異説本能寺〜覇王の後継者〜 天正十年版その1

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1GM ◆CbIuEBgmms
時は、天正十年六月、一人の男が志半ばで斃れた。
その男の名は織田信長。
乱世の風雲児とも、第六天魔王とも呼ばれた男。
彼が祓った中世の亡霊達が、この世を再び戦乱の闇に戻そうとしている。
再び戦乱の闇を振り祓い、信長の遺志を継ぐことが出来るのは果たして誰か?
今、英傑達の死闘が始まろうとしている。

裏・調整スレ http://hobby.2ch.net/test/read.cgi/warhis/1038186521/
法度 >>2以降を参照
2郭図公則 ◆sW2getuhmE :02/12/02 18:19
2げっと
>>2
俺ですら我慢したのにw
4GM ◆CbIuEBgmms :02/12/02 18:22
【法度】
・行軍は一日四里
・使者、書状は一日二十五里
・戦の勝敗はGMが判定
・兵力の回復は、原則として不可。農繁期に一斉に行う
・コテハン同士の罵倒・誹謗中傷合戦は法度
・イカサマ無しのガチンコ(真剣)勝負
5無名武将@お腹せっぷく:02/12/02 18:29
ん?でどうすればいいんだ?

5?かな
6無名武将@お腹せっぷく:02/12/02 18:31
伏兵を
7無名武将@お腹せっぷく:02/12/02 18:31
うわぁ伏へ
「その1」っつーことは「その2」も「その3」もあるのか?
9GM ◆CbIuEBgmms :02/12/02 18:45
【ルール説明とスレの目的】
・このスレは、多数の参加者が同じ世界を共有し、その中で物語を紡いでいくリレー小説です
・参加スタイルはその人の自由。天下統一を夢見るも善し、宗教の楽園を築くも善し、貿易で海の百万石を目指すも参加する貴方の自由です。
・内政、戦争、外交、権謀術数、貴方の頭脳と知識がそのまま戦略となって共有する世界に響いていきます。

★テンプレの凡例

【天正十年六月二日戌の刻】←ここに時間を書き込みます
【山城国本能寺近辺】←ここに場所を書き込みます

明智光秀(以下光秀) 「…時は今」←発言をしている人間と内容を書き込みます
斉藤利三(以下利三) 「?」
光秀 「雨が下しる」
利三 「なんの歌でござるかな?」
光秀 「皐月かな… 利三よ 敵は本能寺に在り!!」
利三 「!??」

【明智光秀の軍勢が、本能寺に向かうようです】←行動の結果を書き込みます
【明智軍1万8千 亀山→本能寺】
10GM ◆CbIuEBgmms :02/12/02 18:51
★書状の凡例

【柴田勝家から佐々成政に書状】←差出人と宛人を書き込みます。
到着:六月四日←到着する日時を書き込みます

何やら上方の様子がおかしい様子、今人をやって情報を集めて居るがどうも解せん。
もしや上様の御身辺に何かあったのかも知れん
上杉景勝の動向に充分に注意されたし、富山城をしっかり守って欲しい
←書状の内容を書き込みます

               柴田修理亮権六勝家 花王 
11GM ◆CbIuEBgmms :02/12/02 18:55
★大名一覧

【陸奥】
津軽為信…4万5千万石
南部利直…10万石
【出羽】
安東愛季…18万石
戸沢盛安…4万石
小野寺輝道…3万石
武藤義氏…4万石
寒河江尭元…2万石
最上義光…18万石
【陸中】
伊達輝宗…33万石
大崎義隆…11万石
葛西晴信…11万石
【陸前】
相馬盛胤…6万石
葦名盛隆…16万石
岩城親隆…12万石
【常陸】
佐竹義重…48万石
多賀谷政経…6万石
小田氏治…6万石
江戸重通…4万石
12GM ◆CbIuEBgmms :02/12/02 18:56
【下野】
宇都宮国綱…18万石
那須資晴…14万石
皆川広照…3万5千石(宇都宮与力)
山川朝貞…2万石
大関資増…1万3千石
【下総】
結城晴朝…10万石
千葉邦胤…13万石
【上総】
里見義頼…23万石
【武蔵】【相模】【伊豆】
北条氏政…124万石
【上野】
滝川一益…45万石 【伊勢に15万石の飛び地】
真田昌幸…6万5千石
【越後】
上杉景勝…54万石
【越中】
佐々成政…37万石
神保氏張…7万石(佐々与力)
【能登】
前田利家…19万石
長連竜…3(前田与力)
13GM ◆CbIuEBgmms :02/12/02 18:56
【加賀】
佐久間盛政…29万石
徳山則秀…4万石
村上長頼…7万石(前田与力)
拝郷家嘉…4万石(柴田与力)
【越前】
柴田勝家…58万石
不破光治…2万石(柴田与力)
金森長近…5万石
前田利長…3万石(前田与力)
【若狭】
丹羽長秀…22万石
【甲斐】
河尻秀隆…14万石
穴山梅雪…8万石
【信濃】
森長可…9万石
毛利秀頼…3万石
小笠原信嶺…3万石
木曾義昌…2万石
諏訪頼忠…3万石
【三河】【遠江】【駿河】
徳川家康…80万石
【美濃】
氏家行広…2万石
稲葉良通…5万石
安藤守就…2万石
【飛騨】
姉小路自綱…2万石
【伊勢】
北畠信雄…25万石
神戸信孝…23万石【河内14万石支配】
14GM ◆CbIuEBgmms :02/12/02 18:57
【志摩】
九鬼嘉隆…3万5千石
【近江】
明智光秀…68万石【山城】【丹波支配】
織田信包…3万6千石
蒲生賢秀…6万石
山岡景隆…3万石
蜂屋頼隆…4万石
津田信澄…2万石
生駒親正…2万3千石(秀吉与力)
【大和】
筒井順慶…24万石
【摂津】
池田恒興…9万石
中川清秀…5万石
高山重友…3万石
【紀伊】
雑賀孫市…7万石
堀内氏善…3万石
【丹後】
細川藤孝…12万石
一色義定…3万石
【但馬】
羽柴秀長…12万石(秀吉与力)
【因幡】
宮部継潤…13万石(秀吉与力)
【伯耆】
南条元続…6万石(秀吉与力)
15GM ◆CbIuEBgmms :02/12/02 18:57
【播磨】
羽柴秀吉…71万石【近江に18万石の飛び地】
【備前】【美作】
宇喜多秀家…54万石
【備中】【備後】【安芸】【岩見】【周防】【長門】
毛利輝元…120万石
【淡路】【阿波】
三好笑岩…8万石
【讃岐】
十河存保…3万石
【伊予】
河野通直…11万石
来島通総…1万4千石
宇都宮豊綱…2万石
西園寺公広…2万7千石
16GM ◆CbIuEBgmms :02/12/02 18:58
【土佐】
長宗我部元親…62万石
【豊前】
宇都宮鎮房…5万石
【筑前】
秋月種実…36万石
【豊後】
大友義鎮…74万石
【筑後】【肥前】
竜造寺隆信…66万石
有馬晴信…9万石
【肥後】
阿蘇惟種…11万石
相良忠房…5万石
【薩摩】【大隅】【日向】
島津義久…77万石
17GM ◆CbIuEBgmms :02/12/02 19:02
★信長の遺領
伊勢・伊賀:信雄 ※旧神戸領は信孝…33万石
河内・和泉:信孝…27万石
美濃:三法師…48万石
尾張上四郡 下二郡:信包…37万石
尾張下二郡:長益…18万石
摂津一郡・近江一郡:信澄…9万石

★現在の参加者
明智光秀、徳川家康、蒲生氏郷、北条氏直、上杉景勝
>>9-17
一生懸命作ってたのかw
19GM ◆CbIuEBgmms :02/12/02 19:10
★参加の方法
トリップを付けて本スレ、もしくは裏スレhttp://hobby.2ch.net/test/read.cgi/warhis/1038186521/
に、なりたい役を書いて申請して下さい。

・トリップについて
 ◆はトリップ(一人でキャップ)で、名前欄に「#好きな文字列」をいれるだけです。
 簡単に本人の証明ができるので、騙りがいる人などは使ってみてくださいです。
※必ず#は半角を入力して下さい。 後は親切なスレの方々が指導して下さると思います。
20蒲生氏郷 ◆MAGOgx/9/E :02/12/03 00:57
【6月2日 安土城】
氏郷「人が足らぬ…」
山三「信長さまの西征ですか?」
氏郷「いや、参加者だ」
山三「参加者、とは?」
氏郷「このすれが繁栄するも廃れるも参加者次第、というわけだ。
   如何せん今は人数がおらぬ。新規参加者ageをして待つよりあるまい」
山三「何を仰せか分かりませぬ」
氏郷「小姓のそなたには分かるまいて」

【氏郷は安土城にて茶をすすっています】
21蒲生氏郷 ◆MAGOgx/9/E :02/12/03 00:58
【6月2日 安土城】
氏郷「うむう、いつもの習慣でsageてしまった」
山三「だから何のことか分かりませぬ…」

【氏郷はあたふたしています】
何かよく知らんが、がんばれ。ただしsage希望。
なんだ?関ヶ原はけりが付いたのか?
24参州 ◆Z4A9O23po2 :02/12/03 01:18
【6月2日 堺】
賦秀殿、逸る気は判り申すが、拙速は禁物で御座る。
ここはゆるりと構えるが寛容。今は舞台裏で某と共に、時の満ちるを待ちましょうぞ。
何か家康ッぽいね。但し律義者ver限定。
三河を三州とするのなら、参州ではなく、参洲なのでは?
27上杉景勝 ◆GqY.fMiuzQ :02/12/03 07:47
【6月2日 魚津城】
中条景泰「食料も尽き、武器も何も残っておらぬ。最早落城するは必定」
竹俣慶綱「何を弱気なことを申されるか。景勝さまが兵を返したのは何かの策あっての
     ことに違いない。今しばらくは耐えましょうぞ!」
三本寺景長「そうです、あと10日、いや5日耐えましょう。きっと救援が来てくれるはず」
中条景泰「5日か…それまでに多くの離脱兵が出るのだろうな…」
竹俣慶綱「全ては辛抱でございます」

【魚津城は落城寸前です】
【天正十年六月十日】
【上野国厩橋城】

滝川益重 「小父上、見て下され、この上州の軍勢を、関東の平定も時間の問題でござりますなぁ」
滝川一益 「ふふふ、北条も大した事は無い。 上様の御武威に頭を垂れて尾を振っておるわ」
(満座に笑い声が響く、笑い声の中には安中や和田と言った、新しく帰順した大名も混じっている)
和田信業 「ふはは これは重畳。 何か変事がありましたら、この和田、一党を持って馳せ参じまする」
一益 「これは頼もしきお言葉よ これ、小姓よ。 和田殿に太刀を取らせる 持って参れ」
(畏まって出て行く小姓と入れ替わりに、慌しく長谷川秀一の使者が舞い込む)
使者 「恐れながら申し上げます。 一益様、上様より至急のお達しがありまする。 お人払いを」
一益 「これは奇怪な。 和田殿や安中殿は、新参とは言えこの滝川、努めて信頼しておる。 無用の事よ、ここで申せ」
使者 「(表情を消しながら、頑なに拒む) 恐れながらお人払いを」
一益 「…上様の代理とて無礼は許さぬぞ! ここで話せ (刀を抜き白刃を使者の頸元に突きつける)」
使者 「(暗い表情を微塵も動かさず) 恐れながらお人払いを」
一益 「和田殿、安中殿、この通り何やら上様の格別の思し召しがある様子、ちと席を外して下され」
和田・安中 「はっはっはっ 大方、関東管領に相応しき官位でも下賜されるのじゃろうて、さても羨ましきかな」
29滝川一益@NPC ◆CbIuEBgmms :02/12/03 17:41
使者の口上を聞き、その場にへたり込む一益、しばし放心状態から抜け出せずに居る

一益 「して? 上様は如何致した?」
使者 「無念の事ながら、明智の軍勢の前に…」
一益 「うおおぉ〜 惟任日向守め!! 上様の恨み晴らさでおくべきか〜!」
使者 「御意!」
一益 「して、この事は他に漏れてはおるまいな?」
使者 「恐らく、まだ北条の者共も知りますまいて」
一益 「(大声を張り上げて) これ、益重を呼べ」

〜益重が到着〜
一益 「そなた、北条の動きで気付いた事はないか?」
益重 「これは小父上、面妖な事を申されます。 彼奴らは我らの勢いに怖気づいておりますよ」
一益 「…そうか(まだ北条の者共は、上様が身罷ったと知らぬと見える)」
益重 「何やら、先程の使者が申されましたか?」
一益 「実はな、上様がこの度関東に親征なさる。 遅れを取る訳には行かぬ故、領内の動員を始めてくれ」
益重 「!!? これは祝着至極に存じ奉ります。 武門の誉れ、是非とも集めましょうとも」
(益重は、嬉しそうに動員の支度を始める)
一益 「(許せ益重! 敵を騙すにはまず味方から…… わしは上様の恨みを濯ぐその日まで鬼になる!!)」

この時自らの家中を欺いた一益は、また自らも預かり知らぬ所で、
長谷川を使者に立てた徳川家康の手によって、北条の気を牽きつける餌にされておろうとは、知る由も無かった。

【滝川一益の軍勢一万八千、密かに動員開始】
【表向きは、近々織田信長が上野に親征するという口上で兵を集めます】
ppp
31 ◆tsGpSwX8mo :02/12/03 18:50
トリップテスト
32北条氏直 ◆.smLxkhTlI :02/12/03 19:07
 【天正十年六月十日 武蔵国 北条陣屋】

 氏直「(右府殿は我等を根絶やしにせんと御考えなのか…早くから恭順を示し、
    武田攻めでは我等も一方ならぬ代償を払ったと言うに…。駿河は徳川殿、
    上野は滝川殿、北条が攻め取った領地は全て取り上げられてしまった。
    北条家が関東を鎮守するのは最早絵空事でしかないのだろうか…)」
 氏政「氏直…氏直!」
 氏直「…父上?如何なさいました。」
 氏政「如何なさいました?では無いわ。これより北条の意地を尾張のうつけに
    みせつけてやらねばならぬという時に総大将のお主がその様な顔で務まると
    思うてか!」
 氏直「はぁ。申し訳ありませぬ。…やはり、戦は避けられませぬか。」
 氏政「何を言っておるのだ。確かに我が北条家は危うい立場にある。が、この一戦に
    勝てば再び関東は我等が手に帰すのだぞ。今迄、あのうつけ者に我等がどれだけ
    愚弄されたか知らぬわけではあるまい!」
 氏直「…。わかりました。父上、もう迷いませぬ。北条が武威、見せつけてやりましょうぞ。」
 氏政「うむ。わかればよい。わかればよいのだ。」
 【その夜】
 ??「申し上げます。」
 氏直「小太郎の手の者か?どうした。」
 風魔「上方で変事が起きました。織田信長、六月二日、本能寺にて明智光秀に討たれました。」
 氏直「な、何と申した?」
 風魔「明智光秀謀反であります。」
 氏直「右府殿が討たれたと申すか…」
 風魔「・・・・・・・・・・といった次第でございます。」
 氏直「そうか。あいわかった。よし。お主等に一働きしてもらおう。まずは…」
 風魔「承りました。それでは御免。」
 
 【北条氏直、上野国人衆に信長横死の報を告げ、北条方に離反を薦める密書を出します】
 【また、上野一体に上方の変事の噂を流布、その後、陣を発し上野へ進軍。総数三万六千】   
33滝川一益@NPC ◆CbIuEBgmms :02/12/03 19:36
【天正十年六月十二日 上野国厩橋城】

益重 「小父上、敵方より妙な噂が流れて来ております。
    何でも、上様(織田信長)が本能寺にて身罷られたとか…
    諸将の中にも動揺しておる者が出ている様でござりまする」
一益 「(やはり網を敷きても漏れよるか…。最早一刻の猶予もならん。
     全軍を率いて氏直を叩かねば、時を逸してからでは遅すぎる)」
益重 「その様な根拠の無い噂など、何処から湧いてでたのやら」
一益 「益重よ、今集まり居る人数は如何程だ?」
益重 「ざっと一万二千ほどでござりましょうか、何分不吉な噂も在りますれば、陣振れを渋る者も出ております」
一益 「ふんっ!陣触れを渋る者など物の数にも入らぬわ! 益重、今より全軍鉢形城を攻め立てる! 法螺貝を吹け」
益重 「ははっ 畏まりましてござりまする。
只、面妖でござりますなぁ。上様の着陣を待たねば、殿の武功も色褪せましょうて」
一益 「……上様は最早この世にはおわさず」
益重 「げえっ!?」
一益 「分かったら、口の堅き、信用出来る者にだけこの事を打ち明けよ。
    くれぐれも新参衆の耳に入れるなよ」
益重 「……御意」

【滝川一益、午の刻より行軍開始、目標鉢形城、十三日到着予定】
 先鋒:滝川益重…2,000 
 本陣:滝川一益…4,000 
 右備:和田信業…2,000
 左備:安中久繁…2,000
 後詰:小幡信貞…2,000
34GM ◆CbIuEBgmms :02/12/03 19:47
訂正
・十三日到着→十五日到着
・北条氏直の陣屋に一益挙兵の報が伝わる日時→十四日
35北条氏直 ◆.smLxkhTlI :02/12/03 21:33
 【天正十年六月十四日 午前 川越城】

 家臣「申し上げます。滝川軍総勢一万余、鉢形城に迫っております。」
 氏直「来たか。よし、我等も出陣する。全軍に陣振れせよ!」
 家臣「はは。」
 
 【北条氏直、即日進軍開始】
 先鋒 北条氏照 10000 
 中軍 北条氏直 15000 軍監として北条綱成
 後詰 北条氏政 5000 
 鉢形城 北条氏邦 6000
36蒲生氏郷 ◆MAGOgx/9/E :02/12/04 01:26
【6月2日 日野城】
風薫る初夏の夜、氏郷はやや蒸してきた気候にうなされつつ、こんな夢を見ていた。
昔、小姓として信長に仕えていた時、信長は天下布武と商業発展の理想を良く説いたものだ。
氏郷の夢想世界の中で当時の信長はこう語りかける…。

信長「俺の命も残り少ない。いいか、俺の作った街を良く見ておけよ」
氏郷「上様、まだまだ生きて頂かないと天下が嘆きまする」
信長「忠三、俺は街作りには特に力を入れてきた。
   俺がこうして岐阜の街を見せている理由、わかるな?」
氏郷「はっ、某も街作りの際には大いに参考とさせて頂きまする」
信長「ふふ、まだまだ青いな。まあ良い、今日はまだまだ見せたいものがある。ついて参れ」

そういうと信長はゆっくりとした歩調で岐阜城下を歩いて行く。
氏郷もその後を追い駆けるのだが信長はあれよあれよと言う間に先に進んでいる。
若い氏郷は必死に走るが、信長との差は開いていくばかり。
無我夢中になって走った末に行き着いた先は、その名の如く、天まで焦がす大炎に包まれた
見知らぬ寺社の境内だった。そして、信長は笑いながら寺社内に入って行く…。
氏郷の夢は、そこで終結した。
寝汗をびっしりとかいた寝着の不快さに目が覚め、今見た夢を反芻する。

氏郷「(解せぬ夢だった。しかし、何かの暗示かも知れぬ。街作り、か…)」
37蒲生氏郷 ◆MAGOgx/9/E :02/12/04 02:08
>>36 続き

寝着を変えた氏郷は寝室にて座し、一人瞑目する。
自分の見た夢の意味を知るため、幾重にも分かれた思考の枝を辿って行く。
静かに目を開けた時、隣に不安そうな面持ちの冬姫が氏郷の顔色を覗き込んでいた。

冬姫「寝付けませぬのか?」
氏郷「奥、起こしてしまったようだな。許せ」
冬姫「なんぞ御懸念でも?」
氏郷「いやなに、気になる夢を見たのでな」
冬姫「あまりに夢を気にされてはお体が持ちますまい」
氏郷「上様の夢を見た」
冬姫「まあ、父上の?」
氏郷「岐阜の街を見よ、と仰せられた。思えばこの日野も安土も岐阜の街を手本にして
   作られたのだ。街作りの原点を見よ、ということかも知れぬ」
冬姫「岐阜の街を見よと?」
氏郷「そうだ。岐阜の様子も最近はさして気にとめなかったゆえ、あのような夢を見た
   のかも知れぬ。明日にでも誰かを遣わしてみよう」

氏郷は無論、明日届く驚愕の事実を知る由もない。
しかし、岐阜への使いが重要な意味を持つことは、薄々ながら感じていた…。
【天正十年六月十六日午の刻 武蔵国鉢形城近辺】

照り映える野の青草とは関係も無く、黒い巨獣が二匹、そこに存在した。
武名と言う名の養分を吸い、血飛沫と断末魔の叫びを呼吸として、将に争いを始めようとしている。
薄雲が湧き上がったかと錯覚する程の鉄砲が撃ち掛け合われた後、両軍の長柄が穂先を美麗に揃えて行く。

益重 「南無八幡大菩薩を御加護にぃ〜!! 突撃ぃ〜!!」

北条氏邦の軍勢六千の中に、益重の二千が錐を揉むようにして討ちかかっていく。
坂東の荒武者も然る者、滝川軍の先鋒を、事も無げに押し返してみせる。
一瞬怯んだ益重の軍勢を督戦し、押し出すように一益の本隊四千が陣を前に進め、
槍の穂先を氏邦に向け始める。
陣を立て直した益重の軍勢が、再び氏邦の先鋒を突き崩し、安中久繁の左備二千が、
氏邦の右備を回り込み中入れを行う。
ここで氏邦の軍勢に動揺が走り、機敏に戦場の変化を見て取った一益が、己の旗本を軍の先に差し向けると共に、
和田信業の右備二千に、進軍の軍令を出す。

ようやく勝利を確信した一益に、運命は無情の鐘を鳴らす。

母衣武者 「申し上げます、北条氏照の軍勢一万 和田殿に迫っております!!」

【次の刻(ターン)をお願いします】
【損害:北条氏邦 6,000→5,600 滝川一益 12,000→11,800】
39謎の男@NPC ◆CbIuEBgmms :02/12/04 04:51
【天正十年六月三日 近江国日野城】

本能寺の凶事が畿内の人々を、震撼させ始めた翌日、
一人の男が、蒲生の城を訪ねていた。
その男は、農民も羽織らないような泥だらけの羽織を纏い、頭巾の上から頬被りをし、
背には何を背負っているのか、せむし男のように盛り上がっている。
日野城の門番は、この奇妙な男が求める開門など、受ける気は毛頭無かったが、
男が余りにも必死に頼み続けるので、氏郷に伺いだけは立てるようにした。

蒲生家小姓 「若様、何やら御門の前に奇妙な男が居る様子、追い払いましょうか?」

【蒲生殿、続きをどうぞ】
40GM ◆CbIuEBgmms :02/12/04 05:01
【訂正】
>>39の発言の日時
×六月三日→○六月五日
41北条氏直 ◆.smLxkhTlI :02/12/04 07:22
 【天正十年六月十六日 虎の刻 武蔵国鉢形城近辺】
 【北条氏照軍】

 宮城「申し上げます。氏邦様が軍勢、滝川軍に包囲を受け苦戦中にございます。」
 氏照「うむ。だが儂が来た以上好きにはさせぬ。滝川軍が横腹、抉り取ってくれよう。
    家範、照守!先陣を任せる。鯨波を挙げよ、蜂矢の陣を敷けぃ。突撃じゃあ!」
 【中山父子隊3000、滝川軍右備を横撃。本隊の氏照隊5000がそれに続きます】
 【太田氏房、宮城政業の後詰2000は小幡信貞隊を牽制します。】
 【北条氏直本隊の先鋒成田長泰隊5000が接近中。到着は次のターンにて】

 【同刻、北条氏邦軍】
 垪和「申し上げます。援軍です。氏照様の軍勢が参られました。」
 氏邦「来たか!よし、今こそ反撃の好機ぞ。諸隊に伝達、援軍と連動し敵勢を
    押し返すのだ!…邦憲はおるか。」
 猪俣「おう!」
 氏邦「お主は安中久繁隊を牽制し敵本隊への援護を妨害せよ。機を見て一気に叩け!」
 猪俣「畏まって候!」
 氏邦「行くぞ!北条が軍勢の強さ、今こそ示すのだ!!」

 【援軍の到着に氏邦軍の士気上昇。猪俣隊1500は安中久繁隊を牽制】
 【氏邦本隊は4000余を率いて反撃体勢に入ります】 
【天正十年六月十六日 申の刻】

【滝川益重軍】
益重 「命を惜しむな!名を惜しめ! 敵はもうじき崩れるぞ!功名を挙げる好機ぞ!」
津田 「申し上げます。和田様の軍勢、側背より敵の横槍を受け、壊乱!」
益重 「なにぃ! あと一歩で敵を打ち崩せると言うに。口惜し!」
津田 「如何なされますか? 馬首を右に向けまするか?」
益重 「たわけ! そのような事をしたら、御味方は総崩れよ。 このまま氏邦だけでも冥土に屠ってくれる」
津田 「御意」

【滝川益重、一益旗本衆、2800 建て直しつつある氏邦隊に引き続き突撃】
【安中久繁隊2000 猪俣隊に迫撃しつつ、更に旋回しつつ後背を目指す】
【この方面の戦況、現在滝川やや有利】
【氏邦・猪俣軍:5600→5300 益重・安中軍:4800→4600】

【同刻、本陣】
忠征 「申し上げます! 和田信業殿の軍勢、敵の横槍を受け壊乱!」
一益 「……小幡殿に伝えよ、後詰は最早要らず、我と共に敵陣に入れとな」
忠征 「御意!」
一益 「雁行の陣を敷き、敵の中入れを阻止する。 小幡殿は右翼に入るべし」
忠征 「御意!」
一益 「益重が押し切れば、まだ勝負は分からん」

【滝川隊、和田の敗残兵を収容しつつ雁行の陣に移行】
【和田信業の2000 敵の横槍を受け壊乱 戦闘不能】
【小幡信貞の後詰隊2000、右に旋回し右翼を形成。】
【一益・小幡の軍勢で、氏照軍を一時抑えるが、成田長泰5000が到着次第敗走確定】
【氏照先鋒軍 10000→9900 滝川・小幡・和田隊 7000→6500(内1500戦力外)】
43ぼっけもん@GM ◆CbIuEBgmms :02/12/04 17:41
ageておく
44蒲生氏郷 ◆MAGOgx/9/E :02/12/04 18:27
>>37 の最終段落、「明日」の部分は「後日」に訂正致します。

【6月5日 日野城】
氏郷「奇妙な男だと?詳しく様子を話せ」
小姓「番仕の話ですと、泥だらけの衣に頭巾の上からほっかむりをし、何やら荷を
   背負っている、とのこと」
賢秀「そうようなうさん臭い男は捨て置け」
氏郷「まあまあ、父上。とにかく某が会ってみましょう」
賢秀「曲者だとしたら何とする?」
氏郷「何、そこらの者に討たれる某ではありませぬ。
   弓解、伝村、ついて来い」

奇妙な男は氏郷の許しで入城し、氏郷の誂えた質素な茶室に通された。
しばらくして氏郷が到着。姿を正して男の前に座る。

氏郷「私が日野城代、蒲生飛騨守氏郷である」

(続きをどうぞ)
45ぼっけもん@GM ◆CbIuEBgmms :02/12/04 18:54
【天正十年六月五日 近江国日野城】
>>44の続き

茶室に通された男は、氏郷が名乗りを上げても、平伏をせずにただ俯いている。
氏郷は少し不審に思ったが、男の尋常ならざる様子に、高貴の面持ちを読み取り、
何も言わずに茶を点じ始めた。
男は、氏郷が典雅な動作で茶を点てていくのをチラリと見ると、
あとはほっかむりを取ろうともせずに、俯き畳を見ている。
やがて男は氏郷の侘び寂びの精神で以って、変の動揺を完璧に鎮めきった器量に感服したのか、
己の運命を預ける決意をし、ほっかむりを取り表をあげた。
男は、頭を丸々と剃り上げ、存外と活動的な目をしていた。

男 「お久しゅうございますな 氏郷殿」
氏郷 「………」
男 「岐阜や安土に居られた時よりも、一段と器量が上がられましたな」
氏郷 「……」
男 「上方の変は聞き及んでおりましょう?」
氏郷 「……」
男 「某は、然る方より大事を預けられた。 途中、路銀も、脇差も、小袖も土寇に奪われてしまったが…」
氏郷 「……」
男 「これだけは手離さなんだ。 氏郷殿、受け取って下され。」

そう言って男は、羽織を脱いだ。
紐で厳重に縛られた背には、幼子がスヤスヤと眠っている。

氏郷 「こっこの方は!!?」
前田玄以 「左様、信忠様の御嫡男、三法師様でございます。」
(蒲生殿、続きをどうぞ)
46蒲生氏郷 ◆MAGOgx/9/E :02/12/04 19:01
【6月3日 日野城】
覇王・信長、本能寺にて斃死。その報が来たのは昼過ぎであった。
安土の留守居を務めていた父・賢秀は信長の妻子を伴って日野に向かっているという。
氏郷の混乱、狼狽は筆舌に尽くし難いが、表向きには必死に冷静さを装う。

氏郷「北の庄の権六殿、伊勢の信雄殿、堺におられる家康殿に早馬を出せ。
   事の次第と援軍の準備を整えておくように、と伝えよ」
郷舎「はっ」
氏郷「家康殿は難儀な旅となるやも知れぬ。日野に来て貰い、伊勢から三河へ向かうのが
   宜しいかと思うとも加えよ」
郷舎「そこまで親切をなさらずとも…」
氏郷「家康殿は上様も頼みにすると共に、その手腕も相当のものと聞く。
   事ここに至っては頼れる御仁だ。恩を売っておいて損無きことと思う」
郷舎「そういうことでしたら…」
氏郷「うむ、頼んだぞ」

【それぞれに早馬が出ます】
47蒲生氏郷 ◆MAGOgx/9/E :02/12/04 19:09
>>46 補足。
郷舎とは横山喜内のことです。いつ郷舎と名乗ったかは分かっておりません。
一説には三成に仕官後と言われていますが、筆者が郷舎の名の方が好きなので、
スレではこの名で以後も通します。
48北条氏直 ◆.smLxkhTlI :02/12/04 21:27
【天正十年六月十六日 申の下刻】

 太田「む、敵が動き始めたか。」
 宮城「太田殿!」
 太田「おお、宮城殿。御覧なされい。敵の後詰が本隊合流を図っておる。」
 宮城「うむ、まさしく。我等は無視か?随分と舐められたものよ。」
 太田「宮城殿…」
 宮城「みなまで申されるな。これより奴等の後背を衝き目にモノを見せてくれよう。」
 太田「おう。お抜かりあるな。」
 宮城「いかさま。いざ!」
 【太田、宮城隊2000小幡信貞隊を追って背後を衝きます】

 【同刻 中山隊】
 家範「ふっ。敵の右備は壊滅じゃ。このまま一気に敵本陣も屠ってくれよう。」
 照守「ちっ父上!大変です!我が隊の横腹に敵の後詰が迫っております!」
 家範「なんだと?ええい!このような時に…だがこの勢いを止める事はできぬ。
    照守よ、我等が後には氏照様が続いておられる。それにおっつけ太田殿らの
    後詰が到着されよう。それまで我等は敵中に孤立することになる。そなたの
    初陣がこのような戦になってしまったが暫しの辛抱。我等はこのまま突撃する。」
 照守「父上…。なんのご心配召されますな。氏照様を信じて力戦しましょう。武運は
    我等が北条にありまする。」
 家範「よくぞ申した!それでこそ我が子よ。よし、行くぞ!!」
 【中山隊、一時的に敵中に孤立します。】

 【同刻 氏照隊】
 石巻「氏照様、敵後詰隊が我等の分断を図っております。」
 氏照「なんと!太田や宮城は何をしておるのだ!」
 石巻「恐らく敵の動きの速さが我等の予想を上回ったのでありましょう。」
 氏照「ちっ、敵もさるものよな。わかった。まずは後詰を蹴散らす。諸隊に伝達せい!」
 【氏照隊がその鋭鋒を変更、陣形が乱れました】
49北条氏直 ◆.smLxkhTlI :02/12/04 21:28
 【同刻 北条氏邦軍】
 一時は形勢を逆転しつつあった氏邦の軍勢。しかし、滝川の鋭鋒は更なる輝きを増して
 氏邦を圧倒した。織田家中にその人ありと言われた滝川一益率いる軍勢は容易に崩れる
 ことは無かった。次第に、そして確実に押し返される北条軍。その将兵達はその時初めて
 己が軍勢が死地に在る事に気付き始めていた…。

 滝川の軍勢は前面の敵が今にも崩れ去る…と確信をもって更に激しい攻撃を続ける。だが…
 滝川の軍勢は目を疑った。不意に横腹を衝かれたのである。見上げる将兵に燦然と映えて
 見ゆるその旗印には、朽葉色に染めた四半の練絹に『八幡』の墨書きが大書されていた。
 勝鬨を挙げつつ突撃する部隊に精強を誇る滝川軍が遂に浮き足立つ。
 不意に受けた攻撃もさることながら、その軍勢の鋭さ、勢いは今までの北条軍の比では無い。
 対照的に氏邦軍には精気が戻った。共に勝鬨を唱和し、勇躍、再び滝川軍に襲い掛かった。
 滝川軍の運命や如何に…
 
 【北条綱成隊3000、滝川軍の側面から猛攻を開始】
 【成田長泰隊2000、安中隊をその背後より攻撃。猪俣隊がそれに連動します】
50北条氏直 ◆.smLxkhTlI :02/12/04 22:15
>49追加
【北条氏直本隊、次ターンに到着します】
51蒲生氏郷 ◆MAGOgx/9/E :02/12/05 01:41
【6月3日夕刻 岐阜城下】
谷崎忠右衛門は氏郷の命を受け、岐阜城下の盛況な街を歩いていた。
氏郷が同行させた御用商人が経済の流れについて谷崎に話す。
勿論、谷崎は欠伸を噛み殺しながら歩くのが精一杯だった。

谷崎「それにしても岐阜は盛況だな」
商人「信長公が力を尽くされただけはあります」
谷崎「若殿はやたら経済に傾倒するきらいがあるが…」
商人「領国経営も戦も金のかかるもの。そこを良く弁えておられるのでしょう」
谷崎「まあ武芸の稽古も怠らぬゆえ良いのだがなあ」
商人「まさに武家の鏡ではありませんか」
谷崎「さて、しばらくしたら岐阜城へ挨拶に参ろう。明日は如何するか…」
商人「まだまだ岐阜の街を調べるべきでしょう。そもそもこの発展の理由は……」
谷崎「(…ああ、眠くなってきた。明日は西美濃の稲葉殿に武芸について聞きに行こうか)」

【谷崎忠右衛門は眠そうです】
52徳川家康 ◆Z4A9O23po2 :02/12/05 02:47
【六月二日午前 河内・和泉国境付近】
その日、堺にて周遊を終えた家康一行は、猛き覇王に伺候すべく、京へ馬を進めていた。
此度の上洛で、武田との十年に及ぶ死闘を閲された家臣達の誇らしき表情とは対照的に、
その主は相貌に陰鬱な何かを湛えていた。
(また、あの男に膝を屈さねばならぬのか…)
織田信長。二十年来の盟友。とは名ばかりの、絶対の主君。
果てしなき苦難を乗り越え天下に覇を唱えた、畏怖すべき男
そして…、我が愛息子を死に追いやった天魔。悪鬼!羅刹!!畜生!!!

煮えたぎる憎悪を持て余し、親指を千切れんばかりに噛み締める。
「どうされました?参州殿。」
賓客の不可解な様子に気付いたのか、心配げに声を掛けるのは、家康一行の案内役の長谷川秀一であった。
その怜悧な表情に、その主の冷ややかな相貌を見出し、思わず呆然とする家康。慌ててその場を取り繕う。
「ハハッ、お恥ずかしい…。どうも、幼少よりの悪癖でしてな。見苦しい所をお見せしました。」
愛想笑いでその場を誤魔化しながら、己の不甲斐無さに歯噛みする。胸中の焔は燃え盛るばかり。

何も出来ぬ悔しさに、ただ京の方向を睨み付ける家康。その視線の先より、駆けつけるは一騎の早馬。
京の商人、茶屋四郎次郎。その実、家康が中央の情報収集・朝廷との折衝の為に派遣した、徳川の間者。
彼が運んできたのは天下を揺るがす凶報。されど家康には何よりの吉報。徳川の吉兆。
『前右府、本能寺にて惟任日向守に襲われ、自害』

愕然とする一行の中で、一人微かに片頬を吊り上げる。
(死んだ?死んだ…。死んだ!あの男が、死んでくれた!)
狂喜する家康の心中を知る者は、誰もいない。今、ゆっくりと天下一の律義者の仮面が剥がれ始めた。
旱馬は、解き放たれたのだ。
53蒲生氏郷 ◆MAGOgx/9/E :02/12/05 03:53
【6月3日夕刻〜夜 京都・宇治田原山中】
氏郷が家康に出した使者は休む事無く馬を疾駆させる。
使者といっても単独ではない。事態が事態ゆえ、一団で敵の来襲に備え進んでいた。
ややあって彼方より喚声が聞こえてくる。身構える一行。
しかしながら先へと進まねばならない。いざという時は預かっている路銀を出し、
通行を許可させよとの言い付けもある。一行は恐る恐る先に進む。

その目に飛び込んで来たのは、思わぬ光景だった。
一揆勢とおぼしき一団が旅の途中と思われる一行に襲い掛かっているではないか!
そして旅の一行の紋付袴には葵紋が…。
一斉に緊張が走る。すぐさま、ひとりの使者が馬を前に出し、大音声で呼びかけた。

使者A「止めよ!」

振り返る民衆達。先ほどまでの狂気の目は姿を伏せ、狼狽の色が浮かび上がる。

使者A「すぐ側まで我らが誘導した軍勢が迫っておる。すぐにここを去れ。
    それとも、ここで皆死に急ぐのか?」
民衆1「だ、黙れ!あんたら武家に俺達の気持ちが分かってたまるか!」
使者A「ではこうしよう。ここに多少だが金がある。それを渡しても良いぞ」
民衆1「…?」

民衆達は話を始めた。固唾を呑んで見守る使者の一行。
結果は上々であった。路銀を手に入れた民衆達はそそくさと後を消した。
54蒲生氏郷 ◆MAGOgx/9/E :02/12/05 03:54
>>53 続き
葵紋の紋付袴を着た将がうやうやしく礼を述べる。
使者が名前を聞く。

穴山「某、穴山梅雪と申す者にござる。此度のことは感謝すること、尽くせませぬ」
使者「某は蒲生家の片平某と申す者にございます。穴山殿は徳川殿の御家臣とお見受けしますが、
   ご主君はどちらにあらせられましょうか?」
穴山「家康様は昨日京を発ちました。一緒ではありません」
使者「何と、既に出発なされたのですか」
穴山「さよう」
使者「ち、ちと待って下され」

使者達は穴山をどうするか話始めた。
結論は家康が出発してしまっていては役目は果たせない。そして今助けた穴山をこの山中に
見捨ててはまた命を狙われるかも知れぬ。
仕方ない、一旦日野にお連れし、氏郷様の御裁断を仰ごう、と。

使者「ここで分かれては穴山様がまた狙われるとも知れません。
   我らが連れ添いますゆえ、日野城までお越し願えますか?」
穴山「ありがたい。是非、ご主君に礼を述べさせて下され」

【使者の一行は穴山梅雪を連れて日野城に向かいます】
55真田昌幸 ◆Dg888yGhqg :02/12/05 20:40
いったいいつから・・・。
【六月六日上田城】
忍びより連絡入る。織田右府、家臣の明智に本能寺にて攻められる。
その生死は不明。徳川が領国に戻ることができるかもわからず。

昌幸 北条に使者を。
依田 文言はなんと。
昌幸 よろしこ。
依田 かしこまって候。
昌幸 続けて上杉、滝川、明智に使者。
依田 文言はなんと。
昌幸 決まっておろう。よろしこ。
依田 ハハッ

【真田家、使者の帰りを待つ】
【上田、沼田に厳戒態勢】
56北条氏直 ◆.smLxkhTlI :02/12/05 21:31
 【六月十日 江戸城】

 氏直「此度の一戦、北条家の命運を懸けたものとなろう…」
 家臣「申し上げます。真田家より使者が参りました。」
 氏直「ほう。真田殿よりの使者?なんであろう…わかった。お通しせよ。」

 氏直「よう参られた。して、ご用向きは何ですかな?」
 使者「は、我が主昌幸より口上を受け、まかりこしましたる次第であります。」
 氏直「うむ。口上を承ろう。」
 使者「よろしこ。」
 氏直「…。それだけ?」
 使者「以上であります。」
 氏直「…。」 
57真田昌幸 ◆Dg888yGhqg :02/12/05 22:03
【六月七日・上田】

鷲塚 殿の使者のこと、漏れ聞きました。
昌幸 漏れるはずなかろう。そちの耳が良いのだ。依田が漏らしたなら依田を斬ることになる。
鷲塚 何を高ぶっておられます。
昌幸 落ち着いていられるものか。真田は織田に臣従したばかりである。
鷲塚 ウソンコのくせに。
昌幸 方便というのだ。何をしにきた。
鷲塚 ですから真意を。
昌幸 独立したと伝えたのだ。大小あれど対等とな。あとはどう出るかだ。
鷲塚 徳川殿へは。
真田 滝川殿か織田殿がご無事であれば、信濃に手を出すことはあるまいが。
鷲塚 御意。
58真田昌幸 ◆Dg888yGhqg :02/12/05 22:58
【六月七日・上田】
昌幸 信之、神川の上流に行き、堰を築いておけ。兵を300連れていくがよい。

【上田城の修築に力を入れる真田家であった。】
59蒲生氏郷 ◆MAGOgx/9/E :02/12/06 02:12
>>54 続き
穴山梅雪達を連れた使者の一団が日野城に着いたのは3日の夜半だった。
梅雪達は一応の歓待を受け、寝床に入った。疲労困憊は想像を絶するものだったのだろう。
そして翌朝…。

【6月4日朝 日野城】
まだ疲れが完全に取れていないものの、梅雪は気力を奮い起き上がった。
朝餉を取り、半刻程…。氏郷と梅雪の会談が始まる。

氏郷「梅雪殿、昨夜は難儀なことで御座いました。しかし、大事に至らなかったこと、
   誠に祝着と存じます」
梅雪「…昨夜の御恩、生涯忘れませぬ」
氏郷「いやいや、忘れて下され。御味方の危機を救うのは当然のことです」
梅雪「かたじけなく…」
氏郷「これより如何なされますか?」
梅雪「領国へ戻ろうかと思っております」
氏郷「暫く羽を伸ばされては如何ですか?」
梅雪「いや、急ぎ戻らねばなりませぬ。徳川殿との盟約もありますし」
氏郷「さようですか。では帰りの都合をつけておきましょう。
   ここから伊勢に抜け、海を渡り参州へ入るのが一番安全と存じます。
   今添え状をしたためますゆえ、準備をされるが宜しかろう」
梅雪「何から何まで…申し訳無い」
氏郷「気にされるな。徳川殿にも何卒宜しくお伝え下され」

【穴山梅雪一行は伊勢より駿府方面へ向かいます】
【氏郷から家康宛への書状も持っています。内容は秘密♪】
60蒲生氏郷 ◆MAGOgx/9/E :02/12/06 02:48
【6月3日夕刻〜夜 岐阜城】
岐阜城下町の調査も一段落した谷崎忠右衛門は、一応の挨拶をと岐阜城を訪れた。
城主・信忠は出陣のため、留守居の一人竹中重矩が谷崎を饗応する。
しかし、竹中の顔色には沈痛な面持ちがありありと表れていた。

谷崎「…先ほどから城内が騒がしいですな。何か変事でも?」
竹中「…谷崎殿は蒲生殿の家臣と仰せられましたな」
谷崎「ええ」
竹中「…ならば伝えねばなりますまい」
谷崎「…仰って下さいませ」
竹中「…信長公、本能寺にて討ち死に、と」
谷崎「!!」
竹中「誤報だと信じたいのですが、どうやら真の様子」
谷崎「え、いや、しかし…何が何やら…」
竹中「日向守が謀反を起こしたと。間もなく岐阜にも攻めかかってくるでしょう」
谷崎「…!」
竹中「その準備に大童なのです。谷崎殿も即刻お帰りになった方が宜しいかと存じます」
61蒲生氏郷 ◆MAGOgx/9/E :02/12/06 02:49
>>60 続き
谷崎忠右衛門は切れ者である。経世済民こそ詳しくないが、今回の役目も氏郷が深く信頼している
何よりの証拠。谷崎は狼狽を抑え静かに口を開く。

谷崎「いや、暫くはここに残りましょう。竹中殿、力になりたく存じます」
竹中「貴殿にそこまでして貰う義理などありませぬ」
谷崎「美濃は纏まっておりますのか?」
竹中「…恥ずかしながら、混乱を極めております。先だって御家を追放された安藤殿が兵を挙げる
   との噂もありますし、一揆が次々と起こるでしょう」
谷崎「ではすぐさま準備を整えねばなりますまい。お考えをお聞かせ願えますか?」
竹中「大垣の氏家殿、金山の森殿、そして稲葉殿には使者を出しました。連携して迎撃をしたいの
   ですが、安藤殿が挙兵するとそれも叶いませぬ」
谷崎「某が参りましょう」
竹中「…?」
谷崎「安藤殿、某が説いてみまする」
竹中「お止めなされ。首を渡しに行くようなもの」
谷崎「しかし上手く利を唱えれば変心するかも知れませぬ」
竹中「…」
谷崎「今、某が岐阜にいるのも何かの縁。行って参ります」
竹中「分かり申した。命だけは大切にされよ」
谷崎「承知した。では御免」
62蒲生氏郷 ◆MAGOgx/9/E :02/12/06 04:17
>>61 続き
【6月3日夜半 安藤邸】
突然の来訪者に安藤守就はうろたえた。
何故、蒲生の家臣がここにいるのか。変事を知ってから急行したとて早すぎるのではないか。
そもそも、氏家の倅や稲葉が来るならまだしも、蒲生が来るというのはいかなることか。
面会を断っても、一言だけ、と言って立ち去ろうとしない。
この情勢を知ったゆえの行動か…と思考を巡らせているうち、まさか味方になりたいとの
申し出であろうか…と考えるようになった。
相手は一人。討たれることもない。ならば話だけでも聞いてやろう、と谷崎を別室に通す。

安藤「蒲生の者が、追放された儂に何ぞの用か」
谷崎「安藤殿は上方の異変を存じておりますか」
安藤「さて…、何のことか分からぬな」
谷崎「安藤殿は伊賀、藤原秀郷公より連なる一門と伺っております」
安藤「いかにも」
谷崎「我が主君、蒲生賢秀様も藤原秀郷公の流れにございます。我が殿の以前より誼を結びたいとの
   仰せなれば、今ここに参上した次第でありまする」
安藤「そうでござるか。わざわざありがたく存ずる…」
谷崎「安藤殿。率直に申しましょう。我らと手を携えて頂けませぬか?」
安藤「…冗談を。追放された身なれば、何の働きをせよと言うのか」
谷崎「明智に抗うのです」

安藤守就は瞬時に悟った。こいつは敵だ。
さりげなく側に控えていた者に視線を送る。側近は一礼し部屋を出て行く。
俄かに部屋の外で物音がし、やがて静かになった…。
部屋の外には刀を抜いた浪人達が詰める。谷崎の命、ここに極まる…。
63蒲生氏郷 ◆MAGOgx/9/E :02/12/06 04:17
安藤「ならば聞こう。信長公より受けた侮辱、武門の道に生きる者としてどう捉える」
谷崎「過去の栄光に捕らわるることが武門の道、とは思いませぬ」
安藤「詭弁を…」
谷崎「最早事態は一刻の猶予も許さぬところまで来ております」
安藤「………そんなにここで死にたいのかッ!」

安藤の怒号と共に、外に控えていた浪人達が一斉に中に入る。
谷崎は横目で浪人達を見やるとまた視線を安藤に戻す。

谷崎「天下の忠臣とはいかなるものか。追放された身でありながら危急に際し、
   御家を救うことこそが義の道、武門の道と存じます」
安藤「…」
谷崎「お働きの折には我が殿より口添えをする、と承っております。
   全ては安藤殿のお心一つ。よくよく御賢察されたし」

そう言うと谷崎は静かに立ち上がった。緊迫した空間。
一人の浪人がその空気に耐えられず打ちかかろうとした時、安藤が口を開く…。

安藤「止めよ…!」

谷崎は安藤を一目見た後、一礼して粛々と安藤邸を後にした。
>>49の続き
【天正十年六月十六日申の刻】

【益重・一益旗本隊】

益重 「氏邦の首はもらったぁ! 掛かれ 掛かれ!」
津田 「申し上げます! 地黄八幡の軍勢が、こちらに押し寄せて参ります」

満ち潮の様にひたひたと、しかし寸分の隙も無駄も無い動きで、黄色い旗が益重の隊に押し寄せてくる。
多くの強い軍勢がそうであるように、綱成の軍勢もまた無言で、地響きだけを鳴らして。
一町の距離に近づくと、火が油の上で燃え上がるように、激しく益重の右翼を衝く

津田 「申し上げます! 御味方の右翼が突破され、陣が二分されつつあります!」
益重 「…もはやこれまで…退き鐘を叩け」
津田 「御意! 殿はそれがしにお任せ下され!」
益重 「頼んだぞ」

【益重の軍勢、綱成の横槍を痛撃に受け、壊乱】
【津田秀政、殿を受け持ち討ち死に!】
【氏邦・猪俣隊:5300→5100 益重・安中隊:4600→3900】
【この方面は、氏邦・猪俣・綱成隊の勝利です】

【小幡隊】
倉賀野 「申し上げる! 太田・宮城の軍勢二千、我が隊の右翼を衝かんと右に行軍中」
小幡 「(ニヤリとして) 掛かったな、よし倉賀野殿の左翼を持って敵の右翼に横槍を入れる」
倉賀野 「承知 倉賀野の戦振りを篤と御覧候え」

【太田・宮城隊の右翼を雁行の陣左翼、倉賀野隊1000が横槍・包囲】
【太田・宮城隊:2000→1700 小幡隊:2000→1900】
【一益隊】

一益 「支えるのがやっとか…」
忠征 「申し上げます! 北条の軍勢、続々と隊に迫っております」
一益 「小幡殿の隊は如何した?」
忠征 「見事に太田・宮城の軍勢を攻め立てております!」
一益 「…そうか」
忠征 「あっ!? あれは成田の旗印! 殿、敵方の本隊がそこまで迫って居りまする」
一益 「是非も無し、退き陣じゃぁ〜」

【一益の軍勢3000、中山隊の攻撃を受け止めるも、敵の後詰を受け敗走開始】
【氏照・中山隊:7900→7700 一益隊:4500(うち1500戦力外)→3700】
<北条殿、トドメをお願いします>
66柴田勝家@NPC ◆CbIuEBgmms :02/12/06 18:07
【天正十年六月四日 越中国魚津城近辺】

攻城から四十日余、名に武名知れたる上杉の猛者とて、敗色は濃く、
落城は時間の問題かと思われていた。
佐々、前田、佐久間などの織田家有数の武辺者を多く抱え、柴田権六は確かにこの時、
北陸の王として君臨していた。
しかし、戦勝を祝しているはずの皆の顔色はどこか冴えない。
信長横死の報がもたらされたのは、今日の朝早くの事だった。

佐々 「親父様、如何なされますか?」
柴田 「(沈痛な面持ちで)…景勝には和睦を打診する他あるまい…」
前田 「では親父様、惟任を討ち果たす師を起されるのですな? 是非それがしに先鋒を!」
柴田 「…そういう訳には参らぬ、湖北(北近江の事)は峻険、挟撃されれば勝ちは無い」
前田 「!? これは親父様らしくも無い。 敵を見て背を向けられるか?」
柴田 「…今は金ヶ崎の二の舞を演じる訳にはいかん、わしとて苦しいのだ」
前田 「…何故……このような事に…」
柴田 「近江堅田の湖賊共は、熱心な本願寺門徒宗。 万に一つも我らに合力はしまいて…」
佐々 「根切りの仇が、ここで出ましたな…」
柴田 「是非も無し」

【柴田勝家は越中富山に佐々成政を残し、上杉景勝との和睦を打診します】到着六月五日以降
【柴田勝家他本軍は、北庄を抜けて敦賀へ向かい、そこで待機します】
67上杉景勝 ◆GqY.fMiuzQ :02/12/06 19:11
【6月5日 春日山城】
ここ越後の地にも本能寺での凶事の報が入る。
若輩ながらその才を愛でられた直江兼続や、斉藤朝信、色部長実とともに、上杉の
行く末について話し合っていた。

色部「柴田からは和睦の使者が参ることでしょう」
斉藤「いやはや、助かりましたな。新発田の乱もありますし、やるべきことは山積みですぞ」
景勝「まずは国防の手筈を整えてからだ。新発田の警戒は強めるとしても、差し当たりは
   家中の統一を図らねばならん」
斉藤「さもあらん」
景勝「柴田との交渉役は誰に任せようか」
兼続「…畏れながら、某にお任せ頂きたいと存じます」
色部「おぬし、此度の重要さを分かっておるのか」
兼続「存じております」
色部「おぬしの能力に口を挟むつもりはない。しかしだ、何分若輩の身であろう。
   柴田に舐められてはいかぬ」
景勝「では兼続、そなたの申し出通り任せるが、長実もついてやってくれ。
   お互いの考えを尊重し、うまく事を進めてくれよ」
色部「そういうことでしたら異存はありませぬ」
兼続「…畏まりました」
68織田信雄 ◆cfUJHeorTk :02/12/06 19:42
 【六月五日 伊勢亀山城】

 信雄「穴山殿、よう参られた。道中難儀であったであろう。」
 梅雪「信雄様の御配慮、まことに痛み入ります。」
 信雄「本来ならゆるりとしていってもらう所だが、そうもいくまい。
    氏郷からの要請通り船を用意しておいた。早々に発たれるがよい。」
 梅雪「何から何まで忝く…」
 信雄「おっと、忘れておった。この書状を家康殿に渡してくれ。」
 梅雪「はは。確かに。」

 【穴山梅雪は伊勢湾を渡り三河へ】
69織田信雄 ◆cfUJHeorTk :02/12/06 19:58
 >68に遡ること一日

 信雄「穴山梅雪?ああ、武田の。何?ここに来るのか。ううむ。」
 田丸「殿、蒲生殿はなんと?」
 信雄「ああ、よくわからん。ほれ。」(書状を渡す)
 田丸「殿、直ぐに穴山殿を迎える用意を。」
 信雄「そうか。そうせい。」
 田丸「では森本殿、赫々云々でお頼み申す。」
 森本「はは。」

 信雄「ふう。直昌よ、これでよいのか?」
 田丸「は、よろしいでしょう。」
 信雄「やれやれ、このようなものは祐筆に書かせればよいものを…」
 田丸「殿が直に書かれてこそ、意味のあるものにございますれば。」
 
 【この日、上野の滝川一益に早馬の使者が出ました】
70真田昌幸 ◆Dg888yGhqg :02/12/06 21:07
【六月八日・上田】

パチリ
昌幸 どんな波がやってくるかのう。
パチリ
鷲塚 まず、北条。当家が先に情報を得、最速で使者出したことをどう考えるか。
パチリ
昌幸 上野で滝川と戦うこととなろう。信濃で縁ある者に、軽々に動くなと使者だそう。
囲碁が中断される。
鷲塚 して、当家はどこに向われまするか。
昌幸 信濃を荒らしてはならん。信濃が荒れ、滝川殿の力弱まることとなれば、松平あたりがしゃしゃり出てくる。
北条、上杉も信濃を狙おう。防ぐには柴田殿と懇意な滝川殿が必要なのじゃ。
鷲塚 明智殿と組まれるおつもりは。
昌幸 先に生き延びることだ。織田家、柴田と滝川のものと読むしかあるまい。
鷲塚 明智殿が織田家を打ち滅ぼした時は。
真田 その時よ。今は今だけ。
【真田家より、信濃の豪族に今は自重の時と使者が出る。信濃で一揆の気配低し。】
71真田昌幸 ◆Dg888yGhqg :02/12/06 21:19
上田にて
昌幸 上野で北条が滝川を打ち漏らした時には、当家は滝川殿の支配化となろう。
鷲塚 沼田より兵を出しますか。
昌幸 兵力が少なすぎる。賭けに出る余裕はない。
鷲塚 甲賀忍びで繋ぎは取れますぞ。
昌幸 信濃は心配に及ばぬと、伝えさせてくれ。真田全軍が味方であると。
鷲塚 全軍などと大げさな。五千ほどでございましょう。
昌幸 それも上野と信濃でな。が、それでもありがたがろう。

【滝川殿に味方としての使者が出る。】
72北条氏直 ◆.smLxkhTlI :02/12/06 22:56
>>65の続き

 氏直「着いたか。」
 大道寺「殿、敵方は既に退却を始めた模様、追撃しましょう。」
 氏直「そうだな。政元、そなたは騎馬兵3000を率いて神流川へ先行せよ。
    渡河を図る滝川軍を待ち伏せし、神流川へ叩き落してやれ。」
 朝倉「某が…でございますか?」
 氏直「うむ。存分に手柄を挙げるがよい。」
 政元「ははっ。ありがたき幸せ!」
 氏直「その言葉は手柄を挙げてからにせよ。油断するなよ。」
 政元「肝に銘じまする。」
 氏直「政繁、我等も追うぞ。全軍に伝達せよ!」
 大道寺「はは。」
 
 【滝川軍撤退開始。北条軍、追撃を開始します】
73北条氏直 ◆.smLxkhTlI :02/12/06 23:10
 >>56の続き

 氏直「冗談であろう?」
 使者「で、ありまする。」
 氏直「うむ。では改めて口上を聞こう。」
 使者「・・・といった次第であります。」
 氏直「ほう。織田家から距離を置き、独立されると。」
 使者「で、ありまする。」
 氏直「では昌幸殿に伝えてくれ。此度の仕儀、祝着である。貴家とはこれからも
    仲良うやっていきたいものだ。と氏直が申しておったとな。」
 使者「有り難き御言葉、確かに伝えまする。」
 氏直「役目、大儀であった。」

 氏直「真田の言う事、信頼するには足らん。が、ああ言っておるのだから
    今の所は善しとしておくか。無用な戦が避けらるのであればそれでよい。
    だが、一応探りは入れておこうか…」

 【真田の動きを探るため、間者が放たれました】
74上杉景勝 ◆GqY.fMiuzQ :02/12/07 01:31
6月5日夕刻、柴田勝家から和睦の使者が到着。景勝はまず魚津の包囲を解かせ、
十分な食糧を魚津城へ運び入れた。
直江兼続、色部長実の両名は使者とともに魚津近辺に控えている柴田勝家のもとに赴く。

【6月6日 魚津城近辺】
兼続「上杉景勝より和睦の調停を命ぜられました、直江兼続に御座います」
勝家「(若輩ではないか…)柴田勝家に御座る」
兼続「率直に申し上げます。常願寺川以東の割譲、これで和睦したく存じます」
色部「か、兼続」
兼続「事情は存じております。一刻も早く上方へ向かいたいでしょう。
   この条件さえお呑み下さるならば、上杉としても最大限の助力を約束します」
勝家「…助力、とは?」
兼続「都へ向け上ること、困難が予想されます。我らが後方よりの支援を致しましょう」
勝家「ふむ…」
兼続「また、上杉は新たな領地の経営を考えねばなりません。柴田殿の邪魔をすることより
   重要な仕事が増えますゆえ、安心して軍を移動できると存じますが」
勝家「信頼せよと言うのだな」
兼続「お任せ致します」
勝家「是非も無し。その条件呑む。但し、約定を違えた時は御覚悟召されよ」
兼続「もとより承知しております」

【上杉、柴田間で和睦と同時に支援を主とした軍事同盟が成立しました】
             ,彡 ∧_∧
             く く_,<丶`Д´> ,_   ハイッハイッ
             ヽ  \/   ⌒)   ハイハイハイハイ
               ヽ   ( ̄彡
               \   ヽ
                 r⌒丶)
                /  へハ
                  ! ||  \\
                   ‖|‖   \\
                从/∧∧  彡
           ⊂⌒ヽ/ つ;´Д`)
              スドズドズドズド
76上杉景勝 ◆GqY.fMiuzQ :02/12/07 01:56
和睦成った後の春日山途上…

色部「何を考えておる。勝手にあのような条件を付けおって」
兼続「上様より任されたのは某です」
色部「もし柴田が同意せん時はどうするつもりだったか」
兼続「明智を放ておくことは出来ますまい。柴田という男、そういう男に御座る」
色部「ただ同盟すれば良いだけのものを…。いらぬ禍根を残しおって」
兼続「物資で領国を買ったのです。悪い買い物でもありますまい」
色部「ともかく和睦出来たことは良しとすべきか…」
兼続「それのみは幸運でございました」
77蒲生氏郷 ◆MAGOgx/9/E :02/12/07 04:29
>>45 続き
前田玄以は三法師のこと、そしてこれまでの経緯を氏郷へ詳らかに話した。

氏郷「…これまでにそのような苦難を…」
玄以「某の事は気に止めないで下され。して、三法師様の件、お受けして頂けますか?」
氏郷「無論。立派に育てあげたく存じます」
玄以「おお、かたじけない」
氏郷「しかし、一つだけ条件がございます」
玄以「何なりと」
氏郷「玄以殿が某とともに三法師様をお守りする、これが条件にございます」

玄以の感動は計り知れないものがあった。
信忠の遺子、それは厄介者とされるかも知れぬ。それを覚悟で頼みに来た自分に、
頼み事を快諾してくれたばかりか、自分の面倒まで見てくれると言うのだ。

玄以「ありがたく、お受け致しまする……!」

【前田玄以、蒲生氏郷の客将となります】
78蒲生氏郷 ◆MAGOgx/9/E :02/12/07 05:11
【6月4日朝 岐阜城】
昨夜遅く、軍議の為に大垣城主・氏家行広が岐阜に到着。
明智に対しての対応が話されたが、どうにも話が纏まらない。それも一重に、
ここぞの時に信頼できる将がいない、の一点であった。
北方、大垣、岐阜の防衛線を固めたいが臨機応変に富んだ将が見当たらないのだ。
朝になっても結論の出ないまま、二人の焦燥は度を増してゆく。
そこへの光明が見えたのも、また一人の将によってであった。

「安藤伊賀守守就、手勢を率いて参上」

竹中、氏家の両将は安藤が追放された身分ということも忘れ歓迎した。
この危急の事態において、百戦練磨の安藤が駆けつけてくれたことに大きな感動を覚えた。
一転、円滑に軍議は進み始める。

その頃、谷崎忠右衛門は岐阜城の一室で大いびきをかきながら熟睡していた…。
【天正十年六月十六日酉の刻 上野国鉢形城周辺】

北条本隊の重厚な突撃を受け、戦は終わった。
かつて関東の諸大名の上に、轟然と君臨していた木瓜の旗は、地に落ち、踏みにじられ、敗れ去った。
神流川で立て直そうとしていた一益の、僅かな期待を裏切るかのように、朝倉政元の騎兵が、
順繰り順繰り、執拗に追撃を重ねてくる。
ある者は川で溺れ死に、ある者は土寇に狩られ、ある者は勇敢に戦い、敵にその名誉の首を渡してく。
生き残った将士もまた、ようやく訪れつつある夕刻の闇に、一騎、また一騎と身を溶かしていく。
闇の中で、一益軍の火縄が、チラッチラッと輝き、そして散っていき、やがて消え行く…。
詩景と言うには余りにも惨い、火縄と火花を照明とした、死の舞踏であった。

【北条氏直軍:36000→34500 滝川一益軍:12000→9500】
【北条氏直の勝利です】
【天正十年六月十七日払暁 上野国厩橋城】

北条軍に惨敗を喫した翌日、一益は集まって来た領主達に一人一人労いの言葉を掛ける。
かつて、一益の胆力を象徴するかのように、黒々と艶めいていた髪は、色が抜け落ち真っ白になっていた。
もはや、一益にはこの地で勢力を巻き返す気力は残されていなかった。
一益は、城の金蔵を残らず開放し、供に戦ってくれた領主達に、手渡しで金子を渡していく。
後背常ならず、侵略と略奪を専らとしたかつての大名との違いに感嘆と感動の声をあげる領主達に、
一益は、紙に何かを包んで、こよりをしっかり結び、渡していく

「これが貴殿らを守ってくださるでしょう」

領主達が各々の城に帰還し、こよりを解いて中を見ると、
そこには六文銭と『毘』と書かれた紙が入っていた。

【滝川一益、譜代の近臣を連れて伊勢に帰還】六月二十日到着
【北上野国を中心に、一部の領主が上杉家へ救援の使者を出す】六月十八日到着
【北条家、上野国を真田家、和田家を中心とした北上野以外の領土を掌握】
北条家 +17万石
上杉家 +10万石
真田家 +3万石
81上杉景勝 ◆GqY.fMiuzQ :02/12/07 08:14
【6月7日 春日山城】
昨日のことである。柴田との和睦が成ったその時、明智からの使者が春日山に到着した。
景勝は明日返事するのでしばしお待ち願いたい、と使者を春日山に泊まらせ、
7日の朝、諸将を集めて軍議を開いた。

景勝「皆の考えを聞きたい」
色部「柴田と同盟成った以上、不要のものと存じます」
斉藤「しかし明智が都を纏めた折には、我らは咎められること必死」
色部「その時は相手するのみよ」
甘粕「強大化した明智と戦して勝てる見込みはありませぬぞ」
景勝「兼続、何と見る?」
兼続「皆々様の御意見、全てごもっとも」
景勝「それでは動きが取れぬぞ」
兼続「柴田の後背を衝け、と言ってくるでしょう。我らは足止めさえすれば義理は果たした
   こととなります。明智も咎めることありますまい」
景勝「柴田を裏切れと申すか」
兼続「兵を出し、新領土の慰撫に当たりましょう」
景勝「なるほど…」
兼続「戦ばかりが兵の使い道ではありませぬ」

【明智日向守光秀に書状】
同盟の件、しかと承知致しました。何かお困りのことあらば、いつでも申されるように。
82上杉景勝 ◆GqY.fMiuzQ :02/12/07 08:24
【6月7日 春日山城】

兼続「真田家より、使者が参っております」
景勝「真田よりの使者と。ふ、抜け目無いことよ」

景勝「良くお越し下された。ゆるりとして行って下され」
使者「まずは主君、昌幸よりの口上をお伝え致しまする」
景勝「申されよ」
使者「…と言った次第であります」
景勝「あい分かった。何かご相談あらばいつでもこの景勝に申して下され、と
   お伝え願いたい。真田とは長く友誼を結びたい、ともお伝え下され」
使者「確かに、お伝え致しましょう」
景勝「まずは体を休めて下され」

【使者は8日夕刻に上田へ帰還します】
83明智光秀 ◆J2rclXD/6Y :02/12/07 09:49
【6月2日夜半、京】
「信長様、貴方が悪いのです」
斎藤利三らから信長の自決を確認した旨報告を受けた光秀は、そう呟くと涙を拭った。
「何を弱気な。これから御運が開けるのですぞ」
と利三。光秀は小さく頷く。
「分かっている。男子と生まれて天下を望まぬ者は男とは言えぬ。俺もこの歳でようやく天下への道が開けたのだ。欣快と言わずして何と言おう。だが」
「だが?」
「・・・臣としての道はまっとうできなかった。後世、人は俺を許すまい。大逆臣として語り継がれる事となろう」
「何を馬鹿な、天子を擁し天下を取れば誰もそのような・・・」
しかし古典漢籍にも通じた知識人でもある光秀は知っていた。
・・・魏の曹操を見よ。明の永楽帝を見よ。稀代の英雄でありながら叛逆者のそしりはついに免れなかったではないか。
しかし光秀は何も言わなかった。利三に説明しても仕方が無いと思ったからだった。
いや、そうではない。
嫌味ではなく、利三が羨ましいと思った。彼のようにまっすぐ生きられれば良かったものを。
84明智光秀 ◆J2rclXD/6Y :02/12/07 09:58
【6月3日】
この日の光秀は多忙であった。
午前中は近江、美濃の諸将に誘いの書状を書き続けている。
目算はあった。近江は取れるだろう。羽柴の残存部隊もたかが知れているし、毛利が動けばあの猿めは無力化する。
毛利、上杉、北条、長宗我部にも誘いの書状を送った。それぞれ信長の圧迫に苦しんでいた連中だ。信長が消え、光秀が不拡大路線を取るとなれば安心するだろう。
中でも長宗我部はきっと味方してくれると光秀は踏んでいた。元親の妻は利三の妹だし、婚儀の際もその後も色々と骨を折ってやった。
使者には利三の弟で土佐にも何度も使いした石谷兵部をやったから大丈夫だろう。

午後、近衛前久らと面会。彼らとは信長打倒に関して既に意見の調整は済んでいた。
近日中に参内されたい、との意向だった。
85明智光秀 ◆J2rclXD/6Y :02/12/07 10:12
【同日、大坂城】
若き貴公子津田信澄のもとを、一人の老武人が訪れている。
舅光秀から信長打倒の秘事を打ち明けられた後すぐに呼び寄せたのだった。
「義父上、お久しぶりです」
老武人の名は磯野員昌。かつての浅井家きっての勇将であり、姉川の戦いでは信長をあと僅かのところまで追い詰めた男である。
その後信長に仕え、信澄はその養子となっていた。しかしその後突然放逐され、高野山に逃れていたのだった。
「信澄殿も立派になられた」
「して、例の件は」
「任せて貰おう。これで旧主長政公の無念も晴らせた。後は今一度、武門の意地を見せるのも悪くは無い」

その日の夕方、信澄と員昌は大坂城を完全に掌握。荒木家の遺臣や浅井家の生き残りなどをかき集め始めた。
織田信孝らが本能寺の変報に気づいた時にはもう後の祭りだった。
信澄と員昌連名で紀州に逃れていた本願寺顕如に書状が出されたのもこの日のことである。
もう追放の身では無いと、その書状は告げていた。
86明智光秀 ◆J2rclXD/6Y :02/12/07 10:22
【6月4日】
この日も、光秀は京を動かなかった。
しかし近江平定、中でも安土の占領は急がねばならない、そこで明智秀満と溝尾茂朝を急行させた。
更に阿閉貞征に長浜を、武田元明に佐和山を攻略する旨指示を出した。

夜半、毛利より吉報。秀吉に先んじる事に成功したという。
87明智光秀 ◆J2rclXD/6Y :02/12/07 10:26
【6月5日】
筒井より援軍到着。
安土、長浜、佐和山の占領も完了した。

光秀の本当の戦いは、ここから始まる。
88孫次郎 ◆MAGOgx/9/E :02/12/07 19:37
伊勢中将殿
三法師の扱いについて談合したい儀がございます。
一応、三法師の存在は知らぬことにして頂けませぬか?蒲生にとっては宝ですが、
内部崩壊を狙われるかも知れませんので…。
三法師は生死不明、といったことでお願いしたいのです。

他にも色々と打ち合わせしませんとな…。近々前田玄以を使者として出しましょう。

ぼっけもん殿
表はsage進行で宜しいでしょうか?
89孫次郎 ◆MAGOgx/9/E :02/12/07 19:39
↑の書き込みはミスです。無視して下さい…
90徳川家康 ◆Z4A9O23po2 :02/12/07 20:14
【6月4日 三河大浜】
家康主従、同行した茶屋四郎次郎の機転と、道中での本多弥八郎正信の帰参に助けられ、
難所たる伊賀越えを達成、無事に領国へ帰り着く。

険路を踏破した家臣たちは皆疲れ果て、立っているのもやっとの有様の者もあった。
が、それとは対照的に、その主君の顔は塵芥に塗れこそすれ、数日前の陰鬱な影は何処にも無く、
溢れんばかりの覇気に満ちていた。出迎えの家臣たちの歓呼の声に、手を振って応じる家康。

一路岡崎を目指す一行。その途次でも疲れ果てた従者たちを叱咤し、次々と命を下す。
領内の馬を集め、家伝の刀・槍を磨き、兵糧・飼葉に弓矢・弾薬を掻き集める。
各地の諸将に使いを出し、全軍に出陣の号令を放つ。
その姿には最早、嘗ての「織田の猟犬」としての賎しき影は、何処にも無い。

孔子曰く「四十にして惑わず」。天は自慢の愛息を奪いはしたが、代わりに大いなる天命を下した。
徳川家康、二十年の雌伏より解き放たれ、覇権を目指す。

【徳川家中に岡崎城集結の命が奔る。10日には二万四千の通常動員が完了】
91徳川家康 ◆Z4A9O23po2 :02/12/07 20:16
【6月5日 岡崎城】
三河各地より将兵が参集する中、家康、股肱たる岡崎城代石川数正を呼び出す。

家康「伯耆よ、急ぎ尾張に赴き、『逆賊征伐』の兵を募れ。いずれ余も兵を率いて参る。」
数正「宜しいのですか?尾州は織田家発祥の地。下手に土足で踏み込めば、叛旗を翻したと受け取られかねませぬぞ!」
家康「元より承知の上よ。が、この非常時に小事に拘り、好機を逃すは愚の骨頂ぞ?濃尾は前右府が覇権の苗代たる用武の地。
   惟任めに先を越されてはならんのだ…。仔細は任せる。行け!」

【石川数正を警護の兵とともに鳴海に派遣。尾張諸将の懐柔及び家康清洲入城の際の参集を打診】
92蒲生氏郷 ◆MAGOgx/9/E :02/12/07 20:32
【6月6日朝 日野城】
氏郷「玄以殿」
玄以「は」
氏郷「蒲生家の代表として、伊勢まで行って頂きたい」
玄以「伊勢、というと信雄様のところでございますか」
氏郷「さよう」
玄以「…畏れながら、某がここにいることを簡単にお漏らしになることは…」
氏郷「されば、よ。此方から先に手を打っておかねばならぬ。それに交渉上手の
   貴殿しか頼れる者もおらんのだ。頼む」
玄以「…承知致しました。ではお考えを…」
氏郷「うむ。……」

【北畠信雄の許へ前田玄以が使者に出ます。昼には亀山城に到着】

(信雄殿、お受け下され)
93織田信雄 ◆cfUJHeorTk :02/12/07 20:36
【六月五日 伊勢亀山城】

 田丸「殿、これから忙しくなりますぞ!」
 信雄「面倒じゃのう。」
 田丸「何を仰りまする。いずれ伊勢にも明智の軍勢が迫って参りましょう。
    防備を整え、迎え撃たねばなりませぬ。」
 信雄「何と?ここにも来るのか?」
 田丸「当たり前です!」
 信雄「ううむ。そうか。で、俺は何をすればよいのだ?」
 田丸「防衛の準備は我等にお任せを。殿は尾張の叔父君達に書状をしたためてくだされ。」
 信雄「わかった。して、なんと?」
 田丸「逆臣明智日向討伐のため、直ちに出師を…と。」
 信雄「うむ。」
 田丸「御自分でお書き下されませ。」
 信雄「む…わかっておるわい。」

 【伊勢に動員命令がでました。織田信雄、尾張の信包、長益に出陣を要請】
94織田信雄 ◆cfUJHeorTk :02/12/07 20:52
 【六月六日 伊勢亀山城】

 使番「ご家老、日野城より前田玄以様が参られました。」
 田丸「日野から玄以殿?どういうことだ?」
 使番「拙者にはわかりませぬ。」
 田丸「はて…面妖である。まあよいお通しせよ。丁重にな。」
 
 【前田玄以、亀山城に到着。信雄に会見。蒲生様、後は宜しく】
95蒲生氏郷 ◆MAGOgx/9/E :02/12/07 21:11
>>94 続き

訝しむ信雄を前に、前田玄以は滔々と口上を述べる。
まるで昔から蒲生の家臣であったかのような口ぶりに信雄はますます疑念を抱いてゆく。

信雄「玄以殿」
玄以「何でございましょうか」
信雄「解せぬことがあるのだが…」
玄以「仰って下され」
信雄「本能寺での変事は知っておる。そなたは二条城にいたのか?何はともあれ、
   貴殿の身が無事だったのは至極祝着。だがな、何故蒲生殿の使者として来たのだ」
玄以「されば、です」

玄以は二条城よりの道すがらを丁寧に説明し始めた。
信忠も自害し、混乱のさなか逃げ続けたは良いが、持ち物は全て盗賊に奪われ、極度の
疲労と気の病にて死線を彷徨っていたところを蒲生氏郷に拾われた。
岐阜へ戻ろうとも思ったが、ご存知の通り明智の手が伸びておりそれも叶わぬ。
かくなる上は命を救って貰った氏郷の為に一命を捧げる所存、と。
勿論、殆どが捏造である。

信雄「…そうか。おぬしも難儀な道を歩んできたのだな」
玄以「いえ…」
信雄「では蒲生殿よりの用向きを聞こう」
玄以「まず明智に対しての策を決めたいと。これは後々どなたかを日野までお寄こし下され。
   もう一つは日野近辺にて合戦と相成りし場合、予め蒲生一族の妻子をこちらに移したいと。
   信雄様にはご迷惑となりましょうが、なにとぞ御慈悲をとの言にございます」
信雄「ふうむ…」

(信雄殿、続きを)
96織田信雄 ◆cfUJHeorTk :02/12/07 21:31
>>95続き
 
 信雄「…(何だ?俺にどうせよというのだ?援軍送って蒲生を助ければよいのか?
    ううむ、直昌がおれば解説してくれるのだがなぁ…)。」
 信雄「(ええと、二条から逃げてきて氏郷に拾われた、と。で、兄上は亡くなられた。
    ??待て待て。兄上が亡くなられたのに守役が逃げてきた…と。)」
 信雄「おい、この狐野郎!三法師はどうした?貴様、臣下の分際で俺に隠し事をするか?」
 前田「き、きつ…。い、いいえ。滅相もありませぬ。どうか最期まで御聞きくだされ。」
 信雄「おう。包み隠さず全て話せ。援軍も何もその話の後だ!」

 (蒲生様、続きを)
97蒲生氏郷 ◆MAGOgx/9/E :02/12/07 21:42
玄以「某は三法師様の守役として二条城におりました。そしてあの凶事の折…。
   信忠様は今までご苦労だった、と某に仰せられ、幼い三法師様を伴って消えたのです。
   後は信雄様のご判断にお任せいます。某は下手な憶測はしとうありませぬゆえ…」
信雄「(兄上が我が子とともに死んだ、と言っておるのか…?ううむあり得ない話では無い…」
玄以「まだ何かありましょうや?」

(信雄殿、続きを宜しく)
98織田信雄 ◆cfUJHeorTk :02/12/07 21:55
>>97
 信雄「よい。大儀であった。氏郷には委細任せよ。と申せ。」
 前田「有り難き御言葉でございまする。」
 信雄「うむ。(やれやれ、今度からは直昌は絶対に同席させよう…)」 
99無名武将@お腹せっぷく:02/12/07 22:18
2日 堺
3日 草内
4日 多羅尾
5日 白子
7日 岡崎
100無名武将@お腹せっぷく:02/12/07 22:19
100
101蒲生氏郷 ◆MAGOgx/9/E :02/12/07 22:30
>>98 続き

【6月6日夜 日野城】
氏郷「ご苦労だった」
玄以「後々、信雄様よりの使者も参るでしょう」
氏郷「三法師様の処遇には心を痛めておられるだろう」
玄以「命の保証をして頂いただけでも満足しております」
氏郷「思えば、不幸な星のもとにお生まれになったものよ…」
102無名武将@お腹せっぷく:02/12/07 22:57
102
103無名武将@お腹せっぷく:02/12/07 23:06
☆ チン     マチクタビレタ〜
               / 〜'` ̄ヽ          マチクタビレタ〜
        ☆ チン  〃 彡ハ^^(ヽ(   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
          ヽ ___\ル\ ゚∀゚) < 石井館長のタイーホまぁだぁ?
             \_/⊂|~⊂ll ̄|    \_____________
           / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ /|
        | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|  |
【六月六日 肥前佐嘉城】

鍋島直茂「御館様、上方で変事があったようですぞ。本能寺にて前右府殿が斯々然々。」
竜造寺隆信「ふむぅ、中原の混乱が収まる前に九州を纏め上げれば儂も天下獲りに加われるやも知れぬぞ。
        直茂、筑前を切り取る手配を致せ。信安、鞆ノ浦に使いを走らせよ。」
成富信安「鞆ノ浦と言うと先の足利将軍殿ですな?して、文面は如何に?」
隆信「南蛮渡来の文物を適当に送っとけ。それから前右府が事、祝着至極とでも。
   それからな、義昭殿から毛利へ大友を牽制する様お頼み申し上げるとしとけ。
   どうせ毛利は動かんだろうが別にかまわん。
   ようは筑前を切り取る藍だ儂の敵にまわらん様義昭殿の口から言わせればよいのじゃ。」
直茂「御意。それと御館様、上方へも誰ぞつかわしましょう。誰が勝つのか見極めねばなりません。」

【竜造寺家は筑前への侵攻を準備】
【毛利家に寄宿している足利義昭に大友の牽制を毛利に頼む様依頼の使者】
【上方の情報収集を開始】
105斎藤利三:02/12/08 06:49
【斎藤利三の行動】

お命頂戴つかまつる!!!

【明智光秀は死にました】
106斎藤利三:02/12/08 06:50
【斎藤利三の行動】

京周辺は押さえた

【斎藤軍畿内を制圧】
107斎藤利三:02/12/08 06:52
【斎藤利三の行動】

上杉へ書状 従えば東国全部くれてやる

蒲生へ書状 従えば命は助けてやる

竜造寺へ書状 従えば九州をくれてやる

真田へ書状 従えば武田の再興を約束をする
108織田信雄の家臣:02/12/08 06:54
殿お命頂戴!!!!

【織田信雄死亡】
109滝川の家臣:02/12/08 06:55
殿が無くなられた

【滝川一益死亡】
110滝川の家臣:02/12/08 06:56
斎藤殿に助っ人

【呂布が斎藤利三に仕官しました】
111三戦版の住人:02/12/08 07:02
三戦板の住民のみなさま

以前このようなスレが日本史からやってきたとき、この板に迷惑をかけぬと約束
したにもかかわらず、内部でさんざんみにくい争いをやって板を荒らしました。
わかれた片方はどこかへいってしまったので、こっそり帰ってきたときに処置する
として(もう帰ってきてるだろう 注意して!)、とりあえずここのGMに上記の
書きこみを見とめるかどうかを確認する。自分たちの世界にひたって拒否するようなら
三戦板みんなであぼーんしましょう。
112あぼーん:あぼーん
あぼーん
113無名武将@お腹せっぷく:02/12/08 07:57
uzeeyo自治厨!そろそろ2ちゃんから卒業して新聞配達でも始めれ。
114あぼーん:あぼーん
あぼーん
115上杉景勝 ◆GqY.fMiuzQ :02/12/08 08:06
【6月8日 春日山城】
信長の死によって越後の危機は一旦回避された。
しかしその爪痕は深く残り、上杉家はその処理に奔走している。

景勝「景泰、良く柴田の攻撃に耐えてくれた。礼を言う」
中条「は…、ありがたく存じまする」
景勝「上杉は四方より攻められ儂も覚悟したが、そなたのような忠義の士が越後を守ったのじゃ。
   魚津の後詰めを出来なかったことは謝る。すまなかった」
中条「過ぎたことです。お顔を上げて下され」
景勝「そなたの功に報いて加増致す。常願寺川以東の内、二万石を任せる」
中条「ありがたく…」
景勝「篭城して敵を本国へ向かわせぬのも戦の功じゃ。胸を張れよ」
中条「は。では急ぎ慰撫に当たりませんと」
景勝「いや、まずは魚津城の修復をせよ。兵を出しての慰撫は儂の許しあるまで行うな」
中条「は?」
景勝「領主への挨拶はすぐにせよ。頼んだぞ」
中条「は、はあ…」
>>111
迷惑かけるってどういうことをいうのさ?
少なくてもあなたのように他スレまで出てちょっかい出してくる香具師はここにはおらんと思うが。


あと版じゃなくて板だよ。ホントに住人(w
117あぼーん:あぼーん
あぼーん
此処は、三戦という隔離板の中でも、更に特化された隔離スレ。
参加者が踊るも騒ぐも、全て表と裏でのみ。
放置しる!
119あぼーん:あぼーん
あぼーん
120上杉景勝 ◆GqY.fMiuzQ :02/12/08 09:10
【6月8日 春日山城】
景勝「弥三郎」
顕長「は」
景勝「そなたを松倉城主に命ずる。楠川将綱と共に松倉に入れ」
顕長「畏まりました」
景勝「先の軍議、出ておったな?」
顕長「…心得てありますれば、ご安心を」

景勝「さて、次は新発田の件か…」
兼続「信長亡き今、以前のような強硬な態度には出られますまい」
景勝「では新発田の件は任せる」
兼続「はっ。なれど、願わくば須田殿を共につけて頂きたく存じます」
景勝「そうだな。では、新発田の調略はそなたと須田に頼もう」
兼続「心得ましてございます」

【色部顕長、楠川将綱が松倉城へ入ります】
【新発田重家に書状が出ます。景勝の不明を詫び、譲歩する旨を明記】
121あぼーん:あぼーん
あぼーん
122あぼーん:あぼーん
あぼーん
123上杉景勝 ◆GqY.fMiuzQ :02/12/08 13:00
【6月8日夕刻 魚津城】
兼続「竹俣殿、お願いがあって参りました」
竹俣「某に出来ることでしたら何でも」
兼続「新発田重家殿に書状を書いて貰いたいのです」
竹俣「!されば、殿は弟をお許し下さるので?」
兼続「無論です。その為にも竹俣殿の力をお貸し願いたい。一筆、書状を書いて貰えませぬか?」
竹俣「弟が名誉回復出来るのならば、喜んで書きましょう」

【新発田重家宛ての書状】
一、御館の乱後の論功について。
  新発田重家の功を認めるとともに、三条を正式に加増
  但し、津沖口は景勝へ返却するべし
二、此度の謀反の扱い。
  今だ大問題になっていないゆえ重家の身は保証するが、新たに人質を春日山へ送ること
  並びに、景勝の前で誓いを口上にて述べる。また、誓紙を提出すべし
三、織田との内通について。
  此度は不問に処す

以上の内容の書状を、上杉景勝、直江兼続、竹俣慶綱、須田満親の連名にて新発田重家に
届けます。
【天正十年六月九日 越後国新発田城】

新発田重家 「…三条を加増か、悪くない話やも知れぬ」
五十公野信宗 「義兄上、騙されてはなりませぬ! これは罠に違いありませぬぞ」
重家 「確かに、景虎様に対する仕打ちを見れば、信用もならぬか…」
信宗 「事ここに至れば、旗をあげるより他はござりますまい」
重家 「…覆水は盆に帰らずか」
信宗 「御意」

【新発田重家の軍勢2,000 新発田城にて篭城準備開始】
【兵糧・弾薬を集め、堀を深くし、土塁を修築しております】
125徳川家康 ◆Z4A9O23po2 :02/12/08 13:22
【6月6日 岡崎城】
穴山梅雪、信雄の庇護の元、無事岡崎城に到着。出陣準備に追われる家康に面会を求める。
家康、群臣を引きつれ、城門まで出迎える。以前とは様変わりした家康の印象に、驚愕する梅雪。
上方で別れてより数日。一体その間に何があったというのか?
その身に纏う覇気に気圧され、同格の大名であることを忘れたか、崩れるように地に伏す。
家康も身を屈め、梅雪の両手を頂く。

梅雪「み、三河様には、無事御帰国の由、重畳至極…。
   某も日野の蒲生殿に伊勢の北畠中将様にお助け頂き、何とか一命を拾いまして御座る…。」
家康「おぉ、前右府様の婿殿か。令名は伺ってはいたが、お若いのに大したものだ。
   我が盟友の窮地を助けていただいたのだ。伊勢中将様ともども、何れ馳走せねばなるまいな。」

手を梅雪の肩に掛けながら、耳元でささやく家康。その穏やかな笑みが崩れることは無い。
家康「穴山殿には先の甲州討ち入りの際に並々ならぬ恩を受けた故な、恩返しまでに再び武田の旌旗を翻して進ぜよう。
   全ては当家にお任せあれ。下山にて結果を御覧じろ。」
梅雪、完全に威に打たれ、脂汗を流しながら地に額をこすりつけるばかりであった。

【甲信両国に「前右府・左中将横死」の報を積極的に悲観的側面から流布。
 また穴山家中を通じて三井ら武田旧臣と接触、『武田梅雪』の可能性を示し、即時蜂起を促す】
【大久保忠世・岡部正綱に既に動員の成った兵千五百を与え、
 『穴山からの援助要請』として甲斐に出兵 6月10日には甲斐入国】
126無名武将@お腹せっぷく:02/12/08 13:39
さらしあげ
127あぼーん:あぼーん
あぼーん
128あぼーん:あぼーん
あぼーん
三戦板でやんな。自分達でHp作ってやりゃあいいじゃねぇか。
130無名武将@お腹せっぷく:02/12/08 13:49
二日で岡崎・堺間が移動できたのなら、何もなく街道を全力で移動できたわけだ。
そして、船の用意にも時間がかからず、かなり都合よく風も吹いていた。
数十の兵の移動は、これをベースに移動可と。
131あぼーん:あぼーん
あぼーん
132あぼーん:あぼーん
あぼーん
133上杉景勝 ◆GqY.fMiuzQ :02/12/08 14:18
【6月10日 春日山城】
兼続「申し訳ございませぬ」
景勝「あの分からず屋め…!」
須田「最早、新発田の調略は不可能と存じます」
兼続「如何致しますか?」
景勝「決まっておる。不安要素は取り除く」
兼続「では軍の編成に入りましょう」
景勝「うむ。色部長実、甘粕景継に任せよう。満親」
須田「はい」
景勝「そなたには留守を頼みたい。まだ北信濃や越中の情勢も不安定ゆえ、
   平安を保つことを心掛けよ」
須田「お任せ下さいませ」
景勝「兼続、出陣の準備じゃ!」
兼続「…は」

【上杉軍、出陣準備に入ります。13日に出陣予定】
134あぼーん:あぼーん
あぼーん
135あぼーん:あぼーん
あぼーん
【越後騒乱 新発田軍布陣表】

水原城 水原親憲 300人
加地城 加地秀綱 300人
赤谷城 小田切三河守 300人
五十公野城 五十公野宗信 400人
新発田城 新発田重家 700人
【天正十年六月十三日 越後国新発田城】

母衣武者 「申し上げます! 上杉景勝の軍勢がこちらに向かっております」
重家 「来たな! 揚北の意地を見せてくれるわ! 筆を持てい」
祐筆 「ははっ」
重家 「葦名家に書状をしたためよ。 約定通り蜂起した故、兵糧の馳走を頼むとな」
祐筆 「御意」
重家 「景勝め! 目にもの見せてくれる」
<上杉殿、続きをどうぞ>
【天正十年六月十二日朝】
【常陸太田城】

佐竹義重は庭先で西の空を眺め、思いにふけっていた
(このままいけば、天下は遠からず織田のものとなろう。
 しかし、この関東の地を尾張の成り上がり者の好きなようにされるのは、気にいらん)
このとき後ろから慌ただしい声がした。

岡本禅哲 「殿!上方の様子を探らせていた者より、とんでもない知らせが参りました。」
佐竹義重 「どうした、京で何かあったのか?」
岡本禅哲 「織田先右府殿が京の本能寺で、討ち死にしたとのことです」
佐竹義重 「何!誰に討たれた?」
岡本禅哲 「家臣の明智光秀に。詳しいことは判りませんが、今上方は混乱しているとのことです」
佐竹義重 「そうか・・・ 家臣等に集まるよう伝えてくれ」
岡本禅哲 「かしこまりました」

佐竹義重は、西の空をにらみつぶやいた 「戦国の世はまだ続きそうだな・・・」
139初心者@鬼義重 ◆H2AvSTmtjE :02/12/08 16:52
【天正十年六月十二日午後】
【常陸太田城】

居並ぶ家臣達の前で佐竹義重は切り出した。
佐竹義重 「皆も知ってのとおり、京で織田信長が討たれ、上方は大混乱しているそうだ、
      そればかりか、北条が兵を集めていると忍びから報告があった。」
真壁氏幹 「それでは、戦の準備をせよと」
佐竹義重 「いや、北条は兵を北と西に向けよう。もっとも、付近の諸大名は動揺するだろう。」
     「まず、常陸、下野の諸大名に反北条同盟の使者を出す。
      それから禅哲には里見殿の元へ使者として向かってもらいたい。
岡本禅哲 「かしこまりました」
佐竹義重 「皆の者遠からず戦になろう、そのときは頼むぞ。下がってくれ」

義重は、下がる途中の太田資正を呼び止め、声をかけた
「そなたの城を取り返してやれるかもしれんぞ」

【佐竹義重は、常陸、下野の諸大名に同盟の使者を立てました】
【里見氏に向け岡本禅哲を同盟の使者に立てました十五日に着く予定です】
140あぼーん:あぼーん
あぼーん
141徳川家康 ◆Z4A9O23po2 :02/12/09 00:25
【6月7日 岡崎城】
上方への出陣準備に追われる岡崎城内。
その喧騒の中、家康、二俣にて匿っていた武田旧臣の依田信蕃を呼び寄せ、面会。

信蕃「三河様にはお変わりなく、恐悦至極…。」
家康「ふむ、良く参った。本日その方を呼び寄せたのは他でもない。
   前右府がその倅ともども惟任めに討たれたのは聞き及んでおろう?」
信蕃「はっ、此方に参上する道中で…。」
家康「では、余がこれより話す内容も見当が付いておろう?前右府という重しが無くなった以上、
   甲信が麻の如く乱れるは時間の問題。滝川は傑物だが、赴任して間もない故、大した押さえにはなるまい。
   後の諸将は推して知るべしだ。」
信蕃「左様で…。」
家康「となれば二国は格好の草刈場、北条や上杉も早晩触手を伸ばすに相違無い。甲信は先の武田追討の痛手より立ち直っておらず、
   確かに旨みも少ない。が、あの地は東海の蓋、他家に奪われては、当家は常に脇腹に刃を受けることとなる。
   それだけは避けねばならぬ…。判るな?信蕃。その方だけが頼りなのだ…。」

只、じっと目を見つめる家康。息を呑み、その意を汲み取る信蕃。
織田への怨嗟の声に満ちた信濃に、その盟友たる徳川の代理人として乗り込む。
それが一体どういう意味を持つのか、理解できぬ信蕃ではない。
平伏したまま沈思する信蕃。再び顔を上げたとき、その相貌には並々ならぬ決意が漲っていた。

信蕃「…本来なら先の甲州崩れの際に散っていた命で御座る。我が身命、三河様にお預け致します…。」
一つ一つ噛み締めるかのように話す信蕃に駆け寄り、その両手を押し頂く。
家康「頼むぞ、信蕃。そなたに何かありし時は、嫡男竹福丸を必ずや佐久郡の主と致そう…。」
信蕃「何、必ずや信濃の諸豪族を纏め、三河様をお迎え致します故、そのような気遣いは御無用で御座るぞ。では!」

死地に向かって走り去る信蕃の背に、ただ頭を垂れる家康。が、その口元には冷ややかな笑みが張り付いていた…。

【依田信蕃を南信濃に派遣。流浪の小笠原貞慶を擁し、諏訪・木曾・保科ら諸豪族に恭順を促す 
 6月9日には深志周辺に到着】
【山家三方衆に命じ、毛利秀頼逃走後の飯田城を接収 6月10日入城予定】
142あぼーん:あぼーん
あぼーん
143明智光秀 ◆J2rclXD/6Y :02/12/09 09:56
【6月7日】
光秀の参内は滞り無く終わった。その夜、利三らと祝い酒を酌み交わしながら光秀はその様子を反芻している。

従五位下右兵衛佐に任ず、との伝達をされた後、武家伝奏勧修寺晴豊と臨席していた近衛前久は厳かにこう言った。
「明智殿は博識であられるから、この官位の持つ意味は改めて説くまでも無いでしょうな」
「言外の意味、深く玩味なされよ」

利三らは官位が思いのほか低いと不満のようであった。
「徳川殿よりも随分と安く見られたものですな」
「まあそう言うな」
光秀は苦笑すると、利三に酌をしてやりながら説明してやった。
「その昔、源頼朝公が伊豆に流刑される前に任じられていたものだ」
おお、と一同が嘆声を上げる。しかし池田輝家が首を傾げた。
「しかし流刑になる前のものというのも不吉といえば不吉ですなあ」
「織部殿、口が過ぎますぞ」
「いや、良い。織部は心配性だな」
光秀は小さく頷いた。そこは考えないでも無かったのだ。しかし。
「確かに苦難は待っていよう。しかし頼朝公はその後に運を開いた。あやかりたいものだ」
「なるほど」
144明智光秀 ◆J2rclXD/6Y :02/12/09 09:57
その後、特例ということで内々に宸筆を賜った。光秀が震える手で開いたそれには、ただ一首の和歌が記してあった。
「よろづ民のうれへなかれと朝ごとにいのるこころを神やうくらむ」
後花園天皇の御製である。光秀は大いに感嘆し、心中大いに期すものがあった。
「天下泰平を開けということですな。民を慈しみ、憂いの無い世を作れと」
「大御心はその一点にあらせられます。特に宸筆を賜った意味、明智殿には分かりましょうな」
「は。肝に銘じます」

光秀は思った。
もはや死の日まで俺に安息の日は無かろう。いや、死んだ後も謀反人よ簒奪者よと貶められるであろう。
しかし、それで良いではないか。民草が憂い無く過ごせる世が開けるなら、この身がどうなろうと構うまい。
もはや命は要らぬ。名も要らぬ。天下の為の捨石となれればそれで良い。俺はその為に、信長様を討ったのだ。


145無名武将@お腹せっぷく:02/12/09 18:21
頼む荒らさないでくれ・・・○○は罵倒されると他に累を及ぼす
146あぼーん:あぼーん
あぼーん
147上杉景勝 ◆GqY.fMiuzQ :02/12/09 21:07
【6月13日 春日山城】
色部「軍の編成並びに点検、終わりまして整列しておりまする」
景勝「うむ、ご苦労だった。兼続」
兼続「ここに」
景勝「此度の戦、おぬしの考えは如何に」
兼続「目算では芦名が新発田の援助をするでしょう。まずはその連携を断つべきかと」
景勝「ではすぐに新発田城へ向かうなと」
兼続「まずは支城を落とすのが戦の倣い。加持城、赤谷城を落とし、芦名との連絡を断つ。
   本城に向かうのはその後です」
景勝「長い戦になるな…」
兼続「されどここが山場。長い戦も民のためとなります」
景勝「分かっておる。では、行くか」

【6月13日、上杉軍春日山城を出発。総軍勢1万】
148あぼーん:あぼーん
あぼーん
荒らしに対し荒らしで報いるは愚かなり
150明智光秀 ◆J2rclXD/6Y :02/12/09 22:05
【6月7日付、明智光秀より徳川家康への書状】
恐々謹言。
信義を旨とされる徳川殿にとり、主君を討ち果たしたそれがしは蔑むべき忘恩の輩でありましょう。
しかしそれでもそれがしが信長公を討たねばならなかった理由も考えて頂きたく存じます。
手塩に掛け期待を掛けていた御嫡男信康殿に詰め腹切らせねばならなかった徳川殿には、信長公の恐ろしさがよくお分かりの筈。
あの方は確かに当世の傑物、英雄でありました。しかし一面では魔王であった。
あの方は破壊者になれても太平を導く方ではなかった。つまりは人を無体に殺しすぎた。私にはそれが耐えられなかったのです。
私はこれより明智の頭領として精一杯立ち働くつもりでいます。天がそれがしを嘉みし賜うなら、それがしの手で太平の世を作りましょう。
もしもそれがしが叛逆の咎により道半ばで倒れたならば、徳川殿が天下を太平に導いて頂きたい。
そして叛逆者にも一分の望みがあったことを覚えていて頂きたく存じます。

当面の話として、当家としては尾張に兵を出すつもりはありません。ご随意になされませ。
少なくとも生き残った織田の公子たちに天下を宰領する器量が有ろうとはおもいません。
151あぼーん:あぼーん
あぼーん
152明智光秀 ◆J2rclXD/6Y :02/12/09 22:10
【6月7日付、明智光秀より長宗我部元親への書状】
恐々謹言。
先般、織田家より貴家に対する無体な要求について御迷惑をお掛けして申し訳なく存じます。
この一件に見られる通り、信長公には信義無く、天理無く、人道もまたありませんでした。それがしが主君を討つに至った理由はそこにあります。
四国は土佐の雄たる貴殿が独自に切り取られるべきものであって、我らが口を挟むべき物ではない。
元親殿が雄図を完遂されんことをお祈りしております。
追伸。斎藤内蔵助が御内室様の事をしきりに懐かしがっております。落ちついたら是非土佐に使いさせますので、その折はよしなに。
153あぼーん:あぼーん
あぼーん
154あぼーん:あぼーん
あぼーん
155あぼーん:あぼーん
あぼーん
156織田信雄 ◆cfUJHeorTk :02/12/09 22:45
 【六月六日 尾張清洲】

 信包「信雄殿からの使いか。して、用件は?」
 森本「は、此度、逆臣明智日向を討滅するため、兵を挙げることになりました。
    信包様におかれましては直ちに尾張にて兵を挙げ、合力下さいますよう。」
 信包「うむ。信雄殿が立たれるか。あいわかった。ただちに兵を集めよう。」
 森本「ありがたきお言葉でございまする。」
 信包「兵を挙げるなら長益にも合力させねばなるまい。」
 森本「そのことでございますが…」
 信包「何かあったのか?」
 森本「既に徳川殿の名で動員が開始されておりまする。」
 信包「何だと?ううむ。わかった。だが、徳川殿は盟友だ。何か考えがあるのだろう。
    今は危急存亡のとき、細かいことは申すまい。」
 森本「…。」
 信包「役目、大儀。立ち返って信雄殿に我が意を伝えてくれ。」
 森本「はは。」

 【織田信包、領内に動員を発令】
157織田信雄 ◆cfUJHeorTk :02/12/09 23:08
 【六月七日 伊勢亀山城】

 田丸「森本殿、御苦労でした。」
 森本「これは田丸殿、お出迎えかたじけない。」
 田丸「して、首尾は?」
 森本「そのことでありますが…」
 田丸「ふむ…。左様で。とにかく殿に復命なされよ。」
 森本「では、共に参りましょう。」

 信雄「おう、戻ったか。で、叔父貴はなんと?」
 森本「は、………といった次第でありまする。」
 信雄「そうかそうか。具俊よ御苦労であったな。褒めて遣わすぞ。」
 森本「ありがたき幸せでございまする。」
 田丸「殿、今後のことについて少しお話がありまする。」
 信雄「何だ?まだ何かあるのか。申してみよ。」
 田丸「されば…」
 信雄「ううむ。盛信よお主はどう思う?」
 関「田丸殿の案に賛成でありまする。」
 信雄「そうか。具政はどうじゃ?」
 木造「某も賛成でございまする。」
 信雄「わかった。お主等がそう申すのならばよい。直昌、
    氏郷にはお主自ら行って話しをつけて参れ。」
 田丸「はは。」

 【日野の蒲生氏郷へ使者が出ました。蒲生様、宜しく】
信包は当時、長野家の養子。伊勢の一城主に過ぎん。
長益は二条城から脱走して、この時は未だ行方不明。
設定上のミスだな。
159織田信雄 ◆cfUJHeorTk :02/12/09 23:12
>158
以前、GMより説明がありました。不都合ならばGMとの話し合いの上、訂正致します。
160蒲生氏郷 ◆MAGOgx/9/E :02/12/09 23:15
【6月7日 日野城】
氏郷「信雄殿からの使者が参りました」
賢秀「そうか。では氏郷、お前が相手をしてくれ」
氏郷「御意」

氏郷「関殿、ようお越し下されました。信雄殿のご存念は如何に?」
関「氏郷殿の要望に全力で応える所存、と申しておりました」
氏郷「それはありがたい。では、御用向きをお聞きしましょう」

(信雄殿、続きをどうぞ)
161無名武将@お腹せっぷく:02/12/09 23:20
尾張の遺領は裏のスレで設定したから問題ないかと。
ただ変が起きて数日で長益がなにしてるかしらん。
信包は一門衆で信忠・信雄に次ぐNo.3だ。
史実ではすぐ秀吉についたから目立たないけど変前からそれなりの活躍してたはず。
162蒲生氏郷 ◆MAGOgx/9/E :02/12/09 23:20
>>160 訂正
関盛信ではなく、田丸直昌が来たのでしたな。訂正します。
それと、信雄殿の使者って失礼ですねー。
信雄様、にこれも変更。申し訳無し。
163徳川家康 ◆Z4A9O23po2 :02/12/09 23:30
【六月七日 岡崎城】
信蕃を送った後に家康、堺より伴った長谷川秀一とも対面。
家康「長谷川殿、前右府様の仇討ちで御座るぞ。貴殿にも一肌脱いで頂こう。」
秀一「御意!参州殿の采配に従いましょう。如何様にもお使い下され!」

家康の豹変に気付くことの無い秀一。後に彼を襲う悲劇はこの時、既に定められていたのかも知れない…。

【長谷川の名で、滝川一益へ本能寺襲撃を報せる早馬を発す 6月10日到着】
【同じく長谷川の名で信雄へ書状。「前右府は常日頃から『窮時には三河殿を頼れ』と仰せでした」】
【その後は長谷川を尾張に派遣、調略に勤しむ石川の補佐とする】
164織田信雄 ◆cfUJHeorTk :02/12/09 23:41
>160の続き

 田丸「此度は我等の動きをお伝えするために参りました。」
 氏郷「左様でございますか。お伺いしましょう。」
 田丸「美濃へ参ります。」
 氏郷「…。」
 田丸「援軍を向かわせます。三千で足りましょうや?」
 氏郷「…。」
 田丸「美濃の現状について、ご存知のことがあればお教えくだされ。」
 氏郷「…。」

 【蒲生様、宜しくお答えくだされ】
165徳川家康 ◆Z4A9O23po2 :02/12/09 23:50
【六月八日 鳴海城】
数日前より濃尾諸豪族の懐柔に奔走する石川数正の元に、長谷川秀一が駆けつける。
秀一「伯耆殿、募兵御苦労で御座る。参州殿の命により応援に駆けつけましたぞ!」
数正「おぉ、長谷川殿の御到着か。これは心強い!前右府の寵臣が当家に付いたとなれば、
   より多くの兵が集まりましょう。これで当家の逆賊征伐にも弾みが付きますぞ!」
秀一「全ては織田家の天下を守る為で御座る。参州殿は亡き上様が最も信頼された方。
   一刻も早く、織田の義臣を糾合し惟任めを討ち果たしていただかねば…。」
   
微妙に食い違う二人の展望。
が、数正が裏で「織田家崩壊」の報を流布させていることを知らぬ秀一に、気付く余地は無い。

【石川、長谷川を清洲の信包の元へ派遣。徳川軍との合流を進言】
166蒲生氏郷 ◆MAGOgx/9/E :02/12/09 23:54
>>164 続き
氏郷「美濃へ参ると」
田丸「はい」
氏郷「…家臣の谷崎が岐阜に赴いております。国内は混乱しておりましょうが、
   安藤殿の復命等でまだ平静を保っている、と」
田丸「ほほう」
氏郷「それと」
田丸「何なりと」
氏郷「ここも間もなく戦火が来るでしょう。今のうちに信長様の妻子と蒲生の家族を
   伊勢に移したく存じます」
田丸「…」
氏郷「援軍を送って頂けるのは嬉しく思います。何卒、よしなに」

(信雄殿、続きをお願いします)
167明智光秀 ◆J2rclXD/6Y :02/12/09 23:59
【6月8日、京】
午前のうちに再び近衛前久と会見した光秀は、先の任官御礼と当座の費用として金銭の献上、更に京洛の当面の地子免除を申し出た。
「申し向きは誠に殊勝。主上も益々お喜びであらしゃいましょう」
お追従を言う山科言経を一瞥すると、光秀はいつもの癖で小首を傾げた。
「それがし常々より勤王の志篤く、此度のお計らい誠に恐悦に存じております」
「よく存じておりますぞえ」
「ついては、官位職色は難しいことになりましょうから、王城鎮護を明智に命ずとの御錠なりとも頂けまいか」
「王城鎮護。山城守にでもせいと言うのかの」
「いやいや、そういう肩書きではなくて、です。ただ王城の鎮護はお前に頼む、とのお言葉だけでも。それがし、その一言だけで喜んで大君の辺にこそ草生す屍となりましょう」
訳が分からない、という顔の言経を制し、前久が身を乗り出す。このあたり、さすがに年を経ている。
「良いでしょう。その旨、しかと主上に奏上奉らん」
「有り難き幸せ。我が武者ばらも勇み立ちましょう」
光秀は微笑すると、折り目正しく一礼した。

「死んだ信長と違って、ああいう感激屋は扱い易いですなあ」
光秀が辞去した後で、言経は含み笑いしつつそう言った。
しかし前久は首を振った。
「いや、あれはあれで付き合い方を損なうと困ったことになるな」
「と、言いますと」
「あの男は下手な公家より天朝の事を知っておる。その上で公家より天朝を純朴に崇めている」
「そのようで」
「もしも我らがあの男の憧れる朝廷の尺度とは相容れぬ振る舞いをすれせば、彼は我らを許さぬだろうよ」
「・・・」
「信長は我らが彼の害にならぬ限り好きにさせてくれていた。だがあの男、憧れているだけに口うるさいやも知れぬわ」
168織田信雄 ◆cfUJHeorTk :02/12/10 00:09
>167

 田丸「委細、お任せくだされ。」
 氏郷「頼りは信雄様のみ。宜しくお願いします。」
 田丸「我等にとって蒲生家は頼みの綱、協力も惜しみませぬ。こちらこそ頼みます。」

 【蒲生家との連携を確認、田丸は翌日に復命します】
少しひどいな。やめませんか、こんなこと。
170明智光秀 ◆J2rclXD/6Y :02/12/10 00:25
【6月5日、美濃曾根城】
安藤父子が岐阜に入ったとの知らせに激怒した者がいた。
美濃きっての勇将にして頑固者、稲葉一鉄である。
「冗談ではない、何の安藤づれが忠義面しおって」
「父上、何をお怒りなのです」
子の貞通が首を捻る。
「安藤殿は元は僚友ではありませぬか」
「あれは不手際があって放逐されたのだ。それが信長殿が死んだからといってのうのうと忠義面して稲葉山のお城に入るとは片腹痛い」
「竹中殿や氏家殿も喜んで迎え入れたとか」
「馬鹿馬鹿しい。この期に美濃を切り取る腹かよ」
「では我らはどうするのです」
「・・・決めたわ。わしは十兵衛めに合力してやるぞ」
「十兵衛って・・・まさか!」
「おうよ。あれは美濃の男だ。それにあれがこの挙に及んだ気持ちも分からんではない」
「逆臣に荷担するつもりですか」
「馬鹿め。俺も元は逆臣よ。藤吉郎の口車に乗って信長に美濃を取らせたのは誰だ?」
「・・・それはそうですが」
「それよりも何よりも、氏家だの安藤だのましてや竹中の小倅が、何の相談もなく美濃の主面しておるのが気に入らぬのだ。もう決めたぞ。決めた!」
この頑固親父はもうこうなると梃子でも動かない。貞通は溜息をついた。
「ならば一刻も早く明智殿に使者を飛ばしましょう」
「無論。兵どもの手配りもせい。それから野口の小六郎(西尾光教)にも使いをやっておけ。あれもわしが動けばついてこよう」
「心得申した」

【稲葉父子、戦闘準備に入ります】

171蒲生氏郷 ◆MAGOgx/9/E :02/12/10 00:37
【6月7日 日野城】
田丸直昌との会談終了後…

氏郷「上様の御家族、そして蒲生の家族を伊勢に移す」
郷舎「…確かにその方が宜しいかも知れませぬな」
氏郷「明日よりは周辺の勢力とも連携を取らねばならんな」
郷舎「御意」
氏郷「三法師様もお送りせよ。ただ、蒲生の家族として、だ。
   その為に父上にも伊勢へ行って頂こう」
郷舎「納得されるでしょうか」
氏郷「まあ、説得するさ。父上は安土の留守居、上様の御家族を守らねばならん。
   そして三法師様を隠すためにも父上は必要だ」
郷舎「なるほど」
氏郷「いざという時は」
郷舎「はい」
氏郷「蒲生の者にしなければならないかも知れぬ」
郷舎「過ぎたることでは…」
氏郷「御家争いの目の敵にされてはどうにもなるまい。それならば、だ」
郷舎「無情な世でございますな」
氏郷「是非も無し」
 
【翌日、信長・蒲生の家族が伊勢に向かいます】
172無名武将@お腹せっぷく:02/12/10 01:16
A
173無名武将@お腹せっぷく:02/12/10 01:31
2ゲット
174上杉景勝 ◆GqY.fMiuzQ :02/12/10 05:57
【6月14日 行軍中】
兼続「殿」
景勝「なんだ」
兼続「徳川家康の動きが不穏でございます」
景勝「徳川か。無事に帰ってきたようだな」
兼続「どうやら甲信に手を出す様子」
景勝「手の薄い時を狙ってきたか」
兼続「徳川は天下の傑物。手を携えておくべきかと」
景勝「高く買うものよ」
兼続「織田亡き後は、徳川が威を張るでしょう」
景勝「どうせよと」
兼続「殿の信濃の扱い、聞きとう存じます」
景勝「やみくもに欲張るものでもない。あの地は厄介な地だ。今の勢力を保てるならば
   他に存念は無い」
兼続「畏まりました。ならば徳川に使者を送りましょう」
景勝「盟約か。条件は任せる」
兼続「はっ」

【上杉家より徳川家へ書状】
内容 上杉景勝は徳川家康を高く買い、共に協力して天下の騒乱を治めたい旨。
   信濃の仕置きに関して、上杉の勢力内で不埒を行わぬならばこちらも関与しない。
   お互いの利を考えた上での不可侵条約。
   兵站にお困りあらば、些少だが協力しても良い。
   提案として、越後―駿河間の内陸貿易開始。
175上杉景勝 ◆GqY.fMiuzQ :02/12/10 07:18
【6月15日 行軍中】
景勝と兼続の余念無い国内仕置きは続く。

景勝「朝信、いるか」
斉藤「は」
景勝「おぬしには急ぎ海津城へ行って貰いたい」
斉藤「(あからさまに不快の色が浮かぶ)」
景勝「まあ、そう怒るな。海津は森長可が撤退し確保したばかりの土地だ。
   高坂昌元も一人では不安だろう」
斉藤「御主命とあらば、受けまするが」
景勝「それにもう一つ、考えもあるゆえな」
斉藤「そのお考えをお聞かせ願えますか?」
景勝「(チラリと兼続を見る)」
兼続「斉藤殿に海津城をお任せしたい、と某が申し上げました」
斉藤「!(とたんに歓喜の色が浮かぶ)」
兼続「高坂殿には新発田へ入って頂く予定です」
斉藤「何故、そうような?」
兼続「高坂殿には良からぬ噂があります。理由をつけて新発田に移しておこうと」
斉藤「もしや、北条…」
兼続「斉藤殿、この件は忠義に厚い貴殿が適役。お受け頂けますか?」
斉藤「勿論!お任せあれ!」
景勝「慰撫を終えたら高坂を寄こしてくれ。兵も1000程動員して、な」
斉藤「はっ!では!」

【斉藤朝信、海津城へ向かい周辺の慰撫に当たります】
176上杉景勝 ◆GqY.fMiuzQ :02/12/10 17:34
【6月18日 行軍中】
赤谷城も迫ってきたこの日、上杉軍、正確には景勝と兼続に衝撃の知らせが入る。
上野の碓氷郡、利根郡を中心とした領主が上杉家を頼ってきている、というのだ。
上野は滝川一益の制圧下にあったのだが、先の北条との戦で敗れ伊勢に戻ることとなったらしい。
その折に領主に渡されたものは、『毘』の一文字であった、と領主の使いが訴えた。

景勝「どうする?」
兼続「どうするも、彼の者達は上杉の義を頼っているのです。
   見捨てることなど出来ますまい」
景勝「しかし、上野は…」
兼続「事態を後から見ても仕方ありません。これよりどうするか、です。
   某に考えがありますゆえ、お任せ頂きたく存じます」
景勝「聞かせよ」
兼続「されば……と言った次第」
景勝「…成功するのか?」
兼続「見立てでは成功すると存じます。我らは救いの手」
景勝「分かった。頼む」
兼続「は」

兼続「元忠!」
春日「はい」
兼続「至急北条家まで行って貰いたい」
春日「用向きは」
兼続「……ということだ。出来るな?」
春日「出来るか、とは何を仰せですか。仕てこい、の間違いでしょう」
兼続「ふふ、そなたならば安心だ。頼んだぞ」
春日「御意」

【春日元忠、小田原城へ向かいます】

(氏直さま、会見しましょう)
177上杉景勝 ◆GqY.fMiuzQ :02/12/10 17:41
>>196 訂正。
小田原に氏直さまはいませんな。どこにいるんだろう?
ともかく、武蔵、川越方面へ向かう、でお願いします。
【天正十年六月二十二日 越後国赤谷城】

母衣武者 「申し上げます! 上杉景勝の軍勢八千、こちらに向かっております」
小田切 「なんと! 新発田殿との約定が違うではないか! どうした事じゃ」
母衣武者 「敵方は、既に葦名様の事を存じて居ったのでございましょう」
小田切 「…何処から漏れ居ったか、是非も無し」
母衣武者 「殿、如何致しましょうや」
小田切 「たわけ! 事ここに至ってはどうにもならぬわ! 景勝に揚北の意地を見せて散るまでよ」
母衣武者 「…御意」

【二十二日午の刻、上杉景勝軍の総攻撃開始】
【赤谷城、虚を衝かれ動転。 新築間も無い城は一日で落城。 城主、小田切三河守自害】
【上杉軍:8000→7000 赤谷城300→0(落城)】
【天正十年六月十日 筑前国秋月城】

書を嗜む種実は、この日も上質の紙に筆で無心に書いていく。
かつて流浪を味わい、浪人の頃に出会った人間がこの栄華を見れば、驚くに違いない。
筑前・豊前・筑後に三十六万石、毛利の力を借りたとは言え、当代きっての器量人であった。
梅雨の湿った空気を掻き分けるように、種実の弟、種冬が転がり込んで来た。

種冬 「兄じゃ! 聞き申したか? 竜造寺家が兵を募り当家に攻め入るとの専らの噂でござりまする」
種実 「ふふっ 戯言を申すな。 我と隆信殿は共に大友に当たる盟友ぞ? 大方、大友の調略であろう」
種冬 「某も左様に思っておりましたが、博多の商人の話では、佐嘉の諸式(物価)が騰がっておる様子」
種実 「…うむぅ 警戒するに越したことは無いか…」

そこへ、早馬からの知らせが舞い込む。 竜造寺隆信、秋月の領内に闖入。

種実 「おのれ、隆信め!! 後背を衝くとは!」
種冬 「兄じゃ、如何致しますか? 大友とは交戦中、兵を裂く余裕はござりませぬ」
種実 「道雪殿に連絡せよ。 我、竜造寺と不倶戴天に成りにけり、昨日の敵は今日の友、
    共に竜造寺に当たるべしとな」
種冬 「御意!」

【秋月家、立花道雪に和睦の使者を立てます】六月十一日到着
【秋月家、領内に動員令を敷きます。 常備軍六千 残りは筑前・筑後方面に割り振ります】
【筑前の城方に兵糧・弾薬の補充を開始、宗像・原口等の組下大名に動員勧告】
180上杉景勝 ◆GqY.fMiuzQ :02/12/10 19:23
【6月22日 赤谷城】
景勝「素直に従ってくれれば、みすみす大勢を死なせることもなかったであろうに」
兼続「…」
景勝「小田切始め、討ち死にした者を一緒に葬ってやれ。味方もな。
   敵といえども越後の民。戦いぶりは立派であった」
兼続「はい」
景勝「これよりはどこへ向かうか」
兼続「五十公野城、でしょう。しかし積極的に攻め懸けてはなりません。
   芦名の輜重、これを手に入れることが肝要」
景勝「では押さえを残すか」
兼続「某が残ります」
景勝「それほど重要か」
兼続「重要です」
景勝「…分かった。頼むぞ」
兼続「すぐに追いつきますゆえ、ゆるりと城を見ていて下さい」

【攻防戦にて戦死した兵を丁重に弔い、墓を立てました】
【翌日、直江1500を除く5500の上杉軍が五十公野城へ向かいます】
【方針としては積極的に交戦しません】
【直江隊は芦名の輜重を待っています】
【天正十年六月十八日 常陸国太田城】
義重は岡本禅哲の帰りを首を長くして待っていた。

禅哲 「ただいま戻りましてございます」
義重 「待っておったぞ、して首尾は」
種冬 「同盟につては快く受けていただけました、しかし里見家はなにやら家中がごたごたしているようで、
    しばらくは兵が出せぬとのことでした。」
種実 「そうか、まあ良いこちらも結城殿と宇都宮殿が合力を申し出てくれた。
    外から攻められる心配がないだけでもよしとしよう。」
   「皆に兵を集めるようにつたえてくれ。まず国を平らげよう。」
種実 「殿、いよいよですな!」
種冬 「うむ、関八州は、関東武士のものだからな、北条に負けるわけにはいかん」

【佐竹家、領内に動員令を敷きます。 8000人】
【臣従大名である、多賀谷政経に動員令を出します1800人】
182北条氏直 ◆.smLxkhTlI :02/12/10 23:21
 【六月二十日 厩橋城】

 南上野が北条に帰して間もないこの日、予想外の人物が氏直に会見を求めてきた。

 氏直「春日殿…と申されたな。景勝殿が一体私に何の御用ですかな?」
 春日「は。その前に此度の一戦の勝利、祝着でございまする。」
 氏直「そう言って頂けるのは嬉しいが、今の貴家と北条家の間柄、知らぬわけではありますまい。
 春日「…。」   
 氏直「用件を申されよ。」

 【上杉殿、続きをどうぞ】 
183上杉景勝 ◆GqY.fMiuzQ :02/12/10 23:33
【6月20日 厩橋城】
春日「では用件を言います。北上野の領民より、上杉の名を慕って主となって欲しい
   旨が伝えられました」
氏直「…」
春日「当方としましては、義軍の名に恥じぬよう領民の申し出をお受けすることになり申した」
氏直「…で」
春日「…飾らずに申しましょう。上野で我らが争うのは我らの利とはなり申さん。
   お互いの利を見れば、和して治めることが最上かと存じます。如何?」

(氏直さま、続けて下され)
184北条氏直 ◆.smLxkhTlI :02/12/10 23:41
>>203の続き

 氏直「上杉家と和議…のう。」
 春日「は。」
 氏直「(私としては無用な戦が避けられればそれに越したことは無いが…
    父上や叔父上達が何と申すやら…)」
 氏直「即答はできかねる。だが、条件を聞いておこうか。」

 【上杉殿、続きを】
185上杉景勝 ◆GqY.fMiuzQ :02/12/10 23:54
>>206 続き
春日「…畏れながら、上杉より貴家へ援助等することは出来申さん」
氏直「…」
春日「それよりも、上野の安定、この意味を図って頂きたく存じます」
氏直「…」
春日「上野内における不可侵、協力同盟。上野に不安あらば、覇道は遠くと見ますが」
氏直「…」
春日「まずは上野の駐屯兵をお解き下され。代わりに、貴家が上野で兵を動員するのならば
   北上野において混乱をきたさぬことをお約束致しましょう」
氏直「…」
春日「…もしこの同盟成らぬ時は、誰が一番喜ぶか。おのずと分かりましょう」

(氏直さま、続きをお願いします。纏めて頂いても良いです。結果も気にしません)
186北条氏直 ◆.smLxkhTlI :02/12/11 00:13
>>210続き

 氏直「(確かにその通りだ。今の北条家には敵が多すぎる。あまり長い間、
    領国を留守にもできぬ。しかし、父上達を私が説得できるか?いや、せねばなるまい。)」
 氏直「…応じよう。」
 春日「まことでございますか?」
 氏直「このような席で戯言など言わぬ。景勝殿に宜しく伝えてくれ。」
 春日「あ、ありがたき御言葉、きっと伝えまする。」
 氏直「北上野の件、くれぐれも…」
 春日「お任せ下されませ。上杉家は義を何よりも重んじまする。
    信に叛くようなことは決して致しませぬ。」

 この日、氏直は父や叔父達に誠意をもって説得。理解を得ることに成功した。

 【上杉、北条に相互不可侵の盟約が成立。北条氏直は南上野に大道寺政繁を封じ、
  領内を慰撫します。また、翌日に北条軍三万四千五百が撤退を開始します】 
187織田信雄 ◆cfUJHeorTk :02/12/11 00:28
 【六月八日 伊勢亀山城】

 信雄「おう、戻ったか。」
 田丸「委細、滞り無く。」
 信雄「うむ。お主の言うとおり、美濃に多くの諜者を放っておいたぞ。」
 田丸「それでは…」
 信雄「準備は出来ておる。行くぞ。」
 田丸「はは。」
 信雄「盛信、俺の留守の差配は任せる。伊勢を守ってくれ。」
 関「お任せくださりませ。」

 【織田信雄、田丸直昌と馬廻りを連れて尾張清洲へ。翌日到着します】
荒らしてる奴うざいよ。
俺はROMだけど結構楽しみにしてんだ。邪魔すんな。
【天正十年六月十九日 常陸国太田城】
義重の前には動員した八〇〇〇人の兵が下知を待っていた。

義重 「これより、常陸国内の対立勢力を一掃するための戦を始める。」
   「この戦いは当家の大義のの第一歩となるものである。皆心してかかれ」
兵士 「おおー」
義重 「まず、私と東(佐竹)衆、太田、梶原で府中城を囲む」
   「氏幹は、兵二〇〇〇を率いて多賀谷殿と合流し、その後・・・」
氏幹 「わかりもうした」
義重 「禅哲、府中城と小田城に忍びを放ち、兵の動きを常に把握できるよう手配せよ」
禅哲 「はい、すでに万事ぬかりなく」
義重 「そうか、府中城は小田へ後詰めの使者を出すだろう、禅哲留守を頼むぞ」
禅哲 「かしこまりました」
【佐竹義重 兵6000を率いて府中城へ向かいます。21日到着予定】
【真壁氏幹 兵2000を率いて、多賀谷政経 兵1800と20日に合流します】
190明智光秀 ◆J2rclXD/6Y :02/12/11 11:12
【6月8日夕刻、京】
岐阜城が確保できてはいるものの美濃の情勢は予断を許さない。
大坂からの早打ちでは、石山の城は防備も整い摂津制圧へ向け手を打ちつつあるという。
ここで光秀は一つの決断を下した。

「内蔵助。兵1万を与える。苦労だが安土の左馬助の寄騎として岐阜へ入り、美濃を睥睨しに行ってくれ」
利三は少々驚いた。今の明智において兵1万というのはかなり思いきらないと出ない数ではある。それだけ、美濃制圧戦に賭けているのだろう。
「何日頂けましょうや」
頭の中で美濃の地図を広げながら彼は問う。光秀は小首を傾げると、苦笑した。
「早ければ早い方が良い。日数は切らぬが、時間が無い事は間違い無かろうよ」
「少々骨の折れる仕事ではありますが、何とかなるでしょう。左馬助殿に早馬を出し、先行して頂くことにしましょうか」
「それが良い。早馬は俺が手配しておこう。いつ発てる」
主の問いに、利三は即答する。
「半刻もあれば」
「はは、さすがは内蔵助よ」

【斎藤利三、兵1万を率いて安土経由で岐阜へ】
191明智光秀 ◆J2rclXD/6Y :02/12/11 11:19
【同日 摂津石山城】
一方、大坂では津田信澄と磯野員昌が戦備に精を出していた。
「荒木の残党が結構集まっているらしい。これは毛利殿に文でも書いたほうがよいですな」
「確か荒木殿は毛利に寄食していたな。妙案妙案」
「本願寺の方は?」
「使者の話では、顕如殿は大喜びらしい。紀州の詫び住まいにも飽いていたようだからな」
員昌は顕如光佐とは面識があった。過年の織田包囲網の頃の話だ。
「坊官下間頼廉に雑賀兵1000を付けて先発させたそうだ。あの坊主殿は傑物、頼りになる」
「おお、あの鉄砲坊主殿ですか。あの御坊がこの城に入ればまさに金城鉄壁でしょう」
頼廉は言わずと知れた顕如の片腕にして本願寺随一の砲術鉄砲の名手だ。まさにこの城に篭り、信長の大軍をさんざん翻弄したものだ。
「聞けば雑賀衆の棟梁、雑賀孫一殿も本格的に軍勢の召集を始めたとか。整い次第合流されるとの事」
「雑賀衆が味方についてくれるのは大助かりです。これで舅殿の役に立てますかな」
「何の、西の敵は我らが一手に引き受け、ついでに摂津一国切りとって明智殿に進呈するとしよう」
景気良く大笑すると、員昌は急に声を落とした。
「しかし、織田の縁者たるそなたが何故明智殿に荷担したのだ?舅とは言え少々解せない話ではある」
「簡単な事ですよ」
信澄は穏やかに首を振った。
「信長様のやり方についていけなくなったのは舅殿だけではないのです」
「ついていけない、と」
「ええ。あの方は苛烈過ぎた。私は別に野心も大望も無い男ですが、せめて誰もが笑って過ごせる世にしたいとは思っている。だが、あの人が生きてある限り、それは無いと思うようになったのです」
「・・・」
「恐らく舅殿も同じだったのでしょう。あの方も優しい方ですから」
「なるほどな・・・」

【津田信澄名で毛利庇護下の荒木村重へ、復帰を促す書状が発せられました】
【紀州の本願寺顕如、石山復帰へ向け行動開始。雑賀衆の動員開始。先発隊として下間頼廉、海路石山へ】
192明智光秀 ◆J2rclXD/6Y :02/12/11 12:03
【同日付、津田信澄より柴田勝家への密書】
その後ご壮健でしょうか。(勝家は信澄の養育係だった。ついでに信澄の父信行の養育係も勝家だった)
このような事になり大層驚かれていると思います。主君を討った裏切り者だと思っているでしょう。
しかし考えてもみてください。私の父であり勝家殿の主君でもあった織田信行を無体に殺したのは誰だったのか。
また、特に咎もない佐久間殿、林殿を突然放逐したのは誰であったのか。
父を殺された私や同僚を惨い目に遭わされた舅光秀殿がこの挙に及んだ心情も多少はお分かり頂けるのではないでしょうか。
また、勝家殿と光秀殿はもとより親しい間柄でした。此度の挙兵は天朝の後援もあってのこと、出来る事なら御味方となって頂けると嬉しく思います。
私は祖父とも慕っている勝家殿と戦いたくありません。
舅と祖父が戦うところも見たくはないのです。

【天正十年六月二十日 午の刻 常陸国筑波山不動峠】

ttp://map.yahoo.co.jp/pl?nl=36.10.17.735&el=140.8.8.158&la=0&fi=1&sc=6

小田氏治 「常陸の趨勢を決める重要な戦、負ける訳には参らぬ」
菅谷範政 「勝負はやってみなければ分かりませぬ、幸い筑波の山を先に制する事ができました。
      数は少なしと言えども、簡単に負けは致しますまい」
小田氏治 「うむぅ… 大掾殿も馳走してくれておる 勝機は我にあり!」

【小田・大掾連合軍配置状況】
先鋒:大掾清幹 1800
本陣:小田氏治 1800
右備:鹿島清房 1000
左備:玉造重幹 1000
後詰:島崎安定 1000

【不動峠を本陣に、山に沿って鶴翼の陣で布陣します】
【真壁別働隊が裏手に布陣、佐竹本隊は筑波山を隔てて北東に布陣します】
<佐竹殿、布陣をどうぞ>
【佐竹軍配置状況】
先鋒:佐竹義久 2000
本陣:佐竹義重 1000
右備:梶原政景 1000
左備:太田資正 1000
後詰:東佐竹衆 1000
【魚鱗の陣で布陣します】
外見上少数なので、積極的には攻撃せず、山を下りてくるよう挑発します。
【真壁別働隊】
真壁氏幹2000
【小田・大掾連合軍が攻勢に出た頃合いで左翼を攻撃します。】
多賀谷政経1800
【府中城を攻撃します。すでに出発済み】
(ぼっけもん殿勝負です!お願いします)
195徳川家康 ◆Z4A9O23po2 :02/12/12 01:20
【6月10日夕刻 岡崎城】
徳川軍動員を完了、国内要所に守備兵を配した結果、総勢一万八千が岡崎城に集結。
翌朝の出陣を全軍に告げ、戦勝祈願を終えた家康の下に、時機を見計らったかの如く、
>>150の明智からの密書が届く…。

寝所の家康、側に侍した無二の謀臣に件の書状を見せる。
家康「惟任め、早くもご機嫌伺いとは。殊勝な事よ。」
正信「あの御仁も、四方八方敵だらけ。藁にも縋る思いで御座いましょうな。
   で、上様としては如何なさるおつもりですかな?」
家康「聞くまでもあるまい。ここで奴と通じては当家まで逆臣扱いぞ。
   今は飽くまで、あの男の仇討ちの出師で通す。後は、上方の戦況次第…。」
正信「御意。只、機を失しては筑前や修理に先を越されますぞ…。御油断は大敵で御座います。」
家康「口説いぞ、弥八郎。皆まで言うな。」
言い放つと家康、正信の手より書状を取り上げると、燭台の灯火に翳す。

翌朝、生憎の増水の為、出陣を延期した岡崎城より上方へ使いが奔る。
その懐に密書の類は無い。只、「葵と桔梗を雑ぜた錦菊の花束」を携えしのみ…。
【6月13日、光秀の本陣に到着予定】
【天正十年六月二十日 午の刻 常陸国筑波山不動峠】

大掾清幹 「大掾の興亡、この一戦にあり! 父祖伝来の土地を、佐竹などに取られてたまるか!」
忠幹 「兄上! 今こそ下知を!」
清幹 「全軍! 掛かれぇ〜」

【大掾軍 1800 先鋒:佐竹義久軍 2000と交戦に入ります】
【先鋒軍の情勢 佐竹義久軍がやや有利】
【大掾軍:1800→1700 義久軍:2000→1900】
【次ターンで本軍・右備・左備が交戦を開始します】
<佐竹殿、次のターンをどうぞ>
>>196から遡る事一日

【天正十年六月十九日 筑波山への途上】

菅谷 「殿、北条家へ使者を御出しになられた方が宜しいのでは?」
氏治 「ははっ 余り心配するな、此度の戦は我らが勝つであろうて、
    北条殿には余り借りを作りたくは無いからな、佐竹を討って北条殿に母屋を取られては適わん」
菅谷 「されど、万が一という事もござれば、用心するに越した事はござらぬ」
氏治 「うむぅ、、それも一興か…伊勢の力を借りねばならぬとは、小田の力も衰えたものよ」
菅谷 「それは言っても詮無き事にござりますよ。 士気にも係わります故、御口を慎まなされませ」
氏治 「……」

【小田氏治から北条家へ救援要請の使者が出ました】→六月二十一日着
【天正十年六月二十日 虎の刻 常陸国筑波山不動峠】

佐竹義重 「敵は峠を下りてきたな、積極的に出る必要はない、
      真壁隊が現れるまでしのぐのだ!」
資正、政景「かかれ〜」
【左翼 右翼 本陣の情勢 ほぼ互角】
【小田軍:1800→1750 義重軍:1000→950】
【左翼 右翼 両軍共にに1000→950】
【大掾軍 1700→1600 佐竹義久軍 1900→1800】
(ぼっけもん殿、次のターンを願います)
【佐竹義重陣中にて】
「この戦の後、大掾清幹はどうとでもできよう、
しかし小田氏治は北条に救援を求めるやもしれん。
何としてでも小田の首取らねばならん。」
義重はいつもの武者震いが始まった。
【佐竹義重はこの戦で小田氏治を討ち取る覚悟です】
【天正十年六月十一日 筑前国秋月城】

種冬 「兄じゃ! 竜造寺は高祖城にまっすぐ向かってくるようですぞ」
種実 「そうか…隆信め、余程自信があるようじゃのう 種冬! 立花家の返答はまだか?」
種冬 「恐れながら、まだのようでござりますな」
種実 「ええい じれったい このままでは動揺する国人衆も出てまいろうて」
種冬 「既に長野・宇都宮は不穏な動きをしておるようですぞ」
種実 「大友が動くかどうかじゃな…わしの天運もここまでか…」

【高祖城主 原田信種 兵数 600人 篭城中】
【舞岳城 波多江某 兵数300人 篭城中】
訂正 ×梶原軍→○義久軍

【天正十年六月二十日 未の刻 常陸国筑波山不動峠】

挑発に乗った大掾軍は、梶原軍に猛攻を仕掛ける。
さすがは関東にその名を轟かせる太田資正の息子、大掾の猛攻を見事に抑えてみせる。

大掾清幹 「本陣は何をしておる! ここで押さねば何時押すのだ! 伝令を急がせよ」

大掾清幹の伝令が、小田氏治の馬前に駆け込む。
既に義重隊との交戦が始まり、槍の穂先に照った光が、六月の湿気を帯びた陽炎に揺られて、
鈍い輝きを放っている。

氏治 「うむぅ、大掾殿の言う通りか。 全軍を前に進めよ」

蒸せるような人いきれの中で、先鋒軍と本陣が合流。
山を降りたとは言え、背に要害を配した小田軍は、数で圧倒している事もあり、徐々に佐竹の陣を押していく。

氏治 「ここが正念場ぞ! 押せぇ〜 押せぇ〜」

【右備・左備の情勢 膠着のまま動かず】
【先鋒・本陣の情勢 やや小田軍が押し始める】
【鹿島軍 950→900 太田軍 950→900】
【玉造軍 950→900 梶原軍 950→900】
【小田・大掾軍 3350→3250 義重・義久軍 2750→2600】
【別働隊の到着まで、後一刻(佐竹殿→GM→佐竹殿のターンで到着)】
訂正が分かりにくかったので、もう一度訂正します。

×先鋒軍 梶原政景→○先鋒軍 佐竹義久

削除:さすがは関東にその名を轟かせる太田資正の息子
【天正十年六月二十日 未の刻 常陸国筑波山不動峠】

義重は内心焦り始めていた
義重 「小田の軍勢を我が方の中にまで引きずり込んだまでは良かったが、
   予想以上に勢いがある、真壁が来るまで本陣を支えられるか・・・。
   他の陣は五分といったところか。よし、
   後陣に小田の本陣の右を着くように下知をしろ、右だぞ間違えるな!」
伝令 「は、承知しました」
義重 「馬の支度をせよ」
近仕 「ははっ」

【後陣の東佐竹衆1000に小田氏治の陣の右を攻めさせます】
【本陣は陣を支えることに重点を置きます】
(ぼっけもん殿前レスは申し訳ありませんでした。次ターンをお願いします)
【天正十年六月二十四日 越後国五十公野城】

人の口に戸は立てられぬ。
景勝が、赤谷城の戦死者を敵味方無く手厚く葬ったと言う話は、
またたくまに新発田に組する将士に伝わっていった。

足軽A 「聞いたか? 上杉様は落城した赤谷の士を手厚く葬ったとよ」
足軽B 「本当けぇ! 鬼の様な恐ろしい方じゃと聞いておったが、存外優しい方なんじゃな」
足軽A 「赤谷が落ちたからなぁ 兵糧は期待できぬぞ」
足軽B 「…じゃとしたら、わしらは何の為に戦って居るのか」
物頭 「そこっ!!? 何を話しておる」

【赤谷の顛末が伝わり、新発田方の諸城に動揺が伝わってます】
【葦名からの荷駄隊は、二十五日に赤谷付近に到着します】
【荷駄隊の宰領は、須田盛秀が行います。 荷駄の護衛隊は1200です】
【天正十年六月二十日 未の刻 常陸国筑波山不動峠】

母衣武者 「申し上げます! 我が陣に東佐竹衆1000が殺到しております!」
氏治 「なにぃ!? このままではせっかく押したのに台無しじゃ 菅谷、どうすれば良いのじゃ?」
菅谷 「殿、ここで慌ててはなりませぬ。 敵が後詰を投入したという事は、もう余力の無い証拠。
    こちらも島崎殿に使者を立て、対抗すればよろしいだけの事」
氏治 「そうせい そうせい! 早くそうせい!」
菅谷 「御意」

その時、北の方角から、巻き上がる土煙に未だこの主従は気付いてはいなかった。

【後詰の投入により、佐竹軍が小田軍を押し返します】
【小田・大掾軍 3250→3100 義重・義久・東衆 3600→3500】
【鹿島軍 900→850 太田軍 900→850】
【玉造軍 900→850 梶原軍 900→850】
<佐竹殿、次のターンをお願いします>
【天正十年六月九日 美濃国曽根城】

母衣武者 「申し上げます! 斎藤利三の軍勢一万、我が城へ向かっております」
一鉄 「面白い。 我が武略、とくと見せてくれるわ。 氏家殿、竹中殿に伝令せい。
    万一の時はこの一鉄が後詰する故、安んじて篭城をなされよとな」
母衣武者 「ははっ」
一鉄 「西美濃は我らのものよ。 誰にも邪魔はさせん」

【稲葉一鉄 曽根城に篭城 兵数:1500】
【安藤守就 北方城に篭城 兵数:500】
【氏家行広 大垣城に篭城 兵数:500】
【天正十年六月二十日  常陸国筑波山不動峠】

連合軍の後詰めである島崎安定が本陣の救援に向かいはじめたその刹那
北の方角より馬のいななきと共に橘の旗印が現れた。

氏幹 「この鬼真壁の槍受けてみよ!敵の左翼に攻めかかれー」
経政 「真壁殿に遅れるな続けー」
氏幹の陣が玉造重幹の陣の左を突き、経政の陣が島崎安定の陣の左を突き始めた

義重 「間に合ったか」
この様子を見ていた義重は馬にまたがり下知を放った
義重 「もう我慢する必要はないぞ!小田の陣に攻め掛かれ」
兵士 「おおー」
義重 「狙うは小田の首ぞ!」

【真壁隊は左陣を敗走させた後、敵本陣の後ろへ向かいます】
【多賀谷隊は後詰めを攻撃し、敵の退路を断ちます】
【本陣は敵左陣が敗走するのを確認後、敵本陣へ突撃します】
【梶原隊は、敵左陣が敗走後、敵本陣の左へ向かいます】
(ぼっけもん殿、次のターンをお願いします)
208上杉景勝 ◆GqY.fMiuzQ :02/12/12 23:32
【6月25日 赤谷城付近】
物見「申し上げます!芦名の輜重隊、ようやく現れました!」
兼続「来たか。よし、出るぞ」
物見「輜重隊の将は須田盛秀、兵力は1000余りと見えます」
兼続「兵力では差はないか。しかし向こうは遠征部隊。何のことやあらん」

侍大将「下知を」
兼続「我らの目的は芦名の輜重。敵の首は捨て置け、過度の追撃も禁止とする。
   行くぞ、我らの軍の強さ、見せ付けるのだ!」
兵「オオー!」

【直江軍1500、須田盛秀率いる輜重隊に襲い掛かります】
209上杉景勝 ◆GqY.fMiuzQ :02/12/12 23:59
【6月22日 北上野】
北条との盟約も成り、春日元忠は北上野の領主達を集め、その話を聞いていた。
ここに至った顛末を聞き、それぞれに回答していく。

春日「今、上杉の殿様は戦陣におられるので直ぐには対応出来ないのが現状だ。
   殿からの伝言だが、そなたらの申し出は嬉しく思う。事が一段落したら
   必ず良きように計らうゆえ、ご安心召されよ、とのことだ」
領主「はあ、それはありがたいこって」
春日「南の方は北条殿が纏めているようだ。もしかすると慌しくなるかもしれん。
   しかし、そなたらは焦らないように。上野にて戦が起こることはまず無い」
領主「もう戦は勘弁してもらいたいですなあ」
春日「しかし、俺から頼みがある」
領主「な。なんでしょうか」
春日「実は今日何も食べておらんのだ。名物でも馳走して頂けないだろうか」
領主「はははは、分かりました。こちらへどうぞ」

【春日元忠、北上野を纏めています】
210蒲生氏郷 ◆MAGOgx/9/E :02/12/13 00:56
【6月8日 日野城】
前日の会談を受け、日野城では家族の出発準備に追われていた。
賢秀は伊勢に赴くことを渋ったが、氏郷の懇願に折れた。
賢秀と氏郷は最後の詰めをしている。

賢秀「そろそろ出発しようと思う」
氏郷「宜しくお願いいたします」
賢秀「三法師様を隠し通さねばならんとは…骨が折れるのう」
氏郷「その事ですが…」
賢秀「何じゃ?」
氏郷「父上に相談したいことがありまする」
賢秀「言うてみよ」
氏郷「実は………」
賢秀「何と!本気か!?」
氏郷「はい」
賢秀「…無情よの」
氏郷「何卒、お願い致しまする」
賢秀「分かった。して、対応策は決まったのか?」
氏郷「山岡殿に手紙を書いてみます。それと甲賀郡にも協力を願いましょう」
賢秀「それが良い。抜かりないようにな」
氏郷「はっ。お任せ下さい」

【蒲生家の妻子達が伊勢亀山城へ向かいます】
【山岡景隆に協力を求める使者が出ました】
211北条氏直 ◆.smLxkhTlI :02/12/13 01:20
 【六月二十二日 深谷城】

 佐竹の画策した反北条同盟の報せは程なく氏直の耳に入った。
 関東各地に散っている風魔衆からの報告である。そして、
 小田氏からの救援要請の使者が来訪することにより、氏直は、
 同盟結成が現実のものになったことを知ったのであった。

 氏直「まずは、宇都宮の動きを封じなければならんな。だが、
    直接介入はできぬ。自発的にやって貰わねばなるまい。」
 氏直「おるか?」
 風魔忍「は、こちらに。」
 氏直「烏山、黒羽周辺に宇都宮氏が下野の覇権を決する為、
    動員を開始したと触れて回れ。そして、その噂が充分に
    広まった後、宇都宮城下にて那須、大関の両氏が語らい、
    共に攻め入ってくる。という噂を流せ。」
 風魔忍「仰せのままに。」
 氏直「さて…と。金山と館林に下野への警戒を怠らぬように言っておこう。」
 
 氏直「使者殿、お待たせしたな。救援の件、了承した。が、
    今戻っても思わしくない状況になっておるやもしれぬ。
    充分に気をつけて戻られるがよい。」
 使者「はは。有り難きお言葉、肝に銘じまする。」
 氏直「うむ。」

 氏直「次は里見だ。水軍衆に相模湾を厳重に警戒させておくか。
    後は、邦胤殿に監視して貰おう。今はそれしか出来まい。」

 【北条氏直、諸所に指令及び使者を発し、深谷城を出発します】    
212北条氏直 ◆.smLxkhTlI :02/12/13 01:21
【南上野 配置】

 厩橋城 大道寺政繁 兵2000
 箕輪城 笠原康明  兵1500
 金山城 由良国繁  兵800
 館林城 長尾顕長  兵800 以上、南上野動員分計5100
213上杉景勝 ◆GqY.fMiuzQ :02/12/13 07:00
【6月25日 赤谷城付近】
直江兼続は芦名の輜重を手にするべく赤谷城を進発。
兵力が拮抗しているとの情報もあってか、兼続は兵を三隊に分けた。
前線の直江隊は兵数700。後方の山中に左右300ずつの兵を分けた。
狙うところはいわゆる『釣り野伏せ』である。

物見「芦名の輜重隊、眼前に迫っております!」
兼続「皆の者、良く聞け。相手に当たったら暫くして退く。
   まずは陽動するのだ。さあ、行くぞ!」
兵「オオー!」

【直江隊、芦名の須田隊と戦闘に入ります】

(GMさま、続きをお願い致します)
214上杉景勝 ◆GqY.fMiuzQ :02/12/13 08:50
>>213 は訂正します。

【6月25日 赤谷城付近】
直江兼続は芦名の輜重を手にするべく赤谷城を進発。
兵力は拮抗しているが、芦名の輜重は是非とも欲しい。そこで、直江兼続は
一計を立てた。
まず、150ずつの兵団を作り、山道の左右に隠して配置する。
この兵は芦名の軍が通り過ぎるのを息を呑んで見守る。
本隊の直江隊が芦名軍と戦闘を開始したら、その後方より芦名軍に襲い掛かる、と
いった寸法である。

物見「芦名の輜重隊、間もなく眼前に迫るとのこと!」
兼続「(さて、上手く行くか…)」

奇襲部隊計300
直江兼続本隊1000
赤谷城留守部隊200

【直江隊、戦闘準備完了】

(GMさま、続きをお願い致します)
215蒲生氏郷 ◆MAGOgx/9/E :02/12/13 18:16
【6月8日 日野城】
織田家の家族、蒲生家の家族が伊勢へ出発し、氏郷は胸を撫で下ろした。
これで憂いも無く戦が出来る、そう思ったからだ。
氏郷は茶室に篭り、思案を巡らせていく…。

暫くは迎撃の為の手筈を付けなければならない。
如何せん敵は強大。蒲生のみでは鎧袖一触で破られるであろう。
味方は多く欲しいが、この混乱の中どれだけこちらに靡くか…。
それはまさに神のみぞ知る、なのであった。

山岡景隆は協力してくれるだろう。凶事の折も何かと世話を焼いてくれたし間違い無い。
あと明智の手が届かないところといえば甲賀郡。そこの調略を急がねばならない。
しかし、説得するにも武器が無い。武器が欲しい…そう考えているうちに一つの案が浮かんだ。

滝川氏は甲賀の生まれと言われている。
きっと甲賀郡には良い影響をもたらせてくれるに違いない。
そう思った氏郷は信雄に滝川雄利を遣わして欲しい旨の書状を書いていく。
山岡の説得の後押しも頼むことにした。

書状を手早く書き終えた氏郷に、もう一つの考えが浮かぶ。
しかしそれは賭けであった。氏郷の悩みは深みを増していく。
だが頼みになる。協力を仰がねばなるまい。
氏郷は意を決して新たな書状を書いていく。宛名は…徳川家康である。

【信雄に上記の内容の書状を出します】
【徳川家に書状。内容は以後逐一上方の情報を知らせる、といったもの】
216GM ◆CbIuEBgmms :02/12/13 22:50
新規参加者募集age

貴方も、乱世を生きる戦国大名になりきって、リレー小説を紡いでみませんか?
やる気のある人、大歓迎。
やり方が分からない方、初心者の方は、親切丁寧に指導します。

特に募集を要する役
・丹羽長秀役 ・神戸信孝役 ・羽柴秀吉役 ・長宗我部元親役 ・織田信雄役 ・最上義光役 ・柴田勝家役
・毛利輝元、吉川元春、小早川隆景役 ・大友宗麟、立花道雪役 ・島津義久役 ・伊達政宗役 等々

現在埋まっている役
・明智光秀 ・徳川家康 ・北畠信雄 ・蒲生氏郷 ・真田昌幸 
・上杉景勝 ・北条氏直 ・竜造寺隆信 ・佐竹義重 ・今井宗久

参加を希望される方は
http://hobby.2ch.net/test/read.cgi/warhis/1038186521/l50
こちらまで、書き込みをお願い致します。
217明智光秀 ◆J2rclXD/6Y :02/12/13 23:15
【六月十日 安土城付近】
兵一万を率いた斎藤利三は、明智秀満と合流し直ちに出陣していた。
事は一刻を争う。一息に岐阜まで打通してしまえば、当面戦線は安定するはずだ。
美濃からは頻々と伝令が入る。かつての美濃三人衆がそれぞれ籠城した事も知らせが入った。
「参りましたな」
秀満は一縷の望みが潰えた事を悟った。できれば戦いたくはなかったのだ。
「是非も無し、です。かくなる上は一息に揉み潰してしまいましょう」
「やむを得ませんな」
「・・・曾根はともかくとして、大垣の氏家、北方の安藤は根切りにするが良いかと」
「皆殺しにせよ、と」
「一息に粉砕し、抵抗は無意味であると余人に悟らせるのです」
利三の言い分にも理がある。秀満は瞑目した。
「・・・仕方がない。では内蔵助殿、北方は任せます。大垣は手前が」
「心得申した」

【明智秀満、兵5000を率いて大垣を強襲】
【斎藤利三、兵5000を率いて北方を強襲】
218明智光秀 ◆J2rclXD/6Y :02/12/13 23:33
【六月十日 大和郡山】
筒井順慶はようやく腹を括ることにした。
明智から同心を求める書状がひっきりなしに来ている。言われなくとも、筒井がある意味明智の命運を握っている事はよく分かっているつもりだ。
しかし何よりも彼の決断を後押ししたのは、紀州の動きだった。雑賀が動くらしい、との知らせは隣国だけにすぐに届いていた。
「明智、だな」
大和一国の国持ち、せいぜい高く買ってくれるだろう。
「誰かある!出陣だ、出陣の触れを出せぃ!」
「どちらへ出張られまするか」
家臣達も不安だったのだろう。順慶は彼らを安心させるかのように快活に笑うと、 自分の禿頭をばしばしと叩いた。
「まず京へ。日州めを安心させてやらねばならん」
「しかる後は」
「そうさな」
一瞬思案する。
「恐らく近江へ行くことになろうな。そう心得よ」

【筒井勢6000、京へ】
219明智光秀 ◆J2rclXD/6Y :02/12/13 23:51
【六月十日 丹後宮津】
細川藤孝は瞑目した。やはり、どうしても旧友を見捨てる気分にだけはなれなかった。
早朝、彼は起床すると自らの手で自らを剃髪した。朝の挨拶に来た嫡子忠興はその姿を見て驚愕した。
「父上、何のおつもりですか!」
「見ての通り、本日只今より入道する。以後は・・・そうさな、幽斎とでも名乗ることにするか」
くっくっくっ、とこの文人武将は苦笑した。馴染まない禿頭を撫で、急に真面目な顔をする。
「忠興、そなたは信長公との縁も深い。後の細川は任せる故、好きにするがよい」
「父上はいかがされます」
「わしはこの通り、入道することによって信長殿への回向の義理は果たした。後は友の為に命を賭けてみようと思う」
「・・・明智殿に付かれるのですか」
「左様。十兵衛殿とは半生を共に過ごしてきた。今更見捨てられんよ」
そこまで言うと、藤孝改め幽斎は忠興をじっと見据えた。
「しかしそなたはそなたの好きにするがいい。ただし、玉子殿は置いてゆけ」
「・・・玉子を?」
「そなたのもとにいては何かと不都合であろう。わしが十兵衛殿のもとへ連れて帰ろう」
何のかのと言っても妻を溺愛している忠興にとって、これは頭の痛いことではあった。
しかも、父と袂を分かつと言うのか。
幽斎は鋭い視線で彼を眺めている。睨んでいると言ってもいい。
220明智光秀 ◆J2rclXD/6Y :02/12/13 23:51
「・・・ええい」
忠興はいきなり脇差しを抜くと、自らのもとどりを切り落とした。
「それがし、今日より三斎と名乗らせて頂きます」
「そなたもかや」
「は」
大真面目な息子の表情に、何故か幽斎は笑い出した。おかしくて仕方がない、と言うように腹を抱える。日頃行儀の良い彼にしては珍しい事だった。
「父上、何故笑われまするか」
「いや何、そなたまでわしにならうとは」
「それがしは孝行息子にござりますれば」
「それにしても、そなたの入道頭は似合わぬのう。おかしくて涙が出るわい」
「父上こそ、その頭は何かの冗談としか思えませぬ」
「あははは・・・。忠興、礼を言うぞ。わしは良い倅を持ったわ」
禿頭の親子は一瞬だけ真面目な顔でお互いを見つめ、そしてまた笑い始めた。

【細川家、明智への荷担を表明。臨戦態勢に入ります】
【六月十日夜 越前国金ヶ崎城】

大急ぎで、越中から北の庄を経て金ヶ崎城に到着したものの、
柴田勝家はここで兵を止めてしまった。しかし、これには訳があった
勝家 「(ここから先は兵を進めにくい地形の上、一向宗の勢力が強い、
    無理に兵を進めても、一向宗を敵に回してしまえば、
    光秀と戦うどころでは無くなってしまう。)」
   「根切りのつけが、こんな所で回ってこようとは、
    しかし上様の仇討たねばならん。」
寝所で悩んでいた勝家に近仕が、津田信澄の使者が来たことを告げた。
勝家 「合力の申し出だろう。これで兵が進められるかもしれん、すぐ会おう。」
しかし、使者から渡された書状を見た勝家は、期待とは裏腹の内容に愕然とした、
額には血管が浮き上がり、手はがたがたと震えだす。
勝家 「な、なんだこの書状は!」
その叫び声の大きさに、使者や近仕は腰を抜かしてしまった。
勝家の頭の中で様々な思いが駆けめぐっていた。
勝家 「な、なんだこの書状は!」
その叫び声の大きさに、使者や近仕は腰を抜かしてしまった。
勝家の頭の中で様々な思いが駆けめぐっていた。
勝家 「(光秀と戦うなだと、ばかな!いくら上様が恐ろしいからといって討つなど・・・
上様が恐ろしいだと、そう確かに上様は恐ろしかった、儂とていつ追放されるか
震えていたほどだった・・・追放される、そう佐久間殿や林殿のように譜代の臣と
いえども追放し、そればかりか光秀や秀吉のようなよそ者ばかり重用しておるから
このようなことに・・・光秀や秀吉、そう光秀はまだいい、あやつはまだ分をわき
まえ分別があった、それに比べてあの秀吉といったら、あの猿顔思い出しただけで
腹が立つ、ちょこまかと立ち回り成り上がったあの猿面冠者め!
何度切り捨ててやろうと思ったことか・・・。)・・・は! よ〜し。」
「返事を書く! 紙と硯を持ってこい。」
近仕 「はっ!はは〜」
勝家は流れるように筆を操り、三通の返書を書いた。
一通を信澄宛とし、残り二通を信澄の書状を添え光秀宛とした。
勝家 「時間がないぞ、大急ぎで光秀と信澄に届けよ。」

【光秀と信澄宛に返書を出しました。12日に光秀、13日に信澄に届きます。】
【内容は次レスの通りです】
書状の内容です
1 信澄宛
   そなたの言いたいことは判らないことはない。しかし主君の仇を討つのが家臣の務
  めである以上、光秀の首討たねばならん。
   しばらく時間を与えるのでよく考えてもらいたい。太平の世を儂と共に作ろうでは
  ないか。

2 光秀宛その1
   いかなる理由があろうとも、上様を討った以上そなたとは戦わねばならん。その首
  は必ず取るので覚悟せよ。
   しかるべき時に、小細工無しで正々堂々と決着を付けようではないか。それまでは
  その命預けておこう。

3 光秀宛その3(重要)
   近江から播磨へ行った山猿が、ここのところ目障りで困っている。誰か良い狩人は
  おらんかの、狩ってくれるならば、それがたとえその狩人が仇であっても後ろから撃
  ったりはしないぞ。
   しかし、これ以上近江や美濃の山に入ってきたら、その狩人を山猿と間違えて撃て
  しまうかもしれんがの。
できればすぐに返事を行動で示し、できれば半年以内に狩ってもらいたい。
224徳川家康 ◆Z4A9O23po2 :02/12/14 17:13
【6月10日夕刻 甲斐府中】
駒井「本当に、間違いないのだな・・・?」
穴山梅雪が上方より生還して数日、徳川の尖兵が下山に入ったその日。
府中郊外の、先の武田崩れの際に破壊された砦跡に、餓狼が集う。
三井「俺を疑うというのか?案ずるな、梅雪公は確かに御約束下された。
   甲州を、あの織田の犬から奪い返せば、再び我等を召抱えてくださるとな。」

過日、元山県昌景家中の猛者三井弥一郎に接触した穴山家中は、彼にこう吹き込んだ。
(『先の甲州平定以来、河尻の武田旧臣弾圧には目に余るものがある。勝頼殿を裏切ったとはいえ、公も武田の一族、
  貴殿らの窮地をお見捨てになるに偲び無く、此度の起義を御決意なされた。その方らが、己の武を天下に示すのなら、
  公もそれに応じて再び武田の社稷を打ち立てるであろう・・・』)

駒井「・・・別にお前を疑っているわけではないのだ。只な、再び武田の旗を翻したとして、本当に勝機はあるのか?
   前右府が死んだとはいえ、織田は天下一の大大名なのだぞ?」
その駒井のいぶかしむ声に応じて、三井の背後から一人の男が進み出る。
駒井「米倉ではないか・・・。」
武田の旧臣、米倉忠継。今は徳川の禄を受けている筈・・・。
駒井は瞬時にして把握した。この国獲りの背後で誰が糸を引いているのかを・・・。

衆議は決した。それぞれの手に得物を取り、争って飛び出す甲斐の若獅子たち。
いざ、甲府へ―。

【三井に率いられた武田旧臣、徒党を組んで河尻を襲撃、その首を奪うことに成功】
【その報を受けた、下山の徳川・穴山連合軍、「騒乱鎮圧」の為に出動、数日で甲斐一国を平定】
225徳川家康 ◆Z4A9O23po2 :02/12/14 17:42
【甲斐仕置】
河尻旧領は、「騒乱の惧れが無くなる」まで徳川の元に置かれ、代官として平岩親吉が就任。
なお、現地スタッフとして武田旧臣を大量雇用。
また八王子に人を遣り、松姫を始めとする武田の縁戚者を保護。

穴山家は正妻(信玄娘)及び嫡子を浜松に送り、徳川に臣従。
梅雪の嫡子勝千代、家康を烏帽子親として元服。「武田康信」と名乗り宗家を継ぐ。
家康の孫娘福姫(信康の長女)、家康の養女として康信と婚約。
226北条氏直 ◆.smLxkhTlI :02/12/14 18:42
 【六月二十三日 鴻巣城】

 この日、上方及び徳川家の動向を告げる諜者が帰還。また、氏直が小田原に不在であった為、
 会見が叶わなかった明智家の使者が氏直と会談する。

 氏直「既に聞き及んでいるかと思うが、当家は既に関東に侵入した織田軍を追い払った。
    光秀殿には畿内での健闘を祈る…と申し伝えてくれ。」
 使者「はは。」
 氏直「今、当家は光秀殿の援けにはなれぬ。関東も平穏ではないのだ。」
 使者「いえ、滝川の軍勢を壊滅して頂いただけでも充分な援けになりました。」
 氏直「うむ…。」
 使者「それでは、某はこれにて失礼申し上げまする。」

 氏直「さて、徳川家も動き出したか。致し方あるまい…」

 【北条氏直、成田長泰を忍城へ派遣。兵3000 太田氏房を古河城へ派遣。兵3000
  相模、武蔵に非常動員を指令、領内防衛の任に就きます。同日、鴻巣を出発。
  また、未動員分の兵1200に本隊合流を指令しました】  
227明智光秀 ◆J2rclXD/6Y :02/12/14 20:59
【六月十二日、京】
ここしばらく憂色が募るばかりだった光秀のもとには、今日になって次々と吉報がもたらされていた。
まず筒井勢6000が勢多に着陣、順慶自らが光秀の元に挨拶にやってきた。
「日向守殿には大和一国安堵の際さんざん世話になりましたでな。借りは返せと御仏も言っておられる」
「あはは、御仏が」
「これは冗談ですが、まあ義理は果たさせて貰う。頼りにしてくだされ」
「無論です」
続いての書状は、旧友細川藤孝からの友情溢れるものだった。親子二人で剃髪したことを面白おかしく書いた後、丹後は一国貴殿の味方だと力強く記してあった。
「兵部殿・・・」
順慶が見ている前ではあったが、さすがに光秀は落涙した。
「持つべきは友ですな」
と順慶。彼は実利主義者であったが、それ故に細川の荷担は彼なりに吉報ではあった。
そしてこの日のとどめは、越前の柴田勝家からのものだった。

228徳川家康 ◆Z4A9O23po2 :02/12/14 21:14
【6月14日 信濃高島城】
小笠原貞慶を擁した依田の調略により、小笠原・木曾が徳川家に臣従し、深志に参集。
また、飯田を接収した奥平勢、三河に戻らずそのまま北上、諏訪・保科を取り込むことに成功。
様々な思惑を孕みつつ両者、高島にて軍を併せる・・・。

信蕃「お早いお付きで御座いますな…。信昌殿。」(ちっ、我が手柄を横取りしおる真似を!)
信昌「うむ、その方ばかりに苦労は掛けられぬ故な。甲斐の大久保殿も直ぐに参られよう。」
  (他国者にばかり良い目を見させるものか!我らこそ徳川の藩屏ぞ!)

二人の思惑は兎も角、小笠原・木曾・諏訪・保科の南信諸侯は此処高島城に集った。
徳川の南信無血平定は成ったのだ。
信昌「さて、濃尾の大殿に伝えよ。『我、ざっと済みたり。』…簡単すぎるか?」
余裕の笑みが、そこにはあった。
そんな彼の耳に、迫り来る六文銭の足音は聞こえない。

【徳川家、南信23万石を平定】
【高島に集結した奥平・南信諸侯軍八千、そのまま佐久郡を窺います】
229明智光秀 ◆J2rclXD/6Y :02/12/14 21:15
「・・・」
一読した光秀は、それを大切そうにうやうやしく捧げ持ち北ノ庄の方角へ黙礼した。
「柴田殿らしい」
光秀はあの生一本の武人が好きだった。気位の高さから辛く当たられた事もあったが、黙って仕事をすれば黙ってそれを認めてくれる男でもあった。
少なくとも口車とお追従が得意な羽柴筑前とは訳が違う。友にするならこういう男だと思ってきたし、自然明智と柴田の交流は深いものがあった。
勝家は光秀の立場も理解してくれているのだろう。しかし織田の筆頭家老として、光秀討伐を引っ込める訳にはいかないのだ。
不器用な勝家らしい、いや彼にしては珍しく精一杯気を利かせたつもりなのだろう。
「筒井殿」
光秀は口早に状況を説明した。貴殿には北近江の抑えに出て貰おうと思っていたが、この文によればすぐさま仕掛けてくるつもりは無いという。
「ならば、貴殿はまず南近江の敵方を叩いて頂きたい。蒲生が蠢動しているのであれを潰してくれれば助かります」
「承知。あのあたりなら我が庭のようなものよ」
「私は京に本営を置き、東西の動きに備えます。筒井殿の仕事が片づいたら、共に摂津に押しだしましょう」
「摂津には信澄殿がおられるが」
「信澄殿は近江の抑えに出て貰おうと思います。柴田殿との関わりもあるし、義父の磯野殿は近江衆ですから」
「なるほど」


【六月十一日 越前国金ヶ崎城】

柴田勝家は、配下の者に兵を集めるよう指示をした。
前田利家 「おやじ殿、いよいよですな。」
佐久間盛政「この手で明智めの首級挙げてご覧に入れますぞ!」
息あがる利家等に対し、勝家は意外な言葉を発した。
勝家 「いや、ここから先は我らにとって治め難い地だ、
   いきなり光秀と戦うことはできんだろう。」
利家 「確かに、ではどのようになさいます」
勝家 「まず、佐久間に長浜城を抑えてもらいたい、あの城は、越前と美濃、近江
   を結ぶ重要な城だ。同時に湖東の朽木城も抑えよ、これらの城ををしっかりと抑えてくれ。
   同時にこの地の百姓に今年の年貢は半分にすると触れを出せ、
   民を我らになびかせねばならん、あと絶対に略奪などしてはならんぞ。」
盛政 「はっ 承知しました。」
勝家 「利家は、金ヶ崎城に留まり、近江での動きに備えてくれ。」
利家 「はっ! しておやじ殿はどうなされる。」
勝家 「儂はこれより美濃へ向かう。美濃を抑えてこれからの戦に備えるつもりだ。」

【佐久間盛政は不破光治と共に兵3000を率い長浜城へ向かいます14日に到着予定】
【佐久間安政は兵2000を率い朽木城へ向かいます13日到着予定】
【柴田勝家は兵10000を率い大野城から美濃へ入ります。15日郡上八幡城へ到着予定】
【前田利家は金ヶ崎城にて付近の警戒に当たります】
231明智光秀 ◆J2rclXD/6Y :02/12/14 21:24
【十三日付、柴田勝家への書状】
書状拝読。ついては態勢整い次第摂津から播磨へ押しだし、猿を巻き狩りにしてくれます。
半歳のうちに猿の首を進呈致しますゆえ、鋭気を養いつつお待ちあれ。
ところで私は別に三河の狸を太らせる為に叛逆を行ったのではありませぬ故、ご承知されたし。

【十三日付、細川親子への書状】
書状拝読。貴殿の御厚情、この光秀終生忘れませぬ。
本日柴田殿より書状これあり、先方は羽柴討伐を要請してきました。
南近江の状況が安定次第こちらも兵を出すので、まずは北より播磨を窺って頂きたく。


232GM ◆CbIuEBgmms :02/12/14 21:28
>>220
の行動を、行動の拙速超過とし、無効と致します。
柴田軍が近江で行動を開始できるようになるのは、十七日以降になります。
尚、調略・使者はこの限りではありません。
233徳川家康 ◆Z4A9O23po2 :02/12/14 21:47
【6月13日 鳴海城】
徳川軍一万八千、『逆賊征伐』の旗を掲げ、尾参国境を越える。
水野「遂に家康公が挙たれたか!次は徳川の御世か?我等も馳走せねばな。」

【続いて6月14日、那古屋城】
徳川軍二万四千余の守山城入城の報、去就を悩んでいた尾張諸侯の耳に届く。
丹羽「他に仰ぐ旗も無し・・・。伯州との約束もあるし、此処は合力するか。」

【水野忠重を中心に兵六千三百、徳川本隊に合流。忠節を誓う】
【丹羽氏次を中心に兵四千五百、与力として徳川の傘下に加わる】
【蟹江近辺の諸勢力六千三百、懐柔の甲斐なく徳川に靡かず】
【六月十三日 奥州米沢城】

遠藤基信「殿、上方で異変があったとの報が。」
伊達輝宗「上方?というと織田右府殿の事であろうか。」
基信「その右府様が、惟任日向守の謀反により横死されたようで、上方は混乱し、遠い関東まで争乱の火種が出ておりまする。」
輝宗「真に右府殿がか!?」
基信「左様。越後勢も兵を越中より引き、関東では北条と佐竹が動き出しております。
   我等も時勢に遅れなさいませぬよう、相馬征伐を。」
輝宗「相馬征伐の為には、小浜塩松の大内定綱の処遇が問題よな…。」
基信「田村隆顕殿と圧力をかけ、味方に引き込めばよし、さもなくば相馬討伐の前に。」
輝宗「そうなると葦名の事もあるゆえ、越後に使いを送り、葦名を牽制させねばな。」
輝宗「御意。」

【小浜塩松の大内定綱に使者を送ります】
【越後上杉氏へ葦名牽制の使者を送ります】
【伊達輝宗は相馬討伐の準備にかかります】
>>234 早速訂正
>輝宗「御意。」
基信の発言と言う事で。
236明智光秀 ◆J2rclXD/6Y :02/12/14 23:17
【六月十二日付、明智秀満・斎藤利三宛ての訓令】
多少の被害は許容する。全力を以て西美濃を制圧、岐阜まで打通せよ。
以後周辺豪族を慰撫せよ。南は尾張国境で停止し越境は禁じる。
(訓令を受けるまでもなく二人が強行手段に出ている事を光秀は知りません)

【六月十二日付、津田信澄・磯野員昌への訓令】
直ちに手勢を率い磯野殿は長浜城に入り、津田殿は安土を守るべし。
阿閉貞征、京極高次、武田元明は寄騎として差配されたし。
対柴田交渉は緊要事意外津田殿に委任する。
可能であれば適宜美濃派遣軍を支援されたし。

【六月十二日夜、明智軍本隊は摂津石山城へ移動開始。途上高山重友、中川清秀を誘降】
【六月十二日夜、筒井軍は勢多方面へ展開、山岡景隆を誘降】
237徳川家康 ◆Z4A9O23po2 :02/12/15 00:17
【6月14日 尾張守山城】
尾張諸将の参集を受け満悦の家康の元に、にじり寄る影・・・。
家康「此処は我が祖父清康が家臣に討たれた地だ。その方も倣うか?」
正信「御冗談を。それより、上方より密書が参っておりますぞ。」
正信、>>215の書状を差し出す。

家康「蒲生氏郷?あぁ、先の上方の危地では、穴山を救った・・・。弥八郎、如何なる男だ?」
正信「はっ、元服より十数年、多くの戦功を上げ、一方で自らの城下町の繁栄させる等、文武両道の将で御座るな。
   また茶を嗜み、深く切支丹に帰依しておりまする。」
家康「ほぉ、結構なことだ。切支丹というのはちと気に入らんが、それだけの才があれば何の問題も無い。
   是非、我が傘下に加えたいものよ。」
正信「只…。」
家康「只、何だと言うのだ?」
珍しく言い淀む正信、それを促す家康。
正信「前右府の娘を娶っておりまするな・・・。その才も多くは前右府の薫陶を受けし物の様で。」
家康「はっ、奴の愛弟子という訳か?忌々しい!」
正信「当家の耳目となりて働こうと言ってきているのです。邪険には出来ませんぞ。」
家康「判っておるわ。誰かある!硯と筆を持て!」

【蒲生家へ書状。今後の健闘を祈ると共に、上洛戦の際には当家の与力に加わるよう要請】
GMの指摘を受けたため、>>230を以下のように訂正します
【六月十四日 越前国北の庄城】

柴田勝家は、配下の者に兵を集めるよう指示をした。
前田利家 「おやじ殿、いよいよですな。」
佐久間盛政「この手で明智めの首級挙げてご覧に入れますぞ!」
息あがる利家等に対し、勝家は意外な言葉を発した。
勝家 「いや、近江の国は我らにとって治め難い地だ、
   いきなり光秀と戦うことはできんだろう。」
利家 「確かに、ではどのようになさいます」
勝家 「まず、佐久間に新庄城を抑えてもらいたい、あの城は、湖東支配の拠点となる重要な城だ。
   それと途中の山本山城も抑えよ、これらの城ををしっかりと抑えてくれ。
   同時にこの地の百姓に今年の年貢は半分にすると触れを出せ、
   民を我らになびかせねばならん、あと絶対に略奪などしてはならんぞ。」
盛政 「はっ 承知しました。」
勝家 「利家は、金ヶ崎城へ行き、近江での動きに備えてくれ。」
利家 「はっ! しておやじ殿はどうなされる。」
勝家 「儂はこれより美濃へ向かう。美濃を抑えてこれからの戦に備えるつもりだ。」
   「すぐには無理かもしれんが、光秀の首必ず我らで挙げてやる。」

【佐久間盛政は不破光治と共に兵3000を率い新庄城へ向かいます18日に到着予定】
【佐久間安政は兵2000を率い山本山城へ向かいます17日到着予定】
【柴田勝家は兵10000を率い大野城から美濃へ入ります。19日郡上八幡城へ到着予定】
【前田利家は兵5000を率い金ヶ崎城へ向かい付近の警戒に当たります】

なお、同様に>>221の日付と場所を
【六月十二日夜 越前国北の庄城】
に訂正します。
【六月十三日 米沢城】
輝宗と基信が相馬攻めの策を話してるおり…
政宗「父上!お話があります。」
輝宗「おお、藤次郎。何事か。」
政宗「今回の相馬攻めの件を含めお話が。」
輝宗「ふむ、お許の事だ。何か面白い策でも思いついたのであろう、申してみよ。」
政宗「葦名への牽制として上杉家とよしみを結ぶのは、今後の為にも上策ですが、
   越後は信濃や関東と周辺に忙しく、事が起こった際に頼りになるとは思えませぬ。
   また、上杉家がこれ以上、奥羽に勢力を伸ばすのは、当家にとって面白くありませぬ。
   ここは、智略をもって葦名を内乱せしめ、一兵も損なう事無く、葦名の勢力を削ぐのが得策かと。」

>>239続き
輝宗「そのような手があろうか?口で言うのは容易いが、事の成就はそれだけではならんぞ。」
政宗「お任せくだされ、では小十郎に説明させますゆえ。小十郎!」
片倉景綱「はっ!若に代わり、私めがご説明申し上げます。
     葦名家は現在、盛隆が跡目を継いでおります。が、盛隆が実父、二階堂盛義が昨年に死に
     盛隆が葦名家と二階堂家の両家を統べております。これにより家中では葦名家の者と二階堂家の者が
     反発しあい、家中は二派に分かれております。これを利用し、葦名一門の針生・猪苗代・金上に
     盛隆が叔父である殿と計らい、葦名家旧臣を一掃しようと目論んでるという噂を流布します。
     また須賀川の二階堂の本領では、針生や金上などの葦名重臣が盛隆排除を目論んでると流布します。
     元々、盛隆は戦に負けた後に人質として葦名にいた人間。これにより葦名家中は争いが起こらずとも
     嫌疑が入り乱れ、とても外には目を向けられませぬ。
     また争いが起き、盛隆が追われるか殺されれば、甥を助ける、又は甥の敵討ちの名目で
     混乱した葦名に雪崩れ込み、一気に屠る事が出来ましょう。」
輝宗「ふむ、しかし火事を起すは良いが、こちらも巻き込まれはせぬか?」
政宗「ご心配におよびませぬ。藤次郎が見事火事を消して見せましょう。」
輝宗「いや、頼もしき哉。」

【会津黒川城周辺に噂を流布します】
【須賀川城周辺に噂を流布します】
241明智光秀 ◆J2rclXD/6Y :02/12/15 14:38
【磯野員昌より福田寺覚世への書状】
御懐かしゅう存じます。
この度、明智殿が仏敵信長を討ち果たしたるはまこと降魔の行ないにて、江北十大寺の善男善女にとってもまたとない吉報かと存じます。
ついては近々それがしが江北鎮護の任を受け故地へ赴く折には、旧来同様御厚情を賜りますようお願い致します。
明智殿は温和な方にて、きっと法運興隆は間違いないと存じます。顕如上人も石山へ戻られるとのこと、併せてお伝え致します。
242明智光秀 ◆J2rclXD/6Y :02/12/15 14:49
【明智光秀より武田元明よの書状】
手勢を率いて若狭に入り、旧臣を糾合して本領を奪回されたし。
元々若狭は武田殿の故地、丹羽は四国出兵の支度で摂津に出て動きが取れぬ有様にて切り取りは思いのままでありましょう。
丹後の細川殿にも支援を要請しておきますので存分に働かれたし。

【明智光秀より細川藤孝への書状】
武田殿をして旧領若狭の回復を図らせますれば、支援方よしなに願います。
当方既に京を発し、摂津へ向けて進軍しつつあり。摂津を鎮撫次第播磨へ向かいます。
轡を並べる日を楽しみにしております。

243明智光秀 ◆J2rclXD/6Y :02/12/15 14:55
【明智光秀より宇喜多秀家、及び家老衆への書状】
先日の羽柴退治の折はご助力感謝致します。また、御家再興まことにめでたく心よりお祝い申し上げます。
ついては近日中に羽柴筑前にとどめを差すべく播州表に兵を入れる所存にて、御合力賜りたく存じます。
羽柴打倒の暁には播磨半国御礼として進呈したく存じております。良い御返答をお待ちしております。

【明智光秀より長宗我部元親への書状】
先日の便りは届きましたでしょうか。
現在上方にて立ち働いておりますが、近々摂津一国の鎮撫も終わるかと思います。
また紀州も我らに合力するとのこと、もはや長宗我部殿の四国制覇を止める者はおりますまい。
御武運を期待致します。
244織田信雄 ◆cfUJHeorTk :02/12/15 15:19
【六月九日 尾張清洲城内の一室】

 信雄「…。」
 田丸「殿?」
 信雄「…。」
 田丸「??」
 信雄「帰る。」
 田丸「はぁ?」
 信雄「伊勢に帰る。」
 田丸「なっ…殿、お待ちくだされ!殿ぉ〜」
245徳川家康 ◆Z4A9O23po2 :02/12/15 17:32
【6月10日 清洲城下】
石川数正の元で尾張諸将の懐柔に従事していた長谷川秀一。
その活動の一環として、清洲の信包を引き込むべく、清洲を訪れる。しかし・・・。

近習「藤五郎様!既に信包公は、過日単身で訪れた信雄公と共に伊勢へ落ちられたとのこと!
   どうやら徳川家のここ数日の調略に警戒心を抱かれていた御様子・・・。」
秀一「何たることだ…。我等の懐柔策が裏目に出るとは・・・。此方まで手を伸ばしたのは薮蛇だったか?
   くそっ、このまま誤解されたまま伊勢に戻られては、織田と徳川の仲は終いぞ!
   俺を信頼してくれた三河様にも申し訳が立たぬ・・・。
   おい、何をぼさっと突っ立っている!追うのだ!中将様を説得せねば!」

【長谷川一行、清洲を急ぎ出立。信雄一行を追跡します】
【六月十五日 越前国府中城付近】

近江に向け兵を進める、前田利家らの軍勢に勝家からの使者が追いかけてきた。
使者 「どうやら近江はすでに明智方に押さえられているとのこと、
    よって佐久間殿には、若狭を押さえよとの殿の指示です。」
盛政 「なんと!明智など叩きつぶせばよいではないか。」
利家 「おやじ殿は、すぐ明智と戦うのは得策ではないと考えているようだ、
   それに若狭は、丹羽殿が上方で動きがとれぬ今押さえておくべきだ。」
盛政 「それはそうだが、何か合点がいかんのう。」
利家 「(おやじ殿は明智以外にも倒さねばならんと敵がいると考がいるのかも。)
   明智の動きに遅れてはならん、急ぐとしましょう。」

【佐久間盛政親子は不破光治と共に兵5000を率い若狭国へ向かいます18日に到着予定】
【前田利家は兵5000を率い金ヶ崎城へ向かい近江への警戒に当たります17日到着予定】

   
【六月十五日付 蒲生氏郷宛書状】

 明智勢は、我らの計略によりしばらくは近江での活動は鈍るだろう、
ただし、警戒を怠る事の無いように。
 すぐには南進できないが、必ず上様の仇は討つのでそのときは力を貸してくれ。
 あと、伊勢の信雄さまは心細いであろうから、助けてやってほしい。

【蒲生殿受けて下され】
>>247
追加 書状は19日到着予定です。
249明智光秀 ◆J2rclXD/6Y :02/12/15 21:46
【六月十三日付 筒井順慶より山岡景隆への書状】
今回、明智が与党として 南近江制圧を任された故ご承知ありたし。
ついては、無用の流血を避ける為講和を図りたく使者をつかわした次第。
我らに同心される場合は本領は安堵する。働き如何によっては国持大名も夢ではない。
蒲生殿ともよくよく相談の上、返答をお待ちする。

【六月十三日付 筒井順慶より蒲生賢秀宛書状】
本日柴田殿との盟約が成り、近江一国は明智党の取り分と話が付きました。
柴田殿は北国計略に勤しむとの事、明智殿には羽柴退治を委託された由。
かくなる上は蒲生殿も我らに合力ありたし。蒲生家は元より名門、過ぎる義理立ては身を滅ぼすと愚考します。
250徳川家康 ◆Z4A9O23po2 :02/12/15 22:12
【6月15日 尾張岩倉】
早朝守山を発し、一路清洲を目指す徳川軍。岩倉の地に差し掛かる。
家康「岩倉か・・・。」
ふと何かを思い出した家康。片頬を吊り上げ微かに笑うと、全軍に小休止を命じ、近習を連れて陣を離れる。
向かうは、このような片田舎には珍しい瀟洒な屋敷。住まうは天下の麗人。

五徳「義父上様…。」
家康「おぉ、五徳殿。久しいな。息災であったか?」
五徳「はい、お蔭様をもちまして…。この地で我が君を弔う日々で御座います…。」
家康「うむ・・・。信康は死んだが、そなたはいつまでも徳川の嫁でいてくれ。お福やお国も喜ぶ・・・。」
残してきた二人の愛娘の名を出され、はらはらと落涙する五徳。
その様子ににんまりとする家康。早速、本題を切り出す。
家康「お父上の事は御愁傷様であった。天下平定を目前にして、さぞかし御無念であったろうに…。」
五徳「いいえ!当然の報いで御座いますわ!例え織田家に弓引こうとも、我が夫であり、
   あの子たちの父親であることには変わりませぬ。それを、父は・・・。」
家康「滅多な事を言うものではないぞ!わしも口惜しいが、お父上には天下布武という大義が御座ったのだ。
   その尊い御遺志を誰かが受け継がねば、礎となった信康も浮かばれまい・・・。」
予想もしなかった話の流れに驚く五徳に、詰め寄る家康。
家康「この家康、お父上の盟友として大義を受け継ぎ、天下を平らげ民草に安寧をもたらす所存!
   五徳殿、織田家の長女として、わしと共に戦ってはくれぬか?」
圧倒された五徳、只頷くばかり…。

【徳川軍、信康未亡人五徳を保護】
【五徳より、織田家臣へ書状「父の無二の盟友たる徳川公の明智征伐に、御助力賜りたい」】
【六月十五日 越前国北ノ庄城】
美濃入りの準備を進める勝家に良い知らせが届いた。
近仕 「殿!神戸様、丹羽様、共に河内国岸和田城でご無事とのことです。」
勝家 「おお、無事であったか、それは何よりの吉報だ。すぐ書状を出そう。」

【丹羽長秀、神戸信孝宛に書状を出します。20日に到着予定内容は以下の通り】

お二人とも無事で何より。丹羽殿の領地である若狭は、当家で守る故心配無用である。
しばらくは、岸和田城にて河内、和泉を守り、不用意に動かれるこの無いよう自重してほしい。
明智討伐の兵を挙げる際は連絡するので、共に戦ってほしい。

252真田昌幸 ◆Dg888yGhqg :02/12/17 00:59
真田より各大名に使者を出す。
【上杉家宛】
なにとぞ、小領主にお力添えいただきますよう、伏して願いたてまつる。
信濃を切り取られるおつもりと思いますが、どうか、海津より南を、
この小領主にお譲りいただけぬものでしょうか。

【徳川家の南信濃在地の将経由徳川殿宛】
佐久、小県まではお手を付けぬようにお願いいたします。
真田家の本拠にございますので、なにとぞ、お見逃しを願います。

【柴田家宛】
この度のこと、驚きました。一度織田家に臣従いたしたからには、真田は織田家の家臣。
織田家の領地として、信濃をお守りいたす所存。
なにとぞ、徳川殿に当家を攻めぬよう、御口添えをお願いいたします。
滝川殿が去られた上野の沼田、吾妻。当家の者が入りました。
なにとぞ、織田家筆頭家老・柴田様のお墨付きにて、当家に安堵をお願いいたします。
領地の豪族には、すでに当家より所領安堵状を下げ渡しております。
253真田昌幸 ◆Dg888yGhqg :02/12/17 01:00
【北条家宛】
滝川殿に快勝、慶賀の至り。関東の北条家、揺ぎ無きものと感服いたしました。
滝川殿が関東を去り、奪われていた父祖伝来の地、沼田を取り戻すことできました。
北条様には、お礼のしようもありません。
佐久の名馬、三頭をせめてもの礼物として献上いたします。

佐久・海野の諸豪族に使者を出し、真田家に味方するように説得。
望月、伴野、岩尾、大井、禰津、大道寺、室賀が当家に従うことを約束。
芦田、望月、前山などの城が対徳川防衛前線となる。
佐久・海野に北条家の手が入る前に領土化に成功。
(史実では、佐久の多くの将が北条に味方している。)

上田と沼田、名胡桃の防備強化。
取り急ぎ、以上ですが、おかしな点は、ぼっけもん様の指示に従い訂正いたす所存。
254徳川家康 ◆Z4A9O23po2 :02/12/17 01:24
【6月10日夜 伊勢長島】
奔る早馬、月をも追い越す。秀一、決死の思いで伊勢路を駆ける。
僅かな手掛かりを手繰り寄せ、辿り着いたは伊勢長島城。
関東管領滝川一益の本城にして、今は嫡男一時が守る堅城。
この地にて、信雄は一夜の宿を借りているという…。

(斬られるかも知れんな…、俺は。)
明智・徳川の奇襲を恐れての物だろうか、城門の物々しい雰囲気に息を呑む秀一。
だが、やらねばならぬ。今、徳川と手を携えねば織田の天下は無い…。
秀一「某、前右府様の馬廻り衆を務める長谷川秀一と申す。
   至急の用ゆえ、中将様にお目通り願いたい!開門!開門!」

【長谷川一行、滝川一時の長島城で休息する信雄一行に追いつき、面会を求める】

※伊勢様、続きを。
255明智光秀 ◆J2rclXD/6Y :02/12/17 09:42
【六月十四日 近江長浜城】
津田信澄と磯野員昌が長浜城に入ると、阿閉貞征が珍客を連れて待っていた。
見たところまだ元服前の少年である。ただ既に身の丈は並みの大人ほどもあり、色白の容貌は秀麗でどことなく気品を感じさせる。
かといって軟弱な印象は少しも無い。眉濃く口元は引き締まり、いずれは天晴れな大将にもなろうかという面構えだった。
その少年を一瞥した信澄は怪訝な顔をしただけだったが、員昌の方は明かに顔色が変わった。
「・・・まさか・・・」
「いかがされました」
「いや、しかし。そんな馬鹿な」
「・・・それがそのまさかなのですよ」
と貞征。彼は少年に挨拶を促した。
「・・・浅井長政が子、喜八郎と申します」
「・・・なんと、浅井の!」
さすがに仰天した信澄が傍らの員昌を見やる。員昌ははらはらと涙を流していた。
「若君・・・そうだ、若君に間違い無い。長政様に生き写しではないか・・・」
老将は跪くと、少年の手を取った。
「さぞ苦労されましたでしょう。さぞ寂しい日々を過ごされましたでしょう。この員昌、ただただ申し訳無く・・・」
「京極殿が匿われていたそうでしてな。昨日、磯野殿がここに来ると知って連れてこられました」
「京極殿が・・・あの御仁、なかなか大胆な」
叔父の怒りと憎悪をよく知っているだけに、信澄は信じられないような気がした。あの公家もどき、なかなかどうして肝が据わっているのかもしれない。

256明智光秀 ◆J2rclXD/6Y :02/12/17 09:52
「して、これからどうしましょう。浅井の忘れ形見となると話が大きくなりますな」
信澄が首をひねると、員昌は即座にこう言った。
「わしが命に替えても御家再興を成し遂げるぞ。若君、このじいがきっと父上の無念、晴らして見せましょうず」
「・・・まあ、それもいいのかも知れませんな」
信澄も素直に頷いた。北近江の安定化にはまたとない旗頭になろう、との計算はこの場合存在していない。
ただ、この少年に同情し、何とかしてやりたいと思っただけだった。信澄は良かれ悪しかれそういう青年だった。
「では舅殿には私から知らせておきましょう。きっと悪いようにはしないと思います」
「おお、有難し」

数日後の話になるが、光秀より返書があった。
浅井家のことは惨いことだったと今でも遺憾に思っているので、御家再興は是非なしとげられたい、と記されてあった。
良ければ自分が烏帽子親となっても良い。これも何かの縁、これからは信澄を兄とも思って研鑚されよ、と。
そして員昌には、よろしく補佐してやってほしい、とあった。
少し早くはあったが、喜八郎少年は以後浅井光政と名乗ることになる。
257上杉景勝 ◆GqY.fMiuzQ :02/12/17 19:01
【伊達家に書状】
書状、拝読致しました。ただ、今国内の反乱を収めるのに手一杯の現状なれば
すぐに貴家の望みに応えることは難しいと存じます。
芦名は不忠の家臣・新発田重家に合力した上杉の敵ですので、共にこれを破ること
叶えば幸いにございます。
事が一段落した後に名代の者を送りますゆえ、その時に詳しく打ち合わせあるよう
お願い申し上げます。
258上杉景勝 ◆GqY.fMiuzQ :02/12/17 19:29
【真田家に書状】
貴家の頼み、確かに承りました。
ただ、貴家は織田に服従したとの事。ご存知とは思いますが、当家と織田家は相容れぬ
仲で御座います。当家に合力願うのならば、上杉の敵では無いことを証明して頂きたく
存じます。これさえ呑んで頂けますならば、上杉家を挙げて貴家の援助にあたりましょう。

そういえば次男の源二郎殿もそろそろ妙齢となりますな。
是非この目でお目に掛かりたいものです。
259織田信雄 ◆cfUJHeorTk :02/12/17 19:54
 【六月十日 伊勢亀山城】

 関「賢秀殿よう参られた。」
 蒲生「盛信殿、御世話になります。」
 関「委細お任せあれ。その代わりと言っては何ですが…」
 蒲生「何ですかな?」
 関「賢秀殿は山岡景隆殿とは佐々木家以来の懇意でしょう。
   是非、我等に合力くださるよう、説得して頂きたい。」
 蒲生「ははは、そのことですか。景隆殿は順逆を弁えられておられる。
    既に愚息が協力を要請しておりましょう。」
 関「左様ですか。しかし、もう一押ししておきたい。」
 蒲生「わかりました。某が自ら説得して参りましょう。」
 関「これは有り難い。宜しく頼み申す。」
 蒲生「お任せあれ。それはさておき、援軍の件は?」
 関「既に滝川雄利殿に要請してあります。当家からも遣わします故、
   御安心召されよ。」
 蒲生「それは有り難い。では、某はこれにて。」
 関「吉報をお待ちします。」

 【滝川雄利・田原重綱が日野城へ向かいます。十二日到着。兵4500】
 【蒲生賢秀が山岡景隆の説得に赴きます。十一日到着】
260織田信雄 ◆cfUJHeorTk :02/12/17 19:55
>254続き

 信雄「あふぁ…俺の安眠を妨げるとはいい度胸だ。」
 長谷川「恐れ入りまする…」
 信雄「冗談だ。」
 長谷川「…。」
 信雄「で、火急の用件とは何だ?」

 ※徳川様、続きをお願いします。
【六月十四日 米沢】

相馬攻めの準備が行なわれてる米沢に、田村からの使者があった。
橋本顕徳「伊達の大殿にはご機嫌うるわしゅう存じ上げまする。」
輝宗「おお、清顕殿の御使者か。しかし、この度の出兵に田村家に助力は乞うてはおらぬが。」
顕徳「いえ、実は相馬攻めの件で、お願いしたき議があり、参りました。貴家に取っても当家に取っても
   浅からぬ姻戚の中なれば、一旦、兵をお出しするのは何分留まって頂きたく・・・。」
輝宗「これは我等にとっては、伊具郡の奪還という義があれば、それを遂げるまでは退く事は出来ぬ。」
顕徳「その議につきましては、相馬殿によくよく話を致しますれば、どうか直ぐの出兵はお控え願いませぬか?」
遠藤基信「殿、ここは田村家、橋本殿の顔を立てて、兵を出すのを控えては・・・。」
政宗「いや、杉目・桑折まで兵を進め、そこで様子を窺うのは?彼の地なら大内・畠山・相馬の動きを
   牽制でき、如何なる事態にも速やかな対応が出来ますれば。」
輝宗「ふむ。」

【相馬家との和議交渉は田村家を介して行ないます】
【兵5000を率いて桑折まで兵を進めます】
【上杉家宛書状】
当家にとって、貴家と誼みを通じるだけで、葦名には脅威足りえましょう。
また、貴家に繋がる武藤義氏殿と最上義光殿との件もあれば
当家は必ず、貴家の力になりえると存じます。

これが両家の繁栄に繋がる事を願わんことを。
263蒲生氏郷 ◆MAGOgx/9/E :02/12/17 20:33
【6月12日 日野城】
信雄よりの援軍が日野城に到着。氏郷は滝川雄利を出迎え、歓待した。
そしてしばし後に氏郷と滝川の軍議が始まる。

氏郷「山岡殿はこちらに味方して頂ける様子。我々が次にすべき事は、甲賀の調略かと」
滝川「さもあらん。あの地は我が故郷。すぐに協力を求めましょう」
氏郷「今日着いたばかりでお疲れではありませぬか?」
滝川「この火急の時にそうも言ってられますまい。今から用意しましょう」
氏郷「かたじけなく存じます」
滝川「なに、これも大儀のため。気にされるな」

【蒲生、滝川両軍より2000を動員し甲賀郡の慰撫にあたります】
【慰撫とともに兵を1500程動員】
【天正十年六月十七日 常陸国太田城】

奥州の動向を探らせていた者よりの使者が太田城に来た。
義重 「何、伊達が兵を集めているだと、してどちらに向ける。」
使者 「まだはっきりとは判りませんが、おそらく相馬かと。」
義重 「そうか、南へ向けるか。(この時期に動くとは、京での異変に気づいたな、
    しかしこちらは奥州へ兵を向ける余裕はない、どうすべきか・・・)
    ご苦労だった。引き続き伊達の動きを見逃すな。」
その後、義重は二通の書状をしたためた。

【伊達輝宗宛の書状と相馬盛胤宛の書状を出します。それぞれ20日、19日着予定】
【内容は以下の通り】

1 伊達輝宗宛
相馬殿と戦をする様子ですが、当家は奥州が戦場となり混乱するのは好んでいません。
和議をするならば仲介をするので、共に兵を引いてほしい所存です。

2 相馬盛胤宛
当家と同盟を結びたいと思っております。伊達家と争うならば兵を出します。
しかし、今後のためにも伊達家とは和議を結んでいただきたく思います。
その際は喜んで仲立ちをさせていただく所存です。





相馬宛書状の訂正

×当家と同盟を結びたいと
○当家は貴家と同盟を結びたいと
266徳川家康 ◆Z4A9O23po2 :02/12/18 00:16
>>260の続き

秀一「御就寝ゆえ、直答を赦されたし。暫しお人払いを。」
懐中の脇差を、側に控える田丸に渡す長谷川。
信雄「うむ、赦す。直正、下がっておれ。」

秀一「此度の突然の御帰国、存念を伺いたき次第。三河様も直に駆けつけましょう程に…。」
信雄「何処ぞの余所者が、我が足場を次から次へと崩していくのでな、
   情けなきことに故郷にすら居れぬ有様よ。竹、その方こそ一体どうしたというのだ?
   いつから、盟友とは名ばかりの追従者ごときの使い走りに身を落としたのだ?」
秀一「中将様には過日清洲に入られ、逆賊惟任討伐の総大将として活躍されると、
   濃尾の臣一同、御期待申し上げておりましたものを…。
   また、此度の三河様の尾張衆糾合も、全ては亡き上様の御恩に報い織田家をこの窮地より
   救わんとする御意思の表れ。決して、中将様のお考えのようなことは御座いませぬ!」
信雄「なに、三河殿の兵など借りずとも、惟任ごとき余の軍勢で一捻りよ!」
秀一「…昨年の伊賀の御苦難をお忘れか?」
信雄「貴様!」
傍らの太刀を抜き放つ信雄。ただ、その冷たき輝きを見据える秀一。
秀一「斬りたいのなら御存分になされ。」
信雄「……!」
秀一「某とて織田の臣。座して主家の滅びを見る位なら、ここで主筋に首斬られる方がましで御座る。
   これから先は、一家臣の遺言と思し召されよ!」
信雄の白刃の前に頭を垂れる。
秀一「既に惟任の猛威、上方を制し今や濃尾にまでその魔手を伸ばしておりまする…。
   例え、中将様の麾下の皆様が仰せの通り精強であろうとも、彼奴の矛先を支えること叶いましょうか?
   御家存亡の一大事の今こそ、海道一の弓取りたるあの御方の御助力が必要なので御座る。
   詰まらぬ意地など捨て、織田家の公子としての勤め果たされてこそ、孝道に叶いまするぞ!」

どれ程の時が経っただろうか、微動だにせず、諸肌を脱ぎ首を差し出す秀一。
信雄は、その振りかざした刃を…。

※伊勢様、御決断を。
【六月十五日 越前国北ノ庄城】

美濃への出発前
勝家「尾張方面の情勢が今ひとつはっきりしないのう、忍びの者にでも探らせるついでに、
清洲城の信包に書状を出しておこう。」

【清洲城の織田信包に書状を出します、17日の夜到着予定内容は以下の通り】

清洲城は尾張をまとめる上で要となる城であるので、しっかり守っていただきたい。
お市の方をはじめとする上様の家族の保護をぬかりなく行ってもらいたい。
268明智光秀 ◆J2rclXD/6Y :02/12/18 11:16
【六月十五日 美濃岐阜城】
大垣、北方を火の出るような猛攻で陥落させた明智秀満と斎藤利三は、降伏した安藤親子を伴って美濃の首府、岐阜へ入っていた。
結局先に陥落したのは大垣だった。氏家行広以下城兵500はことごとく殺された。これには明智の戦は優しいとたかをくくっていた節がある美濃衆も戦慄したらしい。
大垣陥落と皆殺しの報を受けた安藤親子は観念して開城、これに対し秀満と利三は安藤父子の北方領有を斡旋してやる旨告げた。典型的な飴と鞭である。

斎藤利堯はかの斎藤道三の遺児で、光秀の従兄弟に当たる。
「いや、貴殿が岐阜をいち早く抑えてくれたのは非常に有難かった」
利三は取りあえずそう持ち上げておいたが、この高名な武将の倅が使い物になるとは思っていなかった。
そんな利三に、利堯はぼそぼそと答えた。
「これくらいはしておかねば地獄で親父殿に叱られます故」
「いやはや、良いお心がけです。光秀様もきっと厚く報いられる事でしょう」
「別に報いて欲しくてやった訳ではありませんが」
どこか浮世離れした男である。名だたる大将を父に持つとこうなるのかも知れない、と利三は思った。
しかし利堯は利三の物思いに関係無く、聞き取りにくい低い声で続けた。
「犬山城と可児郡、それから明智庄も呼応してきています。まあこれは当然なのでしょうが」
「我らが故地ですからな。もう何年帰っていないだろう」
秀満が懐かしそうな顔をする。光秀と共に故郷を出てもう何年経つだろう。長い長い旅路は、しかしまだ終わらない。
利三はそんな秀満の表情を見て取ると、小さく頷いた。
「それでは、秀満殿が岐阜の城番をされますか」
269明智光秀 ◆J2rclXD/6Y :02/12/18 11:46
「と、言うと」
「美濃は用武の地。北からは柴田が出張って来ましょうし、南では徳川が何やら火事場泥棒を働いておる様子」
利三は苦笑いした。別に柴田や徳川の為に信長を殺した訳ではないのだが。
「いずれにせよ然るべき大将を置き、しっかりと抑えねばなりますまい」
「そうですな」
意外な事に、利堯が口を挟んだ。
「三国の昔に擬えるなら、この美濃は荊州に例えられましょう」
利三は目を白黒させた。自他ともに認める武辺である彼には、利堯が何を言っているのか分からない。
辛うじて古典好きの光秀から薫陶を受けていた秀満が利堯の言いたい事を理解できた。
「つまり私に関羽をやれ、と言いたいのですか」
「いえ、それではいけません。関羽は無謀な出陣を強行し、陸遜に敗れ荊州を失いました」
「あいや、待たれよ。何の話ですかな」
と利三。秀満が助け舟を出す。
「唐土の三国志の話です。劉備玄徳とか諸葛孔明とか」
「ああ、孔明の話なら聞いた事が。それにしても利堯殿は兵書読みでしたか」
「寺で退屈しのぎに書物ばかり読んでおりましたので」
表情を変えず、利堯は簡単にそう言った。
270明智光秀 ◆J2rclXD/6Y :02/12/18 11:47
「では岐阜の守将たるもの、どうすればいいですかな」
「変が起きるまで堅く守り、敵の一方と和してはじめて兵を発するべし」
「手を出すなと」
「左様。無理に手を広げるべきではありません。今は足場を固め、変を待つのです」
「変、とは」
「色々ありましょう。有り得るのは徳川と伊勢の手切れ、柴田と徳川の仲違いなど」
縷々と流れるように語る利堯に、いつしか秀満と利三は圧倒されていた。
「・・・いや、大したものだ。さすが山城入道殿の忘れ形見よ」
感嘆する利三に、利堯は小さく首を振った。
「いやいや。父の覇気も大望も私にはありません。ただいささか兵書を齧ったのみ」
「それでは利三殿、利堯殿は私が貰いますよ。関羽に軍師がおれば荊州の破れもなかった、そう光秀様に聞いています故」
「それがよいでしょう。利堯殿、よろしいですかな」
「心得ました。微力を尽くしましょう」
・・・かくして、秀満と利堯という奇妙な組み合わせが誕生したのである。

【明智秀満、斎藤利堯を副将に岐阜城に駐留、美濃の護りに当たります】
【斎藤利三、兵3000と共に安土へ。給養後筒井と呼応し、山岡の誘降(応じない場合は攻撃)に当たります】
271蒲生氏郷 ◆MAGOgx/9/E :02/12/18 12:59
【6月14日 日野城】
甲賀郡の動員も恙無く行われ、緊急時に備えている日野城に岐阜への使いにやった谷崎が
帰ってきた。谷崎は岐阜の顛末を事細かに説明する。
その報告に嬉しい知らせは何一つとして無い。あるものは絶望のみであった。

氏郷「我らの命も極まりましたかな…」
滝川「…」
郷舎「賢秀様にも筒井より書状が来た様子」
氏郷「父上は保身の為なら誘いを受けるかも知れぬな」
滝川「氏郷殿はどうなさる」
氏郷「私は右府様の縁者。父上がどのような判断をしようとも、明智に付くことは到底
   出来ませぬ」
郷舎「良くぞ仰いました。かくなる上は一戦し果てましょう」
氏郷「柴田殿は間に合わなかったか…」
郷舎「一途近江に出られれば呼応して連携を持つことも出来たでしょうに」
氏郷「今となっては詮無きこと」
滝川「信雄様も苦難の道を歩まれるでしょうか」
氏郷「…ともかく戦の準備を」
郷舎「御意」

【蒲生・滝川両軍、戦の準備に入ります。滝川雄利を総大将として総兵力7000】
【甲賀郡に300の兵を駐留させ、日野には福満次郎兵衛を守将として800の兵を配置】
【山岡景隆は1800の兵を動員】
272蒲生氏郷 ◆MAGOgx/9/E :02/12/18 12:59
【14日付 柴田勝家宛ての書状】
お聞き及びのことと存じますが、明智勢は西美濃を打通しその勢力を伸ばしております。
勝家殿の迅速な出兵を期待しておりましたが、それも叶わぬ様子。
かくなる上は一兵でも敵兵を斬り、武門の誉れとする所存にございます。
勝家殿には多くの恩義を受けておりながらお力になれぬこと、ただただ無念にございます。
いつまでも御健勝であられますことを、氏郷は願っておりまする。
(到着は18日)

【14日付 徳川家康宛ての書状】
明智勢は岐阜、大垣、北方の備えを確としたようです。こうなっては徳川殿の上洛も難しい
ものとなってしまうでしょう。与力として働いて欲しいとの仰せには感激致しました。
が、今や蒲生は孤軍。篭城して守るにも援軍が期待できぬ状況であれば意味ありますまい。
かくなる上は明智勢と斬り合い、華々しく最後を遂げる所存にございます。
我が兄弟の信雄様、信包様、そしてお市様や五徳様をくれぐれも宜しくお頼み申します。
(到着は16日)
273雑賀孫市 ◆Wi98RZGLq. :02/12/18 13:16
【6月8日 紀州】

本願寺光佐が滞在する寺院、本堂にて静かに合掌する僧と平伏する老武士
光佐 「よろしくお願いいたしますぞ佐太夫殿。」
佐太夫「必ずやお上人様にお山にお帰りいただきます。」

雑賀の庄、鈴木屋敷
重秀 「のう兄よ、(明智を)どう見る?」
重朝 「よおわからんが、信長に比べれば朝廷・宗門に寛容なそうじゃぞ。
    まあ交渉事は本願寺様を通すようにしよう。」
重秀 「ほうじゃな、明智が紀州の事にとやかく首を突っ込んでこねば
    上手くやっていけるか。」
重朝 「そうそう、根来衆と高野山とは不戦の約を取ったから安心せい、われ
    は先に出る下間殿に追いつけるようにはよ支度せい、わしゃこれから
    有田の安田・御坊の湯川・熊野の堀内等に合力の書状を書かねばなら
    んでな。」
重秀 「細かい事は兄にまかすわ、どれ、わいも支度しようかい」

鈴木家は本願寺光佐の要請を受け、石山奪回に乗り出すべく動員開始
(石山入城の件を含め、本願寺の交渉事は全て明智殿にお任せします)
安田・湯川・堀内家に協力要請の書状を出します。
274明智光秀 ◆J2rclXD/6Y :02/12/18 13:43
【瀬田付近、筒井軍の本営 六月十四日】
筒井順慶は狡猾な男である。
自分でもそう思う。狡猾でなければあの状況からここまで生きてこられるものか、と思っている。大和というのはそういう風土だった。
彼にしてみれば信長など利用価値があるから利用してやったまでのことだった。ああいう粗暴な男は嫌いだが、彼に手を差し伸べる限りあれは味方だった。
光秀にしてもそうだ。
信長を殺したのはどうでもいい。俺だって、信長を殺してやりたいと思ったことは何度でもある。それを敢えて行なった光秀に、軽い羨望と嫉妬を覚えるのは確かだ。
そして信長とは反対に、光秀というのは好ましい男ではある。信長にはついに理解できなかっただろうが、苦労の果てに現在がある類の人間はああいうものだ。自分も同じだからそれがよく分かる。
しかしそういうことと彼の判断は全く別に存在している。そういう意味で彼は狡猾であり、合理的であり、稀有な人間だった。つまり判断と人格が全く独立している。
・・・さて。
光秀は案外平穏に畿内を掌握しつつある。問題は近江南部だが、さて。
蒲生、である。
父の方は、あれも狡猾な男だ。いや、自己保存と言う、武門の棟梁の本能に忠実にできていると言うなら、むしろ正直な男かも知れない。
問題は倅の方だろう。あれは物狂いだ。
順慶はああいう、忠義だ義理だと言挙げする輩が大嫌いだった。要は偽善者は嫌いなのである。
・・・しかし、ああいう奴と戦うと要らぬ火傷をする。つまらん。
別に光秀は蒲生と山岡の首が欲しいと言っているわけではない。あれは信長とは違うのだし。
・・・やはり、一応やってみるか。
順慶は伝令を呼んだ。書状をもう一度、出してみようと思った。


275明智光秀 ◆J2rclXD/6Y :02/12/18 13:53
【六月十四日付、筒井順慶より蒲生氏郷への書状】
貴殿の忠義と覚悟、誠に天晴れであります。名門蒲生家の名を辱めぬ振る舞い、この順慶感服しております。
ただ、当家としても明智殿に荷担した以上は戦い抜く覚悟にて、日野に拠る貴家とはいずれ雌雄を決せねばなりません。
悪いことは言いません。開城し、我らに合力されよ。小身を省みず今まで意地を見せた貴家なれば、蔑む者もおりますまい。
それが出来ぬなら、城を捨てて伊勢へ落ちられよ。お見逃しします故。
無駄に若い命を捨てる事はありますまい。一考されたい。

【六月十四日付、筒井順慶より山岡景隆への書状】
既に我が軍は貴城を包囲しております。援軍が来る様子も無いことはご承知かと存じます。
既に命運は決しております。潔く開城されたい。
開城されるなら、山岡殿の処遇はこの順慶の名にかけて悪いようにはしませぬ。
もしも明智の旗につくのが嫌ならば、どこへなりとも落ちられるがよろしいでしょう。道中の安全は保障します。
ご一考されたし。

276明智光秀 ◆J2rclXD/6Y :02/12/18 14:26
【六月十四日 摂津石山城】
途中中川清秀、高山重友を投降せしめた光秀の本隊が石山に入ったのは十四日の夜であった。
城では今朝毛利の庇護下から戻ってきた荒木村重、紀州より来着した下間頼廉が光秀を待っていた。
「おお、村重殿。久しいな、ご壮健そうで何よりです」
「光秀殿こそ、ついにやりましたなあ」
茶湯風雅を通じて親しかった二人である。肩を抱き合うようにして再会を喜ぶと、そのまま頼廉も交えての夕餉となった。

「とまあ、こんな感じですな。毛利としては当面上方へ関与する気は無いようです」
村重の話では、毛利は対織田戦に用意していた軍勢を解散して領内の再整備に当てているらしい。
無理も無い。毛利存亡の危機に際してなりふり構わぬ戦備を整えていたのだろう。
「紀州では、法主様の石山復帰へ向けて動き出しております。お約束の話、確かでしょうな」
と頼廉。光秀は即座に頷いた。
「元々ここは本願寺の法城。上人様の御座所となるのが本来の姿でありましょう」
笑顔でそこまで言うと、その後光秀はただし、と付け加えた。
「この摂津だけでもまだまだ我らの敵は多い。また、本願寺とは今後とも睦まじくやっていきたいと思います故、石山に我が軍勢を入れておくことをお認め頂きたい」
「・・・」
やはりそう来たか、と頼廉は思った。ただで返してくれるほど明智も甘くはなかろうと思ってはいたが。
しかし、ここで明智と組んでおかねば石山帰還はまた遠のいてしまう。それに明智なら、他の大名どもよりはましだろう。
「それはもちろん構いませぬ。ただ、武者ばらが入る個所と法域の別はきちんとつけて頂きますぞ」
「無論です」
「それから、摂津一国が平安になれば、軍勢は出て頂けますな」
「宜しいでしょう。ですがその後も紀州勢には我が軍に加わって頂きたい」
「まあ、その件は法主様とご相談していただきたい。拙僧はお返事しかねる」
頼廉はそう逃げると、苦笑しつつ茶をすすった。
光秀も人の悪い微笑を浮かべ、杯を取った。
277雑賀孫市 ◆Wi98RZGLq. :02/12/18 18:59
【紀州の動静】
6月10日 鈴木家が兵二千百名の動員を完了する。
兵二千名を連れ重朝・重秀が遠征準備、残る兵百名と佐太夫は雑賀庄の守備。
6月12日 援軍の安田家兵五百名が雑賀の庄へ到着。
6月13日 援軍の湯川家兵千名が雑賀の庄へ到着。
6月14日 紀州連合(主将・重朝)兵三千五百名が石山に向け出立。

6月16日 紀州連合、摂津石山到着予定。


途切れることなく流れる唱名の音、愛山護法が鈍く輝く…
重秀 「南無阿弥陀仏…」
278織田信雄 ◆cfUJHeorTk :02/12/18 23:39
266続き

 信雄「俺の負けだ。」
 長谷川「…。」
 信雄「帰って三河殿に申せ。三河殿の合力、感謝致す。とな。」
 長谷川「はは。」

 織徳同盟は成った…。
 秀一はこの吉報を家康へ伝えるために大急ぎで出立する。

 信雄「直正、もうよいぞ。」
 田丸「は。」
 信雄「…だ。よいな。」
 田丸「はは。」
 
 【信雄・信包は清洲城へ帰還。十二日到着】
【六月十六日 桑折】

輝宗以下、兵5000で桑折西山城に入ってまもなく
桑折宗長「殿、小浜の大内定綱殿が参られております。」
泉田重光「どうなさいますか?
輝宗「ふむ、通せ。」
大内定綱「これは伊達様にはご機嫌うるわしゅう...。」
輝宗「定綱殿もようやく踏ん切りがついたと見えるな。」
定綱「ははっ!これからは必ず忠勤を励みますれば、列席にお加え頂きたく参上した次第で。」
政宗「なれば、このまま我が軍勢に帯同し、小浜塩松城へ案内せよ。」
定綱「はっ!承知致しましてございまする。」

【大内定綱を加え、小浜塩松へ軍を進めます】
280徳川家康 ◆Z4A9O23po2 :02/12/19 00:05
【6月15日 清州城】
三河を発した徳川軍、尾張衆の参集を受け三万の大軍に膨張、遂に清州入城を果たす。
到着早々、家康は諸将を伴い天守に登る。
眼下に広がる濃尾の地。織田の天下を育んだ沃野。手を伸ばせば掴めそうな…。

家康「良いな、皆の衆。此処からが正念場だ…。余と共に天下を駆けよ。」
振り返り様言い放つ家康の口調からは、何時の間にか丁重さは失われていた。
これも今や濃尾最大の武権保持者となった自負の現われか。毅然と立つ新たなる盟主に、拝跪する尾張衆。

【徳川軍、清州入城。濃尾国境付近で兵を止める】
【また、清州にて隠棲していた浅井未亡人及びその三人の遺児を保護】
【六月十六日夜 越前国金ヶ崎城】

思ったよりも早く城に着いた利家達だったが、
そこで、近江の情報を探らせていた者より驚くべき知らせを聞いた。
利家 「何だと!日野城の蒲生殿が、安土城へ向かっているだと!」
使者 「はい。どうやら城を攻める様子。」
盛政 「どうする。殿は近江へは攻めるなといっているが、見殺しにはできんぞ。」
利家 「・・・私が助けに行きましょう。」
盛政 「し、しかし間に合うのか?」
利家 「何とも言えませんが、城を狙わずに昼夜分かたず進めば、間に合うかも知れません。」
盛政 「わかった。この城は私が守ろう。」
利家 「いえ、ここは息子、利長に任せます。佐久間殿は、若狭を抑えてくだされ。」
盛政 「・・・わかった、しかし兵は全部連れて行け、この城の兵は私の軍からだそう。」
利家 「かたじけない。もしもの時は息子を頼みます。」
盛政 「縁起でもないことを言うな!信じておるぞ。」

【小休憩の後、前田利家は兵5000を率いて蒲生氏郷の救出に向かいます。18日に到着希望】
【前田利長は兵1000で金ヶ崎城を守り、近江との国境付近に砦を築きます】
【佐久間盛政兄弟は、兵4000を率いて若狭へ進みます。18日到着予定】
追加
【北ノ庄城留守役の金森長近に兵5000を動員させ、金ヶ崎城に来るよう書状を出します】
【書状は18日朝着兵はその日のうちに動員19日発21日着予定】
【六月十八日 小浜塩松】

小梁川盛宗「殿、越後勢が動いたよしにございます。」
輝宗「して、どうのように?」
盛宗「どうやら、揚北の新発田に向け兵を進めてるようで。」
輝宗「となると、葦名まで兵を進めてくるやも知れぬな。誼みを通じる当家としてはどう動くか?」
片倉景綱「殿、それはないと思われます。上杉殿は信濃、関東の諸問題があり、新発田出兵は後顧の憂いを絶つ為だと思われます。
     しかし、これを利用する為に、一旦、米沢に帰るべきかと。」
原田宗時「いや、葦名の混乱の間に、二本松の畠山を一気に叩いておくべし!!」
政宗「それはならぬ。佐竹や相馬の動向が気になる。二本松など、葦名を叩けばどうにでもできるわ。
   小十郎の言う通り米沢に帰り、上杉、葦名、佐竹の動きを見極めるべきですな。」
輝宗「そうじゃの、小浜を手に入れただけでも良しとせねばな。」

【小浜に定綱を残し、二十日に米沢に帰還します。】
284真田昌幸 ◆Dg888yGhqg :02/12/19 21:06
【6月14日】
依田殿と弟、加津野を介して小諸で会談。徳川殿・依田殿に佐久群半分を渡すことで話がまとまった。
佐久の真田家の本城を小諸とする。平原城を譲り、碓氷への街道を徳川家に譲渡。

【その夕刻、上杉家よりの書状到着】
昌幸「信之、信繁、他国の将で、誰が好きか言ってみよ」
信之「私は徳川殿を尊敬いたします。苦労をされた方とうかがっています。
また、信玄公に正面より少兵で向ったことに誠の勇を感じます。」
信繁「上杉様は謙信様の跡取。勝頼様がお味方したお方。上杉様には憧れます。」
昌幸「信繁、そちに出浦対馬守、望月主水と兵1000を付ける。善光寺平をことごとく平定し、
その目録とともに越後に向え。この書状を携えて。」

《北信四郡を平定し、上杉様に献上いたします。我が子信繁をお預けいたします。見所が少しなりともあらば、
献上した地で、この子供に見合う領地をお渡しください。織田殿に一度は臣従した真田。簡単に裏切ることはできませぬ。
上杉様にはお味方していただきたいものの、義の道を踏み外すことはできませぬ故、我が子を証文としてお預けいたします。》

更級の海津城、埴科の葛尾城、高井の福島城 、水内の飯山城を調略し、各城に真田兵が150ずつ入る。
残る400は上田に戻る。
25日、越後に従者10と信繁が向う。到着は28日。
【六月二十日 米沢】

米沢に帰還後、佐竹からの書状が米沢に届いた。
遠藤基信「佐竹殿よりの書状にはなんと?」
輝宗「うむ。相馬との争いの調停を申し出ておるが・・・。」
政宗「丁度良いではありませぬか、叔父殿に相馬との仲介を頼みましょう。
   相馬に伊具郡の返還をさせるように、叔父殿から言ってもらうのです。」
輝宗「しかし、相馬が承諾しまい。」
政宗「叔父殿は北条との争いの為、奥羽まで手を伸ばす事は望んではおらぬでしょう。
   我が方が伊具郡の返還が和議の条件とすれば、叔父殿は相馬へ譲渡を迫るでしょう。
   もし、当家の要求を通さずに、相馬をとるならば、こちらは北条と組んで相馬を叩き、
   叔父殿と争うまでの事。また、相馬が叔父殿の調停を蹴れば、相馬攻めに何の憂いもなし、
   相馬攻めを続ければ良いだけの事、どう転んでも、我が方の損にはなりませぬ。」
輝宗「ふむ・・・。では北条にも使いを出しておくか?」
政宗「いえ、北条へ使いを出すのは、叔父殿の返答の後でも遅くはありますまい。」
輝宗「なるほどのう。」
286上杉景勝 ◆GqY.fMiuzQ :02/12/19 21:52
【6月25日 赤谷城付近】
盆地の夏は暑い。この日は太陽こそ顔を覗かせないが、茹だる様な暑さに
芦名からの援助隊宰相、須田盛秀も水を口にする回数が増えていた。
暑さのせいか、すぐ側に息を飲んで潜む直江の別働隊の気配にも気付かず
須田一行は先を進んでいく。

半刻程進んだだろうか。先行させていた物見が血相を変えて走ってくる。

物見「も、申し上げます!上杉方と思しき軍勢がこちらへ向かっております!」
須田「なんだと!一体何故こうも早くに…。敵の軍勢は如何ほどじゃ!」
物見「総勢約1000!大将は直江兼続かと見えます!」
須田「(直江…?あ!あの薪役人の倅とやらか!生意気な…)」
物見「如何いたしましょうか?」
須田「(しかし上杉勢がおるということは兵糧は届けることが出来ぬ)
   ええい、撤退じゃ!」

踵を返し、元の道を急ぐ須田隊。しかし突如前方から兵が湧いて出てくる。
完全に浮き足立つ須田隊。苛烈な攻撃を受け止めるも後方で喚声が起こる。
直江兼続の術中に完全に嵌った須田隊には壊滅の道しか残されていなかった。

兼続「もう良い、逃げる兵を追うな。輜重さえ手にすれば我が事は成れり」

【須田隊敗走、直江隊は兵糧1万石を接収】
287GM ◆CbIuEBgmms :02/12/19 21:57
【被害報告】
直江兼続隊 1500→1400
須田盛秀隊 1200→800 (壊滅)
【佐竹家宛書状】二十三日に到着予定

相馬家との争いは、当家の望む所にあらず。
が、相馬家が当家の先祖伝来の地である伊具郡を不当に奪い、此れを領するのは
当家としては看過出来ず。
しかしながら、義弟殿が仲立ちしてくれるとの事、必ず当家の事をご理解くださり
相馬家を説得して和議成立してくださるものと信じ、貴家に仲介をお任せする所存。
是非、良しなに。
289上杉景勝 ◆GqY.fMiuzQ :02/12/19 23:12
【6月27日 五十公野城付近】
芦名よりの援助物資を接収した直江兼続は、赤谷城に500の兵を残し
五十公野城を睨んでいる景勝本隊に合流した。

景勝「与六、待ち侘びたぞ」
兼続「申し訳ありませぬ。しかし、芦名の輜重、確かに奪って参りました」
景勝「うむ。策は練っておるのだろうな」
兼続「無論でございます。全てお任せ頂けますか?」
景勝「任せると言ったであろうに」
兼続「では酒を所望したく存じます」
景勝「酒だと!このような時に不謹慎でないか!」
兼続「畏れながら、某が所望しているのは酒樽を一つ、です」
景勝「??」
兼続「ま、お任せ下さいませ」

兼続は戦勝の宴に使う酒樽を出すと、先に奪った芦名の兵糧の一表とともに
五十公野城の門前に置くように指示を出した。
城兵もその様子を訝しいとは思ったが、攻めて来る様子でもなくただ見守るのみ。
酒樽には何か文字を書いた紙が貼り添えられてあった。内容は、
「このような時節に篭城策を取ることは、誠にご苦労な事である。これは芦名殿より
 頂いた米と、我らからのせめてもの差し入れだ。これを食し最後の宴を催すが良い」
…言わば、最後通告である。

その夜、兼続はもう一つの策を実行した。
闇に紛れて矢文を城内に打ち込む。矢文には短い文でこう書かれてあった。
「揚北衆にやむなく従った者は我らに馳走せよ」
290筑紫広門 ◆KCOomuAvfU :02/12/19 23:50
【天正十年六月・肥前基養父勝尾城】

目を覚ました広門は不思議な感覚を覚えた。
「(うむ?私はたしか、主君の命を九州へ持ち帰ったのではなかったのか・・?)」
隣を見ると、正妻の文江が寝息を立てて眠っている。
「(私は、夢を見ていたのだろうか・・・。)」
「(それにしても長い長い夢であった。まるで現実に経験したかのような・・・)」
どうやら文江が目を覚ましたようだ。
「殿、いかがなさいましたか?妙なもののように私を見て。」
「いや、若く美しいと思ってな・・・。」
「朝から私をからかうおつもりですか?ささ、起きてください。朝の軍議が始まりますよ。」
広間に出向くと馴染みの顔が連ねていた。
「(友清に栄門殿、おお、備後の顔も見える。・・・帰ってきたのだな。)」
文江にせかされて広門が口をあけた。
「今日もなんとか滅ぼされんよう頑張ってみるか。」
広門の冗談に家臣団から大きな笑い声がこだました。

【筑紫広門、始動。】
【六月十七日 近江国木之本付近】
軍を進める前田利家の前に、近江からの間者が待っていた。
間者 「蒲生殿の兵は行き先を瀬田方面へ向けたようです。」
利家 「そうか、それでは引き返した方がいいようだな、ご苦労だった。」
間者 「それでは、任務に戻ります。」
利家 「ここは敵地だ、急いで引き返すぞ!」
【前田利家は、金ヶ崎城に引き返します。18日到着予定】
292蒲生氏郷 ◆MAGOgx/9/E :02/12/20 01:08
【6月15日 日野城】
筒井からの書状に対し返答を綴っている氏郷のもとへ次々と情報が舞い込んでくる。
明智勢が完全に西美濃まで打通したこと。これで日野は完全に危機に陥った。
篭城すればまだまだの日数を耐えられるかもしれない。しかし、それでは日野の街は火の海と
化すだろう。氏郷には日野の街を造った、という自負がある。
傑作ともいうべき日野の街が焼失することなど耐えられないのであった。

また、柴田―明智間で条約が成ったらしい。父・賢秀からの書状では、最早勝機は逸した、
すぐに明智に通じ、蒲生家の存続を考えるべき、とあった。
父の言うことはもっともだった。そうやって蒲生家はここまで来たのだから。
しかし、氏郷は柴田に賭けてみたい気がした。かつて柴田の先鋒として戦った時期に、
柴田の人柄、軍の差配に魅了された。その柴田が明智と手を組むはずが無い。
自分が動けば、柴田もきっと動いてくれる、と儚い幻想を抱くばかりである。

静かに書状をたたみ、氏郷は立ち上がる。
そこへもう一人の物見が急を告げる。岐阜より斉藤利三が兵3000を率い安土に向かっている、
との報告だった。最早猶予は無い。信長の遺臣達も表立った動きはしていない。
若い氏郷は身の程知らずの使命感に恍惚を覚え、その熱を全身に漲らせた。

氏郷「陣触れを出せ。斉藤利三を破り、山岡殿の救援に向かう!」

【蒲生・滝川隊総勢7000、出陣】
293真田昌幸 ◆Dg888yGhqg :02/12/20 01:22
北信四郡の調略には、出浦がことのほか働いた。
30貫から300貫への加増が、その意味するところを物語っている。

13歳の源二郎信繁が越後に到着したのは28日予定であったものが、はやる信繁と、
佐久の名馬により、27日と一日早まった。
ここに景勝がいないと知らされた信繁を、上杉家の者が先導して景勝の面前に案内できたのは、その数日後。
新しき馬に乗り換えさせていただいたが、警護に前後を挟まれ、信繁は上杉家は親切なものだと想ったが、
これは人質を逃がさぬための、見張りであったことは言うまでもない。
【六月三十日】
景勝の面前に出る前に、十三の子供は考えた。謙信公は信玄公の次に偉いと父に言われている。
その謙信公の跡を、勝頼様の後押しで国主になられた景勝様。そのお方に初めて会う。
何と言おうか悩んだ。頭の中真っ白だ。昌幸より教わった丁寧な言葉は忘れてしまった。
 景勝「真田信繁殿、お顔を上げなさい。よく参ったな。疲れてはおらぬか。」
 信繁はその優しい言葉に、人質であることも忘れて、突然に大きな声で
 信繁「上杉様!ここで元服させて下さいっ!」
一座に笑いが走る
 村上「小童、何を言っておる」
武田・真田に信濃を追われた、村上義清の子、国清の声である。
 信繁「失礼ながら、小童ではありません。真田という名があります」
 村上「気が強い。これは失礼いたした。それがしは村上と申す。見知り置かれよ」
 信繁「村上様といえば、信玄公を破った名将の?」
 村上「それは父じゃ」
294蒲生氏郷 ◆MAGOgx/9/E :02/12/20 01:30
【6月15日付 筒井順慶宛ての書状】
書状拝読致しました。しかしながら、亡き右府公は某の恩人であり、父であります。
日向殿を捨て置くことは出来ませぬ。父の墓前にその首を供えることがせめてもの供養に
なることかと存じます。
筒井殿、貴殿も亡き右府公の恩義を忘れたわけではありますまい。
私は全てを覚悟して行く道を決めました。貴殿もその覚悟がおありの様子。
ならば、我等は並び立つ事叶いますまい。
かくなる上は貴殿と矛を交え、武門の誉れと致したい次第でありまする。
295真田昌幸 ◆Dg888yGhqg :02/12/20 01:35
かなり変な文。直さずに続きを書く。

照れる村上に信繁は
 信繁「烏帽子親には、村上様がなって下さい」
きっぱりと言い切った。景勝、村上は目を合わせて笑うばかり。
 信繁「信玄公に勝たれた方の御名をいただければ、私も強くなる。お頼みします」
 景勝「人質で参って、最初の口上はそれだけか」
すでに気を許してしまった景勝だが、笑みを押し隠して精一杯きつい口調で叱りつける。
 信繁「だめでしょうか・・・」
 村上「気に入った。越後での後見はワシがしてやる。景勝様、不肖のそれがし、
 この小童の烏帽子親となること、お許しいただけませぬか」
 景勝「許す。元服の烏帽子親は村上、信繁殿の名は幸村と致すが良い。元服の儀式は、
 後日、ワシが立会人となって行ってやる。上杉のもとで、初陣を飾るがよい」
 信繁「ありがたき幸せにございますっ!」
【この日より、源二郎信繁の名は、真田幸村となる。】
296明智光秀 ◆J2rclXD/6Y :02/12/20 12:58
【明智光秀より近衛前久への書状】
もとより織田は武門の頭領たる血筋ではありませんでした。
この度織田を討ち、天朝と古き良き伝統を守り天下安寧に乗り出しましたが、現在は四方八方で武者ばらが好き勝手し、あわよくば畿内に乱入せんとする状況です。
旧織田家臣団はいずれも頼みになりませんが、三河の徳川殿はその性格温厚篤実、堅実な人柄にて我らが手を結ぶならこの御仁しかありません。
ついては朝廷より勅使を派遣し、明智と徳川の盟約について後押しして頂けると幸甚の極みであります。

また、拙息十五郎光慶、かねてより重篤でありましたがもはや手立ても尽きた様子です。
私には他に男子もなく、然るべき養子をと思っておりますが、徳川殿には年長でありながら嫡男とはなれぬ身の上の於義丸なるお子がおられるとか。
もしかの若君を養子として貰い受けられれば、明智・徳川の間柄は盤石となり天下安寧の足がかりにもなりましょう。
あわせて後押し方、伏してお願い奉ります。
【正親町天皇の綸旨】 徳川家康宛て

光秀という男、故実を重んじ朕にとって愉快な男である。
宜しゅう頼みますぞ。

【勧修寺晴豊の私信】 明智光秀宛
先右府公は、御所の修繕をしてくれました。
しかし、公が斃れてからというもの、所々壁が破れ始めて困っております。
更に儀式や奉公人に払う賃金も、先右府公が寄進してくれた、僅かな領地から賄うのも苦しいのです。
どこからか銭や金銀が降っては来ないかと、近衛様は庭先で呟いておられる様子でございます。
298明智光秀 ◆J2rclXD/6Y :02/12/21 00:17
光秀は安土城が嫌いだった。
よくできた城だとは思うが、あの異様な華美さがどうしても好きになれなかった。城は城であるべきで、宮殿ではないのだと思っている。
晴豊からの私信を読んだ光秀は、腕組みをしてしばらく黙考し、そして書状を書きはじめた。

【明智光秀より勧修寺晴豊への書状】
朝廷式微の件、臣としても心を痛めている所です。
当座の御用として銀五千両を献上致します故、お使いくださいませ。
天朝の件は落ちつきましたら改めて手厚くさせて頂きます。
なお京洛について、当面地子は取り立てませぬ故、よしなに願います。

要らぬ金銀は使えばよい。
飾っておいても意味は無い、と光秀は考えている。
299織田信雄 ◆cfUJHeorTk :02/12/21 00:41
 【六月十一日 伊勢亀山城】

 関「さて、防衛の軍を派遣せねばな…」

 【伊勢・伊賀の領内配置】
 伊賀上野城 岡田重孝 兵1000
 柘植城   木造具政 兵1000
 柏原城   滝野吉政 兵1000
 伊勢防備  関盛信  兵2000

 関「ううむ、兵が足りぬな…」 
【天正十年六月二十日  常陸国筑波山不動峠】

真壁、多賀谷両隊の奇襲により、連合軍の左翼はもろくも崩れた。
小田氏治の本陣は、包囲されつつあった。
菅谷 「殿!包囲される前に退却を、殿軍は某が。」
氏治 「何を言う。もう一押しで佐竹の本陣は崩れる。押せ!押し進めー。」
兵を叱咤し、その場に留まる氏治であったが、突如、眼前の備えが崩れ、
騎馬武者が単騎で突入してきた。氏治はその姿を見て驚いた。
その顔は間違いなく敵の総大将、佐竹義重であった。
氏治 「な、何をしている!奴を討ち取れー。」
義重は、襲いかかる近衛兵を難なく討ち取りながら、一直線に氏治の前まで駆け抜け、
「はっ!」とかけ声を出し氏治めがけて槍を繰り出した。
その穂先は、氏治の喉元を貫き一撃でその命を奪った。
義重 「小田氏治 討ち取ったり。」
この勝ちどきで戦は終わった。

【先鋒:大掾清幹軍敗走 本陣:小田氏治軍壊滅(氏治討死) 右備:鹿島清房軍敗走】
【左備:玉造重幹軍壊滅 後詰:島崎安定軍敗走 】
【佐竹軍6000→5100 真壁隊3800→3700】
【天正十年六月二十日  常陸国筑波山不動峠】

氏幹 「我が方の圧勝ですな」
義重 「うむ、真壁よ急いで土浦城を抑えてくれ。」
氏幹 「はっ!」
義重 「梶原よ、敵、味方にかかわらず討ち死にしたものを葬ってやってくれ。」
政景 「承知しました。」
義重 「(討ち死にした者のためにも、この戦早く終わらせねば)。
    大掾清幹と南方三十三館に降伏を進める使者を出せ。
    これ以上の戦は避けたい。」

【真壁氏幹兵1500を率いて土浦城に向かいます23日到着予定】
【佐竹本隊及び多賀谷隊兵7000を率いて府中城に向かいます。22日到着予定】
【梶原政景は、兵300で、戦場の使者を弔った後、府中城へ向かいます23日到着予定】
302上杉景勝 ◆GqY.fMiuzQ :02/12/21 01:28
【6月28日 五十公野城付近】
この夜、五十公野城に異変が起きた。
混乱は混乱を呼び、濁流のように城兵達を飲み込んでいく。
突如、城門から火の手が上がり門が開き始める。
それを見るや全軍突入の命を下す景勝。
直江兼続は本庄繁長に何やら耳打ちし、本庄は頷くや一足飛びに城内へ
踊り込んで行く。

本庄「良く聞け、この城はもう我らの手中にある!お主等は揚北の名に恥じぬ
   戦いをした、揚北衆の名は儂が守る、速やかに降伏せよ!」

本庄繁長は揚北衆の中でも名士とされた者である。
その声に呼応し次々と降伏し始める将兵達。また、降伏を潔しとしない者には
小島貞興、村上国清といった猛将達の容赦無い攻撃が加えられていった。

やがて、本庄繁長が投降した兵を連れて兼続の元に戻ってきた。

本庄「指図通り、下った者達を連れてきたが、どうするのか」
兼続「この者達には急ぎ新発田城まで行って貰いたいのです」
本庄「ははあ、そういう事か」
兼続「成功した時の恩賞は弾む、と本庄様より保証してあげて下さい」
本庄「うむ、任せておけ」

本庄に説かれ、新発田城へと向かう兵達。
そして、その後に景勝・兼続の元へ伝令が走ってくる。
城は完全に制圧した、との知らせであった。

【五十公野城、落城】
303GM ◆CbIuEBgmms :02/12/21 07:23
【新規参加者募集のお知らせ】
貴方も、乱世を生きる戦国大名になりきって、リレー小説を紡いでみませんか?
ボードゲーム形式で、擬似的に戦国乱世を体験できます。
内政に励むも、戦略を語るも、参加される方の自由。
やる気のある人、大歓迎。
やり方が分からない方、初心者の方は、親切丁寧に指導します。

特に募集を要する役
・丹羽長秀役 ・神戸信孝役 ・長宗我部元親役 ・織田信包役 ・最上義光役 ・柴田勝家役
・毛利輝元、吉川元春、小早川隆景役 ・大友宗麟役 ・島津義久役  等々

現在埋まっている役
・明智光秀 ・徳川家康 ・北畠信雄 ・蒲生氏郷 ・真田昌幸 ・羽柴秀吉 ・筑紫広門、立花道雪
・上杉景勝 ・北条氏直 ・竜造寺隆信 ・佐竹義重 ・今井宗久 ・伊達政宗 ・雑賀孫市

参加を希望される方は
http://hobby.2ch.net/test/read.cgi/warhis/1038186521/l50
こちらのスレで、参加表明の書き込みをお願い致します。
304GM ◆CbIuEBgmms :02/12/21 07:29
>>302
【損害報告】
上杉景勝軍 300
五十公野城守備兵 500(落城)
305上杉景勝 ◆GqY.fMiuzQ :02/12/21 13:49
【6月29日 五十公野城】
落城の翌日、上杉軍は久しぶりにゆっくりとした時間をとっていた。
しかし、それは兵達のことであって、景勝、兼続を始めとした武将達は
戦の事後処理に追われていた。

景勝「ふむ、こんなものかな」
兼続「さようですな。お見事な仕置きかと存じまする」
景勝「明日にでも新発田城へ向け出発しよう」
兼続「はは」
景勝「与六、お前が仕掛けた埋伏の毒は功を奏するのか?」
兼続「大丈夫でしょう。しかし、それだけでは決め手にはなりますまい」
景勝「そうか…。何か策はあるのか?」
兼続「水原城、加持城へ勧告してみましょう」
景勝「うむ、今なら我らに靡くかもしれんな」
兼続「本庄殿に働いて頂きましょう。彼の御仁は揚北衆の間で新発田に劣らぬ程の
   影響力を持っていますゆえ、本庄殿のお墨付きとあらば我らに呼応する者も
   現れるかと存じます」
景勝「味方の城が落ちるとあらば、新発田城にも動揺が走るのは明らかだな」
兼続「もし落ちないのであれば捨て置いても大勢は変わらないかと」
景勝「良し、ではすぐにでも手配しよう」
兼続「水原付近に置いてある軍にも合流を促しましょう」
景勝「そうだな、ではそちらは頼む」
兼続「はは」
306上杉景勝 ◆GqY.fMiuzQ :02/12/21 13:49
【本庄繁長より水原、加持城へ書状】
もう耳にしているとは思うが、赤谷城、五十公野城は落城し、我らの旗下に入った。
主君・景勝様は降伏した者は儂にお任せ下さるというので助命嘆願をしたところ、
須らくお許しになられた。同じ揚北衆同士で争う事は儂はもう止めたい。
ついては、貴殿達も城の警護を解き、上杉軍に味方することを薦める。
降伏したとて、貴殿達の栄誉、そして揚北衆の誇りは儂が一命を賭して守る。
よくよくご賢察ありたし。

【上杉軍は五十公野城に兵500を残し、30日に新発田城へと向かいます】
【水原付近に詰めていた兵2000は本隊合流の為出発します】
【新発田城の包囲を行うのは計7600】
307蒲生氏郷 ◆MAGOgx/9/E :02/12/21 18:20
【6月17日 長浜城付近】
斉藤利三を追ってここまで来た蒲生・滝川連合軍だが、物見の報告によると、
斉藤隊は長浜に逃げ込んだようである。

滝川「うむ…どうやら斉藤は逃げおおせたようですな」
氏郷「ならば我らは山岡殿の救援に向かいましょう」
滝川「さもあらん、直ちに」
氏郷「その前に」
滝川「ん?」
氏郷「左文、おるか」
上坂「ここに」
氏郷「お主は兵1000を率いて佐和山城へ入ってくれ」
上坂「佐和山に…」
氏郷「美濃に蓋をするのだ。急げ、頼んだぞ」
上坂「はっ」
滝川「越前のお味方にも使者を出しておきましょう」
氏郷「もとよりそのつもりです」
滝川「良し、では勢田に向かいましょう」
氏郷「は」

【蒲生・滝川連合軍6000は山岡救援に向かいます。20日到着】
【上坂左文が兵1000を率いて佐和山城に強行、入城します】
【前田利家へ使者が出ます。内容は近江へ兵を進めて欲しい旨】
【天正十年六月二十三日  常陸国府中城】

義重 「あの分からず屋め!」
再三、府中城に「臣従せよ」との使者を出しているものの、
かたくなに拒む大掾清幹に義重はしびれを切らしていた。
義重 「(兵を無駄死にさせたく無いというのに、あいつにはそれがわからんのか。)」
   「北条がいつ来てもおかしくない以上時間はかけられん、
   仕方ない力攻めにするぞ。」
資正 「お待ち下さい。某にちと策があります故、
   降るという者は切ることなく集めてくだされ。」
義重 「ほう、なにやら面白そうですな、皆の者、資正殿の言うとおりにやってくれ。」

【兵7000で府中城を強襲します。降伏者は切ることなく集めます。】
(GM殿判定を願います)
309GM ◆CbIuEBgmms :02/12/21 20:03
>>308
【損害報告】
佐竹軍 7000→6000
府中城守備隊 300→0(落城 降伏者100人)
(野戦で散っている所にすかさず攻撃を仕掛けた為)
310徳川家康 ◆Z4A9O23po2 :02/12/21 20:36
【6月15日夜 清州城】
徳川軍に遅れること数刻、到着した北畠軍六千、清州にて合流。
北畠信雄、ただちに新織徳同盟の仔細を詰めるべく、田丸直正を従え会見に臨む。
徳川家康、尾張調略の責任者石川数正を伴い、それに応ず。
両者の調停人として、織田信包・長谷川秀一が立つ。
そして日没、両家の兵が周囲を固める中、「清州会談」遂に開幕。

<領土の帰属> 予想通り、濃尾が争点となる。
徳川:甲信は徳川、伊勢は北畠、尾張は現状で。美濃は切り取り自由。
北畠:甲信は兎も角、織田本土は明智追討後に決すべし。
<今後の戦略> 二道並進案は可決される。が…。
徳川:消極論。六月中に美濃及び日野周辺を確保。農繁期に撤兵。
北畠:積極論。南近江に進み、柴田北陸軍をも併せ、農繁期に畿内を奪回。

喧々諤々の議論は続き、会談は深夜まで及んだ。
が、双方折り合いが付かず、会議は翌日まで持ち越しとなる。
【六月二十一日 米沢】

政宗「父上、お話がございます。」
輝宗「藤次郎か、どうした?」
政宗「一月経たずして、葦名を屠る策を思いつきましたので。」
輝宗「思いついたと、わしに言ってくると言う事は、お許は既に手を打ってるのであろう?」
政宗「いえ、まだ。まずは父上のお力がなければ、成就せぬ策なので。
   葦名家は現在、家中が二分しております。しかも越後勢が国境まで進出し
   もはや内部分裂は避けられますまい。そこで盛隆殿に須賀川へ
   一時避難するように勧めます。我等の勧めだけでは盛隆殿も受け入れますまいが
   伯母上からも口添えを頼めば、自身の身の安全もあり、盛隆殿も須賀川へ移る事でしょう。
   盛隆殿が移れば、旧二階堂家の者も必ず須賀川へ付いて行きます。
   そうなれば、金上らの旧来の葦名家の重臣が必ず反旗を翻し、黒川城を乗っ取るはず。」
   そこを我等が叩けば、会津を併呑し、南奥に覇を唱えらましょう。」
輝宗「それは良いが、盛隆殿はどうする?会津の返還を要求してくるであろうが。」
政宗「盛隆殿には二階堂姓に復帰してもらいます。二階堂家の者もそれを望んでおりましょう。」
輝宗「しかし黒川城は奥羽随一の名城。一、二ヶ月では落ちまい。また長引けば相馬や最上、
   場合によっては上杉家も出張ってこようぞ。」
政宗「そこはご心配ありませぬ。藤次郎に秘策あらば、一昼夜で落として見せましょう。」

【葦名盛隆に須賀川への帰還を勧める密書を送ります】
【須賀川の盛隆の母(輝宗の姉)に盛隆の身の危険を説き、
 須賀川への帰還を勧めるよう口添えを頼む書状を送ります】
それぞれ二十二日着予定
312筑紫広門 ◆KCOomuAvfU :02/12/22 01:05
【六月六日・筑前立花山城】

一人の商人が座っている。頭を剃りあげいかにも坊主風のこの男。博多の豪商、島井宗室である。
宗室は信長が殺された日、実は本能寺にいたのである。
信長は武士以外の女子供や商人らを早々と避難させており、宗室もほうほうの態で逃げ出したのだった。
宗室は、この本能寺の変を道雪に伝える為に登城していたのだった。
道雪と宗室は昔から親交があり、同じ風流を嗜むものとして、また商売相手として懇意にしていた。

宗室 「・・・・という訳でございます。」
道雪 「そうか、信長が死んだか。生きている間に一戦交えてみたいと思っておったんだがの。」

そう言ってかかかっと笑う道雪の目は煌々と光っていた。これが七十歳の眼光か、と宗室は恐れおののいた。
普段は好々爺としているが、いざ戦場となれば鬼神の如く籠に乗って駆けずり回る。
その用兵の術は神技と称されるほどで、その名は九州を越え、あの武田信玄でさえも一顧を願った程であった。

「義父上。」
「統虎か。今の話を聞いておったのか。」
統虎と呼ばれた若武者はコクリと頷いた。立花統虎。後の宗茂である。
前年の初陣の際には唐綾縅の鎧に鍬形打った冑の緒を絞め、金作りの太刀に塗籠の弓といういでたちであった。
初陣で秋月方の勇将堀尾備前を打ち取り、その名声は広く知られる事となった。

統虎 「上方のことなどどうでもいいではありませぬか。今は足許をしっかり見極める時期だと思われまする。」
道雪 「ほほ・・頼もしいのう。だがな統虎、自分の力を見縊ることの無いように、常に心がけよ。」

宗室 「(この義父にあってこの義子あり。実父もまた名将。死角は無いな・・・)」
九州では熱い夏が始まろうとしていた。

【立花家始動】
313真田昌幸 ◆Dg888yGhqg :02/12/22 03:10
【六月末】
葛尾城、砥石城、塩田城の整備を細々と開始。
上田の城の整備継続。領民の使役は農繁期は極力おさえ、家臣一丸となって労働。
北信の上杉様、徳川殿の領地より、真田の手の者はすでに撤退。

※武田旧臣ですが、真田にもかなり集まっていました。名前の書き込み合戦となってもいけませんので、
史実をなぞる形で当家に組み込みます。
小山田壱岐守、原三左衛門、大熊五郎左衛門、瀬下若狭守は当家といたします。
今川旧臣、木村土佐守も、史実通り、当家で召抱えます。

真田昌幸、新領地を見回る。
黒糸縅の鎧に信玄公より賜った龍頭の冑。十文字槍を引き下げ、名馬望月黒に騎乗。
赤地に金で六連銭を描かせ、威風堂々のその姿には、独立した戦国大名として、
一勢力となりえた矜持が感じられた。

【六月二十日】
柴田勝家殿に使者が出る。忍びが書状を持参。到着は26日。
織田様の生死の確認と、これより先も織田家を頼るという内容。
信長公生存の噂があることを伝える。
※忍びの情報では死亡はほぼ確実であったが・・・。

314明智光秀 ◆J2rclXD/6Y :02/12/22 13:59
【6月17日 近江長浜城】
長浜よりの急使で城に入った斎藤利三は、出陣準備に掛かっている磯野員昌と出くわした。
「これは磯野殿、はやご出陣か」
「いや、先手でごさる。斎藤殿は一息入れられてから参られよ」
「しかし、見たところ兵は1000程度。これでは・・・」
「何も仕掛ける気はござらんよ。跡を慕い、仕掛けてくればいなし、置き捨てれば追いかける。これで十分」
「では蒲生の倅はどちらへ」
員昌はにやりと笑った。
「瀬田でしょうな。山岡を救うつもりでしょう」
このやりとりで、利三にも話が読めた。員昌のさすがに熟練した戦術眼を誉めると、老将は首を振る。
「光秀殿はそれがしがそう考えると読んでここに置いたのでしょうな。恐るべきはあの方やも知れぬ」

【6月17日夜 瀬田付近】
長浜よりの早打ちを読むまでも無く、蒲生勢の動きは順慶も掴んでいた。こちらに向かってくるらしい。
「あの阿呆が。これだから義理なぞに酔っ払う小僧は度し難いのだ」
ひとしきり呪いの言葉を吐いた後で、彼は手早く配置を命じた。
山岡勢が出てこないように一手を備え、残る5千で蒲生に備える。長浜の連中が馬鹿でなければ一手を差し向け、足を止めるなり背後を扼するなりするだろう。
石山の光秀へ早打ちをしたためながら、順慶はふと思った。
・・・奴め、ここまで読んでいたのか?

315明智光秀 ◆J2rclXD/6Y :02/12/22 13:59
【6月18日朝 摂州石山城】
長浜から馬を乗り継いできた使いと筒井からの伝令を相次いで受け取った光秀は、一瞬瞑目した。
・・・氏郷、判断がまだ若いぞ・・・。
別に読んでいた訳ではないが、これはこれで悪くない。
高山重友、中川清秀らを呼び集めた光秀は、直ちに出陣の手配りをした。
「私はこれより兵1万を率いて出陣し、筒井殿らと手を合わせて蒲生を討つ」
状況を手短に説明する。同席していた下間頼廉が首をひねった。
「しかし、何故蒲生はわざわざ死地へ飛び込んできたのでしょうな」
「そうせずにはいられなかったのでしょう。惜しい若者だが・・・」
器量才覚群を抜く、しかし。
「大局的に物を見られない男は大将にはなれぬ」
光秀は頼廉に一礼した。
「少々は早いですが、お約束どおり石山はお引渡しします」
「留守居をせよ、と」
「申し訳無いですが。高山殿と中川殿にも残って頂きますので、力を合わせてここを固守してください」
「なに、信長の大軍も跳ね返した天下の法城。安心召されよ」

【6月17日、長浜城より磯野勢1000が出動。蒲生勢を距離を置いて追尾】
【同深夜、斎藤勢2000が続けて出動。磯野勢と合流】
【6月18日午後、石山より明智勢1万が出動。瀬田をめざす】

【佐和山城に守備兵がいると判定された場合、徹底抗戦します。1000相手なら数百でも戦えるでしょう】
【天正十年六月二十三日  常陸国府中城】

馬鹿なことをやってしまった。
【天正十年六月二十三日  常陸国府中城】
降った府中城の兵を一室に集めた後、義重と資正が別室で話していた。
義重 「して、策とはどのようなもので。」
資正 「その前に義重殿、あの兵達に頭を下げることが出来ますかな。」
義重 「・・・その策がこれ以上兵を無駄死にさせないものであれば、
    この頭などいくらでも下げましょう。」
資正 「それを聞き安心しました。この策はどうしても兵を心服させなければなりませんので。」
   「まず、兵に命の保証をして、策に従うものには恩賞を・・・」
義重 「・・・判りました。」

義重は、降った兵達を前に府中城の件を詫びた後、
義重 「私は、佐竹家と常陸の国衆は仲間だと思っている、争いはしたくないのだ、
    しかし、北条の手がもう常陸にまで届こうとしている、
    そうなればこの地はこれまで以上に戦炎で荒れてしまうであろう。
    この常陸から戦を無くすためにも、私に力を貸してもらいたい、この通りだ。」
そう言って義重は兵達を前に深々と頭を下げた。
これにはさすがの兵達も「この地に戦が無くなるのならば。」と思うもの達が多勢を占めた。
義重は下がり、代わりに太田資正が入ってきた。
資正 「我が殿は貴殿等に命の保証をしてくれた、
    さらに策に協力してくれるものに対しては、恩賞があることも約束している、
    当家に協力してくれるものは立っていただきたい。」
半数以上の兵が立ってくれた。

【水戸城の江戸重通に動員令(兵1500)を出し、府中城に来るよう使者を出します。】
【策については裏スレにて】
318徳川家康 ◆Z4A9O23po2 :02/12/22 17:27
【6月16日早朝 清州城】
「清州会談」二日目。両家の意見は平行線を辿り、感情的な水掛け論にまで転落。
当初の親睦な雰囲気も何時しか消え失せ、両家の将兵は殺気立ち、双方覆滅の下知を遅しと待ち詫びる始末。
今や、織徳同盟は流産の危機に瀕していた…。

その頃、清州城の別室では、徳川軍と共に到着した五徳が叔母及び従妹たちと、朝餉を共にしていた。
朝餉を終え三姉妹が別室に下がった後、五徳が市に語りかける。
五徳「叔母さま、三河の義父とはお逢いになりました?随分とご機嫌麗しいご様子でしたが。何か良きお話でも?」
市 「茶々たちを養女として迎え入れて下さるそうな…。
   寄る辺無きあの娘たちには、真に良き話と思っておる…。が、もう一つのお話は…。」
途切れがちに話し終え、頬を染める市。

昨日、信雄との会談前に市を訪れた家康は、二つの提案を残していった。一つは三姉妹の養女の件。
そして、今一つは、求婚。数年前、正室築山殿を亡くした家康が、市を後室として迎えたいと申し出てきたのだ。
亡き夫備前守に似た勇武の名将にして、兄信長の信用さえ勝ち取った天下の律義者。
そして今は織田家に次ぐ大大名として地歩を固めつつある…。未だ四十歳、市との年回りも近い。
惹かれぬ訳ではない。むしろ夫にもつなら最良の人物であろう。
が、お市の瞼に浮かぶは別の人物。夫を亡くした自分と娘たちに援助の手を差し伸べてくれた、北の老将。

市の比類なき美貌が苦渋に滲む。
五徳「…そう、結論を急ぐことは無いですわ。もう一つのお話がどういったものかは判りませんが、
   このような何時戦禍が及ぶか判らぬ地では考えも纏まりますまい。」
市 「そうじゃな…。浜松は風光明媚の地と聞く。娘たちには退屈かも知れぬが、何度も落城を味合わせるよりは…。」
自分を納得させる為、何度も頷く市に、五徳の顔に浮かんだ会心の笑みに気付く余地は無い。
319徳川家康 ◆Z4A9O23po2 :02/12/22 17:30
五徳「でも、その前に…。」
背後の襖を開ける五徳。そこには、幼児を抱いた侍女が控えていた。
五徳「信雄お兄さまや信包叔父さまに、この子をお披露目していかなきゃ。」
侍女から幼児を受け取り、抱き上げる五徳。

市 「五徳殿…、この子は誰じゃ?」
五徳の胸に抱かれた幼児を覗き込む市。
秀でた額、円らな瞳、整った鼻梁。無事に成長すれば、さぞかし女子の心を乱す美男になろう…。
五徳「あら、叔母さまったら。此度の上方の難事で、お祖父さまとお父さまを亡くされ、
   その危うい所を僅かなお供で命からがら逃れてきたと言うに、何て冷たいお言葉かしら?」
市 「まさか、この子は…。」
五徳「えぇ、ご推察の通り…。信忠お兄さまのご嫡男にして織田家の正嫡、三法師さまでいらっしゃいますわ!」

無垢な笑みを浮かべる幼児の顔をまじまじと見つめる市。確かに、兄信長や甥に似ていなくも無い。
が、何かが違う、はっきりとは判らぬが…。市の、母としての勘はそう告げていた。
首を傾げる市。その耳元に口を寄せ、囁く五徳。
五徳「三河の義父はこう仰せでしたわ…。『物分りの悪い女子の世話は出来ぬ』と。さ、如何なさいます?」
見上げた五徳の美貌に浮かぶ凄絶な笑み。お市の背筋に震えが走る。
ふと脳裏に、今は亡き夫の金塗りの髑髏が、浮かんでは、消えた。

市 「間違いない…。この子こそ、我が兄信長の嫡孫三法師じゃ…。」

【五徳、「三法師」と市を連れて、会談の間へと赴きます】
【天正十年六月二十三日  常陸国府中城】

伊達家からの使者が義重の元へ来た。
義重 「ほう、伊達殿は相馬殿との和議の仲介をしてほしいとのことですな。」
使者 「はい、詳しいことはその書状に。」
書状を見た義重は、まあ予想通りだなと思った、
義重 「(しかし相馬は簡単には納得しまい、まあ、二本松殿に行ってもらうかの。)」
   「使者殿、返事を書く故しばらくまれたよ。」

【伊達輝宗宛に書状を出します、26日着予定。内容は以下のとおり】
【与力大名である二本松義継、及び他の与力大名に書状を出します。内容は以下のとおり】

伊達輝宗宛書状
相馬家は既に当家と盟を結んでいます。
そのため相馬の領土である伊具郡を差し出すようにとは、なかなか言えませぬ故、
当家の傘下にある二本松城と二本松殿を貴家の傘下に加えていただきたい。
但し、二本松殿の所領を安堵し疎略に扱うことなく、
身分を保障することを条件とします。
これをもって、伊達、相馬、佐竹の間で三国の盟としていただきたい。

二本松義継宛
南陸奥の安定のため、伊達殿の元へ行ってもらいたい。
当然所領の安堵、身分の保障を誓わせますので、安心していただきたい。
伊達家の扱いに不満があれば、口添えしますので、いつでも言っていただきたい。


他の与力大名宛
今回二本松城を伊達家へ譲ることとなるが、これは奥州を戦乱を無くし安定をもたらす
ものであるので、皆には納得してもらいたい。
これ以上当家は伊達家に譲歩することはないので、安心していただきたい。
321明智光秀 ◆J2rclXD/6Y :02/12/22 19:05
【6月17日 近江長浜城】
磯野勢が出撃し、斎藤勢が一休みしていた頃。
居残りとなった津田信澄は別の用を片付けなければならなくなった。
前日に光秀よりの使者が到着していたのだが、何でも徳川と渡りを付けるために勅使の下向までは漕ぎ着けたのだという。
貴殿も何かできることがあったらしておくれ、との事だった。細かい事は書かれていなかったが、それはそれだけ自分を信用してくれているということだろう、とこの律儀な若者は考えた。
信澄はしばらく考えた後で、浅井光政を呼んだ。
「何でしょう」
身の丈、そして筋肉質な横幅も既に信澄と同じ位ある少年を前に、信澄はつっかえつっかえ説明する。
つまり、母上に手紙でも書いてみる気はないか、というのである。
「母上に」
「ええ。清洲は徳川の手に落ちたから、多分その庇護下にいると思いますが」
私からも市殿に添え状を書いておくから、親子の名乗りくらいしておいたがいいだろう、と信澄は言った。
「・・・そうですね」
光政は心を動かされたようだった。目の前の若い武将が、そこまで自分の心配をしてくれることが嬉しかった。
「親子が引き裂かれるのは辛いものですから」
ぽつりと信澄が呟くのを、少年は聞いた。
322明智光秀 ◆J2rclXD/6Y :02/12/22 20:30
【津田信澄よりお市御寮人への書状】
姉上様へ。
御無沙汰しております。このような形になりさぞ悲しんでおられることと存じます。
しかしながら御夫君浅井長政殿を討たれた姉上様には、それがしの想いが分かって頂ける事と思います。
父を殺された私には、兄がどうしても許せず、そして恐ろしくもありました。
それは舅光秀とて同じです。身を粉にして尽くした果ての無理難題、これでは臣として立つ瀬がありませんでした。
弟は兄を殺した事をいささかも悔いておりません。ただ兄が弟を殺し、義弟を殺し、そして弟が兄を殺すようなことはもう終わりにしたく存じます。
さて、共に送られるであろう書状は浅井長政殿の忘れ形見、喜八郎殿のしたためたものです。
つまりは姉上の御子であります。
この度めでたく元服となり、浅井光政と名乗る事となりました。不肖それがしが介添を致しております。
せめて親子の名乗りをと思いました。今まで母を知らずに育った若者にて、優しい言葉なりとも与えてやって下さい。

【浅井光政よりお市御寮人への書状】
母上様。
私は今まで物語にしか母上の事を聞いたことがありませんでした。
一目お会いしたいと願いながら今日の日まで生きて参りました。
この度、明智殿の計らいで御家再興を果たすことができました。亡き父上は見事な大将だったと聞いております。
私も父上にあやかり、立派な大将になる覚悟です。
そしていつかは母上にお目に掛かりたいと願っております。
その日までどうか、お健やかにお過ごしください。

【二通の書状は勅使に預けられ、勅使よりお市へ渡されます】


【天正十年六月十八日  若狭国小浜城】

盛政 「開門!開門せよー」
城門の前に響き渡る威勢の良い声に、たちまち城門が開き、
待ちかねたように一人の将が出てきた。
小浜城の留守居役、溝口秀勝であった。
秀勝 「佐久間殿お待ちしておりました、
    事態が事態ゆえ城の者たちも不安でなりませんでしたが、これで一安心です。」
盛政 「うむ、そう言っていただけると我らも来た甲斐があるというもの。
   あと、丹羽殿は河内で無事とのことであるぞ。」
秀勝 「それを聞いて、さらに安心しました。ささっ城内へ案内しましょう。」

【佐久間盛政兄弟、小浜城に入ります。さらに国内の城に兵を配置させます。詳細は後ほど】
324真田昌幸 ◆Dg888yGhqg :02/12/23 00:14
【六月二十七日】
上田より、京の菊亭家に使者が出る。
先触れの使者が徳川家、明智家に。領内の通行許可を要望。

(内容は信濃守の官途申請とその斡旋のお願い。真田家の現状報告などを口上で。)
奈良朝よりの官牧・望月の名馬を多数献上。
325真田昌幸 ◆Dg888yGhqg :02/12/23 00:47
<七月中旬>
これはしばらく後のこととなる。
埴科郡、葛尾城を手に入れた真田であるが、その地は宿敵とも言える村上氏の旧本拠。
村上氏、上杉家を慕う農民、土豪は多く、真田家の経営に陰を落としていた。
上杉家に質を出したことにも、真田家を軽んじる空気が濃くなっていた。
昌幸も予期しない知らせが、そのすべてをひっくり返した。
村上国清が真田のせがれの烏帽子親となった。真田の次男は、その名に村上の一字をいただき、
幸村と名乗ることとなったと。
それ以来、埴科郡の民、土豪は真田家の支配を受け入れた。
民土豪の声
「真田めは村上様の一字を自分の名乗りの下に置いたぞ。これは村上様を軽んじているのだ。許せぬ!」
327真田昌幸 ◆Dg888yGhqg :02/12/23 01:44
ははっ、偏諱ではないので許せ。
偏諱なら名より一字いただくもの。
328GM ◆CbIuEBgmms :02/12/23 04:49
>>315
の斎藤軍の動きを、拙速規定違反により、19日出発に訂正致します。
329徳川家康 ◆Z4A9O23po2 :02/12/23 16:00
>>324に呼応して…。
【6月28日 深志城】
奥平信昌、真田の使者の通過を許す際にその内容を問い質す。
信昌「真田が信濃守だと?冗談ではない!」
未だ総督として酒井忠次が赴任する前、自らが太守たらんとしていた信昌も信濃守を欲していた。
当然、妨害工作に出ることになる。
信昌「大殿に伝えよ!……とな。」

<徳川家より朝廷に奏上>
信濃には、小笠原・木曾・諏訪といった名族有り。
新興の真田に伝統ある国司の位を与えては、朝廷の軽重を問われますまいか?
御熟考の程を。
330上杉景勝 ◆GqY.fMiuzQ :02/12/23 16:33
>>329 に呼応して…。
【6月30日 上杉景勝本陣】
真田の信濃守斡旋についての一悶着を、海津に詰めている斉藤朝信よりの
使いで知った景勝はどうすべきかを兼続と相談していた。

景勝「奥平殿も大人気無いの」
兼続「徳川家は朝廷に異議を申し立てたそうです」
景勝「家康殿も信濃の微妙な情勢を知らぬ訳ではあるまいに」
兼続「されば、殿より口添えされては如何でしょうか」
景勝「うむ。官位に心を奪われ、民に被害が及ぶことは避けねばならんな」
兼続「真田家との約束もありますし」
景勝「ここは儂が仲介してみるか」

【上杉家より朝廷に使者が出ます】
真田家は信玄公亡き後も、良く善政を施し民達にも慕われております。
ここで官位を授けることにより、真田家の朝廷への忠誠も一層高まると存じますれば、
真田昌幸殿の信濃守就任をお認め頂けますようお願い申し上げまする。
新興の者も不公平無く取り立ててこそ、朝廷の権威もより一層確たるものになると
存じます。そうした面では奥平殿も同じ。今後の働きによっては奥平殿にも
ふさわしき官位を授けて頂けますことも、併せてお願い申し上げまする。

【奥平信昌へ使者が出ます】
色々ご存念はありましょうが、まずは甲信に泰平をもたらす事が国守たる者の
務めでしょう。官位に目を取られ、甲信に不安を生じさせることはお控えなさるよう
お願い致します。
331北条氏直 ◆.smLxkhTlI :02/12/23 17:37
 【六月二十三日】

 氏直「佐久の名馬…か。ふふ、なかなか味な真似をしてくれるな。」
 朝倉「して、如何なさいますか?」
 氏直「あの御仁の事だ、既に上杉との盟約のことも耳にしておろうな。
    返礼の使者を出し、釘を刺しておくとしようか。」

 氏政「氏直、ここにおったか。」
 氏直「これは父上、如何なさいましたか?」
 氏政「うむ、小田原の氏規から急使が参ってな。徳川が使者を寄越していたらしい。」
 氏直「徳川殿が…ですか。わかりました。私が直接会って参ります。父上、進軍の差配をお願いします。」
 氏政「うむ、任せておけ。」
 氏直「政元、供をせよ。」
 朝倉「はは。」

 【真田家へ返礼の使者が出ました。真田昌幸宛ての親書を持っています】
 【北条氏直、小田原城へ向かいます。到着は二十五日】 
332上杉景勝 ◆GqY.fMiuzQ :02/12/23 17:45
【真田家への書状】
真田家が上杉家に敵対心を持っていないことは明らかなものとなりました。
お預かりしたご子息、幸村殿は誠に名将の器だとお見受けします。
ゆくゆくは水内郡、更級郡を任せたいと思っております。
しかし、上杉家は信濃の統治において貴家程の手腕を持っておりませぬ。
近々人を遣わせますゆえ、国政についてご教授頂ければ幸いかと存じます。

【返礼として、他に越後の名馬を数頭送ります。到着は3日】
【六月二十三日 米沢】

葦名盛隆へ須賀川帰還の密書を送り、葦名分裂の報を待つ事二日・・・。
片倉景綱「若、盛隆殿が須賀川へ移られましてございまする。」
政宗「そうか、移ったか。して会津の様子はどうじゃ?」
景綱「これが少し計算違いがございまして・・・。」
政宗「計算違いとな?」
景綱「それが、二階堂家の保土原行藤は黒川に残り、守谷俊重は盛隆殿に付き従い須賀川へ、
   須田盛秀は新発田重家の援助の為に越後へ向かっており留守。
   なのに金上や針生はそれぞれ所領に帰った模様で。金上らは予想以上に使えませぬな。
   どうせ謀反を起すなら、黒川を占拠すれば良いものを・・・。」
政宗「まぁそう言うな。だからこそ、この程度の小細工にも乗るというもの。しかし、これで黒川城を
   乗っ取る訳には行かなくなったの。が、別の策もある。それを行なうには」
景綱「では、出陣の準備を。」
政宗「うむ。父上にはワシから言うておく。くれぐれも密かに、速やかにの。」
景綱「御意。」
政宗「おお、金上らが謀反を起こし次第、須賀川への早馬も忘れずにな。盛隆殿に話を通さずばなるまいからの。」
景綱「ぬかりありませぬ。」

【米沢に密かに兵5000を集めます。】
334高橋紹運 ◆KCOomuAvfU :02/12/23 23:46
【六月十一日・吹田の湯】

二日市にある吹田の湯(武蔵温泉とも)、兵の一団が湯治をしている。
屋山中務 「殿、よろしいのですか?今攻められれば我々は・・・。」
高橋紹運 「心配いたすな。ちゃんと筑紫には一時休戦の使いを送ってある。」
中務 「しかし、奇襲される恐れも・・・。」
紹運 「筑紫めは奇策は張り巡らすが、約定を破るような人物ではない。古いつきあいだからわかる。」
中務 「左様でございましたか。失礼いたし申した。」
そこに急を知らせる使いが飛び込んできた。
急使 「はや一大事!お取次ぎを願う!」
中務 「騒ぐな!殿の御前であるぞ。」
紹運 「よい。なにごとか?」
急使 「秋月領に竜造寺軍が侵入!秋月から和睦の要請が来ております!」
紹運 「ご苦労であった。下がってよい。」
急使 「ははっ!」
中務 「これは・・・急ぎ道雪様にもお伝えせねば。」
紹運 「うむ。今すぐ立花山へ向かう。馬の準備をいたせ。」
中務 「はっ。」

【立花山城で軍議が行われるようです】
335真田昌幸 ◆Dg888yGhqg :02/12/24 00:22
【六月二十六日】
真田昌幸、別所で湯につかり終日ゆっくり。
地元の民と気軽に会話を。

【二十七日】
上田城の普請を見回る。声を掛けてまわる。

【二十八日】
北条家の使者を小諸城において丁重に出迎える。
これより先も関東の安寧を祈っていることを伝える。

【二十九日】
佐久衆を小諸に招いて酒宴。腹踊りを披露。

336筑紫広門 ◆KCOomuAvfU :02/12/24 00:53
【六月十一日・勝尾城】

竜造寺軍秋月領侵入の報は勝尾城にも伝わった。
友清左馬介 「すでに竜造寺方の兵が秋月の出城を包囲している様子。」
島備後 「秋月の次は岩屋城でしょうな。殿、いかがいたしますか?」
広門 「どうするも何も、我々は竜造寺と同盟を結んでおる・・」
島 「同じく同盟を結んでおった秋月が攻められておるのですぞ。」
広門 「・・まだ竜造寺方が我々を攻めてはおらぬ。」
島 「我らを攻めないにしても、矛先が岩屋城ならば我々も出兵せねばなりませんでしょうや。」
友清 「日和見はできればいいのですがなぁ。」
広門 「・・まずは様子を見よう。兵の準備と城の防護は怠るなよ。」

【筑紫方は静観して様子を見ています】
337菊亭晴季 ◆CbIuEBgmms :02/12/24 05:11
【天正十年 七月四日 山城国御所】

近衛前久 「珍しい事もあるもんですなぁ。 これは内府はん、何の用であらしゃりますか?」
菊亭晴季 「いやいや、太閤様の御尊顔を拝見しとうおしてなぁ」
前久 「これは白々しい。 大方、武家さんにでも何か頼まれましたんやろ?
    (うししっ うまい話が来よったわ。 今日の吉卦はこれを指しとったんやなぁ)」
晴季 「ほほほ。 真田昌幸言う婿さんが官位を欲しがっておしてなぁ」
前久 「内府はんの頼みでしたら無下にはできませんなぁ。 してどの職をお望みなんでっしゃろう?」
晴季 「従五位下 信濃守が欲しいと、文には認めありましたなぁ」
前久 「殿上人をお望みとは、えろう羽振りの良い婿さんでありゃしゃりますなぁ、して? 先の位階はどれほどで?」
晴季 「正六位下 安房守でおしたかな?」
前久 「……それはよくよく考えておきましょ
    (なんや、一郡程度の地侍かいや、恩を売っても得は無いな。適当な理由つけて断ったれ)」
晴季 「いやいや、婿さんは、腕の方は確かどす」
前久 「確か確かと言われても、名前も聞いた事おへん」
晴季 「なんでも信濃と上野で四郡を切り取ったとか、所領は十七万石を超えておりゃしゃります」
前久 「それは随分と大身どすなぁ。(何やて? 国持ち級やないかい。先にそれを言えや)」
晴季 「それに尊王の志もあつうおしてなぁ。 駒を太閤様にと送ってきてありゃしゃります」
前久 「ほうほう、これは殊勝な振る舞いでおすなぁ しかし飛び飛びで昇進はできまへんなぁ、
    真田はんの御家の極官はなんどすか?(これは恩を売っても悪くないかも知れん。 官位も、もっと高う売れるやろう)」
晴季 「先代の幸隆はんが確か弾正忠であらしゃったような…(ええい、ここはハッタリも必要やで)」
前久 「では、今回は正六位上 弾正大忠でどないでっしゃろう?」
晴季 「それは重畳どすなぁ。(後は時間と銭次第か、まあ婿はんへの義理は果たせそうやな)」

【官位叙任】
正六位下 安房守→正六位上 弾正大忠 真田昌幸 七月十一日勅使到着
338北条氏直 ◆.smLxkhTlI :02/12/24 05:19
 【六月二十五日 小田原城】

 氏直「使者殿、お待たせして申し訳ない。」
 使者「とんでもございませぬ。
    それに氏直様を待つ間に氏規殿に小田原を案内して頂いており申した。」
 氏直「そうであったか。仔細は叔父より聞いた。徳川殿の御好意、感謝致す。」
 使者「御気に召して頂き、恐悦に存じまする。」
 氏直「後日、返礼を遣わす故、徳川殿には宜しくお伝え願いたい。」
 使者「はは。」
 
 【徳川家の使者は、大いに歓待された様です】
339北条氏直 ◆.smLxkhTlI :02/12/24 05:20
 【六月二十八日 関宿城】
 
 氏直「かねてからの策戦通りである。皆の働きに期待しておるぞ。」
 諸将「はは!」
 氏直「うむ、出陣だ!」

 【北条氏照、兵一万を率いて下妻攻略に向かいます。到着は三十日】
 【氏直本隊、兵二万を率いて水海道へ向かいます。水海道城を接収します。到着は三十日】
 【佐竹軍の情報収集のため、多数の忍びが出ました】
 【千葉邦胤へ指令。龍ヶ崎周辺にて示威行動をし、佐竹軍の注意を引きます】
 【鹿島清房、玉造重幹らに密使を派遣。佐竹軍の後方撹乱を指令。密使到着は三十一日】
 【関宿城守備軍は九百。城将会田信清】
340明智光秀 ◆J2rclXD/6Y :02/12/24 09:37
【6月15日 丹後宮津城】
12日付の光秀からの書状を受け取った幽斎は、倅忠興(結局出家は許さなかったのだ)に書状を見せると腕組みした。
「羽柴は積極的に動けぬ様子。ここは若狭を少々切り取らせて貰うか」
「武田殿が一国切り取れるとは思えませぬ。ただ、始めから手を出すと角が立つような気はします」
「まあ、そうだな。では国境に一手貼りつけ、武田が困ればすかさず討ち入るという手筈にしておくか」
「それが良いでしょう。では、それがしが参ります」
「任せる」

【細川忠興、兵4000を率いて若狭国境付近に展開】

341明智光秀 ◆J2rclXD/6Y :02/12/24 14:15
【6月18日付 明智光秀より近衛前久への書状】
先の勅使下向の件、徳川殿への綸旨をお下し頂いたとの由にてまこと感謝の極みです。
武家伝奏殿には当家の者の私信もお預かり頂きました。重ねて御礼申し上げます。献上した銀子、お役立て頂ければ幸いです。
さて、徳川殿は現在左少将でありますが、これに昇任の沙汰を頂く訳には参りませんでしょうか。
徳川殿は東海を良く治め、その徳風は天下に遍く知られております。
一層の勤皇を促す為にも、ご一考頂きたく。


342真田昌幸 ◆Dg888yGhqg :02/12/24 23:15
【七月二日・上田】
独り言 「打てる手は打った。あとは野となれ山となれ。」
鷲塚 殿、一大事にございます。
昌幸 (さも嬉しそうに)一体何事っ!徳川かっ、北条かっ!
鷲塚 さにあらず。信繁様が我が子にあずけた川上犬、雪(犬の名)が子を産みました。
昌幸 時期はずれに。して、何匹じゃ。
鷲塚 オノコばかり三匹にございます。
昌幸 それは大義。名は付けたか?
鷲塚 殿よりいただければと。
昌幸 (一時悩み)カツ、レツ、キッカとせよ。
鷲塚 どのようなお名前で。
昌幸 (意味はないが)唐代の将の名である。(もちろんウソ)
【のんきな真田家は、中央の情報待ちの日々】
343徳川家康 ◆Z4A9O23po2 :02/12/25 00:24
【6月30日 小田原城】
徳川からの正使松平康元、北条家での盛大な歓待を受け数日間逗留後、帰国の途に就く。
関東の産物に名馬・名刀を土産に貰った康元、満悦の表情を見送りの氏規に向け、小田原を出立。

城門を出る一行。ふと立ち止まり城を振り向き仰ぐ康元、その表情に先ほどの緩みは無い。
「小田原北条氏、早雲庵より五代百年、未だ磐石の態勢。干戈を交えるは時期尚早か…。」

【康元から家康へ早馬】
『北条家、昨今出師重なれど、その統治に一分の隙も見出せず。梅松軒の遺風、未だ消えず。』
【天正十年六月二十四日  常陸国府中城】

義重は、今朝早くに芦名家を探らせている者からの書状に首を傾げていた。
義重 「(盛隆殿が、須賀川城へ戻っているうえ、
    金上や針生はそれぞれの領国へ戻っている、か。
    確かに芦名派と二階堂派に家中は割れているが、
    自分の母親の薦めとはいえ盛隆殿が黒川城を出るのは解せん)
    はて、何かあったのか?」
その時、伊達家を探らせている者の使者が来た。
義重 「米沢城の動きがあわただしいだと、最上か大崎から使者でも来ているのか?」
密使 「いえ、そのようなことはありません。」
義重 「兵を集めている様子は?」
密使 「いえ、その様子も、ただ、多くの兵糧等が集められているようです。」
義重 「そうか、(兵糧を集めているということは、密かに戦の準備をいているのだろう。
    和議の交渉中に相馬を襲う気かもしれんが。)さて・・・」
その時、ふと、芦名家からの書状が目に入った。
義重 「(伊達は相馬との和議を進めて、同時に戦の準備をしている。
    芦名は盛隆殿が、母親の薦めで黒川城を出た。盛隆殿の母は伊達の娘だったな、
    同時に家臣たちも黒川城を出た。ということは黒川城はほぼがら空きだ。)
    ・・・しまった!。」

【相馬盛胤に兵4000を動員し伊具郡へ進出するよう要請します26日出発】
【芦名盛隆、保土原行藤、金上や針生ら宛に書状を書きます盛隆宛は25日、家臣宛は26日着予定
【内容は次レスにて】
追記、佐竹と芦名はすでに和議を結んでおり、関係は悪くない。しかも血縁関係もある。
1 芦名盛隆宛
  盛隆殿に黒川城を出るようにと勧めたのは、伊達家の陰謀の疑いが濃厚です。
 ご母堂を問いつめていいただければ、きっと伊達輝宗の名前が出てくるに違いありません。
 芦名家の当主たる者が、みだりに黒川城を動いてはなりません。家臣も不安がることでしょう
 今、伊達家は相馬との和議を進めています。となれば伊達家のねらいはどこかおわかりでしょう。
 もし、伊達家と争うことがあれば、力をお貸しする用意があります。
 盟を結び、南陸奥から戦を無くしましょう。
2 保土原行藤宛
  盛隆殿が、黒川城を出られたのは、伊達家の策によるものです。
 今、伊達家は相馬との和議を進めています。となれば伊達家のねらいはどこかおわかりでしょう
 盛隆殿に黒川城に戻るよう勧める書状を出しておきましたが、その間黒川城を守っていただきたい。
 米沢の動きに十分警戒されるよう願います。
3 金上や針生宛
  あなた方のような芦名家の柱石たる家臣たちが黒川城をあけることは、
 伊達や上杉に隙を見せることになります。芦名家の家中のことはわかりませんが、
 このようなときこそ、家中がまとまって外の敵に対抗していかねばなりません。
 今、伊達家は相馬との和議を進めています。となれば伊達家のねらいはどこかおわかりでしょう。
 急いで黒川に戻り、家臣たちをまとめていただきたい。
訂正
1 芦名盛隆宛
盟を結び、南陸奥から戦を無くしましょう。
を消してください。
347真田昌幸 ◆Dg888yGhqg :02/12/26 21:43
【七月二日】
堺の薬種商、小西屋寿徳の家を真田家重臣・河原右京が訪れる。
信濃への土産に、薬を買い求めようとしたところ、当主が挨拶に出、茶を誘われる。
様々な話をし、朝鮮人参など、高価な薬を購入。
後日、堺の商人を紹介していただくことを約束。
348蒲生氏郷 ◆MAGOgx/9/E :02/12/27 03:32
【6月18日 行軍中】
斉藤利三を逃した蒲生・滝川連合軍は山岡救援の為に、また長い道のりを戻って行く。
不安な面持ちが多い蒲生家臣を尻目に、氏郷自身は凛とした表情を崩さない。
それはもう自分の行く末を覚悟してのことなのか…答えは本人が知るのみである。

ただ氏郷には気懸かりな事があった。
斉藤隊を追ったはいいが、思わず遠くまで来てしまっていた。
今から勢田へ向かおうにも、下手をすると明智本隊と鉢合わせになるかもしれない。
まだ体勢は整っていないとはいえ、それなりの兵を従えて来るだろう。

もうひとつは柴田と徳川の動きである。
氏郷の考えでは、徳川・柴田・信雄で包囲網を作り明智に対抗するつもりだった。
対抗するのが遅れれば遅れるほど明智に有利に働くのは明らかである。
一刻も早く畿内へ到着するのを願うしか氏郷には出来ない。
歯痒い、とはまさしくこの事であった。

さまざまな思惑が浮かんでは消え、そしてまた姿を現す。
その思いを断ち切るのに必死だった。
ただ、一つだけ分かっている事がある。盟友の山岡が攻められている。
助けなければならない。
死地に飛び込むことになるだろう。だが、若い氏郷は死よりも名を取った。
一途、勢田へ…。

【蒲生・滝川連合軍、勢田へ行軍中です】
349明智光秀 ◆J2rclXD/6Y :02/12/27 09:52
【6月18日 瀬田・筒井陣】
夜になって、光秀から伝令が来た。手勢1万を率いて石山を出撃、21日には来援するという。
これで何とかなる、と順慶は考えた。一日粘れば蒲生の若造を袋叩きにできる。
彼は素早く彼我の動きを計算する。蒲生がここに来るまであと二日ある。封鎖線を引く時間はあるだろう。
順慶は近習を呼ぶと、手早く指図を始めた。

翌日より、山岡を攻囲中の筒井軍は奇妙な動きを始めた。
城を取り巻くように柵を組み、柵の前には落とし穴や乱杭を打つ。
更に外側に向けて柵を作る。つまり自軍を柵で取り巻くような形にしたのだった。
「城を封鎖しつつ打って出る敵を防ぎ、かつ解囲軍から自分を護る。こんなところか」
順慶は自分の思いつきに満足した。これで一日二日は粘れるだろう。

350無名武将@お腹せっぷく:02/12/27 15:38
「火をつけられたら全滅だろう」と信長は思った。
351無名武将@お腹せっぷく:02/12/27 16:32
「私の真似とはなかなかやるな」とカエサルは思った。
352無名武将@お腹せっぷく:02/12/27 20:18
木材はどこから運んだのだろうと蜂須賀は思った。
353無名武将@お腹せっぷく:02/12/27 21:34
きっとGMは許すだろうと名無しは思った。
354無名武将@お腹せっぷく:02/12/27 22:01
城の周囲と自陣の外周。落とし穴まで掘って、たった数日では、兵はヘトヘトだろう。と誰もが思った。
355無名武将@お腹せっぷく:02/12/27 22:07
農民を総動員すれば問題は無いだろうと部外者は思った。
356無名武将@お腹せっぷく:02/12/27 22:37
そりゃいいやと、と他の参加者は真似することを心に誓った。
しかし、と三成は思った。数日で近隣の農民を組織するのは、このきんか頭でも無理だと。
357無名武将@お腹せっぷく:02/12/27 23:22
組織しなくても農民に柵に使う木と、指示通りに一昼夜かけて作業を行なえば
兵糧米をくれて年貢免除の条件出せば、たちどころに出来るだろうと土木作業員は思った。
358無名武将@お腹せっぷく:02/12/27 23:25
一行目の文章変だぞと、教養人の明智光秀は思った。
359無名武将@お腹せっぷく:02/12/27 23:27
土木作業員だから勘弁すれと家康は思い、度量の広いところを見せた。
360無名武将@お腹せっぷく:02/12/27 23:41
きんか頭は光秀だと、信長は思った。が、たいして違わないかと思い直した。
【天正十年六月二十五日  常陸国府中城】

「北条の軍勢が武蔵国内を東に進んでいる」との密使からの連絡が来た。
しかもその数は三万を超えると聞いて、家臣達は動揺した。
義重 「(まさかこれほどの軍勢とは、上野で上杉は動いていないのか。)」
ざわつく陣中の中で一人不気味な笑みを浮かべている老将がいた、
太田三楽斎資正である。資正の反北条の執念は、もはや怨念に近いものがあった。
義重 「とにかく迎え撃たねばならない。良い策はないか。」
義久 「結城、宇都宮、里見に兵を出す旨の書状を出しましょう。」
義重 「うむ。他には。」
資正 「某に策がありますので先陣を。まず府中城と土浦城にある油を集めていただきたい。」
資正の言葉に義重も何か気付いたようで、
義重 「判りました、ついでに鉄砲用の火薬も集めさせましょう。」
資正 「では、その様に手配を願います。」
義重 「北条がここまで来るには、七月になろう。武蔵に一揆扇動の間者を放て。
    それと、軍勢の動きを確実に把握させろ。」

【宇都宮国綱に出兵要請。28日下館(真壁城付近)着予定】
【芳賀に対する警戒のため動員は半数の3000】
【結城晴朝に出兵要請。兵2000は結城城にて付近警戒。】
【兵1900は27日下館(真壁城付近)着予定】
【両勢の軍官として、佐竹義久を向かわせます。27日着予定。】
【里見義頼に出兵要請。北上し下総千葉領内を攪乱】
【お家騒動の影響で、動員は半数の兵3000】
【兵6000で国境の鬼怒川付近に陣を張り、北条勢の動きを監視26日着】
【付近の城から、油、火薬を集めさせます】
【武蔵国に一揆扇動の間者を放ちます。北条勢の動きを監視するための間者を放ちます。】
362無名武将@お腹せっぷく:02/12/29 17:30
佐竹に間者居すぎ!
363蒲生氏郷 ◆MAGOgx/9/E :02/12/30 23:18
【6月19日 行軍中】
勢田へと向かう蒲生・滝川連合軍に、長浜より追撃軍が出たことが知らされた。
兵数は多くないようだが、軍を率いているのはあの磯野員昌とのことだ。

氏郷「撹乱ですな」
滝川「勢田に着いたとて挟撃されては一たまりもありませんぞ」
氏郷「かといってぐずぐずしていると山岡殿の命が…」
滝川「このまま前進しては全滅となりましょう」
氏郷「…」
滝川「生き延びる道はただ一つ。お分かりでしょう」
氏郷「…無念」

【蒲生・滝川連合軍、転進し磯野隊撃破に向かいます】
364明智光秀 ◆J2rclXD/6Y :02/12/31 09:25
【6月19日 磯野勢】
老将磯野員昌は、今更言うまでも無いほどに百戦錬磨の指揮官である。
浅井亮政に仕えて以来久政、長政と三代の興亡を見届けてきた。
姉川では織田の大軍の十三段の陣を十一段まで打ち破って本陣に迫りあの信長をして戦慄せしめた。
戦場往来数十年、その戦術眼はいささかなりとも衰えてはいない。

蒲生勢がこちらに向かってくるとの知らせに、員昌はほくそえんだ。
「若いというのは羨ましいな。蒲生氏郷、良い判断をしている」
事実そう思う。瀬田まで進めば、彼らを待っているのは破滅しかない。生き延びるにはここで反転して員昌を撃破し、日野へ帰るしかないのだ。
老将は兜の眉庇に手をやると、鞭を上げてそれをさっと振った。
「敵と距離を保て。仕掛けてくれば繰り退き、退けば押し出せ。此度の功名は敵の首にあらず、敵を拘束する刻限こそであるぞ」

【磯野勢、蒲生勢に対応して後退し距離を保つ】
【同じ頃斎藤利三隊2000、長浜城を出撃】


365三木自綱 ◆dwPvEyrNP2 :02/12/31 13:57
六月十日 松倉城の三木のもとに凶報到着
一宮国綱、三木に自重を進言 三木、これを受け入れる
他国よりの使者を待ち、同時に美濃、越中に間者を放つ
366名無しさん:03/01/05 01:33
                              / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\
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( ´∀`)< 厨房って言われちゃうんだよ             |
( ΛΛ つ >―――――――――――――――――――‐<
 ( ゚Д゚) < おまえのことを必要としてる奴なんて         |
 /つつ  | いないんだからさっさと回線切って首吊れ     |
       \____________________/

(-_-) ハヤクシンデネ… (-_-) ハヤクシンデネ… (-_-) ハヤクシンデネ…
(∩∩) (∩∩) (∩∩)

(-_-) ハヤクシンデネ… (-_-) ハヤクシンデネ… (-_-) ハヤクシンデネ…
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(-_-) ハヤクシンデネ… (-_-) ハヤクシンデネ… (-_-) ハヤクシンデネ…
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367無名武将@お腹せっぷく:03/01/05 12:29
時は、天正十年六月、一人の男が志半ばで斃れた。
その男の名は織田信長。
乱世の風雲児とも、第六天魔王とも呼ばれた男。
彼が祓った中世の亡霊達が、この世を再び戦乱の闇に戻そうとしている。
再び戦乱の闇を振り祓い、信長の遺志を継ぐことが出来るのは果たして誰か?
今、英傑達の死闘が始まろうとしている。

裏・調整スレ http://hobby.2ch.net/test/read.cgi/warhis/1038186521/
法度 >>2以降を参照
368sage:03/01/05 12:32
死ね・くたばれ・消えろ・失せろ・潰れろ・馬鹿・あほ・間抜け・ドジ。
ポンコツ・トンチキ・ガラクタ・クズ・ゴミ・カス・最低以下の下劣・下等種族。
劣等種族・下衆野郎・腐れ外道・邪道・外道・非道・ウジ虫・害虫・ガン細胞。
ウィルス・ばい菌・疫病神・病原体・汚染源・公害・ダイオキシン・有毒物質。
廃棄物・発ガン物質・猛毒・毒物・アメーバ・ダニ・ゴキブリ・シラミ・ノミ。
毛虫・蠅・蚊・ボウフラ・芋虫・掃き溜め・汚物・糞・ゲロ・糞虫野郎・ほら吹き。
キチガイ・デタラメ・ハッタリ・穀潰し・ろくでなし・ごろつき・ヤクザ者。
社会の敵・犯罪者・反乱者・前科者・インチキ・エロ・痴漢・ゴミ・シデムシ。
ゴミ虫・毒虫・便所コオロギ・詐欺師・ペテン師・道化師・危険分子・痴呆・白痴。
魔物・妖怪・悪霊・怨霊・死神・貧乏神・奇天烈・奇人・変人・毒ガス・サリン。
ソマン・マスタードガス・イペリット・クソブタ・ブタ野郎・畜生・鬼畜・悪鬼。
邪気・邪鬼・ストーカー・クレイジー・ファッキン・サノバビッチ・シット・ガッデム。
小便・便所の落書き・不要物・障害物・邪魔者・除け者・不良品・カビ・腐ったミカン。
土左衛門・腐乱・腐臭・落伍者・犯人・ならず者・チンカス・膿・垢・フケ・化膿菌。
放射能・放射線・鬼っ子・異端者・妄想・邪宗・異教徒・恥垢・陰毛・白ブタ。
ケダモノ・ボッコ・ろくでなし・VXガス・ヒ素・青酸・監獄・獄門・さらし首。
アパム・ヲタ・無双二喬信者・炉離・産業廃棄物・夢想厨・ジャギ・下衆。
369徳川家康 ◆Z4A9O23po2 :03/01/05 23:52
【6月16日朝 清州城】
「清州会談」二日目、清州城大広間。
両家の諸将が集う中、徳川家代表石川伯耆守数正、「逆賊征伐」の軍略を発表す。

石川「…敵に倍する御味方の兵力をもって二道並進、敵方の戦力の集中を妨げる。これが本作戦の基幹。
惟任の根が張らぬ今月中に美濃・近江の二国を奪回する。」
ここで一旦息をつき、己の放った言葉が大広間の隅まで浸透するのを見届ける。
石川「美濃攻めは当家、これは飽くまで陽動。中将様には惟任の目が濃尾に向いている隙を突き、日野にて飛州殿の兵を併せて頂く。
   そして、東は美濃より当家、北は越前より修理殿、南は中将殿の兵。三方より惟任を追い込み、琵琶湖に沈める。」
以上が、昨夜よりの話し合いの末に両家の相反する思惑の妥協案であった。
信孝や羽柴との音信が途絶えた今、連携を取り得る軍団の全てを結集し、最終的には東西南北より明智を包囲殲滅する。
動員される兵力は優に十万を超えるであろう、当に織田家の総力戦であった。

広げられた地図を得意気に指し示しつつ、纏まった戦略を披露する石川。感嘆の声を挙げる諸将。
長き間隷従を強いられてきた徳川家重臣の面目躍如と言った所であろうか?
が、神ならぬ石川は知る由も無い。この時点で篭城策を捨てた蒲生が明智の連携に嵌りつつあったことを。
そして、この作戦は初期段階で破綻の危機を迎えていたことも。後世の史家に「絵に描いた餅」を酷評される所以である。

しかし、例え知ったとしても、家康は意に介しなかったであろう。
何故なら当の立案者本人が、最初から「画餅」で終わらせるつもりだったのだから…。
370徳川家康 ◆Z4A9O23po2 :03/01/05 23:56
説明を終え、満足気に腰を下ろす石川。が、その真向かいに座った田丸の表情は些か険しい。
数正「田丸殿、何か御意見でも?」
直昌「いや、三河様の軍略、誠に御見事で御座る。某如きでは文句の付けようが御座らん。ただな…。」
数正「ただ?何かあれば申されませ。戦場で悔いても遅う御座るゆえ。」
直昌「当家が主力とのようだが、六千では余りにも少なすぎはせんかと思うてな。どうも余所者に横取りされてしまったようじゃ。
   これから亡きお父上の仇を討とうという時に、中将様にもお労しい事じゃ!」
数正「いやはや、兵も将を選ぶという事ですかな。全く貴家には、重ね重ねお気の毒なことですな。」
直昌「…盗っ人猛々しいとはこの事。白ばっくれおって!律義者が聞いて呆れるわ!」
数正「既に尾張衆の過半は当家に与しております。この事実を認めたら如何ですかな?」

(また始まった…、昨夜からこれで何度目だ…?)
諸将の口から揃って漏れる溜息。昨夜から両家の間に横たわったいる難題。即ち尾張の帰属。
直昌「巧言は止せ!これは明らかな領土侵犯、徳川は織田を裏切る気か!」
数正「はて、侵犯とは何を指した言葉ですかな?当家は飽くまで逆賊惟任を討ち果たす義軍。
   尾張衆もその正義の旗に集ったまで。そのような事も見抜けぬとは、欲で目が眩んでおいでか?底が知れまするぞ!」
直昌「ならば、何ゆえ織田の郷里たる尾張の兵が三河者の旗に属さねばならんのだ?底の知れた某にも判るよう御説明頂けるか!」
数正「勿論、武田を打ち滅ぼした我が主家康の名声を慕っての事と推察するが?優れた大将に従ってこそ立つ身もあろう。
   それに筋目を言うなら、伊勢の国司家である北畠にも尾張を我が物と言う筋は無いのではないか?」
直昌「詭弁だ!何度も言うが、此方に居られるは、前右府様の御次男信雄様で在らせられるぞ!」
数正「他家に養子に出た、それも実の父親の不興を買った御方を、織田の惣領と認める謂れは無いとも言った筈だが?」
直昌「き、貴様!徳川など織田の奴僕ではないか!主家の跡目に口を挟むとは、言語道断!」
数正「聞き捨てなりませんな!当家は飽くまで貴家の盟友、臣従した覚えは無いですぞ!」
睨み合う二人、遂に激発。両者の間を一触即発の空気が流れる。
371徳川家康 ◆Z4A9O23po2 :03/01/06 00:06
その時、大広間に満ちた剣呑な空気を一喝する者あり。この会談の立役者、長谷川秀一である。
秀一「お二人ともお止め下され!今は御味方同士で争っている時では御座らん!両家の為に捧げた某の命、無駄にするおつもりか!」
長谷川の熱意に打たれたか、口を噤む二人。周囲の諸将もうな垂れる。
ここぞとばかりに信包に同意を求める長谷川。が、最早諦めたか、信包は肩を竦めて首を振るばかり。
結局、再び火蓋を切る二人。長谷川の調停虚しく両家の口論は大広間全体へ波及しつつあった…。

昨夜と同じ様相を呈し始めた大広間の様子を前に、上座に掛けた両家の当主二人と言えば…。
信雄「……クッ!」
思い通りにならぬ展開に、苛立ちを隠せぬ信雄。
(何たる展開じゃ!話が違うではないか!竹の奴、謀ったな!)
信雄にとって見れば、家康及び三河衆など織田の走狗に過ぎなかった。
求められれば何処へでも馳せ参じ、妻子の首まで差し出す腰抜け。先の武田征伐の帰路では、徳川君臣揃って織田の奴僕と化し歓待する有様。
漏れ聞いた限りではあるが、先の安土では、盟友とは思えぬほどの平身低頭、汗をかく間もないほどの緊張振りだったそうな…。
「与し易き戦馬鹿」。一部の慧眼の士を除き、これが織田家臣の徳川評の大勢を占めていたのだから、信雄の侮りも無理は無かった。
372徳川家康 ◆Z4A9O23po2 :03/01/06 00:15
が、久方ぶりに合間見える家康は、豹変していた。
物腰の慇懃さは以前と変わらぬが、その表情には覇気溢れ、その視線には相手を射抜くかの如き鋭さが備わっていた。
また、その行動も以前の風評を一新させる物だった。
土足で尾張に踏み込んでは自らの陣営に引き込み、清州に到着するや早くも主人気取り、尾張衆も唯々諾々とそれに従う有様。
更には一族である信雄の許しも無く、市やその娘たちに五徳を自分の庇護下に置く。
極めつけは今回の会談、昨夜は「久方の行軍で疲れ申した…」などとほざいて先に退出、今朝はと言えば、
家康「……」
―寝ていた。座したまま、それも器用に船を漕いで。主筋の俺を前にして…!

(糞ッ、三河め!親父の言うことは聞けても、息子の俺には従わんと言うのか!
 …なら、話は早い。織徳同盟はお流れ。このまま国に帰って予定通り惟任と一戦交えるまでじゃ!)
手に持った扇子をへし折り、憤然と席を立つ信雄。そのまま傲然と大広間を離れんとする。
直昌「中将様!お待ち下され!」
信雄「ええい、離さんか田丸!三河殿など頼りにならんわ!どけぃ!」
主君の突然の行動に慌てたか、縋り付き止めようとする田丸。それを蹴り飛ばして出て行こうとする信雄。
眠っていた筈の家康の唇の端が吊り上がっていた。そう、醜いほどに…。だが、それに気付く者はいない。

その時である。大広間の外縁に集った諸将からどよめきが起こったのは。
後に織田家を混沌に叩き落す茶番劇が今、幕を開けようとしていた。
373sage:03/01/06 00:44
死ね・くたばれ・消えろ・失せろ・潰れろ・馬鹿・あほ・間抜け・ドジ。
ポンコツ・トンチキ・ガラクタ・クズ・ゴミ・カス・最低以下の下劣・下等種族。
劣等種族・下衆野郎・腐れ外道・邪道・外道・非道・ウジ虫・害虫・ガン細胞。
ウィルス・ばい菌・疫病神・病原体・汚染源・公害・ダイオキシン・有毒物質。
廃棄物・発ガン物質・猛毒・毒物・アメーバ・ダニ・ゴキブリ・シラミ・ノミ。
毛虫・蠅・蚊・ボウフラ・芋虫・掃き溜め・汚物・糞・ゲロ・糞虫野郎・ほら吹き。
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ケダモノ・ボッコ・ろくでなし・VXガス・ヒ素・青酸・監獄・獄門・さらし首。
アパム・ヲタ・無双二喬信者・炉離・産業廃棄物・夢想厨・ジャギ・下衆。

信長死亡から半月。
清洲会談、笑うよ。
明智討ちもまだ。
織田領を侵略した徳川。
歴史ってなんだろ。
織田家における徳川家の立場と言うのを全然理解してない内容だな…
本能寺後、家康が尾張に入るのにどれだけ時間かけて苦労したのかも無視してるし
半月も経たずに信濃や甲斐を制圧してる訳だが、それより信雄に意見出来る程の発言権も地位も無い訳だが
つーか、いつから徳川家は織田の盟友になったんだ?当初から従属なんだけどな
まー、光秀に細川や津田や筒井がすんなり味方してる時点で、歴史的観点がズレてる訳だが

それより明智に室町幕府系の伊勢氏やらの名前が全然出て来ないなぁ
巧い事使えば、北条や上杉を組み込む事も可能になるぞー

それより中央から離れた東北や九州はマターリしてるよな
当然と言えば当然か
織田家の孫の偽者を立て、さらに明智と組むなんてこと考える夢見がちなあなた。
とてもかこいい。
織田家には血筋の者も多く、それほど脆い政権ではないだろ。
このメンバーで会議して、何が認められるんだろうね
織田政権で中枢に参加してない、このメンバーでなw

三法師も京にいた事は皆知ってるのに、偽者担ぎ出して突っ込まれたらどーすんだw
御都合主義だから、誰も突っ込まんのか?
378無名武将@お腹せっぷく:03/01/06 14:05
                              / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\
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379茶屋:03/01/06 21:27
もっと盛り上げてよ
380秀&豪:03/01/06 23:53
いよいよ僕の出番だね!
GM殿等との協議の結果>>323のレスを削除します。
【天正十年六月十八日  若狭国内】
佐久間盛政隊は、後瀬山城が既に明智の手に落ち、細川が明智に付いたことを知り
金ヶ崎城へ引き返す。19日着
382柴田勝家 ◆tCi4E4FiLo :03/01/08 02:16
【六月二十日 金ヶ崎】
蒲生氏郷の救援依頼を受け、前田利家を主将、佐久間盛政を副将とする12000の軍、南下。
二十二日には長浜を包囲。
383柴田勝家 ◆tCi4E4FiLo :03/01/08 02:22
すみません。
「二十二日には長浜を包囲」を「包囲の予定」に訂正させてください。
明智様が討って出る可能性もありますよね。蒲生が瞬殺されたら引き返しますし。
【6月3日】
信長討たれるの書状が明智家よりもたらされる。
※因幡の宮部継潤に密書を送る。味方を条件に本領安堵。
※淡路・阿波四郡の三好笑岩に密書を送る。味方を条件に本領安堵。
※伯耆三郡の南条元継に密書を送る。味方を条件に本領安堵。
※長宗我部家に早船で状況を伝える。三好攻めに村上水軍を協力させることを約束。
宇喜多家が秀吉と離れた日時は決まっているのでしょうか。
決まっているならば、その日に吉川元春より使者を出し、今後について話し合いを。
条件は、旧領安堵の上、数万石の加増を約束。毛利軍の播磨進攻の先手を依頼。
●各書状の結果は、フロントの判断に従う。
高松城の兵に休養を取らせる。
明智家に使者を出す。天下の平安にした比類なき働きお見事、と。
小早川隆景も羽柴を見限った。毛利の意思は統一が取れています。
※足利義昭様に使者を出し、織田家攻めに出ることを伝える。
足利将軍家より、織田家討滅の御教書を出していただく。
※朝廷と明智家に、足利義昭様の将軍返り咲きの要請。
明智殿には、使者より「ともかくも利用いたしましょう」との輝元の言葉を伝える。
※本願寺殿に、仏敵の死亡の祝いを書状で送る。
備前、美作、因幡、播磨、但馬の小勢力、土豪らに味方となるよう呼びかける。 
●ここまでで6月15日を迎えたとします。
味方となった方々、宇喜多殿とともに、吉川元春が中心の毛利軍が攝津を目指し進撃する。
フロント殿、味方となった勢力はいかほどでしょうか。
※淡路・阿波四郡の三好笑岩に密書を送る。味方を条件に本領安堵。
以上一行、384より抹消。
フロント殿、淡路は、安宅では?
輝元@輝元
リレー小説風味ってことを忘れるなよ?
箇条書きなら誰だって出来る。
寝返らせたいなら、それっぽい文章も書き足せヴォケ!

手本は明智・徳川のヴェテラン二人組(話&地の文&歴史背景を織り込む)
少なくとも蒲生(会話のみ)レヴェルは書け。
佐竹と虎千代は最悪。
名無しよ
途中からだ。まず、追いつくまでは許可してくれ。
書き癖に
見える本音の
風味かな
389明智光秀 ◆J2rclXD/6Y :03/01/08 09:37
【毛利輝元への書状】時期は恐らく14日頃か
書状拝読致しました。まさに百万の援軍を得た思いであります。
上方の情勢は予断を許しませんが、天下安寧の為微力を尽くす覚悟です。
現在当家は四方に敵を抱えております。しかし畿内西方は大坂の堅塁を抑え、美濃では岐阜を抑えており当面波風は立たないと思われます。
問題は北方でありますが、丹後に莫逆の友細川父子あり、若狭一国も旧領主武田殿が切り取りつつあります。
毛利殿におかれては武名天下に比類亡き両川公のうちいずれかに一手を付けて援軍として頂ければ幸いです。
この援軍に丹後、若狭と進出して頂ければ北方の憂いもなくなるかと存じます。

毛利家の忠勤については畏れながらこの光秀より天朝に奏上させていただきます。
先公方様の件については天朝周辺とも協議しなければなりませんが、既に民心は足利幕府より離れていることは確かです。
よくよく思案してやらなければ却って痛手になる事も有り得るかと存じます。

それでは、いずれ京にてお会いできる日を楽しみにしております。

390明智光秀 ◆J2rclXD/6Y :03/01/08 13:17
【6月19日 若狭後瀬山城】
武田元明の旧領回復を、後世の史家は「明智の尻馬に乗っただけ」「丹羽不在を衝いた火事場泥棒」と言いたてる。
確かにその通りだった。そしてそれを一番良く知っていたのは、この落魄の御曹司であった。
彼は決して有能でも勇敢でも無かったが、名門に生まれた者にままあるように自分の力量を覚めた目で眺める視点だけは持っていたらしい。

佐久間勢の撤退理由が結局細川の動きである、と彼が知ったのは18日の夜だった。
細川忠興率いる4000の兵が国境付近に展開している、との早打ちが入ったからである。
元明は別に不愉快だとは思わなかった。そんなものだろう、と思っただけだった。
所詮人間は力になびくのだ、と彼は理解している。過年、彼が若狭守護の地位を追われた時がそもそもそうだったではないか。
彼は直ちに細川の嫡男に礼状を送り、出来れば若狭平定に力を貸してはくれないか、と書き添えた。
391明智光秀 ◆J2rclXD/6Y :03/01/08 13:38
細川忠興が手勢3000を率いて後瀬山城に入ったのはその翌日のことだった。
1000を丹後に残したのは彼らしい芸の細かさだろう。

忠興が見たところ、若狭はまさに空き家だった。四国に遠征するつもりで丹羽が兵や主だった国人を連れていってしまったので、めぼしい敵は残っていない。
こういう状況で後瀬山にまがりなりにも500人集まったのは、さすがに名門の声望という奴なのかも知れない。
「武田殿の兵とそれがしの手勢、そして集まってくれた貴家旧臣を束ねて5000余にはなります。これだけあれば若狭一国、切り取れましょう」
元明は軽く会釈した。
「父と義父より武田殿をお助けせよと言い付かっております。まずはご安心なされませ」
「その事ですが」
何事か、と首を傾げた忠興に、元明は言った。
「もとより当家は若狭守護職でありましたが、家臣も束ねられずその地位を追われました」
今更ながら分かりきったことを説明した後で、こう続ける。
「この度明智殿と細川殿の御厚意で旧領に返り咲けましたが、私の力量では到底この国は護りきれますまい」
分かっているじゃないか、と言いたくなる衝動を抑えつつ、忠興は表情を消した。否定も肯定もしない。
「かくなる上は、明智殿とも刎頚の友である細川殿を御頼りしたい」
「・・・は?」
「ですから、当家は細川殿の寄騎大名として働きたいと」
平たく言えば、若狭一国の支配者という名を武田が取り、実は細川に進呈する、という事らしい。
彼なりに考え抜いた身の振り方なのだろう。忠興ははじめてこの落魄貴族に感銘らしきものを覚えた。
「それは当家としてもまことに有難いお話ですが」
自分の一存では決め兼ねるので宮津の父と義父光秀の了解を取ってから返事をしたい、と忠興は応じた。
「ですが武田殿の御志、決して粗略には致しません。ご安心あれ」
「かたじけない」
「まずは力を合わせてこの国を平定してしまいましょう。若狭一国切取の実績があれば、武田殿のお考えも通りやすくなりましょう」
まずは父も義父も喜んでくれるだろう、と忠興は思った。
つまり最愛の妻も喜んでくれるということだ。何よりもまず、それが彼の心を浮き立たせていた。

【武田元明・細川忠興、若狭平定を開始】
392明智光秀 ◆J2rclXD/6Y :03/01/08 16:31
【6月19日 明智光秀本隊】
相次いで飛びこんできた伝令は、いずれも蒲生勢の反転を告げていた。
「どう見る」
放浪時代以来の腹心、藤田行政と溝尾茂朝が光秀の思案の相手をしている。軍議というほど肩肘張らない、光秀はこういう形式が好きだった。
広げられた地図を眺めている三人は、それぞれに似たような結論に達した。
「我らの注意を南に向けようとの策動ではないでしょうか」
「・・・そこまでは言わぬが、結果としてそうなっておるやもしれませぬ」
「・・・確かに湖北が手薄ではあるが」
光秀はしばらく沈黙した後で、祐筆を呼んだ。
「まあ、琵琶湖は慣れた土地だ。利用させて貰おう」

【堅田、高島、沖島、坂本の各水軍に召集令。各水軍、坂本へ集結】
【明智本隊、行軍を継続。20日夜坂本着】
393無名武将@お腹せっぷく:03/01/09 15:57
【ルール説明とスレの目的】
・このスレは、多数の参加者が同じ世界を共有し、その中で物語を紡いでいくリレー小説です
・参加スタイルはその人の自由。天下統一を夢見るも善し、宗教の楽園を築くも善し、貿易で海の百万石を目指すも参加する貴方の自由です。
・内政、戦争、外交、権謀術数、貴方の頭脳と知識がそのまま戦略となって共有する世界に響いていきます。

★テンプレの凡例
【天正十年六月二日戌の刻】←ここに時間を書き込みます
【山城国本能寺近辺】←ここに場所を書き込みます
明智光秀(以下光秀) 「…時は今」←発言をしている人間と内容を書き込みます
斉藤利三(以下利三) 「?」
光秀 「雨が下しる」
利三 「なんの歌でござるかな?」
光秀 「皐月かな… 利三よ 敵は本能寺に在り!!」
利三 「!??」
【明智光秀の軍勢が、本能寺に向かうようです】←行動の結果を書き込みます
【明智軍1万8千 亀山→本能寺】
★書状の凡例
【柴田勝家から佐々成政に書状】←差出人と宛人を書き込みます。
到着:六月四日←到着する日時を書き込みます
何やら上方の様子がおかしい様子、今人をやって情報を集めて居るがどうも解せん。
もしや上様の御身辺に何かあったのかも知れん
上杉景勝の動向に充分に注意されたし、富山城をしっかり守って欲しい
←書状の内容を書き込みます         柴田修理亮権六勝家 花王 

394無名武将@お腹せっぷく:03/01/09 16:02
★大名一覧
【陸奥】津軽為信…4万5千万石・南部利直…10万石
【出羽】安東愛季…18万石・戸沢盛安…4万石・小野寺輝道…3万石・武藤義氏…4万石・寒河江尭元…2万石・最上義光…18万石
【陸中】伊達輝宗…33万石・大崎義隆…11万石・葛西晴信…11万石
【陸前】相馬盛胤…6万石・葦名盛隆…16万石・岩城親隆…12万石
【常陸】佐竹義重…48万石・多賀谷政経…6万石・小田氏治…6万石・江戸重通…4万石
【下野】宇都宮国綱…18万石・那須資晴…14万石・皆川広照…3万5千石(宇都宮与力)・山川朝貞…2万石・大関資増…1万3千石
【下総】結城晴朝…10万石・千葉邦胤…13万石
【上総】里見義頼…23万石
【武蔵】【相模】【伊豆】北条氏政…124万石
【上野】滝川一益…45万石 【伊勢に15万石の飛び地】・真田昌幸…6万5千石
【越後】上杉景勝…54万石
【越中】佐々成政…37万石・神保氏張…7万石(佐々与力)
【能登】前田利家…19万石・長連竜…3(前田与力)
【加賀】佐久間盛政…29万石・徳山則秀…4万石・村上長頼…7万石(前田与力)・拝郷家嘉…4万石(柴田与力)
【越前】柴田勝家…58万石・不破光治…2万石(柴田与力)・金森長近…5万石・前田利長…3万石(前田与力)
【若狭】丹羽長秀…22万石
【甲斐】河尻秀隆…14万石・穴山梅雪…8万石
【信濃】森長可…9万石・毛利秀頼…3万石・小笠原信嶺…3万石・木曾義昌…2万石・諏訪頼忠…3万石
【三河】【遠江】【駿河】徳川家康…80万石
【美濃】氏家行広…2万石・稲葉良通…5万石・安藤守就…2万石
【飛騨】姉小路自綱…2万石
【伊勢】北畠信雄…25万石・神戸信孝…23万石【河内14万石支配】
395無名武将@お腹せっぷく:03/01/09 16:04
【志摩】九鬼嘉隆…3万5千石
【近江】明智光秀…68万石【山城】【丹波支配】・織田信包…3万6千石・蒲生賢秀…6万石
山岡景隆…3万石・蜂屋頼隆…4万石・津田信澄…2万石・生駒親正…2万3千石(秀吉与力)
【大和】筒井順慶…24万石
【摂津】池田恒興…9万石・中川清秀…5万石・高山重友…3万石
【紀伊】雑賀孫市…7万石・堀内氏善…3万石
【丹後】細川藤孝…12万石・一色義定…3万石
【但馬】羽柴秀長…12万石(秀吉与力)
【因幡】宮部継潤…13万石(秀吉与力)
【伯耆】南条元続…6万石(秀吉与力)
【播磨】羽柴秀吉…71万石【近江に18万石の飛び地】
【備前】【美作】宇喜多秀家…54万石
【備中】【備後】【安芸】【岩見】【周防】【長門】毛利輝元…120万石
【淡路】【阿波】三好笑岩…8万石
【讃岐】十河存保…3万石
【伊予】河野通直…11万石・来島通総…1万4千石・宇都宮豊綱…2万石・西園寺公広…2万7千石
【土佐】長宗我部元親…62万石
【豊前】宇都宮鎮房…5万石
【筑前】秋月種実…36万石
【豊後】大友義鎮…74万石
【筑後】【肥前】竜造寺隆信…66万石・有馬晴信…9万石
【肥後】阿蘇惟種…11万石・相良忠房…5万石
【薩摩】【大隅】【日向】島津義久…77万石
★信長の遺領
伊勢・伊賀:信雄 ※旧神戸領は信孝…33万石
河内・和泉:信孝…27万石
美濃:三法師…48万石
尾張上四郡 下二郡:信包…37万石
尾張下二郡:長益…18万石
摂津一郡・近江一郡:信澄…9万石
★現在の参加者
なし
396新家康:03/01/10 00:30
【清州城】
家康「信雄、覚悟!」
信雄「ぎゃああああああああああああああああああああああああ!」

【信雄は去勢されて死にますた】
397新氏郷:03/01/10 00:35
【日野城】
氏郷「あああああああああああああああああああああ!」
398新光秀:03/01/10 01:14
【小来栖】
光秀「・・・・・・はっ!」
溝尾「殿、どうされました?」
光秀「いや、夢を見ていたようだ。さて、急ぎ坂本に戻らねば・・・」

【全部、夢でした】
399新家康:03/01/10 01:28
【清州城】
家康「全軍出撃じゃあ!目指すは光秀の首ぞ!」

【徳川・織田連合軍40000+α、京を目指し進軍開始!】
400高橋紹雲@櫓:03/01/10 01:33
【深志城】
新昌幸「よっしゃー!おい幸村、馬じゃ馬連れてこい!今から京に行ってみるのじゃ!」
新幸村「やだ」
【京につくのはいつのことやら】
401新家康:03/01/10 01:38
【関ヶ原】
家康「おお、美濃の兵も集ったぞ。凄い大軍だ!」
勝家「助太刀いたす」

【徳川軍100000、近江に乱入】
402新家康:03/01/10 01:40
【坂本】
家康「さらばだ、光秀!」
光秀「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああ」

【明智光秀死亡】
403新家康:03/01/10 01:42
【京】
天皇「徳川家康を征夷大将軍とする」
家康「よっしゃあ!」

【徳川幕府成立】
404山崎渉:03/01/11 01:07
(^^)
【天正十年六月二十七日  常陸国牛久沼付近】

真壁氏幹は昨夜のうちに牛久沼付近の茂みに兵を伏せ、岡見、竜ヶ崎両城の動きを待っていた。
調略を受けた兵は、既に岡見、竜ヶ崎両城に入り土浦城を攻めるように勧めていることだろう。
氏幹は、佐竹家の中で武勇で義重を支えてきた。そのためか戦で決着と付けたがる面がある。
氏幹「(資正殿の策が成功せずとも、そのときは叩きつぶせばよい。)」
等と考えながら、城の動きを知らせる物見の知らせを待っていた。

昼前になって、物見が待ちかねていた知らせを伝えてきた、
物見「岡見、竜ヶ崎両城の兵が城を出て土浦城へ向かいました。」
氏幹「よし!手はず通り速やかに城を落とせ。」
案の定、岡見、竜ヶ崎両城にはほとんど兵がおらず、瞬く間に落城した。
既に土浦城には江戸の軍勢が入っており、両城の軍勢は完全に孤立してしまった。
軍勢には動揺が走り、逃亡する兵も少なくなかった。
氏幹はこの機を逃さず、相手方に降伏を促す使者を送った。
氏幹「敵の大将に伝えてくれ、降伏すれば決して悪いようにはせぬ、
   貴殿等の命はこの氏幹が保証する。とな。」

【岡見城、竜ヶ崎城を確保。敵の大将に降伏を促す使者を出します。】
406無名武将@お腹せっぷく:03/01/11 22:07
つまらん
407後鳥羽上皇 ◆8t0cSNfCzM :03/01/11 22:10
【承久の乱】
時は承久3年。朝廷に一つの計画が暗躍していた・・・・
(みんなで承久の乱を語ろうぜ!)
408後鳥羽上皇 ◆8t0cSNfCzM :03/01/11 22:12
後鳥院「実朝が暗殺されてから、はや2年・・・」
順徳院「はい・・・父上、首尾は上上でございますか?」
藤原秀康「ご案じなされまするな。西面の武士や西国の武士、上皇様のご命令とあれば、全国から挙ってお味方がはせ参じましょう・・」
土御門院「秀康。」
藤原秀康「ははっ」
土御門院「余は反対じゃ。天台座主慈円も申しておろう、もはや昔のような力は朝廷には残っておらぬ。今は武士の世じゃ。」
順徳院「兄上。臆病風に吹かれましたか?」
土御門院「な!」
後鳥院「待て待て。こんな時に兄弟喧嘩をするな。もう朕の心は決まったのじゃ。為仁、よいな?」
土御門院「はは・・・」

あとよろしく。
409後鳥羽上皇 ◆8t0cSNfCzM :03/01/11 22:15
北条義時追討令】
右弁官下す。五畿内諸国 東海・東山・北陸・山陰・山陽・南海・大宰府
応に早く陸奥守平義時朝臣の身を追討し、院庁に参り、裁断を蒙るべき、
諸国・庄園の守護人・地頭等の事。
右・内大臣宣す。勅を奉るに、近頃関東の成敗と称し、天下の政務を乱す。
わずかに将軍の名を帯ぶると雖も、猶以て幼稚の齢に在り。然る間彼の義
時朝臣、偏に言詞を教命に仮り、ほしいままに裁断を都鄙に致す。剰へ己
の威を輝かし、皇憲を忘るるが如し。之を政道に論ずるに、謀反と謂ふべし。
・・・・・・
承久三年五月十五日
410無名武将@お腹せっぷく:03/01/11 22:19
がんば
411引き受けたぜ@藤原公経:03/01/11 22:24
藤原公経「これは恐ろしいことになった・・・」
妻「何かございましたか・・?」
藤原公経「上皇様が幕府を倒そうとしておられる・・」
妻「なんと・・・叔父上右大将様が開かれた幕府をですか?」
藤原公経「そうだ。」
妻「どうなさるおつもりで・・?」
藤原公経「政子様に書簡を送ろうと思う。」
妻「お気をつけを。私が右大将様の姪であることは周知の事実。貴方様は警戒されているかもしれません。」
藤原公経「わかっておる。くれぐれも内密にな・・・」
妻「わかっております・・・」
412無名武将@お腹せっぷく:03/01/11 22:26
応援してるぜ。後鳥羽上皇!
413無名武将@お腹せっぷく:03/01/11 22:43
すごいことになってる・・・・
このスレも崩壊ですね・・・
内部犯??
414北条義時 ◆CSZ6G0yP9Q :03/01/11 23:11
五月十八日【鎌倉】
使番「申し上げます!」
義時「何事じゃ!?」
使番「後鳥羽上皇様が義時様追討の院宣を下した模様!」
義時「なんと!」
政子「そなたは公経殿の御家来ですか??」
使番「そうです。」
政子「公経殿に通告に感謝します。この恩は忘れませぬ、くれぐれも御身を大事にとお伝えください。」
使番「はは。」
政子「義時。直ちに全国の御家人に鎌倉にはせ参じるように命令しなさい!」
義時「わかっております、姉上。」
承久の乱って・・・板違いでしょ?
でも面白そうだから良いかな??
416無名武将@お腹せっぷく:03/01/11 23:16
この糞スレ自体いた違いだからいいよ
無法地帯の三戦板で何をいまさら
ちょっと新鮮だな。
北条義時や政子以外の北条一門参加したいが良い人物は誰かいますか?
419柴田勝家 ◆tCi4E4FiLo :03/01/11 23:45
GMから終了宣言が出たわけではないので、続けさせていただこう。

【六月二十日 金ヶ崎城】
城内より続々と出撃する前田・佐久間の軍10000。それと入れ替わりに入城するのは、先ほど北ノ庄から到着した金森隊5000。
盛政「いよいよ前右府様の仇討ちですな、前田殿。」
利家「うむ・・・。逆賊惟任の首、必ずや我が槍にて貫いてくれよう。」
盛政「でしたら、是非拙者に先陣を任されたい。」
利家「いや、佐久間殿の兵は若狭より戻ったばかり。ここはわしが先に参り、近江の足場を作っておくゆえ、貴殿は後から来るが良かろう。」
馬を並べて語る二人に、金森が近づく。
長近「これは御両人、これから出撃と聞いた。武運を祈るぞ。」
利家「金森殿か、貴殿こそこれより若狭の陣であろう。抜かるなよ?」
金森「あぁ、任せてくれ。決して若狭を細川の小僧などに渡しはせぬ。」
利家「その意気だ。生きて京で会おう。」

【前田隊5000先発し、一旦小谷付近に布陣します】
【佐久間隊5000、疲労を考慮し通常の半分の速度で前田隊を追います】
【金森隊5000、金ヶ崎にて一泊した後、若狭へ向かいます】
>>418
北条時房(義時の弟)・北条泰時・北条政村・北条重時etc・・・
探せばゴマンとでてきますね、北条一門
安達影盛とかも面白いかも。
上皇方の三浦胤義なんかもいいね。
421北条義時 ◆CSZ6G0yP9Q :03/01/12 00:09
全国の御家人は直ちに鎌倉に集結せよ!
422徳川家康 ◆Z4A9O23po2 :03/01/12 00:54
【6月16日朝 清州城】
「あらあら、朝も早くから何を話されているかと思えば…。お父様の葬儀も仇討ちもなさらない内から領地争いですの?」
突然の闖入者の声が、初夏の爽やかな朝に相応しからぬ大広間の喧騒を絶った。
波が引くように割れる諸将、その中を楚々と進むは織田の二名花。市と五徳。その後ろには幼児を抱いた侍女が付き従う。
突然現れた二人に、今にも去ろうとしていた信雄も足を止める。

信雄「控えよ、五徳!女子のそなたが口を挟む問題では無いわ!」
先ほどの怒り覚めやらぬ信雄が、五徳に怒鳴りつける。その余波を受けて震え上がる諸将。やはり血筋であろうか。
が、これも血筋の為せる業か、そ知らぬ顔でそのまま大広間の中央へと進み、侍女から愚図つく幼児を受け取る五徳。
五徳「まぁ、何て恐ろしげなお顔。あぁ、よしよし。濃尾の太守様がこのようなことで泣き出しては家臣たちに見限られますわよ。」
眼前の信雄を無視して幼児をあやす五徳の姿は、信雄の怒りの炎に油を注ぐようなものだった…。
信雄「何だ?その童は!さっさと連れて出て行かんか!」
五徳に掴みかかる信雄、それを軽く振り払うと冷ややかな笑みを浮かべながら五徳、
それこそ広間全体に聞こえるような、父譲りの甲高い声で、運命の一言を解き放った。
「お兄さま、ご自分の甥っ子の顔も見忘れたのですか?こちらは信忠お兄さまのご嫡男にして織田家の正嫡、
今お兄さまのいらっしゃる清州の正統な所有者、三法師さまでいらっしゃいますわよ。」
…仮に言葉に色があるとすれば、この時彼女が発した言葉はどのような色彩を帯びていたのだろうか?
やべぇ、五徳に萌えた・・・。
424明智光秀 ◆J2rclXD/6Y :03/01/12 09:46
【6月21日、近江坂本城】
坂本城はかつて光秀自身が設計した城である。
しかし彼に過去を懐かしんでいる暇は無かった。
水軍衆の出航準備は急ピッチで進んでいる。兵は続々と兵船に乗りこんでいる。
「明日には長浜に入れましょう。一万や二万の軍勢にはびくともしますまい」
長浜の信澄のもとで副将を務めることになる溝尾茂朝は豪快に笑った。
「物資の補給は途切れさせぬ。後詰も出来るだけ早く出す。長浜は金床なのだ、分かるな」
「心得ております。後ほどごゆるりと参られよ」

【溝尾茂朝と兵5000、長浜へ向かう。22日着】
【光秀本隊6000、坂本より日野へ向かう。23日着】
【池田輝家と兵2000、瀬田へ向かう。21日中に着、筒井勢と攻囲交代】
【筒井勢6000、蒲生勢を追尾。同勢を牽制中の磯野隊・斎藤隊と呼応して挟撃を図る】
425明智光秀 ◆J2rclXD/6Y :03/01/12 10:04
【6月20日、近江長浜城】
柴田の動きを知らせる斥候が頻々と入ってくる。
津田信澄は沈痛な面持ちでそれを聞いていたが、ついに諦めるしかないと悟った。
人は変わってしまうのだ。俺自身、そうではないか。
「小谷へ戻るのはしばらく後になりそうだね」
弟分としてすっかりなついている浅井光政に微笑みかけると、信澄は手もとの書状を睨んだ。
坂本の早船がもたらした光秀からの書状だ。一手を湖上から差し向ける、という。
今彼の手元にある兵2000は既に防備を固めている。この堅塁に7000からの兵が篭れば、ちょっとやそっとの事では抜けまい。
その上で義父の言うように事が進めば、北方の脅威は一気に消し去れるだろう。
「阿閉殿はどうしましょうか」
不意に少年が口を開いた。虚を衝かれた信澄はあっけにとられ、次いで青ざめた。
「そうだった。あのお人を逃がさねば」

急使がもたらした書状は、信澄の優しさと心遣いがにじみ出たものだった。
「城を捨てて長浜へ入れ、と言ってきたよ」
阿閉貞征は暫し考えた後、近臣に城の放棄を指示する。
「いずれ帰って来られるさ。ここで死んでは何にもならんが、生きていれば良い事もあろう」
達観したようにそう言うと、彼は帰ってきたばかりの居城を後にすることにした。

【阿閉勢、山本山城を放棄。阿閉勢500、長浜へ。物資は全て長浜へ移送】

426柴田勝家 ◆tCi4E4FiLo :03/01/12 10:11
【六月二十一日 金ヶ崎城】
金森隊、出撃準備完了。
可重「父上、準備は整いまして御座る。」
長近「よし、直ちに我が軍は若狭へ向かう。可重、その方に1000を与える故、先行して国吉を抑えろ。」

【同じ頃、北近江は余呉・木之本付近】
利家「やはり長浜は惟任の手に落ちたか…。」
利長「父上、敵は小勢と見えまする。さっさと揉み潰してしまいましょう!」
利家「いや、あの城は猿めが築いた堅城、我が隊のみでは抜くことは出来ぬ。ここは佐久間隊の到着を待ちつつ、周辺を押さえるが寛容。」

【金森隊5000、若狭へ。先行部隊は国吉に向かいますが、既に明智方の手に落ちた場合は本隊に合流します】
【前田隊5000、賤ケ岳付近から小谷に至る地域を制圧、佐久間隊の到着を待ちます】
時間がない状態ではあるのだが、時はさかのぼる。
【天正十年六月二日】
毛利の陣内に、明智家よりの使い番が到着。
五月二十九日、中国方面に弾薬などの百荷が送られたと同時に発した使者と思われる。
歴史はこの一手より、流れを変えたのであろう。

安国寺「使者の伝えたるものが誠であろうと、明智が如きは数日も天下をまとめられぬでありましょう」
吉川 「御坊は羽柴を助けたいのであろうが、そうはいかぬ。これほどの好機、見逃すはありえぬ」
小早川「安国寺殿、羽柴殿が明智殿のことを隠して我らと交渉した時は、これを叩く。
もし、すべてを我らに伝えた上で、領地の切り取りをあきらめたなら、これを許す。いかがに」
安国寺「羽柴殿に誠があるかなしかに賭けると言いますか。
御仏の慈悲があればあやつ、天下を取れましょう」
吉川 「織田家より借りた兵がほとんどの羽柴の兵、右府が消えれば瓦解しよう」
※兵站機能の多くを織田家の存在に頼る羽柴軍。
それをまとめることできる期間は、限られている。

【天正十年六月三日】
毛利の陣内は静かにではあるが動きを見せていた。
すぐにでも攻め懸けられるよう、その準備である。
さらに、前夜、水軍に使いが出、後方を伺う準備も行われた。
【天正十年六月三日深夜・羽柴陣内】
小西屋の使いが明智謀反を秀吉に伝える。
羽柴 「ガタガタブルブル」
黒田 「天下を取ろうと武者震いにございますか」
羽柴 「おみゃーはたわけかっ! 百姓に天下が取れるか。
   右府様がご無事、祈るだけだわ」
黒田 「ならば毛利との交渉、いかがいたします」
羽柴 「あの坊主を呼んで、どんな条件でも受け入れてここから逃げるだけだわ。
   二度も三度も敵味方をうろうろする宇喜多も、いつ敵になるかわかったもんでもにゃー」
黒田 「毛利の与力としての方が長いですしな」

【天正十年六月四日・早朝】
羽柴が出した条件を、安国寺恵瓊が悲しげに聞いている。
横で顔を赤くしていく吉川元春を、小一郎がいぶかしく思って眺めていた。
その時、歴史は大きく動いていた。
安国寺「清水宗治は切腹。城兵は助命。領地は・・・・・で間違いありませぬのか」
羽柴にはまだ最後の機会が残っていた。
安国寺「御仏は、誠ある者を救われます。今一度、現在の状況を自身で確認され、
条件をお考え直していただけませぬか。きっと御仏の慈悲がありましょう」
安国寺は秀吉と小一郎の目を交互に見、別間で条件を確認することを提案する。
それぞれ別室に移動し、小声で会話を交わしている。
吉川 「なぜ、あのようなことを」
安国寺「甘いと言われましょうが拙僧はあの者に賭けてみたい」
吉川 「あの猿めに誠意などあろうはずもありませんぞ」
【天正十年六月四日・昼】
小一郎「今一度兄と話をし、清水殿を隠居と」
吉川の顔から、今度は血の気が消え、真っ青な色へと変貌していく。
安国寺は、何度か見た記憶のあるこの顔に、羽柴の未来が消えたことを悟った。
吉川 「右府殿の冥福を祈ります。さて、羽柴殿、それだけか?」
激しやすい吉川が、静かに言い放つ。これが吉川にとって、極限にまで感情が動いた時のクセであった。
羽柴 「い・い・意味がよーくわ・わ・わからんでや、説明したってちょーでゃー」
吉川 「明智様より使者が参りましてな」
この後、戦国史にも例を見ない、武装放棄による講和へと話は進んだ。
吉川が羽柴追撃を一時的にせよ取り下げたのは、宇喜多家を分離させて後との計算があった。

羽柴の兵より、すべての鉄砲、弓、長槍、弾薬、金銀が取り上げられた。
兵糧の半分、馬の半数、鎧、兜は将のみに許され、腰の大小はどちらか一本に限定された。
わらじの予備もすべて奪われた。一部は兵に恩賞として与えられたが、戦備の配分は、
ひとまず後日のこととなる。そこに費やす時は、この時の毛利にはなかった。
銭で雇われていた足軽には、毛利家に仕える機会が与えられた。
羽柴軍に組み込まれていた中国の在地領主にも、毛利家に仕えることを条件に、
所領安堵の上、武装返還が認められた。
数千の足軽、豪族がそれに応じたのは、羽柴の未来を反映した現実の怖さである。

《毛利と羽柴軍の和平成立。事実上の降伏。羽柴軍は武装を解除され、
占領地は元の領主に戻され、宇喜多家は毛利の監督下に入る。》
フロント殿も承認済み前提条件の、《  》内に対応して話を構築いたしました。
宇喜多家についてですが、これより交渉と恫喝となります。フロント殿が裁定してください。
宇喜多家の支配領域、かなり独立色の強い豪族も多く、割れる可能性もあるでしょう。
ちょっと前まで当家の与力大名として、羽柴と戦っていた宇喜多家ですし、
本領安堵でどうなりましょうか。せめて主君が若年でなければ良かったのですが。
430徳川家康 ◆Z4A9O23po2 :03/01/12 15:06
五徳が言い放った一つの事実、そしてその腕の中の無垢な笑顔、この二つが無形の凶弾と化して並み居る諸将の耳目を打つ。
先程までの喧騒が、まるで嘘だったかのような沈黙に包まれる大広間。二派に分かれて相争っていた尾張衆も、じっと流れを見守る。
が、この時生じた一瞬の隙が、この後の会談の展開を決定的なものとした。
間隙を突いて、議場の外では後世に「徳川の背信」と呼ばれる陰謀が進行していたのだ。
「我等は陪臣ゆえ…」と、議場への入座を慎んでいた三河衆が、何時の間にか大広間を取り囲んでいた。その背後には居並ぶは完全武装の兵士たち。
市・五徳が大広間に向かったとの報を受けた本多忠勝・榊原康政の両名、城外に布陣していた徳川の精鋭を率いて城内の要所を完全に掌握していたのだ。
そう、一瞬の出来事だった。
自分たちを威圧するように立ち並ぶ三河衆の傲然とした態度、突然の展開に声を失い呆然とする北尾張衆、
そして既にこのことあるを知らされていた南尾張衆は悠然と何処か勝ち誇ったかのように彼等の焦燥を眺めていた。

そんな周囲の様相は露知らず、大広間の中央では茶番劇が進行していた…。
信雄「な、何ぃ!真か、五徳!?」
信包「お市…。間違いないのだな?」
驚愕する信雄に、冷静に問い質す信包。
市 「えぇ…、兄上、間違いない…。その子は正真正銘の三法師、今は亡き濃尾甲信四ヶ国の太守信忠殿のご嫡男じゃ…。」
躊躇いがちにそれを認める市。だが、そのことに気づく者はいない。勿論、尾張衆にすれば今やそれどころでは無かったのだが…。

五徳のみならず市からも冷然と事実を突きつけられ、呆然と後退さる信雄。
だが直ぐに転落からも立ち直り、素早く思考を再開するのもやはり血筋ゆえだろうか?
(待てよ…。親父も兄貴も死んだ今、この俺が織田一族の事実上の後継者だ。例え三法師が嫡孫だろうと元服前の、それも物心つかぬ童に過ぎぬ。何を遠慮することがある。どうせ相手は女子、このまま押し切ってしまえ!)
気を取り直した信雄、再び幼児を抱える五徳に掴みかかろうとする。
431明智光秀 ◆J2rclXD/6Y :03/01/12 15:24
【6月21日 明智軍本隊】
亀山からの急使は訃報だった。
明智光慶。享年わずか15歳。
馬上でその知らせを受け取った光秀は、小さく頷くと使者に小声で問い掛けた。
「苦しんでの最後だったか」
「いえ、眠るように安らかに亡くなったと聞き及んでおります」
「そうか・・・何か言っていたか」
「殿と御方様の名を何度も呼ばれていたそうです」
「・・・」
光秀は兜の眉庇を下げた。瞑目していたのだろう。涙を見せまいとしていたのかも知れない。
「それから、それをお預かりして参りました」
使者は背負っていた袋を大切そうに手に取ると、光秀に渡した。
袋に入っていたのは、古ぼけた木刀だった。昔、武芸の練習用にと手づから作ってやったものだった。
「・・・こんな古いものを」
「いつも枕辺に置かれていたそうです」
「・・・思えば不憫な子であった。私は父親として、十五郎に何もしてやれなかった」
光秀はその小さな木刀を太刀の横に挿した。せめてこれからは一緒にいてやろうと思ったのかもしれない。
「苦労であった。ゆっくり休め」
「はっ」
少しだけ空を見上げた光秀は、馬腹を蹴ると陣の中に戻っていった。

【明智光秀の嫡子十五郎光慶、病没。享年15歳】
432徳川家康 ◆Z4A9O23po2 :03/01/12 16:52
>>430の続き
信雄が必死の形相で五徳に掴みかかり、幼児を奪い取ろうとした、まさにその時である。
「お控えあれ、中将殿。」
声質こそ違えども何処か父信長を思い出させる威圧感を伴う声が、大広間に響き渡った。
恐る恐る振り返る信雄、その視線の先には先程の何処か呆けた表情とは一変した厳しさをその相貌に湛えた家康が直立していた。
上段から降り、此方を見据えながらゆっくりと歩み寄る家康。
(み、三河め、遂に本性を現しおったな…!)
負けじと睨み返す信雄、脇差に手をかける。が、家康の行動は信雄の予想を裏切るものだった。
迎え討たんと身構える信雄を一瞥すると、家康はそのまま五徳に向き直る。そして、腕の中の幼児を見るや、そのまま床に崩れ落ちたのだ。
家康「さ、三法師君、良くぞ御無事で…!」
口を押さえるも、漏れる嗚咽。家康の目からは涙が溢れていた。
五徳「ち、義父上さま?」
家康「先月、安土でお目にかかった時はその利発な様子を拝見し、流石は織田の血筋、天下の三代目を受け継がれる御子じゃ、
   これで織田の天下も安泰じゃと安堵しておった…。だのに、物心付く前にお父上を亡くされるとは、何とお労しいことじゃ!
   この世に神仏は無いのか!何故、今すぐ逆賊惟任めに天罰を降さんのか!」
議場の誰もが家康の流した涙、そしてその至誠と義憤を偽り無きものと信じた。それが織田家にとって取り返しの付かぬ事態を呼ぶことを知らぬまま。

(ふぅ、義父上さまも良くやりますわねぇ。さて、最後の仕上げに参りますか…。)
嗚咽も漏らす家康の側に膝を付き、静かに語りかける五徳。彼女も、家康の至誠に心打たれのか、涙を流していた。
五徳「お父さまは常日頃より危うき時は三河様を頼れと仰せでしたわ。今、織田家はお父さまと信忠お兄さまという二つの柱を一度に亡くしました。
   この上は亡きお父様が最も信頼した義父上さまだけが頼り。どうか、この子をお願いいたします…。織田家をお守りくださいませ。」
家康「…うむ、五徳殿の期待、決して裏切りはせぬ。」
五徳から「三法師」を受け取ると腕に抱きかかえ、先程まで座っていた上段の更に奥、唯一人の者しか座ること許されぬ最上段へ向かう家康。
誰もその歩みを遮るものは無い。信雄も呆然とそれを見送るばかり…。
433明智光秀 ◆J2rclXD/6Y :03/01/12 17:53
【6月20日 美濃岐阜城】
明智秀満は忙しく働いていた。味方に取りこんだ諸郡の鎮撫、兵員の再編などやることは山のようにあった。
北美濃には柴田が進出しつつあったが、当面は静観の構えを取っている。
今では秀満の軍師格に収まっている例の斎藤利堯の献策によるものだが、南北双方の動きがはっきりしない以上打てる手は限られていた。
「今攻勢を取るのは自殺行為ですから」
利堯はそう説明した。南近江で蒲生が蠢動している事も掴んではいたが、こちらから兵を裂く訳にもいかない。
「当面は防勢ということだな」
「左様です」
まあ、岐阜の堅塁である。十万の軍勢が相手でも揺るがぬであろう金城湯池だ。
光秀から授けられた兵1万のうち3千は利三に譲ったので、手持ちの機動兵力は7千。これに各城の守備兵を合わせて、当面美濃は安定させられると彼は考えていた。
「しかし」
もしも南の徳川・織田と北の柴田が示し合わせて侵攻してきたらどうするのだ、と秀満は軍師に問うてみた。
「さあ、その時にならぬと何とも」
利堯はそう答え、更に付け加えた。
「ただし、徳川と柴田が仲良くやれるとも思えませんな」
「ほう」
「柴田勝家という御仁はとにかく気位が高い。織田の旗印を護るのは自分だと信じて疑わぬでしょう」
「それはそうだ」
「しかるに、徳川が今の織田に素直に従うかどうか。徳川家康という人物、あれは傑物です」
利堯はそれが癖なのか、小首をかしげるようにしながら話している。
「右府があってこその織田と彼も思っているでしょう。それが信雄や信孝に替わり、筆頭家老として柴田が大きな顔をする。そんな織田家に唯々諾々と従いましょうかな」
「・・・面白くなかろう、と」
「はい。徳川にとっては柴田など織田家の家老に過ぎず、柴田にとっては徳川など主家に従う寄騎大名に過ぎず」
「・・・なるほど」
「それに、これは徳川にとっては飛躍の好機ですからな」
寺暮らしが長かったはずの斎藤道三の遺児は、その眠そうな目とは裏腹な言葉を吐く。
「・・・この好機に、元の鞘に収まって織田に顎で使われるような道を選ぶものか、どうか」

【美濃の明智領では防戦の為粛々と準備を進めています】
承久スレッドがんば!
435ROM:03/01/12 19:04
長い。
冗長すぎる。
なんとかせい。
すいません、名無しで失礼します。
伊達をやってたのですが、現在、年末から出張で3月末辺りまで帰れそうにありません。
これもネット喫茶からの書き込みで、キャプもわかりませんので、当分出来ません。
もしかしたら、早期に帰れるかもしれませんが、見通しが立たないので、
一時NPCとしてもらえませんでしょうか?

鬼義重殿との今後の絡み等を楽しみにしておりましたし、色々策を練ったりしてたのですが
大変残念でしょうがありません。
本来なら、裏のスレで挨拶すべきなんですが、時間もなくスレの場所も分かりませんでしたので
ここで挨拶させていただきました。
皆様方には大変ご迷惑をおかけすると思いますが、ご容赦の程を…申し訳ありません。
五月十五日【近江】
広綱「上皇様から宮方に味方するようにとの命令が出た。」
定高「しかし兄上、わが佐々木家は頼朝公以前から源家に忠誠を誓っております。」
惟綱「されど叔父上、仮に我らが院宣に逆らって幕府方につけば、上皇様は直ちに兵をこちらに差し向けるでしょう・・」
為綱「左様。今の北条氏の独裁制には不満を抱いているものも多いはずです。西国御家人は上皇様の味方をするでしょう。」
広定「長兄、信綱兄は鎌倉にいて、義時様の娘婿だ。幕府方につくだろう。」
久綱「越後守護の信実殿はどちらにつくのやら・・」
広綱「・・・私は上皇様から検非違使、山城守を叙任されている。上皇様の恩に報いなければならない。もし我らが負けよとも佐々木家は滅びはしない。よいな!わが佐々木家は上皇様のお味方をする!!」
438無名武将@お腹せっぷく:03/01/12 23:18
承久スレッドがんばるな・・・・
参加者増えてるし・・・・・・
439正親町天皇:03/01/13 01:34
勅令
羽柴秀吉を関白に任命する。
440後陽成天皇:03/01/13 01:36
勅令
羽柴秀吉に豊臣の姓を名乗ることを許可する。
並びに正一位太政大臣に任命する。
441豊臣秀吉 ◆1FUU4kBEZA :03/01/13 01:40
惣無事令をだしますた。
全国の大名は私闘を直ちに停止せよ。
これは帝の命令です。
関白太政大臣として私がだしますた。
良いですか??
正一位、羽柴、死んだのか・・・・
443GM. ◆2TlaRARhhA :03/01/13 02:06
関白就任後、柴田勝家は秀吉が天下を取ったと聞いて憤死した。
こうして関白秀吉により、日本全国は諸大名連合政権を言う形で統一された。
織田信長を本能寺で屠った明智光秀は最後まで徹底抗戦したが、衆寡敵せず逃亡先の
蝦夷地で捕えられ、反逆罪の罪を問われて、六条河原で刑場の露と消えた・・・・・
そして、徳川家康には織田家の属国でありながら、信長死後の織田家に反抗したことを理由に
領地没収の上、切腹を申し渡した。
家康は徹底抗戦し、天下を二分する戦いが起ころうとしたその時、家康は天ぷらの食べすぎが祟って
あえなくこの世を去る。あとを継いだ秀忠では秀吉にかなうはずがなく、豊臣軍先鋒の結城秀康に
居城駿府城を攻撃され、切腹して果てた。
秀吉はその後、『天正・文禄の治』と後の世に語られる善政を敷き、徳川討伐に抜群の功績があった
養子の結城秀康に豊臣姓を名乗らせ、関白を譲った。
秀吉死後、豊臣秀康は朝廷に多額の献金をし、関白・太政大臣・右近衛大将・征夷大将軍
となり、大坂で幕府を開いた。
こうして、豊臣家(徳川家)による日本の支配は約270年続いたのであった・・・


(荒らしが激しいので、ここらへんでこのスレを終わろうと思います。)

――――――――――――完――――――――――――
トリップが違うことわかって偽者演じてるのか?
445無名武将@お腹せっぷく:03/01/13 20:54
そうじゃないの?
あとは、参加者のやる気次第だな。
まぁ、この程度でへこたれる連中ではないだろ?
何しろ前スレ崩壊の糞波を越えてきた奴等だしな。俺なら呆れて辞めてる。

とりあえず、俺みたいな、続きを待ってるギャラリーがいることだけは忘れんでくれ。
【天正十年六月二十七日  常陸国筑波郡豊里付近】

佐竹義重の軍勢は、府中城を出て筑波山を右に見つつ進軍し鬼怒川の手前で陣を敷いた。
義重は、軍議を開く前に太田資正と密かに話をした。
資正「北条の軍勢は三万を超えているのに比べ我が方はその半分にも足りません。
   まともにぶつかっても勝ち目はないでしょう。」
義重「では、どのように迎え撃ちましょう。」
資正「義重殿も人が悪い、ここで陣を敷いたのですからおわかりのはずでしょう。
   鬼怒川を渡るには、船か浮き橋を使わねばなりません。そこを狙うわけですが、
   しかし此度は兵力に差がありすぎます。
   敵の軍勢がある程度こちらの岸に渡った所を狙うのではなく、
   軍勢の第一派がこちらの岸に渡ったところを狙いましょう。」
義重「そうですな、して、油と火薬はどう使いましょう。」
資正「これもおわかりのはず、油と火薬を使った火計により、
   船を焼き払い橋を焼き落としましょう。
   それに間もなく兵達が田畑を気にする季節になります。
   渡河する手だてを無くせば、北条の軍勢も浮き足立ちましょう。」
義重「そうですな。多くの軍勢が渡河できる場所も限られるでしょうから、
   予め兵を伏せて置いておきましょう。
   それに北条の軍勢が引けば、玉造や鹿島も降伏するでしょうからな。」

この後開かれた軍議も、資正の献策に義重や他の諸将が賛同する形で進み、
北条の軍勢を迎え撃つ態勢を整え始めた。

【鬼怒川沿いに展開を開始】
【同様の策を佐竹義久に書状により伝えます書状は28日着。29日に展開】
448( ´∀`):03/01/16 18:10
戦国オタクってキモイよう!
449( ´∀`):03/01/16 18:24

            _....._ 、_,.::‐‐‐::-..r::‥:::‐-..、,.. _....._
          ,:'´ ,.5',.:'´:.:.:.:.::.:.:.:.:::i.:.:.:.:.:.:.:.:.:.::::ヾ2_ `' 、
            { .ら/::: :.:.:.:.:.:.:.:.,:、:.゙:.:.:.;.、::_:.:.:.:..::::.':,ら  }
          ', 5'::::: .:.:.:.;.::-:ソ;':r:、,r:,:!:.ヾ゙;.:.:.:.:...:::',ら ノ
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           ゙!:.:.:./:.:.:.:,::::ノ、 ゙)) (( ヽ::、:.:.:.ヽ::::::!′
            ';.:.;':.:.:::,'/__ ((  ;ソ ,.._\';.:.:.:.゙;:;'
              ヽ!::;r' ,ri~ノIk    f゚ノkヽヽ;:::ノ'
             Vr、〈 .ゞifリ    |ifシ゚ノ'/;f゙ノ
              'ゝハ `",,    ;.  ゙,,,´ ハ〈
             _.〃 ゙:、    ー‐   ./ リ _
           ,r'´ ((`゙ー `丶、  ゙  ,.ィ´ー((´   `ヽ
           ,'   ))     :, ` ' ´ ,:   ))    ',
          j   (´   、      ,..: (´     ',
.          ,:'    ヽ     ヽ  ,.:'´      ,:′  ',
         /    .;::}   ..      .    . {:、    ':,
        ,:'    ,:'. j:.      、  ,:'      ':,`、   ':,
.       ,.:'   ,::'. ,'        ', ,'          ', `:、   `:,
      ,'    ,:'  i  .:;::.     .:!':..      .::;:.  .l   ',    ',
,..r三ミヽ./   /    '.  `'"   ...:::八:....   `'"...::;:'   `:、   ':, /三ュ._ :.....
 ̄ヽ、. ′ ,:'...::::..    ゝ、.......:::::::::;:::':::: .ゝ、:::::::::::::::;: ′    \.  ヽ / ̄..:::.....
 =ニ'..__,r'′...::::......    '` ' ' ´      ` '.::´;'      :....`ヽ._.'ニ= ..:::::::....
    ..::::::::::::::::::...     ':,           .:;'′        ......:::::::::::::::::...
保守
451山崎渉:03/01/22 14:35
(^^;
452無名武将@お腹せっぷく:03/01/22 18:33
続きは?
453無名武将@お腹せっぷく:03/01/23 15:19
参加者がいなくなったから、終わった。
454北条氏直 ◆.smLxkhTlI :03/01/23 18:43
勝手に終わらせて貰っては困るな。
スレが再び動き出せば、皆も帰って来よう。マターリ待つが良かろうて。
455明智光秀 ◆J2rclXD/6Y :03/01/24 10:55
羽柴の扱いが決まったので、少々巻き戻して対羽柴外交を開始。

【細川藤孝より羽柴秀吉への書状 6月10日過ぎ頃】
毛利との和睦の件、羽柴殿は無事播磨へ入られた由安心致しました。
これよりの立ち直り、大変かとは存じますがまずはお手並み拝見させて頂きたく。
羽柴殿とはもとより入魂の間柄にて、こちらでできることがありましたら何なりと連絡されたし。
さて、此度の急変には肝を潰されたと思いますが、人情の機微に通じた羽柴殿であれば明智殿の苦衷も理解できましょう。
また、現実的に考えれば今の羽柴殿が生き残るには毛利及び明智殿と結ぶしか無いかと考えます。
羽柴殿が明智殿と結ばれる気があるのなら、私より話を付ける用意があります。
明智殿はご承知のように謹厳実直にして理知的な方、羽柴殿が合力されるとあれば相応の待遇は期待できましょう。
まずは長浜城の返還と近江半国くらいは固いかと。
対するに柴田殿は頑固固陋にて、羽柴殿にまともな扱いをするとも思えません。

それではご返信をお待ちしております。宮津にて茶席でも設けますので、いずれごゆるりと参られたし。
456柴田勝家 ◆tCi4E4FiLo :03/01/25 02:42
【六月二十一日午後 小谷城】
佐久間隊、半日遅れで到着。
盛政「遅れを取った、前田殿。さぁ、信澄めの首をねじ切ってくれようぞ!」
利長「佐久間殿の仰るとおりですぞ。父上、長浜総攻撃の下知を!」
血気盛んな二人に対して、利家は冷静であった。
利家「まぁ待て。佐久間殿の隊は越中よりの撤退に続く強行軍の疲れが癒えてはおるまい。
   そのような状態では兵の損失を増やすばかりじゃ。ここは我が隊が出張るゆえ、佐久間殿はゆるりと参られよ。
   なに、あのような恩知らずの裏切り者の見張り程度、わし一人でも十分じゃわい。」
盛政「しかし、父親が父親なら子も子だな。親子二代で宗家に弓引くとは…。やはり血は争えんということか?」
利長「全く…。柴田の親父殿にもお労しいことです。せめて、親父殿に奴の首は討たせて差し上げたいものだ。」

【佐久間隊5000到着、小谷入城。守備に当たりつつ疲労回復を図る】
【前田隊5000、山本山城等放棄された城砦を接収後、姉川河畔に布陣】
【美濃の柴田本隊へ急使『江北にて戦雲巻き起こるは必定、濃尾の軍勢とともに至急御増援を請う』】
再開はいいが、権六は厨か?
奴が元々何者だったか知っていればそんな台詞は口が裂けても吐けんぞ。
458ロム:03/01/26 13:05
いきなり再休止か?
やるのかやらんのか、はっきりせい
459無名武将@お腹せっぷく:03/01/26 14:14
やるのもやらんのも連中の自由。
ロムなら黙って見てろよ。
460 :03/01/26 14:15
台湾のエロ画像掲示板が今一番ホットと言えませんかね?

http://wossal.k-server.org/tw/

461ROM:03/01/26 19:27
名無しは無視
462無名武将@お腹せっぷく:03/01/28 00:18
三戦住民はキモイ!三戦住民はキモイ!
三戦住民はキモイ!三戦住民はキモイ!
463無名武将@お腹せっぷく:03/01/28 02:30
そしてバカ二人だけが残った。
464柴田勝家 ◆tCi4E4FiLo :03/02/01 15:19
【六月二十二日昼 姉川河畔】
利長「父上!布陣完了して御座います。」
利家「うむ、大儀。ところで長浜の動きはどうだ?」
利長「はっ、早朝に湖を越えて増援が到着した様子。我等の南下の動き、見越されておりましたな。
   あのまま勢いに任せて長浜を攻めたら、今頃は城方と増援に挟撃されておったことでしょう。
   まさか父上にはそこまでお見通しで?」
利家「買い被りだ。が、これで一万と七千、両軍ともに打つ手無しか。
   よし、小谷の佐久間殿に伝えよ。兵が癒え次第、至急敦賀街道を北上し金森隊と合流してくれと。」
利長「宜しいのですか?敵方はおよそ七千、こちらは五千。折角の優勢を放棄されるので?」
利家「敵に増援が加わった今となっては、我等のみで抜くことは出来ん。守りに回るならこの兵力で十分だ。
   今は限りある兵力を如何に効率的に動かすかに懸かっておる。一兵も無駄には出来ぬ。
   それに直に親父殿が兵を率いて美濃よりお出でになる。その時こそ惟任の最期だ。」

【佐久間隊5000、疲労が完全に癒える夜に小谷を発し、国吉の金森隊と合流。二十三日予定】
 
保守

続きはやらんのか?
468無名武将@お腹せっぷく:03/03/09 12:43
age
469嶋 左近:03/03/10 21:20
糞スレageんな!ヴォケ!

               (
            )   )      (
           (   (       )
            )       人  (   (
           (      ノ::::::ヽ    )
               __/  ::;;;;;;;;)   (
      〜〜§     /     ̄ ̄\   )
     ブーン      (   :::::::::::::::;;;;;;;)
              ,\_ ―  ̄ ̄∞       ∞
            ノ ̄   ::::::::::::::::::::::: ヽ      ノ ブーン
           (     :::::::::::::::::;;;;;;;;;;;;;;ノ     (
          / ̄ ――--―  ̄ ̄ ̄ ̄ヽ     \
          (   ∞ ::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::l
         /\__::::::::::::::::::;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;ノ、
         l        ::::::::::::::::::::::::::::::::::::ヽ
         \_ :::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::l
          |  `ー─----------、  ,- '
          |              l ::ノ :::|
          |_             l ::/ ::|
           ` ー--、____,-- ` '- ̄

470山崎渉:03/03/13 15:44
(^^)
471無名武将@お腹せっぷく:03/03/16 10:26
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄○ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
           O 。
                 , ─ヽ
________    /,/\ヾ\   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
|__|__|__|_   __((´∀`\ )< という本能寺だったのサ
|_|__|__|__ /ノへゝ/'''  )ヽ  \_________
||__|        | | \´-`) / 丿/
|_|_| 从.从从  | \__ ̄ ̄⊂|丿/
|__|| 从人人从. | /\__/::::::|||
|_|_|///ヽヾ\  /   ::::::::::::ゝ/||
────────(~〜ヽ::::::::::::|/        = 完 =
472 ◆CbIuEBgmms :03/03/20 05:06
まだ終わるわけには行かぬ、物語は終わってないのだ。
473立花
勝手にしてくれ(w