1 :
水 ◆rDhngbng2E :
03/07/27 00:52 古代の戦術のスレッドは多くあるけど、 17〜19世紀の戦列歩兵のスレッドがなかったんで 1列50名で3重の歩兵隊 指揮官が倒れたら、撃たれても槍で突かれても気をつけのまま 指揮官が「突撃」を命令したら目の前に大砲があろうと、銃弾が飛んでこようと 列を乱せなかった彼ら・・・・ 弾込めが間に合わなくて「ああ、もうだめぽ」って祈った彼ら 前の列の兵士が倒れて「次は俺だよ」って絶望した彼ら 鼓笛隊の少年は伏せることも許されず、指揮官も馬上から降りることなかった彼ら そんな、自殺行為的騎士道と近代戦の狭間について語りましょう
水が1でいいのか? 立て逃げは銃殺らしいし
3 :
( `_ゝ´)&rlo;水&lro; ◆rDhngbng2E :03/07/27 00:54
4 :
愚礼 ◆4KFOyvJh5c :03/07/27 00:55
まさに人間破城槌ですな、あの頃の歩兵陣は。 間違ってもなりたくありりません、ハイ。
5 :
世界@名無史さん :03/07/27 00:55
素人丸出しなんだけど、あれって何で伏せないのかって思う。 映画パトリオットやラストオブモヒカンを見て萌えたけど、疑問は残った。 伏せたら装填が難しくなるのかな・・・詳しい人教えてください。
6 :
( ´,_ゝ`)&rlo;水&lro; ◆rDhngbng2E :03/07/27 00:55
>>2 んじゃ、そういうことで例のように立て逃げしますw
7 :
世界@名無史さん :03/07/27 00:57
8 :
世界@名無史さん :03/07/27 01:02
/ノ 0ヽ
_|___|_
ヽ( # ゚Д゚)ノ 馬鹿野郎!
| 个 |
>>6 は重営巣すら手ぬるい!!
ノ| ̄ ̄ヽ 軍法会議かけるまでも無く銃殺だ!!!
∪⌒∪
9 :
世界@名無史さん :03/07/27 01:03
とりあえず方陣に (;´Д`)ハァハァ
10 :
( ´,_ゝ`)&rlo;水&lro; ◆rDhngbng2E :03/07/27 01:04
| |
| |
| |
∩ __ | ザ
ヾ`rモ) | ゥ
〉 ̄ヘ . | l
/ ノ_ノ ∩ __ l
/ //| ヾ`rモ) ッ
」_.i」 | 〉  ̄ヘ
| / /り
| / // | ________
| t//V | . |
ノ | |
>>1 を発見したら
| |_ 射殺せよ!
__ | ノ/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
rモ) __ パパパパパ・・・
=-==ヒi'ノ |) (ヲュ =ェ=___ ,,,, _ _ _ _
ヽ-イ | (こニァ-イ~ ̄ ''''""
/ 人 | |
/ / ヽヽ ( r、二ヽ
| | >> r-イノ | |
''''' ̄''''''''''''' ` ̄''''''''''''''' ̄''''''
>>7-8 これか?
11 :
( `_ゝ´)&rlo;水&lro; ◆rDhngbng2E :03/07/27 01:06
戦列歩兵といえば グローリーとかいう映画見たことがあるけど あの黒人部隊のような感じで突撃するの?
12 :
誰かお願いします :03/07/27 01:14
水様 サンクスです
包囲攻撃するなら鶴翼の陣
14 :
誰かお願いします :03/07/27 01:19
一口に戦列歩兵と言ってもいろいろあるようで。 ドイツの皇帝が反乱を起こされたときに兵士に「回れ右!」って号令すると、 条件反射で兵士が回れ右して反乱が収まったとか、 敵味方横1列にならんでターン制でマスケット銃を撃ち合うけど、 黒色火薬のせいで2発目以降はろくに狙えないとか、それでなくても、 掃射のさい、おもわず目を背けることで狙いが上にずれる&当時の弾丸は球形なんで 会戦での命中率が1%以下だったとか・・・・
15 :
誰かお願いします :03/07/27 01:26
(続き) ただ、「ロビンソンクルーソー」の中に出てきますが、ライフル銃とかカービン銃とか 銃の属性で、連射向きとか狙撃向きの銃もあったそうです@いわゆる前装式の銃でも スレでも出てきてますが、南北戦争の頃には後装式の銃も出回り始めるそうです。 ただ「風と共に去りぬ」の描写では末期の南軍の民兵は独立戦争当時の銃を持ち出さざるを得なかったとか。 それ以後、日露戦争では30年式小銃や38式歩兵銃といった、異常に射程の長い小銃が出回りました。 (結局、平原で密集したロシア軍を撃つには狙いはともかく、飛距離の出る銃が必要だったとか、そのため太平洋戦争中、 38式は狙撃銃として恐れられたとか) それと同時に機関銃と重砲を組み込んだ防御陣地も日露戦争で出現しますが、第1次大戦ではその戦訓が活かされませんでした けっか、指揮官がホイッスルを吹いて、中隊横1列、刃渡り60センチオーバーの銃剣で歩いて進撃、なんてのが繰り返されました
16 :
誰かお願いします :03/07/27 01:34
(続き) 戦列歩兵と言えば、ナポレオンをはずせませんが、一節によると国民皆兵は彼の戦法と フランスをとりまく状況だと従来の戦力調達では間に合わなかったのが一説だそうで ただ、関ヶ原の戦いのように動員力の割に死傷率が少ない戦い(大谷軍や島津軍は例外として) もありますから一概には言えない部分も出てくるでしょう。 欧州の戦列歩兵の戦いもやはり、敵の黒目の見える至近距離で撃ち合う&あちこち大砲が着弾することのプレッシャーで敵を打ち崩していたんでしょうか。 その辺は映画「パトリオット」でも少し出てきてはいますが、脚色を考慮すると眉唾ですね 確かに、イギリス軍には第1次大戦まで突撃する歩兵にはジンだかラムだかの酒が恐怖をまぎらわすために支給されていたそうですしね (これはソースが映画「トレンチ」や「ワーテルロー」なんで自信ない)
17 :
世界@名無史さん :03/07/27 01:39
ボルティジュール
18 :
誰かお願いします :03/07/27 01:40
(続き) だんだん酔ってるんで一貫性がなくなってきてますが そもそも戦列歩兵は古代ローマかギリシアの重層歩兵に由来するんだとか とすれば、膨張期のオスマン・トルコのイエニチェリもその部類に入るんでしょうか? 彼らは男同士、愛の絆で結ばれた軍団と聞きました(ソース失念、鬱) そして、30年戦争で長槍歩兵からマスケット兵に密集歩兵の武器が変わって、 いわゆる「おもちゃの兵隊さん」の赤服に象徴されるイギリスのマスケット兵に移ったんでしょうか? 映画「エリザベス」では戦争はまだ中世の名残を残した感じで描かれてましたが (スコットランド女王メアリは甲冑だった。時代は100年以上違うけど)
19 :
世界@名無史さん :03/07/27 01:43
夏厨ですが、なぜ伏せないのですか? 突撃されたとき応戦できないから? 装填が困難になるから?
20 :
誰かお願いします :03/07/27 01:45
個人的に不思議なのは。槍の突き合い、矢の撃ち合いから具体的にいつ、 派手な服のマスケット兵同士が指揮官の個人的なタイミングで敵の黒目が見える距離で撃ち合うようになったかです 普通に考えたらあんな戦法が成り立つはずがないと思います。 長槍歩兵の時代でも、目の前の敵をたたき殺せばサバイバルの可能性は高まるはずだし、 重層歩兵の時代なら隣同士助け合えば生き残れるはずです。 この考えのまま、目に見えない弾丸の飛び交う戦場に戦略論がそのままで移行するのは考えにくいですよね この辺の疑問や実例も出してもらいつつ、 「決して生まれ変わりたくない兵士」のマスケット銃時代の戦列歩兵について語りたいです
21 :
誰かお願いします :03/07/27 01:48
>>19 鼓笛隊や将校は伏せることが禁止されていたそうです
兵士の士気をさげるとかで。
映画「ワーテルロー」では兵士は降り注ぐ砲弾に対して「しゃがんで」ましたけど
ちなみに騎兵の世界では、最初の一撃を生き残って敵の射撃隊に槍を食らわせるのが名誉というのが、
第1次大戦前後まであったそうですよ
22 :
( `_ゝ´)&rlo;水&lro; ◆TCygujgOWY :03/07/27 01:54
23 :
誰かお願いします :03/07/27 21:37
昨日は酔いのつれづれに知ってる限りの戦列歩兵(特にマスケット兵以降)を書き殴ってしまいました。 時に、19世紀中盤の戊辰戦争やら西南戦争の場合、やはり欧州の戦列歩兵のように、 一列横隊で発砲しあい、その後白兵戦になっていたんでしょうか・・・。 錦絵とかだと刀抜いた侍や、洋式銃を撃つ侍。槍を抱えた侍とかがごっちゃまぜでわけわかめです。 やはり、明治以降の日本では欧州型の戦列歩兵の様式が確立しえなかったんでしょうか
24 :
世界@名無史さん :03/07/27 21:41
派手な服なのは、迷彩の意味がない短距離(30m)付近で撃ち合うから。
腿 \_ | _/
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戦列を組んで行進するのは、当時の銃は命中率・射程ともに低かったから。 それを補い、できるだけ火力を集中するために密集して同時に発砲するためのもの。 また当時の銃では敵の密集陣の突撃を火力のみで撃退するのは困難だったため 突撃を受ける側も密集陣を組んで備える必要があった。 密集陣を組んで戦闘するには整然と行進を行うことが必要で、その行進のリズムを 合わせるために軍楽隊が登場。当時の戦闘を描写した映画などで戦闘中なのに 暢気に演奏している姿は今からみれば不思議な光景だが、戦列を整え行進させるためには 必要だった。 あと伏せ撃ちさせたり各個バラバラに射撃させても火力による制圧効果はあまり望めない。 ライフル銃登場以後、銃の命中率・射程は飛躍的に上昇したが、南北戦争では旧態以前の 戦術で行われたため、異常に死傷率が高い戦争になった。 てなとこが俺の認識。間違い部分の修正よろしく。
27 :
世界@名無史さん :03/07/28 22:52
age
28 :
誰かお願いします :03/07/28 23:10
>>26 おお!ヤッパそうなんですよね
とすると、プロイセンとかで有名な「猟兵」は味方の損害を防ぐとかではなく、
密集体型の敵の指揮官を狙撃し、歩兵全体を麻痺状態にする任務だったわけですね
なんか納得
29 :
世界@名無史さん :03/07/28 23:44
答えられる分だけ答えると。 >14 「回れ右!」のエピソードは ドイツの皇帝じゃなくてプロイセンのフリードリヒ大王だったような。 しかしその話、いかにも彼らしくて好きだわ(w >20 最初に、本格的に銃を使い始めたのは傭兵たちだったらしい。 当時は主にスイス人だったとか。 銃の使用以前は死人が出ない戦争もあったそうだ。 結局、自分がやられる可能性を考慮するより 人を殺す方に重点を置き始めたからだろう。 やられる前にやれ、という方向に移ってきたというか。
30 :
誰かお願いします :03/07/29 00:59
>>29 ありがとうございます
スイス傭兵といえば、フランスの1830年か1848年の革命で王宮を死守しましたね
絵画で、狭い門に殺到&集中射撃する革命軍
その門を人垣で弾丸を防いで発砲するスイス傭兵(はっきり言って仲間同士で弾丸避けあう)
スイス兵の銃砲使用はもともとは30年戦争からでしょうか?
30年戦争の絵画で、中学の全校集会のように群がる長槍歩兵に発砲する絵があったと思います
31 :
世界@名無史さん :03/07/29 01:20
いや、もっと前。カール五世とか、あの辺かな。 ちなみにスイス兵というのは1530年頃のフランスでの話。 当時のフランスは、銃の導入が遅れていたからね。 ウィーン包囲時にはトルコも銃持ってたくらいだ。 というか日本に火縄銃が入ってきたのが1542年だから、 その頃にはヨーロッパには普及していたと見ていい。 三十年戦争の傭兵は、ほとんどドイツ人。 一般にはランツクネヒトと言われているが、これも前世紀 のとは中身がかなり違っていたそうだ。
32 :
世界@名無史さん :03/07/29 01:32
銃剣を使うことを考えれば、密集して一斉にくり出せるようにした方が有利だよね。 ローマの重装歩兵がまず槍を投げてそれから突撃にうつったように、 命中率が悪くても一斉射撃を繰り返して少しでも損害を与えつつ接近、 そのまま銃剣で決着をつけるという発想だったのでは。
33 :
世界@名無史さん :03/07/29 01:45
>>29 ベルリンで買ってきた戦前の子供向け?のフリードリヒ大王の伝記の
小冊子(勿論再版)にその話がイラスト入りで出てるよ。
小冊子とはいえ様々なエピソードはなかなか面白かった。
34 :
世界@名無史さん :03/07/29 02:03
〜1001ストッパーが壊れた!?〜
科学板のとあるスレで、1001ストッパーが壊れ
1001以降もまだ書き込みできている模様。
1001 名前: 1001 投稿日: Over 1000 Thread
このスレッドは1000を超えました。
もう書けないので、新しいスレッドを立ててくださいです。。。
1006 名前: マロン名無しさん 投稿日: 03/07/28 06:25 ID:Z0CeMHS7
何これ
1014 名前: マロン名無しさん 投稿日: 03/07/28 06:25 ID:AxlwdY4A
お〜い、まだ書けるぞ?
書き込みは1300レスを過ぎた今も続けられている。
●最もレス数の多いスレ(1001ストッパー導入後)
1位 12535レス(1001ストッパー5904)
ギガウイング2
↓のスレに直行し、2ちゃんねるの歴史に名を残そう!
http://science.2ch.net/test/read.cgi/future/1056396418/50-
なんかただの人気投票になりそうだがロバート・E・リーVSナポレオン・ボナパルト、 もし戦場で相対したらどっちが勝つかな?用兵家としてはどっちが上? 兵力は互角で配下の将軍はどちらもベストメンバー(ジャクソン、ランヌを含む) 装備についての突っ込みはナシということで。
中世ヨーロッパの軍隊が密集隊列を組んだのは、 ・隊列を崩すと容易に敵(特に重装槍騎兵)に突破される ・隊列を保った方が士気を維持しやすい ・士官の声の届く範囲に部隊を置いておく必要がある 等々の理由によります。 なお15cまでの槍兵は基本的に横隊を形成し人工的な障害地形を形成する のが主任務¥でした。これで敵の攻撃を受け止め、敵に損害を強い、飛び 道具の支援で敵を撃退する。これは基本的に防御戦術で、歩兵が攻撃に転 じた場合酷い結果(隊列を維持できず、敵騎兵の反撃で壊走する)になる ことが多かったようです。 この状況を転換したのが、グランソンの戦いのスイス槍兵でした。そして これはこの後の数百年の戦術史に決定的な影響を与えることになります。
37 :
誰かお願いします :03/07/29 23:13
>>31 30年戦争はドイツ人が主だったんですね(まあ、当然といえば当然だけど
傭兵のイメージって言えば、近現代では「ワイルドギース」みたいで、
中世といえば、ならず者の集団みたいなイメージがありますね。たしかに、17世紀近くになると変わっていてもおかしくないような
>>32 なるほど、ローマ時代の投げやりがマスケットに変わったと考えれば・・・ですね
>>36 確か、「ブレイブ・ハート」では槍隊の横隊とスコットランド兵がぶつかった後に、
弓兵が一斉掃射してましたね。まあ、アレは映画だけど、イメージ的にはあんな感じなんでしょうね
スイス槍兵の話、興味がありますねぇ
グランソンの戦いの詳細がわかる書籍や、HPってないもんでしょうか・・・
38 :
無料動画直リン :03/07/29 23:15
39 :
誰かお願いします :03/07/30 00:09
ところで、「ロビンソン・クルーソー」の描写だったと思いますが、 1発の銃弾が複数を殺傷している描写がありました。デフォーの時代と、 マスケット兵全盛の時代はかなり離れてますが、やっぱマスケット銃でも 弾丸が発射の衝撃で割れて複数を殺傷するような、プチ散弾銃状態のことはあったんでしょうか そしてこの現象があったとすれば、その改善はやはりライフル弾の開発を待たねばならなかったんでしょうか
>39 ロビン・クルーソーを読んだのは消防の頃だからよく覚えていないけど、 それラッパ銃で無しに? 確かマスケット銃の銃弾は鉛剥き出しだから、溶けて躰に食い込み、 高い殺傷力と鉛毒による後遺症を与えた、とは聞いたけど、それが 砕けたりするっていうのはちょっと想像できない。
41 :
誰かお願いします :03/07/30 00:23
>>40 サンクスです。ロビンソンは数種類の銃を使っていたんでどれかまでは記憶が・・・
マスケット銃に関しての知識、ありがとうございます。
弾丸が丸い上に鉛毒か・・・
だから、当時は骨の接合技術も低かったせいもあり、ばっさばっさ手足切断したんですね
>>39 ロビンソンクルーソーの内容はもう覚えておりませんが・・・
マスケット等の滑空銃器の場合、弾を複数発装填するいわゆる「ダブル・
ショット」「トリプル・ショット」は普通に行われておりました。無論命
中精度は低下しますが、上手くいけば複数の敵を同時に倒すことが可能で
あったようです。
イギリスの貴族ががインディアンとの戦いで、4発装填したマスケットで
3人のインディアンを同時に倒し、壊走させた記録が残っています。
>>37 ブレイブ・ハートは観ていないんですが、敵の攻撃を食い止めた後に
弓の一斉攻撃というのは中世イングランド軍の常套戦術でした。1332
年のダブリン・ムーアの戦い(バノックバーンの戦いの18年後ですね
)においてこれは確立されます。
スコットランド槍兵の密集隊形(スキルトローム)の攻撃を受けたイ
ングランド軍(正確には追放されたスコットランド貴族軍)は、歩兵
ならびに下馬した騎士の混合部隊でこれを迎え撃ちます。そしてスコ
ットランド軍の前進を止めた後、両翼に三日月型に配置されていたイ
ングランド長弓兵が一斉に射撃を開始、スコットランド軍に打撃を与
えます。このためスコットランド軍は狭い中央付近に追い詰められ、
ついには兵士同士による圧死が発生しました。身動きの取れないスコ
ットランド軍は引く事もままならず、弓で射殺されるか圧死するかし
てかなりの数の死傷者が発生した後(つまり密度が低下した後)にや
っと壊走をはじめることができました。
この「敵を中央で食い止め、両翼から弓で攻撃」はこの後スコットラ
ンド、そして百年戦争で繰り返され、イングランドの勝利の礎となり
ます。
>>37 グランソンの戦いは1476年、ブルゴーニュ戦争の中で発生しました。
フランス王に雇われたスイス傭兵は皆パイクを持ち、縦隊を保ったまま
機動力を発揮して数に勝るブルゴーニュの騎士、歩兵(弩主体)を完全
に打ち破りました。これは槍兵も機動力を発揮できる(=攻撃に使用で
きる)ことを証明した画期的戦いで、かつ槍という単純な兵器を持った
歩兵が歩兵及び他の兵科を打ち破れることを証明した戦いでもありまし
た。
この後ヨーロッパでは歩兵に積極的に槍(パイク)を持たせるようにな
り、歩兵における飛び道具の比率は低下することになります。そしてこ
れは当時フランス軍が進めていた歩兵の火器携帯の流れを逆行させるこ
とにもなりました。
45 :
世界@名無史さん :03/07/31 22:30
てことは、銃剣をつけたマスケット銃は 槍兼飛び道具になって極めて便利だねえ。
>>45 バヨネットは偉大な発明であるとは思いますが、しかし中世の対
騎兵兵器としての槍の代わりにはなり難かったと思います。
15c当時の重装槍騎兵の持つ槍(ランス)の長さは3m以上あるの
が普通でした。従ってこれを迎え撃つ槍兵はこれ以上の長さの槍
を持つ必要があり、前述のスイス傭兵の場合実に槍の長さは5m
(パイク)に達しました。
銃剣が対騎兵用に十分威力を発揮するのは重装槍騎兵が衰退した
後の時代であると考えます。そして重装槍騎兵は16c末に実質的
に消滅しました。
47 :
世界@名無史さん :03/08/01 15:21
銃剣はルイ十四世時代の発明だったと聞いてる。つまり十七世紀後半。 グスタフ・アドルフの歩兵は七割が槍兵だった。 騎兵が銃を使うようになってから重装槍騎兵が衰退し、その結果 銃剣を使う歩兵が活躍するようになったってことでいいのかな。
∧_∧ ∧_∧ ピュ.ー ( ・3・) ( ^^ ) <これからも僕たちを応援して下さいね(^^)。 =〔~∪ ̄ ̄ ̄∪ ̄ ̄〕 = ◎――――――◎ 山崎渉&ぼるじょあ
>>47 >騎兵が銃を使うようになってから重装槍騎兵が衰退し、その結果
>銃剣を使う歩兵が活躍するようになったってことでいいのかな。
その理解で間違っていないと思います。重装槍騎兵の衰退はホイー
ルロックピストルを持ったピストル騎兵(レイター等)の普及によっ
てもたらされ、かつピストル騎兵は対歩兵(槍兵)に対し重装槍騎兵
ほどの攻撃力を持つことはついぞ無かった。これが16c後半から17cに
かけて歩兵における槍兵の割合が徐々に低下していった事の主要因で
あると考えます。
槍が完全にバヨネットに置き換えられるためには、銃自体の改良(
軽量化、信頼性の向上、フリントロック化)を待たなければならなかっ
たというのも事実でしょうが。
上ちょっと補足しますと、ピストル騎兵は重装槍騎兵に対してのみ 強かった特殊な兵科です。ピストル騎兵の歴史的役割は、重装槍騎 兵を絶滅させつことにのみあったと断言しても良いほどでしょう。 ピストル騎兵が対歩兵戦術として使用したカラコール戦術は現実に は殆ど効果を上げることができず、結局17c後半から突撃部隊であ る重騎兵の主兵装はサーブルとなることになります。
そういえば先月川越のお祭りで川越藩の火縄銃隊つーのが発砲の実演を道の真ん中でやってくれてたんだけど、空砲でもええでつね。 大勢いる観客の中でワーテルローの方陣思い出して萌え〜〜とか思ってたバカはあたしぐらいだろうな(死
52 :
誰かお願いします :03/08/05 02:04
なるほど、一口に進化って言っても試行錯誤してるわけですね。 とするとデュマの「三銃士」なんかはまさにその過渡期の話ですね。 たしか、ラ・ロシェルの戦闘の描写があったと思います。 36氏の話を聞くと、銃士隊って騎馬にも乗るし銃も撃つんでピストル騎兵の一種なんでしょうか? 今気がついたけど、1760年製のピストルのレプリカ(引き金も撃鉄も可動)あったんで 玄関に飾ってたのが、母に捨てられておりました・・・・ 鬱だ・・・戦列の1列目に立って逝ってきます
戦列歩兵というと、キューブリックのバリー・リンドンを真っ先に思い出すな。 男同士の愛もしっかり描かれてた(w
>>52 いわゆる「銃士隊」は1622年にルイ13世が創設したもので、マスケット
とレイピア(一部サーブル)で武装していた近衛軽騎兵です。国王より
直々にマスケット銃をいただきそれを主兵装としていたため、「銃士(
マスケッティア=マスケット兵)」の名が付きました。ちなみにただの
マスケッティアでは一般的なマスケット銃兵と区別がつかないので注意
が必要です(「銃士隊」は近衛銃士隊、若しくは近衛マスケット兵と呼
ばれるべきでしょう)。
主兵装がマスケット銃であることから「銃士隊」はいわゆるピストル騎
兵とは異なります(ピストル騎兵は複数のピストルを携帯し、装填動作
を行わずに複数回射撃を行えるのが特徴です)。下馬戦闘も多かったこ
とから、むしろ後の竜騎兵の走りと見るべきではないでしょうか。
55 :
誰かお願いします :03/08/12 00:18
>>54 つまり「銃士隊」とは、騎馬で機動力を発揮しつつ、いざとなれば、
下馬戦闘で銃撃戦(当時の整列した銃撃戦かな)もしつつ、近接戦闘で剣でも戦うっていう
マルチに使える近衛兵で、その用兵が後々竜騎兵にながった、と・・・
そう考えるなら、やっぱ17世紀前半の戦列歩兵はそろそろ、銃器を持ちつつもまだまだ
長槍が主体の防御戦重視の兵科だったと考えられますね。
逆に言えば、そんな歩兵事情な時代の国王の近衛隊だからこそ、
機動力と火力を持った歩兵「的」兵科が特殊部隊として活躍し得る素地になったわけですわな
56 :
世界@名無史さん :03/08/12 23:51
テルシオがある意味でまさにそれなんだろうな。 動く城というか城壁で、重厚だったからいったんぶつけられると 持ちこたえられる者はいなかった。 ちなみに銃剣はいつ頃から実戦に使われるようになったんだろう。 フロンドの乱とかではまだ使われてなかった?
57 :
世界@名無史さん :03/08/12 23:54
>>56 銃剣はルイ14世時代から。
>>1 が想像してるような風景が一般化するのはスペイン継承戦争くらいからじゃないのかな。
58 :
世界@名無史さん :03/08/13 00:04
>>57 いや、ルイ十四世時代といっても長いから。
誰が発明したとか、どこの連隊で最初に装備したとか、
何年から記録に残ってるとか分からないものかと思って。
どうやら少なくとも、親政開始以降と見ていいようだね。
59 :
世界@名無史さん :03/08/13 00:04
ああ
60 :
世界@名無史さん :03/08/13 02:24
>>16 なるほど。
Europa Universalis IIというゲームでは、
戦闘において「残兵数」と「モラル」の二つが算出され、
往々にして「モラル」の多寡で戦闘が決着するようになっていますが、
そういった事情をモデル化したものだったのですね。
61 :
世界@名無史さん :03/08/13 02:41
>>58 銃剣が発明されたのは1670年頃。装着方法はしばらく試行錯誤があったみたい。
フランスのヴォーバンが本格的に用いてファルツ継承戦争から威力を発揮したようだ。
(うろおぼえ)
初めの銃剣は、ソケットのように銃口に差し込むタイプ これだと付けたまま射撃出来ないので、銃の下部に差し込むタイプとか スパイクタイプなどが出来た。 中国の小銃は、銃剣が折りたたみ式でくっついているのもある。
(⌒V⌒) │ ^ ^ │<これからも僕を応援して下さいね(^^)。 ⊂| |つ (_)(_) 山崎パン
銃剣はなるほど、銃の全長が長いからこそ「槍」としての補助機能を備えるわけですからなぁ マスケット銃の資料は手元にないけど、三八式が約130センチくらいだったとかだから、 その数世代前の銃だとやっぱ種類にもよるだろうけど、平均して15,60センチはあったんだろうなぁ それに、約4,50センチの銃剣や銃槍をつけると・・・たしかに、短槍くらいにはなりますな そーいえば、イギリス軍のWW1の時の西部戦線の銃剣は刃渡り60センチくらいだったとか。 エンフィールド銃+60センチ・・・ さぞや塹壕では使いづらかったことでしょうなぁ
フランスのシャルルヴィルで銃の全長150cm強、銃剣が40cm程度ですね。 各国とも銃+銃剣で200cm前後というのが標準だったようです。
必要ない時に、着剣する兵士はいない。 まして、塹壕で小銃に着剣して歩くのは、戦争神経症でイカレた奴だけでしょう。
>>67 たしかに、WW1の西部戦線の兵士は近接戦闘用にナイフや、スコップ、
メリケンサックみたいなやつを持っていたそうですね。
38式の銃剣は狙撃時に銃身の跳ね上がりを防ぐ役目もあったと「丸」かなんかで読んだ記憶があります。
そのためか、当時の写真だと行軍中とかでも着剣してる兵士を見ますねぇ
まあ、この場合、突発戦闘のためかもしれませんが・・・
最初の方でカキコしましたが、戦列歩兵(マスケット兵以降)の攻撃で、 いわゆる「ターン制」ははたしてあったんでしょうか? 「パトリオット」では突撃して第一線を突破した大陸軍が射撃体勢のイギリス軍に無抵抗で隊列を整え撃たれる場面もありました。 また、世界史板のカキコだったと思いますが、英仏軍が対峙したとき、お互いに先制射撃の権利を譲り合い、 最終的に英軍が先制攻撃を加え仏軍に大打撃を与えたとか。 今の感覚で言えば、目の前の敵の隊列が今にも発砲しようとしていたら、ましてや自軍が不利ならば やけっぱちで一斉射撃か突撃でも命令しそうなんですが、 やはり、当時のマスケット銃の命中率うんぬん&やはり限定戦争ならではの余裕からか、 騎士道精神というか、スポーツマンチックな戦争のルールが存在していたんでしょうか・・・ つーか、俺が指揮官なら絶対、相手が撃つ前に撃ってますけどねw
そしてその射撃のターン制ですが、これがヨーロッパ同士の戦いならともかく、 新大陸での、イギリス・フランス軍とかとインディアンとの戦いの場合、どうなったんでしょうねぇ 戦列組ませて一斉射撃しようとした指揮官の脇の茂みからトマホーク持ったインディアンが・・・ なんてざらにありそう。 そんな場合は兵士は隊列組んで銃槍の槍ふすまでインディアンの突撃を押さえたんだろうか・・・ 押さえたとしても弓矢や少数のマスケットで斬撃されていくと思うんですが・・・
71 :
世界@名無史さん :03/08/25 17:32
>>54-55 亀レススマソ。
銃士隊には、旗も歩兵隊旗と騎兵隊旗の二つがあったらしい。
歩兵「的」兵科というか、本人たちは「騎兵も歩兵も両方出来る、万能の
超エリート部隊」という意識でなかったかと思う。
何しろ国王自らが隊長だし、隊員が二〜三百人だから実際の戦闘に
どこまで影響し得たかという問題もある。
17世紀後半のルイ十四世時代もこの状況だったというから、
実は銃剣発明後も基本的には変わらなかったんではないかという気がする。
>>71 サンクスです
なるほど、将棋で言うと「飛車」や「角」みたいなものですな
ただ、彼らの目的って、最終的には隊長である国王の人肉弾よけって感じがしますね(暴言かも
しかしながら、超エリート集団であり、当時の歩兵騎兵の能力を兼ね備えた兵科であったともいえますね
>>69 先に撃った方が不利、というケースはある。
撃ったら、次の弾を装填しなければいけない。
相手の兵士は迫ってくる。
焦る。
逆に撃たれた方は、次に撃たれるまで、時間がある。
その間に距離をつめて、確実に撃つことができる。
じっくりひきよせてから、撃つ、これ大事ね。冷静な指揮官できる。
「イーグルを奪え」って本に(小説だけど)詳しいかな。
あと、当時のひとたちは、集団になってないと(周りに戦友がいないと)
戦えなかった。無線もないし。スカーミッシュ?も、後ろに自分の部隊が
見えていたから、戦えたはず。
違ってたら、教えれ。
WW1どころかWW2でもスコップ(エントレンチング・ツール)を白 兵戦にも使用しているようです(「ドイツ軍ユニフォーム&個人装備マニ ュアル」グリーンアロー出版社)。
軍で使うスコップは立派な凶器だぞ。 人を突き刺し、切り裂いて殺す、十分な能力がある。
スコップって戦場じゃなくても凶器として使われてるからねぇ。 あれで殴られた跡の死体はかなり悲惨な状況に。 検屍の写真とか見ると痛そうでつよ
77 :
世界@名無史さん :03/09/02 00:50
盆栽用の小さいスコップ想像してると笑うかもしれんが、 土木用のスコップは、振り回す分にはヘッドが多少軽いだけの斧だからな。 実際に振り回してみたらわかるが、4〜5センチくらいの木の枝なら 一撃でバキッと折れるわ、木の幹に突き刺したら結構ザックリ切れこみ入るわと、 かなり凶悪。公園の管理の人ごめんなさい・・・・・。
そう考えるとやはりPioneerは強いってことでOK?(ヲイハナシガチガウゾ
カラーでリメイクされた「西部戦線異常なし」でもギザギザのついてる銃剣を持ってた 新兵に向かって、「そんなのよりスコップのほうが役立つぞ」とベテラン軍曹が アドバイスするシーンがあったよね。
>>5の方の、敵が攻撃しそうならば伏せてみてはという意見に関して、 個人的な意見では、恐らく相手からの命中率が下がります。しかも 装填に時間がかかる。当然、相手も同じ戦略にでるので、互いに長期 戦になりそうです。ゆえに補給が充分な方が有利に展開しそうですが、 長期戦になると経費がかさむので指揮官などはこの様な戦術をとりに くいと思います。
タイトル忘れたが、前みた映画で敵の一斉射撃前に自軍の歩兵を伏せさせて被害を 軽減させ、てきの斉射の後立ち上がって射撃し損害を与えるというシーンがあったよ。 ただし、士官以上は伏せてなかったので敵の一斉射のあと馬上の指揮官が次々被弾・ 落馬し、立ってた士官もバタバタ倒れるシーンがあり結構わらえた。
最近「クロムウエル」の映画見ました。 あの時代のイングランドは槍兵が多く、マスケット兵(?)がいて、 騎兵はサーベルかなんか持ってました。斥候役でピストル騎兵が出てきてました (レスで出てきたやたら単発式のピストルをいっぱい持った騎兵) 映画は主にネーズビーの戦いを再現してましたが、かなり萌えましたよ 砲撃の後に、ちゃんと丸い砲弾があたりに転がってる演出もあったし。
スコップの話、WW2のドイツ軍でも出てきますね。威力を増すために縁を研ぐんだとか 映画の中の話で恐縮ですが、「クロムウエル」の中では槍兵とマスケット兵が同時に前進してました たしかに、序盤は砲撃戦。騎兵の突入を歩兵が槍ふすまで防いでましたが 反撃の歩兵の前進でマスケット兵も前進してました。 ちゃんと3段構えの隊列なのにw あの場面以外は、確かにあの時代の戦争っぽくてよかったです
>>83 マスケット&パイクの世界でつね。
いいでつね。
マスケットとパイクがやがて銃剣=マスケット+パイク となっていったため、パイク兵がいなくなったのだろうか?
>>85 16世紀後半に重装槍騎兵がいなくなったんでパイク兵が減少しはじめ、さらに
17世紀末からのソケット式銃剣の普及により18世紀前半にパイク兵が完全にい
なくなる、という順では。
>>86 遅いレスですが、このスレッドの方々のお話では大ざっぱにいうとその流れですね。
ということは、あの映画の戦闘描写はまさに、その過渡期の戦闘の再現でありますな
ある意味、最近映画にはなかなかない描写ですので、一件の価値はアリかと
まあ、ちょっと突っ込みたい部分もあるにはありますがw
>>79 「捕虜になってギザギザ銃剣見つかったら
殺されるぞ」じゃなかったかな
89 :
ACE ◆Z7a1IZ9GTI :03/09/14 23:37
>>89 のスレはすごい参考になる
勉強させてもらいました
91 :
ACE ◆Z7a1IZ9GTI :03/09/21 16:52
スコップネタをまた掘り返してしまいますが、 COMECONでスコップは規制がかかっていますか? 飛行機の機内持ち込みは可能ですか? あと、鍋の代わりになりそうなのですが、そういう使用方法はあったのでしょうか? ご存じですか
92 :
AIRSHIP :03/09/22 18:35
海軍の機関兵が、磨いたスコップ(石炭用)ですき焼きを作る話が海軍グルメ話? という本に乗っていた。 軍用のスコップは、鉄板が厚いのでフライパン代わりに 成るとは思うが、塗装されているので、使い勝手は悪いと思います。 また、塗装がはげて光ったりすると時分の身が危ないので、陸軍では余りやらない のでは? その上、スコップに熱を加えて、鉄の硬度が低下すると、地面も彫れず 武器にも使えず身の破滅を招く事と成ります。
>>92 の「AIRSHIP」さんへ
ありがとうございます。
94 :
世界@名無史さん :03/09/22 20:11
バルタンがいないと軍事関係のスレは盛り上がらないな。
95 :
ACE ◆Z7a1IZ9GTI :03/09/22 20:24
PC「コサック」の続編「アメリカン・コンクエスト」では、17,18世紀 が舞台ですが、銃は距離に応じて威力が変化し、接近した場合が当然威力が増す ので、相手を十分引きつけた状態で斉射すると効果が高い。一方、弓矢は距離 による影響がないため、威力は距離に影響しないという。弓矢の設定に多少 無理があるような気がしました。
スコップネタでひとつ。 ビルマで戦った旧日本陸軍兵士の回想で 敵と白兵戦になった折にたまたま手元にあったスコップを無我夢中で振り回したところ 相 手 の 頭 に ザ ッ ク リ 以後白兵戦に措けるスコップの有用性が現場の兵士の間では高く評価されたそうだ。
>>96 ソ連軍(ロシア軍)は白兵戦におけるスコップをいまでも重要視しているらしい。
98 :
世界@名無史さん :03/09/22 22:41
>>97 スコップを使った格闘術なんかも訓練するらしいですからな。
99 :
世界@名無史さん :03/09/23 00:45
>>99 今までの俺だとプッとか言ってたかもしれんが
ここまでスコップの恐ろしさを散々聞いた後だと
ふつーに恐ろしいな・・・・・・・・・・・・・・・・・。
101 :
世界@名無史さん :03/10/09 21:41
「ラストエグザイル」で、空気銃で斉射。 映画「パトリオット」の影響か?
バリーリンドンだろ。 パトリオット?んな糞映画知らんわ。
第1話だったかな、軍服が映画「パトリオット」にでてきた フランス軍の水色と白だったような気がしたもので。 もっとも帽子は、オーストラリア軍のマイター様式?
104 :
世界@名無史さん :03/11/01 21:32
「バリーリンドン」はいい映画だ、ただ古いのが難点だ。 「パトリオット」はいい映画だ、ただ新しいという点で。
そういえば「将棋」は「歩」が並んでいる。
ふーん
107 :
世界@名無史さん :03/12/07 03:43
l
久しぶりの1です 俺が映画をネタにしてしまい、申し訳なく思ってます これまでのおおざっぱな流れを自分なりに整理してみました 中世〜近世 重装槍騎兵が敵歩兵戦列の粉砕役だった 歩兵戦列はパイクないしはマッチロック、もしくはフリントロックの銃を装備していた 重装槍騎兵対策に生まれた、ピストル騎兵により重装槍騎兵は衰退し、軽装の騎兵が生まれた 同時に、騎兵の軽装化や大砲の進化で歩兵のパイク戦術も銃砲による戦術に移り変わった その過渡期はどうやら1600年代っぽい(これは俺の思いこみも大きい 近世〜近代 銃砲が発達し、騎士階級も没落し、国民軍の編成に入り傭兵の需要も減り始めたこのころ。 技術を必要とする弓矢よりもかねてより、そこそこの素人でも使える銃砲が重視されるようになった これは前述した重装槍騎兵の衰退も影響していると思われる。 欧州各国で自国民を兵士にする動きが加速すると、戦術のマイナーチェンジにより銃砲の価値にも注目が集まる 18〜19世紀には総力戦でないにしてもかなりの動員数を必要とする会戦が多くなり、 ほどほどに訓練すれば発砲できるマスケット兵の需要が多くなった。 そんな状況下で欧州のマスケットや単発銃は、命中精度よりも発射速度を重視した仕様に変わっていく これは16世紀に日本に伝わった火縄銃とは性質を異にする進化を遂げることになる これ以降(前後とも言えるが)欧州では、マスケットの隊列が命中率の低い銃を至近距離で発砲しあうことで 互いの戦列の士気を打ち砕き、軽騎兵の突撃で敵軍の戦列そのものを崩壊させる戦術が多くなってくる
砲兵についてはこのスレであまり扱われないし、よくわかんないので概念論だけ 砲兵はもともと攻城戦で使用されていた。(日本でも石田三成が関ヶ原で使ったのが始めてとされている それを野戦でいつから使用したのかわからないが、りゅう散弾の開発まではそれほど大きな位置は占めていなかったかも知れない 少なくとも、打撃力という面に関しては。 轟音と高速で飛んでくる鉄球は確かに戦列を組む歩兵には脅威だったかも知れない しかし、それは横隊戦術である程度回避できたであろうし、構造上精密な射撃も期待できないであろうから やはり大きな脅威としては攻城戦だったのであろう(18世紀以降欧州で大規模な攻城戦があったかどうかはともかく 大砲はこのくらいにして、近代以降の歩兵についでではあるが、19世紀半ば以降の銃器の発達、 特にライフル弾や金属式の薬夾の出現で発射速度が急激に進化したことが、戦術の転換を促す契機になったのは間違いなさそうである だが、普仏戦争、南北戦争、戊辰戦争、日清日露戦争と、前時代の戦列歩兵を意識した戦術が支配していたこの時代において、 急激に発達した小火器での犠牲者は格段に増加したと思われる それと同時に、攻撃側の決定的打撃力もまた歩兵の戦力であったのも完全否定できない。 19世紀中盤以降の欧州各国が植民地などで旧式の火器を装備した現地部族などとの戦闘で火器による圧倒的戦力差をかいま見る機会は大いにあったにもかかわらず、 攻撃戦術それ自体への改良を施さなかったのは罪であると同時に、戦車の開発を待つ他はなかった技術的限界も、20世紀初頭の不幸を避けられなかった要因だろう すなわち 第1次世界大戦の塹壕戦は歩兵の横隊戦術も、騎兵による砲兵の支援の下での突撃も無力であると知らしめた このような、歩兵の火器の強化による犠牲者増加のデキレースを抑止するには全く違う概念の兵器導入が求められるのはある意味自然な流れであったかもしれない
以上のような果てしなくおおざっぱな流れで、 戦間期〜2次大戦までに、リデル・ハート、グデーリアンによって、 イギリスやドイツで戦車運用論が唱えられ始めたのではないでしょうか。 それと同時に、多くの戦場になったフランスでは「防御戦術」が重視され、 ヴェルダンやマルヌの戦訓からマジノ戦による防御戦術に至ったのではないかと思います。 今までのレスやリンクをふまえての果てしなくおおざっぱなまとめ(らしきもの)ですんで 突っ込み大歓迎です。というか、書いた自分でも、めちゃくちゃだって思いますw
111 :
例の170 ◆vBOFA0jTOg :03/12/17 00:56
遅れてスマンが突っ込み逝くよん。
>>108 >その過渡期はどうやら1600年代っぽい(これは俺の思いこみも大きい
はい、100年前倒して1500年代になります。
>銃砲が発達し、騎士階級も没落し、国民軍の編成に入り傭兵の需要も減り始めたこのころ。
傭兵軍は騎士階級の没落と呼応して主力に成り上がっています。
傭兵が戦場の主役だった15〜17世紀の段階を省略するのは問題では。
戦列歩兵の発展にのみ焦点を絞るなら、軽く触れるだけでもいいと思いますが。
>技術を必要とする弓矢よりもかねてより、そこそこの素人でも使える銃砲が重視されるようになった
16世紀中に、鉾と弩や長弓から銃砲とパイクと砲にだいたい置き換わっています。
>欧州各国で自国民を兵士にする動きが加速すると
ナポレオン以前の常備軍と以後の徴集兵ではかなり性格や利点欠点が違うので、その区別は強調
すべきかと。
>18〜19世紀には総力戦でないにしてもかなりの動員数を必要とする会戦が多くなり、
「動員数を必要とする」というより、国民皆兵や産業革命のおかげで「動員できるようになる」とするべき
でしょう。中央集権や重商政策が進むにつれてそれ以前からどんどん大きくなっていたことも確かです。
>ほどほどに訓練すれば発砲できるマスケット兵の需要が多くなった。
パイク兵が洗浄から消えたのは、銃身に取り付けるタイプの銃剣の発明のためです。
112 :
例の170 ◆vBOFA0jTOg :03/12/17 00:56
>>109 >砲兵はもともと攻城戦で使用されていた。
発祥の地北アフリカorイベリアではそうですが、西欧で始めて大砲が投入されたのは百年戦争のクレシー
会戦であることを忘れてはいけません。三兵戦術の理論などからも、西欧では積極的に野戦で大砲を活用
していたと見るべきです。
>それは横隊戦術である程度回避できたであろうし、
すみません、煽らせて下さい。
(゚Д゚)ハァ? 藻前は冒険の電波でも喰らったか? 香具師の妄想以外でんなことあり得ねー。
横隊戦術を終焉させたのは、クリミア戦争でその威力を示したミニエ弾丸と、普襖戦争で投入されその
有効性を知らしめた後装銃です。
前者は、普遍的に使える前装式ライフル銃を実現化し、狙いを正確化したことで密集横隊を組む意味を
無くしました。
そして後者は、伏せでの装填を可能にして立ったまま撃ち合うことを無意味にしました。
>>例の170氏 書いてる俺自身が「あやしぃ」って思う部分への突っ込みありがとうございます >傭兵軍は騎士階級の没落と呼応して主力に成り上がっています。 >傭兵が戦場の主役だった15〜17世紀の段階を省略するのは問題では。 >戦列歩兵の発展にのみ焦点を絞るなら、軽く触れるだけでもいいと思いますが。 この当たりの時代設定された映画を見つけました。 ルトガー・ハウアーとジェニファー・J・リーの「地獄城の冒険」ってヤツです 典型的なB級ですが、傭兵と大砲、鉄砲の混合の戦場描写がありますた >16世紀中に、鉾と弩や長弓から銃砲とパイクと砲にだいたい置き換わっています。 へぇ・・・。すると、クロムウェルの時代の戦場はすでにある程度完成された戦術のぶつかり合いだったのか・・ 勉強になります >ナポレオン以前の常備軍と以後の徴集兵ではかなり性格や利点欠点が違うので、その区別は強調 >すべきかと。 ここはよくわかんないです。ナポレオン=国民軍の編成=士気の高い常備軍ってイメージがあります 前述の傭兵→国民軍の間の課程を無視したが為に俺のこの矛盾が発生したのかもしれませんね 170氏の言い方ではむしろ、ナポレオン以前の徴募兵の方がモラールが上ともとれますが。 いや、煽りとかじゃなくて純粋にw わかってくださいね
>「「動員数を必要とする」というより、国民皆兵や産業革命のおかげで「動員できるようになる」とするべき >でしょう。中央集権や重商政策が進むにつれてそれ以前からどんどん大きくなっていたことも確かです。 なるほど、それで会戦の動員が格段に増加したわけですね。 つまり、どっちも「イケイケドンドン」だったから。ってのも言い過ぎでしょうけど、 似たような状況だったと思えますね。 ちなみに、その皮切りはやはりナポレオンの国民軍の編成からなんではないでしょうか? もちろん、当時のフランスの徴兵適齢人口の多さもあるかと思いますが、 彼の底なしの動員力のからくりが国民皆兵にあると知った列強が続々と真似をした。とも考えられますよね? もちろん、現代的な徴兵でなくとも(イギリス海軍の強制動員みたいな感覚でも)
>パイク兵が洗浄から消えたのは、銃身に取り付けるタイプの銃剣の発明のためです。 なるほど、もともと銃器の進出でヤバメの重層槍騎兵に変わった軽騎兵、対する歩兵の密集戦術 騎兵の長い槍さえなくなりゃ、バカみたいに長い槍を持つ歩兵もいらなくなりますよねw 撃つだけ撃って、突撃してくるサーベル構えた軽騎兵には、慌ててはめたソケット銃剣(銃槍)でも なんとか太刀打ちできるって心理なんでしょうか。 日本の長槍は隊列同士でたたき合うのが多かったみたいですが、西洋の長槍はそうではないんでしょうね つまり、騎士階級以来騎兵の需要があったために(日本式で言う)騎馬隊のコストが低かったから 戦場で比較的気軽に(相対的にって意味で)騎兵の突撃を敢行できたのかもしれませんね 種馬の種類にもよるでしょうけど、それを古式銃+ソケット銃剣で排除できる環境でもあったと・・・ 重ねて、日本は山がちで平原が少なく騎兵が主力として活躍する余地も少なかったでしょうし、 実際武田騎馬軍団は動員の上でも創作の可能性が高いですからね。 鉄砲という新兵器の需要が高まりつつも、ヨーロッパにおける決戦兵器の騎兵が有効活用できなかったために、 長槍が生き残ったのかもしれませんね
>発祥の地北アフリカorイベリアではそうですが、西欧で始めて大砲が投入されたのは百年戦争のクレシー >会戦であることを忘れてはいけません。三兵戦術の理論などからも、西欧では積極的に野戦で大砲を活用 >していたと見るべきです。 言われてみればそうですね。そうでなきゃ、野戦での砲兵の地位はゼロに等しいですから いわば、「野戦でより有効な」砲兵を目指して留散弾が開発されたのかもしれませんね >それは横隊戦術である程度回避できたであろうし、 すみません、煽らせて下さい。 これについては語弊が少々w 転がりまくる砲弾を避けるために50名3列横隊ができたと思うんですが。 というのも、伝記で見かける単発銃の効率的発射の為の3列(長篠の戦い)とかではなく、 転がる砲弾で後ろの列までも損害を受けるのを避けるために考案されたのが3列の横隊と聞きます 欧州では野戦で大砲が用いられていたために、その損害を押さえるために縦3列の隊列になったと本で読みました。 以後の3列の横隊の歴史については、170氏の説に反論の余地もありませんが、 いや、読み返すと俺の言葉足らずのせいですねw
補足でスマソですが 徴募兵=ヴェルバラででてきた、オスカルが左遷される「警備隊」みたいな感じかな? イメージ的にぱっとその辺が思い浮かびましたw
118 :
世界@名無史さん :04/01/16 04:34
勝てばよかろうなのだぁぁぁ−−−
1=例の170
ageとこう 読み返すと支離滅裂っぽかった
121 :
例の170 ◆vBOFA0jTOg :04/01/21 00:25
ああ、待たせてスマソ。筆が進まなくてな…。
>>113 >ここはよくわかんないです。
フリードリヒやルイ14世などの常備軍は、傭兵制(カンパニー)を源流に持つ国王の私兵集団です。
貧民階級から集められた傭兵や、強制的な徴募によりかき集められた民衆からなります。
利点としては、弛まない訓練により、高い装填/発射の速度、急な旋回などの複雑な部隊運動。そして
生産階級を傷つけない、つまり戦争でいっぱい兵が死んでも国力を損なわないという事です。
フランス国民軍は、愛国心と自尊心を持つ徴兵軍です。
その利点は、その士気の高さから常備軍では考えられないほどの無茶な行軍や行動が出来ます。
以前の横陣を含む密集陣には歩兵が混乱して潰走したり敵前逃亡するのを防ぐ意味もありましたが、
国民軍にはそれが不要だったので、散開隊形など各兵員の自発的な戦闘行動を頼りにすることも出来る
ようになりました。
あとは、数をとにかく揃えられることですね。
>>114 まずは誤解があるようですが、国民軍を編成したのはナポレオンではなく、フランス革命政府です。
ナポレオンは国民軍の特性を良く理解し、それの特性を最大限に生かした戦術を採ったことで国民軍の
強さを知らしめ、ヨーロッパ中に国民軍を広めました。
つーか漏れの「ナポレオン以前の常備軍」からして間違ってましたな。スマソ。
>>115 >騎兵の長い槍さえなくなりゃ、
いや、イギリスではナポレオン戦争までは廃止してたそうだが、ランスと胸甲で武装した重騎兵は別に
いなくなってないぞ。銃に取り付けたバイオネットの長さは2mにもなる。歩兵を圧倒するにはツライが
騎兵を威嚇するなら十分な長さ。
>>116 >転がる砲弾で後ろの列までも損害を受けるのを避けるために考案されたのが3列の横隊と聞きます
ああ、漏れはマウリッツ公の横隊戦術は火力を前面に集中するため、と捉えてたが、そういう考え方
もあるんね。
>121 ナポレオンの時に見られた散開隊形は、 戦争の形態が、砲撃や銃撃になったことが影響するのではないでしょうか?
123 :
世界@名無史さん :04/01/21 17:46
>>122 散開隊形を取る軽歩兵戦術は以前から重要視されてましたが、それなりの士気と錬度を
持つ兵士でないと務まらないので、金銭&強制徴募でロクな人材が集まらない軍隊では
したくても導入出来ず、国民皆兵の士気の高い軍隊でようやく導入できたと、そんな
感じじゃないかと思います。
よって戦争形態の変化よりも、国家システムの変化による兵士の質の向上が大きな要因
だと思います。
散兵といえば、アメリカ独立戦争時の大陸軍で、民兵が行っていたイメージが強い。
>>121 なるほど、国民軍の編成よくわかったっす
槍騎兵ですけど、「ワーテルロー」でフランスの槍騎兵出てきてましたなw
>>124 そのイメージ強いですよね
126 :
世界@名無史さん :04/02/03 11:13
ナポレオン戦争時代の戦列歩兵のあの、お互いが立ったまま交互に一斉射撃する戦いって 敵味方の距離が平均何メートル位で行われてたのですか?
127 :
AIRSHIP :04/02/03 21:03
>>125 敵の白目が見えてから撃てと云われていましたので、凡そ50mぐらいではないでしょ
うか
>>126 >>89 のリンク先で射程及び命中精度の比較が載っていたような・・・
70歩前後って話も聞いたことあるけど、それでいくと
>>150 氏の言うとおり、
だいたい50m程ではないんでしょうか?
129 :
世界@名無史さん :04/02/11 15:59
あまり戦列を組まない罠。
火力を重視するために横隊になったのです。 縦隊は移動が楽だが(基本的に前の兵士にくっついていけばいい)、列数が多すぎて火力を発揮できるのは前3列ぐらいまで。 対する横隊は全員が射撃できたので火力が違う。 特に、イギリス軍の2列横隊は同じ戦力でも横隊を敵側面に延伸させて射撃することができた。
132 :
世界@名無史さん :04/03/04 23:54
めちゃひさしぶりの1です。 今度公開される「マスター・アンド・コマンダー」ってこの時代の映画っぽいですね。 戦列歩兵はあんまり出てこないですが、海軍のノーガードの殴り合い的砲撃戦とか出て来るんですかね? ちょっとわくわくしてますw
>>132 というのはあれだけど、戦列歩兵はでてこないけど至近距離で砲撃し合ってみたり、海兵隊の射撃が有ったり。
萌え〜なツボは押さえてます。
エビとカエルの殴り合い!マチュリンおまいさんはブラックジャックかyo!(藁とか
細かい事言うとMaster and Commanderはオーブリーの1巻のタイトルで航海長兼海尉艦長って事だけど
10巻のThe Far Side of the Worldではとっくにちゃんとポストキャプテンなんですが(w
なんで映画のタイトルを1巻のに下んだろう?
そういう細かい突っ込みと映画会社の酷い仕打ちで間違って見に来ちゃった何も知らない客の反応の悪さとかあるけど
それを抜きにしても楽しいですよ。
てか帆船スレにどうぞ(w
134 :
世界@名無史さん :04/03/31 11:59
18世紀頃のテキダン兵って何メートル位まで手榴弾を投げれたんですかね? 砲丸投げの元ネタは、テキダン兵との噂がありますが・・・
あの、何でわざわざ、「砲丸」投げ、を謳ってるのか考えて見られては。 グレナーディアが投げてたのは、「手榴弾」じゃないですよ。
グレナーディアって爆発物を投げつけてたんじゃないの? ほんとに砲丸なげてたの?
とりあえず、砲弾の類には時限信管も火縄も付いてないと記憶してるし、火縄付きの 投擲用爆薬を手榴弾と呼ぶのが不適切なのかどうかは俺には分からない。
保守も兼ねて。 「サハラに舞う羽」見ました。どっかで書かれていた方陣萌えましたw マフディの乱って1880年だか90年だったと思うんですが、英軍がまだ赤いんで 19世紀末期くらいってのはわかりました。 で疑問ですが、映画にもでていたんでよくわかるんですが、英軍はすでに後装式ライフルを採用し、 装填速度も命中率も格段に上がっているのに、マスケット兵時代のような方陣を組んでいました。 やっぱ当時の植民地に派遣された部隊はやはり、横隊だけでなく方陣も活用していたんでしょうか? たしかに、砂漠の民族の騎馬集団には中央の重火器や物資を守るのには適しているように思えましたが、 前方に遮蔽物を構え、機関銃、ガトリング砲などで前面を固めた戦術の方が損害を減らせるんでは?って思いました。 マフディの乱あたりとボーア戦争では時代がちょっとだけ違いますが、この辺どうだったんでしょう・・・ それとも、近代的火力戦術的な防御戦術も方陣に加えて当時は活用されていたのでしょうか 久しぶりに厨な書き込みですがw
>138 サハラに舞う羽根自分も見ましたよ 内容のほうは・・・な出来でしたが。 1さんが言っている方陣についてですが、まず方陣が守備的な陣形で あり騎兵の突破力相殺するのに有効な陣形である事を理解してください。 1さんが仰ってる様に機関銃や大砲があり火力で敵を圧倒できるのであれば 間違いなく横隊戦術を採用するでしょうし実際1898年のオムドゥルマンの戦い では火力でダルウィーシュ軍を圧倒しました。 しかし相手より兵力や火力で劣る状況では硬直的な横隊戦術では柔軟な行動が取れず 騎兵突撃に脆いだけでなく後ろに回り込まれる可能性すらあります それに比べ方陣は敵に背中を見せる事がないので後ろに周り込まれたりすることもなく 第一陣を騎兵避け(銃剣を突き出し馬の足を突く)第二陣以降が敵に発砲すると役割が 決められるので効率よく騎兵に対処できます。 以上からもあの状況で方陣をくんだ事は至極妥当だと思います。 それより赤っぽい服を着た騎兵が近づいただけで方陣を解いた 事の方が問題なような・・・。
140 :
世界@名無史さん :
04/05/16 00:24 age