1 :
1=297=395=400 :
2010/11/15(月) 19:00:24 0
2 :
世界@名無史さん :2010/11/15(月) 19:01:25 0
3 :
1=297=395=400 :2010/11/15(月) 19:06:14 0
4 :
1=297=395=400 :2010/11/15(月) 19:07:19 0
あれ、かぶっちゃったっか?悪い。
インドネシアはオーストラリアと歴史的に仲が悪いと聞くけど、 過去にこの二国の間でなんか紛争や領土問題でもあったんですか?
>>日本の天皇家は最も格が上というのは本当でしょうか?
>ガセネタです。
>まずタイ国王即位60周年記念式典での写真をご覧下さい。
>
http://www.thaiembassy.jp/photo%20gallery/60th/A …
>天皇皇后両陛下はスウェーデン・ブルネイ両国王王妃より下座です。なぜなら、国の公式行事で複数の元首が並ぶときは、
>即位(就任)順で席順が決まります。ただしカトリックを国教とする国ではローマ教皇を自国元首よりも上座に位置させる国も存在するようです。
>ただし、国(公的)ではなく王室(皇室)の行事、つまり私的な席では元首同士、国同士でのつきあいの深さによって、席次が決まることもあります。
>ですから国家間では格に違いはない、国の規模、王家の歴史、称号の違いなどは関係なく、また元首が王であろうと大統領であろうとすべて平等です。
http://oshiete.goo.ne.jp/qa/4094668.html ↑とここに書かれてたのですが天皇って実際世界ではどういう扱いなんでしょうか?一部の人が言うように唯一のエンペラーなんて扱いうけてるのですか?
それともやっぱり諸国の王族と同格なのですかね?
少なくともローマ法王と同格というのはありえないと思うんですが・・・。
7 :
1=297=395=400 :2010/11/15(月) 19:39:11 0
>>6 何でローマ法王と同格じゃないと思うの?
現代の国際社会ではエンペラーだろうが教皇だろうが大統領だろうが、
各国の元首は基本的に平等に扱うのが共通ルールだよ。
8 :
世界@名無史さん :2010/11/15(月) 19:39:44 0
ニューギニアの獲り合い。 ま、2国だけではなく他にも沢山の国が争っての獲り合いだが。
9 :
世界@名無史さん :2010/11/15(月) 19:48:59 0
>>5 >>8 に補足すると、こんなこともある。
・西イリアンの独立運動家の亡命を豪州が受け入れ、ビザを発行した。
・東チモール問題で豪州が軍事介入した。
・近年、インドネシアからの出稼ぎ労働者や移住を豪州が制限している。
・インドネシアでの豪州人旅行者の態度が傍若無人である。
(インドネシア人いわく、「白人はケチで生意気で変態だ」)
10 :
世界@名無史さん :2010/11/15(月) 20:05:58 0
11 :
1=297=395=400 :2010/11/15(月) 20:37:04 0
>>10 僕はあくまで国際的な式典や集会などにおける扱いについて言ったんだけど。
現代社会において各国の元首を(政治能力とかそういう意味じゃなくて)、
優劣付ける公の国際機関があるの?
もう前スレの番号は消したほうがいい ロングパスしているみたいだ
13 :
1 :2010/11/15(月) 20:43:33 0
メキシコはなんで軍閥割拠の時代がやたら長かったんだ?
これで296でスレが止まる恐れはなくなった
16 :
1297395400 :2010/11/15(月) 20:47:45 0
17 :
1297395400 :2010/11/15(月) 20:49:01 0
>>13 >>15 あれ?同じの2度書いてしまった。
面倒くさいので「=」消しただけです。
18 :
1297395400 :2010/11/15(月) 20:50:10 0
#1297395400
20 :
世界@名無史さん :2010/11/15(月) 20:53:23 0
おい、ぬるぽになるぞ
21 :
世界@名無史さん :2010/11/15(月) 20:56:19 0
>>11 特に格付け機関なんてない
あくまで主催国が独断と偏見で勝手に席順や料理の質を決めている。
だから小渕総理の時代に江沢民が小渕首相を怒らせたとき、接待の責任者を
部長から課長にかえて、格式を落としたことがあった。
とは言っても、何でもかんでも自分の流儀で仕切るのは
どこの国でも、どの民族でも、だれでも疲れるから、
自然発生的にヨーロッパの貴族のパーティのマナーを準用しているだけ
22 :
1297395400 :2010/11/15(月) 20:56:29 0
>>19 トリップバレするのでコテハンにする気はないです。
23 :
世界@名無史さん :2010/11/15(月) 21:20:55 0
ww じゃあはじめから名無しでいいよ。うぜえ。
24 :
1297395400 :2010/11/15(月) 21:32:05 0
>>21 詳しい回答ありがとう。
この前、APECがあったばかりだけど、その時はどうだったんだろう?
25 :
◆EAbyJft1LY :2010/11/15(月) 21:37:05 0
>>23 1297395400
じゃあ、コテハンにするよ。
26 :
世界@名無史さん :2010/11/15(月) 23:03:04 O
子供みたいだな。
27 :
26 :2010/11/15(月) 23:13:13 O
>>14 最悪の外交で知られるアメリカと接していて
まともになるはずがない。
まあ真面目な話、自立か従属かっていうのは毎度毎度メキシコの課題だね。
独立から以降、現在に至るまでこれで延々争ってる。
29 :
世界@名無史さん :2010/11/16(火) 04:13:28 Q
ドイツとプロイセンって何がどう違うの? それに、今のポーランド領内にはみ出しているプロイセンがなぜドイツを統一できたのか不思議でたまりません。
30 :
◆EAbyJft1LY :2010/11/16(火) 05:03:49 0
>>29 プロイセンはあくまでドイツ(≒神聖ローマ帝国)内の一国だよ。
(まぁ、本当はもっと複雑なんだけど・・・・)
プロイセンがドイツを統一できたのはやはり国力が大きいんじゃないかな?
フリードリヒ2世以降のプロイセンは7年戦争ポーランド分割などで軍事力を増やし、
30年戦争以降落ちぶれた神聖ローマ帝国に変わって
ドイツ世界の盟主ともいえる存在になったからね。
31 :
世界@名無史さん :2010/11/16(火) 06:02:52 O
「免罪符」を持っていればどんな恩恵が受けられたんですか?
32 :
◆EAbyJft1LY :2010/11/16(火) 06:15:18 0
>>31 免罪符っていうのはそれを持つことで自分の罪が軽くなるというもので、
具体的には十字軍のときに異教徒を殺しまくるキリスト教徒に対して、
ローマ教皇が彼らの聖戦意識高揚のために発行したのが始まりなんだ。
後にこの販売に味を占めたカトリック教会はヨハン・テッツェルなどを使って、
免罪符を発行しまくったがこれが宗教改革を招くことになるんだ。
ちなみに、ヨハン・テッツェルの時代に発行されたのは
十字軍時代に発行されたのとちょっと意味は違って
「すでに地獄で苦しんでる霊魂を救うため」の免罪符だったんだ。
ちなみに最近は免罪符じゃなくて贖宥状って言うらしいね。
>>5 オーストラリアが独立を邪魔した。
第二次世界大戦中、日本が侵攻し、オランダ勢力を排して占領。
戦後には速やかに独立をさせるという約束で在郷有力者に日本の軍事作戦に協力を要請。
今になってはその気もないカラ手形で精々傀儡国家しか作る気はなかったろうということだが
結構インドネシアの在郷勢力は独立を信じて日本軍に協力的だった。
赤紙でかき集められてきた日本の兵員も大東亜共栄圏の建前とか信じている人も多かったが。
日本の敗戦。連合国側の指示は、連合国進駐軍が到着するまで占領を維持し、到着後は
速やかに引き渡せ。第一陣は、オーストラリアからイギリス軍が来る。というもの。
ところが、むざむざ渡すのも癪だ、白人の植民地になっては申し訳が立たない、ましてや
再植民地化の協力はイヤだという日本の現地占領軍の判断で勝手に在郷勢力に武器を
渡して自ら捕虜になってしまう。言い訳は「敗戦の報が来た時点で既に降伏して、武装解除して
武器もなんもかんも現地官吏に渡して捕虜になってる。ところで国にはいつ帰れますか?」ってなもの。
で、オーストラリアからイギリス軍と、オーストラリに逃れていた蘭印の高官、カナダで訓練を
受けたオランダ軍がやってくる。ついでにオランダの女王様一家は戦中イギリスに疎開していた。
「日本は戦争に負けたでよ、インドネシアはイギリスが占領して、オランダに引き渡すからね」と
言っちゃったものだから、インドネシア人怒って再占領拒否。話し合いもこじれて、ドンパチが
始まってしまった。
既にイギリスとの間で独立が約束されているインド・マレーシアは撤兵を強く主張、本国イギリスの
意向に唯々諾々と従うオーストラリアからは白人の兵隊がどんどん来るものだから、そりゃ、
植民地化の手先であるオーストラリアに良い感情は持ちようがない。
地獄に落ちたら救えないので、「煉獄」な。罪を犯したキリスト教徒が贖罪のために苦行する場。 まぁどっちに行ったか聖職者でも知るまいが、死後どころか今生の罪からも救われるというので飛ぶように売れた。 売り文句に「金貨が箱に音を立てて入れば、煉獄の霊魂が天国へ飛び上がる」 「これさえ買えば聖母を犯しても許される」なんてバチあたりなのもあり、 14世紀の「カンタベリー物語」にも免罪符(贖宥状)売りが出てくる。 贖宥状の値段は、処女強姦の罪が6グルデン(金貨)、不貞が7グルデン、殺人が8グルデンなどという。 つましい生活の庶民一家族が月に2グルデンほどで生活できた時代。
36 :
世界@名無史さん :2010/11/16(火) 13:32:08 O
中国脅威論が蔓延る昨今ですが、 19世紀に急成長するアメリカに対し脅威論は説かれたんでしょうか?
37 :
世界@名無史さん :2010/11/16(火) 15:02:18 0
アメリカの黄禍論の始まりは、やったらと流入する清国人に対して。
なんでルイ14世はナントの勅令を廃止したんですか?
39 :
世界@名無史さん :2010/11/16(火) 15:21:53 0
대한민국!
>>32 免罪符って、北方、今のバルト諸国への十字軍にも
出されましたか。
41 :
◆EAbyJft1LY :2010/11/16(火) 16:33:08 0
>>35 煉獄と地獄って違うのか。今まで同じだと思ってたよ・・・・・。
ダンテの『神曲』読んでみ。 地獄(インフェルノ)篇→煉獄(プルガトーリオ)篇→天国(パラディーソ)篇と続いてる。
43 :
世界@名無史さん :2010/11/16(火) 16:50:16 0
リンボ(辺獄)っていうのもあったと思う。 なんかで読んだ記憶が…。
44 :
◆EAbyJft1LY :2010/11/16(火) 16:53:15 0
>>42 地獄と煉獄ってキリスト教的にはどう違うの?
45 :
世界@名無史さん :2010/11/16(火) 17:04:50 0
地獄は敗者復活なし、永遠に…。 煉獄は敗者復活あり、天国へもう一息…。 煉獄はもともとキリスト教の教義になかったもの(カトリックが後付けした)。 現在では、カトリックからも無視されている(無謬性があるため否定できず)。
46 :
◆EAbyJft1LY :2010/11/16(火) 17:12:53 0
>>45 カトリック教会の後付なのか。どおりで聖書に載ってない訳だ。
ヒスパニックとチカーノの違いは何ですか?
48 :
◆EAbyJft1LY :2010/11/16(火) 17:32:23 0
>>47 ヒスパニックはラテンアメリカ出身の人の事で、
チカーノはその中でも特にメキシコ出身の人の事を言うんだ。
>>48 ラテンアメリカってブラジルも含まれるの?
50 :
◆EAbyJft1LY :2010/11/16(火) 17:52:44 0
>>49 あぁ、しまった。ラテンアメリカって言うとブラジルも含んじゃうか。
ヒスパニックっていうのはスペイン語圏出身の人に対して、
言われる言葉だからブラジル系の人は普通それに含まないよ。
ラテンアメリカという言葉自体はブラジルも含むけど。
南米諸国が第二のヨーロッパになれなかった理由は何だろ? 北米と同じく、比較的早くから西欧文明の恩恵を受けた土地だから、 もっと先進国が多くてもいいような。
52 :
世界@名無史さん :2010/11/16(火) 19:14:52 0
ナポレオンとジョゼフィーヌの間にはどうして子供ができなかったの? ジョゼフィーヌのマンコが臭すぎたのかな
>>51 ピレネー以南はアフリカだから、そんなところが支配しても第二のアフリカにしかならないんだ。
54 :
世界@名無史さん :2010/11/16(火) 19:23:31 0
池田大作先生が21世紀はアフリカの世紀になると仰ってたけど皆さんはどう思われます? アフリカが今世紀中に急成長すると思いますか?
55 :
世界@名無史さん :2010/11/16(火) 19:24:31 0
>>53 ピレネー以南がアフリカ?? 何を以ってそんなことを言うんだ?
ナポレオンがそうゆうてますがな ピレネー以南はカルタゴ、ベルベル、アラブの支配が長かったから「北アフリカ・マグリブ世界」の一部といえなくもない ただアンダルスが世界有数の先進文明地帯だった頃のフランスはど田舎でしたが
57 :
世界@名無史さん :2010/11/16(火) 19:49:19 0
>>54 俺は見てみたいね!アフリカの奇跡ってやつを!
>>43 辺獄(リンボ)も地獄の一部で、『神曲』に出てくる。
キリスト教では「キリスト教の洗礼を受けなかった連中は死後全員地獄行き」なので、
あいにくキリストが生まれる前に死んだ連中や、幼児洗礼を受ける前に死んだ子供、
善良な生き方をしたがキリスト教徒でなかった人々は全員地獄行きにされた。
しかし責め苦を受けるような悪人ではないので、地獄の一番上の辺縁部(リンボ)に彼らの霊魂が住まい、
天国へは行けないものの、平和で穏やかな冥土生活を送っているとされた。
キリストが死んで冥府に降りた時、ここにいた旧約聖書に出てくるご先祖様たちもキリストに救われて昇天したという。
ただし、キリスト教の正式な教義ではない。
>>53 ピレネーが南米にあったって初めて聞いた。
60 :
世界@名無史さん :2010/11/16(火) 21:03:20 0
まんこ
61 :
◆EAbyJft1LY :2010/11/16(火) 21:08:35 0
>>56 今のスペインの地域はイスラム支配下の時代、
イスラム圏の中では有数の先進地域だったね。
レコンキスタ後にスペインが急速に発展できたのも、
この時代に蓄積されたイスラムの優れた文明がある程度影響してると思う。
>>61 で、ヨーロッパから早くに自立して、
文明国だった南米地域がどうしてヨーロッパや北米のような先進地域になれなかったん?
63 :
◆EAbyJft1LY :2010/11/16(火) 21:35:31 0
>>62 現在のラテンアメリカは途上国と言うほど貧しくはないけど、
先進国とも言えない中進国レベルの国が多いね。
個人的にアルゼンチンとかの例を見る限り、
ラテンアメリカが発展する可能性は全くなかった訳ではないと思う。
ただ、北米に比べてラテンアメリカはそれぞれの国における人種構成が、
とても複雑なのが発展を妨げる一因なんじゃないかな?
アメリカ合衆国なんかは多民族社会と言われながらも長い間WASP中心だったけど、
ラテンアメリカはクリオーリョだったりメスティーソだったりインディオだったり黒人だったり、
多くの人種集団が微妙に混ざり合いながら、しかし1つの民族に収束されるほどには
混ざり合ってないという、この複雑さが不安定な政治に繋がってたんだと思う。
中南米諸国の19世紀における独立運動は、スペイン・ポルトガルからの市場開放を望む英国が支援したものだ。 英国海軍が大西洋の制海権を握り、豊かな鉱物資源や農作物の市場を奪ったため、 中南米諸国は独立国とはいいながら、政治的・経済的に英国の支配なくしてやっていけなくなった。 また、ブラジルはポルトガル王家の皇帝を頂くポルトガル語圏でなんとかまとまったが、 旧スペイン領は地域経済圏ごとに分裂してしまい、統一したナショナリズムを形成することができなかった。
マンコだかクスコだかが帝国広げた時も 南米でストップしてたな。地理的になんか問題あるんでねーの?
>>62 だから支配国はヨーロッパでなくてアフリカだって。しかも宗門は野蛮なカトリック。
次
68 :
◆EAbyJft1LY :2010/11/16(火) 22:57:27 0
>>65 インカ帝国は北方へはまだまだ領土の広げる余地はあったかも知れないけど、
南方や東方へはあれ以上広げられないだろうね。
インカの国力とかじゃなくて、単純に気候や地理的要因で。
69 :
世界@名無史さん :2010/11/16(火) 23:54:29 0
>>43 辺獄というのは地下の洞窟世界だね。
所々に非常に洞窟の天井が低くて立って歩けないところがあると言われている。
しかも、そこには焚火が燃え盛っていて鬼たちが太鼓を叩き鳴らしているらしい。
そこを膝や手を地面につけることなく通り過ぎるという試練があたえられる。
ふふふw
70 :
世界@名無史さん :2010/11/17(水) 00:08:43 0
>>68 そうでもないよ。
スペイン人がやってくる前のインカはアマゾン征服にのりだしてた。
71 :
世界@名無史さん :2010/11/17(水) 00:15:55 0
インカには伝説があってパナマ地峡をこえて多数のインカ人が北米に移動すると時間の終わりがきてしまうとしんじられていた。 そして神が世界をひっくり返してまたインカ人が南米に落ちてくる罰をうけると信じていた。
72 :
世界@名無史さん :2010/11/17(水) 00:43:35 O
>>62 米に比べると、工業化がめっさ遅れたため。
原因は下記二点があげられる。
・独立時に英が支援し、その後も経済的な従属関係がズブズブ続いた。
後に英国の影響力は弱まるが、変わって米国がガッチリ確保する。
・独立時にクリオーリョが活躍し、その後も封建的保守派として蔓延った。
んで19世紀は自由主義者と延々争う、或いは保守派が独裁することになり、大土地所有制が残る。
対して米国はどうだったのかというと、米英戦争後に北部が木綿工業等で経済的自立を始めた。
南部はちょうどラテンアメリカと同じように英に従属した経済だったのだが、南北戦争で壊滅した。
工業化に絞って考えると、アルゼンチンやウルグアイが一時期裕福だったものの波に乗れなかったことも説明がつく。それは農牧業と外資に依存していたため。
有名なサッカー戦争も、この問題の一端と言える。
73 :
世界@名無史さん :2010/11/17(水) 01:19:38 0
いやなに。 北米人はお風呂が好きだったのに、南米人は風呂が嫌いだからだろう。
前科 又雄(Matao Maeka)
75 :
◆EAbyJft1LY :2010/11/17(水) 06:36:06 0
>>70 へぇ、それは知らなかった。誰の時代辺りの話だろう?
でも、結局インカはアマゾンを征服できなかったんだよね。
19世紀後半のアルゼンチンはイタリア人が出稼ぎにくるくらいの富裕国。
77 :
世界@名無史さん :2010/11/17(水) 09:59:32 0
質問させてください。 革命によって倒された王朝は多々ありますが、その倒された側の王侯貴族たち。 国民が革命を起こすほどの悪政を延々と続けた理由が分かりません。 革命を起こされるのは怖くなかったのでしょうか? 王朝末期の王侯貴族が、国民の不満増大を察して、空気を読んで、減税だの自由化だのの懐柔策を行うこと なく、破滅への道をひた走るのは何故でしょうか? 帝政ロシア末期のニコライ皇帝とか、国民の不満を察知できなかったのでしょうか?
宰相や将軍の地位にある王侯達が国王を監禁して、 都合の悪いことを隠蔽して報告しない面もあります。 国王も世襲のため資質が低下しているので、クーデターで宰相や将軍を罷免して 国王を捕らえても使い物にならないことがバレてしまいます。 そうなると、反乱軍は国王を殺害するしかなくなるわけです。 まぁ、疫病だと称して隔離して毒殺するのが常道です。 国王の一族に幼児がいれば、いくらでも洗脳できるので それを新王として立てれば無問題です。その後は禅譲という形もとれますわな。
79 :
世界@名無史さん :2010/11/17(水) 12:20:23 0
帝政ロシアは共産主義者より、ましだろ。
>>77 なんで自民が負けたか考えればわかりそうなものだが。
>>78 なら、その国王を傀儡としていた人々はなぜ悪政をやめなかったのですか?
もちろん王侯貴族だって改革だの減税だの自由化だの懐柔策を行ったさ。 でも既得権益を手放そうとしない奴のほうが多かったし、 なにより革命を起こしたがってる側が「悪しき王侯貴族を打倒せよ!」とばんばんプロパガンダを流す。 それを鎮圧できればいいが、できなかったから革命が起きた。
83 :
世界@名無史さん :2010/11/17(水) 16:32:15 0
その為政者達が悪政と思っていない、それに尽きる
民は生かさず殺さずが基本
>>82 既得権益を手放そうとしないってのは今も昔も同じだな。
そして革命によって成立した政府が新たな支配者となるが、 民衆の暮らしは大して変わらない
87 :
世界@名無史さん :2010/11/17(水) 18:20:01 0
共産主義は一部の特権階級以外はもろにゴミ扱いで、自由などない。 同じゴミ扱いでも、庶民にとっては制限されたものであれそれなりに自由のある帝政のがマシ。
今の中国が資本主義なら特権階級はいないのだね。
89 :
世界@名無史さん :2010/11/17(水) 19:02:07 0
中南海あたりにわんさかいる。 太子党なんて共産主義に似つかわしくないあだ名だが。 共産主義の建前と本音の違いなんて、北でも漢でも世界にさらしてるけど。
90 :
世界@名無史さん :2010/11/17(水) 19:05:53 0
共産主義や社会主義の理想と現実の違いは、 スターリンでもチャウシェスクでも毛沢東でもポルポトでも北でもよくわかってるだろ。
だったら中国が資本主義だなんて言うなよな。
チベットはどうして第二次世界大戦では枢軸寄りの中立という選択肢を取ったのでしょうか? これが戦後の国際的孤立を招いて、中国に侵攻されても誰も助けてくれなかったことに繋がったと思うと、 かなりの外交的失策だと思うのですが。
そもそも悪政が原因で革命が起こるんではないわけで、 1.社会が制度疲労を起こしていて、新しい体制が必要とされる 2.反体制の有力なリーダーがいる 3.体制転覆のための理屈(理論、イデオロギー)が存在する こういった条件が整ったときに「革命」が起きるわけです。 で、王侯貴族たちは別に悪政を行ってたわけではなく、旧い体制を転覆する必要を認めなかっただけで、結果として 社会の歪みを放置したということになってしまっただけです。 ぶっちゃけ減税だの自由化だのは枝葉末梢の問題なわけで。
>>92 枢軸寄りという事実はありません。イギリスと親密な関係を維持しています。
チベット族は一連の重慶空爆のついでに空爆を受けているので反日民族になっています。
2008年ラサ暴動の際には日本人旅行客が襲われています。
フランス革命でもロシア革命でも不満を持つ知識層が多いという共通点がある。
>>94 じゃあ、なんでチベットが中国に侵攻された時、親密なイギリスは黙ってたの?
つーか、連合国は中国がチベットへの主権を主張したの認めてなかったっけ?
97 :
世界@名無史さん :2010/11/17(水) 20:51:45 0
オゲレツ帝国はラサの坊主政府を ネパールの属国という扱いにして主権を認めてないぜ
98 :
世界@名無史さん :2010/11/17(水) 20:56:29 0
>>94 ディチュ河(金沙江=長江上流)の西岸までは空爆できていないぞ
当時の日本が運用していた航空機はそんな性能がないから
明王朝の太子とかの説明で切り詰められた文章で 明太子の朱〜とか書かれてたら「めんたいこのしゅ〜」 とか読んでしまうゆとり学生が出てくるんじゃないですか?
>>96 黙ってないよ。でもインドやネパールのことで手一杯なので捨てた。
101 :
世界@名無史さん :2010/11/17(水) 21:12:53 0
最近の仏教学にはニュースありますか?
まあ、基本イギリスって小狡いだけの三下な悪役だな。 WW2周辺はひどい。なんでこんなことに。
103 :
世界@名無史さん :2010/11/17(水) 21:15:40 0
オゲレツ帝国だからな
日本軍がビルマの援蒋ルートを切断すると、連合軍はチベット経由のルートを作ろうとしたが、 チベット政府は「中立国だから」という理由で建設を拒否した(あるいは非協力的だった)、とされる。 連合国に協力すればよかったのだろうが、チベットの主権を主張する中華民国に支援を行いたくなかったとも考えられる。 結局ヒマラヤ越えの空輸でしばらくしのぎ、日本軍をビルマから撃退して新たに陸路が築かれた。 まぁこの事件がなくても、中華民国も中共もチベットを自国領土と主張してたし、 アメリカはチベット侵攻と同時期に起きた朝鮮戦争で手一杯で、仮にも国連常任理事国である中国と戦うのもしんどいし、 そんな余裕は英国にもインドにもなかったので、裏からちびちび支援することしかできなかった。 別にチベットが枢軸寄りだったせいで見放されたというわけではない。
105 :
世界@名無史さん :2010/11/17(水) 22:00:19 O
エリザベス1世は処女王だったとのことですが、男が射精できない(チンコがたたない)ほどの女だったんですか?
>>104 イギリス君はイランに対してもドイツのスパイ国家とか
鉄道作らせなかったとかイチャモンつけまくってたね。
事実はよく分からん。少なくとも鉄道を造るとしたらレールから引き直しだし、
その労働力をイギリス軍だけで賄えるはずもないんだけど。
>>105 正式な結婚してないだけで遊ぶことはあったんじゃないかねさすがに。
相手は念のため女だったかもしれんが。
>>105 すごくたくさん愛人がいたけど。
ただ、下手な奴と結婚したら国を乗っ取られかねないから、結婚しなかっただけ。
労働力に対して交付税で対価を支払ってもらわんと イランの政府は動かんでしょ 輸送量が飛躍的に向上しない限りインフレになる可能性あるし
109 :
世界@名無史さん :2010/11/18(木) 02:32:49 Q
あなたが世界の要衝(チョークポイント)を10個押さえるとしたら、どこを挙げますか? まず、ジブラルタルとスエズは確定だよな
>>109 今は航空機があるし、情報は衛星でだから
海運だけ考えてもね
111 :
世界@名無史さん :2010/11/18(木) 03:09:06 Q
う〜ん、じゃあ、航空機があまり発達していない第一次大戦直後の世界ということでお願いします
なんで言葉すらわからないジョージ1世が即位したんですか? アン女王に血筋が近いのが理由でしょうが、いくらなんでもそれだけってありえなくないですか?
>>104 つーか中国もチベット侵攻では裏で事前に
日本とアメリカに了解とってたんじゃなかった?
次
117 :
世界@名無史さん :2010/11/18(木) 04:58:25 0
『西洋古典学事典』が、やはり受賞しましたね。 当然だと誰もが思っていることでしょうが、古代ギリシア・ローマに関して知るには、 この事典にまさる書籍は皆無ですから。
118 :
◆EAbyJft1LY :2010/11/18(木) 05:01:54 0
あれ、サイズが半端なくて使いにくいよね。 内容はかなり充実してて文句ないけど。
119 :
世界@名無史さん :2010/11/18(木) 05:38:04 0
『西洋古典学事典』が、やはり受賞しましたね。 当然だと誰もが思っていたことでしょうが、古代ギリシア・ローマに関して知るには、 この事典にまさる書籍は皆無ですから。 神話伝説や人名・地名・神名はもとより、性風俗や民俗学などの諸分野を網羅してますからね
世界のすべての起源は古代ギリシャ人という純血種白人がなしたんだろ?
121 :
世界@名無史さん :2010/11/18(木) 06:37:56 0
人類の歴史 1,アフリカに類人猿が生まれる 2,黒人とその混血がエジプトとメソポタミアで「経験則の文化」を花開かせる 3,同じころバルカン半島に欧州から白人が移住し文明開化 4,古代ギリシャ文明をまとった(アーリア人)アレクサンドロス三世が世界を征服 5,彼の征服事業によってエジプトやシリアなどはようやく「科学と民主主義」が芽生える 6,インドや中国は古代ギリシャ文明が起源 7,欧州人はそのアーリア人の血が濃いので世界を征服できた 8.アジアはオノ・ヨーコに代表されるようにメスばっかり 9,中国を民主化したアレクサンドロスは最強 10,チンギスハンはレイプ魔
おい皆見てみろ これが噂の見世物小屋のカタワ君だぞ、じっくりと観察して嘲笑ってやろうぜww
123 :
世界@名無史さん :2010/11/18(木) 11:14:30 0
>>123 こういうの頻繁に見る人ってどんな仕事してるの?
大学の教授?
125 :
世界@名無史さん :2010/11/18(木) 11:27:50 0
コアなちゃねらー
図書館用
>>127 考えてみれば全国の図書館に配備されると算段すればこんだけ高くて専門的でも儲け出るように考えてあるんだろうな。
>>112 古代や中世と違って、英国も近代になると、ちゃんと王位継承順位について法で定められている
それにのっとれば、継承権の順位1位がジョージになる、というだけのこと
宗教についてのルールはあった(プロテスタントでないと即位不可)が、英語ができないといけない
なんて条件はない
国王は、書類にサインさえできれば、その書類自体を読めなくてもいいんだ
内閣にとってはそういう国王の方が都合がいいぐらいだ
むしろ、君はなんでありえないと思うんだ?
法で定められた継承順位を無視して別の王を立てる方がありえないだろ
王家の都合で法を無視していいのなら、法律は意味がなくなってしまう
130 :
世界@名無史さん :2010/11/18(木) 14:11:26 0
プロテスタントでないと即位不可ではなく、カトリックがダメ。 だから、理論上は正教徒なら王位につける。 事実、正教徒で王位継承権保持者は存在する。 かなり下のほうなので継承する可能性はゼロだが。
131 :
世界@名無史さん :2010/11/18(木) 14:19:19 0
そもそもが正統な国王としてジェームス3世(スコットランド:8世)を認めるべき。 そしてその系統(バイエルン王家とリヒテンシュタイン侯家)が正統な王としてイギリスに君臨するのがすじ。
英国王は英国国教会の首長でもあるから、教皇が上にいるカトリックでは都合が悪いのだ 中世のノルマン朝やプランタジュネ朝の国王はフランス語が母語だし、 スコットランド国王やオランダの統領が同君連合でイングランドの国王になったこともある ギリシャの国王がドイツ人なんてのもざらだし、ヨーロッパの王家ってそんなもんよ
ハノーバー朝は結果的に大成功した王朝だったわけだが、英国王位に就く前のハノーファー 選帝侯時代は、DV、破廉恥漢の巣窟のまさに火宅だったようで、それがバルカン半島内陸の どっかの三流公国ならまだしも、ヨーロッパの横綱王国となったイングランドの君主に就け たのは、御三家筆頭とはいえ一人も将軍を排出できなかった尾張藩の道理の解る日本人の折 れには不思議でならない。
134 :
エビちゃん親衛隊??? :2010/11/18(木) 15:17:16 0
>>132 ギリシャ人がデンマークの王室に国王になってくれと頼むとか、
欧州人の感覚って、日本人の私には全く分からない。
日本の皇室に中国人や韓国人がなったら変やし、
絶対右翼や2ちゃんねらーが怒るはずだ。
欧州人の感覚は違う。分からん。欧州全体が日本で、国が都道府県みたいなものか。
「お前さん国はどこだい?」「あっしはドイツでござんす」という感じか。
まあ考えてみりゃあ、火宅じゃない清く正しい王家、諸侯のほうが稀か。
137 :
世界@名無史さん :2010/11/18(木) 15:23:26 0
DV、破廉恥漢の巣窟なのは、イギリス王位を得てからも変わらない。 ジョージ1世は王妃を追放、軟禁し、デブとノッポの愛人を。 ジョージ2世は王妃を愛したが王妃の勧めで愛人をつくり、その愛人を虐める性格破綻者。 ジョージ3世は生活は質素で女性関係も王妃のみだが、吝嗇、守銭奴など 当時ボロカスいわれたし、最後は狂人、廃人に。 その子供はウィリアム4世以外は、まともなのがいない。
138 :
世界@名無史さん :2010/11/18(木) 15:27:23 0
アイヌ民族に国や王なんて観念があるのか? 首長はいるが。
>>134 東アジアの王室がみんな同じ血統で繋がってたりしたら考え方もだいぶ変わると思うけど
>>137 なんで、ジョージ3世が入るん。
対新大陸、対旧大陸と内憂大外患な時代を乗り切った、国王として立派で余りある治世だろ。
東アジアというか中国の王室は易姓革命で血筋が根っこから入れ替わってしまうので 「高貴な家系」という概念が薄いのではないかな
142 :
世界@名無史さん :2010/11/18(木) 18:30:01 0
>>140 ジョージ3世が問題というわけじゃなく、その家族(とくに子供たち)が問題。
散財、浪費、悪趣味、近親相姦疑惑、貴賎結婚(当時は問題)、男色疑惑、色ボケ…。
143 :
世界@名無史さん :2010/11/18(木) 18:31:12 0
強姦、殺人も。
>>141 中国も家柄にはすごくうるさい。帝室より歴史が古くて、
本来の家格が高い名門貴族がゴロゴロいるからね。
家柄格付けなんかが頻繁に作られたりしてる。
それに加えて新興貴族が歴史を重ねて名門化したりするし。
イギリスがインドやビルマやアイルランドなどを手放したのは分かる。 これ以上保有し続けてたら、分離独立の動きを抑え込むコストがかさんで仕方ないから。 しかし、オーストラリアやカナダや南アフリカなど、分離独立の動きが無くて、 収益率が高そうで支配層が忠実な植民地までなんで手放してしまったんだ?
後漢の劉さんなんて、ほとんど中国にも台湾にもいなくて「華人」じゃん。 そんなタイとかベトナムにいて、「うちは後漢王朝劉家の末裔でございます」とか言ってるレベルだよ。
>>144 それ、百家姓ではないの?
劉とか朱という名の家だと、さすがにお育ちがちがいますわねホホホ の世界ですぜ。
148 :
◆EAbyJft1LY :2010/11/18(木) 19:26:18 0
>>145 オーストラリアもカナダも南アフリカも必ずしも支配層は忠実だった訳じゃない。
まぁ、インドやアイルランドに比べれば独立志向は低いけど。
イギリスがウェストミンスター憲章を出したのは、これらの植民地がWWT時に、
派兵してくれた事に対する見返りのようなものだと思うよ。
149 :
世界@名無史さん :2010/11/18(木) 19:28:27 0
カナダや南アフリカには、フランス系のケベック人とオランダ系のボーア人(ブール人)がいたからだろ。
150 :
◆EAbyJft1LY :2010/11/18(木) 19:33:22 0
>>149 あぁ、そういう理由もあるね。これらの植民地だって全く独立の動きがなかった訳じゃないからね。
151 :
世界@名無史さん :2010/11/18(木) 19:47:22 0
>>142 ジョージ3世は重度の精神病だよ。
いまだと心神喪失で全部無罪。
>>145 いろいろ要因があるが、同じ経済共同体でなくなったりとかしたから。
「国民」形成って難しい問題です。
今だと中国が台湾に対して関税撤廃などをして統一攻勢を強めている。
アメリカ独立だって、簡単に言えば「税金高い!差別待遇許せん!」って植民地側が逆ギレしただけだし。
152 :
世界@名無史さん :2010/11/18(木) 19:52:02 0
>>151 散財〜殺人…は子供たちの諸行。
だから、子供は有罪。
153 :
世界@名無史さん :2010/11/18(木) 19:57:30 0
アメリカの場合、独立後のほうが独立前より税負担が増えてるが。 紅茶などの専売に関しても、密輸品に比べると安い価格であったがね。
154 :
世界@名無史さん :2010/11/18(木) 20:03:42 O
東アジアに例えたら有力な地方両班の一人が天皇や将軍になるようなもんだな
>>147 百家姓じゃなくて、清河崔氏とか琅邪王氏とかそういう王朝が何度変わっても、
ずっと支配階層にいて、民衆も貴族も皇帝より一目置いてる連中の事ね。
156 :
77 :2010/11/18(木) 21:11:59 0
遅くなりましたが、皆さん、レスありがとうございました。 なかなか難しいものですね。
そもそもヨーロッパに「純血」の王室なんて存在しないし 国王は高貴な血筋だから王位に就くんじゃなくて 単に順番が決められてるから。 それに王家同士の結婚が多いし 配偶者が外国人でそちらに血縁がいたら 王位がそっちに行くこともある。
158 :
世界@名無史さん :2010/11/18(木) 21:57:22 0
むこうみずのシャルル(突進公)が目指した王位は ローマ王、ブルゴーニュ王、ロレーヌ王、フリースラント王のどれ? 本、著者によって見解が違うが…。
>>155 それは唐代まで。唐末から五代十国の間に名門貴族層はほとんど没落してる。
宋代から科挙官僚の天下だから、官戸出身もあれば形勢戸もあるし、商人の家も
あって出自は様々で、基本と理念では家柄は問われない。
経済力で差が出るのは現代も一緒だしな。
>>159 代々科挙官僚を出してて、実質貴族化してる家もあるし、
その他先祖の功績や血筋で特権階級やってる家もあるけど、
そういうのは貴族とは言わんの?
でも宋代以後は科挙に合格しないと官僚になれない。 家柄が良くてお金があったら受験勉強には有利だけど。 いくら先祖の功績があっても科挙に落ちたら官位の与えようがない。
>>77 政変が起こるとき、どこから起こるかというと、大抵は支配階層の中で冷遇されている人。
あくまでも支配階層の中から起こる。
クロムウェル政変でもフランス革命でもロシア革命でも明治維新でも、百姓や商工民が暴れての
政権奪取ではなく、下級貴族だの小禄の士族だのが暴れて奪取したろ。
>>92 連合国側にたってすんなり勝たれてしまっても、大手をふるって中国が侵略に来る、
下手こくと中国・英領インド・ソビエトに分割されてしまう。
基本的にラサは遊牧部族の地域だから 遊牧民信者には辛い時代になっているわな
遊牧終焉の時代だ
大陸では主権どうこうより、人権闘争のほうがずっと優先順位が高いよ。 部族間抗争、格差社会、債務奴隷の問題なんかが深刻だ。
167 :
世界@名無史さん :2010/11/19(金) 05:48:54 0
>>159 支那は儒教世界なので権力の循環は激しいよ。ふつうどんな大官僚でも
5代以上は特権を続けさせない。それ以上の血筋の特権があるのは皇帝だけ。
168 :
世界@名無史さん :2010/11/19(金) 06:18:43 O
皆さんに問題を出させていただきます。 1645年、イギリスの王党派が議会派に打破された戦いは何でしょう
169 :
◆EAbyJft1LY :2010/11/19(金) 06:23:28 0
>>168 ネイズビーの戦いだね。
実はこの時の議会派の指揮はクロムウェルじゃなくてフェアファクスなんだよね。
>>161 中国伝統の賄賂が科拳にはなかったと思っているのか?
>>160 確かに高級官僚まで上がれば、子孫がその恩恵で官になれる道はあったけどな。
ただ、その後は実力の社会だから、そいつらが国政を握れるかは能力次第。
まあ、科挙を勝ち抜いてきた実力者に勝つのは難しいし、南宋になっても、その
代で初めて科挙に及第した家は多いから、血統重視の貴族制じゃないは確か。
>>161 >家柄が良くてお金があったら受験勉強には有利だけど。
金があったら有利なのは確かなんだが、完成期の清代の科挙じゃ家柄とかコネ
が使えないよう徹底的な防止策とってる。採点も受験者が分からないようにし
てるし、更には筆跡からばれないようにわざわざ別の人間が筆写したのを採点
してる。これも防止策の一部分に過ぎない。
まあ、狭い部屋で何日も篭って答案書いてる状態で、発狂する人間まで出てくる
清代科挙じゃ、単なる家柄坊ちゃんじゃ耐えられないだろうな。
172 :
171 :2010/11/19(金) 06:58:30 0
>>170 ということで、古今東西、賄賂「だけ」は抜け道を探す人間は後を絶たな
かったから、賄賂がなかったとは言わないが、賄賂で科挙を通すのは難し
かった。科挙が賄賂天国みたいな誤解を招く表現は避けたほうがいい。
ところで、「科拳」ってどういう誤変換したんだ?
中国拳法みたいになってるぞw
173 :
世界@名無史さん :2010/11/19(金) 07:00:36 0
科挙は皇帝の奴隷で終わったわけだな 損得勘定で考えるとせっかく科挙をとおった官僚は 安全運転で一生を終りたいからな
174 :
171 :2010/11/19(金) 07:10:17 0
>>173 >損得勘定で考えるとせっかく科挙をとおった官僚は
>安全運転で一生を終りたいからな
つ牛僧孺、王安石、張居正、康有為その他諸々
175 :
世界@名無史さん :2010/11/19(金) 07:11:19 O
176 :
世界@名無史さん :2010/11/19(金) 07:19:26 0
ヨーロッパ人の哲学好きは賛美されるけど 中国人の儒教好きは馬鹿にされるよね
177 :
世界@名無史さん :2010/11/19(金) 07:34:13 0
>>134 体感的に解らないのは仕方ない。時代や社会背景が違うから。
そもそも、ヨーロッパの中の国というのは、日本で言うと大名領がそのまま外交権を持ったようなものだよ。
日本のような政治圏一つ丸々一つの国になったとのは成立の原理が違う。
ヨーロッパの概念的な政治圏は、ローマ帝国の旧領域だったり、キリスト教圏全体だったりする。
王様やらお后を近隣国から呼んでくるというのは、日本で言うと大名やら旗本の間での縁組だったり、
転封だったりとかなり近い感覚だ。
>>171 でも清国は官僚はあくまでも事務方のトップであって、決定権には参与できなかったしね。
政治の部分は八旗貴族が担っていた。
181 :
世界@名無史さん :2010/11/19(金) 12:04:44 O
「有償廃止」ってどういう意味ですか? フランス革命あたりで土地にかかる地代は有償廃止ってあるんですが…
182 :
世界@名無史さん :2010/11/19(金) 12:40:56 0
封建領主として農民から地代を取るのは廃止になるが、 かわりに、農民側は領主にたいして領主の持っていた地代を取る権利を買い取らないといけなかった。 これが有償廃止。
183 :
世界@名無史さん :2010/11/19(金) 12:50:17 0
フランスの影響をうけた国制改革の例として 『バイエルン王国の誕生 ドイツにおける近代国家の形成』 を読めばさらに理解が深まる。
>>180 無意識なのか意識してなのか、家・血統の格を云々する前に、漢人の方が満洲人や蒙古人より格上だとか、
農耕民の方が上で遊牧民は下だとかいう、等級づけをしていないか?
185 :
世界@名無史さん :2010/11/19(金) 13:37:17 O
186 :
世界@名無史さん :2010/11/19(金) 14:14:28 0
>>155 崔氏は、姜姓呂氏の分家筋だから、もともと遊牧民の北狄西戎だろ?
韓国でも崔氏というのは胡族の末裔で、良民なんかではなく三別抄みたいなゴロツキ集団。
王氏も、百家姓の来歴ではたいがい蛮族王の城鎮住民で、やはり狩猟民か何かだよね。
もう竹島とか沖縄とか金で売っちゃえよ、みたいなレスをうんざりするほど見てきて アラスカじゃあるまいし金で領土をやり取りする時代じゃないと書こうとして気づきましたが、 戦争の奪い合いでなく外交交渉の結果、特に金や権益と引き換えに国土の権利そのものをやり取りした例って 最新の例はなんですか?
アラスカしか自分も思いつかないなあ
>>187 ソ連分割、戦争なしだった
国内での政変の結果、三方一両損だったが。
最新かどうかは知らないけど、アメリカとメキシコ国境のリオグランデ川のわずか2平方キロほどの中州について 両国が領有権を主張していたのを、1963年、外交交渉の末、アメリカが譲歩する形で解決。
>>186 となると、孔子も殷王室の末裔だから北狄だな
黄帝も周王室も西戎にすぎないし虞舜は東夷の人
夏ももとは東夷か南蛮か、ということになる
>>191 黄帝の姫姓を華夷の夷にしたら何も残らないよ
そこをイジると東アジア崩壊
東アジアなんて枠組みが古代から存在したのか?
現在の華夷秩序は、南宋の時代に確立していて 春秋時代の古典を、朱子学が再構築しているようだ。
南宋はモンゴルから蛮子(マンジ)と呼ばれてるけどな
ソンガイとサード朝は互角の戦いを繰り広げてた対等の大国だったのに、 どうしてサハラ越えしてボロボロのサード朝軍の勝利で終わったの?
ソンガイ帝国は、その頃すでに天災と内乱が打ち続いて崩壊寸前で、サアド朝は内情を知った上で出兵している。 家臣たちの間では、さすがにサハラ越えで大軍を送れるかどうかと危ぶむ声が多かったが、 王様が「隊商が通れる道を軍隊が通れないはずがあるか!」と言い出し軍隊を派遣。 3ヶ月かかって敵地についたときは火縄銃部隊1000名ほどに減っていたが、 敵さんは前述のような状態のうえ銃火器もろくになく、地の利も生かせず滅亡した。
>>197 つまり、スペイン人のアステカ征服やインカ征服みたいな状況だったん?
>>134 >絶対右翼や2ちゃんねらーが怒るはずだ。
近代以降のヨーロッパでは、外国かぶれな王室は嫌われるよ。
オランダ女王がドイツ人と結婚式を挙げたら国民が反対デモをし爆弾をぶちこんだ、とか。
しかし、遡るとそんなでもない時代にあたる。
中世では「領地領民は○○家の所有物、アクセサリー」と考えられていた。各王侯貴族はアクセサリーを増やしながら、
>>178 の範囲内で家の権威を高め争っていた。
権威を高めるために政略結婚もヨーロッパ内でガンガン行われた。
今で言う国民意識は存在せず、王と領民の母語が違うのも当たり前だった。それをとやかくは言われなかった。だって身分が違うじゃない。
色々あって、18〜19Cにナショナリズムが生まれ始めると、状況は一変。
民族や国民を旗印にした運動が欧州中で起こる。
国王は運動を弾圧するか運動に乗っかるか迫られた。
19C始めは押さえ込めていたが、次第に上手く行かなくなり退位か妥協せざるを得なくなる。
運動に乗っかった王は国民の代表として振る舞うようになった。自国の言葉を話し、国民と触れ合った。
なので、君主制支持派と国内多数派民族の民族主義者はかぶる場合が多い。
現在に至ると、自国の一般人と結婚する王族も現れる。
政略結婚の部分は分かりにくいが、前近代に国民国家が存在しない点では世界共通なのでそこからでも理解の種になるかもしれない。
ナチスの女性組織について教えてください。
>>200 国家社会主義女性同盟。団員200万人でナチ党員の40%を占める党内最大勢力の一つ。
ナチス時代のドイツでは、ヌード雑誌やポルノ雑誌の類は当然ご法度だったのでしょうか?
203 :
世界@名無史さん :2010/11/19(金) 21:37:21 0
>>199 WW1だと、ハノーヴァー朝のウィンザー朝への変更。
ロシアのニコライ帝の妻がドイツ人だから文句がきたとかありますね。
205 :
世界@名無史さん :2010/11/19(金) 21:43:06 0
んなことない。 「第三帝国婦女悩殺写真集」とか「わが性の闘争」というポルノ雑誌が販売されていた
>>205 それ本当か?いくらなんでもネタだよな?
>>205 それ本当か?いくらなんでもネタだよな?
ジャコバン派と山岳派って一緒ですか?
>>208 ジャコバン派は急進共和主義派。
山岳派はジャコバン派の中の中道左派派閥で、
穏健派のダントン派や過激派のエベール派と対立する派閥。
なぜ朝鮮はいくつもの国に分かれていたのですか?言語や民族も違うのですか?
>>210 国民国家形成までは、一つの地域が一つの国家に統一されてる方が珍しいと考えてください。
日本の戦国時代と同等と捉えていいのですか?
213 :
世界@名無史さん :2010/11/20(土) 00:37:01 0
>>212 統一=普通ではないと考えてください。
例えば、ドイツとオーストリアは分かれたままです。
分裂していて不都合なことは普通ありません。
214 :
世界@名無史さん :2010/11/20(土) 00:40:50 0
中国史について質問です。 前漢と後漢の間に「新」という短い王朝(8〜23)がありますが、 この新の支配する領域はどの程度の広さだったのでしょうか? 禅譲だから前漢の領域をそのまま引き継いだと見てよいのでしょうか? どの歴史地図を見ても新の時代だけ載っていませんもので…
>>198 そこまでではなかったのでは
インカ、アステカは人口は多かったが武器、情報格差がひどかった。
ソンガイはもともと交易はあったわけだから、武器の情報もあったはず
国内が崩壊状態だったのが大きかったのでは。
明の混乱で清が侵入できたのと同じ。
>>213 ローマ帝国が分裂したまま不都合だから、ナポレオンが出てきたり、EUみたいなこと今やっていたりする。
>>213 言い換えればEUでまとまろうとしてる今は普通じゃないということか。
218 :
◆EAbyJft1LY :2010/11/20(土) 06:01:55 0
>>217 近代になってナショナリズムが盛んになると今までバラバラだった国同士が、
まとまろうとするのは珍しくないと思う。(リソルジメントやドイツ統一など)
現在のEUも基本的にはそうした動きの延長線上にあるものだと思うよ。
EUのPIIGS諸国が債務奴隷になるのも仕方ないのか・・・
220 :
世界@名無史さん :2010/11/20(土) 10:08:00 0
>>216-217 第一に、統一すると民主的な選挙が難しいです。
中国で民主選挙したらどうなるか想像してみてください。
イギリスとアイルランドで統一選挙していましたが、見事に大失敗でした。
(まあ、アイルランドを植民地にしたイギリスが悪いとも言えるが・・・)
今、外国人参政権の問題が言われていますが、大日本帝国を維持したまま、民主化していたら、
有権者の3割が朝鮮人ということになっていたでしょう。
>>218 >>近代になってナショナリズムが盛んになると今までバラバラだった国同士が、
>>まとまろうとするのは珍しくないと思う。(リソルジメントやドイツ統一など)
>>現在のEUも基本的にはそうした動きの延長線上にあるものだと思うよ。
EU人ナショナリズムですか。
ソ連人と似たような響きですね。
結局ソ連は「ソ連人」の形成に失敗しましたね。
英コモンウェルス人が形成されつつあるかも、というのはデマですか
222 :
◆EAbyJft1LY :2010/11/20(土) 14:24:09 0
>>220 EU人ナショナリズムというよりは汎ヨーロッパ主義っていう感じかな?
まぁ、EUは結成してからまだ日も浅いしソ連のように崩壊するか、
成功してヨーロッパ諸国を統合したゆるやかな連邦国家が出来るか、
まだどうなるとも言えないね。今はギリシャ危機のせいでちょっと雲行きが怪しいけど。
EUはローマ帝国の復活とは違うんでしょうか
224 :
◆EAbyJft1LY :2010/11/20(土) 14:39:52 0
>>223 そういう見方もあるね。当事者たちがどこまでそれを本気で思ってるかは謎だけど。
個人的にはEU結成がローマ帝国の復活なんだったら、
コンスタンティノープルのあるトルコを入れてやれよと思わなくもないw
EUにトルコが加盟するとどうなりますか?
226 :
◆EAbyJft1LY :2010/11/20(土) 14:48:35 0
>>225 PIIGSの文字にTが1つ加わる事になると思う。
227 :
◆EAbyJft1LY :2010/11/20(土) 14:52:43 0
>>226 の続き
まぁ、ヨーロッパ人を構成する要素の1つである非キリスト教徒である人間を、
大量に加盟させることになるんだから、ヨーロッパの定義が揺らぎそうでちょっと面白そうではある。
個人的にはトルコはEUに入れる条件はほとんど揃ってると思ってるので、
入っても構わないような気がする。最初の内は移民などで軋轢を呼ぶだろうけど、
ヨーロッパの多元化を良い意味で証明できると思う。
228 :
◆EAbyJft1LY :2010/11/20(土) 14:54:57 0
>>227 訂正。最後の文は「もしトルコが入ったら良い意味でのヨーロッパの多元化の達成を、証明できることになると思う。」だ。
229 :
世界@名無史さん :2010/11/20(土) 15:16:39 0
トルコ加盟はヨーロッパの貴族層が猛反対するんだろうな
230 :
◆EAbyJft1LY :2010/11/20(土) 15:28:13 0
>>229 どっちかって言うと、貴族層より移民に圧迫される労働者層のほうが反発が大きいと思う。
だいたい「ヨーロッパ」ってくくりが結構曖昧だからな アジアの起源は小アジア(アナトリア半島西部)だけど、トルコ領はまだトラキアにも引っかかってるし、 トルコ系移民はじめ「アジア人」は山ほど欧州に入ってきてる カフカスやキプロスはどっち側なのか、ウラル以西のロシアは欧州じゃないのかとか ローマ帝国は三大陸にまたがってたからマグリブやイスラエルも入れたらどうなのとか シャルルマーニュ帝国の再現というならイベリアや北欧や東欧や旧ビザンツ領は入れないのかとか カトリック圏とプロテスタント圏・正教圏の違いはどうすんだとか
232 :
◆EAbyJft1LY :2010/11/20(土) 15:31:29 0
>>231 トルコのあるアナトリアは「小アジア」って呼ばれてるけど、
歴史的にはビザンツ領だったりして結構ヨーロッパの影響強いんだよね。
オスマン帝国だってかなりヨーロッパとの付き合い長いし。
233 :
世界@名無史さん :2010/11/20(土) 15:31:40 O
北欧はやハンガリークロアチアは一応シャルルマーニュ帝国の延長みたいなもんかな?
234 :
◆EAbyJft1LY :2010/11/20(土) 15:33:01 0
>>233 ハンガリーやクロアチアはともかく、北欧はカール大帝時のフランク王国領には入ってないよ。
>>224 旧ゲルマニア以北が入ってる以上、その触れ込みには違和感。
寧ろ、ローマ帝国の復活をしたいなら北欧ゲルマン圏を除名し、
代わりにモロッコ〜トルコのイスラム圏を迎えるのが筋。
EUの実質は中世閉鎖的な「キリスト教共同体」でしかないんだけど、
世俗化が建前な以上、示しが付かなくて
ローマ帝国を引き合いにしてるだけでしょ。それが彼ら欧州人の限界。
236 :
世界@名無史さん :2010/11/20(土) 15:51:58 O
いや文化的にな。リトアニアあたりもか。
237 :
◆EAbyJft1LY :2010/11/20(土) 15:59:45 0
>>236 フランク王国に代表される西欧カトリック文化圏ってこと?
でも、それだったら正教ビザンツ文化圏に属するギリシャとかはどうなの?
238 :
世界@名無史さん :2010/11/20(土) 18:54:54 O
ウェストファリア条約でスイスオランダの独立が認められた頃には、 イタリアも帝国域外になってるけどいつの間に独立したの?
19世紀末、フランスの資本が国内の商工業への投資に流れないで、 海外への投資に流れて、「金貸しの国」と呼ばれたのはなんで?
240 :
世界@名無史さん :2010/11/20(土) 19:20:39 O
>>237 ギリシャも中世はキリスト教ローマ帝国だったから。
241 :
◆EAbyJft1LY :2010/11/20(土) 19:33:04 0
>>240 いや、だから同じキリスト教でもビザンツは色んな意味で、
フラン王国に代表される西欧世界とは別世界だよ。
成立当初からカトリックと正教はお互いにかなり仲悪かったし。
242 :
世界@名無史さん :2010/11/20(土) 19:49:08 O
ルイ16世ってテュルゴーとネッケルを起用して特権身分への課税したんですよね? 国王であるルイ16世が特権身分に課税するってことは下層民衆の人たちのことを考えるいい国王ってことですよね? なのになぜ処刑されたんですか?
その改革が引き金だ。 保守派貴族層は当然免税特権を守ろうとし、パリ高等法院は「納税者の代表の同意が必要」だとして、 175年ぶりに「三部会」を召集することを要求、このうち貴族・聖職者の票で反対多数として否決しようとした。 ところが第三身分がこれを不服とし、結果的にフランス革命が勃発。 国王は人民から好まれてはいたが革命は望んでおらず、 封建制度の廃止を求めるなど平民層の要求がエスカレートすると、密かに国外脱出を図るが発覚。 これにより平民からの支持をも失い、王権が停止されて国民公会による共和政が敷かれる。 彼をどうするかについての議論は紛糾したが、結局「主権は人民にあり、それを独占してきた王政そのものが罪悪だ」とされ、 国民公会での投票の結果、ルイの死刑が確定した。
244 :
◆EAbyJft1LY :2010/11/20(土) 20:15:01 0
>>241 脱字訂正。
「フラン王国」じゃなくて「フランク王国」だ。
245 :
世界@名無史さん :2010/11/20(土) 20:26:30 O
246 :
世界@名無史さん :2010/11/20(土) 20:55:37 0
>>235 EUを成立させれるか否かは「近代性」をどれだけ共有できるかだな。
民主的な政府、言論の自由。
ドイツ周辺なら、デンマーク、ベルギー、フランス、オランダ、オーストリアetcいて心強い。
この意味においては、ベラルーシ(白人・キリスト教)<<<トルコ(ムスリム)
日本周辺は韓国と台湾くらい。
東アジア共同体なんて無理だな。
247 :
世界@名無史さん :2010/11/20(土) 22:01:31 0
日本もEUに入れてもらうわけにいかんの? 飛び地があってもいいじゃないw でも、日本が周辺諸国とEU的なものを作るとしたら、 仲間になってくれそうなのはパラオ、マーシャル、ミクロネシアくらいで、 あとはせいぜい台湾だな。(でも、やっぱり台湾は中国につくだろうな)
日本なんて現状ロシア以上に嫌われているだろ。 米の犬に餌やってユーロ火事とか洒落にならん。
>>247 つ大東亜共栄圏
しかしTPPですら、入るかよそうかゴタゴタしてるわけだし
まあ、難しいところだな。
250 :
世界@名無史さん :2010/11/20(土) 22:24:56 0
イスラム教徒というだけでトルコが忌避されてるのに、 仏教徒(で実質、無宗教やら新興宗教だらけ)の日本人が、 キリスト教世界のEUに受け入れられるわけがない。 まだ、ロシアのCISの方が日本を受け入れてくれそう。
ソビエト連邦が崩壊して独立国が出来てた頃中央アジアのどこかの国が日本に宣戦布告して 日本政府が抗議したらそのまま無条件降伏して日本になってしまう、と言うジョークがあったw
キリスト教徒なら旧植民地にたくさんたくさんいるんだが ブラジル、ロシア、インド、中国のうち三カ国も手に入れられるんだが
253 :
世界@名無史さん :2010/11/20(土) 23:18:31 0
>>247-251 地理的な問題がある。
オーストラリア、ニュージーランドでさえEUに入れない件について
日本の仲間になれそうなのは、韓国、台湾、太平洋の島国、オーストラリア、ニュージーランドくらいか。
韓国とは妥協の産物の軍事同盟、台湾は二つの中国問題で難しい。
あとは東南アジア諸国がどれだけ経済発展し、民主化するかにかかってる。
254 :
◆EAbyJft1LY :2010/11/20(土) 23:20:56 0
トルコなんかはまだギリギリヨーロッパと言えない事もないけど、 日本はどう頑張ってもヨーロッパとは言えないだろう・・・・。
255 :
世界@名無史さん :2010/11/20(土) 23:29:55 0
トルコのEU加盟について語ってたら、 「日本はEUに入れるか!?」の話題になった。 さすが世界史板wwww
>>253 どこも今後100年ぐらい無理。お互いに仲間を作りたがらない。
EUのPIIGSという前例があるから、通貨発行権は絶対に手放さない。
国民に貯蓄がなく、財政赤字が国家資産よりも大きい場合
自国通貨ではない通貨建てで国債を発行し続ければ、デフォルトになる。
現状維持のまま、どの国も孤立を続けてもらわないと、IMFの手に負えなくなる。
連合になっても、巨大な連鎖デフォルトが発生してIMFの能力では対応できなくなる。
257 :
世界@名無史さん :2010/11/20(土) 23:47:01 O
>>253 昔だって西ヨーロッパの国は仲悪かったじゃん。しかし発展とともに関心が薄れていった。
もうすぐ韓国、そのすぐ後に東南アジア中の反日国も日本のことを気にしなくなるだろ。
>>241 でもそのくらいの差なら他の文化圏内にもあるのでは?
内輪もめだろ。
258 :
世界@名無史さん :2010/11/20(土) 23:50:14 0
>>257 アジアの反日国ってどこですかwww
セルビアVSクロアチアVSモスレムの激しいバトルを知らないのかwww
259 :
◆EAbyJft1LY :2010/11/20(土) 23:50:51 0
>>257 そんな事言ったら、キリスト教とイスラム教だって元は同じなんだから、
2つの対立は同じ文化圏内における内輪もめって事になる。
問題は日本の次の冊封がいつになるかだな。
>>258 お互い異端の宗教のレッテル貼りしている
さらにアルバニア人という非スラブ系がいて4つ巴みたいな状況。
262 :
世界@名無史さん :2010/11/20(土) 23:54:59 O
キリスト教はギリシアローマ文化の媒介にすぎない。
人類は皆アフリカ共同体に入るべきだよ
264 :
世界@名無史さん :2010/11/21(日) 00:06:54 O
発展途上国だとみんな隣国と仲悪いからな。
265 :
世界@名無史さん :2010/11/21(日) 00:08:38 0
旧ユーゴにはイスラム教徒は結構いたはずだけど、イスラムの人口比が大きい国のEU加盟に反対の声とかはないの?そもそも、そういった国でEU加盟を目指してる国があるのか知らないけど。
266 :
世界@名無史さん :2010/11/21(日) 00:14:15 0
>>257 さんの言う「アジアの反日国」が知りたい。
267 :
◆EAbyJft1LY :2010/11/21(日) 00:14:55 0
>>265 現在、旧ユーゴスラビア諸国でEUに入ってるのは、
ムスリムの割合が少ないクロアチアとスロベニアだけだよ。
ムスリムの割合が多い国でEU加盟を目指してる国は、
まさにさっきまで話題になってたトルコがその例に挙げられると思うけど。
268 :
世界@名無史さん :2010/11/21(日) 00:24:36 0
黒人はEUに入れる?
269 :
エビちゃん親衛隊 :2010/11/21(日) 00:35:06 0
>>148 カナダ、オーストラリア、NZの元首は英国国王です。
>>265 ボスニアとアルバニアか。セルビアは加盟したか。
大体、EUは拡大のしすぎだろ。独仏ベネルクスが核で最南端はオーストリア、
北欧は加盟させても、他の欧州の国は加盟させるべきではなかった。
南欧まで入れたのは間違いであり、入れてくれと言われても拒否すべきであった。
>>266 意外と知られてないが、シンガポールはかなりの反日国
>>239 零細農民が多いこともあり、他の列強に比べ国内産業が伸び悩んでいて、外国に魅力的な投資先があったため。
>>270 国際関係に友好国はないし反*国もない
利害関係だけ
反中国国、反豪国、反日国、反露国、反米国、反ベトナム国、反韓国、反北朝鮮国
それぞれ調べてみろ、みんな似たようなものだ
>>272 利害関係で反日なんだよ。昔、日本に権益をごっそり奪われた恨みがあるから。
274 :
世界@名無史さん :2010/11/21(日) 01:34:51 O
インドネシアやフィリピンは?
275 :
世界@名無史さん :2010/11/21(日) 01:37:11 0
>>270 昔の日本と今の中共を比べれば、日本の方がマシと言っている。
他に本格反日国ってあるんですか?
まあ、左翼的基準で図ると世界の99%が反日国になるな。
276 :
世界@名無史さん :2010/11/21(日) 01:38:52 0
>>274 世論調査の結果、昔は反日度合いが強かったが。
今では「忘れた」のか知らないが、反日度合いがかなり低くなっている。
中国や韓国と違って偏った歴史教育してないから。
277 :
世界@名無史さん :2010/11/21(日) 01:41:27 0
1980年時点だと反日は結構多かったと思う。 でも、若いしがらみのない世代が出てきて、反日が減ってきた。 今後は中国が悪さを続けるだろうから、「日本の悪行」はどんどん過去のものになって行くだろうな・・・
>>276 インドネシアとフィリピンは高度経済成長期に日本がかなり金ぶち込んだのが大きい。
中世イスラムってヨーロッパみたいに政略結婚が盛んだったんですか?
280 :
世界@名無史さん :2010/11/21(日) 01:59:15 0
スカルノって自然死という認識で大丈夫? 裏で処刑されたって可能性は低い? そういう疑いってあまり持たれていない? 失脚してすぐに死んだよね スハルトとしては邪魔な存在だったわけだし さすがに処刑したとは言えないから、発表は自然死なんだろうけど
>>214 郡県はそのまま受け継ぎ、匈奴・高句麗・西域諸国が離反。
>>280 死後すぐに毒殺疑惑が出てる。
最近有力な説は、スカルノは既に重病で、スハルトの命令で故意に治療させずに死なせたという説。
283 :
◆EAbyJft1LY :2010/11/21(日) 06:41:24 0
>>279 そういえばイスラム圏では政略結婚ってあまり聞かないね。
全くないことはないと思うけど、ヨーロッパほど盛んじゃなかったのかな?
イスラム圏ってわざわざ政略結婚なんかしなくても出世できる機会はあったし。
それと基本的にイスラム圏の王家は男系継承だったから、
あまり妻の出自は気にされなかったんじゃないかな?
アッバース朝のカリフには母親が奴隷だったのが結構多いし。
284 :
世界@名無史さん :2010/11/21(日) 07:28:16 0
>>283 日本やヨーロッパだとSEXを伴った親善大使との認識だったけど、 イスラムの場合は羊を送るといった感覚だったからじゃ ないかな
285 :
世界@名無史さん :2010/11/21(日) 08:03:46 0
中世ヨーロッパの城といえば石造のイメージが強いが、 天井や二階以上の床や階段の材質はどうなっていたのだろう? 廃墟の写真や映像を見ると、外壁だけのがらんどうになっているが、 天井や二階以上の床は木造だったのかな? でも、映画とかアニメとか絵本の挿し絵とかに出てくる中世の城だと、 二階以上の床や階段も石造だったるする。 中世の技術で重たい石を使って、二階以上の床とか天井を張れるの?
>>283 単にイスラム圏になじみがなくて知らないだけだろ。
ウマイヤ王朝のアブーバクルも、中世中央アジアのチムールも、インドイスラム王朝ムガル帝国のバーブルや
アクバルも、支配基盤の確立のために、名家との婚姻関係を結んでるだろ。
287 :
世界@名無史さん :2010/11/21(日) 08:06:56 0
上のほうで出ていた「EUのPIIGS」って具体的にはどこ? Pがポルトガル、Gがギリシアってのはすぐわかるけど、 IIとSがわからない。 イタリアとアイルランドとスペイン?スロヴェニア?スロバキア?
288 :
◆EAbyJft1LY :2010/11/21(日) 08:10:11 0
>>286 アブー・バクルはまだイスラーム的社会体制がきちんとまとまってない時期だし、
ティムールやバーブルは純粋なイスラーム圏とはまたちょっと異質な世界じゃん。
ティムールの政略結婚なんかはイスラーム的思想にのっとったものと言うより、
中央ユーラシアの遊牧民的秩序にのっとったものでしょ。
後、僕だってイスラーム圏に全く政略結婚がない訳ではないのは知ってる。
スレイマン1世が宰相のイブラヒムに自分の妹を嫁がせたりしてるし。
289 :
◆EAbyJft1LY :2010/11/21(日) 08:11:15 0
>>287 IIはイタリアとアイルランド。Sはスペイン。
290 :
◆EAbyJft1LY :2010/11/21(日) 08:15:17 0
>>286 後、言い忘れたけどアブー・バクルはウマイヤ朝の人間じゃないよ。
291 :
世界@名無史さん :2010/11/21(日) 08:17:45 0
そもそも初期ウンマからしてムハンマドは弟子の娘を嫁にもらってるだろう 近親同士で結婚するのはアラブ人の慣習
292 :
世界@名無史さん :2010/11/21(日) 08:19:26 0
オスマン朝は帝国初期の時代に妻を敵に奪われて奴隷にされるという 屈辱があったから それ以後は嫁は奴隷身分から選ぶのではなかったかな
293 :
◆EAbyJft1LY :2010/11/21(日) 08:24:38 0
>>291 初期のイスラーム世界はアラブ的血統主義が強かったから、
アラブ人の有力者同士で結婚という事が良くあったね。
アッバース朝以降は徐々にそういう事が少なくっていき、
奴隷が母でもカリフになれるようになっていった。
294 :
◆EAbyJft1LY :2010/11/21(日) 08:25:53 0
>>293 脱字訂正。
誤)アッバース朝以降は徐々にそういう事が少なくっていき
正)アッバース朝以降は徐々にそういう事が少なくなっていき、
295 :
世界@名無史さん :2010/11/21(日) 08:55:04 0
296 :
世界@名無史さん :2010/11/21(日) 09:05:03 0
反日傾向強いのあたりまえだろ 大東亜共栄圏とかいって東南アジアを荒らし回ったんだから 日本が東南アジアを解放したって現地人が思っているわけはない
その手の歴史認識論争は他所でやれ
ハーレム生まれの女性はほとんど政略結婚で送られるよ。 そして大抵冷え切る。
>>291 ,293
そういうところがモンゴルとは決定的に違うな。
庶子は当主になれず、家督争いに参加できない。
アジアの場合、近親同士で結婚しないよう10世代ぐらい離れていないと
同じ氏族は結婚できない掟がある。
これが父系社会の明や清になると、父方の氏と同じ者は何世代離れていても
結婚できない掟となる。
>>253 ゲーム「フロントミッション」で
日本・ASEAN・太平洋諸島・豪新の
東経120度以東同盟があったが
オーストラリアが宗主国やアメリカを手を切って
ジャップとの運命共同体を選ぶメリットが残念ながら無いんだよな今の所
質問をお願いします。 産業革命以降のヨーロッパの新興資本家は、貴族出身が大部分であり 元手の無い貧民出身が渡米して起業を志したということですが 移民の道を選ばず、自国を含めたヨーロッパ圏内で成功した下層階級の実業家や、 逆に富豪階級でありながら、コネも財産も捨てて単身渡米し成功した、著名な企業人等はいるでしょうか? 2010年現在も残っている企業でお願いします。
302 :
世界@名無史さん :2010/11/21(日) 14:34:31 O
教育以外で歴史の仕事ってありますかね なんか暗記しても使えなきゃと
>産業革命以降のヨーロッパの新興資本家は、貴族出身が大部分であり >元手の無い貧民出身が渡米して起業を志したということですが ? 貴族でなくても平民出身の大商人とか産業革命以前からけっこういるんですが
304 :
◆EAbyJft1LY :2010/11/21(日) 15:01:03 0
>>298 ハレムの女性は自由身分もそこそこいたけど大抵は奴隷出身でしょ。
まぁ、そういう奴隷の中には属国や地方領主から献上品として、
送られてきたのも結構いたから政略結婚と言えなくもないけど。
305 :
世界@名無史さん :2010/11/21(日) 15:28:15 0
>>285 中世の技術じゃ、2階より上の床や天井を石張りで作るのは不可能なんでは?
せいぜいがアーチ天井だけど、あれは下ががらんどうの空洞状態だしね。
石の階段だって城壁とか壁に接した形でしか無理でしょう。
基本的に中世建築は外壁だけが石で、屋根や天井や床は全部木造です。
だから、現存している中世建築の廃墟は、外壁しか残ってない。
ウィリアム・アームストロングの家は穀物商 カール・ベンツの家は鍛冶屋兼町長 グッチオ・グッチの家は麦藁帽子製造の零細工場 エンツォ・フェラーリの家は小さな機械工場
307 :
世界@名無史さん :2010/11/21(日) 16:04:55 0
クルップだって、最初は小さな鉄工所からだろ。 ていうか、爵位持ちの大貴族から実業家として成功して例ってある? 成功した実業家が爵位もらったり、貴族と親戚になったりするケースは多いけど。
308 :
世界@名無史さん :2010/11/21(日) 16:10:15 0
ないね。戦国策で「金持ちは代を重ねられないのはなぜでしょう?」と ファビョるババアを諌める場面がある
サウジアラビアのアルワリード王子とか
310 :
世界@名無史さん :2010/11/21(日) 16:16:24 0
中東とかブルネイの王族は、確かにビジネスマンだよな。
311 :
世界@名無史さん :2010/11/21(日) 16:23:45 0
日本とロシアの間に領土問題がなく、普通に友好的な関係で、 在日米軍という「ビンのフタ」的なアメリカとの腐れ縁もなかったら、 CIS加盟もありうるかな。 最初に日本を開国させたのがペリーでなく、プチャーチンだったら、 そうなってた可能性はあったかもね。
312 :
◆EAbyJft1LY :2010/11/21(日) 16:36:34 0
>>311 >最初に日本を開国させたのがペリーでなく、プチャーチンだったら、
>そうなってた可能性はあったかもね。
なんか勘違いしてるみたいだけど今の日本とアメリカが仲良いのは、
第2次世界大戦が直接の原因であってペリー来航が、
現在の日米関係の元になってる訳じゃないからね。
戦前の日本におけるアメリカの影響は微々たるもので、
どっちかと言うとイギリスなんかのほうが日英同盟や経済的結び付きが強かったよ。
そもそもロシア帝国にしてもソビエト連邦にしてもロシア共和国にしても、 日本ごときと紳士的な友好関係を築く意志があるとは思えない。 昔の友好国であろうがなんであろうが、ロシアにとって礼儀正しい小心な国は、 押さえ込んで殴り倒してむしり取るのがロシア式だからねぇ。
314 :
世界@名無史さん :2010/11/21(日) 16:46:55 0
ラクスマンやレザノフのときに開国してたら、事情はちがったろう。
あの時代の列強はあくまで清国が目的であり 日本なんて興味すらなかったろう
316 :
世界@名無史さん :2010/11/21(日) 16:58:26 0
だから、ラクスマンのときまで田沼政権が続いてたら、 日露間に国交・通商関係が平和的に樹立されて、友好的になってたんでは?
どっちにしろ攘夷だなんだと騒ぎ立てて田沼の首が飛ぶんじゃね?
戦前のアメリカの影響は甚大だよ。 アメリカくらいでしか人気がなかった野球も戦前から人気スポーツだし。 当時から圧倒的な経済力、日本人移民など関係が深かった、
319 :
◆EAbyJft1LY :2010/11/21(日) 17:41:19 0
>>318 日系移民はアメリカ合衆国だけじゃなく南米にも結構な割合が存在するよ。
野球に関しては良く知らないけど、19世紀後半の日本の主な貿易相手はイギリスだよ。
経済的な繋がりだったらイギリスのほうが上でしょ。
20世紀以降は日本に限らず世界的にアメリカの影響が強まった時期だから、
取り立てて日米関係が他に比べて深かった訳ではないよ。
320 :
世界@名無史さん :2010/11/21(日) 17:43:37 0
>>311 >CIS加盟
奴隷やんwww
日本CIS加盟なら、朝鮮半島も自動的にCIS加盟だな。
20世紀初頭にはアメリカ経済はイギリスを遥かに追い越している。日英同盟がなくなって以降はアメリカの影響は大きい。
322 :
◆EAbyJft1LY :2010/11/21(日) 18:57:02 0
>>321 だから、
>>319 でも言ったけどそれは日本に限った事じゃないでしょ。
当時、世界中の国でアメリカの影響は大きくなっていった。
現在のように日本だけが他の国に比べて特別アメリカと仲良かった訳じゃない。
バーブルがインドに攻め入ってムガル帝国を建国した後は、 バーブルの本拠地のアフガン地域はどうなったの? 北インドからアフガンにまたがる帝国になったのか、 それともインドに居付いてる間に誰かに取られちゃったのか?
324 :
◆EAbyJft1LY :2010/11/21(日) 19:16:29 0
>>323 バーブルの元々の本拠地はアフガンじゃなくて中央アジアだよ。
中央アジアの地域はウズベク人王朝のシャイバーニー朝に取られた。
アフガンに関しては初期の内はムガル帝国の
領土だったけどしばらくするとサファヴィー朝に奪われたよ。
カーブル周辺は保ったが、残りは北のウズベク人(シャイバーニー朝、ブハラ汗国)と西のサファヴィー朝の係争地。 さらにパシュトゥーン人も山ほど割拠していて、中央の支配が行き届く土地ではない。 18世紀には反乱やらペルシアからの侵攻やらでムガル朝自体がボロボロになり、 やがてパシュトゥーン人がドゥッラーニー朝という部族連合を作って、ようやく今のアフガニスタン領がひとつにまとまる。 あのへんは西アジアとも南アジアとも中央アジアともつかない領域なのだ。
アフガンはかのチンギスハーンやアレクサンドロスも苦戦した土地 そして英国、ソ連、米軍ですら手を焼いた場所だ
>>322 はなぜ日本が対米開戦したか全然わかっていないようだ。
328 :
◆EAbyJft1LY :2010/11/21(日) 20:33:55 0
>>327 対米参戦はABCD包囲網で日本が苦しんだからでしょ。
当時、日本に限らず多くの国がアメリカとの貿易なしではやっていけない状態だった。
それだけ、第1次世界大戦後のアメリカの世界的影響は大きかった。
これは日本に限ったことではないよ。
戦前の日本におけるアメリカの影響は微々たるものという主張はどこに飛んでったんだよw
理論上はってことは同じ物つくれないのね
332 :
◆EAbyJft1LY :2010/11/21(日) 20:49:41 0
>>329 戦前というのは確かに表現を誤ったかも知れない。
「開国直後の19世紀後半までの日本におけるアメリカの影響」に言い換えるよ。
ただ、現在の日米関係の遠因をペリー来航に求めるのは
間違ってるって主張しただけのつもりなんだけどね。
333 :
世界@名無史さん :2010/11/21(日) 21:07:47 0
「ヒンドゥー(hindu)教」という名前は「インド(india)」に何か関係あるのですか? 何となくにてる気がして
334 :
世界@名無史さん :2010/11/21(日) 21:15:56 0
それ英語やん
335 :
◆EAbyJft1LY :2010/11/21(日) 21:21:32 0
>>333 インドの語源は「インダス川の向こうに住んでる人」っていう意味から来てるんだ。
それでこの川の語源はサンスクリット語で水を表すシンドゥのギリシャ語訛りなんだ。
ちなみに、ヒンドゥーは同じ言葉のペルシャ語訛りだよ。
だから、インドもヒンドゥーも確かに語源は同じなんだ。
>>319 オーストラリアもマレーシアもカナダもインドもカナダもケープもアラビアの沿岸部もイギリス。
支那の産品は香港経由でイギリスが運んでくるものが半分。
>>304 ビザンチンの皇帝の姪とか、モスクワ大公の妹とかでも、奴隷?
確かに、回教圏では、回教徒以外は奴隷身分だが。
338 :
◆EAbyJft1LY :2010/11/21(日) 22:52:32 0
>>337 ハレムにだって自由身分の女性はある程度はいたよ。
それと、オスマン帝国においてハレムの制度が整ってくるのは、
政略結婚が不必要なほどにスルタンの権力が強大化した15世紀辺りからだよ。
ビザンツ皇帝の姪を嫁にもらってた頃はまだそこまでちゃんとハレムが整ってなかった。
>確かに、回教圏では、回教徒以外は奴隷身分だが。 「回教徒を奴隷にするのは禁じられていた」の間違いだろう
340 :
世界@名無史さん :2010/11/21(日) 23:55:06 0
>>319 現代は貿易しないでも国が成り立っていいな。
19世紀イギリスなんて対外依存しまくりだろ。
ここに来ると安心するな、みんな世界史視点でものを言うから頭のおかしい 愛国歴史観を述べくまくなしに語り倒すやつが居なくて 日本人はちょっと世界史教育が足りてないと思うよ、歴史を語るときいつも 自国を視点にしてものを言うから自己中心的に見える。 まぁどこの国もそうだって言えばそうなのかもしれないけど日本は特に日本史 しか教えてない気がする。
そういうことを言うと愛国歴史観を語る人が湧くぞ
実際、たまにおかしい人はわいてる
流れが早いから、それ系の書き込みがあってもスルーできるのもあるわな。
>>343 ここはたまにだけど他の板(特アとか政治系ではない)でも高確率で沸いてるんだが
イギリスについて話題がでてイギリスの植民地支配して植民地を搾取しまくった最低の国だとか言うから
イギリスをマネた日本も同じ穴の狢じゃね?と言ったら
>日本が植民地支配をした地域があるなら教えてくれ
>日本がしたのは同化政策で、欧州がやってきた搾取目的だけの植民地政策とは全く違う
とかマジレスされたら返す気も失せる。
日本がアジア解放の救世主とでも本気で思ってるのだろうか?
こんな人間が高確率で生まれる日本の教育はどこが自虐史観なのだろう・・・。
次
347 :
世界@名無史さん :2010/11/22(月) 00:43:42 0
世界史なのかどうか分からないですが、質問です。 ビリー・ザ・キッド って何で人気があるんですか? Wikiとか見ても特別何かしたわけでもなく単純な無法者の様に思われるのですが、 何が魅力的で人気があるんでしょうか?
無法者ってのは時として庶民の人気者になるんだよ 洋の東西を問わず、アウトローのヒーローは(架空のヒーローも含めて)いろいろいるだろ 日本では、石川五右衛門とか、鼠小僧次郎吉とか
古いところではスサノオだな。 宝塚でも人気のある演目だ。
リナ・インバースだって人気あったじゃん。
極道映画とかヤンキー漫画とかな アウトローは一種の異世界だから惹かれるんだろうか
いや、石川五右衛門とか鼠小僧は義賊的な活躍があったわけで、 特に仁義的な友情話も見受けられなかったのになんでかなと。
>>352 史実の鼠小僧次郎吉は、義賊的なことなんて何一つしてなかったただのコソ泥だぞ
>>353 あ、そうなんですか。
鼠小僧の史実は知りませんが、例えば、たとえ分配しなくても権力者や金持ちなどから
金を盗むと言う事だけでも、市民からすれば痛快な話になったのかなとは思います。
(実際がそうなのか知りませんが)
日本人の好み的にはアウトローにはアウトローの筋みたいなものがあり、
それが魅力的というのは分かるのですが、特に権力者と戦うわけでも市民に
肩入れしたわけでもないビリーの何がアメリカ人を虜にしたのか・・・?
(ヤクザというよりはチンピラに近そうなイメージ)
一部に人気と言うのであれば分からなくも無いのですが、50本以上も映画になっているらしく
アメリカ人には大人気なわけで、それの魅力がまったく分からないです・・・。
愚連隊でもヤクザでも映画になるだろ 仁義なき戦いとかゴクツマとか 田岡三代目の若い頃みたいなもんじゃねえの
>>354 こんな話があるんだけど、アメリカではドラえもんはあまり人気がないそうだ。
その理由は自分ひとりの力では何も出来ずすぐにドラえもんを頼るのび太が
女々しく思えるらしい。
フロンティアスピリットの国アメリカでは何かを成すとき自分だけの力で成す
ような男らしいアメリカンな生き方をするヒーローこそ自己投影しやすかったんじゃないかな?
>>302 歴史家。小説家。
>>356 アメリカは自力救済の国で社会保険とかも国民の賛同を得られない。オバマは押し切ったけど反発は強い。
>>354 鼠小僧は武家屋敷を専門に狙ったので武士に苦しめられている庶民からは人気があった。
人種について。 過去のある時点で、純粋なコーカソイドとかモンゴロイドとかいうものが形成され、その時点よりも後の 比較的新しい時代に分布が拡大して接触し中央アジアのあたりで混ざって中間的な形質の集団が出来たのか、 それとも、人種なんかない一様な集団が徐々に拡大し、ユーラシアの西の方では鼻が尖って目が窪んでいて 腕や脚の長い傾向、東の方に顔の堀が浅くて目が細くて髪が直毛で顔がデカい傾向の人が増えてきて、その 両極端なものがコーカソイドだったりモンゴロイドだったりするのか、どっちなんだろ?
それは、歴史学というよりも、人類学のテリトリーですよ。
純粋な人種なんてないわな ネグロイドやコーカソイドの中でも相当振幅があるし、モンゴロイドにも新旧ある
次
新・蘇格蘭に相当する地名、 カナダの Nova Scotia と、大洋洲の New Caledonia とあるけれど、どっちも Nova ⇒ ラテン語、 Scot〜 アングロ語、〜ia ラテン語の接尾辞 New ⇒ アングロ語、Caledonia ⇒ ラテン語 というふうに、なんで、ちぐはぐ構成になっているの? New England とか、New South Wales とかアングロ語々形で命名するセンスが 無いわけでもないのに。
363 :
世界@名無史さん :2010/11/22(月) 12:27:30 0
>>345 英国の支配はドイツ系王族にやられた支配を植民地でやっただけ、と
だれかが言い訳してなかったっけ?
Scotは、当時Albaと呼ばれていたブリテン島北部に移住した人々で、アングロ語の名ではない。 Caledoniaはピクト人のカレドニー部族がいたというので古代ローマ人がつけた名だが、 スコット人が移住してきたのはそれより後で、ラテン語地名ではCaledoniaでもScotiaでもOK。 Nova Scotiaというラテン語地名になったのは、フランスとイギリスが取り合っていた場所だから。 Caledoniaはラテン語だけど英語にも「スコットランドの古名」として入っているので、New Caledoniaでも問題ない。 英語からラテン語起源の語彙を抜いたらスカスカになってしまう。
365 :
世界@名無史さん :2010/11/22(月) 13:06:57 0
>>356 自己ひとりの能力で何かをやるってのは却ってアメリカで嫌われる
生き方だと聞いたが。
366 :
世界@名無史さん :2010/11/22(月) 13:11:40 0
都市部と農村部の違いだろ。 まったく別の文化、価値観、宗教観ってきくぞ。
367 :
エビちゃん親衛隊 :2010/11/22(月) 13:45:22 0
>>313 スペインもポルトガルもオランダもフランスもドイツもイギリスもアメリカも
そういう事して勢力を拡大したんです。
>>364 Albaはどちらかというと、ブリテン島南部なんだが。
ドーバー海峡に面したところの崖っぷちが、石膏地層で真っ白。
だから、白、白いところということで、AlbaとかAlbionとかいうんだが。
従軍看護婦っていまでも普通にいるの?
米軍がイラクへ一杯連れていったでしょ? 大規模な兵站を確保したうえで、地上戦で首都制圧したんだから 負傷者がでるのは想定していただろう。
372 :
世界@名無史さん :2010/11/22(月) 15:57:32 0
従軍看護婦って身分的には軍人なのそれとも軍属? クリミア戦争時って軍属ですらない民間人ぽいけど。
軍人ですよ。自分で防御するために、小銃などの武器使用が許可されてますから。
374 :
世界@名無史さん :2010/11/22(月) 16:27:45 0
「看護兵」なら軍属だが、「従軍看護婦」は軍属ではない。
従軍○○は、軍と行動を共にしてるだけで、軍人や軍属じゃないのが普通だろう 従軍記者とか従軍カメラマンとか
376 :
世界@名無史さん :2010/11/22(月) 18:35:00 O
米西戦争からWW1にかけてアメリカの国際的な存在感が急激に増していますが、 このとき、旧来の列強にはアメリカに対する脅威論があったんでしょうか?
377 :
世界@名無史さん :2010/11/22(月) 18:42:02 0
ない。いまの支那をバカにすれども驚異に感じないやつが多数なのと 一緒。当時のアメリカは「自己基準化」をオゲレツに代わってやろうとしていたころだ。
カメラをぶら下げて観光してるやつがいたらアメリカ人って馬鹿にしてる文章を読んだことがある。 日本も同じような馬鹿のされ方をしてたので記憶に残っている。
第二次世界大戦でイギリスを勝利に導いて国民的英雄になったチャーチルが、 戦争終わった後の選挙で労働党に惨敗して政権の座を追われたのはなぜ?
380 :
世界@名無史さん :2010/11/22(月) 19:18:49 0
>>378 大通りで公衆の面前で野糞をしてるやつがいたらそれは中国人
381 :
世界@名無史さん :2010/11/22(月) 19:22:36 0
スカート風衣装の遊牧民じゃあるまいに 尻が丸見えじゃよ
>>379 戦時に求められる指導者の資質と、平和な時に求められる指導者の資質は
まったく別なのさ
少なくとも、選挙権を持っている民衆にとってはな
383 :
世界@名無史さん :2010/11/22(月) 22:28:10 0
学校で世界史全範囲が終わるのが十二月なのですが、早いうちに近現代のバックグラウンドをつけておきたいです。 何か良い読み物とかありませんかね? 新書とかでもなんでもいいです。
経済・金融史関係がいいんじゃね? 科目間の相互連関で理解が深まる。
385 :
世界@名無史さん :2010/11/22(月) 23:15:24 0
>>379 イギリス国民はチャーチルでそれを、
フランス国民はドゴールでそれを、
うまくできたから今がある。
そして帝政ドイツはビスマルク個人のなかにその切り替えができる資質があったから躍進した。
出来ない国も多い、かつての英雄や立派な指揮者が 独裁者になり国を滅ぼしちまう例がいかにおおいか。
386 :
世界@名無史さん :2010/11/22(月) 23:17:48 0
ホーチミンは幽閉されちゃってたのかもしれんが 世代交代を早めに行う伝統がある国もあるわな。
387 :
世界@名無史さん :2010/11/22(月) 23:24:22 0
毛沢東なんかその典型
>>386 ホーチミンは後継者がひどかったけどな。
戦争指導は超一流だったけど、平時の政治が最悪だった。
389 :
世界@名無史さん :2010/11/22(月) 23:38:21 0
チャーチルもドゴールもトルーマンもスターリンも毛沢東も。 戦争が終わったってことに気がつかなかったからな。 やめさすしかないんだよ。
390 :
世界@名無史さん :2010/11/22(月) 23:40:34 0
彭徳懐が朱徳に根回ししとけば 毛沢東なんかモンゴルに飛行機で連れ出せたのに・・・
391 :
世界@名無史さん :2010/11/23(火) 00:10:35 0
>>370-375 駐留軍等労働者 求人募集情報一覧
http://oubo.lmo.go.jp:9090/bosyu_list/ 警備員 在日米陸軍秋月警備隊(江田島市)、呉ポート警備隊(呉市昭和町)、広警備隊(呉市広黄幡町) 常用 採用から6カ月は試用期間 採用日:平成23年1月1日
↑日本人警備員
憲兵の補助的な役割をする「軍属」
日米安保条約に基づき拳銃を携帯している。
賃金 月額144,700円
看護職 佐世保海軍施設(長崎県佐世保市) 臨時(採用日から4ヵ月を超えない期間)雇用期間が延長される場合がある。
↑
日本国内での勤務になるんだろうが、日本人看護婦
そのほかの求人も全部軍属
>>379 チャーチルが共産主義の脅威をことさらに訴えたのに対し、労働党は福祉の充実と産業国有化を軸とする大規模な社会改造計画を提案し、圧勝した。
アメリカ以外の先進国は皆イギリスの影響を受け福祉国家を目指すようになる。
それほどに強いメッセージ性を当時の労働党は持っていた。
誤解のないように述べると、決してチャーチルの人気が無かったわけではない。
当時の多くのジャーナリストは、チャーチルの人気の高さから保守党勝利を予想していた。
また、その人気の高さからチャーチルは第二次内閣を率いている。現在のイギリスでも英雄視されている。
ただ、1945年の選挙戦でチャーチルは労働党よりも強力なメッセージを持っていなかった。
ホー・チ・ミン って毛沢東とかポル・ポトの同類ってイメージだったけど wikiってみたら全然ちがうのな
394 :
世界@名無史さん :2010/11/23(火) 01:09:40 0
>>393 南進は責められる行為かもしれない。
だけど、毛やポトと違って、異常者でもなく、大量虐殺を行っていない(0ではないが)。
ヒトラー、スターリン、毛沢東、ポル・ポト
この4名に列するガイキチはそうそういないかと。
wikiのホー爺の写真は紙幣の顔と別人みたいに痩せてるね。
396 :
世界@名無史さん :2010/11/23(火) 01:15:38 0
ホーチミンはえらいひとだ、うん
>>393 通常の演説はしなかったが、Wikiによるとホー爺はラジオで炉辺講話は出演していたんだな。
米国のFDRのやっていたことを、取り入れるとは面白い。
敵のことを本当に研究しとるな。
>>394 10万人しか虐殺してないけど、拷問技術を人類史上最高まで磨き上げ、
総人口の10%が恐怖のあまり国外に逃げ出したピノチェトもなかなか。
399 :
世界@名無史さん :2010/11/23(火) 04:34:04 0
>>398 南米から、あの手の独裁者が出るとはなぁww ラテン系は、右の独裁者だろうが、左の独裁者だろうが 思わず笑ってしまうところがあるけど、 ピノチェトは笑えんからなぁ しかも南米の独裁者にしては、かなり有能で経済発展を 遂げたのだからww
400 :
◆EAbyJft1LY :2010/11/23(火) 04:44:16 0
>>399 ラテンアメリカの独裁者で結構笑える魅力的な人物って言うと、
ペロンとかカストロさん辺りかな?個人的には全く独裁者キャラじゃないのに、
長期に渡って独裁政治を敷いたブラジルのヴァルガスなんかも面白いと思う。
401 :
世界@名無史さん :2010/11/23(火) 05:16:52 0
10万人”しか” (笑)
>>392 いつも思うがイギリスの国民性は本当にレベルが高いな。
英雄であっても今後求めるものがなければ排除するというのは
なかなかできることじゃないよ。
403 :
世界@名無史さん :2010/11/23(火) 07:13:05 0
戦争がこりごりだと思ったのかもしれないね
アトリーにはギデンズ的なブレーンがいたの? それとも本人が俊英?
チャーチルが英雄?笑ったw
406 :
世界@名無史さん :2010/11/23(火) 13:45:40 0
>>398 なにかにつけて大雑把なロシアから、アレだけの恐怖体制を敷いたスターリンも
相当なものだと思うが、
これがドイツならわかるのだ。
実際東ドイツの独裁制は何かにつけて緻密で几帳面だったから
まあピノチェトもドイツ人の血が入っているのかね?
407 :
世界@名無史さん :2010/11/23(火) 14:49:04 O
>>358 それは、現代のモンゴロイドやコーカソイドの特徴が突然変異でできたのか、
それとも徐々に変わって言ったのか、とも言い換えることができる。
408 :
世界@名無史さん :2010/11/23(火) 17:02:12 0
朝鮮戦争について教えろ
>>384 具体的にはどういうのがありますか?
もしよければ教えてください
>>408 ハングル板にいってみよう。
王朝終焉より後は、あっちの板の受け持ちだ。
413 :
世界@名無史さん :2010/11/23(火) 17:18:40 0
414 :
世界@名無史さん :2010/11/23(火) 18:42:30 0
恥ずかしながらピノチェトを知らなかった。だがひとつだけ気づいたことがある。 それはなぜか西川欧米諸国に平伏したダメ国家は後に「奇跡の〜」という 経済成長を遂げていること。それとピノチェトがなぜか原敬に顔がそっくりなこと。 つうか俺達って本当に「真実」をわかってるのだろうか・・
415 :
世界@名無史さん :2010/11/23(火) 18:50:15 0
ヨーロッパ最大の民族って何になるの? スラブ?ゲルマン?アングロサクソン?
416 :
世界@名無史さん :2010/11/23(火) 18:55:20 0
スラブ
417 :
世界@名無史さん :2010/11/23(火) 18:57:54 0
>>414 俺も「親米独裁者」以上は知らなかった。
南米ってこれから重要になる地域なのに、研究してる人(日本人)少ないよね。
wikiみる限り、独裁はやったけど、経済は成長したために、国民の間では支持派が一定数いるらしい。
独裁をやったので恨まれてるけど、経済成長させたので同時に感謝されている。
パクチョンヒや蒋介石(&蒋経国)みたいな感じかな?
今でも上記二人のコアな支持層は一定数いるし。
418 :
世界@名無史さん :2010/11/23(火) 19:07:23 0
>>417 そういや蒋介石や蒋経国って反対派を虐殺してたの?
二二八事件は有名だけど
蒋経国って独裁者ってイメージがほとんどないけど
あと朴正熙なんかもおおよそどれだけの人物が犠牲になったとかって分かってるの?
開発独裁でいうとマルコス、スハルト、リー・クアン・ユー、サリット、マハティール
なんかが有名だけど
一応、言語上はスラヴ系が一番多い。 もっとも、ゲルマンやスラヴやケルトやラテンなどは、 言語や文化の近い「民族集団の総称」であって、単一の民族や国民ではない。 なにをもって「民族」(nationとかethnos)とするかにもよるが。
420 :
世界@名無史さん :2010/11/23(火) 19:12:48 0
ペルーのフジモリ大統領も 評価する人はきっと多いが 独裁者、思想弾圧者と言う人もいる。
421 :
◆EAbyJft1LY :2010/11/23(火) 19:13:53 0
>>418 南米の独裁者は必ずしも国民から嫌われてるとは限らないからね。
アルゼンチンのペロンみたいに今でも国民の間で、
結構な支持率を集めてる独裁者はたくさんいるよ。
チャベスは独裁者になりそこねたね。 大統領を辞めても首相になるプーチンみたいな技を使う余地はある。
うるせーんだよ混血児
南米の政情が落ち着かないのって何でだろうね? 独裁や内戦や政変がやたら多くて、国の発展の足を引っ張ってるような気がする。 立地条件には恵まれてるのに、人災のせいで第二のヨーロッパになり損ねたって感じ。
425 :
世界@名無史さん :2010/11/23(火) 19:34:52 0
>>418 >蒋経国
独裁者です。
大規模な虐殺や弾圧はしていませんが、戒厳令を引き、国民党一党独裁を行っていました。
↑現代の視点から見ると論外な政策
ですが一方で、「十大建設」などの現代台湾発展の基礎となる経済発展事業を行ったことから、
台湾歴代総統の中では一番人気があります。
(二位は李登輝です)
朴正熙さんも独裁者です。
426 :
世界@名無史さん :2010/11/23(火) 19:37:21 0
>>424 「何で日本は戦国時代なんて無益な事してたの?」
っていうくらい愚問だな。
だが、この愚問を解けたら神になれるwww
427 :
世界@名無史さん :2010/11/23(火) 19:39:38 0
南米は今、ちょうど十字軍みたいな感じだから。
なにそれ。単に、貧富の差が原因と違うんかい。
429 :
世界@名無史さん :2010/11/23(火) 19:43:05 0
貧富の差はどうしてうまれたの?
430 :
世界@名無史さん :2010/11/23(火) 19:44:43 0
>>429 狩猟生活をやめて、農業をはじめたから。
431 :
世界@名無史さん :2010/11/23(火) 19:45:39 0
じゃあ、南米はまだまだだな。
432 :
世界@名無史さん :2010/11/23(火) 19:50:14 0
科学技術が進歩した未来世界は 民主主義ではなく 圧倒的独裁者が支配する。 昔、とある哲学者がそんな予言をしましたな
こんな質問スレやだ。ハッとする良い質問が飛び交うスレッドであってほしい。 高校生質問スレ池。
434 :
世界@名無史さん :2010/11/23(火) 19:57:20 0
>>433 じゃあ、質問だ。
歴史を学ぶことはどういうことなのか、どういう意味があるのか。
簡単な質問だけど 答えるほうのセンスが問われるぞ。
答えてみろ
435 :
世界@名無史さん :2010/11/23(火) 20:04:09 0
解答方法何だが 例えば、サルディーニャの「ヴィットーリオ•エマヌエーレ2世」って人いるじゃん それを解答するときに、かっこつけて「ヴィットーリオ•エマヌエーレ•マリーア•アルベルト•エウジェーニオ•フェルディナンド•トンマーゾ」って答えたいんだ(厨二病スマソ) そのときって「ヴィットーリオ•エマヌエーレ•マリーア•アルベルト•エウジェーニオ•フェルディナンド•トンマーゾ」の後に二世ってつける必要ある?
436 :
世界@名無史さん :2010/11/23(火) 20:05:31 0
どうせならイタリア語で書いたらいいとおも
イタリア語で書くにしても二世いれるか、入れないかは関係ないよ〜
438 :
世界@名無史さん :2010/11/23(火) 20:11:01 0
二世をイタリア語で書けば?といってるんだ。ばかも〜ん!
439 :
世界@名無史さん :2010/11/23(火) 20:17:04 0
んじゃ答えるときは 解答方法何だが ヴィットーリオ•エマヌエーレ•マリーア•アルベルト•エウジェーニオ•フェルディナンド•トンマーゾ二世って答えるんだ
440 :
世界@名無史さん :2010/11/23(火) 20:18:17 0
カブールがもう少し長生きしてたら、ビスマルクのいたドイツのように、 イタリアが欧州大陸の外交の中心的存在になってたのかな? 当時のロシアやフランスの政府はグダグダだし。
442 :
世界@名無史さん :2010/11/23(火) 21:04:25 0
それこそビスマルクとカブール。。
443 :
世界@名無史さん :2010/11/23(火) 21:13:50 0
>>441 外国力の基盤=軍事力
軍事力は工業力(経済力)から発生する。
第一次世界大戦勃発当時ドイツは世界最大の工業国だった。
イタリアに一流の指導者がいても、経済力の無さは挽回できなかったと思う。
ビスマルクの背後にはプロイセンの軍事力とドイツの工業力があった。
>>443 疑問なのは領邦国家の集合体だったドイツが、
あんなに簡単に工業化できた事なんだが、
ドイツにできるならイタリアも工業大国になれててもおかしくなかったんじゃないか?
445 :
◆EAbyJft1LY :2010/11/23(火) 21:41:36 0
>>424 ラテンアメリカ諸国は独立当初から既に自由党と保守党の対立が激しかったね。
これは独立後の国家体制の骨組みがまだはっきりと決まる前に、
勢いでスペインから一斉に独立してしまったからというのもあるね。
そうは言っても19世紀半ば頃にはそういった対立も落ち着いてきて、
多くの国で多元主義に基づいた議会政治が行われるようになったんだ。
この頃のラテンアメリカの政治体制は同時代のヨーロッパ諸国とさして変わりはなかった。
ただ、経済に関しては工業化を遂げていたヨーロッパと違って、
資源の豊かなラテンアメリカでは一次産品の輸出だけでもやっていけたから、
議会政治のせいで支配層の政策方向が1つに定まりにくかったラテンアメリカ諸国は、
国が積極的に工業化の後押しをすることがなかったんだ。
・福田首相は中国講演で歴史認識について村山談話をかみくだいて語った。 ・だがそれは、日本人に向かって言ったのでも、日本人が聞いていたわけでもない。 ・こういう大事なことは、日本に向かってこそ語りかけるべきだ。
447 :
◆EAbyJft1LY :2010/11/23(火) 22:04:23 0
>>445 の続き。
しかし、20世紀になるとポピュリズムという考え方がラテンアメリカで流行ってくるんだ。
1次産品輸出の結果、ある程度豊かになったラテンアメリカ諸国は、
そのために都市が発展し中間階級や労働者階級の人が多くなった。
アルゼンチンなんかでは国がアメリカを真似てヨーロッパからの移民を、
積極的に呼び寄せたから、余計にそういう層が育ちやすかったね。
多元主義の議会政治じゃポピュリズムを実行できないと思った多くの人々は、
強力なリーダーシップに彩られた独裁者に国政を委ねようとする。
こうして出来たのがヴァルガスやペロンといったラテンアメリカの独裁者たちなんだ。
ラテンアメリカの独裁者はおおむねこういったポピュリズム的政治家が大半だった。
しかし、企業の国営化など国が積極的に経済に関与するポピュリズム政策は、
20世紀後半の自由経済・自由貿易が盛んになった世界には対応できなくなっていく。
それにメキシコ債務危機などの影響も加わって、
たちまちポピュリズム的独裁者たちは失脚していく。
議会政治もダメ、ポピュリズム的独裁もダメだったラテンアメリカでは、
キューバ革命に代表されるように社会主義体制に移行しようとするか
そういった社会主義を押さえ込もうとして軍事政権が誕生するかの2通りに分かれた。
ちなみに、上で話題になったチリのピノチェトは後者のパターンだよ。
軍事独裁政治はポピュリズム的独裁の名残みたいな面あったから、
次第に時代遅れとなり20世紀末から21世紀初頭にかけて民政移管された。
社会主義体制のほうもキューバ以外の国では冷戦の終了に伴い自然消滅した。
以上がラテンアメリカの政治が不安定で独裁が多かった主な理由かな?
ちなみに、メキシコの歴史だけは例外で、上に書いたラテンアメリカの歴史パターンに、
この国だけは当てはまらないんだけど、
それはこの国がスペイン植民地時代から特別な地域だったからだと思うよ。
メキシコなんかでもポルフィリオ・ディアスなんかはラテン系独裁者の典型では?
449 :
◆EAbyJft1LY :2010/11/23(火) 22:25:58 0
>>448 ディアスはラテンアメリカ史の研究家の間では歴史的位置付けが、
難しい厄介な独裁者なんだよねぇ。この時代、多くのラテンアメリカ諸国では、
多元主義的な議会政治が行われてたのにメキシコだけがディアスによる独裁だったから。
基本的にメキシコはラテンアメリカの中では歴史的に少し特殊な地域なんだよね。
450 :
世界@名無史さん :2010/11/23(火) 22:48:42 0
>>445 対してUSAはラテンアメリカ同様一次生産に依存する南部を南北戦争でぶっ潰したのであった。
452 :
◆EAbyJft1LY :2010/11/23(火) 23:01:35 0
>>450 この人すごいね。大いに参考に出来る勉強法だと思うよ。
>>406 というより、大雑把だから
皇帝(ハーン)欲しいよ分かりやすいの欲しいよ夢も欲しいよと国民が要求しまくって
律儀にそれに応えていった結果がアレなんだと思う。
軍ともけして仲良くなかったし、スターリン体制自体は実情の抑圧に反してかなりいい加減。
まあ、だからこそ30〜40年代の大戦期あの臨機応変の神技をできたのかもしれんが。
マクニールの「世界史」という本で歴史を勉強してみたいのですが、 世界史をほとんど忘れたor知らない状態で読んで身になるようなタイプの本ですか?
南米原住民の植物改良技術は神レベル。 南米でもともと改良されていた作物が全世界に広まった。
>>444 統一ドイツの基盤になったプロイセンの工業力、経済力があった。
それにドイツ人は真面目で勤勉、イタリア人はラテン系でヘタレ。
そのころのドイツといえば化学工業が突出水準じゃよ。
458 :
世界@名無史さん :2010/11/24(水) 01:33:11 0
>>456 おいおい、難しい問題を単純化するなよwww
プロイセンって言っても、地域によって違うぞ。
東プロイセンは人口希薄、工業力もない。
ルール工業地帯は超重要。
バイエルン王国も工業的には立ち遅れ。
確かに識字率の問題もあるが、どこまで影響しているのか実証できない。
最近イタリア政治哲学が楽しくて仕方ない 非主流国ゆえの面白さがたまらないね もちろんドイツ・フランクフルト学派は面白いけど
スペイン内戦に関する、反乱軍=悪 共和国政府=善という世間一般の イメージは正しいの?
南北戦争については、多くの人が北部=奴隷制反対=善玉 南部=奴隷制維持=悪玉 みたいなイメージ持ってるけど、実際はどうだったの?
善悪で裁いてもなぁ。
>>461 やはり、勝てば官軍的な所が大きいのでは?
北部が奴隷制に反対したのも、工業化が発達した北部が
大量の労働者を求めたが、それには奴隷制が邪魔だったという理由が
あったわけだし。
工業化が世界的に失敗する歴史だったら、北部が勝ったのは間違いだったみたいになるんじゃないかな
>>424 ピレネーから南はアフリカだから、第二のスペインや第二のポルトガルは、第二のアフリカではなかろうか?
467 :
◆EAbyJft1LY :2010/11/24(水) 18:17:17 0
>>461 そもそも歴史上の戦争において片方は善で片方は悪と考えるのはナンセンスだと思うけど。
468 :
世界@名無史さん :2010/11/24(水) 18:56:23 O
アフリカ>ヨーロッパなら、 「サハラ以北はヨーロッパ」
次
ド・ゴール率いる自由フランス軍は、フランスが戦勝国になって、 戦後、国際連合の常任理事国に入る国際的地位を獲得できるほど連合国の勝利に貢献したのでしょうか? 戦争序盤での負けっぷりや、あくまで英米の補助的役割しか果たせなかったことを思うと、 自由ポーランド軍と大して変わらない気がするのですが。
471 :
世界@名無史さん :2010/11/24(水) 21:17:43 0
ある漫画でポルトガル語とスペイン語は 東京弁と大阪弁の違いぐらいしかないので ほぼ通じるってあったけど これって事実でしょうか?
472 :
世界@名無史さん :2010/11/24(水) 21:46:19 0
事実です。
スペイン語は方言差が大きい言語だから アンダルシア、カタルーニャ、バレンシアなどの辞書がある。 地域(州)公用語になっている方言もあるから ポルトガル語もそんな「方言の一つ」感覚なのでは?
>>470 「ドゴールのフランスを加えよう」と主張したのはチャーチル。
ヴィシー政権は親ナチスで、仮にこれを「正統なフランス政府」として認めていたら、
フランスはドイツのごとく「敗戦国」として懲罰を受けて分割統治され、ことによると一部が共産圏に組み込まれたかもしれない。
そうなるとヨーロッパの危機で、対岸のイギリスも危ない。
そうでなくても大戦ですっかり衰退したイギリスとしては、米ソに対抗できる勢力を近場で味方につけておきたかったし、
パリに入ったドゴールは国民から熱狂的支持を受けていた。
一応かつては大英帝国を向こうにまわして世界中で戦った歴史もあり、華やかな文化もあり、
ヨーロッパの大国として国際秩序の一端を担っても、当時ではそうおかしくはない。
蒋介石の中華民国だって、焦土戦術で日本を苦しめたものの、戦果というほどの戦果はない。
多大な犠牲を払った米英ソの三大国だけで常任理事国になったっておかしかないのだが、
1943年のテヘラン会議でルーズベルトが「中国も加えよう」と言い出した。
米国としては、同じく日本と戦う「敵の敵」の指揮を高めることは必要だったし、
戦後のアジアで中国が親米になれば、ソ連の覇権を抑えることもできると考えていたようだ。すごく失敗したが。
宋の時代で官戸と形勢戸と士大夫の違いを教えてください
>>470 英米と対して変わらないし別にいいじゃん。
別にバトルオブブリテンで独軍の空軍が壊滅したわけでもなし、
せいぜいがイタリアを弱い者いじめしてただけ
(それも相手は自壊しただけで、決定的な制圧はできていない)、
結局独とまともに戦ってたのは一国だけだぜ。
まあ問題はその一国が嫌われていたことだな。
冷戦時代を迎えるにあたり、パワーバランスを考えて大国枠を振り分けたという感じか。 米英ソだけだと英の荷が重いし、米ソだけだとガチ対決でやばそうだし、 欧米だけで分けると文句がでそうだからアジアにも一応ひとつ、と。 でも米英仏中でソ連を抑えようと思ったら、中が共産化しちゃったからなぁ。
しかし、そういった米英の思惑によくソ連が乗っかったな。 単に、体力的に交渉の余地が無かったのか? それとも、ソ連に別の考え方があったのか? 結果的には、米英の目論見は甘かったわけだし。
481 :
世界@名無史さん :2010/11/24(水) 23:51:24 0
なんでアメリカ大統領は アイゼンハワーが延期なって以降フォードまで15年間も日本に来なかったの? 当時の日本だとベトナム戦争、沖縄、対中ソ、世界2位になった日本経済の砦など アメリカにとっても重要な位置にいたと思うが アイゼンハワーが来る意思があったんだから 遠すぎるとかは理由にはならないだろうし
日本って何でアルカイダに襲われないの? トルコ人とか結構在日してるしそんなに入国が厳しいわけでもないと 思うんだけど……。
483 :
世界@名無史さん :2010/11/25(木) 00:19:14 O
秦は中国大陸を征服した 征服王朝と解釈してもいいんですか?
484 :
世界@名無史さん :2010/11/25(木) 00:24:26 O
>>478 確かに、戦後位に東日本と西日本に分かれて、それ以後標準語も別々になってたら
かなり意思疎通大変だわな。
静岡民だが熊本行ったとき地元民同士の会話は聞き取れなかったな
ノルド諸語も通じるし、欧州はそこまで言語への拘りを感じないな。 意志疎通を優先させた感じ。 だから同化政策とかで失敗しまくってるんだろうけど……。
487 :
世界@名無史さん :2010/11/25(木) 00:32:59 0
そういう意味では たとえばスペイン語、フランス語、ドイツ語、イタリア語、イギリス語、オランダ語 は互いに何を喋ってるのか全く分からないぐらい違うの? それともちょっと単語や文法が違うだけで置き換えればすぐに分かる? 自分は言語についてはよくわからないが たとえば日本語と韓国語ぐらい差があるの?
リアル文章なら難しいが単語レベルなら あからさまに違うということはない。日本語と中国語くらいか?
>>487 日本語と韓国語ぐらい差があるというのは
ハンガリー語やフィン語とかサーミとかそのあたり。
スペインとイタリアではなんとなく分かるって。
491 :
世界@名無史さん :2010/11/25(木) 01:26:26 0
>>487 スペイン語、フランス語、イタリア語はインド・ヨーロッパ語族のラテン系
英語、ドイツ語、オランダ語はインド・ヨーロッパ語族のゲルマン系
これぐらい知っておいてね。
共通の語彙が多く文法も似ているので、
ラテン同士、ゲルマン同士は単語の置き換えはかなりできるが、
素のままで互いに理解するのはかなり難しい。
その中でも確かにスペインとイタリアは比較的わかりやすいほう。
日本語と中国語と韓国語は別系統の言語だから全く通じない。
似ている語彙があるとしたら、漢字による漢語の語彙が使われているから。
日本語と韓国語は文法はそっくりだと言われるが、共通する語彙がない。
あるとしたら漢語由来の言葉。
ハンガリー語とフィン語は同じフィン・ウゴル語族だから、
日本語と韓国語よりは近い。
日本語ははっきり同系統と認められる言葉がないので(あっても仮説レベル)、
同じ語族同士の感覚、というものががわかりにくいと思う。
493 :
世界@名無史さん :2010/11/25(木) 01:28:20 0
モスク視察体制等について 2010/10/29(金) 21:15:48| 未分類| トラックバック:0| コメント:0 平成20 年6月18 日 外事第三課・モスク 6月23 日以降のモスク視察体制等について 1 要警戒対象 現時点においてモスク班抽出の「要警戒対象」の選定はなし。 2 モスク視察体制 @ モスク班体制 係長以下43名 A 視察実施モスク(7モスク) ・AI学院 ・東京ジャーミイ ・大塚モスク ・新大久保モスク ・マッキー・マスジド東京 ・八王子モスク ・浅草モスク B 視察体制 ・23 日からサミット本番前までは、基本的に各モスクとも午前8時30 分から日没 後の礼拝が終了する午後7時30 分を目処に拠点員、行確員を配置し、モスク動向 の把握、モスクへの新規出入者及び不審者の発見把握に努める。 ・サミット本番時は、配置時間を前倒しするとともに視察解除はサミット行事関係 を考慮して別命としたい。 ・日々の情勢に柔軟に対応することとしたい。
494 :
世界@名無史さん :2010/11/25(木) 01:29:06 0
次に、ムスリム第2世代の把握についてですが、 ムスリムの過激化動向をいち早く察知するためにも、ムスリム第2世代の把握 に特に力を入れていただきたい。第2世代ムスリムは、帰化している可能性もあ るほか、日本人を親に持つムスリムの子供は日本国籍を有し、外国人登録をして いない場合が多く、入管統計に表れないと思われます。また、就学状況の統計資 料はなく、ムスリムの中には自らの子弟に出身国やイスラム諸国で就学させる者 もいるため、現時点で日本に在住しているとは限らないなど、在留統計には表れ ない部分の把握が一層重要となってきます。欧米諸国においてテロを実行あるい は企図した、いわゆるホームグローンテロリスト対策に向けても、ムスリム第2 世代の把握は不可欠であります。 特に第2世代の内、15歳以上のムスリムについては就職適齢年齢であり、ホー ムグローンテロリストの脅威になりうる存在でありますので、早期に把握してい ただきたい。 OIC諸国外国人登録者数のうち、未成年者の数は毎年500人のペースで増加 しており、単純計算で、2011年には、未成年の在日ムスリム世代が1万人に達し ます。
495 :
世界@名無史さん :2010/11/25(木) 01:30:23 0
※パルトーク事案の紹介 この事案は情報線からの通報により、インターネットの「パルトーク」を通じ て、ジハードを煽動する在日パキスタン人を把握し、事件化を通じてサミット期 間中のテロの脅威を一時的に排除するとともに、実態解明を試みたものでありま す。 対象は40歳のパキスタン人男性で永住資格を持つ本邦滞在期間20年の者です。 - 6 - 対象者特定の経緯は情報線を当該チャットルームに参加させ、半年以上の期間 をかけて対象者と信頼関係を構築の上、対象者の自宅や携帯電話番号等を把握し、 特定しました。対象者の居住地確認の結果、同所がパキスタン人の集団居住場所 と判明、継続捜査の結果、不法残留者の居住を確認し、「犯人蔵匿」容疑で強制 捜査に着手、通信記録、パソコン等を押収しました。
496 :
世界@名無史さん :2010/11/25(木) 01:31:26 0
提報者作業の推進要領について 2010/10/29(金) 19:23:37| 未分類| トラックバック:0| コメント:0 提報者作業の推進要領について 1 目的 イスラム・コミュニティーが我が国に着実に根を下ろしつつある中、我が国に潜伏 していたリオネル・デュモンのような人物の発見につながる不審情報を、各イスラム ・コミュニティーの内部情報やイスラムの知識を有する者を通じて、断片的にでも幅 広く入手することができる情報体制を確立することを目的とする。 2 提報者の位置付け(基準) 提報者は、イスラム・コミュニティー内の不審動向等の情報を我が方にもたらす「セ ンサー」のようなものとして位置付け、協力者や作業対象者よりも緩い基準で認定す る。
497 :
世界@名無史さん :2010/11/25(木) 01:32:06 0
日本における国産テロリストの脅威について(流出情報) 2010/10/29(金) 18:08:36| 未分類| トラックバック:0| コメント:0 日本における国産テロリストの脅威について 最近の各国のテロの傾向を見ると、イスラム過激派等のテロ組織に属さない普通のムスリムが、インターネット等によりアル・カ ーイダなどの過激思想に触発され、自ら過激化して、居住している国内でテロを起こす所謂「国産テロリスト(ホーム・グローン・テ ロリスト)」による犯行が顕著になっており、取り締まる側にとって、計画を事前に察知することがますます難しくなってきている。 日本でも同様の傾向が存する可能性があると見られていたところ、当庁でも、北海道洞爺湖サミットの直前に、インターネット上の チャットルームを利用して、ジハード(聖戦)を煽動するパキスタン人や、ヒズボラ支援者であることを標榜し、オルグ活動をするレ バノン人の存在を認知し、それぞれ事件化により容疑を確認し、サミット開催中の脅威を排除した事案があった。
498 :
世界@名無史さん :2010/11/25(木) 01:32:57 0
複数回にわたり ○ ジハードする人達は私の友達である ○ ジハードする人たちは適切なことをやっている ○ もうジハードの時期は来ている 等とジハード主義を自認・称揚する言動を行っている者がいるとの情報を入手した。当該人物を特定すべく、提報者から同人に対 し巧みにアプローチをかけさせ、携帯電話番号を交換させることに成功し、人物特定に至った。関係者からの聴取の結果、対象者は、 ○ アメリカが嫌いだ。イラクから早く出て行くべきだ ○ パキスタン人は日本社会で差別されている。他国の外国人は仕事に就くことができるのにパキスタン人というだけで、面接に行 っても断られることがよくある
>>482 アメリカほど中東地域に影響力がないから。
ユダヤ人があまりいなくて特にイスラエル優遇もしていないから。
日本人でもイスラムの敵だと認定されたら殺されます。
500 :
世界@名無史さん :2010/11/25(木) 01:33:42 0
○ 住居であるゲストハウス内に「ヒズボラ日本支部」を設け、自分が日本におけるヒズボラの代表になるつもりでいた ○ 池袋界隈におけるアラブ・イスラム系の外国人の蝟集場所においてオルグ活動を行ったが、アラブ系の仲間から「公共の場所でヒ ズボラの話をするとテロリストとして逮捕される」などと忠告されたため、それ以降は自室において、パルトーク等を用いて多数人に ヒズボラ組織化の賛同を求めた ○ そのほか、居住地近隣のアラブ系の者を自室に招致して、ヒズボラの広報ビデオや戦闘シーンを録画したビデオ等を鑑賞させてオ ルグ活動を行っていた等の供述を得て、同人がヒズボラの賛同者募集・オルグ活動を積極的に行っていた実態を解明した。 対象者宅のメッカ方向の壁には、額縁に納められたヒズボラ最高指導者「ナスラッラー師」の肖像画が掲げられ、押収品であるパソ コン、DVD等の中にはヒズボラに関する多数の資料が保存されていた。また、携帯電話のディスプレーにも「ナスラッラー師」の画 像を貼り付け、パソコンや携帯のメール・アドレスには「ヒズボラ」「ナスラッラー」の名称を使用していた。
>>475 官戸…官僚を出した家。
形勢戸…新興地主の家。唐までの貴族に変わって登場。
士大夫…地主・官僚・知識人を兼ねるスーパーマン。
三つとも同じ奴らのことで、視点を変えて表している。
>>480 長いけど読みやすくていい本だよ。
図録を備えて置くといいかも
502 :
◆EAbyJft1LY :2010/11/25(木) 02:25:34 0
>>499 確かに、今の日本が取り立ててアルカイダ辺りから
敵視されるような行為を行ってないからね。
イスラム圏の大抵の国にとって日本に対する関心はさほど高くないだろうし。
>>463 なんで工場で働かせる単純労働者として奴隷を輸入しなかったの?
>>482 ひとつには、中東イスラム諸国からの日本のイメージが、比較的悪くないから
やはり、彼らイスラム教徒にとってのメインの敵はイスラエルのユダヤ教徒と、それを支援する欧米の
キリスト教徒
日本は、非キリスト教の国という点で、比較的(あくまで、比較的、だ)、親近感をもたれている
歴史的にも、日本は日露戦争でロシアを破った歴史があるため、ロシアと敵国であったトルコなんかは
それ以後、今に至るまで親日国だ
それ以外の中東イスラム諸国も、だいたい英国に怨みがあるので、第二次大戦で英国と敵対した日本
へは割と好印象
戦後は戦後で、日本連合赤軍がイスラエルの空港などで大暴れ、言うまでもなくこれまたイスラム原理
主義者には、心強い味方だった
もちろん、それはあくまでイメージの話で、今の日本がアメリカの子分みたいなものだってことはもちろん
みんな、わかってるはずだ
それでも、テロをするなら、まずはイメージの悪い国からと思うのが人情ってもんじゃないか?
>>364 でもよ、自らScots、住んでるところの地域名はScot;landだと言うのは、アングロ系の住民だぜ。
ケルト系の連中は、自分らの人間の種類はゲールで、場所はアラバだったりアラバスタだったり。
>>503 都市住民の白人労働者で十分だったのだから、わざわざ輸入する必要などない
507 :
◆EAbyJft1LY :2010/11/25(木) 02:46:27 0
>>503 奴隷っていうのは生産者には成り得ても消費者には成り得ないからね。
ただ綿を輸出すればいいだけの南部の農業経済と違って、
産業革命の下で既に工業化が進んでいた北部の経済は、
自国内にそれなりに消費能力のある人がいないと成り立たなかったんだ。
そういう事を考えた場合、生産者にしか成り得ない奴隷を使うよりは、
消費者として経済を活性化させる能力もある程度見込める、
自由労働者を雇ったほうが経済的にはプラスだからだと思うよ。
>>506 じゃあ南部の黒人奴隷を解放しろ、という動機が
“工業化が発達した北部が大量の労働者を求めた”
と矛盾するでよ?
509 :
◆EAbyJft1LY :2010/11/25(木) 05:56:24 0
>>508 だから、奴隷を解放して彼らを自由労働者として雇ったほうが、
消費者にも成り得る分、経済的効果が大きいからじゃないの?
510 :
世界@名無史さん :2010/11/25(木) 06:10:51 O
社会契約説と社会契約論って一緒ですか? アメリカ独立宣言とフランス人権宣言にでてきますが、アメリカが「説」でフランスが「論」になっているのですがとくに区別はないのでしょうか
>>510 論は論文、説は学説。
社会契約論は社会契約についての「論文」のこと。ルソーが書いた。つまり本だ。
社会契約説は社会契約についての「学説」のこと。つまり思想だ。
ルソーだけでなくホッブズやロックも有名な思想家。
独立宣言にはロックの、人権宣言にはルソーの思想が影響している、と比較されることがある。
これが元で「アメリカが説でフランスが論だ」と変な書き込みになっているが、どちらも社会契約説の影響を受けている。
んで、ルソーの本が社会契約論という名前。
解放された黒人奴隷は北部の工場で働けたの?
南部にも工場ができたので、そちらで雇用された。
>>481 首脳会談は度々行っていたよ。アメリカで。
当然当時からアメリカも日本を重要視していたよ。ただ会談はこっちでね^^、と。
ところが、ニクソン政権下に日米関係が動揺したのを受けて、フォードは大統領就任以前から訪日を決意。
フォードは、実質的というよりは儀礼的な訪日だった、と回顧している。
その後は全大統領が訪日するようになったが、
今でも、首相の渡米回数>>大統領の訪日回数である。
細かい回数は忘れた。すまん
>>512 多数南部で働いた。
劣悪待遇の工場労働以外には、小作人・農業労働・林業・タバコ業など。
パナマ運河ってガツン湖の水を使ってますが、その水は何度も再利用してるんでしょうか? 海水と淡水が混ざってきますよね?
板ちGUY
518 :
世界@名無史さん :2010/11/25(木) 18:54:50 0
>>512 北軍が南部産業を破壊したので、黒人の働き口はむしろ減った。
北軍の破壊による南部の経済的停滞は100年近く続いたが、
サンベルトの成立などで今では世界有数の産業地帯になっている。
黒人さんがまともに相手にされるようになったのは公民権運動以来だし。
519 :
世界@名無史さん :2010/11/25(木) 19:00:09 0
>>512 北軍が南部の産業を破壊したので、
結局南部白人ばかりでなく元奴隷も被害を受けた。
解放も名ばかりで、差別が横行していた。
「合衆国」を統一した戦争と結論づけることもできるが、
ただ南部を破壊しただけの戦争とも言える。
520 :
世界@名無史さん :2010/11/25(木) 19:02:28 0
>海水と淡水が混ざってきますよね? えーーーっ?
独立した国の政府高官や軍高官ってどういう人がなるの? 独立運動組織の幹部?旧植民地時代の現地人官僚?
522 :
世界@名無史さん :2010/11/25(木) 19:07:47 0
国毎に様々 一把ひと絡げに説明するのは不可能
523 :
◆EAbyJft1LY :2010/11/25(木) 19:09:01 0
>>521 そんなもの独立までの経緯やその国の社会的要因などによって千差万別だよ。
524 :
世界@名無史さん :2010/11/25(木) 19:32:00 0
>>523 んじゃ、この三つのそれぞれについて。
1.第一次世界大戦後、民族自決の法則に基づいて独立した中欧・東欧諸国。
2.第二次世界大戦後、独立したアジアやインドなどの旧植民地諸国。
3.1960年代、70年代に独立したアフリカの旧植民地諸国。
>>516 だいたい、設問がおかしい
運河の水が海水と淡水交じったからって、何の問題があるんだ?
自然の河川だって、河口付近では淡水と海水が交じるのは当たり前の話だろ
527 :
世界@名無史さん :2010/11/25(木) 20:15:15 0
>>526 ガツン湖の水位が運河のなかで一番高いんだよ。。しかも降水量すごい。あのあたり。
閘門でせきとめつつ船を通すが湖から淡水が流れ出てゆく一方であって海水ががつん湖にはいりこむことなんぞ物理的にありえねぇ。。
>>516 は馬鹿なのさ。
528 :
世界@名無史さん :2010/11/25(木) 21:03:53 0
>>252 一般に「国父」、「ナショナル・ファーザー」と呼ばれる人です。
「ムガベ大統領 すき焼き」で検索してみてください。
529 :
世界@名無史さん :2010/11/25(木) 21:05:41 0
京大の西洋なんたら…って宣伝スレ、 [なっちゃん]とかいう真正ゲイのだって今日初めて知った。
>>527 水位のこと完全に忘れていました。よくわかりました。
531 :
◆EAbyJft1LY :2010/11/25(木) 22:17:07 0
>>525 この分け方でもまだ不十分だと思うけどとりあえず答えると、
まず1.だけどこれらの国は前から独立しようという動きはあったものの、
積極的な独立運動はあまり展開されなかった地域がほとんどだから、
大抵は独立前からいた現地人の官僚や軍人がそのまま支配層になったね。
次に2.だけどこれも大抵は植民地時代からの官僚や軍人がほとんどだよ。
ただ、国によっては独立戦争の時の組織がそのまま支配層になることもあったね。
そもそも独立運動組織自体が植民地時代からエリートだった人たちによって、
大体が成り立っていたグループだからそこまで変わりがある訳ではないけど。
それでも、旧支配層の内で独立戦争の時に協力しなかった勢力は追い出された。
最後に3.だけど、これも基本的には2.と同じだね。
でも、独立戦争などで積極的な独立運動を展開した2.と違って、
1.と同じように時代の成り行きで独立した国が結構多いので、
2.に比べて余計に植民地時代と大して支配構成が変わらない場合が多いね。
>>504 ありがとう。
欧州の敵からそう思われてるってことは、
欧州自身にはそれ以上にそう考えられているんだろうな。
立場的にはあまりよろしくないのか。
533 :
世界@名無史さん :2010/11/25(木) 23:58:26 0
溥儀が袁世凱一派に処刑されなかった理由は? 辛亥革命以降はただの邪魔ものだろ 操り人形でもなかったし
禅譲されたのだから、「劉禅のようにお暮らしください」なのだ。
>>533 清を支持する勢力が未だ強大で、袁世凱の軍の中や地方の軍閥の中にもいたから、
溥儀を殺したらえらいことになる。また、革命後、退位した皇帝を殺すってのは、
近代世紀ではかなりの蛮行。やった方が政治的に大きな痛手を負うのは、
ロシア革命が証明している。
536 :
世界@名無史さん :2010/11/26(金) 00:25:36 0
ロシア、イラク、エチオピアぐらいか
537 :
世界@名無史さん :2010/11/26(金) 01:29:56 0
来年は主体百年ですが、何かイベントはありますか? 民国百年は台湾では正式にはどう表記しますか? 民國一百年ですか? 硬貨にはどのように刻印されますか? もし天皇陛下が百年以上在位されたら、どう表記されますか? 平成百年、平成百一年とかになるんですか?
世界三大提督の一人に数えられる東郷平八郎について教えてください。 自分は、バルチック艦隊が「奇跡の航海」でかなり弱っていたこと、丁字戦法は難しいものの 古くから有る戦法だし、秋山真之の具申であることから、東郷が世界三大提督というのは過大評価ではないか。 むしろ日本海海戦だけでは世界史的に見て「有能な提督の枠に入る」程度の証明にしかならないと思うのですが、どうでしょうか。
>>538 丁字戦法を完成する為には揺れる船からの砲撃の精度が問題になる。東郷は訓練に訓練を重ねて
砲撃の精度を高める事によって、丁字戦法を完遂しバルチック艦隊を撃滅する事に成功した。
つまり机上の空論を実現したのが功績、とヒストリアではやってたな。実際の所は知らんけど。
どんな優れた作戦でもそれを実際に指揮して成功に導くリーダーが居ないと絵に書いた餅で終わる。
>>538 残念ながら、彼の後半生(特に最晩年)はまさに老害以外の何ものでもなくなってしまった。
昭和に入る頃から海軍ではいわゆる統帥権干犯問題が持ち上がってくる。要するに軍隊というものは憲法上、天皇直属
だから内閣の統制は受けない、オレたちは天皇からじきじきの統率を受けるのだ、という訳だ。
これで軍は内閣をぶっつぶしたり、外地で勝手ないざこざを起こしたりする言い訳を作ってしまったのである。
不幸なことに東郷平八郎がこうした連中のみこしに乗ってしまった。
東郷は日露戦争後は神様扱いになっていた。直接の権限はなかったにせよ、彼の言うことは海軍内では誰も反対できない
雰囲気になってしまった。そして海軍内の艦隊派(要するに統帥権を振りかざして軍拡を叫んだ人たち)が彼の声望を
利用した。東郷を自分達の方に取り込んでしまえ、自分達の意見を東郷に言わしめるのだ、そうすれば誰も反対できない。
不思議なことには東郷は彼らにいとも簡単に乗せられてしまった。50代まではあれほど冷静な判断力や分析力が
あった人がこれほど簡単に艦隊派に取り込まれてしまったのはまったく意外なことである。
そして神輿に乗せられた東郷は声高に艦隊派の意見を口にするようになった。
彼が言えば誰も止めようがない。東郷が「カラスは白い」と言えば海軍部内ではカラスは白い鳥でなくてはならなかったのである。
その後の日本の歴史は周知の如くである。そして太平洋戦争後は艦隊派の評価はガタ落ち、反対の意見であった理性的な
条約派が正しかったことを歴史が証明した。もし東郷が耄碌せず、艦隊派に乗せられなかったなら、あるいは少なくとも沈黙
を守っていれば、日本の歴史も変わっていたかもしれない。
東郷は後半生をこのようにしてその評価をガタ落ちさせたのである。今でも進歩的知識人などの左翼は東郷の後半生だけ取
上げて、彼の功を無視してその罪ばかりを攻撃しているが、彼の後半生のみをとればそれはやむを得ないことなのである。
また東郷は錬度を上げることに熱心で聯合艦隊解散の辞に「百発百中の一砲能(よ)く百発一中の敵砲百門に対抗し得る」という言葉を残している
これに対して,後に井上成美が次のように批判しています。
百発百中の砲一門と百発一中の砲百門が撃ち合ったら,相手には百発一中の砲九十九門が残る.
>>538 実は、世界史上重要な海戦というのは、まだ大砲のなかった古代のものや、すでに航空戦力が主力となって
いた第二次大戦のものをのぞくと、意外に、そんなに多くはない
砲撃戦が主体の時代には、意外に小競り合い程度の海戦が多く、重大な決戦的な海戦は少なかった
そのあまり多くない海戦の中で特にインパクトのあったものが、ナポレオンの野望を打ち砕いたトラファルガー
だったり、東洋の新興国が大国ロシアを破った日本海海戦だったりするわけで(もし他に挙げるとしたら
レパント海戦、アルマダ海戦、日清戦争の黄海海戦、第一次大戦のユトランド海戦ぐらいか)、提督としての
能力よりもその歴史的海戦の勝者側の指揮官ということで世界三大に数えられているのだと思う
なお、あとの1人のジョーンズについては、著名な海戦があるわけではないが、海軍による通称破壊戦略や
英国襲撃でアメリカ独立に寄与した点でインパクトがあるのかと
白村江の戦いはどうですか?
>>509 高い賃金払っては、工業で儲からないだろ。
大体、売りつける相手が買う原資が払った賃金では、ただの蛸足的な食い合いだろうに。
>>543 実際にヘンリー・フォードが実践した。
彼は、当時の相場の2倍近い賃金を支払った。
一つには良質の従業員確保もあったが、社員が自社の車を
買えるようにする目的もあった。
546 :
世界@名無史さん :2010/11/26(金) 13:40:05 0
月100万の収入があって、月30万使う奴と、 月30万の収入があって、月30万使う奴は同じレベル。 月一億収入があって、月30万しか使わない香具師はお荷物。 健全な中間層がいないと困る罠・・・
というわけでもない。 インフラ整備や社会事業のために運用してくれれば お荷物というわけではない。 ビル&メリンダ・ゲイツ財団のように慈善事業で デジタル・デバイドを無くす活動をやっている法人もある。
548 :
世界@名無史さん :2010/11/26(金) 14:15:27 0
自分的には月100万収入で10万支出が理想かな。 もっと支出を削りたいくらいだが。
タンス預金していたらお荷物w
550 :
世界@名無史さん :2010/11/26(金) 14:27:41 0
>>547 >>月一億収入があって、月30万しか使わない香具師はお荷物。
>月30万しか使わない
↑ポイント
5000万寄付、3000万投資とかならおk
豚に真珠と一緒で、資金運用の仕方がわからん香具師に
いきなり1億あげても、使いあぐねるだけ。
あっ、銀行に預ければいいか。
>>539 確かにリーダーの資質がないとあれだけの結果は残せませんよね。
もちろん東郷さんはリーダーの資質が有ったと思います。
>>540 ググって知ったのですが、後年は色々と弊害が多かったようですね。山本五十六も嫌っていたとか。
速攻で教えて頂いてありがとうございます。
>>541 バルチック艦隊が、逃げ足の遅い旧式戦艦と組み合わせ。新式艦はシステム異常。
整備出来ずに船底には貝や藻がビッシリで速度出ない。
英の嫌がらせで補給ロクに出来ない。熱病で死者多数。反乱寸前。他にも色々。って状態で
>2007年に発見された31通に及ぶ家族への手紙から、
>戦場に向かう航海中に既に自軍の状況を的確に把握していたこと、
>勝ち目の無い戦いであることを予測していたことが判っている。
(ジノヴィー・ロジェストヴェンスキー バルチック艦隊司令長官 wiki)
では、東郷提督相手じゃなくとも、バルチック艦隊が敗北のうえ逃げられずに壊滅するのは戦う前から決まっていた
と思うのですが
なるほど、砲撃戦時代は艦隊決戦が数少ない上、能力がどうこうではなく、小国が大国を破った
「インパクトの有る戦いの責任者」という観点から見ると世界三大提督入りも納得出来るものがあります。
凄い参考になりました。ありがとうございました。
553 :
世界@名無史さん :2010/11/26(金) 16:18:40 0
「丁字戦法」を「てぃーじせんぽう」と言う人が多いが、正しくは「ちょうじせんぽう(ちやうじせんぽふ)」
554 :
世界@名無史さん :2010/11/26(金) 18:51:58 0
相続税回避にそなえてタンス預金にしてる人って多いんじゃない? 把握されにくい金貨とか換金性の高い動産類にしてるとか。 政府を信用してないのか、守銭奴なのか…。
>>552 議論を全部ひっくり返しちゃうような発言になるが、世界三大提督っつーのは日本人が思う世界三大提督なんだ。
しかも、実際に権威ある学者が発表したとか実際にアンケートを採ったとかじゃなくて、誰が言い出したかわからない適当な俗論が(日本国内のみで)人口に膾炙したにすぎない。
すると、東郷はわが国の国民的英雄なので自然と入るわね。根拠は上で書かれたことや「東洋のネルソン」と言われたことくらいか。
これだけじゃなく世界三大○○ってのはほとんど適当なもの、あるいは旅行会社が言い出したもので、まぁ雑学披露の種にでもなればいいし、
気に入らない三大○○があれば反論しちゃえばいい。
だから今日から世界三大美人はクレオパトラ・楊貴妃・それと俺の彼女だ。
そもそも三大に拘らなくてもいいかもな。
ちなみに、日本でしか言ってないので、世界三大が外国で通用するってのはほぼ嘘ね。
(ネルソン・ジョーンズ・東郷が知られていないわけではない。これらをセットにする考え方が共有されていない)
金本位制を各国が採用しなくなった背景を教えてください。
557 :
世界@名無史さん :2010/11/26(金) 19:53:32 0
前にもでてたぞ。その質問。。 もうあきた。
558 :
世界@名無史さん :2010/11/26(金) 20:03:21 0
丁字戦法ってなんすか? 本格的なカレーの作り方とかですか?
>>555 東郷は世界の近代海戦史には必須だし、民間のビール会社が
世界の提督シリーズで出す位の知名度はありブリタニカにも載ってるが、
楊貴妃はな。中国の文学史でこそ有名だが、東アジア除けば
美人の代名詞にならんだろう。欧米だけじゃなく中東でも。
中国学者や文学専攻なら知ってるだろうが。
一応、欧米で言う世界三大美女は、ヘレネ、クレオパトラ、楊貴妃のはずだが
561 :
世界@名無史さん :2010/11/26(金) 20:31:46 0
小野小町っすよ。
美女なんて傾国だらけでロクなもんじゃねえ
563 :
世界@名無史さん :2010/11/26(金) 20:35:01 0
日本の傾国美女と言えばまちがいなく松田聖子やな
>>555 >議論を全部ひっくり返しちゃうような
それくらいの破壊力が有りました・・・。
そうだったんですか。世界のってなってるから世界中の人が言ってるのかと思いました。
(自分の中で)それが結論になりました。このスレにお聞きして良かったです。先生の皆様ありがとうございました。
新大陸からの銀の大量流入で、ヨーロッパで銀の価値が暴落して価格革命が起きたけど、 その銀を中東やアジアとの交易に使って、安く輸入しまくって儲けるってことはできなかったのかな? 中東やアジアでも銀が基軸通貨でしょ?
566 :
世界@名無史さん :2010/11/26(金) 21:24:32 0
>>560-561 明治時代
高名な文化人「世界三大美人といふのを知つておるか」
その知人 「存じあげませぬ」
文化人 「それはな、クレヲパトラ、楊貴妃、それから」
知人 「はい、それから?」
文化人 「小野小町ぢゃ。わっはっは」
知人 「をを、なんと! 我が小野小町が世界三大美人の一角を占めるのでありますか!」
文化人 「・・ん、ん、んーん、まあ、さうだ・・・」
知人 「これはこれは。おほい、みんな、すごい話があるぞ・・・」
文化人 「ああ、行つちやつた。今更三段落ちだなんて言へないしなあ・・・」
>>475 やや遅レス。
もちろん
>>501 であってるのだけど,より詳しく言えば
形勢戸…北宋頃に誕生した新興地主の家。清末まで存在。周辺農家を佃戸として支配した。
ただし,佃戸の形態は中世の封建的な農奴から,近代的な小作人まで地方や時代によってかなり異なり,
これらを全部くくって「形勢戸」と「佃戸」の関係と言い切ってしまうのは問題があるのではないか,
というのが最近の流れ。(これに付随して,北宋〜元は中世か近世かという時代区分に関する議論がある)
官戸…官僚を出した家。実態としてはそのほとんどが形勢戸とだぶる。
なぜなら科挙という制度は一見して平等だが実際には勉学に金がかかるため,
学費に耐えられる形勢戸の子弟がよく合格した。官戸になると税制上大きく優遇されるため,さらに富む。
結果として形勢戸の世襲を助長した。
一方,いかに勉学を重ねようとも子弟の側に才能が無ければ科挙に受からず,
数代続いて官戸になれなかった結果没落した形勢戸も多く,
北宋以後の中国で豪族や貴族が生まれにくかった大きな原因の一つ。
士大夫…形勢戸・官戸出身の知識人層。多くは科挙に合格し高級官僚として働いた。
一方,科挙に落ちたり官界に嫌気がさしたりして,あえて在野に残り,能書家や作家,画家として活動した者も多く,
北宋以後,明清期に至るまでの中国文化の担い手でもあった。
568 :
◆EAbyJft1LY :2010/11/26(金) 21:32:52 0
>>565 中東でも新大陸からの銀の流入のせいでインフレが起きてたよ。
>>565 今の日本の米ドルの扱いをみてみろよ。
基軸通貨の米ドルが余って価格が急に下がったところで、その米ドルを使って外国の産品をどっさり運んでこよう
なんてことは殆ど考えず、やれ為替相場に介入して米ドルの価値を上げるだの、食料自給率を上げるために
高価格維持をするだの、アホなことしてるだろ。
それと同じことだ。
570 :
世界@名無史さん :2010/11/26(金) 21:45:55 0
>>565 輸入するって、何を輸入するんだ?
像?日本刀?香辛料?
そもそもその時代にリスクを背負って世界半周する神はいるのか?
量が増えたら、運ぶ船はあるのか?
そんな高価なものを運んでいたら、海賊が襲ってこないのか?
571 :
世界@名無史さん :2010/11/26(金) 21:47:35 0
オランダは本国から大量に銀を東南アジアに持ち込んでるけどね。 基本、東南アジア、東アジアでは銀不足だったのと、交易品の代金として銀を求められるから。 一時、日本から金銀銅を調達してたけど、それが難しくなってくると、 本国経由で銀を持ち込まざるえなかったのだ。
572 :
世界@名無史さん :2010/11/26(金) 21:50:01 0
インドもね。
573 :
世界@名無史さん :2010/11/26(金) 21:53:24 0
私掠船が襲ってくるね。
574 :
世界@名無史さん :2010/11/26(金) 21:58:48 0
新井白石がどうして長崎からの金の流出を押しとどめようとしたのか。 メキシコ銀のせいだろ!
>>565 >>570 いやいや,メキシコ銀は世界中に影響及ぼしてたから。
スペインはまさにその世界半周を実行していたわけで。
南米産の銀をメキシコのアカプルコから出荷して太平洋をまっすぐ横断し,
フィリピンのマニラで中国産の絹や茶,陶磁器,東南アジアの香辛料と交換。
積み荷を積み替えてインド洋を横断し喜望峰回りで本国に帰ったんだよ。
世に言うアカプルコ貿易。19世紀の前半まで政府公認に存在した航路だぜ。
その結果,中国は銅銭や紙幣使ってたのに銀の秤量貨幣に切り替わったし,(もちろんこれには日本銀の影響もある。)
>>568 の言うようにインド洋沿岸では銀のインフレが起きてた。
>>569 そんな小学生でも思いつくような事、狡猾と
世界中から叩かれた通産省とか官僚が思いつかんわけねえだろ。
どうせ農協とか裏でクソな「政治」が絡んでるに決まってる。
>>565 持ち込んだ銀は当然、東方との貿易にも注ぎ込んでる。そのまま流れに
流れて中国に大量流入して税制が銀納になってる。これは日本銀のせい
もあるけどな。
結局、ユーラシア全土で銀が増えて安くなっちゃったってことだから儲
けようにも一時的なもので終わったってことだ。
金の流れに国境なんてないからな。新大陸や日本から大量の銀が流入す
るってことは、ヨーロッパだけでなくユーラシア全体の銀の保有量が
増えるということで、最終的に全体で銀の価値が均一化しちゃうだけ。
この辺の日本銀や中国市場の話、世界史の講義や 世界史関連の本でよく見かけるけど、この辺のことは欧米の研究者が 先鞭つけたもんなの?結構面白くて科学的っぽいから受けてるんだろうけど、 やっぱそれを受け売り焼き直ししてるだけなんだろうか。
>>575 確かにそうだ。
グアムやフィリピンがメキシコ副王領なのも、そのためだし。
580 :
◆EAbyJft1LY :2010/11/26(金) 23:10:27 0
>>579 メキシコはスペインのアメリカ植民地の中でも最も重要な地域だったしね。
当時、メキシコは世界最大の銀産出量を誇ってたらしいね。
>>578 疑問の意味がよく分からんが、他の解説に否定的ってことか?
明や清の一条鞭法、地丁銀制は銀の増加に対応した税制。中国の税制史
の研究なら多分、欧米よりよっぽど日本や中国の研究者のほうが強いぞ。
「面白くて科学的に見えるから受けている」んなら、東洋で増えた銀は
どこから来たと思ってるんだ?
582 :
世界@名無史さん :2010/11/26(金) 23:21:40 0
でも、江戸日本は金と銀の交換比率が低かった。 そこに銀あまりのオランダ船、中国船がやってきてどんどん安い銀とひきかえに日本の金をもちだした。 だから新井白石があわてて、もう貿易すんな!ってさけんだ。 これ、メキシコ銀が原因な。
583 :
世界@名無史さん :2010/11/26(金) 23:29:49 0
経済史は苦手だ。 世界史は経済ではなく観念が動かすものだと思ってるから。 なんかいい概説書はないかな? 一応、マルクス経済学の概説なら理解できたよ。
>>581 (科学っぽさが魅力的で)おもしれー話だが、最初に言い出したのは欧米の学者なのけ?んで巷の講義や本はその受け売りなのかや?
>>578 に変わって俺が言うとこういうことや。
585 :
世界@名無史さん :2010/11/26(金) 23:39:01 0
いや。 経済を無視して国家経営なんか出来るかよ。 日本でも中国でも経済学をもとに政治を考えてた学者、為政者は多く居たんだぞ。 そりゃ、マルクスみたいなのが出るには産業革命が必要。 でも、農業中心にするか商業中心にするか。 歴代の中国の王朝や日本の幕府は考えて悩んで失敗しては修正して。政治してきた。
科学的に見えるっていうか、客観的事実としてそうだろ。 科学とか観念とかマルクス経済学とかいう話ではない。 石見銀山(世界遺産)から出た銀は日本国内でしか出回らなかったのか?
いや、織豊時代には中国やヨーロッパに大量に輸出されてたよ>石見銀山の銀
>>583 IMF設立の歴史とそのミッション
戦後の世界経済について、いくつか新書版がある。
ニューディール政策、戦後復興マーシャルプランなどからIMFへ
日本はIMF8条国になることが戦後復興のマイルストーン。
中国も同様にIMF8条国やWTO加盟のマイルストーンを追っている。
589 :
587 :2010/11/26(金) 23:46:07 0
失敬、なんか反射的にレスしていた
>>586 は、もちろんそんなことは承知の上での反語表現でしたね
レスしてから気づきました
590 :
◆EAbyJft1LY :2010/11/26(金) 23:46:26 0
591 :
◆EAbyJft1LY :2010/11/26(金) 23:48:51 0
ところで、日本の銀って当時はメキシコに次いで産出量世界2位だったんだよね。 やはり世界経済にそれなりの影響を与えてたと思うんだけど、 その辺について詳しい人っている?
まあ大体
>>584 の言うような意味。
昔のこの手の世界史の講義でプリントの参考文献が英語や欧米の学者ばっかだったんで、
確かに講義の内容も従来の読んだものとは違う感じの新しくて科学っぽい気がするが、
中国史なら中国や日本の学者の方が進んでる独占してるぐらいじゃなきゃ駄目だろうと。
いや単に業績は凄いが単にそれを面白く大衆に受けやすくまとめてないだけなのか、
たまたまその先生が単に欧米文献ばかり引用してるだけだったのか、従来の日本その他の見方に囚われない
外の欧米の学者の方がかえって面白いものできてるのか、その辺の「科学的な」学術研究というか
作り上げ方が向こうの方が一歩上なのか、もしそうなら駄目だろうとなんとなくオモタ。
なんかごちゃごちゃして分かりにくくなったな。悪い悪い。
次
594 :
世界@名無史さん :2010/11/27(土) 00:44:04 0
アメリカに批判的な作家が 「アメリカは多人種、他民族国家のため、通常ならオーストリア・ハンガリー帝国、 ユーゴスラビアのように分裂、崩壊してしまう。 それを防ぐために、アメリカは敵を作り、定期的に戦争を起こすことで 国民に一体感を与えている。」と本で書いたりしますが、事実でしょうか?
595 :
世界@名無史さん :2010/11/27(土) 01:00:33 0
>594 分裂したところで、特定宗教や特定血統に割り当てられる領土なんか、ありゃしないよ。 アメリカでムスリムが独立したいといったら、どこが領土になるんかいね?
「中国は多人種、多民族国家のため、通常ならオーストリア・ハンガリー帝国、 ユーゴスラビアのように分裂、崩壊してしまう。 それを防ぐために、中国は敵を作り、定期的に戦争を起こすことで 国民に一体感を与えている。」 「ロシアは多人種、多民族国家のため、通常ならオーストリア・ハンガリー帝国、 ユーゴスラビアのように分裂、崩壊してしまう。 それを防ぐために、ロシアは敵を作り、定期的に戦争を起こすことで 国民に一体感を与えている。」
他民族ったってみんな自分の民族から訳ありで離れた連中で「アメリカ人」以外の何ものでもない。 ある意味、異民族は現在も差別を受けるインディアン達先住民だけだな。全員とボコスカやりつつ 折り合いつけながらやってるロシアなんかとはわけが違う。 アメリカが定期的に戦争をするのはそういう移民の集団で、民主主義の歴史も浅く、 国としての定着した立場もないため、全体的に外交が下手だから。
頭の中の考えが先走るとそういう発想になる。 細かく戦争発生の経緯と実際の歴史で修正せず、思い込みで先走ると。 日本で民主主義や平和憲法が押し付けとか過剰にアメリカのせいにばっかするのと同じ。 戦前からの民主主義の流れと平和主義勢力も知らず反米意識とかに囚われてると。 憲法九条にしろ反米の左翼が強く支持して改憲に反対し、 新米の自民の方がまだ改憲や現実の核武装の検討もやってたのにね。
ユタ州はある意味モルモン教の国だが、教徒人口は6割ほどか
>>594 対外強硬政策で国をまとめようとするのは、別にアメリカに限ったことではなく
古今東西よくある話だよ
601 :
世界@名無史さん :2010/11/27(土) 02:18:05 0
スコットランドやベルギー、スペインのバスク地方とか、 ヨーロッパで現在でも独立問題を抱えている場所がありますが、 独立すると日本の九州や四国並みの面積しかなくなると思うのですが、 それでも経済的損失を無視してでも、やはり独立したいのでしょうか? その一方でクロアチアのように戦争をしてまで独立したのに 「自分たちはヨーロッパ人だ」として、EUに加盟して主権の一部を譲って 一見すると矛盾してるようなことをしてるし、 よくわかりません。
>>601 面積の問題じゃない
つか、面積はまったく関係ないだろ
ベルギーとかオランダとか、面積で言えばたいして広くない国だけど、それよりずっと広い発展途上国よりも
経済的にはずっと発展してるじゃねーか
>>601 欧州には人口1000万人以下の国、たくさんある。
500万以下の国も多い。
ノルウェー、バルト諸国、スロバキア、スイス、ポルトガル、ハンガリー、ブルガリア、フィンランド、デンマーク、
言語も違うので人口小さくても文化的にまとまった方がやりやすいということじゃんたぶん
むしろローマ帝国が統一したのにこんなに多様性が残ったことが不思議。なぜ?
ローマの民と認定してやんよ、程度のことだから インフラはローマ規格で造るけどな
606 :
世界@名無史さん :2010/11/27(土) 12:29:18 O
イングランド、ドイツ、北欧、リトアニアなどの国々がカトリックに代表されるローマ文明受け入れたのは 西ローマ滅びた数百年後だね。
607 :
◆EAbyJft1LY :2010/11/27(土) 14:02:15 0
>>606 確かに意外とローマ帝国領じゃなかったヨーロッパの国は多いね。
個人的にヨーロッパの多様化の原因はやっぱり民族移動によるところが大きいと思う。
ゲルマン人やスラブ人などの移動による影響はかなりあるんじゃないかな?
フン族のせいか
なぜイギリスは経験論が、大陸は観念論が主流になったのですか?
610 :
世界@名無史さん :2010/11/27(土) 15:15:19 0
>>601 ルクセンブルクやシンガポールのように狭いけど勝ち組の国もある。
しかも西ヨーロッパ内で独立しても「ナチスが攻めてくる」「ソ連が攻めてくる」って状況じゃないから、軍事費も今までどおりで済む。
集団安全保障に入れば安上がりで済む。
だけど、無理に独立するメリットもないと・・・
未来のヨーロッパ地図
http://www.youtube.com/watch?v=wBgPwMeD-pE ↑関連リンクをたどると、仮想ネタ動画がたくさんあって、おもしろい。
コメント欄でヨーロッパ共通語?の英語で国際紛争してるwww
ティトーの登場からユーゴ紛争、ユーゴ崩壊まで軽く勉強したいんだけど 何かお勧めな本はないかな
>>604 支配のカッチリしたところはラテン語に塗り代わっていて、その後の1000年で分裂。
統一した政体がなくなって武断政権が割拠したから言語の統一性が失われた。
ローマに雪崩れ込んだ時期にもう既に方言の分化の激しかったゲルマン諸語は結局永続的な統一政体を持たず
言語の分化は激しくなるばかり。更に遅れて国家を形成したスラブ諸語は、宗門の違や、支配層の違いもあって、
分化したまま。
アメリカが建国してから一世紀ぐらいで、 歴史あるヨーロッパの大国並みの工業力と軍事力を備えた背景は?
>>613 アメリカ金融史を研究するとよろし。
手形交換の商業銀行だけでなく、現在の投資銀行のようなものも
非常に発達してきたので、19世紀後半には大国に成長した。
615 :
世界@名無史さん :2010/11/27(土) 20:17:24 0
磁力と重力って何が違うのですか?
>>614 で、投資する資本はどこの誰が出したん?
617 :
世界@名無史さん :2010/11/27(土) 20:48:00 0
いやいや。 まるきりちがうけど〜
>>615 その違いが説明できたら、大統一理論の発見と言って、物理学が全面的に刷新されるくらいのおおごとだ。
>>616 南部の大地主が資本の原始的蓄積をしており
北部の政府紙幣を回収して南部の金を吐き出させた。
>>619 南部の大地主の資本だけであれだけの発展ができたのか?
北部の資本家や、ヨーロッパの投資家の資本なども投資しないと、
金が足りなくないか?
アメリカは食糧自給もできていたし、識字率もある程度いっていた。 ピンポイントで技術を輸入できれば、人的資源が豊富だったので 産業まるごと輸入ではなく、自分達で産業建設ができた。 金は循環すればいっぱいあるように見えるから、絶対残高はある程度あればいい。 まあ、外貨準備だけは原資が必要。しかし輸出によってまた外貨は稼げる。 19世紀のアメリカ世界だと、金が底を突くということはないんだよ。
622 :
世界@名無史さん :2010/11/27(土) 21:34:07 O
よく「地中海に進出するため〜」みたいな表現が多いですが、なぜ各国は地中海に進出したがるのでしょうか?
623 :
◆EAbyJft1LY :2010/11/27(土) 21:38:26 0
>>622 大航海時代以前において地中海はヨーロッパや中東において、
東西貿易の要となる重要な海だったからだよ。
詳しくは「レヴァント貿易」とかでググると良いよ。
(ちなみに大航海時代以降も地中海交易はしばらく衰えてなかった)
625 :
世界@名無史さん :2010/11/27(土) 21:52:53 0
磁石だけがくっつくのが磁力?
626 :
◆EAbyJft1LY :2010/11/27(土) 21:58:49 0
>>615 とりあえず、スレチだと思うんだけど・・・・。
627 :
世界@名無史さん :2010/11/27(土) 22:13:15 0
みなさんはどうして日本史ではなく世界史にしたんですか? 動機をお聞かせください。
628 :
世界@名無史さん :2010/11/27(土) 22:19:25 0
>>627 蔵書のなかに多くの洋書が混じってるのみると
ハイソな気分に浸れるから。
629 :
627 :2010/11/27(土) 22:21:40 0
質問者が言わないのもアンフェアだと思うので・・。
私自身は学生時代の選択で馴染み易いという理由で日本史を選びました。そして現在日本史は
(最低限ですが)おおよそ知識として詰め込んだので、世界史についても学んでみようと
世界史初心者を始めました。
>>628 さんありがとうございます。
>>627 そりゃ中国、モンゴル、ミャンマー、タイ、ベトナムを侵略するためじゃよ。
631 :
627 :2010/11/27(土) 22:26:10 0
>>630 馴染み易いという消極的な理由で日本史を選んだ自分が恥ずかしいです。
632 :
◆EAbyJft1LY :2010/11/27(土) 22:27:46 0
>>627 僕は。日本史より世界史のほうが何か視野が広くて、
国際人っぽい感じがするという中二的理由で勉強し始めた気がする。
>>623 しばらくどころか、ずっと継続して重要航路だろ。
でなきゃあ、スエズ運河を掘ったりしないし、地中海とインド洋をつなぐ重要航路として世界中でアデン湾に監視船を
出し合ったりしないだろ。
634 :
◆EAbyJft1LY :2010/11/27(土) 22:33:09 0
>>633 まぁ、確かにそうだね。
最近じゃ、大航海時代によるレヴァント貿易衰退説はあまり言われてないみたいだしね。
ところで、現在においては地中海の重要性はどれくらいあるのかな?
635 :
628 :2010/11/27(土) 22:34:31 0
動機うんぬん、そんなむずかしく考えることなく 西洋史が好きだからやってるだけ。 ちなみに所有してる歴史関係の洋書(ペーパーバックは嫌い)は5000から20000くらいのが中心、 紅茶とともにハイソな気分で読めるのは事実。
>>634 イタリアがいまだに強い影響力を南欧に発揮してる程度には重要じゃね。
スペインはフラフラしちゃってるし。
侵略する気なら、その地域の言語も歴史と一緒にやるでゲソ?!
638 :
◆EAbyJft1LY :2010/11/27(土) 22:41:53 0
>>636 なるほど。
イタリアの国力が安定してるうちは、まだそこそこ重要なのかな。
639 :
627 :2010/11/27(土) 22:49:55 0
>>632 確かに世界史板は長年居た日本史板に比べると、感情に起因する日本マンセーな意見が少なく
一歩引いた中立冷静な意見が多いような気がします。
どうしても人間自分が学んだことに立脚する意見になりますからね。
>>635 洋書・・世の中そんな人もいるのですね。自分には日本史で慣れ親しんだ山川が限界です。
みなさんどうもありがとうございました。
別に一歩引いたからって中立になるわけではないがな。 正しい答えがないから、歴史の解釈をする時に多様な立場に立てるのも 世界史の魅力だと思うぜ。
641 :
627 :2010/11/27(土) 23:12:22 0
多様な立場・・なるほど勉強になります。
>>639 今の世界史の教科書の底本は白人が書いた歴史だから
客観的なわけがない。
>>627 中学の時から外国かぶれだった。
世界文学全集を読み、唐詩が好きになって、そこからなぜか文学へ行かずに
歴史へ曲がって行って、西洋史も東洋史も両方好きになった。
高校の時には図書館で「未来への遺産」のムック本を読んで世界の遺跡に惹かれた。
>>634 商いというものは、片手で殴り合いをしながら、もう片方の手で握手をしているような状況ってあるものなんだよ。
政治や宗門で対立していたからって、ヨーロッパと回教圏との間での商いが絶えたわけでなし。
東地中海・黒海・紅海を内海として支配したオスマン帝国は、西ヨーロッパの国に自由通商権をみとめていたから、
中東・極東方面との急ぎの人や商品の往来は、なんぼか上前は撥ねられるけれども、オスマン領内を通って紅海・
ペルシャ湾を抜けていったことだろうよ。
しかも意外と商いって廃れないもんなんだよね。 遠いところ、命がけのところへも平気で行ったりするし。 正直、経済のルートは把握するのが面倒過ぎてやりたくねぇ。
>>645 全線通しで輸送するわけでなく、ハブ的中継拠点までいけばいい。
長安からだったらトルファンまで行けばあとはソグド人が何とかしてくれる・・・みたいな。
ソグド人もあちこちの遊牧民に通行税を払って、サマルカンドまで持っていく。
東アジアの商人がイスタンブールまで全線通しで行ってたわけではない。
ロシアは第一次世界大戦の途中でドイツと講和してますが、それでも戦勝国扱いされてるのでしょうか?
648 :
鬼焉神のヨッィナュ ◆Kx6pOkHylw :2010/11/28(日) 03:02:48 O
いい加減黒歴史ホウエン(笑)許してやれ
>>647 講和どころかツァーリーは自ら前線に立ってるぞ。
講和を結んだのは十月革命後のボリシェヴィキ政権。
650 :
世界@名無史さん :2010/11/28(日) 03:49:38 0
サッカーが盛んなヨーロッパから移民が入ってきたのに、 アメリカ、カナダの北米地域では、なぜサッカーがマイナーなのでしょうか? 同じようにヨーロッパから移民が入った中南米地域ではサッカーはメジャースポーツなのに。
えっ女子サッカーはアメリカ、カナダともにすごくメジャーですよ。
652 :
◆EAbyJft1LY :2010/11/28(日) 06:54:45 0
>>647 第1次世界大戦におけるロシアは革命による途中戦線離脱っていう扱いだから、
多分、戦勝国として認識されてないと思うんだけど。
敗戦国として語られることもあるね。 ポーランドもフィンランドもバルト三国もWW1の前はロシア帝国の一部だったわけだし
654 :
世界@名無史さん :2010/11/28(日) 10:51:06 O
「聖地管理権」ってなんですか?
>>647 少なくとも、ヴェルサイユ条約における戦勝国ではありませんね
>>651 バーダンスとか泥レスとかも盛んだし、アメフトの試合観戦の目的の半分はチアガール見物だし。
要は西半球人はスケベエ。
まあヴェルサイユ条約は参戦してない中立国も 戦勝国になったりしてるしな。ソ連への扱いもちとひどい。
658 :
世界@名無史さん :2010/11/28(日) 11:57:42 O
甲申政変後の日本の政治について教えてくれないか
古代ギリシア時代という記述があった場合 ざっくり言うと西暦何年から何年頃と覚えれば良いですか
>>659 何年から何年とも区切りがたい。イメージとしては大体ポリスの成立か
らフィリッポス2世かアレクサンドロス辺りまで。ミノアやミケーネは
普通入らないと思うからな。
アレクサンドロス以降はヘレニズム時代に入って、後半は古代ローマ時
代とも重なってくる。
年号で覚えても余り意味ないと思うが、どうしても年号で覚えたいなら
その辺をググって覚えておけばいいんじゃないか。
西洋の学校ではアメリカ大陸に初めて到達したのはレイフ・エリクソンというヴァイキングだと習うそうですが、 何故日本では教科書にすら出てこないのですか?
662 :
◆EAbyJft1LY :2010/11/28(日) 13:57:41 0
>>661 その後の歴史的影響の有無による違いじゃないかな?
コロンブスによる新大陸発見は銀のインフレやスペインの強大化など、
世界史的に大きな影響を与えたけど、レイフの発見はそうじゃないからね。
彼が発見した後に、アイスランド人が新大陸に入植したりすれば話は別だけど。
>>662 ご返答ありがとうございました。中南米ではコロンブスは忌み嫌われているそうですね。
2000年にヨハネ・パウルス2世が大航海時代の侵略行為に対して謝罪のミサを行ったそうですし。
そう考えると一般的に野蛮だと思われているヴァイキングが実はそうでもなかったということが分かってきます。
664 :
◆EAbyJft1LY :2010/11/28(日) 14:31:03 0
>>663 確かに「ヴァイキング」は海賊行為だけが仕事じゃなく交易や漁業もやってたからね。
一概に野蛮とは言えないね。まぁ、交易ついでに略奪行為も働きはしたけど。
後、最近じゃラテンアメリカ諸国もスペインの征服を絶対的な悪だと評価しなくなってる。
疫病やミタ制などの弊害もあったけどそればかりもたらした訳じゃないからね。
メキシコなんかはメスティーソとインディオが8割を占める割には、
反スペイン感情があまり高くない。そもそもスペインに征服に関する悪い噂は、
スペインの覇権を妬んだイギリスやフランスなどによる黒い伝説的な要素もあるからね。
まぁ、それらが全くの根も葉もない噂って訳でもないんだけど。
>>664 メスティーソは批判できないだろ
1/16だろうが1/32だろうが自分の先祖だぞ
666 :
◆EAbyJft1LY :2010/11/28(日) 14:53:09 0
>>665 でも、スペインの植民地においてメスティーソは、
インディオでも白人でもない存在として、
ある意味インディオよりも差別されてたからね。
心情的にはインディオに近いんじゃないのかな?
メスティーソの起源ってスペインのコンキスタドールたちが、
征服活動時にスペイン人の女性がほとんどいなかったために、
性欲のはけ口としてインディオの女を相手にしたのが始まりだし。
>>665 親を嫌う子も、先祖を批判する人間も珍しくもないだろ
子どもの頃から「原罪」を刷りこまれた人間は「贖罪」だと信じて何でもやる
668 :
世界@名無史さん :2010/11/28(日) 15:55:27 0
ジャコバン派の由来となったジャコバン修道院は、ドミニコ教会の一派みたいで、 パリにあるこの修道院跡の建家に巣食ってたから呼ぶようになったとされてるのは 衆知の通りですが。 これってば、ジャコバン派みたいな連中からすれば、いわゆる腐った旧勢力であり、 自称では無いと思うのですけれど、彼らは自らをジャコバンと呼んでたのですか? (それにジャコバン修道院の建物はパリ以外でもあるみたいだし) 例えば、ナチは自らをナチとは呼びませんよね。
>>663 ヴィーキングは英国の地方だけでなく王とも親交があったようだし
仮にそちらの方が上なら地方殺しで結託してもおかしくはない、までいくと陰謀論だが、
ヴィーキング時代の北欧は長年の研究にも関わらず今いち分かってない部分が多いね。
新大陸は植民したことはしたんだけどすぐ失敗したんじゃなかったかな。
670 :
◆EAbyJft1LY :2010/11/28(日) 16:12:13 0
>>669 >新大陸は植民したことはしたんだけどすぐ失敗したんじゃなかったかな。
どうもそうらしいね。ヴァイキングによる新大陸植民地化が失敗した理由として、
主に先住民との対立が挙げられるけどはっきりした事は分かってないみたいだね。
671 :
世界@名無史さん :2010/11/28(日) 16:33:05 O
日本史板の範疇ではあるまいか。
ハングル板かモナー
674 :
世界@名無史さん :2010/11/28(日) 17:43:33 O
よく考えればそうだった。申し訳ない
ヨーロッパ人が香辛料を求めてインドやら東南アジアやらに漂着した当時、 生姜は欲しがりましたか? あるいはナマモノでは持ち帰れないと忌避されたか(当時乾燥利用する術はあった?)、 それとも存在すら眼中になかったとか
ターメリックは持ち帰ってますよ
生姜=ジンジャーは紀元前から西洋に知られている。 乾燥させたものがアラビア人を経てギリシャ・ローマに運ばれ、関税の対象ともなったが、 薬として珍重したほかジンジャーブレッドの材料にしたり、甘酢漬けにした茎生姜を焼き魚に添えて食べたりもした。 中世欧州でも生姜は東洋産香辛料や薬の一種として売買され、当然インドや東南アジアからも持ち帰られた。 イギリス名物のジンジャーブレッドマンは、ヘンリー8世がペスト対策に生姜を食べるよう進めたことから広まったともいう。
スペイン征服前のフィリピンはどんな歴史を歩んできたのでしょう? 未開の部族社会だったんでしょうか?
679 :
◆EAbyJft1LY :2010/11/28(日) 19:16:03 0
>>678 先スペイン時代のフィリピンに関する史料はかなり少ないけど完全に未開だった訳じゃないよ。
シャカ暦の記された碑文が見つかったり、バイバインと呼ばれる文字を持ってたり、
マギンダナオとかいうイスラーム王国が興ったりしてるよ。
「フィリピン諸島」という名前はスペイン人からの他称であり、 それ以前からこの諸島が政治的・文化的統一体としてあったわけではない。 初期の住民はネグリト、次いでマレー系住民で、紀元後数世紀頃にはジャワ方面から文化が伝来したようだ。 中国の文献には10世紀末から14世紀にかけて、マニラのことらしい麻逸・摩逸・麻里・麻里魯といった国名が見え、 「麻里国人は木綿の布で身体を覆い、中国や大食(アラビア)と物々交易を行う」「青銅の神像を祀る」などと記される。 14〜15世紀には、スマトラ方面からのムスリム系移住者が南部の島々に来て、 スールー諸島にスールー王国を、ミンダナオ島にマギンダナオ王国を建てた。 またルソン島などにもブルネイから来た人々によるイスラーム系都市国家が存在した。 16世紀のマニラは6000人の人口を持つ交易地で、金・蜜蝋・蜂蜜・蘇木を輸出し、陶磁器・鉄製品・織物・雑貨を輸入した。 その交易網はマラッカを介してインド洋全域から中国南部に及んでいる。
681 :
世界@名無史さん :2010/11/28(日) 19:53:28 P
古代ギリシャの著書で、複数の人物が一人の名義を共有して執筆したものをおしえてください。
ホメロスの作品とされるもの(イーリアス、オデュッセイアなど) 彼の実在は疑わしく、各地の詩人たちが伝承を統合して作られたものと考えられている まあ旧約聖書のモーセ五書だってモーセが書いたわけじゃないが
>>657 ローマでは重用されたが崩壊と共に食文化は一気に後退したとされる。
その後誰か忘れたが結婚で食文化が復興しルネッサンス。
生姜の砂糖だか蜂蜜漬けだかは世界中で人気になったんだっけ。
生姜もないとは、しょうがないな
おお、生姜の遠路運搬て、結構昔からあったのか ナマだと腐ったり、カビが生えたりするけど、漬物という手がありましたね 砂糖や蜂蜜は貴重品で、高価な品になったのかな まあ香辛料なんてヨーロッパでは贅沢品だったけど 酢漬けがあった可能性は?
>>680 フィリピンよりカリマンタンの方が開発早かったん?意外。
漢方薬のように燻蒸してしまえばどうよ? 粉末にする手もあるし、輸送は重量を落とす動機があるでしょう。
>>686 ブルネイの方が、フィリピンよりジャワやマラッカやインド洋に近いやろ。
それに港湾を持つ都市国家サイズなら、巨大なカリマンタン島全体を支配する必要はない。
フェニキア人やギリシャ人や南インド人が植民都市を作るのと同じ。
香辛料は、大航海時代やルネサンス以前から欧州には入っている ヴェネチアなどが中東貿易で輸入して西欧(主にイタリア本土や南仏)へ売りつけていたので、 庶民の口にはそうそう入らないが、富裕層の宴会・宮廷料理なら案外香辛料を使用していた
>>685 いや、砂糖漬けだかは庶民の料理。
そんでノストラダムスだかニュートンだか有名な錬金術師っぽい人が
安く作れる方法を考え出したんじゃなかったかな。覚えてないけど。
スレに書き込むときは内容をよく吟味してからにしてくれんか。
歴史上の軍隊で 正規兵(志願、徴集)+民兵、傭兵、義勇兵の5パターンが 同一師団として編成された事例は有りますか?
ジャンヌ・ダルクがフス派に手紙を送ったというのは本当?本当ならどんな内容の手紙?
>>665 意味が分からん。スペイン人の現地人虐待にショックを受けて
その非道を厳しく批判し、引いてスペインの領土拡張自体の正当性にまで
疑問を投げかけて有名になったのはスペイン人のラス・カサスだぞ。
むしろ誇張が入ってるんじゃないかと修正されてるぐらいに。
アフリカ進出の際にも白人の非道を指弾してやめさせようとしたヨーロッパ人宣教師も普通に居る。
>>693 フス派に送ったと言われる手紙は現存してる。
内容は「異端の信仰はやめろ」
でも、ジャンヌ・ダルクは字が書けなかったから、偽作と言われてる。
仏教や数学の起源は古代ギリシャなんだよな・・アジア人て頭悪すぎじゃね?
697 :
世界@名無史さん :2010/11/29(月) 02:12:46 0
ジャンヌ・ダルクは、誤字のサインは書けたけど。 『ラ・ピュセリ』乙女とかって意味のサインをしてる。 当時は、貴族でも字を書けない人は多かったから代筆が当たり前。
次
>>661 年代で違うんでは無いの?
昭和の末期の山川の教科書には、名前までは出てないが、アイスランドに到達したヴァイキングの一部が
コロンブスより数百年早くグリーンランドや北米大陸に到達した痕跡があるというふうに書かれていたぞ。
>>675 ジンジャークッキーは復活祭に食べる菓子として定着している。
日本にも最初に伝わったときは蒸して皮を剥いて干した乾姜だった。
次
704 :
◆EAbyJft1LY :2010/11/29(月) 05:17:38 0
>>696 ブッダがアーリア系か非アーリア系かという議論なら前からあったけど、
どう頑張ってもブッダがギリシャ人という事はないだろう。
後、数学はゼロの発見に見られるように、
インドなどギリシャ以外の地域でも結構進んでたよ。
705 :
世界@名無史さん :2010/11/29(月) 06:13:42 O
戦争するときって、事前に相手国に「攻めますよ」って伝えるものですか? それともいきなり奇襲攻撃を仕掛けるんですか? 戦争終結するときはきちっと会議して条約締結して終わるから、はじまるときも連絡するものなのでしょうか
706 :
◆EAbyJft1LY :2010/11/29(月) 06:20:59 0
>>705 一応、近代以降では戦争の時に相手国に最後通牒を送って宣戦布告する慣習があったよ。
1907年の「開戦に関する条約」でこの暗黙のルールが正式な国際マナーとなり、
戦争において最後通牒なしに開戦する事はほとんどなくなったね。
(ちなみに、真珠湾攻撃でも最後通牒は送ってるけど手違いで攻撃後に届いてしまった)
707 :
世界@名無史さん :2010/11/29(月) 06:32:51 0
スイスが第一次大戦の時リヒテンシュタインを助けたのには、どんな魂胆があったの?
>>705 義経は鵯越の奇襲について、頼朝から戦勝を褒められるどころか卑怯な振舞を叱咤されてるよ。
その100年くらい後の元寇では、従わなければ攻めるというモンゴル帝国の通牒に対して、正使の首を刎ねて
副使に持ち帰らせるという形で日本が答えて、戦争の予告。
実際の攻撃に際して、博多湾に侵入したモンゴル軍に対して、日本側は鏑矢で開戦準備が出来ていることを
告知するも、ローカルルールが通用せず、なし崩し的に戦闘開始。
>>708 自分らの親父(源義朝)も平治の乱の時に奇襲を進言してるのにな。却下されたけど。それで負けたのに
何言ってんだいって感じ。やっぱり頼朝は戦という物が判ってない。
>>709 腐っても源氏は貴種(皇孫氏族)だからな。
いわゆる鵯越えと言われる義経の攻撃は、実際には奇襲ではない(正面の生田方面ではすでに 範頼らの本隊と平家軍との戦闘が始まっており、義経はそれに合わせて迂回ルートで後背の 一ノ谷を突いたにすぎない。いわゆる鵯越えの逆落としは、言うまでもなく『平家物語』等の虚構) 卑怯と言われるとすれば、平家と後白河法皇の和平交渉がまだ続いたにもかかわらず攻撃した ことだが、これはむしろ後白河が一枚上手だった
どこがモンゴルと関係あるの?
ベーメンは新教徒が多かったけど、この人たちはルター派?それともフス派の生き残り?
714 :
世界@名無史さん :2010/11/29(月) 19:22:55 0
ルドルフ2世の頃には、非カトリックでもフス派は少数派に転落していた。
中東・欧州・北阿のコーカソイド圏で 多神教が一神教に淘汰されてしまったのにはどういった要素が考えられるんでしょうか?
いや、コーカソイド関係ないし
>>714 フス派がルター派に転向したから?それとも、フス派が棄教してカトリックになった後、
ルター派になったの?
日本も戦国〜江戸に一神教流行り掛けたけど、結局多神教が勝ったでしょ
>>716
>>712 義経の逃亡先がモンゴルです
そして義経はジンギスカンになりました
720 :
◆EAbyJft1LY :2010/11/29(月) 21:08:37 0
>>718 揚げ足を取るようで悪いけど新大陸の先住民たちはモンゴロイドで一神教徒だよ。
エチオピア人もネグロイドだけど一神教を信じてるよ。
コーカソイドかどうかという事と一神教か多神教かという事は関係ないと思うよ。
東方正教会は総大主教が大勢いるけど、 カトリック世界のように正教会陣営としてまとまって、 戦争したり同盟結んだりすることはなかったのか?
722 :
世界@名無史さん :2010/11/29(月) 21:20:36 O
なぜアメリカ北部は奴隷制度に反発したのですか?
723 :
◆EAbyJft1LY :2010/11/29(月) 21:23:00 0
>>721 正教会だって全く団結しなかった訳ではないと思うよ。
ただ、カトリックも正教も決して一枚岩ではないからね。
それよりも対立するような事のほうが大きかったんじゃないの?
一応、近代になってロシアが正教徒の保護を謳って、
オスマン帝国と戦うようになるのは正教会の団結に入るのかな?
>>722 南部の農業奴隷を解放させて、北部の工場労働者として使いたかったから。
工業奴隷という考えには至らなかった訳だ
725 :
◆EAbyJft1LY :2010/11/29(月) 21:43:43 0
>>724 工業労働者はある程度の知識が必要な上に消費階層になり得なければならないから、
工業奴隷を使うという考えは経済的効率が悪くて採用されなかったんだろうね。
だから北部は自由労働者を欲し、黒人奴隷の解放を望んだ訳だ。
というような事をこのスレの上のほうで話した気がする。
>>723 ロシアを盟主に正教国が団結してオスマンと戦ったことなんて無かったと思うけど。
>>720 マヤやアステカは多神教だぞ。マヤならキニチ・アハウやチャク、アステカ
ならテスカトリポカやケツァルコアトルとか言った神々が有名だ。
一神教ってどこの話だ?
人種と一神教とは全然関係ないのは同意。単純に言えば、ローマ帝国のキリ
スト教国教化と、その遺産継いでたキリスト教教会の統治ノウハウが支配上
便利だったから。
728 :
727 :2010/11/29(月) 21:54:01 0
729 :
◆EAbyJft1LY :2010/11/29(月) 21:54:08 0
>>726 第一次バルカン戦争なんかはロシア帝国を筆頭に、
バルカン半島の正教国が団結してオスマン帝国と戦った例と言えるんじゃないの?
まぁ、ロシアは支援だけで直接的な武力行使はしてないけど。
>>727 僕が言ったのはコンキスタドール後の現在の先住民たちの宗教の事だよ。
現在、ほとんどの先住民は先スペイン時代の多神教じゃなくてキリスト教を信じてるからね。
>>721 それが出来たら公会議でカトリックに妥協できてるし
今頃統一キリスト教ができてたよ。
全体として東方は仏教、イスラム教(商)の台頭もあり、それへの対抗と妥協のため
政教の分権と地方色、修道色、祭儀色が強かった。
教会の力も全体として同じくらいでローマ教会のようにリーダーはいなかったわけだ。
731 :
◆EAbyJft1LY :2010/11/29(月) 22:13:22 0
>>730 ビザンツ帝国などに代表されるように正教圏の国々は、
むしろ正教一致の傾向のほうが強いよ。(というか国が宗教を抑え込んでた)
まぁ、ビザンツ帝国でも完全に皇帝権力が宗教的権威に勝ってた訳ではなく、
時には皇帝とコンスタンティノープル総主教が対立した事もあったけど。
後、イスラームは分かるけど正教圏で仏教が台頭した事ってあった?
732 :
727 :2010/11/29(月) 22:13:55 0
>>718 いや、悪かった。
とりあえず
>>715 、
>>718 は宗教や人種以前に当時の社会環境や政治情勢、文化を
知っておくほうが先だろ。人種の区分なんぞよりそっちのほうが百倍大事。
733 :
◆EAbyJft1LY :2010/11/29(月) 22:15:34 0
>>731 誤字訂正。
誤)正教一致
正)政教一致
>>727 あと、イスラム教に関しも
土着宗教を持った各部族が都市に流入するにつれて
社会的な混乱が深まったから
ムハンマドの妻はクリスチャンだったが
砂漠都市で集団が共存するにはキリスト教でもまだ不足なので
さらに戒律の厳しいイスラム教を作った
735 :
◆EAbyJft1LY :2010/11/29(月) 22:41:37 0
>>734 >ムハンマドの妻はクリスチャンだったが
この妻って誰のこと?ムハンマドがイスラム教作ったときの妻はハディージャだけど、
彼女がキリスト教徒だなんて聞いた事がないんだけど。
>>711 義経は本隊の指揮権から外されていたから、少数で別行動になった。
頼朝への報告も、関東勢がやったから、
義経は、なんだあいつは勝手なことやりやがってという話になった。
>>731 一例としてビザンティンの教会法は皇帝の影響がほとんどないよ。
世俗と近いのは確かだし皇帝の権限には干渉していないが、
皇帝が非干渉な独自の権限を持っていた。あくまでも皇帝の立場は
有力な信徒でしかない。
仏教はインドから伝搬してたっぽいね。主流派になることはなかったようだが。
738 :
◆EAbyJft1LY :2010/11/29(月) 23:37:35 0
>>737 まぁ、確かに従来のビザンツ帝国史においてみられた皇帝教皇主義という用語は、
最近ではほとんど使われなくなってるね。でも、だからといって皇帝に正教会への影響が、
全くなかった訳ではないよ。事実、皇帝によって替えられた総主教は何人かいる。
とはいえ結局レオン五世は負けてるし 総合的に云えば権限そのものは護られている。
740 :
世界@名無史さん :2010/11/30(火) 00:20:11 0
鬼は、日本では悪い意味、良い意味、両方あり、 中国では悪い意味しかないそうですが、 あいだの朝鮮ではどうなのでしょうか?
ハングル板へどうぞ。
>>741 中国語で「鬼」は幽霊のことだよ。
良い、悪いは関係なく死んだ人の霊。
>>609 イギリスの場合、
ジョン・ロックの影響が大きいんじゃねえの?
人間の不完全さを演繹的にプラス修正していく実証主義みたいだし。
大陸の場合は、大陸合理主義みたいなのがあるね。
デカルトが『我考える故に我あり』と存在の根源を考えたように、
自我の存在理由を出発点をにしているので、推論前提条件は
合理的・思考コンピュータが存在するからこそだと言える。
ぶっちゃけて言えば人間は基本的判断能力は予め持ってるだと考えてる。
清教徒革命から判るように社会や人間は暫時的に進歩(革新?)するような、
不完全な幼児から学習などで社会性などを身に着けていく存在だと捉えた。
イギリス:人間はカラッポなので逐次的に経験を得て完成される
大陸:人間はほとんど完成された存在である
人間の存在の根源的探求が違いますわな。
言い換えると、大陸の知性万能論みたいなものが猛毒を発生させてしまった。 『人間の知性や理性はすべてを解決出来る』これにブレーキが掛けれなくなって、 友愛やら左翼やら平等やらマルクス共産主義を産んでしまった。
746 :
◆EAbyJft1LY :2010/11/30(火) 04:50:06 0
>>739 そうだね。確かに限られた権限ではあったね。
なんで科学って白人しか発展できなかったの?
748 :
◆EAbyJft1LY :2010/11/30(火) 05:20:00 0
>>747 別に白人以外だって現在の科学に貢献してるよ。
イスラーム科学とかでググるとそこら辺良く分かると思う。
749 :
◆EAbyJft1LY :2010/11/30(火) 06:34:56 0
>>739 つまり、ビザンツ皇帝は正教会への権限が全くなかった訳ではないけど、
全体として見ればその権限はある程度限られたものだったって事かな?
まぁ、西欧における国王と教会との権力関係もそんなものだし、
カトリックも正教もそれほど教会権力に違いがある訳ではないのか。
カトリックの場合ローマ教皇は皇帝に負けているからなぁ。 正教は単一の権威がいないのとそこまで明確に争ってないから何とも言えん。
>>729 ロシア帝国って、国内の回教徒トルコ人をタタール人に再編して、帝国国民に仕立て上げてたけれどな。
トルコ系・モンゴル系の回教徒の世襲貴族とか居たし。
>>744 >人間の不完全さを演繹的に
経験から帰納的に、じゃないの?
>デカルトが『我考える故に我あり』と存在の根源を考えたように
何か判らないが『考えている存在が有る』だと聞いているが。
754 :
世界@名無史さん :2010/11/30(火) 16:32:04 O
「東インド会社」って「貿易の会社」ですか? なんかイメージつかみにくいんですが
本来は貿易会社として発足したが、次第にインドで徴税権を獲得していって、 植民地経営組織となった
あ、言い忘れたけど、
>>755 は、英国東インド会社の場合ね
イギリスの非イングランド地域は20世紀にやっとナショナリズムが起こるけど なんで19世紀に起きなかったの?
758 :
◆EAbyJft1LY :2010/11/30(火) 17:08:37 0
>>750 ビザンツにだって皇帝に無理やり辞めさせられた総主教もいるから、
常に総主教が勝ってた訳ではないよ。だから権力的には同じくらいなんじゃないの?
>>751 それを言ったらオスマン帝国軍にだって正教徒はいた訳で。
まぁ、第1次バルカン戦争は正教徒スラブ人の自立を名目にして、
始まった戦争だからあながち間違いでもないでしょ。
>>757 スコットランドは17世紀からナショナリズム運動おきてるよ。
>>454 ちょっと立ち読んでみたが、良くて教科書程度じゃないかな。
物事をその時々の情勢ではなく、イデオロギーや「時代区分」で判断し過ぎる。
やる夫なら叩かれて沈んでそう。
>>757 うそぉん。
スコットランドなんか17世紀以来ずーっとナショナリズムが高揚したまんまだから、いまだに一度も
法域が統合できないまま来てるじゃん。
17世紀末から18世紀前半はジェームズ1世に近い系譜の王を頂くというジャコバイト運動と連動して、
活性化しているし。
762 :
世界@名無史さん :2010/11/30(火) 18:45:55 0
ジャコバイト支持者は今もいる。過去ではないよ。 僕はジャコバイト支持派なのでバイエルン王家とリヒテンシュタイン侯家を 正当なスコットランド王家と思ってる。
植民地の副王ってのは、どのくらいの権限があったんでしょ? 総督と何か違いはある?
764 :
◆EAbyJft1LY :2010/11/30(火) 19:15:34 0
>>763 スペインにおける副王と総督は名目上は前者のほうが上だけど、
実質的な権限や職務には大した違いはないよ。要は同じ植民地でも、
メキシコやペルーなどの重要な植民地の総督が副王って呼ばれてただけだよ。
副王の職務権限はアウディエンシア(植民地における司法・行政・立法の王室機関)との、
会議に基づき副王領の行政や立法などを取り仕切ったりする事だよ。
765 :
世界@名無史さん :2010/11/30(火) 19:20:54 0
西ローマ帝国末期とその後の状態について教えてください。 西ローマ帝国のその後は一体どうなったんでしょうか。
>>762 過去のものだろ。
チャールズ王子がスコットランド衣装でフルチン披露してからは、まるで勢い無いし。
でもナショナリズムはあるから法律が共通にできない。
768 :
世界@名無史さん :2010/11/30(火) 19:41:49 0
>>765 ギボン「ローマ帝国衰亡史」を読んでくれ
769 :
世界@名無史さん :2010/11/30(火) 19:49:04 0
>>767 コアな趣味人と暇人の集まり程度の協会のようなものだが、ジャコバイトは存在するよ。
今もボニーチャーリーは人気者だし。
ステュアート直系最後の王ヘンリー・ベネディクトの死で無残な状態になってしまったがね。
770 :
世界@名無史さん :2010/11/30(火) 20:08:00 0
>>762 印刷屋か製本屋の熊沢と一緒にしないでくれ。
バイエルン王家とリヒテンシュタイン侯家は、
今でも宮殿や城をいくつも所有してるれっきとした王侯だよ。
>>765 395年、テオドシウス帝の子ホノリウスが西ローマ皇帝となるが、蛮族の侵攻を防ぐことはできず、
ブリタニアにはブリトンとアングロサクソン、イベリアから南ガリアには西ゴート、北ガリアにはフランク、
北アフリカにはヴァンダルが割拠。西ローマはこれらに名目的な宗主権を持つだけで、
首都ラヴェンナやミラノ周辺にしか支配が及ばず、実権もヴァンダルやブルグンド出身の将軍・宰相が握るようになっていた。
やがて宰相オドアケルは東ローマ皇帝に西の帝位を返還し、東ローマの宗主権下にある「イタリア王」となるが、
のち東ローマは東ゴート王テオドリックを派遣してオドアケルを殺させ、代わりにイタリア王に封じた。
その後、イタリアは東ローマに再征服されたりランゴバルドに支配されたりしたが、
西ローマ皇帝は存在せず、ローマ皇帝を称するのは東ローマ皇帝だけだった。
8〜9世紀にフランク王国が再統一されて強大化すると、その王カールに教皇が勝手に戴冠して「ローマ皇帝」に祭り上げた。
東ローマは彼をローマ皇帝とは承認しなかったが、一応この帝位がのちの神聖ローマ皇帝にまでつながっていく形となる。
772 :
世界@名無史さん :2010/11/30(火) 20:41:32 0
こんばんわ。 中国について質問です。 漢王朝の皇帝の冠は簾みたいなのがついてたんですが、 明王朝の皇帝の肖像を見ると、そういう冠じゃなくなってます。 衣装も黄色いようです。 同じ漢民族の王朝なのに衣装が違うのはどうしてなのか教えてください。 元朝で漢服?の伝統が変わったんでしょうか。
何故スイスは第一次世界大戦の時リヒテンシュタインに食糧援助したの? 見返りなんかほぼ期待できないのに。
>>764 副王は王族やそれに準ずる大貴族が任命されてたのかな?
単なる官僚がそんな称号帯びるなんてありえないし。
19世紀後半から20世紀初頭にかけてのヨーロッパでは、スペインや ポルトガルよりイタリアの方が力関係は上?
>>775 イタリアは一応列強だったからね。国力も昇り調子で主要国の一つ。
スペインやポルトガルは既に国際政治の舞台から転落してた。
777 :
世界@名無史さん :2010/11/30(火) 21:09:52 O
なんか昔の人って、気に入らないことがあるとすぐ戦争しますよね 戦争して勝てばなんでも解決(勝った国の思い通り)になるもんでしょうか?
778 :
◆EAbyJft1LY :2010/11/30(火) 21:13:57 0
>>774 副王は職務的には総督と変わらない名誉称号のようなものだから、
それなりの家柄の人物が選ばれた事は確かみたいだね。
そんなに単純な話でもない。勝っても戦後の交渉次第で何も得られないことも珍しくない。 大国が戦後処理に介入してきて、全部引っ繰り返すこともあるし。
>>778 ボルトガルのインド副王アルブケルケとかは下級貴族からの叩き上げじゃね?
781 :
◆EAbyJft1LY :2010/11/30(火) 21:20:56 0
>>780 ポルトガル領インドはそうかも知れないね。
僕はちょっとそっち方面は良く知らないんだけど。
スペイン領アメリカの副王に限って話をしてしまってたよ。
イギリスやポルトガルのほうの副王についてはちょっと良く分からないや。
>>773 戦時中のイギリスやスイスがリヒテンシュタインの「非武装中立宣言」を無視する行動をとり、
見かねた「武装中立国」スイスが支援の手を差し伸べた。
自国と国境を接し、言語的にも民族的にも非常に近い小国が、
罪もないのに大国から虐げられているのは放置できないとスイス人は考えたのだ。
まあ騎士道精神というか、元々民衆の連帯で成立した国だから同胞精神というか。
幸いにリヒテンシュタイン家は大金持ちだったので、のちの金融立国スイスも潤ったとか潤わなかったとか。
>>777 今でも最強の大国は毎年のように新たな戦端を開いているが……
>>781 副王って、ヨーロッパ内のスペイン領にも派遣されてるよ。
あと、イギリスの副王は軍人や政府高官などが任命されることが多い。
>>777 なんかタイって気に入らないことがあるとすぐクーデターしますよね。
病気みたいなもんだ。
戦争は経済や国交、諸権利などが複雑に絡み、およそ民主的意図の元で
やむを得なく起こる。
>>772 明は北朝風。
だいたい北魏あたりでチベット族のような北朝風の袍に変わったのでしょう。
清朝では両サイドにスリットが入ったタイプの袍も出てきます。
787 :
世界@名無史さん :2010/12/01(水) 00:31:22 0
>>779 露土戦争に勝った後のロシアがいい例だよな。イギリスとドイツが介入して、
サン・ステファノ条約で得たものをほとんどベルリン条約で失ったし。
788 :
世界@名無史さん :2010/12/01(水) 00:32:29 0
>>782 ということは、その件に関する某漫画の説明は正しかったということか。
>>752 >>デカルトが『我考える故に我あり』と存在の根源を考えたように
> 何か判らないが『考えている存在が有る』だと聞いているが。
デカルトは『世の中の何が正しいのか判らない、まず全ての物を疑ってみようと考えた』
色んな物事を疑って行った末、ある結論に達した。
「色んな事を懐疑的にみてる、思考してる俺自身の存在は疑いようがないんじゃね?』
ここから有名な言葉が産まれた訳だが、
『思考してるからには思考する存在が実存する』→唯物論
『すべての物事は外界への認知作業より始まる』→唯心論(観念論)
それは同時に全く異なる理論を内包する事になった。
両者は水と油のように相容れない存在のようだが実はその認識は間違ってて、
両者のつながりを考えると車軸に支えてる両輪のような存在だと言える。
デカルトの『精神・物質』の2元論的世界観はメカニカルな機械論的世界観を産んだ、
ここの物質世界観はフランスなどの百科全書派や啓蒙主義に影響を与えた、
ドイツの哲学の流れは言うまでもないよね。
大陸派は『思考する機械(人間のモデル化した本質)と外界(自然や唯物的物)』で
人間の理性(内面)と外界(物質や自然・対象世界)と切り分けたけど、
『人間の理性と言うものは 普遍的完成されたもので 正しい判断機械』
この大前提が有った。だってそうじゃないと理論の土台が崩れてしまう。
対してイギリスでの外界認知のモデル論は
『悟性が外界を認知したり物事を判断している』と考えたが、
この悟性(理性や精神など)の性質や存在を全面的に肯定したものではなかった。
精神反応の生理学的メカニズムの解明に方向性が向かったとも言える
(これがイギリス経験主義の問題テーマだと思っていいよ)
あれは冕冠といって、皇帝の即位式とかの儀礼で用いる特別な冠。 隋唐宋明でも使用されたが、普段は髷を覆う形の冠が使われている。 冕服が黄色と定められたのは隋代で、以後黄色の服は皇帝専用とされた。
>>782 >戦時中のイギリスやスイスが
おお失敬、イギリスや「フランス」が、でした
>>786 >清朝では両サイドにスリットが入ったタイプの袍も出てきます。
あのチャイナドレスって、中国古来のものかと思っていたが
以外と新しいんだね。
>>792 中国や台湾のヲタクに『やっぱ、お前らはチャイナドレスに萌えるの?』って聞いたら
『あれは中国人の民族衣装じゃないよ』と軽く否定されたw
若い姉ちゃんが着るんじゃなくて年寄が着るイメージなんだってさ。
日本は中国を、随・唐・宋・元・明・清と、それぞれの時代の王朝名で呼んでいたようですが、 (もっとも、『唐渡り』のように、昔の王朝名でも意味は通していたみたいですが) 欧米では、中国をどうゆう呼称で呼んでいたのでしょうか? ローマ時代に「絹の国」と呼ばれてたらしいとは、どっかで読んだ気がするのですが
>>795 本来の清朝期のはズボンを履くんだよ。
そして活動しやすくゆったりとした寸。
ブーツを履いて馬にも乗る。
>>795 ベトナムのアオザイも、日本人好きだよね
798 :
世界@名無史さん :2010/12/01(水) 01:04:47 0
我思う故に我あり って仏教の言葉だよ
中国の伝統の裾の長いスカート状の服だと馬にまたがれないからな 騎馬民族の服であるチャイナドレスのスリットは本来、色気のためではなく、騎乗のためにある 当然、下にはズボンを履く 下にズボンを履かずに脚線美をチラチラ見せるのは、おそらく上海の租界か香港あたりのクラブ で発達したんだろうね
>>793 上海や台北でそういうことを聞いたら、その後本人達が悩むだろうな。
旗袍が南朝の民族衣装だったっけ?って。
何事も問題提起だね^^
>>794 秦に由来するチン、チナ、チャイナとか、契丹に由来するキタイとかだね
ビザンツ帝国では、少なくとも初期には、ローマ時代と同じくセリカ(シルクの国)と呼ばれてた
>>799 今はジャージー履いててありきたりだけど、
昔のチベット族は巻きスカートでガウン状。それで馬に乗っていた。
草原でウンコするために両サイドスリットだと恥ずかしいでしょ。
>>794 古代ギリシャ時代には、かの地は「セリカ」と呼ばれた。
絹をギリシャ語でセーリコンというのは、漢語の「糸(スー)」から来たとも言われる。
西暦1世紀のエジプト在住ギリシャ人が書いた『エリュトラ海案内記』では、インドの彼方にチーナイThinaiという国があると記す。
これはインド人がかの地を「チーナ(秦)」「チーナ・スターナ(秦の地)」と呼んでいたことによる。漢訳仏典では音写して支那、震旦という。
これが西へ伝わって、セリカの他にもシナエSinaeという呼び名が広まる。
ペルシア語ではチーンChin、アラビア語でスィーンSin、イタリア語でチーナCina、フランス語でシーヌChine、
デンマーク語でキーナKina、英語でチャイナChinaとなった。他にも各国でチーナ系の呼び名を使っているが、
日本だけは歴史的なあれこれにより「シナ」「支那」を使うとあちらから文句を言われる。
また、7世紀のビザンツ帝国ではかの地のことをタウガスTaugasとも記したが、
これは鮮卑「拓跋」部が建てた北魏やその系列の隋唐などを、突厥が「タヴガチュ」と呼んだことに由来する。
10世紀に契丹が興り、同族のモンゴルが大征服を行うと、かの地は「キタイ」「カタイ」として知られ、
ロシアやモンゴルやブルガリアや旧ソ連諸国では今も「ヒタイ」「キタド」などと呼ばれている。
また南部の旧南宋領は「マンジ(蛮子)」、あるいは「チーン」と呼ばれた。
>>799 >騎馬民族の服であるチャイナドレスのスリットは本来、色気のためではなく、騎乗のためにある
当然、下にはズボンを履く
>下にズボンを履かずに脚線美をチラチラ見せるのは、おそらく上海の租界か香港あたりのクラブ
で発達したんだろうね
なるほど
それで一冊、本が書けるね
>>799 ナーダムの時の衣装が、昔のその地域の復元だという前提だとしたら
モンゴルは東のほうがサイドスリットの満洲族タイプ、
西のほうがガウンタイプのチベット族タイプみたいな感じだな。
806 :
世界@名無史さん :2010/12/01(水) 02:20:30 0
>>803 漢字で書かなければ誰も文句言わないぞ
漢字で書くとえらく気分害するみたいだけど
>>798 仏教は一切皆空なのに我が有ってはイカンでしょ。
俺はてっきりチャイナドレスは元々満州族の衣装で 満州族は非騎馬民族だと思っていたよ。
ま、遊牧はしてなくても牧畜はしていたわな>満州族
牧畜してると騎馬民族なんだ これまた勉強になった。
遼寧や吉林は森林地帯で豚の比率が高いから そんなに多く騎乗できるような馬や牛を持ってなかったよ。 馬の乳は半年全くでないし個体別には三ヶ月弱しか出ない。 森林地帯だと贅沢な家畜だよ。 もう少し北の黒龍江だとトナカイがいるんだけどね。
812 :
◆EAbyJft1LY :2010/12/01(水) 04:23:03 0
>>784 あれ、そうだっけ?ヨーロッパ内のスペイン副王領って言うと、
具体的にどこ辺り?オランダなんかは総督だった気がするけど。
>>812 有名どころじゃナポリとシチリアが副王領かな。
814 :
◆EAbyJft1LY :2010/12/01(水) 06:04:43 0
>>813 南イタリアのほうを忘れてた。あそこら辺の副王の権限っていうのは、
それ以前のナポリ王やシチリア王の権限と基本的には同じかな?
815 :
世界@名無史さん :2010/12/01(水) 06:42:58 O
ヤハウェってキリスト教の神ですよね? 調べたらユダヤ教の唯一神としかかいてないんですが…
817 :
世界@名無史さん :2010/12/01(水) 08:58:25 0
>>815 基本的にはYHVHはユダヤ教の唯一神。
ユダヤ教から派生したキリスト教もイスラム教もYHVHの存在を継承している。
イスラム教ではYHVHが「アッラー」と自称したとされている。
騎兵隊を持つのはすごく金がかかる、と書かれた本を前に読んだのですが モンゴルの数千頭以上もの膨大な騎兵はどうやって維持されていたのでしょうか?
>>794 CATHAYもしくはCHINA
陸路で行くCATHAYと海路で行くCHINAは長らく別の国と思われていた。
>>818 あれは生活と分離した常備軍とかじゃなくて一種の屯田兵みたいな感じ、
放牧してる家畜を流用してるから軍隊を維持する維持費とはまた別だよ。
飼葉を集めて飼料を与えると言った馬を養う形式と違って、
草原に放てばそこらの草を勝手に喰うでしょ?維持の形態がまず違う。
食料が無くなればそれまで乗ってた馬を喰って食料にしちゃうし、
骨から矢じりを作って腱を弓の材料にしたりした。
生活に則したライフスタイルをそのまま軍事的なものに活用したんだ。
制度的なものも改善したしね
>>818 農耕民族が態々本来の生態系に合わない馬を維持し、訓練するのと、
騎馬民族が日常生活の延長で騎馬戦闘するのとでは話が全然違う。
モンゴルは馬に乗るのも弓を使うのも日常生活の一部だし、
馬の餌もそれ自体は幾らでもその辺に生えてる。
ただし生活の延長だからヨーロッパの騎士みたいに重装備は揃えられない。
一方農耕民族は普段の生活で馬に乗らないし弓も使わないから、
生活とは別に人手と時間を必要とする。
馬も、農耕馬はともかく、軍用馬は餌を育てて定住地に運び込まないといけない。
しかし初めから生活と切り離された専門兵だから、生活の範囲を超えた重武装ができる。
要するに騎馬民族にとっての騎兵は、農耕民族にとっての歩兵と大差ないかそれ以下の手間でしかない。
>>815 YHVHは直接名前を呼ぶと祟るので、別名であるAdonai(主)とかElohim(神)とも呼ぶ。
異教徒のギリシャ人は普通にYABEとか呼んでたが、キリスト教化するとKyrios(主)とかTheos(神)と呼ぶようになり、
ローマ人はDominus(主)やDeus(神)、ゲルマン人はLord(主)やGod(神)、スラヴ人はBog(神)、アラブ人はAllah(神)と呼んだ。
単にYHVHと呼ばないだけで、ユダヤ教徒もキリスト教徒もムスリムも皆同じ神を崇めている。
AllahはElohimやElohがアラム語からアラビア語に入った形とされるが、
パレスチナの先住民もELHという神を「神々の王」「至高神El Elyon」として崇めていたようだ。
Wikipediaのウィーン体制の記事が日本語版と朝鮮語版にしかないんですが、他の地域では使われない言葉なんでしょうか?
>>815 ユダヤ教もキリスト教もイスラム教も、天地開闢からこのかた世の中に神様は一柱という教義なんだから、
世の中に立った一柱の神さんなら同じものとしか解釈しようが無いじゃん
このスレに影響されて、店頭で見かけた生姜蜂蜜漬けをつい買ってしまった 甘辛ウマ〜 もうこの冬は手放せない
826 :
◆EAbyJft1LY :2010/12/01(水) 16:25:45 0
>>816 アラゴンとかナヴァールはイベリア半島内でも、
歴史的に独自性のある地域だったし、スペイン領になった経緯を考えても、
副王領扱い(本国とは違う)なのは納得できるね。
中国やヨーロッパの古代・中世の金融制度については、 知ることが難しくありませんが、同じく古代からの先進地域のインドでの、 前近代の金融制度ってどうなってたんでしょうか?
828 :
◆EAbyJft1LY :2010/12/01(水) 19:21:58 0
>>827 古代インドでは普通に貨幣経済が浸透してたみたいだよ。
十六国大国時代には打刻印貨幣というその名の通り、
銀などの金属に刻印(大抵は宗教的なもの)を打ちつけた貨幣が流通していた。
クシャーナ朝などの外来勢力が侵入してくると金貨も流通していき、
中世には他の地域と同じようにインドでも金銀銅の貨幣が一般化したらしいよ。
829 :
世界@名無史さん :2010/12/01(水) 19:37:05 0
古代インドの貨幣でたぶん最も古いものは『ベント・バー』と呼ばれてる銀貨。 北インドから中央アジアにかけて流通してたみたい。 ペルシャの影響は形状には表れてないけど、単位重量のほうにはあると思われる。
コインはなぜ円形になることが多いのでしょうか 例外はあるにせよ、そちらが普及しなかったのはなぜでしょう
831 :
◆EAbyJft1LY :2010/12/01(水) 19:44:24 0
>>830 先に述べた古代インドの打刻印貨幣なんかは四角いタイプのほうが主流だった。
>>771 オドアケルが東ローマ皇帝に嫌われた理由が分からん
ゲルマン人だから?
テオドリックに首が挿げ替わっただけで東→西の間接統治には変わりないよね
>>826 それらが先で、
新世界にも適用した形。
>>828 投資とか両替とか銀行とか貸金業とか手形とか、そういうのはどうなってたんでしょう?
時の東ローマ皇帝ゼノンはすこぶる人気がなく、やがてオドアケルも反ゼノン派と協力するようになったが、 ゼノンは「内政干渉すんな」と怒って東ゴートと結び、オドアケルを倒させた。 まあ当時の東ゴートは東ローマ帝国を狙ってたので、身代わりにイタリアを差し出したといえなくもない。
>>835 インダス文明はシュメル文明とすでに海洋貿易をしており、
秤や分銅が使われていて、銀や貴石の重さで取引を行ったことが分かっている。
後世のインドの貨幣の重量基準もこの分銅の倍数で定まっていたという。
また仏典には、僧侶が寄進で得た土地や金銀を運用して「利ザヤ」を稼いでたという話すらある。
仏教教団は殺生につながる農耕を禁じていたので、金融業に手を出したのだ。
インドは東西貿易路の中央に位置し、古来海陸で盛んに交易が行われていたので、
仏教教団は彼らと結ぶことで富を蓄えたようだ。
>>835 8世紀頃にならないとそこまで出てこないと思う。
現在のファイナンスの原型は12世紀になって確立。
経験論と観念論の件、ありがとうございました。
840 :
◆EAbyJft1LY :2010/12/01(水) 22:25:46 0
>>834 まぁ、確かに年代的にイベリア内の副王領のほうが成立は早いだろうね。
>>838 別に金銭の貸し借りによって利益を稼いでいた商人は、
8世紀より前のインドにも普通にいたよ。
南米各国の中で歴史上一番長い間政情が落ち着いてたのはどこ? 南米最大の経済大国だったアルゼンチンあたりかな?
>>840 会計学上の勘定の概念は8世紀にならないと出てこないし
12世紀にならないと複式簿記が出てこないんだよな
843 :
◆EAbyJft1LY :2010/12/01(水) 22:33:28 0
>>841 アルゼンチンは初期のグダグダやペロン登場からの政情不安もあったからどうだろう?
個人的にはチリが結構安定してた気がする。ピノチェトぐらいしか独裁者も出てないし。
844 :
◆EAbyJft1LY :2010/12/01(水) 22:40:00 0
>>842 う〜ん、会計学的なことは良く知らないけど、ただ単に金の貸し借りと、
それに伴う利子によって日銭を稼いでた商人ぐらいならいくらでもいたでしょ。
投資や金融っていう概念でやってたかはどうかはともかく、
高利貸しなんていう職業は複式簿記が出る前からあったと思うけどなぁ。
>>830 そりゃ、体積に対して打刻する面積を稼ぐ平たい形状が好まれる。
地金貨幣なので、量目が減ると価値が下がる。
削ったことが判りやすいということで、円形なんだろう。
846 :
842 :2010/12/01(水) 22:47:04 0
>>835 の意図するところはただの高利貸しではないから
イスラム会計学のことをキッチリ押さえて話すべきだと思ったまで。
投資は、仕掛および資産の概念があるので、やはりイスラム商人が
明文化した理屈でしょう。
847 :
◆EAbyJft1LY :2010/12/01(水) 22:50:03 0
>>846 なるほど。インドにおけるそういう会計学的な投資や金融の概念は、
イスラーム勢力のインド侵入とほぼ同時に伝わったのかな?
848 :
842 :2010/12/01(水) 22:53:21 0
五代十国期に東アジアにも伝わっています。 だが、明の時代にどっか行ってしまったんだよ (ToT)
貨幣なんかあったら、 手許の今の銭と、手許に無い将来の銭とを、交換するくらいのことあるだろ。 貸し借りなんて人間に時間と所有の概念が両方あれば自然発生するんだし。
850 :
842 :2010/12/01(水) 23:05:18 0
信用創造や先物取引は、それだけでは出てこないよ。 貨幣の改鋳を意図的にやれるようになったのは、アッバース朝だと思う。
851 :
◆EAbyJft1LY :2010/12/01(水) 23:08:47 0
>>850 僕自身あまり会計学は詳しくないので、どうも842さんが定義する金融取引が、
具体的にどういうものなのか良く分からない。
それまでにもあっただろう高利貸しなんかとの線引きはどこら辺なの?
投資も両替も銀行も貸金業も手形も、神聖なるヨーロッパ白人様が発明するまで地球上に存在しなかったよ。
チャイナドレスのルーツは清朝の満州族の衣装だから、 漢族の衣装ではないという意識はあるんだろうね。 チャイナドレスになってきたのは1920年代から。 そのころは西洋でも第一次大戦後の世相の変化で 女性のスカートが短くなって足を見せるようになっていた。 それで西洋のワンピースを真似てにアレンジして、 だんだん身体にぴったりしたラインのものが現れるようになった。 ただ、スリットはあっても丈が長くてたっぷりしたスタイルのものも多かったので 意外と足がもろ見えにはならない。 また、丈の短めの上着にスカートを合わせるスタイルもあった。
>>848 元まで相当高度な信用取引や金融やってたのに、
なんで明で失われちゃったの?
855 :
◆EAbyJft1LY :2010/12/01(水) 23:20:19 0
>>852 842さんがさっきから言ってる金融に欠かせない複式簿記というものは、
アッバース朝時代のイスラーム世界で誕生したものなんだけど。
金貸しが出資を仰いで金を集めるが、手形で貸し出す総額はそれ以上の額面になる。 自己宛の手形が銀行券であり、それが紙幣。 信用創造というのは、元本以上に金を作りだす錬金術なのだよw
>>854 明朝の政策がだんだん農本主義が強くなっていったからだろう。
>>853 旗袍
旗⇒旗人=清朝の特権層=満洲人
袍⇒衣服
なんでギリシャの彫像とか皆包茎チンコなんですか? 外人はオールズル剥けのイメージが強いんですが
割礼でもせん限り普通はかぶってるもんだろ 癒着して剥けないのが包茎で、仮性包茎は生物学的には正常な状態だ
861 :
世界@名無史さん :2010/12/02(木) 01:55:58 O
三帝同盟ってフランスの共和制にたいして立ち上げられた同盟ですよね ところで何故フランスの共和制はこんなにも恐れられたのでしょうか?
うちの国でも王や貴族を殺して庶民で政治をやろうぜ とか言うのが増えたら困るから
なるほどありがとうございます
中国の歴史を扱った物語でよく見る、両手を組むアレって何ですか?
ラーメン屋のマスコットとかもやってるな 拝礼のポーズじゃないの?
ドラマの中で林則徐がやっていたゼスチャーかな? あれのせりふは「同意」ではなかったっけ? ちと、動画かAAで例示してくれw
867 :
世界@名無史さん :2010/12/02(木) 03:02:10 0
荀子を読んだらわかるよ
拱手の事かえ?
869 :
864 :2010/12/02(木) 03:29:21 0
>>868 ググったらそれみたいですね。あれが何なのか知りたかったので。
ありがとうございます。
フランス第一帝政の新領土(ネーデルラント、ジェノバ、イリュリアなど)の人達は パスポート無しで旧フランスに行けたんでしょうか?
南北戦争において、シャーマンは何故「海への進軍」をやったのでしょうか? 当時既に北部の勝利はほぼ時間の問題だったわけですし、なにより内戦なのですから、 南部を徹底的に破壊したら、勝っても復興に莫大な時間とカネがかかる上、南部人の恨みを 買って連邦を再統合しても南北間に感情的なしこりを残すなど、長期的に考えてデメリットの方が 大きかったと思うのですが。事実、南部の復興には時間がかかりましたし。
>>861 当時の共和主義なんてのは後の共産主義の如く恐れられてた存在
これを潰さなければ伝染病のように隣国へ蔓延してしまう
しかし結果として防ぐことができずウィーン体制後に各国で革命騒ぎが起きてしまった
873 :
世界@名無史さん :2010/12/02(木) 06:20:16 0
共和制の 西側はユダヤ人がカミサマな。 東側は人民がカミサマになったんだよ、これが。 で「ドル決済」で貿易しなくなった国は容赦なく 叩き潰された。日帝もそのひとりw
>>871 軍人の仕事は勝つことであって、戦後のことを考えることじゃない
勝利が時間の問題といったって、南軍側の武装戦力が残っていてまだ降伏していない以上、なるべく
効率よく敵戦力を潰し、降伏させるよう戦略や戦術を立案し、それを実施するのは、彼の立場としては
当然の話だ
戦後の復興だの南部住民の感情だの、そんな政略を考えるのは彼の任務じゃない
政略を考えるのは、リンカーンら政治家の仕事
>>871 戦争というものは力で解決するものだから、ほどほどのところで妥協すると、敗者がリベンジを考えてしまう。
コテンパンにやっつけて「勝てる気がしねぇ、ぜってー勝てねぇ」と思わせてしまうしまうと、長く反抗しない。
復興についても、経済から見ると解る。
近代社会での好況不況の波で、経済活動の停滞する不況の最大の原因は、財の過剰、特に生産財の過剰に
よってもたらされる。作りすぎた製品、需要を超えた生産設備なんかが不況を引き起こす。
不況から好況に立ち上がる転換点は、余剰の生産設備の破棄が或る程度進んだところにある。
戦争というものは、財を多量に消費し、生産財を破壊する。余剰の財を消し、余剰の生産設備の破棄をすすめる
ことに等しい。資本の蓄積のある北軍が、産業的に立ち遅れた南部の生産財を破壊することは、乱暴だが、経済
政策的には合理的であり、復興即ち経済の活性化には寧ろ破壊が理に適っている。
形式的には内戦なんだが、実質的には二国家間の総力戦ととらえた方が的確だでよ。
877 :
世界@名無史さん :2010/12/02(木) 09:51:29 O
せんえんの盟と慶暦の和約って結局宋は損しかしてないんでしょうか?
司馬遷を中国語で発音するとスイマチェンに聞こえるのは何故なんですか?
879 :
世界@名無史さん :2010/12/02(木) 12:32:43 0
siスィ maマー qianチエン
880 :
世界@名無史さん :2010/12/02(木) 12:47:27 0
別れ際に、「莫囂円隣大相七兄爪謁気 吾瀬子之射立為兼五可新何本」と歌った。
881 :
世界@名無史さん :2010/12/02(木) 12:50:08 0
スレを間違えました
>>877 いいえ
戦争を止めてもらえたので、宋の大得です
883 :
世界@名無史さん :2010/12/02(木) 13:58:01 O
884 :
世界@名無史さん :2010/12/02(木) 17:03:47 O
20世紀初期って情報伝達の技術進んでたんですか? 日英同盟が結ばれたりしましたし 昔なら日本とイギリスが結びつくことなんてなかったわけですし
ドーバー海峡には1850年代に信号ケーブルが敷かれ 電信が商用化された事業として各国に確立していました。 20世紀に入ると無線によって山間地や島嶼へも電信網が整備されています。
そうなんすかありがとうございます
>>877 領土意識というプライドさえ抜けば、契丹に払ってた歳幣は交易で結局宋に
戻ってきてたし、歳幣の負担も宋の財政規模で言えばたいした額じゃないか
ら、戦争する場合の負担とリスク考えれば、長期的には得になってる。
まあ、人間はそれで満足できるものじゃないが。
寧ろ、西夏方面のほうが歳幣与えてても小競り合いが絶えなくて、戦時と
同じ規模の軍を配置しなければいけなかったから、その軍事費が財政圧迫
して新法の原因になってる。
単純な損得勘定で言えば、対西夏関連のほうは損になってる。
ローマ滅亡後、各地に生まれた王国だの公国だの、その他封建領主ってのは、 ローマ時代からの地方知事や軍団長や地元豪族がルーツだったりするん?
ローマ外の異民族がルーツの場合が多いよ
ローマ内の有力領主とかは、どっかに消えたのか? 元老院階級の貴族とか、騎士階級の地主とか、そういう奴らはどこ行った?
ヴェネチアってそういう人らが逃げた先に作った街なんじゃなかったけ
天皇ですが南朝と北朝ってどっちが正統なんですか?
日本史板で聞いて。 中国の南朝と北朝なら答えるけど、日本の南朝と北朝は板違い。
現代では、どちらも天皇として扱われていますので、どっちも正統です 日本人らしい「玉虫色」の解決ってやつです
カエサルとシーザーとツァーリどれが正統なんですか
ここは受験勉強系の質問もしていいんだろうか
>>861 は質問者が勘違いしているのか回答者が混乱してるのか。
三帝同盟というと,普通は独墺露のビスマルク体制を指さないか?
だとすれば共和政を恐れていたんじゃなくて,フランスを孤立させるため,というのが正しいと思うのだが。
>>877 すでに出てるように,契丹族が宋から物を買うので結局還流して戻ってきたから大した損害じゃなかったって話。
どころか,中国の文物に慣れきってしまった契丹族は弱体化して,女真族を呼び込んだという。
で,その女真族も中国の文物になれきったところにモンゴルがry。
>>897 >>1 を見てくれ。
>>898 中国文化に染まって弱体化しなかった征服王朝って一つも無いよな。
中国文化には軍事力を弱体化させる毒でも仕込まれてるのだろうか?
900 :
世界@名無史さん :2010/12/02(木) 23:18:09 O
天皇だって武士だって最初は好戦的だっただろ。
ロシア二月革命に詳しい資料はあるでしょうか? 山川のロシア史3を持っているのですがネットと結構細部が 違うようなので……。
902 :
世界@名無史さん :2010/12/03(金) 00:28:53 0
>>890 勿論、ローマ系貴族もゲルマン人の諸勢力に取り込まれていってるよ。
なんで漢は秦の郡県制から郡国制に変えたんですか?
904 :
世界@名無史さん :2010/12/03(金) 01:05:03 0
>契丹に支払った歳幣で中国の文物を買うので この手の話よく聞くけどその度にハァ?って思う。 >長期的には得 「戦争する経費」と比べるならマシとか言っても 全体では「得」にはならんだろw 文物だって労力掛けて無料でじゃないんだし、領土取られて物も取られて、 ノーマルの状態から言えば「損」である事に変わりは無い。
>>904 宋の対遼貿易や、南宋の対金貿易はものすごく儲かってて、
圧倒的な貿易黒字叩きだしてて、遼や金の金をゴッソリ吐き出させてた。
歳幣どころか、普通に集めた金も宋に持ってかれてた。
>>903 用語として変 昔の日本の歴史教科書っほい
マジレスすると、功臣を王にして封じたが呉楚七国の乱でその制度は崩壊
異民族系の国も滇王国以外は滅んでいる
907 :
世界@名無史さん :2010/12/03(金) 01:17:10 0
>>905 へえ。
じゃあその貿易黒字の根拠となる数字の詳細を教えてくれ。
もちろん「元々の旧領土から上がる収益+歳幣」を差し引いた上で黒字にならんと
いかんのは理解できるよな?そこまで収奪できるほど遼や金が膨大な経済発達していたと思えないがw
>>898 というよりも,都市に侵入して遊牧民は定住化して武力を失い,新興の遊牧民と抗争するのが歴史の法則だって,
イブン・ハルドゥーンさんが言ってた。
まあ世界的に普遍な現象じゃないの?
>>904 戦争すれば十中八九負けることがわかってるなら,金銭のほうがよほど得でしょう。
負ければ命なり身分なりもろもろ失うわけで,経済的な損失だけじゃはかれないものも失う可能性がある。
そもそも古代から現代まで,人類は商業圏のために戦争してきたところがあるわけで,
歳幣でそれが買えるならむしろ安いもんかも。
>>905 の言うように,払った以上に戻ってきたわけで。
>払った以上に戻ってきたわけで。 なんかまだ分かってないみたいだけど、「マイナスの度合い」が変わっても 「得」と言えんと思うが?マイナスの内は。 −5が−2になったとしてだ、得とか「大儲け」とまで言うならそれを帳消した上で 大幅な+にならんとだめだじゃん。
910 :
世界@名無史さん :2010/12/03(金) 01:29:30 0
>>907 茶の交易代金が莫大なので、金は華北でも茶の生産を奨励してた。
歳幣額以上の代金が宋に戻ってる。金の食貨志をみんさい。
元々の旧領土から上がる収益は、関係ないような気がするよ。
>>903 秦は六国を滅ぼすと、全部郡県にし直轄支配しようとしたが、無理が祟って崩壊。
大乱を制した覇王・項羽は諸王侯に領土を与え、列国が楚を盟主とするようにした。
漢中という辺境の王に封じられた劉邦は諸侯に手を回して項羽に背かせ、歯向かう敵はなんとか潰したが、
一応皇帝とはなったものの実質支配は関中周辺にしか及ばず、「漢帝国」の領域内には外様大名が多数いた。
漢帝は匈奴にへいこらして虎の威を借りつつ、こいつらを取り潰して譜代や親藩や天領に変えていき、
武帝にようやくほぼ全国を郡県化することに成功した。
>元々の旧領土から上がる収益は、関係ないような気がするよ。 あのね、その金も物も元は自分の物って分かってる?
>>912 分からない子だね。遼や金では、あまりにも出てく金が多すぎて、経済を圧迫してるから、
宋との貿易を止めようって意見がたびたび出てた。
「国中の金を毎年毎年宋に持っていかれる」と嘆く大臣もいた。全部史書に書いてあります。これで納得?
914 :
世界@名無史さん :2010/12/03(金) 01:45:57 0
>>912 遼や金に奪われた時点で華北はもう他国のもので、宋のものではない。
それをいったら朝鮮も満州も日本のもの、インドはイギリスのものって
逆に主張することも可能になってしまう。
それをいったら江南は、宋の領土ではなく南唐の領土。
要するに、宋は輸出超過、遼・金は輸入超過って事だろ。
燕雲十六州は遼が正式に後晋から譲渡された土地であって、宋朝のものであったことはないけどな 歴代中華王朝の支配地だったから返せといわれても
誰に言ってんの?
一代で国の面積を最も拡大させた君主は誰でしょうか? チンギス?アレクサンダー?
920 :
世界@名無史さん :2010/12/03(金) 03:39:00 0
なんかここの人は根本的に分かってなさそうな。 >嘆く大臣もいた 歴史板なのにそんなアバウトな話だけじゃ、搾り取った歳幣が出て行くのか、 新規領土の経営の旨みが減るとの嘆きかも分からん。だから数字教えてくれって言ったのに。 >歳幣以上の代金 だから莫大な利益を生む投資したわけじゃないんだから。いわば貢納だろ? 歳幣戻ってきてゼロだよね。 それも無料で返してもらったわけじゃなくて、莫大な文物引き換えなわけ。 両方とも元は誰の? それから領土奪還の紛争や帰属の正当性を無視するにしろ、 遼にしろ金にしろ版図は増大してんだから。両者の経済を語る場合は 華北の新規領土の収益分加えた上での話になる。それ以前は武力では秀でても 宋を経済力で上回る経済大国とは到底思えない。 総合的な視点ではやはり両国が結果としては圧倒的な+だろうね。
わりとどうでもいい
922 :
世界@名無史さん :2010/12/03(金) 03:43:08 0
クスクス ___ / \ /ノ \ u. \ !? / (●) (●) \ ← 920 | (__人__) u. | \ u.` ⌒´ / ノ \
遼は交付金の何倍も 暴利で言い値の輸入品に支出しているんだろ。 石炭を売った金が全部輸入支払代金へ行く。 宋からみればただで石炭がゲットできるわけ。
>>920 根本的に分かってないのは君です。
1.遼は宋から寸土たりとも領土を奪ってません。
宋が欲しがってた燕雲十六州は、宋建国以前に後晋が遼に割譲した土地で一度も宋の領土になった事がない。
2.当時の中国は華北より華南の方が圧倒的に経済力が上です。金は華北を手に入れたけど、
手に入れてもあまり旨みが無い。むしろ、経済的に立ち遅れた華北を手放した南宋は、
華北の経営コストを払わなくて済むようになり、華南の富を華南にだけ注ぎ込めたから、
北宋より南宋の方が経済的には繁栄しています。正直、華北なんて手に入れても大して旨みが無いのです。
3.歳幣は貢納ですが、軍事費よりは安いし、これで戦争が起こらずに平和裏に交易が続けられれば儲け物。
平和を金で買ってるわけですね?そして、その平和のおかげで安定した交易ができて、
商品を一方的に売りつけて、歳幣なんか問題にならないぐらいの多額の金を搾り取ってるわけですから、
完全に宋の得です。文物文物あなたは言いますが、別に文化財売りつけてたわけじゃ無く、
茶や陶磁器や絹などの生産品を売りつけてます。これらはいくらでも作れるので、売ったもん勝ちですね?
はい、御理解いただけましたか?
>>899 盗ッ人天国のチャンコロに染まれば、まともな統治なんかできなくなるわな
>>905 貿易黒字って全然得ではないんだけれどね。
「黒字」の字面に騙されてるけれど、貨幣なんてそれ自体にはなんも価値の無いもの沢山握って
喜んでるのはバカだぜ。
貨幣との交換によって得た財やサービスそのものが価値なんだから、実質的な価値を自分らの
側に担ぎ込んでいる貿易赤字の方が富を蓄えた状態なんだよ。
南宋が欲しかったものは大同や撫順の石炭だよ。 金が滅んだ後は貴州省の六磐水の鉱山を掘っている。
>>919 太平洋までコサックを進出させたミハイル・ロマノフか
コンキスドール使ってアステカ・インカを滅ぼしたカール5世辺りじゃね?
>>926 でもそれによって得た貨幣でまたその国がサービスや財を築けるんだからやっぱり貿易黒字は
良いことなんじゃないか?
わざわざ対西夏への歳幣のことも書いて、軍事面でのコストも考えられるように しといたのに、全然無視して反論のための反論書く奴が出てくるとは思わなかっ たわ('A`) >貨幣なんてそれ自体にはなんも価値の無いもの沢山握って喜んでるのはバカだぜ。 現代の貨幣ならそう言えるけど、貨幣自体に価値があって量も有限の時代には通用 しない理屈だな。ついでに言えば当時の宋は貨幣を蓄えてたわけじゃない。逆に 貨幣が密輸出の対象で銅なんかの一般貨幣それ自体は常に銭不足。銅銭の輸出は 厳禁されてたけど、宋の商人にとっては銭自体も単なる「輸出品」なわけ。 そんで銭不足に対応して、初めて政府が信用を保証する「それ自体には価値のない」 紙幣が生まれたの。勿論宋国内でしか通用しないし、政府も紙幣なんか溜め込んでも 嬉しくともなんともないわけだが。 宋の黒字というのは、相手の経済構造自体が宋に依存している所が大きくて、茶葉や陶磁 器と引き換えに、銀なんかの貴金属や絹、馬、その他のより実質的価値のある「モノ」が 圧倒的に宋に流れ込んでる状態。特に金なんかは財政を逼迫させるほどにな。逆に宋のほ うはそこまで相手に経済的に依存していない状態なんだよ。 >貨幣との交換によって得た財やサービスそのものが価値なんだから、実質的 な価値を自分らの側に担ぎ込んでいる貿易赤字の方が富を蓄えた状態なんだよ。 宋は歳幣との交換で平和というサービスを得て、それが国内産業・貿易の振興に なって帰ってきて富を蓄えたということになるのが分からんのかねえ。 貿易赤字が富を蓄えてるという理屈に対しては上で書いたとおり。貨幣という 言葉に幻惑されすぎだ。 反論のためだけに宋代の知識無しで小難しい理屈こねる前に、まず宋代史の本 くらい読んでおこうな。
第二次世界大戦については、枢軸国=悪 連合国=善みたいなイメージが世間一般では 定着していますが、実際はどうなのでしょうか?
善悪を判断するのは歴史の仕事じゃない
933 :
世界@名無史さん :2010/12/03(金) 09:38:32 0
>>931 それは連合国側が貼ったレッテル
天皇はヒトラーと共に極悪非道の独裁者のレッテルを貼ったけど、戦後天皇に会ってみたら全然違ってた
歴史は勝者が作るものって言葉があったな
>>929 長年、貿易黒字を増やし続けている、得た金を得たままにしている、どっかの国は
貿易黒字を蓄え始めてから、発展しているかい? 衰退しているかい?
貿易赤字だった頃、新幹線作るのに外国から金借りたり、外貨や貴金属の国外
持出に制限があったり、した頃には飛ぶ鳥を落とす勢いだったぜ。
民族自決運動が起きてきて、国際的に植民地拡大政策(いわゆる侵略)から現状維持に移りつつ有る時代に 経済的な理由言い分が有るにせよ、枢軸国が植民地新規開拓(いわゆる侵略)を行ったのはまずかったな。満州のような。
>>930 前提が誤ってる。
おまぃさんは、いろいろな説話に出てくる、
黄金の一杯つまった部屋で飢死する話に出てくる哀れな人
のレベルの考えしかないんだな。
>>935 貿易収支だけでなく資本収支もあるぜよ
植民地経営をしていれば資本収支は赤字で
国外資産の運用益でいくらでも輸入品が買えるのだ。
>>937 唐の後半に南部大開発をやって
宋の時代には成果がでてきているはず。
食糧不足で餓死はしないと思うぞ。
>>937 「金」を誤読してるぞ。俺が言ってるのは「金王朝」のこと。しかも言っ
てることに何の具体性もない。誤読してる奴に前提が間違ってると言われ
てもなw
黄金の話なんか欠片もしとらんよ。だから、せめて宋代史くらい読んで
言えと言ってるんだよ。
君は当時の宋、金、契丹、西夏史に基づいた話を欠片もしていないんだ
が。だから、金の意味を間違えるんだよ。
お願いします。 十九世紀ヴィクトリア朝の英国(1860年代末頃)の、英国貴族(伯爵)が、 所有していた土地、家屋(屋敷)、財産(金銀食器、株式など)は、 平均してどれくらいですか? 当時の貨幣でいくらぐらいか?また現在の価格にするとどれくらいか? お分かりになる方、いらっしゃいましたら、是非お願いします。 あと、こういう貴族が、もし財政的に疲弊し、没落するとしたら、 一体どのような原因が考えられるでしょうか? たとえば鉱山採掘とか、そんなことでも結構ですので、お願いします。
ヴィクトリア朝時代の上流階級のうち、貴族階級は1万エーカー(4000ha)以上の私有地を持ち、 そこからの地代として年間1万ポンド以上を得られる階層であったという。 当時の1ポンドを現代日本円に換算するのは難しいが、19世紀末では一般労働者の年給が40〜50ポンド程度、 中流最下層(辛うじて女中一人を雇える)で年収200ポンドというから、まあ1ポンド5万円と見ても1万ポンドなら5億円。 (ヴィクトリア朝も長いので、前期なら1ポンド10万円ぐらい、中期なら7万円ぐらいかもしれない) 当時の地価は地代収入の30倍程度とされるので、1万エーカーなら30万ポンド、150億円。 1880年の貴族の年間所得第一位は、ウェストミンスター公爵の29万ポンドで、ロンドンの一等地2万エーカーを保有していたという。 地代収入だけでこれだから、家屋敷や動産もこれに準ずるだろう。
>>919 チンギスは父親の死によって自分の部族が崩壊して、
家族だけでタルバガン狩ったりして生活してた状況から一代で覇王にのし上がり、
内外併せて300万km2はあるモンゴル高原を統一したばかりか、
東は満洲、南は黄河、西は東西トルキスタンやアフガニスタンまで征服し、
遠征軍の一部はアルメニアやクリミア半島まで到達した。
アレクサンダーは強国の王位を受け継いで大遠征を行い一代でインダスまで達したが、
征服した面積的には500万km2程度といったところ。
アレクサンドロスの征服事業は一代で弱小国を再建して強国にまで仕立て上げた傑物の親父あってこそだからな
アレクサンダーよりは、中国史の劉秀・朱元璋の方が凄いだろうな。 この二名は一代で中華統一をしたから、面積的にはアレクサンダーと互角。 スタート地点が低い分、劉秀・朱元璋の方が上になる。
ティムールも、一代で中央アジアを統一。 面積ではアレクサンダーと互角だが、スタートが低いティムールに分が有る。
ところがアレクサンドロスも即位した途端に周囲の勢力が離反するなど窮地からの出発 実はチンギスも親父はイェスゲイというモンゴル部族を強力にさせた傑者であり その親父から築いた人脈と看板を受け継いでいる為決して不利な立場ではなかった 征服地に関しても金王朝やホラズムが健在であるため実際はかなり狭くアレク以下という説が有力
>>945 でもそれは内乱勃発した国家からの出発だからな・・・
するとレーニンが最強になる
レーニンは君主じゃないぞ。
アレク最高だよな
アレクサンドロスは33才で死んでるからな。 時間の割には拡大面積広いんじゃないか?
しかも生涯無敗
チンギスって、生涯何敗してるの?
>>951 でも、早死にしたからこそ、ボロが出なかったって言うのも有るかも知れないよ。
>>945 一兵卒から内乱制しただけならセウェルスと同類
そもそも、アレクサンダーって実在したのかよ。
お前ら本当にアレクサンドロス大王好きだなww
アレクサンドロス厨(笑
確かにアレクサンドロスも凄い。 でも、チンギスハンの方が上だろうな。 チンギスハン≧アレクサンドロス
流石のアレクでも近代兵器持った金正日率いる北朝鮮軍には勝目ないだろ?
食料攻めで勝てる。
963 :
世界@名無史さん :2010/12/03(金) 16:26:17 0
キュロス大王はどうなのよ?
964 :
◆EAbyJft1LY :2010/12/03(金) 16:26:29 0
個人的に、アレクサンドロスにしろチンギス・ハンにしろどっちも、 後世の伝説による神格化が激しいせいで客観的な人物像が描きにくいと思うんだ。 後世の創作ではなく同時代に書かれた生の史料ってどれくらい残ってるのかな?
>>963 バルカン半島、エジプトも制覇したアレクよりは下回るかな・・・
>>947 金はすでに黄河以北を失ってるし、ホラズム・シャー朝は事実上崩壊してるだろ
ジャラールッディーンがアゼルバイジャンに亡命政権作っただけで
>>966 イランにはまだ暗殺教団や旧ホラズム勢力が割拠してたし
黄河以北には大真国が健在
確かに「黄河以北」だけど満洲平原だな…
>>890 滅ばされるか、徐々にゲルマン化していった。
オルシーニ家やハプスブルク家などローマ起源を言い張る貴族もでてきたんだが、大体眉唾。
>>942 お答えありがとうございます。
助かりました。
イクター制が始まったのは932年に興ったブワイフ朝でのことで、 サーマーン朝が創始されたのが873年だから年代があわない。
973 :
オツガイ ◆EAbyJft1LY :2010/12/03(金) 17:50:11 0
>>207 サーマーン朝を建てたサーマーン家って元々ターヒル朝の部下だった貴族で、
ターヒル朝の滅亡に伴いアッバース朝の権威のもとで独立して建国したんだっけ?
ターヒル朝自体が独立国というよりアッバース朝内の地方政権っていう感じだったから、
サーマーン家も自分はアッバース朝の地方長官なつもりだったんじゃないの?
建国してからは違うかも知れないけど少なくとも建国前に関しては、
アッバース朝の地方総督っていう認識でもそんなに間違ってはいないと思う。
974 :
オツガイ ◆EAbyJft1LY :2010/12/03(金) 17:51:05 0
チンギスの征服領域の広さは当人ではなく、 フレグやジョチ、フビライなど征服を任せた血縁連中の 広がりにあるからな。 任せたからそれらもチンギスの成果に含めてる感じ。
秦檜が生前から現在に至るまでずっと不人気なのはなぜですか? 無実の岳飛に濡れ衣を着せて処刑したのは、確かに悪い事かも知れません。 しかし、主戦派の中心人物である岳飛が生きている限り、金と和平を結ぶのは困難であり、 仕方のない事だったのだと思うのです。岳飛の言うとおりに金と戦い続けてたら、 南宋は亡国への道を歩んでいたでしょうし。平和をもたらし、南宋の繁栄の基を築いた名宰相が、 なぜここまで不当に評価されるのかが分かりません。
>岳飛の言うとおりに金と戦い続けてたら、南宋は亡国への道を歩んでいたでしょうし。 これは、具体的な根拠有る? 金と戦い続けて、金を滅亡させる事は出来ないとしても、南宋が一方的に亡国への道を歩むとは思えない。
「ずっと」とは、具体的にいつからのこと? 秦檜が生きていた当時、また没後しばらくの間、 高く評価されていたはずだが
有史以来ずっと貧乏人が生きていくのが辛いのは何故ですか
>>979 貧乏人優遇政策は悪平等になるからです。
悪平等について詳しくは今週のサンデーを見て下さい。
982 :
世界@名無史さん :2010/12/03(金) 20:32:38 0
岳飛ってのは日本帝国の軍事官僚と同じだと考えてみればわかりやすいカモネ
問題は親の経済格差が教育格差を生み貧乏が世襲していることだろう。 経済的な身分の固定化だ。機会の平等は大事だよ。
>>982 今、大日本帝国の軍事官僚は酷評を受けてるが。
そろそろ次スレを頼む
>>977 何度も金の攻勢で臨安が脅かされて、皇帝が都落ちする事すらあったでしょ?
滅亡寸前のとこを、何度も軍人が奮戦してなんとか滅亡だけは免れたってのが南宋の実力。
岳飛らの言うように北伐してたら、緒戦では勝てても最終的には惨敗してたろうね。
岳飛の死後だけど、金の大軍を撃破した勢いに乗じて、国内が混乱状態の金に攻め込んだ時ですら、
猛反撃を受けて大敗してるもの。
>>978 生存中から凄い嫌われてて、何度も粛清や文字の獄を起こしまくって批判を無理やり封じ続けてたんだけど。
987 :
オツガイ ◆EAbyJft1LY :2010/12/03(金) 20:47:27 0
そろそろ誰か次スレ立てたほうが良いかと。 僕はちょっと今立てられない状態なので。
>生存中から凄い嫌われてて、何度も粛清や文字の獄を起こしまくって批判を無理やり封じ続けてたんだけど。 これが原因では?
>>989 その辺の記憶が薄れた後世になったら、マンセーされててもおかしくないぐらいの業績はあるんじゃね?
日本帝国も軍事利権をむさぼる商人ややたら好戦的で孫氏のソの字も 知らないガリ勉軍事官僚を粛清していたら、敗戦国にはならなかったかもね。
992 :
世界@名無史さん :2010/12/03(金) 22:51:59 0
陸軍大卒、ドイツ留学、陸軍大将、首相。 海軍兵学校卒、ハーヴァード留学、海軍元帥。 平均より知能は上だけど、アホなお二方。
993 :
世界@名無史さん :2010/12/03(金) 22:57:03 0
どうしてそうなった?
明治期に座学を輸入したから
ストップ!!&次スレ希望!
996 :
世界@名無史さん :2010/12/03(金) 23:42:32 0
イラネ アレク厨が勝手に建てるでしょ
なんか都合の悪いレスがあったのか 昨日の夕方にアレクサンドロスにしろチンギス・ハンのことでチャットを始めた
1000 :
1 :2010/12/04(土) 00:35:28 0
まあ俺はチンギス厨だけどな。
1001 :
1001 :
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