◇◇ 明 ◇◇ 第2章

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1世界@名無史さん
中国の明代を語るスレッドです。

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朱元璋とともに苦難を乗り越えてゆくスレ 第八巻
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2世界@名無史さん:2008/08/19(火) 12:06:38 0
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『西漢』 → 『新』 → 『東漢』(光武帝)
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3世界@名無史さん:2008/08/19(火) 12:07:44 0
東晋のおはなし
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六朝時代を語る
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【李氏】☆☆唐帝国の歴史総合スレッド☆☆【天命】
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4世界@名無史さん:2008/08/19(火) 12:09:19 0
5世界@名無史さん:2008/08/19(火) 12:10:50 0
6建文帝:2008/08/19(火) 13:31:05 0
「第2章」よりも「2代目」のほうがよかったんじゃない?
7世界@名無史さん:2008/08/19(火) 14:11:54 0
明の二代目は永楽帝によって歴史から抹殺されたんだよな。 明の治世の間はその期間も永楽年間として数えられていたし・・・
8世界@名無史さん:2008/08/19(火) 14:25:09 0
洪武年間が継続されたんじゃなかったっけ?
9世界@名無史さん:2008/08/19(火) 18:02:52 0
靖難の変の頃の野戦の様子って分かるようで分からない。
10世界@名無史さん:2008/08/19(火) 18:06:09 0
靖康の変と靖難の変は紛らわしいな。
11世界@名無史さん:2008/08/19(火) 18:33:18 0
永楽帝は建文帝の后妾や、子供らもハーレムにいれたり、皆殺しにしたの?
12世界@名無史さん:2008/08/19(火) 20:41:57 0
ハーレムより慰安婦にしたのが許せない。
ああ・・・名家の子女が薄汚い兵士どもに犯されていく・・・。
13世界@名無史さん:2008/08/19(火) 22:30:41 0
イギリス人の足元に及ぶくらいの極悪非道さだなw
14世界@名無史さん:2008/08/20(水) 01:43:15 0
あきら第二章???
15世界@名無史さん:2008/08/20(水) 18:29:04 0
朱鎔基を擁立して、明第二帝国を建国しよう。
16世界@名無史さん:2008/08/20(水) 19:48:41 0
今の中凶こそが明第二帝国だと思うのだが、
ほんとに今の中凶は明王朝によく似ている。
オリンピックを鄭和の大航海に例えるとよく似ていると思う。
17世界@名無史さん:2008/08/20(水) 23:56:13 0
>>12
元に連なる妻妾だけでなく、建文帝の遺族も慰安婦にしたの?
18世界@名無史さん:2008/08/25(月) 20:35:17 0
なんで朱重八?なんぞがサバイバルに勝ち残ったんだろう?
19世界@名無史さん:2008/08/26(火) 01:25:17 0
張士誠なんかは穀倉地帯を押さえてて北の元朝が輸出先になってたので
別に天下統一とかしなくてもいいじゃんって感じだったとか・・・
20世界@名無史さん:2008/08/29(金) 20:40:09 0
>>16
明代の海域交流だったら、王直やマテオ・リッチ、鄭成功を取り上げても
よさそうなのに、なんで鄭和ばかり持ち上げるんだ?
21世界@名無史さん:2008/08/29(金) 21:51:57 0
王直は海賊の親分だし、マテオ・リッチは西洋人、鄭成功は日本人の
血を引いている。
22世界@名無史さん:2008/08/29(金) 23:05:30 0
でも鄭和も宦官だぜ?
23世界@名無史さん:2008/08/30(土) 00:04:19 0
中華の伝統だったら本人は屈辱かもしれんが、
宦官なんか恥でもなんでもないだろう
司馬遷もちんちん切られたし、蔡倫だってたぶん宦官だろう
24世界@名無史さん:2008/08/30(土) 00:26:23 0
いやあそれでも、宦官よりは海賊の親玉のほうがイメージ良くない?
25世界@名無史さん:2008/08/31(日) 17:35:23 0
官から賊になるのと賊から官になる二つの道があったからねw
鄭芝竜は後者で王直はその成りそこない。
26世界@名無史さん:2008/09/01(月) 20:54:05 0
1世並木五瓶(当時、五兵衛)作の歌舞伎脚本、『金門五三桐(きんもんごさんのきり』は、
戦国時代の盗賊・石川五右衛門が実は明国の謀反人・宗蘇卿の子で、竹地(明智)光秀の
養子左馬五郎となっていたという、人形浄瑠璃風の複雑な筋となっている。
27世界@名無史さん:2008/09/03(水) 13:11:16 0
>>26
宗蘇卿って、寧波の乱の宋素卿のことか?
28世界@名無史さん:2008/09/08(月) 07:21:46 0
ミンミンしぶといな
29世界@名無史さん:2008/09/16(火) 02:17:17 0
>>27
寧波の乱って、どのように起こったんだっけ?
30世界@名無史さん:2008/09/16(火) 18:38:17 0
x
31世界@名無史さん:2008/09/21(日) 07:46:23 0
くまー
32世界@名無史さん:2008/10/04(土) 18:53:53 0
>>29
勘合貿易をめぐる大内氏と細川氏の対立が原因。
細川氏が派遣した遣明船に副史として乗り込んでいたのが宋素卿。
33世界@名無史さん:2008/10/16(木) 21:54:53 0
>>16-24
とにかく、明代の海域交流と言って、やたらと鄭和ばかり持ち上げるのは
よくないわな。
明代には、『籌海図編』や『東西洋考』のような海洋に関する書物が多く
書かれたわけだし。
34世界@名無史さん:2008/11/14(金) 19:25:54 0
中国に臣従する異民族とだけ交易する。中国は地大物博、バランスの取れた
あらゆるものがあるから、周辺の惨めな連中に恵んでやるという思想。
これは中国とそれ以外の国に物流において明確な壁を作ることになる。
それが現実化したのが万里の長城や海の長城だ。

しかし、この中国の主張には嘘がある。中国が飛びぬけて強いから朝貢貿易
をするのではなく、朝貢貿易をしなければ中国が崩壊してしまう。それどころか
中国というものが消えてしまうという恐れがあるからなのだ。

これはモンゴルがもたらした、海上のシルクロードと大陸のシルクロードの
完備による中国のローカル化。つまり、中国は物資の豊かな一地方としか
扱われなくなってしまったということ。

その痛みは現代人にもよく分かる外国への財の流出、安価な商品の流入
国家の統制をとびこえる商人。実際に元朝でもたらされた改革は「中国の
植民地化」。そしてそれは之までの十八史でまとめられてきた「偉大な中国」
が消えた瞬間でもあった。

システム、構想、領域すべてモンゴルが中国を越えていたからだ。これを
中国人が認めないから歴史的な混乱が起こる。中国人に歴史を尋ねると
モンゴルのところで支離滅裂になる。これは結構歴史好きな中国人でもそう。
これはこの時代に起こった内容を本当にはっきり書いてしまうと、中国人の
アイデンティティが崩壊してしまうから。だから中国の王朝史のなかで元だけが
格段に歴史資料としての質が落ちるといわれている。これは異民族王朝を
馬鹿にしたのではなく、書くわけにいかなかったことが多すぎたために
支離滅裂になったのだと思う。

そして元のあとに生まれる明は「モンゴルを倒して漢民族王朝を復興させた」
といわれるが、俺は「モンゴルのDNAを受け継いだ漢民族王朝の名を借りた
過去の歴史と断絶された中国」「そして、漢民族というものを完全に腐らせた王朝」
と位置づけている。
35世界@名無史さん:2008/11/14(金) 19:28:33 0
そうやって生まれた明というのは、
「グローバル経済に飲み込まれるのを恐れて国を閉じ内向きになった」
ところがシステムはモンゴル的な中央集権でやったものだから、
皇帝への権力の集中と内向き政策があいまって強烈な権力の腐敗が
起こった。明朝というのは「史上最大の腐敗王朝」と言われる。

秀吉が明を取れると思った所以でもある。じっさい満州10万で全土が
降伏している。末期はドアを蹴破れば家が倒れる状態だったのだ。

宦官が皇帝になろうとしたり、皇帝がのきなみ怪しい理由で夭逝する
など、明の歴史はどろどろした歴史。これはシステムのミスマッチ。
日本で言うと織田政権で鎖国をやろうとするようなもの。システムエラー
により明は自壊していく。

さあ、現在の共産中国、社会主義と資本主義のシステム融合。
これに失敗すると明のようなことになるんだがな・・・。
始祖が毛沢東 三代永楽帝がケ小平とみればわかりやすい。

強権を持った皇帝がいる間は破綻しなかったが、其の強権を支える
器量をもつ皇帝がいなくなったときに、宦官が跋扈し、国が乱れ始めた。
中央集権による職務の重さに5代以降の皇帝は耐えかね、職務を放棄
して宦官に丸投げするようになった。現代中国もその轍を踏むかな?

ここまで書くと、なぜ徳川幕府が異常なまでに分権性なのか分かる。
明を反面教師にしてるのだ。俺は徳川幕府は明朝を研究してそれを
反面教師にして作った政権だと思っている。
36世界@名無史さん:2008/11/14(金) 19:30:53 0
そして中国通の明智光秀の決断も類推する。
信長が目指す中央集権国家の行く先は明で証明されている。
其の時代はちょうど明末期その酷さは日本にも伝わっていただろう。
天皇制を廃止、官僚制度のうえに中央集権を考えていたと思われる
信長がつくる日本の未来図が現実に隣国にある。

ある英国人が言う
「英国で貴族に生まれ、日本で庶民に生まれるなら天国だ。
 ロシアで貴族に生まれ、中国で庶民に生まれれば地獄だ。」

明智光秀の決断にこういう要素があったと俺は仮説している。
なぜなら、本能寺の変は後継者、官僚制度となるべきだった小姓衆を
徹底的に叩き潰しているからだ。織田政権の要というものを理解していた
から、それをすべて潰せる唯一のチャンスが本能寺だったのだと思う。

だからあれほど強固だった織田政権が霧のように消えてしまった。
これは光秀が織田政権というものを中国史をとおしてよく理解し、
絶対にそれを破壊しなくてはならないと決断したからだと思う。
37世界@名無史さん:2008/11/15(土) 01:43:49 0
秀吉は?
38世界@名無史さん:2008/11/16(日) 19:29:12 0
>絶対にそれを破壊しなくてはならないと決断したからだと思う。


まで読んだ
39世界@名無史さん:2008/11/19(水) 00:06:38 0
秦、前漢、後漢、隋、唐、宋、清と、統一王朝の殆どが封禅の儀式を
行っているが、晋元明はやっていないとのこと。

この理由について何が考えられるでしょうか?

晋は、やる前に国が崩壊、

ひとつの考えとして、明元が特別というよりも、
宋以降廃止されたものを、特別に清代に復活した、と考えると自然な気もします。
しかしその場合でも、何故、清で復活したのでしょうか?

一方で、永楽帝のような個性にこそ、封禅はふさわしい気がします。
彼は実施しようとしなかったのでしょうか?
40世界@名無史さん:2008/12/01(月) 07:27:23 0
オレもすっかり禿げてきた・・・
41梵阿弥:2008/12/19(金) 18:54:13 0
明教
42世界@名無史さん:2008/12/31(水) 07:32:04 0
重八ばんざーい!ばんざーーーい!!!
43世界@名無史さん:2008/12/31(水) 09:19:55 0
>>39
明の場合はゾロアスター教系のハルマゲドン思想つき仏教の明教で
天下をとったから、漢の時代もなんか「ウチは儒教なんか建前で
法家の思想でやっているのだ」と皇帝が皇太子を叱り飛ばしたと言う
話があったが、洪武帝は本音ではそう考えていただろうし、
永楽帝は簒奪した形になったし、そうでなくても内戦や外征に忙しかった
から下らん儀式なんかくそ食らえと言う感じだったんだろう。
清の場合は、漢民族を懐柔するためだろう。
それとモンゴルみたいに他の文明を知らないから、
44世界@名無史さん:2008/12/31(水) 12:13:46 O
朱巾の乱から朱元障が群雄割拠を勝ち抜き明を建国した時代は小説の題材に良い時代と思うけどな。
三国志や楚漢の時代に匹敵する白熱した時代だと思う
45世界@名無史さん:2008/12/31(水) 14:15:09 0
>>44
でも最後の勝者が、一番性格が悪い洪武帝だからなぁww
漢の劉邦にしても、後漢の光武帝にしても、三国志の英雄にしても、
英雄らしい話が残っているじゃないかww
洪武帝や永楽帝は毛沢東とスターリンの悪いところだけをあわせて
スケールアップしたような性格だからなぁ
46世界@名無史さん:2008/12/31(水) 16:51:25 0
洪武帝陛下のどこが性格悪いんだよ
農民たちにとっては慈父のようなお方だぞ。
47世界@名無史さん:2008/12/31(水) 17:00:24 0
>>44
中国で朱元璋のドラマがはあって
もしかしたら日本でも放送されるかもしれないんだって。
4847:2008/12/31(水) 17:17:15 0
大明帝国−朱元璋−(※予定邦題)
DVD-BOX計3組、メーカー:(株)エスピーオー
2009年4月より順次発売予定。

おまいら朱元璋さまのドラマがキタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!
49世界@名無史さん:2008/12/31(水) 20:06:24 0
太祖と太宗の小説というとアレしか知りません
50世界@名無史さん:2008/12/31(水) 20:42:41 0
>>45
でも張士誠なんかはそもそも天下取る気なさそうだしなあ。
陳友諒は朱呉を滅ぼして南京あたりに行ければどうにかなったのかなあ。
51世界@名無史さん:2009/01/01(木) 02:10:07 0
>>49
何?
52世界@名無史さん:2009/01/03(土) 13:54:21 0
明の英雄は誰になるんですか?
53世界@名無史さん:2009/01/03(土) 14:54:26 0
やっぱり洪武帝陛下と成祖
54世界@名無史さん:2009/01/03(土) 21:02:51 0
袁崇煥だと思う
55世界@名無史さん:2009/01/03(土) 21:09:07 0
王陽明だろう。後世に与えた影響は圧倒的。

56世界@名無史さん:2009/01/03(土) 22:26:03 0
張居正。当然だな。
57世界@名無史さん:2009/01/04(日) 00:39:15 0
明は後になるにつれて皇帝の質が落ちてくるのが致命的
58世界@名無史さん:2009/01/04(日) 12:25:06 0
>>57
どこの王朝も似たようなもん
59世界@名無史さん:2009/01/04(日) 14:26:07 O
>>57
それよりも、宣徳、孝治みたいな皇帝の寿命が短くて、万暦みたいなのが長生き
したのが致命的。
60世界@名無史さん:2009/01/04(日) 14:34:58 0
嘉靖帝って何で就寝中宮女に絞殺されかけたの?

ぐぐったら帝の「舌浴」なる変態趣味に宮女たちが耐えられなくなったみたいなこと書いてあったけど
政治的背景は無かったのかな。
宮女たちは憐れにも大逆罪で磔に。朝鮮の使者が死体を目撃している。
61世界@名無史さん:2009/01/06(火) 00:30:44 0
>>52
徐光啓。
62世界@名無史さん:2009/01/06(火) 01:06:19 0
>>52
李成梁
63世界@名無史さん:2009/01/06(火) 02:29:06 0
朱燮元しかいない!!
64世界@名無史さん:2009/01/06(火) 17:27:05 0
>>52
于謙
65世界@名無史さん:2009/01/06(火) 22:40:32 0
>>52
芸術面では董其昌をおいて他にはあるまい。
66世界@名無史さん:2009/01/06(火) 23:55:38 0
>>49-53>>57>>59
やたらと洪武帝マンセーな人はあっちでやってね。
          ↓
朱元璋とともに苦難を乗り越えてゆくスレ 第八巻
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/whis/1199620760/

こっちはもう少し広い視野をもって、考えていこうよ。
67世界@名無史さん:2009/01/07(水) 01:14:36 0
別にそうマンセーしてないだろ。
68世界@名無史さん:2009/01/07(水) 01:47:35 0
マンセーはしてないつもりだけど
やっぱり洪武帝が偉大過ぎててどうしてもマンセーしてしまう。
69世界@名無史さん:2009/01/07(水) 14:47:03 0
>>52
王陽明 
軍人としてもかなり優秀
70世界@名無史さん:2009/01/07(水) 15:14:19 0
袁崇煥はガチ
71世界@名無史さん:2009/01/13(火) 09:51:05 0
>>52
張居正だな
72世界@名無史さん:2009/01/18(日) 20:09:06 0
シュガン氏は英雄に入れていいんすかね?
73世界@名無史さん:2009/01/20(火) 19:08:53 0
王陽明の親戚の王越って人がモンゴルに遠征して戦功をあげたらしいけど
詳しいことは知らん
74世界@名無史さん:2009/02/01(日) 17:32:11 0
『海瑞免官』の海瑞は?
後世への影響ということで。
75世界@名無史さん:2009/02/04(水) 20:23:39 0

毛沢東は歴史の専門家だったから、明王朝と中凶政権は似ていると感じたの
だろうな。
だから、あの演劇を「自分に対するあてつけ」だと考えたのだろうな。
76世界@名無史さん:2009/02/05(木) 22:22:18 0
>>65
文化面では、文徴明や沈周も有名だな。
77世界@名無史さん:2009/02/08(日) 15:55:14 0
>>57-59>>66-68
>明は後になるにつれて皇帝の質が落ちてくるのが致命的

「君主が良ければ良い時代」という見方は君主厨的な見方だから、
避けるようにしないとな。

「それよりも、宣徳、孝治みたいな皇帝の寿命が短くて、万暦みたいなのが長生き
したのが致命的。」というが、宦官、権臣の専横の種は永楽帝が蒔いたようなもの
なんだから、永楽帝以降の皇帝というのは、ある意味では、その弊害の犠牲者だ。
78世界@名無史さん:2009/02/09(月) 22:02:46 0
万暦みたいなのが長生きしても
意外にも経済界は外国銀の流入で好況を呈し
文化的にも明王朝の最盛期を現出していた
尤も好況は都市部のみの現象で農村に貢献せず
格差が拡大しただけだとも
(今みたいね)
79世界@名無史さん:2009/02/09(月) 23:20:19 O
とはいえ、専制君主制は君主が有能ならば良いが、暗君だとロクでもないケース
が多いんだよな。それにしては明はよく持ったもんだ。
よほど下の統治機構がきちんとしてたのか
80世界@名無史さん:2009/02/10(火) 03:49:02 0
経済がそれなりに回っていたからだよ。明が持ったのは。
81世界@名無史さん:2009/02/10(火) 05:42:55 0
永楽帝は過大評価じゃない?
82世界@名無史さん:2009/02/10(火) 10:15:37 0
>>79
というか正統帝以降でまともな皇帝は弘治帝だけじゃないか?
83世界@名無史さん:2009/02/10(火) 10:38:39 0
正統帝からネジが狂ってきたような
84世界@名無史さん:2009/02/10(火) 13:37:04 0
やっぱり正統帝が捕虜になったあたりから明帝国のなにかが崩れてきた
85世界@名無史さん:2009/02/10(火) 14:48:58 0
>>79>>58
明朝に限らず、どの王朝にしても、政策の立案から施行までのほぼすべてを
実際に担当していたのは官僚なわけだし。
洪武帝が行ったとされる政策の多くも、こうした官僚の発案によるものだろうし。
多くの場合、皇帝はそれにお墨付きを与える程度の存在でしかないから、
皇帝の能力というのはそれほど重要じゃない。
86世界@名無史さん:2009/02/10(火) 14:59:37 O
>>85
それはそれで過小評価し過ぎのような
君主中心史観を覆したいがために、君主の地位を相対化し過ぎ

近代の立憲君主制なんかとは、やっぱり違う点はある。
87世界@名無史さん:2009/02/10(火) 16:30:26 0
皇帝にぶら下がってるのは官僚だけじゃないからな。
むしろ官僚は行政部門の使用人に過ぎず、皇帝への影響力は相対的に低い。

家族、親族、愛妾、宦官、えとせえとせ。
独裁性の強い中華皇帝にはいろんな種類の人間が取り巻いて、影響力を競い合っていた。
88世界@名無史さん:2009/02/10(火) 17:43:33 0
>>85-87
宦官、権臣の専横があったとしても、一度、皇帝から見離されれば、
政治的のみならず、身体的にも生命が絶たれることを見れば、
皇帝が権威だけでなく、権力も有していることがわかる。

政策の大部分が官僚によって担当されていた点については同意。

「君主中心史観を覆したいがために」というが、君主中心の視点ばかりから
歴史を語っているのはさすがによくないだろう。
圧倒的多数を占めた一般の人々のなかから身を起こし、
彼らと常に接していた官僚の視点のほうが、少なくとも一般の人々の視点に
近いはずだし。
89世界@名無史さん:2009/02/10(火) 17:52:56 0
中華帝国の官僚はどう考えたって出自は一般人じゃないだろ。
上流階級の子弟ばっかりですがな。

一般人に近い感覚を持っていたと言うなら、むしろ宦官の感覚の方が近かっただろう。
90世界@名無史さん:2009/02/10(火) 19:35:17 0
>>88
そこが後漢末や唐末とは全く違うところだな。
後漢や唐では皇帝が殺されたり廃立されたりすることが多々あったが、
明では宦官が皇帝の権力を上回ることは決してなかった。
91世界@名無史さん:2009/02/10(火) 20:16:34 0
>>90
洪武帝の粛清のおかげだな。
92世界@名無史さん:2009/02/10(火) 22:56:23 O
>>90
だから明においては、君主の資質は何だかんだ言って重要ではある。
>>85は別に誰でも良かったみたいにも取れるが、誰を重用するかは皇帝が選ぶ訳
で、青詞が上手いとかそういう理由で取り立てちゃう皇帝とそうで無いのとは、
やっぱり違う。


93世界@名無史さん:2009/02/16(月) 12:43:44 0
>>79>>58>>82-84
三戦板の「朱元璋と豊臣秀吉ってどっちがすごい?」というスレからだが、

>62 :無名武将@お腹せっぷく:2008/12/26(金) 03:17:20
>>60
>明オタの俺としては
>清の皇帝と比べられて明の皇帝がバカにされる風潮が気に食わん
>確かに明の皇帝は基地外が多いけど優秀な奴もいるんだよ
>出来の悪い皇帝も明オタからしたら愛すべき馬鹿なんだよ。

明代が好き、明代に関心がある、というのなら、ちょっとはこうした
暖かい視線で皇帝を見てやらないと。
94世界@名無史さん:2009/02/18(水) 19:35:23 0
むしろ、馬鹿揃いDQN揃いの皇帝で、二百年以上も国家が保たれていた方が・・・w
95世界@名無史さん:2009/02/18(水) 22:37:32 0
ここで英宗を再評価しよう
96世界@名無史さん:2009/02/19(木) 01:34:30 0
明崩壊時の渡来人が日本に与えた学問的衝撃は大きいわけだが、
あまり評価されていない。
97世界@名無史さん:2009/02/19(木) 02:37:12 0
接したのが文学サロンとか寺院とかに留まっちゃったからな。
庶民にまでは行かなかった。
98世界@名無史さん:2009/02/19(木) 11:43:51 0
>>95
殉葬を廃止したり、捕虜にされる原因を作った
王振を恨まずに智化寺で供養したりしてるな。
99世界@名無史さん:2009/02/19(木) 11:53:40 0
>>96 水戸光圀にラーメンを伝えた
100世界@名無史さん:2009/02/19(木) 13:21:08 0
>>98
軍事能力がなかったことが惜しまれる。
101世界@名無史さん:2009/02/19(木) 15:58:58 0
英宗は土木の変が無かったら名君として称えられたと思うよ
せめて、永楽帝の軍事能力が十分の一でも引き継がれていたらorz


102世界@名無史さん:2009/02/19(木) 18:24:37 0
 最近、ルネッサンスは、実は一四三四年にフィレンツェに到着した明の艦隊
によって引き起こされたということを証明する資料を明らかにする、一冊の書物
が出版された。この時、明人たちはヨーロッパのエリートたちに、先進的な
科学技術と正確な世界地図を与えた。レオナルド・ダ・ヴィンチのアイディアは
明のテクノロジーに基づくものなのだ! 

 この本の題名は、「一四三四年=明の大艦隊がイタリアを訪れ、ルネッサ
ンスに点火した年」で、著者はギャヴィン・メンジーズ(Gavin Menzies)である。
103世界@名無史さん:2009/02/19(木) 21:09:15 0
>>94
暗君でも200年維持できるほど政権基盤が磐石だったとも言える
104世界@名無史さん:2009/02/19(木) 22:20:34 0
>>103
あらためて洪武帝さが偉大さがわかった
105世界@名無史さん:2009/02/20(金) 02:27:47 0
明朝の体制は基本的には清朝の中国統治にも引き継がれている
そして今の中華人民共和国も、清朝の体制を少なからず継承している・・・・


朱元璋スゴス
106世界@名無史さん:2009/02/20(金) 05:05:58 0
朱元璋の朱元璋による朱元璋のための国
それが明。悪く言えば自己完結王朝。
むしろそんな国をまともに回してこれた永楽帝こそ凄い
107世界@名無史さん:2009/02/21(土) 22:42:04 0
洪武帝が素直に朱棣を後継者にしてたら歴史はどう変化したでしょうか?
結局皇帝になる人間は同じだけど
108世界@名無史さん:2009/02/22(日) 17:07:16 0
あんまり変わらなさそうだという気もするが、
思いっきり捻じ曲げてみると、

朱棣を皇太子にする → 南京に呼び寄せる
→ 北京の守りをする適材がいない → モンゴル軍によって華北奪われる
→ 南北朝時代あるいは南宋-金と同じ状態になる。
109世界@名無史さん:2009/02/23(月) 02:47:18 0
>南宋-金と同じ状態

かえって経済発展しそうw
110世界@名無史さん:2009/02/24(火) 14:19:43 0
朱標が長生きして欲しかった。
111世界@名無史さん:2009/02/24(火) 19:55:11 0
朱標即位 → 野心家の朱棣を除こうとする → なんと一転、朱棣モンゴルと手を結ぶ
→ 北明と南明の南北朝時代!
112世界@名無史さん:2009/02/26(木) 05:41:50 0
もともとの永楽帝の廟号は太宗だったのに
なぜ成祖に変えたんだろう?

113世界@名無史さん:2009/03/04(水) 07:26:29 0
ほしゅ
114世界@名無史さん:2009/03/12(木) 14:46:05 0
>>103-105
明代史スレの問題なところは、洪武帝マンセー、っていうのばっかり続き、
皇帝・宮廷中心史観が極度に強いところだ。
他の王朝のスレだと、官僚など、皇帝以下の階層のこともわりと話されていて
いい感じなんだが。
115世界@名無史さん:2009/03/12(木) 17:49:13 0
ぶっちゃけ洪武帝、永楽帝以降の明に魅力ないな。
116115 :2009/03/12(木) 23:25:21 0
ごめん間違えた
「あんまり魅力感じないな」の間違い
117世界@名無史さん:2009/03/13(金) 18:02:09 0
>>115
芸術、思想などの文化面から明代史を語ろうとかってのはないわけ?
118世界@名無史さん:2009/03/30(月) 07:29:02 0
み〜ん
119世界@名無史さん:2009/04/05(日) 13:13:00 0
矢沢利彦『西洋人の見た十六〜十八世紀の中国官僚(東方書店、1993年)
などを読んで、もう少し多角的な視野をもて。
120世界@名無史さん:2009/04/05(日) 13:15:22 0
別に明初期以外魅力が無いと思ってる訳じゃないよ。
ただ知識が無いんだ。
121世界@名無史さん:2009/04/08(水) 07:35:46 0
いいんだいいんだどうせ明なんか・・・
122世界@名無史さん:2009/04/09(木) 23:09:26 0
>>120
明清代に関する本はいくらでもあるわけだから、何冊か読んでいれば、
知識は身につくはずだ。

もっとも、>>115みたいな意識でいたら、身につく知識も身につかないままだが。
123世界@名無史さん:2009/04/09(木) 23:45:00 0
長城が今あるようなごっつい物になったのは、それまでの小さいやつだと
すぐに遊牧民に突破されるしそれを防ぐには長城のそばに大軍はりつけねば
ならず、金はかかるし地元とトラブルもおこす。
物理的に突破が困難なほどの規模にすれば時間も稼げるので軍をより
後方における、総合的には安く出来るといった考えからとか。
一箇所を強化すると迂回されるのでどんどん強化部分が延びていったとか。
124世界@名無史さん:2009/04/09(木) 23:55:47 0
マジノ線ですね、分かります。
125世界@名無史さん:2009/04/11(土) 04:11:33 0
遼寧省の遼東鎮長城、近頃は写真で見れるようになって便利。
http://www.panoramio.com//photo/8427564
http://www.panoramio.com/map/#lt=40.212768&ln=119.799728&z=4&k=2
http://www.panoramio.com//photo/13671591
http://www.panoramio.com/map/#lt=40.263833&ln=119.980969&z=4&k=2
山海関の北東。崩れかけた石の壁というか石積みの筋のようになってるけど。

永楽帝の最大領域から沿海州とか東部満洲とかベトナムとかはすぐに
分離し、ハミやツァイダム盆地(安定衛とか曲先衛とか)は15-16世紀に
離れていったようですが、大半の領土は初代から末代まで維持されたようだ。
江戸幕府と同じぐらい長い間、色々へっぽこ皇帝もおったわりには
よく維持したもんだ。
126世界@名無史さん:2009/04/17(金) 19:39:53 0
・・・・・。
127世界@名無史さん:2009/04/17(金) 22:19:36 0
>>123
明代の長城が石やレンガで造られるようになったのは、
火器の使用と関係があるんだっけ?
128世界@名無史さん:2009/04/19(日) 01:31:22 0
レンガで作るようになった要因として防御力以外に耐久性が大きいそうだ。
乾燥地帯であっても土の城壁はすぐ傷むのでメンテが大変だとか。
テクノロジーや経済力がレンガ製の城を可能にしたってのもあるでしょうけど。
129世界@名無史さん:2009/04/20(月) 01:30:21 0
>>127
明代のモンゴルが火器をもってたら土木の変の時に北京陥落させてたのでは

それともやはりそこまでやるメリットがなくて引き上げてたかな
130世界@名無史さん:2009/04/21(火) 16:14:13 0
明を再興するにしても後明では格好悪いので、改名が必要だ。
131世界@名無史さん:2009/04/21(火) 17:32:21 0
南明「な、なんだって?!」
132世界@名無史さん:2009/04/22(水) 11:42:05 0
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133世界@名無史さん:2009/04/22(水) 19:08:19 0
じゃあネオ明にでもすんのけ?
134世界@名無史さん:2009/04/22(水) 21:09:25 0
後金が清になったんだから、涼なんか良いのではないか。
135世界@名無史さん:2009/04/22(水) 23:17:31 0
まさかの「大暗」を国号に。
136世界@名無史さん:2009/04/22(水) 23:34:11 0
>>98
正統帝は凡庸だけど暗君ではないと思う
137光武帝:2009/04/23(木) 03:34:20 0
>>130
|ω・`)
138世界@名無史さん:2009/04/28(火) 07:36:06 0
北狩
139世界@名無史さん:2009/05/04(月) 07:44:33 0
日月
140世界@名無史さん:2009/05/14(木) 17:19:48 0
>>129
1550年には、アルタンが北京を包囲するという、庚戌の変が起こっている。
141世界@名無史さん:2009/05/15(金) 00:24:20 0
対モンゴル戦で活躍した馬芳について詳しく知ってる人いる?
142世界@名無史さん:2009/05/20(水) 22:55:08 0
12世紀以降の中央アジアと支那では、東方ミトラ教ミーフリーヤ派(彌勒派)が
活発な活動をし、彼らから朱子は東方ミトラ教を学び「朱子学」を興した(12世紀)。
更に王陽明が「陽明学」を築いた(15世紀)。東方ミトラ教は別名を「明教」と言うが、
支那では明(1368〜1644)と言う王朝名の由来となった。
143世界@名無史さん:2009/05/22(金) 01:01:59 0
中国で国号の由来が不明な王朝って明だけなんだっけ?
144世界@名無史さん:2009/06/03(水) 00:01:12 0
北京、北に寄りすぎだよな
145世界@名無史さん:2009/06/08(月) 22:38:57 0
それにしても三国志演義と水滸伝と西遊記が成立ないし編集され、
朱子学体制であるとともに陽明学を起こし、凌遅三千刀滅九族まで
広めた明はなんとも2ちゃんねらーに対する影響力の大きい
王朝であることよ。
146世界@名無史さん:2009/06/09(火) 23:27:58 0
>>145
その前の元の影響も大きいのでは
147世界@名無史さん:2009/06/23(火) 21:15:52 0
明朝が復活するという情報。

イタリアで逮捕された日本人は米連銀と戦っているらしい Benjamin Fulford
http://benjaminfulford.typepad.com/benjaminfulford/

イタリア当局からの情報によると、 先週拘束された13億ドルの米国債を
持ち出そうとした日本人二人は 日本の公安警察と中国軍のために
米連銀を倒す作戦に参加をしていたという。

中国軍関係者がこの関係で、近いうちにイタリア当局と交渉をする団体を
イタリアに派遣するらしい。但し明帝国を復活したい中国勢力とCIAの
Mayflower という作戦で米連銀とつるんでいたという矛盾する情報もあるので、
今真相を確認している最中だ。

彼らが持っている国債は 1934 年にルーズべルト大統領が発行した債券と
ケネディ大統領が発行した銀に裏付けられている国債の両方だ。
本物かどうかを確認する方法としてその債権と一緒にあった箱を見るしかない。

世界の裏金融を理解するために改めて説明するが、裏の金融 の数字は表の
金融の数字と桁が三つ以上違う。英国王室からの情報によると、同じ様な箱が
数千存在するので 合計の金額が〔米〕100万の3乗 ; 〔英〕100万の5乗になるそうだ。
アメリカ人はこれらの債権をフィリピンと共に作ったが、アメリカがフィリピンから
去った際に元の印版と紙を残したためにフィリピンで大量の良質な偽物が作られた。

いずれにしても米連銀の連中は現在完全 に孤立状態だ。彼らは権力を近いうちに
失うことを理解している。 新しい光の時代を怖がる必要がないと彼らに伝えたい。
148世界@名無史さん:2009/06/24(水) 07:55:00 0
ざわ・・・・・ざわ・・・・・・・
149世界@名無史さん:2009/06/25(木) 22:18:48 0
>>147
明帝国復活にはある種のイケナイロマンを感じるが・・・
ソースがベンジャミン・フルフォードじゃあなぁw
150世界@名無史さん:2009/06/26(金) 19:38:19 0
なんだかすっかり明は悪の帝国みたいな評価になってるな・・・。
う〜ん、でもね明は世界史に対する影響力でいったらそれなりのものはあるんだよ。
151世界@名無史さん:2009/06/26(金) 19:42:58 0
よく分からんから聞きたいが
北宋のテクノロジーを途絶させたアホ王朝とか言ってるのは正しいの?
152世界@名無史さん:2009/06/27(土) 15:33:11 0
>>151
今の中凶を見ているような感じだからなぁ
経済や軍事面を見るとそこそこ発展しているように思えても、
中にいる人を見るとなぁww
近代の中国の偉人を見ても、民国期のほうが偉大な人材を出していた
ような気がするのだが、それと似たような感じだろう。
153世界@名無史さん:2009/07/01(水) 06:53:15 0
うむ、もう一度分裂して
その後に凄い国になると思う
154世界@名無史さん:2009/07/01(水) 09:45:55 0
>>152
明の高官で晩節全うした人っているんかなあ
王振・于謙・劉瑾・厳嵩・高拱・魏忠賢etcetc
みんな碌な死に方してないよな
張居正だって、死んだ後あんな目に会わされるんじゃねえ・・・
155世界@名無史さん:2009/07/03(金) 22:06:56 0
歴史上無名で晩節を全うした高官の方が遥かに多いと思うよ
156世界@名無史さん:2009/07/04(土) 01:31:20 0
>>155
中凶の時代の政府高官と明の時代の政府高官どちらも似たようなものだと
おもうが、
スパイの話でも、中凶の時代のマダム・バタフライの話なんか
すごいと思うのだが、明の時代も秘密警察の活躍ぶりは伝説的だし、
157世界@名無史さん:2009/07/04(土) 05:11:38 0
>>155
高官って言い方に語弊があったな
単に高官ってだけじゃなくて権力握ったヤツ
158世界@名無史さん:2009/07/07(火) 17:07:59 0
紅天已死
蒼天當立
歳在甲子
天下大吉
159世界@名無史さん:2009/07/07(火) 18:37:12 O
>>154
そういう王朝だから最後になって見放され、皇帝が自害する羽目になったと言える
160世界@名無史さん:2009/07/07(火) 19:03:36 P
現代中国では、明は清と並んで、最も人気のある時代だそうな。
161世界@名無史さん:2009/07/09(木) 07:22:36 0
明代はウルムチとはどういう関係だった?
162世界@名無史さん:2009/07/09(木) 18:13:34 0
>>161
洪武〜永楽年間は北元の影響下。
163世界@名無史さん:2009/07/17(金) 00:04:29 0
>>159
宦官の王承恩が殉じてくれただけまだマシ。
唐哀帝、南宋端宗、衛王のように幼くして傀儡として擁立されて
わけもわからぬうちに殺される方が悲惨。
164世界@名無史さん:2009/07/22(水) 19:48:22 0
景泰帝は殺されたの?
165世界@名無史さん:2009/07/23(木) 22:24:47 0
>>163
端宗って船が転覆してその後病死じゃないか?
166世界@名無史さん:2009/07/24(金) 15:16:43 0
陸秀夫と一緒に入水したんじゃなかったっけ?
船が転覆して死んだのは張世傑だったような気がする
167世界@名無史さん:2009/07/24(金) 15:18:45 0
スマソ。
陸と一緒に死んだのは端宗の弟か・・・
168世界@名無史さん:2009/07/27(月) 13:38:16 0
>>161-162
明代の西方との関係を示す書物には、許進の『平番始末』がある。
『平番始末』は15世紀末のハミ(哈密)の争奪をめぐる明朝とトゥルファン
(吐魯番)の事件を記した書物で、撰者の許進は甘粛巡撫のときに哈密を
攻略したトゥルファンのスルタン・アフマドを撃退し、この書物をつくった。
169世界@名無史さん:2009/07/29(水) 07:24:26 0
ほお〜
170世界@名無史さん:2009/07/31(金) 00:11:52 0
http://benjaminfulford.typepad.com/benjaminfulford/2009/07/ブッシュのナチ勢力と協力をしている明派について.html#comments

 ブッシュ一派と協力をしている明派についての情報が入った。
やはり大正天皇は明王朝の王女と秘密の結婚をしたらしい。
その目的は「アジアの天皇」を作ることだった。

 この派閥は「梅花」と呼ばれている。金井一族がこの派閥を支えている。
そしてこの派閥が先日イタリアで逮捕された$1345億を持っていた
「日本人」に外交官パスポートを与えた。
171世界@名無史さん:2009/08/12(水) 12:20:34 0
>>168
内陸アジア、中央アジアと明朝のつながりを示す資料には次のものもある。

「西域諸国」『辺政考』(1547年)、
「西域土地人物略」・「西域図略」『陝西四鎮図説』所収(1616年)

両方とも内容は明朝の西方交易の公式拠点であった嘉峪関にはじまり、
西端の魯迷城(「ルームの町」、イスタンブル)にいたる行程記風の
漢文記事と絵図で、そこに登場する300近くに達する地名は、中央アジアから
西アジアにいたる、ステップとオアシスに広がる交易拠点を指している。

ソースは、
堀直「草原の道」歴史学研究会編『世界史とは何か』(講座世界史1)
東京大学出版会 1995年
172世界@名無史さん:2009/08/12(水) 19:23:13 0
ほお〜
173世界@名無史さん:2009/08/17(月) 16:27:53 0
大木康『中国明末のメディア革命』(刀水書房)を読んだ方はおられますか?
読んだ感想をお願いします。
174世界@名無史さん:2009/08/21(金) 13:09:52 0
>>171
陸路を通って明にまで至ったイエズス会の宣教師って、
いなかったっけ?
175世界@名無史さん:2009/08/22(土) 23:27:05 0
弘治帝は名君扱いされてるけど、他の皇帝に比べて相対的にマシに見えるって部分が大きいな。
北宋の徽宗も明の皇帝なら中の下くらいだろうし。
176世界@名無史さん:2009/08/24(月) 14:21:29 0
国滅ぼしたんだからそれはないだろ徽宗
さすがに明の皇帝のほうがマシ
177世界@名無史さん:2009/08/24(月) 14:54:30 0
弘治帝はバカ息子の教育に失敗したなw
仕事一筋で息子のことを顧みない親父
そんな親父に愛想つかして、親父が死ぬと好き勝手やりたい放題の放蕩息子
取り巻きの悪い友達のおかげで、更に悪事がエスカレート
極めて現代的な悲喜劇ですな
178世界@名無史さん:2009/08/28(金) 11:14:15 0
>>174
ペント(ベネデット)・デ・ゴエス(鄂本篤、1562〜1607)。
イエズス会によりインドに送られたが、ムスリム商人が語るカタイやハンバリクが、
はたして中国や大都(北京)を指すのか、というインド副王やゴア大司教の関心に
応えて、1603年アグラから中国へ向かった。アクバル大帝から紹介状や路銀の援助も
得て、アルメニア人同行者とカブールを経てシルクロードを横断し、長城の西端にある
嘉峪関に達した。陝西省の粛州で、北京からリッチが派遣した中国人イエズス会士、
鐘鳴礼と対面し、まもなく病死した。
179世界@名無史さん:2009/09/02(水) 14:33:01 0
>>178
>ムスリム商人が語るカタイやハンバリクが、
>はたして中国や大都(北京)を指すのか

16世紀ともなると、ヨーロッパでの中国の呼び方は「シナ」だけに
なってたんじゃないの?
180世界@名無史さん:2009/09/04(金) 02:13:03 0
>>175
洪熙帝・宣徳帝も相対的にマシって感じなのかねえ・・
181世界@名無史さん:2009/09/04(金) 02:49:37 0
英宗も別に暗君て訳じゃないと思うけどな
182世界@名無史さん:2009/09/04(金) 05:56:12 0
明ってなぜあれだけ安定して続いてるの?清もそうだけど。それまで中国って
結構バラバラの時期多かったと思うんだけど。
大航海時代がどうのと言うスレで東アジアが海洋進出できなかったのは
明が安定しすぎ→朝鮮日本も長期政権みたいで争いがなかったと言う
影響もあったのかも知りたい
183世界@名無史さん:2009/09/04(金) 11:14:16 0
>>182
明の時代の日本は、南北朝〜戦国だぞ?
安定してたのはせいぜい足利義満の南北朝統一から〜足利義教暗殺までの50年ほどだ。
争いまくり
184世界@名無史さん:2009/09/08(火) 12:21:22 0
>>179
そうでもない。
オルテリウスの「世界の姿」(『世界の舞台』初版〔1570〕所収)の
地図の東アジアの部分には、長江周辺とおぼしきところにシナ(China)があり、
それと北方の内陸部のモンゴルの間にカタイオ(Cathaio)の地名が記されている。
185世界@名無史さん:2009/10/04(日) 01:49:28 0
朱全忠と朱元璋って姓と成り上がりって点は共通してる末路は正反対だな
186世界@名無史さん:2009/10/04(日) 18:44:28 0
>>184
俺も多分その地図を見たことがある。
別なもの(地図)が目当てだったからチラ見だったけど。
187世界@名無史さん:2009/10/08(木) 22:00:39 0
>>182
強力な異民族がいなかったからじゃないの?
最終的に満州族の清に滅ぼされたわけだし。
188世界@名無史さん:2009/10/08(木) 23:03:00 0
>>182

海禁政策のお陰だろう。
189世界@名無史さん:2009/10/26(月) 20:53:28 0
・・・・・・。
190世界@名無史さん:2009/11/30(月) 21:22:46 0
日月
191世界@名無史さん:2009/12/16(水) 04:22:17 0
http://gyao.yahoo.co.jp/p/00012/v08379/
Gyao無料放送 大明帝国 朱元璋 話数限定 第1話~
192世界@名無史さん:2009/12/19(土) 23:57:41 0
永楽帝の滅十族は最悪だけど、方孝孺も最低だな。
素直に永楽帝の言う通りに即位の詔を書いておけば悲劇は起きなかった。
193成化帝:2010/02/25(木) 22:49:02 0
おっす、おら朱見深!

俺思うんだけどさあ、女って三十路過ぎてからのほうがよくね?
なんつーかさ、母性愛ってやつ?

ぺたじーにとはいい酒が飲みたいねぇ。

マンコ妃、じゃなくて万貴妃たん (;´Д`)ハァハァ 
木嶋佳苗たん (;´Д`)ハァハァ 
194世界@名無史さん:2010/03/03(水) 21:15:40 0
>>192

それをしたら建文皇帝に不忠になってしまう。
195世界@名無史さん:2010/03/03(水) 22:41:44 0
>>192
江戸時代初期の朱子学者、浅見絅斎の『靖献遺言』には、
楚の屈原から明の方孝孺まで、不遇にあっても臣としての
君主に対する節義を曲げなかった中国の8人の遺文が集められ、
その略伝および論評が記されている。
196世界@名無史さん:2010/03/07(日) 08:27:58 0
>>191
序盤の展開が無理矢理過ぎてワロタw
197世界@名無史さん:2010/03/08(月) 12:11:00 0
198世界@名無史さん:2010/04/09(金) 18:44:01 0
http://article.joins.com/article/article.asp?total_id=4048420

韓国の最新の歴史学の研究成果によって明太祖が韓国人だったと明らかになった模様。
199世界@名無史さん:2010/04/09(金) 20:29:30 0
>>198
朝鮮依存症は病気ですよ?
200世界@名無史さん:2010/04/09(金) 21:05:18 0
は?明スレで朱元璋の話すると依存症になるのか?w
201世界@名無史さん:2010/04/11(日) 11:05:20 0
いい加減、朱元璋以外の明代の人物を取り挙げないものかね?

王守仁、文徴明、唐寅、仇英、張居正、マテオ・リッチ、徐光啓、李之藻、
董其昌、李贄など、明代の著名人はいくらでもいるだろう。
202世界@名無史さん:2010/04/12(月) 18:05:49 0
その中で恐妻家ではない人物が何人いるのかね?w
203世界@名無史さん:2010/04/20(火) 23:14:03 O
>>202
そんな時はレスすんなって、嫁に言われておりますですっ!
204世界@名無史さん:2010/04/21(水) 01:28:03 0
張献忠で
205世界@名無史さん:2010/04/26(月) 19:32:44 0
シャー
シャー
シャーレン
シャー
206世界@名無史さん:2010/05/11(火) 14:40:15 0
もし建文帝の代わりに朱棣が二代皇帝になっていたとしても、首都は結局北京に移っただろうか?
207世界@名無史さん:2010/05/13(木) 21:27:36 0
北京に移らなかったとしたら、金と南宋のように、
モンゴルと南明のようなかんじになるかも。
208世界@名無史さん:2010/05/14(金) 22:27:36 0
>>206
太祖のころ西安に遷都する計画もあったようだし、結局遷ったんじゃないだろうか
永樂帝は北京に愛着もあるだろうし、
>>207のように、北に睨みを利かせるという点でも北京の方が便利
それに南京が首都だと、経済・物流が江南だけで完結してしまう
自分もその辺よくわかってないのでとんちんかんな事言ってるかもしれない。
詳しい方頼みます
209世界@名無史さん:2010/05/30(日) 11:52:00 0
むしろこの時代は華北・江南の格差より、現在のように沿岸部・内陸部の格差が深刻化していた時代ですよ
210世界@名無史さん:2010/05/30(日) 12:02:21 0
北京に遷都などするから、現在の民は水不足で苦しむんだ!
あんな乾燥地帯で数千万の民を養うなど、どだい無理!
211世界@名無史さん:2010/06/01(火) 10:31:35 0
老舎の小説読んでたらあの辺でも砂嵐やスコールみたいのが普通に起きてるんだよなあ
212世界@名無史さん:2010/08/16(月) 01:57:12 0
>>209
確かに唐王朝崩壊以降の中国はシルクロードより海上交易の重要性が上になったな
発展する主要都市も殆ど沿岸部になり逆に古都の長安や洛陽は完全に衰退
華やかな仏教美術やペルシャ文化が栄えた時代は終わった・・・死ね
213世界@名無史さん
明は元の後継王朝ではないの?
勿論、元はモンゴル族であり征服王朝であり、明は漢族であり漢族王朝復興だからそういう意味じゃ違うだろうけど、しかし明は宋に戻ってないような気がする
元の後を受けて明は永楽帝が海から艦隊でアラビアやアフリカまで国威を掲揚してるし、また漠北にいたモンゴル族をも服従させているが滅ぼしてはいない