1 :
世界@名無史さん :
2009/02/28(土) 00:49:59 0
(´・ω・`)
ブリテン、アイルランド、シチリア、サルディーニャ、クレタ、マタガスカル、ソコトラ スリランカ、大スンダ列島、ボルネオ、フィリピン、台湾、そして日本列島… 大陸国家とは違った文化、文明を形成している島国などについて語るスレです
オーストラリアやニュージーランドは?
タスマニアキッド
オーストラリアは微妙だがニュージーランドは確実に有りだろう 前スレでは環境論とか気象論とかも話題に挙がってるし 島って縛りはあんまり考えなくて良さ気 交易中心になるかもしれない
7 :
世界@名無史さん :2009/02/28(土) 01:56:16 0
美味い飯が食えるのは北海道! NZも中々だけど牛肉と羊と小麦ばかりじゃね 日本人なら美味い魚介類でスシも食いたい
8 :
世界@名無史さん :2009/02/28(土) 09:30:48 0
乙
9 :
世界@名無史さん :2009/02/28(土) 10:06:44 0
スペイン人が最初にフィリピンにやってきたとき、彼らは香料諸島の ような新たな富を見つけ出し、中国人にキリスト教を布教するための 布石にするつもりでいた。 しかし、フィリピンには輸出向きの香料はなく、中国人をキリスト教に 改宗させることも不可能だった。 夢が破れると、スペイン人のフィリピン諸島に対する関心は薄れていった。 遠隔地にあるフィリピン諸島は、いうなれば、当時拡張主義者が起こした 水しぶきの波紋の最縁だった。 こんな理由で植民地にされてしまったフィリピンカワウソ
10 :
世界@名無史さん :2009/02/28(土) 20:19:06 0
島国の統一は内陸民族主導じゃないと無理なんだろうか? 海洋民族だと沿岸しか支配しないイメージが
>>10 琉球王国は一応、三山を統一していたけどな。
マラッカ、アチェ、バンテンなど、東南アジアの港市国家は沿岸部しか
支配していないな。
琉球は島自体が小さいしなぁ…
島国じゃないけど、タイのアユタヤ王朝は港市から発展していった。
>>10 メリナ王国はマダガスカルを統一しましたが。
メリナ王国は内陸の国だろ
ヴェネツィアやジェノヴァも、交易の拠点となる部分しか支配してないよな。 大航海時代のポルトガル・スペイン・オランダ・イギリスも、アジアやアフリカでは 最初は拠点と拠点を線で結んだ商業ネットワークを築くのがやっとだった。
マダガスカルはフランスに征服されて統一 スリランカはイギリスに征服されて統一 キューバはスペインに征服されて統一
18 :
世界@名無史さん :2009/03/01(日) 17:10:10 0
19 :
世界@名無史さん :2009/03/02(月) 00:19:38 0
ドゥブロブニク島
地中海世界のガレー船は積載量が多くなくて、一人1トンぐらいなんだよね。 大勢の漕ぎ手が乗っていて、戦闘能力があって、いざというときには逆風が 吹いても港に入れるので、安全だけれどコストが高い。だから香料のような 軽くて高価な品物じゃないと引き合わない。 ラウンドシップ(丸型帆船)だと、一人10トンぐらい運べる。 よくジェノヴァ人はヴェネツィア人に比べて冒険者気質、一発屋的なところが あったといわれるけど、ヴェネツィアのような香料貿易で独占的な地位にある ところでは商船隊はガレー船中心だし、それに後れを取ったジェノヴァでは、 ラウンドシップを使って、木綿や穀物や明礬やマグロのオリーブ油漬けなどを 集めてイングランドやフランドルへ運んでいた。 商品と船の形に対応関係があり、それが国民性の違いになっていったのかもしれない。
前スレで宮脇昭を批判している人がいたが、俺は逆に戦後の金になる杉だけ を植えるという政策の方が、底引き網ですべて根こそぎにするというのと似たような 自然の摂理を無視した画一性と暴力性という現代の病理を感じる。
>>21 >金になる杉だけを植えるという政策
カリブ海の島々で行われた、砂糖キビ栽培(モノカルチャー)みたいなものかな。
ちなみに砂糖キビは一か所で数十年もつくると、地味が枯渇するので、砂糖キビの
主要な作付け地は、つぎつぎと移動していった。
イギリス領だけでも、はじめに開発されたバルバドスやセント・キッツは、
早くも17世紀中頃にはピークをすぎ、間もなくジャマイカが中心となる。
そのジャマイカも、19世紀には、キューバに中心の地位を奪われてしまった。
>>21 杉をあんなに植えなきゃこれからの花粉症も大人しかったろうしね
>>22 ジャマイカの後はサン=ドマングも。18世紀の最盛期は北米全体に匹敵する輸出額だったとか
24 :
世界@名無史さん :2009/03/02(月) 20:31:03 0
ドミニカとハイチはどうにかならないんだろうか…
横レスだが。
>>21 宮脇批判は、そういう意味で考えるべきじゃないと思う。
今では批判されるべき学説だよ。あれは「半世紀前の森林遷移学説」なんだ。
日本列島への人類出現より前、かつ今の植物がほぼ出揃った時期に遡って、
現在とよく似た間氷期の植生を地層から分析すると、
日本海側を中心に、スギ中心の針葉樹林が卓越していたという、驚くべき結果が出てくる。
特に照葉樹林は冬の乾燥に適応した植生で、日本海側では本来の植生ではないらしい。
つまり、縄文から弥生時代の早い時期に、
日本海側のスギは最良の材木として、悉く伐採されてしまったらしいんだな。
植林を知る前に、伐採の前史があるらしいんだ。
降水量の多い日本海側、それから太平洋側でも静岡などの雨の多い地方は、
バンクーバーやシアトルと同じような、温帯針葉樹林というのが原植生らしい。
静岡の登呂遺跡出土の木材がスギばかりであったのを
森林の貧困化だと嘆く遷移専門家の著作さえあったが、
実は、静岡市のような多雨地帯では、まさにスギこそが原植生を使った木材利用だった。
>>23 関東平野や東北太平洋側のような、
比較的乾燥した地域にスギを植えたのが問題だったんだよ。
関東平野など、東京圏の市街地を離れると、
台地の縁などのあちこちにスギが植えられていて、花粉を撒き散らしている。
よく見ると、木々の先端部が丸くなったり枯れこんだりしていて、
必ずしも生育に適していないことが分かる。
(もちろん大気汚染や間伐の問題もあることは言うまでも無いが)
こういう木々は、苦しい環境で子孫を残すために特にたくさん花粉を撒き散らす。
伝統というのも微妙なもので、
日光杉並木は美しいが、本来は自然に適応した植栽ではないんだろう。
関東地方(平野部)こそは、確かに広葉樹の国なんだろう。
しかし宮脇氏の理論も本当に自然の摂理に完全に沿ってるとは思えないんですよね。 彼の理論の無謬性を無批判に信じて、批判を受け付けない雰囲気が彼を信奉してる人たちにある気がするんですよね。
>>25 現在も日本海側で杉が潜在自然植生だるならば、人の手で植えようが間伐
などせずに放っておいても自然に育つはずじゃないの?
間伐をする前提で密に植えてるんだから、無茶言うなよ… 同じ時期に植えた苗が同じように育つんだから、それは無理がある。 そういう無理を言うのが宮脇信者の特徴だよな。
イギリスでは地理学ってのは重要な学問なん? ダーウィンも、キャプテン・クックも、有名な探険家は王立地理学界と何らかの 関係を持っていたケースが多いし、古くはエリザベス朝にリチャード・ハクルートが、 『イギリス国民の主要航海、旅行、交易、発見』という膨大な記録を集めた 書物を編集した。
>>32 王立地学教会の会員になれるというのは相当名誉なことのようだ。
中央アジアでロシアとやりあいながら地図もなかった現地を探検し、その後
機密軍事情報以外を書いて出版したイギリス人にも王立地学教会のゴールド
メダルがかなり送られている。
19世紀イギリスがロシアのインド進出を心配したが、海路では紅海ペルシャ湾
を持つことが必要だがその可能性は低く、またこれらの海をいつでも閉鎖できる。
また造船用の木材はインドかペルシャの奥地、あるいはエチオピア紅海沿岸の
質の悪い木材しかないが、仮に海まで持ち運べてもイギリスの目を盗んで造船
するのは難しいという結論しているようだ。
以上ザ・グレートゲーム ピーターホップカークより
987 名前:世界@名無史さん[sage] 投稿日:2009/03/01(日) 12:34:51 0
欧州で大型帆船を建造するのには、木材、とりわけ楢材を仕入れることが
必要だったんだが、樹齢100年もの楢の大木だと1ヘクタールあたりに約30本
ほどしかなく、この割合でいくと、1隻の船を造るのに100ヘクタールの森林が
消費された計算になる。
さらに松と樅はマストと帆桁に、楡は滑車と砲架に、ブナはオールに、ツゲ材は
滑車の車軸に、クルミとポプラは彫刻や装飾の部分に使われた。
ブリテン島で18世紀中頃にはほとんど森林がなくなってしまったのもむべなるかな。
>>29 一言で言えば、宮脇の「潜在植生」は「読みが浅い」んだよ。
まだまだ、当該土地で何が「潜在植生」なのかについてさえ、
相当に改良余地の多い説なのに、
既存の説を振りかざして宗教化して信奉して押し付ける馬鹿な信者が多いんだ。
「西南日本低地は全部照葉樹林」
「東北日本は全部ブナ林」と固く信じている。
そういうことをやるから、信者たちは、
いきなり風雪吹きすさぶ青森で、更地にブナだけをいきなり密植して全部枯れたり、
楽しいことをいろいろやってくれるw
植物の世界「日本の森の変遷 − 6万年」
ttp://www2u.biglobe.ne.jp/~gln/14/1405.htm 当時の森林を構成する主要な植物の分布をトレースしてみますと,氷期にどのような
植生帯が成立していたかがよく分かります。現在と比べて特異だと思われますのは,
針葉樹の優占がわが国のほぼ全域に及んでいたことです。今では北方四島・
サハリン以北に分布するグイマツや北海道に普通なエゾマツ,アカエゾマツが
東北地方中部にまで,中部山岳地帯以北のいわゆる高山帯をなすハイマツが
中部地方の盆地から東北地方以北の平野にまで,また,中部山岳地帯に稀に
生えるカラマツ,チョウセンゴヨウやヒメバラモミ,ヤツガタケソウなど
トウヒ属ハイマツ節が東北地方北部から九州に至るまで,各々広大な面積を
占めていました。関東地方以西においてはゴヨウマツや落葉広葉樹のコナラも
主要素となり,房総半島,東海地方,四国と九州南部にはスギ,コウヤマキ,
それにクリなどの落葉広葉樹が分布していました。今日のスターたち,即ち
ブナやカシの仲間は目立つことがなく,南端部若しくは局所的なレフュージア
(逃避地)において生き延びました。
36 :
世界@名無史さん :2009/03/06(金) 12:07:11 0
スリランカは熱帯モンスーン気候で、気候は涼しい乾季、暑い乾季、雨季の3つに 大別される。 涼しい乾季は20度くらいを行ったり来たりして非常にすごしやすい。 暑い乾季は40度くらいになり、雨季はスコールが降る。 スリランカが最も涼しい時期は1月で、高地では寒さのため多くの人々がセーターや コートを着る。 高地では、二十世紀初頭まで内陸部にキャンディー王国が存続していたのに対し、 海岸地帯は十六世紀以来、ポルトガル、オランダ、そしてイギリスに支配されて きたので、早くから西欧文化に接していた。
37 :
世界@名無史さん :2009/03/07(土) 13:12:03 0
みんな涼しいとろこが好きなのさ
38 :
世界@名無史さん :2009/03/08(日) 19:15:59 0
39 :
世界@名無史さん :2009/03/08(日) 21:23:29 0
北海道の道南全域がNZのようなCfbになってたら世界一の勝ち組島だったかも
最近、アメリカへ留学する日本人の数が減っているが、 894年、菅原道真の建議により遣唐使廃止。 907年、唐が滅亡。 926年、渤海が滅亡。 935年、新羅が滅亡。 そして日本は国風文化形成の時代に入っていく。 もし歴史が繰り返すとしたらそのうち・・・
ロシアの北の海にはロシア領の大きな島がいくつかあるけど人は住んでるのかな
42 :
世界@名無史さん :2009/03/10(火) 14:28:23 O
北極だぞ
43 :
世界@名無史さん :2009/03/10(火) 17:21:52 0
水爆実験の残留放射能で汚染されてるぞ
44 :
世界@名無史さん :2009/03/10(火) 17:51:19 0
温暖化で北極の氷が溶けて暖かくなったらあの辺は勝ち組になるかもな
>>40 知的関心が国内向きになってるのは事実化も。
でも、グローバル化で経済の結びつきは強くなる一方だろ。
>>34 青森の話ちょっと調べてみた。ミズナラの林を「ニセモノ」扱いして、
「ホンモノ」のブナを植林したらしいね。宗教もここまで来ると恐ろしいわ。
47 :
世界@名無史さん :2009/03/10(火) 22:55:28 0
ミズナラは薪にも家具材にもいいし、ドングリが生る。 熊のえさになるからナチュラリストにとっては魂の樹になりえるだろうに。 なにしろ西洋のオークと同種だ。 ブナは木材としての価値はない。なにしろ「橅」と書くくらいだからな。 木偏に無い・・・ 実は生るにしても、そば粒みたいな極小の実しかならないし。
>>48 遷移に任せても、いつまでたってもミズナラ林のままかもしれないよ。
つまりミズナラが極相だったということ。
日本のブナ(シロブナ)は豪雪地帯に特化した特殊な種らしく、
特殊な条件下で、他の種を排除して純林を構成することが多い。
東北でも雪が多くないとブナ林にはなりにくい。
ミズナラ林が二次林的だというのは、コナラ林の類推で、
西南日本人の勝手な類推なのかもしれない。
ただ、コナラやアベマキも、極相に近い振舞をする場合さえある。
瀬戸内海沿岸など、降水量の少ない地方では、
数年毎にくる夏季の旱魃で葉を落とせない常緑樹が枯れてしまうため、
常緑樹への遷移がなかなか進まない。
照葉樹=極相樹種というのも神話だ。
最近の研究では、アラカシなどは
むしろ典型的な二次林構成樹種であることが明らかになっている。
家の近所(神戸近郊)だとクヌギもコナラもカシもスギもヒノキも ツバキもカキもソメイヨシノもヤエザクラもクリもサツキもカイヅカも (マツクイムシに殺られぬ限りは)マツもすくすく育ってるように 見えるが、ほっとくとどんな森になるのやら。
51 :
世界@名無史さん :2009/03/11(水) 02:12:02 0
本州にも美瑛町のような丘がもっと欲しいな
52 :
世界@名無史さん :2009/03/11(水) 10:33:50 O
だから山削って埋め立てて丘陵地増やせばいいんだよ 松下の社長も似たような事言ってたぞ
青森の件はすでにあるミズナラの林を伐採してまで、ブナを植林するというまさに狂気的なお話。 何が宮脇信者をそこまで駆り立てるのか
54 :
世界@名無史さん :2009/03/11(水) 12:30:19 0
>>52 風通しが良くなって夏の蒸し暑さも少しは解消しそうだね
ゴルフ場みたいな感じか、マジでやって欲しい。
55 :
世界@名無史さん :2009/03/11(水) 14:10:35 0
ゴルフ場なんて国土利用の無駄としか言いようがない
ほんと、ゴルフ場なんて環境破壊でしかない。昔やっていたことを後悔している。 最近は、山でキャンプしたり、4WDで川底を走ったりと自然を満喫している。 日本の豊かな自然に触れて気持ちがいい。
>>56 地質学者は、日本列島のことを花綵列島(ユーラシア大陸を花飾りのように
縁取る弧状列島)という名で呼んでいる。
幕末の江戸は緑豊かな庭園都市で、都心にも郊外にも緑の谷間や並木に
縁取られた道があり、乗馬や散歩を楽しむにはもってこいだった。
その美しさを、高度成長期〜バブル期にかけて無惨に壊してきたわけだが。
>>49 図鑑にはクヌギ・コナラは手の入った雑木林の所で
出ててミズナラはブナ等と並んで極相落葉広葉樹林
の所に出てた。ブナより乾き気味の所がミズナラ林になるとか。
なんだか知名度に差がついてるけど。
六甲だと高所にブナが残り、江戸末期に荒れてたという山腹
はアカマツやコナラが多くマツクイムシに倒れるアカマツの後に
コナラが広がりその中にシイやカシが侵入しつつあるとかなんとか。
>>50 表六甲山麓だと、降水量が少なすぎてスギの生育は苦しいと思う。
実際、宗教上の理由からスギが植えられる生田神社に関係するもの以外、
表六甲では、山頂近くまで登らないと杉林はほとんど見られない。
六甲山は、たゆまない努力が植林の奇跡を生んだ山でもあるが
(その意味で
>>57 は誤りだ。高度成長より前は1500年近く、六甲山は悲惨な禿山だった)
宮脇理論の限界を示す山でもある。
乾燥が激しく表土が薄いから、京都東山のように
林床に照葉樹林の卵がすぐに出来るというわけにはいっていない。
>>51 美瑛のような氷河辺縁地形はないが、前スレのNZの画像くらいの丘陵なら、
日本でも普通にあるよ。東北などだと、谷地筋だけ水田に、あとは山林になっている。
氷河と無縁の本州南岸では、
静岡県だと茶畑に、愛知県だとキャベツ畑になっている。
日本を開拓したのがイギリス人だったら、
結構広範囲で、まるでNZのような牧場が開かれていたに違いない。
NZ北島を開拓したのが日本人だったら、
谷筋は水田に、尾根筋は森が残るなんとも日本的な風景となったことだろう。
近代以前の日本では、縄文時代を除けば、7〜8世紀の国家形成期と、安土桃山 から江戸時代前期にかけての国家再編期の2度にわたって、大規模な森林破壊が 行われている。 木材供給地は16世紀中頃までには東は能登半島・三浦半島、西は中国・四国の 東部まで広がっていたのが、さらに1700年になると、北は蝦夷地の松前、西は 対馬、南は種子島・屋久島まで及んでいた。
62 :
世界@名無史さん :2009/03/12(木) 23:45:35 0
そういえば鎌倉時代の東大寺再建時、畿内ではヒノキの巨木を伐りつくしていたので、 周防国や長門国に良材を求めた。 当時では、まだ木曽ヒノキは知られていなかったのか?
63 :
世界@名無史さん :2009/03/13(金) 06:18:23 0
どっちから運ぶのが楽か、よーく考えよう
65 :
世界@名無史さん :2009/03/14(土) 00:37:26 0
島国の場合、外部から舶来される文物によって社会や文化や生活様式が変容する というパターンがよくあるな。 先史時代の日本列島にコメが伝来したときや、ブリテン島にアジアから茶が 入ってきて、ティー文化が形成されたことなど。 インドからブリテン島に綿織物が入ってきたとき、あまりにもよく売れたので 毛織物組合との間で摩擦が起こった。
そんなの島だけじゃないだろ
68 :
世界@名無史さん :2009/03/14(土) 15:55:01 0
Islands ordered by population *1st 124,000,000 Java, Indonesia インドネシア *2nd 103,000,000 Honshu, Japan 日本 *3rd *59,200,000 Great Britain, United Kingdom イギリス *4th *46,228,000 Luzon, Philippines フィリピン *5th *45,000,000 Sumatra, Indonesia インドネシア *6th *22,000,000 Taiwan, Republic of China *7th *20,700,000 Sri Lanka island, Sri Lanka *8th *19,793,000 Mindanao, Philippines フィリピン *9th *18,600,000 Madagascar island, Madagascar 10th *17,400,000 Hispaniola, Haiti and Dominican Republic 11th *16,000,000 Borneo, Indonesia, Malaysia, Brunei インドネシアなど 12th *16,000,000 Sulawesi, Indonesia インドネシア 13th *13,350,000 Kyushu, Japan 日本 14th *13,175,000 Salsette(Mumbai), India 15th *11,075,000 Cuba island, Cuba 16th **7,620,000 Hainan, People's Republic of China 17th **7,560,000 Long Island, United States 18th **6,400,000 New Guinea island, Papua New Guinea and Indonesia インドネシアなど 19th **6,200,000 Ireland, Ireland and United Kingdom イギリスなど 20th **5,625,000 Hokkaido, Japan 日本 21th **5,017,000 Sicily, Italy
70 :
世界@名無史さん :2009/03/15(日) 20:06:07 0
主な港町(海) ●日本 北海道:函館、小樽、留萌、稚内、網走、根室、釧路、室蘭、長万部、余市 北日本:小名浜、塩釜、石巻、気仙沼、酒田、本荘、男鹿、青森、むつ、八戸、久慈、宮古、大船渡、釜石 関 東:銚子、勝浦、館山、木更津、鴨川、横浜、横須賀、藤沢片瀬、鹿嶋、那珂湊 北 陸:村上、両津、柏崎、伏木・新湊、七尾、珠洲、輪島、羽咋、敦賀、あわら、小浜 東 海:熱田(宮)、常滑、蒲郡、焼津、清水、沼津、下田、鳥羽、尾鷲、四日市 関 西:大阪、神戸、堺、舞鶴、宮津、豊岡、明石、赤穂、田辺、御坊、新宮、白浜 中四国:今治、宇和島、八幡浜、室戸、土佐清水、中村、阿南、鳴門、高松、坂出 南日本:博多、小倉、唐津、平戸、佐世保、長崎、本渡、枕崎、佐伯、串間、志布志、那覇、名護、石垣 ●英国 北英蘭:ハル、グリンズビー、スカボロー、キングズリン、ハトルプール、サンダーランド、ニューカッスル 南英蘭:プリマス、ブリストル、ボーンマス、サウンザンプトン、ヘイスティングス、イーストボーン、ブライトン 東英蘭:フォークストン、イーストエンド、ギリンガム、イプスイッチ、シェリンガム、ランズゲート、ドーバー 西英蘭:リバプール、ワイラル、エルズミア、サウスポート、ブラックプール、バロー、ワキントン、モアコム 威 州:カーディフ、スウォンジー、バンゴー、カーナボン、コーニー、ペンブルック 蘇格蘭:エジンバラ、アバディーン、ダンディー、グラスゴー、インバーネス 北愛蘭:ベルファスト、ロンドンデリー、ダンドラム、ドロエダ ●ニュージーランド 北 島:オークランド、ワンガレイ、ギズボーン、タウランガ、ニュープリマス、ワンガヌイ、ポリルア、ウェリントン 南 島:ナルソン、タカカ、ホキチカ、グレマス、ウェストポート、インバーカーギル、チマル、クライストチャーチ
>>68 海南島やロングアイランドも相当人口でかいほうやねんなー。
>>69 マンハッタン島も桟橋だらけの全部都市ですな。川で切り離されたって感じだけど。
これまでは、ブリテン島にはもともとイベリア人やビーカー族が住んでいて、 そこに大陸からケルト人が大挙来襲して彼らを征服した、と考えられてきたが、 最近のイギリスの考古学者たちの多くは、ブリテン島へのケルト人の侵入や 移住を認めず、「島のケルト」なる見方は近代の産物にすぎないと考えるように なっているそうな。 さらに、「ケルト」なる統一的な文化集団は存在しなかったという見解も多く なっている。 ただし、ヨーロッパ大陸の学者はこの見解を認めない。とくにフランスの学者は 大反対である。しかし、この「反対」には、純粋に学問的とはいえない要素がある。 というのも1990年代におけるヨーロッパ統合の進展にともない、ヨーロッパ連合諸国の 共通の祖先として、このケルトが「統合の象徴」とされつつあるから。 日本列島への稲作の伝来について、最近では朝鮮半島経由でなく、長江流域から 直接伝わったという説が有力になり、それに対して韓国の歴史学者が反発して いるが、似たような事情がヨーロッパにもあるらしい。
NHKの番組で大陸からの渡来人が渡来した大まかなルートのような表示が されていたんだが、中国東北部から朝鮮半島あたりから日本列島に大きな矢印を 引いていた。渡来人が稲作をもたらしたという説があるが、現在でも稲作にあまり適しない 地域となっているそのあたりから本当に稲作はもたらされたのだろうか?
イネのDNA解析から中国南方渡来説が有力になったんじゃなかったっけ
75 :
世界@名無史さん :2009/03/17(火) 10:47:41 O
だから長江河口付近から朝鮮半島南部を経由して九州へ伝来という説が出来た
77 :
世界@名無史さん :2009/03/17(火) 20:44:24 0
江南→山東半島→朝鮮南部→北九州、というところか
荒れそう
79 :
世界@名無史さん :2009/03/18(水) 00:51:08 0
じゃ、この話題はやめとこう
>>72 ブリテン島における『「ケルト」なる統一的な文化集団』を認めると、
ケルトの後継者を自認するアイルランドのIRAや、
スコットランド分離主義者を勢いづかせるから、
イギリス側も政治的に認めたくない、てのもあるかも知れん。
82 :
梵阿弥 :2009/03/19(木) 20:32:44 0
島国:淡路/隠岐/佐渡/壱岐/対馬/多禰/志摩
>>75 香港とか海南島とかから漕ぎ出すと、南西諸島の見えないくらいずっと沖から
潮流にのっていきなり豊後水道に入ってしまう。
20年位前、ベトナム籍中国人が大挙してボートピープル化して九州に流れてきた
ことがあったけれど、山陰や福岡に関門海峡廻りで入ってきていた。
932 名前:マンセー名無しさん[sage] 投稿日:2009/03/19(木) 11:27:50 ID:PETrg4Th ええと…スギとヒノキは日本列島特産の樹木で朝鮮半島には生息しません。 クスノキも済州島でわずかに見られるだけで、半島には古代から生息しません。 木造の仏像なんかはクスノキでつくられているのが半島産ではない動かぬ証拠と みなされます。だからこそ外装が赤松とされる広隆寺弥勒菩薩が狙われるというのは 余談です。
86 :
世界@名無史さん :2009/03/19(木) 23:53:39 0
<「文明の生態史観」で有名な梅棹忠夫先生の話>
宮沢喜一内閣の時期のことである。アジア太平洋問題に関する首相の
諮問委員会が設置され、私も委員の一人に指名された。第1回の委員会
のゲストスピーカーとして梅棹氏が出席された。
「日本が大陸アジアと付き合ってろくなことはない、というのが
私の今日の話の結論です」
と冒頭を切り出して、委員全員が呆気に取られるという
シチュエーションを私は鮮烈に記憶している。
http://www.jri.co.jp/RIM/2006/01eastasia.html
87 :
世界@名無史さん :2009/03/20(金) 00:10:22 0
古代日本は、朝鮮半島にコウヤマキを輸出していたんだ。
88 :
世界@名無史さん :2009/03/21(土) 22:51:19 0
古代のブリテン島には、最初フェニキア人が錫の交易のために来ていたらしい。 次いでギリシア人が参入してきた。 ポエニ戦争にローマが勝利した後は、ローマ人の商人がブリテン島の原住民から 錫を買い、大陸に戻って川伝いにマルセイユまで運ぶようになった。 ただし、ユリウス・カエサルの時代までは、ローマ人の間にはブリテン島の社会や 地理についてよく知っている者はほとんどいなかった。 ローマ人にとってのブリテン島は、カエサルの遠征後も、近代ヨーロッパ人に とってのマダガスカル島のように、はるか彼方の未開の島、というイメージ だったのかもしれない。
89 :
世界@名無史さん :2009/03/22(日) 21:37:12 0
90 :
世界@名無史さん :2009/03/22(日) 23:42:58 0
案外島国で単一に近い民族を構成してるのは少ない
(建前だが)民族の居住境界=国境ってことになってる陸地国家よりか、 島を統一してる国家に複数の民族が含まれるのは当たり前っちゃ当たり前だけどな
92 :
世界@名無史さん :2009/03/23(月) 00:09:06 O
日本が単一民族なんて自民党の幻想。
日本って先史時代に凄まじいジェノサイドをやったからこそ単一民族国家に なったんだろうな
94 :
世界@名無史さん :2009/03/23(月) 00:35:00 0
>>90 マダガスカルもスリランカも台湾もグレートブリテンも日本列島もニュージーランドも、
島の中央部を山脈が走っていてそこを境に両端では互いに家族形態も経済観念も
異なっていることが多いんだよな。
日本やニュージーランド(特に南島)だと気候まで変わるし、グレートブリテンでは
家族構成が直系家族か核家族かに分かれる。コルシカ島やサルデーニャ島だと
相続慣習や教育方針まで区別される。
まあこの辺は大陸でも一緒なのかもしれないけど、島国の場合
大して広くない面積であっても上記のようになることが多いのは、
それだけ島国自体周囲から隔絶された環境だからなのかもね。
誰か「生態環境の歴史」というスレを立ててくれないかな。 ここではスレ違いになりそうな森林、農業、牧畜、水利、季節風や海流を 利用した航海、砂漠とオアシス、草原、高原や山岳地帯、大陸・島嶼部・ 半島・潟その他、人間が生態環境によってどう制約され、それをどのように して乗り越えようとしてきたかについて語るスレがひとつあったらいいんだけど。 漏れは何度もスレを立てようとしたんだが、そのたびにはねられてしまった。
>>94 サルデーニャ島やシチリア島に住む人々は、イタリア半島のことをコンティネンテ
(大陸)と呼び、同じイタリアでありながら自分たちとは違う世界である、と一線を
画しているとか。
イギリス人のヨーロッパ大陸、日本人のアジア大陸に対する意識と共通する
ものがあるらしい。
もっともシチリア島は古代から小麦の山地で、侵略者たちはつねに全土を支配
しようとしたのに対し、サルデーニャ島はもっぱら沿岸部を交易の中継点に
しようとしたという違いがある。
98 :
世界@名無史さん :2009/03/23(月) 22:13:26 0
>>97 サルデーニャ島は日本海の竹島が大きくなったような感じの島で、
平地が少なく農耕にあまり向いてないから交易経済で生きるしか
なかったんだと思う。
コルシカ島にいたってはバスク地方みたいな特異な文化圏だよね。
99 :
世界@名無史さん :2009/03/23(月) 22:42:47 0
小笠原とかガラパゴスはなんで最近になるまで人がいなかったのか
>>94 日本列島や台湾などだと、急峻な山脈が走っているから
その両側で決定的な差が生じても不思議ではない。
意外なところでは、
日本海側の県と太平洋側の県では、女性就労率がスウェーデンとイタリアくらい違う。
ヨーロッパでは、ライフスタイルが違いすぎて
もはや同じ社会に統合が不能ではないかと考えられるレベル。
だが、これが政治経済社会の分裂を呼ぶという話は、日本国内では全く聞かない訳で、
そこが島国の妙なのかもしれない。
もうひとつ面白いのはブリテン島のような、
大した「山脈」でもないものでも、大きな影響を与えることがあることだね。
101 :
世界@名無史さん :2009/03/24(火) 00:39:55 0
>>99 絶海の孤島だから。
しかし南鳥島だか南硫黄島は、ミクロネシア系統の民族が一時期住んでいた形跡があった。
>>101 オーストロネシア系は、八丈島まで北上した形跡があるんじゃなかったか。
そこで黒潮に阻まれて、本州上陸はならなかったが。
父島や母島はたまたまスルーだったのかね。
基本的に、彼らは火山の噴煙で島の存在を知り、航海したらしいので、
噴火していない島がぽつんと遠くにある場合、発見が難しいのかもしれない。
尖閣諸島は無人島ばかりらしいが人が住めないところなのだろうか
104 :
世界@名無史さん :2009/03/24(火) 05:43:43 0
かつて沖縄資本の砂糖工場があった
同じ島国でも、シチリア島、ブリテン島、日本列島のように、文化が多重・多層に なっているところと、せいぜい一層か二層ぐらいしかないところがあるよな。 こういうちがいはどこから生まれるんだろう。 シチリア島の場合、シクロス、ギリシア、フェニキア、ローマ、ビザンツ、 イスラーム、ノルマン、フランス(アンジュー家)、アラゴン・・・
>>103 水がでる
軍事基地をおかれると本土がやう゛ぁい
107 :
世界@名無史さん :2009/03/24(火) 18:14:19 0
鳥取市の誘致企業リコーマイクロエレクトロニクスにアルバイトに行っていた。 勤務態度不良でリコーのアルバイトをクビ同然で辞めた。 その後、鳥取市のテスコという工場に勤め真面目に働いていた。 「真面目に働いているのはリコーに対する報復(あてつけ?)」という噂でテスコをクビになった。 直後、テスコの社長から雇用保険の書類をとりに来るよう泣きそうな声で電話があった。 噂は嘘だと知ったのだろう。 雇用保険の手続きのため職安に行った。 職安の次長と相談すると、口止めをされた。 職安と会社は連絡を取り合っていたらしい。 しかし噂は狭い鳥取市である程度広がっているようだ。 リコーマイクロエレクトロニクスに電話を掛けた。 「君はうちのような一流企業が組織ぐるみでやったとでも思っているのかね?」 「そんなことはありませんけど」 「じゃあ会社には関係ないじゃないか」 しかし公的機関(職安)も巻き込んだ組織ぐるみの人権侵害の揉み消しである。
109 :
世界@名無史さん :2009/03/24(火) 18:47:42 0
>>105 日本列島ははっきりとは分からないけど、グレートブリテン島は今でも
ケルト系諸語とアングロサクソン系の英語がはっきり区別されていて、
しかもそれぞれ方言も含めてしっかり残っているんだよな。
英語でもリバプールあたりの方言(スカウズ)はエール語の語彙・発音が
いろいろ含まれている。これはアイルランドからの移民が多かったから。
シチリア島はノルマン系の進出に始まって、ムスリム・北アフリカ系の
諸民族やギリシャ・東欧方面からの移住などこれまた混血が盛ん。
>>100 ブリテン島の場合、住み着くまでの経緯が違うものがまとまった数で住み着き、
原住地の慣習をそのまま保持していたからだろう。
>>109 ケルト系諸語なんて風前の灯。もっとも大きなスコットランドゲールにしたって、
スコットランドがまだ別の国だった時代にも、既に、面積で3割程度の山間部と
いうか高地の谷のところの人口希薄地の言語で、「スコットランド語」ったぁ、
アングロ系住民のしゃべる英語とよく似たアングロスコットランド語のことだでよ。
もともとゲルマン人は政治的に割拠分権の伝統があって王様の統治権が領地の隅々に
まで及ぶことはなくてそこに封土を持つ小領主の勝手が利いた。
キリスト教の普及以降は、王様の喋る言葉すら上等の行政語ではなくなっていて、
公式な文書はラテン語だ。国の中全体で通世する規範化されたゲルマン語は発達
しにくくなる。
>>109 >>111 はちょっと煽り調かもしれないが、
ブリテン島は、いろいろな意味であまり「多様性」のある島ではないと俺も思う。
真正のハイランダーなんて哀れなものだし、
ブリテン島ではないが、アイルランドにゲール語母語集団の村が今もあるという点では、
日本のアイヌよりはマシかもしれないが、
経済状況の落差はアイヌ集落の比ではない。
ありゃ事実上のリザベーションだよ。
実はイングランドというのは、政治的にも文化的にも、
中世以来の伝統としてものすごく均一で非分権的な地域で、
イングランドがあまりに均一すぎるので、逆にスコットランドやウェールズが
「別の国」として残ってしまったという面がある。
ブリテン島周辺の島々は、もの凄く多様。 デンマークから結婚持参金としてスコットランドに送られた オークニー諸島とシェトランド諸島とか ノルウェーからスコットランドに割譲されたヘブリディーズ諸島とか いまだにウェールズ語を話す人が優勢なアングルシー島とか マン語(マンクスともw)やフランス語ノルマン方言が残された 王室直轄領のマン島やチャンネル諸島とか 英国領ではないがEU非加盟の独自路線デンマーク自治領フェロー諸島とか
>>112 感覚的にローマ時代以来ドーバー海峡を挟んでが一つの国というか地域で、
もともと初めっから長城の北側は別の国。それこそ、ブリテン島が一つの
まとまった政治単位になるのは17世紀の合邦からだ。
ギョーム公が海峡の南岸を制圧したらこんどは北岸も欲しくなったり、
以降数百年に渡って王権や領地や諸侯の任免をめぐっての取り合いになっている。
イングランドの王様が今はフランスの王位継承に干渉したり領地をどっさり
持っていたり関心が高かったりするのは、そこが一つの政治圏だからだ。
封建時代なので、ましてや、分権的な政治的慣習を持つイングランドの政治体制では
言葉が違うなんて大した問題ではない。本国イングランにしたって東部のかなり
広い地域では法体系の違うデーンロウ地域だし。
>もともと初めっから長城の北側は別の国。 確か、スコットランドではヨーロッパの他の国のような叙任権闘争が存在 しなかったんだっけ? イングランドではトマス・ベケットの殉教が起きたけれども。
キャプテン・ジェームズ・クックの一行がハワイ島に到着したとき、現地では ちょうどマカヒキ祭の直前だった。マカヒキ祭とは、年に一度訪れてくるロノ神に 対して司祭が供物を捧げ、土地の豊饒と王の力を更新してもらうというものだった。 クックたちは、ロノ神の巡行と同じ時計回りでハワイ島の沿岸を航行し、 ロノ神の巡行が終わる場所であるケアラケクア湾に錨を下ろして上陸した。 巨大な船で現れたクック一行は、ハワイ島の人々にとってロノ神であり、盛大な 接待を受けることになった。そして、1779年2月初旬、マカヒキ祭の終了とほぼ 同じ頃に一行は湾を出て行った。 しかし、嵐に巻き込まれて船のマストが折れるという非常事態のため、ケアラケクア湾に 帰って修理しなければならなくなった。クック一行のこの帰還は、ハワイ島民に とっては、まったく予期せぬロノ神の帰還であった。マカヒキ祭の終了とともに、 島の支配権はロノ神から王に移っていたのだった。そして悲劇が……
117 :
世界@名無史さん :2009/03/28(土) 00:16:04 0
アステカの「一の葦の年」と似ていながら、全く反対の結果になったのですね。
勝手に思い込んで勝手に歓待して勝手に攻撃って迷惑な話だよなぁ もし宇宙人がいて近世以前に地球に来てたら地球全体がこうなってたかもねw 人類が外宇宙探検するようになったらこういうのに注意せんといかんw
>>118 現代の欧米人が、クジラやイルカは知能の高い動物だと思い込んでいるのと
同じレベルだろうね。
古代エジプト人も、カバやワニや猫などの動物には超自然的な力があると
思って信仰の対象にしていた。
イングランド王国は、ノルマン・コンクェストの後、国王が全耕地の5分の1を 所領にして貴族たちを圧倒していたが、ドイツとはえらい違いだな。 フランス王国でも、国王の所領は最初はロワール・ムーズ両河間の狭い地域 だったのに。
アレックス・カーというアメリカ人の東洋美術収集家は、 「日本は古い国だけど、いまの日本の社会は非常に新しいんですね。(中略) 言葉そのものが変わったね。マーク・トウェーンは100年以上前の作家ですが、 まったく今の言葉として楽しく読めるわけです。でも明治時代の本を、いま誰が 読めますか。まして江戸時代の文章。江戸の文章といっても、たかだが150年前ですよ。 意味で言葉も変わったし、いろいろなことが変わって断絶があったんです。 イギリスは一度も断絶なく続いた国だから非常におもしろいですね」 と言うんだが、そりゃ近代においてイギリスやアメリカは“強者”の側に あったからだろーと思ったよ。
そりゃ社会が新しくなったからじゃなくて開国して用語が増えたからだろ 他の国が少しずつ影響を受けていたのを一気にやったんだからそりゃ単語が増えるわ 旧字は厳しいがこりゃ意図的なもんだから意味合いが違う
123 :
世界@名無史さん :2009/03/30(月) 23:02:30 0
>>121 江戸時代の本は、結構普通に読めるけどなぁ。
日本語の変化スピードは、今でさえ英語に比べりゃだいぶ早いんで、程度問題ってのもあるし。
でもまあ実際、現代日本語って語彙のレベルじゃなく、文章の書き方自体で英語を相当真似て初めて
ここまでなれたから、断絶っていやぁ断絶なんだが。
ところで俺は昔から、夏目漱石は日本のマーク・トウェーンだと思っている。
現代日本語を作った国民作家が、夏目漱石で、現代アメリカ語を作ったのがマーク・トウェーン。
日本人なら小学生でも夏目漱石を何の苦も無く読めるのと同じで、アメリカ人がマーク・トウェーンを
ごく自然に読めるのは当たり前だと思う。
文章を革新した基点の人だから。
NHKラジオ(1993年11月2日) 語るアレックス・カー 日本は非常に若い国である。アメリカのリンカーンは江戸時代の人。 イギリスの大学には学寮の寮生は400年前の家に住み、500年前の 食器を使っている。つまり歴史は生きているのである。 日本にそんなところがあるだろうか? 日本の若者の口癖に「ワカンナイ」という言葉がある。 われわれはこの言葉にある種の悪意を感じとってきた。つまり、責任逃れの 言葉を平気で使う”低能なヤツ”ということだ。 しかし実際は、急変・激変を繰り返す歴史否定連続の日本社会では 「ワカンナイ」という言葉が正解なのかもしれない。 「古さのよさ」は理解できないのだ。 >急変・激変を繰り返す歴史否定連続の日本社会 これはむしろ中国や韓国の社会にこそあてはまると思うんだが。
おれは夜明け前が好きだなあ・・
>>121 >>124 そりゃ日本語の用法での「文語」と「現代語(文章上の口語)」の関係を誤解しただけだ。
日本学者でこんなことを言うのは実に恥ずかしいが、美術収集家だから仕方ないか。
西欧諸言語の用法の常識から言えば、
近代語としての「日本語口語」と、古典語としての「日本語文語」は別の言語だ。
同じJapaneseと言わない、別の名称がつくはずとなる。
キケロやカエサルが話して読み書きした言語を、「文語のイタリア語」とは言わない。
ベルルスコーニが話し、中田英寿が習得した言語を、「ラテン語の口語」とも言わない。
ギリシア語だけは、日本語と同じ用法になるけどね。
言文一致の表現であれば、明治時代の文学作品を読むことは活字ならごく簡単だ。
かなづかいさえ現代かなづかいにすれば、DQNでも読める。
近代語が成立すると、変化スピードが一気に遅くなることを勘案しても、
口頭語表現であれば、江戸時代の戯作の台詞であっても、
かなづかいを契沖かなづかいに直して当て字を減らせば、簡単に理解できる。
さらに遡って、
17世紀の宣教師版平家物語なども、当時の京都の口語で書かれているので、
漢字かな混じり文に翻字すれば、西日本人なら楽勝だ。
東日本人なら、同じ17世紀でも雑兵物語のほうが読みやすいかもしれない。
−検校の坊、平家の由来が聞きたい程に、あらあら略してお語りあれ。 −やすい事でござる。おおかた語りまらしょうず。まず平家物語の書き始めには、 奢りを極め、人をも人と思わぬようなる者は、やがて亡びたといふ証跡に、 大唐・日本において驕りを極めた人々の果てた様態をかつ申してから、 さて六波羅の入道前の太政大臣清盛公と申した人の行儀の不法なことを 載せたものでござる。 …そうあって忠盛は御前で舞われてござったれば、公卿達がこの人を嘲って、 拍子を変えて「伊勢瓶子は酢瓶なり」と言うて、囃されてござった。 そうせられた子細は、忠盛中ごろ都の住居もうとうとしゅうなって、 伊勢国に住国がちにあったによって、その国の器物に事寄せて、 伊勢瓶子と申された。その上、忠盛めが素瓶であったによって、 こう申されてござった。そうあったれども、忠盛も御前のことではあっつ、 しょうようも無うて、まだそのお遊びも過ぎなんだれども、 面目無さにか、密かに罷出でらるるとて、横 たえて指されたかの刀を紫宸殿の後でみな人の見るに、 ある人に預け置いて出られてござった。かの郎党の家貞、 待ち受けて「さて如何ござったぞ?」と申したれば、 忠盛その様態を知らせとう思われたれども、言うならば、 殿上までも切り上りそうなものの面魂であったによって 「別のこともないぞ。」と答えられてござった。 −さてさて、それはいたずらなことを公卿達はせられたのう?
>>126 学校で習う古語が今の日本語に切り替わるのって、安土桃山時代って言われてうるんだっけ?
それって文語だけの話?
それとも口語も?
>>127 これが宣教師版平家物語ですか?
本として出版ってされているんですか?
普遍/特殊(個別)という分け方があるけれど、島国というのは特殊(個別)的な ものに偏りやすいのかも。 大陸に比べると、異民族との接触が少ないし。 スレと直接関係はないが、同じキリスト教でもカトリックは文字通り普遍的、 プロテスタントは特殊(個別)的に見えるね。英国国教会なんかその典型。
「おあむ物語」17世紀の岐阜の口語。 婆さんの思い出話なので、女性語だ。 西日本語と東日本語が交雑するところまで、今に通じる。 関ヶ原の戦いの阿鼻叫喚の城内の描写で、 内容はグロなので注意。 取った首を天守へ集められて、それぞれに札を付けて覚えおき、 さいさい、首にお歯黒を付けておじゃる。 それは何故なりや?昔はお歯黒首は良き人とて賞翫した。 それゆえ「白歯の首は、お歯黒付けてたまわれ」と頼まれておじゃったが、 首も怖いものではあらない。その首どもの血臭き中に寝たことでおじゃった。
>>126 いやー仕方ないですまない問題なんですよ。
少し考えればおかしいとわかる話でも、
外国人(特に欧米人)の発言だと、へへーっ仰るとおりですーとなってしまうから。
特に彼はその著書で世界に向けて誤解を広げているわけで。
結局自分たちの文化が上だという優越感に浸りたいだけの人。
っていうかその視点から脱することができる欧米人などいないんだろうが。
>>133 作家の塩野七生氏が、外国へ行くと、特にイギリスあたりの書店では、歴史に
関係するものは、歴史学と歴史と歴史小説の三つに分かれている、歴史学と
いうのは人が書いた歴史を研究する学問、歴史というのは歴史を書く部門で、
歴史小説はそれをフィクションにする、と語っていた。
イギリスはアマチュアリズムの伝統が強い国だからそういう風に分かれている
のかもしれないが、日本のようなマイナーな地域をシロウトが書くと弊害も大きい。
あるイギリス人のジャーナリストがアルファベットの歴史について書いた本で、
日本占領時代の朝鮮ではハングルが禁止されていたなどと、韓国の文化ナショナリズムを
鵜呑みにした記述を行っている。
>>133 >少し考えればおかしいとわかる話でも
いや単に無知なやつが多すぎるだけだと思う。
外人が日本について書いた本に対する、手痛いAmazonのレビューの数々を見れば、
とうてい無条件に受け入れているとは思えない。
しばしば自分たちの無知から、過剰にたたいていることも多いし。
>手痛いAmazonのレビューの数々 これらに賛同する人数の少なさを見てみると、 白人様の意見に逆らうなんて以ての外と考えてる人間が多いんじゃない?
かつて、エルヴィン・フォン・ベルツ博士が、 「日本人は彼ら〔お雇い外国人〕を学問の果実の切り売り人として扱ったが、 彼らは学問の樹を育てる庭師としての使命感に燃えていたのだ。・・・つまり、 根本にある精神を究めるかわりに最新の成果さえ受け取れば十分と考えたわけである」 と述べた。 日本人の異文化理解が薄っぺらで軽薄なものであるという批判には賛成なんだが、 近代ヨーロッパ人が古典古代について真に理解していたかというと、これも 疑わしいと思う。古代ギリシア人は、普遍や永遠の真理を熱心に追求したが、 それらを杓子定規に適用しさえすればうまくいくなどとは考えていなかった。
>>136 > これらに賛同する人数の少なさを見てみると、
単に歴史本なんて読まれてないからだと思われ。
>日本学者でこんなことを言うのは実に恥ずかしいが、美術収集家だから仕方ないか。 アレックス・カーは、一応、イェール大学で日本学を専攻し、オックスフォード大学で 中国学修士号を取得している。さらに、国際日本文化研究センター客員助教授を歴任。
犬と鬼って本も書いてたな あれも薄っぺらい現代日本批判だった でも島国とは関係ない気もする
ストーンヘンジが作られた時期には、ブリテン島ではかなり広範囲を支配する 勢力が出現していたのかな? 日本列島でいえば古墳時代〜大和朝廷の時代あたりぐらいの。
ストーンヘンジは時代が古すぎてなぁ
ローマ帝国の属州ブリタニアだが、都市の広さでいうとロンディニウム(ロンドン)が 133.5ヘクタール、コリニウム・ドゥブノンノルム(サイレンセスター)が97ヘクタール、 ウェルラミウムが81ヘクタール、ウィロコニウム(ロクセター)が76.8ヘクタール であり、植民市の4都市はいずれも40ヘクタール程度だった。 ちなみに大陸の都市ではネマウスス(ニーム)が220ヘクタール、アウグスタ・ トレヴェロルム(トリーア)が280ヘクタール、首都ローマが1783ヘクタール あったので、ブリテン島最大の都市ロンディニウムですら、ローマの10分の一の 大きさでしかない。 ロンドンが、帝国内では辺境とされているドイツのトリーアよりも小さかったとは… やっぱりショボい。
面積で比べてどうするんだよ? じゃあ東京は札幌よりしょぼいのか?
立体的に建造物作れる現代都市を例に挙げるほうがおかしいし 都市圏は東京のほうがデカイだろ
>>145 みたいなのは、例じゃなくて皮肉という。
>>144 は都市のどの範囲か明記していないから、こういう風に皮肉られてしまうんだよ。
148 :
世界@名無史さん :2009/04/06(月) 18:46:25 0
>>147 あんた院生?それともプロの研究者?
古代ローマの植民都市について、くわしくおしえてくれないかな。
インドネシアの歴史教科書では、 「インドネシア人はヒンドゥー教・仏教の教えをすべて鵜呑みにしたわけではなく、 彼らの民族性に合わせて選択的に噛み分けて受容した。つまり、ヒンドゥー教的・ 仏教的な諸文化要素はインドネシア化され、しだいにインドネシア人独自のものに なったのである」 と書かれている。 インドネシアにおけるイスラームの発展についてもその独自性が語られる。 やっぱり日本と同じで、ユーラシア大陸から離れた辺境の島国だから、アイデンティティ 確立のために自国の文化の「独自性」を強調しているんだろうか。
イギリスも国教会なんて独自の宗派立てたしな、 島国の独自性・特殊性は日本の専売特許って訳でもないのかも
イギリスの場合は島国だからというより外交上の理由だけどな。
イタリアやフランスなど、大陸の「幾何学式庭園」と比べて、イギリス式庭園の 「独自性」というのは語られる。 くねくねと曲がりくねった小径と、まったく手入れなどされていない木々の繁み。
ありゃ一部日本庭園の影響があるって聞いたが
154 :
世界@名無史さん :2009/04/20(月) 21:04:53 0
155 :
世界@名無史さん :2009/05/01(金) 19:23:54 0
エマニュエルトッドの世界の多様性今頃買ってきた。漸く読める。 次の新ヨーロッパ大全は二冊に分かれているからさらに高い。図書館で済ますか。
156 :
世界@名無史さん :2009/05/02(土) 04:18:49 0
日英で比較したがる奴ばかりだな呆れるぜ たまにはマダガスカルやニュージーランドの話題でもしろよ
>>156 とりあえず
あなたが話題でも出してくれ
158 :
世界@名無史さん :2009/05/02(土) 06:14:06 0
>>150 国教会は、王様がメイドさんと公然とエッチするためのものだし……
160 :
世界@名無史さん :2009/05/03(日) 09:27:58 0
>>156 確かにニュージーランドは、島の形は日本列島によく似てるな
161 :
世界@名無史さん :2009/05/03(日) 09:36:03 0
pu
162 :
世界@名無史さん :2009/05/03(日) 10:17:01 0
確かにチャタム島は、島の形は千葉県によく似てるな
163 :
世界@名無史さん :2009/05/03(日) 13:16:27 0
たしかに四国はオーストラリアと似ているな。
164 :
世界@名無史さん :2009/05/03(日) 13:21:44 0
上下を逆にすれば北海道はインド大陸ににているな。
北海道は北米だよ
五島列島はニュージーランド
神奈川県の形はアメリカ合衆国と似ているな。
世界の多様性は本当に革命的な本だ。ジャレドダイアモンドの銃・病原菌・鉄に 感銘を受けた人はぜひ読んで欲しい。もうひとつ革命的な本といえば、 ジュリアンジェインズの神々の沈黙。こちらはもともと人間に意識はなかったと いう一見荒唐無稽な話で理論も荒削りだが、革命的といえばこれが一番かもしれない。 この本を受けてその理論を発展させた人というのはいないのだろうか。 後は人類が黙読をはじめた意義などについても興味があるが、こちらに関しての 本はまだ探しているところだ。
昨日の旅サラダでシチリア島が出てたけどいいな 北海道の3分の一の大きさしか無いのに、景観はまさに多種多様
170 :
世界@名無史さん :2009/05/03(日) 17:14:52 0
沖縄とサルデーニャ島(またはコルシカ島?)って何となくだけど 歴史とか風俗・習慣・家族形態とかどこか似通っている印象がある。
172 :
世界@名無史さん :2009/05/05(火) 11:12:39 0
マダガスカルにはマダガスカル語(マラガシ語)の様々な方言を母語として話す 約20の異なる民族が存在する。ここで指す民族とは、島の多様な自然環境に即した 生業・文化・伝統を異にする話者集団である。 一方、旧宗主国の言語であるフランス語が、現在も教育・メディア・ビジネス・ 政治・海外との通信において、欠かせない言語である。しかし、国際連合の 定める最貧国の一つであるこの国では、フランス語での十分な運用能力をもつ者は、 ごく一部の有識者に限られ、さらに、大多数の学校教育を受ける機会のない人びとに とっては標準語の理解は日常会話の範囲内に留まっている。
インドネシアはイスラム教国では珍しい島国か
174 :
世界@名無史さん :2009/05/16(土) 13:08:58 O
バーレーンとかある
175 :
世界@名無史さん :2009/07/11(土) 22:00:30 0
age
176 :
世界@名無史さん :2009/07/11(土) 23:23:06 O
それぞれの分野の専門家たちが見たらアラは目立つんだろうが、ダイヤの開拓した道が掘り下げられるといいな
177 :
世界@名無史さん :2009/08/04(火) 18:21:39 0
北海道はポテンシャル的に欧米人が開発してたら絶対にスイスとか北イタリアみたいな観光地になってたろ まだ未開発の土地があって食糧自給率200%は凄すぎる。 欧米人(スイスやオーストリアみたいな山に牛放牧するやつ)の農業スタイルにしたらもっと行くんじゃないか? 観光資源のバリエーションはスイスやオーストリアよりありそうだし(アルプスなどの壮大さでは負けるが)
178 :
世界@名無史さん :2009/09/20(日) 08:37:20 0
白人がやってくる前、マオリはニュージーランドのことを「アオテアロア」(長く白い雲) と呼んでいた。 1840年にイギリスと先住民マオリの間でワイタンギ条約が交わされたが、英語とマオリ語、 二つの版が用意されたワイタンギ条約の内容を巡っては当初から双方の理解に深い溝があった。 たとえば、マオリの理解では、彼らは土地に対する主権を維持できるはずであった。 白人流の土地所有の概念を持たなかったマオリにとって、条約にもとづいてその後進められた 政府による土地の買収は、収奪に他ならなかった。
179 :
世界@名無史さん :2009/09/20(日) 09:54:18 O
もう少しいい農作物があればアイヌも日本人に負けずにすんだかもしれないな
あるいはロシア人と手を組んで銃を手に入れるとか
181 :
世界@名無史さん :2009/10/02(金) 22:23:53 0
しかしアイヌは農業に価値をそれほど見出していない。 農業は狩猟の片手間に行う簡単なものだったから、 ジャガイモがもっと早く伝来していたとしても状況は変らないだろう。
>>179 いや、むしろ逆じゃね?
北海道が農業に適してなかったからこそ
時の権力者達もあまり北海道に興味を持たず、アイヌは生き残れたんだと思う。
184 :
世界@名無史さん :2010/01/12(火) 11:10:44 0
マダガスカルには古代にアジアからも船で辿り着き住み着いたので、 水稲耕作や杵臼や縄跳びまわしをつけての相撲などといった日本人に 馴染みの風俗が根付いている。こうしたことからみても、日本人の 基層には南方の影響が強くあることが窺える。
トンガってハワイも版図?に入ってたんだっけ。
トンガって帝国名乗ってたんだっけ? いつの間に帝国から王国になったんだろう
187 :
世界@名無史さん :2010/02/13(土) 15:22:42 0
188 :
世界@名無史さん :2010/05/04(火) 19:13:59 0
よく「沖縄の悲劇の歴史」というけどさ・・・ プエルトリコ、ハワイ、グアム、ディエゴガルシア、奄美諸島、アイヌ、 これらの島々の先住民に比べたらどうなの?
189 :
世界@名無史さん :2010/05/04(火) 20:35:13 0
>>173 アラビア半島の雅称はal-Jaziraで、意味は、the島 くらいのもの。
アラビア人はもともと陸の人種だから、川も海もごっちゃだったので、地中海、チグリス川、
紅海、アラビア海、ペルシャ湾に囲まれた地域を指している。イスラム帝国時代の本国領域
と大体同じなので、概念的にアラビアの故地となっている。
190 :
世界@名無史さん :2010/05/04(火) 21:09:02 0
プエルトリコの先住民であるタイノ族は、他人種との混血を除いては ほとんど残っていないのではないかな・・・ この国、スペイン植民地から米国支配へ移行したという点では フィリピンと共通点がある。
老害団塊を切り捨てて40歳以下の日本人男女の若者で北海道で独立したらいい国になる? 層化、パチンカス、在日企業、全部禁止で人口は1500万ぐらい
192 :
世界@名無史さん :2010/07/07(水) 14:58:31 0
あげとく
193 :
名無しさん@そうだ選挙に行こう :2010/07/10(土) 08:44:53 0
>>191 40歳になったらみんな殺されるのか・・・
>>182 徳川政権が無能だから、あんないい土地を放置していただけ。
>>193 40歳以上は日本本土に残って在日と中国人に貢ぐ義務が待ってるよ。
だって自分たちがそう望んだことだから>売国政策
>>194 半島なんかに目もくれずに北海道、千島、樺太、カムチャツカ半島を手にしてれば・・・
寒くても逝けよアホ徳川
>>188 亀だが薄い脳みそで奄美を引き合いに出すな。
本質は奄美にある。
>>195 家康の時代には伊達政宗が通せんぼしていて函館に渡るのも一苦労。
その伊達政宗も、家光には夜伽に呼ばれたりしてすっかり懐柔されるんだが。
伊達政宗は売国奴だな。 ていうかモンゴロイドは白人に比べて支配欲や探究心が無さ過ぎる特に日本人 チョンとシナは悪い意味で支配欲強いが弱い者イジメしかできないのが歴史が証明してるからな
東アジア人はなまじ自然に恵まれてるから、あまり拡大意欲がわかないのだろうな あと儒教や朱子学の影響もあるかも
スイスの美しい景観はスイス人が雑草を刈り、種を少しづつ蒔いてできたものらしいな。 日本人も500年ぐらい前から北海道へ進出し街作りをしてればな・・・
日本人は米さえ食えればおkな民族だから、あの当時だと米のとれない蝦夷地は魅力が薄かったんだろうな。 江戸時代になってようやく渡島半島が内地化してる進出速度の遅さだし。
>>198 モンゴロイドの総本山のモンゴル国のジンギスカーンやクビライカーンなんか
陸の続いている限り支配地に加えようとしていたけれど……
明国なんかは、ちょっくらかふねであちこち調べてこい、属領になりそうなところ
からは貢物を巻き上げて来いと、鄭和船団を遣わしたりした。
ペリーは「あちこち汽船と大砲で脅してきたけれど、『これどんな仕組で動くん?』
とか訊かれたのは日本と琉球だけだ」と言ってるし。
>>200 侍が街を作ると、ぐにゃぐにゃの街にしかならないじゃん。
札幌でも旭川でも根室でも苫小牧でも町がまっすぐなのは、
維新直後で公家さんとか皇臣の意識の強い人が作ったから、
京都や大阪みたいに道がまっすぐ交差点が直角になってる。
204 :
世界@名無史さん :2010/07/18(日) 02:35:43 0