Ю戦国史〜ただし古代中国の・・・・・

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1無名武将@お腹せっぷく
英雄豪傑が入り乱れ、諸子百家が奔走する。
そして長平では40万人が生埋めに・・・・
これこそリアル戦国時代である。
2無名武将@お腹せっぷく:2006/04/09(日) 15:49:29
あっそ
3無名武将@お腹せっぷく:2006/04/09(日) 15:50:40
あっそ
4無名武将@お腹せっぷく:2006/04/09(日) 15:53:55
あっそ
5無名武将@お腹せっぷく:2006/04/09(日) 15:54:25
あっそって、おまえら少しは勉強してこい。中国の戦国史は恐らく世界史でも最も面白い時代だよ。
史記読め、難しかったら横山光輝のコミックで読め!
6無名武将@お腹せっぷく:2006/04/09(日) 15:57:38
あっそ
7無名武将@お腹せっぷく:2006/04/09(日) 15:58:11
あっそ
8無名武将@お腹せっぷく:2006/04/09(日) 16:01:28
あっそ
9無名武将@お腹せっぷく:2006/04/09(日) 16:04:53
あっそ
10無名武将@お腹せっぷく:2006/04/09(日) 16:07:00
あっそ
11無名武将@お腹せっぷく:2006/04/09(日) 16:08:27
後8人程生埋めにすべき奴らが残っておったな
12無名武将@お腹せっぷく:2006/04/09(日) 16:08:31
あっそ
13無名武将@お腹せっぷく:2006/04/09(日) 16:09:04
興味はあるなぁ。
14無名武将@お腹せっぷく:2006/04/09(日) 16:10:21
ここはあっそスレになりました
15無名武将@お腹せっぷく:2006/04/09(日) 16:10:59
おもしろそう。誰か盛り上げろよ
16無名武将@お腹せっぷく:2006/04/09(日) 16:12:08
あっそ
17無名武将@お腹せっぷく:2006/04/09(日) 16:12:53
あつそ
18無名武将@お腹せっぷく:2006/04/09(日) 16:14:08
実は孫子(そんびん)もこの時代のひとじゃ
19無名武将@お腹せっぷく:2006/04/09(日) 16:14:22
ぁっそ
20無名武将@お腹せっぷく:2006/04/09(日) 16:15:24
あっそ
21無名武将@お腹せっぷく:2006/04/09(日) 16:16:33
あっそ
22無名武将@お腹せっぷく:2006/04/09(日) 16:17:08
あっそう
23無名武将@お腹せっぷく:2006/04/09(日) 16:18:39
あっそあっそっておまえらは麻生祐美の親戚縁者か


だったら許す
24無名武将@お腹せっぷく:2006/04/09(日) 16:20:37
あっそ
25無名武将@お腹せっぷく:2006/04/09(日) 16:22:39
リアル戦国時代?わけわかめ


あっそ
26無名武将@お腹せっぷく:2006/04/09(日) 16:23:00
あっそ
27無名武将@お腹せっぷく:2006/04/09(日) 16:25:45


28無名武将@お腹せっぷく:2006/04/09(日) 16:28:55
あっそ
29無名武将@お腹せっぷく:2006/04/09(日) 16:30:47
戦国時代には周王朝以外に秦楚斉燕趙魏韓が王を名乗っていた。
正に王国同士の戦乱時代だったのだ
30無名武将@お腹せっぷく:2006/04/09(日) 16:34:25
>>29
あっそ
31無名武将@お腹せっぷく:2006/04/09(日) 16:39:03
あそう
32無名武将@お腹せっぷく:2006/04/09(日) 16:41:52
ASSO
33無名武将@お腹せっぷく:2006/04/09(日) 17:42:04
まったく猫の額ほどのちっぽけな島の上で天下がどうのこうのって、片腹痛いわ
鳥無き島の蝙蝠共が
34無名武将@お腹せっぷく:2006/04/09(日) 17:46:03
五代十国だったら皇帝だらけだお
35無名武将@お腹せっぷく:2006/04/09(日) 18:00:26
世界史板に春秋戦国スレあるぞ
36無名武将@お腹せっぷく:2006/04/09(日) 18:59:02
>>33
在日乙
37無名武将@お腹せっぷく:2006/04/09(日) 19:09:18
三戦ならゲームに絡められる。
世界史板だと排除される。
38無名武将@お腹せっぷく:2006/04/09(日) 21:26:18
三戦は歴史なんでもあり板ではないわけだが。
39無名武将@お腹せっぷく:2006/04/09(日) 22:45:23
>>36
ウリは純粋なイルボン人ニダ
一応戦国ならいいはずだ。特に注記されていない。
40無名武将@お腹せっぷく:2006/04/10(月) 00:01:36
>>1>>5
お前は空気嫁
41無名武将@お腹せっぷく:2006/04/10(月) 00:05:03
ここですか?酒池肉林が楽しめるのは
42無名武将@お腹せっぷく:2006/04/10(月) 00:11:21
長平の戦いは死者数でいえばスターリングラードの戦いと同程度…



中国人の捏造は昔からスゲーなwオイ!
43無名武将@お腹せっぷく:2006/04/10(月) 00:49:16
捏造の事を言い出したら三国志なんて読めない。
44無名武将@お腹せっぷく:2006/04/10(月) 00:56:48
>>42
スターリングラードのソ連軍の死亡者も怪しいと思うぞ。
いくらなんでも多すぎ。スターリンは粛清した奴をコッソリ入れたんじゃないか?
45無名武将@お腹せっぷく:2006/04/10(月) 10:26:34
春秋戦国のゲームって孫子兵法と海外のPocketPC用のヤツしかない?
46無名武将@お腹せっぷく:2006/04/10(月) 13:08:15
歴ゲ板に消えろ。氏ね。
47無名武将@お腹せっぷく:2006/04/10(月) 21:41:32
氏ねという奴が氏ね
48無名武将@お腹せっぷく:2006/04/11(火) 00:09:16
静かなこと林の如し(孫武)
49無名武将@お腹せっぷく:2006/04/11(火) 00:54:01
あっそ
50無名武将@お腹せっぷく:2006/04/11(火) 11:09:10
あっそ
51無名武将@お腹せっぷく:2006/04/11(火) 11:20:03
蘇秦や張儀は好きになれんな。
やっぱ百里奚よ。
52無名武将@お腹せっぷく:2006/04/11(火) 14:13:50
   ∧ ∧
  (*‘ω‘ *)  ちんぽっぽ!
   (   )
    v v
        ぼいんっ 
     川
   ( (  ) ) 
53無名武将@お腹せっぷく:2006/04/11(火) 14:32:35
尻の穴から下痢がドボドボ
54無名武将@お腹せっぷく:2006/04/11(火) 16:55:47
あっそ
55無名武将@お腹せっぷく:2006/04/11(火) 21:23:56
そろそろ 戦国四君について語ろうか?
56無名武将@お腹せっぷく:2006/04/11(火) 23:00:01
あっそ
57 ◆QqQquqqauQ :2006/04/12(水) 03:23:57
いいよ。だれから?
58無名武将@お腹せっぷく:2006/04/12(水) 07:53:57
斉の孟嘗君
59無名武将@お腹せっぷく:2006/04/12(水) 11:09:35
あっそ
60無名武将@お腹せっぷく:2006/04/12(水) 14:41:01
   ∧ ∧
  (*‘ω‘ *)  ちんぽっぽ!
   (   )
    v v
        ぼいんっ 
     川
   ( (  ) ) 
61無名武将@お腹せっぷく:2006/04/12(水) 17:37:50
あっそ
62無名武将@お腹せっぷく:2006/04/12(水) 18:14:42
あっそ
63無名武将@お腹せっぷく:2006/04/12(水) 22:01:00
四君時代
前301〜238
斉の孟嘗君が垂沙の役で勝利してから楚の春申君が暗殺されるまで。
この時代は四君の他に武霊王、楽毅、田単、蘇代、屈原、簡相如、簾皹、趙奢
白起、氾雎等数々の武将、策略家が活躍、大国の激突する最も戦国時代らしい時代である。
64無名武将@お腹せっぷく:2006/04/12(水) 22:06:50
あっそ
65無名武将@お腹せっぷく:2006/04/12(水) 23:46:36
通りすがりが流れ無視レスでスマソ

あのさ、楽毅ってすごい有名だけど結構謎じゃない?
斉を滅亡寸前にまで追い込んだっても、レンパとか白起とかの
有名ドコが暴れたい放題の連合軍の力による部分も大きかったハズだし

それ以外に大した武勲を聞かないのに後世に名を残しているのは何故?
66無名武将@お腹せっぷく:2006/04/12(水) 23:58:12
それ以前に廉頗とか白起は連合軍にいなかったという話
東周列国志とか安能の春秋戦国志を鵜呑みにしてないか?
67無名武将@お腹せっぷく:2006/04/13(木) 02:20:21
あっそ
68無名武将@お腹せっぷく:2006/04/13(木) 04:24:14
>>65
白起も廉頗も自国だろ
そもそもあのころの連合軍は主催国以外は適当にお茶を濁すだけ

すこしまえに燕が斉に滅ぼされて園から復興して、燕の軍を鍛え上げて超大国斉を
楽毅が滅亡寸前まで追い込みながら、その軍功を妬んだ本国から
召還(斉を攻めてる最中に楽毅を抜擢した燕王が死去)された

69無名武将@お腹せっぷく:2006/04/13(木) 04:25:21
戦国四君つーても平原君だけはようわからん
70無名武将@お腹せっぷく:2006/04/13(木) 05:54:58
史記とか読んでて凄い面白いんだけど、
秦に弱者連合で対抗すればいいのに説客にのせられて各個撃破で
竈の上の煤・・ というのが何だか悔しく後味が悪い。
71無名武将@お腹せっぷく:2006/04/13(木) 20:54:10
>70
その内輪もめで崩壊しちゃうところがいかにも支那人ぽい。正に呉越同舟状態。
72無名武将@お腹せっぷく:2006/04/13(木) 20:56:38
>71
シナの人間関係って儒教のように常に上下関係。対等な関係は崩壊する。
今のアジア外交もそうだろう。
73無名武将@お腹せっぷく:2006/04/13(木) 21:11:11

   ∧ ∧
  (*‘ω‘ *)  秦 ぽっぽ!
   (   )
    v v
        ぼいんっ 
     川
   ( (  ) ) 
74無名武将@お腹せっぷく:2006/04/13(木) 21:16:29
平原君は3度も趙の宰相を努めた人物。少し頼りないところもあるが、人の換言を素直に聞く。
だから人望もあり人気もあったのだろう。
75無名武将@お腹せっぷく:2006/04/13(木) 21:26:50
>>69
確かに一番実績がわかりにくい、というかパッとする実績がないよな。
ただ「戦国四君」の条件がどうやら
・領地を貰った王族or貴族
・食客三千人
・秦に対抗
なので、魏・楚と合従して秦に対抗(邯鄲防衛)している以上は条件を満たしているといえる。
その点、同じ領地と大勢の食客を抱えていた呂不韋は秦の宰相なので不適。

平原君はなんといっても自分の側近を臆せずに処罰した(平原君からすれば勝手に殺した)
趙奢の諫言に素直に耳を傾け、その趙奢をあっさり推挙してしまう屈託のなさがいい。
諫言に逆ギレ・逆恨みして殺されたヤシなんて歴史上数え切れないぐらいいる。
諫言の相手が王族なら尚更。
司馬遷に「濁世に希な佳公子」と評されているのは、そういった要因だと思われ。
76無名武将@お腹せっぷく:2006/04/13(木) 22:08:54
まあ三国志演義の劉備に近い設定かな。
77無名武将@お腹せっぷく:2006/04/14(金) 00:42:23
マキャベリより1600年以上前に
君主論と似たようなこと書いてる人がいるんだから驚きだね。
78無名武将@お腹せっぷく:2006/04/14(金) 05:03:08
>72
思想史的にはむしろ日本の方が平等観念からは無縁だよ。
中国文化は少なくとも王侯将相いずくんぞ種あらんや、という人間平等観が根底にあり、
それが科挙なんかにも反映している。
一方、日本の社会階層規定思想にはインド経由の「浄穢」が強く影響している。
中国の貴賤思想とインドの浄穢思想の違いは、賤は、本人の努力で何とかなる
可能性も僅かながらあるが、穢と生まれると基本的に希望ゼロ。だから墓にもその旨書かれるわけ。

日本社会には、おそらく本来遊牧民族系の首長=神、の不平等思想(うじかばね)が
あったが、そこに仏教の浄穢観が接ぎ木され悪化したが、GHQから民主主義を習って今に至る、て感じか。

儒教思想はそりゃ悪い側面も多々あるが、近世の欧州思想家には自分たちの社会思想より
進歩したものと判断されているし、彼らに衝撃を与えた事も公平に評価するべき。
79無名武将@お腹せっぷく:2006/04/14(金) 21:42:17
儒教の弊害のひとつは祖先を敬い過ぎるところ。祖先を悪く言うことは絶対に許されない。
だから今だ儒教の影響の大きい韓国は、都合の悪い事はすべて外国(特に日本)のせいにして、歴史を捻じ曲げる。
ただし悪人認定された人は別。未来永劫悪人とされる。悪い部分は吸収しなかった日本人の祖先は偉い!
80無名武将@お腹せっぷく:2006/04/15(土) 03:11:42
てゅか中国文化も儒教一辺倒ではない罠。
直近の清が割とそうだったからそんな印象を持ちやすいけど、明末なんかも
かなり自由な議論がされてる。もっと遡れば仏教や玄学・道教の流れ、
六朝時代の審美主義、など儒教とそれなりにタイマン張ってた思潮もいくつもある。
公的な史書だけ読んでるとそゅぅのは無視されやすいけど、現代だって
政府の白書=日本社会の全貌、ではないっしょ。
81無名武将@お腹せっぷく:2006/04/15(土) 21:01:47
やっぱ信陵君が好きなんだけど
82無名武将@お腹せっぷく:2006/04/15(土) 22:27:01
あっそ
83無名武将@お腹せっぷく:2006/04/15(土) 22:29:10
あっそ
84無名武将@お腹せっぷく:2006/04/15(土) 22:54:35
はア
85無名武将@お腹せっぷく:2006/04/15(土) 23:04:06
>>80
明末はかなり色んな思想家が出てきたよね
やっぱりその代表といえば李卓吾だと思うけど
もし明朝がそのまま続いていたら今の中国もだいぶ変わってたかもね
86無名武将@お腹せっぷく:2006/04/15(土) 23:23:54
>>42
>長平の戦いは死者数でいえばスターリングラードの戦いと同程度…
>中国人の捏造は昔からスゲーなwオイ!
10年程前に12個の孔が発掘されて1つが詳しく調査された。死体は130人分ぐらい。生埋めではなく頭を潰されてから孔に捨てられたらしい。
史記のとうり少年兵の死体はなかったらしい。

87無名武将@お腹せっぷく:2006/04/16(日) 04:14:58
諸子百家最高!
あっそ厨は史ね!
88無名武将@お腹せっぷく:2006/04/16(日) 06:43:30
あっそう
89無名武将@お腹せっぷく:2006/04/16(日) 07:43:54
本当こんなに面白くて不思議な時代は世界史の中でも見つからない。
90無名武将@お腹せっぷく:2006/04/16(日) 22:30:38
刎頚の交わり
91無名武将@お腹せっぷく:2006/04/16(日) 23:18:29
>>85
秀吉のせい
92無名武将@お腹せっぷく:2006/04/17(月) 02:00:25
>李卓5
>もし明朝がそのまま続いていたら今の中国もだいぶ変わってたかもね

同感。原理主義に囚われるといかに社会が停滞どころか後退するという例に
なっちゃってるな。あと俺は六朝時代や宋のノリも好きなんだが、やはり周辺異民族に
潰されちゃってるしねー。
実は日本人もその一つなんだけどw
93無名武将@お腹せっぷく:2006/04/17(月) 10:27:41
李卓5が何か一瞬わからなかったが

コピペじゃなくて手打ちかよw
94無名武将@お腹せっぷく:2006/04/17(月) 11:59:17
あっそ
95無名武将@お腹せっぷく:2006/04/17(月) 19:55:27
でも一番色々な意味で進歩があったのが春秋戦国時代じゃないのかな
96無名武将@お腹せっぷく:2006/04/17(月) 20:39:47
残念ながらWWUです
97無名武将@お腹せっぷく:2006/04/17(月) 20:40:58
思想的にも、なんでしょ。
唐宋変革期の五代もそうですが、乱世のときに文化レベルが1ランク上がる感じ。
98無名武将@お腹せっぷく:2006/04/17(月) 22:40:02
乱世が550年もつづいた時代って
応仁の乱から戦国が現代まで続いているようなもんだぞ
99無名武将@お腹せっぷく:2006/04/17(月) 23:05:19
http://www.mizz.jp/word.html
↑とりあえず見てみよう
100無名武将@お腹せっぷく:2006/04/17(月) 23:12:10
実際日本と同じく、戦国時代は戦地と耕地が自然に分かれてて、むしろ中国総体としての内需は拡大していったんだろうな。
101無名武将@お腹せっぷく:2006/04/18(火) 00:04:43
こういっちゃ何だが・・・韓って戦国を通して全く目立たなかったよな。
惑星でいえば冥王星並。韓非や鄭国を出したのが自慢くらいか。
102無名武将@お腹せっぷく:2006/04/18(火) 00:17:11
現代の韓国もなんの取り柄も無い国だ
103無名武将@お腹せっぷく:2006/04/18(火) 01:00:25
韓は地理的にも不利っぽいしなぁ・・。
秦みたく後顧の憂いが少ないというのは素晴らしいことだ。
そう思うと所詮国や民族なんて運が大きいな、と。
日本海の軍事的価値がどっかで100個師団分と見積もられてたし。
104奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. :2006/04/18(火) 21:17:01
韓が弱いつったって、「三晋」の括りでムリヤリ「七雄」になっただけとも見えるわけで。
実際には10数国存在した時代。
本当は「六雄」プラス「その他」くらいのパワーバランスだったともとれなくはないな。
105無名武将@お腹せっぷく:2006/04/18(火) 21:28:52
宋と中山は無視ですか
106奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. :2006/04/18(火) 21:30:23
無視してないつもりの訴えだったんだけど・・・
107無名武将@お腹せっぷく:2006/04/18(火) 23:06:21
>105
2国は中盤で滅んだからな。秦とそれに東周滅亡後に滅ぼされた国が七雄だろう。
108無名武将@お腹せっぷく:2006/04/18(火) 23:22:51
魯は?
109無名武将@お腹せっぷく:2006/04/18(火) 23:25:28
>108
王も長嶋もいねー
110無名武将@お腹せっぷく:2006/04/18(火) 23:27:06
韓は中国にとって京都に近いもんじゃないかな。
周都を取り囲むような地政で、天険の地ではあったよ。
111無名武将@お腹せっぷく:2006/04/18(火) 23:34:56
兎に角、今の日本で三国志より史記のほうがマイナーなんてどうしたものかと
得る部分は後者の方がはるかに多いのに
112無名武将@お腹せっぷく:2006/04/19(水) 01:21:42
>>111
それは今の日本で、というより羅貫中とか通俗演義(だっけ?)書いた人の
功績なんじゃないかな?
113無名武将@お腹せっぷく:2006/04/19(水) 03:58:22
日本の場合はよしかわえーじの影響が大
114無名武将@お腹せっぷく:2006/04/19(水) 06:45:45
なんと! 自衛隊が事もあろうか、あの戦国時代にタイムスリップ!!

     ドラマ 「戦国自衛隊」 くるよ。   

日テレ版 「戦国自衛隊」 大仕掛け (YOMIURI ONLINE)
31日、来月7日 2部構成

戦国自衛隊・どっかの戦い

第一部 4月30日 よる9時放送〜
第二部 5月 7日 よる9時放送〜

    役名    …………  配役
伊庭明義(3等陸佐) ………… 反町隆史
嶋村拓也(3等陸佐) ………… 渡部篤郎
楽毅        ………… 津川雅彦
孫月賓       ………… 長門裕之
孟嘗君       ………… 竹中直人
韓非子       ………… 松方弘樹
呂不韋       ………… 藤原竜也
始皇帝       ………… 杉村怜音
趙高        ………… 秋吉久美子

115無名武将@お腹せっぷく:2006/04/19(水) 09:45:24
年代がむちゃくちゃでんな。
116無名武将@お腹せっぷく:2006/04/19(水) 10:09:21
だがある意味見てみたいw
117無名武将@お腹せっぷく:2006/04/19(水) 20:24:28
う〜楽しみー
118無名武将@お腹せっぷく:2006/04/19(水) 21:55:41
>趙高        ………… 秋吉久美子
ちょwwwwwwwwwwwwネ申キャストktkrwwwwwwwwww
119無名武将@お腹せっぷく:2006/04/19(水) 22:13:37
そうだよな。女優は宦官しか役が無いかもしれない。
120無名武将@お腹せっぷく:2006/04/19(水) 22:19:55
西施って戦国時代じゃなかったっけか。
呉越なんてドラマにはぴったりジャマイカ!
121無名武将@お腹せっぷく:2006/04/20(木) 00:13:39
春秋時代ですな。
122無名武将@お腹せっぷく:2006/04/20(木) 20:11:38
↑だれもが突っ込もうかと躊躇した。
123奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. :2006/04/20(木) 20:54:01
三戦にもまだ勇者が生きていたということだ。
124無名武将@お腹せっぷく:2006/04/20(木) 22:42:44
呉越の話なんか、あまりに小説的過ぎる
後で筆を加えられたに違いない
125無名武将@お腹せっぷく:2006/04/20(木) 22:48:29
小説ぽくなったのは「呉越春秋」から春秋左伝や史記には西施は出てこない。
126無名武将@お腹せっぷく:2006/04/20(木) 23:26:10
>122 えええええ!! そうだったのかぁぁぁぁぁ!!!!!!!!1111
127無名武将@お腹せっぷく:2006/04/21(金) 00:23:20
岳飛も楽毅もカワイソス(´・ω・`)
128無名武将@お腹せっぷく:2006/04/21(金) 20:22:51
な何故ここに岳飛ぐあ?
129奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. :2006/04/21(金) 20:47:10
岳飛をかわいそうだと思うなら、秦檜も少しは見直してやってください。
130無名武将@お腹せっぷく:2006/04/21(金) 20:51:29
秦檜って弁護する余地あんま無いと思うけど…
131無名武将@お腹せっぷく:2006/04/21(金) 20:55:27
秦檜って吉良上野介。何でも都合の悪いように解釈される。あの場合は好戦的なのは×の希ガス
132無名武将@お腹せっぷく:2006/04/21(金) 22:38:29
まず隗より始めよ
133無名武将@お腹せっぷく:2006/04/21(金) 22:59:47
劉鄩とか敬翔とか皇甫遇とか。
主に、同僚に、そして時代に恵まれなかった人たちのことも忘れないで…

って、なんで岳飛と楽毅?
134無名武将@お腹せっぷく:2006/04/22(土) 16:41:50
三年間鳴かず飛ばず
135無名武将@お腹せっぷく:2006/04/25(火) 09:23:28
えっ!?ソンピンと始皇帝って100年ぐらい年月が離れているんじゃ……
136無名武将@お腹せっぷく:2006/04/29(土) 00:24:49
レスの動かぬこと山の如し
137無名武将@お腹せっぷく:2006/04/30(日) 10:19:09
静かなこと林の如し
138無名武将@お腹せっぷく:2006/05/05(金) 20:16:16
戦国時代の面白い所は空前絶後の人材活用の時代ということろだろう。
その後の中国史とは一線を画すと思う。
139無名武将@お腹せっぷく:2006/05/05(金) 21:52:38
>138
同感だな。交戦中の国から来ているヤシが宰相とか・・
ぁぁゅぅのって今となってはよくワカラン感じ
140無名武将@お腹せっぷく:2006/05/06(土) 21:01:16
複数の国の宰相を務める奴もいたしな。
141奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. :2006/05/06(土) 21:07:48
とりあえず孟嘗君。
142無名武将@お腹せっぷく:2006/05/06(土) 21:27:58
孟嘗君のエピソードはなんか落語の小噺みたいだな。史記は結構そうゆうのが多いのかも。
143奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. :2006/05/06(土) 21:29:14
また小噺か。

いやいや、そこいらの逸話を仮託されてしまった奇人だったんじゃないかと思うよ。
144無名武将@お腹せっぷく:2006/05/06(土) 21:33:17
でも2000年も前に中国全土に取材にいった司馬遷に不思議発見!
145奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. :2006/05/06(土) 21:36:47
司馬遷が史記をまとめたのは、いうまでもなく宮刑の後だからなあ・・・
146無名武将@お腹せっぷく:2006/05/06(土) 21:43:19
結構、樺ちゃんみたいなキャラだったりするのか
147奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. :2006/05/06(土) 21:46:43
宦官になると性格が歪むってのは、陳舜臣先生の「中国の歴史」の定番だしね。
148無名武将@お腹せっぷく:2006/05/06(土) 21:50:55
「歴史」のヘロドトスも講談師だったという説もあるしな。兎に角面白いことが先決。
歴史に残らなければ今見ることが出来ない。
149奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. :2006/05/06(土) 21:54:33
薛の若者に粗暴な者が多い。
平原君本人には大した武勇伝がない。
酒毒で滅ぶのが信陵君。
女色で滅ぶのが春申君。

儒教意識が出来すぎてないか。
150無名武将@お腹せっぷく:2006/05/06(土) 21:57:12
終わりが良くないというのが列伝の典型なパターンの希ガス
151無名武将@お腹せっぷく:2006/05/06(土) 22:00:11
しかし、遊侠の徒、滑稽芸人、商人、街の占い師、などまで広く興味をもって
取材したのは儒教的価値観からかなり自由であったことを示している
152奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. :2006/05/06(土) 22:02:17
司馬遷の視点は歴史家じゃないのかも知れんね。
153無名武将@お腹せっぷく:2006/05/06(土) 22:13:31
儒教が国教になったのは司馬遷の時代からなんだよね。ギリギリセーフ
154奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. :2006/05/06(土) 22:16:13
さすがだねやっぱり。

でも儒者の影響は高祖の時期からあるんじゃなかったっけ。
155無名武将@お腹せっぷく:2006/05/06(土) 22:18:37
劉邦の儒者嫌いは有名
156奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. :2006/05/06(土) 22:19:40
つかさあ、ちょっと協力というか、適当に力貸してほしいんだけど。
157無名武将@お腹せっぷく:2006/05/06(土) 22:33:05
おっなんでもいっつくねぃ
158奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. :2006/05/06(土) 22:37:51
http://sangoku-wiki.cgch.bne.jp

こんなこと始めてるんだけど、いかんせん知識が足らなくてさ。
できたら協力願いたいわけょ。
159無名武将@お腹せっぷく:2006/05/06(土) 22:57:02
ん〜三国か〜専門家にたのんだ方が良いと思います。世界史板にいけばいっぱいいると思うけど。スマソ
160無名武将@お腹せっぷく:2006/05/08(月) 23:46:12
当時の時代って方言にどれぐらいの差があったんだろうね
今の中国じゃ南方と北京とかではまるで別言語らしいが
161無名武将@お腹せっぷく:2006/05/08(月) 23:47:08
昔は書き文字すら別言語
162無名武将@お腹せっぷく:2006/05/09(火) 18:23:33
書き文字の統一は始皇帝以降だっけか。
しかし蘇秦や張儀なんかは言語の壁で苦労することはなかったんだろうか?
163無名武将@お腹せっぷく:2006/05/09(火) 18:24:48
韓非はどもりだったとされているけど
案外慣れない秦の言葉をたどたどしく喋っていただけだったりしてな
164無名武将@お腹せっぷく:2006/05/09(火) 22:45:21
蘇秦は庶民のくせに鬼谷子の所に文字を習いに行く余裕あったのだろうか?
もし本当なら凄い文字の普及率だ。それ迄の時代とは全然違う時代になったのだろう。
165奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. :2006/05/09(火) 22:47:27
庶民つーのが嘘でしょ。舎弟の蘇代もいることだし。
166無名武将@お腹せっぷく:2006/05/10(水) 06:08:47
庶民つーても色んなんが居たんとちゃぅ?
167無名武将@お腹せっぷく:2006/05/10(水) 21:24:34
最近までは蘇秦は架空の人物という説が幅をきさかせていたしな。
168無名武将@お腹せっぷく
>>114の戦国自衛隊の話マジ信じてしまった。
もう一度 鬼谷子進学塾いって修行してくるか