まず、人類の歴史闘争の歴史であり、すなわちそれは、闘争の際に使用される
兵器の破壊力のエスカレーションの歴史でもあちます。
つまり、それは人類は原則として、武器、武具を何千年にもわたって、
発展させてきたということを意味します。
にも関わらず、人間は、その時代にはもう古くなって、実戦での有効性を
大きく失ったはずの格闘の形態や、武器の使用法を捨て去らず、むしろ、
継承、発展、体系化してきたのも事実です。
たとえば、原則としてはどの兵器よりも殺傷力という点では劣るはずの、
己が五体を素材とした各種格闘技、「空手」、「ボクシング」を編み出したり、
あるいは、「銃」登場後に「剣道」を発展せせてきた、という具合にです。
そこのところを、「格闘技の本質とは、何か」という濃い議論を交わしたり、
あるいは、「格闘マンガ」、「格闘小説」、「格闘映画」の歴史などを
マターリと語ったりするのが、このスレです。
各種兵器やその上達法、たとえば、「剣」、「槍」、「棒」、「鎖鎌」、「銃剣」などの
話題もこちらでどうぞ。
初代スレ
徒手による格闘技の歴史
http://academy2.2ch.net/whis/kako/1026/10262/1026203983.html 前スレ
格闘技の歴史総合スレ【弐段目】
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/whis/1052314807/l50
>1
乙。
前スレは消化に3年もかかってたんだね。
マターリいきましょう。
おっ。長らく行方不明だった初代スレが残ってる。
それも丸ごと。
こんどはちゃんと保存しとこう。
>>1さん。
GJですた。
4 :
T・S:2006/04/10(月) 22:19:19 0
>>1さんおつかれさまです。
あー、三年前に見えなくなっていた初代スレの後半が……懐かしいなあ。
というか、私もこのスレ以外に常駐しなくなってもう四年になるか(しみじみ)
せっかくだからコテ戻すけど、今となっては恥ずかしいこと書いていると思うのでした。
むー
5 :
2=ふにゃぽん:2006/04/10(月) 23:05:30 0
>>4 T・Sさん。
ごぶさたしております。
ふにゃぽんです。
前スレで、私が姿を見せなくなったことで、
心配をかけしたようで、すんませんでした。
事情は話せませんが、
訳あってもう2Chにはコテで書き込めないこととなりました。
でも、消えた後でも、私は前スレを見守りつづけ、
みなさんの活躍を拝見しておりました。
今後もそうした事情から、コテハンは名乗れませんが、
必要とあらば名無しでカキコしていきたいと思います。
T・Sさんには、今後も変わらぬ当スレへのご愛顧をお願いします。
それと、まだいらっしゃるのなら、
NX−01さんにも、感謝とご挨拶を述べたいと思います。
ありがとうございました。そして、これからもよろぴくお願いします。
さらに、新しいコテハンの方々や名無しの人たちにも。
よ ろ し く お ね が い し ま す 。
それでは、しばしのさらばです。
6 :
NX−01:2006/04/11(火) 04:31:32 0
んじゃあ私も暫時コテに戻そうっと。
検索して自分のレスとか出ると恥ずかしいよねぇ。
ふにゃぽんさん、お元気そうで良かったです。
コテ使えないのは残念ですが、名無しとして書き込み、ネタ振りしてくださいねー。
NX−01さん。
お元気そうでなによりです。
じゃ、またマターリと進めていきましょう。
8 :
T・S:2006/04/11(火) 20:03:02 0
んでは格闘技と直接関係はないけど
前々スレ>833
>さすがにそれは、出まかせでしょう。
>政治的判断がそんなことでくつがえせるとは思えないし、軍国主義と関連ずけて禁止したのだから
>勝ったら逆に締め付けが行なわれると思うのですが…。
あとで調べたら、当時のGHQにはニューディーラーといわれる連中が多くいて
思想的に…まあ色々と日本の文化とかに難癖つけてたらしいです。
先日、将棋好きの人に話しを伺ったら升田幸三を呼び出して
「将棋はチェスと違い、取った駒を自分の兵として再び使う。これこそ捕虜虐待の思想ではないのか」
と言ったという話を聞きました。
他の人にきいたら、ニューディーラーはこういうトンチキな難癖をよくつけていたそうで…。
いや、詳細は知りませんが。
まあこの件で剣道解禁がなったとは言わないまでも、
「じゃあ勝負しよ」
といわれて銃剣使いをたたせるくらいの軽率はやったような気がします。
せっかく前スレでドイツ式の剣術をやっている人がきていたんだから、もうちょっと
そっちの方で掘り下げた話題とかでないかな?
例えばメソッドとか。
どういう風に習うのとか。
日本の剣術の稽古と比較できる人がいたらなおよし。
10 :
世界@名無史さん:2006/04/13(木) 16:04:19 0
シンガポール人一行が「秘伝書」を持つ日本人空手家を捜して
青森県内をさまよっていた件で、同県平内町の武道家・福田祥圓(しょうえん)さん(61)が
「自分のことではないか」と名乗り出ていたことが12日、分かった。
一行は父親の遺言で、わずかなキーワードを頼りに空手家を捜し回り、
白神山地で遭難する騒ぎも起こしていた。福田さんは「北拳派中国空拳法道」の武道家で、
かつて父親とみられるシンガポール人に教えたことがあるという。
日本人空手家を捜すために来日したのはシュイ・テンリンさん(25)ら一族13人。
テンリンさんの父親シュイ・ジエンシュイさんが「北海道ではない北の果てにいる
日本人の空手家から秘伝書を譲り受けてくれ」との遺言を残したという。
3人が白神山地で遭難、保護されるトラブルもあったが、現在も11人が青森県に滞在している。
このニュースを知り「自分では」と名乗り出たのが福田さん。日刊スポーツの取材に福田さんは
「確かに漢字で『許』と書いて『シュイ』と読むシンガポール人の武道家が30年前に修行に来た。
私かもしれないので名乗り出た」と話した。知人から「福田先生のことではないか」と指摘され、
9日に弘前市内でテンリンさんらと会談した。
福田さんによると、「シュイ」さんは青森県内の山中の道場に2人連れでやってきて、
通訳を介して3日間修行を行った。福田さんがシンガポールを訪れるなど、その後も親交があったという。
会談では、夫人のジオン・チュウメイさん(50)やテンリンさんに、
修行当時の様子を語って聞かせたという。「まじめでガンコで、心はあまり開かない、]
口より手が早い武道家だった」と話したところ、チュウメイさんらは納得した様子で
うなずいていたという。
一行が、空手家捜しのキーワードに挙げていたのは「ソーマ」「秘伝書」
「人里離れた道場」「65歳」など。福田さんは空手家ではないが、青森県五戸町の
山中に道場を持ち、年齢は61歳。気の流れの「波動」を自在に操るという空拳法道の
極意が記された「秘伝書」も持っており、多くのキーワードが合致した。
「ソーマ」についても「シュイさんに、ブラジルに渡った相馬さんという
強い武術家の話をしたが、地名と勘違いしたのでは」と話した。
一行は旧相馬村(現弘前市)を中心に捜していた。
一行が「譲り受けたい」としていた秘伝書は、福田さんが中国福建省で
修行した際に師範から授かったもので「譲ることはできない」という。
代わりに「亡くなったシュイさんに空拳法道の認定書を贈りたいと申し出たところ、
ご家族も快諾してくれた」といい、14日に青森市内で認定式を行う。
[2006年4月13日7時6分 紙面から]
よかったよかった\\( ⌒▽⌒ )//
なんかすっきりしないな…。
突っ込みどころ満載…。
三日しか修行してないの?とか
それなのに秘伝書を貰えとか(だって秘伝書だよw)
そもそも華僑なのに拳法と空手を間違えてたなんて…。
ともあれ良かった良かった。
シンガポール空手家の続報 文春より
テレビはデタラメ.
旅の目的は80%が観光で20%が人探し
東京の銀座に二泊し、青森では恐山に観光に行った
(父の知人に)会えたらいいなとしか答えていない、「ソーマ」とも「秘伝書」とも言っていない
同行している父親の友人は細かい話を聞いているみたいだが
父親から「子供たちは自分たちの力で探すから何も言うな」ときつく言われている
知っているのは
「60歳ぐらいの男性が日本にいて、娘が2人いて妻とは死に別れ、どこかはわからないが
人里はなれた所で道場をやっている」だけ
白神に入ったのも、メンバーの一人が山が好きだったから
山に入る前に酒盛りをしている
発見されたときの車内には「レッド」と「鬼殺し」
実は去年の6月ごろにも日本に来ている。その時は京都・奈良に行ったが何もなかったので
秋田へ行き、結局何も見つからなかった。
今回青森に来たのは、ヤフーでたまたま青森の地図を見たから
以前にはチベットに行き、現地のお坊さんが父の知人であることがわかった。
もう何がなんだかわからんなw
確実なのは、こんな珍道中で目的を達成させてしまう兄弟の運の良さだけか
やっぱりなんか変だと思ってたんだ…。
19 :
sporran:2006/04/13(木) 23:11:20 0
>>)9
まあ、これに関しては突っ込みだけはあってその後反証もなにもないのですが、
西洋武術には型という概念がなさそうなのです。実際、レピアもドイツ剣術もSCAのバトル剣術も
テクニックや基本動作は教えてくれますし、上級技も教えてくれますがそれはあくまでテクニックと基礎であって
日本古流にみられる「型」というのは教わったためしがありません。フェンシングも型は教わりませんでした。
なにをもって型というか、型の定義はあやふやですが、習字に例えるならば全てのの要素が凝縮された「永」というようなものは無いです。
日本の感覚では「型こそ真髄」のようなところがありますが、型が無くても強くなれるし教授もできます。
しかし、別の見方をすれば「精神性や武術独特の哲学」というものは多分ないのでしょう。
日本と西洋の思考形態の差かもしれません。日本文化は物事を抽象化しシンプルにしていくことに長けています。
最終的な形態は素人が見たら簡素化されすぎてなんだかわからないものが良くあります。
歌舞伎とか、弓道とか家紋とか。反対に西洋は説明的であり素人が理解できるように構築します。
20 :
sporran:2006/04/13(木) 23:21:09 0
もう一つはテクニックとテクノロジーです。ソフトとハードといっても良い。
日本人はテクニック重視であり西欧はテクノロジーが強い。
日本刀は戦場でも平素でもつかえるユニバーサルツールで使いこなすのは技術がいります。
一方西欧ではツーハンドソードとレピアのように戦場と平素で使う剣を使い分けました。
なんにでも使えるお箸と用途別に様々あるスプーンとフォークの概念でしょうか。
なぜそうなったかという原因は武板では追求しませんでしたが、世界史板ならば文化的、民族的な検地から面白い意見が出るのではないかと期待します。
日本人だって野太刀を平素に持って歩いたりはしないでしょう。
22 :
世界@名無史さん:2006/04/13(木) 23:41:12 0
へー洋剣も面白いね。
まあ、日本の戦国期も戦場と平時では刀剣を使い分けてるケースは多いと思うよ。
江戸期なら赤穂浪士の堀部安兵衛も討ち入りの時には大刀に換えてるし。
普段は打刀を腰に差すけど、槍、薙刀使う時邪魔になるなら腰から吊す太刀に
変えるだろうし。戦場なら打撃重視の蛤刃とか使ったかもね。
よく教科書なんかに載っている「伝・足利尊氏像」なんて太刀を履きつつ
大太刀(陣太刀かな?)担いでいるよね。
23 :
世界@名無史さん:2006/04/14(金) 01:30:00 0
あ、ついでだ「形」についてもかたっちまおう。と、さりげにオヤジギャグw
確かに「形稽古」無しでも技法伝承は可能だ。
過去の剣客にも形稽古をやらない者もいた。榊原健吉がそうだ。
岡田以蔵とかも別に剣術修行したわけでも無いだろうし。
日本武道の「形」ちゅうもんは伝承に於いて何通りかの稽古目的がある。
・技法伝承 ・姿勢の矯正 ・自動反応の排除 ・動作の合理化
・タイミングの再構成 ・思考の停止(笑)・・・とかね。
大切なのは呼吸、動作、意識の一致。また、やったからといってすぐ強くなる
ものでもない。「形」は『練る』ものなのだ。
「形」は師匠に教わる物だが『練りあげる』のは本人の仕事。
だから同じ「形」でも仕上がりは人によって違う。それが「芸」
まあ、詳しい事は五輪書でも読んでくれ、たぶん全部書いてあるよ。無かったらゴメンなw
24 :
sporran:2006/04/14(金) 08:18:52 0
野太刀も打ち刀も片刃、両手、緩い曲刀という構造はおなじで全て日本刀に分類されます。
菜箸みたいなもんです。西洋ではトングを使いますね。
25 :
世界@名無史さん:2006/04/14(金) 17:12:58 0
えーっ、そういわれてもなぁー
「大ハンマーもゲンノウもカケヤも構造はおなじで全てトンカチに分類されます。」
と、言われてるのと一緒だなw
構造は同じでも使い方は違うし。同構造であった事で利点もある。
竹クギ1本で分解、組み立て可能で、最小限の金属鋼材と木材と紐、鮫革だけで
ある程度の強度を維持しつつ限りなく軽量化したのはものすごい職人芸でもあるよ。
もちろん「限界はある」がね(笑)
1000年前から日本刀は同じ構造というのも技術革新という意味では
確かに問題はあるし大戦中にそこを指摘もされているのだが・・・変わらなかったしw
まあ、そのへんも日本的ちゃー日本的なのかなw
ところでトングってどう使うの?
フランスに「コルドン・ダルジャン(=金のリボン cordon d'argent)」と
言う名称の武器があるらしいのですが、どなたかどんなものかご存じでしょうか?
昔、ファンタジー小説「異次元騎士カズマ」に登場しているのを見かけて
ずっと気になっていたのですが、イメージ検索かけてもそれっぽいのが
見つからないので…。
27 :
世界@名無史さん:2006/04/14(金) 20:26:51 0
28 :
世界@名無史さん:2006/04/14(金) 20:28:40 0
29 :
世界@名無史さん:2006/04/15(土) 00:48:20 0
夜警の依頼主は市民防衛軍「火縄銃手組合」で、本来は独立戦争のための軍隊だったとか。
製作当時は裕福な商人達の親睦団体程度の物で。
組合の宴会場に飾る為に集団肖像画をレンブラントに依頼したんだとか。
16世紀頃のオランダの騎兵はピストルを2丁差していたと読んだ事あるが、
ひょっとして剣を持っていないヤツもいたんじゃないか?そんな事無い?
ピストル騎兵はたしか接近戦になったらピストルを棍棒として使ってたとか。
中国でも明代の「神器譜」には疾走する馬上で3連銃身の騎銃を撃ってる軽騎兵の図があるけど
撃ちつくすと抜刀し、銃は左手に持ち替えて盾にしたらしい。
31 :
sporran:2006/04/15(土) 08:32:33 0
当時の銃は単発先込め。事前に準備をしておかないと発泡できませんし、装填しているといつ暴発するかわからない代物でした。
護身に銃はつかえません。
話は変りますが西洋での暗殺は毒物かナイフ。日本では刀が一番多いと思います。
これは暗殺するもされるも武士身分で刀を日常的にもっていたからでしょうし、暗殺の状況や場所の選択の好ましさが違っていたのかも。
日本では短刀術はあるようですが、ダガー術のようなものはあるのでしょうか?
32 :
T・S:2006/04/15(土) 08:58:02 0
まー、日本ではなんでも××術とか作ってましたからねえ。
ダガー術というのがごく短い刃物の操作法のことなのか、暗殺用の小道具を使う術の
ことなのかは定かではありませんが、隠し武器を使う術というのはあったようです。
隠剣術、と呼んだかと思います。
このテの術については捕縛術を能くした名和先生の著作を読まれるといいとして。
隠剣術の流儀としては戸波流しか知りません。他にもあると思うんだけどなあ。
この流については前スレの架空流儀のところで書きました。
33 :
世界@名無史さん:2006/04/15(土) 09:18:38 0
>西洋での暗殺は毒物かナイフ
これは思いつきだけど、暗黒時代には剣による暗殺もけっこう多かったのでは?
青森空手家:認定書を授与 シンガポールの一行に
武道家の遺言で「伝説の空手家」と秘伝書を探しに青森県を訪れたシンガポール人一行が、
白神山地近くで迷子になった騒動で、武道家の妻らは14日、「私では」と名乗り出た同県
平内町の中国拳法家、福田祥圓さん(61)と対面した。しかし妻は「条件が違う。(空手家は)
福田さんではない」と断言。空手家探しの旅は、振り出しに戻った。一行は22日の帰国
ぎりぎりまで探し続ける。
武道家の妻チェ・チュウメイさん(50)ら一行は、福田さんが勤める青森中央学院大学国際
交流センター(青森市)で福田さんと面会。武道家に贈られた「師範正位八段」の段位認定書と、
秘伝書の中身を書き写したという冊子を受け取った。
「他の弟子にも出していない大きい段位」と言う福田さんに、チェさんは「(夫の)友人と会えた
ことは旅の収穫」と感謝。しかし「夫から空手家には2人の娘がいると聞いたが、福田さんには
いないので違う」と述べた。
来日したシンガポール人13人のうち2人は既に帰国したが、妻や長男ら11人は今も弘前市
で空手家探しを続けている。【喜浦遊】
毎日新聞 2006年4月14日 20時58分 (最終更新時間 4月14日 23時13分)
もう何がなんだか・・・
36 :
世界@名無史さん:2006/04/15(土) 10:17:40 0
んー日本の暗殺術か。タダの「暗殺術」と武家階級の「上意討ち」では種類が異なる様だ。
詳しくは知らないけど「上意討ち」ではいろいろ作法が有りめんどくさい。
タダの「暗殺術」なら、いわゆる用間、忍術の類になる。
これは日本より中国武術の方が多彩だと思う。
日本刀限定の「暗殺術」なら居合が最も有効だべ。
なにせ、普通の状態からいきなり斬りつけられる訳だからそのまんま隠し剣だわw
実際居合には「上意討ち」の形も多い。
また、我流剣術で「人斬り」と呼ばれた河上彦斎の得意技が居合、
軍事探偵「人斬り天風」事、中村天風も「随変流」とか言う居合を良くしたらしい。
坂本竜馬も居合で暗殺された説もある。
37 :
世界@名無史さん:2006/04/15(土) 10:30:02 0
つーか、ダガー術ってどう使うの? 短刀?
38 :
sporran:2006/04/15(土) 17:18:28 0
暗殺が多かったのは幕末でしょうか。居合は有効だったのでしょうが、なぜ攻撃側はわざわざ刀を使ったのか。
ダガーはシシリアナイフ術などがありますね。
>>33 鬼の爪かっこいいよね。
俺何回も友達に真似をして見せたよ。
40 :
世界@名無史さん:2006/04/15(土) 19:54:15 0
西洋では食事時の暗殺、というか殺害が結構多かったらしいね。
毒とかではなく、食事用のナイフで刺しちゃうの。
だから今のナイフは先っぽが丸くなってるのか。
42 :
T・S:2006/04/15(土) 21:25:10 0
河上彦斎かー。
懐かしいなあ。この人が不知火流というのを使ったというのは山田風太郎の創作らしいけど。
そういえば同時期の人斬りといえば中村半次郎も自顕流の抜き打ちが得意だったと聞いたことがあります。
まあソースが思い出せないのですが。
前スレでも書いたけど、林崎流には相手に囲まれた時に怯えたふりをして不意打ちに一気に仕掛ける天車引留めなる業があると聞く。
元々は天真正伝香取神道流にはすでに抜刀の技があったともいうから、座った状態などから不意を撃つ、あるいは打たれないように対処するというのは古くからの武士にとっての命題だったのかも知れない。
>>38 江戸期はだいたい初期か幕末とかでないと暗殺の話は聞きませんな……。
というか、中期の頃の話はあまり聞かないけど、あるのかも知れない。
なぜ刀を使ったのかということについては、それがもっとも身近な武器だったからとしかいようがないです。
それに相手も武士なら刀を持っている場合が多いですし。
相手の反撃の可能性を考えたら、なるべく間合いをつめなければならない小太刀などは使わないでしょう。
つか、相手がへっぴり腰でも二尺の刀を振り回しているのに、脇差でそれをかわして刺すとかって無理がありすぎ…。
43 :
世界@名無史さん:2006/04/16(日) 01:34:49 0
居合の利点は戦場でも結構有ったのだが、まぁ今回は暗殺の歴史論と言う事で。
坂本竜馬暗殺は脇差を使用。
居合抜きに横一文字に斬り払ったらしい(あくまで霊山歴史館の推測ね。)
居合で最もポピュラーな横一文字斬りだけど効果は結構あった。
まず、いきなり顔面、眼、喉、腕、その他を横一文字に払い戦闘能力を奪う。
その後の連絡業については各派口伝あり。もちろん短刀、ナイフ、脇差でもできる。
ただ、小刀による居抜きの一刀は機先で制す程度なので抜いた後は当然大刀の方が有利。
竜馬は額を割られながら刀を手に取り防御しようとしたがさらに2,3度斬りつけられ倒される。
初太刀が眼ン玉だったら防御すら不可能だったのだが、ひょっとしたら竜馬は
一瞬かわしたのかもしれない。(あくまで推測っw)
44 :
sporran:2006/04/16(日) 11:33:52 0
40
西洋の場合は暗殺と言うよりも口論などの喧嘩から、殺しちゃうことが多かったのかも。
ちなみに鉄は貴重品で宴会の時はコップ、ナイフ、スプーンは持参でした。
我々もパーティのときは持参です。
45 :
世界@名無史さん:2006/04/16(日) 16:34:53 0
古くは〈座頭市〉、最近では『シグルイ』
の〈伊良子清玄〉などの盲目の剣士について。
あのような剣の使い手や剣法は、
ほんとうに実在したのですか?
だとしたら、彼らはどのように敵との間合いや
相手の攻撃を見切ったのか?
調べてもわからなかったので、
どなたかおせーてください。
46 :
世界@名無史さん:2006/04/16(日) 17:05:13 0
座頭市は子母沢寛の「ふところ手帖」に出てくる実在の人物。
『天保のころ、下総飯岡の石渡助五郎のところに、座頭市という盲目の子分がいた。
盲目でありながらばくちの勘は鋭く居合い抜きの名人で・・・』と、ある。
ただ、全盲が実戦で戦えたかどうかは不明。
・・・つーか、架空の人物か怪しい場合は日本史板の剣豪スレあたりで聞いてみ。
ちなみに日本の武道なら視覚が効かない場合「夜太刀」の業を使用。
ただし全盲用の業ではないが。
ちなみにその座頭市は仕込み杖じゃなくて普通の脇差を持ち
逆手斬りもやってない。
富田勢源が目を患ってて、手探りで歩いてたというけど、
完全な盲目ではなかったみたいね。
49 :
世界@名無史さん:2006/04/17(月) 07:19:57 0
富田勢源は全盲じゃなく昼間はぼんやり見えていた様だ。夜は手探りで歩いてた。
たぶん昼間なら色の違いで何がどう動くか位は判ったはずだが、夕方の室内道場や
戦場には間違っても出れないので隠居したのだろうな。
>>40-41 戦場から一人逃げ帰ってきた兵士が寡になった他の兵士の奥さんたちに
「卑怯者」とよってたかってかんざし状のヘアピンで刺し殺され
以来鞘のついた安全ピンが普及したという古代ギリシアの逸話を思い出したw
>>40 ロシア共産党幹部の会食のときスターリンが料理を手づかみで食べていたのを見て
あきれたレーニンが「同志ジュガシヴィリ。ナイフとフォークを使いたまえ」と注意した。
するとスターリンはナイフとフォークをつかみ立ち上がり、まわりを見渡しながら言う
「わかりました同志レーニン、この中の誰を殺せばよいのですか?」
というロシアンジョークを思い出した。なるほど、そういう背景があったのねw
日本の武道って外国ではどう思われてるんだろう?
53 :
世界@名無史さん:2006/04/20(木) 01:05:43 0
映画の西洋剣術って参考になるのかな?三銃士とかブレーブハートとか
ロミオとジュリエットの決闘シーンとか。
>>53 ハリウッド映画は日本のチャンバラ映画の影響を受けているという罠。
明らかに影響をうけてるよな。
古代の戦争シーンを再現してても、なぜか剣の場面ではサムライばりに切る動作に
徹してたり。(そんなナマクラでしかも鎧の上から切れるかよ)
ただ怪傑ゾロは良いよな、あれは結構西洋やってる。
最近の映画、特に大作は考証なんかより素人受けの見栄え優先が多いからね。
史劇でも同じ。もちろん監督によるけど。
ただゾロ物は、伝統的に剣術を大切にしてるね。
最近のマスク・オブ・ゾロなんかもボブ・アンダーソンていう
有名な殺陣師が指導してる。
この人はナショナルチームの監督もするような本物のフェンサー。
「宿命の剣」ていうフェンシングを題材にした映画も指導してたが、
さすがに本職をそのまま活かせる映画だと光る。
もっとも、この人も指輪シリーズなんかでは、見栄え系の指導するわけで、やっぱり監督の意向次第だね。
57 :
世界@名無史さん:2006/04/20(木) 22:17:04 0
>56 情報d
へぇー観てぇな「宿命の剣」って。それってハリウッド?それともフランスとかの映画?
個人的印象ではヨーロッパ映画の方が剣技がリアルな気がする。
まぁ時代劇でも役者さんの技量によって殺陣のリアリティが変わったりするけどw
58 :
sporran:2006/04/20(木) 22:35:45 0
私はステージコンバットと言う西洋剣術の殺陣のクラスを受けました。
基本的には古流剣術の動きを主体にしていますから、荒唐無稽なものではありません。
しかし、安全と観客の目を最優先しますからおのずと変わってきます。
例えば攻撃側は前に出て防御側は後退します。リアルな剣術であれば後退しつつの攻撃、前進しつつの防御は普通ですが、ステージコンバットでこれをすると
観客には勝敗の状況がわかりません。
また、最近は中国武術の要素もかなり入っています。アキレスの槍は中国風でした。
私が見てよかったものは、アキレスで木剣を使っての練習シーン。ロブ・ロイ。
アメリカよりもヨーロッパのほうが質が良いです。アメリカはハリウッド風に派手ですがリアルさは感じません。
イギリスではセークスピア劇に見られるように役者は剣劇ができることは必須です。
剣も鉄を使いますから重さと、音が違います。日本のようにむやみに振り回しませんし、川の中に倒れても刀がプカプカ浮くこともありません。
59 :
sporran:2006/04/20(木) 22:38:10 0
時おり公営体育館で西洋剣術の練習をしていると、日本の殺陣のグループが練習をしていることがあります。
パチパチと刀をたたきあうのは激しいですがリアルさには欠けます。
良レスなのはわかるんだが、一々西洋>日本な文章の構成は何とかならんのか。
鼻について仕方が無い。
米国の警官の警棒のトンファーは
いつ、何処から伝わったんだろう?
62 :
sporran:2006/04/20(木) 23:20:54 0
私は客観的に見ています。実際に体験もしています。
古流剣術の持つ精神性や奥深さには西洋剣術はかないません。
殺陣に関して言えば、日本映画は数十年前までは素晴らしかった。椿三十朗や七人の侍は素晴らしかった。
あなたは客観的に見て、今と昔の映画の殺陣は質が同じと思いますか?
「素晴らしい」なんて各々の主観でしかない。
> 殺陣に関して言えば、日本映画は数十年前までは素晴らしかった。椿三十朗や七人の侍は素晴らしかった。
そりゃ一部の黒沢映画が凄かっただけだろw
他の映画を見てみろよ、歌舞伎もどきの大仰な殺陣がほとんどだから。
勿論現代の殺陣の派手で演出めいた動きが良いとは言わんが、そもそも作り事、映画だからあたりまえ。
それに用心棒ではなくて椿三十郎をあげてるところを見ると、どうも最後の決闘場面を評価しているようだが
真面目に考えてあのシーンこそ映画的演出に溢れた殺陣だろ。
間合いも近すぎるしあの血の量。 それにあれは西部劇の一騎打ちのパクリ。
本当にあんな決闘をしてたわけではない。
そりゃ素晴らしいのはわかるけどね、時代劇自体が衰退している今、当時最高峰の黒澤組と
今の時代劇を単純に比較しても仕方ないだろう。
ちなみに隠し砦の三悪人の殺陣は酷いぞ。
今じゃ見れたものじゃない。
65 :
世界@名無史さん:2006/04/20(木) 23:49:15 0
黒澤映画の殺陣では骨は折れるが人は切れない
あれはただバットのようにふりまわしているだけだ
七人の侍の殺陣はラグビーを参考にしたそうだが、むべなるかな
ただ、素晴らしい殺陣だというのは同意
山田洋次等一部を除いて今の時代劇は悲惨の一言
66 :
世界@名無史さん:2006/04/20(木) 23:53:37 0
>>61 なんか中国語っぽい響きですよね。>dファー
中国拳法の武器を採用して改良したんでしょうか。
伝来はそんなに昔ではないと思います。(詳しい人説明きぼん)
>>62 黒沢明が殺陣の場面を撮る時、俳優に
「一人を斬った瞬間には、もう次に斬る相手に視線を向けてなきゃダメだ」
と指導したという話は聞いたことはあります。
監督や殺陣師、俳優に、たとえ芝居でも殺陣は「命のやりとり」だという意識があるかどうかが
殺陣の良し悪しを決定するんでしょう。
>>64 > 他の映画を見てみろよ、歌舞伎もどきの大仰な殺陣がほとんどだから。
日本の殺陣は基本的に歌舞伎の技術が元だからね。
初期日本映画のメンバーを見ればそれは一目瞭然。
様式美という「芸」がそこに存在していて、役者を鑑賞するという行為が
文化として存在していた。だから殺陣はリアルじゃなくても素晴らしいと
形容される。
ただ、このスレ的にはリアル=素晴らしいでも良いと思う。議論すべきは
何をもってリアルであるかだろう。
>>66 > 黒沢明が殺陣の場面を撮る時、俳優に
> 「一人を斬った瞬間には、もう次に斬る相手に視線を向けてなきゃダメだ」
> と指導したという話は聞いたことはあります。
古流に習えば残心という概念が抜けているような…。
>>61 警棒がトンファー型になったのは確か空手経由ですよ。
どこの誰が、みたいな詳しいことは忘れたけど。
70年代半ばくらいから使われ始めたと記憶してます。
69 :
世界@名無史さん:2006/04/21(金) 02:54:21 0
ポリスバトンちゅうヤツか。
トンファーもヌンチャクも沖縄の日用品を応用した空手の武器だとか聞いた事あるが、
トンファーは元は石臼の取っ手だったかなー?
犯罪がやたらと多い米国でトンファーが採用されたのは
実戦的 ということか?
71 :
世界@名無史さん:2006/04/21(金) 16:28:49 0
あのアメリカ人が採用したと言う事はそういう事だろうな、たぶん。
ただ、我々の知っている現代空手のトンファーの使い方と沖縄古武道の使い方と
米警察の使用法が同じかどうかは判らない。
ビデオが発売されていると聞いた事があるが日本で入手可能かどうかは不明。
忘れてた詳しいことを調べなおしてみた。
トンファー型警棒は1971年にロン・アンダーソンという人がトンファーを
使ってみたことから始まったようだ。
74年にロサンゼルス郡警察が6ヶ月の実地テストを行い、以後各警察に広まっていった。
もっとも、広く使われてるPR-24を作ったモナドノック社は「トンファーとは関係ないよ」
なんてこと言ってるそうだ。
利点は
受け技に便利。
より大威力を得やすい。
犯人の制御に便利。
使用法が多く、また奪われる危険が少ない。
といったところみたい。
ただ、旧来の棒状警棒にも利点はあり、こっちがいい、という人もいるそうだ。
73 :
世界@名無史さん:2006/04/21(金) 18:13:47 0
あ、話戻してごめん。殺陣について少し。
殺陣師には古武道家が多いよ。基本的に彼等はスタントマンでもあるし刀、槍、薙刀、居合
馬術、柔術、甲冑組み討ちは最低限は知っているはずだ。でないと現場で指示ができない。
また、有名武道家が殺陣をつけた映画ドラマも多いぞ。
一刀流中西派/【高野弘正】 映画「大菩薩峠」「宮本武蔵」「新選組」 武道考証
香取神道流/【大竹利典】 NHKドラマ「蝉しぐれ」 剣術指南、奉納試合審判役w
香取神道流/【杉野嘉男】 映画「七人の侍」「隠し砦の三悪人」「用心棒」 武術指導
・・・関係ないが、ついでだw
鹿島神流/【国井善弥】 小説「眠狂四郎」「大菩薩峠」モデル、指導。
柳流合気武芸/【吉田憲治/ドン・アンジェ】 映画「ベストキッド」モデル
手裏剣術/【白上一空軒】 ドラマ「俺たちは天使だ」 ブーメラン指導(w
西洋映画で素晴らしい殺陣をした映画ってなんだろう?
>>74 上でも挙げられてたけど、「ロブ・ロイ」は良かったよ。
あと同じ殺陣師だけど「デュエリスト」(リドリー・スコットの)も。
「グローリー」の接近戦も好きだな。
昔のフェアバンクスやエロール・フリンもしっかり練習してたから
上手いと思うんだが、演出がチャンバラ風味だから、このスレ的には
良くない(非リアル)てことになるかな。
「雄呂血」とか役者が白塗りでやってた頃の時代劇を観ると
また今とは違った動きがあって面白いけどね。
「雄呂血」は凄いよね。
黎明期からちょっと後のこの頃の殺陣は意外にリアルに感じる。
正眼に構えて前後にチョコチョコ動いて間合いとったりするんだね。
一番様式的なのは50年代の東映時代劇の頃かな。
あの頃はシステマティックに造る必要があったからね。
京都の撮影所で量産するために最小の労力で最大の効果を狙ったというか…。
それを打ち破ったのが黒澤なわけだけど、様式的な面白さも捨てがたい。
>黎明期からちょっと後のこの頃の殺陣は意外にリアルに感じる
そうですね! 刀を片手で相手の鼻先に突きつけたまま前後したりとか、面白い。
それはリアルなのか…?
81 :
世界@名無史さん:2006/04/22(土) 00:11:04 0
>80
演劇的にはリアルだろうな。
実際の武術なんて映像化しても何しているか意味がわからないし迫力もない。それでは失敗。
シュチエーションと剣理と動作が一致しているならOKだと思うよ。
三殺法の剣理から考えると79は大げさではあるがデタラメとも言えない。
何をもってリアルとするか、というのも色々あるだろうな。
人によっても違うだろうし。
映画板でも「リアル」の解釈を巡っていつも議論している。
ドキュメントでも無い限りリアルなんて永遠に結論が出ない概念だろうね。
83 :
T・S:2006/04/22(土) 02:48:32 0
>>73 最後の
>手裏剣術/【白上一空軒】 ドラマ「俺たちは天使だ」 ブーメラン指導(w
だけど、その人は白井流手裏剣術の宗家で、「ザ古武道12人の武神たち」って本で出てたけど、ブーメランを凄いと思って色々と試作してみたって書いてたよw
なんかベニヤで十字手裏剣を作って中身をくりぬいたら、投げると戻ってくるようなのができて「夢がかなった」と喜んだそうだ。
とにかく相当いれこんでたみたい。ブーメランには。
だからまあ、ブーメランの指導とかはして不思議ではないのでしょう。
多分。
84 :
T・S:2006/04/22(土) 03:06:05 0
作劇上のリアリティってのもあるですからな。
>>82 名和弓雄氏の時代考証関係の本読んでたら、考証としてしっかりしたものを用意したら
逆に「こんなのあるか」と抗議の手紙がきたことがあるというですし。
「本当のこと」だからといって、みた人間がリアルだと認識してくれるかもまた別問題だったり。
ああ、ハリウッドで思い出したけど、最近サーブルやってたという知人が
「タイガー・モリのやっていたフェンシングのスクールは、すっかり舞台用になってしまった」
とかいうてた。
なんかハリウッドの俳優が入って、映画用の指導を頼んでたらいつの間にかそういうのが主流になってたとかなんとか。
本当かなあ。ありそうな気はするけど。
殺陣のよしあしで具体的には思い浮かべられないけど、必殺仕事人での中村主水とかは
結構印象的な立ち回りをしていたように思います。まあシリーズによって大分異なりますが。
というか、演出と脚本だけで全然違うものだったりしてましたが。
実は、日本人の剣に対する感情って他の国の人と比較すると、
かなり異常な部類に属するんじゃないかって気がするよね。
そもそも本気になって追求するほど実用性の高い道具じゃないし。
>>84 佐々木小次郎みたいに刀を背負う(でいいのかな)時は
柄が左肩の方に来るのが本当、映画は間違っとるプンプン、とか書いてたよね名和さん。
戦国あたりから馬手差を左に差す人が増えたように
背中の刀を逆に背負ってた人も結構いたけどね。
何事も例外は多い。
だから間違っていると指摘すべきところは
どちらの手で刀を抜くかという所だろう。
例えば右肩から柄が出ているならば左手で抜くのが
正しいが、右手なら間違いとだと指摘すべき。
で、時代劇はほとんどが間違っている。
でも多分あえてやってるんだと思われ。
>>85 剣を神と崇めて生贄を捧げていたスキタイ人にはまだ及ばない
90 :
世界@名無史さん:2006/04/22(土) 08:56:19 0
>>85 武器の中で、特に刀剣を武人の象徴として神聖視したり、特別視する傾向は
割と一般的なんじゃないかと思う。
機能としては、弓や槍や長刀類のほうが実用的だろうが、平時にも武人が携
帯して身に付けるということから、刀剣に装飾性や美術性が求められるように
なり、それが特別な愛着や象徴化をまねくのでは。
91 :
世界@名無史さん:2006/04/22(土) 09:50:01 0
小次郎は鞘を捨てたというので、そもそも肩から抜くという事はしなかったかも。
まず大太刀を肩から降ろしその後抜刀したのでは?
訓練次第では三尺を越えなければ右肩からの抜刀は可能だが、隙だらけでもあるw
二尺三寸位なら左右どちらでも楽に抜けるけどね。
大太刀を使う武芸者は戦場や試合場に出る前に鞘を払った。
考え方としては槍、薙刀の様な長物兵器と一緒だったのではないかな?
小次郎は鞘を捨てたというので、
小説
93 :
T・S:2006/04/22(土) 23:03:08 0
>>86 刀の背負い方とかちょうちんの柄とかあれこれと書いてましたなあ。
しかし私の知る限りでは、ちゃんと名和氏の考証どおりに背負っていたフィクションは
漫画の「公家侍秘録」くらいしか思い出せないのでした。いや、当人が考証していたのはどうなのだろうか。
と、「首斬り朝門人帳」だっけかなあ。まあ作家同じだけど。
佐々木小次郎は最近はいなかったという話ですな。
古い記録では津田小次郎とかそういのうがでてくるようですが。
小次郎が鞘を捨てるとかは二天記にて初出だったと思いますが
武蔵について死後四十年後に書かれた武公伝を元にさらに八十年後くらいに書かれた…のではなかったかと。
まあ小説の類です。はい。
いや、私も記憶いい加減ですけど。
94 :
世界@名無史さん:2006/04/23(日) 15:13:35 0
小次郎は中条流だからとっさに大太刀使えなくても問題ない、むしろ長尺刀は試合専用
だった可能性もある。
試合や合戦に使う長尺刀や陣太刀は鞘をはらったりあるいは抜き身のまま使用したはず。
あえて肩から抜く訳でないなら、担ぐのは右でも左でも良いと思う。
林崎流の様に長尺刀や長巻を腰にとる流派もあるし「七人の侍」の三船のように
ぶら下げて現場で鞘を捨ててもいいだろう。
柄が左肩というのは名和弓雄説しか聞いた事ないのだが実際どうなのだろうか?
96 :
世界@名無史さん:2006/04/23(日) 16:32:06 0
>>94 間違いとは言わん。(確かに中条流を学んだ説が最も有力だ)
が、とりあえず指摘させてくれ。
小次郎は巌流。
97 :
世界@名無史さん:2006/04/24(月) 23:07:21 0
そーねー、まあ武芸者も、その辺の伝承は結構いい加減だったのだw
一人で数流儀併伝している場合もあるし、表看板とは別に昔学んだメジャー流派を
名乗る場合もある。また名前をもらったり、一部門弟のみに伝えるマイナー流儀もあった。
また、身分によっては流名をはばかる事も有ったようだ(主家の御家流とか)
そのため同一流派が複数の名前だったりする事もままある。
だから小次郎は巌流・岸流でもあるし中条流でもあるし富田流でもいい・・・かもw。
戦後の有名武道家でも外で名乗る流儀と伝書のは別だったりする事もあったよ。
98 :
T・S:2006/04/26(水) 12:19:05 0
江戸初期とかは字とか文章とかまともにかけないから、坊さんに代筆して伝書書いてもらってた
なんてそんな話も聞いたことあるしねえ。どこの話かは知らないけど。
仏教用語が多いのはそのせいだともいうが、本当かどうかはわからない。
いずれ武蔵みたいなのは少数派だったと思う。
で、その武蔵からして、二天一流柔術やら伝授してたりするし。
しかし中条流やら富田流をかつて習っていたとしても、
小次郎の流儀はそれでもいいというのはちと乱暴だと思う。
いい加減な人が多かったのは確かだけど、流儀名にこだわる人もいる訳でね。
現代でも柳生宗家の人に「柳生新陰流」というたらイヤな顔されるという。
それは俗称だって。
それにやはり小次郎の実在は非常に怪しい。
最初に巌流島の決闘について書かれている小倉碑文には「兵術の達人、名は巌流」
とあるそうだしねー。
小次郎だとも流派名だとも書いてないそうな。
このあたりの武蔵研究についてはネット上に非常に詳しいところがあった。
座談武蔵だったかな……。
馬庭念流の正式名称は今でも「念流」らしい。
示現流の人に東郷示現流なんつったらやっぱり顔しかめるっぽい。
新陰流は当然。
でも、心眼流の正式名称はちゃんと柳生付きで「柳生心眼流」だったっけ?
100 :
99:2006/04/26(水) 22:00:17 0
×新陰流は当然
○そうなると新陰流の人も当然、顔しかめるっぽい様で。
101 :
世界@名無史さん:2006/04/27(木) 00:28:19 0
いや、それは「俺ン所を傍系や偽モンと一緒にすんな!」の意味でのしかめっ面だと思うよ。
新陰流も示現流も類似品が多いブランド流儀だからね、名前にはこだわるだろうな。
102 :
T・S:2006/04/27(木) 02:00:07 0
示現流は薩摩示現流兵法だったかね。
今でも宗家んところで習わないと示現流を習ったことにならんそうだ。
新陰は上泉伊勢守信綱の正統を継いでいる訳でね。
まあ「傍系と一緒にすんな」ってのはまさにその通りではあるんたろうけど。
柳生心眼流は、そもそも柳生と関わりがあるのかどうかよくわからんのだけどね。
103 :
世界@名無史さん:2006/04/27(木) 23:53:13 0
柳生の免許は一国一人だったはずなので新陰の総帥というワケでもないと思う。 たぶんw
柳生が名人だったのは確かだろうけど、あとは将軍家指南のブランドだろうな。
個人的には三河の奥山休賀斎の方が新陰正統の気がするけど・・・
小次郎についてだけど、
中条流は「外の物」として併伝していた可能性はないかな?細川家は中条流も盛んだったはず。
まぁ推測だけどね。
104 :
T・S:2006/04/28(金) 01:07:14 0
まあ、一応正統を名乗っているので……。
ああ、サイトを見てみたら現状を鑑みて「柳生新陰流」を便宜的に名乗っている感じだった。
小次郎の実在が怪しいし……。
そもそも船島は小倉の沖というより下関の近くというべきなので、小次郎がいたとしたらそっち側の人間だった可能性が高いのではないかとも。
一応は鐘捲自斎筆の伝書があって、それが本物ならそっち系統の武術を継承していた可能性はあるだろうけど。
鐘捲流は色々とあったみたいだし。
ただ、その伝書はなんか捏造くさいのねー。
105 :
世界@名無史さん:2006/04/28(金) 22:32:17 0
たぶん実在はしただろう。ただほとんどの資料が武蔵サイドの「伝聞の伝聞」とか
が多いので流名や本名、年齢すら良く分からない。
中条流の伝書(富田流かな?)は有るようだが・・・ たぶん捏造だろうな。
たしかバガボンドで使用されていなかったかな? まぁ役にはたっているようだなw
106 :
T・S:2006/04/29(土) 00:54:02 0
吉川武蔵でも伝書の構成はそれにそっくりだから、戦前から出回っていたんだろうって話だよ(笑
バガボンドでも使用されていたから、確かに役立っているっちゃあそうだけどさー。
…ちと話が偏ったので、誰か修正していただけないかな?
できれば西洋関係で。
古代ローマのパンクラチオンについて語れ
108 :
世界@名無史さん:2006/04/29(土) 14:59:15 0
パンクラチオンは「極め」があると漫画で読んだが寝技もあるのか?
コンデコマがレスリング相手に試合した時、背中がついただけで負けだと言われたとか。
まぁ、相撲でもそうだがw
これは西洋では昔からそうなのか?
109 :
sporran:2006/04/29(土) 23:10:00 0
パンクラチオンは詳しく知らないのですが、穴攻撃以外は何をしても良かったとかきいてますが、どうなんでしょうね?
パンクラチオンはローマの衰退とともに滅びたのか、あるいは形を変え存続したのかも知りません。
中世の武術ではカンプフリンゲンと呼ばれる実践的な格闘術がありました。日本でもそうですが体術、剣術は同じに扱われ差はありません。
先に出たマーダーアタックや延髄、睾丸、目を潰すなど本当にダメージを負わせるもので大変危険です。
キックはみぞおちよりも高い物はありません。また、寝技もありません。関節技も多く近代になって柔道が西洋で注目されることを考えると、不思議です。
関節技は手で掴むよりも腕を組むものが多かったようです。これは戦場でガントレットをつけていたことを考えると自然、そうなります。
110 :
世界@名無史さん:2006/04/30(日) 00:19:12 0
日本でも寝技自体は、明治以前はさほど多くはなかったと思う。
やはり柔道以降の影響が大きいのではないかな。
三角締めなんて甲冑付けた相手には使えないだろうし逆に自分が危険。
密着技は打撃を防ぐには良いが武器術や噛みつき金的には危険が大きい
武者打ちや古代相撲は蹴り当て有りで死傷者も出た様だ。
相撲+当て身+関節+蹴り・・・まあ109の西洋格闘術とあまり変わらないかw
つっぱり、はりて、けたぐり、ぶちかまし…今でも相撲はとても激しい。
112 :
世界@名無史さん:2006/04/30(日) 00:52:39 0
相撲は頭突きが許可されている珍しい競技でもある。
>>108 パンクラチオンは「まいった」だけでしょ。
まぁ大抵は意地張って骨折、さらには死亡までやったようだけど。
確かレスリングの方では激しい投げを何回か食らうと負け、とかあったと。
ギリシアだったかローマだったか忘れちゃったけど。
>>109 近代西洋、特にヨーロッパで柔術、柔道が普及したのは、
タイミングがばっちりだったから。
都市の拡大と共に、盗賊よりも小物のチンピラ達が発生。
剣や銃を常時持つ時代でも無いし、かといって警察もまだ頼りない所がある。
そこに柔術が護身術として登場、なんか神秘で新しいからみんな注目。
追って嘉納師範が体育的、思想的価値を紹介。
おりからの体育というか健康ブームとあいまって人気になった。
116 :
T・S:2006/04/30(日) 10:49:49 0
>>110 姿三四郎だったかでは「当時の東京では当身は天神真楊流、投げ技は楊心流、寝技は起倒流だった」というような紹介されてなかったっけかな。
まあそれはそれとして、柔道以前からも寝技は発達してたみたいです。
明治のかなり後でも「寝技ではやはり古流のそれからは学ぶものがある」とか講道館の人がいうてたという記事を昔の「秘伝」で読みましたわ。
三角締めは高専柔道からだったかなあ。
確かに武器相手に密着戦は…というのはあるけど、逆に江戸期以降の素肌の戦いではありだったと思う。
フランスでは「柔道」を紹介したイヴ・ポール・ガストン・ル・プリウールの影響もあるんでないかなあ。
この人は不忍池で飛行機の実験をした「日本で最初に飛行機に乗った人」だけど、フランス人の講道館門人第二号。
日本ではあまり知られてないけど、フランスではかなりの有名人、らしい。
横山作次郎と大島英助の共著「柔道教範」を 仏語訳したそうですが。
117 :
世界@名無史さん:2006/04/30(日) 12:15:44 0
>「寝技ではやはり古流のそれからは学ぶものがある」とか講道館の人がいうてた
そりゃたぶん不遷流(武田流)柔術ぢゃろうな。
「拳骨和尚」こと武田物外不遷が幕末の人だからそんなに古流でもない。
明治時代に、講道館柔道を寝技で苦しめたのが4代目田邉又右衛門。腕ひしぎ逆十字 が得意技
田辺は大日本武徳会柔術形制定委員でもある。
不遷流で柔道日本一になったのが三宅多留次(タロー・三宅)後にプロレスの指導者になる。
1903年(明治36年)の「全国武術選手権大会」では講道館代表をも倒し優勝だそうだ。
流派は不明じゃがシャーロクホームズやルパンも腕ひしぎを使っておったかな?
118 :
26:2006/04/30(日) 17:06:52 0
>>106 >できれば西洋関係で。
それじゃ、
>>26 の質問、もっかいさせて貰っていいかな?
一応、西洋(フランス)の武器の質問なんで。
>>107 パンクラチオンと言えば、「格闘技の歴史(ベースボールマガジン社)」に
パンクラチオンの技が幾つか載っていた…。相手の指を折る技とか。
ただ、技名がカタカナ表記のみで綴りが載っていないのが玉に瑕だけど。
>>117 タルジ・ミヤケはフランスでは「仏柔術界の祖」の一人ですね。
寝技の発生に関しては、まだよくわかってない所があるね。
有名な小栗流の図なんか見ても、あれは組討での抑え、関節技だけど
そのまま寝技でゴ〜ロゴロになってもおかしくない体勢してる。
真楊流の締技もほぼ寝技に近い格好のがあるし、あの辺から寝技が
出てきたというのはあるだろうけど。
>>106 ずいぶん検索してみたんだけど、なんもみつからないんだよね…。
失礼
>>118 cordon d'argentの件ね。
122 :
sporran:2006/04/30(日) 21:22:29 0
>>116 プリウールは柔道の方ではあまり有名ではないので、不思議に思って調べてみた。
結論としては、ごく短期間しかやっておらず(1908-1911)武勇伝も無いからみたい。
フランスではプリウール以前にエルネスト・レニエという人が1899年頃から柔術を
始めていて(嘉納師範初渡仏は1889年)1904年にはパリに道場を開いたらしい。
で1905年にデュボワというボクサー(サバット)と他流試合を行い、
30分戦った後、十字固めで勝利。
これは大評判になりレニエは柔術解説本を出版。
柔術は小柄なフランス人に向いていると言われ大人気となったそうです。
もっともレニエは後の試合でウィッツラーなるプロレスラーにノックアウト
の完敗を喫し、人気は急落。その後の普及は日本人が中心になっていったようです。
>>120 残念…。
>>122 えっと…よく分かりませんが、別人です。
これに関して質問したのはこのスレが初めてなので。
ソードワールドって、卓上ゲーム板かどこかですか?
125 :
sporran:2006/05/02(火) 22:17:52 0
いまBBSはありませんが、中世の武器をテーマにそれぞれ専門の常連が集まった良いホームページでした。
そこで全く同じ質問がありました。武器ならばたいていの回答が出ますがこれに関しては誰も何も知りませんでした。
質問者は鞭状の剣だとかなんとかいっていたので、機甲戦記ガリアンだとか、ソウルエッジのアイビーだとか出ていましたが
もちろんそのような武器は実在しません。
126 :
T・S:2006/05/03(水) 00:18:27 0
鞭状の剣? ガリアン?
バスタードでマカパインが使っていた紐で組み合わせて鞭のようななっていたガリアンソードってのがありましたが。
あと、アニメ三銃士で同様の武器を使っていた悪役をみた覚えがあります。
いや、そんだけ。
…うーん。
"Cordon de argent"の綴りもある様子。
以前に異次元騎士カズマシリーズ「黄金拍車」を読んだ記憶があるので
懐かしくて調べていたら、なんか映画とかに登場しているらしいです。
「ジェヴォーダンの獣(Le pacte des loups)」って映画だとか。
なお、サイトによって形状の解説が異なり、
多節棍の剣バージョンのようなもので直剣になったり鞭型になったり
するものだとか、或いは鋼鉄の糸を寄り合わせ、それに刃をつけた
鞭状の武器だとか言われている様子。
(後者は「黄金拍車」3巻に載っていた解説と同じだった様な)
個人的にはウルミンなんかを連想しちゃったけど。
鞭状の剣・・・ひょっとして練習用のエペじゃないのか
「ジェヴォーダンの獣」はファンタジーになっちゃってて
考証云々を言える映画じゃないしな。
小説も映画も80年代以降のものは軒並み香港、中国テイストが
入っちゃって、なにがなにやら…
>ソウルエッジのアイビーだとか
こんな感じの武器ですか。
tp://www.soularchive.jp/tmr/soulcalibur/Ivy/ivy_cha.htm
先端に重心がないと振り回すの難しそうですな。
なんか、チャイナの器械にこんな感じのあってもおかしくなさそうだけど。
山海堂とかで作らないかな?こういうの。
そう言えば、ワールドヒーローズに登場するジャンヌの技に、↑みたいな
感じで剣を鞭状にして攻撃する「スラッシュウィップ」って名前の技が
あったっけ。
131 :
世界@名無史さん:2006/05/05(金) 17:06:34 0
鞭状の剣・・・戦場で使ったら味方にも死傷者が出そうだw
>>127 小説だと木と木の間に張り巡らして罠みたいに使ってたような
どうしても忍法風閂を連想してしまうw
133 :
127:2006/05/06(土) 13:12:11 0
自分で「形状の解説がサイトによって異なる」とか言っておいてなんですが、
「多節棍の剣バージョンのようなもの」も「鋼鉄の糸を寄り合わせ、それに
刃をつけた鞭状の武器」も、見ようによっては同じ形状にも思えたり。
なんというか、こうしてみると、獣といい、カズマといい、三銃士といい、
ジャンヌといい、鞭状の剣を使うのがフレンチキャラのデフォであると
一部で認識されているんでしょーか?
>>132 その使い方、確か主人公パーティーを殺りにきた刺客だかが使った方法だったかな?
>>131 ってわけで、戦場で使う武器というより暗殺用の武器っぽいような。
134 :
118:2006/05/08(月) 21:14:28 0
おお。沢山のレス、有り難うございます!
実在の武器ではないのですか…。色んなところに類似品は
登場している様ですが…。
135 :
世界@名無史さん:2006/05/08(月) 23:57:06 0
うーん。
>>130を見てたぶん使えるとしたら「振り出し杖」みたいに使えるかな?
ただ、分銅鎖の威力としてね。
鎖鎌と違い、絡みついちゃうと剣としての機能はお手上げになるね。
斬撃力とか使い勝手はあまり期待できない感じ。
これを相手の身体に巻き付かせて肉に刃を食い込ませ、
強引に引っ張れば、全身ズタズタ…とか?
まぁ、巻き付ける時に刃がうまく相手の身体に食い込んで
くれるかどうかは疑問だけど。
ズタズタにできるほどの切れ味もなさそうな気もするし…。
137 :
世界@名無史さん:2006/05/14(日) 00:35:57 0
バラみたいなトゲ状の刃の付いた鞭なら肉に刃が食い込むだろけど板状の刃ではむりじゃね。
巻き付いちゃったら他の攻撃ができないのもネックだね。やはり打撃武器だろうな。
ところで
>>84のタイガー・モリのフェンシングスクールの活動について知ってる人いる?
139 :
T・S:2006/05/24(水) 00:58:40 0
>>138 知っている人に聞いてみたけど、
>エロール・フリンと言う俳優がモリ・スクールでフェンシングを学びましたが・・・そう仰れば凡そのイメージが湧くかと・・・だそーで
という又聞きに(苦笑)
いや、エロールって人、知らんけど。
140 :
T・S:2006/05/24(水) 01:19:02 0
>>139の続きというか、チャットで聞きました。
>「モリ・スクールはフリン以外にもハリウッド俳優の稽古をつける傍ら、
>正当のフェンシングを学びたい者(動機は純粋に競技から、欧州の上流階級かぶれにまで)
>にもフェンシングを教えておりました。ですが、映画でスワッシュバックラー物が隆盛すると、
>モリ・スクールの理念など関係なくなってきたのです」
>「つまりそれまでは正統派のフェンシングだったのですか? 」
>「競技としてのフェンシングは教えはしますが、入門者の過半は一流のフェンサーではなく、
>スワッシュバックラー、日本語で言えば剣劇を求めてたのです。
>そして、経営の為には意にそまぬ事もしなくてはなりません」
>「因みに剣道では、カリフォルニアに『モリ杯トーナメント』があり、
>今年も多分、行われた筈です。確証は持てませんが」
>「若干、訂正を。モリ・フェンシング・スクールではなく、モリ・フェンシング・クラブです」
こんな感じだそうです。
お役に立てればいいですが。
141 :
T・S:2006/05/24(水) 01:30:03 0
……追伸。
>「ああっ、舞台化云々は私も又聞きですので、確証は御座いません」
書き込んでから言わないでよorz
>「ただ、エロール・フリンがチャンバラ俳優なのは知っておりましたし、それ以後のアクション俳優も
>モリ・スクールに通ってるのも、書籍で拝見しました」
>「申し訳御座いません。ですが、剣劇も教えていたのは、
>傍証から間違いはないでしょう。まともなスクールでは横薙ぎに斬るような動作は
>(技としてはありますが)積極的に教えるとも思えませんし」
だそうです。
あと、当人に書いてもらうことにしました。
>>140 チャット相手の小太りフェンサー(苦笑)です。
舞台化云々については、私自身が又聞きしたものですので、絶対確実とは申しきれません。
ですが、普通のフェンシング・スクールでは、幾らサーブルとは言え横薙ぎに斬る動作は、
常識的にはあり得ません。まっとうな競技では奇策としか言えない動作ですので。
少なくとも俳優や望む者には、剣術ではなく剣劇を教えていたのではないのでしょうか?
因みに私は、サーブルをやっていた、と言っても齧った程度、それも未だ男子だけだった
頃の骨董品(最近は女子もやりますが)ですので、話半分と受け取って頂ければ(苦笑)。
余談となりますが、サーブルを習う場合は、フルーレを半年以上やって基礎を学んでから、
と言うのが通常だと思われます。少なくとも二十年近く前(笑)はそうでした。
>139-143
返信おそれいります。
初歩的な質問なんですけど。サーブルはどんな武器を想定してるんです?
刃が付いてるの?三銃士みたいな剣?
あとナポレオン軍がフェンシング使ったとか聞いたけどホント?
>>144 現役フェンサーのサイト等を探すと出るでしょうが、馬上で振るうサーベルを想定
致しております。故に刃がついているとの仮定で、唯一、斬る事が出来る競技です。
面白いのは刃裏、つまり『みね』の切っ先の3分の1で斬っても有効となる事でしょう。
近世欧州の騎兵が持つサーベルは片刃ですが、先端部分は両刃というのが多く、
それをルールに反映にしたものだと思われます。
前述の通り、馬上の剣術を競技化したものですので、ピスト(試合場)を走る事は禁じられ
有効面は上半身のみです。
余談となりますが、ナポレオンの伝令が馬を駆り、銃を撃ち、剣で戦い、泳ぎ、走った
エピソードから生まれた近代5種では、剣はエペを使用致します。
ただ、騎兵がエペ(突くのみで刃がついてない)を持つとは考えにくいので、あくまで
競技としてなのでしょう。
>>146 胸甲騎兵や竜騎兵は直剣を持ってたんでエペに通じるものが
あったのでは?
あと伝令ということで、より考えられる将校は刀剣に凝ることが多く、
実際にエペを持つことも多かったようなので、この辺から来てるのかもですね。
>>145 フランス軍の剣術の解説、有難う御座います。
話は脱線致しますが、上述の近代5種には米国のジョージ・パットン将軍も参加し、
何と5位入賞を果たしました。
彼のエペ捌きは見事で、後年、フランス軍の騎兵士官学校に招かれて技を披露、
『剣の達人』の称号を、アメリカ人で唯一貰いました。
更に蛇足となりますが、パットンは騎兵隊のサーベルのデザインも行い、現代でも儀礼用と
して使われ続けております。
どちらかと言えば軍事向きトリビアでしたね。失礼致しました。
どちらかと言えば軍事向きトリビアの方がフェンシングの本質をイメージし易い
ですね。
ちょうど現代人が日本武道の形を見て首をひねるのと一緒で、門外漢にはサーブル
、エペ、って意味が今まで良く分からなかったですねw 納得しました。
騎兵の話が多かったけど歩兵は使ったんですか?
>>149 歩兵部隊の場合、将校は長剣を持っていましたし、剣術も心得ていたのが普通。
下っ端の兵卒は、ブリケットという60センチくらいの剣を持っていました。
サーベルを短くしたような剣で、水兵の使うカットラスに似てます。
ただ公式に支給されるのはベテラン、エリートの隊だけだったようです。
それも剣を持ってるという「威張りアイテム」に近かったようで、
戦場に出る時は、邪魔だと置いていってしまったりしたとか。
ナポレオン軍は、志願や徴兵の元一般市民の兵が多い軍で、これらは剣術の心得も
なかったはずで、たとえ剣を持っていても使えなかったでしょう。
この時代、騎兵は例外として、剣は既に戦場での実戦武器ではなくなっていて、
白兵戦では銃剣が主役です。と言っても、これもあまり役立たなかったみたいですが。
>戦場に出る時は、邪魔だと置いていってしまったりしたとか。
第2次大戦、満州がえりの歩兵の爺さんも同じ事言ってたですねw
ただ銃剣は普通に使っていたらしい。
騎馬隊だった母方の爺さんは敵を追いかける時背後から騎馬で斬りつけたそうな。
もう死んじまったけど詳しく騎馬戦刀法聞いとけばよかったなぁ。
手裏剣術流派の質問です。
<1>
「根岸流」は、直打法の代表流派で、手裏剣の種類によって遠距離用と近距離用に対応します。
「白井流」は、反転打法の代表流派で、一本の手裏剣を直打法と反転打法で打ち分ける事に
よって、遠距離用と近距離用に対応します。
…てな風に思っていたのですが、しかし、手元の本(図説剣技・剣術)を読むと、
反転打法が根岸流の技として紹介されておりました。
根岸流でも、後世になって反転打法を取り入れるなどしたのでしょうか?
ひょっとしたら、根岸流と白井流の両方を学んだ一空軒氏あたりの著書を読んで
どれがどの技か作者が混同してしまったりしたのかも知れませんが…。
<2>
明府新影流の流名の由来って、なんかありましたっけ?
新陰流と何か関わりがあるとはあんまり思えないのですが…。
<3>
一空流の手裏剣術って、技術的には根岸流と白井流の総合流派と考えてよいのでしょうか?
両者にない独自の技法みたいなものは無いのでしょうか?
白井流手裏剣を、近距離では手裏剣先端を敵に向けて打つ根岸流直打法で、遠距離では
手裏剣後端を敵に向けて打つ白井流反転打法で打ち、これらを打ち分ける際に、
手裏剣の前後持ち替えによるタイムロスが発生しない様、白井流手裏剣の前後を尖らせた
独自の手裏剣を使用する…というのが独自の特徴と言えば特徴なのでしょうが…。
…ってか、今現在、この流派って学べるのでしょうか?
検索してもあんまりHITしないし。
<オマケ>
白上一空軒氏が「ムー大陸の世界」なんて怪しい本も出してたの、最近初めて知った…。
・・・ってゆうか前後を尖らせた手裏剣はたしか一空軒氏の創作だったのでは?
手裏剣道場なら剣術の付録で教えている所があるよ。総合武術系なら多分ある。
白井流も根岸流も元は剣術だったはず。もちろん手裏剣専門流派もある。
明府新影流は染谷氏が本を出してなかったかな?
154 :
152:2006/05/28(日) 00:58:17 0
>・・・ってゆうか前後を尖らせた手裏剣はたしか一空軒氏の創作だったのでは?
はい。一空軒氏はこの手裏剣を創作し、新たに一空流を名乗ったと
氏の著作「手裏剣の世界」にありました。
ただこの一空流、ネット上ではWikipediaにちょこっと名前が
載ってるくらいで、詳しい情報があまり…。
>手裏剣道場なら剣術の付録で教えている所があるよ。
一空流の手裏剣道場ってあったのですか…。
なんか、一空流は一空軒氏が個人的に名乗っているだけっぽい雰囲気があり、
特別に一空流の道場を構えていたかどうか怪しかったので、ちょっと驚きです。
155 :
T・S:2006/05/28(日) 13:45:05 0
白上一空軒氏については、「ザ・古武道」にでてた当時はなんたらいう会社の社長秘書室長とかで
道場はなかったと思う。会社引退してからは教えたいみたいなこと書いてました。
まあこの本からしてずいぶんと前なので、すでに道場はあるかも知れません。
そして確か、白上一空軒氏の師匠が根岸流も白井流もやっていたような気がします。
そこらで混同があったのかも知れません。
一空流については初耳でした。
両方尖らせる工夫をしたというのは書いてあったのですが。
藤田西湖の「図解 手裏剣術」には手裏剣術を含む流派の名前が54ほどかかれていますが
明府神影流の名前はなかったです。
で、「武芸流派大事典」を読むと……やっぱり載ってないorz
ああ、それで今思い出しましたが、白上一空軒氏がザ・古武道の中で五寸釘投げから
手裏剣術を編み出した毛利玄達と柳生十兵衛の対決を実話みたいにいうてましたが、
柳荒美談にでてくるフィクションです。毛利流というのはあったみたいですけど。
いや、いずれにせよ、釘が一般的に使われるようになったのは江戸中期以降で、大工の家だろうと
十兵衛の時代に五寸釘なんかあるはずがないのでした。
――わりと最近まで私は気づかなかったけどさ。
染谷氏の本によると命府真影流は氏の創作らしい、白井流+知新流+猛淵流+香取神道流
だそうな。でも、ほとんど我流だろうね。手裏剣ってそういう物w
あと、反転打法は白井流のみと染谷氏は定義している。
サーカスのナイフ投げとかにも刃を持って投げるやり方があるから、武道に有っても不思議ではないが
余談だが八角流って言うのが「直打」で10数m以上飛ばすらしいんだよねw
千葉の武道館に遊びに行ったら古畳の周りのコンクリ壁がえぐれていて
「これはまさか手裏剣の痕?」って聞いたら「そうです」とあっさり答えられた事があったw
全長が2,30cmあって、なんでも伝書を元に家元が我流で造ったらしい。
ちょっといい話だね。
157 :
152:2006/05/29(月) 22:27:59 0
>>155 >まあこの本からしてずいぶんと前なので、
以前図書館で読んだ事はありましたが、内容はうろ覚え…。
確か90年代初期あたりに初版が出た本だった様な。
>一空流については初耳でした。
>両方尖らせる工夫をしたというのは書いてあったのですが。
「手裏剣術の世界」には、両端を尖らせるに至った経緯が書かれていてなかなか面白いです。
「ザ・古武道」の方だけ読むと、「ちょっと思いついて工夫をしてみた」くらいに
書かれていたと思いますが、根岸流と白井流の狭間で両者の間を埋めようとアレコレ悩んだり、
氏と同じく根岸・白井の両者を学んだ師匠・成瀬氏はどう考えていたのか疑問に思ったり、
なんとなく白井流手裏剣を根岸流の打法で打ってみて新打法を発見してみたり、
禅語の「両頭を倶に裁断し…」という一節からインスピレーションを得て白井流手裏剣を改造したり…。
特に禅語のくだりとか、「これって後付けなんじゃね?」と疑いそうになるよな
よくできたエピソードで面白いです。
ちなみに、「手裏剣術の世界」、初版が昭和51年なので、この頃に一空流を名乗って
いたのか…と思って本を読み返していたら、巻末の著者略歴の項に「昭和40年に
一空流手裏剣術を創立す」との記述を発見。両端手裏剣が誕生したのも、だいたい
この頃なんでしょうねー。
>毛利玄達と柳生十兵衛の対決
ああコレ、「手裏剣術の世界」の方にも載ってました。
「毛利玄達の昔話」と書かれていて、物語として語っているのか
実話として語っているのか微妙ですが。
158 :
152:2006/05/29(月) 22:32:34 0
>>156 >あと、反転打法は白井流のみと染谷氏は定義している。
おお、ありがとうございます。
やっぱり「図説 剣技・剣術2」の作者が誤解してたのかも…。
wikiを読むと、八角流も、明府や一空と同様、新興流派の様ですね。
しかし直打で10数m以上って…
(「間」単位だとどれくらいだったかな?普通の直打は3間程度とすると…)
>両端を尖らせるに至った経緯が書かれていて・・・
あーこれは・・・ わたしの記憶が確かならば昔TVに一空軒氏(たぶんねw)が出演た時
「手裏剣は距離が遠い時はひっくり返して持って半回転させて投げるんです」
「へー、不自由なんですね」
「だからこうしちゃいました」
「あっ!両方尖ってるう〜♪」
・・・みたいなノリだったが。 いや、人違いかも知れないけどねw
「一間」は180cm。「畳」一畳が180x60cm。二畳が一間角で「一坪」。障子もほぼ同じサイズ。
昔の日本建築はだいたいこの規格で製作されていたので覚えておくと便利よ。
最近は間取りの洋風化と日本人の大型化でややサイズが変わってきちゃったけどね。
160 :
T・S:2006/05/30(火) 07:14:47 0
畳には京間とか江戸間とかあったりするので必ずしも画一ではないんだけど。
ttp://www2.nkansai.ne.jp/com/tatami/sunpou.htm 一間は普通六尺平方ですが、京都では六尺三寸、毛利藩や盛岡藩では六尺五寸を採用していたとも。
まあ六尺で一間というのが大方だったみたいなので、あまり気にしないでいいのかも。
参考なまでに。
手裏剣の両端を尖らせることについては、手元に本がないからうろ覚えではあるけど
「昔からあったものを変えるのは大変なことなんですよ」
ということは書いてあったと思います。
ところで
>伝書を元に家元が我流で造ったらしい。
って、我流っていわないんじゃ…。
いや、細かいツッコミだけど。
図解手裏剣術を読むと、手裏剣のサイズは根岸流の三寸から竹村流の八寸とかまで
結構色々とあったみたいですな。まあ形態も違うし、必然、術理も違うと思うんだけど。
とりあえず10メートルの距離だと、ある程度の重さがないとなかなか刺さらないという
のが実情だと思います。というか、重さがあると、刺さらなくてもダメージになるしなあ。
ただ、あんまり重くて大きいと、数携帯できないのが難点になるのかなあ。
痛し痒し。
>伝書を元に家元が我流で造ったらしい。って、我流っていわないんじゃ…。
お!いかんいかん。つい家元と書いてしまったが八角流に宗家や家元は無いらしい
うーん説明がめんどいので手裏剣サイトから八角流一代記をコピペしとくw
『12年ほど前、半田先生が市立武道館の館長になったころ手裏剣術についての思考錯誤を始めたそうだ。
このとき、3人(半田師範、T師、K師)の人たちが、まったく何もないところから手裏剣の技術を模索した。
文献上では残っているものの、技術そのものを現在まで伝えている人がいなかったからだ。
最初は本当に五寸釘の頭を切ったものから始めた。
文献を頼りに、とにかく自力で創意工夫するしかなかったのであった。
地味でたゆみない努力の末、古来の直打による手裏剣術を完成(復活)してしまった。
行き着いた手裏剣の形は断面が八角形であった。
門下生も一人一人、自分に合った手裏剣の開発に余念が無い。
そしてそれぞれ自分の打剣フォームがあり、一見、バラバラなようであるが、
実は館長の修練の結果による多岐にわたる方法論の踏襲である』
162 :
152:2006/05/30(火) 21:23:57 0
>>159 >「一間」は180cm。
おお、どもです。
尋常の直打で3間=540cm、八角直打で10数m…2倍以上ですか。凄。
>>160 >「昔からあったものを変えるのは大変なことなんですよ」
>ということは書いてあったと思います。
あ、言われてみればそんな記憶も…。
なんか、無造作に見せていた印象があったので…。
>>159 俺の地元は田舎間といって174センチ
半端物が歴史を語らない方がいいよ。
>俺の地元は田舎間といって174センチ
そりゃまたハンパだな。
つーか、つっこみ所はこっちだった希ガスw いや、格闘技とは関係ないが一応。
× 一畳が180x「60」cm 一間は普通六尺平方
○ 一畳が182x「90」cm 一間は普通六尺
ぬう。もうちょいマターリおながいしまつ。
ところで「別冊歴史読本 日本伝承武芸流派読本」って本に、白神氏が書いた
白井流の紹介記事が載ってた。
・・・んだけど、そのページのカットに「刀術組み込みの型」の
写真が載せられていた。これって確か根岸流の技だったよーな。
やっぱり、
>>152 か
>>155 の通り、師匠か本人かが混同してるのかな?
>>155 >藤田西湖の「図解 手裏剣術」には手裏剣術を含む流派の名前が54ほどかかれていますが
>明府神影流の名前はなかったです。
>で、「武芸流派大事典」を読むと……やっぱり載ってない
「武芸流派大事典」はともかく、「図解 手裏剣術」は新しい本だっけ?
(今調べたら1993年09月出版になってた。昔の本の復刻版とかでなければ
かなり新しい本っぽいけど)
いくら明府が新興の流派だからって、90年代の本にも載っていないってのは・・・
167 :
T・S:2006/06/10(土) 22:06:40 0
藤田西湖の「図解 手裏剣術」……藤田西湖の著書が復刻でないはずないやん…。
基本的に戦前から戦中、戦後にかけて活躍した人です。
藤田先生は。
「どろんろん 最後の忍者」によれば、まー色々としていますが、
「皮膚から塗っただけで心臓の血液を凝固させる毒」
の造り方を知っているとか
「甲賀流の秘薬を軍に作らせて戦後保管していたのが流出して、それがヒロポンである」
とか。
あまりにも面白怪しすぎることが書いてあるので、話半分に聞いたほうがいいのかも。
ああ、蒋介石暗殺を依頼されて大陸にいったなんてことも書いてあったなあ。
白井流にせよ根岸流にせよ、現在広まっている手裏剣の流派ってそんなに古くないんだよね。
香取流とかが古い方か。武蔵の短刀投げとかもあるな。
弓では打根術が日置流だったかに有るようだが、柔術系には手裏剣打ちは無いのかな?
169 :
166:2006/06/11(日) 14:01:31 0
>>167 >藤田西湖の「図解 手裏剣術」……藤田西湖の著書が復刻でないはずないやん…。
いやそもそも、よう知らん人だったもので。やっぱり復刻だったのか・・・。
だとしたら、その本の原稿執筆当時が明府真影流創設以前か、或いは創設以降でも
殆ど広まっていない時期だったって事かも・・・。
(ってか、明府の沿革もうろ覚えなんだよなぁ。一応戦後だと思ってたけど)
ともあれ、その藤田センセ、楽しそうな人なのでちょっと調べてみまつ。
こういう話を聞くと、武術家の虚言癖って、一概に否定されるべきものでも
ないかもなぁとか思ったり。
170 :
166:2006/06/11(日) 14:03:44 0
>>168 >現在広まっている手裏剣の流派ってそんなに古くないんだよね。
ちゃんと体系化された最初の手裏剣術が根岸流の祖流・上遠野流以降らしい。
それ以降でも、手裏剣を表芸とする流派は実戦的ではなさそうだし、
あんまりなかったんだろうなぁ・・・。
>香取流とかが古い方か。武蔵の短刀投げとかもあるな。
そうそう。あと、新陰流(明府でなく柳生の。車剣を使う)なんかも。
ちなみに、武蔵の短刀投げ繋がりで、円明流時代の伝書に「手裏剣打様之事」なんて
技法が記されている様子。それと、根岸流の刀術組込5本のうちの1本が、
武蔵の短刀投げと同じ型から流用したって話が。
>柔術系には手裏剣打ちは無いのかな?
えっと、盛岡伝の珍しい当て身流派としておなじみの諸賞流とか、あと
津軽藩唯一(?)のオリジナル柔術流派、本覚克己流とかに伝承されてる様子。
両者とも車剣で、諸賞流の方は先端が三角形になった十字手裏剣。
本覚克己流のは変わり種で、折りたたみが可能な十字手裏剣。
白神氏創作両端手裏剣みたいなのを2本用意して組み合わせ、
その中心を目釘で留め合わせた様なやつ。
他の柔術流派にも色々あるかも知れない。
171 :
T・S:2006/06/12(月) 00:58:01 0
大東流の武田惣角は「透明な力」によると相当に手裏剣が使えたらしいけど、
「銭投げで柱にめりこませるほどの使い手にあって、教えるのをやめた」とか
いうてたそうな。
それが本当のことかはわからない、としていたけど、あるいは昔の武術家にとって
手裏剣術は切り札だったので、弟子といえども教えたがらなかったのかもしれない。
172 :
世界@名無史さん:2006/06/12(月) 05:45:46 0
上げます
173 :
T・S:2006/06/12(月) 21:11:51 0
ほう、「どろんろん」復刻とは興味深い。ちと読みたいものだ。
上遠野伊豆の手裏剣(針)については
>敵の両眼を潰すため 針を二本中指の両側に挾んで投げ出し、その思うところへ当てないということはない
>元来、この針は人に教えられたことではないから、何と伝うべき由もない、
>ただ、根気よく二本の針を手につけて打っている間に、自ら自得したまでである」 と言ったとか。
これが烈公の娘により水戸徳川家に伝わり根岸流の元ネタとなったそうだが、
そのブツは笄形の針だったとか。
さらにこの針が欧米に伝わり航空爆弾の原型となるわけだ、すごいぞ!上遠野流(w
本覚流の折りたたみ十字手裏剣(遠車)は手元の資料だと「推定射程距離10間以上ではないか?」
とか書いてあった。
車剣は風に弱いと聞いたがずいぶん飛ぶんだな〜と、思ったら「総長1尺」・・・ゲ
恐ろしい兵器だなw たしかに折り畳まねば持ち運びにはちと不自由しそうだ。
>銭投げで柱にめりこませるほどの使い手
何かで読んだが、その人実在したらしいね。たしか足が悪いんだったか?
176 :
T・S:2006/06/17(土) 12:39:59 0
>>175 >>銭投げで柱にめりこませるほどの使い手
>何かで読んだが、その人実在したらしいね。たしか足が悪いんだったか?
武田先生は嘘をいう人ではないから本当だろうが…と佐川幸義はいうてるそうだけどね。
実際にあったかどうかは解らない。
ちなみにわたしが知っている限りでは、「透明な力」のほかは「合気道の科学」で見た気がするです。
いずれソースは佐川幸義なんだけど。
しかし折りたたみの手裏剣か……それ、持ち歩けて二枚ってところでないかなあ。
切り札的な得物だったろうけど、色々と不便そうな気もする。
177 :
166:2006/06/18(日) 15:05:29 0
以前の発言をちょっと訂正。170で折りたたみ手裏剣を「両端手裏剣を
二つあわせた様なやつ」と書き込んだけど、ちと正確じゃなかった・・・。
これだとまるで、断面が円形のぶっとい棒手裏剣を重ねた様な感じに思えてしまうので。
実際は、もっと車剣なみに平べったい両端棒手裏剣を二つ合わせた感じですた。
また、諸賞流の手裏剣で、170で紹介した、先端が三角鈎になった手裏剣とは
別の手裏剣が紹介されている本を発見。色んな形のものが伝わっているのかも。
なお、両刃の手裏剣は、実は孟淵流にも伝わっている様子。
平べったい棒手裏剣で、これを二枚重ねると本覚克己流手裏剣っぽくなる。
>>173 >まあだいたいここに書いてある感じの人……
どもでつ。この人、甲賀忍者だったのか・・・。
以前、陸軍中野学校だかで甲賀の技術が教えられてたとか聞いた事があるけど、
実は蒋介石暗殺司令なんてのもあながち・・・だったりして。
>なんか擬似的にも少数民族の中に伝わる創世神話っぽくて好きです。
なんか目からウロコが。面白い捉え方でつ。
178 :
166:2006/06/18(日) 15:07:24 0
>「伝説」を必要とするのが武術で、そういうのを必要としないのがスポーツ格闘技
これは・・・
単純に考えると、「スポーツ格闘」は競技やショー、「武術」は護身や殺傷、捕縛、と
いった具合に、役割で分類しちゃうわけだけど、これだと少林寺はスポーツでも武術でも
なくなっちゃうんだよなぁ。心身を鍛えるという目的なので、強いて言うなら「武道」か。
でも、伝説の有無で「武術」「スポーツ」に二分すると、確かに少林寺はスポーツでつね。
この場合、軍隊格闘なんかも便宜上、スポーツ格闘技に分類されるって事になるわけで。
いや、「少林寺がスポーツ」って所に違和感があって何か引っかかってたんで、
でもそれが何故なのか自分の中で延々考えを整理してたら、レスが遅れてもた・・・。
漠然と役割で分類してたのが原因ですた。
これ、例えば、物凄い記録を達成して英雄になったボクサーの偉業に尾ひれがついて、
「ジャブ連打が速すぎて一発のストレートに見えた」とか言われたり(三段突きのパクリ)、
試合中に亡くなった筈のプロレスの英雄が実はまだ何処かで生きてるとか言われたり(バキネタ)、
もしそういう話が出てくると、これらも、スポーツ格闘ではなく武術の領域って事になるのか・・・。
ユニークな分類で凄く面白いけど、ただ、この業界、伝説と事実の境目が
だいぶ曖昧だったりするので、武術なのかスポーツなのか判別し辛いアレが結構ありそう・・・。
>>176 とりあえず、折り畳んだ状態では棒型手裏剣1〜2本ぶんの大きさ程度と考えると、
普通の車剣を持ち歩くよりはかさばらないかも知れない。
ただ、両端の尖った手裏剣とか折り畳んだ状態の手裏剣とかって、
普通の棒手裏剣に比べて、きちんとしたホルスターがないと携帯に不便かも。
下手に腰帯に差したり懐に入れたりなんかすると、胸や腰を刺したりしそうだし、
とっさに取り出す時も、指を怪我したりしそうな・・・。
179 :
166:2006/06/18(日) 15:13:23 0
なんだか長文な上、文章にまとまりがねぇな・・・。失礼しますた。
いや面白いよ。
ただ、本覚流の折りたたみ十字手裏剣(遠車)は総長1尺とか。
つまり30cm長、、、いや30.3030303・・・cmめんどくせえなw
とにかくでかい。しかも笹の葉形で2枚組だから脇差し2〜3本分の重量もあったと思う。
たぶん投げると鉄のフリスビーが飛んでくるような感じではないかなー?
対個人というより対集団戦用。もしくは対槍、薙刀用だったのではないだろうか?
181 :
166:2006/06/18(日) 16:50:48 0
>>180 あら。そんなに大きかったのか。
私が見た手裏剣本の図版には、大きさまでは記されてなかったんで、つい・・・。
なんかFF7のユフィみたい(そこまで大きくはないけど)。
>>173 今、
>>178の自分の文を読み返してたら、ボクサーやレスラーの例えが
ちと不適切であることに気付いた・・・。
ここで言う「伝説」ってのは、あくまで創世神話というか、
流派誕生に際しての伝説の事なのね・・・。
182 :
T・S:2006/06/19(月) 20:19:13 0
>>177 >以前、陸軍中野学校だかで甲賀の技術が教えられてたとか聞いた事があるけど、
>実は蒋介石暗殺司令なんてのもあながち・・・だったりして。
さあ、どうなんでしょうなあ。
大陸に渡って土肥原って人に相談したら「蒋介石を殺すのはやめてください」
みたいなこと言われてやめたという。本土にはよく情報が伝わってなかった
とか偉い人は現場のことがよくわかってねーみたいな、そのようなことが
書いてあって、いやな具合にリアルだったけど。
…まあ、仮にそれらの話が本当だとして、まさか土肥原(大佐だったかな?)氏
も本気で藤田氏が蒋介石を暗殺できたとも思ってなかったと思うけど……。
>>なんか擬似的にも少数民族の中に伝わる創世神話っぽくて好きです。
>なんか目からウロコが。面白い捉え方でつ。
あら、どうも。まあ、少数民族の神話にもそんなに詳しいわけではありませんが
道場、流派をコミュニティとして捉えた場合、そういう風に考えた方がいいかなーと。
明らかに現実ではない物語を必要とするのはどうしてか、みたいな。
183 :
T・S:2006/06/19(月) 22:26:58 0
>>180 >たぶん投げると鉄のフリスビーが飛んでくるような感じではないかなー?
>対個人というより対集団戦用。もしくは対槍、薙刀用だったのではないだろうか?
実際の戦いを考えた場合、武器を使用する場合では対複数を考えるのが現実的でしょう。
恐らく車剣と同様に集団相手のものかと思われ。
つか、ふつーに棒手裏剣は槍の間合いの外からなのだし。手裏剣は全般的に対槍、対薙刀用かと思う。
>>180 伝説と神話
実はこの言葉ってニュアンスの違いがあるので、
>>176はもちっと統一して書くべきでした。
詳しくはウイキペディア様からのコピペだけど
>神話と似た言葉に、「伝説」という言葉がある。伝説は、物理的に現実に存在するものにまつわる物語りをするのに対し、
>神話は世界の創造など、概念的なものの起源を伝える点で異なる。
だそうです。
つまり流派の起源は「神話」、使い手の偉業は「伝説」ということに。
でまあ、どうしてわたしがこういう定義?みたいなのをいうてるかというと、
まあ大したいみはないんですが、スポーツ格闘技をルールとして確定した場合
護身術としての側面を持っている流派とかがあれこれと。
要するに「神話を必要とするコミュニティ」というのを武術の流派としている
だけなんですけど、本当にまあ、ここらはあまりつきつめるとぼろがでそうなのでw
>手裏剣は全般的に対槍、対薙刀用
ん〜、たしかにそうだが、そうとも限らない。対槍、剣、薙刀用と明言する流派もあるが
その多くは剣術流派で伝統的に棒手裏剣が多いと思われる。つまり試合用か護身用。
ただ、棒手裏剣は「間合い」が重要で目測を半歩でも違うとイマイチ刺さらない。
乱戦や夜間は棒手裏剣では難しいかも。
もちろん夜間に棒剣使った人もいるがね、念のため。
推測だが車手裏剣はやや棒剣とは違う使用目的だったのではないだろうか?
車手裏剣の流派をざっと見ているとなんとなくねw
古本屋で昔の秘伝買ったら、第16回日本古武道演舞大会の特集ページがあって、
そこにあった根岸流の項に、「遠間では反転打法を使う」と書かれてあった。
直打用にバランスがとられたぶっとい手裏剣で、そんな事ができるんか…?
つーか、反転は白井流の専売特許では…。さてはパクった?
ちなみに「日本武道体系」によると、白井流の打法は、根岸流と同じく願立流系の
打法らしい(根岸流の祖・上遠野流の更に祖も、願立流。)。そんな訳で、
白井流と根岸流の打法には、共通した技術があるかも知れない…。
そんな訳で、どこまでが混同で、どこまでが共通か、判んなくなってきた。
白井流の目録内容が判れば、根岸流と比較できるんだけどなぁ…。
…ってか、白井亨はどこで手裏剣術なんか学んだんだっけ?
186 :
T・S:2006/06/24(土) 23:50:02 0
>>184 車剣は刺さりやすいから、攪乱用に使うとは聞きますな。
とりあえず図解手裏剣術で車剣を使用する流派を挙げると、
伊賀流、甲賀流、小堀流、柳生流、狐伝流、諸賞流、新陰流、
竹内一心流、孟淵流……。
柳生流と新陰流は一緒じゃないかとか、狐伝流と諸賞流は同じ流派で段階別の言い方
だろうとか思うのだけど、まあ書いてある通りに。
書いてある通りというのなら「車剣」という呼び方からして一部だけみたいに
書いてあるのですけどね。
白井亨と願立…これを合わせて甲野氏の本かなんかで読んだけど、白井亨が伝書から復元でもしていたのだろうか…。
ザ・古武道に書いてあったかなあと思うのだけど手元にない。
武芸流派大事典では上遠野流の裔とあるだけで誰に習ったとかは書いてないので。
天真道一刀流で教えてたという風にも読めるから、あるいは寺田あたりの伝もあるのかも。
えーと重複するけど上遠野伊豆が言うには
「元来針(手裏剣)は人に教えられたことではないから、何と伝うべき由もない、
ただ、根気よく二本の針を手につけて打っている間に、自ら自得したまでである」
と言ったとか。つまり自主トレか?
根岸流の元になった海帆帆平は北辰一刀流、たぶん手裏剣は素人だから自主トレだろうな。
手裏剣の稽古とは『万打自得』とか。 つまりひたすら打ち込むだけと言う事か。
まあ、投げ方の基本だけ教えてもらえば、実戦用の口伝もあるにはあるが、
後はもう何もないからなw
>「車剣」という呼び方からして一部だけみたい
そうだよ。 だって流派ごとに名前書き分けるのめんどくさいじゃんw
ところでスローイングナイフって実戦で使った物なの?
189 :
T・S:2006/06/30(金) 15:32:24 0
根岸流の手裏剣を実戦で使った斥候の人はいた。第二次大戦の時だけど。
あ、それ、なんかで読んだな。根岸流の師範か宗家でなかったかな?
たしか夜襲を受けたさい、逃げる相手に打ち込んで仕留めたような希ガス・・・?
>>188 なんか西部劇で使ってるイメージはあるんだけどねぇ。
「銃より早いぞ」なんつって、ガンファイターとの1対1の決闘なんかで。
でも元々、曲芸やゲームの延長っぽいし、純粋な戦闘技術として発達した
ものではないのかも。
と言っても、全部イメージで語っているので、確証はありませぬ。
荒野の7人?
映画と言えば特殊部隊がナイフ投げやるけどホント?
>>193 スウェーデン軍のマニュアルにスコップを投げつけるのはあった。
特殊部隊で無音殺傷が必要な場合は、ボウガンとか、スリーブガンのような
特殊な消音銃を使うだろうな。
個人的に練習とかはするかもしれんが、ナイフ投げは確実じゃないし。
また武器がナイフしか無い場合は投げちゃったりはしないだろうし。
たしかにナイフは本来投擲用とは言えないだろうしね。
トマホーク投げ競技もやはり実用品ではなく競技用の特製品らしい。
投擲用の武器は他に有るのかな?
196 :
T・S:2006/07/04(火) 21:27:55 0
投擲用と限定すると、やはり最初に思い浮かべるのは石ですかな。
中世の頃から印地打ちというて合戦などで活躍したとかなんとか。
鬼一法眼も印地打ちの統領だったのではないかとかいうてた小説があったが、
どういう考証をしていたのか忘れたなあ。
単純に石を投げるのではなかった思うけど、どうだろう。
歴史でいえばギリシャ時代なんかは両五角錘型の石が威力があると言われてたとかなんとか。
ペルシャ人の弓より遠くに届いて正確だったという話もあるけど、どうだか。
ああ、ダビテみたいに投げてたと思いますが。
あと、いわゆる遠当ての術とかも砂だのを詰めた卵を投げつける者だとかなんとか。
……夢が破れた、と中学時代になんか本を読んでがっくりしたの思い出しましたorz
たしか義経記では鬼一法眼の義弟が白川印字の頭領とかだた希ガス。
牛若を集団で襲うんだが、なぜか刀なんだよな。読者サービスが悪いねw
合戦の投石なら武田軍かな。三方ヶ原で小山田隊が「もっこ」というスリングみたいなもん
使ってた希ガス。
卵の遠当(目つぶし)は灰にトンガラシとか混ぜて捕り方連中が使ったらすい。
アフリカの方で μ こんな形の投擲用刃物があるけど
あれも実用的な形なのか、装飾品化したものなのかよくわかんないね。
なんか「鹿の角」みたいなトゲトゲがいっぱい付いた投擲用刃物もあったね。
あれもアフリカだろうか・・・ お国柄?
>……夢が破れた、と中学時代になんか本を読んで
>がっくりしたの思い出しましたorz
<遠当て>
1:なんか、手からかめはめ波みたいなエネルギー弾発射!!
2:掌から空気圧発射!!哈ぁっ!!
3:相手の反射につけ込んだ、瞬間催眠みたいなので気合い一閃、遠間から吹き飛ばす術。
4:目つぶしとか毒物とか投擲。柔術で内容物の調合法が秘伝で、口伝されてたりとか。
一応、初見センセのお師匠さんが3ぽいの見せてくれたとかの眉唾話が
氏の著書にあったっけ。
1と2は論外としても、せめて3の気合術はあって欲しいと思うのが人情だお。
しかし、3の意味での「遠当て」って、江戸の頃からあったのかな?
明治〜大正ころに流行した「霊術」だの「古神道」だののオカルト業界なんかで
「気合術」だの「遠当法」だの、遠間から相手を弾いたり気絶させたりする
怪しい呪術がもてはやされてたけど、武術業界でも、こういうのが出てきたのって
やっぱり明治以降なのかな?
んー 天然理心流の2代目だったかな・・・? 飛んでる鳥を気合いで落としたとか。
おっしゃる通り、近間だったら相手の反射につけ込んで触れずに倒す事はできるよ、
時々合気系で見かけるがオカルトではないwもちろんインキチも多いがねww
TVで遠間で使ってる香具師もいたが吹き飛ばすまでにずいぶんいろいろ被験者を
いじってた。たぶん催眠術の一種かも?
>200
民話で心の一法みたいな技の話があったな。
その術を習った小僧さん、夜中に便所に起きたら庭に化け物が居る。
ここぞ、と術をかけたが、よく見たら干したまま忘れた洗濯物で
物干し竿が真っ二つになってた。未熟者と叱られた、ての。
修験道とかの業界では昔からありそうだよね。
あと柔術系で、足の甲を踏みつけ、片手で帯をひきつけながら
正面当てするのを遠当てと称してるのを見たことある。
203 :
T・S:2006/07/05(水) 21:49:52 0
天然理心流にはそういえば気合術があったというけど、よくは知らないなあ。
大昔に「武術」で見た蘇老師の劉雲祥老師の思い出話に、気合で犬を気絶させるのがあった。
「これは八卦掌の凌空勁で、八極拳の透発勁ならば殺していたと老師は言われていたが、わたしには解らない」
とかなんとか。
いやま、その頃には私も二十歳前だったから、素直に信じられたりはできなかったんだけど。
なんか修験道関係の本で気合の掛け方だの返し方だのの図を見たことがあるけど
もう随分と前なのでわかんねーです。
禅僧とかも喝とかなんとか。
>>198 >アフリカの方で μ こんな形の投擲用刃物があるけど
マスターキートンでも使ってたねえ、確か。
多分、あれはどう当たってもどこか刺さるという類のものなんでしょう。
きっと。
ブルースリーが掌打の風圧で障子みたいに張った紙を破いたというのはホントだろおか?
グリップに仕込んだスプリングで刃を飛ばすソ連の「スペツナズナイフ」は、どうや。
拳銃より強力だったらしいが実際の使用例はあまり聞かないな。
>>205 昔、雑誌でレポートしたの読んだことあるけど、
拳銃のようなグリップの無いあの手の形状だと狙いが付けにくく、
当てるのは至難の業だろうと。
まぁビックリドッキリメカなんだろうね。
207 :
世界@名無史さん:2006/07/09(日) 03:58:25 0
投げっぱなしジャーマンage
>>205 拳銃より強力、と言うのは恐らくは西側流出時に、センセーショナルさを煽った文句でしょう。
因みにスペツナズとは、
подразделения специального назначения(ヴォイスカ スペツィアルノーヴォ ナズナチェーニャ)
特殊任務部隊といった意味でしかなく、
広く一般にスペツナズと呼ばれている部隊は参謀本部情報総局GRU(ゲーペーウー)配下の特殊部隊の事です。
余談となりますがロシアでは各機関ごとに特殊部隊があり、何と税務署にも強制取り立て(!)の為の特殊部隊まであります。
税務警察の迷彩服は、たまに日本のミリタリーショップにも流出してるようです。
因みにレスリングのアレクサンドル・カレリンは税務警察の大佐でした。
たしかスペツナズは英語のスペシャルの意味なので広義の特別隊の事だとか。
しかしカレリンが税務署員だったとはw ある意味アンタッチャブルか。
投擲武器系の話でちょっと思ったんだけど。
アカい人達の間で、火炎瓶の投擲技術とか伝わってないもんだろか?
ついでにゲバ棒術なんか。
学生運動時代、火炎瓶や改造拳銃の製法を記した同人誌なんかは
出回ってた様だけど、その使い方となると…。
>>210 「球根栽培法」や「腹腹時計」「栄養分析表」といったマニュアルが地下出版されてましたが、
扱われているのは爆弾製造や都市ゲリラ戦術、警察捜査への対抗等がほとんどです。
個人の格闘技に関しては合法的に学べるので、地下出版の必要がなかったと思われます。
尚、上記同人誌の一部はネットでも読む事が可能ですが、およそ実用的ではありません。
軍事板常見問題でもコメントされているように、革命ごっこの小道具レベルがせいぜいでしょう。
蛇足となりますが、キューバの赤い人、カストロとゲバラは革命の準備段階の訓練をメキシコで行い、
なんとルチャドール(プロレスラー)から格闘訓練を受けました。
とりわけゲバラは熱心で、ルチャドールとして充分に一流を狙えるほどだったそうです。
カストロ議長の格闘術はルチャリブレだったんですかw
善玉悪玉で熱く戦う所が革命家向きだったのだろうか
さらに蛇足ながら格闘ゲーム「鉄拳」のキングのモデルはフライ・トルメンタだと
俺は信じている。
武術とはちょっとズレるかも知れないけど、
支那では戦後、仙術に伝わる導引法が「我が民族固有の健康法」として
流行し、でも名前が宗教ぽいんで「気功」に変更したとかなんとか。
で、この宗教ぽくない「気功」は、結局、宗教の隠れ蓑に使われ、
道教だのチベット密教だの、猫も杓子も様々な宗教が「気功」を名乗ったとか。
でも結局、法輪功は弾圧されちゃってるしなぁ…。
で、気功の中でも気を外部へ照射する外気功は、元々、大正日本で流行した
「霊術」において盛んだった「お手当て療法」「手かざし」が支那へと入っていった
ものらしく、もし日本が赤化していたら、この霊術か、あるいは肥田式あたりが
支那での「導引法→気功」と同じ運命を辿ったのかなぁと。
インドだったらヨーガなんかが。
215 :
T・S:2006/07/24(月) 01:12:52 0
私は外気功は戦後に意拳の誰かが始めたように聞いたけど、思い出せないなあ。
あまり関係ないけど、最近買った「カンフーガール」が変にマニアックで面白い。
何処まで中国拳法の知識が正しいのかはよくわからないけど。
気功とかについても色々と書いてあったです。
いや、それだけですが。
ただし小説としては微妙…。
カンフーガールか…。
ちょこっと興味がわいた。図書館覗いてこよ。
とりあえず資料として期待してみるです。
図書館と言えば、最近、寸鉄術や手の内術に興味が沸いて
「秘武器の全てがわかる本」を図書館でリクエストしてみたら、
もう出版社に在庫がなくて再販予定もないとか…
BABジャパンのサイトにもそんな記述ないのに…0TZ
217 :
T・S:2006/07/25(火) 22:47:34 0
隠し武器に関しては「図説隠し武器百科」というのが出ているけどね。
名和先生の。
ただし用法などについてはあんまり。
「十手・捕縛事典」の方が詳しいけど、こっちは隠し武器専門の本でもないからなあ。
「秘武器の全てがわかる本」は、1999年とかそのあたりに秘伝で連載していたやつかな。
結構面白かった。バックナンバーを漁ってみることをオススメ。
カンフーガールは、ある筋では悪名高い文芸社の本。
わりと部数でているっぽいけど、図書館に入っているかどうかは微妙…。
>>217 >ただし用法などについてはあんまり。
んと、どちらかというと、用法の方に興味があるもので…。
ゲームの技能データ作成の資料としてちょっと。
以前、ゴルゴ13にも寸鉄術が登場していて、更に
学研の「図説・日本武器集成」に、寸鉄の持ち方が幾つかと
使い方が一つ載ってたので、もう少し詳しく調べたくなりました。
>バックナンバーを漁ってみることをオススメ。
実は、古本屋を漁って1冊のみ発見・入手してます。
>>185で。
13年前のバックナンバーで、これには寸鉄の持ち方、持ち替え法、
構え方、突き方なんかが載っかってたけど、打ち方、受け方、組み方が
載っているらしい次号が入手できませんですた0TZ
(手の内術が載っていたのがもう一冊あったけど、こっちはまだ買ってない)
>わりと部数でているっぽいけど、図書館に入っているかどうかは微妙…。
なければ図書館にリクエストしてみま…って、リクエストするだけの資料的価値が
あるかどうか分からないので、とりあえず立ち読みした方が無難かな…。
219 :
世界@名無史さん:2006/07/26(水) 18:33:43 0
そりゃまたビジュアル的に地味な武器を選んだな。
220 :
T・S:2006/07/27(木) 05:01:26 0
秘伝は結構持っているし、サイトで販売しているけど、満足いくだけ揃えていたら結構なお金になるのでオススメはしないです。
つか2ちゃんでそういう宣伝行為にも似たようなことするのはよろしくないな…。
隠し武器はビジュアル的に地味だけど、例えば隠し武器の世界でも紹介されていた「手の内」なんか面白そう。
木製の独鈷杵の真に中に長い紐通して、端をくくってるって道具だけど。
漫画ではエアマスターで担任の先生が使用していたのを今思い出した。
あれとか鎖とかの類は、カッコイイと思うな。
寸鉄の使い方については、そういえば「隠し武器の世界」でとある漫画で
寸鉄が安易に使用されているのを見て危険がどうこうと書いてあったと思う。
時期的にそれは月刊チャンピオンでやってた作品だと思うけど、タイトルが思い出せないのでした。
使い方とか正しく描写されていたのか、今となっては確かめようもないのだけど。
221 :
世界@名無史さん:2006/07/27(木) 22:48:01 0
まあ、たしかに手軽なだけに危険だな。
金属製なら平手打撃でも骨折とか、顔面当てで失明もありうる。
本気で突けば内臓にまで達するだろうな。
寸鉄は、あくまで柔術や十手等の応用兵器であって本来単独の武器では無い感じだ。
術者には最低限でも捌きや極めの技術が必要だろうね。
えーと、「秘武器の全てがわかる本」、紀伊国屋にかろうじて在庫が残ってて購入出来ました。
でも、在庫が徳島店にあった様で、ウチ(東北の僻地)まで送るって事で送料が…0TZ
まぁ、入手できるだけいいか…(まだ手元に届いてないけど)
>>219 いやもう、地味か派手かを問わず、データ化できそうな武器術の資料は
片っ端から集めてたので…。
>>220 >サイトで販売しているけど、
確か、2003年くらいまでのだったらぼちぼちと在庫があったかな…?
>満足いくだけ揃えていたら結構なお金になるので
どこまで買えば満足いくかにもよるけど、一つの連載記事が終わるまでの分を
全部購入したらとんでもない事になるだろうなぁ…。
現在連載中の古式ムエタイの記事とかクラビ・クラボンとかにも興味があるんで、
以前、バックナンバーを漁ろうとか考えたけど、結局金銭的にアレなんで、素直に
書籍化を待っております(でも、かなり先の話になるんだろうな…)。
>>221 >寸鉄は、あくまで柔術や十手等の応用兵器であって本来単独の武器では無い感じだ。
秘伝で紹介されていた寸鉄術は、隠し武器の総合武術から寸鉄術の項のみを抜粋して
教えてけど、どうもこの武術、棒術を表芸とした「戸田流兵法」っぽいです。多分。
この流派では、短棒術なんかも伝えている様なので、恐らくその応用かと。
223 :
T・S:2006/07/29(土) 22:53:04 0
>在庫が徳島店にあった様で
ちっ、買っとけばよかった(待て
まああれは定価千円前後で、古本としての売値は五百円前後だったりするのが相場だから
連載丸々読もうと思ったらものすごい金額になるですな。
バックナンバーをとっている図書館とか探すといいかもです。
そんな奇特な図書館があればいいんだけど。
ってか、あれの連載ってわりと途中で途切れていたりしたものですが……。
名前忘れてた…。
185=216=224
226 :
世界@名無史さん:2006/07/31(月) 17:24:43 0
今日、日本ボクシング会に新たなる一ページが加えられた…
悪い意味で
まぁ、やる前からわかってたけどねぇ…
倒れなかっただけでも結構凄いことではあるんだが、
今までのパフォーマンス上、圧勝しないといけなかったところがツライ。
230 :
世界@名無史さん:2006/08/04(金) 17:10:16 0
他のボクサーならここまで言われなかったんだがw
スターはつらいね。
>>224 とりあえず、一番下のURLにあるテッキョン用語集っぽいの。
「Sonsengnim : Lehrer, Meister, Trainer 」
一見して分かるのはこの項だけだった…。
「ソンセンニム(先生様):先生、マイスター、教官」
保守カキコ
NHKの「功名が辻」で蜂須賀小六が星形鉄球付きフレイル(いわゆるモーニングスター)を
携えていたけど、日本で実際にあんな感じの武器、使われたことあったっけ?
あんまり聞いたことないんだけど・・・。
それと、「コミック乱ツインズ増刊・戦国武将列伝11」って雑誌で、
「戦国時代の総合格闘技」って記事が載ってたんだけど、ここの記事で
無二斎の十手術が、マンゴーシュを使った西洋二刀流を取り入れたものだと
書かれてあった・・・。これってホント?
まぁ、似てるっつっちゃ激似だけど。
星形鉄球付きの杖なら柳生兵庫の漫画(津本陽作・とみ新蔵画)にも出てた希ガス
まあ、あんなにでかくはなかったが。
日本では捕り手柔術とかにもトンデモ兵器は多いねw 形式重視の剣や弓と違い、外物は
わりと自由な発想で武器が作られている感じだ。上の本覚流なんかもそんな感じだ罠。
234 :
世界@名無史さん:2006/09/04(月) 21:16:58 0
スイス相撲に詳しい人っている?
初めて聞いたぞ?
スイスとは民族は何人なのだ?
シュヴィンゲンですか?
237 :
世界@名無史さん:2006/09/05(火) 03:27:05 0
239 :
世界@名無史さん:2006/09/27(水) 17:29:17 0
日本の武術流派は、剣術が表芸のものや柔術が表芸のものとか、色々あるけど、
大陸の門派で、拳術のほか、器械なんかが表芸の門派って何かあったっけ?
ほとんどの門派が拳術を基本にしてるってイメージがあるので…。
あと、組討やカンプフリンゲンみたいな、甲冑武術を伝える門派ってないものか…。
刀と盾を使った戦い方なら台湾に残ってるらしいですが
241 :
世界@名無史さん:2006/09/29(金) 17:21:06 0
>>240 それは何かの拳術門派の裏芸とかではないんですよね?
どこかで盾を用いた刀術の図を見た記憶はあるけど、
(「牌刀」とかそんな感じの名前だった様な。元のサイトが消えていて
インターネット・アーカイブか何かで見た記憶がある)
台湾に現存してたとは思わなかった…。
沖縄にも亀の甲羅の楯と手槍があったな。るろうに剣心に出てきたやつ。
244 :
世界@名無史さん:2006/10/15(日) 22:02:22 0
亀甲盾がティンベー、短槍がローチンね。
語源は中国語なんだろうか?
全国アホ・バカ分布考を読むと、一応は琉球も日本語の伝播地域になってた。
が、まあ、中国語っぽいよなあ。
手をテェとか言ってるから、たぶん基本は日本文化圏なのだろう。
ティンベーという言葉も良く見ると東北弁に見えンべぇー
247 :
世界@名無史さん:2006/10/31(火) 12:39:14 0
あげ (・Ω・)ノ
248 :
世界@名無史さん:2006/11/20(月) 19:36:19 0
690 :名無しさん@一本勝ち :2006/11/20(月) 00:51:25 ID:ChXYT36x0
>689
籐の盾はどのくらいの重さなんでしょうか。
691 :名無しさん@一本勝ち :2006/11/20(月) 01:15:33 ID:wn83yMzw0
【籐牌・とうはい】
ttp://www.gmps.cyc.edu.tw/aboutgmps/songjiang/n3.htm 籐牌は古代から伝わる防守器械の一種で、明代の福建省で考案された
ようです。ベトナムや琉球(奄美、沖縄、台湾)でも使われました。
現在は中華人民共和国の警察機動隊が暴動鎮圧出動時に使用しています。
沖縄古武道の正式な武器でしたが、大日本武徳会に唐手術が空手道として
組み込まれる際、籐や亀甲の盾術、投げ槍と短槍、車ん棒(長梢子棍)、
三節棍、胡蝶刀は「異国的すぎる」という理由で削除されました。
盾の一種で、円形の盾は別名「団牌」とも呼ばれ小型で扱いやすく、
右手に刀(現代では警棒)を持ち、左手にこの籐牌を持つ事があります。
籐牌は籐(ラタン)を編みこんだもので、軽くて強靭なもので
矢や棍棒、刀剣や手斧などの攻撃を跳ね返せます。
下の写真の籐杯は籐の骨組みの上に皮(牛革と思われる)をは
りより丈夫にしたものです。籐牌の模様には写真のような
「太極図と八卦」などの他にも「虎の顔」や「鬼の顔」などが
デザインされたものもあります。警察で使っているものは、
皮など貼っておらず、籐製の編み笠に近い素朴な、ラタン製
円形盾そのものです。
古代から伝わってるのに「明代に考案された」ってのはどういうことだ。
250 :
世界@名無史さん:2006/11/23(木) 10:46:54 0
籐製の防具自体は古代から有ったといういみでは?
籐の円盾は明以前からモンゴルやトルコ系遊牧民が使っていた。
ペルシャ辺りの絵画で騎兵がよく持っている。
あとチベット製のものがどっかの博物館にあったはず。
253 :
世界@名無史さん:2006/11/23(木) 13:53:50 0
騎兵の武器なのかな?チベットにも騎兵って居たの?
いた。あの地域では馬に乗らないと移動が大変では?
ただ、戦闘時には下馬して戦っていたという話もある。
257 :
世界@名無史さん:2006/12/04(月) 18:30:06 0
ダライラマの兵だろうか? カコいいな。
今では人民解放軍に・・・
みなさんはムエタイが格闘技の中でどれぐらい強いと思いますか?
空手出身のキック選手に軽く蹴ってもらった事がある。
・・・なんと言ったらいいか。コンクリートの棒で叩かれた感じだった。
木刀やバットなどという軽い物とは違う破壊力だったな。
どなたか玉虎流骨指術の起源をご存じないですか?
もしや・・・骨法?
262 :
T・S:2006/12/12(火) 14:09:32 0
>>260 …前スレで神伝不動流の系譜を抜書きしたけど、だいたいあんな感じでしたよ…。
というか、初見先生とか高松先生の伝える流派の系譜はだいたいあんなんです。
大事典にも「信用できない」とか書いてあった気がするです。
>>260 コピペだけど
角手・角指という鉄製のメリケン・サックの如き物を指にはめ、敵の急所に当てる術。
戸田一心斎(真竜軒、明治4年12月6日死)の系譜には天文年中の坂上太郎国重の
玉虎流指頭術の伝統を受けて、戸田左京(一心斎)が玉虎流骨指術を開創し、
百地三太夫に伝え、伊賀流忍術に内に伝承したという。
坂上太郎国重(玉虎指頭術)−坂東小太郎正秀−僧玉観−戸田左京一心斎−
百地三太夫(天文年間)−二代百地三太夫(天正)−百地丹波泰光(慶長)
−百地太郎左衛門−戸田盛柳信綱(寛永)−戸田不動信近(万治)−戸田観五
郎信安(寛文)−戸田英三郎信正−戸田新五郎正良(元文)−戸田大五郎近秀(明和)
−戸田大三郎近繁(文化)−戸田真竜軒正光−高松寿嗣−初見良昭。
中国から伝わったんじゃないの?
265 :
世界@名無史さん:2006/12/16(土) 17:20:31 0
T・Sさん、最近カキコ無かったんで、どうしたんじゃろかと思ってました。
以前、「自然館」のサイトで、玉虎流を含む色んな流派のテキストが
1000円くらいで通販されていたけど、今は何故か通販のページに
載ってないんだよね…(インターネットアーカイブ使えば見られる)。
もう売ってないんだろうか…。図書館にリクエストしようと思ってたのに…。
ちなみに、そのサイトには虎倒流テキストのサンプルPDFがあるんだけど、
その中に書いてある虎倒流の歴史について、「玉虎流骨指術に同じ」
「細部は玉虎流流最後の記事を読んで下さい」と書いてあるので、
玉虎流の起源についても載っているものと思われます。
>>260 上の記述では玉虎流の歴史=虎倒流の歴史、となってますが、
玉虎流の起源であれば、「起源が中国で高麗経由で日本に伝わり、
伊賀忍術に伝わった」とかのむっさ怪しい伝承を見たことがあるです。
ソースは忘れた(日本武芸小伝だったかな?違うかも)けど、
ぐぐったらそれらしい記述のあるスレッドがありました
266 :
T・S:2006/12/19(火) 00:06:12 0
>>264 えーと、色々とあって忙しかったということと、特に書き込むようなこどなかったというだけですけど…。
>日本武芸小伝だったかな?違うかも
あれは持っていましたが、流派名がぼちぼちと書いてただけだったように思います。
で、さっき武芸流派大事典の虎倒流の項目をみたら、まさにそのように書かれていましたから、そっちでしょう。
戸田真竜軒口伝、とありますけどね(笑〉
ちなみに鬼一法眼流のとある伝書では、開祖は黄石公から現代まで名前が延々と書かれているのがあるそうですよ〈えー
やはり古流の伝承は怪しくてなンボですよねえ〈問題発言〉
ん?幕末の戸田一心斎とは京都直心影流の戸田学之助と同一人物??
中国が列強に支配されてたころ、日本や列強は中国武術を役に立たないと評していたというのは本当でしょうか?
宗道臣が少林寺に初めて行った時、武道はやって無くて僧侶は鉄砲担いでたとか
何かで読んだ記憶有り
中山博道だったか持田盛二だったか忘れたが、高名な剣道家が
「紅槍会のような激烈な技には、上段で構え体でかわして入っていくしかない」
とか評していたのを読んだな。
あと、これも誰だったか忘れたが(w)柔道家が中国の田舎で親善試合した。
脇腹に軽く一発食らったので、慌てて片手締めを掛けたら、あっさり落ちてしまった。
でも、かすっただけでも凄い衝撃だった、もしまともに食らったらとてもかなわん。
とか書いてた。
世間の気風では「中国武術恐れるに足らず」だったかもしれんが
個人的には評していた人もいたんでないの。
また義和団のこともあったし「近代軍隊の前には役に立たない」ってことなら当然。
義和団事変のときの拳匪のひとりが素手でドイツ人部隊に突入していったらしいが
殺されるまでにどれだけの戦果をあげたかは知らぬ
272 :
T・S:2006/12/22(金) 23:24:34 0
そういえば八卦掌の程廷華がドイツの部隊だかに突撃かまして返り討ちにあったという話があったね…。
ゴハクエンのおっさんは陰謀説を押し出していたけど、なんせその、ゴハクエンだから…。
昔、松田隆智の本かなんかで読んだなぁ、それ。
ドイツ兵十数人を倒した後、撃ち殺されたとか。
行進中とかで密集してる所に刃物持って突入すればありえなくは無いのかなぁ。
松田隆智って信用できるの?
いろんなとこで叩かれてるけど
不意打ち食らえば、それくらいはやられるかも。
>>273 特に銃での戦闘が基本になってる部隊の場合はそうだろうね。
宮本武蔵も不意打ちで吉岡一門を殺しまくってるし。(w
276 :
世界@名無史さん:2006/12/23(土) 22:51:50 0
流れをぶった切って質問。
九鬼神流と九鬼神伝天真兵法って、全く別の内容なんですか?
九鬼神流には、高木流柔術の併伝武術と、九鬼神伝天真兵法の別名の、
2種類の意味があるっぽいので。
折れた薙刀で九匹の鬼を屠った云々の伝承が面白くて、
内容を調べようと、初見氏の棒術解説本を読んでたのですが、
初見氏の九鬼神流は、どうも九鬼神伝天真兵法の別名の方っぽいですし…。
(つまり、鬼退治の方ではない?)
277 :
世界@名無史さん:2006/12/24(日) 16:55:47 0
>>268 >中国が列強に支配されてたころ、日本や列強は中国武術を役に立たないと評していたというのは本当でしょうか?
実際に、中国武術は近代戦争では何の役にもたたなかった。
民明書房もあてにならない。
278 :
世界@名無史さん:2006/12/26(火) 01:35:12 0
>>276 よくわかんないよね。
もともとあった九鬼神流が高木流と相互乗り入れした。けど、しなかった高木流の流れもあり。
九鬼神流に白井亨が影響し天真兵法と付くものがある。けど、影響を受けなかった流れもあり。
みたいな感じ?
実際の所は各派のやってる人をみんな集めないとわかんないんじゃないか?
280 :
世界@名無史さん:2006/12/30(土) 17:33:50 0
>>279 >九鬼神流に白井亨が影響し天真兵法と付くものがある。
>けど、影響を受けなかった流れもあり。みたいな感じ?
双方とも源流は一緒かも知れない、って事かな?
せめて、双方の目録内容が分かれば、ある程度の関係性は推察できるんだけど、
ネット上で目録が公開されているのは天真兵法の方だけだしねぇ…。
卜伝流(鹿島新当流の別名)と、津軽伝の卜伝流(鹿島新当流が素肌剣術化した分派)
みたいに、似た名前の流派は全部、何らかの関係性があればいいんだけど、どうも
この業界を見てると、少林拳と少林寺拳法の関係みたいな方向に考えがちに
なっちゃう…。
柔術の起源が気になる
キンナなのかな?
でもなんか近代以前の書物がなくて疑問視されてるらしいけどどうなんだろう
282 :
gunnyori:2007/01/05(金) 01:04:52 0
>276さん
九鬼文献って調べてみ(字違うけど)
九鬼神伝とか九鬼神流で九鬼家との関係うんぬんといってる九鬼神流系は、
全部忍者の初見さんの師匠高松さんや昭和初期前後の有名な偽書の一つ九鬼文献関連にたどり着くよ。
九鬼神伝流は高松さんまわりの高木流関係者の創作流派だろ。内容が石谷伝の高木流とほぼ一緒だし。
天真うんぬんはどこの流派でも結構使う言葉だからあんまり天真兵法や白井亨との関連はないだろ。
ちなみに九鬼神流の創始者は高木流の四代目をついだ大国鬼平重信で、
修行中に、夢の中で九匹の鬼と薙刀で戦い、その最中、柄先を切り落とされたが、そのまま戦って鬼を倒した夢を見たところから始まった。
ここは九鬼神伝のいってるのと、主人公と敵が違うだけで一緒だな。
九鬼神伝だとこの逸話が南北朝の時代までさかのぼる(笑
283 :
T・S:2007/01/06(土) 00:15:16 0
あけましておめでとうございます…と書いていて、去年に秘伝の神伝不動流の記事を書く約束をしていたのを思い出した…。
あー、困ったもんだ。
なんとか書きたいけど、はてどうしたものか。
>>275 例の吉岡一門との決闘は、はっきりいって何が本当だか嘘だか解らんので…。
とりあえず吉岡家が道場閉めるのは武蔵と決闘したとされる頃よりずっと後です。
>>276 いやその、だって高松先生だし。
初見師範だし。
いずれあのあたりの人たちのいうてることは真に受けてはいかんのです。
むしろ怪しさを楽しむという方向性に私は至ってますが、それを成長と呼ぶか諦観と呼ぶかは微妙なところです…。
>>280 鹿島のは新当流だけど卜伝流が別名になるんですかね?
寡聞にして聞いたことはないですが…知らなかった。
確か前スレで津軽系の卜伝流の経歴書いたけど、なーんか同じ流派かは微妙な気がしました。
ご挨拶だけコテで。遅まきながらあけましておめでとうございます。
T・Sさんは達していらっしゃって羨ましい。
私は未熟者なので武道関係者に一言「正直になろう!」
>>281 普通、日本の近代というと明治以後です。
柔術の記録は江戸期の史料に山ほどありますし、
西洋でも16世紀頃、つまり羊皮紙でない紙の本が普及し始める頃から
「これ柔術じゃん?」な技法満載の本が出版されています。
書物に関しては出版技術や、書き残すかどうかといったメンタリティの問題も
大きいと思います。
技術に関しても、人間である以上同じような技法が世界中で使われてた
可能性は大で、中国と日本といった(近いし影響も大きいけど)2箇所だけで
考えてしまうのは、ちょっとつまらないのではないでしょうか。
286 :
T・S:2007/01/06(土) 20:47:03 0
>>281 柔術の起源については、考証の上では一応は竹内流小具足術が最古って
ことにはなっているんですが伝書には「緒流を学び」だか戦って勝っただか、
とにかくすでに別の流儀があるようなことはかいてあるそうです。
又聞きだけど。
伝書に書かれていることのどれほどが真実なのかは考えても仕方ないんだけど、
一人一流的に徒手格闘の技法を工夫している人はいたのかもしれない。
>>284 今年もよろしくお願いします。
えーと、まあ…真実は痛みを伴うものですから…。
というか、近代の有名な流儀に限定しても、
鹿島神流、大東流、極真空手、少林寺拳法、武壇…なんかで創始者の経歴詐称
やらはやらかしていますからなあ。
今ではそういうのはある程度公然と知られているみたいだけど、ねえ。
伝系は怪しいけど、ちゃんと流儀として成立してますしな。
世間に広まっているし。
そこらを暴いても…と思ってしまうのでした。
あんまり学術的な態度ではないというのは百も承知ですけどな…。
少林寺なんかは「すげーうまくやったな」って感じで、なんとなく許せるんですけどね。
ビジネスの側面もあるわけだし、明治や戦後の混乱期とかにちょっとゴニュゴニョしちゃった、
な流派はまだ愛敬があるというか…。
ただ西○派とか未だに創作中のとこ、ああいうのはちょっとねぇ。
ま、すぐに暴かれる時代ですし、後世の研究者を惑わすこともなかろう所だからどうでもいいかw
288 :
T・S:2007/01/07(日) 22:08:26 0
日本少林寺拳法なんかは私の中の定義ではスポーツ格闘技だったりしますがそれはさておいて。
あそこは自分ところの創世神話なかったことにしちゃったし。
現在はなんでも習えるし情報もネットやらで出回っているから、新しく古流武術が創作されやすいですが
反面、すぐにばれてしまうのか有名になってしまうので、新しいのはなかなか聞かないですねえ。
強いて言えばシステマなんかは非常に怪しいんだけど、現在出回っている情報ではどうにもこうにも判別がつかない…。
俺に言わせれば、武道の流伝なんぞ真に受ける方がどうかしてるんですよw
290 :
世界@名無史さん:2007/03/17(土) 16:08:37 0
月例演武に上がりました。
291 :
世界@名無史さん:2007/03/20(火) 21:40:53 0
俺は骨法九鬼神伝天眞兵法流棒術をかじってるが
何しろ歴史が長すぎる・・
信じるどころか覚えれもしないよ
292 :
世界@名無史さん:2007/03/20(火) 21:41:27 0
俺は骨法九鬼神伝天眞兵法流棒術をかじってるが
何しろ歴史が長すぎる・・
信じるどころか覚えれもしないよ
古武術って本当に強いの?
>>293 その「強さ」の定義ってやつが、格闘技ビジネスのひとつの要点ですね。
自派に有利なように定義した「強さ」を、わかりやすくプレゼンテーションする、という手法は今なお有効です。
「強さ」を測るには、「強さ」の尺度、すなわちルールを決めなければなりません。
格闘技においては、「格闘における勝ち負け」という一見普遍的なものを扱うので、そのへんを曖昧にしやすい。
「あるルールの上で強い」ことを、「格闘に強い」と言い換えてしまっても、疑問に思う人は少ないのです。
295 :
世界@名無史さん:2007/04/24(火) 21:01:34 0
祝一周年、のこった!
・・・
297 :
世界@名無史さん:2007/06/17(日) 14:23:43 0
大分前だが、世界遺産の旅とか見てると、どっかの騎士団の中に伝わっていた剣術とかあった。
もう伝統芸能みたいな感じだったが…。
298 :
世界@名無史さん:2007/06/17(日) 15:29:01 0
日本の相撲の立会いは、世界的にも珍しいと思う。
外国の相撲に似た競技では、組んだ状態から始めるのが多いですね。
299 :
世界@名無史さん:2007/06/17(日) 16:55:19 0
柔術の試合でも、江戸時代には組み合った状態から始めていたらしいよ。
関東の方だけだったかな?
そういえば相撲って何気に打撃も関節も投げもありなんだよね。
300 :
世界@名無史さん:2007/06/17(日) 19:45:53 0
最初の相撲取りと言われる野見宿禰と当麻厥速
後者の名前の意味はファストキッカーだもんな
301 :
世界@名無史さん:2007/06/17(日) 20:08:33 0
302 :
世界@名無史さん:2007/07/15(日) 16:58:16 0
沖縄の島相撲に詳しい方います?
アマチュアのみで、かつ着衣で取り組むあたりはヤマトとの違いを感じますね。
最初のスレでちょっとだけ出てたねえ<島相撲
確か世界大会とかるあると聞くから、ぐぐったら調べられるんでない?
(身もふたもない)
304 :
世界@名無史さん:
シルムと関係が深いみたいですね。日本の相撲も着衣の時期ももしかしたらあるかも?