◆◆  南京大虐殺は本当にあったの?4   ◆◆

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905世界@名無史さん:2007/05/18(金) 17:15:24 0
>>904
血の土曜日事件 (中国側の先制攻撃で一挙に2000人の民間人が殺害された事件)


(1937年8月14日)午後四時四十五分頃、支那空軍は上海歓楽街の中心大世界で、数千の避難民の真っ只中に爆弾を投下して数百人の無辜の人民を殺傷して阿鼻叫喚の修羅場を現出し、
次いで午後六時半頃上海目抜きの街である南京路の入口近くにある「カセイホテル」の玄関前に二発の爆弾を投下した。
折柄避難民殺到中だった為、路上は死傷者の鮮血で真っ赤になり、或いは片手を奪われ或いは頭をやられた瀕死の重傷者が其の上を這い回り、
上海一の国際社交場である「カセイ」「パレス」両「ホテル」に宿泊中の外国婦女子等が目茶目茶に粉砕せられたガラスで傷ついて狂気のように泣き喚き、
道路一杯身動きならぬ様な混乱の中から逃れようとして踏み殺された小児等、思わず目を覆わす大惨状を呈した。
906世界@名無史さん:2007/05/18(金) 17:22:40 0
蒋介石も上海の租界を爆撃したぞ。
907世界@名無史さん:2007/05/18(金) 17:29:58 0
>>904
そもそも一般市民への虐殺の有無を議論しているスレで、
虐殺があったことを前提に話をするなんて、本当にあなたがたは
論理が破綻してるんですね・・・

自分はキチガイなんだって自覚ありますか?
908世界@名無史さん:2007/05/18(金) 17:35:51 0
市民への爆撃ならずっと前の第一次大戦中に既出。
未だに戦略爆撃始めたのは日本とか言い出すアホウが絶えないのは、
一度広まった嘘はなかなか消えないという事で悲しい事です。
909ウルトラマン レオ:2007/05/18(金) 17:46:20 0
まずまずのサイトが残ってたね

削除とされるかもしれないから印刷を進める
910ウルトラマン レオ:2007/05/18(金) 17:47:20 0
削除と は 削除
911世界@名無史さん:2007/05/18(金) 18:30:15 0
>>898
・『普仏戦争』独(1870)
「正規の仏国軍隊でなく、自由狙撃隊その他として武器を携帯する敵の私人を発見したときは反逆罪を以
てあたり”即刻これを捕へたる現場において銃殺又は絞殺に処分すべし”」
(ドイツ第二軍司令長官『上海戦と国際法』)

・『南阿戦争』英(1899)
「英軍領土内において捕虜となる戦闘員で、南阿共和軍に属する事を確認できる征服や微章を持っていな
い場合、これを土匪として取り扱い、”何等手段を経るなく之を銃殺すべし”という声明を当初に出した
ことにより、顕著な効果をあげた」
(The Times Historian of the War, II,)

・『フィリピンゲリラ対策』米(1900〜)
「米軍部隊は無情で容赦なかった。男女を問わず、囚人・捕虜はもちろん、明らかな反乱分子であれ容疑
者であれ、一〇歳以上なら片端から殺しつくした(中略)手をあげておとなしく降伏してきた捕虜たちは、
暴徒であることを示す一片の証拠もないまま、一時間後には橋の上に立たされ、次々と銃殺されて川面を
流されていった。弾丸で蜂の巣にされた死体を、川下にいる連中への見せしめにするためだ(中略)
これは文明人相手の戦争ではない。相手は、力・暴虐・残忍しか通じない連中なのだ。だから我々は、通
じるべき手段で実行しているのである」
(『フィラデルフィア・レジャ』紙)

「ここの連中と個人的に接して、彼らのやり方を知れば、残虐な戦術を必要とせざるを得んさ。
もしフィリピン人がひどいめにあわされてることを諸君がきいても、そんなものに感傷は無用だ」
(1901年7月アドナ・シャフィー少将)

・『イースター蜂起』英(1916)
「ダブリン市を占拠したアイルランド独立派は軍服を着用しておらず一般市民とは区別できないため、
イギリス軍は男と見れば全て銃撃・射殺した。また装甲車でビルに接近して突入、地下室に隠れていたもの
全てを射殺・刺殺した。ここを、脱出した、指導者のパトリック・パースらも、その直後に投降しているが、
軍律法廷にかけられた後、即刻処刑されている」
(『20世紀の戦争』共著 朝日ソノラマ、196頁)
912世界@名無史さん:2007/05/18(金) 18:31:41 0
南京みたいな例は、歴史をみれば幾らでもでてくる。
そんなこともわからずに、ほんとに世界史板住人かよ?でてけ
913世界@名無史さん:2007/05/18(金) 19:33:13 0
それと、日本が被害を受けた戦争犯罪も都市爆撃どころじゃないな。
大西洋単独無着陸飛行に世界で初めて成功したことで著名なチャールズ・リンドバーグの従軍記録より以下引用する。

・各地の太平洋戦線で日本人捕虜の数が欧州戦線に比し異常に少ないのは捕虜にしたければいくらでも捕虜に出来るが、
米兵が捕虜を取りたがらないから。手を上げて投降してきても皆殺しにするから。

・あるところでは2000人ほど捕虜にしたが本部に引きたてられたのはたった100か200だった。
残りのの連中にはちょっとした出来事があった。それを知った戦友は投降したがらないだろう。

・捕虜を取らないことを自慢する部隊がいる。

・将校連は尋問の為捕虜を欲しがる。捕虜1名に付きシドニーへの2週間の休暇を出すとお触れが出た途端に持て余すほどの捕虜が手に入る。
懸賞を取り消すと一人も手に入らなくなり、つかまらなかったと嘯くだけ。

・一旦捕虜にしても英語が分かる者は尋問のため連行され、出来ない者は捕虜にされなかった、即ち殺された。

・捕虜を飛行機で運ぶ途中機上から山中に突き落とし、ジャップは途中でハラキリをやっちまったと報告。
ある日本軍の野戦病院をある部隊が通過したら生存者は一人もいなかった。

・2年以上実戦に参加した経験がない兵が帰国前にせめて一人くらい日本兵を殺したいと希望し、
偵察任務に誘われたが撃つべき日本兵を見つけられず捕虜一人だけ得た。
捕虜は殺せないと嫌がるくだんの兵の面前で軍曹がナイフで首を切り裂く手本を示した。

・爆弾で出来た穴の中に皆四肢バラバラの状態の日本兵の死体を投げ込みその後でトラック1台分の残飯や廃物を投げ込む。

・捕虜にしたがらない理由は殺す楽しみもさる事ながらお土産を取る目的。
金歯、軍刀はもとより、大腿骨を持ち帰りそれでペン・ホルダーとかペーパーナイフを造る、耳や鼻を切り取り面白半分に見せびらかすか乾燥させて持ちかえる、
中には頭蓋骨まで持ちかえる者もいる。
914世界@名無史さん:2007/05/18(金) 19:35:04 0
てか南京で起きた虐殺事件自体が、起源後から現在までに
20件ほどあるわけだが、どうして真偽さえ朧かな二次大戦の南京事件だけが騒がれるの?

明らかにおかしいだろ・・・w
915世界@名無史さん:2007/05/18(金) 19:37:10 0
・日本人を動物以下に取扱いそれが大目に見られている。
我々は文明のために戦っているのだと主張しているが、太平洋戦線を見れば見るほど、文明人を主張せねばならない理由がなくなるように思える。
事実この点に関する成績が日本人のそれより遥かに高いという確信は持てないのだ。

・(ナチスによるホロコースト現場を見学した際の日記)
「どこかで見たような感じ、そう南太平洋だ。爆撃後の穴に日本兵の遺体が腐りかけ、その上から残飯が投げ捨てられ、
待機室やテントにまだ生新しい日本兵の頭蓋骨が飾り付けられているのを見たときだ。
ドイツはユダヤ人の扱いで人間性を汚したと主張する我々アメリカ人が、日本人の扱い方で同じようなことをしでかしたのだ」


とりあえず南京とか騒いでる奴は、アメリカに対しても同じように、声を大にして騒げよ。
916ウルトラマン レオ:2007/05/18(金) 19:41:22 0

南京サイトだろ

隠滅否定派の阿呆翼土藻にいえ
917世界@名無史さん:2007/05/18(金) 19:55:55 0
>ウルトラマン レオ

誰もお前を相手にしていないって わからないの?
918世界@名無史さん:2007/05/18(金) 19:57:55 0
確かに似たような話は、世界のどこの国にも、幾らでも掃いて捨てるほどある
でも日本の南京だけピンポイントで何十年も責められ続けるのはなんでなんだ

やっぱりウルトラマン レオみたいな真性のキチガイや変な運動家が多いからなのかな
919世界@名無史さん:2007/05/18(金) 20:00:19 0
>>917
そんなことに気が付けるほどの知能があるんなら、
最初からもっとマトモな書き込みしてるだろ。
920世界@名無史さん:2007/05/19(土) 04:04:31 0
[日本軍の上海爆撃までの経緯]
13日の午後から国民党軍機による空からの攻撃が開始された。
れに対し、黄浦江の日本艦隊は中国軍陣地に砲撃を加えた。

長谷川清海軍中将(海軍上海特別陸戦隊及び第三艦隊司令長官)は、
当初戦争回避を考えていたが、7月からの華北での戦火拡大から考えて、
中国軍すでに開戦を意図していると察した。
そこで主戦論に切り替えて、5個師団の増援を日本政府に要求した。
しかし政府は北支の収拾に気をとられ、1個師団の増援にとどまった。

8月14日、上海疎開内の帝国海軍上海陸戦隊が国民党軍の攻撃にさらされる。
しかし、この攻撃は国民党軍が砲を随伴しなかった(もしくは保有しなかった)ため失敗に終わり、
日本軍の反撃を招いた。重火器の欠乏から18日には国民党軍は攻撃を停止する。
さらに国民党軍機が日本艦隊を空襲した。
しかし、爆弾の数枚はフランス租界や国際共同租界に落ち、民間人に2000人あまりの死者が出た。
この日、日本海軍は九州から中国本土への航空機による空襲(いわゆる渡洋爆撃)を開始した。


ちゃんと時系列を見れば、「蒋介石の都市爆撃が先で、日本の爆撃はそれに対する報復」
というのが1発でわかるよな。
それにドイツ軍フォン・ヒデッセンによるパリ爆撃はいつだ?1914年8月30日だわな。
ピカソの絵で有名なゲルニカ爆撃はいつだ?1937年4月26日だろうが。
これでも上海爆撃なんかより先立ってるわな。

ちょっと調べればわかる嘘を、なんで平気で書き込めるんだろうね、この馬鹿は。
>>824で無知を指摘されたことへの腹いせに、
さっそく知能の低い嘘で「情報戦」をしようと思い立ったわけですか。
素晴らしい学習能力ですな。
921世界@名無史さん:2007/05/19(土) 04:08:28 0
↑904
肯定派がなんかいえば言うほど無知がさらけ出されるだけというのは、
なんだかお気の毒のような気がする。
922世界@名無史さん:2007/05/19(土) 11:42:46 0
肯定派ってマジで議論にすらならねーな。

自分らの主張を何でも通したいだけなんだろ。
いくら矛盾があろうと曲げようとしないもんな。

それどころか話題をすり替えたり、不自然なタイミングでコピペが来る。

おまえら仕事でやってんだろ?w
ここまでくると、そうとしか思えねーよ。>肯定派
923世界@名無史さん:2007/05/19(土) 11:48:22 0
中国の言っている虐殺は捕虜の話でなくて
「市民」を殺したといっている。
924世界@名無史さん:2007/05/19(土) 16:28:01 0
>>752
秦郁彦氏って別に作る会を支持してないだろ。
ただ、日本の教科書が左翼的出からバランスをとるために
そういうのがあってもいいといっただけだろ。
925世界@名無史さん:2007/05/19(土) 16:32:52 0
秦郁彦は中国や朝日のような意味では否定的だよ。
あるとないのように単純じゃないんよ。
926世界@名無史さん:2007/05/19(土) 16:35:52 0
>>中国の言っている虐殺は捕虜の話でなくて
>>「市民」を殺したといっている。

旧日本軍は捕虜を惨殺して無抵抗の一般市民に空爆したんだよ。<1937年>
上海と南京は日本軍の空爆の為に廃墟になった。

アメリカ軍撮影の上海と南京1937年
http://www.archive.org/details/BattleOfChina
927世界@名無史さん:2007/05/19(土) 17:18:38 0
>>926

>上海と南京は日本軍の空爆の為に廃墟になった。


空爆してねえよ・・・空爆したのは重慶だろうが。
しかも死者数が毎年加算されていく不思議な事件>重慶爆撃

キミたち、さらっと嘘つきすぎなんですけど・・・
信用するに値しないよ・・・

これから何かしゃべるときは必ず一次ソース出してね?
928世界@名無史さん:2007/05/19(土) 17:30:46 0
ついにプロパガンダ映画なんかをソースにしはじめたか。
ほんとに極めつけの馬鹿だな。

『シナ大陸の真相1931〜1938』P225 K・カール・カワカミ

8月15日に中国軍の飛行機が国際租界のキャセイホテルとパレスホテルを爆撃したとき、
中国政府の宣伝広報局は、この爆撃機は日本軍のものである、というニュースを流した。

ワシントンポストの上海特派員であるマーク・J・ジンボーグ氏は、「二十四時間以内にこ
の宣伝広報局は、重大な訂正を発表し、我々特派員スタッフの完璧なる調査によって問題
の爆撃機は日本軍のものではなくて中国軍のものであることが判明した、ということを内
外に通告した」と書いている。

さらにまた8月22日、中国軍の飛行機は国際租界を爆撃し、この時にはシンシアデパー
トとウィンオンデパートに被害を与えた。このときも同様に中国の宣伝広報局は、この爆
弾は日本軍の飛行機から投下されたものであると発表した。

ニューヨークタイムス上海特派員は中国の検閲を避けて真実を伝えるため、この爆撃に関
する特電を上海ではなく香港から発信した。
この特電は中国の検閲に不満を漏らして次のように述べている。

「中国の検閲官は発信された外電やラジオ通信から前述の事実や意見を削除した。そして
場合によっては外電のニュースそのものを変えてしまいさえもした。その目的は、現地の
外国人たちがあたかも心の中で、この爆弾は恐らく日本軍の飛行機から投下されたものか
もしれない、と疑っているかのようにみせかけるためだったのである。だがしかしこれは
明らかに真実ではない」
929世界@名無史さん:2007/05/19(土) 17:34:16 0
さらにまた9月6日付香港発信のニューヨークタイムス特電は、同爆撃について次のように述べている。

「中国軍は、この爆弾は日本軍の飛行機から投下されたものである、と宣言することによっ
て責任を拒否した。しかしながら今や、これらの爆弾は両方とも中国がイタリアから購入
したイタリア製のものであることが判明している。この判明した事実について、アメリカ
とイギリスの現地の海軍調査官の意見は一致している。そしてイタリア当局もこの爆弾が
自国製であることを認めている。これは決定的な証拠であるように思える。何故ならばイ
タリアは、日本がイタリアからそのような軍需物資を購入したことは一度もない、と証言
しているからだ」


・・・・自爆かよ。
つまり、中国軍が市民を爆撃して日本軍のせいに見せかけたと。分かりやすい構図だな。
極めつけの馬鹿を粉砕するのは簡単でも、教育してやるのは難しいってことだな。
930世界@名無史さん:2007/05/19(土) 17:37:38 0
>>927
重慶は武装都市だからなあ。市街地に高射砲陣地が設置されてたんだ。
国際法で禁止されているのは「非武装かつ軍事目標でない都市」に対する爆撃だよな。
931世界@名無史さん:2007/05/19(土) 18:13:56 0
いくらソースや主張の間違いを証明されたり論証したりしても
また別な場所で同じソースを使って同じ主張を繰り返すのがこいつら肯定派だから

学習能力がないというより、反証されても「世界史板では間違いがすぐわかってしまうから運動しにくいな」と思うだけ
こいつらに何か期待しても無駄
932世界@名無史さん:2007/05/19(土) 18:24:48 0
>>931
てかオレもまさかそんなわけないだろう、と思ってたんだけど、

こいつら(肯定派)って、マジで捏造を正当化しようとする団体なんだろうな、と思うようになったよ。
いくら矛盾があろうと、いくら指摘されようと弁明もせずにひたすら叫ぶだけなんだもの。

運動じゃなく、洗脳しにくいな、って言うべきだろうね。
933核心 ◆3LoJ1r4Lek :2007/05/19(土) 18:56:11 0
>秦郁彦氏

家永三郎裁判の国側の証人だった。
親父も秦先生の本が一番事実に近いといってた。
だけど、彼は板倉由明という稀代の捏造家にレイプされまくったから。
いまごろはガバガバだよ。
934世界@名無史さん:2007/05/19(土) 21:44:04 0
=========================================================
海外で反日宣伝活動が横行して、今はかなりYOUTUBEで日本と日本人が誤解されています。
      国際社会では、沈黙は美徳ではありません。
沈黙する事は相手側の主張を認めて反論できないと受け取られます。

反日ネチズンたちのウソを冷静かつ論理的に暴くビデオを作成するために
必要な資料を見つけたり、動画制作のアイデアを出したり、英語が苦手な
動画作者に英文のサブタイトルを提供したり、お互いに協力して世界情勢の
勉強・学習も兼ねながら、海外にはびこる間違った認識を正しましょう。
=========================================================

海外の反日宣伝活動に対応する動画を強力して作成するスレ
http://pc11.2ch.net/test/read.cgi/streaming/1176071233/l50
海外の反日宣伝活動に英語で対応するスレ Part 34
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/english/1177759710/l50
935核心 ◆3LoJ1r4Lek :2007/05/20(日) 17:58:29 0
南京大虐殺とは「幕府山の捕虜虐殺」に関して言えば、

この人達が、

http://www.kuriharariichi.com/sketch/to_0078/0076.html

このように、

”一斉射撃の命令が出たのはそれからまもないときだった。
 半円形にかこんだ重機関銃の列が、川岸の捕虜の大集団に対して一挙に集中銃火をあびせる。
一斉射撃の轟音と、
集団からわきおこる断末魔の叫びとで、
長江の川岸は叫喚地獄・阿鼻地獄であった。
田中(栗原)さんが、いまなお忘れえない光景は、
逃げ場を失った大群衆が最後のあがきを天に求めたために
できた巨大な人柱≠ナある。
水平撃ちの銃弾が三方から乱射されるのを、
地下にはむろんかくれることができず、
次々と倒れる人体を足場に、
うしろ手にしばられていながらも必死で駆け上り、
少しでも弾のこない高い所へと避けようとしたのではないか、
と田中(栗原)さんは想像する。
そんな人柱″が、薄暗闇の中で立っては朋れるのを三回くらいくりかえしたという。
一斉射撃は一時間ほどつづいた。
少なくとも立っている者は一人もいなくなった。”

殺された事件なのです。

(これは、その時虐殺された捕虜の一部です。)

936世界@名無史さん:2007/05/20(日) 22:00:26 0

■右翼団体の正体

右翼団体の構成員のほとんどは、在日朝鮮人や同和など、愛国とはかけ離れた人達です。

主義主張はともかく、たくさんの人々に威圧感を与える街宣車に乗り、誰が聞いても騒音にしか聞こえない
音量で軍歌を流したり、大声で怒鳴り散らしたりすれば、人々に主義主張を理解してもらうどころか、
愛国者のイメージを落とすことを分かっていて活動をしているのです。

http://karutosouka1.hp.infoseek.co.jp/GAISEN/uyoku.htm
937世界@名無史さん:2007/05/20(日) 22:22:06 0
つまり、中国や朝日系が言うような
「市民」の虐殺はない。
938核心 ◆3LoJ1r4Lek :2007/05/21(月) 11:25:22 0
>937

それに近いです。
939核心 ◆3LoJ1r4Lek :2007/05/21(月) 11:29:56 0
940世界@名無史さん:2007/05/21(月) 15:00:33 0
十年一日
941世界@名無史さん:2007/05/21(月) 15:01:41 0
だなこのスレ
942世界@名無史さん:2007/05/21(月) 22:08:00 0
無限ループ乙
943世界@名無史さん:2007/05/22(火) 21:02:12 0
ループっていうか相手はスクリプトだろ
944核心 ◆3LoJ1r4Lek :2007/05/22(火) 23:28:56 0
なぜ多くの人が(と言うか殆どの人が)南京事件の真実に辿りつけないか?
簡単です。
証言の重み付けが出来ないからです。

捏造派はそこをついてくるわけですから。

私が知っている真実を述べた証言者は父(栗原利一)とK氏です。
この二人は伍長と上等兵であり、どちらも虐殺の計画者側ではありません。

1.まず、栗原証言ですが、これは私(息子)より詳しい人はいません。
  なんせ、松尾一郎氏から「目の中に入れても痛くない」と表現された息子なのですから。
  それゆえ、私が言っていることが栗原証言の真実なのです。
  この栗原証言はプラチナです。
  虐殺を計画した側ではありませんので真実を述べている蓋然性が高いのです。
  私が知っている限り最高に高いと思います。

2.次にK氏の証言ですが、これも父の証言につられて真実を述べてしまったのです。
  その証拠はK氏から父宛に届いた任意の葉書です。
  彼は自分が永年隠して来た真実を、やっと話す機会を得たのです。
  このK氏の証言は金ていどの価値があります。

3.残りの証言は殆ど真実を述べたものは少ないと思います。
  とくに将校側には虐殺を計画した側ですから全体を真実で述べた人はいません。
  65連隊では誰もいません。
  (父宛の元将校の手紙があったと思います。)
  ただ、泥のような虐殺計画、虐殺指示者側の証言にもところどころ真実が残されています。
  それが真実であるかどうかはプラチナである栗原証言やK氏の証言と符号するかどうかで判断すればいいのです。
945核心 ◆3LoJ1r4Lek :2007/05/22(火) 23:30:16 0
4.なぜ日本軍指導者が全体で係った虐殺だといえるのか?

 (1)65連隊と13連隊で全く命令系統が違うのに殺害方法が同じある。
 (2)両現場とも伍長と上等兵は計画の詳細を知らなかった。
    ということ反射として将校はしっていた、ことになります。
    ということは、計画的な虐殺であった、ということです。

 (3)両現場とも重機関銃がほぼ無制限に使用されており高位の責任者の許可がなければ実行できなかった虐殺です。

 (4)父もK氏も指揮された者ですから全体の動きは知りません。

と言うことで「南京大虐殺は南京攻略戦に参加した日本軍指導者の計画による捕虜の虐殺であった。」といえるのです。
いまのところ非常に大雑把で申し訳ありません。

946【韓国】ルポ 韓国軍のベトナム民間人虐殺現場へ行く:2007/05/23(水) 01:39:48 0
ソース OhmyNews(韓国語) 金孝誠 記者

2007-05-22 08:42
http://www.ohmynews.com/articleview/article_view.asp?at_code=411109
●慰霊塔中央に「1966年2月26日南朝鮮軍がアメリカの命令の下380人の罪のない人民を殺害した」と刻印
http://image.ohmynews.com/down/images/1/elchevive_362062_1[624754].jpg
●猛虎部隊マークが描かれた韓国軍に虐殺される様子を描いた壁画
http://image.ohmynews.com/down/images/1/elchevive_362062_1[624755].jpg
※参考 韓国軍部隊章&階級章(ベトナム戦争当時) 猛虎部隊1960〜1970年代の実物
http://www.h6.dion.ne.jp/~rokinnam/newpage17.htm
●慰霊塔に刻まれた犠牲者名簿
http://image.ohmynews.com/down/images/1/elchevive_362062_1[624756].jpg
●虐殺時の生存者
http://image.ohmynews.com/down/images/1/elchevive_362062_1[624752].jpg

2007-04-07 12:09
http://www.ohmynews.com/articleview/article_view.asp?at_code=402819
●虐殺された人々 
http://image.ohmynews.com/down/images/1/elchevive_354652_1[606324].jpg
●虐殺文件 
http://image.ohmynews.com/down/images/3/elchevive_354652_1[606325].jpg
947世界@名無史さん:2007/05/23(水) 02:00:59 0
945以外の人間は全員結論が出ている。
それが理解できないのは945だけだ。
948核心 ◆3LoJ1r4Lek :2007/05/23(水) 09:43:26 0
南京大虐殺体質

私が父に本多氏に幕府山のことを話させてしまったのが昭和59年(1984年)。
その内容を知ったのが2001年かそこいらだと思う。
昨年、親父の介護に時間が取られたのでCD化などを進めて、アルバムの写真などが依頼先で盗難にあい、
どうにかここに来て個人で南京大虐殺の存在を確認できたのですが。
本当に日本人はつくづく情けない国民でした。

昭和59年8月1日に毎日新聞の福永氏が我が家に取材に来て、8月7日に毎日新聞に掲載され
(これは肯定派でも父の言った通りに書いた記事です。)
よく8月8日には防衛研修所戦史室の森松俊夫氏と原剛氏が取材に訪れ、ことこまかに4時間も取材し、
あげくのはてはその情報を阿羅氏や板倉氏に横流しし 、昨年はおん歳86歳の森松俊夫氏に2度も電話で嘘をつかれてしまいました。
それもそのはず、二人は日本「南京」学会の所属でちゃんと捏造派に帰属しているではありませんか。
(真実を知りながら、それを使用して肯定派をおちょくるのですから。)

8月10日には本多氏が取材され、多少に誇張のある不正確な記事にされたこともあり
捏造派におちょくられ。
阿羅氏では、親父は一人も殺していない、板倉氏なんか家に一度も来た事がないのに
本多氏よりも先に取材していたんだなどとぬかし (そりゃそうだ、確かに森松氏と原氏なら先にタップリ取材していました。)
板倉氏は「南京戦史」では起承転結のある4枚のスケッチを後の3枚だけで証言を捏造し。

つくづく日本人は情けない。

とりあえずアメリカも、やはりあいつらには俺達が憲法作ってやったからよかった、
と考えていると思います。

とりあえず今日のグチはここまで!
949世界@名無史さん:2007/05/23(水) 11:24:50 O
もうここはいいから本スレでやってきて
950世界@名無史さん:2007/05/23(水) 15:00:01 0
950
951世界@名無史さん:2007/05/23(水) 22:45:35 0
952世界@名無史さん:2007/05/24(木) 00:53:29 0
マニラ破壊したのって米軍じゃん。
953核心 ◆3LoJ1r4Lek :2007/05/24(木) 10:29:27 0
父(栗原利一)は一貫して、あれは「処分」だった、と言ってます。
父と直接会話した方は誰も否定できないと思います。
父は常に当時の軍隊用語をそのまま使用します。
「南京戦史」における板倉氏のようなあいまいな言葉は使わず「廠舎」とか
「凹地(おつち)」と決まった言葉しか使いません。

「処分」とは最初から殺害する意図のあることを示す言葉です。

「処分」するのですから当初から捕虜を送るだけの舟は用意していないのです。
かたちだけの2槽の小舟を用意しただけなのです。
「処分」しようとしたら捕虜も必死になって1人(?)反抗したのです。
「処分」しようとして事前に重機関銃を捕虜から見えないところに配置したのです。
「処分」するために事前に計画が策定され、父はそれに従って行動したのです。
取材した方が気が付いて、父は「処分」と言う当時の軍隊用語を用いているが、とでも注釈しておけばこれほどの問題にはならなかったと思います。
当然、自衛発砲説とか逆襲説とかは「処分」と言う言葉により、成り立たなくなるのです。
「処分」と言う行為からは「虐殺」と言う結果にはなりえますが、
「処分」を意図しているのに「自衛発砲」に至ることはないし、
「処分」しようとして「逆襲」されることもないのです。
もともと、意図的に殺害しようとしているのですから。
954世界@名無史さん
今月の餓狼伝では20万人の捕虜を虐殺とか描いてあったな。
板垣…

日本軍には範馬勇次郎の祖父が一個中隊ばかりいたとでもいうのか…