊する覚悟であります!)
傷という『肉体が壊れた物』だらけの秋水を見ながら小札は思い、彼女を見て彼も思う。
396 :
永遠の扉:2008/06/15(日) 17:03:39 ID:POAKBUP50
(俺はすでにこの街にいる戦士たちから様々な情報を貰っている。それ以上を望むのは勝手
というもの。不利は承知の上。残り三人は何としても倒さなくてはならない!)
小札に向かう秋水自身は援軍を望んでいない。いないが……
一個人の思惑が叶わぬのが世界でもあり、思わぬ形で叶うのもまた世界である。
「あ、そうだびっきー! 明日は日曜日だけど演劇部の練習があるからちゃんと学校行こうね!」
「……うーん。そうしたいのは山々だけど、この状況でそれいうの間違ってるような」
ヴィクトリアは苦々しい内心をおくびにも出さず、おっとりとまひろに返答した。
(この状況で何いってるのあなたは。もっとちゃんと探しないよ)
その横で千里は頬に手を当てふうとため息をついた。
「それにしてもどこに行ったのよ沙織」
「だよねー。どこ行っちゃったんだろさーちゃん」
まひろもうんうんと頷いたが、その仕草にヴィクトリアはいろいろ思うところがある。
(いや、アナタは私が指摘するまで気づきもしなかったでしょう。今も演劇がどうとかいったし)
寄宿舎の前で千里にお説教を受けた後のコトである。
ふとヴィクトリアはいつも千里といる騒がしい金髪ツインテールの少女が居ないコトに気付
いた。何故か本能的に虫の好かなかった沙織だが、彼女が友愛を示してくれていたのもまた
事実。だからこの転機に一度ちゃんと話して嫌悪を解きたいと思い、千里に所在を聞いた。
「それが、実はあなたたち探すって早朝に寄宿舎出たきりで……」
もしかするとヴィクトリアに怒っていたのはその心配があったせいかも知れない。
とまれ後はもうまひろに「それはタイヘン!」と有無をいわさず引きずられ、今に至る。
捜索開始からすでに二時間は経過している。
九月の初旬といえどまだ残暑は厳しく、日に馴れていないヴィクトリアはミルクのような肌に
うっすらと汗の珠を連ねながら沙織を求めてあちこちの物影を見たり草むらをかき分けたり。
千里も時々ハンカチで汗を拭っては木陰でふうとたおやかに息をつき、文芸少女じみたか弱
さをひとしきり漂わすと、再び道行く人に聞き込みに行く。
397 :
永遠の扉:2008/06/15(日) 17:04:54 ID:2JVn71640
そしてまひろは汗一つかかずせっせと空き缶を覗き込んだり溝に呼びかけたりだ。
「何で平気なのよアナタ。階段降りるだけでヘバっていたのに」
「それはそれ、これはこれ! 心頭滅却すれば火もまた涼しだよびっきー!」
公園の木陰で質問すると、眉いかる得意顔が迫ってきた。暑苦しい。涼しさが台無しだ。
「……ああもうなんか癪に触る。静かにしないとその太い眉毛むしりとるわよ」
「ヤ、ヤダ!! ジュースおごるからむしるのはやめてねびっきー」
「あらそう。ありがとう。でもジュースは粘っこいから紅茶にして頂戴。砂糖の少ない物ね」
「らじゃー」
低い声でぼそぼそ囁き合っていると、何回目かの聞き込みを終えた千里が寄ってきた。
彼女は芳しくない結果を告げがてら、まひろに百二十円を渡し緑茶を依頼し、また汗を拭った。
「あ、そうだ。ケータイはかけた?」
一転ヴィクトリアは猫をかぶって猫なで声で質問した。目は冷酷無残な吊り目ではなく、リ
スのようにころころとした感じの愛らしい目つきである。それを見たまひろが何か意味ありげ
に微笑しつつ自販機へ向かったのをヴィクトリアは黙殺した。もはや「二面性ぐらい人間にだっ
てあるでしょ」という小気味のいい開き直りで猫をかぶっているのである。
そういう事情を知らぬ千里は「いえ」と難しい表情で首を横に振った。
「さっきから試しているんだけど通じなくて。それに」
「それ……うひゃあ!?」
ヴィクトリアが目を見開いて素っ頓狂な叫びをあげたのは、首筋にぞっとする冷たい感触が
急に当たったからだ。振り返ればまひろが悪戯っぽい表情で紅茶の缶を当てている。
「ちょ、やめ……!!」
「はい紅茶買ってきたよびっきー! あとちーちんには緑茶。私はメッコーラ!」
「早っ! ていうかわかったから首に缶当てるのはやめなさ……じゃなくて、やめてよ!」
「暑い時はこうすると涼しくなるんだよ! ほら! ほら! ひえひえぇ、ひえひえ〜!」
「だからやめてってば! 放して!!」
身を捩ると何本ものヘアバンチが木琴のマレットのごとく缶へかすり衝突し、内に籠った金属
音楽を演奏した。
「こ、こういうコだからいっても仕方ないわよヴィクトリア。諦めないと」
398 :
永遠の扉:2008/06/15(日) 17:06:29 ID:2JVn71640
乱雑な音響と戯れる二人に引き攣った笑みを浮かべる他ない千里である。
まだ残存しているセミの鳴き声を聞きながら三人一緒に冷たい液体をぐびりと飲み干すと、
麦藁帽子を被った人が通り過ぎた。自転車の荷台に小さな女の子を乗せたお母さんが駆け
抜けると熱ぼったい土埃が巻きあがり、微風がそよそよとどこかへ運び去った。
空はどこまでも青い。時刻は午後一時を少し回った頃だろうか。
ほんの数時間前まで暗澹たる気分をただ一人で抱え込んでいたヴィクトリアにとっては、見
る物の一つ一つが生彩を帯びて見える。暑さがもたらす気だるさと眠気もまた心地いい。
やがて空き缶が三つ、格子が錆にまみれた四角いくずかごの中でからからと転げまわった
のを合図に千里は話の続きを紡ぎ出した。
「沙織のコトだけど、最近体調悪そうだったから心配で」
「あ、そういえば昨日の夜は食欲なかったというか何も食べてなかったよね……アレ? 朝か
らだったかな? うーん。おとといもご飯やお菓子食べてなかったような気も。どうだろ?」
ヴィクトリアは内心、(あなたの記憶力なんて当てにならないわよ)とげんなり毒づいた。
「まあ、季節の変わり目だからそう心配しなくても大丈夫だよ!」
「それもそうだけど、ほらあのコ、夏休みの終わりぐらいに自由研究がどうとかで街のあちこち
を徘徊してたでしょ。その疲れが出たんじゃないかしら。だから早く連れ戻して休ませないと」
千里の心配は実に深刻だ。しかし同時にヴィクトリアは千里自身の心配をもした。
捜索はすでに二時間に及んでいる。か弱い人間の少女たる千里にとってこの暑さは大敵……
「あ! そうだ! 探すのだったらいい方法があるよ千里。あのね──…」
柏手(かしわで)を打って叫ぶと、内心でその「名案」に会心の笑みを浮かべた。
(そうよ。人探しならこんなまどろこっしいやり方をするより、あの戦士に頼む方が早いじゃない)
その頃、千歳は寄宿舎管理人室で美貌を青く染めていた。
「むーん。久しぶりだね。その後調子はどうだい? おかげさまで私は再就職できたよ」
不快な音。耳障りな声。憎むべき仇敵との縁は、一度の打倒程度では到底払拭できぬのか?
399 :
永遠の扉:2008/06/15(日) 17:07:22 ID:2JVn71640
千歳から電話を取り次いだ防人はそう痛感していた。
「何の用だムーンフェイス。大戦士長の行方についてそろそろ吐く気にでもなったのか」
「それとは別さ。聞けば君たち、総角君とその部下一同に随分と苦戦してるらしいじゃないか」
粘着質な笑いが脳髄に響いた。防人は眉根に皺を寄せると、苛立たしげに息を吐いた。
「でだね。私は私で鐶光とかいう奴らの仲間にちょっとばかし痛い目に遭わされたものだから、
彼女について調べてみたんだよ。その情報を君たちに流すから、ちょいと私の仇を討ってもら
いたい。とまあわざわざ電話をよこしたのはそういう訳なのさ」
「……先日似たようなコトを電話で告げ、漁夫の利をさらったのは何処の誰だ?」
「やれやれ。相変わらずつれない人だねキミも。で、情報は要るのかい? それとも要らない
のかい? 奴らのアジトの所在につながるかも知れない貴重で重要な情報なんだけど」
以下、あとがき。
構成を考えど、やはり八レスばかりは費やさざるを得ないのが自分のようで。うーん難しい。
こういう時の小札登場って、セリフだけで楽々と字数オーバーするので鬼門といえば鬼門で
す。いやまぁ、それなら自重せずに描いてしまえばいいんですが、なんともかんとも。
>>350さん
原作のキャラクターファイルは時々ネタに走ってますからねーw それをマネてみました。いや
はやしかし、ノリノリでありとあらゆる趣味をつぎ込んだものだから文量がなんだかスゴいこと
に。だから泣く泣く「指かいこの本来の使用法」とか「短い刀での戦い方」とかカット!
>>351さん
ココで退場+今まで影が薄かったので、メインの敵としての活動期ぐらいは引き立ててあげ
たいのですよ! あとは根来vs無銘で忍法を考えなしに出したツケと、悩んだら描けなくなるっ
て恐れと、時よどみ萌えで突っ切ったのです。時よどみは原作の発動の描写がカッコいい。
>>352さん
ありがとうございます。紆余曲折を経てなんとかマイルドでビターな彼になりつつありますw
>>353さん
流石に反省したのでなるべく短く行きたいんですが……たぶん、鐶あたりは長引くでしょうねw
ネタがいろいろある上、「鳥」で「ボス前の関門」という点で期せずして鷲尾(原作で四話分くら
い戦ってた奴。うさぎおいしい)とかぶってるので長引きを予感してやまないのです。
ふら〜りさん
「選べばその分小札が〜」を描いてて思ったコト色々。これで無銘が秋水認めるのは心情的
に無理でしょうし、何より主人公万歳なSSになりかねない…… 少しぐらいは敵意も和らぐで
しょうけど、小札への感情相手では微々たるもの。しかし変化はある筈で……と最後まで難しい稿でした。
銀杏丸さん
>怪訝な表情をするニコルとヒューズを見ながら、盟は一人静かに両の掌を開いていた。
ここで既に対応している盟は仕事人ですね。で、「若い才能」でもあり、かつてそれを潰れるの
を見て喜んでいたギガースが絡めとられるのは因果応報。と、思いきや、ギガース個人に目を
取られた故に首脳陣の初動が遅れた……というのは若さと老獪の良い対比だと思います。
ハシさん
よもやこのスレでらき☆すたが見られるとはw 無口無表情のみなみは好きなキャラの一人
ですよ。だからこう、静かにゆたかを見守ってる感じがたまらなくいいですね。髪撫でたり指を
撫でたりといった触れ合いは、しっとりした感情が籠っているのでドキドキしましたw
スターダストさんもお疲れです!
小札の魅力が詰まった回ですな
またスレ賑わうといいなあ
そろそろ次スレですけどテンプレは?
402 :
作者の都合により名無しです:2008/06/16(月) 08:29:57 ID:nimTXn660
うーん百合っぽいなあ、ヴィクトリアとまひろw
ハシさん復活、スターダストさん好調と
バキスレも徐々に持ち直してきた感じで嬉しいな
両作立て続けに読んだけどハシさんの作品はなんかむずがゆくなるような
ほのぼのした感じがありますな。ノスタルジックな。
永遠の方は相変わらず女性陣が目立ってるw
でもトリックスターのムーンフェイスが出張りそうだから小札も目立たなくなるやもw
びっきーは一文字違うとびっちーになって大変だな
ハシさんの復活は嬉しいねえ
この調子でどんどん復活してくれれば・・
俺も保管できなかったのであげとく。
あげ
あげとこ
/'‐- 、\:::::::::::::::`´::::::::::::`|ミヘ
,へ' :::、=‐ ミ、.\::::::::::::::::::,... -、:\l
../r.V .:::::ゝ、○}ヾ}:::::::/''''´__--ヽ::リ
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……誤爆ゴメンよ。
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