ヨーロッパが1つに統一されなかったのは何故

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1しゃるるまーにゅ
中国は巨大な統一国家が何度も登場しているのに
ヨーロッパは、その半分も面積がないにもかかわらずローマ帝国以後
なぜに統一されず、いくつかの国に分裂したままだったの?
やっぱりゲルマンの王権相続制に問題があったんですか?
2世界@名無史さん:03/02/14 09:15
2get
3世界@名無史さん:03/02/14 09:19
地形考えろ。
4Peak:03/02/14 09:29
地形については古代ローマ帝国の例もあるから、
克服できないほどではなかったと考えるべき。
5世界@名無史さん:03/02/14 09:35
わざわざ克服してまで統一しようという機運が無かったから。
6946:03/02/14 09:53
>>5
だからそれはなぜ、と>>1は聞いてるんではないのか?(w
7しゃるるまーにゅ:03/02/14 09:58
ローマ帝国の最大時の領土は約720万平方q、唐もだいたい800万平方q
ですよ。
シャルルマーニュ時代のフランク王国なんてせいぜい100万平方qなんですよ。
あくまでも面積だけの話だけど。
8世界@名無史さん:03/02/14 10:03
>>4
それはどうだろう。
古代ローマ帝国の版図は全ヨーロッパを含んだものじゃなく、あくまで地中海沿岸だけだろ。
9Peak:03/02/14 10:06
>>8
はあ?
ブリテン島やガリアやゲルマーニアはローマの版図ではなかったですか?
108:03/02/14 10:20
つまり、北ドイツや北欧、東欧はヨーロッパじゃないわけですね。

そういうつっこみが来るとは思わなかった……
11世界@名無史さん:03/02/14 10:23
>1
ローマ帝国の時点でも厳密には統一されていない。
12Peak:03/02/14 10:27
>>10
はあ?
レスよく読んでね?否定疑問文がわかりませんか?
そっちが「地中海だけ」と言ったから
「今のイギリスや北フランスやドイツはローマの版図ではなかったですか?」
つまり「版図でしたよね?」と聞いたんですが?
もう一つ、ブリテン島はどう考えても地中海沿岸ではなく、
北ヨーロッパに分類されておかしくないですよ。
口あんぐり。
13世界@名無史さん:03/02/14 10:29
>>1
ある意味せまかったからこそ逃げ道がなくて統一できなかったとも言えるぞ。

イスラムやモンゴルなどの侵入に対して南宋のように逃げて実力を温存する場所が
なかった。

中国は長江流域だけでも世界有数の生産力があったがヨーロッパは貧弱だからな。
14しゃるるまーにゅ:03/02/14 10:34
ヨーロッパをウラル山脈以西と考えた場合、現在でも約30の国が出来上がって
いる。それらが実に多くの戦争をして分裂統合を繰り返してきたのが
ヨーロッパの歴史であり、現在もEUによるヨーロッパ統合が叫ばれているが
中世以来ずっと統合されずに現代まで分裂状態を繰り返している。
中国は現在でも漢民族がほとんどを占めているとはいえ約50もの民族にわかれている
多民族国家なのである。ゆえに、あの広大な中国を1つにまとめあげてきたということは
おどろくべきことではないだろうか。
15世界@名無史さん:03/02/14 10:35
>>1
歴史の違いだろうな。

ローマ崩壊後、ヨーロッパに残ったのは蛮族。

中国の場合は秦が崩壊しても官僚システムをささえられるだけの文化は残っている。
16世界@名無史さん:03/02/14 10:42
中国との違いを考えるならヨーロッパ文化圏での共通語をローマ帝国やカール大帝の時代に
確立できずに全体としての「ヨーロッパ」という意識をあまり確立できなかったというのもあるだろう。

蛮族でしかなかったゲルマン達にそういうのは期待しづらいだろう。

東方にはローマの伝統を受け継ぐ文化の香り高きビザンツがあったということを考えるとなおさら
そういう統一ヨーロッパは期待しづらい。
17世界@名無史さん:03/02/14 10:51
>>1に一文字で答えるとしたら「森」?
18世界@名無史さん:03/02/14 10:55
>>12
はぁ?言うほど良くできた話じゃないだろお前の言うことは。
19世界@名無史さん:03/02/14 11:05
始皇帝の統一政策が、中国の歴史上の大きな分岐点だったんですか
郡県制 思想 文字の統一が、やはりでかかったんですね


20世界@名無史さん:03/02/14 11:06
>>4以降のやりとりへ

>>4はちょっとヨーロッパの範囲に思い至ってないって点でボケてるでしょ?>Peakさん
(これは>>1もちょっと悪いが)
>>8のつっこみも間違ってるんだけど

そうやってお互いの間違いをつっこみつづけることで>>4へのつっこみはどうあるべきか
って点をおろそかにしてスレ荒さないでね♥
21世界@名無史さん:03/02/14 11:12
ローマ帝国はたしかに最盛期の実力ならばヨーロッパを統一できたろうが、しかし
最盛期のローマならばあの時代がゆえにヨーロッパの隅々まで勢力を伸ばす意味が
なかった。
ペルシャ相手に力をつっこんだ方がどれだけマシなことか。

そもそも始皇帝のようなある種の変人が現われないかぎり統一しようというモチベーション
にかけることおびただしい土地だと思います>ヨーロッパ
22Peak:03/02/14 11:14
>>20
スレ荒らすつもりはありませんよ。
ただどう考えても >>1 がしゃるるまーにゅって名前だからね(w
しかし >>4 にもかいたとおり、地理的なことは克服できないことでもなかったでしょう。
たとえ北ドイツや東欧を含んでいたとしても。(距離的なことはたしかにあるでしょうな)
北極圏も考えろという風には誰も考えないでしょ?

23世界@名無史さん:03/02/14 11:48
表音文字を使用していたから
24世界@名無史さん:03/02/14 11:53
中国大陸は平坦でヨッパーロはでこぼこだったから。
あと、>>13
25世界@名無史さん:03/02/14 12:00
そもそもローマ帝国に「ヨーロッパ」なんて意識があったのかどうか・・・
やはり目が向くのは肥沃なエジプト、シリア方面。
ゲルマニア方面に国家が成立していて、攻略することで国が富むんであれば
いいが、あんな所を版図に加えてもねぇ・・・・・
その辺は>>21に同意。

蓁始の場合は分裂状態を統一したんで、ローマとは状況が異なるね、






26世界@名無史さん:03/02/14 12:19
>>3>>24
ヨーロッパがでこぼこと言うが、地図を見る限り大きな地形上の障害はアルプス山脈と
ピレネー山脈、ドーバー海峡ぐらい。イタリア・スペイン・イギリスを除いたフランスから
ウラルまでの西・中・東欧は統一されてもおかしくないのでは?
つーか、ヨーロッパでもナポレオンやヒトラーのような一時的な征服者は出るんだけど、
なぜか長続きしない。
>>14
その漢民族も実際にはバラバラで雑多な民族を「漢字」という共通文字でむりやり同一民族
と思わせている。どこか別スレで見たけど、広東語はベトナム系の言葉らしい。
27世界@名無史さん:03/02/14 12:23
>>26
地図の障害に溺れると森という割とおおきめなファクターを見逃す
28世界@名無史さん:03/02/14 12:26
>つーか、ヨーロッパでもナポレオンやヒトラーのような一時的な征服者は出るんだけど、
>なぜか長続きしない。

この二人についてはロシアという共通項があるからなぜかというまでもないのでは
29世界@名無史さん:03/02/14 12:31
>>26
英国が、ヨーロッパ大陸に統一された大勢力が出現しないように
してきたから。
30世界@名無史さん:03/02/14 12:32
>>29

そのレスだと「なぜ英国にそれが可能だったのか」という新たな疑問を呼びますね
31世界@名無史さん:03/02/14 12:37
うーむ、するとロシアさえ敵に回さなければ長続きしたってことでしょうか?
でも、考えてみたら二人ともイギリス攻略に失敗したからロシアに矛先を変えた、
ってところまで共通項なんだよな…すると欧州統一の本当の鬼門はイギリスかな?
3226=31:03/02/14 12:43
ありゃ、29に解答が出てましたな。すると、もし日本がもっと中国に近くて、山東半島の
沖合にでも浮かぶ島国だったら日本が中国の統一を妨害(?)する役割を担ったのかな?
33世界@名無史さん:03/02/14 12:47
29は回答じゃないでしょう。回答を先送りしただけです。

29の疑問は次の2つの問題の解決を求めます。

・なぜ英国が大陸の勢力をコントロールできる実力を持てたか
・なぜ大陸の勢力が英国のコントロールを撥ね除ける実力を持てなかったか

というわけで続けましょう。
34世界@名無史さん:03/02/14 13:07
>>33
それは結局、イギリスが「島国」だったということが大きいのでは?
例えば三国志の時代の「呉」が島国だったと仮定すると、魏が勝ちそうになったら
蜀を助け、蜀が勝ちそうになったら魏を援助するという形でイニシアチブを握れる
のではないでしょうか(大陸国が島国を攻めるのに大きなリスクがあるのは
ヒトラーや元寇、中台関係を見てもわかる)。
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36世界@名無史さん:03/02/14 13:17
>>29
それは近世後半以後のことでしょ?
37世界@名無史さん:03/02/14 13:29
英国ヨーロッパ最強は資源豊富なアメリカ大陸を、スペイン ポルトガル
から奪うなどの植民地支配の結果じゃないのか
38世界@名無史さん:03/02/14 14:23
スペインの収入源は新大陸<ネーデルラントの税収・・・。
39世界@名無史さん:03/02/14 15:29
>>23に目が覚めたような気分。
そういや、中共は分裂をおそれてローマ字採用による識字率アップを見送っていた…。

ところで漢字以外に複数の民族で今も使われている表意文字って何かあったっけ?
40世界@名無史さん:03/02/15 00:31
中国と比べて、ヨーロッパには半島部が多かったからじゃないかな。
それぞれ違う文化が発達しやすかったわけだ。

まあヨーロッパ全体を「岬の文明」と呼ぶ捉え方もあるらしいのだけれど。
41世界@名無史さん:03/02/15 07:36
>>26
たしかに広東語って耳で聞いた印象では
「威勢のいいベトナム語」って感じだね。
北京語とはまるで印象が違う。

優美でなよなよした北京語と
歯切れ良くて乱暴な感じの広東語が
同じ言語の方言だなんてとても信じられない。
42Peak:03/02/15 08:26
>>1
やはりもうすこし時代を限定してくれ。
いつ頃の時代を想定してたんだ?
だんだんとなんでもアリになりつつあるよ。
43しゃるるまーにゅ:03/02/15 08:42
いつ頃というか、ローマ帝国以後、現在においてまでヨーロッパ大陸は
なぜ、多くの民族国家に分裂していったのか・・という過程における
考察という事で、具体的な時代指定区分は考えてませんですた・・
東洋と西洋の文明の対比というか、一言では説明できないと思うのですが
時代区分したほうがいいのですかね

44Peak:03/02/15 09:15
>>43
なんらか交通整理をしないと、
中世をアタマにおいてる香具師と、18世紀を考えてる香具師が論議をすることになるよ。
そういうシュールなゴチャマゼがいいのなら別だけどね(w
45世界@名無史さん:03/02/15 10:36
欧州の民族大移動期〜フランクの分裂、中国の五胡十六国〜隋による再統一
の展開の違いを検討してみるってのはどうか?
中国はごちゃごちゃに乱れ、社会構造や文化・言語までがかなり変貌したのに
も関わらず再統一を果たした。欧州は、2度と分裂が収まることはなかった。
このへん、どうよ?
468:03/02/15 10:56
なんかPeakが大暴れだな。
俺の言い方も悪かったが。

地形上の大きな障害は、中国の方が少なかったのか?
巴蜀なんか隔絶されてたし、南と北でえらく違うようなことを聞いたんだが。

>>45
神聖ローマの帝権の弱さがファクターになると思う。
47世界@名無史さん:03/02/15 10:59
やっぱりカール大帝の帝国が分裂したのが大きいでしょう
オットー大帝の時代にはもうフランスを併合するのは無理だったし

結論!  カールの息子たちが馬と鹿だったから
48世界@名無史さん:03/02/15 11:12
中世に関していうなら、農業生産力が低すぎて、
大軍の兵站を長期間維持することが困難だった
というのもあるのでは。
49世界@名無史さん:03/02/15 11:25
>16に
>蛮族でしかなかったゲルマン達にそういうのは期待しづらいだろう。
という意見があったが、中国との対比で語るのならば、やはり
蛮族でしかなかった鮮卑たちが見事に中国文化を吸収し、やがて
隋・唐帝国で中国を統一している点を指摘しておきたい。
50世界@名無史さん:03/02/15 11:32
あと、表音文字と表意文字の違いも、ある程度の影響を認める
のにやぶさかではないが、それがそれほど決定的だろうか?
ヨーロッパには、ラテン語という、知識人にとっての一種の
共通語があった。
もちろん、ラテン語ができたのは神父・修道僧などごく一部
の人間だけだが、それを言うなら、中国でも字を読めたのは
士大夫だけだった。
その知識人の比率はもちろん大きく違っていたわけだが。
51世界@名無史さん:03/02/15 11:48
中国人と違ってヨーロッパ人は自我が強い。簡単には服従しない。

フランス・レジスタンスやコソボ、バスクを見ればお分かりだ。
52世界@名無史さん:03/02/15 12:03
教皇の存在も大きいと思う。東周がそれに相当するかも。
53世界@名無史さん:03/02/15 12:07
ヨーロッパにはフューダリズム(封建制度)が存在したから。
ヨーロッパの主従関係や市民のあり方は中国とは違っている。
5426:03/02/15 12:18
>>40
そういえば、ヨーロッパは半島が非常に多いですね。スカンジナビア半島、クールラント半島、
デンマーク半島、コタンタン半島、イベリア半島、イタリア半島、バルカン半島…
あ、ヨーロッパ大陸そのものが巨大な半島か。
日本の戦国時代でも、関東の大半を制覇した北条氏が房総半島の里見氏はとうとう
攻略できませんでしたね。
55世界@名無史さん:03/02/15 12:26
中国の領域自体ころころ変わっている。
満州や台湾は昔は中国領じゃなかった。
今の中国もかつて領土だった朝鮮半島やベトナムの領有までは主張していない。
ついでに言うと現在の定義でのヨーロッパは一度も統一されたことがない。
56世界@名無史さん:03/02/15 12:27
でも別の見解からすればヨーロッパは統一されなかったから最強になれたんですよね
ヨーロッパというアイデンティティが構築されていくプロセスにおいて
特別ぬきんでた指導国が存在しないという事実があって
つまりドイツはヨーロッパ連合で他に比べて力があるメンバーで、
しかしイギリス・フランスもそれなりの役割を演じている、ベルギーやルクセンブルクといった他の諸国も
ヨーロッパ建設でそれぞれ重要な役割を演じてきた・・・みたいに
このバランス・オブ・パワー(勢力均衡)がヨーロッパが躍進する原動力となったわけだけど
ギリシャ文化、ローマ文化、キリスト教に基づいたヨーロッパアイデンティティが根底に
あったのにも関わらず何らかの原因で統一を まぬがれてきた・・・と
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58世界@名無史さん:03/02/15 13:31
ところでヨーロッパ統一を志向した権力者ってどれだけいるんですかね?

ナポレオンとヒトラー以外に名前を思いつけません。
59しゃるるまーにゅ:03/02/15 13:38
僕です
60世界@名無史さん:03/02/15 19:57
青木基行の架空戦記小説でそういうのあったなあ。
匈奴が漢の高祖を倒してしまったために、中国は
その後統一されず小王国乱立状態。一方、漢に勝っ
た匈奴は、フン族として西進することがなく、ゲ
ルマン民族の大移動が起こらなくて、ローマ帝国が
存続し、ヨーロッパは史実の中国のようになる、
という世界の話。
61世界@名無史さん:03/02/15 20:40
>>60
そうなるかな?
どの道ローマは東西に分裂して西はガリアの反乱などでボロボロになったあげく滅びそう
だけど。
6254:03/02/15 21:30
訂正

×デンマーク半島
○ユーラン半島
63世界@名無史さん:03/02/16 02:49
良スレのヨカーン
64世界@名無史さん:03/02/16 03:37
シャルルマーニュ大帝の死後、その長子ルイを経て、ロタール1世、
ルートヴィッヒ2世とシャルル禿頭王と言う3人の孫たちは領土を
分割し、834年、ヴェルダンで抗争を避けて結んだ条約により、ゲルマン(ルートヴィッヒ)と、
ほぼ現在のフランスの広さに近いヌートリア、アキテース、ガスコーニュ地方を
シャルル禿頭王が手にしたのに比べて、長子のロタール1世が得たローレーヌ、
ブルゴーニュ、プロヴァンスやロンバルディア地方は、地勢状もアルプスを挟んで縦長の不自然な領地であったから、
たちまち分解した。以降、カロリング王朝ではない、パリ伯のロベール家の中で特に
ウードが紆余曲折を経て実権を手にし、その一門、ユーグ・カペーが
シャルル禿頭王の持っていた、特にイル=ド=フランスを中心にカペー王朝を発展させる端緒を作ったのである
・・・・・
65世界@名無史さん:03/02/16 03:47
アルファベットは音素文字だ。表音文字じゃない。
66よろずこ:03/02/16 03:52
まず、ローマ帝国はヨーロッパじゃない。
67世界@名無史さん:03/02/16 03:54
インドも統一されたことないぞ。イギリス統治時代をどう考えるかにもよるが。
イスラムも統一は一瞬。むしろ長期にわたって統一された中国の方が
特異なのではないか。
68世界@名無史さん:03/02/16 04:16
ヨーロッパ統一の範囲はシャルマーニュの勢力範囲でいいんじゃないかな。

秦漢やローマ、ペルシアの古代帝国滅亡後、騎馬民族大移動後の
中世的な「帝国」「再統一」の軸になったのは宗教だから(中国の場合はちょっと違うけど)、
構造的には8世紀に東西教会体制が成立した時点でビザンチンは統一対象から外れる。
問題は五胡の侵入後の隋の統一にあたる部分だよね。

シャルマーニュのゲルマニア併合が隋の再統一と同じ意味合いを持ってると
考えて良いのでは?
1の出発点とはちょっとズレちゃうけど、ヨーロッパは一度統一されてるとして
ヨーロッパはなぜ「再統一」されなかったか?かも。
69世界@名無史さん:03/02/16 04:24
イスラム帝国の分裂といってもモンゴルがやって来る前は宗派の分裂だしね。
70世界@名無史さん:03/02/16 04:30
>>67
もちろん世界のそれぞれのエリアが中国みたいに統一されなきゃいけない理由はないが、
ヨーロッパでは国民国家なんていう枠組みが出来たのは何故か?につながって面白いと思うよ。
71世界@名無史さん:03/02/16 05:10
>>68
シャルルマーニュの「統一」なんて
あまりにもショボすぎてとうてい隋と比べる対象にはならんよ。
面積的にもせいぜい百万平方キロメートル程度だし
しかもそれをちゃんと支配できてたわけでもない。
まさしく名目だけの「西ローマ皇帝」だ。

西方世界で隋に相当する存在はユスティニアヌスによる再統一だろう。
隋が滅びたあとはすぐに唐が引き継いだけど
ユスティニアヌスの帝国は継承されず一瞬の統一で終わってしまった。
72Peak:03/02/16 05:15
中欧、西ヨーロッパだとカール大帝以降で統一のチャンスがあったとすれば
中世末期の教皇権が弱くなった頃だったかも。13世紀かな。
教皇権が強い頃は「キリスト教王国」みたいなもんでしょう。
それが崩れれば、世俗の君主にチャンスがきたのかもしれないね。
実際にはそのチャンスをつかもうとしたとは考えられないな。
野心もってできたとすればシスマで教皇をおさえていたフランスか。

うーん、IF は苦手なおれ(w 想像力がないんだな。
73世界@名無史さん:03/02/16 05:42
そう考えると果たして中世のヨーロッパ(カトリック世界)は
近代国家やローマみたいな枠組みで考えると国家として分裂してるみたいだけど
果たしてほんとに分裂してるのか?っていう疑問があるね。
十字軍も教皇の意向で各地の権力者(王)が動員された訳だし。

中国の場合教団や教皇にあたるような広域にわたる権威を皇帝そのものが兼ねてるんだよね。

そもそも中世の統一国家って実は国家というか教団みたいみたいなもんだったりして
統一指向と地方分権志向が同居してるっていうか
どこもものすごくゆるい権威的な統一だったりしない?
74世界@名無史さん:03/02/16 06:06
中世の皇帝があまりに弱体だったことと、
または教皇に世俗権力の基盤になる土地の統治システムがなかった事、
あたりが理由じゃないですかね。

中世のヨーロッパが教皇のもとに統一されていると見るばあい
やはり分裂したのは宗教改革〜三十年戦争の時代、ウエストファリア条約の時点でしょうな。
75Peak:03/02/16 07:57
>>74
自分もそうだと思う。
中国の統一とは違った意味だが、
中西欧はひとつのある意味での「同じ傘の中」にあったのだと思う。
政治的なシステムも教会の権威のもとに戴冠式が行なわれてるわけで、
ドイツであれイギリスであれ世俗の支配者は
「ローマ教会」という同一の任命権者をもってたと言う事だよね。
それが目に見える形で崩れるのが宗教改革だと言うことか。
76世界@名無史さん:03/02/16 08:05
1つに統一されず、異文化交流が永続的に行えるところがヨーロッパの
強みではないかと思う。
77世界@名無史さん:03/02/16 08:15
スパインという国民国家を中抜きし
EUのもとでの独立を目指すカタロニアなんかの目論見も
そこらへんの歴史的な意識に影響されているのかな。
78Peak:03/02/16 08:22
>>77
それはスコットランドとかコルシカとかもそういう方向でしょう。

79世界@名無史さん:03/02/16 08:25
統一したほうが有利だというのは本当だろうか?
多くの国が分立してれば国連総会の議席だってたくさんもらえる。
しかし統一国だとどんな大国でも1議席だ。
80世界@名無史さん:03/02/16 08:52
中世はアッバ−ズ朝もスンナ派地域のゆるやかな統一だね。
81世界@名無史さん:03/02/16 09:16
>>65
音素文字を含めて表音文字では?

中国も分裂していればある時期以後の明白な停滞はなかっただろうが。
春秋戦国、南北朝、五胡十六国期にやはり停滞を脱した印象があるが…

政治的中心が複数あった方が互いに切磋琢磨して発展するということはあるでしょうね。
82世界@名無史さん:03/02/16 09:39
中国の場合はむしろモンゴル帝国のあとヨーロッパみたいに分裂せず
モンゴル後継するように巨大化して統一しちゃったとこに悲劇があるね。
83世界@名無史さん:03/02/16 10:57
>>82
そういう意味で、中国と似ているのはロシア帝国かな?
皇帝権が西欧に比べて異常に強かったこととか。
84世界@名無史さん:03/02/16 11:22
>>75
「統一」というのを中国的な基準ではかるのなら、ある意味中世の日本も
統一されていなかったといえるのかもしれない。
天皇とか将軍とかいう権威・実力者はいたけれど。
85まさる:03/02/16 11:54
具体的に自分の見解を言うと
この時代のヨーロッパ世界は、われわれ現代人の目からは奇異に思えるほど、
空白部(未開拓地)の多い点と線の世界だったという事を注意事項として特記する。
つまり中国のように農業生産性も高くなく、人口密度も極めて低かった中世において
一見すると陸地続きのヨーロッパ大陸だが、土地ごとに、ある種隔離された世界だった
のではないか。キリスト教の受領やローマ・ギリシア文化という精神的アイデンティティが
あっても現実的にヨーロッパ統一という概念が根付くのは、無理があったかのかも
しれない。
86世界@名無史さん:03/02/16 12:48
中世のヨーロッパは、今と違って森林が大海のように広がっていたしね。
地中海沿岸はちょっと違ってたらしいけど。
87世界@名無史さん:03/02/16 12:51
>>85
とすると、農業生産性や人口密度が高くなった時代になってもヨーロッパが
統一されなかったのはなぜか、ということになるのかな。
88世界@名無史さん:03/02/16 13:06
ヨーロッパが統一されたことがほとんど無いってだけで
やったらシャルルマーニュが過大評価されまくってるのがむかつく。
シャルルマーニュの帝国なんてまじでしょぼいじゃん。
世界三大英雄なんてことは絶対無いよ。
89世界@名無史さん:03/02/16 13:08
>>88
シャルルマーニュを過大評価してるのはヨーロッパ人だけでは?
90662:03/02/16 13:15
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91世界@名無史さん:03/02/16 14:19
ゲルマン人にとっては英雄だろ

しかし、同じヨーロッパ人でも
ラテン系の人々から見れば
「蛮族のくせにローマ皇帝を僭称した許し難いやつ」
ではないかと思うんだが。
92世界@名無史さん:03/02/16 16:42
>>91
ラテン系の人々というより、「東ローマ帝国から見れば」だと思う。
93総督:03/02/16 16:50
中国と欧州の違いは宗教
欧州の中世はローマカトリック教会=教皇の権威で統合されていたため、行政的な
統合は誰も望まなかった。だから、フランス王国の中にプランタジネット朝のテリ
トリーがあっても平気なわけで。一方中国では宗教的な結合が無いため政治で中華
帝国を統合していかなければならない。近世に入ってからは、逆に欧州では宗教改
革の影響で、諸々の宗派に分裂し、それと共に行政的な結合も中世以上に遠のいた
94世界@名無史さん:03/02/16 17:02
もっと単純に考えて、「独立心が強かった」からでいいんじゃない?
古代ギリシャの件もあることだし・・・
95世界@名無史さん:03/02/16 17:10
中国の場合宗教的な結合が無いというよりは73が言うように
皇帝がその機能を兼ねているというほうが近いだろうね。
96世界@名無史さん:03/02/16 18:34
おお、俺がまさに建てようとしていたスレだ。

半島・森・でこぼこ・表音文字・食糧生産・人口密度・宗教権威と政治権力・・・・・・・
なるほど。いろんな原因がありそうですね。
答えは一つじゃないだろうけど、勉強になります。
97世界@名無史さん:03/02/16 19:06
シャルルマーニュのフランク王国は、国家というより「キリスト教世界」
だったと思う。
当時の人々の考えでは、ヨーロッパのキリスト教化が完了した時点で
「ヨーロッパが統一された」という感覚だったのかもしれない。
98世界@名無史さん:03/02/16 19:07
中国って地形的に障害物がないの?
99世界@名無史さん:03/02/16 21:38
>>98
黄河、長江、三門峡、蜀の桟道、三峡など
100世界@名無史さん:03/02/16 21:47
統一されるってことは利権団体が消滅するってこと。
たいした外圧もないのにわざわざ統一するメリットなんてないのだから
統一されなくて当たり前。
101世界@名無史さん:03/02/16 21:51
統一というのとはちと違うが、ハプスブルグ家が
婚姻政策で各国に広がっていったのはどうよ?
102世界@名無史さん:03/02/16 23:49
100を超えたところで時代ごとの要因を少し整理してみましょうか。

○ローマ時代
 ・当時のゲルマニアは未開の蛮地で版図に加える意味がなかった
○中世
 ・ローマ教皇の宗教的権威のため、絶対的政治権力が出現しにくい状況があった
 ・中央集権でなく封建的な政治制度
 ・広大な森により可住地が分断されていた
 ・政治的統合を可能にするだけの人口と経済力(農業生産)がなかった
○近世以降
 ・島国のイギリスと広大な領土の縦深をもつロシアが東西から統合を疎外する
  ファクターとして存在した
○その他
 ・半島の多い複雑な地形
 ・表意文字がないことによる言語の一体感の不存在

こんなところでしょうか?
103Peak:03/02/17 00:13
大きなククリとしてのキリスト教ヨーロッパと言う概念と言うか、
考えは結構民衆レベルでも漠然とはあっただろう。
だから十字軍にも民衆は熱狂したんだよな。
それは宗教改革を経てもなくならなかったと言う方が正しいんではないか。

そう考えるとそれ以上の統合勢力としての「統一ヨーロッパ」は
むしろ必要ないのじゃないか。傘と言う言葉をもう一回使うなら、
「傘はは2重にさす必要はない」ということか。
逆にうざいのではないかな。あくまで国民レベルの話よ。
民主主義的政体は導入以降は、そういう意見が選挙で反映されるから、
ますます国家中心の政権が強くなったと言う事もあるんじゃないか。

今のヨーロッパの人々の EU にたいする感情なんて特に「アンビバレント」よ。
政治統合、経済統合すれば「誰かが徳をするだろう」けど、「それは俺たちじゃねえ」。
統合による利益よりも、もうひとつ政府ができて、二重に締め付けられてると感じる香具師は多い。
104世界@名無史さん:03/02/17 00:54
>97
未だ完了してませんぜ。
まあ、信教の自由がある国が多いんで人口1人になるまで無理と思うが。
105世界@名無史さん:03/02/17 01:00
ビザンツが早々と滅んで、トルコが中欧に迫っていたら違っただろうか。
106世界@名無史さん:03/02/17 01:34
日本の中世とヨーロッパの中世は極めて類似しているようにみえます。
織田信長と武田信玄を除いて諸侯は地方政権に安住し、日本統一のような事業は念頭になかったと思います。
ヨーロッパもヨーロッパ統一を考えたのはシュルルマーニュなどはおいて
ナポレオンまで飛ぶのではないでしょうか。
その後もあるいはヒトラーだけかもしれません。最近ドイツのSPDがくさいことを言っていますが。
中世ヨーロッパの戦争動機はとりわけ旧西ローマ帝国版図および神聖ローマ帝国のなかではやはりキリスト教を広めるという
大義名分があるか、もしくは相続権を主張して外征に出るケースがほとんどではないでしょうか。
統一を考えないことは地方独立、諸侯乱立ですからそれを調停能力が必要で
名目的な皇帝・大坊主などが活躍することとなります。このシステムをマル歴などが批判しますが、
果たして進歩(経済成長・科学技術の進展)を妨げたものであったか疑問が残ると思います。
この統一が優れたものだという考えはマルクスの共産党宣言にみられますが、先取りしていることは認めますが
マルクスのドイツ国家主義者としての性根を現しているだけでしょう。



107世界@名無史さん:03/02/17 04:43

>>102
やっぱりスレの主旨に即すと
中世に関しては教皇の元にゆるやかに統一されてたと考えた方が自然な気がします。

イスラム圏もそうだけど、実質的な土地支配と宗教権威による概念的な統合が二重にあって
キリスト教共通の家としてのヨーロッパっていう意識はあったはず。
それが中世ってことだろうし。
だから中世の項の上の二つはちょっとどうかな。
森と人口の項は分離志向を強めた要因としてあげといていいと思うけど。
108戴冠式には呼んでね:03/02/17 08:31
こんにちわ・・現代の皆さん、僕はカールことシャルルマーニュでつ。
みんな僕の事たいしたことないって、たたいてるけどぉ  (())
逆を返せばそれだけ、偉人さんってことだよね。    ( ´,_ゝ`)
だってしょうがないじゃん・・中世の王て、みんな朴念仁だし!!
僕が最強だもん・・だって身長192あるし金ぱ だし、水泳もうまいんだよ
もう女にももてもて・・こんな最強無敵の僕をたたくなんて71や88はどうかしてるよ

109世界@名無史さん:03/02/17 09:46
>>108
カールさんに質問です。
あなたの行ったカロリング・ルネサンスは、当時の社会にどのくらいの
影響を与えたんですか?
110世界@名無史さん:03/02/17 10:48
>102
おお、きれいにまとまってますね
111世界@名無史さん:03/02/17 11:10
「ヨーロッパ」って意識形成の過程から考えると少なくとも近代までは統一されなくて
当たり前って考え方はアリ?
112世界@名無史さん:03/02/17 12:09
ヨーロッパ人の念頭には常にローマがあったんだから
分裂の封建時代でも統一帝国への憧れはあったはずだ。

そうでなかったらハスプブルク家が皇帝のまねごとしたりすることも無いだろう。
113世界@名無史さん:03/02/17 12:34
中世はおいといて、三十年戦争後ヨーロッパが統一されなかったのは
「条約」っていう戦争のケリの付け方もあるよね。

あと案外フランスの存在がカギなんじゃないか。
要するにハプスブルグ家が統一しようにも出来ない対抗勢力だったんだよね。

今ある「国境」の概念が出て来るのはウエストファリア条約が最初、って理解でいいのかな?

114世界@名無史さん:03/02/17 12:52
ヨーロッパがローマを意識しだしたのはルネサンス以降では?
115757:03/02/17 13:15
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116世界@名無史さん:03/02/17 13:23
>>114
なら「神聖ローマ帝国」やシャルルマーニュの「ローマ皇帝戴冠」は一体・・・
117世界@名無史さん:03/02/17 13:25
統治能力の高い民族がいなかったからだろ。
皇帝と言う政治的宗教的権威を生み出したのは古代ローマと秦
であるわけだが、ヨーロッパの帝国の始まりであり、
大帝国とチャイナの語源の始まりでもある。この後の
漢が中華思想の始まりでもある。ローマはキリスト教の国教化と
家父長的ヒエラルキーの始まりを創った。
翻ってその後の欧州にはそういう努力は伺えるが結局は失敗する。
ここいら辺りが俗に言われているとおり原因だろ。
つまり統治に必要な強力な求心力を創る能力がある民族や個人に恵まれなかった。
特に信仰や思想と権力の合体の失敗かな。今で言えば政教一致だな。
これは現代の政治や将来を予想する場合にも示唆深い。
現代の欧米人には大して安定した地域或いは文明圏がつくりづらい、とも予測できる。
信仰の自由や政教分離なんぞは現代ヨーロッパ人の詭弁とも言える。
118世界@名無史さん:03/02/17 13:32
東ローマ帝国が西方の領土を取り戻そうとしなかったのはやっぱり「蛮族の土地」って理由が
大きいんでしょうかね?
119世界@名無史さん:03/02/17 14:32
>>118
西にササン朝やイスラムという強敵がいたので、
東に目を向けてる余裕なんてなかった。
ついでにいうとそんな大事業をする金もない。
ユスティニアヌスはムチャクチャな無理をしていた
のであって、彼の征服事業の後、帝国財政はガタガタ
になる。
120119:03/02/17 14:35
ごめん、東西を間違えた。
121戴冠式には呼んでね:03/02/17 20:01
こんにちゅわ・・カールことカロルス・マグヌスです>>109
カロリングルネッサンスが、どんな影響をあたえたって言われても
・・やっぱアルクィンの存在がでかいよね。
ラテン語統一したし・・まーとにかく僕の存在がなかったら
今の欧州はないんだよね・・みんな僕の事もっと尊敬いてください。
122世界@名無史さん:03/02/17 23:57
ヨーロッパが統一したことないから統一しようという香具師が出るんだろう。
もっとも、統一のメリットを示せる香具師は少ないが。
123世界@名無史さん:03/02/18 00:07
>>118
ローマ時代も東地中海が先進地帯だったからね。
ヨーロッパは気候も厳しかったし、
仮に征服できたとしても、しようと思えるだけの
魅力も無かったと思われ。
124世界@名無史さん:03/02/18 00:08
まあ独ソ戦開始直前のヨーロッパはかなり統一状態に近かったわけだがw
ナポレオン期の「統一」は分封してるからちょっと違う感じだな。

どっちにせよイギリスはヨーロッパじゃないので無問題
125世界@名無史さん:03/02/18 00:10
はぁ?
ビザンツ帝国は7世紀の一時期、旧ローマ帝国の版図をほとんど回復しましたが。
126世界@名無史さん:03/02/18 00:52
>>122
>統一のメリットを示せる香具師は少ないが。
ヨーロッパが統合すれば、USAの横暴を
抑えることのできる大国ができる。
127世界@名無史さん:03/02/18 02:07
>>125
一時期つうか一瞬なw
おかげでその後ずいぶん痩せた。
128世界@名無史さん:03/02/18 02:24
乱暴な言い方をすれば、
実はヨーロッパ全域に共通する「統一概念」は、キリスト教ではない。
キリスト教は早々に単一ではなくなっているからね。
早い段階でイスラム帝国が瓦解してしまったのと同じ。
思想では民衆は束ねられない。ソ連しかり。
129世界@名無史さん:03/02/18 02:27
ではキリスト教以外でのヨーロッパ統一のシンボルは何かと言えば、
それは「ローマ」に他ならない。
共和国ローマ→帝政ローマ→キリスト教ローマ→東西ローマ
西ローマ→シャルルマーニュ→神聖ローマ帝国→ナポレオンの帝国→ヒトラーの第三帝国
東ローマ→(ビザンツ帝国)→ロシア帝国→(ソ連)→(ロシア共和国)

と、統一を試みる背景に、必ず「ローマ」というファクターが存在することには注目すべきかと。

乱暴な意見だがね。
130世界@名無史さん:03/02/18 02:30
フランス人はローマ帝国の後継者という自負を。
イギリス人はかつてローマ領(属州だけど)だったという自負を。
それぞれもっている。
ロシアが微妙に仲間はずれなのは、「かつてローマだったことがない」からだ。

つい20世紀まで、「ローマ」という概念が統一の基礎であったことは無視できない事実だと思う。

ま、現在の「ローマ」はUSAになっちゃってるわけだけれども…
131世界@名無史さん:03/02/18 02:32
>>128
カトリックって言えば問題ないんじゃない?

もちろん中世の話だけど。

中世と近世以降の国境や統一の概念はだいぶ違うね。
中世民衆を束ねてるのは宗教だから瓦解してるようけど。
イスラム教でもスンナ派世界にカリフの権威は長く続いた。
132世界@名無史さん:03/02/18 02:33
東ローマ→オスマントルコ→トルコ
の線もあるでよ
133世界@名無史さん:03/02/18 02:35
>>131
うん。
中世に限定すれば、そうですね。
中世は、「ローマ」という概念が東地中海沿岸部以外で消滅しかかり、
カトリックが西欧限定の統一概念となっていたのだろうと考える。
あー、もちろんイギリスがキリスト教化(カトリック化)するのはちょっと遅いわけですが。

ヨーロッパ全体、とみた場合、どうしてもキリスト教(カトリック)だと弱くなってしまうと思うのですよ。
134世界@名無史さん:03/02/18 02:36
>>132
残念ながら、オスマントルコは「ローマ」とは一切関係ないですよ。
現在ヨーロッパと非常に接近しているけれども、
元来、非ヨーロッパで非ローマな存在だから。
135世界@名無史さん:03/02/18 02:38
>>130
それは「統一」の概念ていうか「帝国」ってやつだな。

このスレ、なにげにヨーロッパの「国家」と「帝国」とか
国境や枠組みの考え方の中世と近世以降の違いとか
中国との違うとかすごい有意義な掘り下げがすっきりまとめられる良スレな気がする。
136世界@名無史さん:03/02/18 02:39
>>135
そうそう。でも、現在のEUはともかくとして、
それ以前て「帝国」という概念でしか「統一」不可能でしょう?
20世紀後半から21世紀にかけて、
「帝国」でなしに「統一」しなければならないという問題が発生したわけだ。

だから、難しい。
137世界@名無史さん:03/02/18 02:41
>>134
最近の研究ではスレイマン「大帝」は
ローマ皇帝をも兼ねることを意識していたところがあるようです。
138世界@名無史さん:03/02/18 02:44
統一を目指すヨーロッパ 概念の変化の推移をまとめると
(大雑把にね)

古代:ローマ→キリスト教ローマ→分裂(失敗)
中世:西 キリスト教(カトリック)ローマ
   東 キリスト教(ギリシア正教)ローマ
近世:西 キリスト教の分裂(失敗)
   東 非キリスト教化・非ローマ化→非ヨーロッパ化
近代:東西 ローマ帝国を再現する動き(ナポレオン→ナチス)
(ここまでは135さんのご指摘の通り、「統一」=「帝国」)

現代(21世紀):キリスト教&ローマ以外の統一概念の模索
139世界@名無史さん:03/02/18 02:45
>>137
なるほど…
と、すると、
オスマンは外部から「ローマ」及び「ヨーロッパ」に参加しようとしたわけか…。
おもしろいね。
140世界@名無史さん:03/02/18 02:46
なにげに「帝国」ってのもヨーロッパ発祥の概念だよね。

国家を越えて統治する機構っていうか、
中国の冊封体制ってのもまた独特だけど、
あれとはまた違って、20世紀の併合帝国主義とか
今のアメリカの目に見えない帝国とかまでつながってる。
141世界@名無史さん:03/02/18 02:50
>>139
それで西ローマ皇帝の座をも奪おうとウイーンを目指してたらしいです。

このへんの話でオスマン帝国にすごく興味もった。
142世界@名無史さん:03/02/18 02:51
>>140
そうそうそう!!
ヨーロッパの「帝国」を帝国と表記すること自体が誤解を招きやすいんだけど、ね。
中国の帝国(皇帝)は神そのものであるのに対し、
ヨーロッパの「帝国」って途中から神格化されるけれども、
実は世襲でもなく、「ローマ(ヨーロッパ)」の統治権を民衆から委託された、
ってことにあるんだよね。
だからナポレオンもヒトラーも(ヒトラーは途中で失敗しましたが)、
民衆から委託されたという点で、ヨーロッパの「帝国」の「皇帝」であるというのが私の考えです。

もちろん、アメリカの大統領もね。ヨーロッパの「帝国」の概念のうちだと思う。
143世界@名無史さん:03/02/18 02:52
>>141
それは知らなかった!
勉強になるなぁ。
イスラムって実はギリシア・ローマに対して偏見なく接する文明だけど、
その中でもオスマンはヨーロッパに近寄ろうとしていたんだなぁ。
とすると、現在のトルコがEUに近寄っている理由も説明しやすいね。
144世界@名無史さん:03/02/18 02:59
>>139
>>オスマンは外部から「ローマ」及び「ヨーロッパ」に参加しようとした
これっていまの EU とトルコだわな(w
145世界@名無史さん:03/02/18 03:00
オスマン帝国は東西イスラムキリスト世界の両方を統合しようとしてたからね。

「帝国」という概念は最近またクローズアップされてるらしいです。
国境はそのままで、目に見えない形で影響を及ぼすという
アメリカがまた新しい「帝国」の形を成立させたとか。

146世界@名無史さん:03/02/18 03:03
>>144
そそ。まさにその通り。
トルコってアラブ民族ではないからイスラムの中枢には入り込めない。
別の形で勢力を伸ばしたかったのかな。

>>145
ビザンツは歴史に残る偉大な
(というより偉大なローマを継承しつづけようとしたことが偉大なんだが)
帝国だと思うけれども、オスマンの勢いとその姿勢はそれを上回る。
大航海時代の到来でオスマンの地理的優位性は失われたが、あともう少し登場が早ければ
現在の「ヨーロッパ」という概念そのものが覆されていたかもね。
147世界@名無史さん:03/02/18 03:07
結局、各国のアイデンティティが確立されればされるほど「統一」は困難になる。
経済的な発展が進めば利害の対立もより大きくなる。

中世以前は、ゲルマン人という異物の存在と、ローマ帝国の衰退が統一を妨げた原因。
以後は、ローマに変わって統一を進めようとしたキリスト教の分裂が統一を不可能にした。
そして現在は、キリスト教もローマも、共に統一の求心力を失ってしまったという状態にある。

そう考えると、日本が統一されていることが僥倖のように思えますね。
148世界@名無史さん:03/02/18 03:12
オスマン帝国はイスラム帝国とペルシアとローマと、いろんな要素を統合した
すごい変な帝国だよね。
実際にスレイマン大帝には四重冠てのがあって面白い。

そう言う意味ではオスマン帝国みたいな国は他になかったんじゃないかな。
149世界@名無史さん:03/02/18 03:19
三十年戦争前後のハプスブルグ家には「帝国」としての意識ってあったのかな?

フランスにはあわよくば統一して「帝国」となりヨーロッパの「皇帝」たらんとする意志はあったのかな?
あったからこそナポレオンが登場したんだろうけど。
150世界@名無史さん:03/02/18 06:18
>>147
オスマンのスルタンの四重冠にはかなわないけど
ロシアのツァーはローマ皇帝とモンゴルのハーンを兼ねた二重冠ですね。
151しゃるるまーにゅ:03/02/18 06:53
勉強になります。みなさんが言う事を自分的にまとめると
ローマ帝国はヨーロッパにおいて概念的に普遍的で全体的なものだった。
中世のヨーロッパにはキリスト教と封建国家権力という2つの権力に分裂していたけど
両剣論が象徴するように、二つの権力が力を合わせながら、この概念的帝国を維持しようとしてきた。
しかし、近代から現代においては、それが崩壊していると?

152世界@名無史さん:03/02/18 07:06
>>145
アントニオ・ネグリ/マイケル・ハートの「帝国」でつね。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4753102246/
153世界@名無史さん:03/02/18 13:18
中国の場合、皇帝は「天子」だからね、、、その上に位置する者は
もう人では無い。
ビザンツのような「皇帝は市民の第一人者」的な考えは皆無、
日本も以下同文。

154世界@名無史さん:03/02/18 13:47
皇帝と天子もまた違った概念だったりするんだが
155世直し一揆(コピペ推奨):03/02/18 14:14
<血液型A型の一般的な特徴>(見せかけの優しさ・もっともらしさ(偽善)に騙され
るな!!)
●とにかく気が小さい(神経質、臆病、二言目には「世間」、了見が狭い)
●他人に異常に干渉し、しかも好戦的でファイト満々(キモイ、自己中心、デリカシーがない)
●妙にプライドが高く、自分が馬鹿にされると怒るくせに平気で他人を馬鹿にしようと
する(ただし、相手を表面的・形式的にしか判断できず(早合点・誤解の名人)、実際に
はたいてい、内面的・実質的に負けている)
●本音は、ものすごく幼稚で倫理意識が異常に低い(人にばれさえしなければOK!)
●「常識、常識」と口うるさいが、実はA型の常識はピントがズレまくっている(日本
の常識は世界の非常識)
●権力、強者(警察、暴走族…etc)に弱く、弱者には威張り散らす(強い者にはへつらい、弱い者に対してはいじめる)
●あら探しだけは名人級でウザイ(例え10の長所があってもほめることをせず、たった1つの短所を見つけてはけなす)
●基本的に悲観主義でマイナス思考に支配されているため性格がうっとうしい(根暗)
●単独では何もできない(群れでしか行動できないヘタレ)
●少数派の異質、異文化を排斥する(差別主義者、狭量)
●集団によるいじめのパイオニア&天才(陰湿&陰険)
●悪口、陰口が大好き(A型が3人寄れば他人の悪口、裏表が激しい)
●他人からどう見られているか、人の目を異常に気にする(「〜みたい」とよく言う、
世間体命)
●自分の感情をうまく表現できず、コミュニケーション能力に乏しい(同じことを何度
も言ってキモイ) 
●表面上協調・意気投合しているようでも、腹は各自バラバラで融通が利かず、頑固(本当は個性・アク強い)
●人を信じられず、疑い深い(自分自身裏表が激しいため、他人に対してもそう思う)
●自ら好んでストイックな生活をしストレスを溜めておきながら、他人に猛烈に嫉妬
する(不合理な馬鹿)
●執念深く、粘着でしつこい(「一生恨みます」タイプ)
●自分に甘く他人に厳しい(自分のことは棚に上げてまず他人を責める。しかも冷酷)
●男は、女々しいあるいは女の腐ったみたいな考えのやつが多い(例:「俺のほうが男
前やのに、なんでや!(あの野郎の足を引っ張ってやる!!)」)
156世直し一揆(コピペ推奨):03/02/18 14:14

<血液型A型の一般的な特徴>(見せかけの優しさ・もっともらしさ(偽善)に騙され
るな!!)
●とにかく気が小さい(神経質、臆病、二言目には「世間」、了見が狭い)
●他人に異常に干渉し、しかも好戦的でファイト満々(キモイ、自己中心、デリカシーがない)
●妙にプライドが高く、自分が馬鹿にされると怒るくせに平気で他人を馬鹿にしようと
する(ただし、相手を表面的・形式的にしか判断できず(早合点・誤解の名人)、実際に
はたいてい、内面的・実質的に負けている)
●本音は、ものすごく幼稚で倫理意識が異常に低い(人にばれさえしなければOK!)
●「常識、常識」と口うるさいが、実はA型の常識はピントがズレまくっている(日本
の常識は世界の非常識)
●権力、強者(警察、暴走族…etc)に弱く、弱者には威張り散らす(強い者にはへつらい、弱い者に対してはいじめる)
●あら探しだけは名人級でウザイ(例え10の長所があってもほめることをせず、たった1つの短所を見つけてはけなす)
●基本的に悲観主義でマイナス思考に支配されているため性格がうっとうしい(根暗)
●単独では何もできない(群れでしか行動できないヘタレ)
●少数派の異質、異文化を排斥する(差別主義者、狭量)
●集団によるいじめのパイオニア&天才(陰湿&陰険)
●悪口、陰口が大好き(A型が3人寄れば他人の悪口、裏表が激しい)
●他人からどう見られているか、人の目を異常に気にする(「〜みたい」とよく言う、
世間体命)
●自分の感情をうまく表現できず、コミュニケーション能力に乏しい(同じことを何度
も言ってキモイ) 
●表面上協調・意気投合しているようでも、腹は各自バラバラで融通が利かず、頑固(本当は個性・アク強い)
●人を信じられず、疑い深い(自分自身裏表が激しいため、他人に対してもそう思う)
●自ら好んでストイックな生活をしストレスを溜めておきながら、他人に猛烈に嫉妬
する(不合理な馬鹿)
●執念深く、粘着でしつこい(「一生恨みます」タイプ)
●自分に甘く他人に厳しい(自分のことは棚に上げてまず他人を責める。しかも冷酷)
●男は、女々しいあるいは女の腐ったみたいな考えのやつが多い(例:「俺のほうが男
前やのに、なんでや!(あの野郎の足を引っ張ってやる!!)」)
157YMIM:03/02/18 20:45
なぜ二連続コピぺか?違う香具師がはってるのか、スクリプトエラーか
それとも単なる二重送信?
15826:03/02/18 21:44
>>148>>150
それを言うなら清の皇帝なんか女真族のハーンとモンゴルの大ハーン、中華皇帝、チベットのラマ教大施主、
新疆の政治保護者を兼ねた五重冠だぞ。
159世界@名無史さん:03/02/18 21:49
てゆーかヨーロッパの場合、諸侯や自治都市などの自立した中間団体の
力が強いから、一つの国家を統一するのにも非常に苦労してるんだよね。
たとえば、フランスのフロンドの乱なんかその典型だけど。
160世界@名無史さん:03/02/18 22:02
>>67
>>85
朝鮮半島で、中国と同じような形での統一ができたのはなぜなんでしょうね?
特に農業生産力が高い地域とも思えないのですが。
161世界@名無史さん:03/02/18 22:12
>160
高麗の統一後は朝鮮ってアイデンティティが確立したからでは?

一度アイデンティが確立し、かつそれを支えるシステムが失われていないのなら
再統一はしやすいのでは。

あと農業生産力はヨーロッパほどは貧弱じゃないでしょう。

ヨーロッパは氷河期の終わりとともに肥沃な土地が流されてしまったわけで。
162世界@名無史さん:03/02/18 22:34
人種・言語・文化・宗教
全部違うね。
まぁ、トルコがバルカンを併呑しただけだし・・・
163世界@名無史さん:03/02/18 23:48
>>158]
比喩としてはわかるけど、清皇帝のそんな冠なんてあったっけ?

オスマン帝国にはそういう王冠が実際にあるのだよ。

164世界@名無史さん:03/02/19 00:02
統一したら・・・
アイスランドからウラルまでパスポートなし・同一通貨で移動可能か。
人口移動が半端じゃなくなるだろうが。
165世界@名無史さん:03/02/19 06:53
>>141
その説について書かれた書物をご存知でしたら教えてください。
166世界@名無史さん:03/02/19 07:15
そもそもヨーロッパという枠が自覚されたのは最近の話。
あのへんは古代には「地中海文明圏」で、現在のヨーロッパとは思いっきり地域がズレてるし、
ローマ帝国崩壊後に生まれたのは現代人が想像するような
意味でのヨーロッパではなく、「キリスト教社会」だった。
現在のヨーロッパというまとまりが自覚されたのは、ヨーロッパ人にとって
はっきりと新世界=アメリカが意識されてから。
このへんは言ってみたところで日本人にはピンとこないかも知れないが・・・
167世界@名無史さん:03/02/19 07:24
日本やヨーロッパは古代文明の中心地から離れた未開社会だったから
原始的「共同体」が破壊されずに適度に成長したため、中間的な既得権が強くて
強大な中央集権ってのがやりにくい。
中国とかオリエントは都市文明やってから長いから原始的共同体はすりきれて
人間がモナド化して「個人」が生まれてる。だから直接支配=一君万民的専制がやりやすいし、
またそうしなければ社会がまとまらない。
いいかえれば中国やオリエントでは支配統治の技術が発達しているのに対し、
日本やヨーロッパは適度にアナーキーな自由な社会であったともいえるし
政治技術が貧困な社会だったともいえる。
168世界@名無史さん:03/02/19 07:29
>>158
五重冠なのかな?
大ハーンひとつで満州、モンゴル、新疆の帝冠なような気がするが。
あと中華天子、チベットの転輪聖王で三重冠じゃないか?
169世界@名無史さん:03/02/19 07:37
スレイマンの四重冠って、単に四宗教の保護者とか四地域の支配者って意味しかないんじゃないの?
清朝皇帝やロシア皇帝みたいな異なった文明基準による複数の権威という意味ではないのでは。
170世界@名無史さん:03/02/19 07:56
167の説は面白いね。
中国や旧東ローマ地域やペルシアのほうが支配統治法が発達したのも理にかなっている。
171167=166=168=169:03/02/19 08:02
>>170
こりゃどうも(^^;)
172世界@名無史さん:03/02/19 08:04
他に文明の中心地からかなり離れた、
(しかし未開地ではなくちゃんと文明は伝わってる)
所として、ジャワあたりも思いつくけど
やっぱり似たような特徴のある社会なんだろうか?
173世界@名無史さん:03/02/19 08:06
>>167
ローマ帝国は支配統治の技術が発達していなかったの?
むしろなんでローマ帝国の後、蛮族(ゲルマン人)が主役になったのかわからない。
ローマ人は、どこにいっちゃたのだろう。そしてローマの政治的支配統治技術も・・
まさかローマ人が全滅したわけじゃないでしょ

174世界@名無史さん:03/02/19 08:30
ヨーロッパ人はローマから文明を受け継がずにキリスト教だけを受け継いだ。
175167:03/02/19 08:55
ヘレニズムとヘブライズムとの矛盾のみならず、
ヘレニズムの中でもギリシア思想とローマ思想は厳しく対立し、
ヘブライズムの中でもキリスト教とユダヤ教は相容れない。
ヨーロッパは古代ゲルマン人の文化を基層に、
ギリシア哲学、ローマ法学、キリスト教、旧約聖書を通じてのユダヤ教、
という、相互に水と油のような五つの要素をムリヤリ
ごった煮にしてこしらえた支離滅裂な文明。
その中で統一的世界観を模索してあがいてきたのがヨーロッパ思想史。
近代科学もこの激しい矛盾の中から生まれた。

日本も上代の神祇信仰(原始神道)を中心とする倭国以来の土着文化に
儒教、律令制(法家思想)、仏教(インド思想)など相互に矛盾する文明をとりこんだが
日本思想の神髄とは、ヨーロッパ人とは逆に、
考えることを放棄することで矛盾の解決をはかったこと。
だから日本人は論理や宗教が苦手になってしまった。
176世界@名無史さん:03/02/19 09:02
辺境の文明社会では、神とチャネリングできる神官が支配者になる
場合が多い、これはある程度発展すると・・もう進歩しない。

ローマの統治技術は後の帝国植民地主義として19世紀に開花する。 
177世界@名無史さん:03/02/19 09:20
>>173
>ローマ帝国は支配統治の技術が発達していなかったの?

ローマの政治というのは自由をてなづける技術であって専制君主の技術ではない。

>むしろなんでローマ帝国の後、蛮族(ゲルマン人)が主役になったのかわからない。

ローマ人にまったくやる気がなかったのと、
ゲルマン人の王たちが規律のある統治をしたので、
一般のローマ人たちが、グータラで腐敗したローマ官僚に任せるよりよほど信頼できる
と感じたらしい。

>ローマ人は、どこにいっちゃたのだろう。そしてローマの政治的支配統治技術も・・

ヨーロッパは中世に商工業都市が発達して新しい規範が必要になった時たまたま修道士たちが
教会の奥に押し込んでた古本からローマ法学(都市の統治)を取り出して参考にした程度で、
(これがやがて近代国家の枠組にもつながっていくわけだが)
ルネサンスで脚光を浴びるまではローマ思想は忘れていた。
カロリングルネサンスなんてのもあったけどよく知らない。

>ローマ人は、どこにいっちゃたのだろう。まさかローマ人が全滅したわけじゃないでしょ

ローマ人はゲルマン人と混血して今のスペイン人やらイタリア人になったんでそ。
北アフリカの方ではアラブ人と混血してチュニジア人とかモロッコ人とかになったんでそ。
東ローマ帝国の人たちは昔のトルコ人と混血して今のトルコ人、
アラブ人と混血してエジプト人とかになってる。
178世界@名無史さん:03/02/19 09:23
中国って大昔から統一の気運が高かったように思えるのだが、ヨーロッパではそれがほとんどないように思える。
中国には統一した方が良い明確なメリットがあり、ヨーロッパにはそれがなかったのか・・・
179世界@名無史さん:03/02/19 09:46
>>178
ヨーロッパの場合、「統一」よりも「キリスト教化」に重きを置いていたのかも。
180世界@名無史さん:03/02/19 09:56
人間は必ずしも合理的に行動するわけではない。
ヨーロッパが「キリスト教化」を自己目的にしたのと同じで
中国では皇帝による統一がイデオロギー化してしまったため。
どっちも一種の精神病。
中国でも「孔子は理想とした時代は封建制のはずだが、はて?」と疑問を発する人間は昔からいた。
181世界@名無史さん:03/02/19 10:28
ヨーロッパが簡単に統一されないのは、過去においてローマ帝国があったからが
まさしくその理由になると思うけど。
182世界@名無史さん:03/02/19 10:47
中国は統一で整備された経済網の美味しさを味わってしまった
183世界@名無史さん:03/02/19 12:17
>>173
そうではなくて、ヨーロッパと言った場合
ローマの支配下よりもゲルマンの森やガリアの辺境地を指す訳でしょ。

むしろローマの遺産を継承したのはビザンチンやイスラム圏。
184181:03/02/19 12:21
>>182
そうまさしくそれ。
ヨーロッパでは独立し其々が協調する事の美味しさを知ってしまったんだよね。
支配者より、被支配者の目で見ると分かり易いと思う。
185世界@名無史さん:03/02/19 12:26
>>175
日本人は宗教苦手な訳ではないよ。
平安時代は密教から空海や最澄みたいな天才が出たし
鎌倉時代なんかすごかったよ。
中世はヨーロッパがキリスト教で統合されていたように
権力より宗教が民衆を統合していくような時代だし、
考える事を放棄する思想なんてない。

それを言うなら
日本が中世から近世的な社会を作った時に殲滅的な原因があると考えるべき。
微妙にスレ違いだけど。
186世界@名無史さん:03/02/19 12:52
>>182
同感。
ちょっとつけくわえると、
ヨーロッパと違って中国は河川管理ができないと経済等様々な分野で話にならないわけで、
なるべく大きい範囲で勢力図を取って、河川改修で各地域を結びつけた方が発展できるのだ。
最低長江か黄河のどっちかの流域を丸々押さえないと長期政権が保てないのだ。
これより狭い国で長持ちした国があったか?

っていうかみんな中国側をおろそかにしすぎだな。
比較できんじゃないか。
中国は平坦じゃないし、中国の皇帝は神ではない。

とりあえず102の中国版を作った方がわかりやすくなると思うがどうか。
187世界@名無史さん:03/02/19 13:00
>日本人は宗教苦手な訳ではないよ。
>平安時代は密教から空海や最澄みたいな天才が出たし
>鎌倉時代なんかすごかったよ。

鎌倉仏教はみんな、インド以来の仏教の哲学体系を教義の中から
捨ててしまって成り立った教えなんですけど。
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189世界@名無史さん:03/02/19 13:26
中世から近世への移行はそれまで統合の軸だった宗教に代わって
世俗権力がどう新しい統治システムを作って行くかという時代といえる。
宗教からどう着地するかで近代までの歴史も変わってくるんだよな。

東アジアではこの時期にモンゴルの影響があって権力が巨大化したり
イスラム圏ではオスマン帝国みたいな方向にいったけど、
ヨーロッパは宗教改革から三十年戦争にかけて、
複数の国家が並列して覇を競っていく方向に進んだんだよね。
190世界@名無史さん:03/02/19 13:31
>>186
やはり中国の場合、ヨーロッパと違って人口が多いから、統一(中央集権化)
して効率よくしたほうが良かったのか。
191世界@名無史さん:03/02/19 13:37
ああそうか。
中国だと黄河長江と国土を東西に走る大河があるから統一への志向が強くなるし
実際に統一しやすい、と。
ヨーロッパとの比較だとこの部分は大きそうだ。
地形的要因で一番大きく違うところじゃないか。
192世界@名無史さん:03/02/19 13:53
>>191
ヨーロッパで、もっとも早く中央集権国家をつくったフランスは、
地形的には中国に似てると思うけど、これは偶然?
国土のほとんどが平坦な土地で、ロワール河のような大河が流れてて。
193世界@名無史さん:03/02/19 13:55
漢は南北に分裂し、ローマは東西に分裂した。
この分裂の仕方の違いは地形や民族分布や周辺地域との関係など
さまざまな要因の差によるだろう。

この分裂の仕方の違いに
両地域の差異が現れてると思う。

194世界@名無史さん:03/02/19 13:58
>>192
地形的な障害が多ければ、各地域は地形によって自然に棲み分けられる。

地形的障害のない広い平野では
強力な中央権力が存在しないと無法社会になってしまうだろう。
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196世界@名無史さん:03/02/19 14:30
ドナウとかラインとか、ヨ−ロッパの国際河川が統一の役に
立ってないってのはどう見る?
ルイ十四世の自然国境説とか、むしろ分断の境目。
平和利用するにしても、統一でなくて流域国家で条約結んで共同利用、
という方向に行ってたように思う。
197世界@名無史さん:03/02/19 14:40
河だけじゃ交通路としては中途半端であまり役に立たない。
むしろ自然国境になってしまうだろ。

やっぱり煬帝の運河の存在が大きいのでは?
自然の河だけで不足するぶんを運河で補えば
水路は素晴らしい交通路になる。

鉄道も自動車も無い時代には
大量の貨物を安価に輸送する方法は
水運しか無かったから
水路が繋がってることは重要だよ。

そういえばヨーロッパでもフランスは
運河で河を結んでるね。
やっぱりフランスはヨーロッパの中の中国だな。
198世界@名無史さん:03/02/19 15:28
大規模な治水工事の必要性が、富と労働力の集中を求めたのか・・・
説得力を感じるな。
まさに黄河・長江は巨大な"龍"か・・・
199世界@名無史さん:03/02/19 15:39
何で日本は統一したの? 自然国境だらけだけど。
200世界@名無史さん:03/02/19 15:42
一応統一はされてても長い間封建制だった
日本一国でヨーロッパの一国と同じくらいの広さだから
こんなもんでしょう。
201世界@名無史さん:03/02/19 16:00
>199
結果論だけど日本は外敵の脅威がある時には常に統一されているよね。
そもそもあんまり外国と戦争しないけどさ。
薩英戦争の時は微妙にアレだったか。
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203世界@名無史さん:03/02/19 16:08
>>199
実際に全国統一したのって秀吉が最初じゃないのかな。
伊達政宗が東北を統一しなかったら、本州の統一はもう少し
ずれ込んだと思う。
薩摩は鎌倉時代の分国制度が戦国まで残ってて、江戸時代に
入っても、その名残があった。
204186:03/02/19 17:26
中国で川は道路がわり。
東西に大きな高速(遅いけど)道路みたいなのが二本走ってるし、
こまごまとした川が東西に走ってるから後は縦につなぐだけ。
ちなみに煬帝の運河は既存の運河を拡張してつなげただけなので、
それ以前から網の目のように運河はあったことは押さえておいてくれい。
しかも黄河の性質上運河は詰まりやすいからこまめに別の運河が掘られてる。
現在のように簡単に浚渫できなかったからな。
運河と言えば煬帝という歴史教科書が悪いのだが。

脱線した。
えーと、ようは中国では川は東から西に流れてるものだが、
ヨーロッパでは特に統一性はない。
フランスだけ抜き出すと統一性があるのでその点197に同意。
それから、川の大きさというか流量の違いもあるだろう。
ヨーロッパで有名な洪水とはあまり聞いたことがない気がする。
治水、特に災害対策面で黄河ほど危機感が無いのかもしれない。

>>194
中国は地形的障害のない広い平野ではないぞ。
205世界@名無史さん:03/02/19 17:35
「銃・病原菌・鉄」の悪い影響というやつかな>ヨーロッパの地形が複雑で中国が平ら

簡単に要約するとこういう言い方になるのはたしかなんだけどそう単純化したまま議論を
してはいけないという。
206世界@名無史さん:03/02/19 17:51
>運河と言えば煬帝という歴史教科書が悪いのだが。
「長城といえば始皇帝」のようなもんだね。
いやあこの二人ってことごとくかぶってるわ。
207186:03/02/19 17:57
>>206
激しく同意
208世界@名無史さん:03/02/19 18:17
中国の「天帝の命を受けた天子が天下を治める。」という思想が
中国の強い統一指向の元になっていると考えているのだが。
209世界@名無史さん:03/02/19 18:18
>>206
暴君が強引にインフラ整備をしたからこそ
その後継王朝が繁栄できたわけだな
21026=102=158:03/02/19 21:14
>>163
遅レススマソ なるほど、実際の王冠の話でしたか。清の場合、王冠はどうか知りませんが
モンゴル人から大元皇帝の印綬を受け継いでいたはずです。ところでその「四重冠」について
紹介したサイトってありますか?「オスマントルコ」「四重冠」で検索しても出ないので。
>>168
上記の通り私の話は実在する冠の数ではなく、異なる5つの文化(民族)圏を別々の肩書で
統治した、ということなので。わかりにくい書き方でスマソ
>>193
そういえば、中国が分裂するときはたいてい南北ですね。東西分裂というのは聞いたことがない。
(もっとも汪兆銘VS蒋介石が東西と言えなくもないか)
>>199
自然国境だらけだから、戦国時代こんな狭い島の統一に100年もかかったのです。
もし日本が山のない平坦な地形で、こんなに南北に細長くなければ、もっと早く統一できたのでは
ないでしょうか。
>>209
秦=隋=信長
漢=唐=家康
211世界@名無史さん:03/02/19 23:48
清朝皇帝は北元のハーンを継承してますね。
冬は中華皇帝として振るまい、
夏に使用される草原の「避暑宮」はハーンとしての王宮(夏営地)らしいです。

ロシアの王冠も面白いよね。

四重冠の話は講談社メチエの「オスマンvsヨーロッパ」あたりにも載ってると思います。
212世界@名無史さん:03/02/20 00:08
中国は南北にわかれるのに加え、
北半分は比較的強力な統一権力が発生しやすいのに対し
南半分はいくつもの言語や文化圏にわかれていて細分化しやすいという違いもミソですね。

ヨーロッパと比較するなら南半分のほうが有効でしょう。
南から生まれた統一権力は歴史上明朝しかないのも興味深いです。
213186:03/02/20 00:31
>>208
そいつは各皇帝のこじつけではないですかな?
大義名分を後からとってつけただけでしょう。
「俺が戦争で勝って一番になったのは天の定めである」という感じか。
何せ日本も含めた中国文化圏は見栄えとか名目を重んじる傾向にあるので。

>>209
ちゃんと読んでほしいのだが。
煬帝は既存の運河を広げてつなげただけ。
始皇帝も既存の長城をつなげただけ。
インフラ整備のほとんどはそれ以前に出来ている。
しかも長城は北方民族にわざわざ目標を作ってやったようなものでむしろマイナス。

>>212
南側が歴史にあまり出てこないのは南側が発達したのが遅かったせいです。
長江と黄河の流域全体が中国の中心と思われたら困る。
そうなるのはかなり後。

>南半分はいくつもの言語や文化圏にわかれていて細分化しやすいという違いもミソですね

北に主だった国があったのはあくまで黄河流域が中国(当時で言うと中原か)であってそもそも南側は中国ではない、ということ。
つまり北方異民族の地方と長江流域は同レベルで田舎で異民族がいるところと漢人が理解していたと解釈してくれい。
ちなみに長江流域に漢人が入るようになると、今度は海岸沿いの区域に田舎のイメージがシフトするのでヨロシク。
最終的に現在その地域が一番発展していて面白いのだが。
214世界@名無史さん:03/02/20 01:08
わずか1日でいろんな論点がたくさん出てきてますな。

自分の考えとしてはそれぞれの文明圏での政治文化、つまり国家イメージが
直接の原因であって、経済地理的な要因は遠因ではあってもそこからストレートな結論を導くのは
はげしく賛同できませんね。

黄河の治水は確かに統一権力があればやりやすいけれども、春秋戦国の期間は
黄河の治水ができなかったから経済や文明が低迷したかというとそんなことはないわけで、
各国の中ではできる範囲でやっててそれなりに効果があったんでしょう(よく知りませんが)
ヨ−ロッパは全ゲルマン圏と全ラテン圏が一度に統合されることはなかったけれども
ローマ帝国とかアッティラの帝国とかカールマルテルの王国とか、一時的には「大統一」の
気運はあったんで、これらがこわれたのは経緯を追えば経済的地理的な問題が直接の原因ではない
わけでしょう?

ということとはいきなりつながりませんが(w)単純にヨーロッパの国家学はギリシアローマ以来の
「共有された経営体」のイメージが、ゲルマン的伝統に支えられた共同体複合を正当化するような形で
マッチしてできているので、現地首長層の権力をこえる巨大な官僚制を必要とする大帝国は
抵抗勢力が邪魔して建設困難だったと思います。
それと中国の話はできればこっち↓でやった方が・・・
http://academy.2ch.net/test/read.cgi/whis/1041075756/l50
215世界@名無史さん:03/02/20 01:18
213の中原と江南のくだりを読むとますます
地中海沿岸のローマ帝国領域と
辺境だった西欧諸国の関係に似てる気がしてきた(w
216世界@名無史さん:03/02/20 01:30
>>214
何度かこのスレにも出て来てるけど、古代と中世では統合の原理がまったく違いますよね。
中世から近世に移行する時は今度は近代につながるような国家の原形が出来て来る。


中国を比較の対象にするのは面白いと思いますよ。
だから中国のほうがすごいとかいう方向に行くと訳わかんないですが。
217214:03/02/20 01:39
>だから中国のほうがすごいとかいう方向に行くと訳わかんないですが。

そんなアホなこと言いそうな奴は今んとここのスレにはいないだろ。
218世界@名無史さん:03/02/20 02:27
だから中国のほうがすごい
219トトメスV世 ◆prgqkIQ406 :03/02/20 02:29
>>218
わかり易い釣師だなw
220トトメスV世 ◆prgqkIQ406 :03/02/20 02:30
まあ、文明圏の中枢と周辺地域との関係が似てくるのは仕方ないのでは無いでしょうかね?
221186:03/02/20 02:33
ちょっとまとめてみよう。
1)ローマ帝国時代≒黄河流域時代(地中海≒黄河)
この時点ではどっちも中心地域を統一している。

2)辺縁ヨーロッパ諸国も含める時代≒長江流域も含める時代
ここが問題か。
まずヨーロッパ。
この範囲で統一した国がヨーロッパにあったか?
無いと思うが東洋史専門なのであるかもしれぬ。スマソ。
そもそも辺縁ヨーロッパ諸国の地位が上がったのって各国がそれぞれ力をつけたから?
だとすると統一にはあまり向かわない気がするな。このへんのつっこみ頼む。

中国側は、南部に開発が行くようになったのが南北朝頃で、
南部が北部と同等かそれ以上になったのは南宋時期として、
南に漢人、北に異民族。これは漢人が奪回したくなるわな。
で、その後モンゴルの時代はこのテーマに合わないのでおいておくとして、
その後は明清・・・・・・
やっぱり統一されてるなぁ。
ま、突き詰めると漢民族と中華思想のせいなんだろうなぁ。
眠くて頭回らなくなってきたのでこの辺でやめとこう。

>>214
ヨーロッパと比較するために中国を語っているだけで、
そんなタラレバのスレと一緒にしないでくれ。
史実を元に考察してるんだから。
222186:03/02/20 02:44
つっこみ忘れた(;´Д`)ハァハァ

>>214
いろんな論点出しただけで地形論だけで結論を出しているわけではあるまいよ。
しかも治水の取り扱いを勘違いしとるぞ。
もう一回読み直してほしい。
223世界@名無史さん:03/02/20 02:59
>>221
それだとでかすぎない?

1)はいいとして中国は五胡侵入まで、ヨーロッパ民族大移動まで、
あとは
2)中世(シャルマーニュの戴冠〜)
3)ルネサンス・宗教改革〜三十年戦争を経て革命期まで
4)近代(ナポレオン以降)

でだいぶ違うと思う。
2)は宗教的権威でゆるやかに統一されていて(でも支配機構はかなりばらばら)、
3)の時期に分裂したと考えるべき。
それぞれの時代の頭でローマが意識されるのも面白い。
224世界@名無史さん:03/02/20 03:08
それだと221の江南開発が南北朝期というのも重なるな。

ヨーロッパが教皇の権威が堕ちて、それぞれの国で(分裂?)支配機構整備してくのも
唐末動乱から五代十国頃の状況ににてる。

ヨーロッパで近世起きた事に近いのは
中国ではやっぱりこの頃だよね。
個人的にはなぜ宋が統一という選択肢をとったのかが気になる。
どなたか詳しい方情報きぼん。
225世界@名無史さん:03/02/20 03:20
>>219
わかり易いスポットだからなw
226世界@名無史さん:03/02/20 03:47
時代ごとに理由があるんじゃないの?
227世界@名無史さん:03/02/20 08:54
>>224
唐滅亡後、五代十国と呼ばれる分裂の時代に、昔ながらの貴族は没落し、
貴族制社会は終わっていった。貴族という大土地所有者はいなくなったが、
大土地所有そのものがなくなったわけではない。
つまり、昔ながらの貴族ではなく、新たに経済的に成長してきた人々が
領地を拡大して大土地所有者となっていった。
その人々は、急に金持になった成り上がり者で、形勢戸と呼ばれた。
それらの新秩序の担い手として宋は中国を統一した。
皇帝が各地の藩鎮の権限を奪い、軍事・財政・行政のすべてを皇帝が握る皇帝独裁体制
は宋の時代に確立された。隋や唐は皇帝の権力はまださほど強くなかったと思う。
唐では、三省六部という行政制度が取られていた事など行政制度を見ればすぐ推測できる。
つまり皇帝に天子などという権力をすべて天から授けられたなどという思想は宋から
はじまったのだと思う。

 
228世界@名無史さん:03/02/20 08:59
229世界@名無史さん:03/02/20 13:30
>昔ながらの貴族ではなく、新たに経済的に成長してきた人々が
領地を拡大して大土地所有者となっていった。
その人々は、急に金持になった成り上がり者で、形勢戸と呼ばれた。

こういうところは西欧におけるブルジョワの台頭を思わせますね。
実質上、ブルジョワに担がれていた七月王政のルイ=フィリップとか。
230世界@名無史さん:03/02/20 23:28
だからヨーロッパを統一したことは一度もなかったんだってば。
231世界@名無史さん:03/02/21 07:54
ループ・ルーパー・ルーテスト>230
232世界@名無史さん:03/03/01 07:35
白人は頭がいいから統一したら利にならないと思考していたから
233世界@名無史さん:03/03/01 09:52
つまらない煽りだなあ>232
234世界@名無史さん:03/03/03 00:24
どうしても
古代ギリシャ=中世〜近現代ヨーロッパ
大ローマ帝国=アメリカ・アングロサクソン勢力
カルタゴ=帝政ロシア・旧ソ連
を連想してしまう。
ヨーロッパのバラバラは古代ギリシャの個性的なポリスを連想させるし
大英・アメリカはギリシャ文明を継承しつつ新天地にできた巨大帝国という共通
ロシアは好戦的な陸軍國であるし経済的には初期優勢だった点がカルタゴと。
大西洋世界は拡大版地中海世界と似た歴史を歩むのか?なんて思ったりする。
235世界@名無史さん:03/03/03 01:14
ヨーロッパ、という概念は歴史の段階ごとに変化していることに注目している
談義が進んでいたんだが、いつの間にか比較が中心となっているので元に戻してみる。

古代ギリシアからアテネ黄金期を経て、ローマに併合されるまで、
ギリシア人は自分たちがヨーロッパ人である、という自覚はなかった。
しかしながら、その時代、東地中海があの時代の中心であった。
個々のポリスをこえて、「ギリシア人」としての自覚に目覚めていたギリシア文明をして、
ヨーロッパの起源とすることに間違いはないと思う。
236世界@名無史さん:03/03/03 01:16
その後、ギリシアを積極的に模倣したローマが地理的にもギリシアを飲み込んで、
「ローマ人」という概念を生み出した。
「ローマ人」は市民の起源とも言うべきもので、国民意識とも微妙に違うことに留意。

「ヨーロッパ」の中心は、
ギリシア→ローマ と変遷していった。
237世界@名無史さん:03/03/03 01:20
その後、ローマは東と西に分裂し、東はローマの伝統を守った。
西は小規模ながらもカールの帝国が誕生した。
このときのヨーロッパにおいて、世界帝国たろうとしていた国を、
「ヨーロッパ」の代表者として差し支えはないと思う。

で、ここで注目すべきが、東ローマ(ビザンツ)の国民(首都偏重だが)は
相変わらず自らを「ローマ人」だと考えていたのに対し、
カールの国の国民が自らを「ローマ人」とは恐らく考えていなかっただろうし、
国民意識が芽生えていないことは明白。
支配者(カール)の、概念上のローマ帝国であったことと考えられる。
238世界@名無史さん:03/03/03 01:22
そしてビザンツが滅びると、ローマ(文明)の後継者は死滅する。
ここで、ローマの伝統はイスラムに吸収され、
西ヨーロッパがルネサンスに至るまで、ローマの伝統は修道院の内部のみに伝わるに
過ぎなかった。
ご存知の通り、この時代、誰もヨーロッパ統一をなしとげていない。
(概念上のカールの後継者、神聖ローマ帝国があるのみ)
また、イギリスをもヨーロッパに含めるとしても、
イギリスが完全にキリスト教化したのは10〜11世紀以降であることにも注目。
239世界@名無史さん:03/03/03 01:24
ルネサンスに至って、ようやく西欧人が「ヨーロッパ人」としての意識に目覚める。
それまでは「キリスト教徒」としての緩やかな団結はあったにせよ、
「ヨーロッパ文明」という概念は生まれていなかったように思える。

つまり、時代によって「ヨーロッパ」の概念は変化しているということ。
240世界@名無史さん:03/03/03 01:31
そういう意味では、なぜヨーロッパが統一されなかった、という問いに対し、
1)ローマ帝国はヨーロッパ史上、唯一統一を果たした
2)キリスト教の分裂が東西ローマの完全な分裂を促進し、そのために統一がさまたげられた
(この場合の西ローマは、西ローマの後継者である神聖ローマも含むものとする)
3)東ローマの滅亡後、イスラムの脅威によってヨーロッパそのものの存続が危ぶまれた
4)ルネサンス・大航海時代後は、国民意識の勃興により、統一事業が困難となった
(この区分はルネサンス〜ナポレオンを経て、ドイツ第三帝国、大戦後の時代も含まれる)
5)現在、EUという新しい「ヨーロッパ」の概念を作り出そうとしているが、4)の時代と、
それ以前の民族問題を引きずっているため、政治的な統一は非常に困難

と言えると思う。
241世界@名無史さん:03/03/03 01:31
と、いうわけで、
地理的な問題よりもむしろ、意識や概念の問題のほうが、
統一をはばむと考えるわけですが、どうでしょうか?
(長々とすいません)
242世界@名無史さん:03/03/09 13:34
旧ソヴィエト連邦、あるいは冷戦時代の東側世界と、
ヨーロッパを比べてみるというのはどうでせう?
一応キリスト教に当たる共産主義というイデオロギーはあったけれど。
243世界@名無史さん:03/03/10 19:00
ソ連に関して言えば、ありゃ途中から侵略をしまくって、
世界を「拡大」させたというのが当たっていて、
ヨーロッパ諸国の「統一」は、既に歴史・文化の育った国民国家の「統一・統合」を意味するから
(ルネサンス以後ね)
全く意味合いが違うと思います。

とは言え、「統一」しちゃったのにはかわりないかもね。東側、を。
244世界@名無史さん:03/03/11 20:56
>>240
>4)ルネサンス・大航海時代後は、国民意識の勃興により、統一事業が困難となった
(この区分はルネサンス〜ナポレオンを経て、ドイツ第三帝国、大戦後の時代も含まれる)

この箇所を読んで、パン・イスラーム主義やパン・アラブ主義を思い出しちまった。

245世界@名無史さん:03/03/12 00:06
>>1

支那は漢字という共通文字があってので、発音の違いを超越できたので統一した。
一方ヨーロッパは、アルファベットという表音文字だったので、発音の違いを超越できなくて、それぞれに分裂した。
ってのはどうでしょうか?
246世界@名無史さん:03/03/12 00:10
ガイシュツですな。ログを読もう>245
247世界@名無史さん:03/03/12 09:19
>>227
亀レスすまぬ
権限を皇帝に集中し、文治主義に走ったおかげで周辺国に蹂躙され
放題…
天命 天子の考えは「史記」の五帝本紀にみられるんだが?
248歴史学専攻:03/03/12 09:34
王朝の広さと関係が深いのが交通の利便性。黄河・揚子江があった中国は、
統一され大帝国を築きやすい環境にあった、と思われる。

さらには中華思想。周辺諸国を従えるという思想・文化がどこから来たのか…

わたくしは「交通」と「中華思想」によって中国に大帝国をつくりえたと主張します
249世界@名無史さん:03/03/12 11:34
>>248
中華思想と密接に関係しているのがいわゆる「徳」といわれるもの。
尭・舜に代表されるように、有徳の天子が世を治める考え、、、
大帝国を作りえたのは周辺に比肩するような国家が存在しなかった
事も大きな理由。
250世界@名無史さん:03/03/12 17:33
アメリカ合衆国がひとつに統一されたのは何故だろう?
分裂すればいいのに
251世界@名無史さん:03/03/12 18:09
>>250
南北戦争のとき分裂しかかった。
252世界@名無史さん:03/03/12 18:18
つうかもともとバラバラの植民地だったし
253世界@名無史さん:03/03/12 18:28
>>250
群雄割拠の中から統一したんじゃなくて、
ニューイングランドがミシシッピ流域、テキサス、旧メキシコ領などなど
征服に征服を重ねて大陸全部をものにしちゃっただけ。
(含:カナダとメキシコ、カリブ諸国にハワイ)
ヴァージニアは分裂後の再統合だからちょっと違うかな。
254世界@名無史さん:03/03/12 18:47
独立戦争で13植民地が共同行動をとり、
それが独立達成後の連邦〜合衆国結成へとつながる。
255世界@名無史さん:03/03/12 19:18
何でケンカしないのかな。しそうなものなのに
256世界@名無史さん:03/03/13 08:32
>>255 南北戦争
257255:03/03/13 10:53
>256
今現在の話だよ
258山崎渉:03/03/13 12:43
(^^)
259世界@名無史さん:03/03/15 01:50
age
260世界@名無史さん:03/03/15 18:04

ハバロフスクの親子
http://www.hokutan-coal.co.jp/familly.JPG
261世界@名無史さん:03/03/17 17:09
ヨーロッパが1つの共同体みたいに認識されたのって十字軍くらいからじゃない
のかな・・理念的にだけど
まれに隣の城を訪れるくらいだった あの時代で、十字軍に参加しることで
多くの外国を見聞できたんだし、イギリス フランス ドイツあたりの事とか・・
あ・・こいつら同じキリスト教やんか、、みたいな
262世界@名無史さん:03/03/17 17:14
ヨーロッパの君主って、神聖ローマ皇帝になることが憧れなの?
263世界@名無史さん:03/03/17 17:25
そもそも「神聖ローマ帝国」とは、かつてのローマ帝国がヨーロッパ全土を支配していた、
という認識のもとに、そのローマ帝国を再建し全ヨーロッパの「皇帝」が治めるという
「建前」の上に成立している「概念」です。それをローマ教皇が「皇帝位」を授けることによって
「帝国」と「皇帝」が存在していることにする、というもので、実態はほとんどありません。
264世界@名無史さん:03/03/17 17:29
>>262
フランス国王フランソワ1世は、神聖ローマ皇帝選挙に立候補したことが
あるけど。
ライバルであるカール5世(ハプスブルク家)の足を引っ張るため。
265世界@名無史さん:03/03/17 18:21
>>263
じゃあ概念的にはヨーロッパ統一されてたのね
266世界@名無史さん:03/03/18 03:53
ウェストファリア条約でフランスとスウェーデンが帝国議会の議席を得たが、
これは一種のステータスらしい。
267世界@名無史さん:03/04/01 17:21
age
268 :03/04/01 17:42
ユダヤ人による陰謀が原因です。
269世界@名無史さん:03/04/03 03:41
ヨーロッパで日本の豊臣秀吉や中国の劉邦・朱元璋みたいに農民出身で天下とるとか
歴史上ないし、東洋より西洋のが既存の社会的背景が複雑で強固なものがあったのかも
それか思想概念が違うのかも
東洋より西洋のが統一が難しい社会そして文明だったのだろうが
270世界@名無史さん:03/04/03 04:43
ビザンツとロシアの冬がヨーロッパを異文明から守ってくれたから、
ゴチャゴチャ内輪もめしていられたんだよ。
外部に強大な敵がいないと内部はまとまらない。
271世界@名無史さん:03/04/03 07:06
>270
モンゴルがハンガリー辺りまで来ても、統一されませんでしたが?
272世界@名無史さん:03/04/03 12:28
>>270
胴衣。
273世界@名無史さん:03/04/04 04:09
>272
で、モンゴルはどう説明するんですかい?旦那
274世界@名無史さん:03/04/05 01:23
>270
イスラムはマルセイユあたりまで来ましたが
275世界@名無史さん:03/04/06 13:37
オスマントルコもきたべ<ヨーロッパ
276世界@名無史さん:03/04/06 13:51
んー実際に自分が中世ヨーロッパの国王もしくは皇帝になったと仮定して
統一できる可能性があるのか考えると無理だと思ってしまう、
何故なら軍隊も人数が圧倒的に少ない・・兵糧も満足にない・・
他国に侵攻しるには圧倒的軍事力による裏付けがないとできる賭けじゃない
し・・城はあちこちに建ちすぎてるわ、攻略は攻城器がいるし、めんどくさい事だらけ
とにかく城がうざいと思っちゃうね
277世界@名無史さん:03/04/06 14:22
いまやドイツにまでイスラム=トルコが流入していますが。
278世界@名無史さん:03/04/06 16:38
モンゴルとかイスラム帝国とかオスマンとかが攻めてきても、
国境沿いの国が一人で頑張って食い止めるだけで、
他国が加勢してやることはあまりなかったね。
しかも何度もそれで撃退して済んでしまっているから
結局対外危機意識も沸かなかった。
279aaaaa:03/04/06 16:51
280278:03/04/06 21:14
×国境沿いの国→○欧州圏の辺境の国

バルカン半島はオスマンに取られてるけど
正教はカトリックにとっては異端扱いだから
まあグレーゾーンが黒になった、くらいの感覚だろう。
281世界@名無史さん:03/04/07 01:28
ローマ帝国と秦・漢帝国の成立の仕方を比較しても、まるで違う。
ローマは建国から700年近くもかかって西洋の統一をしたが、秦・漢は
それに比べると一瞬に等しい統一過程だ。さらにローマは王政・共和制・帝政と
統治形態も複雑に入り組んでいるし市民権や元老院まであり日本や中国のように
天下統一という概念そのものがないのではないのだろうか。つまりそれまでの
王朝を滅ぼして自らが新しい王朝を開くという概念がない。
282世界@名無史さん:03/04/07 02:47
ローマは地中海世界を統一したが、ヨーロッパを統一してはいないと思う。
283世界@名無史さん:03/04/07 04:31
>>281
散々言われているが中国とヨーロッパの違い
◎国家としての意識を持つ民族の数 (中国<ヨーロッパ)
◎長江と黄河による水運
◎森、山脈などの地勢
◎豊かさ

これに加えて、ローマ帝国の時代は
◎未開拓な北ヨーロッパを統一する利益がない
◎現代のような「ヨーロッパ」という概念に欠けている
◎小アジア、エジプト経営の方がウマー

今でさえEUは内部意見の調整も出来ずに苦しんでいるのに
古代の人間がヨーロッパを統一するなんて
夢物語ですよ。
284世界@名無史さん:03/04/07 09:46
>>281
秦の建国っていつだ?

>>283
>◎国家としての意識を持つ民族の数 (中国<ヨーロッパ)
これなんだけどさ、中世のヨーロッパに、国家としての意識ってどれだけあったの?
皇帝権はドイツの外には及ばなかったけど、教皇・皇帝を頂点とするヒエラルキーが作られていて、
カトリック世界として一体性を保ってたんじゃない?
それは今から見れば「分裂」かも知れないけど、当時から見れば十分「統一」だったのかも知れない。
285世界@名無史さん:03/04/07 11:11
そのあたりの話が大部前にやりましたな
286雲長:03/04/07 12:11
ヨーロッパ史の源流にあるのはギリシア文明の遺産 民主主義と
自由主義 合理主義であり、これらが西洋文明の元になった。
中世に入りこれらが一旦キリスト教により抑制されるも、その精神は
脈々と受け継がれてきたのではないか・・その理由に最終的には
中世後期それらが復興し近代化をもたらしたのであるから。
欧州統一を妨げてきたのは、そういった根本的なヨーロッパ史を貫く
精神だったのではないだろうか。
287世界@名無史さん:03/04/07 14:28
確かに中国と比較するのは正しいと思うんだけど、
最近イスラムにも同じ事が言えると思った。(8世紀は統一してたけど)

ヨーロッパもダルアールイスラムも基本的にインターナショナルで
平時には国境に行政区分以上のたいした意味は無い。

「カトリックはいざというとき大統領と教皇のどっちにつくか?」
って議論がアメリカにあったらしいけど、イギリスやアメリカは
ヨーロッパと違って独自の国家の枠組みを作れたんだよね。

大陸はそういうインターナショナルな国家の作り方をしてきた傾向がある。
むしろ中国21世紀まで帝国形態を維持してるほうが不自然のような。
288世界@名無史さん:03/04/07 14:33
近代以降は「国民国家」てのと「帝国」(基本的な意味での)とが
すべて国連加盟国として同列にごっちゃになってるってのがあるね。

日本の帝国号論争とかはそのへんに関係してるはず。
289世界@名無史さん:03/04/07 17:58
「帝国」の概念についてはレーニンの「帝国主義論」のおかげでややこしくなってしまった。
290世界@名無史さん:03/04/07 19:12
十字軍によりフセインの宮殿が破壊されますた
291世界@名無史さん:03/04/07 21:57
ええい、十字軍を追い払うサラディンはおらぬのか!   
クルド人を虐待するからサラディンが現れんのだ
292世界@名無史さん:03/04/07 22:00
日本は統一されていたの? 単に中央集権じゃなかっただけ?
293世界@名無史さん:03/04/07 22:45
>>284
現在、ブリュッセルに集まっているEUの官僚は、ある意味むかしの
王侯貴族みたいなもんかな。
294世界@名無史さん:03/04/08 01:57
統一もなにも島国一個指して日の本って言ってたんだから、国としては
はじめから統一されてたんでは・・その中での内輪もめならいっぱいあったけど・・・
295世界@名無史さん:03/04/08 02:03
琉球とアイヌモシリは?
296世界@名無史さん:03/04/08 02:11
>>295
国内の混乱に寄与するほど大きくない
297世界@名無史さん:03/04/08 02:11
>>293
ハプスブルク家が欧州議会の議員にいますな
298世界@名無史さん:03/04/09 07:24
ドイツっていまだに諸侯領やらがあるって聞いたけど
日本より封建制が根強いね
299あぼーん:03/04/09 07:27
あぼーん
300かおりん祭り:03/04/09 07:43
http://www.saitama.gasuki.com/kaorin/

  〜oノノハヽo〜
     ( ^▽^)/⌒\                       , −-
     ((ニ[二=(  こんなのがございま−−==≡≡す♪  ))
   /∧=:||  \_/                       `ー‐‐'
     じ/___/
301世界@名無史さん:03/04/09 09:36
>>298
封建制っつーか地方分権のキツイやつ。
ドイツで中央主権とか出来たのヒトラーくらいじゃない?
302世界@名無史さん:03/04/09 10:12
>>301
びすまるくは?
303世界@名無史さん:03/04/09 10:53
>>302
あのドイツ帝國でも統一された帝國軍すらなかったからな。
プロイセン軍やバイエルン軍、ヴュルテンベルク軍その他諸々が別々に
存在して、それぞれに参謀本部があったり。
貨幣なんかも別々だったはず。
304山崎渉:03/04/17 09:39
(^^)
305山崎渉:03/04/20 04:56
   ∧_∧
  (  ^^ )< ぬるぽ(^^)
306世界@名無史さん:03/04/20 12:12
ロシアの歴史わかんない
307世界@名無史さん:03/04/20 13:20
ローマ帝国は地中海帝国で
そのおまけとしてヨーロッパがあった。
これが東西に分裂し,
再統一を思考したユスティニアヌスの死後,
東地中海という概念は残ったものの,
西地中海は消えてしまい,
アフリカ部分は東に組み込まれ,
残りがヨーロッパに組み込まれた感じがする。
308世界@名無史さん:03/04/20 15:17
>>1
ナチスが統一します他。
309山崎渉:03/05/21 22:53
━―━―━―━―━―━―━―━―━[JR山崎駅(^^)]━―━―━―━―━―━―━―━―━―
310山崎渉:03/05/28 15:34
     ∧_∧
ピュ.ー (  ^^ ) <これからも僕を応援して下さいね(^^)。
  =〔~∪ ̄ ̄〕
  = ◎――◎                      山崎渉
311世界@名無史さん:03/06/05 20:46
ローマ帝国が地中海帝国だったっていうのには賛成できるな。
しかし分裂後なぜ東は千年以上も存続したのに西は百年足らずで
滅亡しちゃったんだろう。
やっぱ西はゲルマン野郎が暴れまわってたからなのか?
考えてみたらゲルマン人が人類史上果たした功績ってめちゃめちゃでかくない?
他民族に比べてさ。

312世界@名無史さん:03/06/05 21:08
EU大統領  空席
  副大統領 トニー・ブレア
       ジャック・シラク
       ジェラード・シュレーダー
  首相   ロマーノ・プローディ
313こうだろ:03/06/05 21:14
大統領  ジョージ・ブッシュ
副大統領 トニー・ブレア
     ジャック・シラク
     ジェラード・シュレーダー
首相   ロマーノ・プローディ
314世界@名無史さん:03/06/05 21:20
>>313
ミラノ勅令おめ
315 ◆OabJU8b1b. :03/06/05 21:27
>>312-313

EU 大統領は持ち回りではなく選挙で選ぶっつーんだから、
その選挙の日の来るのが待ちどーしいよねえ(w
どうやって選挙運動するのか、国家ごと候補の縦割りか、
EU 議会内会派別の横割り候補になるのか。
選挙で選ばれる以上、名誉職以上の権限はついてくるだろうし。

首相はいないはずだよ。外務大臣を置くかどうかでもめてるところ。
316世界@名無史さん:03/06/05 21:47
>>315
大統領に大きな権限を与えようとするフランス案と権限を形骸化させようとする
ドイツ案で揉めてるはず。小国は当然ドイツ案を押すだろうから英仏独などの大国
と小国でだいぶ揉めそう・・・

たしか外相の有力候補にドイツのフィッシャー外相の名前が挙がってました
317316:03/06/05 21:48
文章が矛盾してました失礼
318 ◆OabJU8b1b. :03/06/05 21:54
>>316
外相設置はイギリスが拒否権使うから(閣議決定ずみ)
我々が誰になるのか考えるのは時間の無駄だが(w
っつーか、
イギリスは最終的に出来上がった草案そのものに
拒否権使う可能性もあるよ。
EU は全会一致の原則があるから。
イギリス国内は「反 EU 憲法」が世論の大半の上、
草案起草に関わってるウェールズ担当大臣が無脳なんだよな。
319世界@名無史さん:03/06/05 21:56
イギリス足引っ張るなよ
栄誉ある孤立気取りかまったく
320世界@名無史さん:03/06/07 02:12
秦帝国の誕生が後世の統一国家のモデルケースになったのかな。
始皇帝がいなければ統一されることもなく、
幾つかの国の分立状態が続いたのか、
それともいずれは英雄現れて一つにまとまったのか?
毛沢東は統一を成し遂げたことで
始皇帝を高く評価していたっけ。
321世界@名無史さん:03/06/07 11:11
>>320
幾つかの国の分立状態が続いたと思うが、毛沢東が統一を成し遂げたと思う
322世界@名無史さん:03/06/07 11:35
その漢民族も実際にはバラバラで雑多な民族を「漢字」という
共通文字でむりやり同一民族 と思わせている。

そうです。
だから日本は中国と合併して中華連邦として非武装中立をめざすべきです。
323世界@名無史さん:03/06/07 11:39
良スレなんだから荒らすな
324世界@名無史さん:03/06/07 11:39
>>322
非武装中立したら何十年後かに欧米に植民地にされるんじゃないか?

でも日本の資本と中国の人口、資源が合流したらEUに勝てるかも。
325世界@名無史さん:03/06/07 11:45
最後に笑うのはアメリカというオチはともかく、
アメリカが覇権を握ったのは米大陸に有力な対抗馬が存在しえ
なかったからだな。
326世界@名無史さん:03/06/07 11:45
残念ながら中国には科学技術の土壌がありません。
327世界@名無史さん:03/06/07 12:00
>>326
しかし何十年後かは来るだろ。
現在世界の工場として技術力を貯めてるし。
英も日本も初めは世界の工場と呼ばれてたし、
製品が初め粗悪なのはどこも一緒。

日本は米国との関係を強化するか核を持つしか
なくなるのだろうか・・・
328世界@名無史さん:03/06/07 12:00
やはり始皇帝の存在につきるだろう。
道路規格、度量衡、文字、法制の統一、思想の弾圧が大だったということ。

しかし秦は他の六国を滅ぼしてからわずか17年後に楚の項羽にほろぼ
されているわけだよな。
秦王政は秦王の血族でない説もあるし、彼が即位しなければ
秦は統一策に出ただろうか。
白起の再来とまで言われた王翦、客卿であったが宰相にまで上りつめた
李斯。こういう覇王と充実したスタッフと天然の要害による国力の充実が
あってはじめて秦が他国を圧倒出来たことを考えると欧州はドンクリの
背比べが良いところなんだよな。

ある意味、呂不偉の存在が世界史の転換期だったのだろう。
329世界@名無史さん:03/06/07 12:55
もし始皇帝が統一目前で死んでいたら、以後の展開は
どうなったと思う?
330日本@名無史さん:03/06/07 12:57
>329
中国史の古代がもうすこし長くなった。
331日本@名無史さん:03/06/07 13:09
ヨーロッパという概念がローマ前では地中海沿岸
のことだったから、ローマ帝国はヨーロッパを
統一したのだ。
332世界@名無史さん:03/06/07 13:47
>>329
始皇帝が即位した時にはすでに秦の優位は確定してたから
始皇帝が居なくてもやはり秦が統一してたであろう。

>>331
むちゃくちゃなこと言ってるな
333世界@名無史さん:03/06/07 15:02
米と小麦の違いかな?
334世界@名無史さん:03/06/07 15:11
>>328-329
始皇帝の存在がなくても、多少遅れて統一はされたでしょう。
始皇帝登場以前に秦の優位は既に確立していて、始皇帝の存在は
それを強引に早めただけと思う。

始皇帝登場の半世紀くらい前の合従連衡政策なんか、秦の優位性が
意識されていた証左じゃないかな。
335世界@名無史さん:03/06/07 15:26
>>333
秦は稲作可能地帯ではないのでは。
336333:03/06/07 15:34
ゴメン,秦の話じゃなくてヨーロッパと中国の比較です。
337世界@名無史さん:03/06/07 18:06
>>628
呂不韋は偉人ではないというのはわかるがね
338世界@名無史さん:03/06/08 13:21
中国が異常なんだよ。本当は江南の辺りで暮らしたかったのに
始皇帝があんな所に防衛線つくったから軍事的要所と農業商業
の要所を押さえようとするとデッカクなる
339荒島 正(アラシマ ショウ):03/06/08 14:45
ゲルマンのせいだす。
340世界@名無史さん:03/06/08 15:32
EUについて詳しい日本語サイト知りません?
ちょっと前まで各国の投票数だとか農業補助金でもめてるという記事を
読んだことあるけど新聞だけじゃ全体像がつかめなくて
341世界@名無史さん:03/06/09 04:37
あの頃の中国は騎馬兵力を握った所が圧倒的に強かった
だから北の方に首都が出来たのは軍事的に必要だったし
商業的にも遊牧民が使えたので便利だったろう

ヨーロッパって騎馬はどのぐらい使っていたのかな?
342世界@名無史さん:03/06/09 09:16
三国志を例に取ると劉虞が袁紹と董卓の争いのキャスティングボードを握っていたのは
皇族であり高名であった以外に北方の騎馬民族を掌握してたから。
嫌われもんな公孫[王贊]が袁紹に対抗し得たのも劉虞の握っていた騎馬民族を受け継いだから。

ヨーロッパでの騎馬の使いかたってのはどうだったんでしょう?
騎馬の割合がどうだったのかとか。
343世界@名無史さん:03/06/28 07:18
今はおだやかな統一の方向にすすんでる・・・
344世界@名無史さん:03/06/28 11:26
トラヤヌス帝時のローマの領土見ると ほぼヨーロッパ統一されてるんじゃない?
イギリス・フランス・スペイン・ドイツあたりなんか領土だし、東欧あたりが
属州化してないだけなんじゃないかな。まーカエサルのおかげなんだろうけどね
345世界@名無史さん:03/06/28 11:31
346世界@名無史さん:03/06/28 12:32
このスレのテーマって中国はなぜ統一されたのか?と表裏一体だな。
347世界@名無史さん:03/06/30 04:05
やっぱりカエサル対チンギスハンの対決を見たいという結論になる
348世界@名無史さん:03/06/30 18:56
ソ連共産主義=モンゴル帝国の後継
そしてアメリカ資本主義=ローマ帝国の後継という
解釈からその戦はカエサルたんの勝利で良いんでは?
349世界@名無史さん:03/06/30 21:48
>>348
ソ連もローマの後継なんだが。

米ソ冷戦は東西ローマの対立だよ。
350b:03/06/30 21:50
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351世界@名無史さん:03/06/30 22:00
フン族がアッティラの下で台頭していた時に、
ヨーロッパは親アッティラと反アッティラに完全に二分された。
352世界@名無史さん:03/06/30 22:05
カタラウヌムの戦いでは両軍の戦死者の死体によって川が溢れたとか、
三国志の赤壁の戦いを彷彿させる記述が見られる。
アッティラの敗退でヨーロッパ統一が挫折した姿が、
赤壁で敗退した曹操が中国統一に挫折した姿にダブって見える。
353世界@名無史さん :03/06/30 22:22
他人種国家ですから・・・・・。
354山崎 渉:03/07/15 12:50

 __∧_∧_
 |(  ^^ )| <寝るぽ(^^)
 |\⌒⌒⌒\
 \ |⌒⌒⌒~|         山崎渉
   ~ ̄ ̄ ̄ ̄
ハッキリ言ってアメリカなどの多民族国家では黒人の方がアジア人よりもずっと立場は上だよ。
貧弱で弱弱しく、アグレッシブさに欠け、醜いアジア人は黒人のストレス解消のいい的。
黒人は有名スポーツ選手、ミュージシャンを多数輩出してるし、アジア人はかなり彼らに見下されている。
(黒人は白人には頭があがらないため日系料理天などの日本人店員相手に威張り散らしてストレス解消する。
また、日本女はすぐヤラせてくれる肉便器としてとおっている。
「○ドルでどうだ?(俺を買え)」と逆売春を持ちかける黒人男性も多い。)
彼らの見ていないところでこそこそ陰口しか叩けない日本人は滑稽。
356世界@名無史さん:03/08/15 08:50
age
357山崎 渉:03/08/15 18:15
    (⌒V⌒)
   │ ^ ^ │<これからも僕を応援して下さいね(^^)。
  ⊂|    |つ
   (_)(_)                      山崎パン
358世界@名無史さん:03/08/17 16:50
イギリスの役割が大きい罠。
もし台湾が日本くらいの大きさだったら
中国も統一されずに済んだかも知れん.
359世界@名無史さん:03/09/07 22:36
ageさせて下さい
360世界@名無史さん:03/09/12 14:27
          .∧_∧
          ( `Д´)
          英
       _           _
   .   /| /      .\ |\
 キモイ/. /軽蔑    軽蔑\. \キモイ
   ./ |/              \| \
      ̄    敵視        ̄
.∧_∧  ────────→  .∧_∧
( `Д´) ←───────―  (`Д´ )
仏     敵視         独
361世界@名無史さん:03/09/12 14:47
ローマ帝国は、地中海の水運の利があったからシリアエジプトまで版図にいれることができたし、
ブリタニアの間にあるガリアは早いうちに平定しててローマ化してた
362世界@名無史さん:03/09/12 14:57
yamazakiうぜーーーーー
363世界@名無史さん:03/09/12 15:29
今までかなりの金無し君だったけど、オンラインカジノで
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364世界@名無史さん:03/09/17 09:49
スウェーデンの国民投票でユーロ導入反対派が勝ちました・・・
足並み揃わないね、なかなか・・・
一言でいうと、漢字がなかったから。ラテン語が漢字的な
役割を果たしていたようだが、やはりそれでは限度があった。
文化的一体性が生じない。正確にいうと「一体感」だね。
英語もフランス語もドイツ語も、話し言葉の方言になって
しまう。漢字で書けば一緒。
366世界@名無史さん:03/09/17 12:35
   >>364
 ブリュッセル官僚牛耳ってるフランスや、強国ドイツなどへの不信感かな
 まだまだ慎重にやらないと危ないことでもあるのかな
 
  >>365
漢字の表意文字性と様式美が大きかったってこと?
 
たしかに、英仏独は同じインドヨーロッパ語族だが、ゲルマン語系と
ラテン語系でかなり違わないか?
367世界@名無史さん:03/09/17 12:56
     >>167
でも、現代の中国人ってやたら海外出たがる人、多いような
エクアドルなんて経済の悪い国にまで一杯住み着いているらしい
台湾の自由選挙も本音は羨ましいみたいだし
古代なら一君万民かもしれないが、今は法治国家のシステムのモデルもあるわけで

それに、中国って、実際の歴史では統一王朝時代と諸侯軍閥割拠の時代とどちらが
長いかわからない。名目上は、後漢や唐や清の時代でも実態は割拠の時代が長い。
おまけに統一事業にかなりの時間をかけてる

更に、統一されていても、地方の末端の役人は地生え。小さな地域的反乱は日常
茶飯事。村落では慣習が法に勝ってしまうことがいくらでも。都市でさえ、うっかり
すると、悪党に乗っ取られてしまう。城壁はよく勝手に家を建てたり、畑を耕す者
までいた

本当に、中央集権が徹底していたのは李氏朝鮮やベトナムだと思うが
368世界@名無史さん:03/09/17 13:08
  >>167
 治水レベルなら王朝の規模も知れてる気がする
 現に殷周の頃の黄河文明圏の規模は知れていた
 しかも、諸侯=部族国家の連合体の封建体制だ
 おまけにもっと以前の長江に文明があったという
 何故現在の規模にいたるまで拡大し続けてきたのか
369世界@名無史さん:03/09/17 13:17
   >>26  >>41
というと、言語構造は同じでも、違う言語
問題は、ゲルマン語系とラテン語系ぐらい違うかだけど、どうなの?

琉球方言と本土方言が、ドイツ語とオランダ語ぐらいの違いとは聞いたけど
ハングルと日本語ぐらい違うのか?
370世界@名無史さん:03/09/17 14:40
橋本萬太郎によると、中国語のような孤立語については、
印欧語モデルの分岐的言語ファミリーの概念は適用しにくいらしい。
印欧語の場合は、屈折語尾のように借用されにくい要素で系統樹が描かれたが、
孤立語タイプの言語では要するに語根が全てであり、全て借用で伝わりうるからである。

英語は、偶然だが語順が中国語と似ている。
仮に英語が日本語並みに中国語からの借用語を含み、
漢字で表記するようになっていたら──と想像してみよう。
日本語の場合、語順や音声類型が違うので、借用語だらけでも中国語にはならない。
しかし、「漢字化された英語」では、
例えば、"I drink tea" は、「我飲茶」と表記されるわけである。
その言語は、小うるさい言語学者以外は誰でも、中国語の方言と思ってしまうはずだ。

かつて華南に存在したシャム系の諸言語がそういう形で漢字化され、
「中国語の方言」として飲み込まれたのが華南の言葉で、本来は別系統の言語らしい。
だから、印欧語の場合とは逆に、基層語彙は中原の言葉と違うのに、
借用されやすい文化語彙は中原の言葉と一致するということになる。
371世界@名無史さん:03/09/17 18:11
高級語彙については日本語朝鮮語越南語も大部分共通なわけで。
372世界@名無史さん:03/09/19 20:03
  >>370
 なるほど、ラテン語系とゲルマン語系ぐらい違いますな、やはり
    >>371
 ベトナム語はタイ語と同じくシャム系だろうけど
 レスリー・チャンはベトナムの若い男みたいな風貌だったな
373世界@名無史さん:03/09/20 23:23
>>241の意見に同意。

中国は天子という、象徴と権力が一つに纏まったものを継承する流れがあった事が
再統一の助けになったと思う。

一方、ローマ帝国は、皇帝という権力と、教皇という象徴に分裂した点が
統一の際の問題点になったと思われる。
更に、西と東で、宗教が分裂した事がそれに拍車をかけたのでは?
東ローマによる地中海世界の再統一と維持、または東ローマの早期の崩壊が
あれば歴史は変わったかも?

そういえば日本も、将軍と天皇の二つですね。
明治以後の大躍進は象徴と権力の統一があったからとか言ってみるテスト。
374世界@名無史さん:03/10/04 19:31
 中国人で統一王朝で得したの誰だろう?
 宮廷以外じゃ
375世界@名無史さん:03/10/04 20:20
個人を尊重する概念が出来上がったから
376世界@名無史さん:03/10/04 21:52
ヨーロッパ人は独立心が強い。中国人と違って簡単に服従しないのだろう。
戦国時代の日本を統一するのに、信長や秀吉がさんざん苦労したことを考えれば、
自我の強いヨーロッパの民族を力で統一するのはたいへんです。
377世界@名無史さん:03/10/04 23:02
>>1
三十年戦争でドイツが負けたから。終わり。

ちなみに日本が統一されたのは関ヶ原で徳川が勝ったから。終わり。
378世界@名無史さん:03/10/04 23:58
>>377  ドイツ・・?
揚げ足取る気はないけど「三十年戦争でドイツが負けたから」
て言葉は矛盾してるような気がするんですが・・?
 あえて世界史版の方ならわかっていただけるだろうけど?
379世界@名無史さん:03/10/05 00:17
公国
380世界@名無史さん:03/10/05 00:18
ナポレオンがロシアに遠征しなけりゃ可能性はあった?
381世界@名無史さん:03/10/05 00:25
>>378
複数の矛盾が思い当たるんだけど、あなたの言う矛盾は何?
「ドイツ」の呼称について?それとも単に戦争の当事国という意味?
382世界@名無史さん:03/10/05 10:05
>>378は別に矛盾が一つだとは言ってないと思った。
しかしひどいな。三十年戦争でドイツが負けたのか。
383世界@名無史さん:03/10/05 10:09
「ベトナムがベトナム戦争に勝った」というようなもんだろ
384世界@名無史さん:03/10/05 15:00
負けたのはドイツ。勝ったのは英仏蘭。それ以外のあれこれはいう必要なし。
385世界@名無史さん:03/10/05 22:10
だからその時分にドイツなんてあったのか?
ましてドイツが負けた?いやそれなら百歩譲ってオーストリア
やスウェーデンはどう解釈する気なんです?
386世界@名無史さん:03/10/06 17:44
>>383
むしろ、「中華人民共和国が匈奴に勝利した」って言うようなもんだろ。

……しかし匈奴も変換できないとは、ひどいなATOK……
387世界@名無史さん:03/10/06 18:03
カエサルの時代にイタリアが地中海世界を統一した
388世界@名無史さん:03/10/06 18:09
ドイツという表現にひっかかってウダウダ逝ってる椰子はドキュンでつか?(w
389世界@名無史さん:03/10/06 18:52
さっき教育テレビで30年戦争のことやってたぞw

イツへの戦争拡大(地方参戦)と言ってたけドナー。おそらく厨向けだろうし、あてにならんガナー
390わが総統:03/10/06 19:30
≦ ̄子 ̄>
(;■;ラ
みんな余のやり方がまずかったせいだ…すまん。
391世界@名無史さん:03/10/06 20:17
30年戦争史観はウン臭い
392世界@名無史さん:03/10/06 23:12
だからドイツ=プロシャと解釈したとして何時プロシャに
欧州統一のチャンスがあったんだよ。
 ハプスブルグがカール5世とフェリペ2世のころなら欧州統一
は可能だったろうけど。
 あとはナチスドイツのヒトラーかフランスのナポレオンくらいかな
欧州統一のチャンス。でもどちらで実現しても50年持たずに
ソ連みたいに崩壊したと思うが・・
 
393世界@名無史さん:03/10/06 23:26
三十年戦争の話してる時にドイツ=プロシアだと思う香具師はかなり重症のドキュン。救いようがない。
394世界@名無史さん:03/10/07 01:00
>>391
何それ?
395世界@名無史さん:03/10/07 11:27
ドイツ=神聖ローマ=ハプスブルク

じゃないの?
396世界@名無史さん:03/10/07 11:44
    30年戦争の頃ならそうだな
   
    オーストリアもプロイセンもドイツ文化圏の辺境で異民族を抱えていたが
397世界@名無史さん:03/10/07 11:56
  >>374
中国人も我の強い人は多いと思うが
海外への不法移民の容認も国内のガス抜きの意味もあるかと
398世界@名無史さん:03/10/07 22:19
欧州統一に迫った国家

○ローマ帝国
版図:○スペイン○フランス○イタリア×ドイツ○オーストリア
備考:当時のゲルマニアは未開の蛮地で版図に加える意味がなかった。事実上の統一?

○フランク王国
版図:×スペイン○フランス○イタリア○ドイツ×オーストリア
背景:ゲルマン大移動後
転機:分裂?
敗因:?

○ハプスブルク家
版図:○スペイン×フランス○イタリア△ドイツ○オーストリア
背景:宗教分裂
転機:30年戦争でフランスに敗れる。
敗因:?
戦術家:ワレンシュタイン、グスタフ

399世界@名無史さん:03/10/07 22:19
○フランス帝国(ナポレオン)
版図:△スペイン○フランス○イタリア△ドイツ○オーストリア
背景:国民戦争
転機:ロシアに敗れる。
敗因:勝利の定義不測。
戦術家:ナポレオン、シャルンホルスト

○ドイツ帝国(ヒトラー)
版図:○スペイン○フランス△イタリア○ドイツ○オーストリア
背景:民族戦争
転機:ソ連に敗れる。
敗因:必要の無い米英仏を敵にしてしまった。
戦術家:グデーリアン、ジューコフ
400400:03/10/07 23:04
21世紀中には統一か?
ついでに日本も領土にしてね
401世界@名無史さん:03/10/07 23:20
フン王アッティラこそ欧州統一に最も近かった人物だった。
402世界@名無史さん:03/10/07 23:34
フン王アッティラ程度を言うなら、ナポレオンやヒトラーの方がまだ近いのでは。

#人間性云々ではなく、統治システムの完成度として。

ヒトラーはともかく、ナポレオンは「国民国家」概念の勃興と同期しなければ長続きしたかも。
403世界@名無史さん:03/10/07 23:51
ヒトラーはインポだったから統一なんてとてもできません
404世界@名無史さん:03/10/08 00:10
ナポレオンもヒトラーもカフカース・カスピ海北岸まで支配下に置いた事は無い。
共にこの方面でその力を使い果たし、権力の座から転げ落ちた。


405世界@名無史さん:03/10/08 00:27
地政学的には半島国家は大陸国家には勝てないはずだよね・?
そして欧州自体が巨大な半島であるから
イタリーよりフランスが、フランスよりは中欧ドイツ圏が
中欧ドイツ圏よりは北の羆ロシアがよりパワーを持ってるって
ことになるわな位置的にいうと・・。
ロシアが欧州統一に一番近かったと思う。もしもモンゴルが
大西洋まで到達してて全欧州がタタールの頚木にかかってたら
西欧がロシアを凌ぐ事もなくロシアが欧州に覇権確立できたん
では?
 でも帝政ロシアが清朝、大陸ヨーロッパが朝鮮
ブリテンが日本みたいな構図で、イギリスは孤高を保ちそうだから
やはり無理かな?
406世界@名無史さん:03/10/08 00:38
>>405
> 地政学的には半島国家は大陸国家には勝てないはずだよね・?

そうなの?
ローマ(半島国家)は大陸を制圧したけど。

>> ロシアが欧州統一に一番近かったと思う。

ロシアって、欧州国家だったのだろうか?
ビザンチンの後継を名乗った時点で、ヨーロッパとは一線を引いたのでは?
まあ、欧州の定義って何だ、というのはあるけど。
407世界@名無史さん:03/10/08 00:45
ローマの場合は地中海世界の制海権を握れたのと・やはり
ローマ流の(サビーナみたいな)同化戦略と相対的に高い文明の恩恵
かな。
それにローマは内陸部のゲルマニアは価値のない地としてたし
実際戦に負けたりしてるし、なによりローマはヨーロッパというより
古代地中海世界の集大成といったほうがいいんでないかな?
 欧州という概念はその後誕生したものだし・・
というか欧州って概念って何だろ?それが一番の問題だろう。
408世界@名無史さん:03/10/08 03:16
半島国家は海洋勢力と陸上勢力に挟撃されやすく不利。
ローマは半島内を統一したあと、カルタゴなど海洋勢力を素早く一層できた
ことがよかった。これで以後は陸上勢力に注力できた。
409世界@名無史さん:03/10/08 19:25
ゲルマニアは支配する価値は無かったかもしれないが、
黒海北岸は古代から穀物の生産地であり、この地にローマが手を出さなかったのは、
ダレイオスのスキタイ遠征の教訓を踏んで、冒険を避けたのだろう。
410世界@名無史さん:03/10/10 19:27
>102
>○近世以降
>・島国のイギリスと広大な領土の縦深をもつロシアが東西から統合を疎外する
>ファクターとして存在した

英国と露西亜だけでは無い。

ナポレオンの敗因は、ロシア遠征でなく、ポルトガルとスペインへの侵攻で、
南米の植民地が英国側について、経済封鎖が解けてしまったこと。

結局欧州は、域外に後背領地が多いため、却って欧州内での戦争が長期化し、
決着をつけることができなくなってしまった。
411世界@名無史さん:03/10/11 05:37
ロシアがヨーロッパ統一にもっとも近かったのは、七年戦争の時である。
ロシアは、屈辱と言われたブレスト・リトフスク条約後よりも小さくなってしまった。
ロシアがEU加盟すれば、ヨーロッパは米国を超える。
ロシアがEU加盟すれば、ヨーロッパは日本の隣である。
412世界@名無史さん:03/10/11 06:01
>>411 ロシア語講座でも見てるのか?
413世界@名無史さん:03/10/11 15:05
>>410
どう考えても最大の敗因はロシア遠征でしょう。

封鎖が解けた事自体は、封鎖が失敗しただけで敗因とは直接関係ないです。
封鎖を放棄すれば何の問題もないわけでね。ナポレオンが意固地になって無
理やり続けただけでね。それが反仏感情に火に油を注いだ事のほうが問題で
しょう。

1813年に実質放棄したわけだけど、放棄しても戦争そのものには何の影響もな
いです。そもそもナポレオンが大陸部分を支配したのは勝ち続けたからであって
、そのフランス軍を潰す以外にナポレオンから解放されませんから。
414世界@名無史さん:03/10/18 23:40
>>413
ロシアをヨーロッパに入れると統一は無理ってことだなー。
415世界@名無史さん:03/10/19 01:48
ロシアはモスクワ共和国と・シベリア共和国に分裂
すべき。
416世界@名無史さん:03/10/19 02:41
>>330
亀レスだが、それで中世突入も相当後になったかもな
後漢王朝崩壊後が中世で正しかったかな?

ちょっと一説 ヨーロッパが大航海時代に乗り出したという理由に
もう、このヨーロッパ世界じゃダメだってと言う絶望感があったような。

移住する土地探しに出るのに、捨てる土地の統一なんて考えもしなかったと思う
むしろ、外に逃げ出したかったのでは<15世紀頃>ヨーロッパの各民族
417世界@名無史さん:03/10/19 02:53
ローマ末期のゲルマン人

 ゲルマン人たちは家族と家財を牛のひく車にのせ、家畜の群れを従えてローマ領内に入ってきた。
それはちょっと開拓時代のアメリカ西部に向かう移住者に似ている。
危険な場所にとどまったり、戦争でも有ればか、移動用の牛車はとたんに防塞に代わる。
彼らは牛車で円陣をつくり、家畜をその中に追い込み、家族を牛車内にかくして戦った。……
 アメリカ西部の開拓民とゲルマン移動部族の違う点は、ゲルマン人たちが自由な土地も豊かな食糧ももたなかったことだ。
すべてはローマ帝国政府当局の許可によらなくてはならない。
それが適時に得られぬ場合、生きるためには戦いと略奪以外になかった。……
 当時たかだか10万をかぞえたにすぎない西ゴート族にとって、ローマは打倒すべき敵国ではなく、
入って住むべき憧れの世界だった。これは他のゲルマン人の場合も同じである。
(『世界の歴史3』中央公論社)

数十年前のどこかの国にそっくりだな。
これではまとまらないのも当たり前だ。
まあ、個人主義の発達によりかの国ほど醜態は晒してないが…
418世界@名無史さん:03/10/19 07:24
ローマ末期のゲルマン人:遊牧民に蹴散らされた負け犬
アメリカ:ヨーロッパ被差別民の共同体
両方とも故地に居ずらく移動したという共通点がある。
419世界@名無史さん:03/10/19 20:53
>>398
事実上の統一というなら、中世の教会体制も事実上の統一だろう。
420世界@名無史さん:03/10/20 11:53
ガイシュツだが中世は教皇権威でゆるやかに統一してたんじゃなかった?

ヨーロッパって日本の戦国時代がずっと続いてたみたいなもんで(1648以前は)
統一されてないといえばされてないが、分裂してたといっても違うような。
421世界@名無史さん:03/10/22 21:19
>>420
教皇なんて、皇帝の飾りの役割だけ。
あれで統一したと言うのなら、孔子一族は覇王を名乗れる。
422世界@名無史さん:03/10/22 21:26
>>421

ある一時期に限れば、教皇の権威は皇帝を凌駕していた、というのは浅はかですか?
というのに、10カノッサ。
423世界@名無史さん:03/10/22 21:38
ある一時期に限れば、教皇の住居はウンコにまみれていた、
というのに、11カノッサ。
424世界@名無史さん:03/10/22 21:43
つーか、軍隊も無い、警備組織も無いんだから、
昔の教皇も、今の教皇も権威は似たようなモノ。統一とは程遠い。
425世界@名無史さん:03/10/22 21:47
ヨーロッパ人種は独立心が強い。中国人と違って簡単に服従しない。
426世界@名無史さん:03/10/22 22:49
ローマ教皇=戦国時代の天皇としてみて
ようは形式的な権威や時の権力者の体裁のための官位授与
とか仲裁に役には立つが実権は乏しいってやつか?
427世界@名無史さん:03/10/23 00:37
ヨーロッパも中国もそれぞれ、面白い歴史的展開をしてきた地域。

中国の場合、ローマ帝国が2000年間続いたような大帝国が続いてきた。
こんな地域は中国だけ。原因は漢字と大河と強力な騎馬民族の存在。
漢字と大河は一般的に認知されているが、騎馬民族の存在についてはこのスレではあまり論じられていない。
中国の北には世界で最も強力な騎馬民族が存在する。
豊かな農耕民族である漢民族は強力な戦闘力を持つ遊牧民に対抗するために強大な統一国家を作る必要があった。
分裂していては世界最強の騎馬民族に太刀打ちできない。金、元、清のように征服されてしまう。
騎馬民族に対抗しても征服されても強大な帝国が出来る。
同じように大河と騎馬民族によって帝国が作られたのが北インド。
トルコ系騎馬民族がインダス川とガンジス川流域を支配し、長期にわたる大帝国を作り出した。
中央アジアや西アジアも騎馬民族によって巨大な帝国がいくつも作られた。
逆に騎馬民族の影響を受けにくかったヨーロッパや日本で諸侯分立の封建制度が発展した。
中国や中央アジアでは弱小な政治勢力は強大な騎馬民族に圧倒され生き残る余地がなかった。
中国で統一帝国が続き、ヨーロッパが封建制のもとで統一されなかったのは騎馬民族の影響が大きい。
428世界@名無史さん:03/10/23 00:40
強大な統一国家を作る必要は対北方もあるだろうが
それ以上に治水のためというのが通説だね。
429世界@名無史さん:03/10/23 00:41
>>424
当時の「破門」の社会的なインパクトを過小評価してはいまへんか。
>>426
単純な置き換え比較はどうかと思われますが。
430世界@名無史さん:03/10/23 00:45
ヨーロッパが統一されなかったのは世界の西の果ての奥まった地域にあり、騎馬民族の本格的な攻撃の対象にならなかったこと。中国や西アジアや北インドは騎馬民族の攻撃対象だった。
南インドも騎馬民族の影響を受けにくい地域にあるが、ヨーロッパに比較して面積が小さく、地理的な複雑性に欠けている。
社会の発展性がヨーロッパに比べて乏しかったのかもしれない。
431世界@名無史さん:03/10/23 02:56
ローマがもちょっと頑張ってゲルマニアまで支配し、
ローマ人を入植させてゲルマニアをラテン化させていたら、
あるいは、後にガリアに入り込んだゲルマン人がゲルマン語を捨てなかったら、
フランスとドイツとの間に民族的境界線が引かれることはなく、
ヨーロッパの「中原」として機能する地域的まとまりが出来たんじゃないのかな。
432世界@名無史さん:03/10/23 03:00
>>429
そのインパクトは戦国時代や明治維新の御旗くらいですか?w
433世界@名無史さん:03/10/23 06:31
人間であることを否定され、けだもの同然と断定されたようなもの。
434世界@名無史さん:03/10/23 09:42
>>432
そんな生易しいものではない。
435世界@名無史さん:03/10/23 14:52
>>431
それより西ローマ帝国がゲルマン人を受け入れていたらその後の歴史は
かなり違っていたかも。

ユスティニアヌス帝はローマ帝国の復活を目指したけどね。
東ローマ帝国の場合、蛮族を同化したのに対し、
西ローマ帝国はゲルマン人を同化しようとしなかった。
436世界@名無史さん:03/10/23 18:07
>>429
西欧でも、最初は教皇権よりも皇帝権のほうが強かった。
ローマ教皇は、新たに選出された場合、その受任前に直ちに皇帝に対して
忠誠を誓わなければならないと、「確認協約」(オットー大帝の特権状)に
記されている。
実際、オットー大帝以後の100年間で、21人が皇帝によってローマ教皇に
任命され、そのうち5人が皇帝によって罷免されている。
これが大きく変わるのは、聖職叙任権闘争が始まってから。
437世界@名無史さん:03/10/24 08:28
>>1
915 :世界@名無史さん :03/10/12 01:58
>>904
中国の封建というのは都市国家が植民団を派遣して遠方に姉妹都市を建設すること。

日本やヨーロッパの封建制とは、ローマ法学やら律令やらといった高度にすすんだ法体系を
あまり関係のない部族社会にもちこんだ結果、両者が結合して、部族社会をそのまま法制度で
安定化させたようなきわめて特殊な情況。

↑このへんに原因があるのでは?
438世界@名無史さん:03/10/24 12:13
>>431
フランス、イタリア、スペイン、ルーマニアのラテン圏だけでも統一はされてないしな。

むしろ旧ローマ帝国領内のほうが中世以降はばらばらだったから
あんま意味ないかも。
439世界@名無史さん:03/10/24 20:27
ローマ帝国の属州で、一番ローマ化されていたのはどこだったんだろう・・・
ヤパーリシチリア?それともヒスパニア?
昔はローマ化=文明化と考えられていたらしいが・・・
440世界@名無史さん:03/10/26 00:28
ダキア?
441世界@名無史さん:03/11/04 11:00
ギリシャからもイタリアからも近い元ユーゴ地域は
位置的に絶好の立地と思うが、なぜ高度な文化が栄えなかったのだろう?
気候のせいならさらに北隣のハンガリーやオーストリアの興隆を
どうとらえたものか・・・
442パシッチ ◆mWYugocC.c :03/11/04 12:32
あのあたりはカルスト地形なんで、水が伏流しやすい。
→農業が難しい

ということもあるようです。
19〜20世紀に乗り遅れたのも、大きな川が少なくて、水上交通を発達させにくかったからだとか。
443世界@名無史さん:03/11/05 10:40
カルタゴが頑張っても北西アフリカがいまいちなのも川がないからかな。
444世界@名無史さん:03/11/05 19:12
>>443
利用可能な土地が海岸沿いのわずかしか無くてその背後は砂漠。
445世界@名無史さん:03/11/07 02:05
2004年にEUが東方拡大して、ポーランド、ハンガリー、チェコ、
スロバキア、バルト3国などを併合します。
2007年には ブルガリア、ルーマニアも加盟予定です。

この外務省の地図を見ると、相当広いです。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/eu/map.html

これは世界史的に見てヨーロッパがかなり統一されてる時期なんじゃないでしょうか。
446世界@名無史さん:03/11/07 02:16
>>398 >>399にならって

○EU 1993-
版図:○スペイン○フランス○イタリア○ドイツ○オーストリア
背景:冷戦の終結。アメリカの超大国化に対抗

現状:
経済的統合が半歩進んだ
軍事・外交は統合されてない
447世界@名無史さん:03/11/07 09:24
EUはいくら加盟数が増えても、連盟でしかないからな。
448448:03/11/09 03:29
ローマ帝国がゲルマニアに進出できなかった理由は単純に気候・風土の問題
だと思いますね。ローマ人は適度な起伏のある地中海沿岸風土が好きだし、
水道などを引いて都市を作る為にも山がちな風土は必要。だから
ダキア、ハンガリー、オーストリア、南ドイツなど、山岳地帯から出て
いない。ゲルマニアもハンガリー大平原など、湿地帯や森林地帯は
あわなかった。例外は北部ガリアだろう。また気温の等温線を
引くと、ほぼドナウ、ライン線に沿って引くことが出きる。
紀元9年にトイトブルクにてローマ軍がゲルマン人に敗北して以降、
ゲルマニアへの進出は中止されましたが、これに戦勝していた
ところで、バルト海沿岸部に沿った部分しか進出しなかったと思います。
449世界@名無史さん:03/11/09 04:42
>>427 遅レスですが。
 ヨーロッパでもスキタイ、フン、アヴァール、ペチェネッグ、マジャール、オノグル、モンゴルと
ウクライナ経由で進入した遊牧民には事欠かないと思うのですが・・・。

 それに統一しようとした、或いはしかけた勢力、つまりローマ帝国、フランク王国、フランス帝国、ナチスドイツは
いずれもその動機に遊牧民の存在は無いように思えます。遊牧民原因論には大きく疑問ありです。

 なんとなく思うのですがバビロニアでもペルシアでも秦漢でも、一度巨大帝国が成立すると
似たような領域の国家が再び作られる事が多くないでしょうか?

ルガルザゲシの王国→アッカド帝国→古バビロニア→カッシート朝→(アッシリア時代)→新バビロニア

アケメネス朝→アレクサンドロス時代→アルサケス朝→セレウコス朝→ササン朝

秦→漢→晋→隋→唐

のように。つまり一度でも偉大な勢力によって統合されると住民の方でもその時代に対する一種の信仰が生まれ
統合されている状態が自然だと思うようになるんじゃないでしょうか?

450世界@名無史さん:03/11/09 04:43
続き

歴史上分裂している時代の方が長かったインドが、イギリスによる完全統一の後は統一体を模索し続けているのを
見るとそんな感じがするのは強引でしょうか。

或いは領域大国でなくても日本、朝鮮、ドイツ、ギリシャ、アフガニスタン等も、初期の段階では複数の政治勢力が乱立
(ドイツの場合はかなり後まで)していたのに、一度統一されると、住民は統合体である状態を自然だと見なすように見えます。

ドイツは統一後東西に分裂しましたが、異常事態だとして条件が揃うと再び統合。
朝鮮でも南北分断は建前としては異常事態となっています。

そんなわけで、たまたま全ヨーロッパを長期間安定して支配した政治勢力が無く、そのために統一派が出来ないんじゃないでしょうか。
ローマ帝国も、帝国の政治経済の中心地だった東部は1000年以上なんとか統一したままでしたし、滅亡後即座に
同じような領域にオスマン帝国が広がりました。

仮にヨーロッパが一度でも統合されるような事があれば、その後は統一国家が連続していくんじゃないでしょうか。
451世界@名無史さん:03/11/09 08:28
>>450
なかなか含蓄ある意見だ。
452世界@名無史さん:03/11/10 02:38
ヨーロッパ方面における騎馬勢力で最大勢力を築いたのはフンだが、
この最大版図がライン川からカフカースまでだった。
このとき西ローマとビザンツは共闘してフンに対抗する構えを取り、
ヨーロッパが、騎馬勢力とローマ勢力によって統合され、対峙した形となった。
453世界@名無史さん:03/11/10 14:38
>>451
含蓄ないよ。国民国家をどの段階でつくったかってことじゃん
454世界@名無史さん:03/11/10 15:15
>歴史上分裂している時代の方が長かったインドが、
>イギリスによる完全統一の後は統一体を模索し続けているのを見ると

今だってインドとパキスタンとバングラデシュとスリランカに分裂してるでしょ。
あんたは「インド」の範囲を現在の「インド」という国の領土でしか考えてないから
統一されてるように思ってるだけ。

あんたが他に例に挙げてるドイツだって今でもオーストリアは別の国だ。
別の国だけれどオーストリアは別の国で当然と思われてるから
ドイツは統一されてると思われてるだけ。
455世界@名無史さん:03/11/10 15:25
>>454
>今だってインドとパキスタンとバングラデシュとスリランカに分裂してるでしょ。

でも、インドのナショナリストは、それらを統一すべきだと思ってるよ。

456世界@名無史さん:03/11/10 15:39
その話題は韓国にも言える話ですな。ひとによっては朝鮮は南北分裂が当たり前だと
する意見もあるのでは?
457世界@名無史さん:03/11/10 15:41
日本も北海道・本州・沖縄・小笠原は本来別の国だった、
といってみるテスト。
458世界@名無史さん:03/11/10 15:48
457のはよくわからないですが。 
古田武彦さんは海洋民渡来説で似たような事言ってたような気はしますが

459世界@名無史さん:03/11/10 15:51
インドの場合は宗教の問題がからんでるからではないですか?
あ、宗教はヨーロッパも中世から後半は関係ありますね。
460世界@名無史さん:03/11/10 15:55
中国では一番中国らしい国土の帝国は北宋の領土くらいじゃないですかね。
あとは取ったり取られたり。
461世界@名無史さん:03/11/10 15:59
北宋にも燕雲十六州の領土問題があったわけだが。
462世界@名無史さん:03/11/10 16:12
たしかに宋にも領土問題はありましたが
宋はあまりそれ以上の国土を望んではいなかったようですから。
儒教の影響で領土欲にセーブがかかっていたみたいですね。
明の永楽帝みたいにすすんで対外遠征をしなかったですし。
ヨーロッパの統一がなされなかったのも逆にナショナリズムのセーブが原因では?
よく統一思想の有無が話にでますが、ヨーロッパにはない!とはいえませんから
463世界@名無史さん:03/11/10 16:16
確かに、ヨーロッパでも民族意識がたかく、
仲間同士で固まる国家や同盟が多いですね。
464世界@名無史さん:03/11/10 16:31
463>逆にどうすれば統一できるのか考えるのも面白いと
思いますし、問題点が明確になるかもしれません。
ひとつには文化の成熟度が軒並み高かったのが反発の一因では
ないでしょうか。 中国の秦が楚を滅ぼした時、叛旗は治まらず
西楚に滅ぼされました。
フランスに占領されてもイタリアが独立の道を歩んだのは
文化の成熟度の高さによるものではないでしょうか。
465世界@名無史さん:03/11/10 16:33
>>406
まるで東ローマが欧州では無いかのような言い方だな。
466世界@名無史さん:03/11/10 16:50
ビザンチン帝国は様式なんかはアラブ諸国と融合しましたが
やることはローマ帝国そのままですね。
まるで1000年近く歴史に取り残された絶滅種のようです。
もしかするとヨーロッパは十字軍遠征でビザンチン帝国と接触して
はじめてローマの遺民となったのかもしれませんね。
467世界@名無史さん:03/11/10 16:57
ヨーロッパ人は十字軍で現実のコンスタンティノープルを見て
このローマがもはや古代の強大な大帝国とは別物であることを知ったに違いない。
468世界@名無史さん:03/11/10 17:03
コンスタンティノープルこそはローマのローマたる
所以だと思ったのですが?
467>それはどのような事を言ってるのでしょうか。
宗教? 様式? よれしければ教えてください。
469世界@名無史さん:03/11/10 17:22
>>468
十字軍時代にはすでに衰退していて
古代の大帝国の面影は無くなっていた。

現に第4回十字軍の時には
ヨーロッパの「蛮族」にコンスタンティノープルを占領されるまでに落ちぶれていたのだし。
470468>みず:03/11/10 17:35
なるほどそういう理由ですね。了解しました。
ヨーロッパの蛮族にはローマの上澄みだけが残っていたんでしょうね。
クルセイダーの登場以前なら実は統一の可能性があったかもしれませんね。
中国の東周期に似てますし。

471世界@名無史さん:03/11/10 18:04
>>469
そうだろうか。
十字軍としてやってきた西の果ての野蛮人共には、
落ちぶれた都かどうかの判断ができただろうか。
落ちぶれているのはローマ法王のローマであって、コンスタンティノポリスは
目も眩む世界の都と映ったはず。
コンスタンティノポリスと比較できる都市と言えばバグダード、開封〜臨安だけど、
十字軍はそこまで行っていない。

第4回十字軍の時は、軍事力は落ちていただろうけど、経済力は落ちぶれていたとまでは
言えないのではないか。

以上乱筆
472世界@名無史さん:03/11/10 18:08
噂で伝え聞いていたのと、実際に見るのではやはり違うよ。
見た瞬間に相対化が始まる。
473世界@名無史さん:03/11/10 19:53
ごめん。まったくの素人なんだけど、今の西欧って同じゲルマン民族なんだよね?
474パシッチ ◆mWYugocC.c :03/11/10 20:02
「ゲルマン民族」=ゲルマン系の言語を話す人、とされているのは、
ドイツ、デンマーク、ノルウェー、スウェーデン、オランダ、イギリスなど。

このほか、フランス、イタリア、スペインなどはラテン系民族。
475世界@名無史さん:03/11/10 20:11
>474なるほど。話す言語による区別なのか。
476世界@名無史さん:03/11/10 21:23
ユスティニアヌス帝が旧ローマ帝国領をほとんど回復したにも
かかわらず、それが長続きしなかったのはなぜかを探ってみるのが
いいかも。
477世界@名無史さん:03/11/10 21:33
ん?ガリアも回復したっけ?
478世界@名無史さん:03/11/10 21:39
ゲルマン人が勃興したあとじゃ、海路でイタリア半島やイベリア半島を
維持するのは無理だろ。兵員の輸送が追いつかない。
旧帝国時代は、東方と北方の国境が比較的安定していたので、その余力を
地中海の覇権維持に使えた。
479世界@名無史さん:03/11/10 21:55
>>478
つーことは、
ゲルマン人が移動して各地に王国を建てた時点で、
旧ローマ帝国領の回復は無理であったと・・・

関係ないけど、アメリカ合衆国が覇権を維持できなくなるのは
どんなときなんだろう。
ヨーロッパと日本が不安定になるとき?
480世界@名無史さん:03/11/10 22:04
>>479
軍事的には、イギリスと日本の海軍が無茶苦茶強くなって両大洋の端から
米海軍が追い出されたときか、メキシコ陸軍が無茶苦茶強くなって
国境防衛の陸軍に金をつぎ込まなければならなくなったとき。
481世界@名無史さん:03/11/10 22:47
>>480
・・・・・どっちもありえんですね。
482世界@名無史さん:03/11/10 22:59
単純に


ヨーロッパにおける歴史をダイナミックにする為。 

統一癖がつくと、中華みたいにパターン化して、以下時代が下るにつれ
そのファンが減っていくというワナを、ヨーロッパにする人間は見抜いていたと…。

ウソですよ。
483 :03/11/10 23:35
>>449
>ヨーロッパでも進入した遊牧民には事欠かない

そうです。ハンガリーの平野は遊牧民の居住に適している。そこを拠点に西欧への進入を行った遊牧民は多い。

ただしハンガリーの平原はモンゴル高原やウクライナ平原、中央アジアの平原と規模を比較した場合、遙かに小さかった。
だからアヴァールもマジャールも西欧の貧弱な農耕民族国家に敗れた
結局マジャール人はアヴァール人と同じ運命にならないように定住生活とキリスト教を受け入れた。マジャールが定住しハンガリーを建国して以後、西欧に進入してきた遊牧民はモンゴルだけ。しかも一瞬で終わった。
西欧は本格的な遊牧民の進入を受けていない。
逆に絶えず強大な遊牧民の進入を受け続けた地域は巨大な帝国が出現している。
インド、ペルシャ、ロシア、中国。
ロシアが帝国化した原因も強大なモンゴルに対抗するために強力な中央集権国家を作る必要があったからだろう。後は中国と同じく大河の存在があった。大河と遊牧民が帝国を作る上で非常に重要な要素になったと思われる。
484世界@名無史さん:03/11/10 23:37
トルコがあるんじゃ?
485 :03/11/10 23:45
ヨーロッパでローマ崩壊後、分裂が続いたのは遊牧民による圧力がなかったから。
その結果、弱小勢力が寄り合う封建制が長期にわたり発展し、成長することが可能になった。そしてそれぞれの地域でナショナリズムが芽生えた。
その結果パワーアンドバランスを行うことが可能になった。ってことじゃないでしょうか。
486 :03/11/10 23:46
オスマントルコは遊牧国家じゃないでしょ。
487世界@名無史さん:03/11/10 23:48
遊牧民の圧力と、対抗上の連帯って、中世の欧州にとっては、
アラブの圧力と十字軍がまさにそれなんじゃねーの?
488 :03/11/10 23:55
アラブの圧力なんてスペインで終わりでしょ。
スペインは遊牧地には適していないし。
遊牧民としての圧力にはならない。
489 :03/11/10 23:58
遊牧民の進入は遊牧民が勝利するにせよ、敗北するにせよ帝国を作りやすくする要因の一つ。
490世界@名無史さん:03/11/11 00:14
じゃあ遊牧民が無力化した今の時代は?
491 :03/11/11 00:16
武力による侵略は禁止されているでしょ
492 :03/11/11 00:18
中国の場合は帝国が続いたので、ナショナリズムが帝国の残滓を引きずっている。
だから分裂しない。
493 :03/11/11 00:20
現代の国境線を語る場合はその国のナショナリズムがどのような時点で固定されたかが問題。
494世界@名無史さん:03/11/11 00:45
ローマ帝国はヨーロッパというより、環地中海だから、ヨーロッパは
一回も統一した政治機構に統治されたことはないのでは?
495世界@名無史さん:03/11/11 14:00
このスレのタイトルを、
「ローマ帝国が再統一されなかったのはなぜ」
あるいは
「シャルルマーニュの帝国が再統一されなかったのはなぜ」
にしたほうがよかったかも。
496世界@名無史さん:03/11/11 14:12
>>494
地中海世界の場合、再統一されなかったのは宗教(ローマ・カトリック、
東方正教、イスラーム)というファクターが大きいでしょうね。
497世界@名無史さん:03/11/11 14:20
前近代のヨーロッパには共通語はあったのだろうか?
知識階級にとってはラテン語が共通語だったはずだが
貿易商人がラテン語で取引してたとは思えない。
498世界@名無史さん:03/11/11 14:42
>>497 貿易といえるものはなかったのではないか
499世界@名無史さん:03/11/11 14:58
>>497
逆。
商人の共通語が広がっていって、底辺が広くなった言語が情報を蓄え、結果的に
知識層に取り入れられてゆく。
これは支配域の急伸張した言語ではどれも大体同じプロセス。
強い商人の言語に弱い商人が従い、文明の低い地域では商人の言語が末端まで
急速に浸透してゆく。

ラテン語化したあとで、政治分断と人口の激減によって交通遮断・地域孤立が
起こったために、地域言語の発達が促された、別のプロセスを後で踏んでいる。
500498:03/11/11 16:49
前ヨーロッパ時代と勘違いした・・・
501世界@名無史さん:03/11/12 02:36
いまの英語の立場のようなものだね
502世界@名無史さん:03/11/20 10:47
ここで比較の対象として、
「日本が中国や朝鮮のようなカタチで統一されなかったのはなぜ?」
というのを考えてみては?
503世界@名無史さん:03/11/20 11:42
>>499
でも、フランス国内でも、フランス語圏内でさえ、北部、中部、南部の
三つの方言に分かれ、標準語がなかなか普及しなかったけど(・_・)
504世界@名無史さん:03/11/20 11:50
貴族が家臣である武家を抑えきれずに、武家の地方支配体制を作った。
さらに武家による政権が誕生。それを背景に地方から貴族の権利を排除した。
その後、様々な形で地方勢力が競いあい、様々な分野を革新することにより、
貴族の付け入る隙を無くしてしまった。

そして、形式的な権威者としての貴族(皇室)を倒して新王朝を打ち立てるよう
な異民族は、島国ゆえやってこなかった。
505世界@名無史さん:03/11/20 11:56
江戸時代に侍言葉意外に共通語てあったの?
506世界@名無史さん:03/11/20 12:04
>>505
侍言葉は別に共通語ではなかった。
幕末維新の頃、薩摩の侍は他地方の侍と言葉が通じなかったので、
武家の共通教養である能の言葉で会話したという。
507世界@名無史さん:03/11/20 12:12
交易の商人はどうやって放してたの?
508世界@名無史さん:03/11/20 12:35
>>503
>北部、中部、南部の三つの方言に分かれ

普通は「oil語」「oc語」の2区分がフランス語について言われているんだけど。
509世界@名無史さん:03/11/20 12:36
でも
 こんにちは
にあたる語彙が三通りあったと。
510世界@名無史さん:03/11/20 13:35
>>506
ホントかよ!へーへーへー×10
511世界@名無史さん:03/11/20 21:28
>>508
もしかしたらブルトン語を含めて「三つ」と言ったのではないか?
それだと三つの「方言」ではないけど。
512世界@名無史さん:03/11/22 02:06
ブルターニュ半島は今ではほぼフランス化されてるが、
ごく少数、分離独立を訴えるグループが存在していて、
ときたま小規模なテロがあるんだと。
513世界@名無史さん:03/11/24 13:15
歴史としてのヨーロッパ・アイデンティティ

著者: 谷川 稔編
本体価格: \2,800
出版:山川出版社

■内容説明
多元的世界史像の構築をめざし、古代から現代まで時空を超えて漂流する
境界域の記憶を手がかりに、ヨーロッパの自己認識を検証する。2002年
11月京都大学で行われた「西洋史読書会」シンポジウムをベースとした書。
514世界@名無史さん:03/11/24 13:20
>507
商人は浄瑠璃言葉、と司馬遼が書いていた。
515世界@名無史さん:03/11/24 13:32
現実問題として商人は上方や江戸の言葉を解したのでは?
516世界@名無史さん:03/11/24 13:40
何かやりようあると
お上が決めずとも
517世界@名無史さん:03/11/25 00:36
司馬か・・・。
あの人、言に関しては、かなりいい加減ではないか?
518世界@名無史さん:03/11/25 07:17
>>517
ある意味、彼の言葉は伝説化され侵すべからず神聖な物になりつつあるな。
司馬もどっかで書いてたけど、取り巻きがダメにするって…
519517:03/11/25 12:20
ごめん脱字。

司馬遼太郎は「言語学」に関してはいい加減。といいたかった。

520世界@名無史さん:03/11/28 19:17
高い山、広い川、深い森といった地形・地勢はどれぐらい影響があったのだろう?

日本の場合は日本海が天然の要壁なのだが。
521世界@名無史さん:03/11/28 19:38
日本列島内も高い山、深い森ばっかり。
522世界@名無史さん:03/11/29 00:23
ガイシュツだが、中国と決定的に違うのは法皇と世俗の王が分離していたこと。

だから統一されていても世俗の政権レベルでは分裂してるし、
国はバラバラでも教会としては統一されている。

今の国家単位で分裂したのは宗教戦争の終結(ウエストファリア条約)からといえる。
523世界@名無史さん:03/11/29 00:25
ちなみにこういうのは中国が特殊なんであって、

日本やイスラム圏もそうだが
だいたい政権と宗教的な中心は分離している。
524世界@名無史さん:03/11/29 00:26
イギリスのせい。
525世界@名無史さん:03/11/29 00:37
むしろ
ローマ教皇が欧州統一最大の妨害者なのでは?
イギリスとロシアは統一の障害ではあったが。
526世界@名無史さん:03/12/11 20:39
イタリア統一の妨害者ではあったが、
欧州統一の妨害ではないと思われ。
527世界@名無史さん:03/12/11 21:47
中世は政権はばらばらだが教会は統一されてただろ。

ゆるやかに統一された前提での政権の乱立だからな。
じゃなけりゃEUてのは実現不可能だったろう。
EUは新たな中世の再現。
528世界@名無史さん:04/01/12 21:06
中世のローマ・カトリック教教会にあたるものは、
現在ではEUの官僚たち?
529世界@名無史さん:04/01/12 23:27
第一次世界大戦以降、マッキンダーの地政学が成立してからは、ヨーロッパ(特に東欧)の統一を阻止しようというはっきりとした意図が西欧側にはあったものと思われ
530世界@名無史さん:04/01/18 03:18
世界情勢カテゴリ各板の再編に関する議論@2ch運用情報
http://qb3.2ch.net/test/read.cgi/operate/1074164980/l50
531世界@名無史さん:04/01/23 23:38
ヨーロッパの貴族達は殺し合いが好きだから統一されたら戦争できなくなるじゃ無いか。
532世界@名無史さん:04/01/24 00:57
中国が統一された理由→独特の世界観。強い方にすぐ寝返る民族性。
インドが統一された理由→英国の征服。(一応分離してるが)
アングロアメリカがほぼ統一されている理由→南北戦争の結果/カナダが辺境だから/原住民を殺戮したから

欧州・中東・アフリカ・中央アジア・東南アジア・南米が統一されない理由→そっちが自然。
533世界@名無史さん:04/01/24 22:36
地球が統一されない理由。アメリカ人以外の人は皆アメリカが嫌いだから。
534世界@名無史さん:04/01/24 23:29
中国が統一されてた理由→黄河、長江などの大河の存在。漢字。北方遊牧民の影響。

北インドが統一されてた理由→インダス、ガンジスの大河の存在。トルコ系遊牧民の影響。

ロシアが統一されていた理由→ヴォルガ河の存在。ステップ遊牧民の影響。

ヨーロッパが統一されなかった理由→遊牧民の影響が軽微だった。そのため長い期間、弱小農耕国家の発展が可能になり小さな地域でナショナリズムが発展。
その結果小国分裂が可能になった。

535世界@名無史さん:04/01/28 00:35
ウェストファリア条約で諸国が同じルールの下で競合するという
世界観が生まれたからだよ。
さらにその原因をたどれば三十年戦争でドイツが負けたから。

そうでなければ神聖ローマ皇帝の下でヨーロッパは統一されるべき
という水戸黄門の印篭を真正面から否定するのは困難だった。
536世界@名無史さん:04/01/28 14:01
未だ外圧を受けたことがない、内部で騒乱はいつもの事だがコップの中の嵐

確かに、ゲルマン民族の移動、フン族、トルコ、周辺民族 モンゴル族と攻撃を受けているが
ローマ帝国の崩壊以外は、あまり内部までめり込まれたことがない
537世界@名無史さん:04/02/17 22:28
age
538:04/02/17 22:47
始皇帝の言語と貨幣の統一がなければ現在も
中国はヨーロッパのように分裂してた可能性があるって。



学生時代歴史の先生が言ってたような・・・。
5391じゃないよ:04/02/17 22:48
始皇帝の言語と貨幣の統一がなければ現在も
中国はヨーロッパのように分裂してた可能性があるって。



学生時代歴史の先生が言ってたような・・・。
540世界@名無史さん:04/02/17 22:48
むしろ分裂してたほうが、よかったのでは。。。
5411じゃないよ:04/02/17 23:22
分裂してたら東アジア共同体が出来やすかったかも。日本も入れそうだし。
今はバランス悪すぎて話しにならん。新聞で東亜で共同体をって叫んでる学者の見識を疑う・・・。
よくわからんが。

542山野野衾 ◆UJr4Al4ZYM :04/02/17 23:32
>統一されなかった中国
仮想戦記小説『龍騎兵』というのがありましたね(小説ネタゆえ下げます)。
543世界@名無史さん:04/02/18 18:38
文化という尺度ではウイグル、チベット、東北、
内モンゴル等を別国家にしたほうがスムーズか。
いっぽう、経済規模や制度で分割するのなら、
台湾や香港を別国家とするほうがスムーズ。
結果的に面倒くささはどっちも同じくらいか。
544世界@名無史さん:04/02/18 18:59
近年は漢族の大量移住で地域固有の文化なんか薄れていく一方だけどなー
545世界@名無史さん:04/02/22 05:54
>>541
既に経済圏は出来つつあるし、重要なのはそこだろう。
しかし格差で言ったら西欧と東欧の格差も相当なもんだと思うけど
ブルガリアやらルーマニアなんか加盟させて大丈夫なのか?
546世界@名無史さん:04/02/22 14:43
東欧はEU2部リーグに所属となります。
で、毎年EU1部の低成績国と入れ替え戦を行うのです。
547世界@名無史さん:04/02/23 00:22
マジックマジャールの夢よ再び!
548世界@名無史さん:04/02/23 01:01
>始皇帝の言語と貨幣の統一がなければ現在も
>中国はヨーロッパのように分裂してた可能性があるって。

中国の統一国家形成への圧力は必然だったような気がする。

黄河、長江の二大大河が存在する事。
世界で最も強大な遊牧民の圧力に晒されていること。
などを考えると弱小勢力が生き残るのは難しいと思われる。
弱小勢力は大河を支配する巨大な勢力か遊牧民に簡単に征服されてしまいそう。
中国の中原は弱小勢力は長期間にわたって生き残れない。
そこがヨーロッパとは違う。
549世界@名無史さん:04/02/23 13:17
ヨーロッパは大きな「半島」だからな。
550世界@名無史さん:04/02/23 22:46
人口の移動が原因では?

中国には、人口の流入はゆっくりで、異民族であっても文明的にひとつになっていった。
これに対し、ヨーロッパではローマ帝国の崩壊のころにものすごい勢いで多民族が流入してきた。
キリスト教による同化は間に合わず、流入時のそれぞれの文明を地方性として持ったまま国家が成立してしまい、民族として固定されてしまった。
その後も圧倒的優位に立って統一するような文明が成立せず、互いに競い合うことで文明を成立させていったため、ローマ崩壊後はひとつの民族になることはなかった。

で、文明として競争がなかったために唐のころに文明の発達が止まった中国と、
互いに競い合った結果、気が付いたら世界的にも圧倒的な競争力を持つ文明を成立させてしまったヨーロッパ。

文中”文明”とあるのは、”民族文化”としたほうがいいかもしれません。
551世界@名無史さん:04/02/24 01:47
漢民族っていうのはローマ帝国のローマ市民と同じで統一国家が長く続いたから成立した民族だと思う。
最初に漢民族があったわけではなく、統一国家が続いたから広範囲にわたる漢民族の統一性が生まれた。
ヨーロッパでは弱小勢力が長期間にわたって生き残ることが出来る環境だった。
そこで地域ごとにナショナリズムが発生し、民族が多様化した。
実際、ポーランド人もチェコ人も漢民族の北京人と南京人ぐらいの差しかない。
それでもポーランドとチェコが違う国民国家なのは、民族文化を発展させる事が出来たから。
中国の場合は長期にわたって南京と北京を含んだ国家が続いたため民族として同一視されるようになった。
552世界@名無史さん:04/02/24 03:17
>>542
女将軍萌え
553世界@名無史さん:04/02/24 04:01
南京と広州ではゲルマンとラテンくらいの違いがあるな。
近代以前はゲルマン諸国でも知識層はラテン語を解したし
支那の庶民は漢文を解さなかった。
中華王朝における広東や福建は神聖ローマ帝国やハプスブルク国家におけるボヘミアのようなものだろう。
554世界@名無史さん:04/02/24 04:20
>>553
となると女真はロシアあたり?
555世界@名無史さん:04/02/24 04:38
女真は新大陸クラス
556世界@名無史さん:04/02/24 13:22
>>550
ということは、
西ローマ帝国の滅亡&ゲルマン民族の急激な流入がなかったら、
ヨーロッパも中国のようになっていた可能性があると?
557世界@名無史さん:04/02/24 13:32
>>534
>ロシアが統一されていた理由→ヴォルガ河の存在。ステップ遊牧民の影響。

中国とビザンツ帝国(およびその後継者としてのオスマン帝国)は
よく似ているね。
ところで、かつてビザンツ&オスマンの版図だったところを見ると、
現在はいくつもの国に細かく分かれてるね。
こういう違いを生んだのはヤパーリ西欧諸国の政策が原因?
558世界@名無史さん:04/02/24 15:35
バルカン半島→民族対立
アラブ→委任統治の境界→独立後は各国の対立
だと思われ。

インドは統一されたり分裂したりを繰り返しているな。北は統一されていることが多いが…。
559世界@名無史さん:04/02/24 22:17
イランも統一されている事が多いけど、あれもエフタルとかセルジュークトルコとかの影響でしょうか
最近はロシア、イギリス、でもってアメリカと
560世界@名無史さん:04/02/24 22:41
>>558
南北インドが統一されたのはムガール朝が初めてで、
それ以降、英国統治〜現インドと統一されてるんじゃないか?
561世界@名無史さん:04/02/24 22:42
ソビエトによってヨーロッパが統一されて世界連邦が発足していれば
いまごろ日本も人民政府の指導の元で理想国家への建設にまい進
していたのにね・・・。
562世界@名無史さん:04/02/24 22:45
>>556
難しいだろう。 ゲルマン民族の民族大移動がなくても
諸民族の朝鮮が続くとりあえず、イスラム帝国と全面戦争になり、
イスラムによる世界王朝が樹立される。
563世界@名無史さん:04/02/24 23:01
>>561
案外餓死で人口が減って、強制労働で奴隷力確保、涼しげで
住みよい世界になってたりな。
564世界@名無史さん:04/02/24 23:13
>>558
>アラブ→委任統治の境界→独立後は各国の対立

中国が欧米諸国によって委任統治されていたら・・・
と妄想してしまう。
565Cipher:04/02/25 13:54
カール大帝の死後、843年に締結されたヴェルダン条約で神聖ローマ帝国は3分割されるが、
その後も帝国を1つにまとめようという動きは絶えずあった。(大空位時代まで)

カール肥満王の時に一時的に世界帝国は再現されたし、
コンラート2世の時にはドイツ・イタリア・ブルゴーニュ王国を支配していた。
しかし、結局、皇帝権力の拡大を嫌がるローマ教会と地方の権力が
統一を邪魔したので、常に統一は一時的なものに終わらざるを得なかった。
その後、完全に皇帝権力は分割された。
代わって皇帝になろうとしたナポレオンが現れるまで神聖ローマ皇帝は形の上では
続いていたが、これは実権のない皇帝を担いだ方が地方権力やローマ教会にとっては
都合がよかったからでしょう。

確かにモンゴルとかの遊牧民族が欧州を侵略していたら
無理やり族長が皇帝に就いて、専制権力を確立していたかもしれませんね。
566世界@名無史さん:04/02/25 16:20
>>560
デリースルタン朝が一時期全インドに拡大したような。
567世界@名無史さん:04/02/25 17:10
トゥグルク朝のインド全土支配なんてほんの短期間で終わった罠。
568世界@名無史さん:04/02/26 10:24
中国に秦ができなけりゃインドのように北は侵入遊牧民による統一王朝で、
南は諸国乱立みたいな可能性もあったかも・・・と妄想。
ヨーロッパみたいにしようと思ったらモンゴル草原を海にでもしないときついか。
569世界@名無史さん:04/02/26 18:06
中国とヨーロッパの大きな違い。

ヨーロッパは入り江や半島、島々
によりかなり細分化されている。
日本もそういう意味では細分化されてる。

中国はだだっ広い土地があるだけで細分化されていない。

そして現在の中国領土を見てみると分かるが
山脈にかなり守られている、唯一守られていないのが万里の長城の方向だけ。
570世界@名無史さん:04/02/26 18:14
やっぱり半島とか入り江とかでかい島などが関係してると思う。

実際某東洋では某半島と某島国は中国に統一されずに残ってるしな。

ついでにヨーロッパは日本や朝鮮半島の関係が
永遠に続いているのがヨーロッパ世界。

フランスとかベルギーとかオランダ、ドイツ、互いにけん制しつつ
何とか独立を保ってる。
571世界@名無史さん:04/02/29 21:03
地形と米、小麦の単位面積辺りカロリー量の違いでほとんど説明できてしまうだろうねぇ
572550:04/03/01 20:47
>>556
そう思うけど、世界史の流れとして、民族が東から西に移動しつづけているよね。
もし西ローマ帝国が滅亡しなくても、人口流入の勢いが同じならば、民族は別れていたと思う。

>>571
地形は中国も結構ガタガタしてるよ。
あの程度で民族が別れないんだとしたら、インドもあそこまで細分化されないんじゃないかな?
それから、小麦と米のカロリーの違いの話。中国の一時期まで中心だった華北は主食が小麦だね。
一時期「なぜ民族は東から西へ行くのか」の原因を米のせいにしたことがあったけど、米は南部だけなので、米対小麦では説明できないんではないかと思う。
米対小麦で議論している資料があれば教えてください。(私は素人なので、本屋で調達できるもの希望)
573高卒無職:04/03/05 05:15
このスレすっげーおもろい。
574世界@名無史さん
単純な話、広かったってことになるわけだが。
ヒトラーの失敗が物語っているだろう。