☆★☆世界中史板・統一雑談スレ44☆★☆

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495山野野衾 ◆m6VSXsNcBYte
>>493
前にも書いた気がするのですが、王家という言葉は(やや時代が下りますが)
『神皇正統記』に出て来ますよ。
『野馬台詩』に基づく百王思想は有名ですし、そこから王と呼ぶことであれ
ば、清盛と同時代人の慈円が書いた『愚管抄』にも出て来る。
王や王様とも呼ばれていますし。
『源平盛衰記』に国王と呼べば木曾の田舎者に分かったという逸話がありま
して、『太平記』にも王と書かれている箇所がある。

皇帝だから三大権威だと言っている人も、わざわざ「倭王」と呼んでいる異
国の人も、権威・名分大好きという点では、似た様なものです。
皇も王も、普通に使われている。

仏典(護国経典)の「王」が天皇と見做された影響が、大きいでしょうが。
例の「日出るところの天子」云々も、『大智度論』にある文句ですが、あれは
インドには複数の「天子」がいるという描写があるので誤ったという説があ
ります。
古代国家の輪郭が露になった時期にこの国書が制作され、同じ『大智度論』由
来の「耐え難きを耐え、忍び難きを忍び」という文句で「ある意味」終止符を
打たれたのは、皮肉と言えば皮肉。