キリスト教徒迫害の歴史は誇張されてないか?

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1世界@名無史さん
歴史上キリスト教徒の迫害は、ローマ帝国のキリスト教徒弾圧、日本の
キリシタン弾圧等、あるが、何故かキリスト教徒側からの視点で論じら
れているものが殆ど。宗教には無頓着なローマはキリスト教徒を弾圧し
たのではなく、弾圧した不平分子の中にキリスト教徒が多かったという
ことはないだろうか。また、日本のキリシタン弾圧もカトリック諸国の
植民地支配の浸透を防ぐことが目的という説明もある。
真相はどうだったのか、それぞれの立場から議論をしてみよう。
2世界@名無史さん:02/09/23 00:38
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3世界@名無史さん:02/09/23 01:04
だから連中はプロパガンダがうまいということ。
声の大きなものの言説が長年にわたって主張されれば定説になってしまう。
その意味で今韓国が主張している根拠の薄い言説の多くも歴史的に定説化してしまう
可能性が高い。
韓国の連中はプロパガンダの手法をよく学んでいるね。
日本も大きな声をだすべきだ。
4世界@名無史さん:02/09/23 02:59
ローマ帝国時代のキリスト教迫害は時期と政策によって大きく様相が違う。
「三文小説やへぼ映画ではキリスト教迫害といえばネロと相場が決まっている」(モンタネッリ)が、
これは典型的なプロパガンダで、ネロは組織的な宗教弾圧は行なっていない。

実際に最も苛烈な弾圧があったのは「ディオクレティアヌスの大迫害」の時代だが、
どちらかといえばローマは宗教的には寛容な国だったと言っていい。
5:02/09/23 08:06
>>4
ヨーロッパ中世では「ローマによるキリスト教徒の迫害」が常識だったんでしょうか?
あの時代では一般民衆、聖職者、神学者それぞれ認識が違うと思うんですが
それぞれどういったものだったんでしょう。

それより後、ギボンがかなり皮肉めいた指摘をしているわけですが
「実はローマは宗教的には寛容な国であった」という説は知る人は知って
いたんでしょうか?(どのように?)
6世界@名無史さん:02/09/23 11:27
「実はローマは宗教的には寛容な国であった」
これは妥当な評価と言えるはずですが、キリスト教との関係づけは簡単では無いですよ。

まず、「実はローマは宗教的には寛容な国であった」
帝国民の義務を果たし、社会不安を招くとされなければ、どんな宗教の信奉もお構いなしの建前だった。

アジア系の密議宗教には、社会不安を招く的理由付けで禁止された物もある。
ローマ軍兵士の間に広がったミトラス教は何度も禁止された(が根絶できなかった)。
ユダヤ教徒は、徴兵の義務免除も含めて特権を認められていた。
これはローマの地中海支配完成時に、古代イスラエルの支配王朝がうまく協力して特権が確保された。

>>4>ネロは組織的な宗教弾圧は行なっていない。
これも妥当な見解で。さらに言えば、ネロの弾圧は都市ローマの近辺でしか行われなかった。

が、後にキリスト教徒に偶像神の礼拝を強要する皇帝令は出されました。
7=6の続き:02/09/23 11:28
>>5>「実はローマは宗教的には寛容な国であった」という説は知る人は知って
>いたんでしょうか?(どのように?)

前近代ではよくあることですが、前代までの法令を取り消すような法令はなかなか出されない。
古代ローマのキリスト教徒迫害に関しても「偶像神崇拝の強要」令はずっと後に、いわゆる寛容令が出されるまで生きている。

ところが・大迫害を指示したような何人かの皇帝を除くと、
ほとんどの場合「偶像神崇拝の強要令」の実施については、現場判断で積極的に実行されないことが期待されていたと思われる。

少なくとも、そうとしか判断できない事例は多く知られている。
例えば、現場の執政官が皇帝にキリスト教徒の処理についてうかがいをたて、
皇帝は「まぁあまりむきにならんでうまく処理しろや」的な指令書を返している事例がいくつも知られています。

従って、大迫害といわれる時期以外の古代ローマで、時代的にも地域的にも散発した迫害ですが、
これは、習俗や、徴兵義務への態度などが起因になって、地域住民の間からリンチ的にはじまった物の方が多かった、と言われています。
こうした事例では、ローマ当局は迫害-暴動を収拾する方向で働き、場合によってはキリスト教聖職者に逃亡を示唆するような事例もあった。

これがよく知られる説であるはずです。
8=6-7の続き:02/09/23 11:30
が、>>6-7に整理した件をもって「実はローマは宗教的に〔キリスト教に〕は寛容な国であった」と言い切れるかどうかはまた別の問題で。

映画などで誇張して描写されるような組織的迫害の実態は恒常的なものではなかった、
この意見には賛成できますが。

組織的迫害は皇帝の施策によって様々な強度があった。
しかし、個人的意見では、いつ迫害が生じてもおかしくないような、社会-制度的状況は、慣用令まで長期に渡って温存されていた、と言えるだろうと思います。
9 :02/09/23 11:42
まあ早い話が反米厨の叩きの一環としてプロパガンダ説をぶちあげた
わけだな。
多分イスラム情勢板の陰謀論者がまじってきているね。
10世界@名無史さん:02/09/23 12:14
誇張されているとするなら、聖人の殉教譚などがそうじゃないのかな。
なかには実在が否定(あるいは疑問視)されている聖人などもいるわけで。
11=6-8:02/09/23 12:44
あぁ、>>6-8では、>>5の設問をちょっと誤読してたようですね。

>>5>ヨーロッパ中世では「ローマによるキリスト教徒の迫害」が常識だったんでしょうか?

これはまず、「キリスト教公認〜国教化の以前と以降について」に分けて考えるのがよいと思いますよ。
ヨーロッパ中世の認識としては、一般に、「公認以前は迫害されていた」と常識的に認識されてたはずです。
中世の間は一般民衆でも聖職者でもさほど違わない認識だったでしょう。

誇張があったとすると、国教化に迎合する型で、過激に反ローマ的だった小アジアの教団の扱いなどが問題になった間連でしょう。
例えば『ヨハネ黙示録』の位置付けはずっとゴタゴタ議論のタネになってます。
付随して、慣用令以前の迫害を誇張したこともあったかもしれません。

>>5>「実はローマは宗教的には寛容な国であった」という説は
〔西欧中世で〕知る人は知っていたということはないと思います。
やはり、慣用令以前の迫害が誇張はされたと思います。
これはきっかけには宗教政策が関ったにしても、社会的常識として定着したのは、宗教的偏見の結果だと思いますが。

例えば、ユダヤ教に対する宗教的偏見も絡んでいたかもしれません。
慣用令以前の段階で、ユダヤ教徒は徴兵をしない特権がローマ当局から認められていたのに、
“正しい”新約を信じるキリスト教徒は、徴兵に応じないといって迫害されるのはズルイ的感じ方が、キリスト教徒の方にあったような気もします。(個人的意見ですが)
どっちにせよ、中世に入ると、そんな経緯は忘れられていっただろうと思います。
12世界@名無史さん:02/09/23 16:37
ローマ以外ではどうだったのかな?
13世界@名無史さん:02/09/23 16:47
>>12
日本とか李氏朝鮮とか、サーサーン朝とか?
イスラーム圏でも小規模な迫害が起こったことはありますが。
14世界@名無史さん:02/09/23 17:20
>13
>李氏朝鮮
17世紀頃中国経由で入ってきたが、特に弾圧はなかった。
信者が増えすぎヤバいと考えた純祖が迫害開始。多くの信者が殺された。
儒教にはない「死後の世界」が人々をひきつけたらしい。
韓国は今、4人に1人がクリスチャン。
15世界@名無史さん:02/09/23 17:28
捏造に決まってるダロ
16世界@名無史さん:02/09/23 17:33
角田房子の「閔妃暗殺」に、李朝末期のキリスト教弾圧の様子が描かれてるよ。
17世界@名無史さん:02/09/23 17:33
ローマの官憲は基本的に放置、住民の告発があった場合だけ処分したって聞いていたけど。
>>7にあるとおり、帝国としてではなくもっと小規模な自治単位での迫害が
メインだと。晩年には変わっていくけど。
18世界@名無史さん:02/09/23 17:43
>>13
>日本とか李氏朝鮮とか
近世「日本のキリシタン弾圧もカトリック諸国の植民地支配の浸透を防ぐことが目的という説」は一見するともっともらしいですが。

これはこれで一面的というか、奇麗事の方で誇張した意見だと思いますね。
個人的予想で、実証とかは難しいと思いますが、
私は、近世日本の為政者にしてみれば、何より彼らが死闘を繰り広げた一向一揆と等質の脅威を認知した、と考えた方が自然と思います。

当時の為政者自身がそれを「植民地支配の浸透を防ぐこと」と表現したこともあるかもしれませんが。
それも為政者の立場なら当然の整理なんだろうと思いますね。

同時代的には、外国勢力の脅威も、信徒団の脅威もゴチャゴチャになっていた実態だったとは思いますが。
17世紀初頭当時、まだ植民地主義の実態は極東ではさほど露骨にはなっていなかったでしょう。
当時の日本為政者に、そうした「先見の明」を期待しすぎるのはどうか、と思いますが。
19世界@名無史さん:02/09/23 17:46
植民地支配って…
19世紀ならともかく徳川時代初期のヨーロッパにそんな力があったわけないでしょ。
20世界@名無史さん:02/09/23 17:53
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21世界@名無史さん:02/09/23 19:12
>18

スペイン人イエズス会士ペドロ・デ・ラ・クルスは、
カトリック諸侯による日本の武力征服は有効かつ
可能であることの根拠を次のように説く(イエズス会
総長に宛てた書翰)。
「日本人は海軍力が非常に弱く、兵器が不足している。
そこでもしも国王陛下が決意されるなら、わが軍は大挙
してこの国を襲うことが出来よう。この国は島国なので、
主としてそのうちの一島、すなわち下〔西九州〕または
四国を包囲することは容易であろう。そして敵対する者
に対して海上を制して行動の自由を奪い、さらに塩田
その他、それがないと日本人の生存が不可能になるよう
なものを奪うことも出来るであろう」
高瀬弘一郎訳 『イエズス会と日本』

イギリスの著名な日本学者ジョージ・サンソムは、
「宗教が政治に干渉せぬ限り、治者は宗教に干渉しなか
った」 と述べて、幕府の処置を、
「非常にわけの判ったやり方」と評したとおり、日本の
為政者がキリシタンの禁教に踏み切り、これに適宜弾
圧を加えたのは、まことに当然かつ正当の措置であった。
22世界@名無史さん:02/09/23 19:15
ジョージ・サンソムマンセー!!
ペドロ・デ・ラ・クルスはクソ野郎。弾圧されて当然。

23世界@名無史さん:02/09/23 19:30
ローマ帝国のキリスト教迫害についても徳川幕府のキリシタン禁教についても、
英国の学者の見方は、客観的だね。
どうも、キリスト教の迫害の歴史については、従来、こういう客観的な解説は
あまり日本ではされてない印象だ。
24:02/09/23 19:30
>>11
ありがとうございます

>>ヨーロッパ中世の認識としては、一般に、「公認以前は迫害されていた」と常識的に認識されてたはずです。
>>中世の間は一般民衆でも聖職者でもさほど違わない認識だったでしょう。
....
>>どっちにせよ、中世に入ると、そんな経緯は忘れられていっただろうと思います。

すると、「実はそれほど迫害されていなかった」と気づくまでに、どのような
経緯があったのでしょうか?

これは実は「キリスト教は迫害されていた」云々、だけではなく、
これまでの社会的・歴史的常識を覆すような「再発見」がどのようにして
生まれ出でたのか全般について、私が興味あることなのでした。

例の「寄進状」についても、「キリスト教迫害」についても、「女教皇」についても、
それなりの文献を漁らなくては批判的発見はできないと考えるわけです。
もちろん、それなりの「再発見」をするためにはそれらの資料にアクセスできる
高位?の知識人である必要があると思うのですが、彼らはゼロからこのような
再発見をしたのでしょうか?

#用語等がいいかげんであるかもしれぬが質問の真意は理解していただけるのではと思ふ・・
25:02/09/23 19:42
続き

と問いかけつつ、例にあげた三つとも、確か宗教改革の時代になってからのものでしたね
それ以前は、いかに頭脳明晰な人でもそのような批判的精神は皆無だったのでしょうか?

・・・例えばイスラム圏からの知識とか、知識人だけのネットワークとか・・
「知ってる人は知っていた」てなことはなかったのかしらん

#とか言ってみるテスト、と付け加えておこう

2621:02/09/23 20:04
キリシタン邪教観の根拠として、和辻哲郎は有名な『鎖国』の中で、徳川幕府がキリシタン
に対するヒステリックな迫害に狂奔したのはなぜかを論じて、「(幕府が)単純に武力をもっ
て(キリシタンという)思想や信仰に対抗する場合は、武力はそれ自身の無力を見せつけら
れ」たためであると説く。
 しかし和辻の所説には、西欧文明とその所産であるキリスト教文化とは、善であり進歩で
あるとの前提が無意識のうちに横たわっているように思われてならない。
 キリシタン、特に日本におけるイエズス会が本当に純粋無垢な思想・信仰集団であった
のならば、確かに和辻の述べることに道理があろう。
 しかし、実情はクルスの書簡の如しで、彼らの侵略的にして策謀好きの体質は、慶応
義塾大学の非凡な歴史学者高瀬弘一郎の「キリシタン宣教師の軍事計画」(同『キリシタン
時代の研究』1977年、岩波書店刊)が実証的に明らかにしたとおりである。
27世界@名無史さん:02/09/23 20:10
>>18

>近世「日本のキリシタン弾圧もカトリック諸国の植民地支配の浸透を防ぐことが目的という
>説」は一見するともっともらしいですが。

>これはこれで一面的というか、奇麗事の方で誇張した意見だと思いますね。
>個人的予想で、実証とかは難しいと思いますが、

むしろ、西欧の日本学者から出せれた説なのだが。かえって、日本側の和辻哲郎氏などは、
26の様な、「西欧文明とその所産であるキリスト教文化とは、善であり進歩」という思い込み
が入っている。
28世界@名無史さん:02/09/23 20:13
うーん、西欧でもプロテスタント諸国の人々はイエズス会やローマ・カトリック
教会に対してあまりいい感情を持ってないことが多いですからね。
英国では、近代に入ってもカトリック教徒は差別されてましたし。
2928:02/09/23 20:16
ちなみに、英語の辞書でjesuitという単語を引くと、「策謀家」「詭弁家」
などのネガティブなイメージの意味合いがあるようです。
30世界@名無史さん:02/09/23 20:20
パラグアイはほとんどイエズス会が作った国なんだって。
ほとんど侵略者の先遣隊だな。
312チャンネルで超有名:02/09/23 20:23
http://tigers-fan.com/~pppnn

ヌキヌキ部屋に直行
  コギャルとヌキヌキ
  全国地域別出会い
32=18:02/09/23 20:29
>>21
>日本の為政者がキリシタンの禁教に踏み切り、これに適宜弾
>圧を加えたのは、まことに当然かつ正当の措置であった。

いや、別に私は当然ではないなどとは書いていません。
為政者としては当然だだっただろうと書いています。

が、それを現代からの歴史評価として、外交面からだけ正当と評価するのは片手落ちではないか、と主張しているのです。
>>18>何より彼らが死闘を繰り広げた一向一揆と等質の脅威を認知した、と考えた方が自然と思います。

>彼らの侵略的にして策謀好きの体質は(>>26
こんな文脈で「体質」なんて概念を持ち出す評価は私は信頼する気になりませんね。
いくら研究方法が実証的であろうと、です。

33=11:02/09/23 20:31
>>24-25=るさん
>それなりの「再発見」をするためにはそれらの資料にアクセスできる高位?
>の知識人である必要があると思うのですが、彼らはゼロからこのような再発見をしたのでしょうか?

えーと、「寄進状」、「キリスト教迫害」、「女教皇」これらについては、
それぞれ別の経緯があると思います。

キリスト教迫害に限って言えば、古代史書と聖書に限定されず政治文書の研究や
社会史的研究、例えば墓標の体系的な研究などが大きいはずです。
が、ここまできちんとした研究がされるようになったのは、ぐっと現代に近くなってからの話で。

>彼らはゼロからこのような再発見をしたのでしょうか?
という説問には直接間連してこないように思います。(個人的な意見ですが)
34世界@名無史さん:02/09/23 20:32
>29

ソンサムは、決してそういうカトリックに対する偏見では、自説を述べてないよ。
『西欧世界と日本』(筑摩書房、1966年)を読んでみな。自身が外交官である
だけに、純粋に外交の視点から書いているぞ。
35>>33の続き(=11):02/09/23 20:35
>>24-25=るさん
>彼らはゼロからこのような再発見をしたのでしょうか?
大まかな話になりますが。
基本的には聖書学の初歩的な研究が17世紀頃から着手された、
中世的常識からの脱皮、ことに歴史像に関してはこれが大きかったと思います。

それまでは西欧歴史学は創世紀元だったわけです。
例えばニュートンは当時までの創世紀元には批判的だったのですが、
創世紀元自体の枠内にはあったようで。
天文学の研究も応用して、ギリシア神話のアルゴー探検隊は、世界創世から何年目とか
一所懸命研究してたそうです。

ここで言う聖書学の初歩的な研究とは、カトリックによる暦法改革と
それに反対するプロテスタント学者との間で盛んになったものを指します。

旧約テキストをウルガタのラテン語版に準拠するか、ユダヤ教徒による70人訳のギリシア語訳に準拠するかで、同じ創世紀元での歴史にもいろいろ細かな点で差違が生じるので
それを論争武器にした論争が展開されました。

現代人には常識ですが、聖書は、様々な時代に様々に編まれた文書の修正ですので、
ファンダメンタルに全部を真実と信じようとしても、文書間で付け合わせをしていけば
細かな矛盾が多量に生じる訳です。
この事態の発見が聖書学の貢献です。

逆説ですが、西欧知識人は聖書に記された記述の正しさを論証しようと議論を進めたあまり、
創世紀元の不可能性がはっきりさせてしまった。

創世紀元からきれたところで、西欧の歴史学は一段近代的になったと言えるはずです。
例えばB.C.という記年方も創世紀元を否定する含みで広まった、という説があります。

後、聖書学出発のきっかけとしては、サイドからエジプト史の問題と、イエズス会が西欧に伝えた中国史の問題もからんでいましたが。
36世界@名無史さん:02/09/23 20:37
日本て不思議だよね。外国人学者による客観的な研究よりも、日本人の方が自虐的な
説を展開するもんな。
37世界@名無史さん:02/09/23 20:38
「コンスタンティヌスの寄進状」については、15世紀にヴァッラという人が
論文を書いてこれが偽書であるゆえんを解明したと思います。
38世界@名無史さん:02/09/23 20:42
これがイエズス・パターンの全貌だ!!

先ずイエズス会士を派遣し布教の名目で現地人の国力・軍事力を偵察。
その後、旧教派の国王に御注進。軍隊を派遣して侵略の完成。
39世界@名無史さん:02/09/23 20:42
歴史評価が妥当かどうかて論旨に、自虐的かどうかなんて観点を混入させりゃ、
そりゃ不思議に思えるだろ(藁)。

真実は苦いものなんだよ。自慰房には、なんでも自虐に思えるんだろうな。
40>>35の続き(=11):02/09/23 20:46
>>24-25=るさん
>聖書学出発のきっかけとしては、サイドからエジプト史の問題と、イエズス会が西欧に伝えた中国史の問題もからみました。

エジプト史の問題というのは、エジプトで発見されたマネトー(マネトン)の『エジプト誌』の記述を聖書の記述とどう整合的に理解するか?といった問題です。
一応書いておきますと、マネトーという人は、プトレマイオス朝時代の人物で、
古代エジプト時代の王朝物語と王朝史を整理したのが『エジプト誌』です。

中国史の問題とは、例えば、史記の冒頭に記されたウやコンの治水伝承をノアの方舟の
大洪水の説話と、どう整合的に理解しようか、といった問題です。

現代人であるわれわれにはどちらもデンパな話にしか思えないわけですが(W)。

17世紀に入ってもしばらくは、西欧知識人は、これうした問題を創世紀元の歴史の枠内で
なんとか理解しようとあがいてた。

こういうわけですから、「公認以前は迫害されてた」と盲信しても無理はなかったと思います。

ここで私がおもしろと思うのは、聖書の全否定に一足飛びに進むのではなく、
聖書文書間の相互矛盾をとことん整理していく、といった構えですね。

近代歴史学は、聖書を歴史記述として読むことを止めたわけで。
その件には異存も異論もないのですが、


A文献が信頼できないならB文献に準拠するといった安直な構えを取らなかった点、
逆に言えば、真実の探求に頑迷とも言える点がおもしろいと思います。

少し今風の言い方をすると、文書間の矛盾の構造を追及していくと言った感じでしょうか。
41世界@名無史さん:02/09/23 20:46
たしかに、キリスト教の聖職者の中には悪質な人間も大勢いただろう。
だが、それをもって、キリスト教徒、あるいはキリスト教会全体が邪悪で
あるかのように決め付ける論法はどうかと思う。
それだと、長い日本の歴史のなかで、第二次世界大戦の日本軍による
残虐行為だけを取り上げて、
「日本人というのは本質的に残酷な民族だ」
という欧米人と変わらないのでは?
42世界@名無史さん:02/09/23 20:55
>41

西欧の日本学者の論点はそうではなくて、日本の為政者に接したカトリックを主体とした
宣教師側の対応が不味かったことが、日本におけるキリスト教迫害を招いた。そのこと
自体は自業自得という点だが。別に、キリスト教会全体が邪悪とは言ってないぞ。
しかも、17世紀初等(布教と植民地政策が未分離の段階)における外交政策としては適切
な対応としている。
43世界@名無史さん:02/09/23 20:57
宮崎市定先生の名著「雍正帝」の中に、
清朝におけるキリスト教禁令の経緯と様子が記述されてますね

支配階級である女真族の改宗者に対しての迫害は厳しかった。
中でも、皇帝の血縁になるある貴族の一家が洗礼を受けた例では、
追放、改宗の強要などの極めて厳しい対処が行なわれている。
しかしこの問題についての皇帝のコメントというのが、
「そもそも西洋人も女真族も崇めるものは同じ天である。
 違うのはその祭儀の仕方であるに過ぎない。 しかし、我々は
 西洋人でなく女真族なのだから、祖先の祭儀を守るべきだ」

これに対して、被支配者である一般市民に対しては
禁教は名目程度のことに過ぎず、政府に仕える者がキリスト教を
信仰していたとしても何の咎めも受けなかった例もある。
44>>35の訂正:02/09/23 21:01
※誤入力ですが、致命的なので訂正させてください

×>現代人には常識ですが、聖書は、様々な時代に様々に編まれた文書の修正ですので、

訂正>現代人には常識ですが、聖書は、様々な時代に様々に編まれた文書の集成ですので、
ファンダメンタルに全部を真実と信じようとしても、文書間で付け合わせをしていけば
細かな矛盾が多量に生じる訳です。
45世界@名無史さん:02/09/23 21:02
問題はカトリックがローマ教皇を頂点とするヒエラルヒーを構築していて、
信者の忠誠と統制がそっちに向くことだろ。為政者にとって見れば、自分以上の
権威者が現れるのは脅威だよ。
プロテスタント諸派ならもっと受け入れられたんじゃないの。
46世界@名無史さん:02/09/23 21:09
権力者自身が教皇になってしまうという手もある。
オスマンのスルタン・カリフ制とか英国教会とか
47世界@名無史さん:02/09/23 21:11
>45

でもプロテスタント諸派は、積極的な布教はしなかった。
旧英国植民地だって、勝手に入信したい原住民はどうぞって程度。
それから、フランシスコ会はイエズス会のやり方に批判的だった。
日本に布教に来たのが、イエズス会だったのが悲劇だな。
中国では、イエズス会の方が権力に迎合する現実路線だったが、
日本では、イエズス会とフランシスコ会の対応は、丁度中国とは
正反対だった感じだ。
48世界@名無史さん:02/09/23 21:15
ちょっとここで、幕府とオランダの関係について語りたいのですが。
平戸のオランダ商館は、イギリスとの連名で、幕府に対し
「ポルトガル、スペイン両国はキリスト教伝道の名のもとに日本に
対して領土的野心を持っている」と主張し、今後は両国と貿易を行わない
ように主張しています。
その裏には、日本貿易を独占するためにライバルを蹴落としたいという
オランダの思惑があったわけですが。
実際、島原の乱の際、オランダは幕府の支援要求を受けて原城にたてこもった
キリシタンに対して砲撃を行っています。
(これに対して他のヨーロッパ諸国から、いかに宗派が違うとはいえ、
同じキリスト教徒を攻撃していいのかという非難の声があがった)
さらにオランダはキリシタンとはカトリックのことであって、プロテスタント
ではないという詭弁まで用いています。
こうしたヨーロッパ諸国の日本貿易を巡る競争が、日本人の対キリスト教
認識に何かの影響を与えたということは考えられますか?

49世界@名無史さん:02/09/23 21:38
>>42

「宣教師の対応がまずかった」というのは土地寄進問題のこと?
あれは確かに権力者の神経を逆撫でしただろうけど、だからといって
追放までするべきものだったかは疑問だな。

とは言え為政者たちが「一向一揆と類似のものを感じた」というのは分かるが。

実際、学者たちは「17世紀初頭において」キリスト教が禁止されなければ、
当時すぐに日本への侵略が可能だったと本気で思ってるんだろうか。
上の方にスペイン人の手紙が載ってるけど、本国の方は無敵艦隊の敗退で
それどころではなかったはず。
その後のヨーロッパ情勢を見れば分かる通り、スペインは日本とは無関係に
没落の一途を辿ってる。
更にイギリスもごたごたが続く。オランダはジャワ経営に乗り出したばかり。
どう考えても、日本に攻めてくる余裕のある国は18世紀まで現れない。

日本はオランダに体よく騙された気がするんだが。
50世界@名無史さん:02/09/23 21:49
>>48

1614年2月1日(慶長18年12月23日)に家康の意を承けた南禅寺の金地院崇伝が
書き上げたキリシタン禁止令には、キリシタンが、「以て域中の政号を改め己の有
となさんと欲す(一国の政治体制を覆し、己の領有にしようとたくらんでいる)」 云々
という文言が見えるから、幕府側の認識はオランダの主張をかなり取り入れている
と思う。
結局そうなると、幕府の判断(オランダの策謀に乗ったのか、幕府自身の外交判断
なのかという点は別にして)は外交・通商政策的にカトリックを排除したということに
なる。
51世界@名無史さん:02/09/23 22:19
>>47
>中国では、イエズス会の方が権力に迎合する現実路線だった
17世紀のイエズス会士は、当時の中国社会に物凄いショックを受けてたようですね。
中国の祖先礼拝に妥協する方針が西欧で追求されても、盛んに弁明しています。
布教のためには仕方のない妥協という感じです。

現実路線というのはあたっていると思いますが、
中国が伝えていた理性的な歴史(書)の古さと、倫理学(と西欧人は呼んだのですが)
がショックだったらしい。
ザビエルの日本誌なんか読むと、戦国日本の様相にはさほど驚いていない様に思えます。
西欧も戦争に明け暮れて発展してきた社会ですから、わかる気がします。
その辺にもポイントがあるように思えますね。

>日本に布教に来たのが、イエズス会だったのが悲劇
という評価についてですが。

フランシスコ会とイエズス会の布教競争や、スペイン・ポルトガル間の領土獲得競争も
複合的に関っていたとは思えますが。それだけでは説明しきれないのではないでしょうか。
52世界@名無史さん:02/09/23 22:32
>>49

>日本はオランダに体よく騙された気がするんだが。
オランダにだまされたのならば、宗教的というよりも政治的・外交的な判断だろ。
しかも、そうなったのは、それこそキリスト教国同士の内部対立の問題だしな。
53世界@名無史さん:02/09/23 22:59
結局のところ、ローマと日本におけるキリスト教迫害はこういうことか。

ローマ:ハリウッド映画のローマ帝国ものに出てくるような大規模な組織的迫害なし。
兵役免除のユダヤ教徒に対するキリスト教徒側のやっかみや中世以後のキリスト教化
以前の価値観の変容が原因。
日本:政治的な要因が強く、西欧キリスト教諸国の日本との貿易独占競争による内部
対立。むしろ、競争の最終的な勝者のオランダがそう仕向けた。
54世界@名無史さん:02/09/23 23:07
おーい、イスラム圏やそれ以前のササン朝治下ではどうだったんだよー。
55世界@名無史さん:02/09/23 23:32
イスラム圏でのキリスト教迫害は、行なわれるときと行なわれないときの落差が、ローマ帝国(寛容令以前)のそれより極端でした。

一般に、十字軍以前はキリスト教に寛容だったと言われますが。
大勢としてはそう言えますが、カリフの個人的施策で極端な迫害が行われることもありました。
代表例は、ファーティマ朝のハーキム(在位1035〜1094)など。
この人はユダヤ教徒も迫害したしエルサレムの聖墳墓教会を破壊したりした。

まぁ、組織的な迫害が恒常的なものではなかった、と言うのはイスラム圏もローマ帝国と同様だったと言えると思います。

ローマと違ってイスラム圏の問題は、権力者の恣意性で迫害が組織的に実行される事例が幾つかあること。
十字軍以前、キリスト教迫害は例外的な事態とは言えるかと思いますが。
権力者による組織的な迫害時にコーランの文言も恣意的に解釈され、歯止めにはならなかったこと、でしょうか。
56世界@名無史さん:02/09/23 23:35
>>53
ちょい訂正必要
>ローマ:ハリウッド映画のローマ帝国ものに出てくるような大規模な組織的迫害は、恒常的なものとしては、なし。
57世界@名無史さん:02/09/23 23:54
>>40

儒教における考証学との関係に似てますね。
ユダヤ教とキリスト教は兄弟の宗教であるわけで、キリスト教の排他主義は例を見ない過酷なものとして特筆される。
古代ローマにおいてはそれが日本の某カルト教のような関係にはじめはあった物が、宗教としての概念のない古代宗教ではキリスト教のような画一化された世界は魅力的であったとも言える。
いつの世も同じで、彼等も死後の世界を模索していたそうだ。
59世界@名無史さん:02/09/24 00:07
>>54
サーサーン朝での迫害は、シャープール2世の時代に起こっています。
彼はキリスト教徒には2倍の税金をかけ、ユダヤ教やマニ教も迫害しました。
ヤズデギルド1世の治世には、キリスト教徒たちがゾロアスター教の寺院を
打ち壊したり、祭司を襲ったりしたので、ゾロアスター教の側に強い危機感を
ひきおこしたようです。
ついでワフラーム5世もキリスト教徒を迫害したので、彼らの引渡しを要求した
ビザンティン帝国と戦争になっています。
その後サーサーン朝のキリスト教徒がネストリウス派を受け入れたことにより、
ビザンティン帝国の干渉はなくなりました。
60世界@名無史さん:02/09/24 00:22
キリスト教徒側からの迫害に関する主張は、誇張が多いということ。
61世界@名無史さん:02/09/24 01:20
一神教徒の言い分の常套句

布教がうまくいかず、信者が増えない=迫害された。
他宗教信者とのトラブル→一方的な殺傷−勝利→聖戦の勇者
                         |
                         敗死
                          ↓
                         殉教者
62世界@名無史さん:02/09/24 01:22
>>61
信者が増えない=迫害された
という倒錯論理にワラタ
もう何も言うことはないなw
63世界@名無史さん:02/09/24 03:12
>>61
>布教がうまくいかず、信者が増えない=迫害された。
それは誇張とは違うもんだいでしょ。

>他〔多〕宗教信者とのトラブル→一方的な殺傷−勝利→聖戦の勇者

それは多神教徒も方にも同じような事はありますよ。
一神教徒同士でも多神教徒同士でも同じ様な事はある。
つまり言い立てる意味はない。                         
64世界@名無史さん:02/09/24 04:42
>63

> >>61
> >布教がうまくいかず、信者が増えない=迫害された。
> それは誇張とは違うもんだいでしょ。

キリスト教徒側の言う迫害がどこまでが真の迫害だったかと言うのが、このスレの趣旨だろ。
だったら、迫害以外の要素を迫害に加えるのも誇張だろうが。61の書き込みは茶化しも入
っているが、「布教がうまくいかず、信者が増えない=迫害された。」という要素も、十分
考慮すべきだ。
65世界@名無史さん:02/09/24 05:25
駄目だじょ、狂徒にわナニヲいっても無駄ダス。
66=63:02/09/24 08:38
>>63
>「布教がうまくいかず、信者が増えない=迫害された。」という要素も、十分考慮すべきだ。

その場合、異文化摩擦とか、「相互」のディス・コミュニケーション(コミュニケーション不然)といったことまで考えられないと、十分考慮したとは言えないでしょう。

少なくとも
布教する→信徒ができる→信徒集団と、在地の非・信徒集団に軋轢が生じる→軋轢の性質によっては迫害と主張する

と言ったモデルまでは考えるべきでしょう。
いい加減なショートカットもまた「誇張」なわけですし。
それを茶化しと言っていては歴史の話にならないですね。
主旨もへったくれもありません。

67世界@名無史さん:02/09/24 08:51
>>63
いや、伝統的な価値観と強く結びついた民間信仰は
そもそも新規の布教をする必要がないからな。

「布教すべし」という強迫観念を新しく異質な宗教が持つ場合、
その布教失敗の原因を他者に帰することで
宗派内の結束を固めることができたのは容易に想像できる。
68世界@名無史さん:02/09/24 14:08
>>29

イエズス会はカトリック側の急進団体だから
新教の英国で、ネガティブなイメージで捉えられるのは当然
692チャンネルで超有名:02/09/24 14:14
http://wqll.jpn.ch

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70世界@名無史さん:02/09/24 15:30
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71世界@名無史さん:02/09/24 15:31
>66

文脈よく読め。61の書き込みに冷やかしやあおり的表現があることを64は言ってるんだろ。
それと後段で、布教が上手くいかないことも迫害に含められてないかと後段で64が言って
いることは、別問題だろ。頭冷やしてよく読んでごらん。
72世界@名無史さん:02/09/24 15:39
そろそろ多神教のダブルスタンダードが出てくるかな(ワクワク
73世界@名無史さん:02/09/24 15:47
ゴメス師の日記
「この土地に植民を始めてから早くも3ヶ月が経った。布教活動は順調に進んで
いるが目に見えた成果はまだ上がっていない。ああしかし、原住民たちの陋劣
ぶりには驚き呆れるというものだ。彼らが木彫りの怪しげな像に崇拝を行うのを
我々は苦々しい思いで見守っている。いちはやく彼らを神の国に導くために私は
エンリコ師と協力してポルトガル国王に働きかけ、この土地に軍隊を派遣して
もらう計画を立てたのである。」
74世界@名無史さん:02/09/24 18:45
キリスト京都が迫害されても文句は癒えません
だって人間の葛だもん
75世界@名無史さん:02/09/25 13:20
やはりキリスト教徒側の迫害に関する主張には誇張がありそうだ。
76世界@名無史さん:02/09/25 15:20
>>75
「やはり」って、誇張がないて意見はスレにみあたりませんぜ(w)。

>>1>何故かキリスト教徒側からの視点で論じられているものが殆ど。

なんてことはないって意見はあるが。
>>6-7とかな。
>>49とかもそうかな(?)

妄想仮想敵にむかって独り合点はみっともないからやめとけや。

77世界@名無史さん:02/09/25 16:15
>>76
自分の事ですか?
78世界@名無史さん:02/09/25 16:30
○一神教 ×多神教 ってヤシをたまに見かけるが、
インドあたりのヒンドゥー・イスラム対立の様相なんかは、目に入って
ないんだろうな。どっちもどっちなんだが。

>伝統的な価値観と強く結びついた民間信仰
これも。
一神教でも多神教でも、当てはまるケース、当てはまらないケースがあるし。
79世界@名無史さん:02/09/25 17:36
ネロとディオクレティアヌスのキリスト教徒迫害は強烈だったらしい。
80世界@名無史さん:02/09/25 17:47
>>79 ネロの時は大したことない。キリスト教徒自体があまりいなかった。
軍人皇帝時代の不安な状況下で急増し、ディオクレティアヌス皇帝の同僚、
マクシミアヌスが最大で最後となるキリスト教徒弾圧をやった。
81世界@名無史さん:02/09/25 17:56
>>80
イエスの同時代人に、ガリラヤの東、ガウロニティスのガマラという町で生まれた
ユダという人物がいて、ガウロニ党という狂信者集団をつくり、ユダヤ人を扇動して
ローマに反乱を起こしましたが、この集団とキリスト教徒がネロの時代に混同されたことが
あるというのは本当ですか?
82世界@名無史さん:02/09/25 18:12
>>80
でも、ペテロとパウロはこの時殉教したよ。
83世界@名無史さん:02/09/29 02:54
非キリスト教徒側からのキリスト教徒迫害の記録ってないの?
84世界@名無史さん:02/09/29 03:19
江戸時代の拷問役人の記録などは残っていそうですね。

ところで「異民族にまで布教しる!」という教義を持った最初の宗教はキリスト教ですか?
85世界@名無史さん:02/09/29 11:43
>84

仏教もグレコ・バクトリアのメナンドロス王とナーガセーナの問答とかアショーカ王の
布教活動とかあったけど、確かにこれらは教団の活動と言うよりも、興味を持ったギリシア
人王が議論に負けて勝手に入信したとか政権が布教したとかということだよね。
86アマノウヅメ ◆/knRokaQ :02/09/29 12:30
>>83
明治初期に「浦上四番崩れ」と呼ばれるキリスト教弾圧がありました。
浦上の信徒3404人が各藩お預けとなりましたが外交問題となり、
5年後帰村を許されました。帰ったのは1981人とのことです。
この差のうち、直接の迫害によるによる死者が何人かは不明です。
87世界@名無史さん:02/09/29 12:38
「崩れ」っていうのは乱ていう意味かな。「二階崩れ」とかいう事件を
聞いたことがあるよ。
88世界@名無史さん:02/09/29 19:05
>>51
>中国が伝えていた理性的な歴史(書)の古さと、倫理学(と西欧人は呼んだのですが)
がショックだったらしい。
ザビエルの日本誌なんか読むと、戦国日本の様相にはさほど驚いていない様に思えます。
西欧も戦争に明け暮れて発展してきた社会ですから、わかる気がします。

よく欧米人が日本のことを「異質な国」というけれど、実はおおまかなところでは
それほど違いがないからこそ、かえって細かいところでの異質性が目に付くのかな?

たしかにヴォルテールなんかは、中国のことを知って、世界最高の文明は中国だと
言ったりしている。
モンテスキューは中国のことを専制国家だといって、それほど高く評価はしていない。
89世界@名無史さん:02/09/29 19:59
>>82
重要人物が殉教したという点をみればそうだろうけど、>>80は弾圧規模のことを言ってるんじゃない?
90梵阿弥:02/09/29 21:00
何々帝の弾圧、と表現されている位なので、迫害こそ例外的だった用に思われます。
迫害が常態だったなら「何々帝の寛教期」と記録されそうなもの。
話し変わって、大村 純忠辺りが教皇に寄進して秀吉が激怒、なんてありましたよね。
91世界@名無史さん:02/09/29 21:09
ユダヤとかーキリストとかー
自分たちだけが特別だすぃー
迫害されてないとおかしいしー
やっぱ悲劇?似合うよねー
92世界@名無史さん:02/10/02 10:57
>84
多神教は「…しる!」という教義を持たないだろうから、
キリスト教に先行する一神教を調べれば良かろう。
ユダヤ教とアトン教か。
93世界@名無史さん:02/10/06 23:44
>>92
ユダヤ教はヘブライ人のみのための宗教だったし、アトン教は国外への布教意欲がない。
つまりキリスト教が最初か。
94世界@名無史さん:02/10/06 23:51
古くからの疑問なんだが、何故キリスト教とかイスラム教とか(現代の新興宗教もそうだが)は
広めたがるのだろうか?政治的・金銭利益的なことを除外して、
純粋に宗教の布教についてのみ考えたらどういう理由があるんだろう?
なんでわざわざ頼んでもいないのにこんなイイ事あるよって近づいてくるんだろう?
95山野野衾 ◆W7NDQJtGoM :02/10/06 23:51
>87
大友ですね。琵琶で有名だった筈。
96世界@名無史さん:02/10/07 00:29
>>94
終末思想の関係だと思いますよ。
弥勒信仰や、白蓮教でも布教はあったそうですから。
ちょっと自信ないですが、五斗米道なんかでも布教はあったのでしょ?

正確には、終末思想+救世主的存在の仮定かな?
日本仏教の末法思想ではそんなに布教の話聞かないから。
97世界@名無史さん:02/10/07 05:55
ギボンも言ってるね、キリスト教迫害史は大袈裟に言われすぎだと。
98アマノウヅメ ◆3O/knRokaQ :02/10/07 06:53
誇張のはなはだしい例ですが
「聖女ウルスラ童貞たち殉教者」
という5世紀にフン族に襲われ、抵抗して殺された殉教者がいます。
「ローマ殉教録」には、ケルンで殺された修道女となっており、ウルスラ、
マルタ、サウラ、コルドゥラと4人の名前しかありません。
ある伝説ではケルン市の町外れにあった修道院の修道女11人となっています。

「ローマ殉教録」にしたがって、クレマチオという人が彼女達の墓の上に青銅を
建てましたが、後にそのあたりを掘ったところ、多くの人骨が発見されたため、
ウルスラたちは、数千人の団体であった、いや、1万1千人だったと数えられる
ようになりました。

おまけに、こう数が多いと修道女じゃ話が合わないので、イングランド生まれで
北フランス駐留の兵士達と結婚するため、船出したところ、たまたまケルンに
いた婚約者のの団体とか、東国の生まれでスイス兵の婚約者の団体とか言うこと
になりました。中世ではイングランド人数千人説が、正統とされています。

少なくとも千倍の水増しです。
99アマノウヅメ ◆3O/knRokaQ :02/10/07 06:55
青銅⇒聖堂です
100世界@名無史さん:02/10/07 07:21
三武一宗の法難だって誇張されてる
101世界@名無史さん:02/10/10 16:39
>>94
数は力。
102世界@名無史さん:02/10/14 18:48
>100

仮にそれが誇張としても、三武一宗の法難自体マイナーだ。殆ど宣伝効果
ないんじゃないの。
103102:02/10/14 18:49
あっそうだ。中国人の記録は、宗教に限らず、あらゆる点で水増しがあるから、
それをまともに取る方が、如何なものかと。
104アマノウヅメ ◆3O/knRokaQ :02/10/14 18:52
>>100
言われるまで忘れてました。
どの程度の誇張だったか忘れたけど1000倍ってことは無いんじゃないですか?
105世界@名無史さん:02/10/22 00:46
>104

確かに最後の唐の武宗の迫害は、あれでマニ教が事実上消えたから、
結構すごかったかも。でも、仏教は残ったし、景教だってモンゴル時代まで
命脈を保ったから、不徹底なところも多かったのだろう。
106世界@名無史さん:02/11/02 15:13
Age
107YAHOOO情報:02/11/02 15:16
108世界@名無史さん:02/11/20 06:32
           ∧∧:: 
         :(´<_`  )  ::  < モノスゴク ドウデモイイ
         ,.-! <::::
       /, ,、,、/,/:::
        / ,>、''' /!::
.      `´ノ `~ /::
.         /,>' ノ::
       / /:::
.     ( <::::
      |\\:::
    \ | ,!::\~!:
.      _,! i、:: '-':
.     '-‐'´\
109世界@名無史さん:02/11/22 20:20
実はキリスト教信者の内部分裂を狙ってユダヤ人が多数紛れ込んでいる。
次期ローマ法王はイスラエルから引っ張ってくるらしいね。
110蛇の巣:02/11/27 23:51
ころせころせって言うからライオンに食わせてやったのに、弾圧されたと言いふらすんだモンな
111世界@名無史さん:02/12/08 08:49
>110

自殺が出来ない → 第三者に殺させる → 弾圧・殉教
112世界@名無史さん:02/12/28 22:09
age
113世界@名無史さん:02/12/28 22:14
弾圧?そんなものは捏造に決まっておろうが。
ブサヨの妄想は果てしないな(ワラ
114世界@名無史さん:02/12/29 09:20
日本でのキリスト教迫害はローマに続いてワースト2だって聞いたけど
ローマのが誇張なら日本が実質ナンバーワンってことかい?

いや、弾圧して大正解だったと思ってるけどね。
115世界@名無史さん:02/12/29 16:55
ネロは誇張だが、ディオクレティアヌスの大迫害は本当にあった事件だろ。
日本での弾圧は、所詮末端信者に改宗を迫る程度のものに過ぎないし。
116山崎渉:03/01/11 13:17
(^^)
117世界@名無史さん:03/01/18 19:54
age
118世直し一揆:03/02/27 16:15
<血液型A型の一般的な特徴>(見せかけの優しさ・もっともらしさ(偽善)に騙され
るな!!)
●とにかく気が小さい(神経質、臆病、二言目には「世間」、了見が狭い)
●他人に異常に干渉し、しかも好戦的でファイト満々(キモイ、自己中心、硬直的でデリカシーがない)
●妙に気位が高く、自分が馬鹿にされると怒るくせに平気で他人を馬鹿にしようとする
(ただし、相手を表面的・形式的にしか判断できず(早合点・誤解の名人)、実際にはた
いてい、内面的・実質的に負けている)
●本音は、ものすごく幼稚で倫理意識が異常に低い(人にばれさえしなければOK!)
●「常識、常識」と口うるさいが、実はA型の常識はピントがズレまくっている(日本
の常識は世界の非常識)
●権力、強者(警察、暴走族…etc)に弱く、弱者には威張り散らす(強い者にはへつらい、弱い者に対してはいじめる)
●あら探しだけは名人級でウザイ(例え10の長所があってもほめることをせず、たった1つの短所を見つけてはけなす)
●基本的に悲観主義でマイナス思考に支配されているため性格がうっとうしい(根暗)
●単独では何もできない(群れでしか行動できないヘタレ)
●少数派の異質、異文化を排斥する(差別主義者、狭量)
●集団によるいじめのパイオニア&天才(陰湿&陰険)
●悪口、陰口が大好き(A型が3人寄れば他人の悪口、裏表が激しい)
●他人からどう見られているか、人の目を異常に気にする(「〜みたい」とよく言う、
世間体命)
●自分の感情をうまく表現できず、コミュニケーション能力に乏しい(同じことを何度
も言ってキモイ) 
●表面上協調・意気投合しているようでも、腹は各自バラバラで融通が利かず、頑固(本当は個性・アク強い)
●人を信じられず、疑い深い(自分自身裏表が激しいため、他人に対してもそう思う)
●自ら好んでストイックな生活をしストレスを溜めておきながら、他人に猛烈に嫉妬
する(不合理な馬鹿)  
●執念深く、粘着でしつこい(「一生恨みます」タイプ)
●自分に甘く他人に厳しい(自分のことは棚に上げてまず他人を責める。包容力がなく冷酷)
●男は、女々しいあるいは女の腐ったみたいな考えのやつが多い(例:「俺のほうが男
前やのに、なんでや!(あの野郎の足を引っ張ってやる!!)」)
119山崎渉:03/03/13 13:31
(^^)
120世界@名無史さん:03/03/13 14:13
五斗米道は確かにやってたね。その後道教になっても信徒を増やそうとしてたよ。
121世界@名無史さん:03/04/10 18:56
>>120は何をやってたと言いたいのだろう。
122世界@名無史さん:03/04/14 05:01
良スレage
123山崎渉:03/04/17 09:27
(^^)
124世界@名無史さん:03/04/18 20:41
>>114
オスマン帝国下のポグロム=アルメニア人虐殺とかは
規模で比べるとどうだろう?
125名無しさん@お腹いっぱい。:03/04/18 20:50
徳川幕府がやったのは、「キリシタンの弾圧」ではなく、「工作員の取り締まり」です。
正しいことをやったのに、「弾圧」だなんて…。
126山崎渉:03/04/20 04:38
   ∧_∧
  (  ^^ )< ぬるぽ(^^)
127山崎渉:03/05/21 22:54
━―━―━―━―━―━―━―━―━[JR山崎駅(^^)]━―━―━―━―━―━―━―━―━―
128世界@名無史さん:03/05/21 23:55
>>125
「金髪美少女の凌辱」があれば、受難として最高だったんですがねぇ。
129第20軍団兵:03/05/22 00:10
>>98
修道院の人数が数人から10数人というのは、常識的な人数なのですが。
殉教者の数を増やした経緯が面白そうですね。
130山崎渉:03/05/28 15:27
     ∧_∧
ピュ.ー (  ^^ ) <これからも僕を応援して下さいね(^^)。
  =〔~∪ ̄ ̄〕
  = ◎――◎                      山崎渉
131山崎 渉:03/07/15 13:00

 __∧_∧_
 |(  ^^ )| <寝るぽ(^^)
 |\⌒⌒⌒\
 \ |⌒⌒⌒~|         山崎渉
   ~ ̄ ̄ ̄ ̄
ハッキリ言ってアメリカなどの多民族国家では黒人の方がアジア人よりもずっと立場は上だよ。
貧弱で弱弱しく、アグレッシブさに欠け、醜いアジア人は黒人のストレス解消のいい的。
黒人は有名スポーツ選手、ミュージシャンを多数輩出してるし、アジア人はかなり彼らに見下されている。
(黒人は白人には頭があがらないため日系料理天などの日本人店員相手に威張り散らしてストレス解消する。
また、日本女はすぐヤラせてくれる肉便器としてとおっている。
「○ドルでどうだ?(俺を買え)」と逆売春を持ちかける黒人男性も多い。)
彼らの見ていないところでこそこそ陰口しか叩けない日本人は滑稽。
133世界@名無史さん:03/08/21 23:36
キリスト教の迫害に関しては、ことさら規模を大きく見せることより、
処刑の苦しみを強調する方が、クリスチャンには受けます。
134世界@名無史さん:03/08/22 18:02
>>125
うむ。国家の騒乱分子を摘発し、処刑することは妥当。
これに反対する奴はチョン
135 :03/08/22 19:17
それまでは日本に大規模に焼き殺すなんて習慣はなかったのに、
何故かクリスチャンに対する処刑限定で火あぶりの刑が行われている。
あるいは同時期にヨーロッパで同様の刑で迫害されたユダヤ教徒が、
日本に来た商人や宣教師に紛れ込んでて領主に耳打ちしたんだろうか?
彼らは何をやろうとして実際にヨーロッパで何をやってるかを。
136 :03/08/22 19:19
>>134
始めは民族側から差別的発言を誘うような挑発が沢山あったが、
これなんかは物の見事に乗せられた間抜けな日本人の標本だな。
本当に日本人かどうかも怪しいもんだが。
137世界@名無史さん:03/08/22 23:23
>>135
おまえなー信長が一揆勢(長島はじめ全国各地で)や
天台宗(比叡山)で大量殺害しているだろ。
別段キリシタン対策が嚆矢でないし、宗教勢力対策で、
徳川家自体が今川からの独立前後に三河一揆で国を二分した
経験をもっている事をわすれちゃいかん。
つーか忘れているんだろ?
全然知らないようだし。
138世界@名無史さん:03/08/24 21:09
>>137
は?後半のレスが意味不明なんだけど。
139世界@名無史さん:03/08/24 21:12
火あぶりというより犠牲者をムシロで巻いて火をつけるというのが日本での伝統だったような。
140世界@名無史さん:03/08/24 21:34
>>138
要はおまえが馬鹿だという事だ。
141世界@名無史さん:03/08/24 22:05
>>139
それはキリシタン用ではなくて
島津が奄美でやった砂糖黍栽培関係専用の刑じゃなかったっけ?
142世界@名無史さん:03/08/24 22:30
また琉球サヨクか。
そんなに日本を憎悪しているならゲリラでもなんでも起こせよ。
143世界@名無史さん
足利義教だが何か?