1 :
世界@名無史さん:
2 :
オツガイ ◆EAbyJft1LY :2011/03/21(月) 16:34:13.08 0
スレ立てするのはいいが、コテハンを使うな、オツガイ。
ここはお前の遊び場ではない。
4 :
オツガイ ◆EAbyJft1LY :2011/03/21(月) 18:47:58.18 0
いきなりテンプレに触れそうだが一応質問
中国が、易性革命思想でなく
例えば日本型の権力思想(中原を武力・政治力で席巻しつつ、西安の皇帝から王位を授かって全国統治)
を採る可能性はあったでしょうか?
また、こういう日本に似た権力史を持つ国はあるでしょうか?
宋や明の場合、孔家の当主を「無冠の帝王」として
権威の発行元とする考えもあるにはありますが
何せ、異民族自身が科挙官僚を使って統治するので
孔子の力が効かない時期があるのです。
中世の西ヨーロッパで、王に認めてもらうため、教皇に働きかける根回しや工作に励むようなもん
王に認めてもらう、というと別の文意が読めてしまうな
王として認めてもらうため、と訂正しとく
>>5 日本型の権力志向というのが、名目上の権威者を上に立てておいて自分が実権を握る、という意味ならば
王朝交代の直前には割とよくありましたよ
たとえば、魏の曹操なんか、自分自身は(生前は)帝位につかずに、魏王に留まってたでしょ
>>5 西周〜春秋時代ってそんな感じだったろ。全国は統治していないが、周王室の権威を以って地域を統治。
ずっと遅くには、イスラム諸王朝。アッバース王朝の系譜のカリフが世俗権力のスルタンやアーミールを承認するという。
後にオスマン王朝が庇護下のアッパース王朝裔より禅譲を受けたとして、カリフ兼任を自称することで終焉。
アナトリアの小国だった時分のオスマン王朝は、イスラム王朝という性格に併せて、ビザンツィンの皇帝に名目的に臣従し
自領のキリスト教徒住民に対する統治を正当化した。建前上は東ローマ皇帝からお給料貰ってキリスト教徒の多い町や
村を防衛しているというものたが、見方を変えれば、キリスト教徒の住民やその信仰を人質にとって弱体化した東ローマから
貢納を受けていた。
モンゴル系トルコ系の王朝には、ハーンを号するにはジンギスカン裔である必要があるが、その資格の無いティムールは、
チャガタイ裔の王を立て、その姻族で且つ大臣で摂政みたいな立場で権勢を振るった。
ジンギスカン裔というのは統治の正当化のアピールにはかなり有効で、大国になったオスマン王朝がこれまたジンギスカン裔の
王朝であるクリミア王国の庇護者となって、自領のトルコ人の統治の正当化にお墨付を貰っている。
ジンギスカン裔を覆すほどのものはチベットの盟友で仏教の庇護者というものがあるものの、これでハーンを称したエセンは
なかなか信任を得られず、モンゴルは四分五裂。このエセンも、最初はジンギスカン裔のハーンを立てて摂政として振舞っていた。
晩唐の藩鎮連中もそんな感じ
政権の正当性が唐の皇帝からの官位だから、皇帝より力はあっても潰すに潰せない状態が続いた
12 :
世界@名無史さん:2011/03/21(月) 21:44:58.59 O
世界史板で言うのもなんだが、
なんで日本の征夷大将軍は、天皇になるとか、似た立場にとって代わるとか出来なかったんだろ?
13 :
世界@名無史さん:2011/03/21(月) 21:50:39.12 O
啓蒙主義思想の風潮はフランス革命で途切れたの?
むしろ受け継いでいったの?
>>13 ロベスピエールの虐殺も啓蒙の産物だと見るのがサド
16 :
世界@名無史さん:2011/03/21(月) 23:03:34.41 0
朝鮮王国は権力争いばかりしていた印象が強いけど実際にはどうなんでしょうか?
李氏や高麗の話です。
>>16 その「印象」とやらの出所から洗ってみれば自ずと見えてくるでしょう。
18 :
世界@名無史さん:2011/03/21(月) 23:28:38.78 0
天皇陛下ばんじゃーい
今のイラクとかアラビアって
古代バビロニアとかアッシリアとかかつて隆盛を誇った国の文化の
影響って完全に無いものなんでしょうか?
つまりアッシリア文化とかバビロニア文化とか遺跡とか遺産とかは別にして
アラビア人にとって完全に消滅したものなの?
数学や天文に車輪の発明から何から世界中が古代文明の影響うけまくりですが
古代メソポタミア文明の影響をうけてない民族なんてアマゾンかコンゴの奥地にしかいない
23 :
世界@名無史さん:2011/03/22(火) 00:00:20.27 0
イスラーム世界にあった学院について教えていただきたいのですが
入るための資格や教育内容などについて詳しい方、お願いします
文化は受け継がれていたが
バビロニアもアッシリアもアラブ国家にとって今の直接の祖先ではない
つまり自国の歴史ではない
言ってみればたしかに同じ場所にいたが
アメリカがインディアンを自分たちの祖先ではない
オーストラリア人がアボリジニを自分たちの祖先ではない
と言うのと同じ
シュメルはともかく、バビロニアもアッシリアもアラビアも言語は同じセム系だし人種もほぼ変わらん
英語はインディアンやアボリジニの言語と一切関係ないだろ
イースター島やハワイとかって具体的にどうやってそこまで行きついたのってされてるの?
出発した人はそこに島があるって分かってたの?
今みたいに地図がほとんど発達してなかったと思うが
アメリカ大陸はシベリアからベーリング海峡を通じて行ったんだろうけど
>>12 鎌倉幕府の初期はまだ関東の地方政権のようなものだったらしい。その後は将軍自体が
執権の傀儡だから天皇に取って代わるどころではない。
室町幕府の初期は後醍醐天皇と対立関係に有ったから対抗馬の天皇を断てて公家たちを
切り崩す必要が有った。天皇を無くすなんて言ったら南朝の味方を増やす事になる。
と言う訳で、平安時代の摂関政治も含めると非常に長く天皇の権威を利用して政治の実権を
握る方法が続いてきたので、それが当たり前であり、あえてその伝統を破って万世一系(と考えら
れていた)天皇を無くすというのはどんな反発を招く事になるか判らない。危険すぎる。
28 :
オツガイ ◆EAbyJft1LY :2011/03/22(火) 07:34:58.69 0
>>23 歴史的にイスラーム世界の教育機関はマドラサというものが主だね。
基本的にはイスラーム関係の学問が教育内容の中心で特に法学が、
重点的に教えられてたよ。それ以外にも、科学や哲学なども必要に、
応じて教えられた。入学するための資格はちょっと良く知らないけど、
それなりに生活基盤のちゃんとしてる市民だったら誰でも入ることが、
できたみたい。まぁ、個々のマドラサ間で結構違いもあるんだけどね。
29 :
世界@名無史さん:2011/03/22(火) 07:52:45.95 O
北条や足利や徳川は他の大名との連立だったから、
完全な君主になることは認められなかったんだろう。
もし充分な力があれば天皇の権威無しでもやっていける。
でも武家に官位を授けるのは天皇(実質的には公家だけど)だったから、
天皇の権威を否定するまでには至らなかったんだよね。
頼朝も守護・地頭を牛耳って官位寄こせって求めた結果が征夷大将軍の地位だったし。
>>12 想像してみるに、日本全国の武士の間に、
権力者が天皇家に取って代わることを認めないという風潮があったのかな。
だとすると、テレビもネットも無い時代に、天皇を頂くという思想が、
どうやってそんなに日本各地に根付いたのかという疑問が生じるけど。
32 :
世界@名無史さん:2011/03/22(火) 09:52:42.23 0
>>31 宗教と言うのはそういったものだ、
ろくな情報伝達手段がない時代でも、宗教は
いつの間にか伝わっているから
>>26 海面の高さは一定ではなくて、暖かい時期には海面が高く、寒い時期には海面が低い。
ラピタ人が太平洋に漕ぎ出した時期今は海の下に沈んでしまっているところにも島や環礁があって、目で見える範囲の
島づたいに渡るというの繰り返すだけで、ポリネシアトライアングルの全域に拡散できた。
その後は、あそこに島があるという知識があれば水平線の下に隠れた島にも往来できた。交流が無くなり知識が失われると
往来も不可能になって、相互に存在を忘れたりする。
>>29 十分な力の源泉が、皇室の権威なんだけれど。
二位内大臣・征夷大将軍の官位官職がなければ、だれも協力しないって。
>>26 船で行きつきました
残念ながら、泳いで行ったわけではありません
島があるとあらかじめ知って出発したとは限りません
地図(海図のこと?)の文化はほとんど無く、航海には海図を必要としません
波の反射を読むことで、どの方角のどの距離に陸地があるかを判断するという、
ヨーロッパ的な航海知識とは全く異なる航海技術が受け継がれていました
アメリカ大陸へは、シベリアからベーリング海峡を通って行ったという推測は、一部は正解かと思われます
ヨーロッパ人到達以前の先住民の大部分は、船で太平洋を渡って来た人々の子孫であり、
ベーリング海峡ルートの子孫は北米のほんの一部に留まります
36 :
世界@名無史さん:2011/03/22(火) 15:11:14.74 O
けど、他の国で易姓革命を起こした者もみんな前の王朝から官位受けてたんじゃないの?
>>36 だって中国では周が易姓革命を発明したから、前の王朝に非が有れば取って代わるのが正義なんだよ。
38 :
世界@名無史さん:2011/03/22(火) 17:44:39.60 O
日本の隣のの朝鮮半島では新羅が神話時代からの王朝ということで
日本の天皇家と対応するな。
たしか新羅では超傍系王族が即位して権威が暴落した。
39 :
世界@名無史さん:2011/03/22(火) 18:20:33.36 0
ボナパルテ家出身の教皇がいたと思うんだけど誰だっけ?
ナポレオンの時代よりかなり前の教皇だから遠祖の親戚かどうかは不明だけど
なにかの本で見たんだよね、その本がなんだったか忘れちゃって…
40 :
世界@名無史さん:2011/03/22(火) 20:38:16.21 O
>>34 大坂夏の陣の後で朝廷が徳川家康追討の命令を
各大名に出したらみんなそれに従うの?
>>40 いや、「空気読めよ」って、強制的に退位させられる。
>>40 忠誠の度合で。
前には足利尊氏、後には西郷隆盛、ほか手を焼く叛徒の例もあるから、そんなことはしないだろうけれど。
朝廷が武家と喧嘩して負けた事件も、結局退位させられることで収拾をつけたね
前スレで皇帝とエンペラーは根本的に違うって話だったけど
あるいは天国や地獄もヘブン&ヘルって訳されるけど
意味合いは全然違うものなの?
仏教的な天国とキリスト教的な天国とか
あと神の位置づけも
キリスト教の神、アラーの神、日本で言う神様も
日本だと同じニュワンスで思ってしまうけど
45 :
世界@名無史さん:2011/03/23(水) 23:19:26.51 0
第二次世界大戦で国際的にドイツが負けると思われたのはいつぐらいからですか?
ドイツVSイギリスもしくはドイツVSイギリス+ソ連とかでもドイツにそもそも勝ち目はあったのでしょうか?
日本VSアメリカみたいにそもそも勝ち目が無かった闘いだったのでしょうか?
>>44 まず仏教には天国は無い。六道の一つとしての天道は有るが、これは天人の住む世界というだけ。
天人は人間よりは良いけどいずれは寿命を迎えて輪廻する事になるのは変わりない。
仏教の目的は輪廻の輪から解脱する為に悟りを開く事に有る。
地獄もまた輪廻する六道の一つであり、いずれは他の世界に生まれ変わる可能性は残されている。
本人の努力次第。
よく聞く極楽は阿弥陀仏が主宰する極楽浄土の事。浄土とは仏が主宰する苦しみの無い世界で
極楽浄土の他にもそれぞれの仏ごとに別の浄土が有る。
日々の生活に追われて解脱する為の修行など出来ない人々の為に、阿弥陀仏は全ての衆生を
「南無阿弥陀仏」と唱えるだけで極楽浄土に転生させてくれるという。その上で解脱を目指して
修行しようという訳だ。極楽へ行っただけでは最終的に救われた事にはならない。
キリスト教やイスラムの神は唯一絶対の存在。古くは上帝という訳も有ったと思う。本来「神」は『八百万の神々』
というようにたくさん居るのが普通。精霊のイメージに近い。
>>46 補足。中国(道教)では神は仙人よりも格下になる。やっぱり精霊に近いイメージ。
48 :
世界@名無史さん:2011/03/24(木) 00:19:55.79 0
神が人間を作ったのではない
人間が神を作ったのである
宗教や神様で戦争を始める事は多いが
宗教や神様が戦争を止めてくれた事は一度もない
この名言どこかで聞いたんだけど誰だっけかな
>>46 もう一つ補足。wikipediaの『極楽』によると、浄土宗では極楽浄土は無為涅槃界であり、そこに転生すれば
悟りを開いた事になる、としている様だ。他の宗派は認めない様だ。
>>48 前半は聞き覚えが有るが、誰かは知らない。
古代ギリシアにはオリンピック休戦も有った様だがな。
>>48 もう一つ。「倭国大乱」を収めたのは卑弥呼の鬼道だったようだがな。
ジグムント・フロイト
53 :
世界@名無史さん:2011/03/24(木) 00:35:47.06 0
卑弥呼の場合は
神様とか宗教とかではなく
宗教を利用したインチキ預言者じゃないの?
結果的に人々がすっかり信じてしまったのを良しとして
自身を神秘的な存在として政治利用したが
>>53 そうかも知れないし、そうじゃないかもしれない。魏志倭人伝から判るのは、「倭国大乱」に疲れた人々が
卑弥呼を担いでまとまって、大乱が収まったという事だけ。鬼道の実態も卑弥呼の本質も判らない。
もしかしたら卑弥呼は只の宗教家で弟が政治のすべてを取り仕切っていたと考える事も可能。
>>53 宗教とインチキを区別するのも、政治と宗教を分けるのも、
近現代的な感性のたまものであって、当時にそんな区分は意味を成さない。
宗教権威とは立派な権力の一背面であり、為政者とは宗教者だった。
戦争をするもしないも政治のはなしで宗教じゃあない
政治家が戦争の大義名分に宗教を使うことが多いってだけ
現代の民主主義人権真理教だって戦争の大義名分になっても戦争をとめたりなどしない
>>45 基本的にアメリカの参戦といわれるが、決定打はカサブランカ会談。
連合国が無条件降伏を目指す限り、両者の損害は甚大になるが
枢軸国の勝利はない。枢軸国はどこもそこまで相手が過激になることは
予想してなかった。
政治は「まつりごと」なんだよ
結果がよければそれでよし
「軍師」あるいは「参謀」ってのは中国(&文化的影響を受けた日本)独特のものなの?
『ローマ人の物語』でかじったレベルで申し訳ないが、ハンニバルもカエサルも戦略立案から実際の指揮まで基本的に一人でやってたみたいだから気になって。
近代以降を混ぜると混乱しそうなので(俺自身知識が浅いからついていけない)、古代から中世までの時間軸でお願いします。
ハンニバルはシリアへ亡命したのち、アンティオコス3世に「軍事顧問」として仕えている。
宮仕えは性に合わなかったようで、あまり役に立ってはいないが。
ローマ不安定期に叛乱独立したパルティアという勢力があって、
その後半期は若死にした王の配偶者・ゼノビア妃が仕切ったけど、
軍事に関してロンギスという亡命者を登用した
ロンギスはパルティアにおいて地歩が無く、自ら軍隊を引率することはできない
ゼノビアに作戦立案を提示し、質疑応答を受ける立場だった
いたっちゃいたってことかな? 目立たないだけで。
とりあえずd。
中世ヨーロッパにおいて、個々の友情ってどんな扱いだったのですか?
結婚は神が二人を結びつけてくださったと定義されるのは知っていますが
ヘロドトスの「歴史」には、リュディア王クロイソスがペルシャのキュロス大王に降ったあと、
軍師・参謀的存在として仕え助言を与えたことが記されている。
>>61 アルサケス朝パルティアは中東における連邦的な帝国で、ローマから独立したわけではない。
ゼノビアはローマとパルティアの狭間にあったシリアの都市国家パルミラの女王。
あとゼノビアの側近の哲学者はロンギスじゃなくてロンギヌス。
>>63 ギリシャ・ローマでも聖書でも騎士道物語でも友情は重視され、
(同性愛的でなければ)友情は立派なことだと、地域・時代・文化を問わず認識されている。
まあ周囲がヒャッハー状態だと、「友情」は隣人相互の安全保障でもあるし。
…ああいや、パルティアはゼノビア自立の40年ほど前に滅んでるな
当時はササン朝ペルシャか
ゼノビア女王で有名なのはパルミラ
>>59 中国や日本の軍師って、講談やら小説やらで美化されがちだけど、実はイメージの割に、現代人の目から見ると
意外に非科学的な人たちだよ
兵法に基づいた軍事作戦への進言もするけど、吉凶を占って戦の日取りや戦場を決めたりもする
中国の軍師といってすぐに連想される、あの孔明も(虚構である演義ではもちろん正史でも)、星を見て占ったり
している
極端なことを言えば、今で言う軍事顧問や参謀というよりも、従軍占い師といったところ
戦国時代の日本の軍師も、意外に大まじめに吉凶を占って戦の日取りを決めたりしている
もちろん、当時は占いやまじないを人々が信じていたからこそ成り立つ役職だ
高度な占いは天地の理(ことわり)を知っていないとできない(と考えられていた)し、それを軍事に応用するには
兵法書を読んでいるなど学がないとできない
だから、武将は、そういうことは専門家の軍師に任せて助言させたわけ
軍師というものをそういうものだと思ってみれば、キリスト教化されて以後、中世頃までの西洋で、軍師的な者が
あまり目立たないのもうなずけるんじゃない?
すまん、パルミュラだったな
パルティアの中身と混同したわけじゃなくて、言い間違えた
軍事アドバイザーとして存在感が確かにあった人物って、
項羽の智恵袋と言われた老人のはんナントカ、
朱元璋の片腕だった劉基、
劉邦の腹心の張良?
でも劉基や張良は建国後の政治家としての実績で存在感が大きいのかも
日本の軍師(というより軍事アドバイザーのことか)って誰のこと?
戦国時代、伊勢志摩も豪族同士が勢力争いを繰り広げていた
その中でも九鬼氏は伸張傾向にあり、敵も多かった
反九鬼連合は兵の数は多いものの、九鬼氏が堅固な砦に拠っていることもあり、
戦況は膠着していた
そこへ老人が現れ、兵法がなってないと指摘する
反九鬼連合は老人に教えを請い、作戦まで授かる
効果はてき面で、一撃で九鬼氏を打ち破ってしまった
これで九鬼氏は一旦は没落することになる
それにしてもこの老人は只者ではない
その正体は、この時代屈指の軍事家だった武田信虎だったのだ
領地を追放され、強制的に隠居させられてブラブラしていた老人が、
気紛れで一地方の勢力争いに介入してしまったのだった
>>69 中国だと他に、
劉秀の馬援(ただし加入期は最末期。かつ地図作成や馬具開発など技術的実績、ベトナム平定などの指揮官としての功の方が大きい)
曹操の荀イク、郭嘉と賈ク(有名所過ぎるので割愛)
李淵の劉文静(李世民と一緒に李淵を唆した人物。李淵時代に既に粛清されたけど)、
李世民の房玄齢と杜如晦(帷幄の中での策謀に定評)。
同じく李世民の李靖(『李衛公問対』参照)。
日本だと、
秀吉における四天王(俺も伝聞なんで戦国板で聞いてくれ。念のため言うとクロカンや竹中は入ってない)
今川義元の太原雪斎
北条家における北条幻庵
伊達政宗における片倉景綱
多すぎて面倒くさいレベル。
ロシアはあんま聞いたことないな。
雷帝にせよピュートルにせよ皇帝自身が出張ってる印象。
キエフ・ルーシのコンスタンティノポリス攻略の時は
オーラヴが口添えしたらしいけど。
軍師について質問した者です。
>>67さん中心にレスを色々見てると「軍事アドバイザー」や「参謀」は東西問わずいるみたいですね。
ただし中国の軍師は占い師の側面もかなり強く、完全に一致する存在は西洋には見当たらないと。
勉強になりました。
馬援、李靖は将軍として自ら大軍を率いた実績が目立ったから除外してた
でも、参謀的側面も強いな
荀イクは宮廷闘争策謀家&人材登用仲介活動家の印象
郭嘉は対袁紹戦役で活躍した作戦参謀だったな、忘れてた
賈クは曹操に仕える前に敵として一発ハメたけど、仕えた後は政治的アドバイスしか思いつかん
ついでに思い出したが、曹操と敵対した軍閥の一つ、呂布の近臣・陳宮も作戦参謀か。敗亡したけど
房玄齢と杜如晦も宮廷闘争策謀家的な印象が強いっす
太原雪斎は軍事以上に政治に関与した総合アドバイザーな上、自ら兵を率いるし
片倉景綱も同様、というか大剣豪の直弟子な景綱って結構な肉体派(智将ではある)
幻庵も政治アドバイザー的側面が強いんじゃないかと思うが、
こうして見ると純軍事的に作戦を献上だけに留まるようじゃ、歴史的な重要人物にならなかったろうな
あと東晋にいかにも軍師的な知略軍事家がいたような気がするが、思い出せない
軍師というか参謀ならナポレオンにとってのベルティエとか
マハーバーラタのクル族大戦争パートでも、
主人公の強敵として立ちはだかる老将は、鎧を着用せずに薄衣を纏った智略家
ブレスト・リトフスク条約はドイツの敗戦によって立ち消えになってしまいましたが、
レーニンを始めとしたボルシェビキ政府は条約を守るつもりはあったのでしょうか?
西側史家はあったしドイツと協力して世界を征服するつもりだったといい、
東側史家はドイツの負けを見越していたのでそんなことは考えなかったという。
>>75 房玄齢、杜如晦は私も宮廷策謀家としての印象の方が強いですが、李世民の参謀としてよく挙げられる人物なので挙げました。
代わりに本当に分かりやすく軍師的役割を果たしていた劉文静を、知名度的には地味ながら同時に挙げてみました。
李世民とは仲が良かったようですけど、むしろだからなのか、李淵に粛清されてしまいましたが。
荀イクは大戦略を示しているのと、よく曹操陣営の参謀代表として挙げられますので一応といった感じです。
賈クは軍事面での諫言の的中率がかなりのもので、また宮廷でも孤立していたため、その業績が創作される理由もないので。
東晋なら、肥水の戦いで前秦を撃破した謝安かな
自分では出陣せず弟と甥に軍を預けて碁を打ってたが
82 :
世界@名無史さん:2011/03/24(木) 22:17:45.98 0
>>73 アンナ帝期に政治の中枢を担ったビロン、オステルマン、
エカチェリーナ2世期に南下政策を指揮したポチョムキン、
アレクサンドル1世期に、モスクワに侵攻したナポレオンを撃退したクトゥーゾフなど、
皇帝に仕えた名臣、名将はいくらでもいるぞ。
>>69 >項羽の智恵袋と言われた老人のはんナントカ
項羽の亜父と言われた范増だな。
張良は天下統一後はあまり前に出ないようにした。統一後の実績は恩賞が遅れて反乱が起こりそうな事を
忠告した事と、皇太子が廃されそうになってたのを止めた事くらい。後は神仙術の修行の為におこもりしてた。
張良の一番の功績は如何にして天下を取るか、その方針を示した事に有る。統一後に働いたのはむしろ陳平。
陳平こそ元祖宮廷策謀担当だな。
韓信、呂后、冒頓の妻と、次々に重要な策謀を決めて国家を維持した手腕は凄い。
兄嫁も含めて、女ばかり騙してるという話もあるがw
>>76 ナポレオン時代ならベルティエよりジョミニの方が軍師ぽい
ベルティエは近代的な参謀の典型なのだから、軍師的側面が無いのは当然
大災害で国が滅亡した、衰退したのには、どんな事例がありますか
欧州のペスト、欧から中南米への病気、
ポンペイ、南九州の巨大噴火で縄文文化壊滅
クレタ島もそうだったかな
88 :
オツガイ ◆EAbyJft1LY :2011/03/25(金) 15:00:28.20 0
>>87 ペストに関して言うと、エジプトのマムルーク朝のほうがある意味、
ヨーロッパ以上に被害が大きかったよ。他には江戸後期の三大飢饉とか。
クレタ島のミノア文明はアトランティス伝説のモデルとも言われ、それこそ地震や津波で壊滅したらしい。
出エジプト記にあるような災害があったかどうかは不明だが、確かにエジプトは前13世紀末頃から衰退・分裂へ向かった。
中南米の大文明が欧州からの病気で壊滅したのは知ってのとおり。
縄文文化は国とも言えないが、九州の火山噴火で壊滅したのち、東日本へ移ったともいう。
ポンペイは南伊の地方都市に過ぎず、ローマ帝国そのものはその後も繁栄を続けたし、
欧州の黒死病も凄まじい被害ではあったものの、諸国が滅亡することはなく、ルネサンス文化が死と隣り合わせに花開いた。
むしろ世界帝国モンゴルの方が、図体がでかすぎてか黒死病や天災をきっかけに解体に向かっている。
まあ中国の諸王朝も天災・飢饉・疫病・反乱・内戦・異民族侵入のコンボで輪廻してるが。
日本だが内ヶ島家とか
地震による土石流が城に流れ込み一族郎党が残らず滅亡した
直前に天下統一に動いていた秀吉に降っておりこれがなかったら戦国を生き残れた可能性が高かった
91 :
世界@名無史さん:2011/03/25(金) 16:10:13.93 0
真偽のほどが定かでないものだけど、長白山噴火により渤海王国滅亡
>>89 中国の場合は天災(旱魃水害)と異民族侵入の相関関係が強すぎるので、災害というより気温の変化の比重が大きいけどな。
渤海て金国に征服されて滅んだと思ってた…
>>43 反乱や天災が起こるのはその君主が天命に叛いてるから、というのが儒教思想・道教思想にあるからね。
95 :
世界@名無史さん:2011/03/25(金) 19:14:02.68 O
国家の重大な事が発表される際、ラジオ放送でクラシック等の曲が延々と流されるケースがあるそうですが(例えば、金日成首席死去の時など)、そういう時には何の曲が使われたのでしょうか?
上記と併せノルマンディ上陸作戦の時や、ヒトラー死去の歳などにも例があったそうですが、ご存じの方いましたらご教示ください。
96 :
世界@名無史さん:2011/03/25(金) 20:42:22.36 0
ヒトラーが死んだ時のドイツ国営放送の曲は
ブルックナーの交響曲第7番?だったような。
ノルマンディーの時は、BBCがフランスのレジスタンスへの暗号放送として、
詩人ポール・ヴェルレーヌの「秋の歌」第一節を流した。(クラシック音楽ではない)
またヒトラー死去の時は、ハンブルク・ラジオがワーグナーの「神々の黄昏」を流し、
次いでブルックナーがワーグナーを追悼して作曲した「交響曲第7番」を流し、
それからヒトラー死去のニュースを放送したという。
>>97 あの?
ヴェルレーヌの詩は、小説と映画で有名になったが、たくさんの作戦発動の暗号放送のひとつに過ぎないんだよ?
それをクラシック音楽の例の反論に上げるのは不適当ですがな。w
ではどんなクラシック音楽が使用されていましたか?
ヒトラーが自殺に使ったのはワルサーPPK
どういうわけかワルサーP38説がまかり通ってるけど
葬送定番みたいな曲ってあるよね
バーバーの弦楽のためのアダージオ
モーツァルトのレクイエム
ブルックナーの七番第二楽章
バッハのマタイ受難曲
PPK=ピン ピン コロリ
プラハの春ではモルダウが、ソ連八月クーデターの時は
ショスタコヴィチの交響曲第五番が流されていたという
日本だと、琵琶で平家物語がいいな
105 :
世界@名無史さん:2011/03/26(土) 02:24:58.31 0
>>103 クーデターで革命はマズイじゃないの?
戦艦ポチョムキンのテーマだし
>>95 昭和天皇崩御のとき、テレビで二重橋静止画像に流れていたのが
ショーソンのピアノ、ヴァイオリンと弦楽四重奏のための協奏曲。
ラジオなどで流されたのブルックナーの交響曲7番ホ長調、ブラームスの交響曲第4番ホ短調、
バッハの管弦楽組曲第3番よりアリア、バーバーの弦楽のためのアダージョ、
フォーレのレクイエム、三善晃の鎮魂詩「言問わむ風に」。
107 :
106:2011/03/26(土) 03:55:10.89 0
>>105 ショスタコの交響曲第5番ニ短調に「革命」という表題が付いているのは日本だけ。
サイレント映画「戦艦ポチョムキン」は1925年に制作発表されたときには
別の作曲家の音楽を使われていたが、その後、オリジナル版が散逸し
ショスタコの音楽が使われたのは1976年のソ連再編集版から。
しかし、その後、監督エイゼルシュタインが依頼した、ドイツの作曲家エドムント・マイゼルが
ドイツ公開の際に作曲したスコアが発見され、マイゼルのスコアを用いた最新復元版が
2005年ベルリン映画祭でプレミア上映されている。
ドイツ帝国皇帝の権限と、続くヴァイマール共和国大統領の権限には
継続性は見られたのでしょうか?
109 :
世界@名無史さん:2011/03/26(土) 08:44:32.77 0
ゼークト率いる国防軍との関係をみると、皇帝ほど権限を強くないような。
でも、ヒンデンブルクは疑似皇帝というか代替皇帝(摂政)ぽいイメージ。
110 :
世界@名無史さん:2011/03/26(土) 12:15:34.82 0
ヒンデンブルクは、マクマオンやホルティと印象がかぶる。
ホロコースト否認運動ってどれぐらい信憑性と勢いがあるんですか?
例えばカティンの森をロシア政府が認めるような
(スターリン一人になすりつけでカリーンンなどの関与は黙殺してるけど……)
個々の事例に関しての全体理解はともかく、
いわゆる「まったくなかった」はネオナチの過激派にすら存在しない。
113 :
111:2011/03/26(土) 15:08:47.19 0
>>109 しかし大統領の統帥権や非常時大権は憲法上で明記されていたんですよね?
カップ一揆では行使しなかったものの。
ヴァイマル憲法の制度設計では大統領権限の制定に当たって、皇帝の権能は
模倣にされたのではないでしょうか。
三人市虎をなすの故事成語に出てきた
魏の恵王の家臣のホウソウは、結局趙から帰れずにどうなったのでしょうか?
非常に気になったので教えてください
>>113 権威ある学者が全面的に認めてる以上問題にならないね。史学はそれがすべてだ。律法とニ法でユダヤ人の定義が違う(後者の方が広い)以上、ユダヤ人虐殺と呼ぶには問題ありすぎるが、だれも突っ込めない。
117 :
世界@名無史さん:2011/03/26(土) 20:05:52.06 0
ワイマール〜ナチスについて質問ですが
エーベルト、ヒンデンブルグと大統領と首相の役割ってどういう位置づけですか?
今のフランスや韓国と同じく大統領が圧倒的に権力を持っていたのですか?
当時のドイツ国民が選挙でナチスを選んだ事は
今の評価としてある意味当然の事として評価されてるのですか?
あとイスラエルやユダヤ人側の評価は社会情勢関係なくナチスを選んだドイツ国民を痛烈に批判してる?
あと再軍備して数年しかたっていないドイツに対して
あそこまでフランスが弱かったのはなんでなんでしょうか?
ベルサイユ体制でドイツも弱体化してたけど、フランスも経済や社会情勢など悲惨な状況だったのでしょうか?
118 :
世界@名無史さん:2011/03/26(土) 20:20:38.98 0
ムッソリーニってなんであんな悲惨な死にかたで晒し者にされるぐらい嫌われて
イタリア国民もそれを当然の事として思われてたの?
それともあくまでもムッソリーニにとんかく恨みを持つ一部の反体制派による
個人的な仕業や暴走?
言ってみれば今でいう反ムバラクや反カダフィの連中が権力の座を降りて亡命しようとした元権力者を
初めから殺すつもりで裁判で処刑して、その遺体を晒し者にするようなもん?
もちろん裁判に何の公正性もない
>>118 反体制派というかパルチザンな。
当時のイタリアはムッソリーニに忠誠を誓う北部のRSIと
連合国側に降伏した南部地域とに分裂していたし
北部にも反ファッショのパルチザンが蠢動していた。
パルチザンとファッショ側の「黒い旅団」との凄惨な殺し合いは
今もイタリアの黒歴史だ。
>>119 正確には処刑されたのではなくパルチザン(=反ムッソリーニ派)による虐殺の方が正しい?
ムッソリーニもそうだけど
チャウシェスク、ニコライ、ルムンバ
この辺も処刑されたと言われているが
別にちゃんとした裁判で正当の殺害したわけではなく
初めから殺すつもりだったんだよな
チャウシェスクとかは軍部とか官僚が責任逃れのために全責任を彼に押しつけるために
そういう意味では虐殺
マッドバロンだっけレーニンが
「裁判はするな。奴が何をしたか知っている」と命令を下して処刑されたの。
パルチザンはもちろん公的機関を備えないので裁判を行わない。
公的機関を備える場合、基本的に公文書の用意はされる。
つまり無裁判であっても何かしらの特殊な処刑権限を有するものに
任されるということ。もちろん例外はあるが。
>>121 チャウシェスクがあの状況の簡易裁判の結果
無罪判決とか終身刑とか100%あり得なかっただろうな
国外追放って可能性はあったんだろうかね
124 :
世界@名無史さん:2011/03/26(土) 23:12:28.98 0
ムハンマド・アリーって高校の世界史の教科書にも写真付きで載っていますが
彼がそんなに重要視される役割を果たしたのでしょうか?
今のアラブの混乱の決定的な原因を作ったとかさ
地域史としてはもちろん重要人物なんだろうけど
高校の世界史レベルでも載るぐらいの重要人物なんでしょうか?
19世紀の世界にとって戦略上の重要地であるエジプトに、ムハンマド・アリー朝という政権を築いたんだから、
それだけで十分、重要人物だろ
126 :
オツガイ ◆EAbyJft1LY :2011/03/26(土) 23:30:26.34 0
>>124 ムハンマド・アリーの功績は単にエジプトの近代化を進めた事だけだと思ってない?
今のアラブの混乱の決定的な原因とまではいかなくてもその遠因にはなってるよ。
個人的にムハンマド・アリーの主な歴史的影響を箇条書きするとこんな感じかな。
・現代まで繋がるエジプトの近代化の基礎を作った。これらはオスマン帝国や、
イランなどにおける近代化のモデルにもなった。
・オスマン帝国との争いにヨーロッパ諸国が介入したことによって、
近代ヨーロッパ政治において重要な問題となる東方問題が始まった。
・エジプト事件での失敗によりエジプト経済がイギリスに対して従属することになり、
後のイギリスによるエジプト植民地化の基礎を作った。
・エジプトナショナリズムの原型ができ、後のウラービー革命やエジプト革命の、
下地(≒遠因)となった。(これは少し苦しいかな?)
>>117 メイアだったかナチスを選んだドイツ国民を万死に値するって言ってなかったっけ?
128 :
世界@名無史さん:2011/03/27(日) 01:29:07.08 0
モーゼって本当にいたとされてるのでしょうか?
海が割れたとか作り話としても
現在のところ、モーセのモデルになるような宗教指導者の存在を
否定する学説は一般的ではない
その宗教指導者の事跡が聖書と一致するかどうかは別問題だけど
そもそも誰かが電波飛ばさないと宗教は生まれないだろ
原始宗教だって誰が言い出したか不明ってだけで最初に電波をを飛ばした誰かがいたはず
>>128 最近の古代イスラエル史の教科書はモーセや出エジプトには触れない。
聖書外史料から証拠づけることができないから。
ただ保守系の学者の一部にはいまだに証明しようとしている人たちが
いるが(キッチン、ホフマイヤー)。
>>130 相続法があれば十分じゃないかな。
相続人なくして死んだ人の財産を公共の利益のため受け継ぐという時に、
組織利益ではない、死後の云々の支配というための聖権概念が生まれた。
>>117 現在の韓国の場合はフランスに比べて大統領権限は強いよ。それでも第9次改正以前の軍事独裁制よりは
遙かに限定的だけど。あと、フランスは第五共和国憲法以降、慣行的な理由もあって対外的な業務は大統領が、
内政は首相が行うことになっている。よく言われるフランスのジョークに新聞記者が大統領に質問したとき、
「それは首相に聞いてくれ」ってのがあるくらい。
で、ワイマール体制時の大統領の権限だけど、現在の韓国やフランスよりも権限は強くて、内閣の任免権を持ち
議会の解散権も有していた。また、大統領は当時の貴族階級や大地主らを代表していた傾向が強く、
一般市民の意志を代表してるとは言い難い実情もあったから、それがナチス人気の原動力にもなっている。
>>132 誤爆じゃないよね?
原始宗教の時代に、相続法など関係無いと思うけど?
法体系の整備されたローマなどはともかく、未開の蛮族の宗教は法体系の問題ではないでしょ?
十字軍のバケツかぶった兵士やサムライみたいな
かっこいい甲冑ってイスラム圏にはないの?
>>134 そんなことはない。
相続権という考え方はメソポタニアを遡る
大昔から存在したし、社会を構成する上で
最も基盤となる制度の一つ。
そもそも宗教の発生というのは大抵、埋葬をもって定義づけられるからなぁ。
ネアンデルタール人に相続法があったのかという話じゃないか?
どんな未開の蛮族にも、人間社会があるかぎり法はある。
口伝法だろうと成文法だろうと、世俗法だろうと宗教法だろうと。
>>130 宗教精神は人類に普遍的なものであって、
何か普通と違う感性を持った人に特有のものではないと思うけど。
そういう人が宗教の展開の転機になることはあるかもしれないが。
じゃないと場所を問わず存在し、広汎であることを説明できない。
いや、法はあっても原始共産制に相続はないぞ。
猿にだってボス猿などの身分制度があるのに、みんな平等の原始共産制社会なんて実在したのかね?
猿だって小猿たちの世話をして牝たちの人気とって、長老の支持を取り付けないとボスにはなれん。
飼育しているニホンザルやアカゲザルは
自然界とは生態が違うよ
そういや動物園の猿に序列云々ってあまり聞かないな。
別府の高崎山には序列があるんじゃないか?
動物園の群にも普通に序列がある、ボス死亡で大混乱とかニュースになってる
民主的に選ばれたボス猿は他の群れの成員と平等なのか。
餌を食う順位はボス猿が上。
ハーレムについては、いくらでも間男されているので、末端までは制御できない。
どの母猿の子かによって、知力体力の格付けがきまってしまうし
大人になったら、母猿の群れからオスは出ていく掟があるので、実質的には母系社会。
飼育していると、大人のオスは、元の群れに戻ってきてマザー・ファッカーになりかねない。
とりあえず、猿の世界に財産の概念は存在しないと思います
あと、ルールと法は若干違うものかとも思いますが
どうしてモンゴル人はあんなに強かったのですか?
何で最強の白人が負けたんですか?
小柄で身体が柔軟だったからです。
武器は弓矢しかありませんし、鎧も殆どつけていなかった。
だから身体の柔軟性が活用できたのです。
実はモンゴル帝国は白人が築いたのだ。
いまさら何を
世界文明は古代ギリシャ人が築いたのに
いや、韓国人(だそうです)
韓国人で白人なら矛盾がないぜ?
ついでによそへ行ってくれると助かる。
>>128 ヒクソスだろ。
ヒクソスの王朝が倒れて、下克上で、土着支配者が復活したら、ヒクソス連中は奴隷身分に落とされ、
その奴隷の一部が逃亡した。
奴隷の逃亡なんてそんなに珍しいことでも無かろうから、エジプト側の資料に無し、と。
157 :
世界@名無史さん:2011/03/28(月) 18:36:26.62 O
第2次大戦あたりからの世界の指導者(チャーチル、ヒトラー、スターリン、カストロ、フセインなど)の愛した音楽、煙草、筆記具、車などなど、ご存じの人がいましたら教えてください。
あんまり多いんで、とりあえずタバコの話でも。
チャーチルは葉巻タバコの愛好家で、ハバナ産の「ロメオ・イ・フリエタ」やマニラ産の「タバカレラ」の大型葉巻を好んだ。
このため長さ178ミリ、直径18.65ミリ以上の葉巻を「チャーチル・サイズ」と呼ぶ。
ルーズベルトは紙巻タバコの「キャメル」を好み、スターリンもヘビースモーカー。
しかしヒトラーはタバコも酒も嫌いだったという。
なおカストロもキューバ産の高級葉巻「Cohiba」を愛飲したが、1986年から自身と国民の健康のため禁煙している。
イギリスの王って
なんでおなじような名前が多いの?
マイケルとかデビッドとかポールとかいても良さそうだけど
スコットランドにはデイヴィッドという名の王様がいたらしいが。
>>159 デイヴィッド2世(スコットランド王)
マイケル (マイケル・オブ・ケント王子)国王じゃないけど
マーガレット・ポール(イングランドの貴族でヨーク家一族)女だけど
第二次大戦前後に流行した大衆音楽について調べているのですが、
ざっと思いつくのだけでジャズ、ブルース、シャンソンくらいです。
他にどんなジャンルがありますか?
タンゴ、ロシア民謡はまあまあ流行ったんじゃないかな。
特に第二次大戦の前はアルゼンチン経済の隆盛と共にアルゼンチン・タンゴが流行してる。
イングランド発のあるロックンロールグループは世界の半分に社会的影響を与えたとも言われる
その影響を受けたグループも欧米のあちこちに結成された
南米先住民族音楽をルーツとするフォルクローレも80年代あたりから流行った
日本の浜松では熱心な招致活動により、500人規模の観客を動員したと云う
投石機やバリスタってどの程度の「効果」があったんでしょうか
威力はあるのでしょうが、労力に見合う程の破壊力かと言うと…どうもそうは思えません
あくまでこけおどし?それとも結構実用性があったのでしょうか?
>>159 名前の数が日本と比べて根本的に少ないのも原因のひとつでは
>>165 動画見れば分かるが突撃する騎馬兵なら余裕で回避可能、
かといって城壁を崩すのにも十分ではない。
だから大砲に取ってかわられたし、砲兵の歴史はそこから始まる。
つまり実用性は低いが……あくまでも今の目線での話。
なんだかんだいっても一撃は重いからな。投石機がないと
膠着する戦闘は多かったと思うよ。
初期の大砲も、突撃する騎馬兵に当てることは難しいだろ
投石機ってのは砦や城壁や軍船にぶつけてぶち砕くか、密集した敵にぶつけるもんだよ
あとは燃えるものを投げ込んだり、死体や生首投げ込んだりする
空飛ぶ実験にも使われてるな
ウンコの詰まった壺とか投げ込まれたら速攻で降参したくなると思うよ〜。
172 :
世界@名無史さん:2011/03/29(火) 19:37:39.11 0
日本の場合、新興勢力が権力の裏付けを求める場合朝廷や幕府に役職や官位を求めますが
諸外国の場合はどうなのでしょうか?
ヨーロッパだと教皇に嘆願してたのが類事例かな
>>173 質問が悪かったですね…
類似例を求めているのではなく西洋の教皇や日本の朝廷のような権威付ける機関がない、
または文化圏が違うので通用しない場合に
何に権威を求めたのかを知りたいのです
武力
孫文の文は諱ですか?
177 :
世界@名無史さん:2011/03/29(火) 21:43:01.10 0
>>174 外交というのもある。
邪馬台国の卑弥呼が魏に朝貢しただろう。
あれも魏にとって見ればいい宣伝だからな
倭国みたいな海の向こう側の国が、魏の国を中華の正統と
認めて使節を遣わしてきたぞと
178 :
世界@名無史さん:2011/03/29(火) 21:50:32.55 0
姓は「孫」
名は「文」
字は「逸仙」
号は「中山」
179 :
世界@名無史さん:2011/03/29(火) 22:16:29.10 O
アウシュビッツ等ナチの強制収容所では、女性や子供はどのような拷問、はずかしめを受けていたのでしょうか?
>>177 ああなるほど、格下の相手でも権威付けになるのか
ありがとう
>>179 あれは追放のための隔離、強制労働、絶滅などが主目的であって、拷問や辱めが目的となったことはありません。
わざわざそれを行うにはコストがかかりすぎます。
ガス室というものが存在する理由を考えて見てください。
処理のために効率的に「多数」を殺害する方法はあっても、拷問のために「個人」に割くような人手はないのです。
そもそも情報を隠匿していた場合は、ゲシュタポの元へと返されるでしょうから、わざわざ何か問うような事柄もありません。
故にそういった事が行われた場合は結構なイレギュラーですので、調べることは難しいでしょう。
あと、女子供は良い労働力にならないので、そもそも数日で殺されることも多かったようです。
成人男子より子供の方が奴隷労働向きな件
あとアウシュビッツのガス室の構造は大量殺人を効率的
におこなうのには極めて不適な件
184 :
世界@名無史さん:2011/03/29(火) 23:21:42.43 O
労働という観点から見て、女性や子供が不適格であるとするならば、例えばアンネ・フランクはなぜ終戦直前まで生きられた(アウシュビッツにいたこともあるのに)のでしょうか?
絶滅収容所という側面は否定できませんが、それでもなにかあったのではないでしょうか?
(慰安婦養成?人体実験など)
185 :
世界@名無史さん:2011/03/29(火) 23:23:57.35 0
ホロコーストがなかったら
ナチスってここまで悪く言われる事もなかった?
186 :
世界@名無史さん:2011/03/29(火) 23:44:30.67 0
第二次大戦さえやってなければね。
優秀な純血のアーリア人種を自認していたドイツ人が、
なんで絶滅させるべき不衛生で痩せこけたユダヤ人の小娘とセックスせにゃならんのだ。
アンネ・フランクは強制収容所を転々とし、比較的健康だったので電池分解などの労働を行わされたが、
食事が乏しすぎたため栄養不足と不衛生からチフスに罹り15歳で死んだ。
見るからに労働不能とされた不健康な奴らは移送後にガス室送りじゃ。
188 :
世界@名無史さん:2011/03/30(水) 00:02:23.72 0
ベトナム戦争についてですが、南ベトナムとアメリカ軍はどうあがいても北ベトナムに勝つことは無理だったんですか?
それと、アメリカが援助していた南ベトナムの政権があんなに腐敗してしまっていたのはどうして?
>>162 たとえばジャズといってもいろいろあるし…。
デューク・エリントン
ベニー・グッドマン
トミー・ドーシー
カウント・ベイシー
アーティ・ショウ
カーメン・キャバレロ
チャーリー・パーカー
グレン・ミラー
ビング・クロスビー
フランク・シナトラ
エラ・フィッツジェラルド
ビリー・ホリデイ
ディーン・マーティン
ペギー・リー
サラ・ヴォーン
ナット・キング・コール
ルイ・アームストロング
とりあえずこれぐらいは聞いておかないと「調べてる」とは言えない。
年代ごとのヒット曲を調べて傾向をさぐるとか。
当主が討ち死にしちまって子供も養子もいねぇ!
ってなった場合国が分裂しなかった(内乱が起こらなかった)例ってあります
あったらどういう身分の人間がどうやって実権を握ったんでしょう?
>>159 ガイジンなんて名前のバリエーション自体少ないし
まあ第二次世界大戦を引き起こしたのは大日本帝国だがな
第二次大戦を起こしたのは
イギリスとフランスがドイツに宣戦布告したからじゃないの?
第二次世界大戦が起きたのは、第一次世界大戦のせいだよ。
>>162 ロックステディ、フォルクローレ、レゲェ、ボサノバ、サルサ、メント、
ルンバ、カリプソ、ラーガ・ロック、アフロビート、ゴスペル、ブルース、
カントリー・ミュージック、ラグタイム、フォークソング、革命・労働歌
196 :
世界@名無史さん:2011/03/30(水) 09:12:50.70 0
>>188 負けない戦争をすることなら可能だった
冷戦終了まで持ちこたえる可能性も十分あった
実際1972年ごろは米軍はかなり軍事的に優勢で
メコンデルタ地帯は、昼間なら安心できていたそうだから
北ベトナム側は、モラルの低下が激しく軍事的に
崩壊寸前だったみたいだから
197 :
世界@名無史さん:2011/03/30(水) 10:09:36.77 0
ヒトラーがホロコーストと第二次世界大戦をやらずに、
一党独裁だけで満足しておけば、フランコやサラザールみたいに、
天寿を全うできたかもしれん。
ユダヤとアメリカを敵に回したのと、ロシアの泥沼に引きずりこまれたのが、
ヒトラーの運のつき。
ナチスが政権とった時点のドイツの経済は
どの道戦争始めないと破産する状態だったとか
どっかのスレで聞いたけど、その辺どうなの?
199 :
世界@名無史さん:2011/03/30(水) 12:36:11.53 O
ビーパップとロックステディ
>>198 うそ
立ち直りかけてたところを
ヒトラー政権での軍拡が腰折れさせた
共産主義は負けたといわれているけど、マルクスの資本主義に対する批判があまりに的確だったから
抑圧されただけだろう。とはいえ、マルクス的なブルジョアとプロレタリアの二項対立モデルが、ポスト資本主義においては
満足に機能していないことも事実ではある。
だからじっさい、現代のマルキストにはまだ革命のための理論が整ってはいない。
暴力の内実がまだよく把握できていないわけだ。
しかしヒントはある。資本主義は内部に予期不可能性を抱えているということが今回の金融危機でわかった。
資本主義のシステムの内部では、思わぬ誤算がいつも生じている。
我々は明日に共産主義はこないと思っているが、明後日には資本主義がどうなっているか判断できない。
正しいマルクス主義者であれば、この偶然性をみずからの実存の側に引き寄せて、きたるべき革命に備えていることだろう。
ここは演説スレではありません
>>197 チェコとオーストリアだけで満足してりゃよかったのにねえ
欲をかいてポーランドにまで手を出したばっかりに
ナチスのポーランド侵攻はドイツ系住民の保護という大義名分があったからね。
まあ、侵攻の名目となった事件はドイツの自作自演だけどな。
>>198 失業対策が不可能だったからなぁ。
致命的な状態だったかでいえばYES。ただ、ソ連はネップ期に
この状態だったけど脱却してるんだよね。
その間に政権闘争、飢饉、そしてかの大粛清があったが
はたしてスターリンのただの罪悪なのか、後世の人々に理解できないだけで
脱却のために必要なことだったのかは分からずじまい。
そもそも革命なんかしなきゃ普通に安定成長して人口が多くて領土が広いスペインになってただろう
立憲君主制が続いてたらアメリカと対立する必然性もないし冷戦自体なかっただろうし
ドイツは引き際がまずいから戦闘に強くても戦争には弱い。
勝つと何処までも突き進み負けが込むと全滅するまで戦う。
>>209 ギャンブルで身を滅ぼすヤツの典型だな
勝ってる時は、これならもっと勝てると、さらに賭ける
負けると、すった分を取り返そうとして、さらに賭ける
こうしてみると、戦争はギャンブルとよく似てる、というか、戦争こそ究極のギャンブルだね
ベートーヴェンってドイツの作曲家って言われるけど、
当時はドイツって国は無かったんじゃないのですか?
いわば神聖ローマ帝国の作曲家
当時のヨーロッパでドイツとはどういう認識を持たれていたのでしょうか?
国名?地域名?民族名?
史学のスレで「〜たら、〜だろう」というレスほど無意味なものはない。
>>211 まあ、地域名だな
一応、「ドイツ王」という称号もあって、中世には神聖ローマ帝国の皇帝が、皇帝に即位する前にその称号を名乗るのが
慣例みたいになってたけど
とはいえ神聖ローマ帝国は、(以前からそうだったけどベートヴェンの時代ともなると特に)有名な言葉もあるように
「帝国ですらない」状態で、ハプスブルクの本拠オーストリアなどではともかく、ドイツでは実体がないに等しく、
小さい侯国や司教領などのそれぞれが事実上の独立国
ベートーヴェンなら、ケルン大司教領出身で、主に活動したのはオーストリア、というのが正確かもね
214 :
非公開@個人情報保護のため:2011/03/31(木) 13:27:03.53 0
今回の未曾有の大災害を目の当たりにしてやっぱり確信した
日本は太古の昔から自然の大災害に幾たびも襲われる逃げ場の無い島国だったんだと
だから半島や大陸に対しての野心が日本国民に知らず知らずにの内に身に宿ってしまったんだと
侵略云々はともかく
今回は日本人として日本人の歴史的価値観やアイデンティティーの一端を理解できた気がする
アイルランド人がアメリカ大陸に大挙移住したように
日本人はなぜ移民大国にならなかったのだろうか?
満蒙開拓団や中南米移住はその一端だとは思うが
日本史板へどうぞ
216 :
非公開@個人情報保護のため:2011/03/31(木) 14:06:46.24 0
戦時中、英米西側諸国はファシズムを牽制したが共産主義も警戒した
ファシズム時代の日本とドイツもソビエト共産党を牽制し共産主義の自国への進入を非常に恐れた
独ソ開戦、日中開戦はある意味、対共産主義が大義名分であったはず
ファシズムと共産主義はどこが違うのでしょうか?
軍拡帝国主義や言論統制、他民族迫害などなど
ほとんど同じで違うところを探すほうが難しい気がしますが
217 :
非公開@個人情報保護のため:2011/03/31(木) 14:19:35.55 0
>>216 英米仏西側列強は後発の軍拡、帝国主義国を非常に嫌った
自分たちと同じ事をやり始めた新興国工業国に限りなく脅威を感じた
それが独、日、露であった訳でそれらの国の体制や社会思想はこじつけにすぎない
>>214 日本は基本的に気候がよいので、江戸時代の飢饉の時ですら、餓死者は(アイルランドなどの飢饉に比べれば)
それほど多くはないよ
220 :
非公開@個人情報保護のため:2011/03/31(木) 15:59:53.39 0
>>214 地震、津波、台風、火山噴火、水害、冷害、酷暑などなど
我が国は自然災害オンパレードの国なんだが
四季があり比較的温暖で干ばつが少なく水が豊かな面が大きいと思う
ただし今回の原発被害による水への影響は歴史的危機だと思うが
>>214 前提が間違ってる。
白村江の件は百済王室と皇室の関係が深かったから。
文禄、慶長の件は、国内の恩賞となる土地の不足と、日本の戦国時代特有の好戦的で特殊な社会構造からくる内部圧力。
日本が半島、大陸を侵略したのは全て欧米からの侵略への恐怖心と、内部組織のセクショナリズム的体面から。
全部他に理由がある。
日清日露は対岸の確保のため。
日中〜太平洋戦争は大雑把に言えば来たるべき最終戦争(笑)を想定して、
近隣の資源国を無理矢理従えようとしたことの反発の結果と、省庁、陸海軍同士の対抗・競争意識。
大体、他の土地が安全だと言う知識も、現代人以外にはない。
>>216 生粋の(?)共産主義は労働者による資本家打倒を標榜するが、
ファシズムは基本、資本家が後ろ盾。
だからソビエトの影響が自国に波及するのを嫌う。
223 :
非公開@個人情報保護のため:2011/03/31(木) 17:09:04.62 0
>>216 ドイツも日本もソ連や中国の地下資源が欲しかったのがある意味開戦理由
社会思想や国家体制は二の次
>>216 冷戦時代の米ソは
危険も省みず強硬な軍拡を進めようとする米国と
膨れ上がるハイリスクノーリターンを抑えようと必死に軍縮に務めるソ連という
構図だったし言論統制もさほど変わらんかったぞ。
民族迫害は西のほうが闘争、東のほうが弾圧って構図だからちょっと比較できんが。
でも民主主義と共産主義は同じとはいえんだろう。
>>224 デタントのその後をしらねーのかよ
アメリカは軍縮してたがソ連は軍拡してたんだぞ
>>224 >必死に軍縮に務めるソ連
・・・ソースよろしく
227 :
世界@名無史さん:2011/03/31(木) 21:33:39.09 0
変な奴が紛れ込んでる。
>>227 確かに変な奴紛れこんでいるね。おまえとかw
ケネディはキューバ危機の中あくまでもミサイルを解除しようとはしなかったし
SALTIIも6月にはワシントンで破棄前提の予算計画が組まれ、
イランへの軍派遣がアフガン戦争の勃発に繋がったのは周知の通り。
基本的には米国が暴走してるだろ。
>イランへの軍派遣がアフガン戦争の勃発に繋がったのは周知の通り。
どこでそんなトンデモを吹き込まれたんだ?
>>229 >イランへの軍派遣がアフガン戦争の勃発に繋がったのは周知の通り。
むしろソ連のアフガン侵攻はアメリカよりもイラン革命の波及を恐れての要素が強いんだけど
>>227 そやね
昔、どこかの組織で聞かされたことそのまま、
ニュース読んで自分で考えることしてない
今やニュース読むことさえ自分でしないやつらが多いからな。
自分で読む代わりに池上ナンタラに解説してもらって
分かった気でいる。
>>214 君の考えが正しければ、今回被災した人が、また同じ土地に住んで町を復興したいなんて思うわけがない。
でも現実には、過去何度か災害にあった土地に人は愛着を持って住み続けてきたし、今後もそうするだろう。
>>231 1979年8月25日パブロフスキー将軍の文書には
同日会談したアミンの要請に対しあくまで突っぱねる気でいるよ。
7月12日までイラン革命に対し当初アフガン政府の同意を得て
イラン国境監視もできるパラシュート部隊を送るつもりだったのは確かだが
アミンが国内の状況解決のため「正式要請に基づくソ連軍の派遣」を求めるにおよび
19日にそれはできないという事を伝え、ここからgdgdが始まることになった。
結局12月14日にアミンが折れて秘密警察を合流されることを願い、
アンドロポフ・ウスチノフ・グロムイコにこの問題についての総括が任された。
イラン革命の影響はほとんどない。
>>235 それだけでは否定材料にならんだろ
イランイラク戦争でもソ連はイラク最大の支援国
国家単位でみるとイラン革命を警戒していたのは確か
238 :
世界@名無史さん:2011/04/01(金) 12:30:36.19 O
ユダヤ人を差別する一方で、
イエスを崇拝しユダヤ名(ジョンとか)を付けるという行動が理解できないんですが。
>>238 順序が逆
「ユダヤ人を差別してるのにイエスを崇拝している」のではなく、
「イエスを崇拝しているから、(イエスを神の子と認めていない)ユダヤ人を差別している」のだ
だから、イエスの弟子たちの名や、イエスが登場する以前の聖書の人物の名をつけることは何の問題もない
>>237 チェチェン紛争でロシアに700億円ほど日本は支援してるが
別にチェチェン革命を警戒してるわけじゃないしなぁ。
というのは置いておくとしても
イランは常に帝政ロシア・ソ連の関心ごとではあったね。
グレートゲームの頃からイギリスと取り合ってたし。
だからこそ逆に革命がどういう影響をソ連に及ぼしたのかわかりにくい。
アフガンへの拡大を恐れた……というのは考えにくい。両国がまったく異なることも
熟知してるし。しかしおそらくアフガンの原因になったんでなければ、
派遣の意味も掴めないという事になる。
>>238 ユダヤ人自体、ヘブライ人も含めた差別される連中への差別語で、
それを19世紀以降彼らが自称にしたんだから「ユダヤ人を差別する」という言葉は
ちょっとおかしい。
242 :
世界@名無史さん:2011/04/01(金) 20:13:45.75 O
ブッダが他のインド人に差別されてたら
日本人中国人もインド人を差別していた
というようなものだろう
243 :
世界@名無史さん:2011/04/01(金) 20:39:50.04 0
仏教は多様な宗派があり
多様な仏典を取捨選択して宗派ができている。
釈迦を本尊とせず、阿弥陀如来(無量光仏、無量寿仏)-観音・勢至の
ラインを本尊とする宗派が大乗では多い。
阿弥陀や観音は、インド人なのか?
そういうのは、現代仏教では、もう超越しているだろ!?
輪廻転生が教義の仏教で人種民族国籍を語っても無意味だと思うが解脱する直前の阿弥陀はインド人だったはず
245 :
世界@名無史さん:2011/04/01(金) 21:22:38.82 0
ムハンマドアリーはマムルークを宴に呼び込んで悉く皆殺しにしたらしいけど
マムルークの家族他土豪の反発とかなかったの?
こんな無茶苦茶やったら反発があって当然だと思うんだけど
ムハンマドアリーも他所者で地盤が脆弱じゃない?
>>241 >イランは常に帝政ロシア・ソ連の関心ごとではあったね。
ロシア側視点ではそうなる
しかしもともと中央アジアはペルシャの一部か影響下にあった地域で、
後からロシアが支配を広げてきたもの。
247 :
オツガイ ◆EAbyJft1LY :2011/04/01(金) 22:17:49.17 0
>>245 初期のムハンマド・アリーはマムルークに反発を持つ一般大衆の、
支持を自身の権力の基盤としたからね。だからマムルーク撲滅も、
短期間で成功した。とは言え、その後に導入された過酷な徴兵制や、
徴税や主要農産物の専売制なんかのせいで次第に民衆の支持を、
失っていくんだけどね。でも、ムハンマド・アリーもその頃には自身の、
腹心たちを中心とした中央集権的な行政機構を完成させてたから、
民衆からの反発にも平気だった。
>>247 なるほど
民衆の強い支持を得ていたのか
でもなんで?
249 :
オツガイ ◆EAbyJft1LY :2011/04/01(金) 22:37:22.82 0
>>248 まず前提としてもともとエジプトの民衆の間ではマムルークに対する、
反発が根強かった。そんな時にナポレオンによるエジプト遠征が起き、
混乱したエジプトではフランス軍の撤退後に熾烈な権力争いが起きた。
マムルーク同士の争いがますます激しくなる中、そんなマムルークに、
うんざりしてた民衆は、ムハンマド・アリーを代わりに支持するようになる。
ここら辺はムハンマド・アリーの立ち回りの上手さと言えるだろうね。まぁ、
オスマン帝国の総督やマムルークよりは余所者のアルバニア人のほうが、
マシだと民衆が思うのも分からなくはないし。そうして上手く支持を取り付けた。
>>249 元々反発があったのか
そんなにマムルークの治世が酷かったの?
251 :
オツガイ ◆EAbyJft1LY :2011/04/01(金) 23:15:51.13 0
>>250 18世紀頃のマムルークは大土地所有者みたいな感じになってきていて、
農民の大半はマムルークに雇用されて、マムルークの所有する土地を、
耕してたらしいからね。しかも、マムルークはそのようにして得た利益で、
かなり豪奢な暮らしをしてたから余計に嫌われた。もともとカフカースから、
来た余所者ということであまり良くなかった印象がこのせいで更に悪化した。
>>251 なるほど
仔細詳しくご解答頂きありがとうございます
253 :
世界@名無史さん:2011/04/01(金) 23:55:15.67 O
254 :
世界@名無史さん:2011/04/02(土) 01:12:04.82 0
いまいちわからないのですが
ナチスの軍人ってポーランド侵略などでも高圧的に描かれていますが
ナチスが政権を取って侵略的な傾向になったのでしょうか?
それともワイマール時代からあんな感じだったのでしょうか?
255 :
世界@名無史さん:2011/04/02(土) 01:59:24.44 0
ヒトラー、ムッソリーニ、スターリン、毛沢東、蒋介石、周恩来、ケ小平、カストロ、金正日
この辺りはスーツを着た写真とかって存在しているのでしょうか?
政権を取る前でもいいのですが
金日成はスーツ姿でしたよね
あと伊藤博文や東条英機なんかもスーツ姿ってあるのでしょうか?
ネクタイ姿とか
毛沢東、周恩来、ケ小平、あるでしょう。
毛沢東は、出版社の代表者で、教員だったんですよ。
都市で商売するために、洋服着てましたよ。湖南時代にあるはず。
周恩来、ケ小平は、外国留学して背広着てますよ。
なんでフランスはるいと言う名前の王子がおおいの?ルイ9世の影響?
あとイングランドの国王も軒並み大陸の名前だよね。ナショナリズムが醸成された百年戦争以降、アングロサクソン起源のエグバートとかエセルベルトとかは再び市民権をえるかと思ったらそうでもない。なんで駆逐されたの?
「アングロサクソンという単一民族集団としてのナショナリズム」ではなく、
「イングランド王国の国王と国民としてのナショナリズム」が醸成されたから。
またシャルルでなくチャールズ、アンリでなくヘンリと名乗れば、大陸起源でも「英語での名前」になる。
アングロサクソンに由来しない、聖書やギリシャ・ローマに起源を持つ人名も捨てられたことはないし。
260 :
世界@名無史さん:2011/04/03(日) 00:32:57.58 0
なぜメキシコは1968年に、オリンピック開催ができたのですか。
経済成長があったからですか?
261 :
オツガイ ◆EAbyJft1LY :2011/04/03(日) 08:37:57.32 0
>>260 そうだよ。当時のメキシコは「メキシコの奇跡」と呼ばれる著しい、
経済成長が見られたからね。その前のオリンピックを開催した、
日本とかと並んで新興国として当時のメキシコは注目を浴びてた。
262 :
世界@名無史さん:2011/04/03(日) 09:19:15.59 0
>>255 ヒトラーはナチの党員服の他に、スーツ姿の写真もけっこうある。
伊藤博文とか明治の政治家は、時代的にスーツというよりフロックコート。
東条は戦前の欧州駐在中の写真に、髪の毛伸ばして背広姿のがあった。
ただ、日本とメキシコの大きな違いは、日本は工業製品の輸出によって成長したのに対して
メキシコの場合は油田を持っていることによる石油の輸出に依存していたこと。
その為、80年代以降は成長が止まり経済的に破綻する。また、成長期も今の中国と同様
都市部と農村部との格差を拡大しただけで富の偏在が問題になった。
264 :
世界@名無史さん:2011/04/03(日) 09:59:10.80 0
第二次世界大戦後、日本の高度成長経済期にあたるような時期が、
世界中であったのですか?
265 :
オツガイ ◆EAbyJft1LY :2011/04/03(日) 10:14:40.67 0
>>264 今の中国だってそんな感じだし、敗戦からの復興だったらイタリアや、
ドイツも同じように経験してる。
>>261で述べたメキシコだってあるしね。
他にも「○○の奇跡」と言われてるような国はいくつかあるよ。
266 :
世界@名無史さん:2011/04/03(日) 10:19:13.72 0
アフガニスタンでデモ隊が国連事務所を襲撃した事件。問題の発端となった米フロリダ州の
キリスト教会は3月下旬、イスラム教の聖典コーランを「公開裁判」にかけて「有罪」判決を下し、
燃やすまでの様子を記録した映像を自分たちのインターネットサイトに掲載していた。
同サイトによると、裁判で「検察」側は、コーランは永遠の起源を持たず、神聖ではない、などと主張。
ターバンを巻いた男性がコーランを弁護してみせたが、灯油をかけて燃やすとの「判決」が下された。
この教会のテリー・ジョーンズ牧師は昨年も、米同時多発テロが起きた9月11日に合わせて
コーランを焼く計画を公表し、国際的な批判を浴びた。その際は、アフガニスタン駐留米軍の
ペトレイアス司令官らが計画中止を呼びかけたのに応じ、矛を収めていた。
だが今回、ついにコーランを焼却したことの波紋が広がり、実際に人命が失われる事件に発展した。
ジョーンズ牧師はAFP通信に対し、アフガニスタンでの襲撃について「衝撃を受けた」
としながらも、「責任があるとは感じない。行いも変えない」などと語った。
http://www.asahi.com/digital/internet/TKY201104020445.html
267 :
世界@名無史さん:2011/04/03(日) 10:29:26.19 0
>>257 日本にたとえてみよう。
古事記日本書紀に出てくる名前、「磐余彦」「河耳」「玉手看」「耜友」「大鷦鷯」「鎌足」「入鹿」
などが今の世に流行するかどうか、よ〜く考えよう。
英国人にとって、Ed〜、Ethel〜という名前は古くさく感じるらしい。
しかし、幕末に「麿」とかいうのは流行ってる。
269 :
世界@名無史さん:2011/04/03(日) 11:29:59.08 0
吉田稔麿とか田中不二麿とかか。
幕末維新期に流行ったのは、国学の影響だろうな。
明治期に公家華族の名前に麿が増えるのは、
戸籍制度がはじまったときに幼名で届け出て、そのままって感じだが。
アフガニスタンでデモ隊が国連事務所を襲撃した事件。問題の発端となった米フロリダ州の
キリスト教会は3月下旬、イスラム教の聖典コーランを「公開裁判」にかけて「有罪」判決を下し、
燃やすまでの様子を記録した映像を自分たちのインターネットサイトに掲載していた。
同サイトによると、裁判で「検察」側は、コーランは永遠の起源を持たず、神聖ではない、などと主張。
ターバンを巻いた男性がコーランを弁護してみせたが、灯油をかけて燃やすとの「判決」が下された。
この教会のテリー・ジョーンズ牧師は昨年も、米同時多発テロが起きた9月11日に合わせて
コーランを焼く計画を公表し、国際的な批判を浴びた。その際は、アフガニスタン駐留米軍の
ペトレイアス司令官らが計画中止を呼びかけたのに応じ、矛を収めていた。
だが今回、ついにコーランを焼却したことの波紋が広がり、実際に人命が失われる事件に発展した。
ジョーンズ牧師はAFP通信に対し、アフガニスタンでの襲撃について「衝撃を受けた」
としながらも、「責任があるとは感じない。行いも変えない」などと語った。
http://www.asahi.com/digital/internet/TKY201104020445.html 悪質な情報操作だなぁ。
現地政府では「タリバンが便乗した」との見方が強いのに
暴徒が宗教抗議デモと必然的に結びついたかのように報道してる。
ソ連期、コンスタンティノープルもアテネも認めてないのに
正教の支配者を詐称してたアメリカらしいやり方。
おっと誤爆すまん。
272 :
世界@名無史さん:2011/04/03(日) 11:49:32.25 0
何のコメントもなく、ニュース記事を長文コピペするのは迷惑以外の何物でもない。
それに時事ネタと歴史ネタは峻別してほしい。
273 :
世界@名無史さん:2011/04/03(日) 11:53:45.53 0
李鴻章の写真として出回っているものには、
晩年のものと思われる丸顔で白いヒゲの、伊藤博文にちょっと似た感じのものと、
壮年期のものらしい細面で黒い口ヒゲのものがある。
大体、前者の方がよく見かけるし、下関会談の歴史画と共通のイメージだが、
時々見かける後者は別人みたいにイメージがちがう。
後者は本当に李鴻章の写真でまちがいないのかな?
274 :
世界@名無史さん:2011/04/03(日) 12:54:07.67 0
>>255 伝記本や写真集くらい調べろよ。
有名どころなら近所の図書館でも置いてあるだろ。
そんな時間がなければ、グーグルの画像検索を活用すべし。
>>273 李鴻章は1860年代から90年代末まで活躍してる人物だし、
1860年代には日本でもけっこう人物写真が撮影されてるから、
それだけの長い歳月があれば、同一人物でも別人みたいになる可能性はある。
>>255>>274 ヒトラーはスーツ姿での写真もけっこうある。
有名な演説の練習用にポーズをキメてる写真とか。
ムッソリーニのスーツ姿は1枚しかなかった。
スターリンは軍服か人民服みたいな写真ばかり。
画像検索すると、なぜか岡田真澄の写真まで出てくる・・・
蒋介石のスーツ姿は宋美齢との結婚式での写真とか、
来日して頭山満?と一緒に写ってる写真とかがあった。
カストロのスーツ姿は、わりと最近のものが何点かあった。
蒋介石の写真は圧倒的に軍服のものが多いが、
中国服にタスキ掛け勲章をしたものや、
戦前の天皇みたいな大礼服の写真まであったのは面白かった。
>>258 ではなぜアングロサクソン起源の名前が廃れたの?
マンコ発見!
アレクサンドロス大王、ディアドコイに関して分かりやすく書いてる本ありませんか?
>>281 日本語ではないよ。洋書をあたれば?洋書ならいいのがいっぱいあるよ。
イングランドにはノルマン系の(貴族や豪族や戦士だけじゃなく)平民も9世紀頃から定住しているし、
アングロサクソン以前にも先住種族やローマ世界各地から移り住んだ雑多な連中がいた
支配階層の血統も欧州各地の王侯貴族が入り混じり、アングロサクソン語が全然話せない王もいた
それにアングロサクソン系という血統に特殊な思い入れがあるイングランド人も別にいない
アーサー王なんて元来はサクソン人と戦ったブリトン人の英雄のはずだが、
大陸側に対抗するため「わが国の英雄」としてイングランド王に持ち上げられている
(のわりにアーサーという名前の王はいないが、ヘンリー7世の王太子にいたことはある)
だから「国民」としてのナショナリズムであって、「民族・種族」としてのナショナリズムではない
フランスやスペインも多民族国家で、「国民・人民」はいてもフランス民族・スペイン民族はいない
まあスペイン国民には、カタルーニャ人とかガリシア人とかいるわけだ
285 :
世界@名無史さん:2011/04/03(日) 20:11:05.29 0
専売制について聞きたいんだけどこのスレで合ってるかな?
国内向けの専売と外国向けの専売について知りたいんだけど
286 :
世界@名無史さん:2011/04/03(日) 23:31:04.99 0
秀吉みたいに主君の仇を討ち名を挙げ地位を受け継いだ人って世界史でいませんか?
名目上に過ぎなかったけど楚の義帝(懐王)と項羽、劉邦の関係。
劉邦は反秦戦争に楚軍として従軍、関中一番乗りを果たすも、
一番乗りの者に関中を与えるとした懐王之約は、項羽の独断によって履行されず、
その後、名目上の旗印であった楚の義帝を項羽が殺害して、その不義を討つとの名目で挙兵した。
ポーランド侵攻で連合国はドイツにだけ宣戦して、
ドイツと一緒に攻め込んだソ連には宣戦どころか連合国の仲間にしたよな
これについて、当時のイギリスやフランスはどういう説明をしたの?
「ソ連も討つべし」という世論くらいあったと思うんだが、
どうやって説得したのか
ソ連は国連から除名されてる。
既に機能不全だったが。
290 :
世界@名無史さん:2011/04/04(月) 00:25:13.59 0
>>276 何のためにそんな画像を集めてるの?
ネットでは上澄み情報しか出てこない。
逆にキューバ政府にメールで問い合わせてみるといいかも(笑)
291 :
世界@名無史さん:2011/04/04(月) 00:38:52.25 0
ナポレオンがもたらした功績は法典や軍事など現在に続く近代国家基礎を作り上げたことや、道路の右側通行がヨーロッパ全土に普及させたり、大陸封鎖令によって砂糖価格が暴騰した結果、砂糖大根からの製糖が一気に普及させたなど後世に好影響を与えたものは色々あります。
それに対して後々の世まで悪影響を与えた罪はどんなものがあるのでしょうか?
>>288 ソ連のポーランド侵攻の名目って「戦禍にあえぐ難民の保護」なんだぜ
まぁ実際にはナチスとの裏協定に基づく分割なんだけどね
どう見ても黒なんだけど、下手に刺激して敵を増やしたくないし・・・
ってのが欧州の総意、この時点では
ソ連は調子に乗ってバルト三国やら北欧やらに手を伸ばして
国際連盟から除名されることになる
このころはさすがにドサマギの覇権主義がバレバレで
欧州(主に英仏)から総スカン喰らってるわけだ
だが
フランス降伏・英本土陥落危機を経て、独ソ戦の勃発で状況は一変
強大なナチを倒すためにはパートナーを選んでいられる状況じゃない
敵の敵は味方、その理屈が全ての不満をねじ伏せた
ちなみにソ連が連合国にカテゴライズされるのはここからだからね
そんな流れ
>>292 なるほど、流れはわかった
それで当時、イギリスやフランスが出した
「難民保護なら仕方ないな」みたいな公式の声明みたいなもんはないんだろうか
自国民に対する説明とか
こういう時どんな苦しい言い訳をするのか気になるんだ
ナポレオンは、短期的には大戦争によって200万人を死亡させ、
征服戦争で得た領土も敗北によって失い、フランスと欧州全土を大いに混乱・疲弊させた。
長期的にはフランス革命での諸理念、特にナショナリズムという熱病を世界中にばら撒いた。
>>283 フランスは民族浄化しまくりじゃん。
欧州憲章無視してフランス語の押し付け。出生届の人名までおフランス風でなきゃあ受理しないってなものだ。
>>293 苦しい言い訳というか前提は無いでもない。
もともと、ソ連もポーランド含めた中東へ伸びる石油経路・生産4国の保護に
参加する予定だったが、何のメリットもないバルト三国も保護対象に加えようとしたから
イギリスが拒否ったんだよ。もちろん国連に参加してたとはいえ、距離的にも四国に
影響力で有利なソ連を参加させたくなかった気持ちもあるだろうけど。
この最終的な決断が八月のこと。
だから独自にソ連がポーランドを"守ろうとしても"しょうがないんじゃね、
という世論はある。
>>287 ああ、そういえば…
ありがとうございます
金正日って一回でもスーツってきた事あるんかね?
ソフィン戦争が始まった折はイギリスは対ソ宣戦すらも考えたという。
その時にドイツの宣伝省がもっと頑張っていたら、
対英仏講和(もともと「いかさま戦争」だし)
そして独英仏vsソもありえたかも
近代以前の戦争での兵数MAXってどの位でしょうか?
>>299 その結果、独・英・仏のソ連分割統治相成って
独が悲願のコーカサスを手に入れていたら
現代でもナチスドイツは存続しているんだろうかね
小泉以前の規制日本を軍国化させたような物だから、
経済面でソ連のように行き詰る可能性は低いしな
まあ皮算用だな。
独と仏の逃亡将軍・軍人はソ連憎しも強いが、
それ以上に内戦につけ込んだイギリスをけして許さんだろうし。
悲願のコーカサスったって歴史的正当性でいえば今まで一度でも
独のものになってないんだから、少なくともユダヤ人口が
独>ソ連にならないと一部でも主張できない。
互いの権利を競い合いあとは仏・英・独の泥沼戦争だ。
一番良かったのはポーランドのダンケルク自由都市化+ドイツ鉄道後、
デンマークから返してもらって鉄鉱利権に有利な条件を手に入れたら
終了って辺りだったと思う。
結局、独ソ戦を除けば全部ベルサイユの後遺症なんだよな。
中立が中立を守らなかったのも住民の構成を無視してドイツから領土を奪ったのも
全部己の身に返ってきたわけだ。
結局ベルサイユ条約って結果的には最低最悪だったんだな
クレマンソーの主張とか
アレクサンドロス帝国って後世のローマ帝国やモンゴル帝国と比べて勿論の事
同時代のアケメネス朝ペルシャなんかよりも小っさくなってないですか?
なんでアレクサンドロスってこんなに評価されてるんでしょう?
307 :
世界@名無史さん:2011/04/05(火) 10:26:25.10 0
1980年代、西側諸国でできた経済システム、新自由主義は、
石油危機の影響でできたんですか?
308 :
世界@名無史さん:2011/04/05(火) 10:59:03.16 0
>アレクサンドロス帝国って・・・同時代のアケメネス朝ペルシャなんかよりも小っさくなってないですか?
なんか言ったか?
309 :
世界@名無史さん:2011/04/05(火) 11:30:43.87 0
>>306 アレクサンドロスの東征によって、東西文化の交流を特色とするヘレニズム時代が始まったから。
世界の文化史に与えた影響がハンパ無いから。
>>306 白村江の戦いで大敗して国外に出られなかった小日本人は黙ってろよ
311 :
世界@名無史さん:2011/04/05(火) 13:48:14.39 0
俺は名誉コリアンでよかったよ(^^)
アケメネス朝ペルシャよりマケドニア王国ぶんは大きくなってるだろ
>>309 その意見って、僕としては懐疑的なんですよね
アレクサンドロスが居なくてもヘレニズム時代は(やや違った形にせよ)開かれたと思います
まあ例えまやかしだったとしても「その通説のお陰で評価されている」というは質問の答えに適いますが
>>312 所が、そうでもないんですよ
アケメネス朝は今でいうトルクメニスタンの辺りに支配が及んでいたのに対し
アレウサンドロスはそこまで支配出来ていないみたい
あと小さいけれどキプロスなんかも(あくまで結果的にだけど)アレクサンドロスの軍門に下っていない
つまり、アレクサンドロス帝国はアケメネス朝ペルシャの支配領域に対して「抜け」が多い気がするんです
>>306>>313 大国の王が小国を滅ぼして、その領土を征服したのと、
小国の王が大国を滅ぼして、その領土を(完全ではないにしてもその大半を)征服したのとでは
どっちの王が高く評価されると思う?
315 :
世界@名無史さん:2011/04/05(火) 22:04:19.92 0
小日本が兄の国を滅ぼして賞賛されると思い込んでいる帝国主義者がいるようだな。
316 :
世界@名無史さん:2011/04/05(火) 22:30:35.59 0
日本はいつから世界から経済大国と認められるようになったのですか?
一代で征服した面積ならキュロス大王も結構なもんだがな(エジプトは次代に回したけど)
学者にたくさん資料や文献を与え整理させ学問に寄与したのは
当然後世から高評価されるでしょう。
>>316 いつって明確に区切るなら、うろ覚えだが1968年だっけ?に
GNP(GDPじゃないよ、まだこの頃は)が西側2位になった頃からかなー
321 :
世界@名無史さん:2011/04/06(水) 00:22:50.27 0
というよりも西ドイツがいつ2位になったのかが気になる
マーシャルプランがあったとは言え
あの廃墟から戦勝国のイギリスフランスを追い越した土台は
やっぱナチス時代のインフラの遺産があってこそ?
人口も半分になってイギリスやフランスに遠く及ばないと思うし
逆に言うとイギリスフランスは戦勝国なのになんで経済的に弱体化したんだ?
322 :
世界@名無史さん:2011/04/06(水) 00:26:13.78 0
イギリスもフランスも第一次大戦の打撃から完全に立ち直らないうちに、
世界恐慌の影響を受け、ブロック経済でなんとかしのいだと思ったら、
今度は第二次大戦で打撃を受けた。
イギリスは両大戦で一番ダメージを負った国だろ
WW1の戦死率がすさまじい
WW2ではチャーチルの指導で経済破綻してもいいから勝つ
とか訳分からんことしていたし
これこそ、戦闘に勝ったけど戦争に負けた典型例だ
西ドイツの人口は英仏より多かった。
英仏は植民地の独立運動(米ソが陰にいたりする)
対策で更に国力を消耗した。
>>299 ソ連が同盟国側で参戦とか妄想が広がるな
「スターリン、ヒトラーと日ソ独伊連合構想」
っていう本が面白かったわ
>>325 >>299を敷衍して
反共を旗印とした米英仏独 VS ソ もいいぜよ
ドイツ降伏後の話になるけどね
早い話が
パットンの「ドイツ捕虜に武器を与えて、このままソ連と一戦交えようじゃないか」って発言が
現実になってりゃよかったのにー、とね
ま、良識派のみなさんには叱られるだろーがw
327 :
世界@名無史さん:2011/04/06(水) 01:34:05.74 0
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/5227.html これを見てもドイツの方が圧倒的に戦死者が多くて(労働力の低下)
首都は完全に壊滅して
それでもイギリスの方が経済的には壊滅的な被害をこうむったの?
ドイツに比べてロンドンなんかは空爆されたとしてもインフラや経済基盤が壊滅的に破壊されたわけでもないと思うんだが
もちろんイギリスフランスも多大な被害はあるにせよ
ドイツほどではないと思うんだが
GNPはストックじゃなくてフローだからインフラや経済基盤が壊滅的に破壊されたほうが復興需要で大きくなる
一人当たりの生活水準で見るなら英仏と逆転したといえるのは80年代以降だろう
>>327 日本の復興と同じようなもんだと思うんだけど・・・
いや、素人考えですよ
冷戦下で一朝有事の際はドイツは100%戦場になるから、
その際ソ連に寝返らないようにってんで、水面下で莫大な援助があったかも知れんし、
ご機嫌を損ねないように、ドイツに有利な経済協定を(表に出さず)呑んだかも知れんし。
いや、実際は知らんですよ。だが、実際問題、
米軍NATOにとってドイツは作戦地=策源地だから、急速に豊かに復興していなくては困るんだわな。
極東の対ソ策源地=日本が甘やかされて、
経済だけやってりゃいいよ、護ってあげるから早よ復興しな、って言われてたようなもんで、
そういう追い風があったんじゃないかなー、とね
331 :
オツガイ ◆EAbyJft1LY :2011/04/06(水) 10:31:03.57 0
>>313 僕は古代史あまり詳しくないんだけど、トルキスタンのほうは、
バクトリア王国があったから、アレクサンドロス3世によって、
征服されてると思うんだけど。
332 :
世界@名無史さん:2011/04/06(水) 10:46:19.80 0
>>327 英仏の出生率は日独伊より数十年前にすでに低下していた
よって枢軸に比べて経済用語でいう「人口ボーナス」がなかった
333 :
世界@名無史さん:2011/04/06(水) 11:45:59.60 O
中世日本史の本とか読んでると「マルクス主義史学」って言葉が度々出てくるんですけど、これはつまりどういうことなんですか?
中世日本にマルクス主義が存在したわけではなく、
マルクス主義の移ろいの歴史の中で「マルクス主義史学」というジャンルの史学発生し、
その史学的見地に拠って中世日本の事象を評価分析するアプローチ方法に言及されたことかと
>>333 日本中世史研究者で有名な網野善彦氏の「網野史観」がマルクス主義から出発していたからでしょう。
336 :
世界@名無史さん:2011/04/06(水) 13:58:11.71 0
国際連盟は第二次世界大戦を止めることはできなかったの?
?
答えを知っているのに質問してるのか?
俺32だけど
いまの10代って西ドイツ東ドイツって
響きが新鮮らしい
俺らで言う北ベトナムや北イエメン、東パキスタンみたいな感じで
339 :
世界@名無史さん:2011/04/06(水) 14:49:40.46 0
東独=プロイセンと勘違いしている奴がいた。
ヘタリアのせいだ。
>>333 二十世紀初頭くらいかな、マルクス史学ってのが史学界に出始めた。
もともと史学というのは人物史学を中心としていた。
これは簡単に言えば時の権力者や偉人達と下にある統治機構、
加えてそれらに影響を及ぼす周辺を研究すれば人類の歴史は
すべて理解できるというもの。
これに対し、経済的面から金持ち、中流階級、貧乏人に地域や国民を分け、
それらが相互干渉的に運動や統治機構に影響を及ぼし、社会を動かしていたことを
研究することで、人類の歴史はすべて理解できるとしたのがマルクス史学。
342 :
世界@名無史さん:2011/04/06(水) 20:45:53.75 0
お教え下さい。
現在の世界最古の遺跡は何ですか?
ハラッパー遺跡やモヘンジョダロ遺跡でいいのでしょうか?
すくなくとももっと古い遺跡が40年くらい前にシリアで発見されている
原っぱの近くにあるのが、モヘン所だろ?
>>326 ウラソフのロシア解放軍とか満州の露系ファシスト団体とかを統合して、
ロシア亡命政府を作れば反露ではなく反ソっていうことで、
ロシア人の支持も受けれたかもしれないな
ナチスの東方政策が問題か・・・
>>345 ペディア起源以外に五大遺跡と書かれてあるところはなさそうだぞ。
五大遺跡が六つあってもいいじゃないか。
>>342 1万年以上前に周囲を城壁で囲んだ集落遺跡がパレスチナのイェリコにある。
シリアのダマスカスもこの頃から集落が存在した。
アルタミラやラスコーの洞窟壁画は2万年近く前まで遡れる。
イラクのシャニダール遺跡は、ネアンデルタール人が6万年ほど前に献花を伴う埋葬をしていたことで知られる。
アウストラロピテクスの化石発掘現場まで含めていいなら400万年ぐらい前まで遡れるが。
349 :
世界@名無史さん:2011/04/06(水) 21:54:45.83 0
スレ違いかもしれないけど、第二次大戦後の、
西ヨーロッパ諸国の、福祉を拡大し、大きな政府を作る政策は、石油危機と、ドルショックで
変わったの?
>>336 国際連盟が何故第二次大戦を食い止めることができなかったかという質問なら
まず米ソを欠いた国際連盟自体がドイツの膨張を押し留めるには力不足だった
それから満州事変では果断な行動が取れず、またエチオピア侵略ではイタリアへの経済制裁を課すも
英仏の対独包囲網に伊を加えたいという思惑から、併合後に制裁は解除された
さらにラインラント進駐などドイツがベルサイユ体制に抵抗し始めた時も連盟は何も出来なかった
英仏にはドイツに対してベルサイユの負い目を抱えていたため、こうした動きを容認する世論も強かった
こうしてタガが外れていき、数年の後に多くの国が侵略を受けることに
問題は国際連盟に求めることそのものが
大国はすべて異なっていたこと。各国の考え方が異なる以上、
それがまとまった力になることはない。
英:大国は各国の利害を尊重しようぜ。でも戦争は勘弁な。
仏:大国はお互いを縛り合おうぜ。俺も我慢するからさ。
日:大国は協力しあおう! みんな平等だ!
伊:小国が虐げられることがあってはならない。連盟員として彼らを加入させ守ろう。
この結果、最初に英が自身の利害を求め
伊がぶち切れ、仏は何もできず、日は協力してくれなかった瞬間離反した。
目的が明確に決まっていないのが悪かったわけだ。
いわゆる
「国際連盟はみんながきょうりょくしあうそしきだったけどちからぶそくだったんだよ」
ってのは国際連盟の一体感を前提としているが、伊が小国を誘導して嫌われたように、
最初からそこまで強固に統一された組織ではなかった以上、ちょっと無理があると思うな。
質問者が回答してるのに答えるなよ。
>>349 北欧諸国は一時それで名声を集めたが結局破綻したのはなんでだろうな。
市場はまあしょうがないとしても自殺者が増えたり……。
石油危機やドルショックは関係ないと思うよ。
ドイツもイタリアも統一はほぼ同時期なのに
なぜイタリアだけ統一が遅れたなどと言われているのですか?
354 :
世界@名無史さん:2011/04/07(木) 05:47:13.49 0
なぜ建国よりも憲法がはやくできている国があるのですか?よろしくお願いします。
>>324 仏伊は
淫蕩な国民性な上に
土地がドイツより肥えてるにもかかわらず
人口が独より少ないのはなんででしょうかね
356 :
世界@名無史さん:2011/04/07(木) 08:10:26.34 0
357 :
世界@名無史さん:2011/04/07(木) 08:39:37.11 0
I forgot where.
But I saw that.
Some where has it.
Allright.I got it.
I gonna get country name.
Ill be back. Then please tell me why.
Thx for reading man.
nihongo de ok
>>239 誰も「イエスもユダヤ人じゃん」みたいなこと言わなかったの?
360 :
世界@名無史さん:2011/04/07(木) 10:10:59.09 O
今のドイツ人や北欧人の先祖も、
印欧語を受け入れる前は
別の言葉をしゃべっていたわけだよね?
そういう太古の言語がドイツ語や北欧語に与えた影響というのは議論されてないの?
361 :
世界@名無史さん:2011/04/07(木) 11:43:13.70 0
ケルト語ってこと?
362 :
オツガイ ◆EAbyJft1LY :2011/04/07(木) 11:45:19.35 0
363 :
世界@名無史さん:2011/04/07(木) 12:09:40.84 O
違う。
印欧のさらに前。
数千年前。
364 :
世界@名無史さん:2011/04/07(木) 12:26:30.88 0
バスク語
>>359 空気読め
誰も「天皇家だって朝鮮人じゃん」と言わないのと一緒だよ
朝鮮人の血が入ってるのと朝鮮人であるのとは違うよ。
オレも九州北部出身だから、先祖をたどれば絶対朝鮮人が何人かいるはずだけど、
日本人だもんね。
367 :
オツガイ ◆EAbyJft1LY :2011/04/07(木) 13:14:42.05 0
誘導されてきました。質問、よろしくお願いします。
ウロ覚えなのですが、下記のような人のことをなんていうのか教えてください。
大航海時代?船に一人だけ仕事もしなくて、ご馳走をもらえて、お酒を
のませてもらえる人が乗っていて、大変優遇されている。でもひとたび船が嵐になったら
海の神様の怒りをしずめるためにその人を海に投げ込む。
詳細違ったかもしれません、あるいは創作話だったかもしれません。なんだかこんな話を
きいたのですが、もうちょっとはっきりしたことを知りたいと思いました。
どなたか、ご存知ありませんか? いけにえとか人柱とかではなく、専門の名前があったような
気がします。
370 :
世界@名無史さん:2011/04/07(木) 14:50:53.11 P
『三国志』魏書東夷伝倭人条に曰く。
倭人が渡海して中国に往来するときには、常に一人を選んで『持衰(じさい)』とする。
これは頭を梳らず、虱を取り去らず、衣服は垢に汚れたままにし、
肉を食べず婦人を近づけず、喪に服している人のようにしている。
旅がうまく行けば、人々は彼に奴隷や財物を与えるが、
もし途中で疾病、暴風などによる被害があれば、持衰を殺す。
彼が謹まなかったからだというわけである。
372 :
世界@名無史さん:2011/04/07(木) 15:11:20.70 O
ケルトやゲルマンやギリシャなど印欧語話者が来る以前の、
古欧州における非印欧語族系言語ってことじゃろ。
バスク語、イベリア語、ピクト語、エトルリア語、ペラスギ語など。
巨石建造物を築いたとされるトゥアハ・デ・ダナーンの言語(あれば)とか。
>>359 中世や、近世の宗教改革の頃に、イエスがユダヤ人だと言うやつがもしいたら、そいつは火あぶりにされただろうね
教会にとって、イエスは「神の子」だ
実在したナザレのイエスはともかく、その後のキリスト教がユダヤ教から分離していく過程で、
ユダヤ人(ユダヤ教徒)は「神の子を殺した罪を背負う人々」と見なされ、
イエスや使徒や(非ユダヤ系の出自を含む)キリスト教徒とは区別されていった
使徒たちもユダヤ教徒を自認していたが、後世の人々にとってはキリスト教の聖人だし、
旧約の族長や預言者もイエスの到来を預言した人々であり、イエスを殺した罪を負っていない
だから彼らの名前を後世のキリスト教徒が聖書にちなんで名乗るのはおかしなことではない
376 :
世界@名無史さん:2011/04/07(木) 18:18:14.70 0
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377 :
世界@名無史さん:2011/04/07(木) 18:18:32.11 0
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378 :
世界@名無史さん:2011/04/07(木) 18:18:46.44 0
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379 :
世界@名無史さん:2011/04/07(木) 18:19:25.16 0
慶應義塾大学の説明
・長所
上質な学生が多い
焼きそばがうまく、とても安い
キャンパスには映画館がついていていつでもなんでも無料でみられる。
名前がカッコいい
炊飯器が使いやすい
・短所
冷蔵庫が重くてなげづらい
入学試験が難しい
学校防衛部隊としての軍隊がいないので敵が侵入してきたら危険
授業に出るのがめんどくさい
380 :
世界@名無史さん:2011/04/07(木) 18:19:43.85 0
今日ね
炊飯器を23個買ったよ
おき場所がなくて困ってるんだ
どうしよう
トルネードぼんびーなのねん!
焼きそばがほしくないのねん!
おわり
381 :
世界@名無史さん:2011/04/07(木) 18:20:02.81 0
様々な出来事の対処法
出来事 対処法
冷蔵庫を投げたら壊れた 新しいのを買おう!
自転車を投げたら壊れた 新しいのを買おう!
インフルエンザになった 病院にいこう
うまい焼きそばが食べたくなった 上智大学に行こう
東大に入りたくなった 勉強しよう!
382 :
世界@名無史さん:2011/04/07(木) 18:20:27.29 0
最近私は電車に乗っていて気づくことがある。
乗客の多くが携帯電話や携帯ゲームをしているという事実だ。
私以外の同じ車両に乗客すべてが携帯電話の画面をみていたこともあった。
よく考えればこれは異様な光景だ。少し前では考えられない状況なのだ。
そしてほとんどが携帯電話で遊んでいるのだ。友達とたわいもないメールを交わしたり
いまでは携帯電話ゲームなんかもでてきている。
電車の中だけではない。
街中でみかける通行人もあるきながら携帯を触っているのがたくさんいるのだ。
つまりいつでもどこでも携帯の画面につきっきりなのだ。
これはどうだろうか?
移動中に周りの景色もみないから四季を感じることもないだろう。
まさに近代科学がもたらした弊害だ。これをどう対処するか?
解決策をみていこう。こう。神戸は素晴らしい町だなあ!私も住みたいなあ!
ぴんぽーん!ぴんぽーん!
ピザをお届けに参りましたー!ぴんぽーん!
うるせえ!玄関に置いとけ馬鹿野郎!金は払わないからよ!
さっさとでていけ!け!け!ケンタッキーフライドチキン!
うぐぐぐぐ。冷蔵庫を買ってちょ!ちょ!チョモランマに行き台湾に行き台湾!
じゃーねー。
また明日
季節の変わり目だなあ
384 :
世界@名無史さん:2011/04/07(木) 18:54:56.11 0
ロマノフ王朝はロシア革命が起きるまで300年に亘ってロシアを支配してきましたが、どうやってそこまで王朝を維持することができたんでしょうか?
我が国の徳川幕府みたいな詰将棋のような政略でも使っていたのでしょうか?
385 :
世界@名無史さん:2011/04/07(木) 18:58:56.68 0
世界恐慌が終わったのは第二次大戦が始まったからですか?
386 :
世界@名無史さん:2011/04/07(木) 19:01:13.91 0
そもそもロマノフ王朝300年を話題に出すけどそんなに長いか?もっと長く続いている王朝は沢山ある。300年は普通か短いくらい。
387 :
世界@名無史さん:2011/04/07(木) 19:33:57.74 O
>>374 >>375 どうなんだろ?
俺が思うに、最初にユダヤ人差別があって、
後付けでイエスを殺したことが言われるようになったんじゃないかなと。
推測だけど。
いや、イエスを殺した話を先に言い出したのはユダヤ人じゃろ。
ヘブライ人とユダヤ人を区別しないことには何も始まらない。
確かトマスの福音書だっけ? あれみるとどうも決定的な差異が
あったっぽいんだよな。
>>384 なんでだろうな?
時期的には確かに中世以来の継承戦争もブームが過ぎてたし、
ちょうど良い頃合いだったと思う。あとはやっぱあれかね、定期的なイスラムの反乱。
今のロシアと同じでじえn……おっと。
ロシア帝国はともかく、ロマノフ王朝は1730年に男系男子の嫡流が断絶している。
ピョートル3世もエカチェリーナ2世もドイツ生まれのドイツ育ち。
391 :
世界@名無史さん:2011/04/07(木) 21:16:20.08 O
ホルシュタインゴットルプ朝に変えるべき
「イエスの血の責任は我々と子孫にある」とユダヤ人が言った、
と書いてあるのはキリスト教徒側が書いた福音書だからなあ
磔刑を行ったローマ当局に責任があるとしちゃうとモロに反政府運動になるし
ローマ帝国という巨大市場への布教活動に問題が
カペルナウムの民衆と同じように
キリスト教を支持するヘブライ人もいるし、
日本人がユダヤ教信じたらユダヤ人
394 :
世界@名無史さん:2011/04/07(木) 23:43:47.81 0
ちんこ
395 :
世界@名無史さん:2011/04/07(木) 23:44:51.51 0
冷蔵庫投げ日本歴代記録10傑
1 山田真二 早大 345m
2 横田雄大 慶大 221m
3 村山健三 闇化成 47m
4 破壊丸勇太 残大 22m
5 川原投夫 帝大 13m
6 夢怖晋作 闇協会 10m
7 野原悪魔 闇大 9m
8 八谷貫太郎 八谷電気 3m
9 坂本勇作 坂本乳業 1m
10 黒川登 反面教師 0.8m
396 :
世界@名無史さん:2011/04/07(木) 23:45:17.77 0
以前私はこんなことがあった。
電車に乗って外の景色をながめていたのだ。すると音楽がきこえてきた。
うるさいなと思ってみてみると、若者が音楽を聴きながら乗っていたのだ。
最近では音楽を聴きながら電車に乗っているなど見慣れた光景だが、その人は酷く音がもれていて、
うるさかった。かなり大音量らしく、周りの客も迷惑そうな顔をしている。
中には咳払いする人もいたが一向にやめるつもりはなさそうだ。
そこで私は勇気を出してその若者にいった。
「すいません、音楽がだいぶうるさいですよ。いますぐ電車を飛び降りてください」
と。
うまいグラタンなら良い店を知っているよ。でも君たちはまだグラタンの味をみるには
早い。もう少し修行しなきゃね。
こないだアフリカに行ったよ。うそだよ!だまされたでショーウインドウの中の
商品がほしいなあ!
焼きそば食べたら元気100倍だよ!いってみよーかどー。
いかねーよばーか。
じゃあね
また今晩
397 :
世界@名無史さん:2011/04/07(木) 23:45:40.86 0
いたずらっ子が多い大学ランキング
順位 大学 特に多いいたずら
1 早稲田大学 冷蔵庫壊し
2 東洋大学 デパートで騒ぐ
3 慶應義塾大学 水をデパート屋上からばらまく
4 専修大学 大学内で唾を吐く
5 中央大学 炊飯器壊し
398 :
世界@名無史さん:2011/04/07(木) 23:46:06.50 0
あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
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399 :
世界@名無史さん:2011/04/07(木) 23:47:14.26 0
青山学院大学の説明
・長所
名前はかっこいい
学生の座席がきちんとある
教授がいる
学食の焼きそばがなかなかうまい
・短所
投げるための冷蔵庫が少ない
キャンパス内に競馬場がない
トイレが各キャンパスに1つしかない
焼きそばが無料じゃない日がたまにある
つまんねえ奴だな
401 :
世界@名無史さん:2011/04/07(木) 23:47:41.68 0
【待望の最新作】
劇場版サスペンス −地平線の騎士ー
舞台は日本ーアメリカーフランスをまたぐ超大作!
一人の外交官がフロリダで消えた・・・
それは驚愕の大規模犯罪の序章にすぎなかった・・・
テロのはじまりか
犯人の真の目的は・・・?刑事菅原が事件の全貌にせまる!
豪華キャスト勢ぞろいでいま衝撃映像が幕をあける!
5月12日ロードショー
出演
神保豊
神楽山景子
斉藤満
山岸道三
谷山光
山本雄大
ほか
監督 北条正則
脚本 進藤清華
402 :
世界@名無史さん:2011/04/07(木) 23:48:03.57 0
渡る世間は鬼ばかり
それは
国内最高峰とも言える人気ドラマだ。昔からやっている。
しかしながら私はこの間そのドラマをみてこう思ってしまった。
つまらないなあ。こんなのみるくらいなら将棋したほうがましさ。
ってね。
そう
何にも面白くはなかったのだ。
どうしてか?
たぶん緊迫感がないからなのだろう。
何も事件も起こらなければあっと驚くクライマックスもない。
だからつまらない。
よって私はこれからもみない。
ってかもう最終回終わったっけな?
ははは
じゃあね
403 :
世界@名無史さん:2011/04/08(金) 10:11:02.18 O
>>373 ゲルマン人の先祖が
北欧や北ドイツで印欧語以前にしゃべっていた言葉の割り出し方は
他の
404 :
世界@名無史さん:2011/04/08(金) 12:10:48.54 0
うははははははははは
闇の系譜
405 :
世界@名無史さん:2011/04/08(金) 12:11:09.63 0
ちんこ
406 :
世界@名無史さん:2011/04/08(金) 12:11:39.41 0
ららららららららら
おう
おいしいかよ
スパゲティは
台湾高山族言語に、タイ系語彙がかなりあるけど
11世紀以前の民族母体がオーストロネシア系なのかタイカダイ系なのか
はっきりしないようなものであろう。
408 :
世界@名無史さん:2011/04/08(金) 12:13:01.40 0
大学、早稲田か慶應か大東文化で迷ってます
どれがいいですかね?
アドバイスください
409 :
世界@名無史さん:2011/04/08(金) 12:13:38.33 0
早稲田がいいぞ
このスレに書きこんだということは、どこかの国の歴史を専攻しようということかね。
411 :
403:2011/04/08(金) 12:38:43.75 O
ゲルマン語にあって、
他の印欧語に無い特徴があれば、
それはゲルマン人の先祖がしゃべっていた
先ゲルマン語(仮)の名残かもしれない。
ゲルマン系諸語が文字記録に残され始めるのは紀元前後からに過ぎないし、
歴史上ゲルマニアと呼ばれた地域にはケルト・バルト・スラヴ・サルマート・フィンなど諸言語も混在していた。
フィン・ウゴル語やバスク語、コーカサス諸語などが、「印欧語以前の欧州先住民の言語」を
推測する上で参考にはなるかもしれないが、はっきりしたことは言えない。
ようするに何もわからないんだろ。最初から黙っとれ無能。
学問の場合、耳心地の良い断定をする人間の方が無能だけどな。
わからないことはわからないというのが学問的に正しい姿勢。
全世界を支配するアトランティス文明を築いた純血のアーリア人種であるドイツ民族は、
1万2000年前に天空からドイツの地へ降り立ち、悲惨な文化程度の先住劣等人種を殲滅して支配民族となった。
このため純粋で神聖なドイツ語には、先住人種の野蛮な言語や文化の影響は一切見られないことが、学会では定説である。
偉そうに解説しておいて、結論がわかりませんじゃあ最初から黙っとれってことだよ。
質問スレなんだから分かる人に聞いているんだよ。 わからない人はお呼びじゃない。
その疑問に対する結論は無いよ、という回答だろ?
「現段階では回答は得られない」という回答に達するには、
それ相応の知識が必要になるって事を理解してないんだろう。
>>360は、「議論されてないの?」という質問を出したのだから、
回答は「議論はあります。なお、その太古の言語がどんなものであったかという学術的な結論は出ていません」
でいいだろ。
420 :
世界@名無史さん:2011/04/08(金) 20:18:11.55 0
ソ連や東欧の社会主義国が崩壊した原因は若者がビートルズにはまった、影響はありますか?
日本語でおけ
無関係だろ。
共産圏は退廃的な資本主義国の娯楽を見せたがらなかったからな。
皮肉なことに、娯楽や音楽には実際は国境があったってことさ。
ビートルズは1970年に解散したが、ソ連の崩壊はそれから20年もあと。
当局の取り締まりにも関わらず、人々は密輸したレコードなどでビートルズの音楽にはまっていたが、
それが共産圏崩壊の原因のひとつだというのは大げさすぎる。
まあバタフライ現象というのもあるし、多少の影響はあるかもしれんが。
参考文献を載せてるならそれでいいと思うよ。
どうせ通史なんて自分の好きな時代に気づくためのとっかかりに過ぎないし。
ただ、歴史漫画には致命的な弱点があって、
人物を中心に描写しなきゃいけないのと、ある事柄について多数の推論があっても
どれか一つを必ず選んで物語として筋立てなければならないために、
まともな歴史書とは成り得ない。
まぁ世界史板ではそういう全体的にしか成り得ないようなものを読むより
山川出版社から出てる
自分の好きな国の各国世界史をとりあえず購入するのを
推奨する。
基本すべての国の歴史を満遍なくやるという勤勉な奴は
俺も含めてこの板にいない。
1からっていうんだから各国史の前に全体的な流れを概観しておくべきだと思うけどな。
その漫画が妥当かどうかは知らないけど。
>>426 ありがとうございます
全体的な流れを学ぶのに適切な教材はありますか?
高校で使う副教材・資料集・世界史図説なんかがいいんじゃね
一冊でだいたいの流れは入ってるし、年表や歴史地図もあるし
歴史上の人物で一番ヒーロ−的というか、物語の主人公に相応しいと言ったら誰を思い浮かべますか?
こちらから例を上げるとすると、光武帝やジャンヌ・ダルクの様な感じです。
それとは逆に、歴史上の人物で「魔王」という形容が似つかわしい人物と言ったら誰でしょう?
残虐性と威風を兼ね備えた感じで、例を上げると始皇帝やアッティラあたりがイメージに近いです。
鄭和に一票いれとくわ
アレキサンダー大王
ただ一人といえばWW2でスウェーデンを守ったヒーロー、エリクソンかなぁ。
逆に魔王で一人といえばそりゃもうあいつだ。。
スコットランドをたった一人で炎上させた燃えるスコットランド人ジョン・ノックス。
奴さえいなければイギリスの反ドイツ感情が二十世紀までも燃え続けることは
なかったろうし、大戦も起きなかったとさえ予測できうる。
アレクサンドロス、ハンニバル、カエサル、項羽と劉邦、曹操と劉備、
ムハンマド、サラディン、チンギスカン、バイバルスなどは、その生涯を追うだけで英雄叙事詩になるな。
近世・近代ならチェーザレ・ボルジア、カール12世、ナポレオンなどが乱世の英雄という感じ。
>>427 俺は中学・高校の授業で習ったのが基礎で、それに自分の興味の向くままに本やテレビで肉付けって
感じだから、全体像はやっぱり教科書だなぁ。興味本位だから知識はすごく偏ってる。
基礎としては教科書が一番だけど、授業じゃなく自分一人であれを通読できるかという問題がある。
だったら、入り口として漫画もありかと思う。
長生きした有名人を教えてください。
『長生きで有名になった』では無く『有名な上に長生きした』人で。
出来れば年取っても現役で居続けた人を教えてもらえると嬉しいです。
>>429 物語の主人公にふさわしい、ということだと、その生涯が劇的でないといけないな
まだ名前の出てない人物だと、重耳(晋の文公)とか、アブド・アッラフマーン(後ウマイヤ朝の創始者)なんてどうだ?
どちらも亡命者の境遇から一国の君主になった人物だ
残虐性と威風を兼ね備えた魔王なら
匈奴の冒頓単于とビザンツのバシレイオス2世を推す
439 :
世界@名無史さん:2011/04/09(土) 04:14:57.49 O
回答お願いします。
@秦の時代の政策の一つに貨幣の統一がありますが、何故それまで秦で普及してた円銭でなくわざわざ新たに半両銭を作って統一貨幣としたのですか?
Aブワイフ朝の指導者はアッバース朝のカリフから大アミールの称号を貰いますが何故同時期にあったファーティマ朝や後ウマイヤ朝のようにカリフを名乗らなかったのですか?
長文失礼しました。
やっぱり一九九九年になったら空から
恐怖の大王が降ってくるんでしょうか?
442 :
オツガイ ◆EAbyJft1LY :2011/04/09(土) 06:29:40.93 0
>>439 ブワイフ朝は場所が場所だけに、後ウマイヤ朝やファーティマ朝みたいに、
アッバース朝に露骨に敵対することはしなかったからね。アッバース朝の、
権威を名目上は立ててその支配権を握ることで勢力を増した王朝だから。
ていうか、そもそも大アミールの称号自体がアッバース朝から授かった、
称号なんだし。アッバース朝がカリフの称号を他の王朝に授ける訳ないからね。
>>429 カリスマヒーロー枠はマホメット
魔王枠は断トツでヨシフおじさん
大学に入って専門的に勉強する場合、高校時代にこれは読んでおくべき、または読んでおけたら万々歳という本はありますか?
あと、独語、仏語をやることも何かしら有利に働きますか?西洋史志望、現在高校レベルを超えた教養があるのは中国史の分野です。
よろしくお願いします。
別のスレで聞けば?
446 :
世界@名無史さん:2011/04/09(土) 12:31:47.91 0
フランスの、「栄光の30年」とは何ですか?
447 :
世界@名無史さん:2011/04/09(土) 12:59:12.28 O
>>440 ありがとうございます!
>>442 なるほど…
でもそれならなんでアッバース朝を滅ぼさなかったんですか?
権威を借りて後ろ盾にするより権威あるアッバース朝を倒してカリフ名乗った方が周辺国も畏怖したのでは?
バグダード入場までしてるから軍事的に倒せないってわけではないですよね?
それとも倒すのは畏れ多かったのでしょうか。
>>447 ポッと出の新参者が、権威あるアッバース朝を倒してカリフを自称するのと、権威あるアッバース朝を保護して
大アミールの称号を授けられるのと、周りから見てどっちが偉そうに見えると思うのよ。
カリフを自称しても「勝手に何かほざいてるな。」で終わりでしょ。
>>444 言語選択は入ってから指導教官に聞く貰う方が良いと思う。
それまでに英語を学術用語も含めて完璧にしてしまう方が良い。
英語出来ないのは何やるにしたって話にならんから。
受験までの息抜きとしてやりたいなら……
西洋史で興味ある地域・時代を明確にした方が、ここの諸兄も応えやすいと思う。
450 :
世界@名無史さん:2011/04/09(土) 14:20:05.90 O
天皇とか見てもわかるが、
権威を一から作るのはあまりに大変だからね。
権威は創るよりも、利用するもの
権威はあっても弱小な神聖王権を正当な理由もなく根絶・簒奪してしまえば、畏怖されるより「天下の逆賊」扱いだろう。
曹魏から趙宋に至る中国の歴代王朝は、「禅譲」というシステムで易姓革命をマイルドにする方式を取った。
南北朝時代には前朝王家をほぼ皆殺しにする事態が多発したけど
454 :
世界@名無史さん:2011/04/09(土) 16:02:21.25 O
>>444 歴史だけをいくらやっても歴史の勉強にはならない。
政治学、社会学、経済学、心理学、文化人j類学、宗教学、倫理学、地理、・・・
ありとあらゆる人文科学、社会科学、自然科学の素養が必要になるのだ。
歴史は人間が作ってきた。では人間はどんな動物なのか。
そういう問題意識を持たないようでは論外だということ。
>>449 ありがとうございます。
今のところこの国この時代でないとダメ!というほどこだわりもないです。
しばらくは受験勉強に専念しようと思います。
>>446 1945年から75年まで続いた、第二次世界大戦後の復興〜高度経済成長期。
人口減少を補い安価な労働力を確保するため、近隣諸国や旧植民地から大量の移民を受け入れ、
各産業は活気に溢れ文化事業も盛んだったが、オイルショックで終焉、不況に陥る。
余った外国人労働者は排斥され、現在まで続く社会問題となった。
大学受験生です。
なんでローマは滅んだんでしょうか。領土が広すぎて各地で軍団が力を持ってしまったからでしょうか。
それとも直接的な原因はないんでしょうか。
やあ、僕ビザンティン。
領土が広すぎるってほとんど一都市しかねーよ。
とりあえずどこのローマか言ってくれ。
神聖ローマ帝国がアップをはじめました
すっげー端折って言うと、トルコに攻められて滅んだ
なんでトルコを撃退できないほどに衰退したかと言うと、
話が長くなる
>
>>444 西洋史志望なら文学作品も読んでおけば。
ギリシア・ローマ神話、ダンテの神曲、シェイクスピア。
ゲーテ、スタンダール、ユーゴー、トルストイ、ドストエフスキーなど。
教養として聖書とクルアーンと資本論を通読せよ
大日本帝国も滅びたんだから、安心しろ
>>355 仏伊が少ないというか、独が多い。
近代以降農業技術や輸送手段の発達で
食料は世界中から買える商品の一つになり、
肥沃な農業地帯より付加価値の高い製品を作る
重化学工業地帯の方が生産性が高く人口も養える
ようになって、ドイツの人口は急増した。
質問者を馬鹿にしたような答えはよくない
468 :
世界@名無史さん:2011/04/10(日) 01:29:43.72 0
我が国の旧軍部は陸海軍の対立のせいでWW2で醜態を晒したあげくズッコケましたが、他国の軍部も陸海軍の対立で醜態を晒してズッコケたことはあるんですか?
469 :
世界@名無史さん:2011/04/10(日) 02:53:50.48 0
ラティフンディアとコロナトゥスの違いは?
470 :
世界@名無史さん:2011/04/10(日) 13:46:38.43 0
今アメリカでは、オバマ大統領が福祉拡大路線をとっていますが、
過去に、アメリカでは社会福祉を充実させる政策はとっていたのでしょうか、
また「偉大な社会計画」とは何ですか?
>>470 > 過去に、アメリカでは社会福祉を充実させる政策はとっていたのでしょうか、
ニューディール政策。
> また「偉大な社会計画」とは何ですか?
ケネディの後を受けたジョンソンが行った貧困層や若年失業者、有色人種(特に黒人層)に対する
救済政策のこと。
結果的にはどちらも失敗している。前者は公共事業による景気刺激策と失業者対策が眼目だったが、
帰って国庫支出を増大させ、戦争特需で景気回復するまでは有効に機能しなかった。
また、後者も好景気を見込んで行われたが、ベトナム戦争による戦費の激増により財政難を招いた。
やらなければ、もっと税収が落ち込んでいただろうというのも事実
ここでifを語るなど無粋極まりない
474 :
世界@名無史さん:2011/04/11(月) 06:32:51.60 0
wikiは基本英語版を自前で翻訳したほうがいい感じ
日本語版のwikiはサブカルチャー特化
なんで日本のwikiは学問系が盛り上がらないんだろうな
世界史の場合でも国、人物については大抵略歴だし
477 :
世界@名無史さん:2011/04/11(月) 15:46:16.21 0
そりゃあ学閥ごとにタコツボ化していて
互いにいがみ合ってるような、
日本のムラ社会の縮図である学会のメンバーが
広くネットで情報を共有しようなんて発想
持てるはずも無い…
学生がレポートで切り貼りするからwikiのイメージが悪いのかな
479 :
世界@名無史さん:2011/04/11(月) 16:24:19.91 0
ギリシャ・ローマの胸像ってどれも例外なく目ん玉が白目を剥き出してるみたいで怖いんですが
まあ眼球なんて凹凸がないので掘りようがないのは分かるんですが、作られた当時は色を塗ってあったりしたんですか?
それとも当時の人はあの白目剥き出しに違和感なかったの?
一番下のアポロ像が衝撃的だ。
482 :
世界@名無史さん:2011/04/11(月) 18:02:05.84 0
男の全裸像は生々しいw
けどなんで金髪なんだ?
地中海地方の人はほとんど黒髪か褐髪だぞ
ただの人間ではなく、光明神・太陽神だからだろ
あとアポロンは「極北人の地(ヒュペルボレア)」で成長したとの神話もある
ゲルマン人の金髪は、ローマ人のお気に入りだったらしいから(カツラにしたりしている)
それに、日本人だってほとんど黒髪だけど、アニメキャラには金髪、茶髪、赤毛はおろか、ピンク、緑、青い髪などが
あふれてるじゃないか
485 :
世界@名無史さん:2011/04/11(月) 19:28:28.18 0
ギリシャ・ローマで疑問なのは、あれだけの文明や学問が栄えていた国なのに、
みんな半裸に近い格好だったこと。
同時代の中国、漢民族はきちんとした着物を着てたのに。
486 :
世界@名無史さん:2011/04/11(月) 19:29:48.26 0
あと、東ローマ(ビザンツ)帝国の人って、カエサルみたいな服装ずっと続けてたの?
文化が違〜う
488 :
世界@名無史さん:2011/04/11(月) 19:53:29.60 0
ディオクレティアヌスのときに大きく変わった。
489 :
世界@名無史さん:2011/04/11(月) 19:55:45.59 0
>>485 それを言うなら、古代エジプトは女王もトップレスでおっぱいを堂々と見せていたのだが
地中海に面した暑い気候で砂嵐も来ないのに、分厚い衣服まとってる方が気候に合わんわい
なんで半裸だと文明的・文化的でないのだ?朝鮮儒教に毒されてるのか?
結果論ではあるがそういった気候と風習を持つ地域から他の文明を圧倒する文明が誕生しなかったからではないか?
まぁ古来からの文明国であるインドもムガル帝国期ですら庶民は半裸だが
人類は熱帯でも真夏でも肌を見せるべきではないな。
ブルカの着用を義務づけなくては文化的とは言えない。
493 :
世界@名無史さん:2011/04/11(月) 22:01:02.19 0
で、ビザンツの人たちは、十字軍にコンスタンティノープルを占領されたときも、
オスマン帝国にコンスタンティノープルを落とされたときも、古代ローマ人の服装だったの?
古代のローマ兵みたいな武装だったの?
「古代ローマ」をいつまでとするかにもよるが、特に上流階層では、
共和政時代や帝政前期とはビザンツ時代の服飾・兵装はだいぶ異なる。
トガは4世紀頃までに廃れ、貴族のマント(パルダメントゥム)や帯(ロールム)として痕跡的に残った。
また短いチュニックの上に膝下まであるダルマティカ(広袖の長衣)や巻き布を重ね着することが一般的になり、
これがキリスト教と結びついて上下の階層に広まり、礼服や聖職者の制服にも採用された。
キリスト教はユダヤ教に起源を持つこともあって、肌や体の線を見せることは不道徳だと見なした。
そして皇帝は月桂冠や市民冠ではなく、権威付けとしてペルシア風に王冠を被った。
軍もペルシアやイスラムに対抗するため重装騎兵(カタフラクト)が主力に。
496 :
世界@名無史さん:2011/04/11(月) 23:08:59.94 0
ワスプっていうけど
プロテスタントはともかく
アングロサクソンであるということは同時に白人でもあるのではないの?
それおも白人以外のアングロサクソンも存在するの?
>>493 ビザンツ帝国は別名中世ローマ帝国ともいう。
東方教会の影響で独自の発展を遂げているし、
イスラムの影響もうけている。
498 :
世界@名無史さん:2011/04/11(月) 23:35:21.92 0
よく日露戦争で
世界最強のロシアに挑む東アジアの小国の日本っていうけど
当時のロシアは本当に世界最強の軍隊だったのでしょうか?
それとも日本の偉業を強調してるだけ?
499 :
世界@名無史さん:2011/04/11(月) 23:43:29.52 0
>>496 白人以外のアングロサクソンはいないが、アングロサクソン以外の白人は存在するってことだよw
>>439 @ 素材が価値を担保する性質のコインは、政治・軍事の強いところが発行しているものに合わせるではなく、
広く流通していているものに量目や品位をあわせるのが基本だから。
A 宗派が違うから。後ウマイヤ朝やファーティマ朝はシーア派。アッバース朝はスンナ派。
教義の解釈による宗派の違いではなく、イスラム世界の総指導者の正統性についての解釈による違い。
日本で言うと、南北朝のようなもので、天皇に相当するカリフが複数立った、足利将軍が官位を得るのを
北朝に頼ったように、ブワイフ王朝が地域政権の正統性の後ろ楯にアッバース朝のカリフの権威に頼った
というようなもの。
501 :
世界@名無史さん:2011/04/11(月) 23:54:23.93 0
>>499 アメリカで出世する条件として
白人でかつ、アングロサクソンでかつプロテスタントってことだろ
つまりどれかではなく全てを満たしていることが有利
つまり白人でもイタリア系とかスラブ系は出世できない
だからアングロサクソンである時点で白人じゃないのって事?
わざわざワスプで白人を入れなくても、アスプでも語呂もいいわけだし
502 :
オツガイ ◆EAbyJft1LY :2011/04/11(月) 23:55:18.04 0
>>500 ブワイフ朝もシーア派だし、後ウマイヤ朝はシーア派じゃなくて、
スンナ派なんだけど。ブワイフ朝がシーア派政権にも関わらず、
アッバース朝カリフの権威を立てたのはスンナ派への懐柔という、
意味が大きいと思う。ファーティマ朝に比べ穏健なシーア派だったし。
ていうかスンナ派とシーア派はあんなに対立してるの?
殺し合いをするほど憎しみあう理由がよく分からん
もちろん正統カリフとかアリーとかの時代での感情的な対立が分かるが
今の椅子村の人間にとって過去の経緯はどうでもいい事じゃないの?
21世紀に生きてるスンニ派がどうしてもシーア派を許せない理由ってあるの?
>>448 そんな単純なものではない。
カリフをどう選出するかという、イスラム教の世界観そのものの差。
アリーとファーティマの子孫がイマーム位を継承しイマームがカリフを兼任することが好ましいという、
或る種の万系一世思想を持つ、シーア派。
全イスラム教徒の中から信仰に篤く徳の高い者を互選するという建前と、マホメットを出したアラブ人
クライシュ部族が初期から最も信仰に篤いという先入観、四始祖カリフと同じ家にあったという先入観で
アッバース家がカリフ位代々引き継ぐ慣習でやっていたのが、スンナ派。後にオスマン王朝にカリフが
とって代わられるが、アッバース家より直々に教えを請い、皆伝の後にカリフ位を譲られたという建前。
>過去の経緯はどうでもいい事じゃないの?
神様からして親の罪を子にも適用させてるから無理
近親憎悪
>>498 世界最強のロシアに挑む東アジアの小国の日本 セーフサーチ: オフ ▼
? オフ
? 中(推奨)
? 強
セーフサーチについて
検索オプション約 6,040 件 (0.78 秒)
508 :
世界@名無史さん:2011/04/12(火) 07:53:44.18 0
>>501 >アスプでも語呂もいいわけだし
それはあくまで日本語の語感だろがw
509 :
世界@名無史さん:2011/04/12(火) 08:06:07.83 0
>>501 アスプだと「ASSP」と聞こえて、却って侮辱的でしょw
Wを入れることで語感を整えたんだよ
510 :
世界@名無史さん:2011/04/12(火) 09:24:10.25 0
ASSPってなんだ?と思ったら、売春婦かw
>>496,501
優先順位も表してるんじゃね?
まず何よりも、白人でなきゃだめ、これが最低条件
次に、白人の中でも、アングロサクソンでなきゃダメ、これが次の条件
そして最後に、アングロサクソンの中でも、プロテスタント
つまり、アングロサクソン以外の白人は、アングロサクソンほど出世はできないけど、
黒人やアジア人よりはまだ有利ってことを表すためにWを入れてるんじゃないか
>>485 開明的だから、裸なんだよ。
ローマ文明が退化した中世ヨーロッパには裸像は少ないわな。文明水準が回復したルネッサンス期には急増する。
エジプトの王徳を称える壁画とかも半裸多い。そのエジプトは4500年前に150メートル石塔が作られている。
同じ時期の支那は国なんて蔭も形も無い、精々意匠の凝った灰陶が出てくるくらい。石を積み上げ造ったそれなりに見栄えのする
建造物は明時代の長城、高さは櫓部分でも精々10メートル。
>>502 教義上のものと、
首長(カリフ、イマーム)の地位・選定方法のものと、
ゴッチャにするなよ。
教義上のものでシーア派とスンナ派がきっちり分かれたのは19世紀〜20世紀だぞ。
元々WASPってカソリックのアイルランド移民(ケネディはその末裔)らが言い出したんだよね。
支配層を分かりやすく一言で言い表すために。で、そのWASPに挑戦したケネディが大統領になって
初めてのカソリック大統領が誕生したと。当時の新聞報道でもケネディの宗教がアキレス腱になるって、
懸念材料として取り上げられるほど小さくはない問題だったみたいね。
>>503 原理主義の台等による。
キリスト教圏では、400年位前にカタをつけた話が、イスラム教圏では現在進行中。
>>496 よく勘違いしているけれど、WASPのアングロサクソンってのは、イングランド系とかのような系譜のものではないよ。
アングロアメリカ生まれで、且つ、流暢に英語を話し読み書きする、ということ。
アメリカ合衆国完全な政治権利を持つ者はアメリカ合衆国生まれに限られる(例えば、大統領選挙の立候補者や選挙人)。
完全な政治的権利が得られない以上はエリートとは言い難いだろう。
生後出生地が編入された場合には遡及適用するし、カナダ編入規定というものがアメリカの法にあるから、カナダ生まれを含んだり、
現時点で見込薄いから含まなかったりする。
アメリカの階級で礼拝する宗派が違うけれど、アメリカでのエリート階層のプロテスタント諸派は英語で典礼を行うものばかり。
移民が故地からもってきた宗教宗派で、ラテン語だのなんだので典礼を行っていては、同化が不完全だということだ。
日常生活に加えて、英語で典礼を行うカトリック諸派の信徒、ということが、流暢に英語を話し読み書きする条件になっている。
つまり、WASPでいうアングロサクソンというのは、同化の度合いによって規定されている。
517 :
世界@名無史さん:2011/04/12(火) 11:17:00.03 0
>英語で典礼を行うカトリック諸派の信徒、ということが、
んんっ?
518 :
世界@名無史さん:2011/04/12(火) 13:25:31.46 0
ポーランドや、チェコなどに住んでいたドイツ人は、第二次大戦後どうなったんですか?
大抵は土地を離れ、東西ドイツに移った
それらの子孫が近年、ポーランド等にやって来て
「ここは祖父の土地だ。立ち退いてくれ」などと言い出し、社会問題化している
共産主義と社会主義はどこが違うのですか?
あと、北朝鮮は全く民主主義ではないのに、なぜ朝鮮「民主主義」人民共和国というの?
521 :
世界@名無史さん:2011/04/12(火) 14:34:29.05 0
共産主義:
すべての生産手段を共有化する。
生産手段を私有する資本家の存在を認めない。
生産の管理が人民によって行われるようになれば国家は不要となり、消滅する。
社会主義:
生産の管理を資本家の手から奪い、生産手段を共有化し、人民によって構成される国家が生産を管理する。
>共産主義と社会主義はどこが違うのですか?
意味の幅が広いので説明が難しいが大体似たようなもの
社会主義
富の分配を平等にしようという考え、制度、運動
共産主義
上記が達成された状態
>なぜ朝鮮「民主主義」人民共和国というの?
民主集中制という制度を取りこれを民主主義であるとしているため
この制度の実態は独裁や寡頭政治に近い
523 :
世界@名無史さん:2011/04/12(火) 14:36:15.37 0
デモクラシーを「民主主義」と翻訳したのは誤訳。正しくは「民主制」。
524 :
オツガイ ◆EAbyJft1LY :2011/04/12(火) 16:46:01.11 0
>>513 「教義上のもの」という意味が分かりかねるけど、シーア派とスンナ派は、
もっと前から普通に分かれてたよ。そもそもシーア派というのはアリーの、
子孫を指導者にすべきというのが根本の思想でそれは今も昔も同じだよ。
そういう人たちをシーア派と呼んでる。ていうか、ブワイフ朝がシーア派の、
王朝だっていうのは結構通説だと思ってたんだけど。繰り返し言うけど今も、
昔もシーア派はアリーの子孫を指導者にしようとするもののグループだよ。
その子孫をどうすべきかで後にさらに細かく分かれたけど共通認識はそれ。
>>520 (形式上)国民による選挙によって選ばれた者によって政治が運営されているから
「首長(カリフ、イマーム)の地位・選定方法」が異なる、というのは立派な「教義の違い」だろ
普通のスンナ派には「アリー様の子孫だけがイスラーム法を正しく判断できる知性を受け継ぐ」とか
「最後のイマームはこの世からお隠れ(ガイバ)になっていて、やがて再臨される」
なんて教義はない(シーア派内でもガイバを否定する宗派はあるが)
528 :
オツガイ ◆EAbyJft1LY :2011/04/12(火) 17:53:09.88 0
>>527 そうだよね。「指導者の選定法」も教義の一つなんだから、
それと「教義上のもの」を分ける必要性はないだろうし。後、
シーア派とスンナ派が近代以降になって分かれたと言うのも、
初耳だし。別にシーア派とスンナ派という区別は前からあったからね。
オツガイは嫌いだけどシーア派とスンナ派の区分は
ウマイヤ朝期には既にあったぞ。
むしろ、近代で別れたというソースを示してほしいものだ。
530 :
オツガイ ◆EAbyJft1LY :2011/04/12(火) 18:23:42.69 0
>>529 いちいち「オツガイは嫌いだけど」って枕詞のようにつけなくても、
いいのに・・・。イスラーム史スレでも同じこと言ってたけど。
>>530 だって・・・(´・ω・`)
嫌いなんだもん(`・ω・´)
名無しの自己主張ほど嫌なものはないわ
533 :
オツガイ ◆EAbyJft1LY :2011/04/12(火) 18:56:19.93 0
>>531 まぁ、別に良いけど、無意味な自己主張だしこれ相手が、
案山子だったりしたら絶対荒れるからね。ていうか僕だって、
多少は不快な気分になるし。とりあえず質問にだけ答えて、
関係のないコテハン叩きは他所でやったら?
そういえばオツガイスレはどうなったんだ?そこに行ってやればいいのにな。
535 :
オツガイ ◆EAbyJft1LY :2011/04/12(火) 19:11:44.68 0
>>520 世界史板住人なら、神聖でもローマ的でもなく帝国ですらなかった神聖ローマ帝国を知ってるだろ
国名なんてのは、そんなもん
自称する国名が、必ずしも実を表しているとは限らない
>533
オマエにレスすることは心底ウンザリだし質問スレでのこういう遣り取りを嫌う古参が名無しで出てくるのもうざいから今回一度だけのレスだが
フツーに句読点の付いているレスが実は俺のレスだったと後から名乗ることは絶対にやらないから無用な警戒はするな
529程度の短い文で句読点がついていれば100%俺ではない
少し前にあったオマエに対する攻撃についてなら俺はほとんど参加していない
末尾Pと名指しで馬鹿にしたレスを付けているのも俺だけじゃないからそれを根拠に同一人物認定もやめとけよ
それと言っていることに一貫性がなく同一スレで真逆のことを書き込んでいるバカにバカであることを認めさせるために質問スレでちょっかいをだすほど俺は暇ではない
あとオマエが碌に本を読んでいなくてwebで拾ったゴミ知識しかもっていないことは既に既定事項だから「相手にしない」と宣言しているのに
カマッテクレ君は止めてくれ頼むから俺の名前をオマエが口にするな本気でキモイ
538 :
オツガイ ◆EAbyJft1LY :2011/04/12(火) 20:52:10.18 0
>>537 別に僕は
>>529が案山子だなんて言ってないんだけど。相手が僕じゃなくて、
案山子だったら荒れてるぜと言っただけ。ていうか、実際に荒れさせてるし。
名前呼ばれるただけで過剰反応しないでよ。自意識過剰だなぁ。まぁいいや。
案山子に絡んでも碌な事ないのは嫌というほど経験してるので以後スルーするから。
ここで喧嘩すんなや
次の方どうぞー
540 :
オツガイ ◆EAbyJft1LY :2011/04/12(火) 21:39:59.00 0
>>539 すくない。相手が案山子だと僕もどうも喧嘩腰になってしまうorz
541 :
オツガイ ◆EAbyJft1LY :2011/04/12(火) 21:40:40.32 0
アッガイうぜー
オツガイは相変わらずだな〜
544 :
オツガイ ◆EAbyJft1LY :2011/04/12(火) 21:56:13.31 0
545 :
オツガイ ◆EAbyJft1LY :2011/04/12(火) 21:58:10.38 0
>>543 ほらね、いちいち「僕が嫌い」とかどうでもいい事を書くから、
こうやって荒れるんだよ。単に回答だけしてれば良いのに。
ということで、以後は通常進行で。質問どうぞ。
546 :
世界@名無史さん:2011/04/12(火) 22:15:57.14 0
おまえが仕切るな
547 :
オツガイ ◆EAbyJft1LY :2011/04/12(火) 22:17:36.79 0
>>546 質問する気がないなら荒れるからレスしないで下さい。
以後同じタイプのレスはスルーするから。
どっちもスルースキルが低いな
いちいちレスするなよ。おまえがレスするからバカも面白がるんだろうが。
コテなんぞ付ける方がキモい
それはさておき質問なんだけど、古今問わず自民族は〜〜の子孫だからこの土地は〜
ってのあるけど、何を以てそう判定するんだろう。
言語?伝承?風貌?
主張するだけなら適当でいいだろうが、他者との折衝の上ではやっぱ確たる理論武装が必要だよな?
551 :
オツガイ ◆EAbyJft1LY :2011/04/12(火) 22:35:20.02 0
>>550 別にコテハンくらいつけたっていいでしょ。
それで、質問の回答だけどその手の話は民族によってケースバイケースでしょ。
ただ、伝承とかだと不確定要素が高いし、当時のリアルな肖像画が残ってないと、
風貌で判定するのも難しいので、一番多いのは言語によるものだと思うけど。
552 :
世界@名無史さん:2011/04/12(火) 22:45:31.52 O
七年戦争でのマリアテレジアとカウニッツが、外交革命とか言われてるフランスとの同盟を結んだって話があるけど
オーストリア継承戦争の際だとフランスはプロイセン側についた訳でしょ?
マリーアントワネットの婚姻政策の話は抜きにして、ポンパドゥール夫人はどういう考えでオーストリア側に加勢したの?
男尊女卑思想のフリードリヒ大王に反感を抱いたんなら継承戦争でプロイセンに加勢するのもおかしくないですかね
国際情勢の変化。
プロイセンはフランスにとって「敵(ハプスブルク)の敵」であり、オーストリア継承戦争で加勢したのもそのため。
英国はこの戦争でハプスブルクを支援したが、英国王ジョージ2世は北ドイツ・ハノーファーの選帝侯でもあり、
プロイセンがハノーファーを攻撃することを懸念した。
そこで1755年、ロシアとサンクトペテルブルク条約を結び、プロイセンがハノーファーを攻撃したら、ロシアがプロイセンを攻撃することを取り決める。
この牽制にびびったプロイセンは、翌年1月にウェストミンスター条約を結び、ハノーファーを攻撃しないと約束。
「敵の敵」であったプロイセンが、フランスのもうひとつの宿敵・英国と接近したため、
孤立を恐れたフランス強力な同盟相手を求めた結果、起死回生の策として今までの敵ハプスブルクと同盟することになる。
七年戦争では結果としてフランス・オーストリア側が敗北したが、
新興国プロイセンと英国という共通の敵(反カトリックの国でもある)ができたこともあり、
同盟を結んでおく方が得策だということで、アントワネットの嫁入りが実現した
__
/:》:丶∩ アッガイ!
(===○==)彡 アッガイ!
( ⇔⊂彡
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 ̄  ̄
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(===○==)彡 アッガイ!
( ⇔⊂彡
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>>524 じゃあ、解ってから出直せ。
前提の誤って居る推論なんて顧慮に値しない。
558 :
オツガイ ◆EAbyJft1LY :2011/04/13(水) 05:50:08.71 0
>>557 分かりかねるというのはあなたが「教義上のもの」と、
「指導者の選定方法」を区別する理由が不明だと、
言ったんだけど。ようは遠まわしに区別することが、
おかしいと言ってるんだよね。
>>528でも言ったけど。
むしろ、あなたのシーア派に対する前提のほうが、
おかしいよ。シーア派とスンナ派の区別が近代以降に、
出来たからブワイフ朝はシーア派じゃないと言うのなら、
せめてその根拠を教えてよ。普通にそんな珍説初耳だから。
559 :
世界@名無史さん:2011/04/13(水) 07:54:15.48 0
農民から税を取る場合、検地して税率を決めたりっていうのは分かるけど
商人から税を取る場合はどうやって決めてたの?
560 :
世界@名無史さん:2011/04/13(水) 08:23:32.86 0
間口税
取引高税とか流通税とか大商人やギルドに連帯責任で払わせるとか
>>527 >>558 この時代の当の回教徒がそんなもの意識していない。どっちに訊いても、「正統派の信仰」だ。
後付でみれば、ブワイフ王朝の支配地域の支配時期に、イマーム廟だの、後のシーア派の拠点になるモスクだのが建設されたり
よく整備されてたりするから「シーア派」に分類されているだけのことだ。
為政者が信じてもいない宗門に加担することはよくあることだ。民心を安定させるには、信仰にちょっかい出さない方が良い。むしろ
寺社の守護者のように振舞うのが普通だ。
それとは別に、アリーの系譜のイマームに正統の権威づけを頼ればシーア派の政権、アッパース家のカリフに頼ればスンナ派の政権
くらいのものだ。
シーア派だのスンナ派だの意識しだすのは、民族対立を煽って回教圏の分断を図ろうとした、オスマン帝国の崩壊を
謀った、西洋諸国にまんまとのせられた時期で、礼拝のときにアリー賛美の文言が付いたりしたのこの時期からだ。
>>559 外形標準課税方式
面している通りの幅、店の正面の間口の大きさ、建物(店舗面積や蔵の積載可能量)、船舶……の
ようなものに税率を定めて保有するものに応じて課税
関税方式
交通の要衝、町の出入口、港湾にて、通過する貨物の品目・数量に応じて課税
人頭税方式
従業員数に応じて課税
免許税方式
営業を許可制とし、許可された業態によって一定期間ごとに定められた金額を納税
日本の封建時代の座とか株仲間とか御用商人がこれに相当し、冥加金という形式での課税。
566 :
世界@名無史さん:2011/04/13(水) 15:07:08.85 0
公開株式制度が誕生したからこそ法人や個人の所得の申告という制度も生まれ、
それを税源とすることが可能になったのだ
ロシアのシベリア進出に興味を持っているのですが、今はwikipedia程度の知識しかありません。
イェルマークのシビル・ハン国征服あたりから、北京条約による沿海州獲得まで学べるおすすめの本を
教えていただけないでしょうか?
時代の幅が長すぎるので1冊ではなく何冊になってもかまいません。
>>565 ちょっと誤魔化されても良いのだ。それでも土地に依存しない圧倒的な財政基盤になる。
商人に課税することで、国王が領主貴族を超越することが出来るのだ。
つまり国王が領主貴族の御機嫌伺いをする必要もなくなる。それが絶対王政につながる。
でもあまり調子に乗りすぎて課税しすぎると商人は議会に頼って抵抗するわけだ。
清ってアヘン戦争っていつ以来の戦争?
呉三桂の乱までさかのぼる感じ?
アヘン戦争って中国側では誰一人実戦をしたことのない感じでイギリスと戦争をしたんでしょうか?
17世紀末〜18世紀にはタリム盆地やチベットなどを巡るジュンガル部との戦争があったし、
乾隆帝も各地へ遠征して「十全武功」などと誇っている(負け戦もあるが)。
19世紀初めには内乱が各地で頻発し、白蓮教徒の乱や海賊の横行で苦しんだが、
政府軍は惰弱になっていて反乱鎮圧の役に立たず、時の嘉慶帝は郷勇(臨時義勇軍)を用いて難を乗り切った。
1826年には、カシュガルでジャーハンギール・ホージャの反乱が起きている。
一時は20万人を集めて西方を揺るがしたが、1828年に捕縛され、北京で処刑された。
573 :
オツガイ ◆EAbyJft1LY :2011/04/13(水) 23:20:10.79 0
>>562 >アリーの系譜のイマームに正統の権威づけを頼ればシーア派の政権、
>アッバース家のカリフに頼ればスンナ派の政権くらいのものだ。
僕は最初からこういう意味でブワイフ朝をシーア派政権と呼んだんだけど。
ていうか、イスラームにおけるスンナ派とシーア派の違いってそのことだし。
まぁ近代以降にそういう違いを露骨に意識するようになってナショナリズムの、
高揚につながったのはあなたの言う通りだけど、僕は最初からそういうのは、
関係なしに、単にブワイフ朝はアリーの子孫を奉ずる政権だからシーア派と、
言ったに過ぎないよ。近代的なナショナリズムと混同はしてないつもりだけど。
その上で、
>>502ではアリーの子孫を奉ずる(つまりシーア派)にも関わらず、
アッバース朝カリフの権威を認めたのは、スンナ派(ここでは単にアリーの、
子孫の権威以外を認める人のこと)民衆への懐柔的な意味が強いからだと、
思うと言っただけ。近代以降にできるナショナリズム云々はまた別の話だよ。
ちなみに、前近代だって近代ほどではないけどそれなりにシーア派とスンナ派の、
意識の違いはあったよ。例えば、バーブルはシーア派に改宗してしまったせいで、
地元住民の反発を買ってサマルカンドを追い出されたし、イスラーム法学とかの、
分野ではスンナ派とシーア派の学者の間で結構見解が分かれてるし。とは言え、
スンナ派やシーア派の中においてもさらに細かく解釈は分かれてるんだけどね。
>>573 スンナ派の教義と慣習にアリーの子孫を排除せよなんてものは無いんだけれど。
アリーの子孫のイマームがメドレッセやモスクで講釈たれていても別段困った事態になるわけでもない。
為政者が民衆の信仰を抑圧すると反乱になりやすいから、放置するか、味方のように振舞う。その一環で
今のシーア派の拠点になるモスクや廟を整備したりイマームやそのメドレッセに運営資金を与えたりしたり
したとしても別段おかしなことでもない。
575 :
オツガイ ◆EAbyJft1LY :2011/04/14(木) 01:57:12.11 0
>>574 >スンナ派の教義と慣習にアリーの子孫を排除せよなんてものは無いんだけれど。
そもそも、僕はこんなこと言ってないんだけど。どこをどう読んだら、
そう勘違いするんだ?まぁいいや。とりあえず僕はアリーの子孫を、
奉じたらシーア派で、そうじゃなかったらスンナ派と定義してるだけ。
アリーの子孫の排除云々は一言も言ってない。実際イスラーム史の、
本においてスンナ派政権だとかシーア派政権だとかされてるものの、
区別は基本的にはそれで分けてると思うし。だから大抵の概説書は、
ブワイフ朝をシーア派と説明する。スンナ派との対立云々は無関係。
後、教義の上ではともかく歴史上ではスンナ派の指導者がシーア派を、
弾圧したり、あるいはその逆の事態も何度かあった。イスラームは良く、
寛容な宗教だと言われてるけど、そういうのが全くなかった訳ではない。
まぁ、でも西欧の異端審問みたいなのはほとんどなかったけど。例えば、
ウマイヤ朝時代にはイラク総督のハッジャージュによる弾圧とかがある。
576 :
世界@名無史さん:2011/04/14(木) 08:34:01.53 O
イギリスの清教徒って
信者や組織はまだあるの?
アメリカの南北戦争って世界史で見ても重要な出来事なの?
アメリカが超大国になったからじゃなくて
当時から田舎の内戦以上のものがあったのでしょうか?
例えば奴隷解放宣言とかで内戦が仮にブラジルで起こった場合も、同じようなあつかい?
軍事史的にとっても重要
全面装甲艦の実戦投入は、アメリカ南北戦争が初だったりする
ただし、まだ航洋能力は無かった
そういや、手回し式のガトリングガンが発明されたのも、南北戦争中のアメリカだったな
あと、南北戦争は、「田舎の内戦」ですますには、規模がでかい
動員兵力や戦死者数は、そのほんの数年後にヨーロッパの大国同士がぶつかった普仏戦争より多い
工業化がさほど進んでいなかった同時代の中南米諸国で内戦があっても、そこまで大規模にはならないだろう
>>577 フランスやメキシコなど、国際的な関係に少なくない影響を与えてるよ。
>>577 戦争の在り方そのものが全く変ったという意味で田舎の内戦以上のものがあります。
シャーマンの殲滅戦術思想が北軍の勝利の決め手になったからです。
殲滅戦術思想は軍人も民間人も男も女も軍事施設も民間施設も何も区別せずに
殲滅させないと戦争は勝てないとする思想です。
>>577 内戦じゃあないだろ。
アメリカの国の本質は州にあるんだから。
現在のアメリカ合衆国内では内戦(Civil War)と呼ばれているが、
実際はUSA(アメリカ合衆国)対CSA(アメリカ連合国)という二つのState(州、国)連合間の戦争であった。
戦後の南部では「Statesの間の戦争(War Between the States)」などとも称した。
584 :
世界@名無史さん:2011/04/14(木) 19:15:06.25 0
>>568 地方貴族は商人から税金とらなかったの?
585 :
世界@名無史さん:2011/04/14(木) 19:21:27.26 0
中世の商人は数だって少ないし、行商がほとんど。
メディチ家は行商で財を成したのか?
アメリカの南北戦争は国家のあり方を変えた点、統一性をもたせた点が大きいんじゃないか。
入植によって成立した一つの大きな連合体であったアメリカがこの戦争を境により一体化した。
そして州の権利を大きく持たせながらも、国家が恒常的に文化・制度的に分裂する破綻を食い止めた。
その二つは大きいと思う。
要するに、より差異がはっきりしてからの離婚(分裂)や分離戦争ではなく
それが修正できなくなる前に準備不足のまま分裂し片方の消滅によって統合が出来たことが大きい
逆に後代にわたって残れば恒常的な火種になるか正式分離になりアメリカは今の位置に立てなかっただろうし
>>584 取れない。商人は地方貴族から土地を借りているわけでもない。
商売がやりにくくなったと思えばさっさと他の土地に引っ越す。
先祖伝来の土地に頑なにしがみつく農民とは違う。
国王に払う税金は広域暴力団の親分に納めるみかじめ料と同じ。
地方貴族が「お前、誰に断って商売してるんだ?」と綾をつけてきたら、
国王から許可を得ているが何か?と言い返せば良い。
ツンフトが税金や効果鋳造権持ってたりしたこともあるな。
金があればその辺は抵当として買える。
最盛期カエサル時代のローマ軍と十字軍騎士団どっちが強い?
>>最盛期カエサル時代のローマ軍
確か五十個軍団三十万ぐらいあったはずだから兵力で十字軍の十倍以上
592 :
世界@名無史さん:2011/04/14(木) 22:24:38.26 O
清代乾隆年間に書かれたレシピ集「随園食単」(袁枚)では、豚の肺の下処理の煩雑さは「血水を清め包衣を去り、(中略)之を掛け之を仆(たお)し、管を抽し膜を割り、工夫最も細なり」と書かれている。
調理法 は二種書かれ 、一方は酒と水で一日一夜煮込むと白いモクレンの花のようになり、口の中で泥のように溶けるとあり、当時でも下処理の上にこれほど手間を掛けるのは稀だそうな。
もう一方は下処理の後小さく裂いて上湯で煮込んで直ぐ食べる簡易版で、雉のスープがあれば尚いいとも。
加えると、この著者は 「清(あっさり)」と「肥(こってり)」の食材を併せるのを嫌悪しており、雉は清としている。 つまり肺には脂分がほとんど無いということだ
先日読んだ小説の「大聖堂」では、市場を開く都市や修道院から伯爵や王が税金を取ってた。
都市や修道院は出店する商人から出店料を取ってた。
どのくらい史実か知らんけど。
誤爆すいません
>>593 大聖堂ってさ、12世紀の無政府時代だよ。
まだ王というほどの王でもないし、商人というほどの商人でもないな。
縁日の露天商みたいなものじゃないか。
596 :
世界@名無史さん:2011/04/14(木) 23:18:56.57 0
市場を開く場所が決まっていて、そこで商売をするのに
土地の持ち主がショバ代を徴収することになっていたわけだろ。
Value-Added Tax=付加価値税というのが昔からあったというね
貴族も商人から税金取れた、昔からあったんならそれが絶対王政につながるってのは間違いなの?
>>598 間違いではない。絶対王政時代は王も商人もかなり成長している。
もう商人にとってもショバ代払って市場に店を出すという時代ではない。
商人同士の抗争、さらに外国の商人グループとの抗争の時代になって、
そういうトラブルを調停して解決できる力を持った保護者が必要になるのだ。
そういう時代になると単に土地の持ち主といったレベルの田舎領主では
力不足で、国王でないと問題を解決できない。だから国王に税を払う意味が生まれる。
世の中何事も持ちつ持たれつ。それだけではないにしろ、そういう商人との結びつきの
強化が絶対王政が時代の要請となった一つの背景だ。
>>599 d
その説明だと税というより献金のほうが性質的に正しそうね
貴族が取るのは行商人からの関税
流通コストが無駄に高くなる
>>575 ■ ■ ■ ■ ■
■ ■ ■■■■
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
■ ■ ■ ■
■ ■ ■ ■
■ ■ ■
604 :
567:2011/04/15(金) 16:50:30.53 0
>>569 ありがとうございます。
早速読んでみます。
605 :
世界@名無史さん:2011/04/15(金) 21:00:11.63 0
第一次世界大戦の「失われた世代」とは何ですか?
>>605 子供が碌なものに育たなかった世代だな。
607 :
世界@名無史さん:2011/04/15(金) 22:07:42.66 0
戦前中国の租界や、日本の居留地は
直接的には植民地確保への足掛かりとして外国からの要求により建設されたものだと思いますが、
設置される国の側としては、
(欧米列強からの要求に従うという以外に)居留地建設による利益を見込んでの積極的な意志は無かったのでしょうか?
例えば外国企業の進出に伴う経済の拡大や、貿易港により国内に入ってくるさまざまな物資などです。
現代中国の「経済特区」は端的に言ってしまえばこうした利益を見込んで設定されたものだと思いますが、
当時の「弱小国・植民地←→欧米列強」の貿易の構図ではこのような国内への効果は期待できなかったのでしょうか。
世界史初心者なもので見当外れな点があればすみません。
見当はずれでしょう。
不平等関税と犯人引渡し条約の例外の場合が多いですからね。
609 :
世界@名無史さん:2011/04/15(金) 22:54:15.87 0
中国における場合、植民地確保よりは信用できない中国政府・中国人から
自国民を保護するために中国権力の及ばないエリアを確保したのがいわゆる租界。
実際、内乱続きだった中国の中で各国租界だけは平和だったわけで。
>>607 横浜は無理矢理開港させられて、結果的には発展したけど、生糸の輸出が軌道に乗るまでは
輸入過多で貿易赤字がヤバかったよね。
>>607 見当外れだ。租界は植民地確保への足掛かりではない。
租界は一義的には富士サファリパークのジャングルバスみたいなものなのだ。
つまり外国人が猛獣に襲われない為の安全地帯が租界。
清朝だって外国人が猛獣に襲われる度に賠償金を払っていたのでは破産してしまう。
そうでなくても破産も同然の切り売り状態だったが。
>貿易港により国内に入ってくるさまざまな物資などです。
その物資の中身が問題。アヘンなんて入ってきても清朝には何の利益もない。
代金で銀が流出していくだけ。で戦争になって賠償金代わりに鉄道敷設権を売り払う。
外国資本で鉄道が敷設されても、清朝には利益にはならない。
鉄道の技術も運営ノウハウも清朝には入ってこない。それじゃたまらんから共同経営という
形になるのだが、教育レベルが違うから技術者がついていけない。結局、中国人は
単純作業の下請けだけに成り下がる。鉄道が敷設されると中国人の人力車夫などが
失業してしまう。そういう外国人に対する不満が蓄積して爆発したのが、義和団の乱なのだ。
こうなるとジャングルバスもお手上げ。なんせ多勢に無勢でひとたまりもない。
ブルガリアって枢軸国側だったみたいだけど、
ファシズム運動や政党や指導者っていなかったの?
別にファシズム国家化はしてなかったけど仕方なくドイツに付いたって感じ?
国王のボリス3世自身が割と親独だったよ
ファシズムなんて結果に見えるね。
反共かつブロック経済圏からしめ出された国が
窮余の策で行き着いてしまうところ。
第一次世界大戦での敗北後、国内は混乱を極め共産党が台頭したが、
王政打倒を危惧した国王ボリス3世がクーデターを起こして政権を掌握。
1934年には全政党を解散して親政を行うこととし、独裁体制を敷く。
1941年、ブルガリアは枢軸同盟に参加し、周辺諸国への侵攻を開始する。
しかし1943年にボリス3世が急死すると、政府と国民は枢軸離脱に傾いた。
>>612 バルカン諸国はどれも弱小民族で単独では独立が保てない。
だからブルガリアもオスマン帝国に植民地化されていた。
オスマン帝国の弱体化に伴い、なんとか独立したといえど、
弱小は所詮弱小でソ連とドイツのどちらかにつくしか独立を
保つ方法がない。で、ブルガリアは共産化を怖れてドイツに
ついた。それでソ連の侵攻を防げたかと思いきや、ドイツが
倒れて万事休す。結局ソ連軍の侵攻になすすべなく共産化されてしまったわけだ。
というわけでブルガリアはファシズムでもなんでもない。
ファシズムだからというのでなく、ソ連が戦後処理の都合で、ソ連の侵略に抵抗した
国を枢軸国と色分けしただけの話だ。
>>575 だから、さー、権威をどこに頼るか、ということを理解しているか?
「僕は」はかんけーねーのよ。
>ウマイヤ朝時代にはイラク総督のハッジャージュによる弾圧とかがある。
中央トップの正統性に異を唱えれば、そりゃ、弾圧されるわな。
>>599 中世はむしろ商人は支配層の末端だったろ。
徴税請負とかな。
中世といってもひろうござんすが
ハンザ都市は商人中心だしギルドが聖権や地元領主から
統治権を抵当に買い入れて行政の中心となることもあったよ。
620 :
オツガイ ◆EAbyJft1LY :2011/04/16(土) 05:47:15.44 0
>>617 権威をアリーに頼るかどうかシーア派かスンナ派か分けるのは、
何も僕オリジナルの理論ではないと思うよ。だってほとんどの、
概説書ではブワイフ朝をシーア派と書いてる。つまり、大抵の人は、
当時の人が意識してたかどうかじゃなくて単純にアリーの権威を、
奉じてるかどうかでシーア派かスンナ派を分けてるってことでしょ。
むしろ、あなたはシーア派とスンナ派をどういう基準で分けてるのか、
分かんないんだけど。単に権威をアリーに求めればシーア派で、
良いじゃん。「僕は」じゃなくて「一般的に」そうだと思うんだけど。
>>605 > 第一次世界大戦の「失われた世代」とは何ですか?
一般的には1920年代から30年代にかけて流行した作家群のこと。第一次大戦によって
青年期が失われた世代としてヘミングウエイが作品に用いた言葉。
表現そのものには共通のテーマなどはなく、フィッツジェラルドやヘミングウエイでは
描く世界が全く違っていた。フィッツジェラルドの場合、よく失われた世代の代表作家と
言われているが、ジャズエイジの作家という言い方の方が似合っていると思う。
ブルガリアにドイツ系の王さえいなければ、
ユーゴスラビアと合併という道もあったのでは?
>>622 ブルガリアとユーゴスラビアは第2次バルカン戦争で激突している。
そんな単純には事は運ばない。
ユーゴスラビアもソ連という強大な敵を失うと、もう一つにまとまる理由もなくて
血で血を洗うユーゴスラビア紛争に突入して解体してしまった。
624 :
世界@名無史さん:2011/04/16(土) 11:43:38.66 0
スレ違いかもしれませんが、日本が戦後経済大国になったのはアメリカのおかげですか?
Yes.戦災復興のために物資の援助がありました。
>>625 援助だけで経済大国になれるものなのか?
援助がなくて自力だけだと無理だったんだろうね
石油も買えないし、鉄鉱石も買えない
>>624 そうだよ。第二次世界大戦を引き起こしたアメリカは戦後真摯に反省した。
アメリカが主導してオープンな自由貿易圏を作り、日本も参加を許されたからこそ、
貿易立国の道ができた。日本は無資源国だ。海外から資源を輸入して、
加工して付加価値を高めて輸出する。自由貿易圏が無いと日本は成り立たない。
アメリカが日本の立場を理解してくれないと日本は立ち行かないのだ。
それが大東亜戦争でアメリカが学んだことなのだ。
アメリカのお陰というのはある程度事実。
直接の援助以外に日本の高度成長の要因となったのは、
日米安保による国家予算リソースの余裕。
ベビーブームによる労働人口ブースト。
朝鮮&ベトナム戦争のアメリカの補給拠点となったことによる商工業ブースト。
などが理由として挙げられる。
所得倍増計画などは好景気の手綱さばきの一種だ。
戦前からの技術をあげる人もいるが、それも予算がなければ宝の持ち腐れだし、
何より軍ヲタなどは知っているだろうが、当時の日本の高い技術は産業全体からみればごく一部の奇形的なものだ。
新幹線技術のようにその奇形的発展を遂げた部分とうまく合致していれば応用も効いたが、万事が全てそう上手くいったわけではない。
産業の多くは偽物で満たされ、今の中国のような偽物商売から脱却するのにも並々ならない苦労が必要だった。
630 :
世界@名無史さん:2011/04/16(土) 13:03:35.13 0
ロシア連邦の国章が双頭の鷲なのは自称・東ローマの後継者だから?
631 :
オツガイ ◆EAbyJft1LY :2011/04/16(土) 13:49:32.81 0
>>630 そうだよ。確かイヴァン3世の時代に定められたんだよね。
彼はコンスタンティノス11世の姪と結婚してたからね。
632 :
世界@名無史さん:2011/04/16(土) 13:50:34.53 0
「アメリカのいうことを聞いて軍隊を持たないと約束するならアメリカが守ってやる」
つ自衛隊
経済学的にはアメリカの影響なんて皆無だね
教育訓練された労働者がいて自由経済でやってれば勝手に先進国にはなれる
経済大国になったのは単純に人口の問題
ついでだが日本よりも防衛費が多いアメリカのほうが一人当たりGDPでも成長率でも日本より上
防衛費の多少は経済とは全く無関係
>>616 セルビアやクロアチアにはファシズム政党があったし、
ムッソリーニの上にも国王がいたわけだよな?
ブルガリアはそういうのなかったの?
636 :
世界@名無史さん:2011/04/16(土) 16:24:08.01 O
ロシア帝国の時はそうだけど今は欧亜に跨がる国という意味合いのほうが強いんじゃないかな
法学板で質問していたのですが、行き詰っているので、ここで質問します。
商業経済が発達していく際に、借金のカタに何か取られる、ということがしばしば起こると思いますが、
借金のカタ(担保)には、
物的担保(質や抵当権など):「義務を果たせないなら財産や土地をよこせ」
人的担保(保証など):「義務を果たせないなら関係者にやらせる」
というパターンがあります。
お訊きしたいのは、歴史的にはどちらがより古かったのでしょう? ということです。
ローマでは保証が担保より重んじられて、保証のために奴隷契約すると
社会が成り立たなくなるから、担保が後に発展した、という風に聞いております。
他の地域も(シュメール・バビロニアとか、その前とか)そうだったのでしょうか?
ナチスが行った人体実験で、医学や国防の発展に貢献したものはあるのでしょうか?
>>637 借金、つまり個人所有財の差が広がり、
かつ金融業が銀行貯蓄なり金貸しなりで発展している場合には、
金融外の業界も金融業界が金融と同時に賄えない程度に
発展しているということだ。
ここでは例え金融に分化が生じてなくても、借りる側の要請が通るため、
物的担保を選ぶことも人的担保を選ぶこともできただろうから、
同時だと考えていい。
>>638 ナチス以外ではとても考えつかないような実験が為された、
別に動物実験や軽度の臨床実験でも同程度に確信できる検証結果が得られた、
など様々な議論はあるが、原則として学問に基づく実験はいかなる時代、設備に
置いても後の発展の力となる。
>>637 銭以前の原始的な交易は等価交換だったんだから等価価値のある物的担保のが先でしょ
ようするに質屋
641 :
世界@名無史さん:2011/04/16(土) 20:16:39.80 O
モンゴル帝国がシベリア方面にあまり侵略しなかったのは
気候の問題があったから?
寒くなければカムチャツカ半島とかも占領した?
>>620 じゃーさー、“僕”は、その「一般的」とやらをどう解釈してるの?
>>643 スレが荒れるからその粘着質には触れない方がいい。
>>641 経済的魅力が乏しかったことが理由
征服すれば大きな利益が見込める交易路上にある地域へは積極的に侵攻したが、
交易ルートの末端より更に向こう側では美味しくない
>>638 日本の石井部隊も細菌戦の実地データをアメリカに提供したことで有名。
>>644 案山子乙w
647 :
オツガイ ◆EAbyJft1LY :2011/04/16(土) 20:55:28.59 0
>>641 単純に征服する価値がなかったからだと思うよ。
シベリアってそれまで特に文明も発達してなかったし。
>>643 また同じことを何回も説明しなきゃいけないのか・・・・。
「アリーの権威を奉じるかどうか」って言ってるじゃん。
その解釈の基づいて、大抵の概説書はブワイフ朝を、
シーア派と言ってるんでしょ。むしろ、あなたの考える、
シーア派の定義のほうが不思議なんだけど。
>>641 シベリアというとシビル汗国があるけど
カムチャッカとかの極東方面だと、気候もだけど、資源の問題だろうね
そっち方面に進出しても、当時は別にこれといった産物があるわけでもない
せいぜい、毛皮程度
わざわざ進出したいと思うほどの魅力がない
649 :
637:2011/04/16(土) 21:17:12.96 0
>>639-640 なるほど、世界史板ではそういう風に考えるのか! ありがとうございます。
見方が広がりました。もうしばらく調べてみますね。
明確に始まりを見出すのは難しそう
16世紀のスリランカ内陸部では貨幣の流通はほとんど無かったそうだが
種もみを農家に貸し出して収穫の際に1割の利子を付けて回収するという一種の金融があったようだ
貨幣の概念がない農耕社会でも金融があるとするならば
農耕社会のはじまり、つまり有史以前に遡るとなると
考古学の範疇になるが考古学で担保が分かるとは思えないし
その頃の実態を正確に知るのは不可能だろ
等価交換の価値流動の激しさを考えると
担保になりそうなもんって家畜、土地だけだろうが、
それには当然保証人が必要なだけの大きな金額が
動いたと考えることもできる。
「どっちがより原始的な社会構造で安定した需要と供給を生み出せるか」という
比較なら社会学の領域かもしんない。
>>647 説明になってないもの何度聞いてもなー。
その「大抵」にてしても、どういう範囲か意味不明だし。
>>641 シベリア(Сибирь)って、今の中央アジア諸国だよ。なんちゃらスタンみたいな国名のところ。
もうちょい北まで含むし、人口希薄地帯もいっしよくたに統治していたから、なんだか極圏までもシベリアと思ってるかもしれんが
ロシア語の感覚では、氷雪地帯までは含まない。ついでに、あんまり東の方も含まない。
カザフスタンとロシアの国境からちょい北にはみだしたくらいまでのあたりがシベリアの範囲なので、結局、シベリア全部が
モンゴルの支配域に入ったことがある地域。
657 :
637:2011/04/17(日) 02:14:15.23 0
>>634 成長の時間短縮は、アメリカの援助の影響だよ。
なぜ人は米や小麦を育てようと思ったのでしょうか
育てるなら見てすぐ食べられる野菜や果物を育てようと思うのですが
660 :
オツガイ ◆EAbyJft1LY :2011/04/17(日) 08:24:09.12 0
>>654 「大抵」の範囲が分からないというのなら、それは単にあなたが、
イスラム史の本をほとんど読んでないだけでしょ。普通の本は、
ブワイフ朝をシーア派と説明してるもの。むしろそうじゃない本を、
教えて欲しい。そして、シーア派は「アリーの子孫を奉じてるか、
どうか」という定義のどこが説明になってないの?単に日本語の、
理解能力に欠けてるとしか思えないんだけど。まぁこれ以上は、
スレチなので、イスラーム史総合スレに移るけど。
>>660 そうそう、スレチスレチw
さっさと「お友達」も連れてイスラーム史スレへ消え失せろw
662 :
世界@名無史さん:2011/04/17(日) 09:56:06.90 0
>>659 昔々、気候の変動で、中東や北アフリカや黄河流域などが乾燥化し、獲物が減って、人類はそれまでの
狩猟中心の生活ではやっていけなくなりました
そこで、人類は、肉食が減った分を、さまざまな植物を手当たり次第に採集して食べることでおぎなったのです
草の実も食べましたし、もちろん、今の野菜の祖先の野草も採集して食べました
でも、実をつけていない野草は、葉や根を食べてしまったらそれでおしまいでした
草の実は細かいので、運んだり取り扱ったりしている間に、どうしても少しこぼれます
こぼれた種子が発芽し、やがてまた実をつけるということに、人類は気づきました
「この草の実、全部食べないで、一部を地面に蒔いておけば、あとでまた、いっぱいとれるんじゃね?」
こうして人類は、農業を覚えましたとさ
664 :
世界@名無史さん:2011/04/17(日) 12:00:13.67 0
>>662は
>>661に対し正論を述べているが如く振舞っているが
自分のレスも無駄なスレの消費でしかないことに気がついてないんだろうな・・・
バカだから・・・
日中戦争における大日本帝国軍の落としどころってなんだったのでしょうか?
私なら首都である南京陥落したあとに、国民党と講和して、
東南アジアへの石油の権益確保に協力させればよかったと思うのですが、
そのようなことはせずに、延々と移転しながら戦っている国民党に
引きずられていった印象があるのですが。
>>659 昔、すぐ食べられる食物なぞ、ほとんど存在しませんでした
その中で効率がよいものが選択され”作物”になったのです
基本的に野生種の特徴は1)可食部が少ない 2)実の成熟がそろわない
3)成熟すると穂から落ちる、4)毒性がある(特に芋類) などがあり、
野生種では、人は食べる前に”前処理”する必要があります
栽培種はこれらを改良することから始まり、小麦や米はその成果の一つですね
さらに保存性の問題もあります
果物や野菜は可食時期が非常に短く、それに対し穀物は収穫は短期で可食は一年中でした
人は一世代の繁殖に十数年かかるわけで、その間の安定した食糧供給方法を考えると
管理された安定した生産方法が求められたのです
まぁ、今の野生にある食用物のほとんどが人の手が入ってたりします……
例えば今のバナナなぞ野生のものでも放棄作物種、もとの原種すらわからないくらいです
つまり今あなたが見ている野生のすぐ食べられる野菜果物の多くは人類の育種の成果なのです
>>659 もともと人間はエデンの園でそこらじゅうに実っている果実を食べたいときに食べて生きてきました。
しかしあるときヘビにそそのかされて、うっかりリンゴを食べてしまったのです。
そのことが神様の逆鱗に触れ、「自ら耕して暮らすがよい」とエデンの園を追い出されてしまいました。
それ以来人間は耕さないと生きていけなくなったのです。
でも穀物こそ調理しないとくえないぞ?
ナマ米ナマムギは美味いとは言えないし。
高カロリー、保存に有利なのだが最初に食べ始めるきっかけはなんだったんだろうね。
鳥みたいな便利なくちばしも砂肝ももってないんだよ?
結局そのあたりをつなぐ鎖がうしなわれたままなので、なんだかんだいってみたところであくまでも想像でしかない。。
>>659 野菜や果物はカロリーが足りない。
例えば桃は100gで40kcal。栗167 kcal 。柿は60kcall。
これに対し、米は356kcal、小麦は370kcalにもなるのだ。
しかも桃栗三年柿八年というぐらい実を結ぶまでに時間がかかる。
カロリーが足りないということは主食にはならない。
そこで日本では古来より米・麦・粟・豆・黍を栽培するようになった。
神様に五穀豊穣を祈願し、めでたく収穫できたら歌や踊りで神様に感謝の気持ちを表現した。
それが祭りなのである。黍は桃から生まれた桃太郎が御腰につけた黍団子で
犬・雉・猿を家来にしたというぐらい昔は一般的な穀物であった。
稗や粟などは戦前だって普通に主食であった。
しかし食味において決定的に米に劣る。だから現在では米が主食となった。
671 :
世界@名無史さん:2011/04/17(日) 13:50:59.78 0
農業が確認されるずっと前から、
何十万年も前から火は使われていたから
採集したものを煮たり焼いたりは普通だったんじゃない
>>665 南京落したら降伏するだろうと思っていたところが当てが外れたわけで。
玄米だとゲロマズ
いつから籾摺精米するようになったん?
>>670 桃太郎の黍団子は、国名の「吉備」と「黍」の語呂合わせだろ
>>668 >>671が言うように、すでに火もあるし土器もある
それに、狩猟採集民族は、アクが強くてそのままでは食べられない木の実を水につけてアクを抜くことを知っている
縄文人もやっていたことだ
その延長で、生では固くておいしくない草の実を水につけ、その後加熱するぐらいのことはすぐに思いつくだろう
アナトリア近辺では農耕以前に狩猟から羊や山羊の牧畜が先に始まってて、
家畜が好んで食べるイネ科の植物を選んで栽培したのが麦だという説もある。
これだとイネはどうなるのかと思うが、ブタが米を好んで食べていたのだろうか。
>>673 身分階層や地域によって違うようだ。奈良時代の貴族は白米を食べていたという記録もある。
でも庶民の末端にも普及するのは明治時代のようだ。
江戸時代は万事殿様次第だから、百姓の分際で白米を食べるのは贅沢だという殿様だって
いただろう。これは推測だけど。
>>674 それはその通り。それぐらい庶民にとって普通の穀物だったという話さ。
>>676 馬かも知れない。根拠があるわけでもないが。
吉備国自体が黍の国の当て字だろ
>>673 精米脱穀の道具は「杵」、米作の遺跡にはだいたい見つかるので
始まると同時に行われてたと推測され
>>668 もともと穀物は加熱してアルファ化したデンプンを食用にしてたのよ
世界で一番最初に”農業”が始まったのはアフリカでシコクビエ(日本では雑草だけど)
その処理の仕方は1)カゴですくうように集める 2)そのまま加熱(煮る)して潰す
3)風を送って籾と潰した実(アルファ化デンプン)を分ける(脱穀)4)保存
だから「穀物は消化がいい食物」として始まり、その後米小麦が開発されたときに
新テクノロジー「生で保存する」が生まれたのよ
つまり「生で喰う」ってのは想定外の食べ方なので喰いにくくて当たり前だったり
ルーシで「公国」が多かったのは何故ですか?
>>677 「武士が白米食べるのも贅沢だ」って言って、
自分の食事に白米が出たら激怒した殿さまもいたな。
>>672 つまり中国側が徹底抗戦を貫いたわけですね。
ヒストリーチャンネルで今、食の大特集をやってますが、
キングコーンのいう映画によると、牛という動物は、元々は穀物を食べ続けると
病気になるらしいですね。
あと、古くから主食と食べられている芋類は東南アジア原産なのですが、もともとは有毒な食物で
毒性の少ない芋を選んで、毒抜きして食べていたそうです。
>>681 ルーシの君主の称号は「クニャージ」で、ドイツ語のケーニヒや英語のキングと同源だから、本来ならルーシ王国と
いうべきところ
が、ルーシでは、クニャージという称号の価値がしだいに下がってしまった
というのも、この国の初期には兄弟の中の1人だけに王位を継承する形がまだ確立されておらず、フランク王国で
兄弟による分割相続が行われたように、ルーシでも、おまえはキエフのクニャージ、おまえはノヴゴロドのクニャージ、
というように息子たちに領地とクニャージの位を分け与えたからだ
で、時がたつにつれてあちこちにクニャージが乱立してしまった
だから、この国のクニャージは、国王ではなく公爵扱いってことにされて、クニャージの領国は公国と訳されるように
なり、最初のキエフ・ルーシも、ルーシ王国ではなく、慣例的にルーシ公国と呼ばれるようになった
685 :
世界@名無史さん:2011/04/17(日) 17:23:09.37 0
>>673 混合具合にもよるけど
雑穀米おにぎりは美味いぞ
騙されたと思って食ってみ
686 :
世界@名無史さん:2011/04/17(日) 19:42:12.52 0
ロシア皇帝やドイツ皇帝やアメリカ大統領、フランス大統領などは
アナーキストによる暗殺計画が幾度もなされて実際に殺されたりしてますが
ナポレオン三世、ヴィクトリア女王、フランツヨーゼフ1世
この辺りは暗殺未遂、もしくは発覚している暗殺計画ってあったのでしょうか?
687 :
世界@名無史さん:2011/04/17(日) 19:45:37.20 0
>>686 いちいち紹介は出来ないけど3人とも暗殺未遂はあった。
特にナポレオン3世はイタリア独立運動の裏切り者として
マッツィーニから死刑宣告を受けていたので何度も何度も殺されかけている。
フランツ・ヨーゼフ1世も1848年革命関連で怨みを受け
即位早々に短剣で襲われた。その時の皇帝の言葉は
「(犯人を)殺すな!」だった。しかし結局犯人は処刑されている。
小乗仏教って信じる者しか救わないって本当?
ヴィクトリア女王はドイツ人なのを英国人は苦々しく思っている
>>684 なるほど。ありがとうございました。
近代のバルカンで公国が多かったのも、
由来はクニャージにあるのでしょうか?
>>660 “僕”が呼んだ範囲が精々“大抵”の範囲なんだろ。
>>690 そういやジョージ6世やエリザベス2世なんかは暗殺未遂ってあるんだろうか
昭和天皇も皇太子時代に虎ノ門、1932年の朝鮮人の爆弾投下
発覚してる暗殺計画としても赤軍派による1974年8月14日の鉄道爆破未遂とかあるけど
暗殺未遂とはいえないがゆきゆきて神軍のパチンコ事件とか
694 :
オツガイ ◆EAbyJft1LY :2011/04/17(日) 20:25:29.68 0
>>692 だから反論はイスラーム史スレでやってよ。僕が読んだ範囲とか、
言うんだったら、ブワイフ朝がシーア派じゃないと言ってる本を、
挙げてよ。ただし、ここの質問スレじゃなくてイスラーム史スレでね。
695 :
世界@名無史さん:2011/04/17(日) 20:27:26.57 0
>>690を受けての質問なのだが・・・
日本国の天皇=日本人
タイ王国の国王=タイ人
まあ大方の国ではこうなっているが
ヨーロッパは外国人が自分の国の国王というのが
ざらだが国民はどう思っていたのだろうか?
スウェーデン王はフランス人だしラテン民族とゲルマン民族で
まったくの異民族だし。
メッテルニヒもドイツ生まれドイツ育ちのドイツ人だし
あんまり関係ないんじゃないの?
逆にヒトラーは完全なるオーストリア人だろ?
タークシン王朝やチャクリー王朝は華人系タイ人
カロリーたりないからってww
果実食、木の葉食の類人猿はどうなるんだww
華人系とはいっても、少数民族系の鄭姓だし、ダイ族だろうな。
昔の王朝は、北部タイ語であって、今のタイ標準語と違うよ。
>>695 宮崎県知事が東京都知事選に立候補したみたいなものだ。
西欧人同志は外国人という意識はない。
地元候補か落下傘候補かという程度の違いしかないのだ。
問題はカトリックかプロテスタントかって事だけ。
>>700 言語的な近さはとにかく。
ドイツ人とイギリス人では体格とかかなりちがうけどなぁ
>>670 芋類は大体100〜150キロカロリーだけれど、農耕文化を形成し、共同体で収穫を祝う神事くらいのレベルには簡単に到達してるで。
樹木じゃないから果物ではないとかいうかもしれんが、大きな草の実のバナナ、専ら蒸したり焼いたりして食べるプランテーン品種群は
200キロカロリー前後。
芋やプランテーンは、加熱する際に加水せず蒸し焼きナにするので、生でも加熱後ももさほど重量比カロリーは変わらない。
小麦は粉にして加水して整形してから加熱、米は多量の水の中で煮る、というのが主な調理法。
粉と水だけで副原料の殆ど無いパンは270キロカロリー、ソップを加えない饂飩玉は140キロカロリー、米飯はもとの白米の約2.4倍の重量に
なるのでやはり155キロカロリー前後。
可食状態での比較では、十分に、栗は主食に鳴るだろう。
時間を問題にするったって、そもそも、農地は開墾から本格的に収穫ができるようになるまで数年かかるもので、未来に投資するような
性質のものだ。桃栗三年……を問題にする方がおかしいだろ。
703 :
世界@名無史さん:2011/04/17(日) 20:56:47.14 0
>>695 そういえば「その国民が外国出身の君主をどう見ていたか」というのは
殆ど読んだことがないなあ。
逆に筆名カルメン・シルヴァとして名を馳せたルーマニア王妃は
「最も合理的な政体は共和制です。
なのに私達に万歳を叫ぶ国民が不思議でなりません」なんて事を言っている。
これって実は国民をめちゃくちゃ馬鹿にした言葉だね。
それも自分達を慕ってくれている国民を。
そう本気で思うなら王妃を退いて平民として自活しろとも思う。
そうそう。
栗だって丸のまま食べるだけじゃない。
粉にして練って焼いてくえるのだから。
穀物うんぬんはむしろ考古学の領分じゃないかなあ
英語をはなせない国王。
フランス語をはなせない王妃。
やっぱ国民の非難はかなりのものがあったんだよ。
>>681 君主の称号がкнязьで、後に、西欧諸国でdukeやprinceと訳されたから。
語源からすると、kingやkoenigと同じなので、単に、訳の問題。
そういう訳になったのも、ロシアがモンゴル帝国から独立を回復し、間もなく、君主がツァーリ(皇帝)を称し、
自国内の有力者にкнязь号を許し、それが、領地持ち世襲貴族の称号となったため。
>>698 内臓の消化力とかが違うのかなあ。
類人猿みたいに一日中もぐもぐ食ってたら文化活動ができないような気もする。
人間の歯は穀物を食べるための構造じゃない。だから、脱穀、調理が必要だ。
人間の指は穀物を拾い集める為の指じゃない。だから、刈り取り作業が必要だ。
そこまでの大変な作業をすることを決断したのってすごいことだよ。
自発的なもんじゃない。
きっと名前こそ残っていないが穀物栽培を強力に押し進めた指導者がいたとおもう。
みんなの前でうまそうに食ってみせた指導者が。
あれ?
>>708 類人猿だって文化をもってるよ?
逆に農作業のおかげで人類は文化活動できないよね。
イタリアとかドイツって19世紀半ばに統一されたけど
そもそも統一されるべきものなの?
つまりずっと分裂状態がおかしかったわけで
民族とかから見るとあるべき姿になったって形なの?
あとイタリアやドイツの地域間感情ってあるのでしょうか?
もしくはもともと別の国だったわけだし、具体的ではなくても独立志向とか
独立国からただの一地方への格下げって結構の地位低下だと思う
類人猿って毎日毎日恋愛三昧らしいぞ。うらやま〜
大昔に書いたブログのエントリにこんなのがあった。
『人類史のなかの定住革命』要約(isbn:9784061598089)
まず氷期が終わった。熱帯は後退し温帯が広がった。
それまで熱帯に暮らしていた遊動狩猟採集民だったヒトは温帯に進出した。
ところが温帯には季節があり、食える時期と食えない時期があった。
ヒトは食える時期に食料を保存し、食えない時期にそれを食っていくことで対処した。
ヒトは果実・種子・若芽・肉類・根茎類に加え、新たに魚類を食べるようになり、これを保存することにした。種子も保存に向くため保存した。
保存すると今までのように遊動することはできなくなり、定住を余儀なくされた。
定住の結果、薪のために森林を伐採することになった。
陰樹林は伐採すると草原や陽樹林になり、クリやクルミや野草など食料となる植物が多く生えるようになった。
ヒトは食料となる植物を選択的に残すようになり、これが栽培や農耕に至った。
ということで、米や小麦を農耕するためにはいろいろあったようだ。
果実・種子・若芽・肉類・根茎類→魚類・(保存)→(定住)→(伐採)→クリ・クルミ・野草・(栽培・農耕)
714 :
世界@名無史さん:2011/04/17(日) 21:35:04.59 0
ここで言うべき内容じゃないのかもしれませんが
グーグルマップを見て思ったんですが
スエズ運河って地中海からポートサイドから入って南下して
グレートビター湖までは川になっていて抜けれるんだけど
リトルビター湖を越えたあたりで行き止まりになっていますよね
あれってどこからスエズ湾→紅海に抜けるのですか?
ずっとスエズ運河が出来た事によって
アフリカ大陸とシナイ半島は間に川を貫通させた事で完全に大陸と分断されて
地続きではなくなったと思っていたのですが
そうではないんですよね?
ある日、王様がみんなを集めてこう言った。
「おまえら、今日からは小麦食え。クルミ食いたいとか贅沢抜かすな。クルミは高いんじゃい。
小麦ならいくらでも地べたにおちておろうが?あ?」
民衆はなきさけんだ。
「そんな〜?! あまりです。いくら地べたにいっぱいあるといっても。それじゃ、蟻を食ったほうがましです〜」
王様はこう答えた
「もちろん、蟻もくうのだ。」
こうして蟻と穀物は人の食い物となった。
そうすると熱帯では農耕は行わないのかしら
熱帯にはサゴヤシとか芋とかパンの木があるでしょ
モンゴンゴもあるね。
怪獣モンゴンゴ〜
つ焼畑
>>711 「あるべき姿」なんてない。そもそもドイツは神聖ローマ帝国から
オランダ、ベルギー、ルクセンブルク、スイス、リヒテンシュタインなどが離脱した後の
残りかすだ。
早い話がイギリス、オランダ、フランス、アメリカ、ロシアなどの列強に追いつき追い越すために
ドイツだのイタリアだのと無理矢理民族意識を訴えて統一したわけだ。
むしろ地域意識の方が強い。ナチス党だって元はバイエルン州の地域政党だったのだ。
だからといって何でもかんでも独立すりゃいいってもんじゃない。EUの中で発言力を無くし、
経済が成り立たなくなるだけ。
723 :
世界@名無史さん:2011/04/17(日) 22:40:50.56 0
>>722 >ドイツだのイタリアだのと無理矢理民族意識を訴えて統一したわけだ。
それってファシズムが生まれる要因になったの?
もちろんドイツではヴェルサイユ体制の酷さと経済的状況が一般人のナチス支持につながったんだろうけど
バイエルン対プロイセン
ナポリ対サヴォイア
>>688 信じない者は救われないのは小乗仏教に限った話ではない。例えば浄土真宗であってもそうだろう?
阿弥陀様だって最低限「南無阿弥陀仏」と唱えないと救ってくれないぞ。
726 :
世界@名無史さん:2011/04/17(日) 23:02:43.95 0
>>724 そういや
今のブンデスやセリエAは仮想地域間戦争の役割をしていて
アレがあるから、政治的な対立は生じず独立まではいかずとも
それで満足させてる役割をもっているって話を聞いたことがある
>>727 何だって??念仏も要らんのか?そんなお安い教えで救われんのかなぁ。
流行歌より安っぽい…。
>>728 信仰すら要らない。
信仰告白も念仏も要らない。
無条件に衆生を救うのである。
さながら阿弥陀の功徳は あまねく降り注ぐ日光の様である。
そう。だから 阿弥陀如来 は 大日如来 とも呼ばれるのだ
>>729 いまさらながらとんでもない教義だな!
意地悪いことを言うと、全員プレゼント方式の方が結果的に信者が増えるということか?
>>730 だから親鸞の教えは長らく廃れていた。
なにもしなくてもいいのだから。
>>723 共産主義のアンチテーゼがファシズムであり民族社会主義だ。。
地域対立、階級対立を否定する為に民族的アイデンティティが強調されたわけだ。
世界大恐慌で列強がブロック経済に走ると、植民地を持たない。ドイツ・イタリアは
たちまち行き詰まり、失業者があふれかえる。
労働者は共産主義かファシズムの二者択一に走る。
ところが共産主義はトロツキーを追い落としたスターリンが一国社会主義を主張した
ためにソ連から見捨てられる。資本家も共産革命お断り。こうしてファシズムが勝ち残る。
ドイツもイタリアもユダヤ人を除けば、民族的均一性が高い国です。
だから統一の時にも、世界大恐慌の時にも民族が強調されるのは自然な流れ。
するとスターリンはファシストだったのですか?
>>732 >民族的均一性が高い
それこそがプロパガンダじゃん
「民族」って便利なカテゴリは、国家や国民のプロパガンダで作られる部分もあるしなあ
まあ見た目とか言語とか地縁社会が前提としてはあるんだが
>>730-731 ホント全員プレゼント方式だな。信者である必要もない、というか信じる事も不要な訳だ。
受験の滑り止めみたいなもんだな。
でも阿弥陀如来は無量光如来というのは知ってるけど、大日如来とは別でないの?
>>688 小乗仏教=部派仏教が、信じる者しか救わないという教義だというより、
自分の解脱より衆生済度の利他行・菩薩行を強調する大乗仏教から見た
小乗仏教への批判という意味合いなんじゃなかろうか。
>>737 全員プレゼント方式とは違う。
あらかじめ、救済される者は抽選で決まっている。
当選確実かどうか確かめる方法が、念仏なのである。
なんだかわからんが宗教板でやれ
741 :
世界@名無史さん:2011/04/18(月) 00:20:11.95 0
>>732 すまんが
国家・中央が社会全体を統制するという意味では
コミュニズムもファシズムも同じじゃないん?
両方とも究極のテクノクラート政治なわけだし
コミュニズムのアンチテーゼがファシズムって違わなくない?
>>739 うーん。当選できない理由と、その人はどうしたら良いのかが知りたいな。
あと、キリスト教の予定説と似てるのか違うのかも。
>>740 済まん。長く引っ張るつもりは無いから許せ。
民族という場合は言語と文化がキーで(エルマン・サーヴィス『民族の世界』)、
もっと狭くエスニック・グループと言った場合は伝統=歴史がキーとなる。
という風に学んだなあ。
>>742 輪廻転生でもう一回人間やりなおせってことかな?
仏教は、キリスト教と違い最後の審判まで保留ってのがないから・・・
親鸞は念仏も不要と言い切ったんだよ。
念仏を百回となえるひとと万回となえる人。どっちが救われるのか?
そこに差は無い。
一回と百回にも差が無い。
そして零回と一回も一緒なのだ。
そこに救済される側の努力なんか不要なのだ。
念仏を唱えたんだから救済しろよ、なんて話ではないのだから。
ただただ、分け隔てなく救われる。そうでなくてはならない。親鸞さんはそういった。
だけどそれでは宗教ではなくなっちまう。
で、廃れた。
蓮如が戦国時代に生まれでてきたときに。
彼は、念仏や道場での勤行が救いにつながるという親鸞が否定した概念を浄土真宗にもちこんだ。
日本人はがんばって救われるのがすき。
一向宗がおおはやりした。
746 :
世界@名無史さん:2011/04/18(月) 00:33:57.73 0
仏教って簡単に言えば
輪廻転生で次の生まれ変わりの時に苦しみを味わいたくなかったら
現生で善行をしろって事でOK?
で、その手段が大乗仏教とか小乗仏教とか?
747 :
世界@名無史さん:2011/04/18(月) 00:37:51.15 0
アケメネス朝、ササン朝の自称は
イランだったと聞いたけど
パルティアの自称はなんだったの?
現世で善行しろってだけだな。
前世で悪いことしたから今の境遇がある・・・みたいなヒンドゥーみたいなことは
イスラム教が競合してくる13世紀頃から全くいわなくなった。
将来悪行を行うだろうから
青少年のうちは善行しなさいってのもある。
>>746 輪廻転生の輪から解脱しようぜってのが仏教で、
オレ修行して解脱するぜってのが小乗で、
みんなで逝こうぜってのが大乗ってことじゃないのかい。
>>746 ちがう。
仏教の世界観では生命は 虫になったり獣になったり阿修羅になったり人間なったりしつつ永遠に生まれ変わる。
輪廻という。
永遠に生まれ老い病み死ぬ。愛する人と別れ、泣き、孤独に苦しむ。それは永遠の苦行だよ。
善行を積めば生まれ変わってくるときはましなところに生まれるという。
でも同じ悲しみ苦しみをくりかえすんだ。
では輪廻の苦しみから逃れるにはどうする?
悟りを得る。仏になる。極楽浄土にいく。
永遠の別の存在となって輪廻の外側にでてしまう。 解脱 とはそういうことだよ。
自らの力で解脱したのが釈迦。
釈迦の力で解脱するのが我ら衆生。
752 :
世界@名無史さん:2011/04/18(月) 00:59:49.39 O
草創期イスラム帝国(7世紀)はエチオピアと交戦歴ある?
サハラ以南に侵略とかあったのだろうか?
キリスト教は 契約 だよ。
神と人の契約。
ある神を信じる、ある神の民になるかわりに 救済され審判の日に蘇り天に迎えられる。
>>744 しかし予定説では救われる人/救われない人はあらかじめ決まってるから保留もないらしい。
>>745 少なくともお布施は集まらないな。
>>746 同じ事の繰り返しになっちまうけど、輪廻してる限り生老病死の苦しみはつきまとう。それから逃れるには
悟りを開いて輪廻の輪から解脱する必要が有る。善行だけでは不足。
小乗(小さな乗り物の意味)は自分が悟りを開く事を目的として様々な修行を行う。
大乗(大きな乗り物の意味)は自分の事だけじゃなく、菩薩行という修行の一環として他の衆生を救う
行いを奨励する。
極楽浄土は娑婆世界から西方十万億土にある仏国土のひとつだが、
解脱して涅槃の境地に至る(成仏する)には極楽往生後でも修行を積む必要がある。
まあ別に極楽=涅槃でもいいんだけど。
小乗(小さな乗り物の意味)ね。
浄土に行くための乗り物、例えば飛行機と考えてみればいい。
一人乗り用の飛行機を自分の手で設計してエンジン組み立てて操縦して飛んでゆく。なかなか難しい。
そこに弥陀という人がジャンボジェットをつくってくれた。
操縦してみんなのせて浄土まで飛んでくれるんだ。
さぁ、弥陀さんに有り難うね。って言って(念仏)のせてもらおうよ。
いや、親鸞さんの言うにはお礼も運賃も要らないらしい。
迎えにきてタダでつれていってくれるらしい。
読んでもないくせに、テキトーな喩え話はヤメロ
他人が見事な説明をしたからって嫉妬するもんじゃない
いや、見事ではない。
涅槃と浄土は違うし。
大乗は南無阿弥陀仏の念仏だけではないし。
仏教には予定説は無い
>>760 心配すんな。
おまえみたいなひねくれものすら阿弥陀さんはジャンボジェットの貨物室につっこんで浄土までつれていってくれっからよ
「近頃の若い者は…」的な愚痴は、昔から言われているんだ…というネタで。
アリストテレスが著書で似たようなことを記したとか、
ポンペイの遺跡に残されていたとか、
メソポタミアの粘土板に記されていたとか、
そういう話は何度か読んだことがあるんですが。
私が見た限り、どれも、明確なソースが無いネット上の匿名情報でした。
実際に文献等により裏付けの取れる情報はあるんでしょうか?
だとしたら、最古のものはどの時代のものなんでしょうか?
真言宗も天台宗も日蓮宗も禅宗も、みんな大乗仏教なわけなんだが、
なんで小乗仏教との対比に浄土真宗だけを持ち出したのかよくわからん。
765 :
世界@名無史さん:2011/04/18(月) 01:54:41.59 0
タイやビルマ仏教と日本の奈良仏教や鎌倉仏教は
基本的なところは751で言われてるのと同じもの?
じゃ何が違うの?
あとなんでインドで仏教ははやらなかったの?
ええかげん、上座部仏教いう用語を覚えろよw
>>765 タイでは、在家は輪廻転生することに決まっていて
今回は成仏できませんというトコ。
あと一度還俗すると再出家できないな。
>>747 王朝としてはアルシャック。
現代イランでは、いわゆるパルティアを「アシュク」「アシュカニアン」と呼ぶ。
つまりアルサケス朝(アルシャック家の王朝)であり、中国に伝わって「安息」と音写された。
パルティアとは、アルシャック王朝が地歩を固めた北西イランの地域名パフラウィークを、
南西イラン語方言パールシーク(ペルシャ語、ファールス語)で「パルタウ」と呼び、
それがギリシャやローマに伝わってパルティアと訛ったもので、自称ではない。
またイラン語話者は「アイルヤーン」「アルヤーン」と自称し、彼らの住む地域を「アイルヤ」「アールヤ」と呼んだ。
創価学会やオウムや幸福の科学なんかも
仏教ベースだと思うが
あれも釈迦の教えの解釈違い?
解釈の違いもあるが、経典の取捨選択の違いもあるだろうね
他の宗派では捨ててしまった経典を拾うとかしている。
統一教会がキリストの教えだというくらい、ひろ〜く解釈するのなら、
これらも釈迦の教えと言えるかもしれんね。
>>752 西暦615年、ムハンマドはクライシュ族の迫害から逃れさせるため、
紅海の対岸の大国アクスム(ハバシュ、アビシニア)へ教友たちを亡命させた。
この移住にはのちのカリフ・ウスマーンらも含まれていたという。
国王はキリスト教徒であったが、教友たちから聞いたムハンマドの啓示に感心し、
クライシュ族から彼らの引渡しを求められても庇護者として拒否している。
この縁により、アクスムはイスラーム帝国から友好国として扱われ、征服されることはなかったが、
他のキリスト教圏との交流が絶たれ、高原中央部へ遷っていった。
>>763 シュメール
粘土板
近頃の若者はなっていない。実に嘆かわしい時代 になったものだ
>>695 そもそもヨーロッパ域内では、“外国”っていう概念が、日本やなんかとは違うだろう。
かつてはローマ帝国で一つの国だったし、中世なんて、まんま日本戦国時代のようなもの、ローマ帝国の再統一のための
天下取をやっていたようなもので、そのなかの大名所領が三十年戦争でそのまま主権を持った国になってしまった状態。
日本で大名・旗本がなんだかんだでみんな縁続なように、ヨーロッパでは王様やら大公やらがみんな縁続き。
日本だって国替えでやってきた新しい殿様になんぼかは拒否反応があったりも刷るけれど、それは、前の殿様への思慕だったり
新しい量の政策に対する不安だったりするけれど、住民とクランが違うから嫌だとかいうわけでもない。
>>711 独立国で地位の高いのは、精々、そこの王様やら大臣くらいのもので、残りはの大半は同じというか逆。
庶民にしても役人にしても小さな独立国よりは、大きな強い国の国民だったり官吏だったりした方が地位が高いわな。
小さな国でも大きな国でも国としての体裁を整えるには一通りのものが必要で、それを揃えて維持するのは結構大儀なことだ。
小さな国がその一通りをそろえて維持するには結局そこに住む庶民に負担がかかるわけで、精々満たされるのが王様や大臣やらの
虚栄心だけだと、そりゃ、国民は独立国であることを嫌って、生活習慣や基本的な考え方の近いところでまとまって大きな国の一員に
なることを求めて、小さな独立国の国体の維持が難しくなる。
>>695 議会制度の発達した英国では、ハノーヴァーからやって来たドイツ人国王ジョージ1世は、むしろ好都合だった
なぜなら、国王は英語がわからないから、議会や内閣にあまり顔を出さず、政治によけいな口出しをしてこないから
>>777 アングロ語の解らないウィリアム王なんかは、おフランス語を押し付けて、従わない話の通じないアングロ系貴族はどんどん追放粛清してしまったが。
ノルマンコンケスタの後、イングランドの在郷貴族は一掃されてアングロ系の家門は結局一つだけしか残らなかった。
本国の権益を誘導するのでなければ、やってきた国の為に仕事するのであれば、国民は君主が外国人でも宇宙人でもロボットでもなんでもかまわない。
>>764 持ち出したのは俺だが大乗の代表としてではなくて、「信じる者しか救われない」の喩えとして最低限、
念仏は唱える必要が有るだろうってあげた訳だ。ところがそれすら必要ない、救われる者は勝手に
救われるし、救われない者はどうやっても救われないというから驚いた。
>>765 タイやビルマのは小乗仏教とか上座部仏教というやつ。日本のは大乗仏教になる。救われるための
方法が違う。上座部仏教は出家して修行しないと悟りを開けないと考える。大乗仏教はそれ以外の
方法も有ると考える。
あと、インドでは流行らなかったんじゃない。流行ったけど廃れた。古いバラモン教が仏教などの影響を
受けてリニューアルしたヒンズー教が流行ったから。理詰めの釈迦より破壊と創造のシヴァ神の方が
受けが良かった。
>>救われない者はどうやっても救われない
そんなことを仏教は言ってますか?
むしろギリシャ哲学でしょ、運命論は?
>>781 俺は知らんが
>>739はそれらしき事を言ってる。輪廻したあとの事は答えを聞けてない。
>>739にしても親鸞がそう言ってるという話であって、仏教一般の話ではない。
一般論としては悉有仏性であって、どんな悪人でも仏性が有るからいつかは悟りを開く
可能性を秘めていると言っていると思う。
>>781,783
『阿弥陀経』は自力救済否定の救済論だから、予定抽選方式みたいになってるが
『阿弥陀経』だけが救済のメソッドではない。
別の方法もあるわけで、『法華経』でも『理趣経』でも好きなのを選べばいいのです。
もう阿弥陀如来の籤に外れたと思ったら、釈迦如来でも大日如来でも
別のを選べば無問題なのです。
>>659です
どうもありがとうございます
聞けば聞くほど人の凄さを感じます
>>783 親鸞のは釈迦の仏教ではないからねぇ
親鸞が思い願う救済のあり方を、仏教の教典の中に無理矢理探しあてた。
もしあのころの日本にコーランしかなければコーランのなかに。
聖書しかなければ聖書の中に。
何も無ければ古事記の中に。
彼は根拠を探し作り出して、同じように人々の魂を救おうとしただろう。
親鸞は仏教僧侶ではなく新しい宗教創始者である。
787 :
763:2011/04/18(月) 21:25:57.78 0
>>763 ネタ元は星新一訳アシモフの雑学コレクション(新潮文庫)
釈迦だの阿弥陀だのの蘊蓄は寺でやれ
イスラムの空港にはお祈りの部屋がある。
日本も成田、関空に大仏までは行かないが仏式のお祈り部屋を作ればいいのに
>>789 宗教は往々にして戦争の原因ともなるんだから歴史家の重大関心事の筈だろう。
宗教は歴史を語るに外せない要素ではあるがさすがに教義にまで踏み込むのはスレ違いだな
>>792 何と!?高校世界史の教科書に三位一体も予定説も出てこないとでも言うのか。
>>688 これ、宗教板に誘導がベストアンサーだったのか
逆説の日本史の6巻に誘導すればよかったのだ
>>794 それはごもっとも。俺が悪かった。でも真宗の坊さんに「極楽往生しても悟りを開いた事にはならない!!」と
喧嘩を売ったところで何にもならんだろう。
極楽往生ってゴールじゃねぇもん
解脱しやすい環境に転生するだけの意味しかねぇぞ
799 :
世界@名無史さん:2011/04/19(火) 00:39:54.55 0
本当は怖い阿弥陀さま
本当は怖い観音さま、勢至さま
ここの住人は、イスラム教やキリスト教のこと詳しくても
仏教の事知らなすぎるんだろうなw
>>740ですでに言ったぞ。これ以上は宗教板あるいは日本史板でやれ。
資料をもとに結論を出せないような教義は堂々巡りになる。
そういうことがやりたい人用の板は他にあるからね。
>>791 釈迦だの阿弥陀だの絡みの世界史における戦争って何よ?
仏教はむしろ政争だよな
アブラハムの宗教のように外に向かって世俗権力が動くと言うことがまずない
>>791 阿育王のバーラタ統一戦争とか、カラ・キタイのトルキスタン占領とか、
>>804 叡山の僧兵の強訴とか、丁未の乱とか、一向一揆とか、公明党とか……
古くは蘇我氏(仏教)と物部氏(神道)の戦争。
近くは叡山が京都の日蓮宗を撃滅した天文法華の乱。
スリランカ内戦は、ヒンドゥー教徒のタミル人と仏教徒のシンハラ人の民族紛争
世界最古の鋳造貨幣はミケーネで使われてた?
今のところ、最古の鋳造貨幣は紀元前7世紀頃のリディア王国でつくられたものとされている
すっごく遅いツッコミなんですが・・・
>>702 >時間を問題にするったって、そもそも、農地は開墾から本格的に収穫ができるようになるまで数年かかるもので、未来に投資するような
>性質のものだ。桃栗三年……を問題にする方がおかしいだろ。
農業の全てが準備に数年かかるわけではありません。て言うか、
>>721 で、数年間の準備のあとから収穫までさらに数年かかるようなものが主要作物には普通なりません。
まあ、「銃・病原菌・鉄」でも読んでみては。
>>698 だから類人猿は数十億も生息してないのだと思われます。
ビザンツ帝国の皇帝はアレクシオスとかマヌエルとかおりますが、
皇帝は自分の名をラテン語で表記したのでしょうか?それともギリシャ語ですか?
812 :
オツガイ ◆EAbyJft1LY :2011/04/19(火) 17:54:58.50 0
>>811 普通にヘラクレイオス以前はラテン語、以後はギリシャ語で良いと思う。
アレクシオスもマヌエルももはや完全にギリシャ化した後の時代だから、
まぁ、ラテン語で書くことがなかった訳ではないだろうけど、基本的には、
ギリシャ語で書くことのほうが多かったと思うよ。
>>810 栗も柿も木の寿命は30年くらいあるよ。その間毎年収穫できる。
一度植えれば、さしたる手間もなく、30年間やそこら収穫できる。
桃の木は寿命短いが、それでも、12〜13年。
果樹は下草を薙いで植えるだけだから、特に耕す必要は無い。
収穫の始まるまでの年数は、開墾した田畑に穀物を植えた場合とほぼ同じ。
2年かかるキャッサバとかバナナ(プランテーン)とか、3年かかる熱帯性のヤムとタロとか、
6〜10年かかるサゴヤシとか、植え付けから収穫まで数年かかるものでも主食の地位に
ある作物とか、1シーズン(3〜6ヶ月)で収穫できるものでも中世の三圃制のような耕地の特性や
ジャガイモのような輪作忌避によって同じ畑での収穫が3〜4年おきになるものもある。
大体よ、農耕は計画的に行うものだから、定期的に一定以上の収穫が見込めれば、成立する
ものだろうに。
仮に、植えてきっかり100年後にたった1度の収穫する性質の作物でも、それを、毎年乃至数年おきに
収穫できるよう計画が立てられれば、農耕は成立する。
>>812 ヘラクレイオスの名前からしてギリシャ語だろ
>>810 普通は、ブラウザー(粗食型の食性の動物)の方が分布が広くて生息地の中の個体数密度も高いんだよ。
グレイザー(選択食性の動物)は、食べるものの質は高いが量は少ないので、分布が限られてしまう。
816 :
オツガイ ◆EAbyJft1LY :2011/04/19(火) 18:27:59.83 0
>>814 そうだよ。だからヘラクレイオス以後はギリシャ語で、
それ以前はラテン語って言ってる。ヘラクレイオスの、
時代に公用語がラテン語からギリシャ語に変わった、
訳だしね。まぁ、正確には中世ギリシャ語の発音だと、
「ヘラクレイオス」という表記は不適当らしいんだけど、
そこら辺は僕がギリシャ語詳しくないので知らないや。
>>813 柿の寿命って30年だったのか
家に曾ばあさんが嫁いできた時からある柿は裕に100年は超えているが長寿だったんだな…
>>810 農業でかなり大事なことは「土地の回復」なんだけど、普通の人はあなたみたいにそれを忘れてるんだよね……
休耕期を計算に入れると、昔はスパン的に
>>813と同じかそれ以上な農法が多かったよ
例えば熱帯雨林の”焼畑”で永続的なものは、耕作2回の後、休耕期が7-10年とり、
また小麦でも最初のころは(環境の降雨量が非常に少なかったので)10年くらい土地に水(雨)を溜めて一年耕作
…てなぐあいで数千年同じ場所で小麦を育ててた、
つまり、灌漑施肥(始まりは人屎尿)が始まるまで、休耕期が数年以上にわたるのは普通だったりする
人口増加でこの休耕期が短くなる(土地を休ませる余裕が無くなる)と土地が荒廃(減収)して不毛地になってくんだよね
>>817 産業的な寿命と、生物的な寿命は、違うからね。
伐って引っこ抜いて別の若い木を植えなおした方が沢山実が取れるような更新的期が、
果樹の産業的な寿命だ。
820 :
世界@名無史さん:2011/04/19(火) 21:32:34.95 0
あのねー 引っこ抜くんじゃなくて接ぎ木して
キメラにするんだよ。果樹園芸の基本技
>>820 それは、樹種更新。
それとは別に、数十年に一度、根株から掘り起こして古い木を捨てて新しい木に入れ替える。
822 :
世界@名無史さん:2011/04/19(火) 23:10:28.20 0
>>811 ビザンツでは7世紀に公用語がラテン語からギリシア語になった。
BBCとかで何とかランキングとか良くやっていますが
イギリス人におけるもっとも人気のある歴代国王ってだれになるんでしょうか?
エリザベス1?ヴィクトリア?リーチャド3?エリザベス2?
エドワード3も候補に入れてくれ
ロシア皇帝の直系は皆殺しなのは有名だけど
フランツヨーゼフ1世やウィルヘルム2世の子孫って今何やってるの?
あとオスマン帝国の皇帝の子孫とか
完全なる一般人?
それとも何かしらの地位にはあるの?
最後のオーストリア皇帝カール1世は退位後国外亡命して1922年に亡くなったが、
その息子オットーさんは99歳の高齢でまだ生きている。
政治家としてバイエルンの保守政党・キリスト教社会同盟に所属し、欧州議会のドイツ選出議員でもあった。
彼の息子のカールさんはオーストリア国民党所属の政治家。
最後のドイツ皇帝ヴィルヘルム2世の息子はヴィルヘルムで、1951年まで生きていた。
彼の息子ルイ・フェルディナントは1994年に亡くなり、現在の家長は1976年生まれのゲオルク・フリードリヒさん。
なんかの財団の理事長や名誉理事だったりはするらしい。
最後のオスマン皇帝メフメト6世の息子はメフメト・エルトゥールルで、1944年カイロで死去。
皇太子のアブドゥルメジトはメフメト6世の従弟で、一時カリフに推挙されたが1944年パリで死去。
その後もオスマン家自体は続いているが、家長は存命最年長の男子から選ばれるので、
昔の皇帝の第何子の子とか孫とかそんなんばかり。地位的には一般人。
最近だとミャンマーの「民主カレン仏教徒軍」
>>825 ちなみに、ボナパルト家の現在の家長は、ナポレオン1世の弟ジェロームの子孫で、
市会議員や客員教授をやっているが、ナポレオン7世として今でもフランス帝位請求者だ
ただし、息子のナポレオン8世と競合状態らしい
ブルボンで朝も、オルレアン家系のアンリ7世と、スペイン・ブルボン家系のルイ20世が、
それぞれフランス王位請求者となっている
それぞれに一応、支持者がいるんだから、フランスってすげーな
オットーさん長生きだな
WW2世代の王族で生きているのはこの人とエリザベス2世ぐらいじゃないか?
831 :
オツガイ ◆EAbyJft1LY :2011/04/20(水) 09:18:12.81 0
>>830 後、王族だとタイのラーマ9世も入るかな。他は思いつかないけど。
>>830 ブルガリアのシメオン2世も追加で。
しかも、WW2中の国王だったと言うおまけつき。
>>830 ,,、、、、、,,
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ハミト、 ;;ミミヽ ,r'彡;:リ
{いミ.:'`丶、 ,r=ェェテ┐_r=テュ=ト、
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ゝィ .:: ゙、  ̄ノ
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,. ィ´ N.:.:!: . ::゙、.:; , ' __ ... _ ゙', ..j!.:.:.`ヽ、
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>>829 >ナポレオン7世として今でもフランス帝位請求者だ
ナポレオン自身が帝位収奪者なのに
こういう言い方だと、徳川、豊臣、足利将軍も主張できそう
>>813 問題はそれを「農耕を始めた時」に行えるかということです。
狩猟採集生活からあえて農耕という作業に貴重な労働力を割いて、何年も先の収穫を待てるかどうか。
少なくとも西アジアやアフリカの古代人は、とりあえず1年で種を播いて収穫できる作物を選んだわけです。
あと、イモ類は多くの場所で早くから栽培されているかと。
・福田首相は中国講演で歴史認識について村山談話をかみくだいて語った。
・だがそれは、日本人に向かって言ったのでも、日本人が聞いていたわけでもない。
・こういう大事なことは、日本に向かってこそ語りかけるべきだ。
>>835 >1年で種を播いて収穫できる作物を選んだわけです
その解釈は微妙だと思うし
>>813の否定理由にもならないよ
1)例え一年生作物であっても「一年ですべてが終わる」農業はあり得ない
というか、採集時代でも数年にわたる農業計画をたてていた
北米のマコモ(ワイルドライス)の場合、何カ所かを数年にわたって移動しながら収穫していた
(収穫村の施設や戦争の痕が残っている)
それ故、採集から栽培に移行するときに、農業計画の主要条件(作物)を一年単位で判断していたはずがない
2)アフリカでの一番最初の作物は穀物(シコクビエ)だった
それが旧大陸全域に広がって今の穀物主流になったわけで、
これは単純に”始まりが穀類だった”ってだけで、それを持って「樹木」を否定する理由にはならない
ちなみにヒエアワ大豆だけで維持した古代中国と違い、今じゃヒエ類は雑草扱いなわけで
文明発生が”富の蓄積可能”以外の条件、例えば作物の栽培期間の影響を大きく受けたのかどうか
はっきり言える推察はないんじゃないかな
文明発生の条件は知識の蓄積と継承
>>839 ×「一年で全てが終わる」
○「一年目でとりあえずの成果が得られる」
狩猟採集で考えれば分かりやすいことですが、狩るのに数ヶ月かかるような獲物は数日で採れるものより
優先順位が低くなるということです。
そしてこれは、(休耕含めた)栽培計画とはなんの矛盾もありません。
>これは単純に”始まりが穀類だった”ってだけで
農耕発祥とされる地域全てで穀類(かイモ類)が最初に栽培化されている以上、樹木より優先されたのは明白なことです。
よく南無阿弥陀仏とか南無妙法蓮華経とか念仏を唱えていますが
あれって何を指してるの?
ジーザスクライストとかオーマイゴッドとか意味は無いけど
みんな言ってるから一緒に使ってるだけ?
南無阿弥陀仏は 阿弥陀さん、グッジョブ!
南無妙法蓮華経は 蓮華経、グッジョブ!
これからは1乙〜!とかサンクス〜ではなく 南無〜!を流行らせてほしい。
インド人乙
インド人南無ぅ〜
でしょ。
>>842 ちなみに念仏は南無阿弥陀仏と仏の名前を唱える事。南無妙法蓮華経の方はお題目という。
「妙法蓮華経」という「お経の題目」を唱えるから。
南無は一般的に「帰依します」の意味とされるけどグッジョブで良いのか?
南無人間革命
南無妙法蓮華経だなんて 本棚に参考書ならべるだけで読まないのと一緒なわけで。
そんなので 極楽浄土大学に合格できると信じるやつの努力しなさにはあきれかえるよ
なぜ昔の人は念仏を和訳せずに漢語訳のまま使ったのですか?
じゃあ逆に質問するぞ。
なぜ、今のやつらは洋楽を日本語になおして聞いたりカラオケで歌ったりしないのか
>>850 「南無阿弥陀仏」と「阿弥陀様に帰依します」と10回ずつ唱えてみると判ると思います。
あと呪文だから意味がすぐに判らない方が有り難みを感じるというのも有ります。
密教で使う真言とか陀羅尼(だらに)はサンスクリットの音訳そのままです。
>>849 法華経は極楽往生を説いてる訳じゃないけどな。
中世西欧のカトリック教会も、一般人には読めないラテン語の聖書を使ってたろ
知識人階級だった坊主たちにとっては、民衆が直接意味を理解できるように翻訳してしまうより、
自分たちが聖書や経典の内容を独占している方が都合がいい
日蓮宗ってのは日蓮こそが上行菩薩だっつう宗教だから法華経の中身は別にどうでもいいんだよ
失礼致します。
質問と呼べるかわかりかねますが、神聖ローマ帝国(フランケン朝から
ロタール・フォン・ズップリンブルクあたりまで)の帝国や諸侯国の制度
や官僚システム、領域内の状況や一般的な各階級の生活様式等
がある程度わかるWEBサイト等をご存じないでしょうか?
あとは、図説などの2000円程度で買えるような入門書等はあります
でしょうか?
お題目は天台宗でも唱えるけどな。
>>851 知的財産権の問題だな
パス出来ればきよしこの夜みたいになる
>>841 栽培というのは「定住した同じ土地で一定の収穫を毎年得る」というのが最大の課題
採集農業時代であっても「一年目でとりあえず…」なんて刹那的基準はなかったわけで
なぜ栽培当初にそういう特別な選択がなされた、と思うわけ?
…”農耕発祥とされる地域全て”ってのは追求しないけど……
>>813は”一年生作物の代わりに栗などの園芸作物でも問題がない”
(これについては決定的欠点があるから無理だとは思うけど)
って必要条件の話だから、環境が変われば作物が変わって当たり前
古代文明がみんな半乾燥地帯なのは、アフリカのステップでヒエ栽培が発明されて
伝播した結果似た環境で同じ方策で…って結果なだけとも言えるわけで
樹木栽培が有効な土地(温帯で湿潤な気候)で人が定住し集落を作ったとしても、
果樹管理より一年生の草をわざわざ優先して始めるはずだ
…なんて考え、どんなものでしょう??
イモ類についてはLostcropなコンニャクイモ系なぞ多年草が多いし、より否定的な例としか
>>853 聖書でラテン語を使うのは
十字架に書かれた言葉がラテン語、ギリシャ語、ヘブライ語
の三つだったからだけどな。ゆえにローマ教会は三言語の異端と罵られた。
それは口実
梵語から漢訳した坊主の苦労は…
>>860 >北米のマコモ(ワイルドライス)の場合、何カ所かを数年にわたって移動しながら収穫していた
>(収穫村の施設や戦争の痕が残っている)
定住しない農業について言及していますが。
そもそもある場所に植えた作物を放置して別の場所を数年回ってくるような農法を行う場合、対象を栽培化するメリットが薄いわけで。
むしろ移動しながら生活する場合こそ、短期間で収穫し食料と種籾を得られる作物のほうが好都合だったでしょう。
>採集農業時代であっても「一年目でとりあえず…」なんて刹那的基準はなかったわけで
無かったという証拠を。
収入も備蓄も乏しい状況では、まずは手っ取り早く手に入る食料源を確保するのが最優先だったわけで。
>樹木栽培が有効な土地(温帯で湿潤な気候)で人が定住し集落を作ったとしても、
>果樹管理より一年生の草をわざわざ優先して始めるはずだ
>…なんて考え、どんなものでしょう??
「農耕発祥の例は全て穀物栽培から始まっている」ということでFAだと思います。
というか、樹木のような生育期間の長い作物こそ、「定住し集落を作るようになってから」のほうが栽培化のタイミングとしてベターでは。
そもそもの話のもとは
>>659なわけで、そもそも最初から「果樹や野菜ではなく穀物が先立った」ことは前提なわけです。
>イモ類についてはLostcropなコンニャクイモ系なぞ多年草が多いし、より否定的な例としか
問題は多年生かどうかではなく、植えてからなるべく短期間(イモや穀物の場合数ヶ月から半年)で収穫が得られるということです。
>>835 ところがどっこい、草の種を集めて貯めた証拠・種を加工して食べた証拠というものは早くから沢山出てくるが、草の種を播いた証拠が出てくるのは随分と遅い。
同時に、野生の草の種を野に出て集めて貯蔵し加工して食べるというのは20世紀になってもまだ続いている地域があった。
一応、集めて住居に蓄えた証拠が出てくると農耕ということにしているけれど、本当に現代で言う意味の農耕をしたかどうかは疑わしいんだよ。
それとはまったく別の次元で、狩猟採集から、植えて何年もかかる木を経済的に利用し、且つ、積極的に植えて手入れをするということに手を出すのは容易だ。
毎年この季節のこの場所にはこの種類の木の実が沢山なっているから取りに行こう、ということを出発点としてる。
この種類の木はこういう条件の場所に生える、木の実からなった気と同じ葉っぱが生えてくる、ということは容易に観察して得られる考察だ。
だったら、有用な木の実のとれるところと近い条件の場所の既にある草木を薙ぎ払って、有用な木の実を数個埋めてきて、近い将来にその有用な木の実が
取れることを期待するということは、すぐに思いつくだろう。通りかかれば、目的の木のほかは抜いたり倒したりしてくる。これは、初歩的だが、立派な農耕だろう。
スレタイ見えないの?
議論スレじゃないんだけど
>>841 えー。
大抵の狩猟採集民族は、全ての獲物が、一年単位ですよ。一年がかりで移動して捕まえる拾い集めるの繰り返し。
そのために数百キロ移動したりはザラですよ。
>>863に関連して
なぜ当時の坊主は梵語を漢訳にしたの?
>>869 支那に布教に来た坊さんやら支那生まれ支那育ちの坊さんやらが訳したから。
例えば日本で一番普及している二百六十四文字の般若心経漢訳は三蔵法師が訳したヤツだし。
てすとです
>>870 では日本語訳がない理由は日本に来た坊さんや日本生まれ日本育ちの坊さんが少なかった
からですか?
>>872 日本の外国語熱は、発音重視で、しかも、ローカライズした発音というのが、伝統だから。
今でも盛んに英会話教室とかやってるけれど、受け答えとか、語彙を蓄えたり、慣用句が意味するところとかのコーパスのようなものを
まるで無視して、「発音が悪いからガイジンとお話できないんだ」という方向ばかりに危機感をもっていってるだろ。
それは1000年前も同じで、漢詩の平仄をまる暗記しても全く支那人と話が出来なかったり、梵字の正しい発音とやらを宗派ごとに熱心に
研究しては噴飯モノの発音やら人間の口では発音できないような切継を開発したりしていた。
経を訳したのも、支那人というか、真のチャイニーズではなくて、魏や隋や唐やらの時代の特有のものだからね。
874 :
世界@名無史さん:2011/04/21(木) 17:48:39.64 0
>>872 日本は、先進国である中国から律令と同時に漢文を輸入していたわけで、
公文書にも漢文が使われていて、知識階級には漢訳仏典で十分に意味が通じたのです。
漢文が読めない農民むけには、坊さんが解り易く口頭で教義を解説しました。
つまり、文字の読める階層には翻訳は必要なく、
翻訳が必要な階層には文字が使えなかったわけです。
日本語訳として思い浮かべるだろう日本語の書き言葉はそんなに古くなく、明治にようやく言文一致の運動がはじまります。
明治までの書き言葉は候文であったり、和漢混淆文であったりして、
知識階級には漢文の知識が必須で、漢訳仏典は、そのまま読んで意味が通じていました。
知識階級まで漢文が読めなくなったのは戦後のことです。
中国では梵語は一般に使用されていませんし、布教のためには翻訳するしかありません。
そこが日本と事情のちがうところです。
それに、日本が先進国の文化として仏教を受け入れたのとは違い、
むしろ中国の方が文化の中心と自負していたのだから、
西域僧の布教は大変だったと思います。
それで老荘思想の言葉を使って仏教の教義を説明しようとする格義仏教などが初期には行われていました。
875 :
世界@名無史さん:2011/04/21(木) 19:50:23.22 O
女性で最初に世界一周したのは誰?
マゼラン艦隊所属トリニダード号に乗船していた女性かも
船長の妻だったか?
まあマラッカからスペインまでの帰路は本来の航海ではなく、
ポルトガルに拿捕された上での強制送還なんだけど
ああいや、コメルソンさんはドはつかんか
>>842 南無はサンスクリット語の音写、意味は「帰依します」「信じます」
阿弥陀仏もアミターバの音写
南無阿弥陀仏は「アミターバに帰依します」「アミターバを信じます」
と唱えてる。
>>850 南無阿弥陀仏はサンスクリット語の音写で漢語訳じゃないよっと。
>>874 けど、井原西鶴とかは読んで十分に解るよ。
「アテナイ人の国政」はあるけど
「ローマ人の国政、思想、社会構造、軍隊組織」
見たいのないの?
歴史文献書評スレみたいなのがあればいいなと思うけど、
ログが飛ぶ前はあったの?
>>880 江戸時代の人は井原西鶴もお経も両方わかった。
今の時代を生きる君は、井原西鶴はわかるけど、お経はわからない。
だから、明治期まではお経の翻訳は需要がなかったけど、
(漢文読める人は多かったし、解らない人は、なんか有難いで済んでた)
今の時代はお経の翻訳が必要になってきたということでしょう。
ライト兄弟って世界初の飛行機だけど
ただの鳥人間ではなくあれは直接その後の戦闘機であったり、ジャンボジェットとかに直接つながるような
仕組みを作ったの?
逆に言えばライト兄弟がその仕組みを作っていなかったら
仮に飛行機が出来ていてもは全然別の発展の仕方になってたのでしょうか?
>>881 前2世紀、ギリシャ人ポリュビオスは、共和政ローマの国制や拡大を論じた『歴史』を著した。
4世紀末、ローマ人ウェゲティウスは、かつてのローマの軍制を論じた『軍事論』を著した。
その他もろもろ。
888 :
世界@名無史さん:2011/04/21(木) 22:29:18.96 0
下らない質問ですが
カエサルやオクタビアヌシュが喋ってた言葉って今のイタリア人?が聞いてもわかる言葉を喋っていたのでしょうか?
それと同じで始皇帝や曹操の中国語とかも
ブッダやキリストやマホメットなんかも今の現地語と同じ言葉を喋ってとされているのでしょうか?
当時の言語ってラテン語じゃないの?
>>888 始皇帝の時代は表音字母が無いため、不明です。
どんな言語であったかは、孤立語文法のシナチベット語族であろうとしか推定しきれていません。
曹操の時代だと不完全ながら復元されていて、上古音と呼ばれるものがあります。
唐の時代には、守温が作った三十字母があるので、中古音およびそれ以後の音は判明しております。
>>890 日本だとどうなの?
聖徳太子と藤原鎌足とか古代人が発していた言葉は
今の日本人でも内容が理解できるとされてるの?
7世紀ぐらいだと万葉仮名があるから、そこまでの古い時代ならば遡れる。
語彙や発音はだいぶ違うはずだけど日本語の場合文法はほとんど変わりないので
ニュアンス程度は通じるかもね
>>885 当時はライト兄弟以外にも動力飛行に挑戦していた人たちは山ほどいて、中にはライト兄弟以前に
飛行に成功したと主張する者もいる
彼らの中でたまたま完成し、世間に認められたのがライト兄弟
また、ひとたび発明された飛行機のその後の改良には、ライト兄弟はあまり貢献していない
自転車屋出身だったせいか、ライト兄弟の飛行機は、動力の伝達にチェーンを使っていた
それが効率悪いと改良したのは別の人たちだ
もしもライト兄弟がいなかったとしても、誰かがほぼ同様な航空機を完成し、その後他の人々によって
航空機がほぼ同じ発展をとげたことは間違いない
ライト兄弟のは真直ぐ飛んで落ちるだけ
ライト兄弟のやったことって
鳥人間コンテスト?
897 :
世界@名無史さん:2011/04/22(金) 00:50:27.11 0
パイズリ行為を「ポンパドゥール方式」と呼ぶという話はよく聞きますが、
実際にフランスおよびヨーロッパ系言語で、この性技を「ア・ラ・ポンパドゥール」などと
称しているのでしょうか?
もしも、使用例があるとしたら、いつ頃からのことなのですか。
>>895 wikipediaから引用。
『ライトフライヤー号は単純に浮揚するだけでなく、製作当時から、操縦系を既に備えていたことでも
画期的な飛行機だった。機体前方に昇降舵、機体後部に方向舵を備え、ワイヤーにより、動翼を
制御できた。エルロンとして主翼をたわませている(→たわみ翼)。パイロットは機体に対して腹ばいに
搭乗して操縦する。』
ライト兄弟の作った飛行機ライトフライヤーは、今の飛行機の操縦法とは全く違うものでした。
腹這いになって乗り、手でエレベーターを上下させ、おなかをひねるとラダーが動きました。
まず基本的にまっすぐにしか飛びません。旋回することもできなくはありませんが危険です。機首を上に向けたり、下に向けたりする余裕もありません。
操縦するというよりも、いかにバランスをとって真っ直ぐ飛ぶか、というのがテクニックでした。その結果12秒間の飛行に成功しました。
操縦できたかどうかは別だと思いますよ。
少なくとも、今のような旋回やら離着陸は無理だったわけでしょう。
『操縦できない』と『操縦が制限される』は異なるわけで
操縦ができないなら飛び立ったが最後墜落するまで搭乗者はなにもできない
唯一できるとすれば飛び降りるだけ
これが操縦できない状態
>>897 知らぬ。
ざっと調べたところ、アメリカ英語ではTitty fuck/titfuckと直接的だが、
イギリス英語ではtit wank/French fuck(フランス式)。
そのフランス語ではCravate de notaire(公証人のネクタイ)/Branlette espagnole(スペイン式オナニー)、
イタリア語ではspagnola(スペイン式)、ポルトガル語ではEspanhola(スペイン式)、
ドイツ語ではSpanische Krawatte(スペイン人のネクタイ)というらしい。
当のスペイン語ではcubana(キューバ式)/francesa(フランス式)/turca(トルコ式)などというそうだ。
『現代の航空機のように操縦できる』と『グライダーのように操縦が制限される』は異なるわけで
操縦が制限されるのなら飛び立ったが最後墜落するまで搭乗者はなにもできないわけではない
唯一できるのがバランスをとりながら揚力を維持すること
十数秒では操縦をどうこういうことはできない状態であることに異論はない
ア・ラ・ポンパドゥール(ポンパドゥール様式)というのは、彼女が宮廷のファッションリーダーであったことから、
当時の最新式の髪型や衣装・服飾、料理やデザートや香水、家具の様式などなどに広く用いる。
マルタン・モネスティエ著『図説 乳房全書』という本によれば、そういう伝説はあるようだが真偽は明らかでないとか。
まあ女性関係に乱脈を極めたルイ15世とその愛妾なれば、当時からそんなエロい噂が流れてもおかしくはないが、
「ルイ15世が重度のロリコンだった」ってのは、少なくとも最初からではないだろう。
8歳年下の従妹のスペイン王女と婚約していたが、幼すぎるので婚約解消し、
15歳の時に7歳年上の元ポーランド王女を王妃とし、彼女を熱愛して11人も子を産ませている。
>>901 多くの国で、外国の名をつけてるのが面白いね
そんなエロいことを考えついたのは、うちの国じゃないよ、と主張しているようだ
そういや、フランスがナポリに攻め込んだ時に流行した梅毒も、フランス人はナポリ病と呼び、
ナポリではフランス病と呼ばれたんだっけ
905 :
世界@名無史さん:2011/04/22(金) 03:27:16.63 0
906 :
世界@名無史さん:2011/04/22(金) 08:21:15.15 0
>>901 ありがとう!
最近「トルコ嬢」とか「ダッチ・ワイフ」とかいった言葉が聞かれなくなりましたが、
欧米では外国名を性関連用語に平気でつけているようですね。
日本が異常なのか、それとも・・・・・
>>885 いいえ
現在の航空機はライト兄弟の発明の子孫ではありません
動力飛行に成功した最初の人物というだけのことです
>>888 詩経上古音は先秦の発音とされるが、諸国で文字の形や発音がいろいろ異なり、
始皇帝が秦字・秦音に統一した。今の詩経(毛詩)が編纂されたのは漢代。
曹操の頃は上古音と中古音の変わり目にあたり、韻書が作られたりした。さらに胡人が華北に流入して発音も変化していく。
今の標準中国語(普通話)は清末の北京官話をベースに中華人民共和国で作られたもので、曹操の頃とは文法からして全然違う。
華南の諸「方言」はより古い形を残しているが、せいぜい唐代以後。まあ曹操の書いた文字は(読む人の発音で)読めるだろうが。
釈迦は古代マガダ語の東部方言を主に話し、のちにパーリ語で教説が文字にまとめられた。
どちらもサンスクリットの俗語(プラークリット)だが、パーリ語は西インド系らしい。
古代マガダ語はインド語派東部語群に属し、今のビハール諸語マガヒー語の先祖らしい。
ジャイナ教の聖典にアルダ・マーガディー(半マガダ語)で書かれたものがあり、当時の言語に近いとされる。
イエスは西方アラム語というセム系の言葉を話し、ヘブライ語は律法中の言語となっていた。
シリアのダマスカス郊外に今も西方アラム語を伝える村があるそうだが、ほとんどの地域で死語。
ムハンマドの話した言葉はクルアーンに残る古典北アラビア語でフスハー(純正なもの)といい、
イスラーム世界の標準(文語)アラビア語の基礎。敬虔なアラブ人ムスリムならムハンマドの言葉はかなりわかるだろう。
ライト兄弟の発明した操縦系ってのは、コロンブスの卵ともいうべき簡便さで、
それまで飛行中に向きを変えるという具体的なアイデアがなかったのだが、
おかげで世界中でパクられまくって、彼らは特許訴訟で半生を費やすことになるのだが
ちなみにそうした様々なアイデアをパクりまくってできたのが、日本のゼロ戦である
これ豆な
910 :
世界@名無史さん:2011/04/22(金) 14:50:27.45 0
>>873 今のENGLISH板みたいだな。
「語彙数が足りないからしゃべれない」
「イギリスのクイーンズイングリッシュじゃない負け」
「『標準英語』の発音じゃないと負け」
と本気で信じている奴らがいる。
英語なんて言いたい(伝えたい)ことに関係する単語とジェスチャーで何とかなる。
公文だ仕組みだ発音だというより機転の問題
日本人が外国人に片言の日本語で尋ねられたときに、
自身の脳みそをフル活用して相手が何を言おうとしているのか考え想定し汲んであげるように
外国人も日本人が片言の英語や単語とジェスチャーで話をすれば
こっちの言わんとしていることを汲んで理解してくれるから
>>906 トルコ風呂は、歓楽街に建物として存在し、公に目につくものだったからね
性産業界だけでなく、たとえば規制や指導をする側の自治体や警察や消防署なども使う、いわば公式の用語だった
商品として生産・流通・消費されるダッチワイフも、同様に、関係者にとっては公式の用語と言っていい
それに対して、パイズリを意味する俗語は、あまり公式に使われることはない
その辺の差だろう
公式な用語は、別の用語を公式に定めて切り替えてしまえば、たいていの人は新しい呼び方を使うが、非公式な
俗語の使用をやめさせようとするのはなかなか難しい
913 :
世界@名無史さん:2011/04/22(金) 16:43:58.83 O
蒙古帝国で活躍した日本人っているの?
奴隷とか倭寇とかは除くとして。
914 :
世界@名無史さん:2011/04/22(金) 16:45:41.87 0
アレを「ダッチワイフ」というのも和製英語みたいだけどな
もとは中国人が使った竹製抱き枕がオランダ人に伝わって…とかなんとか
源義経。蝦夷地から大陸に渡り遊牧民を糾合、天命を受けてチンギス・カンとなった。
>>883 井原西鶴も十返舎一九も経や念仏は解らんと書いてるでよ
>>891 古事記とか万葉集とか見てみろよ。
だいたいその時代だから。
919 :
世界@名無史さん:2011/04/22(金) 17:26:56.96 0
母音の数が8つ(6つ?)だったり、ハ行の子音がpだったり、サ行の子音がtsだったり、上代日本語は今とはけっこう違う。
たとえば柿本人麻呂の歌「小竹之葉者 三山毛清尓 乱友 吾者妹思 別来礼婆」を
「つぁつぁにょぷぁぷぁ みやまみょつぁやに つぁやがぃぢょみょ あらぃばゆいもよみよぶ わからぃきぬらぃば」
と読んでいたのかも知れない。
>>917 もし本当に文字通り「念仏が解らん」とかいてるのなら、と仮定して。
念仏なんて「南無阿弥陀仏」以外にないので、解らんはずがない。
それが解らんと言う事は、念仏で救われる気が全然しないということ。
つまり言葉の理解ではなく、宗教的体験的理解が出来ないってことじゃないの。
>>883 なんかうそばっかついてる。。
お経を漢語として理解できてたのなんかせいぜい平安時代の学僧まででしょう。
そもそも、サンスクリット語を漢文に訳したときに何が行われたのかわかってていってるのだろうか
真の釈迦の教典は般若心経以外にない。
925 :
世界@名無史さん:2011/04/22(金) 19:36:05.92 0
創価学会以外はすべて邪教だろうが・・・・。 すべての宗教を比較して一番素晴らしいんだぞ。
南無池田先生、南無人間革命〜
>>922 まさか、一般人が大蔵経全部をスラスラ読んで理解したなんて言ってるんじゃないからね。
とはいえ、専門の僧侶でなくても、般若心経や観音経くらいは理解できた。
それから、「なんで日本語訳をしなかったの?」という質問に関しては、
専門的な難解な経典でも事情はあまり変わらない。
例えば、原子力発電の技術書は英語で書かれていようが日本語で書かれていようが、
一般人が読んでも意味わからんでしょ。
これは翻訳とかいう話ではなくて、専門知識を身に付けるしか理解のしようがない。
お経も同様で、漢文は読めても専門知識が無いと読みこなせないものがある。
そういう経典は日本語に翻訳しても、やっぱり専門知識が無いと読みこなせない。
それを読みこなせるくらい専門知識がある人は、当時なら必ず漢文ができるから、
翻訳する必然性がなくなる。
逆に、漢文が読めないような人は、仏教の専門知識を持ってるはずがないから、
翻訳しても理解できず、翻訳する意味がないし、事実上翻訳しようがなかったと思う。
だから、仏典和訳じゃなくて、素人でもわかるような和讃が作られたんだと思うよ。
現代は、仏教の教義を知りたいという知的欲求を持つ人でも、
漢文の素養を持っていないことがほとんどで、
歴史的に始めて仏典日本語訳が必要とされる時代になったと言えるよ。
結局今のアラビア語とコーラン語は違うよね?
どれぐらいのムスリムが理解してんの?
同じだよ
アラビア語で書かれたものだけがコーランとして認められて、それ以外の言語に翻訳されたものは
コーランではなく、解説書みたいな扱いのはず
書かれた当時のアラビア語と、現代アラビア語がどれだけ違うかは知らん
当時の識字者が読めたであろう真宗の御文も
俺には読みにくい
932 :
世界@名無史さん:2011/04/22(金) 22:17:19.19 0
ヒトラーはなぜ自身の死の直前に結婚をしたのでしょうか?
何か明確な意図はあったのでしょうか?
933 :
世界@名無史さん:2011/04/22(金) 22:19:47.15 0
とんかつは韓国起源だとおもいまいますが、話題になりませんね。
日帝による隠蔽でしょうか?
934 :
世界@名無史さん:2011/04/22(金) 22:30:03.81 0
>>933 なぜそう思ったのかが知りたいが、とんかつは日本というよりは、フランスやイギリスだから。
cotelette(背骨から肋骨までの間の肉)はフランス語で、卵とパン粉をつけてソテーするのはイギリス風。
935 :
世界@名無史さん:2011/04/22(金) 23:08:04.39 0
桜と侍も韓国起源だとおもいまいますが、話題になりませんね。
日帝による隠蔽でしょうか?
>>927 一般人に原子力わかるよー
高校の物理の教科書に基本原理は載ってるし
そんものが特別な教養なものかよ?
>>932 結婚してからしにたいな。結婚してからしにたいな。
おれらといっしょ
938 :
世界@名無史さん:2011/04/22(金) 23:29:13.78 0
>>936 英語わかるけど、脳神経外科の英語論文読んだらわけわかめーな感じを
>>927は言いたいのではないかと。
俺は英語はそこそこできるけど、日本文化を説明できない。
だから、通訳案内士の資格は持ってない(笑)
>>936 原子力じゃなくて、原子力発電と書いてあるよ。
実際に原発を設計・建設・運用するには、
高校物理程度ではどうにもならんでしょう。
高校物理の原子力の説明は、まあ和讃程度だと思う。
保健体育の教科書を読んだだけでは看護師になれんわな
教科書は専門書ではなく入門書
>>939 畑違いならなんもわからん、だから、現代日本語のよく解る現代日本人はとても希少、ということか?
日本語でおk
>>930 カザフスタン、キルギス、中国回族(東干人)、フィリピン、マレーシア、インドネシアなどでは
翻訳クルアーンしか使わないが、経典扱いの地位がある。
構成も若干違っていたりする。
もちろんスンニーでもシーアでもない。カザフスタン、キルギス、回族にはウラマーはいない。
>>944 うそぉん。
旧共産圏はどうだか知らんが、マレーシアにはスルタンお抱えのウラマーが居るし、法令上の回教徒(マレー人と、ベンガル系・パキスタン系印僑)には
初等教育から宗教学と古典文学でアラビア語の教科があるよ。
インドネシアだって、アラビア語は選択科目ながら学校の世紀の科目にある。これも回教徒の有力者がねじ込んだため。アチェの統合がなかなかうまく
いかない、独立紛争とかあるのも、ウラマーの特権の廃止やなんかに伴う反発だし。
946 :
世界@名無史さん:2011/04/23(土) 10:15:33.63 0
中央アジアにはウラマーがいないとしか書いてないが。
947 :
世界@名無史さん:2011/04/23(土) 10:54:05.24 0
>>946
イスラム教のウラマーは、仏教やキリスト教に例えたら
聖職者みたいなものだろう
聖職者なしでまともな宗教が成り立つのか?
まあ、層化の例があるにはあるが、
アレも結局信徒団体から、結局独立した宗教法人に
なったからな
もととも遊牧民だった社会なんだから
アラブ都市型のイスラム教が定着しているとは思えない。
ビールもワインも飲んで構わないスーフィーをイスラムと呼べるのか?
セネガルのムリッド教団もイスラムと呼べるのか?
イスラム教徒は、信者数を過大申告しとるんじゃ!
>>948 遊牧だけで完結している社会なんて存在したこと無いんだけれどね。
遊牧社会は都市農耕民の産品の供給が必要。
マホメットを出したクライシュ族は遊牧寄りの半農半牧で、マホメット自身は遊牧民ではないけれども
都市間を渡り歩く隊商の家の出で、都市住民といえば都市住民だが、定住民ではない。
950 :
世界@名無史さん:2011/04/23(土) 11:36:36.41 0
都市住民とのつきあいのためにイスラムやっているだけかもな
さて夜が明ける頃だ、羊の乳を搾る前に、まずはお祈り。
羊を放し終わって一段落ついた、それでは茶を沸かしながら、湯のたぎるまでの間、お祈り。
そろそろ日が高くなってきたな、弁当食うか、そして、お祈り。
さて、夕方か。そろそろ羊を集めて帰るか、帰る前に、とりあえず、お祈り。
帰り着いた。かーちゃん、飯。飯の私宅までの間、お祈り。
って具合に、遊牧生活によく合致している。
イスラームはドレイ階層やカーストから人々を解放した。
イスラム商人の行くところ、イスラムに帰依しないものは皆
ドレイにされて売り飛ばされた。
↑
陝西の中国人だろ、それ。
カザフスタンは放牧といえば、白い円形テントを持ち出して
何ヶ月も家には戻ってない。
家といっても、囲いと井戸しかない場合があって
白い円形テントが、そのまま草原から戻ってくるだけの場合もある。
隊商の宗教だしな
キリスト教もイスラム教も、もともと移動性があった集団が始めたのに
定住民のほうに流行してしまって
いつのまにか宗教指導者が司法権まで持つようになったのは何故かね?
印象主義とか美術潮流はあるけど
現代の美術潮流はなんていうの?
あと百年すれば○○主義と名付けられるよ
グーツヘルシャフトと再版農奴制って同じ?
>>944 それも耳学問だな〜
俺、インドネシアから工場に研修受け入れしているんだけど、アラビア語理解できている人多いよ。
インドネシアといっても広いから辺境ならいざしらず、別段ウラマークラスでなくても、アラビア語で
クリアーン読める人いるお? ホワイトカラーでもなんでもないブルーカラーの人でだぞ。
よく酒は飲んだら如何とかそういうこと言う人を2chでみるが、実際に現地の人と接触していない・
あるいは実際にしゃべっていても階層が偏っている・サンプルが極少数だと結構その辺杓子定規になっているの
日本人の方なんだよね。 実際は理解のレベルに応じて使い分けしているというのが大半っす。
わしはブローカーだから、別に学究の輩ではないが 青瓢箪が偉そうにイスラムがこうだーといってるのみると違和感を覚える。
宗教なんだから、千差万別だぞ。杓子定規に戒律守る奴もいれば、酒やぶたまんかっ食らう奴もいる。
知識人はいざしらず、現地に生きる庶民はそんなに素朴でもないよ。 ジャカルタなんて一昔前の東京とかわらんお。
宿敵ハプスブルク家との政略結婚に成功して
万事安泰かと思ったら革命で滅びたルイ家、
共産主義ばかり警戒していたら原理主義に潰されたパーレビ王朝のような
想定敵への力負けではなく、
完全に予想外のファクターで終焉した王室・国家を教えて下さい。
>>962 ロシアのロマノフ朝、オーストリアのハプスブルク朝、ドイツのホーエンツォレルン朝
いずれも第一次大戦中、またはその末期に、直接の交戦国にではなく、国内の
革命勢力によって権力を失っている
ロマノフ朝とかは従来予想出来得た革命だから、含まれないかな
時の大臣が、対日戦争を
「民衆の不満を逸らすに丁度良いショー」とか言ってる位だし
革命分子の方がロマノフ朝にとっては主敵
五代十国の後周は?
確か遼(契丹)が攻めてきて、迎撃する為に送った趙匡胤のクーデターで滅亡
>>964 まあ1905とかで慣れちゃって
革命勃発当時はいつものこと、戦争中だしまさかロシア帝国が
終焉を迎えるほどとは思ってなかったみたいだがな。
代表選手はもちろんソ連だろう。
まさか常識的には正しい方向のはずの構造改革で滅びるとは
ソ連はおろか世界中が予想だにしなかった。
会社更生法の適用は最善のリストラって誰かが言ってたお
>>959 どちらも同じ時代の同じ地域の同じ制度を指している。
ただ「再版農奴制」は、中世の農奴制とは異なるというニュアンスを強調した用語だ。
グーツヘルシャフトはドイツ語だから16世紀頃のプロイセンを中心とした東欧固有の制度という
意味を言外に含めた用語だともいえる。特にドイツ語を習った人でなくても「グーツヘルシャフト」
と聞けば、英語でもフランス語でもなくドイツ語だと勘で気づくと思う。
歴史というより言語感覚の質問だな。要は話者がどちらのニュアンスを強調したいのかに
よって言葉が使い分けられるってだけなのだ。
中世封建制度は、国王が諸侯をきちんと保護しなかった場合
諸侯から契約解除することもあり得るという話ですが、
この場合、もちろん契約時に与えられた領地は国王に返還することになるんですよね?
現君主に不満を持った諸侯が領地持ったまま他国の王と契約
(イメージとしては、領地Aの領主がAごと他国に移動してしまう)
なんてことはあり得ない話と考えていいのでしょうか?
>>969 とんでもない。一度手にした領地は死んでも手放しません。
新しい国王を擁立するか、独立するか、その辺は他の諸侯の動静も見ながら決める。
最初は親分が強くて、手下に切り取った領地を貸し与えるという状態だったが、
それが世襲財産化され諸侯が強くなっていくと、君主がおいそれと領地を召し上げることが実力的にも難しくなった。
また、西欧封建制は上下の忠義とかでなく私的な双務契約だから、
相手が自分の領地を安堵してくれないなら、こっちも兵役義務を果たす必要はない。
対立する両者と同時に契約していたら、今日はあっちの軍に加わり、明日はこっちにつくなんてのが普通。
国王だって伯爵とか修道院長とかを「封主」にして領地契約を結んでる。
たしか契約で軍役の義務何日…ってレベルで決まってたから
それが終わったらとっとと引き揚げ
敵側につくのも自由 って感じだな
なんでベルサイユ体制で15年も軍隊が無かったドイツの軍隊があんなに強かったの?
逆になんでフランスはあんなにあっさり負けたの?
契約なんてものは、違える為にあるとは言いすぎだが、金科玉条ではない。
遵守も違約も、利益とペナルティを天秤にかけてるだけだ。
>>973 いや、別に「があんなに強かった」なんてことはない。
他があまりに弱すぎただけ。
イタリアが弱かったのは
国民性と言うよりも意識というか教育の問題
個人を大事にしてるから国のために本気で死ぬのはバカバカしいと言う
社会的風潮があったから
敵前逃亡してる兵隊が多い国はそりゃ軍規も乱れる
>>976 その理屈ならアメリカ軍なんて弱っちいはずだが……
なんだかんだでキャラメルラテとか当時のイタリアで発展してるしなー。
軍事より企業、それも文化の方を優先してた感はある。
それが倫理観の高さを生んで中世のポーランドみたいになっちゃったのかも。
スペイン内戦にせよイタリア軍が真面目に戦う時は敵と味方の強弱よりも
「やり返す」場合だし。
>>977 アメリカの背後には世界を動かすユダヤがいる。
ユダヤはイスラムを滅ぼし、国家をうちたて同時テロをおこした
世界最悪のカルト集団 あとは分かるな?
スペイン内戦のイタリア軍って何か活躍してたの?
キリストの磔刑って、磔にされてどうやって死ぬのかと言うと窒息死だそうですが、
絵画などを見ても腕を(釘で)固定されてるだけに見えるんですが、そこからどういう原理で窒息するんですか?
ロンギヌスに槍で突き殺されたんじゃなかったっけ?
>>982 ロンギヌス「の」槍だよ
>>941 十字架に掛ける刑罰とは、両手両足と十字架に釘で固定させて衰弱死させるもの
窒息はさせない
放置された罪人は、文字どおり死の苦しみを何時間も味わう
両手だけを固定させていれば、ぶら下げられることで肺などが圧迫されて死が近くなるが、
足を柱に固定されていることで、罪人は胸が苦しくなると両足の激痛をこらえて体をよじって
胸を楽にすることができる
こうして罪人の苦痛はさらに長引く
さらに残酷なことに、ときどき酢などを加えた水を含んだ海綿(スポンジ)が口もとに与えられ
罪人は一息ついて苦痛の時間を長引かせることになる
>>983 続き
それじゃあいつまでたっても死なないでうめいている罪人がいて困る(?)ので、
一定の時間を決めて、それを越えると槍で突き殺す事になっている
そのまま放置したこともあったらしいが
>>982 あ、思い出した
ロンギヌスくんが槍で突いたんだっけ
君の言うとおりだった スマン
槍は性器の暗喩 突かれた大地は女陰 豊かな麦の穂は 性行為の後、10月10日で生まれてきた赤ん坊
987 :
世界@名無史さん:2011/04/24(日) 12:46:42.65 0
パキスタンがイスラム教の居住区なのは、イランやアフガンと地続きなので
延長線上としてのイスラム地域なのはわかりますが
なんでヒンズー教のインドを飛び越えてベルガル人居住地のバングラがイスラム化したのでしょうか?
あとバングラVSパキスタンあるいはインドって今現在どういう関係なんでしょうか?
敵国?
インドもイスラム化した。インドの北半の支配層的には
その後、ヒンディズムが復権した
しかしインドのイスラム教徒も、あいかわらず多い
>>987 イギリスがイスラム多数域になるように操作したから
>>987 根本的に勘違いしています。
ベンガル地方のイスラム勢力とヒンズー勢力が対立し、
東側にイスラム勢力が集まり、西側にヒンズー勢力が集まった。
東側はパキスタンを経てバングラデシュとして独立し、
西側はインドに留まった。
そもそもはイギリス領インドの時代に少数派のイスラム教徒が
多数派のヒンズー教徒からの迫害を逃れて、東のバングラデシュと
西のパキスタンの領域に固まって住むようになって、
イスラム教徒多数派の地域が戦後、イギリスから独立する際に
ヒンズー教徒多数派のインドと分離して、パキスタンになったということです。
イスラム化されたのではない。イスラム教徒がだんだんと集まって、
逆にその地域で少数派に転落したヒンズー教徒がでていったという話。
次スレはまだかのう
「近世日本における教育」的なので良いのない?
逝きし世の面影
迫害を逃れてと言うが、イスラム側もヒンズー教徒側の村落を襲撃しているからな。
そもそも、東パキスタンの内情もベンガル人が抑圧されて独立に動き、その中でも
チッタゴン丘陵地帯に住む仏教徒のモンゴロイド系諸部族が虐殺や抑圧されているしな。
996 :
世界@名無史さん:2011/04/24(日) 16:42:51.93 0
まあベンガル地方を宗教を理由として東西に分けたのはイギリスなんだが
歴史は当事者片方の主張だけでは見えてこないからな。
インパ分離時、一億人が独立前後数年間で亡くなったと推定されているという。
不適切なたとえかもしれないが、東日本震災で行方不明者合わせて3万人の人的損害、
東京大空襲で10万人、原爆広島で30万人、独ソ戦ですらソ連側の死者が2千万人あまり・・・
一億の人的損害出した分離独立案件がどれほど途方もなく凄まじいものであったか
想像もつかない。
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ぬるぽ
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