オーストリア=ハンガリー帝国って領土縮小されすぎだろ2
1 :
世界@名無史さん:
2 :
世界@名無史さん:2010/10/04(月) 09:50:42 0
2
3 :
世界@名無史さん:2010/10/06(水) 01:02:30 0
,/゛ミヽ、,,___,,/゛ヽ
i ノ 川 `ヽ' いちおつ・・・・
/ ` ・ . ・ i、
彡, ミ(_,人_)彡ミ
∩, / ヽ、, ノ
丶ニ| '"''''''''"´ ノ
∪⌒∪" ̄ ̄∪
4 :
世界@名無史さん:2010/10/06(水) 09:19:17 0
ハプスブルク家って七百年くらい栄華が続いたのに
最後は本当にあっけなかったよな・・・・・・(´;ω;`)ブワッ
えー・・・史上初の世界大戦で派手に散ったやん
6 :
世界@名無史さん:2010/10/10(日) 22:46:34 0
ズデーテンラントはドイツ系が圧倒的に多数派だったのに
チェコに併合されてしまった。
ナチスが取り返そうとしたのは正当な権利。
現代史誘導はやめないか?
19世紀末のオーストリア宰相(正式にはハンガリー王国以外の領域の宰相)ターフェはアイルランド人ということは知っていたが
今までアイルランドがジャガイモ飢饉にあって海外への移民が大量流出した1848年頃移民してきたと思っていた
しかし最近和訳されたハプスブルクの歴史書によると
ターフェはフランツ・ヨーゼフと幼なじみと書かれていた
となると1848年よりもっと以前にオーストリアへ移民してこないと計算が合わなくなる
ターフェの父親はいったいいつ頃なんでオーストリアに移民しに来たのだろう?
>>8 ターフェの家はその父親より前からハプスブルク家に仕官してる。
>>9 そうなんですか
19世紀にアイルランドから移民してきたらちょっと新鮮な話だと思っていたけど
ターフェ家の話ならたぶん英国史やアイルランド史の文献あたったほうがよいんじゃないかな?
12 :
世界@名無史さん:2010/10/16(土) 14:29:31 0
TVを見ていたら、マリア・テレジアから数えて7代目の直系という女性が出ていました。
お名前はカミーラ・ハプスブルク・ロートリンゲンと表示されていました。
系図等を見てもこのお名前の方が見付からないのですが、どういう方がご存知の方はいらっしゃいますか?
宜しくお願いします。
>>12です。
スミマセン、自己解決できました。
トスカーナ大公の系統で、マリア・カミラという名前でした。
マリアを除いての紹介でしたので系図で探しきれませんでした。
15 :
世界@名無史さん:2010/10/17(日) 14:02:05 0
オーストリアの近代史(19〜20世紀)についての文庫か新書でお薦めの本はありますか?
16 :
翻訳家:2010/10/17(日) 16:18:26 0
>>15 岩波新書の「ウィーン」、白水社クセジュの「中欧史」くらいかな。
あなたがドイツ語できるならいくらでも紹介できるんだけど…
17 :
世界@名無史さん:2010/10/23(土) 18:26:21 0
オーストリアは中立路線を掲げているため
軍では迷彩や銃剣のような威圧的なものを使わない方針。
兵士にはコンバットナイフが支給されているが着剣は出来ず
戦闘服はコマンド部隊や一部を除いて単色になっております。
なぜそこまで威圧的なものに過敏になっているのかというと
現代まで続く主要政党の社会民主党が1934年に蜂起を試みた際
軍に鎮圧されたのがトラウマになっているらしく、軍が政府や国民に
銃(銃剣も含めて)を向けて威圧する事態を恐れているとの事。
18 :
世界@名無史さん:2010/10/31(日) 11:56:18 0
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19 :
世界@名無史さん:2010/11/04(木) 11:18:38 O
中立とは言っても事実上、米英仏の傘下に入っているようなもの
20 :
世界@名無史さん:2010/11/04(木) 11:33:53 0
>>8 アイルランド独立が弾圧された際、カトリック国であるスペインなどに亡命した連中が多かった。
21 :
世界@名無史さん:2010/11/04(木) 15:05:59 0
てすと
『メッテルニヒの回想録』に
「今度大きな戦いに巻き込まれたら滅亡する云々」
と書いてあったっけ
オーストリアもそうだが大規模な領土を持つ多民族国家が分裂したら紛争の火種をバラまくよな・・・
ソ連だって解体したからイスラム圏とユーゴスラビアが不安定化したなんて話も聞くし
オーストリアもソ連もそうだけど民主的連邦制を導入できなかったのが悔やまれる
25 :
世界@名無史さん:2010/11/27(土) 03:02:22 0
ドイツ人の特権維持に固執してアウスグライヒやった時点で運命は決まった。
26 :
◆EAbyJft1LY :2010/11/27(土) 04:20:05 0
>>24 中東やユーゴスラビアの紛争はオスマン帝国の崩壊も関係してると思う。
あれも、オーストリアとほぼ同時代に滅んだ多民族国家だったからね。
27 :
世界@名無史さん:2010/11/28(日) 07:25:50 0
ユーゴの場合はソ連崩壊というよりは、チトー死去の影響がデカイというか、
まぁ、ソ連崩壊→東欧でなんか民族自決なう→ユーゴ内部でゴタゴタなので
やっぱりソ連崩壊が遠因なのか…。
中央アジア諸国のグダグダはソ連時代からだけど、21世紀になってさらにグダグダになったね。
トルクメンの小父さんは死んだけど、憲法無視して選挙やらない政府があったり…。
とはいえ、アフガン戦争の所為でアメリカが進出してきたり資源狙いの西側資本が入ってきて、
結果としては東欧の次くらいに自由化(?)の恩恵は受けてるな。
ソ連崩壊で一番地位が下落したのは極東ロシアかな。
オーストリアハンガリー帝国が現在まで存続していたら
夏季オリンピックとワールドカップを開催できてただろうな
少なくとも
オリンピックに関しては2004年に
アテネが落選してウィーンが当選して可能性も十分にあると思う
30 :
世界@名無史さん:2010/12/04(土) 08:13:34 0
ゲルマン・マジャール千年同盟はスラブの南北結合を阻止するためのもの。
ルーマニアがラテンの意識に目覚めキリル文字を捨てた時点で、
ハンガリーがトランシルバニアを領有する意義は希薄になった。
もしオーストリアが解体されず
現在のオーストリア+ハンガリー+チェコ+スロバキア+スロベニア
あたりで存続していたらヨーロッパはもう少しバランスがとれた状態だっただろうな・・・
イタリア、セルビア、ルーマニアに領土を割譲され縮小したオーストリア
一方でオーストリアの一部の領土を併合して国力を増強した上記三国
ポーランドはソ連とドイツ・オーストリア両国の干渉地帯となる
第2次大戦が起こったかどうかは別だが
32 :
世界@名無史さん:2010/12/11(土) 14:51:55 0
南チロル奪還
33 :
世界@名無史さん:2010/12/14(火) 00:58:47 0
オーストリア、ハンガリー、チェコ、スロバキア、スロベニア、クロアチア
が合併すると人口4千万ぐらいのいい感じの国になるんだがな。
ゴルバチョフの改革を成功させるより不可能ではなかろうか
35 :
世界@名無史さん:2010/12/15(水) 08:01:47 P
東欧でも元オーストリア=ハンガリー帝国だったところは、もう先進国っぽくなってきてるよね
ウクライナの西の端っこもハプスブルク家の領土だったんだぜ?
>>36 ウクライナの西部はかなりヨーロッパ(EU)志向と聞いたことがある。
経済的にもそこそこ発展してるんだとか。
38 :
世界@名無史さん:2010/12/22(水) 11:48:14 0
そういや、昔オーストリア海軍のスレもあったな
39 :
世界@名無史さん:2010/12/22(水) 15:05:40 0
40 :
世界@名無史さん:2010/12/23(木) 10:10:46 0
南ネーデルラントは今でも割と先進地域らしいぞ。
42 :
世界@名無史さん:2010/12/28(火) 00:40:32 0
デンボスとかナイメイゲン、ブレダあたりは今でもカトリックが主勢。
43 :
世界@名無史さん:2011/01/10(月) 22:07:50 0
日本も二重帝国並に国際的地位が低下してるな
どうやら人口と国力がイコールだった時代に戻るようだ
45 :
世界@名無史さん:2011/01/15(土) 18:21:08 0
/:/::!:: : ::|: : : : : : r``¨"".l: : : |: : : :.:..|: : :|: : : : : |: : ',: : :ヘ
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//:::|: : : :|: : : : : : | .≧十:::ハ: : : : :|=|十=マ':l: : :.:.トリ:.!|
廴_.!/: :.:.|: : : : : :ィf乏ラぅ |: / |:.:.:.:./レテらアz: : ト、:.:.:.|::| ::| 問題は帝国の核であるドイツ人の比率が低すぎて
.リ: :.:./|: : : : :.:.:Vう::::j} |/ .|.:.:./ ´{う::::j} !`:|. V .:|::| ::| 求心力がなかったこと
./: : /|.:|: : : : : : 弋:cり |:::/ Lc::リ |::/.j .}:.:.|::| :.} かといってマジャール人(ハンガリー人)にも
/..:.:/:.:|: | : : :|:.:.:.:|  ̄ |/  ̄ .l/ノ./|::/∧八 それにとって代わる力はない…
/.: :/: : :|:.:|: : : :!:..:.:| /‐'´ .l/:|:ハ
./: :,/: ::リ |:.:|: : : :|:.:.:.| ' ./:.:.:.:.:.:.:.:.|:.:.:|. しかしチェコ人の工業力や
|:.:./|: : /. l: :|: : :.:l :.:.:|\. -_‐ . イ_ :.:.:.:.:.:.:.:.ト、::!. ユダヤ人の資本力を傘下に収めておくには、
|:.:.| .!:/::::.>.!: : :.l :.:.:| .l>、 . < 丶、 :.:.:.| }::| どうしても帝国の存続が必要…
\{ l_l. イ .|: : : |.:.:.:|. | ` ー‐< } \:::} |::}
/::::::::| |: : : |:.:.:.|. | l |::へl/
./:::::::::::::::| |: : :.ヘ: ::| .ヘー-、 .,-─/ |::::::::::\
l ::::::::::::::::| .ヽ: : l: : | ヘ / .|::::::::::::::∧
46 :
世界@名無史さん:2011/01/16(日) 11:14:32 0
日本だと、国をつくってあげた古代朝鮮人の子孫である在日貴族が日本を先進国にしてくれたからね。
もっと感謝しよう。
何寝ぼけたこと言ってるトンスラー
48 :
世界@名無史さん:2011/01/24(月) 10:24:28 0
昔のオーストリアと今と中国ってなんとなく似てきた気がするな
多民族国家で、一部の過激な独立派を除いて
独立ではなく諸民族の自治・権利を望む人が多くなってきたけど
何かあったらカタが外れて国が分裂しかねないとか
49 :
世界@名無史さん:2011/01/24(月) 11:28:33 0
>>44 そうなるとシナ、インド、EU、米国、インドネシア、パキスタンなどが大国になるんだな。
人口1億を超えている国はあとロシア、日本、バングラくらいか。
>>48 ただ中国は漢民族が人口比90%以上で圧倒的多数だけど、
オーストリアはドイツ人25%でハンガリーが23%くらいと
支配的民族がいなかったのが違いかなあ。
中国は省単位くらいで分裂しても漢民族でいずれまとまるだろうけど
オーストリアは一度分裂したらまとめられなかった。
>>49 アヘン戦争の頃から人口=市場だからなあ。
日本への開国要求にヨーロッパ諸国が比較的消極的だった理由に
「中国は三億、日本は僅か3000万」という人口差があげられてるし。
シナにビビってたの?
バングラディッシュは極貧なのに人口は多い・国土面積は狭い・自然災害多発で農業もままならない
神はバングラディッシュに恨みでもあるのか?
1億人越えと言えばブラジルやナイジェリア、メキシコ。ブラジル・メキシコは言語宗教は
統一度高くて人種色々、ナイジェリアはとっても多民族。
あとフィリピン、ベトナム、エジプト、エチオピアあたりは一億越えそうやね
>>51 びびってたというより、開国させた後に日本より中国の方が旨味があると思われてた。
その三億がどういう暮らししてるかとか全く考慮してなかったわけなんだけどね。
正確には「インドが一億五千万、中国は三億、日本は僅か三千万」。
てか市場って言葉があるのに
挙げられてる数字の大きさが肯定的にとられてるか否定的にとられてるか分かんない
>>51はすごい
56 :
世界@名無史さん:2011/01/30(日) 04:23:08 0
あの時、オーストリア解体されなくて
周辺国の一部領土割譲だけで住んでも
例えボヘミアを入れて三重帝国になっているかドナウ連邦に改変されても
(オーストリアが連合国側について第1次大戦を離脱するって選択肢もあったけどドイツにバレてポシャった)
スターリンの政策で第2次大戦後に解体された気がするんだよな
(ナチに共感してドイツへついた場合)
戦後にはアメリカとソ連で暫定的に東西管理されるようになって
ソ連がオーストリアの社会主義者とハンガリーの独立派を利用して
アメリカ+オーストリア臨時政府+ハプスブルク皇室の意見を無視して住民投票を強行して
ハンガリーを独立させる
もちろんオーストリア臨時政府は当然大激怒してハンガリーの独立を認めず
(そのためハンガリーが独立しても国名は「オーストリア・ハンガリー帝国」のまま)
冷戦中はずっとオーストリアの地図はハンガリーの国土が書かれてなくて全土がオーストリア領になっていて
ゴルバチョフの登場、ハンガリー民主化でオーストリアとの会談が何度か開催されて
冷戦終結後になって歴史的和解が実現するとか
そもそも、アドリア海ぐらいしか海洋に打って出れない大帝国って経済的な発展がさほど
望めない意味で詰んでいるだろ。
帝国は求心力が経済的な発展伴わないと民族意識が高まった20世紀以降の自意識の高まりに
対応出来ないわな。 実際WW1でその手の国々大半が潰れたのはある意味必然ですらある。
オーストリア・ハンガリー帝国は英仏独のような国民国家ではない
しかし帝国の諸民族が独立したところでロシア、ドイツのような大国の間で生存できるか危うい
オーストリア・ハンガリー帝国はそれら小国家の避難場所的みたいなもの
だからチェコ人なども民族自治を求めてもあくまでも帝国の枠組み内での連邦化を目指し
大戦が勃発するまでは完全独立まで主張するグループは少数派だった
第一次大戦がなかったら結局妥協して五つぐらいの国家の連合国家になり
最高決定機関はその五ヶ国の各首相と蔵相と国防相、共通外相、共通蔵相、共通陸相からなる拡大された共通閣僚会議
共通宰相は二重帝国時代同様設置しないということになっただろう
大戦までは工業地帯のボヘミア、下オーストリアと農業地帯のハンガリーの相互依存的な分業経済システムは既に出来上がっていた
19世紀の小EUの実験だな
長文すまん
59 :
世界@名無史さん:2011/02/03(木) 03:05:37 0
>>58 結局のところ、ドイツ人とフランツ・ヨーゼフ皇帝が連邦制を選択せず、
マジャール人と組んでのドイツ人既得権維持を選択したのが決定打だな。
もしも連邦制を選んでいたら、過度な外資依存も、
クレディット・アンシュタルト破綻のような事態も起こらなかったろう。
そうなればダナト銀行も北ドイツ羊毛会社も助かった可能性がある。
>>59 1873年からのlong depression前後の外貨依存ってどこ? ポンド?
普仏戦争の賠償金バブルつっこんでたGoldmark?
61 :
世界@名無史さん:2011/02/03(木) 05:23:29 0
>>60 帝国解体の後の話だよ。穀倉地帯ハンガリー、工業地帯チェコと切り離された
オーストリアに連合国は投資を行い、ウィーンは中欧金融界の中心となった。
が、独墺関税同盟の為にフランス資本が引き上げられ、クレディット・アンシュタルトの
破綻を誘発した。オーストリア経済の事実上の支配者であり、ドイツ財界とも
密接な関係を持っていたこの銀行の破綻の影響をドイツはモロに被った。
>>58 何をいっているのかしらんけど、英仏独に国民国家の自意識とやらはごく歴史が浅いものでしかない。
フランス革命以降100年ほどたってからようやくだぜ
特にドイツなんかは領邦国家をまとめていってWW1が終結し、オーストラリアハンガリー帝国が解体された時も
まだ領邦国家の臣民という意識をなかなか払拭出来なかった。
そもそも、オーストリー自体が英仏独同様に中世、近代を生き抜いてきた国家なのにそこだけ別に扱うとは
意味不明。自分の主張の邪魔になるからといって都合よく解釈しないでね。
>>63 その高校の教科書を乱読したみたいなその安っぽい知識で何ヒステリックになってるの?
オーストリア・ハンガリー帝国が成立した以降の19世紀後半の時点の話してるのにまずはフランス革命から約100年は経ってるだろ
(揚げ足取られないように、正確には78年だが)
西欧主要国にネーション的民族意識が形成されるのは19世紀に入ってから
具体的に国民を国籍法で規定されるのは19世紀後半から20世紀初頭だが
ドイツが領邦の意識云々のくだりは意味不明
確かにドイツ帝国は連邦制の立憲君主国であるが
別に分離独立しようとした邦は存在しなかったし
ドイツの国籍法により血統主義的を基底とする国民国家になった
(フランスは出生主義が基底の国民国家)
領邦が云々言うなら
1834年の小ドイツ主義的なドイツ関税同盟の結成はどう説明するんだ?
まだ産業革命未発達の段階で域内関税撤廃した
領邦の利益を優先するなら関税収入は重要な歳入だと思うがね
政治的統一以前に既に小ドイツ主義的な経済的統一ができていたことを過小評価するな
そもそもこれがドイツの産業革命、急速な重工業化の下地だろうが
それにフランクフルト国民会議で小ドイツ主義的制憲国家を建国することを議決したのか説明してみろよ
しかしアウグスライヒをボヘミアやら南スラブやらに拡大するのは政治的に困難だった気もする。
あれはオーストリアにとってはハンガリーを繋ぎとめる妥協だけど
ハンガリーにとっては帝国内での特権的な地位を確認したものだから。
他地域に同様の権利を認めるならハンガリーが分離したのでは?
66 :
世界@名無史さん:2011/02/04(金) 03:01:24 0
>>65 アウスグライヒの後でも、連邦化は可能だったんじゃないの?
第一次大戦の切欠、セルビアへの宣戦も帝国中枢は乗り気だったけど、
民族運動に手を焼いてたハンガリーは消極的で、
ハンガリーのティサ首相はハンガリー領土の不拡大を条件に賛成した
ような記憶があるんだが。
>>64 経済的統一=国民意識の形成ではない あんたの都合がわるいから経済面の繋がりをそういう風に言い換えているだけ。
大体経済の結びつきとネーション意識の醸成には何の関係もないね。
プロイセンもバイエルンもWW1の終結まで存在していたし帰属意識も別にあったしね。
国民を国籍法で〜 はあ?何を言ってるの??
>オーストリア・ハンガリー帝国は英仏独のような国民国家ではない
あんたはこういう主張だったろ。 何の関係があるやら。
ドイツは近代まで領邦国家であり、自らの自意識がドイツにあると自覚してはいない
ユニークで面白い主張だね
飯田教授に聞かせてやりたいよ
オーストリア・ハンガリー帝国の仮定の将来像に関しては自分の妄想入ってるのは認めるが
西欧の国民国家やドイツの国家と領邦の関係に関するものは
授業で学んだものだけどね
飯田教授って欧州政治史では割と著名な人だと思うのだが・・
こういう場って意見の交換で自分の知識を修正、向上するものかと思ったが
基本的な部分で到底自分として史実とと思えない主張で反論されてしまうなら
これ以上討論しても双方にとり時間の無駄だね
引かせてもらうわ
「主張」とか「都合」って言葉を使わなければ
そこそこ平和に意見を戦わせる事も出来ると思うんだがな
外向けの帰属意識ってまあ言ってみれば「都合のための主張」そのものかもなー
国民国家って単語の解釈が難しいのかもな。
二重帝国が英・独・仏と違って多民族多言語国家だってことはおそらく誰も反論しないと思う。
まあ各国とも少数民族問題を抱えてたのは事実だとしても、国民の大部分が支配民族出身だと考え
国民のほとんどが支配的な言語を母語にしてたわけで、その点は二重帝国と大きく違う状態だった。
二重帝国で今日深い事例はたくさんあるけど、ある意味カナダがやってる多文化主義のはしりなんだよね。
何も無ければカナダのような緩い州連合国家に安定する可能性があったとは思う。
米国のように新たな理念を持って、多民族を包含しながら合衆国の価値観に統合していくようなのは
二重帝国には無理だっただろうな。
二重帝国統合の理念なんてハプスブルグ家が婚姻で相続したことだけだからねw
各民族の文化を尊重しながら、二重帝国が少数民族にとって居心地の良い国であり続けることが重要。
戦後しばらくユーゴは安定してたね
「国民国家の成立とそれ以前」というあまりにも教科書的な当てはめに固執しちゃうのもどうだか
74 :
世界@名無史さん:2011/03/28(月) 08:48:56.33 0
オーストリアハンガリー帝国っていう名称からして妥協の産物っぽい感じがする
国名は本当に本当にアウスグライヒ(妥協 1867年)の産物ですよ。
76 :
世界@名無史さん:2011/03/28(月) 18:20:18.39 O
日本と朝鮮くらいか。
近代以前から「国民国家」の条件に合致していたのは。
ベトナムも北部だけならアリだったかも。
朝鮮は属国で独立していないから違うと思う。
78 :
世界@名無史さん:2011/03/29(火) 01:14:08.31 0
くだらん
真相を知りたいんならドイツ語&マジャル語を学んであっちで直に聞いて来いや
今はオーストリアとハンガリーなんじゃ、それでええじゃろが
今はイタリアからウクライナまで分裂、13ヶ国。
あのエリアに現在ある国
オーストリア共和国
ハンガリー共和国
チェコ共和国
スロバキア共和国
スロベニア共和国
クロアチア共和国
ボスニア・ヘルツェゴビナ
一部がかぶる国
イタリア共和国
ポーランド共和国
ウクライナ
ルーマニア
>>80 セルビア共和国
モンテネグロ共和国
も追加。
民族も多い。切り方によっても変わってくるけど。
ドイツ
ハンガリー
チェコ
スロバキア
ポーランド
ウクライナ
イタリア
スロベニア
クロアチア
セルビア
ボスニア
ルーマニア
ユダヤ
ロマ
二重帝国の意味がわかりません
何が二重なんですか?
それはオーストリアハンガリーだけが該当するもんなんですか?
>>83 皇帝の地位はオーストリア皇帝のみだから「二重帝国」だと確かにおかしいな。
むしろ神聖ローマ帝国とオーストリア帝国が併存していた時期こそ「二重帝国」の称号に相応しいかもw
”二重帝国”って響きが厨っぽくて素敵
87 :
世界@名無史さん:2011/04/02(土) 08:13:17.68 0
>>85 しかしイシュトヴァーンの王冠の権威は下手すると
ハプスブルク=ロートリンゲン家のオーストリア皇帝と
同等以上だったんじゃないか。
イシュトヴァーンと聞くとグイン・サーガを思い出す今日この頃
89 :
世界@名無史さん:2011/04/02(土) 12:02:13.83 0
>>87 第一次大戦後のハンガリーが生身の国王を置かず、「王なき王国」になったのも、
イシュトヴァーンの王冠の下の領土を自国領と主張するためだったからね。
90 :
世界@名無史さん:2011/04/02(土) 14:13:50.41 0
>>89 エステルハージ家を筆頭とするマジャール貴族の権勢も相当なもんだったしな。
ドイツ語だとK. und K.(kaiserlich und koniglich)というんじゃなかった?
二重帝国つっても正式名称は
“帝国議会において代表される諸王国および諸邦ならびに神聖なるハンガリーのイシュトヴァーン王冠の諸邦”
だからな
グレートブリテン及びryをUKじゃなくイギリス言うようなもんかなと思う
カー・ウント・カーだね「皇帝にして国王の」
>>56 個人的には二重帝国とナチの親和性は低いと思うんだけどねえロシア革命で抑え役のロシアが共産化した以上、
英仏がヒトラーの抑え役に二重帝国と接近してくる可能性は十二分にあると思われる。
史実でポーランドやチェッコが負った役割を引き継ぐわけだ
帝国のある無しでヨーロッパの勢力バランスは大きく変わるので、それぞれの戦略はなかなかに見通しにくいが
ドイツとは独墺同盟を結んでいる仲であるが、豚戦争に見られる利害の不一致や
WW1を通じてオーストリアに強い発言権を持つようになるドイツを嫌って、ドイツとの同盟を解消する可能性はありそうだ
独墺同盟はバルカン戦争の戦後処理の大国会議などをめぐって破綻寸前で
七月危機がなければ同盟は更新しないとベルリンに通告するつもりだったという話も。
ナチはプロイセンのシステムや精神を引き継いだ産物だし
二重帝国とは親和性ないだろうなあ
95 :
世界@名無史さん:2011/04/23(土) 14:52:26.40 0
>>50ドイツ帝国とオーストリア=ハンガリー帝国の統合を望む。
実現していたら、ドイツ語圏の人口は70%位か?
今の中華帝国に近くなる。
でも、これって、
ソニーとパナソニックの統合くらい難しいだろうな?
本当は、その位しないと
寒村=三星にかなわないのに・・・・・。
ドイツ語圏というならスイスの一部分や、
言語それ自体はドイツ語の方言のようなものの
オランダやベルギーの半分も含まれよう。
>>95 三星はいまのままだとあと50年しないうちにインドあたりの企業に打倒されるよ、
それまでにいかに独自の力をつけるかだが・・・現状じゃ無理だな。
当然韓国企業でも生き残れる所はあるが三星はそこに入らない。
98 :
世界@名無史さん:2011/04/24(日) 18:17:02.07 0
/. ノ、i.|i 、、 ヽ
i | ミ.\ヾヽ、___ヾヽヾ |
| i 、ヽ_ヽ、_i , / `__,;―'彡-i |
i ,'i/ `,ニ=ミ`-、ヾ三''―-―' / .|
iイ | |' ;'(( ,;/ '~ ゛  ̄`;)" c ミ i.
.i i.| ' ,|| i| ._ _-i ||:i | r-、 ヽ、 / / / | _|_ ― // ̄7l l _|_
丿 `| (( _゛_i__`' (( ; ノ// i |ヽi. _/| _/| / | | ― / \/ | ―――
/ i || i` - -、` i ノノ 'i /ヽ | ヽ | | / | 丿 _/ / 丿
'ノ .. i )) '--、_`7 (( , 'i ノノ ヽ
ノ Y `-- " )) ノ ""i ヽ
ノヽ、 ノノ _/ i \
/ヽ ヽヽ、___,;//--'";;" ,/ヽ、 ヾヽ
99 :
世界@名無史さん:2011/05/05(木) 20:00:17.45 0
>>95 それと東トルキスタンって嘗てのユーゴスラビアを色々な意味で連想させるんだが
一例を上げると
・他民族国家
・国名に総称を用いる
とか
去年にウイーンに行ったんだが
建物がむやみに大きくて、通りも広くて
かつての栄華がしのばれるというか、
今の国力からすれば不相応に大きな都市だったね。
そういえば街中にはサムソンとかヒュンダイの広告が目に付いた。
ブダペストもそんな感じ。
国力の割に豪華絢爛な町並み。しかしよく見ると落書きだらけ。
少し前に東京や大阪の列車に派手に落書きして捕まったのもハンガリー国籍。
102 :
世界@名無史さん:2011/05/07(土) 15:14:17.46 0
ハプスブルク家に比べたら
君主制が廃止されたとはいえ韓国の李朝は結構待遇良いと思うし
オスマン家もトルコで復権しつつあるし
ハプスブルク家も本国オーストリアで何とかならんもんかな?
李朝はありえないだろw
ドサクサ紛れに何キチガイ発言してんの?
李朝が待遇良かったのは皇族に準ずる扱いだった日本統治時代。
戦後韓国では厄介者扱い、今は単なる一般市民。
105 :
オツガイ ◆EAbyJft1LY :2011/05/07(土) 21:51:05.95 0
>>102 李朝は良く知らないけど今のハプスブルク家ってそんなに待遇悪いかなぁ?
オットーさんを見てる限りあまりそんなイメージ沸かないけどなぁ。個人的に、
現在のオスマン家と比べてもそんなに悪くない気がする。今のカールさんも、
一応オーストリアで政治家になっているし。別に現状のままでも良いと思う。
先日のウイリアムとケイトの結婚式の実況板で、中国王室が残ってれば日本なんか鼻糞ニダとかファビョってたのがいたな。
107 :
世界@名無史さん:2011/05/09(月) 22:05:54.38 0
>>103 まあ帝政が廃止されても李朝時代の儀式が引き続き行われたり
当主が亡くなった時はソウル市内で大規模な葬儀を行うことを認められてる事をを考えると
それなりに優遇されてると思う
一方でハプスブルク家の当主が亡くなった時は
ウィーン市内で大規模な葬儀認めてくれるのだろうかね・・・
まあどっちにしろ清朝の愛新覚羅氏に比べればマシだが
私的に愛新覚羅氏の宗廟なんか生で見たかったんだが
(現在では韓国の宗廟の方が有名だが本家は中国)
>>106 www
共産主義国家で王室とか・・・
もはや毛沢東終わってるなw
近いうちに毛沢東批判が政府内部で始まるんじゃないか?
109 :
世界@名無史さん:2011/05/10(火) 20:38:14.99 0
>>108 帝政の伝統があるから中国だったら皇室または帝室の方が良いんでないの?
共産党が崩壊したらまさかの清国復活とか?
ロシアだってエリツィン政権2期の時
エリツィンが摂政に就任する形でロマロフ朝を復活させる事も検討されたみたいだしな
ロシアも90年代の暗黒時代で社会不安が増大した時、帝政復古派は過半数以上に増えたみたいだし
北朝鮮も金政権が完全崩壊したら韓流ドラマが大量流入したり
全州李氏の団体が北朝鮮で色々な儀式やらやるようになって
大幅に帝政派がふえたりして
それにしてもロシアの例にしろ大幅に社会不安が増大した時、君主制支持派、復古派が増えるそうだけど
旧東独地域で帝政復古派が増えなかったのは何故なんだろうな・・・
110 :
世界@名無史さん:2011/05/19(木) 11:30:31.70 0
全州李氏の朝鮮王家の本家筋はもう男系は断絶している。
111 :
世界@名無史さん:2011/05/19(木) 17:19:13.91 0
しかし、ハプスブルク家って、ホントに地元で嫌われまくってるんだな。
112 :
世界@名無史さん:2011/05/20(金) 16:50:17.56 0
所詮は長年にわたってオーストリアに圧政を敷いた専制君主だしな。
歴代ずっと嫌われてんの?
ハプスブルクネタで観光資源使いまくりってイメージだけど
今でもハプスブルク家はオーストリア大統領になれないんだっけか、末裔が出馬できなくて怒ってたよな
オーストリアに共和制なんて似合わないな、ハプスブルク家をオーストリア王室として迎え入れるか
とっととドイツといっしょになったほうがいいんじゃねーの
ドイツとイデオロギー的な違いも今はないしどっちも欧州では有数の先進国だし
今のオーストリアの存在意義ってなに?
EUで統合されているのに、いまさらドイツと統一なんて不要だろ。
117 :
世界@名無史さん:2011/05/23(月) 01:19:06.63 0
100年前までは世界を牛耳る列強の一角だったのに
今の縮小ぶり・・俺がオーストリアの国民だったら
悔しくて夜も眠れない。
でも治安は欧州ではいいほうだし
今更列強になりたいか?って聞かれても京都人に
日本の首都になりたいか?って聞くようなもんなんじゃないかと
>>113 パンダのニックネーム(本名じゃない)も皇帝と王妃の名前だったような
>>115 オーストリア人としてのアイデンティティがあるから経済的に行き詰まったりしないかぎり統合はないだろ。
国民としては今のオーストリアのほうが幸せなんじゃね?
過去の帝国時代はハンガリーに譲歩して、ボヘミアにも一定の優先権を与えて
南スラブからは爆弾が飛んできてハプスブルグ家は陰気で未来が無さそうだし。
今はオーストリア人のことだけ考えて政治ができるからまとまりが良さそう。
むしろオーストリアの反応が普通。日本の王冠が敗戦を生き延びた理由がわからない。
121 :
世界@名無史さん:2011/05/23(月) 19:46:54.44 0
>>116 「自分もナチスの被害者だ」と言いたいからさ。
>>119 全部、ドイツ人の特権を維持しようとしたからじゃん。
去年の葡萄の不味さを嘆くより、今年植える種について論じようではないか
ドイツとの統合って先ずないだろ
メリットが無さそう
>>120 ただの王族じゃなく祭祀王な側面があるからではないかな
125 :
世界@名無史さん:2011/05/24(火) 00:06:32.25 0
清の皇帝も天子として自ら祭天の儀式を行っていたが(ry
オスマン皇帝もカリフを名乗っていたが(ry
恨みを買うようなことしなかったからだよ。
直接ラジオで戦争煽ったりしてたら別だった。
>>123 もはや、過去の芳醇な葡萄について語ることしかできないのが
現在のオーストリア。
>>114 近年ハプスブルク家でも大統領になれるような
動きあったらしいけどどうなったのかな
まあ今更帝政復活というのもな。胡散臭さしかない
>>119 確かに国民幸福度は毎年高い国らしい
129 :
世界@名無史さん:2011/05/25(水) 22:16:26.94 0
スイス人はハプスブルクに謝罪と賠償をしろ!ウィーン捲土重来軍に徴兵・進軍を命じる!
130 :
世界@名無史さん:2011/05/26(木) 15:28:43.15 0
↑
ハンガリー「王国」に来てそれやったので、国王として受け入れるつもりであったホルテイもあきれて追い出した。
131 :
世界@名無史さん:2011/05/26(木) 15:30:08.27 0
国王として残れる可能性があるとしたらクロアチアだったろう
132 :
世界@名無史さん:2011/05/26(木) 18:37:57.30 0
ホルティ時代のハンガリーは、ウィッテルズバッハ家から新王を迎えたがってたと聞いたが。
133 :
世界@名無史さん:2011/05/26(木) 18:39:45.95 0
まちがえた。
ウィッテルズバッハ家じゃなくて、ウィッテル「ス」バッハ家だ。
エリザベート皇后の実家のバイエルン王家。
ハプスブルグ家って
近親婚しまくって滅びたんじゃなかったの?
止めて正解だ。
あそこは狂気の血筋。
>>134 結婚で勢力を築いた家だからな
つっても近親婚の影響がひどかったのはスペインのハプスブルクの方だろう
最後はケフカみたいな子が残ったw
神聖ローマ帝国の方は時々ボヘミアとかバイエルンとかの血が入って
緩和されてんじゃないかな
マリア・テレジアの婿をフランツなんかにしたのが失敗だな。
フリードリヒ大王にしとけばよかったのに。
性格の不一致コースしか見えないw
ハプスブルク=ホーエンツォレルン家かw
でもあの啓蒙おじちゃんがいなかったら
外交革命(墺仏)ありえんかっただろうしな
ましてや普墺がくっつきでもしたらなおさら
テレジアの尻に敷かれてめろめろになってるおじちゃんってのも
面白い図だけど
140 :
世界@名無史さん:2011/05/29(日) 03:30:14.06 0
ハプスブルクがいつ悪政をしましたか?スイス以外では身に覚えがありませんがなにか。
142 :
世界@名無史さん:2011/05/29(日) 23:19:54.41 0
へぇ ゲノムレベルで計算したのかw
元々スペインハプスブルクの近親交配度のすごさはよく挙げられてるんで
俺も7世代くらいさかのぼって父系母系を全部調べてみたことがあるが
同じ先祖が何度も登場しすぎるw
>>137*139
フリードリヒでなくても、バイエルンとか南ドイツの
カトリック系諸侯にしておけば、少しはドイツ系住民の割合が増えて
マリア・テレジア死後の歴史も変わったんでないか?
という気はする。
マリア・テレジアがフランツと結婚して、ハプスブルク家がトスカーナを領有しなければ
イタリアに深入りすることもなかったろうし。
ウィーン会議でヴェネツィアとかロンバルディアを取ったのも
その先のトスカーナを守るためという気がするんでね。
逆に、(現実のフランツがそうだったように)結婚相手を
ハプスブルク家の血を存続させるための存在と割り切るんであれば、
大して領地持ってない=フランスも反発しないドイツ中部の小諸侯か、
領地の継承権持たない次男坊以下でもよかった。
自分の領地を諦めなきゃ結婚出来ないような男と結婚したのが間違いだったとは思う。
>>143 >バイエルンとか南ドイツのカトリック系
でもテレジアがハプスブルク家として神聖ローマ皇帝家を存続させるあたりでは
ヴィッテルスバッハ家は当面のライバルだったんじゃないか?
ヴィッテルスバッハは名門だから家名をハプスブルクで持続させたいなら望めない相手だな
国力で見たら全く勝負にならんけど
ツォレルンとかヴィッテルスってどういう意味?
147 :
世界@名無史さん:2011/06/04(土) 02:27:04.69 0
地名
失笑
地名じゃなくて地形だな
150 :
世界@名無史さん:2011/06/08(水) 19:38:14.94 0
アニメ『ハウルの動く城』って、19世紀の二重帝国の情景でしょ?
そうなん?
見たくなってきた
152 :
世界@名無史さん:2011/06/11(土) 00:21:41.70 0
ハウルは冒頭でカスティリアの旗がはためいてたしスペインじゃない?
戦艦の形はフランスっぽかった。
いびつで変態的なフォルムがジブリの中の人に受けたんだろうな。
ごめんカスティリアじゃなくてカタルーニャだったわ
カタルーニャ旗だっら南仏かな
どっちもスペインだから似たりよったりだろう、きっと
158 :
世界@名無史さん:2011/07/04(月) 23:34:53.55 0
最後の皇帝の長男が死去 O・ハプスブルク氏
【ウィーン共同】第1次世界大戦まで中欧に広大な領土を有したオーストリア・ハンガリー帝国最後の皇帝の長
男で、元欧州議会議員のオットー・フォン・ハプスブルク氏が4日、ドイツの自宅で死去した。98歳。同氏のホー
ムページで関係者が明らかにした。死因は不明だが、2年前に階段から落ちて以来、体調が万全ではなかった
という。
欧州融合を訴える「汎欧州運動」を唱え、1979年から20年間、欧州議会議員を務めた。
地元メディアによると、12年、オーストリア東部ライヒェナウ生まれ。16年に父親のカール1世が皇帝に即位し
たことにより、皇太子となった。
http://www.47news.jp/CN/201107/CN2011070401001080.html
>>158 ご冥福をお祈りいたします。
98歳は大往生と言うべきだろうけど
歴史の生き証人が死ぬのはやっぱり寂しいですね。
160 :
世界@名無史さん:2011/07/06(水) 01:01:11.12 0
自分も一瞬なむなむしかけてアーメンしなおしたw
キリスト教徒なのかな?
世俗化が激しい欧州は、無宗教の人も多いと聞く。
じゃあ、汎用性のある R.I.P. で・・・
ハプスブルク家の家長って、カトリックじゃないとなれないんじゃなかった?
なんかこう、諸民族が皇帝陛下ってシンボルでまとまってる帝国って良いよね!
清のことかね
敗戦までの日本もそうだったけどね。
>>167 オーストリア=ハンガリーでさえそうでもないだろう
神聖ローマだともっと一体感うすいんじゃね?
171 :
世界@名無史さん:2011/07/18(月) 13:49:21.20 0
オーストリアもそうだが、、、
創価学会はフランス、オーストリア、チリ、ベルギー等でカルト指定。
さらにアメリカ下院議会では、危険な組織として指定。
ドイツでは、なんとアルカイダ並みのテロカルト組織に指定されている。
集団ストーカー犯罪組織の創価信者達 を日本から追い出すべき。
そうでないと僕は平穏にオーストリアのこと語る気になれない、、、
173 :
s:2011/09/27(火) 23:42:29.80 0
もし今でも2重帝国が存続していたら
クロアチアの沿岸部がサンベルトのような新興工業地帯のような形になっていた可能性はあるのかな?
大規模なコンビナートや工業地帯は沿岸部に作られる事が多いし
もしかしたらと思ったけど
174 :
世界@名無史さん:2011/09/29(木) 10:33:17.94 0
>>161 キリスト教徒に「安らかに成仏してください」と言っても問題ないと思うけどな。
175 :
世界@名無史さん:2011/09/30(金) 00:20:55.99 0
>>173 内陸部に炭鉱とか鉄山があるから、歴史的にも工業はチェコで発展してたし、
石油もルーマニアからのパイプライン輸送だろうから、原料的にはわざわざ沿岸でやる必要はなかったんじゃないかな。
176 :
世界@名無史さん:2011/09/30(金) 00:56:01.37 0
支配民族&少数民族→民族浄化のコンボがないと、
多民族国家は存続していけないのか・・・
177 :
世界史@名無史さん:2011/10/06(木) 13:54:03.03 0
179 :
世界@名無史さん:2011/10/16(日) 19:11:44.53 0
スロベニア(クライン)はオーストリアの一部にとどまってた方がよかったかもね。
180 :
世界@名無史さん:2011/10/16(日) 19:41:48.25 0
181 :
世界@名無史さん:2011/10/27(木) 18:58:29.39 0
>>176 オーストリアにしてもソ連にしても
存続していたら複数の国家連合のような形になっていたって指摘もされてますね。
特にソ連なんか8月クーデターを起こす前は
バルト三国を除いて「新連邦条約」による国家体制を導入して
「国家連合制」による「ソビエト主権共和国連邦」に移行して
ソ連を存続させようとした痕跡がある
仮に8月クーデターさえ無ければソ連は存続出来た気がする
さすがにバルト三国をソ連に繋ぎ止める事は無理だっただろうが
末えいのオットーは第二次対戦後にオーストリア独立の際、なぜか反対の立場をとった。
民衆からは反発を浴び、金輪際政治に口を出すなと言う契約を結ぶ羽目となった。
それが理由で、今のオーストラリアではvonそしてzuをつけてはいけない。
Herbert von Karajanはオーストリアではherb. Karajan
183 :
世界@名無史さん:2011/11/01(火) 22:18:39.64 0
ウィーンってヨーロッパの中央部にあるから
冷戦が勃発せず、2重帝国が存続していたらせめて
バンコク(タイ)と同じくらいのレベルの都市にはなれたと思うんだよね
(タイのバンコクも何気に東南アジアの中央部に位置する都市だったりする)
まあ同じ事は分断されなかった場合のベルリンにも言えるけど
ウィーンはヨーロッパの中央部に位置しているしオーストリアも小国だから
地理的に首都は国土の中央にあるべきということで
欧州連合の本部をウィーンに移転してもよさそうだけど
ベネルクスとフランスが反対するから無理だろうな・・・
ヴィーンは世界最大の村なのです。
>>183 >タイのバンコクも何気に東南アジアの中央部に位置する都市
島嶼部を除く東南アジア、ね。
インドネシアとフィリピン辺り入れたら明らかにバンコクは西寄り。
同様に北欧入れると多分ヨーロッパの中心は
ウィーンでなくてプラハかベルリンでないかと思う。
どこでも経度的にはそんなに違いはないけど。
最新の研究によると欧州の地理的な中心はポーランドのどこかの街だったはず
ポズナンの近く
そんなのラップランドとかも含めて単に地理的な範囲の中心の話だろ。
ポーゼン付近じゃ、ほとんどのヨーロッパ人はかなり北寄りだと思うだろ。
プラハあたりが妥当じゃないか。
189 :
世界@名無史さん:2011/12/01(木) 23:26:54.34 0
なんだが今のオーストリアって君主制を廃止した日本みたいだな
オーストリアは帝政ないし君主制のイメージが強烈に強いし
ある意味、天皇制を廃止して共和制になった日本につながるんじゃないかと
(同じ事はイギリスにも言えるが)
オーストリアの歴史≒ハプスブルグ家の歴史
日本の歴史における天皇制の重要さ以上にオーストリアの歴史におけるハプスブルグ家の
歴史って関わりが深いと思う。
隣にプロイセンが統一したドイツ国民国家があるから尚更オーストリア国民国家の象徴として
ハプスブルグ君主を戴いてたほうがいいんじゃないかと他国民からみて勝手なことを思う。
191 :
世界@名無史さん:2011/12/03(土) 16:52:13.06 O
その割にはスラブ人の血が入ることを嫌っていた。
192 :
世界@名無史さん:2011/12/04(日) 10:44:09.31 0
でも、ドイツ系貴族にもなんとかスキーとかスラブ系の名前が目立つ。
193 :
世界@名無史さん:2011/12/04(日) 18:38:56.05 0
オーストラリアってオーストリアの国名パクったの?
英語が国際語にならなければ良かったんや!
195 :
世界@名無史さん:2011/12/11(日) 14:21:15.43 0
せやな
196 :
世界@名無史さん:2011/12/12(月) 00:36:58.01 0
>>193 オーストラリアはラテン語で南の地。オーストリアは
オストマルク・東方辺境区のラテン語読みの転訛が広まった。
別にパクリじゃない。
つか、オーストリア-ハンガリー二重帝国って今存在しないから。
縮小されるも何もない。
ドイツ系もマジャール人も強い民族なのに戦争ではイタリアさんより
少し強いくらいだったな。
まあドイツ人も南北で気質がぜんぜん違うらしいしね
199 :
世界@名無史さん:2012/01/22(日) 20:08:03.68 0
フランスで国民国家なんていう概念が捏造されたからその煽りで壊されたって見ていいのかな。
民族自決って結局個人の問題を社会の問題にすり替えて自分たちで国を運営すればマシな社会になるだろうって浅はかな考えだよね。
実際それでうまく行った国を見たことがない。
200 :
世界@名無史さん:2012/01/26(木) 18:33:22.33 0
>>193 まったく意味の違う国名が、たまたま被った。
英語圏でもよく間違われるらしい。
オーストラリア(豪)は”南の国”、
オーストリアは”東の国”、ドイツ語のÖsterreich(エスターライヒ)の英語読み。
202 :
世界@名無史さん:2012/02/06(月) 20:41:15.61 0
>>199 というよりもオーストリアは連合国の意向で解体された傾向が強い
当初の連合国の方針としてはポーランドのみを独立
他のオーストリア一部地域は他国へ割譲(トランシルバニア、ボスニア・ヘルツェゴビナ)
だったはず
実際オーストリアの解体にしても連合国の一部首脳から
欧州のバランスが崩れるから反対する人も居た
帝国というのはそもそも王国や大公国などのあつまった国家連合。
国家連合はその統治の仕方で昔のポーランド・リトアニア共和国や現代のアメリカ合衆国のような「共和国型」と、
ロシアやオーストリアのような「帝国型」に分かれていて、オーストリア・ハンガリーが後者の型。
>>191 スラブ系の血が入ることを嫌っていたのは皇室の、しかも本家だけ。
ハプスブルク家でも分家になるとスラブ系の大公家や公家の血が混ざりまくり。
20世紀初頭にハプスブルク家のカール・シュテファン(ポ語・カロル・ステファン)大公を国王にしてポーランド王国を
復活する動きがあったが、このカールはオーストリア人でなくポーランド人を自任していて嫁も直系子孫もみんなポーランド人。
たしか孫がクラクフかどこかポーランドに住んでいる。
08/7/13産経によれば、厚労省統計情報部が、職員約5万5000人のうち、東京・霞が関の本省と8つの地方厚生局計約55000台のパソコンを対象にインターネットの閲覧状況を調査した結果、
ゲーム、チャット三昧 業務以外のホームページの閲覧は何と1日12万件。その内「2ちゃんねる」の閲覧も3700件あったとの事。
平均一時間として人件費は一日2億円が遊びに使われたことになります。年間約600億円です、これは氷山の一角でしょう。
全省庁なら数千億円の人件費が盗まれている事になるのかも知れません
震災後結局忙しく頑張っているのは、被災地地方公務員だけ
すくなくとも霞ヶ関公務員は依然として無能集団の集まり
忙しくなくて仕事がないのがバレバレ
イギリスみたく40万人大規模リストラしても問題なし
207 :
世界@名無史さん:2012/02/11(土) 21:03:02.44 0
>>199 ブラックアフリカなんか20世紀初頭のオーストリアレベルでまとまりが無い国が多いよね。
ナイジェリアなんか
北にイスラム教徒が居て、ハウサ人、イボ人、ヨルバ人が居て
500以上の言語が日常語で話されている
一歩間違えればコンゴ民主共和国のように泥沼の内戦やっていた可能性もあるかと
(実際一時期、イボ族の独立とかでそうなったし)
オーストリアハンガリー帝国って授業で習っただけだったから
妥協の結果生まれた軟弱で不安定な国家だとしか思わなかったけど案外面白いな
民族自決の乱用でグダグダになってるのをみると
一つの帝国でまとまるのも悪くないんじゃないのかと思えてくる
そもそも民族自決ってオーストリア帝国崩壊させるための情報工作ですしおすし
>>209 ドイツ人の特権維持を断念すれば連邦制で
やっていける可能性はあったでしょ。諸民族も
帝国解体までやる気は薄かったし。
ドイツ人の特権意地の為にアウスグライヒを
選択した時点で帝国の終わりは決まった。
対セルビア・モンテネグロ限定戦争のつもりだったのに
勝手に世界大戦にしたドイツが悪い
そもそも普墺戦争でオーストリア主導のドイツ連邦にすべきだった
212 :
世界@名無史さん:2012/05/06(日) 18:33:56.59 0
ドイツを作るにあたって
プロイセンとオーストリアが対立したことが
ドイツの没落の原因だ。
フランスに付け込まれる原因になった。
今から思えば両国が統合していれば、
今頃超大国だっただろう。
>>212 それが難しいから分離したわけで。
ハプスブルク家領を放棄してプロイセンとオーストリア統合なら周辺から許されるだろうけど。
丸ごと併合するなら全欧が敵に回る。
214 :
世界@名無史さん:2012/05/11(金) 15:11:42.80 0
ハプスブルク家万歳!あげ
215 :
世界@名無史さん:2012/05/15(火) 18:25:45.93 0
>>213 下手に異民族を受け入れると
国内の情勢が不安って理由でビスマルクが小ドイツ主義に傾いた
仮に無理やりオーストリア全土を併合していたら
ハンガリーやポーランド辺りが
現在のチベットのような感じになってたかも知れない
(チベットの問題も漢民族とチベット族の格差が問題の一つ)
>>フランスに付け込まれる原因になった。
今思えばあの時、オーストリアが望んでいたように
第1次大戦をバルカン半島の局地戦のみにしとけばしとけば良かったんじゃないのかな?
戦争が短期で終わればロシア革命も失敗していたかも知れないし
戦後のドイツに対して膨大な賠償金もオーストリア解体も無かったと思うよ
216 :
世界@名無史さん:2012/05/16(水) 07:31:18.63 0
>212が言っているのはハプスブルク帝国の全領土を統一ドイツに組み入れることではなくて
ハプスブルク帝国のドイツ人地域(オーストリア,ズテーテン)だけ組み入れるってことなんじゃ?
その場合はオーストリア大公国がドイツ帝国の傘下に、そしてドイツ帝国から外れた残りの
ハプスブルグ家領はドイツ国外のハプスブルグ君主国になるのか、完全にばらして民族国家を建てるのか・・・
アンシュルスってこと?
今のバルカン〜ギリシアの不安定っぷり考えると
オーストリア帝国解体は明らかに失敗だったな
219 :
世界@名無史さん:2012/06/30(土) 15:24:01.21 0
>>218 まあ仮にも中東欧にそれなりに大きい規模を持つ国が解体したら
相当な混乱が起こるのは誰でも予想できたはず
実際ソ連崩壊後で独立した国も10年近くゴタゴタが続いたし
(ロシア人にとって90年代は暗黒の時代だったから禁句だとか)
それでもユーゴは文化的に近いからまとまる可能性はあったけど
宗教問題で分裂したし
オーストリア弱体化のためにチェコの独立を認めた連合国が悪い
220 :
世界@名無史さん:2012/07/04(水) 22:52:18.03 0
>>204 なんかところどころ違う…
カール・シュテファンの妻はトスカーナ大公家の子孫で、子供が6人
ガリツィアに住み、政治的野心から子供たちをポーランド人貴族として育てさせた
息子2人(長男と次男)の妻はスウェーデン人とオーストリア人(フランス系)
娘3人のうち2人(次女と三女)がポーランド人上級貴族と結婚、長女は幼馴染みと駆け落ち婚
これらの結婚は帝室家内法によれば貴賤結婚、よって全員が家督相続権(帝位継承権)を喪失
末息子のヴィルヘルムは一家の反逆児、バイセクシャルで独身
父親がポーランド王位への野心むき出しなのに反抗し、
ポーランド人地主を嫌い、ウクライナ人農民とつるむ
そしてウクライナの国王候補になった
ちなみにハプスブルク家とスラヴ系王家との通婚は16世紀まではごく普通に行われた
スラヴ人かつカトリックの王家が消えたから、自然とスラヴ人とは結婚しなくなっただけ
17世紀以降も残ったスラヴ人の王家(君主家系)って、ロマノフ家(1741年まで)、ポンメルン公爵家(1637年まで)、
メクレンブルク家(正嫡は2001年まで)くらいだろう
シレジアのピアスト分家も17世紀後半に断絶してるし
221 :
世界@名無史さん:2012/07/04(水) 23:01:01.36 O
基本的にはドイツ・ロマン主義に端を発した「国民国家」の理念が第一次大戦後(ヨーロッパに限り)強まったからじゃない?
大戦で発言力を強めたアメリカも「民族自決」を適用するように迫ったし。
「お前ら民族自決じゃないだろ」と誰もアメリカに突っ込まなかったのが間違いの元
突っ込んだところで民族運動が収まるでもなし
むやみな突っ込みは炎上の元なような気もする
224 :
世界@名無史さん:2012/08/06(月) 23:34:01.21 0
>>216 プロイセンが母体になったドイツ帝国は
オーストリアを併合しなかったけど
その理由として中東欧の不安定化をビスマルクが嫌ったんだじゃないかな?
オーストリアを併合してハンガリーを傀儡化するにしても
二重帝国内のオーストリアでさえ
ドイツ人が過半数を占めていない
しかもドイツと同じ問題を抱えるポーランド人と
イタリアと領土問題を抱える、しかも飛び地化するダルマチアという悪いオマケまでついてくる
当時のビスマルクの考えとしては領土問題をできる限り起こさない
考えだったからイタリアとの対立は望まなかったんじゃないのかな?
ドイツ人地域だけ併合するにしても
ユーゴの例から見て解体後に生まれた国が不安定化するのは目に見えているし
(しかもポーランド地域とダルマチアをどうするかという問題も)
ハプスブルク帝国全域を併合して他の地域は植民地化するにしても
新興国の統一ドイツには荷が重いだろうし
(こっちもポーランド人問題とダルマチア問題がついてくる)
やっぱりハプスブルク帝国にはそのままで存続って形がベスト
ってビスマルクは考えたんじゃないかと思う
やっぱりどう考えてもポーランド問題とダルマチア問題が足かせになるな・・・
ナポレオンが神聖ローマ帝国を解体したのが間違い。
オーストリアに寛大な条件で和を結んで味方に引き込み、
プロイセンかロシアか。出てくる杭を叩いてバランス取ってりゃ。
プロイセンがでてくりゃロシアを抱き込み、
ロシアがでてくりゃプロイセンを抱き込む。
タレーランに全面的に任してりゃそうなった。
>>222 日本が似た論法で突っ込んだけど、アメリカは国内がやばくなるので
認めなかった。
なんでボスニアなんて併合しちゃうかね
余計な異民族抱え込むだけだろうに
元からあんまりたくさん民族抱え込んでたからまだイケると思ってしまったかなー
19世紀以前から版図に組み込まれていた民族は「まあしょうがない」というあきらめもあっただろうが、
民族自決の観念がヨーロッパで芽生え始めていた20世紀に異民族を抱え込んじゃうとね…
連中はお隣のギリシア独立をみてきてるからねぇ。
南チロルがオーストリアに復帰することはないのか?
232 :
世界@名無史さん:2012/08/21(火) 13:21:46.11 0
オーストリア側が領有権主張をとりさげちゃってるからな〜
南北チロルの独立のほうが可能性が高いぐらいだろ
南チロル独立の暁にはメラン伯爵の子孫を君主として迎え「チロル伯国」を名乗ってほしい
234 :
世界@名無史さん:2012/08/28(火) 22:30:22.21 0
>>229 ある意味で今の中国と同じ問題抱えているような物かな?
中国だってチベットを無理やり併合しなかったら
(ちなみに清朝独立後のチベット領域は現在の西藏のみだった)
ウイグル独立闘争に気を使うこともなかっただろうし
それにしてもフランツヨーゼフ帝のメンタルの強さはなんなの?
仕事しっぱなしで不幸続き
発狂してもおかしくないだろ
ちょっと歌劇場の感想いっただけで建築家二人が死んだしな
徹底的に自己を殺して執務していたんだろう
フランツ・ヨーゼフみたいな凡庸な人間だったから耐えられたんだろうな。
変に有能な人間のほうが苦しんだろうな。
238 :
世界@名無史さん:2012/10/08(月) 13:07:01.04 0
生まれた時からの教育が違うからな
凡人とは
むしろ一部でも残ったのを喜ぶべき
今こそオーストリア=ハンガリーを形成する時ではないか!?
どうだ!?
左様か
242 :
世界@名無史さん:2012/10/21(日) 15:51:49.77 0
>235、>237
フランツ・ヨーゼフの評価ってどうなんですか?
ハプスブルク家の実質最後の当主で、長期にわたるオーストリア・ハンガリー国民の
心の支えと聞いたんですが
>>242 ハンガリー側ではただの圧政者そのいち。
むしろエルジェーベト妃のほうが国母扱い。
フランツ・ヨーゼフって、頑張るだけが取り得の凡庸な君主って感じだな。
いや仕方ないだろ。
アウグスライヒでハンガリーは言うこときかないし
民族自決の流れの中でボヘミア人その他にも大幅な譲歩をした連合国家。
さらに議会があり政府があるんじゃ君主の役割なんて顔見せて手を振るくらいだろ。
246 :
世界@名無史さん:2012/11/24(土) 16:35:55.27 0
『為政者というより、官僚』みたいな表現を目にしたことがある。
そして、古い制度・慣習にみずからを縛ってしまった人なんかな。
>>203 神聖ローマ帝国のせいでそういうふうになっただけで
本来の”帝国”はローマの中央集権型じゃね?
だからボルテルは帝国にあらずとか言ったわけで
ハプスブルグ帝国内の支配民族はハンガリー人とポーランド人。
ドイツ人は官僚的存在で、皇帝は帽子。
後に「ユーゴスラビア人はチトーひとりしかいない」と言われたように「オーストリア人はフランツヨーゼフひとりしかいない」と言われた。
すでに「ドイツ民族の国」はプロイセン主導で進められオーストリアは排除された。
こんな中でオーストリアが大きな「民族国家」として存続できるわけがない。
249 :
世界@名無史さん:2012/11/27(火) 22:11:21.18 0
すべてはビスマルク一人にヤラれたか。
フランツヨーゼフには優秀な参謀がいなかった。
もしくは、ルドルフが主導権持ったらどうなったんだろ?
仮にオーストリア継承戦争でフランス辺りの思惑通りに進んで
神聖ローマ帝国領はほぼ放棄して
マリア・テレジアに当時のハンガリー領だけ残る結果になったら
結果として史実より東欧地域は安定したかも知れない、とふと思った。
251 :
世界@名無史さん:2012/11/28(水) 18:45:11.21 0
何で読んだか忘れたけど・・・
WW1前の欧州が平和を謳歌していた時代にはドイツとともに好調な
経済的な安定が帝国内の各民族に徐々にハプスブルク君主国への国民意識が
醸成されつつある過程にあった
大国間の戦争がない、新興国のナショナリズムの高まりとかWW1前と現代は
情勢がよく似てると思ってしまう
>>251 それは帝国が譲歩したからだと思うよ。
国民意識よりも民族意識の高まりが大きかった。
各民族の独立傾向に抗しえずにハンガリーには妥協を与えて
オーストリア国内の各民族には母国語で教育を受ける権利や
軍内部でもドイツ語を極力覚えなくていい権利を与える等の
文化共存政策を採ってる。
そういった政策への信任が国民意識醸成につながったと言えないこともないけど
結局南スラブ統治に失敗して大戦の引き金を引いたわけで。
253 :
世界@名無史さん:2012/12/02(日) 15:52:12.49 0
>>251 そうなの?
WW1までは各民族がそれぞれに自らの民族尊重のみを謳っていたものが、
戦争という非常事態になって初めて国民意識が高まり、国家のまとまり
が出てきたのでは。
二重帝国も旧ユーゴも「欧州連合」的な感じにはできなかったのかな。
Ostrich
>>254 それをやるには中央集権的な国家こそ至上だった大戦期を抜けないとダメだ
ユーゴの場合は民族間、宗教間の利害調整が異常に難しいからなぁ