悲劇の王妃と言ったら誰を思い浮かべますか?

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1世界@名無史さん
私は愛新覚羅浩。まさしく日中を往復する激動の人生。
あんまり悲劇とも言いきれませんが。(旦那との相性はよかったし)
2black_watch ◆UbVBVKm6 :01/09/25 22:07
オーストリア皇后エリザベート。
フランツ・ヨーゼフ帝のお妃。
すっげえ美人だと思う。
が、この手の話はくどいほどのガイシュツと思われ、
よってsage。
3世界@名無史さん:01/09/25 22:09
マリーアントワネット。微妙だけど。
4世界@名無史さん:01/09/25 22:17
ベタで悪いが王昭君
(一応王妃だよね?)
5世界@名無史さん:01/09/25 22:22
>4
夫の死後、妻達はそっくり生母以外息子のものになるっていう匈奴の風習
はなんともはやですな。
6世界@名無史さん:01/09/25 22:40
半島をロシアに売っ払おうとしてぶっ殺されて
三浦五郎に死姦された奴。
7おサル:01/09/25 23:00
王昭君はむしろ幸せな部類だったのでは?
後宮にいても運が良くなければ帝の目に触れることもない。
実際昭君は幸運とはいえず、飼い殺しの身の上だった。
しかし匈奴に嫁げば漢帝国の使節として大切に扱われるし、
国に対しても恩を売ることもできる。
後宮にいても匈奴にいても、故郷に帰れないことには変わりない。
また、匈奴には漢風の洗練された美人も少ないと思われるので
美人揃いの後宮にいるより、有利であるはず・・・・
昭君がそれだけの計算をして大役を引き受けた可能性もある。
そういった「前向きな」女性だった、との説も残されている。
匈奴に渡った昭君は「寧胡夫人(ねいこあっし)」と呼ばれ、
チベット出身の本妻よりも大切に扱われたという。
老いた最初の夫・呼韓耶(こかんや)が亡くなると、今度は若い夫
(呼韓耶の跡継ぎ)を持ち、二人の娘をもうけた。
その時代の女性としては、まずまずの人生だったのかもしれない。
8世界@名無史さん:01/09/25 23:25
ラスト・エンプレス、婉容。溥儀と結婚するが、性生活なし。
満州で皇后となるが、不義の子を妊娠。出産直後、赤子はボイラーへ。
阿片に溺れ、侍女に月経の血のついたビスケットを食わせようとする。
晩年-留置所に入れられ終日「助けて!助けて!」と泣き叫ぶ。
「漢奸偽満州皇族一同」と書かれた荷馬車に乗せられ、町引き回し。
誰にも看取られずに野垂れ死にする。1946年、41歳。
9世界@名無史さん:01/09/26 06:59
>6
閔妃?確か死姦も多数にまわされたんだっけ?
10世界@名無史さん:01/09/26 07:00
クレオパトラ
11世界@名無史さん:01/09/26 07:05
>>8
やっぱボイラーだったんだ
映画ラストエンペラーだと注射で殺されてたよね
12世界@名無史さん:01/09/26 08:06
マリー・アデライードvナッサウ・ヴァイルブルク・ルクセンブルク女大公はどうよ…
1912年に父が亡くなり17歳かそこらで即位、1919年WW1でドイツに占領さ
れた事を咎められ退位…その後宮殿で軟禁だったらしい。彼女は非武装中立という憲法
を遵守しただけだったのだが…
13世界@名無史さん:01/09/26 08:30
なんといって、チャウチェスク夫人でしょう。
14世界@名無史さん:01/09/26 10:30
ソフィア・ドロテアに勝るものはないと思う。美人で頭がよかったことを夫に疎まれ
ありもしないと言われている姦通剤の罪を着せられ約20年近くを城に幽閉されていたとか。
15世界@名無史さん:01/09/26 13:05
藤原定子

天皇には愛されたらしいけど
なんか初期の栄華に比べて晩年が寂しい。
25で病死だし。
欧州や中国に比べたら悲劇ってわけでも
ないかもだけど日本らしいなあと思って。
16世界@名無史さん:01/09/26 13:12
珍妃

西太后の命により無理矢理井戸に投げ込まれて
殺された。享年25歳。この人も美しかったらしいなあ。
17梵阿弥:01/09/26 14:28
呂后に目を潰され手足もがれたのはなんという方でしたっけ。
18アマノウヅメ:01/09/26 14:43
>>17
戚夫人ですが。こちらへどうぞ。

http://mentai.2ch.net/test/read.cgi?bbs=whis&key=994109037&ls=50
19アマノウヅメ:01/09/26 15:03
http://mentai.2ch.net/test/read.cgi/whis/996369512/

すみません。こちらでした。
20世界@名無史さん:01/09/26 17:16
ダイアナを挙げる人いないね。俺も思わないけど。
21世界@名無史さん:01/09/26 18:46
ああ、ダイアナ妃か・・・微妙だなあ。
パパラッチに追い掛け回されてたのには同情した。
22おサル:01/09/26 19:24
ダイアナ妃の実家スペンサー家は、チューダー王朝の開祖ヘンリー7世の重臣だった家系。
ダイアナ妃自身、母方からも父方からも王家の血を引いていている凄くノーブルな女性
なのに、自分に正直に生きたところが悲劇といえば悲劇。
ホントなら、夫に何人愛人がいても夫に相手にされなくても、笑顔でいなくちゃ
いけないはずのところを、ダイアナ妃は拒絶した。
自分だけが我慢すれば、形式だけの尊敬や富などいくらでも手にはいるのだから
さもしい女なら一生演技し続けたでしょう。
ところが、そこが高貴な出身というのか、自分が本当に欲しいもの以外は執着を
見せなかった欲の無さが、共感を呼んで世界中を魅了した。
反地雷キャンペーンにしても何にしても、いわゆる王室の慈善行為というより
どこか必死な感じがした。
でも結局、ダイアナ妃は「本当に欲しいもの」を手に入れたんでしょうか。
37歳というあまりに早い死は、憶測しか残してくれませんでした。
23世界@名無史さん:01/09/26 22:05
美智子妃殿下。
すさまじいいじめにあった。
24既出かな?:01/09/26 22:13
ハワイのカイウラニだかカイラウニ王女。

といっても、当方、荒俣宏や矢作俊彦の冒険小説以上の知識はないが
25世界@名無史さん:01/09/27 00:33
則天武后に陥れられて死んだ王皇后。
確かすさまじく残虐な方法で殺されたようなことを
文献で読んだ。
26世界@名無史さん:01/09/27 00:34
狂女ファナ王妃。旦那が美男子だったばっかりに・・・
27世界@名無史さん:01/09/27 00:36
ヘンリー8世の最初の王妃キャサリン。
離婚後は領地にて幽閉状態。領民には慕われてたみたいだけどね。
あーでもそれを言うなら二番目のアン・ブーリンの方が悲惨か。
28世界@名無史さん:01/09/27 01:01
Henry no tsuma ha mina hisan dayo!
29世界@名無史さん:01/09/27 01:06
ニコライ2世の奥さん(家族もだが)
いきなり銃殺だもんな〜
30世界@名無史さん:01/09/27 01:47
>>27
ヘンリー8世だと、アン・オブ・クレーヴズだっけ?
女性の立場ならこの人もけっこう悲惨。
「肖像画(=見合い写真)と似てねえ!」だったか「腋臭が臭い!」だったか
の理由で、即離婚。(仲立ちしたトマス・クロムウェルは処刑。)

そういえば、フランスのフィリップ2世も「腋臭!」だかなんだかで、
王妃インゲボルクと婚礼後即別居している。
31世界@名無史さん:01/09/27 02:06
>1
この人、悲劇かな?娘の方がこんな嫌な母ちゃん持ってかわいそう。

グレース・ケリーも可哀相だな。浮気しまくりの夫と出来の悪い子供たち。
挙句交通事故死。
32世界@名無史さん:01/09/27 02:08
>29
ニコライ2世の奥さんアリックスの姉も中々に悲劇。
パーヴェル大公(だよね。)というやはりロシア皇族
に嫁いだものの、夫はゲイだったので子供も出来ず
宗教に救いを求める日々。

その後夫は爆弾テロで死亡。本人は修道院長になったけど
ロシア革命で命を奪われた・・・。
彼女の人生、一体なんだったんだろう。美貌なのに。
33世界@名無史さん:01/09/27 08:18
名前忘れたが英国王ジョージ1世の奥さん。
美貌な妻に不細工な夫はひがんで醜女の愛人ばかりを
囲う。なんとか後継ぎはあげたものの夫に顧みられない日々にとうとう
若い青年貴族と不倫に走るがバレて青年は死亡。(殺されたんだっけ?)
そのあと彼女は幽閉状態で一生を送る。
34世界@名無史さん:01/09/27 08:22
中国名は香妃。
本国は清に滅ぼされ、夫は戦死。清国に連れ去られたあげく
乾隆帝の後宮に入れられるが彼の求愛を拒み、結局
皇太后により毒盃を賜り死んだ。
35世界@名無史さん:01/09/27 09:02
腋臭は離婚の理由になるんだ。。いいこと聞いた
36世界@名無史さん:01/09/27 14:05
>>35
今は無理だろうけどね。。。たぶん。
37アマノウヅメ:01/09/27 15:37
>>35
離婚の理由にはなりませんよ。
ひどければ健康保険で手術できるし。
38世界@名無史さん:01/09/27 15:49
腋臭は結婚できない。
39世界@名無史さん:01/09/27 16:06
楊貴妃。玄宗の息子の嫁でいられたならあんな死に方も
しなかったかもしれない。
4030:01/09/27 18:35
さすがに彼らも正面きって「ワキガ」を理由にしたのではないでしょう。

中世での離婚手続きは、たいてい「近親結婚」を理由にしてなされていたと思います。
何親等までがダメかはちょっと憶えていませんが、
「よくよく考えてみたら、嫁は従姉妹の従姉妹だったので。」と言って
教会に婚姻を無効にしてもらったそうです。
41世界@名無史さん:01/09/27 21:58
アン・オブ・クレーヴズはその理不尽な離婚を逆手にとり、
結構な慰謝料をもらい、優雅な一生を過ごしたらしい。
「ワキガ」かどうかは知らないけれど。
42世界@名無史さん:01/09/27 22:07
>>8
不義の子って溥儀の子じゃないって事?
43世界@名無史さん:01/09/27 22:33
>不義の子
確か運転手だかとの子だったかな?
悲惨だよね・・・婉容。浩も彼女の下の世話までしたというし。
若い頃の婉容はすごい美人。中国で写真売られてた。
44世界@名無史さん:01/09/27 22:41
溥儀は不能だったらしい。最後の妻もインタビューで「性生活はなかった」と
言っている。婉容の写真を見ると切れ長の目,全体的にあっさりした
チャイニーズビューティー。
>43 浩って溥傑の妻?
45世界@名無史さん:01/09/28 01:19
いやー婉容が10代のころの写真見たけどほんと綺麗だったね!
もったいないよなあ。
46世界@名無史さん:01/09/28 01:21
>45
うん、美人だし頭良かったんでしょ。
溥儀と一緒にイギリスに亡命する日を夢見て「エリザベス」と名乗ってた
彼女、哀しい・・・。

>44
不能なんじゃなくて、ゲイだった。
47:01/09/28 01:23
被ってるかな??
私は(も?)マリーアントワネット。
48:01/09/28 01:24
婉容たん・・・ハァハァ


って写真アップしてちょ。
4945:01/09/28 01:31
すみません。店員があまりにぼるのにキレて婉容の一番美しい時期
と思われる写真買いませんでした。
だって一枚80元てさ〜〜なめとんのか!日本も不況じゃ!!
50『貴妃は毒殺されたか』:01/09/28 01:34
この本を読む限りでは、浩夫人はかなり虚栄心の強い
嫌な女性です。自伝にもかなり美化、脚色がある(らしい)。
引用されていた、浩が作った溥傑家の女中規則の厳しさに驚いたんだけど
旧華族ってあんなものなの?今、原書がないので引用できないけど。

何よりも驚きだったのは、溥傑は法的には
「帝族」ではなく、満州国の一国民に過ぎなかったという事。
帝室といっても、おそろしく異常な形態のものだった。
皇帝と「帝后」がいるだけ。実際には溥傑はじめ大勢の清朝皇族・宗族がいたし
宮廷に出仕していたというのに。
51世界@名無史さん:01/09/28 21:54
http://www.sun-inet.or.jp/~gakuchan/fugi/gazou/fugi0070b.jpg
婉容・溥儀の結婚写真。

>46 溥儀って何回か結婚しているけどゲイだったの?相手は英吉利人教師?
52アマノウヅメ:01/09/28 23:07
>>50
その本見ながら書いているわけじゃないから色々相違はあると思いますが。
旧華族というのは本当に嫌なものです。
江戸時代の大名のような存在理由もないし。理由がなければ腐るだけです。
卒業生がいると困るので名は挙げませんが、ある女学校の創立者である歌人は
美貌の生徒を権門の妻妾に送り込むのが得意だったといわれてます。
妾の場合、女学校にやるような家庭ではもちろん反対しますが、さまざまな方面から
圧力をかけるので、まず抵抗できなかったとか。
53世界@名無史さん:01/09/29 05:38
『貴妃は毒殺されたか』 私も読みました。「流転の王妃」の後に
読んだので、あまりの違いにビックリ。
まあ、貴妃〜の作者の悪意も感じられたので、ある程度割り引いて
読まなきゃならないとは思ったけど、天城山心中に関する嘘は許せない。
あの一点に関しては、下劣な人だよ。浩さんて。

>52
下田歌子?
54世界@名無史さん:01/09/29 09:51
え?天城山心中に関することで嘘あったんだ、初耳。
まあ旧華族の人だからね、娘の交際相手には厳しかったとは思うけど。
55世界@名無史さん:01/09/30 04:21
>54
娘が残した遺書を勝手に焼却処分(そもそも寮長に預けられたもので
読んだら返すって約束したにも関わらず)

相手のO氏を変質者、頭のおかしいストーカー呼ばわりなど、浩さん
の罪は重い。
56ご存知でしょうが・・:01/09/30 06:40
>51
ありがとう、この写真初めて見ました。
婉容フリークの私としてはすごくうれしいです。
ちなみに家にある『紫禁城の黄昏』岩波書店の文庫ですが、
婉容の写真が何枚か載っています。(『我が名はエリザベス』の著者でもある
入江曜子さんの訳)
やはりどれも美しいです。
57世界@名無史さん:01/09/30 11:54
スレあるけど、やっぱり藤原定子は彰子と比べると悲劇に思える。
58世界@名無史さん:01/09/30 19:26
定子が一条天皇の第一皇子をあげたにもかかわらずその子は天皇には
なれんかったしなあ。
出家したのにこっそり宮中に呼び戻されたりさ。。。
晩年は寂しいよ。
59世界@名無史さん :01/10/04 01:15
このスレッドでも他のスレッドでも苦労した王妃ばかり。
この王妃はシンデレラそのもの!といったような幸せな王妃はいないのでしょうか?
60世界@名無史さん:01/10/04 02:20
いやー私は思いつかないですね・・・>59

漢の武帝の皇后、衛皇后は奴隷から皇后までのぼりつめた
人ですが最後は皇太子もろとも謀反の嫌疑をかけられて
処刑されてしまいましたし・・・
61世界@名無史さん:01/10/04 02:22
プリンセス・アンなんか、好きに生きてるじゃない
62せせ:01/10/04 10:38
>32
エラ大公妃ですね。彼女はヨーロッパ一の美女だったようです。
夫はセルゲイ大公。
妹がラスプーチンに傾倒するのに心を痛めていたそうです。
63せせ:01/10/04 10:43
エラ大公妃は修道院長になったあとはマザー・テレサのような
カリスマ性を持った方で,妹とは反対に(?)人気者だったようです。
64世界@名無史さん:01/10/04 14:41
マリー・ルイーズの妹のレオポルディナ。
65世界@名無史さん:01/10/04 14:47
そんなに美しかったのに、
何故それほど美しくない妹のほうが王妃に選ばれたの?>エラさん
66世界@名無史さん:01/10/04 17:41
幸せ王妃と言えば英国王エドワード三世妃フィリッパなんかは
どうなんですかねえ〜
エドワード黒太子はじめ12人の子持ち(何人か幼児期に死んだけど)
で毛織物業をフランスからイギリスにもちこみ、軍の指揮まで
やっちゃって国民から愛された人物だそうですが。
ただし彼女の死後は王は愛人アリスに溺れ、政治はガッタガタに
なりますがね。スレ違いスマソ
67アマノウヅメ:01/10/04 18:09
夫はシャルル9世、姑はカトリーヌ・ド・メディシス、夫の愛人はマリー・トゥシェという
平和な時代でも泣きたくなるような人間関係の中で、愚痴一つ言わず耐えた
エリザベート・ドートリッシュはいたましい。
寝る前に侍女たちを遠ざけて一人で何かするのが習慣なので、ある侍女が好奇心に耐えかねて
覗いてみると王妃は裸足で石の床に跪いて祈っていたとブラント―ムが伝えています。
マルゴーがご乱行のため身内に見放されて収入が途絶えたときには、ウィーンに
もどっていたエリザベートがフランス国内にある元王妃としての財産を提供して
救ったとか。
68世界@名無史さん :01/10/04 18:35
シンデレラならロシアのエカテリーナ1世。
農民の娘→娼婦?→貴族の妾→ピョートルの妃→ロシア女帝。
無教養で酒飲み、政治的な業績は特になし。
なんか書き出してみたらシンデレラじゃなくてドキュソだった。
人柄は悪くなかったらしいが。
69おサル:01/10/04 19:51
がいしゅつですが、やはり英国史上キャサリン・オブ・アラゴンほど悲惨で
ありながら誇り高く生きた人も珍しいでしょう。

もともとヘンリー七世が「成り上がり者」という汚名を払拭して、赤字だった
国庫を潤すために、持参金目当てでスペインとの縁組みを望んだはずだった。
しかし望み通りスペイン王女キャサリンが嫁いでくると、新郎の皇太子は急死、
あてにしていた持参金も一部を受け取っただけで、出し渋られる始末だった。
怒ったヘンリー7世はキャサリンを冷遇したが、スペイン側から持参金返還を
求められ、手のひらを返したようにキャサリンとの再婚を考えた。
しかし、次男のヘンリー(後のヘンリー八世)は猛反対。キャサリンを愛していた
ヘンリー八世は、父の死後、即位とともに王妃として迎えた。
しかし幸福は長くは続かなかった。キャサリンが流産をくり返して男児を産めない
と知るや、ヘンリー八世は下級貴族の娘アン・ブーリンに熱中し、離婚しようと
した。離婚に反対するローマ法王と断絶、キャサリンを宮中から追放した。
娘とも二度と会うことはなかった。孤独と、アン・ブーリンによる暗殺の恐怖
の中、キャサリンは祈りと住民のためのボランティアを忘れなかった。
キャサリンの死後、住民達は「女王」と呼んで、墓所まで棺に付き添っていった
という。
70せせ:01/10/05 10:41
>>65
エラは後のドイツ皇帝ウィルヘルム2世の求婚を蹴り、愛するセルゲイ大公と一緒になりました。
妹もそうですが、祖母の押し付ける結婚を嫌がった傾向がありますね。
エラがドイツ宮廷の堅苦しさとウィルヘルムの尊大さを嫌ったようです。

アリックスも美形ですよ。ただし、若いときだけですが
71世界@名無史さん:01/10/05 11:02
>70
エラとセルゲイ大公は不仲だったようですよ。二人の下で育てられた
マーリヤ大公女の自伝を読むとよく分かる。
エラの性格に対しても非常にクールな描写がされていて、エラといい
アリックスといい、堅苦しくてつまらない人だったようです。
72せせ:01/10/05 11:51
>>71
結婚後にセルゲイがホモで尊大な性格とわかったため、不仲になったようです。
結婚前はセルゲイのよい部分しか見てなかったので・・・迂闊でした。
エラがウィルヘルムと結婚していれば・・・・歴史は変わったでしょうに
エラがドイツ皇后なら世界大戦もなかったかも、と唱える人もいます。

>アリックスといい堅苦しくてつまらない人だった
イギリス宮廷の堅苦しさが原因でしょうか?でも,エラは妹と違い、
陽気な女性だったようです。マリア皇后ともうまくやっていたようです。
また,マリーヤ大公女に関しては夫が彼女たちをかわいがることから、
自分に子供がいないことで引け目を感じていたようです。
73アマノウヅメ:01/10/05 12:10
ルイ7世とヘンリー2世の妃だったエレオノール・ダキテーヌは一応幸福だったんじゃないかと思います。
ヘンリー1世と争って16年間ソールズベリーの城に監禁されてますが、当時はよくあったことだし。
とにかく82年も生きて、そのほとんどは自分の意思で行動してたはずです。
もっとも、この人は自前の領地が亭主より多いから実質的には女王みたいなものか。
これで駄目なら本質的に王妃は不幸としか考えられない。
王位をのっとってみずから即位しない限りは。
74世界@名無史さん:01/10/05 13:27
じゃあ則天武后なんて幸せの極地ですかねえ・・・
西太后はあんまり幸せだったとも思えないですが。
旦那はボンクラ、実の息子は東太后の方になついた上に
夜鷹あさりをして梅毒で死亡。
中国を食い物にせんと侵略してくる列強と内側に抱える
内紛。けっこう賢い人だったみたいなのにあそこまで
権力に固執し、浪費贅沢の限りをつくしたのはもう自分こそが
清朝にトドメをさす!というようなやけっぱちともとれる
悲壮感が感じられるのですが。
75世界@名無史さん:01/10/05 20:56
憫妃。
76世界@名無史さん:01/10/05 23:12
>75
もっと詳しく〜プリーズ!
77世界@名無史さん:01/10/12 18:08
age
78世界@名無史さん:01/10/12 18:38
>73 本質的に不幸て(w 現在の諸王室の王妃は総じてはるかに幸せだと思いますが(w
79世界@名無史さん:01/10/12 18:41
シシィに一票!
80世界@名無史さん:01/10/13 11:15
雅子様に一票。
81アマノウヅメ:01/10/13 12:07
>>78
幸せそうな王妃も(女王も)いますが、失礼ながら私にはただのオバサンにしか
見えないので王妃の数に入れるのはちょっとためらいますね。
名前だけで実質が伴わないと。
82世界@名無史さん:01/10/13 12:52
ああ、雅子様はなんとなくわかる・・・。
8378:01/10/13 15:03
>81   「王妃」なんていうのは、「王様の奥さん」ていうだけで十分でしょ。その単なる称号を持った上で悲劇的かとか幸せかとかいうのがあるってことなんだから。あなたは悲劇的なものが、王妃だと考えているわけですか。
84SOB:01/10/13 15:30
秦剛平訳のユダヤ古代史(フラウイウス ヨセフス著)を読んで解ったのだが、エジプトのクレオパトラは実はマケドニア人(今のユーゴスラビアの一部)だった。
クレオパトラはかなりの色キガイだったようだ。
エジプト、パレスティナ、イスラエル、シリアあたりは、アレクサンダー大王の後継者達であるマケドニア人から、急速に力をつけるローマ人に代わりつつある頃だった。
イエスキリストが伝導して歩いた時代である。
85SOB:01/10/13 15:36
無残な最後で終わった絶世の美女、楊貴妃は、実はペルシャ人〔今のイラン)だったらしいことがわかってきた。。
86世界@名無史さん:01/10/13 16:41
>>85
そうなの? 知らなかった。じゃ、安禄山は同じ胡人だから
あそこまでお気に入りだったのかな。
87世界@名無史さん:01/10/13 20:12
>>74
光諸帝がボジュツの政変に失敗したとき、彼をかばった珍妃に
西太后は「側室の分際で国政に口を挟むとは何事か」と
激怒したらしいね。
なんか・・・自分も側室だったのにさ・・・
別の意味で悲劇的かも???
88アマノウヅメ:01/10/13 23:07
>>78さん
別に王妃は悲劇的でなくてはならぬ、と考えているわけではないのですが現代の幸せといういわれる王妃を見ると
ただのオバサンで、そのご亭主はただのオジサンにしかみえないから、こういう御方々もこのスレで論じるべきかな
と思っただけです。
やはり王侯貴族を云々するにはそれに伴う義務や責任は重くあるべきだと考えますので。
89世界@名無史さん:01/10/13 23:13
美智子様に一票
失語症萎え
90世界@名無史さん:01/10/14 00:40
>>84
クレオパトラの先祖がマケドニアの出身だってことくらい、世界史の授業でやってる
でしょ? わざわざヨセフスなんて持ち出さなくても。
91世界@名無史さん:01/10/14 02:32
昨日の世界不思議発見でマリーアントワネットは33歳で断頭台の露と消えたって
言ってたんだけど、
死んだのって30代後半くらいだったような(38くらいかな?)記憶が・・・
9291:01/10/14 02:33
私の記憶違いかなぁ。
誰かおせーて!
93世界@名無史さん:01/10/14 02:37
>>91
マリー・アントワネット(1755〜93)

多分原稿に38と書いてたのを33と読み間違えたんじゃないかと。
94世界@名無史さん:01/10/14 18:24
新羅の景哀王の后。
景勝地での宴会の最中に敵軍に襲撃され、景哀王は自殺に追い込まれ、后は犯された。
95ベルサイユのばら:01/10/14 20:22
>91、93
38だよねー、私も昨日のテレビ見ながら、突っ込んだよ。
ベルばらは暗記するくらい読んだもん。
96世界@名無史さん:01/10/14 21:26
即位9日で殺されたレディー・ジェン・グレー
97世界@名無史さん:01/10/15 01:13
美智子皇后も大変だよね〜なんであんなに失語症に陥るまで
叩かれたりしたんだろう。。。
98世界@名無史さん:01/10/15 11:42
美智子皇后や雅子様はやはり頭が良くて、家も現代人が憧れる名家だから、
旧華族・皇族の嫉妬を買うんじゃないかと前に教授が言っていた。
それにしても旦那の態度がそれぞれ情けない。
99あうっ:01/10/15 12:53
>>96
それは女王であって王妃ではありませぬ。
100世界@名無史さん:01/10/15 14:50
そりゃ失敬
101世界@名無史さん:01/10/15 14:52
102世界@名無史さん:01/10/15 22:01
そういや今上天皇が皇太子の頃、お妃候補リストは旧華族や名門女子大に通う
お嬢様だけで5000人くらいいたというね。
昭和天皇が近親結婚に反対だったからというのもあるけどなかなか決まらず
大変だったらしい。
皇族出身の香淳皇后も美智子皇后に平民出身ということで辛くあたった
みたいだしなあ。
103平民といえば・・・:01/10/15 22:17
秩父宮妃の母親の松平信子サマがさ・・・・。
自分のダンナも爵位を継いでないのだから平民だっちゅうのに
先頭に立って美智子様いじめをしたのだよなぁ。
104世界@名無史さん:01/10/16 11:57
だけど,死んでしまったら,『あのお方が虐めをする訳がない』とか,
平気で言う人間が居るけど,きっと今の年寄りの皇族妃が死んだら結局
虐めはなかったと言う結論になるんだろうな。それじゃあ、美智子妃が
かわいそ過ぎる。
105世界@名無史さん:01/10/16 20:26
今日はあの悲劇の王妃、マリー・アントワネットの命日(1793/10/16)です。
お祈りしましょう。
106世界@名無史さん:01/10/16 22:36
マリー・アントワネット=マリア・アントニア。
107世界@名無史さん:01/10/16 23:09
>>105
そうなんですか。初めて知りました。
でも彼女も色々非はあったとおもうのですがね。
むしろバスティーユに投獄されて民衆に惨殺された上に
市中引き回しにされたなんとか(名前忘れましたが)公爵夫人
の方が悲惨な印象を受けました。スレ違いですが・・・
108梨本宮伊都子妃:01/10/17 00:05
「日本ももう駄目」

今上天皇と皇后さまの御成婚の日の日記より。
彼女は鍋島家出身。ほんと華族のエリート意識って凄まじいな。
109世界@名無史さん:01/10/17 04:21
>107
ランバール侯爵夫人ですね。アントワネットの親友ですね。
確かにむごい殺され方をしていました。
9月虐殺でしたかね。ダントンが先導した事件でしたね。
110世界@名無史さん:01/10/19 11:58
好き勝手やって、首を切られたんだから、マリーアントワネットは自業自得。筵、ルイ16世の妹や娘の方が悲惨。
特に娘なんか両親、叔母、弟全てを失ったんだから。
111ななし:01/10/19 13:56
>>110

目隠しされた状況下で、足を踏み外したからのは自業自得というのもあんまりでは?
単に今までの王室の悪癖のつけを払わされただけだとおもうが。

まともに意見できる存在が少なすぎた(それも中枢に)事がルイ16世治世の悲劇という事で。
112世界@名無史さん:01/10/19 14:03
そのルイ16世の娘はその後どうなったんでしょうかね?
113世界@名無史さん:01/10/19 14:08
李方子妃なんかはそんなに悲劇でもないかなあ?
でも生まれたばかりの長男は訪問先の韓国で急死しちゃうし
(毒殺されたという説も)戦後は使用人などに財産を騙し取られ
たりするし、韓国政府からは夫婦共々帰還を拒まれるし、
やっと韓国に戻った後に夫はすぐに亡くなるしでなかなか大変な
人生だったような。
昭和天皇のお妃候補の一番の有力者だったというのにねえ。
114世界@名無史さん:01/10/19 19:00
>>112

確かオーストリアに嫁に行きませんでしたっけ?
115世界@名無史さん:01/10/19 21:08
マリーテレーズ・"ド・フランスは 一時人質交換のためオーストリアに送られてたかな ブルボン一族と結婚して子供なし。性格もきつくてブルボン家唯一の男といわれた。アントワネットの娘
116世界@名無史さん:01/10/19 21:36
>>108
華族って言っても元をたどればドキュンなのにね。
盗賊の蜂須賀が貴族だなんてチャンチャラおかしいや
117世界@名無史さん:01/10/19 21:42
>>116
華族となった蜂須賀氏、天皇がどんな煙草をすっているのだろうと
好奇心からちょっと1本くすねてみた。それに気づいた明治天皇いわく
「蜂須賀、血はあらそえんのう」
118世界@名無史さん:01/10/22 11:11
>>111
目隠しされた情況と言われますが、どれ位使ったらどうなるという事は、ある程度
予想出来るのでは?と思います。彼女はあのマリア・テレジアの娘だったんですよ?
王室の悪癖の付けを払わされたといいますが、彼女自身が国家予算規模の賭博を
率先してやっていたのに・・・・。
119アマノウヅメ:01/10/22 11:24
>>
激しく同意。
悲劇の王妃といったらまずマリー・アントワネットでうんざりしてた世代なもので。
目隠しされてた状況というのは納得できませんね。
調べようと思えばいくらでも調べる権限があったので。
要するに偉大なる女帝の不肖の子です。
120世界@名無史さん:01/10/22 12:07
マリーアントワネットが悲劇の王妃と言われるのは、やはりベルバラの影響だと考えられます。
もし本当に彼女みたいに最後は殺された(?)人間が悲劇というのなら、
ルーマニアのチャウシェスク夫人も悲劇の人間ということになるのではないでしょうか?
121世界@名無史さん:01/10/22 12:52
ツヴァイクのマリー・アントワネット伝の影響がおおきくないかい?
122世界@名無史さん:01/10/22 12:55
ツヴァイクの影響もあると思うけど、ロココ好きのおばさん連中が、
あの本を読んでいるとは考えられない。
123世界@名無史さん:01/10/22 14:19
>108
ああ、その本読んだ。びっくりした。
124世界@名無史さん:01/10/22 20:11
ベルばらの影響じゃないけど悲劇つーとアントワネットっていう
イメージがすりこまれてるかんじがする。
私はなんかの小説でそういうイメージをもったんだけど本の題名が
思い出せずもにょ。

ジャンヌ・ダルクも小説だと火あぶりじゃなくて矢傷が元で
死んでたりしたし。混同しないようにしなくちゃ・・・
125世界@名無史さん:01/10/22 20:20
>>123
先祖はただのドキュンで、しかも貧乏で教養もない三流貴族に
比べれば、美智子皇后や雅子妃殿下みたいな一流の平民の
ほうが、よほどか貴族っぽいからねぇ。
126世界@名無史さん:01/10/23 00:40
フランスの王族でトルコ?に嫁いだ悲劇の王妃が
いたような気がするけど思い出せません
127世界@名無史さん:01/10/23 01:51
>>126
ジョゼフィーヌ(ナポレオンの后)の従姉妹ですか?
海賊に捕まってハーレムに売られたとかいう…。
128世界@名無史さん:01/10/23 03:37
>>127
それは「嫁いだ」とは言わないんじゃ…
129世界@名無史さん:01/10/23 03:38
マリーアントワネットが悲劇の王妃ではなかったというのは
永井路子の影響だと考えられます。
130(^∀^)おサル:01/10/23 10:43
>>129
藤木ひとみの方が正確では?永井さんは日本史専門ですし。

薔薇戦争のヨーク側の王エドワード7世の王妃エリザベス・ウッドビルは
どうでしょうか。肖像画は現代のモデルのようにキュートな美人ですが・・

エリザベスは元はヨーク公妃だったジャクェッタが、ウッドビルという下級騎士
と再婚して生まれた娘。母はドイツ候女だから出自は悪くないが、父の身分が
低かったために、同じく下級騎士のグレイという男に嫁いで二人の子を産み
未亡人になっていた。それを年下のエドワード4世が見初め、婚約者を捨てて
正式な王妃に迎えた。初め愛人にしたいという申し出に

「愛人になるにはプライドが高く、王妃になるには身分が低すぎます」

といって拒否したといいます。ドイツ豪族の血を引く誇りが、そういわせた
のでしょう。
しかし王妃になった後も、エドワード4世が早世したために地位を奪われ
修道院に隠棲せざるをえなくなり、長男エドワード、次男リチャードは
リチャード三世の手でロンドン塔へ幽閉、行方不明となります。
娘の1人はヨーク朝を倒したヘンリー七世の王妃になりますが、エリザベス自身
はヘンリー七世から反逆者の疑いをかけられ、再び地位と財産を没収されています。
131世界@名無史さん:01/10/23 11:50
マリー・アントワネットが海外(特にフランス)では,どのように評価
されているのか誰か知っていますか?
132世界@名無史さん:01/10/23 18:58
>>125
雅子様はすごいよな。東大出でハーバード留学で外務省勤務の才媛って、
絵に描いたようなエリートだよなあ。またそこが嫌味じゃないんだよね。
うらやましいとかっていう次元を通り越してるもん。
そんじょそこらの元華族出なんて太刀打ちできない。マジ尊敬するわあ。
133世界@名無史さん:01/10/23 19:25
>雅子さま
皇太子のプロポーズの言葉が「皇室に入るのも外交です」
だったらしいがやっぱりおしいなあ!と思ったもんよ。
すごい経歴だもんねえ
134世界@名無史さん:01/10/23 19:26
紀子さまって、昔、三浦理恵子の芸名で人気アイドルグループCOCOで
歌ってたって本当?
135世界@名無史さん:01/10/23 21:52
>>132->>134
ヴァヴァ厨房、女性週刊誌ネタは既婚女性板でやれ!
136世界@名無史さん:01/10/24 00:20
>>129永井路子女史は「歴史を動かせる立場だったのに、
流されるだけだった女」にはぼろくそだよね。
マリー・アントワネット、ルクレチア・ボルジア、建礼門院徳子。
137世界@名無史さん:01/10/24 00:23
>>127
そうかもしれません。
名前に「エーメ」が入っていればその人です。
138世界@名無史さん:01/10/24 00:43
>>137
じゃあ多分それだよ。
エメ・ドュブク・ド・リヴェリ。
でもそこそこ幸せな人生送ってる気もするんだけど。
なんにしてもスルタンの母后だろ。
139【^▽^】足軽浪士ジョーカー@長屋:01/10/24 00:52
雅子様こと皇太子妃殿下の実家(小和田家)は、
平民ではなく士族です。
140世界@名無史さん:01/10/24 11:21
元華族の人間達は、女性が外で働くのは下卑た事だと考えているみたいな事を前に
本で読んだけど、それって、誰かに寄生しないと生きていけない事を表した考えだよね
141アマノウヅメ:01/10/24 11:39
>>140
女性だけでなく、すべて外で働くことは(イスに座ってぼうっとしているのは除いて頭脳労働でも)
下品だと考えられてたようです。

美智子妃の実家が日本の製粉業のトップでも、雅子妃の父が外交官で祖父が高校の校長でも、要するに
働いてる人です。
旧皇族華族で親戚の会社にお義理で重役させてもらっている親なら問題ないんでしょうが・・・
142世界@名無史さん:01/10/24 11:40
雅子さま話はもうおなかイパーイです。
143世界@名無史さん:01/10/24 11:42
だけど、いまどき働くのが下品だと考えるなんて、時代錯誤も甚だしい。
生活能力がないんですと自ら認めているようなもの。
本当に雅子妃が、皇室に入ったのは残念でたまりません。
144世界@名無史さん:01/10/24 20:28
 ♪ 薔薇は薔薇は 気〜高く〜 咲〜い〜て〜〜
           薔薇は薔薇は 美〜し〜く 散る〜〜 ♪      
145世界@名無史さん:01/10/24 23:39
>>136
自分が「歴史を動かせる立場」に居るかどうかなんて、
自分自身ではなかなか自覚出来ないもんでしょう。
もし居たところで、性格面でも能力面でもそういうのに向いていなかったりする場合も多いわけで。男女問わず。
だから、「何もしなかった・出来なかった」という理由だけで彼女達を責めるのはちょっと理不尽だと思う
(マリー・アントワネットはちょっと違うような気がしますが)。

だいたい、そもそも「王様の嫁(母親)」ってだけで政治に首をつっこんで国を引っ掻き回す方がよっぽど害が大きい(かった)と思うんですが。
146世界@名無史さん:01/10/25 02:20
デビ婦人

自分をかえりみず、他人のあら探しばかり。
無知な人としか言い様がない。
147世界@名無史さん:01/10/25 02:43
ジャンシーの王妃・・・だっけ?は?ど?
148世界@名無史さん:01/10/26 11:36
>>145
少なくとも、国を統治していたのだからそれなりに自覚が必要だったのではないで
しょうか?
149(^∀^)おサル :01/10/26 11:42
アントワネットはもともとフランスとはあまり友好的な歴史を持たない
オーストリアから嫁いできて、国民にも「敵国の女」という色眼鏡で
見られていたから、それゆえに依怙地になってオーストリア皇女という
プライドばかり強くなっていったんでしょう。
フランス人たる自覚がないのに、フランスに対する裏切り行為を問うのは
矛盾しているというか、酷な気がしますが。
150世界@名無史さん:01/10/26 12:42
つか、アントワネットが遊興にうつつを抜かした切っ掛けは、
ルイ16世がなかなか不能手術しなくて長いこと妻としてほった
らかされていたからでは?まあ、不肖の娘には違いないか。

多分普通の人として結婚生活を送れる立場なら幸せな母親とし
ての生涯を全うしたろうね。良くも悪くも為政者の器でなかっ
たってこった。
151世界@名無史さん:01/10/26 17:46
152世界@名無史さん:01/10/26 20:46
イギリス貴族でも資産の維持に苦しんでるようなところは
血統としては軽んじているアメリカ人とよろこんで縁組しています。
アメリカ人でも、「大富豪」ならば新・貴族となる。
日本では、桁外れの大富豪がいないので、やっぱり華族とはあいいれないのかな。
まあ、イギリス人だって、イギリス人であるかぎりは階級から一生逃れられないが、外国人ならば
階級の別世界の人間だからかもしれないけど。
例としてはチャーチルの母であったジェニー・ジェローム(アメリカの大富豪の娘で
モールバラ公爵家と縁組)彼女は王妃ではないけど、夫は脳の病気で死んでしまい、
のちに20歳も年下の男と再婚したというツワモノ。
153世界@名無史さん:01/10/26 22:33
アン・ブーリン、キャサリン・オブ・アラゴンは同情されるのに、
なぜキャサリン・ハワードは同情されないのだろうか?
154世界@名無史さん:01/10/26 22:45
>>147
ラクシュミー・バーイーだね。
155145:01/10/26 23:14
>>148
いや、だから、統治してたんじゃなくて、
統治者の娘、妻だったってだけでしょう?
女王、女帝、または摂政だったというなら話は別ですが。
156世界@名無史さん:01/10/26 23:16
マリー・アントワネットに一票
157世界@名無史さん:01/10/27 01:00

あのー・・・・過去レスお読みでしょうか?
158世界@名無史さん:01/10/27 03:29
ラクシュミ・バーイーってどんな人生を送った人なんですか?
159Ray.na ◆8bwLPiQ6 :01/10/27 03:32
 マリーアントワネットの話だとタイトルみて思ったけど。。
160Ray.na ◆8bwLPiQ6 :01/10/27 03:34
 悲しみの王妃、っていうマリーアントワネットを主人公にした
小学生向けの本が、私が生まれてはじめて自分からすすんで読んだ本。
小学3年生のとき。それからしばらく本ばかりあさって面白いものを
探し出しては読みふけっていた。。
161世界@名無史さん:01/10/27 03:35
やっぱすりこみ激しいんだな日本人て。
アントワネットより悲惨な人生送った王妃はいっぱい
おると思うけどな。
やっぱ知名度かなあ。
162Ray.na ◆8bwLPiQ6 :01/10/27 03:40
 刷り込み、っていうまえに、他の王妃なんてあまり知らない。
クレオパトラとか? 美人で野心家だっていう印象しかないし。
 将来の夢はマリーアントワネットって思ってた。まさか30まで
生きたとは思ってなかったけど。せいぜい21,2歳で死んだんだと思っ
てますますロマンチック〜と思ってた。
163名無し:01/10/27 05:28
北斉の文宣帝皇后李氏。

夫は殺人狂にして乱交好き、長男の殷は夫に虐待され吃音症になる。
その殷は即位後1年余りで廃位、殺害される。
そして李氏は文宣帝の弟、武成帝に凌辱された上妊娠。
面会を断られた次男が「お会いできない理由は分かっています。
母上のお腹が大きくなっているからでしょう」と叫んだ為
非常なショックを受ける。
そして李氏は産んだ娘を殺してしまい(この赤ん坊は可哀想だが)
怒り狂った武成帝は「お前は俺の娘を殺した。俺もお前の子を殺す」
と言い、李氏の次男を殺害するとともに
李氏を鞭で乱打し、血塗れになった所を堀に投げ込む。
死にかけた李氏は寺に入って出家、余生を終えた。
164名無し:01/10/27 05:36
中国南北朝時代は「悲劇の皇后・王妃」が多数生まれている。
夫を殺された上、敵の配下の妻にされ、その子を何人も産んでいる
(産まされた)女性もいる。

そういう女性達が何を考えていたかなんて
殆どの場合史料では語られない。実質は強姦と思われる行為も
「某は某氏を納れた」としか記述されなかったり。
165Ray.na ◆8bwLPiQ6 :01/10/27 06:53
 初めてきくぞ〜〜。そんな人の名前。。
漢文の中に出てくるかなあ。そのエピソード。。
 そしてあまり美しくないひとは悲劇の王妃と呼ぶにふさわしくない
と思う。あくまで悲劇はドラマティックで美的でなくてはなるまい。。
 いや容姿がどうこうじゃなくて、とりあえず子供をボロボロ産んだり
陵辱されたりするようなみじめなのは悲劇の王妃とは呼びたくない。
みじめな王族の女とよびたい。
166世界@名無史さん:01/10/27 07:21
>>165
なんか文学板でスレたってるコテハンさん?
うーん。ま、ちょっと落ち着いてね
167世界@名無史さん:01/10/27 10:08
>>163
は凄いなあ・・・生き延びられただけでもよかったねとしか言えないよ。
168名無し:01/10/27 14:10
>>163の出典は
『北斉書 列伝第一 文宣李后』

その一節は「武成踐祚、逼后淫亂、云『若不許、我當殺爾兒。』后懼、従之」
惨いね。
169世界@名無史さん:01/10/27 14:34
>165 確かにそうかも。大体悲劇の王妃、とか言ったらそういったイメージを抱く。美人とかでなかったら悲「劇」の王妃とは言えないもんね。悲惨な、とでも言うべきか。
170(^∀^)おサル:01/10/27 15:52
李后が不美人だったら、わざわざ武成帝も手を出さなかったのでは?
わたしはあのエピソードを読んで、李后はすごい美人だった
から、あんな悲惨なことになったのだろうと思ったよ。
171名無し:01/10/27 16:02
李后は「容徳甚美」とあるから、美人で人徳もあったんだろうね。
172世界@名無史さん:01/10/30 14:42
セルビア王妃ドラガも悲劇の王妃でしょう。

国王の母の侍女の出身で、
ある青年将校結婚していましたが
離婚して1904年国王と結婚しましたが
9年後、王宮襲撃のクーデターで
国王と共に殺害されています。
(王宮にいた王族や衛兵はすべて共に殺害されています)
殺害方法は残忍で
2時間の捜索の後に発見されたあと、
国王と王妃は全裸されたうえ弾丸を浴びせられ
死体を庭の池に投げ込まれたということです。
173世界@名無史さん:01/10/30 16:15
>>158

以下のスレッド参照
ラクシュミ・バーイーはいわゆるセポイの乱で活躍した女戦士

女戦士について
http://mentai.2ch.net/test/read.cgi/whis/982906651/
174172:01/10/30 17:19
訂正
ドラガと国王との結婚は1900、殺害は1903です。
前夫(職業未確認)とは離別でなく死別のようです。
175世界@名無史さん:01/10/30 21:51
この間、ソラヤ元王妃がなくなりましたね。
176世界@名無史さん:01/11/01 21:52
江青も悲劇の「王妃」といえないかな。
いかがわしい上海女優から成り上がり
「女帝」として毛沢東の後継者に擬されるほどの
地位を手に入れながら、
最後はっ死刑判決を受け、獄中で
自殺したことになっている。
177世界@名無史さん:01/11/01 23:47
江青は悲劇というにはえげつないような気が。
特に女優時代の恩人たちを迫害したなど知ると。
178世界@名無史さん:01/11/02 19:11
あげ
179世界@名無史さん:01/11/18 02:43
細かいつっこみでごめんなさい(当方この時代が卒論だったんで)
>>130
>エリザベスは元はヨーク公妃だったジャクェッタが、
エドワード四世王妃エリザベス・ウッドヴィルの母ジャクエッタ・オブ・ルクセンブルグの
最初の夫は、ランカスター王家のヘンリー五世(フランスに進軍して大勝してフランス王女を
嫁にもらって英仏両王だーって時に病死した人)の弟ベドフォード公ジョンの妻です。

エリザベス自身、だんなのエドワード四世は絶世の美形だし(肖像画ではあまりそうは
見えないけれど)、身分が低いにも関わらず王妃として遇されたので、それほど不幸とも
悲劇とも思わなかったりします。
最後も、殺されたわけでもなかったし。

じゃあ他に誰を挙げるか、というと、ひねってみてスコットランド女王メアリ。
フランス王フランソワ二世の王妃だったのに、夫が即位後あっさり病没。
次の王が夫の実弟じゃ第二のアンヌ・ド・ブルターニュにはなれず、故国へ
戻ったはいいが為政者としての能力もなく、イングランド女王エリザベス一世に
より幽閉され処刑。

ストレートに悲劇というと、がいしゅつだけどジョージ一世王妃。不幸すぎ。
180179:01/11/18 02:48
推敲ミスm<_ _>m。

ベドフォード公ジョンの妻です。×
ベドフォード公ジョンです。  ○
181世界@名無史さん:01/11/18 05:47
マリー・アントワネットも見方を変えれば、悲劇の王妃だとおもう。
182世界@名無史さん:01/11/18 07:15
それはあなた、ミッチーしかいないでしょう。
美人で家柄も良くて、皇室に嫁入りさえしなければ
約束された人生だったろうに、つい情にほだされたもんだから
その後は、苛めぬかれるわ、流産するわ、ガリガリにやせ細るわ
生まれた子供は頭が底抜け状態に悪いのが一匹、アニオタの万年
おかっぱ少女が一匹いるんだよ?
183世界@名無史さん:01/11/18 11:42
>>182
>頭が底抜け状態に悪いのが一匹
何番目?
184世界@名無史さん:01/11/18 12:04
二番目。
185世界@名無史さん:01/11/18 19:31
ヨーロッパや中国に比べたら日本て穏やかですよね。
とりあえず白昼堂々賊が押し入って殺されるとか拷問されたりした
(苛めはあったでしょうが)王妃はいないはず・・・・(ですよね?)
和宮も薄幸程度でしょうか???
186世界@名無史さん:01/11/18 19:53
光仁天皇の妃 井上内親王が天皇を呪い殺そうとして、
皇后の地位を廃され、殺されています(たぶん無実の罪)。

でも確かに日本の皇后は全体的に穏やかな気がする。
夫を殺して帝位を奪った皇后はいないし。
187世界@名無史さん:01/11/19 00:54
>>185
和宮は、ある意味すごい幸せな人だったと思う。
だって政略結婚の相手と相思相愛できたんだから。
ま、夫(将軍家茂)は結婚後数年でぽっくり逝ってしまい、江戸幕府も
倒れたのだから悲劇ともいえなくもないけれど。
188世界@名無史さん:01/11/19 11:40
>>185
白昼堂々公使の指示で賊を押し入らせて
隣国の王妃を殺害して遺体を陵辱した事はあるけど
国内でやった事はないね。
189世界@名無史さん:01/11/19 11:53
>>186
でも、姉の息子(甥なんだけど自分も姉の旦那の側室あがりだから養子というかなんと言うか)
に反逆罪の濡れ衣を着せて殺したお方ならおられます。しかも旦那の死後は自分が天皇に。

悲劇の王妃って言うか、勝てない戦いを戦いつづけた王妃といえば、プロイセンの
ルイーゼ=アウグステ=ヴィルヘルミーネ=アマーリエ王妃かな。
ナポレオンいわく「プロイセンでただ一人の男」だとか。
190日本@名無史さん:01/11/19 22:13
>>185
建礼門院は夫の高倉天皇に先立たれた後、
都を追われ、義経に壇ノ浦で一族を滅ぼされ、
息子の安徳天皇も入水して死に、
自分も入水した所を引き上げられて、
義経に犯されたということだね。
まあ殺されていないだけましか。
191世界@名無史さん:01/11/19 23:53
>>189 持統天皇?
推古といい持統といい、古代皇后は強かった。
192世界@名無史さん:01/11/20 00:28
建礼門院は入水したあと髪の毛つかまれてひきずりあげられた
というね。死ぬのも許されなかったってことか・・・
晩年は穏やかな生活だったようだけど。
193ルーマニア:01/11/22 23:30
ヴィクトリア女王の孫で、フェルナンド1世妃のマリー王妃。
美しく、聡明な人でしたが、ヴァカ息子(カロル2世)によって暗殺されたという
噂があります。
ちなみにこのヴァカ息子はユダヤ人平民と駆け落ちしたが、両親に猛反対され、
王妃の親戚筋に当たるギリシャ皇女を娶り、息子をもうけたが、べつのユダヤ人女性と
恋愛し、そのことで王位を息子に譲ったという人。んで、30年に議会ともめ、息子から強引に
王位の座を奪った。38年から

結婚わずか離縁されたギリシャ皇女もかわいそうだ。
194世界@名無史さん:01/11/22 23:47
ユダヤ人女性が好きなんだねそのカロル2世て人は・・・
195世界@名無史さん:01/11/23 01:48
超遅いレスだけれど。

マリーアントワネットの娘は
従兄弟アルトワ伯爵の息子と結婚するんだよ。
ただ、マリーアントワネットの娘(マダムロワイヤル)は、過酷な運命に
ものすごーく冷酷な女性となってしまった。

アルトワ伯爵は王政が復活するのに、マリーアントワネットの娘が利用できると
思って、自分の息子と結婚させた。
ナポレオンが失脚して、アルトワ伯爵の実兄でありルイ16世の実弟だった
プロバンス伯爵がルイ18世としてフランス国王になる。

叔父が王になって、マリーアントワネットの娘(マダムロワイヤル)はやりたい放題。

ルイ16世、アントワネットの「復讐をしてはいけません」という遺言を忘れて、
自分の父、ルイ16世の死刑裁判に賛成した輩を次々に国外追放、断頭台送りにする。
 復讐の鬼と化していた。

ルイ18世が世継ぎのないまま病死すると、アルトワ伯爵がシャルル10世となってフランス国王に。
自分の夫が王太子になり、マダムロワイヤルの復讐は益々エスカレート。

結局、シャルル10世の時、7月革命が起こって、マダムロワイヤルは再び亡命せざるを得なくなり、
復讐もジ・エンド。
196世界@名無史さん:01/12/04 14:22
>>88
超遅レスだがアマノウヅメさんの
おっしゃりように禿同意。
権力が伴わない権威には
漏れはあまり萌えませんし
権力闘争の絡まない
家庭内争議にドラマ性を感じません。
197アマノウヅメ:01/12/04 15:00
>>196
あまり前なので、何書いたか忘れてて見てきました。
同意してくださってありがとうございます。

>>189
持統天皇なら側室あがりじゃありませんよ。
姉とともに妻の一人だったわけです。
皇后が決まる前に姉はなくなってますから、持統天皇の方が格上です。
198おサル:01/12/04 15:37
わたしも持統天皇は好きですよ。万葉集にいい歌を残しています。

>>189
持統天皇は天智帝と蘇我氏の女との間に生まれた娘。
同母姉の太田皇女は妃のまま亡くなっていますから(アマノウヅメさんの
おっしゃる通り)皇后になった持統の方が格上です。
ですから、妃に過ぎなかった太田の産んだ皇子より、皇后である持統
の産んだ子が後継者になるのが順当です。
199おサル:01/12/04 19:22
そういえば、「悲劇の王妃」って、どの範囲までいうんでしょうか?
「王妃」と名乗らなくても、貴人の妻や側室も王妃なんでしょうか。

そういえば持統を産んだ蘇我の女(蘇我越智娘そがのおちのいらつめ)も
悲劇の人ですね。天智帝は皇子の時代、クーデターを成功させるため、蘇我の
分家に当たる倉山田家に近づいて越智娘と結婚してしまった。
ところがクーデターが成功すると、倉山田家が目障りになって、因縁をつけて
攻め滅ぼしてしまう。それが原因で、越智娘は発狂して亡くなったのだそうです。
200世界@名無史さん:01/12/04 19:56
ムッソリーニの愛人
201世界@名無史さん:01/12/13 06:31
江青女史
202世界@名無史さん
>>198
私は持統天皇(鵜野皇女)があまり好きではない偏見が入っているから
かもしれないですが。。。
大田皇女は同母妹の鵜野皇女より先に大海人皇子の妃になったし、彼女が
死ぬまで実質的に大海人皇子の正妻だった。もし大海人皇子即位時に
大田皇女が生きていたら、順番からいって彼女が皇后になったでしょう。
実際は姉の死により鵜野皇女が大海人皇子の正妻になり、皇后になり、
おっしゃるとおり順当に彼女の息子草壁皇子が皇太子になりました。
ややこしいのは、大田皇女の息子大津皇子が才気煥発で父天武天皇
(大海人皇子)から愛され、太政大臣にまで任ぜられ、草壁皇子の将来の
大きな邪魔と鵜野皇后に目されたことだとでしょう。

夫・天武天皇の死直後に大津皇子を排除して息子に安心して継がせられると
思ったら、その肝心な草壁皇子がぽっくり逝ってしまった、という意味では
悲劇の皇后といえるかも(スレタイトルにやっと戻ってきた)。